妖怪ウォッチを手に入れたのが、ケータではなくカズマだったら? (カジ)
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妖怪と女神と異世界ツアー

このすばと妖怪ウォッチ、何となく相性良いんじゃね?と思って書きました。


 「あー、暇だなあ。やることねー」

 

 「カズマくん。そんなに暇ならいい加減学校行きなさいって」

 

 「やだ、面倒くせえ」

 

 「カズマは引きニートだから無理ニャン」

 

 「やかましいわ居候猫」

 

 引きこもりの少年、佐藤和真。不登校で家から殆ど出ない引きこもりだが、彼には変わったことがある。それは、妖怪と友達になっていること。

 引きこもりになる前、近所の森の奥まで虫取りをしていた時。一つのガシャガシャを発見した。なんとなく回したガシャだったが、出てきたカプセルを開けると、その中からウィスパーという妖怪が現れた。

 

 「はあ、これじゃあ将来が心配でウィス」

 

 この語尾にウィスを付け、白くて紫色の唇をした気持ち悪いのがウィスパー。カズマに妖怪ウォッチを渡した張本人。

 

 「ちょっと!誰が気持ち悪いですって!?」

 

 「事実ニャン」

 

 「んだとジバ野郎!」

 

 寝転がってチョコボーを食べているのが、地縛霊猫妖怪のジバニャン。交差点で寸止め事故を起こしていたが、カズマと出会って友達になった。

 他にも様々な妖怪と友達になったが、あることがキッカケですっかり引きこもってしまったのだ。

 

 「いや、俺も学校行きたいんだけどさあ、ヒキコウモリが取り憑いているからなあ。学校行きたくても行けないだわこれが。いやー、マジで残念だわー」

 

 「何言ってんですか。ヒキコウモリはとっくに取り憑くのやめて、今は大人しく暮らしていますよ」

 

 過去に人を引きこもらせる妖怪、ヒキコウモリに取り憑かれたカズマだったが、それ以前から引きこもっていたので効果はなかった。

 

 「あのー、カズマさん。耳寄りな情報がありますよ」

 

 「ん?どうしたヒキコウモリ」

 

 ヒキコウモリは現在、カズマの部屋のクローゼットに住まわせて貰っている。中は優雅に引きこもれるように、パソコンやWiFi設備が充実している。

 

 「カズマさんが欲しがっていたゲームの最新作が、今日発売されるみたいですよ」

 

 「マジか!こうしちゃいられねえ!すぐ買いに行くぞ!」

 

 緑色のジャージに着替えて、久しぶりの外出をするカズマ。

 

 「カズマ、ついでにチョコボーも買ってくれニャン」

 

 「しょうがねえなあ。一本だけだぞ?」

 

 「やったニャン!ありがとニャンカズマ!」

 

 「あんのー、カズマきゅん?あたくしにも何か…」

 

 「さあ行くぞ!」

 

 「っておい!」

 

 ジバニャンとウィスパーを連れて、ゲームを買いに外出する。途中でコマさんやコマジロウと出会ったり、ハナホ人と遭遇して鼻をほじらされたりしたが、何とかお目当てのゲームを買えた。

 

 「いやー、何だかんだかんだ何だありましたが、無事に買えて良かったでウィスね」

 

 「ああ。これでまた有意義に引きこもれるぜ」

 

 ウキウキ気分のカズマを、呆れたように見るウィスパーとジバニャン。すると、カズマは歩きスマホをしている女子高生を発見する。危ないなあと思いつつ見ていると、カズマはゲームが入った袋を放って走り出した。

 

 「カズマ!?」

 

 「カズマくん!?」

 

 女子高生は気付いていなかった。自分に迫りくる、トラックの存在を。カズマはその子を守るべく、必死に走った。そして、静かに息を引き取った………

 

 「…とまあ、こんな感じで死んだの。思い出した?」

 

 「あ、ああ。何となく」

 

 カズマは今、椅子に座ってアクアという女神様と対面していた。自分の死を告げられ、儚くも短い人生が終わったと実感する。

 女の子を助けて死んだ、つまり悲劇のヒーロー。カズマはそう思っていたが、実はそうではない。トラックと思っていたが、トラクターの間違いだった。しかも、普通に止まれる速度で走っており、女子高生もカズマが突き飛ばしたせいで怪我を負ってしまった。

 死因は、トラックと勘違いしたトラクターに轢かれたと思い込んだショック死。ついでにおしっこを漏らしていたという結末。

 

 「プークスクス!何てマヌケな死に方なのよ!超ウケるんですけどー!」

 

 「う、うるせえ!人の黒歴史をイジるんじゃねえ!」

 

 女神とはおもえないほど、カズマを笑い飛ばすアクア。ひとしきり笑い終えた後、ようやく死後の案内を始める。

 3つある選択の一つを選べるのだが、天国でただひたすらのんびり暮らしたり、記憶を消して生まれ変わるなど、いかんせんどれもぱっとしないようなものだった。

 

 「あなた、ゲームは好き?」

 

 「まあ、好きだけど」

 

 「そうよね。ゲームを買うために久しぶりに外出するくらいだもんね。しかもそのせいで死んでるし」

 

 「ほっとけ!」

 

 最後の選択は、異世界で魔王を倒すこと。ゲーム好きの現代っ子のカズマにとっては、何となく理解の出来るものだった。

 

 「もちろん。行ってすぐゲームオーバーなんて話しにならないから、対抗出来るための特典を用意してるわ」

 

 アクアはそう言って、分厚い本を取り出す。それには色々な武器や能力が載っていて、確かにこれならどんなやつでも魔王と戦えると思った。

 

 「選べるのは一つだけだから慎重にね。んじゃ、決まったら教えて」

 

 アクアは寝そべってポテチを食べ始めた。なんか異世界行きが決定した感じだったが、消去法で異世界しかないと諦めた。

 

 (ジバニャンや皆、心配してるだろうな…)

 

 残された友達妖怪を思い、少し目頭が熱くなる。もう会えないと思うと、やっぱり寂しい。瞼を閉じて、今までの思い出が駆け巡る。

 ぶようじん坊に取り憑かれて、好きな子の前で社会の窓を全開にしたこと。バクロ婆が、親にエロ本の隠し場所を喋ったこと。おならず者が取り憑き、公衆の面前で屁を……

 

 (ろくな思い出がねえええええ!!)

 

 妖怪は基本的に人を困らせる能力を持つ者が多い。カズマはなんやかんやで妖怪に好かれる体質を持っており、それ故に取り憑かれやすかったのだ。

 

 「ねえ、決まったー?早くして欲しいんですけどー」

 

 「分かってるよ。もうちょっと待っ…」

 

 …ズマー!

 

 「ん?何か言った?」

 

 「え?何も言ってないわよ」

 

 …ズマきゅーん!

 

 いや、空耳じゃない。もはや聞き飽きたこの声。カズマはバッ!と振り向いた。

 

 「カズマー!」

 

 「カズマきゅーん!」

 

 「ジ、ジバニャーン!」

 

 「いや、あの…あたくしもいるんでウィスけど」

 

 遠くから走ってくるジバニャンを、カズマは強く抱きしめる。

 

 「二人とも、どうしてここに?」

 

 「カズマの魂を追いかけて、ここまで来たニャン!」

 

 「いやー、ビックリしましたよ。急に走り出したと思ったら、次の瞬間にはぽっくり逝っちゃってるんでウィスから」

 

 ついさっき別れたばかりなのに、久しぶりの再開に感じる。死んだ自分を心配してここまで追ってきてくれた二人に、カズマは素直に嬉しかった。

 

 「ちょっとー、勝手に入って来られても困るんだけど」

 

 「カズマ、あの人だれニャン?」

 

 「ああ、あれは…」

 

 「ちょい待ちー!そういうのはあたくしの出番でウィスー!」

 

 「いやあの、ウィスパー?」

 

 ウィスパーが妖怪パッドで妖怪の名前を猛烈に探し始める。

 

 「ええ、知ってます知ってますよー!あれはでウィスねー…妖怪口の周りにポテチ付いてる女!じゃなくて、妖怪パンツ履いてるのか履いてないのか分からない女!でもなくて…ええと、妖怪、妖怪…」

 

 ウィスパーは本名、妖怪シッタカブリ。その名の通り、すぐに知ったかぶりをする妖怪である。いつもいつも知らないのに知ってると言いながら、妖怪パッドで検索してカンニングしているのである。

 しかし、今回ばかりは見つからないのは当然だ。そもそも、アクアは妖怪ではないのだから。

 

 「で、結局だれニャン?」

 

 「自称女神妖怪のアクア」

 

 「誰が妖怪よ!あと自称じゃないから!本物だから!」

 

 拉致があかないのでカズマがさっさとアクアを紹介する。

 

 「あなた達妖怪ね。ここは死後の人間を案内する場所なの。関係ない人…ああいや、妖怪は出ていきなさい」

 

 「嫌ニャン!カズマはオレっちの友達ニャン!このままお別れなんてしたくないニャン!」

 

 「そうでウィス!カズマくんの行くところ、この敏腕妖怪執事ウィスパーありでウィス!」

 

 「ジバニャン…」

 

 「はいはい、どうせそう来ると思ってましたよ。どうせあたくしは(はぶ)られるんでウィス」

 

 カズマとの結束を見せつけ、断固として居座るウィスパーとジバニャン。アクアも仕方なく、二人の同行を許した。

 

 「ははーん、なるほど。つまり今は異世界へ行くための特典を選んでる最中でウィスね」

 

 3人で特典の本を見つめ、一緒にどれが良いか考える。

 

 「カズマ!この剣とかカッコいいニャン!」

 

 「お、それも良いなあ!」

 

 「カズマくん!伝説の剣、ドンパッチソードもありまウィスよ!」

 

 「それはいらない」

 

 あれでもないこれでもないと、色々あり過ぎるゆえに迷ってしまう。妖怪迷い車でも憑いてるのかと思った。

 

 「いい加減に決めてよね。どうせ何選んでも、元がヒキニートなんだから大して変わらないって」

 

 プチッ。さすがにアクアの言動に、カズマも腹が立ってきた。もういい、もう許さん。こいつには仕返ししなくちゃ気が済まねえ。

 

 「…ああ、決めたぜ」

 

 カズマは腕をスゥと上げて、ビシィッ!とアクアを指差した。

 

 「じゃああんたで」

 

 「はいはい私ね。それじゃあ……はい?」

 

 アクアの頭に、?マークが浮かんでいる。アクアが文句を言う前に、カズマとアクアの足下に魔方陣が出現した。

 

 「承りました。アクア様の仕事は、私が引き継ぎます」

 

 羽の生えた美少女が舞い降り、アクアは絶望的な顔になる。

 

 「ちょっ、ちょっ…!ちょっ待っ!聞いてない!こんなの私聞いてない!女神を特典扱いとか反則よ!訴えてやるー!」

 

 アクアの喚きも虚しく、異世界行きの準備が始まる。

 

 「カズマ!オレっち達、いよいよ異世界に行くニャンね!」

 

 「どこへ行こうと、このあたくしにお任せあれでウィス!」

 

 ジバニャンとウィスパーも、カズマにしがみついて魔法陣に飛び込む。

 

 「佐藤和真さん、あなた達の幸運を祈ってます。無事に魔王討伐出来た暁には、何か一つ願いを叶えてあげましょう」

 

 「マジか!?」

 

 「私の決め台詞取られた~!」

 

 「それでは、佐藤和真さん御一行のご案内〜」

 

  こうして、人間一人、女神一柱、妖怪2体。異世界へ飛ばされることになったのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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驚愕のステータス

 カズマの視界に飛び込んできたのは、いかにも異世界らしい街並みと人々だった。獣みたいな耳が付いてる人や、鎧を着込んで剣を背負っている人など。まるでゲームの世界そのままで興奮する。

 

 「テーマパークに来たみたいだぜ。テンション上がるなあ」

 

 長い引きこもり生活で、あらゆるゲームをやり尽くしたゲーマーのカズマ。この世界なら喜んでやっていけると、心をワクワクさせた。

 

 「本当に異世界に来たニャンね」

 

 「ああ、これから俺達の大冒険が始まるんだ!と、その前に。おい、いつまで泣いてんの?」

 

 カズマとジバニャンの後ろでは、強制的に異世界に送られて号泣しているアクアの姿があった。

 

 「うわああああん!!なんで!?なんで私がこんな目に合わなきゃいけないのよおおお!私が何したって言うのよおおお!!」

 

 「まあ、主に俺を笑い飛ばしたことかな」

 

 アクアは人目も憚らず大泣きしている。周りの人の視線が痛いし、ここまで全力で嫌がられると、さすがにちょっと可哀想になってきた。

 

 「…ああ、悪かったよ。そんなに嫌なら帰っていいから」

 

 「帰れるならとっくに帰ってるわよ!いきなり地上に落とされて、これからどうしろって言うのよ!」

 

 ああうるさい。耳元でギャアギャア喚かれて余計うるさい。

 

 「でもカズマ、これから本当にどうするニャン?」

 

 「まあまあ慌てるなジバニャン。魔王を倒すことが俺達の最終目的だろ?とすると、ここには魔王と戦うための組織。ギルドがあるはずだ。とりあえずは、そこで情報収集だな」

 

 いきなり異世界に来た割に、その冷静さと考えの鋭さにジバニャンとアクアは感心した。カズマは生粋のゲーマーだと自負している。長い引きこもり生活のおかけで、ゲーム的な知識は頭に叩き込んでいる。

 夜ふかし妖怪、カンテツと夜通しゲームをやり込んだ実力は伊達ではない。

 

 「そういえば、ここの言葉とかちゃんと通じるの?」

 

 「それは問題ないと思うわよ。召喚される時に、自動的に頭に入り込ませるようになってるから。キャパオーバーしちゃうとパーになる可能性もあるけど」

 

 「サラッと恐ろしいこと言ったニャン!?」

 

 「そういうことは早めに言ってくれよ!」

 

 「だって〜、それどころじゃなかったんだも〜ん」

 

 ヒヤヒヤしたが、今の状況を見ると無事にここの言語を覚えられたことで大丈夫だろう。

 

 「あ、そうだ。ここでもちゃんと妖怪を召喚出来るか確かめないと」

 

 今ここにいる妖怪は、ジバニャンとウィスパーだけ。他の友達妖怪は、当然だが日本に残してきたままだ。妖怪ウォッチで召喚出来るとは思うが、もし召喚不能だったら魔王退治はかなり手こずるだろう。

 腕の立つ妖怪達に、なんとしても手伝って貰いたい。

 

 「ウィスパー、メダル貸して」

 

 妖怪メダルはウィスパーは預かっている。しかし、何故かウィスパーからの返事がない。

  

 「ちょっとウィスパー。メダル貸し…」

 

 「ここはウィスパー?あたしはどこ…?」

 

 「「パーになってるー!ニャン!」」

 

 どうやらウィスパーだけキャパオーバーしたみたいで、頭の中身がショートしてしまっていた。

 

 「どうりでさっきから何も喋らないと思ったニャン…」

 

 「お、おいウィスパー!しっかりしろ!」

 

 「はっ!な、なんですかあなたは!?さてはあたしを攫いに来た変態ね!うぎゃあああ!痴漢よー!」

 

 いつの間にか女装して、女口調で被害者面するウィスパー。凄くウザい。カズマとジバニャンはハリセンを手に、強い刺激を与えて正気に戻そうとした。

 

 「ウィスパー、しっかりするんだ!」

 

 「元に戻るニャン!」

 

 「痛い痛い痛い痛い!!ちょっ…ちょっ待っ、やめ…やめろおおおお!!」

 

 「あなた達、友達よね…?」

 

 ウィスパーに対する二人の容赦ない仕打ちに、アクアもちょっと引いている。何発か叩いた頃、ウィスパーの意識がようやく戻った。

 

 「いや〜、大変お騒がせし…」

 

 「もう一発ニャン!」

 

 「あべしっ!?てめジバ野郎!今の一発は余計だろうが!」

 

 顔がパンパンに腫れ上がったが、とりあえず無事に正気に戻って良かった。

 

 「いや全然無事じゃないんでウィスが…」

 

 「ウィスパー、メダル貸して。この世界でも召喚出来るか試したいんだ」

 

 「はいはい、どうぞ」

 

 ウィスパーからメダルを受け取り、左腕に装着している妖怪ウォッチにセットする。すると、ウォッチから眩い光が放たれ、その中にシルエットが見えた。

 

 「カズマ、何か用ずら?」

 

 「よしっ!召喚成功!」

 

 カズマが呼び出したのは、狛犬妖怪のコマさん。ソフトクリームが大好物で、岡山弁のもんげ〜をよく使う。よく勘違いされるが、コマという名前ではなく、コマさんが彼の名前だ。

 

 「もんげ〜!ここどこずら?見たこともないものがいっぱいずら〜!」

 

 ゲームや漫画に疎いコマさんは、異世界の風景に興味津々みたいだ。

 

 「まあ、特に用があるってわけではなかったんだけど。ちょっと色々あってさ、俺一回死んだんだ」

 

 「もんげ〜!?カズマ死んだずらか〜!?」

 

 コマさんにここまでの経緯を説明。カズマが死んで悲しんだり、ここが異世界だと知って驚いたりと忙しそうだったが、なんとか理解して貰うことが出来た。

 

 「魔王退治ずらか〜、大変ずらね〜」

 

 「そういうことだから、コマさんも俺に協力してくれるか?」

 

 「もちろんずら!オラ、魔王退治お手伝いするず…ら?」

 

 コマさんがビシィ!と了解した時、アクアがひょいっとコマさんを抱き上げた。

 

 「ねえねえ、この子すっごい可愛いじゃない!この子私に頂戴!我がアクシズ教のマスコットキャラにするわ!」

 

 「もんげ〜…」 

 

 先程から興味深そうにコマさんを見ていたアクア。コマさんをマスコットにして、色々とグッズを出して売り捌けば、アクシズ教の信者がもっと増えるに違いない。

 エリス教よりも信者を増やして、自分の顔が印刷された紙幣をばら撒いてやろうと考えていた。

 

 「駄目に決まってるだろ。だいたい何だよ、アクシズ教って」

 

 「私を崇拝している宗教よ!」

 

 この瞬間、カズマ、ウィスパー、ジバニャンの気持ちが一つになった。

 

 (やべー宗教だ…)×3

 

 「そうだ!あなた達もアクシズ教に入りなさいよ!そしてこの私を崇め奉りなさい!」

 

 「あ、うちは宗教の勧誘お断りしてるんで」

 

 「なんでよ!?」

 

 アクアのしつこい勧誘を拒否し、コマさんをアクアから引っ剥がす。

 

 「とにかく、コマさんをそんな怪しい宗教のマスコットにさせられるか」

 

 「えー、別にいいじゃない。減るもんじゃないし」

 

 「それならウィスパーとかどうだ?」

 

 「ちょっとカズマくんー。いくらあたくしがプリティだからって、簡単に売らないでくれますう?まあ、アクアさんがどうしてもって言うなら…」

  

 「嫌よ。こんな気持ち悪いのマスコットにしたら、アクシズ教のイメージが悪くなるじゃない」

 

 「ガーン!?うわっ、思わず口でガーンって言っちゃった!」

 

 アクシズ教は元々評判が悪いのだが、ウィスパーをマスコットにしたら、さらなるイメージダウンは避けられない。落ち込んでるウィスパーは放っておき、アクアは渋々コマさんを諦める。

 

 「カズマ。オラ、一度家に帰りたいずら。弟のコマジロウが心配してるずら」

 

 「分かったよ。またなコマさん」

 

 カズマはコマさんに手を振るが、何故かコマさんはジーッとカズマを見つめている。

 

 「ん? どうしたコマさん」

 

 「カズマ、どうやって帰ればいいずら?」

 

 「あ」

 

 そう、ここは異世界。召喚出来たは良いが、帰る方法を考えていなかった。いきなり召喚させられて、弟と離れ離れにするのは可哀想だ。カズマは必死にコマさんを帰らせる方法を考える。

 

 「アクア、コマさんを帰らせる方法とかないか?」

 

 「無理よ。今の私は癒す力くらいしか持ってないもの」

 

 (くそっ、使えね〜…)

 

 「オラ、もう帰れないずら…?コマジロウともう会えないずら…?」

 

 いかん。コマさんが今にも泣き出しそうな顔をしている。え〜と、何か良い方法はないか…そういえば、ワープ能力を持った妖怪がいたような…

 

 「カズマ、うんがい鏡を召喚したらどうニャン?」

 

 「それだ!」

 

 カズマはうんがい鏡を召喚する。うんがい鏡は別のうんがい鏡と繋がっており、一瞬で別の場所に移動することが出来る。

 

 「でもここ異世界でウィスよ。繋がりますかねえ?」

 

 ウィスパーの言うとおり不安はあるが、コマさんは恐る恐るうんがい鏡の中に足を入れる。すると、コマさんの短い足が鏡の中にズズッと入っていく。

 

 「もんげ〜!帰れるずら〜!」

 

 「良かったなコマさん」

 

 「カズマ、ありがとうずら〜!しばらくしたら、またコマジロウを連れてこっちに戻ってくるずら」

 

 無事にコマさんを帰すことが出来て、ホッと一安心する。

 

 「まてよ…向こうの世界と繋がってるということは、俺帰れるんじゃね?」

 

 「あ、確かに」

 

 「ちょっ、ちょっと待ってよ!魔王退治はどうするのよ!あなたが魔王を倒してくれないと困るんですけどー!」

 

 カズマにしがみついて帰らせないように必死のアクア。たとえカズマが帰れたとしても、魔王退治しないと自分は天界に帰れないのだ。

 

 「帰れるかどうか試してみるだけだって。もし帰れてもまた戻ってくるから」

 

 「ほ、本当よね!?女神に噓ついたら許さないわよ!本気で泣くからね!」

 

 アクアの泣き顔などとっくに見飽きたカズマ。いざ、懐かしの日本へ。勢いを付けて、うんがい鏡にダーイブ!

 

 「ぶへっ!?」

 

 だがしかし、うんがい鏡を通り抜けられず、思いっきり顔面を強打した。

 

 「いったああああい!鼻がああああああ!!」

 

 「ありゃー、残念でしたねカズマくん」

 

 「鼻血ブーニャン」

 

 「うわー、痛そー」

 

 何でかは分からないが、どうやら通れるのは妖怪だけみたいだ。やっぱり魔王を倒すまでは、この世界でやっていくしかないらしい。

 一方、日本に帰れることが出来るジバニャンは喜んでいる。これでチョコボーの補充が出来るし、ニャーケービーのライブがあればいつでも戻れるからだ。

 

 「カズマ、オレっちも一度カズマの家に帰って、チョコボーを補充するニャン」

 

 「あ、ではあたくしも。パッドの充電もしたいですし。カズマくん、必要なものがあれば持ってきますよ。替えのパンツとか」

 

 「あ、ああ。頼む」

 

 ジバニャンとウィスパーも、うんがい鏡を通ってカズマの家にワープする。

 二人が戻ってきたところで、ようやく最初の地点から移動を開始した。目指すはギルド、そこで冒険に出る準備を整うのだ。

 

 「冒険者ギルドへようこそ。お食事ならテーブルにおかけ下さい。冒険者登録やクエスト受注なら、あちらの受付へどうぞ」

 

 ギルドのお姉さんに案内され、カズマ達は受付に向かう。食堂も経営してるらしく、それっぽい人達が真っ昼間から酒をかっくらっていた。

  

 「すみません。冒険者になりたいんですけど」

 

 「はい、2名様ですね」

 

 受付のお姉さんはカズマとアクアを見る。普通の人には妖怪は見えないので、ジバニャンとウィスパーはお姉さんには見えていない。

 

 「では登録料として、2千エリスお願いします」

 

 「え?お金いるんですか?」

 

 「ええ、もちろん」

 

 カズマはポケットの中身を確認する。しかし当然何も入っていない。入ってたところで、ここの通貨なんて持っていないが。

 

 「なあ、金持ってる?」

 

 「持ってるわけないでしょ、いきなり連れてこられて」

 

 (ですよねー) 

 

 お金がない→冒険者登録出来ない→俺の異世界生活、終了。

 

 「いやいやいや!!まだ何も始まってねーわ!」

 

 しかしどうする?お金ナイダーが取り憑いてるわけでもないのに、今の俺達は無一文。このままじゃ冒険者登録もおろか、飯を食うことさえままならい。

 

 「大変ニャンね〜」

 

 俺達が無一文で困ってるというのに、この猫は呑気にチョコボーを貪ってやがる。

 

 「おいジバニャン。一本くらいくれ」

 

 「嫌ニャ〜ン。これはオレっちのチョコボーニャ〜ン」

 

 くそっ!このジバ野郎!

 

 「仕方ないわね。この私に任せなさい」 

 

 アクアが自信満々に、一人の老人に近付いていく。アクシズ教の女神だから、お金を恵んで欲しいと言ってるみたいだ。

 

 「いや、女神がお金をたかるってどうなんでウィス?」

 

 アクアの目論見も虚しく、その老人はエリス教だった。しかし、同情するなら金をくれ。老人は俺達にお金を恵んでくれた。

 後輩の信者にお金を貰ってアクアは半泣きになっていたが、結果オーライだ。

 

 「登録料、持ってきました」

 

 「はい、ではこの水晶に手をかざして下さい」

 

 はいはい、来ましたよこのパターン。ここで俺の秘めたる力が明らかになり、この場が騒然とする展開ですね。

  

 「カズマくん、フラグ立ててますよ」

 

 水晶がビカーッ!と輝き、カズマのステータスが冒険者カードに記録される。

 

 「えーと、サトウカズマさんですね。ステータスは…うわー、普通ー」

 

 「…え?」

 

 「大体平均値ですね。知力が少し高いのと、幸運が異常に高い以外は」

 

 俺、能力は平均値って言った覚えはないよ? 商人の方が向いてると言われたが、カズマは仕方なく最弱職の冒険者を選択した。

 その後アクアが異常な高ステータスを示し、ギルド内を騒然とさせた。初心者にも関わらず、プリースト(僧侶)の最上位であるアークプリーストに就いた。

 

 「ま、私女神ですし?これくらいのことは当然よね。あなたもそう思うでしょ?基本職の冒険者さん?」

 

 プークスクスと厭味ったらしく笑うアクア。なんでこいつが女神なんだと、天界の人事を恨んだ。

 

 「これに手をかざせば、ステータスが分かるニャン?」

 

 「あたし達もやってみるでウィス」

 

 ジバニャンとウィスパーも興味深そうに、水晶に手をかざした。

 

 「え?なんで水晶が勝手に?」

 

 誰も触っていないはずなのに、いきなり水晶が光って受付のお姉さんが驚いていた。空白の冒険者カードに、文字が刻まれていく。

 受付のお姉さんは困惑しながらも、冒険者カードを読み上げる。

 

 「…えーと、ジバニャンさん? 攻撃力と素早さの数値が高いですねえ。前衛職の職業なら、ソードマンや戦士がオススメです」

 

 「おー!中々カッコ良さそうな職業じゃないでウィスか!」

 

 「えへへ〜、そうニャン?」

 

 なんてこった、猫にも負けた。俺は最弱職の冒険者、かたやジバニャンはソードマンとか戦士。納得いかねえ。

 

 「さてさて、次はあたくしの番。どんな驚愕のステータスになるのやら」

 

 「えーと、ウィスパーさん?……な、なんですかこのステータスは!?」

 

 「ほ〜ら来た」

 

 お姉さんが今日一番の驚きの声を上げる。嘘だろ、ウィスパーにまで負けたら俺もう心折れるよ?

   

 「すみませんねカズマく〜ん、あたしばっかり目立っちゃって。さあさ、言っちゃってくださウィッス〜!」

 

 ギルド内の皆の視線が、お姉さんに集中する。果たして、どんなステータスなのか。

 

 「ウィスパーさん、ステータス……低っっっ!!」

 

 「…え?」

 

 「攻撃力、素早さ、防御力、知力、幸運。他の全ての数値が最低レベルに針を振り切っています!ここまで低い数値は見たことがありません!」

 

 他の冒険者の人達も、ウィスパーの冒険者カードを覗き込む。その数値の余りの低さに、皆驚きを隠せないでいた。

 

 「いやいやいや!そんな筈ごさーせんて!このあたくしのステータスが最低なんて、そりゃあーた…」

 

 「あ、一つだけ異常に高い数値が」

 

 「ほらほら、言っちゃってくださウィスー!」

 

 「再生力だけ異常に高いですね。これならどんな攻撃を受けても復活することが出来ます」

 

 それはつまり、再生するので倒されることもない。ということ。だが攻撃力も最低なので、勝つことも出来ないが。

 

 「カズマくん!こうなりゃ最弱同士、仲良くやって行こうではありませんか!」

 

 「おう!ステータスが何だ!そんなもんで、俺達の本当の力が分かってたまるか!」

  

 肩を組んで結束を強くするウィスパーとカズマ。だが心の中では…

 

 (あー、良かったー。ウィスパーのおかげで俺がまだマシに見えるもんな)

 

 (まあ最弱職のカズマくんよりは、あたくしの方がマシでウィスね)

 

 お互いに、相手を下に見ていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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ひも爺

 「おらおらどうした坊主ー!そんなんじゃ日が暮れちまうぞ!」

 

 「はあ…はあ…は、はい!」

 

 カズマは今、日銭を稼ぐ為に土木工事のアルバイトをしていた。冒険者になりたてほやほやの初心者。クエストに出られる程のレベルもないので、こうして肉体労働の毎日だ。

 

 「はあ!はあ!き、キッツ!おぅええぇぇ…」

 

 「ちょっとー、大丈夫ですかカズマくん」

 

 「かなりしんどそうニャン」

 

 今まで運動をサボってきたツケが祟ったか、肉体労働はキツイ。

 

 「そ、そうだ。こういう時こそ、友達妖怪の出番…」

 

 このままではアルバイト料が貰えない。カズマはウォッチにメダルを嵌めて、友達妖怪を召喚した。

 

 「ちからモチ!」

 

 カズマはちからモチを召喚し、自分に取り憑かせる。すると、カズマの二の腕の力こぶが肥大化し、体全体がまるでボディビルダーみたいにムキムキになった。

  

 「はっーはっはっー!軽い軽いー!」

 

 「な、なんだ!?急に元気になりやがった!」

 

 思い石を軽々運び、親方を驚かせるカズマ。仕事で汗を流して、風呂でさっぱりして、ギルドの食堂でアクアや仕事仲間達と宴会の日々。

 

 「いや、なんか違くね?」

 

 「どうしたんでウィス?カズマくん」

 

 「俺は魔王を倒したり、冒険するためにここに来たのに、ここ最近は日雇い労働の毎日だぞ」

 

 生活は良くも悪くも安定している。仕事終わりに皆で宴会は楽しいし、ここの暮らしにも馴れてきた。

 だが、そうじゃない。せっかく異世界に来たのに、日本でも出来るようなことをやっていては意味がない。

 

 「確かに、あなたに魔王を倒して貰わなきゃ、私も帰れないのよね」

 

 「そこでだ、そろそろクエストというものをやってみようかと思うんだが」

 

 クエスト、これぞ冒険者の醍醐味。ここの近くのモンスターはあらかた駆逐されてるらしいから、ちょっと遠出する手間はあるが仕方ない。

 さっそくカズマ一行は、ギルドに行ってクエストを受注する。

 

 「でもカズマくん。あーた達レベル1の初心者じゃないでウィスか。受けれるクエストありますう?」

 

 「初心者向けのやつなら何とか行けるだろ。いざとなれば、友達妖怪の出番だしな」

 

 カズマは受付に行って、お姉さんにオススメのクエストを探してもらう。

  

 「初心者向けでしたら、こちらのジャイアントトードの討伐クエストがありますよ」

 

 「ジャイアンと、東堂…だと」

 

 カズマの頭に乱暴なガキ大将と、女の好みを聞いてくる屈強な男が思い浮かんでくる。

 やべえ、全然倒せる気がしねえ。ギッタギタのボッコボコにやられる未来しか見えねえよ。

 

 「あの、何か勘違いされてるみたいですけど、ジャイアントトードは大きい蛙ですよ」

 

 蛙と聞いてカズマは安心した。ちょっとくらい大きい蛙の駆除なら、大した問題はないだろう。カズマは喜んで、3日以内にジャイアントトード5匹討伐のクエストに挑んだ。

 そして、ジャイアントトードが頻出する草原に着き、カズマは目を疑った。

 

 「…デカくね?」

 

 「デカああああい!説明不要でウィス!」

 

 「いや、説明しろ」

 

 ジャイアントトード。人間を軽く丸呑み出来る程の大きさ。農家の家畜がよく被害にあっており、その肉は中々の美味である。

 

 「マジかよ、せいぜい大型のウシガエルくらいだと思っていたのに」

 

 ピョンピョン跳ねる度に、ズシンと重々しい音が鳴り響く。なんであれが初心者向けのクエストなんだ?

 

 「あ、こっち見たニャン」

 

 カズマをロックオンし、獲物を捕食せんと向かってくるジャイアントトード。

 

 「さあ、来ましたよカズマくん!記念すべき、最初の獲物でウィス!」

 

 「中古で買った剣の錆にしてやれニャン!」

 

 「がんばえー」

 

 ジバニャン達の応援を背に、カズマは勇敢にも立ち向かう。と思いきや、一目散に走り出した!

 

 「やっぱ無理!怖ええええ!!」

 

 「カズマの危険が危ないニャン!」

 

 「カズマくん!今行くでウィスー!」

 

 蛙に追われ、全力で逃げるカズマ。ジバニャンとウィスパーも、カズマを助けに向かう。

 

 「ジバニャン!ウィスパー!」

 

 「カズマ!助けに来たニャン!」

 

 「おらあ!ガマ野郎!かかってこいや…」

 

 バクン!

 

 「ウィスパー!」

 

 ウィスパーが蛙の長い舌に巻き取られ、そのまま蛙の口にINしてしまった。

 

 「カズマくん!ジバニャン!あたしのことは構わず、逃げてくださ」

 

 「分かった!」

 

 「お前のことは忘れるまで忘れないニャン!」

 

 「っておおい!ちょっとは躊躇ええええ!!」

 

 ウィスパーが犠牲になったが、蛙はまだ食い足りないとばかりに二人を追う。そんな二人を小高い丘の上から、アクアが笑いながら高みの見物していた。

 

 「プークスクス!必死こいて逃げてるの超ウケるー!」

  

 「あんの駄女神!」

 

 「ムカつくニャン!」

 

 相変わらず女神らしからぬ言動が目立つアクア。しかし、蛙も空気を読んだのか、高笑いしているアクアに標的を変えた。

 

 「あら、へぇー。この私を狙うなんて、いい度胸してるじゃない」

 

 自分の何倍もの大きさの蛙に迫られても、アクアは自信満々だ。腐っても女神、実は頼りになるやつなのかと、カズマとジバニャンはアクアを見守る。

 

 「神の一撃、受けてみよ!喰らいなさい!ゴッドブロー!!!」

 

 説明しよう!ゴッドブローとは、女神の怒りと悲しみの力を拳に乗せ、相手を粉砕するアクアの奥義である!

 

 ポヨンッ

 

 「…え?」

 

 「…え?」

 

 「あれ…?」

 

 蛙のお腹から柔らかい音が聞こえる。ゴッドブローが不発に終わり、場に気不味い空気が流れる。

 

 「…ふー、オーケーオーケー。なるほどね、そういうパターンね。言っとくけど、私の必殺技はまだまだこんなものじゃないわよ。次こそ、私の最大奥義をかましてあげるわ」

 

 「アクア。蛙さん待ってくれてるんだから、早くやれ」

 

 「う、うるさいわね!」

 

 気を取り直し、アクアが拳に力を溜める。アクアの右手が強烈な光を放ち、勢い良く踏み込んだ。

 

 「神の一撃を喰らいなさい!ゴッドハンドクラッシャー!!」

 

 ポヨヨ〜ン

 

 またしても蛙のお腹から柔らかい音が鳴り、先程とまったく同じの再放送に終わった。

 

 「か、蛙さんって…よく見ると可愛いと思」

 

 バクン!

 

 「アクアー!」

 

 往生際の悪いよいしょも虚しく、アクアの足が蛙の口からハミ出ている。

 

 「いやー!ぬるぬるして気持ち悪いし臭いー!早く助けてー!…ん?」

 

 「ああ、アクアさんん…ようこそ、蛙の口の中へええぇぇぇ…」

 

 「ぎゃあああああああ!!白くて気持ち悪いのがいるううううう!!」

 

 先に食われて溶かされているウィスパーと目が合って、アクアは叫びまくっている。

 

 「おお…なんだか中は凄いことになってるようだ」

 

 「カズマ!今がチャンスニャン!」

 

 アクアを食べて身動きが出来ない隙きを狙い、何とか一匹の討伐に成功した。

 

 「うぐうっ…!うっ、ぐすっ!うえぇぇぇえええ…」

 

 「いや〜、助けてくれてありがとうございますう」

 

 体液塗れるでべそをかいているアクア。その横には、体が半分溶かされている謎の物体(ウィスパー)。

 

 「あー…よし、今日はもう帰ろう。一度ギルドに戻って、作戦を立て直そうぜ」

 

 カズマの提案に、アクアもこくんと頷く。体液に塗れたアクアをそのままにするのは流石に気の毒だし、何より臭うから早く風呂に入って欲しかった。

 ギルドに戻り、一匹分の報酬を貰う。命懸けのわりに、普段のアルバイトと変わらない値段だった。

 

 「ねえ、あなたの友達妖怪に、ジャイアントトードを倒せるのっていないの?」

 

 「結構いると思うぞ。ブシニャンとかオロチとかキュウビとか」

 

 「じゃあ何で呼ばなかったのよ」

  

 「メダルを持ってるウィスパーが食われちまったんだよ」

 

 「ギクッ!」

  

 ジト〜と睨むカズマとアクアの視線から目を逸らすウィスパー。メダルの管理は基本的にウィスパーに任せている。そのウィスパーが真っ先に食べられたせいで、友達妖怪を呼ぶことが出来なかった。

 

 「役立たずニャンね」

 

 「うぅ…すまみせん」

  

 「そうだわ、仲間を募集しましょう。そもそも、たった二人でクエストに挑んだのが間違いだったのよ」 

 

 確かに。ジャイアントトードを嘗めてたのもあるが、パーティーメンバーが二人では少な過ぎる。今日みたいに、友達妖怪をいつでも呼び出せるとは限らない。妖怪に頼らず、自分達で戦えるようにならなきゃ。

 

 「パーティーメンバーは、最低でも4人は欲しいよな。攻撃役のアタッカー、防御役のタンク、回復のヒーラーに、後は状況を見て攻撃も防御も出来るレンジャー」

 

 アクアがヒーラーとして、アタッカーやタンクの人が入ってくれると好ましい。アクアに募集作成を任せ、後は待つことになった。

 そして翌日。

 

 「ふぁ〜。あ、おはようございまウィス〜」

 

 「おう、おはよう」

 

 パーティー入りを希望してくれる人を待つため、朝早くからギルドに来るカズマとウィスパー。アクアとジバニャンはまだ馬小屋で寝ている。

 

 「誰か来てくれますかねえ?」

 

 「どうだろうなあ。アクアのやつが無茶な応募したから」

 

 アクアがメンバー募集に、上級職限定なんて付けたもんだから、カズマはあまり期待してなかった。ここは初心者の街であるゆえに、上級職の冒険者自体そこまで多くない。そんな貴重な上級職が、わざわざ初心者がいるパーティーに入ってくれようか。

 

 「それに、俺だけ初心者だったら肩身が狭いだろ。やっぱりアクアに、ハードルを下げるよう頼むしかないか」

 

 「そう簡単に聞き入れてくれます?あの人が」

  

 ウィスパーの言うとおり、絶対駄々をこねられるだろう。アクアの説得は後で考えるとして、朝飯を食べることにした。

 

 「ふあ〜あ〜…おはようニャン〜」

 

 「おはようジバニャン。あれ?アクアは?」

 

 「まだグーグー寝てるニャン」

 

 ジバニャンよりも起きるのが遅いとは。まあいい、どうせお腹が空いたらやってくるだろう。

 

 「あの〜…」

 

 「ん?なに…へ?」

 

 誰かに声をかけられて振り向くと、一人の女の子が地面に突っ伏していた。魔法使いみたいな帽子やマントを羽織り、左目に眼帯をつけている。

 

 「だ、大丈夫…?」

 

 「募集の張り紙を見ました…私をメンバーに…その前に、食べ物を恵んでくれませんか?お腹が空いて死にそうなんです…」

 

 グギュルルル〜と、この子のお腹からヤバい音が聞こえる。

 

 「それは構わないけど、いつから食べてないんだ?」

 

 「今日は、まだ何も…」

 

 「ん?今日は?」

 

 「昨日はしっかり食べたんですが、今朝起きると急に空腹感が…」

 

 カズマは不思議に思った。まだ朝飯を食べてないだけで、ここまで飢餓状態になるものかと。

 

 「ウィスパー、これって妖怪の仕業じゃないか?」

 

 「またまた〜、朝起きたらお腹空いてるなんて当然のことですよ。そんなことまで妖怪のせいにされちゃ、たまったもんじゃ焼き…」

 

 「いたぞ!」

 

 「ウィス!?」

 

 カズマが妖怪ウォッチをかざすと、女の子の近くに妖怪がいた。どう見てもこの子に取り憑いてる。

 

 「お前はひもじ」

 

 「はいストーーップ!!妖怪の解説シーンはあたしの見せ場でウィス!」

 

 ウィスパーが妖怪パッドで必死に妖怪の名前を探す。

 

 「え〜と、あれは…頭とんがりじいさん!じゃなくて、歯抜けじじい!でもなくて…」

 

 「ただの悪口ニャン」

 

 「ありました!あれは妖怪ひも爺!取り憑いた相手を空腹にしちゃう妖怪でウィス!」

 

 「うん、知ってる」

 

 とりあえず、カズマはひも爺をこの子から離れるように説得する。ひも爺も気が済んだのか、あっさり引き下がってくれた。

 

 「う〜ん…あれ?さっきまで凄くお腹空いていたのに」

 

 ひも爺が離れて、この子も元の調子に戻ったようだ。

 

 「でも変だな。ひも爺を召喚した覚えはないのに、なんでこの世界にいるんだ?」

 

 「そりゃ、うんがい鏡を通ってこちらにやって来たんでしょう。ここは異世界、妖怪達も興味津々の筈でウィスから」

 

 ウィスパーの言うとおり、今やひも爺だけでなく他の妖怪達もこっちの世界に遊びに来ている。ウォッチをかざせば、そこら中に妖怪達が潜んでいることだろう。

 

 「あの…」

 

 「おっと、募集を見てくれたんだったよな。俺はカズマ、君は?」

 

 名前を尋ねると、その少女は待ってましたとばかりに口上を述べた。

 

 「ふっふっふ…この邂逅は世界が望みし運命(さだめ)。私は、あなたのような人の出現を待ち望んでいました」

 

 「は、はあ…」

 

 ちょっと何言ってるか分かんなかったが、とりあえず最後まで聞いてあげる。

 

 「我が名はめぐみん!アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法…爆裂魔法を操る者!!」

 

 マントを翻し、高らかに名前を宣言するめぐみんという少女。

 

 (…決まった!)

 

 呆然としているカズマを見て、名乗りが上手く行ったと喜んでいる。

 魔法使いの最上位、アークウィザードが来てくれた。人材的にも申し分ないのだが、かなりの変わり者が来てしまったと、カズマは頭が痛くなった。

 

 

 

 

 

 

 




めぐみんを書くの楽しい


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ブシニャン

妖怪ウォッチといえばパロディネタ。あまり違和感のないよう、上手くやって行きたいでウィス。


 「おはようー、ん?その子誰?」

 

 「よくぞ聞いてくれました!我が名はめぐ」

 

 「以下略だ」

 

 「ちょっとお!」

 

 そのくだりは前回やったので省略するカズマ。ようやく起きてきたアクアも加えて、めぐみんを採用するかどうか考える。

 

 「アークウィザードでしょ?いいじゃない、入れてあげれば。強いし、きっと役に立つわよ」

 

 「んん、まあ…そうなんだけど」

 

 「ふ。我の強大な力を、汝も欲するか?」

 

 何時? めぐみんの言動に、アクアもちょっと不審に思えてきた。

 

 「我と共に行きたいのなら、深淵を覗く覚悟をせよ。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」

 

 「どういう意味ニャン?」

 

 「あー、これはつまりあれですよ。女風呂を覗く時は、こっちも覗かれる覚悟をしなさいって意味でウィス」

 

 「いや、多分違うと思うぞ」

 

 あー、この感じアレだ。全国の中学2年生に続出するアレだ。ダークフレイムマスターとか、黒いノートに呪文を書いちゃったりして、数年後に死ぬほど恥ずかしい思いをしたりするんだ。

 

 「冷やかしならお帰り下さい」

 

 「違うわい!私は誇り高き紅魔族です!必殺の爆裂魔法は、どんな山や岩でも砕くんですよ!」

 

 紅魔族。生まれつき知能や魔力が高く、紅い瞳が特徴である。魔法のエキスパートが多い、変な名前も多い。

 

 「カズマくん、どうするんでウィス?この子をパーティーに入れるんですか?」

 

 「んー…変わり者だけど、アークウィザードには違いないしなあ」

 

 「変わり者ならもうアクアがいるニャン!」

 

 「あはは、確かに」

 

 「どういう意味よ!」

 

 ジバニャンやウィスパーと話しているカズマとアクアを見て、めぐみんは不思議そうに首をかしげる。

 

 「あの、さっきから気になってたんですが、誰と喋ってるんですか?」

 

 当然ながら、めぐみんにはウィスパーとジバニャンが見えていない。めぐみんの目には、二人が誰もいない空間に向かって話しているように見えて不気味だった。

 

 「ああ、そっか。普通の人には妖怪は見えないんだっけ」

 

 「妖怪?」

 

 カズマはウォッチの所有者だから見えて当たり前。アクアも一応女神様なので、妖怪を見ることが出来る。

 さて、どうしようか。めぐみんに妖怪の存在を教えれば、いちいち誤魔化したりの必要がないので、今後のやり取りが楽になるだろう。

 めぐみんは今、俺達が何かヤバい薬でもやっているんじゃないかという疑念の目を向けている。

 

 「ウィスパー、教えてもいい?」

 

 「別にいいんじゃないですか?見える人には見えることもありますし」

  

 「オレっちも別にいいニャン」

 

 二人が構わないと言うので、めぐみんに妖怪の存在を教えることに決めるカズマ。よく考えたら、この世界にもでっかい蛙とかエルフとか存在する。妖怪の存在を教えたところで、大して違いはないのかなと思った。

 

 「ちょっと、このウォッチに触れてみてくれ」

 

 「これですか?一体何があるんです?」

 

 「まあ、いいから」

 

 よく分からなかったが、とりあえずカズマのウォッチをちょんっと触る。

 

 「…?何も起きな」

 

 「ウィッス!どうも〜」

 

 「こんにちはニャン!」

 

 「!!」

 

 妖怪ウォッチに一度でも触れた者は、妖怪の姿を見ることが出来る。急に目の前に現れたウィスパーとジバニャン。初めて妖怪を目にし、めぐみんは目を見開いた。

 

 「驚いた?これが妖怪。変なやつらだけど、取って食ったりはしないから」

 

 「カズマくん!変なやつらとはなんでウィス!」

 

 「そうニャン!オレっちは変じゃないニャン!変なのはウィスパーニャン!」

 

 「んだとジバ野郎!」

 

 赤い猫っぽいのと、ふわふわ浮いてる謎の白い物体が喧嘩している。何とも奇妙な光景を前に、めぐみんはあ然としていた。

 

 「こら、喧嘩はやめろ二人とも。まあこんなやつらだけど、仲良くしてやって…ん?」

 

 何やらめぐみんが小刻みに震えている。どうしたんだろう?いきなり妖怪を見てビックリしたのかな?

 

 「心配しなくても、害はないから安心して…」 

 

 「…か、かわいい」

 

 めぐみんの目がキラキラしている。妖怪というモンスターとは違った未知の存在。しかし、その愛くるしいフォルム。めぐみんの好みにピッタリだった。

 それに少しでも触れてみたくて、めぐみんは歩み寄る。

 

 「あの…」

 

 「あ〜ら、気付いちゃいました〜?このあたくしの可愛さに気付いちゃいました〜?モテる敏腕妖怪執事は辛いでウィスね〜。初めましてお嬢さん、あたしはカズマくん専属の妖怪執事、ウィスパーでウィ」

  

 「邪魔です、どいてください」

 

 「ああん!お約束ううう!!」

 

 薔薇を咥えて八頭身にスーツを着込んだウィスパーだったが、案の定どかされた。めぐみんはジバニャンと目線を合わせるように、少ししゃがんで中腰になる。

 

 「私はめぐみん、あなたのお名前は?」

 

 「オレっち、地縛霊猫妖怪のジバニャンニャン!」

 

 「ジバニャンですか、かわいい名前ですねえ。これからよろしくお願いします」

  

 「ニャン!」

 

 嬉しそうにジバニャンと握手するめぐみん。早くも打ち解けたようで、カズマも安心した。

 

 「けっ!つまんねー、ああつまんねー」

 

 「まあまあ」

 

 ジバニャンばっかりで自分は相手にされず、鼻をほじって不貞腐れるウィスパー。それはともかく、カズマはめぐみんをパーティーに入れることに決める。上級職のアークウィザードがいれば、もう蛙なんて怖くない。

 そして再び、ジャイアントトードの討伐に向かった。

 

 「それにしても、めぐみんなんて変わった名前でウィスねえ」

 

 「あなたに変わってるなんて言われたくありません。私からすれば、あなた達の方が変わった名前だと思います」

 

 例の蛙が出る草原まで、ゆったり歩きながら進む。めぐみんはジバニャンを相当に気に入ったみたいで、前に抱きかかえながら歩いていた。

 

 「ちなみにご両親のお名前は?」

  

 「母はゆいゆい!父はひょいざぶろーです!」

  

 「皆ー、もうすぐで草原に着くぞー。準備しろよー」

 

 「お、おい!何か言いたいことがあるなら聞こうじゃないか!」

 

 紅魔族は良い魔法使いが多いらしい。だからこの子もちょっと残念なだけで、根は良い子なのだろう。めぐみんをスルーしつつ、カズマ達は草原に到着した。

 

 「あれですか、ジャイアントトード」

 

 眼下に広がる草原、そこを我が物顔で飛び跳ねている二匹の蛙。それぞれ戦闘準備に入り、この場が緊張感に包まれる。

 

 「やっこさん、こちらに気付いたようでウィス」

 

 「よし、後は作戦通りだ!」

 

 めぐみんをその場に残し、残りのメンバーは近い方の蛙の足止めにかかる。爆裂魔法は威力が強大ゆえに、それを発動するまでに時間がかかる。

 遠い方をまずめぐみんにやって貰って、その後こっちを任せるという作戦だ。

 

 「積年の恨み!今日こそ晴らしてやるー!」

 

 「あ、待てアクア!」

 

 「一人で出過ぎニャン!」

 

 「戻って来いでウィスー!」

 

 カズマ達の制止も聞かず、ドドドッ!と蛙目掛けて一直線のアクア。

 

 「震えて眠れ!ゴッドレクイエム!」

  

 杖にありったけの力を込め、蛙の腹に真っ直ぐ突き刺す。

 

 「ゴッドレクイエムとは!女神の愛と悲しみと、ええと…愛しさと切なさと…心強さと、あと…悲しみと」

 

 「めっちゃ考えてる!」

 

 「攻撃直前に喋り過ぎニャン!」

 

 「悲しみ2回言いましたね」

 

 「とにかく!相手は死ぬ!」

 

 蛙に渾身の一撃をお見舞いするアクア。その後の展開は、お決まりのように食べられたのでした。

 

 「さすが女神、身を挺しての足止めとは。恐れ入ったぜ」

  

 「カズマくん!そんなことよりあれ見てください!」

 

 ウィスパーの指差す方を見ると、めぐみんから大量の魔力が溢れ出ているのが分かる。黒い渦を巻いたその魔法は、蛙もろとも辺りの地形を変えるほどの威力だった。

 

 「凄え、これが魔法の威力か…」

 

 「カズマ!あっちにも蛙がいるニャン!」

 

 「なにっ!?」

 

 めぐみんの近くに、地面からもう一匹蛙が現れる。恐らくさっきの爆音で目覚めたのだろう。

 

 「めぐみん!一旦離れ…」

 

 近くに蛙が出たというのに、めぐみんは逃げるどころかうつ伏せに倒れている。様子がおかしいと思い、カズマ達はめぐみんに駆け寄る。

 

 「ど、どうした?大丈夫か?」

 

 「我が爆裂魔法は、威力も強い分…使った後の反動も大きいんです。具体的には、一日一発が限界です。というわけで、しばらくは動けません…」

  

 「はあああああ!?」

 

 「ちょっ、動けないってあーた!新しい蛙がこっちに近付いて来るんでウィスよ!」

 

 「新しいのが出るなんて聞いてません。さあ早く、私をおぶって逃げてください。食われますよ」

 

 蛙の長い舌が、めぐみんに巻き付く。

 

 「私がね」

 

 「言ってる場合かああああ!」

 

 2匹討伐出来たとはいえ、アクアとめぐみんの足が蛙の口から出ている。まずは二人を助けなきゃ、そう思った時、また別の蛙が地面から顔を出した。

 

 「うおっ!?また出た!」

 

 「やばウィですよカズマくん!」

 

 「大ピンチニャン!?」

  

 ジャイアントトード3匹に囲まれるカズマ達。このままでは全滅してしまう。カズマは、友達妖怪の力を借りることを決めた。

 

 「ウィスパー!メダル!」

 

 「ウィスー!」

 

 ウィスパーからメダルを受け取り、ウォッチにセットする。カズマが呼び出した友達、それは…

 

 「ブシニャンでござる!」

 

 甲冑を着込んだ猫妖怪、ブシニャン。イサマシ族のレジェンド妖怪。ジバニャンのご先祖様だ。

 

 「ブシニャン!ジャイアントトードを倒してくれ!」

 

 「承知した!」

  

 ブシニャンは高く飛び、刀に手をかける。蛙達の長い舌が、一斉にブシニャンを襲う。

 

 「でっかい蛙真っ二つ斬り!!」

 

 長い舌が届くより速く、ブシニャンの必殺技が決まった。そのままの技名だが、その威力は抜群の切れ味を誇る。

 

 「よっしゃあ!ジャイアントトード5匹討伐成功!」

 

 ブシニャンがまとめて3匹斬ったおかげで、何とかクエストクリアすることが出来た。アクアとめぐみんも粘液塗れではあるが、一応無事みたいで良かった。

 

 「ありがとうブシニャン、助かったよ」

 

 「礼には及ばんでござる。ほほう、ここが噂の異世界でござるな」

 

 妖怪達の間で異世界は話題になってるようだ。ブシニャンは初めてこっちに来たみたいで、辺りをキョロキョロ見回している。

 

 「また困ったことがあれば呼ぶでござる。(それがし)、いつでもカズマの味方でござる」

 

 ブシニャンはそう言って、どこかに歩いて行った。

 

 「いや〜、十二時は…あ、間違えた。一時はどうなるかと思いましたよねカズマくん」

 

 「ああ、ブシニャンのおかげで助かったぜ。あとは…」

 

 カズマ達の目の前に転がっている、二人の粘液塗れの女の子二人。こいつらを連れて帰らなきゃと思うと、カズマは溜息をついた。

 

 「この困ったさん達を連れて、さっさと帰りましょう」

 

 「…そうだな」

 

 動けるアクアには自分で歩いて貰って、めぐみんは仕方ないからカズマがおぶってあげることにした。粘液の感触が背中に伝わり、凄く気持ち悪い。

 

 「蛙の中って、結構温かいんですね」

 

 「いらん情報言うな」

 

 「うっ、うぐっうううぅぅ!…うえっ、ええぇぇ。ぐすっ、おえっ」

 

 粘液の臭さと、号泣し過ぎてえずいてるアクア。

 

 「ちょっとー、アクアさん。頼みますから戻さないでくださウィスよ。ただでさえ粘液で臭うのに」

 

 「なによ!ちょっとは心配しなさいよ!このエセ妖怪執事!」

 

 「誰がエセ妖怪執事ですか!あたしは立派な妖怪…うわっ!ちょっと!あたしで粘液拭くのやめてくださウィス!」

 

 ウィスパーとアクアが小競り合いを始めているが、周りの人達はアクアが一人で暴れているようにしか見えない。

 同類だと思われたくないので、カズマは知らん振りをした。

 

 「爆裂魔法はよっぽどの時以外禁止な。これからは別の魔法で戦ってくれ」

 

 「あ、無理です。爆裂魔法以外使えないんで」

 

 その一言に、カズマはピタッと足を止める。

 

 「え、マジ…?」

 

 「マジです」

 

 とんでもない事実が発覚した。爆裂魔法は確かに威力は強力だが、発動まで時間がかかるだの、その威力ゆえにダンジョンクエストの時は使えないなど、言ってしまえば応用が悪い魔法だ。

 そんでもって、それしか使えないだと?

 

 「確かに、他の魔法も覚えれば有利に戦えるでしょう。しかし、私は爆裂魔法を愛しているのです!爆裂魔法以外の魔法など、有りえません!」

 

 俺の背中でなんか力説してる。しかもアクアがめぐみんに同調し始めやがった。まずい、この流れは非常にまずい。

 

 「そうかー。とりあえず、今日のところはお疲れさん。報酬は後で渡すから、その後はご勝手にっ…!」

 

 見放されることを察して、めぐみんがカズマの首を後ろから絞めにかかる。

 

 「あなたの魂胆は分かってますよ。どうせこの後、私を追い出すつもりでしょう?そうはいきません。私も色んなパーティーを追い出されて後がないんです。せっかく見つけた居場所、簡単に手放しませんよ」

 

 ぐっ!やはりそうだったか。冗談じゃない。こちとら既に問題児を一人抱えているのに、これ以上は面倒見きれん。

 

 「カズマー、パーティーに入れてやったらどうニャン?」

 

 「おお、優しいですねジバニャンは。ほらほら、あなたのかわいいお友達がこう言ってますよ。ここはもう、素直に諦めて、私と長期契約をですねえ…!」

 

 「じ、ジバニャン…!余計なことを言うんじゃない。お前には俺の苦労が分からないから、そんなことが言えるんだ…!」

 

 カズマも抵抗して、めぐみんの手から逃れようと必死だ。しかし、魔法使いで女の子の割に中々力が強い。

 

 「ねー、あの男なにー?」

 

 「ぬるぬるの女の子二人を侍らせているわよ」

 

 「引くわー」

 

 「!!?」

 

 いつの間にか周りの女の子達に、白い目で見られている。めぐみんはこれを利用しようと、悪い笑みを浮かべた。

 

 「どんなプレイも構いませんからー!蛙を使ったプレイも大丈夫ですからー!私を捨てないでくださーい!」

 

 「ばっ!や、やめろ!そんなこと言ったら…」

 

 めぐみんが大声でとんでもないことを叫び、周りの女の子達はドン引きしている。

 

 「やだー。あの男、あんな小さな子を捨てようとしてるわよ」

 

 「最っ低のクズ野郎ね」

 

 「本当、ありえないざますニャン」

 

 「超〜最悪〜。あんな男がご主人たまだったなんて、マジム〜リ〜なんですけど〜」

 

 「あいつら〜!」

 

 ジバニャンとウィスパーも女装して、周りの女の子達と一緒にカズマを攻める。もう逃げ場がなくなったカズマは、仕方なくめぐみんをパーティーに正式加入させるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




良い歌ですよねえ


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4人目

 女性陣が風呂で粘液を洗い落としてる間、カズマはギルドの受付でクエストの報酬を受け取る。

 

 「おお、いっぱい貰えましたねえ!」

 

 「お金持ちニャン!」

 

 ウィスパーとジバニャンは呑気に喜んでいるが、皆で山分けすれば手に残る分は当然少なくなる。命懸けで働いたのだから、もっと貰えないと割に合わない。

 

 「なあウィスパー、手っ取り早く金になりそうなクエストなんかないか?出来るだけ簡単なやつで」

 

 「そう言われましてもねえ、ペーペーの初心者が出来そうなやつなんて中々ないでウィスよ」

  

 ジャイアントトードを倒していくらかレベルが上がったものの、まだまだ駆け出しの冒険者。高難度のクエストをクリア出来るレベルには程遠い。

  

 「だよな〜。やっぱり地道にやっていくしかないか」

 

 「まあ、新しい助っ人が入ってくるまで待ちましょう」

 

 「カズマ、次はどんな人が入って欲しいニャン?」

 

 めぐみんが入ったから、とりあえずアタッカーは確保出来た。後は敵の攻撃を受け止めてくれるタンクがいれば、俺達が無茶して敵の囮になる必要もなくなる。

 しかし、タンクは敵の攻撃をその身で受ける役割。つまり敵にひたすらボコられるポジションだ。数ある職業の中から、そんな罰ゲームみたいな役を選ぶ物好きなんて、そう簡単に現れるはずが…

 

 「仲間募集の張り紙を見たんだが、まだ受け付けているだろうか?」 

 

 マジ?このタイミングで声をかけるということは、つまりはそういうことだよね?

 突如後ろから声をかけられ、その声色で綺麗な女性だと察した。心臓がドキドキと高鳴り、鼓動が早くなっていく。

 

 (お、落ち着け俺。ここで変にきょどったら、童貞だと思われるぞ)

 

 「いや、実際その通りじゃないでウィスか」

 

 「は、ハイ!まだ募集してますよ…」

 

 「声裏返ってるニャン」

 

 緊張感と期待を胸に、カズマはゆっくり振り向く。するとそこには、綺麗な金髪を束ねた若い女性が…

 

 「…しょ、しょうか。しょれはよかった」

 

 「あれええええ?!」

 

 てっきり若い女性かと思ったが、振り返るとそこにいたのは、金髪で鎧を着たお年寄りの女性だった。

 

 「いやいやおかしいおかしい!さっきの声と全然違うし!」

 

 あの声は紛れもなく若い女性のものだった。それがまるで、たった今急に年をとったみたいに。

 

 「ウィスパー、これ絶対妖怪の仕業だろ」

 

 「いやいや、人間とは日に日に年老いていく生き物。ある日急に60才くらい老けるなんてよくある…」

 

 「あってたまるか!きっと妖怪が…ほらいた!」

 

 「ウィシュー!?」

 

 妖怪ウォッチで光を当て、隠れている妖怪の姿を発見する。金髪の女性の横でボロボロの杖を持ち、薄汚いローブを着た老婆の妖怪がいた。

 

 「お前はしわ」

 

 「はーいちょっと通りまーす。こっからはあたしのターンでウィス!!もちろん知ってますよ〜、お婆ちゃん系妖怪なので…バーババ!じゃない、ババロア大好き!違う。お前のようなババアがいるか、でもなく…」

 

 「早くしろよウィスパー」

 

 「お前待ちニャン」

 

 毎回毎回知ってると言いながら、妖怪パッドでカンニングするウィスパー。カズマとジバニャンも呆れながら待っている。

 

 「ぜぇ…ぜぇ…あ、ありました!あれは妖怪しわくちゃん!あらゆるものを皺くちゃにし、時には人の若さまでも吸い取っちゃう妖怪でウィス!」

 

 しわくちゃんに取り憑かれ、この金髪の女性は若さを吸い取られてしまったのだろう。着ている鎧が重いせいか、辛そうに腰を曲げている。

 

 「しわくちゃん、その人から離れてくれるか?せっかく仲間になりに来てくれたのに、これじゃあ一緒に戦えないだろ」

 

 「綺麗なお姉さんがお婆ちゃんにされて、残念なんですよねカズマくん」

 

 「下心見え見えニャン」

 

 「う、うるせえ」

 

 確かに二人の言う通り美人さんを期待していたが、いきなりお年寄りにされたら普通に迷惑だ。ここは妖怪ウォッチを持っている自分が、何とかしてあげるしかない。

 

 「悪いけど、そうはいかないねえ。もっともっと若さを集めて、若返らなきゃいけないからねえ」

 

 しわくちゃんは人から若さを吸い取って、昔の頃の若くて綺麗な姿を取り戻すことが目的。その為には、もっと多くの若さを集める必要がある。

 しわくちゃんはその場から逃げ出し、カズマ達は後を追う。しわくちゃんは逃げながらも、ギルド内の人々から若さを吸い取っていく。

 

 「あれ〜?何だか文字が読みにくく…」

 

 「あいたた…腰が」

 

 受け付けのお姉さん達も、しわくちゃんに若さを吸い取られてお婆ちゃんにされる。

 

 「ああああああ!!受付のお姉さん方がああああ!」

 

 若くて綺麗なお姉さんがしわしわのお婆ちゃんになって、カズマが絶叫する。

 

 「ちっくしょう!好き放題やりがって!」

 

 「カズマくん!モヒカンのおっちゃんも、しわっしわのお爺ちゃんに!」

 

 「そうか」

 

 「男には塩対応ニャンね…」

 

 もうこれ以上しわくちゃんの好きにはさせない。しわくちゃんがある場所に逃げ込み、カズマ達も突入する。

 

 「しわくちゃん!そこまで…」

  

 「きゃああああああ!」

 

 「な、なんで入って来るんですか!?」

 

 しわくちゃんが逃げ込んだのは、何と女湯。カズマは気付かずに女湯に飛び込み、アクアやめぐみんと鉢合わせしてしまった。

 

 「こ、この変態!いくら私が美しいからって、女湯に堂々と入るなんて何考えてんのよ!」

 

 「は、早く出てってください!」

 

 二人は急いでタオルを体に巻いて、裸を見られないように隠す。そして入ってきた変質者(カズマ)を追い出すため、桶や石鹸を投げつける。

 

 「ま、待て!ぶへっ!勝手に入ったことは謝…痛っ!でもここに妖怪が…ひでぶっ!」

 

 「アクアさん!めぐみんさん!二人とも餅ついて…あいや落ち着いてゲヴォッ!」

 

 話しを中々聞いてもらえず、ボコボコにされるカズマとウィスパー。ジバニャンが間に入って状況説明して、何とか分かって貰うことが出来た。

 

 「どんな妖怪なの?」

 

 「人から若さを吸い取って、お年寄りにする妖怪だ。アクア、もしやられたら、その胸が萎んでお婆ちゃんになるぞ」

 

 「ええ?!」

 

 「めぐみんも……悪い、何でもない」

 

 「カズマ、後で話しがあります」

 

 暗に子供体型を指摘され、めぐみんのこめかみにピキッと線が走る。

 警戒しながら辺りを見回してみるが、しわくちゃんの姿がない。恐らくどこかに隠れて、隙きを見て襲うつもりだろう。

 

 「とにかく、アクアとめぐみんは出た方がいい。ここは俺達に任せ…」

 

 その時、しわくちゃんがお湯の中から勢い良く飛び出した!

 

 「シュビドゥバ、シュワシュワ!!」

 

 「ぐわああああああ!!」

 

 「カズマ!?」

 

 「大丈夫ですか!?」

 

 しわくちゃんの杖から発する、しわくちゃビームをくらってしまったカズマ。アクアとめぐみんも、自分達の身代わりになったカズマを心配して駆け寄った。

 

 「…あー、何だって〜?」

 

 「カズマーーー!!」

 

 「か、カズマが…カズマお爺ちゃんになってしまいました!」

 

 若さを吸い取られ、一瞬にして80代くらいまで老けたカズマ。顔がしわしわになり、杖を付いて腰を曲げている。

 

 「くっ!しわくちゃん、なんて恐ろしい妖怪なのかしら…!」 

 

 「ひ〜っひっひっ。お前達からも、若さを吸い取ってやるぞい〜」

 

 しわくちゃんがビームをアクアに向けて放つ。しかしアクアは、近くにいたウィスパーを咄嗟に捕まえた。

 

 「ゴッドガーディアン!」

 

 「ぎょえええええええ!?」

 

 アクアに身代わりにされ、ウィスパーも皺だらけのお年寄りになる。

 

 「…あ、アクアさん。あたしを盾にしないでくれます〜?」

 

 「何言ってるの、女神を守れたことを光栄に思いなさい」

 

 基本的に自分第一で行動するアクア。たとえ誰かを犠牲にしてでも美を保とうとするその性根に、カズマお爺ちゃんは呆れていた。

 

 「ちっ、それなら次はこっちの小娘じゃ」

 

 「めぐみんはオレっちが守るニャン!」

 

 「ジバニャン…!」

 

 めぐみんを守るため、ジバニャンが堂々と前に出てくる。小さな背中ではあるが、めぐみんはとても頼もしく思えた。

 

 「かかって来なさい、若いの」

  

 「臨むところニャン、古いの」

 

 ジバニャンが顔の濃いハードボイルド風に決める。この風呂場が静けさに包まれ、二人の視線が熱い火花を散らす。

 そして、二人の気が重なった瞬間、ジバニャンが先に飛び出した。

 

 「百烈肉球ー!」

 

 百烈肉球はジバニャンの必殺技。拳を高速で突き出し、相手をノックアウトさせるのだ。

 

 「シュビドゥバ、シュワシュワ!」

 

 ジバニャンの百烈肉球に、しわくちゃんも杖からビームを出して対抗する。二人の攻撃が重なり合う直前、それは起こった。

  

 「ニャニャアッ!?」

 

 まず一つ。足元の石鹸に気付かず、ジバニャンは足をつるっと滑らせる。

 

 「なんと!?」

 

 二つ。それによって偶然にも、しわくちゃんの攻撃を掻い潜る。

 

 「うわっ!?」

  

 「え?ちょ、ちょっと…いやああああああああ!!」

 

 三つ。流れビームをめぐみんはギリギリで避け、運悪くその線上にいたアクアに被弾!

 

 「ニャアアアアン!!」

 

 「ぐわああっ!」

 

 そして四つ。石鹸の滑りの勢いを利用した滑走で、ジバニャンはしわくちゃんに体当たりをかます。その衝撃で杖を手放してしまい、それをキャッチしためぐみんがへし折った。

 

 「う…お、おお!元に戻った!」

 

 「カズマくん、復っ活!そしてあたくしも復っ活!」

 

 「うわああああああん!良かったよおおおお!さっきまでしわしわのお婆ちゃんに…胸が、胸がああああああ!!」

 

 杖を破壊したことで、奪われていた若さが本人達に戻ってきた。特にアクアは戻れたことが嬉しいようで、心の底から号泣している。

 

 「ああ、せっかく集めたのに…」

 

 「さあて、この私をあんな目に合わせた罪をどうやって償わせようかしら〜?」

 

 「ひ〜!命だけはお助けを〜」

 

 「まあ、待てアクア」

 

 指の関節をバキバキ鳴らして、しわくちゃんを浄化しようとするアクア。しかしカズマは、しわくちゃんをどうこうするつもりはなかった。

 一時的に老人になったことで、年を取ることの大変さが分かった。体の節々が痛くなり、声も聞き取りづらい。しわくちゃんは若さを追い求めていただけで、今回はそれがちょっと暴走しただけだと。結果的に誰も大事にならなかったので、今回は大目に見てやろうと言ったのだ。

 

 「ちょ、ちょっと待ってよ!それじゃあ私の気が済まないのよ!」

 

 「お前の気なんか知るか。あんまり駄々をこねると、そのタオルをひん剥いて、風呂場から外に追い出すぞ」

 

 その言葉を、風呂場の出入り口付近で誰かがこっそり聞いている。その情け容赦ないセリフに体をゾクゾク震わせ、頬を赤く染めて息遣いを荒くしていた。

 

 「カズマくん。そもそもここは女湯なので、むしろ出ていくのはあたし達の方では?」

 

 「そうよ、早く出てってよ変態引きニート」

 

 アクアには後でビームをくらったことをイジってやるとして、他の人が来る前にカズマ達は女湯から退散する。

 風呂場を出たところで、しわくちゃんに花子さんを紹介した。花子さんは妖怪界では有名なプロデューサー。これまで、何人もの妖怪達をプロデュースしてきた実績を持つ。

 花子さんが開発した美容クリームのおかげで、しわくちゃんの見た目が若返り、老いらんという花魁風の綺麗な妖怪になった。

 

 「おー、凄く綺麗になったじゃん」

 

 「見違えたニャン」

 

 「もはや別人でウィスね」

 

 しわくちゃん、もとい老いらんはカズマ達に感謝し、嬉しそうにこの場を後にしたのであった。

 

 「いや〜、大変な騒ぎでしたね」

  

 「まあ、皆元に戻ったみたいで良かったよ」

 

 受付のお姉さん達や、モヒカンのおっちゃんも元の姿に戻ってる。何が起きたかよく分かっていないみたいだが、これでしわくちゃん騒動は幕を閉じたというわけだ。

 

 「あー、色々あって疲れたな。今日はもう寝るか」

 

 「その前に、少しよろしいか?」

 

 「はい?あ…」

 

 カズマに声をかけたのは、メンバー募集に来た金髪の女性だった。今は元の若い姿に戻っており、思ってた通りの美人さんだった。

 

 「あの時はすまない。何故か急に体の調子が悪くなってな」

 

 (おおいウィスパー!やっぱり綺麗な人だったぞ!)

 

 (良かったですねカズマくん)

 

 思わずテンションが上がるカズマ。あの二人と違ってまともそうだし、こんな綺麗な人なら大歓迎だ。アクア達と話し合うまでもなく、即決でメンバーに入って貰おう。

 

 「私はダクネス、クルセイダーだ。是非前線に放り出して、ひたすらこき使ってくれ」

 

 「はい!……え?今なんと?」

 

 おっかし〜な〜?聞き間違いかな〜? 後半部分に変なセリフが出た気がするが、老人になったせいでまだ耳が遠いようだ。

 

 「ああ、すまない。間違えた」

 

 「で、ですよね〜!びっくりしましたよ〜!」

 

 「謎の液体でぬるぬるになるまで酷使してくれ」

 

 「もっとびっくりしたわ!」

 

 我慢出来ずについ大声でツッコんでしまった。何なんだこの人は、顔も赤いし、ハァハァ息遣いも荒いし。

 

 「ハァ…ハァ…あ、あの女性二人は、あなたのお仲間だろう?あんな年端もいかない少女が、ぬるぬるになってまで戦うなんて…羨ましい!あ、間違えた。嘆かわしい!」

 

 何をどう間違えたらそうなるんだ。あ、この人駄目だ。俺の危機管理センターが警報を鳴らしまくってる。

 

 「あちゃー、ま〜たとんでもないのが来ちゃったでウィスね」

 

 冗談じゃない、問題児はアクアとめぐみんだけで沢山だ。適当に理由付けて、さっさとお帰りいただこう。

 

 「いや〜、うちみたいなパーティーに、あなたはもったいないですよ」

 

 「私は構わん」

 

 「俺は最弱の冒険者だし、他の二人もポンコツで…」

 

 「臨むところだ」

 

 くっ!折れねえ!何でそうまでして、うちのパーティーに執着するんだ!

 

 「…言いにくいのだが、私は体力や耐久性には自信はあるが、攻撃の方はからっきしでな。他のパーティーでも長居は出来なかったんだ。だが安心して良い、盾や囮なら誰にも負けない自信はある。だから、遠慮なく私をしごき回してくれ!ハァ…ハァ…!」    

 

 どうしよう、美女に迫られてるけど嬉しくない。目が血走っている、怖いよお。

 

 「こいつ怖いニャン!」

 

 「どうするんですカズマくん?」

 

 とりあえず俺は、疲れていることを理由にその場を後にした。妖怪が取り憑いてるかもと思ったが、ウォッチをかざしても反応なし。

 どうして俺の周りは、あんな変な女ばかり集まるのだろう。と、カズマは布団に包まって頭を抱えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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パンツスティーラーカズマ誕生

 「おはようございますカズマくん。もうお昼ですよ」

 

 「…んん、もうそんな時間?」

 

 今日も馬小屋で目覚め、一日がスタートする。昨日のしわくちゃん騒動と、トドメに変な女騎士のせいでよく眠れなかった。

 これから朝ご飯兼昼ご飯を食べに、ウィスパーとギルドに向かう。ジバニャンは先に起きて、めぐみんと一緒にギルドにいるらしい。

 

 「あ、カズマやっと起きたの?ほらほら、私の華麗なるスキルどう?これぞ水の女神って感じでしょ?」

 

 「…あー、良いんじゃない?」

 

 アクアは宴会芸というスキルを習得して、ギルド内の冒険者に披露している。戦闘には何の役にも立たないと思うが、結構ウケているようだ。

 カウンターに座っているめぐみんとジバニャンを見つけて、カズマもその隣に座る。

 

 「はいジバニャン、あーん」

 

 「あーんニャン!」

 

 ジバニャンとめぐみんがなんかイチャついてる。昨日ジバニャンにしわくちゃんから守られたことで、めぐみんはさらにジバニャンを気に入ったみたいだ。

    

 「これそんなに美味しいのですか?」

  

 「チョコボーはオレっちのお気に入りニャン!めぐみんにも、オレっちのチョコボー分けてあげるニャン」

 

 「ありがとうございます。確かに、甘くて美味しいですね」

 

 腹巻きからチョコボーを2、3本出してめぐみんにあげる。カズマが欲しいと言っても中々あげないのに、めぐみんにはあっさり渡した。

 

 「ジバニャン、俺にも一本頂戴」

 

 「えー」

 

 「おま…!何でめぐみんは良くて、俺は駄目なんだよ」

  

 「めぐみんは可愛いから特別ニャン」

 

 ジバニャンは猫だが、ニャーケービーの追っかけをやるくらい可愛い女の子は大好きだ。ジバニャンが妖怪になる前の普通の猫だった時、飼い主だった女の子も可愛いかったらしい。

 猫と言っても、そこは雄の本能ということか。

 

 「…はあ、まあ良いや。ところでめぐみん、スキルについてちょっと教えて欲しいんだが」

 

 「なんですか?」

 

 「俺もそろそろスキルを覚えたいんだが、ポイントの使い方がイマイチよく分からないんだ」

 

 ジャイアントトードを倒してレベルが上がり、そしてポイントも少し溜まってきた。ここいらで何かスキルを覚えて、そろそろまともな冒険者らしくなりたい。

 

 「そこまで難しいことはありません。誰かに使い方を教えて貰って、カードの項目にポイントを割り振るだけですよ」

 

 「なるほどウィスほど。つまり、カズマくんもめぐみんさんの爆裂魔法を使えるようになる。というわけでウィスね」

 

 「そうなのです!爆裂魔法において、この私の右にも左にも出る者はいません!爆裂魔法こそ至高のスキル!私と共に、爆裂道を歩みましょう!」

 

 急にテンションが上がっためぐみん。やはり爆裂魔法となると、目の色が変わるようだ。

 

 「…お、おう。気持ちは分かるが、一旦落ち着けロリっ娘。俺も3ポイントしかないから、慎重にスキルを選びたいんだ」

 

 「ろ、ロリっ娘…!」

  

 ガーンと落ち込んでいるめぐみん。どうやらロリっ娘は禁句だったらしい。

 

 「カズマ、オレっちもレベルが上がってるニャン」

 

 「え?でもジバニャン、ジャイアントトード倒してないだろ?」

 

 ジバニャンがどさくさに紛れて作った冒険者カード。よく見ると、レベルがカズマと同じくらいまで上がっている。確かにジバニャンはジャイアントトードは倒していないが、しわくちゃんをジバニャンはやっつけている。

 どういう仕組みか知らないが、どうやら妖怪を倒してもレベルが上がるみたいだ。

 

 「ほほ〜う。ならば当然、このあたくしもレベルが上がってる筈でウィス〜」

 

 「いやウィスパー、お前は何も倒してないだろ」

 

 ウィスパーはジャイアントトードには食われ、しわくちゃんに老人にされただけだ。特に活躍はしていない。

 

 「いやいやいや!たとえ倒すに(いた)らなくとも、あたくしだって頑張って戦ってるんですから、ちょっとくらいレベルアップしていても…」

 

 ウィスパー。レベル、−12 。

 

 「減ってるーーーー!!」

 

 上がってないどころか、何故か逆にマイナスまで下がっているウィスパー。めぐみんと並んで、二人で落ち込んでいた。

 面倒くさいから放って置くとして、カズマはそろそろ昼飯を注文する。

 

 「こんなとこにいたのか」

 

 「げっ!」

 

 振り返ると、そこには昨日のやばい女騎士がいた。それとなく断ったというのに、まだ諦めてないのか。

 

 「昨日の続きだが、是非とも私をそちらのパーティーに…」

 

 「お断りします!もう問題児はたくさんと言いますか、これ以上は面倒見きれないと言いますか…とにかく、来てくれたのは嬉しいんですが、今回はご縁がなかったということで…どうか諦めてください!」

 

 「ああ!これからよろしく頼む!」

 

 「話聞いてた?」

 

 駄目だ、言いたいことの意図が全く伝わってない。確かに美人だし、上級職のクルセイダーだから何かと頼りになるだろう。

 しかし、こんな特殊性癖持ちは俺には荷が重い。性格さえまともなら、俺だって喜んで受け入れたいのに。

 

 「ダクネス。いきなりそんなに迫ったら怖がられちゃうよ」

 

 ダクネスの後ろから、顔に傷のある少女が出てきた。こっちは比較的まともそうな感じで、カズマは安心する。

 

 「私はクリス、職業は盗賊だよ。君がダクネスの言ってた人だよね、よろしく」

 

 「カズマです、よろしく」

 

 クリスと握手を交わし、お互いの紹介を終える。しかし、クリスは手を離そうとせず、何だかカズマをじーっと見つめている。その視線はカズマの妖怪ウォッチや、普通の人には見えていない筈のジバニャンとウィスパーを捉えていた。

 

 「あの…」

 

 「ん?ああごめんね。珍しい魔道具持ってるな〜って、思っただけだから」

 

 職業柄ゆえか、色んなアイテムを目にする事が多いクリス。この世界には存在しない妖怪ウォッチを目に、興味津々な様子だ。

 

 「カズマくん、この人あたし達のこと見えてるみたいでウィス」

 

 「オレっち、2回くらい目合ったニャン」

 

 妖怪ウォッチを触らずとも、妖怪が見える人は稀にいる。いわゆる霊感が強い人や、純粋な子供とかは妖怪が見えたりする。クリスも恐らくその類の人だろう。

 

 「ちらっと話し声が聞こえたけど、スキル欲しいんだって?よかったら、私の盗賊スキル教えてあげよっか?」

 

 「え、い、いいんですか?!でも俺、3ポイントしかありませんよ」

 

 「大丈夫だよ。謝礼として、シュワシュワ一杯で手を打ってあげよう」

 

 思いの外安く教えてくれるようで、カズマはすぐに乗っかった。クリスがシュワシュワを飲んでる間に、カズマも急いで昼ご飯を食べ終える。

 

 「ねえ、それ何ていうアイテムなの?」

 

 ギルドを出て手頃な場所を探す道すがら、クリスが妖怪ウォッチの事を聞いてきた。

 

 「あー、これは…」

 

 カズマは少し言葉に詰まる。パーティーメンバーでもない今日会ったばかりの人に、妖怪ウォッチを教えてもいいものかと。

 ジバニャン達は別にいいと言っていたが、だからと言ってホイホイ言い触らすのはなんか違う気がする。

 

 「もしかして、君と一緒にいるモンスターと関係ある?」

 

 「!?」

 

 クリスはカズマの耳元に寄り、他には聞こえないように耳打ちする。

 

 「クリス?」

 

 「何でもないよ。この先にあんまり人が通らない路地裏があるから、そこで待ってて」

 

 ダクネスを先に行かせ、クリスはカズマ達に向き直る。

 

 「…やっぱり、見えてたんだ」

 

 「うん、最初からね」

 

 見えているなら仕方ない、カズマはクリスに妖怪ウォッチの説明をした。これをかざせば妖怪が見えること、メダルを入れれば妖怪を召喚できるなど。クリスは頷きながらまじめに聞いている。

 

 「へー、初めて見たよこんなアイテム。で、君たちがその妖怪ってわけだね」

 

 「は〜いどうも。あたくし、カズマきゅん専属敏腕妖怪執事、ウィスパーでウィス。お見知り置きを、クリスマスさん」

 

 「クリスね」

 

 さっそく名前を間違えるウィスパー。お前がまずクリスをお見知り置きしろ。

  

 「オレっち、ジバニャンニャン!」

 

 「おお、君はこっちのと違って可愛いね」

 

 「こっちのとは何ですか!失礼しちゃウィますよねカズマくん!」

 

 「ウィスパー、諦めろ」

 

 ジバニャンに可愛さ対決で負け、ハンカチを噛んで悔しがるウィスパー。

 クリスに妖怪の事を教えたところで、ダクネスをあまり待たせるのも悪いのでそろそろ移動する。

 

 「やっと来たか。何をやってたんだ?」

 

 「まあ、ちょっとね」

 

 ダクネスの質問に曖昧に答え、クリスは約束通り盗賊スキルをカズマに伝授する。すると、カズマの冒険者カードに新しいスキルの項目が増えた。少ないポイントでも会得出来るから、カズマには有り難い。

 

 「特にイチオシはこれ。ちょっと、そこに立ってて」

 

 カズマが言われた通りに立っていると、クリスが手の平を向けてスティールというスキルを発動した。

 眩しい光の後、何をされたか分からなかった。しかし、いつの間にかクリスが自分の財布を得意気に持っているではないか。

 

 「これがスティールっていうスキル、相手の持ち物をランダムで奪い取るの。幸運値が高い程、目当ての物を取れるよ」

 

 「おー!これは面白いな!」

 

 便利そうなスキルを教えて貰ってカズマは喜んでいるが、クリスは何故か財布を返そうとしない。カズマが手を伸ばしても、ひょいひょいと躱される。

  

 「せっかくスティールを覚えたんだからさ、それで財布を奪い返してみなよ」

  

 「お、おいクリス。それはちょっとあんまりじゃ…」

 

 初心者相手に大人気ないクリスだが、これは挑戦だとカズマは受け取った。冒険者なら、危ない橋も渡れと言うことだろう。

 

 「あらら、シュワシュワ一杯が随分と高くついちゃいましたね。カズマくん、大丈夫でウィス?」

 

 「へっ、臨むところだ。やっと冒険者らしいイベントが来たんだ、やってやるぜ!」

 

 「ちなみに、大当たりはこの40万エリスの剣。ハズレはこの小石だから、頑張ってね」

 

 ハズレの小石を混ぜたせいで、財布や剣を引き当てる確率は減った。カズマは意識を集中させて、クリスにスティールを放つ。

 

 「どうですカズマくん?」

 

 「何か取ったニャン?」

 

 「…ん、何だこれ。なんか柔らかくて、生温かいような」

 

 「!!??」

 

 カズマの手の中に、布のような感触。そしてクリスは顔を真っ赤に染め、何かを確かめるように下半身を押さえている。

 カズマから取った財布は懐にあるし、剣も腰にちゃんと装備されている。しかし、カズマに取られたのはそんな物ではなかった。むしろ、財布や剣を取られた方がマシだっただろう。

 

 「お、おおおおおお!こ、これは…!!」

 

 手の中にある物を、恐る恐る広げる。それは女性用の白いパンツ、さっきまでクリスが履いていた物だった。

 

 「大〜当たり〜!ヒャッハーー!」

 

 「いやあああああ!パンツ返してーー!」

 

 クリスのパンツを大喜びで振り回すカズマ。その悪魔の所業にジバニャンとウィスパーはドン引きし、ダクネスは自分の目に狂いは無かったと喜んでいる。

 

 「…か、カズマくん。あーた今自分が何やってるか分かってます?」

  

 「なーに言ってんだよウィスパー、仕掛けて来たのは向こうなんだぜ。俺は正々堂々と勝負しただけだ」

 

 確かにカズマの言うことも一理あるが、それは流石にあんまりじゃないかとウィスパーは思った。

 

 「そ、そうだ!もう一回、スティールで奪い返してやる!」

 

 クリスは取られたパンツを取り返そうと、カズマにスティールを放つ。

 

 「そうは行くか!」

 

 「ウィス?」

 

 しかしカズマも、そう簡単に戦利品を手放すほど馬鹿じゃない。ウィスパーを盾にし、スティールからパンツを守った。

 カズマの代わりにスティールを受け、ウィスパーの頭の触覚みたいな部分が奪われた。

 

 「あー!あたくしのチャームポイントの、頭のほにょほにょが無くなってますー!」

 

 「いやああああ!気持ち悪いー!」

 

 「ちょっと!もっと丁寧に扱ってくださウィス!」

  

 ビタン!とウィスパーのほにょほにょを地面に叩きつけるクリス。本体から離れてもくねくね蠢いているので、確かに気持ち悪い。

 

 「お、お願いパンツ返して!財布返すからー!」

 

 「おっと、その必要はないぜ。自分で取り返すから。スティール!」

 

 クリスの懇願を拒否し、二度目のスティールで見事に財布を奪い返した。

 

 「さ〜て、次は何を取ろっかな〜?」

 

 「ひ、ひ〜!」

 

 「あ、あの下劣な目…!普通の人にはあんな目は出来ない、あいつは天才か!?」

 

 「何のニャン…?」

 

 もうスティール勝負はカズマの勝利で決まったのだが、まだまだこんなものでは下衆(カズマ)は満足しない。

 

 「あ、よく考えたらスティール使わなくても、相手の持ち物を奪える妖怪いたわ」

 

 カズマはポケットからメダルを取り出し、ウォッチにセットする。

 

 「ヨコドリ!」

 

 ウォッチから出てきたのは、ブキミー族のヨコドリ。紫色のずんぐりむっくりした鳥である。

 

 「行け、ヨコドリ!クリスから何か奪え!」

 

 見た目に似合わない素早い動きで、ヨコドリがクリスのマフラーを奪った。

 

 「な、何だ?どうして急に、クリスのマフラーが…」

 

 ヨコドリを見えていないダクネスには、何が起きたか分からない。

 

 「よくやったぞ、ヨコドリ。よしよ〜し」

 

 「ヨコドリ〜」

 

 「うぅ〜、これじゃあ取り返せない…」

  

 カズマとヨコドリの悪魔のコンビが完成し、クリスは完全に戦意喪失している。

 

 「ね、ねえ。いくらでも払うから、せめてパンツだけでも返して…」

 

 容赦のない辱めを受け、クリスはもう半泣きだった。

 

 「カズマくん、そろそろ返してあげましょうよ」

 

 「可哀想ニャン」

 

 「はいはい、分かったよ。ん〜、そうだなあ。よし、それなら自分でパンツの値段を決めて貰おうか」

 

 自分で自分のパンツの価値を決めろという、なんとも鬼畜の所業。クリスの後ろで、ダクネスがずっとハァハァと息を荒くしている。

 

 「そ、それは…」

 

 「ん〜?言えないのかな〜?俺はここで、君を素っ裸にしてもいいんだけどなあ?」

  

 「ひい!」

 

 何とも悪い笑みを浮かべて、座り込んだクリスを見下すカズマ。

  

 「ほら早く〜。あと十秒で決めなかったら、このパンツは家宝にして奉るから」

  

 「あ、あぁぁ…」

 

 「はい。9、8、7、6」

 

 「ちょっ、ちょっと早っ!」

 

 「5、4、3、2」

 

 「分かった分かった!決めるから待ってええええ!!」

 

 そしてクリスは有り金を全て毟り取られ、ダクネスはカズマの才能に心底惚れ込んだのであった。

 

 「グヘヘヘへへ〜、毎度あり〜」

 

 「…カズマくん。主人公がしちゃいけない顔と笑い声になってますよ」

 

 「最低ニャン…」  

 

 スキルも覚え所持金も増えたところで、カズマ達はギルドに戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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群生

 「…と、いうことがあったんだ」

 

 「うわぁ…」

 

 「カズマ…」

 

 「待って、ちょっと待って」

 

 先程の出来事をダクネスから聞いたアクアとめぐみんが、カズマを冷ややかな目で見ている。そりゃそうだろう。女子のパンツを強制的に剥ぎ取り、それを振り回し、あまつさえ値段を決めさせて有り金を毟り取ったのだから。

 

 「ぐすっ…しかも、最後にはパンツをクンカクンカして、頭にかぶって小躍(こおど)りまでしたのよ」

 

 「きっつ…」

 

 「控えめに言ってドン引きです」

 

 「してないしてない!それはさすがに俺でもしないから!」

 

 舌をペロっと出し、せめてもの仕返しを果たすクリス。もはやカズマに対するギルド内の女性全員の評価は、完全に地面にめり込んでいた。

 

 「で、結局どんなスキルを覚えたのです?」

 

 「そ、そうだ!よく見ておけ、俺の新必殺技を!」

 

 カズマは少しでも名誉挽回しようと、スティールをめぐみんに向けて放とうとする。

 

 「カズマくんストッープ!お待ちなさいって!」

 

 「何だよウィスパー、いいとこなのに」

 

 ウィスパーがカズマを引き止め、二人でコソコソ話し始めた。

 

 「カズマくん、あーた今何をやろうとしました?」

 

 「何って、スティールだけど…」

 

 「何言ってんでウィス!どーせこの後、めぐみんさんのパンツ剥ぎ取ってドン引かれるのがオチでウィスよ!」

 

 「だ、大丈夫だよ今度こそ。そう何度もパンツばっかり引き当てるか」

 

 スティールはあくまでも確率のスキル、そう何度もパンツが当たるわけがない。そう思ってスティールを放ったカズマの行動は、ものの見事に裏目に出た。

 カズマの手にはめぐみんが履いていた黒いパンツが握りしめられており、公衆の面前で恥をかかされためぐみんは半泣きになっている。

 

 「んもう、だから言ったじゃないでウィスか」

 

 「…ち、違う。これは何かの間違いだ」

 

 スティールには使用者の性格も反映されるのだろう。カズマは少女のパンツが大好きな変態だと、女性陣の間で周知の事実になったのだった。

 

 「カズマ!めぐみんに何するニャン!」

 

 「じ、ジバニャン!この変態(カズマ)を懲らしめてください!」

 

 「ま、待て!話せば分かる!」

 

 「百烈肉球ー!」

 

 「ぎゃああああああ!!」

 

 ジバニャンの百烈肉球をくらい、カズマはギルドの外までふっ飛ばされる。周りの人にはカズマが一人で吹っ飛んだように見えたが、また馬鹿なことをやっている程度にしか思われなかった。

 

 「う、うぅ…何でこんな目に」

 

 「いや自業自得でしょうよ」

 

 顔を腫らしてガクッとカズマは項垂れる。すると、突如として緊急のアナウンスが街全体に響き渡った。

 

 「な、なんだ?!」

 

 「何の騒ぎでウィス?!」

 

 アナウンスを聞いて、ギルドから一斉に駆け出してくる冒険者達。その中にはアクア達の姿もあり、カズマとウィスパーも後に続いた。

 冒険者以外の一般人は、全員が慌てて家の中に避難している。街中の冒険者が正門に集まった頃には、アクセルの街が静まり返っていた。

 

 「お、おいめぐみん。これは一体どういう状況?」

 

 「放送を聞いてなかったのですか?緊急クエストですよ」

 

 「き、緊急クエスト!?」

 

 ジバニャンにやられて放送は聞いていなかったが、それにしても緊急クエストとは驚きだ。アクセルの冒険者を全員集めるなんて、よっぽど凶悪なモンスターが相手に違いない。

 

 「カズマくん!ここで活躍して地のズンドコ、いやどん底に落ちた評価を上げるチャンスでウィスよ!」

 

 「よ、よーし!来るなら来い!」

 

 腰の剣を抜いて身構えるカズマ。冒険者達に緊張感が走り、辺りが少しの静けさに包まれる。

 

 「来たぞ!」

 

 誰かが発したその声。ついに敵が来たとカズマはキョロキョロするが、それらしい姿はない。すると、他の皆が空を見ているのに気付く。カズマもつられて空を見上げると、奇妙な群れがこっちに近付いてくるのが見える。

 

 「なあ、ウィスパー」

 

 「なんでウィス?」

 

 「俺の目が節穴じゃなければ、あれは…アレだよな」

 

 「ええ、あれでウィス。全国のスーパーなどでよく見かける…」

 

 カズマとウィスパーは、ふっと笑って顔を見合わせる。そして大きく息を吸い込んで、同時に声に出した。

 

 「キャベツだあああああああ!!」

 「レタスでウィスううううう!!」

 

 「…え?」

 

 「え?」

 

 ウィスパーはレタスと叫んだが、正解はカズマが叫んだキャベツである。空には、夥しいほどのキャベツの群れが飛んでいたのであった。

 

 「ウィスパー、キャベツとレタスの違いも分かんないの?」

 

 「ウィス!?それは、その…カズマくん!キャベツが空飛んでますよ!」

 

 「あ、誤魔化した」

 

 ウィスパーの目が節穴だということは置いといて、それにしても不思議な光景だ。なんたって空を飛んでるキャベツを、皆が必死に捕まえてるのだから。

 

 「ほらほら、何ボーっとしてるの。早くキャベツを捕まえに行くわよ」

 

 「…アクア、この世界のキャベツは飛ぶのが普通なのか?」

 

 「もちろん!ほら、よく言うでしょ。飛ばないキャベツは、ただのキャベツって」

 

 「初めて聞いたわ」

 

 話してる時間ももったいないのか、アクアも急いでキャベツ収穫に向かう。なんでも今年は豊作で、一玉がそれなりに良い値段で取り引きされるらしい。

 

 「カズマくん、行かないんでウィス?」

 

 「…んー、俺は後でいいや」

 

 飛来するキャベツを狩るクエスト。とことん思っていた異世界ライフとは違って、すっかりやる気をなくしているカズマ。

 

 「では、カズマくんはそこであたしの勇姿を見ていてくださウィッス」

 

 虫取り網を持って、やる気満々のウィスパー。ここでキャベツを大量ゲットして、レベルをマイナスから引き上げるつもりだろう。

 

 「大丈夫かウィスパー」

 

 「平気ですよ〜。たかがキャベツに、このあたくしがやられる筈ないでウィス。いざ」

 

 虫取り網を強く握り締め、ウィスパーはキャベツの群れに勢い良く飛び込んで行った。

 

 「キャベツ野郎!覚悟せえやあああああ!!」

 

 2秒後

 

 「…や、やれるだけのことはやりまひは〜」

 

 「ボロ負けじゃねえか!」

 

 キャベツにボコボコにされ、顔を腫らしてふらふらで帰ってきた。しかしウィスパーが弱いのは当然だが、このキャベツ達も中々侮れない。たかがキャベツといえど、野球の剛速球のように自分目掛けて飛んでくるのだ。

 まともに当たれば骨折、最悪の場合もあるかもしれない。先程から他の冒険者達も、活きが良すぎるキャベツに苦戦している。

 

 「…か、カジュマくん。この世界のキャベツつよつよでウィス〜」

 

 「他の皆も結構やられてるな。ん?あれは…」

 

 苦戦してる冒険者達をよそに、妖怪達もこのキャベツ狩りに参加しているのが見える。

 

 「空飛ぶキャベツ千斬り!」

 

 「悪い子いねがー!」

 

 ブシニャンとなまはげが飛来するキャベツを斬りまくる。

 

 「ひ〜も〜じ〜」

 

 「お〜つ〜ま〜み〜」

 

 そして斬られたキャベツを、ひも爺やつまみ食いの助が茹でたり味付けをする。何とも絶妙なチームワークで、冒険者達が苦戦するキャベツを調理していた。

 

 「この状況でキャベツを食べるとは、たくましいやつらだ」

 

 「彼らも異世界を堪能してるようでウィスね」

 

 「ちょっとちょっと、そこの妖怪達!何勝手に食べてるのよ、私の取り分が減るじゃない!」

 

 アクアがブシニャン達に文句を言いに行く。部外者の妖怪にキャベツを食べられると、当然その分の報酬が減るのだ。しかしブシニャン達は嫌な顔せず、アクアを食卓に誘った。

 

 「まあまあ、アクア殿も食べるでござる」

 

 「へ?い、いいの?」

 

 「カズマが日頃世話になってるお礼でござる」

 

 「そ、そうよね〜!カズマったら、私に頼りっぱなしだもん。もう私がいないと生きていけない〜、みたいな〜?」

  

 キャベツ狩りを一時中断して、ブシニャン達と一緒にキャベツを食べるアクア。塩気やマヨネーズが効いてとても美味しいみたいで、嬉しそうに頬張っている。

 

 「アクアは後でとっちめるとして、そうか…妖怪の力を借りれば」

 

 「何か思い付いたんですかカズマくん?」

 

 「まあな。ウィスパー、あの妖怪のメダルを…」

 

 「何を一人でブツブツ言ってるんだ?」

 

 ダクネスが急に声をかけてきてびっくりする。まだ妖怪の存在を知らないから、カズマが一人で話しているようにしか見えないのだ。

 

 「私のクルセイダーとしての力を見たら、きっと仲間に欲しいと心を入れ替えるだろう。その時は、良い返事を期待しておくぞ」

 

 剣を抜き、凛として構えるダクネス。その佇まいに、思わずカズマは見惚れてしまう。

 

 「いざ、出陣!」

 

 向かってくるダクネスに反応したのか、キャベツ達もダクネスに突進する。ここから激しいバトルが繰り広げられるかと思いきや、ダクネスの剣は空振るばかり。やはり、攻撃はからっきしというのは本当だったか。

 

 「やっぱ全然駄目じゃねえか」

  

 「キャベツの体当たり貰いまくってますね」

 

 しかし、クルセイダーという実力は伊達ではない。他の冒険者が一撃で倒される体当たりを、ダクネスは何発も耐えている。

 やがて他の冒険者への攻撃が弱まり、ダクネス一人にキャベツが一斉に群がっていく。

 

 「か、カズマくん!ちょっとやばウィと思いますよ!」

 

 「ああ!さすがにあれだけの数、いくらダクネスでも耐えられるわけ…」

 

 この時、カズマはとんでもないもの見た。ダクネスの顔をよく見ると、苦痛に歪んでるのかと思ったが、なんとニヤついていたのだ。

 

 「まだ…まだあっ!もっと!んもっとお!」

 

 周りはダクネスの奮戦に歓声を上げているが、そんな良いもんじゃないとカズマは思った。あれはただ、喜んでいるだけだ。

 

 「さて、そろそろ私の出番のようですね」

 

 ここにもややこしいのがいた。一気に多くのキャベツを葬れるのが嬉しいのか、めぐみんがウキウキで爆裂魔法の詠唱をしている。

 

 「待て待て!今それをやったら、ダクネスまで吹き飛んじまうぞ!」

 

 「大丈夫です、多分。彼女なら耐えられます、多分」

 

 「多分かい!」

 

 めぐみんの爆裂魔法が、ダクネスもろともキャベツの群れを消し去る。ダクネスは鎧が殆ど壊れたが、ニヤニヤしているので大丈夫だろう。俺の心配を返せ。

 残ったキャベツ達を収穫し、これでキャベツ収穫祭りは無事に終えたのだった。

 

 「…んまい」

 

 その日の夜。収穫したキャベツの炒めものを口にする。確かに美味いが、わざわざ異世界でキャベツ狩りをやりに来たのではない。

 

 「オレっちは、キャベツよりチョコボーが良いニャーン!」

 

 「あ、ジバニャン。キャベツの時どこいたんだ?全然見なかったけど」

 

 「ジバニャンは私の出番が来るまで、ずっと側で守ってくれていたんですよ」

 

 カズマとウィスパーは見ていなかったが、ジバニャンはめぐみんに近寄るキャベツと必死に戦っていた。迫りくるキャベツを、百烈肉球で叩き落としていたのだ。

 

 「プハァー!働いた後の一杯は格別でウィスー!」

 

 「お前はボコられていただけじゃねえか」

  

 「カズマこそ、どこにいたのですか?途中から見かけませんでしたよ」 

 

 カズマはクリスから教えて貰った潜伏スキルを使っていたのだが、それに加えてカゲローの力も借りていた。カゲローは影の薄さが取り柄の隠密のプロ。潜伏スキルとカゲローの影の薄さを合わせれば、それは最早透明人間同然。

 誰にも気付かれることなく、こそこそとキャベツを収穫してたのだ。

 

 「あなた中々やるわね、流石クルセイダーだわ」

 

 「あの鉄壁さは普通のクルセイダーではありません。私の爆裂魔法をくらっても無事とは驚きです」

  

 「そ、そうか?私は盾になるしか能がないからな。あれくらいは当然のことだ」

 

 アクアとめぐみんがダクネスを称えている。ダクネスも謙遜しているが、満更でもなさそうに照れている。

 3人が仲良く会話しているのを見て、もうダクネスの仲間入りを防ぐ方法は無いとカズマは諦めた。

 

 「カズマ、あなたも意外にやるじゃない。いつの間にかキャベツを大量に集めていたみたいだし」

 

 「人知れず仕事を遂行する、まるで暗殺者ですね」

 

 「よっ!この華麗なるキャベツ泥棒!」

 

 「やかましいわ」

 

 アクアとめぐみんに褒められるが、ちっとも嬉しくない。

 

 「改めて、私はダクネス。クルセイダーだが、攻撃は期待しないでくれ。その代わり、皆の盾や囮役なら喜んで引き受けよう」

 

 アクアとめぐみんがパチパチと拍手し、カズマも仕方なく手を叩く。ダクネスがカズマをキラキラした目で見るが、カズマは視線を逸らしてキャベツをヤケ食いしたのだった。

 

 

 

 

 

 



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ウィズ&ウィス

 「カズマくん、これなんてどうでウィス?」

 

 ウィスパーが、白地に紫色のラインが入ったマントをカズマに見せる。

 

 「ウィスパーみたいでなんか嫌」

 

 「ウィス〜…」

 

 二人は今、装備屋でカズマの新装備を選んでいる最中だ。キャベツのクエストでそれなりにお金が入り、そろそろ見た目だけでも冒険者らしくしたい。

 いつまでもジャージ姿じゃ、異世界感がぶち壊しだからだ。

 

 「どうだウィスパー、似合ってるか?」

 

 「おお、中々格好いいですよカズマくん!」

 

 緑のマントを羽織り、身軽さを保った装備。せっかく魔法が使えるのだから、小回りが利く格好がいい。目指すは魔法剣士スタイル。少しは様になったと、カズマはウキウキ気分で着て帰った。

 

 「おー、いいじゃないですか」

 

 「似合っているぞ」

 

 ギルドに戻り、めぐみん達に新装備をお披露目する。

 

 「ようやく世界観に合った格好になったわね。こういうの、日本じゃなんて言うんだっけ?馬鹿にも衣装?」

 

 「それを言うなら馬子にも衣装…って、何だとこの駄女神!!」

 

 「ひーっ!冷たっ!鼻に!鼻に入って痛い!」

 

 アクアにだけは馬鹿と言われたくない。カズマは覚えたての初級魔法、クリエイトウォーターをアクアに放つ。カズマは今や、風、水、火、土の4大属性の初級魔法を使えるようになっている。

 

 「水責めか、それも良いな…」

 

 「…ダクネスさん、また変なこと考えてるでウィスね」   

 

 「ついてけないニャン…」

 

 ボソッと呟いたダクネスの問題発言に、引いてるウィスパーとジバニャン。ダクネスも妖怪ウォッチに触れ、今はめぐみんと同じように妖怪が見えるようになった。

 最初は驚いていたが、今はその存在に大変興味深く思っている。前にカズマに、息を荒くしながら程良い刺激を与える妖怪はいないかと聞き、カズマを引かせたくらい興味を持っている。

 

 「このパーティーも中々の顔触れになったわね。4人中3人が上級職なんて、そうそうないわよ。私もリーダーとして鼻が高いわ」

 

 「誰がリーダーだって?」

 

 アクアが勝手にリーダーを名乗っているが、当然ただの自称である。ちなみにウィスパーも何故かリーダーを自称しおり、度々アクアとリーダーを争って小競り合いしている。

 

 「とにかく、さっさとクエスト行こうぜ。このパーティーでの最初のクエストだ。手始めに、ジャイアントトード討伐でい」

 

 「「それは嫌」」

 

 アクアとめぐみんが食い気味に拒否する。前に呑み込まれたことが、よっぽどトラウマになっているみたいだ。

 

 「なんで二人はそんなに嫌がるんだ?」

 

 事情を知らないダクネスがカズマに聞く。

 

 「こいつら、前にカエルに喰われて粘液塗れになったんだよ」

 

 「ね、粘液塗れ…だと!」

 

 「全く、情けないでウィスね〜。あたしなんか、体半分溶かされてもこの通りピンピンしてるのに」

  

 「ふ、服だけ溶かされる…!?」

 

 「いや、そうは言ってないでウィス」

 

 ダクネスがまた良からぬ妄想をしているが、4人の内2人も嫌がるならジャイアントトード討伐は出来ない。まずはお手軽なクエストで経験を積んで、パーティーの連携を研こうと思っていたのに。

 

 「大丈夫よ。上級職が3人もいれば、どんなクエストだってクリア出来るわ」

 

 「カエルに食われて、しわくちゃんにお婆ちゃんにされただけの奴はちょっと黙ってろ」

 

 アクアが上級職3人と言うが、めぐみんとダクネスはスキルが趣味に偏り過ぎている。そしてアクアは1番役に立っていない。宴会芸しか取り柄のない、穀潰しだとカズマは言い放った。

 

 「わああああん!カズマの馬鹿ああああ!!」

 

 カズマの容赦ない言葉責めに、アクアは子供のように泣き喚いている。

 

 「カズマくんー、ちょっと言い過ぎじゃないでウィス?」

 

 「言っとくがウィスパー、お前もアクアと大して変わらないからな」

 

 ウィスパーもアクア同様、大した活躍はしていない。カエルに食われ、お爺ちゃんにされ、キャベツにボコられ、知ってると言いながら妖怪パッドでカンニングする。おまけに何のスキルも持っていないから、ある意味アクアより使えない。

 

 「酷い酷いー!そこまで言うことないじゃないですか!あたし達だって頑張ってるんでウィスよ!ねえアクアさん!」

 

 「一緒にしないで」

 

 「ええ?!」

 

 さっきまで大泣きしていたアクアだったが、ぴたっと泣き止んでウィスパーを突き放す。落ち込んでいるウィスパーは放っておき、カズマは話しをアクアに戻した。

 

 「アクア、お前の回復魔法のスキルを教えろ」

 

 「ひ、人の心が無いの!?私の存在意義を奪おうとするなんて、この鬼!悪魔!クズマ!」

 

 アクアの罵りに、カズマの顔にピキッピキッと線が浮き出る。どう言い返してやろうかと考えてると、強面の男二人組がアクアに近付いて来た。

 

 「アクアさんー、溜まってるツケ早く払って下さいよー」

 

 「このままじゃ、利子がどんどん膨れ上がりますぜ」

 

 「わ、分かってるわよ!もうちょっと、もうちょっとだけ待って!」

 

 借金をしているというまずい場面を見られ、この場に気不味い雰囲気が漂う。アクアはコホンと咳払いして、揉み手をしながらカズマに近寄っていく。

 

 「あ、あんのー…」

 

 「鬼で悪魔でクズマの俺に何の用だ?」

 

 「えっ!?え〜と…カズマさん、キャベツの報酬は、おいくら万エリス?」

 

 「だいたい百万くらいかな」

 

 なんと、カズマはキャベツで百万もの大金を稼いでいた。カズマが収穫したキャベツは特に良いものだったようで、それで他より報酬が多く貰えたのだ。

 

 「カズマさん、いえカズマ様。お願いがあります」

  

 「断る」

 

 急に敬語になるアクア。大体の察しはつくので、聞くまでもなく却下する。

 

 「お願いいい!お金貸してえええ!さっきの見てたでしょ?!このままじゃ私、いかがわしいお店で働かなくちゃいけないのよおおお!」

 

 「知るか!ツケがあるなら、自分で払えばいいだろ」

 

 腰辺りにしがみついてくるアクアを、カズマはうざそうに押し退ける。実はアクアは、キャベツ報酬が大量に入ることを見込んで、お金を使いまくっていたのだ。

 しかし、実際にアクアが収穫したのは殆どがレタス。雀の涙程の報酬しか貰えなかった、

 

 「キャベツとレタスの区別も出来ないとか、ウィスパーと同じだな」

 

 「嫌ああああああ!ウィスパーと同じは嫌ああああああ!」

 

 「お二人とも、あたくしにも悲しいという感情はあるんでウィスよ」

 

 このままでは埒があかないので、カズマは仕方なくアクアにツケ分のお金を貸してあげた。 

 

 「さあ、早くクエストに行くわよ!一文無しだから、今日の食事代くらい稼がなきゃ!」

 

 急にやる気を出したアクア。カエル以外のクエストなら、もう何でもいいようだ。

 

 「それなら、ゾンビメーカーの討伐とか良いんじゃないか?」

 

 ゾンビメーカーとは、アンデッドモンスターの一種。死体に憑依し、ゾンビを操る悪霊の事である。アンデッドに対し、プリーストの職業は相性が良い。アクアのレベルアップにも持ってこいなので、カズマ達はゾンビメーカー討伐に向かった。

 

 「は…は…は……ぶええッッくしょおおおおん!!ッラアこんちくしょおおおい!!」

 

 「おっさん臭いぞ」

 

 「唾飛ばすニャン!」

 

 夜の墓場でウィスパーが盛大にくしゃみをかます。カズマ達は腹ごしらえをしながら、ゾンビメーカーの出現を待っているところだ。

 

 「ちょっとカズマ、肉だけじゃなく野菜も食べなさいよ」

 

 「キャベツ収穫以来、野菜は飽きたんだよ。たまには肉も食わせろ」

 

 「山盛りのキャベツの日々でしたもんね〜」

 

 朝昼晩とご機嫌なキャベツ生活が続き、少し野菜が嫌いになってきた。

 夜も更けてきて、冷たい風が肌を撫でる。寒い中コーヒーを飲みながら待っていると、カズマの敵感知スキルに反応があった。

 

 「…来たか」

 

 クリスから教えて貰って助かった。食事を止め、全員で静かに移動を開始する。

 

 「…おかしいな」

 

 「どうしたんでウィス?」

 

 「ゾンビメーカーが操るゾンビは精々3体くらいの筈なのに、5…いや6体いるんだが」

 

 違和感はあるが、近くのお墓に隠れて様子を見る。そこには予想通り6体のゾンビが徘徊しており、その中心にフードを被った謎の人物がいた。 

 

 「ここからじゃ、何をしてるのかよく分からねえな」

 

 「運動会、じゃなさそうでウィスね」

 

 「当たり前ニャン」

 

 その者は足下に光る魔法陣を出現させ、その近くにゾンビが集まってくる。カズマには何となく、その光を浴びるゾンビ達が喜んでるように見えた。

 

 「あーーーー!!」

 

 「うおっ!びっくりした!」

 

 アクアが突然叫びだして、そのフードの人物目掛けて突撃して行く。

 

 「リッチーー!覚悟ーー!!」

 

 「え?え?!きゃあ!!」

 

 アクアの右ストレートを何とか避け、地面にへたり込む。リッチーと呼ばれたその者は、長い髪で片目が隠れている女性だった。

 

 「リッチーがこんなとこで魔法陣広げて何してたの!どうせやましいことしてたんでしょ!はいと言いなさい!」

  

 「ひいいい!な、なんですかあなたは!?」

 

 リッチーの胸倉を鷲掴んで、アクアが横暴過ぎる尋問をする。どうやらこの女性は、この墓地で彷徨ってる無成仏霊達を天に還していたらしい。

 夜な夜なここに現れて、墓地に霊が溢れないようにしていたのだ。

 

 「それならこの私が代わりにやってあげるわ。あんた諸共、天に送り還してあげる!」

 

 アクアが魔法を発動させると、周りのゾンビ達が一瞬で成仏していく。そして、この女性の体も薄く透け始めた。

 

 「いやーー!やめてーー!誰か…誰かあああああ!!」

 

 「あーはっはっはっ!この私と遭遇したのが運の尽きよ!大人しく消滅し」

 

 「やめんか」

 

 もうどっちが悪者か分からない。カズマがアクアの頭を叩き、とりあえず魔法を止めさせる。

 

 「何すんのよ!もう少しで、リッチーを成敗出来るとこだったのに!」

 

 「とりあえず事情くらい聞いてやれよ。それと、お前の魔法でウィスパーとジバニャンも昇天しかかってんだよ」

 

 近くにいたウィスパーとジバニャンも巻き添えをくらい、魂が体から抜け出して天に昇ろうとしている。ダクネスとめぐみんが二人の魂を掴んで、なんとか止めていた。

 

 「し、死ぬかと思ったニャン…!」

 

 「お花畑が見えたでウィス〜…」

 

 「あ、なんかごめんね…」

 

 気を取り直して、カズマはリッチーとやらの女性に話しを聞く。

 

 「助けていただき、大変ありがとうございました。私はウィズ(・・・)、ノーライフキングをやっています」

 

 「ウィズはここで何」

  

 「ほうほう、あなたウィズと言うんでウィス?」

 

 似たような名前でシンパシーを感じたのか、ウィスパーが会話を遮ってウィズに話しかけた。

 

 「えと…あなたは?」

 

 「申し遅れました。あたくし、妖怪執事のウィスパーでウィス。以後お見知りおきを」

  

 「は、はあ…」

  

 手書きで作った名刺を渡され、ウィズは戸惑っている。

 

 「いや〜、奇遇ですねえ。あたしウィスパー、あなたウィズさん。あたし達ぃ、気が合うと思いません?」

 

 「そ、そうですね…」

  

 気を使って同意したが、明らかにウィスパーの対応に困っている。初対面なのにこんな訳のわからない絡み方をされ、ウィズはちょっと面倒くさいと思っていた。

 

 「あそうだ!二人で妖怪の漫才ナンバーワンを決める、妖ワンに出場しましょうよ!コンビ名は、ウィズ&ウィスで」

 

 「ええ…?い、いや結構です」

 

 「まぁまぁそう仰らずに!」

 

 まるで家に急にやってくる迷惑セールス。ウィズが涙目でカズマに助けてと視線を送り、カズマもこのままでは話しが進まないのでウィズを助けてやる。

 

 「ウィスパー、邪魔」

 

 「しょぼ〜ん…」

 

 ウィスパーをどかし、ようやくウィズに事情を聞く。お金が無くて供養されない霊達に同情し、今日みたいにこっそり来て天に還してやっているそうだ。

 街のプリースト達も、お金が出ないところで働く気はないらしい。それでウィズが一人で供養してあげてるのだ。

 

 「まったく、聖職者が聞いて呆れるぜ」

 

 「守銭奴の背徳主義者ばかりなんですね」

 

 「同じ街の冒険者として情けない」

 

 「ねえ、皆。こっち見ながら言うのやめない?」

 

 ウィズの事情は分かったが、それはそれとしてゾンビを呼び出されるのは困る。実際にそれで討伐依頼が来ているわけだし。

 

 「でも、私が呼び起こしてるわけではないんです。私の魔力に反応して、それで勝手に…」

 

 つまり彷徨う霊がいなくなれば、ウィズがわざわざここに来る必要もなくなる。そしてゾンビが現れることもなくなる。

 

 「というわけで、頼んだぞ」

 

 「へ…?」

 

 ウィズの仕事をアクアが引き継ぎ、定期的に除霊することに決まった。ウィズを倒せなくてアクアは納得していなかったが、めぐみんが言うにはリッチーはかなり強力なアンデッドらしい。

 もし戦っていたら、確実に犠牲が出ていたであろう。

 

 「それにしても残念でウィスね〜。是非ウィズさんとあたしで、妖魔界を爆笑の渦に巻き込むコンビを結成したかったでウィスのに」

 

 「ウィズ&ウィスで?コンビ名からしてダサいぞ」

 

 「ウィスパーがいるから絶対売れないニャン」

 

 「確かに、ウィズだけ人気出そうだな」

 

 ウィズは人気が出て引っ張りだこになり、ウィスパーだけピンで売れない芸人。それを想像してカズマとジバニャンは笑っており、ウィスパーは絶対に売れて人気妖怪になるとキレたのだった。

 

 「総入れ歯、いやそういえば、結局クエストの報酬はどうなったんでウィス?」

 

 「あ」

 

 「ただ働きだったニャンね」

 

 

 

 

 

 



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ウィスパーの廃城散策

 「ウィスパー、新しい杖買ったんです。一発エクスプロージョンさせてください」

 

 「嫌でウィス!なにどこぞのガキ大将みたいなこと言ってんですか!?」

 

 「冗談ですよ。せっかくの新品を、ウィスパーなんかに使うわけないじゃないですか。もったいない」

 

 「それはそれで複雑な気分でウィス…」

 

 キャベツの報酬でめぐみんは新しい杖を買い、その色艶にうっとりして頬ずりしている。ダクネスも鎧を新調したが、カズマに褒めて貰えず興奮していた。

 

 「カズマ!さっそくクエストに行きましょう!雑魚モンスターを一掃するクエストが良いです!」

 

 「いいや、どうせ戦うなら強い奴が良い。一撃が重くて、体の芯まで衝撃を届かせてくれるモンスターに会いに行こう!」

 

 新しい装備を早く試したいのか、二人はうずうずしている。クエストにやる気なのは結構だが、カズマは一人ため息を吐いた。

 

 「盛り上がってるところ悪いが、クエストは当分無理だぞ」

 

 「え?」

 

 「な、何でですか!?」

 

 カズマがさっき受付のお姉さんに聞いたところ、どうやらこの街の付近に魔王軍幹部が住み着いてるらしい。それを怖がって近くの弱いモンスターは逃げ出し、残っているのは駆け出しには不可能の高難度クエストばかり。

 

 「つまり、凄腕の冒険者が派遣されるまで、私達の出番はないということか」

 

 「えー。せっかく新品の杖で爆裂魔法出来ると思っていたのに、つまんないですよぉ」

 

 めぐみんが頬を膨らませているが、こればっかりはしょうがない。元の状態に戻るまで、各自自由行動になった。

 

 「そういうことならカズマ。妖怪の中に、剣の達人はいるか?いたら紹介して欲しいんだが」

 

 「いいけど、なんで?」

 

 「クエストが無い間は、実家に帰って剣の修行をしたいんだ。そういう妖怪に教えて貰えれば、私の攻撃もマシになるかと思って」

 

 確かに、ダクネスの攻撃がいつまでたっても当たらないのは問題だ。ダクネスなりに色々考えてるらしく、カズマは快く協力した。

 

 「ブシニャンでござる」

 

 「ブシニャン?ジバニャンと似てるな」

 

 「ジバニャンのご先祖様だからな。剣、というか刀だけど、ソードマスターくらいの力はあると思うぞ」

 

 ソードマスターは文字通り剣の達人。そんな達人に教えて貰える機会なんて滅多にない。ダクネスは喜んでカズマにお礼を言った。

 

 「話しはカズマから聞いたでござる。ダクネス、某の修行は厳しいぞ。ついてこれるか?」

 

 「ああ!どんなキツい修行でもドンと来いだ!はぁ…はぁ…!」

 

 厳しい修行と言われ、ダクネスがまた変な妄想をしている。

 

 「…か、カズマ。この者、大丈夫でござるか?」

 

 「大丈夫ではないけど、気にするなブシニャン。悪いやつじゃないから」

 

 初めて真正のMを見て、ブシニャンはダクネスを気味悪がっている。

 

 「こ、こほん。では行くぞ。ダクネス、某について参れ」

 

 「心得た!ブシニャン殿!」

 

 「某のことは師匠と呼べ!」

 

 「はい!ブシニャン師匠!」

 

 走っていくブシニャンの後を追いかけるダクネス。二人の姿が見えなくなるまで、カズマ達は見送った。

 

 「さて、俺もやることがないし、適当にバイトでも…」

 

 「カズマ、暇なら私に付き合って欲しいのです」

 

 「俺に?」

  

 「おやおや〜?付き合って欲しいって、めぐみんたんおデートのお誘いでウィス〜?いや〜、カズマきゅんも幸せ者で」

 

 「ふん!」

 

 「ホームラーーン!!」

 

 デリカシーの欠片もないお邪魔虫のウィスパーを、めぐみんが豪快なフルスイングでふっ飛ばす。ウィスパーはギルドの窓を割り、キラーンと星になった。

 

 「そ、そういう意味じゃありませんから。カズマには、日課の爆裂魔法の手伝いをして欲しいのです」

 

 「あ、ああ。分かった」

 

 めぐみんは、一日に一回は爆裂魔法を撃たないと気が済まない。たとえクエストが無い日でも、爆裂魔法は欠かした事はないのだ。

 

 「そういえば、アクアはどうしたのです?まだ姿を見ませんが」

 

 「ああ、あいつは俺に借金を返すためバイト中だ。ついでに見に行ってやるか」

 

 アクアはカズマにツケを払って貰った借金をしており、近所の八百屋でバイトをしている。めぐみんの爆裂魔法に付き合う前に、アクアにもクエストが無い事を知らせておく。

 

 「いらっしゃーい!新鮮な野菜がいっぱいあるわよー!そこのお兄さん!今野菜を買うと、もれなく無条件で我がアクシズ教に入れてあげる!」

 

 「い、いや…自分エリス教なんで」

 

 「はああん!?エリス教なんて、あんなパッドの女神の事信じてんの!?悪いことは言わないわ、アクシズ教に宗旨変えしなさい。そうすれば、あなたの人生はより良いものに…」

 

 「アクアさん、ちょっと」

 

 強引な客引き&勧誘で、アクアは店長のおじさんに怒られた。怒られたアクアは半泣きになっており、納得いかないとぷんぷんしながら野菜を売っている。

 

 「おーい、アクアー」

 

 「あ、カズマ!めぐみん!どう?稼げそうなクエストは見つかった?」

 

 クエストで一発稼げるなら、ちまちまとバイトなんかしなくて済む。ワクワクしながら聞いたアクアだが、カズマは落ち着いて状況を説明する。

 

 「それなんだが、かくかくしかじかというわけだ」

 

 「カズマ、それじゃあ何も分かりませんよ」

 

 「ええ?!魔王軍幹部がこの付近に住み着いて、高難度のクエストしか無くなったって!?」

 

 「何で分かるんですか」

 

 地味なアルバイト生活が長引くことが確定し、もし相手がアンデッドなら成敗してやると、アクアは指の関節を鳴らした。

 

 「まあ、そういうわけだから、俺への借金返済頑張れよ」

 

 「…か、カズマさん。私達、パーティーメンバーの仲じゃない。ちょっとくらい大目に見てくれても…」

 

 「店長さーん。こいつひたすらこき使ってくださーい」

 

 「か、カジュマしゃああああん!!」

 

 アクアの叫びを無視して、カズマはめぐみんと共に移動する。めぐみんの爆裂魔法は威力が高いため、辺りに被害が出ないよう街から離れる必要がある。

 

 「なあめぐみん、何で俺が付き合う必要があるんだ?別にジバニャンでもいいだろ」

 

 「ジバニャンじゃ小さくて、私を運べないじゃないですか」 

 

 爆裂魔法を撃つと、めぐみんはしばらく動けなくなる。カズマはその運び役として連れてこられたわけだ。

 

 「そもそも、今日ジバニャンいないじゃないですか。どこに行ったんです?」

 

 「あー、確か今日はニャーケービーのライブがあるから、夜までは帰らないって言ってたな」

 

 「にゃ、ニャーケービー?」 

 

 ニャーケービーとは、日本で大人気のアイドルグループ。ジバニャンはそこのファンクラブに入ってるくらい、筋金入りの大のファンである。ライブの日はうんがい鏡を使って日本に戻り、元気にサイリウムを振り回しているのだ。

 

 「お、カズマ。ちょうど良い感じの廃城がありますよ」

 

 二人の視線の先に、崖の上にそびえ立つ廃城が見える。寂れてはいるが、大きさは中々の立派なお城だった。

 

 「廃城ではありますが、この新品を試すには申し分ないお城ですね」

 

 確かにお手頃な大きさの城だが、万が一誰かがいたら大変だ。もしかしたら、ホームレスのおじさんとかが住んでるかもしれない。

 

 「でも、調べるには遠いですよ。それに、私は一刻でも早く爆裂魔法を撃ちたいのです」

 

 まるでご飯を待たされる犬のように、めぐみんは早く撃ちたそうにウズウズしている。

 

 「うーん、誰かすぐに調べてくれる奴がいると助かるんだが」

 

 「そんな都合の良い人がいるわけ…」

 

 「ただいまでウィス〜。もう〜、めぐみんさん。もうちょっと手加減してくれても良いんじゃありません?危うくお星様になるところでしたよ」

 

 「「いた」」

 

 「え?何がでウィス?」

 

 めぐみんにふっ飛ばされたウィスパーが、ちょう良いタイミングで戻ってきた。

 

 「ウィスパー。ちょっとあの城に行って、誰かいないか見てきてくれ」

 

 「ええ〜、あの城なんか不気味で嫌なんでウィスけど…」

 

 「敏腕妖怪執事のウィスパーにしか、頼めない重要なことなんです」

 

 「是非あたくしにお任せくださウィッス」

 

 ウィスパーが敏腕執事なんてめぐみんは当然思ってないが、チョロいウィスパーは喜んで廃城まで飛んで行った。

 

 「ごめんくさーい、お邪魔しまウィス〜」

 

 廃城の大きな門をすり抜け、ウィスパーは中に入る。陽の光が殆ど届いていない中は、昼間だというのに不気味に薄暗かった。

  

 「…うぅ〜、お化けが出そうで怖いでウィス〜」

 

 妖怪なのにお化けを怖がるウィスパー。怯えながら城の中を見て回り、無人の廃城だと確認する。

 

 「ふぅ、どうやら誰もいないようで…ぎゃあ!」

 

 目の前に誰かがいると思ってびっくりしたが、よく見ると甲冑を来た兵士の銅像だった。

 

 「なんだ〜、ただの銅像でウィスか。ぷぷっ!この銅像、自分の頭を脇に抱えているじゃあ〜りませんか。よっぽど弱い間抜けな兵士だったんでしょうね〜」

 

 こういう城に飾られる銅像というのは、威風堂々とした立派な物が普通である。首が無い兵士の銅像は、きっと戦場で活躍出来なかった兵士をモデルにしたんだろうと、ウィスパーは思わず吹き出してしまった。

 

 「さて、そろそろ戻って、カズマくんとめぐみんさんに報告を…」

 

 「待て、そこの貴様」

 

 後ろから声をかけられたが、振り返っても誰もいない。

 

 「おんや〜?気の所為ですかね?まさかこのダサい銅像が喋ったり…な〜んて、そんなわけ」

 

 「そのまさかだ。この白いほにょほにょ野郎…!」

 

 「…ウィ?」

 

 恐る恐る、ウィスパーは銅像を見る。すると、小脇に抱えてる首の目がビカッ!と光りだし、ギギギッと音を立てて動き出した。

 

 「…で、出たーーーー!!」

 

 まさか銅像が動き出すとは思わず、ウィスパーは一目散に逃げ出す。しかし、銅像がウィスパーの尻尾みたいなほにょほにょの部分をガシッ!と掴み、逃げられなかった。

 

 「…貴様。さっきは俺のことを、よくも馬鹿にしてくれたな?」

 

 「…う、ウィ、それは…その」

 

 さっきまで散々銅像のことを、弱いとか間抜けとかダサいとか言ってしまった。それを銅像はしっかり聞いており、怒りで体が小刻みに震えていた。

 

 「あー!よく見ればなんて格好いいお方!ご自分の頭を小脇に抱えるなんて、とってもキュートでチャーミング…」

 

 「今更褒めても遅いわあ!!」

 

 「ひー!ごめんなさウィスー!ちょっとした出来ごころでして、イキってすんませんでしたー!」

 

 掴まれている部分をスポッと抜き出し、ウィスパーは甲冑の兵士から必死に逃げる。

 

 「待て貴様ー!」

 

 「ぎゃー!お助けー!」

 

 甲冑の兵士が手にする剣で、ウィスパーは真っ二つにされる。しかしそれくらいでは死なないので、持っていたセロハンテープで斬られたところを貼り付けて治した。

 

 「な、何だこいつは?!何故死なん!?」

 

 ウィスパーの不死身っぷりに、甲冑の兵士も驚いている。斬っても斬っても、セロハンテープで自分の体を補修している。

 城門をすり抜け、何とか外に出たウィスパーだったが、そこでまたしても捕まってしまった。

 

 「ちょ、ちょっと離してくださウィス!」

 

 「貴様!ここが魔王軍幹部の根城と知ってのことか!」

 

 「知りませんよそんなの!あたしはただ、カズマくんとめぐみんさんに言われて来ただけで…」

 

 ……ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!

 

 「な、何だ?」

 

 「これは…はっ!ま、まさか…」

 

 突如、二人の周りだけ夜になったみたいに暗くなる。空を見上げてみると、巨大な魔力の塊が渦を巻いていた。

 

 「…あれはもしや、爆裂魔法か」

 

 「お、おい甲冑の人!さっさと逃げんぞ!このままじゃあたし達…」

 

 ウィスパーは、猛烈に嫌な予感がした。あの爆裂魔法を発動した人物は知っている。人を城に送り出しといて、まだここにいることを知っていて狙うのは、あの頭のおかしい小娘しかいないことを。

 

 「うおおおおおっ!?」

 

 「嫌ああああああ!?」

 

 ドオオオオオォォォォォンンンン!!!

 

 爆裂魔法の衝撃が周囲に振動し、小鳥達が驚いて飛び立っていく。廃城が爆炎に襲われる瞬間を、離れたところでカズマとめぐみんは見ていた。

 

 「…私の爆裂魔法で、燃え尽きるが良い」

 

 「いやいやいや、なんで撃ってるんだよ!まだウィスパーがあそこに…!」

 

 「何か問題でも?」

 

 「まあ、いいか。ウィスパーだし」

  

 ウィスパーなら、たとえ爆裂魔法を直撃で受けても死なないことを二人は知っている。待ちきれなかっためぐみんは、ついつい爆裂魔法を撃っちゃったのだ。動けなくなっためぐみんを、カズマがおんぶしてその場を去っていく。

   

 「お、おのれ…!俺の城に爆裂魔法を撃ち込むとはッ!」

 

 爆裂魔法を喰らったが、甲冑の人はまだ生きている。城も魔法耐性のおかげで、大した被害は出ていない。しかし、魔王軍幹部の城に爆裂魔法を撃ち込むというテロ行為。今は見逃してやるが、今後も更に撃ってくるようなら容赦はしない。

 魔王軍幹部、ベルディアは目に光を宿し、城に引き返して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ウィスパー、ある意味無敵、


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首無しの騎士

所々にパロディ毎回入れてるけど、皆気付いてくれてるかな?


 「ごらあ!めぐみんはどこだこの野郎!」

 

 爆裂魔法から帰ってきたカズマとめぐみんがギルドでゆっくりしていると、黒焦げのウィスパーがキレながら戻ってきた。

  

 「あ、ウィスパー。生きてたんですか」

  

 「生きてたんですか、じゃねえよ!あたしがいるのに、よくも爆裂魔法撃ってくれましたねえ!もう少しで死ぬところだったんでウィスよ!」

 

 「…ちっ。私の爆裂魔法を喰らってピンピンしてるとは」

  

 「あー!今舌打ちしましたねー!」

 

 爆裂魔法をぶち撒けておいて反省もしないめぐみんに、ウィスパーはカンカンに怒っている。

 

 「大体あーた!あたしと敬語キャラが被ってるんでウィスよ!紛らわしいので口調変えて貰えますう?」

 

 「はあ!?ウィスパーなんかとキャラ被りとか最悪です!そっちが口調変えてください!」

 

 二人でギャーギャーと言い争っているが、他の人にはめぐみんが一人で騒いでるようにしか見えない。元々めぐみんは、頭のおかしい爆裂狂い娘として認識されているから、そこまで気に留められることも無いのだが。

 

 「カズマくん!あーたからもこの小娘に何か言ってやってくださいよ!」

 

 「カズマ!この偽妖怪執事クビにしてください!」

 

 「二人とも、うるさい」

 

 カズマにとってはどうでもいいことなので、喧嘩に巻き込まれない内にバイトを探しに行く。いつまでクエストが出来ない状態が続くか分からないが、キャベツの報酬もいつかは無くなってしまう。めぐみんの日課の爆裂魔法には付き合うが、それ以外の時間はバイトをしなければ。カズマがギルドを出てからも、めぐみんとウィスパーの小競り合いがしばらく聞こえていた。

 一方。実家に帰ったダクネスは、ブシニャンと共に激しい修行に打ち込んでいる。

 

 「でっかい岩真っ二つ斬り!」

 

 ブシニャンが、自分の何倍もある大岩を両断する。

 

 「さあ、やってみるでござる」

 

 「あ、ああ。では…たあああああ!」

 

 気合を入れて岩に突進するダクネスだが、その剣は見当違いな方向にばっかり行く。動かない岩が相手なのに、全くかすりもしない。

 

 「どこ狙ってるでござる!ここ!ここでござる!」

 

 「…す、すまない。今度こそっ!」

 

 その後、何回やっても岩に傷一つ付けることは出来なかった。そこでブシニャンは、剣術よりも基本的な体力を付けさせることにした。

 

 「腕立て百回でござる!」

 

 「は、はいぃぃ!!」

 

 鎧を脱ぎ捨て、身軽な格好で腕立て伏せを開始する。ダクネスの大きな胸が地面に付いたりしてるが、ブシニャンは猫なのでそんなとこには目が行かない。

 

 「次!腹筋五百回!」

 

 「くっ…ふうぅぅんん!」

 

 「スクワット千回!」

 

 「はぁ…はぁ…んんっ!」

 

 ブシニャンの修行は苛烈を極めたが、ダクネスはめげずに毎日必死に頑張っていた。それどころか、日に日にキツさを増す修行に、逆に元気になっていたくらいだ。

 

 「ダクネス、もっと腹筋を固めるでござる!」

 

 「ぐうっ!はぁ…はぁ…なんのっ…まだまだあああああんっ!」

 

 小さい手にグローブを付け、ダクネスの腹を撃ち抜くブシニャン。強い刺激で腹筋を鍛えるトレーニングを、ダクネスは妙にニヤけながらこなしている。ブシニャンが与える過酷な修行の数々を、ダクネスは次々にクリアしていった。

 早朝ランニングをしているダクネスを、ブシニャンは傍で静かに見守る。長い階段を段飛ばしで駆け上り、朝日に向かってダクネスはガッツポーズを掲げた。

 

 「もう教えることは、何もないでござる」

 

 「ブシニャン師匠…!」

 

 共に過ごした期間は短かったが、最高の師弟だと、二人はガシッ!と固く握手を交わしたのだった。

 そして数日後、ダクネスとブシニャンは再びギルドに戻ってきた。そこにはカズマとウィスパー、ジバニャン。そして、爆裂魔法を撃ってきたばかりで疲れているめぐみんがいた。

 

 「おうダクネス、ブシニャン。久しぶり」

 

 「おや?ダクネスさん、ちょっと見ない間に、少したくましくなったんじゃないでウィス?」

  

 「ああ。ブシニャン師匠との…熱い日々の、おかげでな」

 

 「深い意味は無いでござる」

 

 頬を赤く染めて、息を乱して身体をよじらせるダクネス。数日ぶりに会ってもそこは相変わらずで、カズマは呆れた。

 

 「で、修行はどうだった?」

  

 「それについては、自分の目で確かめるでござる」

 

 「ああ、修行の成果をとくとお見せしよう」

 

 カズマ達はギルドを出て、手頃な大きさの岩のある場所まで移動する。めぐみんは疲れているから今は動けないらしく、ギルドに置いてきた。

 

 「カズマ、ダクネスの成長っぷりをよく見ておくでござる」

  

 「まさか、こんな大きな岩を斬る気か?」

  

 カズマの目の前に、自分の背丈よりも大きい岩がある。攻撃さえもろくに当たらないダクネスが、これからこの岩を斬ると思うと、カズマも少し緊張してきた。

 

 「…すぅぅぅぅ、よし」

 

 剣を抜き、息を深く吐いてダクネスは集中する。皆が見守る中、振り抜いたダクネスの剣は……ウィスパーを、斬っていた。

  

 「いやあたくしいいいいいいい?!」

 

 「…やった、遂にやったぞー!」

 

 「でかしたぞダクネスー!」

 

 「ブシニャン師匠ー!」

 

 「ちょっと待てええええええい!!」 

 

 ひしっ!と喜びを分かち合い、強く抱きしめ合うダクネスとブシニャン。しかし、真っ二つにされたウィスパーは当然納得していない。

 

 「何であたしなんですか!?どう見ても岩を斬る感じ満々だったでしょうよ!おかしいですよねカズマくん!?」

 

 「…あのダクネスが、ここまで成長するなんて」

 

 「オレっち、猛烈に感動したニャン…!」

 

 「あたしの味方ゼロおおおおお!!」

 

 何はともあれ、ダクネスの攻撃が当たるようになったのは大きな進歩だと思う。その対象は今のところウィスパーだけだが、カズマとジバニャンはダクネスに拍手した。

 

 「ったく、どいつもこいつもよー。いい加減にしろっつーの」 

 

 ウィスパーがいじけながらセロハンテープで体を引っ付けていると、突然アクセルの街に警報が鳴り響いた。キャベツ狩りの時と同じように、全冒険者は今すぐ正門前に招集せよとのことだ。

 カズマ達も急いで正門に移動すると、そこには既に沢山の冒険者が集まっていて、その中にアクアの姿も見えた。

 

 「おいアクア、めぐみんは?」

 

 「え?カズマ達と一緒じゃないの?」

 

 どうやらめぐみんはまだ来ていないようだ。それより、皆が見つめる先に只ならぬ気配を放つ者がいる。首が無く、全身を分厚い甲冑で覆った騎兵。その禍々しい迫力に、街の冒険者達は冷や汗をかいている。

 

 「俺は魔王軍幹部、ベルディア。つい先日から、この付近の廃城を根城にしている」

 

 魔王軍幹部と聞き、冒険者達に衝撃が走る。この街は魔王の城から遠く離れていて、レベルの低い駆け出し冒険者の街とも言われている。そんなところを、よりによって魔王軍幹部が現れるとは想像もしていなかった。

 

 「お前らに聞きたいことがある。飽きもせずに毎日毎日、俺の家に爆裂魔法をぶっ放してる大馬鹿野郎は、どこのどいつだああああああ!」

 

 爆裂魔法と聞き、カズマは猛烈に嫌な予感がした。何しろ、その張本人を知ってるから。この数日、自分も一緒に日課に付き合ってたから間違いない。しかし、まさかあの廃城に魔王軍幹部が住んでるなんて思わないじゃないか。

  

 「どうした!この中にいるのは分かっている!大人しく名乗り出ろ!」

 

 周りの冒険者達がざわつき始める。このままでは、イライラしているベルディアが何をしでかすか分からない。魔法使いの女の子が一人いたが、爆裂魔法は使えないと必死に否定した。

 

 「ふん、誰も名乗り出んとは。この街の冒険者は、とんだ腑抜け揃いのようだ。まあ、無理もない。魔王軍幹部の前に出てくるなど、相当の覚悟が必要だろう。そんな勇気のある者が、こんな駆け出しの街にいるわけ…」

 

 その時、正門が重い音を立ててゆっくりと開いていく。皆が視線を集めるその先に、一人の少女が立っていた。

 

 「…我を呼んだのは、あなたですか?」

 

 その少女は羽織っているマントを勢い良く翻し、高らかに名乗りを上げた。

 

 「我が名はめぐみん!アークウィザードにして、最強の爆裂魔法を操りゅっ…!」

 

 噛んだ。せっかく格好良く登場して、皆の注目を浴びる中で名乗りを上げたかったのに。

 めぐみんは恥ずかしいのか、カ〜ッと顔を赤くする。気不味さを紛らわすように、コホンと咳払いを一つして、改めてもう一度名乗りを上げた。

 

 「我が名はめぐみん!アークウィザードにして、最強の爆裂魔法を…操る者!!」

 

 噛まないようにちょっと間を開けたが、何とか最後まで言い切った。格好良く登場することが出来て、決まった…!と小声で呟いた。

 

 「や、やっぱりこの子だったか」

 

 「よく考えたら、爆裂魔法を使えるのはめぐみんくらいだもんな」

 

 「確か今は、カズマと同じパーティーに…」

 

 他の冒険者達の視線から、カズマはサッと目をそらす。

 

 「…し、知らない。あんな恥ずかしい子、俺は知らない」

  

 同類だと思われるのが恥ずかしく、カズマは他人のふりをした。

 めぐみんはベルディアに向かって歩いて行き、周りの冒険者達が道を開ける。

 

 「お前か、俺の城に爆裂魔法を撃ち込んでいたのは」

 

 「…え、ええ。そうですよ。それが何か?」

 

 ギロリと睨みを効かせるベルディア。魔王軍幹部の威圧に、めぐみんは小さく汗を流す。

 

 「よくも人んちにポンポン爆裂魔法を撃ち込みよって…!一体、何が狙いなんだ?」

 

 「…ふ、作戦ですよ」

 

 「作戦?」

 

 作戦?とカズマも首を傾げる。毎日めぐみんの爆裂魔法に付き合っていたが、ただの日課で作戦なんて大層なものは無かった筈だが。

 

 「あなたを誘い出す為に、わざと爆裂魔法で挑発してたのです。まんまと引っかかりましたね」

 

 「何ぃ?」

 

 まずい、ベルディアが苛立ち始めている。魔王軍幹部を本気で怒らせたら、ここにいる全員ただじゃ済まないだろう。これ以上怒らせないよう、カズマはめぐみんを呼び戻そうとした。

 

 「全ては作戦通り、ですよね? カズマ!」

 

 「え!?」

 

 いきなり名前を呼ばれ、カズマは思いっきりビックリした。

 

 「ほう…?貴様の策だと?」

 

 「い、いえいえいえいえ…!お、俺は何も」

 

 身に覚えのない容疑をかけられ、カズマは必死に首を横に往復させる。

 

 「お、おいめぐみん!変なこと言うんじゃねえ!」

 

 「大丈夫です、私に任せてください」

 

 ビッ!と親指を立てて、めぐみんが自信ありげに微笑む。何か考えがあるのだろう、とりあえずカズマは様子を見守った。

 

 「俺を誘い出したからと言って、倒せるとでも思っているのか?」

 

 「思ってますよ。今ここには、街の冒険者が勢揃いしてます。そして、随一の魔法使いである私もいます。どう考えても、あなたに勝ち目はありません。ですよね? カズマ!」

 

 「だからっ!俺の名前を出すんじゃねえええ!!」

 

 結局めぐみんに大した作戦はなく、カズマも共犯にして罪を軽くしようという安易な考えだけだった。

 

 「さあ、観念してください!カズマの作戦で、あなたは袋のネズミです。カズマにかかれば、あなたなんか敵じゃありません。今こそ、カズマ率いる冒険者の力を…」

 

 「連呼するな!」

 

 「カズマとやら、死ぬ覚悟は出来てるんだろうな…?」

 

 「覚えられたじゃねかよおおお!!」

 

 魔王軍幹部に名前を覚えられ、カズマは膝から崩れ落ちる。しかし、ベルディアは今日は抗議に来ただけで、冒険者達をどうこうするつもりは無かったみたいだ 駆け出しの街のレベルの低い冒険者なんか、相手しても仕方ないというとこだろう。

 

 「今回は大目に見てやる。次からは、もう二度と人んちに爆裂魔法を…」

 

 「無理です。一日一回は、爆裂魔法を撃たないと死ぬ病気にかかってますので」

 

 もちろん、そんな病気なんてあるわけない。せっかく何事もなく帰ってくれそうだったのに、めぐみんのこの一言でまた事態が一変した。

 

 「…大人しく、家で震えてれば良いものを。小娘、貴様には苦痛が必要みたいだ」

 

 「まずいっ…!めぐみん、逃げろおおお!」

 

 嫌な予感がしてカズマが叫ぶが、ベルディアがめぐみんに向かって魔法を放つ。しかし、間一髪のとこでダクネスが間に入った。

 

 「ぐあああっ!!」

 

 「ダクネス!?」

 

 めぐみんの代わりに魔法を受けだダクネスが、力なく地面に倒れる。

 

 「あと、ついでに貴様も」

 

 「おんぎゃああああああ!?」

 

 「ウィスパー!?」

 

 何故かついでに、カズマの隣にいたウィスパーも魔法をくらった。

 

 「何で?!何であたくしまで!?」

  

 「なんか、ムカつくから」

 

 「そんな理由で!?」

 

 ベルディアが二人に放ったのは、一週間後に相手を呪い殺す死の魔法。呪いを解きたければ、それまでにベルディアを倒さなくてはならない。

 

 「…なるほど、私はあと一週間も生きられるのか」

 

 「だ、ダクネス…?」

 

 ダクネスが心配で、カズマも近くに駆け寄る。

 

 「ああそうだ。一週間、死の恐怖に怯えて震えるが良…」

 

 「…つまり貴様は、一週間も私を責め続ける気だな?」

 

 「え?」

 

 ダクネスに変なスイッチが入った。その意味を理解してしまう自分が悲しいと、カズマは思った。

 

 「呪いを解いてほしくば、俺の言うことを何でも聞けと。どんなハード系だって、思いのまま。そう言いたいわけか。ふ、とんだ変態だな」

 

 変態はお前だ。カズマは心で強く思う。

 

 「しかし、私の体は良いように出来ても、心まで屈服するつもりはない。というわけでカズマ…行ってくりゅ」

 

 「待て」

 

 この時ばかりはベルディアに同情した。スイッチが入ったドMはある意味無敵。ベルディアは巻き込まれないうちに、城に引き返して行った。

 

 「ちょっと、あいつの城にカチコミに行ってきます」

 

 ダクネスが呪殺魔法を撃たれた事に責任を感じて、めぐみんは一人でベルディアの城に乗り込むと言い出した。今日の分の爆裂魔法は既に撃ってるから、今日はもう使えない。それでも、じっとなんかしていられなかった。

 

 「めぐみん!オレっちも行くニャン!」

 

 「…ありがとうございます。でも、危ないですから、私一人で行きますよ」

 

 「危ないなら、余計に一人で行かせられないニャン!オレっちが、めぐみんをお守りするニャン!」

 

 「ジバニャン…」

 

 ジバニャンの気持ちが嬉しく、めぐみんはそっと優しく頭を撫でてあげた。

 

 「ジバニャンだけにいい格好させられるかよ。俺も少なからず、責任あるしな」

 

 「カズマ…二人とも、ありがとうござ」

 

 「えいっ、呪い解除」

 

 カズマ達が盛り上がってるところ、なんとアクアがあっさりとダクネスにかけられていた呪いを解いてしまった。仮にも女神、こういうことは得意中の得意だった。

 

 「私を誰だと思ってんの?女神よ女神」

 

 「あ、はい…」

 

 「ささ、一件落着したし、パァーッと皆で飲みましょう!」

 

 ベルディアもいなくなり、ダクネスの呪いも解呪した。周りの冒険者達も盛り上がって、アクアは楽しそうに宴会芸を披露する。 

 カズマ達は肩透かしを食らった気分だったが、結果オーライと顔を見合わせて笑ったのであった。

 

 「…あのー、あたくしの呪いも解いて欲しいんでウィスけど」

 

 

 

 

 



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最凶の妖怪

 「今日は天気良いなあ、絶好のクエスト日和だ」

 

 快晴。雲一つなく、太陽が明るく輝いている。カズマ達はとあるクエストに出発しており、今は目的地まで移動中だ。

 

 「…私の心は曇り空なんだけど」

 

 「何だよアクア。俺の考えた作戦に文句あるのか?」

 

 アクアは今、頑丈な檻に閉じ込められて、荷台で運ばれている。何故こうなったかと言うと、いい加減バイト生活に嫌気が指したアクアが、高難度のクエストを受けようと言い出した。

 湖の水を浄化するクエストだが、当然そこに生息しているモンスターに襲われる危険がある。だから安全の為に、アクアを檻に入れているのだ。決していじめているわけではない。

 そして、一行は湖に到着。アクアを檻ごと湖に入れ、カズマ達は少し離れた所で様子を見守る。

 

 「…なんか、紅茶のティーバッグの気持ちが分かった気がする」

 

 湖に体を浸けているだけで、水の浄化は出来る。後はこれで、浄化が完了するのを待つだけだ。

 

 「何か起こるまでは、あたしたちは暇でウィスね」

 

 「ふわぁ〜、オレっちお昼寝するニャン…」

 

 モンスターが出てきてアクアがピンチになったら、カズマ達が一気に檻を引き戻す作戦だったが、開始から数十分。特に変わった様子はない。

 

 「アクアー、トイレ大丈夫かー?」

 

 「はあ!?と、トイレとか、一度も行ったことないんですけど?!」

 

 アクアの謎の強がりに、はいはいとカズマは受け流す。

 

 「まったく、アクアは強がりですね。まあ私も、トイレなんて行きませんが」

 

 「お二人は昔のアイドルでウィスか」

 

 「わ、私もトイレは行かな…行か」

 

 ダクネスは流石にちょっと恥ずかしいのか、このノリに上手く乗り切れていない。

 

 「無理するなダクネス。こいつらには今度、一日じゃ終わらないクエストを…」

 

 いや、待てよ。この時、カズマはあることを思い付いた。変に強がったアクアとめぐみんの二人には、時間のかかるクエストを受けて、どこまでトイレを我慢出来るか確かめてやるつもりだった。

 だが、今度と言わず今すぐにでも確かめる方法があるではないか。

 

 「…へ〜、二人はトイレ行かないんだあ」

 

 「はっ?!」

 

 ウィスパーだけが、カズマの考えてる事が何となく分かって冷や汗をかいた。我がご主人様ながら、この悪そうな表情。これは間違いなく、良からぬ事を考えてる顔だ。

 

 「アクアさん、めぐみんさん!悪いことは言いませんから、さっきのセリフ今すぐ取り消した方がいいでウィスよ!」

 

 「はあ?べ、別に。本当のことだもん」

 

 「そうです。紅魔族は、トイレなんか行きません」

 

 「そんなこと言ってる場合じゃ…あ!ほらほら、カズマくんがあの妖怪を召喚しようとしてますよ!」 

 

 ウィスパーの忠告を二人は無視し、カズマはポケットから一枚のメダルを取り出す。トイレなんか行かない、つまり催したことが無い。そう言ってしまった二人に、カズマはあの妖怪を召喚した。

 

 「出てこい、モレゾウ!」

 

 ウォッチから光が反射し、その中から妖怪が出現する。

 

 「も、モレゾウ?」

 

 「な、何ですかこの妖怪は。よく分かりませんが、物凄く嫌な予感がするのですが…」

 

 カズマが召喚したのは、ゴーケツ族のモレゾウ。小さい象みたいな可愛らしい妖怪だが、実は恐ろしい能力を秘めている。

 

 「モレゾウ、アクアとめぐみんに取り憑いて」

 

 「「!!」」

 

 モレゾウに取り憑かれたアクアとめぐみんは、急に足の間に手を挟んでもじもじし始めた。

 

 「こ、これは…」

 

 「まさか…」

 

 嫌な汗が二人の背中に流れる。モレゾウがどんな妖怪か分かったようだが、もう遅かった。モレゾウは人に尿意を催させる妖怪。取り憑かれたら最後、凄くトイレに行きたくなってしまうのだ。

  

 「あーー!ちょっ…待っ…あーーー!!」

 

 檻の中だから為す術もなく、ひたすら檻をガンガン揺らして尿意に耐えるアクア。

 

 「か、カズマ…!この妖怪、早く…どこかにやって…ください…!!」

 

 めぐみんは涙目で顔を赤く染め、両足で地面をトントン踏み鳴らして我慢している。

 

 「ん〜?紅魔族はトイレ行かないんじゃなかったっけ〜?」

 

 「〜〜〜〜!!そ、それは…」 

 

 ちょっと強がっただけなのに、こんないたずらされるとは思わなかった。今思うと、何であそこで変な意地張ってしまったんだろう。今はそれを凄く後悔している。

 

 「うぅ〜!は、早く…!謝りますからぁ…」

 

 「カズマくん。意地悪もそれくらいにしなきゃ駄目でウィスよ」

 

 「ウィスパーの言う通りだ。けしからん、実にけしからん。そういう役目は、次から私に回してくれ」

 

 「ダクネスさん、ちょっと黙っててくれません?」

  

 そろそろめぐみんも本当に限界のようなので、カズマはモレゾウからめぐみんを開放してやる。このままだと、しばらくめぐみんと口を聞いて貰えなくなりそうだし。

 

 「…ふー、助かりました。まったく、カズマは意地悪ですね。危うくもう少しで…」

 

 「え?もしかしてちびっちゃいました?めぐみんさ」

 

 この直後、ウィスパーの顔面にめぐみんの右ストレートが炸裂したのは言うまでもない。

 

 「…前が見えねえでウィス」

 

 「さて、次はあっちか。そろそろ許してやるかな」

 

 カズマの気も済んだので、アクアの方もモレゾウから開放してやる。と思ったら、何か様子がおかしい。さっきまでギャーギャー喚いていたのに、今はすっかり静かになっている。

 

 「…まさか」

 

 嫌な予感がして、カズマ達は近くまで様子を見に行った。

 

 「お、おい。アクア…」

 

 「…しばらく、ここから出たくない」

 

 文字通り身も心も塞ぎ込んでしまった。アクアの目が完全に死んでいる。湖の浄化が予定より早く済んでいるのは、気の所為だと思っておこう。

 

 「…カズマくん。後でちゃんと、謝りましょうね」

 

 「…そうだな」

 

 流石にやり過ぎたと、カズマも反省した。湖の浄化も終わり、カズマ達は街に帰ってきた。アクアはまだ檻の中から出たがらず、周りの人の奇怪なものを見る視線が痛い。

 今回の報酬は、話し合いでアクアが総取りして良いことになったが、まだ気が晴れないみたいだ。

 

 「おーいアクアー、いい加減出てこいよ。俺が悪かったって」

 

 「…嫌、私はこのまま売られていくのよ」

 

 どこにだ。とツッコミそうになったが、ここはグッと堪える。

 

 「帰ったらシュワシュワ奢ってやるよ」

 

 シュワシュワという単語に、ピクッとアクアが少し反応した。良かった、このままずっと暗かったらどうしようと思った。酒さえ与えておけば、後は自然と元通りになるだろう。

 

 「女神様!?女神様ですよね?!」

 

 「何だ?」

 

 振り返ると、豪勢な鎧を着た男がアクアを呼んでいる。その口振りからして、アクアと知り合いなのだろう。

 

 「何で女神様がこんな檻の中に!?ともかく、今出してあげますからね!」

 

 その男はなんと、素手で檻をこじ開けた。物凄い怪力の持ち主だと、カズマ達は驚く。

 

 「さあ女神様、こちらへ」

 

 優雅に手をアクアに差し伸べるが、ダクネスがその手を振り払う。

 

 「私の仲間に、気安く触れるのはやめて貰おうか」

 

 普段は変態な行動ばかり目立つが、仲間に怪しい奴が近付くのは見過ごせない。ダクネスはアクアと相手の男の間に割って入った。

 

 「おいアクア、誰なんだよあいつは。女神様とか言ってるし、お前の知り合いか?」

 

 「…え、女神?誰が?」

  

 「いやお前だお前」

 

 数秒の沈黙の後、アクアがハッと何かを思い出すように立ち上がった。

 

 「そうよ、私は…痛っ!」

 

 勢い良く立ち上がったせいで、檻の天井にゴンッ!と頭をぶつけた。涙目でタンコブを擦って、天井に気を付けて中腰で檻から出てくる。

 

 「そうよ、私は女神よ。女神扱いしてくれる人が全然いないから忘れてたわ」

 

 「忘れんなよ」

 

 「さあ!この女神様に何のご用かしら!」

 

 自分の存在を思い出し、女神らしく堂々と胸を張って腕を組む。目の前の男と目が合い、アクアは首を傾げた。

 

 「どちら様?」

 

 「ミツルギです!あなたに魔剣グラムを頂いた…」

 

 「ミツル…ギ?魔剣グラ…ム?」

 

 まるで初めて聞いたかのように、アクアの頭に疑問符が浮かんでいる。どうやらアクアは完全に覚えてないらしく、ミツルギという男は項垂れた。

 

 「あらら、アクアさんはすっかり忘れちゃってるみたいでウィスね」

 

 「まあ、何人も送ってるみたいだから、よっぽど印象の強い人以外覚えてなくて当然ニャン」

 

 「てことは、こいつも俺と同じ転生者か」

 

 改めて、カズマはミツルギと自分の装備の違いを見比べる。見るからにお高そうな鎧に、転生特典で貰ったチートの剣。きっとこいつは、大した苦労もなく異世界を満喫してきたのだろうと、少しムカついてくる。

 アクアから現在の状況を聞いたミツルギが、突然カズマに掴みかかってきた。

 

 「君は女神様をいったい何だと思っているんだ!」

 

 「ちょ、ちょっと待ってよ。確かに最初は困ったけど、今はもう楽しく暮らしてるし。カズマも…そこまで悪い人じゃないのよ。多分。今日のアレは流石に堪えたけど…」

 

 「おい、ちゃんとフォローしろ」

 

 アクアが間に入って宥めてくれるが、ミツルギは手を離そうとしない。

 

 「おい、いい加減にしろ。初対面で、礼儀知らずにも程がある」

 

 「あたしのカズマきゅんに、何してくれちゃってんですかあ?おう?」

 

 ウィスパーが見えていないのを良いことに、ミツルギにガンを飛ばしている。

 

 「カズマ、こいつにオレっちの百裂肉球かましてもいいニャン?」

 

 「私の爆裂魔法も撃っていいですよね?」

 

 指をボキボキ鳴らして、既に臨戦態勢のジバニャンとめぐみん。特にめぐみんに爆裂魔法を撃たれると、辺り一帯が吹き飛んでしまうので、それはやめろとカズマは二人を落ち着かせる。

 

 「君たち、こんな最弱冒険者と一緒で辛かっただろう。僕のパーティーに入れば、もっと良い装備を買ってあげるよ。ん?どうだい?」

 

 あまりにもキザな成金野郎全開なセリフに、めぐみん達はドン引きした。

 

 「ちょっと、何あの人。私が言うのもなんだけど、まじアレなんですけど」

 

 「私は基本受け専門だが、今ばかりは攻めに回りたい」

 

 「そろそろ、撃っていいですよね?爆裂してもいいですよね?」

 

 満場一致でミツルギは嫌という結論になった。ここまであからさまな誘い方では、そりゃ振られるのも当然だろう。

 

 「カズマくん、そろそろ行きましょ」

 

 「こんなやつ相手にしてもしょうがないニャン」

 

 「そうだな。じゃ、そういうことで」

 

 この場を去ろうとするカズマ達だが、ミツルギがその前に立ち塞がった。

 

 「…まだ何か?」

 

 そうは言いつつも、この後の展開は大体分かっている。この手のタイプは、欲しい物は自分の手にするまで諦めないのだ。

 

 「女神様を、こんなパーティーに置いておけない。悪いが、僕と決闘してもらう」

 

 「ほんとに悪いぞ」

 

 「僕が勝ったら、女神様を僕のパーティーに入れて貰う。君が勝ったら、何でも言うことを…」

 

 「先手必勝!!」

 

 「え?」

 

 言い終わる前にミツルギの隙きを突き、剣で襲いかかる。突然始まった決闘に、言い出しっぺのミツルギは防戦一方。最終的にはスティールで剣を取られ、頭に一撃を喰らってミツルギが負けてしまった。

 剣の腹で叩いたから、死んではいない。

 

 「結構呆気なかったニャンね」

 

 「それにしても、いきなり不意打ちを決めるとは、流石カズマくんでウィスね」

 

 「油断してるこいつが悪いんだよ」

 

 チート武器を持ってるから、絶対に勝てると高を括っていたのだろう。決闘に卑怯もくそもない。むしろ、チート武器持ちで冒険者に決闘を挑むこいつの方が卑怯と言うものだ。戦利品として、魔剣グラムはカズマの手に渡った。

 

 「ぐ…ぐぐ。おのれ…」

 

 「うおっ、しぶといな」

 

 頭に大きなタンコブを作って、ミツルギが何とか起き上がった。

 

 「ま、まだだ…まだ負けてない…」

 

 「往生際が悪いぞ。もう勝負は着いただろうが」

 

 「ふ、ふざけるな!あんなの認めないぞ!」

 

 やれやれ、カズマは呆れてため息をつく。仕方ない、こうなったらもう一発お見舞いしてやるか。そう思った次の瞬間、何かがミツルギの頭に降りてきた。

 

 「お、お前は…!」

 

 「な、何だ?どうしたんだ?」

 

 ミツルギには、その姿を確認することは出来ない。しかし、それの正体を知っているカズマ、ウィスパー、ジバニャンは戦慄している。

 

 「か、カズマくん!まずいでウィスよ!」

 

 「あいつは危険ニャン!」

 

 「くそっ!こんな時に!」

 

 「何だ!?何かいるのか!?」

 

 カズマの只事ではない様子に、ミツルギも不安に駆られる。ミツルギの頭に乗っているその妖怪は、横に広い楕円形の顔。なんと言っても特徴的なのは、大きな鼻…の穴に突っ込んだ二本の指。

 そう、彼は最凶の妖怪と言っても過言ではない。妖怪ハナホ人だった。

 

 「な、なんかまずい予感がします!逃げますよ二人とも!」

 

 「あ、ああ」

 

 「カズマ、あとよろしく!」

 

 「ああ待て!ずるいぞお前ら!」

 

 カズマ達の様子から嫌な予感を察して、めぐみん達は離れた場所まで避難する。

 

 「そ、そうだ!俺もさっさと逃げ…」

 

 「おっと、どこへ行こうと言うのかね?」

 

 カズマもこの場から逃げようとしたが、何も知らないこの馬鹿に捕まってしまう。

 

 「だああああ!どけ!今はお前に構ってる暇はないんだよ!」

 

 「ふっ。そんなこと言って、逃げようたってそうはいかない」

 

 「お前から逃げたいじゃねえ!は、早くしないと…」

 

 その時、カズマの手が勝手に動き出した。カズマだけじゃない、ウィスパー、ジバニャン、そしてミツルギ。4人は両手を組んで、人差し指を二本立てた。

 

 「こ、これは…まさか!?」

 

 ゆっくりと二本の指が、自分の2つの鼻の穴目掛けて上がってくる。ここまで来ればさすがのミツルギも、これがどういうことかは理解出来た。

 

 「き、君の仕業か!?こんな卑劣で、お下劣な真似をするのは…!」

 

 「違うわ!俺も同じ状況…だろうがっ!」

 

 精一杯力を込めて腕を押し戻そうとしているが、ハナホ人の強力な念力の前では無力。こうなったらもう、誰にも救うことは出来ない。

 

 「や、やめろ…やめてくれえええ!!」

 

 後数センチのところまで指が迫り、ミツルギは遂に叫び出す。公衆の面前、その中にはパーティーメンバーの女の子もいる。その子達の前でこんな姿、晒したくなかった。

 

 「…ウィスパー、ジバニャン。俺達、死ぬ時は一緒だ」

 

 「…でウィス」

 

 「…ニャン」

 

 カズマ達も全てを諦め、最後は悟りを開いたように、とても良い笑顔だった…………

 

 「あー、ちくしょうハナホ人め。次あったら覚えてろよ」

 

 「あいつだけは油断出来ないでウィスね」

 

 「次こそオレっちの百烈肉球お見舞いしてやるニャン」

 

 二本指で鼻をほじる3人。周りの人からの視線も、もう慣れて何とも思わなくなった。実際見られているのはカズマだけだが。ちなみに、ミツルギはすっかり肩を落として帰って行った。鼻に指を突っ込んだまま。

 

 「…ハナホ人、なんて恐ろしい妖怪なのかしら」

 

 「あいつだけは出会いたくないですね」

 

 「こ、公衆の面前であんなことを…!し、しかしあれは…いや、でも!」

 

 一人で葛藤しているダクネスは置いといて、アクア達は報酬を受け取りにギルドに向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 




どうしても湖の回ではモレゾウを出したかった。


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番外編 コマさんタクシー カズマ

番外編なので、少し短めです。このすばでコマさんタクシーは絶対やってみたかったことの一つです。


 「さて、オラ達の出番ずらね」

 

 「そうズラね」

 

 ピシッとスーツに着替え、帽子をキュッと被る2つの影。車のドアを開け、エンジンをかけて走り出す。今日もまた、一台のタクシーがネオンの輝く街をひた走っていた。 

 

 「…えーと、何で俺タクシーに乗ってんの?」

 

 今日の乗客は、佐藤和真。気付いたらタクシーに乗せられていて、どういう状況にあるのかまだ分かっていない。

 

 「心当たりがないずら?」

 

 「こ、コマさん!?」

 

 「自分が何故、このタクシーに乗せられているか」

 

 「コマじろう!?」 

 

 運転席に座り、ハンドルを操縦しているのはコマさん。助手席には弟のコマじろう。コマさんが車を運転出来ることに驚いたが、何故タクシーに乗っているのかは分からない。

 

 「…い、いや。まったく分かんねえ。俺、何かしたかな?」

 

 「何か、ずらか」

 

 「自分の胸に手を当てて、よく考えるズラ」

 

 「そんなこと言われても…」

 

 胸に手を当てて考えてみるが、やっぱり分からない。いつもは可愛らしい様子のコマ兄弟だが、今はなんか雰囲気が違う。カズマも少し不安になってきた。

 

 「実はカズマに、苦情のお便りが届いてるずら」

 

 「く、苦情?」

 

 コマさんは苦情のお便りをコマじろうに渡して、コマじろうがそれを読み上げる。

 

 「ペンネーム、クーリスさんからのお便りズラ。先日、カズマにパンツを剥ぎ取られました。凄く恥ずかしかったです。だそうズラ」

 

 「…あー、あれね」

 

 そのことはカズマもはっきりと覚えている。スティールでパンツを奪い取ったのが嬉しく、ついついはしゃいでしまった。

 

 「他にも、パンツの値段を自分で決めさせたり、お金を毟り取られて悲しかった。とも書いてあるズラ」

 

 「これが証拠の映像ずら」

 

 ピッとテレビのスイッチを入れ、その時の映像を流す。そこには奪ったパンツを振り回している様子や、全裸にすると脅してるカズマの姿があった。お便りをくれたクーリスさんの目には、プライバシー保護で黒い線が貼ってある。

 

 「女の子相手に、これはやり過ぎズラ」

 

 「ちょ、ちょっと待った!確かに、俺も少〜し悪かった気もするけど、あれは向こうから仕掛けてきた勝負だぜ?俺だけ悪者扱いはさすがに…」

 

 「他にもお便りが届いてるずらよ」

 

 「え?他にもあるの?」

 

 コマさんから手紙を受け取り、またコマじろうが読み上げる。

 

 「ペンネーム、紅蓮の爆裂少女さんからのお便りズラ。尿意を刺激する妖怪を呼ばれて、トイレを我慢させられた。最悪の場合、爆裂魔法で何もかも消し去ってやろうと思った。ということらしいズラ」

 

 テレビに映る証拠VTRに、カズマは何も言えず苦笑いを浮かべている。

 

 「最後に、ペンネーム、清く正しい水の女神さんからもお便りが届いてるズラ」

 

 「まだあるのか…」

 

 「貸したお金をいつまでも根に持って、返せ返せとうるさい。この私にお金を貸すということは、あげたと思って諦めなさい。だそうズラ」

 

 「おい!それは俺悪くねえぞ!」

 

 「これは確かに違うズラね」

 

 テレビに清く正しい水の女神さんが映っているが、前の二人と違って目線のモザイクが少しズレていた。

 

 「最後のはともかく、カズマ。女の子にはもう少し、優しくしなきゃ駄目ずらよ」

 

 「…はい、すんません」

 

 「分かればいいずら」

 

 

 佐藤和真、反省!!

 

  

 「はっ!そんなの知るか!俺は真の男女平等主義者!たとえ相手が女でも、ドロップキックくらわすのが俺だ!こんなタクシーに乗せられたところで、俺が反省するわけ…」

 

 ピッ

 

 「ぎゃあああああああああ!!」

 

 コマさんがスイッチを押すと天井が開いて、カズマの席が勢い良くバネ式になって飛び跳ねた。カズマはそのままキラーンと輝き、笑顔で星空に浮かび上がったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、次は誰がコマさんタクシーに乗るんでしょうね


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バクロ婆

 「どういうことよ!責任者出てこーい!!」

 

 アクアが何やらギルドの受付とモメている。どうやらクエストの報酬が、レンタルしていた檻の修理代で天引きされてしまったようだ。

 

 「檻を壊したのって、確かあいつだよな?」

 

 「ええ。あの人が檻をひん曲げてしまったせいで、弁償させられてるみたいでウィス」

 

 「アクアも運が無いニャンね」

 

 せっかく体を張って達成したクエストなのに、大幅に天引きされては自分が総取りした意味がない。今度出くわしたら一発ぶん殴ってやると、アクアは指の関節を鳴らした。

 

 「佐藤和真はどこだあああ!!」

 

 「お、噂をすれば」

 

 ミツルギがカズマを見つけて、こっちに向かって歩いてくる。

 

 「探したぞ!君のことは色々と聞いて…」

 

 「オラアアア!!」

 

 「ぶほおおおっ!!」

 

 早速アクアに一発お見舞いされ、ふっ飛ばされたミツルギの顔が凹んだ。アクアにしてみれば、どの面下げて現れてるんだという話だ。

 

 「よくものこのことやって来たわね!檻の修理代、30万エリス!今すぐ払いなさい!」

 

 「…は、はい」

 

 ちゃっかりと元の報酬より多い金額をせびっている。アクアの機嫌もようやく良くなり、酒を嬉しそうに呷っていた。

 

 「で、俺に何の用?」

 

 「…それなんだが、頼む!僕の魔剣を返してくれ!虫がいいのは分かってるが、そこをなんとか!」

 

 ミツルギはプライドを捨て、頭を深く下げてお願いする。あれが無いと、今後の冒険者生活に大幅に支障をきたす。チート武器頼りの転生者には、無くてはならない物なのだ。

 

 「あー、魔剣キログラムだっけ?あれなあ…」

 

 ポリポリと頬を掻き、言葉を濁すカズマ。よく見ると魔剣を持っていないことに気付き、ミツルギの額に冷や汗が流れる。

 

 「さ、佐藤和真…?僕の魔剣は?」

 

 カズマは何も言わず、フッと笑って大量にお金の入った袋を見せつけた。

 

 「どちくしょおおおおおおおお!!」

 

 ミツルギは大急ぎでギルドから出ていき、街の質屋をくまなく探し回ったのでした。

 

 「結局何だったニャン?」

 

 「さあ?」

 

 騒がしいのがいなくなり、ようやく静かに食事が出来る。と思ったら受付のお姉さんが、ギルド内の冒険者に今すぐ正門に集まるように指示を出した。特に、カズマのパーティーは絶対に行くようにと。

 

 「何で俺達だけ名指しされたんだ?」

 

 「んー、とりあえず行ってみるでウィス」

 

 正門に集まる冒険者達。その視線の先には、数日前に現れたベルディアの姿があった。

 

 「うわ、またあいつか」

 

 「ウィス〜…あたしあの人苦手なんでウィスよね」

 

 ついでに呪いをかけられたウィスパーは、ベルディアがすっかりトラウマ気味になっている。

 

 「…俺が言うのもなんだが、貴様等には人の心が無いのか?この人でなし共ォ!!」

 

 「え?な、何であの人あんなに怒ってんの?」

 

 急に現れて覚えのない怒りをぶち撒けられても、カズマには何の事だかさっぱり分からない。

 

 「しらばっくれるな!そこの紅魔の娘が、あれからずーーーっと!我が城に爆裂魔法を撃ち込んでいるのだぞ!」

 

 「…なに?」

 

 まさかの事実を伝えられ、カズマはめぐみんに視線を移す。図星なのか、めぐみんは気不味そうにさっと視線をそらした。

 

 「あちらさんはああ言ってるが、本当か?」

 

 「…し、知りません。誰かと勘違いしてるんじゃないですか?」

 

 「…ふーん。ウィスパー、あの妖怪のメダルを」

 

 あくまでもしらを切るめぐみん。白状させる為カズマはウィスパーから、バクロ婆のメダルを受け取った。

 

 「バクロ婆、めぐみんに取り憑いて」

 

 「ババーン」

 

 「ちょっ、ちょっと待っ…はい!あの人のお城に、毎日爆裂魔法を撃ち込んだのは他の誰でもない…そう!この私です!」

 

 「やっぱりお前じゃねえか!」

  

 バクロ婆に取り憑かれると、どんな隠し事も洗いざらい吐いてしまう。カズマはめぐみんの頭に、グリグリと拳を押し付けた。

 

 「痛たたたた!ご、ごめんなさい!ほんの出来心だったんです!」

 

 「ったく、何でよりによってあいつの城に撃ち込むんだ」

 

 「何で?それはもちろん、そこにお城があるからです!」

  

 「やかましいわ!」

 

 今までは草原に撃ち込むだけで満足していたが、大きくて硬い城に爆裂する快感を覚えてしまったのだろう。それはそうと、一発撃ったらダウンするめぐみんだけで犯行出来る筈がない。共犯者がいるに決まってる。

 

 「…ジバニャン?」

 

 ギクッ!ジバニャンの体がビクつく。特にめぐみんと仲が良いジバニャンは、よく一緒に行動していることも多い。

 

 「お、オレっち…何も知らないニャン」

 

 「そうか、チョコボー没収な」

 

 「アクアも一緒に行きましたニャン」

 

 「ちょっとジバニャーン!?」

 

 チョコボーの犠牲になったアクアは、カズマに頬を引っ張られて半泣きになっている。ベルディアのせいでクエストが出来なくなった腹いせに、むしゃくしゃしてやったそうだ。

 

 「次に俺の知らないとこで変なことしたら、二人ともハナホ人の刑にしてやるからな」

 

 「すみませんでしたー!」

 

 「それだけはご勘弁を!」 

 

 ハナホ人の恐ろしさを知ってる二人は、速攻で地面に手を付いて謝った。女の子にとって、ハナホ人はそれ程恐ろしい妖怪なのだ。

 

 「俺が怒ってる理由は他にもある。貴様等は、仲間の仇を討とうという気は無いのか?自分を盾にして、呪いを受けたあのクルセイダーは見事な者だ。敵ながら称賛に値する。それを貴様等は…」

 

 冒険者の群れの中に死んでる筈のクルセイダーを見て、ベルディアの口が止まる。呪いを受けて、今頃はとっくに亡き者になってる筈なのに。

 呆気にとられてるベルディアと目が合って、ダクネスは一歩前に出てくる。

 

 「魔王軍幹部にそこまで言って貰えるのは、少し照れるな」

 

 「き、貴様…!何で生きて」

 

 ダクネスにかけた呪いは、そんじゃそこらのプリーストレベルでは解けない呪いだった。しかし残念、この街には女神のアクアがいるのだ。魔王軍幹部の呪いなど、アクアにしてみれば大したことが無かったのだ。

 

 「プークスクス!ねぇ見た?あのデュラハンったら、来るわけない私達を待ち続けたみたいよ!超ウケるんですけど〜!」

 

 「無駄に煽るな!」

 

 相変わらず人の神経を逆撫でするのが好きなアクア。相手が相手だけに、カズマも冷や冷やしている。

 

 「カズマくん!これ以上あの人を怒らせたらまずいでウィスよ!」

 

 「早く謝った方がいいニャン!」

 

 「そ、そうだな。よし、ちょっと行ってくる」

 

 相手は魔王軍幹部だが、今回の件はこちらが悪い。爆裂魔法の苦情で来ているなら、一言誠意を込めて謝罪すれば、少しは機嫌を直してくれるだろう。

 

 「ふん、今になって謝罪とは。まあいい、聞くだけは聞いてやろう」

 

 「えー、この度は、俺の仲間が大変なご迷惑をかけてしまい、真に…ごめん!ごめん!一旦ごめーん!」

 

 「カズマくん!?」

 

 「何やってるニャン!?」

 

 明らかに反省の欠片もない謝罪をするカズマ。嘗めてるとしか思えない態度に、ベルディアの血管がブチブチ切れる音がする。

 

 「…貴様、ふざけてるのか?」

 

 「い、いいえ!そんなことは決して…!」

 

 自分でも何であんな謝罪をしたか分からない。これはきっと妖怪の仕業だ。あんなふざけた謝り方をさせる妖怪は、あいつしかいない。

 

 「やっぱりお前か!一旦ゴメン!」

 

 ウォッチをかざすと、黄色い布に人を小馬鹿にしたような顔の妖怪がいた。彼の名は一旦ゴメン。適当に謝って反省しない、ウザい奴を引き起こす妖怪である。

 

 「おい一旦ゴメン、今はマジでシャレにならない状況なんだよ。頼むから引っ込んでくれ」

 

 「分かった分かった〜、もうしないよ〜」

 

 お?意外に物わかりがいいか?一旦ゴメンが側を離れ、もう一度ベルディアに向き直る。怒りの黒いオーラが漂っていて、次失敗すればもう許して貰えないだろう。

 カズマは咳払いを一つして、襟を正す。

 

 「次は無いぞ。俺も忙しいんだ、早くしろ」

 

 「は、はい。この度は、俺の仲間が大変な事をしてしまい真に…ごめんごめんw一旦ごめーんw」

 

 「貴様ああああああ!!」

 

 「違あああああああう!!」

 

 一旦ゴメン、お前だけは絶対に許さない。絶対にだ。カズマは大急ぎでベルディアから離れ、アクア達の元に戻る。

 

 「もー、余計怒らせてどうするのよ」

 

 「人に謝るときは、ちゃんとごめんなさいしなきゃ駄目ですよ」

 

 「う、うるせえ!元はと言えばお前らが悪いんだろが!」

 

 アクアとめぐみんの二人だけには、文句を言われたくはない。それより、あのベルディアを完全に怒らせてしまった。もう謝っても許して貰えないだろう。

 

 「貴様らに地獄を見せてやる。来い!アンデット共!」

 

 地面から配下のアンデットナイトが続々と這い出てくる。ただでさえベルディア一人だけでも苦しいのに、数の差までこちらを上回られてしまった。

 

 「奴らを血祭りに上げろ!」

 

 ベルディアの号令で、アンデットナイトが向かってくる。身構える冒険者達。これから血みどろの大乱戦が繰り広げられる…と思ったが、アンデット達はアクア一人に群がって行く。

 

 「な、何で私だけー!?日頃の行いは良い筈なのにー!」

 

 「いや悪いだろ」

 

 アンデットの本能的に、女神であるアクアに救いを求めているのだろう。しかしこれは好都合。アクアが敵を引き付けている内に、こちらは作戦を立てられる。

 

 「めぐみん。あの群れに向かって、爆裂魔法撃てるか?」

 

 「うーん、あんなに動き回られると狙いが…」

 

 つまり、一点に集められれば問題ないということか。カズマが考えを巡らせていると、アクアがアンデットを引き連れてこっちに向ってくる。

 

 「私だけ狙われるの不公平よ!こうなったら道連れにしてやるー!」

 

 女神とは思えない言動だが、それは今に始まったことではない。

 

 「よしアクア!俺に着いてこい!」

 

 「え?わ、分かったわ!」

 

 二人でアンデットを引き連れ、ベルディアの所まで全力疾走する。そして目の前まで接近したタイミングで、カズマとアクアは素早く二手に分かれた。

 

 「馬鹿め、甘いわ!」

 

 「何っ!?」

 

 ギリギリまで引き付けて、最後はベルディアごとめぐみんの爆裂魔法で倒す算段だった。だがそれを読んでいたベルディアは、すぐにその場を離れた。

 

 「残念だったな。所詮冒険者の浅知恵よ」

 

 (しまった!ここで逃げられるとまずい!誰か、誰かあいつの動きを…)

 

 そう思った瞬間、何者かがベルディアの動きを止めた。

 

 「あたくしを、お忘れじゃありませんか?」

 

 「ウィスパー!」

 

 ウィスパーがベルディアを後ろから羽交い締めにして、逃げ出せないように引き止めている。

 

 「は、離せ!このほにょほにょ野郎!」

 

 「さあ、俺と一緒に地獄に行こうぜ」

 

 ウィスパーは、ベルディアと共に心中するつもりなのだろう。その顔は、覚悟を決めた漢の顔だった。

 カズマくん、ジバニャン、皆さん。さよならでウィス…………

 

 「カズマくん!あたしに構わずこいつを」

 

 「今だめぐみん!ウィスパーに構わずやれー!」

 

 「ってあんれえええ!?」

 

 「最高のシチュエーションです、感謝しますよカズマ!」

 

 「嘘嘘!今のは嘘ー!やっぱり構ってくださウィスー!」

 

 本当にウィスパーのことに、まったく躊躇う様子もないカズマとめぐみん。確かに格好つけて構うなと言ったが、ここまでとは思わなかった。

 

 「エクスプロージョン!」

 

 「ぐわああああああ!!」

 

 「ぎいいやああああああ!!」

 

 赤黒い爆炎が二人を包み、凄まじい爆風が吹き荒れる。地面が盛大に抉れたその場所には、立っている物陰は誰もいなかった。

 

 「…す、凄え。あの頭のおかしい子がやりやがったぞー!」

 

 「魔王軍幹部を倒しちまうなんて!」

 

 「やるじゃねえか、頭のおかしい子!」

 

 歓喜の渦に湧き上がる冒険者達。しかし頭のおかしい子呼ばわりされためぐみんは、カチンと来ていた。

 

 「カズマ、あの人達の顔と名前覚えておいてください。後で仕返しに行きますので」

 

 背中に乗るめぐみんを宥めて、カズマは辺りを見回す。アンデットを全滅させ、魔王軍幹部を一人葬った。勝った、俺達は勝ったんだ。犠牲は出したが、これでウィスパーも報われるだろう。

 雲一つない青空に、ウィスパーの笑顔が浮かんでいた。

 

 「…まさか、今のでこの俺を倒したつもりか?」

 

 「何っ!?」

 

 「配下を全滅させたのは褒めてやろう。次はこちらの番だ。精々、楽しませて貰おうか」

 

 戦いはまだ、終わっていなかった………

 

 「っあー、死ぬかと思ったでウィスー」

 

 

 

 

 



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勝利、そして

タイトルだけ真面目です。


 「ずるいぞウィスパー!お前だけあんなに楽しんで!私だって、あの衝撃を受けてみたいのに!」

 

 「全然楽しくないでウィス!こっちは命懸けだったんでウィスよ!」

 

 爆裂魔法を浴びたウィスパーを、ダクネスが羨ましがっている。

 

 「お前だけに良い思いはさせない!次は私の番だ!」

 

 「いやだから、全然良い思いじゃ」

 

 「勝負だベルディア!相手にとって不足なし!」

 

 ダクネスがベルディアに斬りかかる。ベルディアも大剣で身構えるが、ダクネスの剣は動いていないベルディアにかすりもせず、近くの岩を斬っただけだった。

 

 「…流石は魔王軍幹部、やるな」

 

 「まだ何もやってないぞ」

 

 (お前が不足だわ!んもう!仲間として恥ずかしー!)

 

 ダクネスの不甲斐なさに、カズマも目を覆いたくなった。岩を斬る程の攻撃力はあるが、相手に届かなければ意味がない。

 

 「次はこちらから行くぞ、クルセイダーよ!」

 

 ベルディアは大剣を軽々振り回し、ダクネスに襲いかかる。魔王軍幹部の名は伊達ではなく、その圧倒的な攻撃にダクネスは防戦一方だった。

 

 「どうした、その程度か?自慢の鎧が剥がれているぞ」

 

 頑丈なダクネスの鎧は所々破損しており、見るも無惨な状態だった。

 

 「…ふ。お前こそ、やっと本性を現したな」

 

 「何?」

 

 「一撃で私を葬れば良いものを、あえて鎧の一部分だけを破壊するとは。あえてそうして、より扇情的にして辱めようとする作戦か。面白い、受けて立つ!」

 

 ダクネスは両手を横に大きく開き、まるで斬ってこいと言わんばかりに攻撃を待ち受ける。

 

 「さあ!魔王軍の真の辱めを見せてみろ!私は絶対に、屈したりはしない!さあ!さあ!!」

 

 「な、何だこいつは…」

 

 「おお!相手が怯んでいるでウィス!」

 

 「ダクネスやるニャンね、カズマ!」

 

 「…そうだね」

   

 カズマは少し、ベルディアに同情した。ベルディアは真面目に戦ってるのに、ダクネスの言動のせいで変に誤解されてしまっている。

 しかし、ダクネスにベルディアが構っているおかげで、カズマも魔力を貯める時間が稼げた。

 

 「隙あり!クリエイトウォーター!」

 

 「ぬっ!」

 

 「うわっ!?」

 

 手の平から水を噴射したが、ベルディアに上手く躱されてしまう。代わりにダクネスに直撃させてしまった。

 

 「…カズマ、時と場所くらい考えてくれ。こんな時に水責めなんて、今はお前の趣味に付き合ってる暇はないんだぞ?」

 

 頬を染めて、びしょ濡れになったダクネス。そういうプレイをしていると勘違いしているみたいだ。

 

 「俺もお前の趣味に付き合う暇はねえわ!これはこうするんだよ!」

 

 先程撒いた水は布石。カズマはベルディアの足下の水溜りを凍らせ、一時的に身動きを封じることに成功した。

 

 「…ほう、考えたな」

 

 「今だ!スティール!」

 

 スティールでベルディアの剣を奪う。そういう作戦だったが、ベルディアにスティールは通用しなかった。

 

 「レベル差があるとスティールは効かない。残念だったな、小僧」

 

 「くそっ!こうなったら…」

 

 カズマはポケットから、ヨコドリのメダルを取り出そうと中を探る。しかし、他にも何枚かメダルを入れているから、どれがヨコドリのメダルか分からない。

 

 「あ、あれ?ど、どれだ?これか?」

 

 適当に取り出した一枚のメダルを、ウォッチにセットして召喚する。

 

 「カズマさん?何かご用ですか?」

 

 「お前かよ!」

 

 出てきたのは、ブキミー族のじんめん犬。眼鏡をかけたおじさんの顔をしている犬の妖怪。間違って召喚したとはいえ、何たる人選ミス。

 

 「…あー、まあいいや。人面おっさん!ベルディアを倒してくれ!」

 

 「じんめん犬!人面おっさんは普通のおっさんでウィスよカズマくん!」

 

 こうなったらじんめん犬に頑張って貰うしかない。カズマはじんめん犬をベルディアに向かわせる。

 

 「もう、妖怪使いが荒いですね。それで、そのベルディアさんはどちらで…」 

 

 「何だ貴様は」

 

 「ひいいい!何でもございませーん!」

 

 ゴゴゴゴ…!!という気迫がベルディアの背後に見える。じんめん犬は恐怖のあまり、その場から急いで逃げ出した。

 

 「じんめん犬!」

 

 「あちゃー、逃げちゃいましたね」

 

 「別にいいや。どうせ無理だと思ってたし」

 

 「え、じゃあ戦わせなくても…」

 

 じんめん犬じゃ勝てないのは最初から分かっている。今度こそヨコドリを召喚しようと、カズマはポケットの中を探した。

 

 「遅いわ!」

 

 「しまった!」

 

 カズマの隙を突いて、ベルディアが大剣を振り上げる。カズマは死を覚悟した。しかし、間一髪のところでダクネスがベルディアの剣を受け止める。

 

 「私の仲間に…手出しはさせない!」

 

 「ふ、いつまで持つかな?」

 

 ベルディアの猛攻をその身に受けるダクネス。致命傷は受けていないが、鎧がもうボロボロだ。このままでは、ベルディアの剣がダクネスの肌に届いてしまう。

 

 (まずい!これはマジでまずい!思い出せ、相手はデュラハンだ。ゲームでは何が弱点だった?)

 

 生粋のゲーマーとしての記憶を頼りに、ベルディアの弱点を模索する。

 

 「…そうだ、あいつの弱点は」

 

 カズマはポケットから、ニ枚のメダルを取り出した。

 

 「出てこい、雨ふらし!雨女!」

 

 雨ふらしに雨女。どちらも雨を降らせる妖怪。

 

 「二人とも、今から思いっきり雨を降らしてくれ!」

 

 「いいよ〜」

 

 「わ、分かりました」

 

 二人が能力を発動すると、さっきまで晴天だった空に厚い雲が覆い出す。ポツポツと小さな雨が降り始め、やがて激しいスコールを巻き起こした。

 

 「うおおっ!?急に大雨が!」

 

 「どうなってんだ!?」

 

 事情を知らない他の冒険者達は、突然の雨に驚いている。まさにバケツをひっくり返したように、ザーザーと轟音を立てて降り注いでいた。

 

 「ぐおおっ!お、おのれ!雨を降らせるとは、味な真似をッ…!」

 

 「やっぱりそうだ、あいつは水に弱い。二人とも、もっと雨を降らせるんだ!」

 

 カズマのクリエイトウォーターをベルディアが慌てて避けた時、少し違和感を感じていた。仮に直撃したところで、ベルディアなら痛くも痒くもない筈。それを上手く回避してしまったことで、自ら弱点を晒してしまったのだ。

 

 「…仕方ない。口惜しいが、ここは一度退く」

 

 「な、何ッ!?」

 

 「命拾いしたな。だが、次に会う時が貴様らの最後と知れ!」

 

 この豪雨に、ベルディアは馬に乗って逃げ出して行く。ここで逃したら駄目だ。同じ作戦は二度は通用しないだろう。雨で弱っている今が、ベルディアを倒せる絶好のチャンスなのに。

 

 「ちょっとカズマ、あいつ逃げちゃうわよ。どうするの?」

 

 「アクア!お前も一応女神なんだから、ちょっとくらい役に立て!」

 

 「むっ!失礼ね。私こそが、誰もがひれ伏す正真正銘の女神よ!見てなさい。女神が本気になれば、こんな小雨とは比較にならないくらいの水を喚び出せるんだから」

 

 水の女神としてのプライドか、雨ふらしと雨女に対抗するアクア。両手を天に掲げ、珍しく真面目な顔になる。口上を述べると、その手に力が集まっていくのがカズマにも分かった。

 

 「セイクリッドクリエイトウォーター!!」

 

 空から膨大な量の水が一気に溢れ出し、無慈悲な神の鉄槌となって降り注ぐ。その狙いはもちろん、城を目指して駆けているベルディアだ。

 

 「ぐあああああっ!?やめろおおお!!」

 

 真下にいたベルディアはその大滝に飲み込まれ、その水圧で押し潰されそうな圧迫感を受けた。

 

 「おっしゃあ!これであの首無し野郎も終わりでウィス!」

 

 「そんなこと言ってる場合じゃねえ!アクア!水出し過ぎだ!止めろおおおお!!」

 

 アクアの出した水はベルディアを飲み込んだが、そこで勢いは止まらなかった。その流れは大きな濁流となり、カズマ達冒険者に向かって来た。

 

 「うわああああっ!?」

 

 「洗濯機で洗われる服の気持ちがよく分かるでウィスーー!!」

 

 雨ふらしと雨女が降らせていた豪雨とも合わさり、水の勢いは巨大な渦になって増していく。それは固い正門までも破壊し、その破片が次々にウィスパーを襲った。

 

 「痛っ!ごふぅっ!いや、なんであたしばか…ヴィシュ!」

 

 「ウィスパー!お前ばっかりずるい!」

 

 好きで流れてくる破片やらに当たってるわけではない。そんなに羨ましいなら交代してくれと、ウィスパーは薄れゆく意識の中で思った。

 やがて水が引いていき、所々に大きな水溜りが出来ている。

 

 「痛ってて…おい皆、無事か?」

 

 「な、なんとか…」

 

 「ニャン…」

 

 めぐみんとジバニャンも一応無事のようだ。ジバニャンも水が苦手ながら、爆裂魔法の疲労で動けないめぐみんを背負って頑張って泳いでいた。

 

 「大丈夫かウィスパー?」

 

 「ぴゅー…あんまり大丈夫とはぴゅー。言えなぴゅー、でウィぴゅー」

 

 ウィスパーは水を沢山飲んでしまい、パンパンに体が丸くなっている。ダクネスがお腹を押してやると、小さな噴水のように水が噴き出ていた。

 

 「もうだめ〜」

 

 「私も〜」

 

 強い雨を降らせ続けて、雨ふらしと雨女の力が尽きる。厚い雨雲が覆っていた空は雲一つ無くなり、明るい太陽が輝いていた。

  

 「くっ…おのれ。この俺をここまで追い詰めるとは」

 

 足下がふらつきながらも、尚もベルディアは立ち上がった。しかし、弱っているのは明白。今ならスティールが狙える、カズマはベルディアと相対した。

 

 「嘗めるなよ…!弱体していても、貴様ごときにやられる俺ではないわあ!」

 

 大剣をかざしてベルディアがカズマに突進する。皆が見守る中、カズマは得意のスティールを発動した。

 眩い光の後、辺りが静寂に包まれる。果たして、スティールは成功したのだろうか。

 

 「…ふ」

 

 手に触れる感触に、カズマは悪い笑みを浮かべる。逆にベルディアの方は、冷や汗が止まらなかった。取られたのは大剣ではなく、唯一の弱点とも言える自分の頭部だったのだから。

 

 「き、貴様っ!離せ!離せえ!」

 

 いくら喚いても、頭を取られたらどうしようもない。もはやベルディアの命運は、文字通りカズマの手の平の上。

 しかしカズマは、ガタガタとうるさいベルディアの頭をそっと地面に置いた。

 

 「なんだ?意外に聞き分けがいい…」

 

 「キックオフ!!」

 

 ドカッッ!!

 

 「ぎゃあっ!?」

 

 ベルディアの頭を蹴っ飛ばし、試合が開始される。カズマはいつの間にかサッカーのユニホームに着換え、ベルディアの頭で軽快なドリブルを見せる。

 

 「ウィスパー君!」

 

 八頭身の人間姿になり、カズマと同じユニホーム姿になっているウィスパー。パスを受けて、ゴール目掛けて思いっきり蹴り込む。

 

 「ウィス!シューッツ!!」

 

 ドゴッ!

 

 「ゲボおッ!?」

 

 ゴールの角を上手く狙ったが、そこには守護神のジバニャンキーパーが立ち塞がった。

 

 「百烈肉球セーブ!ニャニャニャーン!!」

 

 「ぐあああっ!?や、やめんか貴様らああああ!!」

 

 文字通り手も足も出ず、無慈悲にボコられるベルディア。はね返ってきたベルディア(ボール)を、ウィスパーがダイレクトでカズマにパスする。

 

 「カズマくん!」

 

 「これで決める!必殺、ファイアカズマトルネーーーード!!」

 

 空中で旋回しながらシュートを決め、ベルディアの頭がゴールに向かって飛んでいく。その豪速球にジバニャンは反応出来ず、ベルディアの頭が頬をかすめた。

 ゴールの網を突き破り、試合終了のホイッスルが鳴り響いたのであった。

 

 「…ベルディア(ボール)は、友達」

 

 「き、貴様と友達になった覚えはな…い…ガクッ」

 

 ベルディアの意識が切れ、体の方も大きな音を立てて崩れ落ちた。

 

 「これくらい弱らせれば、もういいだろう」

 

 「そうだな。アクア」

 

 「了解!」

 

 アクアが杖をその手に引き寄せ、浄化の魔法を発動する。満身創痍なところに女神の浄化をくらったベルディアは、眩い光の塵となって消滅したのだった。

 そして翌日。カズマは一人、ギルドに向かって歩いていた。ベルディアを倒した後、喜びを分かち合うのも程々に解散した。今日は冒険者全員で、ギルドに集まって宴会を開いている。

 

 (昨日は疲れたなあ。最終的に魔王退治ということは、これからもあんな化け物と戦わなくちゃいけないってことだろう?…無理だな)

 

 そんな生き死にのかかった生活は、現代日本で平和に暮らしてきた自分には向いていない。大人しく簡単なクエストをクリアするだけで充分だ。

 

 「あ、カズマー!もう始めてるわよー!」

 

 「ウェーイ!カズマきゅんウェーーーイ!!」

 

 扉を開けると、早速皆で盛り上がっている。ウィスパーも両手に大ジョッキを持ち、勢い良くゴクゴク飲んでいた。絡み酒がウザい。

 

 「おっちゃん良い飲みっぷりじゃなーい!」

 

 「ぷはあ!これくらい、サラリーマン時代に比べたら全然普通ですよお」

 

 じんめん犬がアクアと楽しげに飲んでいる。ベルディアからはすぐに逃げたくせに、宴会にはちゃっかりと参加していた。時折アクアの胸や際どいスカート丈を見て興奮しているが、アクアは気にしていないみたいだ。

 

 「よく見ると、結構妖怪が集まってるな」

 

 周りを見回すと、楽しい宴会の雰囲気に誘われて妖怪達も盛り上がっているようだ。

 

 「イヤッホー!もっとアゲアゲで行こーぜー!」

 

 金髪の青年にアゲアゲハが取り付いて、ハイテンションに騒いでいる。他にも、笑ウツボに取り憑かれて可笑しくもないのに爆笑してる者。はらおドリに取り憑かれて腹芸を披露してる者もいた。

 人間と妖怪が入り混じったカオスな光景だが、皆宴会を楽しんでるみたいだ。

  

 「カズマ〜、飲んれますか〜?」

 

 「めぐみん!?おまっ、酔ってるのか?!」

 

 裾をクイクイ引っ張られ振り向いてみると、頬を赤くしてふらついてるめぐみんがいた。

 

 「す、すまない。ちょっと目を離した隙に…」

  

 「オレっちも気付かなかったニャン…」

 

 ダクネスとジバニャンが申し訳なさそうに謝る。めぐみんはまだ13才で、この世界でも飲酒出来る年齢に達していない。

 

 「全然酔ってませんよ〜。ほら、見てくらさい。酔ってないでしょ〜?」

 

 ふらつきながら一本足で立つめぐみん。酔ってる者しかやらないことを見事にやってしまっている。

 

 「ひっく、なんだか今は気分が良いです。ここは景気付けに…我が名はめぐみん!爆裂魔法やりまーす!」

 

 「待て待て待て!一発芸のノリでギルドをふっ飛ばそうとするな!」

 

 カズマはめぐみんから杖を奪い取り、爆裂魔法を阻止させる。

 

 「ああ!?返してください〜!」

 

 「お前はもう水飲んで大人しくしてろ!」

 

 酔った勢いで爆裂魔法を撃たれてはたまったもんじゃない。慣れない酒で酔っためぐみんは、しばらくするとテーブルに突っ伏して寝てしまった。

 

 「カズマくんカズマくん。今回、あたし達のパーティーには特別ボーナスが出る噂でウィスよ」

 

 「特別ボーナス?」

 

 「魔王軍幹部を倒したパーティーだからな。それなりの報奨金が出ると思うぞ」

 

 ベルディアは高い懸賞金が懸けられていたお尋ね者。それも魔王軍幹部を打ち破ったとなれば、当然破格の待遇が用意されている筈だ。

 ギルドのお姉さんがやって来て、カズマは胸を高鳴らせる。

 

 「サトウカズマさんのパーティーには、特別報奨金として3億エリスが…」

 

 「さ、3億エリス?!」

 

 予想よりも高額な報酬に、カズマは驚き過ぎて目が飛び出るかと思った。実際にウィスパーは目が飛び出している。

 

 「私の水のおかげで倒せたようなものだから、9割くらいは貰ってもいいわよね?」

 

 「なに言ってんだ。俺はこれを元手に、これからは安心安全な異世界スローライフを満喫するんだ」

 

 「異世界スローライフとやらは知らんが、強い刺激を与えてくれる相手と戦えないのは私としては困る」

 

 「…わ、私も爆裂魔法を…ぐー」

  

 めぐみんも寝言で反論し、様々な意見が飛び交う。しかし浮かれているカズマ達に、お姉さんがコホンと咳払いする。

 

 「まだ続きがあります。報酬として3億エリスを授与します…が、同時に賠償金も発生しています」

 

 「賠償金?」

 

 「はい。アクアさんが出した水の被害が甚大で、外壁等が損壊しております。魔王軍幹部を倒すために仕方なかったとは思いますが、全額とは言いませんので弁償をお願いします」

 

 「…へー、おいくら?」

 

 カズマは恐る恐る、請求書を確認する。すると、カズマは膝から崩れ落ちた。代わりにウィスパーが読み上げる。

 

 「えーと、一、十、百、千、万、十万、百万…さ、3億4000万!?」

 

 「…え、てことは」

 

 「…報酬が一気にマイナス4000万になってしまった」

 

 呆然とするカズマ達。さっきまで宝くじに当たったみたいな感じだったのに、天国から地獄に落とされた気分だった。

 自分の水が原因だと知り、アクアはそ〜っとこの場から逃げ出そうとする。だが怒りのカズマにあっさり捕まった。

 

 「ア〜ク〜ア〜」

 

 「…ご、ごめ〜んごめ〜ん。一旦ごめ」

 

 「ごめんで済んだら警察はいらねえんだよおおおお!!!」 

 

 やはり、魔王を倒すまでこの世界でやっていくしかないのだろう。カズマの声が、ギルド中に響き渡った。

 一方その頃、催したじんめん犬がギルドの壁に野ションしていた。

 

 「うー、ぶるるっ!こんなに酔ったの久しぶりだあ」

 

 「ちょっと君」

 

 「はい?」

 

 じんめん犬の後ろに、二人組の男がいた。一人は若く、もう一人は初老。青い服に制帽を被っていて、日本でよくお世話になった警察官だった。

 

 「こんなところで立ちションなんて、何を考えているんだ。ちょっと来なさい」

 

 「いやいやいや!ここ異世界ですよ!?何でいるんですか?!というか、どうやって来たんですか!?」

 

 「うんうん、署で聞くからね」

  

 「ああちょっ待っ!ちょっ…ちっくしょおおおおおおお!!」

 

 

 

 

 

 

 

 




逮捕オチ


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立てば大雪、歩けば豪雪。座る姿はブリザード

大変お待たせしました。色々と遅れてしまいましたが、温かいコメントのおかげで完成させることが出来ました。


 「さ、ささささささ寒い…!」

 

 「死ぬ…!寒くて死にそうニャン…!」

 

 季節は冬、いつも通り拠点の馬小屋で迎える朝。カズマは寒すぎて全然寝付けなかった。あまりの寒さに、まつ毛が凍っている程だ。寒いのが苦手な猫であるジバニャンにとっては、まさに地獄の季節だろう。

 

 「お、おいウィスパー。生きてるか?」

 

 いつも床に半分埋まって白目を向いて寝ているウィスパーだが、何故かいつもの変なイビキが聞こえてこない。

 

 「おいウィスパー…し、死んでる?」

 

 カチンコチンに凍っているウィスパー。このままでは自分もいつ凍え死んでもおかしくないと、カズマは白いため息を吐いた。

 この後、なんとか復活したウィスパー。3人で身を寄せ合って寒さに耐えながら、いつものようにギルドに向かう。カズマはジバニャンを抱きしめ、ウィスパーはカズマの腕に手を回してしがみついていた。

 

 「ぶえっくしッ!か、カズマくん…!これは本気で馬小屋生活から抜け出さないとまずいでウィス」

 

 「そうニャン。チョコボーも凍ってて食べれないニャン」

 

 「そう言っても、4000万の借金のせいで、クエストの報酬が殆ど手元に残らないからなあ」

 

 4000万なんて大金、簡単に払えるわけもなく、クエストをしては借金を返すという悪循環に陥っている。それでも金を稼がなければ死んでしまうので、こんな寒い季節でもクエストを探さなければならない。

 ギルドに入ると、他の冒険者達が飲み会をしている。流石にこの時期になると、冒険者家業は一時中断するようだ。必死こいてクエストを探しているのは、カズマ達くらいのものだろう。

 

 「カズマ、ちょうど良い時に来たわね。早速クエストに出発するわよ」

 

 「なんだ?良いクエストでも見つけたのか?」

 

 「ふふ〜ん、これよ!」

 

 アクアが一枚のクエスト用紙を、カズマの目の前まで持ってくる。

 

 「雪精討伐?雪精ってどんなモンスターなんだ?」

 

 「弱いですよ。カズマでも簡単に倒せちゃいます」

 

 「特に害はないけど、一匹倒すごとに10万エリス貰えるの」

 

 簡単に倒せて、それも報酬が一匹につき10万。これに乗らない手はない。誰かに先を越される前に、カズマ達は急いでクエストに出かける準備をする。

 

 「えー、こんな寒い時期に寒いとこなんてオレっち行きたくないニャン」

 

 「しょうがないなあ。じゃあギルドで大人しくしとけよ」

 

 ジバニャンはパチパチと火花が散る暖炉の近くで寝転がり、凍ったチョコボーを溶かして食べ始める。いつもならめぐみんをお守りするためにクエストについて行くのだが、今回は弱いモンスターが相手だからその心配はないと思ったのだろう。

 そういうわけで、今回はジバニャン抜きでクエストに出発した。

 

 「カズマ達、雪精討伐に行ったぜ」

 

 「おいおいおい」

 

 「死ぬわあいつら」

 

 カズマ達の背中を、冷ややかに見送る冒険者達。彼らは知っているのだ。雪精討伐が、実は恐ろしいクエストだということを。

 

 「これが雪精か、沢山いるんだなあ」

 

 真っ白な雪原の上に、ふよふよと白い塊が浮かんでいる。襲ってくる気配はなく、これなら確かに簡単に倒せそうだ。

 

 「雪精は一匹倒すと、春が半日早く訪れると言われていますよ」

 

 「倒して報酬が貰えて、その上早く暖かくなるなんて最高じゃねえか。よーし!気合入れて行くぞー!」

 

 「「おー!」」

 

 カズマの号令のもと、それぞれ雪精に向かっていく。ダクネスやめぐみんは剣や杖を使っているが、アクアは何故か虫取り網を持っている。

 

 「アクア、何で虫取り網なんか持ってるんだ?」

 

 「決まってるじゃない。雪精を捕まえて飼うのよ。そうしたら夏でもキンッキンに冷えたシュワシュワを楽しめるわ」

 

 「またお前はそんなアホみたいなことを…」

 

 「しっ!静かに」

 

 カズマの話を遮り、アクアは虫取り網を握り締めてターゲットに接近する。じりじりと静かに距離を縮め、油断してる背後から飛びかかった。

 

 「ドリャアアアア!!やったわカズマ!また一匹捕まえたわよ!」

 

 嬉しそうにはしゃいでいるアクアだが、残念ながらその網にかかっているのは雪精ではない。

 

 「アクア、よく見てみ」

 

 「へ?」

 

 「んも〜、いきなり何するんでウィス?」

 

 「ウィスパー!?もう、紛らわしいのよ!」

 

 ウィスパーも雪精と同じく白色で、周りをふよふよと浮いているからつい間違えてしまった。後ろ姿だけ見たら、少し大きめの雪精そっくりなのだ。

 

 「あたくしも雪精をとっちめるのに忙しいんでウィスから、あまり邪魔をしないでくれますう?」

 

 「ウィスパー、雪精倒せるのか?こいつら意外とすばしっこいんだぞ」

 

 「ええもちろん、このあたくしにかかれば余裕でウィスよ〜。こんなザコモンスターごとき、あっという間に…」

 

 「そこだ!」

 

 「ぎゃあああ!」

 

 いきなり後ろからダクネスに斬られ、真っ二つにされるウィスパー。ダクネスもウィスパーと雪精を見間違えたようだ。

 

 「もう!気を付けてくださいよダクネスさん!」

 

 「…わ、悪かった」

 

 「まったくもう…」

 

 「えい!」

 

 ドゴォ!

 

 「ゲフう!?」

 

 今度はめぐみんに杖でボコられる。

 

 「め、めぐみんさんも間違えないでくださウィス…」

 

 「いえ、私はウィスパーだと分かった上でやりましたので」

 

 「確信犯じゃねえかこのめぐ野郎!」

 

 何やかんやあったが、それぞれが順調に雪精を討伐していく。この後、めぐみんが爆裂魔法を放って雪精をまとめて消し去り、ついでにウィスパーも巻き添えを食らって黒焦げになっていた。

 

 (なんだよ、結構おいしいクエストじゃねえか。でも変だな、何で皆これをやらないんだ?)

 

 まるで他の冒険者に避けられているみたいに、ボードの端っこにポツンと貼られた雪精討伐クエスト。こんなに効率の良いクエストなら、取り合いになってもおかしくないはずなのに。

 

 「む、来たな!」

 

 「え?」

 

 カズマが疑問を持っていると、ダクネスが真剣な眼差しで剣を構える。その視線の先には雪が大量に舞っており、その中に巨大な影が見える。

 

 「な、何だあれは!?」

 

 「ねえ、カズマ。何でこのクエストを誰もやらないか、不思議に思ってたわよね?」

 

 驚いているカズマに、アクアが静かに語りかける。

 

 「それは、ここに生息するあるモンスターが強過ぎるから」

 

 「あるモンスター…?」

 

 「日本から来たカズマなら知ってるはずよ。雪精を束ね、その頂点に立つ冬の風物詩。そう、その名も…冬将軍!!」

 

 アクアの説明が終わると共に、それがゆっくりと姿を現す。巨大な体躯に、日本の戦国時代を思わせるような武士の風貌。これが数多くの冒険者を恐れさせる、冬将軍である。

 

 「出たな冬将軍…!国から高額賞金を懸けられている、特別指定モンスターの一体!」

 

 「ここの冒険者たちは畏敬の念を込めて、天下の大冬将軍と呼んでいるわ」

 

 「バカああああああ!!もう嫌っ!!こんな大馬鹿な世界いいいい!!」

 

 カズマの悲しい絶叫が雪山にこだまする。冬将軍は腰の剣を抜き、まずは剣を構えているダクネスに襲いかかった。

 

 バキイイィィィンン!!

 

 「ああっ!?私の剣が!」

 

 ダクネスの剣をあっさりと折り、力の差を見せつけられる。

 

 「おい!そもそも何であんな武士みたいな格好のモンスターがいるんだよ!?」

 

 「精霊は人の思いを具現化するわ。でも、この世界で冬の時期に呑気に出歩くのは日本から来たチート持ちだけだから」

 

 「ってことは何か!あいつはそのチート持ちの想像から生まれたわけか!?なんてはた迷惑な!」

 

 「とりあえず、ここは誠意を見せるわよ!」

 

 「誠意ってどんな…」

 

 アクアは捕まえた雪精を解放し、頭を深々と下げ始めた。

 

 「ほら、カズマも早く!謝って誠意を見せれば、きっと許してくれるわ!」

 

 はは〜! 両手とおでこを冷たい雪につけて、頭を下げるアクア。女神のプライドなどとうに捨て去った、見事な土下座だった。

 

 「カズマ、頭が高いわよ!ほら、めぐみんを見習いなさい。土下座どころか土下寝までやっているのよ」

 

 めぐみんは爆裂魔法を撃った反動で動けないだけであるが、後で少し踏んでやろうとカズマは思った。

 

 「カズマくん、ダクネスさんまだ突っ立ったままでウィスよ!」

 

 ダクネスは未だに折られた剣を構えており、冬将軍に土下座しようとしない。

 

 「だれも見ていないとはいえ、モンスターに騎士が頭を下げることはな…」

 

 「いいから下げろ!」

 

 埒が明かないからカズマがダクネスの頭を押さえつけて無理矢理下げさせる。

 

 「ああんっ!くっ、こんな辱めを…!」

 

 「ダクネスさん結構余裕ありまウィスね」

 

 「よし、とにかくこれで全員大丈…」

 

 「カズマ!剣を早く捨てて!」

 

 カズマが剣を持っていることで、冬将軍に抵抗の意思があると認識された。その無慈悲な刃が、カズマに襲いかかる。

 

 「ひいいいっ!?う、ウィスパーバリアー!!」

 

 「ぎゃあああああ!?」

 

 咄嗟にウィスパーを盾にして身を護るカズマ。ウィスパーの体は冬将軍の刃に見事に真っ二つにされる。

 

 「ちょっ…何すんじゃああ己はああああ!!」

 

 「仕方ないだろ急だったんだから!」

 

 カズマの仕打ちに流石にキレるウィスパー。言い争ってる二人を、冬将軍が狙っている。

 

 「ケンカしてる場合じゃないわよ!」

 

 「カズマ!早く逃げてください!」

 

 剣はウィスパーを盾にした際に手放した。にも関わらず、冬将軍は執拗にカズマを追いかける。今までやられた雪精の仇を、カズマで取るつもりなのか。

 

 「お、おいウィスパー!こうなったらもう一度ウィスパーバリアーだ!」

 

 「嫌でウィス!あーたあたしを一体何だと思ってるんでウィス!?」

 

 「自称妖怪執事だろ!たまにはご主人様の為にちゃんと働け!」

 

 「自称じゃないでウィス!あとウィスパーバリアーは労働ではなく犠牲でしょ!」

 

 ウィスパーは飛べるからまだいいが、カズマは雪上だから凄く走りにくい。頭のスレスレを冬将軍の刃が掠め、このままでは捕まるのも時間の問題だ。

 

 「カズマくん!友達妖怪を呼んで助けてもらうのでウィス!」

 

 「よ、よーし!」

 

 カズマは一枚のメダルを取り出し、それをウォッチに装着する。

 一方その頃、ギルドでのんびりしているジバニャン。

 

 「こんな寒いのに、クエストなんてカズマ達は大変ニャンね〜」

 

 俺の友達、出てこいジバニャン!

 

 「オレっちは優雅にチョコボータイムニャ〜ン」

 

 妖怪メダル、セットオン!

 

 シュン!!

 

 「ニャ〜…ン?」

 

 ジバニャンの目の前に、刀を振り上げている冬将軍の姿。

 

 「・・・ ニャーーー!!??」

 

 冬将軍の一撃をギリギリでジバニャンは避ける。代わりに大事なチョコボーを斬られてしまったが。

 

 「よく来てくれたジバニャン!」

 

 「ひ、酷いニャン!寒いの苦手なの知ってるくせに、こんなとこに呼び出すなんてあんまりニャン!!」

 

 「ジバニャン!早速で悪いんだけど、アイツ倒して!」

 

 「無理に決まってるだろニャアアアアン!!」

 

 結局、逃げる者が増えただけだった。冬将軍はジリジリと3人を追い詰め、カズマは遂に疲労でその場に倒れ込んでしまう。

 

 「カズマ!」

 

 「カズマくん!」

 

 逃げる体力もすでに無く、息の切れたカズマは冬将軍を見上げる。その巨大な刃をゆっくりと天高く振り上げ、豪快な風切り音と共に振り下ろした。

 

 「も、もう駄目だああああああ!!」

 

 「待って!冬ちゃん!!」

 

 

 

 ビタアアッッ!!!

 

 

 

 

 刃がカズマの命を奪うその瞬間。どこからか声が聞こえ、冬将軍の手が止まった。 

 

 「カズマ!大丈夫ニャン?」

 

 「うぐっ、や…ら…れ…た」ガクッ

 

 「いや生きてますよカズマくん」

 

 「へ?」

 

 確実に自分の首を飛ばしたであろうその刃は、あと少しで触れるギリギリのところで止まっていた。アクア達もカズマを心配して駆け寄って来て、とりあえず無事なことにホッと安心した。

 

 「それにしても、よく無事でしたね」

 

 「絶対死んだと思ったわよ。まあそれならそれで、私が生き返らせてあげるんだけど」

 

 流石は女神。死にたてほやほやなら蘇生なんて簡単に出来てしまうのだ。

 

 「そういえば、誰かの声が聞こえたような…」

 

 あの声の主が冬将軍を止めてくれていなかったら、今頃カズマの首は胴体とさよならしているだろう。しかし、冬将軍を止められる者などそうはいないはず。一体、どこの誰なのか。

 

 「あら、やっぱりカズマじゃない。こんなところで何してるの?」

 

 「…この声は、まさか」

 

 耳に聞こえてくる可愛らしい少女のような声。カズマには聞き覚えがあり、そちらに振り向く。

 そこにいたのは、髪を束ねた着物姿の少女。誰もが恐れる冬将軍の肩にちょこんと座り、カズマ達を見下ろしていた。

 

 「ふ、ふぶき姫…!」

 

 「ふふ、久しぶりね。カズマ」

 

 ふぶき姫、強力な氷の妖術を操るS級の妖怪。カズマの友達妖怪の一人であり、他の妖怪達同様にこの世界に遊びに来ていたのである。

 

 「冬ちゃん、カズマは私の大事な友達なの。いじめちゃ駄目」

 

 カズマから事情を聞いたふぶき姫は、冬将軍にお説教していた。冬将軍は申し訳なさそうに頭をポリポリ搔いている。

 

 「あの冬将軍を、謝らせている…」

 

 「しかもちゃん付けですよ…」

 

 国の特別指定モンスターでも、ふぶき姫に頭が上がらない。何故なら、冬将軍はふぶき姫に惚れているのだ。初めて出会ったときに一目惚れしており、冬将軍は気に入られようと必死になっている。

 しかし、悲しいことにふぶき姫は冬将軍のことを普通の友達としてしか見ていなかった。

 

 「助かったよふぶき姫。ありがとう」

 

 「いいのよ。カズマが無事でよかったわ」

 

 ふぶき姫がいなかったら確実に死んでいただろう。カズマはふぶき姫の手を取り、深く頭を下げてお礼を言った。

 

 「よおし、気を取り直して、雪精討伐を再開するぞー!」

 

 ふぶき姫が冬将軍を止めてくれるなら、自分達は安心して雪精討伐を再開出来る。それどころか、雪精討伐のクエストを自分達で独占して荒稼ぎすることも可能ではないか。こちらにふぶき姫が付いているアドバンテージは大きい。これなら楽にお金を稼いでレベルアップすることが出来る。

 

 「駄目よカズマ。雪精たちをこれ以上いじめないで」

      

 「…へ?」

 

 冬将軍は雪精達の親分である。かわいい子分が冒険者にいいようにやられていくのは我慢ならない。ふぶき姫は冬将軍の気持ちも分かって欲しいとカズマに言った。

 

 「それに、この子たちは別に人間に危害を与えてるわけじゃないんでしょ?だったら別に退治することもないじゃない」 

 

 「で、でも…俺たちも生活が、借金もあるし…」

 

 「カズマ。弱いものいじめはめっ、だよ」

 

 「…はい」

 

 まるで小さな子を諭すように言われ、これ以上カズマも何も言えなかった。ふぶき姫は命の恩人であるため文句も言えず、カズマ達は雪精討伐を諦めて撤収した。

 

 「あーあ。割のいいクエストだと思ったけど、これ以上雪精討伐したらふぶき姫に怒られるし、仕方ないから他のクエスト探すしかないか」

 

 それなりに報酬は貰ったものの、やはり借金の返済で大方消えていく。楽して雪精討伐で借金を返済出来ると思ったが、駆け出し冒険者にそんな都合のいい話があるわけなかったのだ。

 

 「ま、私は収穫があったから別にいいけどね」

 

 「どういうことだよアクア」

 

 「ふっふっふっ、これを見よ!」

 

 ジャーン!とアクアが取り出したのは小さな瓶。よく見るとその中に、雪精が一匹入っているではないか。

 

 「この私がただで土下座をすると思ってるの?気付かれないよう一匹だけ捕獲してたに決まってるじゃない」

 

 「いつの間に…」

 

 「抜け目ないですね」

 

 「これでいつでもキンキンに冷えたシュワシュワを楽しむことが出来るわ!」

 

 アクアが高笑いしてる内に雪精を討伐してやろうとカズマは思ったが、ふぶき姫と約束したのでここは見逃してやることにした。

 

 「さあ!クエストの終了を祝ってパーッと飲むわよー!じゃんじゃん持ってきなさーい!」

 

 メニューにある料理を片っ端から注文して、アクア達は夢中になってかぶりついた。

 

 「っておいおい!?借金もまだまだあるんだから、ちょっとくらい貯金しろお!」

 

 「腹が減っては戦は出来ぬと言うだろう。次のクエストのために、ここは存分に力を蓄えておくべきだ」

 

 「私は成長期ですから、もっともっと栄養が必要なんです」

 

 「ふーん、栄養ねえ…」

 

 チラッとめぐみんの胸を見て、ふっとカズマは鼻を鳴らした。

 

 「おう、今どこを見て鼻で笑ったのか聞かせて貰おうじゃありませんか」

 

 「何でもねえよ。そうだな、めぐみんにはもっと栄養が必要だもんな。ほら、どんどん食え」

 

 「ムカッ。ジバニャン!この男に百烈肉球です!」

 

 「任せるニャーン!」

 

 「ま、待てジバニャン!?」

 

 無理矢理呼び出された恨みもこもっているのか、今日の百烈肉球はいつもより強烈で、カズマは寒空の下に放り出されたのであった。

 

 

 

 

 

 




最初は原作通りカズマを死なせる案もありましたが、妖怪ウォッチとのクロスなので、思い切ってギャグ多めの展開にしてみました。


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バスターズトレジャー!キールのダンジョン!

 私の名はインディ・ジョーズ。冒険のエキスパート、大・大・大冒険家だ! 
妖怪たちの間で噂になってる異世界とやらを見に来ただけなのだが、まさか…あんな恐ろしいことが待っているとは、思っていなかったんだよおおおお!!
 


 「カズマ、次はどこのクエストに行くニャン?」

 

 「そうだなあ、明日はダンジョン攻略に行こうと思ってるんだ」

 

 「ダンジョン攻略でウィスか。これぞ、異世界の冒険らしくていいですね~」 

 

 「楽しみニャンね!」

 

 ダンジョン攻略。もはやRPGやファンタジー作品には欠かせない要素となっているメジャーなもの。中には秘密のお宝や未知のモンスターとの対決があり、いつの時代も冒険者たちをワクワクさせてきた。

 

 「着いてきてもいいけど、ジバニャンとウィスパーはめぐみん達と一緒に、入口付近で待機しててほしいんだ」

 

 「え?じゃあダンジョンにはカズマくん一人で行くんですか?」

 

 「ああ、ちょっと色々試したいことがあるからな」

 

 そして当日、カズマ達はダンジョンの前に到着した。めぐみんはダンジョン攻略だと出番がないから反対したが、中には入らなくてもいいとのことで渋々納得した。

 

 「カズマ、ジバニャンはどうしたのですか?」

 

 「ジバニャンは昔の友達に会ってくるって、朝から出かけて行ったぞ」

 

 ちなみにウィスパーは妖怪インフルエンザにかかったらしく、今日は妖魔界まで診察に行ってる。

 

 「カズマ、私の剣はこの前のクエストで冬将軍に折られている。すまないが、今の私は戦力になれそうにない」

 

 「安心しろダクネス。お前とウィスパーは最初から戦力外だ」 

 

 「ッ///!?」

 

 どっちにしろダクネスもめぐみんと同じくお留守番係だから、仮に戦力になったとしても置いていくと決めていた。

 めぐみん達には近くの避難所に待っててもらい、カズマは一人でダンジョン内に入っていく。めぐみんとダクネスは心配していたが、当然カズマも自信があるから一人で行くのだ。

 街の冒険者に千里眼というスキルを教えて貰った。これなら暗闇でも周りが見渡せるし、潜伏と敵感知を使えばモンスターとの遭遇を極力回避することが出来る。今回はそれのお試しと、あわよくばお宝ゲットを目指して一人で入った。

 

 (妖怪の力を借りればもっと楽だと思うけど、たまには自分の力でなんとかしなきゃな)

 

 一人でダンジョン探索、不安もあるが少しワクワクもする。そんなカズマの後ろから足音が聞こえてきて、振り向かなくても誰か分かった。

 

 「…一人で行くって言ったのに。何で来たんだよ、アクア」

 

 「そりゃもちろん、この女神様の力が必要だからに決まってるじゃない!」

 

 ふふ〜ん!と偉そうに腕を組む。これは何を言っても退かないだろう。カズマはため息を吐き、仕方なくアクアと一緒にダンジョン内を歩き進めた。

 白骨死体を見つけてマヌケな声を出してアクアに爆笑されたり、グレムリンという下級の悪魔に襲われたり。冒険者に散々調べ尽くされたダンジョンらしいが、中々一筋縄ではいかないようだ。 

 

 「ターンアンデッド!!」

 

 極めつけはアンデッドの予想外の多さだ。そこら中からアンデッド共が出るわ出るわ。しかしそれも、アクアが珍しく大活躍して次々と浄化していく。

 

 「やるじゃないかアクア!見直したぜ」

 

 「ようやくカズマも私の偉大さに気付いたようね。さあ、どんどん来なさい!この女神アクア様が、さ迷える魂たちを導いてあげるわ!」

 

 アクアの声がダンジョン内にドップラー効果で鳴り響く。少しの静寂の後、奥の暗闇から何か聞こえてきた。

 

 ゴゴゴゴ…!

 

 「さめー!?」

 

 「ニャーー!?」

 

 「もんげー!?」

 

 「ん?」

 

 「何この音?」

 

 暗闇でも目が効く二人は、声が聞こえてくる方をじ~っと凝視する。音も段々大きくなってきて、明らかにこっちに近付いてるのが分かる。

 

 「き、気を付けろアクア!何か来るぞ!」

 

 カズマは剣を抜いて身構える。松明の火が揺らめいているのが分かり、他の冒険者がモンスターに追われているのだとカズマは予想する。勝てるか分からないが、同じ冒険者なら見捨てるわけにはいかない。

 

 「頑張れ!後は俺たちに任せ…え?」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!

 

 「さめーーー!!」

 

 「助けてくれニャーーン!!」

 

 「もんげーー!?」

 

 そこにいたのは、モンスターから逃げ回る冒険者ではなく、転がってくる大岩から逃げているジバニャン達の姿であった。

 

 「じ、ジバニャン!?コマさんまで、何やってんだお前らー!!」

 

 「ちょっと!こっち来ないでよーー!!」

 

 巻き込まれたカズマとアクアも、ジバニャン達と一緒に大岩から逃げる。

 

 「皆!こっちに避けろ!」

 

 咄嗟にカズマが右の通路に飛び込み、アクア達もギリギリで岩から逃げることが出来た。

 

 「あ、危なかったニャン…」

 

 「ああ、まさに危機一髪だったな」

 

 「助かったずら〜」

 

 「まったく、何でジバニャン達がここにいるんだよ。知らないサメっぽい妖怪もいるし」

 

 いかにも冒険家みたいな格好のサメ妖怪。カズマも初めて見る妖怪だった。妖怪ウォッチを持ってると言っても、まだまだ出会ったことのない妖怪はたくさんいる。

 

 「私か?私はインディジョーズ、大・大・大冒険家だ!」

 

 「大が多いな」

 

 「君がカズマか、ジバニャンから色々聞いてるよ。元ヒキニートなんだって?」

 

 「…ジバニャン〜?」

 

 「ギクッ!?ふ、ふすうぅぅ、ふすうぅぅ…」 

 

 吹けてない口笛を吹いてごまかすジバニャン。しばらくチョコボー没収してやる。

 ジバニャンとコマさんは、以前インディと一緒に冒険の旅をしたことがあるらしい。様々な遺跡を巡って、大冒険をした仲間の一人だそうだ。

 

 「カズマが今回は一人でダンジョン行くって言うから、オレっちも久しぶりにダンジョンに行きたくなって、それでコマさんとインディを誘ったんだニャン」

 

 「私も本来はエア冒険家なのだが、古き友の頼みを断れなくてな。たまにはリアルな冒険も良いと思ったのだ」

 

 「エア冒険家?」

 

 インディは大冒険家を名乗っているが、それはただの格好つけで、冒険映画好きな普通のオタクである。リアルな冒険は怖いから、空想で冒険して気分を楽しむ。

 それがエア冒険家なのだ。

 

 「何よそれ。大大大冒険家って言うからどんなに凄いのかと思ったら、全然大したことないじゃない」

  

 「でも、確かにリアル冒険は怖いよな」

 

 今なら分かる、呑気にテレビやゲームで見ていた冒険の怖さが。カズマだって何度もモンスターに襲われて、本当に死ぬかと思った事態も経験している。

 冒険は楽しいだけじゃなく、むしろ危険なことのほうが多いというのを肌で感じた。

 

 「近場で手頃なダンジョンや遺跡を探していると、たまたまここを見つけたというわけだ」

 

 「なるほど、一足先にインディ達がこのダンジョンに入ってたのか」

 

 「ねぇねぇ、何かお宝は見つかった?」

 

 「いや、まだ何も…」

 

 まあ、冒険映画みたいに大岩に追っかけられてる様子を見ると、このメンバーでお宝を発見出来るとは到底思えない。

 

 「それにしても、ジバニャン達も大変だったろ?俺達みたいに暗闇でも見通せるわけじゃないし、何よりアンデッドがそこら中から出てくるんだもんな」

 

 「アンデッドニャン?」

 

 「おばけみたいなやつずら?」

 

 「いや、私達は遭遇してないぞ。他のモンスターは見たことはあるがな」

 

 遭遇していない?カズマは首をかしげる。あれほど俺達に群がってきたアンデッドが、何故かジバニャン達は見ていないという。

 

 「アクア、これってどういう」

  

 「さ、さあ!こんなところで油売ってないで、さっさと先に進むわよー!」

 

 カズマの言葉を遮りズンズンと進んでいくアクア。確かにここで時間を費やしても仕方ない、カズマ達もアクアの後に続いた。

 

 「うお、気持ち悪いな…」

  

 先程の大岩が通った道を歩いていると、轢かれて潰されたグレムリンの死骸が何体か転がっている。結果的に遭遇を回避出来たのは良かったが、酷い光景にカズマやジバニャン達は口を覆った。

 

 「あ、皆、ちょっと待ってて」

 

 アクアが何かに気付いて小走りする。奥には人の屍があり、岩に轢かれた痕が付いていた。

 あの大岩の下敷きになったんだ、可哀想だが…

 

 「さ迷う魂よ、どうか安らかに」

 

 屍の側に行き、アクアは目を閉じて祈る。

 

 「カズマ、彼女は何をしてるんだ?」

 

 「アンデッドを浄化、つまり供養してるんだ。安心して天国に行けるように。たまには女神らしいとこもあるもんだよな」

 

 滅多に見ないアクアの女神らしい姿。この時ばかりはカズマも感心する。しかし、インディ達は冷や汗を流してその様子を見ていた。

 

 「お、おい。あれって…」

 

 「まさか、ニャン…」

 

 「まずいずら、まずいずら…」

 

 「ど、どうしたんだ皆。不安そうな顔して」

 

 カズマは知らなかったが、アクアが今浄化している屍はジバニャン達には見覚えがあった。

 赤い髪にツギハギの顔。あいつは…

 

 ピクッ

 

 「セイクリッドター…ん?」

 

 祈りを捧げている途中、既に息絶えたはずの屍が動いた気がする。アクアが不思議に思ってる次の瞬間、ガシッ!!と屍がアクアの腕を掴んできた。

 

 「お、おおぉぉぉぉぉ…!」

 

 「ちょ、ちょっと何するのよ!?焦らなくても今浄化してあげるから、大人しくしてなさい!」

 

 「ま、待てそいつは!」

 

 インディが止めに入るが、アクアは構わず浄化の詠唱を唱えた。

 

 「セイクリッドターンアンデッド!」

 

 「ぐわああああああ!!」

 

 「待てアクア!そいつ、ジバニャン達の知り合いだ!」

 

 「え?知り合い?」

 

 アクアの手がピタッと止まる。何とかやめさせることが出来て、ギリギリ浄化されてしまう前に間に合った。

 

 「お、おいあんた。大丈夫か?」

 

 「ああ、俺はもう死んでいる」

 

 大丈夫と言えるのかそれは。

 

 「俺はゾン・ビー・チョッパー。流石の俺も危ないところだった、礼を言う」

 

 「久しぶりだなあゾンビー!」

 

 「また会ったニャンね!」

 

 「懐かしいずら〜!」

 

 ジバニャン達が再開を祝してゾン・ビーと仲良さげに話している。どうやら彼も、大冒険を共にした仲間のようだ。

 

 「まさかお前までこの世界に来ているとはな」

 

 「ゾンビーは何でこのダンジョンにやって来たニャン?」

 

 「それはネコ2世様が…はっ!!」

 

 ゾン・ビーは何かを思い出したように、急にその場から駆け出した。

 

 「お、おい!どうしたんだゾンビー!」

 

 「待つずらー!」

 

 「カズマ!アクア!オレっち達も後を追うニャン!」

 

 「お、おう!」

 

 「何なのよもう!」

 

 走り出したゾン・ビーをカズマ達は追う。しばらくすると、矢で体中を撃たれて宙ぶらりんに吊られているゾン・ビーを発見した。

 

 「…ふ。また、つまらぬ罠にかかってしまった」

 

 「だ、大丈夫か?」

 

 「問題ない。俺はもう死んでいる」

 

 どんな罠にかかっても無事なせいか、ゾン・ビーは注意力が明らかに低下しているようだ。

 

 「いきなり走り出してどうしたんだよ」

 

 「…ネコ2世様が」

 

 「ネコ2世?」

 

 ゾン・ビーはネコ2世という王子様に仕えている。今回、お忍びで異世界に遊びに来たまでは良かったものの、ネコ2世がこのダンジョンに迷い込んでしまったそうだ。

 

 「俺は必死で探したのだが、ネコ2世様はどこにも…!」

 

 「ネコ2世もここに来ていたのか」

  

 ネコ2世もかつての冒険仲間。まだまだ小さい子供だから、インディ達も心配している。

 

 「カズマ、オレっち達でネコ2世を見つけるニャン!」

 

 「分かってるよ。ジバニャン達の友達だ、放っとけないもんな」

 

 ダンジョンの中はモンスターやアンデッドで溢れている。非力なネコ2世がそれらに襲われたらひとたまりもないだろう。はたして、カズマ達はネコ2世を無事に救出することが出来るのか…?

 

 

 

              to be continued

 

 

 

 




出てくる妖怪はトレジャーメンバーで固めたかったので、残念ながらウィスパーには犠牲になって貰いました。
 


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バスターズトレジャー! 脱出!

ようやく完成しました。なかなか納得のいく仕上がりにならなくて苦労しましたが、これでキールのダンジョン編は無事に終了です。


 迷い込んでしまったネコ2世を見つけるべく、カズマ達は必死になってダンジョン内をくまなく探し回った。

 

 「ネコ2世様ぐわぁ!!」

 

 「ゾンビーがまた罠にかかったニャン!?」

 

 「さめー!?宝箱に食われるー!!」

 

 「もんげー!!ソフトクリーム落としちゃったずらーーー!!」

 

 「花鳥風月〜♪」

 

 (まとまりがねえ…)

 

 ダクネスとめぐみんがいないにも関わらず、いつも以上に騒々しいメンツにカズマは頭を悩ませる。

 普通ダンジョン探索というものは、声を押し殺して罠やモンスターに神経を尖らし、恐る恐る慎重に進むものだろう。

 それなのに、こいつらときたら無警戒でズンズン進んで罠にかかり(一応無事だから問題ないのだが)、ただでさえ松明が目立つのに、大声を出してモンスターを引き寄せるという、ダンジョン探索のタブーを平気で破っている。

 

 「…こりゃさっさとネコ2世を見つけて退散するしかないな」

 

 元々、探索能力が有効かどうか試しにダンジョンに来たカズマ。それは無事に示せて後はネコ2世を救出するだけなのだが、これが中々見つからない。ダンジョンに入って数時間がたち、いたずらに時間ばかりが過ぎていく。

 

 「ああ、ネコ2世様〜…」

 

 「落ち着けゾンビー、きっと大丈夫だ」

 

 「ねえ、これだけ探してもいないんだから、もしかしたらもう脱出してるんじゃないの?」

 

 アクアの言うことも一理ある。ここは手分けして、一度ダンジョンを出る組と残る組を決めるべきだろう。カズマがそう提案しようとすると、アクアがもたれかかっていた壁が急に消えた。

 

 「痛ッ!?」

 

 不意に壁が無くなり、アクアは思わず頭を打ってしまう。そこには隠し部屋があり、カズマ達は覗き込んだ。

 

 「君は、プリーストかな?」

 

 ベットや椅子などが置いてあるだけの質素な部屋。その椅子に腰がけ、柔らかそうな物腰で話しかける骸骨。

 

 「私はキール。このダンジョンの創始者であり、貴族の令嬢をさらった悪い魔ほ」

 

 「あーー!!」

 

 キールが言い終わるより前に、ゾン・ビーが真っ先に駆け出して行く。

 

 「ネコ2世様!ネコ2世様ですね!?」

 

 キールの膝の上には、エジプトのファラオのような冠を着け、おしゃぶりを咥えてすやすや寝ているネコ2世の姿があった。

 

 「こんなところにいたのか」

 

 「探したニャン」

 

 「無事で良かったずら〜」

 

 「この子はネコ2世と言うのかね?ダンジョン内で迷子になっていたから、私が保護していたのだよ」

 

 普通の冒険者相手ならここまでしないが、流石にこんな小さな子が迷っているのを見過ごせなかったのだろう。ネコ2世はキールの膝の上で、安心したように眠っている。

 ジバニャン達はネコ2世を保護してくれたキールに礼を言い、特にゾン・ビーは頭が床にめり込むくらい感謝していた。

 

 「話しを戻すが、私はキール。過去に色々あってリッチーになった身でね、是非ともそちらの方に浄化をお願いしたいんだ」

 

 確かにアクアならリッチーが相手でも浄化は出来るし、さっきから浄化したくてウズウズしているから問題ないだろう。

 

 「助かるよ。アンデッドは自殺出来ないから、どうしたものかと悩んでいたんだ。そしたら今日、物凄く神聖な力を感じてね。思わず目覚めたというわけさ」

 

 アクアが浄化の詠唱をすると、淡い光が部屋を包み始めた。ジバニャン達は近くにいると巻き添えをくらうから、部屋を出て少し離れたところから見守っている。

 隣のベッドに横たわっている女性らしき骸。キールはその人物の手にそっと触れた。

 

 (…妻よ、今行く)

 

 浄化されたキールは、何とも穏やかな顔をして旅立って行ったのであった。

 

 「終わったニャン?」

 

 「ああ、もう入ってきていいぞ」

 

 浄化が終わったのを見計らって、ジバニャン達が部屋に入ってくる。

 

 「お、おいカズマ!そのお宝はどうしたんだ!?」

 

 インディがカズマの背負っている袋を見て驚く。中にはお宝が入っており、キールが浄化のお礼にくれた物だった。

 

 「それもこれも、ぜ〜んぶ私のおかげよね。私がいなかったら、浄化出来なくてお宝もゲット出来なかったし、皆もアンデッド相手じゃ逃げるしかないもんね」

 

 クスクス笑って早速調子に乗っているアクア。これが無ければ今日は立派な女神様してたのに。

 

 「なんたって私は女神なんだから。ほらカズマ、皆に私がどれ程高貴な存在か言ってあげなさい」

  

 「お水の神様」

  

 「おを付けないでよ!意味違ってくるじゃない!」

  

 水の神様とお水の神様。一文字加えるだけでこうもイメージが違ってくるとは。でもアクアはそっちの方が合ってる気がする。

 

 「…ん、ん〜?」

 

 「おお!ネコ2世様、お目覚めになりましたか!?」

 

 アクアの声がうるさかったのか、ゾン・ビーに抱っこされているネコ2世が起きた。

 

 「ふわぁ〜…せっかく気持ちよく寝ていたのに、ここどこで…チュ」

 

 「ネコ2世様〜」

 

 「チュ…チュミャアアアアアア!!??」

 

 ゾン・ビーの顔を見て悲鳴を上げるネコ2世。そもそもネコ2世はまだ子供、というより赤ちゃんに近い。寝起きに至近距離でゾン・ビーの顔は刺激が強かったのだろう。

 ネコ2世はゾン・ビーから急いで離れて、ジバニャンの元に駆け寄った。

 

 「び、びっくりさせるなでチュ!もっと離れるでチュ!」

 

 「そ、そんな!?」ガーン!

 

 「相変わらず怖がられてるニャンね」

  

 ゾン・ビーはネコ2世の部下だが、その見た目ゆえネコ2世からはとことん避けられていた。

 

 「ネコ2世も無事に見つかったことだし、そろそろ帰るか」

 

 「そうそう、今日は私の大活躍を肴に宴会するんだから」

  

 アクアは早くも宴会のことを考えているようだ。それは別にいいのだが、カズマは気になることがあった。

 

 「なあアクア」

 

 「なに?」

 

 「このダンジョン、やけにアンデッドが多いよな」

  

 「そうね」

 

 「それってさ、お前がいるからじゃね?」

 

 ドキッ!!

 

 アクアがその場に立ち止まる。その額には汗が流れていた。

 

 「思えば、私達だけの時はアンデッドに襲われなかったのに、カズマ達と合流してから急にアンデッドが群がってきたな」

    

 「そういえばそうニャン」

  

 「ネコっちも見てないでチュニャン。ちゅぱちゅぱ」

 

 「こんだけ人数がいて、アクアと一緒にいる俺達だけがアンデッドに襲われる。明らかに異常じゃねえか」

 

 「そ、そそ…そうかしら?べ、別に普通じゃない…?」

 

 外堀が埋められていく感じがして、アクアは冷や汗が止まらない。

 

 「デュラハンの時だって、配下のアンデッドに妙にアクアばっかり狙われてたし…」

 

 「…い、いいじゃない。そんな昔の話は。ね、ねえ皆。なんでそんなに距離を取るの?そ、そういうの私、良くないと思うな」

 

 カズマ達はアクアと距離を取って、ジリジリと後退りしている。対してアクアも、絶対に離れまいと距離を詰めてくる。

 

 「ええい!こっちに来るな!お前がアンデッドをおびき寄せてる元凶だろ!」

 

 「アクア!もう少し離れるニャン!」

 

 「もんげ〜…」

 

 「…アクア、君のことは忘れない」

 

 「来るなでチュ!来るなでチュ!」

 

 「ネコ2世様を一緒に探してくれたのは感謝しているが、今だけはネコ2世様の近くに寄らないでくれ」

 

 「う、うわああああん!皆酷いー!」

 

 拒絶されて大泣きするアクア。こうなったら意地でも離れてやるもんかと、勢いよくカズマ達に向かって走り出した。

 

 「私を置いていこうなんてそうは行かないわよ!アンデッドが出てきても、どうせ退治するのは私なんだから!あんた達は大人しく、この女神アクア様を敬って着いてくればそれでい」

 

 カチッ

 

 「ん?」

 

 「おい、何だ今のカチッは…?」

 

 アクアが地面の出っ張りに気付かず、足で押してしまった。この場に嫌な予感が漂う。少しの静けさの後、ダンジョン内が大いに揺れ始めた。

 

 「じ、地震ずら〜!」

 

 「う、うわあ!?アクア、お前また何かしたのか!?」

 

 「な、何もしてないわよ!」

 

 パラパラと上から小石が落ちてきて、周りから砂煙が上がっている。ズゴゴゴゴゴ…!!という大きな音がダンジョン内に鳴り響いていた。

 

 「こ、これはまさか!?」

 

 「ど、どうしたインディ!」

 

 「インディ・ジョーズの冒険格言に、こんな言葉がある。遺跡やダンジョンから脱出するとき、大体最後は…」

 

 「さ、最後は…?」

 

 「崩れ落ちると思えーーー!!」

 

 「な、何ーー!!?」

 

 まさにインディの言葉通り、今にも崩れ落ちそうなダンジョン。このままここに残っていたら、脱出が間に合わず崩壊に巻き込まれてしまう。

 一行は、全力で出口を目指した。

 

 「に、逃げろー!」

 

 「ニャー!」

 

 「もんげ〜!?」

 

 「うおおお!急げー!!」

 

 「ネコ2世様は俺がお守りします!」

 

 「チュミャアアア!?顔を近づけるなでチュー!」

 

 「待って皆ー!私を置いてかないでえええええ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、カズマ達の帰りを待ってるめぐみんとダクネス。

 

 「なんか、ダンジョンの中が騒がしくありませんか?」

 

 「入ってから結構時間が経ってるし、大丈夫だろうか」

 

 カズマには待っとけと言われたが、中の様子を確認しに行った方が良いのではないか?そう思った時、入口の奥から人影が見えてきた。

 

 「あ、見てください。カズマが戻って来ましたよ」

 

 「入った時より、何故か人数が増えてるような」

 

 最初は二人だったのに、出てくるときは七人に増えている。まずはカズマ、めぐみん達の足元にズザー!とヘッスラする勢いで出てきた。

 

 「うわああっ!?」

 

 続いてジバニャン達が飛び込むように入口から出てくる。

 

 「ニャー!!」

 

 「さめー!?」

 

 「助かったずら〜…」

 

 「ネコ2世様!ご無事ですか!?」

 

 「チュ〜…はっ!?ね、ネコっちはこれくらい何ともないでチュ。ちゅぱちゅぱ」 

 

 そして、最後のアクアが脱出した直後にダンジョンの中が瓦礫で埋まった。

 

 「うわああああああん!死ぬかと思ったよおおおお!!ひっく、えぐぅぅ!皆が、私を置いて、置いてええぇぇぇぇ…!!」

 

 中で一体何があったのか、めぐみんとダクネスの二人には知る由もなかったが、何となくこうなることは察していたのだった。

 

 「ところで、知らない顔がいくつかあるんだが、彼らは?」

 

 「ああ、皆ジバニャンの友達だよ。偶然ダンジョンの中で出会ったんだ」

 

 インディ達と初対面のダクネスとめぐみんは、お互いに自己紹介を交わす。

 

 「私はダクネス、カズマのパーティーでクルセイダーをやっている」

 

 「私はインディ・ジョーズ。大・大・大冒険家だ!!」

 

 「我が名はめぐみん!爆裂魔法の使い手にして、大・大・大・大冒険者です!!」

 

 「張り合わんでいい」

 

 その後もコマさん、ゾン・ビー、ネコ2世と紹介を交わした。皆ジバニャンの友達らしく、優しくて良いやつばかりだ。

 そして、カズマ達はたんまり貰ったお宝を携えてギルドに凱旋した。久しぶりにクエストの大成功ということもあり、その日は飲んで騒いでの大盤振る舞いだった。

 

 「もんげ〜!ごちそうずら〜!」

 

 「私は今回何もしてないのに、何だか申し訳ないな」

 

 「私のおかげでお宝ゲット出来たんだし、取り分は9︰1で勘弁してあげるわ」

 

 「バーカ、借金の返済に当てるに決まってんだろう!」

 

 アクアはおかわりをじゃんじゃん頼み、インディ達も我先にと料理にかぶりつく。ギルドのお姉さん達には妖怪は見えないから、カズマ達の4人だけで凄い量を食べていると驚かれていた。

 宴会もだんだん盛り上がってきて、いつの間にかギルド全体でパーティーしていた。なぜかカズマの奢りという話になっているが、酔って気が大きくなっているカズマは喜んで場を盛り上げた。

 

 「カズマー!アレやってくれよー!」

 

 一人の冒険者が、カズマに余興をリクエストする。

 

 「ふ…ったく、仕方ねえなああ!!」

 

 手を蠢かせて気持ち悪く笑うカズマ。アレというのはスティールのことであり、カズマが最も得意とする必殺技だ。

 スティールコールに湧き上がるギルド。カズマは一人の冒険者の手に握られたハンカチに狙いを定める。

 

 「行っくぜええ!!スッティーーール!!」

 

 「ここがギルド?賑やかなところね。あ、カズマ〜。私もまぜて…きゃあ!?」

 

 タイミング悪くギルドにやってきたのはふぶき姫。カズマのスティールを代わりにくらって、眩い光に目を細めている。

 

 「も〜、いきなり何するの…って、え?え!?」

 

 何が起きたか分からなかったが、妙に下の辺りがスースーする感覚がして慌てて確かめる。さっきまで履いていた物が無くなっていて、まさかと思いカズマの方に視線を移した。

 

 「か、カズマ…その手に握ってるのって、ひょっとして…」

 

 カズマの手には雪のように白い布が握りしめられており、ふぶき姫は怒りや恥ずかしさで顔を真っ赤にして震えていた。

 

 「…カズマ、それは流石にどうかと思うぞ」

 

 「もんげ〜最低ずら…」

 

 「変態ニャン…」

 

 インディ達にもドン引きされ、カズマは妖怪達の間でも、カスマやクズマなどの呼び名が広まってしまうことになった。

 

 「ち、違うんだふぶき姫!これはその…事故というか何というか、そう…俺も思わなかったよ。まさか、ふぶき姫がふんどs」

 

 「カズマのバカーーー!!」

 

 ふぶき姫の逆鱗に触れたカズマは、一瞬で氷漬けにされたのでした。

 

 「うおお!?スゲー!なんか知らんがカズマが急に凍ったぞ!」

 

 「ぎゃはは!ウケるー!!」

 

 周りの冒険者はこれもカズマの芸だと思ったらしく、氷漬けになったカズマを見て盛大に笑っていた。

 

 「うるさいでチュニャン、いったい何の騒ぎでチュ?」

 

 「ネコ2世は見てはいけません。それより、ミルクがちょうど温まりましたよ」

 

 冒険者達の賑わいから少し離れたところで、めぐみんとネコ2世が一緒にいた。哺乳瓶でネコ2世にミルクを飲ませるめぐみんは、まるで母親のようだった。

 

 (…こめっこが、赤ちゃんだった頃を思い出しますね)

 

 実家の妹を少し懐かしむ。昔はよく妹と食材調達をして、お姉ちゃん凄いと喜ばせたものだ。

 

 「お前なかなか見込みがあるでチュ。ネコっちが王様になったら、褒美をたんまり取らせてやるでチュニャン。ちゅぱちゅぱ」

 

 「はい、楽しみにしてますね」

 

 なんとも微笑ましい光景。それをゾン・ビーは羨ましく思い、悔し涙を流して影から見ているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




カズマは氷漬けにされてますがとりあえず生きてます。


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吸引力の変わらない唯一つのドレインタッチ

たまには早く投稿するでウィス


 「お久しぶりでウィス〜。カズマくん、次はどんなクエストに行くんでウィス?」

 

 「…」

 

 「…」

 

 「おや?どうしたんでウィス?カズマくん、ジバニャン」

 

 「…え〜と、どちら様?」 

 

 「お前だれニャン?」

 

 「はあ!?何を言ってるんでウィスか!皆のアイドルウィスパーじゃ、あ〜りませんか!」

 

 「…あ〜、いたな〜。そんなやつも」

 

 「久しぶり過ぎてすっかり忘れてたニャン」

 

 「最後の登場から2話しかたってないでしょうが!」

 

 妖怪インフルエンザの休養を経て、久しぶりに登場したウィスパー。カズマとジバニャンは、その存在を完全に忘れていたようだ。

 

 「よし、そろそろ出かけるぞ。ウィスパー、アクア呼んできて」

 

 「カズマくん、どこに行くんでウィス?」

 

 「久しぶりに、会うやつのとこ」

 

 カズマはアクアを連れて、目的の場所に向かう。ダクネスはギルドに残り、めぐみんは私用で今はいない。

 

 「ねえ、まだなの〜?」

 

 「もうすぐ着く。だがその前に、絶対暴れたり喧嘩したりするなよ?」

 

 「はあ?するわけないじゃない。私をチンピラか何かと勘違いしてるんじゃないの? 私、これでも女神なんだからね」

 

 今さらどの口が言うのか。カズマはとある店の前に辿り着き、その扉を開ける。

 

 「いらっしゃいま……あ」

 

 「おらあああああ!!よくも会ったわねリッチー!!」

 

 さっきカズマから言われたことを無視して、アクアは猛烈な勢いで店主に迫る。

 

 「リッチーが白昼堂々と店を出すなんていい度胸してるわね!たとえ保健所が許しても、この私が許さないわ!神の聖裁をくらいなさ」

 

 「じゃかましい」

 

 カズマが剣の鞘でアクアの頭を軽くどつく。小さいたんこぶが出来て涙目のアクアを尻目に、怯えて腰を抜かしてる店主を起こしてやる。

 

 「久しぶりだな、ウィズ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「え〜、というわけで、次の妖怪漫才コンクールには、ウィズ&ウィスで出場するということでよろしいでウィスかな?」

 

 「いや、それはちょっと…」

 

 「よろしいわけねえだろ」

 

 ウィスパーはまだウィズとコンビを組むことを諦めてないらしい。カズマはウィスパーの頭のほにょほにょを掴み、後ろにポイッとどかした。

 

 「…はあ〜(くそデカため息)。この店は客にお茶も出さないのね」

 

 「す、すいません!今すぐにっ!」

 

 「あーあー、いいって。そんな気を使わなくても」

 

 アクアのしょうもないイビリにも、ウィズは素直に従おうとする。立場的にも、やっぱり女神には逆らえないのだろう。

 カズマやジバニャンは、初めて来た魔道具店を物珍しそうに見て回る。

 

 「へー、色々あるんだなあ」

 

 「これはなんニャン?」

 

 「あっ、気をつけてください。下手に衝撃を与えると爆発しますので」

 

 ジバニャンは手に取った瓶を、そ〜っと慎重に棚に戻した。

 

 「この綺麗な色のやつは?」

 

 「それも、衝撃を与えると爆発を」

 

 そしてその隣の瓶、またその隣も。爆発する魔道具ばかりが並べられていた。

 

 「その辺は爆発物シリーズなんですよ」

 

 「どんなシリーズだよ…」

 

 それならもうちょっと厳重に保管して欲しいものだ。もし地震が起こったらどうするつもりだろう。

 

 「ところでウィズ、俺にリッチーのスキル教えてくれるか?」

 

 「ええっ!!??」

 

 店内の魔道具を見ていたアクアだが、カズマのセリフに驚いた拍子に、持っていた瓶をつい放り投げてしまった。その瓶はカズマ達の頭上を舞う。

 

 「あ、あれはこの店で一番の威力を持つ爆発ポーションです!もし落ちたら、この店どころか辺り一帯が吹き飛んでしまいます!」

 

 「そんな危なかっしいもん店に置いとくなああ!!」

 

 「もう間に合わないニャンー!!」

 

 小瓶は重力に従い、真っ直ぐ落ちていく。このままでは大惨事になる、カズマはウィスパーに全てを託した。

 

 「行けウィスパー!君に決めた!!」

 

 「ウィス!?」

 

 ウィスパーをポーションの落下地点に滑り込ませる。間一髪のところで、ポーションは大きく空いた口の中に吸い込まれるように入っていった。

 

 ボーーーンッッ!!!

 

 「ウィシュ〜…ゴホッゴホッ」

 

 ポーションはどうやら、ウィスパーの体の中で爆発したみたいだ。口から煙を吐いて苦しそうだが、店が無事だったので良しとしよう。

 

 「…あたくし、こんなんばっか」

 

 「大丈夫ですか?ウィスパーさん」

 

 ウィズがウィスパーを心配して駆け寄る。

 

 「店を守ってくれて、ありがとうございます。でも、その代わりにウィスパーさんが犠牲に…」

  

 「…ふ、いいんでウィスよ。あなたと、あなたの店が無事なら」

 

 「ウィスパーさん…!」

 

 ウィスパーの手を涙ながらに握りしめる。せめて最後の言葉を聞き逃さないように、ウィズは耳を傾けた。

 

 「出来るなら、ウィズ&ウィスのコンビを…組みたかっ…た…」ガクリ

  

 「ウ、ウィスパーさーーーーん!!」

 

 「なんだこの茶番」

 

 こいつら、何気にコンビ結成してないか? カズマ達は呆れた目で、ウィズ&ウィスを見つめていた。

 

 「ウィスパー、ウィズを変なコントに付き合わせるな」

 

 「変とは何ですか!せっかく体はったんでウィスから、少しは褒めて欲しいでウィス!」

  

 「ウィズも、なんで一緒になってギャグやってんだよ。妙に迫真の演技だったし」

 

 「あはは〜…、ついノッてしまって」

 

 冗談はさておき、ウィズにスキルを教えて欲しいとお願いするカズマ。しかし、アクアがそれは猛烈に反発した。

 

 「リッチーのスキル覚えたいなんて、カズマ正気なの?!そんなナメクジの親戚みたいなやつのスキルを!?」

 

 「そんな言い方しなくても…」

 

 あまりな言い草に、悲しくてウィズが半泣きになっている。

 

 「ちょっとアクアさーん。あたくしの相方に酷い言葉づかいはやめてもらいます?」

 

 「うるさいわね、頭にう○○を乗せてるやつは引っ込んでなさい」

 

 「う○○じゃないですー!これは正真正銘ご立派なほにょほにょですー!!」

 

 流石はアクア、女神が言ってはいけない下品なセリフを普通に言ってる。

 

 「とにかく、女神としては従者がリッチーのスキルを覚えるなんて見過ごせないわ」

 

 「誰が誰の従者だって?」

 

 「でもカズマ、どうしてリッチーのスキルなんて覚えたいニャン?」

 

 「リッチーのスキルは、普通じゃ絶対覚えられない貴重なものだろう? 戦力も上がって、今後のクエストも少しは楽になると思うんだ」

 

 カズマの真っ当な言い分に、アクアもしぶしぶ引き下がった。

 

 「…あの〜、もしかして、アクアさんって本物の女神様…なのですか?」

 

 ウィズがアクアの正体に勘づいている。キールの時もそうだったが、やはりリッチーは女神の存在に敏感なのだろう。

 

 「ええ、そうよ。何を隠そうこの私は、かの崇高なアクシズ教団で崇められている…女神アクア様よ!ええい()が高い!控えおろうー!」

 

 「は、ははっー!」

 

 「なに時代劇みたいなことやってんだ」

 

 どこぞの副将軍の登場みたいに、ここぞとばかりに威光を発揮するアクア。アクシズ教のマークが書かれている印籠を取り出し、ウィズも思わず頭を下げている。

  

 「お、おいウィズ。そこまで怯えなくてもいいんだぞ」

 

 「だ、だって…アクシズ教の人は皆おかしくて、関わらない方がいいというのが世間の常識なので、それの元締めと聞いてつい…」

 

 「ぬわあんですってええええ!!」

 

 「ひいい!?(ひら)(ひら)に〜!!」

 

 (…駄目だこりゃ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そ、そういえば、ベルディアさんをよく倒せましたねえ。剣の腕前は、幹部の中でも随一だったのに」

 

 「ベルディア? そんな妖怪聞いたことも見たことも…」

 

 「いや、前に戦っただろ」

 

 「もう忘れてるニャン」

 

 ウィスパーはともかく、カズマとジバニャンはしっかり覚えている。確かに強敵だった。弱点が分からなかったら、恐らくこっちが負けていただろう。

 まあ、弱点を突いたせいで借金があるのも事実だが。

 

 「それにしても、ベルディアさんって結構親しげだけど、もしかしてウィズの知り合いだった?」

 

 「親しい…とまでは行きませんが、ベルディアさんとは旧知の仲ですよ」

 

 「へえ、どこで知り合ったの?」

 

 「魔王軍の幹部会で何度かお会いしたことがあります」

 

 「ふーん、魔王軍の幹部会ねえ。……ん?」

 

 魔王軍? と、いうことは…

 

 ガチャン

 

 「えー、○時○分容疑者確保。これより連行する」

 

 警察官のコスプレしたアクアが、ウィズに手錠をかけて頭に布を被せた。

 

 「待って!待ってください!話だけでも聞いてください!」

 

 「申し開きは法廷でしなさい」

 

 「おい待てよアクア。事情くらい聞いてやろうぜ」

 

 本当に魔王軍の幹部なら、冒険者たるもの見逃すわけにもいかない。しかし、ウィズがベルディアみたいな凶悪なやつとは到底思えないのも事実だ。

 

 「…わ、私はそもそも、魔王城の結界を維持するように頼まれただけなんです。人に危害を加えたこともありませんし、何よりなんちゃって幹部ですから、賞金自体かかっていません」

 

 つまりゲームとかでよくある、魔王軍の幹部を倒していけば、自ずと魔王城を守っている結界を破れる。ということか。

 

 「仮に今すぐに私を倒しても、まだ幹部は6人いますから、いくらアクア様でも結界を破るのは厳しいかと…」

 

 「でも、いずれはあんたの番が来るわよ」

 

 「…構いません。今はやるべきことがあるので、まだ倒されるわけにはいきません。ですが、それまではどうか生かしておいてください。私の浄化は、その後でお願いします」

 

 ウィズの真剣な訴えに、アクアも神妙な面持ちで聞いていた。アクアなら幹部の2、3人で維持している結界ぐらい破ることは出来るだろうし、今のままじゃ魔王軍とやり合ったところで負けるだけだ。

 

 「ウィズ以外の幹部退治は他の強いやつに任せて、俺達は気長に待つとしようぜ。第一、俺達の手で魔王を倒さないと俺が帰れないからな。逆に今結界を破られても困る」

 

 「さすがカズマくん、こすいことを考えるのはお手の物でウィスね」

 

 「ふ、まあな」

 

 「褒めてないニャンよ」

 

 今すぐに浄化されることがなくなり、ウィズはホッと一安心した。

 

 「でも、ベルディアを倒した俺達に、よくそんな重要なことを教えてくれたよな。恨みとかは無いの?」

  

 「…いえ、別に。あの人、私が城内を歩いていると足下に首を転がして、スカートの中を覗いたりしてましたから。むしろ、倒してくれてありがとうございます」

 

 「あいつそんなことしてたのか」

 

 「結構しょうもないやつニャンね」

 

 ボウリングよろしく、弱点である首を転がしてまで覗こうとするベルディア。想像したカズマとジバニャンは、そんな変態に苦戦したのかと悲しくなった。

 

 「幹部で仲が良かったのは一人だけですし…それに、心はまだ人間のつもりですから」

 

 「…そうか」

 

 少し寂しそうにウィズは笑う。人間の身からアンデッドになるのは余程の事情があったのだろう。余計な詮索はせず、カズマも一言だけ返した。

 

 「…えーと、じゃあスキルを教えていきますね。気に入ったのを是非覚えていってください」

 

 そう言うと、ウィズはカズマ達を少しオロオロしながら見渡した。

 

 「ん? どうした?」

 

 「…えと、私のスキルは相手がいることが前提のものが多いので、誰かに手伝ってほしいのですが」

 

 「よしウィスパー、お前行け」

 

 隣りにいたウィスパーの背中を押して前に出させる。

 

 「ええいいでウィスよ。相方のお手伝いをするのは当然でウィス」

 

 「ありがとうございます。では、ドレインタッチというスキルをやってみますね」

 

 ウィズがウィスパーの手を取って、ドレインタッチを発動する。

 

 「ドレインタッチは、相手から魔力や体力を吸い取るスキルです」 

 

 「へー、結構便利そうなスキルだな。ウィスパー、どんな感じだ?」

 

 「…か、カハアァァァァァァァッッ…!!」

 

 まるでミイラのように枯れているウィスパー。驚いたウィズが慌てて手を離す。

 

 「ご、ごめんなさい!!大丈夫ですかウィスパーさん!?」

 

 「な、なんとかあぁぁぁ…」

 

 「死にかけてるニャン」

  

 「ウィズ、どんだけ吸い取ったんだ?」

  

 「ほ、ほんのちょっぴりしか吸い取ってないはずなんですが…」

 

 つまり、ほんのちょっとでも枯れるほどウィスパーが脆弱だっただけの話だ。望み通り相方の手伝いが出来たから本望だろう。

 カズマは冒険者カードを見て、ドレインタッチの項目が増えていることを確認する。吸い取るだけじゃなく、相手に分け与えることも出来る応用の効くスキルだ。これは覚えない手はない。

 

 「ありがとうウィズ、良いスキルが手に入ったよ」

 

 「お役に立てて嬉しいです。また何かあれば、いつでも来てください」

  

 「ええ、次に会うときがあなたの最後よ」

 

 「ひいいい!?」

 

 「どさくさに紛れて脅すな」

 

 ウィズを脅えさせてニヤニヤしているアクア。その頭をスパアンッ!と叩いたその時、ドアが開いて中年の男が入って来た。

 

 「すいません、ウィズさんにちょっと相談が…」

 

 

 

 

 

 

 

 




ウィズ&ウィス、何気に良いコンビでは?


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新しい屋敷は妖怪がいっぱい

 「ここか」

 

 カズマ達は、とある大きな屋敷に来ていた。ウィズの店にやって来た中年男性が、この屋敷に住み着いてしまった悪霊をなんとかして欲しいとの相談に来たのだ。しかし、ウィズは同じように他からも相談事を持ちかけられていて忙しい。

 そこで、カズマ達が代わりに解決することになった。悪霊を見事に追い払えば、この屋敷に住んでよいという報酬付きだ。

 

 「そう上手くいくのか?祓っても悪霊が次から次へと出てくるんだろう?」

 

 「大丈夫だよダクネス。こういう時のために、うちにはアイツがいるんだぜ」

 

 カズマの視線の先に、屋敷から悪霊の類を感じ取ってギラギラしているアクアがいた。

 

 「任せなさい、夜の帳が下りたら合図よ。この私が闇を祓ってあげる」

 

 おお、今日のアクアはいつもとひと味違うようだ。やはり、ことアンデッド系が相手となると頼りになる。長々とこの屋敷にまつわることを喋りだしたが、カズマ達はほっといてさっさと屋敷の中に入っていった。

 

 「うおーっ!やっぱり自分の部屋があるっていいよなー!」

  

 「よかったですねカズマくん」

 

 柔そうなベッドにダイブするカズマ。馬小屋からやっと開放され、久しぶりの個室にテンションが上がっている。部屋割りも決め、今は各自で自由行動の時間だ。

 

 「これで冬を馬小屋で越すなんて、自殺行為をしなくて済むな」

 

 「あたしも、起きたら馬糞が頭に乗ってるなんて目に合わないで済むでウィス」

 

 「ははっ、汚」

 

 部屋の広さも申し分なし。ようやくまともな異世界生活を送れると安心していると、部屋の隅っこに置いてあるクローゼットが目に入った。

 

 「なあウィスパー、この部屋にあんなクローゼットあったか?」

 

 「…うーん、最初に入ったときには無かったような気がしまウィス」

 

 「それに、なんか見覚えがある気が…」

 

 どことなく既視感のあるクローゼット。妙に懐かしいような、親しみがあるような。カズマとウィスパーはクローゼットに近付き、そ〜っと開いてみた。

 

 「あ、カズマさん。お久しぶりです」

 

 「ひ、ヒキコウモリ!?」

 

 「なんでここにいるんでウィス!?」

 

 ヒキコウモリはカズマが死んだ後、しばらくはあの部屋で過ごしていた。そして、カズマが異世界に行ったとの情報を聞き、遂に新居を手に入れたと知って、ヒキコウモリもこっちに引っ越して来たのだ。

 

 「クローゼットごと来たのかよ…」

 

 「カズマさん、またよろしくお願いしますね」

 

 「あ、ああ。よろしくな」

 

 何はともあれ、ヒキコウモリと再開出来て嬉しい。クローゼットの中は、こっちでも存分に引き込もれるよう色々な設備が充実している。この中だけは向こうの世界とWi-Fiを繋いであるらしく、ネットが普通に使えるんだとか。

 

 「ああああああ!!??」

 

 「うおっ!?」

 

 急にアクアの絶叫を聞いてカズマは驚く。急いでウィスパーと共に、アクアの部屋に走り出した。

 

 「おい!大丈夫か!?」

 

 「か、カズマぁぁぁ…」

 

 部屋の中に入ると、アクアが涙目で酒瓶を抱きしめていた。

 

 「聞いてよ!私がお風呂上がりに飲もうと楽しみにしていたお酒が空っぽになってるの!これはきっとこの屋敷に取り憑いてる悪霊に違いないわ!もう許さないんだから!私にケンカを売ったことを後悔させてやるー!」

 

 アクアは空になった酒瓶を振り回しながら、部屋から猛烈な勢いで飛び出して行った。あちこちからターンアンデッドが聞こえてくる。どさくさに紛れて花鳥風月もやってるが、どうやら悪霊退治は順調のようだ。

 

 「…戻るか」

 

 「そうですね」

 

 「ったく、酒がなくなったくらいで人騒がせな」

 

 カズマとウィスパーも部屋に戻り、ベッドに入って就寝につく。

 時間が過ぎていき、深夜の領域に入る。久しぶりのベッドは寝心地良く、スヤスヤと気持ち良さそうに寝ているカズマ。

 

 パラリラパラリラーー!!

 

 「な、なんだ!?」

 

 「ウィス!?」

 

 突如鳴り響く爆音に目が覚め、カズマとウィスパーは慌てて部屋を飛び出した。

 

 「パラリラパラリラー!!ヒャッハー!!」

 

 そこにいたのは、バイクに跨り騒音をまき散らすはた迷惑な妖怪。

 

 「お前は爆音な」

 

 「言わせねーよー!!久々のあたしの見せ場でウィッスー!」

 

 妖怪パッドを取り出し、妖怪の名前を急いで検索する。

 

 「え〜と、うるさい音を出して走りまわるので…暴走男パラリラン!じゃなくて、モヒカングラサン喚く君!!でもなく…あ、ありました!!あれは妖怪爆音ならし!!」

 

 ブキミー族の爆音ならし。その名の通り、爆音を鳴り散らさないと生きていけない妖怪。

 

 「つまり!妖怪不祥事案件で言うところのいわゆる、やけにバカでかい音を出して走り回る車やバイクっているよね、布団叩いて引っ越〜しって言ったり、空き地でリサイタルする人っているよね〜。を、引き起こしちゃうやつでウィス!!」

 

 「爆音ならし、人の屋敷で騒ぎまくるのやめてくれよ。もう深夜だし、眠れないだろ」

 

 「やだねー!やっとカズマが住むとこを手に入れたって聞いたんだ!今夜はとことん騒ぎまくるぜー!」

 

 「あっ待て!!」

 

 カズマの制止も聞かず、爆音ならしはそのまま廊下の端へ走り去って行った。

 

 「追うぞウィスパー!あんなやつを野放しに出来るか!」

 

 カズマとウィスパーは爆音ならしを追って、屋敷の中を散策する。

 

 「くそっ、どこ行った?」

 

 「見当たりませんねえ」

  

 「しょうがない、次はあっちを探す…うわあっ!?」

 

 カズマが廊下の角を曲がると、向こうから来た者とぶつかってしまった。

 

 「いっててて…す、すまん。大丈」

 

 「おうおう、兄ちゃん。いったいどこに目ぇつけてんですかあ?」

 

 「…へ?」

 

 ぶつかった相手はめぐみんだったのだが、様子が明らかにおかしい。前髪が何故かリーゼントに変化してるし、鋭いグラサンをかけて、パジャマの上に爆裂上等と書かれた特攻服を羽織ってまるで不良みたいだ。

 

 「め、めぐみん?いったいどうしたんだよ、そんな格好で」

 

 「あぁ?何か文句あるんですかあ?」

 

 「い、いや別に…」

 

 めぐみんにメンチを切られ、思わず怯んでしまうカズマ。

  

 「まあまあ、それくらいにしてやるニャン」

 

 「じ、ジバニャン!?」

 

 「オレっちはジバニャンじゃないニャン!泣く子も泣き喚く、ワルニャンニャン!!」

 

 めぐみんの後ろからトコトコ現れたワルニャンという名のジバニャン。リーゼントにグラサン、いかにもガラの悪い不良感たっぷりだ。

 

 「カタギに手ぇ出すもんじゃないニャン。オレっち達は孤高のアウトロー、そんなシャバ僧は放っとけばいいニャン」

 

 「さすがワルニャンの兄貴です!尊敬します!」

   

 「こらこら、あまり撫でるニャン」

  

 「何なんだいったい…」

 

 これは絶対に妖怪の仕業だ。カズマは妖怪ウォッチを使い、めぐみんとワルニャンの周囲を照らす。

 

 「おっと、見つかっちまったぜ」

 

 「え〜と、あの妖怪は」

 

 「お前はグレるりん!」

 

 「言われたー!?」

 

 人をグレさせる妖怪グレるりん。取り憑かれると、どんなに真面目な人でも、不良みたいに悪いことが大好きになってしまうのだ。

 

 「私たちは夜更かしして、しかもお菓子まで食べちゃうなんて極悪なことも平気で出来るんですよ!」

 

 「ふはは!参ったかー!」

 

 「小学生かお前ら」

 

 なんだかこのまま放っておいても問題ない気がしてきた。根がいい子だから、取り憑かれても大した悪事は出来ないのだろう。ヤンキー座りでチョコボーを食べてる二人を後回しにして、カズマとウィスパーは逃げた爆音ならしを探す。

 

 「おや?あそこにいるのはダクネスさんじゃないですか?」

 

 「ほんとだ、あんなとこで何やってんだ?」

 

 カズマ達の前方に、トイレのドアの前で立ち往生しているダクネスを発見した。

 

 「何してんだダクネス」

 

 「トイレ行きたいなら早く入ったらどうでウィス?」

 

 トイレの前でジッと佇むダクネス。よく見るとぷるぷる震えており、我慢しているのが分かる。

 

 「…カズマとウィスパーか。私は今、限界に挑戦しているところだ」

 

 「げ、限界?」

 

 「そうだ!この迫りくる尿意を前に、どこまで我慢出来るか自分を試しているんだ!」 

 

 ダクネスがおかしいのはいつものことだが、今回は別の意味で様子がおかしい。まさかと思いウォッチをかざして見ると、やっぱりダクネスに妖怪が取り憑いていた。

 

 「あ、ああの妖怪は〜…!」

 

 「モレゾウ!」

 

 「先越されたー!?」

 

 カズマに妖怪の名前を先に言われてウィスパーは悔しがる。そして、モレゾウの他にもう一体妖怪がいた。

 

 「お前はガマンモ」

 

 「させるかああああ!!あの妖怪はえ〜とえ〜と…鼻栓パオーン!違う。ゾ〜ウさんゾ〜ウさん、お〜鼻が長いのね。でもなくて…発見!あれは妖怪ガマンモス!!」

 

 ゴーケツ族のガマンモス。我慢を美学とし、取り憑いた相手を何でもかんでも我慢させてしまう妖怪。

 

 「妖怪不祥事案件で言うところの〜、トイレとかついつい我慢しちゃうことってあるよね。ギリギリまで我慢して、それが癖になっちゃうことってあるよね〜。を引き起こす妖怪でウィッス!」

 

 「よりによって、モレゾウとガマンモスに取り憑かれたか」

 

 「はぁ…はぁ…くううッッ!!騎士として、ここで漏らすわけにはいかない…!」

 

 トントンと足下を踏み鳴らし、苦悶の表情を浮かべるダクネス。息も乱れ、顔は赤く火照っている。普通の人が見たら凄く苦しそうだと思うだろうが、カズマとウィスパーにはこの状況を楽しんでるようにしか見えなかった。

 

 「屈しない!こんな、尿意なんか…私は屈しないぞおッ!!」

 

 「ガマン!ガマンこそ美徳!もしここで漏らせば、お前は凄く恥ずかしい目に合うぞ!」

 

 「はうううぅぅんんッッ…!!」

 

 俺達は今、何を見せられているんだ…? カズマとウィスパーがなんとも言えない表情をしていた。

 

  「…も、もう限界だーーー!!!」

 

 我慢の限界が来てダクネスがトイレに駆け込む。ガマンモスは我慢させる妖怪だが、何も永遠に我慢させられるわけがない。

 

 「…か、カズマ、ウィスパー。すまないが、ちょっと歌でも歌ってくれないか?このままだと、音とか…その」 

 

 「何で夜中にトイレの前で歌わなきゃいけないんだ」

 

 「まぁまぁカズマくん。ここは一つ、あたくしの美声を聞かせてあげようじゃありませんか」

 

 まるでビジュアル系バンドのボーカルみたいに派手な格好のウィスパー。ギターを派手に鳴らし、ノリノリで歌い出す。

 

 「君と見たせ」

 

 カーン

 

 「ガーン!鐘一つ!?」

 

 カズマに鐘を一回だけ鳴らされ、ウィスパーの一人のど自慢大会は強制終了した。

 

 「カズマ、こんなとこで何やってるの?」

 

 ちょうど除霊をひとしきり終えたばかりのアクア。手には薄気味悪い西洋人形が何体か握られていて、よく見ると後ろの方にもいくつか転がっているのが分かる。

 

 「ちょっとカズマ。この屋敷、悪霊だけじゃなく妖怪もゴロゴロいたわよ。まったく、女神の屋敷を何だと思ってるのかしら」

 

 「そうだ、爆音ならしって妖怪見なかったか?うるさい音を出しながらバイクに乗ってるやつ。俺達、そいつを追っていたんだ」

 

 「ああ、あいつね。ちょこまかと鬱陶しかったから、ゴッドブローで屋敷から追い出してやったわ」

 

 シュッシュッとパンチを繰り出し、得意気になるアクア。女神の力を使えば妖怪も浄化することが出来る。爆音ならしは手加減されたから助かったものの、その現場を見ていた他の妖怪達はアクアを心底怖がった。

 後に、一部の妖怪の間で暴君アクアと恐れられることになるのだった。

 

 「アクアさんも妖怪の天敵でウィスね」

 

 「ほらほらガマンモス、モレゾウ。お前らもこれ以上調子に乗ると、この狂犬女神に浄化されるぞ」

 

 「ヒィィィ!」

 

 「これはガマン出来ん〜!!」

 

 モレゾウとガマンモスが逃げ出し、ダクネスも尿意がすっかり消えてトイレから出てくる。

 

 「はっ!?私は何を…?」

 

 「オレっちたち、何でこんな夜中にチョコボー食べてるニャン?」

 

 グレるりんに取り憑かれて、一時グレていためぐみんとジバニャン。アクアの噂を聞いたグレるりんが恐れて逃げ出したことで、二人もようやく正気に戻った。

 

 「ふわぁ〜…眠いニャン〜」

 

 「ジバニャン、寝る前に歯磨きしなきゃ駄目ですよ。お菓子を食べた後は歯磨きしないと、虫歯になっちゃいますからね」

 

 めぐみんは眠そうに目を擦るジバニャンを抱き上げ、洗い場に歩いていく。これで、一夜の除霊及び妖怪騒動は静かに幕を下ろしたのであった。

 翌日にカズマとアクアはギルドに向かった。この屋敷に潜んでいた悪霊には懸賞がかけられていて、それを受け取りに行ったのだが、そもそもの原因が共同墓地に結界を張ったアクアにあったらしく、結局報酬は辞退したのだった。

 

 「聞いてくださいよアンナさ〜ん。あたしったら、いっつもめぐみんさんの爆裂魔法の実験台にされるんでウィスよ〜。酷いと思いません?」

 

 ウィスパーがお墓に向かって愚痴をこぼしてる。カズマには見えないが、アンナという少女の霊がここにいるらしい。この子のお墓を毎日綺麗に掃除することと、夕食後に冒険の話を聞かせるのがここに住み続ける条件だ。

 

 「カズマくん、お供え物のお酒は次からもうちょっと甘めのものにして欲しいそうでウィス」

 

 「了解、その子のおかげでここに住んでるようなものだからな。出来るかぎりのことはするよ」

 

 丁寧にお墓を掃除し、額の汗を拭うカズマ。最後に両手を合わせ、今日のノルマは終了した。

 

 「カズマー、ウィスパー。ご飯が出来たわよー」

 

 「よし、戻るか」

 

 「でウィスね」

 

 屋敷からアクアの声が聞こえ、掃除道具を片付ける二人。

 

 「アクア、暖炉の薪がそろそろ足りないんだが」

 

 「それならそこにあるカズマのジャージでも代わりに放り込んどいて」

 

 「ついでにウィスパーの妖怪パッドも入れとくニャン」

 

 「待てええええ!人のジャージを勝手に燃やすなああああ!!」

 

 「命より大事なあたしの妖怪パッドちゃんに何するんですかああああああ!!」

 

 大急ぎで屋敷に走っていく二人を見て、少女の幽霊はクスッと笑ってお供え物のお酒をちびちび舐めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




アホみたいに時間かかってしまった


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めぐみんと妖怪ウォッチ

 めぐみんはいつものように、ばっくれつ♪しようとカズマを誘おうとしたが、どうやら外出中のようで屋敷にいなかった。

 アクアもバイトで昼間はいないし、今日はダクネスと一緒に行こう。そう思ったところ、玄関に光る物を発見した。

 

 「これは、カズマがいつも付けている妖怪ウォッチじゃないですか」

 

 「めぐみんさん、玄関で何してるんでウィス?」

 

 「ウィスパー、カズマったら妖怪ウォッチを玄関に置きっぱなしにしていますよ」

 

 「あら〜、カズマくんもおっちょこちょいでウィスね〜。ここは、妖怪執事のあたくしが届けてあげ」

 

 「いえ、ちょっと待ってください」

 

 めぐみんはウォッチをまじまじと見つめ、そして左手首に巻いて装着した。

 

 「めぐみんさん、カズマくんのウォッチで何してるんでウィスか」

 

 「前から私も付けてみたかったんです。これがあれば、妖怪を召喚出来るんですよね?」

 

 「ええ、あとメダルが必要でウィスけど」

 

 実は以前から、妖怪ウォッチを付けてるカズマを羨ましいと思っていためぐみん。自分もウォッチを使って、かっこよく妖怪を召喚したかったのだ。

 

 「ということでウィスパー、メダル貸してください」

 

 「はいどうぞ」

 

 ウィスパーからメダルを受け取り、それを指でピーンッ!と弾いて上に飛ばす。紅魔族特有の赤い瞳が輝き、マントをはためかせて召喚の詠唱を唱える。 

 

 「…(あか)より(あか)く、(ほむら)より()づる我が眷属。移ろいゆく現し世に、巡り会えた奇跡の邂逅。言の葉に応え、世界の深淵を共に歩もう。約束の地は…今ここに。顕現せよ、ジバニャン!!」

 

 「ジバニャーーン!!」

 

 ウォッチから発する眩い光柱の中から、ジバニャンが勢い良く飛び出してくる。並び立つ二人の姿は、まるで御伽話に出てくる伝説の魔法使いと、その使い魔みたいに勇ましいものだった。

 

 「ってあれ?めぐみん?」

 

 いつも通りカズマに呼び出されたと思ったら、めぐみんが隣にいるので不思議に思うジバニャン。

 

 「カズマくんが妖怪ウォッチを忘れたので、めぐみんさんが試しに召喚したんでウィスよ。ね、めぐみんさん」

 

 「……ッッ!!」

 

 「めぐみんさん?」

 

 「どうしたニャン?」

 

 ウィスパーとジバニャンがめぐみんを見ると、初めての召喚が大成功した喜びで感極まって小さく震えていた。調子が良い日に爆裂魔法を放った時のように、満足そうな顔をしている。

 

 「よっぽど嬉しかったようでウィスね」

 

 「いや〜、面白いですね妖怪ウォッチ!離れたところにいる妖怪を呼び出せるなんて、まるで使い魔召喚みたいで最高じゃないですか!今はカズマもいませんし、今日は私が妖怪ウォッチの所有者です!!」

 

 すっかり妖怪ウォッチを気に入った様子のめぐみん。新しいおもちゃを与えられた子供みたいにはしゃいでいる。

 

 「ジバニャン、ウィスパー、街へ行きましょう!この妖怪マスターである私が、隠れている妖怪達を暴き出してみせます!」

 

 「いつ妖怪マスターになったんですかあーたは」

  

 「オレっち、めぐみんに付いて行くニャン!」

 

 玄関の扉を開けて出かけようとする三人。それを見ていたダクネスが、後ろから声をかけた。

 

 「三人とも、どこか行くのか?」

 

 「ええ、これからちょっと街まで…って、その箱は何ですか?」

 

 ダクネスが何やら大きな箱を抱えている。ダクネスは箱を一度下ろして、中のものをめぐみん達に見せた。

 

 「こ、これは…!!??」

 

 三人は箱の中身を上から覗いて見る。めぐみんが一際驚いた声を上げ、目をキラキラ輝かせていた。

 

 「ちょ、超高級の霜降り赤蟹じゃないですか!しかもこんなにたくさん…」

 

 「凄いだろ?私の実家から送られてきたんだ。日頃お世話になってる皆さんにお礼だそうだ」

 

 箱の中には、蟹が所狭しとびっしり詰め込まれていた。超高級の蟹らしく、どれも大きくて立派なものだった。

 

 「今夜は皆で蟹を食べよう。あまり遅くならずに帰ってくるんだぞ」

 

 「もちろんです!蟹のためなら、今日だけ爆裂魔法を我慢して食べた後に爆裂します!」

 

 「結局爆裂するんかい」

 

 それはそれ、これはこれなのだろう。ウィスパーが呆れたようにツッコむ。

 ウィスパーとジバニャンを連れ、めぐみんはウキウキ気分で歩いていく。今まで霜降り赤蟹なんてお目にかかったことがなく、都市伝説の食べ物だと思っていた。それを今夜はお腹いっぱい食べれることもあり、嬉しそうに鼻歌を歌っている。

 

 「めぐみんさんご機嫌でウィスね」

 

 「オレっちは蟹よりチョコボー派ニャン」

 

 「はぁ〜、楽しみですね〜。霜降り赤蟹…」

 

 そんなこんなで、三人は街の中心部に到着。いつも通りギルドには冒険者達が酒を飲んでいて、近所のお店は特売してたりで賑やかなところだ。

 

 「改めて見ると、妖怪っていっぱいいるんですね」

 

 ひも爺とバクロ婆が静かにお茶していたり、お金ナイダーが落ちてる小銭を拾っていたり、コマ兄弟が仲良くソフトクリームを食べていたりで、今ではアクセルの街にも妖怪が溢れている。

 

 「妖怪は至るところに潜んでいますからね〜。彼らもこの世界を気に入り、楽しくやってるようでウィス」

 

 三人はとりあえずギルドの中に入る。誰か妖怪に取り憑かれた人はいないかな〜、とめぐみんは周りをキョロキョロ探している。

 

 「ん?あれは…」

 

 めぐみんの前方に、足を組んで椅子に座っている金髪の青年がいる。手鏡を手に、それに映る自分の顔を眺めていた。

  

 「…う〜ん、美しい〜」

 

 「うわ…」

  

 「なんニャあれ…」

 

 手鏡で自分の顔を見てうっとりする青年。そのナルシスト全開な様子に、めぐみんとジバニャンはちょっと引いていた。

 

 「ちょっとダスト、何やってるのよ」

 

 髪を後ろに束ねた女性が心配そうに話しかける。

 

 「見て分からないか?ミーのご尊顔に見惚れているところさ」

 

 「…は、はあ?なに意味の分からないこと言ってるのよ気持ち悪い。あんたそういうことするキャラじゃなかったでしょ」

 

 「ふっ、素直じゃないなあ。でも、君のそういうところが実に…ワンダホー」キラーン

  

 「う、ウザい〜!」

 

 彼の仲間らしき女性と話しているが、いつもの様子と違う青年を心底気味悪がっている。

 

 「多分あれ妖怪の仕業ニャンよ」

 

 「そ、そうですね。ちょっと見てみましょうか」

 

 ウォッチをかざし、ダストと呼ばれた青年の周りを調べるめぐみん。すると、彼の隣に人の顔をした犬が立っていた。

 

 「あ〜、イケメン犬がいたニャンね」

 

 「イケメン犬?」

 

 「取り憑いた人をかっこ良くする妖怪ニャけど、そのせいでちょっとキザな感じになっちゃうニャン」

 

 「ふ〜、イケメンは辛いよ」

 

 「辛いのはこっちよ…」

 

 ダストのナルシストっぷりに呆れて、女性はどこかに行ってしまった。

 

 「あっはっはっ。まったく、最近の女の子は難しいなあ。ん?そこのお嬢さん。ミーと一緒にワンダホーしない?」

 

 「行きましょうか」

 

 「そうニャンね」

 

 めぐみん達はダストを無視して、ギルドを後にした。

 

 「ウィスパー。さっきは何も喋らなかったニャンけど、もしかしてイケメン犬って分からなかったニャン?」

 

 「ギックウッ!?」

 

 図星である。ウィスパーは妖怪パッドで検索するのに夢中で、何も言うことが出来なかった。

 

 「前から思ってましたけど、ウィスパーってほんと偽執事ですよね」

 

 「そうニャン、知ってる知ってる言いながらいっつも検索してるニャン」

  

 「ち〜が〜い〜ま〜す〜!!当然知ってましたよ〜!知っててあえて言わなかっただけです〜!!」

 

 チラチラと自分を見て、わざと聞こえるように話すめぐみんとジバニャン。ウィスパーは必死に否定するが、二人の視線は冷たいものだ。

 

 (ま、まずい…!このままでは、お二人のあたしに対する評価が地の果てまで真っ逆さまに落ちてしまうでウィス!これは何としても、次で汚名挽回しなくては!!)

 

 言葉使いは間違ってるが、ウィスパーの決意は固い。

 

 「…はあ〜、僕は一体どうしてしまったんだ」

 

 三人がしばらく歩いていると、道の隅っこで落ち込んでる男がいた。よく見ると、以前カズマに絡んできたミツルギという青年だった。

 

 「あの二人が、急に僕を置いてどこかに行ってしまうなんて…」

 

 あの二人とは、いつもミツルギと一緒にいた女の子達のこと。二人ともミツルギに好意を持っていたのだが、何故か突然「さよなら」と言って離れてしまったのだ。

 

 「むむ、これはもしや妖怪の仕業では」

 

 「そうですか〜?彼がただ単に飽きられただけでしょうよ」

 

 めぐみんがウォッチを照らすと、ミツルギに取り憑いている妖怪を発見した。

 

 「ウィスパー、あの妖怪は何ですか?」

   

 「え?あ〜はいはい、当然知ってますよ〜。俺の両手はバズーカ砲とか、髪の先っちょにイカリング結びつけてるマンとかそういう…え〜と」

 

 妖怪の名前を調べるが、中々出てこなくてパッドを必死にスクロールするウィスパー。

 

 「あーもう、じれったいですね。貸してください!私が調べます!」

 

 ウィスパーから妖怪パッドを強引に取り、めぐみんが自分で調べだした。

  

 「あちょっとぉ!素人が簡単に使えるもんじゃないんでウィスよ!!」

 

 「ありました!あれは妖怪モテヌスです!」

  

 「めっちゃ使えてるーー!?」 

 

 ウィスパーより早く、いとも簡単に妖怪の名前を発見しためぐみん。そのままモテヌスの特徴をスラスラと読み上げる。

 

 「取り憑いた人をモテなくする妖怪で、妖怪不祥事案件のいわゆる、どんなイケメンでも何故かモテない人っているよね〜。を引き起こす妖怪です!!」

 

 「いやああああああ!!それあたしの見せ場ああああああ!!」

 

 「ウィスパーより使いこなせてるニャン」

 

 数少ない活躍の機会を奪われ、汚名を返上出来なかったウィスパー。

 

 「めぐみん、あいつどうするニャン?」

 

 「う〜ん。私としては放っといてもいいんですけど、さすがにちょっと可哀想なのでなんとかしてあげましょう」

 

 見てしまったからには素通りするのも気の毒だ。一応同じ街の冒険者だし、ここは妖怪ウォッチを持ってる自分が解決しなくては。

 

 「ウィスパー、モテヌスをあの人から引き離せる妖怪はいますか?」

 

 「そうでウィスね〜…あ、それならモテマクールはどうでしょ。モテヌスの反対に、人からモテる妖怪でウィス」

 

 めぐみんはウィスパーからモテマクールのメダルを受け取り、妖怪ウォッチで召喚する。

 

 「出でよ!私の、仲間の友達!!」

 

 ピンポンパンポーン

 

 「…ん?」

  

 ただいま、留守にしております。ご用の方は、ピーという音の後に、メッセージをどうぞ。

 ピーーーーー…

 

 「ええ!?」

 

 「くううっ!召喚拒否とは!」

 

 「召喚拒否!?そんなことがあるんですか!?」

  

 妖怪も普通に生活してるところを急に呼び出されるわけだから、こういうことも当然起こる。しかし困った、これではミツルギからモテヌスを追い払えない。

 

 「そうニャ、あいつはモテる人をモテなくする妖怪だから、逆にモテなさそうな妖怪を呼ぶニャン」

 

 「モテなさそうな妖怪…はっ!」

  

 モテない妖怪、めぐみんはある妖怪が思い浮かんだ。そして、めぐみんが呼び出したその妖怪とは…

  

 「…私に何か?」

 

 そう、モテない妖怪代表のじんめん犬である。

  

 「あの、なんで牢屋の中にいるんですか?」

 

 召喚されたじんめん犬は、縞々の囚人服を着て鉄格子の中にいた。前にベルディアを倒した宴会の時、外に出て立ちションしてるところをお巡りさんに連れて行かれ、今日(こんにち)までずっと牢屋に入れられていたのだ。

 

 「…まあ、普通に出れますけどね」

  

 鉄格子は前面部分だけで、横からあっさり出てきた。

 

 「人面おっさん、あの人からモテヌスを引き離してください」

 

 「めぐみんさん、人面おっさんは普通のおっさんでウィス」

 

 「私がですか?まあ、やれるだけやってみましょう」

 

 じんめん犬がミツルギに向かって手をかざし、妖力を発揮させる。

 

 「はああああ…!!」

 

 じんめん犬の手から茶色のオーラが出てきて、ぐねぐね曲がりながらミツルギへ飛んでいく。

 

 「…なんか、気持ち悪いですね」

 

 「…あの色、完全にうん」

 

 「しっ!ジバニャンしっ!でウィス!」

 

 じんめん犬のブキミーなオーラがミツルギを包む。ミツルギの周りに、モワ〜ンとした嫌な空気が漂っている。

 

 「おや?これなら僕の力は必要ないみたいだね」

 

 じんめん犬のオーラに包まれたミツルギに、これ以上取り憑いても効果がないと判断したモテヌス。静かにミツルギから離れ、また次のターゲットを探しに行った。

 

 「モテヌスが離れたニャン!」

 

 「ふふ〜ん、妖怪マスターである私にかかればこんなもんです」

 

 「でもめぐみんさん。モテヌスが離れたってことは、彼が結局モテないままという事実は変わらないのでは?」

 

 「あ」

 

 ミツルギからモテヌスを引き離すことだけ考えていたが、これでは何の解決にもなってないことに気付く。

 

 「ふー、久しぶりに妖怪の力を使いましたよ。それじゃあ、私はこれで」

 

 「ちょっと君」

 

 「はい?」

 

 じんめん犬の目の前に、いつぞやの警官2名の姿が。

 

 「勝手に牢屋を抜け出すなんて、何を考えてるんだ」

 

 「え!?いやいやいや!これは私ではなく、あの子が呼び出したから…」

 

 「うんうん、署で聞くからね」

 

 「ちっくしょおおおおおおお!!!」

 

 「ああ!僕は…僕はどうしたらいいんだああああ!!」 

 

 めぐみんが召喚したせいで、意図せず脱獄して罪を重ねてしまったじんめん犬と、少なくともじんめん犬の妖力が切れるまで女の子達が戻ってこないことが確定したミツルギ。

 二人の悲しき男の声が、アクセルの街にこだました。

 

 「…めぐみんさん、どうするんでウィ」

 

 「あー!もう帰らなきゃいけない時間じゃないですかー!霜降り赤蟹が待ってるんですから、早く帰りましょー!」

 

 わざとらしく大きな声で誤魔化して、めぐみんは早足で歩いていく。夕日が地平線に沈んでいき、徐々に街が暗くなり始めた。きっと今頃ダクネスが蟹を調理しているに違いない。ゴクッと喉を鳴らし、めぐみん達は家路へと急ぐ。

 しかし、一番前にいためぐみんが急に立ち止まった。

 

 「どうしましためぐみんさん?」

 

 「…なんか、変な感じしませんか?」

 

 さっきまで色んな人々の声で賑わっていたアクセルの街が、今は不気味なくらいに静まり返っている。まるで、この三人だけが別の場所に閉じ込められたみたいに。

 

 

 ズシィィィン……!!!

 

 

 突如大きな音が鳴り響き、まるで地震のように地面がグラつく。

 

 「な、なんですか今の!?」

  

 「う、ウィスパー…これってまさか」

 

 「い、嫌な予感が…」

 

 ジバニャンとウィスパーは、過去にこれと同じことを経験したことがある。世界がくすんだ色に変わり、巨大な足音が芯まで響く。

 そして、世にも恐ろしい咆哮が轟くだろう。

 

 

 アーーカーーン!!!

 

 

 全身を血に染めたような赤い体。丸太のように隆起した太い腕、握りしめられた金棒。頭に生えた一本の鋭い角を尖らせ、赤鬼がめぐみん達の前に現れた。

 

 「鬼時間でウィスー!!」

 

 「逃げるニャーーン!!」

 

 三人は慌ててその場から走り出し、全速力で家に向かう。

 

 「な、なんなのですかあのモンスターは!あれも妖怪なんですか!?」

 

 「あれは赤鬼!鬼時間に出てくる凶暴な妖怪でウィスー!」

 

 「鬼時間?」

 

 「何の前触れもなく訪れる、いわば天災!巻き込まれた者は、異次元に迷い込んで鬼に追いかけられるのでウィス!」

 

 鬼時間の空間は、現実世界そっくりに作られている。この世界では、めぐみん達と鬼以外誰もいない。

 

 「鬼時間から脱出する方法はないんですか!?」

  

 「鬼に捕まる前に、家に帰れたら鬼時間から開放されるニャン!」

  

 迫りくる赤鬼の金棒から、必死に逃げる三人。赤鬼はその筋骨隆々な腕を豪快に振るい、荒れ狂う暴力を発揮した。

 

 ドカアアアァァァン!!!

  

 ウィズのお店が粉々に砕かれ、その残骸を赤鬼が踏みしめる。鬼時間は異次元空間だから、たとえ建物が破壊されても外の世界には影響しない。

 ちなみにこの日の夜、ウィズは自分の店が倒産する夢にうなされたらしい。

 

 「こうなったら戦います!ジバニャン、ウィスパー、援護を!」

 

 「無茶です!鬼時間中の鬼はバフがかかっていてほぼ無敵!逃げるのが一番でウィス!」

 

 「私を誰だと思ってるんですか!」

 

 めぐみんは赤鬼に正々堂々と相対し、杖に魔力を込める。

 

 「紅魔族随一の使い手にして、爆裂魔法を操る者!その私の行く手を阻む者は、たとえ冥府の鬼だろうと許しません!」

 

 臆することなく、力強く杖を突きつける。小柄なめぐみんの前に赤鬼が立つと、実際の身長差より大きく見える。それでも、決して退かなかった。

 

 「ウィスパー、ここはオレっちたちの出番ニャン」

 

 「…はあ、仕方ありませんねえ」

 

 羽織を靡かせ刀を携える、ニャン獄ジバ寿郎。顔に無数の傷が浮かび鋭い眼光を放つ、ウィス川パねみ。

 二人の剣士が、めぐみんの前に並び立った。

 

 「オレっちは、めぐみんを守るニャンー!!」

 

 「上等上等!!やってやらあああああ!!」

 

 ドカッ

 

 「ニャアアアアアア!?」

 

 「ウィスーーーーー!?」

 

 果敢に挑んだ二人だったが、あっさり赤鬼の金棒にふっ飛ばされた。

 

 「…よくやりました、二人とも」

 

 ジバニャンとウィスパーのおかげで、詠唱が間に合った。渾身の力を込め、赤鬼に爆裂魔法を放つ。

 

 「アッカーーーーン!!!」

 

 激しい爆風と爆音と共に、黒煙が舞い上がる。めぐみんはその場に倒れ込み、そして赤鬼も重い音を立てて崩れ落ちた。

 

 「めぐみんーー!!」

 

 「やりましたねめぐみんさん!」

  

 「…二人が、時間を稼いでくれたおかげです。私達の勝利ですよ」

 

 鬼時間の赤鬼を倒し、喜びに浸る3人。後はゆっくり帰るだけ、そう安心したのも束の間…

 

 

 

 アアアァァァオオオオオオ!!

 

 

 「え!?」

 

 「こ、この声は…」

 

 「まさか…」

 

 

 そして、別のところからも。

 

 

 クウウゥゥゥロオオオオオオ!!!

 

 

 赤鬼より強い青鬼、その青鬼よりも強い黒鬼の声。ズシンズシンと地響きを起こし、こっちに近付いてくる。

 

 「逃げるでウィスー!」

 

 赤鬼との戦闘で、すでにめぐみんは満身創痍。これはさすがに勝ち目がない。ジバニャンとウィスパーは動けないめぐみんを連れて走り出す。

 

 「うわああ!?明らかにやばいのが追って来てます!」

 

 「急ぐニャンーー!!」

 

 後ろから追ってくる青鬼と黒鬼。赤鬼がやられた仇を討とうというのか、文字通り鬼の形相で追跡してくる。

 

 「おお!あれは懐かしの我が家でウィス!!」

  

 ようやく眼前に屋敷を捉え、ラストスパートを上げる。あわや、2つの金棒が無慈悲に3人に襲いかかるその刹那。ギリギリのところで屋敷に辿り着き、鬼時間から開放された。

 

 「ハア…ハア…た、助かったニャン…!」

 

 「生きた心地がしなかったでウィス〜…」

 

 「…二人とも、ありがとうございました」

 

 疲労と安心でその場に突っ伏す3人。玄関の扉が開かれ、ダクネスとアクアが顔を出す。

 

 「お、帰ってたのか。なんだ、そんなに遊び疲れて。よっぽど蟹が楽しみだったんだな」

  

 「3人とも、早く手を洗ってきなさい。今日は蟹よ蟹!!」

 

 めぐみん達がどれほど大変な目に合ったか、二人は当然知らない。鬼時間に巻き込まれ、鬼と激闘を繰り広げたとは夢にも思わなかった。

 

 「お、オレっち…しばらく動けないニャン」

  

 「わ、わたくしもでウィス〜。めぐみんさんもそうでウィ」

 

 「か、蟹が…蟹が私を待ってるんです。こんなところで、倒れてるわけには…!」

 

 「どんだけ蟹食いたいんでウィスか」

 

 爆裂魔法の直後は動けない筈だが、この時ばかりは蟹への執着心がめぐみんを突き動かしていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




めぐみん主役の回は前々から書きたかったお話しで、ようやく完成できて良かったです。


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妖怪バク

 アクセルの中心部を、カズマは特に用事もなくぶらついていた。妖怪ウォッチを忘れたことには気付いていたが、今さら取りに帰るのも面倒くさい。

 

 (ん?あいつらは…)

 

 道の端っこでウロウロしてる二人組の男。彼らは冒険者仲間のダストとキース。

 初めて合った時はダストがカズマに、最弱職のくせに上級職の美少女に囲まれて羨ましいと因縁をつけてきた。カズマも最初は相手にしていなかったのだが、ダストがあまりにも言い寄ってくるため、調べたら妖怪ムカムカデに取り憑かれていたのだ。

 ムカムカデを追っ払ってダストは正気に戻り、因縁をつけたことをカズマに謝罪。それからは一緒に宴会したりするくらいの仲にはなったのだが、二人は今なにをしてるのだろう。

 

 「よっ、何してんの?」

 

 「うおっ!?」

 

 「か、カズマ!?脅かすなよ…」

 

 普通に声をかけただけなのに、二人の様子がおかしい。妙にソワソワして挙動不審だし、何かやましいことでもしてるのか?

 

 「…カズマ。同じ街の男冒険者として特別に教えてやる」

 

 「何を?」

 

 「…男冒険者にサービスする、サキュバスが経営してる店の話しだ」

 

 「…聞こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、用事を済ませたカズマが帰って来た。

 

 「ただいま〜。うおっ、なんだなんだ? 今日はやけに豪勢だな」

 

 食卓に並べられた蟹や酒の瓶を見て、思わず喉を鳴らす。

 

 「お帰りなさいカズマくん。ダクネスさんのご実家から、超〜〜〜〜〜ウォウウォウ高級な蟹をいただいたんでウィスよ!」

 

 「遠慮せずに、今日はいっぱい食べてくれ」

 

 ゴクッ…確かに美味そうだ。まるで霜降り肉のような圧倒的な重厚感と輝き。やばい、止まらん。一口食べただけで、やめられない止まらない。

 

 「今日はじゃんじゃん飲むわよー!」

  

 「わ、私も飲みたいです!いいじゃないですか今日くらい!」

  

 「だーめ!お子様にはまだ早いのよ!」

 

 「カズマもどうだ?一杯やるか?」

 

 「ああ、もちろ……はッ!!」

 

 ダクネスにお酌をして貰う直前、カズマは大事なことを思い出した。昼間にサキュバス店に行った時、夢が見られなくなるからあまり飲み過ぎるなと注意を受けていたのだ。

 我慢、ここは我慢だ佐藤カズマ。たとえアクアが凄く美味そうに飲んでいても我慢だ。危ない危ない、俺は長男だから耐えられたけど、次男だったら我慢出来なかった。

 

 「…あー、今日はやっぱりやめとくよ」

 

 「どうした?具合でも悪いのか?」

 

 「い、いやそうじゃなくて、今日は昼間に知り合いと飲んでたから…」

 

 「そうだったのか。ならその分、どんどん食べていいんだぞ」

 

 カズマの嘘を素直に信じるダクネスに、流石に少し罪悪感を感じる。

 

 (くそっ、俺はいったい何をしてるんだ)

  

 罪悪感と葛藤に駆られ、カズマは目の前の仲間たちを見た。

 

 「見てみて〜、デストロイヤー!」

 

 「おお〜!あのワシャワシャ感をこうまで再現するとは!」

 

 「これはもはや芸術だな…!」

 

 「カズマくんカズマくん!あたしなんか鼻からお酒を飲めるんで…ぶへええっ!!」

  

 「汚いことするニャン!」

  

 楽しそうにはしゃぐ仲間たち。そうだ、何を迷ってたんだ俺は。かけがえのない仲間と過ごす時間が、何よりも大切じゃないか。

 そのことに気付いたカズマはふっと笑って、立ち上がった。

 

 「よし、俺は先に休ませて貰うよ。後はお前らで楽しんでくれ」

 

 え? 俺はこういう男ですが何か?

 

 (あー、ちくしょう。妙にドキドキして眠れねえ)

 

 ベッドの中で寝返りを何度かうつが、なかなか寝付けずにいるカズマ。早く良い夢を見させて貰おうと深呼吸するが、逆に段々と目が冴えて来てしまっている。

 

 (…風呂でも入るか)

 

 夢の中といえど、エチケットは忘れちゃいけない。俺は紳士な男なのだ。

 湯船に浸かり、一日の疲れを癒やす。少し落ちついてきたせいか、瞼が重く感じる。入浴中の睡眠は危ないと知りつつ、少しだけならとカズマは眠ってしまった。

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 「カズマ、あ〜ん。どう、美味しい?」

 

 「うん、美味しいよ。頭がちょっとキーンってするけど」

 

 「良かったあ。まだまだあるから、いっぱい食べてね!」

 

 綺麗なお花畑の真ん中で、ふぶき姫にかき氷を食べさせて貰っているカズマ。ふぶき姫は凄く楽しそうで、何とも微笑ましい光景だった。

 

 「ねえ、カズマ。私のこと…好き?」

 

 「へ?そ、そりゃもちろん…」

 

 「カズマ〜。そんな子は放っといて、私と遊びましょ〜」

 

 「えんらえんら!?」

 

 煙の妖怪、えんらえんらがここで乱入。カズマをふぶき姫から引き離すように、腕に手を回して抱きしめている。

 

 「ちょっと!カズマは私とデート中なんだから邪魔しないで!」

 

 「カズマ。そんなお子様より、大人の私の方が魅力的でしょ?」

 

 胸を腕にぎゅ〜と押し付けられてドキッとしたが、カズマはすぐにキリッとした表情に変えた。

  

 「…俺はいつでも、いいぜ」

 

 「も〜!カズマったらデレデレしちゃって〜!」

 

 カズマの腕を引っ張り合い、どっちがカズマに相応しいかモメる二人。するとそこにフゥミンや乙姫、人魚など他の女性妖怪も加わり、ハチャメチャな状態になった。

 

 「こらこら。慌てなくても、全員まとめて可愛がってやるよ」キラーン

 

 「きゃ〜!」

 

 「カズマー!」

 

 黄色い声援が自分に向かって飛び交う。これこそまさに、夢に見たハーレム状態。なんて素晴らしいんだろう。まるで夢を見てるようだ。

 …ん? 夢?

 

 ゴボゴボゴボゴボゴボゴボッッ!!!

  

 「ぶっはあっ!?」

 

 湯から勢いよく顔を出す。危うく風呂で溺れ死ぬところだった。

 

 「ゲホッゲホッ!ハァハァ…ゆ、夢?」

 

 「いい夢見れたかい?」

  

 「ば、バク!?」

 

 目の前にいたのは、夢を食べる妖怪のバク。

 

 「ずいぶん楽しそうな夢を見ていたようだねえ。ごちそうさん」

 

 「あっ、こら待て!」

 

 バクはスゥーと姿を消し、どこかに行ってしまった。夢を食べられたせいで、さっきまでどんな夢を見ていたかイマイチ思い出せない。凄くいい夢を見ていた気がするのに、バクのやつ〜!!

 

 「も、もしかして、サキュバスの夢を食べたんじゃないだろうな…。冗談じゃないぞ!高い金払ったのにちくしょー!!」

 

 悔し紛れに床を叩くが、手が痛くなるだけで虚しいからやめた。こんなことなら、我慢せずに酒を飲んでおけばよかった。仲間より欲望を優先したバチが当たったということか。

 

 「…はあ、上がって寝よう」

 

 すっかり萎れてしまったカズマ。しかし、ドア越しに誰かが着替えているのが見える。体の凹凸からして、まずめぐみんはありえない。じゃあアクアか?いや、雰囲気から見て多分違う。そうすると残るは一人…そうだ、あれはダクネスだ。

 

 「…なるほど、本当のお楽しみはこれからだったのか」

  

 まったく、ヒヤヒヤさせやがる。そうとなれば、俺はドーンと待ち構えていようではないか。この際ダクネスでもなんでもいい。それに、前々からエロい体してると思ってたし。

 さあ、思う存分楽しませて貰おうか!!

 

 ガラッ

 

 「さあー、風呂だ風呂だー」

 

 バッシャーン!!

 

 「ウィス?」

 

 出てきたのはダクネスではなく、八頭身姿のウィスパーだった。シルエットと全然違うやつが現れて、カズマは湯船の中でズッこける。タオルで体をパァンパァン!と叩いて、オッサンみたいな登場だ。

 

 「くっそー!この小説ではそんなおいしい展開は無いって分かってた筈なのにー!!」

 

 「何を言ってんですかカズマくん」

 

 

 曲者ー!皆のもの、であえであえーい!!

 

 

 「おや、この声は」

 

 「アクア?」

 

 時代劇みたいな招集をかけるアクア。風呂場にまで聞こえてきて、これはただ事ではないとカズマとウィスパーは急いだ。

 

 「おいダクネス、何かあったのか?」

 

 「いや、私も知らな…ひゃあ!?」

 

 向かう途中でダクネスと合流。ダクネスは腰に布一枚という底防御力装備のカズマを見て、女の子らしい悲鳴を上げた。

 

 「な、なんでそんな格好なんだ…!」

 

 「さっきまで風呂入ってたんだよ。そういうダクネスも、なんで着替えを持っているんだ?」

 

 「…わ、私も風呂に向かう途中だったんだ。そうか、カズマが先に入っていたのか。危うく鉢合わせるところだったな」

 

 「ちっ、アクアめ。余計なことを」

 

 「何か言ったか?」

 

 「いやなにも」

 

 ボソッと恨み節を言うカズマ。せっかくのチャンスだったのに。これでつまらないことで呼び出したらただじゃおかないぞ。

 廊下を曲がると、アクアとめぐみん、そしてジバニャンがいた。その3人に囲まれるように、誰かもう一人いるみたいだ。

 

 「あ、3人ともこっち…ってここにも変態が!?」

 

 「誰が変態だ!」

 

 「カズマ、大変です!」

 

 「だから変態じゃねえ!」

 

 「変態じゃなくて大変ニャン!」

 

 アクア達に囲まれて怯える少女。サキュバス族らしく、恐らくはカズマを狙って現れたのだろう。アクアの話によれば侵入してきたところを、この家に張られた結界に引っかかったらしい。

 

 「この私の屋敷に忍び込むなんて、いい度胸してんじゃない」

 

 「大人しくしていれば、楽に滅してあげますよ」

 

 アクアとめぐみんはサキュバス退治に乗り気なご様子。しかし、その横でカズマは汗を流していた。

 

 (あれ?これってもしかして…いや、絶対そうだわ)

 

 恐らく、このサキュバスの子がカズマに夢を見せにきたのだろう。自分のために、こんなか弱い女の子を見殺しには出来ない。

 

 「ちょ、ちょっと。カズマ何してるの?」

 

 カズマはサキュバスの子の前に立ち、まるで守るように両手を広げた。

 

 「に、NIGERO…」

 

 「お、お客さん…?」

 

 妙に渋いダンディな顔になり、低い声で言い放つカズマ。

 

 「はあっ!?ちょっとカズマ正気!?」

 

 「カズマ、可愛くてもそれは悪魔なんですよ」

 

 「もしかして、カズマは既に操られているんじゃないか?」

 

 ダクネスの予想は外れているが、カズマにとってはその方が都合が良かった。

 

 「俺が奴らを引き付ける間に、早く逃げるんだ」

 

 「で、でも…」

 

 「…俺のことは振り返らずに、行け」

 

 ファイティングポーズを取り、カズマは小刻みにステップを刻む。アクア達は操られてる(と勘違いしてる)カズマを解放すべく、というより案外ノリノリな感じでボコボコにしようと指を鳴らしている。

 

 「…仲間といえど、容赦はしないぜ」

 

 カズマが拳を握り、奇声を上げて飛びかかった!

 

 「いくぜ!ヒャオオオォォォオウオウオウ!!」

 

 この後、あっさり瞬殺されたカズマ。結局良い夢を見ることも出来ず、ボコボコにされて踏んだり蹴ったりな一日だったが、サキュバスの子を無事に逃がすことが出来たので良しとしよう。

 そして翌日。

 

 「あー、違う違う。胸はもっと大きめで、身長はそうだなあ、俺より少し低いくらいがちょうどいいな。ってコラ!なんで顔がウィスパーなんだよ!」

 

 「まぼ〜」

 

 「カズマくん、まぼ老師を呼んで何してるんでウィス?」

 

 カズマはまぼ老師を召喚して、自分が理想とする女の子の幻を作っている最中だった。サキュバスが駄目なら、まぼ老師の力を借りよう。もう幻でも何でもいいから、とにかくこの欲求不満を解消したかった。

 

 「えー、ちょっとそれ虚しくありません?」

 

 「お、俺だって、俺だってなあ…」

 

 「ウィス?」

 

 「俺だって、女の子とイチャイチャする幻が見たいんだーーー!!」

 

 「幻でいいんすか?幻でいいんすか?」

 

 次からは皆がいない時にサキュバスを呼ぼう。悲しい絶叫の中で、カズマはそう決意したのである。

 

 

 

 

 

 




今日の妖怪大辞典!

 「カズマくん、今日の妖怪は?」

 「えーと、バク!」

 「ワシは眠らせた者の夢を食べる妖怪じゃ。お前の仲間の夢を食べてやろうぞ」

 バクの煙を吸い、眠らされるアクア達。
  
 「ふふ。落ちていく落ちていく、夢の中へ。さあ、どんな夢を見ているかの?」

 (はーはっはっ!私は紅魔族でも史上最強の爆裂魔法使い、めぐみん!!今の私は、一日に何度でも爆裂魔法を放つことが出来るのです!必殺、百裂エクスプロージョン!!)
    
 「な、なんじゃこの夢は。こんな頭のおかしい夢を食べたら腹壊すわい」

 (くっ、騎士の私によくもこんな真似を…殺せっ!!)

 「…こっちはこっちで、特殊な夢を見とるし」

 (ついに、我がアクシズ教が世界を牛耳る日が来たわ。この女神アクア様の前に、頭を垂れて蹲いなさい!!)

 「…女神とは思えぬほど欲まみれの夢じゃな。もうええ、こんな奴らの夢なぞ食えるか」
 
 「バク、呆れて帰っちゃいましたね」
 
 「仲間として誇らしいような、情けないような。複雑な気分だ…」








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ネタバレリーナ

 それは、ある日突然やってきた。

 

 「デストロイヤーだああああああ!機動要塞デストロイヤーが来るぞおおおおおおお!!」

 

 アクセルの街に鳴り響く警報。その騒ぎはベルディア来襲の比ではなく、その名を聞いた市民達は我先に避難を開始する。

 

 「おいおい、いったい何の騒ぎだ?」

 

 例によって街の冒険者はお呼びがかかり、カズマ達を含めた皆がギルドに集められた。

 

 「放送を聞いてご存知だとは思いますが、機動要塞デストロイヤーが現れました。真っすぐ、このアクセルに向かっています」

 

 ザワつく冒険者達。「もうダメだ、おしまいだ…」「…天は我々を見放した」「是非も無し…」など、戸惑いの色を隠せないでいる。

 

 「だから何だよ、機動要塞デストロイヤーって」

 

 その正体を知らないカズマは、皆がなぜ不安がってるのか理解出来ない。その横で、額に大往生の文字を刻み、髭を生やしたウィスパーが震えていた。

 

 「むう、まさか機動要塞デストロイヤーが実在したとは…!」

 

 「知ってるのかウィスパー」

 

 「…うむ、聞いたことがある」

 

 カズマも頭にハチマキを巻いた劇画風タッチになり、神妙な顔でウィスパーを見る。

 …機動要塞デストロイヤー。それは、古来からアクセルに伝わる移動式魔法兵器。その破壊力は、通った後に草しか残らないと言われるほど。過去に名だたる冒険者達が挑みに行ったが、結局誰一人として生還した者はいなかった。この恐るべき破壊者の生みの親であるデースト・ロイヤの名前が、後にデストロイヤーの語源になったのは言うまでもない。

 アクセル書房刊『転生者もビックリ、古今東西魔導兵器大全』より。

 

 「これ大嘘ニャン!!」

 

 怪しすぎる豆知識はともかく、デストロイヤーはとある魔導技術大国が作ったクモ型の兵器。結界が張られていて魔法による攻撃が効かず、物理でしかけるにもその圧倒的な大きさと固さで寄せ付けない。

 

 「マジかよ、打つ手なしじゃねえか」

 

 あまりの戦力差に、カズマは軽く絶望する。

 

 「なんたって機動要塞ですからね。これが通った後には、頭のネジが2、3本飛んでるアクシズ教徒以外は影も形も残らないと言われています」

 

 「ちょ、ちょっとめぐみん!当然のようにうちの子達をディスらないでよ!あれでも結構いい子達なんだからあ!」

 

 いったい何をすればこんなに嫌われるのだろう。崇めているのがアクアだから、やっぱり信者も変なやつが集まるのかな?

 

 「すいません、店の片付けをしてたら遅くなりました」

 

 「おお!我が相方!」

 

 「よおウィズ」

  

 ウィズが少し遅れてギルドに到着。すると、他の冒険者達がウィズを見て歓声を上げる。なんでも、かつては凄腕のアークウィザードとして名を上げたらしい。今は魔王軍幹部のリッチーだが、それは内緒だ。

 しかし、いくら凄腕のアークウィザードでも、魔法が効かないなら意味がない。まずはあの結界をなんとかしなくては。

 

 「あ、そうだアクア。お前なら結界を破れるんじゃないか?」

 

 「う〜ん、やってみないと分かんないけど…」

 

 もしアクアが結界を破れれば、高火力持ちのめぐみんとウィズが魔法をぶっ放せる。それにはまず、アクアが結界を破る時間を稼がなきゃならない。

 めぐみんとウィズは大一番の為に力を温存する必要があるから、それ以外の遠距離攻撃出来る冒険者はデストロイヤーに向けて攻撃。他の者達は街の投石機で援護。気休めかもしれないが、何もしないよりはマシだ。

  

 「大丈夫かな…」

  

 「…不安だよ」

 

 「今のうちに、遺書でも書いとくか…?」

 

 作戦は決まったが、皆の士気が低い。やはり、デストロイヤーに立ち向かうのは無謀なのだろうか。

 

 「カズマくん、これじゃあ戦えないでウィスよ」

  

 「みんな怖がってるニャン」

 

 「大丈夫。こんな時こそ、あの妖怪の出番だ」

 

 カズマはポケットからメダルを取り出し、ウォッチに入れて召喚する。

 

 「メラメライオン!!」

 

 「メラメライオン、皆のやる気を燃えさせてくれ!」

 

 「メラメーラ!!」

 

 メラメライオンが能力を発揮すると、さっきまで沈んでいた冒険者達が立ち上がった。

 

 「っおおおお!!なんか知らんが急にやる気が出てきたぞおおおお!!」

 

 「デストロイヤーがなんぼのもんじゃボケーー!!」

 

 「冒険者なめんじゃねーー!」

 

 やる気スイッチが入り、炎が見えるくらい活気に溢れる冒険者達。実際ウィスパーは火が移って頭のほにょほにょが燃えていた。

 

 「アッツ!いやアッツウウウ!!」

 

 「よーし、やるぞみんなー!!」

 

 「「おおおおおおお!!」」

 

 カズマが拳を突き上げ、ギルドの全員が気合を入れて声を上げる。ここに、全員参加のデストロイヤー討伐クエストが開始された。

 皆が大慌てで迎え撃つ準備をする中、ダクネスは街から離れたところで佇んでいた。

 

 「ダクネス」

 

 「…カズマか」

 

 振り返らずに、ダクネスは静かに答える。

 

 「流石に今回は無謀なんじゃないか?お前がいくら頑丈でも、相手は無敵の機動要塞だぞ」

 

 「…カズマ、お前は私が趣味でここにいると思っているのか?」

 

 「うん」

 

 「そ、即答!?ま、まあいい」

 

 咳払いをして、ダクネスは気を取り直す。

 

 「カズマ。この際だから教えてやるが、私の名前はダクネスじゃない。本当の名は…ダスティネス・フォード・ララティーナ。これでも一応、貴族の娘だ」

 

 ダクネスの突然の衝撃発言。それをカズマは冷静に聞いていた。

 

 「どうした、驚かないのか?」

 

 「ああ、知ってたからな」

  

 「え?!」

 

 思わず振り向いてカズマを見る。今まで話したことはないのに、何故その名を知っているのか。

 

 「いや、さっきネタバレリーナから聞いたから」

 

 「ね、ネタバレリーナ…?」

 

 カズマがここに来る少し前。ネタバレリーナがカズマのところに現れた。

 

 「ネタバレリーナ〜。ダクネスさんの本名は、ダスティネス・フォード・ララティーナ。貴族のお嬢様リーナ」

  

 「マジで!!??」

 

 「この後、ダクネスさんはいつもより真剣な感じでカズマにそれを告白するリーナ〜」

 

 そう言って、ネタバレリーナは去っていった。

 

 「わ、私の葛藤は何だったんだ…。これでも打ち明けるかどうか悩んだというのに」

  

 「まあ、お前のその真面目な雰囲気は面白かったよ」

  

 「はうっ…!」

 

 いつの間にかカズマのペースに引っ張られるダクネス。本名を知った時は驚いたが、黙っていてもよかったのに教えてくれたことは嬉しかった。

 

 「と、というわけで民を見捨てて逃げるわけにはいかない。…悪いな、わがままで」

  

 「俺はそういうの、全然嫌いじゃないよ。アクアの自己中なわがままとは違うからな」

 

 「…そうか。ところで、そろそろデストロイヤーが来るんだが、カズマこそ避難した方がいいんじゃないか?」

 

 ここは言わば最前線。目を凝らせば、視線の先に砂煙が立っているのが見える。恐らくあれがデストロイヤーであり、ここに到達するまで時間はかからないだろう。

 

 「俺もやることがあるんだよ。アクアが結界を解く時間を稼いでやらないといけないからな」

  

 カズマはメダルを指で弾かせ、妖怪ウォッチで召喚する。

 

 「ロボニャンF型!!」

 

 「ロボニャンF型? 初めて見る妖怪だ」

 

 ロボニャンF型とは、ジバニャンの未来の姿であるロボニャンが更に進化した形態。未来の最先端テクノロジーを駆使し、あらゆる難問を解決する。

 

 「ロボニャンF型、デストロイヤーを足止めしたいんだが出来そうか?」

 

 「安心しろカズマ。この私が来たからにはもう大丈夫だ。遥か未来では、あんな訳の分からない物体が暴れ回ることなど存在しない」

  

 凄まじい轟音を立て、こちらに近付いてくるデストロイヤー。八本の足を蠢かせ、立ち塞がる木々や岩をものともせず簡単に突破していく。

 

 「うわあ速っ!てかキモッ!ロボニャンF型、本当に大丈夫なんだろうな!?」

 

 「……」

 

 「ろ、ロボニャンF型?」

 

 「アイルビーバアアアアック!」

 

 「こらああっ!帰んなああああああっ!!」

 

 親指を立て、地面に沈み込んでいくロボニャンF型。想像以上のデストロイヤーに打開策が浮かばなかったのか、結局何もせずに帰って行った。

 

 「あいつううっ!後で説教だかんな!」

 

 「カズマ!早く離れろっ!」

 

 デストロイヤーがすぐそこまで迫る。後方から冒険者達の魔法や弓が飛んでくるが、やはり足止めにはならない。まずい、このままでは二人とも轢き潰されてしまう。そう思った次の瞬間!

 

 「カズマ!私に任せて!」

 

 「ふぶき姫!?」

 

 「キラキラ雪化粧!!」

 

 カズマのピンチに突如現れたふぶき姫。寒い系最強の彼女の妖術は、デストロイヤーの足を凍らせることに成功した。

 

 「おおっ!やった!」

 

 「…凄い、デストロイヤーの動きを止めた」

 

 巨大な氷がデストロイヤーの八本の足を封じる。結界により魔法攻撃は効かないデストロイヤーだが、妖怪の力は魔法ではないため防げなかったようだ。

 とりあえず助かったと、カズマは胸を撫で下ろす。

 

 「ありがとうふぶき姫!助けられたのはこれで2回目だな。ほんと頼りになるよ」

 

 冬将軍の時にも、ふぶき姫のおかげで一命をとりとめることが出来た。ふぶき姫の頭をぽんぽんと撫でてなると、嬉しそうに頬を染めている。

 

 ピッ、ピシッ!ビシッッ!!

 

 氷がひび割れる音が聞こえ、デストロイヤーが力づくで動き出す。流石のふぶき姫の氷でも、完全には止められない。

 

 「ッ!カズマ、これ以上は…!」

 

 「ああ、こんだけ稼げばもう充分だ。アクア!!」

 

 城壁の上で、事の一部始終を見ていたアクア。カズマ達の頑張りを無駄にしまいと、力いっぱい魔力を込める。

 

 「任せなさい!セイクリッドブレイクスペル!!」

 

 アクアの魔法を受け、デストロイヤーの魔法結界が剥がれた。その隙を逃さず、ウィズとめぐみんが魔法を仕掛ける。

 

 「今ですウィズさん!やっちゃってくださウィスー!」

 

 「は、はい!めぐみんさん、準備はいいですか!めぐみん…さん?」

  

 しかし、めぐみんはビビっているのか魔法を発動させようとしない。

 

 「めぐみん、何してるニャン!?」

 

 「あわわわっ…じ、自分でも何がなんだかかか」

 

 珍しく、めぐみんからいつもの強気が感じられない。プレッシャーに押しつぶされて、ガクガク震えてへたり込んでしまっている。

 

 「めぐみん!しっかりするニャン!」

 

 「ど、どうしたんでしょう。わ、わ私ともあろう者が、こここの程度で臆するはずが、はずが…はず」

 

 喋ってるうちに、段々と溢れていた自信が消えていく。自分はこんなに弱い人間だったのか? 打ちひしがれるめぐみんに、ジバニャンが喝を入れた。

 

 「めぐみん!皆が頑張ってるのに、何もせずに震えてていいニャン!?オレっちの知るめぐみんは、そんな情けないやつじゃないニャン!」

 

 「ジバニャン…」

 

 「いつも通り、爆裂するかっこいいところを見せて欲しいニャン!!」

 

 「!!」

 

 ジバニャンの言葉に、めぐみんはあの時の気持ちを思い出した。幼い頃モンスターに襲われ、助けてくれたあの人が放った爆裂魔法。私はあの輝きに憧れて、ここまで来たんだと。

 帽子を被り直し、スッと立ち上がった。

 

 「ジバニャン、ありがとうございます。おかげで、大切なことを思い出せました」

 

 「めぐみん…!」

 

 「もう、大丈夫です」

 

 めぐみんが立ち上がったことを確認して、ウィズは詠唱を唱える。二人で呼吸を合わせるように、空に魔力の渦を巻いていく。

 

 「「エクスプロージョン!!」」

 

 眩い光が重なり、螺旋状になって一直線に急降下する。それは足元の氷を砕き、再び行進を開始した直後のデストロイヤーに降り注いだ。

 

 「うおおおっ!?」

 

 「きゃあああっ!」

 

 衝撃に巻き込まれないよう、カズマはふぶき姫を抱きかかえてその場から脱出。爆煙が辺りを包み、皆が固唾を飲んで見守る。果たして、デストロイヤーはどうなったのか。

 

 「お、おいアレ!」

  

 やがて煙が晴れ、現状が次第に明らかになっていく。城壁の上の冒険者が指差した方向を、皆が見つめている。そこには、巨体を誇るデストロイヤーが静止している姿があった。

 

 「…ふう」

 

 ダクネスが剣を鞘に仕舞う。己の目と鼻の先でデストロイヤーは止まっており、それでもダクネスは宣言通り一歩も退かなかった。

 

 「さ、流石はリッチー。私より威力が高い爆裂魔法を放つとは。私も、まだまだということでしょうか…」

 

 「めぐみんー!最高ニャン!かっこ良かったニャン!!」

 

 「…ジバニャン。ええ、だって私は、紅魔族一の爆裂魔法使いですからね」

 

 ウィズとのレベル差を痛感しつつ、駆け寄ってくるジバニャンをめぐみんは愛おしく抱き寄せた。

 

 「どうなることかと思いましたけど、なんとか上手くいきましたね」

 

 「いや〜、ウィズさんお疲れ様でウィス〜。相方のウィズさんにもしものことがあればどうしようかと。来年の妖怪漫才グランプリに支障をきたしますからねえ」

  

 「そ、それはまたの機会に…」

 

 デストロイヤーを止めることが出来て、しばらく平穏な時間が訪れる。

 

 「俺、故郷に帰ったら結婚するよ」

 

 ピクッ

 

 「俺も、好きだったあの子に告白するんだ」

 

 ピクピクッ

 

 「カズマ、どうしたの?」

 

 フラグ満載なセリフのオンパレードに、カズマは猛烈に嫌な予感がした。

 

 「なーによ、デストロイヤーなんて大したことないじゃない!このアクア様にかかればこんなもんよ!なーはっはっはっ!」

 

 「あんの馬鹿!わざと言ってんのか!?」

 

 アクアの高笑いがここまで聞こえ、それ以上何も言うなとカズマは懇願する。

 

 「か、カズマ…あれ」

 

 ふぶき姫の指差す方を、カズマは恐る恐る確認する。デストロイヤーの複眼が不気味に紅く輝き、まだ完全に死んでないことを見せつけていた。

 

 「ピッ、ガガッ…機動停止機動停止。これより、ザザッ…じ、自爆機能を作動…の、乗組員は、直ちに避難を…ザー」

 

 ノイズ混じりで聞き取りにくかったが、明らかにヤバい単語が聞こえてきた。

 

 「マジんがあああああああ!!」

  

 一難去ってまた一難。アクセルの危機は、まだ去ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




今日の妖怪大辞典!

 「カズマくん、今日の妖怪は?」

 「今日はたしか、ネタバレリーナだ!」

 「ネタバレリーナ〜、私はネタバレするのが大好きリーナ。ここで、このお話を読んでるそこのあなたに、次回のネタバレしちゃうリーナ。次のお話は、なんとカズマたちが…」

 「うおおおおおおい!?」

 「そのネタバレはやめろおおおおっ!!」

 「次回もお楽しみリーナ〜!!」


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デストロイヤー大決戦!

 「ちょっとカズマ、いったいどういうこと!?他の皆が一目散に逃げて行ってるわよ!」

 

 「自爆装置が機動したんだ!このままだと俺達全員、街もろとも消し飛ばされるぞ!」

 

 「さて、私たちも逃げる準備しないとねー」

 

 「こら待て駄女神!!」

 

 さっさと荷物を風呂敷にまとめて退散するアクア。逃がすかとばかりにカズマはその首根っこを捕まえた。

 

 「お前も余計なこと言った責任があるんだから、しっかり最後まで働いて貰うぞ!」

 

 「いやー!働きたくなーい!!」

 

 事態は一刻を争う。こっちの戦力は力尽きためぐみんと、めぐみん程ではないが魔力を大幅に消費したウィズ。アクアは早くこの場から逃げたそうにソワソワしてるし、ダクネスは相変わらず動かな…

 

 「ってあれ?ダクネスは?」

 

 さっきまでここにいたのに、いつの間にかダクネスがいなくなってる。ウィスパーが少し高く飛んで、その姿を確認した。

 

 「あ、いました。ダクネスさんお一人でデストロイヤーに突撃してるでウィス」

 

 「なに!?どういうことだ、なんで一人で…」

 

 まさか、自分一人だけでも最後まで戦うため…?

 

 「そんなカッコいい感じじゃなさそうでウィスよ。ニヤニヤ笑いながら突っ込んで行きますから」

 

 「…あ、そ」

 

 「ブレないニャンねえ」

 

 毎度カズマを引かせるダクネスだが、今回はその行動が功を奏した。

 

 「おい見ろ!ダクネスさんが一人で突撃してる!」

 

 逃げていた他の冒険者が立ち止まり、先陣を切るダクネスを見つめる。普段の様子を知るカズマ達には、いつもの病気が発生しただけだと分かっているが、他の者達はその勇気ある背中に見惚れていた。

 正面の顔がニヤついてることも知らずに。

 

 「おっしゃあ!こうなったら俺はヤるぜ!」

 

 「俺も、レベルも年齢も30を越えているのに、未だにこの街にこだわる理由を思い出した」

 

 「冒険者なのに日和ってるやついる? いねえよなあ!!」

 

 今度はメラメライオンの力も借りずに、自力でやる気に満ち溢れる男の冒険者達。女性冒険者は少々戸惑い気味だが、カズマには彼らの気持ちが痛いほど分かる。

 皆それぞれに譲れないもの(サキュバス店のお姉さん)を、守るために戦うのだ。

 

 「よし、俺達も続くぞ!ジバニャン、めぐみんを頼む!」

 

 「任せるニャン!」

 

 爆裂魔法の反動で動けないめぐみんを、少し離れた場所で待機させる。カズマ達も他の冒険者が使っているロープを伝って、デストロイヤーに乗り込んだ。

 

 「ぐわあっ!」

 

 「ぎゃあ!?」

 

 デストロイヤーに乗り込むと、そこには侵入者を迎え撃つための戦闘用ゴーレムが数多くいた。先に登った他の冒険者達が戦っているが、ことごとくゴーレムに蹴散らされている。

 

 「ひい〜!うじゃうじゃいる〜!!」

 

 「ゴーレムを倒さないと、制御装置のある部屋まで辿り着けません!」

 

 「ダクネス、悪いがこいつらを引き付けてくれ!囮になるのは得意だろ!」

 

 カズマがダクネスを呼ぶが、どこにも姿が見えない。おかしい、真っ先にダクネスがデストロイヤーに乗り込んだ筈なのに。

 

 「おいダクネスー!くそっ、こんな時にどこにいるんだ!」

 

 「あ、ダクネスさんいました」

 

 ウィスパーが下の方を指差して、カズマが覗き込む。デストロイヤーの足元付近で、まだロープを登れずにあたふたしているダクネスがそこにいた。

 

 「何やってんだあいつは…」

 

 「おそらく、着ている鎧が重くて登れないのでは?」

  

 「も〜しょうがねえなあ。ウィスパー、下に降りてダクネスを引き上げてやってくれ」

 

 「了解でウィッスー!」

 

 ウィスパーは飛べるからロープを使う必要がない。ロープを掴んで必死に登ろうとしてるダクネスのところまで、スイ〜と一気に降りていく。

 

 「ダクネスさ〜ん、お待たせしましたでウィス〜」

 

 「おおウィスパー!頼む、すまないが私を上まで連れてってくれないか?鎧が思ったよりも重くて登れないんだ」

 

 「じゃあそれ脱いだらどうでウィス?」

 

 「な、何を言ってるんだ!こ、この場で脱げだなんて…私を辱めてどうするつもりだあ!!」

 

 「どうもしないでウィス!別に全部脱げなんて言ってねえよ!!」

 

 ダクネスの癖にはついて行けず、ウィスパーはダクネスの両手を掴んでさっさと引き上げる。

 

 「ふんんんんぎぎぎぎっ…!お、重〜!!」

 

 「重いとか言わないでくれ〜!」

 

 「だ、ダクネスさん…!もうちょっと、ダイエットくらいしてほしい…でウィス」

 

 「し、失礼なこと言うなあ!確かに私は筋肉質だが…鎧だ!鎧が重いんだあ〜!!」

 

 重いと言われたことがショックなのか、ダクネスは足をバタバタして暴れている。普段は変態ぶりを見せつけてカズマを引かせていても、こういうところは年相応に乙女なのだ。

 

 「ちょ、ちょっと!あまり暴れないで…あ」

 

 「え?」

 

 暴れられたせいで手に力が入らず、そこそこ飛んでる途中でパッと手を離してしまった。

 

 「ああああああああ!!」

 

 「ダクネスさーん!?」

 

 絶叫しながらダクネスは真っ逆さまに落ちていく。ドーン!という落下音が聞こえ、地面にダクネス型の穴が陥没した。

 

 「だ、ダクネスさん。大丈夫でウィス…?」

 

 「…ふ、ふふふ。あんな高いところから落ちたのは初めてだ。おまけに冷たい地面にめり込むこの感触、ハァハァ…最高だぞウィスパー!!」

 

 「あ、もう放っとこう」

 

 とりあえず無事だったので、ダクネスを引き上げるのは諦めてウィスパーは上に戻る。「この状態で放置か!それもまたヨシッ!!」などと下から聞こえてくるが、気にせず聞こえないふりをした。

 ウィスパーがダクネスを引き上げようと頑張っていた頃、カズマ達はゴーレムとの戦いに苦戦していた。

 

 「ふぶき姫、ウィズ!あまり無理するなよ!」

 

 「二人ともー!私のために頑張んなさーい!」

 

 「お前はちょっとくらい無理しろ駄女神!」

 

 ふぶき姫はデストロイヤーの足を凍らせるのに力を殆ど使ってしまったし、ウィズも爆裂魔法の使用で魔力は残り少ない。

 カズマも剣で応戦するが、防戦一方だ。さっきは部品を奪ってやろうとスティールを試したが、超重量の頭を取ってしまい危うく骨を折りかけた。

 

 (他の皆はいつの間にか全員落とされてるし、残ってるの俺達だけじゃねえか!)

 

 アクセルの命運をカズマ達に託された形だが、多勢に無勢でジワジワと追い詰められていく。

 

 「ひ〜!落ちる落ちる〜!!」

 

 「あ、アクア様。あまり引っ張らないでください〜!」

 

 「カズマ…」

 

 「なーに心配すんな。俺の後ろに隠れてろ」

 

 不安そうにしてるふぶき姫を安心させるため、カズマは先頭に立って剣を構える。とは言ったものの、今度ばかりは打開策はない。一か八か飛び降りることも考えたが、それでは結局自爆を阻止できない。

 ゴーレムが鉄塊の拳を振り上げ、もはやこれまでかと諦めかけたその時。

 

 「カズマくーん、ただいまでウィ…おわっ!?めっちゃピンチやん!!」

 

 「ちょうどいいところに!ウィスパー、メダル!!」

 

 タイミングよく戻って来たウィスパー。メダルを複数枚受け取り、素早くウォッチに取り込ませる。

 

 「みんな!力を貸してくれーーー!!」

 

 ウォッチから眩しい程の光の線が、幾重にも弧を描いて飛び出してくる。カズマの呼びかけに応え、友達妖怪が参上した。

 

 オロチ!

 

 「ここは私に任せろ」

 

 キュウビ!

 

 「ようやく僕の出番が来たようだね。皆のアイドル、キュウビさ」

 

 ブシニャン!

 

 「ブシニャンでござる」

 

 そして、ハナホ人!

 

 「ハナホジーン」

 

 他にもアニ鬼、なまはげ、万尾獅子、おにぎり侍、まさむね、じんめん犬達が召喚に応じた!!

 

 「おお!頼りになる妖怪達が来てくれましたねカズマくん!」

 

 「なんか変なのも混じってた気がするけど…」

 

 カズマ達を取り囲んでいたゴーレムの群れを、オロチとキュウビが粉砕する。その勢いのまま、友達妖怪対ゴーレムの戦闘が始まった。

 

 「ヤマタノオロチ!!」

 

 「燃え尽きな、紅蓮地獄!!」

 

 オロチが首に巻いた蛇でゴーレムを破壊し、キュウビが巨大な火炎を繰り出し燃やし尽くす。

 

 「全身金属兵士真っ二つ斬り〜!!」

 

 鉄鋼のボディを誇るゴーレムも、ブシニャンにかかればまな板の魚同然。瞬く間に両断されていく。

 

 「まだその時ではない? 否、今がその時だ!!」

 

 「閃光斬り!」

 

 「だから私は服役中なんですって!こんなところに呼び出さないでぎゃあああああああ!!」

 

 万尾獅子やまさむね達も、ゴーレムを次々と斬り倒す。獄中から召喚されたじんめん犬は、縞々の囚人服を着て必死に逃げ回っていた。

 

 「妖怪の皆さん凄いですねえ…」

 

 「約一名、逃げてるだけのやつもいるけど」

 

 「いいわよ皆ー!その調子でやっちゃいなさーい!!」

 

 オロチ達の活躍により、たくさんいたゴーレムは殆ど壊滅した。しかしここで、奥から一際大きなゴーレムが姿を現す。恐らく、この個体が最後の砦なのだろう。

 

 「こいつは私に任せろ。2秒で塵にしてやる」

 

 「いいや、僕の火炎で灰にしてあげるよ」

 

 「(それがし)の刀の錆にしてくれるでござる!」

 

 誰がボスの相手をするか、オロチ達が言い合いをしている。S級妖怪ともなれば腕に自信があり、妖怪としての力を見せつけたいのだ。

 

 「あーもう、何やってんだよあいつら」

 

 「どうでもいいから早くやっつけなさいよね」

 

 「あ、誰か前に出てきました」

  

 オロチ達が争っている隙に、巨大なゴーレムに相対する妖怪がいる。

 

 「ハナホジーン」

 

 「げっ!あいつはマズい!」

 

 S級妖怪のオロチ達を差し置き、ゴーレムに挑んだのはまさかのハナホ人。ハナホ人の恐ろしさを知ってるカズマは、味方ながらも戦慄した。

 ハナホ人が妖力を発揮すると、ゴーレムが両手の人差し指を立てる。

 

 「はっ!?」

 

 「な、なんで僕達まで!?」

 

 「何するでござる!?」

 

 オロチ達もゴーレムと同じように指を立て、ゆっくりと鼻の穴目掛けて上昇させる。たかが鼻をほじらせる妖怪と侮ってはいけない。一つの道を極めた達人技は、時としてS級妖怪にも通用するのだ。

 

 ギギッ、ギギギギッ…ドーーーン!!!

 

 ゴーレムに鼻は無かったが、自分の指を無理矢理顔にグリグリとめり込ませる。やがてその指は顔を貫通し、大きな爆発音を立てて崩れ落ちた。

 

 「…す、凄いですね。色んな意味で。カズマさん、大丈夫ですか?」

 

 「ああ、これくらい何ともないよ。あと、出来れば今はあまり見ないでくれ」鼻声

 

 ハナホ人の妖力の余波をくらい、周りにいたカズマやウィスパーも鼻に指を突っ込んでいる。ふぶき姫とウィズが余波に巻き込まれなかったのは、ハナホ人のせめてもの温情だろう。

 

 「ちょっと!私女神!女神なのに〜!!」

 

 なぜかアクアは見逃して貰えなかったが、女神の体裁を守るためギリギリのところで何とか踏ん張っていた。

 

 「敵もいなくなったことだし、中に突撃だー!!」

 

 鼻から指を引っこ抜いて、カズマ達はデストロイヤーの内部へ侵入する。なんとしても制御装置を見つけて、自爆を阻止しなくてはならない。

 

 「おーい!それっぽいのを見つけたぜー!」

 

 アニ鬼が何か見つけたらしく、カズマ達も急いでそちらに向かう。

 

 「な、何だこれは…?」

  

 薄暗い部屋、その奥の椅子に腰がけている謎の人物。この者がデストロイヤーを動かした責任者であり、カズマは恐る恐る歩み寄る。

 

 「あ、あの〜。もしもし〜?」

 

 声をかけても返事がなかったので、そ〜っとフードを捲ってみる。

 

 「うわっ!し、死体…」

 

 責任者かと思われた人物は、既に亡き者になっていた。長い間ここに住んでいたらしく、見事に白骨化している。

 

 「これは私でも蘇らせるのは無理ね。未練も感じられないし、とっくに成仏してるもの」

 

 生き返らせて自爆を止めさせようと思ったが、どうやらそれは無理なようだ。

 

 「ん?何だこれ?」

 

 白骨死体の近くに本が一冊落ちていて、カズマがそれを拾い上げる。どうやらこの者が書いた日記であり、このデストロイヤーの制作秘話が綴られている。アクアがカズマから本を預かり、皆に聞こえるように読み上げた。

 ここからは、この白骨死体の代役をウィスパーとして見てみよう。

 

 「あ〜、ダッル〜。マジダルいわ〜。国の偉いおっさん滅茶苦茶言いやがって、こんな低予算で機動兵器作れるわけないでしょうが。伝説のコロナタイトでも持って来いっつーの!」

  

 持ってきました。

 

 「ほんとに持ってくるやつがあるか!ちょ、え…うそ。どうしよ、実は適当こきました〜、なんて言えませんし…」

 

 「お前が持って来いって言ったから、わざわざ用意してやったニャン。これで出来なかったから死刑ニャンよ」

 

 「ひえ〜!やばいでウィス〜!」

 

 それから、あたしは半分ヤケになりながら兵器を作った。酒を飲みながらの作業だったので、ところどころ記憶がない。

 そしたら、なんやかんやあって暴走した。

 

 「やっべ、なんか国滅んじゃったよオイ!あっはははははは!もう笑うしかねー!」

 

 あたしは、ここで余生を過ごすと決めた。一国を滅ぼすなんて魔王みたいなことやっちゃったし、もしバレたら死刑だし。こんなもん作ったやつ、本当の馬鹿でウィスね。

 

 「ま、あたしなんでウィスけど〜。てへっ」

 

 ここで、日記は途切れていた。

 

 パアンッ!

 

 「あ痛ッ!?ちょっと、いきなり何するんでウィス!」

 

 「なんか、凄えムカついた」

 

 とりあえずウィスパーに八つ当たりの平手をかますカズマ。何なんだこの日記は、読者を舐め腐ってるとしか思えない。

 

 「で、結局コロナタイトどうするんだ?」

  

 オロチ達を避難させ、残ったカズマ達はコロナタイトと向き合う。

 

 「アクア、お前の女神パワーで何とかできない?」

 

 「できたらとっくにやってるわよ。女神と言っても、万能じゃないんだからね」

  

 あまり考えてる余裕はない。こうしてる間にも、タイムリミットは近づいている。

 

 「ねえウィズ、あんたは何かできないの?」

 

 「私ももう魔力が…」

 

 ウィズが何か思いついたようにハッとする。

 

 「か、カズマさん。お願いがあります」

 

 「え?」

 

 ウィズが頬を染めて、カズマの顔にそっと手を触れる。

 

 「…吸わせて、ください」

 

 「ぃ喜んで」

 

 俺もとうとう、大人の階段を上る時が来た。こんな美少女が迫ってるんだ、野暮なことは言わない。後は目をつむって、身を任せるだけ…

 

 「ドレインタッチ!!」

 

 「だああああああああ!!??」

 

 「カズマくんも期待は裏切りませんね」

 

 お約束通りと言えばお約束通り。大人の階段を上るには、カズマにはまだ早かったようだ。

 

 「ありがとうございますカズマさん。これでテレポートが使えます」

 

 「ど、どういたしましてえぇぇぇ…」

 

 危うく干物になりかけたカズマ。しかし、ウィズがテレポート出来る場所は王都など人の多いところが殆ど。そんなとこには送れないから、場所を指定しないランダムテレポートしかないという。

  

 「大丈夫、世界は広いんだ。なんかあったら俺が責任を取る。だから安心して、遠慮なくやってくれ」

 

 「…カズマさん。はい、お願いします」

  

 カズマに背中を押され、ウィズはテレポートを使ってコロナタイトを転送した。

 危機を脱したカズマ達はデストロイヤーから下りて、待機していためぐみん達と合流する。

 

 「カズマ、もう大丈夫ニャン?」

 

 「ああ、全部終わったよ。さすがに今日は疲れたな、さっさと帰って宴会でも…」

  

 「いや、まだだ」

 

 ダクネスが不穏な気配を感じ取る。カズマは何のことか分からなかったが、さっきまで大人しかったデストロイヤーから湯気が立ち始めた。

 

 「な、なんかやばそうな感じでウィス!」

 

 「今度はいったいなんだよ!?」

 

 ようやく終わったと思ったら、また別の問題が生じる。ウィズの推測によると、内部に溜まった熱を放出しているらしい。放っておくと大爆発を起こして、街が火の海になるとのこと。

 

 「コロナタイト飛ばした意味っ!!」

 

 「ウィズ!あんたもう一回エクスプロージョンで破壊しなさい!」

 

 「もう魔力がありませんよ〜!」

 

 カズマも先程ウィズに魔力を与えたから、今はもうガス欠に近い。ドレインで誰かから魔力を吸うにしても、この状況で魔力が残ってるやつなんて…

 

 「ねえねえウィスパー。私達の借金は街のギルドが管理してるのよね? ならもういっそのことアクセルは諦めて、また最初からやり直したらいいと思わない?」

 

 「…アクアさん、あーたまたそんなことを」

 

 自分のことしか考えてないこの自称女神に、カズマはそ〜っと接近する。首筋に手を当て、ドレインタッチを発動した。

 

 「ほわああああああ!?ちょっ、何すんのよ引きニート!!」

 

 いきなり魔力を吸い取られ、涙目で訴えるアクア。

 

 「俺達の中で、一番魔力が残ってるのはお前だ。そのお前から魔力を吸い取って、それをウィズに与えるんだよ」

 

 「そんなことしたら、私の神聖な魔力でこの子消滅しちゃうわよ!?」

 

 「なぬっ!?それはいけませんよカズマくん!あたしの大事な相方を!」

 

 ウィズが駄目となると、本当にもうどうしようもない。だが、カズマは忘れている。もう一人だけ、強力な魔法を撃てるやつがいることを。

 

 「…こ、この私を忘れてもらっては困ります」

 

 「めぐみん!」

  

 まだ疲労が残っていながらも、杖を支えにして立ち上がる。

 

 「さっきは遅れをとりましたが、紅魔族こそ魔法使いの元祖であり本家です。その一族の真打ちである私の力を、今度こそ証明してみせます」

 

 紅魔族一の爆裂魔法使いを名乗るからには、ウィズに負けたままではいられない。カズマは後ろから二人の首筋に手をやり、アクアからめぐみんへ魔力を流す。

 

 「むむっ!来てます来てます…!魔力来まくりです!!」

 

 黒いグラサンをかけて、身体中に途轍もない魔力が溢れていることを感じるめぐみん。アクアも元々の魔力量は多い筈だが、結構な量を持ってかれてちょっと焦っている。

 めぐみんの魔力が満タンになり、カズマ達は素早く離れた。

 

 「ジバニャン、見ていてください!これが私の、爆裂魔法です!!」

 

 他の誰にも譲れないもの、めぐみんにとってのそれは爆裂魔法だ。渾身の一撃で放ったエクスプロージョンは、見ている者全てを圧倒させるほど見事なものだった。

 デストロイヤーの戦いから数日後、アクセルの街にはいつもと変わらぬ平穏が訪れていた。

 

 「カズマくん、今日は王都から騎士団が来ているそうでウィスよ」

 

 「もしかしてご褒美貰えるニャン!?」

 

 「ふっ、長く苦しいチュートリアルだった。さてさて、どんなサプライズプレゼントが待っているのやら」

 

 期待を胸に、カズマ達はギルドに向かう。既に騎士団が中で待機していて、他の皆は何やら不穏そうな表情を浮かべている。

 

 「サトウカズマとやら、前に」

 

 「はい」

 

 騎士団を率いている眼鏡のお姉さんに呼ばれ、カズマはキメ顔で前に出る。何を貰えるのかワクワクしていると、告げられたのはとんでもない事実だった。

 

 「冒険者サトウカズマ、国家転覆罪の容疑で貴様を連行する」

 

 「へ!?」

 

 「貴様の指示で飛ばしたとされるコロナタイト、それが領主の屋敷を吹き飛ばしたのだ」

 

 よりによって、とんでもない所へ転送された。幸い死人は出なかったそうだが、これにはダクネス達も何も言えない。

 

 「…か、カズマくん」

 

 「まさかの逮捕オチニャン…?」

 

 「…わーお、サプラーイズ」

 

 カズマの目から、光が完全に消えていた。

 

 

 



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それでも、オレはやってない

 「ちょっと待ってください。それは何かの間違いです」

 

 「めぐみん…」

 

 「カズマはせいぜい、パンツを剥ぎ取るくらいのセクハラが関の山。そんな国家転覆を企んだり、ましてや魔王軍の手先なんて大物じゃありません」

 

 「さり気なく俺を小馬鹿にするのやめろ」

 

 わざわざ王都から騎士団を引き連れて現れたのは、検察官のセナ。カズマに国家転覆罪及び、魔王軍の関係者という容疑をかけている。

 

 「検察官殿。仲間という贔屓目なしに見ても、カズマがそのような男とは、私にはとても思えんのだ」

 

 「ダクネス…。いやまて、この後の展開が読めた気がする」

 

 「なにせこの男は私が風呂から上がったあと、ケダモノのようないやらしい視線を向けるだけで何もしないヘタレなのだからな!」

 

 「やっぱりな!お前ら、擁護するならちゃんと擁護しろお!」

 

 まともに庇ってくれないどころか、カズマの不審を煽る二人。元々疑いの目を向けていたセナの視線が、カズマに痛いほど突き刺さる。

 周りの皆も、カズマの無罪を主張してコールする。が、国家転覆罪は主犯以外にも及ぶとセナが説明すると、手の平を返したようによそよそしくなった。

 

 「あいつら〜!はっ、これはもしかして妖怪のしわざ?」

 

 「またまた〜。他の皆さんもカズマくんのことは当然心配ですけど、やっぱり自分の身が一番かわいいんでウィスよ。見放されて悔しいのは分かりますが、いちいち妖怪のせいにしないで…」

 

 「いたぞ!」

 

 「オーマイガッ!!」

 

 周りの冒険者達の近くに、黄色い手袋のような妖怪を発見。

 

 「確かあの妖怪は、てのひ」

 

 「皆さんお待たせしました。頼れる妖怪執事、ウィスパーの妖怪紹介コーナーでございます。あの妖怪はですね〜、もちのろん知ってますよ〜。黄色い手袋のような妖怪なので、イエローハンドグローブ。ではなく、ジャンケンで最初はグーじゃなくパーを出すウザいやつ。でもなく…ありました!あれは妖怪てのひらがえし!!」

 

 ブキミー族のてのひらがえし。取り憑かれた相手は、すぐに意見を変えて態度をコロコロ変えてしまう。

 

 「妖怪不祥事案件のいわゆる、俺はお前のこと信じてるからな!って言ってたけど、いざ裁判になると、いや〜、あいつはやると思ってましたよ〜。って裏切るやついるよね〜を、引き起こす妖怪でウィス!」

 

 「最悪だよ!なんてタイミングで出てくるんだ!」

  

 ジバニャンが追い返そうと戦ってくれているが、そもそもてのひらがえしを追っ払ったところで状況が変わるとは思えない。セナはカズマを何としてでも引っ張っていくつもりだろう。

 

 「サトウカズマ、大人しく来てもらおうか」

 

 「くっ…」

 

 ジリジリと、セナが連れてきた騎士に詰められるカズマ。

 なんで?なんでこんなことになってるんだ? 俺はデストロイヤーをやっとの思いで何とかしたのに、街を救ったのに、褒美を貰えないどころか一級の犯罪者扱いなんてあんまりだろお! あ、やべ。泣きそう。ちくしょう、こうなったら…

 気付いたら、カズマはギルドを出て走っていた。

 

 「カズマくん!?」

 

 「逃げたらまずいニャン!」

 

 「この期に及んで逃げるとは、クロであることを自白したも同然。確保ー!!」

 

 カズマは逃げる、必死に逃げる。しかし、そんな努力も虚しくあっさり御用になった。ジタバタ暴れて抵抗を試みるが、鍛え抜かれた騎士相手には全く意味のないものだった。

 

 「離せ!離せー!俺は無実だあああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が沈み、月が辺りを照らす夜の中。重々しい雰囲気を纏っているのは、アクセルが誇る大監獄。厳重な警戒が敷かれ、脱獄することは叶わない閉ざされた世界。いくつも連なる鉄柵の部屋。看守の機械的な足音が長い廊下に響き渡る。

 そのとある房の中、一人の囚人が日記を書いていた。

 

 (脱獄不可能な刑務所、ここに私は入れられた。どうも皆さん、じんめん犬です。なぜ私がここにいるのかって? 私も、当然好きでこんなとこにいるわけではありません)

  

 じんめん犬は思い出す。この世界で初めてカズマに召喚された時のことを。そして、その後の宴会でやらかしたことも。

 

 (確かに、私が粗相をしたのが原因というのもありますが、問題はその後。私を友達と称して、捕まっているのに無理矢理呼び出すあの悪魔のせい。そして意味が分からないのは、私とは殆ど面識がないのに、頭のおかしい少女にまで呼び出されたこと!)

 

 じんめん犬の脳裏に、カズマとめぐみんの姿が浮かび上がる。二人ともじんめん犬の事情などお構いなしに、問答無用で召喚していた。

 

 (あいつらのせいで、私の意思に反して脱獄して罪を重ねてしまったんです!)

 

 日本にいた頃も、何度も刑務所のお世話になったじんめん犬。まさかこっちの世界に来てまで刑務所に入るとは思わず、カズマとめぐみんに対して怒りが溜まっている。

 

 「あーもう、思い返してもムカつきます! ちっくしょおおおおお!!」

 

 「おい!うるせえぞ!」

 

 「ひえっ!?す、すいません…」

 

 隣の住人から壁をドン!と叩かれ怒られる。じんめん犬は静かに、自分の布団へと戻る。今度カズマに合ったら、めぐみんの事も含めて苦情を言ってやる。

 そう決意した時、扉が開かれる音が聞こえた。重い扉が開く重低音、また哀れな新入りがやって来たのだろう。

 

 「おうおう!新入りかコラァ!」

 

 「お前みたいなひょろいのがここに来るなんて、シャバでいったい何したんだあ!」

 

 「聞いてんのかオイ!!」

    

 「へー、結構可愛いじゃねえか。俺のタイプだ」

 

 先輩達から新人への手洗い歓迎が始まる。ガンガン鉄格子を蹴ったり、汚い言葉を飛ばす。大抵の者はこの迫力にビビり、大人しく囚人生活を送る。じんめん犬もその一人だ。今度入って来たのは若い男か? 囚人達の歓迎に気圧され、驚いた声を上げている。

 

 「ここだ、入れ」

  

 どうやらその者はじんめん犬と同房らしい。鉄格子が開かれ、寝る直前だったじんめん犬は体を起こす。

 

 「あ、あの…よろしくお願いします」

 

 「ええ、こちらこそ。分からないことがあれば、遠慮なく聞いてくださ…」

     

 会釈した顔を二人は上げる。すると、相手の顔を見て目を丸くした。

 

 「じ、じんめん犬!?」

 

 「カズマさん!?なんでここに!?」

 

 入っきたのは、なんとカズマだった。じんめん犬と同じように、縞々の囚人服を着ている。思わぬところで再開した二人。さっそく文句を言おうと思っていたじんめん犬だが、カズマの事情を聞いて、さすがに同情したのか何も言わなかった。

 

 「ちくしょう。なんで裁判もまだなのに、こんな監獄に入れられなきゃならないんだ。日本に帰りたい…」   

 

 「カズマさんも大変だったんですねえ」

  

 「…ああ。最悪の場合、死刑になるかもしれないって」

 

 中世ヨーロッパのように、貴族や王族が権力を持っているこの世界。領主の屋敷を吹き飛ばし、魔王軍幹部の容疑までかかっているとなれば、カズマの判決はまず死刑で間違いないだろう。優秀な弁護人や後ろ盾の無いカズマには、負け戦に等しかった。

 

 「そういえばカズマさん、妖怪ウォッチはどうしたんです?」

 

 「あれだけは調べられるわけにはいかないからな。連行される直前に、こっそりウィスパーに渡したよ」

 

 妖怪ウォッチに触れると妖怪が見えるようになる。セナに妖怪の存在がバレるとますますカズマの立場が危うくなるから、それだけは回避しなければならなかった。

 しかし、これでは妖怪を召喚して助けて貰うことは出来ない。どうしようか悩んでるカズマに、じんめん犬が耳打ちする。

 

 「カズマさん、こうなったらもうあれしかありません」

 

 「あれって?」

 

 「脱獄するんですよ」

 

 「だ、脱獄!?」

 

 「しっ、声が大きいです」

 

 まさかじんめん犬の方から脱獄を提案するとは思ってなかった。だがここは鉄壁の要塞。脱獄は容易ではない。

 

 「でも、どうやって脱獄するんだよ」

 

 「それは、これです」

 

 じんめん犬は、布団の下に隠してあったスプーンを取り出した。食事の際、食堂から密かに持ち出したやつだ。

 

 「このスプーンで穴を掘って、監獄の外に出るんです」

 

 「こんな普通のスプーン一本で、穴なんて掘れるのか?」

 

 「大丈夫です。実はもうすでに、脱獄用の穴を掘っているんですよ」

 

 じんめん犬は布団を移動させると、その下に穴が空いていた。まだ作業は途中らしいが、あともう少しで外に出られるという。

 

 「看守が巡回に来るかもしれませんので、カズマさんは念の為ここで待っててください。外へと通じる穴が出来たら、すぐに呼びます」

 

 「あ、ああ分かった。頼むぞじんめん犬」

 

 じんめん犬が穴に入り、カズマはバレないように布団で塞ぐ。

 

 (とりあえず出られるのはいいけど、その後どうする? 指名手配とかされるかもしれないし、そうなるとあの屋敷を手放さなくちゃいけないし…)

 

 悩んでるカズマをよそに、じんめん犬は地面を掘り進む。

 

 (まったく、カズマさんはいい時に来てくれましたよ。急に牢屋が空になれば、脱獄したのがすぐバレてしまいますからね。私が遠くまで逃げる時間を稼ぐために、せいぜいカズマさんには囮になってもらいましょうかねえ)

 

 悪い顔を浮かべるじんめん犬。カズマがここに来た経緯には同情したが、まだ許してはいなかった。

 

 (お、もうすぐ出口…!)

  

 上から光が差し込み、じんめん犬は必死にスプーンでかき分ける。地面がポロポロ崩れてきて、とうとう穴が開通した。

 

 「やったー!脱獄成功…って、あれ?」

 

 監獄の外に出たかと思ったが、そこはカズマとじんめん犬の牢屋の前。つまりまだ監獄の中。地面を掘っている途中、方向感覚が分からず、予想と全く違う場所に出てしまった。

  

 「何やってんだよ」

  

 「こ、こんな筈じゃ…」

 

 カズマの呆れ声が聞こえ、脱獄計画が音を立てて崩れていくのを感じるじんめん犬。しかし、彼の災難はここからだった。

 

 「そこで何をしている!!」

 

 巡回に来た看守に見つかり、じんめん犬は捕まってしまう。

 

 「この穴、まさか脱獄しようとしてたのか!」

 

 「ち、違います!こ、この穴は…しゅ、趣味で掘ってただけです!」

 

 「何が趣味だ!くだらん言い逃れをするな!」

 

 「本当です!ねえカズマさん!これは何かの間違いですよねえ!」

 

 カズマに助けを求めようと、じんめん犬は必死に訴える。じんめん犬と目が合ったカズマは何かを考え、サッと視線をそらした。

 

 「お前もこいつの仲間か?」

 

 「いえ、全っ然知りません」

 

 「え!?」

 

 予想外の裏切りに合い、じんめん犬は目を大きく見開く。

 

 「たまたま同じ牢屋に入れられただけの他人ですね。僕と彼は、まったくの無関係であります」

 

 「か、カズマさん!あんた鬼かあ!!」

 

 クズマ、カスマなどと罵倒するが、そもそもじんめん犬もカズマを囮にしようとしたのでお互い様だ。

 

 「脱獄しようとした罪は重い!貴様を最下層の牢獄にブチ込んでやる!」

 

 「ちっくしょおおおおおおおお!!」

 

 長い廊下にじんめん犬の絶叫がドップラー効果で響き渡る。その姿を見届けたカズマは、やれやれといった感じで布団に転がった。

 

 「寝よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真夜中の監獄。皆が眠りに落ちた頃、白い物体が飛び回っていた。

 

 「ここも違う、ここも違う。あっ、いや違うわ」

 

 牢屋を一つ一つ見て回り、中の住人を確かめる。

 

 (ん、なんだ? 看守の巡回か?)

 

 妙な気配を感じたカズマは、薄っすらと目を開けた。

 

 「ウィッス」

 

 「…。うわっ!?」 

 

 「しー!大きな声を出しちゃ駄目でウィス」

 

 カズマの口を抑え、人差し指を立てるウィスパー。驚いたカズマだが、次第に冷静さを取り戻した。

 

 「ぷはっ!何だウィスパーか、いきなり顔を近づけるなよ。宇宙人の襲来かと思った」

 

 「どういう意味でウィス」

 

 言いたいことをグッと堪え、ウィスパーは壁をすり抜けて一度外に出る。しばらくすると、ウィスパーとアクアの声が聞こえて来た。

 

 「アクアさん、カズマくんのお部屋見つかりましたよ」

 

 「カズマ、ここにいたのね」

 

 「どうしたんだ二人とも。こんな夜中に」

 

 ウィスパーは壁をすり抜けて中に入り、アクアは台を使って少し上の鉄格子から中を覗いている。

 

 「心配だから見に来たに決まってるでしょ。めぐみんが爆裂魔法で周囲の注意を引き付けているから、今のうちに脱獄するわよ」

 

 そう言ってアクアは、針金を一本中に落とした。

 

 「それで鍵を開けて、あとは潜伏スキルとか使えば上手く逃げれるわ。それじゃあ、また後で合流しましょう」

 

 アクアは急ぎ足でその場から去っていく。残ったカズマは針金を見つめ、そして鍵を見てため息をついた。

 

 「…ダイヤル式だよバーロー」

 

 針金をポイっと投げ捨て、カズマはふて寝する。

 

 「諦めるには早いですよカズマくん!こうなったら地道に数字を揃えていくしかないでウィス!」

 

 「8桁のダイヤルだぞ。何通りあると思ってるんだよ」

 

 「え?え〜と、だいたい…一億通り?」

 

 「おやすみー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「起きろ!」

 

 翌日、昼前。カズマが中々起きないから、検察官のセナが起こしに来た。どうやらこれから事情聴取をするらしい。カズマは眠い目を擦って伸びをする。

 

 「なんかあまり眠れなかったな…。行こうウィスパー」

 

 「さ、31111110…31111111…31111112…」

 

 「一晩中やってたのか…」

 

 涙ぐましい努力だが、ここで力尽きて爆睡する。カズマはウィスパーを置いて、セナと共に事情聴取に向かった。

 数時間後、カズマが肩を落として帰ってきた。取り調べでしくじったせいで、明日の裁判は不安しかない。

 

 「…やばい、このままじゃ明日ほぼ確実に死刑判決だぞ。どうしようどうしよう、ウィスパー。なんか良い方法…」

 

 「52111111…52111112……あーーーーもう!!さっさと開けよこの鍵野郎ーーー!!」

 

 鍵に八つ当たりしてるウィスパーを見て、カズマは裁判に備えて早めに寝るのであった。

 

 

 

 

 




今日の妖怪大辞典!

 「カズマくんが捕まってるので、アクアさん。今日の妖怪は?」

 「え、私? ん〜と、てのひらがえし!」

 妖怪てのひらがえし。とりあえず、相手を褒めるところから始まる。

 「さすが水の女神アクア様!聡明で美しく慈悲深い、まさに女神の中の女神様です!」

 「ふふ〜ん。分かる〜?そうよね〜、分かる人には分かっちゃうのよね〜。隠しても隠しきれないカリスマオーラってやつが」

 「なわけあるかあ!お前なんかより、エリス様の方がよっぽど女神様らし…」

 「ゴッドブロオオオオオオオオ!!」

 「ぎゃああああああ!!??」
 
 「次回も、お楽しみにでウィッス」







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妖怪大裁判

タイトルは某ゲゲゲアニメから拝借しました


 「はあ…はあ…き、緊張してきた。何だかドキドキする」

 

 「ドキ土器が憑いてるからニャンね」

 

 「あっ、コラ。しっしっ、今は構ってる暇はないんだよ」

 

 ドキ土器を適当に払い除け、カズマは深呼吸する。今日は運命の裁判の日。人生初の裁判、それも被告人としてだ。ドキ土器がいなくても緊張する。

 

 「カズマくん。こういう時は、手にウィスパーと3回書いて飲み込むんでウィス。緊張がほぐれますよ」

 

 「…う、ウィスパー。ウィスパー、ウィスパー」

 

 ゴクン

 

 「オオォォォエエエェェェェ!!」

 

 「何がオエエエですか!失礼な!!」

 

 「そんなもん飲み込むからニャン」

 

 吐くのも無理はない。めぐみんとダクネスが弁護人で付いてくれるが、アクアもいるからイマイチ頼りない。頼むから余計なこと言ってボロ出すのはやめてくれ。

 

 「大丈夫よカズマ。この女神アクア様に任せなさい」

 

 「なんなんだよその自信は」

 

 「ふふん。なんたって私には、もしもの時の秘策があるからね」

 

 「秘策?」

 

 このカズマ側に不利な裁判で、どんな秘策があると言うのか。しかしこの自信満々な表情。カズマは期待して耳を傾けた。

 

 「最悪死刑になっても私が再生してあげるから、カズマは安心して裁判に挑みなさい」

 

 「おまっ…ふっざけんなあ!!」

 

 アクアの頭をスパアンッ!と強めに叩く。

 

 「痛あっ!?ちょっ、ちょっと待って!もちろんそれはあくまで最終手段だから!私は心配しないでいいのよって言いたかっただけで」

 

 「余計心配になったわ!何があくまでだ、この悪魔!」

 

 「女神に向かって悪魔ですってえ!!」

 

 裁判が始まる前に、早くも仲間割れを起こしている。めぐみん達が間に入り、なんとか二人を落ち着かせる。たとえ後で生き返るにしても、カズマは死ぬのはもう御免だった。

 

 「あの偉そうに座ってるおっさんだれニャン?」

 

 「あれが領主のアルダープだ。カズマを告訴した張本人。だが、以前から悪い噂の絶えない人物でな。この裁判も、やつ次第でどう転ぶか…」

 

 いわゆる悪徳領主というやつ。権力を手に暴走する輩がいるのは、異世界も同じである。

 

 「静粛に、これより裁判を始める」

 

 まずは起訴した検察官のセナが前に出てくる。手には色々と書類を持ち、カズマを有罪にしてやるという気合が感じられる。

 

 「コロナタイトを領主の屋敷に転送し、破壊するという悪質極まりないテロ行為。よって、国家転覆罪を要求します」

 

 だからあれはわざとじゃないって! カズマは心の中でそう訴える。故意かそうでないかは、もはや些細な問題なのだろう。実際領主の屋敷を吹き飛ばしてるわけだし。

 助けを求めるように、こちらの弁護人席をチラッと見る。すると、アクアがバンッ!と机を叩いて立ち上がった。

 

 「異議なし!!」

 

 「ないなら言うな!!」

 

 「被告人、弁護人、静粛に!!」

 

 アクアてめコラッ!こいつ、マジで最悪死刑になっても構わないって思ってないだろうな…?

 一番厄介なのは強い敵ではなく、足を引っ張る無能な味方。どこかで聞いたことがあるセリフだが、カズマは嫌というほど理解した。

 裁判はここで、証人尋問に移る。第一の証人は、なんとクリスだ。

 

 「クリス…!」

 

 「あはは、なんか呼ばれちゃって」

 

 クリスには以前、カズマから下着を強奪されたことへの真偽が問われている。

 

 「カズマくんが調子こいて、クリスさんのパンツを剥ぎ取った時のことでウィスね」

 

 「あれは最低だったニャン」

 

 「うぅ…」

 

 確かにあの時はちょっと調子に乗ってしまったとカズマは反省するが、今となってはもう遅い。

 

 「ま、まあでも、私はもう気にしてないよ。そもそも、先に勝負を挑んだのは私の方だし」

 

 「事実が確認出来ましたのでもう結構です」

 

 「あ、あれ?久しぶりの出番なのにもう終わり?」

 

 証人尋問はさくさく進む。続いて登場したのは、カズマと同じ転生者のミツルギだった。

 

 「あいつ、まだじんめん犬の妖気が残ってるニャン」

 

 「取り巻きの女の子もまだ帰って来てないようでウィスね。めぐみんさんのせいで」

 

 「ギクッ!?さ、さあ。何のことやら…」

 

 めぐみんがミツルギにじんめん犬を取り憑かせたせいで、彼はまだ一人のままだった。さすがにめぐみんも罪悪感があるのか、気まずそうに視線を外している。

 

 「被告人に大事な魔剣を奪われて、おまけに勝手に売り払われたと」

 

 「…ええ、でもあれは僕が」

 

 「ありがとうございました!」

 

 「ちょっ!?もう出番終わ」

 

 続いての証人、ダストが出てくる。

 

 「ありがとうございました!」

 

 「ええ?!まだ何も言っ」

 

 ギャーギャー文句を言ってるダストが衛兵に無理矢理連行される。結局、証人尋問ではカズマの悪い印象ばかりが目立つ結果になってしまった。

 ますます立場が悪くなるカズマを、めぐみんが立ち上がって必死に弁護する。

 

 「そんな証言がなんだって言うんですか!確かにカズマはズルくて性格もねじ曲がっていますし、クズマやカスマなどと呼ばれ、公衆の面前でスティールをして女性の下着を剥ぎ取ることもします。ですが、そんなカズマにも一つくらい良いところだってあるんですよ!」

 

 「ほう、例えばどのような?」

 

 「え?た、例えば?」

 

 予想外の質問をされ、弁護席のめぐみんは達は腕を組んで考える。

 

 「カズマのいいところ、何かあったっけ?」

 

 「急に言われると難しいニャンね」

 

 「私はあるぞ。洗濯物が風で飛ばされて木の枝に引っかかって取れなくなったとき、カズマが私を台にして取ってくれたんだ。あの時の感触、今思い出してもイイものだ…」

 

 「普通の人はそれを良いところとは言いません」

 

 「も〜、あーた達は薄情でウィスね〜。カズマくんの良いところと言えばあれですよ。ほら、あれ…あれ?」

 

 「お前ら〜!!一つくらいあるだろお!?なんでこんな悲しいこと自分で言わなくちゃならないんだよ!!」

 

 何でこんなに惨めな気持ちにならないといけないんだ。俺がいったい何したって言うんだ。いや、色々やったかもしれないけど。

 

 「そ、そうです!カズマはいつも、私の日課の爆裂魔法に付き合ってくれています!カズマのおかげで、私はストレスを溜めずに健康的に過ごせていると言っても過言ではありません!」

 

 「…なるほど。やはりあなたが、連日爆裂魔法を放って地形や生態系を著しく乱し、騒音騒ぎを起こしていたのですね」

 

 「…あーあー、聞こえませーん。私は何も聞こえませーん」

 

 うっかり墓穴を掘ってしまっためぐみん。白々しくプイッと視線をそらして耳を塞いでいる。

 

 (駄目だ、この弁護人ども…)

 

 これ以上任せると、他にどんなボロを出すか分からない。もう誰も当てに出来ないと思ったカズマは、自分で容疑を否認した。

 

 「もう面倒くさいからハッキリ言うけど、俺は魔王軍の手先でも、ましてやテロリストなんかでもない。領主の屋敷にコロナタイトが転送されたのは、本当にただの偶然なんだ」

 

 最初からこうすれば良かったんだ。カズマの言い分に、高性能な嘘発見器は何の反応もない。

 

 「確かに。これでは検察側の証拠は認められませんな」

 

 「は、はい…」

 

 裁判長がそう言うなら仕方ない。検察官のセナは大人しく退いた。

 

 「おお!カズマくんやりましたね!」

 

 「逆転大勝利ニャン!」

 

 少なくとも死刑は免れ、カズマはホッとする。あとは裁判長が無罪を判決するのを待つだけだ。

 

 「被告人、サトウカズマ…死刑!!」

 

 「…は?」

 

 「ウィス?」

 

 「ニャン?」

 

 暫しの沈黙の後、カズマの驚く声が上がった。

 

 「はあああ!?どういうことだーー!!」

 

 「さ、裁判長…?」

 

 納得いかない。明らかに死刑は回避出来た空気だったのに。セナでさえ、裁判長を不審な目で見ている。

 

 「はい決めたー!今決めましたー!サトウカズマは〜、ん〜死刑!」

 

 「な、何だよいきなり…ハッ!?もしかして、妖怪のしわざか?めぐみん!妖怪ウォッチで調べてくれ!」

 

 「は、はい!」

 

 妖怪ウォッチは今はめぐみんが預かっている。さっきまでと様子が違う裁判長の周囲を、ウォッチの光で照らす。

 

 「何かいました!」

 

 裁判長の近くに、体が青くて黒いマントを羽織った妖怪がいる。

 

 「はいはい〜!ちょっと待ってね〜!今調べますからね〜!いや当然知ってるんですけど念のために調べるのであって、知らないとかそんなことは決して…」

 

 「あいつは決めて魔王ニャン!」

 

 「てめジバ野郎!!」

 

 ブキミー族の決めて魔王。その名の通り、何でもかんでも一人で決めてしまう妖怪。裁判長はこいつに取り憑かれ、正常な判断が出来ないでいるのだろう。

 

 「何でよりによってこんな時に、しかも裁判長に取り憑くんだよ!」

 

 「カズマ死刑になっちゃうニャン!?」

 

 「これはシャレにならないでウィスよ〜!」

 

 とにかく、決めて魔王を早く追い払わないと。今ならまだこの場は混乱している。ただ一人、想定外なこの状況を楽しんでる男はいたが。

 

 「こうなったら、一足早い魔王退治です!ジバニャン、あいつに対抗出来る妖怪はいますか?」

 

 「それならやめたい師を呼ぶニャン!とにかくやめさせる妖怪で、このふざけた裁判を終わらせるニャン!」

 

 めぐみんはウィスパーからメダルを受け取り、やめたい師を召喚する。

 

 「やめたい師、決めて魔王を倒して裁判を終わらせてください!」

 

 めぐみんがそう言うと、やめたい師は決めて魔王のところまで飛んでいく。

 

 「裁判とかやめたいし〜!」

 

 「決めて魔王!い〜ま決めて魔王!」

 

 「頑張れ!やめたい師!!」

 

 自分の運命はもはや、やめたい師が握っている。カズマは必死に応援して、二人の激しい妖気がぶつかり合う。一進一退の激しい攻防が続き、やっとの思いでやめたい師が勝利した。

 

 「やめたい師が勝ったニャン!」

 

 「これで裁判も終わりでウィス〜!」

 

 決めて魔王を見事に追い払い、裁判長に取り憑くやめたい師。ここで改めて、カズマの判決を告げる。

 

 「…裁判とかもうやめたいし〜。さっさと終わらせたいから、サトウカズマは…ん〜、死刑でいいや」

 

 「結局死刑じゃねえか!!」

 

 決めて魔王を追い払ったのに、まさかの同じ死刑判決。俺の健気な応援を返せ。裁判を無事に終わらせる為に呼んだのに、とんでもない形でやめさせる気だ。

  

 「どうすればいいニャンー!?」

 

 「もう駄目よ!カズマさん犯罪者になっちゃうよ〜!」

 

 「えらいこっちゃえらいこっちゃ~!何かいい方法はないんでウィス〜!?」

 

 「あわわわ!?こ、この場合はどんな妖怪を呼び出せば…!?」

 

 ジバニャンやアクア、ウィスパーがこの世の終わりみたいな感じで騒ぎ立てる。めぐみんもどの妖怪を召喚すればいいか考えてるが、カズマほど妖怪に詳しくないから思い付かない。

 

 「裁判長がこう仰ってるんだ。検察官、もう終わりでいいんじゃないか?」

 

 「アルダープ殿…。はい、私は裁判長の判断に従うのみですから」

 

 裁判長の様子がおかしいことはセナにも分かっているが、立場的に何も言えない。カズマの判決は死刑。悔しいが、これにて閉廷かと皆が思ったその時。ダクネスが前に出て発言した。

 

 「裁判長、私の意見も是非聞いて欲しい」

 

 そう言ってダクネスは、首から下げているペンダントを見せる。やめたい師に取り憑かれてる裁判長は、気怠そうにしながらもそれを見た。

 

 「ん〜?あ〜、それはダスティネス家の紋章じゃないか〜」

 

 ダスティネス家。その名を聞いた傍聴席にいる冒険者達がにわかにざわめき出す。

 

 「ダスティネス家だと!?」

 

 「王の懐刀の名家!」

 

 ダクネスが実はお嬢様だとは知っていたが、それほどのお偉いさんの家だとはカズマも思わなかった。領主のアルダープは、面白くなさそうに舌打ちをしている。 

 

 「あら〜、ダクネスさんど偉いお方だったんでウィスね〜」

 

 「知らなかったニャン」

 

 「裁判長。此度の裁判、どうか私に預けて貰いたい。時間さえあれば、この男の無実を証明すると約束する。それに、そろそろ裁判をやめたいのでしょう?」

 

 「あ〜、そうだねえ。うん、ダスティネス家の君がそう言うならそれで」

 

 「なっ!?お待ちを裁判長!!」

 

 アルダープが慌てて物申す。ダスティネス家が指折りの名家と言えど、このままでは裁判を起こした領主の面目丸潰れだ。

 

 「いくらダスティネス家でも、これはちょっと納得いかんのだが?」

 

 「全てをチャラにしろと言ってるのではない。この提案を受けてくれるなら、私に出来ることは何でもする」

  

 「な、なに?!何でもだと!」

 

 「ああ、何でもだ」

 

 アルダープのダクネスを見る目が、途端にやらしいものに変わる。胸や腰つきを舐めるように凝視する。

 

 「ま、まあ。あなたがそこまで言うなら」

 

 「ダクネス…」

 

 心配そうにダクネスを見つめるカズマに、ダクネスは小さく微笑みを返した。

 

 「んじゃあ、サトウカズマはとりあえず保留ということで。これにて閉廷、解散〜」

 

 締まりの無い裁判長の無気力な声。ともかく、カズマは無事に死刑を免れることが出来た。裁判も終わり、やめたい師が離れた裁判長は、何が起きたのか分からない様子だった。

 夕日が照らす屋敷の前。ダクネスがアルダープの命令でしばらく留守にするため、カズマ達が見送りをする。

 

 「ダクネス、ほんとに大丈夫か?」

  

 「ああ。なに、私の方は心配ない。ちょっと行って、また帰ってくるだけだ」

 

 「今回ばかりはお礼を言うよ、ありがとうな。あのおっさん、お前のこと変な目で見てたから気を付けろよ」

 

 「…ふ、それはむしろ望むところだ」

 

 息が上がるダクネスを見て、何だか心配して損した気分になる。

 

 「…では、行ってくる」

 

 「…ああ。お前の帰りを、いつまでも待ってるからな」

 

 背を向けて歩いて行くダクネス。いつも行動を共にしていただけに、いざ別れるとなるとやっぱり寂しい。カズマ達は顔を見合わせ、手を振ってダクネスを見送った。

 

 「せーの」

 

 「「ララティーナ〜!!」」

 

 「その名で呼ぶのはやめろお!!」

  

 ダクネスは恥ずかしくて早足で去っていく。その背中が見えなくなるまで見送り、カズマ達は屋敷に入っていく。

 

 「カズマくん、これからどうするんでウィス?」

 

 「とりあえずは魔王軍の関係者じゃないことを証明すること、そして領主の屋敷の弁償だな」

 

 「え〜、あのおっさんの家弁償するニャン?」

 

 「仕方ないだろ。ふっ飛ばしたことは事実だし、なにより庇ってくれたダクネスの為にも頑張らないとな」

 

 色々あったが、ここからが冒険者人生の第二幕が始まる。新たな決意を胸に、カズマはドアノブに手をかけた。

 

 ドドドドドドドド!!!

 

 「な、なん…どぅああ!!??」

 

 突如騎士達がカズマの屋敷に押し入り、あらゆる家具を持ち去っていく。裁判所の命令で、私財の差し押さえに来たというのだ。

 

 「いやああああ!私のお酒えええ!それだけは許してええええ!!」

 

 「オレっちの隠しチョコボー持ってかないでくれニャアアアン!!」

 

 「やめてください!私のお気に入りの下着を乱暴に扱わないでください!!」

 

 「御慈悲を〜〜!!それは俺の思い出のジャージなんですううう!どうか御慈悲を〜〜〜!!」

 

 「ああああ!!私の、私の〜〜…って特に何も無かったでウィス」

 

 情け容赦なく私財を持ってかれて、泣き叫ぶその様子はまさに地獄絵図。気が付けばものの数分で屋敷はほぼ空になり、まるで嵐が過ぎ去ったような殺風景になった。

 

 (俺の、冒険者人生の第二幕…始まりだ)

 

 ジャージだけは死にものぐるいで死守したカズマの瞳に、キラリと雫が流れたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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コマ兄弟とぼっち少女

このすば爆焔面白かった!
来年の新シリーズも楽しみです。


 「この家も、すっかり広くなったでウィスねえ」

 

 私財を差し押さえられ、屋敷の中は殆ど何も残っていない。物だけじゃなく、ダクネスもアルダープのところに行ったから余計に広く感じる。

 

 「チョコボーまで取られたのは納得いかないニャン!」

 

 「ヒキ〜。クローゼット(マイハウス)も無くなってしまいましたヒキ…」

 

 住み家のクローゼットを差し押さえられ、ヒキコウモリもうなだれている。

 

 「…は〜。ソファーもねえ、机もねえ、ベッドも食料もなんもねえ。俺こんな異世界嫌だ〜」

 

 「歌ってる場合じゃないですよカズマくん」

 

 思わず口ずさんでしまった。あれからダクネスもまだ帰ってくる様子はないし、こっちは何もかも取られて空っぽだし。冬の寒い中、これからどうやって生きて行けばいいんだ。

 カズマが今後の生活に頭を抱えている頃、めぐみんも自室であることを悩んでいた。

 

 「う〜ん。そろそろカズマ達に紹介したいのですが、許してくれるでしょうか」

 

 何もないガランとした部屋で、黒い猫のような生き物と向かい合っている。実はこの猫、名前をちょむすけと言って、めぐみんが紅魔の里から連れてきた使い魔(ペット)だ。これまで何度もカズマ達に紹介しようとしたのだが、このお金に恵まれないパーティでエサ代がかかる使い魔を許して貰えるか不安で言いだせなかった。

 正直最近はジバニャンにうつつを抜かしていたのも事実だが、ちょむすけも可愛い相棒に違いはない。

 

 「ジバニャンにもちょむすけを紹介したいですし、きっと仲良くなれますよね」

 

 ちょむすけの頭を撫でると、嬉しそうに可愛い声で鳴いている。

 

 「めぐみん〜」

 

 「うわあ!?じ、ジバニャン!?ち、違いますよ!こ、こここれは浮気では…!」

 

 「なに言ってるニャン?」

 

 別にやましいことは何もしていないのだが、急に現れたジバニャンに浮気現場を見られた夫のごとく慌てている。

 

 「あ、あのですねジバニャン。この子は…」

 

 「おはようニャンちょむすけ」

 

 「ニャ〜ン」

 

 「え?」

 

 めぐみんの心配をよそに、普通に挨拶をするジバニャンとちょむすけ。

 

 「ジバニャン、ちょむすけを知ってるのですか?」

 

 「知り合ったのはついこの前ニャン。それまでもめぐみんがこっそりご飯をあげてたのは知ってたニャンけど、何か事情があると思ってオレっちも聞かなかったんだニャン」

 

 「そうだったのですか。どうやら、余計な心配だったようですね。ジバニャン、これからもちょむすけと仲良くしてくださいね」

 

 「もちろんニャン!」

 

 楽しそうにお喋りするジバニャンとちょむすけ。同じ猫同士、生まれた世界は違っても気が合うのだろう。めぐみんは猫二匹を連れて、カズマ達のところへ向かう。

 

 「「ああああああああ!!!」」

 

 「何ですか今のは」

 

 「カズマ達がまた何か騒いでるみたいニャン」

 

 「まったく、少しは静かに出来ないのですかね」

 

 辛い状況に叫びたくなる気持ちも分かるが、こういう時こそ落ち着きが肝心だ。自分だけは絶対に絶望なんかしない、ましてや叫び出すなどもってのほか。めぐみんは強く決心してドアを開けた。

 

 「カズマ、ちょっと話があるのですが」

 

 「あああああ!!ってめぐみん、何だその猫は。というか、猫だよな?」

 

 額に十字の模様、背中に小さな黒い羽。愛くるしい見た目ではあるが、どう見ても普通の猫ではない。

 

 「正真正銘立派な猫ですよ。それで、その…。私がちゃんとお世話しますので、面倒を見てもいいでしょうか?」

 

 「飼いたいのか?俺は別にいいぞ、ペットがもう一匹増えるくらい。な、ジバニャン」

 

 「オレっちはペットじゃないニャン!!」

 

 カズマがちょむすけの喉を撫でてやると、猫らしくゴロゴロと鳴いている。

 

 「ふ〜ん。中々可愛いじゃない、お手」

 

 「犬じゃないぞ」

 

 アクアも触ってみようと手を伸ばすが、何か気に入らなかったのかちょむすけは鋭く爪を立てた。

 

 「ニャー!」

 

 「ひっ!?ちょっと、いきなり何するのよ!」

 

 「はっはっはっ。アクアさんは猫への接し方が分かってないようでウィスねえ。その点あたくしは、ジバニャンとの付き合いも長いので、猫の扱いなんて赤子の手をひねるようなもの…」

 

 「フシャーー!!!」

 

 完全にちょむすけを舐めてかかったウィスパーは、容赦なく顔をガリッ!!と引っ掻かれた。

 

 「ぎゃああああ!?あたくしの色白ボディに傷がーー!!めぐみんさん、飼い主としてその猫野郎にビシッと言ってやってください!!」

 

 「駄目ですよちょむすけ。こんなので爪とぎをしたら、爪の間からバイキンが入って病気になってしまいます。次からは気を付けてくださいね」

  

 「ニャ〜ン」

 

 「腹立つ〜!この飼い主とペット腹立つでウィス〜!!」

 

 アクアとウィスパーには懐かない、というよりむしろ敵意を向けている。何がちょむすけをそこまでさせるのか分からないが、アクアは邪悪なオーラを感じると怪しんでいた。

 

 「飼うのはいいけど、責任持って面倒見るんだぞ」

 

 「もちろんです。よかったですね、ちょむすけ」

 

 「ニャ〜」

 

 「ちょむ、すけ…」

 

 「何か?私のネーミングセンスに文句でもあるんですか?」

 

 呆れたような顔をしているカズマ、ウィスパー、アクアにめぐみんはジト目で睨みをきかせる。文句言おうものなら爆裂魔法の餌食にされそうで、カズマ達はサッと視線をそらした。

 

 「そういえば、さっきは何を騒いでいたのですか?」

 

 「ああ、ダクネスのことでちょっとな」

 

 「心配なのは分かりますが、私たちが取り乱してもしょうがないじゃないですか。それに、ダクネスはダスティネス家なんですよ。あの領主がいくら悪い噂が多くても、そんな乱暴な扱いは…」

 

 「甘ーーい!これだからお子ちゃまは困るんだ!」

 

 「な、なんですか急に…」

 

 カズマのただならぬ剣幕に、めぐみんも段々不安になってくる。

 

 「まだ事の重大さが分かってないな。ウィスパー、俺達でめぐみんにも分かりやすく教えてやるぞ」

 

 「ウィッス!お任せください!」

 

 ここから、カズマとウィスパーの小芝居が披露される。カズマはアルダープの、そしてウィスパーはダクネスの格好をして実演する。

 

 「…くっ、殺せえ!!」

 

 「ゲヘヘへ〜。口ではそう言っても、体は正直だなええおい?」

 

 「おのれえ!たとえあたしの体はいいように出来ても、心までは…ああああああ!!」

  

 「って、なるに決まってる」

 

 妙に迫真の演技で、考えられるダクネスの惨状を演じたカズマとウィスパー。しかし、あまりにもリアルにやり過ぎてめぐみん達はちょっと引いていた。

 

 「…え、えーと。いまいち頭に入って来なかったのですが」

 

 「だから、簡単に言うとダクネスはあのおっさんにとんでもなく変態的な要求をされてる可能性もあるってことだ」

 

 「・・・」

 

 2、3秒。めぐみんは固まり、ようやく理解して目をハッと見開いた。

 

 「どどどうするんですか!!こ、このままでは私たちのダクネスが〜!!」

 

 絶望なんかしないと誓っためぐみんだが、仲間の安否を憂うと心配で仕方なかった。

 

 「…もう手遅れかもしれん。いいか皆、ダクネスが帰ってきても、いつもと変わらない感じで話しかけてやるんだぞ」

 

 ドンヨリとした重たい空気がカズマ達を包む。一応妖怪ウォッチで調べてみたが、近くにドンヨリーヌはいなかった。家具も没収されて、仲間のピンチにどうすることも出来ない。

 気不味いこの雰囲気を壊すように、誰かが乱暴に扉を開けて現れた。

 

 「サトウカズマはいるか!」

 

 「いません」

 

 「そうか。なら仕方ない…って嘘をつくなあ!」

 

 「この人も案外ノリやすいでウィスね」

 

 血相を変えて、部屋に飛び込んで来たのは検察官のセナ。まだカズマが魔王軍と無関係であることを証明する日までは時間があるはずだ。

 

 「冬眠していた筈のモンスターが、急に目を覚ましたのだ。確か貴様の仲間に、爆裂魔法を使える者がいただろう。それに驚いて起きたのではないかって、近隣住民は慌てて避難しているぞ」

 

 その話しを聞いて、カズマは首をゆっくり後ろに向ける。その視線の先は当然めぐみんであり、その隣のアクアも冷や汗を流して吹けてない口笛を吹いていた。

 

 「言い訳だけはさせてください!私は嫌だって言ったんですが、アクアに命令されて仕方なく、そう仕方なくやっただけなのです!」

 

 「ズルいわよめぐみん!私だけ悪者扱いして!」

 

 「ええいうるさい!さっさと後始末に行くぞ!」

 

 責任の擦り付け合いをする二人を引っ張り、カズマ達はモンスター駆除に出発する。これ以上余計なことで魔王軍の関係者だと疑われるのは御免だ。

 カズマ達が屋敷を出た頃、ギルドではコマさんとコマじろうのコマ兄弟がソフトクリームを食べていた。

 

 「もんげ〜、ソフトクリームはいつ食べても美味しいずら〜」

 

 「そうズラね」

 

 「ん?コマじろう、あれは何ずら?」

 

 コマさんの視線の先に、一人の女の子がいた。他の皆から離れた端っこのテーブルに、ぽつんと座っている。それだけなら特に気にすることもないのだが、その子はなんと一人でチェスをしていた。他の冒険者達がワイワイ騒いでる中、一人でチェスをしている光景は何とも言えない寂しさがある。

 

 「あの子、何してるんずら?」

 

 「一人チェス、ズラね…」

 

 「それって楽しいんずら?」

  

 「さあ…」

 

 チェスは本来、二人でやるボードゲーム。その女の子はハイライトが消えた暗い瞳で、一人で黙々と駒を動かす。哀愁漂う少女の姿を見ていると、どこかのアンドロイド妖怪のような、悲しいギターのBGMが聞こえてくる気がした。

 

 (ギルドで待ってたら、いつかめぐみんが来ると思ったけど全然来ないじゃない。一人チェスも3局めに入っちゃったし、どこで何をしてるのよ)

 

 一人チェスは慣れてるから、時間を潰すにはちょうどいい。仮想した相手の手番を考え、駒に手を伸ばす。すると、触れる直前にその駒が勝手に動き出した。

 

 「え!?」

 

 思わず驚いた声が出る。他の誰かがイタズラで動かしたのかと思ったが、周りを見回してもそれらしい人物はいない。

 不思議に思いながらも、少女は自分の駒を動かす。

 

 (また動いた!)

 

 少女が駒を置いたことを確認したかのように、またもや勝手に相手の駒が動く。普通ならばこの怪奇現象を怖がるものだが、少女は驚きはするものの怖がる様子はない。

 

 (何で駒が勝手に…はっ!もしかして、前に悪魔を友達にしようと召喚したのが原因?でもあれは結局途中でやめちゃったし)

 

 可能性のありそうなことを少女は色々と考える。しかし、真相は実に単純。少女には見えていないコマさんが駒を動かしていただけだ。

 一人でチェスをしている少女が、コマさんには何だかとても寂しそうに見えた。たとえ見えていなくても、一緒に遊びたくなったのだ。

 

 「兄ちゃん、チェス分かるんズラ?」

 

 「さっぱり分からないずら」

 

 分からないなりに一生懸命考えて、駒を動かすコマさん。だが偶然にも状況に適したところに駒を置いて、上手い具合に対局が進んでいた。

 

 (…もうこの際悪魔でも何でもいいわ。だって、凄く楽しいんだもん!)

 

 誰かと一緒にするチェスが、こんなにも楽しいものなんて思わなかった。少女は思わず目に涙まで浮かべて、嬉しそうに見えない相手と対局する。

 しばらく二人の白熱した勝負が続き、少女は嬉々として駒を動かしていた。だが、それは突然少女の耳に聞こえてきた会話によって遮られてしまう。

 

 「そう言えば、カズマ達がまたカエルの駆除に行ったらしい。なんでも、爆裂魔法のせいで冬眠から覚めたせいだとか」

 

 「爆裂魔法っていうと、またあの頭のおかしい子の仕業か」

 

 「ああ。十中八九、めぐみんだな」

 

 めぐみん。その名を聞いた少女は、駒を持っていた手を止める。

 

 「ずら?」

  

 「急に止まっちゃったズラ」

 

 少女は下を向いて、何か考え始める。コマ兄弟が様子を見守っていると、少女は再び動き出して駒を置いた。

 そして周りに聞こえないよう、目の前にいる見えない誰かに小声で話しかける。

 

 「…ごめんね。私、どうしても行かなきゃいけないの。とても楽しかったわ、ありがとう」

 

 少女は少し寂しそうな顔をしている。本当はもっと遊んでいたかったが、この街に来た理由を思い出した。

 あの時の約束を果たす為、めぐみんと決着をつける為に来たのだと。

 

 「…もし良かったら、また私と遊んでくれる?」

  

 コマ兄弟は顔を見合わせて、嬉しそうに笑った。

 

 「もちろんずら!」

 

 コマさんが少女の手にそっと触れる。温かい、そして優しい気持ちを少女は感じた。    

 

 「さあ、待ってなさい。めぐみん!」

 

 周りの視線も気にせず、少女はギルドを出て走っていく。その足取りは軽く、あっという間に見えなくなった。コマ兄弟は少女を見送った後、また二人でソフトクリームを食べたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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狙撃ッ!

 「アクアー!!」

 

 「いやああああ!開始早々食べられたああああ!!」

 

 冬眠から覚めてしまったジャイアントトードを狩りに来たのだが、アクアがさっそくカエルの口の中に放り込まれている。

 

 「アクアも食べられてしまいましたか。カズマ、私は後でいいですから、先にアクアを助けてあげてください。カエルの中は結構温かいので、しばらくこのままでいいです」

 

 爆裂魔法を既に撃ち終わって、めぐみんはカエルの口から呑気に顔を出していた。冬の時期に活動するカエルも中々だが、食われた状況を利用して暖を取るめぐみんもたくましい。

 カズマ、ウィスパー、ジバニャンはお目付役のセナと一緒にカエルから逃げ回る。

 

 「ちくしょう!カエルはまだたくさんいるし、セナさんだけじゃ餌が足りない!」

 

 「はい?!なんで私を囮に使おうとしてるのですか!そもそも私はただの監視役で、あなた達の為に犠牲になる気はああああああああ!?」

 

 セナの体にカエルの長い舌が巻き付き、そのまま吸い込まれるようにカエルの口に入っていく。何度もカエルに食べられてるアクアは情けない悲鳴を上げているが、初体験のセナは何故か喘ぐような変な声を出していた。

 

 「どうするんでウィス!?」

 

 「オレっち達も食べられちゃうニャン!!」

 

 「大丈夫だ二人とも!俺に任せろ!」

 

 カズマはアーチャーのスキル、狙撃を覚えていた。弓を素早く取り出し、弦を強く張り詰める。

 

 「…俺の後ろに立つな」

 

 「おお!様になってますよカズマくん!」

 

 「狙撃顔ニャン!」

 

 口数少ない殺し屋の如く、カズマは目の前の哀れな獲物を睨みつける。

 

 「その澄まし顔に、風穴開けてやるぜ。狙撃ッ!」

 

 手を離すと矢はビュンッ!と風を切り、真っ直ぐの軌道を描いて飛んで行く。…仕留めた。そう確信したカズマは、静かに口角を釣り上げた。

 

 スカッ!!

 

 「…あれ?」

 

 「いや思いっきり外してますよ!?」

 

 「その顔で狙撃下手ニャン!?」

 

 確かにカエルの眉間を狙った筈なのに、矢は明後日(あさって)の方向へ飛んでいった。狙撃は幸運値が高いほど、命中率が上がる。本来ならカズマにとってうってつけのスキルの筈なのに。

 

 「き、きっと指先が微妙にズレたんだな。次こそは…当てるぜ」

 

 「またその顔になるニャンね」

 

 「俺の後ろに立つな。狙撃ッ!」

 

 しかし、またもやカズマの矢は外れる。こうなれば数を撃つしかない。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるだ。半ばヤケクソ気味に、カズマはとにかく撃ちまくった。

 

 「うおおおお!狙撃狙撃ソゲソソソソゲキイイイ〜ッヤ!!」

 

 だが、何度やってもカエルには一本も当たらない。カエルの周りには、外れた矢が刺さりまくる一方だった。

 

 「全っ然当たらないニャンね」

 

 「これだけ撃って当たらないって、逆に難しいと思いまウィス」

 

 「はあ…はあ…そ、狙撃…ソゲ…狙撃ってなんだっけ?」

 

 「狙撃言い過ぎてわけ分からなくなってるニャン」

 

 いわゆるゲシュタルト崩壊を起こしている。幸運値が高いにも関わらず、狙撃スキルが効果を発揮しないという不可解な現象。これはもう、間違いない。

 

 「こんだけ狙撃してるのに、矢が一本も当たらないなんておかしいだろ。これ絶対妖怪の仕業だ」

 

 「はあ?矢が狙ったところに飛んでいかないなんて、ごくごく普通のことじゃないですか。自分の下手さを妖怪のせいにしないで…」

 

 「いたー!!」

 

 「うそーん!!?」

 

 カズマの近くに、りんごの顔をした狩人みたいな妖怪がいる。

 

 「お前はアチャ」

 

 「ア〜〜チャチャチャチャチャ!ホワッチャア!!この妖怪はえ〜、りんごの見た目してるから…Appl○の社員!ではなく、椎名◯檎!でもなく…そう、あれは妖怪アチャー!!」 

 

 アチャー、取り憑いた人を失敗(あちゃー)な結果にさせる妖怪。

 

 「妖怪不祥事案件で言うところのいわゆる、ちゃんと狙ってるのに全然当たんないですけどー!を引き起こす妖怪でウィッシュ!!」

 

 「くそー!こいつのせいで俺の矢が外れてたのか!」

 

 「あちゃーな感じになっちゃったね。アーチャーだけに」

 

 「やかましいわ!!」

 

 アチャーを追い払わないといけないが、その前にカエルに食べられているアクア達を助けてやらねばならない。さっきまで騒いでたアクアとセナも、体力の限界か静かになってるし、めぐみんに至ってはもう帽子しか見えない。

 

 「カズマくん、友達妖怪を呼んでなんとかして貰いましょう!」

 

 「よーし、出てこい!俺の友だ」

 

 カエルの長い舌がカズマの胴体に巻き付く。

 

 「え?」

  

 「へ?」

 

 そして、勢い良く後方に引っ張られる。

 

 「ぎゃああああ!嘘だろおおおお!?」

 

 「カズマくーーーん!!」

 

 絶叫と共に、カズマが遠くまで離れていく。後ろを見るとカエルが口を開けて待機していて、カズマの額に冷や汗が流れる。

 

 「カズマが食べられたニャン!?」

  

 「いや、あれを見てください!」

 

 とうとうカズマも犠牲になったかと思いきや、よく見ると両手両足で口が閉じないよう支えており、ギリギリのところで踏ん張っていた。

 

 「ぐおおおおっ!食われてたまるかああああ!」

 

 アクア達みたいに、粘液塗れになって醜態を晒すのは死んでも嫌だ。カズマは持てる力を振り絞り、飲み込まれないよう必死に耐える。

 

 (くそっ!こんなのいつまでも持たないし、かと言って妖怪を召喚しようにも両手が塞がってるから無理だ!)

 

 マズい、これはマジで全滅する。最悪の展開が頭をよぎった時、一筋の眩い光が出現した。

 

 「ライトオブセイバー!」

 

 強烈な光の剣が、カズマ達を捕食していたカエルを次々に抹殺していく。その救出劇は一瞬の出来事であり、この場にいた全てのカエルを薙ぎ払った。

 

 「た、助かったのか…?」

 

 「そ、そのようでウィス〜…」

 

 突然の出来事に、呆気に取られるカズマ。巻き添えを食らっているウィスパー。アクア達も無事のようで、動けないめぐみんに魔力を分けてあげる。

 

 「それにしても、今のは誰の魔法だったんだ?」

 

 「物凄い威力でしたねえ。きっと助けてくれた方は凄腕の魔法使いでウィス」

 

 「あそこに誰かいるニャン」

 

 カズマ達の視線の先に、カエルの屍に囲まれた一人の女の子が佇んでいる。腰に短剣を携え、黒のマントを羽織った黒髪の少女。

 

 「助けてくれてありがとう、おかげで助かったよ」

 

 「い、いえ。別に助けたわけじゃ…ただ、ライバルが、その…」

 

 カズマがお礼を言うと、何故か恥ずかしそうにもじもじしている。めぐみんのことをチラチラ見てるし、変わった子だと思った。

 

 「ライバルってだれニャン?」

 

 「もしかして、あたくしのことでウィ」

 

 「絶対違う」

 

 ウィスパーの冗談はさて置き、カズマから魔力を分けて貰っためぐみんが立ち上がる。目の前の少女と相対し、静かに見つめていた。

 まず口火を切ったのは、黒マント少女の方だった。

 

 「久しぶりねめぐみん!約束通り、強くなって帰ってきたわ!永きに渡ったあなたとの決着を、ここでつけてあげる!さあ、私としょ」

 

 「すみません誰ですか?」

 

 「ぅぶ…えええええ!?」

 

 せっかく気合を入れたのに、まさか忘れられてるとは思っていなかった。

 

 「わ、私よめぐみん!紅魔の学校で一緒だったじゃない!成績もめぐみんが一番で、私が二番だったでしょ!」

 

 「え?めぐみんが一番?」

 

 カズマが意外そうにめぐみんを見る。めぐみんはこれでも、学生時代は成績はいつもトップだったのだ。

 

 「一番なんてめぐみん凄いニャン!」

 

 「ふっ、もっと褒めてくれてもいいんですよ?」

 

 「この子とめぐみんの二人しかいなかっただけじゃないのか?」

 

 「にゃにおう!」

 

 いつも中2病全開な言動に、極度の爆裂魔法狂い、そして今の粘液塗れの姿を見ると、どうにもトップの成績を誇ったとは信じ難いものがある。

 と、ここで若干蚊帳の外だったセナがコホンと咳払いした。

 

 「今日のところは引き上げますが、私はまだあなたを疑ってることをお忘れなく。…あー、お風呂入りたい」

 

 「私も、カエル肉を運んで貰わなきゃいけないから帰るね…」

 

 セナとアクアがこの場から去り、カズマ達が取り残される。カズマだって腹部と両手足に粘液が付いており、早く帰りたかった。

 

 「めぐみん、本当にこの子覚えてないのか?」

 

 「はい、名乗りもしない人をいちいち覚えてませんね。紅魔族なら紅魔族らしく、高らかに名乗りを上げる筈です。そうすれば、私も思い出すかもしれません」

 

 「うぅ〜、分かったわよ…」

 

 めぐみんと二人きりでもあまりやりたくないのに、知らない人の前でやるのは一層恥ずかしい。少女は覚悟を決めたように深呼吸して、ポーズを決めながら口上を立てる。

 

 「我が名はゆんゆん!アークウィザードにして上級魔法を操る者!そしてゆくゆくは紅魔族の長に…」

 

 「聞いての通り彼女はゆんゆんと言って、紅魔族の長の娘で私の元同級生です」 

 

 「へー」

 

 「やっぱり覚えてるじゃない!」

 

 忘れるどころか、むしろゆんゆんのことはガッツリ覚えていためぐみん。忘れたふりをしたのも、ちょっとからかっただけだ。  

 気を取り直してもう一度勝負を申し込むゆんゆんだが、めぐみんに面倒くさそうに断られて泣きそうな声を出している。

 

 「ゆんゆんさんと言う方は、やけにめぐみんさんにライバル意識持ってますね」

 

 「ライバル意識というより、なんだかめぐみんに構って貰いたくて必死な感じがするニャン」

 

 「ねえ〜、勝負してよ〜」

 

 「もう、しつこいですね。分かりましたよ」

 

 結局めぐみんが折れた形になり、ゆんゆんとの勝負に付き合うことなった。

 

 「私はもう魔力が殆どないので、勝負方法はゆんゆんの得意な体術にしましょう」

  

 「い、いいの?めぐみん、体術の授業になるといつもサボっていたのに」

 

 「まあ、ハンデというやつですよ」

 

 不敵に笑うめぐみんに対し、ゆんゆんもムッとして勝負を受ける。

 

 「カズマくん、どっちが勝つと思います?」

 

 「うーん、パッと見ではゆんゆんの方が有利だと思うけど、勝負内容を決めたのがめぐみんだからなあ。なにか企んでる気がする」

  

 「行くわよめぐみん!手加減しないからね!」

 

 「灘神影流(なだしんかげりゅう)の恐ろしさ、思い知らせてあげます」

 

 自信満々に構えるゆんゆんと、コオオオォォという異様な呼吸音を発しているめぐみん。体術勝負を挑んできたのは意外だったが、ここは遠慮なく勝たせて貰う。

 徐々に間合いを詰めるゆんゆんだったが、近づくにつれてめぐみんの今の状態がどうなってるのか理解した。

 

 「…ねえめぐみん、一つ気になることがあるんだけど」

 

 「なんですか?」

 

 「めぐみんの体が、ヌルヌルの液体塗れになってるのは、私の気のせいじゃないわよね…?」

 

 「安心してください、ゆんゆんの目は至って正常です」

 

 「そ、それに…まさかとは思うけど、そのヌルヌルの体で寝技を仕掛けたりとかしないわよね…?いくらめぐみんでも、そんなこと…」

 

 ゆんゆんの声が震えている。勝負の世界は非情とはいえ、まさかそんな卑劣な手段は使ってこないだろう。そんなゆんゆんの甘い考えを打ち砕くように、めぐみんは笑顔で言った。

 

 「私たち、かけがえのない親友じゃないですか。共に苦難を分かち合い、友情を深めましょう」

 

 「清々しいほどいい笑顔でウィス」

 

 「さすがめぐみん、そこに痺れるニャン…」

 

 「憧れないけどな」

 

 戦意を削ぐ為の作戦であって欲しいと切に願ったが、めぐみんは容赦なくゆんゆんに向かって突進した。

 

 「いやああああ!来ないでええええ!」   

 

 「待〜て〜」

 

 逃げながら必死に降参するゆんゆんだったが、あっさりめぐみんに捕まってしまう。体中を気持ち悪い粘液でベドベトにされ、泣きながら帰っていった。

 

 「めぐみんさんったら、同級生相手にも容赦ないでウィスねえ」

 

 「勝負というからには、負けるわけにはいきません。戦利品として、マナタイトも手に入ったことですし。カズマ、私はいらないので借金返済にでも使ってください」

 

 マナタイトは魔力が込められた結晶で、魔法を使う時に肩代わりに出来る。しかしめぐみんの爆裂魔法の魔力を補うには、大きさが全然足りなかった。相変わらず燃費の悪い魔法だというのに、それ以外を覚える気は全くないという。

 ゆんゆんのようにレパートリー豊富な魔法使いが羨ましいが、今さらそんなことを言ってもしょうがない。

 

 「とりあえず、さっさと帰って風呂にでも入るか。カエルに飲み込まれかけたせいで、腹回りや手足がベトベトだよまったく」

 

 「カズマ、お風呂には私が先に入らせて貰いますよ」

 

 「おい待て、なんでめぐみんが先なんだ」

 

 「カズマはお腹と手足だけで済んでますが、私は全身カエルの粘液で汚れてるんですよ。それに、女性ファーストという言葉を知らないんですか?」

 

 「聞いたことないな、どんな食べ物だ?」

 

 カズマは都合の良い時に女性の立場を利用されるのは嫌いだ。ジバニャンが先にめぐみんに譲るようカズマに文句を言っているが、今回ばかりはそうはいかない。

 カズマとめぐみんの視線が交差した瞬間、ほぼ同時に家に向かって走り出した。

 

 「こうなったら早い者勝ちだ!先に着いた方が風呂に入る権利がある!」

 

 「望むところです!」

 

 全力で走る二人を、ウィスパーとジバニャンも急いで追いかける。

 

 「さあ始まりました、カズマくんとめぐみんさんの一騎討ちレース。実況はあたくし、皆のアイドルウィスパーでお送りしま…おーーっと!めぐみんさんコケた!転んでしまいました!これは色んな意味で痛い!しかし負けじとカズマくんの足を掴んで転倒させる!物凄いデッドヒートを繰り広げています!!」

 

 「うるさいニャン!!」

 

 実況役を気取るウザいウィスパーに、ジバニャンが怒りのハリセンで吹っ飛ばす。そうこうしてる間に、カズマとめぐみんは屋敷の玄関を開けていた。

 

 「ちょっと!なんでもう脱ぎ始めてるんですか!?」

 

 「勝つ為なら俺は手段を選ばない男だ!悪いが先に入らせて貰うぞ!」

 

 「だ、だからって…いくらなんでも目の前で、カズマに羞恥心は無いんですか…?」

 

 「ああ大丈夫大丈夫。めぐみんのことは子供としか思ってないから」

 

 ビキィッ! 

 

 めぐみんのこめかみに鋭い筋が入る。確かにカズマから見たらまだ子供かもしれないが、たかだか3つしか違わないくらいでそんなこと言われるのは心外だ。

 

 「そうですか。そっちがそう来るなら、私だってカズマを男扱いしません!子供かどうか、その目でしっかり確かめて…」

 

 「めぐみん落ち着くニャン!」

 

 「年頃の娘がそんな簡単に肌を晒しちゃ駄目でウィス!」

 

 ウィスパーとジバニャンが止めに入るが、頭に血が登っためぐみんは聞いていない。負けじとカズマに対抗して、服をポイポイ脱ぎ捨てる。

 そして、タッチの差で先に風呂の扉に手を伸ばしたのはカズマ。勢い良く扉を開き、中に駆け込む。

 

 「よっしゃああああ!俺の勝ち…」

 

 「カッポン!!

 

 「だあああああ!?」 

 

 まさかの先客がいて、カズマは思いっきりズッコケてしまう。のぼせトンマンが風呂に入って寛いでいた。

 

 「な、なんで、人んちの風呂に勝手に…」

 

 「お風呂あるところに、オレありだカッポン。丁度いい温度にしといたから、許して欲しいカッポン」

 

 そう言って、のぼせトンマンはお風呂から上がって帰って行く。

 

 「丁度いい温度って…」

 

 まるでマグマのように、グツグツと煮えたぎっているお風呂の湯。熱い系妖怪の丁度いいは、人間には余裕で死ねるレベルだ。

 

 「…街の銭湯行くか」

 

 「…そうですね」

 

 さっきまで張り合っていたのが急にバカらしくなり、カズマとめぐみんは気不味い空気の中、服を着て銭湯に向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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妖怪の友達

遅ればせながら、妖怪ウォッチ10周年おめでとうございます!
 この物語も、これからもどんどん盛り上げていきます!


 「は〜、まためぐみんに負けちゃった…」

 

 アクセルの街を、ゆんゆんが肩を落として歩いている。せっかく上級魔法を覚えてめぐみんに勝負を挑んだのに、まさかあんな手を使って来るとは。おかげで気持ち悪い液体塗れになるわ、周りの人から怪訝な目で見られるわで散々だった。

 

 「見てなさいよめぐみん。今度こそ勝って、参ったって言わせてやるんだから」

 

 気持ちを新たにして、ゆんゆんは前を向く。昔からめぐみんに負け越してるだけあって、立ち直りも早い。

 そうして歩いていると、いくつかの屋台が並んでるのが目に入る。美味しそうな料理を売ってる店からは香ばしい匂いが立ち込めて、射的などを楽しめる屋台もある。

 紅魔の里では見られない風景に、ゆんゆんは物珍しそうに見て回った。

 

 (…いいなあ、みんな楽しそう)

 

 家族連れや友達同士で遊んでいる人達を、ゆんゆんは羨ましそうに見つめている。

 

 (私も友達と一緒に食べ歩きとか、射的とかやって遊んでみたいなあ…)

 

 お祭り騒ぎの中で一人だけ、まるで違う空間にいるような気がする。ゆんゆんだって最近は、一緒にチェスをする友達が出来た。しかし、その姿を見ることは出来ない。一人で遊んでいた頃に比べればマシなのかもしれないが、顔も名前も分からないままというのはやっぱり寂しい。

 ポケットの中に一個だけ入ってたチェスの駒を手に、その友達のことを思う。

 

 (あなたって、どんな見た目してるのかな? 一度でいいから見てみたいし、一緒にお話してみたい)

 

 駒をそっと優しく手に包みこんで、ポケットに入れる。ギルドに戻ってチェス盤を広げよう。そうすれば、きっといつものように現れてくれる。

 さっそく引き返そうとしたゆんゆんに、とある屋台のオッサンが声をかけた。

 

 「そこのお嬢ちゃん、ちょっと見てかない?」

 

 「へ、私ですか?」

 

 「そうそう。ちょっとでいいからさ、見てってよ」

 

 なんだか断るのも悪い気がして、ゆんゆんはその屋台の品物を見る。

 

 「うちは見ての通り石を売ってるんだ。当然ただの石じゃないよ。パワーストーンっていう、不思議な力が込められた石なんだ」

 

 「パワーストーン…ですか」

 

 「例えばこれ、綺麗な金色だろう?これは持つ人の金運をアップさせてくれる優れ物なんだ」

  

 「そうなんですか?私にはよく分からないんですけど…」

 

 どう見ても普通の石っぽいのだが、店のオッサンは饒舌にまくし立てる。

 

 「それは素人の赤坂さ、いや浅はかさ。一見普通の石でも、しっかり魔力が込められてるもんなんだよ。特にオススメはこれ、幸運をもたらす魔法の石。これさえあれば何もかも思いのまま、友達だってたくさん出来るよ」

 

 「と、友達も?」

 

 「そ、友達も」

 

 友達というワードにゆんゆんが興味を示したのを見て、オッサンはバレないようにニヤリと笑う。何故なら、パワーストーンなどとは真っ赤な嘘。こういった屋台でパチもんを売りつける奴は珍しくないが、実はそれも妖怪の仕業だったりする。

 口八丁で人を騙す妖怪、インチキンが取り憑いていた。

 

 「今なら一個10万エリスのところ、お嬢ちゃんだけに特別に2万9800エリスで売ってあげるよ」

 

 「い、いいんですか!?」

 

 「赤字覚悟だけど、お嬢ちゃん可愛いからオジさんサービスしちゃうよ」

 

 最初に高く設定しておいて、後から下げるのは詐欺師の常套手段。本来なら100エリスの価値もないただの石を、ゆんゆんはまるで宝石かのように見つめている。

 

 (これがあれば、私も友達が…)

 

 ゴクッと喉を鳴らし、震える手で財布を取り出す。計画通り、とでも言いたげな悪い笑みを浮かべるオッサン。しかし、ここで待ったをかける者が現れた。

  

 「それ、本物ずら?」 

 

 「なんか怪しいズラね」

 

 「な、なんだよお前たちは」

 

 双子だろうか、顔がそっくりな二人の男の子がゆんゆんとオッサンの間に割って入る。

 

 「あんたら、何か証拠でもあるのかい?」

 

 「オラたち、さっきオジさんが小石を拾ってるの見てたずらよ。そんなに凄い石が、そこら辺に落ちてるもんずら?」

 

 「そ、それは…」

 

 「兄ちゃん、これただ石に色を塗っただけズラ」

 

 「ギクッ!?」

 

 絵の具と同時に、化けの皮も剥がされてしまったオッサン。そそくさと逃げるようにその場から立ち去ったが、衛兵に捕まって連れて行かれた。

 

 「捕まっちゃったずら」

 

 「人を騙そうとした罰ズラ」

 

 「あ、あの…ありがとうございます。おかげで助かりました」

 

 この双子がいなかったら、危うくお金を騙し取られるところだった。ゆんゆんは深く頭を下げてお礼を言う。

 

 (あれ?この人達、どこかで…)

 

 この双子とは会ったのは、間違いなく今日が初めて。その筈なのに、不思議とそんな感じがしない。前にどこかで会ったような気もするし、いつも温かく見守られていた気もする。

 理由は分からないが、この二人がまったくの他人とは思えなかった。

 

 「…あの、私の勘違いかもしれませんが、どこかでお会いしたことありますか?」

 

 勇気を出して、思い切って聞いてみた。

 

 「ここ最近は毎日会ってるずらよ。あの駒を動かす遊びを…」

 

 「なんでもないズラ!オラたち初対面ズラ!」

 

 慌てて兄の口を塞ぐ弟。もう言ってしまうと、この双子の正体はコマさんとコマじろう。特殊な葉っぱを頭に乗せて、人間の姿に変装している。

 

 (コマじろう、なんで嘘つくずら?)

 

 (オラたちが妖怪だって知ったら、気味悪がって逃げちゃうかもしれないズラ。そうなったら、もう一緒に遊べないズラよ)

 

 (もんげ〜、それは嫌ずら。分かったずら、オラたちが妖怪ということは内緒にするずら)

 

 正体は明かさず、ゆんゆんの前では人間のままでいよう。騙してるみたいであまりいい気はしないが、せっかく出来た友達を傷付けたくはなかった。

 

 「…あの、どうしました?」

 

 「何でもないずら。これからは気を付けるんずらよ」

  

 「は、はい。ありがとうございました…」

 

 離れていく二人の背中を、ゆんゆんは寂しそうに見送る。ぽつんと一人残されたその様子を見て、コマさんは足を止めた。

 

 「コマじろう、やっぱり置いてけないずら」

 

 「そうズラね」

 

 兄ちゃんなら、きっとそう言うと思っていた。二人はゆんゆんの元へ戻り、コマさんが手を差し伸べる。

 

 「よかったら、オラたちと行こうずら」

 

 「え…い、いいんですか?」

 

 「誰かと一緒の方が、もんげ〜楽しいずら!」

 

 まるで子供が友達を遊びに誘うように、何の躊躇いもなく手を差し出す。あまりにも無邪気な笑顔で言ってくるため、聞いてる方が少しこそばゆい気持ちになる。だけど悪い気は一切しない。

 気が付けば、自然とその手をゆんゆんは握っていた。

 

 「私、紅魔族の…ゆ、ゆんゆんです」

 

 「オラ、コマさんずら」

 

 「オラはコマじろう、兄ちゃんの弟ズラ」

 

 名前を聞いて笑われるかもと心配してたが、笑わないどころかその辺については完全にスルーだった。むしろ、自分で自分をさん付けで名乗るコマさんが意外だった。

 

 「え?コマさんはコマさんって名前なんですか?」

 

 「そうずら。オラの本名ずら」

 

 「ご、ごめんなさい!馴れ馴れしく呼び捨てしてしまって…!え〜と、じゃあなんて呼べば…コマさんさん?」

 

 「普通にコマさんでいいずらよ」

 

 知らなければ勘違いするのも無理はない。カズマだって最初はコマが名前で、さんが敬称だと思っていた。

 

 「ゆんゆん右!もっと右ずら!」   

 

 「み、右?」

 

 「いや左ズラ!」

  

 「え?え!?ど、どっち!?」

 

 射的屋にて、ゆんゆんが弓矢を構えて人形を狙うが、コマさんとコマじろうのかけ声に惑わされている。

 

 「あー、外しちゃったずら」

 

 「ふ、二人が逆のことを言うから…」

 

 「ここはオラに任せるズラ」

 

 コマじろうがいつの間にかグラサンをかけて人形を狙っている。射的専用の弓矢とはいえ、素人には扱いは難しい。しかし、そこは何かとハイスペックのコマじろう。見事に人形を撃ち落とし、ゆんゆんにプレゼントした。

 

 「え、いいの?」

 

 「もちろん、ゆんゆんにあげる為に取ったんズラ」

 

 「あ、ありがとう…!」

 

 冬将軍人形を嬉しそうに抱きしめる。プレゼント、それも男の子から貰ったのは初めてで、少しドキドキしていた。

 

 「もんげ〜、ソフトクリームはいつたべても美味しいずら〜」

 

 3人並んでベンチに座り、ソフトクリームを食べる。この時期に外で食べるのは少々肌寒いが、コマさんとコマじろうが隣にいてくれるから温かい。

 

 (だ、大丈夫かな?私、ちゃんと話せてるよね…?)

 

 学生時代は友達も少なく、めぐみんからぼっち呼ばわりされるくらい一人でいることが多かった。

 つまらない話をして退屈させてないかな? 今日で終わりって言われたらどうしよう…。

 考えれば考えるほど不安でいっぱいになり、言葉にしようにも、重いって思われるだけなんじゃないか。

  

 「ゆんゆん、どうしたずら?」

 

 「さっきから元気ないズラよ」

 

 「へ? な、なんでもない。なんでもないよ、あはは…」

 

 慌てて取り繕うが、挙動不審さは隠しきれていない。

 

 「…今日はありがとう、凄く楽しかったわ。それで、その…迷惑じゃなければ、また私と一緒にお話したり、遊んだりしてくれますか?」

 

 言った。まるで告白するくらい勇気を振り絞って。目の前の少女の健気な願いに、二人は顔を見合わせて微笑む。

 

 「迷惑なんてないズラ」

 

 「オラたち、もう友達ずら!」

 

 嘘偽りなど微塵も感じさせないコマさんとコマじろう。抱えていた不安が払拭され、ゆんゆんの顔がパアッと明るくなった。やっと本当の友達になれた気がして、年相応に可愛い笑顔を見せる。

 ソフトクリームを食べ終わった三人は、再び歩き出す。すると、何やら盛り上がってる一団を発見する。アダマンタイト砕きというイベントをやっているみたいなのだが、その中心に見知った顔があった。

 

 「あ、カズマさん」

 

 「よっ、ゆんゆん」

 

 「あの、何をしてるんですか…?」

 

 カズマと複数人の男達の下に、何故かめぐみんが取り押さえられていた。

 

 「アダマンタイトは爆裂魔法なら余裕で破壊出来るみたいだからな。それをどこからか嗅ぎ付けて来やがって。後は見ての通りだ」

  

 「くっ…か弱い乙女一人に、この仕打ちはあんまりです」

 

 この街の住民にはとっくにめぐみんの性格は知れ渡っている。頭のおかしい爆裂魔法使いというあだ名と一緒に。

 人もまばらに捌けて、めぐみんは立ち上がり服をパッパッと払う。

 

 「き、奇遇ねめぐみん!こんなとこで会うなんて、やはりライバルとして戦う運命にあるんだわ!さあ勝負よ!」

 

 いつものようにさっそく勝負を仕掛けるゆんゆんだが、めぐみんが何だかジト〜ッとした目で見てくる。

 

 「まったく、ゆんゆんもすみに置けませんね」

 

 「な、なんのこと?」

 

 「男の子を二人も侍らせているくせに、デート中にも関わらず勝負を挑みに来るとは。ぼっちだったゆんゆんも、ずいぶん偉くなったものです」

 

 「なっ!?ち、違うわよ!この二人は友達、ただの友達だからあ!!」

 

 顔を赤くしてゆんゆんは否定しているが、めぐみんもあまり面白くない様子だ。

 

 「ふーん。ま、べつに? ゆんゆんが誰とお付き合いしようと勝手ですけどね」

 

 「も〜、めぐみん〜!」

 

 コマ兄弟は普通の友達だが、めぐみんのせいで変に意識してしまう。恋人と勘違いされるのは正直悪い気はしないが、まだ出合ったばかりでそれは早すぎる。

 

 (でも、もしかしたらいつかは…)

 

 チラッとコマ兄弟を見て、目が合って思わずカアッと赤くなった。当の本人達、コマじろうは何となく察していたが、コマさんはゆんゆんの気も知らず首を傾げている。

 

 「なあ、あの二人ってコマさんとコマじろうだよな?」

 

 「そうニャン。頭に葉っぱが乗ってるから間違いないニャン」

 

 「へ?そ、そうなんでウィス?」

 

 見た目の面影も残ってるし、何より決定的な証拠が頭にある。ウィスパーはともかく、カズマとジバニャンは正体に気付いていた。

 カズマはコマ兄弟を手招きして、ゆんゆんと出会ったところからの話を聞く。

 

 「なるほど。事情は分かったけど、二人はそれでいいのか?正体を隠して友達のフリをするなんて」

 

 「フリじゃないずら。ゆんゆんとは正真正銘友達ずら」

 

 「おっとそうだな、ごめん。俺が言いたいのは、ずっと正体を隠し続けるのかってことだ」

 

 カズマの問いに、二人は何も言えない。もし、万が一拒絶されたらどうしよう。その一抹の不安が頭の片隅に残り、決心がつかない。そんな兄弟を安心させるよう、その肩にそっと手を置く。

 

 「大丈夫、ゆんゆんを信じろ。俺も出会って間もないけど、友達思いのいい子だってことくらい分かる」

 

 友達を口実にゆんゆんが奢ったり、そのお金を稼ぐためにバイトしたり。友達思い過ぎて不憫なところもあるが、それが彼女の良いところなのだろう。

 だからめぐみんも、何やかんや言いながらゆんゆんのことは目が離せないでいる。

 

 「ね〜めぐみん〜、勝負してよ〜」

 

 「はいはい、分かりましたよ。…はぁ、もう勝負にこだわるほど子供じゃないんですけどね」

 

 「な、何よ。その意味深な言い方」

 

 「だって、私は…」 

 

 めぐみんは頬を染め、カズマの腕を抱きしめる。

 

 「このカズマと一緒にお風呂に入った仲ですからね」

 

 「え、えええええ!?」

 

 「はああああああ!?」

 

 衝撃の事実にゆんゆんは驚いた声を上げるが、同じくらいカズマも驚いている。

 

 「ちょっと待てえ!いつ入った!?お前と風呂に入った覚えなんか無いぞ!」

 

 「何を言ってるんですか。ほら、しわくちゃん騒動の時ですよ」

 

 ・・・

 

 「あれかーーー!!」

 

 周りから若さを吸い取るしわくちゃんを追いかけて、カズマは女湯に突入したことがある。その時、入浴中のめぐみんとアクアと鉢合わせしてしまった。確かに、一緒にお風呂場に入っている。

 

 「ま、嘘はついてませんからね」

 

 「…お前、勝つ為にはほんとに手段を選ばないな」

 

 「め、めぐみんがそこまで進んでいたなんて…」

 

 実際は誤解があるのだが、色々と先を越されていたショックでゆんゆんは凹んでいる。

 

 「悔しいと思うなら、ゆんゆんもその二人とお風呂に入ったらどうですか?」

 

 「え?わ、私が二人と…」

 

 一瞬だけ、その様子を妄想してみる。うぶなゆんゆんにとっては、それだけで赤面ものだった。

 

 「もんげ〜、それはさすがに恥ずかしいずら〜」

 

 「オラたちには、まだ早いズラね…」

 

 コマ兄弟も、女の子と一緒に入るのは恥ずかしいようだ。

 

 「きょ、今日のところは私の負けにしといてあげるずらああああああっ!!」

 

 「語尾が感染(うつ)ってますよ」

 

 ゆんゆんが泣きながら走っていく。その背中を、コマ兄弟が追いかける。めぐみんは手帳を取り出し、今日も勝った証として丸印を付けた。

 

 「ゆんゆん、元気出すずら」

 

 「次はきっと勝てるズラ」

 

 「うぅ…ぐすっ、うん」

 

 「おーい、ちょっと待ってくれー!」

 

 コマ兄弟に慰められて、ゆんゆんはトボトボ歩く。その後ろから、カズマが走って追いついてきた。

 

 「ど、どうしたんですかカズマさん?」

 

 「いや、大した用じゃないんだ。ゆんゆん、ちょっと手を貸して」

 

 「…は、はあ。なんですか?」

 

 カズマはゆんゆんの手を取り、妖怪ウォッチにちょんと触れさせる。

 

 「これは妖怪ウォッチ。これに触ると、妖怪を見ることが出来るんだ」

 

 「よ、妖怪…?」

 

 「説明するより、見た方が早いな」

 

 カズマはコマ兄弟の頭の葉っぱを取る。すると、ボンッ!と煙が二人を包みこんだ。そして、コマ兄弟の本当の姿をゆんゆんは目撃した。

 

 「…ゆんゆん」

 

 「オラたち、実は妖怪だったんズラ…」

 

 風呂敷袋を背負った、白と黄色の狛犬の妖怪。少しオドオドしてる兄弟に、ゆんゆんは一歩、二歩と歩み寄る。

 膝を曲げて両手を広げ、優しく包むようにして抱きしめた。

 

 「かわいい〜〜〜!!もう、それならそうと早く教えてくれたら良かったのに〜!」

 

 「も、もんげ〜…」

 

 「ゆんゆん、いきなり激しいズラ…」

 

 拒絶されたらどうしようなんて、そんなことを悩んでいたのが馬鹿らしくなるくらい気に入られている。愛らしい見た目に、まるで人形を抱いてるみたいなふわふわ感。ゆんゆんはすっかり夢中になっている。

 

 「…コマさん、コマじろうさん。ずっと、一緒にいてくれる?」

 

 「もちろんずら!」

 

 「ず〜っと一緒ズラ!」

 

 人間と妖怪。種族の壁を超えた微笑ましい光景に、思わずカズマも頬が緩む。そして、咳払いをして大事なことを伝える。

 

 「…あー、ゆんゆん。一つ言い忘れたことがある」

 

 「言い忘れたこと?」

 

 「妖怪は基本的には普通の人には見えない。ゆんゆんだって、妖怪ウォッチを触るまでは見えなかっただろう?」

 

 「は、はい。それがどうか……はっ!?」

  

 賢いゆんゆんは、カズマが何を言いたいのか察した。

 

 「そう。周りの人から見たら今のゆんゆんは、激しく独り言を喋ってるイタい子に見えるから、これからは気を付けた方がいいぞ」

 

 ザワザワと周りの人の奇異な視線を感じる。カズマやめぐみん達はもう馴れているが、ゆんゆんは羞恥心で顔から火が出るような思いをしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 「コマさん達って、よくもんげ〜って言うけど、あれはどういう意味なの?」

 「もんげ〜は岡山弁で、物凄いって意味ずら。驚いたときに使うことが多いずらね」
 
 「岡山弁っていうのがよく分かんないけど…」

 「せっかくだからゆんゆんもオラ達と一緒に言ってみるズラ」

 「え!?わ、私はべつに…」

 「「もんげ〜!!」」

 「も、もんげ〜…///」





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ボー坊

 「ダクネスさん、全然帰って来ないでウィスねえ」

 

 「連絡もよこさないし、ちょっと心配だな。いい加減、こっちから迎えに行くか?」

 

 ダクネスは領主のところに居るはずだが、あれから何の音沙汰もない。待っているだけの歯がゆい状況にも限界が来て、カズマ達は全員で領主の屋敷に向かう準備をする。

 

 「そう簡単に入れて貰えるでしょうか」

 

 「門前払いされたら、ウィスパーを見に行かせればいい。壁を通り抜けられるし、誰かに見つかる心配もないからな」

 

 「ウィス!お任せください!」

 

 何もなければいいが、もし酷い目に合っていたら救出しなければならない。もっとも、ダクネスならその場合でも楽しんでる可能性はあるが。

 

 「た、大変だあ!!」

  

 ドアが勢いよく開かれ、誰かが部屋に飛び込んでくる。カズマ達はチラッと視線を移し、そしてすぐに戻した。

 

 「んで、ダクネスが酷い目に合っていたら」

 

 「お、おい!久しぶりの登場なのに無視するな!」

 

 「え? 悪いけど、こっちは忙しいから後に」

 

 「私だ!ダクネスだ!!」

 

 その名を聞いて、カズマ達は入ってきた人物をもう一度よく見る。いつもの鎧姿ではなく、綺麗なドレスに着飾っていたから分からなかったが、紛れもなくダクネス本人だった。

 

 「ダクネス!? 無事だったのか!」

 

 「心配したニャン!」

 

 「…すまない。本当はもっと早く戻って来るつもりだったのだが、色々あって遅れてしまった」

 

 色々。その一言に、カズマ達は察した。

 

 「…お帰りなさいダクネス。まずはお風呂に入って、身も心も癒やしてください」

 

 「…オレっちのチョコボー、半分あげるニャン」

 

 「私の秘蔵のお酒も、ちょっとだけなら飲んでいいわよ…」

 

 「ど、どうしたんだみんな。そんな憐れむような目をして…」

 

 めぐみん達の不自然な優しさに、なんか引っかかる。そしてカズマが涙ぐんだ目をして、ダクネスの肩にそっと手を置いた。

 

 「苦労をかけたな。そっと、泣いてくるといい…」

 

 「…ちょっと待て、何か変な勘違いをしてるだろ!私は何もされてないし、あの領主もそんな度胸はない!」

 

 「…大丈夫、分かってる」

 

 「何一つ分かってなーーーい!!」

 

 カズマの生暖かい目が無性にむかつく。とりあえず、ダクネスは本当に何もされていなかったみたいだ。仲間が酷い目に合わされなくて一安心。なのだが、ダクネスには別の問題が残っていた。

 

 「ところで、何でそんな格好をしてるんだ?」

 

 「…それなんだが、まずはこれを見てくれ」

 

 ダクネスは一枚の絵を取り出す。それには端正な顔立ちの青年が描かれており、まさにイケメンと呼ぶに相応しい男だった。

 

 「これまたイケてるメンズでウィスね」

 

 「こいつがどうかしたのか?」

 

 ビリッ

 

 「な、何をするんだカズマ!」

 

 「おお、これはうっかり」

 

 「カズマくんはイケメンを見るとムカつく習性があるんでウィス」

 

 嫉妬心で無意識に破こうとしたが、それはダクネスのお見合い相手だ。

 

 「お見合い!?ダクネス結婚するのか!?」

 

 「誰が結婚なんかするものか!アルダープめ、小賢しい手を使ってきおって…!」

 

 ダクネスの説明によると、この絵の男はアルダープの息子らしい。父親の評判はともかく、息子の方はダクネスの父が認めるほど器量が良いという。

 お見合いの話がトントン拍子に進み、ついに危機感を感じたダクネスがカズマ達に助けを求めに来たというわけだ。

 

 「…私はまだ身を固める気はないし、冒険者でいたいんだ。頼む!父を説得するのに協力してくれ!」

 

 拝むように合掌してダクネスは懇願する。先程破ってしまった似顔絵をアクアが修復し、カズマはそれを受け取りながら考える。

 

 (…この話を受ければ、ダクネスはパーティから抜けることになる。そうなれば、本来の貴族のお嬢様に戻って幸せな家庭を築くってことか)

 

 あれ?別に悪い話じゃなくね? このまま危ない冒険者家業をやっていくより、平穏に暮らす方が良いに決まってるだろ。

 

 「カズマくん、何を考えてるんでウィス?」

 

 「…ウィスパー、ちょっと耳貸せ」

 

 カズマはウィスパーにコソコソと耳打ちする。ダクネスが嫁に行く。それは攻撃が当たらないドMクルセイダーがいなくなり、その分の枠が一つ空くということだ。

 別にダクネスが嫌いというわけではない。あくまで、ダクネスのことを第一に思ってのことだ。

 

 「…というわけで、表向きはダクネスに協力するフリをしつつ、無事に寿退社させるように仕向けるぞ」

 

 「ウィス〜。あまり気が進みませんが、やってみましょう」

 

 ダクネスには悪いが、カズマは嫁に行かせる気満々だ。作戦としては、見合いをあえて受けさせ、その上で由緒ある家名が傷付かない程度にめちゃくちゃにする。というもの。当然、実際はそうならないようにカズマとウィスパーが裏で色々と仕掛けるわけだが。

 それを聞いたダクネスは、カズマの思惑も知らずに喜んでいた。

 

 「なるほど、それはいい考えだな。成功すれば見合い話になる度に、いちいち父を張っ倒さなくて済む」

 

 愛する娘にボコられる親父さんに、カズマは少し同情する。さっそく全員でダクネスの屋敷に向かうのだが、カズマは一つ不安があった。

 

 (…まずい。めぐみんにまで付いてこられると、俺の作戦がバレる可能性がある)

 

 何だかんだで地頭は良く、勘が働くめぐみんは危険だ。どうにかして誤魔化す方法を考えていると、お馴染み検察官のセナが現れた。

 

 「サトウカズマ!街の近くでモンスターが頻出しているぞ!また何か関係してるのではないのか!」

 

 それに関しては本当に何も知らない、全くの濡れ衣だ。どうやら事あるごとに、魔王軍の関係者かもしれないカズマを疑うことにしているらしい。

 めぐみんが今はそれどころではないと、セナと言い争っている。カズマはこのチャンスを逃さなかった。

 

 「めぐみん! ここはお前の出番だ!」

 

 「え?ど、どうしたんですかカズマ」

 

 「のこのこ現れた命知らずのモンスター共に、最強の爆裂魔法をお見舞いしてやれ!」

 

 「さ、最強…!? ふ、ふはははは! いいでしょう!そこまで言うなら、我が力を見せつけてやります!」

 

 意気揚々と鼻歌を歌いながら、めぐみんは颯爽と歩いていく。

 

 「めぐみんが行くならオレっちも行くニャン!」

 

 ジバニャンも後を付いていき、邪魔者がいなくなってカズマはほくそ笑んだ。

 

 「チョロい」

 

 「カズマくん…」

 

 めぐみんさえいなくなれば、後はアクアだけならどうとでも誤魔化せる。後で精一杯頑張ったけど駄目だったって言えば、めぐみんも諦めがつくだろう。

 カズマ達はダクネスの屋敷に到着し、さっそくダクネスの父親に挨拶する。二人は臨時の執事とメイドということにして、特別に同伴を許可された。

 

 「カズマくん、中々似合ってますよ」

 

 「こういう服初めて着たけど、まあ悪くないな。ていうか、何でウィスパーも執事服に着替えてるんだよ」

 

 「そりゃあーた、私は元々妖怪執事。執事と言えば、当然あたくしの出番でウィス」

 

 「自称のくせに」

 

 「お黙らっしゃい!!」

 

 執事としてダクネスの近くに居れば、たとえ何かやらかしてもサポート出来るから好都合。メイド服に着替えたアクアと合流して、ダクネス父娘と共に相手の男を待つ。

 

 「お前が見合いを受けてくれて嬉しいよ。これでようやく、肩の荷が下りるというもの」

 

 「見合いを受けるとは言いましたが、結婚するとは言ってません。今回の本当の目的は、見合いをぶち壊すこと!」

 

 「な、なに!?」

 

 「もう二度と見合い話を持ち込む輩が出ないよう、滅茶苦茶のグッチャグチャにしてやるー! はーはっはっはっ!!」

 

 「お下品な言葉づかいはお止めを。お嬢様」

 

 父親の前で、とうとう本音をぶちまけたダクネス。しかし、臨時執事であるカズマがそれを諌めた。

 

 「んなっ!?う、裏切る気かカズマ!」

 

 「滅相もありません。臨時執事として、やるべきことをやったまでです」

 

 ダクネスが睨み付けてくるが、カズマは毅然として揺るがない。もう頼れるのはカズマだけだと、ダクネスの父親が期待した目で見てる。

 そして、見合い相手のアレクセイ・バーネス・バルターが登場した。

 

 「よくも現れおったな!ここに来たことを後悔させて…」

 

 「危ないお嬢様!」

 

 ドカッッ!!

 

 「ぶへっ!?」

 

 「お嬢様のお背中に虫が止まっておりました。足蹴にしていなかったら刺されていたことでしょう」

 

 「き、貴様〜!」

 

 ちょっと来いと、ダクネスはカズマの手を引っ張って連れて行く。アクアとウィスパーも後を追いかけ、父親とバルターは先に部屋で待ってもらうことにした。

 

 「話が違うぞ!協力してくれるんじゃなかったのか!?」

 

 「家名を傷付けないってのが前提だろ?」

 

 「ちょっと暴走し過ぎでウィスよ」

 

 「かまうものか!たとえ勘当されても、私はそれを受け入れる!」

 

 それほど覚悟を決めてるとは、いったい何がダクネスをそこまでさせるのだろう。

 

 「勘当された私は行き場もなく、住むところもままならない。時には馬小屋で泊まり、いつ襲ってくるか分からない獣のような男達に囲まれながら過ごすんだ。身も心もボロボロになった状態で無茶なクエストに挑み、最終的に魔王軍に捕まり…そしてッ!!」

 

 ダクネスは乱れた呼吸を一旦落ち着かせ、そして言った。

 

 「…そんな人生を、私は歩みたい」

 

 「とうとうぶっちゃけたでウィス」

 

 恐らく、そんな狂気の願望を抱いているのはこの世にダクネス一人だけであろう。

 

 「だいたい、あの男は私のタイプではない」 

 

 「なんで?見た目も中身もいい人っぽいけど」

 

 「全然駄目だ、貴族というものが全くなってない。何だあの綺麗な瞳は。貴族らしく、もっと下劣な視線を向けれないのか。カズマみたいに」

 

 「べっ別に見てねえし〜!」

 

 急に名指しされて焦るカズマ。確かに風呂上がりのダクネスは色っぽいとは思うが、そこまで変な目はしていかった筈だ。多分。

 

 「滅多なことでは怒ったりしない? 馬鹿者!粗相をしたメイドにお仕置きという名の変態行為をしなくてどうする!それで貴族が務まるか!!」

 

 「貴族を何だと思ってるんだお前は」

 

 どうもある種の偏見を持っている。真面目にやってる貴族が聞いたら怒るだろう。

 

 「じゃあどういう人がタイプなんでウィス?」

 

 「駄目人間」

 

 「え…」

 

 「典型的な駄目人間。働きもせず、毎日昼間っから飲んでるような男。借金背負っててもいい、年がら年中発情してるようなスケベなのも捨てがたい。お金が無くなったら私をやらしい店で働かせて、稼いだ金を無理矢理奪ってギャンブルで散財するような。そんなやつだ」

 

 「…お、おう」

 

 カズマ達も引き過ぎて、ろくに言葉が出てこなかった。これは本気でバルターと結婚させた方がいい。これ以上、取り返しが付かなくなる前に。

 ダクネスとバルターが対面して、先にバルターが挨拶する。礼儀正しく、爽やかな好青年という印象をカズマ達に与えた。

 

 (ふんっ、それがどうした。早く帰りたくなるよう脅かしてやる)

 

 (ダクネスのやつ、また変なことを考えてるな)

 

 ダクネスの考えが読めたカズマは、気付かれぬようにこっそりと妖怪を召喚する。

 

 「私はダスティネス・フォード・ララティーナ。成り上がりの領主の息子でも知っ……」

 

 「どうされました?」

 

 「…コホン、失礼しました。お会いできて光栄です。私も、今日という日を楽しみにしておりました」

 

 「おお、ララティーナ…!!」

 

 先程の見合いをぶち壊してやると言った態度とは打って変わって、優しい笑顔を見せて挨拶を返すダクネス。娘の変化に驚いた父親だが、やっとまともになってくれた嬉しさで涙ぐんでいる。

 

 「いいぞ、ホノボーノ。そのままダクネスに取り憑いてくれ」

 

 「了解ボーノ」

 

 カズマはポカポカ族の妖怪、ホノボーノを召喚していた。取り憑かれると温かい気持ちになり、優しくて穏やかになる。バルターに嫌味を言おうとしたダクネスでさえ、ご覧の有り様だ。

 

 「カズマくん、上手くいきましたね」

 

 「ああ。見合いが終わるまでこの状態で行けば、後はこっちのもんだ。正式に結婚が決まれば、ダクネスも観念す…」

 

 「た、大変ボーノ!」

 

 「どうした!?」

 

 ホノボーノが突然慌てている。どうやらダクネスの見合いをぶち壊したい意思が強過ぎて、ホノボーノの力を弾き返そうとしているらしい。

 

 「あーもう!どこまでも手を焼かせやがって!」

 

 「も、もう駄目ボーノ〜!!」

 

 弾かれたホノボーノは空の彼方へふっ飛ばされた。取り憑いた妖怪を自分の意思で追い出すとは、ダクネス恐るべし。

 

 「はぁはぁ…手強い相手だった。だが、私は勝ったぞ!」

 

 「ど、どうしたのだララティーナ?」

 

 ついさっきまで楽しそうに話していたのに、途端に雰囲気が変わった娘を見て父親は不安になる。

 

 「どうしたも何も、戻ってきたのですよ。見合いをぶち壊し」

 

 「ウィスパー!」

 

 「ウィス!!」

 

 カズマの指示で、ウィスパーがダクネスの頭をハリセンでスパーンッ!と叩いた。

 

 「お嬢様は緊張すると、時折不可思議な言動を取るお茶目な方でして」

 

 「そうなのですか。可愛らしい人ですね」

 

 「そう言って頂けて、お嬢様も大変喜んでおります。ほら、こんなに顔を赤くして。ははは」

 

 (お、覚えてろよ〜!!)

 

 ダクネスが頭を擦りながら涙目で睨んでくるが、カズマとウィスパーは知らんぷりをする。

 

 「ララティーナも緊張しているようだから、ちょっと外の空気を吸ってくるといい。私は席を外すから、後は任せたよ」

 

 ダクネスの父親が退出し、カズマ達も部屋を出て中庭へ移動。

 

 (カズマのやつ、協力するって言ったくせに全然その気がないじゃないか。もう誰も当てにならん。こうなったら自分で見合いをぶち壊してやる)

 

 (そうはさせるか。この見合い、何がなんでも成功させる)

 

 バチバチと視線で熱い火花を散らす二人。見合いを成功させたら、ダクネスの父から報酬が貰えるとあってカズマも必死だ。

 

 「ご趣味は? ララティーナ様」

 

 「ゴブリン刈りを嗜んでおります」

 

 そらミミィー!

 

 「ご、五厘刈りを嗜む…? 頭を丸めるご趣味があるとは意外です」

 

 「え?! い、いや私は…はっ!?」

 

 確かにゴブリン刈りと言った筈だが、何故かバルターは聞き間違いをしている。もしやと思いカズマを見ると、やはり妖怪を召喚していた。

 

 「空耳させる妖怪、そらミミズク。ダクネスの問題発言を空耳させてやったぜ」

 

 「いや、これはこれでどうかと思うわよ」

 

 「おのれカズマ〜!またしても邪魔を〜!」

 

 散々思惑を邪魔され、我慢の限界が来たダクネス。とうとう開き直り、動きやすいように長いスカートをビリビリに破いた。

 

 「こんなこともうやってられるか!バルターとやら、私と勝負しろ!お前がどの程度の男か見極めて…」

 

 「ボーーー」

 

 「ば、バルター…?」

 

 まるで埴輪のように間抜けな表情になり、バルターはボーッと立ち尽くしてる。

 

 「今のバルターに何を言っても無駄だ。ボー坊が取り憑いて、ボーッとさせられているからな」

 

 「くっ、またしても…!」

  

 悔しがってるダクネスの横で、アクアがボー坊を指差して笑っている。

 

 「プークスクス!なにあの妖怪!ソーセージみたいでウケるんですけど〜!」

 

 「あっ馬鹿!!」

 

 「アクアさんなんてことを!」

 

 「へ?」

 

 ソーセージ、ボー坊の前でそれは絶対に言ってならない。もし言ってしまうと…

 

 「今なんつったゴルアアアアアア!!!」

 

 ボー坊がブチ切れるのである。

 

 「おいコラ、今なんつった?」

 

 「な、なによ。妖怪のくせに、女神の私に文句でもあるって言うの? ゴッドブローで昇天させてあげ」

 

 「…座れ」

 

 「え…?」

 

 「す・わ・れ!!」

 

 「は、はい!」

 

 迫力に圧され、アクアは足をたたんで正座する。その後はしばらく、ボー坊にお説教をくらって半泣きになっていた。

 

 「こうなったらカズマ、私と勝負しろ!」

 

 「はあ?なんで俺が」

 

 「バルターはボーッとしてるし、アクアもあの状況で、残るはお前だけだ。裏切ってくれた礼をしないと気が済まん」

 

 「やだよ、面倒くさい」

 

 「ええいこの腑抜けめ!お前には闘争心というものがないのか!所詮お前は、妖怪がいないと何も出来ないのだろう!」

 

 勝負なんかする気はさらさら無かったが、聞き捨てならないセリフにカズマはカチンときた。

 

 「…いいぜ、その喧嘩買ってやるよ」

 

 「おお!?カズマくんがやる気に!」

 

 「来いカズマ!お前とは一度やり合ってみたかったのだ!」

 

 「俺を怒らせたこと、後で後悔しても遅いからな!お前を死ぬほど恥ずかしい目に合わせて、涙を流して俺に許しを請うまで責め続けてやる!!」

 

 「な、何をする気か知らんが…そんな脅しに、屈すると思うにゃよおおおお!!」

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…ちょっと席を外してる間に、いったい何があったのだ?」

 

 ボーッと突っ立っているバルター。正座してオイオイ泣いているアクア。膝に手を付いて、肩で息をしているカズマ。その横にずぶ濡れで倒れている愛娘。中庭に広がるカオスな光景に、ダクネス父はポカーンと口を開けていた。

 結局、お見合いは当然うやむやになって終了。バルターは途中から記憶が無く、ダスティネス家の悪い噂を流すこともなかった。

 

 「あのバルターってやつ、結構いい奴だったよな。遠慮せずに、ダクネスを引き取ってくれたら良かったのに」

 

 「残念だったな。私は意地でもこのパーティにしがみつくぞ」

 

 カズマはため息を吐き、どうせこういうオチになるだろうと思っていた。

 自分達の屋敷に戻り、玄関を開ける。そこには検察官のセナが待ち構えていて、また新たな厄介事を持ってきたのであった。

 

 

 

 

 

 

 



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地獄のお姫様

長らくお待たせしました。以前のようなペースで書けなくなってきた為、これからは多少時間をかけて、一話ごとの容量を増やして投稿しようと思います。


 「姫様ー!どこにおられるのですかー!?」

 

 地獄のとある小国。かげ老師が、城の廊下を忙しなく飛んでいる。この国の姫が突然姿を消し、今慌てて捜索しているところだ。その辺を歩いている鬼共に聞いてみるが、期待した返事はない。

 

 「困った御方じゃ、いったいどちらに行かれたのか」

 

 

 

 

 

 ……………………

 

 

 

 

 

 ここで舞台はアクセルに戻る。カズマ達は、かつて探索したキールのダンジョンに来ていた。ここは前にカズマとアクア、そしてジバニャンやインディ達と共にお宝探しをした場所でもある。色々あったが最終的にはアクアが地面のスイッチを踏んでしまい、中が崩れて瓦礫塗れになった。

 その後は当然誰も入れず、結果的にカズマ達が最後に入ったことになるのだが、どうやらそのダンジョンから謎のモンスターが溢れ出ているらしい。

 それだけならカズマを疑うのは筋違いなのだが、アクアがキールというリッチーを浄化した時の魔力がまだ残っているという。

 ただでさえ疑われて立場が弱いのに、そんな物までセナに見つけられたら面倒だ。その為、カズマは証拠隠滅するべく再びキールのダンジョンにやって来た。

 

 「何だあれ、ダンジョンから変なのが出てる」

 

 ダンジョンの中から、仮面を付けた人形みたいな物体がワラワラと溢れ出ている。どうやらあれが、セナの言う謎のモンスターらしい。

 

 「とりあえず、あれを退治すればいいニャン?」

  

 「いや待て、迂闊に近づくのは危険だ。ここは一旦様子を見よう」

 

 セナがわざわざ報告に来るのだから、ただのモンスターではないだろう。見た目は小さいが、何かしらの能力を秘めているかもしれない。

 

 「カズマくん、ここはあたくしにお任せを」

 

 ウィスパーが、ここぞとばかりに格好つけて前に出てくる。

 

 「こんな雑魚モンスターごとき、あたしがねじ伏せてやるでウィス」

 

 「弱そうな相手には強気ニャンね」

 

 「まあ待てって。ここは落ち着いて作戦を」

 

 「は〜ん?カズマくんビビってるんですか〜?こ〜んな小さくてしょぼいモンスターに、あたしがやられるわけ…」

 

 

 ドーーーーーーン!!!

 

 

 謎のモンスターがウィスパーに触れた瞬間、大きな音を立てて爆発した。

 

 「あーあ、だから言ったのに」

 

 「アホニャン」

 

 「ウ、ウィス〜…」

 

 どうやらこのモンスターは触れると爆発するようだ。下手に刺激せず、慎重に行動した方がいい。カズマがそう考えていた時、別のところからまた大きな爆発音が聞こえた。

 

 「ダクネス!? 大丈夫か!」

 

 「問題ない。この程度の爆発、めぐみんの爆裂魔法に比べればどうってことないな」

 

 流石頑強ドMクルセイダー、こういう時は頼りになる。ダクネスを露払いのため盾にして進むことにして、問題はダンジョンに入るメンバーだ。

 

 「カズマ、私は前と同じようにお留守番してますね」

 

 「じゃあ今回はオレっちもここに残るニャン」

 

 「わ、私も残るわよ!ダンジョンはもう嫌…ダンジョンはもう嫌…ダンジョンはもう」

 

 めぐみんとジバニャンが抜け、さらにはダンジョンにトラウマを持っているアクアもイチ抜けした。

 

 「一気に3人も抜けちゃいましたね」

 

 「たくっ、しょうがないなあ。まともな戦力が俺とダクネスだけじゃ不安だし、友達妖怪に来てもらうか」

 

 「あたしは戦力に数えられてないんでウィスね」

 

 ポケットを漁り、ジャラジャラと複数のメダルを取り出す。頼りになると言ったら、やっぱりブシニャンか? いや、オロチやキュウビも捨てがたい。

 

 「カズマくん、誰を呼ぶんでウィス?」

 

 「うーん、たまには違う妖怪を召喚したいよなあ。最近あまり召喚してない妖怪は…あ」

 

 数あるメダルの中から、カズマの目に留まった1枚のメダル。それには黒い着物を纏った少女の絵が描かれていた。

 

 「よーし。俺の友達、出てこい百鬼姫!妖怪メダル、セット」

 

 「呼んだか、引きニート」

 

 「おおおおっ!?ひゃ、百鬼姫!? いや、これから呼ぶつもりだったけど…」

 

 「呼ばれる前に来たでウィス」

 

 まさかの召喚直前に現れた百鬼姫。見た目はふぶき姫と似ているが、こちらは黒い着物を着ていて、しかも口が悪い。闇の妖術をマスターしたS級妖怪である。

 

 「百鬼姫は、どうしてここに?」

 

 「たまたまこの近くを通りがかっただけじゃ。勘違いするでないぞ。別にカズ…引きニートの顔を久しぶりに見たくなったとか、そういうのではないからの」

 

 「そ、そうなんだ…」

 

 「あら〜、これまた典型的なセリフでウィスねえ。今どきツンデレとか流行らないでウィスよ」

 

 「黙れ、失敗したゆで卵野郎」

 

 「し、失敗したゆで卵野郎…!?」

 

 百鬼姫の毒舌の切れ味は日本刀より鋭い。見事にウィスパーのメンタルを一刀両断にした。

 

 「カズマー、その子だれ〜?」

 

 「ふぶき姫とそっくりですが、双子の姉妹ですか?」

 

 「百鬼姫だよ。ふぶき姫と似ているけど、別に姉妹ってわけじゃない。百鬼姫、こいつらが俺のパーティ仲間のアクアとめぐみん」

 

 「うむ、苦しゅうないぞ。偽女神」

 

 「だ、だれが偽女神よ!?失礼な子ね!」

 

 さっそくアクアに百鬼姫の毒舌が炸裂する。たとえ初対面でも容赦はしない。そして次に、チラッとめぐみんの方を見る。

 

 「ふふん、さあかかってきなさい。私は大人ですからね。たとえ何を言われても、冷静に受け止めてあげますよ」

 

 「そうか、まな板小娘」

 

 「あっはっはっはっ!面白いことを言いますねえ! …黒より黒く闇より暗き漆黒に」

 

 「待て待てめぐみん!全っ然受け止められてないぞ!!」

 

 爆裂魔法を放とうとするめぐみんを、カズマは必死に羽交い締めで抑える。百鬼姫相手にこんなことで怒っていては、たとえ爆裂魔法を一日に何度も撃てても足りはしない。

 

 (私は?私は!?)

 

 流れ的に次は自分の番。息の荒いダクネスが頬を染めて、どんな酷いあだ名を付けられるか期待した目で百鬼姫に熱い視線を送っている。

 

 「カズ…引きニート、私は腹ペコじゃ。お茶菓子を所望する」

 

 (ガーン!私は無視!? いや、それはそれで…イイッ!!)

 

 何故かダクネスだけ無視されたが、真正のドMはこれすらもご褒美だ。

 

 「今は持ってないよ。後でメロンパン買ってやるから、ダンジョン調査に協力してくれるか? あと、もう引きニートじゃないからそのあだ名はやめて欲しいんだが」

   

 「仕方ないのう。では元引きニートでどうじゃ?」

 

 「それもちょっと…」

 

 「胸元が靴紐みたいな服着てる男〜、なんてのはどうでウィス?」

 

 「「黙れ、真っ白クソ野郎」」

 

 「ま、真っ白クソ野郎…!?」

 

 息ぴったりにウィスパーをディスるカズマと百鬼姫。結局カズマのあだ名は、緑マントというとこで妥協した。

 

 「出発前に、こちらの札を持って行ってください。強力な魔力が込められたお札で、これがあればどんな魔法陣も無力化することが出来ます」

 

 セナから札を受け取り、カズマ達はダンジョンに入っていく。

 

 「当たる!私の攻撃が当たるぞー!どんどんかかって来ーい!!」

 

 先頭のダクネスが景気よく仮面人形を破壊しながら進んでいく。ところどころに石の破片が転がってるが、瓦礫で埋もれていたダンジョンはすっかり人が入れるようになっていた。

 

 「ダクネスさんのおかげでサクサク進みますね〜」

 

 「この調子なら、意外と早く片が付きそうだな。セナに怪しまれる前に、さっさと魔法陣を消さないと」

 

 「む、止まるのじゃ。皆の者」

 

 次の角を曲がれば魔法陣があるキールの部屋。というところで、百鬼姫がカズマ達の足を止めた。

 

 「どうしたんだよ百鬼姫」

 

 「あれを見るのじゃ」

 

 そ〜っと向こう側を覗いて見ると、いかにも怪しげな風貌の人物がいた。自分と同じ仮面を付けている人形を作っているところを見ると、この者がモンスターを出現させていたに違いない。

 

 「あいつだな」

 

 「どうするカズマ。攻撃してもいいか?」

 

 「全員で飛びかかれば行けるでウィス」

 

 「そ、そうだな。よーし、じゃあ行く…」

 

 「そこに隠れている者共。コソコソしてないでさっさと出てこい」

 

 気配を読まれたのか、あっさりと隠れていたことがバレてしまった。カズマ達は仕方なく、物陰から姿を現す。

 

 「これはこれは、変わったパーティもいるものだ」

 

 仮面の人物は人形を作っていた手を止め、スッと立ち上がった。

 

 「ようこそ、我がダンジョンへ!我輩は地獄の公爵であり、全てを見通す大悪魔。魔王軍幹部…バニルである」

 

 「ま、魔王軍のくゎん部でウィス!?」

 

 「ヤバい!ここは逃げるぞ!おいダクネス!!」

 

 「ふんっ。バニルだかバニラだか何だか知らんが、女神エリスに仕える者が逃げるものか!」

 

 まさかこんなところで魔王軍幹部と遭遇するとは。カズマとウィスパーはこの場から一刻も早く立ち去りたいが、ダクネスは剣を構えて逃げようとしない。

 

 「まあ待て、我輩はお前達と事を構える気はない。確かに我輩は魔王軍幹部であるが、結界を維持してるだけのなんちゃって幹部だ。無闇矢鱈に人間に危害を加えたりせぬ」

 

 バニルは人の悪感情を食す悪魔。ゆえに、その悪感情を生む人間を殺すことはしない。

 

 「なるほど、お前達が普通にここまで来れたということは、ダンジョン内の瓦礫はあらかた片付いたということか。そうかそうか、それは良かった。主のいないダンジョンを見つけたは良いものの、何故か瓦礫に埋もれてて難儀してたのでな。人形共を作り、掃除していのだ」

 

 「また手間のかかることを。目的はなんだ」

 

 「聞きたいか? そこの娘が連絡もなく留守にしていた時、心配で心配で堪らなく部屋をウロウロしていた男よ」

 

 「はあ!?」

 

 「そ、そうだったのか。なんかすまないな」

 

 「ち、ちげーし!そんなことしてねーし!」

 

 まるで見てきたかのように的確に当てられ、カズマは動揺する。

 

 「我輩には破滅願望があってな。必死に我輩を倒した冒険者達が、やっとの思いで宝箱を開けるのだ。金銀財宝を期待したが、中身はスカと書かれた紙一枚。それを見て落胆する冒険者の悪感情を食して滅ぶのが夢なのだ」

 

 「うわ〜、なんとも悪趣味でウィス」

 

 「やはりこいつはここで倒しておくべきだ」

 

 「まあまあそう焦るな。いつかその男に、バッキバキに割れた腹筋を見られたらどうしようと心配している娘よ」

 

 「ば、バッキバキになど割れてない!デタラメを言うなあ!!」

 

 これが全てを見通す大悪魔の能力か。流石は魔王軍幹部、今回も一筋縄ではいかないみたいだ。

 

 「か、カズマくん。とりあえず戦う気はないようでウィスし、ここは大人しく魔法陣だけ消してさっさと帰りましょうよ」

 

 「む、なんだ?この奥の厄介な魔法陣はお前達の仕業か? 前にパーティメンバー全員で屋敷で寛いでいた時、おなら騒動が起きて自分が犯人にも関わらず、そこの男のせいにしたホニョホニョよ」

 

 「ギックウ!?ちょ、ちょっとあーた!なにバラしちゃってんでウィスか!!か、カズマくん。あいつの言うことは全部噓、噓でウィスから…」

 

 「やっぱりお前かああああああ!!」

 

 「ぎゃああああ!お許しをおおお!!」

 

 やってもないおならの罪を被されたことを知ったカズマは、ウィスパーにお仕置きの雑巾絞りの刑に処した。

 

 「ふむふむ、なるほど。お前達の仲間のプリーストの仕業か。まったく、はた迷惑なことをしてくれたもんだ。我輩が直々に…手を下すとしよう」

 

 バニルから恐ろしい殺気を感じ、カズマ達は冷や汗を流す。人間には手を出さない主義だが、それはあくまで人間に対してのみ。恐らく、アクアの正体を見破っている。魔王軍幹部の本性を垣間見て、是が非でもここを通すわけにはいかない。

 

 「くそっ!こうなったらやるしかないか!」

 

 「やめておけ。お前達の腕では、我輩に勝つことなど…」

 

 「な、なんだ?」

 

 バニルの視線が、カズマの隣に移動する。そこには、先程から状況を静観していた百鬼姫の姿があった。

 

 「これはこれは姫様、随分とお久しぶりで。お元気そうで何より」

 

 「お前もな、顔の上半分仮面野郎」

 

 「姫のおディスりも相変わらずなご様子」

 

 「え!?知り合い!?」

 

 百鬼姫とバニルが実は顔見知りということを知り、カズマは驚きを隠せない。

 バニルは地獄の公爵、そして百鬼姫は地獄の小国のお姫様。過去にバニルが百鬼姫の城を観光に来た際、たまたま城の庭を散歩していた百鬼姫と出合ったのが始まり。それからは度々手土産を持って訪れるようになり、百鬼姫も暇な時の遊び相手にしていたというわけだ。

 

 「おい仮面、今はお前と遊んでる暇はない。早く用事を済ませて、このカズ…緑マントにメロンパンを買ってもらうのじゃ」

 

 「ほほう、その男に。ふ〜む…」

 

 バニルは腕を組み、何かを考えてる。そして、口角を上げて悪魔らしい笑みを浮かべた。

 

 「はははっ!そうか、そういうことか!」

 

 「な、なんだ?急に笑い出したぞ」

   

 「おい仮面、気でも狂ったか?」

 

 「いえいえ、我輩は至って正常ですとも。そこの男に並々ならぬ恋心を抱いてる姫よ」

 

 「んなっ!?」

 

 とんでもない事を暴露され、真っ赤になった百鬼姫に皆の視線が集まる。

 

 「おい貴様!ふざけたことを言うでない!」

 

 「ふざけてなどおりません。感情を無くしたなどと言いつつ、実は気遣って貰いたくて、わざとそういう設定にしている姫よ」

 

 「ち、違うのじゃカズマ!ああいや緑マント!こ、ここれは…!!」

 

 「まあ、それは薄々気付いていたけど」

 

 百鬼姫との付き合いはそこそこ長い。彼女が感情を無くしたらしいというのは知っていたが、甘いお菓子を食べた時はとびきりのいい笑顔になるなど、普通に感情を表していたこともある。

 

 「さあ、そこを退いてくれますかな? 本当は名前で呼びたいのに、タイミングをすっかり見失ってあだ名で呼んでしまっている姫よ!!」

 

 「あああああああああ!!!」

 

 百鬼姫が赤くなった顔を両手で覆ってしゃがみ込んでいる。能力はバクロ婆と似ているが、バニルは悪感情を食すために手当たり次第に暴露するから余計にたちが悪い。

 

 「な、長年隠してきた私の秘密がぁ…」

 

 「へー、百鬼姫さんも結構可愛いところあるんでウィスね〜」

 

 「黙れ、真っ白クソゴミウンコ野郎」

 

 「し、辛辣ゥッ!!」

 

 名前で呼びたいのはカズマだけで、他の者、特にウィスパーは心底どうでもいいと思っている。

 

 「さあ姫よ、これ以上暴露されたくなかったら、大人しくそこを…っ!?」

 

 百鬼姫から鋭い妖術の攻撃が飛ばされ、バニルは体を仰け反ってギリギリで回避した。

 

 「…もう許さん。お前はここで、私が退治してやるのじゃ!!」

 

 「フハハハ!面白い!受けて立ちましょう!」

 

 百鬼姫とバニル、地獄の姫と公爵が激しい攻防の火花を散らす。

 

 「なんだか凄いことになったな。カズマ、私達も百鬼姫に加勢しよう」

 

 「待てダクネス、あの二人の間に入るのは危険だ。俺達はとりあえず、アクアが作った魔法陣を消すぞ」

 

 バニルの相手を百鬼姫に任せ、カズマは当初の目的を遂行する。

 

 「ときめき百鬼夜行!」

 

 「バニル式殺人光線ー!」

 

 二人の戦線をコソコソと通り過ぎ、カズマ達はキールの部屋に入って魔法陣をゴシゴシと消していった。

 

 「どこじゃ!どこに隠れたのじゃ!」

 

 「やれやれ、少し煽り過ぎたか。姫をまともに相手するのは流石に骨が折れる」

 

 上空を飛んでる百鬼姫を物陰でやり過ごし、どうしたものかとバニルは考える。

 このまま戦っていても埒があかない。ダンジョン制作もまだ途中だし、何より魔王からの任務がまだ残っている。これ以上時間を割くわけにはいかない。ここでバニルは、一計を講じた。

 

 「百鬼姫!無事か?」

 

 「カズマ!あ、いや…緑マント」

 

 「これからはカズマでいいよ。それよりあいつは?もう倒したのか?」

 

 「ま、まだじゃ。どこかに隠れて、この近くにいるはずなんじゃが…」

 

 辺りを見回すカズマ達。いつどこから飛び出して来るか分からない。異様な緊迫感に包まれながら探していると、ダクネスが何かを発見する。

 

 「皆、あれを見ろ」

 

 ダクネスの指差す先には、黒いタキシードの裾が物陰からほんの少し見えていた。

 カズマ達は顔を見合わせ、静かに接近する。そして、ダクネスが剣を大きく振り被って斬りかかった。

 

 「たあああっ!!」

 

 「やったでウィス!?」

 

 「バカッ!そんなフラグになるようなセリフを言うな!」

 

 倒した姿を確認せずに、やったか!?などのセリフは言うべきではない。そして、カズマの悪い予感は的中することになる。

 

 「こ、これは…」

 

 そこにバニルの姿はなく、ただ土の山と殻のタキシードが脱ぎ捨ててあるだけだった。

 

 「いったい、どこに…」

 

 「フハハハ!愚か者め!」

 

 呆然とするカズマの後ろから聞こえるバニルの声。気付いた時には既に遅く、カズマは飛んできた仮面の敵襲を受けた。

 

 「カズマ!?」

 

 「カズマくん!?」

 

 「くそっ!バニルの仕業か!」

 

 バニルの仮面を付け、カズマは何も言わず俯いている。やがて肩が震えだし、大きく高笑いする。その口から発する声は無情にも、バニルのものだった。

 

 「残念だったな!この小僧の体は我輩が乗っ取った!」

 

 「か、カズマくんが乗っ取られたでウィス!」

 

 「おのれっ!カズマから離れるのじゃ!」

 

 百鬼姫が妖力で仮面を引き剥がそうとするが、それは悪手だった。

 

 「ぐおおっ!?や、やめた方が賢明ですぞ姫。無理に剥がせば、この小僧の精神は崩壊すること間違いなし!」

 

 「くっ!?」

 

 ダクネスも、百鬼姫でさえ何も出来ない。歯がゆいこの状況を見ているしかなかった。

 

 「さて、我輩はお前達の仲間のプリーストをシメに行くとしよう。お前達はせいぜい指を咥えて眺めてるがいい!!」

 

 「待つのじゃ!」

 

 「二人とも、追うぞ!」

 

 「ウィスー!」

 

 カズマの体を借りて、バニルはダンジョンの外に駆け出す。ダクネス達も当然後を追った。

 

 「ハハッ!この姿でいきなり現れれば、油断して何も出来まい!キツイの一発お見舞いしてくれるわー!!」

 

 目前に迫る外の光。バニルは声高々に、ダンジョンから飛び出した。

 

 「どこだああああ!忌々しいプリース」

 

 「セイクリッドエクソシズム!!」

  

 「ぎゃああああああああ!?」

 

 ダンジョンから出た途端に、アクアから強烈な魔法を浴びせられた。

 

 「あれ?カズマ?」

 

 「アクア、カズマに魔法を撃ってどうするんです」

 

 「人間には無害だから大丈夫よ。でもおかしいわね、確かに邪悪な気配がしたのに」

 

 「そのカズマは魔王軍幹部のバニルに操られているんだ!」

 

 「ダクネス!」

 

 魔王軍幹部のバニル。その名を聞いて、セナや他の集まっていた冒険者達がざわめいた。

 

 「ぐっ、くく…いきなり浄化魔法をぶっ放すとは。だからアクシズ教は嫌いなんだ」

 

 「しぶとい奴ね。さっさと浄化されなさい!」

 

 「そう何度も喰らうか!」

 

 アクアが魔法を続けて放つが、カズマの体を操ってるバニルには掠りもしない。身体能力を限界まで引き上げているのだ。

 

 「ええいカズマ!目を覚ませ!」

 

 「元に戻るのじゃカズマぁ!」

 

 「ハッ!攻撃出来るものならやるがいい!小僧の体が傷付くだけだ!」

 

 ダクネスと百鬼姫が取り押さえようと頑張ってるが、カズマの体を気にして思うように行かない。このままバニルのいいようにやられるだけなのか。皆がそう思い始めた時、アクアが声を上げた。

 

 「ちょっとカズマ〜!そんな寄生虫にいつまで操られてんのよー!いつも私に偉そうなこと言ってるくせに、バーカバーカ!バカズマー!!」

 

 「ふっ、何を言うかと思えば。そんなことで我輩の支配を」

 

 「どぅわあ〜れがバカズマだこの駄女神がああああああ!!!」

 

 「な、なに!?」

 

 アクアの声でカズマの意識が戻り、バニルを驚愕させる。これがアクアの計算なのか分からないが、カズマの意識を取り戻すことに成功した。

 

 「わ、我輩の支配に耐えるとは…」

 

 「こっちはなあ、子供の頃から沢山の妖怪に取り憑かれてきたんだ!魔王軍の幹部だか昆布だか知らんけど、簡単に体を許すほど…ヤワじゃないんだよおおお!!」

 

 長年の経験で、取り憑きに対する耐性が出来ていたカズマ。体はまだバニルが乗っ取ったままだが、想定外の出来事にバニルも慌てている。

 

 「仕方ない、こうなれば別の者に…」

 

 「させるか!」

 

 バシッ!!

 

 「き、貴様!これは!?」

 

 「強力な封印の札だ!これでお前も逃げられないぜ!」

 

 「ば、馬鹿な!今こうしてる間にも、お前の体には激痛が走っているのだぞ!」

 

 「痛でででで!そ、そうみたいだな…あだだだだ!?」

 

 バニルの支配に抗うのは容易ではない。油断すればすぐにも気絶しそうな苦痛だが、カズマは必死に耐えていた。

 

 「アクア!俺が抑えてる内に、こいつを浄化しろ!」

 

 「わ、分かったわ!もうちょっとだけ頑張りなさい!」

 

 「ま、待て小僧!本当にいいのか!?プリーストの魔法が届く前に、お前を激痛でショック死させることだって出来るのだぞ!」

 

 「…いいや、お前は絶対にそんなことはしない。そうだろ?」

 

 「き、貴様…」

 

 「やれ!アクアーーーー!!!」

 

 「セイクリッド・ハイネス・エクソシズム!!」

 

 アクアが渾身の力を込めた浄化魔法は、カズマ及びバニルを包み込む。もはや逃げられないと悟ったバニル。破滅願望が思わぬ形で叶うことになったが、これはこれで有りかもしれない。そう、受け入れたのであった。

 

 

 

 

 

 

 …………………

 

 

 

 

 

 

 後日カズマは、ギルドで褒美を受けた。魔王軍と関係していると思われていた者が、自らの危険を省みず幹部討伐に貢献したのだ。当然疑いは見事に晴れ、デストロイヤーの件も含めて借金は帳消し。加えて、4000万エリスを報奨として受け取った。

 

 「やりましたねカズマくん!」

 

 「お手柄ニャンー!」

 

 「ああ!これで俺は…自由だあああああ!!」

 

 グラサンをかけて右拳を高く突き上げるカズマ。自由の翼を得た喜びを全身で表現している。

 

 「よくやったのうカズマ!あっぱれじゃ!」

 

 バニルに感情のことをバラされた百鬼姫だったが、今やすっかり開き直ってカズマの右腕にぎゅう〜っと抱き着いている。

 

 「…ちょっと、引っ付き過ぎじゃありませんか?」

 

 めぐみんが面白くなさそうに、丸いほっぺたを膨らませている。

 

 「なんじゃ、妬いておるのか? ぺったんこ」

 

 「ムカッ。カズマ、この失礼姫に爆裂魔法をかましてもいいですか?」

 

 「ま、まあ落ち着け。こう見えて悪気はないということも、ないかもしれないかもしれないだろ?」

 

 「何を言ってんでウィスか」

 

 百鬼姫は妖怪だが、可愛い女の子に好かれるのは悪い気はしないのであまり強く言えない。

 

 「それより、百鬼姫はよかったのか?あのバニルってやつ、知り合いだったんだろ?仕方ないとはいえ、倒しちゃったわけだし」

 

 「ふむ、そのことか。なに、気にすることは無いのじゃ。どうせ…」

 

 「姫様〜!!」

 

 遠くから百鬼姫を呼ぶ声が聞こえる。ギルドの壁をすり抜けて現れたのは、百鬼姫のお付きのかげ老師だった。

 

 「なんじゃ、髭もじゃか」

 

 「なんじゃではありません!心配したのですぞ!」

 

 「分かっておる。すまぬなカズマ、私はここで帰らねばならんのじゃ」

 

 「ああ、今回はありがとうな。またよろしく頼むよ」

 

 「必ずまた呼ぶのじゃぞ!」

 

 手を振って笑顔で帰っていく百鬼姫。無感情を装ってた頃に比べると、かなり親しみ易くなったと言えるだろう。

 

 「あ、いたいた。カズマさ〜ん」

 

 「よおウィズ」

 

 「聞きましたよ、バニルさんを倒したんですって? 凄いですね」

 

 そっか、ウィズはバニルと同じ魔王軍幹部だったっけ。同僚がやられたわけだし、気にしてないといいけど。

 

 「カズマさん、ちょっと店に来て貰いませんか?合わせたい方がいるので」

 

 合わせたい方とは、いったい誰のことだろう。ウィズに連れられるがまま、カズマは店に到着する。

 

 (思えば、バニルもそこまで悪いやつじゃなかったな。あいつの人を殺さない主義を利用して、上手くいったから良かったけど、非道なやつだったらやられてた)

  

 心を読まれてからかわれたりするが、魔王軍幹部という肩書が似合わないやつだった。もし違う形で出会えていたら…そう考えても仕方ない。カズマは、店のドアを開けた。

 

 「へいらっしゃい!存分に店内を見て回るが良い!!」

  

 「思いっきり生きとる」

 

 店に入った途端、生きていたバニルがご機嫌な挨拶を交わす。しかしこいつ、アクアの浄化魔法を受けたのではなかったのか。

 

 「フハハ、悪魔が浄化されるなんて御免なのでな。直前に我輩自ら消滅してやったのだ。おかげで、ほれ。残基が減って二代目だ」

 

 仮面に刻まれたⅡの文字を見せてくる。この復活したバニルは魔王軍幹部ではなくなり、まったくの無害だから大丈夫だとウィズは言う。

 

 「我輩は元々幹部を辞める機会を伺っていたからな。結果的に良い方向に転がったということだ」

 

 「はあ…まったく、相変わらず食えないやつだな」

 

 「まあそう言うな。図らずとも、辞める機会をくれた礼だ。一つ忠告、とまではいかないが、言っておくことがある」

   

 「なんだよ」

 

 「…精々、今を存分に楽しめ」

 

 さっきまでの人を食ったような態度は消え、意味深なことを言うバニル。

  

 「はあ? それってどういう…」

 

 「以上!我輩は業務に戻る!」

 

 「あっ、おい!」

 

 気になることだけ言って、バニルはカズマから離れていく。今を楽しめとは、どういう意味なのか。

 

 「カズマくーん!早く戻ってきて下さいよー!」

 

 「みんな盛り上がってるニャンよー!」

 

 「ああ、今いくよ」

 

 バニルの言ったことが気になるものの、カズマはウィスパーとジバニャンと一緒にギルドに戻って宴会を楽しんだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今日の妖怪大辞典!

 「カズマくん、今日の妖怪は?」

 「百鬼姫!」

 「カズマ!また来たのじゃ!」

 「地獄の小国のお姫様。最近は表情豊かになったものの、やっぱりカズマくん以外はあだ名で呼んでるようでウィス」

 「他の皆はなんて呼んでるんだ? たとえば、ウィズ」

 「片目巨乳」
 
 「セナ」

 「メガネ巨乳」

 「受付嬢のルナ」

 「リボン巨乳」

 「巨乳ばっかでウィスね」

 「じゃあ、最後にめぐみん」

 「地平線」

 「穿て!エクスプロー」

 「に、逃げろー!!」

 「今日はここまででウィス!!」
  
 


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ジバニャンサンタのクリスマスプレゼント

お待たせしました。今回はタイトル通りクリスマス回です。今回が今まで一番文字数多いので、スペシャル版みたいなものだと思ってください。


 「結構積もって来たでウィスね〜」   

  

 「そうだな〜、こんな日はコタツでゆっくりしてるに限る」

 

 季節はすっかり冬本番。借金が消え、死刑に怯える必要も無くなり、それどころか4000万という大金も得た。ようやく心に余裕ができて、今はバニルとの共同で開発したコタツに入り、身も心も温めているところだ。

 

 「カズマ、いくら冬でもこんなにダラダラしてていいのですか?」

 

 「いいんだよ、どうせ殆どのモンスターは冬眠してるんだ。俺達冒険者だって、冬の間くらいは休まなきゃな」

 

 「それはそうですが」

 

 「それに、昨日はふぶき姫主催の雪合戦大会をやったばかりだぞ。筋肉痛で動けないって」

 

 冬はふぶき姫の季節とも言える。突然屋敷にやって来て、皆で雪合戦をやろうと言い出した。正直カズマも寒いから雪合戦はしたくなかったが、断ると後が怖いから仕方なく参加した。ジバニャンやアクア、道連れに召喚したあつガルル等の熱い系妖怪達は嫌がったが、カズマが無理矢理に参加を強行。

 ふぶき姫の散弾銃ばりの雪玉の嵐を、興奮したダクネスがその身で受け止め、めぐみんが爆裂魔法を使って危うく屋敷ごと破壊しかける。 

 最初は乗り気じゃなかったカズマだが、何やかんやで盛り上がり、最終的に雪合戦大会は大盛況の内に幕を閉じたのだった。

 

 「つーわけで、今日はお休み。春になるまで冒険者家業は一旦お預けだ」

 

 「そうそう、カズマの言う通りよ。春に向けて英気を養わなきゃ。あ、そこのミカン取って」

 

 アクアもコタツに入り、カズマと同じようにだらけている。

 

 「ダクネス、いいのですか?」

 

 「まあ、冬の間は大目に見てやろう。雪が溶けて春になれば、この二人も動き出す筈だ」

 

 その考えは甘かったと、ダクネスは後で後悔することになるのである。

 

 「やっぱりコタツはいいニャンね〜。猫は(たま)食って丸くなるニャン」

  

 「ニャ〜♪」

 

 猫はコタツが大好き。ジバニャンとちょむすけも、コタツの上で一緒に丸くなっている。

  

 「そういえば、向こうではそろそろクリスマスじゃないか?」

 

 「そうでウィスねえ。またサンタさんが忙しくなる日がやって来たでウィス」

 

 「何ですか?その、サンタとかクリスマスというのは」

 

 「聞き慣れない言葉だな」

  

 「そっか、めぐみんとダクネスは知らないのか」 

 

 めぐみんとダクネスはこっちの世界の住人。別世界の異教徒の生誕祭など、当然聞いたこともない。カズマが二人に分かりやすく説明してやる。

 

 「俺がいた世界…ああいや、故郷のお祭りだ。美味しい料理を食べたり、プレゼントを交換したりするんだ」

 

 「ほほう…!そんな楽しそうなイベントがあるんですね!」

 

 「それだけじゃないわ。赤い服を着たサンタっておじさんが、真夜中に煙突からやって来るの」

 

 「泥棒か?」

 

 「いいえ、皆にプレゼントを配りに来るおじさんよ。良い子のところに現れるわ」

 

 一年間、良い子にしていた子供のところに現れるサンタさん。その不思議でメルヘンチックな存在に、めぐみんとダクネスは想像を膨らませている。

 

 「子供達にプレゼントを配って回るのか。とても夢のある素晴らしい仕事だな」

 

 「いいですねえ、カズマの故郷は。私はあまり裕福な家庭じゃなかったので、もしサンタさんがいたら、美味しい食べ物を妹に食べさせてあげたかったです」

 

 めぐみんは小さい妹の面倒をずっと見てきて、食料の調達も全部自分がやってきた。子供達にプレゼントを配る存在がいるなら、一年に一度くらい妹に豪華な食事を食べさせてやりたい。

 いつも近くの川で取ったザリガニや、こっそり強奪してきたパンの耳ばかりじゃ可哀想だから。

 

 「ふわぁ〜…眠いので私はそろそろ寝ますね。ジバニャン、ちょむすけ。行きますよ」

 

 「ニャ〜ン」

 

 「オレっちはもうちょっとコタツでゆっくりしてるニャン」

 

 めぐみんがちょむすけを連れて部屋に戻り、ダクネスも自室に移動する。

 

 「ほらほらカズマくん、アクアさんも。そろそろ部屋に戻る時間でウィスよ」

 

 「アクア、言われてるぞ」

  

 「カズマさんこそ、部屋に戻っていいわよ」

 

 カズマとアクアはコタツに入ったまま動こうとせず、首まですっぽりと中に入れている。

 

 「んもう、コタツで寝たら風邪引きますよ!」

 

 「へー」

 

 「ふーん」

 

 駄目だ、まったく聞く耳を持たない。意地でもコタツから出ない気だ。変なところで似た者同士な二人に、ウィスパーは呆れてため息を吐く。

 

 「あーた達はまったく……ウィス?」

 

 「なんだ?」

 

 「ニャ?」

 

 「なによこの音」

 

 突如鳴り響く鈴の音。何事かと不審に思うカズマ達だったが、よく聞くとクリスマスの時期にかかるジングルベルのメロディではないか。

 

 「何か落ちて来たニャン」

 

 ジバニャンの頭上に異次元の空間が開き、そこから手紙がひらひらと舞い降りてくる。

 

 「ジバニャン、それは?」

 

 「手紙ニャン。差出人は…さ、サンタさんニャン!?」

 

 サンタさんからの手紙。カズマとアクアもこの時はコタツから出て、ジバニャンが持ってる手紙を覗き込む。

 

 「サンタ委任状って書いてあるわよ」

 

 「どういうことニャン?」

 

 「カズマくん、とりあえず読んでみるでウィス」

  

 「あ、ああ」

 

 ジバニャンへ、サンタクロースより。君達が異世界に行ったことは、儂も当然聞き及んでいる。本来ならサンタとして、そちらの子供達にもプレゼントを配らなければならないのだが、流石に2つの世界にプレゼントを配って回るのは不可能じゃ。

 

 「サンタさんも死ぬほど忙しいですからね〜。なにせ世界中の子供達にプレゼントを配るんでウィスから」

 

 そこでじゃ、そっちの子供達へのプレゼント配りは…ジバニャン、君にやって貰いたい。

 

 「オレっちニャン!?」

 

 「また急なお話でウィスね」

 

 「でも、何でジバニャンが選ばれたんだ?」

 

 「厳正な抽選の結果、選ばれたって書いてあるわ」

 

 厳正な抽選は、運命のルーレットによって決められる。サンタさんが狙いを定め、その結果見事、ジバニャンが偶然にも選ばれたというわけだ。

 ちなみにそのルーレット、ジバニャンの的だけが異様にデカいルーレットだったりする。

 

 「全然厳正じゃねえ!」

 

 「オレっちだけ何でデカいニャン!?」

 

 ということでジバニャン、そっちのクリスマスは任せたぞ。子供達が喜ぶクリスマスになるのも、失敗して全てが台無しのクリスマスになるのも君次第じゃ。

 

 「凄えプレッシャーかけてきたな」

 

 「ええ〜、オレっちにサンタとか無理ニャン…」

 

 「もうなってるわよ」

 

 「ニャ? ええ〜!いつの間にニャン〜!?」

 

 いつの間にか赤いサンタコスチュームを着せられているジバニャン。これはもう腹をくくって、サンタの仕事をやるしかない。

 

 「こうなったらやってやるニャン!カズマ、アクアも力を貸して欲しいニャン」

 

 「しょうがねえなあ。子供達の為だ、手伝ってやるよ」

 

 「私だって、水の女神アクア様よ。神仲間の生誕祭くらい、無事に成功させてみせるんだから!」

 

 「カズマ、アクア…ありがとニャン!」

 

 二人が協力してくれるのを見計らったように、サンタの帽子をかぶったうんがい鏡が出現する。カズマ、アクア、ジバニャン、ウィスパーが吸い込まれ、別の場所に移動した。

  

 「もう、いきなりなんなのよ!」

 

 「ここは…?」

  

 「妖怪サンタアカデミーってとこみたいでウィス」

 

 「なんニャそれ」

 

 目の前に広がる巨大なお城、妖怪サンタアカデミー。新人サンタを教育する、いわばサンタ養成所。どんな素人も、たった数日で立派なサンタに仕立て上げるという。しかし、それには厳しい訓練を突破しなくてはならない。

 

 「よく来たなあ!ここでお前達をビシバシ鍛えて、立派なサンタにしてやるから覚悟するであーる!」

 

 鬼教官、ブリー元帥がカズマ達の前に現れた。これまで何人ものサンタを育てた、凄腕の教官だ。

 

 「ちょっと待って。カズマ、お前達ってまさか私達も入ってるの?」

 

 「そ、そうみたいだな」

 

 「なんでよ、サンタに選ばれたのはジバニャンでしょ。何で私達まで訓練を受けなきゃいけないのよ」

 

 予想外のことに、アクアがカズマに耳打ちして不満を言う。確かに手伝うことには納得したが、厳しい訓練を受けるなんて聞いてなかった。

 

 「ジバニャンの協力者であるお前達も、当然訓練に参加して貰うであーる!」

 

 「ええ〜!なんでよ〜!」

 

 「俺だってやるんだから諦めろ。ここまで来たらやるしかないだろ?」

 

 「うぅ〜、分かったわよぅ…」

 

 早くも帰りたそうにしているアクアを何とか落ち着かせ、カズマ達はブリー元帥の訓練を開始する。

 

 「サンタといえば、プレゼント配り。いかに寝てる子供に気付かれず、プレゼントをそっと枕元に置けるかが重要であーる!そこで、お前達にいくつかの家を用意した。見事、制限時間以内に忍び込み、プレゼントを配置してくるのであーる!」

 

 サンタの服装に着替えたカズマ達の前に、それぞれ訓練用の家が建てられている。大きさは普通の一軒家と同じくらいだが、サンタの訓練となればそう簡単には行かないだろう。

 

 「制限時間は10分。それでは、始めるのであーる!」

 

 ブリー元帥の笛の合図で、一斉に走り出すカズマ達。ちなみに今回用意した家は、妖怪でもすり抜けられないように出来ている。

 

 「オレっちは定番の煙突から行くニャン!」

 

 ジバニャンが素早く屋根に登り、煙突に手をかける。しかし、煙突に触れた瞬間けたたましい警報ブザーが鳴り響いた。

 

 「ニャニャア!?」

 

 「駄目であーる!最近の家は防犯対策はしっかりしている為、うっかり触ると赤外線センサーに反応してしまうであーる!」

 

 「厳しいニャン〜」

 

 「いや、そもそも向こうの世界に赤外線センサーなんかねーよ」

 

 早くも失敗したジバニャン。その隣の家では、アクアも侵入に苦戦していた。

 

 「ちょっとー!煙突が無いんですけどー!」

 

 「最近は煙突が無い家も珍しくないのであーる!そういう時は、諦めて別ルートから行くのであーる!」

 

 「仕方ないわねえ、こうなったら窓を割って…」

 

 「論外であーる!サンタは子供に夢を与える存在、器物破損して忍び込むなどもってのほかであーる!」

 

 「難しいわよ〜!」

 

 アクアも失敗。残ったのはウィスパーとカズマだけだが、タイムリミットが刻一刻と近付いている。

 

 「しめしめ、裏口の鍵をかけ忘れてるでウィス」

 

 裏口からそ〜っと侵入するウィスパー。その様子はサンタではなく完全に泥棒だ。

 

 「さ〜て、子供の寝室はどこに…」

 

 ヒュン! ドスッ!!

 

 「…ウィ?」

 

 ウィスパーの頬を何かが掠める。ぎこちない動きで振り向くと、鋭い矢が壁に突き刺さっていた。

 

 「たとえ中に入れても、侵入者を迎え撃つ仕掛けが用意されてるかもしれないから、死なないよう注意するであーる」

 

 「こんな家あるかーー!!!」

 

 体中を矢で撃たれまくって、ウィスパーは瀕死の状態で這い出てきた。3人が失格になり、これで残るはカズマ一人。

 

 「くっそ開かねえー!」

 

 ガチャガチャとピッキングで、ドアを何とか開けようと努力する。

 

 「急ぐであーる!家宅侵入は時間との勝負。変にもたつくと、家主に勘付かれて通報されてしまうであーる!」

 

 「あれ?これ泥棒の訓練だっけ?」

 

 やってることは普通に犯罪だが、あくまでサンタさんだから許されること。良い子の皆は、決して真似しないように。

 

 「そこまでー!時間切れであーる!」

 

 結局誰もクリア出来ず、侵入訓練はイマイチな結果で終わった。

  

 「まったく、揃いも揃ってだらしないであーる」

 

 「こんなのクリア出来るか!」

  

 「そー言うお前は突破出来るニャン!?」

 

 「そーよそーよ!偉そうにしてないで、あんたもやってみなさいよ!」

 

 「あたしなんて滅多刺しになったんでウィスよ!」

 

 「さて、次の訓練に移るであーる」

 

 「「「「おい!!」」」」

 

 納得が行かないカズマ達をよそに、ブリー元帥は話を進める。

 

 「ここまではほんの序の口。サンタにとって、ある意味一番大事な仕事が…これであーる!」

 

 カズマ達が連れてこられたのは、物凄く巨大な倉庫。奥は暗くて、一番先まで見通せない。

 

 「大きい倉庫だなあ。ここで何するんだ?」

 

 「ここはプレゼント保管及び、制作倉庫。お前達はここで、子供達に配るプレゼントを作るのであーる!」

 

 「え?!作る!?」

 

 「オレっち達がニャン!?」

 

 「もちろんであーる」

 

 サンタさんが配っているプレゼントは、実は全部サンタさんが一から手作りした物。一つ一つ、心を込めて作っていたのだ。

 

 「手作りって、店で売られてる物とかはどうしてるんだよ」

 

 「それはサンタさん熟練の職人技によるコピー商品。本物よりも本物らしい、パーフェクトコピーであーる」

 

 「コピー商品って言うのやめろ」

 

 「ということで、ジバニャンはそっちの世界の子供達のプレゼントを全員分作るのであーる!」

 

 子供だけとはいえ、全員分となると相当な量になる。サンタの仕事がここまでブラックじみたものとは知らず、ジバニャンは頭痛でクラクラしてきた。

 

 「配るだけでも大変ニャのに、全員分作るとか無理ニャン〜…」

 

 「諦めるなジバニャン。なーに、全員で力を合わせれば何とかなる」

 

 「カズマくん、何する気でウィス?」

 

 「もちろん、友達妖怪にも協力して貰うのさ」

 

 ありったけのメダルを妖怪ウォッチに読み込ませ、友達妖怪を召喚する。

 

 「みんな!この世界の子供達にもプレゼントを配らなくちゃいけないんだ!頼む!協力してくれ!!」

 

 「そういうことなら任せるでござる!」

 

 「オラ達ももちろん!」

 

 「協力するズラー!」

 

 大きな歓声を上げ、急いで作業に取りかかる妖怪達。メラメライオンが皆のやる気を高め、ぜっこう蝶が気分を盛り上げる。少しずつではあるが、着々とプレゼントの箱が山積みになっていく。

 

 「いいぞ!どんどんプレゼントが出来上がっていく!」

 

 「カズマ、私は何をすればいいの?」

 

 「アクアは手先が器用だから、子供用の帽子やセーターを編んでくれ」

 

 「了解!この私特製のプレゼントを貰える子は、きっと凄く素直でいい子に決まってるわ!アクシズ教のマークも入れて、こっそり布教しちゃいましょう」

 

 「それだけはやめろ!」

 

 カズマからゲンコツをくらい、涙目になりながらもアクアはせっせと作業を開始する。

 

 「カズマ、オレっち達もプレゼントを作るニャン!」

 

 「ああ、だけどその前に、もう一人手伝って欲しいやつがいるんだ」

 

 カズマはうんがい鏡のところへ行き、一旦屋敷に帰る。数分後、眠そうに目を擦ってるダクネスを引き連れて戻ってきた。

 

 「おや、ダクネスさんを連れて来たんでウィス?」

 

 「サンタの話をした時、プレゼント配りに興味を持っていたみたいだからな。きっと手伝ってくれると思ったんだ」

 

 「そ、そうだったのか。私はてっきり、とうとう夜這いしに来たのかと…」

 

 「そ、そそんなことするわけねーだろ!」

 

 ドキッと心臓が高鳴り、思わず声が上ずってしまう。ダクネスの部屋に入った時、静かに寝息を立てているのが聞こえた。カズマはそ〜っと近付いて、寝ているダクネスの顔をのぞき込む。普段は変な言動を取るくせに、寝ている時はなんて静かで美しいんだろう。震える手が勝手にダクネスの胸に伸びるが、グッと寸前のところで堪える。  

 危ない、もう少しで変な気を起こすところだった。カズマは(しっかりしろ、相手はあのダクネスだぞ!)と自分に強く言い聞かせる。プレゼント作りの使命を優先して、なんとかダクネスを普通に起こすことが出来た。

 

 「よし、そうとなれば喜んで協力しよう。私に出来ることがあれば何でも言ってくれ」

 

 「ありがとな、助かるぜ」

 

 「…な、何でもとは言ったが、それはもちろんプレゼント作りのことだからな!へ、変な命令は今は駄目だぞ!!」

 

 「今じゃなかったらいいのか?」

 

 「はうっ///!?」

 

 「はいは〜い、そこのお二人さーん。さっさと手伝ってくださウィス〜」

  

 ダクネスも加わり、プレゼント作りは急ピッチで行われていく。

 

 「もう駄目〜、眠い〜」

 

 「寝るなアクア!ほら、ヨキシマムゴッドでも飲んで気合入れろ!」

 

 「な、何よこれ。ちょっと!?無理やり飲ませないでっ…! ゴクッ…ゴクッ…ぷはっ、まずい!もう一杯!!」

 

 てなことがありながらも、プレゼント作りは確実に進んでいく。初めは気が遠くなるような終わりの見えない作業だったが、皆の協力もあって無事に全部のプレゼントを作ることが出来た。

 

 「さ、最後の一個。完成したニャン…」

  

 「やっと終わったでウィス〜」

 

 「もう、ゴールしてもいいわよね…」

 

 「おいおいお前ら!まだプレゼント配りが残ってるぞ!」

 

 プレゼント作りが終わり、既に満身創痍のジバニャン達。プレゼントが出来たらそこで終わりではない。これからそれを子供達に配りに行かなくてはならないのだ。

 

 「カズマ、完成したプレゼントはどうやって運ぶんだ?」

 

 「サンタが空飛ぶソリに乗せて配るんだけど、肝心のソリが見当たらないんだよな」

 

 「え〜!せっかく作ったのに配らなきゃ意味ないじゃない!」

 

 本物の空飛ぶソリは、サンタさんが現在使用中だ。こんな膨大なプレゼントの山を、一つ一つ手で配達してたらその間に春になってしまう。

 思わぬところで途方に暮れるカズマ達。すると、一匹の猫妖怪が飛んできた。

 

 「待たせたなカズマ!」

 

 「その声は…」

 

 頭上から声が聞こえ、カズマはハッとして顔を上げる。そこには赤いマントを羽織り、ヒーローが着けるようなベルトを装着している猫妖怪がいた。

 

 「お前の友達、出てきたぜ」

 

 「フユニャン!?」

 

 浮遊霊の猫妖怪、フユニャン参上。浮遊霊らしくいつもふわふわ浮いているが、性格は地に足がしっかり着いている。イサマシ族のとっても頼りになる友達妖怪。

 

 「久しぶりだな、フユニャン」

 

 「ああ、カズマも元気そうで何よりだ」

 

 「てか、相変わらず冬にしか現れないよな」

 

 「そこは飲み込んでくれ」

 

 何故かフユニャンは冬にしか姿を現さない。別に寒い系妖怪じゃないし、フユニャンのフユは冬ではなく浮遊霊の浮遊だ。色々と事情があるのだろうが、そこは飲み込んでくれということだろう。

 

 「それでカズマ、今はどういう状況だ?」

 

 「プレゼント作りは終わったんだけど、ソリが無くて困ってるんだ。何かいい方法はないかな?」

 

 「う〜む………無いっ!!」

  

 「無いの!?」

 

 「あーた何しに来たんでウィスか!」

 

 「冬だから、とりあえず登場しただけだ。そこは飲み込んでくれ」

 

 普段は頼りになるいいやつなのだが、肝心なところでちょっと抜けてるところがあるフユニャン。

 

 「そうニャ、カズマ。ちょっと耳貸すニャン」

 

 「どうした?」

 

 ジバニャンがカズマの体をよじ登り、耳元で何かを囁く。

 

 「そうか、その手があったか」

 

 「これならプレゼントを配れるニャン!」

 

 「よーし、フユニャン。ちょっと協力してくれ。お前にしか頼めないことなんだ」

 

 「オレにしか? いいぞ、思う存分カズマの力になってやろう!」

 

 小さな手で胸をドンッと強く叩き、フユニャンは快く引き受けてくれた。

 

 「カズマ、それは何だ?」

 

 「空気入れだ。フユニャン、ちょっと口開けて」

 

 「口を?そんな物でいったい何をしようと…」

 

 「いいから!はい、あーん!」

 

 「むぐっ!?」

 

 まだ状況を理解していないフユニャンの口に、空気入れの管を無理矢理突っ込ませた。

 

 「今だジバニャン!」

 

 「ニャーン!」

 

 ジバニャンがポンプを何度も踏みつけ、フユニャンの体に空気を送り込む。送られた空気はフユニャンの体内を巡り、まるで風船のようにドンドン大きく膨らんでいく。

 やがてフユニャンはバカでっかい猫妖怪、デカニャンに変わった。

 

 「…でふ〜、いきなり何するでふ〜」

 

 「よし、これでソリの代わりが出来たぞ!」

 

 「なるほど〜、これに乗ってプレゼントを配るのね」

 

 「確かに、これなら徒歩で移動するより遥かに楽だな」

 

 プレゼントの山をデカニャンの背中に乗せ、いよいよプレゼント配りが開始される。カズマ達もサンタの服装に着替えて、気合十分でデカニャンに乗り込んだ。

 

 「さーて、お待ちかねの…クリスマスプレゼント作戦開始だ!!」

  

 「「「おーーーーーー!!!!」」」

 

 今宵、アクセルの上空には奇妙な物体が浮び上がった。決して誰の目にも映ることのないその巨体から、いくつもの影が街の空を飛び回っている。

 

 「ふぶき姫はあの家、ウィスパーはこの家に届けてくれ」

 

 「任せて!」

 

 「行ってきまウィス〜!」

 

 カズマが地図を片手に、リストに載ってる子供の家に妖怪達を送り込んでいく。

  

 「ダクネスー、次のプレゼントを持ってきてくれー!」

  

 「分かった!」

 

 「アクアー!それは割れ物だから取り扱いには注意しろよー!」

 

 「分かってるわよ!いちいち言われなくても、この私が滑って落とすなんてヘマをやらかすわけ…」

 

 つるっ

 

 「いやあああっ!?」

 

 「ッ! 大丈夫か!?」

 

 「え、ええ。なんとか…」

 

 「よし、プレゼントは無事だな。問題なし」

 

 「いや私はあ!?少しくらい私のことも気遣ってよー!!」

 

 アクアがカズマに文句を言ってる間も、プレゼントは順調に子供達の家に届けられる。

 

 「めぐみん、メリークリスマスニャン」

 

 静かに寝ているめぐみんの枕元に、ジバニャンサンタがそっとプレゼント箱を置いた。

 

 「ゆんゆん、メリークリスマスずら」

 

 コマさんとコマじろうも、寝ているゆんゆんの枕元にプレゼントを置いて静かに立ち去った。

 人知れずプレゼントを届けに行く妖怪達。その様子を、ウィズ魔道具店の窓からバニルが覗いていた。

 

 「何やら妙な気配がすると思ったら、あの小僧共の仕業か。中々面白そうなことをやっているようだ」

 

 「バニルさん、どうしたんですか?」

 

 「何でもない。それより、汝こそさっきから何をやっている?」

 

 「明日注文する商品の書類を作ってるんです。珍しい魔道具をたくさん仕入れますので、明日は忙しくなりますよ!」

 

 「…ちょっと、それを我輩に」

  

 「はい、どうぞ」

 

 「ふむふむ、なるほど」

 

 ビリイィィィッッ!!

 

 「あー!何するんですか〜!?」

 

 「たわけ!このポンコツ店主め、こうも見事にガラクタばかりを注文しよって!店主が店を潰そうとしてどうする!!」

 

 「ひ、酷いっ!?」

  

 ウィズがバニルの光線を食らって黒焦げになったが、それはひとまず置いといて。

 そぼ降る雪がゆらゆらと舞い降り、大きな飛行物体が月を横切る。幻想的な光景がアクセルの夜空を彩り、この世界に初めてのクリスマスを齎したのだった。

  

 「もう、残ってるプレゼントは無いな?」

 

 「ぜ〜んぶ、配り終わったわよ!」

 

 あれだけあったプレゼントの山が、今はもうどこにもない。カズマ達はアクセルの街に帰ってきて、デカニャンの背中から下りる。

 

 「やっと終わった〜。皆、手伝ってくれてありがとなー!デカニャンも、お疲れさん」

 

 「冬にまた会おうでふ〜」

 

 協力してくれた妖怪達も帰って、カズマ達は屋敷に戻る。

 

 「疲れたけど、結構楽しかったわね」

 

 「来年の冬も、是非やりたいな。寒空の下でこき使われるこの感じ…堪らん!」

 

 「ダクネスさんはブラック企業でも普通にやっていけそうですね」

 

 さっきまでの喧騒が収まった今、お祭りが終わった時のような寂しさをカズマは感じる。確かに疲労は溜まっているが、やりきったという達成感がある悪くない疲れだった。

 

 「カズマ、アクア、ダクネス。今日はありがとうニャン。おかげで助かったニャン」

    

 「いいよ、俺達も楽しかったし」

 

 「手伝ってくれた3人に、オレっちからクリスマスプレゼントをあげるニャン」

 

 「プレゼント?」

 

 実はカズマ達には内緒で、ジバニャンは3人のプレゼントも用意していた。

 

 「お酒好きのアクアには、これをあげるニャン」

 

 「こ、これ!冬限定の高級シュワシュワじゃない!やったー!ありがとうジバニャン!」

 

 前から飲みたかったシュワシュワを遂に手に入れて、アクアは大喜びではしゃいでいる。

 

 「ダクネスには、オレっちのひゃくれつ肉球を特別にくらわせてあげるニャン」

 

 「い、いいのか!?じ、実は前からその威力を是非とも味わってみたいと思ってたんだ。まさか、その夢が叶う日が来るとは!」

 

 「一応聞くけど、手加減しなくていいニャン?」

 

 「手加減なんてもったいない!全力で来て欲しい!」

 

 ダクネスは全力でと言うが、ひゃくれつ肉球をくらった経験があるカズマは心配になった。

 

 「おいおい大丈夫か?ジバニャンのひゃくれつ肉球、結構強烈だぞ」

 

 「いいじゃないか!私はクルセイダーだ、仲間のクリスマスプレゼントを一身に受け止める準備は出来ている!」

 

 これ以上の説得は無駄と感じて、カズマはダクネスのやりたいようにやらせることに決めた。 

  

 「さあジバニャン、クリスマスプレゼントをありがたく頂戴しよう!」

 

 「分かったニャン!行くニャンよ〜、ひゃくれつ肉球〜!!」

 

 「んにゃああああっ!?柔らかい肉球で攻撃してるとは思えない凄まじい威力っ!実に…イイッ!最高だああああ!!」

 

 ひゃくれつ肉球をまともに食らい、ダクネスは10メートルほどふっ飛ばされる。その表情はまるで天国に昇るかのように、ジバニャンのクリスマスプレゼントを満喫していた。

  

 「そして、カズマにはこれニャン」

 

 「おお…!マフラーか、今の季節にぴったりだな。ありがとうジバニャン、大切にするよ」

 

 赤色のマフラーを首に巻いて、カズマはその温かさを身に沁みている。まさかこの年になっても、クリスマスプレゼントを貰える日が来るとは。

 

 「ねぇねぇ、明日は皆でクリスマスパーティーやらない? チキンやケーキを用意して、パーっと盛り上がりたいわ!」

 

 「そうだな。このままクリスマスを終えるのも寂しいし、こうなったらとことんクリスマスを満喫してやるか!」

 

 「私も、クリスマスパーティーは初めてだから楽しみだ」

 

 アクアの提案に、カズマとダクネスも喜んで受け入れる。そうと決まったら、今日は早く休んで明日に備えよう。

 

 「カズマ。オレっちはもう一つだけプレゼントを配りに行くところがあるニャンから、カズマ達は先に帰っててニャン」

 

 「行くところ?他にプレゼントを配るとこなんて…」

 

 「カズマくん。ほら、あそこでウィスよ」

 

 「…あ、そうか。そうだったな。よし、行ってこいジバニャン」

 

 「ニャン!」

 

 ジバニャンサンタはプレゼントが入った袋を背負って、鈴の音を鳴らしながら走って行く。

 

 「ねえカズマ、ジバニャンは最後に誰のとこに行ったの?」

 

 「…ジバニャンにとって、決して忘れない大切な人のところだ」

 

 ジバニャンがまだカズマと出会う前、まだアカマルと呼ばれていた時代。当時女子高生だった女の子に飼われ、楽しい毎日を過ごしていた。

 しかしある日、トラックに轢かれそうになったその女の子を守ってジバニャンは死んでしまう。

 

 「車に轢かれたぐらいで死ぬなんて、ダサ…」

 

 死に際に聞こえたその一言。何かの間違いであって欲しいと願うと同時に、そんな酷いことを言われたショックで失望もした。

 でも、実際はそうじゃなかった。後に分かったことだが、あの言葉は決してジバニャンを蔑んだ言葉ではなく…

 自分を残して逝ってしまうなんて酷い。そういう悲しみの意味が込められていた言葉だった。誤解が解けたジバニャンは今でもその女の子、エミちゃんのことを大切に思っている。

 

 「…エミちゃん、メリークリスマスニャン」

 

 大人になり、エミちゃんはデザイナーになるという夢を叶えた。立派に成長したその姿に、ジバニャンは目に涙を滲ませる。枕元にプレゼントの箱をそっと置いて、その場を静かに去っていった。

 

 「…アカマル、大好きだよ」

 

 夢の中で、アカマルを自転車のカゴに乗せて下り坂を疾走する。たとえ傍にいなくとも、エミちゃんの中でアカマルはずっと生き続けていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………

 

 

 

 

 

 

 「あ〜、昨日は疲れたからよく寝れたなあ」

 

 「カズマ、おはようございます」

 

 「おはようめぐみん。ん?そのマグカップ、新しいやつか?」

 

 めぐみんがコタツに入り、見慣れないマグカップを使用している。黒色と赤色の猫の模様が描かれた、可愛らしいマグカップだ。

 

 「朝起きたら、枕元に置いてあったのです。カズマが用意してくれた物じゃないのですか?」

 

 「いや、俺じゃないぞ」

 

 「そうですか。ではアクアか、ダクネスでしょうか」

 

 「…きっと、サンタさんからのプレゼントだろうな」

 

 コタツの上で丸くなってるジバニャンを、カズマは優しく撫でる。

 

 「めぐみん、今日はクリスマスパーティーをやるぞ。美味いご馳走を沢山用意するから手伝ってくれ」

 

 「ほ、ほんとですか!?それでしたら、買い出しでもなんでも…」

 

 「めーぐーみーーん!!いるんでしょー!出てきなさーい!!」

 

 外からゆんゆんの声が聞こえ、めぐみんは仕方なく玄関のドアを開けた。

 

 「なんですか?こんな朝っぱらから押しかけて来るなんて、流石に非常識ですよ」

 

 「うぐっ!?め、めぐみんに非常識呼ばわりされるなんて…」

 

 「おや、その手袋はどうしたのです?新しく買ったのですか?」

 

 ゆんゆんの手には、温かそうな手袋が付けられている。左右それぞれに、白と黄色の犬の模様が描かれていた。

 

 「いやこれは…なんでか分からないけど、朝起きたら枕元に置いてあったの」

 

 ゆんゆんの話によると、この日はアクセルの子供達が同じような現象に起きてるという。目覚めるとプレゼントの箱が置いてあり、差出人不明という不思議な出来事。

 

 「なんとなくだけど、怪しいって感じはないの。可愛くて、温かいから使ってるんだけど、いったい誰からの贈り物なんだろう…」

 

 「それは恐らく、サンタさんの仕業ですよ」

 

 「サンタ…さん?」

  

 「クリスマスの夜に訪れる、プレゼントを配る素敵なおじさんです」

 

 「クリスマス…?」

 

 聞き慣れない言葉の連続に、ゆんゆんは首を傾げる。

 

 「それより、ゆんゆんもクリスマスパーティーに参加しますか?どうせ暇なんでしょう?ぼっちですし」

 

 「し、失礼なこと言わないでよ!で、でもそうね。めぐみんがどうしても私に参加してほしいなら、考えてあげても…」

 

 「嫌ならいいです。それでは」

 

 「待って待って!冗談、冗談だから〜!クリスマスパーティーに私もまぜて〜!!」

 

 めぐみんの腰辺りにしがみ付き、ゆんゆんは必死にすがりつく。めぐみんはやれやれといった感じで、ゆんゆんを連れて一緒に買い出しに出かけた。

 そして夜。飾り付けが終わり、カズマ達の屋敷が豪華に彩られる。

 

 「あの、カズマさん。私達もお邪魔してよかったのですか?」

 

 「もちろん、大勢いた方が盛り上がるからな。ウィズも遠慮せず、パーティーを楽しんでくれ」

 

 「フハハハ!お招きいただき感謝する!今宵は存分に楽しもうではないか!」

 

 「おいバニル、お前悪魔だろ。悪魔がクリスマスパーティーに参加してもいいのか?」

 

 「細かいことは気にするな。我輩は何事も楽しむ主義なのだ」

 

 ウィズとバニル、そしてプレゼント配りに協力してくれた妖怪達もこの場に集う。カズマ達だけだと広いこの屋敷も、今は少し狭く感じるくらい賑やかだ。

 

 「よーし、みんな!グラスは持ったな!!」

 

 「カズマくん、乾杯の音頭をお願いしまウィス!!」

 

 「それじゃあ…かんぱーーい!!」

 

 「「「かんぱーーーい!!!」」」

 

 グラスを合わせる心地良い音が、あちこちから鳴り響く。この聖なる夜、カズマの屋敷では人も女神も悪魔も、そして妖怪も寝落ちするまで騒ぎ続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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約束された勝利の剣

タイトルは分かる人には分かります


 「いい加減にしてください!もう春ですよ! いつまでコタツに入ってるつもりですか!」

 

 めぐみんが、コタツに入ったまま出てこないカズマに怒りの声を上げる。なにせカズマは冬の間ろくにクエストにも行かず、ず〜っとコタツに入り浸っていた。借金が無くなり、それなりにお金もあるという状況が逆に良くない。

 このままでは本当にダメダメの駄目人間になってしまう。めぐみんとダクネスが無理矢理にでもカズマを引っ張り出そうとするが、ずる賢い小技にやられて手を出せない。

 

 「ゲヘヘへ〜、この俺様を甘く見るなよ。魔王軍の幹部と互角に渡り合ったカズマ様だぞ!ここから出せるもんならやってみろお!」

 

 亀みたいに、スポッと顔をコタツの中に引っ込める。どうやらカズマも、本気でコタツに籠城するつもりのようだ。

 

 「…仕方ありません。そっちがそのつもりなら、こっちも考えがあります。ウィスパー」

 

 「ウィッス」

 

 こうなったら手段を選ばない。ウィスパーはコタツにそ〜っと近付き、布を少しだけ捲る。

 

 「はあぁぁ〜〜〜…」

 

 眉間にシワを寄せた真剣な顔になり、お腹に力を込める。そして、溜めに溜めたものを一気に放出した。

 

 「ふんッッ!!!」

 

 

 ブウゥゥーーーーッッ!!

 

 

 ・ ・ ・

 

 

 ガタガタガタガタガタ!!!

 

 「ぶっはああああああ!!くっせ、オエエエ〜ッ!こ、殺す気かあ!!」

 

 密閉された狭いコタツの中に、思いっきり屁をかましたウィスパー。数秒の沈黙の後コタツが激しく揺れ動き、我慢出来ずにカズマが這い出てきた。

 

 「お、お前ら…俺に何の怨みが…」

 

 「カズマがいつまでたっても、コタツから出てこないからじゃないですか」

 

 「だからってこの仕打ちはあんまりだろ…!死ぬかと思ったわ!」

 

 ウィスパーの屁は相当な臭さだったようで、カズマの顔が若干青白くなっていた。引き続きコタツに立て籠もれば、また屁をくらわせられるだろう。

 カズマは遂に観念して、皆と一緒にクエストに行くことに決めた。

 

 「…あー、まだ鼻が変な感じする。ウィスパー、お前普段なに食ってんだよ」

 

 「失敬な。ただ朝食に納豆とクサヤとドリアンと、3日前のくつ下を…」

 

 「もういい聞きたくない」

  

 「なんか食べ物じゃないのがまじってた気がするニャン…」

 

 ウィスパーの偏った食生活はさておき、一行はギルドに向かって歩いていく。と思いきや、何故か先頭を行くカズマはギルドとは逆方向に足を進めていた。

 

 「どこに行くんですか? ギルドはこっちじゃありませんよ」

 

 「いや、こっちでいいんだ。ちょっと寄るところがある」

 

 カズマはそう言って、角を曲がった先にある店に入っていく。表には盾と剣を模した看板があり、どうやらここは冒険者御用達の武器屋のようだ。

 

 「いらっしゃ…おう、カズマか」

 

 「おっちゃん、例のもの出来てる?」

 

 「ああバッチリだ。持ってくるからちょっと待ってな」

 

 店主のおっちゃんが店の奥に行き、ガチャガチャと乱雑な音を立てる。そして、右手に一本の得物を握りしめて戻ってきた。

 

 「ほら、これだろ?お前さんのいう刀って剣は」

 

 「おお!これだよこれこれ!ちゃんとそれっぽくなってる!!」

 

 刀、それは日本で古来から使われていた伝統の武器。男子なら、誰もが一度は腰に携えてみたいと考えた事があるだろう。侍の国で生まれたカズマも、それは例外ではなかった。

  

 「その剣は刀っていうのか。ブシニャン師匠が持ってるのと似てるな」

 

 ダクネスもカズマの刀を珍しそうに見ている。ブシニャンの刀はネコ用だから小さいサイズではあるが、その切れ味は天下一品の業物。流石にカズマの刀はそこまでの代物ではないが、見てくれだけは負けていない。

 

 「剣も格好いいけど、やっぱり刀が一番だよ。侍の血が騒ぐっていうか」

 

 「危なっ!ちょっとカズマくん、こんな狭いところで物騒なもん振り回さないでくださいよ」

 

 軽く素振りをすると、近くにいたウィスパーに当たりそうになる。今度試し斬りさせてとお願いしたらキレられた。

 

 「後はこの札に銘を書いて、それに貼れば完成だ。それと、他に頼まれてたやつも出来てるぜ」

 

 カズマは刀の他に、もう一つ注文していた物がある。実はそっちの方が本当に欲しかったやつで、カズマは期待に心踊らせていた。

 

 「どうだ?フルメイルの鎧、この街の冒険者にはもったいないくらいの代物だぞ」

  

 「おおおっ!凄く格好いいじゃないか!」

 

 キラキラ輝く新品の鎧。重厚感があり、生半可な攻撃じゃビクともしない屈強さ。凄腕の冒険者にも引けを取らない立派な防具だ。

 

 「おおっ!格好いいでウィスよカズマきゅん!」

 

 「似合ってるニャン!」

 

 新しい鎧を身に纏い、心なしか歴戦の猛者のオーラが滲み出ている気がする。これならば、そんじょそこらのモンスターになんか遅れを取らないだろう。

 

 「カズマくん。装備も一新したことですし、早速クエストに行って試してみましょうよ」

 

 「あ、ああ…」

 

 せっかく新装備に身を包んだというのに、何故か歯切りの悪い返事をするカズマ。

 

 「カズマ、突っ立ってないで早く行くニャン」

 

 「ちょ、ちょっと待って…ふんっ!」

 

 力を入れて足を動かそうとするが、ガチャガチャと鎧が鳴るだけで一歩も進んでいない。

 

 「もう、何やってんでウィスか」

 

 「よ、鎧が思ったより重くて動けんっ…!」

 

 「しょうがないでウィスねえ。押してあげますから頑張って動いてください」

 

 ウィスパーがカズマの後ろに回り、両手で背中を押す。二人で息を合わせ、なんとか前進を試みた。

 

 「行きますよ〜。せ〜の…ふんんんっっ!!」

 

 「うおおおおっ…!あっ、動いた!ちょっと動いたぞウィスパ……あ」

 

 動いたのはいいが、カズマはバランスを崩してしまう。重たい鎧で身動きが取れず、そのまま前のめりで倒れていった。

 

 「うわああっ!?倒れるー!」

 

 「ニャアアっ!?」

 

 ドーーーン!!

 

 運悪く、倒れてきたカズマの巻き添えをくらったジバニャン。下敷きになったジバニャンを救出するため、めぐみん達がカズマの体を起こす。

 

 「ジバニャン!?大丈夫ですか!」

 

 「お、俺の心配も少しはしてくれ…」

 

 「カズマ、早くどいてください!ジバニャンがぺっちゃんこになっちゃったじゃないですか!」

 

 「一人じゃ起きれないんだ。悪いけど起こしてくれ」

 

 皆でカズマを起き上がらせたが、何故か下敷きになったはずのジバニャンの姿が見当たらない。

 

 「あれ?ジバニャンはどこに…」

 

 「ここニャン〜…」

 

 「ここ? あっ!?」

 

 めぐみんが声のする方を見ると、なんとカズマの鎧にジバニャンが貼り付いていた。

  

 「あら〜。ジバニャン、カズマくんにピッタリ貼り付いちゃってますね」

 

 「いや、これどういう仕組みなんですか…?」

 

 「ジバニャン根性あるわねえ」

 

 「ぺしゃんこに潰されるのってど、どんな感じだ!?今度詳しく聞かせてくれ!」

 

 ド根性ネコと化したジバニャンだったが、しばらくすると普通に鎧から出てきた。

 カズマも重すぎる鎧を外し、これを着てクエストに行くのを残念ながら諦める。こんな重い鎧を装着してクエストに出た日には、その場から動けずモンスターの袋叩きに合うのがオチだ。

 

 「ま、まあ。俺にはこの刀があるし、鎧なんか着たら重くて俊敏に動け回れないからな。これで良かったんだよ、はは…」

 

 無理矢理自分を納得させ、カズマは刀を腰に差す。何はともあれ、これで攻撃力もグンと上がった。いざ、モンスター共の待つクエストへ。そう意気込んだ矢先、刀が他の剣に当たって次々と薙ぎ倒していった。

 

 「す、すいません!すぐ直します!」

 

 ウィスパー達にも手伝って貰い、全部元通りにする。今度は刀が当たらないよう注意して、慎重に店の出口へと向かう。

 しかしそこでも刀がドアに当たり、店から中々出ることができない。ようやく外に出たカズマだったが、その使い勝手の悪さに早くもうんざりしている。

 

 「…なんか、思ってたのと違う」

 

 「そもそも、カズマくんが使うには長いんでウィスよ。なんでもうちょっとお手軽なサイズにしなかったんでウィス?」

 

 「だって、武器は大きい方が格好いいし…」

 

 「いや全然格好良くないでウィスよ、今のカズマくん」

 

 「もう大人しく諦めて、ちゃんとした大きさに変えてもらうニャン」

 

 「うぅ、刀は侍の魂なのに…」

 

 武器屋を後にしたカズマ達は、ギルドで新しいクエストを探す。しかしカズマはテーブルに突っ伏して、サイズを新調した刀を見つめていた。

 

 「ずいぶん小さくなりましたね、侍の魂」

 

 「ほっとけ!」

 

 小気味よい音を立ててアスパラを貪るめぐみん。カズマの刀は当初の面影は無く、扱いやすいように小ぢんまりとしたサイズに変わっていた。

 

 「…ちくしょう、こんな変わり果てた姿になっちまって。せめて名前だけは格好いいの付けてやるからな」

 

 「サトウさん、サトウカズマさんはいらっしゃいますか?」

 

 「あれ、セナさんだ。何しに来たんだろ」

 

 声のする方を見ると、入口のところでセナがカズマを探している。手を振ってやるとこちらに気付き、クエストを探していたアクアとダクネスも戻ってくる。

 

 「依頼したいクエストがありまして、リザードランナーを討伐して欲しいのです」

 

 「リザードランナー?」

 

 リザードランナー、普段は大人しくて害のない二足歩行のトカゲ。今は繁殖期で、姫様ランナーというメスの取り合いをしている。その求愛の仕方が独特で、他の生物と競争するのだ。

 一番足の速いオスが姫様とつがいになれるのだが、手当たり次第に他の生物を挑発するので被害が出ているという。

 

 「はた迷惑なモンスターだな。まさか、俺にそれをどうにかしろと?」

 

 「二度の魔王軍幹部討伐、他にも度重なる危機を乗り越えたあなたの事を、自分は大変高く評価しています。今回もその手腕で、モンスターから街の人々を守ってください!」

 

 なんか凄く買いかぶられてるようだが、正直カズマはあまり乗り気ではなかった。今回はめぐみん達に連れられて、仕方なくクエスト選びに来ただけだ。

 お金もまだ余裕があるのに、そんな厄介なモンスター相手にしたくない。

 

 「あー、今日はちょっとお腹の調子が…」

 

 「せっかくクエストを用意してくれたところ悪いんですが、それはカズマには荷が重いです。なまじお金があるから働きませんし、レベルも私達の中で一番低いですから役に立ちません」

 

 「ちょっと待て、なんで俺が一番低いんだよ。そういうめぐみんは何レベだ?」

 

 「26ですよ。雑魚などは私が一掃してますからね」

 

 「えっ、ま、マジか…」

 

 めぐみんにボロクソに言われたが、カズマより高レベルのめぐみん相手には何も言い返せない。

 アクアはステータスカンストしてるし、ダクネスもバニルの人形を沢山倒したからレベルが上がっている。

 

 「お、おいジバニャン。レベルいくつだ?」

 

 「えーと、15ニャン!」

 

 「なっ!?い、いつの間にそんな」

 

 「クリスマスを無事に成功させたから、多分そのおかげニャンね」

 

 「それで上がるの!?レベルシステムどうなってんだよ!」

 

 納得いかないところもあるが、これでジバニャンにも抜かれてしまった。

 

 (ジバニャンがレベル15でウィスか。ちなみにわたしのレベルは…?)

 

 冒険者カードを見て、ウィスパーもレベルを確認する。以前は何故かマイナスまで落ち込んでいたが、あれから変化はあったのか。

 

 (え〜と、何なに? 冒険者ウィスパー、

 死亡済み……)

 

 「死んどるやんけワレええええ!!」

 

 「うわっ!?ど、どうしたウィスパー!」

 

 急に大きな声出したウィスパーに、カズマはビックリする。ウィスパーの冒険者カードには、赤い字で大きく死亡済みと書かれていた。何故まだ生きてるのに死亡と判断されたのか分からないが、これはレベルどうこう以前の問題だ。

 

 (くっそー、ウィスパーが一番レベル低いと思ってたのに。これじゃあ結局俺が一番低いじゃないか)

 

 死んでしまってはレベルを比べようがない。今のカズマのレベルは13。ダントツで最下位である。

 

 「よ、よーし。たまにはクエストに行くか!お前ら、すぐに準備しろ!」

 

 半ばヤケになりつつ、カズマもやっとクエストに行く決心を固めた。

 

 「う〜ん…」

 

 「どうしたんですカズマくん。トイレなら今のうちに済ませてくるでウィス」

 

 「いや、そうじゃなくて。刀の銘をどうするか悩んでるんだよ」

 

 道中、カズマは小さくなった刀を振りながら名前を考える。初めて自分の刀を手にするんだし、せっかくなら威厳のある名前にしたい。

 虎徹や物干し竿、和道一文字みたいな、そんな感じのを…

 

 「ちゅんちゅん丸」

 

 「はい…?」

 

 「それの名前はちゅんちゅん丸です。私が決めました」

 

 めぐみんが勝手に決めるが、そんな変な名前は絶対に却下だ。無視して他の名前を考えよう、と思ったらすでにちゅんちゅん丸と書かれた札が刀に貼られていた。

 

 「ああああっ!?おまっ、何してくれてんだよ!!」

 

 「ふっ、礼には及びませんよ。これからそのちゅんちゅん丸を使って、思う存分暴れ回ってください」

 

 「ふざけんなああああああ!!」

 

 シャレにならないことをしてくれたが、こうなってはもう取り返しがつかない。カズマの愛刀は、ちゅんちゅん丸に決定した。

 

 「…はあ。この刀でもし魔王を倒したら、伝説の武器として飾られたりするのか…」

 

 「何ともシュールな光景でウィスね」

 

 博物館で子供達が、展示されてるちゅんちゅん丸に群がる様子を想像する。名付け親のめぐみんは満足そうだが、カズマは勘弁して欲しかった。

 刀のことはそれぐらいにして、一行はリザードランナーの群れを発見する。狙撃のスキルを持っているカズマが木に登り、上からその様子を探った。

 

 「姫様ランナーは他より大きいから分かりやすいな。てことは、その近くにいて離れないやつが王様か?」

 

 姫と王をやれば、群れは統率が無くなりバラバラになる。カズマは矢を弓に装着し、外さないよう狙いを定めた。

 

 (よ〜し、動くなよ〜…今だ、狙撃ッ!!)

 

 まさに今、カズマが指を離そうとしたその時。不可解な出来事が起きた。

 

 「なんだ!?リザードランナー達が一斉に走り出したぞ!」

 

 急に走り出すリザードランナーの群れ。競争相手はいない筈なのに、まるで得物を追いかけるように猛スピードで駆けていく。

 

 「何がどうなって…まさか、妖怪の仕業か!」

 

 「はいはい、お約束のセリフありがとうございます。急に走り出すなんて、別に変わったことじゃありませんよ。あたしだって、突然夕日に向かって走り出すことくらいあるんでウィスから。そんなことまで妖怪のせいにしてたら、いつか妖怪名誉毀損で訴えられ」

 

 「いたーー!!」

 

 「マジかよ!?」

 

 ウォッチを照らすと、リザードランナーの先頭をひた走る妖怪がいた。

 

 「ほらウィスパー、出番だぞ」

 

 「え?ああはいはい!当然知ってますよ〜、ええと…暴走スニーカー野郎!ムキムキダッシュ男!真っ昼間からパンツ1丁で走り回るやばいやつ!! はあはあ…あ、ありました!あれは妖怪ばくそく!!」

 

 ばくそく。とても足が速い妖怪。こう見えてもプリチー族である。

 

 「ばくそく、いったい何をしてるんだ…?」

 

 「うおおおっ!たとえ異世界のモンスター相手でも、足の速さなら負けんぞー!!」

 

 どうやらリザードランナーとかけっこする為に現れたらしい。足の速さに自信があるばくそくにとって、絶対に負けられない勝負。

 しかしこれでは狙いが定まらない。こっそり姫様と王様を倒せばそれで終わりだったのに、ずいぶんと余計なことをしてくれたものだ。

 

 「ばくそくー!今はクエストの途中だから、邪魔しないでくれー!」

 

 カズマが木の上から、リザードランナーを率いてるばくそくに声を飛ばす。

 

 「おおカズマ!何か言ったかー!?」

 

 「だからー!今クエストやってるからーー!!」

 

 「え?なに?よく聞こえん!!」

 

 方向転換して、ばくそくがカズマのところまで走ってくる。当然、後ろを走っていたリザードランナー達も一緒だ。

 

 「バカっ!こっち来んな!!」

 

 慌てて矢を放つが、肝心の姫様と王様に当たらない。

 

 「ここは私が!黒より黒く…って、あ、あれ?」

 

 速すぎるトカゲ達に、めぐみんの詠唱がまったく追い付かない。呆然としてるめぐみんの横を瞬く間に通り過ぎていく。

 

 「ひえええ!?助けてえええ!」

 

 「くっ!こんなに多いと、私一人では止めきれん!」

 

 うずくまって泣いてるアクアをダクネスが守るが、2、3匹足止めするのが精一杯だ。

 

 「うおおおっ!狙撃狙撃狙撃〜〜!!」

 

 もう当てずっぽうで、矢をとにかく射ちまくるカズマ。その内の一本が、飛んできた姫様ランナーの頭を偶然にも射抜く。

 

 「や、やった。…って、え?」

 

 討伐した姫様ランナーが、走ってきた勢いのままカズマの木に激突する。激しい揺れが起き、カズマは思わず足を滑らせる。

 

 「うわああっ!?」

 

 「危ないカズマくん!」

 

 間一髪、落下する直前にカズマはウィスパーにしがみついた。

 

 「…ふー、助かったよウィスパー」

 

 「いえいえ、危ないところでしたねえ。あのまま落ちてたら、間違いなく死んでたところでウィス」

 

 「こ、怖いこと言うなよ。とりあえず、早く下ろしてくれ」

 

 「はい、すぐに……ハウぁッ!?」

 

 突如、ウィスパーの顔が険しいものに変わる。眉間にシワを寄せ、冷や汗を流してぷるぷる震えている。まるで何かを我慢しているみたいだ。

 

 「ど、どうしたウィスパー!」

 

 「この感じ…来る!やつが来るでウィス!」

 

 「やつ…?ま、まさか!やめろウィスパー!耐えろ!耐えるんだ!」

 

 「うぐぐっ…!も、もう…無理でウィスーー!!」

 

 

 プッブウウゥゥゥゥ〜〜〜〜!!!

 

 

 「ぐはああああ!!くっせええええええ!!」

 

 ウィスパーの屁を、顔面でもろに食らってしまったカズマ。その拍子でしがみついていた手を離してしまい、真っ逆さまに落ちていく。

 

 ドーーーーーン!! ベキッ!!

 

 えげつない落下音が聞こえ、ウィスパーが急いでカズマのもとに飛んでいく。

 

 「いや〜、すいませんねえ。ついうっかり出ちゃいまして。大丈夫ですかカズマくん。…カズマくん?」

 

 ……………チーン

 

 「カズマくーーーーん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ようこそ、死後の世界へ。佐藤和真さん」

 

 死後の世界。ああ、またここに来てしまったのか。カズマはゆっくり体を起こし、女神様を見る。物腰穏やかで、優しそうな美人の女神だ。アクアも見た目は良いが、あれは中身が残念過ぎる。

 カズマは少しずつ、死んだ経緯を思い出した。

 

 「少し、落ち着きましたか?」

 

 「はい。やっぱり、俺は死んだんですね… え!?おならで!?俺おならで死んだの!?」

 

 「え、ええまあ。正確には、落下による衝撃ですが」

 

 「でもおならが原因なのは間違いないですよね!?最悪だよ!おならが原因の死とか残念にも程があるだろ!」

 

 トラクターの勘違いといい、今回の件といい。なんでこうも死に様が残念なやつばかりなのだろう。

 

 「…ずいぶん、大変な思いをされたようですね。せっかく日本から、遠い異世界へと来てくれたのに。せめて来世は、不自由なく生活出来るように転生させてあげましょう」

 

 慈悲深い光り輝くオーラが溢れ出ている。本物だ、本物の女神様だ。これがもしアクアなら、俺の死因に腹がよじれるほど笑い転げているに違いない。

 

 (…でも、そうか。もう会えないのか)

 

 カズマの脳裏に映るのは、ジバニャンやウィスパーの妖怪達。そしてアクア達を始めとする、アクセルで出合った人々。

 

 (…何だかんだ言っても、楽しかったな。お別れは寂しいけど、転生先で無事にやっていくから心配すんな。お前らも、元気でな…)

 

 目に滲む涙を拭い、カズマは温かい光に包まれる。別れの寂しさと、転生先の期待を胸に、カズマは新しい世界へ旅立ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーー完ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なに勝手に終わってんのよ!カズマー、早く帰ってきなさーい!!」

 

 「アクア!?」

 

 「せ、先輩!?」

 

 突如アクアの声が鳴り響き、転生の儀式が中断された。

 

 「カズマ聞いてる?あなたの体はもう蘇生して治ってるから、いつでも戻ってこれるわよ」

 

 「え?マジ?」

 

 「だ、駄目です!カズマさんはもうすでに一度生き返ってますから、天界の規定で二度蘇生することは出来ません!」

 

 「え、そうなの? アクアー、なんか規定とやらで無理っぽいんだけどー!」

 

 「大丈夫大丈夫ー!私が許すからー!」

 

 そんな軽々しく規定を曲げられても困ると、目の前の女神様は頭を抱えている。先程もアクアのことを先輩って言ってたし、日頃から悩まされているのだろう。

 

 「それに早く戻らないと、ウィスパーがディープな人工呼吸しちゃうけどそれでもいいのー?」

 

 「女神様ーー!どうか、どうか今すぐ俺を帰らせてくださいいいい!!」

 

 「わ、分かりましたから!落ち着いてください!」

 

 カズマに肩を激しく揺さぶられ、女神様は仕方なく特例として蘇生することを許可してくれた。

 

 「はあ…もう、こんなこと滅多にないんですからね」

 

 「な、なんかすいません。色々と無茶を言ってしまって」

 

 「…カズマさん」

 

 女神様はくるっと振り返り、人差し指を口元に当てて言った。

 

 「この事は内緒ですよ。私達だけの…秘密ですっ」

 

 「は、はい…」

 

 女の子らしい可愛い笑顔を見せられ、ドキッと心臓が高鳴る。決して色物じゃない、これぞ王道のメインヒロインたる姿。せっかくの異世界生活だというのに、何かが足りないとは思っていたんだ。その答えは、ここだ。求めていたものは、ここにあったんだ。

 カズマの体が光に包まれ、女神様が段々遠ざかっていく。

 

 「め、女神様!せめてお名前を!」

 

 離れたくない。とでも言うように、カズマは必死に手を伸ばす。

 

 「私は女神エリス。カズマさん、あなたのこと、いつでも見守っていますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「え、エリス…様」

 

 「ん〜〜〜、カズマきゅ〜〜〜〜ん!!」

 

 「…っ、ぎゃあああああああああ!」

 

 目を開けると、今まさにウィスパーが人工呼吸する直前の顔が迫っていた。慌てて払い除けたが、戻ってくるのがあと1秒遅かったら、最悪のタイミングで目覚めていたことだろう。

 

 「んも〜、そんなに驚くことないじゃないでウィスか」

 

 「ハァハァ…び、ビックリし過ぎて、危うくまたエリス様のもとに行くところだった」

 

 「エリス?カズマ、あの子に会ったの?元気してた?」

 

 カズマはアクアの顔をジッと見つめる。同じ女神なのに、この違いは何なのだろう。

 

 「な、なによ。そんなに見つめられると照れるじゃない…」

 

 「チェンジお願いしまーす」

  

 「ちょっと!こんな完璧女神を捕まえてチェンジってどういう意味よ!」

 

 もはやいつも通りのアクアと言い合いの光景。またここに帰って来てしまったと、安心やら不安やらが一気に押し寄せる。

 

 (…でもまあ、もうちょっとこの世界で頑張ってみるのもいいかもな)

 

 色々と問題が起きたが、リザードランナーのクエストはこれで完了だ。カズマが姫様ランナーを倒したから、しばらくは大きな群れはなせないだろう。

 死にかけてまで(実際死んだが)苦労して達成したクエストだ。セナからたっぷり報酬を貰わねば割に合わない。一行は屋敷に戻り、カズマは疲れた体を癒やすべく風呂に入る。

 

 (そういえば、帰る途中めぐみんやけに大人しかったな。俺ともあまり目を合わせなかったし、そんなに俺が死んだことがショックだったのか? ふっ、まだまだ子供だな。仕方ない、後で慰めてや…)

 

 脱衣所で服を脱ぎ、風呂場に入る直前。鏡に映し出された自分の姿が目に入る。一回チラッと見て、驚いてすぐに二度見する。

   

 「…な、何じゃこりゃあああああああ!!」

 

 カズマは大急ぎで脱衣所から出て、アクア達が寛いでるリビングにドドドドド!!と走り出す。

 

 「めぐみんはどこだ!あのロリっ子はどこにいる!!」

 

 「めぐみんならしばらく旅に出るとか言っ…わあああああっ!?」

 

 腰にタオル1枚巻いただけのカズマの姿に、ダクネスは赤面して悲鳴を上げる。

 

 「ちょっとカズマくん。女の子もいるんですから、そんな格好で走り回らないでください」

 

 「自信があるのはいいけど、自己主張激しい男は嫌われるわよ」

 

 カズマの下腹部に、聖剣エクスカリバーと落書きがされている。これをやったのはめぐみんであり、カズマがキレることを見越してすでに避難していた。

 死んで心配させたことによる、めぐみんのささやかなお返しである。

 

 「ちっくしょう!こうなったらめぐみんにも、耳なし芳一もビックリするほど体中に落書きしてやるうううう…って、あ」

 

 「…ふっ」

 

 タオルがスルリと落ちて、カズマの聖剣(笑)を見たアクアに鼻で笑われたのだった。

 

 

 

 

 



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魔ウンテン

 「めぐみん、もう帰っても大丈夫ニャン?」

 

 「いつまでも帰らないわけにはいきませんし、流石にカズマの機嫌もそろそろ治ってますよ」

 

 前回、カズマにイタズラをしてキレさせためぐみん。ここ数日はジバニャンと一緒にゆんゆんの宿に避難していたが、ほとぼりが冷めた頃を見計らって帰ってきたのだ。

 

 「…ただいまで〜す。か、カズマ〜?」

 

 忍び足で静かに屋敷に入り、リビングの様子をそ〜っと確認する。

 

 「カズマ様、アクア様。最高級のお紅茶が入りました」

 

 「うむ、苦しゅうないわ。少ないけど取っておきなさい」

 

 「ありがたき幸せ」

 

 「カズマ様。はい、あ〜ん。おいしいですか?」

  

 「あ〜ん。うん、おいち〜。は〜い、お返しに君も、あ〜ん」

 

 「も〜う、カズマ様ったら〜」

 

 「…な、何をやってるんですかーーー!!」

 

 リビングに見知らぬ複数の執事やメイド達が、カズマとアクアに御奉仕していた。アクアはイケメン執事の頬を札束でペチペチ叩き、カズマは美人のメイドさんに料理を食べさせて貰っている。

 たった数日留守にしただけで、この変貌っぷり。めぐみんは申し訳なさそうにしているダクネスに問い詰める。

 

 「ダクネス!いったい何があったのですか!」

 

 「じ、実はな…」

 

 ダクネスの話を簡単にまとめると、カズマはバニルと新しい契約を交わした。カズマの持つ現代日本の知識に目をつけ、バニルがそれを高く買い取ってくれると言うのだ。

 一括で3億、月々の分割なら百万。それだけの大金が入ることが確定したカズマとアクアは、それはもう浮かれに浮かれまくった。こうして臨時の使用人を雇い、似非セレブを気取っているのだ。

 

 「…はあ、まったくもう。お金があるのはいいですが、流石に調子に乗りすぎです。ウィスパーは何をしていたのですか? こういう時こそ、二人の暴走を止めるのが役目でしょうに」

 

 「ウィスパーならあそこに」

 

 ダクネスが指差した先には、ウィスパーがたらふく料理を食べて酒を飲んでいる姿があった。

 

 「役に立たないやつニャン」

 

 「もういいです、あんな紫唇は放っておきましょう。それより、あなた達ももういいですから。早く帰ってください」

 

 リビングに溢れていた沢山の使用人達。めぐみんに帰らされ、ぞろぞろと屋敷から出ていく。

 

 「ちょっと〜、なにするのよめぐみん」

 

 「せっかくルネッサンスな気分を味わっていたのに台無しじゃないか」

 

 「何がルネサンスですか。似合わないバスローブまで着て、はっきり言って気持ち悪かったですよ」

 

 帰ってきた時は何ごとかと思ったが、お金に余裕がある状況自体はめぐみんも悪くないと思っている。これで心に余裕が出来て、クエストも捗るだろう。

 

 「え?もうクエストなんか行かないよ。俺は商売で生きていくことに決めたから」

 

 「なっ、なんですと!?」

 

 「だいたい、お金があるのに何で働かなきゃならないんだよ。冒険者なんてやめやめ、これからはぬる〜く生きていくさ」

 

 明らかにやる気をすっかり無くしているカズマ。お金というのは、こうも人を堕落させるものなのか。

 

 「カズマ、魔王退治はどうするニャン?」

 

 「魔王退治〜?はっ!そんなもん、他の凄腕冒険者を金で雇って、そいつらにやらせればいい。俺は一番後ろから優雅に戦いを眺めて、最後においしいところを持っていってやる」

 

 「さすがカズマくん、清々しいほどのゲスっぷりでウィス〜」

 

 「魔王をなんだと…!」

 

 カズマのだらけきった考え方に、めぐみんが呆れを通り越して怒りを覚えている。そうじゃないだろうと。魔王との最終決戦はお互いに死力を尽くし、秘めたる力を覚醒させて戦うものだと夢見ていたのに。

 目の前のこのダメ男ときたら、自分が楽をすることしか考えていない。

 

 「それに、俺はこの前死んだばっかりで疲れてるんだ。せめてもう少しくらいゆっくりさせてくれ」

 

 「…分かりました。では湯治に行きましょう」

 

 「湯治?」

 

 「ええ。アルカンレティアという、温泉で有名な街があるんです。そこならば、カズマの疲れも綺麗さっぱり癒えますよ」

 

 温泉。そう聞いたカズマは、少し心が揺らぐ。温泉で有名な観光地なら、あわよくば混浴もあるかもしれない。そしてあわよくば、現地の美しいお姉さん方と裸の付き合いが出来るかもしれない!

 

 「温泉かー、俺は別にどっちでもいいんだけどー、皆がどうしても行きたいっていうなら〜…

よし行こう」

 

 「判断が早い」

 

 カズマが何を考えてるか、長い付き合いのウィスパーは手に取るように分かった。

 

 「アルカンレティア!いいじゃない!是非みんなで行きましょう!!」

 

 何故かアクアはやけに乗り気だったが、全員でアルカンレティアに行くことに決定した。

 

 (…はあ、まさかまたあの街に行くことになるとは。これは相当覚悟して行かねばなりませんね)

 

 提案した張本人のめぐみんだったが、その思惑はずいぶんと不安に満ちているものだった。

 そして翌日。カズマは出発前に、ウィスパーと一緒にバニルがいるウィズの店に立ち寄った。商売契約を交わしてるバニルには、数日留守にすることを報告しないといけない。

 

 「む、小僧とホニョホニョか。こんな朝早くにどうしたのだ?」

 

 「これから温泉旅行に行くんだよ。何日か留守にするから、契約の返事はもうちょっと待ってて貰えるか?」

 

 「ああ構わんぞ。混浴という淡い夢を期待しているのを、邪魔するわけにもいかんしな」

 

 「べ、別に期待してねーし!」

 

 心を見透かされて、カズマは動揺する。

 

 「それよりあの〜、わたしの相方が黒焦げになっている方が気になるんでウィスけど…」

 

 カズマとウィスパーの足下に、黒焦げで瀕死になっているウィズが転がっている。バニルがため息を吐き、カズマ達がここに来る直前のことを話した。

 どうやら例によって、ウィズがまた使えない魔道具を勝手に仕入れたらしい。それも大量に。

 

 「まったく、このポンコツ店主に店を任せていたら永遠に黒字にならん。むしろ今まで潰れなかったのが不思議なくらいだ」

 

 「そ、そんなに酷いのか…」

 

 「売れば売るほど赤字になると言われてますからね。ウィズさんの店…」

 

 せっかくバニルが店の景気をよくしようと努力してるのに、それを無にするどころかマイナスにしてしまうウィズの商才。大悪魔と恐れられるバニルも、ほとほと困り果てていた。

 

 「そうだ、温泉旅行に行くのだったな。ちょうどいい、このポンコツも一緒に連れて行ってやってくれ」

 

 「いいのか?これでもウィズは一応店主だろ?」

 

 「カズマくん、何気に酷い」

 

 「これ以上、またおかしな物を仕入れられても困るからな。それに、こやつを連れていけば…

一緒に風呂に入れるかも」

 

 「責任持って預からせていただきます」

 

 「カズマくん、欲望に正直過ぎでウィス…」

 

 いつの間にかウィズを背負い、男前な声で応えるカズマ。背中に当たる柔らかい感触を楽しみつつ、アクア達のところへ向かう。

 

 「悪い悪い、ちょっと待たせたな」

 

 「遅いわよ!カズマがもたもたしてるから、お目当ての馬車が行っちゃったじゃない!」

 

 馬車の待合所に来たが、アルカンレティア行きの馬車はほとんど残っていない。あるのはくたびれたお爺さんの馬車と、せいぜい二人か三人乗りの小さな馬車だけだった。

 

 「ま、まあまあ。まだ俺たちが乗れるやつが 一台残ってるんだからいいじゃないか」

 

 「もー、いい馬車で快適な旅をしたかったのにー」

 

 目当ての馬車に乗れなくて、アクアは頬を膨らませて不満そうだ。

 

 「カズマ、なんでウィズを連れてるニャン?」

 

 「え?いや、ほら、せっかくの旅行なんだし、人数は多いほうが楽しいだろ?」

 

 「…ん。あれ?ここは…」

 

 「カズマくん、ウィズさん起きましたよ」

 

 ウィズが目覚め、カズマが状況を説明する。

 

 「バニルが厄介払い…じゃなくて、店主の仕事で日々大変だから、たまには温泉でもどうかな〜って」

 

 「温泉ですか?いいですねえ、誘ってくれてありがとうございます」

 

 「でもどうするのよ。この人数だと席が1人分足りないわよ」

 

 馬車に座れるのは四人まで。余った一人は後ろの荷物用の台に乗らなければならない。ウィズが気を使って荷台に乗ると言ったが、ここは公平に決めるべきだ。

 

 「それじゃあ、手っ取り早くじゃんけんで決めるのはどう?」 

 

 「いいと思います」

 

 「私も、異論ない」

 

 アクアの提案で、5人でじゃんけんをすることに決まった。飛べるから座らなくてもいいウィスパーと、めぐみんの膝に乗るジバニャンは除外。

 

 「じゃん〜けん…ぽんっ」

 

 カズマがチョキ、それ以外はパーを出して、カズマの一人勝ちが確定する。

 

 「よし、まずイチ抜けだな」

 

 「ちょ、ちょっと待ってよ!勝ち抜き戦なんて言ってないでしょ。5人でじゃんけんして、誰か一人負けるまで続けるわよ」

 

 「中々終わらんわ、そんなじゃんけん」

 

 カズマの一人勝ちが納得いかず、アクアが新たなルールを提案する。しかしそれでは時間がかかるので、カズマとアクアが一騎打ちをすることになった。

 

 「三回勝負して、一回でも俺に勝てたらアクアの勝ちでいいぜ」

 

 「ほんとにいいの?ねえカズマ、確率の計算って知ってる?後で言い訳しても遅いんだからね!」

 

 じゃんけんぽん、じゃんけんぽん、ジャンケンぴょん! 三回やって、全てカズマのストレート勝ち。

 

 「どういうこと!?絶対ズルしたでしょ!

じゃなきゃ三回連続で負けるなんてありえないわ!こんなのおかしいじゃない!」

 

 「おかしいなら笑え」

 

 「プークスクスクス!!」

 

 「泣け」

 

 「うわ〜〜〜ん!!」

 

 「おもちゃかお前は」

 

 アクアが泣きの一回を懇願して、仕方なくもう一度勝負してやる。

 

 「ブレッシング!これで私の運気は上がったわ!」

 

 「汚え!そんなのありかよ!」

 

 「運も実力のうちよ。さあ勝負よカズマ!」

 

 「…ああいいぜ。こうなったら、俺も本気でやってやる」

 

 魔法で運気をアップさせたアクアに対し、カズマもこれまで以上の気合を見せる。

 

 「ね、ねえカズマさん…?じゃんけんよね?

ただのじゃんけんをするのよね…?なんか髪が異常に長くなってるんですけど…」

 

 カズマの髪が天へと高く伸び、筋骨隆々の姿に変貌する。足を大きく開き、右拳を力強く握りしめる。

 

 「方法は分からニャいけど、強制的に成長したニャン…!」

 

 「これ以上は駄目でウィスカズマくん!一体、この先どれほどの…!」

 

 「待って待って!何する気!?ねえ何する気!?」

 

 「最初は…グー。じゃん、けん…グーーー!!」

 

 「ひいいいい!?」

 

 ありったけを込めたカズマの右拳。アクアの顔面を無慈悲に砕いたと思われたが、寸前のところで止まっている。カズマはグー、ビビったアクアの手はぎこちないチョキの形をしていた。

 

 「はい俺の勝ちー」

 

 「ず、ズルい!そんなの反則よ!納得いかない〜!!」

 

 地面を転がりながらアクアは駄々をこねる。この後も何度かカズマと勝負をしたが、結局はカズマの全勝だった。

 

 「もういいだろ、そろそろ行くぞ」

 

 「いや〜!私が勝つまでやるの〜!」

 

 「アクアさん、完全に駄々っ子でウィス」

 

 「あんまりわがままばっかり言ってると、ここに置いて行くからな」

 

 「ゔぅぅ〜〜〜〜っ!!」

 

 半泣きで悔し涙を見せているアクアだったが、しばらくして荷台行きになることを渋々認めた。アクア以外の四人は馬車内の席に座り、いよいよアルカンレティアへの旅が始まる。

 

 「今日は天気がいい。優雅な旅になりそうだ」

 

 子供の頃、父に王都へ連れて行って貰ったことがあるダクネスは懐かしさに浸っている。

 

 「それじゃあ、お願いしまーす」

 

 「はあぁ〜い…ゴホッゴホッ」

 

 「大丈夫でウィスかねぇ」

 

 「なんか頼りないニャン」

 

 御者は年老いたお爺さんで、カズマとウィスパー、ジバニャンは少し心配になる。少しふらつきながら運転席に座り、プルプル震えた手で手綱を握る。

 すると、目がカッ!!と見開き、老人とは思えぬ力強い声で叫んだ。

 

 「おっしゃあ!ぶっ飛ばすぜベイベー!!」

 

 「へ?」

 

 突然の豹変ぶりに、呆気に取られるカズマ達。手綱を勢いよく打ち鳴らすと、馬が甲高い(いなな)きを囀る。

 

 「うわああっ!?」

 

 「酷い運転ウィス!」

 

 「いきなり飛ばし過ぎニャンー!」

 

 猛スピードで馬車が走り出す。荒すぎる運転に、馬車の中は激しく揺れる。

 

 「ひいいい!落ちる―!!」

 

 荷台のアクアは振り落とされないよう必死にしがみつく。

 

 「こ、これ絶対妖怪の仕業だろー!」

 

 「はっはっはっ、ま〜たそのようなことを仰る。ちょっと調子に乗って、スピードを出しすぎちゃうなんて運転あるあるでウィス。そんなことまで妖怪のせいに…」

 

 「いた!」

 

 「いるんか〜い!!」

 

 カズマがウォッチを照らすと、お爺さんの近くに妖怪が。

 

 「はいはい〜!物知り妖怪ウィスパーの出番でウィス!あ〜、あの妖怪はあれですよ。山がハンドル持ってるんで、いかにもまあ運転とか関係してそうな感じではありますが」

 

 「答え出たぞ」

 

 「え?あっ、ありました!あれは妖怪魔ウンテン!!」

 

 「どけどけ〜!そこどけウンテン〜!!」

 

 ゴーケツ族、魔ウンテン。とにかく速く走ることが第一で、安全運転は二の次。

 

 「取り憑いた人に危険な運転させちゃう妖怪で、妖怪不祥事案件のいわゆる…普段大人しいのに、ハンドル握ると性格変わる人っているよね〜。を引き起こす妖怪でウィス!」

 

 「ハンドルじゃなくて手綱だろ!すいませーん、もうちょっとスピード緩めて貰ってもいいですかねー!?」

  

 「俺は地獄の案内人だぜ!ふぉーーーー!!」

 

 「駄目だ話にならねえ」

 

 「完全にハイになってるニャン!」

 

 御者のお爺さんは魔ウンテンに取り憑かれたせいで、馬車を爆走させている。カズマの説得にも耳を貸そうとしない。

 周りの人々も、いつもなら道行く馬車を温かく見送ってくれるのだが、安全運転を度外視した馬車の走りに近寄れずにいた。

 

 「今の馬車、めぐみんが乗ってたような…」

 

 遠ざかって行く馬車を、ゆんゆんが後方から見つめている。つい先程、勝負をしようとめぐみんの屋敷に向かったのだが、すでに出発した後だったから戻ってきたところだ。

 

 「す、すいません。あの馬車はこれからどこに行くんですか?」

 

 近くにいたおじさんに、馬車の行く先を聞く。

 

 「アルカンレティアだよ。カズマ達、これから温泉旅行に行くんだってさ」

 

 「あ、アルカンレティア!?温泉旅行…」

 

 アルカンレティアと聞いてビクッとするが、仲間と一緒に温泉旅行に行くめぐみんが羨ましくもあった。

 

 「…いいなあ。皆と旅行かぁ、私も行ってみたいなあ」

 

 「じゃあ、行くずら」

 

 「へ?」

 

 「行きたいなら、行けばいいんズラ」

 

 「こ、コマさん!コマじろうさん!?」

 

 いつの間にか隣にいたコマ兄弟。今は人間ではなく妖怪の姿だが、妖怪ウォッチに触れたゆんゆんも見えている。

 

 「ゆんゆん。もう少し、自分に正直になってもいいんずら」

 

 「コマさん…うん!」

 

 コマ兄弟に背中を押され、ゆんゆんは残っている一台の馬車に乗り込む。

 

 「すいません!あ、あの前の馬車を追ってください!」

 

 「ま、前の?よ、よく分からんが了解!」

 

 御者のおじさんは戸惑いながらも、快く引き受けてくれた。

 

 「オラたちも!」

 

 「もちろん行くズラ!」

 

 「よーし、待ってなさいよめぐみんー!」

 

 こうして三人も、爆走馬車を追いかけアルカンレティアを目指す。

 そして肝心のカズマ達は、何やらモンスターの大群に追われているところだった。

 

 「なんかモンスターがいっぱいこっち来てるんだけど!?」

 

 「あれは走り鷹鳶だぜボーイ!硬い獲物目掛けて突っ走る習性があるクレイジーなモンスターだ!ヒャッハー!!」

 

 ハイになってる御者のお爺さんが説明する。今は繁殖期らしく、群れをなしてチキンレースの真っ最中。本能的に硬い獲物を狙ってるのだが、今この場にそんな物なんて…

 

 「カズマ!あの獣達、血走った目で私を見つめている!繁殖期で興奮したオス共め、その荒い息づかいがここまで聞こえているぞ!」

 

 「やっぱりお前かよ!」

 

 走り鷹鳶は、ダクネスの鎧と高い防御力につられて走っている。あの数の群れに突撃されたら、こんな馬車など一溜まりもない。

 

 「お爺さん、馬車を止めてくれ!俺達があいつらを何とかするから!」

 

 「悪いが、それは出来ねえ。俺の心のブレーキはとっくに外しちまってんのさ」

 

 「外れてるのは頭のネジだろ」

 

 お爺さんは馬車を止める気はなく、逆にスピードを上げてきた。

 

 「こうなったら走りながら戦うぞ!ウィズ、御者のお爺さんを守ってくれ!」

 

 「わ、分かりました!」

 

 「めぐみん、いつでも爆裂魔法を撃てる準備を!」

 

 「了解です!」

 

 「おいアクア!お前は……アクアがいない!!」

 

 いつの間にか、荷台に乗っていた筈のアクアの姿が見当たらない。

 

 「アクアのやつ、こんな時にどこ行ったんだ!?」

 

 「カズマくん!あそこ!」

 

 ウィスパーが指差す方向を見ると、後ろの方でアクアが泣きながら走っていた。どうやら、気付かないうちに馬車から落とされたらしい。

 

 「待って〜〜!お願いだから乗せて〜〜!!」

 

 必死に馬車を追いかけるアクア。その後ろから、走り鷹鳶の群れが砂煙を起こして迫っている。

 

 「アクアーー!お前のことは忘れない…!」

 

 「諦めるの早すぎるわよー!!」

 

 「ボトムレス・スワンプ!」

 

 ウィズが魔法を放ち、巨大な沼を出現させる。それにより、大半の走り鷹鳶を仕留めるのに成功した。

 

 「おお!ナイスだウィズ!」

 

 「さすがでウィス!」

 

 「まだ駄目です、さすがに全部は止めきれません。…ですので、アクアさん!」

 

 「ハァハァ…な、なに〜?!」

 

 「後は頑張って走ってください!」

 

 「えーーーー!?」

 

 意外とスパルタなウィズに軽く絶望する。その後、死ぬような思いで全力疾走したアクア。何とか馬車に追いつき、命からがら生還した。

 

 「し、死ぬかと思った…!」

 

 「よし、残りは適当なところに追いつめて、めぐみんの爆裂魔法で…うわあっとお!?」

 

 少し大きめの石に躓き、馬車がガタン!!と激しく傾く。

 

 「うわああっ!?」

 

 「ダクネス!」

 

 「今度はダクネスが落ちたニャン!?」

 

 馬車から身を乗り出して、走り鷹鳶に夢中になっていたダクネスが落車する。カズマは素早く、馬車の中に用意されていた縄を投げた。

 

 「ダクネス!これに掴まれ!」

 

 「すまないカズ…マあああああっ!!」

 

 縄を掴んだはいいが、ダクネスは爆走する馬車に引きずられる形になってしまった。カズマはダクネスと繋がってる縄を離さないよう、必死に踏ん張る。

 

 「ぐおおお…!だ、大丈夫かダクネスー!」

 

 「んああああっ!!ガリガリ引きずられて鎧から変な音が聞こえる!おまけに縄が体に食い込んで…ッ!み、見るな!こんな私を見るなああああ!!」

 

 「案外大丈夫なようでウィスね」

 

 乱暴に引きずられて、石や硬い地面に体を擦り付けられる。しかも縄が変な風に体に巻き込み、偶然にも亀甲縛りの格好になっていた。

 

 「カズマくん!このままじゃ色々とアウトでウィス!」

 

 「分かってる!もうこうなったら、無理矢理にでもお爺さんを魔ウンテンから引き離して…」

 

 「大変ですカズマさん!」

 

 「どうしたウィズ!」

 

 「さっき馬車が揺れた衝撃で、お爺さんが頭をぶつけて気絶してしまいました!」

  

 「な、なんだってーーー!?」

 

 大きなたんこぶを作り、御者のお爺さんが手綱を握ったまま気を失ってる。おかげで魔ウンテンもどこかに行ったが、大ピンチなことに変わりない。

 

 「ウィズ!悪いが御者を頼む!」

 

 「は、はい!」

 

 「カズマくん、どうするんでウィス!?」

 

 「ど、どうするって言っても…ん?」

 

 ふと、後ろを振り返るカズマ。その先にはトンネルがあり、入口は広いが出口は先細っているのが分かる。

 

 「ウィズ!あのトンネルに入ってくれ!」

 

 「トンネルに?わ、分かりました!」

 

 「カズマ、何をするつもりですか?」

 

 「あのトンネルで、走り鷹鳶を一網打尽にする。出口が狭いから、あの数の群れが一度に出てくることはない。上手く出れなくて渋滞してるところを…」

 

 「私の出番というわけですね!」

 

 「そういうことだ!行くぞ!」

 

 走り鷹鳶を引き連れ、カズマ達の馬車がトンネルに入っていく。それを、後ろから追いかけていたゆんゆんの馬車が目撃する。

 

 「あれ?あのトンネルに入っちゃった」

 

 「どうしますお客さん」

 

 「え、え〜と…」

 

 「ゆんゆん!ここは迷わず追うずら!」

 

 「う、うん!おじさん、私達もあのトンネルに入ります!」

 

 ゆんゆん達を乗せた馬車がトンネルに入った頃、カズマ達はそろそろ出口に差し掛かっていた。

 

 「もうすぐトンネルを抜けるぞ!めぐみん、準備はいいか!」

 

 「いつでもいけます!」

  

 外の光がだんだん近付いてくる。トンネルを抜け、カズマの狙い通り走り鷹鳶たちは出口付近で立ち往生している。

 

 「今だめぐみんーーー!!」

 

 「エクスプローーーー」

 

 「めぐみーーーーん!!!」

 

 「ジョン!!って、ゆんゆん?」

 

 

 

 ドオオオオオオオオオオン!!!

 

  

 

 大轟音を立て、パラパラとトンネルの破片が飛び散る。作戦通り走り鷹鳶は討伐したが、カズマとめぐみんは呆然と眺めていた。

 

 「…今、ゆんゆんの声が聞こえたような気がしたんですが」

 

 「…気のせいだろ」

 

 「カズマさん。後ろの方で誰かの声がしたんですが、何かあったんですか?」

  

 ウィズの声がけにすぐに答えず、二人は何とも言えない表情で崩れたトンネルを見つめる。

 

 「…あー、うん。大丈夫大丈夫」

 

 「元気に手を振ってますよ…」

 

 夕焼けを背に、馬車は目的地へ進む。そしてとうとう、アルカンレティアの街が見えてきた。魔ウンテンの爆走運転のせいで色々と酷い目に合ったりしたが、そのおかげか予定よりかなり早く到着した。

 

 「つ、着いた…!」

  

 「酷く疲れたでウィス〜…」

 

 「早く休みたいニャン…」

 

 着いた頃にはもう夜になり、カズマ達はボロボロのヘトヘトになっている。こんな状態ではろくに歩けない為、今日のところはすぐに休んで、観光は明日からに決まった。

 

 「宿のほうはどうなってるんだ?」

 

 「御者のお爺さんが、さっきようやく目を覚ましたわよ。お客さんを色々危険な目に合わせて申し訳ないから、代わりに知り合いの良い宿を紹介してあげるって」

 

 それはありがたい。お爺さんは魔ウンテンに取り憑かれていただけだし、走り鷹鳶はダクネスにつられて寄ってきたから少し悪い気もするが。ご厚意は受け取っておこう。

 

 「それじゃあ早速その宿に行きましょう。早く寝て、明日から…」

 

 「め、めぐみん〜…」

 

 「ゆ、ゆんゆん!?」

 

 暗闇の中、ふらふらのゆんゆんが棒を付きながら現れた。爆裂魔法の余波を受けたゆんゆんだったが、何とかトンネルから脱出。馬車もほとんど半壊し、満身創痍でやっと追いついたのだ。

 

 「や、やっと会えたわね…!今日こそ、長年の決着を〜…」

 

 「ゆんゆん、しっかりするずら」

 

 もうゆんゆんも体力が残っていない。倒れそうになるところを、コマさんとコマじろうに支えられている。

 

 「とりあえず、勝負は明日にしませんか?お互い疲れてますし」

 

 「そ、そうね…」

 

 「それと、格好には気を付けた方がいいですよ。あの変態が先ほどからチラチラ見てますからね」

 

 「格好…?きゃあ!」

 

 爆裂魔法の余波を受けたせいで、ゆんゆんの服がボロボロになっている。ところどころ破けて、結構際どい感じになっていた。

 

 「カズマ、見ちゃダメニャン!」

 

 「みみ、見てねーし!」

 

 「じゃあ指の隙間閉じたらどうでウィス?」

 

 「もう、しょうがないですね」

 

 めぐみんは自分のマントを外して、ゆんゆんに渡す。

 

 「久しぶりにここに来たんですから、少しはゆっくりしましょう。温泉でも浸かって」

 

 「めぐみん…」

 

 「久しぶり?めぐみん、前にもここに来たことあるのか?」

 

 「ええ、まあ…」

 

 「そうなのか。その割には、なんか浮かない感じだけど」

 

 めぐみんだけじゃなく、ゆんゆんも少しそわそわしている。温泉で有名な観光地なんだから、もっと嬉しそうにしても良さそうなのに。

 

 「ようこそアルカンレティアへ!旅のお方よ!」

 

 「仕事探しはアクシズ教が一番!」

 

 「今なら、100人入っても大丈夫!!」

 

 「な、なんだなんだ!?」

 

 いきなり複数の現地住民に囲まれるカズマ達。歓迎は嬉しいのだが、何故かやたらとアクシズ教を宣伝してくる。

 

 「アクシズ教は素晴らしいですよ!今一番トレンディで、ナウなヤングにバカ受けです!」

 

 「アクシズ教に入るだけで宝くじにも当たるし、札束風呂にだって入れるんですよ!」

 

 「おかえりなさい冒険者様。入信にする?冒険にする?それともせ・ん・れ・い?」

 

 「アクシズ教以外の選択肢はないのか」

 

 詰め寄ってくるアクシズ教の人達に、カズマは嫌な予感がした。

 

 「お、おいアクア。ここってまさか…」

 

 「ふふん、気付いた?そうよ、ここは水の女神を崇める地。つまり、アクシズ教団の総本山なのよ!!」

 

 アクシズ教の総本山。よりによって、変わり者の巣窟に足を踏み入れてしまった。カズマは疲れがドッと出て、早くも帰りたくなったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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