バカとテストと召喚獣~新たな始まり~ (時斗)
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第1章 試召戦争
プロローグ ~新たな始まり~


『バカとテストと召喚獣』の二次創作で、過去にじふぁんで執筆していた作品です。ある理由から執筆を自粛していたのですが、書けるだけ書いてみようと思い、再び投稿することにしました。更新スピードは遅いとは思いますが、のんびり書いていこうかと思っております。


 ……もうこの感覚を体験するのは何回目だろうか……。

 

 条件を満たせず、またこの『体験』をしている……。一体いつになったら僕は抜け出す事ができるのだろうか……。

 

 ……ああ、見えてきた……。また……、始まるのか……。

 

 今度こそ……、今度こそ、僕は…………!

 

 そして、光に包まれる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バカとテストと召喚獣~新たな始まり~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……井、聞いているのか、吉井!」

「…………え?」

 

 

 誰かの僕を呼ぶ声に、ハッとする。気が付くと、僕は文月学園の正門の前にいた。目の前にはいつものように、西村先生が立っている。やっぱり、ここからか……。

 

 

「まったくお前は……。今何時だと思っとるのだ……」

「……西村……先生……?」

「何をボーっとしている?何か言う事があるんじゃないのか?」

「…………すみません」

 

 

 今度は果たしてどのような結果になるのか……。流石に今回は『捨て回』にはしたくない。まぁ、なるようにしかならないのだろうけど……。

 

 

「新学期早々に遅刻とはな……。まあいい、これを受け取れ」

 

 

 そう言うと西村先生は箱から封筒を取り出し、僕に渡してくる。その封筒には『吉井明久』と書かれていた。

 

 

「どうした?開けないのか?」

「まあ……。テストの結果からFクラスだろうと思ってますから……」

 

 

 実際、そこは何度繰り返しても、変わらない。僕が、『Fクラス』という事だけは……。尤も、Fクラス以外と言われても戸惑ってしまうくらいには、愛着もある。そんな事を考えていると、西村先生は溜息をつく。

 

 

「……わかっているならこれからはもう少し悔い改めるんだな」

「……はい」

 

 

 この人にはいつも迷惑をかけているからな……。今回は出来るだけ、迷惑が掛からないように出来ればいいんだけど……。それは難しい、か……。実際に上手く立ち回っていくには、絶対にこの人の協力は必要になる。今回も捨て回にしようと思えば話は別だけどね……。

 

 

「……どうした吉井?先程から変だぞ?」

「いえ……じゃあ教室に向かいますので……失礼します」

 

 

 おっと、いけない。去年までの僕とは違和感があったかな……。これ以上ここにいたら、どんなボロを出すかわからないので、とりあえずこの場を離れる事にする。

 

 

「おい、吉井!?ハア……まあいい」

 

 

 諦めたように溜息をついている西村先生の気配を感じながら、僕は再びFクラスの教室に向かう。果たして、今回はどんな物語になるのだろうか……。今の僕に出来る事は、無事にこの繰り返しの運命から逃れる事ができるよう、祈るだけなのだろう……。こうして、今回の僕の新たな物語が、ここから始まるのだ……。

 

 

 

 




追記:時間が出来次第、3点リーダ等の部分を訂正していく予定です。


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第1話 2年F組、吉井明久!

文章表現、訂正致しました。(2017.11.17)


 

 

「全く明久のヤツ……。新学期から遅刻かよ……」

 

 

 ……まあアイツの事だからまたバカな理由で遅れているのだろうが……。まぁ……、何はともあれ、今年からようやく試召戦争を起こす事ができる……。その為に俺はFクラスとEクラスのボーダーを調べ……、上手くこのクラスの代表になるように調整したんだからな……。

 

 

(まぁ、明久(あのバカ)のFクラス入りは間違いないとして……、後は秀吉や康太もFクラスってところだろうな……)

 

 

 去年からのクラスメイトである秀吉やムッツリーニ、後はまだ日本語に苦戦している島田あたりもFクラスに来るだろう……。それに1年の時から召喚獣の扱いに慣れている明久を加えれば、戦術次第でAクラス打倒もできる筈だ。

 

 

(アイツの召喚獣の操作能力と物理干渉は使い方次第で最強のワイルドカードとなるだろうからな……!)

 

 

 そんな時、教室の入り口付近が騒がしくなる。恐らくまた、Fクラス(バカ)が来たのだろう。そして入り口が開かれその顔を確認し、想像していた人間だとわかった。

 

 

「すみません、遅れました」

「早く座れ、このウジ虫野郎」

 

 

 やれやれ、漸く来やがったか。明久。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(全く、いきなり罵倒か……。本当に雄二らしいよ……)

 

 

 半ば定番となりつつあるその呼び掛けに苦笑しながら、暴言をはいたであろう悪友、坂本雄二を見やる。

 

 

「聞こえないのか?あぁ?」

「…………雄二、何やってんの?」

 

 

 呆れながらも、返答のわかっている会話を投げ掛けてみる。

 

 

「先生が遅れているみたいでな……。代わりに教壇に上がってみた」

「もしかして……雄二がFクラスの代表なの?」

「ああ、一応このクラスの最高得点者だからな」

 

 

 予想通りにそう言ってニヤリと笑う雄二。まあ点数を調整してFクラスの代表となったんだろう……。元神童と呼ばれていたらしい彼ならば、それも出来る。僕や秀吉、そしてムッツリーニがいるであろうFクラスの代表となり、試召戦争を起こすために……。

 

 

(正直なところ、あまり試召戦争自体はやる気がしないんだけどな……。まあなるようになるんだろうけど……)

 

 

 僕はある事情から、やはり定番となりつつある振分試験初っ端の試召戦争には、あまり乗り気はしなくなっている。でもこの流れからすると、避けるのは難しいんだろうな……。

 

 

「ところで……、席は決まってるの?」

「決まってねえみたいだから適当に座ればいいんじゃねえか。他の奴らもそうしてるぞ」

 

 

 とはいっても机代わりの卓袱台も数台しかないし、座布団も綿すら入っていないものもある……。さすがFクラス……。まぁ、最低のクラスだし、しょうがないんだろう……。そう思って矢先、背後から声を掛けられる。

 

 

「おお、明久。おぬしもFクラスじゃったか」

「…………同じクラス」

 

 

 声を掛けてきたのは、前学年から一緒であった木下秀吉に……、寡黙なる性識者(ムッツリーニ)という異名で知られている土屋康太だ。彼らを見やり、僕は笑顔を浮かべて挨拶を返した。

 

 

「おはよう秀吉、ムッツリーニ。また1年間よろしくね」

「ああ、こちらこそよろしくの」

「…………よろしく」

 

 

 秀吉達とはやっぱり同じクラスか。となると、当然彼女も……。

 

 

「はろはろー」

 

 

 ……やっぱりいるんだろうな……、はぁ……。

 

 

「吉井、アンタもFクラスだったのね。まあ当然のような気もするけど」

「……島田、さん……。相変わらずだね……」

 

 

 ……今回も、出来ればあんまり島田さんとは関わりたくないんだけど……、というより正直な話、近づきたくない……。自分の腕に、ゾワッと鳥肌が、出てきたようにも感じている。

 

 

「また吉井を殴れると思うと嬉しいわ。まあ1年間よろしくね」

「あ、あはは……」

 

 

 ……全く冗談じゃない。笑顔でそんな事を言ってくる島田さんに、僕はこれからどうやって彼女をかわしていくのかを考え始めた時、クラスの扉が開く音を聞く。振り返るとどうやら担任である、福原先生が教室にやってきたみたいだ。

 

 

「お早う御座います、ホームルームを始めますので皆さん席について下さい」

 

 

 そう言って、福原先生は教壇?のような所につき、僕達に席につくよう促すのだった。



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第2話 Fクラスの惨状

文章表現、訂正致しました。(2017.11.18)


「えー、お早う御座います。2年F組の担任を務める福原慎です。宜しくお願いしますね。それでは早速皆さん、支給品の確認をして下さい……」

 

 

(さて、これからどうしょうかな……)

 

 

 クラスの皆が卓袱台やら座布団やらを確認している最中、僕はそんな事を考えていた。

 

 

(雄二は試召戦争を起こすだろうし……。僕もそれに参加するべきか……)

 

 

 試召戦争となれば当然、召喚獣を出さなければいけない。まあ、召喚獣を出さずに敵前逃亡と見なされて補修室送りになってしまったとしても、正直、僕にとってはそんなに困ることではないのだが……。

 

 

「……今回は出来るだけ、関わっていきたい気持ちはあるんだけど……」

「……君、吉井君」

「…………!?は、はい」

 

 

 考え込んでいた矢先、福原先生から呼ばれている事に気付き、僕は慌てて席を立つ。

 

 

「自己紹介、君の番ですよ?」

「あ……」

 

 

 どうやらいつの間にか、それぞれの自己紹介の時間に移っていたようだ。そして、自分の番になっていたらしい。

 

 

「す、すみません……。え、えー、吉井明久です。気軽に……そうですね、『ダーリン』とでも呼んでください」

「「「「「ダァァーーーリィーーーーーン」」」」」

 

 

 刹那、野太い野郎どもの大合唱が鳴り響く。……煩いなぁ。僕は気分が悪くなるのを我慢して席についた。

 

 

(まあ後で考えるか……。色々と確認しておきたいこともある事だし……)

 

 

 とりあえずそう結論づけた時、ガラリと教室のドアが開く音に、再び顔を上げると、

 

 

「あの、遅れて、すみません……」

 

 

(……姫路さん……)

 

 

 そこには学年次席クラスの成績である、姫路さんが立っていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まさか姫路がFクラスというのは驚いたな……。だが、思わぬワイルドカードが手に入ったものだ……)

 

 

 姫路が自己紹介する様子を眺めながら、これからの試召戦争の戦略を洗い直す事にする。ただ、どうも身体が弱いようだな……。体調の方は、もう大丈夫なのか確認するために俺は、自己紹介が終わり席に着いた彼女に声をかける事にする。

 

 

「姫路」

「は、はいっ。何でしょうか?えーっと……」

 

 

 ああ、悪い。自己紹介していなかったな……。

 

 

「坂本だ。坂本雄二。このFクラスの代表でもある。よろしく頼む」

「あ、姫路です。よろしくお願いします!」

 

 

 深々と頭を下げる姫路を見て、彼女の育ちの良さを感じる。少し、黒髪の幼馴染が脳裏に過ぎったが、それを振り払い俺は気になる事を聞いてみる事にした。

 

 

「一つ確認しておきたいんだが……、もう体調は大丈夫なのか?」

「あ、はいっ。一時的な熱だったので、もう大丈夫です」

 

 

 それはなによりだ。という事で、俺は彼女をどのように試召戦争で動いてもらうかをシュミレートする。

 

 

「そうか、ちょっと確認しておきたかったんだ。すまなかったな……」

「いえ、そんな……!?え、よ、吉井君!?」

 

 

 驚いた様子の姫路に俺はその原因は何かと視線を移してみると、隣の席にいた明久の顔を見て驚いているようだった。ああ、なるほどな……。

 

 

「姫路。明久がブサイクですまん」

「そ、そんなっ!目もパッチリしてますし、顔のラインも細くて綺麗だし、全然ブサイクじゃないで……」

「大丈夫だよ、姫路さん。……別に気にしてないからさ」

「…………え?」

 

 

 姫路の言葉を遮る様に、そう呟く明久。その言葉に何やら違和感を覚え、俺は明久を見てみると、あまり関心がなさそうな顔をしているようだった。

 ……ん?コイツ、姫路の事が好きなんじゃなかったか?去年、いつぞやの召喚獣の操作確認の際、姫路をぼぉっとした様子で見ていたのを思い出し、俺はこのバカをからかう事を思いつく。

 

 

「……そう言われると、確かに見てくれは悪くない顔をしているかもしれないな。俺の知人にも明久に興味を持っている奴がいたような気もするし……」

「そ、それって誰ですかっ!?」

 

 

 ん?まさか、姫路が食い付くとはな……。これは案外もしかするのか?

 

 

「確か、久保とし……」

「……久保利光、とか言わないよね、雄二?」

 

 

 先程の姫路の時同様、俺の言葉を遮るようにそう被せてくる明久。……コイツ……。

 

 

「……お前、知ってたのか?」

「久保君とは何度か会っているけれど……、彼とはちゃんと話をすれば、異性として好き、というのはないと思うよ……。多分ね……」

 

 

 そう返す明久の言葉を聞き、俺は先程から感じていた違和感の正体を知る。

 

 

(……コイツ、本当に明久か……?)

 

 

 姿かたちは確かにあのバカそのものなんだが……、何かいつもと違う気がする……。そう、特にその雰囲気が……。

 

 

「はいはい。そこの人たち、静かにしてくださいね」

 

 

 福原と言っていた担任教師が俺達の会話を見咎めて教卓を軽く叩いたら、教卓がゴミ屑と化した……。……チョークすらまともな物が無かった事といい、本当にここは教育機関なのか……?

 

 

「え~……、替りを用意してきますので、それまで自己紹介を続けていてください」

 

 

 そう言って教師が足早に教室を出ていく。……まあいい、ちょっと確認してみるか。

 

 

「明久、ちょっといいか?」

「ん?何、雄二?」

「ちょっと廊下に出てくれないか?少し、話したい事がある」

「…………わかった」

 

 

 そう言って明久が立ち上がるのを尻目に、俺はFクラスの扉を開き、廊下へと出るのだった。

 

 



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第3話 雄二の提案

文章表現、訂正致しました。(2017.11.18)


「それで雄二、話って?」

 

 

 廊下に出て早々に明久から切り出される。……正直なところ、色々とコイツに違和感を感じてはいるが、とりあえず要件を先に言うこととしよう。

 

 

「ちょっとお前に提案があってな」

「…………提案?」

 

 

 そう、昨年までの明久ならば、間違いなく乗ってくるに違いないであろう提案。訝しそうにする明久に俺はこう答える。

 

 

「Aクラスを相手に試召戦争を仕掛けてみないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「試召戦争?……それもAクラスを相手に?」

「ああ、Aクラスを相手に、だ」

 

 

 僕の想像したとおり、やっぱり試召戦争の話であった。正直、まだどうしようか決めかねている最中だったんだけどな……。

 

 

「……一応、理由を聞いてもいい?」

「まあいろいろと理由はあるが……、一番の目的は世の中の連中に学力だけがすべてじゃないってところを証明してみたくてな。で、どうだ?明久」

 

 

 どうだ、って言われてもね……。

 

 

「うーん、僕は反対だね?それに……、Aクラスは無謀だと思うよ?」

「……意外だな。お前なら賛成するかと思ったんだけどな?」

 

 

 訝しそうに僕を見てくる雄二。

 

 

「そうかな?だって勝てるわけないでしょう?学力がすべてじゃないと言っても、試召戦争の召喚獣はその学力で強さが決まるんだよ?FクラスとAクラスの差は歴然じゃないか」

「……そんなことはない。確かに差は激しいがムッツリーニや姫路、それにお前がいればAクラスに勝てる」

 

 

 …………まあ、雄二が言っている事もあながち間違いという訳ではない。……自惚れる訳じゃないけれど、召喚獣の操作や勝負で、そう簡単に誰かに負けるとは思っていないし……。

 

 

「それにお前だってこの教室の設備は酷いと思うだろ?病弱な姫路なんて身体を壊すかもしれないぞ?」

「……確かにそれは問題だけど、それは試召戦争を起こす理由にはならないでしょ?Aクラス、いや他のクラスにだって病弱な子はいるだろうし、代わりにその人たちがこの設備で苦しむことになるよ?」

「……それは、確かにそうだが……、明久、お前一体どうしたんだ?いつものお前らしくないぞ」

 

 

 僕らしくない……か、今の雄二からしてみたら、確かにそうなのかもしれない……。でも……、

 

 

「僕は色々とバカかもしれないけれど……、それくらいはわかるさ……。まあ、試召戦争をやるならやるでかまわないよ。Fクラスの代表は雄二のようだしね……。でも、僕は僕で勝手にやらせてもらうよ……」

 

 

 少なくとも、自分の心がどうしたいか、はっきりするまではね……。

 

 

「とりあえず、教室に戻ろう、雄二。そろそろ福原先生も戻ってくるだろうし……」

「おい!明久!」

 

 

 まだ何か言いたそうな雄二だったけど、ちょっと強引に話を切り上げて、僕はひとり教室へと戻っていった……。

 

 

 



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第4話 雄二の演説、そして試召戦争へ!

問題(化学)
『調理の為に火にかける鍋を制作する際、重量が軽いのでマグネシウムを材料に選んだのだが、調理を始めると問題が発生した。このときの問題とマグネシウムの代わりに用いるべき合金の例を1つあげなさい』


姫路瑞希の答え
『問題点……マグネシウムは炎にかけると、激しく酸素と反応するため危険であるという点
合金の例……ジュラルミン』

教師のコメント
正解です。合金なので、『鉄』では駄目という引っ掛け問題なのですが、引っかかりませんでしたね。


土屋康太の答え
『問題点……ガス代を払っていなかった事』

教師のコメント
そこは問題じゃありません。


吉井明久の答え
『問題点……普通は鍋の材料にマグネシウムなんて使わないのに使ってしまった点』
『合金の例……無抵抗アルミニウム合金(未来合金)』

教師のコメント
問題文を問題点に使わないでください……あと、無抵抗アルミニウム合金ってなんですか?



 雄二との会話を途中で切り上げて教室へ戻り、自分の席につく。強引に話を切り上げはしたけれど、あのするどい雄二の事だ、僕が何時もと違う、という事は気付いているかもしれない……。

 ……尤も、僕自身はべつに何もおかしなところもなければ、変わったというつもりはない……。ある、一点だけを除けば……。

 

 

(……ただ、皆にしてみれば、それを「変わった」と言うんだろうなぁ……)

 

 

「坂本君、君が自己紹介、最後の一人ですよ。ついでにFクラス代表としての挨拶もお願いします」

 

 

 ……考え事をしていて気が付かなかったけど、いつの間にか福原先生が戻ってきており、雄二の自己紹介の番となっていた。

 

 

「Fクラス代表の坂本雄二だ。俺の事は代表でも坂本でも好きなように呼んでくれ。

そこで早速皆に聞きたいんだが、――――かび臭い教室、古く汚れた座布団、薄汚れた卓袱台、Aクラスは冷暖房完備の上に、座席はリクライニングシートらしいが―――……不満はないか?」

「「「「「大有りじゃあーーーー!!!」」」」」

 

 

(さすがは雄二、扇動力があるなぁ……)

 

 

 不満をあおり、自分の進ませたい方向へ扇動する力……。とても、僕にはない力だ。雄二はAクラスへの試召戦争を宣言し、それに勝つための秘策を伝えている……。説得力のある言葉で、クラスメイトもだんだんその気になってきているようだった。

 

 

「――――それに、吉井明久だっている」

 

 

 ……雄二。前から思ってはいたのだけど……。どうしてここで僕の名前を出すのかなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰だよ、吉井明久って」

「聞いたことがないぞ」

 

 

 クラスの士気に陰りがでているものの、アイツを試召戦争に引っ張り込む為にあえて名前を挙げる。そして観察処分者の利点を伝えておけば、Fクラスの連中もアイツの有効性がわかるだろう。……そうすればアイツの事だ、いくらその気がなくとも試召戦争に参加せざるを得ない。……と、そこまで考えていたのだが、いくら待っても明久のバカが騒ぎ立てないので気になってアイツを見てみると、

 

 

「……本当に誰の事だろうねぇ?」

 

 

(…………あの野郎)

 

 

 自分の印象があまり皆に知られていないのをいい事に、あろうことか他人のフリをしていやがった明久を見て、俺は自分のコメカミがひきつるのを実感する。そして、アイツがとことん試召戦争に関わる気が無い事がよくわかった。

 それならそれで、俺にも考えがある。

 

 

「おい、お前の事だ、バカ明久!ちょっとこっちに来い!」

「……やれやれ、で?僕は皆みたいに何かできるわけじゃないよ?」

 

 

 しぶしぶ、といった感じで明久が前にやってくる。……そんなにやる気がないなら、強引に巻き込んでやろうじゃねぇか。

 

 

「謙遜するな、明久。お前は『観察処分者』じゃないか」

 

 

 『観察処分者』。その言葉を聞き、教室にざわめきがおこる……。観察処分者とは学生生活を営む上で問題のある生徒に課せられる処分である。具体的にいうと召喚獣で教師の手伝いをできるようにしたというものでその召喚獣は物理干渉ができるようになるものの、その負担の何割かは召喚者にフィードバックしてしまう。だから観察処分者とは成績不良かつ学習意欲に欠ける生徒に与えられるペナルティであり、それ故にバカの代名詞、とも言われている。

 

 

「観察処分者って事は、試召戦争で召喚獣がやられると痛いってことだろ」

「ということはおいそれと召喚できないヤツが一人いるってことになるよな」

 

 

 と、まぁ普通の奴は思うだろうな。だが、逆に考えれば1年早く召喚獣を動かされているという事で、操作に慣れているという事でもあるのだ。それを説明する為に俺は……、

 

 

「気にするな。どうせ、いてもいなくても同じような雑魚だ」

「そう、雄二の言う通り、いてもいなくても同じような雑魚だから極力邪魔しないようにしておくよ……」

 

 

 ……いつもの癖で、明久をバカにしてしまったが、それを利用されて話を終了させられてしまった。席に戻っていく明久の姿を見て、あの野郎、と思いもするが、そういう話にしてしまったのは俺の落ち度でもある。ただ……、

 

 

(色々と煽ってみたが、本当にやる気がないようだな……。まあ仕方がない。Dクラス戦では明久がいなくてもどうにかなるだろうからな……)

 

 

 今回は何とかなるだろうが、次のBクラス戦からは、アイツがいるといないのとでは大きく戦況が変わる事となる……。なんとか明久を引っ張りだす方法を考えるか……。

 

 

「……とにかくだ。俺達の力の証明として、まずはDクラスを征服してみようと思う!そこで明久、お前にはDクラスへの使者になってもらう、無事大役を果たせ!」

「まあ、宣戦布告だけなら別にいいよ……、時間は、今日の午後からでいい?」

「ああ、行って来い」

 

 

 気軽に使者の役目を負おうとする明久に、俺は内心でほくそ笑む。……恐らく明久は下位勢力からの宣戦布告をする『意味』を知らないのだろう。痛い目にあってくるがいい……。そう思い、ニヤリとしてしまいそうになる口角を我慢しながら明久を送り出す事にする。

 

 

「じゃあ、伝えたらそのまま職員室に行ってくるから」

「ん?お前、また何かやったのか……?」

「ちょっとね……、じゃあ行ってくるよ」

 

 

 こうして明久が出ていく。……だが、いくら明久といっても下位勢力の使者がどうなるか位は知っていると思うが……。そもそも、今日ずっと観察してきたが、いろいろとアイツらしからぬ事が多い。姫路の件を引き合いに出したら、一にも二にも賛成すると踏んでいたにも関わらず断られてしまった事といい……。

 

 

(……といっても考えてもわからんから、とりあえず様子をみるしかないな……。尤も……おかしいと思っているのも俺一人じゃないみたいだしな……)

 

 

 明久を追って、密かに教室を出て行った1年の頃からの友人に、後で聞いてみるとするか……。

 そう思い直し、俺はDクラス戦の戦略を見直していくのだった。

 

 




文章表現、訂正致しました。(2017.11.18)


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第5話 宣戦布告

文章表現、訂正致しました。(2017.11.18)


「待つのじゃ、明久!」

「あれ?秀吉?」

 

 

 後ろから声を掛けられ振り返ってみると、僕の友人である木下秀吉が息を切らしながらやってきた。

 

 

「まったくお主は……一体どういうつもりじゃ?」

「どうって、何が?」

「使者の件じゃ。お主も知っておるじゃろう?下位勢力が宣戦布告をすれば、どうなるかという事を」

「……ああ、その事?」

 

 

 基本的に下位勢力の宣戦布告に対して上位勢力は断ることができない。さらに試召戦争が始まってしまうと行われる筈だった授業は補習というカタチで補われる。上位勢力としては無駄に時間をとられる結果となるので、基本的にその使者に鬱憤をはらすこととなるのが普通だ。

 

 

「一応、知っておったのじゃな?では何故お主はそんな平然としておる?」

「……心配してくれたの?秀吉?」

 

 

 僕がそう問いかけると、秀吉はこくんと頷き、こう続けた。

 

 

「うむ、それに……、今日のお主はどこかいつもと違うような気がしての……。うまく言葉に出せんのじゃが……、どこか具合でもわるいんじゃないかと思ってのう?」

 

 

 ……さすがは秀吉だね、人を見る目があるというかなんというか……。やっぱり友達の、特に秀吉の目はごまかせないな……。

 

 

「心配してくれて有難う、秀吉……。でも僕は大丈夫だよ?別に無理をしているわけでもないしね……」

「……まあ、お主がそう言うなら仕方ないのぅ……」

 

 

 ハァ……、と溜息をつきながら、とりあえずこれ以上の言及は控えてくれるみたいだ。まぁ……、言及されたとしても、何時も通りとしか答えようがないんだけれど……。

 

 

「……それより、秀吉も一緒に来るの?あぶないよ?」

「今のお主を一人で行かせる方が、もっとあぶないと思うのじゃが?」

 

 

 どうやらついてくる様子の秀吉に僕は苦笑する。こう決めたら、秀吉は引き下がらない。そんなやり取りをしている間にDクラスに辿りついてしまったし……しかたない……!

 

 

「……じゃあ、とりあえずすぐ逃げられるよう秀吉は下がっててね……。行くよ」

 

 

 僕はそう覚悟を決め、Dクラスの扉を開く。

 

 

「……失礼するよ、Dクラスの代表はいるかな?」

 

 

 Dクラスに入ってそう尋ねると、奥から代表らしき人物がやってくる。

 

 

「俺がDクラス代表の平賀だけど……、君は……たしか吉井君かい?」

 

 

 Dクラス代表であるらしい平賀君が僕の前までやってきて、訝しむ様子でそう尋ねてくる。

 

 

「うん……、僕はFクラスの吉井だよ。今日はFクラスを代表してDクラスに伝えたい事があってきたんだ」

「伝えたい事?」

「うん、僕達Fクラスは、今日の午後Dクラスに対して試召戦争を仕掛けるのでよろしくお願いします」

「………………え?」

 

 

 彼は、僕の言った事がわからないという顔で暫くの間ポカンとしているのがわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明久が宣戦布告をし、最初何を言われたのかわからなかったようであるDクラスじゃったが、それも束の間、現在は至るところで殺気がこみ上げてきておる……。下位クラス、それも最低クラスであるFクラスから宣戦布告されたのだから当然といえば当然じゃろうが……。Dクラス内が殺伐としてきている事もあり、そろそろ逃げる準備をした方がいいと思うのじゃが……、明久はというと、特に動く気配がみられない。

 

 

「最低クラスが俺達に向かって宣戦布告だと!?」

「舐めたことぬかしやがって!無事に帰れると思ってんのか!?」

 

 

 Dクラス数人が明久に詰め寄ってくる。しかし、それでも明久に動じた様子はみられなかった。

 

 

「……僕としては別に舐めていないし、Fクラスの使者として来ただけだけだよ。宣戦布告を伝えないと試召戦争ができないじゃないか?」

「俺達が言ってるのはそんな事じゃねぇ!最低クラスの分際で宣戦布告してくる事が舐めてるっつってんだ!!」

「それにテメェ観察処分者だろ!!そんな奴が宣戦布告に来ること自体がふざけてんだよ!!」

 

 

(明久ッ!)

 

 

 殺気が膨れ上がるのを感じ、ワシは明久の服の裾を掴む。しかし、それでも明久動かず、Dクラスの一人が明久に向かって殴りかかってきた。

 

 

(間に合わん……ッ!)

 

 

 ワシは明久が殴られると思い、目を閉じ、これからどうやってこの場を切り抜けるかを考えておったのだが……、

 

 

「!?うわっ」

「なっ!?」

 

 

 明久は冷静にその腕を掴み逆方向にひねり、殴りかかったDクラスの生徒はそのまま関節技を極められていた……。

 

 

「……確かに僕は観察処分者だけど、殴られなければならない覚えはないよ……。僕としてもこのまま殴られるつもりもないしね。それで?まだ続けるのかい……?」

「わ、わかった!わかったから離してくれ!」

 

 

 そう言われて明久はゆっくりと手を離す。そしてゆっくりとDクラスの代表に向き直り、

 

 

「それで平賀君、だっけ?試召戦争は今日の午後という事でいいかな?」

「……わかったよ、Dクラス代表としてその宣戦布告を受ける。……どのみち僕たちはその宣戦布告を断れないしね……」

 

 

 下位勢力の宣戦布告は、断る事ができない……。その事を言っておるのじゃろう……。じゃが、Dクラスの代表はその事より、明久の雰囲気に呑まれておるようじゃった。

 

 

「ありがとう、じゃあ僕たちは教室に戻るよ。ああ、あとゴメンね……、暴力を振るうつもりはなかったんだけど……」

「いや、それについては我々から仕掛けたことだからね、こちらこそ申し訳なかった……。代表としても謝罪するよ」

「……僕は気にしてないよ。暴力はともかく、君達の気持ちはわかるからね……。じゃあ、お手柔らかにお願いするよ……」

 

 

 そう言って明久は用は済んだとばかりにワシの方を振り向き、

 

 

「秀吉、行こ」

「う……うむ……」

 

 

 その明久の言葉に従い、ワシは明久と共にDクラスを後にした。

 

 

 

 

 

「……明久、お主本当にどうしたのじゃ?とても、いつものお主とは思えん」

 

 

 Dクラスを出て、ワシは先程から感じていた事を口にした。……朝、明久に挨拶をした時から見てきたのじゃが、どうもいつもの明久らしくない……。最初は少し違和感を感じただけだったのじゃが、先程のDクラスとのやり取りをみて、違和感は確信へと変わった。

 

 

(少なくとも昨日までのワシの知る明久ではない……。まして、演技をしているようにも思えん……)

 

 

 まるで『人』が変わったかのように……。ワシの問いに、明久はゆっくり向き直ると、

 

 

「秀吉……。君が何を言いたいのかはわかるよ……。でも、ゴメン……うまく言えないんだ……」

「……それはワシの言葉通り、お主がいつもの『明久』ではない……ということかの?」

 

 

 ワシがそう言うと、明久は困ったかのように苦笑を浮かべながら探るような口調で答える。

 

 

「……僕は、僕だよ……。秀吉や雄二、ムッツリーニ達と一緒に……、去年、色々バカをやってきた『吉井明久』さ……。ただ……、秀吉の言う『いつもの』僕かと言われると……うまく話すことができないんだ。……秀吉に、秀吉達に嘘をつきたくないし、それに……」

「それに……?」

 

 

 そこまで言うと明久は真剣な顔でワシに向き直り、ハッキリと言った。

 

 

「僕は秀吉達を親友と思っている。――島田さんの新しい教科書を探す為に、一緒に探してくれたあの日から、……バカな僕に付き合ってくれて……、いろいろと巻き込んでしまっている君達に、その場だけの事を言って誤魔化したくはないんだ!」

 

 

 その言葉を聞いてワシは確信を持った。この目の前にいる人物は『明久』であると。例えいつもと違う雰囲気を持っておっても、ワシの知る明久であると……!

 

 

「……今の言葉だけで十分じゃ、明久。ワシとて無理に聞こうとは思っとらん。朝、そして先程の様子を見ていて、お主に何かあったのではと心配になっただけじゃ。じゃが……今の言葉を聞いてワシはお主が『明久』である事はわかった」

「……秀吉」

「じゃが、悩みがあれば相談はしてほしいのう。ワシも、お主の事を親友だと思っておるのじゃから……」

「うん……わかった、秀吉……。その時は、ちゃんと話すから……!」

 

 

 そう言いきった明久に、偽りの色は無かった。その後、明久は職員室に行くと言い、そこで別れるも、歩いていく明久の後姿を見ながら、ワシは思う。

 

 

(明久……何を抱えておるかは知らん……。じゃが、ワシはお主の味方じゃ……。じゃから……あまり無理はするんじゃないぞい……)

 

 

 そう思い直すと、ワシも報告の為、Fクラスの教室へ戻る事にする。無事、Dクラスへの宣戦布告が済んだ事と、明久の事を伝える為に……!

 

 

 



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第6話 明久VSDクラス

文章表現、訂正致しました。(2017.11.18)


――科学と偶然、……そしてオカルトによって開発された「試験召喚システム」……。それを試験的に採用し、学力低下が嘆かれる昨今に新風を巻き起こした、ここ文月学園。その特殊的な環境から、教員にしても通常の高校の職員に比べ、特別な才能を求められる。学園長の方針により、教員もそれぞれ試験を受けさせられ、生徒と同じように召喚獣を与えられる。当然、しっかりと生徒に学問を教えられる資格があるのかという事を、常に問われる状態にあり、1人1人、その準備は入念に行なわれる……。尤も、その業務は多忙を極める為、文月学園では、程度に応じて生徒に手伝いを促す権限も与えられているのだ。

 

 現在、文月学園には『観察処分者』という、問題を起こしやすい生徒を監視すると名目で、その生徒に教員の手伝い……、ありていに言えば、雑用を任せる事ができる生徒がいる訳だが……。

 

 問題を起こす=観察処分者の責務もサボる

 

 この公式が生まれてしまっており、基本的にその業務は各教員の手で行なわれている状況であった。

 

 ……………………昨日までは。

 

 

 

「……まさか、お前が自分から進んで観察処分者の仕事をしにくるとはな……」

 

 

 西村教諭の手伝いをしながら、僕はそんな事を言われる。

 

 

「…………そんなに意外ですか……?」

 

 

 実際のところ、意外なんだろうな……。そう思いながら苦笑する。僕が職員室にやってきて、手伝いたいと言った後、何人かの教師が自らの耳を疑い、保健室に走って行ったくらいである……。

 

 

「…………今度は一体何を企んでいる?吉井」

「企んでいるといわれても……」

 

 

 実際に、何も企んでいないのだから答えようがない。事実、僕にとっては現状確認と、純粋に観察処分者の責務を果たしに来ただけなのだ。

 

 

「……しいて言うならば……、お世話になったから、ですかね……」

「…………吉井、お前本当に大丈夫か……?」

 

 

 本日、何度目だろう台詞を聞きながら、自習用のプリントを召喚獣に運ばせる。午後よりFクラスvsDクラスの試召戦争のせいで、他の教員も召喚フィールド展開に追われる事により、その他のクラスは自習となった為、それに使用するプリントという事だった。

 

 

「何度も言いましたが、僕は大丈夫です。じゃあ、次はこれをAクラスに運べばいいですか?」

「……ああ、それよりも吉井、お前も今日の試召戦争に参加するのだろう?そろそろ昼休みも終わるし、俺も補修室に行かなければならん」

 

 

 実は参加するかどうかも決めかねているんですがね……。心の中で、そうごちりながら、僕は黙々とそのプリントを召喚獣に持たせる。

 

 

「……とりあえずこれを運んだ後、Fクラスに戻る予定です」

「そうか……。じゃあ高橋先生、すみませんが……」

「わかりました、じゃあ吉井君、お願いします」

 

 

 高橋先生に促され、Aクラスに向かおうとしたその時、1人の女生徒が職員室にやってきた。

 

 

「失礼します、高橋先生はいらっしゃいますか?」

 

 

 肩にかかる程度の長さの髪をゆったりと片ピンで縛ったいでたち。一見すると友人である秀吉だと思われるが……、

 

 

(秀吉……じゃないな、多分、お姉さんの木下優子さんだ……)

 

 

 よく見ると制服も男子の物では無く、女生徒の物だ。

 

 

「あら木下さん、何かありましたか?」

 

 

 高橋先生が、そう木下さんに問いかける。彼女も担任を見つけ、こちらの方にやってきた。

 

 

「いえ、自習と言われましたので……、課題の確認にきました」

「そうでしたか、今プリントを持っていくところだったので、ちょうどよかったです」

 

 

 そこで、初めて木下さんが僕に気付いたようだった。

 

 

「あれ?あなた吉井君、よね?」

「えっと……秀吉、のお姉さん?」

「そうよ、私は木下優子よ。それで吉井君、貴方はどうしたの?」

「うん、ちょっと観察処分者の仕事をね……」

 

 

 そう言って、僕は召喚獣に持たせたプリントを彼女に見せる。

 

 

「ちょうど吉井君にはAクラスにプリントを持って行ってもらうところだったのですよ」

「そうなの……。観察処分者も大変ね……」

「あはは……。まあ、自業自得だけどね……。さぁ、高橋先生行きましょうか」

「そうですね、木下さんも戻りますよ」

「あ、はい。わかりました」

 

 

 

 

「そういえば吉井君は何クラスなの?」

 

 

 Aクラスに向かう途中、木下さんから尋ねられる。ちなみに僕の召喚獣は大量のプリントの束をかかえている為、あまり余裕はない。

 

 

「ん?ああ、秀吉と同じFクラスだよ」

「…………秀吉もFクラスなのね……。ところで……、Fクラスならもう試召戦争が始まってるんじゃないの?」

「まあ……ね、正直僕はあまりやる気はないんだけど……」

 

 

 そう言って僕は溜息をつく。そう、少し気が進まないのだ……。振分試験完了後に、即試召戦争を仕掛けるなど……。

 

 

「……FクラスがDクラスに宣戦布告をしたって聞いたけど?」

「えっと……、それには訳が……」

「見つけたぞ!吉井!!」

 

 

 そう言い掛けたその時、何処からともなくそんな声が聞こえる。振り返ってみると、そこにはDクラスの生徒3人……宣戦布告の際に僕に殴りかかってきた生徒達がそこにいた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきなり怒声に振り向くと、3人の生徒が吉井君を睨み付けていた。

 

 

「さっきはよくもやってくれたな、吉井……」

「覚悟はできてるんだろうな!!」

 

 

 あきらかに普通じゃない彼らの様子に、気になった私は吉井君に小声で尋ねてみた。

 

 

「……吉井君、何かしたの?」

「……さっき宣戦布告した際にちょっと、ね……。で?君達、一体何しにきたの……?」

 

 

 吉井君も小声でそう返すと、彼らに向き合い、そう尋ねる。

 

 

「もちろん決まっているだろ!?テメェを補修室送りにする為に来たんだよ!!」

「……ここはFクラスとは反対の廊下なんだけど……。もしかして、ずっと僕を付けていたの……?」

 

 

 暇だねぇ……、そう呟く吉井君に、相手の男子はますますいきり立っているみたいだった。

 

 

「ちょ……、ちょっと、吉井くん……!」

「テメェは真っ先に潰してやるぜ……、吉井!!」

「木下もいるんならちょうどいい……まとめてやってやるよ!!」

 

 

 挑発するような態度の吉井君を嗜めようとした私に、彼らはそんな事を言ってくる。

 

 

「えっ!?私っ!?私は……!」

「……彼女は関係ないだろ?気に入らないなら僕だけをやればいい……」

 

 

 いきなり私も標的にされ、戸惑っていたところを吉井君が庇う様に前に出る。

 

 

「ちょっ!?吉井君!?」

「……巻き込んじゃってゴメン……。危ないから下がってて」

「カッコつけてんじゃねえよ、吉井!!先生、俺達Dクラス3名、数学で吉井に挑むんで召喚許可を!!」

「待ちなさい!吉井君は今……!」

 

 

 高橋先生も流石に見かねたのか、彼らに注意しようとしたのだけど、それを意外な人物が止める。

 

 

「高橋先生、かまいません……。直ぐに終わりますから……」

 

 

 彼はそう答え、召喚獣が持っていた資料を自分が持ち直し、戦闘準備を整える。そんな様子を見て、高橋先生は溜息をつき……、

 

 

「……分かりました、数学、承認します」

「「「試獣召喚(サモン)!!!」」」

 

 

 先生の言葉を受け、Dクラスの3人が試験召喚獣を呼び出す。

 

 

 

【数学】

Dクラス-鈴木 一郎(101点)

Dクラス-笹島 圭吾(96点)

Dクラス-中野 健太(89点)

VS

Fクラス-吉井 明久(51点)

 

 

 

 既に召喚されていた吉井君の点数も表示される。クラスの差もあり、吉井君の彼らとの点数差は約2倍……。状況も状況なので、私も先生に願い出ようかと思い、

 

 

「吉井君!さすがに3人相手は……」

「……行くよッ!」

 

 

 ええ!?人数、点数ともにあまりにも不利な状況に彼に声を掛けた瞬間、動いてしまった吉井君に、私は驚きを隠せない。吉井君が動くのに伴い、Dクラスの相手も構えるのがわかった。私はこれから起こるだろう出来事に片目を瞑ってしまうと……、

 

 

「舐めるな……、えっ!?」

「なっ!?」

 

 

 

【数学】

Dクラス-鈴木 一郎(101点)

Dクラス-笹島 圭吾(0点)

Dクラス-中野 健太(0点)

VS

Fクラス-吉井 明久(51点)

 

 

 

「な……なんだと……!?」

「一撃で……戦死した……?」

 

 

 何が起こったのか、私にもよくわからなかった……。吉井君は突っかかってきた相手の攻撃を紙一重でかわした後、すれ違いざまに相手の鳩尾を木刀で突いていた……。そして、さらにあっけにとられていたもう一人に近づき首に突きを入れる……。目にも止まらぬ早業とはこの事で、一瞬の事にやられた相手も呆然としているようだった。

 

 

「さて……、君も、覚悟はいい?」

「クッ……調子に乗るなっ!!」

 

 

 残った一人が武器を振り回すものの吉井君の召喚獣にはかすりもしない。最小限の動きで相手が操作する武器をひらりひらりとかわしていく……。

 

 

「クソッ!なんで当たらない!?」

「……隙だらけ、だよ!」

 

 

 大降りになりバランスを崩したところに足払いをかけられ、相手の召喚獣がひっくり返ったところで、手に持った木刀で冷静に召喚獣にトドメをさす。

 

 

 

【数学】

Dクラス-鈴木 一郎(0点)

VS

Fクラス-吉井 明久(51点)

 

 

 

「戦死者は補習!!」

「「「そ、そんなバカな――!?」」」

 

 

 決着がついたところを西村先生が現れ、悲鳴を上げるDクラスの3人を担いでいってしまった……。

 

 

「す……すごい……」

「時間を取らせてすみませんでした……。それでは行きましょう、高橋先生、木下さん」

 

 

 私はあまりの手際の良さに半ば放心していると、吉井君は何事もなかったかのように、自分が持っていたプリントの束を再び召喚獣に抱えさせるとAクラスに向かって歩き出していた……。

 

 

 



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第7話 Aクラスとの交流

問題(国語)
以下の意味を持つことわざを答えなさい。
(1)得意なことでも失敗してしまうこと
(2)悪いことがあったうえに、更に悪いことが起きる喩え



姫路瑞希の答え
(1)弘法も筆の誤り
(2)泣きっ面に蜂

教師のコメント
正解です。他にも(1)なら「河童の川流れ」や「猿も木から落ちる」、(2)なら「踏んだり蹴ったり」や「弱り目に祟り目」などがありますね。



土屋康太の答え
(1)弘法の川流れ

教師のコメント
シュールな光景ですね。



吉井明久の答え
(2)泣きっ面に蜂(僕にも「泣きっ面蹴ったり」なんて答えた時期がありました……)

教師のコメント
君の名前をみただけで×をつけた先生を許してください。しかし流石にそんな鬼のような答えを書く生徒はいないと思いますが……。



須川亮の答え
(2)泣きっ面蹴ったり

教師のコメント
……あなたは鬼です。



「す、すごいわね?一人で同時に3人も相手にして、それも全員ほぼ一撃で倒すなんて……」

「ん?……ああ、慣れれば誰でも出来るだろうし、別にどうってことはないよ……」

「……自分より点数も高い相手だったのだから、慣れとかっていうレベルじゃないと思うけど?」

 

 

 さっき見た光景が忘れられず話しかけたものの、吉井君の回答は実にあっさりとしたもので……、そこには謙遜しているという感じはせず、本当になんでもないと思っているようだった。

 

 

「……召喚獣には、人間の人体と同じように急所がある……。そこを突けば、案外簡単に倒せるものなんだ……」

 

 

 あまりに点数に差がつきすぎている時は難しいかもしれないけど……。ポツリとそんな事を呟く吉井君。

 

 

「だから、召喚獣の操作に慣れればこんな事、すぐにできるようになるよ……」

「……召喚獣にそんな弱点があるなんて……よく気付いたわね……。でもいいの?そんなことをアタシに教えちゃって……」

 

 

 そう言うと、吉井君は肩をすくませて、

 

 

「僕の召喚獣は観察処分者仕様だからね……。フィードバックを受ける際に気が付いたんだ……。それに、別に隠すことじゃないでしょ?こんな事……」

「そういう事じゃなくて……Aクラスのアタシに……その、教えちゃっていいの?」

「……?いいんじゃないの?」

「……もう、いいわ」

 

 

 あっけらかんとした吉井君の様子に私はハァ……、と溜息をつく。だけど、吉井君と話していてわかったことがある。彼には、打算のようなものが無い……。だからありのままで、自然体で私と話しているのだろう。……彼といると、なんというか優等生として振る舞っている事が疑問に思えてくる。

 

 

「Aクラスについたようだね……。よっと……」

 

 

 吉井君の召喚獣が持っていたプリント背負い直し、Aクラスの教室に入ると教壇の上にそれをゴソッと置く。

 

 

「おや?君は……吉井君?一体どうしたんだい?」

 

 

 そこへ教室で既に自習していた学年次席でもある久保君が立ち上がり、そう声をかけてくる。

 

 

「ああ、久保君。ちょっと観察処分者の仕事をね……」

 

 

 うーん、と伸びをしている吉井君を見て、久保君は、

 

 

「……大変だね、観察処分者というのは……」

「まあね……。でも、それは自分の自業自得だからいいんだ……。さて、試召戦争も始まってるし戻らないとな……」

「ん?試召戦争中というと……吉井君はDかFクラスなのかい?」

「うん、あまりやる気はないんだけど……。とりあえず教室に戻らないと迷惑をかけちゃうからさ……」

 

 

 さっきもそれで木下さん達に迷惑をかけちゃったしね、と吉井君が零す。

 

 

「さっきも気になったんだけど……。今回の試召戦争はFクラスから仕掛けたのよね?それに、さっきもあんなに上手く召喚獣も扱えるのに、吉井君はなんで試召戦争に消極的なのかしら?」

 

 

 召喚獣の操作に自信がないのであればわかる。しかし自分より点数が高い相手を、それも3人も同時に相手をして勝つ事ができる腕を持っているのに、どうして吉井君は試召戦争にやる気が無いのかしら……?

 

 

「僕としては、振分試験が済んだばかりで努力もしていないFクラスが他のクラスに試召戦争を仕掛けて設備を入れ替えようという事は違うって思うんだ……。正直な所、雄二が指揮を執るという事でなければ僕は協力もするつもりも関わる気もないんだけど……」

 

 

 ……へぇ、吉井君はそういう風に考えているのね……。でも、と私は思う。そう思うなら、なんで彼はFクラスにいるんだろう、と……。彼の口振りでは、努力しようとしない人達が努力している人を陥れるというのは我慢できない、という風にも聞こえる……。正直、1年の時の吉井君の噂は最悪なものだったけど……、少なくとも、今の彼は、それらの噂とまるで無関係の人物のように思える。……そもそも、自分が努力していなければ、そうでなければそんな考えになる筈ないもの……。

 

 

「……雄二が指揮をとってるの?」

 

 

 そんな時、私達の話を聞いてやってきた、Aクラスの代表でもある霧島さんが話に加わってくる。

 

 

「霧島さん?うん……、雄二はFクラスの代表だからね……」

「あれ?代表、坂本君の事知ってるの?」

「……うん、雄二は幼馴染だから……」

 

 

 それを聞いて私は、あら、と思った。代表は1年の時から、その、同姓愛者じゃないかっていう噂もあったから……、こうやって男の子の名前を聞いて反応を示すという事に新鮮さを感じる……。

 

 

「……しかし、FクラスでDクラスを倒すことができるのかい?振分試験直後だし、点数差から見ても非常に厳しいと思うのだが……」

 

 

 坂本君が代表と幼馴染だったというのも驚いたけど、私もそう感じている……。仮に、いくら吉井君のような操作技術がFクラスにあったとしても、Dクラス全員を相手には流石に戦えないだろうと思う……。

 そう思う私達を尻目に、吉井君はこう続けた。

 

 

「……幼馴染の霧島さんは知ってると思うけど、雄二には統率力があるし、策略もあるからね……。多少の点数差だったら覆す力がある。……それに、Fクラスには姫路さんもいるから……」

「「えっ!?」」

 

 

 姫路さんがFクラスと聞き、私と久保君の声が見事にハモる。あまり感情を表さない代表も、繭を潜め、怪訝そうな表情になっていた。

 

 

「……振分試験当日に熱を出しちゃったみたいでね……。途中退席して無得点扱いとなってしまったみたいなんだ……。だから、こう言っちゃなんだけど……、Dクラスには勝てると思う」

「Aクラスにいないと思ったら、そういう事だったの……」

「そうか…姫路さんはFクラスなのか……」

「……でも吉井、そんな事私たちに言ってもいいの……?」

 

 

 私が先程気になって聞いてみた事を、代表が吉井君に尋ねる。代表の言うとおり、Fクラスの情報を私たちに話しちゃってもいいのかな……?

 

 

「……いいんじゃないかな?姫路さんがFクラスにいる事は今日にでもわかる筈だし、雄二はさらに試召戦争をするつもりみたいだしね……」

「……Dクラスの設備じゃ満足できないって事?」

 

 

 設備目当てだったとしたら、とりあえずDクラスで我慢しておくべきだと思う。FクラスとDクラスの設備差はかなりの物だと思うし……、Cクラス以上になったら、いくら姫路さんがいたとしても、彼女だけで戦い抜くというのは難しいと思うから。

 

 

「いや、雄二は設備云々というよりも試召戦争で勝つという事が目的みたいだよ……?Fクラスの設備は確かに酷いと思うけど、正直、僕はどうでもいいと思っているし……。……雄二には戦争反対だと伝えたけれど、これからも試召戦争を起こす以上は、僕も最低限は協力するつもりだしね……」

「……ずいぶん坂本君を信頼しているみたいだね」

「……雄二は、普段は僕の幸せを許せないとか言ってる奴だけど……、『親友』だからね」

 

 

(ずいぶんと信頼しているのね)

 

 

 私は学校では優等生という仮面を被っている為、本当の自分を知っているのは秀吉と両親だけ……。ここまで自分をさらけ出し、坂本君を信頼している吉井君の姿は、私には眩しく見える……。

 

 

「……うらやましいよ、坂本君が」

「そう?僕としては久保君達とも友達になりたいかな?……ただ、僕はFクラスだし……、Aクラスの皆とは釣り合わないよね……?」

「いや、友達にクラスは関係ないだろう?」

「……私も気にしない」

「そうね、アタシも別に気にしないわよ」

「……ありがとう」

 

 

 吉井君が少し照れくさそうにそう言った時、学園全体にアナウンスが入る……。

 

 

『連絡致します、船越先生、船越先生』

 

 

「うん?呼び出しかな」

「……この声、何か嫌な予感が……」

「吉井君?どうしたの?」

 

 

 何やら浮かない顔をしている吉井君が気になり、そう尋ねる私。しかし、その放送から、先程の続きが流される。

 

 

『吉井明久君が体育館裏で待ってます』

 

 

「「……は?」」

「……吉井はここにいる、この放送はおかしい」

 

 

 吉井君を見ると無表情になっているし……、これは……!

 

 

『生徒と教師の垣根を越えた、男と女の大事な話があるそうです』

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

 それを聞き、ここにいる全員が無言になる……。ふ……船越先生っていえば、婚期を逃して生徒たちに単位を盾に交際を迫っているって噂よね……。それって、かなりまずいんじゃあ……?

 

 

「……ゴメン、ちょっと行かなきゃならないところができた」

「……吉井君、僕も一緒に行くよ。君一人で行くのはあまりにも危険すぎる」

「……そうね、アタシも行くわ。女子がいれば船越先生も少し冷静に話を聞いてくれるだろうし……」

「……わたしは?」

「自習とはいえ代表まで席を外すのは不味いと思うから……、アタシ達が出ている間、皆を纏めていて貰えますか?」

「……わかった」

 

 

 私の提案に、こくん、と頷いてくれる代表。さて、早く行かないと……!

 

 

「それでは行くとしよう、高橋先生、すみませんがちょっと席を外しても宜しいでしょうか?」

「長時間という訳にはいきませんが、事情もわかりましたしね、許可します」

 

 

 久保君が高橋先生に許可をもらい、私も吉井君に向き直る。

 

 

「有難う御座います、それではいきましょう、吉井君」

「すみません高橋先生、長居をしてしまいました」

「いいのですよ吉井君、それよりご苦労様でした。休み時間も超過してしまってすみませんでしたね」

「いえ、それでは失礼します。……ありがとう、久保君、木下さん。よろしくね?」

「ああ、急ごう!」

「ええ!」

 

 

 こうして、私達3人はAクラスを後にした……。

 

 

 




文章表現、訂正致しました。(2017.11.18)


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第8話 久保の思い

問題(英語)
以下の英文を訳しなさい。
『This is the bookshelf that my grandmother had used regularly.』

姫路瑞希、木下優子、久保利光の答え
『これは私の祖母が愛用していた本棚です。』

教師のコメント
正解です。きちんと勉強していますね。


土屋康太の答え
『これは  』

教師のコメント
訳せたのはThisだけですか。


吉井明久の答え
『これは私のグランドマザーが普段から使っていたブックシェルフです。』

教師のコメント
吉井君とは思えない回答に驚いています。ただこの場合、『use regularly』で『愛用する』という意味になります。
……あと間違いではないのですが、『bookshelf』、『grandmother』も和訳してくれると助かります。


須川亮の答え
『★○◇▼×?♯』

教師のコメント
できれば地球上の言語で。



「そう……じゃあ、あの放送は嘘だったのね……」

 

 

 僕達は今、体育館裏で待っていた船越先生に先程の放送について、説明をしている。……余談だが、待っていた船越先生が吉井君を見つけた時、恐ろしい程の形相で襲いかかってきた為、冷静にさせるのが本当に大変だった……。挙句の果てには止めようとしている僕にまで矛先を向けられ、木下さんがなんとか説得してくれていなければ一体どうなっていたことやら……。

 

 

「はい……、Fクラスの須川君が流した偽情報かと思われます」

「吉井君は観察処分者の仕事で私達とAクラスにいましたし……」

「「「お騒がせして、申し訳御座いませんでした……」」」

 

 

 そう言って、3人で頭を下げる。それを見た船越先生は溜息をひとつつき……、

 

 

「ふう……。事情はわかったわ……、こちらこそ御免なさいね……」

 

 

 僕達の説明に納得してもらえたのか、ひとまず落ち着いてくれたみたいだ……。よかった……。

 

 

「それにしても一体どういうつもりかしら……。いくら試召戦争と言っても、寄りにもよってこんな嘘をつくなんて……。」

「それは……」

 

 

 ……恐らくFクラスは数学の担当をされている船越先生に、来て欲しくなかったのだろう……。船越先生が婚期を逃し、それに付け込まれた、というのが今回の騒動の原因に違いない……。だが、それを直接本人に伝えるのは……。

 

 

「……だったら、直接聞いてみたらどうですか?須川君ですけど……、まだ放送室にいるかと思いますよ。……もしかしたら、船越先生に何か言いたかった事があったのかもしれないですし……」

 

 

 吉井君!?君は何を……。それに、今放送室には……。

 Aクラスから出たあと、光の速さかと思うほどのスピードで走って行った吉井君を追って放送室に着いた時には、グルグル巻きにされ気絶した須川君?が転がっていた……。そこに、船越先生が乗り込んだら……!

 

 

「何かって……?」

「放送では恥ずかしくて僕の名前を出してしまったようですけど……、普段話せないような事とか……、あったんじゃないですかね……?まあ、後は本人に聞いてみなければわからないので……」

「放送室ね!?じゃ、じゃあ、ちょっと行ってくるわ!!」

 

 

 そう言うと、船越先生は走り去っていってしまう……。あの様子だとまた暴走してしまっているようだ……。

 

 

「容赦ないわね……、まあ自業自得だと思うけど……」

 

 

 3人だけになり、木下さんが溜息をつきながら、吉井君に言う。……こうなれば、後は須川君?の冥福を祈るしかない。

 

 

「ん?ああ……、でも彼も覚悟の上でしょう?……人を貶める、という事は自分も貶められるかもしれない……、ってね。……正直、久保君と木下さんがいなかったら、僕もどうなっていたかわからなかったし……」

 

 

 そう言ってブルッと身震いする吉井君。……正直、僕も船越女史からは恐怖しか感じなかった。

 

 

「それには僕も同感だね……、今回の件は彼の自業自得だよ。それよりも吉井君、君は……」

「明久~、そこにおったか~」

 

 

 僕の言葉を遮るように、遠くから木下さん?が手を振ってやってくるのが見える。……ん?木下さんはここにいるが……。

 

 

「……秀吉?」

「あら、本当……。秀吉じゃない、どうしたのよ?」

「うむ?姉上に、久保かの?どうして明久と一緒にいるのじゃ?」

 

 

 やってきた木下さん?に2人はそう答える。ああ、彼が木下さんの双子の弟なのか……。それにしても、そっくりすぎて見分けがつかない……、というのが正直なところだが……。

 

 

「……観察処分者の仕事でAクラスにいたところに、あの放送が流されたからさ……、久保君と秀吉のお姉さんが一緒に誤解を解いてくれたんだよ。……それよりも秀吉はどうしたの?」

「ワシもお主が戻らんから心配しとったところにあの放送じゃ。しかもDクラスの数人が明久を補修室送りにしようと探しておったようぢゃし、ちょっとお主を探しておったのじゃよ。……して、船越女史の誤解は解けたのかの?」

 

 

 心配したようにそう尋ねてくる木下君に、

 

 

「二人のおかげでなんとかね……。それより秀吉はいいの?……僕が言えた義理じゃないけど、試召戦争中でしょ?……抜け出して大丈夫なの?」

「それは雄二に断ってきたから大丈夫じゃ。……雄二もお主を少し気にしておったし。……しかし、姉上達がいるとは思わんかったのう……」

 

 

 そう言って木下君がこちらを見る。……心なしか、木下さんを見るとき、緊張しているような気もするが……?

 

 

「君が木下さんの弟さんか、……君のことはなんと呼べばいいのかな?」

「……お主はワシを男だと見てくれるのか?」

「?……男子の制服を着ているのだから男子なのだろう?」

 

 

 そう答えた瞬間、ガシッと肩を掴まれる。

 

 

「……久保、ワシを男と見てくれて嬉しいのじゃ!!」

 

 

 そう、とても嬉しそうに話してきた。……成程、その容姿から男子とみられていない訳か……。

 正直なところ僕は今、恋愛にあまり興味がない……。興味を持っている人物はいる……。それが目の前の吉井君だ……。一年の時から見てきたが、いろいろ問題を起こしてはいるものの、彼には人を引き付ける何かがある……。さらに今の彼からは、それに加えて何処か落ち着いた雰囲気も併せ持っている。今までは吉井君に対して抱いていた感情が分からなかった……。だけど今、吉井君と一緒にいて気付いた面もある。

 

 

「落ち着きなさい秀吉、全く……話の腰を折らないでよね……」

「す、すまんのじゃ姉上、……つい嬉しくてのう……」

「でも、確かに何て呼べばいいかな?秀吉がいる時に木下さんっていうのも変だしね……」

「それは、そうだね……。僕も木下さんがいる時、君を弟君、というのもおかしな気もするが……」

 

 

 僕と吉井君が、そう苦言を呈すと、木下さん達はお互いに顔を見合わせて、こう伝えてくる。

 

 

「ワシは秀吉でよいぞ。明久たちからもそう呼ばれておるしのう」

「アタシも優子でいいわ、双子なんだし木下さんだとわからないでしょうから……」

「わかったよ、これからは優子さんって呼ばせてもらうね。久保君は……そうだね、利光君って呼んでいいかな?僕の事もこれからは明久でいいからさ……」

 

 

 彼が屈託ない笑顔でそう伝えてくるのを見て、僕は気付いた事がある。……そう、僕は……、

 

 

「ああ、僕もこれからは明久君、秀吉君、優子さんと呼ばせてもらうよ、僕の事も利光でかまわない」

「わかったわ、これからもよろしくね、明久君、利光君」

「こちらも了解じゃ、明久、利光」

 

 

 僕は、こうやって吉井君の作る輪に入って、笑いあっていたかったんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秀吉と共にFクラスに戻る途中、

 

 

「それにしても……姉上が、のう……」

「?どうしたの秀吉?」

 

 

 意味ありげにそんな事を呟く秀吉に、僕は聞いてみる。

 

 

「いや、先程姉上が言っておったじゃろう?いつでもAクラスに遊びに来なさい、と」

「ああ、確かに言ってたね……。でもそれがどうしたの?」

「あの姉上が利光が傍におったからといっても、Fクラスであるワシらにあんな事を言うとは思わなかったのじゃ」

 

 

 教室に戻る為に、優子さん達にお礼を言った時の話だろう……。何時でもAクラスにいらっしゃい……。最後に優子さんは、そう僕達に伝えてきた。

 

 

「……そんなに意外なんだ?」

「うむ、普段の姉上ならばFクラスの人と関わり合いになろう等とは思わん筈じゃし、何より猫かぶっとる姉上が、明久の弁解に出るという事自体が信じられん……」

 

 

 ……普段の優子さんとのギャップが秀吉の中にあるのか、少し処理落ちしかかっているように見える。でも……、例え秀吉がそう言っても、

 

 

「……彼女が僕の弁解に来てくれたのは事実だし、ああ言ってくれたのも本心からだと思うよ。秀吉ならば演技しているかどうかなんて、見たらわかるでしょ?」

「だからわからんのじゃ……。あのズボラで猫かぶっとる姉上が…………ハッ!?」

 

 

 優子さんの日常らしくものを口走ってしまい、しまったという顔をしている秀吉がぎこちなく僕の方を向く……。

 

 

「あ、明久……。今のは……、その……」

「普段からポーカーフェイスを身に付けている秀吉らしくないね。まぁ安心してよ、お姉さんには内緒にしておくから」

 

 

 それを聞き、ホッと胸をなでおろす秀吉を尻目に、それに、と続ける。

 

 

「普段、優子さんがどうだったとしても……、彼女は友達だよ。本当に助けられたし、困ってたら助けてあげたいと思う。……尤も、それは優子さんだけじゃなく、秀吉や利光君、雄二達もだけどね」

「……やっぱり明久は明久じゃのう」

 

 

 僕の言葉を聞き、秀吉が嬉しそうにそう呟く。それを見ながら僕は少し昔を思い出す……。

 

 

(……本当に君達には助けてもらってるよ、君達がいなかったら僕は……)

 

 

「おう、ここにいたか、明久、秀吉」

 

 

 過去の記憶に思いを馳せようとしたその時、聞こえてきた声に引き戻され、僕はその人物を確認する。

 

 

「……雄二」

 

 

 振り向いたその先、そこにはFクラスの代表である坂本雄二が立っていた……。

 

 




文章表現、訂正致しました。(2017.11.18)


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第9話 決着、Dクラス戦!

文章表現、訂正致しました。(2017.11.19)


「明久、今まで何処に行っていやがった?職員室に行くとは聞いていたが、まさか試召戦争が始まっても戻ってこないとは思わなかったぞ」

 

 

 姫路の回復試験も終わり、試召戦争に決着をつける為、近衛部隊とともに陽動をかけようと向かっている途中に、戻ってきた明久と秀吉を見かけ声をかける。

 

 

「……正直、僕も試召戦争が始まる前には戻れると思ったんだけどさ……、思わぬ時間を喰ってね……。そもそも……、あの『放送』は雄二の案でしょ……?」

「気付いてやがったか、その場にいない奴の名前を使った方が戦力も下がらずに済んだし……まあ成り行きだな」

「全く……、だけど彼は戻ってこれないと思うよ?さっき、放送室の方から悲鳴が聞こえたしね……」

「……あの悲鳴は須川じゃったのか……」

 

 

 実際のところ須川から放送の内容を聞かれた時に明久の名前を使おうとは思っていたが、秀吉から明久の話を聞いていた為、Fクラスの誰かを使え、とは奴に言っておいた。だが須川は俺の意図してか偶然かは知らないが……明久の名前を使いやがった。まぁ、それについては笑わせて貰ったからいい。後は……、

 

 

「そんな事はいい。お前らにもこれから俺達と一緒にDクラスまで来てもらうぞ。いよいよ奴らとの試召戦争も大詰めだ……!」

「待つのじゃ雄二!代表が自らDクラスに行くのは……、それに少し早すぎやせんか?」

 

 そうしてDクラスに向かおうとする俺に、秀吉がそう言ってくる。

 

 

「大丈夫だよ秀吉……、雄二にも考えがあるだろうしね……」

「明久の言うとおりだ。もうDクラスとの勝負はついている……。姫路の回復試験が終わるまでの時間稼ぎができるかどうかが鍵だったからな……。ましてムッツリーニからの情報によると、Dクラスにはまとまりがなく、好き勝手に動いている奴らもいるようだし、ここでDクラスを急襲すれば一気に片が付く」

「成程ね……代表自らが囮になって気を向けさせているところに姫路さんをぶつけるわけか……」

 

 

 明久にしては、察しがいいじゃねえか……!

 

 

「そういうことだ……。ともかく行くぞ、明久、秀吉!」

 

 

 俺はそう明久たちに告げ、試召戦争に決着をつける為Dクラスへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「吉井!アンタ、今まで何処行ってたのよ!!」

 

 

 雄二達と一緒に前線に上がった時、Dクラスの中堅部隊を指揮していた島田さんがいきなりそう言って問い詰めてきた。

 

 

「何処に行ってたって……。別に何処だっていいでしょ?そもそも島田さんに何か言われる筋合いはないし……」

「何言ってんのよ!?試召戦争中に勝手に出歩いていいわけないでしょ!!」

 

 

 そう言いながら関節技をかけようと僕の腕を掴もうとしている島田さんを察して、サッと身をかわす。

 

 

「ちょっと、避けないでよ!?」

 

 

 無茶言わないでくれ。

 

 

「あのね……。そもそも試召戦争と言ってもクラス全員が参加しなければならない義務はないんだよ?……だいたい、僕は予め代表である雄二に僕は僕の意思で勝手にやらせてもらうと伝えてあるんだから」

「そんな勝手が許されるわけないでしょうが!!」

 

 

 流石、島田さん……。相変わらず僕の意見は聞いてはくれないか……。

 

 

「……人の話聞いてた?だいたい島田さんは中堅部隊を任されているんでしょ?持ち場を離れてもいいの?」

「どうでもいいのよ!!それよりおとなしくウチに捕まりなさい!!」

 

 

 さて、どうしようかな……ん?あれは……。僕は視界の隅にある人物を捉え、その方向に島田さんを誘導する。そして……、

 

 

「あっ、そこにいるのはもしや、美波お姉さま!」

「くっ、美春!?ぬかったわ!」

 

 

 島田さんの苦手としている清水さんを引き合わせる。……これでもう僕にかまっている余裕はない筈だ……。

 

 

「じゃ、島田さん。ここは君に任せるね」

「ちょっ……!普通逆でしょうが!?『ここは僕に任せて先を急げ!』と言うべきでしょ!?」

「……さ、秀吉も……!ここは島田さんに任せて雄二の護衛に専念しよう」

「……そうじゃのう」

「無視しないでよ!!こ、このゲス野郎!!あとで覚えときなさいよ!!」

 

 

 恨み言を言う島田さんはとりあえず清水さんに任せて……、僕は秀吉と一緒にこの場を離れ、雄二の下に向かった。

 

 

 

 

 

「……大分混戦となってきたのう」

「……秀吉、今回のDクラス戦で召喚獣は出したの?」

「うむ、試召戦争が始まってすぐに前線に赴いたのじゃ、……まあ2人くらいと戦って補充に戻ったがの……」

 

 

 そうか……。秀吉にだったら、話しておいた方がいいかもしれない……。

 

 

「そう……秀吉は召喚獣をどういう風に操作してる?」

「操作かの?それはこう……召喚獣を動かすイメージじゃな……」

「……自分が召喚獣になりきっているってイメージは持てる?」

「……?どういう意味じゃ?」

 

 

 怪訝そうな顔をする秀吉。こういうのは習うより慣れろっていうんだっけ……?なら……!

 

 

「いい機会だから実践してみようか?そこにいるDクラスの人に日本史勝負を挑む!!試獣召喚(サモン)!!」

「わかったのじゃ!試獣召喚(サモン)!!」

「くっ、次から次へと……試獣召喚(サモン)!」

 

 

 そう言って3人がそれぞれの試験召喚獣を呼び出す……。

 

 

 

【日本史】

Dクラス-塚本 慎二(123点)

VS

Fクラス-吉井 明久(63点)

Fクラス-木下 秀吉(71点)

 

 

 

 彼はDクラスの部隊長を務めていたらしく、なかなかの点数を持っている……。これは、ちょうどいいかな……!

 

 

「お前らは宣戦布告に来た奴らだな!まとめて補修室に送ってやるぜ!!」

 

 

 塚本君は自分の持っている剣で僕の召喚獣を真正面から狙ってきた。僕はそれを最低限の動作でかわし、お返しとばかりに木刀で相手の腹を突く。まともにダメージを受けて点数に調整が入る。

 

 

「あれを紙一重でかわすとはのう……」

「いいかい?秀吉、これは召喚獣を操作するというよりも『自分が召喚獣になりきる』というイメージを持つんだ」

「召喚獣になりきる……?」

「そう、召喚獣は人の体と同じ…筋力や神経はもちろん、人体と同じで急所もある……。

だから、召喚獣を動かすというよりも、自分が召喚獣と一体となっているという意識を持つ事が理想なんだ」

「くそっ!なんで当たらないんだっ!?」

 

 

 秀吉に説明しながら、僕は相手の攻撃を全てかわすか受け流して、要所要所で相手を傷つけてゆく。塚本君は全然攻撃を当てられずに一方的に点数を減らされ、焦ってきているようだ。

 

 

 

【日本史】

Dクラス-塚本 慎二(38点)

VS

Fクラス-吉井 明久(63点)

Fクラス-木下 秀吉(71点)

 

 

 

「ここまで減らせれば大丈夫かな……?さあ秀吉、やってごらんよ?」

「うむ!やってみるのじゃ!」

「ま……まずい……!だれか、援護を!」

「塚本!?クソッ……!」

「……やらせないよ」

 

 

 秀吉との勝負に水を差されないように、僕は割って入ってこようとしている人物をけん制する。秀吉もコツを掴んできたのか、段々動きが良くなっている。やがて秀吉の薙刀が相手の召喚獣の鳩尾を突き……、

 

 

 

【日本史】

Dクラス-塚本 慎二(0点)

VS

Fクラス-木下 秀吉(58点)

 

 

 

 塚本君の召喚獣の点数が0点になり、戦いを終わらせた。

 

 

「ま……まさか俺がFクラスなんかに……!」

「戦死者は補修!!」

 

 

 すぐさま西村先生が現れ、0点になった生徒達をかかえてゆく……。ふと雄二の方を窺うと周りの近衛部隊と共にうまく敵を引き付け拡散させていた。さらに一通り戦場を見回してみると、多対一の状況に持っていきFクラスが有利に進めているようだ。

 

 

「い、嫌ぁっ!補修室は嫌ぁっ!!よ、吉井、アンタ聞こえてるんでしょっ!?早くウチを助けなさいよ!!」

 

 

 ……一部、補修室一歩手前の人もいるようだけど見なかったことにする。島田さんはとりあえず置いておくとして、まわりが乱戦状態になっている内に、再び秀吉に召喚獣の操作についてのアドバイスにまわる。

 

 

「しかし、召喚獣に成り切るとは……ワシにできるのじゃろうか……」

「大丈夫だよ、秀吉は魅力的だから」

「……今の台詞は、ワシを女子扱いしている訳じゃあないだろうの……?」

 

 

 少しジト目になって僕を見てくる秀吉に、僕はゆっくりと首を横にふる。

 

 

「違うって……。秀吉は演劇という自分のやりたい事に打ち込んでいるじゃない?それだって、好きな事に一所懸命頑張って努力しているからこそ『演劇部のホープ』として認められるようになったんだよね?だったら、……何も自分を卑下する事はないよ」

「……あ、明久……お主……!」

 

 

 まさか、そんな事を言われるとは思っていなかったのだろう。驚きの表情で若干紅くなっている秀吉に僕はハッキリと言う。

 

 

「だから、秀吉ならできる、召喚獣を理解し、召喚獣に成りきれる……!まるで自分が召喚獣になったかのように演じられるよ、今まで必死に努力してきた秀吉なら!」

 

 

 だから自信を持って……。そう言おうとした時、

 

 

「Fクラスは全員一度撤退しろ!人ごみに紛れて攪乱するんだ!」

 

 

 そこに雄二の指示が響く。……そろそろ決めに入るようだ……。

 

 

「逃がすな!個人同士の戦いになれば負けはない!追いつめて坂本を討ち取るんだ!」

 

 

 そしてDクラス代表である平賀君からもそう指示が飛ぶ。見てみると彼のまわりも大分防備が薄れているようだ……。

 

 

「話している場合じゃないみたいだね……、話はまた今度だ、秀吉!Dクラスの代表のまわりを叩くよ!!」

「心得たのじゃ!!」

 

 

 秀吉に声をかけ、一緒にDクラス代表のもとに向かう……!そしてそばにいた古典の向井先生に声をかけ、

 

 

「向井先生!Fクラスの吉井」

「Fクラス、木下が」

「Dクラス玉野美紀が受けて立ちます!」

「Dクラス松岡も受けます!」

「「「「試獣召喚(サモン)!!」」」」

 

 

 

【古典】

Dクラス-玉野 美紀(112点)

Dクラス-松岡 茂 (87点)

VS

Fクラス-吉井 明久(9点)

Fクラス-木下 秀吉(58点)

 

 

 

 試験召喚獣をそれぞれ召喚しているところに、勝ち誇った顔で平賀君が声をかけてきた。

 

 

「残念だったな、船越先生の彼氏クン?」

「……ずいぶんと余裕そうだね?もう危機を脱したつもりでいるのかな?」

「そりゃあFクラスと一対一で戦って負ける訳がないからね……。それじゃあ玉野さん、松岡君たのむよ」

「わかりました」

「……そう、秀吉そっちは任せたよ……!」

「了解じゃ!」

「その点数で私に勝てると……、えっ!?」

 

 

 

【古典】

Dクラス-玉野 美紀(0点)

VS

Fクラス-吉井 明久(9点)

 

 

 

 僕は一瞬で油断している玉野さんの召喚獣との距離をつめ、相手に攻撃をさせないうちに急所への攻撃を連続で叩き込み、戦闘不能にした。

 

 

「ば……バカな……!約100点程の点数差があったのに……!?」

「……確かに点数が高い方が有利ではあるけれど、勝敗は別だよ……。テストとは違ってこれは試召戦争……、最後に召喚獣が立っていた方が勝者なんだから……」

「くっ……!じゃあ今度は僕が……」

「……それよりも平賀君?後ろにお客さんがいるよ?」

「……えっ?」

 

 

 そして今のやりとりの間に近づいていた姫路さんがあっけにとられている平賀君に勝負を申込み、一撃で彼の召喚獣を下し、Dクラスとの決着がつけた。

 

 

 



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第10話 戦後対談

問題(数学)
以下の問いに答えなさい。
(1)4sinX+3cos3X=2の方程式を満たし、かつ第一象限に存在するXの値を一つ答えなさい。
(2)sin(A+B)と等しい式を示すのは次の内どれか、①~④の中から選びなさい。
①sinA+cosB ②sinA-cosB
③sinAcosB ④sinAcosB+cosAsinB


姫路瑞希の答え
(1) X=π/6
(2) ④

教師のコメント
そうですね。角度を『゜』ではなく『π』で書いてありますし、完璧です。


土屋康太の答え
(1) X=およそ3

教師のコメント
およそをつけて誤魔化したい気持ちもわかりますが、これでは解答に近くても点数は上げられません。


須川亮の答え
(2) およそ3

教師のコメント
先生は今まで沢山の生徒を見てきましたが、選択問題でおよそをつける生徒は君が初めてです。


吉井明久の答え
(1) X=π/6
(2)①←たしか……コレ?②×③←これも違う×④←…微妙

教師のコメント
(1)の答えは正解ですが、(2)の答えは違います。…たださんざん迷ったのか用紙が凄いことになっていましたね。ただここ最近の吉井君の点数は伸びているので先生は嬉しいです。


どうやら姫路がDクラスの代表を倒したようだな……。

だが……、その前にあの明久が見せていた召喚獣の操作能力……、点数が倍近くの差があったのにも関わらず、ほぼ一撃で相手を仕留めていやがった……。

 

 

(……観察処分者の召喚獣の操作能力を見誤っていたようだな……。まあいい)

 

 

 明久が戦えるというのは嬉しい誤算だ……。尤も、あまり試召戦争に乗り気ではないみたいだがな……。Fクラスの勝鬨とDクラスの悲鳴が支配する中、俺はDクラス代表の下に向かう。

 

 

「姫路さんがいた事もそうだが……、まさかFクラスがこんなに強かったとは……」

 

 

 Dクラス代表である平賀はまだショックから回復していないようだった。まぁ、気持ちはわかる。格下と思っていた相手に、自分達が負けてしまったんだからな……。

 

 

「Dクラス代表の平賀か?これから戦後対談を行いたいんだが……」

「……ああ、今回は僕たちの完敗だ。ルールに則って教室を明け渡そう。ただ、今日はこんな時間だから、作業は明日でもかまわないだろうか?」

「いや、その必要はない。俺たちはDクラスを奪う気はないからな」

 

 

 俺の言葉に周りがざわめきだす。

 

 

「皆、落ち着け。俺たちの目標はAクラスの筈だ」

「それは僕たちには有難いが……、それでいいのか?」

「もちろん、条件がある……、俺が指示を出したら、窓の外のアレを壊して貰いたい」

「アレって……、Bクラスの室外機か?」

「ああ、そう……」

「待って、雄二……」

 

 

 そうだ……。そう言おうとした所に、明久が会話に割り込んでくる。

 

 

「……今の雄二の提案って、絶対に室外機を壊さないと駄目なの?」

「……次の試召戦争はBクラスだ。今回の提案はその為の布石だ」

 

 

 次のBクラス戦、俺の戦略ではエアコンが故障している事が絶対条件……。であるからこの提案は譲れないものだった。

 

 

「……そう、じゃあ仕方ない……。雄二、次からの試召戦争は僕も前線に出る。だから、この提案は無かった事にしてほしい」

 

 

 そんな事を言ってくる明久。……またコイツは……。しかし、今、明久は次からと言った。何はともあれコイツを試召戦争に引っ張り出す事ができた訳だから、ここはとりあえずよしとしておくか……。

 

 

「……わかった、じゃあDクラスは3ヶ月の間、Fクラスに協力してほしい……それに加え勝手に宣戦布告をする事の禁止、これを飲んでもらえるならば設備交換はしない、これでいいか?」

「うん……。ありがとう、雄二」

「協力というと?」

「別にヤバい事をさせる訳じゃない。例えば他のクラスへのけん制、とかだな。俺達は次はBクラスに試召戦争を仕掛ける訳だが、消耗してきた時を狙って、CクラスやEクラスが攻め込んでくるかもしれないからな……。その為の措置だ」

「それくらいならお安い御用だ、その提案、有難く呑ませて貰おう」

 

 

 設備が入れ替わらずに済んだ事でDクラスの連中も喜びが隠せないようだ。……まあ、あのFクラスの設備は誰だって嫌だろうしな。

 

 

「じゃあ戦後対談は成立だ、今日はもう行っていいぞ」

「ああ、ありがとう。君たちがBクラスは勿論、Aクラスにも勝てるよう願っているよ」

「ははっ、無理するな。勝てっこないと思ってるだろ?」

 

 

 ま、普通に考えたら無理だと思うよな。だが、俺達は……!

 

 

「いや、そうでもない。……そちらの吉井君の召喚獣を見ていたらホントにAクラス打倒も夢じゃないように感じたよ」

「……それはどういう事?平賀君」

 

 

 てっきり鼻で笑ってくるかと思っていた俺の予想を覆し、平賀はそんな事を言ってくる。

 

 

「君が玉野さんの召喚獣を倒した時の動きを見てね……。点数が明らかに差があるにも関わらずに勝利したじゃないか?……おまけに単独行動した中野達も吉井君が倒したんだろう?」

「…………」

「君も言った通り、試召戦争は点数で決まるわけじゃない……。最後に立っていた者が勝者だ。僕は今回の試召戦争で学ばされたよ……」

 

 

 それは、俺も先程の明久の召喚獣の動きを見ていて感じたことだ。最初、明久が試召戦争に反対したときは、単純に自信がないのかと思っていたが、それは先程の明久をみてその考えは変わった。ましてや今、平賀の言った事が正しければ複数人相手にしてなお、勝利を収めたという事になる。

 

 

(尤も、今の明久に聞いても話す気はなさそうだけどな……)

 

 

 戻ってきた秀吉にも聞いてみたが、『確かにいつもと違う雰囲気じゃが、アヤツは間違いなく、明久じゃ!』と言っていた事からも、そうなのだろう。

 

 

「ま、何かある時はいつでも言ってくれ、じゃあ僕たちは失礼するよ」

「ああ、その時はよろしく頼む」

 

 

 そう言って平賀はDクラスをまとめて帰って行った。

 

 

「さて、皆!今日はご苦労だった!明日は消費した点数の補給を行うから、今日のところは帰ってゆっくりと休んでくれ、解散!」

 

 

 俺はクラス全員に号令を出すと、ぞろぞろと教室から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……吉井、何があったのかは知らんが、今日はお前も試召戦争をしているんだ。観察処分者の仕事は、今日はいいから帰ってゆっくり休め」

 

 

 ここは補習室、僕は西村先生に観察処分者の仕事はないかと聞きに来たのだが、またしてもこう言われてしまう。先に職員室に顔を出して仕事はないか聞いていたのだが、私はいいから補習室にいる西村先生に聞いてみろと言われ現在に至る訳だけど……。

 

 

(……まあ、今までの僕の行動から見ると信じられないんだろうな……)

 

 

 僕が何も企む事無く、自分達の仕事を手伝おうとするなんて……。

 

 

「……わかりました、今日はこれで失礼します」

「……吉井、本当にお前に何があった?最初は何か企んでいるのかと思っていたが、どうも演技でやっているわけじゃないようだしな。まぁ、真面目になってくれるに越した事はないが……、気になってな……」

 

 

 西村先生はそう言って、僕を見てくれる……。一見すると怖い先生だが……、実は、どんな生徒にも真摯に向き合ってくれる、信頼できる先生だという事を、僕は知っている。

 

 

「……僕が変わった、と思うのならばそうなのでしょう……。実際、今の僕は先生方に深い感謝の思いを持っています……。理由は……、ちょっと理解しにくいと思いますが……、お世話になったから、というのが大きいですかね……」

 

 

 『あの事』を話さない限り、それは理解されないだろう。……そして、それはまだ言うべき時ではない。

 

 

「……お前の言ってる事はいまいち理解はできんが、嘘は言ってないようだな。それに先生としては、真面目になってくれるに越した事はない。だが、吉井。悩みがあるならば相談しろ?その為に俺たち教師がいるんだからな?」

「……有難う御座います、西村先生。その時は勿論相談させてもらいます。……でも、大変ですよ?僕は『バカ』ですからね……」

「それも今更だろう?まあいい、吉井。気を付けて帰りなさい」

「……それでは失礼します」

 

 

西村先生にそう告げて、僕は補習室を後にする。

 

 

 

 

 

「……いるんでしょ?ムッツリーニ……」

「…………よくわかったな、明久」

 

 

 補習室から出てしばらくした後、僕はそう告げると何処からとも無く、ムッツリーニこと土屋康太が現れる。

 

 

「どうしたの?雄二に何か言われた?」

「…………いや、これは俺の意思。今日のお前の様子がおかしかったから気になった」

「……そう、それで?ムッツリーニは僕をどう思う?」

 

 

 目の前の友人が今の僕を見て、どう思ったか。気になった僕は、彼に聞いてみると、

 

 

「…………確かにいつもの明久ではない。だが、お前は『明久』だと思う」

「えっと、どういう事?」

「…………俺もうまく言えない。ただ、……お前らしい、としか」

 

 

 ……うーん、わかるようなわからないような……。まぁ、流石ムッツリーニ、ってところかな……?

 

 

「ゴメン、ムッツリーニ……よくわからないよ……」

「…………気にするな。ただ明久、一つだけ聞きたいことがある」

 

 

 ムッツリーニが僕に向き直り、質問する。

 

 

「…………さっきの鉄人との会話、あれは『本当』か?」

 

 

 ……流石はムッツリーニ。あの会話だけで違和感の正体に気付いたのかな……?

 

 

「……本当だよ……」

「…………そうか、ならいい」

 

 

 てっきり追求してくるかと思ったけれど、こう答えるとムッツリーニはそれ以上僕には何も聞いてこなかった。いまのでムッツリーニは何かわかったのかもしれない……。いや、ムッツリーニだけじゃない、秀吉も、雄二も何かはわかっているのだろう……。でも無用に詮索してこない彼らの思いは、僕にはありがたかった。

 

 

「…………じゃあ俺は行く」

「……待って、ムッツリーニ。ちょっと調べてくれないかな?」

「…………?一体、何を調べる?」

「えっとね、二つあるんだけど、その内の一つはBクラス代表が『根本恭二』であるかどうかという事だね」

「…………根本というとあの『根本』か?」

「そう、その『根本』だよ、それで、もし彼が代表がであるならその交友関係を調べてほしいんだ」

「…………わかった、それでもう一つは?」

「うん、もう一つはすぐには調べられないかもしれないんだけど……」

 

 

 ……そう、このもう一つが僕にとって大事なことなんだ……。

 

 

「この文月学園で召喚獣に『腕輪』が持てる程の高得点者が何人いるか、を調べてほしいんだ」

 

 

 

 




文章表現、訂正致しました。(2017.11.19)


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第11話 説得

文章表現、訂正致しました。(2017.11.19)


「ん、明久か?ずいぶん早いな」

「あれ?雄二?」

 

 

 Dクラスとの試召戦争の翌日、僕としては早めに学校に来たつもりだったが、既に雄二が到着していた。

 

 

「おはよう、雄二こそ早くない?かなり早めに来たつもりだったんだけど……」

「一応代表としてある程度点数を持ってないといけないからな」

 

 

 成程ね……、手に持った英語の参考書を見るに、早めに来て勉強していったらしい。……元々、雄二は過去に『神童』と呼ばれていたくらいだ。その気になればかなりの点数をとる事ができる……。

 

 

「お前もちゃんと勉強してきたか?」

「そこそこだけど、……ね」

 

 

 雄二にはそう言うものの、昨日は勉強なんてしていない。やる時間が無かったとも言えるし……、それに今日の補給テストも僕は受けようとは思っていない……。ま、昨日の試召戦争で点数を消費していないから、というのもあるのだけど……。

 

 

「ま、昨日お前がああ言った以上、今度のBクラス戦ではしっかりと参加してもらうからな?」

「……わかってるよ。それで、いつBクラス相手に試召戦争を仕掛けるつもりなの?」

 

 

 昨日約束した事だし、それについては全力を出すつもりだ。だけど、雄二は一体どのように考えているのか……。

 

 

「今日の補給テストが終わり次第、宣戦布告をするつもりだ。早ければ明日の午前中からってとこだな」

「ずいぶんと急だね?」

「……本来ならばすぐにでもAクラスに仕掛けたいところなんだがな……。いかんせん戦力が違いすぎる……。次のBクラス戦は布石を敷くって意味でも必要なことだ」

「Cクラスは?」

「何らかの対策はする必要があるだろうが、こちらから仕掛けるつもりはない」

「……成程ね」

 

 

 やっぱり今の雄二は焦っているみたいだ……。Aクラスとの試召戦争にばかりに囚われて他の事がよく見えていない……。

 

 

「……ねえ、雄二にもう一度聞いておきたい事があるんだけど……」

「ん?何だ?」

「雄二がAクラスを相手に試召戦争を起こす理由が知りたい」

 

 

 僕は雄二にストレートに聞いてみる事にした。雄二には、何事も直球でぶつけた方がいい。

 

 

「……昨日も言ったかもしれんが、他の連中に学力だけがすべてじゃないって事を見せてやりたいって事が理由だ」

「それだったら別に試召戦争にこだわらなくてもいいんじゃないの?スポーツでもいいし、秀吉みたいに一芸に秀でたところがあれば皆からも一目置かれると思うよ?」

 

 

 そこまで言うと、雄二は渋い顔になり、苦々しいといった感じで口を開く。

 

 

「……ホントに鋭くなったな、明久……。まあお前の言うとおりではある。だが、それだったらこの学校に入った意味がない。俺はこの学校には『試召戦争』があったから入ったんだ。その時から俺は最低クラスで最高クラスを倒すという目標があった。……だから俺は点数を調整してFクラスの代表になったんだ……」

 

 

 僕は雄二の言葉を聞き、

 

 

「……うん、雄二の目標はわかったよ。で、それは何の為?」

「は?な……、何がだ?」

「だってさ……、他の連中に見返すって言っても雄二はあまりそういう事に興味ないんじゃない?自分がまわりからどう思われていてもかまうもんかってスタンスだし……誰かの為って方がしっくりくるんだけどな……。例えば……、霧島さんとか……」

 

 

 霧島さんの名前を出した瞬間、目に見えて雄二が動揺したのがわかる。

 

 

「な……、なんでそこで翔子が出てくる!?」

「昨日、Aクラスに行く機会があってさ……。霧島さんに聞いたんだけど……、彼女って雄二の幼馴染なんでしょ?……だから霧島さんの絡みで試召戦争に拘ってるんじゃないかなって思って?」

「い……、いや、俺は別に、翔子の事は……」

 

 

 霧島さんの事を出されて冷静でいられなくなった雄二を見ながら、

 

 

「……今の雄二を見てたらなんとなくわかったよ……」

「ちょ、ちょっと待て!?一体何がわかったと……」

「……今回の雄二の試召戦争の目的だよ……、雄二が霧島さんにどういう感情を持っているかはわからないけど、……少なくとも霧島さんが絡んでいるだろう?」

「………」

 

 

 ……図星か。まぁ雄二が霧島さんの事を大事に思っている事は知ってるんだけど……。

 

 

「だから、僕には少し雄二が焦っているように見える……。例えば、雄二はBクラスの代表が誰か知ってるの?」

「い……、いや、知らないが……」

 

 

 やっぱり、知らなかったか……。

 

 

「恐らくBクラスの代表は根本君だよ……」

「根本?根本って……、あの根本恭二か?」

「……今、ムッツリーニに調べてもらっているけど、多分間違いないよ。彼が代表だったらとても正攻法で攻略できる相手じゃない……」

「…………確かにな」

 

 

 ……それに高得点者がいないとは限らない……、僕達のクラスの姫路さんや、ムッツリーニのように一教科に特化した生徒もいるかもしれない……。ふと、僕の脳裏にCクラスの、ある男女の姿が思い浮かんだ……。

 

 

「それに雄二、Cクラスも軽視しすぎだよ。雄二はCクラスの何がわかってこちらから仕掛ける必要はないと判断したの?」

「……それは、例えCクラスが攻め込んできても、俺たちのクラスに対応できる奴らがいると判断したからだ。姫路や島田、ムッツリーニ、それに……、お前がいれば作戦次第でCクラスには対処できる」

「……じゃあ、もしもCクラスにも姫路さんくらいの高得点者がいたらどうするの?それにもともと地力では相手の方が上なんだよ?……そもそもCクラスの代表が誰かもわかっているの?」

「…………」

 

 

 僕からの追求に、黙り込んでしまう雄二。……全く。

 

 

「少し落ち着きなよ、雄二……。こんな事、僕でもわかるんだ……。冷静にならなければ、勝てるものも勝てなくなる……」

「…………まさか明久にこんな事を言われる日がくるとはな……。だがお前の言った通りだ。……もう少し冷静になってみよう」

「……わかってくれればいいよ、昨日も言った手前、今度は僕も試召戦争に協力するからさ……」

 

 

 僕が雄二に協力を告げたその時……、

 

 

「吉井っ!」

 

 

 突然の怒声と共に後ろから鉄拳が飛んできた。さすがに不意を突かれ、僕はそれをかわす事ができなかった……。

 

 

「い、痛ッ……!」

「アンタ、昨日はよくもウチを見捨ててくれたわね!おかげで危うく美春にヤラレそうになったのよ!!」

 

 

 そのまま腕を極められ、関節技をかけてくる。……さすがにこれは振り解けそうもない……。それ以前に……、振り払おうにも全身が麻痺したかのように上手く動いてもくれない……。

 

 

「ッ……そんなの……僕のせいじゃ……ないだろ……!?」

「何言ってんのよっ!アンタのせいに決まってるじゃない!!」

「……それぐらいにしておけ、島田。明久にはやってもらう事がある」

 

 

 そこに、雄二が出てきて、以外にも島田さんを止めてくれる。

 

 

「何言ってんのよっ、坂本!!昨日はウチがどんな目に……!」

「……明久、Bクラスとの試召戦争はとりあえず様子を見る。もう一度戦略を立て直す必要もあるな……。情報収集は引き続きムッツリーニに行ってもらう事にして、……島田、すまんが、とりあえず明久を離してやれ」

 

 

 雄二の声に、島田さんの力が若干緩んだ隙に、なんとか拘束を抜け出す。

 

 

「あっ!?コラッ吉井!何勝手に抜け出してるのよ!?」

「……ゴメン、雄二。それで僕には何をしてほしいの?」

 

 

 とりあえず島田さんの事は無視して、雄二に聞いてみると、

 

 

「お前には職員室でやってきて貰いたい事がある」

「職員室?」

「……昨日みたいに観察処分者の仕事できたとか色々あるだろ?そこでなんとか教師を一人説得してもらいたい。……Fクラスで『模擬試召戦争』をしたいとな……」

 

 

 

 

 

「模擬試召戦争か……成程ね……」

 

 

 職員室に向かう途中、先程雄二が言った事を思い出す。おそらくは召喚獣の操作性の向上を目的としているのだろう。昨日の僕の召喚獣を見てそう思ったのかどうかは分からないけれど、いいアイディアだと思う。

 

 

「理由も……、まあうまく付けられそうだしね。あとは誰を連れてくるかだけど……」

「あれ?明久君?」

「?きのし……、優子さん?」

 

 

 見るとちょうど優子さんが職員室から出てきた。……大量のプリントを持って……。

 

 

「間違えなかったわね、まあいいわ。明久君も職員室?」

「……うん、まあ……」

 

 

 僕は返事もそこそこに、彼女が持った大量のプリントに目をやると、

 

 

「ん?ああ、コレ?次の授業で使うのよ」

「……Aクラスってすごいね……、そんな量のプリントを使うんだ……」

 

 

 どう見ても授業一回分で使うものとは思えないんだけど……。そこはAクラスってところだろうか……。

 

 

「……持つよ」

「えっ?」

「……さすがにその量はないでしょ?僕も別にすぐに職員室に行かなきゃいけない訳じゃないしね……」

 

 

 僕の申し出に、優子さんは慌てたように、

 

 

「え!?ああいいわよ、別に!!明久君に悪いし……」

「……でも優子さん、結構辛そうだよ?遠慮しないで、こういう事は本来『観察処分者』の仕事だし、見ちゃった以上、僕としてもこのまま優子さんを放っておくなんてできないよ」

「!?そ、そう?じゃ、じゃあお願いしようかしら……」

 

 

 そして優子さんから資料を受け取る。先生がいないので召喚獣を使う訳にはいかないけれど、このくらいの量だったら問題ない。こうして僕は少し赤くなった優子さんと一緒にAクラスに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「優子さんって、そう言えば昨日も職員室に来てたよね?」

「んー、まあそんなところかしらね?一年生の時から結構先生に頼まれ事とかあったから、習慣になっているというか……」

「そうなんだ……、じゃあこんな風に大量の資料を運ぶようなことも……?」

「1年生の頃はそこまでじゃなかったわよ?まあ、クラス分けでAクラスだからって事もあると思うわ。……さすがにその量はね……」

 

 

 ……今だから言うけれど、最初にこれを運んでくれと言われた時は冗談かと思ったわ……。

 

 

「……後で先生にそういう時は僕を使うように言っておくよ。……今日は多分、連絡は来てなかったと思うんだけどね……」

「……結構『観察処分者』って大変なのね……。そもそも明久君はどうして観察処分者になっちゃったの?」

 

 

 昨日から明久君を見ていて気になったのが、なんで彼が『観察処分者』なんだろうという事。『バカの代名詞』とか『学園の恥』だとか。……聞いたところによると『観察処分者』は今まで誰もなることはなかったのに、彼が初めてソレになってしまったらしい。最初はそんなモノに任命されるくらいだから、どんなにバカで不真面目な人なんだろうと思っていたのだけど……。

 

 

「どうしてって……、うーん、バカな事をやっちゃったから、としか言えないんだけど……」

 

 

 明久君はそう言って苦笑していたけど、昨日、そして今日の彼を見ていると、とても『学園の恥』とか呼ばれる人とは思えなかった。

 

 

(まだ会って話して2日、って事もあるとは思うけど……)

 

 

 昨日帰って秀吉にも聞いてもみたけれど、『アヤツは悪い奴じゃないぞい、後は姉上が見て判断してほしいのじゃ』としか言わなかったし……。

 

 

「それより、昨日は本当にありがとう。優子さん達のおかげで本当に助かったよ……」

「そんなの気にしなくていいわよ。それより、昨日のDクラス戦は勝ったみたいね?おめでとう……って言った方がいいのかしら?」

「なんとかね……、まあ僕が何かしたってわけじゃないし、教室向かったらすぐ終わっちゃったけど……」

「そう?秀吉から聞いたけど、結構、明久君活躍したみたいじゃない。私といたときにも3人倒しちゃったし……」

 

 

 そもそも、普通点数差が開いている状態で積極的に戦おうとは思わないでしょうに……。

 

 

「……昨日も話したけど、あんなの別に大した事じゃないよ。観察処分者として皆より多く召喚獣を使う機会があるからね……。僕にしてみればAクラスに入れる程、努力している優子さん達Aクラスの方が凄いよ……」

 

 

 ……明久君はそう言うけれど、3人に囲まれて完勝する彼の方が凄いと思うのだけど……。昨日も言っていたように、彼は勉強の大切さを知っているみたいだし……。

 私たちがAクラスにいるのを元から頭がいいからと勘違いする人がたまにいるけど、その裏で私たちは必死に努力している。ましてや文月学園は点数の上限がない。だからちゃんと勉強しないとAクラスは維持する事はできない。

 

 

(それに……、明久君の話を聞いた感じだと……、多分だけど明久君は必死で勉強した事があると思うんだけどな……)

 

 

 だから彼の発言を聞いていて思う。……どうして彼がFクラスにいるのかと……。何故『観察処分者』になってしまったのかと……。

 

 

「……うん?教室に着いたみたいだね」

 

 

 もう少し明久君と話していたかったけど、教室に着いてしまった。教室に入ってもらい、大量の資料を教壇の上に置いてもらう。

 

 

「……よいしょっと。じゃ、僕は行くね」

「本当に助かったわ。ありがとね、明久君」

「うん、じゃあまたね」

 

 

 そう言うと、明久君はAクラスを後にし、職員室に戻って行った。……後で秀吉に聞いたのだけど、この時私と一緒に歩いていたところをFクラスの人に見られていたらしく、それを嫉妬した彼のクラス全員(一部除く)から模擬召喚戦争を挑まれたという事を、私は知るのだった……。

 

 

 

 



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第12話 模擬試召戦争

問題(物理)
以下の文章の()に正しい言葉を入れなさい。
「光は波であって、(  )である」


姫路瑞希の答え
「粒子」

教師のコメント
正解です。


土屋康太の答え
「寄せては返すの」

教師のコメント
……君の解答はいつも先生の度肝を抜きます。


須川亮の答え
「勇者の武器」

教師のコメント
先生もRPGは好きです。


吉井明久の答え
「間隔が短くなると限界」

教師のコメント
……地震か何かと勘違いしていませんか?



――某時刻、Fクラス教室にて……。現在この場所では、数学の長谷川先生立会いの下、召喚フィールドが形成されていた。

 

 

「覚悟しろよ!?この異端者め!!」

「ヤッチャウヨ!?ヤッチャウヨ!!」

「■○×▽★!!」

 

 

(はぁ……、どうして、コイツらは……)

 

 

 

【数学】

Fクラス-吉井 明久(51点)

VS

Fクラス-柴崎 功(61点)

Fクラス-田中 明(26点)

Fクラス-近藤 吉宗(38点)

 

 

 

 Fクラスメンバーの召喚獣を相手に僕は1人で対峙していた。どうしてこんな状況になっているかというと……、少し時間を遡る必要がある……。

 

 

 

 

 

 優子さんに付き添い、Aクラスにまで資料を運んだ後、西村先生のところへ来た僕は、観察処分者の仕事の件で、職員室を訪れていた。

 

 

「…………お前の言う事はわかった。だが、授業の度に雑用していたらお前が授業に参加できないのではないか?」

「授業の用意くらいならば、召喚獣を使えばすぐ終わりますから大丈夫です。……まあ前もって言ってもらえれば、僕も準備しておきますから……」

 

 

 僕は先程の件、Aクラスの授業用の資料を運んだ事も、今後遠慮なく観察処分者の仕事としてやらせるよう、西村先生に伝える。

 

 

「そうか、お前がそれでいいならば、他の先生にも伝えておこう。尤も今日の件は、教員の方も自分の召喚獣を使って運ぶ予定だったらしいが……」

「……木下さんが職員室に来たので、せっかくだからお願いした、という訳ですか……」

「そんなところだろう、まあいい、それで、他に何かあるのか?」

「ええ、実は……」

 

 

 そこで、僕は西村先生に模擬試召戦争の事を伝えようとしたちょうどその時、

 

 

『吉井明久!!!何処に隠れた!!!』

『Aクラスには既にいない模様!!となるとこの付近に居るはずだが……』

『草の根を分けても必ず探し出して、ヤツを異端審問会にかけるぞ!!』

 

 

 こともあろうに……、あのFFF団(バカども)の怒声が職員室まで響いてきたのだ……。

 

 

「……アイツらはFクラスの連中だな……。で吉井、今度は何をやったんだ……?」

「……さっきまでAクラスに資料を運んでいたんで、僕には何も……ん?」

 

 

優子さんと一緒に資料を運んだ

それをFクラスの誰かが目撃

異端審問会発動

僕を抹殺すべく捜索中(←今ココ)

 

 

「…………理由がわかりました」

「……で、今度は何をやった?」

「……女子と一緒に並んで歩きました……」

「……それが何故、あの騒ぎになるんだ……?」

 

 

 …………それは僕が聞きたい。

 

 

「……西村先生、すみませんが、模擬試召戦争の許可を頂きたいのですけど……」

「模擬試召戦争だと?……アイツら相手にか?」

「……本当はFクラス内で行いたかったのですが……、あのまま騒がせておく訳にもいかないので……」

「……あまり私闘のような理由では承認しないんだが……、確かにあのまま放っておくわけにもいかん……。」

「なら、私が行きましょうか……?」

 

 

 そう言って出てきてくれたのは、数学を担当している長谷川先生だ。

 

 

「さっきは、私の代わりにAクラスへ資料を運んでくれたようだからね……。今日は各個人に自習をして貰う予定で、ちょうど時間は空いてますし……」

「そう言って頂けると、助かります」

 

 

 そうして、僕は長谷川先生と西村先生と一緒に職員室を出る。

 

 

「吉井!!見つけた……ぞ……!?」

「テメェ、何で鉄人と一緒なんだ!?」

「卑怯だぞ!!」

 

 

 相変わらず訳の分からない事を言っている彼らに、僕は理由を聞いてみる事とする。

 

 

「……一応聞いておくけど……、僕が何をしたの……?」

「何をしただと!?貴様はAクラスの木下と楽しそうに歩いていただろうが!!」

「証拠は全て揃っている!!言い逃れはできんぞ!!」

「大人しく捕まり、裁きを受けろ!!」

 

 

 ……大人しく裁きなんかを受けてたら死んでしまうじゃないか……!

 

 

「……まさか本当にそんな理由で暴走しているのか?このバカどもは……」

「……本当に、噂以上ですね……」

「まあ、いいよ……、裁きだか何だか知らないけれど、それだったらFクラスに戻ろう。話はそれからだ……」

「「「何で我々が貴様の言う事を聞かねばならないんだ!?」」」

 

 

 声をハモらせながら怒鳴る彼らに、僕はわからせるように伝える。

 

 

「……雄二から何も聞いていないの?ちょうど西村先生と長谷川先生に模擬試召戦争の許可をもらったんだ。教室に戻ってから『合法的に』僕に裁きでもなんでもかければいいじゃないか……?知ってるだろ……僕の召喚獣にはフィードバックがある事を……」

 

 

 僕のその言葉を聞くと連中も納得したのか、大人しくFクラスへと戻って行った。……まぁ、君達の攻撃は一太刀たりともあびるつもりは無いけどね……。

 

 

 

 

 

 教室に戻るとほぼFクラス全員が殺気立っており、今にも僕に襲いかかろうとしていた。

 

 

「吉井ッ!!アンタなんで西村先生と一緒にいるのよ!!」

「そうです!!このままだと吉井君におしおきができないじゃないですかっ!!」

「「「卑怯だぞ!!吉井!!」」」

 

 

 Fクラスのメンバーはもちろん、島田さん、そして姫路さんも暴動に参加しているようだった。先生の影響で何とか治まっているみたいだけど……西村先生がいなかったらと思うと恐ろしい……。

 

 

「……雄二。他のメンバーには話をしてないの……?」

「話をしている途中でお前の話になってな。その瞬間、教室が戦場となった訳だ」

 

 

 ……つまり、暴動に参加してないのは雄二以外では秀吉、それと教室にいないムッツリーニだけって事か……。

 

 

「……じゃあ長谷川先生、召喚許可をお願いします……」

「わかりました……、『承認』!!」

「……試験召喚獣……、試獣召喚(サモン)!」

 

 

 長谷川先生がフィールドを展開し、それを見て僕は召喚獣を呼び出す。足元に魔法陣が描かれ、僕の召喚獣が出現した。

 

 

 

【数学】

Fクラス-吉井 明久(51点)

 

 

 

「よし、ヤツは雑魚だ!!」

「全員で叩き潰すぞ!!」

「「「試獣召喚(サモン)!!!」」」

 

 

 こうして他のFクラスのメンバーも召喚獣を呼び出し……、冒頭の状況となった訳である。

 

 

「死ねっ!!吉井!!」

 

 

 近藤たちが3人がかりで襲いかかってくるが、連携もなくただ突っ込んできただけ……。僕はそれを最低限の動きでかわすと、最初の2人に足払いをかける。

 

 

「うわっ!?」

「なにっ!?」

 

 

 見事に足払いが決まり、転んだ2人にそれぞれ木刀を突き刺して、確実に息の根を止める……。

 

 

 

【数学】

Fクラス-吉井 明久(51点)

VS

Fクラス-柴崎 功(0点)

Fクラス-田中 明(26点)

Fクラス-近藤 吉宗(0点)

 

 

 

「戦死者は補習だ!!」

 

 

 それに伴い、西村先生が戦死者である柴崎君と近藤君を抱え、一瞬で補習室に連れていった。

 

 

「くっ、模擬試召戦争でも鬼の補習があるのか!?」

「……隙だらけ。余所見はいけないよ」

「なっ!?」

 

 

 さらに僕は距離をつめると、先の2人が補習室に送られ呆然となっていたもう一人の心臓部に木刀を突き刺す。……これで3人が戦死した。さて……お次は、と……、

 

 

「吉井!!覚悟しなさい!!」

「おしおきの時間ですよ……、吉井君!」

 

 

 僕の背後には既に、最恐の2人が立ちはだかっていた。

 

 

 

【数学】

Fクラス-吉井 明久(51点)

VS

Fクラス-島田 美波(171点)

Fクラス-姫路 瑞希(412点)

 

 

 

「ふん、数学を選んだのが運のつきだったわね、吉井!!さあ……、たっぷりおしおきしてあげるわ!!」

「覚悟してくださいね、吉井君……」

 

 

 勝利を確信しているのか、余裕げにそんな事を言う2人に、僕は油断なく相手の出方を伺う。

 

 

「……点数で判断してると、痛い目にあうよ……」

「何言ってるんだか……、瑞希!」

「はいッ!!」

 

 

 その瞬間、姫路さんの召喚獣についている腕輪が光りだす。これは……、腕輪の能力か……。

 

 

「……えいっ!」

 

 

 その言葉と共に左腕から光がほとばしり、僕の召喚獣目掛けて熱線が飛んでくる。だけど、僕は予めソレが来ると予想して回避行動をとり、熱線をかわす。それと同時に、腕輪を使用した反動で点数が低下したのを確認し、姫路さんの召喚獣に向かって木刀を投げた。その木刀は狙いたがわず、姫路さんの召喚獣の急所へと突き刺さる。

 

 

 

Fクラス-姫路 瑞希(0点)

 

 

 

「そ、そんな……」

「う……嘘でしょ!?まさか瑞希が……」

「はい、隙あり」

「しまっ!!」

 

 

 最高得点者である姫路さんがやられ、皆が呆然とした隙に、僕は召喚獣に刺さっていた木刀を抜き取ると、動揺している島田さんの召喚獣の首に目掛けて木刀を振り下ろす。

 

 

 

Fクラス-島田 美波(0点)

 

 

 

「バ……バカな!?こ……こんな事が……!!」

「えっ!?俺死んだの!?戦ってもいないのに!?」

「し、島田だけでなく、姫路さんまでやられただと!!」

「い……、一体どうなってるんだ!?」

「さて……、次は君たちの番だ……」

 

 

 西村先生が五月蠅く喚いている島田さん達を補習室に送っていくのを視界に入れた後、ゆっくりと残っているFクラスメンバーに向き直る。……どうやら1人、さっきの姫路さんの熱線にあたった可哀相な人もいるようだけど……。

 

 

 

【数学】

Fクラス-吉井 明久(51点)

VS

Fクラス-須川 亮(55点)

Fクラス-横溝 浩二(67点)

Fクラス-武藤 啓太(43点)

Fクラス-君島 博(8点)

Fクラス-原田 信孝(12点)

Fクラス-福村 幸平(0点)←『熱線』にて戦死

 

 

 

「くそっ……、ならば、もう残りの全員でかかるぞ!!」

「ヤツだけはなんとしても……!!」

「「「異端者は殺せっ!!!」」」

「……僕としても、いっぺんにきてくれた方が手っ取り早くて助かるよ」

 

 

 僕は木刀を正眼に構えながら、残りのメンバーを観察する。頭に血が上り、冷静に現状を見極められない相手など何人いても僕の敵ではない……。まず、接近してきた須川君の長棒を木刀で受け流すと同時に蹴り飛ばす。須川の召喚獣が他の2人を巻き込みながら倒れたところを無駄なくとどめをさしていく……。さらに、君島君の物干し竿での攻撃をかわした時にその腕を掴みあげ、突っ込んでくる原田君の盾とした。最後は、仕上げとばかりに味方を攻撃し、戦死させてしまって動揺した原田君の召喚獣に木刀を一刀両断する……。

 

 

 

【数学】

Fクラス-吉井 明久(51点)

VS

Fクラス-須川 亮(0点)

Fクラス-横溝 浩二(0点)

Fクラス-武藤 啓太(0点)

Fクラス-君島 博(0点)

Fクラス-原田 信孝(0点)

 

 

 

「か……勝てる気がしねぇ!!」

「に……、逃げろぉ――!!補習は嫌だあ――!!」」

「……馬鹿だね、敵前逃亡は……」

 

 

 残ったメンバー達が戦意を喪失し逃亡を試みるも、

 

 

「敵前逃亡は戦死扱いだ。補習!!!」

「「「ぎゃあああ――!!!」」」

 

 

 ……こうして西村先生に纏めて補習室送りにされて、教室に残っているのは僕の他にはフィールドを展開している長谷川先生と、雄二・秀吉の4人だけとなった。

 

 

「……レベルが違うな」

「うむ……、まさかこれ程とはの……」

「ふう、大分予定と違っちゃったけど……、そろそろ始めようか?」

 

 

 僕は雄二にそう言って召喚を促す。

 

 

「……雄二よ、そもそも今回の模擬試召戦争はどういう意図があったのじゃ?」

「昨日、俺は明久の戦い方を見て、召喚獣は点数で決まるわけではないんじゃないかと思ったんだ。点数もただ一定に減るという訳ではなく、明久が攻撃した時はどんなに点数差があってもほぼ一撃で戦死させている……」

「確かに先程の姫路も明久の放った木刀の一撃で戦死しとったからの……」

 

 

 ……そう、召喚獣との戦いは点数差だけでは決まらない。先程のように召喚獣の急所に攻撃が決まればそれで勝負は決まってしまう。尤も、先程の姫路さんは、腕輪の力を使い、点数が消耗した状態だったから倒せたという事もあるし、同じ操作性を持つ者同士との戦いになったら、それ故に急所にも攻撃しづらくなるという事もあるけれど……。

 

 

「だから召喚獣の操作力を上げるという事は重要な意味があるんだ。まして俺は代表だから、そんなに召喚する機会もないだろうしな。……本当はクラスの連中、特に姫路や島田には操作性を向上させて欲しかったんだが……」

「……問答無用で襲いかかってきたからね……。今日はどのみち無理だよ。まして姫路さんなんかいきなり腕輪を使ってきたからね……。結果、一人巻き添えになってたし……」

「……ワシらが言っても聞く耳を持ってなかった様じゃしのう……」

 

 

 ……さすがに特殊能力持ちの姫路さんを相手にするのは危険だったので、すぐに退場して貰う予定だったが、その意味では腕輪を使用してくれた事は、僕にとっては幸いだった。島田さんに関しては粘っても良かったかもしれないが……、彼女の場合は僕自身に直接攻撃してくる可能性もあった為、雄二の意図に反するが、さっさと戦死して貰う事にした。

 

 

「……まあいいや、時間も勿体ないしそろそろ始めようよ」

「「ああ(うむ)!、試獣召喚(サモン)!!」」

 

 

 そして僕の提案に従い、2人が召喚獣を呼び出す。その後、僕達は召喚獣の体力が続く限り続け、その結果2人の召喚獣の操作性は大幅に向上したのであった。

 

 

 




文章表現、訂正致しました。(2017.11.19)


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第13話 出会い

文章表現、訂正致しました。(2017.11.19)


「大分、雄二達の召喚獣の操作性を上げる事が出来たな……」

 

 

 模擬試召戦争によって、雄二と秀吉の召喚獣操作は格段に上昇した。特に、秀吉の操作性は目を見張るものがあった。

 

 

(秀吉の『演技』のレベルは本当に凄いよね……、本当に、自分が『召喚獣』になりきっている感じだったし……)

 

 

 召喚獣の操作は奥が深い。慣れていない人はソレを遠隔操作で操るという感覚、言ってしまえばラジコンの操作と同じように考えているのだろう。だが、実際には召喚獣は人と同じように疲れもするし、神経や感覚がある。もちろん急所も人と変わらない位置にある。その為心臓を貫かれたり、首を刎ねられたりしたらどんなに点数があっても一撃で戦死してしまう……。だから召喚獣がどういう状態なのか、どういう動きができるのか、それを理解していなければ召喚獣を上手く操ることはできない。

 

 

(僕は観察処分者で……、召喚獣と感覚を共有しているからどういう状態なのかは手に取るようにわかるけど、他の人たちはわからないだろうな……)

 

 

 それを「疲労」のレベルまで理解し操ってみせた秀吉の演技力は本当に驚嘆に値した。……今の秀吉ならば、一対一であれば多少の点数差があっても戦う事ができるだろう。ただ、召喚獣の「力」や「素早さ」などは召喚者の「点数」に比例するということもあるので、操作性だけで勝てるという事ではない。特に400点を超えていた場合に限っては、例え急所を攻撃したとしても、なんていうか……特別な障壁みたいなものがあり、とても一撃では倒す事はできない。

 

 

「……とりあえず職員室に行かないと……、模擬試召戦争のせいで仕事も出来ていなかったし……」

 

 

 一足先に戻った長谷川先生や西村先生にもお礼を言っておかないといけないし……。まあ、なにはともあれ、僕は一度職員室に向かっていた……。

 

 

 

 

 

「ああ、よく来てくれましたね、吉井君。ちょうど、君に頼みたい事があったんですよ……」

「吉井、長谷川先生の後でいいから、校庭のゴールの片づけを手伝ってくれ」

「その次は、こちらもお願いしますよ」

 

 

 職員室に到着するなり先生方より声を掛けられる。……成程ね、相当仕事が溜まっていそうだ……。

 

 

「わかりました。じゃあ、最初に長谷川先生の方から……」

 

 

 先程の模擬試召戦争に付き合って貰ったお礼もそこそこに、そう言って作業に掛かろうとしたその時……、

 

 

「高橋君、君はもういいですよ。バイトもあるのでしょう?」

「いえ、かまいませんよ。気にしないでください」

 

 

(……ん?彼は……)

 

 

 僕は声がした方を見ると、Cクラスの担任である布施先生と、もう1人の生徒が話しているのが見えた。……もしかして、彼は……。

 

 

「私がかまうんですよ。大丈夫です。残りはこちらでやりますから……」

「……それだと先生の仕事が進まないでしょう?バイトの事なら気にしないでいいですから」

「……ちょっといいですか?」

 

 

 僕は布施先生達の会話を聞き、おそるおそる話しかける。

 

 

「ああ、吉井君。ちょうどよかった。ちょっとこの……」

「……何の用だ?『観察処分者』……」

 

 

 布施先生が僕に仕事を頼もうとしてきた時に、一緒にいた男子生徒が、僕に敵意を覗かせた様子で遮る。その視線を、僕は真っ向から向き直り、答えた。

 

 

「……観察処分者の仕事、っていったらわかるかな?ちょうど仕事があるように見えたからね……」

「……観察処分者の仕事だと?それを今まで放棄しておいて、何を言っているのだか……」

「それについては否定しないよ……、ただ僕も私用があったんでね。それが終わったからこうして職員室に来たんだ。……まあ、遅れちゃってこうして仕事が溜まってしまった事については申し訳なく思ってるけど……」

「……」

 

 

 僕がそう答えると、少し彼が訝しむ様な、値踏みするかの様な目に変わったのを感じる。

 

 

「…………私用ってのは、Fクラスでの模擬試召戦争の事だろ?私闘騒ぎのような事を起こしておいてそれが用事って言えるのか?」

「……言えないね。だから、それについては申し訳なく思ってる。西村先生はもとより長谷川先生にも無理を言って頼んじゃったし……、本当に悪いと思ってるよ。先生たちにも迷惑をかけちゃったしね……」

「……」

 

 

 いくら他の人に迷惑を掛けてしまう事が自分の本意ではなかったとしても、雄二を手伝うと決めたのもまた、僕の意思だ。だからそれについては……言い訳はしない。

 

 

「ただ、先生たちに頼まれた仕事は全部ちゃんとやってみせるよ。それで先生たちに許してもらいたいんですが……」

「許すも何も……。私たちとしてはちゃんと仕事をやってくれれば言う事はありませんよ……。高橋君、吉井君もこう言っているんですし、もう大丈夫ですよ」

 

 

 こうして布施先生の許可も貰い、僕は初めに依頼を進めようとした長谷川先生に向き直り……、

 

 

「……長谷川先生、すみません。そちらの仕事は布施先生の用事が片付いた後でいいですか?……先程も模擬試召戦争に付き合って貰ったのに申し訳ありませんが……」

「ああ、かまいませんよ。よろしくお願いしますね、吉井君」

「はい、少しお待たせするかもしれませんが……、出来るだけ早く終わらせますので…」

 

 

 長谷川先生にも許可を頂き、最初に布施先生の用事を片付ける事とする。

 

 

「僕が来ていない間、代わりに仕事をして貰っていて有難う。……それと、ごめんね……」

 

 

 僕は彼に、そう謝罪する。僕の代わりに先生の手伝いをして貰っていた事は勿論、Fクラスの件で迷惑を掛けてしまった事も含めて……。それを見た彼は、やがて溜息をつき……、

 

 

「……はぁ、もういい。先生、僕もここまでやった以上最後まで手伝います。……3人でやった方が早く終わるでしょうから……」

「有難う……。えっと、君は……」

「……高橋だ」

 

 

 ……うん、知っているよ……。心の中でそう呟き、僕は彼にお礼を言う。またこうやって、彼に会えた事に感謝しながら……。

 

 

「うん、ありがとう、高橋君。それでは先生、召喚許可を下さい」

「わかりました、承認します」

 

 

 僕は召喚獣も呼び出し、主に力仕事は任せて貰って、細かい仕事は僕と高橋君と布施先生で取り掛かるのだった……。

 

 

 

 

 

「これで全部ですね。有難う御座いました。高橋君、吉井君」

「いえ、思ったよりも早く終わってよかったですよ」

「そうですね、……さて、次は長谷川先生の用事を消化しないと……。長谷川先生、遅くなって本当にすみませんでした。……高橋君もありがとう」

 

 

 最初の険悪な様子だったけど、一緒に仕事をしているうちにだんだん態度を軟化させていった高橋君に僕はあらためてお礼を言う。

 

 

「もういい。……俺もお前の事を少し、誤解していたみたいだな……」

「……それは、誤解じゃないから……、何せ僕は観察処分者になる程の事をしてきたからね……」

 

 

 そう、観察処分者になるきっかけ……。それは……、

 

 

「ああ、たしか西村先生のロッカーから押収品を盗み出したばかりか、私物まで売り払ったんだろ?」

「……その通り。返す言葉もないよ……」

 

 

 いくら僕に理由があったとしても、それは他人の物を盗み出していい理由にはならない。わかっている……、これは僕の……、罪だ……。

 

 

「……言い訳しないんだな。正直言うと、俺はお前を噂で呼ばれているように『学園の恥』だと思っていたんだ。……やりたい放題、学園で暴れまわっては、仕事はサボる。言い訳ばかりで努力もしない……」

「……君の言うとおり、僕は……」

 

 

 そこまで言った時、彼は僕の言葉を遮る。

 

 

「……だが、所詮、噂は噂か……」

 

 

 …………え?その言葉に僕は高橋君を仰ぎ見ると、

 

 

「……お前はちゃんと自分の行動を客観的に見る事ができているし、責任もあるようだ……。それにお前、ちゃんと観察処分者の仕事をこなしているだろう?お前の召喚獣の動きを見ていて思ったが、仕事に合わせて手際よく動かせている。……なによりお前、ちゃんと自分の非を認められてるじゃないか。そんな事、言い訳ばかりの奴に出来る事じゃない……」

「…………高橋君」

 

 

 そして、彼は続ける……。

 

 

「最初は努力もしていないFクラスが振分試験早々に試召戦争を起こしたって聞いたんで、ふざけんなって思ったもんだったが……、Fクラスにもまともな奴はいたんだな……」

 

 

 ……正直、こういう風に言ってくれるのは嬉しい。……僕がまともかどうかは置いておいても……、1年の時の僕が本当に好き放題やっていたのは事実であるからだ……。

 

 

「……僕がまとも……?高橋君、まともな奴が『観察処分者』になる事はないよ……?」

「気が変わった……。今日はお前の『仕事』を手伝ってやる」

「え?……で、でも高橋君、君バイトとか言ってなかった??」

 

 

 彼はその複雑な環境から、色々なバイトを掛け持っていた筈だ……。

 

 

「気にするな。どうせこれから行っても遅刻だしな。バイト先の店長には言っておく……。あと、これから俺の事は勇人でいい……」

「……そう、わかったよ『勇人』。僕もこれからは明久でいいよ」

「じゃあさっさと終わらせるぞ、明久!」

「……了解!」

 

 

 こうして僕は再び彼と出会い……、勇人と一緒に先生方の仕事を終わらせていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何時の間にか外も暗くなり、気が付いたら夜7時をまわっていた……。

 …………まさか、明久の言った通り、Bクラスの代表が『根本恭二』だとは思わなかった……。今日一日、俺は明久、そして雄二に言われた通り、Bクラスの事を調べていた。すると、明久が言った通り、根本恭二がBクラスの代表である事がわかり……、さらにその交友関係を調べていると、Cクラスの代表であった小山友香と付き合っている事もわかったのだ。

 

 

(…………明久はこの事がわかっていたのか……?そう考えると根本とその交友関係を調べさせた事にも説明がつくが……)

 

 

 また、明久に頼まれた400点を超える『腕輪持ち』の調査の件に関しても、どうもCクラスに何人かその対象者がいるようだ……。学校内に仕掛けたカメラや盗聴器や他クラスの知り合いに頼んで色々調べた結果、現在2年のAからFクラス……当然俺を含めてだが、併せて11人まではわかっている。3年や、まだまだ召喚獣を持っていない1年まではまだ調べてはいないが……、この分だと単純に30人は超えそうな勢いだった……。なんでこんな事を明久が知りたがっているかはわからないが……、まあ、こちらの件はまだ全てはわかっていないので引き続き調べる予定ではある。

 

 

(…………ん?あれは……、明久か……?)

 

 

 向こうから歩いてくる人影をよく見てみると、どうも明久のようだ……。こんな時間まで何を……とも思ったが、どうも観察処分者の仕事をやっていたようである。……今までも観察処分者の仕事はやってはいたが、2年になってからのアイツは進んでその仕事を行うようになっていた。2学年となり、Fクラスに上がって明久と会った時には、雰囲気がまるで違いすぎて、別人かとも思ったものだったが……、性格は俺の知っている明久のままであった……。

 

 

(…………尤も、アイツの事だから、特にあんな風になった理由なんていうのもないんだろうが……)

 

 

 良くも悪くもアイツの行動はよくわからない。1年間アイツと一緒だったが、人がやらないような事をやってしまったり、出来ない事を出来てしまったりと、昨年は俺も色々と明久に振り回されていた……。

 

 

(…………まあいい。折角だからわかった事でも報告してしまうか……)

 

 

 そう思い、俺は気配を消して明久に近づくと……、

 

 

「……何かわかったの?ムッツリーニ……」

「…………何でわかった?」

 

 

 ……足音だけでなく気配も消して近づいたのに、何故かあっさりと看破されてしまう。

 

 

「んー?なんとなく、かな?……まあ気配がなく近づいてくるのはムッツリーニくらいだからね……」

「…………何故、気配を消しているのに気付くんだ、お前は……。まあいい、少しわかった事がある」

 

 俺はBクラスの代表が根本である事と、ついでにCクラス代表である小山が根本と付き合っている事を伝える。

 

 

「……そう」

「…………驚かないんだな。やはり、予想通りか……?」

「……予想通りっていうか、確信がほしかったというか……」

 

 

 その言葉を聞き、やはり明久にはわかっていたんだろうという事を感じ取る。……とりあえず、伝える事は全て伝えた。

 

 

「…………もう一つの方はまだ調査中だ。こちらもすべて調べ終わったら伝えよう」

「……ゴメンね。こんな遅くまで調べてもらって……」

「…………それはいい。まあ今度何かで返してもらう。……それより明久、お前も今日はずいぶん遅くまでかかったな」

「……これでも早く終わった方なんだ。勇人に手伝ってもらったしね」

「…………勇人?」

「ああ、うん。高橋勇人って人でね。今日、知り合って仕事を手伝ってもらったんだ」

 

 

 聞き覚えのある名前を聞き、俺はリストを見てみると、

 

 

「…………それはCクラスの『高橋勇人』か?」

「ん……?そういえば、まだクラスを聞いていなかったかも……」

「…………もしそうなら、ソイツはおそらく『腕輪』を持っているぞ」

「……そう。しかも……、Cクラスに?」

「…………ああ、まだしっかり確認はとれていないが、「化学」で400点を超えているらしい」

 

 

 未確定ながらも今までの成績と集めた情報から、おそらく400点を超えているだろう。俺の保健体育と同じく、一芸に秀でた者……。それがCクラスには3人もいる……。

 

 

「ねえ、ムッツリーニ?今わかっているだけでいいんだけど、『腕輪持ち』がいるかな?」

「…………まだ2年しか調べていないが、分かっているだけで11人。その内、Fが俺を含めて2人、Eが1人、Cが3人、Aが5人だ」

「……一日でそんなに……。すごいね、ムッツリーニは……」

 

 

 感心するような明久を尻目に、俺は報告を続ける。

 

 

「…………まだ2年に何人かいる可能性もある。ただ今のBクラスには『腕輪持ち』はいない。それは確実だ……。あと、1年と3年を含めて、調べ終わるのは最低でもあと3日はかかる」

 

 

 そこまで言うと、明久が何か考えはじめ、

 

 

「ありがとう、とりあえずこの件は急いでいないから大丈夫だよ。……そうだね、今度僕の家にある本でムッツリーニが好きなモノを何でも持って行っていいよ?」

「…………!?……いいのか?」

「色々無理を言ってるしね……、ただ一つ貸してもらいたい物があるんだけど……」

 

 

 明久がそう言うと、その貸してもらいたいモノを告げる。

 

 

「…………確かに持っているが、そんなモノをどうする気だ……?」

「ちょっと使うところがあってね……。おそらく明日か、明後日には使う事になると思う。だから……」

「…………わかった、用意しておく」

「ありがとう、じゃあもう帰ろうよムッツリーニ。明日は多分Bクラス戦になる筈だから……。Bクラス戦ではムッツリーニが切り札になると思うからしっかりと休んでおいたほうがいいよ」

 

 

 ……そんな明久の言葉を聞き……、俺は疑問に思う事を聞き直す。

 

 

「…………確かに雄二はBクラスに仕掛けるつもりだと言っていたが……。少し様子を見るという事ではなかったか?」

「Bクラス代表が根本君だとわかった以上、雄二はすぐに仕掛けると思うよ……。今日、途中までとはいえ回復試験は受けていたし、僕が模擬試召戦争でほとんど補習室送りにしたから、点数も補習によって補給されているはずだしね。……それにBとCの代表が付き合っている以上、同盟は結んでいるだろうから、時間を掛ければ掛けるほど、Fクラスは不利になっていく……。だから、明日の朝一には試召戦争を仕掛けると思うよ」

 

 

 ……成程、確かに明久の言う事は筋が通っている。これが、『明久』の言った事というのでなければ素直に同意できるのだが……。まだ、その違和感は拭えない。

 

 

「…………わかった。今日はもう帰る事とする」

「うん、帰ろう。……今日は僕も色々と疲れたしね……」

 

 

 そうしてその日は明久とともに帰宅の岐路に付く。……そして翌日、俺が雄二にBクラス代表の件を報告したところ、明久の言うとおりにすぐにBクラスと試召戦争をする運びとなり、須川がその宣戦布告に赴く事となった……。

 

 

 



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第14話 Bクラス戦、開幕!

問題(化学)
以下の問いに答えなさい。
「ベンゼンの化学式を答えなさい」


姫路瑞希、高橋勇人の答え
「C6H6」

教師のコメント
正解です。簡単でしたか。


吉井明久の答え
「C6H5C2H5」

教師のコメント
それはエチルベンゼンの化学式の為、間違いです。ただ先生は君がこの化学式を知っていた事に驚いています。


土屋康太の答え
「ベン+ゼン=ベンゼン」

教師のコメント
君は化学を舐めていませんか。


須川亮の答え
「B-E-N-ZーE-N」

教師のコメント
後で土屋君と一緒に職員室に来るように。


 学校に着くなり、雄二がBクラス相手に試召戦争をするという事で始まったBクラス戦……。前線は姫路さんと秀吉に任せており、僕は現在Fクラスにて待機中である。

 

 

「でも意外だね。てっきり僕には前線にあがるように言われると思ったけど……」

 

 

 Fクラスにて待機という事で、暇を持て余していた僕は、隣にいた雄二にそう話しかける。

 

 

「今回は高得点者である姫路でガンガン押すと同時に補佐を秀吉に任せてあるからな……。まあ昨日の練習を見る限りだと秀吉に問題はないだろう」

「そうだね……。秀吉がサポートしているなら問題ないと思うよ」

「一応、島田にも行ってもらったからな」

 

 

 …………あの直情的なところのある彼女に、大事な緒戦を任せて大丈夫だろうか、と僕が思ったのは内緒だ。その時、戦場の方から、轟音が響く。

 

 

「うん?今の音は……」

「……多分姫路さんだね。『腕輪』を使ったんじゃないかな?」

 

 

 あの音はおそらく姫路さんの特殊能力、『熱線』の音だろう。『腕輪』の力は非常に強力だ……。だけど、その分点数を大幅に消費するというリスクもある。だが、今回は敵の士気を挫くという意味もあるので、その点では姫路さんの能力はうってつけだろう。そんな時、バンッという音と共にFクラスの扉が開き、Fクラスの生徒ではない誰かが入ってくる。

 

 

「俺は、Bクラスの使者だ。Fクラスの代表はいるか?」

 

 

 Bクラスの使者と名乗る生徒がFクラスの教室の扉を勢いよく開きながら雄二を呼ぶ。

 

 

「俺がFクラス代表の坂本だが。Bクラスが何の用だ?」

「代表より提案がある。今回の試召戦争で4時までに決着がつかなかったら戦況をそのままにして、その続きを翌日9時に持ち越すという事でどうか、という提案だ」

 

 

 ……よくわからないけど、要は今日決着がつかなかったら、明日も続きから始まるって事、かな……?

 

 

「ほう……、だが、その提案を呑むとして……、その保障は誰がするんだ?」

「もしこの提案を呑むならば、教師立ち合いのもとで調印を結ぶ。あと、言い忘れていたが、この試召戦争の間はそれに関わる一切の行為を禁止とする」

 

 

 ……うーん、戦争中なんだから、それに関わる事を禁止って……、どういう意味だろう……?

 

 

「……よし。その提案を呑もう」

「それならば、そこにいるFクラスメンバーを連れて視聴覚室に来い。そこで協定を結ぶ」

「わかった、すぐに向かう」

「……待っているぞ」

 

 

 ……僕がわからない内に提案を受け入れる事で決定し……、そしてBクラスの使者は帰っていった。

 

 

「……ちなみに雄二、さっきのって……」

「…………今日の4時までに決着がつかなければ、明日の9時に再開する……。その間は試召戦争に関わる事、つまり他のクラスにその件で交渉したり、停戦中に補充テストは受けられないって事だ。理解したか?」

 

 

 成程ね……、そう言う事か……。

 

 

「……で?雄二、どうするつもりなの?さっきはその提案を受けていたようだけど……」

「ま、罠だろうな。根本はおそらくCクラスと同盟を結んでいるだろう。そのあたりを利用してくるんじゃないか?」

 

 

 軽い調子で答える雄二。まぁ、雄二が何も考えずに相手の提案を受けるとは考えにくい。

 

 

「……でも、行くんでしょ?」

「ああ……、このBクラス戦は、おそらく今日は決着はつかない。それならば翌日以降に持ち越せるというのは姫路がいるウチにとっては有難い提案だとも思う」

 

 

 まぁ、連続戦闘は身体の弱い姫路さんの事を考えたら……、そうなのかもしれない。ただ……、あの根本君がFクラスに有利な提案をする筈がない……。今回も、やはり何かを企んでいるに違いない……。

 

 

「……わかったよ。Fクラスの代表である、雄二の判断だしね……。だけど、調印に行くのは雄二と僕でいいと思う」

「……!?どういう事だ……、まさか、調印を結びに行く際に、教室を狙われるとでも……?」

「相手はあの根本君だからね……。用心にこした事はないと思う。雄二の護衛は僕がするから、残りのメンバーは教室に待機させておいた方がいい」

 

 

 おそらく教室を破壊でもするんじゃないかと踏んで、僕はそれに備えて提案する。雄二は考え込んでいるようだったが、

 

 

「…………わかった。俺と明久はこれより調印に向かう。横田、福村、武藤!!お前らは教室に待機だ!もしかしたら、襲撃があるかもしれんから、その時は死ぬ気で守れっ!!」

「「「了解!!」」」

 

 

 雄二はそう指示を出し、僕と2人で調印を結ぶ為に、視聴覚室へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

「……これで協定は成立だな。それでは、お互いに正々堂々と戦おうじゃないか、坂本?」

「……そうだな。それでは失礼する」

 

 

 視聴覚室にて、長谷川先生の立会いの下、無事協定に調印が完了し、Bクラスの代表である根本君は挑発するように雄二に話しかけてくる。彼に関わる気は微塵もない僕達は、返事もそこそこに、Fクラスへ戻ろうとすると、

 

 

「それにしても……、たった二人で来るとはな……。意外と度胸があるじゃないか、Fクラス代表さん?」

「…………何が言いたい?」

 

 

 表情を変えず、雄二はそう根本君に告げる。

 

 

「いや?こういった協定の場に連れてこれるのが『観察処分者』しかいないというのが、不憫だなと思ってね」

「…………そうか、まあお前はその『不憫なFクラス』にやられる『哀れな代表』になるんだけどな?」

 

 

 安い挑発を仕掛けてくる彼に、雄二は挑発で返す。

 

 

「口だけは達者だな?まあ、せいぜい頑張ってくれよ?ま、あのボロ教室でどこまでやれるか見せてもらうぜ」

「……ちょっと待って」

 

 

 そんな台詞を残して取り巻きと共に出て行こうとする根本君に、僕は声をかける。

 

 

「なんだ、学園の恥……?俺はお前みたいな屑に構っている時間はないんだが?」

「……根本君、これだけは言っておくよ……。戦争である以上、君が何をしてもその戦術にいちいち文句をつけるつもりはないけど……」

「ハッ!何を言い出すかと思えば……」

 

 

 ばかばかしい、そう言って出て行こうとする根本君の肩をつかむ。

 

 

「グッ……!?テメェ、何を……!」

「……君が起こしている事には、覚悟と責任を持てよ……?ましてや、君の行動のせいで、他人を巻き込んだ時は特にね……!!」

 

 

 威圧するように、僕は彼にそう忠告する。根本君は僕の手を振り払い、体裁を整えるようにして、

 

 

「ふ……ふんっ!テメェのような屑に言われる筋合いはねえよっ!!……いくぞ、お前ら!!」

 

 

 僕の言葉を受けて、いささか戸惑っているのかビビッているのかは分からないけど、そう捨て台詞を残してそのまま出て行った。暫く彼が去った後を見ていた僕達だったけど、

 

 

「……戻ろうか、雄二。教室が心配だよ」

「…………ああ、そうだな」

 

 

 その言葉を受け、僕と雄二は無言で視聴覚室を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、これはいったいどうしたのじゃ!?」

 

 

 ワシらが一度補給に戻ってきて目の当たりにしたのは、破壊尽くされた無残な教室じゃった。

 

 

「ああ、おかえり、秀吉。召喚獣の調子はどう?」

「それは問題ないのじゃが……明久よ、この教室の有様はなんじゃ!?」

 

 

 ワシの姿を認め、そう労ってくる明久に、ワシはこの現状の事を聞いてみる。

 

 

「……それは見ての通りだよ。僕と雄二がBクラスとの調印に行っている間にやられたみたいだね……。ご丁寧に、残してきた横溝君たちFクラスのメンバーは補習室送りにされたみたいだし……」

 

 

 溜息をつきながらそう答える明久。Bクラスとの調印?何故そのようなものを……?

 

 

「……俺たちはいいが、体力のない姫路にはキツイだろう?一時休戦にするという条件はFクラスにとっては有利だったのさ。姫路はこのBクラス戦での、ウチの主戦力だからな」

「それはまあ、確かにそうじゃが……、これじゃあ補給もうまくとれないんじゃないかのう?」

「そこはFクラスだからね……。元からボロい設備だったし、姫路さんはともかく、僕らにとっては、そんなにかわりないんじゃない?」

 

 

 ……まあ、確かに卓袱台と座布団を破壊されるぐらいでそこまでかわるもんじゃないかもしれんが……。そんな時、戦場に残してきた須川が血相を変えて教室の扉を開き、

 

 

「だ……誰かいないか!?」

 

 

 そう叫ぶ明らかに普通ではない様子に、代表である雄二がやってきた。

 

 

「須川か……。どうした、何があった?」

「さ、坂本!実はかなりマズイことが……」

「須川よ、落ち着くのじゃ!……戦場で一体何がおきたのじゃ?」

 

 

 かなり動転しておる須川を落ち着かせながら、ワシが聞いてみると、

 

 

「島田がBクラスに人質にとられた!!」

「なぬっ!?」

 

 

 島田が人質じゃと!?一体どうしたらそんな状況になる!?

 

 

「…………とりあえず現場に行ってみるよ。……須川君、案内してくれる?」

 

 

 その報告を聞き、動揺を隠せなかったワシにかわり、明久の現場に向かうと力強い言葉にワシは、

 

 

「吉井、助かる!こっちだ!!」

「明久、ワシも……」

 

 

 一緒に行く……、そう言いかけたワシを制止し、

 

 

「秀吉はここにいて?まだ補給も終わっていないし……、もしもの時は雄二をお願いするよ」

「明久……、わかったのじゃ……」

 

 

 確かに、かなり戦場で点数を削られてしまった以上、補給を受けなければならず、行っても足手纏いになるだけじゃろう。ワシはそう判断し、ここは明久に任せる事にする。

 

 

「ただ秀吉、一つだけ教えてくれる?秀吉が戦場を離れる時、部隊の指揮は誰に任せてきたの?」

「……島田じゃ……」

「……そうなんだ。わかった……。じゃ、行ってくる」

 

 

 そう言って須川と共に戦場に向かう明久を見送り、ワシは点数の補給を始めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 須川君と一緒に戦場に来てみると、そこには二人のBクラスの生徒と捕まっている島田さんがいた。島田さんの召喚獣にはBクラス生徒の剣を当てられ、すぐさま戦死するような状況となっていた。さらに先を見てみると、フィールドを展開させている西村先生がいる。……あの表情を見ると、Bクラスのあまりといえばあんまりな彼らの戦術に、若干ウンザリしているようにも見えた。

 

 

「よ、吉井!」

「そこで止まれ!それ以上近付くならこの女を補習室送りにするぞ!!」

 

 

 そう言われて、僕は一旦踏み出そうとした脚を止める。

 

 

「人質なんてとる様な真似をして……、恥ずかしいとは思わないのか……?」

「う、うるせぇ!!これも戦術だ!引っかかる方がわるいのさッ!!」

 

 

 相手を非難するように僕がそう言うと、そんな言葉がかえってくる。

 

 

「ど……、どうする……吉井……?」

 

 

 隣にいる須川君もどうすればいいのかわからず、僕にその判断を求めてくる……。確かに対峙しているだけじゃ話は進まない。

 

 

「……とりあえず、どうしてこんな状況になったか知りたい。……島田さん、君は秀吉から部隊を任されていたはずだよね……?なんで島田さんがこんなところで捕まるような事になっちゃったの……?」

 

 

 この現状を打破する為にも、僕はとりあえず原因を聞いてみると……、

 

 

「そ、それは……」

「コイツはお前が怪我したって偽情報を流したら部隊から離れて一人で保健室に向かったんだよ!!」

 

 

 偽情報か……、しかしそれで部隊を離れるなんて……。ちょっと考えが足りないんじゃないか、そう思った僕は、

 

 

「……部隊から離れて?島田さん、それ本当なの?」

「そ……そうよ!アンタが瑞希のパンツを見て鼻血が止まらなくなったって聞いて、心配になったのよ!!だから……」

 

 

 部隊を離れた事を嗜めようとした矢先に、島田さんからそんな言葉が飛び出し、僕の思考を停止させる。…………は?そんな訳の解らない事の為に、皆の命を預かる部隊長の立場を放棄したというのか……?暫く放心していた僕だったが、戦闘中だった事を思い出し、まわりのFクラスのメンバーに指示を出す。

 

 

「…………全員、突撃準備」

「よ、吉井!?それでいいのか!?」

 

 

 僕の言葉を聞いて、須川を含め、残っているFクラスのメンバーも慌てだす。

 

 

「…………ゴメン、僕の言葉が足りなかった」

「じょ、冗談か、脅かすなよ……」

 

 

 ホッとしたかのような須川君の言葉を受けて僕は、

 

 

「……島田さんがやられてもかまわないから、あそこにいるBクラスの2人を倒す……。突撃準備」

 

 

 …………今度こそ周りが静まり返った。

 

 

「な、なんでよ!?どういう事よ!!」

「……島田さん、部隊を任されていながら、どうして現場を離れたのさ?……部隊を指揮する者がいなくなったらその部隊は全滅するしかない。そうは思わなかったの?」

 

 

 須川君をはじめ、他のFクラスの連中は、僕の下した決定に戸惑っていた。なんだかんだ言っても、Fクラスの男子は女子には甘い……。島田さんのせいで自分たちがやられそうになっていたのに、今更彼女の心配をするなんて……。

 

 

「そ、そんな事よりもウチはアンタを心配して……!」

「そんな事?……百歩譲って心配してくれたのが事実だったとしても……、鼻血が止まらなくなった……?そんな理由で心配したって仕方ないじゃないか……!」

「だ、だからお仕置きをする為に保健室に向かったんじゃない!!」

 

 

 …………語るに落ちるとはまさにこの事だと思う。僕は覚悟を決め、召喚獣を呼び出す。

 

 

「……試獣召喚(サモン)

 

 

 これ以上話していても時間の無駄だと判断した僕は、人質にとっているBクラスの2人に向かって飛びかかる。それに驚いたのか、島田さんに剣を当てていた生徒は条件反射でその召喚獣を斬りつける。島田さんの点数が0になったのにも構わずに、まず人質にとっていた生徒の心臓部分に木刀を突きつけて、逃げようとしたもう一人も後ろから斬りつけて戦死させた。

 

 

 

【英語】

Fクラス-吉井 明久(32点)

VS

Fクラス-島田 美波(0点)

Bクラス-鈴木 二郎(0点)

Bクラス-吉田 卓夫(0点)

 

 

 

 こうして、一瞬で3人がまとめて補習室送りになる。Bクラスの2人の断末魔と、島田さんの恨み言が聞こえてきたが、それを無視して僕は残っていたメンバーをまとめ、Fクラスに戻ることにした。

 

 

 




文章表現、訂正致しました。(2017.11.19)


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第15話 根本の誤算、明久の戦い!

文章表現、訂正致しました。(2017.11.19)


「戻ったか明久、聞いたぞ?お前、島田ごと補習室送りにしたそうだな?」

 

 

 Fクラスに戻って早々、雄二からそう問われる。……正直、僕がした事は間違っているかもしれない……。だけど、あの場はああする事が正しかったと、僕は信じている。

 

 

「……僕がやった事がまずかった、というなら、後で責任をとるよ……雄二……」

「いや、明久は悪くなかろう……。ワシとて一緒に戦ってきた部隊を島田に任せてきたというのに、部隊を放って勝手に行動したあげく、人質になるとは思っておらんかったしのう……」

「ああ、今回の件は島田の自業自得だ。俺でも同じ判断をするだろう」

 

 

 どうやら、お咎めはなしのようだ……。まあ理由はどうあれ、味方を見捨てちゃったのはまずかったかとも思ったけど……。

 

 

「……ただ、今日はここまでだな。4時をまわってしまったし、休戦というところだろう」

 

 

 先程の、Bクラスと結んだ協定に4時までに決着が着かなければ翌日に持ち越しするというルール。正直、僕らは平気だが姫路さんにとっては有難いルールだろう。ふと、姫路さんの方を見てみると、彼女はおろおろしながら何かを探しているようだった。

 

 

「ねえ、姫路さん。何か探し物?」

「よ、吉井君!?は、はい、ちょっと見つからないものがあって……」

 

 

 僕が話しかけると何か慌てたように答える。

 

「そうなんだ、じゃあ手伝うよ」

「い、いえ。たいしたものじゃないんです!!だから気にしないで下さい!!」

「……そう?まあ姫路さんがそう言うなら……」

 

 

 ひとまずそう言って姫路さんから離れるも、そっと彼女を盗み見ると、姫路さんは再び、無くしてしまったらしい何かを探し出すのがわかった……。もしかしたら……。この時、僕はある人物の顔が浮かぶ。そんな時、ムッツリーニが偵察から戻ってきた。

 

 

「おうムッツリーニ。何か変わった事はあったか?」

「…………どうもCクラスが試召戦争の準備をしている」

 

 

 ……Cクラスか。これは、Bクラスの差し金かな……。

 

 

「……たしかCクラスはBクラスと同盟を結んでいるんじゃなかったか?」

「…………まだ正式な同盟は結んでいないらしい。だが、現在Bクラスには根本がいる」

「そうか……。できればCクラスとは事を荒立てたくはなかったんだが……」

 

 

 そう言って考え込む雄二。……Cクラスが不穏な動きをしていると情報を流したのもBクラスだろう。ならば……、

 

 

「ねえ、雄二。ちょっとこの状況を利用してみない?もしかしたら、それでBクラスと決着が着けられるかもしれないよ?」

 

 

 僕は、考え込んでいる雄二にそう提案してみることにした。

 

 

 

 

 

 

「Fクラス代表の坂本だ。Cクラスの代表はいるか?」

 

 

 雄二と秀吉、そして僕でCクラスの教室に入る。そこには、ムッツリーニの情報通り、まだかなりの人数が残っていた。

 

 

「私がそうだけど、何か用かしら?」

 

 

 そう言って出てきたのは、まじりっけの無い黒髪をベリーショートにした女子、Cクラス代表である小山さんだ。チラッとCクラス内を見渡すと、明らかに一角、目立たないようにしている生徒が目に付く。恐らく、あそこに根本君がいるのだろう。

 

 

「ああ、CクラスにBクラスの代表である根本がいる理由を聞きたい」

 

 

 雄二の言葉を聞き、Cクラスがざわめきだす。

 

 

「な……、何の事かしら」

「とぼけても無駄だ、既に調べがついてある。BクラスはFクラスとの協定で『試召戦争の間はそれに関わる一切の行為を禁止』というのがあってな?それにも関わらず、Cクラスにその代表がいるというのはおかしな話だろう?だからFクラスとしてその説明を求める」

 

 

 言い逃れができないと悟ったのか、小山さんが後ろを振り返る。……案の定、そこには焦りの表情を浮かべた根本君がいた。

 

 

「し……、試召戦争は4時でいったん休戦となっている。その間で俺が何処にいてもいいだろ!!」

「……なにを言ってるんだか。今は休戦といっても『試召戦争の間』なんだぞ?そちらが言い出した事だ。それに、お前だけでなくBクラスの生徒もいるじゃないか。……ご丁寧に長谷川先生まで連れてきているときた」

「ち……、ちょっとCクラスに用があってコイツらと一緒に来ただけだ。せ……先生は……!」

「……長谷川先生。先生はどうしてCクラスへ……?」

 

 

 見苦しすぎる根本君の言い訳に被せるように、僕は長谷川先生に聞いてみる。

 

 

「私は『Fクラスが先程結んだ協定に違反している、ここに居たらわかる。』と聞いてここにいたんですよ、吉井君。……ですが、話を聞いていたら協定に違反をしていたのはBクラスのようですね……」

「グッ……!!お前らッ!!」

 

 

 根本の指示に、待機していたBクラスの生徒が僕達を囲む。

 

 

「待ちなさい!!君たち、これは明らかな協定違反です……!」

 

 

 長谷川先生にそう言われても、Bクラスの連中は僕らをを逃がさないよう、囲みを狭めている。ザッと見て10人前後、ってところかな……。

 

 

「長谷川先生、かまいませんよ……。フィールドの承認をお願いします」

「よ……吉井君……!?」

 

 

 僕の提案に、戸惑った様子の長谷川先生。そこに、僕を援護するよう、雄二達が続く。

 

 

「ああ、向こうが協定をやぶる気なら、俺達も遠慮する必要はない……!」

「ここで決着をつけてやるぞい!!」

 

 

 僕に続き、雄二達も臨戦態勢にはいる。その様子を見て、長谷川先生は頷いた。

 

 

「……わかりました、君たちがそう言うならば承認しましょう。先に協定を破ったのはBクラスのようですしね。『数学』、承認します!!」

「「「「「「試獣召喚(サモン)!!!!」」」」」

 

 

 

【数学】

Fクラス-坂本 雄二(78点)

Fクラス-吉井 明久(51点)

Fクラス-木下 秀吉(63点)

VS

Bクラス-芳野 孝之(161点)

Bクラス-工藤 信二(159点)

Bクラス-野中 長男(154点)

Bクラス-真田 由香(166点)

Bクラス-金田一 裕子(159点)

 

 

 

「雄二……大丈夫?」

「俺も伊達に昨日練習したわけじゃねぇ……。ま、戦死しないようには気をつける」

「……秀吉は……」

「うむ、雄二の事はワシにまかせておくのじゃ、それよりも明久……」

「……お前に全てがかかってるんだからな?しくじるなよ?」

 

 

 ……そんなの言われるまでもない!僕は召喚獣に木刀を正眼に構えさせ、相手を見極める。

 

 

「てめえら、正気か!?そんな点数で真正面から挑んでくるとはっ!!」

「さっさと終わらせるわよ!!」

 

 

 僕達の点数を見て、勝ち誇った様子のBクラスの面々を前に、僕はそっと、ほくそ笑む。これくらいの点差ならば……、みな一撃で倒す事が出来る。それに……、今回はBクラスと決着をつける以外にももう一つの目的もある。根本君が盗んだであろう、姫路さんの手紙を取り戻す事……!

 

 

「……じゃあ今回は『本気』でいくから……、覚悟してよ?」

 

 

 そう呟き、僕は『力』を解放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 な……何が起こっている!?点数は俺たちの方が上のハズだ!!なのにこの状況はなんだ!?

 

 

 

【数学】

Fクラス-坂本 雄二(67点)

Fクラス-木下 秀吉(56点)

VS

Bクラス-真田 由香(31点)

Bクラス-金田一 裕子(43点)

 

 

 

 坂本を討ち取るべく仕掛けているのにも関わらず、討ち取るどころかこちらが押されているだと!あのAクラスの木下の弟というのが強いというのもあるが、坂本は坂本で妙に戦いなれており、最初あった点数差がなくなってしまっている。だが……、一番の問題は……!

 

 

「う……、うわあぁっ!!!」

 

 

 

【数学】

Fクラス-吉井 明久(51点)

VS

Bクラス-工藤 信二(0点)

 

 

 

 あの観察処分者が強すぎる!!10人以上いた味方がまた一人やられ、もうこちらには俺を守る親衛隊を含めて3人しかいない……!そして、吉井の点数は呼び出した時と変わらず、1点も減っていないのだ……!さらに、この場の雰囲気に、俺も含めて残っている奴らも皆、恐怖を感じているんだろう……。そう、まるで蛇に睨まれた蛙の様な……!

 

 

「…………次の相手は根本君、キミか……?」

 

 

 奴がゆっくりと近付いてくる。それに合わせて無造作に木刀を握った召喚獣も一緒にやってきた……。

 

 

「く、くそおぉ――っ!!」

 

 

 俺の横に控えていた一人が恐怖を振り払い、吉井に向かっていった。だが……、

 

 

「…………遅いよ」

「!?ぐわあぁぁ!!?」

 

 

 まるで奴の木刀に当たりに行くように突っ込んでいき……、

 

 

 

【数学】

Fクラス-吉井 明久(51点)

VS

Bクラス-松本 正一(0点)

 

 

 

 結果、奴に触れることもできず、また戦死させられる……。

 

 

「あ……ああ……」

 

 

 俺の傍に控えていた親衛隊の一人があまりの出来事に腰を抜かしたようだ……。

 

 

「くそっ!!ここはもう駄目か!!」

 

 

 このままここにいたら確実に戦死すると判断した俺は、腰を抜かした奴を切り捨て、すぐさま教室を脱出すべく出口に急ぐ。

 

 

「……逃げる、というのは良い判断だね……、だけど……、そっちは地獄の一丁目だよ」

 

 

 俺がCクラスの扉を開けた瞬間、そんな声が聞こえてきたかと思うと、

 

 

「…………残念だがここは行き止まり」

 

 

 その向こうには保健体育の教師、大島先生と……、

 

 

「…………Fクラス、土屋康太。Bクラス根本恭二に保健体育勝負を申し込む」

「ム……ムッツリーニ……だと!?」

「…………試獣召喚(サモン)

 

 

 土屋の声と共に召喚獣が呼び出される。……何処にも逃げ場が無いと悟った俺は、放心しながらも召喚獣を呼び出す。

 

 

 

【保健体育】

Fクラス-土屋 康太(441点)

VS

Bクラス-根本 恭二(203点)

 

 

 

 そして次の瞬間、俺の召喚獣は小太刀を持った敵の召喚獣に一閃され、消滅する事となった……。

 

 

 



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第16話 戦後対談と同盟提案

文章表現、訂正致しました。(2017.11.26)


 ムッツリーニが根本の召喚獣を降し、Bクラスとの試召戦争はFクラスの勝利となった。僕は一息つき、張りつめた緊張をとくと、召喚獣を通常の状態に戻す。試召戦争に決着がつき、続々とそれぞれの生徒がCクラスの教室に集まる中で、僕はそして座り込んでいる根本のところまで歩いていくと、

 

 

「根本君」

「……ッ!」

 

 

 僕が声を掛けると怯えたような顔でこちらを見る。……そんなに僕が怖かったのだろうか。ふと見てみると、戦っていた他のBクラスの生徒や見ていただけのCクラスの生徒も戦慄の眼差しで僕を見ている。……まあ、それも目的の一つでもあったのだから仕方がない……。その視線をとりあえず無視して根本君を見る。

 

 

「……僕がさっき言った事は……、覚えてるよね?」

「……自分の行動に責任を持て、とかいうやつの事か……?」

「そうだよ……。まして、君は「代表」だ。……負けた際には紛糾される覚悟をもって今回の『Fクラスの破壊工作』を起こしたんだよね?」

「…………」

 

 

 そう言うと根本君が黙り込む。うんともすんとも言わない彼に、僕はさらに続ける。

 

 

「別に僕は『協定を結びたい』と言ってクラスを強襲した事や、今回のFクラスに対しての罠についてどうこう言うつもりはないよ。これは『試召戦争』だし、ね……。だけど……」

 

 

 僕はそこで一度言葉を切り、

 

 

「キミ……、姫路さんの持ち物にも手を出して、奪っていったりしなかった?」

「っ!!」

 

 

 僕の言葉を聞き、教室がにわかに騒がしくなる。

 

 

「ね……根本君、君は本当にそんなことをしたのかね!?」

「それは、いくらなんでも……」

「やりすぎよ!!」

 

 

 長谷川先生やCクラスだけでなく、同じBクラスの生徒も彼に対し紛糾していく。その件に関しては、流石に雄二たちも知らなかったようで、

 

 

「明久、それは本当なのか……?」

「……さっき、姫路さんが探し物をしていたから気になってね……、教室を壊される前はあったみたいだし……」

「……本当に見下げ果てた奴じゃのう……」

「…………どうしょうもない」

 

 

 周りから批判される中、根本君は唇を噛み締めて耐えるように俯いていた。

 

 

「……姫路さんが脅威なのはわかるよ。なんとかしないとBクラスにとって被害も大きくなるだろうしね……。それで、キミが代表として脅威を抑える為にとった対抗手段が彼女の物を盗む事だった。返して欲しければ試召戦争に参加するな……。それがキミの決めた事って訳か……」

「…………ああ、決定したのも、指示を出したのも、俺だ……」

 

 

 力なく根本君はそれを認めた。それを聞くと、さらに教室内は騒がしくなる。それらのほとんどが、彼を罵倒するものだったけれど……、

 

 

「ゴメン……。皆、気持ちは分かるんだけど……、ちょっと抑えて貰っていいかな?」

 

 

 僕はそう言って教室内の生徒を抑えると、

 

 

「……こうして試召戦争に負けた以上、覚悟はできているのかな……?今回は他人の物を盗むという行為まで起こしたんだ……。いくら試召戦争とはいえ許される事じゃない……。それについて裁かれる覚悟は……当然あるんだよね……?」

「………………ああ」

 

 

 彼の呟くような、しかし確かに肯定の言葉を聞き、僕はここにいるBクラスのメンバーを見渡すと、

 

 

「今回、僕はそこにいるFクラス代表の坂本からBクラスに対する戦後対談を任されている。ここにいないメンバーには後で皆から伝えておいてほしい」

 

 

 皆の視線があつまった事を確認すると、僕は一呼吸おき、

 

 

「まず、Bクラス全員でFクラスで破壊活動の為に壊れた卓袱台や座布団、床、壁といったものの補修をしてもらう」

 

 

 自分たちが壊したという事もあって、それに反対の声はなかった。……尤も反対できる立場じゃないし、試召戦争に負けた以上そのFクラスが自分たちの教室になると思っているのかもしれない。

 

 

「そして……、根本君」

「ッ…………!」

 

 

 僕の言葉に反応した根本君に、

 

 

「キミは、姫路さんから奪った物を返却し、全て白状して謝れ。……どういう風に謝るかは、キミに任せるから。……その2つを受け入れてくれるなら、3ヶ月の間、自分達から試召戦争を起こす事を禁止という条件で設備の交換は無しにする」

 

 

 ……僕の言葉を聞き、今日一番のどよめきが起こる。Bクラスにとっては自分たちの設備が『あの』Fクラスにならなくて済むという喜びと、Cクラスにしてみれば今の条件で設備交換が免れるのが信じられないといった驚嘆の声、そしてFクラスからは何故そんな条件をという批判の声がそれぞれ揚がっているように思う。

 

 

「……ゴメン、そういう事でいいかな?雄二?」

「今回の戦後対談はお前に任せるんだ。まして今回のBクラス戦の立役者は明久たちだからな。お前がそれでいいなら、俺はかまわない」

「…………俺もおいしい所だけもらったから、それでかまわない」

「明久がそう決めたんならば、ワシもかまわんぞ」

「……ありがとう」

 

 

 彼らからそう賛同を得ると、雄二がFクラスの面々に対し、

 

 

「落ち着け、皆。前にも言ったが、俺達の目標はあくまでAクラスだ。ここがゴールじゃない。通過点にずぎないBクラスの設備を奪っても仕方ないだろう?」

 

 

 そう言う雄二に、周りのFクラスからの喧騒が小さくなっていく。Dクラスに続き、Bクラスと、次々と破っていく雄二の求心力が高まっているようだ。僕達の言葉を聞き、さっきまで俯いていた根本君が顔を上げて僕を見ていた。

 

 

「…………吉井、……本当にそれだけでいいのか……?」

「……本当はこんなんじゃ許せなかったんだけど……、姫路さんもたいした物じゃないって言っていたし、まだ脅迫もしていなかったみたいだしね……。代表である雄二も認めてくれたし、今回はそれでいいよ。だけど……」

 

 

 そこまで言って、僕は一度言葉を切る。

 

 

「今回だけだ。今回だけは……、キミに謝るチャンスをあげる……。さっきも言ったけど、どういう風に、『何に』謝るかは……キミに任せるから……。多分だけど、それによってこれからのキミの立場が変わってくると、僕は思うけどね……」

「吉井…………」

「今まで好き放題やっていたんだ……。これからは代表としての立場もないだろうし、そんな簡単には変われないと思うけど……。だけど、また変わらずに同じように僕たちの前に立ち塞がるなら……、今度は容赦しない」

 

 

 押し黙る根本君に溜息をつき、

 

 

「……これで戦後対談は終わりだよ。Fクラスの修繕も明日からでいい。もうBクラスの生徒をまとめて行っていいよ」

「…………わかった…………すまない」

 

 

 そう言い残して、根本君はBクラスの生徒と共に教室を出て行った。彼らがいなくなるのを見届けると、雄二がCクラスの代表である小山さんに改めて向き直る。

 

 

「さて、改めてFクラス代表として、Cクラスに提案があるんだが……」

「……何かしら?」

「ああ、Fクラスは正式にCクラスと3ヶ月間の不可侵条約を盛り込んだ同盟を結びたい」

 

 

 雄二からの提案を聞き、今度はCクラスの生徒が騒がしくなる。さて、Cクラスはこの提案を呑んでくれるかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Fクラスとの……同盟?」

「ああ、3ヶ月間お互いに対して試召戦争を起こさないという提案だ。そちらにしたらFクラスに攻め込むメリットなんて無いだろう?そして、俺達Fクラスからも攻め込まれて面倒な試召戦争の時間もとられないって寸法だ。そちらからしたら、悪い交渉ではないと思うが……」

 

 

 実際に、負けたら設備交換になる上に、攻め込んでもこれといったメリットがCクラスにはないはずだ。……こちらとしても、厄介な戦力のいるCクラスとはできれば戦いたくはない。

 

 

「随分気前がいいみたいだけど……、それでそちらのメリットはあるの?」

「俺達の目標はAクラスだ。その途中にCクラスとの駆け引きに悩まされたくないっていうのが俺達の考えだ」

 

 

 俺の言葉を聞き、Cクラスの代表である小山は考え込んでいる。

 

 

「…………もし、断ったらどうするの?」

「……その時は仕方がない。とりあえず今日のところは引き下がり、今後どうするか決める」

 

 

 どうやら、小山は迷っているようだ。最低クラスと同盟を結ぶなんて、という思いもあるのかもしれない。

 

 

「……だいたい、Fクラスが私達と戦って勝てるとでも思っているの?」

「それは今、目の前で見ていたはずだろう?お前の彼氏が代表であるBクラスが、俺たちに負けた瞬間をな」

 

 

 それを聞き、クッと口に親指を当て俯く小山を見て、傍にいた一人の女子がおずおずと声を掛ける。

 

 

「……小山さん。私たちはこの提案を受けるべきだと思います」

「神崎さん!?何を言っているのよ!?」

「……Fクラス代表である坂本君の言った通り、私たちがFクラスに攻め込んでも何もメリットはありません。それに、今の試召戦争の結果を見た通り、Fクラスに勝てるかどうかもわからないでしょう……」

 

 

 発言した奴を見てみると、亜麻色の髪を肩の位置まで伸ばした、確か神崎とよばれた女子だった。クラス内でも発言力が高いらしく、周りは神崎の言葉にうんうん頷いている。

 

 

(こいつは確か、『神崎真琴』だったか……?ムッツリーニの話だと腕輪を持っているという話だが……)

 

 

 俺は情報の中にあった、Cクラスの要注意人物の一人だった事を思い出しながらその様子を窺う。小山も神崎の言葉には耳を傾けているようだ。

 

 

「それは……、確かにそうだけど……」

「……何やら面白そうな会話をしているな」

 

 

 その時、小山の言葉を被せながら一人の男子が教室に入ってくる。

 

 

「た……高橋君!?」

「……勇人、貴方、気が乗らないという事で帰ったんじゃなかったのですか?」

「帰ろうかと思ったんだがな……、ちょうどFクラスの明久たちが入っていくのが見えて、ちょっと様子を窺っていた」

 

 

(コイツは……、確かコイツもリストに載っていたな……、明久の知り合いか……?)

 

 

「……そういえば、Cクラスだったんだね、勇人」

「Bクラスを倒すなんてやるじゃないか、明久。最初はBクラスの罠に嵌ったかと思っていたんだが、まさか逆に倒してしまうとは思わなかったぜ……。まあ、そんな事はいい。小山、ここはFクラスと同盟を組んでいた方がいい」

「……いきなり来て何言ってるのよ……。あなた、私たちのやることに興味がないって言ってなかったかしら?」

「それは、アンタがあまりに愚かな事をやっているからだ……。最初に俺や真琴は言った筈だぞ?Bクラスの片棒を担ぐのはよせ、とな」

「それは……」

 

 

 そして高橋がこちらを見る。

 

 

「だがまあ……同盟を結ぶと言っても、どうするつもりだ?」

「ちょうどここに、長谷川教諭や大島教諭もいる。立ち合いをお願いして同盟の調印とするつもりだ」

「悪いが……、それだけでは信用できない。なんたって『あの』Fクラスだ。まして昨日あんな馬鹿騒ぎを起こす連中の何を信用しろっていうんだ?いきなり同盟破棄して攻め込んでくるかもしれないだろ?」

「それは……」

「そうよ、悪いけどそんな調印だけじゃ信用できないわ!」

「……まあ、先程もBクラスが協定を破っていましたしね……。それは否定できません」

 

 

 ……確かにそれは俺も否定できん。ウチには色々不安要素もあるしな……。さてどうしたものか……。

 

 

「そんな同盟結んで、さっきのように奇襲されたらどうしょうもないじゃない!Bクラスでも手も足も出なかったのに!」

「じゃあさ……」

 

 

 熱くなった小山に対し、言葉に詰まっていると、それを見ていた明久が俺の前に出てきて、小山に話し掛ける。

 

 

「もし仮に、Fクラスが代表である雄二の指示でCクラスに宣戦布告をしたら、すぐさま僕が戦死扱いで『補習室送り』になるっていうのはどうかな?」

 

 

 そんな明久の提案に、ざわついていた教室が静まり返る。

 

 

「…………え?」

「だから、もし雄二がそっちに宣戦布告したらすぐさま僕が西村先生に補習室に送られるって事。Cクラスとしたら、Bクラスを相手に何人も戦死させていた僕がいなくなるっていうのは悪い事じゃないでしょう?」

「…………」

 

 

 コイツ……、また勝手に……。俺は頭に手を当てて、コイツの馬鹿さ加減に呆れた。……だが、これは効果的な提案でもある。先程の明久を見ていたらわかるだろうが、あんな状態の明久を俺は倒せる気がしなかった。低点数でBクラスの連中をバッタバタと倒している時は、正直俺も背筋が凍るような思いだった。……逆に言うと明久がいなくなれば、姫路がいるとはいえ、Cクラス戦は難しいかもしれない……。

 

 

「ハハハハハッ!!また面白い事を言うな!明久!!」

「……勇人、笑っている場合じゃないでしょう……?」

 

 

 明久のバカな提案に高橋が笑い出す。それを見て、明久が続けた。

 

 

「まあ……、雄二がいる限りそんな事はおこらないとは思うけど……。それよりどうかな?それとも……僕の言葉だと信用できないかな……?」

 

 

 明久は真剣な目でCクラス代表に詰め寄る。

 

 

「ッ!わ……わかったわよ!……同盟を破った時、吉井君が補習室送りになるというのなら、その同盟、結んでもいいわ」

「おいおい、それだと不公平だろ?そうだな、じゃあ、Cクラスが約束やぶって試召戦争を仕掛けたら俺が補習室送りになろう」

「!?また、アンタは……!」

「別にいいだろ?それとも小山は約束やぶって攻め込む気だったのか?」

「そんなわけないでしょ!……はぁ、ウチの高橋君が言った通り、もしこちらが約束を破ったら彼が補習室送りになる。これでいいわね?」

「ああ、わかった。それで同盟を結ぼう」

 

 

 こうして、長谷川教諭と大島教諭の立ち合いの下、俺達FクラスはCクラスと不可侵の同盟を結んだのだった。

 

 

 



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第17話 Aクラスとの交渉

文章表現、訂正致しました。(2017.11.26)


(流石に、もうみんな帰ったかな……)

 

 

 Cクラスと同盟を結んだあと、観察処分者の仕事がないかと職員室に行ったが、先生方より今日はいいと有難いお言葉を頂いた。そこで、雄二に前もって断りをいれ、現在僕はAクラスの教室前にいる。下校時間はとっくに過ぎているので、もう誰もいないかなと思っていると……、

 

 

「アレ?キミ、たしか吉井君だっけ?こんなところでどうしたの?」

 

 

 背後から声を掛けられ、振り返ると薄い緑色の髪をショートカットにした女の子が立っていた。

 

 

「君は……」

「ん?ああ、ボクは工藤愛子だよ♪それで君は、吉井君であってるよね?」

 

 

 屈託無く聞いてくる彼女に、僕は頷いて答える。

 

 

「うん、僕は吉井明久だよ。よろしくね、工藤さん」

「こっちこそよろしくね♪それより吉井君、Aクラス前でどうしたのかな?ボーっとしてたけど?」

「いや……、こんな時間だし、もう誰もいないかと思って……」

「まあ、だいたいは帰ったかと思うけど……、代表たちはまだ残ってるはずだよ?なんたってFクラスがBクラスを破ったみたいだしね。対Fクラスの作戦について極秘で話し合ってるはずだよ♪」

 

 

 工藤さんの話を聞き、僕は苦笑いを浮かべる。……もうFクラスが宣戦布告してくる事は……、彼女らの中では決定事項なのだろう……。尤も、そんな話をしているなら僕が入るわけにもいかない。僕は、笑いながらそう話す工藤さんを見て、

 

 

「そうなんだ、じゃあ僕はまた、今度……」

「まあまあ……、吉井君も入りなよ♪そんなところに突っ立ってても仕方ないし♪」

「いや、ちょっ!?工藤さん!?」

 

 

 邪魔になると思い、帰ろうとした僕を工藤さんによって、ほぼ強引に引き止められ、そのままAクラスに押し込まれてしまった。

 

 

「あら愛子、戻ってきたのね……って、明久君?」

「ああ、明久君か。もうBクラス戦の戦後対談はいいのかい?」

 

 

 そこにはAクラスの代表である霧島さんと利光君、そして優子さんがそれぞれ何かを話し合っている様子だった。工藤さんに連れられてきた僕を見て、優子さんたちは普段通りに話しかけてくる。僕を見ても対して驚かない様子に苦笑しながら、

 

 

「やあ、優子さんに利光君。うん、Bクラスとの対談は終わったよ。じゃあ、僕は邪魔になるだろうから、帰るね……」

 

 

 そう言って回れ右をして帰ろうとする僕を、

 

 

「まあまあ、別に邪魔じゃないよ、ねえ代表?」

「……うん。吉井は友達。邪魔なんてとんでもない」

 

 

 いや、駄目でしょ。あまり僕が言えた義理でもないかもしれないけど……。

 

 

「でも……、今はFクラスの対策の事で話してるって聞いたよ?僕がいるとまずいんじゃない?」

「ん?いやそんな事はないよ。話していたといってもたいしたことじゃないしね」

「それでも……!ねぇ優子さん。僕、帰った方がいいよね!?」

 

 

 僕は優子さんの方に向き直り、聞いてみる事にする。

 

 

「はぁ……、明久君、そんなに慌てなくても大丈夫よ……。愛子が何を言ったか知らないけれど……、本当にたいしたことじゃないから。……愛子もからかうのやめなさい……」

「ゴメンゴメン、吉井君が慌ててるのがおかしくって……。でも、Fクラスの事を話していたのは本当だよ?ボクは最初、Fクラスが勝つとは思ってなかったんだけどさ……。代表たちは最初から勝つって思っていたみたいだしね」

 

 

 謝りながらそう話す工藤さんを見て、

 

 

「そうなんだ……。まあ、優子さんたちが大丈夫ならいいけど……」

 

 

 おっといけない、忘れるところだった……。そこで僕は優子さんに向き直り、

 

 

「優子さん、昨日はゴメン!Fクラスの連中(ウチのバカ)が迷惑を掛けてしまって……!」

 

 

 ……昨日の、FFF団が暴走してAクラスに侵入したと聞いていた僕は、迷惑を掛けてしまったであろう優子さんに謝る。

 

 

「昨日の?……ああ、アレね……」

 

 

 思い当った優子さんの顔が苦渋に染まる。久保君達もそれを思い出したのが、苦虫を噛み潰した顔をしていた。

 

 

「久保君も大変だったよね~、彼らを止めようとしたら久保君も追いかけられる事になったし~」

「……ゴメン、工藤さん。思い出させないでくれ……」

 

 

 そうか……利光君にも迷惑を掛けたのか……。

 

 

「僕がもう少し注意すべきだった……。アイツらに見つかればこうなる事はわかっていたのに……」

 

 

 決してアイツらの嫉妬心を忘れていた訳ではないのに……!僕は自分の軽率さを責めていると……、

 

 

「そんなの気にしなくていいわよ……。別に、明久君が悪い事をした訳じゃないじゃない?」

「で、でも……!」

「……それとも、明久君は私と一緒にいるのが嫌だった……?」

「!いや、そんな事はないよ!?……うん、ゴメン……」

「それなら謝らないでよ、明久君……」

 

 

 少し呆れたように僕を見てくる優子さん。結構、迷惑をかけてしまった筈なのに、そう言ってくれる彼女の心遣いに感謝する……。

 

 

「……へぇ~」

「……何よ、愛子。その顔は……?」

「べっつにぃ~、そうなんだ~、優子がねぇ~♪」

「ちょっ、ちょっと愛子!?何言ってるのよ!?」

 

 

 ……何か優子さんと工藤さんが話しているようだけど……、まあそれは置いておこう。僕は折角なので、気になった事を聞いてみる事にした。

 

 

「それにしても……、よくFクラスが勝つと思ってたね?今更言う事じゃないけど、流石にFクラスでBクラスに勝つ事は、難しいと思うよ?」

「……そんな事ない。雄二、それに……、吉井もいるから……」

「雄二はわかるけど……、僕も?」

「そうね……、あの時、明久君の召喚獣を見たけれど、とても点数で押し切れる、とは思わなかったわ」

「実際、明久君はDクラス戦でも、そして今回のBクラス戦でもかなり敵を倒していると聞いてるよ。……特にCクラスの教室での戦いでは、一人で何人も倒したというじゃないか」

 

 

 僕としては意外な反応に驚いていると、そこに利光君達も話に加わってきた。

 

 

「……それはちょっと買いかぶりすぎだよ……、そもそも……、BクラスとAクラスの間には確かな『壁』が存在するし、それに召喚獣は点数によってその基礎能力が異なるから……、油断さえしなければ普通は高得点者に勝つことは難しいんだよ」

 

 

 ……まあ『普通』の状態ならだけど……、と心の中で一人ごちる。

 

 

「それで、吉井君たちは次はAクラスに宣戦布告するのかなぁ?」

「うん、多分明日には……雄二達と一緒に宣戦布告に来ると思う」

 

 

 冗談で言ってみたというような感じの工藤さんの言葉を受けて、僕はこう答えた。

 

 

「えっ?よ、吉井君、ホントなの?」

「多分だけどね、明日じゃなかったら明後日かな?」

「そ、そうじゃなくて……吉井君、Aクラスに勝てると思ってるの!?」

「さあ……?勝てるかどうかの判断は正直雄二に任せているから……。まあ、真正面からぶつかったら、まず勝てないだろうね」

 

 

 点数の高い姫路さんは兎も角……、まだまだ経験の浅い雄二や秀吉たちが、高得点者の集うAクラスに勝てるかといったら難しいと云わざるを得ない……。僕だって1人でAクラス全員に勝てるかといわれたら絶対に無理だ。自分が思っていた通りの事を言うと、霧島さんがゆっくりと首を横に振り、

 

 

「……雄二は勝算のない戦いはしない」

「という事は……、何かを狙っているというわけか……」

「……明久君。前にも思ったけど……そういう事は言わない方がいいと思うわよ……。私たちに警戒させちゃうだけだから……」

 

 

 窘めるように言う優子さんの言葉をうけ、

 

 

「いや、優子さん……。こう言ったのは、お願いがあるからなんだ」

「お願い?」

「そう……。その試召戦争だけど、出来れば『一騎打ち』という手法をとらせてほしいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……一騎打ち?」

 

 

 私は吉井の提案を聞き返す。

 

 

「……そうだよ。FクラスとAクラス、それぞれ何名かずつで勝負してそれで勝敗を決めたいんだ」

「……明久君、申し訳ないがその提案はちょっと受け入れかねるよ、さすがに……ね」

「ボクも、それはちょっとね……。皆も納得しないと思うし……」

 

 

 久保と愛子も反対している。優子の方を見てみても、やはり難色を示しているようだった。

 

 

「……吉井、その提案は……」

「それはやっぱり……、万が一Fクラスに負けると設備交換が発生するからだよね?」

 

 

 受け入れられない……、そう言おうと思った私に、吉井はこんな事を言ってくる。

 

 

「……うん、Aクラスの代表である以上、負ける可能性がある提案を受ける訳にはいかないから……。……私としては、吉井の提案を受けてあげたいけど……」

 

 

 ……一騎打ちだとAクラスが負ける可能性がある。それが、私達Aクラスが出した結論。Fクラスにいる姫路は勿論、保健体育の点数がずば抜けて高いという土屋。優子の弟や、それに雄二も点数差で勝る相手を倒したという情報もある。……それに、なにより目の前にいる人物、彼のその召喚獣の操作技術はいまや知らない人はいないぐらいに広まっている。

 

 

「そうだよね……。だから、これだけは先に言っておくよ。仮に僕達Fクラスが勝ったとしても、Aクラスと設備交換を行うつもりはないからね?」

「……えっ?」

 

 

 予想もしない吉井の言葉に、目が点になる。

 

 

「ちょ……ちょっと待ってよ、吉井君!設備交換しないなら……いったい何のために試召戦争を仕掛けるの!?」

「それは学園長に話をするつもりだけど……Aクラスには被害はないと思うよ?一騎打ちって方法ならば、試召戦争というよりもエキシビジョンって意味合いも強いし……、もしFクラスが勝ったら学園長に僕らの要求を聞いてほしいってお願いするだけだからさ……」

「そ、それじゃあ僕達が勝った場合はどうするんだい?」

「……それは試召戦争と同じく設備ダウンと3ヶ月の宣戦布告の禁止でいいんじゃないかな?まあ、他の要求があるっていうなら別だけど……」

 

 

 何でもないように話す吉井を見て、愛子と久保は信じられないものを見るような顔をしている。……実際、私も同じだから愛子たちの気持ちもわかる。

 

 

「……明久君、聞いてもいいかしら?……明久君は、どうしてこの『一騎打ち』を提案したの?」

 

 

 優子が私が一番聞いてみたい事をかわりに言ってくれる。そして……、吉井はそれに答えてくれた。

 

 

「……それは、雄二の為さ」

「……雄二の?」

 

 

 思わぬ答えに、私が吉井に聞き直すと、

 

 

「……優子さんには前にも言ったかもしれないけど、僕はそんなに振分試験の直後に仕掛ける『試召戦争』には乗り気じゃないんだ……。実力差、というか普段の努力の結果が反映されて、それぞれのクラスに振り分けられているという事なのに、それで設備等を入れ替えるっていうのはちょっと抵抗があってね……。設備云々が不満なら努力して成績をあげて上のクラス入りを狙えばいいことだし。……僕が試召戦争をするのは雄二の想い……というか信念に協力しようと思ったからさ」

「……それは……」

「……霧島さんなら知ってるよね?アイツが前に『神童』と呼ばれていた事、それが一転して『悪鬼羅刹』と言われるようになった理由……」

「……うん……」

 

 

 ……それは私のせい。そして、私が雄二に惹かれた理由でもある……。

 

 

「……僕も前に雄二に聞いた事があったからね……。聞いておきたいんだけど……霧島さん、雄二の事が好きなんだよね?」

「……うん」

 

 

 私がそう答えた事で、聞いてた周りが慌てだした。

 

 

「そ、そうだったんだ……あの代表が……」

「うん……、意外だね……」

「……まあ、前に幼馴染だとは聞いてはいたけど……」

 

 

 吉井は私を正面に見て、話を続ける。

 

 

「……雄二も、霧島さんの事が好きなんだと思う……。素直じゃないから僕が何を言っても絶対に認めないんだけどね。……今回、雄二がワザと最低クラスであるFクラスに入って最高クラスであるAクラスを倒す……。かつてアイツが持っていた学力ではなく、それとは違う方法でそれをやり遂げて証明したい……、それが、アイツの考えなんだ……」

「……そう、雄二……」

「……だから、僕は雄二に協力する事にしたんだ……。そこにある、アイツの不器用な想いに、応えてあげる為にね……。だから霧島さんには、黙って見届けてあげてほしいんだ……。2人には、幸せになってほしいから……」

 

 

 ポタッ………

 気が付くと、私の頬を伝って涙が流れているのがわかった……。

 

 

「……ッ代表!?」

「えっ!?き、霧島さん!?」

 

 

 ……私はいつの間にか泣いていた。他の人が今まで、ここまで私の想いを肯定してくれた人はいなかったから……。かつて『神童』とまで呼ばれた彼ならいざ知らず、日々喧嘩に明け暮れていた雄二が私と釣り合わないという、他の人の評価……。勿論、それに気付いていなかったわけじゃない……。ただ、私にはそれを取り除くことが出来なかった……。

一緒に居たいのに……、でも、周りが……そして他ならぬ雄二が許してくれない……。

 …………だけど今日、はじめて私はその想いを肯定してくれる人に出会った……。

 

 

「……ご、ごめんなさい……わ、わたし……っ」

「ゴ……ゴメンなさい!ゴメンなさい!!ま、ま……まさか泣かせてしまうなんて思わなかったから!!」

 

 

 ……吉井は私に必死に土下座して謝っていた。……何を謝っているのだろう?私はこんなに嬉しいのに……!

 

 

「……明久君、土下座なんてやめなさい。代表も困ってるじゃない……」

「いや、でも!霧島さんを泣かせてしまったし……!!」

「……吉井君、代表は別に悲しくて泣いてるんじゃないと思うよ……?」

「……とりあえず、顔をあげてくれ、明久君。話を続けたい」

 

 

 久保にそう言われ、ようやく吉井が顔をあげる。

 

 

「……吉井、ありがとう」

「い……いや、僕は別にお礼を言われることなんか……」

「いいのよ、明久君。あと……、私たちは正式にその『一騎打ち』の提案を受けるわ」

 

 

 優子が私のかわりにそう吉井に伝える。

 

 

「えっ……?い、いいの……?」

「ああ、Aクラスの一員として僕もそれでかまわない」

「ボクもそれでいいよ♪ね、代表?」

「……うん、吉井の提案、Aクラスの代表として了承する」

 

 

 私たちの言葉を聞き、再び吉井が慌て出す。

 

 

「い……いや、もうちょっと考えた方がいいんじゃ……?確かにAクラスには被害はないと思うって言ったけど……。そ、その、負けちゃうかもしれないんだよ!?」

「……例えそれでFクラスに負けて、何かAクラスに被害があったとしても、私は代表としてそれを受け入れる」

「ええ、アタシもそれでかまわないわ」

「逆に聞きたいんだけど……、どうして吉井君はそんなに焦ってるの?」

 

 

 愛子の尤もな意見に吉井は頭を掻きながら、

 

 

「いや……、僕はこの提案は自分でも無理があるっていうか……、少なくともすぐには決まらないと思っていたからさ……」

「……明久君は自覚がないのか……?君からあんな話を聞いて、僕たちが反対するわけないじゃないか……?」

「そ、そうなのかな……?でも……、ん?もう、こんな時間なんだ……」

 

 

 ふと、吉井は自分の時計を見ると、少し慌てながら帰り支度をする。

 

 

「明日、また雄二たちと来るよ……、受けてくれるのなら……、一騎打ちの人数、日時もその時に決めよう」

「……わかった。待ってる」

 

 

 私が肯定の意を伝えると、吉井は今度こそ帰り支度をする。

 

 

「うん、じゃあみんな、また明日」

「わかったわ、また明日ね、明久君」

「こっちも皆には伝えておくよ」

「吉井君、まったね~♪」

 

 

 吉井が出て行こうとするところに、私は最後に声をかける。

 

 

「……吉井、ありがとう」

「……うん、霧島さんもその想いを大事にしてね。じゃあ……」

 

 

 そう言って吉井はAクラスを出て行った。その後、私の近くに優子たちがやって来る。

 

 

「代表、ごめんないさいね……。代表の想いを、その……」

「うん……、正直代表がFクラスの坂本君を、って思っちゃったよ……」

「……別にいい、私もそれはわかっていた事だから……」

「でも代表……、よかったわね。私たちも応援するわ!」

「もちろん、ボクもね♪」

「……っうん、ありがとう、優子、愛子」

 

 

 そして……、ありがとう、吉井……。ここにいない彼に、もう一度心の中で感謝を伝える……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、明久。ずいぶん遅かったな」

「雄二……?ずっと待ってたの?」

 

 

 俺はAクラスに行った明久を待って教室に残っていた。勿論、明久からAクラスとの試召戦争の件について聞く為だ。

 

 

「で、どうなった?」

「うん、僕たちの提案を受けてくれるみたいだよ?」

「ん?設備交換はしないって事を話したのか?」

「まあね……。ただ一騎打ちを何人にするかとか、Aクラスに勝った場合に何を要求するかとかは伝えてないんだけどね……」

「……それでよくあの翔子達が提案を呑んだな……」

 

 

 設備交換はしない件を伝えていたとしても……、もう少し警戒してもいいと思うんだがな……。もしかすると……、Aクラスの連中もコイツにあてられたか……?

 

 

「少し雄二と霧島さんの話になったぐらいで……、別に変わった事は話してなかったんだけどなぁ……」

「ちょっと待て、お前はいったい何を話してきた!?」

 

 

 今、コイツの口から聞き捨てならない言葉が聞こえてきた気がするが……!?

 

 

「えっ?うん、試召戦争で霧島さん達に勝って学力が全てじゃないと証明したいとか……」

「…………まあ、それぐらいならかまわないが……」

「霧島さんが雄二の事が好きで、雄二も不器用な想いから試召戦争をはじめたとか……」

「テメェは何を言ってやがる!?」

 

 

 このバカ!!一体何をAクラスでしゃべってきやがった!?

 

 

「明久、テメェが何を勘違いしているかは知らねえが……、今回の事は翔子は関係ないんだよ!」

「……じゃあ、霧島さんは関係ないと?でも、霧島さんは雄二のことを想っているよ?それに……雄二が試召戦争を仕掛けた理由も理解してるみたいだし……。僕はお似合いの二人だと思うんだけどね……」

「アイツが何を言ったかは知らねえがな……、俺は違うって言ってるんだ!それに、翔子の事だって……!」

 

 

 コイツ、俺をからかってやがるのか!?まあ、からかっているようには見えねえが……。だが、事情を知らないコイツに翔子の事をとやかく言われる筋合いはねぇ!

 

 

「……じゃあ霧島さんの事が好きでないならば、ハッキリ言える?俺はお前が嫌いだ、って。そこまで言われれば、霧島さんは傷つくだろうけど……乗り越えられると思うよ……」

「ッ!翔子の事はいいんだよ!それは俺の問題だ!お前には関係ねえ!!」

 

 

 そこまで言うと明久は一つ息を吐き、

 

 

「ねぇ、雄二……。雄二は僕が幸せになりそうだったら……、どう思うかな……?」

「……いきなり何を言い出すかと思えば……。だが明久、それはすぐに答えられるぞ?お前が幸せになりそうだったら……それは断固として阻止する。俺はお前の幸せはムカつくからな?」

 

 

 話を変えるようにふと、何気ないように聞いてきたから……、俺は苛立ち半分で明久にそう言った。

 

 

「アハハッ、相変わらずだね?雄二……。じゃあ、僕も答えようか?」

「フンッ、言ってみろよ?」

 

 

 そして……、明久はこう言ったのだ。

 

 

「……僕は、君が不幸になりそうだったら、何とかしてそれを阻止しようとするよ……。雄二には……、幸せになってほしいからね……」

「ハッ……、お前ならそう答えると……、は?お前何を言って……」

 

 

 俺は明久の言った事が一瞬理解できず、聞き直す……、否、聞き直すことができなかった……。今の明久の雰囲気……、特に目だ……。とても、とても深い目……。強い意志を宿してなお、覚悟のある瞳……それでいてどこか諦めを含んでいるような表情……。

 ――それは今まで見たことがない程の真剣の表情だった。

 

 

(いったい何を体験したらこんな目ができるんだ!?)

 

 

 俺は今の明久に対し、何も言う事が出来なくなってしまった。

 

 

「……雄二の言うとおり、他人の僕がこれ以上霧島さんとの事を強く言う事は出来ないけれど……、出来れば向き合ってほしい……。さっきも言ったけど……、雄二と霧島さんなら恥ずかしいと思う事はないよ。……もし笑う奴がいたり、その想いを否定する奴がいたら……、僕はソイツを『本気』で叩き潰す……ッ!」

「あ、明久……?お前……」

 

 

 そこまで話して、明久はここまでとばかりに俺に背をむけると、

 

 

「まあもう今日は帰ろう、雄二?明日も色々忙しくなるだろうしね……。じゃあ、また明日」

「あ、おいっ、明久……」

 

 

 そう言って帰っていく明久。……俺はただ、アイツの背中が見えなくなるまでその場を動く事ができなかった……。

 

 

 

 

 



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第18話 エキシビジョンゲームの提案

文章表現、訂正致しました。(2017.11.29)


「……私達Aクラスは、正式にFクラスからの『一騎打ち』の提案を受け入れる……!」

 

 

 現在Aクラスの教室にて、高橋先生立ち合いの下に、AクラスとFクラスの試召戦争の宣戦布告を行っている。ちょうど、Aクラス代表である霧島さんが「一騎打ち」形式での試召戦争で行う事を受け入れて貰えたところである。

 

 

「……Fクラス代表として、我々の提案を受けてくれた事に感謝する」

 

 

 この時点でAクラスにいるのは、雄二と僕と秀吉、ムッツリーニ、そして姫路さんだ。……ちなみに島田さんは今日、僕が登校するなり昨日の恨みと称して襲いかかってきたので、福原先生に事情を話して召喚獣勝負をおこし、補習室に行ってもらっている。

 

 

「それで、一騎打ちの人数と勝敗時の要求は何かしら?」

 

 

 そこにAクラスの交渉役となっている優子さんが尋ねてくる。

 

 

「ああ、一騎打ちの人数はそれぞれ5人……。だから3勝したクラスが勝利するという事になるな……。そして条件だが……もしもFクラスが勝った場合は、我々FクラスのメンバーがAクラス入りできる為のチャンスを貰いたい」

「…………それって?」

「ああ、振分試験をもう一度受け直させてもらうって事になるな」

 

 

 ……今日の朝、Fクラスのメンバーには『もしFクラスが勝てるなら、それはAクラスより優れているという事になる、だから一人ずつにAクラスに入れるチャンスを貰えるようにする』と話した。……冷静に考えれば、チャンス=振分試験=Fクラス、となるのだが、『Aクラスとそのまま設備を入れ替えるより、女子の多いAクラスに入れる方がいいだろう?』と言った瞬間、皆二つ返事で了承した。

 …………僕が言えた義理ではないけど、本当に馬鹿なクラスだと思う……。

 

 

「……明久君の言ってた『迷惑を掛けない』って意味がようやくわかったわ……」

「あ、あはは……」

「……でも、それはもう学園長に確証はとれているの?」

「一応伝えてもらっているんだけど……、高橋先生、どうなりましたか?」

 

 

 先程、西村先生に聞いたところだと、おそらく大丈夫との事だったが、この場に高橋先生もいるので聞いてみる。

 

 

「再振分試験の件ですね、大丈夫かと思いますよ。学園長も『再振分試験を行っても問題ないだろう、入れる訳ないんだから』とおっしゃってらっしゃいましたから……」

 

 

 ……その言い分は相変わらずだが、まあ大丈夫だろう。設備の入れ替えの代わりに再振分試験という事であればそれだけの権利は行使できる筈だ。後は、もし試験を受けてAクラスに入れれば、FクラスとAクラスの人数が変動するという事があるぐらいだ。

 ……まして今のFクラスでAクラスに入れるのは、姫路さんくらいだろうし……。

 

 

「それで、Aクラスが勝った場合だが……、その時は通常通り、Fクラスの設備ダウンと3ヶ月間の宣戦布告の禁止でいいだろうか?」

「……それなんだけど、もしFクラスが負けたら、代わりにひとつしてもらいたい事があるの。それでFクラスの設備ダウンと3ヶ月間の宣戦布告の禁止は免除するわ」

「…………してもらいたい事?」

「まあ、たいしたことじゃないと思うわよ?少なくとも設備ダウン等よりは絶対いいと思うわ」

「……それでいいのか?」

「……まあ、こっちはほとんどリスクがないのに、そっちだけリスクを背負わせる、ていうのもなんだしね……」

 

 

 ふうっと息を吐きながら答える優子さんに僕はその心遣いに感謝する。

 

 

「……わかった。それでは『一騎打ち』は明日の午前9時より開始する。場所はこのAクラス。参戦するメンバーは予め選んできてくれ」

 

 

 それにより宣戦布告が終了する。

 

 

「……雄二、絶対に負けないから!」

「……それは俺もだ、翔子……」

「姉上、ワシも負けんぞいっ!」

「秀吉……そうね、楽しみにしてるわ」

 

 

 尤もある程度、メンバーは決まっている。今話していた通り、Fクラスからは雄二、秀吉、ムッツリーニ、僕は出る事が決まっている。後は順当にいって姫路さんといったところだろう。また、Aクラスは霧島さんに優子さんは決まっているようだ。まあ後は、学年次席である利光君が出てくるに違いない。

 

 

「じゃあ明日ね、優子さん」

「明久君、悪いけど本気でいかせてもらうわよ?」

「もちろん、そうしてくれないと困るよ?」

「フフッ、じゃあ明日ね」

 

 

 こうして僕達はAクラスを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、明久。もういくのか?」

 

 

 お昼前、Fクラスにて復習していた雄二が僕に声を掛ける。

 

 

「うん、西村先生にもお昼頃にって言われたし。ちょっと早いかもしれないけど行ってくるよ」

「まあ、許可は下りるはずだけどな?設備の入れ替えの代わりに再振分試験って言うんならむしろ向こうにしてみれば大歓迎だろうよ」

 

 

 ……実際の所、そうだろうね。ただ、僕にとっては学園長に会う事に意味がある。

 

 

「そうだけどね、あと個人的にお願いしたい事とかもあるんだよ。例えば全科目の回復試験を受け直させてもらう事とか……」

「全科目って……今からか!?明日はお前もでるんだぞ!?」

「それについては大丈夫。まあ今日中には終わると思うから……」

「……まあ、お前がそう言うなら、それ以上は言わないけどな……」

 

 

 すんなり引いてくれる雄二に、僕は感謝の念を覚える。……それと同時に、雄二は随分僕の意見を尊重してくれるなと思っていた。もしかしたら、雄二も僕の事で色々と思うところがあるのかもしれない……。それならば……、

 

 

「…………もし雄二に聞いてくれる気があるなら……」

「ん?」

「生半可な話じゃないんだ……だから、僕の事を聞いてくれる気があるならば、Aクラス戦が終わった後、聞いてほしい……」

「……お前……」

「ただこの話は雄二の他には、秀吉とムッツリーニだけだ。他のFクラスの人には絶対に言わないで……」

 

 

 僕は真剣な表情で雄二に頼む。

 

 

「……だったら学園長室だ」

「……えっ?」

「今日、それについても話すんだろ?だから明日、Aクラス戦が終わったら学園長室に行く。……それでいいか?」

「……うん」

「まあ、秀吉とムッツリーニもくるだろ。……アイツらも心配していたからな」

 

 

 雄二の何気ない気遣いに僕は有難く思い、

 

 

「……ありがとう。じゃあ行って……」

「あ、吉井君、何処か出掛けるんですか?」

 

 

 学園長室に向かおうとしたところで、姫路さんが僕に話しかけてきた。

 

 

「ああ、姫路さん。ちょっと学園長に呼ばれていてね」

「そうですか……実は私、お弁当を作ってきたんですけど、多く作りすぎちゃって……、それなら1つだけでも食べていきませんか?」

「ん、そうか悪いな……。明久、せっかくなんだ。お前も少しもらって行けばどうだ?」

 

 

 雄二は僕の表情に気付かず、姫路さんの料理をすすめてきた。彼女がお弁当を開けると中には唐揚げやエビフライ、玉子焼きといったメニューでとても『おいしそう』だった。僕は無表情に玉子焼きをとり、それを口に運ぼうとして……、彼女の料理から香るおなじみの匂いに、箸を止める。

 

 

「……姫路さん、一つ聞きたいんだけど、この『玉子焼き?』から通常しないはずの香りがするんだけど……いったい何が入ってるの?」

 

 

 危険信号が僕の中で警鐘を鳴らしているところに、そう姫路さんに問いかけると、

 

 

「玉子焼きですか?……えーと、確か……、塩酸と……」

「…………は?」

 

 

 明らかに普通、料理で使わない単語が出てきて、雄二が戸惑っているようだ。

 

 

「そ、そうなんだ……で、姫路さん、味見はしたの?」

「いえ、味見をしてたら太っちゃいますから」

「い……いや、ちょっと待て、姫路……!え、塩酸ってなんだ!?」

「だから、隠し味ですよ?」

 

 

 信じられないものをみる目で姫路さんを見ている雄二はさておき、

 

 

「そう、じゃあ姫路さん、ちょっとこの『玉子焼き?』の味を見てみてくれる?」

「お、おい、明久!?」

「(いくらなんでも冗談に決まってるでしょう?何処の世界に料理に薬品入れる人がいると思ってるの?)」

「(そ、そうか、そりゃあそうだよな!まさか姫路が冗談を言うとは……)」

 

 

 僕は小声で雄二にそう説明し、姫路さんに『玉子焼き?』をすすめる。……一度、姫路さんには身をもって体験してもらおう……。その『お弁当?』がいかに危険なものなのかをわかってもらう為に……!

 

 

「で、でも太っちゃうので……」

「大丈夫だよ姫路さん、この『玉子焼き?』では太らないから」

「え?何で……」

「まあいいから!だまされたと思って食べてみなよ!」

「そ、そうですか……?それでは……」

 

 

 パクッ………………バタッ!!

 

 シ――――――ン……。

 

 ……姫路さんは、自分の作った『玉子焼き?』を食べた瞬間、倒れ……、動かなくなった……。

 

 

「お、おい、……明久……?」

「…………」

「コ……コレ……、まずくないか……?」

「…………」

「…………」

「……とりあえず、吐き出させよう……」

「……俺はAEDを持ってくる」

 

 

 ……そして僕達の救命活動により、なんとか姫路さんの蘇生に成功した。これで、少しは自分の料理の恐ろしさを知ってもらえれば……、そう願う僕であった……。

 

 

 

 

 

 

「…………明久」

 

 

 学園長の所に向かう途中で、ムッツリーニが僕に話しかけてきた。

 

 

「……ムッツリーニ……」

「…………これをもっていけ」

 

 

 そして、ムッツリーニがそのまま手にしていた小型の機械を僕に渡してくる。恐らくこの間話した物だろう。

 

 

「これが例の……?」

「…………そうだ。……あと俺が責任を持って、学園長室での会話は聞かれないようにする」

「……ありがとう」

「…………お安い御用だ。………ただ、約束は忘れるな?」

「うん、わかってるよ。……またあとでね?」

 

 

 そして、僕はムッツリーニに礼を言い、学園長室に向かう……。

 

 

 

 

 

 

 

 ――学園長室――

 

 

 コンコン、というノックの音が響き、暫くすると中から応答があった。

 

「……入りな」

 

 それを聞いて、僕はドアを開く。

 

「失礼します、学園長」

 

 

 僕が入ると、そこには学園長である藤堂カヲルと既に到着していた西村先生がいて、こちらを見ているようだった。

 

 

「アンタが吉井かい?確か2年を代表する馬鹿と聞いているが……」

 

 

 いきなり罵倒から入る学園長に相変わらずだなと苦笑いを浮かべる……。さて、その前に……、僕は先程ムッツリーニより預かった機械のスイッチを入れる。すぐに機械は反応し、何やら反応があった。

 

 

「どうしたんだい?なんか話があるんじゃなかったのかい?」

 

 

 何も話さない僕に訝しむように見てくる学園長。おっと、一応返事しておかないとマズイかな?

 

 

「な、なんでココに妖怪がいるんだ!?」

「……いきなり妖怪とは何さね!?」

 

 

 あれ?おかしいな?返事を間違えたかな?僕は、学園長に返事をしながら、機会の反応している場所を特定していく。……ふむ、やっぱりあそこか……。

 

 

「……冗談ですよ、ババア長」

「全然冗談に聞こえないよ!!それにそんな罵倒をアタシャ今まで一度も聞いた事がないさね!?」

 

 

 僕は学園長を挨拶?しながら、ゆっくりと目的の場所まで近付く。

 

 

「……西村先生。アンタ、アタシを罵倒させる為にこのクソジャリを連れてきたのかい?」

「……いえ、おい吉井、いい加減に……!?」

 

 

 注意しようとする西村先生に僕は自分の口に人差し指を当て、静かにするよう促すと……、

 

 

「おっとぉ、足が滑ったぁ――!!」

 

 

 バキッ!!ガシャン!!

 僕はそこにあった観葉植物に思いっきり突っ込む。そして、そこにあった盗聴器を事故に見せかけてぶっ壊した。

 

 

「……盗聴器、だと?」

「……すみません、まさか学園長室が盗聴されているとは思わなかったので……一芝居を打ちました。……失礼しました、学園長」

「…………それが、アンタの本当の『顔』って訳かい?思ったよりも喰えない奴だね……」

 

 フンと鼻をならし、こちらを観察している学園長に、僕は改めて挨拶をする。

 

「とりあえず……、今は誰が盗聴していたかは置いておくとしましょう……。今日は学園長に聞いて頂きたい事があって参りました」

「……だいたいの事は西村先生と高橋先生から聞いてるよ。設備交換の代わりに再振分試験を認めてほしいとは随分変わった要求だとは思うが……、まあいい、承認してやるよ」

「…………ありがとうございます」

「どうせ、Fクラスで試験をしてもせいぜい風邪をひいて途中退席したっていう生徒がAクラスにいけるって事ぐらいだろうにねぇ……」

 

 

 何を馬鹿な、と言いたそうな顔をして言う学園長に、

 

 

「それはいいんですよ。僕らとしては、Aクラスに勝つ事ができれば、それでいいんです」

「……そもそも、FクラスがAクラスに試召戦争を仕掛けて勝てると思っているのかい?今までの歴史を紐解いても、そんな事は一度もないんだよ」

「なら、僕達がその第一号になってみせますよ」

「……でかい口をたたくねぇ……」

 

 

 憎まれ口を叩きながらも、学園長はAクラス対Fクラスの試召戦争の書類に「承認」の印を押してくれた。

 

 

「ただ、今回の戦争はエキシビジョンという意味合いも含めているからね……プロモーションビデオも撮って大々的にやる事にするよ。だからアンタらには、せいぜい頑張って貰いたいものだね……。そして、それを見学したい生徒はできるようにもする……。それでもいいさね?」

「……それはまた……。まあ、僕はかまいませんけど、他の皆には……」

「これは既に『決定事項』さね。西村先生、手配をお願いするよ」

「また貴女は……。はぁ……、わかりました……」

 

 

 西村先生が少し疲れた表情で了承する。……西村先生にこんな顔させるのは後にも先にも、おそらく学園長だけだろうな……。

 

 

「あ、あとすみません、明日の一騎打ちの前に全科目の回復試験を受けたいんですけど……」

「何?今からか?」

「……そういうのはもっと早く受けとくもんだよ……。それとも何か?本当の実力でもみせるとでも言うつもりかい?」

「まさか……、そうですね、10分もあれば終わると思いますので……」

「何だと?全教科を10分?」

「……まあ、いいさね。受けさせておやりよ、西村先生」

「……わかりました、じゃあ吉井、後で補習室に来るように」

 

 

 仕事が増えたとばかりに溜息をはく西村先生に内心でお詫びする。さて……と、

 

 

「それでもう話は終わりかい?こうみえてアタシも忙しいんだ……。話が終わったんなら出ていきな、吉井」

「…………とんでもない。話はこれからが本番ですよ。ただその前に……、『コレ』を見てください……」

 

 

 ……むしろ、本当に話したい内容はこちらのほうだ。僕は右腕の制服をまくり、そこに着けてある、血を思わせるような赤い光を放っている真紅の腕輪を学園長に見せる。

 

 

「一体なんだい……?ん……!?そ……それは……まさか……!?」

「……学園長?吉井の着けている『腕輪』がどうかしたんですか……?」

 

 

 僕のこの『腕輪』を見た瞬間、顔色が変わる学園長。訝しむ西村先生を置いておき、僕の腕輪をまじまじと見ると、

 

 

「これは……まさか……『白金の腕輪』……なのかい?」

「……ええ、学園長の仰っている腕輪であっていると思います。……尤も、今は元々の能力は使えませんが……」

「学園長……?」

 

 その辺の事情がわからない西村先生は怪訝な顔をしている。それはそうだ……、現時点において『腕輪』なんて無いのだから……。知っているのは……、

 

「…………これは、今現在、私が開発している腕輪のことさね……。今、『腕輪』は高得点を出した召喚者の召喚獣にしか付与されないだろう?……だからアタシは『召喚者』が身に着ける事で、召喚獣が能力を発動できる腕輪を開発しているのさ……」

「成程……、じゃあ吉井が着けているモノが、その腕輪という事ですか……」

 

 

 納得がいったとばかりに西村先生がこう答える。だけど……、それはありえない……。

 

 

「……言った筈だよ。アタシは『今』開発中だと……。だから今現在、召喚者に身に着ける腕輪が『存在する』はずがないんだよ……」

「…………はっ?し、しかし現に吉井はこうして腕輪を身に着けているじゃありませんか?」

「だからおかしいんだよ……何故吉井がこれを持っているのかが……」

 

 

 そして、ハッと気付いたように戦慄の眼差しを僕に向けながら、

 

 

「…………吉井、アンタは……まさか……」

 

 

 

 学園長の震えた声に、僕はこう答える……。

 

 

「……はい、正確ではありませんが……、僕は数ヶ月先から『戻って』きました……。そして……、『何度も』この文月学園の2年生として、『繰り返して』いるんです……」

 

 

 



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第19話 真実

問題(英語)
以下の問いに答えなさい
「goodおよびbadの比較級と最上級をそれぞれ答えなさい」


姫路瑞希の答え
「goodーbetterーbest
 badーworseーworst」

教師のコメント
その通りです。


吉井明久の答え
「a bad dreamーpainーdespair」

教師のコメント
……比較級、最上級うんぬんは別にして、どうしてそんな暗い単語ばかりなんですか……?


土屋康太の答え
「badーbutterーbust」

教師のコメント
悪いー乳製品ーおっぱい


「……はい、正確ではありませんが……、僕は数ヶ月先から『戻って』きました……。そして……、『何度も』この文月学園の2年生として、『繰り返して』いるんです……」

 

 

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。ただ、この目の前の生徒が嘘を言っていない事だけはわかった。この吉井の雰囲気、瞳、そして腕輪……詳しい理由を聞かなくともこれだけでその事実を信じさせるに足る、説得力があった。

 

 

「よ、吉井……?お前は一体、何を言っとるんだ……?」

「……お聞きの通りです、西村先生。僕は何度もこの時間を繰り返しているんです。……この『呪われた腕輪』のせいで……」

 

 

 どこか悲しそうな諦めを宿した眼差しを己の腕輪に向ける吉井。

 

 

「腕輪の、せいだと……?」

「ええ、ちょっと待って下さい……試獣召喚(サモン)!」

「「なっ!?」」

 

 

 承認をしていないにも関わらず現れる吉井の召喚獣……。呼び出された召喚獣は数学の科目で召喚されており、51点と表示されている。

 

 

「……元々はこの腕輪の能力は『二重召喚』だったんですが、今はその能力は使えなくなってます。そして……僕はこの腕輪を着けている限り、何処にいようと召喚獣を呼び出すことができ、また観察処分者のフィードバックを調整することが出来るんです」

「フィードバックの調整……?じゃあ、アンタでそれを無くす事も出来るという事かい?」

「……いえ、最初に設定されているフィードバックより小さくすることはできません……。この場合の調整というのは、フィードバックを通常よりも大きくする調整ができるという意味です……。それによる利点といえば……、より召喚獣との一体感が増す、という事ですかね……」

 

 

 もういいよ、と呟き自ら召喚獣を消す吉井。淡々と説明していく目の前の生徒に苦悩の表情を浮かべながら聞いていると、吉井はさらに話を続ける……。

 

 

「そして、僕はこの腕輪を外す事もできません。また、先生方が『観察処分者』のシステムを調整することは出来なくなってますし、新たに『観察処分者』を認定する事も外す事もできなくなっているはずです」

 

 

 観察処分者の設定を弄れないと聞いて、早速システムを立ち上げるも、吉井の言うとおり『観察処分者』の領域は完全に独立しており、全く干渉する事が出来なくなっていた……。

 

 

「……吉井、一体お前に何があった。何でそんな事になってしまったんだ……?」

 

 

 ……アタシと同じように苦悩の表情を浮かべながら、西村先生が聞く。

 

 

「……ある日、僕が実力かまぐれかは忘れてしまいましたが、日本史で400点以上の点数をとり自分の腕輪を手にした事がきっかけでした……。そして、その腕輪の能力を確かめようと召喚獣を呼び出した……。その時に、僕が着けていた『白金の腕輪』が暴走したんです」

「……暴走……」

「……はい、もともと僕の着けていた『白金の腕輪』にはある欠陥があったんです。総合得点が学年全体の平均点並みの点数を取ってしまうと腕輪が耐えられずに壊れてしまうという欠陥が……」

 

 

 ……確かに今開発している腕輪の一番の問題点は、出力の問題がある。それはまだ解決できていない……。

 

 

「……成程。だが、それなら腕輪が壊れるだけで終わる筈ではないのか?」

「……その理由はまだ僕にもわかっていません。……ただ、僕の召喚獣の腕輪の能力が原因である可能性があるんです……」

「……それは?」

「……僕の召喚獣の能力は『転身』です。……点数を選択して消費すれば、消費した分の半分の点数で召喚獣を出現させる事ができる能力です。……そして、その能力が『僕自身』に働いている可能性があります……」

「……つまりアンタ自身が転身し……、『時』を超えて『過去』に戻ってしまう……という事かい……?」

 

 

 吉井はアタシの言葉に頷きながら、

 

 

「まあ過去、というのは正確ではないような気もしますけど……。ただ、2学年の振分試験前後に『飛ばされてしまう』のには変わりありませんが……。因みに言うと……、今回の『繰り返し地点』は、西村先生からFクラス行きの封筒を頂いた時でした……」

「…………だからあの時のお前は様子がおかしかったのか……。今思えば、あの時からだったな……。お前が『変わった』のは……」

 

 

 ……アタシは吉井の説明を聞きながら、その態度にある違和感を感じ始めていた。……そう思っている間にも、吉井の話は続く。

 

 

「……『繰り返す』事は当然、僕が決める事ではありません……。そして、僕が把握している条件が3つあります……。まず1つは……、僕の『行動』によって発動するようです」

「……どういう事さね?」

「…………うまく言えませんが、『僕』らしからぬ行動をとった時に発動するようです。だから……、自分に嘘をつくような行動をすると『腕輪』が紅く光り、警告するんです。それが限界を超えると、自動的に『繰り返す』事になります……」

 

 

 アタシが吉井に感じていた違和感……。それは……、

 

 

「2つ目は『自己防衛』です。……簡単に言ってしまえば、自分に命の危機が迫った時に自動で発動するんです。……正直な話、『繰り返す』回数が多い気がするのがこの条件です……」

 

 

 ……今まで、吉井は……、どれだけの『苦悩』と、『別れ』を経験し、そして……、

 

 

「……そして最後3つ目は『期限』です。『期限』を迎える前に、恐らく何とかして腕輪を外さないといけないんだと思いますが……、腕輪を外す為の条件がわかっていません。……条件を満たさないままタイムリミットを迎えると、これもまた『繰り返す』事になってしまいます」

 

 

 そんな目に遭っているのにも関わらず、何故、吉井はそんなにも淡々としていられるのだろうか……。

 

 

「…………1つ、聞いていいかい?」

「……なんでしょうか?」

「…………今までアンタは……、何回くらい『繰り返して』いるんだい……?」

 

 

 10や20ではないだろう……。アタシは確認の為、そう目の前の人物に尋ねてみる。しかし、吉井は……、

 

 

「…………言いたくありません。それに……、知らない方がいいと思います……」

「…………そうかい……」

 

 

 苦痛に満ちた表情でそう話す吉井に、アタシはそれ以上かける言葉がなかった……。

 

 

「……『繰り返す』前兆として、この腕輪が紅く輝き出します……。そして、最高潮に達した瞬間に『繰り返す』事になります……。僕の意識と経験と……、この腕輪を残して……」

 

 

 一通りの話を終わり、しばし沈黙が訪れる……。アタシはその沈黙に耐えられなくなり、吉井に尋ねた。

 

 

「……何をすればいいんだい?」

「…………えっ?」

「……こうして自分の秘密を話したんだ……。アタシに何かして欲しい事があるんだろう?話してみな……」

「……はい、そこで学園長にお願いしたいのは……」

 

 

 そう言って吉井は、アタシ達に理解していてほしい事、調査してほしい事を順に話していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……とりあえず、僕の現状の説明やお願いしたい事はだいたい話し終わりました。それでは、明日の準備もありますし、失礼致します」

 

 

 あらかた説明し終わったのか、吉井が出て行こうとする。吉井の説明が終わった時を見計らい、アタシは先程から気になっている事を聞いてみた。

 

 

「待ちな、……アンタ。恨んでないのかい?」

 

 

 その言葉を聞き、吉井はゆっくり振り返る。

 

 

「……罰則とはいえ、メインシステムと独立しているような、よくわかっていない観察処分者のシステムをアンタに当てはめた。……さらには欠陥の腕輪をアンタに着けさせ……、それが作用して、今回の悪夢のような出来事がおこってしまった可能性が高い……。言ってしまえばアンタの人生、いや違うね……、アンタだけを『終わりのみえない悪夢』に巻き込んでしまったんだ……。アンタは、……アタシたちを恨んでないのかい?」

 

 

 そう、ここに来てから一度も取り乱す事無く淡々としている吉井に、違和感を持っていたのだ。そして、吉井は繰り返した回数についても証言をさけた。……その事からも、吉井の『繰り返し』はアタシの予想を大きく超えているだろう事も想像に難しくない……。アタシの問いかけに対し、吉井は答える。

 

 

「…………恨んだ事もありました。自暴自棄になって自分を、全てを呪った時もありましたよ……。今だって心のどこかには……、やっぱり諦めのような感情や、どうしょうもない絶望感だってあります……。でも…………」

 

 

 そして強い意志を携えた目でアタシを見据え、

 

 

「……でも、全てに絶望した時に、希望を与えてくれた人達がいたんです。貴女を含めた『先生』方……、『親友』達……。そのかけがえのない想いのおかげで、僕は何度『繰り返そう』とも前に進む事ができ……、今の自分があるんです。だから……、僕の全てをかけて、その想いにこたえたい……。そして今度こそ……、この悪夢を断ち切ってみせる……!」

 

 

 そう言って吉井は微笑み、アタシに一礼した後、西村先生を促して今度こそ出て行ってしまった……。

 誰もいなくなった部屋に、アタシはボソッと呟く。

 

 

「なんてこったい……。アタシは……アタシ達は……、あの子にいったい何が出来るのさね……」

 

 

 しかしながら、アタシのこの呟きに答える者は誰もいなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園からの帰り道……。

 あれから全科目の回復試験を受け直した僕は、ムッツリーニに先程の機械を返しながら、明日に備えて早めに帰ると雄二たちに伝えた。一応職員室にも顔を出したが、全員一致で帰っていいと了承を貰ってもいる。

 

 

「……久しぶりかもね、こんな早く家に帰る日は……」

 

 

 ここのところ、勉強やら観察処分者の仕事やらで、早めに帰宅するというのを体験してなかったかもしれない……。文字通り、『ここ最近体験した』ところでは……。

 

 

「…………試獣召喚(サモン)

 

 

 人の目が無い事を確認して、僕は召喚獣を呼び出す。それにより現れた召喚獣はキョロキョロと周りを見渡し人がいないことが分かると、嬉しそうに僕に飛びついてきた。

 

 

「……お前だけは唯一、僕の事をわかってくれるだろうね……。ずっと一緒に……、僕と『繰り返し』を体験しているお前なら……」

 

 

 この召喚獣だけが、あの『始まりの事故』から、いや、それ以前からずっと一緒にいてくれていた……。幾度となく『繰り返して』、人との想い出がリセットされる中、僕との繋がりを持っている唯一の存在……。

 

 

「……今回は、一緒に抜け出すことが出来るかな……?この『無限の悪夢』から……」

 

 

 それを聞くと、僕の召喚獣はまるで僕を励ますかのような仕草をする。僕はそれを見て、優しく召喚獣の頭を撫でると嬉しそうな反応をしていた。

 

 

「…………頑張ろうね」

 

 

 誰に言うでもなく僕はそう呟き、帰路に着いた。

 

 

 




文章表現、訂正致しました。(2017.11.29)


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第20話 開幕!エキシビションゲーム! (番外1)

問題(保健体育)
以下の問いに答えなさい
「女性は( )を迎えることで第二次性徴期となり、特有の体つきになり始める」


姫路瑞希の答え
「初潮」

教師のコメント
正解です。


吉井明久の答え
「天敵」

教師のコメント
……天敵に会ったからといって女性は変わりません。


土屋康太の答え
「初潮と呼ばれる、生まれて初めての生理。医学用語では、生理のことを月経、初潮のことを初経という。初潮年齢は……(省略)……などに影響される」

教師のコメント
……詳しすぎです。



 ――Aクラスの教室にて。

 昨日よりAクラスの教室内を、エキシビジョンゲームの、試合会場に改装されていた。昨日一日でここまでに仕上げたのだ……。本当は明久の観察処分者の仕事でもあるのだが、試合に出るという事と、最近きちんと責務をこなしている事が認められて、免除とされたのである。

 

 ……余談ではあるが、代わりに教師と、一部のクラスの生徒が大変な目にあったのは言うまでもない……。今日は教師もこのイベントにかかりきりとなる為、急遽授業も自習扱いで免除されると決まる事になり、学年を問わず見学の生徒が多数集まっている。

 

 ……普通ならばA対Fの試合なんて結果が解りきっていて、見る価値もないのだ。だが、今回はFクラスが怒涛の勢いでDクラスBクラスを点数差を覆すように破り、話題が広がっているせいでもあるのだろう……。過去最強のFクラス、とも噂になっているらしい……。そうでなければ、プロモーションビデオなどまわす事もないし、ここまで人も集まるわけがない……。

 

 

「これより、2年AクラスVS2年Fクラスのエキシビジョンゲームを始めます。両者、準備は宜しいでしょうか?」

「……大丈夫です」

「こちらも、問題ない」

 

 

 立会人であり司会でもある学年主任の高橋先生の下、進行が進められる。試合形式、ルール、勝敗決定などが説明される中、皆試合が始まるのを固唾を呑んで見守っていた……。

 Aクラス、Fクラスはぞれぞれ宛がわれた場所にて待機し、そして試合に臨むメンバーがそれぞれ横一列で並んでいる。

 

 

 並んでいる順番がそのまま試合順になる為、それぞれ、

 

 

第一試合 Aクラス 木下優子 VS 木下秀吉 Fクラス

第二試合 Aクラス 佐藤美穂 VS 吉井明久 Fクラス

第三試合 Aクラス 工藤愛子 VS 土屋康太 Fクラス

第四試合 Aクラス 久保利光 VS 姫路瑞希 Fクラス

最終試合 Aクラス 霧島翔子 VS 坂本雄二 Fクラス

 

 

 という流れでおこなわれる事となった。

 

 

 

 そんな中、Fクラスの待機している中に一人、不機嫌な様子を隠しきれていない者がいる。……このFクラスの待機場所の中で、唯一の女子である島田美波だ……。彼女は昨日、代表である坂本雄二に或る事を訴えていた。

 

 

 

 

 

 

 ――昨日某時刻、Fクラス教室にて。

 

 

「ちょっと、坂本!なんでウチを、明日の大会に出さないのよ!?」

 

 

 坂本雄二が一人明日の為に自習をする中、明日のメンバーの件で島田美波が詰め寄っていた。

 

 

「……それは簡単な事だ。お前ではとても相手にならないからだ」

「なんでよ!?ウチは数学なら瑞希には負けるけど、吉井や木下よりは高いのよ!?」

 

 

 代表である坂本や、総合得点の高い姫路瑞希、一教科においてその点数よりも上回る土屋康太がエントリーされているのはわかる……。だが島田としては吉井明久や木下秀吉が自分を差し置いて、大会にエントリーされているのがどうしても納得できなかった。

 

 

「……島田。たしかにお前の数学の点数は、Fクラスの貴重な戦力だ。それは間違いない……」

「だったら……」

「だがな島田……。お前の点数はBクラス並……。明日の相手はAクラス。……一体、どうやって勝つつもりだ……?」

 

 

 それは彼女にもわかっていた。確かにいくら得点が高いと言っても、せいぜいBクラスに勝てるくらい……。それを上回るAクラスには通じないかもしれない……。でも……。

 

 

「うっ……!で、でもそれを言うなら木下や吉井だって……!!」

「……悪いが、島田。お前と秀吉じゃあ戦力が違いすぎる……。アイツは今やFクラスの立派なエース候補なんだぞ……?アイツならAクラスとも戦える」

 

 

 それに彼女は知らないだろうが、秀吉は試召戦争を仕掛けた日より、自分がクラスの役に立てるように必死で努力している。今日もうまく隠していたが、目元に薄く隈を作っている事を坂本雄二は気づいていた。

 

 

「だ……だったら吉井はどうなのよ!!アイツなんて、早々に帰っちゃったじゃない!!……だからアイツには明日お仕置きをして……!」

「……明久は名実とともにウチの切り札にして、エースだ。アイツのBクラス戦での戦いぶりが学年を超えて噂にまでなっているのを知らない訳じゃないだろう……?」

 

 

 ……明日の試合がエキシビジョンゲームとなり、こちらの要求が通ったのは吉井明久がいたからと言っても過言ではない。……普通FクラスがAクラスに挑んでも笑い話になるだけだが、D・Bクラス戦での点数差を無視して戦えている『過去最強のFクラス』という噂が、もしかしたら……、という興味を煽っているのだろう。

 

 

「で……でも……」

「……頭を冷やせ、島田……。出来れば、あの模擬試召戦争で、お前にも操作感を体得して貰いたかったが、今となっては過ぎた話だ……。俺はもう、メンバーを変えるつもりはない……」

「ちょっ、ちょっと坂本……!」

 

 

 

 

 あとはいくら話しても坂本は取り合わず、結果、今日ここでFクラス唯一の女子として応援する事になったのである……。よってそのフラストレーションが溜まり、その矛先がある生徒へと向いてしまうのである……。

 

 

(吉井……、あとで覚えておきなさいよ……!)

 

 

 

 

 そうしてルール説明も終わり、第一試合を戦う2人の生徒が試合に臨むべく会場にのぼる。互いの相手を見やり、Aクラスの選手にしてFクラスの選手の姉である木下優子が、弟の木下秀吉に話しかけた。

 

 

「……試合科目の選択権はアンタにあげるわ。秀吉……」

「よいのか?姉上……?」

「アタシもアンタがここのところ頑張っているのを見ているからね……。その科目で来なさいよ……?」

「……了解じゃ。では高橋教諭、科目は『古典』で頼む……」

「『古典』ですね、わかりました」

 

 

 この言葉を聞き、高橋教諭が設定科目を打ち込む。そしてマイクを入れると、

 

 

「お待たせ致しました。それでは第一試合、Aクラス木下優子VSFクラス木下秀吉。教科は『古典』。――開始してください」

「「試獣召喚(サモン)!!」」

 

 

 こうして、文月学園の後世に残すこととなる、FクラスとAクラスの試合が切って落とされるのであった。

 

 

 

 




とある時の明久の体験(1)


 ……空には夕焼けがかかり、川辺の傍に座っている。


「…………そろそろなのか?」
「……うん、経験上ここまでになるのは『限界』が近い時だね……。まあ……、あと5分くらい、ってところかな……」


 そう言って、僕は自分の腕に着けられた紅く輝く腕輪を見る。……それは気味が悪いくらいに紅く、どこか嫌な輝きを放っていた……。


(もうすぐ、『繰り返す』事になる……)


 今までに何度も経験してきた事なので、わかっている。ただ、残りの時間を目の前にいる雄二と一緒にただ佇んでいたかった……。


「どうせお前の事だから、いつも辛気臭い事ばかり考えていたんじゃないか?」
「……そうだね、……もう、会えないんだろうしさ……」


 僕の言葉を聞き、再び沈黙が訪れる……。そこに、雄二が雰囲気を変えようと話しかけてきた。


「……なら、こう考えてみろよ?お前は意識、体験は持っていけるんだろ?だったら目的をもっていけばいい……。それならお前はその目的の為に頑張れるじゃないか」
「……目的を……持っていく……?」


 雄二の言葉の意味が分からず、僕はそう聞き返す。


「お前に解るように説明するとなると……、そうだな……じゃあ、一つ頼まれてくれないか?」
「…………えっ?」


 こんな時に何を言ってるんだろうと、僕は雄二を見る。すると、雄二は……、


「…………翔子の事、頼む……」
「……あ……」
「……俺は……アイツを傷つけちまった……。俺がアイツを避け続けちまった事で……」


 雄二がその事を後悔している事は知っていた。そしてその想いも……。この先……、雄二と彼女の道が二度と交わらないだろう事も……。


「……お前には少なくとも、もう一度その時に戻れるんだ。俺みたいに後悔をしないように、自分の行動をやり直せるチャンスがある。そう思う事にしろ!その為に……、『目的』を持って行け!ただ『やり直し』になるんじゃなく『やり直す』為の『目的』をな!……そしてそれを現実にしろ。大丈夫、お前なら出来るさ……」


 ……『目的』、か……。


「で……でも、僕だってどうしたらいいか……!」
「お前はお前らしくしてればいい……。ただ、もし気にかけてくれるなら……ウジウジしている俺を引っぱたいてくれ。……今の翔子みたいにさせないように……」
「雄二……。うん、わかったよ……。もし……、また繰り返して、雄二に出会って……、彼女の事で悩んでいたら……。その時は、雄二の背中を押すよ……!後悔しないように行動してもらえるように……、できる限りの事をするよ!……『約束』する。それが……、今まで僕を支えてくれた君への恩返しになるのなら……!」
「よせよ……、恩返しなんて。柄でもねぇ……!」


 少し照れながら、そう返す雄二。その時、腕輪がより一層輝きを増した……。『繰り返し』の時は近い……。


「……今までありがとう、雄二。僕は、『今回』の事は決して忘れない……!」
「じゃあせめて、『今回』だけでも、気持ちよく向こうに行けよ。俺も辛気臭いのはやだぜ?」


 そう言ってにいっと口の端を吊り上げ、笑う雄二に僕も笑みを向ける。


「……こっちはこっちでうまくやるさ。……だからお前も、乗り越えてみせろ。……お前は俺が認めた、唯一の男なんだ」
「……うん、僕は忘れない……。君の事を……、『約束』を……!」
「へっ、俺もだ……!」


 そして、僕達は笑顔でハイタッチをし、最後にお互いに声を掛けた。



『じゃあね(またな)、親友!』



 次の瞬間、僕は激しい光に包まれ、目の前が真っ暗になる。

 ―――こうして、僕はまたあの時を『繰り返す』……。



とある時の明久の体験(1) 終


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第21話 第一試合 木下優子VS木下秀吉

文章表現、訂正致しました。(2017.12.2)


【古典】

Aクラス-木下 優子(328点)

VS

Fクラス-木下 秀吉(131点)

 

 

 

 それぞれの点数が表示されると、会場全体が盛り上がった。中にはワシの点数に驚く者もいるようじゃ。

 

 

「……大分点数が上がったわね、秀吉」

「……遠く姉上には及ばんがのう……。ワシが短時間で点数を上げられそうな教科といったら、……これしかなかったのでな……」

 

 

 ワシは初日、Dクラスとの試召戦争を終えてより、『古典』を重点的に勉強した。……ワシなりに勉強したというのもあるが、前に劇で演じた際に『古典』の物語が多く存在した、というのも取り組んだ理由じゃった。内容さえわかれば、原文が読めずとも点数はとれる……。まあ、雄二たちが起こす試召戦争でワシも役に立ちたかったというのもあるのじゃが……。

 

 

「……少なくとも、Fクラスの点数じゃないわよ?まあ……、どんな点数だったとしても、アタシは手を抜く気はないけどね……」

 

 

 点数を見てみてもわかるのじゃが、やはり姉上は凄い……。一卵性双生児ではないのじゃが、外見は家族であってもワシと姉上を間違える時もある。……さすがに性格は違うのじゃがの……。じゃが……、ワシと姉上は似ている。……こと『演じる』という事において……。そして……、姉上はいろんな意味で、ワシの目標じゃった。

 

 

「じゃあいくわよ!秀吉!!」

「……ッ!!来るのじゃ!!姉上!!」

 

 

 すぐさま姉上が召喚獣を操ってワシに迫る。そして姉上から突き出されるランスを出来るだけ最小限の動きでかわし、薙刀を一閃させる。じゃが姉上もすぐに引いた為、掠っただけ。若干の点数に補正が入るものの、たいしたダメージではない。

 

 

「あっさりとかわしたのう……。もうちょっと動かすのに苦労しているかと思ったのじゃが……」

「……成程ね。確かに召喚獣に意識を移す……というところかしらね……」

「……!?ま……まさか……、姉上……?」

「……アンタも言ってたじゃない……、『召喚獣に成り切る』って。……アンタだけじゃないのよ?『演技』が上手いのはね……!」

 

 

 そう言うと、姉上の召喚獣はランスを振りかざすと、一気にワシの召喚獣に襲いかかってきた。さらに単純な突撃という訳ではなく、巧みな槍裁きや、隙を見てワシの召喚獣を掴もうとしてくる。ワシは出来るだけ攻撃をかわそうとするが、全てをかわす事はできない為、受け流すなどしていると、反撃はしているものの少しずつ点数を削られていった。そしてワシの召喚獣は姉上の召喚獣に腕を取られると、そのまま関節技を掛けられそうになる。

 

 

(まずいのじゃ!!)

 

 

 ワシは地面を蹴らせ、腕を極められる前になんとか姉上から離れる事に成功するも、無理にひねったせいか大分点数を持って行かれた。

 

 

 

【古典】

Aクラス-木下 優子(264点)

VS

Fクラス-木下 秀吉(89点)

 

 

 

「流石にやるわね……。だけど、このままじゃ勝てないわよ?」

「……姉上がここまで『操作』できるとは思わなかったのじゃ……」

 

 

 ここでワシは一息つく。精神を集中し、動揺しているワシの心を落ち着かせながら、ワシはこの試合にかける思い、決意を再度思い出していた……。

 

 

 

 ……姉上は何でも出来た。ワシには出来ない事を……姉上は出来た……。

 ここ文月学園のAクラス、それもトップ10に入っている点数を誇る姉上。また運動神経も抜群で、芸術部門にも感性がある。……まあ猫を被っているところもあり、弱点が無いわけでもないものの、基本『優等生』であり、教師からの信頼もあつい。

 ……それに引き換え、ワシは最底辺()クラス……。『演劇部のホープ』と呼ばれてはいるものの、文月学園では学力が全てであり、それ以外の事は些細なものとして扱われる……。

 ワシには『演劇』が全て。その思いが変わるわけじゃない。……じゃが、心のどこかで姉上と自分の差を認識しているワシがいた……。

 

 

 

 大分冷静さを取り戻したワシは、選手の控え席に座っている明久を見る。

 

 

(……明久……)

 

 

 2学年に上がって以来、どこか前と変わってしまった明久を見ていた。……尤も、最初は何かあったのかくらいの心配じゃった。じゃが……、明久を見ているうちに心配の内容が変わっていった。

 

 

(アヤツは……、まるで人が変わってしまったかの様な雰囲気を持っておった。……それでいて、誰かの為に今も無理をしながら必死になっているかのように見えたのじゃ……。まるで……、自分が苦しい事を……隠すかのように……)

 

 

 アヤツが話せないという以上、ワシはそれより深くは聞けなかった。アヤツの苦しみを分かってやりたいと思いながら……。

 それでいて……、Dクラス戦時、召喚獣の操作に悩んでいた時に、ワシに明久に言われた言葉を思い出す……。

 

 

 

 

『大丈夫だよ、秀吉は魅力的だから』

『……今の台詞は、ワシを女子扱いしている訳じゃあないだろうの……?』

『違うって……。秀吉は演劇という自分のやりたい事に打ち込んでいるじゃない?それだって、好きな事に一所懸命頑張って努力しているからこそ『演劇部のホープ』として認められるようになったんだよね?だったら、……何も自分を卑下する事はないよ』

『……あ、明久……お主……!』

『だから、秀吉ならできる、召喚獣を理解し、召喚獣に成りきれる……!まるで自分が召喚獣になったかのように演じられるよ、今まで必死に努力してきた秀吉なら!』

 

 

 

 ……それでいて、明久は見抜いておった……。ワシの……ワシのポーカーフェイスに隠され、心の奥にあった『苦悩』に……。そして、明久はワシの心の底にあった自分の苦しみを拾い上げ、自分の信念をかけていた演劇を『認めて』くれていた……。

 だから……、ワシはその想いに答えてみせる……!ワシが打ち込んできた、今までの全てを込めて……!

 

 

 

「さて、秀吉……、そろそろ決めさせてもら……っ!」

 

 

 姉上がワシを見て、途中で話を切る。……ワシの集中力が高まっているのがわかったのじゃろう……。

 

 

「……姉上、少し驚かされたが……、言ったじゃろう?」

 

 

 一呼吸おいて、ワシは姉上を見つめ、答える。

 

 

「ワシは……、『負けん』、と!」

「ッ!!秀吉……ッ!」

 

 

 ……これでもう先程までとは違う。今のワシに既に……、『迷い』はない!

 

 

 ――学力だけが全てじゃない――

 

 

(ワシは、それを教えてくれた明久たちの為にも……、今まで培ってきた全てを込めて、今姉上を超える!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また点数に補正が入る。あれから私の攻撃は秀吉に当たらなくなってしまった……。

 あの時、秀吉の中で燻っていた何かが吹っ切れたのだろう……。ランスを突き出しても、秀吉のまるで舞踊を舞うかのような動きに攻撃は悉く空を切り、その度に秀吉の薙刀がアタシの召喚獣をかすめていった。……その動きはまるで秀吉が召喚獣と一体になっているかのようだ。

 

 

「ホント、凄いわね……。召喚獣に成り切ってしまってる……」

 

 私はひとりごちると体裁を整える為、一度秀吉から離れる。秀吉も警戒しているのか、追い打ちを掛けてはこなかった。

 

 

「ふぅ……」

 

 私は秀吉の召喚獣に成り切っている様子を見て、ある思いが頭をもたげてきた……。

 

 

 

 ――私は今まで常に自分を偽ってきた。……優等生を、『演じて』きた……。

 ……優等生が嫌だった訳では無い。学園の生徒の代表として恥ずかしくないように振る舞ってきたし、先生方からの信頼も嬉しかった。

 ……だけど、それは本当の『私』ではない……。皆が見ているのは優等生の『木下優子』であって、本当の『木下優子』じゃない…。

 ……本当の私は、正直いって優等生から懸け離れている……。横暴で、ズボラだし、弟である秀吉に折檻を行う事もある……、さらにはちょっと人には言えない趣味を持っているという事も……。

 でも皆はそんな『私』を知らない……。優等生の『私』が演じているものだという事を知らないから……。

 だから私、は『演じる』という事に抵抗を感じている……。

 

 

 でも、秀吉は逆に『演じる』という事に意義を見出し、それに向かって一所懸命に取り組んでいった。……だからなのだろう、そんな秀吉に皆、魅力を感じるのは……。

 ………………優等生を演じる、『私』よりも……。

 

 

 

「ゆくぞ、姉上!!」

 

 

 今度は秀吉が薙刀を翳しながら、私の召喚獣に向かって突進してくる。私はそれを回避させるが、振り向きざまに薙刀を振るわれ、また点数を減らしてしまう。

 

 

「ッ……まずいわね……!」

 

 

 このままじゃ、確実に負けてしまう。……負ける?それが頭によぎった瞬間、アタシの心から湧き上がってくる感情があった。

 

 

(……負けたくないっ!!)

 

 

 代表が私に任せてくれた……。Aクラスの皆も、試合のメンバーとして私を選んでくれた……。その思いに答える為にも、絶対に負けるわけにはいかない……!

 でも、このままだと……!私は心の中で誰かに助けを求めるかのように叫ぶ。

 

 

(……一体どうしたらいいの……!…………明久君…………!)

 

 

 その瞬間、ふっと私の中に、ある人物の顔が浮かぶ……。

 

 

(……明久君?……あれ……?どうしてアタシ、明久君の事が頭に浮かんだんだろう……?)

 

 

 何気なく、明久君の方を見てみる。彼の顔はあの時と同じ表情で試合の行方を見守っていた……。

 

 

 

 

『明久君、悪いけど本気でいかせてもらうわよ?』

『もちろん、そうしてくれないと困るよ?』

 

 

 

 

 あの時と同じ、真剣でいて、どこか優しい表情……。それと同時にアタシは彼と話した時の事を思い出していた……。

 ……最初の吉井君に持っていた感情は、『観察処分者』、問題ばかりおこす『学園一のバカ』として、彼の事を見下していたかもしれない……。

 でもあの時、職員室で彼に会った時、その考えが揺らいだ……。そして、あれから彼の事を近くで見てきた……。

 ……秀吉と勘違いし、殺気立って襲ってきたDクラスの男子達から庇ってくれた事……、大量の資料を運ぶ私をほおっておけないと手伝ってくれた事……、そして、代表である坂本君の試召戦争にかける思いに応えたいという、彼の信念に対して……。

 

 

(……今、わかった……アタシは……明久君に惹かれているんだ……)

 

 

 そう自覚した時、私はすぐに自分のすべき事が分かった。形振り構わず、その想いに身を任せ、自分の心を偽らないようにする。すると先程に比べて、幾分か召喚獣を動かしやすくなった。

 

 

「……姉上……、どうやら迷いが晴れたようじゃのう……」

「……ええ、秀吉……。これからが本番よ……!」

「そうか……じゃがワシも負ける訳にはいかん!!」

 

 

 私は……、もう迷わない……!それが演じるものであっても何でもいい!これが今の正直な私の気持ち――

 

 

(アタシは……明久君の前で、……負けたくない……!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び実力が拮抗し、点数を消耗しあう2人。だが、着々と試合の終焉が近付く……。そして……、

 

 

 

【古典】

Aクラス-木下 優子(35点)

VS

Fクラス-木下 秀吉(28点)

 

 

 

 ……もうお互いに点数はない……次で全てが決まる……。

 

 

「……次で終わりにしましょう……秀吉……」

「……そうじゃのう……次で決めようか……姉上……」

 

 

 互いに武器を構え、隙を窺う。……ここまで来たら余計な小細工は無用……。先に必殺の一撃を入れた方が……勝つ……!

 その光景を会場中が静かに見守る中……2人が一緒に動く!

 

 

 

 

 

 ザシュッと何かを切り裂く音が鳴り響き、そこには秀吉と優子それぞれの左肩をお互いの武器が貫いていた……。それにより召喚獣の点数が0となり、戦闘不能になった。

 

 

「それまで!第一試合、Aクラス木下優子VSFクラス木下秀吉。両者戦闘不能、引き分けです!!」

 

 

 それを聞いた瞬間、周囲に歓声が沸き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンッ、と地面を叩きつける音が響く……。

 

 

「クッ……!!ワシの全てを込めたのに……勝てなかったのじゃ!!」

 

 

 膝をついた秀吉は地面に自らの拳を叩きつけ、涙を流していた。余程悔しかったのだろう、握りしめた拳には血がにじり始めており、それでも秀吉は泣きながら地面を叩き続けていた。

 

 

「……秀吉、立ちなさい……」

 

 

 私は左肩を押えながら、秀吉の傍に行く……。そして腕を差し伸べる……。

 

 

「姉上……!」

「……胸を張りなさい……。貴方は証明したのよ……。この学力重視の文月学園において、『学力』だけが全てではないという事を……」

「……ッ!しかし、しかしワシはっ!!」

「……確かに勝てなかったかもしれない。でも……あなたは負けなかったじゃない……。Fクラスのあなたが、自分の打ち込み、必死に努力していた『演劇』で……、真正面から戦ってAクラスのアタシと引き分けたのよ……」

「姉上ッ……、うぅ……!!」

 

 

 秀吉は差し伸べられた私の手を、震える手で掴み立ち上がる。私は未だ涙を流している秀吉に近付き、ゆっくり、そして優しく抱き締めた。

 

 

「貴方はよくやったわ、秀吉……。今日ほど貴方の姉である事を誇らしく思った事はないわ……」

「姉上……、姉上ッ!!」

「……馬鹿ね……、こっちまで泣きたくなってくるじゃない……」

 

 

 私もいつの間にか一筋の涙が流れる。悔し涙かと思ったけど、多分違う……。これは……嬉し涙だろう。――自分を偽らずに全てを出し尽くした。その結果は引き分けだったけれど……。

 ……とても心地の良い涙だった……。

 

 

 周囲が一層の拍手と健闘を称える歓声に包まれる中、私は胸の中にいる秀吉をただ慰め続けていた……。

 

 

 

 

 



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第22話 第二試合 佐藤美穂VS吉井明久

文章表現、訂正致しました。(2017.12.2)


「すまんのじゃ、明久……。ワシは……」

「何を言ってるのさ。秀吉にはあの歓声が聞こえなかったの?」

 

 

 優子さんとの試合が終わり、僕はまだ半泣きになっている秀吉を迎えに行く。

 

 

(本当にいい試合だったよ……秀吉、優子さん……)

 

 

 あの戦いを見て、何か文句を言う人など居る筈がない。……僕自身、二人があそこまで召喚獣を操るとは思わなかった。……フィードバックが無いはずの二人が、突き刺された肩を気にしていた程、召喚獣操作に集中していたのだろう。……一瞬本当にフィードバックがあったのかと思ったくらいだ。

 

 

「ほら、秀吉も……、もう泣き止みなさい……」

「あ、姉上……」

 

 

 秀吉も恥ずかしくなってきたのか、あわてて涙をふく。

 

 

「全くもう……。明久君、秀吉をお願いしてもいいかしら?」

「うん、大丈夫だよ。……でも、優子さんもすごかったよ……」

「あ、ありがとう……」

 

 

 そう言って僕から目を逸らす優子さんに少し気になりつつも、僕は秀吉を伴って選手席に戻って行った。

 

 

 

 

 

「明久……、頼んだぞ」

 

 

 秀吉と一緒に席に戻った後、再び会場に向かおうとした僕に後ろから声がかかる……。振り返ってみると、雄二が真剣な表情で僕を見ていた……。

 

 

「……俺はお前を信じてる。秀吉がここまでやってくれた以上……、何としても……勝ちたい……」

「……うん、わかってるよ……。任せて、雄二。……僕も『全力』で戦うから……」

 

 

 僕は雄二に笑いかけると、先に試合会場で待っている選手の下へ向かう……。

 

 

「……あなたが……吉井君、ですね」

「うん、そうだよ。君は……」

「私はAクラスの佐藤美穂です。……科目は何にしますか?」

 

 

 先に待っていた佐藤さんよりそう提案される。

 

 

「……僕が選んでいいの?」

「ええ、かまいません。……どの教科を選択されても全力で行きますから。……優子からも色々と聞いてますしね」

「…………そう、じゃあ君の一番点数の高い教科でお願いしてもいいかな?」

「……!」

 

 

 僕がそう答えた瞬間、会場にどよめきが起こる。

 

 

「……それでいいんですか?」

「うん……、お願いするよ」

「吉井君、本当にいいのですか?Aクラスは昨日、自分の自信のある教科をそれぞれ受け直しているんですよ?」

 

 

 そこへ高橋先生も再度、僕に確認を取ってくる。……こう聞いてくるという事は、恐らく『ある事実』を物語っているのだろう……。

 

 

「ええ……、大丈夫です」

 

 

 僕が迷いなく答えると、さらに大きい喧噪が巻き起こった。

 

 

『アイツ……正気か!?』

『イヤ、待て!アイツは観察処分者だろ!?』

『絶対バカだ!!』

『だがアイツだろ!?Bクラス相手に一人で立ち回ったのは!?』

 

 

 そんな喧騒の中、

 

 

「……じゃあ高橋先生、『物理』でお願いします」

「……わかりました」

 

 

 その言葉を受け、高橋先生は設定科目を打ち込むと、

 

 

「……それでは第二試合を開始します!Aクラス佐藤美穂VSFクラス吉井明久。教科は『物理』。――はじめっ」

試獣召喚(サモン)!」

 

 

 試合開始の声とともに佐藤さんが召喚獣を呼び出すと、その点数が表示された。

 

 

 

【物理】

Aクラス-佐藤 美穂(401点)

 

 

 

(やっぱり、400点を超えていたか……)

 

 

 その点数を見て、歓声が響き渡る……。それはそうだろう……、学園全体でも何人もいない、『400点』を、彼女は超えているのだから……。

 

 

「……吉井君?……召喚獣を呼び出さないのですか?」

「……君の点数を見てね……、相当努力してきたんだなって思って、さ……。先に謝っておくよ……、僕は君を侮辱するつもりは全くないからね……?」

 

 

 その言葉を聞いて何か思う事があったのか、彼女をこう聞いてきた。

 

 

「吉井、君?あなた、まさか……」

 

 

 ……もしかして今の言葉で何か気付いたのかな?……だとしたら良い観察眼をしている。……確か前にもこんな事を言われたような気もするけれど……。

 

 

「……ご名答。僕は今まで『本気』で戦ってはいたけれど、『全力』を出していたわけじゃない……」

「……っ!それじゃ、あなたは……!」

「……そう、君の想像通りだと思うよ……。まあ、隠していた理由は点数を見てもらってから説明しようか……。試獣召喚(サモン)

 

 

 僕の言葉とともに召喚獣が呼び出され、その点数が表示される……。

 

 

 

【物理】

Fクラス-吉井 明久(1点)

 

 

 

 僕の点数が表示された瞬間、会場が静まり返り……、とたんに大騒然となる――

 

 

 

『1点だと!?何考えてんだアイツは!?』

『それとも1点しかとれなかったというのか……!?』

『テメェ、吉井!!ふざけてんのか!?』

 

 

 

 どよめき、罵声、ありとあらゆる言葉が会場へ飛び交う。……主に罵声は味方であるはずの2年Fクラスからであるけれど……。冷静に状況を見ているのは例外を除くと、目の前にいる相手と、椅子に座っているA、Fの試合メンバー達、そして先生方くらいであろうか。

 

 

「……吉井君、その点数は……?」

「…………僕は昨日、回復試験で全ての教科を受け直した……。僕の召喚獣が『全力』で戦えるようにね……。だから、他の教科を選んでいたとしても同じ事だよ……。僕は全ての教科に対し、『1点』しかとっていないんだから……」

 

 

 僕の言葉を聞き、少し会場内に静けさが戻る。

 

 

「でも……、いくら吉井君が召喚獣の操作が上手いといっても……」

「……その通り。……通常『1点』しかない召喚獣は、最低限の能力しか持たない……。動きが遅い上に攻撃力も無いから、例え攻撃出来たとしても、ほとんどダメージを与えることもできない……。その代わりに……、『1点』しかない召喚獣には『ある事』ができるようになる……」

 

 

 はじめて聞く話で佐藤さんも戸惑っているようだ。……先生方でも知っている人はいないかもしれないし、当然と言えば当然である。……第一、『1点』の召喚獣なんて、試そうと思う人もいないだろう……。

 

 

「『ある事』……ですか……?」

「そう……、『1点』の召喚獣は、その能力の『限界(リミッター)』を外す事が出来るようになる……。実は、400点以上を誇る召喚獣には、格の違いというか……、それ以下の召喚獣の攻撃を受けにくいという特徴があってね……。例え攻撃が急所に当たっても、殆どダメージを与える事が出来ないんだ……。だけど、『限界(リミッター)』を外した召喚獣にはそれが出来る……。攻撃が当たりさえすれば、高得点者の召喚獣も倒す事が出来るようになるのさ……。『火事場の馬鹿力』のようなものかな……」

「で……ですが……、例え『限界(リミッター)』を外せたとしても、召喚獣が満足に動かせなくては……!」

「そう……。だから、この戦術は僕にしか使えない……。フィードバックを共有していることで、より召喚獣と一体となっている、『観察処分者』仕様の僕の召喚獣にしか、ね……!」

「……!!」

 

 

 それで気が付いたのだろう、佐藤さんの表情が変わる。……それと同時に僕は心の中で召喚獣とのフィードバックをMAXまで引き上げる。

 次の瞬間、僕の召喚獣から圧倒的な覇気が迸る。まるで僕が召喚獣であるかのように、視覚、聴覚、触覚……、その他全ての感覚が召喚獣と一体になっている錯覚に襲われる……。それと同時に……、僕の袖の下の腕輪が反応している気配も感じていた……。

 

 

(……やっぱり、反応するか……)

 

 

 『繰り返し』の第二の条件、『自己防衛』が働いているのだろう……。確かにこの状態で相手の攻撃を召喚獣が受けたらどうなるか。……そんな事、考えるまでもない……。

 そこに、試合を止めようとする声が響いてくる。

 

 

「吉井!!お前!?まさか……――」

「西村先生!!」

 

 

 僕は西村先生が言おうとしている事を察し、その前に封じる。……恐らく、西村先生は気付いたのだろう……。ふと、学園長の席の方を見てみると……、同じく渋い顔になっている学園長が見えた……。

 

 

「……すみません、止めないで下さい……。僕は……、『本気』なんです」

「だ……だが、その状態で戦えば……ッ!」

「先生っ!!」

 

 

 この先に続く言葉を予想し、僕は再度、西村先生に強く呼びかける。僕は、『本気』なのだと……。僕の信念に従って、『行動』しているのだと……!

 

 

「…………わかった。もう、何も言わん……」

 

 

 西村先生はそう言って、引き下がってくれた。心配してくれた先生に対し、申し訳なく思うも、

 

 

「……僕は『全力』で戦うと言った……。秀吉が、自分の全てをかけて全力で戦っていたように……。だから……、僕も自分の持てる『全力』で戦う……!!」

 

 

 そう言って僕は待たせていた佐藤さんに向き直ると、

 

 

「……それに、僕は本来『左利き』だしね……」

 

 

 僕は召喚獣に木刀を利き手である左手に持たせかえて、上段に構えを取らせた……。右手はほとんど添えるだけに留め、それは片手上段のそれに近い。…………決して引かない。その覚悟を表す構えでもある。

 

 

「邪魔が入って悪かったね……。それじゃあ……始めようか……!」

「……わかりました。……私も全力で行きます……!」

 

 

 その言葉を合図にし、僕達は互いに召喚獣を操作する……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 動き出してより数分が経過し、僕は佐藤さんの攻撃を全てかわし続けていた。佐藤さんは動きが大雑把ながらも、細かい鉄球操作で何とか僕に攻撃を当てようとしていた。

 ……僕も全身に100%以上のフィードバックがくるという事もあり、相手の点数を減らすといった余計な動きを一切取らなかった。一撃にて相手を仕留める為、僕はそれらを全て紙一重で見切りながら、僕は相手の隙を窺う。

 全てかわし続けていると、埒があかないと踏んだのか、向こうも一撃で決めるべく、佐藤さんは鉄球を構え直し、僕との距離を測っていた。僕もそれに合わせ、上段の構えのまま相手の出方を見る。相手がいつ仕掛けてくるか。そのタイミングを掴むべく僕は全神経を集中させる。

 

 

(……来る……っ!)

 

 

 やがて佐藤さんはわずかに僕との距離を詰めると同時に、反動をつけ鉄球を飛ばしてきた。僕は鉄球の動きを見切り、出来る限り引き付けてからバックステップにてそれをかわす。鉄球が僕の召喚獣の目の前を通り過ぎ、相手は大きく振りかぶったモーションで体制を崩していた。

 

 

「もらったっ!!」

 

 

 僕はその隙を逃さずに一気に決める為、木刀を振り下ろすべくステップで距離を縮めるが……、

 

 

「……かかりましたね、吉井君……、『地震(アースクエイク)』!!」

 

 

 その言葉とともに、彼女の召喚獣に着けられた腕輪が光り、空振りに見えた鉄球が地面に接すると同時に激しい振動を引き起こす!

 

 

「クッ……!」

 

 

 ステップを踏んでいたのが仇となり、踏ん張りがきかず、僕の召喚獣はバランスを崩された状態で宙に浮かされてしまった。

 

 

「しまっ!!」

「これで終わりです!!」

 

 

 その言葉とともに、佐藤さんは僕の召喚獣に向かって鉄球を振り下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吉井君の召喚獣を私の能力でバランスを崩させ、そこに鉄球を振り下ろさせる。……いくら吉井君の召喚獣が素早く動けるといっても、バランスを崩し、宙に浮かされている状態で避けられるはずもない。そして鉄球が衝撃音とともに何かに接触し、私はここで勝利を確信した。……しかし、

 

 

「!?」

 

 

 吉井君の召喚獣はそこにはなく、あるのは木刀だけだった。

 

 

「そ……そんな!?あの体勢から……!?」

 

 

 ……彼はあの瞬間、召喚獣の左手に持っていた木刀を勢いよく地面に突き刺し、その反動を利用して私の鉄球を避けていたのだ……。信じられない気持ちで呆然としていた私が気付いた時には、まだ鉄球を構えていない私の召喚獣の懐に潜り込んでいて、そして……、

 

 

 ドゴォォ―――ン……!!!

 

 

 激しい轟音と共に、吉井君の左手での正拳突きが、私の召喚獣の急所である心臓部を捉えて突き刺さると、その衝撃で召喚獣が壁際まで吹き飛んでしまう。さらに……、

 

 

 

【物理】

Aクラス-佐藤 美穂(0点)

 

 

 

 ……同時に急所攻撃だったという事もあり、私の召喚獣の点数も0点となっていた……。

 

 

「そ、それまで!第二試合、Aクラス佐藤美穂VSFクラス吉井明久。勝者、Fクラス、吉井明久!!」

 

 

 オオオオォォ……!!その宣言に会場が大音響の歓声に包まれたのであった……。

 

 

 

 

 

「…………負けましたか……」

 

 

 負けたことが分かった瞬間、私はその場でへたりこんでしまう。

 

 

「佐藤さん…」

 

 

 その声にふと前を見ると、吉井君が右手に紅い腕輪を覗かせて左腕を抑えながら、私のところまでやってきた。

 

 

「今回は私の完敗です……。最後の最後で油断してしまいましたね……。私もまだまだのようです……」

「……そんな事ないよ。……少なくとも鉄球が振り下ろされた時、僕は『覚悟』したから……」

「確かに……、あれを避けられるとは思いませんでした……」

 

 

 そして、吉井君が私に頭を下げた。

 

 

「……いくら全力を出すといっても、あの点数では君をバカにしていると思われても仕方ないと思う……。本当にゴメン……」

「……大丈夫です。……吉井君がふざけている訳じゃないという事は、あなたと戦っていた私が一番わかっていますから……。だから……頭を上げてください」

 

 

 そう私が言うと、吉井君はゆっくりと頭をあげる。

 

 

「……ありがとう。……僕はあんな高得点をとれる君たちAクラスは本当に凄いと思う……。どんな努力をして、Aクラスの学力を維持しているのか……。必死で努力する事の大変さは、僕もわかっているから……」

「そうでしたか……。吉井君、今日は有難う御座いました。もし、勉強でわからないことがあったら、Aクラスに来てください。私達Aクラスは、努力する人たちは歓迎しますから……」

 

 

 私はそう答え、吉井君に左手を差し出して握手を求める。

 

 

「佐藤さん……!?痛ッ……!」

 

 

 吉井君も左手を差し出そうとした瞬間、吉井君が苦痛に顔をゆがめ、その場で崩れ落ちそうになる。

 

 

「!?よ、吉井君!?」

「明久君ッ!?」「明久ッ!!」「吉井ッ!!」

 

 

 それにつられるように立ち上がり、会場に駆け寄った優子や坂本君達が吉井君に近寄ってくる。

 

 

「明久君!!」

「どうしたんじゃ!?明久!!」

「大丈夫なのかよ!?」

「ご……ゴメン……、大丈夫、だよ……っ」

 

 

 そう言って吉井君は左腕を抑えながら立ち上がろうとする。それを坂本君が肩を貸し、優子とその弟君が左右で支えた。

 

 

「吉井君!!大丈夫ですか!?」

「……吉井!」

 

 

 そこへ姫路さんや代表たちも心配して駆け寄った。

 

 

「ゴメン……。みんなに迷惑をかけちゃって……。召喚獣のフィードバックでちょっと腕を捻っちゃっただけだから……。まあ、たいしたことは事はないよ……」

「……そうなのかい?」

「もう~。吃驚させないでよ、吉井君!」

 

 

 久保君たちに言われながら、吉井君は私に向き直り、

 

 

「本当にいい試合だったよ。ありがとう」

「また……、今度機会があったら、リベンジしますから……」

「……うん、楽しみにしてるよ……」

 

 

 そこへ、それまで黙って吉井君を見ていた西村先生が、

 

 

「……吉井、とにかく向こうに救護設備があるからそこへ行くぞ。歩けるか?」

「ええ、大丈夫です。優子さん、秀吉、ゴメンね、心配させて……。僕は、大丈夫だから……」

 

 

 吉井君は心配かけないように笑みを浮かべると、

 

 

「……本当に大丈夫なの?明久君……」

「大丈夫かの……?」

「うん、大丈夫だよ。心配しないで……。じゃあ先生、行きましょう」

「ああ……」

「…………先に準備しておく」

 

 

 一足先に土屋君が向かうと、吉井君は西村先生に連れられて舞台を降りて行った。その右手に紅い腕輪を覗かせながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………大丈夫なのか?明久……」

「こっちは大丈夫だよ。ありがとう、ムッツリーニ……。それより次は試合でしょ?」

「…………ああ」

 

 

 僕は先に来て道具の準備をしてくれていたムッツリーニにお礼を言い、試合の事を告げた。

 

 

「『腕』の事は大丈夫だから……。これは、嘘じゃないよ……」

「…………そうか。……お前がそう言うなら、これ以上は何も言わない……」

 

 

 ……多分、ムッツリーニは僕の状態に気付いている……。だから、これ以上心配させないように僕は答えた。

 

 

「…………あとは任せろ、明久。……ゆっくり休んでおけ……」

「……うん、任せたよ……」

 

 

 そう言ってムッツリーニは試合会場へと向かって行った……。

 

 

「やれやれ……。まあ、土屋だけじゃないと思うぞ?……気付いているのはな……」

 

 

 ムッツリーニが会場に向かったのを確認し、西村先生が溜息まじりにそう答える……。それは……そうだろう……。先程から優子さんや秀吉がずっとこちらを見ているし、多分雄二だって気付いているに違いない……。尤も、さっきのムッツリーニの様子から、彼が一番正確に僕の状態を掴んでいるのだろうけど……。

 

 

「…………その『腕』、かなりの重傷だぞ……」

「……100%以上のフィードバックでしたからね……。おまけに、その腕で正拳突きまでしちゃいましたし……」

 

 

 鉄球を避ける為に木刀をとっさに地面に突き刺した時点で折れていたんだろう……。あの時の腕にきた衝撃は、召喚獣が味わった衝撃の数倍……。ただでさえ力の強い召喚獣が、反動をつける為に思いっきり地面を突き刺したのだ……。その上で正拳突きまでしたのだから、無事で済むわけがない……。

 

 

「……どういうつもりだ。さっきの事は……」

「どういうつもり……、とは?」

「とぼけるな、吉井。お前が言った通り、召喚獣のフィードバックは100%以上……。点数は1点。当たったら召喚獣は『消滅』する!」

「……」

「それに全感覚をリンクさせたお前が、もし1回でもあの鉄球をくらっていたら、お前は……!」

「……『繰り返し』ていましたね……。現に、フィードバックをMAXにした時から、腕輪は光り続けてましたし……」

 

 

 僕は淡々と事実を話すと、西村先生は問い詰めてきた。

 

 

「なら、何故そんな無茶な事をするっ!?」

「……先生、言ったでしょう?僕は『本気』でいきます、と……」

 

 

 ……学力が全てじゃない!その言葉の中にある答えを求めて起こした雄二の試召戦争……。今回、僕はそれに『全力』で協力する事に決めた……。

 

 

「だから……、それが何なんだ!」

「……僕が自分で『決めた』事をやっているんです。『僕』らしくある為に……」

「……ッ!」

 

 

 こう僕が答えると、西村先生が息を呑むのがわかった。……僕の言わんとする事に気付いたのだろう……。

 

 

「……確かに鉄球をくらっていたら、『繰り返し』てました。……でも、あそこで『全力』を出していなくても、多分僕は『繰り返し』てましたよ……。今すぐに、という訳ではないでしょうけれど……」

「……吉井……」

「……先生、僕は『バカ』なんです……。もし、僕のようなバカじゃなかったら、もしかしたらこんな体験自体もする事がなかったかもしれませんけど……」

 

 

 それを聞くと西村先生は納得したような顔をして、そして笑い出す。

 

 

「フッ……、ハハハハッ!バカだバカだと思ってはいたが、まさかここまで『大バカ』だったとはな……!」

「……西村先生?……『バカ』というのは褒め言葉ではないですよ……?」

「まあいい、生徒のバカにつきあってやるのも教師の仕事だからな」

「……そんな事は教師の仕事でない気もしますけど……。それに……前にも言ったかもしれませんが、『バカ』を相手にするのは大変ですよ?」

「フン、言っていろ。こうなったら、とことんまでその『大バカ』につきあってやろう!」

 

 

 そんな西村先生の言葉に苦笑しつつも心の中で感謝すると、僕は次の試合を見る為、試合会場の方へ目を向けるのだった……。

 

 

 



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第23話 第三試合 工藤愛子VS土屋康太

文章表現、訂正致しました。(2017.12.2)


 

 ……第二試合までが終わり、俺は試合会場の方に向かっている。

 

 

(…………明久……)

 

 

 ……そして、先程の明久の状態を思い出す……。あれは、間違いなく腕の骨が折れていた……。

 

 

(…………アイツが『腕』を抑えだしたのが、試合中……。それ以前に腕を痛めていた様子はなかった……)

 

 

 恐らくは、あの試合において、『怪我』を負ったのだろうが……、召喚獣を動かしていた以外の動作を俺は見ていない。……という事は、その動かしていた時に損傷した、という事になる……。

 

 

(…………だが、俺は今まで召喚獣の操作であんな風になるという事を聞いた事がない……)

 

 

 考えられる事があるとするならば、『観察処分者』の召喚獣の持っているフィードバック……。だが、別に骨折するほどの動きがあったかと言われると疑問を感じる。……尤も、ココ最近の明久の様子を見るに、いくつか気になっている事もあるにはあるが……。そうこう考えている内に、俺は試合会場の方へ到着していた……。

 

 

 

「君が…、土屋君、だよね?」

 

 

 ……相手の選手がそう声をかけてくる。

 

 

「…………お前は」

「ああ、ボクは工藤愛子。よろしくね~♪」

 

 

 ……工藤愛子。確か一年の終わりに転入してきた女生徒……。俺の情報では奴もある教科で『腕輪』を持っている筈だ……。

 

 

「教科は何にしますか?」

「…………保健体育」

「保健体育ですね?わかりました」

 

 

 ……高橋女史が科目設定をしている……。そんな時、工藤が再び俺に話しかけてきた。

 

 

「確かキミ……、『寡黙なる性識者(ムッツリーニ)』って呼ばれているんだよね?」

「…………そんな事実は無い」

 

 

 ……全く、極めて遺憾だ。

 

 

「またまた~♪それで随分と保健体育が得意みたいじゃない?」

「…………」

「でもね、ボクだってかなり得意なんだよ?それもキミとは違って……」

 

 

 ……そこで工藤は艶っぽく笑いかけながら、勿体つけたように答えをおいて……。

 

 

「……実技で、ね♪」

「…………ッ!?」

 

 

 ……いきなり、何を言い出すんだ!?この女は……!?俺は咄嗟に鼻血が出そうになるがなんとか抑え込む。……クッ、今はこんな事をしている場合ではない……!

 

 

「吉井君も勉強が苦手そうだし……、保健体育で良かったら教えてあげようかなって思っていたんだけど……、結構倍率が高そうだからね~。……友達も気になっているみたいだし……」

 

 

 …………明久、か……。

 

 

「ムッツリーニ君も良かったら教えてあげようか?もちろん、実……」

「…………工藤」

 

 

 俺は、工藤がその台詞の先を言おうとする前に封じる。……途中で言葉を遮られた工藤は、少し不機嫌そうに聞いてくる。

 

 

「……何かな?ムッツリーニ君」

「…………工藤、保健体育が得意というならば……、明久を見てどう思う?」

「!?な……何言ってるの!?ボ、ボクはそんな……!」

 

 

 ……何を勘違いしているかは知らんが……、工藤は顔を真っ赤にさせながら動揺していた。

 

 

「…………俺が言ってるのは、……『今』の明久の状態について、だ……」

「ッ!?……吉井君の、状態……?」

「…………保健体育の『実技』が得意な者として……、今の明久の……、特に『左腕』の状態について……、どう見ている?」

「……!」

 

 

 俺は工藤にしか聞こえない声で、この『事実』について聞いてみる。

 

 

「そ、それは……」

「…………アイツは上手く隠しているつもりかもしれないが……、あの筋肉の痙攣、状態から考えても恐らくは骨折している……。それも……、かなりの重傷だ……。お前から見て、あの状態は……、どう思った?」

「……確かに、吉井君の左腕には違和感は持ったよ?それに……、試合の開始前にはそんな様子もなかったのに、彼は試合が終わった後に痛み出したようだったから……。でも、彼自身が言っていた通り、気にして欲しくなさそうだったからね……。あまり深くは考えないようにしてたけど……」

 

 

 ……顔を背けながら答える工藤。だから、俺は工藤に伝えておく事にした。

 

 

「…………今言った通り、明久は怪我をしている。どうしてかはわからないが……、恐らくさっきの試合中に、何かがあったのだろう……。何故そうなったかは分からない……。だが、奴はそうなる程に、この試召戦争にかけていたという訳だ……。だから工藤……、俺が何を言いたいか……、わかるか……?」

「……うん、わかったよ……、ムッツリーニ君。からかって悪かったね……」

 

 

 さっきのおどけた表情が消え、真面目な顔で俺に詫びる工藤。そこへ準備が整ったのか、進行の高橋女史がマイクを掲げる。

 

 

「では準備が整いましたので始めましょう……。第三試合、Aクラス工藤愛子VSFクラス土屋康太。教科は『保健体育』。それでは……開始して下さい!」

試獣召喚(サモン)!」

「…………試獣召喚(サモン)

 

 

 試合開始のアナウンスが流れ、お互いに召喚獣を呼び出す。そして、お互いの点数が表示された。

 

 

 

【保健体育】

Aクラス-工藤 愛子(446点)

VS

Fクラス-土屋 康太(572点)

 

 

 

 ……とりあえず点数上では俺の方が高いようだな……。興奮が高まる会場の中、俺は冷静に現状を見極める。工藤の召喚獣は巨大な斧を構えながら油断なくこちらの隙を窺っているようだった。

 

 

(…………腕輪の力……、『加速』を使えば一瞬で決まりそうだが……、さて、どうするか……)

 

 

 この試合は負ける訳にはいかない……。そんな思いからも、どうすべきか迷っていると、

 

 

「……結構冷静だね?ムッツリーニ君……。正直、すぐ仕掛けてくると思ったよ……」

「…………それはこちらの台詞だ……」

 

 

 ……だが、このまま手を拱いていても始まらない……。工藤の方も様子を見ているようなので、こちらから仕掛ける事にした。

 

 

「…………『加速』」

 

 

 俺は召喚獣の『腕輪』を作動させると、その姿をブレさせながら一瞬で工藤の召喚獣に肉薄する。そして、その手に持った小太刀の二刀流で相手を切り裂こうとした時、確かにその声を聞いた……。

 

 

「……かかったね、ムッツリーニ君……」

 

 

 

 

 

【保健体育】

Aクラス-工藤 愛子(306点)

VS

Fクラス-土屋 康太(88点)

 

 

 

(…………一体何が起こった!?)

 

 

 俺が工藤の召喚獣を切り裂こうとした時に、確かに『何か』が起こった。……その『何か』のせいで、俺は点数を大幅に削ることになったのだ。

 

 

「……決まると思ったのになぁ……。流石に警戒していたのかな?」

 

 

 見てみると工藤の召喚獣の腕輪が光っていた。何らかの能力を使ったのだろう……。油断はしていなかったが……、まさか、こんな事が……!

 

 

「じゃあ、このまま決めさせてもらおうかな?」

 

 

 戸惑っている俺に向かって工藤の声が響き、慌てて召喚獣を構えさせようと思った時、その異常に気付いた。

 

 

「…………なっ!?」

 

 

 ……俺の召喚獣が何かに麻痺した様に動かしにくくなっている……。こ、これは……!

 

 

「…………電気?『静電気』か……!?」

「……なんだ、気が付いたんだ?……そうだよ、ボクの『腕輪』はね……、『静電気』を操る事ができるんだよ……」

 

 

 そう言うと工藤は目に見えるように、『静電気』を発生させる。……よく見てみると、工藤の召喚獣の周りを、まるで電気の壁であるかのように張り巡らされているようだった……。

 

 

(……そうか、これでさっき、俺は……)

 

 

 ――あの瞬間、まるで召喚獣が麻痺したかのように動きが止まった。そして、その隙に工藤の斧が俺の召喚獣を切り裂いていたのだ。……かろうじて身体をずらす事が出来た為に戦死は免れたものの、400点近い点数が一気に削られてしまった……。

 

 

「…………そうか、電気か……。ならば……!」

「……!!なっ!?ムッツリーニくん!?」

「…………こうすればいい……!」

 

 

 工藤は俺のとった方法に驚いていたようだった……。俺は、身体中に帯電した静電気を逃がす為に、自らの手にした武器、小太刀の一本を掌で握りしめ、そしてもう一本をその刀身に触れさせながら地面に突き刺したのだ……。アースの応用で、召喚獣に帯電した麻痺してしまう程の電気を地中へと逃がしていく……。召喚獣の身体だというのに、小太刀を握り締めている手に刃物を握ったかのような違和感を感じるが、そんな錯覚を振り払い、俺は明久の事を思い出す……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――様子が変わった、そんな違和感を俺は覚えた。……アイツとは1年程の付き合いではあるが、最近の明久は様子がおかしい。……尤も、これは俺だけではなく、雄二や秀吉も気付いていた事だったが……。しかし……、

 

 

 

 

『――島田さんの新しい教科書を探す為に、一緒に探してくれたあの日から、……バカな僕に付き合ってくれて……、いろいろと巻き込んでしまっている君達に、その場だけの事を言って誤魔化したくはないんだ!』

 

 

 

 

 ……アイツ自身は何も変わってはいなかった……。『寡黙なる性識者(ムッツリーニ)』と蔑まれている俺と、仲よくしている明久の本質は……!

 

 

 ――俺は前から『美しく心打たれるもの』が好きだった。……他の奴らは皆、『女子』が好きだと誤解しているが、それは正確ではない……。

 尤も、ソレが無い訳ではない……。いや、かなりを占めている気がしないでもないが……、最初はただ『美しく心打たれるもの』を残したかっただけだ……。

 ……その中でも俺は『人間』について、とても深い関心を覚え、その為に俺はその『人間の仕組み』、もしくはそれに関わる事について必死に勉強した。……知らない事はそのままにせず、全て調べ、覚えるようにしたのだ……。同時に、俺はソレを残す為にカメラについても詳しく覚えた。

 

 

 ……だが、そんな俺について、誰にも理解される事はなかった。……まぁ、当然と言えば当然かもしれない……。写真を撮る事に許可を求めても、当然許可などおりず、みんな俺を避け続けるようになった……。そればかりか、俺はいじめや嫌がらせを受けるようになり、ある時、全財産をはたいて購入したカメラを、誰かに故意に壊されるという事が起こった……。

 

 

 ……そんな事もあり、俺はまず身体を鍛えた。もともと運動は得意であった為、器械運動から、様々な自主トレの結果、気が付けば直接的に俺に何かしようという連中はいなくなっていた……。

 次に俺は校内全てにカメラ、盗聴器を仕掛け、網を張った。そして情報を集め、間接的にも俺に何かしようとする奴らも排除する事に成功する……。

 

 

 ……また、カメラやそう言った機材はものすごく金がかかる……。とても持っている金だけではどうにもならない為、そこで俺は悪いとは思ったが、今まで無許可でとってきた写真を不味いと思うものは除き、欲しがる奴らに売って金に換えてきたのだ……。

 

 

 そして、それは中学を卒業し、この『文月学園』に入学しても変わる事はなく、俺は1人で、基本誰とも交わる事なく、今まで通りと同じように行動してきた……。

 

 

 ――……そんな時だ……。俺が明久に出会ったのは……。

 

 

 ……明久は帰国子女で一人孤独となっていた島田の為に、何の見返りを求める事もなく行動を起こした……。最初はバカな奴がいたもんだくらいにしか思っていなかったが、アイツを見ている内に考えが変わっていった……。それから俺は雄二や秀吉も含めて、よく4人で行動をとるようになっていたのだ……。

 

 

(…………そう、アイツは……アイツらは俺を避けなかった……)

 

 

 そして……、特に明久が……、俺達を纏めてくれたんだ……。接点の無さそうな俺達を、明久の何処か不思議な魅力によって……。新しい学年、新しいクラスになっても、どこか距離をおく他の連中と違って、アイツは俺を認めてくれていたのだから……。

 

 

 

 

『僕は秀吉達を親友と思っている!』

 

 

 

 

 ――……それは……、明久が『変わった』としても……、変わっていなかった真実……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そして俺は工藤を見据え、意識を目に集中させる。――相手の、工藤の召喚獣の動きに全神経を集中させ、神経、筋肉の動きを見据え、その隙を探る……。

 

 

「まさか……、武器を握りしめるなんて……!」

「…………帯電しているというのならば、電気を逃がしてやればいいだけの事……。それよりも……、今度こそ覚悟はいいか……?」

「……ッ!?」

 

 

 俺は息を呑んで様子を見ている工藤を見据えながら、はっきりと答える。

 

 

「…………工藤、俺はこの試合、絶対に負けない。……負ける訳にはいかない!」

「ムッツ……リーニ君……ッ!」

「…………確かに点数は削られた……。…だが……、次は決めてみせる……!」

 

 

 そう言って、俺は自分の状態を確認する。

 

 

(…………あと『加速』が1回使える……、というところか……)

 

 

 ……そういえば明久は言っていた……。召喚獣は人間とほぼ同じく感覚や神経も存在すると……。俺はその眼で相手の召喚獣の状態を細胞レベルからも読み取ろうと集中する……!

 

 

(………見えた……!)

 

 

 工藤の召喚獣のある1点に狙いを定め、飛び出すタイミングを窺う。

 

 

(…………明久、そんなになるまで貫いたお前の信念に答える為に、俺は絶対勝つ……!)

 

 

 そう思った後、俺は『加速』を使い、召喚獣をに飛び出させていた……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクはムッツリーニ君が武器を握り締めるという行動を取って以来、彼の何とも言えない迫力に動く事が出来なかった……。

 

 

(な……何で動いてくれないの……!?)

 

 

 ……それが恐怖なのかどうかはわからない……。ただボクは彼の雰囲気に呑まれて、召喚獣の能力を解除する事が出来なかった……。解除した瞬間、先程の動きで突進してくる事はわかっていたから……。そして、彼がその隙を狙っているという事も……。気が付いたら、最初あった点数差もみるみるうちに差が無くなってきている……。電気の壁を維持するのに……、そろそろ限界を感じていた……。

 ……彼のあの……、全てを見ぬくかのようなあの目……、そして、それとなく感じる緊張感に、ボクは耐えきれなくなっていた。

 

 

(……もう……ダメ……ッ!)

 

 

 限界を迎え、召喚獣の能力を解除した瞬間、ムッツリーニ君の召喚獣が迫り、ボクはその先の未来を想像し、咄嗟に目を閉じた……。

 

 

 

 

 

(…………あ、あれ……?)

 

 

 いつまでたっても終わりを告げる声がしない……。恐る恐るボクは目を開けると、ムッツリーニ君の召喚獣がボクの召喚獣の首に小太刀を当てた状態で動きを止めていた……。

 

 

「な……なんで……?」

「…………俺が……怖いのか……?」

「ッ!!」

 

 

 そう告げられた時、ボクは体が強張ったのがわかった。彼の方を見ると、わずかに苦笑しているかのような雰囲気を見せている。そして、首に当てられた小太刀をゆっくり離すと、静かにボクの召喚獣から離れていく……。

 

 

「……何でボクに止めを刺さないの……?」

「…………お前も保健体育でそれだけの点数を取ろうと思った事に理由があった筈だ……。それを……一時の恐怖で台無しにして欲しくなかった……というのもある……。だが……、一番の理由は……」

「……それは……何かな……?」

「…………恐怖し、目を瞑っていた時のお前の姿が……、何となく昔の俺を思い起こされてな。……斬る事が、出来なかった……」

「ムッツリーニ君……」

 

 

 そして、ある程度距離を取ったムッツリーニ君は振り返り、また武器を構えさせる……。

 

 

「…………俺も、そしてお前もここにクラスの代表として、ここにいる……。負けられないモノの為に、俺達は戦っている……」

「……うん……、そうだね……」

「…………なら、最後はお互いに後腐れがないようにしたい……。俺もそうだが、お前ももう能力が使えない程、点数は残っていない筈だ……」

 

 

 

【保健体育】

Aクラス-工藤 愛子(40点)

VS

Fクラス-土屋 康太(38点)

 

 

 

 彼の言うとおり、この点数では、もう壁のように静電気を発生させる事は出来ない……。ボクは一つ溜息をつくと、

 

 

「……わかったよ……、ムッツリーニ君……。ボクはもう……逃げないから……」

「…………いい返事だ。……泣いても笑っても、次が最後になる……。後悔が無いよう全てを出し尽くせ……!」

「……うん、ありがとう……。じゃあ……行くよっ!!ムッツリーニ君ッ!!」

 

 

 ボクとムッツリーニ君は、お互いに距離を取りあうと同時に、自らの召喚獣に指示を出す。そしてその指示に従い、召喚獣たちがそれぞれの武器を持ち交錯する!はたしてどうなったのか……、やがて、更新された点数が表示された……。

 

 

 

【保健体育】

Aクラス-工藤 愛子(0点)

VS

Fクラス-土屋 康太(0点)

 

 

 

 ムッツリーニ君がボクの召喚獣を切り裂くと同時に、ボクも彼の召喚獣を斧を一閃させ、胴を切断していた。

 

 

「第三試合、Aクラス工藤愛子VSFクラス土屋康太。両者戦闘不能の為、引き分けと致します!」

 

 

 

 

 

「ムッツリーニ君……」

「…………すまなかったな。怖がらせるつもりはなかった……」

「ううん、大丈夫だよ!……それと、ごめんね……?本当は……君が勝っていたのに……」

「…………気にするな。俺も、お前も全力でやった結果がこれだ……。それに……、俺は後悔していない」

「……うん」

 

 

 ボクは少しドキドキしながらも、ムッツリーニくんに手を差し出す。

 

 

「いい試合だったよ、ムッツリーニくん!でも、今度は負けないからね!」

「…………ああ、それは俺も同じことだ。……次こそは、俺が勝つ……!」

 

 

 ボクはムッツリーニくんとお互いを称えあいながら握手をかわすと、降り注ぐ歓声の中、代表達の下へ戻って行った……。

 

 

 

 

 



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第24話 第四試合 久保利光VS姫路瑞樹

文章表現、訂正致しました。(2017.12.2)


(……すごい……です……)

 

 

 現在、土屋君までの試合が終わり、状況はAクラスに対し、『1勝2引き分け』となっている。点数で上回っているAクラス相手に皆大健闘を果たしていた……。

 

 

「…………すまない、勝てなかった……」

「気にするな。あれだけの試合をしてきたんだ……。後は、ゆっくり休んでいてくれ」

 

 

 坂本君が戻ってきた土屋君に労いの言葉をかけると、私の方を見る。

 

 

「姫路、相手は学年次席の久保だ。準備はいいか?」

「……はい、大丈夫です!」

「何だ?緊張しているのか?……大丈夫だ。お前は体調不良でFクラスになってしまった……。だが、お前はFクラスに来ても必死に努力してきたじゃないか。……Dクラス戦での回復試験を受けている時のお前を知る奴は、特にわかっている……」

 

 

 そして、私の肩に手を当てると、

 

 

「もう少し肩の力を抜いていけ……。あまり気負いすぎるなよ?」

「坂本君……、ありがとうございます……」

 

 

 坂本君の励ましを受けて試合会場に向かう途中、私は一度吉井君を見る……。吉井君はさっき笑って大丈夫だと言っていた。……でも、私にはとても大丈夫には見えなかった……。

 ……でも、今は目の前の相手に集中しなければならない……。もう対戦相手である久保君は試合会場に到着しているようだった……。

 

 

「……姫路さん。最初、君がFクラスだと聞いた時は驚いたよ……」

「久保君……。でも見ての通り……、私は、Fクラスです……」

「……そうだったね。ところで教科なんだが……、『総合科目』で戦ってはもらえないだろうか……?」

 

 

 Aクラスからの総合科目での勝負提案に周りがざわめきだつ……。

 

 

「私は構いません」

「すまないね……。君とは一度、思いっきり戦ってみたいと思っていたんだ……。高橋先生、『総合科目』でお願いします」

「わかりました。『総合科目』ですね」

 

 

 久保君からの言葉を受け、高橋先生が科目の設定をする。そして……、

 

 

「お待たせしました。現在の状況はFクラス1勝2引き分け、Aクラス1敗2引き分けとなっている為、Fクラスにはリーチがかかっています。では、両者とも悔いのないよう戦って下さい。……では、いよいよ第四試合、Aクラス久保利光VSFクラス姫路瑞希の試合を開始します。教科は『総合科目』。――はじめて下さい!」

「「試獣召喚(サモン)!!」」

 

 

 その言葉に、同時に召喚獣が呼び出され、遅れて点数が表示された。

 

 

 

【総合科目】

Aクラス-久保 利光(3997点)

VS

Fクラス-姫路 瑞希(4409点)

 

 

 

『2年の学年主席を……、超えるだと!?』

『今年のFクラスは一体どうなっているんだ!?』

『これで……決まるのか……?』

 

 

 

 その点数に会場中が興奮の坩堝とかす中で……、久保君が私に話しかけてきた。

 

 

「……まさか、これ程とはね……。さすがは姫路さんだ。でも……、先の試合の通り、これは召喚獣の勝負……。点数差では決して決まらないよ」

「……わかってます。吉井君達が、あれほどの試合をしてきたんですから……。じゃあ久保君、行きますよっ!!」

「……来い!姫路さん!!」

 

 

 その言葉を受け、私は自分の召喚獣を突進させた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【総合科目】

Aクラス-久保 利光(3465点)

VS

Fクラス-姫路 瑞希(4017点)

 

 

 

 試合は現在、私の方が優勢に立ち回っていた。……私は吉井君達のようにそこまで召喚獣の扱いに長けている訳ではないので、久保君の武器、2本の大鎌の動きには常に警戒して立ち回るようにしていた。

 

 

(私は……負けられない……!)

 

 

 ……私は先程の吉井君を思い出す……。左腕を抑えていた彼の姿に、私は痛く胸を締め付けられる思いがした……。

 

 

 

 

 

 

 

 ――小学生の時より、私は吉井君の事を知っている……。知っているとはいっても、常に一緒にいた訳ではなかったし……、同じ文月学園の生徒になるものの、2年生になるまでは殆ど話もした事はなかった……。でも、私は小学校の時の……、あの死なせてしまった子ウサギの出来事もあって……。彼の姿を見かける度に、私はそっと見続けてきた……。

 吉井君は『カリスマ』のようなものを持っていると思う。自然と彼のまわりに人が集まっていき……、そして、良くも悪くも彼に影響されていく。私も、その一人だった。私が自分にできる事は全力でやれるようになったのは……、恐らく彼の影響なのだろう……。

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……、さすが姫路さんだね……っ!」

「……たとえAクラスだろうと何だろうと、私は勝たないといけないんです……!このまま、決めさせてもらいます!!」

「ッ……キツイね……」

 

 

 そして久保君との戦闘を続けながら、再び吉井君の方を盗み見ると、西村先生に手当を受けている吉井君の姿を捉えた。

 

 

(……また……無茶をしているんですね……)

 

 

 ――私の見てきた限り、吉井君はすぐに無茶をする……。自分が決めた事は最後まで諦めずにやり遂げていく……。最近では、小さな女の子が困っているのを見かけ、助けてあげていた事を思い出す……。

 

 

(そして……私の時も……)

 

 

 彼から貰った雪ウサギの髪留めに触れると、再び試合に集中する。

 

 

 

【総合科目】

Aクラス-久保 利光(1458点)

VS

Fクラス-姫路 瑞希(2198点)

 

 

 

 お互いかなり点数を消費しているものの、まだこちらには余裕がある。ここで一気に決めようと召喚獣を操作しようとした時、久保君が話しかけてきた。

 

 

「……姫路さん、君をここまで強くしているものは……、いったい何なんだい?」

「……私は、このクラスの皆が好きなんです。……人の為に、一生懸命になれる……、皆のいる、このFクラスがっ!」

「…………Fクラスが、好き?」

「はいっ!だから、頑張れるんですっ!!」

 

 

 そう言って渾身の一撃を見舞おうとした瞬間、

 

 

 ガキンッ!!

 

 

 私の大剣は久保君の大鎌によってはじかれてしまう。

 

 

「えっ……!?」

 

 

 少し呆然として久保君を見ると……、私はそのまま固まってしまう。

 

 

「……Fクラスが好き……か。なら僕は……、絶対に負ける訳にはいかないね……。それに……、負けるはずがない……。そんな風に思っている姫路さんになら、ね……!」

「!?な……何を、言って……!?」

「……わからないというなら、わからせてあげるよ……!君が言った『Fクラスが好き』という言葉の意味というものを……!」

 

 

 先程と明らかに雰囲気の変わった久保君が、その言葉とともに私の召喚獣に襲いかかってきた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっきまでの劣勢が嘘であるかのように状況が一変していた。僕に攻撃する余裕が無くなったのか、姫路さんは防戦一方となっていく……。

 

 

「な……なんで!どうしてこんな……っ!」

「……まだわからないのかい?姫路さん……!」

 

 

 戸惑っている彼女の召喚獣を切り払う。そこで少し距離をとり、お互いの召喚獣を見据える。

 

 

 

【総合科目】

Aクラス-久保 利光(1215点)

VS

Fクラス-姫路 瑞希(1422点)

 

 

 

 点数の差も大分詰まってきているようだ。僕は油断なく召喚獣を構えさせながら、まだ動揺を隠せていない姫路さんに告げる……。

 

 

「……君が、Fクラスの為に、戦っているからだよ……」

「な……、何でですか!?何で、Fクラスの為に戦う事が……、悪いみたいに言うんですか!!」

「……勘違いしないでくれ、姫路さん。僕はFクラスを否定している訳じゃない……。Fクラスにいる、一部の人達を、否定しているんだ!」

「えっ……!?」

 

 

 

『な……何を言ってるんだ、アイツは!!』

『俺達に喧嘩を売ってんのか!?あの異端者がっ!!』

『あの人間の屑め!!後で我ら全員によるジャーマンスープレックスリレーをお見舞いしてくれる……っ!!』

 

 

 

 僕の言葉を聞いて、Fクラスの人達が僕に罵声を浴びせかける。僕はそれを無視し、

 

 

「……勿論、尊敬できる人達もいる……。先に戦った明久君をはじめ、秀吉君や土屋君。Fクラス代表である坂本君。そして……君だよ、姫路さん……」

「……久保、君……?」

「……今言った人達は、皆何かを思い、そして必死になって努力してきた人達だ……。試合で戦ってきた3人は言うまでもないし、坂本君の事も、ウチの代表から少なからず話は聞いている……。そして……姫路さんも……」

 

 

 そう……、彼女もまた、尊敬できる人物の一人だ……。

 

 

「わ……私は……、別に……」

「……一年の時から、試験で君とは何度か順位が入れ替わっていただろう?僕は君をライバルのように見てきたからね……、よく知っている……。君は、今まで必死に努力をしてきた……。そしてその努力は、Fクラスにいる今でも続いているんだね……。先程の点数を見ればわかる……」

 

 

 静かに僕の話を聞いている姫路さん……。僕はさらに、話を続ける……。

 

 

「……僕が許せないのは、自ら努力もしない人間が……、努力をしたり、正しい事をしている人間を認めずに、否定したり、陥れたり、理不尽に暴力を加えたりする事だ……!」

「!……そ……それは……」

「……つい先日の事だ……。先生の伝達ミスで大量の資料を運ぶ事となった優子さんを見て、明久君がそれを手伝った……。ただそれだけの事なのに、優子さんと一緒にいたという理由から彼らは暴走し、Aクラスにまで乗り込んできたよ……」

「…………」

「僕が説明すると、今度は何故か訳の分からない理由で因縁をつけられて、追い掛け回された事になってね……。他のクラスメイトも、怖がっていた……」

「わ……わたし、は……」

「……話が長くなったね。すまない……。お互いの点数も少なくなってきた事だし……、ここらへんで決着をつけよう……」

 

 

 そう言って僕は、召喚獣に大鎌を構えさせる。姫路さんも大剣を構え直すも、先程の言葉に動揺を隠せないようだった。

 

 

(……姫路さん……)

 

 

 僕は姫路さんの召喚獣に向かって大鎌を振り下ろす。姫路さんは大剣でそれを防ぐものの、もう一本の大鎌を止める事が出来ずに、その胴体を切断された。

 

 

 

【総合科目】

Aクラス-久保 利光(1215点)

VS

Fクラス-姫路 瑞希(0点)

 

 

 

「勝負あり!第四試合、Aクラス久保利光VSFクラス姫路瑞希。勝者、Aクラス、久保利光!!」

 

 

 決着が着き、歓声が鳴り響く中で、僕は膝ごと崩れ落ちている姫路さんに近付き、手を差し出す。

 

 

「…………く、久保君……」

「……君を動揺させてしまったようで、悪かったね……」

 

 

 僕はそう言って姫路さんを立たせる。

 

 

「いえ……、これも勝負ですから……」

「姫路さん……」

 

 

 これだけは彼女に伝えておきたいと思い、僕は言葉に出した。

 

 

「僕は君の事を尊敬している。必死に努力している君の姿も、僕は見てきた。……だからこそ……、君はFクラスにふさわしくない……」

「……っ!で、でもっ!わたしは……!」

「『努力』は今まで通りFクラスでも、君はできるだろう……。でも……、Fクラスの環境は……君を間違いなくダメにする……。先日、Fクラスの人間が暴走した日……、君も少しつられて暴走したと聞いているからね……」

「……久保、君……」

「……君は、Aクラスに来るべきだ……。僕は、そう思う……」

 

 

 僕はこう言って、姫路さんに背を向け、Aクラスのメンバーの下へ戻る。

 

 

 

「お疲れ様、利光君」

「お疲れ様です」

「すごかったね~、あの姫路さんに勝っちゃうなんて~」

「……久保のおかげで繋がった……。ありがとう……」

「いえ、それより霧島さん。次こそ最終戦です。頑張って下さい」

「……うん、絶対勝つ……!」

 

 

 その言葉を残すと、霧島さんは試合会場の方へ向かう。それを見送り、僕はFクラスの控えの席を見る。席に戻り、姫路さんは秀吉君達からねぎらいを受け、応援席のFクラスの皆から気にしないように言われているようだったが、彼女は放心しているように見える……。

 僕はふと明久君のいる救護テントの方に視線を向ける。すると彼も姫路さんの方を窺っているようだった。

 

 

(……君も、姫路さんはAクラスの方がいいと考えているのだろうか……)

 

 

 ふと、昨日坂本君が言っていた、Fクラスが勝利した際の要求を思い出す……。

 

 

 

『もしもFクラスが勝った場合は、我々FクラスのメンバーがAクラス入りできる為のチャンスを貰いたい』

 

 

 

 ……あの提案をしてきた以上、恐らくはそういう事なのだろう……。

 

 

(まあ、これで最終戦に全てが持ち越された。……次でどうなるかは決まる……)

 

 

 

 ――そして、いよいよ最後の試合が始まろうとしていた……。

 

 

 

 



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第25話 最終試合 霧島翔子VS坂本雄二(前編)

文章表現、訂正致しました。(2017.12.2)


 

 

 

「すみません坂本君、私……」

「何を言ってるんだ、姫路。お前は一生懸命戦っていた。それは誰もが認めるところだ」

「そうじゃ、姫路。なんら恥じる事はないぞ」

「…………頑張った」

 

 

 試合会場から戻ってきた以来、元気のない姫路を励ましていると、救護設備のところにいた明久が鉄人と一緒に戻ってくる。

 

 

「おう、明久」

「えっ……」

 

 

 明久は左手を抑えてはいるものの、特にギプス等を巻いていなかった。俺の見たところ骨折していると思っていたのだが……。一方、姫路は明久を見る事ができず、俯いてしまっていた……。

 

 

「よ……吉井君。わ……私……」

「姫路さん、凄かったよ。結果は残念だったけど、とてもいい試合だった」

「で、でも……!」

「……利光君に言われた事を、気にしてるの……?」

「…………」

 

 

 黙ってしまった姫路に、明久は一呼吸おきながら、

 

 

「……そうだね、もし次の試合で雄二が勝てば……、僕達Fクラスの人間は再度、振分試験が受けられる事になる……。だから、出来れば姫路さんもその事について考えてみてほしい……。姫路さんの身体も……、今のFクラスの教室では悪影響があるかもしれないしね……」

「…………わかりました」

 

 

 そこまで言うと、明久達は俺の方を見てきた。

 

 

「いよいよ最終試合じゃな……。雄二はもう準備はできてるのかの?」

「……ああ、正直に言うとあと少し時間をあれば……、と思わなくもないけどな……」

「雄二よ……」

「まあ、元々学力だけが全てじゃないという証明ならば、今この時に戦うというのがベストなんだろうけどな……」

 

 

 俺は苦笑しながらそう言い、

 

 

「秀吉、明久、ムッツリーニ、そして姫路……。お前らは本当に良くやってくれた。お前らの戦いは、学園の連中の誰もが認めているだろう……。『学力だけが全てじゃない』……、俺は、この学力重視である文月学園においてどうしても証明したかった事だ……。そんな理由に、ここまでお前らを付き合わせてしまった事、本当にすまなかった……。それと同時に、心より感謝している……」

「ゆ……雄二?お主……」

「…………お前らしくない」

 

 

 俺が素直に詫びを、そして礼を言った事に秀吉達は戸惑っているようだ……。だが……、これは今の俺にとって偽らざる気持ちだ。

 

 

「……確かに自分でもらしくないとは思う……。だが、不可能とまで言われていた打倒Aクラス……、それがここまで来れたのは、他でもないお前らと、上にいるあの連中の協力があっての事だ……。俺ひとりでは……、とてもここまで来る事は出来なかった……」

 

 

 ……そう、例え俺がどんな事をやっていたとしても……、俺一人では絶対にここまで来れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――俺はあの時、今まで信じていた自分の無力さを知った……。小学五年の時、俺は周囲より『神童』と呼ばれていた……。尤も自分でもその呼び名に恥じない程の学力は持っていたつもりだ。自分の考え方も周りの連中とは違い、何処か冷静に……、言ってしまえば『子供らしくない』思考を持っていたと思う。だから正直、俺は周りの連中や、嫉妬ばかりで努力もしない名ばかりの上級生の事を見下し、蔑んでいた……。周りから一歩飛び出ている自らの知能、学力に自己陶酔していたという事もあるのだろう……。

 

 

(……そんな時だ、あの事件が起きたのは……)

 

 

 ……ある日俺は、いつも自分に絡んでくる上級生相手に報いを受けさせようと、網を張っていた。そしてその目論見通り、きっちりと網には引っ掛かってくれたのだが、思いもよらない事も起こってしまったのだ。……翔子が……、俺と上級生の諍いに巻き込まれてしまった……。そして俺はその現場を目の前にし、恐怖で身動きが出来なくなってしまった……。自分のせいで巻き込まれた翔子をすぐ助けにも行けず……、頼りにしていた知能、学力も全く役にたたずに……、俺は自分の無力さを知った……。

 

 

(さらにはあろうことか、翔子に責任を感じさせちまった……)

 

 

 誇っていた知能は言い訳ばかりで、肝心な時に動けなくなる……。こんなくだらない、惨めで、情けない自分に……『責任』を感じさせてしまった……。

 だから俺は今までの俺を捨てた。今までのように学力に頼っていた考えを廃し、あの時欲しかった力も求めるようになった。……いつしか『悪鬼羅刹』と呼ばれるくらいに……。だが、その力を手に入れても、欲しいものは手に入らなかった……。

 

 

(だから……俺は……、それを手に入れる為に、この学園に入ったんだ……)

 

 

 ――学力重視の文月学園……。そしてその学力に応じた試験召喚獣というものを使い、ランクのクラスを変える為に『試験召喚戦争』を起こす事ができる……。そこでならば、俺の手に入らなかったものが、手に入るかもしれない……。あの時に欲しかった何かを……。

 

 

 ――学力が最低のクラスで、学力が最高のクラスを打ち破る事ができれば……!

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからこそ……ここまで来た以上、絶対にAクラスに勝ちたい……!勝って、世の中を渡っていく為には、勉強すればいいってもんじゃないという現実を、この会場にいる全員に突き付けてやる!」

「そうじゃな。ここまで来たんじゃ」

「…………ああ、頑張れ(グッ)」

「坂本君……、お願いしますっ!」

 

 

 この試召戦争の決意を思い出して、こう宣言すると、他の奴らも賛同してくれたようだ。

 

 

「ああ、絶対に勝ってみせる!……お前らの為にもな……」

 

 

 仲間たちの後押しも受けて、会場に向かおうとした俺に、今まで黙っていた明久が声を掛けてきた。

 

 

「……雄二……」

「……お前から言われた事、俺もわかっているつもりだ……。確かに、俺が『試召戦争』をおこした理由……。おこしたかった理由は……、俺の過去にあった出来事からきているものだって、な……」

「…………そう」

 

 

 明久は真っ直ぐに俺を見ていた。俺もその視線を逸らさず、話を続ける……。

 

 

「……俺はこの試合、全てを出し尽くす。それでも相手は学年主席である、あの翔子だ……。普通に戦ったら勝てないだろう……。だが、この状況を乗り越えれば、俺は何かを掴める気がする……。欲しかった何かを、な。だから俺は勝つ。前に、進むために……!」

 

 

 そう言って俺は明久の肩を叩き、会場に向かおうとすると、最後に明久がこう言ってきた。

 

 

「……雄二、自分を否定するなよ?」

「……なに?」

 

 

 明久の言った言葉の意味が分からずに聞き直すと、

 

 

「……霧島さんと戦っている時、多分いろいろと考える事があると思うけど……、その時に自分を否定したら駄目だ……。今まで、雄二が考えていた事、その理由、そして……、その想いを持って戦ってほしい……」

「……わかるようなわからないような言葉だが……、わかった。覚えておく事にする」

「ありがとう……。それじゃ、後は任せたよ、雄二!」

「ああ、任された!」

 

 

 そして俺は翔子の待つ、試合会場へ向かった。

 

 

 

 

 

「……現在、Aクラス、Fクラスともに、1勝1敗2引き分けとなり、後は最終試合、第5戦を残すだけとなりました!」

 

 

 試合のアナウンスが流れる中、俺は翔子と対峙する。……コイツと正面からこうやって対峙するのは一体いつ以来だろうか……。

 

 

「……雄二。科目は……?」

 

 

 こう言ってくる翔子に俺は答える。

 

 

「『日本史』で勝負だ、翔子」

「……わかった。……高橋先生、お願いします」

 

 

 ……本来の考えでも、俺は『日本史』で勝負を挑む予定だった。相手である翔子の、ある『隙』をつこうという考えだったからだ……。今思えば……、それでもし勝ったとしても、俺の求める『答え』がみつかったかどうか……。そして、敗戦の責任を一身に負っているだろう翔子を見て、俺がどう思うかについても……。

 ……このエキシビジョンではその心配はないが、この試合が終わった時、どうなっているかは正直、俺にもわからない。

 

 

「設定完了……。皆様、大変長らくお待たせ致しました。奇しくも代表同士の戦いになります、この最終戦で勝敗が決定致します。お互いに全力を尽くし、この試合に臨んでください。それでは……、最終試合、Aクラス代表、霧島翔子VSFクラス代表、坂本雄二。教科は『日本史』。――開始してください!!」

「「……試獣召喚(サモン)!」」

 

 

 ……いつも通り、幾何学的な魔法陣が現れた後、お互いの召喚獣が姿を現す。そして、点数が表示された。

 

 

 

【日本史】

Aクラス-霧島 翔子(364点)

VS

Fクラス-坂本 雄二(215点)

 

 

 

「215点か……。まあ、ここ暫く真面目に勉強していなかったからな……。悪足掻きにしてはいい方だな……」

 

 

 それにまた歓声が上がる中、俺は冷静にこの結果を見ていた。Dクラス戦後より、必要になるかもしれないと思って、俺はこの教科だけを勉強し直した。……最初はとりあえずの勉強であったが、考えていた戦術を使わないと決めた後は徹夜で取り組むことにしたのだ。ここ暫く、真面目に勉強をしていなかったせいかなかなか手間取ったが、それにしてはいい点数だと思う。

 

 

「……雄二……」

「……あれから勉強はほとんどしてこなかったからな……。まあそれはいい……」

 

 

 俺は改めて真正面から翔子に向き合い、

 

 

「……本気で来い、翔子。俺も……本気で行く!」

「……わかった。……私も、本気で行くから……!」

 

 

 翔子は自ら持つ業物のように見事な日本刀を、そして俺は召喚獣の装備しているメリケンサックを構えさせる。

 

 

「翔子……行くぞ!!」

「……うん!」

 

 

 その言葉を皮切りに、俺と翔子の一騎打ちが始まった……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【日本史】

Aクラス-霧島 翔子(287点)

VS

Fクラス-坂本 雄二(191点)

 

 

 

 俺は翔子の動きを見て、出来るだけ攻撃を喰らわない様に立ち回っていた。何しろ百点以上の点数差だ。翔子の攻撃を一度でもまともに受けてしまえばそれで勝負は終わってしまう……。正直、明久の召喚獣の動きを目の当たりにしていなければ、絶対に勝てないと諦めてしまっていただろう……。

 そこはあの『模擬試召戦争』での経験が役に立った。俺も秀吉までとはいかなくとも、明久のアドバイスが良かったという事もあり、通常よりはかなり召喚獣の操作性が上がっていたからだ。

 

 

「……ッ!」

 

 

 また俺のメリケンサックが翔子の召喚獣に決まり、点数が修正される。そこまでのダメージではないが、急所はしっかりと守られている為、こうしたダメージの積み重ねで点数を削っていくしかない。

 

 

(……翔子……)

 

 

 俺は目の前の少女を見据える。俺を一途に慕ってくれる少女。そして……、眩しすぎる少女を……。

 

 

(俺は……お前の思っているような……立派な人間じゃないんだ……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――あの日、俺にとって転機ともいえるあの日。俺は、翔子のピンチにすぐさま飛び出す事が出来なかった……。俺のせいで3人の上級生に苛められていた翔子を見つけた時、俺は恐怖で動けなかった。そればかりか……、俺は自分が楽になる方ばかり思考が働き、罪悪感から逃げる事ばかり考えていたのだ……。あの時の俺は、今でも思い出せる……。俺の大嫌いな『自分』を……!

 だから……、俺は翔子の好意に答える事ができない……。あの一件以来、翔子の俺に向ける好意が、さらに明確なものとなってきた気もする……。それが助けてくれた事への感謝が好意に変わったのかは分からないが……。あれは、あの事件は、俺のせいだというのに……。それがわかっていても、すぐ助けに行けなかったのに……!

 ……こんな情けない俺に好意を寄せてくる翔子。どんなに距離を置こうとしても……、どんなに冷たく接しても……。翔子は純粋な目で、ひたすら俺を見つめてくる……。

 それが俺にはひどく、辛く……、そして、眩しかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わかった」

 

 

 そして戦闘中、ふとそんな事を口にする翔子。俺は疑問に思い、聞いてみる。

 

 

「翔子……?一体、何がわかったと……」

「……今までの雄二の行動パターン。そして召喚獣の動き、操作の把握。……だいたいわかった」

 

 

 何をバカな……。そう思った俺の脳裏にふとある事がよぎった……。

 

 

(……待てよ、確か翔子は……!)

 

 

 ……一度覚えた事は、忘れない……。その事実を思い出した俺はその場で戦慄する。その翔子が俺の動きを見て、それを「わかった」という事は……!

 そう思い当った時、翔子の召喚獣が俺に対し反撃の狼煙を上げていた……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……雄二との最終試合がはじまり、私は召喚獣の動きを回避に徹するようにしていた。確かに雄二の召喚獣の操作力は、私を超えている……。優子からも多少は聞いてはいたし、実際に試合を見て観察はしていたものの、実際に動かしてみるのとでは訳が違った。動かそうにも思い通りにはなかなか動いてくれないし、急所に攻撃を受けたら終わりという事もあるので、慎重に様子を窺っていた。そして……、

 

 

 

【日本史】

Aクラス-霧島 翔子(213点)

VS

Fクラス-坂本 雄二(94点)

 

 

 

 ……おおまかな召喚獣の動きや操作時のロス、何処にダメージを受けたらどのくらい点数が減るのか。そしてそれに加え、雄二の動きの特徴、行動パターンを把握する。それを踏まえた上で、私は雄二に対して攻勢に転じていた。

 

 

「クッ……!」

 

 

 ……雄二は今、なんとか致命傷だけは喰らわない様に立ち回ってはいるものの、次第に私の攻撃を避けられなくなっていた。……彼の焦燥が、伝わってくる……。

 

 

(……雄二……)

 

 

 そんな中、私は目の前の彼をそっと見つめる……。小学校からの幼馴染。……私の想いの人……。決定的に想いを自覚したのはあの時……。雄二が、今までの自分を変えるきっかけとなったあの日……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――あの日、私は上級生達が雄二のロッカーで悪戯をしているのを目撃した。……友達が酷いことをされそうになっているのを見て、黙っていられなかった私はそれを止めに入ったものの、上級生は聞き届けず、逆に私が絡まれる事となってしまった……。当時祖父が、私が苛めを受けている事がわかったら、すぐ転校させようと考えていた事を知っていた……。だから折角できた友達と……、雄二と離れたくなかった為、私は苛めや嫌がらせを受ける事を何よりも恐怖していた……。あの時、彼らに苛められるという『事実』は、私にとって何よりも恐ろしいものだった……。

 

 

 

『お、おおおオマエら何やってんだよっっっ!』

 

 

 

 ……上級生達に絡まれていた時、私の友達である雄二が、ただ一人で助けに来てくれた……。

 これが『雄二』でなければ、私はそんなに驚かなかった。あの『雄二』が、ただ『一人』で助けに来たから、私は驚いたのだ。

 ……雄二の事はわかっていたつもりだった。『神童』と呼ばれ、周りの同級生からは距離をおき、基本的に他人には無関心を貫いている……。頭も良く、大人顔負けの判断もでき……、他の同級生と違い、お嬢様であった私を特別扱いしない彼に興味を持った。そして、気が付けば彼に話しかけ、彼も面倒くさそうにしながらも、それに対応するといった毎日を送っていたのだ……。

 そんな『彼』が、たった1人で上級生3人に囲まれている私を助けに来るとは、夢にも思わなかった。

 ……彼は震えていた。それはそうだろう。上級生相手に、それも相手は3人いてこちらは雄二が1人……。喧嘩の経験もなければ、武術の心得もない……。喧嘩になれば、ほぼ100%勝ち目はない……。

 ……私でもわかるのだ。『神童』と呼ばれた彼が、それをわからないはずがない……。誰よりもわかっていた筈だ……。3人を相手に喧嘩し……、自分がどういう未来を辿るのか……。そして、それをわかっていて、彼は私を助けに来たのだ……。

 

 

 ……雄二はあの時、私を庇ってくれた……。普段の自分を押し殺して、転校する事を恐怖している私の為に……。自分を悪者にし、今まで自分が築いてきたものを台無しにしてまで……!

 ――だから私は彼の傍に居たいと思った。彼と一緒に歩いていきたいと願った。……私の為に、弱い自分を奮い立たせ、震え、泣きながらも庇ってくれた、『雄二』とずっと一緒にいたかったから……!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……!くそっ!!」

 

 

 防御のみに集中していた雄二が、一度私から距離をとるように離れる。……私は深追いはせず、日本刀を構え直し雄二を窺った。……大分点数も消耗している。今や私との点数差も4倍に近い程となっていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あの日以来、雄二は『変わった』。いや、それは正確じゃない……。『変わった』ように見せていた……。霜月中学への推薦の話もなくなり、勉強もしなくなって、喧嘩に明け暮れるような毎日を送るようになっていた……。そして、ついた渾名が『悪鬼羅刹』……。

 ……私にはわかっていた……。彼の心の葛藤が……。今までの心の支えだったものが失われ、新たな支えを見つける為にそれを探しているという事を……。雄二が自分自身を許せずに、自分の事が『嫌い』だという事を……。そして……、その嫌いな『自分』を大好きでいる私と、距離をとろうとしている事が……!

 ……入学式の時、雄二の気持ちに、私は一度距離を置くことに決めた……。本当は離れたくなんてなかった……!でも、それが雄二の為になるなら……。雄二が自分を許せるようになるまで……、私はいつまでも待とうと……。

 ……だから、私は我慢した……。我慢して、我慢して、がまんして、がまんして、ガマンシテ……。

 

 

(……こんな事なら、いっそ「お前なんか嫌いだ」と言ってくれた方がまだ苦しくないのに……)

 

 

 ……私も2学年になり、そろそろこの想いを自分の中だけで抑えておく事が出来なくなってきた時、私の想いを認めてくれる人が現れた……。

 

 

 

 

『……だから、僕は雄二に協力する事にしたんだ……。そこにある、アイツの不器用な想いに、応えてあげる為にね……。だから霧島さんには、黙って見届けてあげてほしいんだ……。2人には、幸せになってほしいから……』

 

 

 

 

 ……その言葉に、私はどれだけ救われたかわからない。……雄二が私と距離を置いている理由のひとつ、それは『釣り合わない』という事だ……。私の想いは無視して、それも雄二だけでなく、周り人たちも許さない……。

 ……幾人かに私が告白された時、最初は好きな人がいる事を理由に断っていた。なのに……、

 

 

『霧島さんとあの坂本君とでは、とても釣り合わないよ!』

『坂本って、あの【悪鬼羅刹】って呼ばれた!?』

 

 

 ……そんな酷い理由はない……!周りなんて関係ない!!でも……、私の想いが誰にも認められないというのは想像以上に辛いものだった……。だから……、一人でも認めてくれる人がいるというのが……、こんなにありがたい事だとは思わなかった……。

 ……そして、吉井の協力もあり……、今、雄二は正面から私の前に立っている……。『試召戦争』を通して、ぶつかってきてくれている……!焦燥感にとらわれながらも、自分の持てる、全てをかけて向かってくる雄二と……!

 

 

(……だから雄二。私も全力を尽くす……!そしてその試合の先に、雄二の求める『答え』が見つかるように……)

 

 

 そして願わくば……。自分を嫌いな雄二が、自分を許せない雄二が……、自分自身を許してあげられるよう祈りを込めながら……。

 その確固たる意志を召喚獣に託して、私は雄二の召喚獣に向けて日本刀をかざした……!

 

 

 



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第26話 最終試合 霧島翔子VS坂本雄二(後編)

文章表現、訂正致しました。(2017.12.2)


 

(……駄目だ、このままではッ!!)

 

 

 また翔子からの攻撃をかわしきれずに点数に補正が入る。いまや翔子との点数差は4倍に近い程、差が出来ていた……。

 

 

 

【日本史】

Aクラス-霧島 翔子(197点)

VS

Fクラス-坂本 雄二(53点)

 

 

 

 ……翔子に「わかった」と言われた時より、俺の攻撃はほとんど当たらなくなり、一方的に翔子の召喚獣に削られていく状況となってしまっていた……。翔子に攻撃が当たる時は、カウンター気味に放ったメリケンサックが軽く当たった程度のもので、それ以外では全く攻撃を当てる事が出来ない……。逆に翔子からの日本刀は掠るだけでも点数をかなり削られ、状況、点数ともに追い込められる事となってしまっていた……。

 

 

(……確かにもとより不利な状況ではあったが、何故ここまでやられる!?……どうしてこんな手も足も出ない状態になっているんだ!?)

 

 

 焦燥感に苛まれている事を自覚し、俺は状況を冷静に判断しようと、一度翔子の召喚獣より距離をとる。……幸い、翔子も深追いはしてこないで、冷静に俺の様子を窺っているようだった。正直これ以上やられたら明久でもない限り、逆転できるとは思えない……。むしろ、逆転可能なのかと言われると、全く自信が無い……。

 

 

(……明久、か……)

 

 

 そこに、ここ最近、特に思う事の多い俺の悪友にして親友の事を思い出す……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初に様子がおかしいと思ったのは2学年になり、クラス分けがおこなわれたあの日……。Fクラスに入ってきた時から、どこかいつもと違っていた……。何が違っているかと言われれば、全部が違うと答えられる程だ……。

 

 

 ……俺の知っている明久ならば、こんな真面目で落ち着いた雰囲気を放てるはずがない。

 ……俺の知っている明久ならば、常識的な、説得力のある言葉など言える訳がない。

 ……俺の知っている明久ならば、『バカ』をやらない日が、1日とてある筈がない。

 ……他にも挙げていたらキリがない程、明久は変わってしまっていた……。

 

 

 ……最初は気が触れたんじゃないかと思った。姿かたちだけが明久の別人じゃないかと思った事もある。だが……、全く変わっていなかったものもあった……。

 

 

 

 

『……僕は、君が不幸になりそうだったら、何とかしてそれを阻止しようとするよ……。雄二には……、幸せになってほしいからね……』

『……雄二の言うとおり、他人の僕がこれ以上霧島さんとの事を強く言う事は出来ないけれど……、出来れば向き合ってほしい……。さっきも言ったけど……、雄二と霧島さんなら恥ずかしいと思う事はないよ。……もし笑う奴がいたり、その想いを否定する奴がいたら……、僕はソイツを『本気』で叩き潰す……ッ!』

 

 

 

 

 ……その対象が、俺と、翔子だったという事には驚いている……。しかしながら、これは明久が持っていたものだ……。そして……、俺が欲しくて……、どうしょうもなく手に入れたいと願ったもの……。

 

 ――バカで、何も考えないで、怒るべき時に怒る事ができる。それでいて自分がバカにされても、……どういう状況に置かれていても、自分の意思を貫きとおす。……ただひたすら他人の為に……。

 

 

 ……秀吉やムッツリーニからは聞いていた。いつもと違うが、『明久』は『明久』であると……。所々で明久らしいところもあり、そうなのだろうとは思っていた……。だが俺はあの『言葉』を聞いて、コイツは『明久』であると確信した。

 

 

(……あんな事を言える奴が、出来る奴が何人もいたらたまらねぇ……!)

 

 

 ……同時に、自分の探し求めていた答えが見えてくる……。

 

 

 俺は……、明久が羨ましかった……。自分の信念に対し、純粋に、真剣に、バカみたいに行動できる明久の事が……。

 先程の試合でも何らかの無理をしたのだろう……。骨折しているとしか思えない怪我を負いながらも……、アイツは全力で戦っていた……。

 

 

 ――俺は、どうしたらその思いに答えられる? どうすれば、その『答え』を、欲しかった『モノ』をこの手に掴む事ができる?

 秀吉が、明久が、ムッツリーニがそれぞれ証明したように、俺も証明したい……。俺の欲しかったものを、手に入れたかったもの、この手に掴むために……!

 ……俺に何か残されているものはないのか?付け焼刃とはいえ点数を上げる為に、『神童』と呼ばれた時の何分の一かでも集中力を発揮させて勉強した。最低限の召喚獣の操作も学んだ……。この胸の内にある思いを隠さずに、真正面から翔子との戦いに臨んだ……!これ以上、俺にできる事がはたしてあるのか……?

 

 

 俺には秀吉のように、自分の全てをかけられるような事に取り組んだ事もなければ、ムッツリーニのように1つの事を極限まで極めようとした事もない……。まして、罰則であるハズの観察処分者という立場を利用し、召喚獣の操作技術をあそこまで扱えるようにするなんて考えられもしない……。俺は……、あの出来事から『悪鬼羅刹』と呼ばれるようになる程、無駄な時間を過ごしていたのだ……。

 

 

 

 

『……雄二、自分を否定するなよ?』

 

 

 

 

 そんな時、ふと先程の明久の言葉が頭をよぎる……。

 

 

 

 

『……霧島さんと戦っている時、多分いろいろと考える事があると思うけど……、その時に自分を否定したら駄目だ……。今まで、雄二が考えていた事、その理由、そして……、その想いを持って戦ってほしい……』

 

 

 

 

(……自分を……否定するな、か……)

 

 

 俺は考えてみる。はたして、今まで俺が歩んできた道程、それは本当に無駄な事だったのか、と……。

 

 

(……無駄な時間?本当にそうか?……俺は間違っていたのか?)

 

 

 

 ――俺はあの日、あの時、学力では、『神童』と呼ばれた力では翔子を助ける事が出来なかった。……動けずにいた……。

 

 

『……私、転校なんてしたくない……っ!』

 

 

 ……あの翔子の心からの思いを聞いた瞬間、俺は弾かれた様に動かされたのだ。それは何故か……?決まっている……、翔子の『思い』を聞いていたからだ……。ここから離れたくないという思い。……自分が苛められそうなのに、酷い事をされそうなのにも関わらず……。そして、その言葉の中にある、俺への『想い』も……。

 ……翔子は強い。……咄嗟の時に、自分の身よりも、その心を貫き通せる程に……。それに比べて……俺は弱い……。震えて動けない、情けなく弱い自分が嫌だった。強くなりてぇと思った……!あの強い翔子に負けないくらい、強い自分になりたかった。そして……、強い自分になって…………!

 

 

(……なんだ……、そういう事かよ……)

 

 

 その思いに至った時、俺はようやくわかった気がした。……何の事はない、最初から答えは目の前にあったのだ。……ただ気付こうとしなかった、気付きたくなかっただけで……。

 今まで励んでいた勉強から距離をとり、身体を鍛え、苦手だった喧嘩をしてみたりした。……それは何故か……?

 ……あの時の思いを繰り返したくなかったからだ。もし次に同じような事がおこった時、今度はすぐに助けに行けるように……。

 

 同時に翔子から距離をとったのは、弱い自分が許せず、もしそれで翔子が離れるならば、翔子の為にもその方が良いと、俺は思っていたからだ……。こんな弱い自分と一緒にいる事が、翔子にとって良い筈がねぇ。ましてや『悪鬼羅刹』とまで呼ばれるようになった俺と一緒にいる事など……。

 

 だが、翔子は離れて行かなかった。俺が無視しても、どんなに遠ざけようとしても、アイツは決して離れようとはしなかった……。そして……、今もアイツはその想いをぶつけてきている……。こんな……俺の為に……!

 

 だったら、俺も応えよう……。今こそ、その『答え』をしめす時だっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、俺は覚悟が決まった。そして現状を冷静に分析する。……翔子との点数差は今や約4倍。普通に戦っていたら勝てない……。だから、俺は今までの、『悪鬼羅刹』と呼ばれていた時に培った経験を活かす事にした。

 

 

「……!?ゆ……雄二……?」

 

 

 翔子の戸惑ったような声が聞こえる。……俺は召喚獣にメリケンサックを外させ、それを地面に投げ捨てさせた。そして召喚獣を出来るだけ自然体にさせる。覇気や殺気といったモノを消し去り、ただ翔子の召喚獣に相対させた。

 

 

「……ッ!」

「……いくら俺の動きを読めるといっても、これは流石に読めないだろう?翔子……」

 

 

 ……俺は基本的に自分から喧嘩を売った事は殆どない。……従って相手から仕掛けてきたのに合わせて手を出す、というのが俺のスタイルだった。だいたい因縁をつけてくる連中はたいした奴はいない……。普通に相手すればすぐに終わる奴ばっかりだったが、中には手強い奴もいる。……そんな時に俺がとる戦法、それがこれだ。

 ――相手の攻撃に防御する事を考えずに、あえて攻撃を受ける事でその隙を見つけ出す。そしてそこへ己の全てを込めたカウンターを決めるという捨て身の戦法……。

 ……ただ相手の攻撃を無防備な身体に受ける為に、その威力を受け流せる体制にする必要がある。だから俺は武器を外し、殺気やらを抑え、ひたすら冷静に相手を見据え、自然体を意識する。

 ……翔子にもわかったようだ。……カウンターは相手の攻撃が大きければ大きいほど、こちらが有利になる。今や4倍近くも点数差が開き、元々の攻撃威力も高い翔子からしてみれば、これ程恐ろしい戦法はない……。

 翔子は武器を構えたまま、動けない。当然、俺も動かない……。その緊張感が伝わったのか、会場中が静寂に支配される。そんな中、不意に翔子と目があった。不安そうな、それでいて何かを探るような瞳……。

 

 

(……随分と心配させちまったようだな……。だが……もう大丈夫だ、翔子……)

 

 

「!……わかった、雄二……!」

 

 

 翔子は俺の表情から何かを読み取ったのか、静かに召喚獣を構え直した。そして、ゆっくりと俺の召喚獣との距離を測る……。おそらく、小細工なしで……、必殺の一撃を放つために……。俺もその一撃を受ける覚悟を固め、それでいてその攻撃を受け流せるように、自分が召喚獣であるかのように全神経を集中し、翔子を窺った。

 ジリジリとした緊張感に包まれた空気に、会場で息を呑む音が聞こえる中、ついに翔子が動きを見せる。地を蹴り、高速で迫りながら、俺に袈裟切りを仕掛けようとしていた。俺は捨て身の覚悟を持って、翔子の攻撃を受け流そうとそれに合わせる。やがて召喚獣に日本刀が振り下ろされ、俺はその瞬間、翔子にできた隙を見つけ、そこへ右拳を突き出させた……!

 

 

 

【日本史】

Aクラス-霧島 翔子(0点)

VS

Fクラス-坂本 雄二(7点)

 

 

 

 ……俺の召喚獣は翔子の日本刀で大きく傷付けられたものの、急所だけは上手く受け流す事ができたようで、僅かに点数が残っていたようだ。そして……、翔子の召喚獣には俺の突き出した拳が、心臓部へと突き刺さり、点数は「0」と表示され消滅していった……。

 

 

「勝負ありましたっ!最終試合、Aクラス代表、霧島翔子VSFクラス代表、坂本雄二。勝者、Fクラス、坂本雄二!!――これにより2年AクラスVS2年Fクラスのエキシビジョンゲームは、2勝1敗2引き分けにてFクラスの勝利となります!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 興奮鳴りやまぬ会場、万雷の拍手喝采の中で、俺は翔子の傍へと足を進めた。

 

 

「……雄二……」

「……ずいぶん待たせたな、翔子……。俺はもう……大丈夫だ……」

 

 

 その言葉に反応する翔子を見ながら、俺は続ける……。

 

 

「……俺は大丈夫だ……。お前が全力で向かってきてくれたおかげで、俺はようやく気付く事ができた……。あの時わかった自分の弱さ……。それを克服する為に、俺はずっと探し続けていた……。信じられなくなった自分を、認める事ができるものを……。その『答え』を……」

 

 

 ……この試合を通して、俺にそれを見つけてもらいたいという翔子の想いは伝わってきた……。召喚獣に込められた一撃、一撃に想いが込められていた……。だから、俺は見つけられたんだ。その『答え』を……。

 

 

「そして……、俺は『答え』を見つける事ができた……。俺が一番手に入れたかったものは、この手に掴みたかったものは何かという『答え』を、な。……今まで心配かけさせて悪かったな、翔子……」

「……雄二ッ!」

 

 

 その言葉に、涙ながらに俺に飛びつく翔子。俺はそれを抱き留めながら、翔子に訊ねる……。

 

 

「……本当に俺でいいのか?……後で、後悔することはないのか……?」

「……うんっ、……私には……っ、雄二しかいないっ……!」

 

 

 俺の胸板に顔を埋めながら涙交じりに絞り出した翔子のその言葉を聞き、俺は静かに彼女を抱き締める……。胸の中で泣きじゃくる翔子を大切に、傷つけてしまわない様に、俺はただ優しく撫で続けた……。

 

 

 

 

 



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第27話 試合が終わって……

問題(生物)
以下の問いに答えなさい
「人が生きていく上で必要となる5大栄養素を全て答えなさい」


姫路瑞希の答え
「1.脂肪 2.炭水化物 3.タンパク質 4.ビタミン 5.ミネラル」

教師のコメント
流石は姫路さんですね。正解です。


吉井明久の答え
「呪われた腕輪がある限り、僕は生きていけます……強制的に……」

教師のコメント
……それは君だけのルールです。


土屋康太の答え
「初潮年齢が十歳未満の時は早発月経という。また十五歳になっても初潮がない……(省略)……」

教師のコメント
保健体育のテストは先程終わりました。土屋君は後で補習室に行くように。



「よかった……本当に……!」

 

 

 ……雄二も素直になってくれたようだ……。会場での二人を見ながら、僕はかつて『彼』と交わした約束を思い出す……。

 

 

 

 

『…………翔子の事、頼む……』

『お前はお前らしくしてればいい……。ただ、もし気にかけてくれるなら……ウジウジしている俺を引っぱたいてくれ。……今の翔子みたいにさせないように……』

 

 

 

 

 ……あの時の雄二は……、本当に後悔していた……。あんな思いはもう、してほしくなかった……。さて……、こうしてはいられない……。僕はFクラスの方に視線を向けると、予想通りドス黒いオーラを抱えながら黒装束に着替えようとしているFクラスのクラスメイト達が目に映る……。

 

 

「……ちょっと、君達。……一体何やってるのさ……?」

『知れた事……。あの第一級異端者に死の鉄槌を……!』

『そうだ!血祭りにあげてやる!!』

『あんな屑の幸せなど許すか――!!』

『『『異端者に死をっ!!』』』

 

 

 ……さすがFFF団。……相変わらずの嫉妬深さだ……。

 

 

「……でも、そんな事している暇があるなら……、準備した方がいいんじゃない?」

『一体何の準備だと……っ!』

「考えてもみなよ……。僕達は今、Aクラスとの試合に勝った……。その時の条件を忘れたの?」

『勝った時の条件……だと?』

「Aクラス入りのチャンスを与えられるんだよ。……君達全員に」

『そ、そうだった!!』

「それでいいんですよね?学園長……?」

 

 

 僕は学園長の方に目を向けると、そう尋ねてみる。

 

 

「まあ、勝ったんだから……、そうなるさね。……Fクラスの生徒で、再振分試験を受けたい奴は視聴覚室の方へ行きな……」

「ほら、そういう訳だからさ……。Aクラスに入れれば、別に羨ましがる必要もないんじゃない……?」

 

 

 お前らでは天地がひっくり返っても無理だけど。

 

 

『確かに!こうしてはおれん!すぐ準備しなくては!!』

『俺達はAクラスに勝ったんだ!!……という事は……、俺もAクラス並の実力があるという事!!』

『待ってろよ!Aクラスの女子!!』

『待て!俺が先だ!!』

 

 

 そうして我先にと視聴覚室の方へ向かって行った……。コイツらの、その行動力だけは本当に侮れない……。

 

 

(……Aクラスに勝ったからって、Aクラス並の学力がいきなり身に付くわけないじゃないか……)

 

 

 まあ、五月蠅い奴らがいなくなってくれたので良しとしておく。

 

 

「……すまないな、明久……」

 

 

 今のやり取りを見ていた雄二が、試合会場より戻ってきた。

 

 

「別にいいよ。それより雄二……、吹っ切れたんだね」

「…………まあな」

 

 

 顔を逸らす雄二。おそらく恥ずかしいんだろう……。そして、姫路さんが僕に話しかけようとしている気配を察知し、彼女へと視線を移す。……恐らくは先程の件の事に違いない……。

 

 

「よ、吉井君……」

「姫路さん。君も再振分試験を受けた方が良い……。君なら絶対にAクラスになれる筈だ……」

「……で、でも……!」

 

 

 まだ迷っているような姫路さんを諭すように僕は言う。

 

 

「……姫路さん。利光君が言った意味は……、わかっているよね……?」

「…………はい……」

「……君は本来、Fクラスにいるべき人じゃない。振分試験の時に体調を崩し、Fクラスになってしまったのは仕方ない事なのかもしれないけど……。でも、こうして僕達は再振分試験のチャンスを貰ったんだ。それを活かさなかったら……、再振分試験をしてもらう意味も無くなってしまうでしょう?」

「!……やっぱり、吉井君達は……!」

「……今回の提案はその為のものだったんだよ……。僕や雄二たちは別に設備に拘っていたわけではないからね。でも、Fクラスの設備は姫路さんの身体にはツラいでしょう……?それに……」

 

 

 そこで一旦言葉をきり、

 

 

「……姫路さんのお父さんやお母さんも……、君がFクラスの設備で勉強している事を満足しているの?」

「!……そ、それは……」

「……悪い事は言わない。利光君の言うとおり、君はAクラスに行くべきだよ……。大丈夫。教室が変わるだけさ。別に今までと何かが変わるわけじゃない……」

「その通りさ」

 

 

 その声と共に、久保君を筆頭にAクラスのメンバーもやってきた。

 

 

「明久君の言うとおり、教室が変わるだけよ。Aクラスに来たければいつでも来てって明久君達にも伝えているしね」

「そもそも、姫路さんがFクラスという事がイレギュラーなんですから……」

「……姫路は努力している。貴女がAクラスになるのは私も含め、皆歓迎する」

「皆さん……」

 

 

 今回の再振分試験では代わりに誰かがBクラスに落ちるといった事もない。ただそのかわり、仮に誰かがEクラス並みの成績をとれたとしても、Eクラスに行けるという訳でもない。……あくまで『Aクラス』に入れるチャンスが与えられるだけだ。

 

 

「……実は、私達が勝ったとしても、同じ事をお願いするつもりだったのよ……。これだけの勝負をしたFクラスの人達に、もう一度振分試験のチャンスを与えて欲しいってね……。まぁ、負けてしまった訳だけど……」

「そう……。だから、再振分試験を受けよう、姫路さん……。君ならば絶対Aクラスになれる」

「…………わかりました。私、再振分試験を受けます……」

 

 

 利光君の言葉に、再振分試験を受けると決める姫路さん。そこに、

 

 

「そうと決まれば……、代表、ちょっと姫路さんについていきますね~。行こ、姫路さん♪」

「え?あ、はい……」

 

 

 そして、工藤さんが姫路さんと一緒に会場を出て行った。

 

 

「やれやれ……、では先に向かったバカ共も含めて、テストの準備をせんといかんな……」

「西村先生、それなら私が……」

「高橋先生、貴女はまだこのエキシビジョンゲームの後片付け等もあるでしょう……。私が行ってきますよ……。吉井、お前も無茶するなよ」

 

 

 そう言って西村先生も後に続いて会場を後にする。

 

 

「利光君、ありがとう……」

「なに、お礼を言われることをした覚えはないよ。それより明久君はこうなる事を……?」

「……そうだね。まさか優子さん達がそう言ってくるなんて思わなかったけれど……、もしAクラスとの試合に負けていても、一人だけでいいから再試験を受けさせてもらえるよう頼むつもりだったんだ……。駄目と言われたとしても、学園長に認めさせるよう交渉してでも、ね……。身体の弱い姫路さんを、これ以上Fクラスに居させるわけにはいかなかったから……」

「そうか……」

 

 

 それに……、いろいろな意味で、姫路さんをFクラスに染まらせるわけにはいかないから……。会場を見渡すと、先生方に促されながら少しずつ他の生徒たちも興奮冷めやらぬ様子で教室へと戻っていく姿も見える……。

 

 

「じゃあ、僕らも戻ろう」

「うん、そうだね……」

 

 

(とりあえず戻って、その後で雄二達に話さないといけないからな……)

 

 

 今後の予定を考えながら、僕も皆と一緒に行こうとしたその時、

 

 

「!?グッ……!」

 

 

 骨折している左腕に激痛が走る。……誰かが左腕を掴み、そのまま関節技をかけているのがわかった……。

 

 

 

「吉井~!アンタ、よくもウチの事をハブってくれたわね~!!昨日までに何度もウチを補習室送りにしてくれてっ!覚悟は出来てるのかしら……っ!!」

 

 

 クッ……、油断……した……!島田さんは折れている左腕にさらに関節技をかけていく……!

 

 ミシミシ……ギリッ

 

 

「ぐぅ……っ!!ッ~~!!」

 

 

 骨折の痛みに続き、関節でも苦しめられるこの状況。さらには島田さんに触れられている事自体がトラウマとなっている為、上手く痛みを逃がす事も出来ずそのまま苦しむ事となる……。

 

 

「そうね~、ウチも鬼じゃないからこの後、駅前の『ラ・ペディス』でクレープ奢ってくれるなら、許してあげてもいいわよ?」

 

 

 ……空気の読めない島田さんは僕の苦痛も知らずにこんな事を言っている……!ま、まずい……。余りの激痛に……意識が、ぼやけてくる……。

 

 

 ―――パシンッ……!

 

 

 乾いた音が鳴り響くと同時に、僕は島田さんより解放された……。

 

 

「明久ッ!!大丈夫かの!?」

「ひで……よし……?」

「そうじゃ!意識をしっかり持つのじゃ!!」

 

 

 ふと島田さんの方を見てみると、そこには優子さんが立っていた。手を振りぬいているところを見ると、さっきの音は優子さんが島田さんを叩いた音みたいだった……。

 

 

「ちょ、ちょっと、木下!何するのよっ!?」

「……それはこっちの台詞よ……。島田さん……貴女こそ、一体何してるのかしら……?」

「何って決まってるでしょ!?吉井にお仕置きしてたのよ!!」

「……ごめんなさい?……貴女の言っている意味が『まったく』わからないんだけど?……アタシはね、アンタがどうして明久君に暴力を振るってるのかって聞いてんのよっ!!」

「!?」

 

 

 優子さんのあまりの剣幕に島田さんが押し黙る。

 

 

「……島田。お前、一体何をしてるんだ……?」

 

 

 そこに雄二達もやってきて島田さんを問いただした。

 

 

「さ、坂本!ウチはただ吉井にお仕置きを……!」

「……すまない。僕には彼女の言っている意味がさっぱり理解できないんだが……」

「……悪いが、俺にもわからない……」

「…………同感」

 

 

 気が付くと他のメンバーも戻ってきたようだ……。それにしても危なかった……。まあ、今回は『腕輪』も反応してなかったようだし、『繰り返し』の心配は無いと思うけど……。

 

 

「……島田さん、あなた、しばらく明久君に近寄らないで貰える……?」

「!?な、何言ってるのよ、木下!?一体何の権限があって……!」

「……それはワシも賛成じゃの。……まさか骨折している腕を、さらに痛めつける者がおろうとは思わんかった……」

 

 

 ……やっぱり、秀吉達にもバレていたのか……。僕が、骨折しているであろう事は……。僕に付いていた秀吉も島田さんへ向き直り、優子さんを援護する。

 

 

「木下も何を言って……、骨折?」

「……貴女は一体、明久君の何を見ていたの?先程の試合から今までずっと左腕を抑えていたじゃない……!骨折してるとは知らなくても、痛そうに庇っている腕に関節技をかけるなんて、一体何を考えてるのよ!!」

「そ……そんな事……。ウチだって……吉井には……」

 

 

 しどろもどろになりながらも、まだ言い訳を続けようとする島田さんに対し、

 

 

「……もういい……。高橋先生、島田さんに召喚獣勝負を申し込みたいのですけど……」

「ハァ!?木下、アンタ何を……」

「……わかりました、承認します。『古典』は先程の試合で『0点』となってますので、『数学』でよろしいですか?」

「かまいません」

 

 

 ……事情を聴いていた高橋先生が召喚獣勝負を承認する。状況を理解できない島田さんを余所に、話が進められていく……。

 

 

 

【数学】

Aクラス-木下 優子(376点)

 

 

 

「島田さん、早く召喚しなさいよ……!」

「そ……そんな……、ウチが勝てるわけ……」

「……島田さん、召喚しないなら敵前逃亡で失格になりますよ……?」

 

 

 成り行きを見守っていた佐藤さんがそう言うと、島田さんが慌てて自分の召喚獣を呼び出す。

 

 

「サ……試獣召喚(サモン)!」

 

 

 

Fクラス-島田 美波(182点)

 

 

 

 そして、島田さんが召喚獣を呼び出したところで……、すぐさま優子さんの召喚獣が距離を詰め……、

 

 

 

【数学】

Aクラス-木下 優子(376点)

VS

Fクラス-島田 美波(0点)

 

 

 

 結局何も出来ないまま、優子さんの召喚獣は島田さんの召喚獣をランスで一突きにし、一撃で戦死させた。

 

 

「……島田、こんな時にお前は一体何をやっとるんだ……。まあいい、戦死者は補習だ」

「ちょっ……!?何で……何でウチがこんな目にあうのよー!!」

 

 

 視聴覚室から戦死者を運ぶ為に、わざわざやってきた西村先生が島田さんを連れて再び出て行った。そして召喚獣勝負を終えた優子さんが心配げな表情で戻ってくる。

 

 

「明久君……大丈夫なの……?」

「……うん、一瞬意識を持って行かれそうになったけど、なんとか……。それよりも……バレてたみたいだね……?」

「……当たり前よ……。注意深く見てなくても、その庇い方で普通はわかるわよ……」

「……むしろわからんかった島田がおかしいと思うのじゃ……」

「……最初アイツは明久に好意があると思っていたが……、一体何を考えているのやら……」

 

 

 ……島田さんが好意?……雄二、それはないよ……。もし、好意があるのなら……、あんな事はしない……。必死に懇願する僕に向かって……、とどめを刺すような真似を……、するはずがない……。

 

 

「よお、明久。やったようだな!」

 

 

 少し過去の回想をしていた僕に話しかける声がする。振り返ると、勇人や他にも何人かがやって来ていた。

 

 

 

 




文章表現、訂正致しました。(2017.12.3)


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第28話 懇願 (番外2)

問題(日本史)
(   )に正しい年号を書きなさい
「(  )年 キリスト教伝来」


霧島翔子、姫路瑞希の答え
「1549年」

教師のコメント
正解。特に問題ありませんね。


吉井明久の答え
「以後よく(1549年)伝わるキリスト教」

教師のコメント
語呂の覚え方もバッチシですね。2学年になってからの吉井君の日本史の成績は本当に目を見張るものがありますね。


坂本雄二の答え
「雪の降り積もる中、寒さに震える君の手を握った……中で苺をよく(1549年)食った」

教師のコメント
ロマンチックな表現を強引に変えましたね……。途中で間違いに気付いたんでしょうが、その覚え方はやめた方がいいと思います。


土屋康太の答え
「去年」

教師のコメント
……もっと前から伝わっています。


「よお、明久。やったようだな!」

「勇人……。うん、ありがとう!」

 

 

 彼奴は……、高橋、じゃったかの。そして……。

 

 

「……おめでとう御座います……、と言ってよろしいのでしょうか……?Aクラスの方々もいらっしゃるので失礼かもしれませんが……」

 

 

 Cクラス代表の小山と一緒におった……確か、神崎といったかの……?

 

 

「いや、かまわないよ。僕達も全力でやった結果だしね」

「それで負けたのだから仕方がありません……」

 

 

 利光と佐藤がそれに続く……。事実、他のAクラスのメンバーは誰一人霧島達を責める者はおらんかった。

 

 

(……尤も、負けたからといって特別なリスクがあった訳ではないがの……)

 

 

 そして、さらにDクラスの代表である平賀も降りてきたようじゃった。

 

 

「おめでとう、坂本君達。まさか本当にAクラスを倒してしまうとは思わなかったよ」

「平賀か。……確かAクラスに勝つ事も夢ではないと言っていなかったか?」

 

 

 雄二の言葉に、平賀は、

 

 

「確かにそう言ったけどね……。実際見てみてここまでの点数差を相手に勝てるとは思えなかったからさ……」

 

 

 …………まあワシも正直Aクラスと戦って勝ったという実感が湧かないのじゃがのう……。

 

 

「さて、明久。これからどうするんだ?」

 

 

 そこへ雄二が明久へと声を掛ける。

 

 

「どうするって……、昨日話した通り学園長室に行く」

 

 

 明久の言葉に、ワシと姉上が反対する。

 

 

「何言ってるの!?まず病院でしょ!?」

「そうじゃ、明久!話はいつでも……」

 

 

 ワシがそこまで話そうとすると、明久が遮った。

 

 

「……秀吉、この話は僕にとってもすごく大事な話なんだ……。『今日が駄目なら明日……』くらいの考えなら話さない方がいいし、それに……聞かない方がいいと思う」

「……すまなかったのじゃ、明久……」

「……秀吉、明久君の話って何なの……?」

 

 

 明久に真剣な顔で窘められ、軽率だったと感じて謝罪すると、姉上が怪訝に思い、ワシに尋ねてくる。

 

 

「……すまんのじゃ、姉上……。ワシの口からは、なんとも……」

「……明久君……?」

 

 

 ……正直、ワシも明久がどんな話をしようとしているかはわからないのじゃし、先程の様子ともなると生半可な話ではなさそうじゃ……。そして、明久の秘密……ともなるとワシの口からどうこう言えるモノでもない……。姉上もそれがわかったのか、明久に直接聞くことにしたようじゃった。

 姉上に「教えて……」と問いかけるような視線を受け、明久も口を開く……。

 

 

「……このあと雄二にムッツリーニ、秀吉にね……、僕の事を話すって約束していたんだ……。学園長室で、ね……」

「学園長室……!?いったい何を……!」

「……僕の、『秘密』さ……。昨日、学園長と西村先生には伝えてきたんだけどね……」

 

 

 明久の……、秘密……。西村教諭は……、既に知っておるのか……。

 

 

「……明久君の……秘密……?」

「…………去年までの僕を知っている人なら皆、何かしらの『違和感』を感じたんじゃないかな……?だから、特に違和感を感じているであろう雄二達には話しておこうって思ってね……」

 

 

 そう言うと……、明久の雰囲気が変わる……。とても、とても重い雰囲気……。演劇に励むワシでも……、今の明久を演じる事は出来んじゃろう……。周りもその雰囲気に、誰も口を挟めなくなる……。

 

 

「……でも、確かに病院には行かないとね……。それなら早く話を終わらせようか……」

 

 

 明久は雰囲気を戻し、ワシらに行こうと促す。それに続こうとワシらも出て行こうとした時、

 

 

 

「待って……。明久君、その話……、私達も聞いたら、ダメかしら……?」

 

 

 姉上がその率直な言葉で、明久を引き止めておった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……吉井には私たちの為に助けてもらった。できれば……私も聞きたい……」

「そうだね……。どうやら真面目な話らしいし……、出来れば僕も聞きたいんだが……」

 

 

 優子さんの言葉を皮切りに、利光君や霧島さんまでこう言ってくる……。だから、言っておかないといけない……。

 

 

「……やめておいた方がいいよ……。正直なところ、雄二達に話すのも、気が引けるんだ……。だけど、雄二達には親友として、話さない訳にはいかないし……。それに、一度聞いたら、多分引き返せないよ……?『聞かない方が良かった』という言葉は、この為にあるものと、僕は思ってるくらいだから……」

 

 

 その言葉とともに雄二達にも注意を促しておく……。この話は一度聞いたら絶対に巻き込まれてしまう……。今回こそ……、『繰り返す』状況にピリオドを打てればいい……。だが出来なければ……、お互いに辛い思いをする事になる……。深く関われば、関わるほどに……、『別れ』が辛くなるから……。

 

 

「……それでも、それでも私は聞きたいの……!お願い、聞かせて……、明久君……!」

 

 

 優子さんが真剣な目で僕に訴える……。…利光君や霧島さんも同じようだ……。そして……、

 

 

「……俺も聞いていいか?明久……」

 

 

 勇人も声を掛けてくる……。

 

 

「勇人……?」

「……俺もお前について不思議に思っていた事がある……。後悔はしないよう努力しよう……。だから、聞かせてくれ……」

 

 

 勇人もか……。彼とも『以前』に別れを経験した事がある……。彼らにも色々と……『お世話』になったから……。

 

 

「……私はやめておきましょう……。とりあえず勇人が聞くというのなら……、今はそれで引き下がります。普通の話ではないようですしね……」

「そうだね……、どうやら生半可に聞いてはいけない話のようだ……。僕も遠慮しておくよ……」

「私も正直そこまでの覚悟はないと思うので……、聞かないでおきます……」

 

 

 神崎さんに平賀君、佐藤さんは引き下がってくれたようだ……。それでも雄二達の他に、優子さん、利光君、霧島さん、それに勇人は聞きたいのか……。『今まで』においてもこんなにたくさんの友人達に一回で話した事はない……。これが今後どう響いてくるかはわからないけど……。

 

 

 

「……わかった……。ただ……、覚悟はしておいてね……?じゃあ、行こう……」

 

 

 考えてもはじまらない。こうなったらなるようになる……。そう思う事にし、僕達は高橋先生とともに学園長室に向かった……。

 

 

 

 

 




とある時の明久の体験(2)



 ―――文月学園屋上にて。

 僕は一人、屋上のフェンス部分に腕を置きながらただじっと佇んでいた……。その右腕から除く腕輪は紅く輝いている……。
 僕の『行動』の度に、腕輪の輝く間隔が短くなっていたから、気にはなっていた……。だから今回は特に腕輪が輝いていた時の傾向を、ある程度検討をつける事ができた……。あの『2人』のおかげだろう……。


「それにしても……、本当に厄介な腕輪だよ……」


 もう正直、何回『繰り返し』たかは数えていない……。数十回『繰り返し』た時点で、もう数える事はやめた……。その中で気が狂った事もあったが、なんとかこうして今、乗り越えようと努力はしている……。
 ……ただ、今回は残念ながら『繰り返し』てしまうようだ……。あと数分、といったところだろうか……。お世話になった2人、そして先生たちには既にメールで伝えておいた……。会ったら、辛くなってしまうから……。だけど、そんな僕の思いも空しく……、


「「明久ッ!!」」


 ……ほとんど同じタイミングで屋上にやってくる……。さすがは『双子』、というところだろうか……。


「……来ちゃったんだね……。秀吉、優子さん……」


 僕は2人に振り返る……。また、『別れ』を経験することになる……。


「明久っ!これは一体どういう事じゃ!?お主の話では、『期限』はまだ先の筈じゃろう!?」
「それなのに、このメールは……!?そ、その腕輪……!」


 秀吉と優子さんが問い詰めてくる……。そして……、優子さんは僕の腕輪に気付いたようだ……。


「……限界が来たみたいだ……。恐らく、『期限』と……、『自己防衛』以外の条件だと思う……」
「…………この前、話していた……、もう1つの……?」
「……多分ね……。今回、僕は秀吉や優子さんのフォローのおかげで『自己防衛』の方は問題なかった……。ただ……、僕は自分を『抑えて』しまっていた……」


 僕はそこで言葉をきり、


「……そして、自分を『抑えて』いた時、腕輪が反応していた……。どうもこの腕輪は……、自分を抑えたらいけないんだと思う……」


 ――この前、葉月ちゃんがらみの事で困っている島田さんがいて……、だけど……、彼女から距離を置いていた僕らはそれを見ないふりをする事にしていた……。




『……行くわよ、明久、秀吉』
『ちょっ……優子さん!?』
『……あ、姉上……』
『明久がそんな事する必要なんてないじゃない!!島田さんの自業自得でしょ!?』
『まあ、普段の態度が態度じゃからのう……』
『……うん、確かに、ね……!?(腕輪が……、反応してる……!?それも……かなり……!)』




 あの時の腕輪の輝きが、ピークだったのだろう……。結果、その輝きが止まらなくなり……、現在に至るという訳だ……。今までもこんな事があった。だから今回、もう1つの条件が正確に分かった。

 ――この腕輪は……、僕の『行動』によって発動する……。僕が……、『僕』らしからぬ行動をとった時に『腕輪』が紅く光り出す……。そして、だんだん腕輪の輝く間隔が短くなっていき……。それが限界を超えると……、自動的に『繰り返す』ようだ……。


「そ、そんな……ことって……!」
「……あのメールは……、嘘じゃ……ないと……いうことか、の……?」


 2人からの質問にゆっくりと頷き、僕は腕輪を見る……。


「……本当は、会うつもりはなかった……。まさか間に合うとは……、思わなかったけどね……。本当に、いつも思うよ……。『繰り返し』てて、一番辛い時は……『別れ』の時だって……!」


 僕は話している途中で空を仰ぎ見る。……涙が零れそうになった為だ……。2人もどこか啜り泣いているような気配がする……。


「……明久は、また戻るのかの……。あの『時』に……」
「……そうだね……、またやり直しだよ……。折角、今回は優子さんとも仲良くなれたのにな……」
「…………そうよね。戻った際は……、また元に戻ってるわよね……。アタシは……、そんなに明久と……仲良く、なかったし……」


 そんな他愛のない話を、涙ながらにしながら最後の時を過ごす……。もうお互いにわかっている……。他に、どうしょうもないという事が……。


「……ねえ、明久が『いなく』なったら、ここでの明久は……どうなるの……?」


 ……優子さんの質問に、僕は答える事ができない……。『僕』が繰り返す時、自分の意識と経験、召喚獣を引き継いで向こうへ戻る……。戻る前の世界がどうなるか……。僕は知らない……。身体は残り、僕じゃない別の『吉井明久』の意識が宿るのか、それとも、すっかり僕自身が『失踪』という形になってしまうのか。……はたまた、最初から『いなかった事』にされるのか……。


「……嫌じゃ……、明久と……離れるのは……、嫌じゃ!!」


 耐えきれなくなり、秀吉が僕に飛びついてくる……。そして、優子さんも……。


「……大丈夫だよ……。いつか……いつかきっと、なんとかなるよ……」
「……いつかって……いつよ……!」
「そんなの……僕だってわからないよ……!でも、いつか、いつの日か……。僕がこの『繰り返し』を乗り越えたら……、何とかなるかもしれない……」
「……そんなの……わからないじゃない……!」
「嫌じゃあ!明久がいなくなるのは、嫌じゃあ!!」


 ……もうそろそろ限界だ……。このまま、別れたくはない……!僕は涙を堪え、2人の肩を掴み、少し引き離すと、笑顔を作り、そしてこう言った。


「2人とも、『約束』するから。いつか、いつの日か、僕は絶対乗り越えてみせる!そしたら、なんとかする……。やり方も、どうしたらいいかもわからないけど、絶対なんとかしてみせるから……!この『世界』だけじゃない……!今まで、別れてきた世界の人達にも……!だから、待っていて……!僕が……なんとかするのを!乗り越えるのを!!……だから、お願い……!最後は……最後は笑って……?笑って僕を……送り出してくれないかな……?」


僕 の話を受け、お願いをきこうと、2人は泣きながら笑う……!


「明久っ……!わかったのじゃ!ワシは……その言葉を信じて……お主が乗り越え、何とかしてくれるのを……待っておる!いつまでも……待っておるぞ!!」
「……それまで、この世界で、貴方が何とかしてくれるのを待ってるわ……。だから……、いってらっしゃい、明久……!」


 秀吉と優子さんが僕からゆっくりと離れる……。その瞬間、僕を激しい光が包む……!


「うん、約束だよ!どんな事をしても、何とかしてみせる……!絶対に、僕はあきらめないから……!じゃあ、行ってくるね……!!」


 それが最後の言葉となり、僕はこの世界から消えた……。


 その『約束』は……、まだ達成されていない……。




とある時の明久の体験(2) 終


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第29話 共有する想い

文章表現、訂正致しました。(2017.12.4)


 

 

(…………まさか、こんな話になるとはな)

 

 

 ――現在、学園長室にて。

 ここには学園長以下、高橋教諭に加え、AクラスとFクラスのエキシビジョンゲームに臨んだだいたいの試合メンバーが集まっている……。

 

 ……明久のあまりに突拍子の無い話に、皆声をかける者はいない……。いや、声をかける事が出来ないでいる……。

 ……普通ならばこんな話、信じられないだろう……。俺が知っていた、今までの明久がこんな話をしたら……、まず間違いなく信じてはいなかった。

 ……現在の明久を知らなければ……。明久の『今』の雰囲気を知らなければ……。

 

 

 

 

 ――去年までの明久達、特に明久には、正直にコメントすると最悪な印象しかなかった。『観察処分者』……。今まで文月学園において、その称号を手にする者がいなかったという最低最悪の称号……。まさしく『学園の恥』という言葉に相応しく、去年は俺が知る限りでも次々と問題を起こしてくれていた……。

 入学式からの騒ぎに加え、教室は滅茶苦茶にする、自転車等の私物を無断使用する、職員室に忍び込み没収品を回収する……。挙句の果て先生の私物まで盗み、それを売り払ったとまで聞いた……。さらには、それだけの事をしているというのにも関わらず、反省しているといった気配すらもない……。授業も甚だ見当違いな回答を繰り返し、観察処分者の仕事もしないで帰るなど……。

 

 ……俺自身、試召戦争に興味等は無かった……。この学園に来たのは『試験校だからこその学費の安さ』の為だ。……俺は諸事情により一人暮らしをしているが、その中で高校に通うには、出来る限り学費が安いところを選ぶしかなかった……。

 ……親戚である高橋洋子姉さんがこの学園の教師であるという事もあり、色々と俺を気にかけてくれ、また近所の神崎家は幼い頃からの付き合いで、俺の事情も理解してくれている為、俺の至らない点を陰ながら支えてくれていた。たびたび援助の申し出もあったが、迷惑をかけたくなかった事もあり、金はバイトを複数こなす事でなんとか自立させてもらっている。

 

 だから、学力においては、授業をまともに受けてそこそこの成績をとる、という事を考えていた。設備も最低限授業が受けられるところ……、なおかつあまり上のクラスに行くと本人の意思に関わらず、試召戦争に否応なく巻き込まれる可能性があるという事から、CかDクラスに行ければと思っていた。幼馴染である真琴も同じ考えのようで、俺と一緒のクラスになった、という訳だ……。

 

 ……だが振分試験が終わり、新学年1日目にして、FクラスがDクラスに試召戦争を仕掛けてきた……。試召戦争自体は各クラスが持てる権利……。それを起こす事は仕方がないが……、振分試験が終わった直後に仕掛けるというのは違うだろ、と思った。

 

 まだそれだけなら俺個人の感情なのでまだいいが、DクラスとFクラスの試召戦争では、勝手に放送室が無断使用されたり、D、Fクラスから離れている職員室付近でも召喚獣勝負を引き起こしたりする……。極めつけはFクラスの生徒による暴動、Aクラスを巻き込んでの襲撃、そしてFクラス内での模擬試召戦争騒ぎ……。

 

 ……もう、これは俺個人がどうこうという話ではない……。学園全体を巻き込んでの迷惑行為以外の何者でもなかった。そして、そんな時だ……。明久に会ったのは……。

 

 

 

 

『それについては否定しないよ……、ただ僕も私用があったんでね。それが終わったからこうして職員室に来たんだ。……まあ、遅れちゃってこうして仕事が溜まってしまった事については申し訳なく思ってるけど……』

『……言えないね。だから、それについては申し訳なく思ってる。西村先生はもとより長谷川先生にも無理を言って頼んじゃったし……、本当に悪いと思ってるよ。先生たちにも迷惑をかけちゃったしね……』

『ただ、先生たちに頼まれた仕事は全部ちゃんとやってみせるよ。それで先生たちに許してもらいたいんですが……』

 

 

 

 

 俺は明久に出会ってすぐに感じたのは、目の前の人物は本当にあの『観察処分者(学園の恥)』なのか、ということだった。俺の言った皮肉に対し、明久は自分の非を認め、上辺だけでなく、心の底から謝罪しているのがわかった……。あの日、最後まですべての教師の仕事を手伝っただけでなく、西村教諭に判断を聞き、挨拶するその姿はどこから見ても『真面目な生徒』そのものだった……。

 

 あまりの噂とのギャップに俺は明久に興味を持った。色々聞いてみると、あのDクラスとの試召戦争の時も、放送室を使用したのは別の生徒で、明久を嵌めていたというだけでなく、職員室付近での戦闘行為も、洋子姉さんの仕事を手伝っていた時に巻き込まれる形で起こされたという事だったのだ……。

 

 ここまで聞いていた話と違うと、何故あんな噂が立つようになったのか。本当にコイツは『観察処分者』にされるような事をしてきたのか。実際に俺の目で確かめたくなった……。

 

 そしてその後のCクラスでの立ち回り、そして先程のエキシビジョンゲームと見てきてそれは確信に変わる……。明久は……学園一の恥なんかではない……。あとは何故、明久が『観察処分者』と呼ばれるような事をしたのか……。その疑問が残ったが……、

 

 

 ――僕は……、何度もこの文月学園の2学年として、『繰り返して』いる……。

 

 

 ……明久は恐らく繰り返す度に自分の過ちに気付き、反省し、現在の明久の姿となったのだろう……。まだ数日の付き合いではあるが、コイツが底抜けのバカであるというのは間違いないのかもしれない……。始めに明久が言った繰り返しの条件という『行動』……、これについては明久でなければ、そこまで苦労する条件じゃないからだ。少なくとも……俺が明久の立場であれば、この条件であまり引っかかりはしないだろう……。割り切って考えられないという、明久の馬鹿正直な性格が……、引き起こした悲劇ともいえるのかもしれない。

 

 

 

 

 だが、俺はそこまで明久の話を聞き、新たな疑問を抱く事となった……。

 

 

「明久……、1つ、いいか……?」

「……勇人、……何かな?」

 

 

 俺が抱いた新たな疑問、それは……、

 

 

「お前は……、こんな地獄のような体験を味わって……、何故、耐えていられるんだ……?」

 

 

 ……恐らく、ここにいる全員が思っている事だろう。言われた明久は困ったような笑みを浮かべながら、こう返してきた。

 

 

「……何故、と言われてもね……。ただ、耐えられた訳でもないよ……」

 

 

 そして明久は、何かを思い出すように遠い目をしながら告げる。

 

 

「4、5回目くらいかな、繰り返した時に絶望して、自暴自棄になっていた時もあったよ……。本当に、全てに絶望してね。無気力に過ごしてきた時期もあった……」

 

 

 ……俺はその時の様子が目に浮かんできたようだった。実際に、自分がそんな立場だったら、もしそんな立場に立ってしまったら……。

 

 

「……だけどね、そんな僕を助けてくれた人達がいた。全てがどうでもよくなっていた僕を、救ってくれた人たちがね……。だから、僕は今こうしてここにいる。そんな人達の思いに、約束に答え、この『繰り返し』の日々を乗り越える為に……」

 

 

 ……そう答える明久に、俺はコイツの強さを見たような気がした。だが、同時に気になった。今の明久の表情。それは決意の表情であるが、それと同時に悲しみ、苦しみといったものがあるような気がしたからだ。

 

 

「……これが僕の『秘密』だよ。僕が、去年までの僕と違う理由……。…正直、考え方なんかも大分変ったと思うしね。そして、そこで皆にお願いがあるんだ」

 

 

 お願い……?何を言う気だ……?

 

 

「皆には……、そこまで気負わないでほしいんだ。それを背負うのは、僕だけでいいから……。話をしてしまってからこんな事言うのも身勝手で申し訳ないんだけど……、距離を置いた方がいいと思うなら歓迎する。僕が、今回でこの『繰り返す』運命から解放されればいいけど、そうでない場合、関わった分だけ『別れ』の時に苦しむ事になると思うから……。今までの経験上、だけどね……」

 

 

 明久は苦痛を耐えるかのような表情でそう告げる。……想像を絶するような悪夢、それは体験している明久にしかわからないだろう。だが、明久にはわからないのだろうか……?

 

 

(そんな話を聞いて……、無関係でいられるわけ、ないだろうが……!)

 

 

 どうでもいい奴だったらまず話しすら聞かないだろうし、ましてやここに居るはずもない。ここに来る事にしたって、あそこまで覚悟を求められたんだ……。先程のように、話を聞く覚悟が無い者は辞退しているし、ここにいる奴は皆、明久の抱える何かを知りたいと思い、ここにいるんだ。…………最もその内容に関しては、想定外の話だったが……。

 

 

「…………けんなよ……」

 

 

 そんな声が聞こえてきた為、そちらを見ると、坂本が怒りの表情を明久に向けていた。

 

 

「ふざけんなよ!明久っ!!」

 

 

 そして、坂本は怒声をあげながら明久の胸倉を掴む。

 

 

「おい、さかも……」

 

 

 それを止めようと思った時、坂本が俺の方をチラッと見る。……成程、そう言う事か……。坂本の行動を理解し、俺はその成り行きを見守る事にした。

 

 

「……ゆ、雄二……?」

「テメェ、明久!!俺たちが、俺たちがそんな話を聞いて、はいそうですかって言うとでも思ってんのかよ!!」

「……それは」

「お前が何を悩み、苦しみ、絶望してきたか……、それは俺たちには想像もつかねぇ!!去年までのお前が……、こうなっちまうぐらいの体験をして、今のお前がいるんだろっ!!……巻き込んじまえばいいじゃねぇか!何一人で抱え込もうとしてんだよっ!!……お前、心のどこかで諦めてんじゃねえのか!?今回も、『繰り返す』ってよ!!」

 

 

 その言葉に、明久の体がピクッと反応する。

 

 

「俺たちには、確かにお前に何もしてやれねぇかもしれねぇ……!だけどな、相談されたら助ける事が出来るかもしれねぇんだよっ!!だがお前は、抱え込んじまったんじゃねぇのか!?今までも、ずっと1人でっ!その苦悩を!苦痛を!!……今回こそ乗り越えるって、本当にそう思ってんのかっ!?」

「…………ってるさ!」

「ああ!?聞こえねえな!!」

 

 

 そして明久は坂本の胸倉を掴んでいた腕を掴み離させながら、その心の内を吐き出す……。

 

 

「思っているさ!!僕が、何度『繰り返して』きたと思ってるんだ!!今までに何度も、何度も……!!1人ではどうにもならなくて……!話して、そしてまた『別れ』を経験して……!!いい加減に乗り越えたいと思ってるさ!!思ってるに……決まってるだろっ!?」

 

 

 坂本をまっすぐに見ながら、溜め込んでいたものを紡ぎだす……。それは、まだ終わらない……。

 

 

「だけどな!話すにしても、簡単には話せないんだよ!!話したら、巻き込んでしまう!!失敗した時、余計に『別れ』を苦しむ事になる……!!僕自身も……、それに、相手も……!だから……、だから僕は……!その時に応じて、最低限の人にしか……、伝えてこられなかったんだ……っ」

 

 

 ……最後の方は、その『別れ』の時の事を思い出しているのだろうか……、明久は肩で大きく息をして、涙を見せながら自分のその胸の内を吐き出していた……。恐らくは、ずっと溜め込んでいたであろうそれを……。

 

 

「……それが、お前の溜め込んでいたものか……?」

 

 

 坂本のその言葉を聞き、明久は、はっとしたように自分の状態を確認していた。

 

 

「…………溜め込んでんじゃねえよ、明久。そんなんじゃ、また『繰り返す』ぞ……?無理して、遠慮する必要もねぇ。さっきも言ったが、巻き込んじまえばいいんだよ。お前がそんなになるまで、必死に乗り越えようとやってきた事なんだろ……?」

 

 

 ……坂本は今まで明久の溜め込んでいるものを吐き出させる目的で、あのように言ったのだろう……。俺も気になっていたが、明久は自分の事を話しながら、どこか俺達と距離をおこうとしていたように見えた。……まるで、深く関わって欲しくないみたいに……。

 自分で抱えるものが大きすぎれば、絶対に自分で対応できない事も出てくる……。そのせいで、今まで『繰り返して』きた事もあるのかもしれないのだ……。

 

 

「今のお前の言葉から、だいたい想像は出来た……。お前、今まであまり人には話さなかっただろ……?自分の事を……」

「……」

「まあ、正直なところ、去年までのお前がいきなりこんな事言ってもまともに聞かなかったかもしれねぇけどな……。だけどな、今のお前を見て……、話を聞いて、それを無視しようとする奴はいねえよ……。少なくとも、お前を知ってる奴はな……」

「……ああ、それは、わかってるよ……」

 

 

 そこで明久が、ポツポツと自分の思いを話す……。

 

 

「……『ある事』があってからは、僕は先生方には話すようにしていた……。やっぱり僕だけじゃどうにも出来なかったしね……。『腕輪』、つまり召喚獣の事に関しては、先生たちにしかわからない……。だから、学園長や西村先生には、伝えるようにしていたんだ……」

 

 

 簡単にではあるけどね……、そう言って力なく笑う明久。それを聞いて、俺はあの日を思い出す……。明久と会ったあの日、『観察処分者』の仕事をする様子を見た時に感じた事……。先生方の仕事を、『やらされている』という風には見えなかった事……。その辺の事も、恐らくその先生たちへの何らかの感謝の思いからきたものなのだろう……。

 

 

(それで明久は、あんなに一生懸命に先生の仕事をこなそうとしていたのか……)

 

 

 俺がその時の事を思い出している間にも、明久の話は続いていた……。

 

 

「……変わってしまった僕を見て、やっぱり心配してくれる人もいた……。今回のようにね……。雄二もそうだし、秀吉やムッツリーニ、優子さんや利光君、霧島さん、それに勇人にもお世話になった事もあったよ。…………それでも」

 

 

 そう言って一度、明久は言葉をきる…。

 

 

「……でも、やっぱり僕は『別れ』が怖かった……。だから、基本的には話さないようにしていたんだ……。本当に……怖いんだよ……。あまりに多くの人に話して、巻き込んで、あんな『思い』をするのが……、させてしまうのが……」

 

 

 ……明久の『思い』はわかった。俺たちがどうすればいいかも……。俺は坂本の方を見ると、それを受けて向こうも頷く。そして坂本が口を開く……。

 

 

「明久……。お前は一つ思い違いをしている。お前は、ここにいる奴らが、お前にまたそんな『思い』をして欲しいと思っていると考えているのか?」

「……ッ!それは……」

「……これが、俺だけに話をしているとかではなくてよかったぜ……。もし俺だけだったら……、お前の意思を尊重して、これ以上何も言う事ができねえからな……。だが!」

 

 

 そして坂本は俺たちの方を見ながら宣言する。

 

 

「今、明久の話を聞いた中で、関わりたくないと、少しでも思っている奴がいたら頼む。速やかにここを出て行ってくれ……。明久の事を考えているなら……頼む……」

 

 

 そう言って坂本がみんなに向かって頭を下げる……。そして、その言葉にすぐ反応があった。

 

 

「雄二よ……、お主はワシを馬鹿にしておるのか……?」

「……そうね……。それこそ最大の侮辱だわ……!」

「秀吉……、それに木下……」

 

 

 坂本の言葉に、この双子の姉弟が思いを告げる……!

 

 

「ワシ等をあまり馬鹿にするでない!!もしそれならば、先程明久が話した時点で聞く事など辞めておるわ!!」

「そうよ!!明久君の話を聞きたいと言った時から、どんな事でも受け止める覚悟はしてたわよ!!まさか今更そんな事を言われるなんて思わなかったわ!!」

 

 

 そしてその言葉に他の連中も続く。

 

 

「…………愚問だ、雄二。第一、それは……覚悟をもって話を聞きに来た人間への冒涜……!」

「……心外だね。僕も明久君が秘密を話すといった時点で、どんな事でも相談に乗ろうと思っていたのに……!」

「……雄二。私は吉井に助けてもらった。だから私も吉井を全力で助ける……。助けてみせる。助ける覚悟は、ある……!」

「……高橋。……お前はどうだ……?」

 

 

 俺の方を見ながら坂本は言う。俺の答えは決まっている……。

 

 

「……俺は明久とは短い付き合いだ……。むしろ、去年までの明久ならば……、話しすら聞かなかっただろう……」

 

 

 ……そう、去年までの明久ならば……、だが……。

 

 

「だがな、坂本。今、俺は明久を知っている。……正直、最初は何でここまで噂と違いすぎるのかがわからずに、その為に興味を持ったという事もあったが……。しかしな、今ではコイツの事が気に入っちまってるんだ!!」

 

 

 そして俺は明久の方に向き直り、こう答える事にした。

 

 

「明久、俺も出来る限りの事は協力してやる!だから、難しいかもしれないが、もう今回も『繰り返す』かもしれないとは考えるな!!何があっても!今回こそ乗り越えろ!!また『繰り返す』な!!……また、俺と会ってもいない状態に戻すんじゃない!!」

「……勇人……、みんな……!」

 

 

 そう言って涙を抑えきれなくなった明久に木下姉弟が駆け寄る。それを学園長以下、皆暖かく見守っている。

 ……淡々と自分の事を話す明久の事が、ずっと気になっていた。その雰囲気に、どこか諦めのような感情が見えた気がしたからだ……。何処まで行っても、自分は一人。理解してくれる人がいても、『繰り返せ』ばまた一人になってしまう……。深い『別れ』の悲しみを残して……。

 ……今までも、ずっと無理していたのだろう……。今まで自分の中に、どれだけの思いを溜め込んでいたかは俺にも見当がつかない……。だが、それを抱えていたままでは、また『繰り返して』しまう。そんな気がした……。

 それについては、学園長もそう感じていたようだ……。俺たちの話に一切口を挟まなかったのは、明久にその事を伝えたいと思っていたからかもしれない。

 皆の気持ちは『明久を助けたい』、その思いで今一つになっていると俺は思う……。

 

 

 

 だが、ここからが本番だ……。どうやったら、明久の『繰り返し』を防ぐことができるのか……。それをしっかりと考えていかなければならない。今度こそ明久に、この『悪夢の連鎖』を乗り越えて貰う為にも……。

 

 

(とりあえず真琴には伝えないとな……。幸い洋子姉さんも聞いているし、アイツも恐らく無関係ではないんだろう……)

 

 

 明久の話を聞いていて感じた事は、俺と……俺達と出会ったのは初めてではないのだという事……。であるならば………、真琴も一緒にいたに違いない……。それならば、アイツだけ知らないっていうのも違うだろう……。『腕輪』持ちの高得点者を打倒しなければならない点も含めて……。俺はこれからの事を考え、今一度気を引き締めるのだった……。

 

 

 

 



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第30話 今後の課題

文章表現、訂正致しました。(2017.12.4)


 

 

 大分明久が落ち着いてきたところで、いよいよ本題に入ろう……。

 

 

「さて……、今回こそ明久の『繰り返し』を断ち切ると意見が一致したところで……、いくつか確認したいところがある」

 

 

 俺はそう前置きすると、

 

 

「まず明久、先程の『条件』のところで思ったんだが……」

「……何だい?雄二」

 

 

 俺は明久の話を聞いて疑問に思った事を聞いてみる事にする。

 

 

「まずはその『繰り返し』の条件というのはわかった。お前の『行動』と生死に関わる時に発動する『自己防衛』。そして『期限』か……。その3つ、と思ってていいんだな?」

 

 

 まずは、その『繰り返す』条件を知っておかないと話にならない。

 

 

「……そうだね。まだ知らない条件もあるのかもしれないけれど……、把握しているのはその3つだよ」

「そうか……、だが、それらの条件だって何回も繰り返して知った事なんだろ?とりあえず聞いておきたいんだが……、明久、現在のところ……お前は一体どこまで(・・・・)知っているんだ?」

「それなんだけど……、学園長」

 

 

 そこで明久は、今まで黙っていた学園長(ババア)に話を振る。

 

 

「……なんだい」

「昨日話していた件、どうでした?」

「……ああ、例の話かい?」

 

 

 学園長はそれを聞くと端末を操作する。

 

 

「……例の話?」

「……腕輪を持った高得点者の召喚獣を倒した時に吉井の腕輪が反応すると聞かせれていたのさ。……ちょっと待ってな」

 

 

 皆の疑問を代表して高橋が質問すると、学園長(ババア)は端末を動かしながらそれに答える。

 

 

「……奇しくも今日の試合で、佐藤さんが腕輪を持っていましたからね……。それで反応があれば……」

「ああ、あったよ。……確かに反応していたようだね」

 

 

 そこで観察処分者の情報を見せてもらう。

 

 

「アンタが佐藤を倒した瞬間、観察処分者のデータが反応している……。あと試合の時の画像もあるはずさ……」

 

 

 そして再び端末を操作すると、ちょうど今日の明久たちの試合風景が表示される。そして……、明久の召喚獣が佐藤を倒した瞬間、腕輪が『蒼く』反応していた。尤も、しばらくしたら、また元の『真紅の腕輪』に戻ってしまったが……。

 

 

「これは……」

「……前回までの体験で、学園長が調べてくれていてわかった事なんだけどね。以前何人か『腕輪持ち』の召喚獣を倒した時に、観察処分者のデータが何らかの反応をしたって聞いて。……恐らくは『腕輪』を外す為の条件の一つだと思う。ただ、他にもそう言う条件があるのかどうかはわかっていないんだけど……」

「…………それであの時、俺に『腕輪持ち』のデータを集めさせたのか」

 

 

 話を聞いていたムッツリーニがそう言うと、明久に何らかのメモを渡す。

 

 

「…………これが今までに分かっている『腕輪持ち』のデータだ」

「ありがとう……、ムッツリーニ。大変だったでしょ?」

「…………そうでもない」

「うん、本当に助かるよ。……僕は『戻った』らまず出来るだけ状況を分析する事にしているんだ……。『繰り返す』度にその『腕輪持ち』の人や数が変わったり、学園の状況が若干だけど異なったりする事があるからね……」

 

 

 そう言いながら、明久はそのデータに目を通していく。……そうか、一応どうすればいいかの対策はわかっているという事か……。だったら……、

 

 

「……じゃあそのデータをもとに、お前と戦わせていけばいいのか?」

「……まあ、できればいいとは思うけど……、雄二、『腕輪持ち』の人を倒すという事がどれだけ大変か……、わかってる?」

 

 

 ……まあ、普通に考えたら無理だろうな。だが……、

 

 

「……お前だったら何とかなるだろう?さっきの試合でもそうだったじゃないか……」

「……そう言えばまだ説明してなかったね……。ムッツリーニや優子さん達の言う通り、僕の左腕は骨折している……。雄二にはこの理由……わかる?」

 

 

 ……そういえば、何故だ?……単純に召喚獣の……フィードバック……?しかし、それにしてもコイツは佐藤との勝負で傷ついた様子などなかったが……。骨折したのは左腕。武器を持ち攻撃していたのも左腕……!?

 

 

「あ……明久君……、まさか……!」

「……多分、それであってると思うよ、優子さん……。僕の腕はあの試合、正確には佐藤さんの攻撃をかわす為に、木刀を地面に突き刺した時、その反動で折れたんだ……」

「じゃ、じゃが明久、いくら観察処分者仕様じゃといっても、それくらいの衝撃で骨折するなど……!」

 

 

 ……まさかと思った通り、どうやらそれが骨折の原因のようだが、秀吉の言う通り、そんな行為くらいで骨折するようなフィードバック等あるわけがない……。もしあったとしたら、観察処分者の仕事など、出来るわけがないからだ……。だが、明久の言葉は、俺の想像を超えていた……。

 

 

「……普通のフィードバックならね……。ただ、言ってなかったけど、この『腕輪』をつけている限り、僕はフィードバックを調整する事ができる……。完全にフィードバックを無くす事は出来ないけど……。それで、さっきの試合ではそれを限界まで引き上げていたのさ……。少しでも召喚獣が傷つけば、100%以上のフィードバックがくるようにね……。そうでもしないと『限界(リミッター)』を外したとはいえ、1点しかない召喚獣を思うようには操れないから……。だから、召喚獣が地面に木刀を突き刺した衝撃だけで、僕の腕は折れるぐらいのフィードバックがきたのさ。それにその後、折れた腕で正拳突きまでしちゃったしね……」

「な、何でそんな事を……!明久君、君は……」

 

 

 久保の疑問は尤もだ。そんな事で骨折するくらいのフィードバックだったら、もし攻撃が当たっていれば……!?

 

 

「……ちょっといいか、明久。あの時、西村先生が止めに入ったな。それはもしかすると……!」

 

 

 俺が気付いた事実を、代わりに高橋が聞いてくれる。コ、コイツ、まさか……!

 

 

「……そうだよ勇人……。西村先生が止めたのは知っていたからさ。もし、一度でも攻撃を受けていたら、僕は間違いなく『繰り返し』ていた。……文字通り、『命懸け』だったんだよ……、あの試合は……」

「ちょ、ちょっと!明久君ッ!?」

「あ、明久!?お主、一体何を考えとるんじゃ!?」

 

 

 その事実に、わかっていたのか、学園長(ババア)以外が騒然となる。

 

 

「テメェ、明久!!『繰り返す』かもしれないとわかってて、何でこんな事をした!?学園長(ババア)もわかってたんなら、何故止めなかった!!」

「…………坂本、だったね。さっき吉井が言ってた『繰り返し』の条件を言ってみな……」

 

 

 く、繰り返しの条件だと!?いったい……、

 

 

「……確かに攻撃が当たれば『自己防衛』の条件で『繰り返し』ていた……。でもね、雄二……。僕は今回、『全力』で戦うと言ったよね……?」

「だから、それが何だと……」

「……僕は『全力』で戦うと決めていた……。だから、僕はその意思に従っていただけだよ……。僕が決めた事……、それに従って『行動』する……。自分が後悔しない様に……!」

「そ……それは……!」

「そうさ、僕は『行動』によって『繰り返さ』ないようにしていたのさ……。だから、あの試合では全力で戦う必要があった……」

 

 

 ……どうやら、俺が考えている以上に、ずっとやっかいな条件だな……。何回『繰り返して』いるか、明久は言いたがらないが、この分だと相当数『繰り返して』いる筈だ……。どんなに変わってもコイツが『明久(バカ)』という事を忘れていたな……。コイツの馬鹿さ加減をかなり、甘く見ていた……。

 秀吉、木下、それに翔子もそれを聞き、悲痛な表情になっている……。という事は、明久から下手に目を離せない事になる。……目を離した隙に、どんな無茶をやるか、わかったものじゃない……。

 

 

「……まあ少し話が逸れたけど……、それだけ高点数者の人、それも『腕輪持ち』の人と戦うのは厳しいんだ……。いくら操作性の高さで急所を狙うといっても、点数差による召喚獣の能力も違うものだから簡単にいくわけもない……。それは実際に戦ってみた雄二や秀吉ならわかるでしょ……?」

「それは……そうじゃが……」

「確かに……もう一度戦えといわれても、勝てる自信はねえな……」

 

 

 ……もう一度、翔子と戦ったら、正直勝てる自信はない……。引き分けられるかもわからねえ……。

 

 

「……今回のように召喚獣の『限界(リミッター)』を外して、フィードバックで補うと方法もある……。この戦法は『諸刃の剣』だから、僕も最終手段として考えてはいるけれど……。『繰り返さ』ないくらいに調整しても戦えない事もないけど……、正直勝てるかはわからないね……」

「……吉井。それならワザと負ければ……」

「……そうだね……。他の人にも事情を話して、明久君と戦ってもらえば……」

 

 

 翔子と久保がそう提案するも、明久はゆっくりと首を横にふる……。

 

「いや……それは無理なんだ。相手が本気で来ないと、『腕輪』は反応しない……。違うな、本気で戦っているって、『僕』がわからないと意味がない……。それは前の体験でわかってるんだ……。だから……、ちゃんと本気で勝ちに来ている相手に勝たなければいけない……」

 

 

 ……成程、つくづく厄介な『腕輪』だな……。そもそも本当に単なる腕輪の暴走でこうなるもんなのか……?まあ、現実なっているのだから仕方ないかもしれないが……。

 

 

「とりあえず……、今は佐藤さんと、姫路さんの2人を倒す事には成功している……。だから知っている限りの高得点者と戦っていきたいという思いもあるんだけど……、それには試召戦争では効率が悪すぎる……」

「……それはやっぱり、不確定の要素が強すぎるからか?」

「うん……、今回、姫路さんはクラス内の模擬試召戦争で運よく倒す事ができたけど……、やっぱり試召戦争じゃ制限が強すぎるからね……。上手く腕輪を持っている人と戦えるかわからないし、僕だって毎回勝てるとは思っていない……。それに雄二の言った通り、1対1じゃないから不確定の要素が強すぎる……」

 

 

 ……それでは試召戦争以外で、召喚獣を戦わすきっかけのようなものを作る必要がある。かといっても、そんな事すぐに意見が出る筈もない……。むしろ試召戦争がこの学園のベースになっているようなものなのだから、それを否定してしまってもはじまらない……。色々意見も出たが纏まらず、いつの間にかいい時間になってしまっていた……。

 

 

「もうこんな時間か……。今日はこんなところだな……」

 

 

 これ以上話していても纏まらないと踏んだ俺は、とりあえず今日のところは解散すると言うと、すぐにある2人が明久に近付く。

 

 

「じゃあ明久君、病院に行くわよ!」

「そうじゃ、その腕はかなりの重傷なんじゃからの!」

「2人とも、落ち着いてよ……。別に逃げやしないから……」

 

 

 木下姉弟に連れられ、明久は出て行った。その様子を視界におさめながら、俺は思案にふける。

 

 

(だが、冗談抜きでかなり厳しい状況ではあるな……。まあ、出来るだけやってみるしかないが……)

 

 

「……雄二」

 

 

 そんな時、翔子が俺に話しかけてくる……。

 

 

「……翔子か、どうした?」

「……その……、雄二……、一緒に……っ」

 

 

 モジモジしながら話しかけてくる翔子の様子に、苦笑しながら答える。

 

 

「……もう帰り支度はできたのか?」

「……!う、うん!」

「そうか、じゃあ帰るぞ、翔子」

 

 

 俺がそう言うと、翔子は嬉しそうに俺の後をついてくる。その様子に俺は可愛く思いながら、その日は翔子と一緒に帰宅の途についた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――文月学園近くの病院

 

 

「まあ思ったよりも悪い状態ではなかったの」

「……とはいっても『全治1ヶ月』だけどね……」

「あ、あはは……」

 

 

 明久君に付き添って、医者の診断を聞くと、『全治1ヶ月』との回答を貰う……。

 

 

「まあ……、この程度ですめば良かったかな……」

「……そう思うなら、あまり無理しないでよね……」

「そうじゃ……。先程の話には吃驚したぞい……。まさか、あの試合にそこまでの危険が潜んでいたとはのう……」

 

 

 無理するなと言っても、それを抑えて『繰り返し』てもらっても困る。だから私達としては何て言ったらいいのかわからなくなる……。

 

 

「……でも、本当に『繰り返し』ちゃうの……?その……、明久君の意思に反する『行動』をとっちゃったりすると……」

「……うん、間違いない……。それがわかった時、僕は後悔したよ……。そのせいで、『2人』と別れる事になったから……」

「……それは以前の話、かの……?」

 

 

 秀吉の言葉に静かに肯定する。彼のどこか悲哀に満ちた様子に私はどこか胸を締め付けられそうになる……。

 

 

「……今日はゴメンね。こんな話を聞かせる事になって……。特に優子さんは……、後悔していない……?」

「!後悔なんて……っ!」

「……そう?ならいいんだけどね……」

 

 

 何かを気にしている様子に戸惑うも、私は返事をする。明久君は、そんな空気を切り上げるように、

 

 

「あれ、もうこんなところか……。ありがとう、2人とも。ここでいいよ。じゃあまた明日!」

「明久よ、あまり無理しないようにの!」

「じゃあまた明日ね、明久君!」

 

 

 そう言って、ギブスをつけた明久君は帰っていく……。

彼の背中が見えなくなってきたところで、秀吉が私に聞いてくる。

 

 

「……さっきの『2人』というのは……」

「多分、アンタと……アタシの事ね……」

 

 

 あの明久君の様子だと、おそらくそうなのだろう……。私達の事をどこか悲しそうに見ていたし……。

 

 

「姉上……、ここ最近、気になっておったのじゃが……」

「……わかってるわよ、秀吉……。アンタが言いたい事はね……」

 

 

 私も今日、はっきりと自覚したから……。明久君の事は、ね……。

 

 

「明久は……、今回こそ乗り越える事は……、出来るんじゃろうか……」

「……もう、繰り返させはしない……。アタシが、させない……!」

「……そうじゃな。もう、明久にはあんな顔をしてほしくないのじゃ……。それに、姉上の為にも、の……」

「…………いい度胸ね、秀吉……」

「す……すまなかったのじゃ、姉上!」

「……ハァ、まあいいわ……。今日のところは、ね……」

 

 

 そうして私と秀吉は、今後の行く末を案じながら、明久君が帰って行った方をいつまでも見つめていた……。

 

 

 

 

 



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第31話 生活指導室 (番外3)

文章表現、訂正致しました。(2017.12.4)


 ――エキシビジョンマッチ翌日、Aクラス教室。

 私と代表、愛子、美穂、利光君、そして昨日の再振分試験で見事Aクラス入りを果たした姫路さんは、朝一で別室にて回復試験を受け直し、教室に戻ってくる。

 

 

「ただいま……って、どうしたの?みんな……?」

「……ああ、木下さん達、おかえり。回復試験は無事終わった?」

「う、うん……。ところでどうしたの?なんか皆、疲れているような気がするけど……?」

「それが……」

 

 

 ……クラスメイトに事情を聞くとこういう事らしい……。一昨日、Bクラスの生徒が、試召戦争時の約束であった、壊したFクラスの修繕に来たところ、床も腐っている程ひどい状況だった為、急遽Fクラスの教室に補修が行われる運びとなった。そして、本日もFクラスに業者が入っていた為に他で授業を受けるように、という事になって……。それで、私達がいない間にほぼFクラスの全員が、我先にと競うようにAクラスへとやって来た、という訳だ……。

 

 

 

 

『俺がAクラスで授業を受けるんだ!!』

『何を!?俺が受けるんだ!!』

『いや、俺が……!!』

『……そもそも、まだAクラスで授業を受けるって決まっている訳じゃ……』

 

 

 

 

 ……最終的には教室前で暴れだしたところを職員室からやってきた高橋先生に見咎められ、逃げていったらしい……。まあ、懲りずにBクラスやCクラスの教室へ入っていった者もいるようだが……。

 

 

「……ホント、懲りないわよね……」

「アレがFクラスの行動っていう事に慣れてきたような気もするけどね~」

「……工藤さん、笑っている場合ではないよ……」

 

 

 そろそろ坂本君達も回復試験を受けて、戻っている頃だろう。彼らが上手く纏めてくれるのを期待することにする。

 

 

「……姫路もAクラスに来て良かったと思う」

「そうだね~。瑞希ちゃんもあの中にいたらFクラスに染まっちゃってるような気がするよ」

「そ、そんな……!私……」

「……まあ、いいじゃないか。姫路さんも、もうAクラスなんだ。そんな仮定の話をしても、しょうがないだろう」

「利光君の言う通りね。まあ、彼らの事は坂本君達に任せましょう」

 

 

 現在Aクラスは自習となっている為、Fクラスの人達が来ても授業はできない。……そもそも授業であったとしても、勉強している内容も違うし、あまり意味がないとは思うんだけど……。

 それに昨日のエキシビジョンが影響したのか、2学年と言わず、他の学年でも試召戦争が始まる気配があるようだ……。1年生は試召戦争を仕掛ける事ができないが、召喚獣の操作練習の許可を求める声があがっているらしい……。

 まあ、そんな事を言っていても仕方がない。自分達も自習の課題に取り組もうとした時……、

 

 

「すまない……。Fクラス代表の坂本だが……。入ってもいいか?」

 

 

 ちょうど、Fクラスの代表である坂本君と、秀吉もやってきた。

 

 

「坂本君?それに秀吉も……。どうかしたの?」

 

 

 とりあえずその対応に向かうと、

 

 

「木下優子か。いや、先程はウチのクラスが迷惑を掛けたみたいだったからな……。その詫びに来た」

「……ああ、さっき来たっていう……?」

 

 

 私が疲れたような声に反応し、秀吉が補足してくる。

 

 

「……今、ムッツリーニが先生方と一緒に他の連中を纏めて空き教室に誘導しておるところじゃ」

「……普通はまず、その発想になると思うんだけど……。何故それが、『各クラス』で授業を受けるという考えになるのかしら……?」

「それはアイツらだからな……」

 

 

 ……坂本君も苦労しているわね……。はっきり言って、あの彼らを纏めて試召戦争を仕掛けていったっていう坂本君の采配は凄いと思う。

 

 

「……雄二」

「ん?ああ、翔子か……」

 

 

 そこに代表も加わってきた。

 

 

「悪かったな、翔子。アイツらの事はこっちで対処する。……今後、Fクラスの連中が私用でAクラスに立ち入らないよう話をつけようかとは考えているが……」

「……それだと雄二や吉井達も来れない事になる」

「そうね……。じゃあAクラスで認めた人以外、立ち入れないという風にすればいいんじゃないかしら?」

 

 

 確かにここまで騒ぎをおこす以上、立ち入りを制限した方がいいかもしれない。……尤も、そうまでしても彼らは立ち入ってくるかもしれないけど……。

 

 

「そうだな。じゃあ後で、文面にして調印でも結ぶか……。もし破られたら、ソイツは問答無用で補習室で鉄人の補習フルコースということでな……」

 

 

 ……ちょうどその事を盛り込んでくる辺り、坂本君も考えているわね……。

 

 

「……わかった。それで、雄二もそこで自習するの?」

「ああ、そのつもりだ。アイツらを監視しなければならないからな……」

 

 

 そんな時、土屋君もAクラスにやってくる。

 

 

「おっ、康太。どうだ?」

「…………問題ない。鉄人と大島先生に協力してもらった。……たちかわり先生が行くようにするらしいから、おそらく今日はあの教室からは出られない……」

「あっ、ムッツリーニ君も来たんだ~♪」

 

 

 愛子も話に加わりだす。それに利光君や姫路さんも集まりだした。

 

 

「…………工藤愛子か」

「折角、皆来たんだからここで自習していけばいいんじゃないの?」

「……うん、雄二達も一緒に自習しよう?」

 

 

 愛子の提案に、代表も賛同する。アタシも別に反対するつもりはない。……つもりはないんだけど……。

 

「……いや、だが、他の奴らが……」

「…………それなら問題ない。……アイツと同じところに行ったと偽情報を流しておけば気付かれない」

 

 

 ……土屋君の説明にまた一つ疑問が浮かぶ。そろそろ聞いてみようか、とそう思ったところに……、

 

 

「あ、あの、皆さん……。吉井君は……?」

 

 

 そんなところに、姫路さんがおずおずと言った感じで聞いてくる。うん、さっきから私も気になっていたんだけど……、

 

 

「……あー、明久か……」

「う……む。あれを聞いた時は、ワシも流石に耳を疑ったのじゃ……」

「…………想定の範囲外だった」

 

 

 3人は何とも答えづらいような表情で、言葉を濁している……。一体、どうしたっていうのかしら……。

 

 

「どうしたのよ、秀吉……?それより明久君を一人にしておいて大丈夫なの……?」

「……姉上、その心配はないと思うのじゃ。……ある意味で、一番安全なところじゃからの……」

「??」

 

 

 秀吉の返答を聞き、ますますわからなくなる。……いったい、明久君は何処にいるというのかしら……。

 

 

「現在、アイツがいる場所はな…………」

 

「「「「「……はい?」」」」」

 

 

 ……坂本君の返答は、私達の予想を遥かに上回ったものであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 僕の恩師といっても過言ではない目の前の教師は、複雑そうな表情で僕の方を見ている……。

 

 

「……どうしたんですか?西村先生?」

 

 

 僕は自習の手を止めて、西村先生の方を窺う。

 

 

「……いや、俺も長く教師をやっているが……、ここで自ら勉強したいと言ってくる奴がいるとは思わなくてな……」

 

 

 ……そう、ここは生活指導室、――通称『補習室』と呼ばれている所である……。特に扉は普通の教室のモノとは異なり、鍵付きの鉄扉で覆われており、中からは鍵が無ければ開ける事は出来ない……。主に試召戦争か何かで戦死したりすると連れてこられるのがこの部屋であり、『この世の地獄』とも呼ばれている。……周りを見ると、この状況に精神が耐えられなくなった他のFクラスの連中が、死んだような目をして勉強している姿があった……。コイツらはまた懲りもせずに他のクラスへと押し掛けていき……、捕まった者の成れの果て、という訳だ……。僕も、かつては地獄だと、そう思っていた筈だったんだけど……。

 

 

「……いつの間にかここで勉強する事が、普通になっていたんですよね……。集中出来るというか……」

「…………そうか」

 

 

 西村先生もそれ以上は深く突っ込んでこなかった。……ただ、僕のやっているものが気になったらしい。

 

 

「……まあ、それはいいんだが……、ところで、今やっているのはなんだ?」

「これですか?数学のドリルですけど……」

「……明らかに高校用のものではないようだが……?」

「そりゃそうですよ。……だって、これは『中学生』用のドリルなんですから」

 

 

 ……僕の返答に沈黙が流れる……。

 

 

「……何故、『中学生』用のドリルなんだ……?」

「言っておきますけど……、西村先生。ようやく『中学生』の内容になったんです」

「すると何か!?今までは『小学生』用のものをやっていたというのか!?」

「ええ。『お前は小学校からやり直せ』と言われて……。ようやく方程式がわかってきたところですね」

「………お前、よく高校に、この学園に入学できたな……」

「そうですね……。正直、鉛筆転がして入ったようなものでしたからね。それに……、僕の『バカさ』は一年の時の僕を見ていたらわかったと思いますけど……?」

 

 

 三角形の面積も答えられなかったと伝えたら、西村先生もそれ以上は深く突っ込んでこなかった。

 

 

「……でも、先生方には色々教えて頂きましたから……。最初はまぐれでしか400点をとれなかった日本史も、今ではコンスタンスに400点は超えるようになりましたしね……」

「ほう、それはすごいな……。未だに『中学校レベル』の数学とはえらい違いだ。……この学校で400点をとる事は、Aクラスの生徒でも難しいというのに……」

「……暗記ものとかが得意なんですかね……?特に歴史はゲームや、漫画で見直したら忘れなくなってきましたし……」

「ふむ……、だったら一度全科目のテストをもう一度受け直してみればいいんじゃないか?確か、今のお前の点数は殆どの科目が1点の筈だろう……?」

「……そうですね。朝、いくつかの科目は簡単に回復試験を受けてきたんですが……。まぁ、今は『数学』をやろうと思っているので、教えてください」

 

 

 そうして、西村先生に数字を教えてもらおうとしていた矢先、

 

 

「明久は、おるかの!?」

 

 

 コンコンと、外で扉をノックする音と共に、秀吉の声が聞こえてくる……。

 

 

「木下か……。いったいどうした……?」

 

 

 西村先生が鉄の扉を開けると、勢いよく秀吉が入ってくる。

 

 

「…………秀吉?」

「……木下、騒々しいぞ」

「す、すまんのじゃ、西村教諭……。おおっ、明久、大丈夫かの?」

「う、うん、僕はね……。それよりどうしたの、秀吉……?そんなに慌てて……」

 

 

 僕は少しばかり動揺しているような秀吉を宥め、

 

 

「そうじゃ、そんな事を言っている場合ではないの……。実は……、EクラスがFクラスに試召戦争を仕掛けてきたのじゃ!!」

 

 

 思いもかけぬ秀吉の言葉が補習室に響き渡る……。Eクラスが……?それもFクラスに……??

 

 

「ど、どうして!?一体何があったの!?」

「それが、ワシには何とも……。取り敢えず雄二がお主や同盟を結んでいる他のクラスへ伝えてほしいという事で、ここにきたんじゃ……!」

 

 

 息も絶え絶えに、そう言ってくる秀吉。であるならば……、

 

 

「すぐに戻らないと……!西村先生、いいですか!?」

「まあ、お前は進んでここに来たんだしな……。別に構わんぞ」

「有難う御座います!秀吉、行こう!

「り、了解じゃ!」

 

 

 こうして僕は、臨時のFクラスとなっている教室へと戻るのだった……。

 

 

 

 

 




とある時の明久の体験(3)




 ――気が付いたら、知らない天井だった。


(『繰り返し』て……いないのか……)


 そろそろ『繰り返す』と思っていたのに、とごちると僕は寝かされているベッドから起き上がる。……腕には点滴をされており、周りを確認してみると、どうやら文月学園の保健室にいるようだった。


「気が付いたか、吉井」


 そして僕の目の前には、会いたくもなかった筋肉教師がいた……。




 ……僕は河川敷の橋の下で何をするともせず、ただ『繰り返す』のを待っていた筈だった……。そろそろ意識がぼやけはじめ、繰り返すかと思っていた矢先に、ある人物を見たような気がしたが……。気が付いてみたら、今のような状態である。




「……全く食事もとっていなかったようだな……、吉井。もう少し発見が遅かったら、お前……」
「…………そんな事はどうでもいい……」


 強引に話を終わらせ、理由を聞く事にする。……余計な事をしてくれた、『理由』を……!


「……どうして、助けた?」
「……どうしても何もないだろう?俺が偶然にお前を見つけなかったら、手遅れになっていたのかもしれなかったんだぞ……?」


 ……あの『繰り返し』た時以来、振分試験の封筒を渡そうとする鉄人を無視して、僕はすぐさまそこに向かった……。ここ最近は、ずっとそれを『繰り返して』いる気がする……。もう、自分から何かをしようという気にもならない……。全ての事に……もう、関わりたくなかった……。
 今回もそうなる予定だった……。だからそれを邪魔した目の前の人物に確認しようというのだ。
 ――僕を、助けた『理由』を……。


「……いいじゃないか……。屑が……、『観察処分者(がくえんのはじ)』がいなくなったって……、誰も困る事なんてないでしょ……?」
「………………吉井」


 何故、という顔で僕を見てくる。『何故』?……そんなのは僕が聞きたい……!何故、僕はここにいるのか?何故、僕はこんな目にあっているのか?……ナゼ、……ボクハ、イキテイルノカ……?
 何故?何故?なぜ?なぜ?ナゼ?ナゼ?…………………………


「………………どうして、助けたんだよ」


 僕は、目の前にいる人物に問いかける。身体が弱っていてあまり大きい声は出せない……。それでも、溢れ出しそうな感情を抑えながら聞いてみた。……もし、納得できそうな答えが聞けなければ……、そこで終わらせる覚悟で……。




 向こうも僕の雰囲気から何かを感じたのか、重い空気が保健室内に流れる……。やがてその重い空気の中、鉄人が口を開いた……。


「……お前が『観察処分者』になった時の事を、覚えているか?」
「………………なんで、そんな話を……」
「……勝手に押収品を強奪し、あまつさえ他人の私物を盗み売却したんだ。そんな事をしておいて、お前は何故、停学にならなかったと思っている?」


 あまりに突拍子もない事を話し出す鉄人に、疑問に思うものの話を続けられていく……。


「…………店員が覚えていたぞ、その時の様子をな」


 ――そう言われて、うっすらと、あの時の事が頭をよぎる……。




『あれ?君、最近このゲーム買ったばかりじゃなかったかい?』
『ええ、そうなんですが……、ちょっとお金が必要になったんですよ~』
『ん?また新しいゲームかな?』
『いえ……、ちょっと女の子にぬいぐるみを買ってあげる事になって……』
『へぇ……、君の親戚の子かい?』
『?昨日会ったばかりですよ?』
『…………え?」
『ちょっとその子が自分のお姉ちゃんの為にプレゼントしようとしてたんですけど、お金が足りなかったみたいで……。それで僕がなんとかすると……』
『…………』
『あれ?どうかしましたか?』
『……そうなんだね。……ちなみにそのぬいぐるみを買うには、あといくら位必要なんだい?』
『うーん、一万五千円位ですね……』
『そうか……。ちょっとゲーム関係はあまり高く買い取れないが、この本はそれなりに高価なものだから……。うん、あわせてそれくらいで買い取るようにするよ』
『本当ですか!ありがとうございます!』
『ハハッ、いいよ!その子によろしくね』




 ……随分と懐かしい気がする……。でも……、それが一体何だというのか……?


「……それを聞いて俺も驚いたぞ。さらにそのぬいぐるみを購入した店にも話を聞いて確認もした……。だからこそ、この件についてどう処理するかを悩んだもんだ……」


 そこでいったん言葉をきり、また続ける……。


「……お前のやった事は犯罪行為だ……。だがその理由自体は、人間としては正しい事だと俺は思う……。自分の為ではなく、他人の為に何かをする事が出来る……、それも見も知らずの他人に対して、だ……。そんな事は誰にでも出来る事ではない……。どうもお前は、何が正しく、何が間違っているか……、それがよく分かっていないようだったからな。……今後お前を気を付けて視ていき教えていく必要がある……。そう思ったからこそ、俺はお前を『観察処分者』にするよう提案したのだ……」


 『観察処分者』という言葉に僕は反応してしまう。そんな僕の様子を窺いながら鉄人は話を続けた……。


「新学年でお前と会った時、お前はすぐに帰ってしまった……。その場は立場上追えなかったが、その後お前の家に行っても留守どころか誰もいる気配がない……。そしてあれから学校にも来ない……。それで探し回ってようやく見つけたと思ったら、お前はあんな状態だ……。流石に焦ったぞ……」
「…………心配した、とでもいいたいんですか……?『以前』は話しすら、まともに聞かなかったというのに……?」


 ……一度『繰り返し』た時は何かの事故に巻き込まれたと思った。ただ『過去?』に戻ってしまったのだろうと……。それにたかだか1年ちょっと前に戻ったからと言って、僕も何か困る事もない。他の皆もまたバカを言っているとしか思っていなかったし、僕自身もほどんど気にしていなかった……。
 ……だけど、その『事故』はまだ終わった訳ではなかった……。ある時、また過去に戻ってしまい、同じ状況を繰り返す事になった……。そこで始めて僕は知った……。僕はとんでもない『事故』に、現在進行形で巻き込まれている事に……。
 今度は冗談抜きで僕のおかれた状況を説明しようとした。……だけど、説明の仕方が悪かったのか、それとも普段の行いの結果なのか……。僕の話をまともに聞いてくれた人は……、ほとんどいなかった……。
 そして、時間が来たら『繰り返す』……。どんな状況でも……、その時が来たら……。
理由も何もわからずに……、どんなに拒んでも……。
………………全てを終わらせようとしても……、それでも阻まれた……。


「………アンタに……、アンタに何がわかるっていうんだ!?僕の事を……、何も知らないアンタに……!!」


 僕は、これ以上溢れてくる感情を抑える事が出来なかった……。久しぶりに聞いた、『僕』を心配してくれる言葉……。それも、思ってもいなかった人物から聞かされて、感情が次々と溢れ出してくる。


「僕は……!『観察処分者』さっ!!学園の屑……!いや、学園だけじゃない……!家族からも見捨てられているようなものさ!!……僕は、生まれてこない方がよかったのさっ!!」


 そしたら、こんな思いをする事もなかったのかもしれない……。そう考えるだけでも、自らの境遇を呪いたくなってくる。……自分では、どうする事もできない……。他人も、信じてくれない……。完全に詰んでいる状況……。気が狂った。暴れまわった。……でも何も変わらない……。変えられない……。
 自分の感情を吐き出しながら、ぶつけながら訴えると、鉄人は僕の頭を優しく撫でた……。


「……生まれてこない方がいい人間なんていない……。ましてや……、お前は俺の生徒だ……。去年1年、お前を見てきて『吉井はバカなんじゃないか』と思っていた……。そして事実そうなのだろう……。先程も言ったが……、お前は誰にも出来ないような事を、する事が出来る。行動力もそうだが、お前は一度決めたら絶対にやり通す根性を持っている……。バカみたいに真っ直ぐにな……。尤も、そのバカなところは俺たちが視て、矯正していかなければならないだろうが……」


 そして一息つき、話を続ける……。


「……そのお前が、こんな状態になるんだ。……心配するに決まっているだろう……。教師としてだけでなく……、お前を『観察処分者』に押した一人の人間としても……な」
「……て……鉄じ……西村……せんせ……」
「……確かにわからんさ……。お前がこんな状態になる程の事があるのだろう……。どんな思いをしてきたらそんな状態になるのか……。俺には見当もつかん……」


 そう話す鉄人に、僕はもう感情を抑えておく事が出来なくなった。殺していた感情が、再び首をもたげてくる。


「……吉井、話してみろ。その話を聞いて、出来る限り俺が力になってやる」
「…………ッ、ふぐぅ、ううぅぅっ!」



 その日、僕は西村先生に泣きつきながら、自分の身に起こった事を涙ながらに訴えたのだ……。





 そして……、まだ『腕輪』を外す事は出来てはいないものの、この日この時から、僕の『腕輪』を外す為の『目的』ができ、その『行動』をとっていく事が出来るようになる……。




とある時の明久の体験(3) 終


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第32話 各クラスの機運 (番外4-1)

文章表現、訂正致しました。(2017.12.4)


 ――普段は空き教室である臨時のFクラスにて、数人の男女が相対していた。

 

 

「……ウチに対しての宣戦布告という事だが……、いったいどういう事だ……?」

 

 

 宣戦布告に来たEクラスの面々にそう告げる。……Aクラスにて自習していたところ、ムッツリーニから入った情報により、至急臨時のFクラスに戻ってきたのだが、何故戦争を仕掛けてきたのかはいまいちわからない……。確かにAクラスとのエキシビジョンゲームを制した俺達ではあったが、別に教室の設備が改善された訳ではないのだ。まあ、腐っていた畳などは補修に入ってはいるものの、それでもEクラスの設備の方が上の筈である。

 

 

「……まあ、別に設備が目的……、という訳じゃないんだけどね……」

 

 

 歯切れが悪そうに言ってきたのが、耳から下の髪をウェーブにしている女生徒で、宣戦布告に来たEクラス代表の中林宏美である。

 

 

「だったら、何故……」

「……今の学園の風潮、と言ったらわかるかしら?」

 

 

 昨日のエキシビジョンゲームの影響なのか、学園全体で試召戦争を起こそうとする動きが出始めている、という事は聞いた。……今まで点数差でほぼ決定する試召戦争というイメージが覆され、さらにあそこまで召喚獣を操れるものだと知り、各クラスで召喚獣の動かし方を見直しているらしいが……。

 

 

「成程な……。だが、何故Fクラスなんだ?勝てそうだと思うからか?」

「……正直なところ、私としては思っていないんだけど……。あんな動きを見せられちゃったら、ね……。点数もそこまで変わらないウチのクラスじゃ勝ち目は薄いと思うわ……」

「……そこまでわかっているならば、何故ウチに挑んでくる?」

「それは……」

「……お前らと戦こうてみたい思うたからや」

 

 

 そこに今まで黙っていた男が答える。……コイツは……、一年の頃に転校してきた奴か……?確か……、名前が……、

 

 

「……片岡君」

 

 

 ……片岡!?あの『文月の剣聖』か!?

 

 

「昨日の試合見て、わいらが戦いたい思うた……。それでええんちゃうんか?」

 

 

 ……片岡浩平。剣道部のホープにして……、その強さからある異名がある……。それが『文月の剣聖』……。殆ど話した事はなかったが……、一応去年のクラスメイトでもある……。

 

 

「……片岡……だったか?戦いたいというのは勝てると踏んだから……。そういう訳ではないのか……?」

「そんなつまらん事はせーへん……。なんべんも言わせんなや……。戦こうてみたい言うてるやないか……」

「まあ、こんな状態なのよ……。特に吉井君と戦ってみたいって言ってね……」

「ほんま召喚獣であそこまでん事ができるとは思わんかったわ……。まあ、理由はそれだけやないけどな……」

 

 

 ……まあだいたいコイツらの話もわかった……。ただFクラスとしては、この申し出を受けるかどうか決める事が出来る……。上位クラスからの挑戦、おまけに此方から仕掛けたという訳でもないので、断ることも出来るのだ……。まぁ、教師が認めたらの話ではあるが……。さて、この勝負を受けるか、それとも……。

 

 

「そうは言ってもな……」

「……いいよ」

 

 

 そこに俺の言葉を被せるとともに、明久と秀吉が入ってくる……。

 

 

「戻ってきたか、明久……。しかし……」

「……雄二の言いたい事も分かるけどね……。ただ、出来れば僕の我儘を聞いてくれると嬉しいかな……?」

「……お前の……我儘……?」

 

 

 いまいち明久の言っている事はわからないんだが……。そんな中、片岡が明久に声をかける……。

 

 

「おう吉井。昨日は見ていたで。まさか召喚獣であないな動きが出来る思わんかったわ……」

「……有難う。君は片岡君……だったよね?」

「そうや。……聞きたかったんやが、吉井、以前に剣道してたんか?あの動きは素人やないで?」

「…………『前』にちょっと、ね……」

 

 

 ……明久?……なにか、あるのか……?少し明久の様子が気になったが、まあいい……。アイツがそう言っている以上は受けた方がいいだろう……。

 

 

「……わかった。その試召戦争、Fクラス代表として了承する」

「……坂本君。いいのかい……?」

 

 

 俺達と一緒に聞いていたDクラスの代表である平賀がそう聞いてくる。……Fクラスが宣戦布告をされたという事で協力関係にあるDクラスと同盟関係にあるCクラスもこの教室に来ていたのだが、こうなった以上は仕方ない……。

 

 

「ああ、明久もこう言ってるしな……。わざわざ来てもらって悪かったな、平賀。それに神崎も」

「いや、かまわないよ。まあ頑張ってくれよ」

「……わかりました。代表には、そう伝えておきます」

 

 

 そしてEクラスの方へ向き直り、

 

 

「時間は午後からでいいか?もう昼近い時間だが、出来れば今日中にケリをつけたいしな……」

「ええ、それでいいわ。じゃあ宜しくね」

「ほな、またな」

 

 

 そう言ってEクラスの面々が出ていく。さて…、色々準備しないとな……。

 

 

「じゃあ、僕達はこれで失礼するよ。健闘を祈る……。ま、君たちは大丈夫だと思うけどね……」

 

 

 そう言って平賀の方も教室を出ていく。神崎もそれに続こうとしたが……。

 

 

「……ああ、ひとつ、伝えそびれていました」

 

 

 ともう一度俺達の方に向き直る。

 

 

「ん?どうした?」

「……ええ。恐らく並行しておこなわれる事となりますが……、私達CクラスもAクラスに試召戦争を仕掛ける予定です」

 

 

 ……なんだと?

 

 

「……それはいったいどういう事だ?」

「……といっても普通の試召戦争ではなく……、『模擬』のですけどね……。ですので施設が目的……、という訳ではありません」

「何か考えがある……。そう言う事か?」

「……そうですね。まあEクラスと同じくCクラスも試召戦争に乗り気になった……、という事もあります。ただ……」

「……ただ?」

「……私にもまだ、よくはわかっていないのですが……。勇人の方も何か考えているようです……。『昨日の話』と何か関係があるんじゃないですか?」

 

 

 ……『昨日の話』、か……。

 

 

「わかった……。まあこっちは上手くやるから、小山や高橋にもそう伝えておいてくれ」

「……わかりました。それでは失礼します」

 

 

 そして、神崎も一礼して教室を出て行った……。

 

 

(……まあやる事は色々あるが……、とりあえずはEクラス戦か……)

 

 

 話をしている明久と秀吉を横目に俺は対策を練る事とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女が木下さんね……。ホント、Fクラスの木下君そっくりよね……」

「……よく言われるわ。それに昨日も試合に出てたしね。……それで、Cクラスの人達がAクラスに何の用なのかしら?」

 

 

 Aクラスの教室にやってきたCクラス代表である小山さんと付き添いでやってきたらしい高橋君にそう訊ねる。

 

 

「ああ、実はAクラスに『試召戦争』を申し込みたい……」

 

 

 高橋君の言葉を聞き、Aクラスがざわめく。

 

 

「……といっても正規という訳じゃない。まあ、クラス間の『模擬試召戦争』だな……」

 

 

 ……『模擬試召戦争』ね……。

 

 

「……一応、理由を聞いてもいいかしら?」

「木下さんも知ってるでしょ?……貴女達の試合を見て、今この学校は『試召戦争』は一種のブームみたいになってるのよ。……今までCクラスはそんなに試召戦争は乗り気ではなかったんだけど、今では召喚獣を動かしたいって人達が多いの……」

「……まあ、Eクラスも試召戦争を起こす以上、Cクラスだけ起こさないっていうのもちょっと難しいものもあってな……」

 

 

 ……まさか昨日の試合から、こんな風になっちゃうとはね……。横で聞いていた代表もアタシに話しかけてくる……。

 

 

「……受けよう、優子。……それに、私達は断れない」

「代表……。うん、そうね……」

 

 

 そう、どのみちアタシ達には拒否する権利はない。『下位クラスからの宣戦布告は断る事はできない』というルールがあるから……。

 

 

「……成立ね。時間なんだけど、午後からでもいいかしら?模擬試召戦争だし、立合いの先生も高橋先生を含めてあと2~3人来てくれれば問題ないと思うし……」

 

 

 ……高橋先生は私達の担任であると同時に、学年主任で、総合科目のフィールドを張れる。即ち全教科のフィールドを張る事ができる。1度にぶつかる模擬試召戦争にはピッタリの先生ね。

 

 

「……わかったわ」

「ま、宜しくね。さて……、宣戦布告も済んだ事だし帰るわよ、高橋君」

「……ああ代表、ちょっと木下達に話したい事があるんだ。すまないが先に戻っててもらってもいいか?」

「そうなの?……まあいいわ、先に戻ってるわね」

 

 

 そう言って小山さんが出て行った後、高橋君がアタシ達に向き直る。

 

 

「……すまないな、霧島に木下……」

「……別にいい。……それに試召戦争は当然の権利」

「そうね……。だけど高橋君。一つだけ聞いてもいいかしら……?」

 

 

 高橋君だしね……。理由は知っておきたいし……。

 

 

「……何だ、木下?」

「……さっきの、試召戦争を仕掛ける理由はわかったわ。でも……、何で『Aクラス(私たち)』なの?」

 

 

 それだったら別にAクラスに仕掛ける必要はない。Bクラスでも、Dクラスでもいい筈だ。Fクラスに負けて自分たちからは3ヶ月間、宣戦布告は出来ないけど、Cクラスかから仕掛けるというのならば、両クラスとも受ける事は出来るのだから……。尤も、Dクラスには拒否権もあるはずだけど……。何か他に考えでもあるのかと思い、聞いてみると、

 

 

「……それに関しては、昨日、明久に『話』を聞いたからだ。……どうなっていくかはわからないが、俺達Cクラスも試召戦争に慣れていく必要もあると思ったからな。……あと、俺も『腕輪』を持っているし、経験を積むならばAクラスがいいと思った」…」

 

 

 成程ね……って、高橋君も『腕輪』を持ってるの!?

 

 

「……意外そうな顔だな、木下……」

「……ちょっと吃驚しただけよ……。でも、凄いわね……。400点以上の点数はなかなかとれるものじゃないのに……」

「まあ、一教科だけだけどな……、じゃ俺も教室に戻る。またあとでな……」

「……わかった。また、あとで……」

「ああ、宜しく頼む」

 

 

 そう言って高橋君もAクラスを出ていく……。宣戦布告された以上は仕方がない……。とりあえず、私は代表と一緒に教壇に上がり、クラスを纏める事にした。

 

 

「じゃあ皆、席に戻って!……見ての通り、Cクラスから『模擬試召戦争』を仕掛けられたわ。負けたからといってリスクがあるわけじゃないけど、仕掛けられた以上Aクラスとして負ける訳にはいかないわ!」

「「「そうだ、Cクラスに負ける訳にはいかない!!」」」

 

 

 有難い事に、クラスの皆も士気は高いようだし、これなら大丈夫かしら。でも念の為、皆には注意を促しておく事にする。

 

 

「……昨日の試合を見て、皆も召喚獣の戦いは点数だけでは決まらない事はわかったと思う……。だから、相手を侮る事は禁物……」

「代表の言った通りよ。召喚獣の操作もそうだけど……、急所を狙われたら終わってしまうし、Cクラスの人達にも強い人がいるかもしれない……。だから……皆、油断だけはしないで!そして、絶対に勝ちましょう!!」

「「「おう(ええ)!!」」」

 

 

 そして私達はその士気を保ちつつ、Cクラス戦に備えていくのだった……。

 

 

 

 

 




とある時の明久の体験(4) 『~文月の剣聖~1』



 ――大分『腕輪』の事がわかってきた時、僕は召喚獣の操作には自分の経験も活かされている事を知った。
 召喚獣は、僕の思いのままに動いてくれる……。だったら、動かす僕自身がその最善の動かし方を学ぶ事が出来れば、召喚獣はより強くなる事が出来る……。

 これから『腕輪持ち』の高得点者の人達とも戦っていかなければならない以上、どうしても身に付けるべきは自分の召喚獣の武器である『剣術』……。これを習う必要性を感じた……。
 今までの『繰り返し』の中でも何度か部活動に取り組んでみたり、様々なバイトに明け暮れたりと色々あったが、今回は『繰り返す』事を前提に『剣術』を習う事に決めた……。



 ――文月学園、剣道部


「こんにちは~!」
「ん?なんだ?」
「あの……、入部希望なんですけど……」


 僕はまた「繰り返し」を体験して、Fクラスに行った後、Dクラスとの戦争は極力参加せずに適当に切り上げ、剣道部に向かった……。すると主将なのだろうか、先輩らしい人が来て僕の対応をする。


「……ん?お前……、『観察処分者』の吉井じゃないのか?」
「……はい、そうですけど……?」
「……ここはお前のような奴がくるところじゃない……。怪我しないうちに出ていきな」


 ……まあ、こうなるかな。今までの僕の行動から、ある意味予想はしていた事だったんだけど……。


「いえ、先輩。僕は本気で『剣道』をしたいんです!お願いします!教えてください!!」


 ……僕は、それを覆す為には真摯に、そして真剣に頼み込むしかないと思い、土下座して先輩に頼み込む。流石にそこまでするとは思っていなかったのか、先輩も困ったように僕を見る。剣道部が少しざわめく中、それまでこちらを窺っていた一人が声をかけてくる。


「主将、せやかてこうまで言うてるんや……。ただ追い返すんわ失礼ちゃう?」
「……片岡か……。まあ、確かにそうなんだが……」
「吉井、やったな?お前、何処まで『本気』なんや?」


 そう言って片岡君が僕を見ながら質問する。


「……『本気』だよ……。僕は『剣道』を、『剣術』を知りたいんだ……」


 僕も本気であると彼に伝える。……そう、今回全てそれにかける『覚悟』はある……。しばらく、剣道場内に緊張が走る。やがて片岡君がその緊張を解くと、


「……誰か、防具一式持ってきてくれんか」
「……片岡?どうする気だ……?」
「……ちょいとコイツの覚悟がどれ程のもんか知りとうなった。主将には悪いが、我儘許してもらえんか?」


 彼らの話を聞いていると、どうも彼は僕を試す気でいるらしい……。でも……、


「……片岡君?僕は剣道はやった事ないし……、何をすれば……」
「……言うたやろ?別に勝ち負けみるんやない……。お前の『覚悟』が知りたいだけや……。ほな、さっさと着替えてきいや」










 こうして僕は防具を身に付け、彼の前に立っている。


「……構え云々言う気はない……。お前が持てるものをわいにぶつけてきな……」


 こう言いながらも、彼は僕に対し一時たりとも視線をはずす事はない……。その気迫に、僕自身息苦しく感じ、さらには……、


(……す……隙が……ない……!)


 隙とかそういった問題ではない。圧倒的な存在感から発せられる剣気のようなものにのみこまれ、この場に留まっているのも辛い……。正直なところ……、何もかも捨ててこの場から離れたい……!そう思わせる何かがあった……。


「……どないした?そないなもんか?お前の『覚悟』は……?」
「……ッ!!」


 その言葉を聞き、僕は思い出す……。僕は今、何の為にここにいる……!?こんな思いをしてまで、ここにいる理由は!?


(…………そうだったね。僕は……、今回『剣術』を学ぶためにいるんだ……。『繰り返し』の運命を、変える為に……!)


 僕はその『理由』を思い出し、今一度、彼と向き直る……。相変わらずの剣気……。だけど、次は彼に気圧される事はなかった。……彼の『剣気』に、僕は『覚悟』でもって応える……!
 そして小手先の技など通用しないだろうと悟り、ただ一回、彼に向けて竹刀を振り下ろそうと剣を上段に持っていく。……自分が持てる全てを、その一撃に込める為に……。



「……ええ目や」


 片岡君がそう呟くと、彼も、剣を上段へと構え直した……。




 ――どれくらいの時が経ったのか、まるで壁画の一場面であるかのように、しばらくそのままの体制が続く……。静まり返る剣道場…)。しかしそこに存在する緊張感……。他の部員も固唾を飲んで見守る……。
 そして……、誰かの汗が床に垂れた音がした……。その瞬間……!


 バシィィッ!!!










「……痛つつ……!」
「……スマンなあ、吉井……。ワイとした事が……、手加減できんかった……」


 ……結果は見ての通り、僕の剣は、彼の面を外し、逆に彼の剣は、僕の面に深く突き刺さった。……敗北である……。


「……気にしないでいいよ……。それで……、僕はどうなるのかな……?負けちゃったし……」
「……何、言うとんのや……?吉井、さっきのあないな『覚悟』を見せといてからに……」


 何を今更、といった感じで僕に答える。


「じゃあ……!」
「…)正直、ワイに剣を放ってこれるとは思わんかったわ……。『剣気』を出したワイに素人が竹刀を振り下ろせた事自体信じられんし……。吉井……、お前余程の『覚悟』を持っとんのやな……」


(『覚悟』、ね……。まあ、命がけだし……)


 そこはとりあえず心の中で呟く事にする。そこに主将と呼ばれた人物もやってくる……。


「先程は悪かったな、吉井……。お前の覚悟は見せてもらった……。今、片岡が言った通り、俺達剣道部は、お前を歓迎する。皆も異存はないな?」


 その主将さんが言ってくれると、皆、拍手で迎えてくれた……。何か……、照れくさい……。


「これからよろしゅうな、吉井。……いや、お前の下の名前は何て言うんや?」
「……明久だよ。……吉井、明久」
「ほんまか。ほなこれから自分の事を『明久』呼ぶわ。自分もワイの事は『浩平』でええ」
「うん、わかったよ『浩平』。これから……、よろしくね!」
「おう、そりゃこっちの台詞や、『明久』!」


 そう言って僕の肩を組んでくる浩平……。こうして僕は、剣道部のホープにして『文月の剣聖』と呼ばれる浩平と出会い…、一緒に剣を学んでいく事となる……。



とある時の明久の体験(4) 『~文月の剣聖~1』 終


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第33話 EクラスVSFクラス (番外4-2)

文章表現、訂正致しました。(2017.12.5)


 

 

 

「どうやったらこういった動きが出来るんだ……?」

「……ああ、そこはこうやって……」

「吉井!次は俺にも教えてくれ!!」

「待て!次は俺だぞ!!」

「私よ!ずっと吉井君が空くの待ってるんだから!」

 

 

(……これは……本当に『試召戦争』なのかのう……)

 

 

 主に戦場となったのは、臨時に空き部屋を利用しているFクラスの教室内……。本来であれば、相手に攻め込まれている状況なので、危機的状況にあるのじゃが……、その光景はとても『試召戦争』とは思えないものだった……。

 ……というのは見ての通り、ワシらに集中して挑んでくるものの……、その殆どが自分の召喚獣の動き方を学ぶもの……といったようなものじゃった……。勿論、戦闘も行われてはおる……。

 

 

 

【保健体育】

Eクラス-三上 美子 (112点)

Eクラス-大村 新太郎(142点)

Eクラス-古川 あゆみ(102点)

VS

Fクラス-原田 信孝 (0点)

Fクラス-朝倉 正弘 (0点)

Fクラス-有働 住吉 (0点)

 

 

 

「戦死者は補習だ!!」

「「「な、何故だ~~!!」」」

 

 

 ……単純な点数差でいえば、Eクラスの方が上……。さらにEクラスは運動系の部活動を行っている者が多い為、保健体育の点はDクラス並みであり、現フィールドも大島教諭の『保健体育』となっておる……。

 

 

「木下か!俺との勝負、受けてもらうぜ!!」

「ムッ!受けて立つぞい!!」

 

 

 

【保健体育】

Eクラス-園村 俊哉(154点)

VS

Fクラス-木下 秀吉(61点)

 

 

 

 点数は相手の方が高いものの、相手を窺いながら隙をさぐる……。尤も、相手も馬鹿みたいに突進してくる訳ではなく、自分の武器にあわせ、部活動で培ってきた力を召喚獣に発揮させようとしてくる為、なかなか隙をつけない……。

 

 

(相手の武器は…バットじゃと!?)

 

 

「いくぜ……!そらっ!!」

 

 

 何処からかボールを取り出し、千本ノックのように飛ばしてくる!

 

 

「なんの!」

 

 

 ワシはノックの嵐をかわしながら相手に近付くと、急所に目掛けて薙刀を振るう。

 

 

 

Eクラス-園村 俊哉(0点)

 

 

 

「戦死者は補習!」

「チェッ、駄目か……。次は、負けねえからな!」

「ふう……」

 

 

 相手を倒し、ワシは一息ついていると、

 

 

「クッ……!数学の教師はまだ来ないの……!?」

 

 

 隣で愚痴っておる島田を一瞥して、溜息をつきながらワシは答える。

 

 

「……島田よ。そもそもウチは教師を呼んでいない筈じゃ……。今回はあくまで相手のペースで戦う……。それが雄二の決定じゃからのう……」

「な、何でよ!?どうして坂本はそんな事……!」

「……試召戦争前に、代表である雄二が言っておったじゃろう?今回は、相手も召喚獣の操作を目的にFクラス(ウチ)に挑んできた……。じゃからワシらも、今後の為に相手にあわせ、『点数』ではなく『動き』で立ち回るように、とのう……」

 

 

(まあ……、明久の願いでこうなったとは言えんがの……)

 

 

 そんな事を言ったら、またいらん事を明久に仕掛けるじゃろうから……。それはさておき……、ワシらも出来るだけ相手の動きにあわせて戦っておる……。保健体育の点数が高いムッツリーニは大変そうじゃが、出来るだけ瞬殺させることなく動きを意識して立ち回っておる。……尤も、ムッツリーニに向かって行くような命知らずは数えるくらいしかおらんがの……。そして、万が一に備えて雄二の護衛も出来るよう、ワシと共に今回は近衛部隊の周りに配備されているのですぐに救援に向かえるようにはしておるが……。

 

 

「……このままじゃ戦死しちゃう……!木下、ちょっとここは任せるわ……!」

「ちょ、ちょっと待つのじゃ、島田よ……!いったい何処へ……!?」

「もうウチは保健体育の点数がないのよ……!ちょっと教師を連れてくる……!」

「……全く、……アイツには部隊長は任せられねえな……」

 

 

 そう言いながら現場を離れる島田を見て、溜息をつきながら雄二がそう呟く。ワシも心の中でそれに賛同しつつ、もう一人の部隊長である明久を見ると……、

 

 

「……明久……」

 

 

 ……Eクラスの面々が順番待ちのように列を作っておった……。よく見てみると、明久が相手の質問に一つ一つ答え、それを相手が試し、やがて明久が攻撃……、そういった攻防が続いておった……。実際、明久の召喚獣は全くダメージを受けておらんかったのじゃが……、それでも次々と挑戦者が現れる……。

 

 

 

【保健体育】

Eクラス-湯浅 弘文(0点)

VS

Fクラス-吉井 明久(141点)

 

 

 

「うわ――!負けた――!!」

「補習!」

「次は俺だ!!」

「私がずっと待ってたのよ!!」

「えーい!邪魔するな!」

 

 

(……なんか、仲間割れになっとらんかの……?)

 

 

 様子を見ておると、だんだんそんな雰囲気になってきており……、そこへEクラスの代表である中林が止めに入るのじゃが……。

 

 

「ちょっとあなたたち……!」

「「「「代表は黙ってて(くれ)っ!!」」」」

 

 

 ……代表の言葉すらも従えない様子で、ついに同士討ちがおこるかと思われたそんな時……、

 

 

「……おのれら、何やっとんのや……?」

 

 

 そんなところに『文月の剣聖』と呼ばれる片岡が、戦場に現れたのじゃ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……か、片岡……」

「……今回おのれらの召喚技術を見直す為に試召戦争を起こしたいゆうたな……。それにはワイも賛成した……。ワイも知りとう事もあったさかい……。せやけど……、なんやこの状況は……!」

 

 

 仲間割れを起こしかけていたEクラスだったが、奴が来てそれが収まる……。『文月の剣聖』、伊達ではないという事か……。

 

 

「戦争中にも関わらず、仲間割れ……。挙句の果てが代表の命令も無視かい……。いったい……、おのれらは何考えとんのじゃ!!」

 

 

 ……同士討ちをしようとしていた連中が俯く。

 

 

「……迷惑かけたの、吉井。自分もそんな対応せんでええのに……」

「僕は、迷惑だなんて思ってないよ……」

「さよか……。まあええ、これはEクラスの不始末や……。けじめはつけさせてもらうで。……今、同士討ちしようとした奴は前にでてきいや……」

 

 

 その言葉に複数人、前に出てくる。そして、その連中に……、

 

 

「……これで全員か……?ならええ、……おのれらは全員、戦死扱いで補習室行けや」

「「「「なっ!?」」」」

「……当り前やろ?これは仮にも『試召戦争』や……。当然ルールもある……。そん中でも、『同士討ち』など一番やっちゃアカン事やろが……。おまけに命令無視……。救いようがないで、ホンマ……」

「「「「…………」」」」

 

 

 ……それを聞き、何も言う事が出来ないEクラスの面々……。まあ、当然と言えば当然だろう……。文月学園において、『試召戦争』は生徒の権利。そこには従うべきルールが存在する。勿論、それに従いたくない場合は、明久が最初、俺に言ってきた通り、そのクラスの代表に申し出て、試召戦争を辞退する事も出来る……。が、試召戦争を行なっている以上、故意による同士討ちはご法度だ……。

 

 

「……なんなら何か?ワイが直接、補習室へ送ってやろか?」

「「「「い、いえ。補習室に向かいます!!」」」」

 

 

 片岡の物言いに素直に従うEクラスの面々。……余程、片岡が怖いのか……。

 

 

「……ほな、西村せんせ。お願いしますわ」

「わかった。じゃあお前ら、ついてこい」

「「「「はい……」」」」

 

 

 おとなしく補習室へ向かって行く。……それを見送ると俺達の方へ向き直り、

 

 

「ウチのモンが失礼したな。……とりあえずコレで許してくれや、吉井に……、坂本」

「許すも何も……、ねえ、雄二……」

「ああ……、俺は何もしてないしな……」

 

 

 俺もこう答えるしかない……。…まあ、なんとか纏まったのか……?

 

 

「……おおきに。じゃあ今度はワイと戦ってくれへんか?……ワイも自分には色々聞きとう事もあったからの……」

「……いいよ。科目は、どうする?」

「今の『保健体育』でええ……。ほな……、Eクラス片岡浩平、これよりFクラスの吉井に試召戦争を申し込むわ。……試獣召喚(サモン)

 

 

 

【保健体育】

Eクラス-片岡 浩平(185点)

 

 

 

 ……結構、点数高いな……。召喚獣の装備は……、明久と殆ど同じ……。違うのは改造学ランではなく……、袴である事か…。そこにムッツリーニが俺に耳打ちしてくる……。

 

 

「…………確か奴は400点を越えた教科もある」

「何だと!?という事は……」

 

 

 『腕輪持ち』か……。今回の科目はそうではなかったようだが……、しかし、何故Eクラスにそんな奴がいるんだ……?

 

 

「…………それは俺にもわからない。どうも噂だと、途中退席した生徒を追って、自分も試験を放り出した為とか……」

「……途中退席……?」

 

 

 それならば姫路のように無得点扱いとなる筈だが……。訳ありという事か……。まぁ、今そんな事を言っていても仕方が無い……。明久達の方を見ると、お互い召喚獣が武器を構えたまま対峙しているところだった……。

 

 

「さてと……、昨日の自分の試合見て不思議やったのは、召喚獣が『剣気』を放っとった事や……。まさか召喚獣でそげんな事が出来ようとはの……」

「……やり方は、わかる……?」

「ワイがやるようにすればええんか……?召喚獣に放たせるには……」

「召喚獣は自分の想像通りに動く……。ある程度は召喚者とリンクしているからね……。召喚獣に『剣気』を放たせるイメージを持って、君も一緒に『剣気』を放ってみたらどうかな?」

「……難しいの……、まあええ。……こんな感じやろか……?」

 

 

 そう言って、片岡が雰囲気が変わる……!クッ……、これは想像以上だ……!そもそも、『気』なんてオカルトちっくなモノだと思っていたが……、それを言ってしまったら、この学園の存在意義まで無くなってしまうから、あえて考えないようにする。だが、片岡から確かに放たれている覇気のようなものに、他の連中も試召戦争どころではなくなってしまった……。

 

 

「……うん、召喚獣も確かに『剣気』を放っているよ……。ただ、君の『剣気』が強すぎてあまり感じられないかもしれないけどね……」

 

 

 ……よく明久は平気でいられるな……。俺はともかく、秀吉やムッツリーニも苦しそうなのにな……。

 

 

「……じゃあ、僕も出すよ……!」

 

 

 そう言うと、明久の雰囲気も変わる……!これは……、昨日の試合での覇気か……!?

 

 

「あ……明久!?怪我もしとるのに……、大丈夫なのかの……!?」

「……大丈夫だよ、秀吉……。今回は、ね……。フィードバックも、一応気を付けてる……」

「……そういえば、自分、フィードバックがあったの……。大丈夫かいな……?」

「気にしないでいいよ……。それより……、『一本勝負』しようか…」

「ワイに『一本勝負』のう……。『剣気』を放てるといい、ほんま、ただモノやないな……。1年の時に、転校したてとはいえ、お前に気付かんかったのは不覚やったわ……」

 

 

 片岡が明久に答えるかのように改めて召喚獣に構えさせる……。お互いに上段構えで……。今にも動こうとする、そんな時……、

 

 

「待たせたわね、みん……な……」

 

 

 数学の教師である木内教諭を連れて戻ってきた島田、その言葉を合図に反応して二人が同時に動く……!

 

 

 

【保健体育】

Eクラス-片岡 浩平(0点)

VS

Fクラス-吉井 明久(0点)

 

 

 

「あ……相打ちか……!」

 

 

……お互いが互いの頭に木刀を叩きつけ、いずれもその点数を無くしていた……。あの……明久がな……。

 

 

「……痛つつ……!」

「……フィードバックか?自分、大丈夫か?」

「……まあ、これくらいならね……。大丈夫だよ……」

 

 

 そうは言うが明久の奴……、思いっきり痛そうに頭を抑えているが……。

 

 

「……そんな状態になるのがわかってて、ワイと立ち会ったんか……?」

「……」

 

 

 そして秀吉たちも、明久の下へ行き……、

 

 

「……明久よ」

「…………お前という奴は……」

「……そんなに睨まないでよ、秀吉、ムッツリーニも……。どうしても……、戦いたかったんだ……」

「……ま、お主のバカは、今に始まった事ではないがの……」

「…………同感」

 

 

 溜息をつきながら、秀吉とムッツリーニが明久の具合を見ている……。ま、アイツらの言うとおり、本当に明久ときたら……。

 

 

「……おい、バカ明久」

「……雄二もそんな事を……。本当に、悪かったよ……」

 

 

 と言う明久だったが……、正直悪いと思ってる顔じゃねえぞ……。後の事は俺に任せるってか……?全く、勝手なもんだ……。

 

 

「…………吉井」

「……西村先生まで……。本当に勘弁してくださいよ……。それより、僕も戦死したんで補習室へ……」

「……まあいい、二人ともついてこい」

 

 

 そんな中、明久がこちらを見る。

 

 

「……わあったよ。後は……、任せておけ……」

「うん……。後は任せたよ、雄二……」

 

 

 お前に言われなくても……後は、俺が上手く纏めてやる!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ムッツリーニよ……」

「…………秀吉、後は雄二に任せよう」

「うむ……、しかし、まさか明久が戦死するとはの……」

「…………明久も負け知らずという訳ではない。むしろ……何度も負けて、今のアイツのようになった筈だ……」

 

 

 …………少なくとも去年までとは比べようがないが。

 

 

「……そろそろ終わりにしないか?中林……」

 

 

 俺達の見守る中、雄二がEクラスの代表へそう提案する。

 

 

「そうね……、そちらは吉井君、こっちも片岡君がいなくなったし……。じゃあ折角だから最後は代表同士で決めない?」

「そうだな……、ここまでやって俺が出ないのもな……」

 

 

 ………まあ、大丈夫だろう。今の雄二(アイツ)ならば……。

 

 

「大丈夫かの、雄二……」

「心配するな、秀吉。アイツに任された以上はなんとかするさ……。あとはまあ……、代表としてのケジメ、だな……」

 

 

 こんなところで躓く訳にはいかねえだろ……、そう言いながら、雄二は中林の前に立つ……。

 

 

「折角、島田が教師を連れてきてくれたんだ……。その教科でもいいか?」

「ええ……。この際文句を言うつもりはないわ」

「そうか、じゃあ木内先生、召喚許可を!」

「わかりました。承認します」

「「試獣召喚(サモン)!」」

 

 

 

【数学】

Eクラス-中林 宏美(109点)

VS

Fクラス-坂本 雄二(221点)

 

 

 

「まさか、そんなに点数が高いなんてね……。とてもFクラスとは思えないわ……」

「まあ色々思うところがあってな……。それより操作性を学びたいんだろう?……いいぜ、やってみな!」

「じゃあお言葉に甘えて……、いくわよ!!」

 

 

 召喚獣の手にしたテニスのラケットを構えて、雄二に打ち出す。それを雄二は一つ一つ見極め、かわしてゆく。しかし、何発かはかわしきれず点数を削られていた……。心配そうにそれを見守っている秀吉に声をかける……。

 

 

「…………心配するな、秀吉。アイツは、決める時は決める奴だ」

「……そうじゃの」

 

 

 ある程度、中林の動きに合わせて回避を中心に動いていた雄二だったが、

 

 

「……じゃあ、そろそろ行くぜ!!」

 

 

 そう言って、一気に相手に近付き、そして……、

 

 

「な!?」

「ふきとべやっ!!」

 

 

 渾身の一撃を中林の心臓部へ叩きつけた……!

 

 

 

【数学】

Eクラス-中林 宏美(0点)

VS

Fクラス-坂本 雄二(181点)

 

 

 

「そこまで!勝者、Fクラス!!」

 

 

 立会いの先生がそう宣言し、こうしてEクラスとの試合に決着をつけたのであった。

 

 

 

 




とある時の明久の体験(4) 『~文月の剣聖~2』



「まだまだやな、明久」
「なにお~!今度こそ勝ってみせるっ!!」
「はんっ!100年はやいわっ!!」


 一緒に剣を学ぶようになってから数ヶ月、僕と浩平いつしか何でも話す仲になっていた……。試召戦争はそこそこに、今回は完全に剣道にのめり込んでいた。……雄二達も最初は冷やかしてきていたが、僕が本気だとわかるとあまり茶化しても来なくなっていき、先生方も真面目に取り組む僕をみて、あまり『観察処分者』の仕事を振らなくなっていた……。ただ、この事に関して言えば……、学園長には最低限の事情を話しているという事もあるかもしれないけど……。この間も体育祭と重なって、剣道部の個人での強化合宿があり、僕と浩平はそちらに参加していた。

 とはいっても、召喚獣の操作時は、覚えた事、そしてその応用ができるか、検証する事も忘れない……。僕の召喚獣は、何処でも召喚する事ができる……。それを、最大限活かしていた……。
 そして……、また月日が流れ……、


「片岡、吉井。剣道部は任せたぞ!」
「ええ、今回こそは全国一になってみせますわ!!」
「安心して卒業して下さい!先輩!!」


 ――お世話になった3年生の引退、そして卒業……。いつの間にか、僕も浩平に次ぐ実力を持つようになっていた……。


「……さて、ほなまた稽古をしよか、明久!!」
「そうだね、いくぞ、浩平!!」


 どんな厳しい練習、どこの修行だよと思うような特訓にも耐えてきた……。どんな時も浩平と一緒に……。苦しい時も、辛い時も……。
 あまりに夢中になっていたので……、何処かで忘れていたのかもしれない……。『腕輪』の輝く時が最近多くなり、そして……、その間隔が短くなっていた事を……。


「……そうか……、もう……、そんな時期なんだ……」


 今回、僕は剣の修行に任せて、ほとんど条件らしい条件を満たしていないだろう……。『行動』の条件に関しては、僕の思うようにやっていたから、今回は問題ないのだろうけど……。『繰り返し』の3番目の条件である『期限』が……、刻一刻と迫っているようだった……。



 ――浩平に、話すべきか……。



 もう……、僕は浩平の事を単なる友達とは思えなくなっていた……。修行仲間にして、ライバル……、どんな時も一緒に頑張って、何でも話すようになっていた親友……。そして……、今回の『繰り返し』が終われば……、もうここまで彼と関わる事もないだろう……。この『腕輪』の外すまでは……。あまり『腕輪』を外す事と関係ない動きは取れないから……。
 それに何より……、剣一筋の浩平と、剣道部を通さなかったら、……ここまで仲良くなることは出来ないだろう……。



 ――僕は今後、浩平とは深く関われない…!



 その事が深く、僕の心にのしかかっていた……。そしてもう一つの問題……。この事を……最後に話すかどうか……。今まで……、黙ってきたのに……?





「どないしたんや、明久。昨日も稽古に来んと……。どないしてん?」
「浩平……」
「……何かあったんか?」


 ……恐らく、もう何日と『期限』も無い……。僕は、浩平に話す事にした……。





「……そんなら何か?もう自分には時間がのうて……、あと数日もしたら消えてしもうと……?」
「……消えるかどうかは分からないけど……。少なくとも僕は……」
「ふざけんなやっ!!」


 胸倉を掴まれ、壁に叩きつけられる……。激しい怒気……、本気で……怒っている……。


「今更、今更何言うとんのや!!ふざけとんのかっ、明久!!おのれは……!こないな事……!なんで今まで黙ってきたんやっ!!」
「…………ゴメン」
「自分とは、ずっと隠し事もなくやってきたつもりやった……!!それを……それを……!!」


 そんな彼を前に……、僕は何も言えなかった……。言う事は出来なかった……。


「……何とか言えやっ!!」


 バキィッ……!!ガシャ――ン……!!


 ぶん殴られ、机を巻き込み吹き飛ばされる……。浩平は肩で息を切らしながらこちらを睨みつけている……。


「……ごめん……。もっと前に……、いや、最初に言うべきだった……。本当に……ごめん……」


 それしか、僕には言う事が出来なかった……。暫く教室に流れる沈黙……。
 それがどれくらい続いたのか、やがて浩平は踵を返し、教室を出て行こうとする……。


「浩平……」
「……もうええわ。……明久……、もうおのれと、話す事はない……」
「…………浩平……」


 そして、彼は出て行った……。





 あれから、僕は剣道場には行けなかった……。彼とも……、距離を置いている……。今更、どの顔をして会えばいいかも分からないからだ……。他のクラスメイトも……、僕達の仲を心配しているようだ……。
 僕は、そっと『腕輪』を見る……。


「……もう、今日くらいが、限界……かな……」


 隠してはいるものの、もう他の人でも気になる位、腕輪が反応している……。『期限』は恐らく……、僕が始めて『繰り返す』事となった日の前後……。あんまり覚えてはいないけど……、直感的に今日あたりと僕は思っている。……多分、このまま別れる事になるのだろう……。


(だけど……、その方がいいかもしれない……)


 二度と深く関われない相手だ……。僕も辛いが、浩平も辛いだろう……。このまま……、別れた方がお互いの為かもしれない……。
 最後の時をどう過ごすか、そんな事を考えていたところ、ふと、自分の机に一通の手紙?が入っているのに気付いた……。こんな時に誰が……、そう思いながら手紙を開けてみると……、



 ――本日19時、文月学園剣道場にて待つ    片岡 浩平――



 そんな文面の果たし状が僕の机に入っていたのだ……。




とある時の明久の体験(4) 『~文月の剣聖~2』 終


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第34話 AクラスVSCクラス (番外4-3)

文章表現、訂正致しました。(2017.12.5)


「……それではこれより、Aクラス対Cクラスの模擬試召戦争を始めます」

 

 

 高橋先生以下、4人の教師に立ち合いをお願いし、Aクラスの教室前に集まって貰う……。両クラス生徒もそこに集まり、始まりの時を静かに待っていた……。そして……、

 

 

「……はじめ!!」

 

 

 今、Cクラスとの模擬試召戦争が切って落とされる……!

 

 

「みんな!各個撃破していって!」

「……一対一では勝てません!それぞれで、多対一の状況を作り出してください!」

 

 

 私と神崎さんの指示が飛び交う……。

 

 

 

【英語】

Aクラス-栗本 雷太  (223点)

VS

Cクラス-黒崎 トオル (136点)

 

 

 

【数学】

Aクラス-横田 奈々 (243点)

VS

Cクラス-榎田 克彦 (131点)

Cクラス-新沼 京子 (116点)

 

 

 

【総合科目】

Aクラス-時任 正浩 (2621点)

VS

Cクラス-神戸 慎  (1363点)

Cクラス-吉岡 創路 (1401点)

Cクラス-新山 猛  (1339点)

 

 

 

 ……状況は五分五分、やや多対一の構図が出来上がっている、と言ったところかしら……。操作性を学ぶ……。それでも補えない点数差を各々の連携で補おうというのが相手の考えなのだろう。私は出来る限り各個撃破すべく、一対一の状況で戦いつつ、周りの状況を把握する。

 

 

「木下さん、覚悟ッ!!」

「……甘いわよっ!」

 

 

 隙を突いたカタチで、相手が武器を手に突撃してくる。私はそれをランスで受け流し、すれ違い様に相手の急所へと武器を突き出した。

 

 

 

【英語】

Aクラス-木下 優子(382点)

VS

Cクラス-大野 透(0点)

 

 

 

「戦死者は補習だ」

「模擬試召戦争なのに!?」

 

 

 

 ……目の前の相手を戦死させ、西村先生が来たところで、改めて状況を見てみる。代表には一応後方に控えてもらい、近衛部隊を配備している……。一応、愛子にも居て貰ってるから大丈夫だろう……。後は……、

 

 

 ブォンッ!!

 

 

 その時、風を切るような音がしてその方向を見ると、

 

 

 

【現代国語】

Aクラス-久保 利光 (321点)

VS

Cクラス-野口 一心 (11点)

Cクラス-高田 光彦 (0点)

Cクラス-野々村 充 (0点)

 

 

 

 利光君が複数のCクラス生徒相手に立ち回り、殆どを戦死させていた。恐らくは『腕輪』の力を使ったんだろう……。

 

 

(利光君の現代国語は確か400点を越えていた筈だしね……)

 

 

 そして戦死した生徒と交代で、参戦してきた人物がいた……。

 

 

「それが久保の『腕輪』か……」

「君は……、高橋君かい……」

「やはり、『腕輪』の力はすごいな……。じゃあ久保、次は俺と戦ってもらう!一心もそのまま手伝ってくれ!」

「わかったぜ!」

「……ならば受けて立とう……。科目はこのままかい?」

「いや……、高橋先生、『物理』に変更して下さい」

「……物理でいいんですね?……わかりました。承認します」

 

 

 ……?高橋先生が一瞬口籠ったような……?それに確か、彼って『腕輪』を持っているって言ってなかったかしら……!?

 

 

試獣召喚(サモン)!」

 

 

 

【物理】

Aクラス-久保 利光(336点)

VS

Cクラス-高橋 勇人(221点)

Cクラス-野口 一心(124点)

 

 

 

「……また、随分と高い点数だね……」

「……ああ、お前に比べれば低い点数だが……、さて、いくぞ……!」

「クッ……!」

 

 

 さすがに利光君も多対一、それも一人はAクラス並に点数が高い人……。同時に相手にするのは厳しいだろう……。私も援護に行きたいけど……。

 

 

「木下さん!今度は私が……!」

「……ッ、ダメね……!誰か、利光君の援護を!」

 

 

 余裕がある人に彼の援護に行かせるように指示を出す……!私も、早く終わらせないと……!

 

 

「久保君!私が……!」

 

 

 そこへ、相手を蹴散らした姫路さんが援護へ向かったようだ……。しかし……、

 

 

「……姫路さん、ここから先へは行かせませんよ……!」

「ッ!通して下さいっ!!」

 

 

 

【物理】

Aクラス-姫路 瑞希(372点)

VS

Cクラス-神崎 真琴(483点)

Cクラス-村田 奈々(99点)

 

 

 

 よ、400点越え……!?一体Cクラスは何人、高得点者がいるの……!?

 

 

「……相手は姫路さんですし……、ここは使わせて貰います……」

「えっ!?」

 

 

 神崎さんの召喚獣の腕輪が光ったかと思うと、眩いばかりの閃光が迸る……!これは……、目晦まし……!?

 

 

「きゃっ……!?」

「姫路さんっ!?」

「……余所見とは余裕だな……、久保……っ!」

「しまっ……!?」

 

 

 

【物理】

Aクラス-久保 利光(207点)

Aクラス-姫路 瑞希(71点)

VS

Cクラス-高橋 勇人(201点)

Cクラス-神崎 真琴(433点)

Cクラス-野口 一心(75点)

Cクラス-村田 奈々(99点)

 

 

 

 そちらを見てみると、利光君の援護には行けたものの姫路さんの点数は大幅に削られていた……!あの『腕輪』の能力か、または目を晦まされた時にその隙を突かれたのだろう……。戦死しなかったのは咄嗟に急所は避けた為か……。

 

 

「……流石ですね……。あそこで避けられるとは……。私の操作が未熟だった事もあるのでしょうが……」

「そこは、姫路だからだろう……。昨日まではFクラスにいて、人一倍召喚獣の操作に慣れている筈だからな……」

「……大丈夫かい?姫路さん……」

「は、はい……。大分、点数を削られてしまいましたけど……」

 

 

 ……このままだと2人をみすみす戦死させてしまう事になる……。

 

 

「……悪いけど、もう終わらせてもらうわ……」

「え?きゃあ!?」

 

 

 

【数学】

Aクラス-木下 優子(313点)

VS

Cクラス-岡島 久美(0点)

 

 

 

 私は攻撃を繰り出し相手を戦死させる……。多少強引だったせいか、こちらも点数を削られてしまったがそんな事もいってられない。戦闘を終わらせると、そのまま利光君達の援護に入る……!

 

 

「大丈夫!?利光君、姫路さん!」

「……なんとかね……、このままだと厳しいが……」

「……木下も来たか……。Aクラスのトップ10が3人、ね……」

「……どうするんですか、勇人……。『変更』するんですか……?」

「そうだな……、高橋先生、『化学』に変更できますか?」

 

 

 通常、私が利光君達のフィールドに援護に来た以上、科目の変更権は向こうにある……。有利に進んでいる以上、科目を変更する事にメリットなど無い筈だ……。それなのに……、

 

 

「……ここで『化学』ですか……。わかりました、承認します」

 

 

 ……自分達に有利な科目なのに、わざわざ変更するなんて……。

 

 

「……折角点数を削ってたのにいいの?」

「……さっきも言ったが、今回は召喚獣の操作に慣れるといった目的がある……。それにこの教科は……俺の得意科目だ」

 

 

 

【化学】

Aクラス-木下 優子(374点)

Aクラス-久保 利光(327点)

Aクラス-姫路 瑞希(408点)

VS

Cクラス-高橋 勇人(421点)

Cクラス-神崎 真琴(179点)

Cクラス-野口 一心(114点)

Cクラス-村田 奈々(125点)

 

 

 

 ……もう、驚かないわよ……。さっき、彼は自分で『腕輪』を持っている科目があると言っていた事だし、ね……。

 

 

「さて……、じゃあ俺も使わせてもらうかな……」

 

 

 高橋君がそう言った瞬間、召喚獣の腕輪が光り……、周りに薄暗い霧のようなものが発生する。

 

 

「こ、これは……!?」

「……点数の消耗が激しいみたいだからな……。さっさと終わらせてもらうぞ……!」

 

 

 そして、彼の召喚獣が消え……!?えっ!?消えたの!?

 

 

「……!?優子さんっ、あぶないっ!!」

「えっ!?きゃっ!」

 

 

 利光君の召喚獣が私を庇うと……、

 

 

 

Aクラス-久保 利光(0点)

 

 

 

 切り裂くような音がしたかと思うと、私を庇った利光君の点数がなくなり戦死してしまう……。一体、何が……。

 

 

「利光君……、ごめんなさい……」

「……すまない、僕はここまでのようだ……。優子さん、彼の召喚獣は周囲に溶け込んでくる。気を付けるんだ……」

 

 

 ちょうど西村先生が来て、補習室に向かう利光君……。

 

 

「……木下の代わりに久保が戦死か……」

「高橋君……。今のは……」

「……俺の召喚獣は周囲を闇に包む事が出来るらしい……。点数の消耗が激しいからあまり使えないが、他にどんな事が出来るかを模索しているところだ……」

 

 

 

Cクラス-高橋 勇人(284点)

 

 

 

 彼の姿が実体化して点数が表示される。……確かに彼の点数も大分減ってはいるが、能力は脅威すぎる……。あんなカタチで攻撃されたら回避のしようがない。これが……『腕輪』の力なの……?

 

 

「久保君……。今度はこちらの番ですっ!!」

 

 

 そう言って姫路さんの召喚獣が前に出ると、その『腕輪』が輝き出す……!そうか……、彼女も腕輪を……!

 

 

「何がくる……!?」

「……勇人ッ!!」

 

 

 次の瞬間、キュボッという音と共に、彼らに向けて放たれたレーザービームのような熱線が襲う!……様子見をしていたCクラスのメンバー諸共、その熱線が降りかかろうとした時、神崎さんが高橋君の召喚獣を庇うかのように突き飛ばし、その攻撃範囲から外させた。

 

 

 

「うわあ!!」

「きゃあぁぁーっ!!」

「……ッ!ここまでのようですね……!」

 

 

 

Cクラス-神崎 真琴(0点)

Cクラス-野口 一心(0点)

Cクラス-村田 奈々(0点)

 

 

 

 逃げ遅れた彼女らの召喚獣が炎に包まれ戦死した……。す……凄い……。これは命中したら点数がいくらあっても戦死するんじゃ……。

 

 

「真琴ッ!!すまない……、仇は討つ……!」

 

 

 そして再び闇を発生させると……、

 

 

「ッ……!」

「姫路さんっ!!」

 

 

 

Aクラス-姫路 瑞希(0点)

 

 

 

 高橋君の攻撃を受け、姫路さんも戦死してしまう……。

 

 

「木下さん……、ごめんなさい。後はお願いします……」

「限界、か……。上手く調整しないと実用は難しいみたいだな……」

 

 

 

Aクラス-木下 優子(293点)

VS

Cクラス-高橋 勇人(99点)

 

 

 

 能力の影響か、高橋君の点数も大幅に削られていた……。まあ、あれだけの力、副作用がないと使えないだろうけど……。

 

 

「さて、じゃあそろそろ終わらせるか……。おかげで、こちらも大分使い勝手がわかってきたしな……」

「……わかったわ……」

 

 

 点数はこちらが上だけど、それだけでは決まらない……。それが今までの経験で嫌というわかってる……。慎重に相手を窺い、そして……!

 

 

 バシュッ!!

 

 

 

Aクラス-木下 優子(172点)

VS

Cクラス-高橋 勇人(0点)

 

 

 

 こちらのランスで貫いた時に、私も彼の一撃を貰い、点数を減らす……。なんとか倒す事が出来たけれど……、これは、痛み分けといったところだろう……。

 

 

「……負けたか……」

「もし貴方に点数があったら……。結果は逆だったかもしれないけどね……」

「……召喚獣の能力は最初の点数で決まる……。点数が上だった俺をキッチリ戦死させてるんだから、それはお前の実力だよ、木下……」

「……有難う。……そう言った方がいいのかしら……?」

「ああ、褒めたつもりだからな。……尤も、俺がこんな召喚獣うんぬんに興味を持つとは思わなかったが……」

 

 

 最後に彼は頭を掻きながらそんな事を言いつつ、補習室の方へ向かう。……それは私も同じかもね……。そう思った時、Cクラスの代表である小山さんから声がかかった……。

 

 

「木下さん……、次は私と戦ってもらえるかしら?」

「……いいの?貴女がやられたら、模擬試召戦争も終わっちゃうわよ?」

「まあ、そろそろ頃合いだし……、いいと思うわよ……?」

 

 

 そう言う小山さんを見てみると、彼女に付き添っている筈の近衛部隊もいない状態であった……。

 

 

「……Cクラス(ウチ)の主力がやられた上に、もうそんなに人がいるわけでもないからね……。そろそろ潮時だと思うから……」

「……わかったわ」

 

 

 確かにもうCクラスの人達は数えるほどしかいない……。だけどAクラスも大分やられてしまったようだ……。この辺で決着をつけるべきなのだろう……。

 

 

「科目は……このままでいい?」

「意外ね……。もう大分点数が残っていないのに……。それとも余裕、なのかしら?」

「まさか……。ただ、さっき高橋君達と戦った時も向こうが有利なのに科目を変更してくれたしね……」

「そう……、まあいいわ。……試獣召喚(サモン)!」

 

 

 

【化学】

Aクラス-木下 優子(172点)

VS

Cクラス-小山 友香(168点)

 

 

 

 点数上は互角……。ただ、召喚獣の能力は元の点数が高い私の方が上……。それがわかっているのか、小山さんも慎重になっている。

 

 

「ただ……、このまま手をこまねいていてもね……」

「それには同感……。どうかしら?この際一気に決めない?」

「そうね……。アタシも賛成、かな?」

 

 

 そう答えると、私は召喚獣にランスを構えさせ、突撃するスタイルに入る……。対する小山さんも両手で剣を構えさせ迎え撃つようだ……。攻めきれなければ、負けるだろう……。

 

 

「行くわよっ!!」

「……来なさいっ!!」

 

 

 その言葉とともに、私は攻撃を受け流そうとしている小山さんに向けてランスを突き付けていった……。そして……、

 

 

 

【化学】

Aクラス-木下 優子(0点)

VS

Cクラス-小山 友香(0点)

 

 

 

 小山さんの召喚獣を討ち取れたものの、私も反撃を受け、点数が無くなってしまっていた……。

 

 

「両者戦闘不能ですね……。ただ代表である小山さんが戦死したため、この模擬試召戦争はAクラスの勝利となります!」

 

 

 Aクラスの勝利となり、勝鬨があがる……。代表や愛子たちもCクラス人達を上手く撃退できていたようだった。愛子が私の方を見てウインクしながら手を振っていた。……ん?何か口が動いてる……、何々……?

 

 

(ガ・ン・バ・ッ・テ・ネ)

 

 

 …………。そう言う事ね……。

 

 

「小山さんと木下さんは点数が無くなったので、一度補習室の方へ行ってください」

「「わかりました…」」

 

 

 ……私も戦死しちゃったから地獄の補習が待っていたわね……。模擬試召戦争も終わった以上、補習というより点数回復ができればすぐに補習室からは出られるだろうけど……。

 

 

「さすが木下さんね……。私は受け流せると思ってたんだけど……」

「……そうかしら?でも小山さん、試召戦争で召喚獣を動かしたのは初めてよね?それで相打ちにされるとは思わなかったんだけど……」

 

 

 ……でも、昨日の試合といい、ここのところ相打ちが多いわね……。それにしても、『腕輪』か……。私もあと少しではあるのだけど、まだ400点を越える科目はない……。それに明久君の事もあるし……、

 

 

(アタシも400点に近い科目を集中して勉強しようかしら……)

 

 

 そう思いつつ、小山さんと話しながら補習室へ向かった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――……所変わって、補習室……。

 

 

「……大丈夫かいな、吉井……」

「うん……、まあ、慣れてるし……」

 

 

 次々と戦死した生徒が送られてきており、そこで地獄の、いや特別講義が行われていた……。E・Fとの試召戦争の他に、A・Cも模擬試召戦争が行われていた為、ひっきりなしに西村先生は出たり入ったりしていたが……。

 

 

「ちゅーても、あん人はホンマ人間か……?」

「どうだろうね……」

 

 

 僕も週に7回以上は思ってたりするんだけど……、それに関しては未だに答えが出ない……。

 

 

「……自分、剣道やってた事はあるんか……?」

「……うん。『前』にちょっとね……」

 

 

 ……そう……、『前』に君と、ね……。

 

 

「吉井……、お前、あの構えをとらんかったら、そんなフィードバックを負う事もなくワイを倒せたんちゃうか……?」

「……どうしてそう思うの?」

「剣道やっとったんならわかるやろ?……あの構えは『火の構え』や……。攻撃に優れているが、守りには向かん……。自分ほど召喚獣操れるんやったら、そんな事せんでも勝てるんちゃうんか?」

 

 

 ……そうだね。あの構えを取らなかったら、多分攻撃を喰らう事なく倒す事が出来ただろう……。でも……、

 

 

「あの『構え』には、思い入れがあるんだ……。それに君とは……、どうしてもあの『構え』で戦いたかった……」

 

 

 彼との思い出の中にある勝負……、そのいずれの時でも使った、あの『構え』で……!その答えに納得してくれたのか、片岡君が話しかけてくる。

 

 

「ほんまか……。ほな自分、その怪我なおったら剣道部に入らんか?」

「うーん……。部活動はあんまり出来ないと思うな……。やらなきゃならない事があるからね……」

「なら暇な時だけ顔を出すだけでええ……。ワイは自分が気に入ったわ。なんか話しやす思うし、それに……なんや、自分といるとこう……、前からずっと一緒だったように感じる事もあるねん……。上手くは言えんけどな……」

 

 

 ……僕も、あの時は君とずっと一緒だったからね……。何を考えているかもお互いに分かるくらいに……。

 

 

「……時々顔を出すくらいしか出来ないと思うよ……」

「それでもええ。あと……、これから自分の事は『明久』呼ぶ事にするわ。自分もワイの事は『浩平』でええ」

「……うん。わかった。『浩平』……。これからも……、よろしくね?」

「おう!!『明久』、こちらこそよろしゅう頼むわ!!」

 

 

 ……一瞬あの時の事が頭をよぎった……。

 

 

 

 

『ほんまか。ほなこれから自分の事を『明久』呼ぶわ。自分もワイの事は「浩平」でええ』

『うん、わかったよ「浩平」。これから……、よろしくね!』

『おう、そりゃこっちの台詞や、「明久」!』

 

 

 

 

 また、こうして彼と一緒にやっていけるのか……。だとしたら……、こんなに嬉しい事はない……!また、『彼』と関われる……、その奇跡のような事に……!。

 

 

「……補習室で友情を育む奴らがいるとはな……。まあいい、吉井、片岡!とりあえず、これを全部こなせ!!」

「……これはまた殺生な……」

「うん……、でも頑張ろう……。そろそろ試召戦争も終わるころだと思うしね……」

 

 

 その後、利光君や姫路さん、優子さん、そして高橋君達も補習室にやってくる中で、試召戦争に決着が着いたと報告が入る……。

 どうやら雄二が決めて、Eクラスとの戦いを制したようだ……。一応、3ヶ月試召戦争を起こさないという事で設備交換無しの和平交渉を結んだらしい……。

 そして……、これは事実上、2年の全クラスにおいて一学期の間に試召戦争を体験したという事を意味していたのだった……。

 

 

 

 

 




とある時の明久の体験(4) 『~文月の剣聖~3』


 ――PM7時、文月学園剣道場にて。
 暗くなった部屋に2人の生徒がお互い防具を身に付けて対峙している……。一人は僕……、そして、もう一人は……。


「明久……、一本勝負や……」


 ……僕の親友にして、ライバルの片山浩平……。『文月の剣聖』と呼ばれるその人だった。


「一本勝負……」
「そうや……。もう、ワイ達の間に言葉はいらへん……。その剣で……、見せてみいや……!」


 そう言って、浩平は剣を構える……。一本勝負……。あの、はじめて会った時と同じ、一本勝負か……。
 僕も浩平に向けて剣を構えた。……構えると……、色々思い出す事があった……。始めて会った時の事、一緒に剣を学んだ日々、それぞれのプライベートを共有し……、そして剣道部の強化合宿……。
 走馬灯のように浮かんでは消えていく……。まるで、死ぬ間際であるかのように……。尤も……、数分後にはそれは真実になるだろう……。


(だったら……!)


 僕は今までの全てを込めるかのように構えを上段に変える……。


「火の構え……、か……」
「……あの時と、同じでしょう……?」
「あの時……?ああ……、あの時か……」


 浩平も思い出したのだろうか、彼も上段の構えに直す……。防具に隠れて見えないが、どこか笑っているような印象も受ける……。


「自分とはじめて会うた時もそうやったな……」
「……あの時は勝てなかった……。だから……、あの時と同じ構えで……、今度は君を倒す……!」
「はん……、10年早いわ……!」


 お互い防御を捨てて、この一撃に全てを込めようという構え……。自分の全てをかけて……。相手に対する最大の敬意をもってそれに答える……!
 ……静まり返る剣道場……。あの時と、同じ状況……。その中で僕の腕に付けた『腕輪』のみが輝き続ける……。
 そして、その輝きが一際大きくなったその時、僕と浩平は同時に動いた……!



 バシィィッ!!!








「……勝てなかったか……」
「……『引き分け』といて何、贅沢言うとんのや……」


 お互いが互いの面に竹刀を打っていた……。尤も、僕の剣は彼に比べると浅かったから引き分けかと言われるとアレだけど……。


「浩平……」
「胸を張れや、明久……。自分は仮にも『文月の剣聖』と呼ばれたワイと引き分けたんやで……?」
「浩平……、僕は……」


 彼は僕が話そうとしたところを制するようにし……、


「明久、ええんや……。自分の話、最初に聞いた時は、確かにショックやったわ……。何でもっとはよう言うてくれんかったんや思うてな……」
「…………浩平……」
「せやけど自分には『目的』があったんやな……。あの日、あの時から……」


 そう言われ、また始めて会った時を思い出す……。そして浩平との日々も……。


「自分はワイについてきた……。言わへんかったけど、嬉しかったんやで?……他の奴らは……、ある意味ワイに遠慮しておったしな……。アイツは天才や、特別や言うてな……。せやけど自分は……、自分だけは最後までワイについてきてくれた……」
「浩平……」
「そのお前の決めた事や……。自分の覚悟……、『剣士』の覚悟にケチをつける訳にはいかん……」


 ……今回の事は、西村先生にも伝えてはいない……。『繰り返す』覚悟でやっていた事だからだ……。余計な事を言って、苦しむ人を増やしたくなかった……。学園長にだけは簡単に事情を伝え、大きな変化がおこった時のみ教えてもらってはいたが……。
 そう……。本当は他に誰にも伝えるつもりはなかったんだ……。彼とも……、ここまで仲良くなるとは思ってもいなかった……。
 そして……、『繰り返す』前兆がおこり、腕輪が一段と輝き出した……。


「……そろそろ時間か……?」
「…………うん……」
「……泣くなや、明久……。剣士は涙を見せたらアカン……」
「な、泣いてないよ……!それに、なんだよソレ……!」


 不覚にも涙が出そうになってきたのを隠し、彼の言った事の意味を聞く……。


「泣く時は……、全て終わってからや……。自分は……、まだこれからやろ……?」
「…………」
「……だから、その時まで、涙はとっておくんや……」
「浩平……」
「フン……、ワイまで、つられてきそうになるやないか……」


 もう……、彼とここまで関わる事はないだろう……。それに……、こんな風に僕から剣道部に向かわなければ、浩平と話をするという事もないだろう……。自然な流れに逆らい、下手に交流を持とうとしたら、その分『繰り返す』可能性も高くなるだろうから……。


「こんな……、思いを、君に……!」
「それを言うなや……。それに……、ワイは後悔しておらへん……。自分と……、『明久』と会うと事はな……」
「……ッ!」
「……自分といたこの1年とちょっと……、悪くなかったわ……」


 その言葉と同時に、いつもの時のように僕は激しい光に包まれる……。


「絶対に乗り越えるんや、明久!!乗り越えて……、そのあとワイにも教えてくれや……。そん時は……、最後まで『剣道』をやるんやでっ!!」
「うんっ、わかったよ……、浩平!……今まで、ありがとうっ!!」



 ――そして目の前が真っ暗になり……、僕は『繰り返し』た……。








 それからはやはり浩平と普通に話す事はなくなった……。でも……、いつか……、何時の日か、また彼と一緒に話せるように……!そう思いつつ、僕は歩き続ける……。そして…………、




「EクラスがFクラスに試召戦争を仕掛けてきたのじゃ!!」


 秀吉からの連絡を受けて、僕は急ぎ臨時のFクラスとなっている場所へ向かう……。もしかしたら、と……。今までは『試召戦争』に関わる事のなかった『彼』が来るかもしれない……!そう思って、怪我をしているのも忘れ、僕はFクラスの教室へと走っていく……。


 そして……、僕と『浩平』の道が、再び交差する……。



とある時の明久の体験(4) 『~文月の剣聖~3』 終


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各種設定
原作キャラの設定・変更点


内容が変更されれば、どんどん追記していく予定です。


~ 設定 ~

 

 

 名前  吉井 明久

 

・2-F所属

 

・原作、この小説の主人公。

 

・身長、体重は原作と同じ。

 

・ある事故により、何度も文月学園の2年生を繰り返している(後述)。

 

・原作は踏襲している為、『バカとテストと召喚獣』でおこる内容と同じ事は経験しているものの、度重なる繰り返しの為、細かいところまでは覚えていない。

 

・性格は、あまりバカな発言は目立たなくなり、その過酷な体験から独特の雰囲気を持つようになっている。またオリジナルキャラクターでもある高橋勇人らの影響も受け、周りの事も考えられるようになり、自分の行動に対する責任というものを持っている。但し、他人の為に本気で行動できるところや、基本的に優しい(甘い?)部分は原作の通り。

 

・またそれと同時に周りを巻き込む(引き付ける)魅力があり、原作のようなバカさが見られなくなった事が、周りに影響を与えている。

 

・体力は2年生時と変わらないが、元々ある運動能力と、繰り返し(特に剣道)の経験から、その能力は高い。特に『剣気』を使うときは並みの不良くらいならば恐れをなして逃げていく程である。

 

・点数は日本史は400点を越える点数は出せるようになっており、世界史や化学、英語、古典などもそこそこの点数となっている。数学等はまだまだ中学生レベル。試験を受ければCかBクラスに入れるくらいの点数となる。

 

・恋愛感情には鈍感(場合によっては原作以上?)。また自身の状況からそんな余裕も無くなっている。ただ、姫路さんに対しての感情は、『初恋』という形で、既に思い出のものとなっており(過去の体験により)、さらに恋愛感情とは違うかもしれないが、秀吉と優子に対しては、特別な思い入れがある(これも過去の体験により)。

 

  〈召喚獣〉

 

服装:原作の通り、改造学ランだが、若干繰り返してきたのでくたびれた仕様になっている。

 

武器:木刀。ずっと使用してきた愛刀。そして……、その先端には友より貰ったある合金が埋め込まれている。

 

腕輪:『転身』

 

・自分の点数を移し身として消費し、その消費した点数の半分を自分の好きな時に加える事ができる。それは例え自分の点数が0点となった時でも予め能力を使用しておけば、その点数で復活する事もできる。

 

・通常はこの『能力』のみだが、『観察処分者』、『呪いの腕輪』の副作用で更なる応用を利かす事ができる。その内の一つが、自分の召喚獣だけでなく、他人の召喚獣にも干渉する事ができる事。

 

 

  〈真紅の腕輪(呪いの腕輪)〉

元『白金の腕輪』だった物にして、明久が繰り返す原因となった腕輪。これを外す事が、明久の目的そのものである。繰り返しの条件は以下の通り。

 

・『行動』  :通常、明久が思うとおりの行動をしなかった場合、ある一定を超えると繰り返しが発生。回数やどんな行動で決まるかまでは不明。

 

・『自己防衛』:自分が危機に陥った時、腕輪が判断して繰り返しを発生させる。余談だが、明久の繰り返しで一番多いのがこの条件だったりする。

 

・『期限』  :腕輪を外す為の条件を満たしていない状態で、ある一定期間を迎えた時、繰り返しが発生。現状では明久自身が『腕輪持ち』の高得点者を実力で倒した時、腕輪が反応する事がわかっている。但し何人倒すか、誰を倒すのかといった具体的な事はわかっていない。

 

・また、『観察処分者』として、物理干渉ができる点は変わっていないが、フィードバックの調整が自分で出来る点(元々あるフィードバック以下にはできない)、いつでも召喚獣を呼び出せる点(点数は前に呼び出した科目)、そして繰り返す時に記憶、体験だけでなく、召喚獣も一緒に繰り返しているという特徴がある。

 

・元の『白金の腕輪』の能力である『二重召喚(ダブル)』は使えないものの、『召喚獣を移す』能力は自身の腕輪と相まって応用させる事が出来る。        

 

        

 

 名前  木下 優子

 

・2-A所属

 

・この小説のメインヒロイン。

 

・設定は基本的に原作と同じ優等生。(音痴である事や、趣味等も変わらず)

 

・Aクラスの纏め役として、代表である翔子を助けている。

 

・この小説では明久の行動を通して、彼に想いを寄せるようになる(性格も原作に比べて丸くなっている?)。

 

・ある程度島田さんを見て『暴力』に対して反面教師としており、余程酷い事が無い限りは自身から暴力を振るう(関節技をかける)といった事はない。

 

  〈召喚獣〉

 

服装・武器:原作と同じ。

 

腕輪:不明

 

・現時点では不明

 

 

 

 名前  木下 秀吉

 

・2-F所属

 

・この小説のメインキャラ。

 

・設定は基本的に原作と同じ。

 

・明久の境遇を聞き、なんとか力になろうとしている。その為、原作よりやや明久寄りの思考となっている。

 

・姉の優子が明久に想いを寄せている事に気付き、応援している。だが、その為には明久の『腕輪』を外す事が絶対条件であるとも認識している。

 

  〈召喚獣〉

 

服装・武器:原作と同じ。

 

腕輪:不明

 

・現時点では不明

 

 

 

 名前  坂本 雄二

 

・2-F所属(代表)

 

・この小説のメインキャラ。

 

・設定は基本的に原作と同じ。元『神童』にして、『悪鬼羅刹』。

 

・変わってしまった明久に対し、自身も協力しようという思いが強くなった為、原作のような行動はあまり見られない。

 

・翔子との事は、明久を通じて素直に認めるようになった。

 

・学力が全てではないという証明、また翔子への想いがAクラスとのエキシビジョンゲームを通じて達成された為、次の目標が、後押ししてくれた明久に応え、その腕輪を外すという事に変わる。

 

・元『神童』だった頃の集中力を活かし、目下勉強中である。

 

  〈召喚獣〉

 

服装・武器:原作と同じ。

 

腕輪:『強化』

 

・点数を消費して、自分の好きな部分を強化する事ができる。強化した力が大きければ大きいほど攻撃力が増すが、その分だけ点数の消耗も激しくなる。

 

 

 

 名前  土屋 康太

 

・2-F所属

 

・この小説のメインキャラ。

 

・設定は基本的に原作と同じ。『寡黙なる性識者(ムッツリーニ)』という異名がある。

 

・この小説内においては、エロだけでなく、人間の体についての知識として『保健体育』が活かされている描写がある。

 

・彼も1年時に比べ、変わってしまった明久の行動を見るうちに、自身もそれに応じて答えようと思っている。

 

・特に明久の境遇を知り、また明久自身も自分を信頼してくれている事を悟り、なんとかして彼の『腕輪』を外せるようにと色々動いている。

 

・小説内の追加設定として、教師と取引し、ある程度の監視カメラ等の設置を許容して貰う事を条件に、『ムッツリ商会』を廃業。そのカメラも基本的には防犯上のものとし、その画像は教師にも確認できるようにする事で、自身も報酬を貰えるアルバイトのような状態となっている(学園のより性能もいい為)。

 

  〈召喚獣〉

 

服装・武器:原作と同じ。

 

腕輪:『加速』

 

・動きによって消費する点数が異なる。

 

 

 

 名前  姫路 瑞希

 

・2-A所属(2-Fより2-Aへ)

 

・この小説のメインキャラ。

 

・設定は基本的に原作と同じ。

 

・性格はあくまで純粋。この小説において、あまりFクラス(主に美波)に影響される事なくAクラスとなった為に、原作よりは暴力を振るいに行くといった事はない(と思う)。

 

・明久への思いは健在。特に最近の明久が纏う雰囲気に、彼に何かがあったという事は理解している。

 

・なお、殺人料理の威力も健在。Aクラスの内で修正されるかは現状わからない。

 

  〈召喚獣〉

 

服装・武器:原作と同じ。

 

腕輪:『熱線』

 

・攻撃が当たると炎に包まれ、基本的に点数が高くとも相手を戦死に追い込む。点数の消費が激しい。

 

 

 

 名前  島田 美波

 

・2-F所属

 

・この小説のメインキャラ。

 

・設定は基本的に原作と同じ。

 

・原作に比べ、この小説の明久はあまり美波と関わろうとしていない為、好意の裏返し?のような暴力だけが目立つようになってしまっている。

 

・彼女にしてみれば明久に近付きたいとは思っている。しかし周りの状況が変わり、教師も含め明久の見る目が変わってしまった事もあり、彼女が明久に近付くという事が暴力を振るいにいくと誤解されるようになる。

 

・彼女がどうなっていくか、あるいはどういった成長をむかえるのか……。お楽しみ頂ければと存じます。

 

  〈召喚獣〉

 

服装・武器:原作と同じ。

 

腕輪:不明

 

・現時点では不明

 

 

 

 名前  霧島 翔子

 

・2-A所属(代表)

 

・この小説のメインキャラ。

 

・設定は基本的に原作と同じ。

 

・この小説内において、原作のような状態となる前に雄二への想いが認められたので、暴力といった行動には至らない(Fクラス、美波にも影響を受けていない為)。

 

・他のメンバー同様、明久の境遇を知り、雄二同様、彼を助けるように行動していく。

 

  〈召喚獣〉

 

服装・武器:原作と同じ。

 

腕輪:不明

 

・現時点では不明

 

 

 

 名前  久保 利光

 

・2-A所属

 

・この小説のメインキャラ。

 

・設定は基本的に原作と同じ。

 

・原作のようになる前に、興味→親友となったので、道を踏み外す事はなくなった(明久にとっては幸いにも)。

 

・明久の状況を理解し、彼も自分の出来る事を探して行動するようになる。

 

・Aクラス男子の筆頭であるので、基本的に彼が男子を纏め、翔子をサポートしてゆく(女子を纏めるのは優子)。

 

  〈召喚獣〉

 

服装・武器:原作と同じ。

 

腕輪:『鎌鼬(かまいたち)

 

・風の刃を発生させ、相手を切り裂く。威力に応じて点数を消費する。

 

 

 

 名前  工藤 愛子

 

・2-A所属

 

・この小説のメインキャラ。

 

・設定は基本的に原作と同じ。

 

・現状は原作の通り。優子が明久に惹かれているのを知り、応援しようと思っている。ただ、瑞希も明久を想っている事にも気が付いたので、表立って行動する事は控えるようにはしている。

 

  〈召喚獣〉

 

服装・武器:原作と同じ。

 

腕輪:『静電気』

 

・静電気を自分の周囲に発生させ、結界を作る。その間、点数を消費する。

 

・点数を消費し、武器に電気を纏わせる。

 

・召喚獣に静電気を纏わせる事で、凄まじい力を発揮できる(電光石火)。

 



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オリキャラの設定

今後もオリキャラは増えてくるかと思います。

(原作で名前だけ出たキャラの独自の設定もここでやろうかとは思ってます)


~ オリキャラ設定 ~

 

 

 名前  高橋 勇人

 

・2-C所属

 

・誕生日10月30日 О型

 

・身長は164cm。華奢に見えるが、バイト等に明け暮れており、実際は筋肉はついている。

 

・ドライな性格で現実主義。最初、問題ばかりおこす明久達を軽蔑していた。

 

・諸事情により、一人暮らしをしている。学費が安く、親戚も教師をしているという事から『文月学園』に入学した。

 

・近所に住んでいる神崎家とは懇意にしており、こちらの事情も知っている為、いろいろと気にかけてくれている。

 

・また神崎家の一人娘である真琴とは幼馴染。自分の境遇から彼女に対して引け目を感じているものの、常に一緒にいてくれる彼女の事を大切に思っている。

 

・学年主任である高橋洋子とは親戚で、自分の事を何かと気遣ってくれる為、基本的に頭が上がらず、またその関係で先生方の手伝いをしたりしている。

   

・しっかり者で家事は一通りおこなう事ができる。

 

・Cクラスにかなりの影響を持つ人物であるが、基本的に試召戦争には興味が無かった。しかし明久に興味を持ち、その境遇を聞いた事で、彼に協力しようと動き始める。

 

・点数はあえてCクラス並に調整している。理由は試召戦争に参加しなくても問題なさそうで、設備もそこそこなクラスに行こうと考えたから。特に化学では400点を超える点数を出す事が出来る。他の教科もそこそこだが、世界史はFクラス並。

 

  〈召喚獣〉

 

服装:軽鎧

 

武器:ブロードソード

 

腕輪:『(ダークネス)

 

・周囲に『闇』を発生させて、その闇に自身を溶け込ませる。『闇』を発生させている間、点数を消費する。

 

・『闇』で相手を押し包み、点数を激しく消費させる。

 

 

 

 名前  神崎 真琴

 

・2-C所属

 

・誕生日3月3日 A型

 

・亜麻色の髪を肩にかかるくらいまでのばしたセミロング。顔立ちも『美人』に分類される。

 

・身長は153cm(胸のサイズは内緒)

 

・茶道部に所属、よって同じクラスの小山は同部活仲間、3年生の小暮とは先輩後輩の関係にある。

 

・基本的には幼馴染である勇人と行動している。(彼氏彼女の関係ではないが、周囲からはそう思われている)最も、彼女自身も彼の事を想っている為、実質的には両想い。

 

・その為、彼女の中の優先順位は勇人>他の事、となっている事が多い。

    

・よく彼の家に行っては炊事洗濯をしたりしている。

 

・実は、由緒ある家のお嬢様だったりする。高橋家とは家族ぐるみの付き合いがあった。

 

・勇人と同じくCクラス並に調整している。理由は勇人と同じクラスに居たかった為。物理は2学年で一番と言っていい程、点数が高い。

 

  〈召喚獣〉

 

服装:陣羽織

 

武器:錫杖

 

腕輪:『閃光(ライトニング)

 

・一時的にまばゆい光を放つ。その光の強さに応じて点数を消費する。

 

・錫杖に光を集めて、ライフルのように打ち出す事が出来る。

 

・光を収縮させて、全てを反射する鏡を作り出す。

 

 

        

 

 名前  片岡 浩平

 

・2-E所属

 

・誕生日7月24日 B型

 

・身長は190cmの長身。

 

・関西弁を話し、竹を割ったような性格。

 

・一度決めたことは絶対に貫き通す程、意思が強い。

 

・剣道部のホープにして、『文月の剣聖』という異名もある。

 

・特にその腕前は高く、『剣気』を操る事が出来る程。

 

・実家は道場であり、彼はその剣術を受け継いでいる。

 

・Eクラス内の影響力は代表よりも高く、剣道部のホープという事で、学園内でも一目置かれている存在。

 

・勉強は得意ではないが、日本史に関しては特に点数が高い。古典、保健体育の点数もそこそこだが、残りの教科はほとんど点数を取れていない。  

 

  〈召喚獣〉

  

服装:袴

 

武器:木刀

 

腕輪:『衝撃(インパクト)

 

・現時点では不明

 

 

 



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閑話(1)
第35話 明久へのラブレター(前編)


問題(日本史)
以下の( )にあてはまる歴史上の人物を記入しなさい。
『楽市楽座や関所の撤廃を行い、商工業や経済の発展を促したのは( )である。』


姫路瑞希、吉井明久の答え
『織田信長』

教師のコメント
正解です。吉井君もよくできました。


島田美波の答え
『ちょんまげ』

教師のコメント
日本にはもう慣れましたか?
この解答を見て、また常日頃からの行動を見て、先生は少し不安になりました。


土屋康太の答え
『ノブ』

教師のコメント
ちょっと慣れ慣れしいと思います。


須川亮の答え
『俺』

教師のコメント
……いるんですよね。毎回こんな事を書く生徒が……。


 

 

「木下さんのことが……、好きなんだっ!僕と付き合ってくれないかっ!」

「…………えっ?」

 

 

 ……呼び出された体育館裏にて、私は一人の男子生徒から愛の告白を受けていた……。いきなりの事に私も何て答えたら良いか迷っていると、

 

 

「……木下さん……?」

「え、あ、ごめんなさい……」

 

 

 再度、私に確認をとる男子生徒……。とりあえず、私は疑問に思っている事を一応伝えておく事にする……。

 

 

「……あの、本当にその……、アタシであっているのかしら……?秀吉じゃなくて……?」

「……?そのつもりだけど……?木下”優子”さん、だよね……?」

 

 

 ……どうやら『私』で間違いないみたい……。告白されると一瞬『秀吉』かな、と思ってしまうのは今までの経験上の事である……。勿論、私だって告白された事はあるけれど、秀吉にラブレターを渡して下さいなんて言われた事もあるし……。

 

 

「それで、どうかな……?」

 

 

 私の返事を心待ちにしている様子で目の前の彼からそう尋ねられ、私は戸惑いながらも返事をする……。

 

 

「……その気持ちはとても嬉しいんだけど……、ごめんなさい……」

 

 

 彼の気持ちは嬉しいけれど、その気持ちには答える事が出来ない……。自分の気持ちが決まっている以上、気を持たせるのも誠実でないし、ここははっきりと伝えておくことにする……。

 

 

「……一応、理由を聞いてもいいかな……?」

「……ええ、実は……、アタシも、好きな人が……」

 

 

 

 

 

 

「いや~、大人気だね~!優子~♪」

 

 

 相手に伝え終わり、体育館裏を後にしようとしている時、そんな声がかかる……。こんな調子で私に話しかけてくるのは、一人しかいない……。

 

 

「…………愛子。見てたの……?」

「最近、優子、告白される事多いよね~」

 

 

 私の疑問には答えずこう切り返してくる。……事実、私はここのところ、こういった告白を何度も受けていた……。大事な事なのでもう一度言っておくけれど、今までにだって告白は無かった訳じゃない……。だけど……、最近は本当に多い……。

 勿論、告白される事はとても嬉しい……。『私』に魅力を感じてくれて、想いを伝えてくれる事は……。だが正直、戸惑いも覚えている……。明久君を意識している以上、告白されてもそれに答える事が出来ないからだ……。それを知っている愛子も、なんだかんだで私を心配してくれているのだろう……。

 

 

「……でも、本当にどうしたのかしらね……」

「……優子、自覚ないんだ……?」

 

 

 ……自覚?……いったい何の……?

 

 

「ここ最近の優子、すごく可愛くなってると思うよ?今までは優等生っていうか、カタイ感じだったのに、何ていうのカナ?自然さやひたむきさっていうのがあって、すごく魅力的に見えるんじゃないカナ?」

 

 

 誰かに恋してるって感じもするしね~、と冷やかしてくる……。でも……、そうなんだ……。

 

 

「まあ……、優子も自分でわかってるんでしょ?吉井君の事……」

「…………ええ」

「おっ?素直だね~♪てっきり誤魔化すかと思ってたのに~♪……でも吉井君も最近かなり人気があるみたいだよ?」

 

 

 それも知ってる……。数日前におこなわれたエキシビジョンゲームを皮切りに、学年を問わず結構騒がれているようなのだ……。さらに実際の彼の雰囲気と、今まで知られていた『観察処分者』としてのギャップがあまりにも違いすぎ、それも魅力に感じるらしい……。

 

 

「……優子、自覚してるんだったら、告白はしないの?吉井君、誰かにとられちゃうかもよ?」

「……それは、愛子も含めて……?」

「えっ?う、うーん。まあ、ボクも吉井君はいいと思うケド……、優子もいるからね~♪」

 

 

 ……愛子も明久君に気があると思っていたんだけどな……。でも、愛子の気持ちもわかるけど……、

 

 

「……それに、今はそんな事を言ってられないわ……」

「えっ……?」

 

 

 そう……、今はそんな事を言っていられる状況じゃない……。明久君もそれに構っているようには思えなかった……。だから、私達が一先ず目指す事は、

 

 

(明久君の例の『腕輪』を外す……。それが……、いま一番アタシ達がしなければならない事……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――同時刻、某場所にて……。

 

 

『逃がすなっ!追撃隊を組織しろ!!』

『手紙を奪えっ!そして吉井を殺せぇ――!!』

『サーチ&デェスッ!!』

「全く……、この朝っぱらから……!」

 

 

 今、僕はウチのクラスメイトに追いかけられている……。僕の持つ手紙を狙って……。何故こうなったか……、少し時間を遡る……。

 

 

 

 

 

「先生、おはようございます」

「おう、おはよう!部活の朝練か?感心だ――」

 

 

 そこで西村先生は振り向いた瞬間、固まる。

 

 

「……先生。そんなに僕が早く来たら変ですか……?」

「……すまんが、変か変じゃないかと聞かれたら間違いなく変だな。……お前が真面目になる、この違和感はまだ慣れた訳ではない……」

 

 

 ……先生に僕の事を話してまだ数日……。仕方ないといえば仕方ないのだけど……。

 

 

「まあいい……。吉井、今、手は空いているのか?」

「……『観察処分者』の仕事ですか?」

「ああ、古くなったサッカーのゴールを撤去してほしい」

「わかりました。じゃあ案内して下さい」

 

 

 そして校庭に向かう途中、

 

 

「おう、吉井じゃないか」

「こんな朝からどうしたんだ?お前も陸上部に入るのか?」

 

 

 そこに僕に声を掛けてくる。彼らは確かEクラスの陸上部のメンバーだったっけ。

 

 

「おはよう。ちょっと今から『観察処分者』の仕事をしにきたのさ」

「ああ、確かお前、観察処分者だったっけ」

「結構大変なんだな……」

「まあ、自業自得だしね。じゃあまた」

「暇があったら、今度見学に来いよ!」

「怪我が治ったらね……」

 

 

 そう言って、彼らと別れる。

 

 

「なんだ、吉井。お前、陸上部に入るのか?」

「いえ……。ただ先日のEクラスとの試召戦争を通して、色々言われてるだけですよ……」

 

 

 そう……、浩平に言われているだけじゃなく、実は他の部活からも声がかかっている……。『前』の体験では、試召戦争から離れて部活動に励んだ時もあったから、顔見知りといえば顔見知りでもあり……、この間ちょっと話したら、いろんなところから部活に誘われるようになってしまった……。

 

 

「そうか……。おっとこれだ。そのゴールを運んでほしい」

「了解です。――試獣召喚(サモン)

 

 

 僕は召喚獣を呼び出すと、身の丈の何倍もあるサッカーゴールを担ぐ。

 

 

「それじゃ、そのゴールをだな……」

「はい」

「街外れの産廃場まで運んできてくれ」

「わかりました」

 

 

 僕はそのまま召喚獣にゴールを持たせて学園を出ようとすると、

 

 

「おい待て吉井!冗談だ!ゴールネットを外して校門前に邪魔にならない様に置いとくだけでいい!」

「えっ?冗談だったんですか?」

「……産廃場まで何キロあると思っとるんだ……。それに召喚する為にそこまで俺も立ち会わんといけなくなるだろう……」

「それなら大丈夫ですよ?『僕』の召喚獣は『立ち合い』は必要ありませんから」

 

 

 僕の召喚獣は何時でも、何処でも召喚する事ができる……。だから、そもそも立ち合い自体が必要ない。

 

 

「……とりあえず外したネットは別口で処分するから、とりあえずは体育用具室にでも置いといてくれ…」

 

 

 何処か疲れたような顔で言う西村先生。……それなら最初から冗談なんて言わないで下さいよ……。僕はネットを外しそれを体育用具室に持って行った後、下駄箱へ向かった……。

 

 

 

 

 

「む、明久ではないか。今日は早いのう」

「あ、おはよう、秀吉。ちょっと今日は早く目が覚めてね……」

 

 

 下駄箱のところで秀吉に会う……。まだ結構早い時間だが……、恐らくは部活の関係なのだろう……。話をそこそこにして、僕は靴箱を開けると……、

 

 

「………………」

「む?どうしたのじゃ、明久?うん?それは……手紙……かの?」

 

 

 秀吉は僕の靴箱を覗き込むと、そこにあった手紙に気付く。

 

 

「もしかするとラブレターじゃないかの……って、明久!?どうしたのじゃ!?」

 

 

 ………………はっ、いけない、つい意識が……。

 

 

「ああゴメン、秀吉……。あまりの事に意識が……」

「……何故手紙を貰うだけで、鳥肌が立っておるのじゃ……?」

「……今まで『手紙』を貰っていい思い出がないからさ……」

 

 

 ……そう、本当にろくな思い出がない……。果たし状だったり、脅迫状だったり、不幸の手紙だったりと……。

 

 

「……まあ最近のお主から判断すると、十中八、九ラブレターじゃないかと思うのじゃが……」

「何を言ってるの、秀吉……。僕にそんな想いを抱く人がいる訳ないじゃないか……」

「………………姉上も報われんのう」

 

 

 何か秀吉が小声で呟いたが……、ま、今は置いておこう。……やっぱり手紙を確認するしかないのか……。

 

 

「……仕方ない、後で確認してみるよ……。とりあえず教室へ行かないと……」

「……そうじゃな……。時間もあるし、教室でゆっくりと見たらよかろう……」

 

 

 早めに来たと言うこともあり、とりあえず教室に向かうと……、

 

 

『吉井を殺せぇ―――!!』

 

 

 教室に入るなりいきなりFクラスのクラスメイト達に取り囲まれる……。こんな早い時間にFクラスメンバーのほぼ全員が揃い踏みとは恐れ入る……。

 

 

「な……何じゃ!?何の騒ぎじゃ!?」

「…………多分、この手紙の事じゃない……?」

 

 

 恐らくは、この手紙をラブレターか何かと勘違いしているのだろう……。僕が手紙を取り出すと、

 

 

『アレがそうか!!』

『おのれ……!何故、吉井に……!』

『吉井のような屑が貰えるならくらいなら、俺達だって貰っていてもおかしくないはずなのに……!!』

『出てきたのは腐りかけのパンや食べかけのパンしか出てこないというのはどういう事だ!?』

 

 

 ……知らないよ、そんなの……。だいたい……、

 

 

「……そもそも、これがラブレターかどうかも分かっていないんだけど……?」

「……じゃあ、その手紙を見せてみなさいよ……!」

 

 

 …………この声は……。恐る恐る振り返ると、僕にとってはおなじみの人が立っていた……。

 

 

「……いや、宛先は僕だし……、他の人に見せる訳にはいかないでしょ……?」

「……誰からなの?どんな手紙なのよ……!とにかく……おとなしく指の骨を――じゃなくて、手紙を渡しなさいよ……!!」

 

 

 ……残念ながら……全然僕の話を聞く様子は見られないな……。

 

 

「待つのじゃ、島田よ!お主は姉上より、明久に近付かぬよう言われておったじゃろう!?」

「木下は黙ってなさいっ!これは吉井とウチの問題なんだから!!」

「いや……、島田さんも関係ないよね……?」

 

 

 掴みかかってくる島田さんをかわしながら、僕はクラスの状況を把握する……。雄二やムッツリーニもまだ教室には来ていない……。現状で僕の味方は秀吉だけのようだ……。そしていつの間にかクラスメイトと島田さんに壁際まで追いつめられてしまう……。

 

 

「(明久……、ワシが隙を作る……。その隙に逃げるんじゃ!)」

「(秀吉……でも……)」

「(お主はまだ腕の怪我も治っておらぬしの……。無理せず何処かに避難するのが賢明じゃろう……)」

「(…………わかった。お願いするよ……)」

 

 

 僕は秀吉とアイコンタクトでそんな会話をする……。、今から外に逃げるとなると……、他のクラスのHRを潰しかねないんだけどな……。でも、このままここにいても事態は一向によくはならないし……、ここは秀吉の好意に甘えるとしよう……!

 

 

『貴様ら、何をしておるかっ!!』

『!?て、鉄人!?』

 

 

 秀吉が西村先生の声真似で皆を引き付けると、その隙を突き、僕は教室を脱出する……!

 

 

『よ、吉井が逃げたぞっ!?』

『逃がすなっ!!』

 

 

 こうして、僕とFクラスの手紙争奪戦という名の鬼ごっこが始まったのだ……。

 

 

 

 

 




文章表現、訂正致しました。(2017.12.6)


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第36話 明久へのラブレター(中編)

文章表現、訂正致しました。(2017.12.7)


 

「……ここにも、明久は来とらんのか……」

 

 

 Fクラスを脱出した明久を探してAクラスの教室まで来てみたものの、残念ながらその姿は何処にも見当たらなかった……。

 

 

「……木下。Fクラスで騒がしくなっている事と何か関係があるの……?」

 

 

 対応してくれたAクラス代表、霧島の問いかけにワシが答えようとしたその時、

 

 

「アレ?そこにいるのは……優子の弟君?」

「……秀吉、どうしたのよ?血相を変えて……」

「おお、工藤に、姉上も!じつはのう……」

 

 

 教室の奥より姉上達も現れ、ワシは今朝からFクラスで起こっていた事情を3人に事情を説明する……。

 

 

「……またFクラスで、そんな事が……」

「ホント、色々やってくれるクラスだよね~」

「……それじゃあ、明久君は他のクラスにも行ってないの?」

「ここに来る前にEからCクラスまで見てきたのじゃが……、隠れている様子ではなかったのう……」

 

 

 もし隠れておったとしても、ワシが行ったら顔くらいは出す筈じゃしのう……。

 

 

「……雄二や土屋は?」

「……それもわからないのじゃ。少なくともワシと明久が朝、教室に行った時にはおらんかったのじゃが……」

「まあ、いいわ……。とにかく、アタシも手伝うから……。あの状態の明久君をほっとけないし……」

「……私も、探す……」

 

 

 どうやら姉上達も手伝ってくれるようじゃ……。まぁ、先日の明久の『話』を聞いた事もあり、そのまま放置しておける事じゃないからのう……。

 

 

「ボクも行こうか?」

「そうね……。でも、入れ違いで明久君が来てもいけないから……、愛子は教室にいて貰えないかしら?」

 

 

 ……まぁ、明久の行動を見る限り、今更他のクラスの教室に逃げ込むという事はなさそうじゃが……。念のためには、事情のわかる者がおるほうが良いじゃろう……。

 

 

「あ、そうか……。うん、わかった。僕は教室で待機してるね」

「……じゃあ最初は3階を探した後は、それぞれ分かれて探す……。1階は優子、2階は木下、4階は私。……いなかったらまた3階に集まる……」

「わかったわ」

「了解じゃ」

 

 

 ……こうしてワシらは明久を探すべく、Aクラスの教室を出るのじゃった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………明久、無事か?」

「……ムッツリーニ?」

 

 

 僕がFクラスの連中から逃げている最中、声を掛けられ振り返ると、そこには親友でもあるムッツリーニが控えていた。

 

 

「…………状況は理解している。それよりも明久、何故他の教室に逃げ込まない?……それに、前のように召喚バトルを仕掛ければいいのに……」

「……そろそろ1時限目の授業も始まろうとしているのに、他の教室なんかにいけないでしょ……。それに先生たちだって当然、授業の準備やらで暇じゃないんだ……。こんな事がなければ、むしろ手伝いにいかなきゃならなかったくらいなんだよ……」

 

 

 相変わらず神出鬼没である彼に舌を巻きながらも、僕はそう説明する……。流石にこの状況で職員室に行けるとも思えないし……。

 

 

「…………だが、今はそんな事は言っていられる状況じゃない……」

「……わかってる。だから、一応ここまで来るときに囲まれないように注意しながら数人ずつ倒してきてるんだ……。ムッツリーニはそこで気絶している連中を西村先生に報告して、補習室送りにして貰えないかな?」

 

 

 ……逃げている最中にトイレ等に誘い込み……、既に何人かは戦闘不能に追い込んできてはいる……。今は怪我してる為、1人もしくは2人を、それも不意を打つくらいでしか相手に出来ないのがキツイ……。

 

 

「…………逃げる途中で全員蹴散らすつもりか……?」

「……そうしたいのはやまやまなんだけど……、流石に人数が多すぎるよ……。出来るかぎり、学校に迷惑かけたくないんだけどね……」

 

 

 ……まもなく授業が始まる直前だというのに……、なんで僕はこんな事しているんだろう……。そう溜息をつきながら答えると、

 

 

「…………わかった。鉄人には伝えておく。あと……、一応護身用に持って行け」

 

 

 小さな袋を差し出しながら僕に言う。

 

 

「……何、コレ?」

「…………中に刃物が入っている。危なくなったら使え」

「……いや、刃物はまずいでしょう?」

「…………相手もカッターやらを持っている。防げなかったら……、お前の場合、『繰り返す』事になる……」

 

 

 ……まあ、確かにね……。過去に、彼らのせいで『繰り返し』た事もあるし……。

 

 

「……わかったよ。使わないとは思うけど、一応借りておくね……」

「…………俺も陰ながら援護はする……。気を付けて行け」

 

 

 そう言い残すと、その場から消えるムッツリーニ。とりあえず、彼は何を渡してくれたのか。確認する為に袋を開けてみると……、

 

 

「…………ムッツリーニ……」

 

 

 ……爪切りで、一体どうしろと……?天然な彼に、その場で暫く脱力してしまう僕であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……出来るだけ人目を避けながら、僕は屋上へと向かう……。大方Fクラスの連中が恐らくムッツリーニ達の助けも借りて徐々に沈静化していってる事を実感しつつ、2階を通過して3階の廊下に差し掛かったところで……、

 

 

「吉井、待っていたぞ!」

「……須川君、か……」

 

 

 見てみると、FクラスでFFF団の会長でもある須川君が立ち塞がっていた。彼はそう言うと背中から木刀を取り出し僕に向かって構える……。

 

 

「……それ、どうしたの?」

「剣道部から借りてきたんだ。吉井を止める為にな……」

「……浩平達が部外者であるキミに、部内の備品を貸すわけないでしょ……」

 

 

 ……さては、勝手に拝借してきたな……。あとで、浩平達に謝らないと……。

 

 

「うるさいっ!!お前は異端者である事もさることながら……、先の試召戦争で俺を船越先生に生贄にされそうになった恨みもある……!」

 

 

 …………あぁ、確かにあったね……、そんな事が……。でも、あれは……、

 

 

「あれは、最初に君から言い出した事じゃないか……。他人を嵌めようとした事が自分に返ってきただけだろう?」

「五月蝿いっ!!あの後、大変だったんだぞ!?な……、何とか誤解を解く事が出来たが……、あの時の事は思い出したくもない!!……度重なる貴様への恨み……、ここで清算してくれる……っ!!」

 

 

 そう言って須川君が木刀を振りかぶり、僕に打ちかかってきた……。

 

 

「……そんな適当に振り回しただけのモノが、僕に当たるわけないだろ……」

 

 

 僕はそれを難なくさけると、振り切った木刀を持つ須川の片手を掴み、捻りあげる。

 

 

「ぐぅぅ……!」

 

 

 そこで僕は須川君を突き飛ばし、彼が落とした木刀を拾い上げると……、

 

 

「……暴力を振るおうとした……という事は、当然、自分が振るわれるという事も覚悟してる訳だよね……?」

「…………ヒッ!」

 

 

 彼は廊下に座り込み、恐怖に見開かれた目をこちらに向ける……。そんな彼を一瞥し……、僕は木刀を振り下ろす。

 

 

「…………!?な……、なんのつもりだ!?」

 

 

 木刀が彼の目前で止まっている。当たる寸前、僕はそれを止めたのだ。

 

 

「……まあ、船越先生の件は自業自得とも思ったけど……、あの時は僕も気が立っていたからさ……。今回はこれで勘弁してあげる……」

「な……情けをかけるとでも……!?」

 

 

 顔を真っ赤にして憤る須川君。そんな彼を見て、僕は……、

 

 

「……無駄だと思うけど……、一応言っておくよ。『FFF団』会長の須川君。……キミ、今のままで本当にいいの……?」

「……ど……どういう事だ……!?」

「……今みたいにFFF団やってて……、それで本当にいいのかって聞いてるんだけど……?」

 

 

 僕の問いかけに、須川君は言っている意味がわからないという顔をしていたが、

 

 

「あ……あたり前だろッ!?俺達は、文月学園の正義を守る為に……っ!」

「……だから……、女子と接触を持とうとしている男子が許せない……と?」

「と、当然だ!!」

「だから……、ラブレターを貰ったかもしれない僕を血祭りに上げる……。そう言う事だよね?」

「その通りだ!!」

 

 

 ……僕も、以前にFFF団に所属していたから覚えもあるから……、彼の気持ちもわからないでもない……。でも、だからこそ……、僕は彼に聞いてみた……。

 

 

「……ねえ、もしも、だよ?……もし、君が……、万が一誰かに……ラブレターを貰った時、……君はどうするの?」

「………………は?」

「もしかしたら……、君に好意を持つ人が現れるかもしれない……。君も知ってのとおり、不細工の僕でもラブレターを貰ったかもしれないんだ……。自分だって貰うかもしれないじゃないか?」

「そ……それは……まあ……」

「……そんな時、今のまま『FFF団』にいたら……、君、どうなると思う……?」

「……俺が……どうなるか……?」

 

 

 僕の方を呆けたような感じで見てくる須川君に、淡々と僕は告げる……。

 

 

「……もしそんな機会が訪れたとしても……、君はその機会ごと潰されるんだよ……?その、たった一度しか来ないかもしれない機会ごと……。君が立ち上げた……『FFF団』によって……」

「……そ……そんな……、バ……、バカな……!」

 

 

 いや……、だってそうでしょう?何故わからないんだろう……。

 

 

「僕をこうやって追い掛け回している時点でわかるでしょ……?もし、君が同じ立場になれば、当然他の連中は、君を追い掛け回す……。『FFF団』の会長だから、自分は大丈夫だとでも思ってるの……?」

「い……いや、それは……」

 

 

 今頃気付いたという様子の須川君。それに、それだけじゃない……、

 

 

「……機会がなくなるぐらいだったらまだいいよ……。最悪、命を失う可能性だって……」

「い……いくらなんでも……、それは……!」

「……灯油とライターで焼かれたり、屋上から突き落されたりしても大丈夫だと言えるの……?本当に……?」

「…………」

 

 

 ……僕は彼らの事を決して過少評価はしない……。彼らのその嫉妬からくる行動力は、甘く見ると本当に命取りになる……。何せ本当に火葬したり、屋上から突き落す連中だ……。体験者が言うんだから間違いない……。それを受けたことによって『繰り返す』事になった経験者が……。

 

 

「そして……、一番悲しむのは、君を好きな相手だ……。君がそんな目にあわされて……、それも自分のせいで起こった事だと知って……深く傷つく事になる……。須川君の立ち上げたFFF団によって……」

「…………そ、そんな……」

「……だから、もう一度だけ聞いておくよ……。須川君……、キミは本当にそれでいいの……?」

「……よ……吉井……」

 

 

 僕は須川に突き付けていた木刀を戻すと、彼に背を向けて最後に伝えておく……。

 

 

「……後は自分で考えてくれ……。今回はこれで終わりにするけど……、次に僕の前に立ちはだかる時は、容赦なく叩き潰すから覚悟しておいてね……。ああ、この木刀は責任を持って僕が剣道部に返しておくよ……。じゃあね、須川君……」

 

 

 そう言い残し、そこで蹲っている須川君を置いて、僕はその場を後にするのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……もう大方片付いたのだろう……。ほぼ全てのFクラスのメンバーは沈静化したとふんで、手紙を確認するべく僕は屋上へ向かおうと階段を昇る……。そして……、最後のボスにして、僕の天敵が残っていた事を思い出した……。

 

 

「吉井っ!見つけたわよ!」

「……やっぱり、最後に立ち塞がるんだ……」

 

 

 僕がここに来るのがわかっていたのか、階段の踊り場で島田さんが待ち構えていた……。彼女は悠然とこちらに近付き……、僕にいつもの二択を迫る……。

 

 

「おとなしく手紙を渡して殺されるか、殺されてから手紙を奪われるか、好きな方を選びなさい……?」

 

 

 ……どちらを選んでも、僕が生きている気がしないのは、決して気のせいなんかじゃない筈だ……。どうして彼女はいつもこんな選択を僕に迫るのだろうか……?

 

 

「……なんでいつも僕に絡んでくるのさ……。君には関係ないだろうに……」

「ウチに関係ないって、酷い……!吉井は本当にそう思っているの……?」

 

 

 本当にそう思っています。……なんて事を答えたら一瞬にして『繰り返させ』られるかもしれない……。島田さんだけに……。

 

 

「だって、今まで恥ずかしくて言えなかったけど、ウチはアンタの……」

 

 

 ……わかっているよ、島田さん。君が言いたい事は……。

 

 

「アンタのせいで、『彼女にしたくない女子ランキング』の3位になってるんだからぁぁっ!」

 

 

 まだ上がる余地があった事の方が驚きだ。それに……絶対に僕のせいではないと思う。……少なくとも、『今回』の僕のせいじゃない筈だ……。

 

 

「……君の自業自得じゃないか……」

「何言ってるのよ!?……まあいいわ……、とにかく手紙を渡しなさい……っ!!」

 

 

 そう言って彼女が僕に襲いかかる……!

 

 

 

 

 

「このっ、くっ……!すばしっこいわね……っ!」

 

 

 島田さんが掴みかかってくるのを避け続ける僕に、苛立ちを感じ始めているようだ。

 

 

「……いい加減にしてよ。毎度毎度……、僕に付き纏ってきて……」

「そうはいかないわっ!人をこんな立場にしておきながら自分だけ幸せになろうなんて、そんな事はゆるさないわよ!」

 

 

 ……まだそんな事を言っているのか。……ある意味『島田さん』だから仕方がないのか……?僕は攻撃をかわしながら、島田さんの事を思い出していた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――いつからだろう……。友達だった『美波』を……、『島田さん』としか呼べなくなったのは……。

 

 

 

 

『僕にとって美波は、ありのままの自分で話ができて、一緒に遊んでいると楽しくて、たまに見せるちょっとした仕草が可愛い、とても魅力的な――女の子』

 

 

 

 

 ……そう、島田さんは僕の『友達』だった筈だ……。理不尽に暴力を振るってくるけれど……、いい所がたくさんある事だって知っている……。とても妹思いで、心優しいところもあるし……、僕を心配してお弁当を作って来てくれた事もあった……。それなのに……、どうしてこうなってしまったのだろう……?彼女は……、確かに僕の大事な友達だった筈なのに……!

 

 

 

 

『アキ、またアンタは…!いつもいつもどうして懲りないのよっ!』

『グェッ!?み……、美波……!ちょ……完全に……はいって……!!』

『本当にちっとも反省しないんだから……!!』

 

 

 ミシミシ……!

 

 

『み……美波……。や…やめてよ……、ほんと……うに……この……ままじゃ……!』

『死になさい……っ!!』

『お……お願い……だよぉ……み、美波ぃ……!た……頼むから……、拘束を……っ!』

 

 

 ――『腕輪』が反応している事に、気が付いていないのか……。僕の懇願を聞き入れる事なく締め続け……、そして……!

 

 バキッ……!!

 

 

 

 

 ……彼女によって『繰り返し』を体験させられた……。それも……、1度や2度ではない……。

 最初は、僕が悪かったのかと思った……。また、何かをやってしまったのか……と。だけど……、何度も『繰り返さ』せられるうちに……、だんだん彼女の事がわからなくなってきた……。涙ながらに、やめてくれと懇願する僕にそのまま止めを刺す美波……。

 ……そして……気が付いたら、僕は彼女に触れられるだけで……、鳥肌が立ち、思うように動けない様になっていたのだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……島田さんの攻撃をかわし続けていた僕だったが、気が付けば背を壁にし、もう下がれないところまで追いつめられていた……。

 

 

「覚悟しなさいっ!吉井ッ!!」

 

 

 そして、僕の顔面に向けて、正拳をはなってきて……、僕は……、それを紙一重でかわすと、背を向けてその腕を怪我をしていない右手で掴む!

 

 

「なっ!?」

 

 

 触れているトラウマに動けなくなりそうな自分を必死に堪えながら、彼女の足を払い、そのまま背負い投げる……!

 

 

ドサッ!!

 

 

 ……受け身は取らせたので、怪我はしなかったはずだ……。島田さんは最初、何が起きたのかわからないようだったが……、やがて正気に戻り……、

 

 

「よ、吉井ッ!!アンタ、なに……を……!?」

 

 

 島田さんは僕を見て、声が詰まったようだった……。僕の雰囲気に呑まれたのか……。それとも……、流してしまった一筋の涙が彼女の頬に触れた為なのか……。

 

 

「……どうして……、こんな風に……、なっちゃったんだろうね……」

 

 

 僕はそう呟く……。かつての友達だった……。

 それが……、どうしてトラウマになる程に避けるようになったしまったのだろう……。

 どうして彼女は、僕に敵意を見せて、襲いかかってくるのだろう……。

 どうして友達だった彼女と……、こんな風になってしまったのだろう……。

 息を呑む彼女を尻目に、僕はそのまま背を向けて歩き出す……。僕の様子に反応できないのか、島田さんは追ってくる気配はない……。

 ……僕はそんな彼女に振り返る事なく、屋上へ向かって行った……。

 

 

 

 



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第37話 明久へのラブレター(後編)

文章表現、訂正致しました。(2017.12.7)


 少し時間が遡り……、Fクラスの教室にて、

 

 

「……ん?姫路じゃないか。どうしたんだ?Fクラス(こんなところ)で……」

 

 

 いつもより早く学園に来た俺がFクラスに入ると、そこにはAクラス入りを果たした筈の姫路がいた。……まるで、何かを探すような様子の姫路が……。

 

 

「あ、お早う御座います。坂本君……」

「ああ、おはよう。……で、どうしたんだ?何か探しているようだったが……」

「……はい、実は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……成程な。ラブレター……ねぇ……」

 

 

 事情はだいたい把握した。……恐らくBクラスとの試召戦争の時に話に出てきた手紙の事なのだろう……。根本には手紙を返して貰った様だが、その手紙がまた無くなってしまったらしい……。そこで前に在籍していたFクラスに来ていた……という訳のようだ。

 

 

「無くなったのはいつからだ?」

「……無くなったと気付いたのは今日です……。ただ、昨日の朝まではあったんですけど……」

「……そうか、だからもしかしたら明久のところに……、と思ったのか……」

 

 

 俺の言葉に頷く姫路……。そのラブレターには宛名しか書いていなかったようなので、それで誰かが明久のところに届けたんじゃないかと考えたのだろう……。ちなみに……姫路の気持ちは試召戦争の時に確認している。……やれやれ。木下姉といい、姫路といい……。

 

 

「……わかった。ここには無いようだしな……。俺も探すのを手伝おう」

「本当ですかっ!有難う御座います!!」

 

 

 

 そして俺は姫路とその手紙を探していたんだが……、まさかそれがあんな騒ぎになるとはな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――屋上にて……。

 僕は一人屋上のフェンス越しに手紙を確認していた……。それは……、秀吉たちが言うようにラブレターであった。宛名にも『吉井明久さまへ』と書いてある……。

 

 

「……まさか僕にラブレターとはね……。でも、差出人はない……」

 

 

 予想が外れて、脅迫文や果たし状ではなかったようだ……。ただ、手紙に差出人が書いてない以上、悪戯かもしれない……。そもそも……、僕にラブレターといった、嬉しいイベントがおこるはずがない。起こったとしても……。そこまで考えて、僕は溜息をつく。

 ……だけど、一応はこうしてラブレターを貰ってはいるのに……、僕の心には『喜び』という感情はない……。代わりに占めている感情は、『戸惑い』や……、『諦め』……。そして……、その原因もわかっている……。

 

 

「……雄二。そこにいるんでしょ……」

 

 

 僕は先程より気配を感じていた方へ声を掛ける……。そして……、

 

 

「……まいったな、気が付いていたのかよ……」

 

 

 そこからゆっくりと出てくる僕の親友……。僕の横にまでゆっくり歩いてくると……、

 

 

「…………それが例の手紙、か?」

「うん……。差出人はないけど、ラブレター……なのかな?」

「……その割には嬉しそうじゃねえな?」

「…………雄二」

 

 

 わかってるんでしょ……?そんな思いを視線に込めて返す。……仮に差出人がわかり、ラブレターが真実のものだったとしても……、その想いに応える事はできない……。そもそも……、応えられるわけがないのだ……。『今』の僕には……。

 

 

「……やっぱり、今回も駄目かもしれない……。そういった『感情』は隠せねえようだな……」

「……?どういう意味……?」

 

 

 ……聞いてはみたけど、雄二にはわかっているのかもしれない……。

 

 

「……お前が自分の『秘密』を話した時……。あの時はああ言って、お前の感情を吐き出させようとした……。お前の様子を見ていて、かなり無理していたように見えたからな……。そして、お前は感情をぶちまけた……。だが、お前はわざと感情をぶちまけたんじゃないのか……?」

「雄二……」

「……お前の事だ……。どうせ、『俺達』の為なんだろ……。周りを心配させないように……、俺達が安心するように……」

 

 

 

 

『――僕が、何度『繰り返して』きたと思ってるんだ!!今までに何度も、何度も……!!1人ではどうにもならなくて……!話して、そしてまた『別れ』を経験して……!!いい加減に乗り越えたいと思ってるさ!!思ってるに……決まってるだろっ!?』

 

 

 

 

 ……あの感情は嘘じゃない……。出来るだけ周りに頼らず、出来る限り自分だけで解決しようとしていた事……。今まで僕が、いや『僕達』が味わってきた苦悩や悲痛……。それらを思い出し、どうしょうもない感情が僕を包み込んだ……。それが……口をついて僕から出た感情そのものだった……。でも、雄二の言うとおり……、それは『言わされた』事に近い……。理由も、雄二が言った通りだ……。

 

 

「…………やっぱり雄二には、お見通しなのか……」

「……俺にとってお前は一年位の付き合いだが、それなりにお前の事は見てきたからな……。あの時も言ったが、去年までのお前がそこまで変わっちまうくらいの事が起きたんだ……。当然、俺達に言えない部分もあったんだろう……。――ラブレターを貰ったというのに、その反応……。それが、答えなんじゃねえのか……?」

 

 

 ……あの時、彼らに言えなかった事……。それは……、僕の『絶望』……。大分割り切っているとはいえ、僕は心に深い『絶望』を残している……。今回こそ、今回こそは……!そう言ってやってきたのに、未だに僕は『繰り返し』を続けている……。心のどこかで、もう『繰り返す』覚悟をしてしまっている自分がいる事にも気付いていた……。

 だから……、誰からラブレターを貰ったとしても……その想いに応える訳にはいかない……。また『繰り返し』てしまうかもしれない僕には……!その時、一番辛い思いをするのは……、僕の『繰り返し』を止める事が出来ず、強制的に別れなければならない『相手』なのだから……!

 

 

「……そうさ。だから、出来る事なら……、誰にも知らせずに、僕一人で解決したい問題なんだよ……。それでも、僕一人では決して解決できない問題……。どんなに1人で解決する事を望んでも、『誰か』に頼らないといけない……。その『誰か』に迷惑をかける事になってしまっても……」

「明久……」

「……わかってるんだよ、雄二……。今までもキミに全てを話した時……、君はこう言ってくれた……。『俺は迷惑には思わない』ってね……。それは、皆も同じだった……。だからこそ、辛いんだよ……。そう言ってくれた彼らの思いもむなしく、僕は『繰り返し』てきた……。彼らに、悲しみを与え続けてきた……。他ならぬ、『僕』のせいでね……」

「…………」

 

 

 ……雄二が何か言いたそうにしているが、何を言っていいのか言葉が出てこないようだった……。そんな中、僕は話を続ける……。

 

 

「僕が別れを苦しんだ程、他の皆も苦しんでいるんだ……。苦しませてきたんだよ……!それなのに……、僕は他の皆に『繰り返し』の事を伝えてきたんだ……。また、苦しませるかもしれないのにね……」

 

 

 自嘲的に僕は吐き捨てる……。僕のせいで……皆を苦しめてしまっている……。この事実を考えると、僕は自分の全てを呪いたくなってくる……。だけど……、

 

 

「でも、『約束』もしてきてるんだ……。いつの日か、乗り越えるって……。この私たちの苦しみを……、無駄にしないでねって……。だから、僕はこの『腕輪』の呪いを断ち切る為に、出来る事は全てする……!後悔のないように、僕の決めた道を進む……!進まないと……、また、進めなくなっちゃうから……。動けなくなっちゃうから……」

 

 

 ……正直な話、僕一人だけだったら諦めてしまっているんだ……。事実、そうだった時があるように……。今の僕がいるのは、僕を支えてくれた皆がいてくれたからに他ならない……。だから、その皆の思いに応える為に、僕は進むことが出来るんだ……!

 そんな時、雄二は僕の髪をクシャクシャにしながら、言った。

 

 

「……俺ではお前の経験した苦しみや悲しみは理解してやれねぇ……。ここで、言葉だけの慰めをしても、お前には意味ねえだろうしな……」

 

 

 ……そこで雄二は僕の頭から手を離すと、真面目な様子でこう切り出してきた。

 

 

「明久。これは俺の考えなんだが……、お前は自分が今、幸せになる……。そういう事は考えられねえか?」

 

 

 ……正直、意味がわからない。だが、雄二は至極真面目な様子でふざけている様には見えない……。一体どういう意図から今の発言が出てきたのか……?苦笑しながら、僕は雄二に答える。

 

 

「……いろんな意味で、とても雄二の言葉とは思えないよね?……何より、つい先日まで僕の幸せは許せないとか言ってる雄二がさ?」

「茶化すんじゃねえよ……。俺だって、時と場合くらいは選ぶさ……。明久、お前は何だかんだでいつも他の奴らの為に動いてきたよな?だったら……、お前にもそういった相手が……、お前の事を考えてくれる……、俺にとっての翔子のような相手をを見つけた方が、お前の為になるんじゃねえか……?そしたらお前は、そいつの為にも一層繰り返さない様に気を付けるだろう?それこそ……、今までにないくらいな……」

「…………」

 

 

 ……まさかそんな事を言われるとは思ってもみなかった……。それも……、雄二の口から異性関係の事で助言を受けるとは……。今までにない提案に戸惑っていると、雄二はそのまま話を続ける……。

 

 

「……一応聞いておくが、相手がいない……、とか言い出さないよな……?」

 

 

 ……いや、相手も何も……。

 

 

「……僕を好きな人なんていないでしょ?君だって言った筈だよ?僕はブサイクだって……」

「……前に言った事はひとまず置いとけっ!それに仮に不細工だって、それが女の出来ねえ理由にはならないだろっ!?」

 

 

 ……本当に雄二の奴、どうしちゃったんだろ……。

 

 

「……雄二、本当に大丈夫?……もしかして霧島さんと付き合えるようになったから、頭がどこかおかしくなって……」

 

 

 ゴンッ!!

 

 

 そこに雄二の鉄拳が僕の頭に突き刺さる。

 

 

「痛ッた!?何するんだよ、雄二!?怪我人を相手にっ!」

「お前が意味不明(バカ)な事ばかり言うからだろうが!?とりあえずそれはいい!お前は誰か……、好きな奴とかいないのか!?例えば……、姫路は!?去年までお前は姫路が気になっていたんじゃないのか!?」

 

 

 そこで、姫路さんの名前がでる……。雄二の方を見ると……、どうもからかっている様子には見えない。それだったら、僕も真面目に答えるとしよう……。そう考えて……、僕は答える。

 

 

「…………そうだね。姫路さんの事は……、『好き』だったよ。……初恋の相手……だったからね。僕にとっては、さ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……姫路さん。小学校の頃に……ある事で知り合った友達……。出来る事を精一杯に、ひたむきに、全力で一生懸命に頑張る事が出来る女の子……。そんな彼女の姿に、僕は深い衝撃を覚え……、心惹かれた女の子……。でもその後は疎遠になってしまい……、高校でも、クラスが違うせいか、殆ど彼女とは交流が無かった……。それが、2年進級時の振分試験において、『今回』と同じように体調を崩してしまい……、僕と同じFクラスとなったことで、今まで疎遠だったのが嘘みたいに仲良くなった……。

 

 

 

 

『私は明久君のことが大好きなんですよ?あんなことを言われて……、じっとしていられるわけないじゃないですか!』

 

 

 

 

 『繰り返し』が起こる前、彼女と想いを確認しあった事がある……。彼女は、僕に勿体無いくらい、可愛らしくてお淑やかで、でも意外と負けず嫌いなところがあり……、そして、誰よりも努力している人……。まあ『料理』の腕が壊滅的で命に関わる事と、思い込んだら一直線で話を聞いてくれないところはあるけれど……。でもとても純粋で、魅力的な女の子だ……。あの事故が起こらなければ……、『繰り返し』ていなければ……、と思った事もある……。

 

 

 

 

『明久君!イヤ……ッ!いやぁ!!いかないで……!いかないで下さいっ!明久君っ!!』

 

 

 

 

 ……けれども、僕は今『繰り返し』てしまっている……。その『繰り返し』の最中においても、彼女とも色々な事があった……。僕が近くにいるから……、彼女に色々と影響を与えてしまっている……。『今回』も姫路さんはもしかしたら、僕を好いてくれているかもしれないけれど、同時に泣かせてしまった事が思い出される……。だから……、姫路さんといるのは楽しいけれど、だけど彼女の事を考えるなら……、僕は彼女から離れた方がいいと悟ったんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……この『繰り返し』の中で……、僕は実感させられたんだ……。仮に、姫路さんが僕を好きだったとしても……、僕にはその想いに応える資格はおろか……、権利も無いってね……」

「…………そうか」

 

 

 僕の返答を聞き、溜息をつきながらそう呟く雄二。

 

 

「だが、お前が言った通り、それまでこんな事は考えてこなかったんだろ……?今までと同じことをしていたんじゃまた『繰り返す』って言うんなら、新しい事をやればいい。だから、俺はお前に聞いてみたんだが……、とりあえず、姫路の事はそれでいい……。今のお前の気持ちも……それまでの環境がそうしたっていうんなら、否定のしようもねえしな……」

 

 

 そう言って、雄二が一息つくと、

 

 

「だが、考えてもみろ?お前の性格なら……、相手がいた方がメリハリがでる筈だ……。少なくとも今はある程度『繰り返し』の条件も、『腕輪』持ちの高得点者を倒せれば道が開けるかもしれないって事もわかっているんだ……。これまでとは違うだろう?だから考えろ。そんな奴は、いないのか……?」

 

 

 ……雄二の考えている事はわかった……。わかったけれど……、

 

 

「……今までそういった事は全然考えてなかったから……、急に言われてもすぐに出てこないよ……。この『腕輪』を外すまでは、なるべく考えない様にしてたからさ……。姉さんにも言われていたし……。でも、そうだね……、皆大事だと思うけど、その中でも特に気にかけている人達ならいるよ……」

「……それは、誰だ……?」

 

 

 雄二の返答に、頭に浮かんだ人達を告げる……。

 

 

「……秀吉と、優子さんさ……」

「秀吉と……、木下優子……?秀吉はともかくとして……、木下姉もか……?」

「……うん。この『繰り返し』の中で、僕が尤も助けてもらったのが多い人達で……、そして尤も『別れ』を体験させてきた人達なのさ……」

「…………明久……」

 

 

 ……そう、最初にこんな状況に陥った僕を……、最初に信じてくれた友達が秀吉だった……。Fクラスで問題がおこる度に僕を助けてくれた……。でも、秀吉だけじゃ手におえない事も出てきて……、それでいて僕のバカさかげんのせいで、他の人物も信じてくれない……。そんな時に秀吉はAクラスの優等生にして自分の姉である『木下優子』を連れてきてくれたんだ……。

 彼女も最初は半信半疑で接してきた。それはそうだろう、学校一の問題児にして、『観察処分者』のいう事なんて、まともに受け取る方がおかしい。でも必死に説得してくれた秀吉のおかげで……、彼女も僕に協力してくれた……。

 ……何をしていいのかもわからない僕に、思いもつかないような事を色々助言してくれたのは彼女のおかげだ……。それなのに……、そんなにも僕を助けてくれたのに……、僕は、いつも悲しませていた……。

 あの2人を……、いままで何度泣かせてしまってきたのかわからない……。でも、『約束』だから……。出来るだけ2人には伝えるようにしてきて……、何度も別れを繰り返してきたから……、

 

 

「……雄二は僕の幸せをって言うけど……、僕としてはあの2人が幸せになってほしいと思っているよ……。何度も泣かせてしまった、あの2人が幸せに……」

「明久君っ!!」

「明久っ!!」

 

 

 そんな時、屋上の扉が開き、そこにはちょうど話をしていた2人と、霧島さんがいた……。タイミングがいいのか悪いのか……。

 

 

「……そんな訳だから、雄二……」

「……わかった。……あと、そのラブレター。預かってもいいか?……出した奴に心当たりがある……。もうお前も、気付いているかもしれないが……」

「……じゃあ、聞かなかった事にするよ……。これが手紙だから……雄二、責任を持って渡しておいてね……」

「……ああ」

 

 

 誰と聞く事なく、僕は雄二へ手紙を渡す……。そして、こちらへやってくる3人の方へ向き直り……、

 

 

(これでいいんだ……。雄二の言う事もわかるけど……、僕にとっては自分の幸せよりも……、秀吉や優子さんの幸せの方が大事なんだから……)

 

 

 それが……僕の、嘘偽りない思いだから……。

 心配してくれた秀吉達に笑いかけながら、僕はそう心の中で呟いていた……。

 

 

 

 

 

 

 



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第38話 文月学園主催、オリエンテーリング大会!

今回は、アニメの「地図と宝とストライカー・シグマV」の話です。

文章表現、訂正致しました。(2017.12.8)


 

「あれ?どうしたの、雄二……」

「明久か……、なんかやるみたいだぞ」

 

 

 登校してみるとクラスメイトが教室の前に集まっていた。何々……、

 

 

「文月学園主催お宝争奪オリエンテーリング大会……?」

 

 

 ……また、何考えてるんだ……?あの学園長は……。

 

 

「ずいぶんと商品も豪華なようじゃのう……」

「…………多分、スポンサーがらみの商品」

 

 

 えーと……、MP3プレイヤーに新作ゲーム……、喫茶ラ・ぺディスでの商品券。学食1年分の食券やら1日生徒会長になれる券なんてのもある。……確かに豪華商品だ……。一部、気になる商品もあるけど……。

 

 

「……で、どうやったら貰えるの?」

「用意されている試験問題を解き、その答えが地図のチェックポイントの座標になっていて、そこに隠してカプセルの中に商品の引換券があるようだな……」

「…………ようするにテストが解けなければアウト」

「しかも早い者勝ちで、他のチームとぶつかった時は召喚獣バトルで奪い取ってもいいそうじゃ」

 

 

 ……成程ね。Fクラスには色々な意味で不利な内容だ……。

 

 

「皆さん、席に着いて下さい」

 

 

 だいたいルールを把握したところでHRの時間となり福原先生が来る……。あれ?西村先生も……?

 

 

「……えー、今日からですね、西村先生が私にかわってFクラスの担任となってもらう事になりました」

「「「「な、なに――――!??」」」」

 

 

 その瞬間、教室中が阿鼻叫喚に包まれる……。

 

 

「先日、お前らが起こした騒動が問題になってな……。俺がお前らを監視する意味を含めて担任となる事になったのだ」

「先日の騒動は吉井が悪いんですっ!!」

「そうです!アイツがラブレターなんて貰うから!!」

「俺達は悪くないんです!!」

 

 

 ……ふう、コイツらは学習能力はないのか……。

 

 

「やかましい!!とりあえずこれは決定事項だ!!それよりも今日はこれからオリエンテーリング大会が行われる。もう知ってはいるだろうが、念の為ルールを確認しておくぞ。ルールは、三人一組となりチームで行動してもらう……。そして、そのチーム分けがこれだ」

 

 

 一喝してクラスを黙らせ、オリエンテーリングの説明を始める西村先生。それでチームは……、雄二と秀吉とか……。

 

 

「……制限時間は放課後のチャイムまで!これも授業の一環だ!真面目に取り組むように」

「それでは頑張って下さい……。ああ……、あと吉井君。学園長が呼んでいたので、すみませんがオリエンテーリングが終わったら学園長室に来てください」

 

 

 そう言って教室を出て行く西村先生たち……。何かわかったのかな?まあ、放課後でもいいみたいだし、とりあえず着替えに行くか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それぞれ体操着に着替えて、各自問題に向かっているんだけど……、

 

 

「…………」

「……雄二。そちらはどうじゃ……?」

「……ダメだな。問題が難しすぎる……」

 

 

 そう、問題が難しすぎるんだ……。少なくとも、Fクラスの僕達が解ける問題ではない……。

 

 

「あー、もう!数学以外はお手上げだわ――っ!!」

「……ムッツリーニ。お前、凄いな……」

「…………保健体育だけ。他はお手上げ」

 

 

 ムッツリーニは、島田さんと須川君か……。向こうも向こうで大変そうだな……。それにしても……、

 

 

「……全部、選択問題か……。じゃあ、あれを試してみるか……」

「うん?何か手があるのか?」

「僕が高校受験の時に、お世話になった方法なんだけど……」

 

 

 そう言って僕はあるモノを取り出す。

 

 

「…………」

「……なんじゃ?それは……」

「えーとね、数学は『ストライカーシグマⅤ』、現国は『プロブレムブレイカー』、歴史は『シャイニングアンサー』。なかなか正解率が高くて……」

「……一瞬でも期待した俺がバカだった……。お前の人生はサイコロに左右されてきたのか……?」

「はぁ……。久しぶりにお主のバカな発言を聞いた気がするぞい……」

 

 

 ……そう言って呆れた様子で溜息をつく雄二達……。う、うるさいな。僕だってわかっているけど……、問題が解けないんだから仕方ないじゃないか……!

 

 

「と、とにかくいくよ!うなれっ、ストライカーシグマⅤ!!」

 

 

 呆れている雄二達を尻目に、僕はサイコロ……、コホンッ、ストライカーシグマⅤを放り投げる!そしてその結果……、X座標『652』、Y座標『237』、Z座標『5』……。

 

 

「わかった……。ターゲットは……、あそこだっ!」

 

 

 僕はその導き出された方向を指さすと……、

 

 

「おもいっきり空中じゃな」

「お前、とってこい」

 

 

 ………………ごめんなさい。

 

 

「やれやれ……、ん?あれは、姉上達かの……」

 

 

 そんな時校庭を見てみると、ちょうど宝を掘り出した優子さん達が見えた。

 

 

『あった、商品の引き換えチケットだ~♪』

『最初から正解ね』

『……学食のデザート1年分……』

『3人で分けよう~』

 

 

「……X軸とY軸は当たってたようじゃな……」

 

 

 その様子を見ていた秀吉がポツリと呟く。

 

 

「ほ……、ほら!ストライカーシグマⅤは凄いでしょ!?」

「……信じてるお前が凄いと思うがな……」

 

 

 ……ま、まあ冗談はこれくらいにしておくとしよう。……そんなこんなで僕達は再び捜索を開始する……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く……、くだらない行事に時間をさく位なら、少しでも授業を進めてほしいものだが……」

「まあまあ、久保君……。それより地図だとこの辺りですね……」

 

 

 そんな会話が交わされる中、私は久保君と、佐藤さんと一緒にチームを組んで探していたんですけど……、

 

 

「えっと、ここですね……、えっ!?」

「どうしたんだい?姫路さん……!?」

「……吉井君の下駄箱の中、ですか……」

 

 

 が……学園長先生!?ど……どうして吉井君の下駄箱に景品を!?

 

 

「これって……、開けちゃっていいんでしょうか……?」

「……どうだろう?僕はいろんな意味で開ける訳にはいかないと思うんだが……」

「……この間の騒ぎも、元はといえば吉井君の下駄箱に入っていたものが原因でしたからね……」

 

 

 ……皆さん、開けるべきか悩んでいるようです……。私も開けたいんですけど……、色々と見たくないような物を見てしまう気がして……。主に、ラブレター、とか……。吉井君の下駄箱の前で躊躇している内に、誰か来たのでしょうか、声が聞こえてきました……。

 

 

「……ん?姫路さんじゃないか。それに、Aクラスの久保君達も……」

「……そういう君たちは……?」

「えっと、平賀君……、ですよね?あと……」

 

 

 平賀君と一緒にいるおっとりとした感じの、三つ編みの女の子……Dクラスとの試召戦争時も見かけた私の友達……、

 

 

「あの……。私、Dクラスの玉野美紀って言います」

「玉野さん、ですね……。よく、優子に会いに来る……」

「ええ、彼女とは……、その……」

 

 

 佐藤さんは玉野さんの事を知っているのでしょうか……?私も彼女から色々と吉井君の事を聞いたりしていますし……。確か……、『たくましい坂本君と美少年の吉井君が歩いているのって絵になるよね』とか『やっぱり吉井君が受けなのかな?』とか……。

 

 

「そうか……、それで君達もオリエンテーリングでまわっているのかい?それにしては……、一人いないようだが……」

「ああ…、もう一人は…」

「……清水さんがいたんですが、途中で『お姉さま~』と言って島田さんを追いかけて行っちゃって……」

「……美波ちゃん」

 

 

 ……美波ちゃんと清水さんって……、実際の所どうなんでしょう?美波ちゃんは否定してましたけど……。

 

 

「それより姫路さん達は、ここで何を……」

「ああ、実は吉井君の下駄箱に宝があるらしい事がわかったんだが……」

「勝手に開けるのもどうかと思って悩んでいたんですよ」

「……成程、そう言う事か……」

 

 

 平賀君も私達の話を聞いて、何を悩んでいたのかわかってくれたみたいです。…………一人をのぞいて。

 

 

「アキちゃ……、吉井君のっ!?」

 

 

 バンッ!!

 

 

((((あっさりと開けた!?))))

 

 

 吉井君の名前が出た瞬間、玉野さんは目にも止まらぬ速さで、吉井君の下駄箱を躊躇せずに開けちゃいました……。そして……、

 

 

 カチャ……、コロコロ……。

 

 

 幸い?な事に吉井君の下駄箱から商品の引換券が入っていると思われるカプセルが出てきて……それ以外のものは何もなく、私はホッと息を撫でおろしました……。

 

 

「ハッ!?私ったら何を……?」

 

 

 我に返ったようにそんな事を言う玉野さん。ほとんど条件反射だったんですね……。

 

 

「……ああ、最初に見つけたのは姫路さんたちだし、僕たちは大丈夫だから……。君たちが貰ってくれ……」

「……わかった。有難く貰っておくよ……」

 

 

 ……久保君も佐藤さんも呆然としてしまってますね……。まあ、さっきの玉野さんは……、その……、

 

 

「……僕達は行こう、玉野さん……。清水さんを探さないと……」

「は、はい……。そ、それでは、失礼します……」

 

 

 そう言って去ってゆく平賀君達を見ながら……、

 

 

「……久保君。さっきのは……?」

「……佐藤さん。気にしたら負けだ……」

「あ、あはは……」

 

 

 とりあえず、先程の事は見なかった事になりました。……肉食獣もかくやと思う玉野さんなんて……、私たちは見なかったんですっ!そして気を取り直して、オリエンテーリングを再開しました。

 ……ちなみに商品は『喫茶ラ・ペディスの商品券』が入っていました。久保君達と分けたんですけど……、あそこのお店はケーキがおいしいので、また太っちゃいそうです……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「輝けっ!シャイニングアンサー!」

 

 

 ……結局、秀吉が明久に唆されてサイコロ?を振ってる中、俺は問題を解きながらコイツらについていき……、

 

 

「あったよ!さすが秀吉だね!」

「……ワシは関係ないと思うのじゃが……」

 

 

 明久が男子トイレの水タンクの中に隠されていたカプセルを開けると……、

 

 

「さて、商品は何かな……って、ハズレッ!?」

「……ここは違うという訳じゃの」

「くそっ……!引っかけ問題だったのか……!」

「……サイコロに引っかけも何もないだろう……」

 

 

 ……いくら変わったといっても、基本的に明久はやはりバカだった……。まあ、見ていてある意味、安心するんだが……。

 

 

「……さてと、これならどうだ?」

「何と!真面目に解いたのか!?」

 

 

 俺がそう言うと大層秀吉が驚いていたが……サイコロに頼るくらいなら解いた方がいいだろうが……。

 

 

「さすが雄二だね!じゃあ早速行こう!」

 

 

 ――それで体育倉庫に行き、その場所を調べてみると……、

 

 

「ホントだ!あった!」

「よくこれが解けたのう!」

「……俺でも解けそうな問題ばかり選んだんだ。それより商品は何だったんだ?」

「えーと、映画の無料チケットのようだね……」

 

 

 それにしても明久も随分楽しんでいるみたいだな……。俺はちょっと気になった事を聞いてみる事にした。

 

 

「明久、『繰り返し』た時にこんなオリエンテーリング大会はなかったのか?」

「……うーん。あまり覚えてないなあ。……前にも言ったけど、僕も『繰り返す』最中に、いろんな事をしてきてるから……。この行事はあんまり覚えてないから、参加してなかったのかも……」

 

 

 成程な……。学園長もそこのところを考えて、こんな行事を行ったのかもしれない……。

 

 

「そうか……。ところでどうする?他の奴らに見つかって召喚獣バトルを起こした方がいいのか?」

 

 

 この行事は1年や3年も参加している……。普通、他学年相手に召喚獣で戦う機会など無い為、都合がいいと言えば都合がいいのかもしれない……。尤も、召喚バトルがまだ出来ない1年生とぶつかった場合、そこは先輩が譲らないといけないという暗黙のルールもあるが……。

 

 

「……いや、大丈夫だよ、雄二……。挑まれたんならわかるけど、わざわざ待つ事もないさ。それに……、なんだかんだ言って、僕も楽しんでるしね」

 

 

 ……確かに明久を見る限りは楽しんでいるように見える……。今までの言動からも、まるで、『以前』の明久であるかのように……。これは、良い兆候と解釈していいのだろうか……。ふと隣を見てみると、秀吉は俺に向かって頷いてみせた。ならば、それが明久の『演技』ではないという事だ……。何だかんだで明久は嘘がつけないのだから……。だったら……、

 

 

「そうじゃな!このオリエンテーリング大会は、なかなかバカには厳しい行事じゃが……、こうなったらとことん楽しむとしようかの!」

「そうだな……。あとは問題をどうするかだが、残ってる問題はどれも難しいぞ。いっそ手当たり次第に校庭でも掘ってみるか?」

「手当たり次第……?そうか、なら答案用紙に、答えの選択肢にある座標を全部塗りつぶすんだ……!」

 

 

 全部……?ああ成程……、そう言う事か……!

 

 

「X軸とY軸のクロスした場所は宝が隠されている可能性がある……!高さはわからないから……、全部まわる!!」

「何か所もあるのじゃぞ!?それを全部探すのはとても……!」

「……おもしろそうじゃねえか、秀吉!どうせ問題は解けないんだ……。ならばバカにはバカの戦い方があるって見せてやろうじゃないか!」

「……全くお主らは……」

 

 

 そう言いながらも秀吉、お前もやる気満々じゃないか……!よし、そうと決まれば……!

 

 

「俺は4階をまわる!明久は3階、2階は秀吉がまわれ!」

「うん!わかった!」

「承知!」

 

 

 こうして俺達はまわる階層を決め、総当たりでまわっていった……!そしてその結果……、

 

 

「あった!あったよ、雄二、秀吉……!」

 

 

 最後にきた屋上にて明久が宝を見つける……。やれやれ、結局最後にまわった場所にあるとはな……。明久が墨をかけられたように真っ黒なのと、秀吉がチャイナ服になっているのは正直意味がわからないが……。

 

 

「ほら秀吉、問題が解けなくても見つける事が……」

「あら、アタシは自分で解いてここにきたんだけど?」

 

 

 明久がカプセルを開けようとした時、何処からか声がかかる。……コイツらは……!

 

 

「ゆ、優子さん!?」

「姉上!?何故ここに!?」

 

 

 木下優子に……、翔子!?それに工藤も……!

 

 

「ふふっ……」

「……ルールだと召喚獣バトルで奪い取ってもいいんだよね♪」

 

 

 おいおい、マジかよ……!いくらなんでも、Aクラスのこの3人が相手では……!

 

 

「承認します」

「ふ、福原先生!?いつの間に……」

 

 

 明久が驚いているところに、元Fクラスの担任が現れ、召喚フィールドが形成される……。

 

 

「「「(……)試獣召喚(サモン)!!」」」

 

 

 そして、それに応じて翔子たちが召喚獣を呼び出した……!

 

 

「……手加減はしない」

「覚悟はいいかしら?」

「それじゃあ、いくよ~!これも勝負だし、悪く思わないでね!」

「まさか、翔子たちと当たるとは……!」

「不味いぞ、明久……!いくらなんでも戦力が違いすぎる……!」

「しょうがないよ……、とりあえず召喚しないと敵前逃亡になる……」

 

 

 俺達も召喚獣を呼び出すしかないか……。しかし正直、Aクラスのコイツら相手に勝つのはいくら明久でも……。まあ、何の科目で戦うかにもよるが……。

 

 

「「「試獣召喚(サモン)!!」」」

 

 

 

【日本史】

Aクラス-霧島 翔子(384点)

Aクラス-木下 優子(322点)

Aクラス-工藤 愛子(309点)

VS

Fクラス-坂本 雄二(234点)

Fクラス-吉井 明久(410点)

Fクラス-木下 秀吉(54点)

 

 

 

 …………………………は?なんだ?この明久の点数は……?

 

 

「……よ、410点……!」

「えっ!?明久君、そんなに高かったの!?」

「こ、これはビックリしたよ!」

「……お、俺達も驚いた……」

「あ、明久よ……!まさか、そんなに点数が高かったとは……!?」

「……雄二達には言ってなかったっけ?僕は一応腕輪を取った事があるって……」

 

 

 ……そう言えばそんな事を言っていたか……?だが、正直明久がこんな点数を取るのは違和感しかないが……。

 

 

「……僕の召喚獣に『腕輪』が付くのは久しぶりだからね……。雄二の点数も高いし、ちょうどいいか……」

 

 

 明久はそう呟くと俺に向かって、

 

 

「ねぇ雄二?雄二も召喚獣の『腕輪』を使ってみたくない?」

 

 

 いきなりこんな事を言い出す明久。……いったい何を言っている……?

 

 

「……お、おい明久。何の話だ?」

「いいから。使ってみたいの?みたくないの?」

「そりゃあ、使ってみたいが……」

 

 

 自分の召喚獣の『腕輪』がわかるなら、俺も知りたいが……、

 

 

「じゃあ雄二、そのままでいてね……?いくよ……、『転身』!」

 

 

 そして明久がそう言った瞬間、召喚獣の腕輪が光りだし……、

 

 

 

Fクラス-坂本 雄二(400点)

Fクラス-吉井 明久(78点)

 

 

 

 な、なん……だと……!?何故、俺の召喚獣が……!?

 

 

「え?え?なんで?何が起こったの!?」

「……雄二の、召喚獣の点数が……!?」

「すごーい!!それが吉井君の腕輪の効果なんだ~」

「……いったいワシには何が何やら……」

「お、俺もだ……」

「……それより雄二。腕輪が使える筈だから、使ってみなよ……」

 

 

 ……見てみると俺の召喚獣に腕輪がついている……。という事は、俺の召喚獣は400点をとった召喚獣として扱われているという事だ。明久の召喚獣は……、召喚獣の点数を『水増し(ブースト)』させる事が出来るのか……。

 

 

「あ、ああ……、だが、どうやったら使えるんだ……?」

「使いたいって念じれば召喚獣の腕輪が光るはずだよ……。別に能力を発動させるのに台詞を言う必要もなかった筈だし……」

 

 

 僕はつい言っちゃうけどね……、と明久はごちる……。俺の、召喚獣の腕輪か……。はたしてどんな効果なのか……。俺が腕輪なんて使える事になるとは思わなかったから……、ちょっとワクワクしてきたぜ……!俺は召喚獣に腕輪を使わせるように念じると、その腕輪が光りだした……!

 

 

「……いったい、何が起こるのかしら……」

「……雄二が腕輪とはのう」

「腕輪の効果は、どれも強力だからねぇ……」

「……!?雄二の、右手が……!」

 

 

 翔子たちも固唾を飲んで見守る中、俺の召喚獣の右手が淡い輝きを放っていた。

 

 

「こ、これは……」

「うーん………。まあ、戦ってみればわかると思うけど……」

 

 

 まあ、そうだろうな……、ならば……!

 

 

「いくぜ、翔子!ちょっと俺の召喚獣に付き合って貰うぜ!!」

「……雄二!」

 

 

 翔子の召喚獣が構える中、俺はその光っている右手で攻撃する。すると……!

 

 

 ズガァァァ―――ンッ!!

 

 

 正面から俺の攻撃を受け止めた翔子の召喚獣が吹き飛んだ!?こ、これは……!

 

 

「……雄二の腕輪は、腕とか脚とか……その部分を強化できる効果があるみたいだね……」

「……強化?」

「……その光ってる部分がそうだと思うけど……。多分、その気になれば他の部分も強化できるようになるんじゃないかな……?」

 

 

 部分の強化か……。成程、なかなか便利な能力じゃないか!あまり力を入れた感じもしないのに、あの翔子の召喚獣を吹き飛ばした事といい……。

 

 

「だ、代表!!大丈夫なの!?」

「……大分点数を削られたけど……、大丈夫」

「……あの一撃でそんなに削られちゃったんだ……」

 

 

 

【日本史】

Aクラス-霧島 翔子(106点)

Aクラス-木下 優子(322点)

Aクラス-工藤 愛子(309点)

VS

Fクラス-坂本 雄二(350点)

Fクラス-吉井 明久(78点)

Fクラス-木下 秀吉(54点)

 

 

 

 たった一撃で、こんなに点数を削っちまうとはな……。

 

 

「明久よ、ワシも腕輪が使えるようにならんか?」

「……ゴメン。秀吉に腕輪が使えるようになるまでの点数にさせるには……、僕の点数が足りない……」

「……秀吉。演劇もいいけど、アンタはもう少し勉強しなさい……」

「……わかったのじゃ…」

 

 

 秀吉、そんなあからさまに落ち込むな。しかし、まさか他人に点数を付加させる事ができるとはな……。まあそれが腕輪の効果だと言われれば納得するしかないが……。

 

 

「……ん?という事はお前が俺を倒せば……」

「……雄二。言いたい事はわかるけど、僕にその気はないよ。……そもそも、この状態で雄二には勝てないと思う」

「いや、だからわざと……――」

「わざと負けるように戦われても……意味はないよ。わかるでしょ……?」

「……そう言えばそうだったな……、スマン……」

 

 

 ……明久の『行動』によって……とかいう奴か……。厄介な事だぜ……。だが逆に……、それは明久に『本気』で戦っていると思わせれば大丈夫、という事も示している……。

 

 

「僕を心配してくれるのは嬉しいけどね……。まあ目的が逸れちゃったけど、そろそろ戦わない?」

「「「「「あ……」」」」」

 

 

 明久や俺の腕輪やらで驚いていて、召喚獣バトルの最中だって事を忘れていたな……。

 

 

「……すまないな、翔子……。いけるか?」

「……気にしなくていい、雄二。私はまだ大丈夫……」

「……確かに話が逸れたわね……。商品の争奪戦だったはずだけど……」

「……すっかり忘れてたのじゃ……」

 

 

 そして新たに臨戦態勢に入ったところで……、

 

 

 キーンコーンカーンコーン……――

 

 

「な、何……!?」

「時間切れです」

 

 

 福原教諭がそう宣言し、召喚フィールドが取り消される……。召喚獣バトルが途中で終わったという事は……、

 

 

「え……という事は……?」

「そういう事」

「じゃな!」

 

 

 最初に見つけた俺達のモノ、って事だ!

 

 

「取られちゃったか……。でも、いいんじゃない?ボクとしてはおもしろいモノもみれたしね♪」

「……他の商品も大分、手に入ったし……」

「まあ、それもそうね……。それで……、その商品は何だったの?明久君」

「んーとね……、何々……!?」

 

 

 ん?なんだったんだ?何か随分驚いているようだが……。

 

 

「どうしたんじゃ?明久……」

「…………西村先生の『1週間個別授業』引換券……だって」

 

 

 シ――――――ン……。

 

 

 ………ナ、ナンダッテ?オレハ……、ナニモキコエナカッタゾ?あまりの商品に、他の連中も固まっているようだ……。そんな中で明久は……、

 

 

「随分変わった商品だね……、雄二、いる?」

「そんな恐ろしいものを俺に見せるな!?いや、俺は何も見なかったし、そんなもの見つけなかった……!」

「……そんなに拒絶しなくても……。ならいいよ、これは僕が使うから……」

「お前はソレを使うつもりなのか!?」

 

 

 いったい何をどうすれば、自分からあの地獄におもむくようになるんだ!?……今までの明久に何があったのか、俺は非常に気になった……。

 

 

「……よ、吉井君も勇気があるよね……。あの西村先生の個別授業なんて……、普通は耐えられないと思うよ……」

「愛子……、それは勇気とは言わないと思うけど……」

「……勇者じゃ。勇者がここにおる……」

「秀吉まで……。それより、さっきから気になってたんだけど……、2人のそのチャイナ服はなんなの……?」

「「あっ……!こ……これは(じゃな)……!」」

 

 

 ……ようやく明久が突っ込んだか……。秀吉と、木下優子の姿に……。明久が墨をぶっ掛けられたように真っ黒になって現れた事といい、競技の最中に何があったんだ……?

 

 

「……まあ僕は別にいいんだけどね」

「「ちっともよくないわよ(ぞい)!?」」

「そう言うな、2人とも。こんな事を言っているが、コイツも心の中では喜んでるしな。明久、お前チャイナドレスが好きだよな?」

「大好……――愛してる」

 

 

 ……コイツは本当に嘘をつけないヤツだな。

 

 

「えっ……!そ、そうなの……!?」

「良かったね~、優子!吉井君、愛してるって♪」

「チャ、チャイナ服がでしょ!?からかわないでよ、愛子っ!」

「待つのじゃ、雄二!ワシは……男じゃ!」

 

 

 秀吉……、その服を着てそんな事を言っても説得力がないぞ……。

 

 

「まったく何て事を言うんだよ、雄二!これじゃあ僕がそういった趣味を持ってるみたいじゃないか!?」

「……いや、事実だろ?」

「僕にそんな事を言っている暇があったら、さっき手に入った映画のチケットで霧島さんを誘うとかできないの!?」

「なっ!?お、お前!?いきなり何を言い出すんだ!?」

 

 

 こ……コイツ……!翔子の前で何を……!

 

 

「あのエキシビジョンゲームの後で、まだ一度も霧島さんとデートもしてないんだって!?」

「ちょ……ちょっと待て!?なんでお前がそんな事……」

「霧島さん本人から聞いたんだよ!」

「そう言えば代表、この間寂しそうにしてたわね……」

「坂本君、代表が可哀相だよ……」

 

 

 いつの間にやら矛先が俺に変わり戸惑っていると、翔子が……、

 

 

「……雄二……」

「しょ、翔子ッ!?」

 

 

 クッ……!こんな期待に満ちた目で見られたら……、断れねぇじゃねえか……!!

 

 

「雄二よ……。男らしくないぞい……」

「だ……だが、俺だってデートなんてした事ないんだぞ……!」

「ん?それなら……2人っきりじゃなかったら行けるって事カナ?」

「……愛子?」

 

 

 工藤の台詞に、俺はひとつの光明をみる。

 

 

「あ?……ああ、流石に俺も何をしていいかわからんからな……。誰かいればまだ別だが……」

「それだったらさ、代表に付き添って行けばいいんじゃない?もちろん女子だけじゃなくて……、男子もね♪」

 

 

 ……ようするに、どういう事だ……?いまいち工藤の提案がわからない……。俺にとっては都合のいい事だとは思うが……。

 

 

「だから~、優子も代表についていけばいいんだよ。そして坂本君には……吉井君がね♪」

「あ、愛子!?何を言ってっ!?」

「そしたらちょうど、ダブルデートになるからさ♪それなら坂本君も恥ずかしくないでしょ?」

 

 

 成程……、そう言う訳か……。やはり、俺にとっても有難い提案だ……。勿論、こんな状況に追い込められた明久に礼をする訳では断じてない。何やら明久に丸め込まれたような気がして悔しいから、明久も巻き込もうなんて事は……。隣を見てみると、秀吉も頷いていた。

 

 

「そうだな……、という訳だから明久。お前も来るんだ」

「……なんか雄二のその清々しい程の笑顔が気になるけど……、わかったよ。霧島さんの為でもあるしね……」

「姉上、明久もこう言っておるのじゃ。まさか断るなんて事はないじゃろうのう?(ニヤニヤ)」

「ひ、秀吉!だったらアンタも来なさい!!」

「それじゃダブルデートの意味がなかろうに!?」

 

 

 木下姉の言った一言で、秀吉も参加する事になったようだ……。やれやれ……、折角のチャンスだと言うのに……。まあ、そうは言っても……、

 

 

「……わかった。雄二、じゃあ今度の休日に……!」

「あ、ああ……」

 

 

 ……俺も翔子とデートする事になった……。まあ……、嬉しいといっちゃ嬉しいんだが……。

 

 

「じゃあ、優子さん……、それに秀吉も……。雄二達の付き添いで悪いけど……、付き合ってもらえるかな……?」

「わ、わかったわ、明久君ッ!!つ、次の休日ねッ!」

「……わかったのじゃ、明久。(ボソッ)……ワシは遠慮しておいた方がいいのじゃろうに……姉上も変なところで意地を張るのう……」

「……秀吉?何か言ったかしら……?」

「い、いや、何も言っておらんのじゃっ!?」

「もう……優子ったら……。折角のチャンスなのに……」

「??何で付き添うのにそんなに熱くなってるんだろう……?」

 

 

 ……明久は完全に付添だと割り切ってしまってるな……。尤も、翔子をそのままにはしておけないと思ってたし……、今日のところは素直に感謝しておくか……。

 こうして俺達のダブルデート?が決定した中、文月学園主催お宝争奪オリエンテーリング大会は終わりを告げたのだった……。

 

 

 

 

 



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第39話 報告

文月学園特別問題
以下の問いに答えなさい
『文月学園の“試験召喚システム”の要である“試験召喚獣”について考察しその特徴を述べよ』


一般的な文月学園生徒の答え(抜粋)
『制限時間ありのテストを受け、その点数によって試験召喚獣の強さが決まる。なので上位クラスの方が試召戦争の時に有利となる』

学園長のコメント
間違ってはいないよ。点数を取れた方が有利にはなる。……だけど過信は禁物さね。


ある学年、クラスの生徒の影響を受けた者の答え(抜粋)
『点数によって試験召喚獣の強さが決まるものの、操作に関しては自身の動きに反映されるのか、より具体的な操作をするには召喚獣と一体になっている感覚を持てればいいと思われる。さらには召喚獣も人体と同じく急所があり、そこを突かれると点数に関係なく戦死してしまうので注意が必要』

学園長のコメント
まあ、誰とは言わないけど、その通りさね……。まあ点数が高い方が有利にはなるから、しっかり勉強する事は忘れないように。


影響を与えた生徒の答え
『召喚獣の強さは点数によって決まる。操作に関しては召喚者との感覚が強ければ強い程、精度の高い操作ができる。『観察処分者』の召喚獣はフィードバックの為か、より感覚を共有しているので、その分操作しやすい。また『観察処分者』はシステムの別領域を走っている為、例えメインシステムがダウンしても関係なく召喚獣を呼び出せる。あとこれは僕の『腕輪』のせいなのか、何処でも召喚獣を呼び出す事ができる。そもそも召喚獣にも感情があるんじゃないかと僕は考えていて……(省略)』

学園長のコメント
よくそんなに詳しく書けたもんさね……。しかし、アタシでも知らない事があるとはね……。


ある女生徒の答え
『まず召喚者を沈め、その後で召喚獣を始末する』

学園長のコメント
……アンタ、ホントにウチの生徒かい……?因みに……、それは校則違反で懲罰の対象になるよ。覚えておきな……。


「お待たせしてすみませんでした、福原先生」

「いえ、いいのですよ、吉井君。では行きましょうか?」

「はい」

 

 

 オリエンテーリング大会も終わり、その放課後、僕は福原先生の元を訪れていた。直接学園長室に行ってもよかったけど、福原先生には聞いておきたい事もあった。

 

 

「……福原先生、僕の事は……、聞いていらっしゃるのですか?」

 

 

 Fクラスの担任が福原先生から西村先生に変わる話を聞き、僕は先生に尋ねてみる。

 

 

「……まあ、おおまかにではありますが……一応、貴方の『腕輪』の事は聞いてます」

「……そうですか」

 

 

 ……学園長がどこまで話したのかはわからないけど、福原先生は事情は知っているようだ。

 

 

「……すいません、福原先生。僕は……」

「おや?それは何に対しての謝罪でしょうか?ここ最近の吉井君からは謝られる覚えはありませんよ?」

「いえ、僕の話に巻き込んで……」

「吉井君、その『腕輪』の話は君のせいではないのでしょう?……むしろ、そのような事に巻き込んだ学園側の手落ちということになります……」

 

 

 申し訳ありません……、そう言って一生徒に対して頭を下げる福原先生に、僕は尊敬の念を抱くと同時に、福原先生の事も思い出す……。

 

 

(……福原先生)

 

 

 

 

 最初の印象はさえない先生としか捉えていなかったと思う……。西村先生や高橋先生のように目立つ方ではないし、むしろそんな先生がいたかな?、というのが僕のイメージだった。……でも福原先生は、見習わなければならない立派な先生だったんだ……。

 

 

 

 

『吉井君、どんな事があっても召喚獣で人を傷つけてはいけません』

『朝はちゃんとご飯を食べてきなさい』

『……設備を自分で調達する……。何もない、このFクラスの教室で……。この意味はわかりますか、吉井君……』

 

 

 

 

 今までに何度、福原先生から諭されてきたかわからない……。ある時、僕が先生方に真剣に悩みを相談した時、学園長や西村先生、高橋先生と同じくらい真剣に聞いてくれた先生……。西村先生が熱い気持ちで生徒を指導してくれるのならば、福原先生は静かに冷静に生徒を導いてゆく先生だった……。

 

 

 

 

「ですが……、先生がFクラスの担任が変わられたのは……」

「おや、私は副担任になったというだけで、完全に変わった訳ではないのですよ?」

「それでも……。先生が担任でなくなったのは、僕のせいでしょう……?」

 

 

 ……基本的にFクラスの担任になっている事の多い福原先生……。問題児達のクラスを押し付けられているのか、と先生に聞いた事がある。

 

 

 

 

『……勿論、他の先生方があまりFクラスの担任になりたがらないという事もあります……。Fクラスは問題児たちの集まり、と認識されていますからね……。特に吉井君、君は我が校始まって以来の『観察処分者』ですし、入学式の時の件もあります。ですが君は……、いえ、君たちは文月学園の一生徒です。もし問題があるのならばそれを正していく、逆に素晴らしい事は褒めてのばしてゆく……。それこそが、本来我々教師の仕事であり、責務なのです。原則、自分で設備を何とかしていかなくてはならない、このFクラスで……、何かを掴み、また改めるところを学ぶために自分を見つめ直す……。そのきっかけになるのが、このクラスの担任である私の、やりがいのある仕事です。……私がFクラスの担任を持つようにしているのは、その為なのです』

 

 

 

 

 ……先生のFクラスへの、いや、生徒たちへの思いは深い……。最初Fクラスという、チョークすらも与えられないクラスにおいて、まず生徒たちに現実を教える……。そして、そこから生徒に現実を認めさせ、ここから這い上がる為に努力を促し、真剣になった時に骨身を惜しまずに協力してくれる……。僕も、その一人だった……。だからこそ……、

 

 

「……先生の、生徒への思いは知ってます……。それでも先生が担任を外され、西村先生に変わる……。もちろん、西村先生が嫌なわけではありません。ですが……」

「吉井君」

 

 

 そこで僕の言葉が遮られる。福原先生の方を見ると、穏やかな顔をされて、僕を見ていた。

 

 

「君の気持ちはわかります。私をそのように見てくれるのは、教師としても嬉しい限りです。ですが、今回の件は特殊なケースなのです。君とFクラス内での現状を考えた上で、西村先生が担任となった方がいい…。それは学園長と……、私の判断から決定したのです」

「福原先生……」

「先日の一件も、もはや放置していればいい、という問題ではありません。君の『人生』がかかっている以上、常にFクラスを見ていく必要がある……。表に西村先生に立って頂き、私が裏からFクラスを見る……。それが一番なのですよ」

 

 

 福原先生はそう言うと、僕の背中に手を当て、

 

 

「それにしても、まさか吉井君からこのような事を言ってもらえる日がくるとは思いませんでしたよ……。まあ、学園長も待っています。話はこれくらいにして……、行きましょうか」

 

 

 こうして僕は福原先生に連れられながら、学園長室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく来たね、待ってたよ」

 

 

 部屋に入るとそこには学園長の他、西村先生と高橋先生もいた。

 

 

「……学園長。何かわかったんですか?」

「……入ってくるなりいきなりだね。まあいい、先にソッチから話してしまおうかね……」

 

 

 学園長はそう言うと、手元の機械を操作してその内容を見せる。

 

 

「……これは、腕輪、ですか?」

「ああ……、アンタの着けている『白金の腕輪』さね」

「これを見せる、という事は……、欠陥はなおったんですか?」

「問題だったところは解決できたんでね……。腕輪の内容もアンタの知っている事と同じかい?」

 

 

 データを見ると、そこには『召喚フィールド作製型』と『同時召喚型』と書かれている。僕の持っていたのが『同時召喚型』……。腕輪の色は違うものの、まぎれもなく同じ腕輪だ。

 

 

「……そうですね。『同時召喚型』……。大丈夫なんですか……?こちらはもう一つの腕輪に比べて特に調整が難しいと聞いてたんですけど……」

「ああ、正直そのへんはあっさり解決したよ……。お前さんの腕輪がどうして解決できなかったのかが不思議なくらいさね……。まあ、アンタから事情を聴いてたからと言うのもあるだろうけどね……」

「……じゃあこれをまた『景品』にでもするんですか?もうすぐおこなわれる春の学園祭、『清涼祭』の……」

「……新技術は使って見せてナンボのものだからね……。ウチは試験校だからスポンサーの顔色を窺う必要があるのさ……。尤も、この間のエキシビジョンゲームはかなり評判が良かったから、急ぐ必要はないんだけどね」

 

 

 ……という事は、また召喚大会の景品となるのか……。正直なところ、直ったからといって自分がこんな目にあっている『腕輪』が配られるというのは複雑な気持ちなんだけど……。

 

 

「……まあ、仕方ありません。なおったというなら、僕がどうこう言う話ではないと思いますし」

「やっぱりアンタは反対かい?」

 

 

 学園長が一生徒である僕の意見を窺うというのは、傍から見たらかなりおかしな事かもしれない……。でも……、その腕輪のせいで繰り返す事になっている僕から言わせてもらうとすると……、

 

 

「反対です」

「……アンタもはっきり言うねぇ。まあ、当然だろうけどね……」

「……学園長、差し出がましい事を言うようですが、私も召喚者に影響があるかも知れない物を与えるのはどうかと思いますが……」

 

 

 高橋先生も学園長に進言してくれた。隣の西村先生も頷いているところを見ると、同じ意見のようだ。

 

 

「……アンタらの言いたい事もわかるが、これはもう決定事項なのさ……。教頭が如月グループと話を進めてしまってね……。アイツに経営の方を一任させていたからねぇ……」

「……教頭先生は知ってるんですか?『僕』の事を……」

「いや……、アンタの状況についてはここにいる3人以外には伝えてはいない……。アンタの話を聞く限り、高橋先生や福原先生には並々ならぬ敬意があるようだったからね。……他の教師には、アンタは真面目に勉強したいって言ってきたくらいしか伝えてないよ」

「……学園長室の盗聴器の件は、誰が仕掛けていたかわかりましたか?」

「……アンタは確か、それも竹原が仕掛けたんじゃないか、って話だったね。……ただ結論から言うと、証拠は残ってなかったよ」

 

 

 ……竹原教頭。『繰り返す』度に思うけど、ホントにあの人はいつも余計な事ばかりしてくれる気がする……。

 

 

「……今は大丈夫なんですよね?」

「そう思うさね。土屋がカメラや盗聴器防止の措置をしてくれているからね」

「……ムッツリーニの?」

「……アイツから申し出てきたんだよ。今までに自分が取り付けたカメラや盗聴器のデータを差し出す代わりに、それを学園の管理の元で使用することを認めてほしいってね……」

「生徒と取引まがいの事をするなんて普通はありえないのですが……、実際に土屋君の腕は本物で、彼のカメラや盗聴器には困っていたところでしたから……。結果として、文月学園のセキュリティレベルはかなり引き上げられる事になりました」

「……まあ、アイツも思うところがあったのだろう……」

 

 

 ……ムッツリーニ……。僕は彼の姿を思い浮かべ、心の中で礼を言う……。何だかんだで彼にも結構お世話になっているが、ここまでやってくれるとは珍しい……。そう言えば、ムッツリーニには試召戦争の時の報酬の事もあるし、その時にでもお礼をしないといけないな……。

 

 

「……だいたい、こちらは話し終わったよ。アンタの『腕輪』については、まだそれ以上の事はわかっていないしね……。逆にアンタが聞きたい事はないのかい?」

「……ある事はあったんですけど……、福原先生に聞きましたから……」

「そうかい……。まあ今回の決定は、西村先生の方がFクラスの連中に睨みを聞かせる意味でもいいと思ったからさ。それに……、福原先生にもやってもらいたい事もあるんでね……」

 

 

 そうなんだ……。学園長の発言に少し疑問に思う事もあったけど、そこはとりあえず置いておく事にした。……いい加減、今日は色々動き回って疲れたし、病院にも行かなきゃいけないし……。学園長も他には何も進展がなかったようで、僕は挨拶だけして部屋を出て行こうとする。……が、途中で一つ思い出した。

 

 

「……そうだ。最後にもう一つ……。西村先生、この『チケット』の事ですが……」

 

 

 僕は振り返りながら、西村先生に今日のオリエンテーリングで手に入れたチケットを見せる。

 

 

「……うん?何だそれは……!?……学園長、貴女は……」

「何だい……。吉井が見つけたのかい?それを……」

「……西村先生は知らなかったんですか……?じゃあ高橋先生も……」

 

 

 僕は高橋先生の方を向くと、

 

 

「……私のもあるのですか……?学園長……」

「まあ、半分冗談だったんだけどね……。それは使っても使わなくてもかまわないよ……」

「……一応、使おうと思っています……。一週間分で、しかも授業免除とも書いてるし……。僕としては集中して勉強したいと思ってますから……」

「……ホントに去年までの吉井とは思えん言葉だな……。まあいい、俺の個人授業を受けたかったらいつでも来い」

 

 

 快く了承してくれる西村先生を尻目に、高橋先生がおずおずと僕に聞いてくる。

 

 

「……吉井君、私の方のチケットは誰が手に入れたんですか?」

「……すみません、僕もたまたま西村先生のが手に入っただけで……。ただ、商品リストからは消えていたので、おそらく誰かが……」

「……学園長……」

「……アタシも全てを確認していたわけじゃないよ……。西村先生のだって吉井が手に入れてたとは知らなかったしね……。ま、アンタも応えてあげな。……スパルタでいいから」

 

 

 ……その学園長の言葉に身震いする。高橋先生のスパルタ講習……。一度受けた事があるが……、アレは思い出したくもない……。正直言うと、僕にしてみれば西村先生の地獄の補習の方が100倍マシだ。気が付くと高橋先生がこちらを見ていたので、話を逸らす意味で学園長に訊ねる……。

 

 

「学園長、恐ろしい事を言わないで下さい……!あんな思い、もう二度としたくないですよ!」

「……吉井君、貴方は私をそんな風に見ているのですか…」

 

 

 ……あれ?話を逸らす筈が……。なんか僕……、墓穴を掘ってない……?

 

 

「……吉井、お前は……」

「……やはり吉井君は、吉井君なのでしょうね……」

 

 

 なんか西村先生や福原先生まで溜息をつきながらこちらを呆れたように見ている。…………ちょっと高橋先生の方は怖くて見れない……。

 

 

「……アンタの言う事はともかく……。どうだい、このオリエンテーリングは気分転換にはなったかい?」

 

 

 そんな中、呆れた様子ながらも助け舟を出してくれた学園長の言葉に、

 

 

「……じゃあ今回のオリエンテーリング大会は……」

「……学園のパフォーマンスの一環ってところだけど、アンタにはいい気晴らしになったんじゃないかい?結構楽しんでいるようだったじゃないか?」

 

 

 ……やっぱり今回のオリエンテーリングはそう言った意図があったのか……。

 

 

「……商品に関しても、竹原がスポンサー経由でいろいろ持っていたからね……。中には結構豪華な賞品もあったようだから、皆、真面目に取り組んでいたようだし……」

「そうだったんですか……。まあ、楽しめましたよ……。僕の『腕輪』も使えましたしね……」

「?どういう事だい……?アンタの『腕輪』になんかあったのかい?」

「……学園長、吉井君は召喚獣の『腕輪』の事を言ってるんですよ」

「何だって……?アンタ、召喚獣に腕輪が使える程の教科があったのかい……!?」

 

 

 ……そんなに驚く事かな……?それに最初に僕、学園長には話したと思ったんだけど……。

 

 

「……『日本史』だったら、僕はもう400点は出せますよ……。あれ?もしかして福原先生……、わかっていて『日本史』のフィールドを……?」

「……西村先生から『日本史』ならかなりの点数をとれるようだと聞いてましたからね……。まあ、今回の召喚獣バトルではフィールドの選択もありませんでしたし……」

 

 

 ……有難う御座います、福原先生……。

そのおかげで僕は、ここで初めて『腕輪』を使う事ができたし……、雄二の『腕輪』も知る事が出来た……。あとは……、

 

 

「……他に無いようでしたら、今日のところはこれで失礼します。それではまた何かわかったら教えてください」

「……わかったよ。アンタもあまり無理はしないように」

 

 

 

 そう言って僕は学園長室を後にする。……色々これからやらなければならない事はある。だけど……、

 

 

「……とりあえず今日は疲れたし……、病院に行くか……。もうギブスも取れる筈だし……、そろそろ伝えないといけないしね……」

 

 

 今後の事を考えながら一人ごちると、僕はそのまま病院に向かった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……学園長、どうして吉井に言わなかったのです?『腕輪』の事を……」

 

 

 吉井が出て行ってすぐに、西村先生からそう声が掛かる……。そちらを見ると高橋先生や福原先生も同じようにこちらを見ていた……。

 

 

「……まだ詳しい事はわかっていないんだ……。アレが、はたしてどういったモノなのか……。『白金の腕輪』の不具合や吉井の『腕輪』の問題にかまけていた事もあるけど、少なくともアタシは関知していないからね……」

「ですが、学園長ではないとすると……」

 

 

 眼鏡をあげながら聞いてくる高橋先生を尻目に、アタシは手元の機械を操作する……。

 

 

「……アイツがアレをどこから調達してきたのかはわからない……。正直、『腕輪』関連の開発はアタシが主導に考えてきたはずなのさ……」

「……先程、学園長が言った事の意味はわかりました……。出来る限り調べてみる事にしましょう……」

「……すまないね、福原先生……。どうせアイツを問い詰めてものらりくらりとかわしてしまうだろうしね……」

 

 

 アタシが操作を終えると、その場面が映し出される……。

 

 

「……アレがどんなものかは正直わからないさね……、ここで見たところでは、『召喚フィールド作製型』と同じ効果のようだけどね……」

「……とりあえず、土屋に伝えておきましょう……。そして、アレを手にした生徒と、調べられるならその効力を……」

 

 

 そのまま西村先生に続き、高橋先生たちも出て行く……。

 

 

(……これは一体どういう事なのか……?アタシの知らない試験召喚システムの技術……。吉井が『繰り返し』ている事と何か関係が……?今までに吉井にこんな事があったか聞いてみたいとも思うが……、とりあえず様子を見てみるしかないさね……)

 

 

 ……端末の乱れた画面と所々で途切れた音声の中で……、でも確かに幾人かの生徒達が、自分の把握していない『黒っぽい腕輪』を見つけ、その効果を試している場面が映し出されていた……。

 

 

 

 

 




文章表現、訂正致しました。(2017.12.8)


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第40話 吉井玲の帰宅

問題(化学)
次の道具の説明から正しい名称を答えなさい
『液体の体積を量るために用いられる縦に細長い円筒形の容器。ガラスやプラスチックで作られており、転倒を防ぐ広い底板と、注ぎ口をもつ器具』


姫路瑞希、木下優子、工藤愛子の答え
『メスシリンダー』

教師のコメント
正解です。実験器具の名称や使用法は基本知識としてとても重要なので、正しく覚えておいて損はありません。メモリを読む際の基準や注意点についても同様に覚えておくと良いでしょう。


土屋康太の答え
『メス シリ』

教師のコメント
いかに君が自分の興味のある部分しか見ていないのか、ということがよくわかりました。できればあと3文字『ンダー』も覚えて欲しかったところです。


吉井明久の答え
『メスフラスコ』

教師のコメント
うっかりミスでしょうか?メスフラスコは胴体部の平底の球体と長い首の部分から構成されている器具です。もう少ししっかりと問題を読みましょう。ただ、大分吉井君の化学の点数が上がってきたので先生は嬉しいです。


木下秀吉の答え
『試験管』

教師のコメント
それだと転倒してしまいます。問題文をしっかりと読み解答して下さい。あと、君の解答を見てお姉さんが後で話があるとの事です。


須川亮の答え
『目盛り付きガラス筒』

教師のコメント
君にはガッカリです。


「…………本当に貰っていいのか?」

「……ムッツリーニ、その台詞、もう5回目だよ?」

 

 

 何度も確認してくるムッツリーニに少々呆れながらも、僕は答える。……ここは僕の家。試召戦争の時や先日の件も兼ねて、ムッツリーニに『お礼』の品を渡していた。……渡していたのはいいんだけど、ムッツリーニが信じられないといった顔で何度も確認を取ってきていた……。

 

 

「……あの時、言ったでしょ?僕の家にある本で、ムッツリーニが好きなモノを何でも持って行っていいって」

「…………確かに、そんなニュアンス的な事は言った……。でも、これはお前の持っているもの全部じゃないのか……?」

 

 

 ムッツリーニの言うとおり、その聖典は今、僕の家にあるモノ全てと言っても過言ではない。存外に持って行ってもいいのか、と言っているのはそういう意味でもある。

 

 

「……そうだけどね、まあ僕にとって何度も見たものだからさ……、正直なところもういいって言うか……」

「…………その発言はどうかと思う」

「そんな事よりムッツリーニも午後から映画に行くんでしょ?一度家にそれを置きに行かないと……。まさか、持っていくとか言わないよね……?」

「…………ちょっとこの量は想定外だった」

 

 

 先日のオリエンテーリング大会が終わり、最初の休日……。今日は午後より雄二達の付き添いで映画に見に行くことになっている。

 

 

 

 

『優子の弟君も参加するんだったら、ボクも行こうかな?なんか仲間外れみたいでやだし……』

 

 

 

 

 そして工藤さんが選んだのが、ムッツリーニという訳だ……。それだったら一緒に行こうとムッツリーニを誘い、その前にウチに呼んでお礼の件をすませておこうと思ったのだ。

 

 

「……ダメだよ?ムッツリーニ。一緒に出掛けて、聖典持ってるのがバレたら、流石に……」

「…………待て、明久。俺は持っていくとは一言も言っていない」

「……ムッツリーニならやりかねないからさ……。一応、聞いてみただけだよ」

 

 

 いかにも心外だという顔でこっちを見てくるムッツリーニ……。尤も、神出鬼没のムッツリーニの事だ。持っていったとしても、見つかるといるようなヘマはやらないとは思うけど……。そんな時……、

 

 

 ――ピンポーン♪

 

 

 甲高い呼び鈴の音が僕の家に響く。

 

 

「ん?何だろう……。ちょっと待ってて、ムッツリーニ……。はーい。どちらさまですかー?」

 

 

 返事をしながら玄関に向かい、鍵を外して扉を押し開けると、

 

 

「アキくんっ!!」

 

 

 扉を押し開けた途端に、そこにいた人物が持っていた旅行鞄をほおりだし、僕に掴みかかってきた。…………よりにもよってバスローブ姿で。

 

 

「なっ!?ね、姉さん!?」

「…………どうした?あきひ……(ブシャァァッ)」

「ああっ!ムッツリーニ!?ちょ、ちょっと、姉さん!友人が大変な事になってるんだけどっ!?」

「……アキくんっ!貴方は大丈夫なんですか!?」

 

 

 倒れたムッツリーニを介抱すべく、なんとか姉さんを落ち着かせようとするものの、姉さんは姉さんでいつも感じる余裕がない。……まあ、いきなり弟からあんな事を聞かされたら、姉さんが飛んで帰ってくる事はわかってはいたんだけど……、それでもまさか3時間と掛からず帰ってくるとは……。

 …………服装がどうとか、本当に海外にいたのだろうかとか、色々ツッコミを入れたいところではあるんだけど、いつまでもガクガクと身体を揺らされていてはたまらない。だから僕は、姉さんに悪いと思いながらも強硬策をとる事にする。

 

 

「……と、とりあえず……っ!落ち着け――――っ!!」

「っ!?」

 

 

 ――吉井家に僕の大声が轟く。至近距離にいて、しかも耳元で大声を出された姉さんは流石に驚いたのか、僕を離してくれた。やれやれ……、ムッツリーニは大丈夫かな?

 

 

「……おーい、ムッツリーニー?大丈夫ー?」

 

 

 僕の姉さんの姿を見て倒れてしまった友人を介抱する。……どんなに『繰り返し』ても、ムッツリーニのこれだけは変わらないな。……とりあえず輸血かな?そう思い、ムッツリーニの鞄の中にあった輸血パックを持ってきて、ムッツリーニの介抱をしていると、

 

 

「…………アキくん?これは何でしょうか……?」

「?何って、なに……が……」

 

 

 いつの間にかショックから立ち直っていた姉さんが僕の後ろに立っていた。…………ムッツリーニにあげたばかりの聖典(ひみつのほん)を持って……。

 …………随分とややこしい事になってきたな……。(鼻)血だらけの友人、友人が来てるというのにバスローブ姿の姉さん、その手には聖典……。

 …………はたして僕だけで説明できるのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、アキくん。これは何ですか?」

 

 

 とりあえず、ムッツリーニの介抱がすむまで待っていてくれたのはいいんだけど……。僕(何故かムッツリーニも)は正座で姉さんの前に座っている。……目の前には例の本が積みあがっている。

 

 

(…………明久、どうする気だ?)

(……どうするも何も……、下手な答え方をしたら燃やされるのは確実だよ……。とりあえず、僕に任せてくれる……?)

(…………わかった)

 

 

 すぐさまアイコンタクトでムッツリーニと会話する。そして、彼の了承も得られたところで、僕は姉さんに向き直り、そして……、

 

 

「全部、彼のモノだよ?」

「…………!?(バッ)」

 

 

 自分が売られたと思ったのだろう。血相を変えてこちらを見てくるムッツリーニ。

 

 

(……我慢してよ、ムッツリーニ。姉さんに冗談は通じないから、本当の事を言わないと……)

(…………!?だ、だが……!)

 

 

「……康太君、でしたよね?今、アキくんが言った事は本当ですか……?」

「…………ッ!?い……いや、それは……!!」

「……こう言ってますが?……それにこんな量の本を持ち歩くという事もあまり考えられませんけど……」

 

 

 ……マズイ、非常にマズイ……!姉さんの怒りのボルテージが上がってるのがわかる……!僕は再度、ムッツリーニとアイコンタクトをかわす。

 

 

(まずいよ、ムッツリーニ!姉さん、本気で本を燃やす気だ!そして、その後間違いなく折檻が……!!)

(…………だ、だがこのままこれが俺のだとわかれば……!)

 

 

 ……彼の物だとわかれば取り敢えず燃やされる事はないだろうが、友人の家に聖典を……、それも大量に持ってきたという変態の烙印を押されてしまうだろう……。ニックネームであるようにムッツリスケベの彼にはキツイかもしれないけど……、だけど……!

 

 

(……君の言う事もわかるけど……!ここは負けてよ、ムッツリーニ!……僕としてもムッツリーニにあげるモノを燃やされるって事はさけたいんだっ!)

(…………グッ!?)

 

 

 ……ムッツリーニの葛藤がこちらにも伝わってくる……!大量の聖典を持ち歩く変態と任命されるか、自分のモノになる筈の聖典を燃やされる事を選ぶか……!僕としては何としても前者に勝ってほしいけど……(後者だと僕にも肉体的な苦痛が与えられるから)……どうやら答えが出たらしい……!はたして……どっちだ……!?

 

 

「…………ッ!……クッ!!…………俺の、ですっ(ドバドバ)」

 

 

 血の涙?を流しながら、姉さんに答えるムッツリーニ。………………そんなに自分のモノだと認めたくなかったのか……。

 

 

「……ですが、康太君はいつもこんな本を大量に持ち歩いているのですか……?」

「…………ッ!?……ッ!!…………そ、そう……、ですっ!」

「……もう勘弁してよ、姉さん……。確かにそれは僕のだった……。でも、もう見ての通り……彼にあげる約束をしていたから、もう、僕のじゃない……。後で家捜ししてもいいけど、もう家には一冊たりとも無いからさ……。お願いだから、それは見逃してよ……」

 

 

 ……あまりにムッツリーニが気の毒になったので、少し助け舟を出す。その言葉を聞きコクコクと頷くムッツリーニを見て、姉さんは溜息をつく。

 

 

「はぁ……、まあ、いいでしょう……。話が逸れてしまいましたね……、アキくん、今日のこのメールは一体何なのですか?」

 

 

 姉さんが携帯を見せながら、僕を問い詰める。

 

 

「何って、その通りなんだけど……?」

「……いきなり『僕、大変な事になったけど、気にしないで下さい』なんてメールを送られたら、逆に心配になるでしょう!」

 

 

 ……僕なりに気を使ってメールを送ったんだけどな……。それに、

 

 

「……正直なところ、姉さんに伝えるべきかどうかは『いつも』悩むんだ……。だけど、今回は万全に行きたかったからさ……」

「…………明久」

「……何を言ってるのですか、アキくん……。とりあえずこのメールの説明を……」

「……姉さん」

 

 

 姉さんの言葉を遮り、僕は姉さんにこう伝える……。

 

 

「I was involved in the trouble(僕はトラブルに巻き込まれたんだよ)」

「!?」

「It is a little troublesome trouble, that alone is difficult for me to solve (ちょっと厄介なトラブルでね……、僕一人では解決する事は難しいんだ) 」

 

 

 急に英語で話し出す僕に、息を呑む姉さん。それはそうだろう、こんな事、普段の『僕』が言える訳がない……。手っ取り早く姉さんに説明するにはこうするのが一番だと、姉さん『本人』に言われたから……。

 

 

「……まさかこんなに早く帰ってこられるとは思わなかったけど…、今回も姉さんに力を貸してほしいから……。だからあんなメールを出したんだよ……」

「…………いったい何があったのですか……?アキくん……」

 

 

 僕は未だ固まっている姉さんに、僕の身に起こっている現状を説明していった……。

 

 

 

 

 

 

 

「……そ、そんな……、そんな事が……」

 

 

 一通り説明すると、姉さんは力なくその場に崩れる……。姉さんが自分の思っていた以上に僕の事を気にかけてくれている事は今までの経験上知っていた……。勿論、これは姉さんだけに限った事ではなく……、母さんや父さんもだけど……。

 

 

「……姉さん、この事は出来れば母さん達には伝えないでもらいたいんだ……」

「……アキくん……?」

「……前に一度、母さん達に知らせたんだけど、その時は大変な事になったから……」

 

 

 ……最初、僕の言う事を信じなかった母さん達だけど、話を聞いている内に僕がおかしい事がわかってきたのだろう……。すぐに家に帰ってきて、文月学園相手に訴訟を起こしてとんでもない事になった事があった……。結局は『腕輪』による『繰り返し』の事を証明できず、僕自身もそれ以上学園に通えなくなり、結果として条件を満たせずに『繰り返す』事となった……。

 ……母さん達がまさかあれほど僕に対し、過保護になるとは思わなかったし、僕の事を心配してくれたのは嬉しかったけど、伝えてまた同じ事になってしまっても困る……。

……『腕輪』を外すには、どうしても文月学園に通っている必要があるから……。

 

 

「……わかりました。とりあえず、この事は私の胸の内に仕舞っておきましょう……」

「……ありがとう、姉さん……。助かるよ……」

「……それより、アキくん……。アキくんは……、大丈夫なのですか……?」

 

 

 ……最近、本当によく聞かれるなあ……。まあ、大丈夫と言えば、大丈夫なんだけど……。

 

 

「……うん、もう慣れたしね……。少なくとも『今』は大丈夫だよ……」

 

 

 僕がそう答えた時、

 

 

 ――ピンポーン♪

 

 

 また呼び鈴の音が僕の家に鳴り響く。……なんか来客が多い日だなぁ……。

 

 

「…………俺が行く。明久達はここに……」

 

 

 ムッツリーニが気を利かせてくれたのか、来客対応に行ってくれた……。

 

 

「……姉さん、今は僕もなんとかこの『腕輪』を外せるように最善の事をしているつもりさ……。さっきの質問じゃないけど、正直大丈夫じゃない時もあった……。だけど、今は大丈夫……。僕を心配してくれる人達がいるから。だから、大丈夫なんだよ、姉さん……」

「…………アキくん」

 

 

 そう言って、姉さんが僕を抱き締める……。

 

 

「……しばらく見ないうちに、いい顔をするようになりましたね……。前から貴方は頭が悪くて、デリカシーもなく、ブサイク……。おまけに後先も考えずに行動を起こしてしまうバカな子でしたけど……」

 

 

 …………そこは変わらないよね。まあ、ずっとそう言われてきたし、今更なんだけど……。

 

 

「……でも、貴方はそんな絶望的な状況であるにも関わらず、そんな顔ができる程、真っ直ぐでいる貴方を誇りに思います……。姉さんは少し安心しましたよ……。決して卑屈にならず、自分の決めた事をやり通す……、そんな覚悟を持った目をしてますから……」

「……姉さん、でも、僕だってこの『繰り返し』の中で、卑屈になった事だってあるよ……。一時期、前に進めなくなった事だって……」

「……普通そんな状況に置かれたら、誰だってそうなります……。そんな中でも、貴方は今こうしているじゃないですか……。それにいくら『変わった』といっても、それでも前から持っていたモノは変わらずにいると姉さんは思います……」

 

 

 ……姉さんにこうしてもらっていると心から落ち着いてくるのを感じる……。小さい頃からこうやって姉さんに育てられてきたから……、はふぅ……って、いけないいけない……。

 

 

「……それにしても、康太君、遅いですね……。一体誰が来たんでしょうか……」

 

 

 ……確かに遅いな……。僕達に気をつかっているにしても、誰が来たかくらいは知らせに来てもいいと思うけど……。

 

 

「……ちょっと見てくるよ……、その間に姉さんは着替えてきて……」

 

 

 いつまでもバスローブ姿でいられても困る。渋る姉さんを部屋に押し込んで、玄関に向かうと……、

 

 

「あ、吉井君!」

「……土屋君が居る筈だからって聞いて、明久君の家に来てみたんだけど…」

「……さっきから、ムッツリーニが対応しておって、明久の事を話したがらなかったからの……、また何かあったのかと……」

 

 

 ……そこには優子さん達がいた。……姉さんが来たから、時間を忘れていたみたいだ……。

 

 

「……ムッツリーニ、上がってもらってもよかったのに……」

「………明久、お姉さんは?」

「着替えてもらってるよ、ってそう言う事か……」

 

 

 改めてムッツリーニの気遣いに感謝する……。確かにあの恰好の姉さんを見られると、またややこしい事になりそうだしね……。

 

 

「ん?吉井君ってお姉さんがいたの?」

「明久に姉がいたとはのう……、今まで聞いた事はなかったが…」

「……うん、今日外国から帰ってきたんだけどね……」

 

 

 ……服装が普通の恰好ならすぐに紹介できたんだけど……。まあ、着替えてもらってるし大丈夫か……。でも……、僕は気付くべきだった……。姉さんの、『常識』の無さを完全に忘れていた……。

 

 

「アキくん……?どなたがいらっしゃったのですか?」

「ああ、姉さん。実は僕の……友達……が……!?」

 

 

 姉さんの恰好を見た瞬間、僕たちは固まる。

 

 

 →姉さんの恰好:【ナース服】

怪我や病気で苦しむ人を救おうとする志の高い人たちが主に着用する服。相手に清潔感や安心感を与えるが、決して自宅で、普段着として嗜む物ではない。

 

 

「……よ、吉井君のお姉さんって看護婦さんだったんだ……」

「……愛子、例えそうだとしても、家の中でその服装はないでしょう……!」

「姉さん!どうしてそんな服装でっ!?」

「……?貴方は何を騒いでいるのですか……?」

「アンタの恰好についてだよ!!なんでナース服なのさっ!?」

「…………ナ、ナース服……(ブシャァァッ)」

「ム、ムッツリーニよっ!?どうしたのじゃ!?気を確かに持つんじゃ!!」

「ちょ、土屋君!?大丈夫なのっ!?」

 

 

 ……色々とカオスな状況になってきた……。何故、どうして、こんな事に……!

 

 

「あら、康太君は一体どうしたのでしょうか……」

「姉さんっ!どうでもいいから着替えてきてよっ!!」

「……だから着替えてきたでしょう?それより康太君を……」

「アンタのせいでこんな事になってるんじゃないかっ!?いいからその服以外のモノに着替えてきてよ!!」

「……この服はダメだと言うのですか……?」

「ダメに決まってるじゃないかっ!?アウトだアウトッ!!」

「よ、吉井君っ!!ムッツリーニ君の鼻血が止まらないんだけどっ!?」

 

 

 

 ……姉さんを着替えさせている間に、なんとかムッツリーニを復活させ、姉さんには夕方には戻ると伝えると、これ以上酷くならない内に僕達はさっさと家を出る事にした……。

 

 

 

 

 

 




文章表現、訂正致しました。(2017.12.8)


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第41話 トリプルデート……?

文章表現、訂正致しました。(2017.12.8)


「遅かったじゃねえか、お前ら!」

 

 

 約束の時間より遅れる事10分……、ようやく来たかと思ったら、明久たちはどこか疲れ切った顔をしていた……。ムッツリーニに至っては、半分死んだような目をしているが……。

 

 

「……ああ、雄二に霧島さん……。遅れちゃってゴメン……」

「……どうした、明久……?いやに疲れ切った顔をしているが……?尤も、それはお前ら全員に言える事だが……」

「…………なんでもないよ。気にしないで」

「そうは言ってもだな……」

「ホントに何でもないから……」

 

 

 ……またなんかあったのか……?まあ、触れずにおいた方がいいのかもしれんが……。本当は謀ったかのように翔子と二人っきりにさせられていたので、嵌められたとも思ったが……、コイツらを見る限り、そういう訳ではなさそうだ……。

 

 

「……まあいい、それより行くぞ。早く行かないと俺達の見る映画が『地獄の黙示録』になる」

「……なぜ?」

 

 

 ……翔子が興味?を持っているからな……。さすがに3時間23分も座っていられるか……!翔子に話しかけている木下姉達との会話に耳を傾けていると……、

 

 

「代表、遅れてゴメンね。……ん?何見てるの?」

「……優子、これ……」

「なになに……、『地獄の黙示録』……?代表、興味あるの……?」

「……上映時間が3時間23分もあるから……。その間雄二と一緒に居られる……」

 

 

 や、やはりそうか……!?頼む!なんとか翔子を説得してくれ……!

 

 

「……でも代表?それだと映画だけで終わっちゃうよ?この後もデートは続くんだし……」

「!……失念していた……」

「だったらこの『世界の中心で僕の初恋2<発動編>』にしようよ!ボク、見てみたかったんだよね~♪」

 

 

 ……話の流れを聞く限り、どうやら最悪の事態は回避されそうだ……。翔子と二人っきりだったらと思うとゾッとする……。明久も(奇跡的に)話の内容を理解してくれたようで……、

 

 

「……雄二も色々大変だったんだね……」

「……気にするな。それより行くぞ。映画も始まっちまうしな」

 

 

 そして、俺達は受付にてチケットを渡し、映画館に入る。俺の横には当然の様に翔子が座り、ムッツリーニが工藤と、何やら恥ずかしがっていたが木下姉の隣が明久で、そのまた隣が秀吉という形で映画を見る事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 映画が終わった後、そのまま何処かへ寄っていこうという話になり、私達は今おいしいと評判の『喫茶ラ・ペディス』に来たんだけど……、

 

 

「む?利光に姫路、それに佐藤も一緒かの?」

「おや?秀吉君に優子さんかい?」

 

 

 一足先に秀吉と場所を取りに来たところで、バッタリと利光君達に出会い……。彼の他には姫島さんと美穂がいて……、ケーキを食べていた。男子一人に女子が二人……。これって、もしかして……。

 

 

「……優子さん、君が何を考えているのかうすうす分かるのだが、おそらく誤解している」

「先日のオリエンテーリング大会でココの商品券が手に入ったんで……、それで一緒にいるんですよ、優子」

「あの……!商品券たくさんありますので、よかったら木下さん達も一緒にどうですか?」

 

 

 私の疑問に答える形で弁明してくる3人……。まあ……、そんな事だろうと思ったんだけどね……。

 

 

「優子~、場所取れた……って、あー、久保君達もいたんだ~」

 

 

 そこに愛子達が加わり、利光君達と一緒に食べる事となる……。これって……、いつもの学校でのメンバーじゃない……。何かデートというよりも、放課後の集まりって感じになってきたわね。…………別に、残念がっているわけじゃないんだけど……。チラッと明久君の方を窺うと、顔を真っ赤にした姫路さんと楽しそうに話しているし……。

 

 

(……やっぱり姫路さんは、明久君を……)

 

 

 彼女の様子を見ていたらわかる……。そうでなくても、ポーカーフェイスが得意なアタシや秀吉とは違って、彼女はとても分かりやすい……。わからないのは恐らく、明久君だけ……なんでしょうね……。

 

 

 

 

『吉井君、誰かにとられちゃうかもよ?』

 

 

 

 

 先日の愛子の言葉が頭を過る。……わかってる。私も、その事は充分にわかってるんだ……。でも……、

 

 

 

 

『……それがわかった時、僕は後悔したよ……。そのせいで……、『2人』と別れる事になったから……』

 

 

 

 

 あの時の明久君の苦痛に満ちた顔を見ている……。辛そうに話す悲哀に満ちた明久君を……、私は見ているから……。とはいっても、なかなか感情はそう割り切れないようで、明久君が彼女と話しているところを見ていると……、なんかこう……、

 

 

(………………面白くない)

 

 

 私がそう思った矢先……、

 

 

 ――ヒュンッ、カッ!!

 

 

 風を切るような音がしたかと思うと、明久君が今までいたところにフォークが突き刺さっていた。…………フォーク?

 

 

(…………………………え?)

 

 

 な、なんでフォークが壁に刺さるのよ!?とか、当たったら無事じゃすまないでしょ!?とか、色々言いたい事はあるんだけど、明久君はソレを避けて、冷静に飛んできた方を見ていた。

 

 

「……この、豚野郎~~!!」

 

 

 地獄の底から絞り出すような声が聞こえてきたかと思うと、それを投げたであろう人物が顔を出した。

 

 

「……キミか、清水さん……」

「豚野郎……!よくも、よくもお姉さまをディスってくれましたね……!」

 

 

 お姉さま?明久君、彼女のお姉さんに一体何を……?そもそも彼女のお姉さんって……?

 

 

「……お姉さまって、島田さんの事だよね……?」

「喋るな!豚野郎の口から美波お姉さまの名前を聞くだけでも許せませんっ!!」

 

 

 そう言うと、再び明久君に向かって構えていたフォークを投げつけてくる……!

 

 

「……危ないな……」

 

 

 明久君はソレを傍に置いてあった週刊誌で全て受け止める……。ここで状況が分からずに固まっていた皆も動き出す。

 

 

「し、清水……!お主、一体何をしておるのじゃ!?」

「そ、そうだよ!そんなの当たったらタダじゃすまないんだよっ!?」

「貴女達は黙っててくださいっ!!」

 

 

 秀吉や愛子が止めるも彼女は聞く耳持たずな感じで、さらに凶器(フォーク)を用意して構える……!私も止めようとしたそんな時、

 

 

「いい加減にしろ!このバカ!」

「痛っ!?」

 

 

 その声の主は、持っていたお玉で清水さんの頭を叩いたようだ……。その声の主は……、

 

 

「た、高橋君!?」

 

 

 そこに立っていたのは、『ラ・ペディス』の制服に身を包んだ、Cクラスの高橋勇人君の姿があった。

 

 

「な、何をするんです!?美春はこの豚野郎を成敗しないと……!」

「……いい加減にしろ、美春。仕事中だぞ……!」

「で、でも、あの豚野郎はお姉さまを……!」

「……それ以上続けると言うなら、店長(おやじさん)に全部伝えるぞ」

「……クッ……!」

 

 

 そう言われた瞬間、彼女(しみずさん)は身震いし、暫く葛藤した後、

 

 

「……命拾いしましたね、豚野郎……!」

 

 

 そう明久君に吐き捨てると、踵を返し厨房に戻っていく。去り際に高橋君にも「覚えていなさい……!」と呟いているのが聞こえる……。まるで台風みたいだった清水さんがいなくなったのを確認し、高橋君が話しかけてきた。

 

 

「ウチのが失礼したな、申し訳ない」

「勇人……こちらこそゴメン……、迷惑かけて……」

「なに、気にするな。というよりも悪いのは美春(アイツ)だ……。後で、しっかりとお灸を据えておく……。災難だったな、明久……」

 

 

 ……まあ、そうよね……。いきなり訳もわからずフォークを投げてきたんだし……。それにしても……、清水さんと島田さんって……。あまり、深く考えない方がいいかしらね……。

 

 

「それよりも……、勇人ってここで働いていたっけ?」

「……ここの店長とはある伝手で顔見知りでな……。時々手伝いで入っている。……ちょっと変わり者なのが玉に傷だがな……」

 

 

 その娘もあんな感じだしな……、とごちる高橋君。……『あんな感じ』でこんな目にあわされたら、正直堪らないんだけど……。

 

 

「……全く、島田さんといい、清水さんといい……。一体何を考えているのかしら……?」

「…………同感」

「……やめとけ。多分考えるだけ無駄だ」

「本当にすまないな……。お詫びに今日は全て俺の奢りだ」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、皆の(私も含む)リミッターが解除され、店の全品制覇しようというとんでもない展開になったんだけど、それはまた別の話……。

 坂本君と代表にパフェを食べさせようとしたらこちらの方に飛び火してきたとか、愛子がふざけて土屋君に抱き着いた瞬間、彼の鼻血が止まらなくなったとか……。

挙句の果てには清水さんが再び襲いかかってきたり、そのお父さんも帰ってきたりと……。

 

 

 まあ、なんだかんだで明久君も楽しんでいたように思う。でも、きっと彼は心からは笑えてはいないだろう……。彼を襲った『悪夢』。何度も『繰り返す』内に彼はきっと、心の底から笑えなくなったに違いない……。どんなに楽しくても、どんなにここに居たいと望んでも、彼は『繰り返し』てきた。……別れを、経験してきたのだ……。

 

 

 その時が楽しければ楽しい程、『別れる』時が辛くなる。そして……、その『別れ』を彼は繰り返してきた。――今日、この時まで。そして、今後も起こさないという保証はない。

 

 

 これを、悪夢と言わずになんというのだろうか。

 

 

 私はそっと明久君を盗み見る。……彼は笑っている。……でも、何処かその笑顔に影があるように私には思えた……。

 

 

(……何時か、彼がまた心から笑えますように……)

 

 

 ……明久君が『繰り返す』悪夢を乗り越える時、それが『今回』である事を望みつつ……。彼と心の底から笑いあえる日が来ることを、私は切に願う……。

 

 

 ――これは、これから始まる『清涼祭』の前の……、皆で仲良く楽しく騒いだ、小さな小さな日常の一コマ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、吉井家にて……。

 

 

(……あんなに騒いだのは久しぶりだったな)

 

 

 雄二達だけでなく、利光君や勇人も交えて……。わいわいガヤガヤと楽しんだ……。清水さんの件とか、色々危険な事もあったけれど、僕があんなに笑ったのは本当にいつ以来だろうか……。

 『繰り返し』を体験しだしてから、僕は意図的に楽しむ事を避けるようにしてきた。理由は簡単で……、そうしなければ、別れが辛くなるからである……。

 

 

「……眠れないのですか?アキくん……」

 

 

 そんな中、姉さんが部屋に入ってくる。僕が心配なのか、姉さんも家に留まる事にしたらしい。昔は独り暮らしを邪魔される……とか思ったものだったけど……。とはいっても、この『腕輪』を身に付けている以上、家族といえども距離をおかないとな、という気持ちもある。

 

 

「……色々考える事があってね。今回はとてもスムーズに進んでいるように思うから……」

 

 

 今までの中でも、こんなに順調に進んだことは無かったかもしれない……。雄二達だけでなく、勇人や、まさか浩平とも交流が持てるとは思わなかった……。あんなに沢山の人達に僕の『秘密』を話した事もない……。正直、それがどう転ぶかはわからないけれど、やれるだけの事は全部やっておきたい。

 

 

「……私に出来る事はありますか?」

「姉さんに出来る事……?」

 

 

 言われてみて、うーん、と考える。

 

 

「……じゃあ聞いてみたいんだけど……、姉さんは『試験召喚システム』についてどんな事を知ってるかな?」

「……?どういう意味ですか?アキくん」

「世間で言われているような、というか姉さんが知ってる事はどんなものなのかを知りたいんだ」

「……そうですね、私が知っている事といえば……」

 

 

 姉さんの認識といえば、普通の学校とは違い『試験召喚システム』という制度を導入した試験校である事。それは科学とオカルトにより完成された偶然の産物であるという事。そして、その『召喚獣』というものをどういう風に活用できるのか、一部で注目を浴びているというものであった。

 

 

「……注目、ね……」

「その『召喚獣』でどんな事が出来るのか、という点が尤も重要視されていると聞いた事があります」

 

 

 まあ、自分以外のものを呼び出して、それを操る事が出来るという時点でそれなりの可能性があるし……。ましてや物理干渉もできて、人間よりも何倍も力があるのだから、単純に労働力としても使える。……実際に『観察処分者』として、先生の雑用をこなしてきたのだから……。

 

 

「……わかりました」

「ん?何が?」

「アキくんはこう言いたいのですね?外から見た『試験召喚システム』の観点が、今回、アキくんが置かれた状況を明らかにするかもしれないと……」

 

 

 そこまで深く考えて言ったわけじゃないんだけど……。でも、姉さんの言った事は今まで考えた事もない、新鮮なものともいえる。僕は今まで、文月学園の内側しか見ていなかった。僕を襲った偶然の『事故』……。もしかしたらそれは偶然起こった物ではなく、文月学園の外側から齎されたものであるかもしれない。そして、それが分かれば……。この『腕輪』の呪いを解く方法も見つかるかも……!

 

 

「……姉さんは明日から、文月学園の外部、スポンサー企業や文月学園の関連性のある場所について、少し調べてみる事にします。……場合によっては、アメリカ(むこう)に戻らないといけないかもしれませんが……」

「……ありがとう、姉さん」

「礼には及びません……。姉さんもアキくんには、もう辛い思いはして欲しくないのですから……」

 

 

 そして、おやすみなさいと言い残し、姉さんは部屋を出て行った。……また1人になった部屋。僕はベッドに横になると、また今後の事を考える。

 考えなければならない事は色々ある。最善を尽くすには、そもそも何が最善なのかも未だわかっていない状況ではあるけれど。それでも、少しずつ前に進んでいる。進んでいる筈だ。

 暫く考えていたが、徐々に睡魔が襲ってくる。最初は睡魔に逆らっていたが、少しずつ頭が浸食されてくる……。その睡魔に負けそうになる前に、明久はこう思う……。――いつしか、彼が自然に考えるようになってしまっている事を……、

 

 

(……また……、ちゃんと、『明日』が来ますように……)

 

 

 

 

 




この話は、最後ににじファンで投稿しようとしていた閑話です。(強引に最終回にしようとして、結局投稿しなかった話でもあります)

もう少し掘り下げたい気はするのですが、物語より脱線しすぎてしまうので省略します(別な機会に書いてみたい気もしますが……)

……そのせいで若干強引に話を終わらせている点は、申し訳御座いませんm(__)m

次回より『清涼祭編』に入ります。


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第2章 清涼祭
第42話 因縁の清涼祭


アンケート 学園祭の出し物を決める為のアンケートを行います。
『あなたが今欲しいものについて答えてください』


姫路瑞希の答え
『友達との思い出』

教師のコメント
なるほど。友達との思い出になるような、そういった出し物もいいかもしれませんね。姫路さんらしい回答だと思います。


土屋康太の答え
『Hな本←間違い 色々な参考書』

教師のコメント
……まあ、訂正箇所は見なかったことにすれば、土屋君にしてはまともな回答だと思います。あえて何の参考書かは聞きません。


吉井明久の答え
『日常』

教師のコメント
……君の回答は重たすぎて、学園祭の出し物には不向きだと思います。


須川亮の答え
『友達(主に異性)との思い出』

教師のコメント
君に異性の友達がいるとは思えませんが、頑張って下さい。

須川亮のコメント
ひ、ひどっ!俺にだって異性の友達の一人や二人……『異端者は処刑!!』うわっ!?嘘だ、俺に異性の友達なんていないんだ~~!!


「……清涼祭、か…….」

 

 

 春から夏に変わろうとする季節、徐々に新緑が芽吹きはじめている季節に行われる『清涼祭』……。忘れられるはずもない、

 

 ――僕が、この『繰り返し』の発端である『腕輪』を手に入れた出来事……。

 

 

 あの時と違う事は、既に自分に『腕輪』が着けられているという事と、その『腕輪』の色が『紅い』という事だけ。

 

 

 ……尤も、感傷に浸っていてもしょうがない。僕は僕のやるべき事をやるだけだ。学園祭に向けての準備を進めている他のクラスを尻目に、僕は自分の教室に向かった……。

 

 

「おはよう」

「む、明久か。今日はやけに早いのう」

 

 

 ちょうど朝練を終えて教室に戻ってきたばかりであるらしい秀吉がやってくる。他のメンバーはと、キョロキョロ見回すも……、

 

 

「……あれ?他のメンバーは?」

「雄二とムッツリーニはまだ見とらん。島田も分からんのう……。須川たちは……、あそこじゃ……」

 

 

 秀吉の指さす方を見てみると……、成程、野球をやっているようだ……。

 

 

 

『貴様ら!何をやっておるんだ!!』

『げっ!鉄人だー!!』

 

 

 そんな中、西村先生がFクラスのメンバーを発見し、追っかけまわしている。

 ……なんかこの光景、何処かで見た気がするのは、僕の気のせいだろうか?……気のせいだと思いたい、いや、絶対に気のせいだ。

 

 

「……おっ、明久、来てたのか」

 

 

 そんな中、後ろからかけられた声に振り向くと、そこには僕の親友が立っていた。

 

 

「……雄二?」

「お主も随分早いのう、雄二。一体どうしたのじゃ?」

「なに、ちょっとババアに呼ばれていてな」

 

 

 ……ババア?ああ、学園長の事か。でも雄二に一体何の用があったんだろう。

 

 

「お前にも後で説明する。……そろそろアイツらも教室に戻ってくるだろうからな……」

 

 

 そう言って雄二の見る方向に目を遣ると、ちょうどFクラスのメンバーが西村先生に捕まっている所であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ我がFクラスも『清涼祭』の出し物を決めなくてはならないんだが……」

 

 

 野球を中断され教室に連れ戻されたFクラスのメンバーを見下ろしながら、雄二はこう続ける。

 

 

「ウチのクラスは、学園側の『召喚大会』の手伝いをする事になった」

「「「「な、なんだって~~!?」」」」

 

 

 突然すぎる雄二の発言に、Fクラス中が騒然となる。

 

 

「な、なんだってウチのクラスがそんな事しなけりゃならないんだ!?」

「なんだ、須川?この決定に何か不服でもあるのか?」

「不服も何も……、どうしてそんな学園の雑用みたいな事をしなけりゃならないんだ!?」

「雑用とは心外だな……。Fクラス(ウチ)は先日、紛いなりにもAクラスとのエキシビジョンゲームで勝利したんだぞ……?だから、今回の『召喚大会』のメインは俺達なんだ。Fクラスが主体となって行う事は当然の事だと思うが……?」

 

 

 雄二は肩をすくめながら、発言した須川にそう返す。

 

 

「それに……、どうせお前ら、やりたい事もなく暇なんだろ?」

「そ、そんな事は無い!ちゃんとやりたい事の一つや二つはある!!」

「……さっきまで野球をやっていた奴の言葉とは思えないが、一応聞いてやる。何をしたかったんだ?(・・・・・・・・)

 

 

 聞いてやるといっても、既に『したかったんだ?(・・・・・・・・)』と過去形になっている辺りに、雄二の強かさを感じる。仮に、彼が何を言っても、それは実行されない事を意味しているから……。

 

 

「俺は、本格的な中華喫茶を――」

「却下だ」

 

 

 須川君の発言を途中で遮る雄二……。遮られた須川君はというと、一瞬ポカンとした様子だったが、

 

 

「お、おいっ!?まだ発言の途中だぞ!?」

「……仮にそれをやるとして……だ、お前はこの教室で飲食業が出来ると本気で思っているのか……?いくら教室が補習されたといっても、設備自体が改善されたわけではないんだぞ。……まさか、卓袱台で接客をするつもりか?」

 

 

 それを言われると、須川はクッと詰まってしまう。……どこをどう見ても、ここで接客業が出来るとは思えない事がわかったのだろう。

 

 

「他に何か意見はあるか?」

 

 

 そう言って雄二が周りをみまわす。もともと雄二の言う通り、やりたい事もなかった連中だ。それ以上反対意見も出なかった。

 

 

「決まりだ。じゃあさっそく説明があるぞ」

「……説明?」

 

 

 誰かがそう言った瞬間、その人物が教室に入ってくる。

 

 

「「「て、鉄人~~~~っ?!!」」」

「西村先生、だ。さて、お前らには清涼祭が始まるまでにやってもらう事がある……」

 

 

 そう言って手に持っていた物をドサッとおろす。

 

 

「「「……な……なんだ……これは……?」」」

「見てわからんのか?参考書だ」

「「「そんな事を聞いてるんじゃないっ!!!」」」

 

 

 またしても教室中でギャーギャーと騒ぎが起こる。

 

 

『なんで清涼祭の準備に参考書が関係するんだ!?拷問か?俺たちを拷問するつもりか!?』

『というか、他のクラスが盛り上がってるところで何で俺たちだけそんな事を!?』

『そもそも何故ウチのクラスの担任が鉄人なんだ!?』

『姫路さんを取り戻すっ!!』

『お前も蝋人形にしてやろうかっ!?』

 

 

 口々に不満をあらわす声で一杯になる。……一部、不穏な単語を聞いた気もするけど……。喧騒に包まれる教室内だったが、西村先生が手にした学級簿をバシンと教壇に叩きつける。

 

 

「えーい、やかましいっ!!これはお前らが最低限点数を取れるようにせんと出来ない事があるから持ってきたものだ!そもそも野球するくらいの時間があるんだ。これからお前たちには清涼祭までたっぷりと補習づけにしてやるから覚悟しておけっ!!」

「「「そ、そんな馬鹿なっ!?」」」

 

 

 

 

 

「あと、吉井に坂本。学園長がお呼びだ。後で学園長室まで来るように」

「……学園長が?何だろう……」

「俺はさっき呼ばれていたんだが…」

「まあ、何の用事かはわからんが……。その件とはまた別の事だろう……。恐らく、な……」

 

 

 西村先生にしたら珍しく歯切れが悪い気がするけど……、まあ行ってみれば分かる事か……。『腕輪』の事も気になるし……。

 

 

「さあお前ら!いつまでも騒いでないで、早く席につけ!」

「「「嫌だぁ~~っ!!!」」」

 

 

 そうして再び教室内が騒然となる中、Fクラスの面々に一喝しながら西村先生が強制的……、ではなく自主的に参考書の問題を解かせていくのだった……。

 

 

 




約半年ぶりの更新になってしまい、申し訳御座いません。

自分なりに最後まで構想はたっているのですが、いかんせん表現力が乏しい為、納得できるものが揚げられませんでした……(今の時点でも十分恥ずかしいものではありますが……)

出来るだけ早く次の話が投稿できるよう頑張ります……。

最後に自分にはもったいない感想を頂き、誠に有難う御座います。


文章表現、訂正致しました。(2017.12.1)


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第43話 学園長の忠告

問題(地理)
以下の問いに答えなさい。
『バルト三国と呼ばれる国名を全て挙げなさい』


姫路瑞希の答え
『リトアニア エストニア ラトビア』

教師のコメント
そのとおりです。

土屋康太の答え
『アジア ヨーロッパ 浦安』

教師のコメント
土屋君にとっての国の定義が気になります。

吉井明久の答え
『魏 呉 蜀』

教師のコメント
それは三国志です。吉井君にとっての国の定義も気になります。


須川亮の答え
『香川 徳島 愛媛 高知』

教師のコメント
正解不正解の前に、数が合っていないことに違和感を覚えましょう。



「それにしても、『召喚大会』の手伝いか……」

「何だ、明久。不満なのか?」

 

 

 学園長に呼ばれているという事で、勉強させられている他のFクラスメンバーを置いて教室を出てきた僕に、隣にいた雄二が話しかけてくる。

 

 

「ん、不満って訳じゃないけどね……。ただ、折角の清涼祭なんだから喫茶店なり何なりで少しでも設備改善を目指した方がいいんじゃないかって思ったんだけど……」

「……それこそ愚問だな。さっき須川にも言ったが、今のFクラスの設備で接客業なんか出来るわけないだろ。それに、その『召喚大会』を成功させる事で、Fクラスの設備を1ランク上げるとババァも言ってたしな」

 

 

 と、雄二が僕の意見に苦言を言う。……まあ僕自身、別に設備がどうとか気にしてるわけじゃないんだけどね……、姫路さんもAクラスにいることだし……。そういえば、雄二はさっき学園長に呼ばれたと言っていたっけ。

 

 

「ったく……、用があるんだったらさっき呼び出した時に言えってんだ、あのババァ……」

「まあまあ……、ん?誰かいるのかな……?」

 

 

 そうやって話している内に、新校舎の一角にある学園長室の前まで来ると、扉の向こうより何やら声が聞こえる。

 

 

『……賞品の……として隠し……』

『……こそ……勝手に……如月ハイランドに……』

 

 

 この声……、これは……もしかして……、

 

 

「どうした、明久」

「えーと、中で話し声が聞こえるんだけど……」

「そうか。つまり中には学園長がいるというわけだな。無駄足にならなくて何よりだ。わざわざ向こうが呼びつけたんだから遠慮する事はない。さっさと中に入るぞ」

 

 

 雄二はそう言いノックしたあと、返事を待たずに、すぐにドアを開ける。

 

 

「失礼しまーす!」

 

 

 ……ま、いっか。雄二の言うとおり、学園長が僕らを呼んだんだし、取り込み中かどうかは向こうが判断するだろう……。そして思った通り、学園長と一緒にいたのは教頭の竹原先生のようだし。

 

 

「……本当に失礼なガキどもだねぇ。普通はノックを待つもんだよ」

「やれやれ。取り込み中だというのに、とんだ来客ですね。これでは話を続ける事も……まさか、貴女の差し金ですか?」

 

 

 眼鏡を弄りながら学園長を睨む竹原教頭を見ながら考える。今までの『繰り返し』の中で、この人がまともな事をしてくれた記憶が無い。僕が先生たちの雑用を進んでするようになった後も、この人とは接触する事もなかったと思うし。むしろ、会ってもイヤミを言われたりして、僕みたいな人は『学園の恥』くらいにしか認識がないんだろうな。……鋭い目つきとクールな態度で一部の女子生徒からは人気が高いようだけど……。

 

 

「馬鹿を言わないでおくれ。どうしてこのアタシがそんなセコイ手を使わなきゃならないのさ?負い目があるという訳でもないのに」

「……それはどうだか。学園長は隠し事がお得意のようですから」

 

 

 残念ながら、やっぱり今回もそれは変わらないらしい……。隠しカメラの件も証拠は見つからなくとも、今までの記憶ではこの人がいろいろとやってくれたし……。

 

 

「……アンタにそんな事は言われたくないね。そっちこそアタシに隠れていろいろやってるんじゃないのかい?」

「……何を言っているのやら。まあ、いいです。そこまで言うならこの場はそういう事にしておきましょう。それでは失礼させて頂きます」

 

 

 踵を返して時チラリと僕らに目をやった後、学園長室を出ていった。

 

 

「……全く喰えない男だ……。さて、ガキども待たせたね」

「さっき呼び出した時に一度に話していればよかったんだがな」

「口の減らないガキだね。まあいい、呼び出したのはこの件だよ」

 

 

 そう言って学園長はある紙を僕らに手渡してきた。何々……、

 

 

「『召喚大会』の案内……ですか」

「…………おいババァ。さっき俺に見せたものと何が違うんだ……?」

「全く同じものさね。さっき吉井がいれば説明も一度で済んだんだけどねぇ」

「……つまり、俺は無駄足をさせられたと?」

「何か問題でもあるさね?」

 

 

 ……隣で雄二が「コロス……」とか言ってるのは気にしないでおこう。

 

 

「コレを僕達に見せるっていう事は……?」

「ああ、アンタら二人もこの『召喚大会』に出場してもらうよ」

 

 

 三人一組でチームを組み2対2のダブルバトルか……。三人のうちの二人を選んでトーナメント方式に勝ち抜くシステムらしい。……そして賞品が『白金の腕輪』……。

 

 

「……雄二から聞いたのは『召喚大会』の手伝いという事でしたけど……」

「もちろん、それもしてもらうよ。特に、召喚獣に興味を持った1年に先行して召喚を体験してもらうというイベントもあるからね。大会と併せてそちらも注目されているから失敗できないんだよ……」

 

 

 前回のエキシビジョンゲームの影響か、現在、文月学園中で『試召戦争』が結構頻繁に行われているようだ……。それは2学年だけでなく受験勉強で忙しいはずの3学年もである。つい先日、3-Dが3-Cを倒し設備が入れ替わったということが文月新聞に載っていた事は記憶に新しい。そして、1学年も来年のクラス分けを待たずして召喚獣を見たいという声が広がっていて、それは対外的にも注目を集めているようだ。

 

 

「……その風潮を作った俺達に手伝いを任せる、というのはわからなくもないが、大会に出場しろというのは何か理由があるのか?」

 

 

 今聞いた話だと、大会の手伝いは結構大変そうだし、それだったらそれに集中したほうがいいと僕も思う。

ましてや他のFクラスの、特にFFF団の連中がどう暴走するかもわからないし……。

 

 

「おや?吉井の腕輪を解除するにはより多く召喚獣と戦える『召喚大会』は都合のいいものだと思ってたんだが……。ましてや学年を越えて戦える機会ってのはそうないと思うけどねぇ」

「それは……確かに学園長の言うとおりですけど……」

 

 

 何か釈然としないけど、学園長の言う通りでもあるので納得しようとしていた僕に被せるように雄二が遮ると、

 

 

「話をすり替えるな、ババァ。俺が聞いてるのは、出場しなければならない『理由』だ。何かあるんだろ?俺達が出場して、そして優勝しなければならない『理由』が!」

「……流石は神童と呼ばれていただけはあるね。頭の回転はまずまずじゃないか」

 

 

 ん?何?他に理由があるの?クエスチョンマークが頭に浮かび、僕は雄二に小声で聞いてみた。

 

 

「え?つまりどういう事?」

「お前にもわかるように言えば、ババァには俺達に隠し事があるってことだ」

 

 

 ……隠し事……?ま、まさか……!

 

 

「……白金の腕輪が実は直ってないから僕達、低点数者に優勝しろって言うんじゃないでしょうね……?」

「それは流石に無いさね。この間も言った通り、腕輪の不具合は直っているよ。……そのパンフレットにも書いてあるだろう。優勝賞品について、ね」

 

 

 優勝賞品?『白金の腕輪』だけじゃないのか……?

 

 

「……学校から贈られる正賞が、賞状とトロフィーに『白金の腕輪』で、副賞が『如月ハイランドプレオープンプレミアムペアチケット』、ねえ……」

「如月ハイランド……だと?」

 

 

 あれ?なんか雄二が反応してる。まだ何か気になる事があるのかな?

 

 

「そうさね。ただこの副賞のペアチケットには最近ちょっと良からぬ噂を聞いてね。できれば回収したいのさ。吉井には前に少し話したが、教頭の竹原が如月グループと進めた正式なものだからね……」

「良からぬ噂って……?」

 

 

 ……なんか前にも聞いた事のあるフレーズだけど、とも思ったけど一応聞いてみる。

 

 

「如月グループは如月ハイランドに一つのジンクスを作ろうとしているのさ。『ここを訪れたカップルは必ず幸せになれる』っていうジンクスをね……。それで、そのジンクスを作る為に、プレミアムチケットを使ってやって来たカップルを例え強引な手を使っても結婚までコーディネートするつもりなのさ」

「な、なんだと!?」

 

 

 突然大声を張り上げる雄二。普段飄々としてる雄二がこんなに狼狽えるなんてめずらしい。

 

 

「ど、どうしたの、雄二?多分霧島さんと何か約束でもしたんだろうけどそんなの事情を話せば……」

「それとこれとは話が別だ!クソッ、結婚だと!?このままでは俺は……!」

 

 

 ブツブツと自分の世界に入ってしまった雄二。……一体霧島さんとどんな約束をしたんだろう……。

 

 

「ま、そんな訳で本人の意思を無視して、ウチの可愛い生徒の将来を決定しようって計画が気に入らないのさ。こんな事おいそれと他の生徒にも話せる問題じゃないしね。ある程度こちらと面識があるアンタ達くらいにしかこんな事頼めないんだよ」

「なるほど……。でもそれだったら尚更僕達だけに頼む事はないと思いますけど……?事情を聞く限り絶対勝たないと不味いみたいですし、僕達だって勝ち抜ける保証は何処にもないんですよ?」

「随分弱気じゃないか。Aクラスに勝った史上最強のFクラスのエースたるアンタの言葉とは思えないねぇ」

 

 

 …………やれやれ、やっぱり何か勘違いされているみたいだ……。仕方がない……。

 

 

「学園長、僕の『繰り返し』の条件……。覚えていますか……?」

「当たり前さね。だから言ってるんじゃないか。今回のように学年を越えて召喚獣を戦わせる機会はないとね……。アンタは少しでも腕輪を持っている生徒と戦って勝たないといけないんじゃないのかい?」

「……ですけど、腕輪を持っている召喚獣に勝つ事は簡単ではありません。現にAクラスの佐藤さんとの戦いでは一歩間違えれば召喚獣のフィードバックで『繰り返し』ていたかもしれなかったし……」

 

 

 今回の件で、文月学園で召喚獣の操作に関する僕の評判が一つの方向へ収束し始めている気がする……。まあ、試召戦争を勝ち上がる為、Bクラス戦のようにわざとそう仕向けていた、というのもあるけれど……。でも……僕は、無敵じゃない。確かに今までは僕を侮ってくれて隙をつく事ができたり、僕の事情から誰よりも召喚獣を上手く操れる自信はある。しかし、僕が本気で戦う時、つまり僕と召喚獣のフィードバックを最大にした時に万が一攻撃を受けてしまったりしたら全てが終わりだ。

 

 

「…………そうだったね。ちょっとこちらも焦っていたみたいだね。すまなかった」

「だが、何故そうまでして俺達に拘わる?面識云々いうのならそれこそ翔子達でもいいと思うが?」

 

 

 いつの間にか正気に戻った雄二がそう学園長に話す。うん、それは僕も気になっていた。

 

 

「これは単純にスポンサーの関連さ。アンタ達の試召戦争で火がついたものだからね……。Fクラスであるアンタらに出来れば勝って欲しいのさ……」

 

 

 …………やれやれ、この人は……。

 

 

「おいババァ!完全にテメエの都合じゃねぇか!?」

「そうさね。こちらも運営できてなんぼなんだ。スポンサーによく思われていた方が都合がいいんだよ!今後の為にもね……」

「ふん……、まあいい、やれるだけはやってやる……。コイツの腕輪の件もあるしな……。じゃあいくぞ、明久!何時までもこんなところにいられるか!」

「………………待ちな」

 

 

 僕を促し、出ていこうとする雄二を学園長が止める。

 

 

「なんだ、ババァ?まだ、何か用事があるのか?」

「これは言うべきかどうか迷っていたが……、まだ不確定な要素が強いからかえって混乱を招くとふんで、黙っていようとも思ったけど……。やっぱり、最初にアンタ達に話しておくとしよう……。だが、他のクラスの連中に話すかどうかはアンタで考えな……」

「それって……、霧島さんや、勇人達に、って事ですよね……?」

「それは話を聞いた時点でアンタに判断は任せるよ……。さっきも言った通り、まだこちらも把握しきれていないという事もあるから、あまりまわりに言うのはオススメしないけどね……。ただ、これだけは言っておくよ……。召喚獣を操る腕輪はこの『白金の腕輪』だけじゃない。そして……この学園の生徒の数名はこれとは違う『腕輪』を持っている、という事をね……」

「「な、なんだって(だと)!?」」

 

 

 『白金の腕輪』以外の腕輪だって!?そんな事、聞いたことないぞ!?

 

 

「ちょ、ちょっと待て、ババァ!?そんなモン作れるのはアンタ以外にいるのか!?」

「……アタシもそう思っていたんだけどね。それに吉井の様子を見る限り、アンタも知らなかったようだね……。まあ、余計な混乱を生むだけだと思ったから、ハッキリするまでは伏せておこうと思ってたんだけどねぇ……」

 

 

 他の腕輪の存在……?それは……、僕の腕輪と関係があるものなのか……?僕が忘れているだけで……見たことがある、とか……?もしくは、今まで僕が知らなかっただけで……存在はしていたとか……?ダメだ……考えても、わからない……。

 

 

「恐らくは竹原だとは思うさね……。アタシが最初にソレを確認したのはあのオリエンテーリング大会さ……。誰が持っているのかわからないが……、2-A、2-Cの誰か三人は持っているはずだよ……」

「……それで、僕達に……」

 

 

 今言った事が本当なら……、確かにおいそれと他の人達に話せないだろう……。腕輪、か……。

 

 

「それに最初に言った通り、如月グループの件もある。あれも竹原が進めた企画だからね……。何を企んでいるかわからないが、放置できないとアタシは踏んでいる」

「それは……そうだろうな。クソッ、厄介な事になってきやがったな……」

 

 

 雄二の言った通り、本当にややこしい事になってきたな……。僕がこんな事になった原因である『白金の腕輪』……。今回はいつも以上に注意しなければならないらしい……。

 

 

「……とりあえず、信頼できるメンバーにはこの事は伝えます。特に、AクラスとCクラスには……」

「アンタが信頼しているというなら、任せるよ……。依頼しておいてなんだが……、くれぐれも気を付けな」

「……わかりました」

 

 

 そう締めくくり、僕と雄二は学園長室を出て行った。

 

 

 




……まさか2年近く更新が空くとは思いませんでした。
忙しかったという事もありますが、一番の理由はパソコンが、外付けハードディスクともに壊れて、書き留めた内容やストーリー構想まで全て消えた時にやる気が無くなったという事が最大の理由です。
久しぶりに覗いてみたら、未だに完結を楽しみにしてくれている人もいるみたいですので、色々思い出しながら今回更新してみました。
これからもコンスタンスに更新できるかはわかりませんが、ちょっとずつやっていきたいと思います。


文章表現、訂正致しました。(2017.12.1)


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第44話 高橋女史の依頼 (番外5-1)

2年以上空いてしまいました……。
もう更新を待って下さっている方はいないかもしれませんが、最新話、投稿致します。
またこの話より、少し文章の書き方を変えてみます。



 

 

「しかし……、厄介な事になってきやがったな」

 

 

 学園長室を出るやいなや、隣に居た雄二がそうぼやく。

 

 

「……そうだね」

 

 

 何度も繰り返しを体験している僕にしてみても、今回は比較的順調に進んでいるのではないかと思っていた。学園長や西村先生達は協力的で、雄二や秀吉達とも特に敵対しておらず、優子さんは元より、霧島さん達Aクラスの人とも平穏な関係にあると感じているし、特定の状況下でしか接点の無かった勇人や浩平といった友人とも知り合っているなんて、今まで無かった筈だ。だからこそ、今回は僕の考えうる限り手を尽くしておきたいという事で、姉さんにも協力を仰いでいる。……僕のやる事だから、抜けている事もあるんだろうし、正直『今回』を失敗したら……、そのショックで暫くは立ち直れないだろうな、とも思う。

 

 

「ま、悩んでも仕方ないしな。取り合えず教室に戻って、あのFクラスの奴ら(バカども)を見ておくか……」

 

 

 また暴れ出さないとも限らないしな……、そう付け加えながら教室へと戻ろうとする雄二。何だかんだと言って、面倒見のいい彼に苦笑しながら、

 

 

「あ……、僕は少し外すよ……。ちょっと行かなきゃならない所があるから……」

「ん……?これからか……?」

「ちょっと高橋女史に呼ばれていてね……。さっき聞いたけど、今はどのクラスも自習時間らしいから……。多分、観察処分者の仕事じゃないかな?」

 

 

 正直なところ、あんまり行きたい訳じゃないんだけどね……。ただ呼ばれた以上は仕方が無い。

 

 

「ああ、そういう事か……。結構、大変なんだな……」

「まぁ、ちゃんと手伝うようになったから声がかかるようになったんだろうね……。今までの僕はサボっていたから……」

 

 

 だから遊ぶ時間があったんだろうなぁ、とひとりごちる。少なくとも、今の僕がその責務をサボるという事は考えられない。

 

 

「あの明久がなぁ……。俺にしてみれば洗脳でもされたんじゃないかっていう程、違和感はあるが……」

「…………色々、あったんだよ……」

 

 

 そう……、本当に色々あったんだ……。これまで……、本当に……。

 

 

「そうか……。尤も、そのへんの事を詮索しても仕方ないしな。だがその用事とやらが終わったら戻って来い。俺1人であのバカどもを見るのは面倒だからよ」

 

 

 そう言って片手を挙げて雄二が教室へと戻っていく。あまり詮索せずにおいてくれた雄二の心遣いに感謝しつつ、僕は高橋女史の所へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………勇人を、ですか……」

「そうです」

 

 

 観察処分者の仕事かと思い、おそるおそる高橋女史の部屋へ訪れた僕が聞かされたのは、意外な事だった。

 

 

「……でも僕に彼の居場所なんてわかりませんよ……?」

 

 

 高橋女史の依頼……。それはいなくなった高橋勇人をここに連れてきて欲しいというものである。

 

 

「ですが学園内にいる事は間違いありません。そこで、吉井君には彼の行きそうな場所をまわってきて貰いたいのです」

「行きそうな場所と言われても……」

 

 

 そもそも、僕は勇人とこの世界ではまだ、そこまで接点がある訳ではない。だいたい……、

 

 

「……彼、何で逃げ出したんですか……?」

「逃げたのかどうかはわかりませんが……これです」

 

 

 僕の疑問に高橋女史は一枚の紙を差し出す。こ……これは……!

 

 

「……高橋女史との……『個別授業』引き換え券……!」

 

 

 あの……オリエンテーリングで配られていた物か……!

 

 

「そうです。こともあろうに……あの子が持っていたのです。……破棄しようとしていた所を回収しました」

 

 

 これは……逃げたくもなるよなぁ……。心の中で彼に同情する僕。たしか勇人と高橋女史は親戚の関係で……、基本的に高橋女史が1人暮らしをしている彼の面倒を見ているんじゃなかったっけ……。

 以前、一緒にいた時の記憶を引っ張りだしながら思い出す。

 

 

「これを機にあの子をAクラス並みの学力が取れるよう鍛えなおそうかと思っていた矢先に、いなくなってしまったのです」

 

 

 ……高橋女史……なんか結構怒ってない……?僕の中の危機センサーが反応している。出来る限り関わるな……!逃げろ、と……!

 

 

「……あ、僕、他の先生にも呼ばれていたので……」

「今日は名目上自習となっていますが、他の先生は皆ご自分の事務作業をしている筈ですが?」

 

 

 ……ダメだ……高橋女史からは……逃げられない……!

 

 

「でも、どうして僕に……?僕より神崎さんの方が彼の居場所、知ってそうですけど……」

「これ以上言うなら、彼の代わりに吉井君が受けてもいいんですよ……。私の個人授業を……。そういえば吉井君は誤解していたようですし……」

「必ずや連れてきます」

 

 

 さて……なんとしても彼を探し出さないとな……。これは雄二達にも協力を仰いだ方がいいか……。

 

 

「……そんなに私の授業は受けたくありませんか」

「いえ、とんでもない。ただ、僕にはキツすぎ……、いえ、勿体無いというか……耐えられないというか……」

「…………よくわかりました」

 

 

 ……あれ、なんか……墓穴を掘ったような……。

 

 

「と……とりあえず、探してきますっ!」

 

 

 これ以上何か言われない内に、僕は部屋を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「といっても……、勇人が居そうな場所なんてわからないよ……」

 

 

 部屋から逃げて……、じゃない、退出した僕は、どうしたものかと悩んでいる内に、2-Cの教室へと辿りつく。文月学園の中で3番目であるこの教室は、一般の高校の教室よりも数段上の設備が整っている。その扉に、僕は手をかける。

 

 

「まぁ、地道に聞いていくしかないか……」

 

 

 そう決心し、扉を開けると……、

 

 

「あれ……、吉井君じゃない。どうしたの、何か用?」

 

 

 ちょうど清涼祭の出し物を決めようとしていたのか、Cクラスの代表である小山さんが議論を一時中断してこちらへとやってくる。……ザッとCクラスを見渡した限り、勇人の姿はなさそうだった。

 

 

「いや……実は高橋女史に頼まれて……」

「……高橋女史に……、勇人ですか……?」

 

 

 そう言ってやって来たのは、勇人と一緒にいる事の多い神崎さん。これはちょうどよかった。

 

「ああ、神崎さん。そうなんだ、彼を連れてくるよう言われたんだけど……」

「あら?高橋君なら、長谷川教諭に呼ばれたって言って出て行ったけど」

 

 

 小山さんからそんなお言葉を聴き、考える。あれ、おかしいな……?高橋女史は、今はどの先生も事務作業をしていると聞いたけど……?

 

 

「……多分、勇人は逃げているんだと思います」

 

 

 ……やっぱりか。なんとなく、わかってはいたけれど……。

 

 

「ん?何で高橋女史に呼ばれて逃げるんだよ?」

 

 

 そう言ってきたのが、彼のクラスメイトか……。確か、黒崎君だっけ……?

 

 

「そうだよな。てつじ……、西村先生はともかく、高橋女史から逃げるなんて考えられないよな」

 

 

 ……君達は何も知らないから、そんな事が言えるんだよ……。

 

 

「黒崎君も、野口君も席に戻って!……とりあえず、彼が戻ってきたら吉井君に伝えるわ。ちょっと、今はクラスの出し物を決めている最中なのよ……」

「あっと、ゴメンゴメン……。じゃ……、よろしくね」

 

 

 そう伝えて、僕は教室を出る。……やれやれ、ここにはいないだろうと思っていたけれど……。これからどうしようかねぇ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃げた高橋を探すのを手伝えだと!?」

「うん、そうなんだ」

 

 

 色々迷ったものの、これといっていいアイディアも浮かばなかった僕は、一先ずFクラスに戻って雄二に状況を伝える。

 

 

「……正直、俺の方を手伝って貰いたいんだがな……。コイツら……、またいつ脱走しようとするか、わかったもんじゃねぇ……!」

 

 

 雄二はそう言うと、野球のバットを構えながら、Fクラスの面々を警戒するように目を光らせていた。

 

 

「コイツらを逃がしたら、俺が代わりに補習室に行く事になるんだ……ッ!クソッ……、鉄人の奴め……!」

 

 

 むしろ、お前が俺を手伝え。そんな雰囲気を言外にも十分に匂わせている雄二。うーん、これは雄二には頼れそうもないかな……。

 

 

「……雄二の居所なら、3秒で見つけ出せる自信があるんだけどな……」

「……おい、何サラッととんでもない事を口走ってやがる……」

 

 

 青筋を立てながら雄二はそう凄んでいる。まぁ、それはさておいて、

 

 

「ムッツリーニー。いる――?」

「おい……、何処に向かって叫んでやが……」

「…………呼んだか」

 

 

 おお、やっぱりいたね。天井から降りてきたムッツリーニに僕は早速、彼の件を依頼する事にしよう。

 

 

「実は、ムッツリーニにお願いしたい事が……」

「……今の状況をおかしいと思っているのは俺だけか……?」

 

 

 そう呟いている雄二は置いておき、勇人の捜索を依頼する。すると……、

 

 

「…………今度、お前の写真を取らせろ。その条件を呑むなら引き受ける」

「写真?別にかまわないけど……」

 

 

 僕の写真なんて何に使うんだろ……?ま、まさか……!

 

 

「利光君……、という訳じゃないよね……?」

「…………久保は正気に戻った」

 

 

 気になっていた事を聞くと、ムッツリーニはそう答える。そうか……、この世界では、彼はまともになったみたいだ……。彼はかけがえの無い友人だけど……、暴走すると島田さん以上に危険な人物になってしまう時がある。どうやら今回は問題ないみたいだ……、よかった……。

 

 

「…………まぁ、いいだろう。直ぐに見つかると思う」

 

 

 そう言って、再び天井裏へと戻るムッツリーニ。凄いな……、呼んだ僕が言うのもなんだけど、まるで忍者みたいだ……。

 

 

「じゃ、お前の用は済んだ訳だな?それなら俺の方をてつだ……」

「「「今だッ!!」」」

 

 

 その時、今まで隙を伺っていたのか、Fクラスの連中が僕達に向かって一斉に持っていた文具を投げつけてきた。

 

 

「クッ……!コイツら……!!」

 

 

 雄二はそれらの文具をバットを使って叩き落し、僕は傍にあった卓袱台をとりひっくり返してそれを盾代わりにする。その隙を突き、彼らはそれぞれ、教室を飛び出していった。

 

 

「てめえらっ、逃げるんじゃねぇ!!クソッ、明久、手伝えッ!!」

「はいはい……、わかったよ……」

 

 

 新たに増えた厄介事に溜息をつきながら、先にアイツらを捕まえるべく教室を出た雄二を追って、僕も教室を出るのだった……。

 

 

 




前回の更新からさらに2年……。申し訳御座いません。
どういう構想を考えていたか、記憶を辿りながら投稿した為、若干の違和感もあるかもしれません……。
実際、1話から読み直したところ、当時の文章はかなり酷く、恥ずかしい部分が多いので、時間ができたら、色々と訂正しようかと思っております。(特にエキシビジョンマッチの前)
また3点リーダやダッシュはもとより、○○side~や台詞の途中の「」、//の表記なども訂正する予定です。

一応、清涼祭のラストまでのプロットは出来ましたので、目処がついたら更新していきます。

それでは、久しぶりのサブストーリー、投稿致します。





とある時の明久の体験(5) 『~観察処分者(バカ)と勉強と科学の申し子~1』




「吉井、今日は悪いが俺は教えられん。当然、ここも使えんぞ」


 開口一番、補習室の前で言われたのがこの言葉。


「……ここって補習室でしょ?勉強する為にあるんじゃないの?」


 もう何度体験したかわからない繰り返しの中、あれほど嫌だった補習室に自ら通うようになったある時、僕は信じられない言葉を聞く。昔ならば小躍りして喜んだ事だろうが、今は事情が事情だ。僕は、もっと勉強がしたいのだ。
 だというのに……、


「おかしいでしょ!?それが教師の言葉か!?」
「……かつてのお前からは考えられない言葉だが、まぁ一理あるな。尤も……、その勉強というのが小学校で習う算数でなければもっと良かったが……」


 溜息をつきながらそう言う鉄人。し、失礼な!!勉強をやる気になっているという事に、もっと着目して貰いたいところだ。


「だが、仕方なかろう……。いくら頑丈な補習室とはいえ、整備も必要なのだ……。勉強したければ何もここに来る事もなかろう……」
「ここが一番集中できるんですよ!何回もここに連れてきた張本人が何を言うんですかッ!!」


 しかしながらどれだけ粘ってみたところで、結果は変わらないらしい……。やれやれ……どうするか……。『今回』は自分の力を高める為に雄二や秀吉達とも距離を置いているし、基本的に他の人とは関わらずにいたから、正直目の前の鉄人くらいにしか話す相手もいない。……どうせ一定期間が経過したら『繰り返す』事になるんだろうから、親しくする訳にもいかないだろうけど……。


「あーあ、こうなったら高橋女史にでも教わるかな~。毎回むさ苦しい鉄人から教わっているというのも息苦しいしな~」
「私なら構いませんよ」


 いきなり背後から聞こえてきた声に、驚いて振り返る。そこには……、


「全く……、教わっているという感謝を知らんのか、お前は……。まぁいい、高橋先生、そういう事ですので……、お願いできますかな?」
「ええ、引き受けました」
「え?……本当に?高橋先生、Aクラスで忙しいんじゃ……」
「いつもAクラスにいるという訳ではありませんよ。そもそも、Aクラスは自分で予習していく子が大半ですから、自習という事も多いのです。吉井君も2学年になり、真面目に勉強をするようになりましたから、私も教え甲斐があります」


 じゃ、行きましょうか、そう促される。……そういえば、僕、高橋女史から教わるのは初めてだな……。そんな期待をして……、僕は高橋女史に付いて行くのだった……。










「…………先生、トイレに行きたいのですが……」
「先程行ってきたばかりでしょう?せめてこの問題を解いてからにして下さい」


 あれからかれこれ3時間は経過したのだろうか……。僕は今、高橋女史からスパルタ……、いや違うな、超スパルタ授業を受けさせられていた……。まさか……、まさか鉄人の授業の方がまだやさしいと思う日がくるとは思わなかった……。
 高橋女史は最初に僕のレベルを計り、自分が理解している部分まで遡り、そこから徐々にレベルを上げていく……、というスタンスをとっていた。内容自体はいいのだが……、それをほぼ休憩無く行われ……、半ば洗脳ではないかと思われるくらいギッチギチに覚え込まされていくものであった……。しかも、その手には何故か教鞭ならぬ、本物の鞭が握られ……、幾度と無くそれが振り下ろされてきたという訳だ。
 まるでどこぞの女王様のような……、そんな錯覚にも襲われる。だけど、やらされているこちらとしては、たまったものではない。


「いや……、ちょっと集中力がですね……。途切れてきたので少し休憩を……」


 その瞬間、ビシッと鞭が振り下ろされる。


「する必要がないくらい、集中力が沸いてきましたので大丈夫です」
「いい心がけです」


 ……勘弁してよ……本当に……。僕はSMとか、興味ないんだから……。それをもし口に出したら流石にとんでもない事になるから言わないけど……。


「……いい度胸ですね、吉井君。今日は、この本の内容を全て終えるまでは帰れないと思って下さい」


 …………どうやらバッチリ口に出していたらしい……。これからが本当の地獄だ……そう覚悟したその時……、


「ん……?まだいたのか……」


 そこに華奢な印象を受ける男子学生がやってくる。誰だろう……、こんな時間に高橋女史の部屋にやってくるなんて……。


「ああ、勇人君。ごめんなさい、先生はちょっと吉井君の勉強を見る為に遅くなりそうです」
「い……いや、この辺で終わっておきましょうよ!?もう7時は回ってますし、その……、家族の人じゃないんですか!?」


 そう言って目の前の彼を指差しながら、僕は答える。


「……全く、人に向けて指差すとは……。本当にFクラスは常識がないな……」
「えっ!?君、僕がFクラスって知ってるの!?」


 まさか同じ学年なのか……?でも、全然僕の記憶に無いけれど……。


「……お前を知らない奴はこの学園にはいない……。『観察処分者』なんて不名誉な称号を持たされた奴の事はな……」
「ああ……、そう言われれば、そうだね……」


 僕が知らなくても、相手は知っているって事か……。まぁ、どんな世界になっても、その悪名は一人歩きしているらしい……。尤も、それが原因で何度も『繰り返し』ている訳だけど……。
 その事実に、僕は長い溜息をつく。


「勇人君、貴方もそんな事を言ってはいけませんよ。吉井君も今では積極的に勉学を学ぼうとする、学生として恥ずかしくない生徒なのですから。……流石に頭脳が小学生レベルだったという事は擁護できませんが……」


 そうフォロー……のようなものをしてくれる高橋女史。僕、褒められて……いるんだよね……?


「フン、まあいい……。だけど先生、もう7時をまわっている……。いくらソイツがバカだからとはいえ、それ以上続けてもソイツの為にはならないんじゃないか?」


 すると、彼はそう助け舟を出してくれた。まぁバカというのは……聞かなかった事にしよう。折角の援護を無駄にする訳にもいかない。


「そ……そうですよ!明日!また明日にしましょう!だから今日はもう、このへんで……」
「……仕方ありませんね。じゃあ吉井君の言うとおり、続きは明日という事で」


 ゑ!?明日もコレの続きを!?じょ、冗談じゃない……!


「い、いえ!明日は何時も通り鉄人に……!」
「補習室は暫く使用できません。それまでは私が貴方を見る事にします。途中で終わらせるのは気分が悪いので」


 ………………な、なんてことだ……。


「……お前、自分で墓穴を……。……まぁ、その状況については、同情する……」


 そんな彼の声と共に、僕の肩を軽く叩かれるのを感じる……。
 この時ばかりは、早く繰り返してくれ……そんな事を本気で思うのだった……。




とある時の明久の体験(5) 『~観察処分者(バカ)と勉強と科学の申し子~1』 終


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第45話 清涼祭の出し物 (番外5-2)

第45話、投稿致します。
……なんか本文より、後書きと方が長くなっているのは気にしないで頂ければと……。

あと、現在1話より新しい形式にて編集し直しておりますので、文法が異なっている所はご容赦願います。


 

 

 

「そんな事になっておったのか……」

「うん……、だから秀吉も手伝ってくれない……?この、あばれないで、よっ!!」

 

 

 所用で姉上を訪ねてAクラスに行っている間に、まさかそんな状況になっとるとはのぅ……。流石はFクラスじゃな……。自分もFクラスであるという事実は一先ず置いておき、ワシはそんな感想を抱く。目の前の明久は、逃げたFクラスの1人である、横溝を取り押さえていた。

 

 

「クソッ……!は、離せっ!!」

「もうっ!!おとなしくしなよっ!!もうすぐ西村先生が来るんだからさ!」

「い、イヤだ――!!」

 

 

 ……往生際が悪いのぉ……。そう思った矢先、西村教諭がやってきた。

 

 

「ここにもバカがいたか……。全く、俺の手を煩わせるな……」

「は、離せ――!!」

「すみません、先生……。あ、ちょうど聞きたかった事が……」

 

 

 明久は暴れる横溝を西村教諭に引渡しながら、尋ねる。

 

 

「……2-Cの高橋勇人君を見かけませんでしたか……?」

 

 

 高橋じゃと……?アヤツに何か用があったりするのじゃろうか……?そう尋ねる明久に西村教諭も怪訝そうな顔をする。

 

 

「見ておらんが……、この時間はどのクラスも自習をしている筈だが?」

「いえ……、高橋先生が彼を呼んでいるんですけど……、どうも逃げているみたいで……」

 

 

 逃げる……?何故そんな事を……?どうやら西村教諭もワシと同じ事を思ったようで、

 

 

「……アイツが逃げる意味がわからん。このバカどもじゃあるまいし……」

「…………高橋女史との『個人授業』が嫌だったみたいです」

 

 

 その明久の言葉を聞き、西村教諭のコメカミがピクリと動くのをワシは見逃さなかった。

 

 

「……成程な。まぁ……、見かけたら高橋先生には伝えておく」

「お願いします……。でないと、僕も巻き込まれるので……」

 

 

 そう言い残し、西村教諭は横溝を抱えて補習室へと連れて行く。……今の話を聞くに、高橋女史との個人授業とやらはそんなに恐ろしいものなのじゃろうか……。Aクラスにいる姉上からは、そんな話は聞かんが……。

 

 

「明久……、高橋女史の授業とやらは……」

「授業……、というより個人授業だね……。気になるなら一度受けてみればいいと思うよ、秀吉……。成績だけは、今より間違いなく上がると思うし……」

「それは凄いのぅ……」

 

 

 あの時のオリエンテーリング以来、姉上から教わったりと、少しは勉学にも力を入れるようにはしておるのじゃが、中々成績は伸びぬ。……まぁ、ちょっとの勉学で点数が上がるなら、ワシはFクラスにはおらんのじゃろうが……。

 

 

「……言わせてもらうなら、お勧めはしないよ。…………地獄を見るからね」

「…………それ程、厳しいのじゃな……」

「…………」

 

 

 その時の事を思い出しているのか、黙り込む明久を見て、高橋女史の認識を改める事にする。……あまり深くは関わらぬ方が、よさそうじゃな。

 

 

「じゃあ悪いけど……、秀吉も手伝ってくれる……?まだまだ捕まえないといけない連中が山ほどいるからさ……」

「了解じゃ」

 

 

 そう言って、ワシは明久と共に、Fクラスの連中を探すのじゃった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつで最後か……?」

「ああ……、残りは明久達が捕まえたようだしな……。悪かったな、高橋」

 

 

 あの逃げたFクラスの連中(バカども)を探している途中に出会った高橋に協力して貰いながら、恐らく最後であろう福村を捕まえる事に成功する。なんとか逃れようと必死で暴れているが、この野郎、逃がすわけねぇじゃねえか……!

 

 

「……そう思うんだったら、もう少しコイツらを纏めてくれ、坂本。こっちはいい迷惑だ」

「……善処する」

 

 

 ……そういう事は鉄人に言ってくれ、と心の中では思ったが手伝って貰った手前、そう答える。まぁ、これで俺が補習室行きになるのは免れるだろう……。

 

 

「だが、なんでお前がDクラスにいたんだ?」

「…………まぁ、なんとなく、だ……」

 

 

 言葉を濁す高橋。思い返すと、先程明久の奴がなんか言っていたな……。

 

 

「……そういえば明久がお前を探してたぞ?」

「…………アイツは何か言っていたか?」

「何でも高橋女史に頼まれたとか……」

「お前はここで俺に会っていない。だから俺の事は見ていない……、いいな?」

 

 

 な、なんだ、この有無を言わせぬ感じは……。ま、頼まれたのは明久だし、俺には関係ないか。

 

 

「お、おう」

「……ここもヤバくなってきたな……。そろそろ場所を変えて……」

「…………そうはいかない」

 

 

 そんな時、音も無く背後にムッツリーニが現れる。

 

 

「なっ!?つ、土屋!?」

 

 

 ……先程も思ったが、コイツ、本当に忍者だな……。ムッツリーニに拘束される高橋を見て、俺はそんな感想を抱く。

 

 

「な、なにをする、土屋!!」

「…………お前を連れてくるよう依頼を受けている」

「なっ……、明久か……!?」

「…………明久もだが……」

「だったら、ここは……ッ!」

「…………高橋教諭からもだ」

 

 

 ムッツリーニの回答を聞き、高橋が固まった。あ、コイツ、詰んだな……。

 

 

「ムッツリーニ――!!」

 

 

 そこへ明久達もやってくる。

 

 

「は、離せ……!明久!お前、俺を売るのか!?」

「何言ってるのさ……、僕は高橋先生から頼まれただけだよ?」

「お前、知ってるんだろう!?あの人は……ッ!!」

「……往生際が悪いですよ……勇人」

 

 

 そこに透き通るような女生徒の声が聞こえ、その瞬間、高橋の動きがピタッと止まる。

 

 

「ま……真琴……ッ!!」

「……さぁ、行きますよ。私も先生から貴方を監視するよう呼ばれてますので」

「ま、待てッ!考え直せッ!!や……やめろ――!!」

 

 

 こうして、ムッツリーニ達に連行される高橋を見て、何故か俺は人事とは思えないような感情を覚え、静かにヤツの冥福を祈った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助かったよ、ムッツリーニ」

 

 

 無事に勇人を高橋女史へと引渡し、僕は功労者である友人に礼を言う。

 

 

「…………いい。その代わり約束を忘れるな」

「別にいいけど……、あんな事でいいならお安い御用だよ」

「ん……?明久、お主、ムッツリーニと何か約束をしたのか?」

「うん、ちょっとね……」

 

 

 そう答える僕に、肩を竦める秀吉。若干呆れた様子に見えるような気もするけど……。

 

 

「…………秀吉にもお願いがある」

「嫌じゃ」

 

 

 即答。それにショックを受けたような顔をするムッツリーニ。

 

 

「……どうせワシの写真を撮らせてくれとか、そう言う事じゃろう。なんでワシの写真が必要になるんじゃ!!ワシは男じゃぞ!?」

「え?それを言うなら僕も男だけど、写真を撮って貰う事になったよ?」

「お主とワシではその用途は違う筈じゃ、そうじゃろう?」

「…………黙秘する」

 

 

 ……そういえばずっと前に……、まだこんな『繰り返し』を味わうようになる前、秀吉の写真を持ってたりしてたっけ……。随分と、懐かしい記憶だけど……。

 

 

「とにかく、イヤじゃ!わかったの!?」

「…………仕方ない。木下姉からお願いして貰う」

「待て!?何故、姉上が出てくるんじゃ!?」

 

 

 秀吉には珍しく、慌てたような声を出す。やっぱり実のお姉さん……、といっても双子ではあるけれど、である優子さんには頭が上がらないみたいだ。

 

 

「そういえば……、ムッツリーニ?他のクラスがどの出し物になるかって、もう決まったのかな?」

 

 

 優子さんの名前が出て、気付いたように僕はムッツリーニに聞いてみる。彼なら恐らく、知っているような気がしたからだ。そしてそれは、正しかった。

 

 

「…………ああ。一番、Bクラスが難航していたようだが、先程決まった」

 

 

 懐からリストのような物を取り出し、それを僕らに見せてくれる。どれどれ……?

 

 

 

【清涼祭 第2学年 出し物】

 

 Aクラス:メイド喫茶『ご主人様とお呼び!』

 Bクラス:ネモト確認。ネモト叩き!!一回百円

 Cクラス:演劇『現代版 ロミオとジュリエット』

 Dクラス:休憩処『縁日喫茶~ラ・ぺディス臨時出張店~』

 Eクラス:スポーツ会館『懸賞イベント!君は彼が倒せるかッ!!』

 Fクラス:召喚大会・召喚獣指南 運営、サポート

 

 

 

 これはまた、随分と豪勢だな……。若干おかしな項目もあるけれど、Aクラスは喫茶店か……。何時ぞやの記憶では……、Fクラスも喫茶店か何かをやったような覚えも……。

 

 

「あ、そうじゃ。さっきワシにもちょっと出て欲しいと小山から連絡があったのじゃ」

「へぇ……、他のクラスの出し物に参加するのもありなんだ?」

「…………特にやってはいけないという決まりは無い。高橋もDクラスの出し物を手伝うよう言われていた」

 

 

 なるほど……、だから勇人はDクラスに居た訳か……。

 

 

「……さっきから気になっていたが、……このBクラスの出し物って、何だ……?」

 

 

 あ、ツッコムんだ、雄二。僕も、少し気になったけど……。

 ――ネモト確認。ネモト叩き!!――

 

 

「…………多分そのままの意味。アイツが1人、最後まで反対していたが、全会一致で決定した。どうやらアトラクションのようなものをやるらしい」

 

 

 そして、ソレは目玉に押す、という事らしい。Bクラスの彼の立場が鑑みられるが……、まぁ自業自得、仕方ないだろう。

 

 

「おっと……、忘れてた……」

 

 

 ふと思い出し、僕は携帯を取り出すと、あるところへメールを送る。

 

 

「ん?どこへ送ったんだ、明久?」

「ちょっとね……、一応、言っておかなきゃと思って」

「は?」

 

 

 怪訝な顔をする雄二達を尻目に、手遅れになっていない事を祈りつつ、僕は携帯を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャ――!!飯島君が倒れたわ!!」

「み、瑞希ちゃん!?一体、何をしたのカナ!?」

 

 

 喫茶店に出す料理を思考する中、味見役の飯島君が倒れ、保健室に運ばれていくのを尻目に、僕は工藤さんと共にその元凶を調べる為に調理場を訪れると、そこには姫路さんがいた。

 

 

「ああ、久保君に愛子ちゃん。いいところに来てくれました!」

 

 

 彼女はエプロンを身に付け笑顔で僕達の方を振り向く。いかにも料理してますといった風で片手にお玉を持ち、彼女の可愛らしさに一層拍車がかかった感想を受ける。…………彼女の、もう一方の手に持った、あるモノを見なければ……。

 

 

「み、瑞希ちゃん……、その、左手に持ったモノって、なにカナ……?」

 

 

 戦慄からか、普段の工藤さんとは思えない程、緊張した面持ちで口を開く。……彼女の気持ちはよくわかる。僕も、信じられない気持ちで一杯だ。

 

 

「ん、これですか?隠し味です♪」

「…………隠し味って……、ちなみにその中身は……?」

 

 

 おそるおそる、僕は彼女へと聞いてみる。できれば、僕の予想が外れていてくれと思いながら……。

 

 

「濃硫酸です」

「「な、何だってッ!?」」

 

 

 僕と工藤さんの声が見事にハモる。ど、どうして料理に化学薬品が出てくるんだ!?

 

 

「瑞希ちゃん、何だってそんなモノを……っ!」

「え?でも、隠し味を入れないと……」

 

 

 混乱した様子で詰め寄る工藤さんに、きょとんとした様子の姫路さん。とりあえず、僕は他のクラスメイトに、大至急、味見をした飯島君が食したモノを吐かせる事を指示したところに、一通のメールが入る。こんな大変な時に一体誰が、と思いながら見てみると明久くんからで、一言こう書いてあった。

 

 

『利光君へ   姫路さんを厨房に入れるべからず。   吉井』

 

 

 ……………………明久君、もう少し、早く言って欲しかったよ……。多分このメールはパソコンデータ破損後に外付けハードディスクを用意するくらい手遅れに違いない。

 

 

「久保君!?天なんて仰いでないで……!?瑞希ちゃんも、お願いだから、それ以上そんな危険なモノを入れないでっ!!」

 

 

 悲鳴にも似た工藤さんの声に、少し現実を逃避していた僕の心を奮い立たせ、担任である高橋先生に連絡するように伝えると、彼女を止めるべく行動をおこす。

 後に騒ぎを聞きつけた高橋先生がやってきて、先生による料理のいろはを、徹底的に姫路さんへ教え込まされる事となるのだった……。

 

 

 




とある時の明久の体験(5) 『~観察処分者(バカ)と勉強と科学の申し子~2』



「……おい、吉井。何処に行くつもりだ」


 彼、高橋勇人と出会って数日経ち、いつもの通り補習室へ向かおうとする僕を引き止める声を聞き、そちらに顔を向ける。


「ああ、高橋君。いや、これから補習室に……」
「お前……、『観察処分者』の責務はどうした?」


 観察処分者の責務……?


「……何?それ……」
「……お前、わかっていってるのか?」


 わかって?言っている事の意味が全くわからない。


「…………『観察処分者』は教諭の仕事を手伝う義務もある。確かに学生の本分は勉強ではあるが、お前は罰則という意味も込めてソレに任命された筈だ……」


 ……そうだったっけ?もう、かなり昔の事だし、自分も余裕が無かったからすっかり忘れていたけれど。僕の様子に高橋君はハァ……と呆れたように溜息を付くと、


「……さっさと行くぞ」
「ええ!?でも、僕これから勉強……っ」
「……今回は俺も手伝ってやるから、さっさと来い」
「そ、そんなー!?」


 彼に引きづられるようにして、僕は職員室に連れて行かれた。










「ふぅー、疲れた~……」


 次々と出てくる雑用に追われ、全て終わったのは夕方になっての頃だった。


「情けない……。これしきで根をあげんじゃねぇよ……」


 僕とほぼ同じだけの業務をこなしたというのに、ケロッとしている高橋君。彼は僕と違って召喚獣を呼び出して手伝っているという訳ではないけれど……、


「高橋君って凄いね……。あれだけこき使われても平気そうじゃない」
「俺は、普段からやっているからな……。むしろ今日は2人いた分、何時もより楽だった」


 そう答える彼に疑問を覚える僕。……いつも?


「……この学園には、身内というか……、親戚がいるからな。普段から世話になってるし、学園では出来るだけ手伝うようにしている」
「そうなんだ……」


 そういえば、初めて会った時、彼は高橋女史を呼びに来たんだっけ……。ということは……、


「高橋君の親戚って……、高橋女史の事?」
「……そうだ」


 そうなんだ……、あの高橋女史のねぇ……。そう言うとあの、地獄の特訓?を思い出し、僕は身震いする。


「……あの時は、助かったよ……。あんなの、身体がいくつあっても持たない……」
「……普段は普通なんだがな……。熱中すると、手がつけられなくなる所がある……。俺も昔、味わったからよくわかる……」


 僕に同調するようにそう答える高橋君。そうか、彼もそう思っていたのか。


「よし、じゃあ行くぞ」
「……え?今度は何処へ……」
「最初に言っただろうが……今日は、『俺』も手伝ってやると……」










「……お帰りなさい、今日は早かったんですね」


 荷物を取りに高橋君の所属するCクラスへやって来ると、彼を待っていたのだろうか、亜麻色の髪を肩にかかるくらいまでのばした一人の可憐な女生徒が教室に残っていた。


「ああ、今日は1人じゃなかったんでな……」


 そんな調子で対応をする高橋君を見て、随分距離感が近いなぁという印象を受ける。そんな時、彼女は怪訝そうな様子で僕を見ていた事に気が付く。


「あ、ゴメン、僕は……」
「……コイツは多分大丈夫だ。他のFクラスの連中とは違うと思う」


 僕がそう言うのを遮るかのように、彼はそう答える。


「……貴方が言うなら、そうなのでしょうね」


 彼女は一つ息をつき、少し微笑みを浮かべながら、


「……はじめまして、私は神崎真琴と申します。そこの……、勇人とは幼馴染といいますか……」
「……俺の恩人のようなものさ。洋子姉さ……先生共々、いつも世話になっている」


 最初の警戒するような表情が嘘のようにそう自己紹介してくる神崎さん。そして高橋君の補足を聞き、なんとなく2人の関係性がわかった気がする。


(なんか……雄二と霧島さんみたいな感じだな……)


 と言っても、あの2人のように拗れてそうな印象は受けない。あくまで自然体で、若干高橋君が少し引いているような感じだろうか。


「あ……、はじめまして、僕は2-Fの吉井明久です」


 自分の自己紹介がまだだったと思い直し、慌ててそう言うと、


「……」


 神埼さんはジッと僕の方を伺っている。先程よりは険もとれた様子ではあるけれど……。あれ?僕の顔に何か付いているのかな……?


「言っただろ。コイツは大丈夫だって……」
「……そのようですね」


 ん……?どういう事?僕がそう思っていると、


「悪く思うな、吉井。Fクラスの連中は男女が一緒にいるだけで襲い掛かってくるような奴らだからな。それを警戒していただけだ」
「……このクラスでも、彼らによって被害にあった人も多かったもので……」


 貴方もそうなのかと思っていました、彼女はそう言うと、頭を下げてくる。……恐らくはFクラスのFFF団(あの集団)の事を言っているのだろう。確かにアイツらは男女が接触しているとわかると、例え学年が違ったり、同じFFF団の連中であっても粛清する危険な集団である。


(……僕も何回アイツらにしてやられた事か……)


 自分の体験の中でも、FFF団の手によって繰り返させられた事を思い出し、身震いする。


「……貴方は、彼らとは違うようですね」
「じゃなけりゃ、ここには連れてこねえよ。だけど、すまないな、これからコイツの勉強に付き合うって言っちまったんだ。悪いが先に帰って……」
「……だったら私も付き合います。どうせ学園でやるつもりだったのでしょう?」


 そう言うと彼女は自分の荷物を纏め始める。


「え……、そ、そんな悪いよ……!これから始めるとなると、何時になるかわからないし……!」


 今の時点でもう5時近い。勉強し始めたら恐らく夜になってしまうし――


「……なら助かる。……先生から聞いたが、コイツ、想像を超えるバカのようだからな……」
「バカって酷いな!?僕は……」
「……漸く数学の学力が中学生レベルになったんだろ?その時点でバカじゃなかったら一体何だ?」
「……ごめんなさい」


 クッ……、否定できない……!


「……わかりました。ですが私も物理くらいしか教えられる自信がありませんが……」
「それは大丈夫だ。……むしろ物理に関しては、お前、Aクラス並だろ……?コイツじゃ理解できねえよ……」
「し、失礼な……っ!!」


 そんなに言うなら見せてあげるよ……!僕の実力を……!!










「………………ごめんなさい、もう勘弁して下さい」


 図書室に移動し、勉強する事2時間あまり。流石に集中力に限界を迎えつつあった僕は、そう宣言する。


「……大きな口を叩いてその程度で根をあげるのか。……まぁ、お前にしては頑張ったほうだが」


 彼らに見てもらっていたのは、主に物理と化学。だけど、その教え方は的確で、下手したら先生より上手いんじゃないかと思う程だった。僕がどんな所で引っかかっているかを的確にアドバイスができ……、基本的には高橋女史と同様に自分で問題を解かせるスタンスで行なわれたものであった。……尤も、高橋女史ほどではなかったけれど。


「しかし、お前……、よくこの学園に入学できたな……。ここまでわかってねぇとは思わなかったぞ……」
「…………面目ない」


 ……くぅ、ぐうの音もでないとはこの事か。僕が彼に反論できないでいると、


「……そう言うものではありませんよ、勇人。貴方だって、苦手科目については、あまり吉井君の事は言えないでしょう?」
「グ……ッ!それを、ここで言うか……!」


 思わぬところからの反論に、言葉が詰まる高橋君。


「え?そうなの?ちなみに苦手科目って何なの、神崎さん?」
「おい、コイツには言う……」
「……色々とありますが、特に酷いのは世界史でしたか?確か一桁って先生が言ってましたよね?」
「おいぃッ!?」


 へぇ、これはいい事を聞いた。


「そうなんだ。今日のお礼に今度は僕が教えてあげようか、高橋君?」
「グゥ……、吉井のくせに……ッ!!」


 悔しそうな顔をする高橋君。彼がこんな顔をするのを初めてみたかも。そう思うともうちょっとからかいたくなってきた。


「僕もちょっとは学力が上がってきた筈だからね……、今ではEクラス位にはなれるかもしれないし……」
「中学レベルの知能しか無い奴が何言ってやがる」
「いやいや、もしかしたら僕が勝っている科目もあるかもしれないじゃん」
「俺は、ある程度に抑えてんだよ……!もし、あったとしても、世界史くらいだ!」
「またまた強がりを……!」


 確かに教えてもらった化学や物理では、叶わないだろうけど、他の教科なら勝てるかもしれない。教えてもらった感じ、高橋君は化学に関しては飛びぬけたような、そう、あの保健体育にめっぽう強いムッツリーニのような印象を受けたから、他の教科はそれなりのような気がする。そうでなければ、Cクラスでなくもっと上のクラスにいると思うし……!


「彼の言っている事も間違いではないのですよ、吉井君」


 そんな時、自分達以外の声が聞こえる。こんな時間に一体誰が……、という思いで振り向くと、そこにはAクラスの担任にして、学年主任である高橋女史がたっていた。


「もう、こんな時刻です。そろそろ切り上げたらどうですか」


 ……確かに、もう8時近い時間になっている。むしろ、よくこんな時間まで残らせてくれたなとも思う。だけど僕は先程の言葉で、少し気になった事があった。


「高橋先生……、間違いじゃないって……?」
「……そこにいる神崎さんは元より、高橋君も本気を出せば、Aクラスに届くのではないかという実力を持っているのです。特に、化学に関しては、真面目にテストを受ければ500点には届くんじゃないかと思います」


 ご、500点~!?そ、それって、本当にムッツリーニの保健体育並みじゃないか!?それならなんで……、


「ただ、彼はAクラスに行くと勉学が優先させられて、バイトや私の手伝いが出来ないという事で、あえて今のクラスにいるのです。……私は、そんな事気にしないでAクラスに来てくれればと思っているのですが……。そして、神崎さんもあえて、勇人君のクラスにいる為に、テストの時は調整しているという訳です」


 高橋先生の話を聞き、少し恥ずかしそうに俯く神崎さん。……そうなんだ、Aクラスに行けるのに、あえて行かない……。そういう事を考える人もいるんだ……。それも、高橋先生の為に……。


「……俺は訳あって、幼い頃から洋子姉さんや真琴……、神崎家にはお世話になっているからな……。少しでも自分の事は自分でやらなきゃならないし、少しでも恩を返したいんだよ……」


 高橋君はとても真剣だった。それと同時に……、彼が最初、僕に憤っていた理由がわかった気がした。


「……だから、観察処分者の仕事を放棄している僕が許せなかったんだね……」
「……お前達Fクラスは、努力も無く、当然の権利とばかりに試召戦争を起こした……。それはこの学園の権利だから、それをやるなとは言わないが……、お前らのそれは普通じゃない……。放送施設を勝手に使用したり室外機を壊してみたりと、関係ないクラスまで巻き込んでいた。そればかりか、男女が一緒にいるというだけでカッターや凶器を持って追い掛け回したりもする……。こんな連中を俺達と同じく文月の生徒だなんて、認められる訳ねえだろ!!」


 彼の胸の内にある怒りの感情に当てられ、僕は下を向くしかない。これに関しては、反論は出来ないだろう。例え、今回の僕が、それらの試召戦争等に関わっていなかったとしても……、今までの僕はそれに関わり……、それを悪いと思った事はなかったからだ……。


「そういうものではありませんよ、勇人君。吉井君は2学年になりFクラスにはなりましたが、試召戦争を始め、それら一切には全く関わっていないのですから……。まぁ、1年時の頃の事は擁護できませんけれど」
「……そうでなかったら、吉井の勉強なんて見ていませんよ」


 その高橋君の言葉を受け、僕はハッと顔を上げる。


「……コイツは一応、善悪の観念がある……。それを確かめる為に『観察処分者』の仕事をやるよう言ってみたんだが、それに対しては真摯に向き合っていた……。最初はその言葉通り、『学園の恥』だと思っていたんだが、単純に考えなしに行動するだけのバカだという事もわかった……」


 ……これって、褒められている、んだよね……?だけど、彼の言葉を聞き、わかった事もある……。僕は今まで自分の事で一杯だったけれど……、だからといって自分のすべき事を放棄するという事は、許されない事と知った……。僕がすべき事をしないという事は……、誰かがそれによって困るという事。自分が利を得る為に、誰かが大変な目にあうなんて事、僕が一番許せなかった事だというのに……!


「……高橋君、約束するよ。僕はこれから、決して自分の職務を疎かにはしない……。『約束』するよ……」


 そう、今回だけでなく……、『これから』も……!


「ふん……、じゃあ、俺も仕事が早く終わった分だけ、お前の勉強をみてやる事にしてやるよ」
「……勇人。そんな事言ってもいいんですか……?多分、吉井君の方が出来る科目もあると思いますけど……」
「…………余計な事を言うな、真琴……」


 微笑を浮かべながら、彼にそう苦言を呈す彼女に、高橋君は苦虫を噛み殺したような表情で答える。


「じゃあ明日からは、手伝うよ……。補習室が開くまで待たなきゃいけないから、すぐには行けないかもしれないけど……」
「今日も思ったんだが……、お前、何で補習室にいたんだ……?普通、あんなところには行かないだろ……」
「ああ、それは何時も僕は、Fクラスに来た後、直ぐに補習室に行くからだよ。Fクラスは自習の時も多いし、面倒事に巻き込まれる事もあるから補習室の方が勉強できるのさ」
「…………お前、よくあんなところで勉強しに行くなんて発想になるな……」


 戦慄したようにこちらを見る高橋君。……僕にしてみれば、高橋女史との個人授業よりはマシだよ……。


「……吉井君?今、何かよからぬ事を考えませんでした?」
「気のせいです」


 あぶないあぶない……、高橋先生の鋭い指摘に、内心驚きを隠せない僕に、


「……なら、Cクラスに来られれば如何ですか?勉強する気があるなら、別に問題ないように思いますが……」
「……それは流石に無理ですね……。クラス分けによるそれぞれの設備差は学園長が決められた事です。それが覆るとは思えません」
「だったら、秘密にしとけばいい。普通の高校の教室と比べて、Cクラスは広いんだ。さりげなく席が一つ増えた所で気付かれないだろ?……まぁ、クラスの連中や担任の布施先生には伝える必要はあるが……」
「ちょ、ちょっと!いいよ、そんな事……!たった今、そういう事はやらないと言ったばかりじゃないか……!」


 そんな事を言い出す高橋君達に、僕は慌てて拒否する旨を伝える。


「それは、こちらの意思を無視して、の話だろ?別に俺達がいいって言ってるんだ。ねぇ、先生?」
「……全くこの子は……。まぁ、最近の吉井君の態度は職員室でも、いい意味で噂にはなってます。大丈夫かとは思いますが……、それは学園長の耳に入るまでにして下さい……」
「こういう事だ。明日俺から小山を初め、他の連中には伝えておくから、Fクラスに寄らずそのままCクラスに来い」


 なんか話が進んで、そういう事になってしまったみたいだ……。


「いや……だからさ……」
「吉井……、お前は言ったな?俺に勝てる教科があるって……。俺とお前の差がどれだけ開いているかって事を教えてやるよ……」
「な……言ったな!?僕だって、得意科目なら凄い点数が出せるって所を見せてやる!!」
「おー、言ってろ。後で吠え面をかくなよ?」
「そっちこそ!」


 僕が高橋君が熱くなっている中、


「……単純ですね」
「本当に。さて、じゃあ先生方に伝えておく事としますか……」


 高橋女史との間でそんなやり取りが聞こえたような気がするが、今の僕には耳に入らなかった。
 こうして、初めて僕はCクラスの面々と交流を持つ事になったんだ……。






とある時の明久の体験(5) 『~観察処分者(バカ)と勉強と科学の申し子~2』 終


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第46話 それぞれの思い (番外5-3)

第46話、更新致します。
ですが、本編に入る前に……、今更では御座いますが、ここでこの作品のスタンスを改めて、ハッキリさせておきたいと思います。
この二次創作は、お読み頂ければお分かりになるかと思いますが、ある理由により原作のギャグをシリアスにかえているところがあります。
原作主人公の性格に、本作品の出来事があって、その体験によって今の性格に落ち着いたという仮定で書いている為、どうしても原作と同じような付き合い方が出来ない点が出てきてしまいました。その結果、一部原作キャラとの関係が、損なわれている部分もあります。
自分と致しましては、原作をリスペクトし、出来るだけ原作の素晴らしさを表現できればと思っているのですが、私の文章力が、表現力が悪く、原作の魅力をお伝えできておりません事は、本当に申し訳なく思っております。

暫く更新の期間が空き、再度この作品に向き合った際に、消失していたプロットを記憶を頼りに再構築致しました。その時に、この物語の道筋、最終章の大筋とエピローグの部分は大体完成致しました。
その場面では、原作キャラのメイン、サブといったキャラ、FFF団の面々に関しても活躍の舞台があります。

ですので、この作品をアンチヘイトとしてお楽しみ頂いている方に対しての、ご期待には添えないかと思います。本当に申し訳御座いません。
それでもよろしければ、どうかお楽しみ頂ければ幸いです。


 

 

「やれやれ……、先生に俺を売っておいて、何しに来たのかと思えば……」

「そんな風に言わないでよ……、そもそも、高橋先生から逃げた勇人が悪いんでしょ……?」

 

 

 清涼祭の開催まで、あと2日……。どの学年、クラスも準備に追われている中、彼を探してCクラスまでやってきた僕に言った言葉がそれである。

 

 

「……正直、姫路には助かった……。おかげで俺は、先生の個別授業が有耶無耶になってくれたからな……。尤も……、その理由には閉口させられたが……」

「…………まぁ、あまり被害は出なかったみたいだけどね……」

 

 

 姫路さんの料理を食べてしまった生徒を迅速に吐き出させ、事なきを得たと聞いている。アレを少量摂取しただけでこれだ……。彼女の料理が原因で『繰り返し』た事もある僕からしてみても、あんな殺人料理は他に見たことが無い……。

 

 

「まぁ、それはいいとして……、何故それとなくクラスを見てて欲しいって言うんだ?」

「それが……」

 

 

 僕は先日、学園長から聞いた事を話す。今まで聞いた事の無い『黒金の腕輪』の件と、それを2-Cの誰かが持っているかもしれない、という事を……。

 

 

「ふん……、『黒金の腕輪』ね……」

「…………ムッツリーニも、まだ誰かは特定できていないみたいだし……」

 

 

 僕の意見を聞いて、軽く息をつく勇人。自分達のクラスに、そんな人間がいるという事を信じたくないのだろう……。

 

 

「だが、持っていたとしても……、それを使う気が無い……、て事は考えられないか?」

「勿論その可能性もあるよ?でも……、普通、そんな物が手に入ったら、周りに言わないかな?それを隠し持っているって事が……、正直怖いんだ……」

 

 

 召喚獣の力は、僕達人間よりも強い……。それも、その召喚獣の管理をしている学園長でもわからないという『腕輪』。それが召喚フィールドを形成できるだけでなく……、僕や先生達の召喚獣のように、物理干渉能力を持っている可能性だってある。そんな物が、人知れず誰かに渡っている……、それがとても、怖い。

 

 

「……お前の話はわかった」

「じゃあ……」

「一応、気にはかけておく……。ある程度の事情を話して、真琴には伝えておくから、女子に関してはアイツに任せて、男子は俺の方で見ておこう。それとなくトオル達にも協力を呼びかけておく。……流石にアイツらが持っているってのはないだろうからな……」

「それは勇人に任せるよ。本当に有難う!」

 

 

 まぁ勇人がそう言うなら大丈夫だろう。『以前』に、勇人達と交流を持った時に、黒崎君や野口君達の事も、曖昧ながらも覚えているし……。とりあえずはCクラスは彼に任せておけば大丈夫……、そう思っていた僕に勇人は、

 

 

「礼を言うのはまだ早いぜ、明久。代わりにお前には、俺を手伝って貰う」

「…………え?」

「俺が『ラ・ペディス』でアルバイトをしているのは知っているだろう?今回、Dクラスの出し物が、『~ラ・ぺディス臨時出張店~』という事で、美春にも手伝うように言われているんだが、俺のクラスの出し物もあるもんで、ずっと手伝う事は出来ない……。さらには大会にも出場しなくてはならなくなってな?……圧倒的に俺の身体が足りないって訳だ」

「なんで大会まで……」

 

 

 そんなに掛け持ちしていたら、確かに身体が持たないだろう……。でも、それなら何で大会にまで出場しないといけないのだろうか。その疑問に勇人は、

 

 

「…………戻ってこない先生の部屋から出る際に、真琴と約束したからだ……」

 

 

 ……成程。それに関しては……、僕にも責任の一端があると感じないでもない。それにしても……、やっぱり神崎さんには頭が上がらないみたいだな……。僕の周りにいる女性は、どうしてこんなにも強いんだろう……。

 

 

「で……?僕に、何をしろと?」

 

 

 そんな僕の言葉を聞き、ニヤリと笑みをみせた勇人は…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「冗――談じゃありませんっ!!何で美春がこんな豚野郎とっ!!」

 

 

 開口一番、そんな事を言う彼女らしい言葉に僕は苦笑する。

 

 

「仕方ないだろ?俺だって自分のクラスの都合もある。手伝うつもりではあるが、毎度毎度、こっちには来られないんだ……。まぁ、安心しろ。コイツ、料理は一通り出来るらしいし……、俺の代わりは十分勤まるだろうよ」

「美春はそんな事を聞いているんじゃありません!!なんでこんな汚らわしい豚野郎をDクラスに入れて……!あろう事か、美春と同じ空間に居させようとするんですか!?」

 

 

 わお……これはかなり嫌われているなぁ……。他人事のように、そんな事を思う僕。彼女が僕を嫌っているのは毎度の事なので、別に気にはしないけど……。

 

 

「……勇人?彼女もこう言っているんだしさ……、僕には難しいと思うんだけど……?」

「悪いが、お前に拒否権はない。まぁ、ごちゃごちゃ言ってないで……、一度コイツの腕を見る意味も含めて、はじめるぞ。メニューの方はだいたい完成させたんだろ?」

「だから……っ!!何で美春が……ッ!!」

 

 

 なおも抵抗する清水さんに、勇人は小声で、

 

 

「…………お袋さんに、お前が盗撮している事をバラすぞ……」

「!?」

 

 

 その言葉を聞き、固まる清水さん。

 

 

「俺が知らないとでも思ったか?まぁ……本格的にやばそうになってきたら、どのみち伝えるつもりではあったが……。なんなら、お前の大好きなお姉様に教えた方がいいか?」

「………………仕方ありません」

 

 

 そう言うと無言で僕に対し、付いて来いというジェスチャーをする。そして、メニューをとり、それを差し出してきた。

 

 

「……えっと、これを作ってみろ……て事かな?」

 

 

 コクンと頷く彼女。どうやら、口もききたくないというアピールらしい。

 

 

(…………まぁ、いいか……)

 

 

 そう思い直し、僕はそのメニューを取り、調理を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん、木下じゃない……。どうしたのよ?ひとりだけで教室にいるなんて……」

 

 

 ワシがFクラスでひとり、課題をやっておった時、教室のドアを開けて戻ってきた級友でもある島田が、そう聞いてきた。

 

 

「おお、島田よ。戻ったんじゃな。……昼間はワシもCクラスで演劇の打ち合わせをしておったのでのぅ。その時、Fクラスで出ておった課題を、今やっておったのじゃ」

「ああ、そういう事ね……」

 

 

 そう言って島田も自分の席に戻ると、ワシと同じように置いてあった課題を手に取る。因みに……、他のメンバーのほとんどは、サボったり逃げ出したりして西村教諭に捕まり……、今も補習室におる筈じゃ。

 

 

「島田もどうしたのじゃ?お主も出ておったようじゃが……」

「私も木下と同じようなものよ……。昼間は召喚大会の手続きとかで……、Dクラスに行ったりとかしててね……」

 

 

 溜息をつきながら、課題を解き始める島田を見て、

 

 

(フム……、明久がいなければ、普通の女子生徒なんじゃがのう……)

 

 

 そんな感想を抱く。今、こうしてワシといる時は、今のような印象なのに、そこに明久が関わると豹変してしまうのだ。ワシは最初、それを愛情表現の一種かと思っておったのじゃが……。ふむ……いい機会かもしれん。

 

 

「のう、島田よ……」

「ん……?何よ、木下……」

「お主、明久の事をどう思っておるのじゃ?」

「憎いわ」

 

 

 即答。……一辺の迷いも無く、そう言い切る島田。

 

 

「……他の感情は……?」

「そうね……、関節という関節を全部外さなきゃいけないかもしれないわね……」

 

 

 ………………本気、のようじゃのう……。

 

 

「……なんでそんな事を聞くのよ、木下……」

「……いやのう……、ワシは最初、島田が明久に暴力を振るうのは愛情の裏返しかと思ったんじゃが……」

 

 

 これはダメそうじゃ……、とそう諦めながらワシが言うと、島田の動きが止まる。……ん、なんじゃ?

 

 

「……島田?」

「そ……そんな訳ないでしょ!?な、何言ってるのよ、木下は……っ!!」

 

 

 ……ん?んん??……コレは本当に、そうなのじゃろうか……?

 

 

「……もしかすると、本当なのじゃろうか?島田は、明久を……」

「ち……違うって言ってるでしょ!?」

「……そんな顔を真っ赤にさせながら言っても……、説得力が無いのじゃが……」

「う、五月蝿いわねっ!!」

 

 

 これは間違いなさそうじゃ……。ワシは深い溜息をつく。そして……、

 

 

「……島田よ、もしお主が明久の事が好きなら……、態度を改める事じゃ」

「だ……だから違うって!」

「島田」

 

 

 ワシは否定する島田に力強く言葉を発する。

 

 

「……真面目な話なのじゃ。島田よ、お主は明久から苦手意識を持たれておる。……お主が触れると、鳥肌が立つくらいにはの……」

「!?」

 

 

 ワシの言葉を聞き、ビクッとする島田。……そう、ワシはあの時……、エキシビジョンマッチの後、島田に触れられていた明久の全身にうっすらと鳥肌が立っていたのを見逃してはいなかった。

 

 

「……お主がいくら愛情表現の裏返しで明久に詰め寄っておったとしても、今の明久には逆効果じゃ。それでは距離は縮まるどころか……開く一方じゃと思うのじゃがのぅ……」

「そ……そんな……」

 

 

 ガクッとその場に崩れ落ちる島田。……少し可哀想じゃとも思うが、事実ではあるし、もし明久が島田を完全に拒絶しておれば……、ワシは島田がどう思っていようとも近づけるつもりはない。じゃが……、明久の心は、島田に苦手意識は持っておっても、完全に拒絶はしておらんようにも感じられた。

 

 

「…………なんとなく、わかってはいたのよ……。あの日……、吉井が泣いているのを見た、あの時から……」

 

 

 ポツリポツリとそう呟くように、その出来事の事を話す島田。明久がラブレターを貰った時の騒動で、明久が涙を流したらしい事を聞き、

 

 

「……そんな事がのぅ……」

「……だから、私は……吉井との立ち位置が……わからなくなったのよ……」

 

 

 ……そうじゃったのか……、島田も、色々と考えておったのじゃのう……。これならばと思い、ワシは言う事にする。

 

 

「ワシも立場上、お主だけを応援する事はできん……。姉上はもとより……、明久に想いを寄せておる知人は結構多いのでな……。じゃから……、お主が行動を改めるというのであれば……、少なくとも今の状況は改善できるよう取り計らう事も吝かではない……」

「木下……」

 

 

 その言葉を聞き、島田はワシにすがるように見上げてくる。ワシは一息つき、続けた。

 

 

「……ワシに言えるのはそれだけじゃ。まぁ……、とりあえず島田の心の内を知る事が出来たのはよかったのじゃ。もし……、島田が心から明久を憎んでおったのなら……、ワシは排除する事を考えておったのでな……」

「き、木下……、見かけによらず怖い事言うわね……」

「今のワシにとっては……、明久が第一じゃからのう……。だから、島田よ……。本当に明久への行動を改善する気があるのであれば、ワシに言え……。上手く、取り計らうからのぅ……」

「……わかったわよ………………お願い、するわ……」

 

 

 小声ではあるが、はっきりとそう言葉にする島田。はてさて、どうなっていくのか……、それは島田と……、そして明久次第じゃがのう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………だいたい、わかりましたわ……。貴方の腕は……」

 

 

 すごく嫌そうに、そう話す清水さん。因みに、勇人は演劇の練習という事で、既に自分の教室に戻っている。

 

 

「……不本意ではありますが、貴方の料理の腕はわかりました……。まぁ……、ブレンドと聞いて、アイスコーヒーとホットコーヒーをブレンドしたりしようとする所は閉口せざるを得ませんが……」

 

 

 僕の料理の腕は何とか認めてくれたようだ……。ブレンドについては……、コーヒーという事は知っていたけれど……、何を混ぜるかはわからなかったのだから、仕方が無い。

 

 

「本当に、不本意ですが……、彼の後釜をお願いする事にします……。いくらなんでも、美春だけでは賄いきれませんので……」

 

 

 事務的に、そう言ってくる清水さんに、僕は苦笑いを浮かべるしかない。

 

 

「わかった……。勇人が入れない時は……僕が手伝いに来るよ……」

「……わかったのなら、もう結構です。さっさと出て行ってください」

 

 

 相変わらずの変わらない態度に、僕は肩をすくめる。といったところで、これ以上話をする事も無いだろう。そう思い、僕は教室を後にしようとして、

 

 

「…………清水さんは……、僕の何が気に入らないの……?」

 

 

 出て行こうとして、つい気になった事を聞いてしまう。……何回『繰り返し』ても、清水さんとの関係は変わらない……。彼女はいつも、僕の事を『豚野郎』と罵って憚らない……。だから僕は、ずっと気になっていた事を、彼女に聞く。

 

 

「…………よくそんな言葉が吐けますね……。流石は豚野郎です……」

 

 

 今まで押さえていたのだろう、低い声で、そう僕の言葉に反応した。

 

 

「豚野郎、ね……。豚、と言うよりは馬に近いかもしれないよ……?僕は、馬鹿だからね……」

「貴方を馬と比べるのは、馬に失礼です」

「そ……そこまで言うんだ!?」

 

 

 これはまた……、どうしょうもないな……、そう思い直し、僕は今度こそ教室を出ようとする。

 

 

「……わかったよ……、じゃあ当日に……」

「…………お姉様の事、貴方はどう思っているんです?」

 

 

 出て行こうとした時、今度は彼女の方からそう問いかけてくる。

 

 

「島田さん……、の事……?」

「……貴方はいつもお姉様の事を蔑ろにして……、貶めて……!もし、お姉様をDクラスに呼べるものならば、すぐにでも来て頂きたいのに……っ!あんな、汚らわしいFクラスに居て頂くくらいならっ!!」

「…………」

 

 

 彼女の、清水さんの感情が溢れ出す……。

 

 

「お姉様は……、あんなに素敵で……、優しくて……、面倒見が良くて……、とても魅力的なお姉様なのに……っ!」

「…………そうだね、彼女は……、本当に魅力的だと思うよ……」

 

 

(――ウチは、アキのことが好きです。一年生の時から、今までずっと――)

 

 

 もういつの事だったか……、記憶も曖昧ではあるけれど、彼女からそう言われた憶えがある……。まだ彼女が苦手になる前……、もしかしたら、こんな風に『繰り返す』前の事だったのかもしれない……。今の状況に陥って……、そして今回でも、疎遠になってしまった僕のかつての友人……。今ではもう、何を考えているのかもわからない彼女だけれど……。

 僕のそんな言葉を聞いて、清水さんは怒りをむき出しに、

 

 

「貴方が言いますの!?それを……っ!!いつもいつも、お姉様を貶めて……、評判を下げさせている張本人の貴方が……っ!!」

「……それは誤解だよ……。確かに、僕が彼女の事を避けているかもしれないけれど……、決して貶めた事はない……っ!!」

 

 

 仮にも昔は……、以前は美波と、名前を呼び合う程の間柄だったのだから……!

 

 

「何を白々しく……!!」

「僕みたいなバカにだって、言っていい嘘と悪い嘘くらいわかるつもりだ!!人を傷つける嘘なんて、僕が一番嫌いなものなんだ!!そんな嘘を……、僕がつけるわけないだろっ!!」

 

 

 その言葉に、清水さんの動きが止まる。

 

 

「清水さんが言ったように、彼女は……、暴力を振るうところはあるけれど……、基本的には他人の事を気遣ってくれるし……、妹さん思いのところも、優しいところもある……。僕だって、そんな彼女はとても魅力的だと思うよ!!」

「こ……この……!」

「……島田さんの意思が何処にあるのか、それは僕にもわからない……。どうして彼女は……いつも僕が死にそうになる程の暴力を振るってくるのか……、殺したいほど僕が憎いのか……、それは、僕にもわからない……。だから、僕は……、島田さんを避けているんだ……。彼女の事が、わからなくなってしまったから……」

 

 

 そして、静寂が訪れる……。その沈黙が暫く続き、数分経過したかと思ったその時、

 

 

「…………もういいです」

 

 

 ポツリと、清水さんはそう口にした。

 

 

「……わかりましたから、もう出て行っていいです」

「…………わかったよ。悪かったね……、時間を取らせちゃって……」

「…………」

 

 

 反応しない清水さんにそう言って、僕はDクラスをあとにする。

 ……久しぶりに考えた島田さんの事……。だけど、それは……、僕の島田さんに対する、偽らざる気持ち……。

 

 

(アキッ!)

 

 

 そう僕を呼ぶ島田さん、美波の顔が浮かんだ気がしていた。いつの日か、彼女とも笑い会える日が、果たしてやってくるのだろうか……。

 

 

 

 




とある時の明久の体験(5) 『~観察処分者(バカ)と勉強と科学の申し子~3』



「だから、ここはそうじゃない……!」
「ああ!そうか……」


 Cクラスの教室にて。僕は現在、高橋君たちに数学の勉強を見てもらっている。


「それにしても……、吉井、お前って本当にバカだな……」
「ああ……、正直ここまでバカだとは思わなかった……」


 そう言ってくるのは、勇人の友人でもあるらしい、黒崎トオル君と野口一心君だ。


「バカバカって……。確かに僕は少しバカかもしれないけど……」
「吉井。中学生の内容もわからないお前が言っても、説得力がねぇぞ……」


 溜息をつきながら、そう言ってくる高橋君。…………クッ、ぐうの音も出ないとはこの事か。


「……勇人。貴方もあまり他人の事は言えないと思いますけど……」


 僕をフォローするかのように、高橋君を嗜めてくれたのは、彼と一緒に僕の勉強を教えてくれていた神崎さんだ。


「……高橋先生が言っていましたよ……。もっと他の教科も勉強しておくようにと……」
「……何故お前は、そこで俺を貶めるような事を言うんだ……」


 苦虫を噛み殺したかのように、高橋君がそう言った。そこに……。


「ま、確かに高橋は、日本史の成績は悪かったよなぁ……」
「ああ、世界史の成績もめちゃくちゃ低かったんじゃないか?」
「……お前らなぁ」


 ここぞとばかりに、そう畳み掛けてくる黒崎君たちに、今度は高橋君が押し黙る。


「あ、僕、日本史には、自信があるんだ!何時も勉強を見てもらっている高橋君に、今度は僕が教えてあげるよ!」
「お前に教えてもらうなんて、縁起でもねぇ!」


 失礼な。


「へぇ~、日本史なら何点くらいとれるんだ?吉井」
「ん……、400点近くはとれると思うんだけど……」
「400!?それって、コイツの化学並じゃねえか!?」


 うーん……、でも、流石に高橋君の化学にはかなわないかな。400点と500点とでは、また偉い差があるから……。


「…………どうせ嘘じゃないの?そんな点が取れるなら、Fクラスの訳がないじゃない……」


 そう溜息をつきながら会話に加わってきたのは、このCクラスの代表でもある小山さんだ。


「……いえ、本当みたいですよ。現に、吉井君の日本史の点数は今、400点を越えているみたいですし……」
「マジか……。すげえじゃん、吉井」


 神崎さんがそう言うと、皆も信じたようだ。僕の信頼度が低いのは仕方ないにしても……、彼女の信頼度はこのクラスにおいて、とても高いものであると伺える。


「でも……、ありがとね、皆……」


 僕が今、こうして一時的にではあるがCクラスで勉強させて貰っているのも、正直、神崎さんや、ここにいる皆のおかげだ……。流石に、小山さんを始め、最初は反対したみたいだが、結局は神崎さんがそれらを説得してくれたみたいで、今ではこうやって受け入れられている。……勿論、担任であった布施先生や西村先生を説得してくれた高橋先生の力もあるだろうけれど。


「……まぁ、いいわよ。神崎さんがそう言うんだし、別に私たちも迷惑かけられている訳じゃないしね……」
「ああ、最初は吉井なんて……と思ったけど、別に悪い奴って訳でもねえし……」
「むしろ、面白いバカだって思ってるぜ」


 ありがとう、小山さん。ありがとう、野口君。黒崎君、キミとは一度、話し合う必要があるのかもしれない。そんな風に思った時、バンッと、Cクラスの扉が開かれた。


「Fクラス代表の坂本だ。ここに吉井明久はいるか?」


 そう言って、雄二達が教室に入ってきた。





「……ようするに、吉井君を連れて帰りたい……。そう言う事?」
「そうだ……。そもそも、コイツはFクラスの人間だ……。それが、このCクラスにいるっていうのはおかしいだろ?」


 小山さんにそう言う雄二。……雄二の他には、秀吉に姫路さん、それに島田さんか……。


「おかしい、ね……。まぁ、私も最初はそう思っていたんだけど……」
「だが、今では俺たちは勿論、代表も吉井がここに居る事は認めている。別におかしいって訳じゃないぜ?」
「ああ、それにこの事は俺たちだけで決めた訳でもない……。担任の布施センも、この事は認めてんだ……。おかしいのは、今頃そんな事を言ってくるお前らだろ?」


 雄二の言葉に、黒崎君や野口君も反論する。


「もう、吉井君がこの教室にやってきて、もう少しで1ヶ月になるわ……。確かにおかしいと思うなら、もう少し早く言ってくるべきだったんじゃない、坂本君?」
「それはそうかもしれんが……、明久は元々Fクラスの人間じゃ!Fクラスにいる事が自然な事だと思うんじゃが?」
「そうです!それなのに他のクラスにいるなんて……、すごく不自然ですっ!!」


 今度は、秀吉と姫路さんがそう答える。……今回、僕は雄二や秀吉は勿論、Fクラスの皆とは、ほとんど接点を持っていない。雄二の試召戦争の誘いも断り、ひたすらに補習室で、西村先生監修の下、勉強に励んでいたのだ。……今回、『繰り返す』のを覚悟して、僕は皆と関わらずに自身の学力のレベルアップだけを考えて行動していたから……。


「……貴方達のおっしゃる事も尤もですが……、彼自身がここにいる事を望んでいるという事を忘れないで下さい」


 そう言って出てきたのは、神崎さんだ。


「……彼は元より、Fクラスには行かず、補習室で過ごしていたと聞きました。吉井君とはふとした事で知り合ったのですが……、今では彼はCクラスの級友だと私は思っています」
「詭弁よ!吉井は、私たちFクラスのクラスメイトなのよ!!それが、どうしてCクラスの人間のように扱われているのよ!?」
「同感だな。神崎とやら……、例えば試召戦争となったら、明久はFクラスの人間なんだ。その意味、わかっているのか?」


 神崎さんの言葉を受けて、島田さんと雄二がそう言ってくる。特に、雄二の言葉は……、


「その言葉……、なんか私たちに試召戦争を仕掛けるって言ってるように聞こえるけど……?」
「それは気のせいだな。俺の言った事は『例えば』の話にすぎない……。まぁ、もしFクラスと試召戦争になったら、明久とは敵同士になる筈だ。そんな奴を、この教室に置いておけるのか?」
「それは……」


 それを受けて、流石に小山さんも考えている様子だった。……雄二の意見も、一理ある。確かに……、もしもFクラスとCクラスで試召戦争となれば、僕はFクラスの人間……。仮に試召戦争に関わらなくても、Cクラスの教室にいる訳にはいかない……。そして、雄二は……、僕がCクラスを出なければ、暗に試召戦争を仕掛けるという事を匂わしている……。


「それに、お前らCクラスはバイトやら何やらで、基本的には試召戦争には消極的なんだろ?そんな事に時間をとられていてもいいのか?」
「……こう言っているけど、どうしたものかしらね、高橋君?」
「……当然却下。だって、必要ねえだろ?」


 小山さんに話を向けられて、今まで黙っていた高橋君が、そこで会話に加わった。


「……お前らの話を聞いていたが、要するに吉井が必要なんだろ?次はどこに試召戦争を仕掛けるつもりかは知らないが……」


 ……僕も噂でしか聞いていないけど、雄二たちは僕が断った後に、試召戦争をDクラスとBクラスに仕掛けている。Dクラスとの試召戦争には勝ったらしいけど、その後のBクラスとの勝負には引き分けたという事も……。


「大方、『観察処分者』の吉井の召喚獣の力を利用したいってところか……。吉井は観察処分者の責務で、召喚獣を扱う機会も多い。その力でBクラスと再戦しようって考えじゃないのか?」
「……場合によっては、相手がCクラスになるかもしれないけどな?で、結局のところ、お前らの最終的な結論はどうなんだ?」
「それは、吉井が決める事だ。もし、吉井がFクラスに戻りたければ、引きとめはしねえし、Cクラスにいたければ、いればいい……」


 そして、高橋君は僕の方を見る。


「お前が決めろ、吉井。自分がどうしたいかは、な……」


 自分で決めろか……。それならば、もう決まっている。……雄二達には悪いけど……。


「……僕は、ここにいたい……」
「……それが、お前の答えか……」


 僕の答えを聞き、雄二が僕を見ながら、そう呟く。


「ちょっ!?吉井!?アンタ、何を言って……」
「へっ、そういう事だ。吉井がこういう以上、もうお前らの言い分はないってことだよな!」
「そうそう!仮に戦争が起きたとしても、Fクラスなんて返り討ちにするだけだし……」
「……では仮に……、お主らは試召戦争を仕掛けられても、いいと言うのじゃな……?」


 野口君の言葉を受けて、確認といった感じで秀吉は尋ねてくる……。ただ、秀吉には悪いけど……、もしそうなったとしても、僕は今回は、Fクラスの為に……、いや、雄二達の為には戦えない。試召戦争になったら、速やかに補習室に行くまでだ。


「そうね……、Cクラス(ウチ)の実質的な中心人物である、高橋君と神崎さんが認めている以上、もし試召戦争になってもそれは変わらないわね……」
「そうか……」


 雄二はずっと僕の様子を見ていたようだったが、そこで初めて溜息を吐き、


「……お前らの話はわかった。実際、断られる事も考えていたしな。見てのとおりだ、お前ら。もう……、ここには用はねぇ……」


 そう秀吉達に告げ、引き上げるよう促す。そして教室を出て行く際に、


「邪魔したな……、もうここには来ねぇよ……、吉井(・・)……」
「あ……」


 雄二はそんな他人行儀の言葉を残し、秀吉達を纏めてCクラスを出て行った。


「……思ったよりあっさりと引き下がったな。もう少し言ってくるかと思ったが……」
「……雄二達には一度はっきり断っていたんだ。だから……、今のは僕がどう思っているかの最終確認だったと思う……」


 ……吉井(・・)、か……。まるで……、初対面の時みたいだ……。実際に、『今回』彼らと交わる道は、断たれたんだろう……。覚悟はしていた事だけど……。


「まあ、アイツらが納得したんならいいじゃねぇか。もう来ねぇって言うんだし……」
「そうね……。あの様子なら、ウチに試召戦争を仕掛けても来ないでしょ」
「仕掛けてきても返り討ちにするだけだしな。高橋と神崎さんがいれば問題ないしよ」


 そう、Cクラスには彼らがいる……。飛び抜けた実力を誇る2人……、実質Aクラスにも匹敵する高橋君たちがいれば……、雄二達が攻めてきても遅れをとる事はないだろう……。尤も、彼らは試召戦争にほとんど興味がないところはあるけどね……。


「……安心して下さい、吉井君。私たちは、貴方を放り出すなんて事はしませんから」
「そうだな、ここまで関わった以上は、途中で、はいさよならっていうのも目覚めが悪い……」
「高橋君……、神崎さん……」


 2人の思いに感謝する僕。特に高橋君なんて、物凄く僕を敵対視していたというのに……。


「せめてお前の数学を高校生並にしねえといけないしな……」
「それは……!ゴメン……」
「ホント、お前よく高校に入れたよなぁ……」
「まぁ、他の教科は得意なモノもあるみたいだし?高橋と似たようなものじゃね?」
「コイツと一緒にするな!」


 ……まぁ、今でこそ日本史に関しては自信がついてきたけれど……。本当に、最初僕はどうやって文月学園(ココ)に入学できたんだろう……?


「……大分脱線しましたが……、とりあえず、再開しましょう。時間もあまり無い事ですし」
「……そうだな。せめて、今日中にソレは終わらせろよ、吉井」
「…………善処します?」
「「何故疑問系なんだ、お前は!?」」


 黒崎君達にも手伝って貰いながら、僕は勉強を再開する。なんのかんのと言いながら、意外にも面倒見のある小山さんも加わり、和気藹々としながら交流を深めていく……。今回、僕が捨てた雄二達との交流の代わりに得た、Cクラスの人たちとの交わり……。自分の立ち居地が変わると、こんな繋がりも出来るものなのかと、僕は改めて実感するのだった。










「今日はお前に、俺のとっておきを見せてやるよ、明久」
「ん……?とっておきって?」


 彼らと交流をとる様になって、はや数ヶ月……。勉強を見て貰ったり、彼のバイトを一緒に手伝ったり……。そうしている内に、いつの間にか彼らを名前で呼び合うようになっていたある日、一通り勉強はすんでこれからどうするかなと思っていた矢先、勇人からそう言ってくる。


「……あら?アレを見せるんですか、勇人?」


 珍しいですね、と一緒にいた真琴さんが、そう呟く。…………アレって?


「ふん……、この前の試験で少しは日本史の点数が上がったんでな……。まぁ、いい機会だ」
「……フフッ、そういう事にしておきましょう」
「……何か含みがあるな……。まあいい、真琴。洋子姉さんに化学室の使用許可を貰って来てくれ」
「……わかりました。じゃあ、先に行っていて下さい」


 勇人の弁解に微笑みを浮かべながら、彼女は一足先に教室を出て行く。化学室?勇人は一体何を見せるつもりなんだろう……。


「多分見たら驚くと思うぜ……。因みに、見せるのはお前で3人目だ」
「へぇ……。それは楽しみだね」


 勇人が化学を得意としているのは知っていたけれど……、そこまで言うものに少し興味を覚える。


「ここまで勿体つけてたいした物じゃなかったら、恥ずかしいよ、勇人?」
「言ってろ……。さぁ、行くぞ……」


 そう言って僕達は化学室へと向かう。そこには先に行って事情を話していた真琴さんと……、高橋女史が待っていた。


「まさか、勇人君がアレを他人に見せるなんて珍しいですね……。どういう心境の変化ですか?」
「……洋子姉さんまで真琴と同じことを言わないでくれ。……まぁ、気が変わったって事だよ」


 頭をガシガシ掻きながら、ぶっきら棒に言う勇人。……もしかしたら照れ臭いのかもしれない。


「……お待たせしました、明久君……。勇人、これを……」


 真琴さんが小箱のような物を持って勇人に渡す。一見すると鍵も掛かっているようだけど……。


「……随分、厳重に管理されているね」
「それは、そうですよ吉井君……。偶然とはいえ、彼が作り出したソレは、ノーベル賞ものの画期的なものなのですから」


 ノ、ノーベル賞!?それって、確か凄いものなんじゃ……。


「これが、俺が偶然、生み出した未来合金『無抵抗アルミニウム』合金だ!」


 勇人が小箱の鍵を開ける……。そこには……、


「…………なに、コレ?」
「……だから言ったろう?未来合金だと……」


 ちょっと僕が想像していた物と違ったので、ついそんな感想をついてしまう。なんていうか……、


「……ごめんごめん。ちょっと思ったよりもショボかったっていうか……」


 だって、未来合金っていっても……、欠片くらいの物なんだもん。


「……まぁ、お前ならそんな反応をとるような気もしていた。だが、コレがもし量産できるようになれば凄い事になるんだぞ……」


 そう言って勇人は、これがいかに凄い合金かを僕に話す。そして、僕がたどり着いた感想は……、


「……ごめん。ちょっと何言ってるのかわからない」
「……俺の説明した時間を返せ。全く、少しはお前も化学の点数、取れるようになってきたんだろうに……」


 溜息をつきながら答える勇人。確かに、彼の言うとおり、彼や真琴さんから教えて貰った結果、化学と物理に関しては、見違える程点数をとれるようになってきた。


「まあね……、だけど勇人の説明は難しすぎるよ……。せいぜい僕が聞き取れたのは、常温で超伝導とか熱にも強いだとか……。だから、普通のアルミニウムとかと違って、鍋とかにも使えるんだな位しか……」
「そうだな……って、俺の画期的な合金をそんな物に使うな!?」
「……流石ですね、明久君……。勇人の合金を、ソレ呼ばわりするなんてっ!」
「笑ってる場合じゃありませんよ、神崎さん……。ハァ……、勇人君のこの合金がいかに凄いか解るように、これからの個人授業の時間を増やさないといけませんね……」
「それは勘弁して下さい!」


 ただでさえ、最近は補習室にまで来て、教えてきたりするのに!西村先生が同情するような目で僕を見てきたのは本当に初めての経験だよ……。


「でも……、ありがとう、勇人。この合金が、いかに凄いかっていうのはわかったよ。ただ、よかったの?これは、真琴さんと、高橋先生との秘密みたいな物だったんじゃないの?」
「今まではな……。お前には色々手伝ってもらっているって事もあるし、この合金を完成させるには俺1人の力ではダメなんだ……」


 そう言うと、勇人は静かに語り出す。


「コレと同じものを作るには、いくつか超えなければならないハードルがある……。本当にこの合金はある種の偶然というか、作り出せたのが奇跡みたいなものだ。それを……お前にも手伝って貰いたい。今までどおりな……」
「僕で手伝える事があるなら任せてよ……。だけど僕が言いたいのは……、高橋先生はともかく、真琴さん以外の人に教えちゃってよかったの?」


 彼らがどれだけお互いを想いあっているか、それはこの数ヶ月でとてもよくわかった。雄二と霧島さんの関係に似ていると思ったけれど……、勇人の方は、既に真琴さんを受け入れているし、真琴さんも控えめではあるが、勇人に愛情表現をしている。


「……いいんですよ、明久君。勇人が認めた、貴方になら……」
「でも、僕は……」
「最初が最初だからな……。確かに俺もお前をよく思っていなかったし、こんな風な間柄になるとも思わなかったが……。他人の為に熱く、一生懸命になれるお前だから……、話してもいいって思ったんだ」
「勇人……」


 僕をまっすぐに見て、そう言ってくる勇人。僕は目を瞑り、彼らとのこれまでの事を思い起こす……。
 高橋先生との個人授業の最中、歓迎されない彼との出会い。それから観察処分者の責務の大切さを学び、真琴さんと出会って……、Cクラスの皆と交流が始まった。……その代わりに雄二達との繋がりが無くなってしまったけれど……、今日までの充実した日々……。ただ淡々と勉強する事に比べると、とても楽しいと思う毎日だった。
 そこまで考えて、僕は目を開き、彼を正面から見る。


「……わかったよ。約束する。君がそれを完成させるまで、僕は君を手伝う……。『約束』するよ!」
「そうか……。有難う、明久!お前の気持ちは嬉しく思うぞ。絶対、俺達で完成させる!」
「……私も忘れて貰っては困りますよ?二人とも……!」
「ええ、他ならぬ勇人君の作り出した合金です。是非とも完成させなくてはなりませんから……!」





 こうして、勇人たちと約束する僕……。僕はこの時、それを守れるって思っていたんだ……。



 ………………自分の置かれている状況を忘れて……。



 忘れてしまう程、僕は彼らとの関係に、馴染んでいたのかもしれない、甘えていたのかもしれない……。



 だけど……、僕がその『約束』を守る事は出来ない……。少なくとも……、ここにいる『僕』は……。



 ……僕は気付かなかった。……いや、気付かない振りをしていた。……自分の腕輪が、既に『限界』を示すほど、激しく光輝いていたという事に……。



 勇人たちとの別れが……、もう目前に迫っていた……。






とある時の明久の体験(5) 『~観察処分者(バカ)と勉強と科学の申し子~3』 終




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第47話 第三学年の主席 (番外5-4)

アンケート 学園祭の出し物を決める為のアンケートを行います。
『喫茶店を経営する場合、制服はどんなものが良いですか?』


姫路瑞樹の答え
『家庭用の可愛いエプロン』

教師のコメント
いかにも学園祭らしいですね。コストもかからないですし、良い考えです。


吉井明久の答え
『メイド服、チャイナドレス』

教師のコメント
若干、君の趣味もはいっているのではないかとも思いますが、なかなか良いのではないでしょうか。


土屋康太の答え
『スカートは膝上15センチ、胸元はエプロンドレスのように若干の強調をしながらも品を保つ。色は白を基調とした薄い青が望ましい。トレイは輝く銀で照り返しが得られるくらいのものを用意し裏にはロゴを入れる。靴は5センチ程度のヒールを――』

教師のコメント
裏面にまでびっしりと書き込まなくても。


須川亮の答え
『ブラジャー』

教師のコメント
ブレザーの間違いだと信じています。……最近、君の回答は以前の吉井君を見ているような錯覚を覚えます。


(……不味かったかな、清水さんを相手に……あんな事を言ったのは……)

 

 

 先程の会話の流れで、清水さんと言い争った事が思い起こされる……。

 

 

『僕みたいなバカにだって、言っていい嘘と悪い嘘くらいわかるつもりだ!!人を傷つける嘘なんて、僕が一番嫌いなものなんだ!!そんな嘘を……、僕がつけるわけないだろっ!!』

 

 

 ……実際に、嘘は言っていない……。今回、というより『繰り返し』てからは……基本的に僕が島田さんを出来るだけ避けているという事はあるけれど……。

 

 

(だけど……そしたら清水さんにどういう言い方をすればよかったんだろう……)

 

 

 彼女が島田さんを崇拝している事は……よく知っている。清水さんに関しては……今まで解り合えた事がないので、彼女が何を思い、何故あんなにも僕が憎いのかは、正直わからない……。

 

 

「……失礼。君が吉井明久君……、であってますか?」

「……?は、はい、そうですが……」

 

 

 そんな時、誰かから話しかけられ、顔を上げると、見覚えのある2人が僕の前に立っていた。

 

 

「あ、貴方達は……!」

「ああ……、自己紹介がまだでしたね……。私は第三学年の高城と申します。そして、こちらが……」

「同じく3年の小暮と申しますわ。以後お見知りおきを……、吉井明久君」

 

 

 華麗な、と形容できそうな礼をする高城先輩と……、スカートの端を摘んでちょこんと礼をする小暮先輩……。『繰り返し』を体験している今でも、この2人の名前は忘れることは無い。だけど、恐らく第三学年の主席である筈の高城先輩が、何故今僕に話しかけてきた……!?

 

 

「……どうして、僕の名前を……?」

「あら?現在この学園において、貴方の名前を知らない人などおりませんよ?貴方の数々のエピソードが、わたくしたち3年の間でも知れ渡っておりますから……」

 

 

 そうか……。まぁ、あんまり良いウワサではないだろう……。大方『観察処分者』の事とか、『学園の問題児』といったところだろうか……。しかしそれだけに……、

 

 

「……そうですか。でも、わからないですね?高城先輩は確か主席ではなかったでしたっけ?小暮先輩も色々と有名な方ですし、どうしてそんな先輩方がわざわざ僕なんかに話しかけてくるんですか……?」

「……君は随分と自己評価が低いようですね……。私と小暮嬢は、君に興味を持って声を掛けたというのに……」

「……興味?」

 

 

 これはまた意外な言葉だ……。この2人とは、『繰り返し』の中においても、何度か戦った事がある……。高城先輩も小暮先輩も高得点者で……、『腕輪』の取得者でもあり、特に高城先輩は召喚獣の扱いにも長けている……。正直な話、本気を出した高城先輩と戦って、まだ勝てる自信はない……。それ程の、相手だった。

 

 

「ええ、君については色々なウワサがあります。ですが……、この間の第二学年で行なわれたエキシビジョンを見て、特に興味が沸いた……というところでしょうか?」

 

 

 この前のエキシビジョンというと……、佐藤さんと戦った時の事か……。でも、あの試合にどんな……、

 

 

「……君は召喚獣の扱いに非常に長けているのですね……。正直、操作云々に関しては私の右に出るものはいないと自負していましたが……」

「そんなことは……」

「あの最低クラスの、しかも『観察処分者』である貴方に、あってはならない敗北を刻んでしまう可能性がある、と思わされたものです」

「待って下さい高城君、その言い方では褒めているのか貶しているのかわかりませんわ」

 

 

 ……言動が綻び始めた高城先輩の物言いに、待ったを掛ける小暮先輩。……この人たちのやり取りも相変わらずだ。

 

 

「…………で、結局何しにきたんです?」

「ああ、失礼致しました。ようするに、一度君に直接会ってみたかったんですよ、吉井君」

「直接、会って……?」

 

 

 そんな事をしなくても……、それも主席であると言われている人が……。

 

 

「……どうやら君は、想像以上のようですね……。今回の清涼祭での召喚大会に出られればいいのですが、生憎と所用がありまして……。君と戦う機会があれば、是非お付き合いを願いたいところです」

「高城君、そんな言い方をすると、デートに誘うような誤解を受けます」

「…………」

「お願いです高城君。吐きそうな表情をするのなら別の方向を向いて下さい」

 

 

 全く、この人たちは……。だけど……、高城先輩とこういう話をすると……身震いしたくなるのは何故だろう……。特に、その口元を見ると、高城先輩だけでなく、僕も何故か吐き気を催してくる……!

 

 

「……まあ、いいです。また、何処か出会いましょう。吉井君」

「色々とご迷惑をお掛けしましたね、吉井君。どうかご気分を悪くされないよう……」

「は、はぁ……」

 

 

 小暮先輩が艶っぽい声でそう言うと、高城先輩を連れて去っていく……。唐突に現れ、そして察そうと去っていく、まるで嵐のような2人であったが、同時に僕は思う……。この『繰り返し』を解消するには、恐らく避けては通れないであろう高城先輩たちを、一体どうやって倒すのか……。

 

 

(……まぁ、今そんな事を考えていても仕方がないか……)

 

 

 今更ながら、僕は無意識に手を握り締めていた事に気付く……。ゆっくり手を開くと、しっとり汗で濡れていた事がわかった。なるべくは考えないようにしようとするも、一度頭に過ぎった事をなかったものとするのは難しいものがある。僕は、そのまま悶々としながら、自然とある場所に足が向いていくのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明久君…………、この間は出来るだけ早く教えて貰いたかったよ……」

「ああ……、ゴメン、利光君」

 

 

 2人に出会った戦慄からか、気が付くと僕はAクラスの教室の前まで歩いてきてしまっていた。折角来たんだしという事で、教室内に入ったのだが、僕を見つけて言われたのが、その言葉であった。

 

 

「それで……、姫路さんは……?」

「……ああ、彼女ならば……」

 

 

 そして利光君に促された方向を見てみると……、

 

 

「ゴメンナサイゴメンナサイ……、モウ、リョウリニカガクヤクヒンハツカイマセン……」

 

 

 何故か正座しながら、カタコトで繰り返す姫路さんがそこにいた。

 

 

「あれは……」

「高橋先生がね……、姫路さんに個人授業で料理のいろはを教えたらしいんだけど……、戻ってきたらあの様子だったんだ」

 

 

 ……あの高橋先生の個人授業か……、それはさぞかしキツかったのだろう……。でも……、あの様子を見ると、もう姫路さんは化学薬品を料理には使わないかもしれない……。

 

 

「……流石に濃硫酸を料理に混ぜたと聞いた時は、本気で耳を疑ったけどね」

「…………まあ、そうだろうね……」

 

 

 実際に、何度も死にかけた……、というよりは何度かそれが原因で『繰り返し』た事のある姫路さんの料理(殺人兵器)……。流石に今回はもう出てこない事を……願いたい……。

 

 

「あれ?明久君……?」

 

 

 教室の奥の方からかけられた声に振り向くと、メイド服を身に纏った優子さんがいた。

 

 

「ああ、優子さん……。メイド服似合ってるね」

「こ……これは!も、もう!来るなら来るって言ってくれれば……!」

 

 

 僕に見られたのがそんなに恥ずかしかったのだろうか……、赤くなりながらそんな事を言ってくる優子さんに、

 

 

「ああ、ゴメン……。なんとなく、足が向いただけだったから……」

「あれ~?優子、恥ずかしがってるの~?」

 

 

 そんな彼女の様子を見ていた工藤さんが、そう言って優子さんをからかい混じりに絡んでくる。

 

 

「う……煩いわねっ!」

「で?吉井君、感想は?」

 

 

 そういえば、Aクラスはメイド喫茶をするんだっけ……?工藤さんに言われ、改めて優子さんを見てみる。恥ずかしがっている優子さんのメイド服姿……。おまけに僕の感想が気になるのか、上目遣いになってこちらを見ている……。これは……、

 

 

「うん、最高だね」

「ち、ちょっ……!!」

 

 

 僕の感想を聞き、ますます真っ赤になる優子さん。……あれ?何か変な事言ったかな……?

 

 

「おお~♪よかったね~、優子~♪」

「も……もう着替えてくるっ!!」

 

 

 そう言って優子さんはまた教室の奥に戻って行ってしまった。

 

 

「あー、行っちゃった……」

「あれ?僕、不味いこと言っちゃったかな……?」

「ん?ああ、そんな事ないよ。流石は吉井君、てカンジだね♪」

 

 

 うーん、だったら何で向こうに行っちゃったんだろう……。

 

 

「……ああ、吉井。来てたんだ……」

 

 

 特徴のある聞きなれた声が掛けられる。やはり顔なじみである、霧島さんが優子さんと同じくメイド服姿で立っていた。

 

 

「霧島さん……、ゴメンね、急に来たりして……。迷惑だったかな?」

「……ううん、そんな事ない。皆、喜ぶ」

 

 

 ああ、良かった……。一応、歓迎されているみたいだ……。そう思い、ホッと一息つく。

 

 

「あ、そういえば……、霧島さん、雄二と何か約束した?」

「……うん。今度新しく出来る『如月ハイランド』に行こうって……」

 

 

 先日、学園長が話していた例の……。さて、どうしたものか……。正直に言った方がいいのかな……?

 

 

「……雄二、恥ずかしがってあまりデートも出来ないから……」

「…………そうなんだ」

 

 

 まぁ、あの雄二だしなぁ……。今回は、比較的素直になっていると思ってたけど、異性が絡むと滅法弱いから……。だけど、ちょっと可哀想だな……、霧島さんが……。

 

 

「……だから、決めたの。今回の召喚大会の優勝商品が、『如月ハイランドプレオープンプレミアムペアチケット』だから……。それを手に入れるって……!」

「で、アタシと代表……、それに愛子で出ることになったのよ」

「あ……、優子さん……」

 

 

 そこにメイド服から着替え終わった優子さんが戻ってくる。

 

 

「似合っていたのに、な……」

「あれ~?残念そうだね~、吉井君?」

 

 

 う……。そんなに顔に出ていたかな……?そして工藤さんが続ける。

 

 

「大丈夫だよ~♪当日、ウチに来てくれればいくらでも見れるからさ~♪ま、召喚大会に出てる時は無理かもしれないけどね」

 

 

 あ、そうか……。でも……、

 

 

「うーん、どうだろう……。実は僕、召喚大会のサポートだけじゃなくて、Dクラスの方も頼まれているからなぁ……」

「Dクラス?」

 

 

 そこで僕は、経緯を説明する為に、今までの事を掻い摘んで話すと、

 

 

「……というわけで、大会以外にそちらも手伝わなくちゃいけなくてね……」

「成程ね~。じゃあ、ある意味、私たちのライバルって事だよね~?」

 

 

 そう言う工藤さん。ライバルか……、それはどうだろう?

 

 

「といっても僕は臨時だし、売り上げ云々はあまり関係ないからなぁ……。まぁ、どれくらいそっちに入るかは勇人次第なんだけどね……」

「そういえば……、明久君はどうして高橋君を手伝う事になったの?さっきの話だと、元々はCクラスに用があったようだけど」

「それは……、って忘れるところだった。Aクラスにも話さないといけなかったのに……」

「……?何のこと……?」

「うん……、これは学園長に聞いたんだけど……、どうやら『黒金の腕輪』という物を持っている生徒がいるみたいなんだ……」

「黒金の腕輪?」

 

 

 ……そうか、工藤さんには最初から話さないといけないのか……。今ここにいるメンバーで、唯一僕の事情を知らない工藤さんに、召喚者に身に付ける事が出来る腕輪という物があると説明していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うちのクラスに……ねぇ」

 

 

 明久君の話を聞き、考え込む私。

 

 

「……確かに今のところ、そんな腕輪を手に入れたっていう人は聞いていないね……」

 

 

 利光君も腕を組みながら、そう答えていた。……確かにこれは、放置できないかも。

 

 

「んー、でも大丈夫じゃないかな?ただ単に、使う気がなくて取っといているだけかもしれないし……」

「愛子、これはそんな簡単な話じゃないわ。召喚獣を管理している学園長先生も把握していない腕輪……。という事はどんなものかわからないって事でしょ?」

 

 

 そう、これはそんな単純な話じゃない……。明久君の事情も踏まえても、看過できない話……。

 

 

「……吉井の話だと、それは先生が居なくても召喚フィールドを張れる……。つまり、自由に召喚獣を呼び出せるという事……。どんなものか学園長も把握していないという事だから、もしかしたら吉井のように、物理干渉がある召喚獣かもしれないという事」

「あ……」

 

 

 代表の言葉で、ようやく事態が飲み込めた様子の愛子。

 

 

「普通、そんな物を手に入れたら、先生、もしくは代表、周りの誰かには報告するだろう……。使う気があってもなくても、ね……。それが無い……という事は、その時点でもう普通じゃない……」

 

 

 そうなのよね……。それに、召喚獣は、人よりもはるかに強い力を持つ……。明久君が観察処分者の仕事として、校庭にあるサッカーゴールを動かしているのを見た事があるけれど……、そんな召喚獣の力が私たちに向いたらって思うと怖くなってくる。

 

 

「……わかった。Aクラスはそれとなく見ておくよ、明久君」

「……私も見ておく」

 

 

 代表と利光君がそう相槌をうつ。

 

 

「うん……、アタシも注意しておくわ……。それで、もし見つけたら明久君に言えばいいの?」

「……いや、高橋先生か西村先生に報告してほしい……。高橋先生も、この件は知っている筈だから」

 

 

 成程ね……。この件に関しては、やはり『明久君の事情』の延長上にあるのだろう……。ここにいる人は、愛子以外は皆、例の話を知っているのだから……。

 

 

「じゃ、僕は行くよ……。メイド喫茶、頑張ってね!」

「あ……ちょっと……」

 

 

 明久君が出て行こうとして……、私は思わず引き止めてしまう。

 

 

「ん……?何、優子さん?」

「う、うん……その……」

 

 

 ど……どうしよう……、早く、言わないと……!私が躊躇している間に、

 

 

「優子はね~……吉井君と一緒にまわりたいんだよ♪」

「あ……愛子っ!!」

 

 

 私の代わりに言ってしまった愛子に慌ててしまう。もう……、自分で言いたかったのに……!

 

 

「僕と?……別にいいよ、そんな事でいいなら」

「ホ……ホント!?」

「うん……、まぁ、大会とDクラスの手伝いの合間って事になると思うけど、それでも大丈夫?」

「え、ええ!」

「よかった……。それなら、時間が空いたらAクラスに行くよ……、じゃあまた!」

 

 

 そう言って出て行く明久君。それを見届けていると、

 

 

「よかったね~、優子♪……瑞希ちゃんが放心している事も含めて……、ね♪」

「~~愛子ッ!!」

 

 

 恥ずかしさから、逃げる愛子を追いかける私。………………でも、確かに姫路さんには悪いけど……、それは私にとっては、よかったのかもしれない……。チラリと姫路さんを見ると、やはり彼女は高橋先生の指導のせいか、未だ放心状態だった。……彼女から聞いた話じゃ、明久君を小学生の時からずっと見てきて……。中学生になって、一度疎遠になってしまったが、また高校生になり、再び一緒になって……。そしてそれは彼女の方だけでなく、明久君自身も姫路さんに関しては思い入れもある様子だ……。

 

 

(…………負けないわよ、姫路さん……)

 

 

 何に、とはあえて言わないけれど……。今回ばかりは私を応援してくれる愛子に感謝しよう、そう思う私であった……。

 

 

 

 

 




とある時の明久の体験(5) 『~観察処分者(バカ)と勉強と科学の申し子~4』



「……こんな筈じゃ、なかったのにな……」


 何時ぞやの時と同じ、既に辺りも暗くなってしまった文月学園の屋上にて、僕は静かにその時を待っていた……。既に限界が近い事を表す腕輪の輝きを見て、もう間もなくその時が訪れそうな気がする……。


(……こんな事、わかりたくないけど……ね)


 今回は……、正直、『捨てる』予定だった。何回も『繰り返し』を体験する中、僕は自分の力不足を痛感し、この悪夢を乗り越えるには一定の力が必要な事がわかったからだ。よって、最近はひたすら勉強と、召喚獣の知識を知る事を中心に行動してきていた。


「だから……、僕は雄二たちとも距離をとっていたというのに……」


 毎回毎回『別れ』の時に辛い思いをするのは耐えられない……。特に、僕の心が……。だから今回も、誰とも仲良くならず、知識を身に付け、そして…………人知れず消えていく……。それが、僕が決めた事だったのに……。


「………………出来れば、今回は間に合わないで……」


 勇人……、真琴さん……、高橋先生……。特にお世話になった3人には、それぞれにメールにて詳細を記載し、謝罪の意を残しておいた。また、西村先生や黒崎君たちにも、お世話になりましたと一言メールを送信している。もう、『この世界』では使う事もないであろう携帯の電源は既に切っており、このまま『繰り返す』覚悟は出来ていた。
 一応、目的は達していた。今回はいくら勉強してもなかなか理解できない化学や物理は大幅に上げる事が出来た。これはひとえに彼らのお陰だ。……数学は、まぁ相変わらずであるけれど、少なくとも今までよりは成長できたと思われる。そう、そちらの目的は順調だったのだ。ただ…………、勇人たちと仲が良くなりすぎたのが問題だっただけで……。


 1人思い出に耽っていると、何やら入り口付近が騒がしくなる。……やっぱり、見つけられちゃうのは、運命なのかな……。僕は溜息をついて、来るであろう来訪者に備える事にした。










「明久ッ!!」


 その声と共に3人の人影が見える……。僕の予想したとおり、勇人と真琴さん、それに高橋先生だった。高橋先生らしからぬ慌てた様子で走り回ったのか肩で大きく息をついており、真琴さんにしてみても普段の冷静な様子とは打って変わって、涙目になりながら、少し取り乱しているように感じられた。そして勇人は……。


「…………やぁ、間に合ってしまったんだね……」


 僕の声に、そして屋上に佇んでいた僕の様子を見て、3人が息を呑むのがわかる。恐らくメールで流した内容が、真実であると感じられたんだろう。


「ッ明久……!!」


 そう言って勇人がこちらにやって来て……、

 バコッ!!


「……っ!」


 勇人に思いっきり殴られて、その場に尻餅をつく。僕は、あえてその拳を避けなかった。


「テメェ!勝手な事を……ッ!!」
「……勇人ッ!」
「…………暴力は、君のポリシーに反するんじゃなかったっけ、勇人?」


 僕は殴られた頬を押さえながら、彼にそう聞いてみる。真琴さんに抑えられながら、勇人は、


「全然関係ない他人に、謂れの無い暴力を振るわれるのは……な!これは……、違うだろ、明久……ッ!!」
「…………そう、だね……」
「……親友が……ッ、明らかに間違ってる事をしてたら……、如何してでも違うって言ってやるのが……、優しさってもんだろ……っ!!」


 肩で大きく息を吐きながら、勇人はそう僕に訴えかけていた。


「…………ゴメン、僕が……、関わったばっかりに……」
「違うだろ……明久……。謝る事がちげえよ……、俺が……俺達が怒ってるのは……!!」


 勇人は僕の胸倉を掴むと、


「何で……ッ、何でこうなる前に言わなかった!?そんなに、そんなに俺達が信用できなかったのかっ!?」
「違うッ!!」


 その言葉を聞き、僕は正面から勇人を見据え、


「僕は、勇人たちを信じている!!信じているからこそ……、言えなかったんだ……。今回、僕が繰り返すことは、『確定』していたから……」


 そう、雄二達と関わらない時点で……、僕の信念に沿っていない時点で、『繰り返し』が発生する条件を満たしているからだ。『繰り返す』事がわかっているのに、どうしてそれを仲良くなってしまった勇人たちに言えようか。


「だから……、もし僕が悪かった事があるならば……、それは君達と……、勇人達と交流を深めすぎてしまった事さ……」
「……私たちと仲良くなった事が……、悪かったなんて悲しいことを……言わないで下さい、明久君……」


 搾り出すように、涙ながらに真琴さんがそう呟く。


「……真琴の言う通り、まるで出会った事自体が悪かったなんて、言うんじゃねぇよ、明久……」


 そう言って、僕から手を離す勇人。力なく項垂れたその様子は、普段の彼からは想像も出来ないくらい弱弱しいものだった。


「…………ゴメン」
「今度は……、何に対しての『ゴメン』、だ……?」
「最後の最後に……、黙って繰り返そうとして……、本当にゴメン……」
「…………本当に、俺達に黙っていこうとしやがって……」


 そうだね……、仲が良かったら良かった程に、別れが辛くなるけれど……、それは、僕だけじゃない……。勇人たちだって同じ事だ……。僕はそれを、忘れてしまっていた……。


「……吉井君、それでは、本当に……?」
「……ええ。高橋先生、西村先生には……、上手く伝えておいて下さい……。明日からの僕はどうなるのか……、完全にこの世界から消えて『吉井明久』が居なかった事になってしまうのか、それとも僕の人格だけが変わってしまう事になるかはわかりませんが……」


 ……もう、僕に確認する事はできないので。そのように、高橋先生に謝っておく。……そろそろ時間だろう。


「ああ……、洋子姉さん、何の科目でもいいんで、召喚許可を」
「……?勇人……?」


 勇人の言葉に、高橋先生が承認し、召喚フィールドが発生する。こんな時に、いったい何を……。


「明久。早く召喚獣を出せ」
「え?で、でも……、どうして」
「いいから!もう、時間がないんだろう!?」


 召喚獣を出すように促す勇人に従い、僕は試獣召喚を行なう。


「確かお前の召喚獣は観察処分者仕様で、物理干渉があるんだったな……」


 そう言って勇人が僕の召喚獣の前に座り込み……、見覚えのあるモノを取り出す。


「そ、それは……、勇人!?」


 取り出したソレは、以前に見せて貰った事のある、勇人の言う未来合金、『無抵抗アルミニウム』合金!?そんな貴重な物をいったい……。
 どうするつもりかと聞こうとする前に、彼はソレを僕の召喚獣の持つ木刀の先端に、その合金を押し込み始めた。


「ちょ、ちょっと何してるのさ!?そんな貴重な物を……!勇人が偶然に生み出した、この世にただひとつの合金なんだろ!?」
「……お前によると、繰り返しているのは意識と経験に加え、召喚獣も一緒に繰り返しているんだろう?」
「そ……それはそうだけど……!質問に答えてないよ!」
「約束したよな?この『無抵抗アルミニウム』を完成させるまで、俺を手伝うって……」


 確かに、約束した……。それを果たせそうには、ないけれど……。


「……お前は繰り返した先でも、また俺達に関わる時は手伝ってくれ……。それを持っていけるのかどうかは、わからないが……」
「で、でも……!これは、偶然に作り出せたって……!それなのに僕に渡したら……!」
「また、作り出せばいい」


 あっさりと、そう答える勇人。


「また、作り出せばいいだけだ……。こっちはこっちで……、上手くやるさ。まぁ、お前は居なくなるかもしれないが、真琴や洋子姉さんと一緒に完成させてみせる……。だからお前は……、その『繰り返し』とやらを乗り越えて、またそちらの俺を手伝ってくれ……」


 お前が約束を覚えてくれるのなら……、そう付け加えて、勇人と真琴さんは、ジッとこちらを見つめてくる。


「…………わかった。今度、僕がこの『繰り返し』の現象を乗り越えると決めた時……、今度は君達に協力を仰ぐ……。そしてそこで……、約束を果たしてみせる!…………何時の事になるかはわからないけれどね」


 まだまだ僕は勉強不足だから、と込み上げてくる涙を我慢し肩を竦める僕に、


「…………もし繰り返した先でも、言ってくれれば私は何時でも勉強を見てあげると思います。君には見所もありますし……、君にも私がどういう人間かはわかったでしょう?このような形で指導が中断してしまうのは不本意ではありますが……」
「ははは……、そうですね、勉強がしたくてしたくてたまらない時は……、またお願いするかもしれません……」


 高橋先生……。今回と今までとで、かなり印象の変わった先生だけど……、僕は今回の事を忘れない……。


「……お元気で……、というのもおかしいのでしょうけれど……」


 少し俯いたままそう言ってくる真琴さん……。


「……真琴さんにも、本当にお世話になったね……。君が居なかったら、僕は今回のような体験は出来なかった……。本当に、楽しかったよ……」
「……それは、私もです……」


 彼女の事をこんなに泣かせてしまうなんて……、僕は少し罪悪感に苛まされながらも、


「僕が言うのもなんだけど……、勇人をよろしくね……。君が笑顔で勇人の傍に居てくれたら……、彼は絶対に大丈夫だから……」
「……はい」
「…………おいおい明久。本人のいる前で普通、そんな事を言うか?」


 真琴さんには笑顔でいて欲しくて、そうお願いする僕に、苦笑しながら勇人が加わってくる。


「……勇人。君に会えて、本当によかった」
「……まぁ、俺も出会った頃にはまさかこんな関係になるとは思わなかったぜ?お前とは色々あったが……」


 そして、あの勇人がその目に涙を浮かべながら、手を差し出してくる。それを見て、我慢していた涙が溢れ出しながらも僕はその手を握り、


「……俺も楽しかった。また『繰り返した』先で困った事があったら、俺を頼れ……。今のお前にだったら、俺も協力する筈だ」
「……うん。その時は、また君に……、君たちを頼るよ……。この『繰り返し』を、終わらせる為に……!」


 僕たちが握手を交わし、そう約束すると、身に付けた腕輪から激しい光が溢れてくる。……もう、時間のようだ……。


「……有難う、勇人、真琴さん、高橋先生……。Cクラスの皆にも、伝えておいて……」


 僕は、ゆっくりと手を離し、距離をとる……。


「ええ……。彼らと、先生方には、私からも上手く伝えておきます……」
「……貴方の事は……、忘れませんッ!」
「今まで、ありがとよ……。約束、忘れるなよ、明久!」


 そして……、僕を激しい光が包み……!


「うん……、忘れないよ……!皆、どうか元気で……っ!!」


 次の瞬間、僕は『繰り返し』た……。彼らとの思い出と、そして、彼から預かったある『モノ』と一緒に……――――――




















「……どうしましたか?かかって来て下さい……、吉井君……」
「何だ?ビビッているのか、明久?」


 目の前に佇む2人に対し、僕は召喚獣に木刀を構えさせる……。


「……どうする、明久?戦力的には圧倒的に不利だが……」
「そうだね……、相手はあの2人だから……」



【物理】
Cクラス-高橋 勇人(235点)
Cクラス-神崎 真琴(505点)
VS
Fクラス-吉井 明久(109点)
Fクラス-坂本 雄二(148点)



 改めて点数差を見てみても、それはわかる。だけど、戦うしかない……!


「とりあえず、彼女は『腕輪』を使う事が出来る……。どんな能力かはわからないけれど……」


 僕は雄二にそう言うと、間合いを詰めていく。


「だが……、大丈夫なのか?」
「『腕輪』の能力を使わせて、点数を消費させないと、どのみち僕の攻撃は届かないから……。神崎さんには僕が行く……、だから、フォローしてくるであろう勇人はそっちで抑えて!」
「やれやれ……、ま、仕方ねえか……。こっちは任せておけっ!」


 僕達の会話を聞いていた勇人はそれを聞き、


「そうだ……。ちゃんと本気で来てくれないと、意味がねぇからな……」
「……本気で行きます。覚悟はいいですね……?」
「うん……、行くよ!!」


 ふと、僕はあの時の事を思い出す……。以前、2人と別れた、あの時の事を……。
 

『……うん。その時は、また君に……、君たちを頼るよ……。この『繰り返し』を、終わらせる為に……!』


(こうして、僕はまた、君達と向かい合っている……。そして君達に助けてもらっているよ……)


 4回戦の開始前にしてきた勇人の提案……。あれも恐らく僕の事を考えての事だろう……。神崎さんにも僕の事情を伝え、それで今の状況となっている筈だ……。だったら、逃げる訳にはいかない……!


 そして、僕は召喚獣の木刀を神崎さんの召喚獣に向ける……。僕の召喚獣の先端には、以前に勇人から貰った未来合金が埋め込まれている。その合金がキラりと光ったのが僕にはわかった。


(あの時、君から貰った未来合金『無抵抗アルミニウム』は、今も僕の召喚獣と共にあるよ……。今回は、今回こそは、この『繰り返し』を終わらせてみせるから……!)


 僕は心の中でそうひとりごちると覚悟を決め、神崎さんの召喚獣に向けて走り出させた!






とある時の明久の体験(5) 『~観察処分者(バカ)と勉強と科学の申し子~4』 終



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第48話 清涼祭、開催!

 

 

 清涼祭初日の早朝。

 晴天にも恵まれ、各教室で出し物の準備が行なわれる中で……、

 

「あーあ……、なんで俺達が手伝いなんか……」

「……全くだ」

 

 僕はFクラスである横溝君と福村君と共に、召喚大会並びに一年生による召喚獣の模擬戦の受付……の準備をしていた。もう既に召喚大会の出場者は決まっている為、早朝という事もあり、人もほとんど訪れない。いかにもやる気の無さそうな面々に溜息をつく。

 

「……やっぱり、まだ喫茶店の方が良かったんじゃないか?そうすればこんな朝早くから、誰も来ねえ受付なんてさせられずにすんだのに……」

「そうだよな……、こんな召喚大会やらのサポートなんかにされる前に決めとけばよかったんだよ……。そうすれば……」

「あー……、横溝君たち?……もう少しやる気を出したらどうだい?」

 

 こんな気分のままで彼らとこうしているのは僕も苦痛でしかないので、話を振ってみる事にする。

 

「でもな、吉井……。正直、こんな事やってらんねえよ……」

「ああ……。何が悲しくて、野郎3人で待機してなきゃなんねえのか……」

「……忘れたの?僕達は大会の管理だけじゃなく……、サポート管理を任されているんだよ?」

 

 どうも横溝君たちはそこまで頭が回っていないようだけど……。

 

「だから……何なんだよ、吉井?」

「つまり……、一年生が召喚獣の模擬戦の為にやって来るんだよ……」

「それはわかってるよ……、だからこうして……」

「当然、女子も……」

「「詳しく聞かせろっ!?」」

 

 異常に食い付く2人。……というより、何でわかってなかったんだ……?

 

「詳しくも何も……、大会の出場者はもう決まってる訳だからさ……。来るとしたら一年生だけでしょ……?今は、自分の教室の準備で忙しいだろうからこんな状態だけど……」

「そ……そうか!一年生の女子か……!」

「ああ……、他のクラスの女子に会いにも行けず、面倒な事をさせられるって思っていたが……、どうしてその事に気付かなかったのか……!」

 

 ……2人とも。やる気を出させる為に女子の事を話したけれど、男子の方もいるんだからね……?まあ、いっか。やる気になったみたいだし……。

 

「それに……、サポートという事で、先生達を手伝うだけじゃない……。場合によっては僕達に指導も任されるかも……」

「こ……こうしちゃいられねえ!!」

「ああ!場合によっては手取り足取り指導できるって事だろ!?こいつは盲点だった!!」

 

 盲点も何もないだろうに……。それに、ここでは言わなかったけど、女子のサポートは基本的に先生方や秀吉……、そしてFクラス唯一の女子である島田さんの役目であって……、君達にその役は回ってこないとは思うけど……。

 

「よし!ここは任せろ、吉井!!」

「ああ……!この場は俺達できちんと勤めてやる!お前は召喚大会等で忙しいだろうし、行ってもいいぞ?」

 

 むしろ行け……、そんな目で僕を見てくる2人……。要するに、僕が邪魔って事ね……。

 

「そう……?じゃあ、任せてもいい?」

「ああ!何時間でもかまわない!」

「むしろ1年の女子の模擬戦が終わるまで、離れて貰ってかまわねえぜ?」

 

 ……まあ若干不安だけど、ちょうど良かった。やる気になったみたいだし、ここは横溝君たちに任せるか……。

 

「わかった……、それじゃあ、お願いするね?」

「ここは俺達にまかせておけ!」

 

 福村君にもそう言われ、僕はFクラスの教室を出る……。折角だし、他のクラスをまわってみるとするかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、明久やないか!」

「やあ……、Eクラスは随分と活気があるね……」

 

 Fクラスを出て、すぐ隣にある教室、Eクラス……。体育会系のイベントが多いここで、僕は見知った顔を見つけて話しかける。

 

「浩平は……と、何々……?君は彼を倒せるか……?」

「ああ……、クラスの奴らな?一回二百円で賞金イベントなんて起こしよってな……。まあ、早い話……、この竹刀で3振り以内にワイに当てる事が出来たら、キャリーオーバーの賞金が手に入るゆう訳や……」

 

 成程ね……、あの資金が溜まっているのがそうか……。何でもクラスで一人ひとりが千円ずつ出しているようなので、相当数の金額がプールされているらしい……。そのお金に釣られてやってくるお客さんを対象にって事か……。

 

「浩平なら……、誰が挑戦しても当てられないでしょ?その条件だったら……」

「そらあ……相手の動きで大体わかるでな……。ワイも竹刀つこうて防ぐんはアリやし……。ただ、ワイは今日行かなならん所もあるんやがな……」

「ん……?何かあったの?」

「いや?大した事やない……。それに、その時はちょっと抜けさせてもらうでな……」

 

 浩平はそう言って肩をすくめる……。うーん、本当に大丈夫かな……?

 

「まあ……、何かあったら言って?僕に出来る事なら手伝うからさ……」

「おおきに……。さーて、ワイもそろそろ配置につくか……。ほな、明久。またな」

 

 僕の肩をポンと叩くと、彼は身体を動かしながら奥へと戻っていく……。もし、時間があったら、後で顔を出してみるかな……。

 

「あら?貴方、吉井じゃない?」

 

 浩平の事を考えていた矢先に、女生徒の声がして僕はそちらを見てみると、

 

「えっと……、Eクラス代表の……中林さん?」

「ええ、そうよ。この間の試召戦争ではお世話になったわね」

 

 まあ……お世話になったのはこちらもだけど……。おかげでまた浩平とも、こうして知り合えた訳だし……。中林さんの隣にいる黒髪の女生徒もペコりと僕に頭を下げてくる。

 

「私は三上美子といいます。はじめまして、吉井君……。貴方達のおかげで……、私たちEクラスも試召戦争を味わえたばかりでなく、負けたのに設備交換まで免除して貰って……」

「はじめまして、三上さん……。その件については雄二に言って貰えるかな?正直、僕にそんな権限はないし……」

「でも、吉井が私たちの宣戦布告を受けなかったら、Eクラスは試召戦争は出来なかったわ……。坂本君も、吉井の意見で開戦に踏み切ったみたいだったし……」

 

 ……そうだったかな?でも、悪い気はしない……。

 

「で、どうしたの?Eクラスの出し物に興味があるの?」

 

 結構、好意的に接してくれている中林さんがそう僕に聞いてきたので、

 

「うん、Eクラスは凄いね……。設備に関しては、他の上位クラスと比べてハンデもあるのに、こういった感じのイベントで補うなんてさ……。これだったら問題なく対応できるだろうし……」

 

 Fクラスよりはマシといっても、Eクラスの設備はDクラスのそれと比べても色々と酷いと思う。言い方はわるいが、山奥の……、それも数人しかいないような閉鎖的な教室ってカンジがする……。その設備で、これだけのイベントを企画して実行に移すっていうのは凄い。

 

「そう言って貰えるのは嬉しいわね……。でも、一番は彼の存在かな……?」

「ああ……。あれは、確かに……」

 

 そして僕達は奥にいる浩平を見る……。浩平ならば、普通の人相手に不覚は取らないだろうし、強い人が来たとしても3振りで彼を捉える事は出来ないだろう……。伊達に『文月学園の剣聖』なんて呼ばれてはいない……。それに、こんなお祭りのようなイベントで、1回二百円ならば、遊びもかねて挑戦する人も多いし……、見せ金に釣られる人も来るに違いない。

 

「普段、あまりクラスに興味が無い片岡君が協力してくれたって言うのは大きいわね……」

「それに……、他の子たちもそれぞれ自分の特技を生かして、皆、頑張ってくれてるんです……」

「そうなんだ……」

 

 今回、学園長は清涼祭の収益で、設備の向上をしてもいいと認めている。通常は試召戦争の結果のみでしか変わらない設備が改善できるといった事も、各クラス、特に下位のクラスがやる気になっている要因のひとつなのだろう……。そういった意味ではEクラスは勿論だが、人気の喫茶店を出張させるというDクラスも完全に勝ちにきているのかもしれない……。

 

「でも……、Fクラスは大変ね……。何でも、強制的に今回の召喚大会の手伝いをさせられるとか……」

 

 折角設備向上のチャンスなのに……。言外にそう匂わせる中林さんに、僕は、

 

「うん……。でも別にいいさ……。Fクラスは身体が丈夫な奴ばかりだから風邪も引かないだろうし……。僕としてもそんなに設備には興味ないし……」

「あ……、でも、よかったの?本当に、設備交換は……?」

「ほえ?」

 

 あれ?どういう事だろう……?

 

「さっきも言ったけど……、設備は入れ替えた方が良かったんじゃない?吉井はそう言ってくれてるけど……、試召戦争である以上、設備の交換は校則のようなものだから……。それに、今回は私たちから宣戦布告してるって事もあるし……」

「……今回は代表が、というよりも、クラスの雰囲気で開戦を決めたって事もあったので、もし負けて設備が落ちてもかまわないって話だったんです。それで、負けてしまったというのに、それを免除してもらったから……」

 

 結構、気にしてくれているのかな……。

 

「だから……、今回のEクラスの売り上げは、Fクラスの改善にまわそうって事で皆納得してくれているのよ」

「ちょっと待って……。それは、いくら何でも……!僕達は受け取れないよ!」

「でも……、Fクラスは今回、出し物は召喚大会のサポートです……。設備の改善も望めないですよ……?」

「それなら……確か雄二が、今回の件が上手くいったら、設備の改善を学園長が約束してくれたって言ってたような気がする……」

 

 ……うん、確かに言っていたような気がする……。それに、万が一設備がこのままでも、僕は一向にかまわないし……。

 

「そうなの?でも、皆の意見はそれで一致してるから……」

「じゃあ……、Eクラスには、僕達が困った時、一回助けて貰いたい……。雄二も目的は果たしたから、もう試召戦争を仕掛けるって事も無いだろうけど、これからどんな事が起こるかわからないし……。だから、その売り上げはEクラスの改善に使って?雄二も多分、同じことを言うと思うから……」

 

 Fクラスの他の連中ならともかく……、雄二たちが他のクラスの売り上げを貰って設備を向上しようなんて考えてもいないだろう……。そんな事をするくらいなら、今僕が言ったような事を提案するに違いない……。

 

「……本当に、それでいいの?」

「……というよりも、雄二は他のクラスの売り上げを受け取らないと思うよ……?」

 

 雄二の性格ならよくわかっている。これは恐らく、間違いない。

 

「……貴方達には借りばかり出来ちゃったわね……。まあ、いいわ……。何か困ったら、私たちEクラスも協力してあげる……。まぁ、役に立てるかはわからないけど……それでいい?」

「うん……、有難う。中林さん、三上さん……」

 

 さて、後で雄二に言っておかないとな……。それに、そろそろ召喚大会の会場に行かないといけないかもしれない……。

 

「じゃあ……、すみません、吉井君。時間をとらせて……」

「坂本君によろしくね」

「わかった……。中林さん達も、頑張って!」

 

 そう言って僕はEクラスを後にする。教室を出て、校庭にある特設会場に向かう途中、僕は考えていた。

 

(……『今回』は、すこぶる順調なのかな……)

 

 今まで何度も『繰り返し』てきたけれど……、こんなに色んな人に好意的に協力してくれた事なんて無かった気がする……。Aクラスだけでなく……、Cクラスの勇人達はもとより、浩平のいるEクラスまで協力してくれるなんて事は……。

 

(雄二達や先生方のお陰なんだろうけどね……)

 

 もう会場にいるであろう雄二達に心の中で感謝しつつ、僕は会場へ向かうべく駆け出していくのだった……。

 

 

 



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第49話 試験召喚大会

……半年ぶりの投稿になります。


『皆様、大変長らくお待たせ致しました!これより、文月学園清涼祭のメインイベント……、試験召喚大会を執り行わせて頂きます!!』

 

 

 校庭に作られた特設会場にて、司会が開催の宣言が行なわれる中……、

 

 

「ふう……、ギリギリ間に合った?」

「遅えぞ、明久!」

「全くじゃ。間に合わんかと思ったぞい……」

 

 

 先に来ていた雄二と秀吉にそう苦言を告げられ、ゴメンと謝りながら、特設会場を見渡す……。今回のイベントにスポンサーの注目も集まっているのか、既に観客も埋まっており、試合が始まるのを今か今かと待っているようだった。そして会場もだが……、数日の突貫工事で作られたとは思えない出来栄えに、よく間に合ったなぁと心の中で呟く。業者も入ったとはいえ、物理干渉のある先生方の召喚獣と僕の召喚獣も資材の搬入だとかを手伝い完成させたモノなのだ。少し感慨深いものがある。

 

 

『僅かの期間にて完成させた間に合わせの会場で申し訳御座いませんが、どうかお楽しみ頂ければと存じます!』

 

 

 …………司会の人、そんな身も蓋の無い言い方をしなくても……。それに、君は手伝ってはいない筈だ。

 

 

『それでは……、今回の召喚大会の出場者にて、運営・サポートを任されているFクラスのメンバーに登場して頂く事としましょう!』

 

 

 そして、会場の中心にスポットライトが当たる。……なにコレ?この中心に、行けと……?

 

 

「……なんじゃ?随分事前の話とは違うのう……」

「ババァ……。こんな事されたら負けられねえじゃねえか……」

 

 

 ……全くだよ……。でも、何時までもここで留まっていても始まらないし……。

 

 

「……行こう。僕らに逃げる選択肢はないよ……」

 

 

 僕は溜息をつきながら2人を促し、スポットライトの当たる会場へと向かう……。

 

 

『おっと、出て参りましたっ!彼らはFクラスでありながら、先日のAクラスとのエキシビジョンゲームにおいて、大金星をあげたメンバーの内の3人でもあります!盛大な拍手を持って歓迎してあげて下さい!!』

 

 

 そんな司会の声に併せて、万雷の拍手が送られる……。なんか……、やりにくいなぁ……。秀吉や雄二も、苦笑しながら周りの拍手に応えている。

 

 

『なにせ、Fクラスというのは、この学園にとっては最低クラスの認識でありました……。しかし、今では我が校の目玉である召喚獣の操作に関しましてもエキスパートの腕を持っており……』

「なぁ、明久……。あの司会者、さっきから俺達を持ち上げすぎじゃないか……?」

 

 

 隣の雄二が小声で僕にそう話しかけてきた……。

 

 

「うん……、僕もずっと思っていたんだけど……」

「……あやつは確か、Cクラスの黒崎じゃな……。自分のクラスの演劇を辞退して何をしておるのかと思っとったが……」

 

 

 ……そうか、どこかで聞いた声だとは思っていたのだけど……、彼だったのか……。

 

 

『さて、紹介だけでは彼らの偉大さがわからないでしょうから、早速試合を開始する事と致しましょう!』

「「「ちょ、ちょっと待て(つのじゃ)!?」」」

 

 

 何ソレ!?そんな事、聞いてないんだけど!?

 

 

『ああ、そういえば言ってませんでしたっけ?デモンストレーションも兼ねて、Fクラスの紹介と同時に試合をして貰う事になります。存分にその力を発揮して下さいね!』

 

 

 ……事前に貰っていた予定表には、そんな事は全く記載されてはいない……。このあとでくじ引きを行い、それによって対戦相手が決まる……、僕たちはそう聞かされていたからだ。

 

 

「……悪意があるのかどうかは知らねえが……、いきなり試合だと……!?」

「多分……、面白がっているだけだと思うよ……。彼はそういう人だった気がする……」

「しかし……、どうするのじゃ?相手が誰かわからぬ以上、対策も立てられんぞい……」

 

 

 問題はそこだ……。いくら、Aクラスとの戦いで勝ったとはいっても、僕達は基本的にFクラスの人間なんだ……。相手もわからず、ましては科目もわからないままで、いきなり格上の相手と戦わせられる事は、不利以外の何物でもない……。

 

 

『では、まずFクラスで出場選手を2人、選んで下さい!』

 

 

 こちらの困惑も知らずに、司会である黒崎君がそう僕たちに促してくる……。

 

 

「……どうする?」

「……正直、俺は遠慮したいところだが……。こんなに持ち上げられた上にあっさり負けでもしてみろ?いい笑いものだぞ……」

「……ワシもこの状況じゃ遠慮したいのう……。何せ、点数もお主らより低いし、相手が誰かわからん以上は……」

 

 

 まあ……そうだよね……。この空気の中でいきなり戦わせられるのは、僕だって勘弁して欲しいところだ。だけど……、

 

 

「……わかった。1人は僕が行くよ。もう1人は……雄二、お願いできる?」

「……仕方ないな。……負ける訳にもいかねえし、これがベストか……」

「すまんのう……、2人とも……」

 

 

 そして、秀吉は申し訳なさそうに後ろへと下がっていく。

 

 

『メンバーが決まりました!Fクラスの代表である坂本選手と、……我が校始まって以来の『観察処分者』にして、当校随一の操作技術を誇る吉井選手……。この2人が戦うようです!!』

 

 

 また一層歓声が上がる……。黒崎君、君には後で大切な話がある……。隣の雄二もそれには同意見のようで、「あとで思い知らせてやる……」と呟いているのが聞こえた。

 

 

『相手の選手も決まったようですね……。それでは、入場して下さい!!』

 

 

 その声に、対戦相手がやってくる……。やはり、この会場に入ってくるのは少々勇気がいるようで、恥ずかしそうに俯いているようだ……。

 

 

『Fクラスの2人と戦うのは、Bクラスの仲良しコンビ、岩下選手と菊入選手だ!彼女達にも健闘して貰いたい所です!!』

 

 

 ……どうして黒埼君は、僕たちが勝つ事を前提に話しているんだろう……。相手は……Bクラスなんだけど……?

 

 

『えー、リストによると、2回戦までの科目は既に決まっているようですね……。今回は『数学』で戦って貰う事になります!』

 

 

 『数学』か……。あまり自信ないんだよなぁ、あの教科は……。何せ僕がやってるのは、まだ中学生レベルだし……。そうひとりごちると、数学教師の木内先生が、会場にやってきた。

 

 

「それでは、試験召喚大会一回戦を始めます。科目は数学です。召喚して下さい」

「「「「試獣召喚(サモン)」」」」

 

 

 木内先生の言葉に合わせ、会場にいた僕たちはそれぞれ召喚獣を呼び出す……!

 

 

 

【数学】

Bクラス-岩下 律子(179点)

Bクラス-菊入 真由美(163点)

VS

Fクラス-坂本 雄二(202点)

Fクラス-吉井 明久(87点)

 

 

 

 ……まあ、数学だったらこんなものか。雄二も勉強しているのか、Fクラスとは思えない点数を叩き出している。

 

 

『さぁ、召喚獣が出揃いました!!それでは、召喚大会一回戦……はじめぇ!!』

 

 

 司会のその宣言に、大会一回戦が始まった!

 

 

 

 

 

「雄二!そっちは任せたっ!」

「ああ、明久も不覚をとるんじゃねえぞっ!」

 

 

 開始宣言と同時に、僕達はそれぞれにマンツーマンで戦うように相手取る。相手の女子は連係プレイで霍乱するつもりだったのか、1対1で戦う事に困惑していた。

 

 

「う……、吉井君を相手にしなきゃ駄目なの……!?」

 

 

 相手である女の子は、困惑しているだけでなく、僕を見て何やら戸惑っているようだった。

 

 

「どうしたの……!来ないんならこっちから行くよっ!」

「ああ……っ!」

 

 

 彼女が困惑している隙に、僕は相手の召喚獣との距離を瞬時に詰め、召喚獣の持つ木刀を突きつけさせ……!

 

 

「………………あれ?まだ……生きて……?」

 

 

 まだ戦死していない事に疑問が湧いたのであろう……。相手が恐る恐る瞑っていた目を開ける。……僕は、彼女の召喚獣の喉元に木刀を突きつけた状態で、動きを停止させていた。

 

 

「……僕が……怖いの……?」

「……え?」

 

 

 召喚獣の木刀を引かせ、僕は相手から距離を取る……。木刀を突きつけようとした矢先、目を瞑って震えていた相手に……、僕は攻撃する事が出来なかった……。

 

 

(……先の試召戦争で、僕はBクラスに対し恐怖を与えちゃったからな……)

 

 

 ――Bクラス戦……。僕は、根本君を倒す為、10人以上はいた相手の召喚獣を1人ずつ確実に戦死させていったのだ。剣気を開放し『本気』で相対して、全ては根本君を……追い詰める為に……。彼女はその場には居なかった筈だけど、当時の僕の様子は他のBクラスの生徒から聞いたのだろう……。

 

 

「……岩下さん、だっけ?」

「う……うん……」

「……ごめんね。仕方なかったとはいえ……、君を怖がらせているのは、僕のせいだね……。あの時は感情に任せてしまったから、こういう事が起きるって事を考えてなかったよ……」

 

 

 そう言って、僕は岩下さんに頭を下げる。同時に木刀を突きつけていた召喚獣を静かに彼女の元から離れさせる。……そして、卑劣な手を使ってきた根本君への怒りから、他の事が完全に目に入っていなかった事を僕は静かに反省した。一方、いきなりの謝られて何が何やらわからない様子の彼女を尻目に僕は続けた。

 

 

「大丈夫?こんな見世物になってるような状態で戦うのは辛いかもしれないけれど……、このまま倒されちゃうのも嫌でしょ?」

「……何でこんな事を……?あのまま、私を倒せたのに……」

「……公衆の面前で女の子を一方的に畳み掛けるって事はやりたくないんだ。まして今回、僕達は召喚獣の操作サポートも任されているからね……。隣も僕と同じ考えのようだし……」

 

 

 チラリと隣に目をやると、相手の攻撃を見極めようと冷静に捌いている雄二の姿があった。その様子を見て、岩下さんがゆっくりと僕に向き合う。まだ僕に対するトラウマは拭えないようだったけれど、もう困惑した様子はなかった。

 

 

「有難う、吉井くん。でも、良かったの?」

「うん、悔いのない試合をしよう。そういえば岩下さんは前の試召戦争ではほとんど戦わずに終わっちゃったんだっけ?」

「……ええ、すぐに姫路さんにやられちゃったから……」

 

 

 記憶だと雄二が戦っている子と組んでいたようだったけど、姫路さんの腕輪の効果ですぐに退場させられていたっけ?

 

 

「なら、最初は君の攻撃を受けるから好きに攻撃してきて?こういった機会でもないと召喚獣なんて呼び出さないだろうし……」

「……そんな事言っていいの?点数では私の方が高いんだよ?」

「別に馬鹿にしている訳じゃないよ?ただ……、召喚獣の操作に関しては自信があるんだ。油断しているつもりはないから遠慮なく攻撃してきてほしい。……さっきも言ったけど、僕達はこの清涼祭では召喚獣の操作指導も兼ねているからさ」

 

 

 ……そう、僕には自信がある。一朝一夕では身に付かない、今までの繰り返しの中で培ってきた召喚獣との確かな絆があるから……。

 

 

「そこまで言うのなら……、いくわよ!!」

 

 

 僕がふさげて言っているのではないとわかったのだろう、彼女の召喚獣は持っていたハンマーを構えなおして、こちらの隙を伺っている。その動きを見て僕の召喚獣にも改めて木刀を正眼に構えさせ、相手に攻撃を促すと、岩下さんは意を決したように召喚獣を突進させてくるのだった……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クッ……!」

 

 

 相方であった律子と分断させられ、相手と1対1で戦う事を強いられたこの戦い。私の召喚獣は不覚をとって武器を落としてしまい、こうしてトドメを待つ状態となってしまっていた。

 

 

「まさか……貴方達と当たるなんて……!」

 

 

 別に相手を舐めてかかった訳ではない。最初は1回戦の相手がFクラスと聞いていたので、これなら勝てると思っていたけれど、相手があの吉井君達と知り、私と律子は愕然とした。とはいっても、男性恐怖症であるもう1人を出す訳にもいかないし、あんな風に紹介されてまるで見世物のようになっている状態で緊張している上に、連携をあっさりと分断されて戸惑っていた事は事実ではあるけれど……!

 

 

(まだ私は坂本君が相手だったからいいけれど……)

 

 

 相方である律子は、私たちBクラスを相手に鬼神のごとき活躍をみせた吉井君を相手にしなければならなかったのだ。恐らく、まともに召喚獣を動かす事も出来なかったかもしれない……。もしかしたら、もう終わっちゃったかな……、尤も私もこれで終わりなんだけど……。

 

 

「…………?」

 

 

 何時までたっても訪れる気配のない攻撃に疑問を覚え、おそるおそる相手を伺うと、坂本君の召喚獣はこちらに向かって身構えているだけのようだった。

 

 

「……どういうつもり?なんでトドメをささないの?」

「どうもこうも……、俺は自分だけが悪者になるつもりはないんでな」

 

 

 やれやれといった感じで肩をすくめながらそう言う坂本君の言葉に訝しんでいると、

 

 

「隣、見てみろよ」

「……え?」

 

 

 そう促されるようにして見てみると、そこには律子が先程の様子とはうって変わって吉井君の召喚獣に向かって戦う姿があった。律子の召喚獣によるハンマーの攻撃を巧みに受け流しつつも防戦一方である吉井君に私は戸惑いを覚える。とてもさっきまで震えていた律子とは思えなかったから……。

 

 

「……ここで俺があっさりお前を倒せばどうなる?こんな大観衆の下、戸惑って力を出せない女子を相手に弱い者苛めしているように思われるだろうな。……まぁ、緊張させているのはあのアナウンスしている奴のせいでもあるかもしれないが……、とりあえず立ってくれ。もう戦えないというのであれば降参して貰えると有難い」

「…………降参はしないわよ」

 

 

 そう言って、私は再び立ち上がる。召喚獣にも落としてしまったメイスを拾いなおさせた。

 

 

「そうか、なら分かっただろ?俺とお前とでは点数こそそんなに差はないが、召喚獣の扱いに関しては見ての通りだ。最近、召喚獣を操る概念みたいなものが掴めはじめてきたからな。だから、力任せに攻撃してくるんなら勝てないぞ?」

「……」

 

 

 それは……分かる。わかって、しまった……。私と坂本君とでは、召喚獣の操作技術には雲泥の差がある。細かい命令を出す事が出来なかったから力任せに攻撃させて……結果は先程のように不覚をとる事となってしまった……。

 

 

「だから……もし俺を倒そうと思うのなら、一撃で倒す事を考えな。闇雲に攻撃してくるんじゃなくてな」

「一撃……?」

「召喚獣に対して綿密な操作が出来ないのなら、むやみにやたらと動かしたところで隙が増えるだけだろ?それなら、自分の攻撃を全て一撃必殺の威力をこめて攻撃した方が効果的だ。勿論かわされたら隙が出来るから、その辺も考えて動いてみな」

 

 

 ……成程、それなら私にも、出来そうだ。どうせ小手先の攻撃しても当たらないだろうし、それだったらかわせなければ致命傷を与えられる攻撃に切り替えた方がいい。それにしても……、

 

 

「……いいの?そんな事言っちゃって……。そのまま戦えば貴方の勝ちは決まっていたのに……」

「……俺にも訳あって召喚獣での戦い方を掴んでいく必要があるんでな。だから召喚獣での実戦は一戦一戦大事にしていきたいんだよ。今後の為にも、な……」

「…………そう」

 

 

 坂本君も本気だという事がわかり、私は自分の召喚獣の状態を確認する。大分傷ついているものの、まだなんとか戦える。それなら、彼の言うとおり、全てを一撃に込めて戦ったほうがいいだろう。

 

 

「確か菊入、だったか?来るなら全力でこいよ?つまらねぇ幕切れはゴメンだぜ?」

「言われなくても……、いくわよっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうやら隣も勝負を決めにいくようだね」

「……そのようね」

「じゃあ、こちらもそろそろ終わりにしない?もう、緊張も解けたでしょ?」

「…………ええ、貴方のおかげでね」

 

 

 そう言って、私は吉井君の召喚獣の木刀に押し付けていたハンマーを下ろす。このまま押し切れはしないだろうし、上手く受け流されてしまうのが関の山だ。彼の召喚獣の力量がどれほど優れているか、それは戦ってみてイヤという程よくわかったつもりだ。

 

 

「……召喚獣同士の戦いは一瞬で決まる。ましてや今のように1対1での戦いにおいては、いかに自分の攻撃を相手の急所に叩きこむか……、それに尽きると僕は思う」

「でも、それだと……吉井君にも勝てない事があるようにも聞こえるけど?」

 

 

 基本的には点数が全ての基準となり、召喚獣の強さが決まってくるのが大前提であるのに対し、吉井君は低点数ながらもそれを補う操作技術を手に強者と渡り合っているのだ。それにも関わらず自分が勝つという定石を持たずに戦っているという風にも聞こえ、私はそれを指摘した。すると、

 

 

「……僕は、今まで絶対に勝てると思って召喚獣を戦わせた事はないよ」

「え?で、でも……!」

「あのBクラスとの戦いにしたって、何か間違いがあれば、やられていたのは僕だったって事さ……。戦っている時に何があるかわからない……。どんなに気を付けていても思いも寄らないところから負けてしまう事だってある。……今までに何度も体験してきたからね」

 

 

 何かを思い出しているかのような吉井君の様子は、とても深く形容しがたい雰囲気を放っていて、それ以上私は話す事が出来なかった……。代わりに彼は、召喚獣の持つ木刀をまるで鞘に収めるかのようにして、その体勢を保つ。まるで、今にも抜刀するかのような雰囲気を携えて……。

 

 

「これって……」

「……居合術。抜刀術とも言うのかな?前に友達に教えて貰って、使えるようになったんだけど……。まぁ、僕の武器は木刀だから鞘なんてないし、抜刀術なんて厳かな事を言うつもりもないけれど」

 

 

 苦笑しながらそう答える吉井君。でも、その雰囲気はとても仰々しいもので、迂闊に飛び込もうものならば一瞬で断ち切られるような鋭さがあった。

 

 

「……これは僕の出せる中でも最速の剣術。これをかわせれば君の勝ち、かわせなければ僕の勝ち……。この勝負、受けるかい?」

「…………ええ、受けるわ」

 

 

 もし吉井君に1対1で勝とうと思うのなら、多分彼の言うとおり、一瞬にかけるしかないと思う。ようは私が彼の攻撃を避けられるか否か……。幸い私の召喚獣は若干疲れはあるものの、彼のおかげでほとんど負傷もしていない。それどころか大分召喚獣の動かし方もわかってきてもいたし、本当に避けられるかどうかに尽きると思う。

 彼の提案を受けるべく、私は吉井君から距離をとり、相手の召喚獣の様子を伺う。彼の召喚獣は全くと言っていい程微動だにせず、私の召喚獣をただじっと見つめているだけ。まるでその一挙手一投足を見過ごさない、そんな集中力が見て取れた。

 

 

(吉井君の初太刀をかわせればいいけど……、若しくはその初太刀以上の速さで近付くか……)

 

 

 ただ正直な話、今の私ではその両方とも難しいだろう。そもそもその初太刀の早さも想像できないのだから。それならば……!

 

 

「いくわよ!吉井君ッ!!」

「……ッ来る!!」

 

 

 私はそう叫ぶと同時に武器であるハンマーを盾代わりに突進する事を選択した。これならば多少の衝撃は受けるだろうけれど、彼の武器は木刀。重量的にも強度的にも私の召喚獣の武器の方が勝っている、そう判断した。

 

 

(なんとか受けきったところにそのまま体当たりを仕掛ける……!これが、今の私に出来る全力の攻撃……!!)

 

 

 そのまま彼の召喚獣ごとぶちかます。そうイメージしながら突進していった時、

 

 

「……狙いはよかったよ、でも……!」

 

 

 彼の間合いに入った瞬間、吉井君がそう呟いたのが聞こえた気がした。そして……、

 

 ドゴォッ!!

 

 激しい衝撃音と共に盾として構えていたハンマーが砕け散り、そのまま会場外に吹き飛ばされ動かなくなる自分の召喚獣が横たわっていた。その頭上の点数は0点を示している。

 

 

『け……決着~!!ななな、なんと!!木刀で巨大なハンマーを叩き割っての勝利ぃ!?こ、こんな事が起こりうるのかぁ~!?何はともあれ、先に決着をつけていたFクラス坂本選手同様、吉井選手も相手を倒しました!!前評判はあったものの、通常FクラスがBクラスを下すという大番狂わせ!!今年のFクラスは何かが違うぞぉ~!!デモンストレーションを兼ねた第一試合はなんと、Fクラスの勝利でーす!!』

 

 

 再び仰々しいアナウンスで試合の決着を告げると同時に歓声が巻き起こる。観客席のほとんどがスタンディングオベーションで私達の健闘を称えていた……。

 

 

「……有難う、岩下さん。最後の動きはすごく良かったよ。迷いのない突進だった……。僕が剣術を習っていなかったら、いや、あの居合術がなかったら負けていたのは僕だった」

 

 

 そう言いながら吉井君がこちらへ歩いてくるのを感じ、彼を見る。

 

 

「……完敗よ、吉井君。でも……まさか木刀であんな事が出来るなんてね……。貴方の武器を見て、侮っていたのかもしれないわね……」

「それが普通さ……。ただ、僕にとって木刀は身近に触れる機会の多い慣れ親しんだ物だからね。特に……僕の召喚獣の持つ木刀はとても愛着があるものだし」

「答えになってない気もするけど……もういいわ。有難う、さっきの吉井君、なかなか格好良かったわよ?」

「そう……って格好良い!?」

「じゃ、またね!吉井君」

 

 

 何やら赤くなっている吉井君を横目にしながら私は会場を降りる。また何やら大げさなアナウンスが流れるも今回はそんなに気にならなかった。そして、先に会場を下りていた真由美と合流する。

 

 

「お疲れ様、律子。お互いやられたわね……」

「ええ……。でも、彼らのおかげで恥ずかしい事にはならなかったね」

 

 

 あのまま何も出来ずに終わっていたなら、それこそ恥をかく為に会場に上がったようなものだった。あの過剰なアナウンスも相成り、格下のクラスにやられたという事で酷く恥ずかしいことになっていたに違いない。

 

 

「そうね……、まさか一回戦からあんなにお客さんが入るとは思わなかったし……、そこは坂本君達に感謝かな?私も負けたけど……、悔いはないし」

「……ごめんね、2人とも……」

 

 

 そこに、私達を待っていた友達……、もう1人の選手でもあった友人が声をかけてくる。

 

 

「ううん、それより私達こそゴメンね……。ミナが出てたら……、負ける事もなかったかもしれないのに……」

「そうよね……、ウチのクラスで普通にテストが受けられていたらAクラス並の点数が取れるミナが出ていたら……といっても相手がほぼ男子しかいないFクラスが相手だったから、私達が出場するしかなかったんだけど……。ゴメン、負けちゃった……」

 

 

 私達がそう答えると、彼女はふるふると首を振り、

 

 

「……私じゃ、あの2人には勝てなかったと思う。とても強かったし……。でも、よかった。本当に……」

「そうね……。さらし者みたいにならなくて済んだし……」

「最初はどうなるかと思ったけどね……。吉井君に感謝しないと……」

 

 

 相手が吉井君だと知って、どうしても皆から聞いていたあのCクラスであった出来事が頭に過ぎり、恐怖で身体が動かなくなってしまったけれど……。でも実際の彼の身なりとその心に触れて、その恐怖も克服できたような気がする。

 

 

「へぇ~、吉井君に感謝ねぇ……。そういえば会場から下りる時も何か話していたみたいだし……。律子、惚れたかぁ~?」

「な、何言ってるのよ!?それを言うなら真由美こそ坂本君に感謝ねー、とか言ってなかった!?そっちこそ坂本君に……!」

「ま、まぁまぁ……とりあえず、行こう?彼らの活躍は今度は観客席から見られるから……ね?」

「「み、見ないわよ!!」」

 

 

 ”ミナ”にそう促されながらも、私達はBクラスの教室へと戻っていく。そして、最後にチラッと後ろを振り返り、同じく会場をしようとしていた吉井君達の背中にお礼を言う事を忘れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

「はぁー、なんとか終わったー」

「お疲れ様なのじゃ、2人とも」

 

 

 会場から下りた僕達を、控えに回っていた秀吉からそう労いの言葉を受ける。

 

 

「明久は良いとしても……、雄二もよく動いておったのぅ。何時の間にあんなに召喚獣を動かせるようになったのじゃ?」

「別にどうもこうもないさ。ただ、明久から聞いていた通り、召喚獣を動かすには、その召喚獣にかわって動かすイメージをする事らしいからな。実際の俺が召喚獣ならって事を意識しながら動かすように心がけるようにしているだけだ。そこは多分、秀吉と大差ないだろ?」

「へぇ……、すごいね雄二。それって召喚獣になりきっているって事だよね?」

 

 

 雄二の言葉は、つまりはそういう事だ。自分を召喚獣に投影して操縦する……、自分が実際に出来る動きを投影する事。すなわち悪鬼羅殺と呼ばれていたその身体能力を召喚獣へと投影でき始めているという事だ。自分とは違う別の存在を操縦するといった考えでは決して出来ない動きが出来始めているという事なのだ。秀吉ならいざ知らず、まさか雄二までもこういった芸当が出来るとは……。

 

 

「まぁ、そういうこった。もしかしたら召喚獣の点数が高い分、力や攻撃威力はお前よりはあるかもな」

「……じゃが、木刀でまさかあのハンマーを叩き壊すとはのう……。アレも何か特別な力でも使ったのかの?」

「ん……あれは別に特別な事はしていないよ。少しフィードバックを上げてシンクロ状態にはしたけど、基本的には自分の動きを追随(トレース)させただけだし……」

 

 

 前に自分が浩平とともに学んだ『剣術』……。今でも時間があれば自己鍛錬はやっているし、一度身に付いた動きは、自転車の乗り方とかと一緒でそう簡単には忘れるという事はない。

 

 

「……て事はお前に木刀を渡したら、その気になれば同じ事が出来るって訳か……」

「それは流石に無理だと思うけど……。ただ、どんなに強固な物でもそれが物質である限り必ず弱いところはあるらしいから……。そこをつければ先程のようにはなるかもしれないね。別に僕でなくとも……」

「何はともあれ……、2人とも格好良かったぞい」

「そういえば岩下だったか、アイツにもそんな風に言われてたな、お前。どうだ?秀吉や他の女子からそんな事を言われる感想は?」

 

 

 ニヤニヤしながらそんな事を言ってくる雄二。折角考えないようにしていたのに……。ま、全く、雄二め……、僕をからかうなんて10年早いよ……。まぁ、ここは雄二の奴に乗っておくとするかな?

 

 

「ま、まぁ僕は365度何処からみても格好良いからね!そんな風に言われてしまうのも分かるけど……」

「…………実質、5度じゃな」

「…………この辺はやっぱり『明久』か……」

 

 

 なんか可哀想なものを見るような感じで溜息をつく2人。あれ?からかわれていた筈なのに、いつの間にかバカにされているような気がするんだけど……。

 

 

『じゃあ20分後にいよいよ本大会の第一試合を開催するぜ!さっきのような熱い勝負を期待してるからな~』

 

 

 そんな時、また黒崎君?のちょっとおかしなテンションの実況が聞こえてくる。あ、忘れるところだった。

 

 

「……明久のバカをからかっていたせいで忘れてたが……、もう一つやっておく事があったな……」

「バカかどうかは置いておくとして……、そうだね、あんな放送で僕達をさんざん煽っておいて、そのままで済むと思われるのも困るしね……」

 

 

 どうやら雄二も僕と同じ事を考えているみたいだった。そこはやはり悪友ってところかな?

 

 

「お、おい、2人とも!何処へ行くつもりなのじゃ!?」

「「便所!!」」

 

 

 気が合うじゃないか、とばかりに僕にニィと笑う雄二。

 

 

「じゃ、チャチャっと済ませるとするか。秀吉は先に戻ってFクラスの様子を見といてくれ」

「20分位しか時間がないから急いで行かないとね」

「やれやれ……、まぁ程々にしとくのじゃぞ」

 

 

 呆れながらもそう答える秀吉を尻目に、僕と雄二は黒崎君がいるであろう『便所』へと足を向けるのだった……。




(2018年7月27日追記)誤字、脱字のご報告、誠に有難う御座います。


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