86-エイティシックス- 最後の騎兵は白銀の棺に眠る (ジェイソン13)
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十年ぶりに戻った故郷は私のことを()と呼んだ。

 十年ぶりに戻った故郷は私のことを()と呼んだ。

 

――リーン・ノイマン

『対レギオン戦没者調査団サンマグノリア支部 調査報告書№SM-97840』

 

 星暦二一四九年、無人兵器レギオンはギアーデ連邦、ロア=グレキア連合王国、ヴァルト盟約同盟、サンマグノリア共和国の四ヶ国に対し大規模な攻勢を仕掛けた。

 私の祖国ギアーデ連邦は連合王国、盟約同盟と連携し、多大な犠牲を払いながらもレギオンの大攻勢を退いたが、単独で相対したサンマグノリア共和国は壊滅した。大要塞は陥落し、軍隊はまともに機能すること無く、連邦軍の救援部隊が到着するまで共和国はレギオンの人間狩猟場と化していた。一部の抵抗勢力が築いた防衛陣地を除いては――

 

 救援作戦完了後、ギアーデ連邦は迫害されてきた民族――エイティシックス――の保護、共和国市民への()()()の支援、そして共和国が必死に隠そうとしていた迫害と虐殺の調査を開始した。

 二年前に保護したエイティシックス達の証言から数百万人は下らないであろう戦没者の調査、それには膨大な時間と労力がかかることが予想された。レギオンの大攻勢で多大な犠牲を払った連邦軍にそんな余裕は無く、戦死者調査団は官僚や志願した民間人によって構成された。

 

 書店のアルバイトだった私が調査団に採用されたのは親の仕事の都合で共和国に住んでいた経験を買われたからだった。

 

 連邦首都ザンクト・イェデルのアパートを出て、調査団に志願した民間人を送迎する軍用車両に乗り込んだ。乗り場には報道陣が詰め寄って私達にカメラを向ける。兵士たちがバリケードを設置して抑え込むが、報道陣と野次馬は我先へと身を押し出す。

 

 野次馬たちから「共和国の蛮行を白日の下に晒せ!!」「同胞の無念を晴らせ!!」とシュプレヒコールが響き、喧騒の隙間から「頑張れ!!」「頼んだぞ!!」「恋人を探してくれ!! 名前は――」と純粋な応援や切実な要望が耳に届く。

 

 サンマグノリア共和国の壊滅はニュースを通じて連邦市民に知れ渡ったが、私も含め連邦市民はさして驚かなかった。皆が二年前に保護されたエイティシックス達の証言を知っているのだから当然の話だ。

 共和国の蛮行を知る連邦市民たちの中にはレギオンの大攻勢を「これまでの行いに対する報いだ」「これは神罰だ」と甲高く叫ぶ者がいる。それどころか、防衛戦を繰り広げたエイティシックス達と白銀種(セレナ)指揮官(ハンドラー)に「余計なことをしやがって」と罵倒の声を上げる者もいる。

 でも私はその指揮官に感謝したい。彼か彼女か分からないその者のお陰で私は親友――ミレイユ・ジョスランと再会出来るかもしれないのだから。

 

 

 *

 

 

「起きろ。リーン・ノイマン」

「ふぁ……っ?」

 

 バインダーで頭を叩かれ、痛みで朧気だった私の意識が覚まされる。勤務中に居眠りしてしまったこと、軍から支給された高価な端末に涎を垂らしてしまったこと、注意したのが“鬼教官”ハンクシュタイン大佐だったこと、それらを瞬時に理解する。慌てて誤魔化そうと制服の袖で端末の涎を拭くが、もう何もかもが手遅れだ。

 声にならない悲鳴を上げ、これでもかと瞼を開き、青ざめ、どっと汗が噴き出た顔を後ろに向ける。戦没者調査団に志願した人全員に共通するトラウマ、それがこのハンクシュタイン大佐だ。

 

 共和国の戦没者調査に志願し、軍の輸送車に乗せられた私たちが最初に向かったのは連邦軍のキャンプだった。朝から晩まで鬼教官の下で座学とトレーニングを繰り返し、寝ても覚めても兵士の如く連邦軍の規律に則って生活することを求められた。

 私達は間違って士官候補生用の車両に乗ってしまったのだろうか、レギオンの大攻勢で損耗した兵士を補充するための国家規模の詐欺に遭ったのではないかと考えたが、実のところそうではない。行先は異国の()戦地。連邦軍が確保したとはいえ、まだ安全と呼べる場所ではない。これから働く先も連邦軍の規律で生活することを前提に設備や物資が準備されている。私達に民間人のお客様気分を捨てさせ、連邦軍の一員としての心構えを持たせるために必要なことだった。

 

「ノイマン……」とハンクシュタイン大佐に睨まれた私は心臓と共に身体が跳ね上がり、「はっ、はい!!」と起立。その勢いでオフィスチェアが倒れた。

 大佐は一枚の書類を目の前に目の前に翳した。しかし大佐の手と書類が陰になり、尚且つ顔に近すぎて文字が読めない。

 

「君の外出許可が下りた。明日の〇八〇〇より一八〇〇までだ。護衛を二名つける」

 

 大佐に掲げられた書類を手に取り、“外出許可”という文字を確認する。

 書類から顔を上げると“鬼”とはかけ離れた笑みを大佐が浮かべていた。

 

()()とやらを探して来い」

 

 

 *

 

 

 私の両親は宝石商だった。生まれも育ちもギアーデ帝国、生粋の帝国臣民だったが、どういう訳か共和国で仕事をしていた。主な顧客は第一区の白系種(アルバ)の貴族たち。両親の商売は上手くいっていたのだろう。生まれてから9歳まで住んでいた共和国の家は高級集合住宅の上層階だった。

 

 朝焼けで黄金色に輝き、

 昼間は青天と白い街のコントラストが映え、

 夕方には赤く染まるリベルテ・エト・エガリテ。

 

 その光景をベランダから眺めるのが幼い私の楽しみだった。

 

 

 *

 

 

 待ちに待った外出日、共和国首都は生憎の曇天。空気は湿気てどんよりとしている。今にも雨が降り、雷が落ちそうな雰囲気だった。

 灰色の空はリベルテ・エト・エガリテの姿を空に写したようだった。白亜の街並みは戦火に焼かれて黒く煤け、至る所に撃破されたレギオンや共和国製の兵器“ジャガーノート”の残骸が散らばっている。連邦市民の私が言うのもおかしな話だが、故郷と想っていた共和国首都の惨状はいつ見ても胸を打つものがある。

 

「リーン・ノイマンさんですね。お待ちしておりました」

 

 丁寧にフルネームで呼び、月白種(アデュラリア)の中年兵士と朱緋種(スピネル)の青年兵士が敬礼する。「よろしくお願いします」と私は頭を下げた。

 外出に護衛をつけるなんて何様のつもりだ――と誰かに文句を言われるかもしれないが、護衛をつけないと外を出歩けないのが今の共和国だ。エイティシックス達の奮戦、連邦軍の救援作戦で近辺にレギオンはいない。しかし、私達を脅かす存在がこの第一区にはいた。それは動物園から逃げ出した獣でもなければ、大要塞グランミュールの外に生息していた獣でもない。

 

 私達を襲う脅威は共和国市民だった。

 

 共和国市民は連邦軍を歓迎しなかった。最初は「迫害の罰を恐れている」「ギアーデ()()だと思われている」「異国の軍隊だから仕方ない」と思っていた。しかし、日数を経るにつれて連邦軍はその異常性を知ることとなった。

 

 共和国市民は連邦軍兵士たちを()()として見ていなかった。

 

 戦時特別治安維持法はまだ理解できた。戦前の共和国は先住民である白系種(アルバ)が多数派、移民として入って来た有色種(コロラータ)が少数派だった。そして多数派が少数派を迫害するのは人類の歴史の常だった。そして理由を突き詰めれば、大抵は自己防衛や自己保身といった動機が見えてくる。

 共和国のそれは自己防衛・自己保身から逸脱していた。「有色種(コロラータ)は人の形をした豚である」という文言は差別を正当化するキャッチコピーから、共和国市民が信じる宗教と化していたのだ。

 

 理由が何であれ街中に現れた獣は駆除される。一部の共和国市民はそれと同じ理屈を掲げ、有色種(コロラータ)を対象とした憎悪犯罪(ヘイトクライム)に奔った。相手がジャガーノートに乗ったエイティシックスだろうと武装した連邦軍兵士だろうと構わず攻撃するところから、その異常さは窺い知れる。

 

 極東黒種(オリエンタ)の肌と髪、翠緑種(ジェイド)の瞳を持つ混血――共和国風で言う“人の形をした豚”である私がその対象となるのは言うまでも無かった。

 

 

 

 十年ぶりに戻った故郷は私のことを()と呼んだ。

 私が豚なのだとしたら、ここは猿が人を支配する映画の如く、猿の――いや、“豚の共和国”だ。

 

――リーン・ノイマン

『対レギオン戦没者調査団サンマグノリア支部 調査報告書№SM-97840』

(報告書の裏にある殴り書きより抜粋)

 




登場人物紹介

【名前】リーン・ノイマン
【性別】女性 【年齢】十九歳
【人種】極東黒種(オリエンタ)翠緑種(ジェイド)の混血
【国籍】ギアーデ連邦
【所属】レギオン大戦戦没者調査団サンマグノリア支部
【経歴】
宝石商として働くギアーデ帝国人夫婦の下に生まれ、両親の仕事の都合から九歳までサンマグノリア共和国で過ごす。帝国による宣戦布告直前に両親と共に帝国へ帰るが、市民革命による騒乱で両親と死別。その後は連邦政府が運営する孤児院で過ごし、十六歳になってからは書店のアルバイトで生計を立てる。趣味は散歩。


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ジョスラン騎兵隊は勇猛果敢にし恐れ知らず

 ジョスラン騎兵隊は勇猛果敢にし恐れ知らず。

 

――レンヤ・ノウゼン

『手記 カイゼ・ガルテンの戦い』

 

 私達のオフィス――サンマグノリア共和国軍本部から目的地まではそこそこの距離がある。大戦前ならバスや路面電車といった公共交通機関があったが、今の共和国にそんなものはない。おそらく有色種(コロラータ)専用席も用意されていないだろう。

 車を借りなかったのは迂闊だった。私の馬鹿。――と思っていたが、さも当然のように護衛の兵士達は車を用意していた。一部の市民による憎悪犯罪(ヘイトクライム)が横行する中、護衛がいても徒歩での移動は危険であるという判断らしい。

 

 そして今、穴ぼこだらけになった道路を走る車に揺らされながら、故郷だった場所の惨状を目に焼き付ける。砲撃で崩れた省庁、学校、図書館、博物館、etc……、回収の目途が立っていないレギオンとジャガーノートの残骸、至る所で見かける「86 White Pigs stay away! !」の落書き。キャンプでは連邦軍から食料の配給が行われているが、一部の共和国市民は「量が少ない」「不味い」「なんで子供の方が多いんだ」「肉よこせ肉」と不平不満を垂れている。

 私達が乗る車も運転手が朱緋種(スピネル)の青年兵士であるせいか、やたらと中指を立てられ、小石を投げられ、進路を妨害される。月白種(アデュラリア)の中年兵士が不機嫌顔で拳銃を見せると妨害する市民たちは舌打ちをしながら退散する。

 

 あまりにも酷かった。幼いころの綺麗な思い出を穢されるようで目を覆いたかった。そして考えてしまう。もしミレイユが()()と同じものになっていたら――

 

「少し、宜しいでしょうか?」

 

 助手席に座る中年兵士が私に語り掛ける。バックミラーに映る銀色の双眸は鏡越しに私を見ている。同じ銀色の瞳でも市民たちとは違う。不安になった私を純粋に心配している様子だった。

 

「大佐より『親友探しに協力せよ』と仰せつかっております。もし宜しければ、ご友人の姿やお名前を教えていただけないでしょうか? 我々の目と耳も少しは役に立ちましょう」

 

 協力の申し出に私は「え?」と声を上げた。護衛をして貰っている中、親友探しまで依頼するのは図々しいと勝手に遠慮していたからだ。その上、あのハンクシュタイン大佐が命じたとあれば驚かずにはいられなかった。しかし数秒後、それは善意ではなく、合理性と効率に基づいた判断だと気づかされる。

 

「ごめんなさい。十年前の写真しか無いのですが……」

 

 私はコートの内ポケットから写真を出し、中年兵士に渡す。色褪せないよう、破れないようラミネートで保護したその一枚をまじまじと見つめ、気まずそうにバックミラーで私の顔を見返す。

 

「……このびしょ濡れになって両手と口に魚を掴んでいるお嬢さんが、ご友人ですか?」

「はい……そうです」

 

 写真は十年前、家族ぐるみの付き合いでジョスラン家の人達とレジャーに行った時写真だ。写真には私の両親とミレイユの両親、中央には釣った小魚を怯えた顔で掲げる私と、川に飛び込んで素手で捕まえた魚を握ったミレイユが映っている。

 

「その……元気で可愛らしい子ですね」と中年兵士は精一杯の誉め言葉を絞り出した。

「……」

 

 実際のところ、ミレイユ・ジョスランはそんな子では無かった。

 

 

 

 *

 

 

 

 彼女との出会いは3歳の時だった。公園で遊び疲れ、両親と一緒に木陰で休んでいた私にミレイユは声をかけてきたのだ。数メートル上の木の枝から――

 

「このむし、あなたのめとおんなじいろよ!! きれいでしょ!!」

 

 これが()()()()()()()()()()である。まだお互い名乗ってすらいない。

 

 ミレイユは木から飛び降りると私の目の前で着地し、満面の笑みをこちらに向けた。銀色の瞳と短く切られた銀色の髪は陽光に照らされ、キラキラと輝いていた。至るところに貼られた絆創膏は彼女がいかにわんぱくなのかを物語っている。そのためか、服装も男の子向けのものだった。

 そして、ミレイユは私の手を掴み、カナブンを置いた。確かに綺麗だし私の瞳の色と似ているが、虫が大の苦手だった私は恐怖のあまり硬直してしまった。突然のことで両親も唖然としている。

 

「コラーッ!!ミレイユーッ!!」

 

 唖然としている間にミレイユの両親が走って来た。二人とも銀髪銀目の白銀種(セレナ)。状況を理解したのか母親は即座にミレイユの頭を引っ叩き、「申し訳ありません。ウチの娘がご迷惑を」と父親が頭を下げる。あまりにも手慣れた流れから、コメディアンのショートコントのようだった。二人とも普段からミレイユには苦労させられたのだろう。

 母が「え、ええ。大丈夫です」と言ったことでその場は収まった。父親はミレイユを担ぎ上げ、母親は節々にこちらに頭を下げながら退散していった。

 

「そういうわけで、わたしとあなたはともだちよーっ!!」

 

 一体。何がどういう訳で私達は友達になったのか、その理屈は十九歳になった今でも分からない。

 それからというもの公園に行けば毎日ミレイユと出くわすこととなった。あまり体力がなくゆっくりしたい私と常に動き回っていないと気が済まないミレイユは相性最悪だった。

 

「きょうはサンマグノリアいっしゅうマラソンよ!!」

「むちゃだよぉ。あと、おなまえ……」

 

「ハトをつかまえたわ!! チキンステーキにしましょう!!」

「かわいそうだよ……。あとなまえを――」

 

「レイおにいさんのいえに“じんこーちのー”っていうすごいのがあるらしいわ!! みにいきましょう!!」

「レイおにいさんってだれ? あとおなまえを――」

 

 彼女は活発を通り越し、お転婆なんてレベルではなく、どこまでも恐れ知らずで、大人の男性ですらたじろぐ暴走機関車だった。

 ちなみに、彼女の本名がミレイユ・ジョスランだと知るのは出会ってから一ヶ月も経過した後、そしてミレイユがリーン・ノイマン(私の名前)を覚えたのは更に一年後のことだった。

 傍若無人でメチャクチャな子だったけど、人見知りで内向的な私の世界を広げてくれた友達だったし、彼女の冒険に付き合わされるのも正直に言うと……楽しかった。

 

 

 

 *

 

 

 

「彼女のお名前は?」

「ミレイユ・ジョスランです」

「ジョスラン?」

 

 その一瞬、中年兵士が眉をひそめた。彼だけではない。ハンドルを握る青年兵士も同じ反応を示す。

 

「ジョスランって、あのジョスラン騎兵隊の?」

「あ……はい。その、ジョスランです」

 

 あのミレイユから想像出来ないが、ジョスラン家は代々軍人の家系であり、ミレイユの父も祖父もその先祖も軍人で、家系図を王政時代まで遡れば国王に東の防衛を任せられた公爵(デューク)の家系だった。そして王政時代に率いていたジョスラン騎兵隊は幾度となくギアーデ帝国軍と戦火を交えた歴史があり、連邦では()()()()()として有名だった。

 

「私はミュージカルが趣味でしてね。『ジョスラン騎兵隊』は何度も見ました」

「自分は映画ですね。『ジョスラン―最後の突撃―』。カイゼ・ガルテンの戦いのシーンはギアーデ人ですが燃え上がりましたよ」

 

 そう。ジョスラン騎兵隊は有名なのだ。一部の軍事・歴史オタクだけが知っているのではない。彼らはミュージカル、映画にもなっている。()()()()で暮らしていれば一度はその名を耳にするだろう。

 

 今から三百年前、王政が打倒され共和制に移行した直後の混乱期を狙い、ギアーデ帝国は共和国の東、ピー・デュ・ロワ平野への侵攻を開始した。それに対抗したのは平野に領地を持つジョスラン家だった。王政側であり、反革命派として処刑されることが決定していた彼らは逃げることも帝国に寝返ることもせず、革命政府から補給を受けられない状態で兵を挙げ防衛線を敷いた。

 公爵 マティアス・ジョスラン三世をはじめとしたジョスラン家の男達は自ら騎兵隊の先頭に立ち、兵達を鼓舞。突撃の一番槍(スピアヘッド)も公爵家の者が務めた。

 ジョスラン騎兵隊は兵力十数倍のギアーデ帝国陸軍に対し、奇襲攻撃を行った。トップから末端まで敵陣への突撃を繰り返し、その命が尽きるまで戦い続けた。フェルドレスはおろか機関銃すら無かった時代、騎馬突撃は未だ有効だったが、己の命を厭わない異常な戦いぶりに帝国の兵士たちは戦慄した。敵への恐れは士気の低下を招き、それは瞬く間に伝搬。一時的に帝国軍の足止めに成功した。

 しかし、騎兵隊の活躍もそう長くは無かった。高い士気も巧妙な作戦も絶えた兵糧、軍馬と兵士の疲労、そして数の暴力で削り取られていき、奇襲開始から八日目の夜にジョスラン騎兵隊は一人残らず殲滅された。

 

 騎兵隊と直接対峙した帝国騎士 レンヤ・ノウゼン侯はその戦いぶりを手記にこう綴っている。

 

“ジョスラン騎兵隊は勇猛果敢にし恐れ知らず”

 

 極東黒種(オリエンタ)の文化風に言う「敵ながら天晴れ」という精神か、戦争が終わり前線から帰って来たノウゼン侯は「恐ろしい敵だった」とジョスラン騎兵隊の話を広めた。

 ノウゼン侯はちょっとした土産話のつもりだった。しかし帝国の指揮官が想定より多くなった犠牲を問い詰められた際、言い訳として「ジョスラン騎兵隊は一騎で帝国軍一個小隊に相当する」と()()()()()それがノウゼン侯の土産話と合体したことで「ノウゼン侯を追い詰めた強敵」などと()()されるようになった。

 その話は貴族階級から使用人を通して平民階級にも伝わっていった。当時から貴族階級への不満を抱き、貴族が追い詰められる話が大好きだった平民達は面白半分に「あと一歩でノウゼン侯の首を斬り落とせた悲運の騎士」と話を()()()()()歴史的事実がどうであれ、それが帝国臣民に伝わり、共通認識として記録されていった。

 

 数百年かけて旧ジョスラン領は帝国の領土として馴染んでいったこともあり、ジョスラン騎兵隊の話は小説になり、ミュージカルになり、映画になり、漫画になり、アニメになり、(全員美少女にされて)ゲームになった。

 

 ――最後のゲームを作った奴、絶対に極東黒種(オリエンタ)だろ。

 

 一方、共和国でジョスラン家とその騎兵隊は無名だった。それは当時の革命政府のプロパガンダにより「無闇矢鱈に特攻し無様に命を散らした旧王制派の軍隊」という扱いになったからだ。そして人種差別が浮き彫りになった今になると有色種(コロラータ)に敗北した白系種(アルバ)を有名にしたくなかったのでは?」という下衆な勘も浮かび上がってくる。

 

「着きましたよ。ジョスラン邸です」

 

 青年兵士の声と共に車が止まる。二人がこちらを見ている。でも私は俯いていた。

 もしミレイユが他の市民と同じようになっていたら、もし私の友達でなくなったら、私のことを人の形をした豚(エイティシックス)と呼んだら……。まだジョスラン邸にいると分かっていないうちに私の不安は最高潮に達していく。

 

 “思い出の中の親友で終わらせてしまった方が良いんじゃない?”

 

 臆病な私がそう囁く。しかし、外出を許可してくれた大佐やここまで連れて来てくれた護衛の兵士たち、そして調査団に志願した私に申し訳が立たない。

 意を決して顔を上げた。

 

「え……なに?これ……?」

 

 確かにジョスラン邸はあった。幸い、戦火を免れたのか汚れているものの建物は原型を保っている。しかし、窓は全て割られ、外から見る分でも家財道具はごっそり無くなっており、壁はスプレーの殴り書きでいっぱいになっていた。

 

「裏切者」「売国奴」「恩知らず」その他諸々の筆舌に尽くしがたい罵詈雑言の数々。その中の一つを見て、()()()()()

 

「はは……なんで?ミレイユは()()なのに……」

 

 数百年前の王政時代から続くジョスラン家の家系図には人種もしっかり記載されていた。私が記憶する限りミレイユは十世代以上前から続く純血の白銀種(セレナ)だった筈。

 しかし、邸宅の壁にはしっかり家名と共に殴り書きされていた。

 

 エイティシックス(86)のジョスラン”と……

 

 

 

 

 

 

 ジョスラン騎兵隊は勇猛果敢に恐れ知らず。

 

 末の一兵さえ命果つるまで(いくさ)止むことなし。

 

 然れど、何故(なにゆえ)、裏切りし民のため命を散らす。

 

 我には分からず。

 

 其は誇りか、()()()()()か。

 

 ――レンヤ・ノウゼン

『手記 カイゼ・ガルテンの戦い』

 




登場人物紹介

【名前】レンヤ・ノウゼン
【性別】男性 【年齢】二十三歳(カイゼ・ガルテンの戦い当時)
【人種】夜黒種(オニクス)
【国籍】ギアーデ帝国
【所属】ノウゼン家
【経歴】
代々皇帝の護衛を輩出する武家の名門ノウゼン家の一人。四人兄弟の末っ子。
カイゼ・ガルテンの戦いで共和国に勝利し武勲を立てるもジョスラン騎兵隊に苦戦した話が広まったことで「ノウゼンの名を穢した」と一族に袋叩きにされる。それを機に以前より溜まっていた家への不満が爆発し、ノウゼン家と絶縁。名前を捨て、その後は庶民として余生を過ごした。享年六十三歳。


用語解説

ピュー・デ・ロワ(共和国名)/カイゼ・ガルテン(帝国名)

共和国と帝国(連邦)の国境線を跨ぐ平地。長年に亘り国家間で領土争いが行われてきたが、カイゼ・ガルテンの戦いを最後にギアーデ帝国が制圧。現代に至るまで帝国領となる。
余談だが、スピアヘッド戦隊は特別偵察任務とモルフォ討伐の際、この地を通過している。


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弾丸は人種・性別・階級を選ばない。

 弾丸は人種・性別・階級を選ばない。

 

――エドメ・フォートレル

『サンマグノリア共和国軍士官学校 創設式典 初代元帥祝辞』

 

 

 初めてジョスラン邸に行ったのは四歳の時だった。

 ある日突然ミレイユに「わが家へしょうたいするわ!!」と手を引っ張られたのである。その時、公園には私の母もミレイユの母もいた。私がミレイユと友達になったことから親同士も親交を持つようになり(いわゆるママ友達)、ジョスラン夫人のお誘いもあり、母と行くことになったのだ。

 ジョスラン邸に行くまでに何回か小声で「行儀よくしなさい」「無闇に家のものに触っちゃ駄目よ」と注意された。他人様の家に行くのだから迷惑をかけないようにするのは当然だが、今思うと母は夫人の振る舞いや服装から高貴な家系の者だと気づいていたのだろう。

 

 ジョスラン邸は率直な感想と言うと「まぁまぁ大きな家」だった。

 

 私ぐらいの年齢の子なら走り回れるであろう広さの庭、二階建てで部屋はリビング・ダイニングを除いて五個か六個。リベルテ・エト・エガリテの一等地にある邸宅としてはごく一般的なサイズだった。

 三百年前の王政時代から続く名家と言えば聞こえは良いが、王政や階級制度を否定して出来上がった共和国では疎まれる存在だった。革命時に王侯貴族の大半は処刑され、生き残った者達も革命政府に財産を徴収されたため没落の一途を辿った。今こうして一等地に居を構える財政力を取り戻したジョスラン家は元貴族としてはマシな部類だった。

 

「お帰りなさいませ。奥様。ミレイユ様」

「ただいま。ラシェル」

 

 玄関でメイドのラシェルさんが出迎え、邸宅は小さいながらも調度品から高級感が漂う。私と母はおとぎ話のような世界観にたじろぐ中、ミレイユは砂だらけの手で家のものをベタベタと触り、夫人とラシェルさんが「「ミレイユ(様)!!」」と揃って声を上げる。

 

「元気なことは良いが、止まりなさい。お転婆娘」

 

 銀髪銀瞳の老人がミレイユを呼び止める。服が汚れることを厭わず、彼は温和な笑みを浮かべてミレイユを抱きかかえる。老人は私達が来ていることに気付き、こちらに目を向けた。

 

「ミレイユ。お客様が来ているではないか」

「はい!! おじいさま!! ともだちのリーンとそのお母さまです!!」

 

「そうかそうか」と老人はミレイユに微笑みかけ、再び私達の方を向いた。

 

「このような恰好で申し訳ありません。ミレイユの祖父、オーギュスト・ジョスランです」

「ヨハナ・ノイマンです。こっちは娘のリーン」

 

 オーギュストさんが屈んで私の背丈に視線を合わせ、怖がらせまいとニッコリと笑う。

 

「君がリーンちゃんだね。ミレイユからよく話は聞いているよ。いつも遊んでくれてありがとう」

「は、はい。わたしも、たのしいです」

 

 これは世辞ではない。素直な感想だ。行動力の塊のミレイユに振り回され、金魚のフンのように付いて行く私だったが、彼女の背中を追いかける小さな冒険は楽しかった。

 

「狭いところですが、どうぞゆっくりしていってください」

 

 そう言ってオーギュストさんはミレイユを抱えたまま邸宅の奥へと向かっていった。

「着替えるぞ。客人をもてなすにはまず清潔が第一だ」「はい。おじいさま」と壁の向こう側で二人の楽し気な会話が聞こえてきた。

 

 それから帝国に帰る九歳の頃まで、私は毎週のようにジョスラン邸に通った。ミレイユと遊ぶためでもあったが、誰もが上品で嫌味の無い、私が有色種(コロラータ)の帝国人であることも気にしないジョスラン家は居心地が良かった。

 

 

 

 *

 

 

 

 それから十年、無惨な姿になったジョスラン邸を見て私はようやく、あの日々は戻って来ないという現実を受け止める。あの空間はもう記憶の中にしか残っていないのだと嫌でも分からされる。胸を締め付けられるが、喉元で抑える。「まだ全てが終わった訳じゃない」と自分に言い聞かせ、涙を堪えた。

 “エイティシックスのジョスラン”という訳の分からない落書きを尻目に私は敷地に足を踏み入れる。

 小さい頃はミレイユと走り回った芝生の綺麗な庭は枯れて薄茶色になり、割れたガラスが今も残されている。家具を運び出したのか、何かを引きずった跡が幾重にも残されている。

 突然、護衛の連邦兵が私の前に出て、腕を出して私を遮った。同時にもう片方の手でライフルのセーフティロックを外す。

 

「中に誰かいます」

 

 扉を破壊され丸見えとなった玄関を凝視する。ジョスラン家の誰かが生きているという一抹の希望と空き巣という現実的な予想が私の中でせめぎ合う。

 

「我々はギアーデ連邦軍だ。出てきなさい」

「はっ……ひゃい!!」

 

 律儀に女性が返事をした。ビックリしたようで声が裏返っている。

 リビングに繋がる扉がゆっくり開き、高齢の女性が両手を上げて玄関に姿を現した。細身で銀髪銀瞳、背格好から共和国人であることは一目瞭然だった。いや、確実に彼女は共和国人だ。なぜなら――

 

「ラシェルさん?」

「あ、はい……そうですが……」

「私です。リーン・ノイマンです」

 

 私が言ったことを理解するまでの数秒、ラシェルさんは固まった。そして私が誰か理解した時、「リーン様……?」と呟き、目から涙が溢れた。

 

「良かった。ご無事だったのですね。連邦軍の方々が来られましたので“もしや”と思いましたが……本当に、本当に……」

「ラシェルさんも無事で良かったです」

 

 お互いが生きている、身体があることを確かめるように抱きしめ合う。九歳までの私しか知らないラシェルさんは手を伸ばして私の頭を撫でる。自分より背が高くなった娘の成長を喜ぶかのように。

 

「こんなにも大きくなりまして……。ミレイユ様も()()()()()()()()()()……」

 

 ラシェルさんのふとした言葉で私はこの物語の結末を知ってしまった。でも驚かなかった。覚悟していたから――いや、なんとなくそうじゃないかと思っていたからだ。

 人種差別政策に従い、共和国の中でのうのうと生きているミレイユを想像出来なかった。

 

「リーン様はどうしてこちらに? 連邦軍……という訳でもなさそうですが」

「戦没者調査団に志願したんです。民間人が共和国に行くには、これしか手段が無かったので」

「そうでしたか……」

 

 ラシェルさんは私に悲し気な顔を向ける。そうまでして来た共和国にあったのは、瓦礫だらけの街、反省しない迫害者、廃墟となった親友の自宅、「申し訳ありません」と思っているのだろう。

 

「ミレイユに……ジョスラン家に何があったんですか?」

 

 私が尋ねたところでラシェルさんは意図せず「ミレイユは死んだ」と教えてしまったことにはっと気づく。今になって口を手で隠すが、もう遅すぎた。

 

「外の落書きは、ご覧になられましたか?」

 

「はい。“エイティシックスのジョスラン”と……」

 

 ラシェルさんは私の背後にいる連邦兵を一瞥し、私に視線を戻した。

 

「あれは()()()()()()()が始まった時のことです」

 

 

 

 *

 

 

 

 ギアーデ帝国の宣戦布告を受けたサンマグノリア共和国は非常事態宣言を行い、共和国軍は防衛出動した。代々軍人のジョスラン家の男達もまた務めを果たすため、共和国軍人として戦列に加わり、果敢に戦った。

 そこに白系種(アルバ)有色種(コロラータ)も関係なかった。当時の共和国兵に肌の色、目の色、髪の色を気にする者はいなかった。誰もが士官学校で「弾丸は人種・性別・階級を選ばない」「差別は組織を内部分裂させる最も忌避すべき行為」と叩き込まれた。当時の共和国兵は自分達を共和国人というカテゴリのみで括り、その合理性を尊び、誇りとした。

 しかし、彼らの誇りを踏みにじるかのように国家の中枢では有色種(コロラータ)の迫害を目的とした戦時特別治安維持法が施行された。共和国軍の連戦連敗のニュースで精神的に追い詰められた白系種(アルバ)の市民たちは自分達が助かる道としてそれを称賛した。罪の意識を感じないように、良心の呵責が生まれないようにその政策を「人道的だ」と言い聞かせる者もいた。

 一方で一部の白系種(アルバ)市民は発表直後から反対運動を展開した。良心、正義、外国からの非難、聖女マグノリアの掲げた理念、五色の国旗、家族と友人を守る為に、etc……と様々なフレーズを展開させてきたが、警察による弾圧と賛成派市民の密告で次々と逮捕されていった。そして、()()()()()()()()()()()()

 

 ジョスラン夫人もまた逮捕された人間の一人だった。

 

 彼女は治安維持法に反対の姿勢だったものの運動には参加せず、家を預かる妻としての務めを果たした。しかし、ふと口から漏らした政策への不満を近所の者に密告されたのだ。その後、反対運動を行っていた友人に誘われているところを目撃されたことも重なり、逮捕に至った。

 

 逮捕の報せを聞き、ミレイユとラシェルが面会を希望したが、勾留期間中の面会は許されなかった。

 それからほどなくして、警察より夫人が急死したと連絡が入った。ラシェルは信じなかったが、真偽の確認も兼ねて遺体の引き取りを申し出たところ「衛生上の問題から遺体は焼却した。返還は不可能」という信じられない返事が戻って来た。

 生死の確認はおろか、その怪しさを隠すことすらしない警察にラシェルは怒りで震えたが、自分まで捕まってしまえばミレイユの面倒を見る者がいなくなる。そう思い、感情を押し殺して「そうですか」と答えた。

 手ぶらでジョスラン邸に帰って、ミレイユにどう説明しようか思い悩んだ。まだ十二歳の少女に「母親は燃やされて灰になりました」と正直に伝えるべきだろうか、それとも優しい嘘で希望を残しておくべきだろうか。だが夫人の訃報はミレイユの耳にも届いている。「どこか遠いところに行った」「お星様になった」なんて子供だましが通じる年齢でもない。都合のいい嘘が思いつかなかった。

 答えが出ないままラシェルはジョスラン邸の前に着いてしまった。玄関の前ではミレイユが腕組みし、静かに佇んでいた。瞑目していた彼女は足音に気付いて瞼を上げる。

 十二歳になり、ジョスラン家の一人娘という自覚を持つようになった彼女は敬愛する祖父、そして両親の言いつけを守るようになった。幼い頃の幅広い興味関心は分野に富んだ知見となり、恐れ知らずの暴走ぶりは彼女の中に生まれた理性や体裁とバランスが取られるようになり、それは時として勇気や決断力として振るわれるようになった。

 

「お疲れ様。ラシェル」

 

 普段のお転婆が嘘のようにミレイユは清閑と労いの言葉をかける。

 

「ミレイユ様。……申し訳ありません」

 

 ラシェルはただ謝ることしか出来なかった。彼女の四倍以上も生きていながら何も出来なかった。何もしてやれなかった。無力な自分を責めるように跪き、咽び泣く。

 

「先ほど、軍より連絡がありました。お父様が戦死され、御祖父様もレギオンの攻撃で行方不明になったとのことです」

 

 涙も悲痛に打ちひしがれる表情も浮かべることなく、冷徹なまでにミレイユは淡々と語る。ラシェルは嘆き悲しんだ。あまりのショックにミレイユはまだ家族の死を理解していない。心を守る為に理解しようとしないのだと。

 

「顔を上げて。ラシェル。これから泣く暇もなくなるほど、忙しくなるわよ」

 

 言葉通り面を上げると、覚悟に満ちた顔があった。跪いて見上げる形になってしまったせいもあってか、ミレイユが偉大な存在に見えた。

 

「御祖父様の安否が判明するまでの間、この私、ミレイユ・ジョスランがこの家を預かります」

 

 玄関扉から漏れた光が少女を背後から照らし、それに照らされた白銀の髪が光を反射させる。

 

 ラシェルにはその光が女王冠(ティアラ)のように見えた。




解説

戦時特別治安維持法への反対運動と弾圧、そして終結宣言

戦時特別治安維持法が発表される少し前から共和国政府は有色種(コロラータ)への嫌悪(ヘイト)を促すようプロパガンダを流し、同時に共和国軍の連戦連敗の報道も展開したことで共和国市民を「レギオンに殺されるか、有色種(コロラータ)を殺すかの二択を迫られた」状態に追いこんだ。
それにより治安維持法への反対意見や運動はほぼ無いと見込んでいたが、プロパガンダに流されなかったインテリ層からの反発が想定以上にあったこと、レギオンの侵攻が想定以上に速かったことへの焦りから、公権力による弾圧という力業で鎮静化を図った(また賛成派市民による私刑も横行し、多数の死者を出した)。

その後、エイティシックスの追放と大要塞壁群(グランミュール)の建設が完了。治安維持法反対派グループの主要メンバーを一斉検挙したことから、政府は「非人道的勢力の撲滅」を宣言した。

それから数年後、原作の時点で反対派は()()()()()()()となっており大々的に終息宣言した面子があることから、憲兵隊はレーナの逮捕に消極的だった。ミリーゼ家のお嬢様・若干十六歳で少佐に昇進した天才という目立つ存在だったことも一因と言える。
その他にも「『子供の戯言』と侮っていた」「仕事が増えるので面倒くさい」「とある高級将官から圧力があった」といった要因もあった。


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これは死刑という前時代的かつ野蛮な刑罰ではない。

 これは死刑という前時代的かつ野蛮な刑罰ではない。

 

――サンマグノリア共和国環境省

 

 星歴二一四二年

 母が死に、父が死に、祖父も行方不明となった。親戚筋は皆レギオン侵攻で早々に戦死した。戸籍上は天涯孤独の身になったミレイユ・ジョスランだったが、彼女はそう思っていなかった。彼女にはラシェルがいたからだ。血の繋がりの無い雇われメイドだが、彼女が生まれる二〇年以上前からジョスラン家に仕える()()の一人だった。

 夫人の死から数日、二人はラシェルをミレイユの後見人とする各種手続き、財産の名義変更などに追われた。

 

 

 

 

 ――――がミレイユの覚悟も含め、それらは徒労に終わった。

 

 知り合いの将校を経由して、オーギュストが見つかったと報せが入ったのだ。共和国軍は攻勢を仕掛けたことでレギオンから一時的に前線基地を奪還し、負傷者の救助を行った。

 救助された一人がオーギュストだったのだ。彼は左腕と左足を失い、顔の半分を火傷で失う大怪我を負ったが、虫の息で瓦礫の下に潜んだためか、レギオンに見つかること無く生還。治療に専念するため傷痍軍人として戦線から離脱することとなった(本人は戦場に残り指揮することを強く希望したが、軍規により却下された)。

 その日、オーギュストは松葉杖を突き、部下に連れられながら帰宅した。

 

「お帰りなさいませ。御祖父様」

「ああ。今、戻った」

 

 火傷で爛れた祖父の顔にミレイユは一切驚く素振りを見せず、貴婦人の如く出迎える。オーギュストもすっかり変わったミレイユの様子に驚かず、当然のように返事をする。火傷が痛むのか、孫娘の前では朗らかな笑顔ばかり向けていた彼が、今は戦場にいるかのように険しかった。二人とも()()()()()()を最初から分かっていたかのように。

 オーギュストの口角が微かに上がった。

 

「良い面構えになった。それでこそジョスランの娘だ」

 

 穏やかな祖父とお転婆な孫娘の姿はもうない。オーギュストがいれば少しは戻るかもしれないと淡い期待を抱いていたラシェルだったが、この日を機に二度と戻らないものなのだと理解した。

 

 

 

 *

 

 

 

 それからジョスラン邸には大勢の将校や士官が訪れるようになった。皆がオーギュストの見舞いと称し、造花や本など見舞いの品を持って来た。ラシェルは純粋に自分の主人が大勢に慕われていると思っていた。

 

「ラシェル。今までありがとう」

 

 そんな日々の中、突然ミレイユに感謝を述べられた。当時ラシェルは何のことか分からず、「ミレイユ様には苦労させられました」と冗談めかした。今思えば、ミレイユはオーギュストが()()()()()()()()()()()()()()を理解していたのかもしれない。

 

 ジョスラン邸に訪れた軍人たちはいつも二階のオーギュストの書斎へ向かい、そこで長話をする。その間はミレイユもラシェルも部屋に立ち入ることが許されず、客人達は誰一人としてラシェルの紅茶を口にしなかった。

 さすがのラシェルもただ事ではないと思い始めたが、会話は全て部屋の中、それが漏れ出すことは無く、さり気なく尋ねてもオーギュストには上手くはぐらかされた。

 

 ある日のことだ。左頬に傷のある軍人がジョスラン邸に来た。彼もまたラシェルに「紅茶は必要ない」と告げ、オーギュストの書斎に向かい、扉を閉めた。

 それからしばらくした後だった。家の立て付けが悪くなったのか、オーギュストの書斎の扉がひとりでに開いた。

 

「こんなことが知れ渡れば、共和国の白系種(アルバ)は『虐殺者』の汚名を背負うことになる!! 子も孫もその先の代もだ!! 例え遅かろうとこんなふざけた政策、白系種(我々)の手で断ち切らねばならん!!」

 

 聞こえてきたのはオーギュストの怒号だ。彼の性格から戦時特別治安維持法には猛反発すると思っていた。むしろ今まで何も言わず、何も行動しなかったのが不思議なくらいだった。

 怒号に続いて冷静な声――左頬に傷のある軍人がオーギュストを諫める。

 

「それでクーデターですか。仮に政治中枢の制圧が成功しても市民は貴方たちのことを支持しません。彼らからすれば、貴方は国民を戦場に追い立てる独裁者です」

 

「なら、この状況を静観しろと言うのか?」

 

「逆にお尋ねしますが、その計画、()()()()()の死者で済むと本当に考えているのですか? 軍は治安維持法に賛同する者が多数派を占めています。そんなことをすれば、レギオンが手を下すまでもなく共和国は滅びます」

 

「それも承知の上だ。理想で国が変わらないのなら、流血の革命しか道はない。それで変わらぬというのなら、こんな豚の国、人類の未来のために滅ぶべきだ」

 

「話になりません」と来客の軍人が吐き捨てる。

 直後に椅子の脚が床を引き、テーブルへ戻される音が聞こえた。軍靴の音が扉へと近づいていく。

 

「このままだとミリーゼの娘は、後ろ指を指されながら生きることになるぞ」

 

 音が途切れた。床を突く軍靴の音も、軍服が擦れる音も聞こえない。時計の秒針の音だけが刻々と時間の経過を示す。

 

「……いずれ彼女も絶望し、この現実を受け入れます」

 

 おそらく本意ではない。そうせざるを得ない苦しみから絞り出した言葉であることが声から分かった。再び軍靴の底が床を叩き、書斎の扉に近づいた。

 

「今日のことは忘れます。考え直してください。ジョスラン中将」

 

「残念だよ。ジェローム。お前なら分かってくれると思っていた」

 

 

 

 *

 

 

 

 その数日後の早朝、ラシェルは解雇を言い渡された。人生の半分以上をジョスラン家の給仕(メイド)として過ごした彼女にとって受け入れ難い通告だったが、ジェロームの話と正面から自分を見据えるオーギュストの視線から彼の意思は汲み取れた。

 クーデターの日は近い。成功しても失敗しても流血が避けられない所業にラシェルを巻き込まないようにしている。無関係な人間にすることで守ろうとしているのだと。

 ラシェルは悔しかった。家族同然に想っていた人達に置き去りにされることが――。それが善意によるものだと分かっていても手が震えた。しかし、ジョスラン家と共に血に塗れる道を選ぶほど、彼女は蛮勇ではなく、不惜身命に値する誇りも正義も無かった。

 ラシェルは何も知らないと思っているのか、「経済的余裕がなくなった」とそれらしい解雇理由をオーギュストが述べ、淡々としたまま彼の話は終わった。

 

「こんな形になってすまない。……長い間、世話になった」

 

 ラシェルは押し黙る。

 

 しかし言いたいことはいくらでもあった。おそらくジェロームの言う通り、オーギュストの革命は多数の死傷者を出すだろう。例え結果がどうなろうと首謀者の孫娘であるミレイユは流血革命の関係者として、血で血を洗う憎悪の渦中に身を落とすことになる。無事に生き延びたとしてもその後は十字架を背負い、後ろ指をさされながら生きることになるだろう。彼女を我が子同然と想う一人の人間として、それを許容することは出来なかった。

 

「オーギュスト様。先日の――――ドンッ!!

 

 突如、玄関扉が蹴破られ、武装した憲兵隊がジョスラン邸に突入する。十数人分の厚底ブーツが邸宅の床を荒らし、特殊部隊仕様の装備を纏った兵達がその身でラシェル達を囲った。

 金属光沢が眩しいアサルトライフルの銃口が二人に向けられる。彼らは引き金に指をかけ、即座にオーギュストとミレイユを射殺可能な状態に入る。

 壁の向こう側では大勢の兵士がバス・トイレの扉を蹴破り、二階へ続く階段を駆け上がっていく。上階にはミレイユがいる。いつもならまだ寝ている時間だろう。

 兵士に叩き起こされた彼女が抵抗して撃たれないか、不安が脳裏をよぎる。

 憲兵達が隙間を作り、群青の軍服を纏った男が姿を見せる。スクリーン映えしそうな端正な顔立ちと軍人らしからぬ長髪を誇らしげに掲げる若者だ。そして説明するまでもなく銀髪銀瞳の白系種(アルバ)だ。

 

「憲兵隊のヴィズールだ。オーギュスト・ジョスラン。貴方を国家反逆罪で逮捕する」

「気づかれておったか……誰の差し金だ?」

「それを知る必要は無い」

 

 壁越しに二発の銃声が響く。上階からだ。ラシェルは嫌な予感が的中してしまったと思い、最悪の状況を頭に浮かべる。

 

「全く……小娘相手に何をてこずっているんだ」

 

 ヴィズールは天井に向けて舌打ちした。

 階段を降りる兵達と重なる軍靴の音が近づく。「離しなさい!!」と毅然に叫ぶミレイユの声でラシェルは彼女が無事だと分かり、安堵する。――が、それも数十秒後に裏切られた。

 上階で二発の銃声が鳴った時、銃口はミレイユに向けられていのだ。一発は彼女の額を掠め、銃創から流れる血はセミロングの銀髪と乳白色のルームウェアを赤く染める。そして二発目は彼女の右大腿を貫通した。滝のように流れる血は床まで届き、ミレイユの背後に右側だけの赤い足跡を作らせる。

 それはジョスラン家の娘という誇り故か、普通の少女なら激痛で泣き喚くか朦朧とするところ、ミレイユは泣くことも気を失うこともなかった。自分の両腕を掴む憲兵たちを睨みつける気力を残している。

 

「十二歳の乙女になんてことを!! 恥を知りなさい!!」

 

 我が子同然に想っていた子を撃たれて冷静でいられる者などいない。ラシェルは激昂するが、憲兵に銃床で殴られ、頭を床に打ちつける。

 冷静でいられないのはオーギュストも同じだった。彼は今にも血を吹き出しそうな形相でヴィズールを睨む。彼に手足が残っていれば、とっくにその手で首をへし折っていただろう。

 

「無辜の民に手を上げるなど、堕ちるところまで堕ちたか」

「立場を理解してから口を開け。反逆者」

 

 ヴィズールの拳銃がオーギュストの右脚を撃ち抜いた。椅子が血で滲み、床に滴る。

 治療など最初から頭に無いのだろう。憲兵はジョスラン邸にいた三人を応急処置すらせずに拘束し、家から連れ出す。

 玄関先には大勢の憲兵と護送車、野次馬、そして一人の軍人が待っていた。ラシェルは彼に見覚えがあった。オーギュストの見舞いに来た軍人の一人だ。おそらく、クーデターに参加する予定だった将校の一人だろう。

 彼の顔を見るやいなやオーギュストの表情は驚愕で固まった。

 

「プランタード……お前なのか」

「恨んでくれて構いません。中将。家族の為です」

「……愚かなことをしたな」

 

 オーギュストはそう告げて、プランタードに微笑みかけた。諦めと絶望が作り出した涙を流しながら――

 

 

 

 *

 

 

 

 追憶の光景から打って変わり、リーン・ノイマン()は廃屋となった現実のジョスラン邸に引き戻される。ふと足元に目を向けると《思い出にはなかった床のシミ》があった。階段からリビングへと続くそれがミレイユの血の足跡だと気づき、踏んでいた足を除ける。

 

「あれから私達はバラバラに収容され、憲兵隊の尋問を受けました。私は……『何も知らない』と答えました。オーギュスト様とミレイユ様も私を庇ったのでしょう。半年後、()()()釈放されました。私だけが……」

 

 ラシェルさんはその日のことを思い出し、両手で顔を覆い隠しすすり泣く。私は子どもをあやすように彼女を抱き、背中を軽く叩いた。

 

「どうして……どうして正しく生きようとした人から、死ななければいけないんですか」

 

 主を失ったジョスラン邸は、ラシェルさんの慟哭をただただ静かに見届けた。

 

 あれから私達はラシェルさんをアパートまで送り届け、そこで続きを聴く予定だった。しかし連邦軍のレーダーがレギオン大部隊の動きを察知したことから、即時の帰投が命じられた。よりによって私の外出日に動きやがって。レギオンのクソッタレ。

 

 

 

 *

 

 

 

 それから数日、私は戦没者調査団としての通常業務に追われる日々に戻った。無気力に、ほどほどに、ハンクシュタイン大佐に怒られない程度に業務をこなした。ジョスラン夫人の不審死から考えて、オーギュストさんもミレイユも生きてはいないだろう。私の親友探しはほとんど終わったようなものだった。ミレイユの死に方・死に場所の調査、あわよくば遺体を探すぐらいのことは出来るかもしれないが、そこまでの気力も余裕も無かった。

 

 今はもう任期満了日を待ちながら寝て起きて死んだ目で仕事をしている。

 

「全員集合だ!! これを見てくれ!!」

 

 ギュンター副団長がオフィスに入るや否や、眩しい頭の上に書類の束を掲げる。虐殺の証拠、虐殺の証拠、虐殺の証拠、etc……と悪いビッグニュースを聞き飽きた調査団員たちは気怠そうに立ち上がり、副団長の下へ向かう。私もその一人だ。

 副団長は掲げていた書類の束をミーティング用のデスクに広げる。

 

「今朝、共和国環境省の職員が亡命を求めてウチにやって来た。虐殺の証拠を手土産にだ」

 

 亡命希望と虐殺の証拠をセットにして戦没者調査団を訪ねる人が後を絶たない。なぜなら、首都には連邦に情報提供した共和国市民を「売国奴」と呼び集団暴行を行う()()自警団が跋扈しており、情報提供が命懸けの行為になっているからだ(中には連邦に行って良い暮らしをしようという魂胆を持つ者もいる)。

 しかし、現在のところ連邦政府はエイティシックス以外の亡命を認めていないため、連邦軍が接収した安全な宿泊施設を利用させることで手を打っている。

 

「虐殺の証拠って何ですか? また赤子の臓器売買記録? 殺人ゲームのスコアボード?」

「今回は少し特殊だ。何せ白系種(アルバ)を対象とした虐殺だからな」

 

 私は踵を上げて、人ごみの隙間から副団長が広げた書類を覗く。

 

 

 

『行政八十五区内にて捕獲した害獣の殺処分命令』

 

 戸籍の()調()()の結果、クーデター派は全て有色種との混血(エイティシックス)であることが判明した。エイティシックスは人の形をした豚である。よって市民の生命・財産に危害を及ぼそうとした以下の個体を害獣と認定し、環境衛生法に基づいた殺処分を命ずる。

 

 これは死刑という前時代的かつ野蛮な刑罰ではない。

 共和国の衛生環境維持に必要な殺処分である。

 

 

――サンマグノリア共和国環境省

 

 

 サンマグノリア共和国は数十年前に「更生の機会を奪う反人道的刑罰」として死刑制度を廃止した。一部の公務を除いて、国家が合法的に殺人を行う手段は無くなった。

 そう殺()なら。

 相手が人の形をした豚(エイティシックス)であれば話は変わる。人間を人ではないモノ(エイティシックス)にしてしまえば、その条件は簡単にクリアできる。

 

 最悪だ。とことん最悪だ。

 有色種(コロラータ)だけじゃない。都合の悪い白系種(アルバ)も戸籍を改竄して、人の形をした豚(エイティシックス)にでっち上げて殺したんだ。

 殺処分のリストもそこにあった。名前は印字されず、性別をオス・メスと表記し、数え方も動物扱いを徹底している。こういうところだけは真面目に仕事をしている。

 そこに誰かの善意が加わり、横に殺処分された彼・彼女らの名前が手書きで追記されていた。本来、そこに記されてはならない人間としての名前が――

 

 オス 六十一歳:銃殺 オーギュスト・ジョスラン

 オス 四十二歳:銃殺 ジャン・パストゥール

 メス 三十一歳:銃殺 ヴァネッサ・デュヴァリエ

 オス 二十二歳:銃殺 レオ・ラシーヌ

 メス 二十四歳:銃殺 エレナ・ラシーヌ

 メス 五十一歳:銃殺 アルメル・エルノー

 

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 メス 十二歳:行政区外へ放逐 ミレイユ・ジョスラン




登場人物紹介

【名前】オーギュスト・ジョスラン
【性別】男性 【年齢】享年六十一歳
【人種】白銀種(セレナ)
【国籍】サンマグノリア共和国
【所属】サンマグノリア共和国軍
【経歴】
代々高級将校を輩出する名門ジョスラン家当主。自身も共和国軍に志願し、腐敗した王室に近い貴族の血統と白眼視されながらも中将まで上り詰めた。
レギオン大戦時には東部方面隊の司令として指揮を執り、阻電攪乱型(アインタークスフリーゲ)に通信を塞がれた際は前線に赴き陣頭指揮を執り、旧式の有線通信を活用することで部隊間の通信を復活させた。斥候型(アーマイゼ)の鹵獲にも貢献し、中枢処理装置の寿命という重大な情報を共和国政府に齎した。それが有色種迫害政策に繋がるとも知らずに……


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Not BARDICHE!! We are ■■■■

 Not BARDICHE!! We are ■■■■

――撮影者 ギアーデ連邦軍 ハイノ・オルフ軍曹

『サンマグノリア共和国行政区外(通称:八十六区)

“バルディッシュ戦隊”隊舎外壁』

(壁の崩落により文章の後半は不明)

 

 私が九歳になったある日、父に「来月、全員でギアーデに帰る」と告げられた。理由は「仕事の都合」らしく、母も二つ返事で承諾した。

 

「嫌だよ!!行きたくない!!」

 

 私は珍しく声を荒げ、初めて親に反抗した。国籍は帝国だが生まれも育ちも共和国。自分が外国人というのは頭では理解していたが、意識はほとんどしていなかった。そんな私にとってギアーデ帝国は見知らぬ異国であり「故郷や人間関係を全部捨てろ」と言われるようなものだった。

 大雨の中、私は家を飛び出した。何か策があった訳でもない。ただ親と一緒にいたくなかった。一緒にいれば、帝国に連れて行かれるから。行く当てのない家出のつもりだったが、馬鹿なことに私はジョスラン邸の前まで来ていた。

 

「どうしたの? リーン」

 

 タイミングを見計らったかのようにミレイユが玄関ドアを開けた。インターホンを押したつもりはない。いや、もしかすると無意識に押したのかもしれない。心がぐちゃぐちゃになっていた私にはそこを思い出す余裕も、このタイミングでミレイユが出てきたことを疑問に思う余裕も無かった。

 そしてミレイユも傘も差さずに泣きじゃくりながら玄関前に立つ私を見て、ただ事ではないと悟った。彼女は静かに息を吞む。

 

「入りなさい。そんなところじゃ風邪ひくわよ」

 

 ミレイユは慈母と淑女が同居した九歳らしからぬ笑顔を浮かべた。

 私の目と同じ色の虫を見せつけられてから七年が経った。ミレイユは女の子としての自覚も持つようになったのか、ブレーキの壊れた暴走機関車ぶりは減速していった。学校では成績優秀・文武両道の優等生と評価され、名家の淑女としての礼儀と教養も持つようになった。ジョスラン家の令嬢として振る舞うミレイユを見て、遠い存在のように思う時もあったが、二人きりの関係は変わらなかった。

 

 ミレイユは前を走り、私がそれを追いかける。十九歳になった今でもそれは変わらない。

 彼女が亡霊や幻影の類になったとしても。

 

「親友を冷雨に濡らしたままもてなす訳にはいかないわ」と私はバスルームへ引っ張られた。脱衣所で私はミレイユに服を脱がされ、ミレイユもすっぽんぽんになる。彼女に振り回され、共に泥だらけになる私は何度もジョスラン家の世話になった。一緒に風呂に入った回数などもう覚えておらず、服を脱がされるのも、親友の全裸を見るのも慣れていた。

 成人男性が足を延ばしても余るバスタブは()()が入るに十分なサイズだった。今までそうしてきたように私は遠慮から膝を曲げて縮こまり、ミレイユは羞恥の欠片も無く堂々と両手両足を広げる。私はそれを粗野とは思わなかった。自分に絶対の自信と誇りがある。隠さなければいけない恥ずかしいものなど無いと

 ミレイユは私に問いかけない。滴る湯の音と互いの息遣いだけが時間の流れを教えてくれる閑寂の中、二つの銀瞳で明後日の方角へ反らし続ける。「リーンが話したい時まで待つ」と言っているかのように。

 

「私……来月ギアーデに()()の」

 

 ミレイユが驚き、顔をこちらに向ける。瞼をいっぱいに開き、二つの綺麗な銀色の円が揺れる。初めてだった。ここまで動揺するミレイユを見るのは。

 

「お父さんの仕事の都合だって。嫌だよ。ギアーデなんて行ったこと無いし、知らない人ばかりだし、……ミレイユと離れたくない」

 

 時はレギオン大戦前、電話やメール、国境を跨いで繋がる手段などいくらでもあった。でも物心ついた頃から一緒に遊んでいた、ミレイユと離れるのは人生の大半を失う気がしてならなかった。

 ミレイユが突然バスタブの中で立ち上がり、水面が大きく揺れた。私がビックリして見上げると、いつもの自信と気品に溢れたミレイユの顔があった。

 

「上がるわよ。リーン。餞別に良い物あげる」

 

 バスルームから出るとラシェルさんが用意してくれた服に着替え、階段を上がって二階へと向かった。行先はいつものミレイユの部屋――と見せかけて、一階で紅茶とクッキーの準備をするラシェルさんの目を盗み、物置部屋へと入っていく。

 季節物の家具・家電や洋服を置いている小さな部屋だ。普段は紐を引っ張り豆電球の照明を点けるが、今日ははめごろしの窓から射す月明かりだけを頼りに部屋の奥へと進む。暗いままといい、ラシェルさんの目を盗んで入ったことといい、まるで何か悪いことをしている気分だ。

 

「えーっと、確かこの辺りに……あ、あった」

 

 ミレイユが何かを探すように真っ白な壁を撫でる。数秒後には何かを見つけたようだが、暗いせいもあって何を見つけたのか分からない。彼女が壁に向けて四本指を立てるとカチッと音が鳴り、壁に出来た窪みに指が入った。

 ミレイユは指を窪みに入れたまま引き、壁を――壁に擬態した扉をスライドさせた。

 その先にあるのは月明かりすら届かない暗黒の部屋。

 

「これ……何?」

「秘密の部屋。家族以外だとリーンしか知らないわ」

「ええ!?」

 

 私は思わず叫び、はっと両手で口を塞ぐ。

 ミレイユは懐中電灯を点けて部屋の奥を照らす。部屋は思ったほど広くなく、大人一人がようやく入れる程度の広さだ。そこに年季の入った匂いと子供でも分かる“いかにも古そうなもの”が詰め込まれていた。

 

「リーン。上見て」

 

 人の顔があった。私はひっと小さな悲鳴を上げるが、よくよく見ると肖像画だと分かり、ほっと胸をなでおろす。

 ミレイユと同じ銀髪銀瞳の白銀種(セレナ)の男性。精悍な顔つきでどこかオーギュストさんに似ている。首から下は鮮やかな赤い軍装が描かれていた。

 

「私の偉大なご先祖様。マティアス・ジョスラン三世よ。時は三百年前――

「それ何百回も聞いたよ」

 

「覚えちゃった?」

「覚えちゃった」

 

 ジョスラン公爵、ジョスラン騎兵隊のことは耳に胼胝ができても聞かされた。(国籍上は)ギアーデ人の私にギアーデ軍を打ち破った英雄の話をするのは如何なものだろうかと思うこともあったが、生まれも育ちも共和国の私は大して気にしなかった。それ以上に好きなものを語るミレイユが眩しく見えて、それをずっと見ていたかったからというのもあった。

 

「これが生前の彼を描いた最後の一枚なの」

「――ってことは、この絵、三百年前の?」

「そう。ここにあるのは公爵夫人が領地から持ってきた財産よ。革命政府に見つかったら大変なことになるから、ずっとここに隠してあったの。まぁ、今も隠し続ける理由はよく分からないけど」

 

 支配者と被支配者が入れ替わったことで革命政府による王侯貴族への制裁が繰り広げられた。地位や役職の剥奪、土地・財産の没収が主な内容だったが、酷い時は一族郎党赤子も漏らさず皆殺しにすることもあった。しかしそれも大昔の話、今ではジョスラン家を含む多くの元貴族が当時の家名を使って生活し、政府や軍の高官となっている。ここの財産も見つかったところでそれほど騒ぎにはならなかっただろう。

 

「そしてこれが栄光あるジョスラン騎兵隊のバッジよ」

 

 ミレイユは金色のバッジを目の前に翳す。錆一つない煌びやかな銀の五芒星に当時の職人技が伺える繊細な彫刻、そして随所に嵌め込まれた藍銅鉱(アズライト)がアクセントを担っている。歴史的・文化的価値を除いても相当の価値が素人の目でも感じられた。

 

「うわぁ……きれい……」

 

 私の率直な感想に気分を良くし、ミレイユがふふんと誇らしげに笑う。

 

「当然よ。副隊長エリク・ジョスランのものなんだから。これ、()()()()()()()

「え!?」

 

 この隠し部屋にあるのは公爵時代の財産、三百年に亘り守り続けて来たジョスラン家の家宝だ。いくら末裔とはいえ九歳の少女の一存で、親友への餞別の品として出していいものではない。驚きのあまり硬直する私をよそにしてミレイユは私の服にバッジを付ける。

 バッジを付けられたと気付いた私は外して返そうと思ったが、バッジが抱える歴史的価値への畏れから触れられなかった。

 そんな私の気も知らず、ミレイユはもう一つの、より凝った装飾のバッジを自分の胸につける。

 

「ミレイユ、それって……」

「勿論、隊長のバッジよ」

 

 彼女は誇らしげに仁王立ちすると、んっと咳払いする。

 

「ジョスラン騎兵隊十四代目隊長ミレイユ・ジョスランが問う。汝、最期の時まで戦い抜き、己の誇りに恥じぬ生を全うするか」

 

 透明なマントを翻すかのように大きく振り上げられた手、九歳らしからぬ荘厳な物言いに私は怖気づく。幼い頃から彼女の“騎兵隊ごっこ”に付き合い、もう慣れていた筈の私だったが、今は緊張していた。ジョスラン家以外に知られてはいけない部屋で、本物の騎兵隊の遺産に囲まれて、これは“ごっこ遊び”じゃないと悟ったからだ。

 

 私は唾を飲み込み――――「うん」と答えた。

 ミレイユが嬉しそうにふふんと鼻で笑う。

 

「宜しい。我が名において、リーン・ノイマンを副隊長に任命する。国が違えど、時が違えど、ゆめ、ジョスラン騎兵隊であることを忘れるな」

 

 武器はない、馬もいない、九歳の少女二人だけの騎兵隊。それが離れ離れになる私達を、メールでも電話でもきっと満たされない私達を繋ぐものとなった。

 

「えーっと、離れ離れになっても私達はずっと一緒ってこと?」

「……………………うん」

 

 ミレイユは珍しく呆れた顔をして答えた。

 随分と野暮な質問をしてしまったなと今は後悔している。

 

 

 *

 

 

 その後、ミレイユから貰ったバッジはギアーデの革命で失くしてしまった。

 革命の戦乱からも、レギオン大戦からも逃げ続けて生き延びた私に……あのバッジは相応しくなかったのかもしれない。

 

 

 *

 

 

 戦没者調査団のミーティングデスクに数枚の書類が広げられる。環境省の職員が持ち込んできた()()の殺処分命令書――白系種(アルバ)による白系種(アルバ)虐殺の証拠だ。

 

「やはりか……」

 

 職員の一人が呟いた。

 私達は共和国の白系種(アルバ)が十把一絡げに迫害を指示していたとは考えていなかった。

 二年前に保護されたエイティシックス達と彼らの口から語られた共和国の惨状は連日報道され、数百万人規模の有色種(コロラータ)虐殺は連邦市民に大きな衝撃を与えた。同時に白系種(アルバ)への憎悪が滾らないようバランスを取るためか、「自らの意思で前線に残った軍人」「エイティシックス達を匿った教師」「エイティシックス達を生かそうと足掻いた指揮官(ハンドラー)」といった迫害に反対する共和国の白系種(アルバ)の存在も連日報道された。

 

「副団長……これの調査、私にやらせて下さい」

 

 私は静かに、怒りで震える手をゆっくりと挙げる。

 

「最後の子……私の親友なんです」

 

 皆の注目が私に集まる。ある者は同情を、ある者は不芳を、ギュンター副団長は眉を顰め、諫めるように目を細め私に視線を突き刺す。

 

「ノイマン。我々の役目は調査と記録だ。それ以上のことは出来ない。サンマグノリア共和国が残っている以上、共和国で共和国人が犯した罪は()()()()()()()()()()()()

 

 戦没者調査団はレギオン大戦やその影響による死傷者を調査し記録する()()()()()()の調査機関だ。司法機関としての権限は一切持たされておらず、調査結果を連邦に持ち帰ったとしても連邦裁判所に戦時特別治安維持法を裁く法的権限は無い。

 

 ――他国の省庁や軍施設に土足で押し入り、オフィスを構え、書類や電子記録媒体を制限無く徴収している時点で法的に正しいもクソも無いだろ。と多くの調査団員が思っているが、そこまで指摘してしまえば元も子もない。

 

「私情が無いと言えば噓になります。むしろ、親友やその家族を豚扱いされて、腸が煮えくり返る想いです。それでも、私にやらせて下さい。親友の生き様を見届けさせてください」

 

 ギュンター副団長は口をすぼめながら周囲を見渡す。他に手を挙げる者がいないか探すが、皆は副団長と目が合わないよう視線を明後日の方向に向けた。

 覚悟するように副団長は深呼吸し、テーブルに広げた書類をまとめて私の前に突き出す。

 

「ノイマン君。君に任せる。ただし、君の心理状態や言動によっては私の一存で解任する。良いな?」

 

 計らずも私は親友の歩んだ道を辿るチャンスを得る事となった。行政区外へ放逐処分ということは、少なくとも死亡が確認されていない。エイティシックスとして彼女が生きている可能性すらある。

 

「はい!!」

 

 希望の光が見えてしまったせいか、普段の言動に似合わず、私は威勢良く返事をした。

 

「では、まず聴取を頼む。これを持ってきた環境省の職員が待っているぞ」

 

 

 

 *

 

 

 

 結果から言うと聴取は散々だった。虐殺の証拠を持ってきた環境省の職員はクーデター派処刑に関与しておらず、大攻勢の後に金目の物目当てで上司のデスクを漁ったら連邦軍への手土産に丁度いい書類を見つけただけの男だった。

「これで連邦に行けるんですよね?」「向こうじゃ酒が飲み放題なんだって?」「色付きが作った酒も我慢してやるよ」と目を輝かせていたが、エイティシックス以外の亡命は認めていないことを伝えると「ふざけんじゃねえぞ!!色付きが!!」と聴取室で大暴れ。兵士が彼を取り押さえ、最終的には連邦軍が徴集したホテルに入ることすら拒否したため、そのまま追い出すこととなった。

 道中、多くの共和国市民が追い出される環境省職員()を目撃した。彼の顔と名前が()()自警団に知れ、粛清されるのは時間の問題だろう。

 聴取の記録係を務めてくれた職員が怒鳴り、ゴミ箱を蹴飛ばす。

 

「どこまで腐ってやがるんだ!!あの(White)――白系種(アルバ)!!」

 

 彼が何を言おうとして白系種(アルバ)と言い直したのは私でも理解できた。

 仕事柄、エイティシックスと関わることが多い私達は白豚(White Pig)という蔑称をよく耳にする。悪意と憎悪を込めて使われることもあれば、豚を豚と呼ぶのが当然かのように使われることもある。最初に保護されたエイティシックス達の証言を纏めたレポートを共和国ガイドブック代わりに読んでいた私達だったが、百聞は一見に如かず。他人を平然と豚と呼び人として扱わないことを是とする環境は連邦という温室育ちの精神を十分に削り取ってくれた。これで調査団員の一割が連邦への送還を希望した。

 それでも耐えた者達に待ち受けていたのは「正義の旗を掲げ悪に棍棒を振りかざす快楽」だった。差別というのはウィルスのように伝搬していく。それは加害者・被害者の区別が明確になっている共和国の迫害では尚更のことだった。

 度重なる精神鑑定をパスし、偏った思想を持っていない、今後もそれらに傾倒する可能性は低いと太鼓判を押された私達も例外ではない。卑劣残虐極まりない人種差別政策を目の当たりにする戦没者調査団は共和国や白系種(アルバ)への憎悪を滾らせるには十分すぎる環境に置かれており、最初の脱落者から更に一割の調査団員が「人種差別的な言動」を理由に連邦へ強制送還された。

 

 そう語る私も無自覚なまま受け入れていた。多色な人種を白豚(アルバ)色付き(コロラータ)というモノクロにカテゴライズする世界を――

 

 ――白豚が……

 

 私は心の中で毒づき、立て直したゴミ箱をつま先で小突いた。

 

 

 

 *

 

 

 

環境省職員の聴取が散々な結果に終わって数日、私は調査団が国軍本部の地下倉庫から()()したエイティシックスの記録を漁った。連邦が保護したエイティシックスの中にミレイユの名前は無い今、多種多様なフォーマットで保存された電子記録が唯一の手掛かりだったからだ。

 

「リーン。時間だよ」

 

背後から調査団員のオスヴィンが声をかけ、肩を叩いた。男性に触れられることに免疫がない私は「びゃあああ!!」と奇怪な悲鳴を上げる。周囲の注目を集め、全身が熱くなる中、ゆっくりと振り向いた。突然の悲鳴にオスヴィンも驚いたのか、ややのけ反って私と対面した。

 

「エイティシックスの聴取……そろそろ時間じゃないか?」

 

気まずそうな顔でオスヴィンが時計を指さした。指につられて視線を向けると予定の時間直前になっていたことに気付き、心臓が跳ね上がる。

私達の通常業務の一つとして保護したエイティシックス達からの聴取がある。彼らが何者なのか、どのような仕打ちを受けたのか、どう生きのびたのか、それらを聞き取り記録する仕事だ。

私は面談予定の子のプロフィールに目を通しながらオフィスを出て、廊下を歩く。

 

 数分足らずの間に名前や所属を覚え、これまでの聴取の経験から得たお決まりの質問事項や注意点をおさらいする。

 足早に廊下を過ぎ、聴取室の扉を開けると一人の少年が私を待っていた。細身の体躯をパイプ椅子に預け、揺らしてギコギコと軋む音を一定のリズムで奏でる。

 

「よう。待ちくたびれたぜ」

 

共和国南部戦線第二線区第一防衛戦隊 バルディッシュ

第一小隊隊長 タジク・ロウニ

パーソナルネーム アルファウリス

 

 浅黒い肌、茶褐色の刈上げ頭、亜麻色の瞳――砂漠褐種(ディザリア)の特徴を持つ少年だった。

 エイティシックスの少年、タジクは遅れた私を嗤うかのようにしたり顔をこちらに向ける。予定時間ギリギリセーフであることを理由に私は意に介することなく、椅子を引いて対面に座る。

 私の顔に何か付いているのだろうか、タジクは最初の余裕と得意気に満ちた表情が消え、驚きを隠さず、私を凝視していた。

 

「なあアンタ、名前を聞いても良いか?」

「リーンです」

「ファミリーネームは?」

「ノイマン」

 

 タジクは「はんっ」と笑った。それほどおかしい名前だろうか。だが、これまで聴取したエイティシックス達は一人も私の名前をおかしいと言わなかった。

 

「リーン・ノイマンか……」

 

 反芻するようにタジクは私の名前を口にする。

 

極東黒種(オリエンタ)の髪と肌、翠緑種(ジェイド)の瞳、間違いねえ……。ははっ……こりゃ傑作だ。まさかアンタに会えるなんてな……」

 

 顔を覆って声を抑えながら笑うタジクに私は何がなんだか分からず困惑する。同時に彼が落ち着くまでじっと見守る。これまで面談してきたエイティシックス達の中には鬱病や精神疾患を患っている子も少なくなかった。突然泣き出したり、笑いだしたりするのはいつものことであり、私を死んだ母や姉と重ねる子もいた。その対処は落ち着くまで待つ以外に無かった。

 

 しかし私は目の前の少年が正気だと感じていた。

 

 タジクは一頻り笑うと深呼吸した。顔から手を離し、瞳をこちらに向ける。テーブルから肘を離し、頬の支えにしていた手を額に持っていき、曲がっていた背筋を伸ばした。そして()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

「お会い出来て光栄です。()()()()()()()殿()

()()()()()()()() 第一突撃小隊長 タジク・ロウニであります」

 

 

 

 

 

 

 

 

Not BARDICHE!! We are JOSSERAND'S CAVALRY!!

 

――ミレイユ・ジョスラン

バルディッシュ戦隊 隊舎外壁の落書き

(タジク・ロウニ少尉の証言より再現)

 



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騎兵戦線異状アリ

 騎兵戦線異状アリ

 

――タジク・ロウニ

自叙伝『戦場で騎兵隊ごっこを』

 

 タジク・ロウニ()がバルディッシュ戦隊に編成されたのは大攻勢から一年前のことだった。

 戦隊はエイティシックス同士が結託し共和国に反抗できないよう半年ごとに再編成されていたが、エイティシックスが死に過ぎたのか、白豚が再編制すら面倒くさがったのか、半年に一度だった再編成の周期は延期に延期を繰り返し、遂には一年に一度となってしまった。

 青い布に包まれた豚に舌打ちされながら俺達は輸送機に乗り、次の死に場所へ向かった。そこが共和国南部戦線第二戦区第一防衛戦隊バルディッシュだ。

 面倒くさがり屋の白豚どもが考えた再編成というのは例外もなく雑なものだ。壊滅した部隊の生き残りを近隣の部隊に組み込むだけだったり(※壊滅した部隊の防衛戦は近隣の部隊が担当)、再編成したら部隊員の9割以上が前の部隊員の据え置きだったり、顔見知りだったり、正直なところ何の面白さも真新しさも無かった。――が、今回ばかりはそうでもなかった。

 

「うわ。この部隊ハズレだ」

 

 そう思った理由の一つ目、戦隊員が幼過ぎることだ。半数が俺より年下、十歳かそこらの子供もいる。()()()収容所で死に損なったエイティシックスの最後の出涸らしだろう。まず戦力として期待できない。

 そしてもう一つの理由、それは空気の悪さだ。衛生環境が劣悪なのはいつものことなので血や汗やカビや小動物の糞尿死骸の臭いには慣れているが、生憎とそういう物理的なものではない。精神的なものだ。

 集められた戦隊員たちの視線は一ヶ所に集まっている。憎悪、嫌悪、侮蔑、憤怒、苛立ちが混ざり昂り、格納庫は舌打ちと貧乏ゆすりとテーブルを指で突く音が絶えない。今にも誰かが怒号を上げてナイフや拳銃を抜き、流血沙汰が起きても驚かないだろう。

 

 そこに白豚(アルバ)がいたからだ。

 

 それは輸送機のパイロットやお飾りのアサルトライフルを振り回す横柄な軍人でもない。俺達と同じ野戦服を着て、俺達と同じようにマグショットを撮られて、さも「私もエイティシックスです」と言わんばかりの態度でいる白銀種(セレナ)の女だ。

 注目を浴びている理由をどこか勘違いしているのか、彼女は格納庫入口のそばにあったベンチを独り占めし、堂々と四肢を広げて自分という存在を見せつけている。

 戦場生活もそう短くはないのだろう。白い顔や手の肌は傷だらけ、腰までかかる銀色の髪も戦火で煤け、体格はアルミの棺桶を扱い続けたせいか男にも引けを取らない筋肉質なものに仕上がっている。白系種(アルバ)のくせにカーキ色の野戦服がよく似合う。

 

「今晩までに戦隊長決めとけよ。エイティシックスども」

 

 白豚の兵士は面倒くさそうに告げると俺達に向けて唾を吐き捨て、空っぽの輸送機と共に俺達の前から去っていった。

 さて、ここからは戦隊再編成の恒例行事、戦隊長決めのデスマッチだ。

 自分が戦隊長になれるか否か、誰が戦隊長になるかは文字通り死活問題であり、レギオンを前にして同族争いという愚を犯さない俺達でもこの時だけは別問題だ。東部戦線の死神(アンダーテイカー)みたいに突出した奴でもいれば平和的に終わるだろうが、全員が同じ年数戦った号持ちとなると大乱闘オールスターバトルだ。最後の一人以外が倒れるまで戦いは続く。

 しかし今回はそう荒れることはないだろう。号持ちは隊の半分ほど、更に特別偵察任務(最終処分)一歩手前の処理装置(プロセッサー)が数人いる(俺もその一人)。戦隊長はその中から決まるだろう。

 白系種(アルバ)の女がベンチから立った。灰かぶりの銀髪を風になびかせ、全員の視線を集め、俺達の前で仁王立ちする。

 

「戦隊長はもちろん!! この私!! <ロシナンテ> ミレイユ・ジョスランよ!!」

 

 白系種(アルバ)の女――ミレイユは誇らしげにふふんと鼻高々に笑い、野戦服のジッパーが閉まらないほど大きな胸に手を当てる。彼女の脳内ではもう拍手喝采が上がっているのだろうか、全員に厭悪されていることなど気にせずご機嫌だ。

 

「すっこんでろ!!白豚!!」「八十五区に帰れ!!」「さっさと死ね!!」「無駄にでけえおっぱいぶら下げやがって!!」

 

 予想通りの大ブーイングが吹き荒れ、小石や工具が投げつけられる。俺は集団の後ろで静観していたが正直気持ちは同じだった。白豚の戦隊長なんざ御免だ。

 

「ぎゃあぎゃあ喚いてんじゃねえよ。ガキども」

 

 格納庫の日陰から銅鑼声が腹の底まで響く。ブーイングしていた少年少女は一斉に黙り、声の主へ振り向く。

 男は寝ていたのだろう。大欠伸をした後、立ち上がる。斥候型(アーマイゼ)ぐらいなら素手で殴り壊せそうな巨躯に釣られて全員の視線が上へ上へと引き上げられる。

 

「そんなに嫌なら自分がなりやがれ」

 

 青玉種(サフィール)の瞳が全員を見下(みお)ろし、見下(みくだ)す。

 大男は他者を跳ね除けるように大股で歩き、丸太のような腕で少年達を押しのけ、腰に手を当てて仁王立ちするミレイユの前に立ち塞がる。眉間にしわを寄せ、唸り声をあげて威嚇する姿はまるで熊のようだ。

 

<ブラッドヘッド>  ライオ・クリストだ」

「あら。自己紹介感謝するわ」

「戦隊長は俺がやる。痛い目見たくねえなら下がれ」

 

 ライオは握り拳を作り、血管の浮き出た腕をミレイユに見せつける。彼女も肩幅の広い体躯から女性にしては鍛えている方だがライオとの対格差は歴然だ。

 

「親切なのね。それとも――女は殴れないかしら?」

 

 見せつけた腕が裏拳となり風を切る。ミレイユは身を引いて間一髪頭蓋骨粉砕を免れると二、三歩ステップを踏んだ後、ライオの顔面めがけてハイキックをお見舞いする――が、こちらも腕でガードされる。

 戦隊長決めデスマッチの火蓋が切って落とされた。ミレイユ、ライオに続いて戦隊長になりたい号持ち達が鉄火場に飛びこんでいく。

<ペルーダ> ジュンナ・ヒマチは飛び込むと同時にミレイユの顔面にドロップキックをかまし、<ファイアブレイク> マクサ・シュウヒはライオの鳩尾に拳を叩き込む。<キタルファ> ランカ・ミナモは自分が出遅れたことに気付き慌てて乱闘へ飛び込もうとするが、中々タイミングが掴めず周りをウロチョロしている。<シュヴァリエ> カッキ・ユリシャは紳士的に平和的解決を呼び掛けるが、誰も相手にしなかったことに怒り乱闘メンバーの仲間入りを果たす。

 その他数名の隊員達もデスマッチに飛び込んでいった。

 

 ――今回はクセのある奴多いなぁ……

 

 俺は幼い隊員らとともに乱闘を遠巻きに見ていた。戦隊長の座に興味は無い。そんなお飾りの肩書を手に入れなくても隊の実権を握る手段はいくらでもある。

 

「あれー?タジクぅ? タジクじゃーん」

 

 細身の少女が紅樺色の髪を揺らし、その隙間から大きな宵菫種(アイオラ)の瞳を覗かせる。パーソナルスペースという概念が無いのか、後ろから抱き付き頬をベタベタとくっつけ、輸送機の椅子が固いだの野戦服のサイズが合わないだの中身の無いどうでも良い話を延々とする。

 この<バルディッシュ>が最低最悪の戦隊ランキングトップに躍り出ることを確信した。

 

<ナイトノッカー>  アサギ・スミリヤ

 

 彼女と同じ隊になるのはこれで2度目だ。頭の中がジャガーノートのキャノピー並みに空っぽで、脳味噌は電攪乱型(アインタークスフリーゲ)より軽く思考回路はレギオンのテクノロジー並みに理解出来ない。

 

「お前は戦隊長にならないのか?」

 

 なられたらそれはそれで困るが、なんとなく聞いてみる。

 

「ほーこくしょとかめんどくさいしー。バカだからかけないしー。そもそもじがよめないしー」

 

 こいつがいた収容所は教育すら許さなかったのか、それともこいつが単純にバカなのか、十四歳になった今でも彼女は字の読み書きが出来ず、思考レベルも実年齢マイナス十歳ぐらいで、隊のルールも隊長命令も簡単なものしか理解できない。マニュアルも読めないのにジャガーノートの動かし方が分かるのはひとえに言って天賦の才だろう。

 彼女目を輝かせ身体を左右に揺らし、戦隊長デスマッチを観戦する。

 

「だれがかつかなー? とりあえず、わたしをころそうとしないひとだったらいいなー」

 

 これは後から聞いた話だが、前の隊で彼女は他のエイティシックス達に鬱陶しく思われており、レギオンの囮にして戦死させられそうになったり、寝ているところを殺されそうになったりしたらしい。

 

 戦隊長決めのデスマッチは十五分続いた。死屍累々の中でミレイユとライオが拳を構え、相手を見据える。2人は肺の中の空気を一気に吐き出し、身体を捻じり、拳を引く。

 次の一手だ。それで決着がつく。

 先に出たのはライオだった。その体躯から考えられない俊敏さで間合いを詰め、拳がミレイユの眼前に迫る。反応が遅れたのかミレイユの拳はまだ動かない。

 拳が届く瞬前、ミレイユの首が動いた。ライオのストレートを間一髪で躱した彼女は拳を振り上げ、顎にアッパーカットを叩き込んだ。顔が吹き飛ぶ勢いでライオの首が上に曲がった。青玉種(サフィール)の瞳は青天を映したまま、その巨体は倒れ天を仰いだ。

 

「勝った!!」

 

 痣だらけの酷い顔でミレイユは拳を掲げ、勝ち誇る。きっと頭の中では拍手喝采、祝福のファンファーレが響いているのだろう。

 しかし現実は違う。白豚の戦隊長を歓迎する者はいない。幼年の隊員達は変わらず憎悪の視線を向け、何も理解していないアサギだけが「わー」と間の抜けた声を上げて拍手する。一人だけというのがむしろ虚しい。

 

「俺は……認めない」「そうだそうだ」「辞退しろ白豚」

 

 最初に声を上げた誰かを皮切りにシュプレヒコールが格納庫に響く。白豚がエイティシックスを認めないようにエイティシックスもまた白豚を認めない。エイティシックス流儀に則り力を示してもなお彼女は認められない。

 想定通りの展開になって、俺は内心笑みを浮かべた。

 俺はベンチから立つと最初に声を上げた隊員の背中を蹴り飛ばし、全員の前に突き出した。ガキは足を捌きバランスを保とうとしたが、俺は容赦なく低い位置にあった顔面を蹴飛ばし、地面に突っ伏したところを踏みつける。

 

「おい。ガキども。戦場は初めてか?」

「はい。よねんめです」

 

 アサギが手を上げて元気に返事をする。お前は黙ってろ。

 対して幼い隊員たちが押し黙る。肯定も否定もしない。あの劣悪な収容所で育った最後の世代だ。首を縦に振る素直な子はまず絶滅しただろう。

 

「なら教えてやる。ここは強さが正義だ。強い奴が生き残って弱い奴が死ぬ。そこに男も女も白豚もエイティシックスも関係ねえ。レギオンは全部平等にブチ殺しに来る」

 

 俺が踏んでいる少年は反抗的な目を向けるので更に体重をかけて胸を圧迫する。

 

「俺は五年目で号持ちだ。テメエらよりは確実に強い。レギオンなんざ数えきれないほど倒した。戦車型(レーヴェ)だってスクラップにしてやった。そこでぶっ倒れている連中も同じだ。その()()の決めたルールがミレイユを戦隊長だと認めてんだ。それに文句を垂れることがどういうことか、理解してから口を利きやがれ!!」

 

 年齢、身長、体重、経験、戦歴、あらゆる差で上回る俺の叱声に新入り達は怖気づき、身体が強張った。

 それでも彼らの目は負けず俺を睨みつける。心は負けていないつもりらしい。何を言いたいのかは口にされなくても分かる。「白豚を認めるなんて」「白豚に従うなんて」「収容所を忘れたのか」「お前も同じエイティシックスだろ」と。

 この中にはジャガーノートで白豚を嬲り殺す夢を見ながら夜を過ごした奴がいるかもしれない。収容所を出て、地雷原を突破して、大要塞の壁をぶっ壊して、その先にあるぼんやりとすら想像できない街を壊して、自分達がされてきたことを全部やり返す。

 

 そんな夢はさっさと捨ててしまえ。

 

 俺達の敵はレギオンだ。世界最強の無人戦闘兵器だ。

 

 檻の中に閉じこもって文句しか言わない豚じゃない。

 

「最後のチャンスをくれてやる。戦隊長は誰だ?」

 

 少年達は俺に怨色を隠さないまま、一人、また一人とミレイユに指をさしていく。全員が指をさすまで俺は黙って待つ。まだ指を伸ばさない奴、違う奴を指そうとする奴に睨みを利かせる。

 

 全員が戦隊長を認めるまで一分とかからなかった。

 

 ようやく場がまとまったところで倒れていた号持ちが起き上がる。タイミングが良すぎるが、おそらく俺が新人達をどう纏め上げるのか様子見していたのだろう。まだ意識を失ったままの奴もいるが、他の号持ちが頭を蹴って起こす。

 全員の視線がミレイユに集まる。彼女が戦隊長と認められた証拠だ。彼らも心の底ではまだ納得していないが、自分達が決めたルールに則って選んだ戦隊長だ。都合が悪くなったらルールを変えて結果をひっくり返すような真似は自分自身が許さない。

 

 それをやってしまったら、白豚と同じところに()()()()()()()()

 

 ミレイユが毅然と俺達の前に立つ。痣だらけで鼻血の跡が残る顔は不敵な笑みを浮かべていた。白系種(アルバ)だからと憎まれ、白豚と蔑まれ、罵倒され、自分とは無関係の誰かがやった愚行の責任を(なじ)られる――そんな状況を屁とも思っていないようだ。

 滑走路と空の境界線に日が半分落ち、灰かぶりの銀髪が夕日に照らされて輝く。通り抜ける風に乗って踊る髪が、風に巻き上げられ浮いたそれが、白銀獅子の(たてがみ)のように見えた。

 その場にいた全員が彼女に食われた。

 ヒトとしての()()が彼女に従えと脳の奥底から呼び掛ける。

 

「期待しろ」

「信頼しろ」

「信用しろ」

「願いを託せ」「祈りを託せ」

「背中を追いかけろ」「共に歩め」「大丈夫だ」「彼女ならやってくれる」

「連れて行ってくれる」「導いてくれる」

「彼女の為に生きろ」「彼女の為に死ね」「命を捧げろ」

「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「従え」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」「シタガエ」

 

 もう目が離せない。口を開けない。耳を塞げない。

 カリスマに囚われた俺達は、ただ静かに女帝の下知を待つ。

 

「戦隊各位。これより最初の戦隊長命令を下す」

 

 雰囲気が変わった。誰かを演じているように彼女は男のような口調で語り、振る舞う。

 

 

 

 

「現時刻を以って戦隊名<バルディッシュ>を()()し、

 

我が隊の名を<ジョスラン騎兵隊>とする!!」

 

 

 

 彼女は両腕を大きく広げ、自信満々に、鼻を高々にして最初の戦隊長命令を告げた。

 

 

 

 

 滑走路で風がびゅうびゅうと吹き、足元を枯れ葉が転がっていく。

 今日は寒いなあ。晩御飯なんだろう? いつもプラスチック爆弾だけど。

 

 

 

「おい。マジでどうすんだよ」「戦隊長あれで大丈夫なのか?」「レギオンの怪電波とか受信してそう」「特攻とか玉砕命令とか出すんじゃね?」「胸を揉ませてくれたら認めてやろう」「黙ってろ。セクハラ野郎」「もう一回バトる?」「もうやだ。痛いし」「ブシドーとは死ぬ事と見つけたりとか言いそう」「ブシドーってなに?」「知らん」

 

 誰もがミレイユを疑い始める。戦隊長としての素質があるのか、ジャガーノートの腕前はどうなのか、もしかして自分達はとんでもない馬鹿を戦隊長にしてしまったのではないかと考える。

 

 

 無論、俺もその一人だった。

 

 

 

 

 騎兵戦線異状アリ。

 我、戦隊長ノ交代ヲ要望ス。

 

――タジク・ロウニ

自叙伝『戦場で騎兵隊ごっこを』



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突撃の一番槍は騎兵の誉れ

 突撃の一番槍は騎兵の誉れ

 

――マティアス・ジョスラン三世

(演:コンラート・バウルシュミット)

 映画『ジョスラン―最後の突撃―』

 

 頭のおかしな戦隊長の最初の命令は戦隊名の変更だった。

 

 共和国南部戦線第二戦区第一防衛戦隊“バルディッシュ”

 ――改め“ジョスラン騎兵隊”

 

 戦隊名を勝手に変える馬鹿な戦隊長は今までにもいたが、そういう奴は大抵、隊を私物化し隊員に撃たれるかレギオンに殺されるかで尽く早死にした。俺はミレイユを「その手の馬鹿だ」と思い頭を抱える。

 

「あっははははは!!馬鹿だ!!こいつ馬鹿だ!!」

 

 俺が思っていたことをそのまま口に出し、ジュンナは腹を抱えて大笑いする。他の号持ち達の口からも乾いた笑いが零れ、新人達はどう反応すればいいのか分からず困っている。

 

「まあ……バルディッシュなんて白豚がつけた名前よりはマシなんじゃねえの?」

 

 とりあえず俺はミレイユを擁護する。彼女を戦隊長に立てる一役を担った手前、この権力構造が崩れると自分の立場も危うくなる。金魚のフンみたいだが仕方ない。

 

「別に良いんじゃね? 戦隊名くらい。どうせ半年か1年経てば解散だし」

「死んでオサラバすりゃもっと短いしな」とライオは笑えないジョークを飛ばす。

 

 号持ち達が冗談を飛ばし合いダサい戦隊名を受け入れようとする中、新人達は不安げな表情を見せる。

 

「あの……」と一人の少年が恐る恐る手を挙げた。

 

「名前を勝手に変えたらまずいんじゃ……ないですか? ハ、指揮官(ハンドラー)にバレたら……」

 

 場が静まり返る。号持ち達は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして少年を見る。誰も口にしないが「何言ってんだ?こいつ」と目が語っている。俺も同じ気持ちだ。ようやく戦場という白豚のいない場所に来たのに白豚のことを考えるなんてどうかしている。

 よく見ると怯えているのは挙手した少年だけではなかった。収容所を出たばかりの新人達は誰もが指揮官(ハンドラー)を恐れている。虚ろで焦点の合わない瞳はここじゃないどこかを、ここにいない誰かを映しているようだった。

 

 ――そうか。こいつらは……

 

 俺達が収容所にぶち込まれたのは4歳か5歳の時だ。だから白豚が“白いだけの人間”というのは理解していて、あいつらにも「出来ること」と「出来ないこと」があるのを知っている。だが、物心つく前に収容所に入れられた()()()()()()()にそれが理解できただろうか。絶対的な権力と暴力で支配し、肉体と命以外の全てを奪い尽くし、歯向かうことすら許されない白豚を彼らが邪悪な神か何かだと認識しても、それはおかしくないのかもしれない。

 

 

 

 首輪を外されても尚、その魂は豚小屋から出られない。

 

 

 

指揮官(ハンドラー)にバレたら、どうなるの?」

 

 腕を組み、いたずらっ子のように笑みを浮かべてミレイユは問う。答えなど分かり切っているというのに。

 少年は「ご、ご飯を抜かれたり、殴られたり、撃たれたり……」と収容所じゃ当たり前のことを怯えながら口にする。あまりにも当たり前すぎて号持ち達も笑いを堪えたり、脱力したりで忙しい。

 

「無いわね」とミレイユは真っ向から冷徹なまでに否定した。

 

「前の隊の指揮官(ハンドラー)がね。収容所で私のこと強姦した奴と声が似てたのよ。それで、そいつのこと半年間豚犯し(ピッグフ●ッカー)って呼び続けたけど、食糧も弾薬もその他消耗品も尽きなかったし、撃ち殺しに来ることも無かったわ」

 

 ミレイユは白豚に強烈かつ最上級の侮蔑を飛ばしてやったと自慢げに語るが、号持ちも新人も口をゆがめる。日夜レギオンとの戦いに明け暮れ、殺すことにも殺されることも慣れた俺達だが性暴力はまたベクトルが違う。

 (エイティシックス)を犯したという汚名を被りたくないのか、大要塞壁群(グランミュール)の中では女に困らなかったのかは知らないが、白豚による性暴力は(収容人数を考慮すれば)少ない方だった。それでも豚に欲情する馬鹿はいて、そいつがいる収容所にぶち込まれた女性のエイティシックスがどんな目に遭うかは語るまでも無い。

 前の部隊にいた経験者(享年12歳)はこう言っていた。

 

 “その記憶はレギオンよりも恐ろしく、傷は粘液のようにいつまでも纏わりつく”

 

 ミレイユはあっけらかんとしているが、俺達は気が重い。強姦の件もそうだが、性的欲求に正直になれない環境で俺達は自然とそういう話題を避けるようになっていた。男女共にこの手の話題は扱いに困る。

 俺は手をパンと叩き、集団の前に出る。この気まずくなった場の空気を変えるためだ。

 

「まぁとりあえずだ。ここに白豚はいないし、ほとんど来ない。来たってジャガーノートとレギオンにビビッてすぐにケツをまくるから心配すんな」

 

 他の号持ち達も賛同し「そうだな」という声が上がる。同時に「何でお前が仕切ってんだよ」とヤジも飛んでくる。

 

「つーか、戦隊名なんて連中も気にしてねえだろ」

「前の指揮官(ハンドラー)、自分んとこの戦隊名覚えてなかったぜ」

「いつも酒飲んで呂律が回っていない奴とかもいたしな」

「ずーっと飯食ってる奴もいたよな。ありゃ冗談抜きで豚だ」

 

 次から次へとダメな指揮官(ハンドラー)の話が号持ち達の口から湧いてくる。その数の多さたるや、逆にまともな指揮官(ハンドラー)を挙げた方が早いのではないかと思うくらいだった。かくいう自分もまともな指揮官(ハンドラー)に当たったことがない。やっぱり白豚はどいつもこいつもクソだと思う。

 気が付くと、どの指揮官(ハンドラー)が一番クソなのか選手権が始まり、格納庫前はわいわいと騒がしくなってきた。その喧騒に混じらない少数の号持ちが呟く。

 

「今回は知覚同調(パラレイド)繋いでこない奴だといいな」

「ああ。仕事をしない豚が良い豚だ」

 

 戦隊――訂正、()()()()全員のレイドデバイスが一斉に起動する。和気藹々としていた場の空気が一瞬で冷め、各々が苦虫を嚙み潰したような顔を見せる。

 

 

 

『おい。レギオン様のお出ましだぞ。さっさと死んで来い。エイティシックスども』

 

 

 

 とてつもなく不快な男の酒焼けした声によって、俺達の期待は裏切られた。

 

 

 

 *

 

 

 

≪システムスタート≫

≪RMI M1A4 <ジャガーノート> OS Ver 9.01≫

 

 寝床よりも長く過ごした軽くて脆いアルミの棺桶に揺られ、今日も俺達は戦場を走る。<ジャガーノート>のコックピットは快適とは程遠い。<ジャガーノート>にもショックアブソーバーはあるが、それは機体パーツの負荷軽減()()を目的としたものだ。白豚にとって俺達の骨はネジ1本以下の値打ちらしい。

 

『ったく、空気読めよな!! 屑鉄共!!』

『レギオンが私達の都合を考える訳ないじゃないですか』

『んなこと分かってんだよ!! いちいち突っ込むな!!』

 

 哨戒部隊が不在、白豚も仕事をしなかったことでレギオンは誰にも捕捉されず最終防衛ライン間近まで迫っていた。そこを越えられればレギオンに基地の場所を特定される可能性が出てくる。逃げる場所も隠れる場所も無いしそもそも許されないエイティシックスに基地を失うことは死に等しい。

 俺達はすぐにジャガーノートに乗り込み、基地を出発した。小隊編成などする余裕は無く、新人のコールサインも初期設定のままだ(そもそも彼らの名前を聞いてすらいない)。

 

『チビ達どうするの? 訓練上がりなんて格好の的でしょ』

 

 ただ走るだけで搭乗者の脳と内臓を揺さぶり、骨を折らんとする挙動に俺達はもう慣れてしまったが、訓練上がりのチビッ子たちは悲鳴を上げ、数名は胃の中のものを吐き出す音を知覚同調(パラレイド)で戦隊全員に聞かせてくれた。

 

――クソ指揮官(ハンドラー)にも聞かせてやりたかったな。()()の進軍マーチを。

 

 挙動に耐えられず速度を落とす新人、気遣って足を止める者、置いて行く者で隊がバラバラになる。

 足回りは貧弱、装甲は薄っぺら、火力もまあまあ、有効射程もお察し、全てにおいて敵に劣る共和国の誇らしい欠陥兵器ではまず一対一でレギオンに勝てない。クサい言い方だが、知恵を出してみんなで力を合わせて戦うのが常套であり最適、そして戦隊の足並みが揃わないのは致命的だ。

 日は完全に落ち、本来なら満月と星座を楽しめる濃藍の空を阻電攪乱型(アインタークスフリーゲ)が上から塗り潰す。戦場はもうすぐだ。国軍本部の広域レーダーから()()()()送信されたレギオンの位置情報でもそれが確認出来る。

 

≪敵機検知:B(ボギー)1に設定≫≪B2に設定≫≪B3≫≪B4≫――――……≪B90≫

 

 白豚と違ってレギオンは俺達を熱烈に歓迎してくれる。むしろ敵機90は少ないくらいだ。

 

「さて、お手並み拝見だ。騎兵隊長殿」

 

 知覚同調(パラレイド)をオフにして、俺はキャノピーの中で独り言ちる。つい30分前まで「白豚の戦隊長なんざ御免だ」と言っていたにも関わらず、俺はミレイユに期待を寄せていた。初対面で、喧嘩以外の腕前は知らないのに、この状況を彼女ならどうにかする。どんな手を使うのか楽しみだと思っている。

 

 

 彼女を追えば“ここじゃないどこか”に辿り着けると思う自分がいる。

 

 

 先頭を走る<ロシナンテ>から全員に知覚同調(パラレイド)が繋がる。オフにして気付かなかったが、戦隊の通信は足並みが揃わないことへの愚痴、新人を連れて行くべきか置いて行くべきかの論争で賑わっていた。

 

 

『総員、状況説明よろしいかしら』

 

 口調こそお嬢様で許可を得るような言い方だが、鼓膜を突き破らんとする勇ましい声が全員を黙らせる。声の圧は勿論のこと、頭の中で誰かの「聞け」という言葉が木霊する。

 

 いや、誰かじゃない。これは俺の声だ。

 ミレイユに絶対服従を誓う()()()()()()が俺に命令する。何だこれ。気持ち悪い。

 

『敵部隊は旧フィデリテ市に展開。レーダーの位置情報から敵は陣形を取っていない。目的は侵攻ではなく解体による資源回収だと考えられるわ』

 

『そんなの……ほっとけば良いじゃん』と新人が呟く。知覚同調(パラレイド)に慣れていないのか、独り言が筒抜けであることに気付いていない。

 

『あれを放置すれば、明日には廃材がレギオンの群れに生まれ変わる。最悪の場合、あそこにレギオン生産工場が建つ。拠点に持ち帰られる前に叩きのめして、スカベンジャーの餌になってもらうわ』

 

「――ってことは斥候型(アーマイゼ)回収輸送型(タウゼントフュスラー)が中心か。楽勝だな」と俺は軽口を叩く。勿論、知覚同調で全員に伝わるようにだ。新人たちから安堵の声が漏れる。

 

『それでもジャガーノートよりは強いからな。油断して死ぬなよ。チビ共』

 

 とライオが釘を刺し、

 

『前の戦隊なんざ、死因の半分は自走地雷だったしな』

 

 とジュンナが追い討ちをかけた。

 

「で、作戦はどうすんだ? 騎兵隊長殿」

『隊を分けるわ。レギオンの群れに飛び込む精鋭の突撃部隊、退路を断つ工作部隊、突撃部隊が誘導した標的を仕留める砲撃部隊、この3つよ』

 

 号持ち達は眉をひそめただろう。訓練上がりが半数を占める現状、一部の部隊に重い負担が圧し掛かる作戦はそうおかしいものではない。問題は<ロシナンテ(ミレイユ)>がどの部隊に入るかだ。突撃部隊は勿論のこと、工作部隊、砲撃部隊を新人ばかりにする訳にはいかない。指揮監督する号持ちが必要だ。もしそこに言い出しっぺのロシナンテが安全地帯に腰を据えるようなら彼女は俺達の仲間(エイティシックス)ではなくなる。

 

『突撃部隊は市内に突入しレギオンを攪乱、その間に工作部隊は市の東側を迂回して橋を破壊。その後は撤退する部隊を迎撃して。砲撃部隊はE18にある聖堂広場の周囲に展開。そこをキルポイントに設定。水路が塹壕として丁度いいサイズよ』

 

 疑念は晴れないが、ミレイユの作戦に各々が舌を巻く。光学スクリーンからフィデリテ市は見えている。さぞ歴史のある街なのだろう。宗教芸術的な教会や聖堂が多く並んでおり、とりわけ市の中央にある大聖堂は飛び抜けた巨大さを誇る。しかし、水路や市の向こう側にある橋までは見えていない。地形データは指揮官(ハンドラー)すら持っておらず、戦地の情報はジャガーノートのカメラと集音マイクが頼りだ。

 

「よく知ってるな。アンタの故郷か?」

『小さい頃、バカンスで来た事があるわ』

「なるほど。お嬢様って訳か」

『橋を壊せって言われたけど、レギオンがそこを通るとは限らないじゃん』

 

 俺とミレイユの会話にランカが割って入る。

 

『市とレギオン支配地域の間には谷があるのよ。阻電攪乱型(アインタークスフリーゲ)警戒管制型(ラーベ)以外じゃまず越えられない。そうなると大戦時に軍が爆破し損ねた橋を利用している可能性が高いわ』

「へぇ~。ちなみになんで爆破し損ねたんだ」

 

『お爺様曰く、歴史的建造物の爆破解体に政府が猛反発したから……だそうよ』

 

 あまりにもくだらない理由に全員が静かになる。レイドデバイスの不調ではなさそうだ。数秒の間、ジャガーノートの駆動とパーツの軋む音だけが耳に入る。

 

 

 

「……共和国人ってバカなのか?」

『……正直、否定できないわね』

 

 

 

 またしばらく何とも言えない沈黙が続く。その間、俺は「共和国がバカならそのバカに迫害されている俺達はもっとバカじゃないか」とくだらないことを考えて気を紛らわせていた。

 

『誰が行くの? さっさと突撃部隊を決めてよ』

 

 ジュンナが催促する。気が付くと<ペルーダ(ジュンナ)>が<ロシナンテ(ミレイユ)>の真後ろにいた。主砲57mm滑腔砲が俯角を取り、キャノピー後部に砲口を押し当てる。装甲に違わず軽薄な音がミレイユにも届いただろう。

 

 俺達は押し黙る。キャノピーの隙間から吹く風はナイフのように冷たいが、緊張のあまり汗が流れる。これは単純な質問ではない。返答次第ではジョスラン騎兵隊の最初の砲撃は「騎兵隊長殺し」になる。

 

 ふふんとミレイユが鼻で笑った。残念な頭で状況を理解できなかったのか、それとも理解した上での反応か。もし後者だとしたら――

 

『勿論、この私よ!!』

 

 勇ましい雄叫びが皆の沈黙を張り倒す。知覚同調(パラレイド)は視覚を共有していないのでミレイユが今どうしているのかは分からないが、きっと誇らしげに鼻を高くして、豊かな胸元に手を当てているに違いない。

 レーダーを見やると<ペルーダ>が徐々に左へ傾いていく。<ロシナンテ>は彼女の射線から外れていく。合格のようだ。

 

『突撃の一番槍は騎兵の誉れ!! 腕に自信のある者はついて来なさい!!』

 

 

 <ロシナンテ>がスピードを上げ、先頭集団から離れていく。

 我先に敵地へ突っ込んで行くその姿はまるで死に急いでいるかのようだった。

 

 

 

 

 

 突撃の一番槍は騎兵の誉れ

 

 胸に蛮勇を抱き、背に尊敬を抱え、

 手で敵を屠り、足で屍を踏み越え、

 耳に届く言葉なく、眼に浮かべる涙なし

 その口は血に飢えた獣の如く(わら)

 

 ――マティアス・ジョスラン三世

(演:コンラート・バウルシュミット)

 映画『ジョスラン―最後の突撃―』

 




【名前】ミレイユ・ジョスラン
【性別】女性 【年齢】18歳
【人種】白銀種(セレナ)
【国籍】なし(エイティシックスは人ではない為)
【所属】共和国南部戦線第二線区第一防衛戦隊“バルディッシュ”
(通称:ジョスラン騎兵隊)
【経歴】
パーソナルネーム<ロシナンテ>
バルディッシュ戦隊長――改め、ジョスラン騎兵隊総長。
軍門の名家ジョスラン家の一人娘。祖父が企てたクーデターに関わったとして十二歳で憲兵に拘束される。戸籍の再調査(改竄)によりエイティシックスとして八十六区の収容所に放り出され、その後はジャガーノートのプロセッサーとなる。
白系種(アルバ)であることからエイティシックス達からも迫害されてきたが、傍若無人かつ明朗快活な性格、先んじてレギオン部隊に飛び込み戦果を挙げる戦いぶりから一定の信頼は得られるようになった。戦隊長になったのはバルディッシュが初めて。

【名前】タジク・ロウニ
【性別】男性 【年齢】16歳
【人種】砂漠褐種(ディザリア)
【国籍】なし(エイティシックスは人ではない為)
【所属】共和国南部戦線第二線区第一防衛戦隊“バルディッシュ”
(通称:ジョスラン騎兵隊)
【経歴】
パーソナルネーム<アルファウリス>
熱くなることを嫌い、斜に構える少年。
「全責任を負わされるのが嫌だが下っ端も嫌だ」という理由で副長の座を狙う。
口達者で場の空気を治めることに長けているが、そのせいか隊では苦労人ポジションになることが多い。
損得勘定抜きで(色々と理由を付けては)年下の世話を焼くため、前の隊ではアサギほか数名の少年少女に懐かれていた。
戦況の分析や指揮能力が高いが、個人の戦闘能力としては「まぁ普通(号持ち基準)」


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エイティシックスは異端である。

 エイティシックスは異端である。

 

 

――サンマグノリア共和国 国教会

 

 

『ははっ。面白えじゃねえか。<ブラッドヘッド>了解』

『<ナイトノッカー>、さくせんとかよくわかんないんでとつげきやりまーす』

『<ファイアブレイク>行くぜ!! エースの座は渡さねえ!!』

 

 次から次へとプライドの高い号持ち達が速度を上げてミレイユの後を追っていく。工作部隊、砲撃部隊の編成も決まっていないのに脳筋どもはもうレギオンとおっぱじめるつもりのようだ。

『後は頼んだわ。<アルファウリス(タジク)>』

「はぁっ!?」

 

 まさかのご指名に俺はつい声を上げてしまった。戦隊長の代わりに指揮を執る――副長の座を狙っていた俺としては願ったり叶ったりだったが、唐突に決められてしまうとどこか腑に落ちない。

 しかし俺の納得など関係なく状況は進んでいく。

 俺は深呼吸し、ミレイユの作戦概要とそれを実現させる為の編成を頭の中で組み立てる。

 

「戦隊各位。これより編成を伝える。工作部隊の指揮は<シュヴァリエ(カッキ)>、砲撃部隊の指揮は俺<アルファウリス(タジク)>だ。<キタルファ(ランカ)>と<ペルーダ(ジュンナ)>は俺のサポート、それ以外の号持ちは工作部隊だ」

 

 突撃部隊が戦いを始めれば、戦闘に向かない回収輸送型(タウゼントフュスラー)は真っ先に撤退を開始する。その前に地図も地形情報も一切ない街を迅速に突っ切る工作部隊は号持ちと彼らに付いて行ける一部の新人にしか務まらない。

 俺はジャガーノートの速度を落とし、間抜けな蛇のようになった戦列の前方4割の位置まで下がる。

 

「新人。レーダーを見ろ。<アルファウリス>より前を走っている4人。お前らは工作部隊だ。何が何でも先輩のケツに齧りつけ。残りは砲撃部隊だ。時間は突撃バカどもに稼がせる。遅れてでもいいからキルポイントまで走れ」

 

「了解」「はい」「りょ、了解」「了解」「うん」「が、がんばります」――――

 

 息の合わない返答が返ってくる。乱闘に参加しなかった俺が指揮を執ることに文句を言う奴はいなかった。指示の内容を妥当だと思ったのか、それとも騎兵隊長(ミレイユ)のお墨付きだからか。

 レーダースクリーンに目を向けるとまばらになっていた戦列が俺を境に工作部隊と砲撃部隊に綺麗に別れていった。

 

 

 

 *

 

 

 

 その街は芸術作品のようだった。鉛白と象牙色の石造建築には善美な彫刻が彫られ、広場や街の空きスペースには半裸の天使や女神の像が置かれている。かなり歴史のある街らしい。それらには宗教的な意味が込められているのかもしれないが、生憎と神を信じたことがない俺達には理解するための学も教養もない。

 

『石ってレギオンの材料になるのかな?』とランカが呟く。

 

 俺はランカの問いに「馬鹿か」と返答し、街道を走り抜ける。先に入った突撃部隊が上手くレギオンを引き付けてくれたためか、()()()レギオンと会敵せずに部隊を進めることが出来た。損害も自走地雷の奇襲を食らった新入り()()()()だ。

 我先に突撃した脳筋騎兵隊長も隊長らしく各部隊の進捗を確認している。

 

『<アルファウリス>、<シュヴァリエ>、ポイント到達までの時間は?』

『こちら<シュヴァリエ>。ポイント到達まで二四〇秒。会敵なし』

『<アルファウリス>は?』

「三〇〇秒くれ。あと新入りが二人やられた」

『……了解。それまで引き付けるわ』

 

 ミレイユは数秒の沈黙に哀悼の意を込める。あの能天気脳筋バカ騎兵隊長にはは出会って1時間も経っていない仲間の死を悼む情と戦場では抑える理性があるらしい。

 

『戦隊各位。推測通り敵は斥候型(アーマイゼ)輸送回収型(タウゼントフュスラー)を中心よ。ただ近接猟兵型(グラウヴォルフ)戦車型(レーヴェ)が少し混ざっているから注意して』

 

 やっぱ、そう楽にはいかねえよなぁ――と俺は独り言ちる。

 

『何が『少し混ざっている』だ。()()()()()()じゃねえか』

 

 ライオが口をはさむ。ミレイユが予想を外したせいで(彼女を含む)突撃部隊は負担が大きくなったのだ。嫌味の一つや二つ言いたい気持ちはよく分かる。

 

『でも()()に変えたから問題ないでしょう』

 

 俺はミレイユの言っている意味が分からなかった。「正解に変えた」という言葉の意味を自分の中で解釈しようとするが、『あはははははははは』と同調してきたアサギの笑い声が邪魔をする。

 

『突撃しなかったチキンども。この戦隊長は大当たりだぜ』

『おいおいライオ。頭でも打ったのかよ』

『悔しいがエースの座はくれてやるよ。チクショウ』

『マクサ。君までどうしたんだ』

 

 突撃部隊の変容ぶりに砲撃部隊のジュンナと工作部隊のカッキは戸惑いを隠せない。声に上げないだけで他の号持ちの困惑、新入り達の期待が知覚同調(パラレイド)を通じて俺にも伝わってくる。

 

『“ナイフもってるやつ(近接猟兵型)”も“おっきいやつ(戦車型)”も<ロシナンテ>がたくさんやっつけてほとんどいなくなったよー』

 

 アサギの間抜けな声に俺は愕然とする。白豚がレギオンを倒した。「たくさん」と言うからには一機や二機どころの話ではない。それも近接猟兵型(グラウヴォルフ)戦車型(レーヴェ)のような戦闘に特化した機種を一人でだ。

 そんなことが出来るエイティシックスはそうそういない。居たとしたら1年前に特別偵察任務に行った<アンダーテイカー>ぐらいだ。

 

 ――いやいやまさか。

 

 アサギはバカなので3以上の数は「たくさん」という言葉で表現する。きっとミレイユが倒したのは4機か5機ぐらいで(これでも多いが)、ライオとマクサは悪乗りしてミレイユの活躍を囃し立てているのだろう。

 俺は信じていないが、念のためレーダーに目を向けた。

 

 

 

 

 

 我が目を疑った。

 

 

「マジかよ……何つー距離で戦ってんだ……」

 

 驚きのあまり冷や汗が流れ、冷静さを保とうとレーダーの不具合やシステムエラーの可能性を考えるが、それはないと否定する。ジャガーノートはハード面でこそ共和国の誇るべき欠陥兵器だが、ソフト面に関してはエラーやバグを起こさない堅実さと子供の無鉄砲な操縦に対応する柔軟さを持っている。悔しいが傑作と言うしかない。

 レーダー上では赤のアイコンで表示されるレギオン部隊と青のアイコンで表示されるジョスラン騎兵隊が綺麗に分かれ、砲撃の応酬を繰り広げていた。

 

 とある2機を除いては除いては――

 

 赤いアイコンが重なって大量に表示されるエリアに2つの青いアイコンが混ざり、縦横無尽に動いている。赤いアイコンの数が減っているので運悪くレギオンの中に飛び込んでしまい逃げ惑っている馬鹿という訳でもないらしい。

 アイコンに付随するパーソナルネームを見て、俺はアサギのそれが戯言ではないとようやく認めた。認めざるを得なかった。

 

 

ROCINANTE(ロシナンテ)

NIGHT KNOCKER(ナイトノッカー)

 

 彼女達は、戦狂いのエイティシックスの中で飛び抜けて狂っていた。

 

 

 

 *

 

 

『こちら<シュヴァリエ>。予定ポイントに到着。損害なし』

『テメェの読み通りだ。騎兵隊長。古い橋を使って谷を越えやがる。ありゃ良い的だな』

 

 報告通り、工作部隊が予定ポイントに到達したのは予告通り、こちらの60秒前だった。知覚同調(パラレイド)で視覚の共有はしていないので谷がどれほど険しく深いのかは分からないが、レギオンが的になるリスクを承知の上で渡るほどだ。まず谷底は見えないだろう。

 

『橋はっ――崩せそうっ、かしら?』

 

 レギオンの群れの中を飛び回りながら応答しているせいでミレイユの言葉は途切れ途切れだ。だがそれを馬鹿にする者はいない。俺と同じように工作部隊の面々もレーダーでミレイユがどこにいるのか気付いているからだ。

 

『レギオンの重量に耐えられる橋だ。滑腔砲(五七ミリ)ではまず無理だな』

『橋の上の奴らだけでも殺っちまうか?』

『そうね。そっちは始めて構わないわ』

『『了解』』

 

 エイティシックスはシンプルで実力主義な一面もある。力を示せば、つい数分前まで彼女の能力を疑っていたカッキも疑心暗鬼から砲口を押し付けたジュンナも素直に従い、支持を請う。

 ただ、この早さは異常だ。喧嘩やジャガーノートの動きだけじゃない、何か別の“力”がはたらいているように思えて仕方が無かった。

 

「――ったく、どいつもこいつも絆されやがって」

 

 俺は知覚同調(パラレイド)をオフにした状態でぼやく。

 ジャガーノートの仰角を大きくとり、半壊した鐘楼にワイヤーアンカーを撃ち込んだ。ウィンチでワイヤーを巻き、脆くて軽いジャガーノートを鐘楼の頂上に引っ張り上げる。

 ミレイユ曰く、フィデリテ市は貴族たちが権力を誇示するために宗教建築を濫立させた歴史があるらしいが、レギオン侵攻の激戦区となったことからそのほとんどが倒壊し、市の中央にある大聖堂と幾つかの鐘楼以外は古くから残る一、二階建ての家屋と瓦礫ばかりとなった。お陰で鐘楼の上から街全体を見渡すことが出来る。地図や地形データを持たない俺達にとってはありがたいことだ。

 全長数百メートルの石造り、アーモンドを半分に割ったような形状の屋根が特徴の大聖堂は建物の一部が崩落していたが、それでも神を信じない俺達を唸らせるほどの荘厳さを持っていた。

 大聖堂の前には市の数%は占有するだろうシンメトリーの広場があり、ミレイユの言うとおり水路もあった。水が絶えて久しく、都合の良いことに中はすっかり乾ききっていた。サイズもジャガーノートはおろかスカベンジャーもすっぽり収まる。

 突撃部隊に追い立てられ、橋まで攻撃されれば、レギオンは橋の防衛のため撤退を判断する可能性が高い。戦略的価値の低い南部戦線とはいえ、橋を落とされてしまえば陸上兵器がメインのレギオンは進軍速度に大きな支障が出るからだ。

 そして、この水路は撤退するレギオンを横から嬲り殺しにするには丁度いいポジションだった。

 

『<アルファウリス>。早く下りないと的になるよ』

 

 ランカに促されて俺はウィンチを回転させ、ワイヤーを伸ばしてゆっくりと降りる。間抜けな光景だが、こんな高さから飛び降りればジャガーノートの貧弱な脚なんて簡単に折れる。それ以前に俺が骨折するか最悪死ぬ。

 俺はアンカーを外して着地する。

 

 

 

 パキッっと軽い何かが割れる音がした。

 

 

 ジャガーノート外部の集音マイクがその音を拾ったのだ。俺はガンカメラを下へ傾け、なるべく自分に近い地面を視界に入れる。

 レギオン大戦時の避難民だろうか、レギオンに踏みつぶされ、獣に食い荒らされた白骨死体や衣服がそこら中に散らばっていた。数年の風化により頭蓋や胸郭といった分かり易い部位も砕けてしまっており、ここでどれだけの人数が死んだのか見当もつかない。少なくとも数千人は下らないだろう。

 プロセッサーを続けると作戦に関係ないものは自然と考えないようになってくる。視界に入って記憶に留めてもそれについて思いを馳せることもなくなってくる。

 故に俺は気付いていなかった。ここが白骨で埋められた広場だということに。

 

 

 

 大聖堂の奥に祀られる神様とやらは、彼らの魂を救ってくれたのだろうか――

 

 

 どちらにせよ、神様のいない俺達には関係の無い話だ。

 

 

 

 

 エイティシックスは異端である。

 獣が人の皮を被り、人であると偽り、

 神の祝福を詐取した行為は許されざる大罪である。

 東方より出でし鉄の悪魔を屠り、

 共に地獄の炎で焼かれなければ、

 獣は己の罪を自覚し、罰を受け入れることは無いだろう。

 

 

――サンマグノリア共和国 国教会

 




ジョスラン騎兵隊のゆかいな仲間たち

【名前】アサギ・スミリヤ
【性別】女性 【年齢】14歳
【人種】宵菫種(アイオラ)紫瑛種(アマティスタ)の混血
【国籍】なし(エイティシックスは人ではない為)
【所属】共和国南部戦線第二線区第一防衛戦隊“バルディッシュ”
(通称:ジョスラン騎兵隊)
【経歴】
パーソナルネーム<ナイトノッカー>
とにかくうるさいアホの子。
収容所で教育を受けられなかった影響からか五歳児程度の知能しか持たず、字の読み書きも計算も苦手としている。ジャガーノートのマニュアルも読めず、部隊の作戦も理解できないが、天賦の才と勘だけでジャガーノートの動かし、エース級のレギオン撃破数を誇る。


【名前】ライオ・クリスト
【性別】男性 【年齢】16歳
【人種】青玉種(サフィール)
【国籍】なし(エイティシックスは人ではない為)
【所属】共和国南部戦線第二線区第一防衛戦隊“バルディッシュ”
(通称:ジョスラン騎兵隊)
【経歴】
パーソナルネーム<ブラッドヘッド>
気に食わない相手は全員拳で黙らせてきた喧嘩腰の大男。
相手が武装していようとスタンスは変わらず、収容所にいた白系種の兵士や武装した戦隊長にも食い下がってきた。一方で相手の実力を正当に評価し認め敬う面もある。
プロセッサーとしては、巨躯でジャガーノートのコックピットが狭いせいか実力を発揮しきれず、戦力としては「ちょっと強い(号持ち基準)」


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拝啓、クソ指揮官(ハンドラー)

 拝啓 クソ指揮官(ハンドラー)

 

 ミレイユ・ジョスラン

『共和国南部戦線第二線区第一防衛戦隊“バルディッシュ”

 戦闘報告書№914396-6』

 

 遊撃部隊による橋への攻撃が始まるとレーダー上の赤いアイコン(レギオン)が一斉に動き出した。ミレイユの目論見通り、レギオンは撤退を開始した。どうやらあちらの指揮官機は行き当たりばったりな判断を下す残念な頭脳の持ち主らしい。

 

「チビ共。お待ちかねのレギオン狩りだ。収容所での鬱憤はここで晴らせ」

『了解』

 

 返事は揃っていた。全員が塹壕に収まり、レギオンが通過する予定の箇所に集中しているからだろう。知覚同調(パラレイド)を通じて全員の緊張が伝わる。

 ジャガーノートの最大火力たる主砲もある程度距離を詰めないと有効打にはならない。ガンカメラがレギオンを捉えても俺はひたすら「まだだ」「まだ撃つな」「指をかけるな」と新入り達に囁き続ける。

 

「――――――――撃て」

 

 塹壕から五七ミリ滑腔砲が一斉に飛び出し、撃発。秒速一八〇〇メートルの高速徹甲榴弾が撤退するレギオン部隊の横っ面を叩く。陣形の右翼を担っていた斥候型(アーマイゼ)に徹甲弾の大穴が開き、内部で高性能爆薬が炸裂する。

 撤退するレギオン部隊が回頭。亡霊のように青白く煌めくセンサーをこちらに向ける。

 敵を目の前にした恐怖心を紛らわすため、新入りたちが弾数も気にせず滑腔砲を乱射する。お陰でスカベンジャーは大忙しだ。塹壕の中をいそいそと走り弾倉を交換していく。

 自走地雷が塹壕へ吶喊するも滑腔砲の風圧でバラバラになり、斥候型(アーマイゼ)の残骸が積み重なっていく。

 

『やった!!倒した!!』『やれる!!僕はやれる!!』『三機!!四機目!!』

 

 突撃部隊がお膳を立てた上、固定砲台というつまらない役割だったが、レギオンを倒したという実績が自信に繋がり、歓喜の声が耳障りなほど繰り返される。

 

 ――調子に乗ってんなぁ。馬鹿共。

 

 新人達とは裏腹に俺達は不意打ちの成功に酔い痴れることなく、冷徹にガンカメラと集音マイク、レーダーで状況を分析し、レギオンの次の手を読む。

 

 ビンゴだ。

 近接猟兵型(グラウヴォルフ)の背部、七六ミリ多連装対戦車ロケットランチャーのハッチが開く。曲線射撃で塹壕を叩ける彼らの装備は厄介だ。

 俺とランカは冷静に近接猟兵型(グラウヴォルフ)へ照準を合わせ、発射前のランチャーを撃ち抜く。既に点火されていた燃料と弾頭の炸薬が一斉に爆発し、派手な花火を上げてマニピュレータとブレードが四散する。

 

「A班!! B班!! 第二ポイントへ移動!!」

 

 爆発の衝撃でレギオンが足を止めた一瞬に砲撃部隊内の小グループが移動。それをレギオン悟られないよう残ったグループと俺たち号持ちで砲撃を継続する。

 塹壕があるとはいえジャガーノートは正面切ってレギオンと撃ち合いが出来る機体ではない。逃げ回って横や背後から撃ち、敵が向いたらまた走って逃げて撃つ、かっこつけた言い方をすれば機動防御が基本戦術なのだ。

 だが、そんな戦術も虚しく、轟音と共に塹壕が吹き飛んだ。レーダー上から騎兵隊のアイコンが一つ消失。断末魔すら聞こえなかった。

 戦車型(レーヴェ)の主砲一二〇ミリ滑腔砲が炎幕を突き破り、その姿を現す。四機の編隊が巨体で黒煙を掻き分け、ジャガーノートが虫のように這い回る水路に等間隔で撃発。弾頭と衝撃波で石造りの道を抉り取り、更に“虫”が一匹駆除される。

 

「ったく……判断が早ぇな」

『最近こんなのばっかじゃん』

 

 戦車型がいるのは織り込み済みで第二ポイントへの移動も彼らに狙われないようにする為だった。しかし、相手の動きが予想より早かった。

 向こうも経験を蓄積させたのか、敵の行動予測や判断がより正確に、より高度に、より複雑になってきた。前の部隊では会敵せずチェスのように動きを読み合う戦いも起きたくらいだ。まるで人間相手の戦争だ。やったこと無いけど。

 

『マルケンがやられた!!』『ねぇ!? エンザは!? エンザはどこ!?』『嫌だ!!死にたくない死にたくない!!』『邪魔だ!! さっさと退け!!』『テメェこそ邪魔なんだよ!!』

 

 撤退するレギオンを一方的に蹂躙する勝ち戦から状況は一転、調子に乗っていた新入り達はパニックに陥る。水路の中でジャガーノートがわちゃわちゃと動き、機体同士が接触し、悲鳴や怒号が聞こえる。

 これはひどい。俺の初実戦よりもひどい。

 

「ったく……世話が焼ける」

 

 俺達ぐらいの世代は「全滅して欲しいがレギオンを撃退して貰わないと困る」という白豚側の事情により最低限戦力になれるような訓練を受けられた。しかしレギオン全停止を目前とした最後の出涸らし世代になると「戦場に出て、さっさと全滅しろ」という方針になったのか、訓練は更にひどいものになったようだ。

 

 ――まぁ、ジャガーノートを走らせただけで吐くレベルだもんな。

 

「<キタルファ>、俺達で戦車型(レーヴェ)を引き付ける」

『ええっ!? 私達、()(がま)になるの!?』

「バカ言え。時間稼ぎだ」

 

 俺とランカは滑腔砲で戦車型(レーヴェ)を牽制、塹壕から飛び出し、混乱する新入り達と真逆の方向へ疾走する。ジャガーノートは貧弱な四脚で聖堂広場の白骨遺体を踏み荒らす。罰当たりと言わんばかりに跳ねられた骨片がアルミの装甲を叩く。

 目論み通り、戦車型(レーヴェ)は主砲をこちらに向けた。()()型と銘打つように彼らは正面切っての撃ち合いを想定した設計になっている。弱点である排熱口と予備弾倉は砲塔後部に集中しており、熟練した俺たちにそれを晒さないよう動くのは合理的な判断だった。

 だからこそ、簡単に釣ることが出来る。

 

 問題なのは――釣られた獲物を仕留める奴がいないことだ。

 

 俺とランカは戦車型の注意を引くことで手一杯だ。二機で四機編隊を足止めしているのだから上出来だろう。普通なら反対側にいる部隊が砲塔後部を狙い撃つのだが、残念なことにそこにいるのはパニックになって逃げ惑う新入り達だ。知覚同調(パラレイド)で呼び掛けてはいるが届いていない。

 

『おうおう。やってんじゃ()()えか。豚共』

 

 不快な指揮官(ハンドラー)の声が知覚同調(パラレイド)で戦隊員に共有される。相当、酒が頭に回っているのだろう。出撃前の時よりも呂律が回らなくなっている。ただでさえ醜い濁声も膿とゲップで更に酷くなっている。

 

『まぁだ……ヒック、五匹しか死んでねえのか。オラァ。もっと気合い入れろ!! 人間様のために死んで来い!!豚ァ!!』

 

 白豚の常套句は何百回も聞いたせいでもう慣れた。

 俺は鬱陶しさのあまりレイドデバイスをオフにしようと耳に手を添える。

 

『神速の馬に跨って~帝国の腰抜け蹴散らすぜ~』

 

 童謡のようなクソダサい歌が知覚同調(パラレイド)を通じて頭に響く。声は勿論、<ロシナンテ>ことミレイユ・ジョスラン(突撃バカ脳筋騎兵隊長)だ。

 

『おい。なんだ。このクソダサい歌は』

 

 腹立たしいが白豚と意見が一致した。

 

『熊も猪も慄き~頭を垂れて引き下がる~我ら東方最強ぉ~ジョスラン騎兵隊ぃ~』

 

 戦車型(レーヴェ)の一機が後方から高速徹甲榴弾を撃たれた。成形炸薬弾(HEAT)のメタルジェットが排熱口を貫徹し、炸薬が砲塔内部を焼き尽くす。装甲の隙間から黒煙が吹き上がり、流体マイクロマシンの中央処理装置が銀色の液体となって銃創から漏れ出す。

 戦車型(レーヴェ)の後部を守るように展開していた斥候型(アーマイゼ)近接猟兵型(グラウヴォルフ)の編隊が回頭するが、高速徹甲榴弾で爆散。歴史ある街に不釣り合いな鉄筋コンクリートの廃墟から連携された砲撃が続き、雨に晒されるかのようにレギオンが屠られていく。

 ピンチにかけつけたヒーローを気取るかのようにパーソナルマークを付けたジャガーノートが並ぶ。真っ赤な骸骨(ブラッドヘッド)火の翼を持つ鳥(ファイアブレイク)、その他諸々――ミレイユに付いて行った突撃部隊の号持ち達だ。

 文字通り鉄屑となったレギオンの死骸を踏み荒らし、一機のジャガーノートが戦車型(レーヴェ)編隊との距離を詰める。滑腔砲から零れる硝煙を置き去りにするスピードで走る銀色の白馬。<ロシナンテ>だ。

 同編隊の戦車型(レーヴェ)の一機が回頭。時計回りに走る<ロシナンテ>に主砲の照準を合わせる。砲塔の回転と主砲の角度調整もジャガーノートのスピードにしっかりと対応している。

 

『ふふっ』

 

 知覚同調(パラレイド)越しにミレイユの笑みが聞こえた。

<ロシナンテ>は脚部のスパイクを地面に押し当てて、火花を散らしながら急減速。戦車型(レーヴェ)は敵が走り続けると予測していたのだろう。一二〇ミリ砲から放たれた砲弾は虚しくも瓦礫の街の向こう側へ消える。

 

 ――さあ。次はどうするんだ? 騎兵隊長。

 

 敵前で脚を止めるというのはジャガーノートにとって自殺も同然だ。今のブレーキで脚にも負荷がかかっている。数秒だが動き出しは遅いだろう。敵の装填、照準、発射はそれより早い。

 ブレーキをかけながら回頭していた<ロシナンテ>はワイヤーアンカーを戦車型(レーヴェ)に向けて射出。本来は建物や地形に突き立てる爪を脚部に引っ掛け、モーターでワイヤーを巻き取る。重量級レギオンたる戦車型(レーヴェ)とアルミの棺桶のジャガーノート、どちらが引っ張られるかは一目瞭然だった。

 本来、重力に逆らってジャガーノートを引っ張り上げることを想定していた巻き取り用モーター、その馬力を水平方向の移動に使えばジャガーノートを走行と変わらない、もしくはそれ以上の速度で引っ張ることが出来る。理屈は分かるが、レギオン相手にやるバカはまずいない。

 

 <ロシナンテ>は足裏から火花が散らしながら吶喊。戦車型(レーヴェ)は一二〇ミリ滑腔砲を向けるが間に合わない。砲口と砲口が交差、五七ミリ滑腔砲の砲口が装甲を突いた。

 最低起爆距離設定(ミニマムレンジ)消去(キル)した高速徹甲弾の零距離射撃。胴体と砲塔の間にある僅かな繫ぎ目を貫徹した徹甲弾は破壊的な爆轟で内部を焼き尽くしただろう。

 

『わたしもまぜてー!!』

 

 もう一機、白骨とレギオンの残骸を踏み荒らしながら広場を駆ける。五歳児がクレヨンで描いたような妖精のパーソナルマークの機体<ナイトノッカー(アサギ)>だ。彼女はミレイユが倒した戦車型(レーヴェ)の屍を踏み越え、頂上から跳躍。俺とランカが足止めしていた戦車型(レーヴェ)に飛びついた。

 戦車型(レーヴェ)は振り払おう跳躍、百トン越えの巨体が宙に浮くが、<ナイトノッカー>は子猫のようにしがみ付き、上部の排熱口に零距離射撃で徹甲弾を叩き込む。

 空中で戦車型(レーヴェ)を乗り捨てた<ナイトノッカー>は最後の一機の上へ跳躍、前方宙返りしながら着地すること無く、真上から上部装甲に徹甲弾を撃ち込んだ。宙返りした<ナイトノッカー>は華麗に着地。息を合わせたかのように戦車型(レーヴェ)は爆散した。

 主力である四機の戦車型(レーヴェ)編隊が沈黙。他の号持ち達に削られたのもあって、残った斥候型(アーマイゼ)近接猟兵型(グラウヴォルフ)も撤退していった。

 

 ――はぁ……新入りのお守はもう御免だ。

 

 アルミの棺桶の中で俺は脱力する。頭のおかしいミレイユ・ジョスラン(白豚の戦隊長)、頭のおかしいアサギ・スミリヤ(ナイトノッカー)、ろくに訓練を受けていない新入り達、白骨死骸だらけの広場、戦闘そのものは大したことなくても頭を疲労させる要因が重なり過ぎた。

<ロシナンテ>はワイヤーアンカーを格納。ガンカメラをこちらに向ける。

 

『無事かしら?』

『ああ。助かったよ。騎士(ナイト)様』

 

 俺は軽く手を振る。勿論、ミレイユには見えていない。

 

『……まぁ、ありがと』

 

 ランカも白豚に助けられたことを癪に感じながらも感謝の弁を述べる。

 

『あしがこわれたーうごけなーい』

 

 アサギの間抜けで舌足らずな喋りで一気に気が抜ける。足回りが貧弱なジャガーノートで戦場を駆け回り、跳躍、宙返り、着地という曲芸をこなしたのだ。それ以外にも彼女は無駄な動きが多く、戦闘後に脚が壊れるのはいつものことだった。

 

『はいはい。引っ張ってやるよ。エース様』

 

 俺はワイヤーアンカーを<ナイトノッカー>に向けて射出。錨がしっかり引っ掛かったことを確認する。

 

『戦隊各位。レギオンは撤退を開始したわ。私達も帰ってデブリーフィングよ』

 

『デ、デブリーフィングって何ですか? 痛いことですか?』と新入りの一人が恐る恐る尋ねる。他の新入り達も同じ心境だろう。俺達エイティシックスは収容所で「自由」「平等」「博愛」「正義」「高潔」といった言葉と共に虐待をされてきた。その概念を理解する前から殴られ、蹴られ、撃たれ、殺されてきた。聞いたことない軍事用語を「自分達を虐めるための単語」と認識してもおかしくはなかった。

 

『結果報告よ。どういう風に動いて、何体のレギオンを倒したのか報告し合うの』

 

 騎兵隊長としての威勢のある喋りとは裏腹に、お淑やかな、それこそ令嬢のようにミレイユは説明する。まさか本当に八十五区内の令嬢だったんじゃないかとも思ってしまう。

 

『おい。なに勝手に帰ろうとしてんだよ。まだレギオンが残ってるじゃねえか』

 

 撤退ムードになっていた戦隊に指揮官(ハンドラー)が水を差す。白豚が空気を読めないのはいつものことだ。

 

指揮官(ハンドラー)殿。レギオンは撤退しました』

『いるじゃねえか。その撤退している奴がよぉ』

 

 ミレイユはおそらく眉をひそめただろう。知覚同調(パラレイド)に表情を伝える機能はないが、彼女ならそうするはずだという謎の確信が俺の中にはあった。

 

『お言葉ですが、今から追っても市街地の部隊は防衛圏内で追いつけません。橋に攻撃を行っていた部隊も撤退しています』

 

 指揮官(ハンドラー)は舌打ちする。不機嫌が頂点に達しているのだろう。

 

エイティシックス(人の形をした豚)が勝手に判断してんじゃねえよ!! 突撃だ!! 今すぐ行って全員死んで来い!!』

 

 またしても白豚の常套句が飛んでくる。マニュアルでもあるのかと思うくらいに内容が一緒だ。もしかして、昔の部隊の指揮官(ハンドラー)だったりしてな。

 

『どこかで聞いたことのある声かと思えば、ルイス叔父様? ルイス叔父様ですの?』

 

 キャノピーの中で独り笑いしていた俺は唖然とする。上下していた肩は息と共に止まる。まさかの知り合いかよ。

 

『あぁ? 何だぁ? テメェ』

『その声、ルイス叔父様で間違いありませんの。私です。ミレイユです。お忘れですか?』

 

 芝居めいた喋り方に俺を含む戦隊各位はミレイユの意図がなんとなく見えて来た。新人達は困惑し、ある者は「白豚が……」と呟いて舌打ちするが、なんとなく悟った号持ち達は薄ら笑みを浮かべる。

 

『知らん。お前なんか知らん!!』

 

 

 

『いいえ。その声、シャルリューデ宮殿の感謝祭で酔った挙句に脱糞し、慌てて女子トイレでパンツを洗っていたルイス叔父様に間違いありませんわ!!』

 

 

 

 あまりに、あまりにも汚く下品な内容に俺は吹き出しそうになる。笑い声が漏れないように知覚同調(パラレイド)を切ろうかと思ったが、続きを聞きたくて、手で口を押え、息を無理やり殺しながら耳を澄ませる。

 

『ちっ、違う!! 俺はルイスじゃない!!』

『そう恥ずかしがらなくて良いですわ。叔父様の名誉のため、成人男性が女子トイレでパンツを洗っていたところを9歳の私に目撃されて、『黙っていてくれ』と土下座で懇願するなんて恥ずかしい話、誰にも話していませんわ』

 

 とんでもない大嘘だ。このパラレイドは戦隊総員に筒抜けだ。指揮官(ハンドラー)がそれに気付いているかどうかは分からない。真っ当な奴なら気付くかもしれないが、真昼間から酒を飲む指揮官(ハンドラー)でそれは厳しい話だろう。

 戦隊各位から笑い声が漏れ始める。俺も堪えるのをやめて知覚同調(パラレイド)越しに嘲笑をクソ指揮官(ハンドラー)に届ける。

 

『……今日はもういい。明日も同じ口を利いたらタダじゃおかないからな!! 』

『ごきげんよう。ルイス叔父様』

 

 舌打ちと共に指揮官(ハンドラー)知覚同調(パラレイド)が切られた。

 砲声が遠い昔のように思えるほどの静寂――指揮官(ハンドラー)の前で嗤った俺達だが、その腸は煮えくり返りそうだった。俺達から全てを奪って、こんな戦場に放り出して、それを人道だの愛だの正義だのと宣う連中の声を聞いて、気分が良い筈がない。

 ミレイユも黙っていたが、ふと深呼吸する。

 

『戦隊各位。もし指揮官(ハンドラー)が繋いで来たら、徹底して“クソ野郎”と呼びなさい。知覚同調(パラレイド)を繋いでこなくなる日まで続けなさい』

『『『了解』』』

 

 号持ちも新入りも揃えて返事をしたのはこれが初めてだった。

 

 

 

 

「おい。脱糞野郎」

「クソ指揮官」

「今日はちゃんとパンツ洗ったの?」

「トイレットペーパーが無えぞ。無駄遣いするなよ」

「嗅覚も同調すんなよ。ウンコの臭いがするぜ」

「女子トイレも詰まってるんだけど。またパンツ洗ったの?」

「そう気にしないで下さい。太り過ぎて自分で肛門を拭けないのでしょう?」

「豚だって尻尾でケツを拭くのにお前はそれ以下かよ」

「トイレが詰まったぞ。何とかしろよ。脱糞野郎」

「クソ指揮官」

「ファッキン白豚」

「脱糞野郎」

「排泄物おじ様」

「うんち」

 

 

 

三日後、クソ指揮官(ハンドラー)の声を聞くことは二度となかった。



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とんでもない馬鹿を戦隊長にしてしまった。

 とんでもない馬鹿を戦隊長にしてしまった。

 

 ――タジク・ロウニ

 自叙伝『戦場で騎兵隊ごっこを』

 

 

 燦々と降り注ぐ陽光の下、広大な河川敷で(タジク・ロウニ)はジャガーノートを走らせる。レーダーで僚機の動きに注意を払いつつ、打ち棄てられた公園の遊具を横跳びで回避、崩落した橋を跳躍し、折れた電波塔の前で急停止する。

 機体を回頭させ、メインカメラで僚機がちゃんと付いて来ているか確認する。彼は3秒遅れてスタートしたが、もう15秒近く差が開いてしまっている。分かってはいたが、走りもぎこちない。中身のプロセッサーが壊れていないか不安になる。

 僚機がゴールに到達したところでタイマーを止める。

 

 

 

 分かってはいたが、想像以上だ。

 

 想像以上に酷い。

 

 俺は肩を落とし大きく溜息を吐いた。勿論、その瞬間だけ知覚同調はオフにした。こんなのを聞かされたら()が可哀想だからだ。

 ボタンを押してジャガーノートキャノピーを開ける。真夏の熱気と乾いた風が心地よい。

 

「前回よりマシになったぞ。ウルシ」

 

 落胆を隠すため、心にも無い励ましの言葉を贈る。

 僚機のキャノピーが開き、疲労困憊した黒鉄種(アイゼン)の少年――ウルシが顔を見せる。彼は大きく肩で息をし、必死に口と喉を開いて酸素を取り込む。瞳孔が開き切った目は何を見ているのか、そもそも見えているのか分からないくらい揺らぎ、滝のように流れる汗が長い黒髪を頬にベッタリとつける。

 

「今日の()()はここまでだ。アサギが戻ってきたら帰るぞ」

「はっ、はい……」

 

 バルディッシュ戦隊――改めジョスラン騎兵隊、そこの第一突撃小隊長となった俺の仕事は、小隊に宛がわれた新入りウルシ・モクレンの()()()だった。

 

 

 

 *

 

 

 

「デブリーフィングを始めるわ」

 

 初戦を終えて帰投した俺達は隊舎の食堂で集まった。黒板の前に立つミレイユに視線が集まる。その色は物理的にも心理的にも多様だった。戦隊長として、強力なプロセッサーとして向ける敬意、同じエイティシックスだという仲間意識、同時に白系種(アルバ)でもあるという葛藤が伺える。

 そして戦闘前と変わったことが一つだけある。彼女を白豚と呼ぶ者は、そう見なす者はいなくなったということだ。不本意ながらも絶体絶命のピンチに駆け付けたというシチュエーションが効いたのだろう。

 ミレイユが黙る。それに倣って戦隊員達も黙り、彼女の開口を待つ。異様な雰囲気に呑まれ、俺の額から冷や汗が流れる。たった数時間で白豚呼ばわりしていた野良犬たちが忠犬になってしまったのだ。普段はうるさいアサギですら黙っている。身体は左右に揺れているので落ち着いてはいないが。

 

「戦隊各位。よく生き残ったわ。部隊編成もままならないままレギオン部隊を撃退し、唯一の侵攻ルートである大橋に牽制をかけることが出来た。初実戦としては上出来よ」

 

 真っ直ぐ俺達を見据えていた銀色の双眸が瞑目、数刻して再び開かれる。

 

「そして、()()()()()()()()五人の(みち)に陽が射さんことを」

 

 五人という数字で俺達はそれが弔いの言葉だと悟った。彼らはアルミの棺桶で死んだのではない。一足先に旅立ったのだと――俺達エイティシックスに手向ける為に考えたことなのか、それとも彼女の家系の宗教なのかは分からない。

 どちらにせよ、俺は()()()という言葉が少し好きになった。

 ジュンナが「へっ」と鼻で嗤う。ここが隊舎内でなければ唾を吐いていたかもしれない。

 

「旅立ったって、どこにだよ」

「ここじゃないどこかよ」

 

 ミレイユは眉一つ動かさず、不快な気持ちも示さず、それどころか娘を諭す母のように細やかな笑みを浮かべる。

 

「それにしても初戦で五人は痛いですね」

「そうだな。これ以上、旅立たれたら堪ったもんじゃねえ」

 

 カッキの眼鏡越しの視線、ライオの睨みが一つの方向に向けられる。それはミレイユに……ではなく、部屋の端っこで小動物のように固まっていた新入り達に向けられていた。彼らの言葉が誰に宛てられたものなのか、わざわざ口に出さなくても皆が理解していた。新入り達も怯えて震えあがっている。

 さすがの俺もこればかりは擁護できず、肩をすくめる。新入りとはいえ貴重な戦隊員だ。頭数に入っている以上、損耗であることに変わりはない。

 

「そう、だから新人の()()()を行うわ」

「「「はあ!?」」」

 

 号持ち達が一斉に声を荒げた。

 

「無茶言うな!! そんな余裕ないだろ!!」「そうだよ。一日は二十四時間しかないんだよ?」「走っただけで吐くような連中だぞ」「やっぱチビ共、囮にして使い潰すか」「ジュンナ言い過ぎ」「おなかすいた」「アサギは黙ってろ」

 

 その反応も無理はない。エイティシックスの生活は多忙を極める。起床、補給、哨戒、戦闘、補給、哨戒、戦闘、補給、睡眠で終わるからだ。日の出から日没までジャガーノートに乗りっぱなしなんてことも珍しくない。そんな中で新人に再訓練を施す余裕などどこにも無かった。強い奴が生き残り、弱い奴が死ぬ。新人だろうが歳下だろうが女だろうが、蝶よ花よと愛でられることはない。そこが八十六区だ。

 白豚が俺達を人の形をした豚(エイティシックス)と呼ぶように俺達の世界は弱肉強食という()の摂理で成り立っている。なんとも皮肉な話だ。

 

「一週間後、哨戒エリアを既定の20%まで削減するわ」

 

 それは鶴の一声だった。ブーイングが一斉に止み、振り上げられた拳が次第に下りていく。

 ミレイユはそれを確認すると黒板に円を描いていく。円の中心にはBase(基地)と補足した四角、円の外縁付近にはV字や三角形を多数描いていく。

 

「これが基地周辺の地形よ。出撃の時にざっと見たけど、昔とそう変わっていなかったわ」

「よくそんなの見る余裕があったな」

「言ったでしょ。『小さい時にバカンスで来た』って」

 

 チョークで黒板の端にレギオンが描かれる。短い画数で記号的に表された斥候型(アーマイゼ)はよく特徴を捉えていた。

 

「まずレギオンは地形を変えるような大量破壊兵器を持っていない。トンネルを掘るような機種も確認されていない。飛行できるのも阻電攪乱型(アインタークスフリーゲ)だけ。現在のところ、山と谷が天然の防壁として機能しているわ」

 

 全員がそれには頷く。レギオンに四方を囲まれた共和国は東西南北に戦線を敷いている。いずれも絶死の戦場であることに変わりはないが、ミレイユの言うとおり、南部戦線は天然の防壁のおかげでレギオンの侵攻は緩やか、エイティシックスの生存率も比較的高かった。

 

 ――まぁ、生き残っても特別偵察任務で一人残らず死ぬけど。

 

 俺の冷笑も知らないままミレイユは黒板の地図に大きな円を描く。

 

「で、これが共和国軍の設定した防衛ライン。私達の哨戒エリアでもあるのだけれど、ハッキリ言って古いわ」

 

「古い?」と号持ち達が首をかしげる。

 

「この哨戒エリアはレギオン大戦前に共和国軍が設定したものよ。敵が航空機を利用して侵攻してくる時代のね。スピードは陸戦兵器の比じゃないわ。山も谷も関係なくやってくる。そういう敵を想定したエリアなの」

「要は地上戦縛りの今、そこまでやる必要はないってことですね」

 

 カッキが人差し指で眼鏡をくいっと上げる。自分を知的に見せたくてやっているみたいだが、伊達眼鏡を付けてそれをやるのは正直馬鹿だと思っている。たぶん全員そう思っている。

 

「そこで我が隊は第一から第三までの防衛ラインを()()。最終防衛ラインを基準に哨戒ルートを設定。迎撃は()()()()()()()()()で行うわ」

 

 号持ち達は口をぽかんと開けたまま絶句、組んでいた腕もだらりと椅子の下に伸びる。『哨戒エリアを現在の20%に削減』という文言からそういうことだろうと思っていたが、ハッキリと現実を突きつけられる。現実を受け止めきれず天井に向かって乾いた笑みを浮かべる。

 

「基地の鼻先で迎撃かよ……」

「まぁ、でも……撤退して防衛ラインを再構築する余裕なんざ今の俺達にはねぇわな」

 

 戦隊員たちの反応を悟らないか、悟った上で無視しているのか、ミレイユは得意気にふふんと大きく鼻息を吐く。無駄にでかいおっぱいが組んだ腕の上で揺れる。

 

「戦隊各位、返事は?」

「「「ういーっす」」」

 

 戦闘時の賞賛などどこかへ吹っ飛んでしまったのか、号持ちたちは椅子から滑り落ちそうな体たらくのまま気だるげに挙手した。

 

()()()()()が短くなったけど、空いた時間何するの? 遊ぶの? 」

「お前、話聞いてた? 」

 

 

 

 

 

 

 とんでもない馬鹿を戦隊長にしてしまった。

 あいつらもそう思っただろう。

 おバカのアサギを除いて。

 

 ――タジク・ロウニ

 自叙伝『戦場で騎兵隊ごっこを』




ぶつ切りになってしまって申し訳ないですが、今回はここまで。
次回も近日中に更新します。


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味蕾刺激剤をかけた粘土で腹を満たす行政八十五区の皆様

 味蕾刺激剤をかけた粘土で腹を満たす行政八十五区の皆様

 

 ――ミレイユ・ジョスラン

『共和国南部戦線第二線区第一防衛戦隊“バルディッシュ”

 戦闘報告書№102649-3』

 

 最終防衛ライン以外を放棄、余った時間を新人の再教育に利用するというメチャクチャな指令が下った後、ジョスラン騎兵隊の編成が決められた。

 

 白豚共は俺達の序列や区分にはとことん興味が無いようで俺達のことも戦隊長とそれ以外にしかカテゴライズしていない。そのため、戦隊長以外の区分や序列についてはエイティシックスで好き勝手に決めている。軍隊よろしく合理的にチーム分けする戦隊もあれば、小隊を作らず「好き勝手に暴れろ」という方針の戦隊あり、小隊の名前も第一小隊・第二小隊という真面目なものからアルファチーム・ブラボーチームとかっこつけたもの、ひまわり組・たんぽぽ組・あさがお組とふざけたものまであった。

 

 その中でミレイユ・ジョスランの人事はかなりまともなものだった。

 

 

 

 副隊長が空席という点を除いては。

 

 

 

 第一突撃小隊長となった(タジク・ロウニ)は酷暑で項垂れる新人を後目に初戦の夜を思い出していた。

 かつて誰かが言っていた。弾丸は人種、性別、階級を選ばないと。エイティシックスは皆が一兵卒だ。戦隊長になっても後方で羽扇を仰ぐようなことは出来ず、戦死するリスクは戦隊員と変わらない。脳のリソースを隊の管理に使うことも考えれば、隊員以上とも言える。

 

 ゆえに副長の任命は重要だった。

 しかし、ミレイユはそれを空席のままにした。

 

 戦隊長の死亡リスクを理解していないとは考えにくい。自分は絶対に死なないと驕り高ぶる馬鹿でもないだろう。

「しばらく様子を見て決めるのか?」と俺が尋ねてみたが、彼女はかぶりを振った。

 

『……その席は、もう埋まっているわ』

 

 何事も迷うことなく堂々と言い切った彼女が言葉を濁した。口を開く前、唇を噛む()こそが答えなのかもしれない。切なそうに微笑むミレイユの異様さを前にして、それ以上の追求をする者はいなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

「隊長。ロウニ隊長」

 

 ウルシに袖を引っ張られ、俺の意識も目の前の現実に引き戻される。新入りの再訓練を終え、休憩にと古い鉄塔に腰を落ち着かせた酷暑の昼にだ。

 

「どうした?」

「いや……あれ……」

 

 ウルシが前を指さすと同時に女子のように頬を赤く染め、()()から目を背ける。

 なんとなく察した俺は顔を上げる。地面に映る人型の影、それを目で追いかける。水が下たる足、右手には川魚数匹を包んだジャケット、左手にはズボンを結んで作った簡易リュックサック、そして一糸纏わず何も隠そうとしない成長途中の少女の肢体が視界に入った。

 端的に言おう。アサギが全裸だった。

 

「おさかな、とれたよー」

 

 彼女の辞書に「恥」という文字はない。男二人に見られていることを一切気にせず、ジャケットで包んだ魚を見せつける。魚はまだ生きているようで服の中でビチビチと跳ねている。

 

「あ……うん。良かったな」

 

 ウルシほどじゃないが、俺もさりげなく目を逸らす。以前、同じ戦隊だった時に彼女の全裸など何度も見てきたが、あの時はまだ子供体型だったので何とも思わなかった。今は少し目のやり場に困る。

 

「お前、下着はどうした?」

「いしをつめてふりまわしてたら、ゴムがきれちゃった」

「は?」

「でも、トリさんとれたよ」

 

 アサギは左手に持っていた簡易リュックサック(元ズボン)を俺達の前に下ろす。中では頭部から出血した鳩が数羽、息絶えていた。

 彼女の話を要約すると、自分のパンツを投石ひも(スリング)として使い、鳩を仕留めたらしい。女児のパンツで殺されるとは可哀想に。

 ウルシが今にも吐き出しそうな青ざめた顔で鳩を指さす。アサギの全裸に恥ずかしがっている余裕などもう無いようだ。

 

「これ……どうするんですか?」

「勿論、食べる」

「え? 食べれるんですか?」

 

 魚や鳥は食べることができる――そんな当たり前のことをウルシは知らなかった。仕方ないと感じた。行政区外の収容所では配給された“栄養価のある粘土”しか食えるものがなかったからだ。俺たちぐらいの世代なら幼い頃、食文化に触れる機会があったし、こっそり雑草や虫も食えた。だが、収容所しか知らない世代になるとそれらも食い尽くされてしまい、食べ物は()()()()()()()()()()()()()しか知らずに育ってしまう。

 

「美味いぞ。少なくとも粘土と死体よりは」

 

 ウルシをはじめとした()()()()()()()の口に合うのか、そもそも味覚がちゃんと機能しているのか、懸念事項は多かったが俺は気にせず先輩風を吹かせた。

 

 

 

 *

 

 

 

 再訓練の時間を終えて格納庫に戻ると先客がいた。

 哨戒に出ていた第五突撃小隊のジャガーノート三機、隣にはミレイユのジャガーノート<ロシナンテ>もあった。彼らは格納庫でお利口に駐機し、メカニック達のメンテナンスを受けていたが、中身のプロセッサー達は入り口前で一悶着といったところだった。

 

『ふざけんじゃねえぞ!!てめぇ!!』

 

 ジャガーノートの集音マイクが怒号を拾う。何事かと思った俺がメインカメラを向けると胸倉を掴まれるミレイユと激高したマクサが映し出されたいた。マクサは興奮による血管の拡張か、燃え上がる炎のように緋鋼種(ルビス)の髪が逆立ち、少年らしく大きな手は破らんとする勢いで相手の戦隊服の襟を引く。

 対するミレイユは堂々とした出で立ちでマクサの赫怒を真正面から受け止める。怒れる瞳から決して目を逸らさない。そこに恐れはなく、それを隠そうとする強がりも見えない。八十六区で生き延びた白系種は伊達じゃないらしい。

 

『自分から死にに行くような戦いしやがって!! あんなセコい真似しなくたって俺はもう戦隊長って認めてるんだよ!! お前をまだ認めない奴が俺の隊にいるのか!? いるなら教えろ!! 俺がぶっ飛ばしてやる!! 』

 

 まさかの内容に俺は目を白黒させる。てっきりミレイユの采配に嫌気がさしたか、戦隊長決めデスマッチのリベンジかと思ったからだ。

 皆で彼女を白豚と蔑んだ一ヶ月前が遠い昔のように思える。

 

『あの戦い方の方が性に合ってるだけよ。言ったでしょ。突撃の一番槍は騎兵の誉れって』

『またそれかよ。家訓だか何だか知らねえけどよ。俺らだってテメェと同じ号持ちなんだ。後方支援なんて退屈すぎて欠伸が出そうだぜ』

『気に入らないかしら?』

『ああ。気に入らねえな。なんなら今すぐ下剋上してやるよ』

 

 マクサは突き飛ばすように襟から手を離すと拳を握り、数歩摺り足で下がって間合いを取る。戦隊長決めデスマッチにリベンジを今ここでやるようだ。ミレイユもその気のようでジャケットを脱ぎ捨て、ファイティングポーズを取る。

 

「面倒くせぇ……」

 

 高みの見物を決めていた俺だが、そろそろ格納庫に入りたくなってきた。ジャガーノートから降りてシャワー浴びたい。アサギが獲ってきた魚と鳥もそろそろ調理しないと痛んでしまう。色々と理由を並べ、俺は知覚同調(パラレイド)をミレイユとマクサに繋ぐ。

 

「お前ら、やるなら他所でやれ。踏み潰すぞ」

 

 二人はようやく俺達、第一突撃小隊の存在に気付いたようで視線が俺の<アルファウリス>に向けられる。

 気が逸れたことを機にカッキがマクサの肩を叩く。

 

「行きますよ。マクサ。勝っても負けても虚しい戦いだ」

「…………チッ。わーったよ」

 

 マクサはしかめ面のままミレイユの視界から外れていく。口では理解しつつも彼は納得していなかった。彼に蹴飛ばされた小石が<アルファウリス>に当たる。「邪魔しやがって」とコツンと軽々しい音がキャノピーの中で響いた。

 

『悪かったわね。邪魔して』

 

 ミレイユが格納庫の端に異動し、どうぞとハンドサインを送る。俺達は所定の場所にジャガーノートを駐機させる。キャノピーが開くと同時に生温い風が顔に当たる。夏のジャガーノートは本当に地獄だ。レギオンに殺される前に熱中症で死ぬプロセッサーもそう珍しくない。

 アサギは<ナイトノッカー>のキャノピーが開くや否や「ヒャッホー」と歓声を上げてどこかへ走り去っていく。俺のジャケットを貸したので全裸という訳ではないが、風や足の動きで見えてはいけないものが見えそうになる。楽しそうな彼女を見て、もしかして全裸で走り回ると想像を絶する解放感を得られるのか?と馬鹿な考えが脳裏を過る。

 

「あの……これ、どうするんですか?」

 

 ウルシが恐る恐る尋ねる。両手には本日の戦利品を包んだアサギのジャケットとズボンが握られている。マスもハトもとうに絶命しているが、ウルシはそれが信じきれないのか全身が震えている。

 

「ジュンナに渡しといてくれ。あいつ料理できるから」

「ええっ!?…………あ、はい」

 

 言葉とは裏腹にウルシはこの世の終わりのような顔をしていた。当然だ。自分達を囮にして使い潰すと言い放った冷酷女のところに向かうのだから。その後も冷たい態度を取り続けていることもあり、ジュンナは新入り達から恐怖の対象として見られている。

 

「おかえり。ウルシの訓練は順調かしら?」

 

 俺を待っていたのか、格納庫のゲート近くにある()()()()()()()でミレイユが声をかける。彼女はジャケットを枕代わりにして寝そべり、女性にしては大きな体躯で三人掛けのベンチを独占する。生家は貴族か何かだったらしいが、八十六区の生活ですっかり行儀が悪くなったようだ。

 

「全て順調であります。八十六区に舞い降りた銀灰色の戦乙女(ヴァルキリー)、我らが栄えある常勝無敗・蓋世不抜の騎兵隊長殿」

「良いわね。そういうのもっと頂戴」

「――チッ。ちょっとは恥ずかしがれよ」

 

 まさかの反応に興が削がれた俺は舌打ちする。そして()()をどう切り出したものかと思案しながら腕を組み、壁に背を預ける。地面に視線を向け、夕暮れで影が伸びる石ころを眺めて時間を潰す。

 

「まだ何か用があるみたいね」

「……さっきの話だけどよ。マクサほどじゃねえが、俺も同じこと思ってるぜ」

 

 俺だけじゃない。他の号持ちも、新入りの一部も同じようなことを考え始めている。

 ご存知の通りミレイユが得意とする交戦距離は近接戦闘(CQC)だ。貧弱な装甲ゆえの身軽さとモーターを改造したワイヤーアンカーで敵機に急接近し、確実に仕留められる距離(クロスレンジ)で零距離射撃。エース級の戦果を挙げているとはいえ、おおよそ機甲兵器でやって良いような戦い方ではない。

 

「言ったでしょ。あの戦い方で慣れたの。今更引き下がって豆鉄砲を撃つだけの仕事なんて御免よ」

「慣れた? 毎日死にかけといて、よく……言うぜ!!」

 

 俺はベンチを思い切り蹴飛ばした。その衝撃でミレイユが「あだっ!! 」と情けない声を上げながらベンチから転げ落ち、地面に顔面を打ち付ける。思った通りだ。

 彼女はまるで井戸から出てくる女の亡霊のように地を這い、ぎこちない動きで立ち上がる。西日に焼ける彼女の貌は汗を流し、全身に走る鈍痛を噛み殺していた。

 

「騎兵隊長になって張り切りたいのかどうか知らねえけどよ。ボロボロじゃねえか。お前も<ロシナンテ>も」

 

 ジャガーノートに人間は乗っていない。搭載されているのは人の形をしたプロセッサー(生体CPU)である。そのお題目通り、ジャガーノートにはショックアブソーバーや耐Gシステムなんて贅沢なものは装備されていない。機体にかかる加速度や慣性がそのまま俺達エイティシックスの肉体に響いてくる。そんな機体で()んだり()ねたりすれば、中のプロセッサーは全身を重力とアルミ板で殴られるのは当然のことだった。普通なら脳震盪や内臓破裂で死んでいる。

 そして乗機<ロシナンテ>のダメージも深刻だった。ただでさえ近接戦闘を想定していない機体で駆け回っているせいでパーツの消耗が激しく、メカニック達のメンテナンスが追い付いていないのが現状だ。初戦で死亡したプロセッサー用に宛がわれていた予備パーツや回収した機体からの抜き取りが無ければ、<ロシナンテ>は格納庫の飾りになっていた。

 俺達エイティシックスは特別偵察任務という最終処分が待ち受けている。どう足掻いたって長生きなんて出来ない。だが、その前に命も機体も削り尽くすのは愚の骨頂だ。処刑台を前にして自分で首を括る奴は馬鹿としか言いようがない。

 

「気付かれてたのね」

「半分以上は気付いてるぜ。テメェは隊長なんだ。もっと部下(おれたち)を使え。()()()()()()()みたいな戦い方すんじゃねえ」

 

 ミレイユが微かに顔を反らす。反抗の意志はまだ残っている。だが()()の言葉が届いていない訳じゃない。言いたいことは言い切って、やりたいこともやり切って、後ろ指を指す人も足を引っ張る人もまとめて巻き込んで前へ進む。そんな堂々たる騎兵隊長様が反論せず、開き直りもしないもしないのがその証だった。

 

「そう……ありがとう」

 

 返ってきたのは歯切れの悪い感謝の言葉だけだった。自分としてはちょっと不完全燃焼な感じがしたが、さっさと隊舎でシャワーを浴びたいので「今日はこれくらいにしておいてやろう」と一方的に話を終わらせた。

 

「あ、そうだ。アサギが鱒と鳩を獲って来たんだけど食う?」

「そうね。シェフ。鱒はベーコン風味のロースト、鳩は赤ワイン煮込みでお願いするわ」

 

 

 

 

 味蕾刺激剤をかけた粘土で腹を満たす行政八十五区の皆様、いかがお過ごしでしょうか。

 私は観光都市フィデリテ近郊の満天の星空を眺め、リースブランゼ通りの高級レストラン顔負けのディナーを楽しんでおります。

 ちなみに本日のディナーは「鱒のベーコン風味ロースト」「鳩肉の赤ワイン煮込み」

 合成食糧、味蕾刺激剤を一切使用していない本物の味。

 

 八十五区内では政府高官とその親族しか味わうことの出来ない超高級料理をお求めになる方は、是非とも八十六区へお越しください。

 

 ――ミレイユ・ジョスラン

『共和国南部戦線第二線区第一防衛戦隊“バルディッシュ”

 戦闘報告書№102649-3』

 

 




ジョスラン騎兵隊のゆかいな仲間たち

【名前】マクサ・シュウヒ
【性別】男性 【年齢】15歳
【人種】緋鋼種(ルビス)
【国籍】なし(エイティシックスは人ではない為)
【所属】共和国南部戦線第二線区第一防衛戦隊“バルディッシュ”
(通称:ジョスラン騎兵隊)
【経歴】
パーソナルネーム<ファイアブレイク>
自称“エース”の熱血漢。
初戦で死亡した顔も名前も知らない新人のために涙を流せるほど仲間想い。
エースを自称するだけあり実力もそこそこあるが、成果を欲するあまり深追いする傾向がある。
カッキとは幼馴染であり、これまで所属した戦隊の半分以上は彼と一緒だった。

【名前】カッキ・ユリシャ
【性別】男性 【年齢】15歳
【人種】青玉種(サフィール)
【国籍】なし(エイティシックスは人ではない為)
【所属】共和国南部戦線第二線区第一防衛戦隊“バルディッシュ”
(通称:ジョスラン騎兵隊)
【経歴】
パーソナルネーム<シュヴァリエ>
敬語口調で落ち着いた雰囲気の少年。
マクサとは幼馴染で共に行動することが多く、彼の制止役となっている。
眼鏡をかけて理知的な物言いをするが、眼鏡は伊達で頭も特別良い訳ではない。
プロセッサーとして可もなく不可もなくだが、周囲のサポートに定評がある。

【名前】ジュンナ・ヒマチ
【性別】女性 【年齢】16歳
【人種】朱緋種(スピネル)
【国籍】なし(エイティシックスは人ではない為)
【所属】共和国南部戦線第二線区第一防衛戦隊“バルディッシュ”
(通称:ジョスラン騎兵隊)
【経歴】
パーソナルネーム<ペルーダ>
口が悪く手も足も出るのが早い冷酷な心の持ち主。
白系種の兵士や同胞から虐待を受けていた過去があり、当時の傷や刺青を火傷で潰している。
料理、洗濯、裁縫などの家事全般が得意。


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