サンドウィッチとコーヒー (虚人)
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開店前の

原作の流れも戦闘もなくてもよくね?みたいなノリで始めたこの作品。
まあ、こんなもの作る奴もいるんだなって感じで見ていただけると幸いです。


 ビルの非常階段をのぼり、桜木雄哉は周りを見渡す。土曜日の朝ということで普段なら通勤のサラリーマンやら、通学生やらであふれるであろう駅前も人がまばらだ。

 桜木は少しずり落ちた眼鏡をかけなおし再び階段をのぼる。朝というのに気温は高く、じんわりと汗がにじむ。

 

「夏かねー……」

 

 先日梅雨が明けたばかりで時期的にはもう少し先になるが、そう思ってしまうのも仕方がないくらいに今日は暑かった。

 階段をのぼりきり、手で日差しを遮るようにかかげる。それと同じくして風が吹き、草の香りが鼻孔をくすぐった。

 ビルの屋上は緑に覆われ、色とりどりの花が咲き、そしてその中心に彼の目的地「喫茶店 D.C.」がある。

 桜木は一度大きく深呼吸をし、足を踏み出す。この時間帯はバイト子はまだ来ない。ゆっくり休むことの出来る数少ない時間だ。

 店に近づくといつもと違うことに気が付く。店の前のベンチに誰か座っているのだ。あー、そうか。気づかれない程度に歩みを速めその人物に近づく。相手もこちらに気が付いたようでベンチから腰をあげた。

 

「遅いぞ!ユーヤ」

 

 腰に手を当て、頬を膨らませ、怒りをアピールするその姿にまったく逆の印象を受け、桜木は苦笑いを浮かべる。

 

「いやいや、ごめんね。普段この時間は僕一人だからすっかり忘れていたよ」

 

「まったく……。私も暇では無いんですよ」

 

 そう言いつつも毎週きちんとシフトを入れ、誰よりも早く来る彼女は仕事熱心なのだろうか。

 

「まあまあ、そんな膨れてないで中に入ろう」

 

 扉の鍵を解き、彼女を招くように開く。ふん、と鼻を鳴らしながら素直に店のなかに入る彼女。相変わらずだ。

 

「あー、すまないが窓を開けてくれないか?」

 

「全部?」

 

「そうそう。換気しないと」

 

「了解です」

 

 言われた通りこなすあたり、やはり仕事熱心なのだろう。そんなこと考えつつ桜木はオーナールームに入る。

 荷物を置き、シフト表に目をやる。予定ではあと三人来るはずだが、それもまだ来ないだろう。取り敢えず、掃除をしてから考えよう。

 部屋を出ると既に彼女がモップをかけ始めていた。流石だ。そんな姿を眺めつつ自分は布巾を片手にテーブル拭きに取り掛かる。

 

「そういえば」

 

「うん、どうしたの?」

 

「今日は誰が来るん……ですか?」

 

「みんなだよ。恵理子と麻美ちゃんと、あとは敬二」

 

「なるほど……」

 

 自分で聞いておいての随分素っ気無い反応に肩をすくめる。ここに来てから変わらずだが、どうもコミュニケーションに難がある気がする。気のせいだろうか。

 適当にテーブル拭きを終え、桜木はコーヒーを沸かす為にキッチンに向かう。喫茶店のオーナーである桜木であるが、コーヒーに関してはもっぱら専門の子に任せているためそこまで上等とは言えない。とはいえ、そんじょそこらの一般人に負けることはないと自負していたりもする。謂所の負けず嫌いだ。

 

「いい香りですね」

 

「もうすぐ出来るから、そこに座ってて」

 

「わかった」

 

「ん?」

 

「わ、わかりました」

 

 慌てて言い直し、そそくさと座る彼女。どうもまだ敬語に慣れないようだ。正直な話、桜木としてはどちらでも構合わないのだが、彼女の保護者からそこら辺の教育、矯正をお願いされているのだ。

 

「とと、こんなものかな」

 

 カップにコーヒーを入れ、片方に軽くミルクを注ぎ持っていく。

 

「おまたせ、ミルク入りでよかったよね」

 

「Danke schÖn. あ、ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

 受け取ったカップを両手で包むように抱える姿に微笑みを浮かべつつ隣に腰を下ろす。現在の時刻は七時過ぎ、準備時間を考えるとあと少しのゆとりはある。

 

「あ、あの」

 

「うん?」

 

「今日は何をすればよろしいのですか?」

 

 ああ。そういえば、この子は決まったことを任せてなかったな。新人ということで色々やらしていたことを思い出し、桜木は考える。だが、すぐに子供っぽい笑みを浮かべた。

 

「どこがいい?」

 

「え、あ……。わ、私は、フロア以外でしたらどこでも」

 

「あー、接客苦手だったね、ラウラちゃんは」

 

「す、すみません」

 

 声を尻すぼみにし、彼女、ラウラ・ボーデヴィッヒは小さな体をさらに小さくした。

 ラウラの詳しい事は知らないが、留学生で特殊な環境で育ったのだと聞いている。まあ、その発信源たる保護者の女性も同じく随分と変わった存在だったと記憶している。いつも眉間に皺を寄せていた彼女を思い出し、くつくつと桜木は笑った。

 

「ユーヤ?」

 

「おっと、悪いね。ちょっと思い出し笑いをね」

 

「はあ、そうですか」

 

「うんうん、それで今日の場所だったね。どうしても接客はいや?」

 

「はい、どうもああいった笑顔を振りまくのに抵抗が……」

 

 確かに思い浮かばないな、と密かに思う。それと同時にもったいなくも思う。ラウラはゲルマンの血で人形の様に可愛らしい容姿だ。現状でも欠点らしい欠点のない彼女に笑顔があれば……。まあ、それをおいても評判は悪くない。決して言いはしないが、彼女の接客もある種受けはある。

 

「じゃあ、しょうがないね。今日は僕と一緒に厨房だ。包丁は得意だったよね」

 

「はい!ナイフで慣れています!」

 

「え、ナイフ?」

 

「い、いえ、なんでも」

 

 カランカラン

 軽快に扉の鈴が鳴り、勢いよく人が入ってきた。

 

「おっはようございます!店長!」

 

「うん、おはよう麻美ちゃん」

 

 元気よく挨拶する飯田麻美に桜木はにこやかに返し、その陰でほっと肩をおろすラウラ。

 そんなラウラに麻美は気づき大げさに声をあげる。

 

「あらら、ラウちゃんじゃん!おはよう!はやいね、どったの?」

 

「ああ、おはよう麻美。私はいつもこの時間にいるだろ」

 

「そだっけ?まあいいや。それより着替えよ!」

 

「あ、おい!」

 

 麻美は嵐の様な勢いでラウラを連れて更衣室にはしっていった。それを見送った桜木は残されたカップを取り、流しに置く。

 

「朝から騒がしいわね」

 

「いつものことやろ」

 

「恵美子に敬二。来てたのか」

 

 いつのまにか入口近くに立っていた二人に声をかける。どうやら、麻美と一緒に来ていたようだ。

 

「ああ、今日は五人か?」

 

「そそ、だからとっと開店準備!」

 

「はいはいっと」

 

「りょーかい」

 

 それぞれ更衣室とオーナールームに行く二人を見送り、桜木は冷蔵庫を確認する。昨夜入れたばかりだから数も種類も問題ない。下準備にかかる料理の食材を出し、取り敢えず並べる。今日は二人がかりだから捗ると予想し、いつもより多めだ。

 食材を出していると、ふっと影がかかった。何事かと思い顔を上げると制服に着替えたラウラがのぞいていた。

 

「ユーヤ、皆揃った……です」

 

「はいよ、りょーかい。ありがと。今行くよ」

 

 持っていた段ボールをおろし、フロアに向かう。フロアには他の三人が待機しており、後ろに着いて来ていたラウラがそこに加わる。

 桜木は四人の前に立ち全員を一度見渡す。

 

「よーし、全員いるね。それじゃ今日の割り振り!敬二はフロアと会計」

 

「うっす」

 

「麻美ちゃんはいつもどおりフロア」 

 

「はーい」

 

「恵美子はプラスでコーヒー」

 

「ん」

 

「ラウラちゃんは厨房」

 

「はい!」

 

「よし!じゃあ今日もぼちぼち頑張りましょう!!」

 

 それぞれの返事を聞き、桜木は高らかに宣言する。

 

 

 知る人ぞ知る「喫茶店 D.C.」今日もぐだっと開店する。




テキトーの始まりです(笑)
文字数は安定しませんが、これぐらいで行こうと思います。
因みに、登場人物の容姿説明はしませんのでご想像におまかせします。

これからちょくちょくお邪魔しますので、宜しくお願いします。


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転入前の

「カルボナーラおまたせしましたー。ごゆっくりどうぞー」

 

 時刻は昼過ぎ。ちょうどお昼時ということで、店内は満員、そのほとんどはOLであった。立地に難のあるこの喫茶店だが集客は上々、なかなかうまくまわっている。

 だが、そんな忙しい時に桜木は店内の様子を気にすることなく、ただじっと皿に残されたパセリを見ていた。その顔は真剣なもので、まわりもどうしたものかと困惑気味である。

 

「てんちょ!何やってるんですか!?」

 

 流石にこのままでいられると店が回らいため麻美が声をかける。

 

「んー?あー、いやね。パセリっていつも残るじゃん?確かに美味しくはないけど、どうしたもんかね、って」

 

「そんなこと今考えなくていいじゃないですかー!!」

 

「そんなこと、ってねぇ。作るこっちはこれは大きい問題だよ?ねぇラウラちゃん」

 

「わ、私か!?」

 

 予想していなかった問いに取り乱す。正直ラウラは切る専門に近いため、気にすることもなかった事柄だ。

 

「そ、そうですね……。私としてはあまり考える事案ではなかった、としか言えないです」

 

 努めて冷静に返す。

 

「ほら!やっぱりどうでもいいじゃないですかー!?」

 

「おいおい、だからどうでもよくないって。これだって仕入に金がかかってるんだよ。それにパセリは色合いだけじゃなくて栄養を考えて入れてるんだからね」

 

「な、なるほど!確かにバランスの悪い食事は運動機能を低下させますからね!!」

 

「ん?いや、さすがに一回の食事でそんなことはおこらんだろ」

 

 どうも噛み合わないラウラと桜木。

 

「ええ加減仕事せんかいっ!!!!」

 

 厨房に第三者の声が響きわたり、一様に肩をはねさせた。三人が問答する間フロアを回していた敬二が手を回しきれなくなり、ついにキレたのだ。

 

「す、すみませーん!すぐ戻ります」

 

 麻美は追撃が来ないうちにそうそうに立ち去る。

 

「おお、怒られた」

 

「ぐぬぬ、なぜ私まで……」

 

「なぜ、ってラウラちゃんもノリノリだったじゃん」

 

「な!?そんなことはないぞ!」

 

 顔を赤らめ否定するその姿に説得力はなかった。桜木はくつくつと笑い、ラウラの頭をポンポンと軽く撫でる。それによりラウラはさらに赤らめることになる。

 

「こ、子供扱いするな!」

 

「はいはい。さ、また怒られないうちにはじめますか」

 

「だ、誰のせいだと思ってるんだ……」

 

ラウラは乱れた頭巾をはずし、長い銀髪を結いなおす。普段はおろしてストレートに流しているが、この喫茶店で働く際は結うように言われているのだ。今までそんなことをしたことがないためいつも少々手間取ってしまう。

 

「手伝うかい?」

 

 背後からかかる声に「結構です」と素っ気無く返した。髪をまとめ頭巾を付け直したラウラは手を洗い包丁をまた手に取る。慣れた手つきで一度包丁をくるりと回す。その行動に意味などないがついついやってしまうのだ。空いている手で玉ねぎをおさえきざんでいく。

 

「それ終わったらキャベツお願い」

 

 鍋を火をかけながら桜木が言う。

 

「いくつですか?」

 

「そうだねー。取り敢えず二玉お願い」

 

 「了解です」と事務的に返し、ラウラは冷蔵庫からキャベツを探す。

 こちらに背を向け冷蔵庫を漁るラウラの姿に、桜木はふとあることを思い出した。彼女の保護者から聞いたことだ。

 

「そういえばさ、ラウラちゃん」

 

「はい?」

 

「学校はどう?不安とかある?」

 

 ゆらゆらと揺れていた銀の髪がとまる。

 

「どこでそれを?」

 

「織斑にね、聞いたんだ」

 

「教官が……」

 

「心配してたよ。言葉では言わないけど」

 

「そうですか……」

 

 言葉にはせず、しかし、結われた髪が小さく揺れる。その様子を見て桜木はまたくつくつと笑う。似たものどうしだな、そう感じさせる。

 

「で、実際どう?」

 

「Kein problem.問題ありません。教官のお手を煩わせるようなことはしない」

 

 力強く返すラウラに桜木は肩を竦める。

 

「そういう意味じゃないんだよね。不安とかあるか?ってこと」

 

「不安?この私が平和ボケをしているような奴らに遅れは取りません」

 

「んん?君は何しに行くんだい。そうではなくてだね、友達とかあるだろ」

 

「友など不要。そんなもの力の持たぬものの烏合の衆、弱くなるだけです」

 

 冷たく言い切るラウラ。

 桜木はこういうことか、と思う。ラウラの保護者が懸念した通り、彼女はなかなかおかしな考えに染まっているようだ。悪く言うならコミュ症とでも言うのか。本音か建前かその顔が見えないので判断はつかないが、なかなかどうして、大変である。実のところ、彼女がここにいるのも、こんな感じのラウラを心配した織斑の計らいによるものだ。社会科実習というところだ。

 桜木は持っているおたまを置き、ラウラに近づく。そしてキャベツを洗うラウラの後ろに立ち、その無防備な背中に平手を落とした。

 

「っ!!?」

 

 パンッ!と景気のいい音が鳴り響き、声なき叫びが轟く。

 

「なにわかったような口きいてんだ!この阿呆が!会ってもない奴らを決めつけんな」

 

「ぐう、ユーヤ。今の痛いぞ」

 

「そんな痛み、友と付き合えば日常茶飯事。互いに高めあうのが友達というものだ」

 

 涙目になるラウラの目線に合わせしゃがむ桜木は諭すように語る。

 

「いいか、今のお前には成長は来ない。断言する。凝り固まったその考えがお前を堕落させる」

 

「しかし!」

 

「まあ、待て。別にお前の考えは否定しないさ。確かに引っ張り合う輩も存在する。でも、そういった奴らばかりじゃない。互いに助け合い、時には笑い時には争い、切磋琢磨し合う仲間が友だ。家族でもいいかもな」

 

「……」

 

「ま、先輩からのアドバイスだ。生かすも殺すもお前次第」

 

 背筋を伸ばしやりきった顔をする桜木に、ラウラは問いかける。

 

「仮に、その家族が落ちぶれていたら、ユーヤ、あなたならどうする?」

 

「簡単だ。一発殴る」

 

「殴る……」

 

「腑抜けた顔にぶちかまして、あとはやり合えばいいのさ。互いに本音をぶつけてな」

 

 不適笑みを浮かべる桜木だったが、

 

「ほう、気い合うな。ちょうど俺もそう考えてたんや」

 

 桜木の後ろで影が揺れ、パキパキと不穏な音が聞こえる。

 桜木が振り返るより早く、拳が振るわれた。

 

「話はええから仕事せえや!止まっとるぞ!!」

 

「はいっす。ただいまやります」

 

 青筋をたてる敬二に腰を低く返し、そそくさと桜木は作業に戻る。先ほどまでの威勢は消え失せていた。

 ラウラはどこか遠くを見る目でそれを見送る。

 

「本音でぶつかる、か」

 

 

 某日、ラウラは白を基調とした制服に身を包み、学園に来た。その顔に不安の色などなく、決意に満ちた力強い。

 職員室で挨拶をすまし、敬愛する教官とその同僚という女教師に続き進む。隣に自身と同じ転入生がいるが、そんなことは彼女にとってさして問題ではない。彼女が考えることはただ一つ、見きわめる、これだけだ。

 教室前で止まり、教師と一言二言言葉を交わし、待機する。

 

「入れ」

 

 凛ととした声が響き、入室を促される。もう一人が先に入り、そしてラウラが続く。一度教室を見渡し、これから共に学ぶこととなる者たちを見る。そして既に待機しているもう一人の横に並び、静かに瞳を閉じ、瞑想する。イメージを固め、自分のやるべきことを反復する。

 

「ラウラ、挨拶をしろ」

 

 その声に、はっと意識を上げる。

 

「はい、教官」

 

「私はもう教官ではない」

 

 いえ、教官は教官です。そんなことを思いつつ、口を開く。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 続く言葉は今はない。ラウラは行動で示す、自分という存在を。

 目の前にいる彼女たちが友であり仲間であり、家族というのならば見せてもらおう。お前たちが私と共にいれる者なのかを。

 ラウラはただまっすぐ前を見据える。

 

「ん?」

 

 ただ、そうだなこれは今必要だろう。

 ゆっくりとした足取りである人物に近付く。織斑一夏、世界唯一の男性のIS操縦者であり、敬愛する教官の家族。そんな人物が今自分の目の前で腑抜けた顔を晒している。

 

「な、なんだよ」

 

「ふん!」

 

 パンッと軽快な音とともに頬に一発お見舞いする。

 

「私は認めない!お前が教官の家族であることなど!!」

 

 桜木の言うと通りに殴ってやった。これで変わるはずだ。

 そんなことを考えるラウラの顔は実に晴れやかであった。




学園への初登校、ラスト少し手直し。
まあ、うん。ラウラは純粋だよ……きっと


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ピークの前の

「いらっしゃいませ」

 

「ちがうよ、ラウちゃん!もっとにこやかにお腹から声を出して。いらっしゃいませ!」

 

「い、いらっしゃいませ」

 

「ノンノンノン!」

 

 開店を目前に控えた喫茶店D.C.。その店内に元気な声が響いている。そしてそれにかき消されるような細い声。フロア仕事の、というより接客仕事の苦手なラウラに麻美が稽古をつけているのだ。

 普段、知れた間柄である喫茶店の面々には普通に話をしたりするラウラだが、いざ初対面の人と話をすると固い口調と表情になってしまう。そうなっては仕事に支障をきたしかねないし、華の学園生活にも影響が出る、と恵美子の考えのもと実行されている。

 

「ラウちゃん!そんなんじゃ駄目だよ。折角のぷりちーふぇいすなんだから、もっと笑顔で!!」

 

「し、しかしだなマミよ。私はどうもこう言ったことは苦手で……」

 

 顔を真っ赤にし、もじもじとするラウラ。日頃見る彼女との違いにかなりグッと来るものがあるが、麻美は心を鬼にする。

 

「だ、駄目だよ!そんな可愛らしい仕草しても!ちゃんとやらなくちゃ」

 

「むう……」

 

「ぐぬぬ、てんちょからも言ってください!」

 

「んあ?」

 

 のんびりコーヒーを飲んでいた桜木は急に振られたことにすっとんきょな声をあげてしまった。

 

「ええっと、ラウラちゃんのことかい?」

 

「そうです!絶対笑顔を身に付けるべきです!そう思いますよね!?」

 

「そうだねえ……」

 

 もっているカップを置き、ラウラをじっと見つめる。

 

「うん。まあ、確かにその方がいい」

 

「ですよね!!」

 

「でも、無理してやることじゃないんじゃない?」

 

 公定的な意見を貰えたことに喜ぶ麻美だったが、その後の言葉に意外そうにする。それはラウラも同じで、少し安心した色と疑問の色が混ざっている。

 

「どうしてですかー!?」

 

「んー。いや、だって取って付けたような笑顔じゃあんまね」

 

「でもでも、仏頂面よりずっと良くないですか?」

 

 麻美に向けていた顔を再びラウラに向ける。まだ赤みの残る顔で見つめ返してくる何と返すべきか迷う。正直、確かに見つけいた方が彼女の為だ。だがしかし、どうも彼女にその姿が浮かんでこない事実、それが如何ともし難いところだ。

 ドイツ人らしくない綺麗な銀髪と朱色の瞳、そして謎の眼帯。眼帯があれだが、パーツはどれもみな整っており、初めて会った時はそれこそ人形のようだと思った。

 

「お、おいユーヤ。あまりジロジロ見ないでくれ」

 

 それが今ではちゃんとこうしてしっかり表情を表している。それだけで十分じゃないか?そう思える。

 

「うん、やっぱりラウラちゃんはこのままでいいんじゃないかな。ゆっくりやればいいさ。僕たちが会った時だってそうだったじゃない」

 

「えー、じゃあいいですけど。恵美子さんにはてんちょから話してくださいね」

 

 どこか不満げにしぶしぶと納得した麻美に苦笑いが漏れる。

 

「OK、オーケー。説明はしておくよ。さ、とっと支度!もう開店だよ」

 

 桜木の一声にそれぞれが自分のやるべきことに取り掛かる。

 そんなこんなでようやくの開店である。

 

 ここ『D.C.』は立地の関係上、一度に多くの客数は望めない。加えて人の目に留まりにくいためそもそも人が来難い。この時間帯来るとしたらそれは常連ということになる。

 扉が開きカランと鈴がなった。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 入ってきたのは初老の夫婦であった。

 

「おはよう。いつもの席は空いてるかな?」

 

「おはようございます、お久しぶりです渡会さん。大丈夫ですよ。空いてますから」

 

 桜木は渡会夫妻に歩み寄り奥の日当りのいい席に案内する。それと同じくし、麻美が水をテーブルに置き軽く椅子を引いていた。軽い会釈を夫妻と交わしさがる。

 

「昨日まで入院しててね、やっと出てこられたんだ」

 

「どこかお身体えお悪くされていたのですか?」

 

「そんな大したことでは無いのよ?階段から落ちちゃってこの人ったら」

 

「お、おい!」

 

「あら、ごめんなさい」

 

 くすくすと笑う夫人と恥ずかしそうにする主人。微笑ましいやり取りに笑みを浮かべる。

 

「そうでしたか。ここのところいらっしゃらなかったので心配しておりました」

 

「あら、ありがとう」

 

 ふん、と鼻を鳴らし余所を向く主人に夫人はなおも笑いかける。実にお似合いな夫婦だ。

 桜木がそうして話していると、ことっ、とテーブルにコーヒーが二つ置かれる。ラウラが持って来たようだ。振り返ると恵美子が素知らぬ顔で湯をいじっていた。

 

「こちらは?」

 

「退院祝いのサービスです」

 

「まあ、ありがとう」

 

「気を遣わせてすまないね」

 

 カップを傾け一口飲み、顔を綻ばせる二人。やはりこういった表情が見れるとうれしいものである。

 

「ところであなたは?新人さん?」

 

 夫人の視線が何故か止まっていたラウラに向く。当のラウラは肩を揺らし、戸惑いの顔で桜木を向けていた。

 やはり、初対面の人物はまだ苦手のようだ。ふうと息を吐く。

 

「この子は知人から預かってる子で、ラウラと言います」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……です」

 

 先程まで練習していた笑顔で対応するラウラ。しかし実にぎこちない。

 

「あらあら、どこから来たの?アメリカとかロシア?」

 

「かあさん、大国言えばいいってもんじゃあないでしょ」

 

「え、ええっとドイツです」

 

「まあ、留学生かなにか?小さいのに偉いわね」

 

「ちいさっ!?」

 

 思わず絶句するラウラ。

 

「奥さん、一応彼女は高校生ですよ」

 

「一応っ!?」

 

「高校生?あらやだ、ごめんなさい。あまりに可愛らしかったものだから」

 

「ほう、一人でかね?」

 

「おいユーヤ!一応とはなんだ!一応とは!!私はそんなに小さいか!?」

 

 頬を膨らませ服を引くラウラを片手でたしなめる。

 

「こっちの学校に入学したみたいでして、少し前までは空き部屋を貸していたんですけど今は寮に入れています」

 

「そうなの。頑張ってね、ラウラちゃん」

 

「は、はあ、ありがとうございます」

 

「では、すみません。私たちはこれで失礼します。ごゆっくりしていって下さい」

 

 会釈をし、ラウラを連れてこの場を離れる。渡会夫人は気の良い人だが、話好きでそのまま残っていたらいつ解放されるかわからないのだ。途中麻美とすれ違う。おそらく彼女が次に捕まるだろう。客がいないこの時間なのが救いである。

 だが、これからある程度来る人々を考え準備に取り掛からなくてはならない。つまり、現在へそを曲げながらも引っ張られるラウラの相手をする余裕はないということだ。

 

「恵美子、すまんが後は頼む」

 

 ドリップ作業をしていた恵美子が、ちらりとこちらを見、次いでラウラを見る。

 

「ん」

 

 気のない返事だが、大丈夫だろう。そう思いラウラを離し自身は厨房へと行く。

 そんな桜木を見送ったラウラは膨れた頬を更に膨らませカウンターにどかりと座る。

 

「機嫌悪そうね」

 

「エミコ、私は小さいか?」

 

 またちらりと見る。

 

「そうね。小さいわ」

 

「むう、そうか……」

 

 沈んだ様子で突っ伏すラウラに面倒くさそうに息を吐く。

 

「いいじゃない別に」

 

「しかしだな」

 

「いいのよ、そんなこと。それに―――」

 

 その日一日何故かラウラの機嫌がすこぶる良かった。その理由は当人二人しか知らない。




話好きの御婦人は強いです。

いったいラウラちゃんは何を吹き込まれたんでしょうかね……。


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少女の  壱

 「二十分後に正面ゲートに集合だ」そんなことを教官に言われたのは、ISの訓練が軌道に乗り出した頃だった。いつもの軍服ではなく私服を指定してこられたあたり個人的な用であることは分かった。しかし、このようなことは教官が私の指導をするようになってからはじめてのことだ。

 

「教官、おまたせしました」

 

 言われていた時間より早く来たはずだったが既に教官はいらしていた。普段着るスーツではなく、白のシャツと青いジーンズ、そしてサングラスをかけている。

 

「いや、かまわんさ。時間はまだ余裕だ」

 

 そうおっしゃられる姿はいつもとどこか違う。少し、ほんの少しだけ柔らかく見えた。そうボーっと見ていた私に気に留めることなく歩き出した教官にあわててついて行く。向かう先は方向的に駐車場か。やはり、今日は変だ。

 

「あの、教官」

 

「ん、なんだ?」

 

「今日はいったいどのような用事で?」

 

「ああ、言ってなかったか」

 

 教官は車のロックを外しながら応えてくださった。どうやら忘れてられたようだ。

 

「旧友にな、会いに行くんだ」

 

「旧友……ですか?」

 

「そうだ、学生時代のな。今こっちに来ているようで、折角だから会おうという話になったんだ」

 

「はあ……」

 

「ん、ほら乗れ」

 

「あ、はい。失礼します」

 

 促されるままに助手席に座りシートベルトをつける。そういえば、教官はこちらの運転については大丈夫なのだろうか。ちらりと見る教官の顔はどうしてか不満そうにみえる。なんだか不安だ。

 私の不安とは裏腹に車は動きだし、軍の敷地を抜けようとしていた。教官は顔パスが通る。サングラスを少し上げ確認をとらせ、すぐに一般道へと出た。

 

「それでどこに向かっているのですか?」

 

「デュッセルだ」

 

「ここからですか?」

 

「そうだ、だからこうして朝から出ている。それと今日は泊まりだ」

 

「な……。それでは訓練が」

 

「問題無い。ちゃんと調整して組んでやってきている」

 

「……」

 

 言葉がでない。ここ最近の訓練がやたらと過激だった原因はこれだったのか。なんだか疲れた気がする。のどから出るものを溜息に変える。

 

「それでどのような人物なのですか?」

 

 教官がここまでする人物だ。実に気になる。

 

「あいつか?そうだな、いたって普通なやつだな」

 

「普通、ですか?」

 

 教官の基準からの普通とは、いったいどうなのだろうか。

 

「ああ、どこまでも普通なやつだったよ。いや、やはり違うな」

 

「それは?」

 

「あいつはこんな私と、私達となんの蟠りもなく接せられたんだからな」

 

 自虐的に言う教官は、言葉とは裏腹にその表情はうれしげであった。見たことのないその人物に嫉妬してしまいそうだ。ほんの少しだが。

 

 窓の外を流れる風景を見る。いつのまにか街路をぬけ、高速に。どうやら眠っていたようだ。重くなった瞼をこする。意識をおこし、あらためて場所わ確認する。ここは?『Hilden』その地名が目に入った。だいぶ近づいてきたようだ。

 

「起きたか」

 

「はい、すみません」

 

「いや構わん。気づいた思うがヒルデンを通り過ぎる」

 

「はい、休憩は?」

 

「いらんさ」

 

 時刻は15時。ここまで一切止まらずに来たようだ。

 

「さあもう少しだ。とばすぞ」

 

 楽しげにアクセルを踏む教官。期待に綻ぶ顔はすごく幼く見えた。

 

 車は高速からおり、繁華街にはいった。そのまま進んでいくと大きな河にでた。ライン川だ。車は河川敷に入っていく。どうやら、ここが待ち合わせ場所のようだ。

 

「ここに?」

 

「ああ、そのはずだ」

 

 車から降り、まわりをみわたす教官。私も車外に出る。吹き抜ける風が心地いい。

 

「お、こっちだ!」

 

 教官の声につられ見るとうれしそうに手振っている。方向はちょうど私の正面だ。教官の向こうだ。

 

「よお織斑、久しぶりだな」

 

 耳を通る低い声。どうやら男らしい。背伸びをしてみるとやはり男がそこにいた。帽子と逆光で顔は確認できないが体つきは良いように感じられた。

 

「ああ、本当に久しぶりだ。元気そうで何よりだよ雄哉」

 

「そっちこそ元気みたいだな。いきなり会おうなんて言うから驚いたぞ」

 

「ははは、何折角ドイツに訪れた友人がいるんだ。会いたくなるのも当然だろう」

 

 ハニカミながら教官と握手するその男はどうやらユーヤという名らしい。

 

「相変わらずだな、おまえは。それで、その子は?まさかおまえの娘とか言うなよ?」

 

「まさか、そんなわけないだろ。少し待ってくれ」

 

 教官が男から離れこちらに来る。そして身をかがめ耳打ちをしてきた。

 

「ラウラ、自分の身分は隠せ。いいな?」

 

「しかし教官」

 

「しかしではない。いいか、これは命令だ」

 

「……わかりました」

 

 何故だか知らないが教官は何かを恐れている。そんな気がした。

 

「それと、愛想はよくしておけ」

 

「りょ、了解であります」

 

 身も凍る笑みとはまさにこのことだろう。冷や汗が止まらない。

 教官のあとに続き男のもとに行く。帽子に隠れる黒色の短髪、キレ長の目から覗く漆黒の瞳、教官と同じ日本人のようだ。日本語は完璧……なはず。どうしたものか、自信が無くなってきた。

 

「紹介しよう、私の教え子だ」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、です。……よろしく、お願いします」

 

 あ、愛想よくとはなんだ?ダメだわからない。

 

「僕は桜木雄哉って言うんだ。よろしくね」

 

 ニコリと笑うその顔にはまったくの悪意も害意も感じない。何というか、こういったのはもしかしたら初めてかもしれない。

 

「しかし、教え子ってことは剣道かなんか教えているのか?」

 

「いや……まあ、そんなところだ」

 

 言葉を濁す教官にユーヤは首をかしげる。こんな教官は珍しいが、この男も大概だな。ブリュンヒルデと言われている教官が教えるとしたISが一番先に浮かぶだろうに。

 

「そっか、きみはこいつの指導を受けているのか、大変だろう?」

 

「あ、いや……」

 

「ああ、いいっていいって。こいつの教え方は一癖も二癖もあるからな」

 

「え、あの?」

 

「そういえば、飯は食ったのか?」

 

 話しを聞かない!教官が睨んでくるではないか!

 

「あ、あの!」

 

「ん?」

 

「きょ、教官の教えは素晴らしいです!一度は落ちた私に力を示してくれましたし、導いてくれました!それに---」

 

「そっか……」

 

「あ」

 

 突然頭にのせられた手に言葉が止まる。腕に遮られてよく見えないが、ユーヤは穏やかな顔で頭を撫でてくる。不思議な気持ちだ。むず痒い……が、なぜだろうか悪い気はしない。

 

「お前も昔から変わらんな」

 

「なにがだ?」

 

「子供に甘いな」

 

「素直な子は好きだからな。それに……」

 

「……」

 

「?」

 

 一瞬、二人の間の空気が変わった。それが何を意味するかわからないが、今の私が踏み込むことではない。

それは間違いないだろう。私はまだなにも教官達のことを知らないのだから。




久々の投稿。
ラウラと桜木の出会い。

これから、すこしずつ主人公の情報を公開されていくかな?

そして知らないうちに感想とかお気に入りとか……
いや、ほんとありがとうございます。
これからも放棄はしないでやりますので、よろしくお願いします。


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悩みの

「強さ?」

 

「はい、“強い”とはなんでしょうか?最近、それがわかない……」

 

 閉店後、片付けに取り掛かっているとラウラが唐突に尋ねてきた。年頃の女性にしては随分色気の無い問いだが、その本人がかなり深刻な雰囲気であるため、桜木も手を止め彼女に向き直る。どうしてそんなことを訊いてきたのか、学校で何かあったのか、そのところはわからないが答えが見つからないようだ。

 

「なあラウラちゃん」

 

「はい…」

 

「ラウラちゃんの憧れの人物は?」

 

「それはもちろん教官です!」

 

「どうして?」

 

「どうしてって……それは教官の姿に、凛々しく力強いお姿に憧れました。それに私を救ってくださった。教官は私の、あーっと……」

 

「Held?」

 

「っ!はい」

 

 夢焦がれる子供の瞳。今のラウラを表すとしたらそれだ。“held”つまりヒーローや英雄。まだ世の中を知らない純粋な子供の夢溢れる眼だ。

 

「じゃあ、そこに、彼女にあるものは?」

 

「教官にあるもの?」

 

「そう、織斑にあって君にないもの」

 

「それはやはり“力”でしょうか」

 

「“力”、ね……」

 

 “力”というのは実に曖昧なものだ。何に起因するかによってその性質を変え、何を基準にするかによってその大きさも変わる。絶対的なもののない、個人の見解が強いものだ。

 

「力があれば強いの?」

 

「……違うのですか?」

 

「違うわけではないさ。でも」

 

「でも?」

 

 首を傾げ見上げてくるラウラにどうしたものかと思う。ラウラに求める“強さ”とは何か、それによって桜木の答えは変わる。

 織斑千冬に憧れ、焦がれるラウラ。では、少女はHeldの何を見ているのか。彼女の姿をちゃんと見ているのか。それとも彼女を通し別の何か見ているのか。桜木はそれを見極めねばならない。

 

「いや、……ねえラウラちゃん」

 

「はい」

 

「何のために強くなりたいの?」

 

「何の…ため……?」

 

「そう、君はどうしてそんなものを求めるのか」

 

「私は……」

 

 目を伏せ、思案に入るラウラを桜木は観察する。しかしそれもすぐに止め、ふうっと息を吐く。

 

「答えは見つからない?」

 

「いえ、そんなことはないんです……」

 

 桜木の問いにふるふると首を振る。しかしどうにも歯切れが悪い。

 

「じゃあ、今ある答えは?」

 

「……国のためであり、教官のためです」

 

 尻すぼみになりながらそう答える。彼女の答えに嘘偽りはないだろうが、決定的なずれを感じているのだろう。間違いではないが自信がない。そういった感じだ。

 

「そう、なら今はその目標に向けて頑張ることだよ。納得するものがないからと立ち止まったら、それこそ君は強くなれない。成長のないままになってしまう」

 

「……」

 

「後ろを振り返るもの大事だ、思い返し考えることも。だが、今の君にはまだ早い。決定的なものの自覚がおそらく出来ていないんだろう?その答えにたどり着く道は過去や思い出にはない。たぶん先に未来への過程にあるはずだ。ゆっくり悩むといい。ただ、君が間違えないためのヒントだ。織斑の“強さ”は“力”であるというが、根源を見ろ。表面ではわからないその裏側を、だ。そして忘れてはいけないことは君の求めるものは腕っぷしの強さ、小手先の力ではないということだ」

 

 言い終えた桜木はラウラにもう帰るように言うとそのまま奥の部屋に消えていった。

 

「私は……」

 

 桜木が去った後、残されたラウラはガラスに映る自分の顔をみる。随分と酷い顔をしているように感じた。

 

 

 

 静かな目覚めだった。

 桜木に相談した次の日、ラウラはいつもより早く目が覚めることになった。外はまだ幽かに白んでいる程度で、かなり早い時間帯であろう。変に目がさえ、眠ることは出来そうにない。ラウラは隣で寝るルームメイトを起こさないようにベットを抜け、ジャージに着替え部屋を出た。

 まだ小鳥すら鳴かない薄暗い空は、なんだか今の自分の心を表しているようで、いつか自分の心もこの空の様に晴れるのかと、柄にもないことを考えてしまう。

 

「らしくないな……」

 

 走るはずがそんな気分になれずボーっとベンチに腰掛ける。

 

「立ち止まってはいけない、努力を続けなければ……」

 

 やるべきことの指針は示してくれた。それを行う意思もある。しかし、それ以上に桜木の問いが胸にしこりを残した。

 

「強くなりたい理由……」

 

 わかっていたことだった。ラウラはあの場でああ答えたが、それがハリボテの答えだと。国のためというのは本当である。彼女は軍人で、IS部隊の隊長だ。織斑千冬のためというのも勿論本当だ。彼女には地獄から救ってもらった恩義があり、教え子として恥じを晒すわけにはいかない。だが、これらの答えに満足ができない。織斑千冬に教授してもらっていた時代ならそれでよかった。むしろそれ以上なんてありえもしなかったはずだ。しかし、今はそうではない。どうしてかもやもやする。

 

「……私は何だ」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。それ以外にあるのか?」

 

「え?」

 

 誰に言ったわけでも無い問いへの返答。急いで立ち上がり振り返る。

 

「きょ、教官!?」

 

 そこには黒いジャージに身を包んだ織斑がいた。軽く額に汗が滲んでいることから彼女が何かしらの運動をしていたことがわかる。そして手には缶入りの飲料水が二本。織斑は片方をラウラへと投げ、彼女のいるベンチの背もたれに腰掛けた。

 何も言わず、背を向けながら缶を傾ける彼女に戸惑いつつ、ラウラはまたベンチに座ることにした。

 

「ここには慣れたか?」

 

「はい、一応は」

 

「そうか」

 

 短いやりとりで会話は途切れ、お互いが無言になる。

 

「教官……“強さ”とはなんですか?」

 

「……」

 

「私は、わからないんです……どうして…」

 

「おまえは変わったな」

 

「え?」

 

 伏せていた顔を上げ織斑を見上げる。織斑はいつもとは違う、どこか優しく嬉しそうな表情でラウラを見ていた。

 

「この学園の生徒をどう思う?」

 

「教官?」

 

「いいから」

 

「……初めは気に入らなかった」

 

 促されるままにぽつぽつと語り始める。

 

「誰も彼もふわふわとしていて、覚悟というんですかね、そういったものがあまり感じられませんでしたから……。でも、ともに過ごしていくうちに何となく違うって感じ始めたんです」

 

「……」

 

「私は今でも間違ってはないと思っています。でも、彼女達は彼女達なりの思いを持っているんだなって考えるようになりました。軍人で、試験管で生まれた私とはまったく違う感性をもってこの学園で学んでいる。ISを浮ついた気持ちで扱うのは気に入りませんが、それも少しずつ変わってきていますし……」

 

「嫌いか?あいつらのこと」

 

「いえ、そんなことは決して」

 

「やはりおまえは変わった」

 

「そう、でしょうか」

 

 ふふっと微笑む。

 

「ああ、以前のお前なら私に詰め寄っていただろう。『何故こんなところにいるのか?』っと。だがお前はそうしないだろう?」

 

「……」

 

「私はお前の変化を歓迎するぞ。そしてあいつにも感謝せねばならんな」

 

「教官?」

 

「お前は“強さ”を知りたいといったな」

 

「……はい」

 

「では私からのアドバイスだ。今のお前なら答えを見つけることができるかもしれない。自分を見つめ確かめろ。自分の気持ちというものを」

 

 「悩め若者」と言い残し颯爽と去っていく織斑の後ろ姿が、ラウラには昨日の桜木が被って見えた。

 ラウラは渡された缶を開け、一口。

 

「苦い……な」

 

 もう一口飲み、空を見上げる。求める答えは見つからないが、もう少し頑張ることにしよう。そうすれば何か見つかるかもしれないから。




少しずつ原作から変化していくラウラ
さて、どういった答えを見出すのでしょうか


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七夕の

「七夕…ですか?」

 

「そう、毎年やってるんだ、七夕のイベント」

 

「はあ」

 

 午後のラッシュが一段落ついたとき、桜木がそんなことを言ってきた。なんの前振りもなく言われたそのイベントは、ここ喫茶店『D.C.』の恒例行事らしい。しかし、欧州出身のラウラには七夕というものに縁がなく、いまいちピンとこなかった。

 

「ああ、七夕わからない?」

 

「はい、すみません…」

 

「はは、いいよ別に。そうだね、七夕というのは---」

 

「遥か昔の天帝という神が星空を支配していたころの話よ」

 

 カウンターに座る二人の後ろから恵美子が入ってきた。

 

「星空を断つ大河、その西側に住む天才的な織物技術をもつ織女と、東側に働き者の牽牛の失敗と反省の話」

 

「おいおい」

 

「あら、間違ってるかしら?」

 

「いや、違うとは言い切れないが……」

 

「むむ?なぜそんな話で盛り上がるのですか?」

 

 今の話を聞く限り、まったくそこに魅かれるものがなくラウラは首を傾げる。その様子に桜木は頭を抱えるように恵美子を横目で睨んだ。彼女はそれに肩をすくめ仕方なしに言葉を進めた。

 

「七夕はね、夫婦である織女と牽牛が唯一会うことの出来る日なの」

 

「なぜだ?夫婦なら共にいればいいだろう」

 

「それは二人が結婚後に仕事をしなくなったから。役割を放棄したことで二人は引き離された。ただ、自身の務めを精一杯やることを条件にその日だけ許されたの」

 

「それは、仕方のないことだが、悲しいな……」

 

「そうね。それで織女と牽牛はそれぞれ織姫星と彦星といわれ祭られるようになった。詳しくは省くけど、もともとは女は手芸を、男は手習いの上達を願ったの。それが転じて今はそれぞれが二星に願い事をする日になった。まあ、ざっとこんなものかしら」

 

「ほう、なるほど。なかなか興味深い話だな」

 

 話を聞き終えたラウラはしきりに頷く。そして目を輝かせた。

 

「面白いですね、ぜひやりましょう!」

 

「お、おお。何かわからないがやる気なのはありがたいよ。じゃあ、短冊書かないとね」

 

「短冊ですか?」

 

「これだよ!」

 

「うわ!なんだマミ!?」

 

 今度は後ろから忍び寄っていた麻美が、ラウラに抱き着きながら細長い紙切れを差し出した。

 

「へへへ、いいからいいから。これが短冊だよ」

 

「ほう、これが…」

 

 ラウラは短冊をまじまじと見る。

 

「そう!これに願い事を書いて笹に飾るの。そうすれば願いが星に届く。まあ、叶うかは二の次なんだけどね」

 

 ははは、と笑う麻美はポケットからさらに短冊を取り出す。

 

「どう、ラウラちゃん。お友達にさ。別に当日これなくても構わないか渡してみたら」

 

「そう、だな。ではあと六枚ほどいただけるか?」

 

「にしし、いいよ!」

 

 待ちきれないとばかりにイキイキとしたラウラと、楽しそうに笑う麻美。桜木はそんな二人を見て、今年は忙しそうだな、と一人心のなかで溜息を吐いた。

 

 バイトが終わり、寮に帰ったラウラは早速貰ってきた短冊を織斑一夏、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、鳳鈴音、シャルロット・デュノア、山田真耶の六名に渡した。当初の予定では織斑千冬にも渡すつもりだったが、毎年行っているようで既に桜木から渡されていた。こういっては何だが、山田は余ったものを頂いた感じだ。本人の名誉のために決して言わないが。

 配り終えたラウラはシャワーで汗を流した後に机へとむかった。

 

「願い事か……さて、どうするか」

 

 シャーペンを指で遊ばせながら短冊をみる。楽しみであったが冷静に考えてみれば願い事が浮かばない。

 

「うーん……」

 

「ラウラ?」

 

「む、どうした?シャルロット」

 

「願い事決まらないの?」

 

 ベットでくつろいでいたシャルロットがラウラ隣にきた。彼女の机を見ると既に書いたようで筆箱と短冊がきれいに置かれていた。

 

「もう書いたのか?」

 

「うん、そんな大袈裟な願い事じゃないからね」

 

「そうなのか?ふむ、因みに見せてくれるということは」

 

「それはダメ、かな?」

 

 頬を軽く染めはにかむシャルロット。

 

「むう、そうか。残念だ」

 

「ほ、ほら!僕のはそんな大したことじゃないから!」

 

「それなら見せて欲しいぞ」

 

「絶対ダメ!!」

 

 今度こそ顔を真っ赤にして叫ぶシャルロットにラウラは体の跳ねさせた。

 

「きゅ、急に大声を出すな!驚くだろ!」

 

「あ、ごめん……」

 

「まあ、そこまで見られたくないならいいさ。しかし、どうしたものか」

 

「うーん…僕もよくわからないけど、ラウラの率直な気持ちを書けばいいんじゃないかな?」

 

「気持ちか……」

 

「うん。簡単な、単純な願いでいいんだよ」

 

「ふむ……もう少し考えてみるか」

 

「わかった。あまり遅くならないようにね」

 

 先に寝るね、と言い残しシャルロットはベットに入っていった。

 ラウラはまたシャーペンを遊ばせ少し考えてたら、ペンを紙にはしらせる。書く顔は真剣そのもので、一切の遊びはない。

 やがて短冊を書くのをやめ、スタンドライトを消してベットに身を投げる。低反発で作られたベットはほとんど抵抗することなく彼女の小柄な身体を包んだ。ふわりと香るほのかな柑橘系の香りが眠気を誘う。日本に来てパジャマというものを着始めたが、こういうもの悪くないと感じ始めてい。短冊の願いか…叶えばうれしいな。そんなことを考えながらラウラは船を漕ぎ出した。

 

 

 時は過ぎ、七夕当日。

 日が傾く夕暮れのなか、桜木ら『D.C.』のメンバーが慌ただしく動いていた。店先にテーブルを並べ、隣に大きな竹を立てて本日のイベントに備える。この日は注文などは取らず、料理をセルフで取ってもらう形で行い店員もイベントに参加するのだ。

 ラウラと麻美は予め預かっていた短冊を竹に括り付け、飾りも結ぶ。恵美子は飲み物を、敬二と桜木は料理をそれぞれ準備する。始まるまで少し時間はあるが、ぽつぽつと人が集まり始めているためかなり急ぎでの準備になっていた。

 それから約一時間ほどですべてがテーブルに並び、会場がライトアップされる。来場しているのは麻美とラウラの学友に近所の親子たち、常連のお客にIS学園の教師陣。そこまで多い人数ではないが、広くない庭に集まるとなかなかいるように感じてしまう。

 

「えー、大変長らくお待たせしました」

 

 時間が頃合いになり桜木が前に立ち音頭をとる。

 

「まあ、長い話も特にいうこともありませんので、いきなりですが乾杯の方に移ります」

 

 周りも慣れたもので、それぞれが飲み物を手に取る。初めて参加する面子も促されるようにコップを持ち、中身を注いだ。

 

「では、存分に盛り上がって下さい。乾杯!!」

 

「乾杯!!!」

 

 合図とともに各々が好き好きに飲み、食べ始めた。ラウラはそのなかで周りを見渡す。自分はどうしようか、そんな様子であった。

 

「ラウラ!」

 

 呼ばれる声に振り向けば、ルームメイトであるシャルロットの姿。何も持っていないことから料理を取りに来たわけではないようだ。

 

「シャルロットか、どうした?」

 

「どうしたって、ラウラを呼びに来たんだよ。まさか忙しい?」

 

「いや、そんなことはない。そうか呼びに来てくれたのか、ありがとう」

 

「いいよ、別に。僕たちもラウラのおかげでここに来れたんだし。さ、いこ」

 

 シャルロットに続いて歩くと、店の丁度反対の端の方に友人が集まっているのが見えてきた。皆いつもの制服姿ではなく、思い思いの服を着ていた。

 

「みんな、連れてきたよ」

 

「お、きたか。ありがとな誘ってくれて」

 

 始めに反応したのは一夏であった。

 

「あんたがバイトなんてしていたとは驚きよ、ほんと」

 

「まあまあ、お誘いいただきありがとうございます」

 

「七夕なんて懐かしいな。童心に帰った感じだ」

 

 一夏に続くように、鈴音、セシリア、箒が喋る。どうやら、教師陣はここにはいないようであった。

 

「こちらこそ、来てくれて嬉しい。さっき、ユーヤ…ああ、てんちょが言っていたように楽しんで行ってくれ」

 

「うん、そうする。ね、その服って制服?凄く可愛いね!!」

 

「む、そ、そうか?」

 

「そうね、いつも冷たい印象のあんただけど、全然雰囲気違うじゃない」

 

「ええ、そうですわね。とても似合ってますわ」

 

 慣れない賛美の言葉に居心地が悪くなるのを感じる。

 

「あ、ありがとう。それより!もう短冊は付けたか?なんだったら付けてくるが」

 

 あまりに露骨な話題のすり替えに、皆が笑うのがわかり更に恥ずかしくなる。

 

「大丈夫。来た時に織斑先生が回収していったから」

 

「教官が?」

 

 視線をまわすと反対側にいるのが見えた。他にも山田と桜木の姿があり、随分と仲が良さそうである。

 

「どうした、ラウラ」

 

「……いや、なんでもない」

 

 一瞬、もやもやしたものを感じた。だが、それも何もなく消え、気のせいと断じる。

 

「そうか、ではわたしだけ…付けていないのは」

 

「一緒に行こうか?」

 

「いや、すぐ戻るから大丈夫だ」

 

 シャルロットの誘いを断り、小走りで竹に駆ける。

 ポケットから取り出した短冊を眺め、人目に付きにくい影にそれを括り付ける。

 

「期待はしないが、叶うと……うれしいな」

 

 目的を果たし、また小走りで友人のもとに向かう。ラウラが去ったあとに風が軽く吹き抜ける。枝がゆれ、葉がめくれる。瞬間にラウラの短冊が光を受け、刹那の輝きを見せたのちすぐに影へと隠れた。

 彼女が何を書いたのか、それを知るのは本人と星空だけである。




それぞれの願いは皆様がお考えください。
何気に原作主役陣が初登場でした。

何故か瞬間的にランキング4位に……
驚きと申し訳なさと感謝しかありません。
こんな中途半端作品ですが、お付き合いいただける方は今後ともよろしくお願いいたします。


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成長の

「オーダー!日替わり一つ、ハヤシライス一つ、カツサンド二つ!」

 

「了解、日替わり一丁ハヤシ一丁、カツサン二丁っ!」

 

 フライパンに油を注ぎ野菜を炒める準備をし、同時にフライヤーにエビを放り込む。本日の日替わりランチはエビフライ定食である。油が弾ける音が厨房に響く。桜木は更にパスタを湯がきつつ、皿にライスを盛っていく。

 どうしようもなく忙しい日であった。平日ということでラウラがおらず、麻美も大学の研修旅行でいない。また、敬二が諸事情で休みを取ってしまったのだ。その為現在D.C.で働いているのは桜木と恵美子だけである。

 

「お会計お願いします」

 

「はい、ただいま!」

 

 昼の時間ということで客が多く入っており、だいぶホールの方も混乱しているようだった。しかし、そちらを手伝うわけにはいかないというのがもどかしいところである。

 

「日替わり一丁ハヤシ一丁あがり!」

 

「はーい」

 

「注文いいですか?」

 

「少々お待ちくださいっ」

 

 頭では恵美子の状況に同情しつつも手を止めるわけにもいかずフライパンをふるう。三人で回していたものを二人ですることになったことに加えていつもより多い客足にどうしようもなくなっているのだ。

 

「お待たせしました。ご注文はいかがなさいますか?」

 

「あ、すみませんコーヒーもう一杯いただけますか?」

 

「あっはい、少々お待ちください」

 

「すみませーん、注文したんですがまだですかー?」

 

「はい!ただいまっ!!」

 

 ひたすら動き続ける恵美子。ピークが過ぎるまでおそらくあと一時間あまりと予想をたて心のなかでエールを送る。取り敢えず、これが終わったら労っておこう。そんなことも桜木は考える。

 

 

 

「お疲れ様」

 

 昼の時間帯を乗り越え、ぐったりしている恵美子に近寄る。

 

「ええ、ホント……」

 

「はは、ほら」

 

 桜木は麦茶を差し出す。売り物として用意されているもののためよく冷えていた。

 

「ありがとう」

 

 一口で飲みほし、ほうっと一息吐く。

 

「……ふう、おいしいわね」

 

「まあ、そうだろうな。ホール大変だっただろ」

 

「かなりね。こんなの久しぶりよ。色々と、ね」

 

「確かにな。お前と二人きりなんていつ以来だ?」

 

「そうね…創業当初以来じゃない?」

 

「そうだったかもな」

 

 懐かしそうに笑いあう二人。D.C.は桜木と恵美子と敬二、そして今はいないある人物の夢をもとに作り上げたもの。その内働き手も三人だけで、たびたびこうして二人だけという場面もあったのだ。

 

「まあ、あの頃はこんなになることなんてなかったけどね」

 

「そりゃあ、創業してすぐに繁盛することなんてないさ」

 

「わかってるわよ。ただ懐かしかっただけ。いろいろと試行錯誤を重ねて毎日失敗していたのが」

 

「今考えればあれもあれで楽しい日々だったな」

 

「ええ、そうね。……ねえ、桜木くん」

 

「ん?」

 

「あなたは---」

 

 恵美子が何かを言いかけた時、からんからんっと鈴がなった。

 

「お、いらっしゃい---ってなんだ織斑か」

 

「なんだとはなんだ。私は客だぞ」

 

「はいはい、まあ適当に座ってくれや」

 

「まったく」

 

 新しく来た客---織斑千冬は肩を竦めながらカウンター、恵美子の隣に腰掛ける。

 

「どうした恵美子、やたらと疲れているようだが」

 

「大変だったのよ千冬」

 

「そうか。二人しかいないようだが、その所為か?」

 

「まあ、そんなとこよ」

 

 お疲れ、と労いの言葉の後、用意されていた水を織斑は口にする。

 

「注文は?」

 

「わかってるだろ?いつものだ」

 

「はいはいっと」

 

 桜木はフライパンをバターを入れ、玉ねぎ、チキンと炒めていく。途中ケチャップをからめ、続けてライスを入れ、塩胡椒で味を調える。その横で別のフライパンでバターを溶かし、卵入れ、軽くかき混ぜながら薄く広げる。厨房から漂う匂いが鼻孔を擽り、心地良い音が鼓膜を叩く。

 

「うむ、やはりいいものだな。こういうのは」

 

「どうも」

 

「おいおい、おまえは作ってないだろ」

 

 広げた卵に作ったチキンライスを乗せ包みこむようにとんとんっとフライパンと叩く。ひっくり返すように皿に盛り、添えるようにデミグラスソースをかけて完成。

 

「ほら、いつものだ」

 

「おお、ありがとう」

 

 出されたオムライスに待ちきれない様子でスプーンを持つ織斑。そのままの勢いで端を削り一口。

 

「ふふふ、やはりオムライスはここだな」

 

 目じりが緩み、笑みをこぼれる。普段硬い表情を浮かべる織斑が出すその顔に、桜木たちも自然と笑みをうかべる。

 

「じゃあ、私はコーヒーでも入れて来るわ」

 

「おお、すまない」

 

 恵美子は手を振るだけで答え、厨房の奥に消える。代わりに残った桜木が織斑の隣に座った。

 腰を伸ばすように伸びをし、水を飲む。

 

「それで、お前学校は?今昼休憩なんてもんじゃないだろ」

 

 既に昼から大きく時間は過ぎ、前半の閉店も間近な時間だ。この時間に彼女が来るのはかなり珍しい。

 

「私は今が休憩だ。生憎と昼の時間帯は休みを取れなかったのでな」

 

「それっていいのか?」

 

「構わんだろ。許可は得ているんだ」

 

 そのまま暫し無言になり、スプーンと皿のぶつかる音が店内に響く。

 やがてすべてを食べ終わりナプキンで唇を拭く。

 

「御馳走様。美味しかったよ」

 

「あいよ」

 

 空いた皿を受け取り流しに置く。丁度入れ替わるように恵美子がトレイを持って現れた。そのままコップを三つ並べ席に着く。桜木はそれを確認すると徐に入口に向かい、かかる看板をcloseに変え席に戻った。

 二人はコーヒーに口をつけており、完全に息抜きに入っている。桜木もそれに習う。口に入れた瞬間にすっきりした苦味が広がる。やはり恵美子が一番コーヒーを煎れるのがうまいと改めて実感する。

 

「それで、今日は何?」

 

 面倒くさそうに恵美子が切り出す。

 

「……何のことだ?」

 

「惚けなくてもいいわ、面倒だから」

 

「辛辣だな」

 

「そうかしら?」

 

「そうだ」

 

 また一口コーヒーを飲む織斑。

 

「……ラウラのことだ」

 

「あの子の?」

 

「ああ、数日前あいつが少し暴走してな」

 

「……」

 

「……」

 

 桜木も恵美子も何も言わず言葉を待つ。

 

「暴走と言っても暴れることはなく、自分を見失った感じだ。それも直ぐにあいつ自身で解決し事なきを得た。正直な話、私は驚いたよ。私が認識していたあいつはそんなことが出来る奴ではなかったからな。あいつは人一倍頑張り屋で、弱さは見せない。誰よりも強くあろうとしながら、その実はかなり脆く弱い。そんな奴だった。少し前もあいつの眼は弱弱しく揺れていた」

 

 懐かしむ様に織斑はちゅうを見る。 

 

「だが、その一件からあいつは変わったんだ。ただ我武者羅だった姿は消え、その目にしっかりとした強い光が灯った。あいつはやっと『ラウラ・ボーデヴィッヒ』という人と成れたんだと思った。私は本当に嬉しかったよ。あいつが変わったのはお前たちの、この喫茶店のおかげだと思っている。だから今日はそのお礼を言おうと思ってな」

 

 しっかりと恵美子と桜木を見つめる。

 

「本当にありがとう」

 

 嬉しそうに、寂しそうに礼をいう織斑。

 桜木と恵美子は互いに目配せし、首を振る。

 

「千冬、私たちもこの店も、何もあの子にはしていないわ」

 

「ああそうだ。ラウラの成長は彼女自身の努力によるもの。俺たちはただ雇って一緒に働いただけだ」

 

「だから私たちにお礼を言うぐらいならあの子を褒めてあげなさい。あの子の目の前には常にあなたにあるんだから」

 

 本心からの言葉、自分たちは仲間としていただけである。その言葉は簡単なものだが、とても重いものだと織斑は理解している。だからこそ、教え子は成長したのだ。その確信がある。

 

「……」

 

「納得できないか。なら、今まで以上にここに来い。そして金を落としていけ。それが一番の恩返しだ」

 

 桜木は悪戯っ子の様な笑みをうかべる。

 

「…はは、お前らは本当に変わらん馬鹿だな」

 

「あら、いまさら?」

 

「そうだったな、昔からだ」

 

「おい、それもどうかと思うぞ」

 

「間違ってないだろ?」

 

 そう言うと織斑は伝票をもって立ち上がる。

 

「もう帰るのか?」

 

「ああ、私も忙しい身だからな」

 

「じゃあ、私が会計するわ。だから桜木くんは片付けお願いね」

 

「へいへい。じゃあ、またな織斑」

 

「また来るよ」

 

 それぞれが動き出し、ちょっとした同窓会はお開きになった。

 

 後日、ラウラが嬉しそうに織斑に褒められた、と話してきたのが実に印象的だった。




題名が特に浮かばないから毎回適当です。

VTシステムの一件の後日談的な話でした。


感想への返信についてですが、基本的には後書きでまとめてお礼という方針です。
ただ、誤字報告や特殊なケースではその場での返信というかたちにしていきたいと思っております。
皆様、今後ともご指導ご鞭撻応援等よろしくお願い申し上げます。

まあ、これからも適当にやっていきますのでよろしければのんびり待っていてください。


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夏の前の

「それで嫁がね---」

 

「そうなんですか」

 

 いつもと変わらない休日の昼。客足はそこそこと落ち着いた運営が続いていた。席はテーブル席を一つ残しうまっているが、店内は騒がしくなく、みなこの一時を寛いでいる。厨房側のカウンターで桜木と会話する男性、新聞を読みふけるご老人、コーヒー片手に恵美子と喋る女性たち、なかにはウエイトレスの衣装に鼻を伸ばす輩もいるがそこはまあ気にしないことにする。

 そんなまったりとした空間でラウラもレジの椅子に座り、ぼーっとしていた。流れてくるクラシックに耳を傾けうとうとと舟をこぐ。昼食をとった後のこのまったりとした空気が最近の楽しみだ。

 

「ふぁああ…」

 

 消しきれない欠伸を漏らしながら寝むた目を擦る。夏に近付き、心地の良い風が窓から入り、頬を撫でることによってより一層睡魔が襲う。店内を見渡し客も仲間も当分動きそうにないことを確認し、壁に体重を預ける。少しだけなら、そんな気持ちで眼を閉じる。だが、だいたいそういった事はうまくいかない。意識が沈みかけてきたその時、唐突に扉のベルが鳴り、飛び起きることになった。

 

「い、いらっしゃいませ!」

 

 慌てて立ち上がり、お辞儀をし客を迎え入れる。日本に来てほぼ毎日していることで、鈍った思考でも出るあたり、反射に近い反応だ。

 

「お、ちゃんとやってるんだな」

 

「へえ、いい雰囲気ね」

 

「ごきげんよう、ラウラさん」

 

「あはは、来ちゃった」

 

 聞き覚えのある声たちにゆっくり頭を上げ、その人物たちを確認する。そして一度目を擦りもう一度確認。だが、残念ながら彼らは消えることはなかった。

 

「……何故お前たちがここにいる!?」

 

「何故って、そりゃあ食事にだな」

 

「そうじゃない!!」

 

 慌てて口を塞ぎ、声を押し殺す。本当は、そんなことを聞きたいんじゃないだ、と吠えたい。出来ることなら今すぐこのにやけた顔の奴らを外に放り投げたい。だが、バイトとして雇われの身であるため、そんなことは出来ない。それにさきほどの声で心なしか目の端に映る恵美子の顔が怖くなりこれ以上の騒ぎはおこせない。

 

「と、取り敢えず案内しよう。五人でいいのか?」

 

「ああ、それでいいよ」

 

 ラウラは取り敢えず心を落ち着け彼らを空いていたテーブル席に案内する。幸いなことにそこは店で一番大きな席で、6人までなら座ることが出来る。

 災難の次にまた災難。案内をしたのはいいが、今度は誰がどこに座るかで揉め始めた。いつものやり取りと言えばそうなのだが、時間と場所をわきまえて欲しい。いや、本当に。学校や寮ならまだしも、公の場で、しかも自分のバイト先に来てまでやらないで欲しい、そう切実に感じるラウラ。そして先ほどより集まる視線も、突き刺さるそれも強くなっている気がする。

 本当に勘弁してほしい。

 とうに眠気など吹き飛び、現在は形容し難い悪寒と冷や汗に襲われている。

 

「貴様らいい加減にしろよ」

 

 まわりに配慮して声を押さえて注意するが本人たちには届いていていないようだ。一瞬、ISの起動も考えたが、着替えの時に外していたこと思い出す。いや、そもそも許可なく起動すること自体禁止されているのだが、現状ラウラは強硬手段もいとわないと考えているのでそんなことはどうでもいいのだ。今優先すべきはこうして騒いでる同級生をいかにして止めるかである。

 正直誰が何処に座ろうがどうでもいい。

 

「おい、本当に頼むから静かにしてくれ、でないと私の立場が、な?」

 

 ラウラの呟きに気付いたシャルロットと一夏が申し訳なさそうな顔をするが、ならば止めて欲しい。

 天を仰ぎ、もはや言葉だけでは無理か、そう思い行動に移そうとした瞬間---

 

「はいはい、まわりの迷惑だからこれ以上は追い出すよ」

 

 すっと背後から現れた桜木がイイ笑顔でそう言い放った。大声ではないが良く通る凄味のある声。言い合っていた三人の動きが止まり、観戦していた二人の顔が引きつるのが見える。

 

「ラウラちゃん」

 

「は、はい!」

 

「取り敢えずこの子たちにお水持ってこようか」

 

「jawohl!」

 

 敬礼とともに素早くその場から去り厨房へ向かう。ダッシュに近い早歩き、埃をたてないように全力で逃げる。

 厨房に入ったラウラはコップを五つトレイにのせ、冷蔵庫から水を取り出し注ぐ。溢さないようにトレイを持ち今度はゆっくりとした足取りで彼らの席に戻る。遠目で見てもどうやら彼らは落ち着いてるようだ。

 よかった、心底そう思う。

 

「またせたな」

 

 それぞれの前にコップを置いていく。全員の顔を窺うが、みな背筋を伸ばし姿勢よく座っている。

 

「どうしたんだ、お前たち」

 

「いや、なんというか……」

 

「うん…ね?」

 

 顔を見合わせ苦笑いを浮かべるシャルロットと一夏にラウラは首を傾げる。

 

「たしか、店長さんって織斑先生とご友人なんでしたわよね?」

 

「うむ、そう聞いているが。一夏、お前のほうがそこらへんは詳しいんじゃないのか?」

 

「いや、俺も実はそんなに知らないんだ。千冬姉の交友関係って」

 

「まあでも、あの千冬さんの友人っていうなら納得だわ」

 

 鈴音の言葉に一様に頷く彼らに何となく状況を理解する。つまり、水を取り行っている間に桜木に絞られたらしい。自身も何回も叱られた経験があるゆえ、彼らの気持ちはわかる。

 

「これに懲りたらこういったところでは大人しくするのだな」

 

 何となく、腰に手を当て胸を張りながら言う。

 

「フフフ…なんでラウラが得意げなの」

 

「む、気にするな。それより注文は決まったのか?」

 

 シャルロットに指摘され何となく気恥ずかしくなり、急かすように注文をとる。

 

「あまりメニューって多くないんだな」

 

「一夏あんたねえ、ここはレストランではないのよ?」

 

「いや、わかってけどさ…」

 

「よくわからんな。なにかオススメとかはないのか?」

 

「オススメ?それは店としてのか?それとも私の個人のか?」

 

「じゃあラウラのオススメを教えてくれ」

 

「ならばオムライスがうまいぞ」

 

 ニヤリと笑いながら自身満々にそう告げる。

 

「オムライスか…じゃあ、私はそれにしよう」

 

 箒の言葉を皮切りに他の四人も同じものを注文してきた。何となくだが、選ぶのが面倒だっただけなのではないかと感じるラウラだった。

 

 

「オム五つです」

 

「あいよ」

 

 メモをつるし、空いた席の食器を下げていく。なんだかんだでだいぶお客は減っており、残っているのは一夏たち五人と恵美子と話す女性客が三人、それと会計をしている夫婦くらいだ。遠い席から順に片付けていき、テーブルを拭いていく。途中、友人たちの近くを通るたびに生暖かい目を向けられるのがどうにも気になるが今は我慢しておこう。というか、何やら料理を運んで行った桜木が、何故かそのまま止まり会話し始めたのがやたらと気になるラウラである。

 

「おう、ラウラ」

 

「どうかしたか、ケイジ」

 

 食器を片づけ、布巾での掃除が終わったとき、敬二が話しかけてきた。

 

「雄哉が片付けおわったら今日はあがってええってよ」

 

「む、いやしかしそんなわけにはいかんぞ」

 

「店長がええ言うてんだからええんやて。友達と遊ぶのも大事や」

 

「う、む……」

 

「子供は遊んでおけ。今だけ出来る特権や」

 

「わか、った。すまない」

 

 背中越しに手を振る敬二に礼をし、スタッフルームに着替えに向かう。

 結っていた髪を解き、制服をぬぎハンガーにかけロッカーに入れる。そして少しぶかぶかなオレンジ色のシャツとジーパンに着替える。備え付けの鏡で軽く髪を整え部屋を出る。

 まだ彼らは食事をしているようだ。談笑しているため遅くなっているが、それでもあと少しで終わりそうだ。歩幅を広めに歩き彼らのそばに寄る。

 

「来たみたいだね」

 

 始めに気が付いたのは通路側で、且つ内側に向いて座っていた桜木である。軽く笑みを浮かべ立ち上がり席をラウラに譲る。促されるままに席にストンと座り、周りを見ると微妙な視線で見られていることに気付いた。

 

「なんだ?」

 

「いや、なんでも」

 

 視線を逸らされる。

 

「うん、じゃあ俺はここいら戻ろうかな。ゆっくり楽しんでおいで」

 

「すみません、ユーヤ」

 

 気まずそうに下を向くラウラに桜木は乱暴に頭を撫でる。

 

「ははは!若者が気を使うな!今を存分に楽しんでおいで。それがなにより、キミを預かっていた僕の喜びだ。それに、こういうときはお礼だよ」

 

 そういって笑いながら颯爽とさる桜木。ラウラはふて腐れた様に髪を整えながら彼を見送る。

 

「……ありがとう」

 

 聞こえるはずのない小さな感謝の言葉。呟いてすぐにハッと顔を上げる。

 ニヤニヤとした嫌な顔が見える。しまった……。そう感じたがもう遅い。聞かれていないと思った言葉は別の者たちに聞こえてしまっていた。

 

「なんだ、貴様らっ!」

 

「いや、別にい?」

 

 いやらしく笑う彼らに心の中で悪態をつく。そのふざけた顔をぶち抜きたい、と。

 

 その後、彼らと一緒に街に繰り出すラウラだが、色々と桜木とのことを質問されることとなる。いったい昼食時になにを話していたのか、そんなことを考えつつ頬が引きつるラウラだった。




ラウラの持っている服は学校の制服以外は、桜木のお古と買ってもらった洋服(ほぼ未使用)。
服に頓着がないのは変わらず。
桜木と一夏たちの会話はだいたいはラウラを餌にした話。


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休日の

 午前十時前の駅前の広場に桜木はいた。この日は定休日で、本来なら自宅で惰性を味わっているはずであったが、昨晩の仕事終わりにラウラに誘われたのだ。特に断る理由もなかったし、最近元気のなかった彼女の様子見も兼ねて了承した。

 いや、頬を染めながら意を決したように誘う彼女を見て断れる筈がない。自分はとことん彼女に甘いのかもしれないと思う。

 

「ユーヤ!」

 

「ん?」

 

 することなくただ時計台を眺めていると不意に呼ぶ声が聞こえた。

 

「すまない。あ、遅くなりました」

 

 乱れた髪を整えながら肩で息をするラウラ。どうやらかなり急いで来たようだ。桜木はポケットからハンカチを取り出しラウラに差し出す。

 

「ほら、これで汗を拭きな」

 

「え、いやしかし」

 

「いいから、な」

 

「は、はい。ありがとうございます…」

 

ラウラはそれを戸惑いながら受け取った。ハンカチと桜木の顔を交互に見て、意を決したようにそれを額にあてる。軽く汗を拭い、またハンカチを見つめ始めたラウラを桜木は不思議に感じた。

 

「ハンカチ、洗って返します」

 

 ああ、なるほど、と思う。

 

「いや、別に構わないんだが……」

 

「そうはいきません。きちんと洗って返します」

 

 強い意志の眼で見つめられ桜木は苦笑を浮かべる。いつもわたわたと職場では動く彼女だが、時々ひょんなことでその姿を変える。義理堅いというか、なんとも不器用な子だ。

 

「うーんまあ、じゃあお願い」

 

「はい!」

 

 そしてツンと雰囲気から垣間見える花の様な笑顔にはいつもなにも言えなくなる。まったく、女性というのはズルいものだと、そう感じざるを得ない。そんなくだらないことを考えているとラウラが少しそわそわとした様子で見てくるのに気付いた。

 

「ユ、ユーヤ…」

 

「なんだい?」

 

「どうだろうか、こ、この格好は?」

 

 恥ずかしそうに後ろで腕を組む彼女は、普段の黒を基調としたものでなく、薄い水色のシャツにオレンジのパンツ姿。気付かなかったが、かなり雰囲気が違う。おそらく、この前の学友との買い物で買ったのだろう。しかしまあ、

 

「ああ、似合ってるよ。とっても」

 

「本当か!?」

 

 嬉しそうに頬を緩め、ハニカム少女に桜木は目が離せなくなった。

 

『-----』

 

「--っ」

 

 少女に影が重なる。刹那の出来事であったが、桜木に嫌な汗が滲むのがわかった。忘れてはいけない、大切な幻影が見えた。

 

「ユーヤ?」

 

「……ん、いや。なんでもない、なんでもないさ」

 

「Nicht eine Lüge?」

 

 誤魔化す桜木をラウラは不安そうに見つめる。

 そんな顔をしないでくれ……。

 桜木はラウラから顔が見えないように手を頭にのせ乱暴にかき乱す。

 

「うわ!ちょ、やめ……stopp!」

 

「ははは、信じないからだよ」

 

 笑ながら手を離す桜木。ラウラはすぐさま距離を取り乱れた髪を直す。その小動物のような動きに頬を緩め、それを見てラウラが頬を膨らませる。

 ああ、そうだな。こういうのも久しぶりなのかもな。

 

「よし、じゃあいこうか」

 

「む、そうだな。あ、いや、ですね」

 

「ふふ」

 

 二人並んで歩き出す。桜木は思う。これも悪くない、と。ラウラを元気付けるはずが、逆になるかもしれない。そんな気分になった。

 しかし、すぐある問題があたる。

 

「どこ行こうか?」

 

「そうですね…どうしましょうか?」

 

 当てもなくふらふらと歩く二人。もともと桜木は計画して行動するタイプでないことに加え、急な誘いということで何も予定していない。そしてそれはラウラも同じことで、誘うという目的を達成し満足してしまったため、何も考えていなかった。

 

「あ、そういえば」

 

「どうかした?」

 

「いえ、ルームメイトから聞いたことなんですが、この近くに新しくデパートが出来たそうでして。」

 

「ああ、そういえばそんな話聞いたな」

 

「はい、それで、よかったら行ってみませんか?」

 

「そうだね、行ってみようか」

 

「はい!」

 

 元気よく返事をしたラウラは嬉しそうに先を歩き出す。対する桜木は取り敢えず予定ができたことに安堵しながら後を追った。

 

 

 駅からそう離れていないところにある大型デパート。新しいことと休日ということでかなりの人ごみになっており、ふと目を離せばはぐれてしまいそうになるぐらいだ。

 

「す、すごい人ですね……」

 

「そうだね…ちょっと予想以上だよ」

 

 まわりを見渡し引き攣った笑みを浮かべる。

 

「どうしますか?他のところにしますか?」

 

「んー……」

 

 ちらりとラウラに目配せすると、不安そうにこちらを見ているのがわかった。ここまで来たわけでだし、なによりせっかく彼女かの誘いを無下にするわけにもいくまい。

 桜木は軽く頷きラウラに向き直る。

 

「まあ、いいんじゃないかな?」

 

「しかし、こう人が多いと……。それにユーヤは人が多いのは好きでなかったのでは?」

 

「ああ、覚えていたんだ」

 

「ふふん、当然です!」

 

「そっか、ありがとう」

 

「い、いえ、そんな……」

 

 得意げな顔から一変し、白肌を紅潮させる。

 

「まあ、大丈夫だよ。ラウラちゃんからの折角のお誘いだしそれに比べれば、ね」

 

 そういいながら桜木は右手を差し出す。ラウラはそれの意図がわからず、戸惑うように視線を行き来させる。

 

「あ、あの…」

 

「ほら、はぐれたら大変だろ?だかさ」

 

 意味を告げられ更に戸惑いをみせるラウラだったが、すぐに意を決したようにその手を取った。ごつごつとした、およそ料理人には似つかわしくない固い手のひら。だが、ラウラは嫌いではない。繋いだ手から感じる暖かさが心地良く、自然と頬が緩む。

 

「そういえば何を買いに来たの?」

 

「あ、はい」

 

 桜木に見つからないうちに顔を引き締める。

 

「実はもうすぐ学校の方で臨海学校がありまして」

 

「うんうん」

 

「それで水着が必要なのですが、生憎とそれ用のものを持っていなかったので今回それを買おうかと」

 

「え…?」

 

 桜木のニコニコとした優しい笑みが凍りつく。珍しい彼女からのお誘いがまさかここまでの難題だとは思いもよらなかった。少しヒヤリした汗が流れる。

 だが、

 

「ダメ…でしたか……?」

 

 不安げに見上げてくる彼女に、まさか今更無理だとは言えるわけもない。

 

「うーん、僕あまりそういうものセンスないけどいいの?」

 

「そんなことは知っています。それに、私はそんなことは気にしません」

 

 そう微笑むラウラ。女性にここまで言わせてしまっては腹を括ろう。

 

「じゃあ、無いなりに頑張っていいのを探そうかな」

 

「期待してます」

 

 人ごみに負けないように桜木の手をしっかり握り歩き出す。

 桜木は身長差と引っ張られていることで前のめりになりながらついて行く。後ろから見える彼女の顔は、その髪の様にどことなく煌めいて見えた。




 このあと二人でああでもない、こうでもないと散々議論しました。
 ついでにホットパンツとシャツも買うことになりました。


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彼女らの

 気が付けばそこは闇の中だった。

 影の闇も、夜の闇も生易しい程の闇。それが私の周りに纏わりつき、私はただただ呑まれ沈んでいく。

 光も音もない世界、---闇の世界。そんな世界で私は沈んでいく……いや、浮いているのかもしれない……。

 何もありはしないこの世界に私はただ---独りだ。

 ……本当に、そうなのだろうか?

 

「---」

 

 私は---

 

 

 

 そこで意識が浮上し、目が覚める。

 見覚えのある天井。隣を見れば少し前から同室になったシャルロット・デュノアが規則正しい寝息をたてていた。体を起こし壁に背を預け枕を抱える。

 ---懐かしい夢を見た。

 いつもうなされた悪夢。最近になってめっきり見なくなった夢。孤独に恐怖し、闇に囚われた昔の自分があそこにいた。枕をぎゅっと抱きしめる。

 

「眠れないの?」

 

「む、起こしたか?すまない」

 

「うんうん、別にいいよ」

 

 寝ていたシャルロットが起き上がりラウラへ体を向ける。目じりが少し下がっており、まだ眠たそうである。

 

「どうしたの?」

 

「いや…少し夢を見てな」

 

「怖い夢?」

 

「……」

 

 どうなのだろうかと考える。確かに、以前のラウラならあの夢は恐怖以外の何物でもなかった。だが、先見たあれは果たしてそうであったか。同じ夢だった気はするが、普段ならこう落ち着いた気持ちではいられなかったはず。それに最後に聞こえた声---。

 

「私は」

 

「ん?」

 

「私は日本に来てよかったと思っている」

 

 静かに独白を始めるラウラ。シャルロットはそれを聞き入る。

 

「日本に、このIS学園に来て私は色々なことを知り、学び、貰った。ドイツにいたままでは決して手に入れることが出来ないものばかりだ。本当に感謝してる」

 

「うん」

 

「沢山の友も出来、得難い経験も得、心身共に成長した--かはわからないが、それでもよかったと思っているんだ。篠ノ之箒、セシリア・オルコット、鳳鈴音、シャルロット・デュノア、織斑一夏、山田女史に教官。私は多くの人たちに支えられているんだ、そう実感したよ」

 

「ラウラ…」

 

 シャルロットは自分のベットから出て、ラウラの傍に移動する。そして彼女の横に座りその小柄な身体を抱き寄せた。何の抵抗もなく引き寄せられたラウラはすっぽりと腕の中に納まる。この前買い物行った時に買ったパジャマではなく、それ以前からずっと着ているよれよれでぶかぶかのシャツを着ている。別にパジャマが気に入らなかったとかではなく、こっちの方が動きやすいからとかなんとか言っていたがそれが本当の理由かはわからない。ただ、頑なにこのシャツを着ようとする姿がとても可愛らしかったのをシャルロットは覚えている。

 

「どうかしたか?」

 

 ぼうっとラウラを見ていると彼女が不思議そうに見上げてきた。「なんでもない」と返しぎゅっと彼女を抱きしめる。少し苦しかったのかモゾモゾと身を捩じらせたので力を少し緩める。寝起きという事と幼い身体だからか、体温を高く夏のこの時期には少々熱いかもしれない。

 

「ねえ、ラウラ?」

 

「なんだ?」

 

「ラウラはこの学園が楽しい?」

 

「む?ああ、楽しいぞ」

 

「ふふふ、そっかあ」

 

「?」

 

 わからないといったふうに小首を傾げるラウラ。やはり容姿の所為でどうしようもなく幼く見える。頬を緩めラウラの頭を撫でる。

 

「臨海学校楽しみだね」

 

「……うむ」

 

 少し言い淀むラウラ。

 

「楽しみじゃないの?」

 

「いや、そんなことはない。こういったイベントは初めてで少々不安を感じるだけだ」

 

「大丈夫だよ、きっと楽しいから……。---それとも」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべラウラの顔を覗き見る。

 

「桜木さんと離れるのが寂しいのかな?」

 

 ヌフフと冗談を言うシャルロット。だが---

 

「……」

 

「…あ、あれ?」

 

 期待した答えが返ってこない。

 ラウラは何やら考えるような素振りをしていた。

 

「そうか…あれは---」

 

 聞き取れるか取れないかの瀬戸際の呟き。一人で納得するラウラと困惑するシャルロット。穏やかな表情を浮かべるラウラを見て何となく察した。

 

「やっぱりそうなんだね」

 

「む、なにがだ?」

 

「ふふふ、誤魔化さなくていいんだよ~」

 

「いや、だから何の話だ?……って…おい、ちょ…」

 

「うりうり」

 

 訝しげに見上げてくるラウラの頬を指でつつく。それに対し眉を寄せ抗議を述べるラウラであったが、抵抗の意思がないことから実は満更でもないようだ。

 暫しツンツンとつついていたシャルロットは満足したのか、つつくのを止め再びラウラを抱き寄せる。

 

「ちゃんと桜木さんと水着買いに行ったんでしょ?」

 

「う、うむ」

 

「どうだった?」

 

 色々な意味が集約された言葉。買い物---デートとでも称してもいいもの---は楽しかったか。以前買っておいた服に関して感想はあったか。ちゃんと水着は選んでもらえたか…etc。

 国の代表候補だとか、兵器に近いものを扱っているとか、そんなものがあってもシャルロット・デュノアはどこまでいって思春期の少女なのだ。

 勿論、それはラウラもわかっていた。彼女はラウラがかかわってきた人の中で一二を争うくらいこういった話が好きなのだ。因みにもう一人はドイツ本土にいる隊の部下であるクラリッサ・ハルフォーフという女性だ。前までは隊員たちとの仲がギスギスしており碌に話したことが無かったが、桜木のすすめにより話し合い蟠りがとれ彼女らの為人を知ることが出来た。まあ、色々と頭のネジがぶっ飛んでいる人間だと後に教えられ、別の意味で距離を開けることになってしまったが。

 まあとにかく、シャルロットはしっかりしているように見えて、実のところ脳内がなかなかのハッピーガールなのだ。

 

「いや、その、なんだ?……た、たのしかったぞ?」

 

「そうなんだ~。他には?」

 

「ほ、他にか?そうだな…一緒に食事もしたぞ!うむ」

 

「へえ~、ちゃんと目的の物は買えた?」

 

「最初は難色を示されたがな。言うとおりにしたら承諾してくれたぞ」

 

「でしょ?」

 

 ニシシと笑うシャルロット。

 ラウラはいい意味でも悪い意味でもまっすぐである。だからシャルロットは彼女の為に“お願い”の基本を教えそれを実践させたのだ。悲しそうに上目づかいをする、ただそれだけのことだ。身長の問題から上目づかいは通常装備になってしまっているが、一応は効果があったようで、実は内心ほっとするシャルロット。

 

「どんなものを選んでもらったの?」

 

「うむ、色々悩んだんだがな---」

 

「あ、やっぱ直接見るからいいよ」

 

「……自分で聞いておいてそれか?」

 

「ごめんごめん。それより服はどうだった?頑張って朝支度してたもんね」

 

「しょうがないだろ?あんなもの着なれていないんだ」

 

「恥ずかしがってなかなか着なかったもんね~」

 

 頬を膨らませ「うるさいぞ」と返すラウラ。その仕草がやはり可愛らしくて仕方のない。

 出会った時はいきなり一夏を叩いたことにで、だいぶヤバい子かな?と思っていたシャルロットだったが、話してみるとただ常識が多少抜けてはいるが素直で純粋なのだとわかった。それ以来こうしてちょくちょく色々な知識を教えていたりする。

 

「それで?頑張って着た成果はあった?」

 

「に、似合ってる言ってくれたぞ」

 

 上ずった声でそう答える。頬がゆるゆるになっており本当に嬉しそうだ。だが、シャルロットは逆に首を傾げた。

 

「それだけ?」

 

「それだけとはどういう意味だ?十分ではないか」

 

「そ、そうだね」

 

 それだけで満足だとは本当に無欲、いや、初心とでも言うべきなのだろうか。

 

「そうだ、あとこれも買ってくれたぞ」

 

 布団を退かしプレゼントされたというものを取り出す。

 

「うさぎ?」

 

 出てきたのはうさぎのぬいぐるみ。片目に眼帯を付けた目つきの悪いデフォルメされたうさぎ。どことなく目の前の少女に似ている。

 

「そうだ。可愛いだろ?」

 

 そう言ってラウラは自慢するように高々にぬいぐるみを掲げる。

 なんだろうか、もしかしたら彼女は桜木に子供扱いされているのではないのかわりと本気で思う。

 

「うん、可愛いね」

 

「ふふん、やらんぞ?」

 

 ドヤ顔されるシャルロットだが、可愛いからまったく問題ない。

 願わくば、彼女がいつまでも純粋無垢でいて欲しい。

 願わくば、彼女がきちんと自分自身のことに気が付いてほしい。

 取り敢えず、臨海学校では今のドヤ顔の分もきっちり落とし前をつけておこう。実はほんの少しだけ根に持っていたシャルロットだった。




 この後めちゃくちゃナデナデしました


 なんか知らないうちにランキングが凄いことになってて、素で変な声が出ました
 いやはやは、皆様ありがとうございます^^


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彼の

「いらっしゃい」

「どうも」

 

 平日の昼もすぎ、店から客がいなくなったため一息入れようとした時一人の客が入店してきた。歳は二十五前後と言ったところの男性だ。目の前のカウンターに座った座った彼に桜木が話しかける。

 

「久しぶりだね、ヤス」

 

「ああ、ここのところ忙しくてな。アメリカン一つ」

 

「忙しいって…、ディーラーに忙しいとかあるのか?」

 

「失礼だな、あるに決まってんだろ?」

 

 お互い笑いながら、にこやかに会話を進める。彼---ヤスは桜木の大学時代の友人で現在は車のディーラーをしている。恵美子や敬二とも知り合いで『D.C.』開店当初からの常連客である。

 

「あいつらはいないのか?」

 

「昼食と昼休憩。だから今は僕一人さ」

 

「なんだ、じゃあ麻美ちゃんもいねえのか…。野郎と二人っきりってのもなんか寂しいねえ~」

 

「なら帰るか?」

 

「はっ!冗談」

 

 ヤスは隣の椅子に置いていた鞄を取り中から分厚い資料を取り出す。表紙は白を背景に真ん中にド派手な朱色でマル秘と書かれている。勿論、こんなわかりやすい極秘資料などあるわけもなく、ただの彼の遊び心によるものだ。

 

「お前は車買わないのか?最近は結構いいの出てるぞ」

 

「いつも言ってるだろ?俺は電車で移動するからいらないって。ほれ、できたぞ」

 

「ん、ありがと」

 

 出されたコーヒーを一口飲み、ほうっと一息つく。

 

「やっぱ恵美子の方が美味いな」

 

「はっ倒すぞ」

 

「はは、すまんな」

 

 まったく心の籠らない謝罪を述べファイルを開くヤス。桜木はカウンター越しにそれを覗く。どうやら車の解説書のようだ。車の構造が図説されており、その周りには各部位の説明。そしていたるところに殴り書きされた手書きのメモ。だいぶよれているところから相当読み込んでいるのだろう。

 捲られていくページを眺めていると気になる言葉が見て取れた。

 

「…IS」

 

 桜木の呟きに反応しヤスが顔を上げる。その顔には微かに歪んでいた。

 

「……最新の奴さ。今盛んに開発研究されているISの技術を車に応用転換する研究をしてんだよ。その研究の成果だ」

 

 ヤスはページの中心に堂々と居座るその車を指さし語る。だが、桜木はただ「そうか」と答えただけでなんらリアクションを取らない。そんな彼にヤスは深くため息を吐く。

 

「……ISがまだ嫌いか?」

 

「……」

 

 無言の返事だが、その目が雄弁していた。目の前にいるのが友人であろうと、その鋭さは殺気すら感じられるほどだ。

 

「はあ…、今の御時世そんなんじゃ生きにくいぞ……。と言ってもダメだろうな。忘れろとはいわねえよ?でもよう---」

 

「わかってるさ……っ!」

 

 吐き捨てるように唸る。

 

「ああ、わかってる。これが、この怒りが憎しみがどうしようもないものだってわかってる……。だが、それを頭で理解していたところでダメなんだよ!」

 

 唇を強く噛み締める。皮膚が裂け、血が溢れ出すが桜木は止めることはない。

 

「もう四年か?茜ちゃんが死んで」

 

「ああ……」

 

「この喫茶店もあの子の夢だったもんな」

 

「そうだ。料理が下手で人見知りのくせに喫茶店で働きたいとか言ってな……」

 

「ホントお前にべったりだったもんな」

 

 懐かしむように宙を見るヤス。桜木もカウンター内に設けられた椅子に力なく座り項垂れる。

 

「…すまない」

 

「いいさ、お前がいまだ気にしていることも、ISが禁句扱いされていることも知ってるから」

 

「……すまない」

 

 「だからいいって」とヤスは曖昧に笑いながら、目の前で覇気を失くす桜木を悲しむように見る。彼が夢を捨て去ったのも、大学を中退してまでもこうして喫茶店を経営しているのも、全ては彼の妹---桜木茜が死んだことに起因していた。

 もともと料理が上手かったことと人当りの良さからこうして切り盛り出来ている。そういった意味では天職だったのかもしれないが、それでも本来なら桜木がこの職に就くことはなかった。それは妹の夢であったのだから。

 

「…正直、この気持ちがただのやつあたりに近いのはわかってるんだ……。今でも後悔してる。どうしてあの日、茜と一緒にいてやれなかったんだろうって」

 

「桜木…」

 

「直接の原因でなくとも、ISが無ければ茜は死なずにすんだんだ……っ!!」

 

 呻くように、呪うように、桜木は重く吐く。

 

「はぁ……」

 

 どこか諦めを孕んだ深いため息。

 恐らく自分では彼を助けることは出来ないだろう。それは恵美子や敬二、麻美と言った彼のキズを避けてきた者たちにも無理だろう。彼がいつの日か、この呪縛から逃れられることを切に願う。

 ヤスは温くなってしまったコーヒーを啜り、周りに目を移す。新年度に入って一度も来ていなかったが内装にこれといった変化はない。ラジオやテレビと言ったものはなく、古めかしいジュークボックスがポツンと佇んでいる。流れる音楽も最近のものは一つとしてなく、一世代くらい前のゆったりとしたものが流れていた。

 

「模様替えとかしないのか?」

 

「考えてはいるんだけどね、どうにも手が回らなくて…」

 

 あからさまに話題を変えてきたヤスに合わせるように、桜木は困った笑みを浮かべ答える。お互い、先の話は続ける気などなかった。

 

「忙しかったのか?そんな風には見えないけど」

 

 ぐるりを見渡す。客はおらず、現在店内にいる人は自分たち二人だけだ。

 

「ご飯時はよく来るようにはなったよ。最近新しいバイトの子もいるし」

 

「へえ、女の子か?どんな子だよ」

 

「外人の女の子だよ」

 

「へえ、外人とはまあ…。知らない間にここも随分と国際化したものだ」

 

「はは、友人の頼みでね。その子にもちょっとお世話になったこともあったし、ちょうど人手を増やそうか考えてた時だったし、タイミングが良かったんだ」

 

「なるほどね」

 

 先ほどよりだいぶ穏やかな表情を浮かべる桜木に、ヤスはほっとする。

 

「それで、どうよその子は?出身地とかは?」

 

「真面目で可愛いらしい子だよ。物覚えもいいしね。ドイツ出身で今は高校生」

 

「お前が可愛いなんで言うのは珍しいな。それにしても華の高校生か…。若いっていいよなあ」

 

「俺らもまだ二十代前半だろ」

 

「ギリギリな。その子はなんて名前なんだ?」

 

「ああ、ラウラって言うんだ」

 

「……ん?」

 

 はて、ドイツのラウラ?ヤスは頭を捻る。最近どこかで聞いたか見たことがある気がするのだ。それも一般人にはあまりなじみのない資料であったはず。

 

「その子の写真とかないのか?」

 

「おいおい、まさかナンパでもする気か?よしてくれよ」

 

「んなわけねえだろ!…で、どうなんだ?」

 

「ん~?ちょい待ち」

 

 しぶしぶと言った様子で休憩室の奥へ消えていく桜木。

 数分後、一枚の写真を持って桜木が戻ってきた。少しやつれている桜木とその横で腕を組む女性、そして二人に挟まれるように立つ異彩を放つ少女が写っている。背景は石の町並み、日本でないことは明らかであった。

 

「数年前のものだけど、ドイツに行った時のだ」

 

「…この女性、織斑千冬か?」

 

「ああ」

 

 こちらを睨みつけるような鋭い目つきに写真越しでも伝わる威圧感。なるほど、これが『世界最強』と名を馳せた人物か、ヤスは知らず知らずに息をのむ。

 

「ホントに知り合いだったんだな」

 

「まあな。てか信じてなかったのかよ」

 

「普通は信じねえよ」

 

 続いて少女に目を向ける。戸惑った表情で立つ彼女は眼帯を着けた銀髪のドイツ少女。この写真では普通の服装だが、確かにこの少女はみたことがあった。軍服姿で、もっと堂々としていたものだが。

 

「…この子が?」

 

「そ、ラウラちゃんだね」

 

「お前は知ってるのか?この子がどういった子か」

 

「……」

 

 返答の代わりに返ってきたのは曖昧な笑み。答えはなくともそれだけでヤスは満足だった。

 写真を返し、分厚いファイルと大量の資料を鞄に戻し立ち上がる。

 

「帰るのか?」

 

「ああ、今日はこれでお暇するわ」

 

 送るかという問いに軽く手を振っただけでカウンターから離れ、玄関に向かう。扉に手を開け外に出ようとし、振り返る。

 

「なあ、桜木…」

 

「ん?」

 

「お前、そのラウラちゃんは大切か?」

 

「なに言ってんだ?……まあ、そりゃな」

 

「そっか」

 

 逆光でヤスの顔はよく見えないが何となく、笑っているように見えた。そして彼に声をかける前にヤスは店を出ていってしまった。ちりんちりんと鈴の音が響き、もとの伽藍とした店内にもどった。

 

 

 

 人波の越えながらヤスは考える。桜木の過去と未来。

 一時期は見ていられないほどであった彼も今はどうにか落ち着いている。吹っ切れたわけでも無いが、彼なりに向き合おうとはしているようだ。

 

「頑張ってほしいね~…」

 

 新しいバイトと言われた少女に密かに期待を寄せる。

 ---ドイツ連邦共和国国家代表候補、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 どういった経緯かわからないが、彼女は現在桜木のもとにいる。そして桜木は彼女を知りつつ傍に置き、気に入っているという。

 くくく、と静かに笑う。ラウラという少女の存在に対する喜びと、彼になにもしてあげることの出来ない自分に対する不甲斐無さ。ごちゃ混ぜになった複雑な気持ち。

 ヤスは彼らのこれからを思い描き街の雑踏に消えていった。




 ラウラは臨海学校

 臨海学校も林間学校も行ったことないな……


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夜の

 桜木は一人、ベランダに佇みタバコをふかす。夏の夜風に散り散りになる紫煙を眺め黄昏る。眼下に広がる街灯や家々の灯りと、頭上から降り注ぐ月や星々の光、それによって部屋に灯りなど灯さなくとも町並みが見渡せた。

 

「ゲホッ…。やっぱ喉が痛いな……」

 

 滅多に吸う事の無いタバコ、好きか嫌いか聞かれたら間違いなく嫌いと即答するだろう。だが、その独特な味と香りが混濁した思考をクリアにするのに丁度よく、時折こうして吸う時があった。一口肺にため、咽るように吐き出す。ここ数年の間で幾度となく繰り返してきたことだが、どうも桜木の体にタバコは合わないようだった。

 

「ん?」

 

 ズボンに入れていた携帯が震える。ライトの色から考え、どうやらメールが来たようだ。携帯を開き差出人を確認すると、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』となっていた。

 ---珍しいこともある。

 あまり彼女から業務連絡以外で連絡が来ることはなく、今までで恐らく両手で数えられるくらいしかきていないだろう。不思議に思い内容に確認してみると、ただ一言。「今、お時間よろしいでしょうか?」それだけであった。言葉は少ないが、彼女が次に何をしたのかはわかった。

 桜木は苦笑いを浮かべ、律儀だな、と思う。

 そして、彼女へ返信の代わりに電話をかける。コール音を聞きながらタバコを消す。十数度目のコールが鳴った時、漸く彼女と繋がった。

 

「す、すみません!お待たせしました!」

 

 慌てた様子で出てきたラウラの声を聞き、その姿が容易に想像できてしまい、思わず笑みをこぼす。

 

「……ユーヤ?」

 

「ああ、ごめん。なんでもないよ」

 

 何も言わなかったことで無用な心配をかけてしまったようだ。

 

「それで、どうしたの?」

 

「---あ、いえ、たいした用事ではないので…。お、お時間は大丈夫なのですか?」

 

「ん、大丈夫だよ。今はぼーっと外を眺めてただけだから」

 

「ああ、よく見られてましたね。お好きなのですか?」

 

「好きってわけじゃないんだけどね。…何となく、そういう気分になってるだけだよ」

 

 そういえば、彼女がここにいた時もこうして外を眺めていたな、と思い出す。ただ、その時は彼女が寝た後だったので知らないとばかり思っていたが、意外に見ているものなのだと舌を巻く。

 そんなことを思っていると、電話の向こうで話し声が聞こえてきた。よく聞こえないが、ラウラのほか数人いるようだ。

 

「誰かいるなら後にしようか?」

 

「い、いえ!大丈夫です!すぐに黙らせますっ!!」

 

「あ、いや、別にそこまでは---」

 

 桜木の言葉を聞く前にラウラが向こう側で騒ぎ始めた。

 

 ---おい!お前たち静かにしろ!!……え?い、いや、そんなことはないぞ?……は?な、なに言っているんだ!!?えーい、うるさい!!

 

 ラウラの怒鳴り声と数人の女性の声。どたどたと動き回る音と黄色い声に、取り敢えず彼女が元気で良好な人付き合いをしていることが分かって安心した。

 数分ワイワイとしていたが、ドンッと扉の閉まるような音がして後ろの声が途絶えた。

 

「もう大丈夫かい?」

 

「は、はい、すみません。…ほんと」

 

 息も絶え絶えの様子のラウラ。どうやら相当な攻防があったようだ。

 

「ははは、大変そうだね」

 

「ええ、ほんと…。---でも、ここはいいところです」

 

「そっか…」

 

 友達など不要と啖呵をきっていたラウラが、多くの友達を得、学校を良いところだと言った。それはとても大きな変化で、桜木にとっても実に喜ばしいことであった。

 

「それで、ほんとにどうしたんだい?態々メールまでして、大事なことかい?」

 

「あ、いえ、そういったわけではないのですが…その……」

 

 ゴニョゴニョと喋るラウラ。もしかしたら後ろで騒いでいた女生徒らに煽られてかけてきたのかもしれない。

 

「こ、声が聞きたくなりまして…」

 

「ふふ、たった二三日の間で?」

 

「え~っと、…あ、あの、その……。…い、いいではないかっ!!」

 

 自分で言った言葉に気が付き頭が混乱したのか、しどろもどろになり、ついには敬語すらかなぐり捨ててしまった。

 

「そうだね」

 

「……なんか馬鹿にされている気がするぞ?」

 

「はは、気のせいだよ。うん」

 

「なら、いいのですが…」

 

 少し落ち着きを取り戻したようでいつもの様子に近付いてきた。

 

「臨海学校は楽しかったかい?」

 

「はい、楽しかったです。今までああいったことはすることがなかったので、新鮮でした」

 

「そっか、よかったよ」

 

「友人たちや教官と泳いだり、遊んだり、本当に楽しかったです……」

 

 嬉しそうに臨海学校での出来事を語りだすラウラ。遠泳のレースが行われたり、ビーチバレーをしたり、夕食のワサビが辛かったや温泉が気持ちよかった、最終日の夜にトラブルがあり、その処理が大変だった等々、本当に楽しそうに話す。

 

「…そちらは何か変わったことはありましたか?」

 

「ん?いや、こっちは特に何もなかったよ。いつも通りの平穏な日々だった。あ、でも…」

 

「はい?」

 

「昔に戻ったみたいで少し寂しかったかな?」

 

「それは---」

 

 少し、昔馴染みと話したことが桜木の心に残っていた。

 ふふふ、と含み笑いを浮かべる。深くは言わない。そこからどうくみ取り、どう噛み砕くかは彼女次第だ。

 

「あ、あの、エミコたちはどうでした?」

 

「みんなもいつも通りだよ。ラウラちゃんがいなかったから麻美ちゃんが寂しがってたけどね」

 

「そうですか…。また明日辺りから復帰してもよろしいですか?お土産も買ってますので」

 

「それはありがたいけど、随分とはやいね。いいのかい?臨海学校明けで疲れてない?」

 

「いえ、大丈夫です!そんな柔な鍛え方していませんので!!」

 

「そっか。でもいいよ、来なくて」

 

「……え?」

 

 驚いた声が聞こえ、受話器越しにも落ち込んでる雰囲気が伝わってきた。目の前に彼女がいたらきっとしょんぼりとしているだろう。

 

「そ、それは…もう来なくていいと、そういう、ことでしょうか……?な、なにか私に、…落ち度でもありましたか……?」

 

「いやいやいや、そうじゃないから。だからそんな泣きそうな声をしないで、ね?自分でも気付きにくい疲れって言うのもあるからゆっくり休んで欲しいんだ。だからラウラちゃんに問題があるとかじゃないし、クビとかじゃないから。ね?だから安心して」

 

 若干ぐずりだしたラウラを必死に慰め、誤解を解く桜木。まさか彼女の事を思っての言葉が裏目に出てしまい、あらぬ誤解を招いてしまうとは思いもよらなかった。

 

「はい…。すみません、早とちりでした……」

 

 鼻を啜りながらもなんとか持ち直した彼女に、ほっと一安心する。まさかこうなるとは思いもよらなかった。

 なにか、どっと疲れを感じ、桜木は深くため息を吐く。それと同時に、どこかデジャヴュを感じるやり取りに軽く目を細めた。ここ最近になりよく感じるようなったそれは、いったいなにを意味するのだろうか。

 懐かしむように、愛しむように瞳を閉じる。

 

「ユーヤ?」

 

「ん、なんだい?」

 

「いえ、ですから、明後日なら出てもよろしいでしょうか?」

 

「そうだね…、別にもう一日休んでも構わないんだけど……」

 

「そうはいきません!もうすでに何日も連続で休むことになってしまったので、流石に行かせていただきたい」

 

「ははは、真面目だねラウラちゃんは」

 

「そんな、とんでもないです」

 

「ほんと、真面目でいい子だよ。じゃあ、お願いするね」

 

「はい!!」

 

 先ほどの空気を払拭するように元気に返事をするラウラ。

 

「あ、すみませんユーヤ。そろそろ就寝時間になるので」

 

「もうそんな時間か。じゃあ、ゆっくり休んでね」

 

「はい、失礼します。Träume süß、ユーヤ」

 

「ああ、おやすみ。ラウラちゃん」

 

 電話を離し通話を切る。

 ふう、とため息を吐いたところでメールがもう一通来ていることに気付いた。今度の差出人は『織斑千冬』とあった。滅多に連絡をよこさない人たちから続けて連絡が入り、本当に珍しい日だと思う。

 メールには一文、「報告だ」とだけあり、いくつかの添付ファイルが送られてきただけだった。

 

「これは…」

 

 楽しそうに笑う少女の姿があった。制服や水着、浴衣と色々な恰好であったが、中心となる被写体はどれも同じで、生き生きとしている。見ているこっちが楽しくなるような笑顔だ。

 

「はは、ほんと、よかったみたいだね」

 

 織斑にお礼のメールを送り、桜木は携帯をポケットにしまう。彼女なりの気遣いに感謝しつつ天を仰ぐ。満天の星空になにを彼が思うのかは本人にしかわからない。だが、その表情はとても穏やかなものであった。




 福音戦は一般人が知ることのない話。だから桜木はなにがあったかは知らない。



 それにしてもホント戦闘もISもないな(笑)
 まあ、これからもほとんどないんですけどね!!


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少女の  弐

 爽やかな風と鳥のさえずりが窓を吹き抜け頬を撫で、暖かな朝日が部屋を明るくなり、いやでも朝が来たことがわかった。

 

「んんぅ……」

 

 一瞬目を開けるがどうも起きる気になれず、眩しさから逃れるため寝返りを打ち、私は布団のなかへ逃げ込んだ。ぬくぬくとした布団は軍にいたときのものとまったく異なり、非常に気持ちがよかった。

 うとうとと眠りそうになっていると扉をノックする音が部屋に響いた。数秒おいて繰り返すノック。返事をするかしまいかぼんやりと考えているとがノックを止み、かわりに扉を開き部屋の中に誰かが入ってきた。

 

「あらら…」

 

 呆れ気味の声に反応し、薄く目を開けるとこの家の主であるユーヤが立っていた。ここで起きるべきだろうが、この布団の温もりも捨てがたい。そんなふうにうだうだ考えていると、そっと体を揺すられた。今度こそしっかり目を開けると、案の定、ユーヤが困った顔で私を起こそうとしていた。

 

「ほら、ラウラちゃん。起きて」

 

「ぬぅう?……まだ眠いぞぉ…」

 

「まったく…昨日夜更かしなんてするからだろ?ほら、起きなさい。今日はうちに来るんでしょ?それともやめようか?」

 

 それを言われてはぐうの音も出ないというものだ。

 

「むぅ、わかった起きる…おき、る…から……」

 

 のっそりと体を起こし、寝むた目を擦る。しょぼしょぼとする目を何度か擦っているとユーヤが何を思ったか頭を撫でてきた。子供扱いされている気がしてあまり受け入れたくはないが、その優しい手つきについつい頬が緩んでしまう。

 

「おはよ、ラウラちゃん」

 

「Guten Morgen…」

 

「顔洗っておいで」

 

「Ja……」

 

 するりと布団から抜け出し、ふらふらとした足取りで洗面所へ向かう。

 洗面所に着き、冷たい水をちびちびと出しそれを顔面に浴びせる。それにより微睡んだ思考が一気に覚醒し、先程までの気の抜けた表情は消え、鏡にはきりっとしたものが写る。

 

「うむ、すっかりだらけてしまってるな…」

 

 タオルで顔を拭き、眼帯を着けながら最近の己に苦笑いを浮かべる。教官に連れられ、ユーヤのところに厄介になることになってから早二週間。日本の生活と文化には慣れ始めたし服を着て寝ることにも慣れた。だがどうにも軍務やら訓練やらに追われてた日々に比べ気が緩みがちになってしまった。

 

「しっかりせねば、教官に合わせる顔が無い」

 

 IS学園に入学するまで残りおよそ三か月はある。何故こんなにも早く日本に来たかや、他の生徒たちと同じタイミングでの入学にならないのかなど疑問は幾つかあるが、教官は私の為だと言っていたのだからそういう事なのだろう。

 乱れた髪を軽く整えていると、香ばしい香りが鼻孔を擽った。どうやら思ったより時間をかけていたようであった。急ぎ身なりを整え、リビングへ向かう。

 廊下を抜け、リビング入ると既に朝食が用意されており、ユーヤが新聞を読みながら私の到着を待っていた。

 

「すみません、お待たせしました」

 

「ん、いいよ。ほら、はやく食べてしまおう」

 

「はい」

 

 ユーヤの対面に座り、コップに牛乳を入れる。そして軽く手を合わせユーヤと共に「いただきます」と声をかける。日本の食事のマナーらしい。ユーヤは文化の差異だからする無理に必要はないと言っていたが、郷に入ればなんとやらというらしいし、こういった合図も悪くない。なにより、教官も昔からしていたことだ。……だが、日本の箸はやはり扱いにくい。

 

「そういえば、今日はどうする予定?」

 

 煮豆と格闘をしていると、ふと、ユーヤがそんなことを訪ねてきた。

 

「ユーヤは今日は仕事でしたか?」

 

「うん、そうだよ。ここのところ仲間に任せっきりだから」

 

「うむ…」

 

 正直な話、ここにいても私がすることが無い。ISについて今更勉強することもないし、体力作りもやれることは限られてしまう。

 

「ならば私も一緒に行ってもよろしいでしょうか?」

 

「僕の仕事場にかい?」

 

「はい」

 

「う~ん……」

 

「ダメ、でしょうか?……私もお世話になりっぱなしと言うのも嫌だと思っていたので…」

 

「だから手伝いたい、と」

 

「…はい」

 

 悩むように唸るユーヤを見つける。与えられるばかりというのはドイツ軍人としての名折れ。なんとしても、彼に恩を返したいところだ。

 

「まあ、そうだねぇ。織斑にもキミに色々体験させてくれって言われてるし…」

 

「では!」

 

「取り敢えず行くだけ言ってみようか。手伝うかはそれから決めればいいから」

 

「はい!わかりました!」

 

「ふふふ、じゃあ早いところご飯を食べてしまおう」

 

「そうですね!」

 

 はやる気持ちのまま朝食をかきこむ。喜ばしきかな、これでユーヤへの恩返しの見通しがついた。

 

 

 ユーヤの仕事場は彼の住むマンションから少し離れた場所にあった。電車で駅を二つ越した先の栄えた街中。そこにあるビルの屋上にあるのだという。何故そんなところなのか甚だ疑問であるが、ちゃんとした理由があるそうだ。

 駅の改札を抜け、ユーヤの後を追い人ごみを越えていく。ゆらゆらと上手い事隙間を縫って進むユーヤの背を見失わないようについて行くと、一つのビルの前で立ち止まった。何の変哲のないビルだ。

 

「ここですか?」

 

「うん、そうだよ。じゃあ行こうか」

 

 そういうとユーヤは何の躊躇いもなくビルの中へ入っていった。

 エレベーターに乗り、途中から非常階段で屋上へ出る。

 

「おお…!」

 

 目の前に広がる光景に私は思わず声を漏らしてしまった。見事に咲き誇る花々に手入れされた石畳。そしてそんな空間に佇む木で造られた店。今まで日本で見てきたものとは全く別の世界に目を奪われた。

 

「ふふふ」

 

 ユーヤに見られていたことに気が付き、顔が熱くなるのを感じた。

 ……不覚だ。

 ユーヤの私を見る目がいやに優しさを孕んでいるように見える。

 

「そ、そんな目で見るな!」

 

「はは、ごめんごめん。でも、気に入ってもらえたようで嬉しいよ」

 

「ふん!」

 

 優しさに満ちた手つきで頭を撫でられながらそっぽを向く。どうももやもやする。子供扱いする彼も、こうして撫でられることを甘んじて受け入れてしまっている自分自身も、本当に……。

 数度撫でたのち、ユーヤが再び歩き始めた。手が離れた時、声が漏れそうになったのはきっと気のせいだ。

 店に近付いてみるとまだ準備中の様で、三人の男女が慌ただしく動いているのが外からでもわかった。彼らがユーヤの同僚のようだ。扉を開けたユーヤに促され店内に入る。アンティークがかった内装にどこか懐かしさすら感じる音楽が流れていた。

 

「おっそ~い!てんちょ!やっと---ってありゃ?」

 

「あら?」

 

「…んん?」

 

 私達、というか私の存在に気が付き、三人の手が止まり視線が集まってきた。

 

「やあ、おはよう」

 

「おはよう、その子は?隠し子って歳でもなさそうだし」

 

「はは、そんなわけないじゃないか。織斑から預かっているんだ」

 

「千冬に?」

 

「あいつの子供ってわけでもなさそうやな」

 

「ドイツでの教え子らしくてね、こっちの高校に入ることになったから預かってほしいって」

 

「また彼女らしい無茶苦茶なお願いやな」

 

 ユーヤと話す男女はどうやら教官と面識があるようだ。もう会話に加わっていない一人はこちらをキラキラと目を輝かして見つめてきており、非常に気になる。

 

「あの、ユーヤ…私はどうすれば」

 

「ああごめんごめん。取り敢えず互いに自己紹介をしようか。麻美ちゃんもそれでいい?」

 

「は~い!」

 

 マミと呼ばれた彼女が他の二人の隣に並び立つ。私もそれに倣いユーヤの隣に立つ。さて、こういったときの挨拶と言うのはどうするべきなのだろうか。もしかしたら今後色々お世話になるかもしれない相手。

 ……に、日本人は謙虚な挨拶を好むというが、謙虚とはいったいどういうものだ…?

 

「ほら、ラウラちゃん」

 

 笑顔で促してくるユーヤが今は憎たらしく見える。

 こういった挨拶は苦手、というか日本語の挨拶なんぞ三回しかしたことが無いのだぞ!だが、手を拱いていても仕方がない。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒでゃっ---!」

 

 なるほど空気が凍るというのはこのことを言うのだろう……。

 ……恥ずかしい…っ!




 ラウラが初めて『D.C.』に行った日ですね
 因みに、ラウラを見たそれぞれの感想は
恵美子「眼帯…」
敬二「高校生?」
麻美「わ~、お人形さんみたいっ!」
 みたいな感じです


 一人称視点は苦手、というか難しい。よく書けると思うよ、うん。



 沢山の感想ありがとうございました!
 このままでいいとおっしゃって下さった方々、誠に感謝しております!
 取り敢えずこのままIS要素ぶち抜いてやっていきます。他にこんなことやってる作品もあまりないようですし(笑)

 シャルロットの一人称の違いもありがとうございました。全然気づいていませんでした。修正は完了済みです!(七夕での話の時ですね)

 前話でのタバコに対しての意見もいただき、誠にありがとうございます。
 タバコのにおいに対し『臭さ』と表現したことについてなのですが、一応タバコが苦手な主人公が吸っていることから、今回『臭さ』と表現いたしました。別段、タバコを否定するつもりはありません。
 ただ、今回のことで喫煙者、愛煙家の方々に違和感等を与えてしまったこと、申し訳なく思っております。
 今後はそれらも気を付けていきます。因みにここも修正は完了しております。


 ご意見感想はなんでもありがたいんで、大歓迎です!\(^o^)/
 返信をする時としない時がありますが、完全に気分ですのでそこらはご勘弁を(笑)

 ながながと失礼しました


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髪型の

「夏休みか…」

 

 いつもより賑わう店内を眺めながら桜木はぽつりと呟く。昼を過ぎにも未だ留まる客たち。皆、急ぐ必要が無いと言わんばかりにゆったりと過ごしている。本を読むもの、コーヒーを飲むもの、友人と会話を楽しむもの、実に様々な人たちがいた。

 世間でいう、夏休みに入り始めた時期のため、立地の悪いこの喫茶店にも長時間人が溢れるようになってしまった。勿論、客が入ることは喜ばしいことだが、回転率が悪いこととゆっくり出来ないことを考えるとプラスな面だけではないのだ。

 

「いるならいるで何か頼んでくれればいいんだけどねぇ」

 

「外は暑いですからね、こうして涼もうとするのは仕方ない事かと…」

 

「まあ、そうなんだけどね……」

 

 ふと、隣でだらけているラウラを見る。やることが無いためカウンターに突っ伏すラウラ。その姿を特に注意

をするつもりはないのだが、

 

「あの、何か?」

 

「……いや」

 

「ふんふふ~ん~」

 

 桜木は彼女の後ろで彼女の髪を鼻歌混じりにいじっている麻美の存在が非常に気になっていた。ポニーテールにまとめていたゴムを外し、櫛ですき、悩ましげに首を捻っている。

 

「麻美ちゃん、なにしてるの?」

 

「ん~?ラウちゃんの髪型を変えようと思いまして!暇ですしっ!!」

 

「……わざわざ私の髪を弄る必要はないと思うのだが?」

 

「綺麗な髪だから楽しいの♪」

 

「そ、そうか…」

 

「ははは…。中に行くときはちゃんと手を洗ってね?」

 

「わかってますよ~」

 

 満面の笑顔で髪を弄る彼女にラウラは何も言えなくなり曖昧な笑みで返してしまう。桜木も仕事さえちゃんとしてくれればいいか、と自分を納得させる。

 

「うーん、ツインテにしてみる?それともあげる?いっそのことカールでもさせようか!?」

 

「お、おい!あまり変なことをするなよ!?」

 

「大丈夫大丈夫!」

 

「いまいち信用できないぞ…」

 

「あっ!ひっど~い!」

 

 わいわいと仲睦まじくじゃれ合う二人に頬が緩む。外見的な特徴に似た点はないが、こうして見ると仲のいい姉妹にでも見えてきそうだ。

 そんな彼女らを眺め癒されていると敬二が洗い物を終え近づいてきた。

 

「お疲れ、そこに麦茶置いてあるから飲んでいいよ」

 

「おお、すまんの」

 

「飲んだら冷蔵庫に入れといて」

 

「結局かい」

 

 苦笑しなが麦茶をコップに注ぎ一気飲み、ほっと一息吐く敬二。

 

「だいぶ落ち着いてきたな」

 

「そうだね…、今日は昼営業で終わるから今いる人たちが帰ったら終わりかな」

 

「ほんまか。ほな今日はメシでも行くか…」

 

「誰と?」

 

「ふっ。コ・レ・と、だよ」

 

 そういい敬二は小指を立てる。この前合コンで知り合った女性がいると言っていたが、恐らくそれだろうと桜木は何となく考える。どんな相手か見たことはないが、彼が幸せならきっと良い相手なのだろう。

 ハッハッハと勝ち誇った高笑いを浮かべ麦茶を持って下がっていく敬二を見送っていると、服の裾を引かれた。

 

「ん、どうしたんだい?」

 

 振り返るとやたらキラキラとした目でこちらを見る麻美と、その横でちらちらと様子を窺っているラウラがいた。

 

「てんちょはどんなのがいいと思います?」

 

「ラウラちゃんの髪のことかい?あまり女性の髪形についてよく知らないんだけどなあ…」

 

「なんでもいいんですよ!てんちょの好きな髪型はなんですか?ラウちゃん髪が長いから基本なんでもできますよ!」

 

「うーん、そうだなあ…」

 

 さて、自分はどんなものが好きなのだろうか、と桜木は考える。今までそんなことを意識したこともなかったため、改めて考えるとなかなか思い浮かばないものだ。麻美とラウラの期待の視線を頭を悩ませていると、扉の鐘がなりホールから呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「おっと、ごめんね。仕事の時間だ」

 

「あっちょ、てんちょ!!」

 

 麻美の手からするりと抜けお客のもとへ逃げる桜木。後ろでなにやら言っているようだが、仕方がないことだ。

 ホールに出た桜木は声の主を探し辺りを見渡す。すると窓辺の席に座る一人の老人が手を振ってきた。桜木はその姿に見覚えがあった。高校時代の恩師だ。

 

「高橋先生!お久しぶりです」

 

「やあ、久しいね桜木くん。元気そうでなによりだよ」

 

 そういってにっこり微笑む彼は、桜木の記憶にある姿より白髪が増え、少し小さくなってしまったような気がした。

 

「先生こそ、お元気そうでほっといたしました」

 

「はっはっは、私はまだまだ元気だよ。この前もかないと山に行ってきたんだ」

 

「あまり無理なさらないで下さいよ?もう若くはないんですから」

 

「わかっとるよ。時間はあるかい?ちょっと話さないか?」

 

「そうですね。では、失礼します」

 

 恩師の対面に座らせてもらい、改めて彼と向き合う。

 

「どうぞ。しかし、いい店だな。場所はあれだがそれを差し引いてもまた来たくなるところだ」

 

 窓の外を見ながら言う恩師。窓からは庭と青空が一度に見ることが出来た。高いところにあるおかげで余分な建造物はほとんどそのなかに入ってこない。

 

「ここは眺めがいいですからね…」

 

「そうだな……」

 

「あ、あの…」

 

 しみじみと景色を二人で眺めているとラウラが水差しを持って現れた。

 

「おや、お嬢さん。どうかしたい?」

 

「お水はいかがでしょうか?」

 

「おお、すまないね。ありがとう」

 

「い、いえ。失礼します」

 

 恩師に水を渡したのちいそいそと去っていくラウラ。彼女の後ろ姿はいつものポニーテールやストレートではなく、左に寄せた謂所のサイドテールをしている。なるほど、取り敢えずそれに落ち着いたようだ。

 

「外人か、インチャーナショルだな」

 

「……インターナショナルですかね?織斑の教え子ですよ、彼女。織斑は覚えてますか?」

 

「ああ、覚えているとも。織斑くんは真面目な子だったが、色々手を焼いたからな」

 

「織斑は色々と特殊な子ですからね」

 

「今じゃ有名人…。そんな子を教えたことがあるというのは鼻が高いな」

 

「……そうですね」

 

 懐かしむように口ひげを触る恩師に、桜木は時の流れを感じた。今はもう定年になって非常勤で働いていると聞いていたが、その影響か、成人式で会った時より更に老け込んでいる…。

 

「先生…もう食事はとられましたか?」

 

「いや、まだだよ。どうも最近は食が細くなってね」

 

「そうですか……ならサンドウィッチなんてどうですか?」

 

「サンドイッチか?じゃあ貰おうか」

 

「じゃあ少し待っていてください」

 

 桜木は席を立ち、厨房に戻る。未だ髪を弄る麻美と弄られるラウラの横を通り過ぎ、保存庫からレタスとトマト、玉ねぎ、バジルを取り出す。冷蔵庫からはハムを取り、食パンを持って戻る。

 野菜類を洗い水気を取り、玉ねぎとトマト、ハムをスライスし、パンを二枚切り取る。パンにマヨネーズを少量ぬり、野菜とハムをパンに乗せ、塩胡椒とマヨネーズ、オリーブオイルを適量振りかける。簡単にできるものだが、結構桜木は気に入っている。

 サンドウィッチを乗せた皿を持って恩師のもとへ戻ると、ラウラが彼の相手をしていた。また髪型が変わっており、今度は頭に大きな団子が出来ているが敢えて突っ込まないことにする桜木。

 

「お待たせしました。ラウラちゃんもありがと」

 

「ユーヤ」

 

「おお、ありがとう。お嬢ちゃんも、ありがとうね」

 

「いえ、私はこれで。ありがとうございました」

 

 サンドウィッチを恩師の前に置き、ラウラと換わり再び彼の前に座る。

 

「彼女、高校生だってね。そんな歳で一人留学とは凄いね。時代も進んだものだ」

 

 去っていくラウラに手を振る恩師。いったいどんな話をしていたのか、その顔は歳に似合わず悪戯小僧の様のように輝いていた。

 

「ふむ、おいしい」

 

「それはよかったです」

 

 サンドウィッチを口いっぱいに頬張り頷く恩師に安心する。これでもし万が一にでも口に合わなかったら目も当てられない。

 その後少し談笑していたが、恩師がこれから用事があるということで別れとなった。なかなかの時間が経っていたようで、既に店内には彼以外の客の姿はなかった。

 

「すっかり長居をしてしまったね」

 

「いえ、とんでもありませんよ」

 

「はっはっは、いやはや。今日はキミに会えてよかったよ」

 

 そういいレジの前で財布を出そうと恩師。

 

「先生、今日は御代は結構ですよ。サービスです。今日だけですけどね」

 

「おお、そうかね?すまない、ありがとう。次はかないと来てしっかりとお金を落としていくよ」

 

 再びはっはっはと軽やかに笑う姿は昔と変わることが無く、桜木は少しほっとする。

 

「ああ、そうだ。先程のお嬢さんに“頑張って”と伝えてくれ」

 

「え?それは---」

 

「では桜木くん、また会おう」

 

 パナマ帽を被り店から颯爽と帰っていく恩師の後ろを見送る。非常階段の奥に消えるのを確認し、看板を回収、付け替えをし店内に戻る。

 すでに皆閉店の準備を始めていた。桜木も速やかにそれに加わり閉店作業をこなしていく。使われた食器を洗い、店の各箇所の掃除を行い、片付ける。

 

「取り敢えず、今日はもうみんなあがっていいよ。あとは僕が終わらせておくから」

 

 だいたいのことを終わらせ、あとは在庫のチェックや帳簿だけになったため声をかける。日が少し傾いて来ているところから思ったより時間が経ってしまっているようだ。

 

「そらありがたいが、大丈夫か?」

 

「問題ないよ。それよりはやくデートに行っておいで」

 

「すまんな」

 

「はーい!じゃあお先失礼しまーす!」

 

 申し訳なさそうにする敬二と元気よく返事をする麻美。だがラウラの姿が見えない。

 

「あれ、ラウラちゃんは?」

 

「ラウちゃんでしたらさっき庭の手入れに行きましたよ?私が声をかけときますから大丈夫です!」

 

「そう?じゃあお願いするね」

 

「はーい!!」

 

 二人に別れを告げ、桜木はクリップボードを片手に保存庫へ向かった。後ろで二人が何やら話し込んでいたが、特に気にも留めなかった。

 

 

 

「こんなものか…」

 

 保存庫、冷蔵庫の中身を確認し、次の補給分を計算し終わったときには、日が落ちる前で部屋が夕暮れに染まってしまっていた。残りの帳簿は帰ってからにしようと思い、荷物を持ってオーナールームから出る。フロアにも夕日が差し込み、眩しさに一瞬目が眩む。右手をかざし日差しを遮ったところで、ふとテーブルに人影がいることに気が付いた。

 ラウラだ。

 夕日に銀糸が反射しキラキラと輝き、影の影響か、彼女の表情が妙に大人びて見えた。いつもは見えないそんな彼女に桜木はドキリと胸が跳ねるのを感じた。

 

「ユーヤ!お疲れ様です」

 

「あ、ああ、お疲れ様。帰ってなかったの?」

 

「はい、一緒に帰ろうと思いまして」

 

 そう微笑む彼女につい顔を背けてしまう。先程の姿のせいでついつい意識してしまったのだ。

 

「ユーヤ?」

 

「…なんでもない。ありがとうね、ラウラちゃん。どうせならご飯でも行くかい?久しぶりに」

 

「よろしいんですか?」

 

「うん」

 

「では、ご一緒させていただきますね」

 

 嬉しそうに立ち上がるラウラの髪がふわりと舞う。また髪型が変わっており、今度は大きめに結われた三つ編みだ。

 ラウラは桜木が自身の髪を見ていることに気が付き、得意げな顔になる。

 

「どうですか?ユーヤはこういうのが好みだと聞きましたが」

 

 そういいその場で一回転するラウラ。いったい誰がそんなことを教えたのか…。いや、桜木には何となく察しがついてはいた。

 

「うん、よく似合ってる。可愛いよ…」

 

「ふふ、ありがとう。ユーヤ」

 

 勝手に人の嗜好を喋ったことはいただけないが、結果としてこうして彼女の姿を見ることが出来たのだからそれでいいか、と一人小さく笑う。




 はい、髪型は完全な私の好みですよ!ちょっと見てみたいなあって願望も…。リアルではどうかはわからないですけどね(笑)
 そしてシャルロットもなんか近しい髪型するときありましたね(^_^;)
 まあいいや!

 因みに一ヶ所『サンドイッチ』となっているのは誤字ではありません。


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後悔の

 その日は茹だるような暑さだった。

 都会の喧騒から切り離された郊外の霊園に桜木は一人来ていた。立っているだけで汗が噴き出してしまうなか、彼は着崩すことなくスーツを着、入口に立つ。その顔はいつなく沈痛な面持ちで、悲壮感が滲み出ているかのようであった。

 重くなる足を引きずるように動かし、霊園をひたすら突き進む。それがどんなに遅くなろうともその歩みを止めることは決してない。

 管理事務所についた桜木は挨拶も早々に手桶とひしゃくと借り再び霊園内部へと入っていった。

 やがて桜木は一つの墓石の前で止まる。その墓石の正面には『桜木家先祖代々之墓』と刻まれており、側面には代々墓に入っているものたちの名も刻まれている。その末には彼の妹である『桜木茜』の名もある。桜木は墓石の前に屈み手を合わせる。

 

「……」

 

 苦悶に顔を歪ませ、祈りを捧げる。数十秒経ち、祈りを止めた桜木は掃除へと取り掛かった。柔らかな布で墓石を隅々まで磨く。区画内のゴミを掃出し、香炉等に残るゴミも撤去する。

 仏花を供え、御供え物の果実と妹の好物であったロールケーキを供える。そして再び祈りを捧げる。その後、無言のまま御供え物を回収し、桜木はその場を立ち去った。

 

「すみません。これ、ありがとうございました」

 

「はい、お疲れさまでした」

 

 手桶とひしゃくを管理所に返し、歩き出す。

 太陽が頭上に昇り、更に暑さが増したころ、ふと桜木は思い出したように足を止めた。

 ---そういえば、茜が死んだ日もこんな暑い日だったな。

 空を見上げ漠然と過去を振り返っていった桜木。だが、やがてそれも止め再び歩を進める。霊園を出、バス停で時刻表を眺める。ちょうどよくもうすぐバスが来るようであった。ベンチに座り、頭を抱えているとポケットにしまった携帯が鳴りだした。名前は載っていない。だが、番号だけで相手が誰なのかわかった。母親だ…。

 

「はい」

 

「……久しぶり」

 

「…ああ、久しぶり。何?墓参りならもう済ませたよ」

 

「そう…、ごめんね?私達行けなくて。ほんとは私たちも行きたかったんだけど」

 

「別に……。海外にいるんじゃ仕方ないよ」

 

「……。ねえ、雄哉?茜ちゃんのことは---」

 

「---ごめん、もう切るよ。バスが来る」

 

「え?ちょっと雄--」

 

 向こうで何かを言っているが、そんなことはお構いなしに通話を切断する。これ以上話を聞いていても、桜木には意味がなかった。続く言葉は決まって「あなたのせいじゃない」なのだから。

 坂を下ってきたバスを見ながら、桜木は重く、深いため息を吐いた。

 

 

 

 

 

「買い物?」

 

 学食で朝食を食べているとき、急にシャルロットがそんなことを持ち出してきた。

 

「そ!だってラウラこの前買った服以外にろくにないでしょ?だから」

 

「なにを言っている、服ならあるだろう。学園の制服や軍で支給された軍服、それにユーヤに貰ったものだってあるぞ!」

 

「ははは……でもそれ外出用じゃないでしょ?」

 

「む…」

 

 確かに、“おしゃれな”外出用なものは依然皆で遊びに行ったときに買わされたものしかないな、と考える。だが、別段ラウラにおしゃれをする予定も考えもなかったため、今まで特に気にすることなく過ごしてきた。

 

「やっぱり色々持っていた方がいいよ?」

 

「しかしだな…」

 

 腕を組み、なお難色を示すラウラを見かね、シャルロットはラウラ用の口説き文句を投入することにする。

 

「そ・れ・に!桜木さんもきっともっと可愛いラウラが見たいんじゃないかな?」

 

 織斑千冬に学園でのラウラの事を任されているシャルロットは、ラウラがごねたときの対処法を教わっていた。それが『桜木雄哉』の名前だ。軍人としてのラウラの人格を育てたのが織斑千冬なら、そこからラウラという少女を形成させたのが桜木雄哉という存在らしい。それ故、自覚しているのか無自覚なのか、ラウラは彼の存在を強く意識している。それがどういった感情から来るものかは本人は気付いていないようであるが。

 

「むう……そう、だろうか?」

 

「そうだよ!」

 

「な、ならば仕方がないな…。行くとしようっ!」

 

 挙動不審になりナイフとフォークで朝食の肉を弄るラウラを見て、ちょろいよ、と心の内でほくそ笑むシャルロット。

 取り敢えず二人は朝食を済ませてしまいその後に出かけることにした。急ぎ食事を取りとってしまい部屋に戻る。もともとある程度の服を着ていたシャルロットはまだしも、軍服を着て食事をしていたラウラは外行の服に変えなければならない。その為、少し時間を空け出かけるころにした二人。そうしたのだが……。

 

「結局制服なんだ…」

 

「なにか問題でもあったか?」

 

 問題しかないのだが、ドヤ顔で言われると何も言い返せなくなる不思議に陥った。苦笑いを浮かべるシャルロットにラウラは首を傾げ自身の姿を確認する。特に変になっている部分などはない。

 

「変な奴だな。いったいどうしたというのだ?」

 

「うんうん、なんでもないよ。ほんと、なんでも……」

 

「ふん。まったく、変な奴だ」

 

「ははは……」

 

 ラウラに呆れられるがもうなんかどうでもよくなってしまったシャルロット。このまま考えても埒が明かない。そう考えとっとと移動してしまうことにする。今日、彼女の認識を変えてしまえばいいのだと、自分に言い聞かせて。

 

 電車で移動した二人は巨大なショッピングモールに降り立った。

 

「じゃあどこに行こうか?」

 

「任せる。生憎と私はよくわからないのでな」

 

「そうだねえ……、あそこにでも行ってみようか」

 

 シャルロットが選んだ店は周りと比べても一際大きく、多くの人が賑わう店であった。外装に負けず内装もこっており、品揃えも豊富だ。

 そんな店においても、彼女ら二人はかなり目立っていた。日本で見ることの珍しい銀髪と金髪、それが一度に揃い、尚且つ二人とも美形となると目立つのも当然の事と言えよう。

 

「ようこそいらっしゃいました。よろしければ新着の御試着なんていかがですか?」

 

 店内を見て回る二人を見つけ、店員が声をかけてきた。

 

「へえ、薄手でインナーが透けて見えるんですね…。ラウラはどう?」

 

「うーん?どうと言われてもな……。いや、そもそも白は今着ている色---」

 

 頭を捻り考えていたラウラが顔を上げたとき、先程まで何も持っていなかったシャルロットと店員が服を数点ずつ持ち寄っていた。

 

「っ!?」

 

「折角だから試着してみようよ、ラウラ」

 

「え?いや、それは面倒--」

 

「“面倒”は、なしだから、ね?」

 

「ぅ、むぅ……」

 

 シャルロットのイイ笑みに言葉がつまり、頬を膨らませそっぽを向く。着ること自体は構わないが、少し恥ずかしく思うところがあり、顔が紅くなるのをラウラは感じた。

 服を持たされ試着室に入れられたラウラは上着をハンガーにかける。途中、壁に貼られたポスターの女性が目に入った。水着姿でその体を惜しげもなく晒す姿、自分の体と比べ思わずため息を吐いてしまう。見た目が重要じゃないとかそういった話を聞いたことがあるし、自身の副官も希少価値がどうこう言っていた気がする。だが、気になるものは気になってしまう。

 

「やはりこういうもの方がいいのだろうか…?」

 

 しかし、現状そのような淡い憧れを抱いたところで何が変わるわけでもない。あるものの、素材の持ち味を生かすことが大事である。バイト先での経験を心に思い浮かべる。料理での話なのだが、そんなことは今のラウラには関係ない。闘志を燃やし、拳を握りしめる。

 

「ラウラ~どう?……って何してるの?」

 

「む、シャルロットか。ちょうどいい」

 

「え?」

 

「私に似合うものはどういうものだと思う?」

 

「ラウラに似合うもの?そうだね~」

 

 店内を見渡し考えるシャルロットを不安げに見る。

 

「色々あるからちょっと決めにくいなぁ。なにがいいとかある?」

 

「えっと…。その、だな……か、可愛いのがいいな」

 

「ふふ、わかった。可愛いのがいいんだね!」

 

「た、頼んだぞ。先程も言ったが、私はこういうのはよくわからないから…」

 

「うん!任せて!!」

 

 シャルロットはやっとその気になった友人に心躍らせ、様々な服を選ぶ。完全に着せ替え人形のようになってしまったラウラだが、文句の一つも言わずしっかり着こなしていく。その過程でラウラはシャルロットに自分の希望も伝えていった。そして、最終的に服だけでなく靴や鞄といったものも含め数点まとめて買うことになったが、二人ともが満足いく事が出来、今回の買い物はなかなか有意義なものとなった。

 

 買い物を終え、一息ついた彼女らは近くにあった店で昼食がてら休憩を取ることにした。窓辺の席に座り、注文を終えたラウラはふっと、周りを見る。自分が働く店と違う広い店内と、窓から見える自然。こんな店もあるのだな、と純粋に感心する。届いた料理を見、一口食べ、内心ほくそ笑む。これなら自分でも作れる。そう感じてしまったのだ。

 

「ねえ、ラウラ」

 

「ん、どうした?」

 

「ラウラってさ、桜木さんのことが好きなんでしょ?」

 

「ああ、好きだぞ」

 

「それって知人として?それとも、異性として?」

 

「え…?」

 

 シャルロットの問いにラウラの中の何かがざわめいた。そんなことを考えたことなど今までなかった。

 ラウラは桜木に合い、触れ合っていく中で自然と彼の傍いることが心地良くなっていった。それは織斑といるときや、隊の部下たち、友人たちといるときとはどこか違うもののように彼女は感じる。思考の海に沈んでいくラウラ。やがて、深い海の底に一筋の光が見えそうになったとき、彼女の邪魔をする者が現れた。

 

「ねえ、あなたたち。バイトしない?」

 

「え?」

 

 突如見知らぬスーツ姿の女性に勧誘され、思わずすっとんきょな声が漏れる。

 

 どうやら、話を聞いてみるとこの女性は近くのカフェの店長でたまたま彼女らを見つけ声をかけてしまった、ということだった。だが、ラウラは現在既に桜木の喫茶店で働かせて貰っているため、他の店で一日だけとはいえアルバイトをするというのはどうにも了承出来なかった。しかし、一方のシャルロットは意外にも乗り気で、ラウラがもの言う前に了承され、あれよあれよと言う間に彼女のカフェへと連れて行かれてしまった。

 着いて早々渡されたのはメイド服。ラウラはそれをまじまじと見る。『D.C.』で着るウエイトレスのものとだいぶ違い、色々とヒラヒラしており、なんとも不思議な気持ちになる。

 

「はあ…。まあ来てしまったのなら仕方がないか」

 

「ははは、ごめんね。でもこういうのやってみたかったんだ」

 

 そういうシャルロットだが、少し表情に影がある。恐らく、見事着こなしてしまっている燕尾服に原因があるのだろうが、ラウラは敢えて突っ込むことはしなかった。

 

「お、やっぱ似合うね!どうやるかわかる?」

 

「問題ない」

 

「僕もたぶん大丈夫です」

 

 ラウラにとってやることはさして変わらない。メニューが少し変わる程度であれば問題と言えるものもなく、愛想に関しても今日一日だけならば特にする必要すらないのだ。

 客に呼ばれれば直ちに向かい、仕事をし、厨房から料理を受け取ればそのまま客のもとへ運ぶ。何も変わりはしない仕事内容。だが、ラウラはその行動にどこか違和感を感じる。何か足りない、満たされない。そんな感覚がラウラを襲う。

 その不可解な感覚に頭を悩ましていると、乱暴に扉が開き、銃声が店内に響き渡った。---強盗だ。覆面で顔を隠し、武装した数人の男たち。お金がはみ出した鞄を持っていることから銀行でも襲ってきたのだろうとラウラは考える。面倒だが、どうやって無効化するか考えていると、相手の方から声をかけてきた。

 

「おい!そこのお前、喉が渇いた。メニューを持ってこいっ!!」

 

 相手の浅はかな行動に思わず鼻で笑う。ラウラの姿を見ての判断だろうが、軍人相手に実に愚かなことを男たちはしてしまったのだ。ラウラは偶々用意していた氷入りのコップを乗せたお盆を差し出す。

 

「なんだ?これは」

 

「水だ」

 

「あん?」

 

「黙れ、飲め。---飲めるものならなっ!!」

 

 お盆を投げあげ、氷を空中に飛散させる。そして、虚を突かれ怯んだ男たちへ氷を弾き飛ばす。飛ばされた氷は的確に急所を穿ち、動揺した相手を近接戦闘にて無力化する。

 

「ふざけやがってこのガキ!!」

 

 逆上した一人が発砲してくるが、所詮はずぶの素人。ラウラにとって全く狙いの定まらない攻撃など何の脅威ではなく、冷静に全てを交わしていく。そして、完全にラウラに意識が向いたところを、シャルロットが一瞬で男に近付きハイキックをぶちかまし沈黙させる。

 

「目標の沈黙確認。そっちは?」

 

「ふん、問題ない」

 

 敵の制圧を完了し、返事をする。だが、辛うじて意識を保つ者がいた。

 

「この糞が!なめやがってっ!!」

 

 無茶苦茶に打ち出される弾丸。ラウラとシャルロットはそれらを掻い潜り避けていく。男の正面にシャルロットが移動し、その隙にラウラが背後を取る。

 

「ラウラ!」

 

 男が状況確認に見せた一瞬の隙に、シャルロットは床に転がる拳銃を男を越すように蹴り上げる。それを示し合わせたかのようにラウラが掴み取り、振り返った男の眉間に突き付けた。

 

「遅い、死ね」

 

 突きつける行動と言葉。たったそれだけで怯んだ男にラウラは容赦無くグリップの底を叩きつけ昏倒させる。

 

「全制圧完了!他愛もない」

 

 侵入してきた男たちは漏れなく地に伏した。その事実に今まで隠れていた者たちが沸き立った。口々に彼女らを称賛し、喝采した。

 

「ラウラ、僕たちが代表候補生だって公になると面倒だからこのへんで」

 

「そうだな、失敬するとしよう」

 

 眼下で待機するパトカーを見て、これ以上の長居は無用と判断する二人。

 だが、前線から離れていたことか、周囲が騒がしいことか、それとも完全に男たちを打倒したと油断していたからか…。彼女らは男たちの一人が意識を取り戻したことに気付けなかった。

 

「危ないっ!!」

 

 声と共に二発の銃声が木霊する。

 すぐさま振り返った二人は目を見開いた。銃をこちらに向けた状況で再び気絶した男と、男と自分たちの間で崩れ落ちる一人の男性。歓声が悲鳴に変わり、店内が混沌に落ちる。

 

「くそっ!おい、しっかりしろ!!」

 

 軍人として有るまじき失態に舌打ちをし、急ぎ怪我人に駆け寄るラウラ。蹲る男性を抱きかかえ、顔を確認し、ラウラは言葉を失くした。

 

「うそっ…!」

 

 後ろでシャルロットが悲鳴混じりに声を発するが、今のラウラの耳には届かなかった。

 

「…ユー、ヤ……?」

 

 青白い顔で自分の腕の中で呻く桜木の姿に頭の処理が追いつかず、思考が真っ白に塗りつぶされる。

 彼の無事を確かめようと抱え直した時、抱えた腕にぬるりとした生暖かいものが付いた。ラウラは恐る恐るそれを確認し、息を飲む。

 

 ---彼女の腕には、真っ赤に染まった華が咲いていた。




 なんだかんだで初めて原作側の話をまともに出した気がする。まあ、セリフ回しとかはだいぶ違うし、弄ってますけど(笑)
 そして恐らくこの作品で最後のシリアスが開始。こ、ここが重要だから勘弁を(震え)



 そういえば、「サンドイッチ」と「サンドウィッチ」の話がありましたが、違いも正解不正解もありませんのでぶっちゃけどっちでも問題ないでも!ちょっとおしゃれっぽいかそうじゃないか程度でいいんじゃないでしょうか。

 他にも色々と感想、メールを下さった方々、ありがとうございます!


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心の

 真っ白な部屋に蝉の声が木霊する。開け放たれた窓から風が入り、カーテンを揺らし、窓辺に飾られた花から微かに香りが零れる。部屋にはベットが一台あるだけで、他の患者を入れるスペースはない。そんな部屋のなかで、ラウラはベットの横の椅子に座り、目の前で静かに眠る桜木の手を握りしめていた。

 桜木が凶弾に倒れてから二日が経ったが、未だ彼が目を覚ます兆しが無い。数時間の手術の末、一命は取り留めた。幸いなことに銃弾は主要な臓器や血管を避けるように貫通していたため、なんとか生き残ったようなものであった。

 ラウラは黙したままそっと桜木の髪をかき分ける。白かった肌は色を取り戻し、現在桜木が生きていることを確認させてくれた。何度かそうして桜木を撫でていると、戸を叩く音が聞こえてきた。

 

「様子はどうだ?」

 

「……教官」

 

「酷い様だな…」

 

 部屋に入ってきた織斑はラウラの顔を見るなり、眉を顰め呟いた。目元を腫らし頬はこけ、髪には艶が無くなり酷くやつれた姿。紅い瞳はくすみ、見る影を失くしていた。取り繕ったように作られた無表情は、残酷なほど今の彼女をよく表していた。

 

「まだ目を覚まさないんだな」

 

「……はい」

 

 ラウラの傍らに立ち、織斑は桜木の様子を窺う。だが、織斑が来たことすら今の彼にはわかることのないことだ。

 

「…お前たちが今回の事件にかかわったことは公にはされない」

 

「そうですか」

 

 自分の事なのにまるで他人事のように感じるラウラ。敬愛する織斑に顔を向けることすらしない。その様子に織斑は深くため息を吐く。

 ---重症だな。

 織斑はすっかり憔悴しきったラウラに頭を抱える。

 

「教官…」

 

「なんだ?」

 

「何故ユーヤはあのような行動と取ったのでしょうか…?何故私たちを庇ったりなんかしたのでしょうか……?いえ、そもそも何故あのようなところに……。何故---、ユー、ヤ……」

 

「……」

 

 ラウラは悲痛な声を漏らし、張り付けた無表情に綻びが生じる。桜木を握る手に力が入る。

 

「…あの店はこいつの妹が好きな店だったんだ」

 

「妹…?そんな話聞いたことがありませんが…」

 

「……ラウラ、こいつの前でISの話がされないのは何故だと思う?何故そこまでみんなが気を使っているか、お前にわかるか?」

 

「……いえ、わかりません」

 

「……こいつの妹が死んだからだ。いや、正確に言えば殺されたから、か」

 

「え?」

 

 ここにきて初めてラウラは織斑の方を向く。微かに見開かれた目には困惑の色が浮かぶ。

 

「どういう、ことですか?」

 

 織斑は話すか迷うように頭を掻きながら、窓辺に移る。窓から外を眺め、ゆっくり振り返る。未だラウラの視線は織斑に向いていた。

 

「本当は私から語るべきではないんだろうが…」

 

 織斑は何度目かのため息を吐き、壁に背を預ける。そして普段見せることなどない儚い視線を桜木に送る。

 

「こいつの妹は“桜木茜”といってな、明るく元気に満ち溢れた子だったよ。いつもこいつの後ろをついて回って、私達にもよく懐いてくれたんだ。もし、生きていればお前たちの先輩になっていたかもしれないな。……彼女が死んだのは確か五年前。私も詳しくは聞かされていないが夏が過ぎたというのに妙に暑い日だったのは覚えている。その日偶々、彼女が立ち寄った店が反IS団体に襲撃されたんだ。半日にも及ぶ立てこもりの末、警官隊と銃撃戦になりその流れ弾に、な。犯人たちはそのまま射殺され、茜も当たり所が悪く…。即死だったそうだ」

 

「そんなことが…」

 

「ああ……。それ以来だ。直接的な原因じゃないにしろ、妹の命を奪う事になったISを嫌うようになったのは。今はだいぶ落ち着いてはいるが、初めのうちは酷いものだった。ISから極端に距離を取り、情報端末すら遠ざけていた。何日も家に籠り、外界から遮断された生活を送り、自分を呪っていた。私たちが何を言っても反応せずにな。だがある日、急に家を飛び出したこいつは大学を休学し、世界を回る旅に出たんだ。ドイツで会った時もその途中だったんだよ。私もあの時は色々と驚いた。消息が途絶えていたこいつから連絡が来たことも、日本にいたときは幽鬼のようであったが、いつの間にかある程度元に戻っていたこともな……」

 

 一旦話をきり、織斑は桜木に近付く。そして体を屈め、桜木を愛しむように優しく撫でた。

 

「……ユーヤは…、私たちがISの関係者ということは知っているのですか?」

 

「ああ、お前を託すときに教えた。こいつはちゃんと了承したうえでお前を預かることを決めたんだ。『そろそろケジメを着けなくちゃいけないから』とか言ってな。それに、何となくだが、初めからわかっていたのかもしれないな…。だがまあ、割り切ることは出来なかったみたいだがな…」

 

 桜木を撫でていた手を止め、体を起こしラウラを見下ろす。ラウラは俯いており、織斑と視線が合う事はなかったが、それでも彼女は目を逸らすことはしない。

 

「こいつが何故お前たちを庇った理由は知らん。妹を救えなかった罪滅ぼしか、情が湧いたからか、本人でもない私が分かるはずもない。こいつが目を覚ました時に直接聞け」

 

「……はい」

 

「私はこれで失礼する。まだ事後処理でやらなければならないことが残っているからな」

 

「すみません、教官」

 

「そう思うのなら精々こいつの面倒を見ておけ」

 

 ラウラの返事を待つことなく、織斑は出口へ歩き出す。ドアノブに手をかけ、扉を開け放ったところで足が止まる。

 

「……もしかしたら、お前だったからかもしれないな」

 

 何を思っての言葉か、ラウラが振り返った時には既に織斑の姿はなく、扉がゆっくり閉まるところであった。

 目標を失った視線は宙を彷徨い、結局また桜木のもとに戻る。彼は変わらず死んだように眠っていた。

 ラウラは椅子からベットの淵へ座る位置を変え、よく彼が見えるように体を乗りだす。

 

「なあ、ユーヤ。私はわかったことがあるんだ…」

 

 桜木の頬を触り、確かな体温を確かめ彼の生を感じる。

 

「私には貴方が必要なんだ。貴方が傍にいないと私は満たされない…。貴方がいないとダメなんだ……。だから、だから……っ!」

 

 貼り付けた表情がついに崩れ、涙が溢れ出る。顔をくしゃくしゃにし、桜木の胸に崩れ落ちた。怪我人にこんなことをしてはいけないことは勿論理解している。だが、頭で理解しているからと言って身体が言うことを聞かない。心に開いた穴を埋めるように桜木に縋り付く。

 病室に彼女のすすり泣く声が反響する。

 どれくらいそうしていたのだろうか。体を起こし、辺りを見渡す。日の光の差し込み方がだいぶ傾いてしまっていた。どうやらいつの間にか眠ってしまったようだ。寝むた目を擦り、頬を伝った涙の跡を拭う。

 微かな期待を込めてラウラは桜木を見るが、その様子に変わったところはなかった。思わず目を伏せため息を吐いてしまう。だが気を取り直し、顔を寄せ、上から覗き見る。

 

「すまない、もう私は帰ろう……。明日こそは貴方の声が聞きたいな」

 

 前髪をかき分け、桜木の額に唇を落とす。唇は僅か二秒程で離れ、ラウラは儚く今にも壊れそうな顔で桜木に微笑みかける。

 

「色々伝えたいことがあるんだ、あまり待たせないで欲しい……。知ってると思うが、私は気が短んだ」

 

 ゆっくりベットから降り、桜木にかかる毛布を整え、窓を閉める。直ぐにクーラーの風が部屋を回りだした。ラウラは忘れたことが無いか部屋を見渡し確認する。すべてを確認し終わったのに、彼女は扉に手をかけようとし---

 

「ぅ、あ…」

 

 自分以外の声に反応しすぐさま桜木に駆け寄る。桜木は意識は戻っていないが、その表情は苦悶に歪んでいた。もしかしたら傷が痛むのかもしれない。そう感じたラウラはそっと桜木の手を取る。

 

「大丈夫、大丈夫だ」

 

 聞こえるかわからないが、ラウラは優しく桜木に語りかける。それが助けになると信じ。

 ---今日は少し遅くなりそうだ。

 あとでシャルロットにメールをすなければと考えつつ、今日もラウラは桜木に寄り添うのであった。




 はい、こんなセリフが多いの初めてだな。まだ少し続くよシリアス…。

 そういえば、原作ではラウラとシャルロットの買い物は夏休みの終盤ですが、ここでは序盤(?)です。まあ、色々と違うのは勘弁を。


 てか、原作設定結構ガバガバだからそこらへん合せるのくっそ大変だ(笑)あまり深く考えると深みに嵌るんで、そうなんだ程度に思っといてください。


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気持ちの

「本当ですか!?」

 

「ああ、今日の朝に意識を取り戻したそうだ」

 

「そう、ですか…」

 

 職員室に呼び出されたラウラは織斑より桜木が目を覚ましたことを聞かされた。あの事件から十日。漸く彼が目を覚ましたのだ。精神的にも肉体的にもかなり消耗していたラウラはその吉報を聞き、思わずその場にへたり込んでしまった。そして静かに涙を流す。

 

「よかった…本当に、よかった……っ!」

 

「取り敢えず今日は精密検査やらなんやらで面会は出来ないそうだ」

 

「…っ…」

 

「ほら、泣くな。あまりに泣いて目元を腫らしたら明日どういう顔で会うんだ?」

 

「わかっ…て、おります…っ…」

 

 口ではそう言いつつも、感情が、体を思うように制御できないラウラは流れる涙を止めることが出来ない。そんなラウラを見た織斑は優しいため息を吐き、近くにあった自身のタオルを彼女に貸し与えた。

 

「これで涙を拭え。今日はもう部屋に戻って気持ちの整理を着けて明日に備えろ」

 

「あし、た…?」

 

「行くんだろ?見舞いに」

 

「っはい…!」

 

 織斑の問いかけに涙声でありながら力強く答えたラウラは、震える手足に力を込め立ち上がる。織斑はその姿に満足気に頷きデスクへ体を向ける。もうこれ以上言う事はないという意思表示であり、ラウラもそれを理解し、深々と一礼しその場を後にした。その際、織斑の肩が微かに震えているように見えたが、決して触れることはない。織斑がどういう気持ちだったか、ラウラもわかっているから。

 

 

 

 桜木は誰もいない病室で一人、外を眺める。痛む体を起こしながら景色を見、ただ生を実感していた。意識が途絶える前、体を襲った衝撃と熱、そして喪失感。それを考えるたび、腹部の傷が脈打ち痛む気がした。医者の話だとこうして生きて、動いていられるのは奇跡に近いらしい。だが、桜木にはそんな事態だったということがまるでわからなかった。あの時は考えなんてなかった。ただ、また大切なものが無くなるのが怖く、無意識で行ったものであった。

 

「彼女は…ラウラちゃんは大丈夫だろうか…」

 

 最後に見た彼女の今にも泣き出しそうな顔が瞼の裏に浮かぶ。怪我した様子は無かったが、心配であった。

 憂いに染まった瞳で外を眺めていると、病室の扉が静かに開いた。目を向けるとラウラと花束を持った織斑が立っていた。彼女たちはまさか桜木が起き上がっているとは思いもよらなかったようでひどく驚いた様子であった。その様子が何となくおかしくて、桜木に笑みが零れる。

 

「やあ」

 

「やあ、ではない!何をしているんだ貴方はっ!!」

 

 桜木としては何気ない挨拶をしたつもりであったが、ラウラは違った。血相を変え桜木に駆け寄っていく。いつも心がけている敬語を出す余裕すらない。桜木に駆け寄ったラウラはその体を支えゆっくりとベットに寝かせる。そして慣れた手つきでシーツを整え窓開け部屋の換気をする。その手際の良さに桜木は申し訳なく感じた。

 

「体はいいのか?」

 

「ああ。医者の話だと二週間ほどで退院できるそうだ」

 

 ベットの横の椅子に腰かけた織斑の問いかけに答えるが、彼女は眉間に皺を寄せる。彼女が欲している答えではないのだ。

 

「体に問題はないのか?と聞いたんだ」

 

「……少し足がな。上手く動かないんだ」

 

 微かに、横に立つラウラが震えた。

 

「どっちの足だ?」

 

「左だ」

 

「そうか…。それ以外は?」

 

「大丈夫だ。銃で撃たれた傷は残るそうだが、それはさして問題ないことだ。足も生きる上では問題ないしな」

 

 誰かに言い聞かせるような優しい声色で語る。織斑はその様子を見た後徐に立ち上がった。

 

「私は花を換えてくる。ラウラ、その間こいつの面倒を頼んだぞ」

 

「あ、はい…」

 

 にやりと笑う織斑は置いてあった花瓶と持って来た花束を持って部屋を出て行った。

 ラウラと桜木、残された二人の間に沈黙が流れる。

 

「ラウラちゃんは怪我をしていないかい?」

 

「はい…」

 

「そっか、よかったよ」

 

 ラウラに怪我が無いとわかると安堵の表情を浮かべる。だが、ラウラはその表情を見るなり顔をみるみるうちに歪めていった。

 

「ユーヤ、私は本当に心配しました」

 

「ああ…」

 

「本当に、本当に心配しましたっ!」

 

「ごめん…」

 

「ユーヤッ」

 

 耐えられなくなったラウラはユーヤに抱き着くように崩れる。その衝撃で痛む傷に呻きを上げそうになるが、目の前の彼女の泣き顔にそれを押し殺した。

 

「私は、私はとても怖かったんだ…。あのまま、ユーヤが目を覚まさないんじゃないかってっ!…怖かったんだ……!よかった、貴方が、ユーヤが目を覚ましてくれてっ!」

 

 涙を押し殺し小さく叫ぶ彼女をユーヤは抱きしめ、優しくその頭を撫でる。今まで気が付かなかったが、少しラウラはやつれていた。白い肌も、艶やかだった銀髪も、荒れており彼女がどんな生活をしていた何となく想像が出来、そんなことをさせてしまったことに酷く胸が痛んだ。

 

「ごめんね、心配かけた」

 

「…っ」

 

「こんなになるまで心配してくれてありがとう…」

 

「…」

 

「ラウラ、無事でいてくれてありがとう」

 

「ユー、ヤ…貴方は……」

 

 抱き着いていた身体を起こし、ラウラは桜木を見つめる。二人の視線が絡み合い、一瞬呼吸を忘れる。

 

「む、タイミングが悪かったな」

 

 突然響いた第三者の声に今度は心臓が止まりそうになる二人。そしてラウラは素早くユーヤの上から退き、窓際に逃げ身真っ赤に染まった顔を隠すように俯いた。対する桜木は目に見えて動じる素振りはないものの、微かに頬を染めている。そんな二人を見た織斑は悪戯めいた笑みを浮かべる。

 

「くくく。すまないな、邪魔したか?」

 

「いや、大丈夫だよ。花、ありがとう」

 

「なに、気にするな」

 

「はは、そっか」

 

 持っていた花瓶を棚に置き、再び椅子に腰かける。先程まで浮かべていた笑みを消し真剣な表情を浮かべる。どうやら仕事モードに入ったようだ。

 

「取り敢えずだが、お前を撃った犯人について言っておこう。彼らは近くの銀行を襲った強盗犯人だ。それが逃走途中にあの店に逃げ込み立てこもりに至った。その後はお前も知っているだろうが、その場に居合わせたラウラ・ボーデヴィッヒとシャルロット・デュノアの両名によって制圧された。が、しかし、最後の抵抗で拳銃が発砲されそれにより民間人一名、つまりはお前が負傷した。ここまではいいか?」

 

「ああ」

 

「使われた弾はホローポイント弾。日本ではまず使われることのない殺傷能力の高い強力な弾だ。それをどてっぱらに受けてこうして生きているんだ。お前は誇っていいぞ」

 

「あまり嬉しくない褒め方だな」

 

「当然だ。褒めてはいないからな。それと、この事件の詳細は公に公開されていない。つまりお前も今は秘匿扱いとなっている。故に退院までの間は肩身の狭い思いをしてもらうことになるが、そこは了承してくれ」

 

「まあそれはしょうがないか……。OK、わかったよ」

 

「助かる」

 

 織斑はちらりと腕時計を見る。そして時間を確認した彼女は立ち上がる。

 

「用事でもあるのか?」

 

「ああ、悪いが私はこれで帰らせてもらう。ラウラは置いていくから安心しろ」

 

 何を安心すればいいのかわからないが、ニヤリと笑う織斑を止める間もなく彼女は部屋を出て行ってしまった。去り際に「頑張れよ」と言っていたが桜木には何のことかわからない。

 先程と同じ状況だが、妙な気恥ずかしさが残り、状況は前より悪いとも言えた。ラウラもラウラで俯いたまま喋らない。何とも言えない気まずい空間にどうするか悩んでいると、ラウラが動きを見せた。

 俯いたままであるがゆっくりとした歩調で近づいてくる。

 

「ユーヤ」

 

「どうした?」

 

「私は今回のことで気が付いたことがある……。今までこんなことはなかったし、私自信全くわからなかった……。だが、はっきりわかった。わかってしまったんだ」

 

 ベットの淵に腰掛けるラウラ。垂れた前髪によって顔を窺うことが出来ない。

 

「ラウラちゃん?」

 

「ユーヤ。私にとって貴方は無くてはならない存在なんだ。代えなどいない大切な存在……」

 

「ラウ、―――」

 

 銀のヴェールが視界を覆い、言葉が途絶える。目の前にラウラの顔があり、唇を重ねられたことに遅れて気が付く。数十秒か、あるいは数秒に満たない時間か、思考が遅れる桜木に正確な時間などわかりようがない。

 やがて口付けが離れ、彼女の全体が見えるようになる。

 潤んだ赤い瞳から目が離せない。

 

「私は…ユーヤ、貴方が好きです」




 うむ……原作の一夏への告白と全然違うな。
 まあ、成長の仕方が違うという事でお願いします(笑)


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実家の

 清々しく澄んだ青空が広がる。雲が浮かび、その合間に飛行機が帯を引き飛んでいく。周囲には木々が生い茂り、都会の喧騒と言うものをすべて切り離した世界である。

 そんな世界で、桜木は空を眺め佇んでいた。

 あの事件からおよそ一ヶ月。夏も終わりに差し掛かり、秋の訪れが間近に迫ってきている。

 

「……」

 

 順調な回復をみせた桜木は退院をし、療養と言う名目で都会から遠く離れた田舎へ舞い戻ってきたのだ。目を閉じ、一度大きく深呼吸をする。肺を新鮮な空気で満たすと、帰ってきてしまったのだと実感する。それと同時に、ズキンと痛んだ胸に顔を僅かにしかめた。それは怪我の後遺症か、はたまた――

 

「ユーヤ?」

 

 閉じた瞼を開け、声へと顔を向ける。心配そうな表情でこちらを見上げる少女。降り注ぐ光に輝く銀髪が眩しく、思わず目を細めてしまう。その様子に心配したらしく、少女が手をそっと握ってきた。どうやら余計な心配をさせてしまったようだ。

 

「大丈夫だよ、ラウラ」

 

 そう優しく笑いかけ、握られた手を握り返す。それだけで彼女の白い肌に朱がさし、華のような笑みを浮かべる。本来なら彼女はこのような辺地にいるはずがないのだが、桜木が心配だと言うことで学園に申請をし、こうしてついてきているのだ。

 

「こ、ここは綺麗なとこですね」

 

 手を握っていたことが急に恥ずかしくなったラウラは桜木から離れ、前に躍り出る。振り替える彼女に合わせ、ふわりと純白のワンピースと束ねていた銀糸が舞う。

 

「……ああ」

 

あの日、ラウラからの受けた告白……。その答えをまだ桜木は出せていない。

 

 

 

「ここがユーヤの家ですか?」

 

「ああ」

 

「オモムキがありますね!」

 

慣れない日本語を使いご満悦なラウラを尻目に桜木は黙して目の前の民家を見る。数年前に飛び出し、それから一度も戻っていない。しかし、その姿は彼の記憶するものと変わることなく、古ぼけた玄関戸と掛けられた表札が彼らの訪れを受け入れるようにあった。だが、本来なら桜木はここに帰ってくることなどなかった。ここは、時間の止まったままのだ……。

 

「たしか、ブケヤシキと言うものでしたか?」

 

「よく知ってるね」

 

「ふふふ、これでも勉強しておりますので」

 

得意気に胸をはる彼女の姿に少し重くなっていた心が軽くなる。彼女が同行を申し出たときは一時はどうなるかと思ったが、一緒に来て良かったかもしれないと思う。

 

「む?どうしたんですか?入らないのですか?」

 

ぼーっと戸を眺めて動かない桜木を不思議に思い、声をかけるラウラ。

 

「いや、なんでもない。そうだね、入ろっか……」

 

鍵の掛かっていない戸を開け、中に入る。古びた家特有の匂いが鼻孔を擽り、未だ現役に活躍する白熱電球の柔らかな光に照らされる。

 

「消し忘れか……」

 

相変わらずの両親の雑さ加減に呆れる。

桜木に続きラウラがおずおずといった様子で入ってきた。あたりをキョロキョロと見る様子はまるで小動物のようである。

 

「誰もいないのですか?」

 

「いや、連絡は入れてるからいるはずだよ。ただいまっ!!」

 

 戸を開けたにも関わらず出てこない両親に向け、帰ってきたことを大声で告げる。隣に来ていたラウラの肩が震え恨めしそうに睨らまれるが、その効果はあったようでドタドタと足音が奥から響いてきた。

 そして初老の女性が現れた。

 

「まあ、おかえり。疲れたでしょ?」

 

「ああ……ただいま」

 

「そんなところにいつまでもいないで入っていらっしゃい……。って、あら?そちらのお嬢さんは?」

 

 キョトンとした様子で二人のやりとりを見ていたラウラは慌てた様子で姿勢を正す。

 

「ラ、ラウラ・ボーデヴィッヒです!よろしくお願いしますお母様!!」

 

 色々とツッコミたい桜木だが、それより早く母が反応を示す。

 

「あらあらまあまあ!急に帰ってきたと思ったらこんな可愛い彼女さんを連れてきちゃって!」

 

「そ、そんな彼女だなんて……!私とユーヤはそんな!!」

 

「母さん……」

 

 おばちゃんオーラ全開になる母に顔を赤らめおたおたするラウラと呆れた様子の桜木。だが、それも突然涙を流し始めた母の姿に終わる。

 

「あの子がいなくなって、貴方までこの家を出ていって…まさかこんな日が来るなんて……」

 

「母さん…」

 

「しかもどこで引っ掻けてきたのかこんな可愛い外人さん…」

 

「母さん?」

 

「ちょっと年下過ぎじゃないかな?とか思っちゃうけど母さん気にしない!」

 

「母さん!?」

 

「はやく孫の顔が見たいわ!!」

 

「やめろぉお!!」

 

 さっきの一瞬の涙はなんだったのか、再びおばちゃんオーラ全開の母。しまいにはオホホホなどと笑う始末に思わず全力でツッコム桜木とあまりの展開についていけてないが顔から蒸気が出そうになるラウラ。この状況は痺れをきらした父が来るまで続くのであった。

 

 

 

「ごめんなさいね、こんな部屋しかなくて」

 

「いえ、お構い無く」

 

 父と話があると先に居間に行った桜木と別れ、ラウラは母と一緒に小さな客間へと来ていた。家具らしいものは何もなく、少しもの寂しいものであったが、普段の自分部屋とそう変わらないためあまり気にならない。

 

「この部屋は好きに使っていいわ」

 

「すみません、急に来てしまって」

 

「いいのよぉそんな!むしろ感謝してるんだから!きっとラウラちゃんが一緒じゃなくちゃあの子この家に帰ってこなかったもの……」

 

「お母様…」

 

「あの子のこと、離さないであげてね?急にいなくなっちゃうことがあるから…。私たちは一度あの子を離しちゃったから……」

 

「……」

 

 母の言葉にあの事件が脳裏に浮かぶ。失うかもしれないと言う恐怖と、自覚した自分の気持ち。ラウラはその二つに固く拳を握る。

 

「大丈夫です…」

 

「ラウラちゃん?」

 

「たとえ“離せ”と言われても絶対離しませんから!」

 

 決意や宣言とも聞こえる言葉と共に浮かぶ笑顔はそれはそれは魅力的で、思わず母はみいってしまう。そして優しく微笑み、ラウラの頭を撫でる。はじめて受けるものだったが、それは慈愛に満ち、どこか桜木のそれと似ていた。

 

「そうね、ラウラちゃんならきっと大丈夫よ」

 

「……」

 

「でもそうね、あの子ってなんだかんだで奥手だからアドバイスをあげるわ」

 

「アドバイス、ですか?」

 

 自分の思いを込め、ファーストキスまで捧げたあの告白から半月以上が経つ。表情や雰囲気には出していないが、返事が保留のままで実は少し落ち込んでいたラウラ。どんなことがあるのか、期待に目が輝く。

 

「そうね、まずはあの子の部屋はこの部屋を出て左に二つ行ったところにあるわ。私たちの寝室から離れてるから安心してね!」

 

「お母様!?」

 

「ふふふ。冗談よ。でも離れていることはほんとだから」

 

「はあ…」

 

「こっちがホントのアドバイス。実はね、明日から夏祭りがあるの」

 

「夏祭り、ですか?」

 

「そう。きっといい思いでになるわ。色々貸してあげるから二人で行ってきたら?少しは泊まっていくのでしょ?」

 

「それはそうですが……」

 

 確かに夏祭りと言うものには興味があるし、桜木と行ってみたいと言うのが本音だ。だがしかし、桜木の護衛のような名目で来た手前、自分の我が儘を言っていいのか不安になる。そんなラウラの心情を知ってか知らずか、母は勢いよく立ち上がる。

 

「そうと決まったらこうしちゃいられないわね!仕舞っている着物を出さないと!いえ、他にも色々あるわね!!ああ、楽しみだわ!!」

 

「あ、ちょっ!お母様!?」

 

 思い立った母は何者にも止められない。「雄哉のことは任せておいて!!」と言い残しそのまま部屋を出ていってしまった。

 残されたラウラは暫く呆然としていたが、ほっと一息付き用意されていた座布団の上に座り直した。あまり似ていない桜木と母に思わず苦笑いがこぼれ、そこではたと寂しさが溢れてきた。彼女に“母”などいない。今までそれをどうと感じたことなどないが、何故だか寂しい。

 ラウラは無償に人肌が恋しくなり、ここにはいない桜木の温もりを無意識でその手で探すのであった。




 皆、待たせたな!
 いや、マジですんません…。やっとパソコンが戻って投稿できる環境になったんで取り敢えず一発出しときます。
 久々すぎてなんか違うかもしれませんが、そのときはまたご指摘ください(他力本願)
 ていうか、実は自分でも本来投稿する予定の話を忘れたんで、思うがままに書いていたんで、もう何が何だか……。
 ま、まあ、軽くは今までの話を覚えてるから流れはいいはず…。


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思いの

「懐かしいなあ……」

 

 遠くに聞こえる祭り囃子に耳を澄ませる。随分と聞いていなかったそれは不思議と自然に馴染み心が踊る。

 久しぶりの実家にラウラと縁側で日向ぼっこやら散歩やらをしていたのだが、唐突な母の一言によってこうして桜木はこうして外に出ている。現在彼は一人、家と会場の中間にある橋の上にいる。ラウラは母に連れられ屋敷の奥に行ってしまいそれから会っていない。なんでも準備があると言うことと、どうせなら待ち合わせで行けばいいとのことで、こうして桜木が先発で出発しているのだ。

 手持ちぶさたな彼は何気なしに携帯を取り出す。そこでふと思いだし、織斑に向けメールを打つ。内容はシンプルだ。実家で平和にしていることとラウラの様子、そしてこれから二人で祭りにいくと言うこと。メールを送ると返信はすぐに帰ってきた。こちらの返信も彼女らしく実に簡潔だ。しかし、「頑張れよ」とは一体何にたいしてなのか、桜木は頭を掻き、そっと内袖に仕舞う。

 

「そろそろ答え、出さなくちゃな……」

 

 悪いとは思ってはいるが、なかなかこういうことは決断し難い。あちらとこちら、よく知った仲。それこそ一時とは言え一つ屋根の下で寝食を共にした仲だ。だからこそ――

 

「一度、しっかり向き合わなくちゃいけないか」

 

 だからこそは話さなくちゃいけないことがある。伝えなくちゃいけないことがある。答えはもう随分前から出ている。ただ、臆病風に吹かれ、逃げてしまっているだけのだ。やらないでする後悔はもう死ぬほどした。なら――

 思考に溺れる桜木はふと何かを察知に顔をあげる。視線をあげたその先には、見事に浴衣を着こなしたラウラがいた。いつか写真で見た旅館用の質素なものではなく、綺麗な華と蝶の刺繍が入った黒い浴衣。急いできたのか、頬が上気させ、恥ずかしそうに耳にかかる髪を掻き上げる仕草が妙に色っぽく感じさせた。結い上げられた髪から覗くうなじも思わずドキリとしてしまうほどだ。女性とは狡いもので、少しの変化で実に美しく見えるものだ。

 

「すみません、待たせてしまいました」

 

「大丈夫だよ。うん、ラウラちゃんの浴衣姿見れただけで待った甲斐はあったから。……凄く似合ってるよ」

 

「ありがとうございます…」

 

 いつものような照れ笑いではなく、恥ずかしそうに微笑むしおらしさはなんなんだろうか。少し呆然と桜木はラウラを見つめる。それに小首を傾げる彼女は何を思ったのか、徐に近付いてきその少し小さめな指を絡めてきた。

 

「あっと、ラウラちゃん?」

 

「すみません、こうしたかったんです。ダメ、でしたか?」

 

 ああ、本当に女性とは狡いものだ。

 

「いや、大丈夫。むしろありがたいよ。今は足がうまく動かないからね」

 

 一瞬、彼女の視線が左足に向く。桜木は自分の迂闊な発言に“しまった”と思うが、返ってきたのは予想外の反応だった。

 

「そうですね…。だから、絶対に離しませんよ」

 

「……」

 

 力強く、可憐な笑顔に息を飲む。彼女はいったいいつからこれ程までに成長したのだろうか。ずっと傍で見てきたと思っていたが、どうやら間違いだったようだ。

 

「さ、行きましょう!」

 

 繋がれた手が引かれる。強すぎず、速すぎず、桜木に配慮したそんな引きかただ。ラウラの背中がすこし大きく感じる。

 

 

 

 

 

 祭り囃子が一層激しくなり、何処にいたかわからない数の人で溢れる。都会にいた頃の喧騒が甦ったようである。流石に人混みのなかで桜木を引いていくのは難しい。ラウラは先に歩くのを桜木に寄り添うように歩く。キョロキョロと辺りの屋台を眺めつつもけしてその指は離そうとしない。

 

「なにか気になるものでもあった?」

 

「いえ、そういうわけではないのですが…」

 

 時折ふっと離れそうになってはぎゅっと指に力を込め戻ってくる。そんな健気な姿に申し訳なく思う。

 

「そうだねぇ」

 

「ユーヤ?」

 

 ここにきてはじめて桜木から動く。ゆったりだが確かな歩み。ラウラも邪魔にならないようにそれに従う。

 

「いらっしゃい!」

 

 フラッとよった先は一つの屋台。暖簾を潜ると同時に威勢のいい声が聞こえ、甘い良い匂いが鼻孔を擽った。

 

「一つ下さい」

 

「あいよ!300円だよ!」

 

「はいこれ」

 

「まいどっ!!」

 

 一連の流れをあっという間に済ませた桜木はものを受け取りラウラに差し出す。

 

「え?」

 

 差し出されたそれと桜木の顔を見比べる。

 

「ん?リンゴ飴、気になってたんでしょ?」

 

「あ…」

 

 自身の些細な変化を見ていてくれていたことに思わず頬が緩む。

 

「ありがとうございます」

 

「いやいや、気にしなくて良いよ。それに祭りは楽しまなくちゃね」

 

「ふふふ、そうですね」

 

 

 

 

 それから二人はゆっくりとした調子だが色々な屋台に顔を覗かしていった。ワタアメや焼きトウモロコシといった定番の軽食から射的や金魚すくいといった遊戯系の屋台。途中、射的にて全然思うように飛ばないコルク弾に憤慨するということがあったが、彼らは充実した時間を過ごした。

 そして、祭りが終盤に差し掛かる。花火が打ち上がり、人々を釘付けにする。ずっと流れていた祭り囃子は鳴りを潜め、今はその爆音と華を夜空にはためかしていた。

 そんななか、桜木とラウラは会場から離れた小高い丘の上にいた。地元民すら知らぬ秘密の場所。すこし疲れた二人は草原の上に腰を下ろし、夜空に輝く花火を眺める。周りには誰もいない、彼らだけの空間。二人は終始無言で寄り添う。次々と打ち上がる花火はやがて終わりを迎える。盛り上がりをみせた夜空の華は次第に数を減らし、煙だけを残し落ちていった。

 大華の余韻に浸るラウラだったが、ちらりと横にいる桜木を見る。未だ夜空をぼんやり見る桜木の横顔に抑えていた気持ちが込み上げて来てしまう。

 ――私のことをどう思ってくれているのだろうか…

 あの告白が突然だったのは自分でもわかっているが、あの時はどうしようもない感情で溢れてしまった。そして、それは今もである。

 降ろしていた腰を上げ、桜木に向き直る。桜木も彼女が立ち上がったことにより、そちらに顔を向け、自然と向き合う形になった。

 

「どうしたんだい?」

 

「…ユーヤ、貴方は私のことをどう思っていますか?」

 

「……」

 

 彼女が聞きたいことがわかり、思わず息を飲む。しかし決して視線を外すことはない。

 

「私は貴方が好きです。愛しい。しかし、貴方は何も仰ってくださらない…。私は…どうしたら、いいのでしょう…?」

 

 溢れだした思いは収まらない。不安でしかたがなかった。今まで溜めていた気持ちがその紅い瞳から溢れ落ちる。止めようにもどうしたら良いかわからず、ラウラは浴衣の裾を握りしめ、せめて泣き顔だけでも見られまいと俯く。

 桜木はそんなラウラを目の当たりにし、徐に握られた彼女の手をそっと自身の方に引く。予想外のことだったからか、彼女は何の抵抗もなく引き寄せられた。

 

「ユー、ヤ?」

 

 抱き止められ、優しい温もりに包まれ戸惑いの声を上げる。

 

「ごめん、ラウラちゃん…。キミにこんな思いをさせてしまって。正直怖かったんだ。また大切な人が居なくなるんじゃないかって…。だから返事を返せなかった……。返事をしてしまったら、今までの世界が変わってしまいそうで。俺は、どうしようもない臆病者なんだ」

 

「そんな、こと、ありません」

 

「臆病者さ…。いまも、昔もずっと恐れている」

 

「ユーヤ…」

 

「でも、そろそろ逃げ回ってばかりじゃ駄目なんだよな…」

 

 抱き抱えていたラウラを離し、視線が絡み合う。潤んだラウラの瞳に意思を固める。遅くなったがもう答えは出ている。だが、その前にやらなくてはいけないことがある。

 

「ラウラ、まずはキミに伝えなくちゃいけないことがある…。俺はISが憎い。嫌いでしょうがない。俺の妹を奪ったあの人形がっ!俺は――」

 

 桜木の口から出る恨みの言葉。捕まれた肩に力がこもる。だが、ラウラは目を反らさず、表情も変えず、桜木の言葉を受け止める。桜木は今、自分のために辛い思いを言葉にしてくれている。自分と桜木を引き合わせてくれた織斑ですら知らないであろう、彼の思いを。だから自分も彼に伝えよう、誰にも言えない秘密を。そして、全てが終わったあとに――

 

「ユーヤ、私も貴方に言わなくてはいけないことがあります」

 

 もしかしたら嫌われるかもしれない。もう二度とこうして彼の顔を見ることができないかもしれない。だが、それでも、自分を偽ることはできない。自分の全てを受け止めてほしい。

 

「私は、ラウラ・ボーデヴィッヒは貴方の嫌いなISの乗り手です。それもドイツの代表候補にして、ドイツ軍のIS部隊の隊長をしております」

 

 ――言ってしまった。後悔が押し寄せ、涙が込み上げてくる。いつからこんなに涙脆くなってしまったのだろうか。だが、まだ泣くことなどできない、伝えなくちゃいけないことはまだある。

 

「そして、私には親がいない…。試験管で生まれた作られた命、それが私です……」

 

 もう顔を見ることができない。唇を噛み締め震える肩を抱き、必死に堪える。嫌われるのが怖い、拒絶されるのが怖い、大好きな彼と離れるかもしれないという事実が怖い。ラウラは小さなからだ強く抱き締めた。

 

「っ、こんな私ですが、貴方のそばにいていいでしょうか?…こんな私が貴方を愛していいで、しょうか…?」

 

 好きだからこそ、伝えた。伝えてしまった…。

 

「ありがとう…」

 

 突然の言葉に顔をあげる。ラウラの目に優しい笑みを浮かべた桜木が映った。桜木は離していた彼女との距離を再び無くす。震える小さなからだを壊れないように、しかし離れないように強く抱き締める。

 

「教えてくれてありがとう……。でも大丈夫。君のことはよく知っているから。不器用で、恥ずかしがり屋。無垢で純粋、思い込みがやや激しいのがたまに傷だけど、そこもまた可愛いとても優しい女の子」

 

「ユーヤ…」

 

「とても大切で、愛しい子だよ…。ああ、わかっていたんだ、俺はそんなキミが好きになっていったんだ…」

 

「ユー、――」

 

 思わぬ言葉に顔をあげるラウラ。彼の名前を呼ぼうとして、言葉が消える。いつの間にか、すぐ目の前に桜木の顔がある。唇が触れ合い、呼吸が止まる。心臓が大きく脈打ち、張り裂けそうになる。

 それはどれ程経ったのだろうか。時間がなくなり、甘い感覚に酔う。

 やがて、唇が離れる。先程とはことなり、真剣な表情な彼の顔があった。

 

「ラウラ、キミは俺のことを知り、自分のことを教えてもなお、俺のことを好きといってくれた。だから俺もその気持ちに応えたい」

 

 言葉を区切り、一度大きく深呼吸をする。もう、桜木に迷いはない。

 

「ラウラ、俺もキミのことが好きだ。俺と付き合ってくれるか?」

 

 抑えていたものが決壊し、流れ出す。だがそれは今までものとは違う。暖かい思いが胸を満たす。

 

「はいっ!!」

 

 感情のまま、桜木に抱きつく。もう、思いを我慢する必要など何もないのだ。

 

 

 人気のない丘の上、二人の影は重なったまま離れることはない。そんな彼らを祝福するように、穏やかな月の光だけが優しく降り注ぐ。

 




ああ、難しかった(笑)
この話もそろそろ佳境だな…
次どうしようかねえ……

まあ、そんなこんな“二人は幸せなキスをして――”いや、なんでもない


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