闇物語-邪王真眼恋説- (であであ)
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EpisodeⅠ.中二病との邂逅

「今日も夜出かけるのか?」

 

「もちろん。不可視境界線を探す…それが、邪王真眼の宿命…。」

 

「はいはい。」

 

夕方、下校途中の2人の高校生が団地に向かって歩いてくる。1人は女子高生。片目に眼帯を、もう片方の目を輝かせながら不可思議なことを喋り、もう1人の男子はそれを軽く受け流す。夕陽に照らされ、他愛もない会話を繰り返す2人。だがそれは、突然聞こえた轟音によって終わりを迎える。

 

「っ!なんだ…!」

 

眼帯をつけた1人は、あまりの驚きに腰を抜かしてしまったようで、それに気づいたもう1人が彼女を庇うように前に立った。それは、すぐ目の前の地面が粉々に砕け散っていたからというのもあるが、さらに目線を上げた先に、得体の知れない怪物が立っていたからだった。

 

「素晴らしい。自分の身ではなく、他人を守ることを優先するとは…。その勇気を称え、2人とも苦しまずに殺してあげよう…。さぁ…私の仲間になるのだ…。」

 

「何なんだよ…っ!おい六花、立て!逃げるぞ!」

 

「…ゆ、勇太ぁ…立てないよぉ〜…。」

 

「なんだとぉっ!」

 

「もう遅い…。2人まとめて…、…何っ!」

 

怪物が2人に飛びかかろうとしたのと、鋭い斬撃音が響いたのは同時だった。突如として現れた鋭い刃に斬られた怪物は後ろへ吹き飛び、そしてその斬撃を放ったと思われる少年が2人の前に立った。彼は黒い衣服を見に纏い、片腕の膝から先は剣に変形していた。

 

「…俺が来るまでよく死ななかったな。」

 

「こ、今度はなんだぁ?!」

 

宵榊宮アンクの出現に、1人は驚き、もう1人は目を輝かせながらこちらを見ている。それはこの刃に変形した腕が原因か…。ともあれ、今まで見たことのない生命体に、アンクは鋭い視線を向けた。

 

「…貴様、何者だ。」

 

「…邪魔が入ってしまってはしょうがない。ここは一旦引きましょうか。」

 

「…っ!待て!」

 

アンクが正体を問いただすと、怪物はそう言って姿を消してしまった。

 

「…何で俺の疑問にみんな答えてくれないんだ…。」

 

この前の闇の力を与えた張本人の時といい、何故かアンクの質問をみんな無視していってしまう。その事に少し理不尽さを感じながら、アンクは座り込んでいる2人に目を向けると、

 

「大丈夫か?」

 

「…あ、はい。ありがとうございました…。」

 

少し動揺してはいるものの、とくに問題はないのを確かめて、

 

「そこの女、お前も平気か?」

 

「……。」

 

「おい六花、聞かれてるぞ。」

 

「…コいい。」

 

「…何だって?」

 

「カッコいい!!」

 

この時初めて羨望の眼差しを向けられ、戸惑うアンクであった。



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Episode Ⅱ. 邪王真眼おとり大作戦! 前編

家が目の前の団地だということもあり、ひとまず3人は勇太の部屋へ行き、詳しい話をする事になった。因みに六花の家も勇太の1つ上の階なのだが、それでも勇太の部屋に行く事を強く望んだ六花に理由を尋ねると、またもやスルーされてしまった。年頃の女子というのは難しいのだろうか。長い間学校に行かず、クラスの女子と関わりのないアンクには知る由もなかった。

 

「さぁ、詳しい話をする前に、軽く自己紹介でもしておくか。」

 

「お、おぅ。俺は冨樫勇太。それで、こっちは小鳥遊六花。」

 

「違う…邪王真眼だ…。」

 

「ちょっと黙ってろ。」

 

「俺は宵榊宮アンク。さて、早速本題に入るが…。」

 

「ちょっと待って、よいざ…?…アンク。」

 

「諦めた…!」

 

「どうした?何か話すことがあるのか?」

 

「……。…さっきの刀の腕、どうやってやったの?!」

 

「…あ?」

 

「とてもカッコよかった!やり方、教えてほしい!」

 

本題に入るのを妨げて何を言い出すかと思えば、先の羨望の眼差しを再びアンクに向ける六花。そして、クラスの女子とまともに会話すらしたことないのに、そんな輝いた目を向けられた事に再び動揺したアンクによって、話題は本来の方向を大きく外れていく。

 

「何でこいつは、こんなに俺に興味津々なんだ…?」

 

「あ〜、こいつ中二病でさ…。そういうの大好きなんだよ。」

 

「なるほど。…かくいうお前も、過去に中二病だったようだな。」

 

「なっ!さ、さぁ、一体何のことやら…。」

 

「隠しても無駄だぞ。お前の過去を見た。」

 

「そう、勇太はダークフレイムマスター…。闇の炎に抱かれて…」

 

「やめろぉー!」

 

「なら、闇の力が使える俺は、お前らの憧れの対象ということだな。」

 

「や、闇の力ぁ!ど、どんなことができるの?!見せてほしい!」

 

『闇の力』というワードに反応し、興奮した六花が飛びついてくる。あまりにも顔が近い、そして不覚にも、可愛いと思ってしまった…。

 

「そ、そうだな。例えば、空を飛ぶこともできるぞ。こんな風に…。」

 

術式が展開。自ら描いた漆黒の魔法陣に、体の中に流れている闇を注ぎ込む。そしてそれは『闇術』となり、六花に変化を及ぼした。見れば六花は、宙に浮き部屋の中を飛んでいた。

 

「と、飛んでる!勇太ぁ、私飛んでる!」

 

「まさか、本当にこんなものが…!」

 

憧れて、いつも夢に描いてきた、でもこんなの現実じゃありえないと、思っていた現象が今、目の前で起きている事に、勇太は今までにない驚きを見せ、六花も興奮のあまり素が出始めていた。まさか自分の力で、こんなに喜んでくれる人がいるとは思いもしなかったアンクも、少しずつ心を開いていった。だが、いつまでも楽しい会話をしている訳にもいかない。「さて」とアンクは前置きし、

 

「そろそろ本題に入らせてもらう。もう妨害は認めないぞ。」

 

「そ、そうだったな。…忘れてた。」

 

「さっき現れた化け物のことだ。」

 

「っ!そ、そうだ。あいつ、急に俺らを襲ってきた…。一体何なんだ、あいつ…。アンクは何か知ってるのか?」

 

「…いや、俺もあんな奴、生まれてこの方見たことない…。だが、俺たちの脅威であることは、おそらく間違い無いだろう…。倒さなければいけない相手だ…。」

 

「ふん!そんなもの、この飛行能力を手に入れた邪王真眼にとっては造作もないこと…。」

 

「お前さっき腰抜かしてたろ!てか、いつまで飛んでんだ!」

 

「楽しい!!」

 

「だが、倒すと言っても、相手がまたここにくるとは限らない。…そこで、お前らに協力してほしい。」

 

「…どうすればいいんだ?」

 

「何、そんな難しいことではない。さっきと同じ状況を作ってほしいんだ。」

 

「さっきと同じ状況…?…ん?それってつまり…。」

 

「お前らには、おとりになってもらう!」




〇能力解説

・トランス
腕や足、髪の毛など体のいろいろな部分を武器に変形させることができる。

・空中浮遊
空中を浮遊することができる。あまり高く飛ぶことが出来ないのと、あまり速度が出せないのが欠点。だが他にも飛行能力を兼ね備えた闇術はいくつか存在する。任意の相手を飛ばすこともできる。

・過去視
相手の過去の経歴などを大雑把に見ることが出来る。他にも相手の個人情報を見たり、相手の現在地の検索や生体反応の確認、未来視や運命を見ることも可能。だが現在地の検索や生体反応の確認などは、雨や雪が降ってたり、異世界で魔力が空気中に飛んでる場合はほとんど機能しないなど、環境の影響を受けやすい。


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Episode Ⅲ. 邪王真眼おとり大作戦! 後編

「…おとり。」

 

そう勇太は呟いた。ある程度予想はしていたものの、まさかの内容に呆然としている。そしてその中に、微かな恐怖を抱いているのが分かった。

 

「…それって、結構危なくないか?もし死んだりしたら…。」

 

「あの時、あいつはお前らを狙ってやってきた。お前らを襲える状態なら、きっとまたやってくるだろう。心配するな、お前には傷一つつけないと約束しよう。」

 

戦闘力0の勇太と六花に頼むのは少々危険を伴うが、仮に2人が襲われそうになったとしても、さっきみたいに間に割って入れば問題ないだろう。奇襲の斬撃に当たる程度の相手1体くらい敵ではない。

 

「それに、来なかったら来なかったで一向に構わない。流石の奴も罠だと警戒する可能性だってある。」

 

「それではつまらない。この邪王真眼の力が発揮できない…。」

 

「だからちょっと黙ってろ。ってか、いつまで飛んでるんだ!」

 

「止まり方分からない…。」

 

「あ〜待ってろ、今術を解く。」

 

勇太とアンクが大事な話をしている最中、1人ずっと部屋を浮遊していた六花。まだ少し物足りなさそうな顔をしながら、数十分ぶりに床に足をつく。

 

「ねぇねぇ!もっと他に何か…うっ!」

 

「…?どうした、大丈夫か?」

 

「こ、このくらい余裕…ゔおぇっ!」

 

「わぁっ!ど、どうしたんだ六花!」

 

「き、気持ち悪くなった…おぇ…。」

 

「飛びすぎて酔ったんだよ。ちょっと休んどけ…。」

 

「あぅぅ…。」

 

「とりあえず、作戦の決行は夜だ。」

 

はしゃぎすぎたのか、突然嘔吐物を床に撒き散らかす六花。だが、それに構ってる暇はない。作戦決行の時は、刻一刻と迫っている…。

 

 

そして、早くもその時は来た。2人が帰ってきた時とほぼ同じ状況を再現するため、勇太と六花は建物の前にスタンバイしている。そしてアンクは部屋に1人、標的の怪物が現れるのを待っていた。

 

「もう気分は平気なのか?」

 

「うぅ、まだちょっと気持ち悪い…。…はっ!まさかこれは、闇の力を酷使しすぎた代償…!」

 

「そんなわけないだろ。」

 

「あぅぅ…。」

 

六花の妄想に、ツッコミと同時にコツンと頭を叩く勇太。そんなお決まりのやりとりをする2人には、何処か少し余裕があるように見えた。というのも、アンクの先の言葉に厚い信頼を置いているらしい。

 

「いいか?もしものことがあっても、アンクが守ってくれるから、焦るんじゃないぞ?」

 

「焦っているのは勇太のように見えるが…。」

 

「うっ…。」

 

「それに私は大丈夫。いざとなればこの、"シュバルツゼクスプロトタイプマークツー"で応戦する!」

 

「はいはい。頼りにしてるよ。」

 

「…では一度この私と戦ってみようか、人間…。」

 

「…っ!」

 

六花の勢いの良い宣言に乗って出てきたのは、この作戦の目的である例の怪物だ。

 

「ふん!まんまと出てきやがった…。」

 

アンクもその姿を視認し、攻撃の準備に入る。

 

「それが君の武器という訳か。私に攻撃して見せろ。」

 

「ふ、ふふっ、お、面白い。こ、この邪王真眼の、ち、力、思い知らせてや、やろう。」

 

「おい六花、声が震えてるぞ…。ってか、余計なことするなよ…!」

 

「はぁーっ!"ダークマターブレイズ"!」

 

「やりやがったーーっ!」

 

再び目にした怪物に動揺し、傘を思いっきり振った六花。もちろん六花の妄想に過ぎず、それが相手に致命傷を与えるはずはなく…、

 

「ぐはぁっ!やられた〜…っ!」

 

「…え?効いた…?」

 

「…フハハハハ…まさか、そんなはずがないだろう…。」

 

「あいつ以外にノリ良い…!」

 

「言ってる場合か!」

 

「次は私の番だ…。共に世界を滅ぼそう…。」

 

少し怪物に興味を持った六花だが、そんなことしていては自分たちの命が危ういと、勇太が逃げ出そうとした時、奴の頭上に人影が見えた。

 

「…アンク!」

 

「滅ぶのは貴様だ!『暗黒奥義 地穿つ漆黒の一閃』」

 

アンクの腕が変形した刃に、莫大な量の闇が注がれる。その力の強大さは、常人である勇太と六花も感じるほどであり、怪物の体を2つに切り裂くには十分すぎる力だった。地面をも粉々に砕く斬撃を受けた怪物の体は地面に倒れ、爆散した。

 

「すごい!アンクすごい!すごいカッコいい!!」

 

「ありがとう。お前らの協力で、奴を倒すことが出来た。」

 

「いや、俺たちは何も…。あの時アンクが来てくれなかったら、俺たちはもっと早くに死んでた。…本当にありがとう。」

 

お互い感謝を伝え、これで一件落着。脅威は去り、勇太と六花には、また平和な日々が戻ってくる。だが、そこにアンクは含まれていない。少し名残惜しそうに、アンクがその場を後にしようとした時、六花が口を開いた。

 

「…君に、我々の結社に、入ってほしい…っ!」

 

「…はぁ?」

 

この瞬間察した。あぁ、これが、最初の出会いなんだなぁ、と。




〇能力解説

・闇術
闇の力を媒体に行使できる術の総称。描いた魔法陣に、体内の闇を注ぎ、そこで術として変質した闇が、周りに影響を及ぼす。無数の術があり、任意で使い分ける方が可能。また、魔法陣を介さない術も存在する。また、通常の人間が術を使用すると、代償や副作用が及ぶことがある。

・暗黒奥義 地穿つ漆黒の一閃
暗黒奥義とは、闇術の力をさらに増したものである。剣などの物体に高濃度の闇を集中させて放つ技や、暗黒奥義独自の技があり、それらも無数に存在する。『地穿つ漆黒の一閃』は前者であり、地面をも破壊するほどの力の闇を剣に集中させ、放つ技。


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Episode Ⅳ. 極東魔術昼寝結社の夏Darkness expansion

一目見ただけでは、それが何なのか分からなかった。今アンクがいるのは、"銀杏学園"。勇太と六花が通う高校であり、"極東魔術昼寝結社の夏"がある場所。昨夜、例の怪物を倒した後、六花に結社に入るよう頼まれ、来てみたは良いものの、扉を開けたら目の前に魔法陣の絨毯。その上で六花は魔法の詠唱のようなものを唱えていた。"魔術"とあるくらいだから、魔法の研究でもしているのかと思えば、それらの類のものは一切目に入らない。

 

「別に無理してこんなとこ来なくてよかったんだぞ?」

 

「まぁ、せっかく誘ってもらったからな良い暇つぶしだ。ここにはお前ら2人しかいないのか?」

 

「いや、5人いる。あと2人はもうすぐ来るだろ。」

 

「ん?では、あと1人は何処にいる?」

 

「アンクの後ろで寝てるぞ?五月七日くみん先輩だ。」

 

「…っ!」

 

言われるまで全く気づかなかった。彼女は枕を抱きながら、気持ちよさそうな顔をして眠っている。まさかここまで気配を消せるとは、昨夜の怪物より厄介な相手なのではと、少し警戒心を持ったアンクの顔に、さらに気配を消して近づいてきた眼帯をつけた顔、六花だ。もはや、自分の"気配を感じとる能力"を本物かと疑った。

 

「アンクは、詠唱とかしたりしないの?」

 

「あ、あぁ、特に詠唱せずとも、名前を呟けば術は発動する。」

 

その言葉に、さらにワクワクがおさまらない様子の六花。その可愛い顔としばらく向かい合っていると、廊下の向こうから足音がした。よかった、今度は気配を感じ取ることが出来たと安堵するアンク。そして、

 

「邪王真眼のサーヴァント!凸守早苗、華麗に推参!」

 

「今日も来たわよ〜、来たくなかったけど…。って、冨樫君、その人誰?」

 

「あぁ、紹介するよ。宵榊宮アンク。昨夜俺たちを…」

 

「闇の力が使える本物の術者!」

 

勇太の言葉を遮り、六花がアンクの本質を暴露した。その言葉に、凸守は「なるほど」と前置きし、

 

「新たに術者が現れたデスね。我々の結社に早くも潜入するとは、なかなかのやり手のようデス!」

 

「勝手にあんたたちの妄想に巻き込まないの。困っちゃうでしょ?」

 

「いや、本当に使えるぞ。」

 

「っ!」

 

アンクのその言葉に、2人は驚きを隠せない様子。それもそのはず、何故ならその言葉は、彼女らの背後から聞こえたのだから。勢いよく振り返り、

 

「い、いつからそこにいたデス?!」

 

「いつも何も…、」

 

今度は魔法陣の絨毯の上へ。

 

「今、その瞬間瞬間に移動してるだけだ。」

 

再び勢いよく振り返る2人。脳の整理が追いついていないのが、その表情から見て取れる。そして、丹生谷は勇太に勢いよく飛びつき、

 

「こ、こんな人、何処で知り合ったの?!」

 

「いや、だから…。」

 

そう言って勇太は、昨夜起きたことを凸守と丹生谷に話し始めた。途中、六花が茶々を入れるのが面白く、それにツッコんだ勇太が六花の頭をコツンと叩く、お決まりのやり取りを何度か繰り返した。

 

「…まさか、この世に本物の術者が現存していたなんて…。」

 

「でも、本当に魔法が使えるなんて凄いねぇ〜。」

 

「わぁっ!くみん先輩、いつの間に起きたんですか。」

 

「ウフフっ、おはよぉ〜。」

 

「だが、私もアンクの術や強さに関しては、断片的にしか認識していない…。そこで、アンクは本当にこの結社に相応しいかどうか、試させてもらう。」

 

「おっ!良いデスねぇマスター!凸守も、この術者と戦ってみたいデス!」

 

「…お前から誘ったのに、試されるのか俺は…。」

 

「そこらへん適当だから…。」

 

と、苦笑いの丹生谷。…まぁこの様子だと、こんなのが日常茶飯事なのだろうと、アンクも謎の納得をした。そして、戦いの火蓋は、詠唱によって切って落とされる。

 

「爆ぜろリアル!」

 

「弾けろシナプス!」

 

「バニッシュメントディスワールド!」

 

その詠唱を終えた途端、六花と凸守の頭の中で思い描いた妄想、物凄く精巧に出来た設定、莫大な情報量が、アンクの頭に流れ込んできた。勇太と丹生谷は、六花たちのことを白い目で見ている。当然だ、これは彼女らの妄想でしかない、現実では何も起きていないのだから。だが、アンクには、彼女らの妄想の世界が、まるで現実のように、周りに映し出される。

 

「"ジャッジメントルシファー".!」

 

「"ミョルニル・トルネード"!」

 

ならば、この妄想に、とことん付き合ってやろうではないか。

 

「ふん…、そんなものは効かない…。」

 

アンクの周りにシールドが貼られた。これも、アンクの反応に対応して、彼女らが描いたものだろう。実際にシールドは貼っていない。実際にやってしまったら、彼女らの命に関わる。あくまでも彼女らの設定に任せる。

 

「必殺技がいともたやすく…っ!」

 

「任せて凸守、私が決める…!"ダークマターブレイズ"!そして、"ガン・ティンクル"!」

 

「効かん!そもそも貴様らは、俺のレベルまで到達していない…!」

 

「まさか…っ、最強である邪王真眼さえ上回ると言うのデスか?!」

 

「くそっ!何か手はないのか…っ!」

 

「これで終わりだ…。『暗黒奥義 剣刃飛襲』」

 

「うわぁーっ!!」

 

アンクの後ろから、無数の剣が2人に降り注ぐ。そして、2人が床に倒れ伏した時、妄想の世界が揺らぎ、霧散していった。如何やら、決着が付いたらしい。

 

「つ、強かったデス…。」

 

「これで、アンクは正式な我々結社の一員となった。」

 

「そりゃ良かった。」

 

勝負はアンクの勝利に終わり、中二病たちに、自らの強さを誇示することが出来たアンク。でも結局、彼女らがどう考えるかにかかっているわけで、勝負内容はお前らの匙加減だろうというツッコミを心の中だけで留めておいたところで、六花が再び話始める。

 

「というわけで、結社の名称を再び変更したいのだが、何か意見はあるか?」

 

「また名前変えるの?!」

 

「そうだな…、極東魔術昼寝結社の夏Darkness expansionってのはどうだ?闇が拡がるみたいな、そんな感じだ。」

 

「…カッコいい…!よし、今日から我々結社の名は、極東魔術昼寝結社の夏Darkness expansionだ!」

 

まさか、自分でこの名前をつけるとは。長かった結社名が、さらに長くなった瞬間であった。




〇能力解説

・瞬間移動
自分の体を粒子化、移動したい場所に自分の姿を投影、そこで実体化する事で瞬間移動を可能にする。移動できる範囲は200mまで。これらに類する術は他にも沢山ある。

・暗黒奥義 剣刃飛襲
自分の背後の暗黒空間から、剣を無数に召喚し、前方に光速で発射する技。


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Episode Ⅴ. お前だけで…

ある夏の日、アンクは勇太たちに誘われて、みんなで六花の祖母の家に行くことになった。ちょうど高校は夏休みに入ったらしい。長い間学校に行っていないアンクには、よもや関係のない話ではあるが。

 

「なぁなぁ!俺、一色誠!初めましてだよな?お前名前は?」

 

「宵榊宮アンクだ、よろしくな。」

 

祖母の家に向かう電車の中で、隣に座る一色がそう話しかけてきた。この前、あの結社名が変更された日、一色の姿はなかったが、いつもは勇太たちと仲が良くつるんでおり、今回も誘われたらしい。そしてどうやら、一色はくみんのことが気になっているらしく、さっきからくみんの胸元をチラチラと見ている。ここで一色の視界をシャットアウトしたら面白いことになると思ったが、それは想像するだけで留めておく。そして、アンクたち3人の塊の隣に、六花、勇太、電車酔いした凸守と、それに付き添っている丹生谷の4人が座っていた。

 

「六花?どうしたんだ?お〜い…。」

 

「…。」

 

六花の頬を人差し指で軽く突くが、六花は窓の外を眺めたまま、さっきからずっと無反応である。そんなうかない表情の六花に、勇太も怪訝な顔をしていた。暫くして祖母の家に着いた。六花の祖母と祖父の歓迎を受け、荷物を下ろしたら早速、近くにある海に向かった。

 

「くみん先輩!水着とっても似合ってますぅ〜!」

 

「あ、ありがとぉ〜…。」

 

「この海には、怪獣クラーケンが潜んでいるデス!今こそ、この海中専用魔道着の威力を試す時デス!刮目するがいいデス!」

 

「この魔道着を着れば、海中でも通常の3.88倍で動けるようになる…。」

 

「あっ!俺たちも泳ぎましょうよ、くみん先輩…って、寝てる!」

 

各々海で楽しみを見つけている中、凸守と行動している六花は、未だに少し暗い表情のままだ。すると、

 

「?あっ、おい!」

 

無言で海岸から離れていく六花。勇太の手には、そんな六花から手に握らされた1枚の紙切れ。そこには、バス停を指して、"ポイントC3へ"と書かれていた。恐らくここに来いと言うことだろう。

 

「…意味ないだろ。」

 

そう言って向かえば、そこには六花と一台の自転車。何を言われるかは分からないが、どうやら準備は整っているらしい。

 

「勇太。…急いで。」

 

「何だ?これは。」

 

「ラートツヴァインヘルブラウン…。」

 

「名前はどうでもいい。」

 

「今から共に、不可視境界線の探索に向かう…。」

 

「この格好でか?」

 

「はやくしなければ、プリーステスに見つかって…。」

 

六花はそう言いかけて、ゆっくりと左を向いた。それを見た勇太も、何事かと同じ方向を向くと、そこには1人の女性が立っていた。赤い服を見に纏った、赤い瞳の女性。髪色は六花よりも黒く、それでも姉妹だからか、同じようにアホ毛が立っていた。小鳥遊十花、六花の姉だ。

 

「何をしている。」

 

それを見た六花は、勇太が来た道を、逃げるように走り去っていった。

 

「あっ!おい!」

 

とっさに勇太も後を追おうとする。が、十花に呼び止められ、

 

「付き合え。」

 

「何処に…?」

 

「あいつの…。」

 


 

「うぅ…体中が痛いデス…。」

 

「沢山遊んだからねぇ〜。」

 

すっかり日も暮れ、これから夕食の時間。しっかり日焼けした自らの体を見て、涙声を出す凸守だが、その目はどこか誇らしげである。

 

「…ふっ、完璧な魔法陣を描くことが出来たデス…。」

 

「うわぁ…。」

 

「そういえば、勇太と六花ちゃんはどこだ?」

 

「帰ってきてるとは思うけど、海でも途中からいなくなっちゃったからね。」

 

「どうやら、六花の部屋にいるみたいだぞ。」

 

「おぉ、すごい!どうして分かったんだ?…もしかして透視か?透視が出来るのか?…それが出来れば、くみん先輩の…グフフフフ。」

 

良からぬことを考えていると、思考を読まずとも分かった。いっそ一色に透視能力を与えたらどうなるのか、実験してみたら面白そうな気もするが…。

 

「良いのか?不可視境界線を探しに行かなくて。」

 

六花の部屋、扉の前から勇太が話しかける。海から帰ってきてから、ずっと部屋に閉じこもりきりの六花だったが、勇太のその一言で、部屋の扉をゆっくりと開ける。

 

「…本当?」

 

「…嘘言ってどうする。」

 

「だ、だって…ママもお姉ちゃんも爺ちゃんも婆ちゃんも…。」

 

「だから、俺だったんだろ…。」

 

「お、おねえ…プリーステスは警戒している。抜け出すのは容易ではない…。」

 

「じゃあ、やめとくか?」

 

「…ううん…。」

 

「いつ行く?」

 

「い、今っ!」

 

勢いよく部屋から飛び出す六花。そして、2人だけの、不可視境界線の探索が始まる。

 


 

「ふっふっふっ、ついに暗黒龍が放たれる時が来たデス!」

 

「これ、面白いねぇ〜。」

 

「は、はい!」

 

夕食も終わり、再び海に来て、今度は花火の時間。先程出て行った勇太と六花はまだこの場にはおらず、くみんがそれについて疑問を口にする。

 

「それにしても、冨樫くんと六花ちゃん遅いねぇ〜。どこ行ったんだろぅ〜。」

 

「そりゃあんた、夏休みに海まで来てこっそり出かけるって言ったら…、」

 

「まさか、並行世界の戦士との邂逅…!」

 

くみんの疑問に、丹生谷が答えを示唆し、それに凸守が的外れの答えを出す。いや、この場合両者の考えていることはどちらも間違いであり、たった今、慌てた様子で姿を見せた勇太が、それを証明していた。

 

「六花は?!」

 

「まだ来てないよ〜。」

 

慌てる勇太はそれだけ聞いて、再び自転車をこごうとした瞬間、さっきまで砂浜に立っていたアンクが目の前に立っていた。

 

「ど、どうしたアンク…?」

 

「…思考を読んだ。さっき、お前らに何が起きてどうしてそんなに焦っているのか、俺は知っている。過去に六花に何があって、今日、何故六花の様子がおかしいのかも知っている。」

 

その言葉を聞いて、勇太は驚いた表情をした。ここに来るまでの電車で、六花が浮かない顔をしていたのも、ここについてから何度も部屋に閉じこもっていたのも、アンクは全て気付いていた。そして六花の思考を読めば、今考えていることも、過去に何があったのかも、全て知ることが出来た。でも、

 

「…これは、お前ら2人の問題だ。だから、お前だけで何とかしろ。」

 

「…。」

 

「…六花は今駅に向かっている。このままでは間に合わないぞ…。」

 

「…分かった。ありがとうな…。」

 

そう言って、勇太は六花のもとに向かって行った。その様子に、アンクは目を逸らし、再び砂浜へと戻って行った。




〇能力解説

・透視
物体を透過してその先を見ることができる。


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Episode Ⅵ. 逃避行の先、2人の初恋

1人電車の中から、窓の外を眺める。暗い表情をしている自分が、窓に映る自分の顔と見つめ合う。先程、六花は勇太と不可視境界線の探索に出かけ、たどり着いたのは昔、今は亡き父親と…家族みんなで住んでいた家があった場所だった。しかし、そこにあるはずの家はなく、自暴自棄になり、後ろからついてきていた姉、十花と喧嘩。口論の末、勇太が間に割って入り、ひとまずその場は収束したかのように思えたが、六花はその場から逃げ出してしまい、そして今1人、帰りの電車に乗っている。…周りに迷惑をかけたいわけではない。でも、父親の死を受け入れてしまったら、全てが終わってしまう気がして…。

 

「ったく…、ギリギリだったぞ…!」

 

窓に映る人影。振り返ればそこに、息を切らした勇太の姿。海でアンクに六花の居場所を聞き、急いで駆けつけたのだ。

 

「…勇太、どうして…。」

 

「それはこっちのセリフだ…。どこに行く…?」

 

「…やはり、あの地は管理局の力が絶大、結界の力が強すぎる。よって、退避…。」

 

「…帰るってことか?」

 

勇太のその問いかけに、六花は窓の外を眺めたまま、何も言わなかった。そして勇太も、六花のこの行動を、否定することが出来なかった。だって、全てを知ってしまったから。海で、十花に付き合えと言われ、共に向かった場所は、今は亡き、六花の父親の墓だった。そこで昔、六花に何があったのか、今何を考えているのかを聞いた。だからこそ、六花と十花が喧嘩した時も、間に割って入ることが出来たし、今ここで六花に、やっぱり戻ろう、と言うことが出来なかった。

 

「勇太は、どうしてダークフレイムマスターの力を手に入れたの?」

 

突然の六花の問い。思い出したくもない忌々しい過去の記憶を想起し、言葉に詰まりそうになるが、勇太はそれに、ゆっくりと応答する。

 

「最初は、友達が話してたんだよ。でも、違和感というか、自分が世界から浮いているような気がして…。」

 

「闇の力が、別の世界の記憶を呼び起こしたと…?」

 

「そんな風にも感じたかな…。だから…、」

 

そう言って、今まで残してきた数々の中二病であった時の記憶を思い出す。そして咄嗟に、

 

「うぅ〜っ、忘れたい…!」

 

「どうした?管理局の妨害…?」

 

忌々しい記憶のフラッシュバックに、悶絶する勇太。それを心配する六花の言葉に、「いや、大丈夫。」と顔を上げて、

 

「…目があった…。」

 

鏡に映る、六花の顔が見える。先程、暗い表情をした自分と合った顔が、今は勇太を、黄金の瞳である邪王真眼で見つめている。そして、ゆっくりと2人だけの時間が流れる中、目的地は、すぐそこに迫っていた。

 


 

「あ、冨樫くんだ。」

 

「なんだって〜?」

 

「小鳥遊さんが家に帰るから、送っていくって。」

 

「帰っちゃったってこと?」

 

花火を終え、今は風呂上り。丹生谷はくみんに髪を乾かされながら、勇太からのメールに目を通していた。

 

「随分大胆よね〜。」

 

「大胆って…?」

 

「…まぁいいわ。それより、アンクとあいつ…えっと、そうだ、一色は?」

 

「一色君はもう寝ちゃってた。アンク君は何故か、屋根の上に1人で立ってたよ〜。」

 

「あいつも、さっきからな〜んか様子おかしいわよね〜…。ほら、花火やってた時も、冨樫君と何やら話をしてたし…。」

 

「そうかな〜。」

 

先の海でのアンクと勇太の会話、その全てを聞いたわけではないが、その後からアンクの様子が何となくおかしいことを、丹生谷は気づいていた。そして会話は、妄想話へと転じて行く。

 

「2人きりで帰っちゃったのが気に食わないのかしら…。もしかして、三角関係…!」

 

「どうだろうねぇ〜。」

 

会話に胸を弾ませる丹生谷と、あまり興味なさげにそれに応答するくみん。その2人の会話に、今も1人屋根の上に立ち、夜空を見つめるアンクは耳を傾けていた。

 


 

思えば今日、六花と勇太はずっと一緒にいた。十花と喧嘩したとき、六花を味方してくれた。六花が逃げ出したとき、必死で探してくれた。1人帰ろうとする六花を否定せず、一緒についてきてくれた。みんなより先に帰ってきたため家に入れなかった六花を、勇太は自分の家に招き入れた。一緒に外でご飯も食べた。六花を、1人にはしなかった。

 

「うぅ…、ドキドキする…。この気配…。」

 

だから、どうしてもこの事が、勇太のことが頭から離れなくて、何度も思い返してしまって、思うように寝付けない。何なのだろう、この気持ちは…。六花は1人苦悩する。そして、この気持ちは、未だ1人夜空を眺め黄昏る、アンクも同じだった。もちろん、勇太が忘れられないのではなく、その正体は六花だ。あの時、六花の全てを知った。それ故に、どうしても六花のことが放っておけなくって、大いなる愛嬌と、ほんの少しの哀愁を含んだその六花の顔を、つい目で追ってしまう。でも、それと同時に、面倒くさいと、そう思ってしまった自分がいた。だから、あの時勇太にあんなことを…。自分から突き放しておいて、こんな感情を抱くことは、自己中だろうか…。

 

「ったく、ほんと面倒くさいことになった…。」

 

アンクのその言葉は、誰に聞こえることもなく、夜空の暗闇に溶けていった。そして2人が、この気持ちが"恋"だと気づくのは、まだ僅かに、少し先の話だった。



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Episode Ⅶ. 俺じゃなくて…

夏休みも終わり、銀杏学園は文化祭の時期を迎える。たくさんの生徒がお祭りムードで準備を行う中、六花だけはそれどころではなかった。

 

「それは恋ね…!」

 

「…なっ!」

 

勇太との、2人だけの逃避行。その果てで芽生えた心情、心のモヤを六花は丹生谷に打ち明けた。そして、予想もしてなかった答えに、六花は顔を真っ赤にして、

 

「シュバルツシールド!これで如何なる精神攻撃も無効…!」

 

「六花…、俺、六花のこと見てると、ドキドキして…。」

 

丹生谷の勇太を真似た芝居に、さらに顔を赤くした六花は、防御のために開いていた傘を閉じてその場から駆け出す。

 

「逃げても解決しないわよーっ!」

 

丹生谷には何となく分かっていた。六花は中二病と現実の恋がない混ぜになり、そのせいで混乱しているのだ。そこで丹生谷は、しょんぼりとし、とぼとぼ歩きながらこちらに向かってくる六花に、ある1つの提案をした。

 

「文化祭準備の時、うまく2人きりにしてあげるから、そこでいい感じになんなさいよ!」

 

「…。」

 

こういう話になると生き生きしだす丹生谷に、六花は少し戸惑いながらも、2人だけの秘密の計画が今、静かに始まろうとしていた。

 


 

「良いのか?俺も参加してしまって。」

 

「良いの良いの!こっちだって手伝って貰ってる訳だし。ねぇ!くみん先輩!」

 

「バレなきゃ大丈夫だよ〜。」

 

丹生谷が指揮をとり、それぞれ割り当てられた準備に取り掛かる。そして、その中にはアンクも含まれていた。一色とくみんが同じ準備の班であり、本来想い人と2人きりを望むであろうはずの一色が、アンクが一緒にいることに妙に機嫌が良い。何か企んでいるのではないかと、一色を警戒するアンクだが、視界に入った勇太と六花の姿に、そんなことは頭から離れて、

 

「何が、六花の様子が変な気が…、ぎこちないと言うか…。」

 

「あ〜、何かねぇ、海から帰ってきてからずっと、六花ちゃん冨樫君のこと避けちゃってるみたいで…。」

 

「避けてる…?」

 

「そうなの…、あっほら、ああやってすぐ逃げちゃうらしいの…。」

 

2人で土台らしき物を組み立てる六花と勇太。しかし、一定距離近づいてしまい、思わず逃げ出す六花。その様子に勇太は困った表情をして、

 

「…悪いな2人とも、ちょっと抜ける。」

 

「お、おう…!2人で頑張りましょう、くみん先輩!」

 

「いってらっしゃ〜い。」

 

さらっと無視される一色を不憫に思いながらも、六花のことが気になったアンクは、後を追った。そして、暫く廊下を進んだすぐ曲がり角に、六花は蹲っていた。

 

「…どうしたんだ、六花。そんなところにいたら、蹴られてしまうぞ。」

 

アンクのその言葉に、ゆっくりと六花は振り向き、そして話始める。

 

「あ…、アンク…。」

 

「六花、勇太のことを避けてると聞いたが…。」

 

「さ、避けて、ない…。ただ、勇太の、顔が見れなくて…、頭から、離れなくて…、ドキドキ、する…。…よく分からない…。」

 

アンクが先程くみんから聞いたこと、それを六花に尋ねる。そしてその返答と、六花の様子から、アンクは1つの結論に辿り着いた。

 

「お前…、勇太に恋、してるのか?」

 

「なっ…!」

 

「丹生谷と同じことを!」と言おうとして声が詰まり、本日3度目の赤面。そんな六花の様子を見ながら、そう言えばと、アンクは思い出す。あの時自分に芽生えた、感情のことを。

 


 

段々と日も暮れ、下校時間が近づいてきた。そしてそれは、文化祭の準備がもうすぐ終わることも意味していて、最後の作業である、垂れ幕の設置に取り掛かっていた。担当は丹生谷の計らいで、六花と勇太の2人。その様子を、丹生谷は下から意味深な笑みを浮かべて眺めていた。

 

「やっぱり、王道の吊り橋効果よね〜。」

 

丹生谷のこの一言で、アンクは丹生谷が、六花の気持ちを知っていることが分かった。なるほど、丹生谷が作業の割り当てを指揮していたのはそう言う理由か、と。あの夏の日、ずっと一緒にいてくれた勇太。それに心惹かれてしまう六花の気持ちは、十分に理解することが出来た。あとはそれをいつ、どうやって伝えるかが問題だ。まぁその前に、勇太の気持ちがどうなのかは知らないが。

 

「きゃー!」「あ、危ない!」

 

アンクが様々な事柄に思考を巡らせていると、急に周りが騒がしくなった。見れば、周りの生徒たちの視線は校舎の最上階へ。六花たちの方だ。

 

「あいつ、何やって…。」

 

誤って足を滑らせ、屋根から落ちそうになる六花。すでに上半身と腕だけで、体を支えている状態だった。もしこの高さから転落すれば、重症は免れないどころか、最悪死が待っている。急いで助けに行こうとするアンク。そして、踏み込んだ足が、止まった…。

 

「俺が、助けに行って良いのか…?」

 

俺が助けに行くより、想いを寄せる勇太に助けて貰った方が良いのでは…?ほら、幸い、勇太は即座に六花の救出に向かった。下の階から足を支えてあげれば、問題はないだろう。と、そんな馬鹿馬鹿しい思考が、頭の中を駆け巡る。そんな場合でないことは分かっている。分かってはいるが、どうしても、そう思ってしまう。俺の出る幕では、ないと。

 

「…うっ…ぅ…。」

 

恐怖から、六花の啜り泣く声が聞こえる。そうだ、こんなこと、考えてる場合ではない。と、即座に切り替えて、力一杯地面を踏み込み、その勢いで六花の元に一直線に飛んでいく。

 

「…俺が…助ける…。」

 

その呟きは誰にも、ましてや六花にも聞こえることはなく、1つ下の階に両者の足がつく。

 

「…?」

 

あまりに一瞬の出来事に、思考の整理が追いついていない六花。ゆっくりと顔を上げ、その表情をした六花と、見つめ合う…。そして、

 

「六花っ!」

 

「っ!勇太!」

 

聞こえた声の主は、息を切らし、一足遅く到着した勇太だ。…その勇太に六花は、勢いよく抱きついた。

 

「ぇ…。」

 

思わず、掠れた声が漏れる。力強く抱きしめ合う2人。安堵に満ちた六花のその表情に、アンクを気にする様子は一切見受けられなかった。…心が痛む…。怒りとも、悲しみとも取れる感情が、アンクの心を支配した。助けたのは、俺だろう…。何故俺じゃなく、勇太に…。そんな、浅ましい考えを持つ自分に嫌気が差して、2人から目を背ける。

 

「…アンク…。」

 

校舎から、瞬間的に校庭へ。悲しみと、そして憎悪に満ちた表情のアンクに、丹生谷は同情の念を込めて、その名を呟く。だがその呟きは、アンクの足を止めることはできず、次に見たときには、もうそこに、アンクの姿はなかった。そして、アンクは気付いた。自分は、六花と同じ。あの夏の日に芽生えたこの感情が、六花への、"恋心"だったと言うことに…。



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Episode Ⅷ. 闇術師でも告白がしたい…

「これが、恋…。」

 

夕方、自室のベットで1人呟く。あの夏の日、今まで一度たりとも抱いたことのなかった感情、モヤモヤの正体に昨日、答えを出したアンク。だが、その答えの出し方は、あまり良い方法とは言えなくて、今もあの2人を思い出すと心が痛む。負の感情が押し寄せてくる。

 

「…。」

 

窓から外を見れば、天気は生憎の雨で、それが今のアンクの心の中を表しているようにも思えた。

 

「そう言えば最近、結構出かけること多かったな…。」

 

今まで学校にも行かず、ほとんど引きこもり状態だったアンク。だが、最近は違った。勇太や六花、皆と出会ってから少し、生活が変わった。外に出るのが楽しいと、思うようになった。勇太や六花に早く会いたいと、思うようになった。もしかしたら今まで言ってなかった学校だって、行けば楽しいんじゃないか、行ってみようかと、そんな風に思えるようになった。皆と出会ってから、アンクは変わった。皆のおかげだ。

 

「…。」

 

でも今日は、勇太たちのもとには行かなかった。皆に、会いたくない。こんな気持ちのまま皆に会いに行ったら、溜まりにたまった負の感情が、溢れ出てしまいそうな…、そんな気がした。

 

「…あいつら、どうなったかな…。」

 

それがどうしても頭から離れなくて、1人項垂れる。勇太は、六花のことをどう思っているのか。お互い想いは伝えあったのか。決して答えの出ることのない問いが、頭の中を駆け巡る。そして、ふと、頭の中に浮かんだ。

 

「告白…、していいのか…?」

 

六花の過去の、全てを知ったあの日。"面倒くさい"と思ってしまった自分を悔い責める。自分には、何もできない。だから、勇太に任せて、六花を遠ざけようとした。そんな相手に、好意を抱いて、ましてや想いを伝えることが、果たして許されるのか…。それは、身勝手ではないのか…。

 

「…はぁ。」

 

無限に出てくる答えの出ない問いに、思わずため息が出る。そしてアンクは、考えるのをやめた…。

 


 

「…暇だ…。」

 

無為に時間を食い潰すというのは、こんなにも退屈なものだったろうか。つい最近までこんな感じだったというのに、何故か今は懐かしささえ感じる。

 

「…うぅ、ぅ…。」

 

そんな時、扉の向こうから足音、そして啜り泣くような声が聞こえた。この声は、妹の雲母だ。いや、厳密には妹ではない。小さい頃からずっと一緒に、この場所で育ってきたため、まるで本当の妹のようなものだとアンクは思ってはいるが。

 

「…お兄ちゃん…。」

 

ゆっくりと扉が開かれ、部屋に入ってきた雲母がそう呼ぶ。厳密には兄ではないが、雲母の泣き顔を見たアンクに、その一言を言うことは出来なかった。

 

「どうした?雲母、大丈夫か?」

 

「あのね…、」と前置きした雲母が、涙の原因をゆっくりと話し始める。どうやら話を聞けば、好きな子に告白して、それで振られてしまったらしい。小学生の恋愛だ、可愛らしいものである。しかし、今のアンクには、少しデリケートな話であった。そして、一通り話し終えた雲母が、先ほどより気持ち明るい表情をして、

 

「ありがと…。話して少し楽になった。振られちゃったのは残念だけど、気持ちが伝えられて良かった。好きになって良かった…。」

 

小学生なのに随分としっかりしている。それに、こんな自分を頼ってくれた。本当に、自慢の…妹だ。そして、雲母の出した結論から、アンクは1つの決意をした。

 

「告白、しよう…!」

 

例え、振られてしまってもいい。お前には六花を好きになる資格が無いと言われようが、そんな物関係ない。とにかく、自分の気持ちを知って欲しい。この初めて芽生えた感情を、六花に、伝えたい。その一心で、アンクは家を飛び出した。

 

「…六花。…六花…!…六花!」

 

雨は先程にまして強く降っている。そんな中、アンクは傘も持たずにただ、走り続ける。術を使うことも忘れ、ただ、六花の元へ。さっきまで沈んでいた心が、今はとても晴れやかだ。感情が昂り、今にも叫び出してしまいそう。こんな感覚、初めてだ。そして、段々と、六花の気配が近づいてくる。斜め前を見ると、六花らしき人影が、橋の下で立っているのが見えた。…でも、そこにはもう1つ、六花より少し背の高い人影があって…、

 

「…。」

 

アンクは、見てしまった。六花が、もう1人の人影を、後ろからそっと抱きしめているのが。

 

「勇太…、好き。」

 

「…俺も、六花のこと、好きだ…。」

 

アンクは、聞いてしまった。六花が、お互いの気持ちを、確かめ合っているのを。その光景に、掠れた声すら出すことが出来ず、雨の中、ただその場に立ち尽くす。2人が視線に気づき、振り返る刹那まで、アンクはその光景を、ただ呆然と眺めていた。眺めることしか出来なかった…。

 

「…あぁ。」

 

瞬間的に、家の屋根へ。天を仰ぎ、世界を滅ぼさんと掲げた拳から、ふっと力が抜ける。アンクの顔に、激しい雨が降り注ぐ。その感覚に、心臓が抉られる程の激しい痛みを感じた。

 

「運命は…、最初から、決まっていた…。」

 

そう呟いたアンクの頬をつたう物、それが、今尚激しく振り続ける雨なのか、それとも悲しみから来る涙なのか。今のアンクには、分からなかった…。



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Episode Ⅸ. 乱れ狂う…思いの丈(Length of Thought)

銀杏学園で、文化祭が始まった。沢山の出店が立ち並び、いつもとは違う活気が溢れていた。中には食べ物を売るのではなく、劇などの催し物を行う団体もあり、極東魔術昼寝結社の夏Darkness expansionも、それに含まれていた。

 

「お前らも、面白そうなものをやるようだな。」

 

「お、アンク。来たのか。」

 

彼らの描く中二病を具現化したような衣装に身を包む勇太が、アンクに気づきそう言った。今勇太は、催し物の準備のために、いつも結社が開かれている教室にいる。そしてそこには、くみんと丹生谷と凸守、そして六花もいた…。

 

「っ!アンク!ちょうどいいところに。…爾の真の闇の力を、我々結社に貸してはくれないだろうか…。」

 

いつもの調子で話しかけてくる六花。恐らく、劇に参加してくれと言っているのだろう。だがアンクは、少し間を置いて、

 

「…いや、今日はやめておく。また次の機会に誘ってくれ。」

 

「…そうか。残念…。」

 

今日、アンクがこの学園に訪れた目的は、両思いになった六花と勇太の様子を見に来た訳でも、ましてや文化祭に参加しに来た訳でもない。

 

「丹生谷、ちょっといいか…?」

 

「…?良いけど…。」

 

アンクが今日来た理由、その人に声をかける。そして丹生谷は怪訝な顔をしながら、アンクと2人で教室を後にした。

 


 

「はぁーっ!小鳥遊さんに告白したぁー!?」

 

「…告白はしてない。未遂だ…。」

 

昨日アンクに起きたこと、その全てを話して、あまりの事実に驚愕した丹生谷が声を張り上げる。

 

「こ、告白って…、いつから好きだったの?!」

 

「恐らく、六花の祖母の家に行った時からかな…。」

 

「…全然、予想もしてなかった。でも、何でそれを、私に?」

 

「お前、六花の恋愛相談にものってただろ?だから、良いかなって…。」

 

「あぁ…。」

 

アンクのその言葉に、誰にも気付かれていないの思っていた丹生谷が、少し悔しそうな顔をする。まぁ、バレちゃいけない訳ではなかったし、そもそも自分が一方的にグイグイ行っていたことを思い出して、丹生谷は苦笑した。そんな丹生谷のことは気にせず、アンクは言葉を続ける。

 

「…俺の、何がいけなかったのかな…。俺と勇太は、何が違ったんだ…?」

 

「…アンク…。」

 

段々と声が震えてくるアンクに、丹生谷は少し動揺する。そんなこと聞いても、丹生谷には分からない。答えなんて、出るはずないのに…。

 

「あの夏の日、六花と一緒にいなかったのがいけなかったのか…?六花の過去を知って、面倒くさいと思ってしまったのがいけなかったのか?あの時、何も考えず、すぐに助けに行けば良かったのか…?!それとも、助けたのがいけなかったのか?!」

 

自問しているうちに感情が昂り、どうしようも無い怒りが、自分に向けた怒りが込み上げてくる。そして、

 

「俺の…!何がいけなかったんだ!」

 

怒りが頂点に達し、その言葉と同時に、強く地面を踏み込んだ。地面は広範囲に渡り粉々に砕け散り、それを見た丹生谷は小さく悲鳴を上げていた。

 

「…悪かった、丹生谷。」

 

「う、ううん。大丈夫だけど…。」

 

六花が、勇太が、悪いわけでは断じて無い。自分が全て悪いのだ。今までの自分の行いが、今の結果を招いている。今更後悔しても、もう遅いのに…。

 

「クダラナイ、ハナシダナ」

 

アンクと丹生谷の間、数秒間生まれた静寂。その間に割って入るように、突如片言のような低い声が聞こえた。正面に目を向けるとそこには、得体の知れない怪物が立っていた。それは、アンクが初めて六花たちと会った時に葬った奴の類ではあるが、あの時とはまた別個体のようだ。

 

「ニンゲンノカンジョウ、クダラナイ…ニンゲンノシャクド、ツマラナイ…ジンルイ、ホロブベキ」

 

その場違いな存在から紡がれるのは、いづれも人類を、そして、アンクを侮辱するような発言ばかり。その侮蔑の言葉に、アンクの感情が、激しく乱れ狂う。

 

「…貴様の戯言に付き合ってる暇はない…!」

 

そう言って立ち上がったアンクの口元に、強大な闇の力が集まってくる。その力は、丹生谷の視界を震わせ、大地を揺らし、校舎さえも砕くに足る強大さで、まさに街1つ滅ぼしかねないほどの強さだった。そして、完全に集約された闇の力が、禍々しい色のレーザーのように放たれる。怪物の体を容易く貫通し、怪物は爆散。それでもその攻撃はおさまらず、攻撃の余韻で凄まじい火柱が天高く上がっていく。爆散した怪物の、その残骸さえも残さんとするように。

 

「はぁ、はぁ…、ふぅ…。」

 

攻撃が終わり、深呼吸で落ち着きを取り戻し、昂った感情を沈める。そして、

 

「色々ありがとうな、丹生谷。話して少し、楽になった…。」

 

そう言ってアンクはその場を後にした。丹生谷は、得体の知れない怪物を一撃で沈めたアンクの、強大な力を目の当たりにし驚愕、呆然と立ち尽くし、アンクが去っていくのを、ただ眺めることしか出来なかった。




〇能力解説

・口からのレーザー(名前は特にない)
莫大な量の闇の力を集約、そして一気に前方に放つ。そして、レーザーが当たった場所には、天高く昇る火柱が現れる。莫大な量の闇の力故に攻撃力も凄まじく、並の敵なら一瞬で殺せる。魔法陣を介さない術の1つ。


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Episode Ⅹ. 人工知能の裏側

白く、交差するように聳え立つ2対の建物。その高さはただの建物と言うより、塔を連想させるような見た目をしていて、周りの住宅や建物と比べても、異質であった。

 

「ここ、か…。」

 

"飛電インテリジェンス"。最近世に出回り始めた、人工知能搭載人型ロボ"ヒューマギア"の開発をしている大企業である。

 

「出来れば、六花たちの方に行きたかったんだが…。」

 

文化祭終了後、六花たちには色々あったらしい。本当に、色々と。その間、アンクは姿を見せなかったが、特に問題はなかったらしく、昨日六花から1通のメールが届いた。『不可視境界線、発見!』と。どうやら六花の悩みはひとまず解決したらしい。今日六花たちは、凸守の家でクリスマスパーティーをやっている。アンクも誘われたが、それを断ってまでこの大企業に足を運んだ理由は、手に握られている機械の破片だ。

 

「…。」

 

文化祭初日、アンクが丹生谷に恋愛相談をしている時襲ってきたあの怪物。最初アンクは、六花と勇太に初めて会ったときに出会したあの怪物と同じだと思っていたが、残骸を調べてみたら、どうやら違うらしい。ヒューマギアの両耳についてる部品と同じものが発見された。人の役に立つために生み出された人工知能が、人を襲うなどあってはならない。アンクは、それを今日社長に話しに来たのだ。

 

「ったく、広すぎるだろ…。」

 

中に入って、そのあまりの広さと綺麗さに苦笑する。と、1人の警備員が近づいてきた。否、これもヒューマギアである。

 

「人物を特定できないため、社内に入ることは出来ません。」

 

「いや、社長と話したいんだが。」

 

よくよく考えれば、社員でもないこんな1人の高校生が、こんな大企業にのこのこ足を踏み入れるなんてどうかしている。そりゃ、人工知能とて止めに入るだろう。しかし、アンクも目的があってきたのだ。ここまで来て、引き返すのも気が引ける。そうして、立ち往生してると、

 

「どうしたんだ?マモル。」

 

正面、階段の上から声が聞こえた。若い男性の声だ。この時はまだ、この男性が社長だと言うことに、アンクは気付いていなかった。

 


 

「俺の名前は飛電或人。一応この会社の社長をやってる。そしてこっちが、俺の秘書。」

 

「社長秘書のイズと申します。」

 

そう言ってデータ化された名刺を見せる或人。秘書のヒューマギアといい、さすが、未来を感じさせる企業である。そして早速、本題に切り込む。

 

「で、今日は何で会社に?」

 

「この前、ヒューマギアが俺を襲ってきた。この会社のものだろう?これ以上周りに危険が及ばないよう、話を聞きにきた。」

 

「そうだったのか…。実は…。」

 

そう言って或人は、現在ヒューマギアに起きていることを話し始めた。

その話によると、一時期"滅亡迅雷net"と呼ばれる、人類滅亡を目的としたヒューマギアの集団が存在していたらしい。シンギュラリティに達したヒューマギアをハッキングし、マギアと言う怪物に変え、人々を襲わせていたそうだ。しかし或人、もとい仮面ライダーゼロワンと"AIMS"の協力により、滅亡迅雷netは壊滅、今は"ZAIAエンタープライズ"と言う、これまた人工知能に携わる大企業を相手にしていると言う。

 

「なるほど、社長も大変なもんだな。」

 

「ですが、或人社長はこれまで、たくさんの困難を乗り越えてきました。ですので、これからもきっと…。」

 

「そんなに褒められると照れるなぁ〜。」

 

労いの言葉をかけるイズに、或人は嬉しそうに頭を撫でる。そしてアンクは、さっき或人が話したことから、「そうだ。」と前置きし、ある1つの提案をする。

 

「暴走したヒューマギアがもし襲ってきたら、そいつらを止めて、社長のところに部品を送ってやる。だから、そのゼロワンドライバーもう1つ作って俺にくれないか?」

 

アンクの提案に、予想もしていなかったと或人とイズが呆けた顔をする。実際アンクにとって、後半の提案が大本命であり、無理を承知で言ってみた。

 

「ゼロワンドライバーは、飛電インテリジェンスの社長でないと使えません。それに、高度なセキュリティ技術により、複製などは行えません。」

 

「さぁ、それはどうかな?」

 

提案を拒否するイズに、怪しい笑みを向けるアンク。その手がゼロワンドライバーにかざされると、ドライバーが禍々しい色の闇に包まれる。見慣れない光景に、怪訝な表情をする或人とイズ。だが暫くして、その表情は驚愕の表情に変わる。

 

「ゼロワンドライバーが…、2つ…?」

 

そこに見えるのは、或人が普段使うゼロワンドライバーと、アンクの力で複製された、もう1つのゼロワンドライバーのようなもの。形や色が少し違うため、全く同じと言う訳ではないが、2人を混乱に陥れるには足る能力だった。

 

「これが俺のゼロワンドライバーと言うことで、交渉成立だ。」

 

アンクのその言葉に、未だ思考の整理が出来ていない様子の2人。人工知能の驚いた表情は新鮮であると同時に、もはや既にシンギュラリティに達しているのではないかと疑うほどだった。そんなアンクのもとに、突然電話がかかってきた。

 

「アンク、大変なの!助けて!」

 

その声の主は六花だ。だが、いつもの中二病セリフを喋るときの六花の声音とは程遠く、ただならぬ事態が起きたことを悟ったアンクは、

 

「話が聞けてよかった。これからも頑張ってくれ、社長さん。」

 

そう言ってアンクは、光の速度で会社を後にした。或人とイズ、2人の思考が完全に整理されるまでは、まだもう少しかかりそうだった。




〇能力解説

・力の複製
仮面ライダーのベルトに限らず、相手の力を秘めたアイテムなどを闇で侵食することによって、その力を自分の物にすることが出来るできる。


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Episode Ⅺ. 混沌なる…聖夜(Chaotic holy night)

クリスマスの夜は、こんなにも冷えるものなのか。冷たく凍える手に、はぁと息を吹きかける。でもそんな悩み、隣にいる大好きな人と手を繋げば、星が輝く夜空の向こうへ消えて無くなる。凸守の家でのクリスマスパーティーを終えた勇太の提案で、勇太と六花は満点の星空の下、冬の海を船に乗ってゆっくりと渡っていた。星々が瞬くその下で、想いを寄せる相手と2人きりで、聖なる夜を過ごす。最高のシチュエーションであり、カップルにとってはこの上ない幸せであろう。仮にキスが失敗したとしても、後をつけてこっそり、こちらの様子を覗いている友達に気がついてしまったとしても、全て含めて笑い飛ばせる最高の思い出として、心に刻まれることだろう。…だがそれは、この事件が起きなければの話…。

 

「きゃーっ!」「なんだ?!揺れてるぞ!」

 

突如として鳴り響いたけたたましい轟音と、それに反応した周りの乗客の鋭い悲鳴と、混乱に陥った声音。

 

「六花!こっちに来い…!大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫…!」

 

激しい揺れに、海に投げ出されそうになっていた六花を慌てて抱き寄せる勇太。その勇太が、何かを言いたそうに震える六花の唇を見て、「どうした?」と問いかける。その問いかけに六花が反応して、

 

「船に…、穴が空いてた…。おっきい穴が…。」

 

「穴?!さっき見たのか?!」

 

「うん…、落ちそうになったとき、見えた…。」

 

六花の言う通り、今の船には無数の穴が空いていて、そこから黒煙が上がっているのが見えた。

 

「さっきの、でかい音がした時デスか?!」

 

船の至る所に存在する無数の穴。それは、船の故障などで発生した穴ではなく、明らかに何者かによる襲撃によって発生した物だった。

 

「六花!アンクに電話だ!」

 

「…う、うん!」

 

ただならぬ事態に陥ったことを察した勇太は、六花にそう告げた。だが、もう遅い。それを知らせるかのように、ある叫び声が聞こえた。

 

「このままじゃ陸に乗り上げて、建物に突っ込むぞー!」

 

何者かの襲撃により、ほぼ完全に破壊されてしまった船は、もう一切の操縦も受け付けない。このままでは大惨事は免れず、誰もが諦めかけた…。

 

「だがその時!って、俺が言ってやるよ。待たせたな六花、みんな。もう大丈夫だ。」

 

光の速度で船に乗り込んできたのは、聞き慣れた声、黒い衣服の少年。六花の電話に出て5秒もたたないうちにみんなのもとに辿り着いた、アンクだ。

 

『暗黒奥義 絶対零度』

 

アンクのかざしたその手から、強烈な冷気が大量に放出される。そしてその冷気は、海全体を完全に凍結し、そして船の動きを完全に停止させたのだった。

 


 

船は陸に乗り上げるあと一歩のところで完全停止。船に乗っていた乗客を全員おろして、ひとまず事態は収束した。

 

「良かった。アンクが来てくれなかったら、今頃どうなってたか…。」

 

「マスター見ましたか?!海を凍らせたデス!」

 

「私も負けてられない!」

 

事態の収束に安堵する者、アンクの能力に目を輝かせる者、それぞれ異なる反応を見せるみんなに、アンクは苦笑する。全く、賑やかな者たちだ。

 

「だが、まだ終わりじゃない。襲撃者が何処かにいるはずだ…。」

 

そう言ってアンクが振り返った先に、それはいた。

 

「わぁっ!また出てきた!」

 

両耳に特徴的なモジュールが取り付けられている。恐らく、滅亡迅雷netによってハッキングされ、マギアへと変わり果てたヒューマギアだ。

 

「貴様がこの船を襲撃したのか?」

 

「…人間は、皆殺しだ…。」

 

どうやら話は通じないらしい。それが分かるとアンクは、ドライバーを取り出し腰に巻き付けた。

 

「さっき飛電の社長に話を聞いてきたところだ。早速試させてもらう。」

 

そう言ってアンクは、自分専用のプログライズキーを取り出し、ボタンを押す。変身が、始まる…!

 

『Dominate…authorize!

 Progrize!Deeper and Deeper…Falling Darkness!

 This world will die in the darkness and

creation of new world will begin.』

 


 

天を埋め尽くすように広がった闇、それがアンクの体を包み込み、鎧になって具現化される。

 

「…変身した…。」

 

そこに立つのは、飛電製の素体に漆黒のアーマーを身につけた、まさしく仮面ライダーである。

 

「そうだな…、仮面ライダーアンクとでもしておこうか。」

 

「人類は、滅亡せよ!」

 

未だ話の通じないマギアが、そう言ってアンクの方へ突進してくる。アンクもそれに合わせて、力強く地面を踏み込む。今までにない強力な力で地面を蹴り飛ばし、一瞬でマギアの正面へ。足を振り抜き、強靭な蹴りがマギアの顔面を直撃した。

 

「素晴らしい力だ。面白い…。」

 

今まで感じたことのない高揚感に、仮面の中で凶悪に笑うアンク。走り出し、力を込めたパンチをマギアにぶつける。マギアはそれを避けきれずもろにくらい、大きく後ろに吹っ飛んでいく。

 

「さぁ、そろそろ終わりにしようか…。」

 

そう言ってアンクは、装填してあるプログライズキーをもう一度押し込む。

 

『Falling Impact!』

 

その音と同時に、マギアの意識がなくなり、吸い寄せられるようにアンクの方に向かってくる。それは、仮面ライダーアンクの能力であり、物体を支配して操る能力の前に、マギアはなすすべもなく、自ら必殺技に当たりに来る。そしてアンクは、その足に宿した莫大な闇を、蹴りと共に叩き込む。瞬間、マギアは爆散。その眩い炎と共に、聖なる夜は幕を閉じたのであった。




〇能力解説

・仮面ライダーアンク Falling Darkness
アンクが、ゼロワンドライバーを複製したものの力を使って変身した姿。容姿は、ライジングホッパーの黄色部分を黒色にした感じ。ヒューマギア含め、人間を除いたあらゆる物体を支配して操る能力を持つ。


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Episode Ⅻ. 想いを告げたその先

凍える寒さの冬も終わり、暖かい春がやってきた。銀杏学園は先日新学期を迎え、勇太たちは2年生に、そしてくみんは3年生になった。結社の方も相変わらずの様子であり、1つ変わったことと言えば、丹生谷が新学期デビューをしたことだろうか。久しぶりに訪れたアンクは、そんな丹生谷に違和感を隠しきれなかったが、それも数日の話。丹生谷のイメチェンは、すぐに終わりを迎えた。そして、勇太と六花の恋愛状況も相変わらずのようで、

 

「あの2人付き合ってるのに、いつまで経っても進展がないのよねぇ〜。と言うことで、2人のデートプランを私が組んできてあげたわ!」

 

「へぇ〜、そうなんだ〜。」

 

この場にいない2人に関することで、いつも通り楽しそうに話す丹生谷。そして、相変わらず興味なさそうにそれに相槌を打つくみん。

 

「お前は気にしすぎなのデス。そもそもあの2人は、邪王真眼恋人契約なるもので結ばれているため、一般人の常識は通用しないデス!」

 

「そんなこと言って、本当は気になってるくせにぃ〜。」

 

「や、やめるデス!」

 

この2人も相変わらずのようだ。丹生谷と、彼女を偽モリサマーと呼ぶ凸守の弄り合いは、初めて出会った時から変わっていない。しかし、隣で話を聞いているアンクには、彼女らのいがみ合いよりも気になること、心につっかえることがあって…、

 

「デート、するのか…。」

 

「何?気になるの?」

 

アンクの消え入りそうな呟きを聞き逃さなかった丹生谷が、意地悪そうな笑みをアンクに向ける。その表情を見て、アンクは咄嗟に教室から出て行った。決して、丹生谷に腹を立てたわけではない。だが、思わず手に力が入り、大きな音を立てた扉が閉められる。自分でも、よく分からない。そして、アンクのその様子を見ていた丹生谷が、閉じた扉を開け、後を追ってくる。

 

「アンク…!…やっぱり、まだ小鳥遊さんのこと…。」

 

「…俺にはもう、関係ない。」

    

「嘘…!本当は、気になってるんでしょ…?」

 

当たり前だ。好きな人、それも初めて出来た。そう容易く忘れる事なんて出来ない。忘れてたまるか。今だって、勇太と六花のことが、気が狂いそうなほど気になっている。いや、アンクはすでに、どうにかなってしまっているのだろうか。だから、静かに振り返って、そして呟く。

 

「…出来れば、聞きたくなかった…。」

 

その表情に宿るのは、悲しみと、少しの憎悪。その表情を見て、先のデートのことを言っているんだと分かった丹生谷には、何も言い返すことが出来なかった。

 


 

「何で凸守もついて行かないといけないのデス!」

 

「あんたどうせ暇なんだからいいじゃない。」

 

「お魚楽しみだねぇ〜。」

 

勇太と六花のデート当日。。追跡計画を立てた丹生谷は、凸守とくみんを巻き込み、凸守のいかにも高そうな車で、目的地へ向かっていた。若干1名目的を理解してないくみんは気にせず、丹生谷は来るはずのないと思っていた4人目に目をやり、苦笑する。

 

「まさか、あんたまで来るとは思わなかったわ…。昨日あんなこと言ってたのに。」

 

「俺も、気になるからな…。」

 

丹生谷の言葉に、窓の外を眺めながら応答するのはアンクだ。丹生谷の追跡計画を察知して、誰よりも早く集合場所に到着していた。そして、アンクはこの時、ある決意を抱いていた。それは、

 

「六花に、告白しようと思う。」

 

「…は?」

 

真剣な眼差しで放ったその一言に、丹生谷の口から呆けた声が出る。

 

「なっ、何言ってんの?!ていうか、何で今日?!デートが滅茶苦茶になるわよ?!」

 

丹生谷のその意見は最もである。デート中のカップル、そのどちらかに告白でもしようものなら、その場の雰囲気は滅茶苦茶、その後の空気も最悪で、いい思い出になるはずのものが全て破壊されてしまう。だが、そんな知るかと言わんばかりに、アンクは笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。

 

「ふんっ!デートなんて、俺が破壊してやるわ!なんなら、デート場所である水族館ごと葬ってやる!」

 

「な、何ばかなこと言ってるデスか?!」

 

「大丈夫だ!周りの客の記憶は削除しておけば良い!」

 

「そう言う問題じゃないから!」

 

勢いよく言い放つアンクの姿は、どこか吹っ切れた…とも違うような様子で、アンクの言葉に周りのツッコミが炸裂する。そして、暫くして落ち着きを取り戻したアンクは、いつもの静かな声音に戻り、

 

「冗談だ。今のは我慢出来なくなったらの場合だ。」

 

「どうにか全力で我慢しなさい!」

 

「それに、俺が六花に告白したとしても、何も変わらない。あいつらはあいつらのまま…。」

 

アンクのその言葉、何処か哀愁を漂わせる声音に、丹生谷は心に突っかかりを覚えた。

 

「何で、そんな悲しいこと…。」

 

「未来を見た…。俺が六花に告白した未来を…。そしたら、見事に何も変わりわしなかった…。」

 

泣きそうに答えるアンクを見て、アンクは、自分が思ってる以上に追い込まれていることを察した丹生谷。その後の言葉は誰も紡ぐことが出来ないまま、目的地はすぐそこまで迫っていた。



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Last episode. 誰も知らない別れ

六花のことを思い続けて、どれくらい経っただろうか。いや、きっとそんなに長い時間は過ごしていない。だが、初めての初恋に浮かされたアンクには、とても長い日々を過ごしたような気がした。一度は自分から遠ざけようとした相手、その人が恋人と2人きりでいるのを、陰からこっそり眺めている。初恋が芽生えたあの日から、一度も想いを伝えられたことはない。だから、今日伝えようと決意を抱いた。だがその一方で、2人を見つめるアンクの心は、耐えがたい苦しみに侵されていく。そして、もう少しで限界を突破しそうなところで、2人のデートは幕を閉じた。

 


 

「いつまでこんなこと続けるデスか!」

 

「うるさいわね。ちょっと黙ってなさいよ!」

 

「あの2人、さっきからずっとあんな感じだね〜。」

 

「…。」

 

すっかり日も暮れ、デートを終えた勇太と六花は、川沿いの空き地にあるベンチに腰掛けていた。邪王真眼の反対、蒼い瞳に夕日を写す六花。その様子をアンクたちは、先と同じように陰から眺めていた。

 

「さぁ、もうすぐその時だ…。」

 

「…本当に、するの?」

 

「当たり前だ…。そう言う運命、だからな…。」

 

六花に告白する決意を抱いたアンク。その時が刻々と迫り、若干の興奮状態にあるのが表情から見て取れる。結果は分かり切っているというのに、告白というのは、こんなにも心にくるものなのか。初めての体験に、様々な感情が無い混ぜになる。

 

「…アンク!あれ!」  

 

そんな時、急に声を張り上げ指を刺したのは丹生谷だ。その両隣にいる凸守とくみんも、同じ反応をしている。そして、彼女が指し示す方向に目を向けると、

 

「…ヒューマギア、いや、マギアか…。」

 

丹生谷たちが反応したのは六花たちの方、そこにいる、まさに彼女たちに攻撃を放とうとしているマギアだった。だが、アンクは特に焦る様子もなく、何くわぬ表情を彼女たちに見せた。

 

「これも、運命だからな。そして、今こそがその時だ。」

 

既に未来視でマギアが現れることを知っていたアンク。そして、ついに訪れた運命の時に、興奮と緊張ではやる心を落ち着かせ、刹那に風が吹く。それは、アンクが瞬間的に六花たちの元に向かった証拠で、マギアが放った攻撃から2人を庇うように両手を広げたアンクが、勇太と六花の前に現れた。

 

「…!アンク!」

 

「あいつは俺が倒す。攻撃が消滅するまで耐えてくれ。」

 

攻撃の衝撃に目を伏せる2人。そして、今まさに、命を呈して彼女を守っているこのタイミングで…、

 

「六花!俺は、お前のことが…!」

 

「好きだ!」と声が出かかって、ふと思った。本当にこれで良いのかと。このまま運命通りに物事が進んで、一体誰が幸せになる。六花たちは気まずくなり、アンクだって、ただただ虚しいだけ。誰1人として、幸せになんてならない。

 

「…。」

 

あぁ、自分は何で馬鹿なんだろう。こんなこと、考えなくても分かったはずなのに。今、自分にできるのは、運命の言いなりになることでは無い。六花に、告白することでは無い。今この瞬間、否、これからずっと、この2人を…、みんなを…、

 

「守り抜くことだ!」

 

勢いよく言い放ち、それと同時にマギアの攻撃が鮮やかに弾け飛ぶ。そして、命を奪い足らしめる攻撃が消滅したことに気づいた勇太と六花が顔を上げる。

 

「悪かったな2人とも…。もう大丈夫だ。お前らは、俺が守る…!」

 

「な、なんかよく分かんないけど、取り敢えずよろしく!」

 

「アンク…、邪王真眼であるこの私が、力を貸そう…。」

 

アンクの、自分にしか分からない謝罪に勇太は不思議そうな顔。そして、調子が戻ったことを何となく察した六花が、自分の力を与えようと「はぁー…!」とアンクに向かって、何か特別な力のようなものを放出している。その様子に、こんな時でも変わらないなとアンクは苦笑し、ベルトを腰に巻き、そして、驚いた。

 

「これ、は…。」

 

取り出したプログライズキー、それが進化していたのだ。それが、今まさに与えられた六花の力によるものなのか、原因は不明だが、何故か満足そうな六花のドヤ顔を見て、そう言うことにしといてやるかと苦笑し、ボタンを押す。変身が、始まる。

 

『Chaos dominate…authorize!

Progrize!The chaos increases as you fall into despair

Chaos darkness!When I fall,the shine disappears.』

 


 

それは、『装着』ではなく完全なる『融合』。飛電の技術とアンクの闇、そしてアンク自身とが1つになり、変身は遂げられる。

 

「消えてもらうぞ…、マギア!」

 

『Chaostic Impact!』

 

装填されたプログライズキーを再び押し込む。それと同時に、マギアを掴む無数の手が現れる。未だ不完全であるヒューマギアの影が、地に引きずり込もうと、マギアを掴んで離さない。そして、身動きの取れない状態のマギアにアンクはゆっくりと近づき、渾身の蹴りを入れる。その力に耐えきれず、マギアは爆散。こうして、勇太と六花のデートは今度こそ、幕を閉じたのであった。

 


 

深夜、みんなが寝静まった頃。ベッドに寝そべり、プログライズキーを掲げて、1人呟く。

 

「これが、共同作業と、言うものなのか…?」

 

プログライズキーの進化。否、元のプログライズキーは手元にある故、新たなプログライズキーの出現と言った方が正しいか。それが六花の力で成されたものなのかは分からない。でも、もしそれが本当なら、六花と戦ったも同然と、アンクは優越感に浸り、1人でニヤつく。それと同時に、このままの気持ちでいてはいけないと、強く思った。そしてアンクは、輝く月夜の下、ある決意をする。

 


 

先日のマギア騒動が終わり、再びいつも通りの日常が訪れる。いつもの騒がしい面々が結社に集まり、もちろんその中にアンクもいる。

 

「ねぇねぇアンク。結局小鳥遊さんとはどうなったのよ。」

 

先日の一件を全て見ていた丹生谷が、ニヤニヤしながらアンクにその後を問うてくる。だが、その問いにアンクが見せたのは怪訝な表情で、

 

「どうなったとは、どう言うことだ?」

 

「いやだからね、告白するぞーって言ってたのに、結局しなかったからその後なんかあったんじゃ無いの?」

 

恋愛話好きな丹生谷が、アンクと六花の間に何かしらあったことを期待して、詰め寄ってくる。だが直後、その嬉しそうな顔は、驚きの表情に変わる。

 

「告白?俺が、六花に?何のことだ。」

 

「…えっ、だって…、小鳥遊さんのこと、好きだって…。」

 

「いつ俺がそんなことを。」

 

「私に言ったじゃない。」と言おうとして、声が詰まる。嘘を、付いているようには見えなかった。でも何故?つい先日のことを、こんなに綺麗に忘れることがあるだろうか。予想外の出来事に1人混乱する丹生谷。そして、あることを思い出した。それは、デートに向かう車の中でのアンクの一言。「記憶を消せば良い」という一言だ。それを思い出した瞬間、まさかと、そう思い、もう一度アンクに目を向ける。何食わぬ顔で会話を交わすアンク。いつも六花を追っていたその目は、今日はしっかり話している相手のことを捉えていて。

 

「…悲しすぎるわよ、そんなの…。」

 

悲嘆の感情を込めて呟く丹生谷。その呟きはアンクには届かず、自動販売機へと向かう勇太と共に教室を出て行く。事実、丹生谷の想像は正しく、対象の記憶を操作、又は削除する術を自らにかけたアンクに、六花を好きになってからの記憶はなく、それ以降の記憶は都合よく書き換えられている。これが、みんなを守ると決めたアンクの決断であり、最も望ましい道であった。

 

「新たな出会いが…始まる…。」

 

2人並んで歩くアンクの耳に、勇太とは違う声がした気がした。だが、その声はアンクの足を止めることが出来ず、気のせいだと思ったアンクは、そのまま歩き続けた。次の出会いが刻々と迫っているということを、気にすることもなく…。

 

《了》




〇能力解説

・記憶操作
対象の任意の記憶を操作、削除または全ての記憶を操作、削除することが出来る。操作したり削除したりした記憶を元に戻すこともできる。自分に術を適用することもできるが、その場合術を使った記憶も忘れるため元に戻すことはない。


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