変なやつ~もう1人の小鬼殺し~ (trpg-7)
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始まりの書 もう1人のヘンテコなコマ

 神は骰子を振る。その骰子が決める運命が駒の行く末をも決める。

 そこは四方世界、その摂理である。過酷な運命だろう、だが駒たちはその運命に争いときに打ち勝つこともある。それは祈念、祈りを聞き届けること……それを神々は因果と呼んだ。

 そしてまた、新たに一つの駒が動き出す。なれど、その駒はいつも「神の思うがままにできない」ヘンテコな駒に惹かれて、惹かれ合う。それは何度やり直しても同じこと。

 だが、今回は違う……確かにいつも通り惹かれ合うのは確実だ。だが、もう一つのヘンテコな駒にも惹かれるのだ。

 その駒は戦女神のお気に入りだった。強い子になる、と自慢した。

 しかし、その駒も常に考え、策を練り、神々に骰子を振らせない変わり者の駒だったけども。

 

 ──────

 

 よくある話だと言う。新人の冒険者がとある怪物を侮ってその巣穴で全滅すると言う話は。しかし、西部辺境の街ではあまりないと言う。

 

 なぜか? それは「2人」の冒険者がいるためだと言う。

 

 その日、冒険者として歩み出すものたちが4人いた。「白磁等級の標識」新米の証を首に下げていた彼ら辺境の街でも多い《ゴブリン退治》の依頼を受け、その巣穴近くに来ていたのだ。依頼では、ゴブリンに拐われた少女や女性が巣穴にあるとの話でもある。

 

「あの……」

 

 法衣に身を包む神官の少女は躊躇いながらも話しかける──ふと思い出した、心配そうな受付嬢の顔を思い出して不安になったのだろうか。

 

 仕立てのいい法衣を身に纏った魔術師の少女。

 

 黒く長い髪を一纏めに括った武闘家の少女。

 

 ポピュラーな剣と盾を手にした剣士の少年──はその声に振り返る。

 

「やっぱり、もう少し準備をした方がいいんじゃないですか? このまま本当に入っていって大丈夫なのでしょうか……」

「なによ、此処まで来て」

 

 ギロリとキツい目をしながら魔術師が神官に言う。

 

 此処までの道中、彼女は能天気に笑い合い、緊張感のない顔をした前衛2人にイラついていたのが隠せず、神官に話しかけたときには少し後悔をしたのか、バツの悪そうな顔になったが。

 

「そんなこと言ったって、薬を買うお金もなかったからこそ君に声をかけたんだし」

「万が一の時は頼むわね。怪我は流石にあたしたちも治せないからさ」

 

 前衛の2人は仕切りに大丈夫と繰り返す。

 

 無意識に彼女は祈ったのかもしれない。その祈りを神々は気紛れに骰子を振ったのかもしれない。コロコロと、賽の目が転がって──

 

「まだ、入っていなかったんですね……入ってたらすぐに全滅してただろうけど」

 

 洞窟前の新人一党は振り返る。視線が寄せられる。

 

 そんな声が巣穴近くで聞こえた。近づいてくる影は赤いドレスアーマーのような戦装束と風に遊ばれるマントには槍の刺繍が目についた。

 

「おや、《彼》もまだ来ていないんですね」

 

 そこには自分たちよりも4つは年上か、長い金の髪に白羽の羽飾り……が、その羽飾りは所々黒ずんでいた。

 腰に佩く長剣(ロングソード)と、背負うように背中に吊った大剣(グレートソード)。特に大剣からは魔法の気配を魔術師は感じていた。

 

「それ、魔法の武器……ですか?」

「ええ、軽く魔法の力が篭っています。よくわかりましたね」

 

 お目にかかるのも珍しい、それは魔剣と呼ばれる代物だ。

 

「雑に扱っても折れない程度の魔剣です。さて、貴方たちもこのゴブリンの巣を焼き討ちに来たんですか?」

「折れない剣って無敵じゃ──は?」

「焼き討ち!? ゴブリン退治……ですよ!?」

 

 武闘家は笑顔で放たれたその言葉、「焼き討ち」に耳を疑い、慌てて神官が補正する。

 

「あ、邪魔な人質も居たんでしたね。新人がいるのに運がない、いや……運がいい方ですかね」

 

 明らかに「邪魔な人質」と言うヤバイ言葉に神官は目が遠くなる。

 救う努力をしない冒険者もいるとは聞いていたが、実在したのか、と幻滅しかけていると

 

「ああ、ごめんなさい。誤解させちゃいましたね? 大丈夫、人質は全員救ってますから」

 

 信用できるか、とその場の全員は言葉を飲み込んだ。だが、その言葉は確かなものだと、彼らは認識する。

 魔術師が神官たちが、ふと彼女の胸元に目を寄せる。剣士はその豊満な胸元に目が行き、鼻の下を伸ばしかけていたのに気がついた武闘家に折檻を受けていた。

 そこには槍の象徴が彫られた《聖印》のほかにもう一つ下げられた冒険者の標識が目についた。赤い金属のそれは「紅玉等級」を表すそれ、すなわち彼女がベテランであると言う事だった。

 

「ば、ばか! 失礼でしょ!? 見たいならいつでも見せてあげ……何言わせんのよ!」

「ほげっ、いてぇ! ごめん、ごめんって! ……マジで?」

 

 そのやり取りを見ていた彼女は「漫談は終わりましたか?」と尋ねる。

 

「はじめまして。辺境の街で、私はこう呼ばれてます。戦女神様が信徒の神官戦士(ヴァルキリー)……と。何かの縁、ご一緒してもよろしいですか?」

 

 端正な顔立ちに、先ほどまでニコニコしていたため閉じられていた青い双眸を一党に向ける、向けられた者たちは息を飲む。

 影の差す、深淵を覗くような深い青(ディープブルー)の瞳は綺羅星の如く。しかし、ガラス細工のような目は自分達を見ていない、と錯覚したが気のせいなのだろうか?

 そんなヴァルキリーを一党に迎えた彼らはゴブリンの巣へと足を踏み入れようとしたが彼女は確認をすると言って彼らを止める。

 

「絶対に松明に火をつけてください。一人一つは必ず持つこと」

「え、俺一人が持てばいいんじゃ──」

 

 前衛の自分が持てばいい、もしもの時は松明を落として戦えばいいんだし。そう言葉を続けようとしてピシャリと言葉でねじ伏せられる。

 

「ゴブリンは暗闇を見通せる、この意味が分からないなら、「私」以外が全滅してもいいならどうぞ?」

「なっ、どう言う意味だよ」

「簡単な話です。周りがよく見えない中で後ろから襲撃されて生き残れる自信はありますか?」

 

 そう返されて、剣士は気がつく。この中で誰が暗闇を見通す目なんてものを持っているだろうか、と。

 自身、武闘家、魔術師、神官を順に見て、最後にヴァルキリーを見据える。全員只人(ヒューム)であった。

 

「それと、予定していた作戦はありますか?」

「前から来るゴブリンを倒しながら進む! これに尽きるだろ?」

「……ゴブリンを舐めてるなら、此処で待っていてください。大丈夫、私は報酬を辞退して、全て貴方たちの実力と活躍で持ってして達成されたと冒険報告書(アドベンチャーシート)に記入してあげますから」

「ちょっと待ちなさいよ。さっきから黙って聞いてれば……」

「なんだと!? 何が問題なんだよ!」

 

 魔術師が剣士が。コケにされたように感じて抗議する。しかし、ヴァルキリーはその抗議を鼻で嗤いながら続けた。

 

「フッ──では、お尋ねします。誰が、決して、前からしかゴブリンが来ないと決めたんですか?」

「っ……」

 

 その放たれた言の刃を聞き、言い返せるものはいなかった。声音には微かに怒気が含まれていることがわかったのだ。

 

「何が起こるか分からないのが冒険です。誰1人として欠けずに、ギルドに報告するまでが冒険です。誰かが死んだ時点で冒険は失敗なんですよ? あなたたちは剣を模した木の棒を振り回して遊ぶ冒険者ごっこの延長線が冒険と思っているのですか?」

 

 これは児戯ではない命懸けの「冒険」だ、と彼女は彼らに諭し、優しく教えるように話す。何があるかわかりもしない、未知に挑むのが「冒険」だ、と。

 

「死ぬ覚悟を決めて此処に来たんじゃないですよね? 命懸けとわかるなら──いい顔になりましたね、剣士さん」

「ここまで言われて気が付かないほど俺は物分かりが悪いつもりはないよ。いや、字は書けないけどさ」

「出来ないことが有るのがヒトというものです。彼女たちを率いる覚悟はありますか? 基本的にある程度フォローするだけにしましょう……本来はあなたたち4人の依頼ですから」

 

 では、とヴァルキリーは立ち上がる。とゴソゴソと下ろした背袋から松明を出し、また何かを出してはベルトポーチへと収めていく。

 瓶を6本、それぞれにはポーションらしき物だったりと色々である。そして作業をしながら「ここまでこれば作戦は立てれますよね?」と彼らに声をかけた。

 その声に無言で頷いた剣士は一党に向き直る。

 

「みんなごめん。さっきまでは軽い気持ちでここまで来たけど、今は覚悟を決めた。だから、俺に命を預けてくれるか?」

「いい顔してるわよ、アンタ。うん、あたしもごめん……この命を預けるわ」

「はい、私は大丈夫です。必ず成功させましょう!」

「あそこまでコテンパンにされてるのを見たら嫌でも同情するわよ……まぁ、それとは関係ないけど失敗はやめてよね? んじゃ作戦を立てましょうか」

「ありがとう。(かしら)って……この肩書すっごい重いんだな」

 

 少し弱音を吐きつつ、「しっかりなさい」と背中を武闘家に叩かれてシャキッとする一党の頭目として振る舞うこととなった剣士。彼らは各々ができる行動を把握して、連携を取るべく作戦を組み立てる。

 

「じゃあ1番前に俺、武闘家その後ろを神官と魔術師、最後尾にヴァルキリーだな。攻撃範囲の広い俺が盾を持って食い止めるから武闘家は隙間から漏れたゴブリンを仕留めてくれ」

「わかった。頼りにしてるわよ」

「まぁ及第点ですね。ところで……斥候はいないんですか?」

 

 ヴァルキリーも納得はしたが、その言葉に答えられるものはいなかった。

 

「……しかたない。私は斥候の心得もありますから、最後尾って選択は正解としておきましょう。杖は石突きで地面を突きながら持てば片手でも持てますよ」

 

 と後衛の2名にアドバイスして、その様子を眺めていた剣士は改めて5人になり、報酬の取り分が少なくなるなと考えていたが。ヴァルキリーは「報酬の取り分は……私は銀貨5枚で構いませんので、よろしくお願いします」と言った。新米一党はその言葉に戸惑ったが彼女は続けてこう言った。

 

「新米の冒険者に経済的余裕はないですし、あくまで私が貴方たちに手を貸すのは《自己の目的》のためですからお気になさらないでください。こう言うと傲慢かもしれませんが、私は『偽善者』ですから」

 

 ならそれで、と剣士たちは納得することにした。《自己の目的》とは何かを聞く事はできず、一党は改めてゴブリンの巣へ侵入するのだった。

 

 ──────

 

「これはなんだ……?」

「ゴブリンの趣味でしょうか……」

 

 洞窟内は一本道となっていて、その道なりに進んでいくと何やら動物の頭蓋が飾られた物を新米たちは見つける。一方のヴァルキリーは最低限のフォローはするが、あなたたちが「冒険」しなくては意味がないとこの置き物に対しては知識を貸すつもりはないようだった。

 

「まぁいいや、先に進もう。この先にアイツらはいるはずだし」

「ええ、そうね。2人とも、足場は悪くない?」

「歩けなくはないわ。さっさと行きましょう」

 

 剣士の意見に相槌を打つ武闘家に反対はしない魔術師。そしてこくりと頷く神官。しかし神官が、後ろにいるヴァルキリーを横目で見ると。彼女は松明を手にその置き物をじっと観察していたが、興味なさげに一党の斥候として辺りを観察するのに戻っていた。

 

「やっぱり前からしか来ないのかな……」

 

 剣士は呟いたが、ヴァルキリーは答えなかった。

 

 彼らが通路の中ほどに入ると、前衛の2人がそれぞれ構えた。松明の光に釣られたのかゆらりゆらりと奥からやってくる影。松明の明かりに照らされる醜悪な顔立ち。小さな略奪者がおおよそ8体だろうか? 

 

「来たぞ、ゴブリンだ……!」

「8体。かなり多いわね……耐えれる?」

「耐えて見せるさ! いくぞ!」

 

 盾と剣を構えて、剣士は一歩前に出る。その後ろをフォローする様に武闘家は構えた。

 

「小癒はいつでも唱えれるようにしておいてくれ!」

「火矢はなるべく温存、あたしたちに任せて!」

 

 2人は躍りかかってきたゴブリンたちに対して迎撃を開始する。

 剣士はゴブリンの攻撃を盾で受け、剣でなんとか受け流しつつ隙を作ったゴブリンを突き、斬り、柄頭で殴り殺す。

 しかし、その数の理はゴブリンにある。1匹仕留めても他にいる。だが、剣士の隙を埋める者がいる。剣士の守りの合間を縫って術師のもとへ行こうとするゴブリンを蹴飛ばし、その頭蓋を健脚で潰して絶命させるのは武闘家である。

 前衛2人の活躍でゴブリンは徐々に減っていき、何匹かは奥へ逃げていく。

 

「あ、逃げた!」

 

 剣士が逃げた個体を追おうとすると……ヴァルキリーが何かを唱えた。

 

「《我らに、守りを》──聖壁(プロテクション)

 

 前に向けてではなく、自分が向いている……剣士たちから見れば何もいないはずの後ろに向けて奇跡を唱えたのだ。

 

「ちょっ、何を──」

「うそ……」

「だから、誰が前からしか来ないって決めたんですか?」

 

 聖壁は不可視の壁を作り出す空間系の奇跡だ。術者が拒絶するありとあらゆる物理的な物体と生物を決して通さない壁である。そこに殺到する影が複数あった。そして勢いよく跳び、その不可視の壁に激突して惚ける者たちはゴブリンだった。

 

「GOGYAGYAGA!!」

「GOGYAGE!!」

「GYAGYUO!!」

 

 なぜ通れない、なぜこいつらの元に行けないと喚いているのか。複数のゴブリンが苛つきながら不可視の壁を突破しようと木の棍棒で、粗末な武器で殴っているがビクともしない。

 

「どこから出てきたんだそいつら……」

「あの置き物に皆さん注意が行きましたね? アレはトーテムという物です。入り口にもあったのも同じ物ですけど」

「?」

「……トーテムって物なら聞いたことが有るわ。確か、縄張りを主張するゴブリンの長が作る物だったかしら──あ」

「気がついたようですね。ええ、ここの長は《呪文使い》です。トーテムを作るのはゴブリンシャーマンだけですからね」

 

 バツの悪そうな顔をする魔術師、そして気がついた神官は剣士たちにゴブリンシャーマンの特徴を教える。精霊術を扱うゴブリンの上位種で有ることを。

 

「じゃあ、そのゴブリンシャーマンって言うのは魔法で攻撃してくるのか……」

「はい、魔法の回数は個体によると聞いてますが、3回使ってくると考える方がいいかもしれません」

「厄介なことこの上ないわね……3回、か」

 

 何やら思いに馳せる魔術師。どうするか、と考える剣士。そして、彼らはヴァルキリーを見る。

 

「……はぁ。まぁあなたたちだけでゴブリンシャーマンを倒すのは酷ですから手伝ってあげましょう。あと、奥に逃げていったゴブリンに関しては少し放置します。まずは退路の確保ですからね。このゴブリンたちは死角にあった横穴に潜んでたみたいですよ?」

「なんで教えてくれなかったんだよ」

「そりゃ、聞かれませんでしたから」

 

 そう言うと、ヴァルキリーは神官に指示を出す。それを聞いた神官は少しだけ腑に落ちない顔をしつつ、詠唱した。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、闇に迷える私どもに、聖なる光をお恵みください》──聖光(ホーリーライト)

 

 奇跡は形となり、ゴブリンたちの目の前で閃光がはじけた。

 

「暗いところを見通せる目を持つゴブリンにとって、いきなりあんな閃光が出ると……いや、暗闇の中でいきなり松明以上の光を見ると視界が灼けるんです。覚えておいて損はないですよ?」

 

 ヴァルキリーの言う通り、ゴブリンたちは目を押さえて転げ回っていた。そして彼女はそこに蓋を開けた瓶を投げて、その中身が1匹のゴブリンにぶち撒けられた。ドロドロの粘性のある油のような水だった。

 

「魔術師さん、あのゴブリンに火矢をお願いします」

「わかったわ。《(サジタ)……点火(インフラマラエ)……射出(ラディウス)……》──火矢(ファイアボルト)ッ!」

 

 飛翔した炎の鏃。それは正確に指定されたゴブリンに着弾した。すると、ゴブリンの体についていた粘液が勢いよく燃え出したのだ。

 激しく燃え上がり、ゴブリンは火を消そうと地面をのたうち回る。しかし暴れても火は消えない。それどころか……他のゴブリンを巻き込んで、燃えていく。

 

「うわぁ……一体、何を投げ掛けたんですか?」

燃える水(ガソリン)ってやつですよ。高い割にあんまり効果は期待できそうにないか……元々は青銅巨兵(ブロンズゴーレム)の燃料だとか聞いたかな?」

「はあ……」

 

 神官の問いにヴァルキリーは応えると、燃えて瀕死のゴブリンたちの頭に長剣を突き刺して絶命させる。

 

「えーと、これで5。剣士さんたちが6……合計11か。そろそろ彼もくる頃合いかな?」

 

 その声に呼応するように、ザリザリと足音が聞こえた。足音はこちらに近くなってくる。そして人影がみえて、それにヴァルキリーは話しかける。

 

「こっちで3つだ。他は?」

「新人くんたちが手伝ってくれたから11ですね。あと20は居ると思いますね」

「根拠は?」

「さっき2匹ほどか奥に逃げていきましたし、シャーマンがなんの対策もしてないって言うのは無いなって。用心棒に田舎者(ホブゴブリン)を何体か従えてるんじゃないかなーと」

「そうか、任せても?」

「もとよりそのつもりです。任されました」

 

 その会話を終えてその人影はやってくる。その容姿はボロボロの兜に汚れた印象の鎧を見に纏った軽装の戦士だった。

 

 新米一党は気圧されつつ、その首にかけられた「銀等級の標識」を見て神官が聞く。

 

「あの、貴方は……一体……」

 

 何者なんだ、とこの場の者たちは思っただろう。

 

小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)

 

 男は短くそう応えた。



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ああ、やるせなきその怒り。 始まりの終わり

「ゴブリンスレイヤー」

 

 女神官は復唱した。目の前の銀等級の冒険者はゴブリンの死体を数えている。自分たちには関心がないように見えるが、ふと呟いた。

 

「……14。ゴブリンの巣(ここ)に入る前にあいつに止められたんだな……運がいい」

「まぁ、見殺しにするのは気分も悪いですから。止めるでしょう、ゴブリンスレイヤーさんだって」

「それもそうか──俺達はこの先のゴブリンを殺しにいくが、お前達はどうする?」

 

 新米一党の頭目として剣士が前に出て、「ちょっと待った」とゴブリンスレイヤーに声をかける。

 

「この依頼は俺たちが受けた。だから俺たちで終わらせる」

「そうか、その依頼を俺も受けている……いや、新米一党がゴブリン退治に挑み、《もしもの事》を想定して急行してほしい、と救援の依頼をな」

「っ……冒険者ギルドは俺たちが死んでるか、それより酷い状態になるって予測したのかよ」

「受付嬢を責めてあげないでくださいね。ここ数年、ゴブリン退治で全滅する新米一党が減っている傾向ではあるけれど、やっぱりいるにはいますから」

 

 いや、と剣士は言葉を遮り

 

「アンタに教わったから、もう俺たちはゴブリンを侮らない。さっきは素直になれなかったけど、後ろからゴブリンが仕掛けてきたのを見たらアンタの言い分は正しいって納得できた。ありがとう、そして……すまなかった」

 

 ヴァルキリーに頭を下げる。そして清々しい、屈託のない笑顔で

 

「だからこそ、アンタもそっちのゴブリンスレイヤーさんも……今は俺の一党だ! 力を合わせてゴブリンどもをやっつけようぜ!」

 

 明るく振る舞い、そう宣言する。

 

「……ああ」

「ええ、いいですよ」

 

 ゴブリンスレイヤーとヴァルキリーもそれに了承して、頷いた。

 

「あ、それと……女の子は少し我慢してほしいことがあります。これから敵の本陣に仕掛けるわけですが……少し血に慣れてくださいね?」

「「「……はい?」」」

 

 三人娘の声が重なり、疑問を抱く顔になる。ヴァルキリーの後ろで死んでいたゴブリンの腹を裂き、その内臓を布に詰めて握り潰すゴブリンスレイヤーを見て女神官が、女武闘家が、女魔術師が。彼女たちは小さな悲鳴をあげて、顔を引きつらせる。

 

「な、なに、を……しているんですか!?」

「ゴブリンは匂いに敏感だ。特に若い女の匂いにな……その匂いを消す必要があるわけだ」

 

 すくっと立ち上がった彼の持つ、赤黒く染まった布を見て3人は悲鳴をあげそうになる。そんな彼女たちを後ろからまとめて捕まえるヴァルキリー。

 

「やっ、離して!? く、ビクともしない!?」

「いと慈悲深き地母神さまぁ……」

「諦めてね? 私も我慢しますから」

 

 武闘家は逃れようともがくが、ヴァルキリーの膂力はその細腕からは考えれないほどの剛力だった。

 

 数十秒後。服を血で汚された3人はどんよりとした雰囲気を纏うのも無理はない話だろう。なんと声をかければいいのかわからず、剣士はただ心の内で彼女たちに合掌するのだった。

 

 ──────

 

「聖光、火矢か。あと何度奇跡を使える?」

「神官さんは2回、魔術師さんは1回。私は限界突破(オーバーキャスト)をすればギリギリで7回ですね」

「な、7回!? なにそれふざけてるの!?」

 

 魔術師は才能の差を感じずにはいられなかった。都が「賢者の学院」で勉学に励み、自分が覚えた魔術は《火矢》「だけ」だった。それを2度も使えると周囲には驚かれた。自慢だった……だが、目の前の女は奇跡を6つ、そして今聞いた限界突破すれば7回も使えると言っていた。

 これが本当の冒険者なのか? と自問したくなるのも無理はない。

 

「……悲観的にならないでくださいね、魔術師さん」

「っ、別に気を使われる事なんてないわよ」

 

 沈黙した自分に気を使ってか、ヴァルキリーが話しかけてくる。気遣いは出来るたちなのだろうか?

 

「私も奇跡は3回使えます。そして3回しか仲間を癒せません」

「……は? 限界突破して7回でしょ?」

「私は確かに身を削れば、7回奇跡を使えます。でも最初から5回なんて無理ですよ?」

 

 その言葉を聞き、魔術師は耳を疑う。最初からは無理? 修練で増やせるのか? と

 

「回数って増やせる……の? 2回も……?」

「はい。努力次第ですけど、増やせます。だから悲観的にならないでくださいね? 気落ちせず、頑張ってください」

「……ありがとう」

 

 女魔術師の口から、なんとか出た言葉は感謝の言葉だった。それを聞き、ヴァルキリーは……にこりと目を細め、「どういたしまして」と返す。

 

 そんな彼女たちをよそに色々と話し合っていたメンツに合流する。

 

「ここはこうしてこうすれば──」

「この方がいいんじゃないのか?」

「ここで火矢を放ってほしい」

 

 暗闇の中で彼らは作戦を組み立てる。ゴブリンを効率良く殺す陣などをヴァルキリーが提案して、ゴブリンスレイヤーが、新米一党とヴァルキリーが使える魔術や奇跡を聞き考えて

 

 そして彼らはそれを実行に移した。

 

 □■□■□■□

 

 暗闇の中で蠢く醜悪な者たちは、捕まえたメスをどう嬲ろうかと醜悪で邪悪な笑みに口元を歪ませる。

 手下のゴブリンは役に立たず殺されて、先ほど偵察に行かせた斥候も帰ってこない。1人、手下に犯されているメスも衰弱してきているので、後2匹産めるか産めないか、もう先は長くないだろう。痩せ細る前に解体して食うべきだろうか? 

 手下が減ったならば、ここに入ってきたヤツら(冒険者)からメスを何匹か捕らえて孕ませればいいだろうとゴブリンシャーマンは邪悪な考えを巡らせる。

 メスが多く入ってきているのは知っている。なにより、豊満なメスが2匹いるとも命からがら逃げてきた手下のゴブリンの報告を受けて自身にも溜まっていた性欲が鎌首をもたげるのを感じた。そのメスの豊満な肉体を我が爪で傷つけて犯せばどれほどの快楽を得れるだろうか。そう考えれば、股間はいきり立つ。

 匂いでわかる、若いメスが多い。そいつらをどう啼かせ、犯して絶望させ、そして最後には心臓を喰らおう。その前に胸の脂肪を、メスが生きたまま引きちぎり、その悲鳴を肴に食むのは最高に美味だ……そんな考えをしていると声がした。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、闇に迷える私どもに、聖なる光をお恵みください》──聖光(ホーリーライト)

 

 自分達のキライな、清らかな光が穴蔵を満たす。メスを犯していた間抜け(ゴブリン)たちは視界を灼かれてのたうち回っているが、自分は目を隠していた。そういう手を使うヤツらを知っている自分は偉い、だから長に成れたのだ。

 

 精霊に呼びかけ、見えた人影に向けて火球を浴びせてやろう。見せしめに1人殺せばヤツらは狼狽するだろう。

 光を放っているメスに気が向いた。貧相な体つきだがメスはメス、殺すのは少し惜しいがどうするか。

 

 ──その迷いが命取りだった

 

「戦女神よ、《我らに槍を》──戦槍(ヴァルキリーズジャベリン)

 

 閃光が自身目掛けて飛んできた。そのあとのことは、ゴブリンシャーマンは覚えてはいなかった。

 

 □■□■□■□

 

 ゴブリンシャーマンの頭を消し飛ばし、ホブゴブリンの腹に大穴を開けた奇跡(ヴァルキリーズジャベリン)に引きつった笑みを浮かべて、後退する神官は最後尾を走る。そして仕掛けた簡単な罠のロープを飛び越えて再び奇跡を唱える。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、闇に迷える私どもに、聖なる光をお恵みください》──聖光(ホーリーライト)ッ!! 剣士さん!」

「任せてくれ! だりゃあっ!」

 

 聖光に視界を灼かれたもう一匹のホブゴブリンが張られたロープに足を引っ掛けられ、つんのめってその場にズドンと倒れ込み、そこへ剣士が頸に向けて剣を突き立てる。刺しただけでは死なないと聞いていたから、ゴキリっと音をさせて首をへし折る。

 

「げっ、抜けない……!?」

「GBBBBッ!」

 

 剣士のミス。深く刺しすぎて剣が抜けなくなっていた──息絶えたホブゴブリンを飛び越えて、剣士を嘲笑いながら殺そうと襲いかかってきたゴブリンどもを鋭い蹴りが一掃する。

 

「作戦は成功だな。演技、上手かっただろ?」

「ええ、だけどまだくるわよ?」

「えーと、これを使うんだったな」

 

 剣が抜けないフリをして、ゴブリンを油断させる……ヴァルキリーから教わった、簡単な騙し打ちだ。

 

 そして、ホブの遺体をロープの向こうに2人がかりで押し除けて、譲渡された燃える水をその遺体にかけて巣穴の奥から走ってくるゴブリンの群れを確認すると

 

「魔術師、任せたわよ!」

「《矢……点火……射出……》──火矢(ファイアボルト)ッ! これで打ち止めよッ!」

 

 武闘家がホブの遺体を蹴飛ばして、後続のゴブリンを弾き飛ばす。

 そこへ遅れて放たれた火矢が着弾。燃える水をかけられていたために、ホブが直撃したゴブリンたちにもベッタリと粘液がついていたために、彼らも仲良く燃え上がった。

 

「すごい、うまくいったわね……」

「油断するな、まだ後続が来る……討てるか?」

 

 その慢心が命取りだ、とゴブリンスレイヤーは後ろから声をかける。だが、彼は内心で感心していた。確かに、ヴァルキリーの助言もあった。しかし、ここまでの流れを考えたのはこの新米達なのだから……

 

「当然だ! ここで待ち伏せればいいんだよな?」

「ここまできて、やらないわけには行かないわ」

 

 剣士は長剣を鞘に戻し、松明を構える。

 武闘家はキリッと気を引き締めて迎撃するために神経を研ぎ澄ます。

 

 あとの顛末は語らずともいいだろう。覚悟を決め、そして慣れたヒトというモノは残酷で冷酷で、そして強いのだから……

 その後、新米一党がゴブリンを片付け、その数を数えるヴァルキリー。想定よりも足りない事にその形のいい眉をしかめる。

 

「さっき殺したホブとシャーマンを加えても、24ですね。想定よりも足りません」

「奥にまだ村娘も残されているはず……まだそこに群れている奴らがいるのかもしれないな」

「そうですか。なら、急がないとダメですね」

 

 ヴァルキリーはそう言うと、先に行ってしまう。彼女は直感で嫌な予感をしていたからだ。その嫌な予感を一蹴するべく

 

「皆さん、お疲れ様でした。あとは私にお任せください」

「まだいけるけど……」

「いえ、虜囚の女性たちを背負ってもらいたいので疲労は溜めないでほしいんです」

 

 そう言いくるめて、頑張っていると評価した。少しだけ気に入った新米一党を休ませながら、先頭を歩く。

 そして、広間に出る時だった……

 

「危ない、ヴァルキリーさん!」

 

 女神官の声が聞こえた気がした。

 

 □■□■□■□

 

 ゴブリンたちは待っていた。先ほど、メスを犯している時に目を灼かれたが視界は回復して、あっけなくシャーマンが殺されたのを嗤ったあと再び子作りに励んでいた。

 子孫を残す本能は正常で、ただ、その途中でメスをいたぶり、自身の嗜虐欲を満たすとなお快楽を得られるから、メスを傷つけ嬲る。

 

 それが楽しいのだから仕方あるまいて、とゴブリンたちはメスを犯すのだ。しかし、その途中で横槍を入れる輩は殺すに限る。

 だから、先ほど逃げていったヤツらを追ってホブが、他のやつが追って行ったのだろうと。自分はこのお気に入りのメスを啼かして、楽しむだけだ、と腰を振る。

 

 しかし、ザリザリと足音が聞こえてきた。他のゴブリンたちもその後に気が付き、虜囚を持って帰ってきたのか? とそちらを見る。だがしかし、ゴブリンたちの目に映ったのは明かりと影。冒険者(ヤツら)がまたここにきたのだと悟る。

 

 ゴブリンは喚き合い、お前が行けとなすりつけ合う。そして最終的に、1匹がその任を押し付けられて毒を塗りつけた短剣を手に、ダルそうに様子を伺う。1番前を歩いてくるのはメス。豊満なメスだった。

 

 それを見てそのゴブリンの股間はいきり立つ。犯したい、いたぶりたいとふつふつと欲望が燃え上がる。まずは動かなくして、犯せばいい。殺してから犯すのも一興だと思考を巡らせる。そして、死角より……その刃を突き込んだ──それは、6の出目2つ(クリティカル)

 

 そのメスは気付かず脇腹に短剣を突き込まれたが、ガギリと音がする。柔い肉に刃が食い込む感覚ではない……何かに阻まれて、肉まで届かなかったようだ。

 

 そのメスと目があった。自分を見下すように、深い青の目が憎々しい怨敵を見る目で己を見ていた。そして視線がずれて、後ろで小柄なメスを犯すヤツを見た……そいつは変わったやつで、屍姦(・・)を好むやつだった。

 

 しかし、その6の目2つ(クリティカル)はゴブリンたちにとっては1の目2つ(ファンブル)だった。

 

 静寂の中──《ブチリ》と何かが切れる音がした。

 

 □■□■□■□

 

 ガギリと音がした。ヴァルキリーは神官に笑顔で大丈夫と言いつつ、ゴブリン(ゴミ)を視界に収め、そして……肉がぶつかり合う音を、そして卑猥な水音を耳にしてしまった。

 

 そちらに目を見やると、ゴブリンが腰を振り、村娘を犯しているところだった……ただし、少女には生気はなく、ただ性欲の捌け口に利用されている。

 目は虚に、瞳孔は開ききっていて、その腹部に突き立てられた短剣、赤黒く変色したその周りの壊死した皮膚を見て、ゴブリンが何を犯しているのかを悟る。

 その奥ではまだ無事な、怪我はしているが生きている只人の少女たちが身を寄せ合い、震え上がっていた。次は自分なのか、それとも……と。

 

 ブチリ、と。

 

 ヴァルキリーの中で何かが千切れた。こみ上げる憤怒、哀しみ。

 あの日、自分が失ったかけがえの無いもの。奪われた事を思い出し、この場で慟哭を叫び上げ、衝動のままにこの目に着くゴミ共を殺し尽くしたいというドス黒い激情が沸々と込み上げる。

 

 (ころ)す、(ころ)す、(ころ)す、(ころ)す……!! 

 

「あなたたちは……本当に救えない存在ですね」

 

 脇腹に再び、短剣を突き込まれた感覚とまた鳴る金属音。しかして、ヴァルキリーはもしもに備えて鎖帷子を着込んでいる。このように不意打ちを受けてもダメージを受けることはないように。

 

 司教服を切り裂かれるだけで実質的な被害はそれだけだ。そして、彼女は松明を足元に捨てて、背に吊っている大剣(グレートソード)の柄を握ると抜剣した。

 

「ええ、ゴブリンは皆殺しです」

 

 フォン、と振り抜かれる脚。突如として蹴飛ばされたゴブリンは屍姦していたゴブリン共に頭部を激突させられて、仲良く息絶える。

 しゅらり、と構える。それを見て、ゴブリンスレイヤーは神官を下がらせる。あれは彼女がマジギレしていると気が付いたのだろう。

 

「行くな」

「でも、まだ8匹もいます! 1人で勝てるわけないです!」

「奇跡を使い切ったお前が行っても足手纏いになるだけだ。それに……見ろ」

 

 他の新人たちも言われて気がつく。彼女は……泣いていた。ゴブリンの返り血が混ざって赤い涙に見えた気がした。

 

「ああなったアイツは手がつけられん。俺も巻き込まれかけたことがある」

 

 何にと聞こうと剣士はしたが、それを直ぐに理解する羽目になる。

 

神官戦士(ヴァルキリー)。聞こえはいいがアイツはそんな可愛らしいものじゃない。あの状態の奴は……ゴブリンよりも恐ろしいんだ」

 

 ゴブリンスレイヤーがかすかに、強ばった声でそう言った時に、戦場は動いた。

 

 ──────

 

 逃れ得ぬ脅威を感じ、ゴブリンたちは仕掛ける事にした。この奥に逃げ場はなく、自分たちが生き残るためにも目の前の女は排除しなくてはならないと。

 

「──!!」

「耳障りです、あなた方の声は」

 

 3匹のゴブリンがヴァルキリーに躍り掛かる。跳躍して、短剣を、手斧を、槍を突き込もうと襲い掛かったが、彼女はその攻撃に対して、大剣をその脅威的な膂力を持ってして横薙ぎに一閃。ゴブリンの持つ武器ごと切り捨てる。

 

 首を、胴や頭を斬られ、絶命したゴブリンたちは力なくどちゃどちゃと地に落ちて、一瞬で広間は血の海となった。そして、大ぶりな攻撃は勢いを殺すのが難しく、大剣を振り抜いた彼女は今無防備だ。

 

 その隙を逃すゴブリンではなく……しかしそれは罠だった。飛びかかってきたゴブリン、懐に潜り込んだゴブリンは無意識に連携していた。だが、それよりも先を見据えて行動を起こすのが彼女だ。

 

 ゴブリンを斬り殺した大剣を右手だけで保持。そして間髪入れずに突き出された短剣を持ったゴブリンの奇襲を紙一重、ブレストプレートで受け流しつつ、フリーの左手でその左手首を掴んで見せた。

 

「死んで詫びなさい」

 

 そう言いながら、彼女は慣性の法則に従って、虚空を疾駆する大剣側に重心をかけて、血糊で滑る靴底を活かしぐるりとその場で一回転、そしてゴブリンは岩壁に向かって投げ飛ばされた。

 

 壁のシミになったゴブリンに興味はなく、未だ萎えぬ遠心力を利用して大剣を手放し投擲する。その投げた先には2匹のゴブリンがあり……回転しつつ迫るそれを惚けるように見ていた奴らは頭と頸を撥ねられ、赤い血を吹き出し、1、2歩き、どちゃりと倒れ伏す。

 

 大剣は轟音と共に、壁に派手な火花を上げながら切り裂き止まると、びぃぃん、と震える。

 

 返り血を浴びて、なお彼女は止まらない。丸腰となった彼女に組みつこうと死角からゴブリンが飛びかかるが、彼女はその動作に歯牙もかけず。腰のベルト部に佩いた長剣を抜く。

 このメスに組み付ける。組み付き、その頸にこの剣を……そこでゴブリンの意識は途絶える。

 

「見え見えですよ、魂胆も」

 

 ゴブリンは頭を光の槍によって血煙とされた。

 

 ヴァルキリーは、彼女は《信仰心》を得ている。奇跡に対しての祈りを省略し、その超自然を行使することができる技能だ。故に無音でゴブリンを殺し、闇討ちもできるのだろうか。

 

「あとは貴方だけですね」

 

 妖艶に嗤い、彼女は残るゴブリンに話しかける。その数は1匹だが、ヴァルキリーは油断せず腰に吊るしていた吊盾を左手に持ち構える。

 

「GOGYEEEッ!!」

 

 槍を突こうと彼女に突進するも、槍の穂先を長剣で斬り落とす。丸腰となったゴブリンを蹴飛ばし壁に叩きつけ、地に這いつくばらせ、頭に鉄の靴、その靴底を乗せる。

 

 ぐぐぐぐ、と脚に力を込めて行き、メリメキメキと骨が軋む音がする。無理もない、万力でその身を挟まれ、潰されていく感覚なのだから。

 

 その激痛にゴブリンはたまらず叫び声を上げる。赦しを乞うように。

 

「貴方は、女性をいたぶる時に、赦しを乞われたでしょう? 自分の時は都合よく助けてもらえると?」

 

 ヴァルキリーは冷徹にゴブリンへ訊く。ゴブリンは心当たりがあるのか、何も言わない、言えない。

 

「これで終わりです32匹、と」

 

 グン、ヘゴシャッ……

 

 頭を潰されて、脳髄や脳漿を撒き散らす。そして、血も。

 

 広間はゴブリンの惨殺体と血の匂いで満たされた。そのくせ、そこに囚われていた村娘や女の冒険者……孕み袋にされた者たちには血も何もかかっていない。

 スン、と鼻を鳴らし、目についた人骨で組み上げられた趣味の悪い椅子を蹴飛ばし、壊す。そしてその奥にあった隠し扉を蹴破りその奥へと入っていく。

 冷徹な目でヴァルキリーは辺りを見回すと、小さな悲鳴があがる。

 

 身を寄せ合い、震え怯える者がいた。小さなゴブリンの幼体だった。

 

「待ってください! それはゴブリンの子供です!」

 

 走ってきた何者かがグイ、とヴァルキリーの襟元を引っ張った。女神官は彼女を止める。殺してはならないと、衝動的に止める。

 

「……神官さん」

 

 地の底から這い上がるような悪寒。背の高さはヴァルキリーの方が上であり、じろりと神官を見つめる。

 

「子供だろうが、なんでしょうが……ゴブリンですよ?」

 

 優しく諭すように。

 

「ゴブリンは一度受けた恨みを一生忘れません。だから、善良なゴブリンなんて幻想です」

 

 ゴブリンを殺し、血に塗れた手で神官の手を取り

 

「奴らは生きていてはいけないんです。こういう生き残りは学習してもっと被害を出す」

 

 血に塗れた手で彼女の頭を撫でる。

 

「だから、ゴブリンは鏖殺しましょう。第2、第3のあの人たちを生み出さないためにも」

 

 血に塗れた手で神官の頬を撫でた。そして手を離して孕み袋とされた娘を、その骸を暗に視線で指差す。ヴァルキリーの貌は血に染まり、その目は青い光が揺蕩っていた。

 

 孕み袋にされる女性が後を断たない。村娘が、女冒険者が拐われて犯され、その後儚んで神殿に行く事を希望する事例はどんな時代や地域でも一緒なのだから。

 何も言い返せなかった神官は、その場で頽れた。涙を流し、地母神に祈る。ヴァルキリーはそれを見つめ、暫しすると立ち上がり、ゴブリンの落とした手斧を手に取ると奥へと足を進める。

 

 そして手斧を振りかぶり、振り下ろす。

 

「33」

 

 断末魔が響き渡る。泣き叫ぶ者の声が部屋を満たす。

 

「34、35」

 

 乱暴に手斧を薙いで1匹の首を刎ねる。逃げようとするゴブリンの幼体の脚を打ち斬り転倒させ、グシャリと頭を踏み潰す。

 

「36、37」

 

 袈裟斬りで首を刎ね、手斧の柄頭で頭を潰す。ヴァルキリーは壊れた絡繰のようにゴブリンを殺す作業を止めなかった。

 

「38、39……40。皆さんは運が良かったですね。もう少し遅かったら、数は50になってたでしょう」

「そうか、それで全部か?」

「はい、ゴブリンスレイヤーさん」

 

 血塗れでそう言いながら、撲殺。討ち漏らしがないかを確認するが彼女がそんなヘマをするわけもないかとゴブリンスレイヤー。そして、惨たらしい広間に新米一党が踏み入れて、先の戦い。一方的な蹂躙劇を見て剣士以外の2名は蒼白になっていた。

 

「あれが紅玉等級の冒険者、か」

 

 小さく、剣士は呟く。

 

「皆さん、彼女たちの介抱をお願いします。これを飲ませてあげてください」

 

 ヴァルキリーは投げた大剣を引き抜き回収して背中に吊り直すと、新米一党に治療の水薬、強壮の水薬を渡す。そして、辱めを受けていた少女の遺体に近付いて開いたままの目蓋を下させて、抱き上げると外に行く。

 

 大剣を振り上げて地をえぐり穴を穿つと遺体をそこに横たわらせる。神に祈りを捧げて、その冥福を祈るように跪き黙祷する。

 

「大いなる戦女神が信徒として、貴女の輪廻の先に幸多からんことを、ここに望まん」

 

 鎮魂の言葉を紡ぎ、遺体を埋める。そして、大きな岩を運んで来ると埋めた場所に置き、即席で槍の意匠を刻み込む。

 

 再び祈りを捧げていたら……洞窟より新米たちとゴブリンスレイヤーが現れる。その背に背負われた女性たちも息はあるようで、無事だった数人の少女たちも後に続く。

 

「救えた、でも救えなかった」

 

 分かり切った事だ。自分にもできることとできないことがあるようにと、ヴァルキリーは自分に言い聞かせる。

 

「──慣れないものですね、やはりこういうのは」

 

 その後、早馬として彼女が辺境の街へ報告に行った。新米一党に見張を任せて。彼らはもう一端の冒険者なのだから……

 

 ──────

 

 綺麗で不思議な人──それが、私が抱いたその人の最初の印象だった。

 でも星のように青いその瞳は、底知れない深い深い哀しみで満たされて。誰か(ゴブリン)にその怒りをぶつけるべく沸々と燃えて燻っている。

 

 私たちがゴブリンの巣に彼女の助言なしで挑んでいたら、彼女の指示を無視していたらどうなっていたのかなんて想像もつかない。

 

 洞窟に踏み込む前に冒険者としての心構えを説いてくれたこの人は悪い人じゃない。有る程度距離を置いている素振りは、態と意識してるようで、私たちに学習してほしいと願っているのでしょうか? 

 

 ゴブリンを侮って全滅し、あるいは仲間を犠牲にして命を繋ぎ拾った人がいると。

 拐われて犯されて、孕み袋にされてもなお生き延びて儚んで神殿へと身を寄せる女性がいると。

 自分よりも雑魚と侮り仲間を殺されて自信を喪失し、故郷に帰り茫然自失になった者がいると。

 後にこの世界ではありふれて、よくある話と彼と彼女は私に教えてくれた。

 

 だから、そんな悲劇が起こらないように、私は「偽善者」と己を自嘲する彼女に、ただひたすらにゴブリンを倒し続けるあの人たちに惹かれたのかも知れない。

 

 私は、私たちは運が良かった。あの人と彼女に出会えて。

 

 あの後、一党を組んだ剣士さんたちとは別れ道を歩むことにした。

 

 放って置けない人たちがいる。だから、私は今日も冒険者としてギルドのドアを開ける。そこにはやはり彼と彼女がいた。

 

「おはようございます、ゴブリンスレイヤーさん、ヴァルキリーさん」

「ああ」

「神官さん、おはようございます」

 

 彼は、彼女は依頼ボードに張り出される依頼を見て、ゴブリン退治を見繕う。

 

 そして、今日も……

 

「今日もゴブリンですか?」

「……来るのか?」

「来ますか?」

 

 2人は私に聞いた。私は

 

「はい!」

 

 色々と辛い現実。それに直面しても私は地母神様を信じれるのだろうか? それを見定めたい、だから……今日も彼らと冒険に出る。

 冒険者を続けてみようと思う。

 

 ふと、ヴァルキリーさんの標識を見る。そこには、赤銅色の輝き(銅等級の標識)があった。そして、彼女と目が合った。ヴァルキリーさんは、朗らかな微笑みを私に向けてくれるのでした。



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乾燥注意報のない世界で焔は最強の兵器

 その日、ヴァルキリーはゴブリン退治を受けれずにいた。あの新米一党と共にゴブリンの巣を攻略したわけだが、それ以来ごぶさたである。理由としては、あの日。

 にこやかな笑みを貼り付けつつも、隠せない憤怒の気配を漂わせる受付嬢に「面談室へどうぞ?」と通され(その迫力には隣にいたゴブリンスレイヤーや、哀れにも、新米一党も気圧されていた)説教を受けていた。

 

「ここ3ヶ月、あなたはず──────っと、何処をほっつき歩いていたんですかぁ?」

「え、えと……受付嬢さん?」

「依頼に来た村人さんが帰ったらゴブリンの巣が無くなっていた。というケースが多くて依頼の取り下げ手数料やその人たちの往復の路銀。誰が出していたと思いますか?」

「ゔっ……つまり、これは……」

「ええ、罰金です。あと、2週間依頼を受ける資格を剥奪します」

 

 その額は笑えぬ金貨の量……そしてしばらくの間依頼を受けさせないという冒険者ギルドからの通達だった。

 

 なぜ、罰金とこの処罰が働いたのか……それはここ最近の3ヶ月間で冒険者ギルドに出された依頼(ゴブリン退治)がことごとく、受けていない誰がによって解決されていた。その上、報告のないため、報奨金を渡せない状況が、次々とその事例が増えるとギルドの負担はバカにできないものとなる。

 

「2週間!? ご、ご無体なぁ!?」

「処罰は処罰でので、冒険者には責任が伴いますしね」

 

 流石にそれは横暴だろう、とヴァルキリーは噛みつくが、それに応じながら、困ったように眉根を寄せる受付嬢。その様子を見て彼女は「ん?」と疑問符を浮かべる。

 

「──最近、ゴブリン退治の依頼が減ってるんです。だからこそ、貴女に出せる依頼がないという判断ですよ?」

「……え? 減った……?」

「ゴブリンを退治して回る冒険者が多くなってるんですよ。黒曜級、鋼鉄級の人や青玉級の人も。貴女やゴブリンスレイヤーさん(あの人)のおかげで全滅する新米一党が少なくなりましたから」

 

 それを聞いてヴァルキリーはその目尻に涙を浮かばせる。自分のやってきたことは決して無駄ではないんだと理解する。

 

「そうなのですね、よかった」

「貴女とゴブリンスレイヤーさんの活動のおかげですよ」

「いえ、活躍はともかく、ゴブリンは殺さないとダメですから」

 

 そう聞くが、目尻の涙を払って真面目な顔で、キッパリと言うヴァルキリーに苦笑いする受付嬢。その言動にどうしても行き着くのはもったいないなぁと内心で思う。

 

「ヴァルキリーさんは見目もいいのに、返り血ばっかり浴びてたらダメですよ?」

「湯浴みはきっちりしてますから、問題ありません」

「いや、そういう問題じゃないでしょ」

 

 素でそう言葉が出た受付嬢。女として破綻してるヴァルキリーに絶句仕掛けるが、やはりこれが彼女の平常運転か。

 

「ところで、お話があると聞き及びましたが」

「はい、実は、ヴァルキリーさんに昇級試験の知らせですよ?」

 

 降って湧いた災難。彼女は、そう感じた。

 

 ──────

 

 そんなところでその日に戻る。

 

 面談室に通され、促されてからヴァルキリーは着席。自身の前には何度か世話になっている監督官に会釈する。

 そのとなりには受付嬢、そして立会人として白銀の甲冑を身に纏った麗人こと、銀等級の冒険者、女騎士がいた。

 

 その盾は砕けず、その剣閃は魔法を断ち切る。……ヴァルキリーは過去に一度、重戦士と共に行動していた彼女と道中でばったりと鉢合わせ、当時追いかけていたゴブリンシャーマンが率いる群れとの戦いに女騎士たちを巻き込んでしまったことがあるのだが。

 

 その場面でゴブリンシャーマンの魔法を斬るのを目撃したので、彼女が一流ということは理解している。

 

 が、聖騎士志願という割には賭け事に興じたり、酒を飲めば絡み酒でキス魔になるし……と残念な一面を知っている。その時は死ぬ気で唇の純潔を守ったのを思い出すと、ヴァルキリーが少し身震いするのも無理はない。

 

 なお、女騎士は全く覚えていないが故にタチが悪いとも言えるだろうか。そんなことを頭の片隅で考えながら、監督官の質問や受付嬢の話を聞きつつ、ヴァルキリーも無難に言葉を選び面談は進んでいく。

 

「この依頼についてはワイバーンを従えていたゴブリンと遭遇、それを撃滅でしたっけ」

「はい。奇跡でワイバーンを撃ち落とし、そこから小鬼騎手(ゴブリンライダー)を切り捨てました」

「嘘はありませんね。でもこの話を聞くと、やっぱり戦槍(ヴァルキリーズジャベリン)って射程がすごいですよね〜」

「そりゃ、奇跡の類であそこまで火力が出るのは無いさ。習熟度合いにもよるが、ゴブリン程度なら5、6匹はまとめて殺せるだろう?」

「ええ、頼もしい。最初に授かった奇跡ですから」

 

 ワイワイと談笑しつつ、緊張感のない会話。しかし、これも昇級査定のポイントである。己の経験、そして報告にある情報。それらをきっちりと裏付けることができなくては看破(センスライ)を使える監督官に判断を委ねる必要がある。

 看破の奇跡を使われるような信頼のない者が昇級などできるはずもない……と言ったところだろうか? 

 そして最後の問答。女騎士が一つ聞く。

 

「そういえば、聞いておきたいことがある。銅等級になってもお前はゴブリンを滅ぼす。それ以外にも冒険する気はあるか?」

「そうですね。誘われれば断らないでしょう……ゴブリンが優先ではありますが、柔軟に動くのも大事だと思うので」

「そうか。まぁ、「銅等級」扱いなのが勿体無いほどの腕前だ。亜竜とはいえ、ワイバーンを単身で3匹も倒せるなら尚更な」

 

 そうでしょうか、と言いながら、女騎士から聞いた言葉に思わず自身の耳を疑う。

 

「あの、銅等級に昇級するための面談ですよね?」

「そうだぞ。まぁ、お前の実力なら銀等級の我々も認めているからな。まぁ、すぐに昇進の話も来ると思うぞ?」

「え、ええ……」

 

 そんな判断でいいのか。と、無言で監督官を見るヴァルキリー。その監督官はと言うと、困ったように笑いながら。

 

「過去、貴女がゴブリンの巣を掃討していたのは村々から報告が上がってます。「拐われた女性を村に返して、報酬を受け取らない戦女神様がいる」と報告が何度も来てるんですよ」

「いや、私は戦乙女。ヴァルキリーですが……」

「早く彼女を銀等級にしろって上からも圧力も半端ないんですよ?」

 

 特例の二昇級。それは流石にダメだからしませんが、とつぶやく受付嬢にヴァルキリーは遠慮を見せる。常識的にいえば、「あり得ない」のだから無理もない。

 

「ヴァルキリーさんの経験点の蓄積も原因ですね。そして何より、ゴブリンだけでなく、単身で食人鬼(オーガ)を屠り、ワイバーンを3匹と戦って生き残れたり、ゴブリンの群れを30以上壊滅させている手腕。優れた奇跡の使い手として徳の高い司教クラスの冒険者。それらも起因として、相応の等級にしろと上からも圧力がかかっていまして……」

「ぁー……特例の措置をとると他の方々が黙っていないのでは?」

「この辺境の街で冒険者が貴女の実力詐欺をこれ以上見逃すなと太鼓判を押してくれてますし、近いうちにまた昇進のお話を持ち込みますね?」

 

 それもそれでどうなのか、とヴァルキリーは苦虫を噛み潰したよう。それを見て女騎士は軽く笑いかけるのを我慢しながら。

 

「諦めろ、これは決定事項であるしな。むしろ、これまで以上に胸を張れるであろう?」

 

 その言葉を聞いて、ヴァルキリーは「了解です。ならばその時になれば、謹んで受けさせて頂きます」と半ば諦めるように……銅等級への昇級を受けるのだった。

 

 ──────

 

 そして、受け取っていなかった報酬を正式に受け取り処理を行い、ヴァルキリーは残りの15日をどう過ごすかを考える。装備を更新してどうするか。神殿に篭り、その階位を高めるのもありか。それとも戦士としての経験を積むのか。

 

 悩んだが、彼女は神官としての位を上げることを優先として、それでいてなおかつ、戦士としても戦えるように訓練を積むことにしたのだった。

 

 そして、月日が流れるのは早く、2週間が過ぎていた。

 

 一月ぶりにギルドの門をくぐり

 

 その容姿は前を知る者たちからすれば慣れた物のはずだった。

 

 その身に纏うは紅い戦装束。頑丈な白の長靴(アドベンチャーブーツ)、金色の多機能ベルトを腰に下げ

 

 その装束の内に魔法の軽鎖帷子+1(ミニマムチェインメイル)を着込み、白銀の胸当て(ブレストプレート)白銀の籠手(シルバーミット)白銀の脛当(シルバーグリーブ)。青いマントに白銀の兜(ヴァルキリーズヘルム)

 

 そして、豊満な胸元に揺れる聖印と真新しい赤銅の煌めき。

 

 腰に長剣を鞘を、大吊盾(ラージタージェ)を佩き、背に青いマントと剥き出しの強靭な大剣(グレートソード・デュランダル)を吊金具で背負った。その見た目はまるで御伽話に出る「戦乙女(ヴァルキリー)」であった。

 

「受付嬢さん、おはようございます」

「来る頃と思っていましたよ、ヴァルキリーさん」

「ええ、十二分に実力に磨きもかけてきましたから……早速なんですが──」

 

 半月ぶりに彼女は聞く。

 

「ゴブリンは出ましたか?」

 

 これは、1人の復讐者の物語。

 

 出会い、そして冒険。彼女の成長の物語……彼女の道の、その先に何があるのかは、神にもわからない。

 

 それからしばらく経ち……

 

「救援の要請を受けた者です。……お久しぶりですね貴族令嬢さん」

「貴女でしたか、ヴァルキリーさん。ご無沙汰しています」

 

 北の山奥、山砦にゴブリンが住み着いている。救援の依頼がコルクボードに貼ってあった物を受け、援軍として1日1人で行軍してきたのはヴァルキリーだった。彼女が訪れた村の入口に立っていたのは鋼鉄級の冒険者、貴族令嬢と彼女を頭目とした一党だった。

 

「数にして50ほど、呪文使い(シャーマン)大物(ホブ)は確認していません」

「防衛を優先したのは賢い選択です。報告では4日前に依頼者の妹さんが拐われた、と。……あなた達が着いたのは昨日でしたね」

「はい。山砦に仕掛けようにも、規模が規模ですから。貴女の教えに従って行動したまでです」

「結構。 明日には決行しましょうか」

 

 意見を交換して、一党と別れる。そして、ヴァルキリーは依頼者である比較的若い村長の下へと訪れる。

 中肉中背の、それなりに締まった体の40代前半くらいの只人である。

 

「おお、名高き戦乙女様にお越しいただけるとは!」

「あ、はい……で、村への被害は?」

 

 放棄された森人(エルフ)の山砦にゴブリンが住み着いた。そこから来たであろう奴らに村娘、村長の妹が拐われた……村長から状況を聞き、山砦へどうしかけるかを吟味する。

 

「どうか、妹をお願いします!」

「その件なんですが、申し訳ありませんが……」

 

 ヴァルキリーは状況的に厳しい現実を言い放つ。群れの規模を考えると3日も嬲られ犯されれば心は折れ、廃人と化す。反応がなくなった玩具をゴブリンが捨てるのは、殺すのは想像に容易い。

 

「拐われてから3日、今日で4日目。ゴブリンの事ですから……命はないものとして我々は行動します。その点はご容赦ください」

「っ……貴女が言うなら間違い無いのでしょうが、せめて遺体だけでも、骨だけでも……!」

「善処はしましょう。ただ──どんな結末になろうと、その覚悟だけはその身にお抱えください」

 

 目を伏せ、瞑目。そしてヴァルキリーは瞳を村長へ向ける。

 

「たかがゴブリン、と奴らを侮り、放置した責任はあなた方にあります。今後、決して妹さんの様な犠牲者を出さぬよう……今よりも一層の警戒をより行ってください」

「そんな! 我々には畑仕込みなどの仕事もあります! 警備などする体力があると思いますか?」

 

 悲痛な訴えだ。確かに村民には税を納めるためにもしっかりと穀物を作り、備蓄し、その畑を維持するために労力を割かねばならないだろう。

 

「──嘆かわしい」

 

 しかし、その訴えをヴァルキリーは一蹴した。そして静かに怒気を、殺気孕んだ声で。

 

「大の男が甘えるな。きっちりとやるべき事をしてそれでもダメならば、貴方が嘆くのにも同情しましょう。ですが、この現状。貴方は大事な妹を拐われ、慰み者にされ……ゴブリンに対して怒りが湧かないのですか?」

「っ! そんなの、湧くに決まって……!」

「いいえ、上っ面の怒りなど誰でも語れます。見なさい、私の目を……この目に映すものは哀しみと怒り。貴方の妹さんの絶望と怒りを代行するために私はここにいる」

 

 その瞳にギラリと、碧く輝くような青い光が揺蕩う。地獄の底から響くような、ゴブリンを駆逐すると悲痛なる決意の光。

 

「貴方たちを守るのは冒険者の仕事ではありません──雇えるほどの蓄えなどないでしょう? 国はゴブリン如きと軍を動かしてくれるわけではありません──最弱の怪物とあなどるから。ならば、貴方たち自身で我が身を守るのは当然の帰結でしょう」

 

 そう言われ、村長は俯き、崩れ落ちる。すすり泣く彼に、ヴァルキリーは彼の肩に手を置いて続ける。

 

「その憎しみをゴブリンにぶつけるのか、それとも飲み込むのかは村長さん次第です。これを差し上げますので有効に使ってください」

 

 ヴァルキリーはパピルスに記した簡単なメモを渡す。

 曰く、柵を作り立てる。

 曰く、ゴブリンの影を探す。足跡を消すほどの賢さはない。

 曰く、彼らの影を感じるならばすぐに依頼を出す。

 曰く、ゴブリンの影を確認したならば夕刻以降、村娘は外出を控えさせる。

 

 それは、やるべき事を書いたものだった。

 

「これをするだけでも、被害は減るはずです。あと、軽くでもいいので自警団を組み、武器の扱いに慣れる方がいいでしょう。鋤も槍になりますしね」

「ありがとうございます……甘えを捨てるのも大事なのですね」

「ゴブリンは馬鹿ではあります。ですが、考える知能があるので間抜けではないんです──侮ってはいけません。彼らの恐ろしさはその数による蹂躙なのですから」

 

 そう言って聞かせ、ヴァルキリーは村長の自宅を後にする。その足で山砦へと向かった。

 

 後の話であるが、この村はヴァルキリーの教えを実践してゴブリンによる被害は減った。時折、襲われそうになるが村一丸となって抵抗すればゴブリンは逃げていくのだ。村の中には逃げていくゴブリンを全て皆殺しにするくらいに過激な者もいるらしいが、誰かを語る必要はないだろう。

 

 □■□■□■□

 

 山砦のゴブリンたちは飢えていた。食糧は奪った、それらも食い尽くした。そして弱々しくも啼いていた……自分たちの性欲をぶつけていたら耐えきれなくなり壊れたメスが事切れていた。

 欲望の捌け口もなくなった。まぁ、まだ犯している奴もいるが、と欠伸をしながら、スンと鼻を鳴らし

 風に乗ってくる匂いを感じた、メスの匂いだ。ここに来るのか? 

 と、多くのゴブリンたちは匂いに反応して武器を取り、山砦の壁を登る。下卑た醜悪な笑みを浮かべ、獲物を探して辺りを観察する。

 いた、と1匹が騒ぐ。

 

 身なりは月夜の光を浴びて、輝く銀色の鎧、風に揺蕩う青いマント。背に大剣を背負い、腰に長剣を佩いている。左手に大きめの吊盾をくくり付け、手には大弓を構えていた。

 距離にして30mほどかとその頭めがけて、スリングで石を投げる。届く距離にいる相手だ、届く距離にいる方が悪いのだからとゴブリンは実行に移す。

 しかし。そのメスは紙一重ではあったが、飛んできた石を首を傾げるだけで避けて見せる。

 

「GBBBBUA!」

「GUHEHEHE」

「GOGYAGYA!!」

 

 外してやんの、間抜けだのと嗤われる。逆上してお前がやってみろ、と喚くゴブリン。そのゴブリンは次の句を継ぐことはなかった。

 

 ヒュッ……ドスッ! 

 

「GOGY……」

 

 風切音と共に、騒いでいたゴブリンの頭蓋に突き立つ。その鏃を見て、ゴブリンたちは殺気立つ──下で弓を構えるあのメスを嬲って楽しんで殺してやろう、と。しかし、次に飛んできたのは火のついた鏃だった。それもひとつではなく、3つだった。山砦に引火する。

 木造の砦には長らく雨が降っていなかったが故に乾燥していた。たちまち燃え広がり派手に燃え上がる。

 ゴブリンたちは泡を食った、自分だけでも生き残ろう。とパニックの中、入り口を目指す。

 

 そこには……あのメスと同じように弓を構えた別のメスが2匹いた。

 

「ヴァルキリーさん、やっぱえげつないこと考えるなぁ……消火どうするんでしょ?」

「考えなしにあの人がこんなことすると思う?」

「それもそうですねぇ」

 

 軽口を叩く圃人とそれに相槌を打つ戦士の只人。彼らから次々と矢が放たれ、逃げながら回避なぞ器用なことができるのは限られていた。走り、前のやつを肉壁にして飛来する鏃をやり過ごし、メスどもを殺す! と息巻くゴブリンたちだったが、その数は減っていく。

 

 横や後ろから迫る炎、前から迫る鏃にその数はどんどんと減っていく。

 

「僧侶、やっちゃって!」

「承知しました。《つるぎの君よ、見るべきこと見、語るべきを語る者に、守りの加護を》──聖壁(プロテクション)っ!」

「ついでにこれも食らいなさいな。《火石(カリブンクルス)……成長(クレスクント)……投射(ヤクタ)》──火球(ファイヤーボール)っ!」

 

 森人の唱えた真に力ある言葉(トゥルーワード)が超自然に語りかけ、力を発揮する。──火球が降り注ぎ、派手な爆風と閃光が吹き荒れ。彼らを灰塵と化す。

 

 それでも、最後尾のゴブリンはなお生きていた──が。

 

 ガッゴスッドゴォ! と、ゴブリン達は不可視の壁に衝突して、鼻血を出し歯を折るものもいた。そして、死に物狂いでどうにか逃げようと壁を殴る。しかし、それを嘲笑うように聖なる壁はビクともしなかった。

 

 後ろからくる熱波に焼かれ、生き絶えていくゴブリン。この恨みは今生で無くとも、次の輪廻で返してやる。

 

 呪詛を吐きながら、彼らは生き絶えて言ったが。

 

「貴方達に次の輪廻などあり得ないですよ」

 

 燃える砦の奥より、歩いてくるヴァルキリーの呟きは煌々と燃える炎に飲まれて消えていくのだった。

 

 □■□■□■□

 

 朦々と上がる黒煙、夜を照らす地の太陽たるや、燃える山砦。そこより出てきたのはヴァルキリーだった。

 

「残党は全て殺しておきました。不備もありませんし……この通り」

「めちゃくちゃしますね、ヴァルキリーさん……炎の中に飛び込むなんて」

「約束しましたからね」

 

 ヴァルキリーは炎を恐れることもなく、混乱するゴブリンどもの隙に乗じて山砦に入り込んでいた。燃える速度を逆算、その結果有余があると分かると。鏃にロープをくくり付けて射掛け、外壁を手早く登り。

 

 混乱で逃げ出したゴブリンども、穴を掘り生き残ろうとしていた者たちを殺しながら。罠の餌に使われかけていた村娘の遺体を背負い、ゴブリンの後を追って今に至った。

 

 あちこちを煤まみれに、軽い火傷を負いながらも。自己回復たる小癒(ヒール)5連打によるゴリ押しで出てきたのだろうかと僧侶は分析する。

 

「ご苦労様。あとは天候(ウェザーコントロール)で……あ、消化の手間が省けますね」

 

 ポツリポツリと頬を打つ雨粒。炎が巻き上げた空気が上昇気流となりて、地に雨をもたらした。それは黒い雨だった。煤が天に昇り落ちている、そんな雨だった。

 

「さて、今回はご協力ありがとうございました。皆さんも、ゴブリン退治、頑張ってくださいね」

 

 ヴァルキリーは一党にそう言うと、村へ戻り報告を済ませ足早に辺境の街へ戻っていった。

 

「相変わらず、忙しい人なのね……」

「まぁねー。ま、案外楽にできたし?」

「あの人が来てくれたから楽に感じるだけでしょ」

「ゴブリンスレイヤー様と同じ、ゴブリンを憎む者ですものね」

 

 貴族令嬢達はその背を見送り、その翌日に辺境の街に戻るのだった。



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のちに言われる。‘在野最優’

 辺境の街、冒険者ギルドに1組の冒険者達が訪れた。長い耳を不機嫌に上下させる美女が受付嬢に食ってかかっていた。見た目は17、8歳ほどだろうか? 

 

 その長い耳は通常の森人(エルフ)よりも長く、その顔は美しい神代の彫像に勝る程。彼女は妖精の末裔と謳われる上森人(ハイエルフ)だろうか? 背にはイチイの木で作られた弓を、弦は蜘蛛の糸か、大弓をその華奢な体に通して背負っている。言うなれば、妖精弓手だろう。

 

「『オルクボルグ』と『ワルキューレ』がここにいると聞いたのだけども?」

樫の木(オーク)? ワルツ……ですか?」

「だから、『オルクボルグ』と『ワルキューレ』よ!」

 

 バン! とカウンターを叩き、詰め寄られ、「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げる受付嬢。見目は美しくも、ギロリとした眼光を受ければ誰でも萎縮するだろう。そんな状態、仲間をなだめんと

 

「ぼ、冒険者の方でしょうか?」

「だからそう言ってるでしょ?!」

「馬鹿め、ここはのっぽな者(ヒューム)の領域。耳長言葉が通じる訳があるまいて」

 

 恰幅の良い、踏み出し妖精弓手の隣に立つは鉱人(ドワーフ)。彼女とは背丈は2倍ほどの差はある。格好から見るに術師であろう彼は下顎に蓄えた立派な髭をしごきつつ、喚くようなさまの彼女を馬鹿にするように

 

「なら、なんて呼べばいいのかしら?」

「ワシが聞いた名前は『かみきり丸』と『戦巫女』じゃのぉ」

「そのような方は、えっとー……」

 

 受付嬢の困った様子に「おらんのか!?」と衝撃のあまり固まる鉱人道士、「やっぱり鉱人はダメねぇ〜と」嫌味に揶揄う妖精弓手。言われっぱなしは癪に触ると鉱人は言い返す。

 

「まぁったく、森人とくりゃあ、金床にふさわしい心の狭さだからのぉ」

 

 ドワーフが目で指差すところ、まな板のように、悲しいほどに平らなソレだった。頬が羞恥と屈辱に赤く染まりながら、妖精弓手も言い返す。

 

「んなっ! ──それを言ったら鉱人の女子なんて樽じゃない!」

「なにぉお?! ありゃ豊満と言うんじゃ!」

「あの、えっとぉ……」

 

 さぁさ、受付嬢は営業スマイルは崩さずに、一層困ったように、どう仲裁すべきかと思案した。森人と鉱人はどうしてか仲が悪い、それはどんな地域であれ一党であれ変わらない。と、そんな彼女に思わぬ助けがその影となり

 

「すまぬが二人とも、喧嘩なら拙僧の見えぬところでやってくれ。先程から話が進んでいないが?」

 

 ずんと足音、不毛な言い争いを続ける2人を影ですっぽりと覆うその巨軀。思わず受付嬢も見上げた。影の主は、青い鱗の蜥蜴人(リザードマン)。その身衣は羽飾りやら、派手な司祭の出で立ち。竜司祭だろう、つまり蜥蜴僧侶だろう。

 

 彼は奇妙な合掌と共に頭を垂れるとまずは

 

「拙僧の連れが騒ぎを起こしてすまぬな」

「いえいえ、慣れてますから……あははは……」

 

 謝罪する彼を見つつ、奇妙な取り合わせだと受付嬢は考える。

 

 とても珍しい上森人にそれと仲の悪いと有名な鉱人。滅多に見ない蜥蜴人。彼らは在野最高の3位冒険者、銀等級の冒険者だった。内心を秘めて受付嬢は改めて聞く。

 

「それで、どなたをお探しでしょうか?」

「うむ。拙僧も只人の言葉に明るいわけではないが、つまり、この者たちが申す名前は字名(アザナ)でな」

 

「はぁ」と受付嬢。しかし蜥蜴人がその名前を出せば彼女の顔はパッと輝いた。

 

「『小鬼殺し』、『戦乙女』と言う意味だそうだ」

「ああ! ゴブリンとヴァルキリーですね! その人たちなら知ってます!」

「おお、そうであったか!」

 

 喜ぶ蜥蜴人。そんな彼らの後ろから、カラカラとベルの音が鳴る。妖精弓手が振り向くと、自分と見目の歳が同じか一つ上か。赤い装束に煌く白銀の胸当て(ブレストプレート)白銀の籠手(シルバーミット)白銀の脛当(シルバーグリーブ)、青いマントに白銀の兜(ヴァルキリーズヘルム)

 左腕に大吊盾(ラージタージェ)を革帯でくくり付け、手には大弓を携えている。その腰に長剣と矢筒、背中に大剣を背負うと言った風貌の女がエントランスに入ってきたのだ。

 

 それを見て受付嬢は三名に「失礼」と会釈しつつ彼女に声をかける。

 

「おかえりなさいヴァルキリーさん!」

「……確かに『ワルキューレ』だわ……」

「はい、ただいま戻りました」

 

 妖精弓手はヴァルキリーと呼ばれた女を観察する。首に下げている赤銅は真新しいが、彼女が纏う気配はくぐり抜けた修羅場を数えるのも億劫になるような、そんな歴戦の気配。そのオーラは隠さず、堂々としたもの。

 そこに一拍子おくれて……酷く汚れた革鎧に身を包み、ボロボロの鉄兜で顔を隠した見窄らしい戦士、それに付き添うように法衣に身を包んだ少女が入ってきた。

 

「おかえりなさい! ゴブリンスレイヤーさん!」

「今帰った──今、ゴブリンと言ったな。何処だ?」

「それは……どうぞ」

 

 先ほど入った時に聞こえた、受付嬢の「ゴブリン」に反応するゴブリンスレイヤー。何処だと聞かれて受付前の三名に引き継ぐ。

 

「ゴブリンか?」

「はぁ……? ──って、誰がゴブリンよ、誰が?!」

「お、おう? ととっお、落ち着け耳長の」

 

 お前がゴブリンか? と聞かれたと思ったか、妖精弓手は食ってかかるのを鉱人道士が思わず咄嗟に宥め止める。その様子を見て慌てて取り繕うように、ゴブリンスレイヤーの隣に控えていた女神官がフォローに回る。

 

「ゴブリンの討伐の依頼か? って聞かないとダメですよ、ゴブリンスレイヤーさん」

「……そうか」

 

 そのやりとりを見てヴァルキリーは思わずくすりと笑う。保護者と立場が反対ではないか、と。

 

「して、そちらの神官さんの言う通り、ゴブリン退治の依頼ですか?」

 

 ヴァルキリーはとりあえず、受付にいた3名に話しかけた。

 

 ────────―

 

「少し、休め」

 

 受付にいた3人が用があったのはゴブリンスレイヤーとヴァルキリーだったようで、何やら話し込むらしく応接室に行ってしまった。彼にそう言われた女神官は現在、紅茶を飲みながら休んでいた。

 

「やぁ、久しぶりだね!」

「はい──あ、あの時の!」

 

 彼女に話しかけてきたのは鉢巻をした剣士……かつてともにゴブリンの巣に挑んだ者たちだった。あの時と同じように女武闘家、女魔術師と……見知らぬ2人の冒険者がいた。

 

「ゴブリンスレイヤーさんは?」

「何かお話があるそうでして、今は応接間の方に」

「大変ねぇ。でも、元気そうでよかったわ」

 

 女神官の言葉を引き継いだのは女魔術師だった。あの頃と違い、レザーマントに法衣を着こなし、首に下げていたのは……黒曜級の標識だった。

 

「あら、黒曜級に上がれたんですか?」

「ああ、ヴァルキリーさんに師事してたからさ」

 

 一党の頭目である剣士は、あれから何があったのかを語る。

 

 女神官がゴブリンスレイヤーに付き従うようになってから、彼らはヴァルキリーに師事しようとしたのだ。依頼に行けないが学びに来るのは構わない、と彼女が神殿に詰めていた時期に、3名にゴブリン以外の怪物の知識を授けてくれたり、剣士に至っては片手剣の手ほどきを受けたと言う。

 女武闘家には青玉級冒険者の拳士に渡りをつけてくれたり、女魔術師には辺境最強の槍使い一党の魔女に、魔術の手解きを受けれるように取り計らってもらったそうだ。そんな時間を過ごしながら彼らは空いた時間に下水道のドブ浚い、害獣害虫駆除の依頼を受けて下積みしていた。

 

 最近は慣れてゴブリン退治をするようになっていったらしい。今現在は腰に剣と棍棒を下げた新人戦士と斥候としての心得もある見習い聖女を一党に加えて活動をしていると聞いた。

 

「あの人といっつも組んでるって聞いたけど……囮にされてるとか」

「そ、そんなことは!」

「おいおい、野暮はダメだって。ゴブリンスレイヤーさんがそんなことする訳ないだろ」

 

 戦士の疑問はもっともだが、それを剣士は諫める。そして、色々と話し込んでいると……階段から人が降りてくる気配を感じた。

 

「ぁ──ふふっ、教えなくてもいいのに。あの人は色々と教えてくれますから」

 

 ──気にかけてもらって、足を引っ張っていないか……でもこれは自分で決めたことだから──

 

 彼女はそう言うと失礼します、と彼らのもとを離れた。去っていく背を見送り、ゴブリンスレイヤーと合流した彼女は冒険者ギルドを後にする……また冒険に行くのだろう。

 

「彼女、まだ白磁級なのね……」

「いいや、多分今回で昇級すると思う」

 

 女武闘家が言うと剣士は所感を語る。

 

「銀等級の冒険者についていく意思の強さだぜ? 在野最高の冒険者に師事できる環境は安全だろうけど同時に危険だしさ」

 

 頭目の語ることを聞いて女武闘家は、それもそうねと引き下がる。

 

「ってゴブリンスレイヤーさんが遠出するなら……俺たちは……」

「自由騎士さんたちを誘ってゴブリン退治でもですか?」

 

 苦笑いしながら見習い聖女が言う。まぁ彼らの……やることは決まっている。

 

「ああ、やることは変わらない──ゴブリン退治さ!」

 

 ──────

 

 少し時を戻し、応接間へと場面は変わる。

 そこに満ちるなんとも言えぬ緊張感にヴァルキリーは困った顔で苦笑した。あっちこっち、どっちよりゴブリンスレイヤーを観察する目の前の小柄な妖精弓手の剣呑な雰囲気に逡巡くらいしかできずにいたのだ。

 

「では、改めて依頼の確認でしょうか。それとも、自己紹介を先にするべきでしょうか?」

「……依頼の話を聞かせてもらおう」

「一つだけ答えて。──あなた本当に銀等級なの?」

 

 妖精弓手がそう尋ね、ゴブリンスレイヤーは「ギルドはそう認めた」と即座に返す。そしてその隣に控えるヴァルキリーもこくり、と頷いて見せた。

 しかし、弓手の、彼女の疑念もまた正当だろう。何せ、その見窄らしい革の装備とボロボロの鉄兜を見てとてもそうとは思えない、と天を仰ぎたくもなるだろう。

 

 どかり、と椅子に腰下ろすゴブリンスレイヤーに、皆様もどうぞお掛けくださいと促すヴァルキリー。彼の対面に座って弓手はその隣に控えるよう立つヴァルキリーに問いかける。

 

「見るからに弱そうなんだけど。どちらかといえば、銅等級の貴女の方が強そうに見えるわ」

「下手をおっしゃらないでください。彼は特化している……ゴブリンどもを斃す事を第一に装備を整えられていますから。私は他の怪物も狩れるように備えているだけです」

 

 応対するヴァルキリーの身に纏う白銀のそれらには魔法がかかっているのは一目瞭然だった。鉱人道士の分析ではブーツは移動力の補強。鋼手袋は膂力を増す祝福が。マントには矢避けの加護が。彼が「嬢ちゃんをみたらオーガですら逃げ出すだろうな」と後に語るがそれは今は捨て置かんとする。

 

「そうだのぉ。見たとこ、革鎧は機動力の確保。着込んだ鎖帷子は短剣での不意打ちに応対すべく。兜は致命打を受けぬように保護の名目と、相対する小鬼どもには威圧感も与えれるだろう」

 

 武器は狭い洞穴での戦いに備えて選んでいる……鉱人の見立てにゴブリンスレイヤーは応えなかったが、ヴァルキリーは「お見事です」と呟いて正解だと雰囲気で語った。

 

「それならせめてもうちょっと綺麗な格好をしたらどう? 汚すぎるわ」

「金臭さを消すために必要だ。奴らは鼻が良いからな」

 

 接近に気付かれたら面倒だと彼は口では言わず、そんなこともわからないのか、と小さく、めんどくさそうなため息一つをこぼした。

 ぐぬぬと唸る妖精弓手。埒が開かない、戻るかとゴブリンスレイヤーが頭の片隅で考え出したのを見て、ヴァルキリーは助け舟を出さんとする。

 

「皆さま、その点での彼の実力は私が保証しましょう……もしも嘘だったならば等級を剥奪する糾弾をしてくださっても結構です。それで、本日は依頼をお持ち込みなのでしょうか? それともあなた方一党へのスカウトというものなのでしょうか?」

「ええ、依頼よ──都の方で悪魔が増えているのは知っているとは思うけど」

 

 妖精弓手は話し出す。真剣な面持ちで……しかし、それを制するようにヴァルキリーが待ったをかける。

 

「お待ちください。ゴブリンスレイヤーさんは基本的に悪魔や魔神だろうとゴブリンどもを駆逐する事を優先されます。何より前置きは結構です」

「なっ、わかっているの!?」

「分かっています。世界が滅びかけているとしても勇者がいれば事足ります」

 

 ヴァルキリーはバッサリと切り捨てた……取りつく島もないとはまさにこの事。そして何より「勇者がどうにかする」と彼女は言い捨てる。

 

「その勇者は魔神王とやらにゾッコンなのでしょう。それほど重要なものだとは承知しています、ですが……」

「世界が滅びる前にゴブリンは村を襲い、滅ぼす。世界の危機だろうと、奴らを野放しする理由にならん」

 

 言葉を繋ぐようにゴブリンスレイヤーが語った。まるで、自分の言っていることが真実であると言うように。

 

「あなたねぇ……!」

 

 こめかみに青筋を浮かばせ、その長い耳をひくひくと震わせながら白磁のような肌を真っ赤に染めて怒りをあらわにした妖精弓手がゴブリンスレイヤーに掴みかからんとしたのを。

 

「まぁ待て、考えてもみろ耳長の」

「……なによ、鉱人」

 

 茶々を入れんと、嗜める声音で鉱人道士が彼女に語りかける。

 

「そもそもわしらは、此奴らに混沌をどうにかさせるために来たわけじゃなかろ。その領分は、そっちの嬢ちゃんの言う「白金等級」の奴らの仕事じゃ」

「そ、それはそうだけど……」

「ならば、落ち着け。話の腰を折ってどうする」

 

 妖精弓手は嗜められ、バツの悪そうな顔をして、それでも不機嫌にどしん、と席に腰掛け直す。つん、とそっぽを向いて膨れっ面になりかけつつあるその様子にヴァルキリーも苦笑いを一つ。

 

「そちらの事情も相応にあるのでしょう。どのみちゴブリンが絡むならば私や彼は受けますが?」

「まぁ、そう焦らさんな。物事にゃあ順序ってもんがあるだろうよ、嬢ちゃんや」

「……それもそうですね」

 

 納得したヴァルキリーがゴブリンスレイヤーに視線を送る。

 

「……それで、話はなんだ」

「ここまでの話でおおよそは察しておられるとは思うが、拙僧らは小鬼退治を依頼しに来たのだ」

「やはりゴブリンだったか」

 

 ゴブリンスレイヤーはそれまで全く興味を感じさせなかった様子を一変させる。そして「ならば請けよう」と即答して見せたのだ。

 

「「……」」

「だっはっはっは!! まさに『かみきり丸』じゃなこの若いの、ふふ、ふ……だっはっはっ!」

 

 妖精弓手は何こいつと言わんばかりに顔を引き攣らせ、蜥蜴僧侶は目を見開いて沈黙。その隣で鉱人道士は腹を抱えて笑っていた。

 

「どこだ。数はどれほどだ?」

「ふっ、ふふ……そう急かすな、若いの。ちとこの鱗のに話をさせてやってくれんかの」

「無論だ──お前はどうする」

 

 ヴァルキリーに問うように。彼女は「無論、お供します」と応えた。

 

「情報は必須だ。巣の規模やシャーマンの有無、田舎者はどうだ?」

「ゴブリンスレイヤーさん、少し落ち着いてください。相手の話を聞きましょう」

「……そうだな」

 

 ヴァルキリーが苦言を零すと、ちょっとだけ、ゴブリンスレイヤーがまるで母親に叱られて、しゅんとしたように見えた妖精弓手は少しだけ溜飲が下がった。

 

「拙僧は報酬額を最初に聞かれる思っていたのだがな」

 

 そう言ってチロチロと舌で鼻先を舐める蜥蜴僧侶。彼は話を始める。

 

「まぁ興味はないやも知れんが、拙僧の連れが先ほど述べた通り、悪魔の軍勢が侵攻しようとしておる」

「封印されていた魔神王の一柱が目醒めた噂は聞き及んでいます。それが我々を駆逐しようとしていることも」

「……」

 

 情報は知っているとヴァルキリーの答えに蜥蜴僧侶は苦笑なのかぐるりと目を回し、頷いた。

 

「……うむ、お主にとっては興味はなかろうと思ったよ。これまでの態度を見るに、な」

「十年前にも、あった事だ」

 

 そして蜥蜴僧侶は族長、人族の諸王が、森人に鉱人や獣人の長が集まって会議を開くと伝える。

 

「レーアはともかく、わしらはその使いっ走りというわけじゃ」

「諸侯の要件を伝えて回っているという事ですね」

「そういう事じゃな。冒険者だからの、わしらは」

 

 腹を叩きながら鉱人道士は「駄賃も出たしな」と呟いた。妖精弓手もようやっと調子を取り戻したように。

 

「……いずれ大きな戦になると思うわ」

 

 その言葉に、ぴくりと眉を悲しげに曲げたヴァルキリーの様子を見ながら、ゴブリンスレイヤーは何を考えているのかは、鉄兜に阻まれ全くわからない。妖精弓手もその辺はもうこの偏屈に言っても無駄か、ととうとう諦めていたが。

 

「問題は近頃。耳長のたちの土地であの性悪どもの動きが活発になっておる、という事じゃな」

「活発に、ですか。おそらくは大きな親玉でも得たのか、あるいは……」

「……チャンピオンか、ロードでも生まれたか」

 

 ゴブリンスレイヤーが呟き、かもしれんと相槌する鉱人道士。その聞きなれない言葉に興味を持ったか妖精弓手の長耳がピクピクと動く。

 

「チャンピオンに、ロードってなんなの?」

「ゴブリンから見て英雄、あるいはゴブリンの王という体の者たちですね。彼らにとっての白金等級と言うべきでしょう」

 

 ヴァルキリーが彼女の質問に答え、ゴブリンスレイヤーは腕を組み、フームと唸る。至極真剣な様子だった。

 

「まぁ、いい。続けてくれ……情報がなさすぎる」

「うむ。拙僧らが調べたところ……大きな巣が一つ。しかし、まぁ……政治がな」

「ゴブリン如きに軍を動かせない。いつもの事か」

「本当にすみません。我々の王はその、疑心暗鬼な想像力だけは本当に豊かでして」

 

 ぺこり、と思わず頭を下げるヴァルキリー。彼女に気にするな、と妖精弓手。

 

「只人の王は私たちを同格とは認めても、同胞とは認めてくれないもの」

 

 肩を竦める彼女に申し訳ない気持ちになりながら、ヴァルキリーは神妙に、同意の意で頷いた。

 

「故に、冒険者を送り込み、対処する運びとなった訳なんだが、拙僧らだけでは只人の顔が立たぬ」

「そこで、オルクボルグ……そしてその相棒にとワルキューレ。あなたたちに白羽の矢が立ったわけ」

 

 そこまで聞いて「なるほど」とヴァルキリーも納得した様子だった。その隣で「地図はあるのか」と淡々と確認するゴブリンスレイヤー。

 蜥蜴僧侶が「これに」と彼に懐から出した地図……巻物を差し出すと彼は受け取り雑に広げた。木の皮に染料を使ってしたためられたそれは正確な筆致。森人の地図だと一目でわかるものだった。

 荒野の真ん中に立てられてある、古めかしい建物。それをゴブリンスレイヤーは指でなぞる。

 

「遺跡か」

「恐らく」

「数は」

「大規模、としか」

 

 ゴブリンスレイヤーはヴァルキリーを見る。彼女は「その遺跡の大きさから見て…」と呟き

 

「おおよそ100以上でしょうか。相応の準備はしないとまずいですね」

「そうか……」

「神官さんは連れて行きますか?」

「休ませる」

「即答ですね。でも、ちゃんと相談してあげてくださいよ? 休め、だけでは伝わりませんから」

「むぅ、わかった」

 

 本当にわかっているんですか? と苦笑するヴァルキリー。しかし、その後きっちりと相談はしていたとだけ此処に記そう。

 

「少し準備してから出るぞ」

「わかりました」

「俺たちに払う報酬は好きに決めておけ」

 

 地図を丸め、席を立つと地図を押し込み、手早く装備を確認すると、ヴァルキリーを伴って戸口へと早足で向かう。たまらず妖精弓手は彼らを引き留めた。

 

「ちょっと待ちなさいよ! たった2人で行くつもりなの?」

「ああ、そうだ」

「ああ、流石に私たちだけではキツイので手を貸して頂けるならありがたいですけど、如何ですか?」

 

 即答するゴブリンスレイヤー。しかし、ヴァルキリーは真逆のことを言う。

 

「彼、偏屈ですから。みなさんが元々受けた依頼みたいですし、その辺は……ですよね、ゴブリンスレイヤーさん?」

「……ああ、そうだな……」

「「「……おう」」」

 

 その場にいた全員の心は一つになった。とはいえ、こうして、ゴブリン退治へと出立することとなる。一党の結成とは往々にして、どうも奇妙な縁で成り立つものだろう、と後に妖精弓手は語った。



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