トライ×ライブ! ~Rainbow Generations~ (がじゃまる)
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プロローグ 始まりの鼓動

迷いに迷いましたが今を逃すとやる機会が無くなりそうなので思い切りました()

ゼロライブ続編です……前作を読んでくださった方にも初見の方にも、どうかお楽しみ頂けたらと思います


 

 

三世ウルトラマン。親の七光り。温室育ち。思い起こせば、脳裏を過る言葉は数多くある。

 

嘲りや嫉心を吐きかけられる度に過るのは、強く、偉大な……父親の顔だった。

 

 

―――タロウの息子。

 

 

最も重く、醜い響きで掻き鳴り続ける不愉快なレッテル。

 

誰もかれもが俺をそう呼ぶ。背後の強すぎる威光は俺の名前すらも眩く覆い、翳ませる…………だからこそ俺が他でもない、˝俺自身˝であると証明したかった。

 

 

あの時の俺に纏わりついていたのはきっと、そんなしがらみだったのだろう。

 

 

***

 

 

際限なく広がる暗闇に星々が瞬く宇宙空間。

本来静謐が満ちるはずのそこに騒々しさを齎すのは、幾度となく上がる爆発と轟音だった。

 

『シュアァッ!』

 

光の軌跡が闇を駆け、咆哮が散華する。

宇宙警備隊に巨獣の群れ。蒼を湛えた惑星を中心に展開される両者の衝突に混じり、一人の戦士が飛翔した。

 

『ッッ――――――!!!』

 

『テェヤッ!』

 

迫る咢を回転運動で回避し、掌底を埋める。

戦場に置いた身体は鋭敏に敵の接近を知らせてくれる。360度全方位に存在する気配を知覚しつつ、射程に位置する影を的確に処理してゆく。

 

『うおおぉぉぉぉッッ!!!』

 

手甲を介した虹色の光線が巨獣を穿ち爆散。

勝利を告げる巨獣の断末魔が肌を震わせる度に沸き立つ自信が心地よい。自分はもう一人の戦士であると告げるようだった。

 

 

行ける。戦える。焔となって沈んでゆく骸を横目に強く思う。

上げた戦果は他の警備隊員に引けを取らない……むしろ勝ってすらいるはずだ。

 

 

だがまだ足りない。自分の存在を証明するためにはもっと派手で、大きな結果が要る。

 

 

 

……直後の悲劇を招いたのは、そんな焦りと慢心だったのか。

 

 

 

『˝タイガ˝ッッ……!』

 

『え……』

 

自分の名を呼ぶ声が張り上がった。

 

その主が誰であるかを理解すると共に、遥か彼方から飛来する青黒い稲妻を認識し―――、

 

『ぐあああぁぁぁぁッッ……!!!』

 

迸った轟雷に身体を貫かれる。

理解はおろか苦痛すら追い付く間もなく光となった肉体は霧散し、やがてはその粒子すらも宇宙の闇に溶けていった。

 

 

 

これがこの星でいう―――10年前の出来事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対岸の火事、などと言う言葉がある。

 

文字通りの対岸で起きた火事。当事者にとっては災難であっても、関係のない自分には少しも痛痒を覚えない様を例えた言葉。最早この世界では当たり前になりつつある考えだ。

 

例えそれが、誰かにとっての世界が壊れるほどのものであっても。

 

 

 

紅蓮の中で揺れる炎。

泣き叫び、救いを求めた声も届かず、何もかもを屠る厄災の影にただ震えた、ただ奪われるだけの悪夢が現実へと侵攻してきた日の記憶。

 

それでも世界は変わりはしない。そこにある文明には何ら変化を及ぼさず、社会は廻り続け、やがてはその厄災を忘れ去ってゆく。これがこの世界での普通なのだから。

 

 

 

けど、少なからず。

 

あの日、確かに俺の世界は………崩れ去ったんだ。

 

 

***

 

 

「……ん」

 

嫌な夢を見た。

目前に控えた春の気配に浮足立つ教室の中、ただ一人苦悶を滲ませた少年は額の脂汗を拭う。

 

「―――君達の高校生活最初の一年を彩れたならよかったです。学年が上がっても気軽に話しかけてください」

 

既に締めへと入っていた教師の答辞に遅れて状況を把握する。呼び起こされるのは自分にとっては中身のないその時間は少々退屈だったという記憶。

 

齎された不快感は、そうして眠りこけたことへの罰なのか。

 

「これで先生からは以上です。一年間ありがとうございました」

 

気まぐれに良心が働き、最後くらいはと耳を傾けたのも束の間だった。

語末に謝辞を据えた教師の言葉と共に教室を満たす解放と感慨の空気。クラスメイトの醸すそれに居心地の悪さを覚え、そそくさと最後の日となる教室を後にする。

 

「はぁ……」

 

溜息をつきつつ進む廊下は閑散としている。通過する教室ではどこもその時を噛み締めるような同級生が散見された。

もしや彼女達も……と一瞬の懸念が過るが、直後にそれは杞憂となって消える。

 

「あ、雄牙―!」

 

校舎と呼ぶには少々規模の大きい建物。全階に渡る吹き抜けの向こうに慣れた二人の少女を視認する。

間もなく歩みを重ねた彼女達の醸す空気に少年―――瀬良雄牙(せらゆうが)は、ようやくその表情を弛緩させた。

 

 

 

 

 

 

 

「いやー! 終わったねぇ終業式! 今日から春休みだぁ!」

 

東京、お台場の臨海部に構える逆三角錐の校舎。いつ見ても学校とは思い難いその建物から出で、今しがた合流した少女二人と並び歩く。

その一方、毛先の脱色した髪を二つ結びに纏めた少女―――高咲侑(たかさきゆう)は高揚気味に提案する。

 

「ねぇ歩夢、雄牙。帰りにどこか寄ってこうよ。ほら、高校一年生最後の思い出作りというやつに」

 

「……お前もそのクチか」

 

「どういうこと?」

 

「こっちの話。……てか、そういうの普通クラスの連中とするもんじゃないのかよ」

 

「ん~……そうかもだけど、私としては、歩夢と雄牙との方がトキめくなーって」

 

「…なんだそれ」

 

「まあまあ、侑ちゃん今テストも終わって舞い上がってるから、付き合ってあげようよ」

 

もう一方、今しがた小声で耳打ちをしてきたのが上原歩夢(うえはらあゆむ)。特徴的な淡い髪色とシニヨンを揺らし笑みを作る様ももう見慣れたものだ。

 

「侑ちゃんはどこか行きたいところあるの?」

 

「う~ん。そうだなぁ……」

 

などと侑が首を捻る間にも足は自ずと進む。

 

自分達の通う学校―――虹ヶ咲学園が位置するお台場は商業施設が多い。ショッピングモールやゲームセンター、映画館などレジャースポットは数多ある。とどのつまりお年頃の女子高生二人が遊ぶ分には申し分のない立地なのだ。

 

加え高校入学以降は放課後にこの三人での寄り道など常の事。こんな時にどこへ向かうべきかなど、自然と身体に染み付いているものだった。

 

「とりあえず適当にふらふらしようよ。私、歩夢に似合う服探したいな~」

 

「もう、たまには侑ちゃんの服も見ようよ」

 

女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだが、実際二人でも十分賑やかなものだ。

だがこの二人に限ってはそれも心地よい。普段通りに、旧懐にも近い感覚を抱きながらその背中を追わんとした瞬間、不意に音を鳴らした携帯電話に雄牙は眉を寄せた。

 

「ッ……」

 

取り出したそれを確認し、いの一番に意識を射止めた文字列。

 

「侑、歩夢」

 

その文面が何であるかを理解すると共に前方の二人へとその画面を向ければ、彼女達もまた同様の表情を作った。

 

「ちぇ~、こんな時に~」

 

「…仕方ないよ。こっちの都合が通じる訳じゃないんだし……」

 

「…残念だけどお預けだな。警戒区域はこの辺だけみたいだし、今日は大人しく帰るぞ。思い出作りはまた今度な」

 

雄牙のそれが皮切りとなるように、周囲の人々の懐や鞄からも同様の()()()が鳴り響く。

瞬時に空気感の塗り替わってゆく街並み。見上げた空ではその様を眺めるように、重低音を伴う影が飛翔していた。

 

「……また今度、か」

 

 

東京の街を満たした音の洪水は天へと向けた零しをも覆い隠す。

この声は今日もまだ、届きそうになかった。

 

 

 

 

 

 

˝光の巨人˝が地球を守り抜いた戦いの終結から、早10年。

移ろいゆく時代の中、世界は、人々は、新たな当たり前を受容しつつあった。

 

 




作中にもあった通り、今作は前作から10年後の世界となります
冒頭の描写は実はゼロライブのどこかと繋がっていたり……?

ともあれ数年単位で温めていた作品をようやく形にできました

全力で見切り発車ですがこれからよろしくお願いします!!


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第一部
1話 運命と邂逅


さあ本編スタートと行きましょう


 

 

『ぅ……』

 

閉ざされていた視界に光が差す。久方ぶりに眼が映す景色はほの暗い星々の灯りだったが、それでも長らく暗闇の中にあった自分にはこの上ない輝きだった。

 

一体幾年の月日が流れたのか。この身体では最早確かめる術もない。ただただ実像を失い、光の粒子となった身体を宇宙空間に漂わせる。どうやら思念体を動かせる程度のエネルギーは回復しているらしい。

 

だがそれもおかしな話だ。体感的にではあるがそれなりの年月が流れているのにも関わらず、飛び抜けた回復力を有する種族である自分の状態がたったこれだけしか癒えていないとは到底信じ難い。

 

原因があるとするならあの瞬間……一撃でこの肉体を消滅させた黒雷が何らかの作用を及ぼしていると考えるべきか。

 

ともかくこのままでは埒が明かない。早急に何か肉体を回復する術を探さねば……、

 

『あれは……』

 

全方位を囲む代り映えのしない光景の中、ただ一つの星に強く意識を引かれる。

 

一目でわかった。緑が茂り、蒼を湛えた惑星。それは自分達の一族にとって特別な意味を持つ星だ。

 

『……』

 

気付けばその星へ向かわんとしていた。

 

第二の故郷。そこへ降り立った同胞達は皆そう口にする。けれど今はそんなことに興味はなかった。

 

同胞達は同時に、その場所での戦いを経て名を上げている。父は勿論、兄弟子だってそうだった。そして次元は違えど、あの星もまた˝地球˝であることに変わりはない。

 

 

だったら自分だって、きっと……、

 

 

『俺は俺なんだ……それを証明してやる』

 

燻る想いを糧とするように速度が上がる。

闇に霧散した呟きの中には、焦燥に似た渇望が含まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人共、どこから周ってく?」

 

「侑ちゃん、気を付けないと転んじゃうよ」

 

終業式から数日後。開放感からか高揚気味の侑の背中を、母親のような小言を口にする歩夢が追う。

 

普段から当たり前のように足を運んでいる商業施設だというのに、窮屈な時間からの解放感はこんな場所すらもテーマパークのように感じさせるらしい。

 

「結構近くに出たって話だったから不安だったけど、何事もなかったみたいでよかったね」

 

「いや何事はあったんだろうが……まあ、ここは特に被害もなかったみたいだな。˝E.G.I.S.˝様様だ」

 

「今回もすぐに事態を収めちゃったって、ニュースでやってたよね」

 

自らも侑を追いつつ歩夢と交わすのは昨今となっては当たり障りのない普通の会話。

周囲を行き交う人々からも同様の会話が聞き伺えた。これも今となっては慣れたものだ。

 

「…てか、やっぱ二人で来ればよかったろ」

 

「え~、三人の方が楽しいじゃん」

 

「うん。お前が周りを見ていないのはよくわかった」

 

ただ一つ慣れぬものがあるとするのなら、この居心地の悪さだろうか。

野郎一人に対し、女子二人。しかも見て回るのは女性物のアパレルやアクセサリーの店が多いため男子である雄牙には少々肩身が狭い。

 

この後も店員に警戒の眼差しを向けられると思うと気乗りしないのは確かだった。

 

 

「あ、悪い。ちょっとそこの本屋寄ってもいいか?」

 

少しでもそんな気分を紛らわそうと視線を泳がせていると、その端に入り込んだ店の一角に意識が映る。

 

「ああ、いつものやつ? 新刊出てたんだね」

 

「終業式の日に買いに来るつもりだったけど、ご察しの通りだったからな。思い出せてよかった」

 

手に取ったのは、一介の男子高校生が購入するには少々物々しくも思える表紙の飾られた雑誌。

表題は巨大生物読本。この安っぽい名前の雑誌、一応は新刊のコーナーに置かれてはいるものの、他の雑誌と比べると明らかに部数が少ないことからあまり人気がないのは見て伺える。

 

(……期待はしてねぇけど)

 

ただそれでも雄牙にとっては毎月これを読むのがある種のルーティンでもある。

無事レジを通り二人の元に戻ると、内の片割れが苦々しい顔で購入したばかりの雑誌を睨みつけていた。

 

「私もそれ読めば成績上がるのかな……」

 

「はぁ……?」

 

突飛な侑のぼやきに首を傾げる。

その意図を導こうと持ち得る情報を探った脳が弾き出した答えは、直前まで行われていた学生時代の恒例イベントだった。

 

「……そんなに悪かったのか期末テスト」

 

「中間と比べたらそこそこ点数落としちゃったんだよね。結構勉強したつもりだったんだけどな~」

 

「今回は全体的に難しめだったよね。私もちょっと点数落ちちゃったよ」

 

「もうそろそろ受験勉強も始まるからな。気合い入れとけってことだろ」

 

「そっかぁ……受験かぁ……」

 

雄牙の口にした単語に、侑の瞳が少しだけ揺れるのがわかった。

そうして少し考えるような素振りを見せた後に、一言。

 

「…二人はさ、夢とかあるの?」

 

「……どうした急に」

 

「いやほら、二人共、私なんかより全然成績いいじゃん? そんなに勉強頑張れるのって、何か目指してる夢があるからなのかなぁって」

 

不意な問いに歩夢と顔を見合わせる。恐らく鏡映しに自分も似たような表情をしていることだろう。

なんの意図があっかは知らないが、取敢えずは無難に答えておく。

 

「……ねぇよ、そんなモン。考えたこともない」

 

「……私も。でもそろそろ考えないといけないんだよね」

 

「だよねぇ……」

 

何気なく始まったテスト談義だったが、時期的なこともあり話題は暗い方向へと進む。

流石にこれはよくないと感じ取ったのか、数拍の沈黙の後に侑は仕切り直す形で口にした。

 

「ここで悩んでても仕方ないよね。とりあえず今日は思いっきり遊ぼう」

 

「……そうだね!」

 

そう言って早速何かを見つけたのか、歩夢の手を取って侑が駆け出してゆく。

案の定確認できたアパレルショップの看板に若干顔を顰めつつ、一先ずはその背中に続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのシャツどうしようかなぁ~」

 

「まだ悩んでる……なら明日も見に来る?」

 

「いいの? ありがとう歩夢。雄牙はどうする?」

 

「俺は……いいや」

 

女子二人に振り回されるだけの時間も過ぎさり、早くも紅は空を染めていた。

明日は何を見ようかと会話に花を咲かせる彼女達の後部座席に腰を下ろし、揺れるバスの中から東京の街並みを眺める。小綺麗に舗装された道路の傍らには、確かな()()の跡が残されていた。

 

「いつまで続くんだろうな、こんな調子」

 

侑達とはまた別の話声が耳に触れ、自然とそちらに意識が移る。

見ればサラリーマンか何かだろうか。スーツを着込んだ仕事帰りだと思われる男性二人が険しい顔を向け合っているのが伺えた。

 

「どうしたよ急に」

 

「……この前総務部に可愛い子がいるって話したろ? 実はこの前やっと一緒に飯でもって誘えたんだけど……よりによって当日にあんなモンが出たせいで流れちまって……」

 

「うわ……キツイなそれ」

 

「だろ? ……こんなんじゃおちおち遊びにもいけねぇよ。ただでさえ仕事でストレス溜まってるのによ」

 

表情通りその話題も明るいものではなかった。けれど決して珍しい光景ではない。

自分達の世代ではこれが当たり前として定着しているが、それ以前の時代を知る人々にはやはり窮屈なものなのだと改めて実感する。

 

これも10年前……ある巨人の飛来を境に変わってしまった日常が齎した影響だ。

 

「俺達がどうこうできる問題じゃないし、ここで愚痴っても仕方ないんだけどな……それでもやっぱキツイもんはキツイわ」

 

「……甘ったれんな

 

最もそんな不満は些末なものでしかない。生まれた反感を発散するように、決して聞き取られないような声でそう呟いた。

 

そんなことで音を上げられるのは幸福なことだということを彼等は知らない。そして知る必要もない。だから己の感情の内にだけ留めておく。

 

「……げ」

 

その後も笑談や愚痴が進むバスの車内を彩るが、一人の乗客が鳴らした携帯電話の音がそれを打ち壊す。

一瞬充満した非難の空気は即座に警戒、そして辟易へと代わる。それを裏付けるように、次々と他の乗客の携帯も同様の˝警告音˝を鳴らす。

 

「……降りるぞ」

 

運転手のアナウンスと共に停車したバスから二人を連れて手早く降りる。災害時に最も安全である移動手段が徒歩であるのは現時点においても共通だった。

 

「また~? この前出てきたばっかりじゃん」

 

「こっちの都合が通じる訳ないだろ……歩夢、今回はどの辺だ?」

 

「あ、うん。えっと……」

 

ただし、今回ばかりはそれが正しいと言い切れる状況にはないようで。

 

「……雄牙くん、これって……」

 

通知画面を開いたまま移動する歩夢に詳細を問うと、彼女は返答の代わりに自身の形態を手渡してくる。

こんな時にシステムエラーか何かが起こったのか。そんな疑心は直ぐに打ち砕かれることとなる。

 

「……真下?」

 

自分達の位置情報と重なる、()()()()()()を意味する赤い円。

つまりそれは、今自分達のいる場所こそが最も危険であるということであり―――、

 

「ッ……!」

 

耳朶に触れたのはコンクリートに覆われた道路に亀裂が走る音。

直後に大地はせり上がり、˝咆哮˝が周囲を満たした。

 

 

 

『ッッッ――――――!!』

 

 

 

舞い上がる粉塵、降り注ぐ石片の奥で揺らめく巨大な影。

 

それがこの世界において˝怪獣˝と呼ばれる災害の権化であることは、見る者全てが理解することだった。

 

 

 

―――――古代怪獣(コダイカイジュウ) ゴメス

 

 

 

バスから降りたばかりの乗客が悲鳴を上げたことで捕捉されたか、ゴメスがこちらへと歩を進めてくる。

 

馬鹿が、と心中で悪態をついた。怪獣は声に反応する。下手に騒げば好奇心や警戒心で寄ってくるというのに。

 

「こっちだ」

 

ゴメスを刺激しない程度の声量で二人を呼びかけ、人波から外れた脇道へと移動する。

 

本通りである車道では先程の乗客含め、居合わせた人々が川のような流れを作って逃げ惑っていた。あれならばゴメスもあちら側に向かうだろう。

 

囮にするようで申し訳なくはあるが、隣にいる彼女達の安全には代えられない。身勝手ではあるが何事もないことを祈りつつ、ゴメスから距離を取るために走った。

 

「ぅ……!」

 

それから少し経った頃だろうか。

既に住民が避難を終え閑散としたマンション前の道で俯せになった男性を見つけたのは。

 

「大丈夫ですか?」

 

先んじて歩夢が傍へと駆け寄り、遅れて侑と共にその人の身体を起き上げる。見ればそれなりに年を食っている老人であり、恐らく避難の最中に身体のどこかを痛めてしまったものと思われた。

 

「仕方ないか……。俺が連れていくから、侑達は先に行け」

 

「でも……!」

 

「いいから行け。暫くは俺一人でも大丈夫だから、先に行って消防団か、いればE.G.I.S.の人呼んで来てくれ」

 

「う、うん……」

 

「待ってて雄牙、すぐ呼んでくるから!」

 

災害時に素人が怪我人を連れて移動するのはリスクがある。取り敢えずは適当な方便で二人をこの場から離れさせ、自らも老人の肩を担ぎ避難を再開した。

 

「ありがとねぇ……」

 

「いいですよ。ウチにも近い年齢の爺さんいるんで、見過ごせなかっただけです」

 

「そうかい………いいお孫さんだ」

 

「……どうですかね」

 

満足には動けないようだが、問題なく会話はできる程度の痛みではあるらしい。それを確認しつつ地図に表示された避難場所を目指した。

 

さほど遠くはない。何事も無ければ辿り着けるだろうが……徐々に耳に届く声量が大きくなってゆく悲鳴が不吉な予感を連想させた。

 

「オイオイ……」

 

そして悪い予感とは最悪なタイミングで当たるというのが常であり。

避難所へと続く一本道である大通りに出た瞬間、視界に映ったのはゴメスを引き攣れて逃げ惑う人々の姿だった。

 

無我夢中で逃げるうちに進路がこちらに切り替わってしまったのか。わざわざあの地点の最寄りから少し遠い避難所を目指したというのに全てパーだ。

 

「ちょっと速度上げますよ。痛いかもですけど我慢してください」

 

追い付かれぬよう踏み出す足に力を籠めるが老人とは言え人間だ。人一人を支えて速く走れるほど雄牙の身体は強くない。

 

必然的に人々との距離は縮まり、追い付かれ、やがて追い抜かれる。気付いた頃には殿となり、ゴメスの視線は自分達に向けられていた。

 

『ッッ――――――!』

 

「あっ……ぐッ……!」

 

人間よりも数段太い腕が横薙ぎに振るわれ、雄牙の頭上にあった建物の一部を崩落させる。

 

降り注ぐ瓦礫は辛うじて回避するが、転倒した拍子に手を離してしまったのか、顔を上げると数メートル離れた地点に老人の姿が確認できた。

 

『ッッッ――――――!!』

 

咄嗟に起き上がり手を伸ばそうとするがゴメスがそれを許さない。第二撃は一部のみならず、建物そのものを倒壊させる。

 

気付いた時には既に遅し。次の瞬間に見上げた視線を埋め尽くしたのは巨大な破片だった。

 

「やべッ―――」

 

まず間に合わない。数秒後に訪れることが確約された死を直前に、ぐるぐると様々な景色が頭の中を駆け巡った。これが走馬灯と言うやつらしい。

 

最期に映ったのは、離ればなれになった()()の顔だった。記憶の中で作られたそれらの笑みに胸の痛みと、ほんの少しの安堵を覚えながら、腹を決めた雄牙は目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

『―――なにボサッとしてんだ!』

 

 

 

まだ死ぬな。頭に響いた声に重なり、誰かに背中を押されたように。

 

雄牙の意志に反して動き出した身体は信じられない速度で倒れ伏した老人を担ぎ上げ、そのままひとっ飛びで十数メートル先の地点にまで移動して見せた。

 

「は……?」

 

老人を横たわらせた後、身体に自由が戻る。転倒の衝撃で気絶こそしているが目立った外傷は見られない……などと安堵している場合ではなかった。

 

地面へ衝突した瓦礫が粉々に砕けていく音を背後に感じながら、未だ自らの身体に残る違和感の正体を探る。

 

 

まるで何者かに操作されたかのように動いた肉体が発揮したのは、明らかに人間の身体能力を超えた移動速度と跳躍力。

 

これはまるで、10年前この星に飛来した˝巨人˝のような―――、

 

『いやー、間一髪だったな!』

 

思考に介入してくる声の出所を探り周辺を見回すが、雄牙以外の人間は意識のない老人しか見当たらない。

 

『ん、あれ? 聞こえてるか俺の声』

 

「頭の中……?」

 

『お、察しがいいな。そうだ。今俺はお前の中にいる』

 

推察の一つとして零した声に、その存在は言葉を返してくる。会話が成立した事実に驚愕としつつ、出来る限りの平静を保って問い返した。

 

「中にいるって……何なんだよお前……!」

 

『いい質問だ……聞いて驚けよ地球人』

 

この時の雄牙はまだ知らない。

 

()との出逢いが、後の自分の運命を大きく変えてしまうということを。

 

 

 

 

 

 

 

『俺はタイガ―――――ウルトラマンタイガだ』

 

 

 




怪獣にウルトラマン、そしてE.G.I.S.なる気になる単語を交えつつ、雄牙の抱えているものをチラ見せしての1話となりました

出現したゴメスに雄牙と接触したタイガも交え、次回は激闘の予感が……?


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2話 世界の今は

気付けばアニガサキ2期が来週に迫っているらしい


『出現したのは古代怪獣ゴメス……この前出現した奴と同種だけど、今回のは40メートル級の成長し切った個体だね。中生代から生息し続けてる原生哺乳類で―――』

 

「蘊蓄は後でいいだろ。避難状況は?」

 

風を切る音が満たす機内の中に、通信に乗ったノイズ混じりの声が届く。

 

『大体終わってる……けど、避難する人達につられたみたいで今は有明の避難所に向かってるみたい。早く食い止めないと相当な被害が出るかも』

 

機材から発される声は一つではない。複数の声が重なることによって生まれる緊迫感は、自然と加わる者全員の帯を固く締め直させる。

 

「騒ぎながら逃げるなって再三言ってるってのに……遥也、現場はどうだ?」

 

『ゴメスがかなり接近してますが避難自体は殆ど完了してます。ただ避難してきた子達から年配の方が動けずにいるとの報告を受けたので、俺はその人を探してきます!』

 

「わかった。要救助者の安全を確保し次第報告をしてくれ……隊長、どうしますか」

 

『遥也の報告が来るまでは牽制射撃に留めるが、安否の確認が取れ次第本格的な攻撃を許可する。ただし周辺は埋立地が故に地盤が緩い。ミサイル等の武器の使用は出来る限り控えてくれ』

 

「了解しました。間もなく現着します」

 

ビル群の上空を過ぎ去り、()は戦場へと至る。

 

目標に定められたのは、四方を海に囲われた街を闊歩する―――黒い巨獣だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウル……トラマン……?」

 

困惑と共に嫌な汗が噴き出してくる。

ウルトラマン。雄牙の中にいるという謎の声の主は、確かに自らをそう称したのだ。

 

『おうそうだ。繰り返すが俺はタイガ……M78星雲、光の国から来たウルトラマンだ』

 

再度並べられた名称にそれが聞き間違いでないことを悟る。

 

ウルトラマン。10年前、まだ怪獣等の巨大生物に対抗する術を持たなかった頃の人類を守護した巨人の名称だ。

 

それが何故今になって再び、と言うかどうして自分に。雑多な疑念が湧き上がり混乱する雄牙を他所に、タイガと名乗ったそのウルトラマンは高揚とした様子で続けた。

 

『何か悲鳴が聞こえるから来てみれば、お前が瓦礫に潰される寸前だったからな。だから身体を借りてあの爺さんと一緒に助けてやったって訳だ』

 

語る言葉が何処まで真実なのかはわからないが、判断材料に乏しい今はそれを飲み込むしかない。

ともあれコイツが本当にウルトラマンだというのなら、やるべきことは一つだ。

 

『つまり俺はお前の命の恩人って訳だな……何か言うこと、あるんじゃないか?』

 

「出てけ」

 

『そうそう、出てけーって…………はぁッ!?』

 

驚嘆の声が上がる。耳を介さずに頭の中だけで音が響く感覚は妙な気分を抱かせるが、この際気に留めている余裕はなかった。

自分の中に、あのウルトラマンがいる。その事実が到底受け入れられない。

 

『おまっ……仮にも命の恩人にその態度はないだろ!』

 

「それとこれとは話が別だ。いいから出てけ」

 

『いやいやいやいや、そもそもお前なー……って、こんなことしてる場合じゃなかったな』

 

言い争いの口火が切って落とされた最中、途端に冷静になったタイガに釣られる形で我に返る。

 

想い起したのは今は出現した怪獣から逃げているという現状。恐る恐る視線を上げれば、そこには未だ雄牙を捉えたままのゴメスの双眸があった。

 

「ああクソッ……お前のせいで余計に刺激してるじゃねーか!」

 

『勝手に大声出して騒いでたのはお前だろ……ああもうこの際それはいい。とにかく行くぞ』

 

「は? 行くってどこに?」

 

『まだわからないのか? 俺はウルトラマンだぞ』

 

再びの生命の危機が迫る中、タイガは自慢気に言葉を連ねる。

 

『とんでもない礼知らずに宿っちまったのは不本意ではあるけどな、今俺とお前は一つになっている。一心同体ってやつだな。だから一緒に戦うんだ』

 

どう考えても心の方は一つになってないだろと内心でツッコみつつ、突然右腕に沸いた熱に視線を落とした。

 

知らぬ間に宿っていたのは黒い手甲だった。縦に走る金色のラインや嵌め込まれた水晶体には一種の重厚感を覚える。

 

『お前、名前は?』

 

「……瀬良雄牙」

 

『よし、よく聞け雄牙。それは˝タイガスパーク˝。そのアイテムを起動したままこのキーホルダーを掴めば俺に変身できる』

 

タイガの説明に連動するようにもう一方の手の中にも熱が生まれる。

開き確認してみれば言葉の通り、何かの顔と思しきレリーフが刻まれた銀色のキーホルダーが握られていた。

 

『さあ叫べ俺の名を! ˝光の勇者˝、タイ―――』

 

「そんなん知るかッ!」

 

『いや何してんだお前ぇぇぇぇッ!?』

 

揚々と事を運ばんとしていたタイガの声は、雄牙がキーホルダーを放り投げたことで絶叫へと変わる。

 

宙を舞う銀色は放物線を描き、やがてはゴメスの上げた土煙の中に消えた。あれでは当分見つからないだろう。

 

『お前馬鹿か!? それとも地球人が馬鹿なのか!? アレがないと変身して戦えないだろうが!』

 

「誰も変身して戦うだなんて言ってねぇだろうが! こっちの都合も聞かずに話だけ進めやがって……まずこっちはお前が俺の中にいることも容認してねぇんだよ」

 

『ああもうなんでこんな奴と一体化しちまったんだ俺はぁ……いいか? このままにしておけばこの怪獣は避難所を襲う。人が大勢死ぬんだぞ!』

 

「だったらお前一人で戦えばいいだろ。……それに、もうウルトラマンの出る幕なんかねぇんだよ」

 

『は? 何言って……』

 

一体化しているが故なのか、タイガの疑念が伝わってくる。だから答えを示すように上空を見上げた。

 

同時に現れたのは一翼の影だった。轟音を鳴らし滑空するそれは急降下と共に数発の弾幕を射出し、ゴメスを後退させる。

 

『戦闘機……? この地球に、防衛隊があるのか?』

 

「雄牙ッー!」

 

驚いたように声を震わせるタイガを他所に、雄牙の意識は自らの名前を呼んだ声の方に向けられる。

 

声の主と思しきは一人の青年。それが見知った者であると認識すると、雄牙もまた名前を口にすることで返した。

 

遥也(はるや)さん」

 

「よかった、無事だったか雄牙。歩夢ちゃん達に話聞いてすっ飛んできたぞ……それで、そのお爺さんは?」

 

「あそこ。建物の崩落に巻き込まれて気絶はしてるけど、問題はないと思う」

 

「崩落って……この建物か!? よく生きてたな雄牙……」

 

「まあ……運が良くてさ。それよりこの人安全な場所に連れていかないと」

 

「ああ、そうだな。……こちら瀬良です。要救助者を発見、気絶こそしてますが目立った外傷はありません。今から離脱します」

 

遥也と呼んだ青年が手持ちの通信機へ報告を済ませた直後、ゴメスに応戦していた戦闘機の放つ弾幕がその火力を増す。

 

どうやら今までのは逃げ遅れた人々を考慮した威嚇射撃だったらしい。大方の避難が完了した今、縛るものは何もない。容赦のない銃弾の嵐がゴメスの命を削ってゆく。

 

『お、おい……まさか倒しちまうのか……?』

 

「行こう雄牙。ここにいると巻き込まれるぞ」

 

戦況に困惑するタイガを他所に雄牙も避難を再開する。

 

˝E.G.I.S.˝

そう刻まれたロゴは奮戦する戦闘機の尾翼のみ鳴らず、老人を担ぎ移動する遥也の隊服にもあしらわれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雄牙―!」

 

避難所に辿り着いた雄牙を出迎えたのは見慣れた顔だった。飛びついてきた侑の温もりに若干の気恥ずかしさを覚えつつ、一先ずは自らと彼女達の無事を安堵する。

 

「侑ちゃん、雄牙くん怪我してるんだから安静にさせないとダメだよ」

 

「これくらいなら問題ないっての。……まあ、ありがとな歩夢」

 

つい先刻まで死が歩み寄る場所にいたせいか、彼女達との会話は普段に増して気分が和んだ。

あとは少し離れた場所から向けられる生暖かい視線が無くなれば完全に心も休まるのだが。

 

「遥也さん……気持ち悪い目でこっち見るのやめて」

 

「いやー、従弟がモテてて俺も嬉しいなーって」

 

「そんなんじゃないって……それより、あの爺さんどうだった?」

 

「ああ、脳震盪起こしてるだけで命に別状はないってさ。雄牙のお手柄だな」

 

一転して気持ちの良い笑顔を作った遥也の報告にまた胸を撫で下ろす。これで寝覚めの悪い気分にはならずに済みそうだ。

 

「いつまで道草食ってんだ遥也ァ! 早く本部戻るぞ!」

 

「あ……ハイ! 今行きます! ……それじゃあな、雄牙。歩夢ちゃん達も」

 

まだ仕事が残っているらしい遥也を軽く手を振って見送った。こうも怪獣の出現が頻出しているとそれだけ疲れるだろうに。それでも溌剌な振る舞いを崩さない姿勢は素直に尊敬出来る。

 

「…凄いよな、あの人」

 

「雄牙も凄いって。怪獣が近くにいるのにあんなに落ち着いた行動、普通出来ないよ」

 

「……ごめんね? 本当は私達もあのお爺さんを助けなきゃいけなかったのに」

 

「それはもういいって。行かせたのは俺だから、お前が気にする必要ないだろ」

 

「おぉー、雄牙カッコいいー」

 

わざとらしく侑が揶揄ってくる。それがどうにも照れ臭くて視線を逸らした。

 

『―――牙』

 

「いいから帰ろうぜ? 怪獣の方は片付いたみたいだし、警報も解除されてるからもう大丈夫だろ」

 

微妙に火照る顔の熱を振り払うように提案する。理由はあまり考えたくないが、今は冷たい空気に当たりたい気分だった。

 

『―――雄牙』

 

現にもう警備員や消防団が退場を促し始めている。あまり悠長にしていると出口も混雑するだろうし、早めに撤退することに越したことは―――、

 

 

『雄牙ッ!!』

 

 

何度も頭に響く呼び声に雄牙は顔を顰めた。

せっかく忘れようとしていたのになんだコイツは。反感の意を込めて頭を掻きつつ一応返してやる。

 

「なんだ、まだいたのかお前」

 

『まだってなんだまだって……いやそれよりも説明しろ雄牙、なんだあの戦闘機は!』

 

「キャンキャンうるせーな犬かよ」

 

『お前俺に対してだけ態度悪すぎるだろ!? なんでそんなに不貞腐れてんだよ』

 

「……別に不貞腐れて―――」

 

「雄牙……?」

 

「どうしたの? 急に独り言なんか……」

 

割って入った声にハッとする。見れば侑と歩夢が不安気に顔を覗き込んで来ていた。

しまった、ここでコイツと話すと訝しまれるだけだ。場所を変える必要があるか。

 

「……悪い、スマホ落としたみたいだから探してくる。二人は先帰っててくれ」

 

「え、ちょ……!」

 

「雄牙!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もうこの星はウルトラマンなんか必要としてないんだよ」

 

場所は先程ゴメスの襲撃を受けた地点に戻る。既に外は帳が降り切り暗闇が広がっていた。

 

タイガに向けられた質問に対し、雄牙は短く、シンプルに、要点のみを詰め込んで答えた。

 

「お前もさっき見ただろ? 人間はもう怪獣に対抗できる……それどころか一方的に倒せるくらい強くなったんだ。10年前とは違う」

 

一部分を大きく抉られた道路に目線をやった。あそこはほんの数十分前までゴメスの亡骸が転がっていた場所だ。

 

だがそれも既に処理された。自衛し、倒すだけじゃない。後処理だってもう人類は完璧にこなせる。だから―――、

 

「……さっきも言った通りだ。もうお前の出る幕はねぇよ」

 

『冗談だろ……』

 

結論を述べた雄牙に対し、タイガはただ声を震わせた。

 

『それじゃあ、俺がこの星まで来た意味は……』

 

人類が怪獣に抵抗できない状態を望んでいるような発言には少々引っ掛かるが、それでも突き放すには何か、さながら度が過ぎた悪戯で泣かせてしまったような、後ろ髪を引かれるような感覚がする。

 

どうしてウルトラマンに対し気を回さなくてはいけないのだろうか。呆れの溜息をつきつつ、雄牙は譲歩するように言う。

 

「別に落ち込むことはないだろ。……まあどこまで役に立てるかは知らないけどな。わかったら早く俺の身体から出て―――」

 

『出来ないんだ』

 

「はぁ……?」

 

『俺の身体は今、著しく消耗した状態にある。単体で実体化する力は勿論、一体化を解除できる余力もない……だから今、お前から離れることは出来ないんだ』

 

何を身勝手な。そんな言葉が喉まで出かけ、ギリギリで飲み込んだ。

 

何の目的があって、何を望んでいるかなど知る由もない。けれどあの時タイガが一体化していなければ雄牙が死んでいたのは事実であり、彼に雄牙を救う意志があったのもまた事実だ。

 

そんな彼をここで身勝手だと糾弾するのは、少々、自分勝手が過ぎるのではないだろうか。

 

『勝手に一体化したことも、お前の意志を尊重せずに戦わせようとしたことも、今はその、申し訳なく思っている。けど俺もギリギリの状態だったんだ。……許せとは言わないが、理解して欲しい』

 

冷静になった頭で考えてみる。

 

そもそもタイガは10年前の˝彼˝とは違う。ただ同じウルトラマンの名を冠しているだけだ。

その彼に一方的な感情を押し付けるのは雄牙の我儘だ。

 

『……取り敢えず、さっき放り投げたキーホルダーだけは回収してもらえないか? アレがないともし身体が回復しても変身できないし、お前の身体からも出ていけないんだ』

 

「……わかったよ」

 

拒絶感のあまりロクに話も聞かずキーホルダーを投げ捨てたのも、今となっては幼稚だったと実感する。

 

だからせめて、それくらいの責任は果たすべきだ。

 

 

 

 

 

 

「探し物はこれかい?」

 

不意に手が差し伸ばされる。

 

見れば雄牙より一回り程年上と思しき男性であり、その手の中には見覚えのある銀色が握られていた。

 

「あ、はい…! ありがとうございます」

 

「礼には及ばないさ。それでは、私はここで」

 

男性からそれを受け取り視認する。確かに雄牙が投げ捨てたキーホルダーそのものだった。

ああはあしらわれたが改めて礼を言おうと振り返るが、同時に疑問を覚える。

 

「え……?」

 

直前まであった男性の姿はもうない。走って行ったのかと考えるが、足音もしなかったことからその不気味さは増す。

 

いや、それよりも、だ。

 

「なんであの人、俺が探してるのがこれってわかったんだ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…これはこれは……また面白くなりそうだ」

 

夜が生み出す陰に紛れ、紳士の仮面を被った男は笑う。

ビルの間に間を吹き抜けた風が、新たなる災いを予感させていた。

 

 




まだ変身はお預けということで……まあ流石にこのカードは˝奴˝で切りたいので()

色々と情報が開示されましたが、今回はE.G.I.S.なる組織について解説します

タイガの代わりにゴメスを討伐したのがこの組織
元ネタは勿論「ウルトラマンタイガ」本編にてヒロユキ達が所属していた組織ですが、民間警備組織に過ぎなかったあちらとは違いこちらではガッツリ防衛組織であり、技術力や実力も相当な域にあります
雄牙の従兄である遥也という人物もこの組織に属していますね

「もうこの地球にウルトラマンは必要ない」と言わしめるほどの状況の中、果たしてタイガに出番はあるのか…………



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3話 厄災が歩み寄る

ギャラファイ3の情報量よ(2の時も同じこと言ってた)


 

 

かつん。

 

かつん。

 

お台場の街を一望するビルの屋上に無機質な靴音が残響した。

 

「……あれから、10年か」

 

浜辺の風が縦半分に区切られた白黒の服を靡かせる。

 

眼下で蠢く有象無象の命を見下ろしながら、男はここにはない何かを空目した。

 

「ようやく来たね。君達ウルトラの一族に、私の得た新たな答えを示す時が」

 

その腕の中で転がされるのは、指輪。

 

禍々しい凶獣の意匠が施されたそれに文字通りの命を吹き込み、送り出すように男は呟いた。

 

「行っておいで―――――ヘルベロス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タイガと名乗るウルトラマンと出逢ってから数週間が経った。

 

あれからは特に何事もなく年度を超え、雄牙達の学年も一つ上がり二年生となった。

 

受験がより明確に見え始め、より一層の緊張感を持って取り組むべきはずの授業が執り行われる教室を満たしていたのは……飽きと弛緩だ。

 

『…酷いな。授業ってもっと真面目に受けるものじゃなかったか?』

 

(あんま人のいる場所で話しかけんなって言っただろ)

 

タイガとはまだ一体化したままだ。

 

最初こそ混乱や不便さを感じることもあったが、今となってはもう慣れた。そしてそれはタイガも同じようで、今は高校の授業というものに興味を示すくらいの余裕はあるらしい。

 

『この星の授業ってのはいつもこんな有様なのか?』

 

(いや、流石にこの授業だけだ。皆飽きてんだよ)

 

自らもまた気だるげに黒板の一角に視線をやる。

 

怪獣学。その三文字はある者に恐怖を、ある者に好奇を、そして大半の学生には眠気を齎すものだ。

 

『この星にも怪獣を学ぶ学問があったんだな……』

 

タイガが意外に思うのも無理はない。何せこの教科が必須課程に追加されたのは5年ほど前の話だ。10年間も宇宙空間を彷徨っていたという彼が知る由もない。

 

頻出する怪獣災害を受け、一般層にも最低限の知識が必要。そう考えた政府によって学校境域の一つに組み込まれたのがこの怪獣学だ。

 

基本的には小中の義務教育期間での指導が主ではあるが、近隣で怪獣災害が勃発するとこのように高校等でも臨時授業がなされる。今回は春休み期間中に起きたということもあり、学年を繰り越して行われている形になる。

 

『もっと他にも授業があるんだろ? 国語とか、算数とか。それは何時やるんだよ』

 

(落ち着け……てかお前、やたら地球文化詳しいよな。特に日本の)

 

『まあ俺の故郷……光の国にも学校があって、そこである程度地球のことについては教えられるからな。これでも成績トップだったんだぜ?』

 

(へーへー凄い凄い)

 

『だろぉ~?』

 

嫌味ったらしく返すが当人には通じる様子もない。良くも悪くも素直な奴だ。

 

『……怪獣の授業ってそんなにつまらないか? こっちにも似た授業はあったけど、むしろ皆嬉々として受けてたぞ』

 

(多分お前が想像してるのと違うぞ)

 

タイガの思う怪獣学とは様々な怪獣の種類やその生態、対処法などを教える授業なのだろうが、地球におけるそれは違う。避難訓練のようなものなのだ。

 

どこにどう逃げるのか。そんな面白味もない内容の反復が怪獣が出現する度に執り行われる。それを数年も続けば流石に飽きが来るものだ。

 

雄牙は比較的真面目にこの授業へと取り組んでいる部類だが、それでも同じことの繰り返しであるこの形式には辟易としているものだ。

 

『ふーん……じゃあつまり、これからその成果が見れるって訳か』

 

(……? どういう……)

 

『あれ、見てみろ』

 

説明を終えた頃だった。

 

タイガに言われ、教室の窓から見渡せる街並みに視線を流す。

 

(……雲?)

 

『何か、ヤバい感じがするぞ』

 

お台場の上空に浮かぶその暗雲が普通ではないのはすぐにわかった。

 

まず明らかに高度が低い。恐らく地上から数百メートル程度しかないであろう位置で漂う雲というのはまずあり得ないものだ。

 

そして何よりも、紫紺の雷を纏う様はタイガに言われずとも本能的な危機感を覚えうる代物であり―――、

 

『来るぞ!』

 

タイガが警告を上げた、その直後。

 

黒雲から発生した落雷が街中へと直撃し、爆発。伴う轟音と爆炎に教室内で悲鳴が上がった。

 

 

『ッッッ――――――!!!』

 

 

届いたのは生命の躍動。

 

粉塵の立ち込める町の中、突如として姿を現したソレは大気を震わせるように吠えた。

 

 

 

―――――最凶獣(サイキョウジュウ) ヘルベロス

 

 

 

深紅の表装から無数の刃を生やす怪獣は出現と同時に人類文明への侵攻を開始する。

 

遅れて教室内の各箇所から警報音が上がった。怪獣災害の始まりだ。

 

「なんだアイツ……あんなの今まで……」

 

『ヘルベロスだ。本来自然下には存在しない怪獣だから知らないのも無理はない』

 

「つまり……?」

 

『どこかで脱走した個体……もしくは何者かが召喚した可能性がある』

 

言われてみれば、確かに自然界には存在しないような形状をしている。鋭利な刃物を全身から生やす様は戦うために生み出された存在のように思えた。

 

「瀬良さん! 何をしているんですか!」

 

クラス委員から声が飛び、既に教室内からの避難が始まっていることを理解する。

 

出でた先での廊下では、悲鳴が満たす叫喚の図が広がっていた。誘導をする教職員の声など聞き入れず、多くの生徒が我先にと階段を駆け下りている。

 

『酷い有様だな。今の授業はこういう事態を想定したものじゃないのか?』

 

(今回は警報よりも先に出てきやがったんだからこうもなるだろ……まあ、事前に予測されてた時点で変わらないとは思うけど)

 

これを期に皆が真面目に災害時の行動を学んでくれることを祈りつつ、雄牙もまたその流れに混ざる。

 

人波に押されながら思うのはヘルベロスと呼称されたあの怪獣のことだった。普段怪獣が出現する際と異なる前触れの無い登場と、あの攻撃性の高い形状。確かにタイガの言った通り、何者かが召喚した可能性が高いだろう。

 

(召喚って……誰が何の目的で)

 

『そりゃあお前……侵略とかだろ。実際それが目的で他の星を襲う宇宙人は山ほどいるしな』

 

宇宙人。その単語は怪獣ほどではないものの、今の人類には深く根付いている言葉だった。

 

無論良い意味で用いられる言葉ではない。その印象は怪獣よりも悪いと言って差し支えないだろう。

 

宇宙人が主犯とされる事件は毎年全国で数多く報告されており、中には未解決のままの事件や、悲惨な結果で終わったものもある。

 

このことから相当数の宇宙人が今も人間社会に紛れ込んでいることが想定されるが……そう考えるといい気はしなかった。

 

(けど今更そんな大それたことする宇宙人なんて……)

 

『まあそりゃ、あんだけ強い防衛隊がいれば大半の宇宙人は手出し出来ないだろ。今回の奴はよっぽどあのヘルベロスに自信があるのか、侵略とは別の目的があるか、だな』

 

ならばその目的とは……と思考を巡らせようとするが、一先ずは避難を優先すべきだと判断する。

 

それを導き出したところで雄牙に出来ることはない。一般市民は命を守ることに集中すべきだ。

 

『今回もあのE.G.I.S.とかいうのが片付けてくれるんだろうが……まあ、突発的な出現だったのもあって対処は遅れるだろうな。それなりの被害は出そうだ。どうする? 変身するか?』

 

(それはこの前答えを出したはずだろ)

 

『だよなぁ……はあ、早く回復しねぇかなぁ、俺の身体』

 

タイガの促しを突っ撥ね、虹ヶ咲学園における避難場所である近隣の広場へと向かう。

 

雄牙は一般人だ。偶然ウルトラマンが宿ってしまっただけの、ただの一般人。そんな自分が前線に出て戦う理由も義務もない。

 

それでいいはずなんだと言い聞かせ、荒ぶる怪獣から目を背けた雄牙は避難場所へ足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「前触れもなく出てきやがって……ちったぁTPO弁えろってんだ」

 

『怪獣にそんなの通じる訳ないでしょ、この仕事何年目よ』

 

東京都内上空。並走するもう一機の戦闘機に搭乗した同期と軽口を叩く。

 

二台同時発進などいつ以来だろうか。普段は自分一人で対処に当たることが多い分、この光景にはある意味不慣れだ。

 

『ハイハイ二人とも、私的なおしゃべりはそこまでだよ。今回の怪獣は過去にデータの無い子だから慎重にね。あとサンプルにしたいから出来る限り肉体の損傷は避ける方針で―――』

 

「お前が一番私的な願望持ち込んでんじゃねぇかこのマッドサイエンティストが」

 

『全くね……遥也、そっちはいつ頃着きそう?』

 

『混乱で道が混んでてこれ以上は車じゃ無理です。隊長、徒歩で移動する許可を』

 

《承認する。α、β両機は現着し次第砲撃を開始。周辺の避難は殆ど完了しているから遠慮する必要はない。とにかく犠牲を出すな……いいな!》

 

「『了解!」』

 

号令と共に降下を開始する。標的は当然、街を闊歩する巨大生物だ。

 

《目標は60メートル級の二足歩行型怪獣。体形自体はこの前のゴメスと同じだけど、体表が装甲に覆われてる。狙うならそれの無い部分かな》

 

「だってよ……涼香(すずか)、久々の実戦だ。腕は訛ってないだろうな?」

 

『何なら後で試してあげてもいいわよ……攻撃、開始します』

 

「同じく。攻撃、開始」

 

照準を固定する。一先ずは牽制にと何発か撃ち出すが、事前情報の通り後頭部から背中一帯を覆う装甲によって弾かれる結果に終わった。なるほど、確かにあの部位への攻撃は有効的でなさそうだ。

 

『ッッッ――――――!!!』

 

「おっと」

 

旋回し、今度は腹部にと狙いを定めた時、怪獣の吐き出した火球が機体の真横を駆け抜けていった。

 

『うわ、体内に火炎袋を持ってるタイプの奴だ。これじゃ距離を取ってても安心はできないね』

 

「問題ない。涼香、合わせろ」

 

『OK、任せて』

 

「よし行くぞ。イチ……ニ!」

 

自らが音頭を取り、二機同時に怪獣へと接近する。

 

食いついたのはこちらだった。先程と同様に放出された火球をギリギリまで引き付けてから回避し、がら空きとなった首元へ熱波光線を射出した。

 

『ッッッ―――……!!』

 

「よし。装甲の薄い部分への攻撃は効くな。このまま一気にやるぞ」

 

着弾に伴う爆発が奴を襲う。その後は藻掻くように両腕の刃や尻尾による撃墜を試みてくるが、生憎そんな抵抗はこれまでの任務でごまんと処理してきている。

 

自分達の搭乗する機体―――ホークイージスは最高速度マッハ25を誇りながら数メートル単位で飛行軌道の調整が利く、間違いなく現在地球上に存在する戦闘機の中でトップクラスの性能だ。

 

それが知性に乏しい怪獣の、そんな悪足掻きのような攻撃が通じるような代物ではない。

 

「350mm荷電粒子砲……発射ッ!」

 

『発射!』

 

攻撃を掻い潜り、再び晒した弱点へ向けてホークイージスの最大火力をぶっ放す。

 

かつて地球を守った巨人の光線程の威力はないが、並みの怪獣程度なら容易く絶命まで誘う火力。そんなものを立て続けに喰らった怪獣の巨体は真後ろへと倒れ込み、やがて上がった爆炎の中へ姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっとこれは……少し予想外かな」

 

無様にも地面へ身体を投げ出し、今にも与えた命を手放そうとしている手駒の姿に男は首を捻る。

 

「……これは隠し玉だったのだけど、仕方ないか」

 

コキコキと指を鳴らした掌に黒が集約してゆく。

 

渦巻くそれは、部分的に異形の者へと化した男の腕が前に突き出されると共に線を伸ばし、倒れ伏すヘルベロスへと注がれる。

 

「主賓が登場する前にパーティーが終わってしまうのは興ざめだ……前座には退場して頂こうね」

 

数拍の後、躍動を取り戻す息吹きが鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ッッッ――――――!!!』

 

「ッ……!? コイツまだ生きて―――」

 

黒煙の中で轟いた猛々しい怒号に再度操縦桿を握り直す。

 

まだ足りないのなら気が済むまでぶち込んでやる。そんな気概を以て攻撃態勢へ移るが―――、

 

『ッッッ――――――!』

 

「ぐッ……!?」

 

逆に魔の手を伸ばしてきたのは奴からの反撃。

 

空へと昇った幾数に枝分かれする雷撃が機体の翼を掠める。火事場の馬鹿力とかいうやつなのか、一度は追い詰めたソイツの攻撃性は先程までの比ではなくなっていた。

 

「ッ……! 涼香避けろッ!」

 

『え―――』

 

一先ず距離を取って体制を立て直す。その指示を共有するよりも早く。

 

音速を超えて飛来した赤い光刃が、同期の乗る機体の右翼を切断していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オイオイオイ……コイツは少しマズいんじゃないのか?』

 

信じ難い光景を目にしたのは、避難場所である広場に到着した頃だった。

 

一度は倒したと思われた怪獣の攻撃により、ホークイージスが撃墜。二機出撃した内の片方のみではあるが、日頃難なく怪獣を打ち倒している翼が墜とされる様は人々の心に巨大な影を落とす。

 

もしもう一機までもがやられてしまったら……そんな不安は雄牙のみならず、空を見上げる全ての者にあることだろう。

 

『ッッッ――――――!!!』

 

少しずつ、希望の灯が消えてゆく。

 

絶望の始まりを告げるように、焔の中で吠えるヘルベロスの咆哮が響き渡った。

 

 




冒頭の怪しい奴は勿論アイツ()
ゼロライブを読んでくださった方の中には「オイ待てよ」と思われる方もいるかもですがそこは先のお楽しみということで……


今回は前作から10年経ったこの世界についての解説します

かつて人類を守った巨人が地球を去って以降、(今は伏せますが)何らかの要因で怪獣達が頻出するようになったのが雄牙達の生きる時代です
頻発する怪獣災害への対応は前回解説した防衛組織のE.G.I.S.のみならず、「ウルトラマンZ」内であったような災害時の警報システム、˝怪獣学˝と称した怪獣出現時の対応を学ぶ授業などが学校教育に取り入れられており、一般市民含め怪獣への適応が進みつつある…といった具合ですね

そんな中登場したのはタイガ本編で1話怪獣を務めたヘルベロス……ということはつまり……?


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4話 光の勇者

アニガサキ2期1話凄まじかったですね……
物語に引き込まれるという没入体験を久々に味わいました……今後が非常に楽しみです


 

「涼香! おい涼香無事か!? 応答しろ!」

 

『…え、ええ……何とかね』

 

回避に殆どの神経を集中させつつ無線越しに墜とされた仲間の安否を問う。

一応は返ってきた声に安堵はするものの、その後に続いた情報はあまり喜ばしくはないもので。

 

『私は無事だけど……機体の方はもうダメ。右翼が完全にイカれちゃってる』

 

「クッソ……」

 

宙を駆け回る機体の中でこの事態の元凶たる巨獣を見下ろした。

ホークイージスが墜とされるだなんていつ以来のことだ。記憶の限りでは少なからず、結成から日の浅い時期に何度かあった程度だ。

 

そしてそれも経験不足からくるミスによるもの。純粋に怪獣に圧倒されて墜ちるのは……過去に例がなかった。

 

未央(みお)! アイツの分析はどこまで進んだ! なんなんだアイツは!」

 

『わかんないよ……火炎や雷ならまだしも、あの腕から打ってくる光の刃に関してはどんなメカニズムなのか……』

 

E.G.I.S.の誇るマッドサイエンティストでさえも弱音を伴って匙を投げるレベル……それだけの相手ということか。

 

ただ普通の怪獣ではないことは自分でもよくわかる。通常怪獣の持つ攻撃性能とは身を守るために備わった防御機能であるが、この個体のそれは聊か常軌を逸している。

 

これはまるで、戦うためだけに生み出されたかのような―――、

 

『先輩! 怪獣の棘が光出しててなんかヤバそうです!』

 

「まだあんのかよ……!」

 

地上部隊の後輩から警告を受けるが―――時すでに遅し。

気付けば奴の背後より射出された無数の棘の雨が降り注ぎ、逃げ切ろうとターボを掛けたホークイージスのエンジンを貫通した。

 

「くっ……そおぉぉぉぉぉぉぉッッ!!」

 

推進力を失い、煙を引いて墜ちてゆく機体の中で慟哭に近い声を上げる。

脱出の瞬間に見た奴の目線は、人々の集中する広場の方へと向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だろ……」

 

動揺が立ち込めた。

一機のみならず二機も……出撃したホークイージスが全て撃墜されるなど過去に例のない事態だ。

 

『ッッッ――――――!』

 

目障りなハエを撃ち落とし勝利の余韻にでも浸っているのか、一際大きい咆哮を上げたヘルベロスが次に照準に捉えたのは―――雄牙達のいる避難所。

 

一歩、また一歩と迫ってくる光景は、人々に久しく忘れていた()()()怪獣の恐怖を思い起こさせる。

 

「に、逃げろ……!」

 

「逃げるってどこにだよ!」

 

「いいから離れるんだよ! ここにいたら殺される!」

 

途端に流れを作って逃げ喚く人々。その声に反応したのか、ヘルベロスは更にその進行速度を上げる。

 

「助けて……ウルトラマン……!」

 

「ッ……!」

 

何処からした声かはわからない。けれど確かにその声は雄牙の耳朶を叩いた。

 

かつて怪獣の恐怖から人々を守った巨人……その彼を再び呼び求める声だ。

 

そしてその声に応えるチケットを、雄牙は手にしている。

 

『……行こう、雄牙』

 

「……やらない」

 

『意地張ってる場合か! ここで俺達が戦わなかったら大勢人が死ぬんだぞ! 侑も、歩夢も……お前だって―――』

 

「ヒーロー面してんじゃねぇッ!」

 

捲し立てるタイガの言葉を、声を荒げることで遮った。

 

「何が英雄だ……何がウルトラマンだ…………本当に助けて欲しい時に、来てすらくれないくせに……!」

 

『雄牙……?』

 

繋がらない問答にタイガに混乱が走るのがわかった。

 

わかっている。タイガがあの巨人ではないことくらい。わかってる。タイガの言っていることは正しい。それを雄牙に巣食う感情が認めようとしていないだけだということも。

 

タイガに対する拒絶感がこの数週間で殆ど無くなっていたのも事実だ。実際に触れてみるウルトラマンは、思っていたよりもずっと身近なものに感じた。

 

けど、それでも、その力だけは。

 

英雄と持て囃されるウルトラマンの力……それだけは、今なお雄牙の心は受け入れようとしない。

 

『……お前が俺の力を拒絶するのは、過去にウルトラマンに助けて貰えなかったからか?』

 

「っ……」

 

少しの間を置き、タイガが雄牙の核心を突く。

図星か。短く零した後に彼は続けた。

 

『……悪かったな、お前の心情も知らずに。そりゃあ、そんなのと一緒に戦ってくれって言われても、拒むよな……うん。当たり前だ』

 

瀬良雄牙という一人の人間を理解する手段とするように、タイガは連ねる言葉一つ一つを、噛み締めるように語る。

その様子には何か……シンパシーにも近い感情が含まれているようにも思えた。

 

『けどな雄牙。今俺達が戦わなかったら、大勢の人が傷付く。過去にお前が感じたような想いを、もっと多くの人間に与えることになるんだ』

 

「ッ……!」

 

紅蓮の記憶が蘇る。

全てを奪う炎の中で救いを求め、ただただ泣き叫ぶことしか出来なかった、破滅の記憶。

 

『無理にとは言わない。お前がこの先も俺を信じられなくても、共に戦うことを拒絶しても、俺はお前の意志を尊重する』

 

その痛みを分かち合い、寄り添うような声音がいつかの傷を優しく撫でた。

けれどそれだけじゃ前には進めない。そう言うように、タイガは力強く問いかけた。

 

『でも今は、せめて今だけは……俺を、ウルトラマンの力を信じてくれないか?』

 

目を閉じ、次の瞬間には出さなくてはいけない答えを模索する。

 

何かに助けを求める声は、いつもその何かに届くとは限らない。記憶の中で叫ぶ、幼き日の己だってそうだ。

 

でも今は違う。その声は雄牙に届いている。

 

呼び声があるのを知りつつ、それに応える力があるのにも関わらず、手を伸ばさないでいれば今度は雄牙自身が、かつての自分のような想いを誰かに植え付けることとなる。

 

それだけは……そんなことだけは絶対にしたくなかった。

 

 

 

「……わかったよ」

 

再度目を開いた頃……葛藤は一つの答えとなり、この身体を動かした。

 

『へへっ……そう来なくっちゃな!』

 

タイガの力が宿り、人の限界を超えた速度で駆け出した雄牙の向かう先は逃げ惑う人々の流れとは逆―――ヘルベロスの方向だ。

 

『やり方、教えたよな。俺とお前でアイツを倒すんだ』

 

「……ああ」

 

 

《カモン!》

 

 

やがてその姿を目前とした時、右腕に出現した手甲―――タイガスパークのレバーを引く。

 

軌跡のような光が舞うと共に現れたのはあのアクセサリーだ。タイガと出逢ったあの日、変身を拒絶し放り投げたアクセサリー。今度はそれをしっかりと掴み取った。

 

『さあ行くぞ雄牙! 叫べ―――俺の名を!』

 

「光の勇者……タイガ!」

 

初めて彼の名を呼んだ。

 

怪獣に立ち向かおうとしている。それもあろうことか、あのウルトラマンの力を使って。

 

 

「『バディィィ…………」』

 

 

少なからず数週間前には想像すらしていなかった事態に妙な感覚を覚えつつ、今は眼前の脅威を取り除くべく、強くアクセサリーを握った右腕を天へ突き上げた。

 

 

 

「『ゴ―――ッッッ!!」』

 

 

 

包み込むように光の柱が上がり、その中で自らの肉体が別のものへと構築されていく。

 

より大きく、より力強く。溢れ出すエネルギーを感じ取りながら―――雄牙は光の巨人へと姿を変えた。

 

 

 

 

 

 

 

《ウルトラマンタイガ!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シュアッ!』

 

閃光が駆け抜け、何か巨大なものが着地する音が街に轟く。

今度はなんだ。恐怖に疲弊しきった人々が見上げた先で全貌を露わにしたのは、赤と銀の巨人。

 

それが何であるかを大衆が理解した次の瞬間―――爆発的な歓声がお台場の街を揺らした。

 

 

 

 

 

「ウルトラマン……!」

 

「ウルトラマンだ……!」

 

「また来てくれたんだ……!」

 

「いけぇー! ウルトラマーンッ!」

 

 

 

向けられた喝采の中、その巨人はビルの窓ガラスに反射する自らの肉体を眺めた。

 

「これが、タイガ……」

 

特徴的な二本角や、肩から走る甲冑のような装甲。そして何より目を引くのは、光の巨人の象徴たる胸のランプ。

 

本当にウルトラマンに成っている……不可解な実感が雄牙を満たしていた。

 

『おいぼーっとしてんな雄牙! 来るぞ!』

 

タイガの声に本来の目的を思い出した折、いきなり突っ込んできたヘルベロスの頭突きに身体を大きく逸らす。

危なかった。もう少し反応が遅れていたらあの角で貫かれていたところだっただろう。

 

『集中するんだ。コイツは全身が武器……油断してるとやられるぞ』

 

「わかってるよ!」

 

情報を整理する。奴の用いる飛び道具はホークイージスに使用していた火炎弾、頭部からの稲妻、そして腕から放つ光の刃だ。

 

加えその身体は無数の棘を伴う装甲に覆われているため下手に近づくと串刺しにされかねない。ともかく最初は慎重に―――、

 

『テェェヤッ!』

 

一度距離を取ろうとする雄牙だったが、意志に反して巨人の肉体は前へと走る。

その行動がタイガによるものだと理解した時には既に、繰り出された飛び蹴りがヘルベロスを後方へと押し出していた。

 

「おい! 油断してるとやられるんじゃなかったのか?」

 

『だからと言って受け身になってたら何も変わらないだろ。攻撃しない限りは勝てない。基本だぞ』

 

「そんなこと言われてたって俺はお前と違って戦った経験なんてないんだよ!」

 

口論の間にヘルベロスは転倒していた巨体を起き上げ、反撃にと火炎弾を吐き出してくる。

 

迫るそれを防いだのはまたもタイガによる動作だった。手刀によって両断された火球は足元へと墜落、発破と共に再度奴へと仕掛けるスタートを切らせた。

 

『ッッ――――――!』

 

「うおぉッ!?」

 

だがヘルベロスの上げた遠吠えに思わず足を止める。立て続けに発生した稲妻を回避すべく雄牙は後方へ飛びのこうとするが、無我夢中で動かした身体は地上数十メートルの高度にまで至ってしまう。

 

「ちょっと力んだだけでこんな……?」

 

『当たり前だろ。人間の身体とは……違うんだ!』

 

タイガの意識が肉体を動かし、幾度かの宙返りを決めた後に再度右足をヘルベロスの胴へと沈めた。

 

今度は体勢を保った奴がとった行動は背中を天へ向けることだった。刹那に射出された刃の群れが雨の如くタイガへと殺到してくる。

 

「これヤバくないか!?」

 

『問題ない―――˝スワローバレット˝ッ!!』

 

飛び道具には飛び道具。十字に組まれた腕から放たれた光弾は次々と刃を撃ち落とし相殺してゆく。

 

それにより充満した白煙が視界を覆うが、タイガはお構いなしと言った様子で前へと突っ切り、渾身の体当たりをヘルベロスへとお見舞いした。

 

『よし……このまま―――』

 

『ッッッ――――――!!!』

 

「うっ―――!?」

 

流れを掴んだのか決めに掛かろうとするタイガだったが、それを阻んでしまったのはまたしても雄牙。

 

禍々しく発光を始めたヘルベロスの二本角に委縮し、突進中だった身体にブレーキを掛ける。そしてそのまま、先程よりも数倍太い雷撃がタイガへと放出され―――、

 

『ぐああぁぁッ……!!』

 

上がる火花は先の一撃がタイガに命中したことを意味していた。派手に吹き飛ばされた身体が傍らのビルを巻き込んで転倒する。

 

全方向から襲い掛かってくる痛みに顔を顰める中、細めた視界に映るのは追撃を仕掛けてくるヘルベロスの巨体だった。

 

『ぬぁ……がぁぁぁッ……!』

 

馬乗りに近い形で転倒したタイガの上を取ったヘルベロス。その腕に備わった巨大な刃が幾度となくタイガを切り刻んでゆく。

 

どうにか抜け出そうとするも、身動きを取ろうとする度に別の所作がそれを上塗りする。どうやら一体化した状態では雄牙とタイガの意志、その両方が肉体の動作に作用するらしい。

 

故に足並みが揃わない。経験不足が災いし消極的な雄牙に、先手必勝と言わんばかりのタイガ。正反対の思考を抱えたウルトラマンの肉体は一貫しない挙動を繰り返していた。

 

気を遣ってかタイガもあまり口は出してこないが……雄牙が足を引っ張っているのは明確だった。

 

『ッッッ――――――!!!』

 

何とかしなくては。打開策を探し必死に頭を働かせる雄牙の眼前でヘルベロスの刃が紅く煌めく。

 

「ぁ―――」

 

先程ホークイージスを撃墜した一撃。恐らく奴の攻撃手段の中で最も高い破壊力を持つそれをこの距離で喰らえば、如何にウルトラマンと言えどただでは済まないだろう。

 

最悪―――死ぬ。そんな絶望が脳裏を過った時だった。

 

 

「おおぉぉぉッ!!」

 

 

誰かの雄叫びに少し遅れて生じた小規模な爆発がヘルベロスの動作を妨害する。

 

「アンタ一人に任せっぱでいられるかよ……これでも喰らえ!」

 

「遥也さん……?」

 

防衛の象徴たる隊服を纏い、担いだ大砲を幾度となくぶっ放すのは見知った顔だった。

一瞬重なった視線には力強さがあった。俺はまだ諦めていない。宿る闘志がそう語っている。

 

「頑張れ! ウルトラマーン!」

 

「そうだ……負けるな!」

 

兄貴分の奮起に少しだけ頭が冷静さを取り戻した時、ずっと上がり続けていたウルトラマンへの声援がタイガへ届く。

 

見やったのは多くの人々が避難する広場。その中には自分の中で何物にも代えがたい二人の顔もあった。

 

ここで自分達が敗れればヘルベロスはあの避難場所に向かうだろう。そうなればきっとあの二人もただでは済まない。

 

 

 

 

だから―――負けたくない。その想いが雄牙の中で強く脈打った時、真の意味で、タイガと一つになった感覚がした。

 

 

 

 

『ッ……――!』

 

『今だ…!』

 

度重なる砲撃によってヘルベロスの上体が浮いたその隙を見逃さず、突き上げた両足で眼前の巨体を蹴り飛ばす。

 

即座に立ち上がるが、今度は距離を取ることはしなかった。必ず勝つ。その意志がタイガと重なり全身を突き動かす。

 

『うぉぉおおおッ!』

 

怒号を撒き散らすヘルベロスの突進を受け止め、押し返す。

足りないパワーは気合で補った。持てるもの全てをひり出せ……目の前の脅威へ、立ち向かうために。

 

『ッッ――――――!!』

 

『シャアァッ!』

 

横薙ぎに振るわれ、軌道上に在る数棟の建物を倒壊させながら猛進する奴の尾を掴み上げては力任せにぶん回した。数十万トンはあるであろう巨体が宙を舞う。

 

やがて完全にグロッキーになったヘルベロスを放り投げるのと、タイガの胸のランプが点滅し始めるのは同時だった。

 

『…話に聞いていた通りだな。やっぱりエネルギーの消耗が激しい』

 

「どういうことだ?」

 

『この星の太陽エネルギー量じゃ、俺達ウルトラマンの活動に必要なエネルギーを賄い切れないんだ……この姿で戦えるのは、せいぜい3分が限界ってとこだな』

 

言われてみて気付く。確かに先程に比べ若干の倦怠感や息苦しさがあった。

彼の言葉通り、活動限界が近い……そういうことなのだろう。

 

『これ以上時間は掛けていられない。一気に行くぞ雄牙!』

 

タイガの思考が伝播する。次で決めるという意志だ。

雄牙もまた同じ考えだ。同調した波導は身体を動かし、右腕を天へと突き上げた。

 

『˝ストリウム……』

 

タイガスパークを媒介に高まってゆく光が五体に走る。

全身を虹色に発色させるほどのエネルギーを、掲げた両腕を重ね、すぐさま腰元まで下ろし、動作を重ねることで身体に馴染ませてゆく。

 

 

『ブラスターーーー˝ッッッ!!!!』

 

 

最終的にT字に組まれた腕から放たれる爆発的な熱と光の奔流。それはヘルベロスへと直撃し、瞬く間に悉くを吹き飛ばしてゆく。

 

『ッッッ――――――!!!』

 

けたたましい断末魔を最後に、真後ろへ倒れ込んだ肉体は爆散。

勝利を告げる轟音を耳にした瞬間、疲れと共に安心感が溢れ出してくるのがわかった。

 

「ん……?」

 

黒煙の中からふわりと舞い上がった光をタイガが掴み取る。するとそれは指輪の形となって雄牙の手の中で転がった。

 

「なんだこれ……」

 

『さあ……? 見たところ今倒したヘルベロスの力が込められているみたいだが……」

 

ゲームで言うドロップアイテムのようなのものなのか。そんなことを考える雄牙の耳朶に次に触れたのは人々の歓喜の声だった。

 

「っ……!」

 

その声に応えるようにタイガが後方を振り返った時、視界に映り込むものがあった。

 

『とにかくやったな雄牙。この街を、人々を……俺とお前で守ったんだ』

 

「守っ、た……?」

 

絶え間なく送られる歓声の中、徐々に大きくなってゆく疑念。

人間達の密集する広場よりも手前。今しがた自分達の戦場となっていた街を見下ろしながら、己自身に問いかけるように雄牙は零した。

 

「…これで、守ったって言えるのか……?」

 

罅割れた道路。原型を留めないほどに崩壊した建物の数々。

焦げ臭さの漂うお台場の一角……その街並みは、完全に変わり果てた姿でそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……見せたかったものとは、これのことか?」

 

背後から向けられた声に、男は指輪の姿に戻った愛犬を送り出しながら振り返る。

 

「おや、その様子ではご満足いただけなかったのかな?」

 

「満足も何も、なんだあの体たらくは。見るに耐えん。あの有様でウルトラマンだというのだから笑えるな」

 

視線の先で隠す気の無い不快感を醸すのは黒を纏った少女だった。細められた紅い眼光は射殺すように男を見据えている。

 

「やれやれ……君の求める暇潰しと言うのはいつも要求値が高い。応える私の身にもなって欲しいものだね」

 

「私をこの星に招いたのはお前だろう。だったらお前には私を退屈させない義務がある……その()()()()()とやらが完遂されるまでな」

 

「既に知られてしまってはもうサプライズではないけれどね……ただまあ、そこに関しては安心するといいさ。必ず君の渇きを満たすものになる」

 

「……だといいがな」

 

吹き付けた潮風が零された声を乗せ、少女の輪郭を虚空へと誘う。

舞い戻った孤独の中、男は薄ら寒い笑いを浮かべながらコキリと首を鳴らした。

 

「……さてと、一先ずファーストステップはクリアといったところかな?」

 

黒煙の上がる街の中、歓声の的となっている巨人を眺める。

 

「まだまだ先は長いんだ……これからの精進に期待させてもらうよ、タイガくん」

 

雲間から差した陽光が男を照らす。

伸びた影が形作る仮面の悪魔もまた、何かの到来を予感させるように嗤いを漏らしていた。

 

 




と、いう訳で初変身回となりました……これでもゼロライブよりは早いという
今作はゼロライブにはなかった「初めての変身による弊害」を強調してみました

今回は2代目主人公、瀬良雄牙についての解説となります

虹ヶ咲学園の普通科に通う、怪獣に対する知識が豊富な彼
そんな彼ですがウルトラマンの力には不信感を抱いており、その訳はタイガが言い当てた通り「過去にウルトラマンに助けて貰えなかった」ことが起因している……まあつまるところ「ウルトラマンサーガ」でのタイガ・ノゾムが近しいし実際モデルにしてます(ややこしい)

そんな苦々しい過去の詳細が明かされるのはまだ先のことになりそうですが……そんな彼も遂に変身しヘルベロスを撃破。ただしその結果には納得できていないようで…

そして最後に出てきた謎の少女は一体……?


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5話 トキメキの音色

そろそろラブライブの話をしなければいけない頃
今回はだいぶ駆け足です


 

 

 

《およそ10年ぶりに私達の前に姿を現したウルトラマンの姿に、人々からは今なお喜びの声が上がり続けています》

 

『おいおい、このところ俺の話題で持ちきりじゃないか……こうも取り上げられると、流石に照れるな』

 

ヘルベロスの襲撃、そして初めてウルトラマンへの変身を遂げてから更に数週間が経った。

 

ぼんやりとニュースを眺めながら朝食のトーストを流し込む雄牙の肩に腰掛けた小人は心底嬉しそうに頬を掻いていた。こんなナリだが一応タイガだ。平時の時はこうして小さな思念体を作り、雄牙の周りで色々と見て感じている。

 

(もう同じニュースではしゃぐの何回目だよ。よく飽きないなお前)

 

『称賛されて飽きるだなんてことはないだろ。こんなのはいくらあってもいいんだよ。お、見てみろ雄牙、街頭インタビューだって―――』

 

「はぁ……」

 

血圧が上昇していくのを感じ、子供のようなタイガのテレパシーを無理矢理遮断する。朝っぱらからこのテンションに付き合っていられるか。

 

しかしタイガがこうなるのも無理はなかった。

 

実際その数週間、ニュースやワイドナショーで目にする話題はどれも10年ぶりに地球に現れたウルトラマンのことばかり。その理由までは知らないが、自己顕示欲の塊のようなタイガにはある意味天国のような状態なのだろう。

 

「……」

 

今一度ニュース画面を見返してみる。

並べられるのは称賛の声ばかりで、タイガとヘルベロスの戦闘によって殆ど全壊状態と化した周辺地帯について触れる報道は皆無に等しい。

 

それだけの成果だったんだろとタイガは言うが、本当にそれで済ませていいのかという疑念は未だ根深く残っている。変身した本来の目的は怪獣を倒すことではなく、街や人々を守ることにあるのだから。

 

《また出現した怪獣によって出撃した全機が撃墜されるという異例の事態を迎えたE.G.I.S.には、各所から疑問の声が―――》

 

最期の一切れを飲み込むと共に、ようやく話題の切り替わったニュースをテレビの電源ごと落とす。

 

「…ごちそうさま。それじゃ、行ってくるよ」

 

「おう、かましてこい」

 

「なにをだよ」

 

食器を流し場に置き、唯一の同居人である祖父に一言告げてからリビングを出た。少し悠長に支度をし過ぎたか、急がねば遅刻しそうだ。

 

「……行ってきます」

 

玄関の戸棚に置かれた写真立てに対しても一言。

朝のルーティンとも言える一連の所作を終えた雄牙は戸を開き、いつもの日常の中へと駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、雄牙。おはよー」

 

「おはようさん……あれ、歩夢は?」

 

丁度同じタイミングで家を出たのか、乗り込んだエレベーターが停止した一つ下の階で侑と鉢合わせる。

 

彼女一人というのは珍しい光景だった。普段は隣の部屋の住民でもある歩夢と常に行動を共にしているというのに。

 

「あ、そっか。雄牙別のクラスだから知らないんだよね。今日は歩夢、日直だから早く出てったよ」

 

「ああ、なるほど。半ドンの日に日直とかラッキーだなアイツ」

 

特に特殊なやり取りがあるでもなく、ごく自然な流れで共に登校を開始する。

普段は互いのクラスの様子や授業表の話題を交わす他愛のないそれも、今回ばかりは件の巨人へと移る。

 

「今日もニュース、ウルトラマンのことばっかりだったね。やっぱり皆嬉しいのかな?」

 

「…どうだろうな」

 

あの日以降街の人々やクラスメイトのみならず侑も口にすることの多くなったその名称だが、当事者としてはどうにもむず痒い感覚がする。よもや彼女も目の前にウルトラマン本人がいるとは思うまい。

 

「侑はどうなんだよ。またウルトラマンが来てくれて、嬉しかったか?」

 

「私? 私は……うん。嬉しかった」

 

数拍の思考の後、地上階へと至ったエレベーターの戸が開くと共に侑は訳を口にする。

 

「守って貰ったりとかそういうのもあるけど、やっぱり初めて生のウルトラマンを見れたっていうのもあるかな。10年前の時も中継映像とかでしか見たことなかったから」

 

『へっへぇ~…! 嬉しいこと言ってくれるなぁ侑!』

 

最早自分の話題なら何でもいいのか、侑の頭上に移動したタイガの思念体が心底嬉しそうに跳ねる。

 

だがまあ今回ばかりはその気持ちもわからなくはない。

 

侑のような親しい人間が自分達の行動を好ましく思ってくれている……タイガほどでないにしろ嬉しいという気持ちがあるのは雄牙も同じだった。

 

「…どうしたのニヤけちゃって」

 

「なんでもない……それより今日放課後空いてるか? 爺ちゃんの誕生日近いから何かしら買っていきたいんだが」

 

「いいよー。どっちみち歩夢といつものところ行くから誘おうと思ってたし、一緒に探そっか」

 

誤魔化しがてらに掛けた誘いも快諾され、またいつも通りの空気が流れる。

そこに覚えた安心感と若干の物足りなさを振り払いつつ、二人での登校というレアイベントは幕を開けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これとかどうかな?」

 

「う~ん……いまいちトキメキが足りないなぁ」

 

「毎度言ってるけどなんなんだよそれ」

 

そして放課後。やはり午前授業のみだと時間の経過も早く感じる。

足を運んだのはいつものショッピングモールだった。土曜日かつ近隣の学校も軒並み半ドンであった影響か、家族連れや制服姿の学生達により日頃よりも賑わいを見せていた。

 

「一旦別の店行ってみる?」

 

「うん、そうしよっか」

 

そして今朝の会話通り雄牙の贈り物選びに付き合って貰っている訳なのだがそこはやはり女子高生という生き物なのか、気付けば雄牙よりもこの二人の方が品定めに熱中する事態となっていた。

 

「あ……!」

 

幾つかの目星を付け、別の店へ移ろうとしていた最中、ふと何かを見つけた侑が駆け出す。

 

足を止めたのはアパレルショップのショーウィンドウの手前だった。ピンクを基調としてリボンやフリルで装飾されたワンピースがお目当てだろう。

 

「これ、いいんじゃない?」

 

「70過ぎたジジイに何着せようとしてんだお前」

 

「違うって、歩夢に似合うんじゃないかなぁと思ってさ」

 

「えぇ……可愛いとは思うけど子供っぽいって」

 

「そうかなぁ? 最近までよく着てたじゃん」

 

「幼稚園とか小学校の時の話でしょ……もうそういうのは卒業だよ」

 

「着たい服着ればいいのに。歩夢は何着たって可愛いよ」

 

「またそんな適当なこと……」

 

「あ、見て見て!」

 

とは言いつつも満更でもなさそうに口元をはにかませる歩夢を他所に、侑の興味は別なものへと移行する。

 

視線の先にはそれこそ本当に未就学児が着用するようなサイズの衣服。フード部分のうさ耳が特徴的な、全体的にファンシーな裁縫が施されたものだ。

 

「幼稚園の時と言えば、こんな格好よくしてたよね。あゆぴょんだぴょん、って。可愛かったなぁ……」

 

そう言った侑から当時の歩夢の姿を想像してみる。可愛いより先に笑いが勝るが決して顔には出さない。

 

「ねえ、ちょっとやってみてよ。あゆぴょん」

 

「はぁ……?」

 

悪戯っぽく両手でウサギの耳を作った侑に歩夢が冷めた目で首を傾げる。ガチの呆れだった。やはり顔に出していなくて正解だったと自らを褒め称える。

 

「やる訳ないでしょ……もう」

 

「えぇ~、絶対可愛いのに……」

 

「キレさせる前にやめとこうな侑。ほら、別な店行くんだろ。あそことかどうだ」

 

「賛成だぴょーん」

 

「お前マジでそういうとこだぞ」

 

***

 

「それで、何か良さそうなのあった?」

 

休憩がてら場所は外に移る。軽食がてら購入したコッペパン片手に交わされるのは雄牙の祖父のことだった。

 

「幾つかはな……ただ何求めてっかわかんないんだよな」

 

「元気だよね、雄牙のお爺ちゃん。この前も新型のセグウェイ試乗のバイトー、とか言いながら公園乗り回してたよ」

 

「若者被れなだけだろ。てかそんなことまでしてんのかよあの爺さん」

 

雄牙の祖父はまあ、年の割に元気でお茶目な人間であり。

その余生を存分に謳歌せんと言わんばかりの振る舞いはこの三人での話題を飛び越え、雄牙達の住むマンションの名物にもなりつつある。

 

故に何を求めているのかがわからない。孫がくれたものなら何でも嬉しいと本人は毎年口にするが、世話になっている身としてはやはりちゃんと喜ばれるものを贈りたいのだ。

 

「……余計わかんなくなってきたけど……そろそろ決めなきゃだもんな。取り敢えず最初の店戻って―――」

 

コッペパン最後の一切れを飲み込み腰を上げた時、どこからか上がった黄色い声が鼓膜を擽った。

 

音の方を見やれば扇状に広がる階段の前にそれなりの人数が密集していた。どの顔も皆若い世代のものであり、流行している何かがそこにあるのかという予感が働く。

 

「せつ菜ちゃーん!」

 

興味を示した侑に連れられ赴いてみると、各々が上げる声援がよりはっきりと聞き取れる。様々な声の中でも最も多くの割合を占めていたのがその名前だった。

 

恐らく踊り場で深紅の衣装を纏い佇む少女がその˝せつ菜˝だろう。歓声と共に膨れ上がってゆく期待を前に固めた表情に映る覚悟には、何やら逼迫したものを感じた。

 

「あれ、せつ菜ちゃん一人?」

 

「確か新しいグループのお披露目って話じゃ……」

 

異様にも見える様子に他の観客からも疑問や不安が漏れた瞬間、何かと決別するように彼女は眼を開く。

 

直後に流れ始めたメロディ……それが全ての始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……凄いな』

 

音楽が鳴り止み、深々と頭を下げたせつ菜がステージを後にする。

忘我の中で去り行く彼女の背中を見つめる雄牙の中で、タイガは感嘆の声を漏らした。

 

優木(ゆうき)せつ菜。後にフルネームを記憶する彼女が行った˝ライブ˝は、この場にいた全ての者に凄まじいまでの余韻を響かせてゆく。

 

情熱のままに歌い、心が躍動するままに踊る……それにより生み出される世界はまさに彼女と観客だけのもの。

 

たった一曲。たった一曲ながらも強烈なインパクトを残したそれは、この手の知識に疎い雄牙でさえも圧倒してしまう程のものだった。

 

「すごい……!」

 

「うん…」

 

「だよね? すごかったよね!」

 

隣の二人も例外ではないようで、特に侑は未だ興奮冷めやらぬと言った様子で歩夢の腕を掴み上下に振る。

 

「カッコよかった! 可愛かった! ヤバいよあんな子いるんだね! なんだろこの気持ち……すっごいトキメキ!」

 

著しく語彙力を低下させた感想をいつもの単語で締めくくった侑は高揚した気分のままにどこかへ向かってゆく。恐らくせつ菜に関する情報が何かないかを探しに行ったのだろう。

 

そうして足を止めたのは階段の傍らに添えられていたスタンド看板。そこに張り付けられていたポスターの文字に、侑は首を傾げた。

 

「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会………これって……」

 

「……ウチの学校だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……部室棟とか初めて来たな」

 

日曜を挟み月曜日。

普段ならば一週間の始まりに憂鬱としているところだが、今日ばかりは吹き荒れる突風にそんな気分もどこかへ飛ばされてゆく。

 

「それで、侑ちゃん場所知ってるの?」

 

「さぁ?」

 

その突風が˝スクールアイドル同好会˝の部室へ行きたいと主張した高咲侑。先日のライブに随分と感銘を受けたらしく同好会の面々、特に優木せつ菜に会いたいと今朝から張り切っているのだが、見ての通り勢いだけで突き進んできたらしくこの有様である。

 

ちなみにスクールアイドルとは十数年前から存在している文字通り学校でアイドルをやる活動を示す言葉だ。

 

誕生から数年の間はせいぜい流行りもの程度の盛り上がりであったらしいが、年々その熱量と技量は増してゆき、その全国大会である˝ラブライブ˝は今や甲子園などにも肩を並べるほどの一大イベントとなっている。

 

そんなスクールアイドルが同好会とは言えこの学校にも存在していたのは初耳だった。

 

「さぁってお前……行くなら下調べくらいしとけよ」

 

「そう思って調べたんだけど、ホームページは更新止まってるし、校内案内図にも乗ってなくてさ」

 

「じゃあどうすんだよ。ウチはアホみたいな数部活あるから、手当たり次第に探ってたら日が暮れるぞ」

 

「誰かに聞いた方がいいんじゃないかな? この部室棟使ってる人ならある程度は知ってるだろうし」

 

「それもそっか。え~っと……」

 

歩夢の提案を受けた侑が辺りを見回す。

虹ヶ咲は自由な校風を掲げている影響か部活も多いため、この時間帯の部室棟は多くの生徒で賑わっている。場所を聞く程度のことであれば困ることはないはずだろう。

 

「あのー、すみませーん!」

 

行き交う生徒の中で侑が声を掛けたのは小柄な少女だった。リボンの色が示す学年は1年。何故入学して日が浅い後輩に目を付けたのかコイツは思いつつ、一応はその少女の傍まで寄る。

 

「スクールアイドル同好会の部室って、どこにあるか知ってる?」

 

「……」

 

問いかけに帰ってきたのは無言だった。やはりまだあまり校舎のことを把握してないのかと一瞬考えるも、少女の表情を見てそれを止める。

 

無だった。困るでもなく申し訳なさ気にするでもなく、無。何一つの感情を感じさせない無表情がそこにあったのだ。

 

「え、えーっと……?」

 

璃奈(りな)ちゃん、どうかしたの?」

 

生じた硬直の時間に侑達も困り始めた頃、助け舟を出すようにまた一人の生徒が顔を出す。

見ればまたも小柄だった。だが今度は男子生徒。璃奈と呼んだ少女の前に立つようにして雄牙等と顔を突き合わせる。

 

「…部室を探してるって、スクールアイドル同好会の」

 

「スクールアイドル同好会……?」

 

ここで初めて口を開いた璃奈の声に彼も首を傾げた。だが暫く考えた後に何か思い出したのか、周辺を見渡すと―――、

 

「愛さん、ちょっといいですか?」

 

「ん? どしたんテル君」

 

声を掛けたのは談笑していたグループ。その中から一人こちらへ向かってくる金髪の少女には見覚えがあった。

 

「…宮下か」

 

「あれ、愛さんのこと知ってる感じ?」

 

「しょっちゅうウチのクラス来て駄弁ってるだろ。席外してる間に居座られてるからよーく覚えてる」

 

「あはは、そっかごめんごめん。今度から気を付けるよ。それでどしたん?」

 

見た目のこともあり反省していないようにも見えるが、悪い噂を聞くような奴ではないので何も言わないでおく。

 

雄牙はちょっとした私怨もあり印象深く覚えていたが、実際この宮下愛(みやしたあい)は2学年間ではそれなりの有名人だ。学科の垣根を越えて交友関係を持つため学内の情報には聡い。確かにこの手の話をするにはうってつけの人物だろう。

 

「コイツがスクールアイドル同好会の奴に会いたいってんで部室探してんだけど見つからなくてさ、何か知らないか?」

 

「スクールアイドル同好会……ああ、今年出来たばっかの同好会ね。ちょっと待ってて、確か……」

 

そう言うと愛は部室棟の案内図の前まで歩み寄り、その内の一室に指を立てた。

 

「ここだよここ。まだ同好会だから名前までは載ってないみたいだけど、ここであってると思うよ」

 

「ありがと~! 助かったよ」

 

「どういたしましてっ」

 

礼を言う侑に笑顔で返すと、愛は後輩二人を連れてその場を後にする。既に一年生を手懐けているのは流石というかなんというか。

 

『アイツ……』

 

(……どうかしたのか?)

 

『…いや、何でもない。多分気のせいだ』

 

その際タイガの視線が三人の方へ向けられていた気がするが、当の本人がこういうので今は気に留めないでおく。

今の目的は同好会の部室だ。一先ずは侑に続き、指定された場所へと向かった。

 

***

 

「…ここか」

 

少し進んだ先で佇む戸の前で足を止めた。その部屋を使用している部活を示すネームプレートには「スクールアイドル同好会」と記されている。

 

「くぅ~……いよいよだぁ!」

 

「…てか、ライブとかしっかり活動してるわりにはまだ同好会なんだな」

 

「人数の問題じゃないかな? 確か既定の人数が揃わないと部として認められないらしいし」

 

「そんなの後でいいって。今はこっちだよこっち」

 

興奮のままにドアノブへ手を掛け、扉を開かんとする侑。

その瞳に映るのは溢れんばかりの期待だった。真っ先にサインを貰うか、ライブの感想を伝えるか、せつ菜に会った時のことを想像する侑の姿を思い出す。

 

そしていざその答え合わせが行われようとした瞬間だった。

 

「そこでなにしてんだ」

 

制止するような声に振り返る。見やれば大柄の男子生徒が雄牙達に睨みを利かせていた。

 

「…同好会になんか用か?」

 

「あ、えっと優木せつ菜ちゃんに会いに来てて……」

 

不良のような風貌を警戒し、盾となるように二人の前へと立った雄牙の背後で侑がここに来た訳を説明する。

 

「優木……あぁ、土曜のライブ見て来たのか」

 

「はい! ……あ、もしかして同好会の人ですか?」

 

「……一応な」

 

「じゃあもし大丈夫だったらせつ菜ちゃんに―――」

 

「アイツならもう来ねぇぞ」

 

いよいよ目前へと迫るせつ菜を前に高揚した侑の申し出を冷たい声音で遮った。

途端に立ち込める沈黙。その間を繋ぐように彼は続けた。

 

「……いや、優木だけじゃねぇか。もう誰もここには来やしねぇよ」

 

「え、なんで……」

 

「単純なことだよ」

 

侑の問いに答えながら歩を進めた彼は自分達と同様に部室の前で立ち止まる。

そして扉に掲げられた同好会のネームプレートを取り外すと、突き放すように、言い放った。

 

 

 

 

「……同好会は廃部になった。それだけの話だ」

 

 




一先ずアニメ通りの話です
先にアナウンスしておきますがここから分岐していく予定ですね

そして原作パートに混じって気になる2人が……?


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6話 ページの裏側で

2話目にしてアニガサキ2期をリアタイ出来ないことが決まり大泣きしてる作者が通ります


 

「……同好会は廃部になった。それだけの話だ」

 

自らの口でそう告げ、始まる筈だった物語に幕を下ろす。

眼前で作られる、理解が追い付かないといった表情に思い出す。この事実を伝えられた際の面々も同様の顔をしていたか。

 

「もういいか? 今日中にコイツを生徒会に返さなきゃなんでな」

 

脳裏に過るそれがどうにも嫌で、振り切るように後輩と思しき少女達の間を横切る。後はこのネームプレートを手放すだけ。それで全てが終わる。

 

「待ってください! じゃあ、せつ菜ちゃんは……」

 

呼び止めてきた少女が口にした名に憤りに近い感情が湧き上がってくるが、今はそれを抑えた。

彼女は優木せつ菜に幻想を抱いている。それが少しでも残り続ける限り、どこかでまた訪ねて来る可能性は容易に想像出来た。それは少々、面倒だ。

 

だから綺麗なまま、その幻想を終わらせてやる。完膚なきまでに、粉々にして。

 

「……スクールアイドルは辞めるって話だ。土曜のライブが、アイツの見せた最後だ」

 

本当はアイツ等も立つはずだったステージで。そう喉まで出かけ押し戻した。口にすれば虚しくなるだけだった。

 

「期待してたとこ悪いが……これが()()だ。受け入れろ」

 

吐き捨てた言葉を皮切りに声は返ってこなくなる。

舞い降りた沈黙に異様な居心地の悪さを覚えつつ後にした部活棟。未だ多くの部活と生徒で賑わいを見せているはずのそこに、南雲昂貴(なぐもこうき)は妙な空虚を覚えるのだった。

 

***

 

 

「人の心労も知らずに爆睡しやがってこの野郎……」

 

生徒会室にて正式な手続きを済ませた頃、空では既に夕闇の浸食が始まっていた。

流石に待たせ過ぎたかと一瞬思うものの、校舎路地のベンチにて安らかに寝息を立てる待ち人の姿に無駄な配慮だったと悟る。

 

「おら彼方、起きろ」

 

「ぎゃふぅ……!」

 

腹癒せにとご丁寧に持参していた枕を抜き取り、少々粗めに少女―――近江彼方(このえかなた)の安眠を妨害する。

 

直後に身体を起き上げた彼女は数秒の間ぱちくりと瞬きを繰り返し、何かを思い出したように目を見開いた。

 

「うえぇ……もう夕方ぁ? 急がなきゃまたせつ菜ちゃんに―――」

 

「安心しろ。ついさっき同好会は消えたから怒る奴はいやしねぇ」

 

「……あ、そうだった」

 

指摘すればまた普段の力の抜けた瞳に戻る。長い付き合いではあるが未だにオンオフの切り替えが掴み切れない彼女であった。

だが眠たげなその眼の中に確かな寂寥や禍根が存在しているのはわかる。

 

「やっぱり、無くなっちゃったんだねぇ……」

 

内に秘めたものを吐露するように彼方は零す。

 

「夢、見てたんだ。お披露目ライブで皆と同じステージに立つ夢……現実だったら良かったのになぁ」

 

潮風が吹き抜けた。遠方から届いたカモメの鳴き声が彼女から漂う悲壮感を増長させる。

 

そんな幼馴染に、昂貴はただ一言。

さながらいつもの日常、その一ページを切り取ったように声を発した。

 

「……帰るか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……難しいのかな。夢を追いかけるのって」

 

一方でその頃の雄牙。

こちらもまた意気消沈とする身近な少女へ掛ける言葉に頭を悩ませているところであった。

 

スクールアイドル同好会の廃部、そして何より優木せつ菜の引退を知ってからというものの、あの高揚具合から一変、何事にも身が入らないと言った様子で帰路についていた。

 

「アイドルやるのって、そういうことでしょ? どういう目標があったのかは知らないけど、誰かを笑顔にしたいとか、輝きたいとか、そんな夢を持ってたと思うんだ」

 

「……どうだろうな。もうその夢とやらを叶えたから辞めたって可能性もあるけど」

 

「それでもあんな風に投げ出すような子じゃないよ……あの時のライブとか、ネットに上がってた動画を見て、そう感じた」

 

「そこに関しては私達がわかるようなものじゃないよね……やっぱり、何か特別な事情があったのかな」

 

アイドルというのは所詮は偶像。ステージ上で振舞う顔がその者の本当の顔とは限らない。歌い踊る笑顔の裏で、何か人には曝け出せないような悩みを抱えている者だってきっといるだろう。

 

もしかしたら、優木せつ菜もその一人だったのかもしれない。最後のステージで時折見せた顔色はその表れだったのか……そんな思惑が頭を巡る。

 

「自分の夢とかは、まだないけどさ。それでもなにか、全力で夢を追いかけてる人を応援で来たら、私も何か始まるんじゃないかって、そんな気がしてたんだけどな……」

 

数週間前、ショッピングモールにて将来の話を持ち出した侑の表情が脳裏に過る。同じ顔だった。

 

それは侑なりの悩みであり焦りだ。勿論純粋にスクールアイドルに惚れた気持ちもあるのだろうが、それと同じくらい、彼女は自らの指標となる何かを求めている。

 

だからこそ指標となる筈だったものを見失い、戸惑っている。少なくとも雄牙にはそう映った。

 

「……そうやって悩めるだけお前は偉いと思うぞ」

 

「…? 雄牙、何か言った?」

 

「……なんでもない」

 

また無言の時間が舞い降り、息苦しい時間を流したまま歩みは進む。

 

(…なあ、タイガ)

 

『…なんだよ』

 

(タイガはさ、夢とかあるのか?)

 

『夢……』

 

自己主張の激しい部分のある同居人ならば夢の一つや二つはあるだろう。そんな憶測の元侑へ掛ける言葉を求めてタイガへ問うが、予想に反しその回答が紡がれるまでには時間を要された。

 

(……タイガ?)

 

『…そうだな。夢、と呼べるほどのものかはわからないが、俺は―――』

 

何かマズいことでも聞いてしまったか。そんな不安が頭を過る中返された答えはまた別の響きに遮られる。

 

「波……?」

 

湾岸から届く波打ちの音に顔を顰める。確かに海の近い場所ではあるが、それでもここまでハッキリと聞こえるものだろうか。

 

訝しむように一キロほど先の東京湾を睨む。ウルトラマンの超人的な視力により視認したものは、空の色を映した紅の中に浮かぶ魚影のような、巨大な黒。

 

「ゲスラ……!」

 

『いや……キングゲスラだ』

 

飛沫を上げ、海岸沿いの公園へ上陸するその巨獣。

 

魚とトカゲを足したような風貌。雄牙が˝ゲスラ˝と記憶しているソイツの情報にタイガの知識が加算される。所謂変異体や発達個体というものらしく、確かに雄牙の知るそれよりもガタイが大きく、各部位の鰭なども見られた。

 

 

 

――――――海獣(カイジュウ) キングゲスラ

 

 

 

『成程な、海中だとレーダーか何かでも探知がしづらいのか。対応が遅れる訳だ』

 

(……冷静な分析どうも)

 

肉眼でも確認できるほどだ。必然的に警報は鳴り響く。普段通りの光景だった。

 

ただ一つ普段と違うことは出現してからの発令ということ。探知が遅れればその分対応も遅れる。この分ではE.G.I.S.が到着する頃にはそれなりの地点にまで到達されてしまうだろう。

 

(……行くぞタイガ)

 

『合点』

 

ゲスラには毒性があり、過去に出現した個体がそれを撒き散らし港町を汚染したという事例も存在している。

 

しかも今回は上位個体。あまりうかうかしていてはここら一帯も同様の被害を受ける可能性があるだろう。

 

E.G.I.S.の到着が遅れる以上、それを防げるのは自分達だけだった。

 

《カモン!》

 

避難を開始した人々の流れに紛れ侑達から離れる。

雑踏を掻き分けた先、人目のつかない路地に入り込むと共にタイガスパークを起動した。

 

「バディ……」

 

今度は上手くやる。そんな決意を固めるように息を吸い―――雄牙は手甲を空へと掲げた。

 

「ゴーッ!」

 

 

 

《ウルトラマンタイガ!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シュアッ!』

 

空中で幾度か身体を捻り、掛け声と共に着地する。

巨大な地響きを上げた巨人の登場に、王の名を冠したゲスラもまた眼前の敵へと侵攻を開始―――、

 

「『……は?」』

 

―――することはなく、喰らい付いたのはタイガではなく埠頭に積み上げられたコンテナ。

 

巨獣の咢によって容易く破壊されたコンテナから流れ出たのは大量の焦げ茶色。

それらを目にしたゲスラはウルトラマンの存在など完全に無視し、欲望のままに大量の粒を口の中へと掻き込み始めた。

 

『な、何してんだコイツ……』

 

「…! カカオかこれ……」

 

漂った独特の芳香に以前読んだ記事の内容が思い起こされる。確かゲスラの一族が好物としているのはチョコレートの原料であるカカオ豆。恐らく上陸の理由も輸入されたカカオの匂いに釣られたのだろうと推測する。

 

「―――って、呑気に飯食わせてる場合じゃねぇ!」

 

一瞬呆然とその様を眺めていたものの、続々と貪い食われていくカカオ豆を前に本来の目的を思い出す。

 

『ッッッ――――――!』

 

『うおぉッ!?』

 

一先ずはこれ以上の食事を阻止すべくコンテナから引き剥がしにかかるが、至高の時間を邪魔されたことへの憤慨か、唸り声と共に上体を起き上げたゲスラに跳ね上げられてしまう。

 

「っ……」

 

倒れ込んだタイガの身体が押し潰した倉庫を目に雄牙は内心冷や汗をかく。

今回もまたヘルベロスの時と同様やむを得ず出動した形になるが、あの時と違い今は雄牙の中で一つの明確な指標がある。

 

如何に被害を抑え、迅速に怪獣を倒すか。それを果せなければE.G.I.S.に先んじてウルトラマンが戦場に立つ意味がない。

 

「くっそ……!」

 

巨大生物同士の戦闘になる手前どうしてもその影響というのは出てしまうものだが、自分達が戦わないことで生じる被害や悲劇を鑑みればそこは致し方のないものだ。

 

だが余計な被害というのは違う。先日のヘルベロス戦で壊滅した街並みのように、ウルトラマンが出現したことで拡大する被害というのは最低限抑えなくてはならない。その上で脅威を取り除く。

 

それがヒーローという肩書きを背負った……自分達の使命だ。

 

「……隙だらけだしこのまま光線打って仕留めちゃダメなのか?」

 

『仕留められなかった時のリスクが大きすぎる。俺の˝ストリウムブラスター˝を含めて、ウルトラマンの光線は消耗するエネルギーが馬鹿にならないからな。だからトドメとして使うのは倒せると確信した時だけだ』

 

「ほんっと燃費悪いなお前等……」

 

呆れつつ再度ゲスラを見据える。手っ取り早く済むならそれに越したことはなかったのだが仕方ない。手数が限られているならその範囲でやれることをやるしかないのだ。

 

ともかく最優先事項は変わらない。まずはゲスラをカカオ豆から引き離す。

 

「背鰭の毒が特に強い……だったよな」

 

これまでに得た知識をフル動員し猛毒を持つ奴への対処法をひりだす。背鰭に触れてしまう可能性がある以上掴み掛かるのが得策でないのなら、狙うのは尾っぽ。

 

『ぐ…おおぉぉぉぉ……ッ!!』

 

綱引きの要領で引き剥がしにかかるが、好物への執着か物凄い力で張り付くゲスラは頑としてそこを離れようとしない。

ならば―――、

 

『はあぁッ!』

 

『ッッッ――――……!』

 

身体を捻り、振り抜いた踵を打ち込んだのはゲスラの脇腹。

力負けするのならば手を離させてやればいい。防御力に乏しい部位への攻撃をもろに受けたゲスラは口に含んでいたカカオ豆を吐き出しながらその両腕を宙へと放る。

 

「今なら……」

 

今の奴に踏ん張りを利かせる術はない。再度尾を掴み、力任せにコンテナから引き剥がしては遠方へと放る。

 

『ッッッ――――――!』

 

取り敢えず第一段階はクリアだ。後は度重なる食事の妨害により怒り狂ったゲスラを討伐するのみ。

 

『˝ハンドビーム˝ッ!』

 

接近するタイガに対し海獣は火球を吐き出すことで対抗するが、突き出した腕先から放たれた赤色の光弾がそれらを相殺する。

 

炸裂音と黒煙が立ち込める戦場の中で一気に肉薄。ゲスラの下顎へと強烈なアッパーをお見舞いし、その後も立て続けに拳を打ち込んでゆく。

 

『ッッッ――――――!』

 

連撃を振り払おうと開かれた咢をバク転で回避し、開いた距離を再度飛び蹴りを差し込むことで詰める。

それによりいよいよ不利を悟ったのか、海中へ逃げ込むゲスラだったが、その行動が更なる災害を生むこととなる。

 

「コイツ……!」

 

タイガの追撃を牽制するためか、ゲスラが全身を使って起こした津波は停泊中の輸送船や並べられたコンテナ、そして倉庫を悉く洗い流してゆく。

 

動物は生命の危機が迫ると思いもよらない行動を取るというが流石にこれは予想外も予想外だ。早急に片づけなければ更なる被害を生みかねない。

 

「タイガッ!」

 

『任せとけ……˝ウルトラフリーザー˝ッ!』

 

迫りくる第二陣の波を回避するように空へと飛翔。奴の上を取ると共に掌から放出した冷気を吹き付ける。

吹雪にも近しい極寒の風により海面は瞬く間に凍結し、その一帯に存在する津波を含めた全ての海水の流れを制止させた。

 

『う……おおおぉぉぉぉぉぉッッッッ!!!』

 

当然ゲスラの身動きも封じたが、まだここでトドメを刺すわけにはいかない。繰り返すがゲスラの身体は有毒、下手に爆散させれば海洋汚染に繋がりかねない。

 

だから目指すのは空の遥か上―――一度急降下したタイガは海面からゲスラをぶっこ抜くと再度高度を上げ、勢いのままにその身体を天高く放り投げた。

 

『˝ストリウムブラスター˝ッッ!』

 

解き放たれた虹色の奔流がゲスラを更に上へ上へと運ぶ。

何処までも伸びた光はやがて雲を突き抜け、最早肉眼では視認できないほどの高度に至ると共に、爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……クソが」

 

見知ったそれとはかけ離れたものとなった景色に愚痴を吐き捨てる。

 

怪獣出現のアラートを受け、彼方と共に海沿いの公園にまで避難してきたはいい。ただそこに押し寄せてきたのは大量のコンテナや瓦礫……ウルトラマンとの戦闘の中で怪獣が起こした津波によるものだった。

 

「おーい、誰かいるかー?」

 

幸い察知が早かったことで避難には成功。昂貴の認識している範囲ではその場にいた全員、大事には至っていないがそれでも面倒事というのは続くもので。

 

今は大柄という理由だけで居合わせた大人に依頼され、万が一にと海岸に座礁した船舶やコンテナの山の中に逃げ遅れた人間がいないかを捜索しているところだった。

 

「普通一般人のガキにやらせるかこんな真似……大人しく救助隊かE.G.I.S.が来るまで待てってんだ」

 

有事に際し˝何か行動を起こした˝という自己満足は得たいが危険は冒したくない。それが故に昂貴を向かわせたのだろう……などと指揮を取った大人の心理を邪推する。

 

逆らうと面倒なのを悟り大人しく従ったが改めて考えると納得がいかない。後々駆けつけるであろう災害処理の専門家達にチクってきっちり絞ってもらうとしよう。

 

「しっかし、本当にまた来てくれたんだな……ウルトラマン」

 

「また俺達を守ってくれた……有り難い限りだぜホント」

 

安全地帯から聞こえる大人達の盲目的な会話に舌を打つ。アイツ等はダメだ。目先の部分しか……いや、目先の部分すらも見えていない。この惨状を見て談笑を交わせるなどどうかしているとさえ思う。

 

(頼りねぇって訳じゃないが…………10年前の奴と比べるとどうにも危なっかしい)

 

E.G.I.S.を打ち破った怪獣を倒している以上一概には言い切れないが、今回含め過去二回の戦闘で生じた被害はここ最近で最も大きい。つまりそれはウルトラマンが出現したことによる被害の拡大を意味する。

 

それだというのに世間や街の人々は称賛の声ばかりで気に留めていない。安全や経済の視点で見れば到底看過できないことだろうに。

 

 

―――――にゃーお

 

 

「……あ?」

 

煮え立ってゆく思考を白に還したのはそんな気の抜けた声だった。

 

人の発した音でないのはすぐにわかった。その上で辺りを見回し、主を発見する。細めた視線の先ではコンテナの端で身を丸めた子猫が震えているのが見えた。

 

「貨物に紛れてたのか……?」

 

首輪をしていないのを見るに恐らく野良だ。近くに親と思しき個体は見当たらず、逸れたか、あるいは津波に飲まれて……などとまた邪推が働くが、一先ずは救出を優先した。

 

「…じっとしてろよ」

 

普段なら捨て置くところだが、妙なシンパシーを覚えてしまい積み上げられた貨物の山をよじ登る。

 

身体が濡れていた。春先とは言えまだ冷える時期だ。放っておけば低体温症を起こす可能性もあるだろう。

 

(……助けたとこで飼う余裕なんざねぇんだがな)

 

寒さ故か、はたまた怯えているのか、とにかく動くことはなかったため抱き上げるのは容易だった。無計画な己の行動に呆れながらコンテナから飛び降りた―――その直後だった。

 

 

「ぁ」

 

 

ぎぃぃ……と、何かが擦れる音に胸騒ぎを覚えたのも束の間。

 

(……どうせなら、こういう時も助けてくれりゃいいのにな…………ウルトラマン)

 

何の益体もない妄想を描きながら振り返った視界が、降り注いでくる貨物の雪崩で埋め尽くされる。

 

目を閉じた瞬間に訪れた重い衝撃と鈍い音が頭から全身に伝わり―――南雲昂貴という生命の終わりを告げた。

 




名前が明かされたその話で特に何かをした訳でもなく死ぬキャラクターがいるそうで……まあウルトラにおける死亡はある意味でフラグなんですが()

一方で雄牙に生まれたウルトラマンとして戦う上での指標……これが後々とんでもないことになったり………?


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7話 筋肉降臨

この作品、ストックを溜めるためにどんなに早く書けても更新は3日に1回と決めているのですが、おかげでその3日が長く感じて仕方ありませんね
でも時期的にまたいつ書けなくなるかわからないから仕方ない……


 

 

人間には持つ者と持たざる者の二種類がいる。

 

才能、資産、運……その例は枚挙に暇がないが、それらは基本的に一部の人間へと集中するものだ。故に両者の間には消して埋まることの無い格差が生じる。

 

自分は当然持たざる者だった。

 

出生に始まり、挙句は―――その人生の終わりまでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ウ君、コウ君!」

 

「ぅぁ……!」

 

親しんだ声の呼びかけによって覚醒した意識が最初に感知したのは刺さるような痛みだった。チクチクと嫌な感覚が背面全体に伝わってくる。

 

遅れて理解する。今自分の身体は砂地に寝転んだ状態にあると。

 

「彼方……?」

 

「よかったぁ~……こんなところで倒れてるから彼方ちゃん心配したよ~」

 

目を開き身体を起き上げれば、張りつめていた緊張を解くように幼馴染が息を付く。

状況が掴めない。未だ胡乱から抜けきらない意識の中で昂貴は辺りを見回し―――思い出す。

 

「大丈夫? どこか痛んだりしない? 怪我とかはないみたいだけど……」

 

「え、いや……は……?」

 

状況は掴めても理解が追い付かなかった。

周囲に転がっているのは落下の衝撃で拉げたコンテナの数々。それは直前に昂貴へと降り注いで来たものだ。直撃したのだってハッキリと覚えている。

 

それなのに、何故。

 

どうして自分は生きている。怪我もなく、痛みもなく、何事もなかったように今もこの心臓は脈を刻んでいるんだ。

 

『間に合ったようで何よりだ』

 

突然起こった現象の答えを示すように低い声音が意識に触れる。

ただしその主は周囲にはいない。出所は昂貴の中……いや、直接頭の中に語り掛けているのか。

 

『おっとすまない。出来れば声に出してのリアクションは控えて貰えると助かる。周囲の人間まで混乱させてしまっては君も後々面倒だろう?』

 

妙な気配りまでもを回すこの声。原理まではわからないが、この状況に一枚嚙んでいるのは確かだった。

 

『……さて、どこから話すべきか。突然のこと故、君も混乱しているだろうが……まずは自己紹介が先決だな』

 

昂貴の困惑を理解した上でその声はマイペースにも事を運ぶ。

 

これが彼―――後にウルトラマンタイタスと名乗った賢者との出逢いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ただいま」

 

重い足取りで自宅の玄関戸を開く。

 

人間よりも遥かに進化した生命の力を行使した反動なのか、タイガに変身し戦った後に来る倦怠感は半端ではない。まだ2度目ではあるが、こうも酷いと流石に気が滅入るものだ。

 

「おぉ、無事だったか雄牙。メッセ送っても返信ないから心配したぞ」

 

「え、マジ? ごめんドタバタしてて気付かなかった」

 

出迎えたのは祖父だった。遅れて携帯を確認すると数件のメッセージが溜まった状態となっている……どうやら随分と心配を掛けたらしい。

 

「頼むぜマジで。婆さんに先立たれてからこの老い耄れにゃ可愛い孫しかねぇんだ。雄牙にまで逝かれたら迷いなく後追いする」

 

「ああうん……三途の川クロールで渡ってでも死んでやらないから軽いノリで怖いこと言うのやめて」

 

次からは念頭に置いておこうと胸に刻みつつ、一先ずは自室を目指した。今は横になりたい。

 

日頃から鍛えていれば多少はマシになるのだろうか……そんなことを考えながら壁伝いに進んだ先で気が付く。

 

「……別に四六時中履くようなモンじゃないんだけど?」

 

「いいじゃんかよ~。孫からのプレゼントが嬉しいんだよ~」

 

祖父が着用しているのは健康サンダル。先日雄牙が誕生日に贈ったものだった。

 

途中侑達の協力が得られなくなったことで投げやりで選んだ3000円程度の代物だが、それでも祖父には家宝レベルの贈り物だったらしくこのように四六時中身に着けている。嬉しい反面、これならばもっとしっかり選べばよかったと思う。

 

「まあ喜んで貰えたならいいけど。……ちょっと部屋で寝てくる。色々あって疲れた」

 

「おう寝ろ寝ろ。寝る子は育つ。雄牙の場合もうちぃーっと身長伸ばした方がいいしな」

 

「余計なお世話だ」

 

軽口を交わし、それ以上の会話を断つように自室の戸を閉じる。倒れ込んだベッドに沈んでゆくのは身体だけではない。

 

「…なあ、タイガ……」

 

『……なんだよ』

 

「……わかってはいたけど、楽じゃねぇな……ウルトラマン……」

 

少しずつ、雄牙の中で何かが変わってゆく音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――以上がっ、私が君とっ…、一体化した経緯……だっ……!』

 

「……あ、そう。スマン九割方入ってこなかった」

 

場所は移り、無事自宅へと戻ってこれた頃。

飾り気のない部屋の中で腰を下ろした昂貴は、肘を立てるテーブルの上で腕立て伏せを繰り返す小人に冷ややかな視線を注いだ。

 

『何……説明が悪かったか? ならば改めて―――』

 

「それ以前の問題だろ。筋トレをやめろ筋トレを」

 

少々強めた語気で指摘すると、彼―――タイタスはようやくその動きを止める。

無駄に痛むこめかみを抑えつつ、最低限得られた情報でこの状況を整理しようと頭を捻った。

 

「取り敢えず……アンタが助けてくれたってことでいいのか?」

 

『ああ。我々ウルトラマンは一体化することで相手の傷を癒すことが出来る……君の身体が回復しているのはそれが故だと思ってくれ』

 

余計な動きが無ければその言葉はすんなりと頭に入ってくる。確かに知的ではあるがどこか残念である賢者だった。

 

「…まあ、なんつーか……そう言うことならありがとうな」

 

『礼などいらないさ。危険を顧みずに子猫を助けた君の心に、私が感銘を受けただけの話だ』

 

「……気まぐれだ。普段からあんな真似してる訳じゃねぇ」

 

『けれど君があの時あの行動を取ったのも確かだ。私にとってはそれで十分だった』

 

いまいち実感はわかないが……とにかく今自分の中にはあのウルトラマンがいるらしい。

 

眼前でまた筋トレを再開しようとする小人はその思念体か何かなのだろうか。筋肉質に膨れ上がった赤と黒の肉体は昂貴の記憶にある巨人の姿とは少々異なるものだが、それでもウルトラマンとは認識できる外見……胸に宿る蒼い光などはまさにその象徴だろう。

 

「……まさかこのタイミングで二人目のウルトラマンが現れるなんてな」

 

『そのことなのだが……先程ゲスラと戦っていた彼はこの星に来て長いのか?』

 

「いや、割と最近のことだが……仲間じゃなかったのか?」

 

『違う。一言にウルトラマンと言っても様々でな。私がU-40という星の出身であるのに対して彼は恐らくM78星雲……光の国の者だろう』

 

つまりウルトラマンにも色々な種族があるということだろう。人間で言う日本人やアメリカ人などのようなものだ。

 

「で、その光の国?の奴がどうかしたのか?」

 

『私はU-40の戦士団から直々に任務を受けこの地球へと来訪したのだが……その際に光の国、宇宙警備隊からも隊員が遣わされているという話は聞いていないのだ』

 

「……無断で地球に来てる可能性があるってことか」

 

『まあそんなところだな。飲み込みが早くて助かる』

 

ウルトラマンにも集団を統率する組織があること、そして地球に来ることが指名制や許可制であったとは思わなんだが、それを知るとある程度納得できるものがあった。

 

あのウルトラマンの危なげな戦闘は未熟であるが故か。どういった経緯で地球へ飛来したかは定かではないが、恐らく指令や許可を受けられるほどの水準に達していないのだろう。

 

そして逆に言えば、任務を命じられるほどのタイタスはその水準に至っているということだが……、

 

「……ちなみに任務ってどんな内容なのか聞いてもいいか?」

 

『すまないがそれは出来ない。これを伝えるということは、君を任務に巻き込むことと同義だからな。あまり関係のない者を巻き込みたくはない』

 

「…律義なこった」

 

だがまあ、それだけ自らの使命に責任感を持っているということだろう。任命されてこの星に来ているのだから当然とも言えるが。

 

『……そこで一つ、頼まれてはくれないか? 君の身体は暫くすれば私が離れても問題のない程度には回復するだろう。その時が来たら、私をこの星の防衛組織の元まで案内して欲しい』

 

「E.G.I.S.にってことか? ……因みにそっちの理由は聞いてもいいやつか?」

 

『まあ……これくらいは構わないか。私達ウルトラマンは地球上ではエネルギーの消耗が激しくてな、長時間滞在するには少々不自由なんだ。故に我々は別の星での任務に就く際、その星の住民と肉体を共有することがある……今の君のようにな』

 

「成程な……それで防衛隊員って訳か。確かに俺みてぇな一般人よか適任だ。聞いたところE.G.I.S.も無関係とは言えなさそうだしな」

 

『ああ、それに単体で行動するよりはその手の情報に通じている防衛組織と手を組む方が速やかに命を遂行できると判断した……理由はこんなもので十分か?』

 

「十分。ご丁寧な解説どうも……ま、それくらいなら引き受けるから安心しろ」

 

『協力感謝する』

 

地球に何かしらの影響を来す可能性がある以上昂貴も無関係とは言い切れないし、命を救ってもらった礼もある。そう言うことなら協力は惜しむまい。

 

『繰り返す形になるが、必要以上に君を巻き込むつもりはない。普通に……とはいかないだろうが、まあこれまで通りの生活をしてもらって構わないさ』

 

「言われなくてもそのつもりだ。こっちも今色々立て込んでるモンでな」

 

言ったと同時にその日常を運び込んできたのは携帯電話の着信音だった。

ある人物からの連絡を意味するメロディに昂貴は一瞬目を細め、努めて穏やかな声で対応する。

 

「…もしもし、母さん? ……わかった。今行く」

 

30秒にも満たない通話を終え、携帯をポケットに仕舞い込んだ昂貴は天井を仰ぎ息をつく。

瀕死からの回復にウルトラマンと連続する非日常に浸っていたが……感覚が一気に現実へ引き戻る。

 

「…悪いタイタス、筋トレは中止だ。ちょっと用事ができた」

 

『む……承知した。お供しようではないか』

 

「元々今離れられねぇんだろうが」

 

手早く荷物を纏め、制服のまま家を出る。

勇み足で目的地へ向かう昂貴の瞳に渦巻くどす黒い感情にはまだ、タイタスが気が付くことはなかった。

 




と、いう訳でマッスル大明神ことウルトラマンタイタスの登場でございます

昂貴と一体化した時点でお察しだとは思いますが今作は1人の変身者に3人のウルトラマンが宿るのではなく、それぞれ1人ずつ変身者が存在する形となりますね

ということは残る覇者にも……?


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8話 咎人の鎖

書くことが無いのでAqoursの新譜、「なんどだって約束!」が大変良かったと書き記しておきます

絶対また東京ドームに行くんだ……!


 

「じゃあ、行ってくるねお姉ちゃん。昂貴さんも」

 

「おう、お前もな」

 

「行ってらっしゃ~い。頑張ってねぇ遥ちゃ~ん!」

 

タイタスと出逢って数日後の朝。いつも通り登校のために玄関を出たところでお隣の住民でもある幼馴染姉妹と遭遇、自然な流れでその姉の方と通学を開始する。

 

「……遥も向こうのスクールアイドル部に入ったんだったよな」

 

「うん。もうそろそろステージに立てるみたいだよ。あの東雲で、まだ入学したばっかりの一年生なのに凄いよぉ~! さっすが遥ちゃ~ん!」

 

「へー、やるなアイツ」

 

「でしょでしょ~? だから今日はお祝い! 放課後一緒にお買い物して、遥ちゃんの好きなもの作ってあげるんだ~!」

 

彼方の妹、近江遥(このえはるか)が所属する東雲(しののめ)高校スクールアイドル部はここらではかなり有名なグループである。そこで妹が頭角を示しているともなれば、彼女を溺愛している彼方としては嬉しい限りだろう。

 

最も、その姉の方は今まともに活動出来ない状態にあるのだが……、

 

「……お前はどうなんだよ。他の連中とは話してるのか? 同好会の」

 

「う~ん……エマちゃんとくらいかなぁ……。しずくちゃんは演劇部の方に集中してるみたいだし、せつ菜ちゃんはそもそも連絡もつかないから」

 

「中須は……まあどうせアイツは元気にやってるか」

 

部長であった優木せつ菜によって同好会の解散が告げられて以降、何とかまた彼方に活動の機会を作ってやれないかと画策しているが……元メンバーがその有様となれば助力を求めるのは難しいか。

 

『ふむ……スクールアイドルか。話には聞いていたが、こんなにも早く触れることになろうとはな』

 

(…? 知ってんのか?)

 

慣れてきたテレパシーで体内の彼と会話を交わす。

タイタスが地球についてそれなりの知識を持っていることはこの数日でわかっている。だがそれが日本……その高校生の部活動にまで及んでいるとは少々意外だった。

 

『実は任務を命じられた際、以前この地球に滞在した光の国のウルトラマンに話を伺う機会があってな。その際に彼から伝え聞いたのだ。と言っても、あまり詳しい訳ではないがな』

 

(へぇ……、面白い話もあるモンだ)

 

タイタスが話したというウルトラマンが10年前この星で戦い抜いた˝彼˝であるかはわからない。何せあの1年間で確認されたウルトラマンの数は20体に迫る。

 

そう思うとたかだか2人のウルトラマンが滞在しているだけの現状だと可愛いものだった。

 

『して、そのスクールアイドルのことで悩んでいるようだったが、何かあったのか?』

 

(あー…、それなんだがな……)

 

そう言えばまだ説明していなかったかと、タイタスに彼方の置かれた現状について伝える。

 

『成程な……確かにそれは難儀なものだ』

 

作られた思念体が首肯する。

本来巨人であるはずの彼が小人サイズで目の前にいるというのも不思議な感覚だがこちらも最早慣れた。

 

『理由が理由な手前こんな提案をするのも不躾ではあるが……再びその同好会とやらを結成すれば良いのではないのか?』

 

(それが出来れば苦労しないんだがな)

 

確かにタイタスの言う通りまた同好会を設立させるのが一番手っ取り早いのだろうが、それが承認されるためには最低でも部員が5人必要だ。実行に移すとしても、昂貴と彼方の2人では足りない。

 

「……あ」

 

元同好会の面々も頼れない中、何か既定の人数を集める手段はないかと画策した脳裏に浮かんだ顔。

 

そう言えば、先日優木せつ菜を訪ねてきた面々の人数は丁度―――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「瀬良ってのはいるか?」

 

「え……?」

 

それは穏やかな昼下がりのことだった。

例えるならば黒船の襲来。かつて鎖国中であった日本に来訪し当時の人々に衝撃を与えたペリー提督の如く、平穏な時の流れていた昼休みの教室にその男は来訪したのだ。

 

「ちょっと話がある。ツラ貸してくれねぇか?」

 

学内でもちょっとした有名人である強面の先輩を前に震撼する教室の中、指名されたのはまさかの雄牙。

 

一体何の用だろうか。クラスメイトからの注視にむず痒い感覚を覚えながらその将来に応じる。

 

「悪いな、急に呼び出して」

 

「…いやまあ、どうせ暇だったからいいですけど……どこで名前知ったんですか?」

 

「その辺の奴に特徴話して聞き出した……そういやこの前一緒にいた奴等はいないのか?」

 

「……クラス違うんで」

 

「ふぅん……まあいいか。一人いりゃ話するには十分だしな」

 

風貌も相まってスライドドアの枠に凭れ掛かる様は不良そのものだった。それもあり口振りから一瞬侑達目当てかと身構えるが、その心配はなさそうで安堵する。

 

「単刀直入に言う。お前等三人、同好会に入ってくれねぇか?」

 

「え……? いやこの前廃部になったって自分で……」

 

「だから作り直そうとしてんだろうが。同好会の設立には最低でも5人部員が必要なんだが、今は俺と俺の幼馴染合わせて2人しかいなくてな。それでお前等3人に加わって貰えると助かるんだが……」

 

成程。どうやら先日部室の前で鉢合わせたことで雄牙達もスクールアイドルに興味があるものと思われてしまったらしい。

 

行動としては納得できる。確かに同好会に勧誘するのなら、その活動内容に関心を持つ者に声を掛けるのが一番だろう。

 

だが―――、

 

「……ちょっと、アイツ等の意見聞いてからでもいいですか?」

 

 

***

 

 

「―――ってことがあったんだが……お前等どうする?」

 

放課後。

HRの終了と共に侑達の教室へ駆け込んだ雄牙は真っ先に昼休みの出来事を伝える。

 

「まあ勿論、お前等にその気がなければそれで終わる話ではあるんだけど……」

 

「でも同好会が復活したら、せつ菜ちゃんが戻ってくるかもしれないよね……?」

 

案の定な展開に眉を寄せた。

 

同好会が無くなってしまったからせつ菜はスクールアイドルを辞めざるを得なくなってしまったのではないか。あの日以降、侑が度々口にしていることだった。

 

「やめておいた方がいいと思うよ~」

 

それに侑が惹かれているのは優木せつ菜のみならずスクールアイドルそのものだ。どう転ぶにしろ、同好会が復活するのは彼女にとっても魅力的な話だろう。

 

彼女はどんな判断をするのか。教室内から声が掛かったのは、その答えを待っていた時だった。

 

「その先輩って南雲先輩でしょ? あんまりいい噂聞かないから、関わらないに越したことはないと思うよ?」

 

割って入ってきたのは一人の女子生徒。侑達のクラスメイトだろうか、如何にも噂好きと言った様子の彼女は井戸端会議に興じる主婦のノリで続ける。

 

「私詳しくは知らないんだけどさ、なんでその南雲先輩?はそんな風に噂されてるの?」

 

「あれ? 侑ちゃん知らないの?」

 

「……殺人で捕まってるって話があるんだよ、あの先輩のお父さん」

 

口にされた事実は雄牙も知り得ていたことだ。先程クラスメイトの大半が彼の来訪に身構えていたのもそれに起因する。

 

「でも噂なんだよね? それだけで判断するのは……」

 

「でも考えてみなよ。そんな噂のある人が所属してる同好会が廃部になった……なんかあると思わない?」

 

「…何かって?」

 

「……あんま大声で言うようなことじゃないけど、例えばあの人が同好会のメンバーに手を出したのが原因で解散になった……っていう線もあり得るでしょ?」

 

侑が優木せつ菜やスクールアイドルに興味を持っている……そこに目を付けて声を掛けてきたのは少なからず事実だ。

 

雄牙自身あの先輩がそういう人間に見えている訳ではないが、それでも何かしらの不破が原因で同好会に亀裂が入ったことは事実だ。どうであれ警戒するに越したことは無い。

 

「高咲さん達可愛いから目ぇ付けられちゃったのかもねぇ~、そんな訳だから気を付けてね」

 

言うだけ言ってその女生徒は走り去っていく。

結果として残されたのは残響と沈黙。重ね合わせた視線だけが、各々の意志を物語っているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ……」

 

返答を聞こうと再度足を運んだ普通科2年の教室……だったのだが無駄足のようだ。

余計なことを口走っていった女生徒を恨めし気に睨みつつ、昂貴は踵を返して学外へと向かった。

 

『待て昂貴。今の少女の話はどういうことだ』

 

(……聞いての通りだよ。俺の親父は人殺し……それだけの話だ)

 

足早に廊下を進む最中、脳裏に思い起こされるのはいつかの記憶。

 

あれは小学生の頃だったか。最早よくは覚えていないが、突然来訪してきた警察官に事を告げられ泣き崩れる母親の顔だけは朧気に記憶の中で瞬いている。

 

揉め事の末だったらしい。向こうは酒を飲んでいたという話だったが、結果として手を上げ命を奪ったのは父親……当然本人は刑務所へとぶち込まれ、残された家族を待ち構えていたのも苦難と軽蔑の日々だった。

 

『そうか…………すまない。あまり気の利く言葉が浮かばなくてな』

 

(お前が気に病むようなことでもないだろ。全部ウチの問題だ)

 

纏った空気感はタイタスにも伝播してしまう。言った通り彼は関係ないというのにお人好しな奴だ。

 

『是正……すべきではないのか? 父親の成したことで君自身までもが悪く言われるなどあってはならないことだ』

 

(…今更どうにかなるようなモンじゃないんでな。どうせあと1年で卒業なんだ。変えるよりそっちの方が早い)

 

『しかしだな……』

 

(いいんだよ、別に。俺は受け入れてる)

 

嘘をついた。一つだけ容認できないことがある。

 

別に自分が思われ、どう言われようが今更気に留めるようなことでもない。これでも大分マシになった方なのだ。それこそ事件が起きた数年の間に比べればどうということはない。

 

ただ……自分のせいで彼方が不利益を被ること。それだけは耐え難かった。

 

(周りがお前や彼方みたいな奴ならこうはならなかったんだろうな……。いや、そもそもな問題は親父か……恵まれねぇ)

 

近江家の面々だけは変わらず南雲家に接してくれた。彼方だけは変わらず、ずっと昂貴の隣にいてくれた。そんな彼女にどれだけ救われてきたか。

 

だから少しでも返したいというのに……現実は思うようにはいかない。昂貴に貼られたレッテルが彼方の邪魔をしてばかりだ。

 

「またイチから考え直しだな…………クソが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……つまらん」

 

怪獣災害によって倒壊したビル、その工事現場に乾いた声が反響する。

暗幕によって日光が遮られた空間の中、少女の不満を耳にした男は額を抑え頭を垂れた。

 

「まあそう言わないでくれ。何事も順序というものがあるんだよ」

 

「そんなものは知らん。私が退屈している、それが問題だ」

 

有無を言わさぬ圧を醸し紅く灯る少女の双眸。

そんな彼女に対し男もまた何かを秘めた瞳を灯らせ、それでいて降参するように両手を上げた。

 

「仕方ないか……ではこちらを―――」

 

「いや待て、今度は私にやらせろ」

 

「ほう……?」

 

名乗り出た少女の手に握られたのは半扇状の形状を持つアイテム。漂う光の芳香を嗅ぎ取った男は興味深そうに首を傾げた。

 

「丁度光の国から拝借してきたコイツを試したかったところでもあるしな………暇潰しにはいい機会だ」

 

差し込まれたトリガーに連動し開かれた光満ちる異空間へのゲート。

 

口角を吊り上げた少女がその内部へと踏み入った途端―――赤黒い˝闇˝が迸った。

 

 




少しづつ物語をアニガサキから分岐させていきたい所存

そして昂貴の父親が殺人で捕まっている……という過去が明かされました

咎人の子である設定はタイタス(ボイスドラマ参照)、苦労人設定は彼方からそれぞれ引っ張ってきた形となります。まあでもラブトラの主人公に何かしらの業を背負わせるのはノルマなんで(諸作家様方への責任転嫁)

そしてラストシーンで謎の少女が用いたアイテムは……


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9話 合身する脅威

アニガサキ3話で無事灰になりました
ネオスカ特殊EDはアカンやろ……


「南雲君、これバックヤードの方まで運んでくれない?」

 

「うーす」

 

炊事前の主婦や仕事帰りの人々で賑わう店内。忙しく動き回る店員達と同様の制服を着用した昂貴もまた眼前の業務へと勤しんでいた。

 

週5回の頻度で出勤しているアルバイト。ここに勤め始めて長いが、やはりこの時間帯の激務は堪える。

 

『……本当に苦労しているな、君は』

 

(ま、母さんは過労でぶっ倒れて以降入院してるし親父は豚箱の中だ。流石に俺が働かねぇとどうしようもないからな)

 

一応母親の保険である程度の生活費は確保できているが、やはりそれだけでは厳しいものがある。

 

居住地区がお台場近辺であるのはある意味幸いだったろう。最低賃金の高い東京というだけでなく、人の往来が多いここら一帯の小売店は軒並み給料が高い。少しでも金が欲しい自分にとっても有難いことだ。

 

最も、父親があんなことをしでかしてなければこんな事にはなっていなかったのだが。

 

『その姿勢には感服する。君は立派だ』

 

(そりゃどーも。どこまで報われるかは知らないけどな)

 

『報われるさ。私が保証する』

 

そう断言したタイタスの声音はいつになく優し気なものだった。

少しの間の後、意を決したように彼は続ける。

 

『このような同情の仕方が好ましくはないことは理解の上だが……実は私の両親も誇れるようなものではなくてな。星に背いた反逆者だった……養父からはそう聞かされている』

 

「っ……」

 

出かけた声を飲み込んだ。

タイタスの母星、U-40についてはこの数日間で度々聞かされていたことだが……そんな話は初めて耳にする。

 

『私の黒い肉体はその動かぬ証拠だ。故に昔の私はこの姿になること、延いては自らの存在に悩むことも少なくはなかったな』

 

時折作られる彼の思念体が他のウルトラマンと大きく異なる理由を理解する。それは反逆者の血を引く証だ。もしそれを目にされればどのような扱いを受けるか、それは昂貴にとっては想像に難くない。

 

『そんな私に血筋など関係ないと教えてくれたのがマティアという友だ。彼にこの背を押されたからこそ今の私がある…………もう、遠い場所に行ってしまったがな』

 

最後に声を窄ませた訳は察さずともわかる。

タイタスが反逆者の血筋という枷を負いながらも戦士団の一員として認められるまで邁進したのは、その友人の想いに答えるためだったのかもしれない。

 

『まあ、何と言うかな。出自がどうとか、そんなことは関係ない。君の心は君だけのものだ。君がそれを忘れずに歩み続ければ、必ず世界は変わる』

 

(……そんな単純じゃねぇだろ)

 

確かに彼は変われたのかもしれない。けれどそれは誰しもに当て嵌められるものではない。

励まし自体は有難く受け取っておくが……この現状が覆せるようなものとは思えない。

 

(…まあ、一応覚えてはおくが……今は仕事だ。サボったせいでクビになって今あるモンまで失うのはゴメンなんでな)

 

『それもそうだな。私も力を貸そう』

 

肉体に宿ったタイタスの力により抱えた荷物が綿のように軽くなるのと、それらが床へと雪崩落ちるのは同時だった。

 

勢い余った訳でも、まして昂貴の身体に異常が起こった訳でもない。原因は今しがた起きた巨大な揺れだ。

 

「地震か……?」

 

『いや、それにしては短すぎる……これは―――、』

 

タイタスが言い切るよりも早く。

 

『ッッッ――――――!!!』

 

大地を割くような轟音が、全てを震撼させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シュアァッ!』

 

立ち昇った光の柱から即座に跳躍。降臨したウルトラマンタイガは進行する怪獣へ飛び蹴りを叩き込む。

 

『ゴルザ……? いや、それにしては形状が……』

 

先制の一撃を決めたタイガの中で眼前の怪獣を注視する。頭部やその体系から恐竜のような印象を受けるが、肩から伸びる羽を始めとした、それぞれの部位で形状や体色の一致しないパッチワークのような全身はキメラを思わせる。

 

間違いなく自然下に存在する生物ではない。そんな確信と共に雄牙は警戒の帯を締める。

 

 

 

―――――合体怪獣(ガッタイカイジュウ) トライキング

 

 

 

『ッッッ――――――!』

 

『うおぉぉッ!?』

 

身構えた直後、怪獣の頭部から放たれた雷を伴った火炎。

同時に迫りくる高温と衝撃を側転で回避し、体勢を立て直したタイガは勇猛に構える。

 

『テヤァッ!』

 

進路上の建物を粉砕しながら突き進んでくる奴に対しとったのは正面衝突。

相手は未知の怪獣だ。一先ずは力量を図る狙いもあっての行動なのだろうが―――、

 

『ぐあぁ……!』

 

その圧倒的膂力を前に容易く突き飛ばされるタイガ。同化している雄牙にもその力量差がジンジンと伝わってくる。

 

『何て、パワーだ……!』

 

「痺れてるみたいだ……力勝負じゃまず勝てそうにないな」

 

『ああ……だったら!』

 

即座に立ち上がったタイガは次の手に出る。

再度突撃を仕掛けてくる怪獣の真上を跳び箱に挑むかのように飛び越え、陣取った真後ろから水晶体の生える背中へラッシュを仕掛ける。

 

『ッッ――――――!!』

 

『くっ……!』

 

だがそれも長くは続かない。真上へ振り抜かれた尻尾を回避したことで再度距離が開いてしまう。

 

『ッッッ――――――!!!』

 

『˝スワローバレット˝ッ!』

 

今度のその距離を詰めたのは突進ではなく弾幕。

第二の顔面を持つ腹部より無数の光弾が乱射され、対抗したタイガの打ち出す刃と衝突する。

 

だが僅かに――――奴が勝った。

 

『コイ、ツ……!』

 

後方へ身を投げ出し、何度も地面を転がる最中でタイガに生まれた一つの気付き。それは直ぐに雄牙へと共有される。

 

『……前に訓練校で習った˝ファイブキング˝って怪獣に似ている。けどコイツはそれを構成するパーツが二つほど減っている―――言うなればトライキングだ』

 

「名前なんてどうでもいいだろ! それよりどうすんだよコイツ!」

 

『言われてもわかんねぇよ! 俺だって初めて戦うんだぞ!』

 

口論の間にもトライキングと呼ばれた怪獣の攻撃が止むことはない。

吐き散らされた咆哮と共に広がる光弾の嵐。その間を掻い潜りながら必死に打開策を模索する。

 

ゴルザにメルバ、そして超コッヴ。奴を構成する怪獣の情報はタイガの知識から共有されている。そこから何とか反撃の糸口を見つけたいが―――、

 

『ッッッ――――――!!!』

 

「ちぃぃ……!」

 

トライキングの猛攻はそんな暇すら与えてくれない。

回避、回避、とにかく回避。無尽蔵に湧き出てくる光弾に対処するので手一杯だ。こうしている間にもどんどん街は壊されているというのに。

 

またも警報よりも前の出現だったが故に避難は殆ど完了していないはずだ。

 

一体どれだけの人がこの戦いに巻き込まれているのか……そう考えるだけで焦りが加速する。

 

「タイガッ……!」

 

『わかってる!』

 

このままでは埒が明かない。多少強引であろうと光明が見えるのならその手段に出る他なかった。

 

掲げたタイガスパークを媒介として光を集約させ、増幅された虹色のエネルギーを全身に巡らせる。

 

『˝ストリウムブラスター˝ッ!!』

 

弧を描くようにして放った奔流が軌道上に存在する全ての光弾を打ち消し、その上でトライキングへと命中。衝撃で後退した奴目掛けて全力でスパートを切った。

 

「『うおおおぉぉぉぉぉぉッッ!!!」』

 

稲妻と火炎の障壁を掻い潜り、辿り着いた奴の懐へ渾身の体当たりをぶつける。

 

エネルギーの消費が激しい故に多用出来ないストリウムブラスターをここで切ってしまった。だからこそ求められるのは短期決着だ。

 

間合いに踏み込めた、この千載一遇の機会で決める。

 

『はああぁッ!』

 

弾幕を放出せんと煌いた腹部を踏みつけることで無理矢理抑え込み、そのまま右左の拳を繰り返し打ち付けた。

 

連撃の締めとして振り抜いたラリアットはトライキングの側頭部を捉え、強い衝撃を与えたそれは一時的に動きを止めることに成功する。

 

今だ。タイガ共々疑うことなく、再びストリウムブラスターの溜めへと入った―――その時。

 

『ッッッ――――――!!!』

 

脳震盪を起こしたと思われていたトライキングはそれを待っていたと言わんばかりに行動を再開し、隙だらけのタイガへ向けて巨大な爪を振り下ろした。

 

『ぐあぁぁッ……!』

 

踏ん張りも聞かず、火花を散らして倒れ込む巨人。

点滅を開始したランプが迫る活動限界を指し示す中、奴はタイガを見下すように踏みつけた足越しに体重を掛けてくる。

 

「誘われた……?」

 

『まさか、コイツ知性が……!?』

 

失望や侮蔑の秘められた視線が向けられる一方で解き放たれた炎雷の槍。

それは逃げ場のないタイガへとモロに直撃し、悲鳴すらも掻き消す爆音がお台場の街に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何やってんだ……!」

 

警報の発令により営業は一時中断。客や他の従業員共々避難を開始する中でやられるがままのウルトラマンを見上げる。

 

『これはマズいな……あの怪獣、明らかに知性がある。まさか何者かが変身しているのか……?』

 

冷静に分析を始めるタイタスに対し、昂貴の思考を満たすのはかつてない程の焦燥だった。

脳裏を過るのは今朝の彼方との会話。放課後に妹と買い物をすると言っていたことを思い出す。

 

そして普段彼女が利用しているスーパーは……丁度ウルトラマンと怪獣が衝突している地点だ。

 

「クッソ……! これだから安い貧弱回線は……」

 

既に何度も彼方へとコールを掛けているが、災害に際して多くの人間が安否を確認しようとしている影響か、混みあう回線に阻害され一向に通じる気配がない。

 

『ふむ……携帯電話というやつか。上手く行くかはわからんが……!』

 

タイタスの力に押し上げられたのか、混雑する通信網を突き抜ける電波。

ガチャリと、通話が繋がったことを意味する音が鳴ると共に昂貴は捲し立てた。

 

「彼方……今どこだ! 無事なんだろうな!?」

 

繋がったということは彼女が一先ずは無事であることを意味する。

その事実に安堵はするものの、電話越しに聞こえる人々の声の様子からまだ油断できない状況であることもわかった。

 

『あはは……ゴメンねコウ君。彼方ちゃん、ちょ~っとピンチかも……』

 

そして告げられたのは、許容し難い現実。

 

『天井が崩れて、出入り口を塞いじゃってさ。……出られないんだ』

 

「嘘、だろ……?」

 

彼方の声に交じって怪獣の咆哮が聞こえる。正確な距離まではわからないが、近い証拠だった。

建物もろとも押し潰されるのは時間の問題。心よりも先に頭がそれを理解してしまう。

 

「待ってろ……すぐ行く!」

 

『え……ちょ、コウく―――』

 

返事を待つことなく走り出す。

先行く人々を抜き去り、押し退けて向かう先では……巨獣の暴虐がより一層その激しさを増していた。

 

 




トライキングとかいう絶対に序盤で出しちゃいけない怪獣
案の定タイガをボコボコにしてますがまだ3回目の戦闘だということを忘れてはいけない


次回は遂に賢者様が……?


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10話 力の賢者

虹2期OPがどこにも置いてなくてガチ焦りしてる者です


 

 

 

『海斗急いで! ウルトラマンが交戦してるけどいつまで持つかわからない!』

 

「言われなくてもそうしてるよ!」

 

最大速度で走行する機体から見下ろす東京の街は、10年前に起きた大きな戦いを連想させる。

 

この頃は異常続きだ。かつてない頻度で東京に怪獣が出現している……再びウルトラマンが来訪したのはそれに関係があるのだろうか。

 

『数体の怪獣パーツが融合してる……? キメラってこと!?』

 

『どう考えても地球に生息してるような怪獣じゃないわね……』

 

「ヘルベロスとかいうのと同じってことか……クソッ、どこのどいつが……!」

 

怪獣兵器。ヘルベロスの一件以降、戦闘用に生み出された個体をそう呼ぶことが決定された。

 

正直誇称などどうでもよかった。一番の問題は、その怪獣兵器に自分達の力が通用していないことだ。

 

『β機の修復が間に合っていない手前、今あの怪獣に対抗できるのはα機だけだ。慎重に行け……と言いたいところだが、そんな余裕は無さそうだな』

 

ヘルベロスに敗れて以降、自分達E.G.I.S.に対する風当たりは強い。ウルトラマンの登場も相まってその風潮はかつてない程に膨れ上がっている。

 

ロクに自分達の話も聞かない癖にこんな時ばかり大声で……などと思わなくもないが、ウルトラマンがいなければどうなっていたかわからなかったのも事実だ。

 

『サポートを意識する必要はない。自分達で倒すつもりで掛かれ。攻撃開始!』

 

「了解!」

 

ウルトラマンでも敵わない相手に自分達がどこまで通用するかだが、これ以上の失態を晒さない為にも退く訳にはいかない。

 

絞られた銃口のトリガーが、第二ラウンドの火蓋を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ッッ―――……!!』

 

「ッ…! E.G.I.S.……!」

 

飛来したホークイージスの砲撃により出来た隙を突き、トライキングの拘束から脱出する。

 

起き上げた身体に走る痺れと脱力感は半端なものではなかった。戦闘で負ったダメージに加え、差し迫る活動限界によるエネルギーの減少。正直あと1分持つかどうかの状態だ。

 

「どうするタイガ……」

 

『どうするって………どうしような』

 

こうなっては打てる手段も限られてくる。光線系統の技は使えてあと1発が限界だ。

故に追い詰めるまではこの身一つでの戦闘が強いられるが、このフィジカルの差でどこまでやれるか……、

 

「っ…!」

 

だが決め手を持つのは一人ではない。トライキングへの攻撃を開始したホークイージスを横目にそれを認識する。

 

火力はどうしてもウルトラマンには劣るだろうが、それでも繰り返し叩き込むことさえ出来れば勝機はあるかもしれない。

 

「…賭けるしかないな」

 

最後の望みをタイガと共有し、残された最後の力を振り絞ってトライキングへと突撃を仕掛けた。

 

向けられた火炎放射を掻い潜った先で待ち受けていた巨体へタックル。続けてその一挙動を阻害するように手足へ連撃を入れる。

 

『ッッッ―――――!!!』

 

『テェヤッ!』

 

恐らくだがコイツには知性がある。こちらの狙いなど既に看破していることだろう。

故に狙われるのはメインウェポンでもあるホークイージス……だがそんなことはこちらもわかっている。

 

旋回する翼を撃ち落とそうと額にエネルギーが集約させられていくが、頭部ごと殴り上げることでその照準をズラす。空を切った雷が空へと伸びた。

 

『ッッ―――……!!』

 

そしてその隙を逃さないのがエキスパート集団であるE.G.I.S.だ。

立て続けに発射されたミサイルの弾幕は瞬く間にトライキングを飲み込み、赤い肉体を爆炎の中へ誘った。

 

『今だ!』

 

初めて膝を負った奴を背後から抑え込み、その懐を晒すように拘束する。

 

タイガの意図はパイロットにも伝わったのか、展開された砲台からはホークイージス最大火力であるレーザー光線が射出。大気を焼き焦がしながら対象へと猛進した。

 

これで終わりだ。戦闘に関わる者を含め、それを眺めていた全ての者達がそう思った瞬間だった。

 

 

 

 

「……甘いな」

 

「え―――」

 

絶望の鐘の音が響き渡る。

確かに零された声が雄牙の耳朶に触れた――――次の瞬間だった。

 

 

『ッッッ――――――!!!!』

 

 

赤黒いオーラに身を包んだトライキングが猛々しい咆哮を上げたと思えば、その両腕の形状が著しく変化してゆく。

 

開眼したのは巨大な目。左腕に備わった巨大な眼球を持つ盾は迫りくるレーザー光線へ向けられると―――瞬く間にそのエネルギーを吸収し尽してしまった。

 

「姿が変わって……!?」

 

『コイツは―――ファイブキングッ!?』

 

 

 

 

―――――超合体怪獣(チョウガッタイカイジュウ) ファイブキング

 

 

 

 

『ッッ――――――!!』

 

『うおあぁっ!?』

 

格段にその膂力を増したトライキング―――改めファイブキングは片腕だけでタイガの拘束を振り払い、それどころが跳ね飛ばしてしまう。

 

容易く組み伏せられたタイガに次に向けられたのは右腕……こちらも先程とは形状が異なり、五本指を備えていたはずのそれは巨大なハサミへと変化していた。

 

『ぐっ……うぅぅ……!』

 

首を締め上げるようにタイガを挟み込んだ右腕はそのまま持ち上げられ、宙に固定された敵への最期を告げる光が灯る。

 

『これ、は……!?』

 

発生源は先程レーザー光線を吸い尽くした左腕の眼球。その内部で渦巻くエネルギーは瞬く間に熱量を増大させてゆき―――、

 

『がっ…あああぁぁぁぁぁッッ………!!!』

 

迸った奔流がタイガを飲み込み、巨人の身体を覆い隠すほどの大爆発が崩壊した街を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……あぁぁぁぁッ!!」

 

「誰か…助け―――」

 

至る所で上がっては響く悲鳴の中を昂貴は走る。

 

戦闘の中心地となっているこの住宅街は最早原型を保ってはいなかった。道路はひび割れ、木々は燃え、倒壊している建物も多く見受けられる。中には瓦礫の下敷きとなっている者もいた。

 

だが助けている余裕はない。溢れる阿鼻叫喚を掻き分け、人の限界を超えた速力のまま昂貴はある一点を目指した。

 

『少し速度を落とせ昂貴! まだ私の力が馴染み切っていない……下手をすれば身体が壊れるぞ!』

 

「知ったこっちゃねぇんだよそんなこと!」

 

この世は不平等だと常々思っていた。

不幸も、厄災も、そして幸運もまた不平等かつ不確定に訪れる。それらが収束するものでないこともわかり切っているはずだ。

 

だからどれだけ災厄が降りかかろうとも、それを運命として受け入れるしかない……それもわかっているはずなのに。

 

「っざっけんな……ふざけんじゃねぇぞッ!」

 

それでも納得できるかどうかは違う……そう叫ぶように更に速度を増した。

 

これまでどんなことがあっても耐えてきた。実質的に親を失い、貧相な生活に追い込まれ、咎人の息子と蔑まれようとも、それも全て運命だと受け入れてきた。けど―――、

 

「これ以上俺から何奪おうってんだよクソがッ!」

 

目前に迫った、原型から大きく拉げた建物に向けて声を張り上げる。

 

彼女を喪うことだけは納得ができない。これまで散々人を不幸にしておいて、その唯一とも言っていい救いまで奪うつもりか。

 

 

『ッッッ――――――!』

 

 

だが世界はそんな願いなど聞き入れるつもりはないらしく。

応戦するウルトラマンを戦闘不能状態に陥らせた怪獣は尚もその猛りを衰えさせることはなく、抑えきれぬ衝動を発散するように周辺の悉くを蹂躙し始める。

 

「彼方ァァァッッ!!!」

 

破壊は遂に彼方の閉じ込められている建物にまで至り、少しずつではあるがその形を崩してゆく。

 

間に合わないと理解した絶叫の中、昂貴の中に生まれたのはある種の悟りだった。

 

 

世界は常に不平等で残酷だ。その厄災は気まぐれに牙を剥き、時に全てを奪い去ろうとする。

 

故に人は力をつける。富、地位、繋がり……自らの手にあるものを零さぬように、降りかかる理不尽から逃れるために。それがこの世界で生き抜くために必要なものだ。

 

だから今こうして彼方を奪われようとしているのは……己にその力がないからだ。

 

「っ……!」

 

力への渇望が臨界点へ達した瞬間に灯った一つの希望。

 

そうだ。ここにあるじゃないか……この状況を打破し得る()が。

 

 

 

 

「タイタス……俺に力を貸せ」

 

『ッ……!?』

 

足を止めた身体から()り出た声を体内の超人に向ける。

この要求が何を意味するかは理解している。タイタスがそれを望んでいないのも承知の上だ。

 

けれどもう、彼方を喪わないためにはこれしかないんだ。

 

『…ダメだ。君の気持ちはわかるが……戦う義務のない者を我々と同じ場所に立たせる訳にはいかない』

 

「義務はなくても理由はあんだよ! ただ指咥えて見てられる訳ねぇだろ!」

 

『だとしてもそれを飲むことは出来ない!』

 

突っ撥ねられた要求を更に突き返すも、タイタスが揺らぐことはなかった。

表情こそ伺い知ることは出来ないが、彼もまた同様に強い意志を以って昂貴の前に立ち塞がっている。

 

『勿論一つの使命を背負った戦士としての責任もある。だがそれ以上に私は一人の友として、君を巻き込みたくないんだ。昂貴……君にはこの先、輝かしい未来が待っている。君が進む道を違えさえしなければ、必ず君の世界は変わるんだ。だから―――』

 

「アイツがいなくなったら歩む道も、変わる世界もありゃしねぇんだよ!」

 

衝突する感情の激しさを表すように荒げた声が周囲の騒音を切り裂いた。それでも現状や世界に変革を生み出すことはない。必要なのはもっと大きなものだ。

 

「それにお前、今俺が戦わないでどうするってんだよ。あのウルトラマンはもう戦えねぇし、お前も今は俺の身体から離れられない……やるしかねぇだろ」

 

『だが……しかしだな……』

 

「無茶苦茶言ってんのはわかってる。お前にメリットがないのも………だから相応の代価は払うつもりだ」

 

昂貴が足を止めても怪獣の齎す破壊が留まることはない。少しずつ、されど確実に進行する危機は今も彼女に迫っている。

 

だから何としてでも折れる訳にはいかない。この意志を……貫き通さなくてはならないんだ。

 

『……自分の言ったことが何を意味するのかわかっているのか? 君が選ぼうとしている道は君が背負う必要のない義務を背負い、犯す必要のない危険に身を晒すものだ』

 

「んなモン承知の上だよ。この先もアイツが無事に、笑って生きていける世界を守れんなら……どんな重荷だろうが背負ってやる」

 

錘だの枷だのには慣れている。これまで押し付けられてきた烙印の数々に比べれば、ウルトラマンの使命など軽いものだ。

 

「だから……頼む。俺にアイツを守る力をくれ」

 

悲痛なまでに震える感情を抑え、心からの願いを口にした。

そしてその想いは遂にタイタスの作った壁を貫くに至ったのか―――、

 

『……わかった。そこまで言われては無下に扱う訳にもいくまい』

 

承諾の言葉と共に右腕に出現する黒い手甲。それは正真正銘、彼もまた昂貴と共に歩む覚悟を決めた証拠だった。

 

『最後にもう一度だけ問うぞ。そのトリガーに触れれば君はもう戻れなくなる……本当にいいんだな?』

 

「何度も言わせんな。……とっくに受け入れた運命だ」

 

 

《カモン!》

 

 

躊躇わず引き金を弾いた。もうこの道に迷いはない。

 

『ならば応えよう。私の持つ全ての知力と……筋肉(ウルトラマッスル)を以って!』

 

眼前で集約してゆく金色の光。

やがてそれらは一つの形をなり、タイタスの輝きが刻まれたアクセサリーとなって昂貴の手に収まった。

 

『共に行こう昂貴! 示せ―――私の名を!』

 

「力の賢者……タイタス!」

 

アクセサリーを握った右手の手甲から溢れた光が全てを教えてくれる。

 

「『バディィィ……」』

 

自らを包み込んだ熱に導かれるように躍動させる身体。

次の瞬間に真上へ掲げた右腕に宿った煌めきを開放するように、相棒と共に叫びを上げた。

 

「『ゴーッッ!!」』

 

 

 

 

 

 

 

《ウルトラマンタイタス!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ッッ――――――!』

 

厄災の咆哮が、破滅の足音が近づいてくる。

自分達を閉じ込め、また守ってもいた建物が徐々に崩壊していく振動を全身で感じながら妹と身を寄せ合っていた彼方。

 

「ぁ―――」

 

崩落した天井から僅かに伺える外の景色。その間を怪獣の皮膚が覆った瞬間、全てを悟った。

 

「―――遥ちゃんッ!」

 

せめて彼女だけは。ひび割れ瓦解する建物の破片から守るように最愛の妹に覆い被さる。

だが一向に訪れない最期。何かが砕ける音、吹き抜けた風の感触。その全ては今の今まで自分達のいた場所が崩壊したことを示しているのに。

 

「え……?」

 

その中で僅かに感じ取った暖かさに目を開き、見上げた先で言葉を失う。

 

湧き上がる光の中で彼方達を守るように身体を屈ませた巨人の姿。これまでに目にしたどれとも合致しない肉体を持つ()が向ける視線に妙な安心感を覚えながら……彼方は零した。

 

「…ウルトラマン……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『フゥゥンッ……!』

 

鍛え上げられた肉体が躍動している。

堂々と、余すことなく、重ね掛けたポージングで自らの筋肉を主張した巨人は、圧倒的な存在感を以ってその場の空気を支配した。

 

『な……!?』

 

「新しい、ウルトラマン……?」

 

過剰なまでに膨れ上がった赤と黒の肢体が視界のど真ん中に立ち塞がる。

雄牙の知識にある者達の姿とは大きく異なるものの、胸に灯った蒼い星型は紛れもない戦士の証。

 

この巨人もまたウルトラマンである……その事実を受け入れるのにそう時間は掛からなかった。

 

『割って入る形になって悪いが、ここは私達に任せて貰おうか…………タイガ』

 

『なんで俺の名前を……』

 

『話は後だ。今はコイツを片付ける』

 

『お、おいっ…!』

 

突然のことに理解の追い付かないタイガに変わり、踵を返した巨人は迷うことなくファイブキングへと猛進してゆく。

 

『賢者の拳は―――』

 

『待て! ソイツはッ……!』

 

 

 

『―――全てを砕くッ!』

 

 

 

衝突音に続き、何かが潰れる音が衝撃波と共に疾走する。

 

「は……?」

 

次の瞬間には明らかになった結果にタイガと共に絶句する。

 

たった一撃。たった一つの拳のみでその巨人はファイブキングの左腕―――備わった眼球の盾を粉砕して見せたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これがウルトラマンの力……」

 

『私だけではない。君の力も合わさった想いと、そして筋肉の相乗効果だな』

 

拳を打ち出した姿勢のまま巨人へと変化した身体を眺める。

視界を侵食するまでに盛り上がった筋肉は見ていた通り……いや、思念体から伺えたそれよりも遥かに力強いものだ。

 

故にこの破壊力。ただただ一発殴っただけだというのに、街に壊滅的被害を与えた怪獣を部位欠損にまで追い込んでしまった。

 

『さあ行くぞ! 今こそが私達の力……振るうべき時!』

 

肉体のみならず大地さえも躍動させて踏み出した一歩がファイブキングを刺激する。

即座に雷撃で切り返しを図ってくるもタイタスはまたも拳のみでそれを退ける。立て続けに繰り出された戦車の如し突進は奴の巨体を更に後方へと運んだ。

 

『ッッッ――――――!!』

 

『む……?』

 

訪れる二度目の衝突。

失われた左腕に変わって突き出されたのは右腕。蒼い双眼の備わった巨大な鋏は賢者の鉄拳を上手く絡めとり、噴出した強烈な冷気によってタイタスの肉体を氷結させてしまう。

 

『ほう……これが˝レイキュバス˝の力か……だが!』

 

そんなものでタイタスは止まらない。

僅かに振動する筋肉はやがて膨大な熱量を生み出してゆき、遂には身体を覆う分厚い氷を砕き割るまでに至る。

 

「……シバリングもここまで来るとただの暴力だな」

 

『まだまだ、こんなことで驚いてもらっては困る!』

 

勢いのままに鋏へと両手を掛け、外側へと引き千切ることで右腕をも破壊。

それにより接近戦は不利と判断したのか、翼を広げ飛び立ったファイブキングは上空から絶え間なく光弾の雨を降り注がせてくる。

 

『……これは少々厄介だな』

 

タイタスのパワーは誇張抜きでチート級だ。恐らく正面からぶつかって競い合える者はそういないだろう。

 

だがその反面スピードや機動力は鈍い。奴がそれを理解しての行動かは知らないが、この状況があまり好ましくないのは確かだ。

 

「心配ねぇ。それより今は次の一撃のことだ」

 

『…そうか。君が言うのなら信じよう』

 

低く姿勢を構え、強く握った右腕にエネルギーを集約させる。

 

その隙を好機と取ったか、上空を舞うファイブキングは額に籠る爆発的な熱をタイタスへと向け―――、

 

『ッッッ――――……!!!』

 

解き放つ前に真下へ向けて堕ちる。

直前まで雄々しく空を切っていた翼は焼け焦げている。一瞬の間に何が起きたのか、その答えは同じく宙を舞うホークイージスの銃口から昇る煙が物語っていた。

 

『…成程な。この地球の防衛組織は…………随分と頼もしい!』

 

真っ逆さまに落下するファイブキングの頭部を渾身の力を以って殴りつけた。

吹き飛ばされた巨獣は地表を抉り、幾度となく転がっては跳ね、満身創痍となった無防備な身体をタイタスへと晒す。

 

『さあトドメだ昂貴! 高めよう……我々の筋肉をッ!』

 

「おぉッ!」

 

右肩から腕の先にかけて命一杯の力を籠める。全身から注ぎ込むように、一点に集中させるように。

 

そうして生まれた気の流れは手甲を介して光の塊となり、身体の筋肉一つ一つを鳴動させる度にそのエネルギーを高めてゆく。

 

 

 

『˝プラニウムバスター˝ッッ!!!』

 

 

 

最後にありったけの力を込めて殴りつけた光球がファイブキングへ終焉を告げる。

 

「……今度の奴は、中々骨がありそうだ」

 

直撃によって大半を消し飛ばした赤い身体が真後ろへと崩れる。

次に起こった大爆発はその内部から発された声諸共、ファイブキングの全てを四散させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瓦礫の山と化した街の中、戦いを終え飛び去ってゆくウルトラマンを見上げる。その光景は10年前を思い起こさせた。

 

本来なら、自分がああして見上げられるべきはずだったのに。胸に生まれた無力感と焦りはいよいよ誤魔化しようのないものになってゆく。

 

『…身体、大丈夫か?』

 

「……うん」

 

あのウルトラマンが雄牙達に変わって戦場に立ってすぐ、限界を迎えたタイガの身体は消失した。

 

その後は本当に瞬く間だったのかもしれない。自分達があれだけ苦戦して、手の届かなかった相手を、彼は容易く打ち破って見せたのだから。

 

『…なんで』

 

そしてその事実は雄牙だけでなく、共に戦っていた相棒にも残響を与える。

ただそこにはまた別な困惑もあるようで。それを吐き出すように、空へと消えた巨人の姿を空目したままタイガは零した。

 

『なんで……アイツがタイガスパークを…………』

 

 




満を持して力の賢者出動です。やはり全てを解決するのは筋肉なんですよね

タイガをボッコボコにしてたトライキング/ファイブキングが瞬殺された結果からお察しかもしれませんが、今作のタイタスは原典の彼よりもかなり強めに描いていくつもりです

加え今作のタイガ達には面識がなくトライスクワッドも結成されていません。従ってタイタスがタイガスパークを所持している理由なども気になる部分ですがその辺は次回に持ち越しましょう

てかマジでそろそろラブライブサイドの話を進めないとマズイさんですよ……


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11話 衝突する正義

この3日間ゴールデンカムイ読んでた影響で全く執筆が進みませんでした。オワオワリ


 

 

 

「なんでですかぁ~!」

 

˝˝˝可愛い˝˝˝かすみんは激怒した。

必ず、この邪知暴虐の生徒会長に一泡吹かせてやらねばならぬと決意した。

 

「たった今伝えた通りです。スクールアイドル同好会は部長であった優木さんの申し出が受理されて廃部になった……もう何度も説明したことでしょう? 普通科1年、中須かすみさん」

 

「ぐぬぬ……!」

 

なんて、本日の授業で習った文章をこの状況に準えてみるも何も好転しない。

だが怯んではいけない。そんな考えに倣い、少女―――中須(なかす)かすみは威嚇するように歯を食いしばって見せた。

 

「……そんな顔をされても何も変わりませんよ?」

 

「だって! 納得いかないじゃないですかこんなの! かすみん達に何にも言わずに廃部だなんて!」

 

「けれど衝突があったのは事実でしょう? このままではグループとしての活動はおろか、部員各々の学園生活にも支障をきたし兼ねない……優木さんはそう判断したのではないですか?」

 

こんなにも愛らしい自分が、こんなにも必死に訴えかけているというのに、鉄面皮を張り付けた生徒会長は微塵もその態度を揺るがすことはない。

 

中川菜々(なかがわなな)。後に自らの悪戯リストに名と連ねることになる彼女を、かすみは反抗の意も込めて精一杯睨みつけた。

 

「だったらせつ菜先輩一人で辞めれば良かったじゃないですか! 皆を想っての行動だか何だか知りませんけど同好会を……かすみんのやりたいことまで奪わないでくださいよ!」

 

「っ……、そうは言っても、既に受理されてしまったものは取り消しようがありません」

 

「じゃあこのまま諦めろって言うんですか!」

 

「あなたは結論を急ぎ過ぎです。誰もそうは言ってないでしょう……同好会が無くなったのなら、もう一度作ればいいだけの話ではないのですか?」

 

「……ほぇ?」

 

一瞬回答に詰まったような間に疑心を覚えるものの、直後に並べられた言葉に目を点にする。

考えても見てなかった。そう顔に書いたかすみの表情を見て菜々は続ける。

 

「申請書と規定人数さえ揃えれば新しい同好会として設立が可能です。部活動紹介の時にも説明があったはずですが……?」

 

「そ、そんな手がぁ……!」

 

驚愕しつつ取り出された書類に目をやればそこには名前の記入欄が5つ。つまり部の申請に必要な人数は5人ということらしい。

 

そしていなくなったせつ菜を除いても同好会は5人だ。再びあの面々に声を掛けるだけで同好会は復活する。またスクールアイドルとして活動できる……渦巻いていた感情が喜びに変換されていくのがわかった。

 

「部員が集まったら、この申請書をまた私のところに届けに来てください。そうすればまた同好会として活動出来ます」

 

「わーい! 中川会長、ありがとうございますぅ!」

 

直前の怒りや非礼すら忘れ、書類を受け取ったかすみは子供のような笑顔で生徒会室を後にする。

 

「……これで、いいんですよね」

 

そんなかすみを見送った菜々の瞳には、今にも泣き出してしまいそうな哀愁が漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まさかこの地球に俺以外にもウルトラマンが来てたなんてな……』

 

ガコン、と。

自販機から排出された紙パックの飲料が上げた音に続いて、思念体を作ったタイガが首を捻った。

 

ファイブキングとの戦闘中に新たなウルトラマンが姿を現したのが昨晩のこと。その残響は一晩経っても自分達の中に残り続けている。

 

(…知り合いじゃないのか?)

 

『少なくともな。そもそも俺とは出身の星が違うと思う。アイツは多分……U-40のウルトラマン。光の国とは兄弟星みたいな立ち位置の星だ』

 

放課後の廊下を進む道すがらでタイガが自らの知り得る˝彼˝についての情報を羅列する。

それらを流し込むように容器に突っ込んだストローから中身を吸い上げた。甘ったるい感触が口の中へ広がってゆく。

 

『なんでU-40の戦士がここに……まさかまた何か起ころうとしてるのか……?』

 

推察を働かせるタイガには新たな脅威の可能性とはまた別な思惑を感じる。

まるで自らに不都合な未来を憂うような……そんな焦りだ。

 

『それにアイツは俺の名前を知っていた。タイガスパークのこともそうだ。何がどうなってるんだ一体……』

 

(本人に聞くのが一番早いんじゃないのか?)

 

『そうは言ってもどこにいるのかを俺達は知らない。恐らくは俺と同じで、誰かこの星の住民と一体化してるんだろうが……』

 

そもそもタイガ自身があのウルトラマンとの接触を拒んでいるようにも思える。

その理由まではわからないが、なんとなく、雄牙の中にも似たような想いがあった。

 

今あのウルトラマンに関わってしまえば、変わり始めたばかりの自分達の何かが終わってしまう……そんな予感がする。

 

「瀬良」

 

だから可能な限りは彼を避ける方針で行く。思い浮かんだそれをタイガと共有するよりも早く向けられた声。

足を止め、雄牙は自らを呼び止めた者が誰であるかを確認した。

 

「南雲先輩……?」

 

「やっと見つけたぞ………ちょっと面貸せ、話がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ……国際交流学科の機材室前か。よくまあ普通科がこんな場所知ってたもんだ」

 

西日が僅かに差し込む階段の踊り場。放課後の通行人は皆無に等しいその場所の雰囲気が雄牙は気に入っている。たまに一人でここへきてパックジュースを味わう時間が好きだった。

 

だが今はその場に他人がいる。何もまた雄牙に話があり、出来れば人気のない場所でしたいとのことだったが……、

 

「……そう身構えんなよ。今日用があんのはお前だけだ。高咲達は関係ない」

 

「…じゃあますますこんな場所で話をする理由がわからないんですが」

 

「ここまで連れてきたのはお前だろうが。……まあそうだな。俺個人ってよりは、()()()に用がある奴がいる、ってのが正しいか」

 

「お前、等……?」

 

「……その様子だと当たりみたいだな。いるんだろ? 出て来いよ―――ウルトラマンタイガ」

 

「『ッ……!?」』

 

その名が口に出された瞬間、タイガによって操作された身体が大きく後方へ飛び退いた。即座に臨戦態勢へと入り、隠すことの無い警戒心を昂貴へと向ける。

 

なんで、どうして。

現状タイガの名は世間に知れ渡っていない。それこそ雄牙しか知り得てないはずだというのに……いやそもそも、どうしてタイガが雄牙の中にいることまで彼は知っているんだ。

 

「ビンゴか……。まさかこんな近くにいたなんてな」

 

「なんでアンタがそれを……」

 

『それは私から説明しよう』

 

そしてそんな疑問と狼狽は更なる衝撃によって上塗りされることとなる。

雄牙の問いに答える形で出現した小人。タイガの思念体同様に宙を漂うその姿は―――昨日の巨人と一致した。

 

『お前は……!』

 

『初めまして……ではないか。一先ず自己紹介といこう。私はウルトラマンタイタス。少し君に用があってこのような形で接触させてもらった』

 

「アンタがあのウルトラマン……!?」

 

「まあ…色々あってな」

 

『タイタス……って、あのU-40で新しく勇者入りしたって言う奴か!?』

 

『おぉ、U-40だけでなく私のことまで知っているとなれば話は早いが……随分と昔の話をするな。もう10年以上前のことだったと思うが……』

 

遅れて零体を形成したタイガとの問答によって先刻に彼が述べた推察が正しかったことが証明される。

 

だがそれは同時に不都合を齎す可能性を孕んでいることを雄牙は知っている。それを知ってか知らずか、タイタスと名乗ったウルトラマンは落ち着き払った口調で続けた。

 

『まあいい。とにかく私がこの星へ飛来したのはある任務を授かったからだ。今は見ての通り、昂貴の身体を借りてこの星に滞在している』

 

『そんなのはお前がこの星に来てる時点でわかってるんだよ! それよりもなんで俺の名前を知っている……なんでお前がタイガスパークを持ってるんだ!』

 

対して取り乱すタイガ。そんな彼に詰め寄られてもタイタスが動じる様子を見せることはなかったが、代わりに何か考えるように腕を組む。

次の言葉が発されたのは数拍の間の後。

 

『…君に対して隠す意味はないか。実は任務を言い渡された際、少し光の国へ赴く用があってな。これはその際に貰い受けたものだ……君の父、ウルトラマンタロウからな』

 

『父、さんから……?』

 

『ああ。君を本当に心配している様子だった』

 

愛されているな。語末にそう付け足したタイタスの目線にはどこか哀傷を感じた。

だがそれも一瞬のこと。すぐさま元の姿勢を取り戻すとタイガへ向けて告げる。

 

『私が依頼された任務は二つ。一つはとある物質及びそれと関りのある者の追跡。そしてもう一つは……君の捜索だ、タイガ』

 

『はぁ……?』

 

浮かぶ小人が狼狽する。表情の変化こそ存在しないが、それでも困惑の色はハッキリと見て伺えた。

 

『おいおいおい……光の国がわざわざお前に捜索願でも出したってのかよ。そんな馬鹿な話……』

 

『依頼主はウルトラマンタロウ個人だ。別に光の国そのものが関わっているだけではない……だが、そうなるのも時間の問題なのではないか? 何せ君の家系は―――』

 

『それを持ち出す必要はないだろッ!』

 

何かを言いかけたタイタスをタイガが一喝した。

次に滲み出たのは怒りに近しい感情だった。伺い知れない何かを秘めた彼の心が眼前の同族を威嚇している。

 

『爺ちゃんも父さんも関係ない……この星にいるのは俺自身の意志だ』

 

『それが問題だと言っている。君が何を思いこうしているのかは知らないが、組織に所属する者が不当に他の星に滞在しているとなれば宇宙警備隊、強いては光の国の沽券に関わり兼ねないぞ』

 

『U-40の奴には関係ないだろ! とにかく、俺はまだここから離れる訳にはいかない。……勝手に突っ込んで自滅して、10年も行方不明だった上に何も成せないまま星に帰るとか……出来る訳ねぇだろ』

 

『全く君は……ウルトラマンとしての自覚が足りてないようだな。これは無理矢理にでも星へ連行した方が良さそうだ。とにかく一度、光の国へ報告をさせてもらうぞ』

 

「ちょ……待て待て、勝手に話を進めんな」

 

強引に事を運ぼうとするタイタスに今度は雄牙が待ったをかける。彼の双眸がこちらへ向いた。その筋肉や体色も相まった威圧感はとても小人と対峙しているものとは思い難い。

 

「事情はまあ、なんとなく伝わった。タイガの行動がアンタ等ウルトラマン全体としての信用に関わるのも理解はしてる……けど俺としても、まだコイツを連れ戻すのは待って欲しい」

 

『雄牙……』

 

出逢った直後は拒絶した彼の手を今度は離すまいとしている……我ながらその行動には矛盾を覚えた。

 

でも仕方がない。雄牙もタイガと同じだから。

 

まだ何も出来てはいないというのに……それなのにこんなところで終わって納得できるはずがない。

 

「…お前がどうとか関係ないんだよ」

 

だがそれを突っ撥ねたのはもう一人の男。ここまでのやり取りを黙って見守っていた昂貴が割って入った。

 

「ソイツの規約違反だとかは俺もどうだっていい。それ以上に看過できねぇのはお前等がこれ以上出しゃばることだ」

 

「……何が言いたいんですか」

 

「邪魔だって言ってんだよ。お前等が戦っても余計に被害が広がるだけなのは目に見えてる……お前も薄々気付いてんだろ」

 

見下ろす形で突き刺される言葉の槍が雄牙の内心を抉る。

タイタスと主張は異なるが、こちら側も雄牙達に否を叩きつけに来たという点では同じらしい。

 

「お前等には任せられない。……残ろうが帰ろうが知ったこっちゃねぇがもう出てくんな。今後は俺達が戦う」

 

たった数言の中に全ての正論と主張を込めて吐き捨てられた口述を最後に昂貴は踵を返した。これ以上話すことはないということらしい。

 

「とにかくもう引っ込んでろ。これ以上余計な真似しやがったら……その時はわかってるな」

 

階段を登る足音だけが残響する。

あまりに大きい、壁のようにすら感じる背中が立ち去ってゆく様子を、雄牙はただただ拳を握ったまま正視し続けていた。

 

 




早くも雄牙と昂貴の衝突……という形になりました
そしてタイタスがタロウからタイガの捜索依頼と共にタイガスパークを託されていたことが判明。戦いから身を退くよう求められた彼等が取る選択とは……


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12話 尋ねる者達

順当に忙しくなってきたので更新頻度に影響が出そうだとアナウンスしておきます


 

 

時折点滅を見せる電光が僅かに照らす地下街を進む。

寂れた装いに反し意外な賑わいを見せる通りだが、このジメジメとした湿気だけは誤魔化しようもない。男の後に続いて道を進む少女は不快そうに顔を顰めた。

 

「……おい、こんな場所に連れてきて何のつもりだ」

 

「不満かい? 折角君の暇潰しにと足を運んだというのに」

 

「抜かせ。どうせお前の目的ついでに私をあやそうという魂胆だろう」

 

「はぁ……感の良すぎるレディは好かれませんよ? 確かに私個人の目的こそあるが……君のためというのも事実だ。少しは我慢してくれ」

 

隠すことの無い嫌気を向けるも男が足を止めようとすることはなかった。無駄を悟り、一応はその言葉を信じ矛を下げてやるとする。

 

だが最悪な居心地なことに変わりはない。男の目的が果たされるまでの間、せめてもの退屈潰しにと辺りを見回した。

 

「……しかし、随分と賑やかなものだな。あまり目にしない顔もいる。グローザ星系人にファントン星人……アクマニア星人までいるとは」

 

「˝シェルター˝は君も知ってるだろう? 他の惑星との交流が盛んではない星における異星人の隠れ家……これはその大規模なものだと思ってくれればいい」

 

「ふん……それで、そんな場所にお前は何をしに来た?」

 

「なに……ただの取引さ」

 

そう言って男が足を止めたのは昆虫を思わせるような複眼や触覚を持つ宇宙人が構える露店。

マーキンド星人。死の商人の肩書きを持つ、怪獣や兵器の売買を生業とする種族だ。

 

『なにかご所望で?』

 

「そうだな……これを頂こうか」

 

薄汚い台に並べられたカプセルのようなものを舐め回すように吟味した後、その内の一つを手に取った。

 

『ご生憎それはディスプレイとして飾っているものでしてねぇ……。お得意様ならともかく、貴方のような見ず知らずの方に売るようなものでは―――、』

 

「相応……いや、それ以上のものを出すと言ってもか?」

 

渋る仕草を見せたマーキンド星人の眼前で零れ落ちる幾つかの指輪。男の力で生み出した代物であるそれらを目にした奴の目の色が変わる。

 

『これは魔王獣の……!? こんなものを一体どこで……!』

 

「そこまでは答えられないなぁ……今君に取れるのは、私と取引するかどうかの選択だけだ。さあ、どうする?」

 

『ぜ、是非とも! 喜んでお渡し致します!』

 

「では、取引成立ということで……ああそれと、少々この星で使用できる通貨も頂けると助かる。それだけの価値はあるだろう?」

 

終始主導権を握ったままであった交渉が終わったのを見届け、足早にこの場から抜け出そうと歩を進める。その傍らで今しがた手にした戦利品を眺める彼へと問うた。

 

「いいのか? 奴は˝ヴィラン・ギルド˝の者だろう。あまり調子づかせると後々面倒だぞ」

 

「所詮は協調性のない有象無象の集まり……多少活性化したところで大した害にはならないさ。それよりも―――」

 

手を出せと、視線だけで呼びかけられる。

首を傾げつつも一応は言葉に従い広げた掌。与えるようにして落とされたのは数枚の紙幣と硬貨だった。

 

「私は暫くこれの加工で手が離せそうになくてね。君の相手は出来そうにない。その間はこのお小遣いで地球の文化でも楽しんできたまえ、オグリス」

 

「……逐一客人に対するものとは思えん態度と取るなお前は。舐めてるのか」

 

「まあそう言うなよ……早めにお暇する必要も出たんだ」

 

流された男の目線を追った少女―――オグリスの視界が何やらざわめき始めた地下街を俯瞰する。

 

その渦中で明らかに地球人である少年が顔を覗かせるのと、男が姿を消すのは同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――ウルトラマンタロウ。それが俺の父親だ』

 

明かりを消した部屋の中、寝転んだベッドに全ての体重を預けた雄牙は体内の同居人に耳を傾ける。

 

『˝ウルトラ6兄弟˝っていう、宇宙警備隊の中でも最強とされてる1人でさ。過去に何度も功績を上げた、光の国でも尊敬されてるような人なんだ』

 

「……凄い人が父親なんだな」

 

『ああ。加えて父さんの両親、つまり俺の祖父母はそれぞれウルトラの父、ウルトラの母って呼ばれる、実質的な宇宙警備隊のトップだ。……当然、そんな一族に生まれた俺も期待の目を向けられ続けてきた』

 

タイタスも口にしていた名前で切り出された話は重苦しい含みに反し、語られる内容は輝かしいものだ。ただし当のタイガには何か、それだけでは片付けられないような影が落ちているように感じる。

 

『最初は俺も誇らしかったさ。俺も父さんや爺ちゃんみたくなれるようにって訓練に励んだ。……けどどんなに優秀な成績を出しても、周りは口を揃えてタロウの息子だから当たり前だの温室育ちのエリートだの……誰も俺をウルトラマンタイガ個人として見ようとしなかった』

 

すぐにその正体は明かされた。一体化しているが故か、直に伝わってくるタイガの感情はどうしようもなく悲痛なものだ。

 

『だから宇宙警備隊の任務に無断で参加して手柄を挙げようと躍起になってたんだ。けど結果はこの通り、実体化も出来なくなるくらいのダメージを受けて俺は宇宙を彷徨うことになった。それがこの星で大体、10年前のことだ』

 

タイガが肉体を失い、この地球へと流れ着いた理由が明かされる。

全ては彼が周囲に植え付けられた劣等感と自尊心の暴走……つまりはそういうことらしい。

 

『お前と一体化したのも、ある意味ではその延長線上だ。この星を守り抜いたんだって証明できれば、きっと誰かが認めてくれる……そう思ってた』

 

否定で区切られた理由は雄牙もよくわかっている。ほんの先刻にこの目で確かめたばかりのことだ。

 

タイガが現在取っている行動は光の国、宇宙警備隊においては規律違反に等しい。仮にこのまま戦い抜けたとしても、彼の働きが評価される可能性は低いだろう。

 

だがタイガの心中にあるのはそれだけではないようで―――、

 

『……ごめんな、雄牙。俺の身勝手な我儘で巻き込んじまって。お前だって、俺と同じで意志を持った一つの命だってのに……あの時の俺はそんなことも見えてなかった』

 

「……もういいって言っただろ。それより、お前これからどうする気だ?」

 

罪悪感を背負った声音を否定する。タイガの意図がどうであれ、最終的に戦うことを選んだのは雄牙の心だ。

けれどその意志すらも今は、大きな壁を前に阻まれようとしている。

 

『さあな。俺の意志でどうにかなるのかもわからない。……光の国にタイタスからの報告が届けば俺が連れ戻される可能性もあるしな』

 

「……」

 

ウルトラマンタイタスの来訪。タイガを上回る実力を持つ彼が任務を携えてこの星に飛来した今、自分達の存在意義は薄れていると言っても過言ではなかった。

 

加えてタイガの置かれた現状……僅かながらも二人で歩んできた道に迫る終わりをひしひしと感じる。

 

「……終わる、べきなのかな」

 

寝転んだまま、机の上に飾られた数枚の写真を見やる。両親と並ぶ幼き日の自分を切り取った一枚に目を細める。

 

写真の中の両親は、もうこの世にいない。10年前に起きた怪獣災害でその命を落としている。

 

ウルトラマンの姿がこの星で確認されなくなって間もなくのことだったが、そんなこと幼き日の自分には理解出来なくて。だからただ大切な人達を助けてくれなかったウルトラマンに恨みに近い感情を抱いていた。

 

『……お前はどうしたいんだ?』

 

「…わかんねぇ」

 

タイガと共に戦うことを選んだのもそれが理由だ。過去の自分と同じ想いを自らの選択で誰かに植え付けたくなかったから……だがそれも今となっては別の者が担える。強いヒーローであるウルトラマンは他で存在するのだから。

 

そもそもタイガがいなくなれば戦う力すら無くなるんだ……束の間の使命だったが、もうその荷を下ろす時が来たのかもしれない。

 

「わかんねぇよ……そんなの」

 

捲られた袖の内から痛々しい包帯の跡が露出する。先日の戦いで負った傷だった。祖父や侑達には悟られぬよう振舞っては来たが、同じことが続くようであればそれも限界が近いだろう。

 

未だに疼くそれらを擦りながら目を閉じた雄牙は、何かを手放すように、暗闇の中に身を沈めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……ま、わかっちゃいたがそう簡単に素人が探れるようなモンでもないよな)

 

メモに纏めた単語を見下ろし眉を寄せる。

数日前から出来る範囲でタイタスに与えられた任務への協力を試みているところだが……やはり思ったようにいかないのが現実だった。

 

『無理に協力する必要はないのだぞ? 君には君の生活があるんだ。私としては、それを優先して欲しい』

 

(それじゃお前にメリットがないだろ。……せめてこれくらいはやらせてくれ)

 

彼方を守るためにこの力を手にした時から背負うと決めたものだ。いくら彼が気を遣っているからと言って簡単に下ろす訳にはいかない。

 

幸と悲運が一律に収束しないように、陰徳陽報や因果応報も必ず起こり得るものではない。だから可能な限りはこの手で返すべき……これまでの生で培われた価値観による信条であった。

 

(しっかし宇宙人の巣窟当たっても手掛かり一つねぇとはな。ホントにこの星にいるんだろうな)

 

『確かな筋からの情報だ。間違いはないと思うが……手掛かりが掴めない以上はどうしようもないな』

 

タイタスが本来の目的通りE.G.I.S.の人間と接触出来ていればこうはならなかったのだろうが……過ぎた事ばかりをぼやいても仕方はない。今その任を共有しているのは昂貴なのだから。

 

ともあれ彼の言う通り手掛かりがない以上はどうしようもない。今は学生としての本分に集中すべきだろう。

 

とは言えど既に放課後。やることなど帰宅一つに決まっているのだが。

 

(……そういや、瀬良達の方はどうすんだよ)

 

『光の国への報告は既に済ませてある。後はその返答を待つだけだからな。それまでは特に私から行動を起こすつもりはないさ』

 

国際交流学科からライフデザイン学科へと続く廊下を進む傍らでタイタスと交わすのはもう一方の戦士達のこと。

 

以前忠告をして以来大人しくはしているようだが……まだその危なっかしさが抜けた訳ではない。タイガが光の国へ戻るその日まで警戒の糸は緩めぬ方がいいだろう。

 

そんな思案も程々に辿り着いた棟で彼方を探すが、当該の者は意外な人物と共に発見される。

 

「どうも。一応初めまして……かしらね? 彼女さん、ちょっと借りてるわよ」

 

「へへっ、彼方ちゃん寝取られちまったぜ」

 

「文字通りってか。……で、何の用だ朝香」

 

横になった姿勢のままひらひらと手を振ってくる彼方の悪ノリを軽く流し、彼女に膝を貸す女生徒に目をやる。

 

「あら、私のことご存じだなんて嬉しいじゃない。南雲クン」

 

「この学校でお前のこと知らない奴の方が珍しいだろ。いいから用件だけ話せ」

 

朝香果林(あさかかりん)。彼方と同じライフデザイン学科に所属する3年生だ。そんな彼女はこの虹ヶ咲学園一番の有名人と呼んでも過言ではない。

 

理由はとある人気雑誌の読者モデルを務めているから。言動や体形が醸す雰囲気は生業によって培われたものなのだろう。

 

で、問題はそんな有名人が自分に何の用があるかだが……、

 

「はいはい。彼方なら返してあげるから嫉妬しないの。ちょっとスクールアイドル同好会のことで話があるのよ」

 

「エマちゃんが相談したらしいよ~」

 

彼方の捕捉に短くありがとうと返した果林は僅かに口角を吊り上げて続けた。

 

「優木せつ菜さんって人を探しているのだけど……協力してくれるわよね?」

 

 




謎の少女の名前である˝オグリス˝、そして雄牙の過去が一部判明となりました。

そんな中最後に登場したのはセクシー先輩……やっとラブライブ方面のお話が進められるぜ……


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13話 糸口を探れ

ギャラファイ見たい……(クレカがないせいでスタンダードプランにすら入れない男の嘆き)


 

 

油汚れのシミのように、嫌な記憶というのはいつだって脳裏にこびり付いて離れないものだ。

 

あの瞬間もまた例外ではない。今でも頑固に、この瞼の裏に居座っている。

 

 

「こんなの全然、可愛くないです―――ッ!!!」

 

 

虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会。無事活動に必要なメンバーも集まり、これからグループとして歩み出そうとしていた、その時だったと思う。

 

不仲であったとか、決してそんな訳ではない。むしろ部員同士の関係は良好だったとさえも思う。

 

けれど各々の持つ個性や理想が強すぎたあまり……その衝突は起きたのだ。

 

「けどこのままじゃファンの皆さんに私達の大好きは―――、」

 

「せつ菜先輩スタイルばっかり押し付けないでください! 熱いとかそんなのじゃなくて、かすみんはもっと可愛い感じでやりたいんです!」

 

最も主張の激しかった二人の間に生じた亀裂が最初の不破だった。その内の一人が優木せつ菜。最終的に同好会の廃部を決めた、実質的なリーダーだ。

 

彼女が何故その決断に踏み切ったかは定かではない。実際あの瞬間を境にメンバー間で溝が出来ていたのは事実であるし、それを危惧しての行動だった可能性もある。

 

だが彼女は誰にもそれを告げずに同好会を廃部にし、メンバーの居場所を一方的に奪った。それは揺ぎ無い事実あり、到底許すことではない。少なからず各自に想うことはあっただろう。

 

それだというのに―――、

 

 

 

 

 

 

 

高校のものとは信じ難い広さを誇る虹ヶ咲学園の食堂を満たしていたのは同様混じりの囁き声だ。それは自分達の居座る座席を中心に渦巻いていた。

 

当然だろう。校内一の有名人である朝香果林と、悪評の権化たる南雲昂貴が同じ席に腰掛けている。気にならない者などいるはずもない。また変な噂が経ちタイタスのお節介が増長すると思うと頭が痛かった。

 

「……私、やっぱりせつ菜ちゃんとしっかりお話したい。こんな終わり方なんて納得できないよ」

 

居心地の悪さなどとうに限界値へ達しているであろうに。それでもエマ・ヴェルデは淀みない意志と声で同席する3人の同級生へと訴えた。

 

彼女もまた昂貴同じ国際交流学科所属の3年生。そして解散した同好会メンバーの1人だ。

 

「愚痴るなり一発ぶん殴ってやりてぇって点でアイツに会いたいのは俺も同じだが……お前の場合は別に理由がありそうだな」

 

「せつ菜ちゃん、苦しそうだった。もしかしたら何か悩んでたことがあったかもしれないのに……私、何もしてあげられなかったから」

 

「確かにねぇ……彼方ちゃん達、3年生なのに」

 

「人が良すぎるんだよお前等は……確かに悩みか何かがあったかもしれねぇが、それとアイツのやったことは別問題だ。もっと怒ってもいいんだぞ」

 

「勿論怒ってるよ。でも仲間外れにはしたくないの」

 

強情なまでに姿勢を崩さないエマに頭を抱える。

 

母国であるスイスから留学してまでスクールアイドルを体験しに来た彼女の熱意は相当なものであるだろうに……それを踏み躙ったせつ菜を未だに案じるその心は度し難い。

 

「……また同好会を始めるなら、せつ菜ちゃんも一緒の方がいいに決まってるよ」

 

今になって彼女がその腰を上げた訳はきっと、同じく同好会のメンバーであった中須かすみからの連絡だろう。

 

5人でまた同好会を始めよう。一度昂貴が試みた方法にかすみも辿り着いたようで、先日生徒会から拝借してきた申請書と共にそう声を上げたのだ。

 

だがエマはそれに対する回答を先延ばしにしている。理由は語られた通りだ。

 

「そもそも俺は中須をまたメンバーに加えるってのも納得できねぇ。元はと言えばあの馬鹿と優木が意地張り合ったのが原因だからな。集団の不破に成り兼ねない奴は除外すべきだろ」

 

「…それ、本気で言ってる?」

 

「コウくーん……今のは彼方ちゃんもちょ~っとプッツン案件かな~?」

 

過ぎた発言だったようで口を噤む。この上級生共がそれはもう大層後輩達を可愛がっていたことを失念していた。

 

だが今の主張が間違いでないことも確かだと、抗議の意を示すように目を細めればそれを汲み取る形で果林が答えた。

 

「私も気にすることはないんじゃないのって言ったのよ? でもそれで納得するような子じゃないでしょ、エマは」

 

「じゃあ何か方法があるかってんだよ。あの自己主張の強すぎる連中を一つに纏める方法が」

 

「それはまだだけど……でも、それを考えるのはせつ菜ちゃんと話し合ってからでも遅くはないと思うんだ」

 

「彼方ちゃんも賛成~」

 

意見の合致した三人の視線が同時に昂貴へ向けられる。回答を求めている瞳だった。

 

「……わかったよ。探せばいいんだろ探せば」

 

異を唱えたところで多数決によって流されることはわかっている。

 

群れた女というのは想像以上に(したた)かで、面倒くさい。そんな教訓を胸に刻みつつ、一先ずは首を縦に振るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しず子の薄情者ぉ!」

 

場所を移し中庭。

自らの手作りであるコッペパン。その甘美な味わいを口の中に広げつつ、かすみは先刻の出来事に対し怒号を散らした。

 

「演劇部が演劇部がって、かすみんのことはどうでもいいの~? エマ先輩達も暫く答えは待ってって言ってくるし、どうすればぁ……」

 

折角同好会をまた立ち上げる手立てが整ったと思ったのに、肝心のメンバーが誰一人としてついてきてくれないのは完全に予想外だ。

 

これではスクールアイドル活動を再開できない。自身の可愛さを広めるためには、その土台となる場所が必須だというに……。

 

「今日も何もわからなかった……」

 

「落ち込まないで侑ちゃん。明日また探そう?」

 

自分以外誰もいないと思っていた中庭を横切る3人の話し声と足音。

一人だと思っていたから遠慮なく大声で愚痴っていたというのに。それが聞かれていたかもと思うと得も言われぬ気恥ずかしさがあった。

 

「スクールアイドルなんて他にもごまんといるんだし、また別の奴見つければいいんじゃねーの?」

 

「っ…!」

 

何か笑い話にでもされているのではないか。そんな不安から身を隠して聞き耳を立てるが、確認できた会話はむしろかすみにとって幸運だったか。

 

スクールアイドル、確かにそう言った。このタイミングで自分達の活動に興味のある人間が通りかかるなんてなんと好都合だろうか。

 

「そうかもしれないけど、やっぱり一回くらいはせつ菜ちゃんと―――」

 

「せーんぱいっ! スクールアイドルにご興味があるんですかぁ?」

 

絶好の機会を逃す訳にはいかないと、素早く飛び出したかすみは格別に可愛い笑顔で3人の前に立つ。

 

「どうもぉ、スクールアイドル同好会2代目部長の、かすみんこと中須かすみです♡ 先輩方、ちょーっとお話いいですかぁ?」

 

決まった。心の中で快哉を叫ぶ。これでこの3人は自分の可愛さに釘付けだろうと自信を持って閉じた目を開いた。

 

「かす…かす……えっと、何?」

 

「……暖かくなると変なの増えるよな」

 

「あ、あれ……?」

 

だが瞼の裏で繰り広げていた都合のいい妄想は、見上げた先にあった現実に容易くぶち壊される。

 

喜ばしいものを期待していたはずのそこには、困惑と冷めの混じった視線しか存在していなかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…おっほん! もう一度言いますが先輩方、スクールアイドルに興味はありませんか?」

 

一先ず仕切り直すのか、軽い自己紹介を済ませた後に改めて少女―――中須かすみは問う。

 

「でも同好会って廃部になったんじゃ……」

 

「諦めなければ同好会は永遠に続くのです! ……あ、取り敢えずこれはお近づきの証に、どうぞ」

 

賄賂のつもりかはたまた純然たる好意か。差し出されたのは包装紙にくるまれたコッペパンが三つ。

その真意を探るよりも早く侑達はそれらを口に含み、途端に瞳を輝かせた。

 

「美味しい……これってどこのお店の?」

 

「ちっちっち、そのパンはかすみんの手作りですよぉ?」

 

凄いでしょ、褒めて、と言わんばかりに()()()笑顔を作るかすみに異様な苛立ちを覚える。

 

誤魔化すように自らもパンを貪るが逆効果だったか。店で売りに出される代物と遜色のない味なのが余計に腹立たしかった。

 

「凄い! 流石スクールアイドル……こんなに可愛くて料理まで出来るんだ」

 

「……料理関係ある?」

 

「無いと思うぞ」

 

「へぇ~可愛いですかぁ~? そりゃあかすみんは可愛いに決まってますけどぉ……侑先輩、見る目ありますねぇ」

 

「どうしようコイツ等話聞かねぇ」

 

調子に乗ったかすみのテンションが上昇してゆくのがわかる。そして雄牙の血圧も健やかに上昇していくのがわかる。中須かすみという少女への本能的な拒絶反応を自覚した瞬間だった。

 

すぐにでも立ち去りたいところだが完全に乗ってしまっている侑がそれを許してくれない。置いてけぼり仲間の歩夢と共にただその成り行きを見守った。

 

「じゃあ先輩方ぁ、そんな可愛いかすみんと一緒に、スクールアイドル活動始めませんかぁ?」

 

だがあまりにも可愛いが連呼される頭の悪いやりとりに脳を溶かしていた頃。

気付けばいつの間にか飛躍していた話は再度の勧誘によって区切られていた。

 

「……大丈夫かなぁ」

 

「大丈夫です信じてください! かすみん、最強に可愛いスクールアイドル同好会にしてみますから! 皆さんも可愛いかすみん、見たいでしょ?」

 

「う~ん……」

 

「心底どうでもいい」

 

「はいはい見たい見たい!」

 

「じゃあ入部決定ですね! これから新しい同好会として頑張っていきましょう!」

 

都合の悪い部分は完全にシャットアウトしたかすみによって新生スクールアイドル同好会の設立が宣言される。既に人の意見を聞かない独裁体制が確立されつつあった。

 

「それじゃあ早速行きましょう! ()()のかすみんと一緒に、究極の可愛いスクールアイドルを目指して!」

 

「あ、同好会に入るとしても、私スクールアイドルはやらないよ。自分がステージに立つってよりは、誰かを応援してたいから」

 

「それってマネージャーってことですか?」

 

「まあ……やるならそうなるのかな?」

 

「えっへへ……かすみん、もうマネージャーさんができちゃいました……とにかくこれからよろしくお願いします! 侑先輩!」

 

手を取り合った二人によって完全に彼女達だけの世界が出来上がっていた。完全に蚊帳の外だった。

 

完全に締め出された世界で歩夢と顔を見合わせる。こうなった時の侑の止め方を教えろと目線で問うた。そんな方法があったら苦労しないと諦めの表情が返ってきた。つまりもうおしまいだった。

 

「いやお前……優木を探すんじゃなかったのかよ」

 

そんな中辛うじて直前の状況を思い出し、徐々に宗教染みてきた談義から引き剥がすように侑を踏み止まらせた。

 

「あー……そうだった。ついトキメいちゃって……」

 

「優木って……せつ菜先輩のことですか!?」

 

「やっぱり知ってるんだ! ねえ、せつ菜ちゃんのこと何か分かる? あの日のライブの感想伝えたいんだけど全然見つからなくてさ」

 

テンションはそのままに別ベクトルの方向へ進み始める侑。反してかすみには影が差す。

 

「わかりません……同好会が無くなってから一回も会ってないんです。かすみんも、ちゃんとお話したいとは思ってるのに……」

 

スクールアイドル以外の彼女を誰も見たことが無い。優木せつ菜を探す中で自分達が辿り着いたのはそんな都市伝説にも近い噂だったが、同じ同好会に所属していたかすみですらこの様子であるといよいよその話は本当らしい。

 

しかしこうなると完全に手詰まりだ。スクールアイドル活動を辞めてしまった今、せつ菜に辿り着く手掛かりは完全に途絶えてしまったと言っても過言ではない。

 

(いや…アイツなら……)

 

ただまだ一つ残っていた手立てを思い出す。望みはそう高くはないが、これまでのように闇雲に聞いて回るよりは余程現実的だ。

 

「まあでも、同好会が復活したらせつ菜先輩も戻ってくるかもしれませんし。今はかすみんと一緒にスクールアイドル活動頑張りましょう!」

 

既に舵を切り始めた彼女達には話さないでおく。侑が楽しんでいる手前水を差したくはないし、これに関しては雄牙一人で行動した方が都合がいい。

 

『……いいのか?』

 

(いいんだよ。……今の俺に出来るのは、これくらいだから)

 

唯一その考えが筒筒抜けであった体内の住民に問われる。蟠る感情を抑えるように返した。

 

これでいい。ウルトラマンとしての責務を果たす必要は無くなった。短い時間ではあったが、雄牙も一介の高校生に戻る時が来たんだ。だから今は目の前の高校生活に友人と一緒に取り組むべきだ。

 

(これで……いいんだよ)

 

それが己の心を誤魔化すための言い訳なのかもわからないまま、雄牙は僅かながら進んできた道を引き返すように自答した。

 




エママパイセンも登場。これで残るは演技派系スクールアイドルのみ……多分ですがもう少し先になると思います()

一応はアニメを準える形になりましたが現時点でアニガサキとの相違点はそれなりにあります(歩夢がスクールアイドルを始めてなかったり)
折角のクロスオーバーなので両者を折り合わせた話にしたい……


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14話 中川菜々の憂鬱

ファルコン1なので無事グリージョのアーツを確保できてハッピーハッピッピ―です


 

まだ通学する生徒も少ない時間帯のモノレール車内。

腰掛けた席に体重を預けた虹ヶ咲学園生徒会長―――中川菜々は、魂の抜けたような顔色で自らのスマートフォンを覗き込んでいた。

 

『走り出した 想いは強くするよ』

 

流れるのは誰かが撮影し勝手にアップロードした、スクールアイドル˝優木せつ菜˝のライブ映像。

全力で歌い、踊り、表現した……最後のステージ。

 

『悩んだら 君の手を握ろう』

 

画面をスクロールし、コメント欄を表示してみる。幾つかは読み取れない多言語の感想もあったが、日本語で綴られたものの多くはライブの感想ではなくせつ菜の選択を悔いるものだ。

 

どうして辞めちゃったんだろう。勿体ない。ラブライブで見たかった。そんな投稿を見てどこか安堵のような感情を覚えた自分が腹立たしかった。

 

『なりたい自分を 我慢しないでいいよ』

 

何を未練がましく動画なんか見ているんだ。己のなりたい自分を突き求めた結果がこれだったじゃないか。

 

『夢はいつか そう 輝きだすんだ』

 

皆の夢を、大好きを否定した分際で何を歌っている。

耐え兼ねて動画を閉じる。微かに震えている腕は未練の証拠だった。だからそれすら手放すようにスマートフォンを仕舞い込んだ。

 

(さよなら……もう一人の私)

 

 

優木せつ菜の正体は自分だ。

 

幼少の日より憧れ続け、ようやく立った高校生というステージで自らの大好きを皆に届けるために活動してきた……つもりだった。

 

けどそんなものは所詮独りよがりな我儘でしかなくて。ファンどころか、仲間にすら届いていなかった自分勝手な大好きは他の誰かの大好きを否定する結果になった。

 

だからもう終わり。自分にもうあのステージに立つ資格はないから……ここで幕を下ろすんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中川会長」

 

「…? どうかしましたか?」

 

生徒会の朝は早い。特に虹ヶ咲学園ではその生徒数に比例し業務も多い。故に始業時刻前から仕事に取り掛かるのが常のことだが……今日は少し、普段とは違うようだ。

 

「3年生の方が訪ねてきていて、会長に用があると……」

 

「私、ですか?」

 

同じ生徒会役員である双子の姉妹に言われ、一度手を止める。

こんな時間に何用かはわからないが、立場上用があるという生徒を無下に扱う訳にもいかない。

 

「朝早くからごめんなさいね。放課後は仕事があるから、この時間じゃないと尋ねられなくて」

 

開いた扉から覗けた顔は見覚えのあるものだった。全ての生徒の顔を記憶している自分には当たり前のことではあるが、その中でも特に印象の強いものだったというべきか。

 

「ライフデザイン学科3年の朝香果林さん……何の御用です?」

 

「あら、やっぱり生徒全員の名前を知ってるって話は本当だったのね。……じゃあ、優木せつ菜さんのことも知ってるわよね?」

 

初対面である彼女が口にした名前に心の蔵が跳ね上がるのを感じた。

どうして自分を。そんな動揺が走るが、努めて表には出さずに無機質な表情を貫く。

 

「……何故あなたが彼女を? モデルの仕事の参考にでもするおつもりですか」

 

「いいえ。ただちょっとスクールアイドルってものに興味があって。一度お話してみたいと思っただけよ」

 

含みのある物言いに眉を寄せた。嘘だ。果林には何か裏がある。別の目的があってここにいるんだ。

 

心当たりがあるとすれば、彼女と仲の良い、同好会で共に活動していた留学生の先輩。彼女に相談でもされて訪ねてきたのか。

 

「でも誰に聞いてもクラスも学科もわからなくてね。生徒会長さんなら、彼女がどこにいるのかわかるかと思って」

 

目的まではまだ見通せないが、少なからず果林がせつ菜を探している。それだけはわかる。

だが彼女はもういない。他でもない自分自身が闇に葬ったのだ。だからこう答える。

 

「スクールアイドルの話なら、彼女はもう会わないと思いますよ。同好会の廃部を申請しに来た際に、そんなことを仰っていたので」

 

「あらそうなの……それは残念」

 

方便を並べて突っ返そうと試みるが、果林は余裕を持った顔を崩そうとしなかった。

その視線に何か嫌な予感を覚える。まるでこちらの心を見透かしてくるような、そんな視線だ。

 

「もしかしたら、芸名なのかもしれないわね。優木せつ菜っていうのは」

 

「っ…!?」

 

再度胸の奥に大きな衝撃を与えた。

やはりバレているのか。全てわかった上でここにいるのか。脳裏を過る憶測が齎す脂汗が背筋を流れてゆく。

 

「モデルの仕事をやってるとね、たまにいるのよ。今までの自分とは別の何かになりたいとか、家族にバレたくないからとかの理由で芸名を使う子。もしかしたらせつ菜って子もそうなんじゃないかって思って」

 

果林の瞳が菜々の顔を捉えた。吸い込まれるような蒼がただ一点に注がれている。

メイクや衣装、髪形で人の印象とは大きく変わる。それこそ別人にようにすら、だ。

 

モデルという仕事の中でそのような変化に多く触れてきた故なのか、培われたその目は菜々を見つめて離さず―――、

 

「……考えすぎよね。ごめんなさい、話が逸れたわ。それより本題なんだけれど、少し生徒名簿の方見せてもらってもいいかしら」

 

「生徒名簿をですか……? あれは個人情報でもあるので、基本的に生徒への貸し出しは認められてないはずですが……何か手続きの方はなされましたか?」

 

「いいえ。……この場でちょーっと見せてもらいたいだけなのだけれど、それでもダメかしら」

 

「規則は規則なので。また正式に許可を取ってからお越しください」

 

「そう……わかったわ。お邪魔してごめんなさいね」

 

どんな風に詰められるのかと思いきや、意外とあっさりその身を退く果林に少し拍子抜けする。

 

「はぁ……」

 

それすらも何か裏があるように感じるが、一先ず嵐は去った。そんな安堵からか、脱力し切った身体は座り込んだ椅子へと深く深く沈むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうして今になってせつ菜を探しているのだろうと考えてみる。

 

ただ同好会を復活させたいだけなら自分は必要ないはずだ。その手はもうかすみを通して打った。だからあとは残った5人でまた活動を再開すればいいだけのはずだった。

 

それなのにまだ、部外者の手まで借りて捜索をする理由は他でもない。優木せつ菜自身に用があるからだろう。

 

「……あ」

 

ならそれは何か。思案が次の段階へと至った途端に鳴り響く授業の終了を告げるチャイム。

 

慌てて意識を現実へと引き戻すが時既に遅し。こんな時に限って教壇に立つのは厳しいことで有名な数学教師。瞬く間に黒板の文字は無へと帰されてゆく。

 

「…すみません瀬良さん。少しノートを写させてもらってもいいでしょうか」

 

「…ん? あぁ、うん。お好きに」

 

生徒の模範たるべき会長が何たる有様か。そんな自戒を刻みつつ、隣の席の男子に頭を下げた。

 

「珍しいな、中川がノート取り忘れるなんて」

 

「少し考えごとをしてまして……」

 

1年次から通じて同じクラスの彼が隣席なのは運が良かった。ある程度気が知れているし、何より警戒しなくていい。今朝の件もあり普段にはない安堵まで覚えるようだった。

 

「……そう言えばさ、ちょっと聞きたいことあるんだけどいいか?」

 

「…? えぇ。ノートのこともありますし、構いませんよ」

 

だがその気の緩みがアニメや漫画などで言う、所謂フラグを建設することになったのか。

次に彼が向けてきた言葉は、束の間の安息を奪うには十分すぎる威力を伴っていた。

 

「優木せつ菜って人がどのクラスの生徒なのか―――」

 

「ッ!?」

 

「中川!?」

 

折れた鉛筆の芯が額を直撃し思わず机に突っ伏す形で蹲る。

痛みを知覚出来たのは一瞬だけだった。全ての神経が今し方の彼の発言へと注がれる。

 

「だ、大丈夫か…? てか今の質問そんなにマズかったか……?」

 

「いえ……少し驚いただけなのでお気になさらず……」

 

「少しってレベルじゃないだろ……」

 

どうして彼まで。これもエマや彼方の差し金かと考えるが、心配げに顔を覗き込んでくる雄牙を見てそれを取り払う。そこに果林のような含みは感じ取れなかった。

 

では何故なのか。それを知るべく今度はこちらから投げかけてみる。

 

「…瀬良さんからその名前を聞くとは思いませんでした。興味があるんですか、スクールアイドルに」

 

「いや、俺じゃなくて会いたいって言ってるのは侑の奴。少し前に見たライブで一目惚れしたらしくてさ」

 

特別深い理由はなかったようで一先ず肩の力を抜いた。これならばいくらでも誤魔化しは利くか。

 

「…てか、その様子だとやっぱ知ってるみたいだな」

 

「……まあ、そうですね。彼女の申請を受理したのは私なので。その際に少しお話も伺ってます」

 

「ふーん……じゃあやっぱ学科とかクラスもわかる感じか?」

 

「残念ながらそこまでは。優木せつ菜というのは本名ではないので。恐らく学園の誰かが芸名を使って活動していたんだと思います」

 

今朝は肝を冷やしたが今になっては有難い。少しだけ果林に感謝しつつ雄牙と向き直った。

 

「芸名……なんでそんなまどろっこしい真似を……」

 

「さぁ、そこは私には伺い兼ねますね」

 

「そうだよな……まあ、ありがとな。それ知れただけでも十分だ」

 

「いいえ。……こちらからも一つ宜しいでしょうか。優木さんを探しているのなら、同好会の方々にはお会いしましたか?」

 

僅かながら興味が勝り、少しだけせつ菜として聞いてみる。

 

「ああ、うん。……南雲先輩と、あと中須って1年に至っては今侑達引き込んでまた同好会始めようとしてる」

 

「そう、ですか……」

 

背負った荷が下りるような感覚があった。

よかった。少なからず自分が残そうとしたものは守ることが出来た。それだけで幾分か救われた気がした。

 

「同好会が復活すれば、もしかしたら優木が戻ってくるんじゃないかって、アイツ等も期待してるよ」

 

「え……?」

 

だがそれもまだ終局には至らない。雄牙によって明かされた現状が更なるステージへと場面を移行する。

 

「……中須さんから何があったのか聞いていないのですか?」

 

「何かトラブルがあったのは知ってるけど……詳しいことは何も。なんか知ってんのか?」

 

「いえ……知らないのなら、それに越したことはないです」

 

戻ってくることを望まれているのは初耳だった。それもエマや彼方ではなく、最も激しく衝突してしまったはずのかすみから。

 

一番傷付いたのは他でもない彼女だろうに……どうしてまだ。

 

「俺はスクールアイドルとかは大して知りもしないけど、優木って凄いんだな」

 

ほんの少し羨望の混じった声音に、スカートの裾を握った。

 

「…どうして、そう思うんですか?」

 

「どうして……か。まあ、そうだな。まずこんだけ戻ってくることを望まれてるってこともあるけど……単純に俺がライブを見てすげぇって思ったからかな」

 

「……!」

 

今日何度目かもわからない心臓の跳躍。

 

「見て、いたんですね……」

 

「偶然だけどな。まっすぐで、全力で、ただただ圧巻されたよ」

 

正体を隠して活動していた都合上、直接自分の活動に対する声を聞くということは少なかった。だからこそ、今こうして目の前で語られた想いはまだこの心をせつ菜のまま留めてしまう。

 

「それにさ、どんな理由があって辞めて、同好会が無くなったのかは知らないけど。結果としてあのステージが侑を刺激して新しい同好会の基盤になった訳だろ。最後のステージが仲間の為になってることも含めて、凄いなって思った。……それだけにやっぱ勿体ないよな」

 

なんで、今更そんなことを言うんだ。

もう決めたのに。踏み切ってしまったのに。どうして引き戻してしまうようなことを言うんだ。

 

「……俺なんか、何一つ上手くいかないまま終わったからさ」

 

最後に差した影が何であるかは知る由もないけれど。

 

封じ込めたはずの情動が燃やす熱。それはもう、誤魔化しきれないものになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰路を進み始めた頃には既に夕陽が空を染め上げていた。

何も珍しいことじゃない。生徒会長に就任して以降、この時間の下校となることなど常のことだった。紅に染まるお台場の街も今となっては見慣れている。

 

けれどあの日以降、その色も違って見えた。

 

「……」

 

吸い寄せられるように立ち寄った場所で足を止めた。円錐状に広がる階段の中腹、その踊り場。

スクールアイドルとして、優木せつ菜として最後のパフォーマンスを見せた場所だ。

 

「走り出した 想いは強くするよ」

 

何を思ったか、ステップを刻み、あの時と同じ歌を口ずさむ。

立つ場所は同じだ。けど見える景色は全く違う。夕暮れ時の閑散とした通りに自分のパフォーマンスを見るファンはいない。

 

誰向ける訳でもないメロディを虚空に響かせてゆく。パチパチと、孤独な拍手が送られたのは歌唱が終わった頃だった。

 

「ざわめく予感に足を運んでみれば……これはいい歌と出会えた」

 

誰もないと思っていた広場で孤独に両手を叩く一人の男。ピエロを思わせる白黒の衣服に身を包むその姿に、異様な悪寒を覚えた。

 

「けれど妙だなァ……君からは迷いの芳香がする。内なる己を無理矢理封じ込めているような、そんな迷いだ」

 

一歩、また一歩と男は距離を詰めてくる。離れなければ、逃げなければとわかっているのに。得体の知れぬ何かが渦巻く双眸に捉えられた身体は、まるで蛇に睨まれた蛙のように動こうとはしてくれなかった。

 

「うら若き乙女には人には言えない秘め事もあるだろう。私にはその手助けをすることは出来ないが……せめてそれが良い結末を迎えることを祈って、これを贈ろう」

 

気付けば眼前までに接近していた男は硬直したままの菜々の右腕を取ると、さながらエンゲージリングを通すかのような所作で何かを嵌め込まれた。吐き出しそうなほどの恐怖と拒絶感が全身を駆け巡る。

 

「……良き、旅の終わりを」

 

気色の悪い風が吹き抜け、真横を通り過ぎてゆく男の影。

途端に硬直が解け、振り返ったその先にはもう、その姿は微塵ほども見当たらなかった。

 




ウルトラマン達が一言も喋らない上に常時原作キャラ視点の回が出来上がってしまった……
最後に気持ち悪いことしてった奴は勿論アイツだよねって


それと今回楽曲使用というのを初めて使ってみたのですが、正直これであってるのか不安しかないんでなんかミスってたら教えてください



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15話 叫ぶ心

今更ですがLiella!に新メンバーが加わるそうで
個人的には若菜と桜小路が気になっておりまする


 

「それでは本日の役員会議を終了します。お疲れ様でした」

 

「「お疲れ様でした」」

 

自らの号令を皮切りに生徒会の面々が各々荷物を纏め、やがては会長室から退出してゆく。

室内に自分以外の気配がないことを確認すると、菜々は張りつめていたものを解くように脱力した。

 

「なんなんだろう……この指輪」

 

会議中も気が気じゃなかった理由が宿る左手の薬指に視線を落とす。

 

昨日の下校中、不信極まりない男に身につけさせられたものだが……どうしてか外すことが出来ない。まるで見えない力で固定されているかのように、指輪は菜々を捕えて離さないのだ。

 

「ドラゴン……いや、ロボットかな……?」

 

沸き立つ気味の悪さを誤魔化すように指輪の意匠に目を凝らしてみる。生徒会長である自分がこんな玩具のような指輪を填めて眺めている……傍から見たら気が狂ったとでも思われるだろう。

 

けどもうその心配もない。今しがたの会を経て、菜々の中にはそんな確信が生まれつつあった。

 

「失礼します。すみません会長、忘れ物をしてしまって」

 

「いいえ。お気になさらず」

 

役員の一人が生徒会室に駆け込んでくるが、菜々は最早左手を隠すことすらしなかった。彼女も特に疑念を示すことなく直ぐに立ち去ってゆく。菜々の手を見てなかった訳ではない。見えた上であれだ。

 

この指輪に言及する者は誰一人としていなかった。他の生徒、教師、強いては親までも、まるで見えてすらいないかのように、誰も反応すらしないのだ。

 

「宇宙人……なのかな」

 

荷物を纏めた後、再度指輪に目を落とす。

 

自分にしか見えていない指輪。一昔前の世界ならばパニックにでも陥っていた可能性があるが、今は違う。明確ではないが、この事象の心当たりとなる存在がいるから。

 

それが宇宙人。かつては空想の域を出ない存在だったが、10年前を境に広く認知されるようになった地球外生物。人類を遥かに凌駕する技術力を持つ彼等ならばこんな代物を生み出すのだって容易いだろう。

 

では何故それを菜々に……という話だが、これに関しては多発しているという宇宙人犯罪の文字が頭を過る。

 

現状私生活に影響が出ていないのは幸いだが、安心をするにはまだわからないことが多すぎる。宇宙人犯罪の一種なのかも知れないと思うと得も言われぬ恐怖があった。

 

とにかく次の休日にでもE.G.I.S.へ相談しに行こう。そんなことを考えながら自らも生徒会室を後にした時だった。

 

「朝香さん……それに」

 

「どうも、生徒会長さん。またお話したくて来ちゃったわ」

 

待ち構えていた果林。そしてその後方に伺えた同好会のメンバーに顔を顰めた。

 

このタイミングでこの面々が揃っている。つまりは、その時が来たということだ。

 

「お話、してもらえるわよね……優木せつ菜さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、結局あの指輪は何なんだ? 怪獣の力が込められていることはわかったが、それをあの女子に持たせる理由がわからん」

 

お台場に鎮座する逆三角錐の頂上。自らの頭身を遥かに凌駕した高度で腰を下ろしたオグリスは、怖じることなく見下ろした景色に零す。

 

「時限爆弾のようなものさ。少し細工を仕掛けてあってね。あれは装着者の精神に干渉し、かつ一定以上のマイナスエネルギーを吸収すると爆発するようになっている」

 

「まどろっこしい真似をする。奴等を刺激したいのなら最初からお前の手で呼び出せばいいものを」

 

「そうもいかないんだよ。実はあの指輪はまだ不完全でね。ああやって起動するのが最後の仕上げなのさ」

 

「つまり、人間の負の感情が必要だということか」

 

「そう……それによって()()()()()()

 

意図が見えない。どうであれ人間を介す必要はないだろうに。

 

元より互いの目的など明かし合ってはいないが、この男の抱くそれは何というか、自分ですら得体の知れない君の悪さを覚えるほどだ。

 

「そこで君にも協力してもらいたい。お呼びでないゲストに退場を促す役を引き受けてはくれないかい?」

 

「断ると言ったら?」

 

「いいや、君は引き受けるさ」

 

不可解なことはまだある。

怪獣の指輪もそうだが、最も解せないのはたった今手渡された()()()メダルだ。元は自分が光の国から強奪してきただけの技術だというのに。

 

「ヴィラン・ギルドと取引していたのはこの為か。だがお前、どうやってこんなものを……」

 

「手先が器用なのでね。仕組みがわかれば模倣することは容易いさ……それで、どうする?」

 

タネを明かすつもりはないらしい。人を食ったような目線がそう語っている。

 

だがまあそれはいい。不気味であることは確かだが、オグリスによって利用価値があるのも確かだ。

 

自分達はビジネスパートナーだという彼の言葉に従うのならば……袂を分かつその日まで、思う存分利用し合うと行こうじゃないか。

 

「いいだろう……乗せられてやる」

 

夕暮れの中に一筋、赤黒い闇が迸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…これで終わり」

 

東京湾から差す反射光が床を赤く染めている。さながらパズルの如く小綺麗に並べられた机が占拠する教室の中、最後の一台を抱えた雄牙は残ったピースを填めた。

 

週末の学校説明会で使用するという教室の準備を引き受けてから一時間程経ったか。その全てを一人で終わらせたのにも関わらず身体に疲労はない。これも自らに憑依している住人の賜物か。

 

『……雄牙、お前最近変だぞ』

 

だがその源であるタイガは何やら思うことがあるようで。

額に滲んだ少量の汗を拭う雄牙に対し、彼は神妙な声音で言った。

 

「変って、何がだよ」

 

『ここ最近、いくら何でも面倒事を引き受け過ぎだ。こんなこと続けてたらお前自身が持たないぞ』

 

「持たないって……タイガの力があるんだからそんなことは……」

 

『身体の問題じゃない。お前の心の問題だ』

 

基本的に日常生活を始めとした雄牙の行動には口を出してこないタイガだが、この時ばかりは違った。

 

自分の力が関わっていることが明らかになったからか、その態度は普段よりも圧を感じる。

 

『お前がどう思って行動しているのかは知らない。けど俺には何かこう、心に空いた穴をどうにかして埋めているように見える』

 

「別に、そんなことは……」

 

『大体お前、俺がいなくなった後はどうするつもりだ。それこそ今度は身体も持たなくなるぞ』

 

口に出された˝終わり˝の話題に返す言葉が出てこなくなる。

その沈黙を堪え切れず、足早に施錠した教室から退出した、その時だった。

 

『それはいけないな。何事においても、オーバーワークは禁物だぞ』

 

退路を塞ぐように浮遊する小人が視界の中央に居座る。

逞しく膨れ上がった黒い肉体に胸の蒼い光。忘れたくても頭から離れない筋肉ダルマの姿がそこにはあった。

 

『……何の用だタイタス。今少し立て込んでるんだが』

 

『む……それはすまなかった。昂貴に少し外してくれと言われてな。トレーニングをするにも今日の分は済ませてしまっていたし、ならば話でもと君達を探していたのだが……』

 

『自由な奴だな……』

 

言われてみれば確かにタイタスと一体化しているはずである先輩の姿はなかった。どうやら一定の距離までなら思念体だけを飛ばすことも可能らしい。

 

それだけでも驚きなのだが、多少なり揉めた相手の前に平然と顔を出せるコイツの精神はもっと信じられなかった。冷徹なのか、将又鈍感なのか。

 

『それで、私からも一言いいだろうか。聞き流すのには少々重い内容に思えたのでな』

 

『余計なお世話だ。誰が原因だと思って……』

 

『尤もではあるが責務なのでな、理解してくれ。それで雄牙、タイガも言っていた通り、今の君からは焦りのようなものを感じる。指標を失い迷ってしまうのもわかるが、何も戦うことだけが人生の全てではないんだ。これから君の打ち込めるものをゆっくり探していくのも、決して悪いことではないはずだ』

 

『なんか言いたいこと言われたのが癪だが……まあ、俺としても同意見だ。お前が無理をして心配する奴もいるってことも忘れるなよ』

 

突然始まったウルトラマン2人によるカウンセリングに顔を顰めるが、同時に思う。

確かにあの日以降手当たり次第に雑務や頼まれ事に手を出していたのは事実だ。タイタスはともかくとして、タイガに余計な心配を掛けるのは確かに好ましいことではない。

 

「…わかったよ、今度から気を付ける」

 

『余計な心労を掛けてしまってすまないな。詫びと言っては何だが、君に適した筋トレ方法でも教えようか?』

 

「前後の文脈繋げて話してくれよ頼むから」

 

『関係ならあるさ。筋トレというのはメンタル面にも効果があるからな。適切に身体を鍛えればそれに精神も伴ってくる。そうだな、君の体格ならば―――、』

 

「だあぁぁそれこそ余計なお世話だろ! もうこの後生徒会室寄って帰るだけだからそんな話聞いてる時間ねぇよ」

 

どうも身体を鍛えすぎると精神面もおかしな方向に鍛えられてしまうらしい。知的に思えていたタイタスの印象が瓦解していく音を聞きながら逃れるように進む足を速める。

 

『生徒会室? 確か、昂貴もそこに用があるとのことだったが……』

 

「なんでまたそんなとこに……」

 

『何も生徒会長に用があるらしい。どうやら彼等の探していた優木せつ菜という者の正体が彼女であるらしくてな』

 

「は……?」

 

さらりと告げられた事実に足を止める。丁度生徒会室の真ん前だった。

 

「優木せつ菜はもういません! もうこれ以上せつ菜として関わろうとしないでください!」

 

故に室内で交わされる口論も鮮明に聞き取れた。

馴染みのある旧友の上げた声が廊下にも響くと同時に、扉を突き破らん勢いで飛び出した少女が真横を駆け抜けていく。

 

『あの指輪は……!』

 

誰であるかなど、改めて確認するまでもなくわかっていた。

そしてその左手に宿る不穏な気配を見逃さなかったのは雄牙だけではない。遅れて顔を出した昂貴に向けてタイタスが叫ぶ。

 

『彼女を追うぞ昂貴! 何か……嫌な予感がする』

 

「は? お、おう……」

 

「ちょ……コウ君!?」

 

タイタスが戻った昂貴の身体が尋常ならざる瞬発力で菜々の後を追ってゆく。状況を理解出来ぬままの上級生達の困惑のみが残留する。

 

「……!」

 

状況は掴めないが、嫌な予感がするのは同じだ。一瞬だけ見えた旧友の表情を思い起こした雄牙もまたウルトラマンの力を介し、彼等に続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしてか抑えることのできない感情が昂るままに足が向かったのは、やはりこの場所だった。

最後のライブを行った場所。優木せつ菜として最後の姿を見せた場所。決めたはずなのに、まだ未練がましくもこの身体はここに残滓を求めてしまう。

 

「中川!」

 

そんな自分が情けなくて、嫌で、腰掛けた階段に蹲っていた時。

遠方から掛かった声に反応し、菜々は眉を揺らした。

 

「瀬良さん……」

 

横に流した視線の先で彼と目が合う。ここまで走ってきたのか、肩を大きく上下させている。

そう言えば生徒会室を飛び出してきた際に彼の姿が見えた覚えがある。そうなるとここへ来た理由は一つか。

 

「……朝香さん達に言われて来たんですか?」

 

「いや……でも、中川が優木せつ菜ってことだけは知ってる」

 

「ならやっぱり連れ戻しに来たんじゃないですか! 私のことはもう、放っておいてください!」

 

「いや、今の中川は放っておけない。だからここまで来たんだろ」

 

「…それは、高咲さんが望んでいるからですか」

 

「俺の意志だよ。俺が中川と話がしたくてここまで来た」

 

答えた彼の瞳に澱みはなかった。本心からの言葉だということは素人目で見てもわかるほどに。

 

「まずさ……なんで、スクールアイドルを辞めたのか聞いていいか? 俺はまだその辺も知らないからさ」

 

本当に自分がせつ菜だという情報だけでここまで追ってきたらしい。そんな彼の愚直さに呆れるが、同時に思う。真実を知れば自分への執着も消えるだろう。

 

これまでも、これからも、同好会の面々が自分を気にする必要はない。それが正しいはずだから。

 

「……私は、同好会の皆さんの大好きを傷付けました」

 

「大好き……?」

 

「ええ。だからこれ以上皆さんを傷付ける前に辞めるべき……そう考えただけです」

 

未練を引き摺る自分自身にも言い聞かせるように語る。

 

「待て待て話が見えない。もうちょっと具体的にだな……」

 

「そうですね……瀬良さん、何かスクールアイドルについて知っていることは?」

 

「学校でアイドル活動やってるくらいしか知らないけど……あ、あと学校ごとにグループあるってのも」

 

「そうです。だから私も同好会の皆さんとグループを結成しました。……けれど中々足並みが揃わなくて、それでも一つに纏めようと頑張りましたが……ただ衝突が増えてゆくだけでした」

 

初めて仲間と口論になったあの日のことを想起する。いつ思い出しても酷い出来事だ。自分のことに必死で、共に歩む仲間のことなど何一つ見えてはいなかったのだから。

 

「その理由は私にありました。私が、私の求める理想を皆さんに押し付けてしまっていたから、あんなことになってしまったんです」

 

「だから辞めたって?」

 

「ええ。スクールアイドルとして掲げていた大好きなんて、結局自分本位な我儘に過ぎなかったのですから。そんな私が誰かと手を取り合おうだなんて考えたのがそもそもの間違いだったと、今となっては思いますね」

 

言い切って軽く息を吐く。悲しい程に痛む胸は未だ残る未練の証だ。

 

でもそれも終わる。彼にトドメの言葉を放ってもらえれば、それで終われるはずだから。

 

「失望、しましたか?」

 

「そうだな……まあ、俺が思ってたほど優木せつ菜は立派な人間じゃなかったのはわかった」

 

そう、思っていたのに。

 

「でも、やっぱりお前は同好会に戻るべきだと思ったよ。優木」

 

初めてその名で自分を読んだ彼の言葉はまだ、中川菜々を優木せつ菜として留めてしまう。

 

「なんでですか……なんで皆してそんなこと言うんですか……!」

 

「優木に戻ってきて欲しいって思ってる人が大勢いる……それじゃダメなのか?」

 

「ダメに決まってます。私にもうスクールアイドルをやる資格は……」

 

「……お前はスクールアイドル続けたくないのかよ」

 

「やりたいですよ私だって! 続けたかったに決まってるじゃないですか! でもダメなんです……私がいたら、同好会の皆がスクールアイドルを続けられないんですよ!」

 

絆そうとしてくる雄牙の言葉を押し返すように捲し立てた。流れ出た雫が繰り返し地面を叩く。

 

でも硬いコンクリートに弾かれる涙と同じく、この悲痛な想いさえも雄牙には届くことはなく。

 

「甘ったれてんじゃねぇッ!」

 

突如として上がった怒号に菜々の訴えは掻き消されてしまう。

 

「たかだか一回失敗したからなんだってんだ。それで誰かがお前を責めたか? 誰かに辞めろって言われたのか!?」

 

「それは……」

 

「お前は皆に求められてる……まだやり直せるんだよ! もう誰にも期待されてない俺なんかと違って、応えられる力を持ってるんだよ! だったら四の五の言ってないで応えやがれッ!」

 

それは最早絶叫と化していたとすら思う。論理性などかなぐり捨てたただの八つ当たりだ。

故に、こちらも腹が立ってくる。皆から見れば自分勝手な決断だったのかも知れないけれど、それでも自分なりに悩んで、仲間のことを想って出した結論なんだ。

 

「あなたに……あなたに何がわかるんですかッ! 瀬良さんも私と同じですよ。ただ自分の我儘を人に押し付けてるだけです!」

 

もう止まれなかった。

˝優木せつ菜˝として残した未練、後悔、プライド、束の間の仲間への想い。その全部がぐちゃぐちゃに掻き回されている。

 

だから、気付かなかった。

 

「何度も言わせないで……。もう……放っておいてくださいッ!」

 

苦しくてたまらない。その地獄から解放されたくて上げた心の悲鳴。

 

その叫びに呼応するように、左手に嵌められた指輪が妖しく発光していることに。

 

「お前、それ……!?」

 

「え―――」

 

雄牙の指摘でようやく自覚に至るも、その時には全てが手遅れで。

 

膨れ上がり、菜々の指を離れた光は自分達の上空で眩く弾け―――、

 

 

 

 

●▲■――――――♪』

 

 

 

 

巨大な˝白˝が降り立った振動と共に、無機質な歌を街中へと響かせた。

 

 




全力で状況を悪い方向へと持ってゆく主人公ズ。現状誰1人幸せになってないってマジ?

そんな芳しくない状況の中出現したのは一体……(せつ菜との対比を意識したキャスティングとなっているので良ければ予想してみてください)


余談ですが結構忙しくなってしまい書き溜めの分まで使い切ってしまったので次回から更新頻度が落ちそうと予告しておきます


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16話 闇色の躍動

アニガサキ6話、非常に良かったです
アレを見た後のせつ菜回は非常にやりづらいのですが止まらず行きましょう


 

 

「きゃあぅ……!」

 

巨大な何かが降り立った衝撃波に、人間としての身体は軽く薙ぎ払われる。

やがて土煙が晴れた頃、辛うじて受け止めた菜々と共に見上げた先で赤い眼光を瞬かせたのは―――巨大なロボットだった。

 

『コイツはッ―――!』

 

「…! 中川、その手……!」

 

「え……?」

 

一先ず菜々を安全な場所にまで運ぼう。そう思い視線を落とし、違和感に襲われる。

その根源は彼女の左手。特別変わった様子はないが、今この状況においてはそれこそが異常であった。

 

「指輪はどこに……?」

 

「見えていたんですか……!?」

 

今の衝撃で落とした可能性を考え辺りを見回してみるもそんなものは確認できない。

いや待て、そもそもたった今出現したこのロボットの造形。これは指輪に施されていた意匠と瓜二つであるような―――、

 

『雄牙……このロボットはあの指輪から出現したものだ』

 

「ッ……!」

 

脳裏に過った推察をタイガも述べたことで確信に至る。

何者が仕組んだものなのかはわからないが、菜々の、せつ菜の感情に呼応したことで指輪が作動した……恐らくはそう言うことだろう。

 

「あそこって……」

 

指輪の入手経路を問い質すのが先か、彼女を避難させるのが先か。早急な決断を急かす二択が頭を駆け巡るのと歌のような音色を奏でたロボットが進行を始めたのは同時だった。

 

「待って……そこは……!」

 

「おい……中川!」

 

その行く先が何処であるのかを察したのか、血相を変えて走り出した菜々の背中が遠ざかってゆく。

 

胸に騒めく感覚。その正体を探る余裕もないまま、雄牙もまたその後を追って駆け出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ウルトラマンタイタス!》

 

 

 

 

『フゥンッ!』

 

白と黒。生命と無機物。持ち得る全てが相反する2体の巨影が鎮座する。

 

夕陽すらも反射しその純白を主張する、龍を模したような造形。どこかヒロイックな印象すらも覚えるロボットに対し、タイタスは低く構えて迎撃の姿勢を取る。

 

『ギャラクトロンか……厄介な相手だな』

 

「コイツ、10年前にも確か……」

 

『巨大人工知能ギルバリスによって様々な宇宙に送り込まれている機体だ。かつてこの星で確認された個体群もその残党だと聞いている』

 

タイタスの思考を介し、ギャラクトロンと呼ばれたロボットの情報が伝わってくる。

 

全ての知的生命体を抹殺するという大それた目的の元ギルバリスによって生み出されたのがこのギャラクトロン。何も様々な宇宙に送り込まれているらしく、ギルバリス亡き後もその数の多さから宇宙警備隊や戦士団も手を焼いているらしいが……、

 

「じゃあコレもその内の1体ってことか?」

 

『……いや、優木せつ菜の指に嵌め込まれていた指輪の造形がギャラクトロンと酷似していた。今回はそちらとの関与を疑った方がいいだろう』

 

「指輪……? そんなモンどこに」

 

『恐らく当人を除き地球人には視認出来ないように細工されていたのだろう。君が彼女と対話している間私は離れていたからな。見えなかったのも無理はない』

 

「くっそ……見失ったばっかりに」

 

思えばウルトラマンの力を行使できる自分が高校生の少女1人に追い付けないというのもおかしな話だ。あれも指輪か、もしくは指輪を菜々に渡した何者かの仕業か。

 

どうであれ取り逃した自分の失策だということに変わりはない。ならばやることは一つだ。

 

『とにかくまずはコイツを倒す。彼女を探すのはそれからだ』

 

「わかってるよ」

 

 

 

―――――シビルジャッジメンター ギャラクトロン

 

 

 

●▲■―――♪』

 

先に仕掛けたのはギャラクトロンだった。

 

音楽のようにも聞こえるソナー音を霧散させた後、煌めいた胸部の水晶体からレーザー光線をぶっ放してくる。

 

『初撃から随分なものだな!』

 

それ自体はタイタスの拳で叩き落すことに成功するものの、昂貴の中には違和感が残留する。着弾した地点ではまず機械的な方陣が出現し、直後に爆発が起こる。そのテンポの悪さがどうにも不快だった。

 

「気味の悪い奴だな……おいタイタス、コイツ何か弱点とかないのか?」

 

『数あるロボット兵器の中でも最上位に位置するものだからな。明確に弱点と呼べるものは存在しないが……強いて言うならば関節等の駆動部だろうな』

 

やはりその弱点は機械類の共通か。ともかく狙うべき部位が明確となった今動きに迷いはない。ただ一点を目指しタイタスの肉体を躍動させる。

 

『オオオォォォッ!』

 

確認できる獲物は3か所。右腕の銃口、左腕の大剣、そして結った髪のように後頭部から生える鉤爪だ。

 

最も煩わしきはやはり飛び道具。故に狙うは右腕だった。連射される砲弾をその身一つで跳ね返しながら猛進した。

 

『マッスル……マッスルッ!』

 

そうして掴み上げた砲台を破壊すべく渾身の力で引き寄せるも、余程頑丈に設計されているのか砲台どころかギャラクトロンそのものが浮かび上がってしまう。

 

「ちぃ……!」

 

本体まで付いてくるのは予想外だが、それなら作戦を変更すればいいだけ。

 

即座に修正したプランが導き出した最適解はジャイアントスイング。拘束された腕を力点に振り回される白い機体が円状に宙を翔けた。

 

『ウルトラァ……マッスルッ!』

 

「気の抜ける掛け声やめろ」

 

放り投げられ地面を転がるギャラクトロンに間髪入れずに追撃を仕掛けた。

掴み上げたのはまたも右腕。だが今度は違う。関節技を書けるように横方向へと力を掛けられ、関節部の回路を捻じり切られたギャラクトロンの右腕がだらりと垂れる。

 

「流石にこうすりゃぶっ壊れるか……」

 

『柔よく剛を制すというものか。やるな昂貴!』

 

「お褒め頂きどーも。おら、さっさと決めるぞ」

 

後頭部からシャフトが伸び、先端の巨大な鉤爪がタイタスを拘束するがそれもすぐさま剛力の前に破壊される。

最早勝敗は明確だった。さながら流血の如く欠損部位から黒いオイルを噴出するギャラクトロンにトドメを差すべく、高めたエネルギーを手甲を介し球体の形とする。

 

『˝プラニウム―――』

 

そうしていざその一撃がギャラクトロンを穿とうとしたその時、

 

『バスター˝ッ!!』

 

突如方向を転換し、真後ろへ打ち放たれた光球が何かと衝突し爆ぜる。

パラパラと舞う火の粉は拮抗の証。間違いなく全力を込めた一撃を相殺して見せた何者かへ向けて、タイタスは改めて警戒の糸を張り詰めさせた。

 

『ほぉ……今のを防ぐとは、やはりお前は中々やるようだ』

 

『…何者だ』

 

風によって吹き流されてゆく黒煙の中から姿を見せたのは―――怪獣。

だがとても自然下に存在するような個体とは思えない。二つの発光体を持つ肉体を覆う炎のような表皮は先日のファイブキング同様にキメラを想像させた。

 

『…そうだな。放浪者……とでも名乗っておこうか』

 

加えてタイタスとの間に生まれた明確な˝対話˝。それは本来奴等に存在しない知性の証だ。

それもやはりファイブキングと一致する特徴……つまりは同一の存在であることを意味した。

 

『まあそんなものはどうでもいい。今は存分にヤリ合おうじゃないか……このゼッパンドンと!』

 

 

 

―――――合体魔王獣(ガッタイマオウジュウ) ゼッパンドン

 

 

 

『ぐっ……!』

 

突進と共に吐き出された火球がタイタスへと殺到する。

対抗する拳で弾くその一つ一つの威力もさることながら、その熱量が半端ではない。腕先から伝わるダメージ以上に、上昇してゆく体温が身体機能を鈍らせてゆく感覚がした。

 

●▲■―――♪』

 

「っ……?」

 

この状態で二体を相手取るのは少々不利か。そう判断した折にそれは裏切られることになる。

 

破壊を免れたギャラクトロンがゼッパンドンへと加勢してくることはなく、別の一点を目指して進行を再開したのだ。

 

『どうなっている……?』

 

「おいアイツ……学園の方に向かってねぇか」

 

ギャラクトロンの進行方向を直線で結んだ先にあるのは、昂貴の学び舎である虹ヶ咲学園。

当初の目的があの校舎だったのか。どうであれタイタスが奴から離れたことでその遂行に戻ったのは確かだ。

 

「くそ……タイタス、まずはあっちだ!」

 

『了解し―――ぐッ……!?』

 

恐らくはまだ学校に残っているであろう彼方達を守るためにも奴の殲滅が優先。そう判断し動き出したタイタスの足元に数発の火球が着弾する。

 

『おいおいどうした? お前の相手はこっちだぞ』

 

「クソが……!」

 

今すぐにでもギャラクトロンを処理したいところだが、ゼッパンドンがそれを許そうとしない。

こうなってしまっては一刻を争う。早急にゼッパンドンを打ち倒すべく地面を蹴った。

 

『貴様……ギャラクトロンの狙いはなんだ。何故あの学校を狙う!』

 

『そんなこと私が知るか。つまらん奴の目的などに興味はない』

 

「また別に呼び出した奴がいるってことか……?」

 

打撃、斬撃、火球。互いの持ちうる攻撃手段の悉くが交錯する。

単純なパワーではやはりタイタスが上回っているが、ゼッパンドンは体裁きで上手くそれを埋めている。技量で見るならば奴が上か。

 

『それよりも目の前のことではないのか? 今この場に私とお前が敵として存在している……それ以外の理由など必要あるまい!』

 

そうなると不利であるのは制限時間のあるこちら側。ギャラクトロンとの交戦も考えると早急にカタを付ける必要があるのに、哄笑を上げるゼッパンドンはそれを許そうとしない。

 

『……いいや、理由ならあるさ』

 

いよいよコイツの討伐に本腰を入れるべきか。そう判断した頃、同様の結論に至ったらしいタイタスが低く漏らす。

 

『光の国へ赴いた際、我々の追跡対象が宇宙科学技術局にて開発途中であったアイテムを強奪したとの話を聞いた………貴様がそうだな』

 

『ほぉ……!』

 

ゼッパンドンの目の色が変わる。より一層の好奇を滾らせた双眸の中には確かな感情の昂ぶりがあった。

タイタスがこの星へ来た理由……それが目の前にいる。

 

『成程、戦士団の者だったか……くはは、U-40も粋な計らいをしてくれるじゃないか。これだけの上玉を寄越してくれるとはな!』

 

『否定しないか。ならばここで討つ!』

 

拳と業火が衝突する。

熱波吹き荒れるお台場の街の中、巨神同士の戦い。その第2ラウンドが開幕しようとしていた。

 

 




ギャラクトロン、更にゼッパンドンが登場。うーんパワーインフレが止まらない()

そしてタイタスの来訪理由であった追跡者がオグリスであると判明。そんな彼女の正体が明かされるのはいつになるのやら……


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17話 戦う心得

シン・ウルトラマンにアニガサキと語りたいことは多々ありますがそれどころじゃないですね()
2週間も更新できずに申し訳ない……マジで書く時間が確保できず…………


 

 

『ヌウゥゥンッ!』

 

夕暮れ時の街に響く悲鳴を雄叫びと爆音が掻き消す。

知能を有した怪獣とウルトラマン。人知を超越した者同士の戦いの余波は、人々が久しく忘れていた苛烈な戦いを呼び起こさせた。

 

『……成程な。その名の通りゼットン、そしてパンドンの力を併せ持つという訳か。怪獣の力すらも扱えるとは、光の国の技術力には恐れ入る』

 

『ああ、同意見だな。新しい玩具というものは如何なる時も心を躍らせるが、コイツは格別だ。ゴクジョーというやつだな』

 

『貴様……そのアイテムは光の国の科学者達が平和への願いを込めて生み出したものだ。それを悪戯な目的で扱おうなど、私の筋肉(ウルトラマッスル)が許さん』

 

『世迷言を言う。平和だの正義だのを謳っておきながら、お前達が生み出すのは他者を圧するための˝力˝……目先の事象しか見えてない偏狭的な考えに囚われている証拠じゃないか』

 

傍から見ても互角の戦いであるとは思うが、昂ぶりを示すように鉤爪で口元を掻くゼッパンドンからは底知れぬ余裕を感じる。余力を残しているのはこちらも同じだが、奴の醸す雰囲気に底知れぬ気味の悪さがあるのは確かだった。

 

『それに平和というのは即ち退屈だ。リスクも刺激もない日々で貪る生など死んでいるのと同義……そう思わないか?』

 

『フン……それのみが楽しみだと考えているのなら貴様こそ視野が狭いな。世界は思っている以上に広い。世の摂理を語るのなら、もっと知識を付けることだなッ!』

 

会話が生んだ束の間の休息が終わり、大地を蹴り飛ばしたタイタスの突貫により戦闘が再開される。

 

殺到する火球をその身一つで弾き返しながら到達した標的の眼前。勢いを保ったままのタックルがゼッパンドンを薙ぎ払ったことを確認し、間髪入れずに右腕を突き出す。

 

『˝ロッキングフレア˝ッ!』

 

追撃の波状光線が爆音を上げる。だが手応えがない。

煙幕が晴れた瞬間に明かされたその理由。それはゼッパンドンを守るように展開された光の壁だった。

 

「バリアー……?」

 

『ゼットンの能力か……これは厄介だな』

 

『フフ……これだけではないぞ』

 

防御の間に体勢を立て直したゼッパンドンの側頭部に備わった器官に光が集約してゆく。

それがたった今吸収されたタイタスのエネルギーであることを理解した瞬間―――、

 

『ッッッ――――――!』

 

『ぐうぅッ……!』

 

数倍の威力で跳ね返された自らの光線をクロスした両腕で受け止める。踏ん張りを利かせる足元でアスファルトが砕けてゆく音が聞こえた。

 

『隙だらけだな』

 

「ッ……! タイタス!」

 

いつの間にか真後ろへと回り込んでいたゼッパンドンの凶刃が迫る。通常の怪獣と異なり伸びる鉤爪の数は一本だが、それが故に巨大だ。もし引き裂かれようものなら―――、

 

『何…?』

 

間延びた声が漏れた。今度は自分達ではなく奴のものだった。

振り下ろされた切っ先は確かにタイタスの背中を捉えている。だがそれは膨張し硬化した僧帽筋の壁を超えることはなく、完全に威力を殺されていたのだ。

 

『筋肉の鎧という訳か……つくづく楽しませてくれるな』

 

『私の筋肉を侮ったな……フゥンッ!』

 

奴に光線は厳禁。その学びからぶん回した裏拳がゼッパンドンへとミート。

だがまたもそれは次へと続かない。会心の手応えのままに仕掛けた追撃の殴打は空を切ることとなる。

 

「消えた……?」

 

直前までそこにあった奴の姿は消えていた。息もつかせぬ攻防戦の中でその行方を追う。

 

『こっちだ』

 

次に奴が姿を見せたのは真上。火炎弾をさながら雨のように降り注がせてタイタスを襲った。

 

手痛い攻撃ではあるが同時にチャンスだ。空中であれば回避行動は取れまい。そう判断し即座に殴り返そうとするが、またも直撃の寸前で奴の姿は消えてしまう。

 

『テレポート能力まで引き継いでいるのか……』

 

「ちぃ……!」

 

反則に近しい能力によるラッシュは続く。こちらも奴が姿を見せる度に迎撃を試みるが、その悉くは何も捉えられないまま終わる。屈強な肉体と言えど徐々に疲弊してゆくのを感じた。

 

『闇雲に攻撃をしているだけではダメだ昂貴。ただこちらが消耗する一方になる』

 

「…だったらどうする」

 

『無論だな。筋肉に不可能などない!』

 

淀みなく意味の分からない返答を口走ったタイタスはその場で動きを止め、全身の筋肉に緊張を走らせた。

 

鍛え抜かれた肉体は常識を逸した行為すらも可能とする。極限まで鋭敏となった筋肉は瞬間移動の際に生じる大気の揺れすらも感知し―――、

 

『そこだッ!』

 

弾き出した奴の居場所目掛けて全力で腕を振り抜く。

多少のインターバルがあるのか、回避が間に合わないと判断したらしいゼッパンドンが再度バリアーを展開。最強の矛と盾が衝突する。

 

『オオオォォォッッ!!!』

 

だが全てを砕くのが賢者の拳だ。

ゼッパンドンの張った障壁をギリギリでブチ抜いたタイタスの一撃は奴へと到達。限りなく鈍い重低音を伴ってその肉体を後方へと運んだ。

 

『ハハハ……! いいぞ、もっと私を楽しませろ!』

 

渾身の一発を受けてもなおゼッパンドンは余裕を含んだ様子で愉悦の哄笑を上げている。

改めて臨戦体勢を取りつつ後方を見やった。視線の先では尚もギャラクトロンが進行を続けている。このままでは奴の対処が間に合わないことは明白だ。

 

「くっそ……!」

 

危機感が焦りを加速させる。迫るタイムリミットを告げるように、赤色へ変わった胸の光が残された時間を刻むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめろ中川ッ……! 何する気だ!」

 

「離してください! 私は……!」

 

巨大生物同士の激突が齎す振動に震える街の中、雄牙は羽交い絞めにする形で進撃するギャラクトロンを追う菜々を制止する。

 

だが雄牙と菜々の体格差もあってか、身体をくねらせ上手く拘束から逃れた彼女はまたすぐに走り出してしまう。先程からこの繰り返しだ。

 

『雄牙コイツ……学校に向かってるぞ!』

 

「は……?」

 

菜々の指に嵌め込まれていた指輪からこのロボットが出現した。何度目かもわからない捕縛を試みつつ状況を立ち返った時、危機感を帯びたタイガの声が頭に響いた。

 

確認してみれば確かにそうだ。ギャラクトロンの進行方向を直線に結べば行き着く先は虹ヶ咲学園。恐らくまだ侑や歩夢が残っているであろう場所だ。

 

となると菜々がこうして必死になっているのは……、

 

「中川お前……何考えてんだ!? 無理に決まってんだろあんなモン!」

 

「でもっ、あれは私のせいで……!」

 

両端に涙を溜めた目で訴えてくる菜々に何かが奥底で揺れ動くのを感じた。

 

彼女のせいかどうかはさておき、このままでは学校にいるであろう生徒達が危険であるのは確かだ。

 

出撃したタイタスは今、別途出現した怪獣に足止めを喰らっている。よしんば突破出来たところでギャラクトロンを相手取る余裕があるようには思えなかった。

 

(……いや)

 

そこまで考え、今はどうにかして菜々をこの場から遠ざけるのが最優先だと判断し捕縛を再開する。

 

これでいいんだ。そもそももう自分が戦う必要性なんてないじゃないか。迷う心に無理矢理結論を添えつけた……その時だった。

 

「本当に止める必要があるのかなぁ」

 

「ッ……!?」

 

人影など他になかった歩道に現れた気配に悪寒が走る。

直前まで何者も存在してはいなかったそこに佇んでいたのは一人の男。その風貌や特徴的な白黒の衣服には見覚えがあった。

 

「この前の……」

 

タイガと出会ったあの日。雄牙の放り投げたキーホルダーをどこからか拾い上げ手渡してきたあの男性だ。

 

あの時はどうやってそれを見つけたのかということにばかり目がゆき、当人の様などさして印象には残っていなかったが……こうして対峙してみるとハッキリとわかる。少なからず一介の地球人でないことは明らかだった。

 

「やぁ。私からの贈り物、お楽しみ頂けているのなら何よりだ」

 

そしてその答えは直ぐに明かされることとなる。

男が語り掛けたのは雄牙ではなく菜々。薄ら寒い笑みを張り付けたその顔は、まるで嘲笑うかのように彼女を見下ろしていた。

 

「アンタがあの指輪を……!」

 

『宇宙人か……変われ雄牙!』

 

主導権が入れ替わると同時に跳躍した身体は飛び蹴りの姿勢で男へと直進する。

だがそれは敢え無くいなされてしまう。瞬時に第二撃へ繋ごうとしたタイガを突き出した腕で制止し、芝居染みた仕草で男は言う。

 

「おいおい酷いなぁ。宇宙人と言うだけで差別か?」

 

『あんなものを召還しておいてそれが通じると思うか?』

 

「私はただ贈り物をしたに過ぎないさ。最終的にあの選択をしたのは彼女だ」

 

『屁理屈を……!』

 

「屁理屈かどうかは君が決めることじゃない。そうだろう?」

 

大きく上体を反り返らせ、菜々へと注がれる視線。

 

「私は言ったね。君の迷いが良き方向へ向かうことを願ってこれを贈ると。そして現に指輪は君の心に答えた……それが何よりの証拠だと私は思うよ」

 

「どういう……ことですか」

 

「あのロボットは言わば、君の心の写し鏡だ。君の本心が思い描いたままに動き、その願いが果されるまで止まらない」

 

菜々の顔色が殊更に青くなる。

その変容が心底可笑しいと言うように口角を吊り上げる男の様は、最早度し難い何かでしかなかった。

 

「少なからず思っていたんじゃないのかい? 自分の足を引っ張る周囲が悪いと。実力もない癖に自分の邪魔をする彼女達が憎いと」

 

「そんなこと、ある訳……!」

 

「どうだろうね。胸に秘める真意とは時に無自覚であるものだ。それが受け入れ難いものであるほど盲目的になり、真理から遠ざかってゆく。君は仲間を疎ましく思っていた自分を受け入れたくなかっただけさ」

 

「ちがっ……私は……!」

 

並べられる言葉こそが屁理屈だった。

だが指輪の影響か、将又相当に精神が摩耗していたのか。今の菜々にそれを振り払う術はない。

 

「なぁに、決して悪いことではないさ。意志を持つ一つの生命体として当然の理、それに蓋をし封じ込めることはない……君もそう思わないかい? 瀬良雄牙くん」

 

故に纏わりつく一言一言は悪魔の囁きと化す。

曲解を生み、歪ませる。全てを己の思う方向へ進めんとする男は再度雄牙の方を向く。

 

「いや……ウルトラマンタイガと呼んだ方がいいかな」

 

『どうしてお前がそれを……』

 

「ずっと見ていたからね。君がこの星に降り立つ前……10年前のあの日から」

 

『ッッ……!? あの時のはお前が……!?』

 

タイガに走る動揺を感じた。

言葉そのままの意味だろう。10年前にタイガが肉体を失った理由……それがこの男だという。

 

「ウル、トラマン……?」

 

菜々の口にした小さな声が耳朶に触れる。

恐らくこれも狙ってのことだろうと、身体の主導権を自らに戻した雄牙は事態を煩雑にしてゆく男を睨んだ。

 

「話を戻そうか、雄牙くん。君も今、彼女と似たようなことで悩んでいるね。自分達よりも強いウルトラマンが来たから、もう戦う理由はない。それだというのに君の心はその選択に踏み切れずにいる……どうしてかわかるかい?」

 

そんな雄牙に、奴は尚も余裕を崩さないまま鷹揚に腕を広げた。

 

「それは嫉妬だよ。後から来た奴が何もかもを攫ってヒーロー面をしていることへの嫉妬。悔しい思いをしただろう? 惨めに感じただろう? 先に戦い始めたのは君だというのにねぇ」

 

心にもないだろう嫌味ったらしい慰めを並べられる一方的な同情は次の言葉で区切られた。

 

「君の気持ちはよくわかる。理解されずに苦しいだろう。認められず悔しいだろう……だから、私が機会をあげよう」

 

男が指を鳴らした直後。

突然進行を止めたギャラクトロンの双眼が煌めき、虹ヶ咲学園へ向けて赤い閃光を射出したと思えば―――、

 

『●▲■―――♪』

 

着弾地点に魔方陣が浮かび上がり、遅れて爆発が起こる。

 

「いや……やめてください!」

 

複数の悲鳴が重なって聞こえた。片方は縋るような菜々の声と、もう片方はウルトラマンとしての聴覚が捉えた虹ヶ咲学園からのもの。

 

やはりまだ多数の生徒が残っているらしい。その中にはきっと彼女達もいることだろう。

 

「さあ、ギャラクトロンを倒すんだ。そうすれば君はヒーローとして返り咲ける……もうあんな想いを繰り返さないで済む」

 

反射的にタイガスパークを出現させた雄牙を見下ろしながら、男は指示にも近しい口調で変身を促す。

 

その真意はまるで伺えないが……コイツは雄牙が、タイガが変身して戦うことを望んでいる。それだけは確かだ。

 

『雄牙……』

 

何が狙いかわからない。タイガが戦うことで生まれるコイツの利点とは何だ。

ただでさえ不信感を買っている現状だ。もしそれによって余計な被害を生めば今度こそ取り返しのつかないことになる。

 

「おいおい、仮にも光の使者がそれでいいのか? 今この瞬間にも数多の生命が危機に晒されているというのに……正義の名が聞いて呆れるなぁ」

 

『言わせておけばこの野郎……!』

 

自分で手招いておいて何をとは思うが、その言葉通りなのは事実。

タイタスもタイガと同じウルトラマンである以上活動限界時間はある。胸の光―――カラータイマーの点滅が始まっている手前これ以上の戦闘は期待できない。

 

いや待て。まだE.G.I.S.が―――、

 

「なんで……これ以上私に奪わせるんですかッ!」

 

「ッ……!」

 

なんて、現実逃避のように別な希望へ縋った心は―――次の瞬間に打ち砕かれた。

未だなお止まることの無い菜々の涙は、やはり悲痛なくらい胸に響いて。

 

だからこそ、雄牙の中で何かが崩れる音がした。

 

「まだそんなことを……受け入れれば楽になるというのに君は……」

 

雄牙を横目に流した男はにやりとその頬を吊り上げ、わざとらしく菜々へとと吐き捨てた。

 

「だがまあ……それもいいだろう。例え間違ったものでも、それを正しいと肯定できるのならそれは素晴らしいこと。10年前、私がこの目で見たものだ」

 

そして、パチン。

再度その指が音を鳴らしたと思えば、正面を180度入れ替えたギャラクトロンの砲台がこちらへと向けられる。

 

煌々と輝く紅は、次の瞬間に訪れる終わりを意味し―――、

 

「だから祈りたまえ。君にとって都合のいい……ヒーローが現れることを」

 

意図してか偶然か、訪れた最後のトリガー。

 

瞬間、全ての迷いは―――弾け飛んだ。

 

 

《カモン!》

 

 

レバーの引き抜かれたタイガスパークが霧散させた光。

 

「だあああぁぁッ!!」

 

淡い粒子の形成したキーホルダーを掴み取り、掲げる。

次に上がった光芒の柱は、殆ど絶叫に近い声を天へと轟かせた。

 

 

 

《ウルトラマンタイガ!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シュアァッ!』

 

立ち昇った光がギャラクトロンを浮き上げ、転倒させる。

 

不発に終わった主砲のエネルギーが行き場を失い暴発。次に起き上がった瞬間には抉り取られたかのように大きく欠損した胸部が確認できた。

 

「瀬良…!? お前なんで―――」

 

「……すみません。でもやっぱり、耐えられないんだ」

 

「はぁ……?」

 

タイタスの中から驚嘆に近い声を上げた昂貴に対し、雄牙は静かに紡いだ。

 

「別にアンタ等やE.G.I.S.を信用してない訳じゃない……けど、絶対にどこかで守り切れない時ってのはあるんだ。もしその時にまた何かを失えば、傷付ければ……俺はきっとそれをアンタ等のせいにする。後悔も、きっと」

 

助けを求める声に応えるヒーローは既にいる。自分よりもずっと強い力と心で、あの場に立っている。もう自分の出る幕なんてないのかもしれないけど。

 

それでもやっぱり、力を持ちながらそれを黙って見ていることなんて、我慢ならなかった。

 

「勿論俺が戦ってどうにかなる保証なんてない。だけど誰かに任せたせいで、何も納得できないまま終わるよりはずっとマシだ」

 

ずっと続けられる訳じゃない。タイガが星へ帰ればそれで終わる物語だ。でも彼がいる以上、自分には戦う力が、守る選択肢があるから。

 

「だからせめて、俺にその力がある内は……守りたい」

 

今は何を言われても引かないと示すように、低く構えたタイガはギャラクトロンと対峙する。

 

『何かを守れる状況でそれを放棄すれば、それこそ宇宙警備隊……強いてはウルトラマンそのものの沽券に関わる。そう思わないか? タイタス』

 

『ふ……仮にもタロウの息子か。度胸と建前は一級品らしい』

 

タイガが皮肉染みた含みで雄牙に続けば、タイタスもまた構え直すことでその返答を示す。

 

『正直今回ばかりは助かった。君達に戦いから退くことを強要した手前こんなことを言うのは筋違いかもしれないが……任せてもいいんだな?』

 

『ああ。任せとけ!』

 

巨人同士の視線が交錯する。

出自も思想も違う。けれど、今この場所において目指すものは同じ。共有する意志が両者を結びつける感覚があった。

 

『……だそうだ、昂貴。案外、君達の考えは似ているのかもしれないな』

 

「……うるせぇ」

 

それは巨人と一体化する者達にも伝播する。

少しの間の後、最後の禊を済ますように、昂貴はタイタスを介して雄牙と向き直った。

 

「…また下手な真似したら承知しねぇぞ。いいな!?」

 

「……はい!」

 

同時に大地を蹴った巨人。

方や知性を有する獣、方や無機質な傀儡に見舞った強烈な一撃は、衝突を次のラウンドへと運ぼうとしていた。

 

 




一時的とはいえ互いの在り方を許容したことによりタイガとタイタスの共闘戦線が結成

そしてさらーっと流しましたが事案おじさんの介入によりせっつーに正体がバレております雄牙くん。果たしてどうなるのやら……


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18話 情熱の炎

クソ忙しかった5月が終わる安堵と共にそろそろ今年も半分が過ぎ去ろうとしている事実に震えが止まらない者です


 

昔からヒーローというものが好きだった。

女の子としてどうかと思ったこともあったけれど、それでも大好きな気持ちに嘘はつけなくて。親に隠れてその手の番組を見たり、ショーに参加することもよくしていた。

 

スクールアイドルを始めたのも、もしかしたらその影響があったのかもしれない。精一杯に自分の大好きを表現し、誰かの心に明かりを灯す姿……その様はある意味ヒーローとも言えたから。

 

だから。だからこそ。

 

そんな存在に憧れたはずの自分が誰かを傷付けてしまったことが、どうしようもないくらいに許せなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『テェヤッ!』

 

その圧倒的なパワーで相手を薙ぎ払うタイタスに対し、タイガは小回りを利かせた動きでギャラクトロンへと仕掛ける。

 

宇宙警備隊の訓練生時代に培った基礎的な戦闘技術。経験として共有されるタイガの技術の影響か、これまでよりもずっと彼と一つになって戦っているという感覚があった。

 

●▲■―――♪』

 

『ハァッ!』

 

振り下ろされた大剣を前転の形で回避。即座に背後へと回り、遠心力を乗せた踵蹴りを奴へとヒットさせる。

 

だが苦い顔をするのは雄牙達の方だった。命中こそしているが、通じているという手応えは皆無に等しい。

 

●▲■―――♪』

 

『ぬ……がッ……!』

 

その訳は次に奴の一撃を受け止めた際に判明した。

防御自体は完璧に決まったはずなのに、じりじりと身体が後方へ運ばれる自覚があった。力負けしている証拠だ。

 

ギャラクトロンの持つ理不尽なまでに頑丈な装甲……これを打ち破るだけのパワーがタイガにはない。

 

『タイガッ!』

 

『ッ……!』

 

『受け取れェ!』

 

徐々に増してゆく物理的な重圧を前に突破法を模索していた頃、横から上がったタイタスの声と共に飛来する一筋の光。

 

それはタイガのカラータイマーを介して雄牙の元へ渡ると、左腕へ宿ると共にタイタスを思わせるブレスレットの形を成した。

 

『私の力を込めたブレスレットだ。きっと君の力になる!』

 

『タイタス……わかった。雄牙、それにタイガスパークを翳すんだ!』

 

「わ、わかった!」

 

《カモン!》

 

 

 

《タイタスレット!》

 

 

《コネクトオン!》

 

 

 

言われるがままにブレスレットの真上へ右腕を重ねれば、手甲の水晶体が黄色に発光。次の瞬間にそれは両腕へと広がってゆく。

 

『オオオォォォッ!』

 

漲ってゆく力のままに左右の拳をギャラクトロンへと打ち出す。その一つ一つの重みが違った。砕き、揺らし、奴の小綺麗な機体を瞬く間にスクラップへと変えてゆく。

 

『これがタイタスの力……これならいけるぞ!』

 

パワー不足はこれで補える。立て続けに破壊された部位からオイルを噴き出すギャラクトロンを見据え、タイガは右腕にエネルギーを集約させた。

 

 

『˝プラニウムブラスター˝ッ!』

 

 

生成された光球がT字の光線に乗り突貫。

ギャラクトロンへと着弾したそれは胸部の装甲を粉々に砕き、奴の心臓部である赤いコアを露出させた。

 

『よし…! あと一撃だ。˝ストリウム―――』

 

あとはアレを破壊するだけ。そう思い再度光線のチャージに入った時だった。

 

「ぅあっ……」

 

強烈な浮遊感が全身を襲い、高まっていたはずの熱量が霧散する。その理由を象徴するのは点滅を開始した胸の光だった。

 

『なっ……ん……! どうしてこんなに早く……!』

 

本来タイガの肉体に備わっていないレベルの筋力を行使した影響か、急激に消耗した身体は遂に膝をついてしまう。

 

とにかくこの状況で動きを止めてしまうのはマズイ。装甲を破ったとはいえ、ギャラクトロン本体はまだ健在で―――、

 

●▲■―――♪』

 

『があぁぁぁッ……!!』

 

白銀の大剣から漏れ出る光が形成した殊更に巨大な白い刀身がタイガを貫き、その巨体を主の足元へと崩れ落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「瀬良……さん……」

 

確かに聞いた。自分に指輪を嵌め込んだあの怪しげな男が彼をそう呼ぶのを。

 

確かに見た。自分の目の前で彼があの巨人へと姿を変える瞬間を。

 

今目の前で戦っているあの巨人は、再びこの星にやってきたウルトラマンの正体は―――自分の級友だったんだ。

 

●▲■―――♪』

 

理解が追い付かない反面、どこか腑に落ちるような感覚があった。

 

怪獣と交戦するもう一人のウルトラマンが現れて以降、彼の評判があまりよくないものへ変わっていることを菜々は知っている。

 

弱っちい。情けない。数度に渡って助けられた事実は変わらないというのに、それを早くも忘れた人々は心無い言葉を彼へ向けるようになった。

 

そしてその想いはきっと、彼自身にもあったのだろう。ここ暫く姿を見せていなかったのも、先程感情のままに菜々へと吠えた理由もきっとそこにある。

 

自分が戦ったところで迷惑にしかならないとわかっている。あの時雄牙が見せた色はそう言うことだと今ならわかった。

 

「……」

 

同じだった。己を不要な存在だと理解し、自らその物語に幕を閉じた優木せつ菜と重なる。

 

ならどうして再び彼は立ち上がったのか。その理由まではわからないけれど。

 

『グアァァ……!』

 

「瀬良さんっ……!」

 

立ち上がっては薙ぎ払われる姿にいつだかの記憶が呼び覚まされる。

昔、幼き日のことだ。同じものを見た気がする。

 

10年前にこの地球に降り立ち、戦い抜いたウルトラマン。テレビの中ではない、本物のヒーローの登場に当時の自分は大層沸いたものだった。

 

でも当時はまだ彼を快く思わない声も確かにあって。街が壊れるだとか、迷惑だとか。度々耳にするこんな声に傷付くことも少なくなかった。

 

けれどもそのウルトラマンは戦い続けた。きっと自分の気持ちなど届いてはいなかっただろうけど、それでも彼はあの頃の菜々の理想であり続けてくれたんだ。

 

『シュ……アァ……!』

 

雄牙が再びあの場所に立った理由も、何度も立ち上がる理由も知る由は菜々にはない。

けど少なからず今の彼の姿があの日に見たヒーローに、憧れた背中と重なる。それだけは確かだった。

 

「っ……」

 

また一つ思い出す。どうして自分がヒーローという存在に憧れたか。

 

ヒーローとは決して完璧な存在ではない。人並みに悩み、誰かを傷付けてしまうことも時にはある。ウルトラマンもまたその例外でないことは雄牙が証明している。

 

でも自分がこれまで目にしてきたヒーローは誰一人として目の前の試練から逃げなかった。背を向けなかった。

 

そんな姿に、自分は憧れたんじゃなかったのか。

 

「……」

 

今の自分を見つめ返してみる。憧れた姿とはまるで逆だった。いつの間にか消えていた男の並べた言葉は正しかったのだろうと思う。

 

同好会の仲間のことを想っての行動だったのは事実だ。でもそれと同じくらい、誰かを傷付けてしまうことで他でもない自分自身が傷付くことを恐れていた。そんな己の心に蓋をし、目を逸らそうとしてただけだ。

 

それ自体はきっと悪いことではない。でも、˝彼等˝に憧れ続けてきた自分の心にはきっと反する。

 

「私、は……」

 

誰に辞めろと言われた訳でもない。むしろ戻ってくるのを待ち望んでいる人達がいる。雄牙の言葉が今になって鳴り響いた。

 

このまま逃げ続ければ、自分の心だけじゃない。優木せつ菜を望む誰かの心も否定することになる。

 

それは真の意味で誰かの大好きを否定し、奪うことになる。それこそ自分が本当に忌避した事態になるんじゃないだろうか。

 

「私は……!」

 

だから今は、この気持ちに正直に。

 

中川菜々(自分自身)として、優木せつ菜(スクールアイドル)として、我儘に、ありのままに……この大好きを叫ぶべきなんじゃないのか。

 

「わかりましたよ……瀬良さん」

 

滾った感情が湧き出るように、胸に灯った()()()()熱を感じた。封じ込めていた炎は衰えることなく、今もこうして燃え盛っている。

 

「……あなたに、言わなければならないことが出来てしまいました」

 

迷惑をかけた仲間。応援を裏切ってしまったファン。伝えるべき相手は数多くいる。

 

でも、今は。

 

今はあの、自分にとっての新しいヒーローに―――伝えたいから。

 

「だから……瀬良さん! 負けないでください!」

 

幼き日にテレビの前でそうしたように、目の前のヒーローに向けて上げた応援の声。

 

叫んだ心は紅く瞬き、彼の元へと想いを運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……!」

 

自らの名を呼ぶ声に意識をやれば、淡い光が尾を引きながらこちらへと伸びていた。

 

優木せつ菜の情動を表すかのような、熱い紅。カラータイマーを通してタイガの中へ渡った炎は滾るような熱さを以って雄牙を包む。

 

そして―――、

 

『これは……!』

 

その熱はタイガスパークへと集約され、やがては新たな形を成して雄牙の左腕へと宿る。

 

力の賢者から渡された代物と同じ、何かの形を模したブレスレット。炎のような深紅は正しく燃えるような熱意の象徴に相応しいと言える。

 

これならいける―――根拠はないが、そんな確信が雄牙に走った。

 

『ウルトラマンの力……? だがどうして彼女が……』

 

「よくわかんねぇけど……コイツで行くぞタイガ!」

 

悲鳴を上げる身体を無理矢理突き動かし、正真正銘最後の力でギャラクトロンの突進を押し返す。

 

《カモン!》

 

タイタスレット同様にレバーを引いた手甲をブレスレットの上に重ねる。備わったクリスタルが赤色へ発光するのと同時に膨大な熱量が全身に広がるのを感じた。

 

 

 

 

《ロッソレット!》

 

 

 

 

《コネクトオン!》

 

 

先程とは違う。タイタスのそれが暴れ回る熱さだとするなら、こちらは抱擁するような温かさ。

 

だけど決して熱量で負けている訳ではない。根本的に違う何かを実感しながら、雄牙はタイガの肉体を介してそのエネルギーを増大させた。

 

 

「『おおおおぉぉぉぉッッ!!」』

 

纏うは、火。

 

極限までその爆発力を高め―――紅蓮の炎を解き放つ。

 

 

 

『˝フレイム……ブラスタァァァァァァ˝ッッッ!!!!!!』

 

 

 

残されたもの全てを注ぎ込んで放出した爆炎の槍は軌道上の大気を焼き焦がしながら突き進み、ギャラクトロンへと突貫。

 

猛烈な熱量は純白の装甲を崩壊させる間もなく黒へと還し、その刹那には奴の全てを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ほぅ……ただの腰抜けと思っていたが、意外とやる』

 

轟音と共に消し飛んだギャラクトロンの最期の音がコングとなるように、昂ぶりの中にあったゼッパンドンは両腕を下げる。

 

『メインイベントは終わってしまったようなのでな。我々もそろそろお開きとしようか』

 

『首を振ると思うか?』

 

『まあそう言うな。あくまでもお前の足止めというのが私の役割だったのでな。心惜しくはあるが、今日はここまでだ』

 

エネルギーを使い果たしたらしいタイガが崩れ落ちるように消滅してゆく様を片目に眺めながら、奴もまた肉体の実像を失わせてゆく。

 

『また遊ぼうじゃないか……今度は、()()()万全の状態でな』

 

『ッ……! 待てッ!』

 

遠ざかる気配目掛けてタイタスの拳が振り抜かれるが、それは何も捉えることなく空を切った。

 

『逃がしたか……』

 

「何だったんだアイツ……」

 

傾いていた陽が沈む。

帳に包まれてゆく街の中、姿のない放浪者の笑い声だけが虚空に反響し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……ぅぁ……」

 

軋む全身を襲った痛みに、失っていた意識が表層へと浮き上がってくる。

 

ギャラクトロンを撃破した直後、完全に力を使い果たし気絶したところまでは覚えている。恐らく今は瓦礫塗れの街中で果てている状態だろう。

 

だが、それなら何故。

今自分の後頭部には、人肌のような温かさと、柔らかさが伝わっているのだろうか。

 

「中、川……?」

 

「……今は、せつ菜ですよ」

 

明瞭になった視界に、直前まで共にいた少女の顔が映る。

でもその雰囲気は違う。眼鏡を外し、結っていた髪を下ろしただけだというのに。まるで別人であるかのような少女がそこにいた。

 

「瀬良さんの行動が何を考えてのものだったのかは私にはわかりません。けど、そんなあなたの背中は私の理想を守ってくれた……思い出させてくれたんです。だから、伝えさせてください」

 

遅れて気付く。雄牙の頭部を支える柔らかさは彼女の腿。どうやら膝枕をされている状態にあるらしい。

 

だけどこの状況を否定する余力も無ければ、気恥ずかしさを覚えるような余裕もない。未だ限界の真っただ中にある肉体は再び戻ったばかりの意識を手放そうとする。

 

「……ありがとう」

 

眠るように全てを黒に染めた、その瞬間。

また別の温かさが頬へと落ち、流れていった。そんな気がした。

 




戦闘回がようやく一区切り

雄牙の姿勢を通し逃げていた自分を自覚し、再び大好きと向き合う選択をしたせつ菜。そんな彼女から受け取った光がロッソレットとなりギャラクトロンを倒すに至りました

そもそもロッソレットの元となったせつ菜の光とはなんだったのか。反動の大きかったタイタスレットとの違いとは何なのか……それも後々明かされてゆくことでしょう

とりあえずせつ菜のお話はあと1話だけ続きます


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19話 大好きを歌う

せつ菜関連、アニガサキ3話に当たる話は今回で一区切りです


 

『フム……それがっ、中川菜々の光っ、からっ、生まれたっ、ブレスレットという訳……かっ!』

 

雄牙の左腕を見下ろすタイタスがスクワットの姿勢を取った零体を上下に動かしている。異様な光景ではあるがもはや誰もツッコもうとはしなかった。

 

手のひらに転がるのは二つのブレスレット。どちらも先日の戦いの中で手にした代物だが、その性質はまるで異なると言ってよかった。

 

『確かにこれは彼女から発された光から生まれたものだ。だがこれに込められているのは明らかに俺達ウルトラマンの力……どうしてただの地球人にこんな光が……』

 

『心当たりはあるにはあるが……この目で確かめないことには何も言えないな。一先ず、そのブレスレットは君達が持っているといい。ギャラクトロンから回収したという指輪も含めてな』

 

「それなんだけど……」

 

自身を挟んで何か難しい顔をするウルトラマン達の会話に割って入った。

当人の力に関してはやはり当人に聞くのが一番。そんな判断の元タイタスへと続ける。

 

「この二つのブレスレット、使った時の感覚が全然違ったんだよ。タイタスのは力を引き出すみたいな感じだったけど……中川のはこう、足りないものを満たすみたいな、そんな感覚だった。そっちの方は何かわからないか?」

 

端的に言えば、エネルギーの消費量に大きな差があったということだ。

 

タイタスレットの力は強力無比ではあったが、その分瞬く間に消耗しきってしまった。対して菜々から受け渡されたロッソレットは単発の攻撃にしか使用できなかった分身体への負担は殆どなかったと言ってもいい。

 

タイガ曰くウルトラマンの力という点では共通するらしいが……この差は一体何なのか。

 

『確かに、それは傍目に見ていた我々も感じたことだな。詳しくはわからないが……もしかすると、我々が共通のアイテムを使用していることが影響しているのかもしれない』

 

『アイテムって……タイガスパークのことか?』

 

『ああ。タイガスパークは装着者同士を強く結びつけるアイテム……その性質が故に、タイガスパークを介して生み出した私の力は同じ使用者である君の身体に効き過ぎてしまった可能性がある……ということだ』

 

『あり得るのか? そんなこと……』

 

『そこに関しては光の国の出身である君の方が詳しいはずなんだがな……まあ、あくまでも仮説に過ぎないさ。もしかすると、私達の体質の親和性が高しいのかもしれないしな』

 

『それはそれでなんか嫌だな……』

 

『なんだと?』

 

肝心のウルトラマン2人が喧嘩腰に突入したことで議論は幕を閉じた。明確な情報こそ得られなかったが、まあ性質の違いさえ頭に入れておけば今後の戦いで同じ轍を踏むことはないだろう。

 

最も、彼等が雄牙達が戦うことを容認するかどうかの問題もあるのだが……、

 

「……別に、役立ってる限りは止めねぇから安心しろよ」

 

「え……?」

 

その返答を求めるように視線を流せば、呆れたように昂貴が漏らした。

 

「…いいんですか?」

 

「お前から聞いてきたくせになんで驚いてんだよ……まあ、今回助けられたのは事実だしな。それによくよく考えてみりゃ、戦える奴は多いに越したことはねぇし」

 

取って付けたような方便を並べる彼の姿は少々歯切れが悪く思えた。

適当な理由を添えて何かを誤魔化そうとしている。そんな様子だ。

 

『昂貴が君の信念に共感してしまった。それだけのことさ』

 

首を傾げていれば代わりにタイタスが補足してくれる。タイガを締め上げながら発される穏やかな声音の温度差に風邪を引きそうだったが気にしないことにした。

 

『誰かに任せた結果、納得のできない終わりを迎えたくないからこそ戦いたい……昂貴もまたその想いの元私と戦うことを選んだのだからな。だからこそ、君のその想いを否定することが出来ない。私にはそう見えたぞ』

 

「…しゃべり過ぎだぞタイタス」

 

『はは、すまないな』

 

よくわからないが、戦うことを認めて貰えた……そう判断していいのだろうか。

 

『……タイタスはいいのかよ。俺はその……規律違反を犯してる訳だし』

 

『無論そこに関しては容認したつもりはない。宇宙警備隊への報告を取り下げるつもりはないし、光の国から使者が来れば君の処遇はそちらに委ねるつもりだ』

 

『まあ……そうだよな』

 

『だが現場での判断が一任されている以上、その時までは私の管轄だ。よって私は君が星に帰還するまでの間は共に戦うことを認める』

 

「……いいのか?」

 

『ああ。昂貴も言った通り、今回は君達の活躍に助けられたからな。……それに、タイガが肉体を失う原因になったという者と対面しているのは今のところ君達だけと考えれば、やむを得ない部分もある。これは地球での任を背負っている者としての判断だ』

 

タイタスが本来追っていた者とはまた別のようだが、見過ごすことも出来ないのもまた事実。そちらに対処するためにも出来るだけ人員は確保したい考えがあるのかもしれない。

 

『君に対して何かしらの目的があるのは明らかだからな。恐らくそう遠くない内に再び接触してくるだろう……10年前から暗躍しているような奴だ。十分に警戒してくれ』

 

『……わかってるさ』

 

肉体を失った教訓からか、答えたタイガの声色にはいつになく真剣味を帯びていた。

 

力を認められた訳じゃない。あくまでも敵を探る上での有益な存在であるとしての保留だ。どこかで失態を犯せば直ぐに否を突き付けられることだろう。

 

これまで以上に目の前の課題と向き合わなければいけない。決意の紐を固く結び直した。

 

「ま……この話はここでいいだろ。それより今はアイツ等のことだ」

 

対話を切り上げた昂貴がまた別の方向へと視線を流す。

見上げた先は虹ヶ咲学園の校舎―――その屋上。ウルトラマンの力によって強化された威力は、スクールアイドル同好会の面々と向かい合う優木せつ菜の姿を捉えた。

 

「……よく説得出来たな」

 

「いやまあ……俺もなんでなのかはわかんないんですけど……」

 

正直感情のままに当たり散らしただけなので何が彼女を突き動かしたかは全くわからないし、何ならウルトラマンであることがバレてしまったことによる焦りしかないのだが……まあ、今はこれでいいと、根拠はないがそう思った。

 

「でも……もうアイツは大丈夫だと思います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えええぇぇぇッッ!? 生徒会長がせつ菜先輩だったんですかぁ!?」

 

放課後の屋上にかすみの絶叫が木霊する。

ケジメを付けるべくこの場所へ呼び出した同好会のメンバー。彼女達へまず最初に菜々が打ち明けたのは、自分の正体だった。

 

「はい……黙っていてすみませんでした」

 

果林を通じて既にそれを知っていた3年生達はともかく、あの場にいなかった1年生組、そして雄牙曰く自分のファンであるという高咲侑は驚きを隠せない様子でいた。

 

「それに……同好会のこと。私の身勝手な行動で皆さんに迷惑をかけてしまったことは、本当に申し訳なく思ってます」

 

そんな彼女達に深く頭を下げた。

こんな事で許されることとは思っていないけど、自分にはこれしか出来ないから。だから精一杯の誠意を込める。

 

「……わざわざエマ達を呼び出したってことは、何か考えに変化があったってことでいいのよね?」

 

「ええ。同好会に亀裂を入れてしまった私がスクールアイドルを辞める理由があっても、他の皆さんまでがそれを奪われる必要はない。だから私が悪役になることで同好会が復活できるならそれでいい……そう思ってました」

 

果林の問いに答える形でここに至るまでの心境の変移を語った。

 

「けど……気付いたんです。私はただ、誰かの大好きを傷付けることで他でもない自分自身が傷付くことを恐れていただけなんだって。ただただ、逃げ続けていた卑怯者です」

 

「そんなことないよ! それに、今回のことは私達の力不足でもある訳だし……」

 

「ごめんね。もっと彼方ちゃんに頼りがいがあれば……」

 

「…お二人の優しさは嬉しいです。でも元を辿れば原因が私であるのは確かですから。……だから、皆さんが嫌だと言えば、私はそれを甘んじて受け入れます」

 

すぅ、と。

一拍の間と共に深く深く吸った息の後。

 

「その上で言わせてください…………私にもう一度、皆さんと一緒に歩むチャンスをくださいませんか」

 

スクールアイドルを続ける決心はついた。けど、また行き過ぎた気持ちが誰かを傷付けることを恐れている自分がいるのも事実。

 

だから仲間達に委ねた。卑怯なのはわかってる。都合がいいのも承知の上だ。でもこれしかわからなかったから。だから次に掛けられるであろう言葉を待った。

 

「ほんっとうに面倒くさいですね……せつ菜先輩は」

 

最初に返ってきたのは、最も傷付けたはずの後輩の声だった。

 

「……今更せつ菜先輩抜きだなんてあり得ませんよ。お披露目ライブは流れてしまいましたが、一緒にステージに立ちたいって気持ちはまだ消えてませんから」

 

「そうですよ。確かに厳しすぎたところもあったかもですけど……それでもかすみん達にはせつ菜先輩が必要なんです!」

 

「彼方ちゃんも右に同じ~。また一緒に練習したいもん」

 

「今度はちゃんと頼って貰えるように、私達も頑張るね!」

 

せつ菜を拒むものはなかった。

次々に上がる声色の彩りは様々で、何一つとして同じものはなかった。この景色は自分がこの場所を壊したあの日と何ら変わらない。

 

「……雄牙から聞いてると思うけどさ……私、せつ菜ちゃんのライブを見てすっごいときめいたんだ。私も、そんなせつ菜ちゃんを応援したいって思った」

 

そこ加わろうとするのは新たな色だ。

ただでさえ纏まらなかったというのに、そこにまた新しい個性が加わることで何が起こるかなんて、まだわからないけど。

 

「確かにちょっとトラブルはあったのかも知れないけど、少しずつでも、皆の大好きを叶えられるようにしていけばいいんじゃないかな。スクールアイドルがいて、応援するファンがいる……今はそれで十分だと思うから」

 

「……いいので、しょうか」

 

「うん。私達もせつ菜ちゃんの大好きを叶えられるように努力する。だから、今度はせつ菜ちゃんも叶えてよ。私達の……大好きを!」

 

少なからず優木せつ菜の色に、スクールアイドルに魅せられた高咲侑はそう語ったから。

 

だから今はただこの声に………皆の大好きに応えるだけだ。

 

「……わかりました。なら、私も全力で叫ぶだけです」

 

封じ込めていたものを解き放つように眼鏡を外し、結われていた髪を解く。

もう誰の大好きも裏切らないために。正真正銘、他でもない優木せつ菜として―――歌うんだ。

 

「私の……大好きを!」

 

 

 

 

――――― ♪: DIVE!

 

 

 

 

蓋をしていた気持ちは炎へと変わり、吹き上がった。

全身で表現するように、見る者全てへ届けるように。ただ心のままに叫び、歌った。

 

高く、果てなく。大好きの気持ちを……全力で。

 

 

 

 

「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会……優木せつ菜でした!」

 

全身全霊の大好きに魅せられ、いつの間にか集まっていたギャラリーを見下ろしながら、伝える声に全てを乗せた。

 

次の瞬間に上がった拍手と歓声の嵐。それは同好会に、優木せつ菜に。新たなスタートを告げるように絶え間なく、響き続けていた。

 




前書きにも書きましたがせつ菜周りと同好会再結成の話がようやく一段落……更新できてなかった時期も加味すると中々長く感じましたね()

クロスオーバーという関係上、せつ菜についてはアニガサキを踏襲しつつオリジナル方面で描く運びになりました。個人的には雄牙の葛藤含めそこそこ綺麗に着地できたのでは―、とか思ってます

そんな雄牙達も一先ずはタイタス達に認められる形になりましたが……忘れてはならないのが風のなんちゃらさん……


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20話 移り変わる時

虹5thのチケ、無事掴めて一安心だぜぃ……


 

「……どうする?」

 

高校に進学し、大きく変わった日常にもようやく停滞が訪れた頃だった。

 

「やってみる?」

 

ずっとこのまま続くんじゃないかと思っていた。そんな3人で進んでいた時に、また新たな時間が流れようとしている。

 

「愛さんは、やってみたい」

 

ある日、屋上から奏でられた一つの歌声。それは自分の周囲に大きな変革を齎そうとしていたから。

そこに自分の意見は介入しない。決めるのは˝彼女達˝だ。

 

「…私も、やってみたい」

 

肯定により、いよいよ歯車が動き出す。

 

この時から自分の……星海耀(ほしみてる)の、全てが変わろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の復活を告げた優木せつ菜の屋上ライブ。その翌日の教室は彼女の話題で持ち切りだった。

 

元々校内でもそれなりの有名人であったせつ菜がスクールアイドルを辞めるという話が瞬く間に広がっていたくらいだ。当然屋上ライブ、強いては彼女の活動再開の話題も拡散されるのにそう時間は掛からなかった。

 

「……人気者だな」

 

顔を赤く染め、むずがゆそうに口元を結んでいる隣席の友人に視線をやる。

 

せつ菜の話題に沸いている生徒の殆どはその正体が生徒会長、中川菜々であることを知らない。本人が見ているとは露知らずに盛り上がる様はさぞ楽しそうではあるが、その分菜々の方に予期せぬ被弾を齎しているようで、先程からずっとこの調子だった。

 

「こんなにも沢山の人の大好きを背負っていたんですね……私は」

 

「…そーだな」

 

申し訳なさの中に確かな感慨を含めて菜々が零す。

後々侑達に伝え聞いた話ではあるが、無事決裂していた同好会の面々とは和解できたらしい。事の起因を知っているだけにやはり安堵はあった。

 

「……それと、ゴメンな。中川がどう思ってたかなんて考えもせずに当たり散らして……」

 

「気にしないでください。今となっては瀬良さんの気持ちもわかりますし……それに、あなたは私に大切なことを気付かせてくれました。それでお相子にしましょう」

 

相変わらず彼女が雄牙の何に対して感謝しているのかはわからないままだが、そう言ってくれている以上はこちらからどうこうする理由はなかった。

 

「それにしても驚きました。まさかウルトラマンの正体が瀬良さんだったなんて……」

 

「言い触らさないでくれよ……どうなるかわかったもんじゃねぇ」

 

「そこは心得ています。ヒーローというものはその正体を隠すからこその魅力がありますからね! そしてその秘密を知る、言わばバディの立場に私が……燃えますね!」

 

語尻のみその声量を強めた菜々が心底楽しそうに目を輝かせた。なるほど。こうしてみるとやはりせつ菜と同一人物だ。

 

「……てか、優木せつ菜の正体を明かさない理由ってまさか……」

 

「はい……変身ヒーローみたいでカッコいいから……と思ったのがきっかけでしたね」

 

「…想像以上にしょうもない理由で逆に安心した」

 

ともあれ互いの秘密を知る者同士という、少々奇妙な関係が出来上がってしまった訳だが……まあ、この分では付き合い方に大きな影響を及ぼすことはないだろう。

 

「まあとにかく……今度とも、よろしくお願いしますね」

 

「ん……こっちこそな」

 

関係性の変化はもう一つあったか。

 

一連の騒動を経た結果、侑、歩夢、そして雄牙の3人は新たに同好会の部員として加わることとなった。

 

とは言っても歩夢と雄牙に関しては完全に侑に引っ張られる形になっただけではあるが、まあ別に、さほど嫌な気持ちがある訳でもなく。

 

それに同好会にはウルトラマンタイタスの変身者である南雲昂貴がいる。同じ場所に身を置くのは情報共有という観点から見ても、雄牙にとって悪い話ではなかった。

 

「今日の放課後から早速活動再開です。ファンの皆に私達の大好きを届けるためにも、鍛錬に励んで―――、」

 

「雄牙ー!」

 

菜々の声を遮る形で、別な声が教室内に響いた。

 

同時に騒めきも生まれる。それもそのはずだ。その声の主がこれまでこの教室に顔を見せることこそあれど、雄牙に声を掛けたことなど一度もなかったのだから。

 

「情報処理学科の宮下さん……? お知り合いだったんですか?」

 

「前に一回話したきりだけど……てか、俺名前教えたっけ」

 

「このクラスの子に聞いたら教えてくれたよ~」

 

菜々と共に斜め上へと傾けた目線の先で宮下愛はにぱりと笑う。

人脈と言い、遠慮なくファーストネームで呼んでくる辺りと言い、彼女は常人よりも壁というものが薄いらしい。

 

で、問題はそんな彼女が雄牙に何の用かという話だが……、

 

「それでさ、雄牙ってスクールアイドル同好会に入ったんだよね?」

 

「あぁ……うん。成り行きだけどな」

 

「やっぱそうなんだ! じゃあさ雄牙、もしよかったらでいいんだけど、愛さん達に同好会のこと色々教えてくれない? 昨日の屋上のライブ見て、愛さんワクワクしちゃってさ~」

 

興奮気味に語る愛の一方で今にも爆発しそうな勢いで鼻息を拭き荒らす菜々の姿が横目に映る。

 

今は生徒会長モードであるが故に抑えているのだろうが、自分のライブがきっかけでスクールアイドルに興味を持ってくれたという事実がこの上なく嬉しいのだろう。本当は今にでもその大好きを爆発させたいと目が叫んでいた。

 

「…でしたら、体験入部は如何でしょうか」

 

その代わりを務めたのは一つの助言だった。

今はあくまでも生徒会長として生徒のサポートをする。その切り替えの潔さには改めて感心するものだ。

 

「体験入部かぁ……いいね、それ!」

 

「お決まりのようですね……瀬良さん、案内の方をお願いしてもいいでしょうか?」

 

「まあ……それくらいなら」

 

せつ菜を捜索していた際に力を借りた愛が今はこうしてせつ菜のライブに魅せられて同じステージに立とうとしている。

 

そんな奇妙な縁を感じながら、雄牙は一先ず、注がれた二つの視線を前に首を縦に振るしかなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「歌の練習に、ダンスの練習。それに筋トレかぁ~。これぞアイドルって感じでアガるね! それじゃ早速やっていこーっ!」

 

「ちょ、ちょ、ちょーっと待ってください! 何で知らない人が仕切ってるんですか!?」

 

放課後になっても宮下愛の快活明朗さは衰えることを知らず。

ベクトルが違うため一括りには出来ないが、賑やかさで語るならばかすみと遜色ない。活動再開初日から喧騒が支配する部室に旧同好会メンバーも苦笑いを浮かべていた。

 

「ていうか、皆それぞれメニューが違うんだね」

 

「…まあ、色々あってさ。方針が固まるまでは、取り敢えず各々がやりたい練習をするってことになってる」

 

そのため皆で同じ練習を……という部活らしいものは暫くお預けになるのだが、旧同好会の一件を鑑みれば致し方あるまい。

 

体験入部の内容としては聊か不相応である気がしなくもないが、まあ理解の無い人物ではないのでそう気に掛ける必要はないだろう。

 

「……そっちの2人も体験入部?」

 

「うん、りなりーにテルくん。学年は違うけど、愛さんと同じ情報処理学科だよ」

 

「え、えっと……天王寺璃奈(てんのうじりな)です。1年生です」

 

「同じく1年の星海耀(ほしみてる)です。僕の方はその……付き添いで」

 

愛に紹介された2人の1年生。両者とも面識のある人物ではあるが、やはり片割れの少女が生む˝無˝には相変わらず慣れない。

 

『コイツやっぱり……』

 

『…君も感じたか、タイガ』

 

対し耀と名乗った男子生徒の方は小柄な点を除けば至って普通の高校生ではあるが、体内に宿るウルトラマン達にとってはそうではないようで。

警戒と呼ぶほどのものではないが、何か違和感を覚えている。そんな様子だ。

 

『この気配は……なんだ? まるで混ざっているような……』

 

『複数の気配が混在している、という点では同意だな。当人にその自覚のない可能性もあるが……昂貴』

 

(見張ってろってことだろ。部活の間だけでいいか?)

 

『構わない。どうであれ向こう側から接触してきてくれたのは好都合だったな。雄牙、君にも頼めるだろうか』

 

(……わかった)

 

ガヤガヤワイワイと他の部員達が会話に花を咲かせる一方でテレパシーを介し物騒な警戒網を張る。

 

タイタス曰く、自分達同様何かしらの存在がこの星海耀という1年生に宿っている可能性が高いらしい。彼も言った通り耀自身がそれを知覚しているのかは定かではないが、そうであれ用心するにこうしたことは無さそうだ。

 

「それじゃあいざ部活体験……レッツゴーッ!」

 

こうして不穏な気配も交じる最中、宮下愛の号令によって新生虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会。その活動は幕を開けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、おおぉぉ……!」

 

「あら、彼方ったら随分と身体が硬いのね。ちょっと意外……ねっ」

 

「無理無理無理ぃ~! 彼方ちゃん壊れちゃうよ~!」

 

「その辺にしとけ朝香。後で迷惑被るのは俺なんだよ」

 

前屈の姿勢で悲鳴を上げる彼方を見かね、意地悪く笑う果林を諫める。

 

一先ず三つのグループに分かれることとなり、こちらは筋力トレーニング及びに柔軟体操のメニューに取り込んでいる訳なのだが……案の定絶望的に身体の硬い幼馴染に手を焼くこととなる。

 

「それにしても、果林ちゃんも入部してくれて嬉しいよ~」

 

「元々スクールアイドルに興味はあったから、丁度いい機会だと思ったのよ。パフォーマンスで言えば初心者だけど、身体作りには自信があるから任せて。ほーら彼方、もう少し曲げてみましょうね」

 

「ギブ! 果林ちゃんギブ!」

 

せつ菜の一件を経て入部したのは雄牙達3人だけでなく、この朝香果林もそうだ。

現時点で10人。体験入部中の3人も加わるとなれば13人になる。旧メンバーが6人だったことを考えるとこの短期間でまあ随分と大きくなったものだ。

 

「おおぉぉぉ~……!」

 

「……こっちにも随分と硬い子がいるのね」

 

彼方以上に身体の曲がらない少女が一人。ほぼほぼ直角の姿勢で固まっている天王寺璃奈には流石の果林も苦笑いを浮かべていた。

 

「璃奈ちゃん大丈夫? あんまり無理しない方が……」

 

「大丈夫。やる」

 

耀の心配を意気込んで跳ね退けた璃奈が何とも気の抜ける掛け声と共に再度前屈を試みるがやはり動かない。プルプルと小柄な身体が震えるのみで、その上体が微動だにすることはなかった。

 

(…警戒する程か? 見るからに人畜無害の小動物って感じだが……)

 

『彼の中にいる者の思惑がわからない内は何とも言えないな。少なからず、彼自身に何か邪な意思がないのは確かなようだが……』

 

宇宙人の中にはウルトラマンを始めとして、他者の肉体に憑依する能力を持つ種族が存在するという。

 

警戒され辛い彼の気質を利用した何者かが息を潜めている可能性もある。どうであるにしろ、タイタスの覚えた違和感の正体が明らかになるまでは警戒することに越したことは無さそうだ。

 

(直接聞けりゃ早いんだろうが……そう上手くはいかねぇだろうしな)

 

溜め息が空に昇ってゆく。

真新しさも交じる練習風景の中、昂貴は存在するかもわからない侵略者に果てしない徒労を覚えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで皆が何をやりたいって話だけど……何かある?」

 

時と場所は移り部室。

出来る範囲で皆の活動を体験してみたい。そんな意見の元各所を回っている愛達が次に訪れた場所で行われていたのは今後の方針会議だ。

 

「はいはい! やっぱりかすみんの可愛さをたーっくさんアピールできるステージがいいと思います!」

 

「私は皆の大好きを爆発させたいですね! 火薬もドーンっと使って!」

 

「爆発って物理的に!? それは危ないんじゃ……」

 

雄牙達が見守る中で部室の一角の温度が局所的に上昇してゆく。

 

原因は優木せつ菜と中須かすみだ。熱くなる両名の主張に協調性はなく、一向に纏まる気配がしない。何故よりにもよって崩壊の原因にもなった喧しさの二大巨頭にこの役割を任せてしまったのか。

 

「白熱、してる」

 

「青春って感じだね~。劇を見てるみたい」

 

尤もこの宮下愛が加われば三大巨頭となるのだが。

 

「劇と言えば……、今日はしずくさんの姿が見当たりませんね」

 

「あ~…、しず子なら演劇部の方が忙しくなっちゃったらしくて、暫くは顔を出せないって……」

 

水と油が奇跡の表面張力でギリギリ形を保っている状態であるのがこの同好会であると改めて実感させられるというのに。

 

しかもこれでまだフルメンバーでないというのだから恐ろしい。これ以上どうカオスになれというのか。

 

「さっきエマっち達とも話してきたけど……やっぱり皆すっごいやる気だね!」

 

「でも、言ってることはバラバラ」

 

「それなんですよね……グループとして活動する以上、やはりどこかで統一性は持たせるべきなのですが……」

 

各々が爆弾並みの個性と主張を有するメンバーが一つになったグループというのも悪い意味で想像がつかない。

 

一体どこに向かっていくのか。再始動したばかりだというのに先行きが思いやられるばかりだった。

 

「…え? グループ……だったんですか?」

 

そんな状況に一石を投じたのは意識の外にあった耀だった。

そこでようやく彼の観察という本来の役割を思い出す。しまった。ヒートアップする連中に気を取られていて完全に存在を忘れていた。

 

「タイプも意見もバラバラだから、てっきりソロでやってるのかと……。昨日の屋上ライブも1人で歌ってましたし」

 

「ソロ……」

 

そして早くもその役割は再度忘却の果てへと消える。

彼の発言はある意味、この同好会の本質を突くものだったから。

 

「…アリなんじゃないか?」

 

続く形で会話に参入する。紡がれたのは肯定と提案だ。

 

「妥協案みたいになるのは優木達の気持ちに水を差すみたいであれだけど、誰とも衝突しない、思いっきりやれるって考えれば、仕方のないところはあるだろ」

 

「それは……そうですね」

 

せつ菜もそれを否定はしなかった。彼女自身、薄々思っていた部分はあるのだろう。

 

「ですが……私の一存だけではどうしようも出来ません。この件は一度皆さんと話し合って決めましょう」

 

「…だな」

 

スクールアイドルというのはグループがメインであり、一般的なイメージもそれで固められている。ソロアイドルも存在しない訳ではないが、それもごく一部。正直グループ活動の波に埋もれてしまっていると言っても過言ではない。

 

彼女達も元はグループでの活動を見据えていたのだ。それをいきなりソロに切り替える、となれば不安は付き纏うものだろう。

 

「おぉ、なんか急に真剣な雰囲気に……」

 

「…何かマズいこと言っちゃいましたかね」

 

「大丈夫、だと思う」

 

変容する空気感に新顔3名が首を傾げる。話題の発端となった耀には若干の混乱も滲んでいた。

その様はやはりただの高校生……むしろ若干弱々しくも思える。

 

『害があるようには思えないが……どうにも引っ掛かるんだよなぁ……』

 

いまいち掴み切れない部分がある彼だが、異様な気配を纏っているのもまた事実。

相方が蚊帳の外へと移る一方、タイガだけが抱く違和感に頭を悩ませていた。

 

 




5話辺りで顔見せをした愛さんとりなりー、そして星海輝くんの参入回となりました
そんな彼ですがタイガとタイタスは何やら妙な気配を感じ取ったようで……?

以前にも書きましたがアニガサキとは異なるルートを進むつもりですので相違点はそれなりにあります
果林さんが現時点で入部を決めていたり、逆に歩夢はまだスクールアイドルを始めていなかったりと徐々に乖離が進んでいますが……見届けて頂けると幸いです


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21話 ミチの色は

先日デッカー目当てにNEW GENERATION THE LIVE ウルトラマントリガー編の千秋楽を観劇しに行ったのですがステージ演出が滅茶苦茶良くて引き込まれましたね

やはり生で見る演者やウルトラマンはいい……


 

 

「じゃーね雄牙―! 今日はありがとー!」

 

「おーう。明日の休みも練習するらしいから、気が向いたら来てくれ。場所は後で送る」

 

「おっけー!」

 

初夏の夕陽も大分傾き、体験入部の時間に終わりを告げた。

愛の同好会とのコネクションでもあった先輩達とも別れ、璃奈も含めた3人で進む帰路。ようやく戻ってきたいつもの時間の心地よさはやはり何物にも勝った。

 

「…どうだった? スクールアイドル同好会」

 

「疲れる……でも、楽しかった」

 

「うんうん! 愛さんも楽しかった!」

 

交わされる話題は勿論直前までの経験だ。

耀自身は特別な活動こそしなかったが、自らの意思で参加を表明した璃奈は勿論、発端となった愛も笑顔で答えた。慣れない場所だったが楽しかったのなら何よりだ。

 

「……どうして、スクールアイドルだったんですか?」

 

「え?」

 

「愛さん、色んな部活に勧誘されてるのに、どこにも入部してなかったから。今までの部活とスクールアイドルが、何か違ったのかなって」

 

でも、それが故に気になった。

その動機の発端。部室棟のヒーローとまで言われ、助っ人として様々な部活を経験しているはずの愛が、何故今になってスクールアイドルに興味を持ったのか。

 

「うーん、どうしてって言われると答えにくいんだけど……やっぱり楽しそうだったからかなぁ」

 

「まあ……そうですよね」

 

「楽しいって言えば他の部活とかスポーツもそうなんだけどね。スクールアイドルはの楽しそうは他と違ったというか……それを知りたくて体験入部したのかもしれない」

 

「……何かわかりました?」

 

「ううん……全然。でもこれでいいんだってのはわかった」

 

答えになっていない回答が紡がれる。

でもそれには根拠はなくとも説得力はある。淀みない愛の表情にはそう思わせるものがあった。

 

「多分、答えがないのがスクールアイドルなんだって。ほら、スポーツにはルールがあるし、テストで出る問題には回答がある。でも、同好会で見たスクールアイドルに、決まった答えはないように思えたんだ」

 

今後の同好会はソロ活動をメインで行う。せつ菜達との会合の後、暫定的とはいえ方針として出された答えがそれだった。

 

答えどころじゃない。倣う形も、目指す場所も存在しない。それこそ愛にとっては完全に未知なる道であっただろう。

 

「でもそれってさ、自分で好きな答えを出していいってことじゃん。決まった正解がないってことは、自分がやりたい道が自分にとっての正解になる……それってすっごくワクワクしない?」

 

そしてそれが故に彼女の心を掴んだのか、輝かしい瞳で語る愛はスクールアイドルというものに魅了されているように見えた。

 

「だからさ、ここなら愛さんも目指せると思ったんだ。誰かに楽しんでもらうことが好き、自分で楽しむことが好き……そんな楽しいを皆と分かち合えるスクールアイドルに!」

 

「なれる。愛さんなら、絶対」

 

肯定したのは自分ではなく璃奈だった。理由までは定かではないが、彼女もまたスクールアイドルに魅力を感じた者の1人だ。共感するものがあるのだろう。

 

自分にはまだそれがないから。1人だけ蚊帳の外にいるような気分が少しだけ寂しかった。

 

「じゃあ、愛さんこっちだから。また明日ね2人共!」

 

そんな時間も間もなく終わる。

手を振り遠ざかってゆく先輩を見送った後、努めて普段通りに耀は言った。

 

「…僕等も帰ろっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くぁ……」

 

鳴り響く目覚ましの音を止め、ベッドに沈めていた身体を起こす。

時刻を見れば6時半。何故休日だというのにこんな時間に起床しているのかと寝ぼけた頭で考えるが、すぐにその理由を思い出す。

 

「あぁ……ランニングか。めんどくせぇ……」

 

『まあそう言うなよ。星海耀も来る以上俺達が行かない訳にはいかないだろ』

 

「おはようタイガ。朝から冴えてるな(笑)」

 

『言っとくが狙ってないからな』

 

体内の相方とも手短に朝の挨拶を済ませ、手早く着替えてから部屋を出る。

この時間だとまだ祖父は寝ているだろう。早起きは年長者の専売特許だと思っていたがどうにもうちのは違うらしい。

 

朝食も簡単に済ませ玄関を後にする。エレベーターに乗り込み、赴いた1つ下の階では雄牙と同じく運動着に身を包んだ少女が塀に体重を預けていた。

 

「おはよ歩夢。……侑は?」

 

「まだ準備中だよ。さっき私が電話するまで寝てたみたいだから……」

 

「言い出しっぺのくせにあの野郎……」

 

繰り返すが雄牙と歩夢は侑に引き摺り込まれる形で同好会に入部しているというのに。何と言うか示しのつかない奴だ。

 

「…そういや、歩夢はやらないのかよ。スクールアイドル」

 

「え?」

 

「ああいや、せっかく同好会入ったんだしさ。やってもいいんじゃないかなーと思って」

 

現状同好会に所属しているスクールアイドル以外の者は4人だが、その中でも歩夢は少々異端であった。

 

彼方のサポート(介護)がある昂貴。その昂貴との連携を目的とした雄牙。そしてスクールアイドルを応援したいという侑。だが歩夢には同好会に所属する明確な理由がない。

 

「うーん……私はいいかなぁ。何と言うか、柄じゃないよ」

 

「まあわからなくもないけど……なんかこう、やりたいこととかないのかよ」

 

「やりたいことかぁ……じゃあ侑ちゃんの応援かな」

 

「サポートされる要素あんのかアイツ……」

 

望まない形で侑に拘束されているのなら……と思ったのだが、まあ本人がそれでいいのなら特に雄牙が言うことはない。

 

それにしても聖人のような優しさと健気さだ。これがたった今ドタバタと玄関から飛び出してきた阿呆にもあればいいのだが。

 

「おはよ2人とも~……って、雄牙何その顔」

 

「なんでもない。いいからさっさと行こうぜ」

 

当人にその自覚がないのがまたタチが悪い。

だが指摘する気力もない。呆れ気味に溜息をついた雄牙は、誤魔化すように出発を急かすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何か変ですね?」

 

同好会メンバーと合流し、辿り着いた公園は異様な雰囲気が漂っていた。

 

早朝の時間とは言え今日は休日だ。それなりに遊ぶ親子連れなどで賑わっていると思っていたが、想像していたそれらは疎らにしか散見できない。

 

加えてその親御の方は何かを気にするようにちらちらと一方へ視線を向けており、釣られるように雄牙もそれをなぞってみる。

 

「あれ、遥也さん?」

 

「ん……? お、雄牙!」

 

見知った顔に声を掛ければすぐに返答が返ってくる。珍しい場所で姿を見かけた遥也は隊服を着込んでおり、それ即ちE.G.I.S.の仕事の真っ最中であることを示していた。

 

成程。妙に人が少ないと思えばそういうことか。確かに怪獣対策チームであるE.G.I.S.の姿があれば警戒もするだろう。

 

「雄牙~!」

 

そしてここにいる隊員は遥也だけではないらしく。

停められたE.G.I.S.の専用車の中から別な声が聞こえた次の瞬間、雄牙の顔一杯を温かさと柔らかさが包む。

 

「久しぶりぃ~。元気だった~?」

 

「涼香さん……暑い……」

 

ぼぼっと熱が跳ね上がってゆくのを感じ引き剥がそうとするが、満面の笑みを作ったその女性隊員は雄牙を愛でて離そうとしない。これであのホークイージスのパイロットだというのだから信じ難い。

 

年上の女性に抱擁されているというだけでも思春期男子には刺激が強いというのにこの人はいつもそれを理解しようとしない。加えて今日は同好会の面々にも見られている状況だ。居心地の悪さはこれまでの比ではなかった。

 

「えっ……と、E.G.I.S.の方と知り合いなんですか……?」

 

案の定どう反応したらと言った様子だった。そんな中でおずおずとせつ菜が問いかけてくる。

 

「ああうん……従兄の遥也さんと、その先輩の鹿島涼香さん。見ての通りE.G.I.S.の隊員やってる」

 

「従兄……またすげぇのが身内にいたモンだな」

 

「そんな大したものじゃないよ。最近はウルトラマンに世話になりっぱなしだしさ」

 

自嘲気味に吐き出された言葉に昂貴と揃って影を差す。ウルトラマンの再臨によってE.G.I.S.への声が厳しいものになってるのは知っていたが……こう隊員本人の口からそれを聞くとやはり申し訳なさが込み上がってくるものだった。

 

「だからちょっとでもこういう仕事で点数稼がないといけないのよね。こっちまでウルトラマンは手はまわらないだろうし」

 

「そう言うならちゃんとしてくださいよ涼香先輩。調査中っすよ」

 

「それなんだけど……なんかあったの?」

 

涼香の抱擁から脱出しつつ問う。

E.G.I.S.を見て至る結論は雄牙も周囲の人達と同じだ。怪獣や宇宙人絡みで何か良からぬことが起きている。日常によって培われた感覚がそう告げている。

 

「この辺で断続的に振動を感知したって、ウチの未央が言ってたのよ」

 

「振動? 地底怪獣か何かの?」

 

「それを調べるためにこうして俺達が来てるんだろ。今地中に打ち込んだ機械で正確な振動地とその発生源を調べてる」

 

見れば確かに計測器と思しきものが数本地表に打ち立てられている。

 

「地底怪獣って……この辺埋立地だぞ? 生息してるのか?」

 

「埋立地って普通の土地に比べて熱が籠りやすいですから。自力で体温調節が出来ない種類の怪獣がたまにそれを求めて入り込んできたりするんですよ」

 

「あぁ、爬虫類が日光浴するみてーなモンか」

 

海風が高層ビルの合間を吹き抜ける関係上体感気温はむしろ他所より低いまであるが、地中の温度までは別だ。

 

ヒートアイランド現象とはまた違うのだろうが、埋め立てられた廃棄物が熱を発生、保温する。故に地中温度は周囲のそれとは比較にならないものとなり、結果として地熱を好む怪獣を呼び寄せる一因となっているそうな。

 

「……てか詳しいなお前」

 

「まあ……色々あって」

 

訝し気な視線を注がれる。まあ確かに一介の高校生が持ち得ている知識としては少々常軌を逸しているだろう。

 

これは今度適当な理由を付けて誤魔化しておこうと思いつつ、肝心な部分を聞き忘れていたと遥也に向き合う。

 

「それで遥也さん。俺達部活動の練習ってことで来たんだけど……ここじゃない方がいいかな」

 

「部活入ってたのか……因みに何部?」

 

「えっと……」

 

「スクールアイドル同好会です!」

 

どうも素直に答えるのが気恥ずかしく言葉を濁してうやむやにしようと目論んだが、せつ菜が勢いよく代返をかましたことで失敗に終わる。

 

「スクールアイドル……ああ、今流行ってるっていうアレか。でも雄牙は男だしな……歩夢ちゃんか侑ちゃんが始めたのか?」

 

「いや、そういう訳じゃなくて。ただ私のスクールアイドルを応援したいって気持ちに雄牙と歩夢が付き合ってくれただけです」

 

「へぇ~……いいなそれ! 青春って感じで」

 

「うんうん。それに雄牙に友達いっぱいできて私も嬉しいよ!」

 

「涼香さん俺のことなんだと思ってるの……てか、そうじゃなくて」

 

盛大に話題が逸れていくのを感知し急いで軌道修正。人数が多いとあれやこれやと声が上がるせいで話が纏まらない。

 

「ああスマンスマン。練習だったよな……先輩、どうです?」

 

「うーん……上の指示次第って感じだけど……」

 

涼香が首を捻ったのと彼女の所持する端末が着信音を鳴らすのは同時だった。

暫くの通話の後、申し訳なさげに眉を寄せた涼香は雄牙含めた面々に言った。

 

「残念だけど、振動の観測具合から見てここら一帯は一時的に封鎖するってことになったらしいわ。せっかくの部活動なのにごめんなさいね」

 

「いいえ。街の皆さんの安全を守ってくださっているのですから、我が儘は言えません」

 

「そう言って貰えて嬉しいわ」

 

せつ菜と軽い会釈を交わした涼香が雄牙達から離れ、遥也と共に公園内の人々へと避難を促し始める。溺愛してくる印象が強いため忘れがちだが、あの人は相当優秀な隊員だという話だ。恐らくあれが本来の姿なのだろう。

 

「じゃあどうするんですか? 公園が使えないなら練習場所が……」

 

「どうせランニングなんだ。走りつつ学校向かえばいいだろ」

 

「それもそうですね……それじゃあ皆さん、˝部長˝のかすみんに続いて~」

 

『……ん?』

 

瞬間、タイガの感じ取った悪寒が伝播するままに見やった方角。

 

『ちょっと待て。あれって……!』

 

振動の計測用に打ち立てたという機械の変化を雄牙もまた見逃さなかった。

先程まで動きの無かったそれが今のこの瞬間に示したものは、危険を告げる赤であり―――、

 

「れっつごーっ!」

 

そしてかすみが揚々と開幕の音頭を切ったのと同時に。

 

 

 

『ッッッ――――――!』

 

 

 

舞い上がった土煙と共に、轟音を纏う巨獣がその姿を現した。

 

 




愛さんの加入もさらっと流し久々にE.G.I.S.メンバーの登場。ここから少しずつ顔見せも増えていくと思います

耀絡みの疑問も残る中ですが怪獣も出現。危険を呼び寄せちゃう中須も可愛いよ……


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22話 満ちてゆくピース

また1週間も開けてしまい申し訳ない……時期的に忙しく……


 

『ッッッ――――――!』

 

巨大な影が街を進撃する。

頭部に幾本かの角が生えた亀。特徴を端的に言い表すならばそれが相応しい怪獣は咆哮を吐き散らしながら周辺の建物をなぎ倒してゆく。

 

 

 

―――――地底怪獣(チテイカイジュウ) パゴス

 

 

 

「雄牙達は?」

 

「もう避難させました。危険区域内の退避誘導も殆ど完了してます」

 

「オッケー……海斗、聞いての通りこっちは問題ないわ」

 

『了解。攻撃を開始する』

 

無線を介して交わされた声の後、炸裂音と共に待機していたホークイージスから砲弾が射出される。

 

人間社会への侵攻を開始した巨獣への反撃。尊厳と安全を掛けた戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。

 

「……あれ、パゴスですよね」

 

「ええ……ちょっと面倒くさそうね。海斗、ネオニュートロンミサイルは積んで来てる?」

 

『一応な。地底怪獣に有用な武器は一式積んで来てるが……広く浅い。ネオニュートロンミサイルに関しては一発限りだぞ』

 

「文字通り一発勝負って訳ね……」

 

事前待機が幸いし迅速な対応が取れたのは幸いだったが、その分一点への対策は薄いか。

だがそれを言い訳には出来ない。一発しかないのなら、その一発に全てを注ぐだけだ。

 

『知っているとは思うがパゴスは体内に放射性物質を保有している。下手に攻撃をしてそれらを散布されれば甚大な被害が出る。攻撃のタイミングは慎重に見極めてくれ。涼香と遥也は地上で援護!』

 

「「『了解!」」』

 

長の号令を皮切りに作戦が展開される。内容は至ってシンプル。牽制攻撃で隙を作り、対パゴス用装備であるネオニュートロンミサイルをぶち込むだけだ。

 

だが裏を返せばそれしか対抗策がない。放射性物質を捕食し体内に溜め込むパゴスの性質上、迂闊に撃破すれば周辺が汚染されることとなる。それだけは絶対に避けなければいけないから。

 

「やるよ、遥也」

 

「オォス!」

 

携帯の小型銃を構え射撃。本来対怪獣用には設計のされていない代物だが、パゴスの気に障る程度の威力さえあれば十分だ。

自分達が牽制、そして注意を引く間に、本命のホークイージスが放つ。

 

『ッッッ――――――!』

 

「よしっ……!」

 

爆発音に続いてパゴスの悲鳴が上がる。

頭部を直撃した光粒子弾の与えた衝撃は濛々と上がる煙が物語っていた。

 

「畳みかけるわよ!」

 

地上からも絶え間なく攻撃を続け、その瞬間を待った。

 

パゴスタートルという別名の通り、奴の背面は亀の甲羅のような硬い表皮で覆われている。四足歩行という生態も相まり、通常兵器で致命傷を与えるのは基本的には不可能だ。

 

ただ1つ、例外を除いて。

 

「海斗先輩今です!」

 

『了解!』

 

パゴスは興奮すると二足歩行で立ち上がる性質がある。

 

恐らくは自分の身体を大きく見せ威嚇するという本能からの行動だろうが、こちらとしては有難い限りだ。何故ならパゴス唯一の弱点である腹部は、立ち上がることで露出するのだから。

 

『ネオニュートロンミサイル……発射!』

 

今回も過去の事例に漏れず、後脚で立ち上がったパゴスは己が腹部を曝け出す。

 

そしてその弱点へ向けてトドメの一発が放たれんとした―――その時だった。

 

『ッッッ――――――!』

 

「えっ……!?」

 

突如として大地が隆起し、直後に吹き上がった土煙の中から飛び出した巨体にパゴスが吹っ飛ばされる。

 

「別の怪獣…?」

 

勝ち誇るように咆哮を轟かせた新たな個体に事態は急変する。

 

それだけでも十分なトラブルだというのに現実は更なる試練を寄越してくる。また別な方角で上がった唸り声に視線を流せば、こちらもまた地表に空いた大穴から這い出る巨獣の姿があった。

 

「3体目まで……!?」

 

「…マズイわね。このままパゴスと戦闘になったら……」

 

状況が好転することの無いまま危機感だけが膨らんでゆく。

サイレンの鳴り響く街の中、それを掻き消すように重なった3体の怒号が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後方で上がる騒音から少しでも離れるべくひたすらに走る。

 

璃奈に付き添う形で参加したスクールアイドル同好会の練習。その最中に出現した怪獣から避難している形になるが、ペースも何もあったものではない長距離走に疲れが見え始めた頃。

 

「っ…、っ……」

 

「璃奈ちゃん、大丈夫?」

 

特に顕著なのは璃奈だった。元々インドア派である彼女がこの距離をこれだけのペースで走ればこうなるのも当然か。

 

だがまだ安全な場所まで来れたとは言えない。現時点でも危険が存在している状況だというのに。

 

『ッッッ――――――!』

 

怪獣は人間の都合などお構いなしだ。続けて2体目、3体目と出現する巨大な影は小さな命に降りかかる危機を更に増大させる。

 

「テレスドンに…、アーストロンまで……!?」

 

「オイオイオイ……どうなってんだ一体……!」

 

同好会の面々含め、逃げ惑う人々に更なる混乱が湧き上がる中で比較的落ち着いた様子を見せる者が2人。

 

瀬良雄牙に南雲昂貴。女子だらけのこの部活における数少ない男子生徒だ。

 

「え……?」

 

不可解な出来事を目にしたのはその直後だった。

より大勢の群衆が同好会メンバーを飲み込んだ時、何かを決したように互いに頷きあった2人はあろうことか集団の方向とは真逆、怪獣達が暴れ狂う地点へ駆け出してゆく。

 

「皆さん! 逸れないように気を付けてください!」

 

「っ…! 2人とも!」

 

だがそんなことを気にしていられたのも一瞬のこと。

小柄な自分達は人波が生み出す流れには抗えず、璃奈と共に揉みくちゃにされながら愛達と引き離されるように運ばれてしまう。

 

「ウルトラマンだ!」

 

その声が聞こえたのはそれと同時だったか。

人々の足と共に逃げ惑う流れが止まり、その全ての視線が一点へと向く。

 

耀もまた同様に見上げた先で―――並び立つ2人のウルトラマンが君臨した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――地底怪獣(チテイカイジュウ) テレスドン

 

 

 

―――――狂暴怪獣(キョウボウカイジュウ) アーストロン

 

 

 

3体の怪獣による乱戦は一時的に停滞する。

直後に奴等の敵意は、遅れて出現した二筋の光―――ウルトラマン達へと向けられた。

 

「3体か……瀬良、一番面倒なのはどいつだ」

 

「パゴスですけど……コイツに関してはE.G.I.S.に任せるべきだと思います。俺達は残りの2体を!」

 

『承知した……行くぞ!』

 

大地を蹴り飛ばしたタイタスが猛烈な勢いで突っ込み、広げた両腕で繰り出したラリアットがテレスドンとアーストロンを薙ぎ払う。

 

ホークイージスのパイロットもこちらの意図を読み取ったのか、一瞬のアイコンタクトの後にパゴスへと降下する。一先ず第一段階はクリアだ。

 

『シュアァ!』

 

跳躍し、右足を蹴り下ろす。

タイガが相手取ったのはアーストロンだった。フォルムはスタンダードな二足歩行型の怪獣だが、大きな特徴として頭部から伸びる巨大な角がある。

 

最も警戒すべきはやはりそこだろうが、あの角は強力な武器であると同時に最大の弱点だ。

 

「タイガ!」

 

『オーケー、任せとけ!』

 

飛び蹴りによって後退したアーストロンへ更なる追撃。奴の頭角を叩く決定的な隙を作るべくラッシュを掛けた。

 

だがそこはやはり地底怪獣。地圧にすら耐える強固な皮膚の前に打撃攻撃の効果は薄いか。

 

『オオォォッ!』

 

『……相変わらずとんでもないパワーだな』

 

タイタスの相手取るテレスドンも同じく地底怪獣。その防御力はアーストロンと大きな開きはないだろうというのに、彼は持ち前のパワーだけで圧倒して見せている。

 

こればかりは相性の問題なのだろうが、それでもやはり焦りはあった。戦う以上そんなことは言い訳に出来ないというのに。

 

『どうする……タイタスレットを使うか?』

 

「いや……やめとこう」

 

彼と同等のパワーを得る手段はあるが、何せエネルギーの消耗が激しいことは前例で証明済みだ。

 

もしまた倒しきる前にガス欠を起こせば余計な手間を生むことになる。この状況でわかり切っているリスクを踏むことは極力避けたかった。

 

『…そうだ、怪獣の指輪はどうだ』

 

そうなれば必然的に、まだ試していない手段というのが候補に挙がってくる。手のひらで転がされた指輪は先日ギャラクトロンから回収した代物だ。

 

タイタス曰くこれもブレスレット同様にウルトラマンの力を宿しているらしく、頃合いを見て試してみようという話になったのだが……、

 

「…大丈夫なのか? また変な反動とか……」

 

『それを確かめるためにも試してみるんだろ。タイタス!』

 

頭角ごと上体を振り下ろしてきたアーストロンを抑え込みつつタイガが告げる。

 

『怪獣の指輪を試す! いいか?』

 

『承知した。何か違和感があればすぐに伝えてくれ』

 

『よし……やるぞ雄牙!』

 

監督者の了承も下り、いよいよ使わざるを得ない状況となる。

こうなれば仕方ない。多少のリスクは覚悟しつつ、雄牙はタイガスパークのレバーを引いた。

 

 

《ギャラクトロンリング!》

 

《エンゲージ!》

 

 

左中指に装着された指輪をリード。同時に手甲のクリスタルに白い光が満ちる。

 

『セェヤッ!』

 

突き出した右腕から射出されたビームがアーストロンへと着弾。幾何学的な文様を浮かび上がらせた後、一拍遅れて爆発が起こる。

 

怪獣の力を無事行使出来ただけでなく、殴打ではビクともしなかったアーストロンの表皮に明確な傷を作った。

 

『ッッッ――――――!』

 

『よし…効いてるぞ!』

 

特にこれと言った脱力感も感じない。どうやらロッソレット同様に単発の使用に限る分エネルギーの消費は少ないのか、とにかくこれならば十分に戦える。

 

勢いのままに追加の一発をお見舞いした。隙なく、確実に。着々と奴を追い詰めているという感覚があった。

 

『目を伏せろ! ウルトラマン!』

 

そしてそのタイミングを見計らってか、ホークイージスから寄越された援護。

 

声と共に上空で瞬いたのは閃光弾か。急激な光の変化に弱いという特性を持つ地底怪獣達は一様にその動きを鈍らせ、決定的な隙を作った。

 

『テエェェヤッ!』

 

それを見逃す自分達ではない。切り上げるように振り抜いた手刀がアーストロンの頭上を通過する。

 

何かが砕ける音の後に宙を舞ったのはへし折られた奴の角だった。放物線を描いて吹き飛んで行くそれを横目に眺めながら、タイガは右腕にエネルギーを集約させる。

 

 

『˝ストリウムブラスター˝ッ!!』

 

 

弱点を破壊され、一気に弱体化したアーストロンへ向けて放たれた虹色の光線。

それは奴の肉体を喉元から焼き切り、次の瞬間には爆発の中に全てを誘った。

 

『やはりこの星の防衛組織は頼もしい。本来なら、我々の助力など必要のない存在なのかもしれないな』

 

『あぁ……本来なら、な』

 

同じタイミングでテレスドンを撃破したタイタスが爆発を背に飛翔する翼へと目線を向ける。丁度特効であるネオニュートロンミサイルを撃ち込まれたパゴスが全身を崩壊させた瞬間だった。

 

地球怪獣に対しては無類の強さを誇り、単一での対処ならばまず討伐出来ないことはない組織だ。タイタスの言葉に間違いがないのは素人目でもわかる。

 

だが―――、

 

『一種のみならず、複数の怪獣が同時に出現した……地中で何か起きているのか……?』

 

排除された脅威に人々の歓声が沸き上がる中、湛えられる英雄達の間には不穏な空気が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いつもごめん。家まで送ってもらって」

 

「気にしないで。まだ危ないかもしれないし、璃奈ちゃんに何かあったら僕も嫌だもん」

 

「うん……ありがとう。またね」

 

「うん。また」

 

遮閉された自動ドアの奥へ消えてゆく璃奈を見送った後、踵を返した耀は高層マンションの玄関口であるロビーを後にする。

 

寮生である自分は本来璃奈と帰路は異なるのだが、怪獣が出現した日はこうやって家まで送っている。中学生の時から変わらない習慣だった。

 

「今日は大変だったなぁ……あの後ちゃんと合流出来てよかったよ」

 

節々に感じる疲労感を身体を伸ばして誤魔化す。

 

「……最近、新しいことばっかりだね。高校生活に、スクールアイドルとか」

 

人気のない閑散とした道に耀の声だけが霧散する。もし目撃者がいれば見れば笑いながら独り言を続ける痛い子とでも思われるのだろうか。

 

けど、自分の中には確かに一つ、返す声があるから。

 

『それと、あのウルトラマン共……な』

 

少しだけ不機嫌そうな含みで紡がれた声が()()()に響く。一般的に見れば不可解とされる状況だが、耀は慣れた様子で会話を続けた。

 

「気になるの?」

 

『そりゃお前……俺達の状況考えれば気にならない訳ないだろうがよ』

 

「それもそっか」

 

周りに人がいないからか、それとも一つのアクシデントを乗り越えたからか。声に出すこのやり取りには普段よりも安らぎを感じた。

 

「……また何か起ころうとしてるのかな」

 

『さぁな。どうであれ俺は知らねぇし、関係ねぇ。ほっといてもアイツ等が何とかしてくれんだろ。……お前も変に首突っ込もうとか考えるんじゃねぇぞ』

 

「……うん。そうだよね…………()()()

 

ただ˝彼˝にとっては違うようで、押し窄められるように声を小さくする。

 

紅に染まる街へ己の存在を主張するように、重なった弧狼の影が遠く、伸びていた。

 

 




地底怪獣3連撃な回でした。これまでに戦ってきた奴等が規格外過ぎるだけで基本的にこの地球に表れる怪獣のレベルはこんなものです

そして最後に出てきた名前は……


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23話 動き出すもの

ゼロライブの頃から僕の小説を読んでくださっていた方にはお解りでしょうが、この作者はAqoursちゃんのライブの後はその余韻で2,3週間執筆が出来ません
とどのつまり本っっ当にすみません

ともあれようやっと再開です
デッカーも放送開始しましたし、楽しくいきましょう


 

 

『……ん?』

 

どろり、と。

全身に纏わりつき、這いまわるような気味の悪い感覚に目を覚ました。

 

『ここは……?』

 

知覚する不快感とは正反対に、タイガの開いた視界に映るのは色鮮やかな明るさだった。

広がっているのが人間社会であることはすぐにわかった。見慣れた場所に比べて少々閑散として風景ではあるが、内包する熱に大きな差は見受けられない。

 

「雄牙―!」

 

『え……?』

 

最も身近である地球人の名を呼ぶ声を察知し、反射的に振り返った先で言葉を失う。

そこにあったのは声の主であろう幼女と、どこか見覚えのある幼い少年。その後者が自らの一体化している人間であると理解した時、電撃に打たれたような動揺がタイガに走った。

 

『これは雄牙の記憶……いや、もしかして夢ってやつか?』

 

一瞬混乱が走るが、訓練校で習った知識が呼び起こされたことで平静が取り戻される。

 

人間というのは睡眠状態にある時、夢と呼ばれる空想を見ることがあるという。どういう理屈かは知らないが、どうやら今は雄牙の夢の中に迷い込んだ形になるらしい。

 

『へぇ~。これが子供の頃のアイツかぁ、今と違って可愛げのあるモンだな! こっちは……侑か?』

 

状況が理解できれば案外余裕が生まれるものだ。既に楽しむ方向へシフトしたタイガはまじまじと雄牙の記憶と思しき夢の中を見回した。

 

知識としてのみ持ち得ていた情報をこうして体感するというのは中々興味深いものだ。もしかすれば笑い話に出来るような雄牙の過去も垣間見えるかもしれないという期待も少々あった。

 

 

 

 

 

 

『ッ……!?』

 

だがそれもひと時のこと。

どこからか響いた何かが割れる音。直後に世界を飲み込んだのは全てを覆い隠すような黒だった。

 

「待って……待ってッ!」

 

混沌と呼ぶに他ならない闇色が夢の世界を侵食してゆく中、ただ1人幼き雄牙は泣き叫んでいた。

 

直前まで彼と共にあった少女の姿が黒の中へと飲み込まれてゆく。雄牙も離すまいと必死に手を伸ばすが、届くことはなく、その非力さを嘲笑うように小さな身体は虚無へと還った。

 

「1人にしないで……」

 

今にも押し潰されてしまいそうな声が漏れ出た時、タイガもまた強烈な浮遊感に誘われるように全ての感覚が覚束無くなってゆく。

 

次に視界を満たしたのは、何物をも無に帰す黒の色だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ッ……!?』

 

文字通り弾かれたようにして意識が現実の層位へと戻ってくる。

今は霊体の状態だというのに、それでもはっきりと疲労を感じ取れるほどの何かが身体と心を巡り、残留していた。

 

『今のは……一体……?』

 

繰り返すが地球人の見る夢に関する知識など聞きかじった程度のものだ。本来夢とはこういうものであり、光の国の知識が誤りであった可能性もあるが……これはそんなものではないという確信があった。

 

『雄牙、お前……』

 

まだあの夢の中に在るのか、目を閉じたまま苦悶の表情を作る雄牙を見下ろすタイガにもまた、別な苦難が生じた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「侑さん達、遅いですね……」

 

「寝坊でもしたのかしらね?」

 

「それは果林ちゃんでしょ~」

 

週初め。本来憂鬱なものであるはずの月曜日の始業前だが、この虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会には関係がない。始業前時刻にも関わらず部室には喧騒が舞い降りていた。

 

だがまだ足りない。ある意味今の同好会を作り上げたと言える面々の到着を皆で待つ。

 

「ごめん皆! 遅くなっちゃって」

 

「いいえー、まだ朝練始まってませんから、ギリギリセーフですよ侑先輩♡」

 

「…すみません。俺が寝坊しました」

 

全員が揃ったのは暫くした後だった。雪崩れ込んできた3人はスクールアイドルではないため、本来練習の進行に影響はないはずだが、それでも待とうというのが皆の意見だった。

 

「……雄牙君が寝坊なんて珍しいよね。あんまり顔色もよくないし、体調悪いなら今日は休んだ方が……」

 

「いや……大丈夫。変な夢見ただけだよ」

 

遅刻組の1人である瀬良雄牙に耀は注視を向けた。不安気に歩夢が漏らしたように優れない顔色が理由ではない。自分の中にいる˝同居人˝からの忠告が故だった。

 

『やっぱコイツがそうだな。中からあのウルトラマン……角の生えた方の気配を感じる』

 

その同居人―――フーマと呼んでいる彼は低い声で言った。

ウルトラマンが人間の中にいる。膠には信じ難い話であろうが、耀にはそれを抵抗なく飲み込めるだけの条件が揃っていた。

 

『筋肉ダルマの方はあっちの柄の悪い兄ちゃんか……クッソ、よりにもよってな場所に来ちまったモンだぜ』

 

彼がどうして近くにウルトラマンがいる状況を忌避するのかはわからない。

だって、だって彼も―――、

 

(…フーマも、ウルトラマンなんだよね?)

 

『……だからどうした』

 

(……だったら、仲良くすればいいのに、って。同じウルトラマンなんだし)

 

直接彼から自らがウルトラマンであるという言葉を聞いた訳ではない。でも何年も同じ時を共有していると否が応でも察してしまう部分はあるし、フーマもそれを否定することはなかった。

 

『……前にも言ったが、一言にウルトラマンっつっても全員が全員自己犠牲の善意に富んだお人好しって訳じゃねぇ。俺は極力、面倒事には首突っ込みたくないんでな』

 

でもフーマは耀や世間の抱くウルトラマンのイメージとは外れた場所にいるようで。

2人のウルトラマンが出現しても……いや、そのもっと以前からも。どれだけ怪獣が街を襲おうと、本来の姿で人々を守ろうとすることは一度としてなかった。

 

(あの人達と関わりたくないのは、それが理由?)

 

『まぁ……な。正義感と同調圧力の塊みてーな連中だ。下手に正体明かせば俺まで正義の味方ごっこに付き合わされ兼ねねぇ。……それに』

 

(それに?)

 

一瞬、内にいるフーマの目線が自分に重なった気がした。

 

『いや……なんでもねぇ。まあとにかく気にすんな。俺は俺で上手くやる』

 

言い切ったのを最後に彼の気配が霧散してゆく。話はここまで、ということらしい。

 

「私達も、行こう?」

 

「あぁ……うん。行こっか」

 

気付けば既に部室から璃奈以外の姿はなかった。意識を内へと向けている間に練習場所へと向かったらしい。

 

「耀くん」

 

急がねば置いて行かれてしまう。そう思いすぐさまその後を追おうとするが、駆け出した直後に璃奈によって呼び留められる。

 

「……ありがとう。一緒に入部してくれて」

 

無機質な表情から投げ掛けられたのは意外な言葉だった。

特別感謝されるようなことをした覚えはなかった。これまでずっと璃奈と一緒だったから、今回もそうしただけ。ここにいるのは耀の意志でもある。

 

「ううん……僕も璃奈ちゃんがどんなスクールアイドルになるのか、見たいから」

 

だからそれを璃奈が嬉しく思ってくれているのは、やはり耀にとっても嬉しくて。自然と穏やかな熱が顔から広がってゆく。

 

「急ごう。練習始まっちゃうよ」

 

「うん」

 

でも、璃奈にも負けないくらい同じ時を共有してきた友もいて。

 

そんな彼から覚えた違和感は、この温もりを以ってしても拭うことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライブ?」

 

放課後になって少しその感覚も遠いものとなってきた頃。

針のように胸につかえていたしこりは、また別の事象によって上塗りされることとなる。

 

「うん。やりたい……というか、やる。約束したから」

 

「急ですね……その気持ちには是非とも答えたいところではありますが……」

 

部室についた璃奈が開口一番に伝えたのは自分もライブがやりたいという意志。休み時間の間に何人かのクラスメイトに囲まれている姿は確認しているが、その際に約束したことなのか。

 

どうであれその実行には多くの課題が伴うことは素人の耀から見ても明らかだった。

 

「色々足りないのはわかってる。でも、皆応援してくれるって言ってくれた……それに応えたい」

 

当人も現実的ではない申し出であることは自覚しているのだろう。でもその上で璃奈は言葉を連ねた。

 

「私は、言葉とか表情で、上手く思ってることを伝えられない。でもせつ菜さんのライブを見て、スクールアイドルなら出来るんじゃないかって思った。だからやりたい。皆に応援してもらえて嬉しいって気持ち、伝えたい」

 

吐露された真意が彼女をそうさせているのは耀が一番知っている。

ここでそれを打ち明けたということは、それだけの覚悟が彼女にあるということだ。そうなると背中を押したくなるのが性だった。

 

「いいんじゃない?」

 

「決めるのは、璃奈ちゃんだもんね」

 

「チャレンジしたいという気持ちは、大切だと思います」

 

紡ごうとした声は愛によって先を越される。それを皮切りに次々と賛同の声が上がった。

 

「それで、どこでやるかは決めてるの?」

 

「まだ……なんにも。だから協力して欲しい。勝手なのは、わかってるけど」

 

「そんなことないよ! 私達も協力する……皆で璃奈ちゃんのライブ、成功させよう!」

 

侑の号令で短く「おーっ!」と部室の中で声が重なる。

その瞬間に見た璃奈の表情に変化はなかったが、確かな喜びが秘められている。そう感じた。

 

 

 

 

 

 

 

場所は移り、未だ昨日の爪痕を残す街の中。特徴的な制服を着込んだ男女が揃ってタブレット端末に目を落としている。

 

「どう?」

 

「ここも何も反応がないっすね……やっぱり偶然だったんじゃ」

 

「そんな訳ないでしょ。パゴスはともかく、テレスドンとアーストロンは地中深く……地圧も地熱も地表とは比べ物にならない場所に生息してる怪獣。そんなのがわざわざ埋立地の地熱目当てに上がってくる訳ないし、やっぱり何かあるはずだよ」

 

チームの先輩である多達未央と共に出向いた調査任務は難航の色を指していた。

先日に同時出現した3種類の怪獣に何らかの関連性があると考えた上層部からの命令だが、未だ目立った結果は出ていないというのが現状で。

 

「やっぱり埋立地じゃ地層の方までは計測できないよね~……。もうちょっと内陸の方まで行って、そこでもう一回試してみよっか」

 

「おす。……てか先輩元気っすね。やっぱり楽しいですか? フィールドワーク」

 

「当然! こんなに楽しくて有意義な仕事他にないってのに上は解析調査ばっか……研究のなんたるかをわかってないって、遥也も思うよね!?」

 

「や、俺はその辺珍紛漢紛なんで……」

 

「勿体ないな~。知識はあるに越したことないのに……この際遥也もこっちの道に―――」

 

「先輩まだ任務の途中なんで後にしてください」

 

E.G.I.S.における未央の役割は主に怪獣の解析や調査任務全般の総括。基本的に戦闘員で構成されているメンバー内では数少ない役職を背負った隊員だ。

 

その強すぎる好奇心や探求心が故に一部からはマッドサイエンティストと称されてこそいるが、その悪評を補っても余りあるほど彼女は優秀だ。特に怪獣関連の造詣に限るのならば彼女の右に出る者はそういないだろう。

 

「……ん? ねぇ遥也。あれ雄牙くんじゃない?」

 

「え?」

 

そんな未央の提案から別な場所へと調査地点を移そうとした折、ふと何かに気付いたような彼女の声に釣られる形で指し示された方向を見やる。

 

「雄牙くーん!」

 

それが確かに自らの従弟であると認識した瞬間には隣にいたはずの先輩はそちらへと駆け寄っていた。遅れて遥也もその後に続く。

 

「よう雄牙、最近よく会うな……って、珍しいな2人か。侑ちゃんは?」

 

「ああえっと、ちょっと雄牙くん調子悪そうだったから、今日は同好会休みにしてもらって……。侑ちゃんはまだ学校にいます」

 

「大丈夫だって言ってんのに歩夢が無理矢理……」

 

そう言えば同好会に入部したと先日会った際に言っていたか。話を伺う限りだと雄牙の体調を憂いた歩夢に早退させられた形になるらしい。

 

「でも実際ちょっと顔色悪いよ? なんかあったんならお姉さん話聞くよ~?」

 

「いや別に……ちょっと嫌な夢見ただけです」

 

「嫌な……夢?」

 

「……」

 

雄牙の顔に陰りが差したのを遥也は見逃さなかった。そうして同時に察する。顔色が優れないのも、歩夢が少々強引に彼を連れ帰ったのもその夢の内容に起因していることを。

 

そしてその夢の内容とは、この場にいた全員が察することだ。

 

「…どうせだし家まで送ってくよ。向かう方角同じだし、いいでしょ遥也」

 

「そうっすね。俺も構わないです」

 

「いや2人とも仕事中なんじゃ……」

 

「困った市民助けるのも立派にE.G.I.S.の仕事だよ。いいからほら、乗った乗った」

 

答えは聞いてないと、未央が引き摺る形で雄牙を車内に連れ込んでゆく。癖の強い性格に隠れているが、やはり根の部分に芯は通っていると改めて感じさせた。

 

「歩夢ちゃんはどうする? 雄牙は俺等で送っていくから、部活の方戻っても大丈夫だよ」

 

「あ、じゃあお言葉に甘えて」

 

「うん。ありがとうな。雄牙のこと気に掛けてくれて」

 

謝礼と共に会話が途切れる。本来ならばここで互いに向かうべき場所へと向かうはずだった。

だが両者の間で蜷局を巻く空気がそうさせない。舞い降りたのは沈黙だった。

 

そして数拍の間の後、

 

「…本当にありがとうな。いつも」

 

「いえ……私も、私がそうしたくてやってるので」

 

いつかに交わした言葉が、押し潰されそうなほどの痛みを伴って駆け抜けてゆく。

 

その痛みを忘れるなと、教訓のように胸に刻み、遥也は重荷を背負わせた少女の背中を、静かに見守った。

 




雄牙の異変が目立つ回となってしまいましたが、昂貴の例に倣い今回から暫く耀くんメインのお話となります

彼の中にいるフーマはあのフーマです。ただ他2人と同様で彼も原典とは少々異なるようで……?



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24話 街に不協が吹き抜ける

スパスタ2期始まりましたねぇ
デッカーも面白いですし、暫くは楽しくなりそうです


 

 

地球の夜は喧しい。帳が降りた後すらも忙しなく活動を続ける人間達の奏でる音に、この星へ舞い降りた当初は困惑したことを覚えている。

 

暗闇とは本来静謐が満たすもの。何もかもが眠る黒と同化し、自らもその中に沈む。それが光ある場所に生きる者の摂理だというのに。

 

だが生命とは適応するものだ。この星に飛来し早10年……自分も随分と毒されてしまったらしい。

 

 

 

『……よし、寝たな』

 

相方の意識が深場へと沈んだのを確認し、主導権の入れ替えた身体を起き上げる。仄暗い部屋の中で時計を見上げれば10時半。時間としては余裕があるくらいか。

 

『まだ幾つかの部屋で物音がすんのが気になるが……点呼が終わってんなら問題ねぇか。ったく、ガキはさっさと寝ろってんだ』

 

ここ虹ヶ咲学園の学生寮には幾つかの規則がある。指定時間外の外出禁止や消灯など、学生にとって窮屈なものは枚挙に遑がないが……自分には関係がない。

 

『しかしまあ、この時間にしか動けねぇってのも不便だな……今更だが』

 

音もなく窓枠の外へと飛び出し、風のような速度で夜を翔けた。

 

僅かに差した月光が蒼く染まった瞳を照らす。次第に寝静まってゆく街の中、星海輝の身体はその内に潜む者の意志のままに、吹き抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、おぉぉ~……!」

 

「頑張って璃奈ちゃん! あと10秒だよ!」

 

両腕を床に置いた状態で身体を持ち上げる璃奈を同等の目線になって応援する。

 

所謂体幹トレーニングというものの最中だった。璃奈がライブをする上での最大の問題はその体力や筋力にあるという話になり、暫くはこちら方面を強化する、という話になったのだった。

 

「9…、10! りなりーお疲れ! よく頑張ったね!」

 

「疲れた……。全身、びりびりする」

 

「最初の内はそんなものよ。慣れてくれば少しは楽になるわ」

 

取り決まった日程の関係上、トレーニングは突貫工事の様相を呈している。故に内容はハードであり、身体面で平均値を下回る璃奈にとってはかなり辛いものではあるだろう。

 

だが弱音を吐くことはなかった。輝自身そんな彼女が心配な部分はあるが、当人がやる気である以上は応援したい。

 

「というか、私としては耀くんが平気な顔してることに凄く驚きなのだけど……」

 

「耀くん、昔から体力凄かった」

 

「確か体力テストも学年1位だったよね~。輝いてるよ! テルだけに!」

 

「へ、へ~……ちょっと意外ね」

 

フーマが宿っている影響かは知らないが、昔から身体能力の面で困ったことがあるという記憶はなかった。

 

今の果林のように小柄なことから意外に思われることは少なくないが、難なく璃奈と同じメニューをこなせていると考えれば面倒なことばかりではないだろう。

 

「…てか、なんでお前まで一緒にやってんだよ。鍛える必要なくないか」

 

「ただ応援してるだけって言うのもアレかなと思ったので……それに同じメニューをやってれば璃奈ちゃんに何かアドバイスできるかもですし」

 

「健気だねぇ耀くんは。コウ君なんか腕組みながらバシバシ駄目出ししてくるのに」

 

「お前がすぐ楽しようとするからだろ」

 

同好会の方にも、それなりに馴染んできたと思う。耀自身も会話が増えたこともあるが、何より璃奈が楽しそうにしているのが嬉しい。

 

フーマの気配を感じ取られているのか、まだ時折昂貴達が懐疑の視線を向けてくることもあるが、それも大分減った。彼等もまた耀を受け入れ始めている、と判断していいのだろうか。

 

「りな子~、次は歌と振り付けの練習だよ~。可愛いかすみんからいーっぱい学んで、一緒に可愛いスクールアイドル目指そうね! まあ一番は勿論かすみんだけど」

 

「うん、今行く」

 

ここの人達は、本当に暖かいと感じる。

 

ずっと璃奈と2人きりだった関係が、愛が加わり、スクールアイドルに触れ、どんどんその輪が大きくなっている。少し前からは考えられない光景だった。

 

「耀くん、行こう?」

 

「あ、うん。そうだね」

 

『っ……!』

 

璃奈の呼びかけに応じ、耀もまたかすみの後に続こうとしたその時。

体内のフーマが何かを察知したのを感じ取り、その見て伺える警戒の色から足を止めてしまう。

 

『この気配……』

 

(フーマ…? どうかしたの?)

 

『……悪いな耀』

 

一切の状況が掴めぬまま投げ掛け零された短い謝罪の後。

 

(フー……マ……―――?)

 

なんで今更。よりによってこのタイミングかよ。あの筋肉ダルマに悟られんだろうが。

雑多な思考が流れ込み、それは輝の意識を覆い隠すように表層へとせり上がってゆく。

 

そして、

 

『……ごめん。ちょっと外すから先行ってて』

 

次に肉体が言葉を発した時にはもう、それを支配する意識は輝のものではなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ナニモンだ』

 

とんっ、と。

吹き抜ける風だけが存在する三角錐の狭間に、わざとらしく上げた靴音が反響する。

 

『へぇ……あの距離からでもこの俺の気配に気付くか。流石、隠密行動のエキスパート様は違うねぇ』

 

『用件だけ言え。今立て込んでんだ』

 

影の中からその全貌を露わにした異形の存在を前に目を細めた。

昆虫が人型を成したような風貌をしており、両手の甲からは鋭利な刃が伸びている。校舎の上から自分達を見下ろしていたこと含め、まあ間違いなくこの星の住民ではないだろう。

 

『そう身構えるなよ。俺はお前に仕事の依頼をしに来ただけだ……つっても、俺も雇われた側だけどな』

 

『……ヴィラン・ギルドか』

 

『おうそうだ。お前の腕を見込んで協力を依頼しに来たんだよ……風の覇者さん』

 

口にされたいつだかの二つ名に妙な不快感を覚える。どうやら自分について随分と調べて来たらしい。

 

だが自分達の正体にまでは辿り着いてはいないのか、眼前の宇宙人に警戒のような色は見受けられなかった。

 

『…つっても、この分じゃ時間の問題か』

 

『…? なんか言ったか?』

 

『なんでもねぇ。それより依頼ってなんだ』

 

『ああ、その話だが……最近、怪獣商の連中が何やら上物を仕入れたって話でな。近々大体的にオークションをやるから俺達はその邪魔立ての阻止、体よく言えば警護をしろって依頼だ』

 

『邪魔される前提で話してるってこたぁ、まあ別に目的があるってことだろ』

 

『…いいねぇ。理解が早いのは好きだ』

 

頭部の発光体が彩度を上げる。奴にとってはそれが表情の変化のようなものらしい。

だがそんな知識はどうでもいい。問題はこの依頼の裏に隠された真意だ。

 

『……っと、自己紹介がまだだったな。俺はスラン星人のアジル。お前と同じ、ヴィラン・ギルド内じゃブツの受け渡しや横奪を専門にした工作員ってとこだよ、フーマ』

 

スラン星人。詳しくは知らないが、高速宇宙人という別名の通り俊敏な動きを得意とした種族であることはかつて耳にした事がある。

 

この依頼はそんな宇宙人との合同任務になるらしいが、その内容は警護。相応しい人材ならばもっと別にいるはずだが……、

 

『なんで俺達なのかわかんねぇって顔してんな。いいぜ、教えてやるよ。まずは……そうだな。今回オークションに出される怪獣ってのはこの街の地中にいる。怪獣商としてもそれなりに育て上げてから出品したいらしくてな、今は地中の熱エネルギーを吸わせてる最中らしい』

 

『…こないだの怪獣騒ぎはそれが原因か』

 

『ああ。特殊な電磁波で覆ってるから地球人の探知には引っ掛からねぇらしいが、どうも怪獣は別らしい。熱エネルギーの低下を察知して異物を排除しようとしたのか、それとも怯えて地上に出てきたのかは知らねぇが……まあ計画の方に支障はないから安心しろとのことだ』

 

アジルと名乗ったスラン星人が鷹揚に胸を張る。あの事態の影響をもろに受けた自分にはあまりいい気はしないが、そんなものこの星の住民ではない彼には関係ないのか。

 

『話を戻すぞ。怪獣商の行うオークションってのは、大抵その目玉商品と現地で適当に鹵獲した怪獣を戦わせるデモンストレーションと併せての実施だ。だが今この地球でそんな真似すりゃあ、あのウルトラマン共が黙っちゃいねぇだろうよ。……それで、だ』

 

『……戦えってのかよ』

 

『まっさか、そんな非効率なこといくら連中でも指示してこねぇさ。俺達はただ奴等を牽制できればいい。適当な地球人を何人か拉致して人質にする……それだけで奴等は戦えなくなるだろうよ』

 

躊躇いなく人質という選択肢が出てくるのもその証拠だ。倫理観というのはその種族の風習や個々の価値観によって様々ではあるが、コイツにとってそれは利己的な部分が大半を占めるらしい。

 

尤もそれはアジルに限ったことではなく、この星に巣食う犯罪組織全体に蔓延する考えではあるのだが。

 

『それだけじゃねぇぜ。ウルトラマンを倒したとなれば、そいつぁ怪獣を売り出す上で相当なセールスポイントになる。形としては八百長になるが、そんなモン中継先のバイヤー共には伝わんねぇだろうしな。素直に信じ込んで大金を出してくれるだろうって算段だ。その分報酬も弾むだろうよ、クハハ』

 

故にこの品の無い哄笑は組織そのものの気質を表したものだ。

辟易とするが、保身の面から否定は出来ない。これもまたこの組織、特に下っ端連中に根付く考えだろう。

 

『話を纏めると、俺達はオークション最中にウルトラマンが表れたタイミングで拉致した地球人を人質に奴等へ無抵抗を促せばいいだけ。仮に失敗しても、俺達のスピードなら問題なく振り切れるだろうよ。被害を受けるのは怪獣商だけだ』

 

ヴィラン・ギルドは纏まった一つの組織という訳ではなく、言い表すのならば違うの一致した集団が一時的に手を組んでいる群れ、という方が相応しい。

 

よってどこかで計画が頓挫しようと組織全体への影響は殆どない。このスラン星人のように、個人で活動を続ける者にとっては猶更だ。

 

『で、どうだ? 俺と組んで一儲けしないか?』

 

腕を返し、刃の下に隠された手のひらが向けられる。確かにアジル同様個人行動が主な自分にとっても美味しい話ではあるだろう。

 

だが―――、

 

『…悪ぃが他を当たれ。俺は極力面倒事……特にウルトラマンにゃ関わりたくないんでな』

 

その手を取ることなく踵を返し、話を断ち切るように背を向けてはその場を去った。

 

『そうか……残念だ。ま、その分俺の取り分が増えたと思っておくぜ』

 

背後に在った気配が消えてゆく。

これだからこの星は息は息苦しい。余所者を良しとしない原住民の風潮に、それが故の外星人共の横暴。居心地の悪さは他に類を見ないほどだ。

 

でもまだ離れる訳にはいかない。あと少し、もう少しだけ、自分にはこの星でやり遂げなければならないことがあるから。

 

『……チッ』

 

抑え込んである身体の主の意識が眠ったままであることを再確認する。一連の話は聞かれていないようで何よりだ。

 

だが安堵は出来ない。そんな不快感を発散するように舌を打ったフーマは風のような速度で地上へ下り立ち、人間社会の中に舞い戻っていった。

 

 




雄牙(主人公)、出番なしw

前回輝くんメインのお話になると言いましたがフーマメインになりそうなので発言を訂正させて頂きます()

そしてそんなフーマはなんとヴィラン・ギルドの一員で……?
彼の暗躍を輝が何も把握していない状況。こんな中りなりーのライブが向かう先とは……


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25話 トラブル狂騒曲

始まる……ウルトラヒーローズEXPO2022サマーフェスティバルが……


 

 

「いよいよだね」

 

「…うん」

 

隣り合って揺られるモノレールの車内。普段の通学で見慣れたものと思っていたこの景色も、今日ばかりは違って見える。

 

璃奈がライブの宣言をしてからはや数週間。目まぐるしく過ぎていった練習の日々を乗り越え、遂にその日を迎えた。

 

「緊張する?」

 

「……する。でも頑張る。皆応援してくれたから、応えたい」

 

スクールアイドル部に入ってからの日常は本当に忙しい。でもそれに負けないくらいの充実感があった。

 

実際に耀自身がステージに立つ訳ではないが、ステージに立ちたいという誰かを支えるのは案外いいものだと思える。高校に入るまで璃奈と関わることしかしなかった自分にとっては大きな進歩と言えるだろう。

 

だがまあそれでも、最も支えたいのが彼女であるという事実に変わりはないのだが。

 

「璃奈ちゃんボード˝むんっ˝」

 

「あはは、もうすっかり使いこなしてるね」

 

顔を覆うように掲げられたスケッチブックにはデフォルメチックに簡略化された表情が描かれている。

 

璃奈ちゃんボードと名付けられたこれは、感情を表に出すことが苦手な彼女が彼女なりに考えて編み出した伝達方法だった。近頃はこれを活用してのコミュニケーションも増えてきたところだ。

 

「そっちの方も大丈夫そう?」

 

「うん。家を出る前に動作確認もしてきた。ばっちり」

 

スケッチブックとは別に璃奈の膝に抱えられているのはヘッドホン。それも前部に電光ボードが備わったかなり大型のものだ。

 

璃奈曰くこれは「オートエモーションコンバート璃奈ちゃんボード」なる代物らしく、舞台上で表情が作れないという課題を解決すべく生み出したもの。スケッチブックの方もこちらから着想を得て生み出したそうな。

 

「まさか完成が間に合うとは思わなかった。瀬良さんのおかげ」

 

「改めて考えてみるとホントに凄い人脈してるよね……瀬良先輩」

 

しかもこの電光ボード、装着者の感情に合った表情をリアルタイムで表示してくれるだけでなく、内蔵されたカメラが顔側の液晶に景色を映し出すことで視界も確保できるという優れもの。

 

設計自体は璃奈や愛達が行ったものらしいが、プログラムに関しては同好会の先輩である雄牙がE.G.I.S.の知り合いに相談した結果ものの数分で組み上げて送ってきたらしい。本当にあの人達様々だろう。

 

「……色んな人に助けられちゃったね」

 

「うん……だから、頑張る。璃奈ちゃんボード˝ふぁいっ!˝」

 

ライブに向けた準備を通し、皆と繋がりたい、という璃奈の願望は果たされたのかもしれない。

 

でもそれは一方的なものだ。貰った分は返したい。璃奈が望む繋がりとはそういうものであり、スクールアイドルにとってそれは歌を届けることだから。

 

「きっと、いいライブになるよ」

 

「ありがとう……耀くんも、見てて」

 

そんなステージはもう目前だ。

ほんの少しの心配と、その何倍もの期待を抱えたままモノレールは進む。両者の間に流れる空気感もやはり、普段とは違って感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「星海」

 

巷で話題のスクールアイドルのソロイベント。そんな物珍しさからかそれなりの賑わいを見せている会場から少し離れた地点。

 

不意に璃奈達から離れていった耀の後を追い、人気が閑散としてきた折にその背中を呼び留めた。

 

「南雲先輩……?」

 

「何してんだ? トイレならあっちだぞ」

 

「ああいや、璃奈ちゃん達に何か飲み物でも買ってこようかと思って……」

 

彼の一挙手一投足に怪訝を張り巡らせる。所感に過ぎないが嘘を言っているようには思えなかった。

 

視線を重ねればそんなことでわざわざ声を掛けたのかと、疑念に思うような輝の顔があった。だが警戒しているような素振りはない。

 

その様には少々違和感を覚えるが……それでもやることは変わらない。

 

「答えろ星海。お前、こないだの練習中どこに行ってた」

 

射止めるように目尻を吊り上げて本題を切り出す。そう言えば一対一で面と向かって話すのは初めてだったが、そんなことは関係ない。自分はこのことを問い詰めるためにここへ来たのだから。

 

先日のことだ。璃奈の特訓中、まるで()()()()()()()()()()()()()ように目の色を変えた耀が一時的に彼女から離れたことがあった。

 

タイミング的にも不自然な離脱。兼ねてよりタイタスから彼への警戒を呼び掛けられていた昂貴はその後を追ったが、そう時間も掛からない内に見失ってしまった。

 

仮にも訓練を積んだウルトラマンが宿る自分の尾行を巻いた……まあ間違いなく一介の高校生に出来る芸当ではないだろう。

 

だが―――、

 

「……やっぱり」

 

「あ…?」

 

彼の反応は予想していたどれとも合致しない。正直とぼけられるものと思っていたが、耀は何か自問するかのように顎へと手を当てている。

 

「璃奈ちゃんにも同じことを言われたんですけど……何も覚えてなくて。やっぱりあの時の僕、何か変でしたか?」

 

「あ、ああ……そりゃぁな」

 

遂には問い返される始末。改めてその挙動を注視するがやはり何かを偽っているようには見えない。

 

『自覚がない……となると、やはり何者かに意識を遮断されていた可能性が高いな。存在を認知していたのならばこちらから正体を明かし問い詰めることも出来たが、こうなっては止むを得ないな』

 

(どうする気だ?)

 

『手荒な真似にはなるが……彼の肉体から追い出す。身体を借りるぞ、昂貴』

 

四肢の感覚が遠ざかってゆく。タイタスが肉体の主導権を握った証だろう。

 

何をする気かはわからないが、手荒な真似という発言の通り主の切り替わった身体が発する圧は相当なものだ。耀もそれを感じ取ったのか、じりじりと警戒するように後退してゆく。

 

「先輩……? 何を……」

 

『…悪いな。少し、眠って貰おう』

 

膨れ上がった筋肉が力を溜め、解放と同時に砲弾のような拳が耀へと打ち出される。ウルトラ念力と呼ばれる彼等特有の念動波をぶつけ、内部にいる何者かを直接叩こうという狙いだった。

 

『ッ……!』

 

しかしその拳が実体を捉えることはなく、打ち抜いたのはその場に残された残像。

 

『…ようやくお出ましという訳だな』

 

『……クソが。やっぱし勘付いてやがったか』

 

一瞬の内に背後へと回り込んでいた耀……その肉体を動かす者へとタイタスが目線を固定する。

 

『さて、早速対話といこうか。君は何者だ。何の目的があって彼の身体に宿っている』

 

『それなんだがよ……ちーっと見逃しちゃくれねぇか? 別にお前等にとって不都合なことはしてねぇからよ』

 

『どうするかは君の返答次第だな。もし答えないというのなら、私は君を拘束する他なくなる』

 

耀の瞳を染めるのは、あの時と同じ蒼。一転した粗暴の荒々しさからも別な意識に切り替わっていることが見て伺える。

 

『これだから頭の固ぇ警備組織はよ……水が綺麗すぎちゃ生きてけねぇのは魚も俺等も同じだろうがよ。ちっと薄汚れた部分があるからこその生だろうが』

 

『君の価値基準は尊重するが、この場で用いるべきものではないな。現に君は1人の原住民の生活に支障をきたす存在となっている。戦士団として、その状況を見過ごすわけにはいかない』

 

『へーへーおありがてぇご説法なこった。けど生憎座って授業受けるなんざ柄でもねぇんでな。おさらばさせてもらう……ぜっ!』

 

『ッ……! 待てッ!』

 

突風が吹いたと思った次の瞬間、ほんの一瞬前までそこにあったはずの耀の姿が遥か遠くへと飛翔する。

 

『何だあの速度は……!?』

 

遅れてタイタスもその後を追うが、ウルトラマンの力を以ってしてもその差が縮まるどころか、むしろみるみる内に離されてゆく。

 

上記を逸した速度だった。巻き起こった風が周辺の人々を拭きつけているが、彼等もまさかそれを起こしているのが小柄な少年だとは思わないだろう。

 

『マズいな……撒かれてしまっては何をされるか―――、』

 

危機感が脳裏を疾走するが、それが上塗りされたのは直後のことだった。

 

 

 

『ッッ……!?』

 

大地が揺れる。いや、割れていると称するべきか。

 

『何だ……何が起こっている……?』

 

地震とはまた違う。明確に何かが砕ける音と共に流動する東京の街。その亀裂から壁を作るように赤い閃光が吹き上がった直後―――、

 

 

『ッッッ――――――!!!』

 

 

轟いた無機質な咆哮が、怪獣災害の幕開けを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『馬鹿な…!? 魔王獣だって!?』

 

怪獣の出現に伴い湧き上がる警報と悲鳴。混沌の様相を呈した街の中で、タイガにもまた大きな衝撃が走ったのがわかる。

 

「魔王獣……?」

 

『世界を滅ぼすと言われる力を持った怪獣の総称だ……しかもこいつは˝マガグランドキング˝。かつて父さん……ウルトラマンタロウが封印したはずの個体だぞ』

 

馴染みのない名前をそのまま問い返して見れば、想像を遥かに超えた規模の答えが紡がれる。

だがアレが相当ヤバイ怪獣であるのは雄牙から見ても明らかだった。

 

怪獣というよりはギャラクトロンのような機械獣を思わせる。左右の腕に巨大な鉤爪と大鋏を持ち、全身に備わった砲台や銃口は正しく怪獣兵器と呼ぶに相応しいとも言えた。

 

 

―――――土ノ魔王獣(ツチノマオウジュウ) マガグランドキング

 

 

『フゥン!』

 

少し遅れる形でタイタスが出現し、即座にマガグランドキングとの交戦に至る。

如何にタイタスと言えど相手は魔王の名を冠する程の怪獣だ。苦戦しないとは言い切れないだろう。

 

『一先ずは人々が避難する時間を稼ぐのが先決だな……雄牙、俺達も―――』

 

相方と共に導き出した答えは加勢。すぐさま変身し自らもあの場に至ろうとするが、その決断はまた別の悲鳴に掻き消されることとなる。

 

『さぁてと……こっちもお仕事と行きますか』

 

マガグランドキングとは別方向で渦巻いた混乱のど真ん中に目をやれば、自らの存在を示すように堂々と闊歩する異形の存在が目に入る。

 

「宇宙人……!」

 

『スラン星人!? なんでこんなところに……』

 

タイガがスラン星人と呼んだソイツは逃げ惑う人々をさながら品定めするかのように見回している。

 

人型でこそあるが各部位の形状は悉く地球人とは一致しない。本来の姿で宇宙人を拝むのは初めてだが、こうして目の当たりにするとやはり不気味さが勝るものだった。

 

 

―――――高速宇宙人(コウソクウチュウジン) スラン星人

 

 

『さてとどいつにするか……出来るだけちんまい奴の方が運びやすくていいよな……っと』

 

『ッ…! マズイッ!』

 

そんな所感を抱いたのも束の間。何かを見つけ出したようにスラン星人が指を鳴らした直後、ウルトラマンの動体視力を以てしても追い切れない速度で奴の身体が駆動する。

 

そして―――、

 

「りなりー!?」

 

『野郎……人攫いか。追うぞ雄牙!』

 

朧げな紫紺の影がスクールアイドル同好会の集団を横断し、その中の一名を搔っ攫ってゆく。

 

狙われたのは璃奈だった。どういう意図があってかは知らないが、小柄な彼女を抱えたスラン星人の背中はみるみる内に遠ざかってゆく。

 

「なんだアレ……いくら何でも速すぎだろ!」

 

『そういう種族なんだ……このままじゃ追い付けないな。こうなったら……!』

 

雄牙の意志とは関係なくタイガスパークが右腕に装着される。

 

『変身して奴を追うぞ。正直それでも追い付けるかはわからないが……やらないよりはマシだ』

 

「…わかった」

 

《カモン!》

 

スラン星人がビルの影へと隠れたのを確認し、ギアを上げると共にレバーを引く。

 

タイタスが交戦している方向へと進んでくれたことが幸いし周囲に一目はない。出現したキーホルダーを掴み取ると、真上ではなく正面に突き出す形でタイガスパークを構えた。

 

「『バディ……ゴーッ!」』

 

 

《ウルトラマンタイガ!》

 

 

等身大での変身が完了し、完全に解放されたウルトラマンの力で奴を追う。

ビル街であるここら一帯の道は入り組んでいる。それが故にトップスピードを出せないスラン星人を射程に捉えると、そのまま一気に加速し―――、

 

『˝ハンドビーム˝!』

 

射出した光の鏃が足元へと着弾。目論見通り足止めに成功したタイガは立ち塞がるように奴の眼前へと躍り出る。

 

『ッ…! ウルトラマン!』

 

『追い付いたぞスラン星人! その子を解放しろ!』

 

『はっ! まさかそっちから出てきてくれるとはな……これで2人。手間が省けたぜ』

 

『何だと?』

 

『詳しい話は……上でやろうぜ?』

 

直後。

追い詰めたと思ったはずのスラン星人の肉体がみるみるうちに膨れ上がってゆく。

 

『おいおい……何のつもりだ!』

 

薙ぎ倒された周辺の建物が瓦礫として降り注いでくるのを察知し、たまらずタイガも巨大化。2つの巨影が衝突する街中にまた2体の巨人が出現する。

 

『スラン星人……? どういうことだタイガ』

 

『すまない……天王寺璃奈を攫われた』

 

『まあそういうことだ。俺が何を言いたいか……わかるよな?』

 

勝ち誇った様子のスラン星人が球体に閉じ込めた璃奈を掲げる。その背後ではマガグランドキングがその眼光を煌かせていた。

 

『……抵抗をやめろということか』

 

『物分かりがいいじゃねーか。俺はヴィラン・ギルドの連中にお前等の妨害を依頼されたモンでな。悪いがお前等にはこの怪獣オークションの引き立て役になってもらう……おっと、拒否権はないぜ?』

 

『オークションだと……』

 

『ああ……まあせいぜい、盛り上げてくれよな』

 

仕組まれた戯曲のままに事が進行する。

刹那に瞬いた紅の閃光が、2体のウルトラマンを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おっぱじめたか……』

 

吹き飛ばされる巨人達を見上げて零す。

 

知り得ていた訳ではなかったが、ヴィラン・ギルドのオークションが今日この日に行われたのは運が良かった。おかげでタイタスとかいうウルトラマンを撒くことには成功した。

 

だがそれも一時的なものに過ぎない。この件が収まれば、また自分達は彼に追われることになるだろう。そうなれば……、

 

(ねえフーマ……フーマってば!)

 

焦燥が思考を満たす中、また一つ面倒事を生んでいたことに気が付く。

 

しまったと己の失策を呪った。タイタスから逃げるのを意識するあまり、耀の意識を遮断することを完全に失念していたのだ。

 

(これってどういうこと? あの怪獣は……? そもそもどうなってるのこれ)

 

これまで積み上げ、保ってきたものが崩れ落ちる音がした。

この数年間で己の雑さや不器用さに嫌気が指したことは多々あったが、今日ほどそれを恨んだ日はない。

 

『こうなりゃ……、ッ!?』

 

多少彼に障害を遺してでもこの記憶を封じ込めるべきか……そんな思考が頭を過った折、見上げた視界にあるものが映り込む。

 

『璃奈……!?』

 

(え……?)

 

ウルトラマンと怪獣の戦闘を眺めるスラン星人の右腕に収まった球体。その内部に囚われている少女の顔は自分にとっても重要な存在の1人だった。

 

『ヤロォ……よりによって―――ッ!?』

 

「璃奈ちゃんッ!」

 

瞬間、迸った何かによって輝の肉体との接続が遮断される。

状況を認識し、その事実に戸惑ったのも束の間。気付けば主を取り戻した身体は前へと駆け、囚われた少女の元へと向かわんとしていた。

 




もう……このライブは滅茶苦茶だぁ!(agpn)

さあドタバタしてまいりました。ヴィラン・ギルドのオークションに出品されたのはなんとマガグランドキング……実は前の話のどこかにコイツが出てくる伏線があったり……

フーマの存在もタイタスに看破されて……さあどうなっていくのやら


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26話 風の覇者

うーん、思うように執筆の時間が取れない……


 

 

『さあさあ、本日の目玉商品はなんとあの魔王獣……マガグランドキング! ご覧くださいこの圧倒的な力! あのウルトラマンを物ともしない力が手に入るのは今回限りかもしれませんよ!』

 

「……滑稽だな」

 

かつてない盛り上がりを見せるヴィラン・ギルドの怪獣オークション会場。その片隅で異星人達の熱気を眺めるオグリスは冷めた声音で吐き捨てた。

 

「身に余る私欲に飲まれた結果がこれか。そこに力があれば縋るように飛びつくとは……惨めでならん」

 

「まあそう言ってあげるな。力を持たない者にはその者なりの立ち振る舞いというものがあるのだよ」

 

「私には理解し兼ねるな。戦いとは自らの力で挑むからこその至高であり愉悦だろう。ただ怪獣を使役するだけでそれを満たそうとする輩の考えなど私にはわからん。……そんな連中に力を与えるお前も含めてな」

 

「おや、バレていたか」

 

「ハナから隠す気もないだろうに。……だが本当に何のつもりだ? 以前大した害にはならないだのなんだの言っていたが、ここまで派手にやらかされてはそうもいかないんじゃないか?」

 

今このオークションに出品されているマガグランドキングは、かつてこの男がヴィラン・ギルドとの取引で連中に受け渡したものだ。

 

オグリスの所持する˝マガオロチ˝のメダルからその派生である魔王獣の力を生成した奴の技術もそうだが、それ以上にその行動の意図が読めない。

 

「なに、私はただ夢を提供しているだけさ。力を持たない子羊達に、わかりやすい強さと肩書きを持った力という夢をね」

 

手のひらで幾つもの指輪が転がされる。˝マガバッサー˝に˝マガジャッパ˝、˝マガパンドン˝。別のエレメントを持つ魔王獣の指輪は、今後もここにいる連中を振り回していくことだろう。

 

「でも夢とはいつか覚めるもの……都合のいい夢を見た暁には、私にも協力してもらわないとね」

 

「ようするに連中を利用してウルトラマン共を刺激したかった訳か……回りくどいことをする。奴等と遊びたければお前自身が出向けばいいものを」

 

「前にも言ったが、私の身体は今満足のいく状態ではなくてね。その回復のためにも、今は彼等を利用させて頂かないとね」

 

「フン……結局はお前も力が目当てか」

 

「おいおい、力を欲しているという点では君も同じだろう? だからこそ私の誘いに乗った……違うかい?」

 

「力を持つ者が更なる力を求めて何が悪い。それに、私の求める力は他でもない私自身を強くするものだ。連中の欲するハリボテの力などと同列に語るな」

 

「まあ……そういうことにしておこうか」

 

相も変わらずその腹の内を伺わせぬまま、薄ら寒い笑いを張り付けた男が視線を上げる。

 

共に見据えたモニターには、ウルトラマンを圧倒する……ように仕向けられた中継映像が、観客達に更なる熱狂を与えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ッッッ――――――!』

 

『ぐあぁ……!』

 

袈裟懸けに振り下ろされた大鋏がタイガの胸元を抉る。

一撃貰うだけでも致命傷になり兼ねない威力。だが今の自分達はそれを回避する術など持ち合わせてはいなかった。

 

『はははッ! いいねぇウルトラマン! 情けねぇやられっぷりだぜ!』

 

『野郎……!』

 

『抑えろタイガ。下手をすれば天王寺璃奈の無事が保証できない』

 

『それはわかってるけど……このままじゃどうしようもないだろ』

 

囚われた璃奈を掲げるスラン星人の要求は、無抵抗のままこのマガグランドキングにやられること。

ヴィラン・ギルドなる組織が開催する怪獣オークション。そのパフォーマンスの見せしめとなることだった。

 

『今は奴の隙を伺うしかない……一先ずは私が盾になる。君はエネルギーを温存するんだ』

 

『……わかったよ』

 

防御力で勝るタイタスが攻撃を受け、彼よりも機敏なタイガが璃奈の奪取を図る。作戦こそ単純だが、だからこその困難が付き纏うのは雄牙でも理解できた。

 

スラン星人は恐ろしく速い。恐らくタイガがトップスピードで突撃しても隙を突けるか怪しい程にだ。

 

そしてもしそれが失敗すれば璃奈が無事でいる保証はない。人命の掛かった場面で分の悪い賭けに出るのは好ましくないのはきっとタイタスも承知の上だ。

 

でも現時点において有効と考えられる策がこれしかないのもまた事実。

 

(考えろ……!)

 

攻撃を捌きながら必死に思考を巡らせる。

こうしている間にも巨人の肉体を維持するエネルギーは消耗し続けている。誇張抜きのジリ貧の状況に陥る中で、2体のウルトラマンはその決断を迫られるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おいバカ止まれ……! 何考えてやがんだ!』

 

全速力で階段を駆け上る宿主をその体内から呼び留めようとする。

 

「でも……でも璃奈ちゃんが!」

 

『でもじゃねぇ! お前が行ったところで何ができるってんだ!』

 

無理矢理に肉体の主導権を奪おうとするがそれが叶わない。先程から何度も試みているというのにこれだ。

 

純粋な力ならこちらが遥かに上回っているというのに……彼の精神力がそうさせるのか、璃奈を助けようとする彼の心はフーマの浸食を弾き続けていた。

 

『出来る訳ねぇだろ助けるなんざ! 勇敢と無謀を履き違えんじゃねぇ……身の丈に合わねぇんだよテメェの行動は!』

 

「だからって何もしなくていい理由にはならないよ! フーマは璃奈ちゃんがどうなってもいいの!?」

 

『そりゃよかねぇが……それとこれとじゃ話が別だ。最悪お前が…って可能性だってある。璃奈が戻ってきた時にお前がいなかったら意味ねぇだろうが』

 

「璃奈ちゃんがいなかったらそれこそ意味ない!」

 

ならば説得をとダメ元でそれらしい言葉を投げかけるも、案の定突っ撥ねられる。

星海耀にとっての世界とは天王寺璃奈がいる世界だ。それは一番近い場所で彼の成長を見ていたフーマが一番知っている。

 

『だあぁ……メンドクセェ拗らせ方しやがってこの野郎……! 大体お前、1人で突っ込んでどうするつもりだ。ドチビのお前じゃ身長の時点でボロ負け、ビルから飛んだとて届くはずもねぇ。手段がねぇだろ手段が』

 

「それは……」

 

一度足が止まる。でも彼が諦めるという予感はなかった。

何かを伺うように真下に向けられた視線。その目に込められた意図は直ぐに察した。

 

『俺に力を貸せってか。威勢よく飛び出してった割には随分と他力本願な解決策だこった……甘ったれんな。自分の力で出来ねぇようなこと、ハナっから抜かすんじゃねぇ』

 

耀の判断は間違っていない。この状況における最も有効な打開策は、彼が自分と共に変身して璃奈の奪還に向かうことだろう。

 

だがそれは出来ない。それだけはしたくない。ここでその選択をすれば、これまで積み上げてきた全てを自らの手で瓦解させかねない。

 

地球などと言う辺鄙な星でおかしな原住民に紛れながら過ごした、この10年の日々を。

 

「……確かに、そうかもしれないけど」

 

酷く威勢の削がれた声が零れる。ようやく押し留めることに成功したと胸を撫で下ろし駆けるが、まだその瞳に宿る意志が死んではいないことを直ぐに察した。

 

「…けど、やっぱりただ見てるだけなんて出来ないよ。確かに先輩達やE.G.I.S.に任せれば璃奈ちゃんは助かるかもしれない。僕に出来ることなんて何もないのかもしれない……でも、ここで投げ出したら僕が僕を許せなくなる」

 

フーマはこの目を()()()()()。例え希望が断たれようとも、最後まで己で在り続けるためにその信念を貫こうとする目だ。

 

「情けないところばっかりだけどさ……せめて、璃奈ちゃんにくらいは誇れる僕でいたいから」

 

『お、おい……俺の話聞いてなかったのか?』

 

「フーマには頼らないよ。……確かにそれじゃ何にも変わらないかもしれないけど、それでも僕に出来ることをやりたい……やらなきゃいけないんだ」

 

暫くの後に紡がれた答えと共に輝はまた走り出す。最早それを止められるものは世界のどこにもいない。それもフーマが一番知っている。

 

正直自己満足もいいところだろう。勇敢であることは決して美しいことではない。志を貫こうとして身を滅ぼした奴を何人も見てきた……今彼が進もうとしているのはそんな道だ。

 

でもその姿が、どうにも()()と重なって―――、

 

『…嫌なとこばっか似やがって……』

 

永遠のようで一瞬の迷いを抱いた後、

 

『あーもう、わかったよ』

 

「フーマ……?」

 

『俺の負けだ。力を貸してやる』

 

観念するように溜息を吐きながら、耀の右腕に黒い手甲を出現させる。

 

下手をすればまた、あの日と同じことを繰り返すことになる。それはこの心に刻んだ誓いを破る行為だ。

 

けどどうしてだろうか。それなのにも関わらず浮かんでくるのは……笑ってる顔なんだ。

 

「……いいの?」

 

『……ま、ほっといたらマジでその身一つで突撃し兼ねねぇし、それでもしお前に死なれちゃ一体化してる俺も一緒にお陀仏だからな。背に腹は代えられねぇ』

 

ここにはいない誰かへの言い訳とするように今一度それらしい理由を並べてみる。

きっとこんなものは必要としてないだろうけど、他でもない自分自身を納得させるために。

 

『ただし、1つだけ条件がある。これまでのも、これからも、俺がお前に隠してることについては聞くな』

 

「……それだけ?」

 

『それだけってお前……自分(テメェ)の身体乗っ取って勝手に行動してるような奴だぞ? 何かヤベェことされてたり……とか思わねぇのかよ』

 

「フーマがそんなことする訳ないじゃん」

 

迷いも淀みもなく返された言葉に最早呆れすら覚えた。

人が良すぎるのか、将又危機感のない馬鹿なのか。だがしかしまあ、その方が都合がいいのは確かだ。

 

『我ながらとんでもねぇのと過ごしてきたモンだ……使い方はイメージで伝える。そのレバーを引いたら戻れなくなるぞ。それでもいいんだな?』

 

「勿論」

 

 

《カモン!》

 

 

かつてある者に伝授された使用法のままに耀が手甲を操作。引き金が動くと共に蒼と銀の光が散華する。

 

『へっ、だったら遠慮はいらねぇなぁ! 行くぜ耀! 轟かせろ……俺の名を!』

 

「風の覇者……フーマ!」

 

形成されたアクセサリーを掴み取り、大きく振り被った身体。

 

「『バディィィ……ゴーッ!!」』

 

直後に振り上げられた拳は天を穿ち、極光と共に一陣の風を運び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

《ウルトラマンフーマ!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゼエェェイヤッ!』

 

喧しいまでの雄叫びを上げ、切り裂くような轟音を纏って降臨する蒼い輝き。

 

柔くも鋭い感触が頬を撫でる。新たな事態に見る者全てが騒然とする中で自らの存在を主張するように、出現した3人目の巨人は悠々と立ち上がった。

 

「蒼い……ウルトラマン……?」

 

タイガ達と同等の高さにまで視線を置いたその存在と瞳が重なる。

蒼い身体。胸の蒼い輝き。飄々と物静かな印象を抱かせる容姿に反し、そのウルトラマンは荒々しい口調で言った。

 

『……この姿になるのも久々だな。あーくっそ、身体が重くて仕方ねぇ』

 

『この気配は星海耀の中にいた……ウルトラマンだったのか!?』

 

『あー……詳しい話は後だ。とにかくこのデカブツはアンタ等に任せたぜ。俺は璃奈を救出する』

 

『救出って……出来るのか? あのスラン星人相手に』

 

『おいおい誰に物言ってやがる……俺は風の覇者、ウルトラマンフーマ……だッ!』

 

轟。

直後に吹いた突風を言い表すならばそれだっただろうか。

 

『は……?』

 

間延びた声はスラン星人のものだった。

理由は明白。今の今まで奴が握っていた天王寺璃奈を捕えた球体は……この一瞬の間にフーマと名乗ったウルトラマンの手の中に渡っていたのだから。

 

『お、鈍ってると思ってたがまだ案外いけるモンだな』

 

球体を解除し、そっと地面に下ろした彼女に向かって静かに首肯。

恐ろしいまでの速度で動いたその巨人は自信たっぷりにその身を翻すと、またも自己主張の強い声音で宣言した。

 

『こっからは瞬き禁止だ。さぁ……ぶっ飛ばすぜ!』

 




遂に風の覇者さん君臨です
本当は戦闘含めて1話で締めるつもりだったんですが長くなりそうだったので区切りました。スランさんは次回にでもぶっ飛ばされることでしょう。多分

フーマ視点でばかり描かれてあまり輝が掘り下げられていませんが実は……?


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27話 奔れ闘志

高海千歌さん、お誕生日おめでとうございます


 

『相手は模造品とは言え魔王獣だ。油断せず行くぞ雄牙!』

 

「いつも油断なんかする余裕ないだろうが!」

 

璃奈の解放によりスラン星人からの強要材料は無くなった。それによりようやくまともな戦闘が開始される。

 

『ハアァァッ!』

 

天高く跳躍し、数回の宙返りを繰り返した後に降下。突き出した足でマガグランドキングの脳天を叩く。

 

だが効果は薄い。渾身の力を込めたはずの攻撃を受けても奴がダメージを受けているような様子はなかった。

 

言い表すならば最強の盾か。とにかくこの装甲をどうにかしないことに勝機はないらしい。

 

『まさかヴィラン・ギルドの動きがここまで活発化していようとは……幾度かの潜入を重ねていたにも関わらず気が付けなかった私のミスだ』

 

攻めあぐねるタイガの脇で、ハッキリと音が聞き取れるほどにタイタスが両の拳を強く握る。

 

『責任は果たそう。直ぐに片づける!』

 

刹那に解放された強打が着弾。さながら鐘を打ち付けたかのような重低音が辺りに響く。

並みの怪獣ならばこの一発だけでノックアウトしかねない威力だ。だが仮にも魔王の名を冠するその巨獣はそうもいかないようで。

 

『ッッッ――――――!!』

 

『やはり打撃は効果が薄いか……!』

 

あのタイタスの拳を二、三歩後退するのみで受け切ったマガグランドキングが咆哮を散らす。

 

叫びに呼応したのは胸部を縦に走る水晶体だった。煌々と輝いた光は次の瞬間には射出され、膨大な熱量を持ったレーザーが巨人達目掛けて疾走する。

 

『ぐッ……!』

 

駆け抜けた光がタイガの肩を掠める。振り返った先では原型は留めたままでいるビルの中央部に風穴が開いていた。それだけの貫通力を持つということ……こちらは最強の矛というべきか。

 

「でもレーザーなら……!」

 

タイガと思考を共有する。

レーザー光線の破壊力はその光が物質に吸収されることで生じる熱によるものだ。つまり光を吸収しない性質を持つもので遮ってやればいい。

 

『˝タイガウォール˝!』

 

視界を覆うように長方形のバリアが生成される。

極限まで反射率を上げた光粒子の壁は、さながら鏡のように周囲の景色を映しながらレーザーを受け止め―――、

 

『ぐあっ……!』

 

光線を反射する、それ自体は成功した。だが直前で威力負けしたタイガが体勢を崩したことで跳ね返した閃光は対象を逸れて虚空へと消えてゆく。

 

バリアの質を変化させるのにエネルギーを割いている分踏ん張りが利かない。故に物理的な突貫力までもを備えているのは厄介極まりなかった。

 

「もう一回やれ瀬良!」

 

『力が足りぬのなら……私達が支える!』

 

間髪入れずにマガグランドキングが穿孔の溜めに入った頃、タイガの後方へ立ったタイタスが告げる。

 

『うおおぉぉぉッ!』

 

直後に放射された光線は再度バリアと衝突する。だが今度は力負けすることはなく、完璧に反射し切った熱線が奴の水晶体に命中。間もなくその装甲に僅かながらも穴が開いたのを確認できた。

 

最強の矛と最強の盾は両立できない……つまりはそういうことだ。

 

『今だ……決めるぞタイガ!』

 

『おう!』

 

自身の光線の熱量のせいか、挙動を止めたマガグランドキングの前でエネルギーを高める。

 

そして再び奴の体躯が動き出す前に―――解き放った。

 

 

『˝ストリウムブラスター˝ッ!』

 

 

『˝プラニウムバスター˝ッ!』

 

 

殴り飛ばされた光球が虹色の奔流に乗り、ピンポイントで装甲の穴を貫く。

ただでさえ熱暴走を起こしていたマガグランドキングの巨体でそのエネルギーは更に膨れ上がり、次の瞬間には体内部から全てを吹き飛ばす爆炎が吹き上がった。

 

『これで一段落だな……』

 

『ああ……こちらはな』

 

勝利の余韻を噛み締める間もなくタイタスが何かを仰ぎ見るように見上げる。

 

視線を注ぐ先の空では、二筋の影が熾烈な交錯を繰り返していた。

 

『見せて貰おうか……風の覇者とやら』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蒼き疾風が街の真上を駆ける。

 

風の覇者。自らをそう称す3人目の戦士―――ウルトラマンフーマはこれまでに確認されていた巨人達とは一線を画する速度でこの空に顕現していた。

 

『セイッ……ハァッ!』

 

『チッ……!』

 

その一挙手一投足に猛烈な空気の圧を纏いながら飛び回るフーマの攻撃に、スラン星人は同等の速度を以って対抗する。

 

超人的な力を持つ者達以外では満足な目視すらも叶わない攻防。その渦中に身を置く耀は脂汗を浮かべつつも全力で己が身体を突き動かした。

 

『大丈夫か耀! ついてこれてっか!?』

 

「何ともない! ……とは言い切れないけど、大丈夫! 絶対についてくから!」

 

『おうよ! 俺を呼び出すチケットを手にしたからにゃあ、それくらいの気概でいてくれねぇとなァ!』

 

更にそのギアを上げたフーマの手刀がスラン星人の脇腹を掠める。

攻撃のヒットにより状況が動くと予測し身構える耀。が、舞い降りたのは思わぬ停滞だった。

 

『お前この気配……フーマか』

 

何かを察知したようにスラン星人が口を動かす。

 

『……だからどうしたってんだ』

 

『どうしたじゃねぇだろ! お前がウルトラマンだと……騙してやがったのか!?』

 

『おいおい人聞きが悪ぃな……聞かれなかっただけだッ!』

 

直後に向けられたのは隠す気もない黒い感情だが、フーマはそんなもの知ったことかというように攻撃を再開。苛烈に描く手刀の弧がスラン星人へと切り掛かった。

 

しかしそれも命中することはない。フーマは速いがこの異星人も大概だ。この星の常識などとうに超えた次元のスピード対決がそこにはあった。

 

『あなたはウルトラマンですかぁ?なんてわざわざ聞く訳ねぇだろうが! お前、ヴィラン・ギルドに潜入したスパイか何かか? 何を探ってやがった!?』

 

『そこに関しては安心しやがれ。俺もお前等と同じ、稼ぎ目的であそこにいる流れモンだ。特別組織に害を齎そうなんざ考えちゃいねぇよ』

 

『だったらどうして俺の邪魔を―――、』

 

『そんなん決まってんだろうが!』

 

更にその高度を上げたフーマが太陽を背にすると共に突貫。突き出した腕先の齎す斬撃がまたも奴を掠める。

 

『テメェはおいたが過ぎた……人の領域に土足で踏み込む不躾な野郎だ。覚悟は出来てんだろうなぁ!』

 

『舐めるなァッ!』

 

速く、速く、疾く。

宙を翔ける双星の影は際限ない程の加速を積み、この空に幾重もの光彩を描く。互いが互いを超えるべく鬩ぎ合う証だ。

 

だが僅かに―――フーマの上昇指数がスラン星人に勝る。

 

『ダァラッ!』

 

『ぐあぁ……』

 

横薙ぎに振り抜かれたフーマの裂脚がスラン星人を捉え、遥かな高度から奴の巨体を地表へと叩き落とす。

 

『˝垂直落下式弾丸拳(すいちょくらっかしきだんがんけん)˝ッ!』

 

追撃を仕掛けるようにフーマも急降下。その速度は最早スラン星人ですら対応出来るものでは無くなっていた。

 

一切の減速を経ることなく突撃した頭突きが炸裂。もんどり返るように高速宇宙人の身体は吹き飛んだ。

 

『どうなってやがる……どんどん速度が上がって……!?』

 

『長いこと戦ってなかったモンでな。どうにも身体が鈍ってたんだが……お前のおかげで温まってきたぜ』

 

『この俺をウォーミングアップに使うだと……クソがぁッ!』

 

周辺のもの全てを打ち抜くように光弾が散らされるが、悉くは掠りもせずに虚空へと消えてゆく。誰がこの戦場で主導権を握っているかなど火を見るよりも明らかだった。

 

『お前もいいモンは持ってるよ。磨けば光るだろうが……生かしとくとちっと不都合なんでな。ここで討たせてもらう!』

 

『こんのッ……!』

 

最後の悪足掻き。いや、奥の手というべきだろうか。

突如スラン星人の輪郭がぼやけたと思えば、それは瞬く間に複数の影となって散開。ゆうに30は超えるであろう残像がフーマを取り囲むように形成された。

 

所謂影分身というやつだ……だが。

 

『……もう一度だけ言うぜ。お前は遅すぎる』

 

フーマは更にその上を行く。

 

分身体から一斉に射出された光弾を跳躍一つで回避すると、天を翔けつつ右手の手甲に手裏剣を生成。振り抜かれた腕の軌道に沿って宙を奔るそれは瞬く間にスラン星人の残像を切り裂いていった。

 

『何なんだよ……何なんだよテメェは! 稼ぎ目的で犯罪組織で活動したと思えば、自分の都合で俺を始末だぁ……? 本当にウルトラマンかよ!?』

 

『ウルトラマンだからって全員が全員、正義だの平和だの御大層な信念掲げてると思ってんじゃねぇぞ。俺は俺の道を往く……自由に、派手に、心の風が吹くままに!』

 

暴かれた本体に向かって水平蹴りをヒットさせる。気付けば満身創痍となっていたスラン星人が力なく地面を転がった。

 

『俺が俺の目的を果たすのにテメェは邪魔でしかねぇ。手を出す相手が悪かったと思うこったな!』

 

トドメの瞬間までフーマが容赦をすることなかった。

再度形成された手裏剣は先程のものよりも大きく、備わった4つの刃は残酷なまでに鋭利な光を宿す。

 

『決めるぜ耀。遠慮はいらねぇ……ブチかませッ!』

 

「うん!」

 

フーマの声に強く応えた。

 

彼とこの宇宙人の関係。彼が裏で行ってきたこと。彼の目的。フーマについてはわからないことだらけだ。

 

でも聞かない。力を借りる時、自分はそう約束したから。フーマが自分の想いに応えてくれたのなら耀だってそれに応じるべきだ。

 

それに、フーマは悪い奴なんかじゃないと知ってる、信じてるから。

 

だから今は……全力でそれを示すだけだ。

 

『コイツはピースマークじゃねぇぞ。お前はあと2秒でおしまいってことだ!』

 

イチ。

 

右手でVサインを作った後、幾度かのステップを踏んだフーマの両足が地面から離れると同時にその姿が消える。

 

『どこへ……!?』

 

『こっちだよッ!』

 

そして、ニ。

 

一瞬の間に背後へと回り込み、構えると共にその同調を高めた。

 

 

 

『˝極星光波手裏剣(きょくせいこうはしゅりけん)˝ッ!』

 

 

 

そしてフーマと耀が強く重なった次の瞬間。

 

極限までその眩さを高めた光の刃が打ち放たれ、巻き起こった突風を纏ってはスラン星人へと襲い掛かる。

 

『クッソ…、こんな、こんなところでェェッ……!!!』

 

突き刺さっても尚その勢いが衰えることはなく、回転する手裏剣はそのままスラン星人の身体を両断。

 

直後に吹き上がった爆炎は悲鳴諸共奴を消し飛ばし、ド派手にフーマの勝利を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆらり、ゆらりと、無言のまま閑散としたモノレールに揺られる。

舞い降りた沈黙が息苦しい。傾く太陽が生む優美な光も、この時ばかりは眩しすぎた。

 

「その……残念、だったね。今日は……」

 

耐え兼ねて口を開いた耀が少しだけ横に流した視線に俯いたままの璃奈を見やる。彼の瞳に反射する自分の顔は、相も変わらず無表情だった。

 

「でも、これで終わりじゃないでしょ? 確かに今回のイベントは無くなっちゃったけど、ライブはまたいつでもできるし。僕、全力で璃奈ちゃんのこと応援するから!」

 

怪獣の出現により、当然ライブイベントは中断。璃奈の初めての舞台となるはずのライブは流れてしまった。

 

そんな自分を気遣ってか、彼が掛けてくれる言葉はとても暖かいものだった。

 

「……皆にも、同じこと言って貰えた」

 

だからこそ小さくとも、ちゃんとこの声で返した。

 

「ライブがダメになっちゃったのは確かに残念。でも皆励ましてくれた。今度を楽しみにしてるって言ってくれて、嬉しかった。その気持ちに応えるまでは、止まりたくない」

 

辛い思いをした。怖い思いもした。でもそれは自分を応援してくれた皆の気持ちを裏切っていい理由にはならない。

 

それに応えるため、自分の気持ちを伝えるために、自分はスクールアイドルになったのだから。

 

「……だから、また応援してくれる? 耀くん」

 

「…勿論。何があったって、僕は璃奈ちゃんを応援するよ」

 

初めて出来た友達の笑顔が、変わらぬままでそこに在る。色々あったけれど、今はただそれだけでいい気がした。

 

「……耀くん?」

 

ありがとう。そう紡ごうとした折、耳朶に触れた安らかな音に首を傾ける。

それが寝息だということを理解するのに時間は掛からなかった。安堵し、張りつめていたものが途切れたのか、今日の疲れが一気に出たらしい。

 

伝えられなかったのは残念だが、仕方あるまい。だって彼は自分を助けるために、()()()()()()()のだから。

 

 

 

 

 

 

「……助けてくれて、ありがとう」

 

数拍の静寂の後に短く零した。隣に腰掛けている少年は眠ったままだが、それでも今の璃奈には声を交わすべき相手がいるから。

 

『……怒ってねぇのか?』

 

「怒るなんて、しない。助けて貰って……嬉しかったから」

 

『……そうか』

 

返す声を発する蒼の光が半透明の霊体を作って耀の肩に腰を下ろした。こうして2人で話をするのも久しく感じる。

 

『…すまねぇ。あんだけお前に強いておいて、結局は俺自身がそれを破った。本当に悪いと思ってる』

 

「…でも、それは耀くんが決めたことだから」

 

『だとしてもだ。俺達はもう戻れない道に踏み込んじまった。……この先、最悪の事態が起こらないとは言い切れない』

 

「だとしても応援する。耀くんが私を応援してくれるなら、私も耀くんを応援したい」

 

『……お前は優しいな』

 

時間にしてたった数十秒の会話。けれどもその中に、抱えきれないほどの何かを秘めて。

再度眠りこけた友達の顔を見つめた璃奈は、決して彼に知られてはならない会話に終止符を打った。

 

『改めてすまねぇ璃奈。もう少しだけこの迷惑、かけさせてくれ』

 

「……ううん。こちらこそ、苦労させてごめんなさい。…………フーマさん」

 




風の覇者さん初戦闘回でした……フーマもタイタス同様原典の彼より強めに描く所存です
前回も軽く触れましたが耀の掘り下げに関しては今後少しづつ……ですね

そして気になるのは最後の会話……一体この2人が抱える秘密とは……


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28話 戦士が集う時

気付いたらもう一週間経ってんじゃん。こわ


 

人気のない、放課後の廊下の隅。

虹ヶ咲学園国際交流学科の地下棟にある機材室前……そこに続く階段の踊り場が自分だけの舞台だった。

 

「この世界は全て舞台だ。男も女も、皆役者に過ぎない」

 

上履きがワックスに塗り固められた舞台を滑る音がする。

やがて全ての演目を終え、狭い踊り場に数多の照明や観客を夢想した少女―――桜坂しずくは深く息を付くと共にそれらへと頭を垂れた。閉幕の合図だ。

 

「……ふぅ」

 

イメージトレーニングから認識を現実の層位へと引き戻したしずくは改めて息を付く。まず実感したのは暑さだった。夏が近づいているだけあってムンムンとした熱気が蟠っている。

 

だが今はそれすらも心地よかった。この熱さは自らが役に入り込んだ証でもあるから。

 

「……あ、もうこんな時間……!」

 

僅かに滲んだ汗を拭いながら確認した時刻にちょっとした焦燥が走る。

今日は久しぶりにスクールアイドル同好会の練習へ顔を出せる日だというのに……少し没頭しすぎたか。このままでは遅刻だ。

 

「……誰も見てないよね?」

 

直ぐにでも向かいたいところだが、この若干汗ばんだ制服で廊下を進むのは少々気恥ずかしい。

 

だがこの場所は幸いにも人の通りが殆どない場所。乙女として如何なるものかとは思うが、目撃冴えされなければ問題はない。同好会にはここで着替えてから向かおう。そんな思考の元、胸のリボンから順に制服を解いてゆく。

 

その判断を―――深く後悔することになるとも知らず。

 

「わかってるよ。多分ここにあるから回収してすぐ行くって」

 

「ふぇっ…!?」

 

話声がする。それも男子生徒のものだ。

それだけならよかった。それだけならよかったのだが、徐々に大きくなってゆく足音は階段を下るものであり、他でもないこの場所へと向かっている証拠だった。

 

「あーもううるせぇな。忘れ物の一つや二つ誰だってするだろうがよ。大体お前も大概抜けてんだろ」

 

1人でぶつぶつと何を言っているのかという疑問はあるが、それどころではない。

 

自分は今着替えの最中、それもあろうことか階段の踊り場でだ。もし目撃されれば貞操どころかまず乙女としてアウトになること必死だろう。

 

とにかく急いで着替えるなるなり隠れるなりでやり過ごさなければ―――、

 

「はいはい肝に銘じておくよっ……と。……え?」

 

が、どうやら神様とやらは随分と意地悪なようで。動こうとした時には既に、その男子生徒はしずくのいる踊場へと降り立っていた。

 

そして必然的にその視線は、下着の一張羅というあられもない姿をした自らへと向けられ―――、

 

「ッッ――――――!!!!」

 

声にならない悲鳴の後、何かを引っ叩いた高音が校舎の隅に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お前、何がどうしてそんな面白いことになってんだ」

 

「……事実って小説より奇なりなんですよね」

 

「はぁ?」

 

部員全員が寄せてくる好奇の視線が痛い。

その理由はヒリヒリと赤く腫れた頬が物語っていた。そりゃあくっきりと顔に手形を刻んだ人間がいれば注目もされるだろう。雄牙だってそうする。

 

「誰かに虐められてるの? 何かあるんだったら私……!」

 

「いやいや違うって。なんというかその……事故みたいなモン。取り敢えず歩夢が心配してるようなことは起こってないから安心して」

 

『事故……うんまあ、事故みたいなモンだよな(笑)』

 

(何笑ってんだこの野郎)

 

あらぬ誤解と余計な心配を生むのは不本意だ。早急にこの話題からは脱却したい。

そんな意図も込めてせつ菜に視線をやる。練習前に一度皆で話したいことがあると言っていたのは彼女だった。

 

「あー、まだそういう訳にもいかなくてですね。実は今日から同好会の練習に復帰する方がいるんですが、そちらがまだ……」

 

「え、しず子戻ってくるんですか?」

 

「ええ。演劇部の方の活動が落ち着いたという話でしたので。私としてもこの話は全員揃ってからしたいので、しずくさんを待っているのですが……」

 

そう言えば以前他の部活と兼部している生徒がいるという話をかすみと共にしていたか。

せつ菜が同好会に復帰する際には顔を出していたらしいが、その場にいなかった雄牙はまだ面識がない。よって今日が完全に初対面だ。

 

「遅れてしまってすみません!」

 

そうなると思っていた。今この瞬間までは。

いやまあ、今日が初対面であることに変わりはないのだ。だがしかし今この瞬間の邂逅が初対面という訳では全くなかった。

 

何故ならそう、勢いよく戸を開けて駆け込んできたこの少女は―――、

 

「少しトラブルがあって……実は覗き、に……」

 

弁明をする彼女と目が合う。そして同時に硬直する。

長く伸ばした黒髪に、それらを纏める大きめのリボン。その容姿も相まって清楚な美少女という印象を受ける。

 

先程の出来事さえなければ、だが。

 

「「ああぁぁ―――ッ!!」」

 

驚嘆の叫びが重なる。なんで、どうして。そんな困惑が渦巻くのは雄牙だけではないようだった。

 

「…? お2人とも、お知り合いなのですか?」

 

「知り合いも何も―――」

 

「この人ですよ! 私の着替えを覗いてきたの!」

 

誰が言うより早く、雄牙を指さしたしずくが爆弾に他ならない発言を炸裂させる。

それと同時に周りの視線が帯びてゆく幻滅の冷たさは困惑と誤解の波紋だ。早急な弁明の必要性を物語っていた。

 

「瀬良お前……どうせやるなら見つからねぇようにだな」

 

「そっちかよ! てかやってませんから覗きなんて!」

 

「でも私の着替えを見たのは事実じゃないですか!」

 

「お前が1人でその格好してたんだろうが! 階段駆け下りてったら制服脱ぎ散らかしてる痴女がいるとか誰が想像出来んだよ!」

 

「ち、痴女!? 仮にも女の子に向かって―――」

 

「えーっと、盛り上がってるところ悪いのだけど……一旦話を整理しない?」

 

瞬く間にヒートアップしてゆく雄牙としずくを見かねた果林によって制止がかかる。

しずくはかすみに、雄牙は侑と歩夢に取り押さえられて一時休戦。同好会メンバーという裁判官を以って審議が執行されるのだった。

 

***

 

「え~、判決を言い渡します。主文、桜坂被告を彼方ちゃんの抱き枕30分の刑に処す」

 

「そんなぁ!?」

 

数刻の後に下った判決により雄牙の勝訴が確定する。ガッツポーズを取るように両腕を掲げる自らの傍らで崩れ落ちるしずくの姿が見えた。

 

「いやぁ~、流石にこれはしずくちゃんが悪いって」

 

「いくら人がいない場所とは言え廊下で着替えるのはね……」

 

「うぅ……」

 

好き勝手喚き散らした生意気な後輩が項垂れる様も気分がいいが、とにかく覗き魔という不名誉極まりない烙印を押されることは防げた。その事実にただ快哉を叫ぶ。

 

「でも瀬良くんも瀬良くんよ。いくらなんでも女の子にあんな言葉使っちゃダメ。お互い、後でちゃんと謝っておきなさい」

 

「「……はい」」

 

「果林ちゃん、お母さんみたいだね~」

 

「地元で小さな子の相手することが多かったから、慣れてるだけよ。……それよりせつ菜、これで全員揃った訳だけど話の方はしなくていいの?」

 

だがまあ最終的には雄牙も絞られる結果に終わりこの騒動は幕を閉じる。必然的に話題は何か含みのある様子を見せていたせつ菜の方へと移った。

 

「ああはい。正直この空気の中で話すのもアレだとは思いますが……」

 

キュキュ、と。ホワイトボードにペンを走らせた音の後。せつ菜が書いた文字列を愛が復唱する。

 

「ラブライブ?」

 

「はい。スクールアイドルの全国大会……それがラブライブです。今年もその開催が発表されました」

 

ラブライブ。スクールアイドルについて調べた際にその名前も目にしたのを覚えている。

端的に言えば高校球児でいう甲子園のようなものであり、初開催から現在に至るまでその規模を膨らませ続けているというスクールアイドルの象徴とも言えるイベントだ。

 

曰くスクールアイドルならば誰もが出場を夢見る大会であるらしいが……、

 

「どしたんせっつー、そんな暗い顔して」

 

「ああいえ、その、なんというか……」

 

「そのラブライブ目指して練習してた時に一回崩壊してんだよ、この同好会」

 

言い淀んだせつ菜に変わって昂貴が口にし、元から同好会に所属していた面々は苦い顔を見せる。

その時点で大半の者が察しただろう。彼女がこの話題を持ち出した理由を。

 

「つまり、ラブライブに出場するのかを全員で話し合いたい、ってことですか?」

 

「はい……大切な話ですので」

 

耀の句を継ぐ形でせつ菜が続ける。

 

「あの時と違うのはわかってます。今の私達はグループではなくソロ……あの時のように、方向性の違いから衝突するという心配はないでしょう。ですが……」

 

語末を濁した彼女の言わんとしたことは察さずともわかった。

ラブライブは大会、つまりは勝敗が付く競技に当たる。その結果で誰かが傷付くことを彼女は恐れているのだろう。

 

「……私は、見てみたいかな」

 

各々もそれを察し言葉を探す中、そう零したのはスクールアイドルではない侑だった。

 

「…ごめんね? ホントに私の個人的な願望でしかないんだけど、それでも私はラブライブのステージで歌う皆を見たい。だってスクールアイドルの祭典でしょ? そんなの絶対ときめくじゃん!」

 

何か論理的な方法を列挙するでもなく、侑が語ったのはただの願望。

 

「勿論競い合う以上誰かを傷付けてしまうことはあるかもしれないけど……それを怖がってたら、何も始まらないと思う。まあ、私が言っても無責任かもしれないけどさ」

 

でもそれは純然たる、スクールアイドルが大好きだからこその願いだ。そんな感情に突き動かされるように彼女は弁を振るう。

 

「でも、皆に後悔はして欲しくないんだ。だから今自分はどうしたいか……皆、それを考えて、ちゃんと決めよう」

 

言い切った侑に続いたのは沈黙だった。

 

でもそれは束の間のこと。次の瞬間には堰を切ったように皆の声が溢れ出した。

 

「後悔……そうね。折角始めたんだもの。やるなら頂点を目指してこそよね」

 

「私も出たい! 私達3年生にはこれが最初で最後の年……今しかできないことだもん!」

 

「彼方ちゃんも右に同じく~。やる気でおめめもぱっちりだぜ~!」

 

「私も出たいです! 形は変わってしまっても、私達があの場所を目指していた事実は変わりませんから」

 

「かすみんの可愛さを皆にアピールするチャンスですからね! 出場しない訳ないじゃないですか!」

 

「私もやる。皆と一緒なら、楽しそう。璃奈ちゃんボード˝やったるでー!˝」

 

「色んな人と楽しいことが出来るんでしょ? そんなの絶対アガるじゃーん!」

 

出場を躊躇うものは誰一人としていなかった。皆がそれぞれの想いを胸に秘めて、来るべき舞台への抱負を語る。

 

残るは最もあの場所に近く、またあの場所への情熱を抱く彼女だけだ。

 

「……ええ、私もです。私だってスクールアイドルになったからには、あの場所で思いっきり私の大好きを歌いたい……出場するに決まってるじゃないですか!」

 

向けられた視線に応えるように、せつ菜もまたその大好きを以って強く宣言した。

傷付けることを、傷付くことを恐れていた彼女はもういない。他でもない皆が彼女を変えた証拠だ。

 

「じゃあ、ここからは皆ライバルだね~」

 

「でも仲間だよ。困ったことがあったら、今度皆、ちゃんと頼ってね」

 

「仲間でライバル、ライバルで仲間……ね。ふふ、いいじゃない」

 

明確な目標を前に皆の士気が上がってゆくのを感じる。

ラブライブ予選開催まで、あと2ヶ月。各々のスクールアイドルの経験に差こそあれど、その時間だけは変わらない。それは皆わかっているだろうから。

 

「それでは今後の方針も決まったところで……今日も練習、張り切っていきましょう!」

 

「「「おーッ!!」」」

 

せつ菜の音頭が上がる。

スクールアイドルの祭典。その頂を目指す競争の火蓋が、切って落とされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「瀬良」

 

呼び留められたのはその直後だった。

振り返り、昂貴と目線が重なる。その一瞬の間に彼の意図を読み取った雄牙は、もう1人の男子生徒部員である耀と共に部室の中に残留した。

 

この3人が顔を突き合わせて話す用など一つしかあるまい。

 

『緊急を要する事態ではあるが……新顔もいる。先ずは改めての自己紹介が先決だな』

 

星海耀もまたウルトラマンと一体化する者の1人である。先日の騒動の中判明した事実だ。

同じ部活動に所属していたことは連携を取る上でも幸いであったが、自分達はまだ交流が薄い。タイタスがこの場を設けたのは、伝聞すべき情報があるのと同時にある程度互いについて知る機会を作るためでもあったのだろう。

 

『私はウルトラマンタイタス。戦士団の命を受け、U-40より派遣されてきた者だ。宜しく頼む。さあタイガ、君も』

 

『え、あ、ああ。うん……俺はM78星雲光の国の―――、』

 

『ウルトラマンタイガ、だろ。コイツを貰った時に話は聞いてる』

 

タイガの言葉を遮った蒼いウルトラマンーーーフーマは半透明な右腕を掲げてそこに備わった漆黒の手甲を示してくる。そのアイテム、タイガスパークはタイガの父親であるウルトラマンタロウが息子の創作を依頼する際に手渡していたものだとタイタスが言っていたのを覚えている。

 

『やっぱりお前も父さんに……』

 

『ああ。なんでも装着車同士で共鳴する力があるから、とか言ってたな。随分と必死に探し回ってたみたいだぜ、お前の親父さん』

 

『……そうか。私がタロウにタイガスパークを授かった際、10年前にも同様のものを授けた戦士がいたと聞いていたが……君のことだったか』

 

『まあな。俺はO-50のウルトラマンフーマ。宜しく頼むぜお役人方』

 

『O-50出身……成程な。となるとやはり、この星に滞在しているのはオーブの光による指令か何かか?』

 

『まあ…………そんなトコだ。ご生憎様芳しいとは言えねぇがな』

 

O-50出身のウルトラマンにはオーブの光と呼ばれる裁定者によって力を授けられ、その任を全うするという共通点があるとタイタスは語る。フーマもまた例に漏れずその1人なのだろう。

 

『…自己紹介なんざこんなもんでいいだろ。ぱっぱと本題の方に移ろうや旦那』

 

『……そうだな。君達を呼び留めたのは他でもない。少し伝えなければならないことがあってな。タイガ、特に君にとっては重要なことだ』

 

『な、なにがあったんだよ……』

 

ウルトラマンの任を背負った者達として共有すべき何かがある。つまりはそういうことだろうが、話を切り出したタイタスが纏う空気感は想像よりも深刻なものだった。

 

『以前、君に関する処遇を問う旨を光の国に伝えたと言ったのを覚えているな』

 

『あ、ああ……その割にはいつまで経っても連れ戻されないと思ってたけど……それが?』

 

『実は……それに対する返答が返ってこないままなんだ』

 

最近忘れがちにはなっていたが、タイガは本来この星での滞在が許可されていない存在だ。いずれは母星である光の国によって連れ戻されるはずであったが……その処遇が未だに下されていない状態だとタイタスは言う。

 

『……正確には光の国、U-40、ひいてはギャラクシーレスキューフォースやアンドロ警備隊に至るまで、我々と連携する全ての組織との交信が取れない状況にある、と言った方が正しいな』

 

『はぁ……? 本当かよそれ……』

 

『事実そうなっているのだから受け入れる他あるまい。だがあれほどの規模の戦力を持つ組織に揃って何かあったとは考え難い……となると、異常があるのはこの星と考えるのが妥当だろうな』

 

『誰かに交信が妨害されてるってことか?』

 

『私はそう考えている。恐らく宇宙警備隊や戦士団もこの事態には気付いているだろうし、遅かれ早かれ調査隊が派遣されてくるだろう。だがそれまでこの星は誰からの援助も受けられない孤立した状態であるが故、我々のみで戦わなければならない状況が続くだろう。……そこで、君達とも共有すべき情報は共有すべきだと考えた』

 

「共有すべき情報……?」

 

改めてタイタスが向き直る。自然と伸ばす背筋に力が入った。

雄牙のみならずそれはこの場にいる全員に伝播し、緊迫した空気と一拍の静けさが流れる。タイタスがそれを破ったのは直後のことだった。

 

 

 

『私に命じられた任務のこと、この星の現状。そして、その双方に関わる10年前の戦いにおける英雄……ウルトラマンゼロの戦いについてだ』

 

 




アニガサキの方と違い今作ではラブライブに出場する方向に舵を切らせて頂きます。やっぱ本家で見れない展開をやるのが二次創作の強みだと思うので

その一方でタイタスから明かされたのは地球にいるタイガ達が孤立した事実。なんかデッカーの状況と似てますね(意図してはないです)
それに伴い出てきたのはあの名前……次回は現状の振り返りかつ、前作ゼロライブのおさらい回となりそうですね……


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29話 あの日の景色

1か月も経ってしまった……申し訳ない
夏休み中はかなり1次創作の方が立て込んでいて時間が取れませんでしたが粗方片付いたのでボチボチ再開していきます

今回はニュージェネ恒例の振り返り回的なアレです


 

 

「ウルトラマンゼロ……」

 

『ああ。それが10年前、この星を守った戦士の名だ』

 

タイタスによって告げられた名がいつかの記憶を呼び覚ます。

一度だけ目にしたことがある。暗雲の中、絶大な輝きを以って闇を払った光の戦士……その名こそが、ウルトラマンゼロ。

 

『光の国でも特に名誉ある称号とされるウルトラ6兄弟……その1人に数えられるウルトラセブンを父に持つ戦士であり、若いながらもこれまでこの地球を含む数多くの星を救ってきたウルトラマン……それがゼロだ』

 

「ウルトラ6兄弟って……」

 

『…俺の父親、ウルトラマンタロウもその1人だ。比べられることもまあ……少なくなかったな』

 

タイガが語気を澱ませた理由は直ぐにわかった。

 

ずっと、僅かながらも疑問には思ってたんだ。いくら偉大な家系に生まれ、それが故の色眼鏡に見られ続けたとはいえ、果たしてそれだけで自尊心の暴走が引き起こされるまでに追い詰められるのかと。

 

でも違った。タイガの心は、同じく偉大な父親を持つゼロとの比較によっても削られ続けていたんだ。

 

強すぎる光は必ずどこかで影を生む。タロウやゼロという名の威光は、その陰でタイガの心を蝕み続けていた……つまりはそういうことだ。

 

「…なあ、タイタス」

 

『うん?』

 

「それだけの人がさ……なんで、急に地球からいなくなったんだ? まだ怪獣は出続けてたのに」

 

その影はタイガだけじゃない。雄牙の心にも、ずっと居座り続けている。

 

そんな感情に押し出されるようにして吐き出した疑問に昂貴と耀もその目をタイタスに向けた。そう思っていたのは自分だけではなかったらしい。

 

身勝手な言葉なのはわかってる。自分達はただ一方的に守られていただけだ。こんなことを言う権利は毛ほどもない。

 

でも、それでも割り切れはしないんだ。どうしてまだ怪獣の脅威が残る中で、この地球を去ってしまったのかが。

 

『……そうだな。まず雄牙。君のご両親のことは……私もタイガから聞いてる。確かに突然この星からいなくなった彼に対しやるせなく思うのもわかる。だが理解もして欲しい。我々ウルトラマンは本来、他星の文明に過度に干渉してはいけない存在なんだ。……この意味がわかるか?』

 

「いつまでも守ってやる訳にもいかねぇ……そういうことだろ」

 

雄牙に代わり昂貴が答える。

 

『その通りだ。……ゼロがこの星に滞在していたのは、この星を脅かす、この星の外からの脅威があったからだ。それが無くなった以上、不必要にこの星に残り、文明に余計な影響を及ぼす訳にはいかない。彼もその判断の元、この星を去ったのだ』

 

そんな極めて理性的に語られた、極めて論理的な言葉を、タイタスは次の一句で締め括った。

 

『我々ウルトラマンは、あくまでも宇宙のバランスを保つ存在に過ぎない。……決して、神などではないのだから』

 

地球に住まう者達が顔を下げる。

神様、だなんて思ってはいない。自分達と同じ感情を持った1つの生命であることは、彼等と共に戦ってきた雄牙達が最も理解していることだ。

 

でも確かに心のどこかで、ウルトラマンを都合よく人類を守ってくれる存在か何かだと思っていた部分があるのも事実だった。

 

『お前達が気にすることじゃないさ。そう思わせてしまう俺達にも非はある』

 

『その通りだ。少なからず今は、君達がそれをわかってくれている。その事実だけで十分だ』

 

改めなければならない。この認識を、ウルトラマンに対する何もかもを。それが共に戦ってゆく人間としての責務だろう。

 

『もののついでにこちらもわかってくれると嬉しい。ゼロは何も怪獣を放置してこの星を去った訳じゃない……我々含め、この星に怪獣に関する事実を把握してなかっただけだ』

 

「…? どういうことだ」

 

『それに関してはまず、この星で起きた出来事を語らねばならないな。簡潔に伝えると10年前、この星は˝ベリアル˝という闇に墜ちたウルトラマンによって危機に晒されていた』

 

「やっぱり、ウルトラマンだったんだな。あの黒いの……」

 

『ああ……ウルトラマンベリアル。光の国唯一の犯罪者にして、最凶最悪のウルトラマンだ』

 

ゼロが戦った1年間の中で最も大きなものとされる東京での戦い。その中でベリアルが見せた暴虐の限りは、今でも絶望の象徴として人々に語り継がれるほどだ。

 

そんなベリアルもまたウルトラマンの1人。薄々勘付きながらも目を逸らしていた事実が圧し掛かってくる。ウルトラマンは神でもなければ守護者でもない。改めてそれを実感させられるようだった。

 

『その名前なら流石に俺でも知ってるぜ。確か何十年か前に宇宙規模のでっけー戦争起こしたやべー奴だろ』

 

『˝オメガ・アーマゲドン˝って大戦のことか。確か、サイドアースとこの星での戦いがそれの延長線なんだよな』

 

『ああ……まずはオメガ・アーマゲドンについて話そうか。2人が語った通り、これはかつてベリアルが起こした宇宙規模の戦争を指す言葉だ。そしてその大戦の中で˝クライシス・インパクト˝と呼ばれる大事件によって異なる時空の、2つの地球が破壊された。それがサイドアースと呼ばれる地球と……この星だ』

 

「「『はぁッ!?」」』

 

昂貴、そしてフーマと共に揃って驚嘆の声を上げる。

けどそれも仕方ないことだろう。この地球にかつて破壊された過去がある……一撃で脳のキャパシティを超えてきた情報にはただ叫ぶしかない。

 

『オイオイオイそれマジかよ旦那!? そんじゃあ今俺等が立ってるこの星は何なんだよ!?』

 

『落ち着けってフーマ。今この地球が存在してるってことは修復されたってことだろ』

 

『タイガの言う通りだ。ベリアル軍によって崩壊の危機に瀕したこれらの地球、そして宇宙はいずれも超人的な力を持つウルトラマンが一体化することで修復された。この星に関してはウルトラマンノア……神とまで称される、伝説の巨人がそれをやってのけた。君等も1度目にしたことがあるだろう』

 

タイタスが言い切ると同時にタイガがイメージを共有してくれる。眩いまでの銀色の肉体に巨大な翼を携えたその姿は、間違いなく10年前にゼロと共にベリアルを打ち倒した巨人のものだった。

 

当時の自分には知る由もないだろう。突然現れたあの巨人が、2度に渡ってこの星を救ってくれた者であるなど。

 

『ノアほどの存在が動かざるを得ない規模の被害が生じた戦いだ。当然首謀者であるベリアルも無事では済まず、肉体を失う結果に終わった。そんなベリアルを復活させるために利用されたのもまた、クライシス・インパクトによって破壊された地球だったという訳だ』

 

『サイドアースでの件なら俺も知ってるぞ。確か、ベリアルの復活自体は防げなかったけど、ジードって言うウルトラマンが打ち倒したんだろ。爺ちゃんが話してたのを覚えてる』

 

『その通り……この星でも概ね同様だな。ベリアルは三度復活を遂げたが、その結果は君達も知っての通り。ゼロとノアに打ち倒されることで一連の戦いは終結を迎えた……筈だった』

 

否定で区切られた言葉に眉を寄せた。恐らくそれこそがゼロを含むウルトラマン達が把握していなかったというこの星の事実なのだろう。

 

『んだよ。もったいぶってねぇで早く言ってくれって』

 

『戦いの影響は今も色濃くこの星に表れている……ということだ。特に、頻出する怪獣はその最たる例だろうな』

 

タイタスがVサインを作る。ピースマークではなく、怪獣の出現する要因が2つあるということだろう。

 

『1つはダークネスファイブと呼ばれたベリアル直属の配下の存在にある。彼等の乗っていた宇宙船の残骸から、怪獣の活性を抑える特殊な波動が照射されていたことがわかっていてな』

 

「じゃあ、今のこの状態が本来の地球ってことか?」

 

『そうなるな。計画の進行に不都合な存在を抑制する必要があった、という話だ。恐らくクライシス・インパクト以前は当たり前に怪獣が生息する環境にあったのだろう』

 

怪獣は殆どの宇宙に存在する普通種であるというタイタスの捕捉が加わる。これまで抱いていた常識が尽く否定され、新たなものに塗り替わってゆく音がした。

 

『もう1つは˝デビルスプリンター˝と呼ばれる、ベリアルの細胞から発生した因子だ。これには生命体を狂暴化させる作用があるのだが、厄介なことに、ベリアルが討たれた場所でもあるこの宇宙では特にその影響が色濃く出ている』

 

ベリアルが打ち倒された後、宇宙警備隊によって可能な限りは回収されたらしいが……それでも宇宙空間に散ってしまったものや、既に地球生物に接収されてしまったものが相当数残っていると考えられるらしい。

 

あくまでも考察に過ぎないが、地球怪獣の急速な活性化もこのデビルスプリンターが関わっている可能性が高いそうな。

 

『……そして、このデビルスプリンターこそが私がこの星に遣わされた理由でもある。タイガ、ファイブキングにゼッパンドンのことは覚えているな?』

 

『ああ。確か、タイタスが追ってきたって奴が変身してたって、奴だろ。ソイツと何か関係があるのか?』

 

『関係があるというよりは、奴がこの星に飛来した目的がデビルスプリンターにあるということだ。奴……オグリスは光の国にて開発途中であった˝ウルトラゼットライザー˝を盗み出して以降、次々とデビルスプリンターの回収任務に当たっていた宇宙警備隊からそれらを強奪していたと聞く』

 

この星は特にデビルスプリンターの影響が色濃い。先程のタイタスの言葉を反芻する。確かに、これまでもデビルスプリンターを狙って行動していたのなら地球へと飛来した理由もそれだと考えるのも妥当だろう。

 

『……ヴィラン・ギルドの連中が騒いでやがったのはそういうことか』

 

『? 何か言ったか?』

 

『……何でもねぇ。それよか、どーすんだよその奴さんはよ。んな危ねーもん集めてるような野郎なら、何しでかすかわかったモンじゃねぇだろ』

 

『それについては私としても早急に対処をしたいところではあるが……少々、面倒なことになっているようでな』

 

『……つーと?』

 

『どうやら、この星にて何者かと手を組んだようでな……タイガ。これに関しては君の方が詳しいだろう』

 

首を傾げたフーマに、タイタスは雄牙達の方向を見やることで回答した。

この星に巣食う脅威は一つではない。オグリス、デビルスプリンター、ヴィラン・ギルド……そして、自分達に接触してきた謎の男の存在だ。

 

『つっても、俺もただこの中で唯一ソイツと接触してるってだけに過ぎないけどな。この前のギャラクトロンの時と……10年前の戦いの時』

 

「10年前って……あのゼロってウルトラマンがいた頃、ですよね? タイガさん関係してるんですか?」

 

『関係してるというか……ゼロとベリアルの最終決戦の時、俺は宇宙警備隊の作戦に無断で参加して地球周辺のベリアル軍と戦ってたんだ。その中で俺は大きなダメージを受けて、肉体を失った』

 

苦々しい表情でタイガが語る。やはり当人としてもあまり掘り返したくはない過去らしい。

 

『その一撃を放ってきたのが奴だ。どこまで信用できるかはわからないけど、本人がそう言っていた』

 

「そんで10年経ってまたお前の前に現れたと……ストーカーみてぇだな」

 

雄牙も奴と対峙したのは1度だけだが、その所業は嫌という程この記憶に刻み込まれている。菜々を精神的に痛めつけ、街を破壊し、挙句の果てにタイガの正体を彼女へと明かした。

 

敢えて雄牙達に街を守らせようとしたなど不可解な点は多いが……それでも油断ならない相手であるのは確かだった。

 

『聞く分にゃ、そのストーカーさんの狙いはソイツにあるんじゃねーのか? なにせお偉いさんのご子息だ。狙われる理由なんざごまんとあんだろ』

 

『私達も同様の見解に至っている……それと、関係があるかはわからないが……先日、せつ菜に確認されたという発光体の件も気になる』

 

『え、あれが˝リトルスター˝じゃないのか?』

 

「リトルスター……?」

 

何度目かもわからない、聞き慣れぬ単語が上がる。必然的に視線はその言葉を発したタイガへと集まった。

 

『ああ、うん。俺も詳しく知ってる訳じゃないけど、˝カレラン分子˝っていう特殊な物質の影響で形成されるエネルギー体って話だ。初めはサイドアースでベリアルの復活を目的に散布されたってのも、光の国のメモリーヒルズで見た』

 

せつ菜の光がタイガスパークを介してブレスレットという形を成したように、媒体ごとにその形状や質を変化させるリトルスターの性質を利用したのかもしれない。タイガはそう語る。

 

『この地球でもベリアルの復活は企てられたって話だったから、てっきりサイドアースと同じかと思ってたんだけど……違うのか?』

 

『いや……確かにこの星でもリトルスターの存在は確認されている。ゼロが戦った10年前にな』

 

『そんじゃあもう決まってるようなモンじゃねぇかよ。そのデビルスプリンターだのとか、リトルスターってのを集めてベリアルを復活させようって魂胆だろ』

 

その結論に達したのはフーマだけではなかった。ベリアル因子の結晶とも言えるデビルスプリンターに、過去に奴の復活を目的に利用されたリトルスターの存在。その考えに至るのは必然とも言える。

 

『確か、サイドアースでカレラン分子が散布されたのは俺が資料を見た時点では6年前……あれから10年は経ってるから、今だと16年くらい前か』

 

「丁度俺等が生まれた頃か……他になんか知らねぇのか」

 

『俺も10年前ので情報が止まってるから流石に当時判明してたことくらいしか。あと俺から話せるのは……そうだな。リトルスターの性質の1つに、宿主がウルトラマンに対して強く祈ることで分離されるってのがある、ってくらいか』

 

「だからあの時……」

 

せつ菜から雄牙に光が受け渡された時、確かに彼女は強く祈るように自分達へと声を向けていた。それこそがタイガの言う性質なのだろうか。

 

『でもちょっと待てよ。だったら連中はどうやってリトルスターを集めようとしてたんだ。ウルトラマンに祈らねぇと分離されねぇってんなら、連中にゃどう足搔いたって回収できねぇだろ。その辺はどうやってたんだよ旦那』

 

『そこに関しては私も知らない。……不可解なことに、この星、強いてはサイドアースでの一連の件についてはあまり事の詳細が明かされていなくてな。噂によれば、ウルトラ兄弟等の一部の者にしか共有されていないという話だ』

 

『なんかきな臭ぇなその話……おいタイガ。お前お偉いさんの息子なんだろ。なんかその手の話聞いてねぇのかよ』

 

『いくら何でも話してもらえる訳ないだろそんなこと……ああでも、関係あるかわからないけどメビウスって言う兄弟子が前にこの星での任務を終えて来た時にちょっとだけ話してくれたことがあったな。確か……陸くんって弟子が出来た~、とか言ってた気がする』

 

「陸くん……?」

 

地球人、それも日本人に当て嵌まるであろうその名前に揃って眉を寄せる。

 

『…一応聞いておくぞタイガ。メビウスほどの戦士が軽々しく口外することはないと思うが……それは話して大丈夫な情報だったのか?』

 

『いや……あの人結構天然というか、抜けてるとこあるから割と口滑らせることも多いぞ。この事もやっぱりマズかったらしくて、あとで父さんとヒカリ先生に滅茶苦茶怒られてたし』

 

「だとしても名前1つでんな大目玉喰らうか普通……」

 

昂貴の言う通り、いくら無暗な交流が好ましくは星の住人とは言えど名前1つで叱られるとは考えにくい。となるとその陸という人物は10年前の戦いにおいて重要な者であった可能性が高いか。

 

だとするなら一体なんだ。フルスロットルに思考を回転させた雄牙の脳裏に閃きが走るのはこの直後だった。

 

「もしかして……ゼロと一体化してた地球人の名前?」

 

『ッ…! それだ! それだぜ雄牙!』

 

ウルトラマンは他の星に滞在をする際、その場所の原住民の身体を借りることがある。それはゼロも例外ではないはずだ。その場において上がり、かつウルトラマンに弟子入りする地球人の名前などそう考える他ないだろう。

 

陸。それが10年前、ウルトラマンゼロと一体化し戦った人間の名前。

 

「……でも、地球の方で秘密にされるならともかく、ウルトラマン達の間でも隠される理由ってなんなんでしょう」

 

『……情報源が噂になるから、信憑性の面では薄くなるんだけどさ。実はジードってベリアルって結構似ててさ。そのせいで何か関係があるんじゃないのかって言われてるんだよ』

 

そう言えば、かつて地球に飛来したウルトラマンの中に妙にベリアルと似た容姿を持つ者がいた。それこそが幾度も名前の上がってきたジードと言う戦士なのだろうか。

 

『で、それがどうかしたのかよ』

 

『さっきフーマも言ってただろ。リトルスターの分離にはウルトラマンに対して祈ることが必要だって。だからベリアル軍の連中にもリトルスターを集めるためのウルトラマンが必要だったはずだ。多分だけど……それがジードと、その陸って人だったんじゃないのか』

 

これまでに上げられた情報を拾い集めながらタイガは語る。

 

『ゼロはサイドアースでジードと共に戦ってたから、一連の件については知ってた筈だ。だからこの星で出会った第二のウルトラマンジードとも言える彼が同じ道を辿らないように一体化し、共に戦った……これなら辻褄が合わないか?』

 

『……成程な。てこたぁアレか、今はそのベリアル軍の残党が10年前と同じ方法でベリアルを復活させようと企んでるってこった』

 

集めさせたリトルスター、を最終的に強奪するという形で利用していたのなら確かに合点がいく。

仮にそれが事実であるとするなら、今回その対象になっているのはタイガだ。あの男が接触を図ってきたことからもそれは明白だろう。

 

『決まりだな。奴等の狙いはベリアルの復活……他の組織と交信が取れない以上、俺達でどうにかするしかない。俺達で奴等の野望を阻止するんだ』

 

『ちゃっかり数に含みやがってこの野郎……これだからお役所連中はよ』

 

『なんだよ。お前も結構ノリ気だったじゃんかよ』

 

『なんでただ駄弁っただけで協力するってことになるのかねぇ? っぱお前バカだろ。一瞬でも見直して損したぜ』

 

『はぁ? それを言ったらお前もな―――、』

 

議論の次に始まった口論により部室内が再びの喧しさに包まれていく。この有様で戦い抜けていけるのかと言う不安はあるが、それでもやるしかない。今その脅威に立ち向かえるのは自分達しかいないのだから。

 

『……』

 

改めて決意の帯を結び直す。その傍らでタイタスが怪訝に顔を傾けていることにはまだ気が付きはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……毎度のように思うが、本当に気持ちの悪い技術力だな。見様見真似で再現出来る代物ではないだろう」

 

「前にも言ったが、手先が器用でね」

 

手渡された新しいメダルを見下ろす。玩具が増えると思えば悪い気はしないが……それでもやはり、この異様なまでの手際の良さには気色悪さも覚えた。

 

「このところはヴィラン・ギルドの連中も好意的に接してくれてね。少し珍しい怪獣も提供してくれるようになった。足を運び続けた甲斐があったよ」

 

「フン……弾むようになったのはそれだけではないだろう?」

 

けれどもコイツには利用価値がある。それがある限りは多少目は瞑ってやる。

メダルを握る方とは反対の手を何かをせびるように差し出せば、男もまた呆れるような溜息と共にその手を重ねた。

 

「……仰せのままに。少しは、自分で稼ぐ気にもなって欲しいものだがね」

 

「前にも言ったが、この星に私を招いたのはお前だ。だったらお前には私をもてなす義務がある」

 

受け渡された代物を確認し口角を吊り上げる。

この星においては恐らくメダル以上の価値を持つそれらを握りしめ、オグリスは突風のような速度で飛び出してはビルの間を縫うように宙を翔けた。

 

「さて……いつまでこんな真似を続けるつもりか」

 

この星で味わう娯楽は確かに魅力的だ。だがそんなものはオグリスの気を逸らすための戯れに過ぎない。協力するという言葉の裏で何かを進めているのは明白だ。

 

奴が何を目論んでいるかに興味はないが……自分を利用しようなどという考えは気に食わない。

 

こうなれば少し、探ってみるのも一興か。

 

「頃合いを見計らって奴等に接触してみるか……場合によっては、新しい玩具になってくれそうだ」

 

やることは変わらない。この乾きが潤うその時まで、己が心の赴くままに遊ぶだけだ。

 

徐々に夜闇が支配してゆく街の中、紅く瞬いた双眸の描く光彩が黒の中に刻まれた。

 

 




今回は前作「ゼロライブ」で起きた大まかな出来事の振り返り、そして今作へと続く要素の説明回となりました。前作を読んでいない方に軽く説明しておくと、この作品の世界は本家ウルトラシリーズの世界線が「ウルトラマンジード」辺りの時系列から少しずつ分岐していった世界となっています

ゼロライブ時空で起きたクライシス・インパクトの正式な名称は「アナザークライシス」となるのですが今回は便宜上クライシス・インパクトの呼び方で統一しましたので悪しからず

そして上がった˝陸˝と言う名前……タイガ君の考察がどこまで当たっているのかも含めニチャニチャして見守っていきましょう


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30話 キミが選ぶ未来 前編

1次創作のモチベがモリモーリなおかげで中々2次に手がつかねぇぜぃ……いいことなんでしょうけど

今回から暫く個人回です。サブタイも前中後編で分けられるから考えること減って楽ですね(横着)


 

『この頃、ヴィラン・ギルドの怪獣商と何遍も取引してる奴がいてな。魔王獣クラスの怪獣が何体もオークションに出品されてんのはそれが理由だって専らの噂だ』

 

「成程な……こないだのマガグランドキングってのもそれが原因か」

 

地球に滞在する宇宙人達の行き交う裏の歓楽街。

もう何度とここに足を運んだか。環境への慣れを自覚してきた頃には既に何人かの顔見知りと妙な関係を結ぶようになっていた。

 

『そんで、例のモン持ってきてくれたんだろうな?』

 

「ああ、コイツか。別にこんなモン俺に頼まんでも普通に買えるだろ」

 

『俺みたいな擬態能力のない種族は地球人の社会にゃ入り込めねぇんだよ。ホント、お前がいてくれて良かったぜ』

 

ミイラ化したカラスのような頭部が特徴的な宇宙人―――レイビーグ星人は手渡されたパックジュースを心底嬉しそうな表情で飲み干す。

 

何も以前偶然にも口にしたこの味が忘れられず、どうにかして再び手に入れる方法を探していたところに昂貴と出会ったという話だ。

 

「他の頼む奴いねぇのかよ。変身能力持った奴なんざいくらでもいるんだろ?」

 

『いるにはいるが……そう言う奴は大抵自分の価値がわかってやがるからな。要求される見返りがバカにならなくて手なんか出せねぇよ』

 

「持ってる奴が下から巻き上げる構図はこっちも同じか……世知辛いモンだ」

 

彼のように地球人社会で自由に動けない異星人の求める物資を昂貴が調達し、その見返りとして宇宙人社会の情報を提供してもらう。いわば取引だった。

 

多種多様な異星人が蔓延るこの場所に無償の善意なんてものは存在しない。何かを得るためには何かを支払うのがここのルールならばそれに倣うまで。郷に入っては郷に従えと言うやつだ。

 

『地球が他の惑星との交流を始めてくれりゃぁ一発で解決する問題なんだがな……まあそこは仕方ねぇ。どの星も一度は通る道だ』

 

だがそんなルールが生まれたのも地球が言わば閉ざされた状態にあるからだ。レイビーグ星人の言葉の通り、未だに異星人との交流が開かれていない地球の現状こそがこの事態を招いている。

 

日本の歴史で例えるのならば、今の地球は江戸時代にあった鎖国状態のようなものだ。それが解かれない限り、彼のような持たざる者の苦難は続くことだろう。

 

『また持ってきてくれよ。俺も出来る限り情報仕入れとくからよ』

 

「おう。こっちこそまた頼む」

 

レイビーグ星人と別れ、もう少し探れるものはないかと歓楽街の奥へと進んだ。可能ならば出来る限りの情報が欲しい。何が正しいのかを判別するためにも。

 

(……なあタイタス。此間タイガが言ってたことなんだが……あれはどこまで信じていい)

 

『……やはり、君は気が付いていたか』

 

(まあな。連中が10年前の計画に準えてベリアルの復活を目論んでるとするなら……いくら何でも不確定要素が多すぎる)

 

先日、10年前の英雄であるウルトラマンゼロの戦いを振り返るなかでタイガが口にした推論を思い起こす。

 

彼によればサイドアースやこの地球であったように、リトルスターを利用したベリアルの復活計画が再び動き出したという話だが……今し方述べた通り、その計画を実行に移すのはあまりにも綱渡りが過ぎるのだ。

 

『この星で最後にリトルスターが確認されたのはゼロが戦った10年前であることから、恐らく発生のピークはその時に過ぎ去っているはずだ。仮にせつ菜の光がリトルスターであるとしても、それは何らかの要因で発生が遅れていただけに過ぎない。同様の状態にあるものが他にも存在しないとは断定できないが……あるにしても、その数はたかが知れているだろうな』

 

(ああ。聞く分にゃ相当ご周到に計画を練ってたって連中だ。そんな奴等が、今更そんな一か八かの賭けに出るかって話だよな)

 

あの時は雰囲気と熱量に押されて納得しかけてしまったが、冷静になってみればすぐわかることだ。

 

『だが……ジードや陸と呼ばれた者については恐らく事実だろう。そちらは辻褄が合っていると言っていい』

 

全てが間違っていたという訳ではないらしく、タイガの論の一部を肯定したタイタスによってとある事実が確定する。

 

それが10年前にゼロと一体化し戦った者の名が˝陸˝であるということ。直接自体の解決に向かうようなものではないが……それでもその後釜を担う立場にある者としては大きな進歩だった。

 

(思いっきり日本人名だし……地球人、だよな?)

 

『だとは思うがな……だが、こればかりは直接確認しない限りは何とも言えん。状況が状況であるが故、出来れば接触を図りたいところではあるが、如何せん情報が少ないな……』

 

現状判明しているのは名前だけ。一部地域に頻繁に出現したという事実もあるためある程度居場所を絞り込めなくもないが、10年も経てば居住場所が移り変わっている可能性など大いにある。結局のところ手元にある情報が少なすぎることに変わりはない。

 

それでも何とか手掛かりになる情報はないかと記憶を総浚いした折、直近のとある会話が掬い上げられる。

 

(……そう言えばタイタス。前にゼロと会った時にスクールアイドルの話をされたって言ってたよな)

 

『ああ、そう言えばそんなこともあったな。……っ、そういうことか』

 

タイタスもまた何かに気が付いたように傾けていた顔を上げる。

 

『昂貴。確認するが……現状、スクールアイドルとして活動出来るのは高校生のみという認識でいいのだな?』

 

(中学生の頃から真似事してる奴もいるらしいが……公に活動出来るのは今のとこ高校生だけだな)

 

ゼロがそんなスクールアイドルと何かしらの関わりがあった。ウルトラマンが無暗に地球人と接触出来ない点を鑑みれば、一体化した人間がスクールアイドルとの関係を持っていたと考えるのが自然だ。

 

つまり陸という人物は当時高校生であった可能性が高い。

 

『……少し、そちらの方にも探りを入れてみるとしよう。どこまで調べられるかはわからないがな』

 

(当時を知ってる宇宙人とかいりゃあ手っ取り早いんだが―――、)

 

一先ずは手当たり次第に聞き込んでみるかと次なる行動に舵を切ろうとした時、ポケットに突っ込んでいた携帯端末が小刻みに揺れているのに気が付く。

 

反射的にそれを手に取った身体が通知の理由を確認し、同時に踵を返した。

 

(…悪いタイタス。今日のとこは一旦お開きだ……彼方が呼んでる)

 

『む…承知した。何か、あったのか?』

 

勇み足で来た道を戻る昂貴にタイタスが怪訝な声音を向ける。

そんな彼に対し昂貴は少々大袈裟に、また口元を緩ませながら返した。

 

(ああ一大事だな……遥のライブだよ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みなさーん! 今日は私達のライブに来てくださって本当にありがとうございます!」

 

「うおぉぉぉ~! 遥ちゃ~ん!」

 

音の濁流に身を沈める。

愛嬌を以て振り撒かれる歌声、それらを乗せる軽快な音楽、壇上の少女達へと向けられる歓声。

 

その全てに負けないように身体から放り出したのは……愛する者への想いを込めた快哉だ。

 

「ほらほら、コウ君ももっと声出して! 遥ちゃん頑張ってるんだから!」

 

「ちった自重しろバ彼方。摘まみ出されんぞ」

 

東雲高校スクールアイドル部、そのライブが今日この場で行われている。

 

溺愛する妹がステージに立つとなれば例え嵐が来ようと駆けつけるのが近江彼方だ。遥が高校に進学し、スクールアイドルを始めてから早数か月、これまでのライブ全てに足を運んでいる彼方の姿はこの日も会場にあった。

 

「お姉ちゃん……ちょっと、抑えて……」

 

ステージ上の遥が気恥ずかしそうに顔に朱を差したのが見えた。人前でパフォーマンスをすることにはもう慣れたようだが身内が恥を晒すのにはまだ耐性は無いらしい。

 

そんな妹にごめんと軽く会釈を返した。少しはしゃぎ過ぎてしまった己の心を諫めつつ改めて壇上の遥を見やる。

 

可愛い。超絶可愛い。世界一愛らしい。今日もどこに出しても誇らしい自慢の妹だ。

 

「遥ちゃんの可愛さが世界中に広まれば差別も争いも無くなるんじゃないだろうか……」

 

「そーだな」

 

「はっ……、でもそんなことしたら遥ちゃんを巡って戦争が起きてしまうかもしれない……」

 

「……そーだな」

 

「おいおい、ノリが悪いぜ昂貴さんや」

 

冗談半分で言ったものの、適当に流されるとそれはそれで寂しいものだ。

昂貴も遥を可愛がってくれていることは十分理解しているがどうにもベクトルが違うというか、彼女への熱量に差を感じてしまうことも少なくない。

 

その分が自分に向いていると考えれば決して悪くはないのだが、やはり遥へのこの愛情を共有できる相手は欲しいものだった。

 

「……ん?」

 

そんなことを考えていると、ふと視線の端に映り込んだ人影へと意識が逸れる。

見たところ自分達と同年代の少女のようだが呑気に感想を述べている場合ではない。何故ならその少女は何かに引き寄せられるようにして、ステージ上の遥達の元へと進んでいたのだから。

 

「え? ちょっ……!」

 

遂には壇上へと至ってしまった彼女の行動に遥達のパフォーマンスは中断され、会場にも困惑の空気が流れる。

 

何かしらの運営組織があるイベントとは異なり、個々のグループが独自に行うゲリラライブには警備員のようなものは配置されていない。故に良識を持たない者が催しを中断してしまうハプニングも時折起こるらしいが……遭遇したのは初めてだった。

 

「おいアンタ! そっちは客席じゃねぇぞ」

 

予期せぬ事態に混乱する空気感が舞い降りる中、昂貴が乱入者へと声を上げる。

場合によっては力づくでもといった雰囲気を纏う彼に僅かな不安を覚えるが、どうにもそれは杞憂に終わるらしく。壇上の少女が見せた行動は想像から外れたものだった。

 

「……?」

 

自分に言っているのか。昂貴と重なった瞳はそう語っていた。自分の行動に何一つの疑問を抱いていないという顔だ。

 

だがそれも束の間のこと。周辺にいる人々の視線が好奇と困惑を以て自身に向けられていることを察すると、明確な混乱を映した表情を振り撒いていた。

 

その様に何か、察するものが彼方の胸に生まれるのは同時だった。

 

「ダメだよ~、ステージの邪魔したら。もっと近くで見たいって気持ちもわかるけどね」

 

これ以上のトラブルを生む前に今度は彼方が声を掛ける。ライブが失敗して遥が悲しむのも、昂貴に手荒な真似をさせるのも自分は望んでいないから。

 

「…とりあえずごめんなさいして、その後にまた楽しもう? 今度は一緒にさ」

 

自らも壇上に登り、手を取った彼女の手。その熱が直に伝わるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ~……、じゃあスクールアイドルを見るのも、知るのも初めてなんだ」

 

場所は移り少し離れた海浜公園。海風に運ばれた潮の香りが満ちる中、会話に花を添えるのは先程のライブだ。

 

「今時珍しいねぇ。でも流石にステージに上がっちゃうのはやりすぎだってぇ」

 

「…ごめんなさい。気付いたら……」

 

「ああいや、別に責めてる訳じゃないよ? むしろそんなに夢中になれるなんていいことだよ~」

 

彼方と話すこの少女は自らをアオイと名乗った。曰くずっと海外にいたらしく、久しく戻ってきた日本でスクールアイドルのライブに遭遇したらしい。

 

尤もそれがこの社会に溶け込むための嘘であることは明白であるが。

 

(……今のとこ、何か害意があるようには見えねぇが……)

 

タイタス曰く、アオイはこの星の住民ではない。明らかに地球人とは異なる気配が彼女からするという。

 

最初こそ信じ難い部分はあったが、よくよく考えてみれば納得がいく。パフォーマンス中のステージに上がるなど地球人社会の常識から考えてあり得ない。それはアオイがスクールアイドルのみならずこの星のことすらもよく把握していないという証拠と言えるだろう。

 

『敵意がないのならば特別警戒する必要もないのだがな……見逃すのは少し、彼女から感じる大きな気配が気掛かりだ』

 

宇宙人だからと言って全てが敵性を備えている訳ではないことはタイタスと共に行動する中でわかってきた。あのレイビーグ星人のように、止むを得ない理由でこの星に留まっている者だっているのだ。アオイもまたその1人であるのかもしれない。

 

だがそれだけで見逃すという訳にもいかない。タイタスの言う大きな気配と言うのが何を指すかはわからないが、それが脅威になり得ないとは言い切れないからだ。

 

『直接本人に問うのが早いのだろうが、流石に早計が過ぎるか。一先ずは観察という形で手を打とう』

 

(…了解)

 

釈然としないが、下手に問い詰めたことで不都合な行動に出る可能性や、下手にタイタスと一体化している事実を明かす訳にはいかないことを考えれば妥当なのか。ともあれ彼が言うならばそれを飲もう。

 

「……1つだけ、聞いてもいい?」

 

「ん~? 彼方ちゃんの答えられることならなんでもバッチコイだよ」

 

「あの子達が何を目的にあそこに立ってるのか、彼方は知ってる?」

 

「おーう、そこからかぁ……」

 

再度目の前の宇宙人に視線を戻せば、丁度素っ頓狂な問い掛けに彼方が頭を抱えた瞬間だった。地球のことに疎いのならば当然アイドルと言う文化も知らないのは当然か。

 

「えっと、何をしてるのかって言われると説明が難しいんだけど……」

 

当然そんなことを知る由もない彼方は困惑しつつも思案し、やがて口にする。

 

「……アオイちゃんはさ。どうして遥ちゃん達を見て、ステージに近づいちゃうくらい夢中になったの?」

 

「え……?」

 

質問に質問で返した彼方にアオイは目を丸くする。そして暫くの後、

 

「……わからない。そもそも、夢中になってたって言い方が正しいのかもわからないけど……」

 

「うん」

 

「何と言うか……その、精一杯やりたいこととか、自分自身を表現してる姿が凄く眩しくて、目が離せなかった……私には、そんなものないから」

 

「……そんなことないと思うよ」

 

何か悲哀を含む言葉で区切られた回答。迂闊に踏み入ってはならないような闇を感じる雰囲気が舞い降りるが、彼方はそれを和らげるように口角を上げた。

 

「少なくともあの時ステージに近づいたのは、ステージの上の遥ちゃん達にトキメいたってことでしょ? それだって立派に、アオイちゃんの心がそうしたいって言った証拠だよ。褒められたことじゃなかったけどね」

 

「そう、なのかな……」

 

「彼方ちゃんはアオイちゃんの心がわかる訳じゃないから、断定は出来ないけどね。そいでどうですかいお嬢さん、自己表現で悩んでいるのならスクールアイドルの門戸、叩いてみるかい?」

 

「私が!? 無理、私にはそんなこと……」

 

「え~、アオイちゃん可愛いのに~」

 

「か、かわっ……!?」

 

彼方はぼんやりしているようでその実よく周りを見ている。その場の空気や人の気色の変移にはかなり敏感であるし、もしかしたら既にアオイが地球の住民でないことに気付いている可能性もある。

 

普段よりも真摯に、それでいておちゃらけて接している姿は少なからず、何かを察しての振る舞いであるように思えた。

 

「揶揄わないで! ……取り敢えず、聞きたかったことは聞いたから。私はここで―――」

 

「本当のことなのに~。ああそうだ、待ってアオイちゃん。これ」

 

立ち去ろうとするアオイに、彼方は一枚のビラを手渡す。手描きと思しきイラストをバックに印刷されているのは東雲高校スクールアイドル部の文字。

 

「遥ちゃん達、今大きな大会に向けて頑張ってるみたいでさ。暫くは沢山ライブやるみたいなんだ。よかったら見に来てよ。また彼方ちゃんと語り合おうぜ~、遥ちゃん大好き同盟として」

 

「……」

 

アオイからの返答はなかった。ひったくるようにチラシを手に取った彼女は未だ覚めぬ朱を頬に差したまま都会の雑踏の中に消えてゆく。

 

「おお、これは彼方ちゃん振られちまったかな?」

 

「どーだか。鬱陶しく感じたならわからなくもないが」

 

「おいおい言ってくれるねぇ。……でもまあ、遥ちゃん達に興味持ってくれて嬉しくなっちゃったのは本当」

 

二人だけの、いつもの時間が舞い戻る。

でもそこに流れる空気は少し異なる。少しだけその熱を和らげた海風が頬を薙ぐ中、彼方はいなくなった少女へ想いを馳せるように呟いた。

 

「アオイちゃん、来てくれるといいなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……変な子、だったな」

 

暗い道で奏でられる足音に独り言を彩る。生み出された色は黒いままだった。

 

「やりたいこと、か……」

 

わからない。自分があの輝きを目にして何を思ったのか、自分が何をしたいのか。不意に耳にした歌から生まれた騒音が己の中で大きくなってゆくのを感じる。

でもそれは不要な音であるはずだから。

 

「……」

 

乱された心を深呼吸で整え、自らの解を問うように両手に抱えた水晶体へと祈る。

間もなくに脈打った鼓動が教えてくれるのは答えであり導きだ。それが際限ない安堵を与えてくれた。

 

「私がやるべきことは一つだけ。そうですよね……セグメゲル様」

 

 




と言う訳で個人回トップバッターは近江の彼方ちゃんだぜ。先に言っておくと主役陣との兼ね合い上彼方はもう何度かピックアップの回があると思います

ゲストの女の子の名前や最後に出てきた単語で元となった話はお察しのことと思いますが……どう転ぶのやら


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31話 キミが選ぶ未来 中編

なるか……Liella!3期生に……(規定を読め)
ともあれ3期決定おめでとうございます


 

塵と黒煙の昇る街中に響く警報と轟音。

怪獣が出現し、それを打ち倒すべくウルトラマンが現れる。人々が忘れて久しかったこの光景も、今となっては当たり前に戻りつつあった。

 

『ッ――――!!』

 

怪獣の口から噴出された紫紺の火焔を回避し、直後に地面へと着弾したそれから発せられる熱波にインナースペース内の雄牙は妙な感覚を覚える。

 

熱いには熱いが……それ以上の不快感で肌を撫でたこの悪寒はなんだ。炎の性質とは相反する感覚に疑念と警戒の音が高く鳴った。

 

「地底怪獣……って感じでもないよな。なんなんだコイツ……」

 

記憶をフル動員させ該当する要素を探るがそれらしきものはない。炎を放出する火炎袋は地底怪獣の特徴ではあるが、この怪獣の体表を覆うのは鱗だ。爬虫類と魚類の中間にあるような形状からしても地中に住まう生物でないのは明白であった。

 

この星に息づく生物の常識からは外れている……となれば。

 

「宇宙怪獣か……!」

 

『ああ……詳しくは知らないけど名前は習ったことがある。コイツは˝セグメゲル˝。セゲル星人っていう宇宙人が使役する、惑星侵略用の怪獣兵器だ』

 

 

―――――毒炎怪獣(ドクエンカイジュウ) セグメゲル

 

 

セグメゲル。そう呼ばれた怪獣が低く唸りながらタイガと相対する。皿のように見開かれた両の瞳は焦点が定まっておらず、ジリジリと後ずさりをさせるような不気味さが宿っていた。

 

「怪獣兵器……」

 

以前のタイガとの会話を思い出す。防衛組織としてのE.G.I.S.がかなりの力を持つこの星において生半可な戦力では侵略は行えない。もし計画を実行に移す星人が現れたのなら、それは自らの戦力に多大な自信を持つ者だ。

 

今セグメゲルが敵として目の前にいるのはつまりそういうことだ。コイツがどの程度の力を持つのかはまだわからないが、警戒するに越したことはないか。

 

『˝スワローバレット˝ッ!』

 

一先ずは様子を見よう。弾き出した答えのままに腕を十字に組む。射出された光刃が奇跡を描きながらセグメゲルに着弾した。

 

『ッッッ――――――!』

 

しかし奴の鱗の前に刃が通らない。反撃だと言わんばかりに散らされた咆哮と共に吐き出された紫の焔が宙を疾走した。

 

出鱈目に放られたそれは回避こそ容易いものの、頬を撫でる熱波にはまた性質の異なる不快感が含まれていた。それがどうにも引っ掛かる。

 

『距離を開けてちゃ埒が明かないな……接近戦で仕留めるぞ』

 

少なからず存在する得体の知れない気味の悪さを振り払うように突進を仕掛けた。迂闊に接近していいのかと言う不安はあるが、飛び道具が通用しない以上は仕方がない。

 

狙うは強固な外装を持つ怪獣の定石である弱点……首元だ。

 

『ッッッ――――――!』

 

『ハアァッ!』

 

足元に着弾した火炎を飛び越え、勢いのままに突き出した拳をセグメゲルの下顎へと埋める。

 

予想通り状態が仰け反る。この隙を逃さんとばかりに追撃を仕掛け、手刀をあてがうと共にチャージしたエネルギーを解放した。

 

『˝ハンドビーム˝ッ!』

 

ゼロ距離で繰り出された光の刃は、今度は鱗に阻まれることなくセグメゲルの急所にクリーンヒットする。

 

『ッッッ――――――!』

 

『よし……! 決めるぞ!』

 

流石にこの一撃は応えたか、けたたましい悲鳴を上げたセグメゲルが無理矢理にでもタイガを振り払うように四方へと火炎を放射する。

 

だがそれも当たることはない。全ての軌道を見切り、回避した上でトドメへ移行しようとした―――その時だった。

 

『なっ……んッ……!?』

 

不意な脱力感が全身を襲う。駆け出そうとしたはずの足は膝を折る形で崩れた。

 

『なんだ……? どうして急に……!?』

 

力が入らない……いや、痺れていると言うべきか。突如として震え出した肉体は急速にその動きを鈍らせてしまう。

 

そして―――、

 

『ッッッ――――――!』

 

『ぐっ……ああぁぁぁぁ……ッ!!』

 

動きを止めた一瞬の隙を突き、吐き出した火炎でタイガを薙ぎ払うセグメゲル。

着弾部位に伝わる衝撃と同時に、じわじわと熱とはまた異なる痛みが広がっていくのがわかった。

 

更には元より存在していた痺れや悪寒すらも加速してゆく。その刹那に遅すぎた気付きが

灯った。

 

『これは……毒か……!?』

 

答えは他でもない己の身体が証明している。奴は火炎と共に毒素も吐き出していたんだ。

先程から肌に走っていた違和感は、熱波に乗った毒素に侵された身体が上げた警告だったのか。

 

例え攻撃を躱そうとも毒素は大気を汚染し、徐々に対象を蝕んでゆく。確かに侵略兵器としてはこの上なく恐ろしい相手だ。

 

「タイガ……早くやらないとマズい……!」

 

『わかってるよ!』

 

大気中に散らばった僅かな量ですらウルトラマンを苦しめるほどだ。地球人が侵されれば間違いなく無事では済まない。

 

これ以上コイツを暴れさせれば、その毒でここら一帯が完全に汚染される。それだけは食い止めなければならなかった。

 

『ッッッ――――――!』

 

『があぁぁッ……!』

 

しかし毒の回った身体は思うように動かない。

突き出した拳に力はなく、目標へ到達する前に勢いを失った右腕へと奴の咢が襲い掛かる。

 

『これは……、本気で、マズいかもな……!』

 

突き立てられた牙から毒を流し込まれる感覚がする。瞬く間に全身へと回ったそれが更に自由を奪ってゆく。

 

「こう……なったら……!」

 

《ロッソレット!》

 

《コネクトオン!》

 

思考すらも鈍ってゆく中で瞬いた閃きの赴くままにタイガスパークを操作。紅蓮の炎を宿すブレスレットに望みを掛けた。

 

『˝フレイムブラスター˝ッ!!』

 

最後の力を振り絞り、T字の形を成すように噛みつかれたままの右腕に左腕を重ねる。

 

途端に流れ出た爆炎の奔流。光線の放出源へと喰らい付いていたセグメゲルに逃れる術はなく、口から体内へと突貫した高熱によって焼き切られた肉体は爆発によって四散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これで、いいんですよね」

 

手にした水晶体が再びの鼓動を始めるのを手のひらで感じつつ、少女―――アオイは自らにも言い聞かせるように口にする。

 

直前の戦いによって激しく損壊した街の中には倒れ伏す地球人の姿が散見出来た。皆、ウルトラマンとの戦いの中で撒き散らされた毒に侵された者だ。

 

神であるセグメゲルの毒。その毒に耐性を持つのは自分達セゲル星人だけだ。つまり自分達は神に選ばれた種族であり、他の劣等種を支配し、正しい方向へ導く必要がある。幼い頃から繰り返し言い聞かされ続けてきた説法が脳裏で反芻する。

 

だからこれは正しいことなんだ。神に選ばれた自分に与えられた使命なんだ。もう何度も行ってきたはずのものなのに。

 

なんで、なんで今になってこんなに……心が痛むんだ。

 

『アァ……』

 

葛藤の間にも我等が神は次なる神託を授けてくれる。

水晶体の赴くままに視線を流せば、丁度力尽きてその肉体を消滅させる瞬間のウルトラマンが目に入った。

 

始末しろ。手の中の波動はアオイにそう告げてくる。

 

「子供……?」

 

確認に向かった先にいたのは、自分とそう年の離れていないであろう少年だった。

聞いたことがある。ウルトラマンは他の星に滞在する際、その星の住民の身体を借りることがあると。それがこんな子供だとは思わなかったが。

 

「……」

 

だがそれでも容赦は出来ない。彼もまた毒に侵されているということはセグメゲルに相応しくないということであり、それどころか神に仇をなした存在だ。選ばれた者として見逃す訳にはいかない。

 

「……ごめんね」

 

これが正しいこと。そう己に言い聞かせ、抑え切れなかった声と共に隠し持っていた刃物を振りかぶる。

けれどもその刃が彼に届くことはなかった。

 

「瀬良先輩!」

 

「っ……!」

 

接近してくる気配を感じ、咄嗟に付近の瓦礫へと身を隠す。

 

この星の防衛隊の人間か、将又仲間である他のウルトラマンの宿主か。どうであれ自分にとって不都合な存在であることに変わりはない。セグメゲルからの神託を実行出来ないのは痛手だが、ここは一度息を潜めるべきだ。

 

「え……」

 

せめて顔だけでも把握しておこう。そう判断し少しだけ片目を覗かせ―――同時に硬直する。

 

「先輩……? 大丈夫ですか!?」

 

「こっぴどくやられたなこりゃ……一先ずコイツ連れて離れるぞ星海。俺等まで毒浴びたら本格的にマズい」

 

ウルトラマンタイガの宿主を介抱する二人の少年。その内の一人は他でもない、自分がこの星で初めて触れた少女……その傍らにいた彼だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本来なら沢山の大好きと輝きが溢れていたであろう会場を支配していたのは真反対の性質を持つ静寂だった。

 

全ての照明器具が暗い沈黙を以って佇んでいる中、近江彼方はただ一人その場である筈だった光景を夢想した。

 

別に妹の出るステージが諦めきれなくてここにいる訳じゃない。いくらシスコンと称される自分でもそれくらいの分別はつく。

 

ただもし、もし彼女が来るのなら―――、

 

「……彼方」

 

「あっ……アオイちゃん!」

 

十分程なんてことない想像を巡らせた後、待ち人であった少女が姿を見せる。

特別親しい間からでもなければ義務もないのだが、自分が誘った以上は中止の報せも自分がするべきだと思った。ただそれだけだ。

 

「いや~ごめんねアオイちゃん。せっかく来てくれたのに。ライブなんだけど、実はさっきの怪獣騒ぎで中止になっちゃって……」

 

「私を騙してたの!?」

 

「え?」

 

でも顔を見せたアオイから伺えるのは想像していたどれにも起因しない感情で。

一瞬ライブの中止に関しての憤怒かと錯覚するが、明らかにそんなものではないと勘が告げている。

 

「私の心がとかそんなこと言って……最初から私を……!」

 

「ちょ、ちょちょ。何のこと? と、取り敢えず一旦落ち着いて。ね? アオイちゃ―――、」

 

理解が追い付かないままに伸ばした手は彼女に触れることなく弾かれる。いや、見えない何かに阻まれたというべきか。

 

「あぅっ……!」

 

刹那に発生した突風に吹き払われ、彼方の身体が真後ろへと転がる。

打ちどころが悪かったのか、少しだけだが頭がグラつく。それでも辛うじて上半身を持ち上げるが、次に訪れたのは硬直だった。

 

「アオイちゃん……?」

 

目線を重ねた彼女の後方で蠢く猛獣。

直前までそこにはなかったはずの巨影を背負うアオイの双眸に宿る冷たさは、この上ない程に彼方の背筋を凍てつかせた。

 




と、言う訳でアオイの正体はセグメゲルに仕えるセゲル星人でした(大体お察しだったでしょうけど)

彼方回と言いつつアオイ回になってる気がしなくもないけどまあ気にせず行きましょう


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32話 キミが選ぶ未来 後編

いやぁ……デッカー面白れぇ……


 

 

「コイツついさっき倒されたばっかじゃないのかよ……どうなってんだ」

 

『わかんない……同族って可能性もあるけど、如何せんこれまで確認されてなかった怪獣だからどうにも……』

 

セグメゲル。そう誇称された怪獣がウルトラマンによって打ち倒されてから数時間。戦闘の影響で周囲に散布された毒素の解析や汚染状況の把握の為にホークイージスにて出向いていた時。

 

前触れもなく出現したのはまたもセグメゲルだった。

 

『とにかく下手に刺激したらダメ。まだ血清が完成してないから、これ以上汚染が広がったら本当に死ぬ人が出るよ』

 

「だったらどうしろってんだ! ただ暴れられるだけでも死人は出兼ねないだろ」

 

『もう少しだけ待って! 今涼香の機体に汚染防止用の毒素分解酵素積んで飛ばすから! 遥也もそれまで絶対近づいちゃダメだからね!』

 

『オォス。……てか、あの毒が分解できるなら血清も作れるんじゃないんすか?』

 

『バッカ強力な分解酵素が免疫に直接作用する血清に使える訳ないでしょうが! 遥也はもっと勉強しろ! いいから私がいいって言うまで絶対近づかないでよ!』

 

『す、すんません!』

 

こんな状況にも関わらず説教をかまされる後輩に苦笑いする。

 

ともあれ血清が出来ていないのは残念だが、それでもたった数時間で毒そのものは分解出来る段階にまで漕ぎ着けたのはかなりの幸運だろう。こればかりは未央の努力と優秀さに頭を下げる他ない。

 

問題は、現場部隊の自分達がその働きに応えられるかだが……、

 

「っ………!」

 

監視も兼ねてセグメゲルの上空を旋回していた折、突如として地上から光の柱が立ち昇る。

それが例の巨人が出現する際の合図であることは誰にとっても明白であった。

 

「アンタ等はどう出る……ウルトラマン」

 

巨人と巨獣。再びの戦いを予感させる光景を前に、海斗は改めて操縦桿を握り直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待って……アオイちゃん!」

 

「近寄らないで」

 

自分を静止せんとする少女を力いっぱいに跳ね飛ばす。脆弱な地球人の身体は容易く後方へと転がってゆく。もう何度も繰り返している光景だ。

 

でも、それでも目の前の彼女が諦めることはなかった。

 

「しつこい! 近寄るなって言ってるでしょ!」

 

「放っておける訳ないじゃん!」

 

淀みなく言った彼方の瞳に宿る色はアオイの見知った色とはまるで違う、強い意志を持った瞳だ。あの柔和だった雰囲気からは想像もつかない。

 

「必死ね……まあ自分の星が侵略されかけてたら当たり前か。そうやってなりふり構わず、ウルトラマンとも共謀して私を騙して……」

 

「ウルトラマンだとかなんだのってのはよくわかんないけど……この星がどうだのっていうのは今は関係ないよ」

 

「じゃあなんだっていうの!?」

 

「言ったでしょ、放っておけないって。彼方ちゃん、あんまり出来た人間じゃないからさ。違う星の子で、沢山の人を傷付けた子でも、そんな悲しそうな顔されたら無視なんて出来ないんだよね」

 

瞳に宿す覚悟はそのままに、静かに言った彼方の笑みはこの心に深く刻まれたものだった。

 

「アオイちゃんがこの星の人じゃないのは、なんとなくだけど気付いてたよ。それを伝えなかったせいで何か勘違いさせてたならごめんね?」

 

「嘘。そんなこと……」

 

「嘘じゃないって。だったらこんなことしないでぱぱーっと逃げてるよ」

 

これまで複数の星を襲い、その中で数多の人々を見てきたからこそわかる。

彼方の言葉に嘘はない。彼女は本当にアオイのことを思って、こんな危険な場所にまで来ているんだ。

 

「……なんで? なんでそんな……」

 

「だって私達、遥ちゃん大好き同盟でしょ? また一緒にライブ見ようねって、言ったじゃん」

 

屈託のないその笑みが眩しくて、痛いくらいに胸に刺さる。

 

……本当はわかっていたんだ。彼方がウルトラマンと共謀して自分を嵌めていた筈がないことくらい。

 

でも踏み止まることは許されなかった。理由が欲しかったんだ。彼方を否定する理由が、この星の侵略を拒むアオイ自身の心を否定する理由が。だって、だって自分は―――、

 

「私は、セグメゲル様に選ばれた誇り高きセゲル星人……! 私の使命はライブを見ることじゃない……この星を、手に入れることなの!」

 

「それが本当にアオイちゃんのやりたいこと?」

 

「それは……」

 

直ぐにそうだと言い切らなければいけないのに、どうしてか言葉が出なかった。

 

「アオイちゃん、言ってたよね。やりたいことはまだ見つかってないって。それってこれはアオイちゃんのやりたいことじゃないってことだよね?」

 

暖かい瞳の齎す熱が留まることなくこの胸に押し寄せてくる。苦しいくらいに心地良い熱が。

 

ダメだ。これ以上触れたら戻れなくなる。それだというのに。

 

「……やりたい訳……ないじゃない……!」

 

頭で否定しても、心がそれを求めてしまう。

眩しさを知ってしまったから。己の心を自覚してしまったから。決壊した堤防は零してはいけない言葉を止めどなく流れ出させてしまう。

 

「わかってた……神に選ばれたなんて方便……侵略を正当化するための都合のいい嘘だってことくらい……それが楽しい訳ないじゃない!」

 

それがこれまでアオイ自身も自覚したことのなかった本心であることは直ぐにわかった。目を逸らしていた……いや、考えることすらやめていたのだろう。

 

「でも私はそれしか知らないの……それしか出来ないの!」

 

「出来るよ、なんだって。アオイちゃんにやりたいって気持ちがあれば、きっと誰かが応えてくれる。私達がそうだったもん」

 

故にこの星で見た景色や得た経験は異質なものだった。

自分の意志で自分を決めた輝かしい人がいて、そしてその選択を肯定してくれる暖かい人がいる。どれもこれまで触れたことのない人達ばかりだった。

 

「だから、正直になってあげて。アオイちゃんの……心、に……」

 

「彼方っ!?」

 

そんな暖かい言葉を与えてくれた少女が、ぐらりと崩れ落ちた。

突然の事態に、直前の葛藤も忘れてその身体を抱き上げる。覗き込んだ彼方の顔色は明らかに血の気が引いて見えた。

 

「あ、れ……なんか、力入んない、や……」

 

窄んでゆく彼方の声にウルトラマンと交戦するセグメゲルの咆哮が重なる。

毒だ。大気中に霧散したセグメゲルの毒が彼方を蝕んでいる……その残酷な事実を理解した途端、考える間もなく身体は動き出していた。

 

「アオイ、ちゃん……?」

 

「……今、汚染範囲の外まで連れてくから」

 

この行動に何の意味があるのか自分自身でもわからなかった。

汚染範囲を脱せばこれ以上の被毒は防ぐことが出来るが、彼方を侵す毒が消える訳じゃない。結局はただの悪足掻きに過ぎないというのに。

 

でも諦められなかった。だってこの心が、こんなにも叫んでいるのだから。

 

「……私、ずっと自分のやってることが正しいって思ってた。セゲル星人はセグメゲル様に選ばれた大いなる種族だから、自分達が他の星を支配するべきなんだって教えられて、疑いもせずにそれに従ってきた」

 

「……うん」

 

自分とそう変わらない体躯の少女を担ぎ、覚束無い足取りで進む。

 

「でも彼方に言われてやっと気付いた。私はただ考えるのをやめてただけなんだって。何か違うってわかってても、そう思ってる自分の心と向き合うのが怖かっただけなんだって」

 

「そっかぁ……自分で気付けて、アオイちゃんは偉いねぇ……」

 

「……そんなことない」

 

今になって気が付いた。

スクールアイドルに出会って、彼方に出会って、その時から胸にあったこの痛み。それはこの場所を壊してしまうことへの痛みだった。

 

自分のやりたいことを自分なりに叶えられる場所だった。それを応援してくれる人がいる場所だった。それがずっと、封じ込めていた自分の本心が求めていた場所だったから。

 

「ねえ彼方……やり直せるかな、私……」

 

つい、漏れてしまった許されざる願望。そんな身勝手な自分を世界は許さなかったのか。

 

「……できる、よ……アオイちゃんなら……ぜっ……ぃ……」

 

「かな、た……?」

 

縋った光は急速にその温もりを失ってゆく。自らの顔からも血の気が引いていく。

 

「彼方……彼方ってば……!」

 

何度も、何を言っても温かく返してくれた声が聞こえない。

 

抗体を持つ自分にはセグメゲルの毒がどれくらいの速度で回るかなんてわからない。でも地球人の彼方にはもう限界が来ているということくらいは嫌でもわかってしまう。

 

「早く……急がないと……」

 

現状、まだセグメゲルの毒で命を落としたという話は聞いていない。この星の医療機関が優秀である証拠だ。

 

だから早くそこへ連れて行けば彼方は助かる……そのはずなのに……、

 

「なんで……なんでぇ……!」

 

どれだけ足を前へ運んでも毒素が弱まることはなかった。アオイが進むよりも汚染の拡大の方が速いんだ。

 

だから彼方を助けるには……セグメゲルを止めるしかない。

 

「っ……!」

 

一瞬、永遠にも近しい一瞬の迷いの後、意を決したアオイは頭を天へ望む。

半ば支配されていたような形だったとはいえ、セゲル星人の姿勢が、セグメゲルがこれまでのアオイを培ったと言っても過言ではない。それを裏切るのは心苦しいことだ。

 

でも、今の自分がやりたいことはこれなんだ」

 

「お願い……ウルトラマン」

 

今更自分がこんな温かい場所にいるのが赦される筈がない。そんなのはわかっている。

でもせめて彼方だけは、この想いに気付かせてくれた初めての友達だけからはもう、何も奪いたくないから。

 

だから精一杯、この心で叫ぶんだ。

 

「彼方を助けて……セグメゲル様を止めてェ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……! 彼方……!?」

 

『彼女は……!』

 

セグメゲルの齎す毒の脅威。それは圧倒的な力を持つタイタスですらも抗い難いものだった。

関節が軋む。四肢が上手く動かない。痺れという痺れが全身に伝播していくのを感じる。

 

遂には五感すらも覚束無くなるような遠い混迷の中、揺らぐ意識を叩いたのは救いを求める一つの声だった。

 

『アオイ……やはり彼女がセゲル星人の召喚士だったか』

 

「んなこたどうでもいい! 彼方は―――、」

 

『落ち着け昂貴。毒に侵されてはいるがまだ息はある。恐らく彼女があそこまで避難させてくれたのだろう』

 

「アイツが……?」

 

昂貴にはあの少女がわからない。信じることも出来ない。

けど彼方は彼女を信じた。そんな彼女が彼方を助けてと、他でもない自分達に救いを求めている。

 

真意まではやはりわからないままだがそれが彼方を救うことになるというのなら……応えない訳にはいくまい。

 

『ウルトラマーンッ!』

 

拳を叩きつけ、未だ燃え盛る闘志を示したタイタスへと向けられる声がもう一つ。今度は上空からのものだ。

 

『毒素の分解酵素、受け取って―――ッ!』

 

飛来した二台目のホークイージスから何かが射出され、タイタスの皮膚へと突き刺さる。一瞬何事かと目を見開くものの、直前の言葉と被弾ヶ所から和らいでゆく痺れにその正体を察した。

 

『成程な。疑似的なワクチンという訳か……ヌゥアァァァッ!』

 

雄叫びを上げたタイタスが全身の筋肉を躍動させ、人間でいう血流に当たる器官を加速させることで毒素の分解酵素を身体中に巡らせる。

 

『ウオォォォォッ!!』

 

即座に効力を発揮したそれらは瞬く間に肉体の痺れを払い去り、完全復活を遂げた賢者の拳がセグメゲルを薙ぎ払った。

 

『ッッッ――――――!』

 

負けじと吐き出される毒炎も最早通用しない。

一発、二発と打ち込まれる剛力は着実に、そして確実に奴を破壊してゆく。

 

『力を借りるぞ……タイガッ!』

 

 

《タイガレット!》

 

《コネクトオン!》

 

 

後輩より託された力を宿す。

狙うは眼前の巨獣だ。手甲より生み出された虹色の光球目掛けて拳を振るい、奴諸共殴り飛ばす。

 

 

『˝ストリウム……バスター˝ッ!!!』

 

 

振り抜かれた右腕がセグメゲルを遥か上空へと運び上げる。

直後に響くのは轟音と爆炎。過去にない脅威を齎した緑色の巨獣は、その毒諸共奴の全てを彼方へと消し飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ………」

 

爆発の中に姿を消した主獣を少しだけ目を瞑って見送る。少し、では収まらないくらいの痛みが胸にあった。

 

でもそれは受け入れるべき痛みだ。

全てを投げ出してまでこの道を選んだのは、他でもないアオイ自身なのだから。

 

「……行かなきゃ」

 

呼吸を整え、目の前のことへと向き合う。

過去への禊なんてこれからいくらでも出来る。でもたった一人の友達を助けることは今しか出来ないから、また歩み出さなければいけない。

 

自分らしく生きるために。イチからやり直すために。

 

この一歩から、新しい自分が始まるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

始まる筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごきゅ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何かが潰れる音。

踏み出した足が、日の当たる場所に届くことはなかった。

 

「え……」

 

がくんと、体勢を崩した肉体が前へと雪崩れ込む。

何かに躓いたという訳ではない。いやそもそも、最早躓くという事象自体が起こり得ることのない筈のものだ。

 

だってこの足は。

一歩を踏み出した筈のこの足は、まるで何かに喰い千切られたかのように膝から下が無くなっていたのだから。

 

「ぁ、え……? あ、ああぁぁぁぁッッッ!!!」

 

理解よりも早く痛覚が脳へ到達する。同時に疾走した神経が焼き切れる感覚にただただ友達と一緒に投げ出した身体を地面に転がした。

 

「おいおいおい……まさか、本当に君が行けるだなんて思ってたんじゃないだろうな」

 

横転し、滲む視界に入り込んでくるのは縦分けの白黒を着込んだ男。

 

「これまで幾つもの星を屠り、命を嘲り、意思を踏み躙った君がァ! 今更日の当たる世界でのうのうと生きていける訳ないだろう」

 

影が伸びている。

男の足元から伸びる、幾つもの目と、無数の咢を持つ影が、獲物を貪り喰らわんと倒れ伏すアオイを取り囲んでいた。

 

「……や、あっ、あぁッ、ああァアアアあぁぁッッッ……!!!!」

 

「けれど、穢れを自覚しつつも光を追い求めずにはいられない……それはとても美しい矛盾だ。だからせめてその最期に祝おう。君の新たな始まり……そして、終わりを」

 

人気の失せた街中に悲鳴と、咀嚼音と、悪魔の賛美が木霊する。

 

「かな……たぁ……!」

 

翳みながらも縋るように友を映した視界は、開かれた大顎によって塞がれる。

歌声に魅せられ、輝きを望んだ筈の少女の旅は……暗闇の中、自らの頭が噛み砕かれる音と共にその最期を迎えた。

 

 

 

 

 

「っ……」

 

『なんて、ことを……!』

 

たった今眼前で起きた出来事に絶句する。ブレスレットの行使による疲労などどこかへと消えていた。

 

影に飲み込まれた。いや食われたと言うべきか。セグメゲルを倒し、彼方の元へ急行した昂貴の双眸が捉えてしまったのは、謎の男より伸びる影によってその生命を断たれたアオイの最期だった。

 

「おや、一歩遅かったねU-40。一応君達とは初めましてになるのかな?」

 

主犯たる男は何事もなかったかのように深々とその頭を下げる。表面上は紳士的でこそあるものの、その裏に垣間見える思惑は吐き気を催すほどに邪悪なものだ。

 

「お前何を……」

 

「何をって……ただエサやりをしていただけさ。ペットの世話をするのは飼い主の責務だろう? ……ああ、心配しなくても君のお姫様には何もしていないから安心するといい」

 

血潮に肉片。アオイの痕跡となる悉くを食い尽くした影は台詞を締められると共に男の元へと集約していく。

 

「君達とはいずれまた会うだろう。その時まで是非、お見知りおきを」

 

「ッ……、待て!」

 

影に消えてゆくその姿を掴もうと伸ばした腕は虚空を突き抜ける。残留したのは得体の知れない不快感だけだった。

 

『まさか……奴は……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、うぅん……」

 

白が一面を塗り潰すあまり広いとは言えない部屋の中、聞き慣れた声が目覚めるのを察知した昂貴は閉じていた瞼を開く。

 

「あれぇ……コウ君……?」

 

「やっと起きたかこの寝坊助が……二日も寝坊したのは初めてだな」

 

「うえぇぇそんなにぃ!?」

 

寝ぼけ眼を見せていた彼方は語末の与える衝撃に目を見開き、そこでようやく自分の現状を理解したらしい。

 

大きさの割には機能的すぎるベッドに、年頃の少女が着るには簡素な寝間着。そして白を主体としたこれまた簡素な個室は、この場所が病院であることを物語っていた。

 

「ああそっか……彼方ちゃん倒れて……」

 

そこまで言って、抜け落ちていたピースを拾い上げたように彼方は昂貴に顔を寄せた。

 

「そうだ……アオイちゃんは?」

 

その問いかけに、少しだけ間を置く。

 

「……お前から、あの毒に対する抗体が見つかったって話だ。なんでも地球の生き物には本来備わってない筈のモンらしくてな」

 

それが彼方の求める答えとはズレたものであると自覚しつつ続けた。

 

「多分だが、何かしらの方法でアイツから抗体を受け渡されてたんじゃないか……って話だ」

 

最後まであの少女のことはよくわからないままだった。

されど今目の前にあることだけは事実であるから、せめてこれくらいは伝えるべきだと思った。

 

「……そっかぁ。彼方ちゃん、守られちゃったかぁ……」

 

多くは語らなかった。でも彼方は賢い。ただこれだけでも全てを察してしまう程に。

 

「あのさ、彼方———、」

 

「ごめんコウ君。ちょっと一人にしてもらってもいいかな? 彼方ちゃん、今黄昏れたい気分なんだ~」

 

「……そうか」

 

窓枠を見据えた彼方は、決してその表情を伺わせぬままそう言った。取り繕うような声だった。

 

「……お前は頑張ったよ」

 

凭れ掛かった扉から伝わる嗚咽が、徐々に大きくなってゆく。

やがては止めどなくその感情を溢れ出させた声を背中に感じながら、昂貴はただ静かに、あり得た未来へと想いを馳せた。

 

 




後味の悪い話が好きです(自己紹介)
という訳で彼方回、タイガ5話「きみの決める未来」をベースにしたお話となりました
タイガでの葵の最期も好きなんですが、どうせやるならもっと救いのない皮肉な最期にしてもいいかなって()

セグメゲルに関してはちょっと強くし過ぎた感はありますが侵略兵器を謳うくらいなんだしまあいいでしょう

そして遂に昂貴と謎の男が接触……タイタスには何やら心当たりがあるようで……?(まあバレバレでしょうけど)


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33話 輪舞曲(ロンド)を掻き鳴らせ 前編

件の発表から1週間ほど経ちましたね

正直まだ自分も受け止め切れていない部分もあり、少なからず不安もありますが、今は一人のせつ菜推しとしてあの人が描く大好きを楽しんでいきたいです

「昨日や明日のことで悩んでたら、楽しい今が過ぎちゃうよ」、なんてエマさんも言ってましたしね。どうせ泣くなら今くらいは楽しんでいきましょう


 

 

「ふ……あぁ……」

 

カーテンの切れ間から差し込む陽光を感じ取った肉体は底に沈んでいた意識を表層へと起き上げる。瞳を開いた視界が始めに捉えたのは卯の刻に差し掛かる前の時計の針だった。設定した目覚ましの時刻を大幅にフライングした自分に溜息をつく。

 

「……もうすっかり癖になってるなぁ」

 

今日は予定があるとはいえ休日だ。高校の始業時刻に間に合わせる必要がないため早起きする理由もないのだが、鎌倉から東京に通学する生活を始めて早数か月。最早身体に染み付いてしまっているらしい。

 

だがまあ前向きに捉えるとしよう。早起きは三文の得だと言うし、それに乙女の身支度に掛ける時間などいくらあっても足りないはずだ……などと思考を˝ありがちな˝それへと切り替えてベッドから降り立った。

 

「わふっ」

 

「おはようオフィーリア。ごめんね、起こしちゃった?」

 

今日は何を着て行こうかとクローゼットを開いた折、不意に足元に覚えた温もりと擽ったいような感覚に視線を落とせば擦り寄ってくる愛犬の姿があった。口元にはリードが咥えられていた。こうやって甘えてくる理由はいつだって一つだ。

 

「お散歩? いいよ、行こっか」

 

幸い時間には余裕がある。服装は大親友とお散歩しながらゆっくりと決めよう。

そうと決まれば善は急げだ。手早く練習用のジャージへ袖を通し、必要な用具を纏めたポーチを腰から下げる。

 

「ねえねえオフィーリア。私ね、今日同好会の皆と遊びに行くんだ」

 

声を弾ませつつ、ほんの少しの不安を混ぜて語り掛ける。

けど如何に家族であり大親友でも、種族が違えば言葉は通じない。ただ早く、早くとせがむ瞳が輝くだけだった。

 

そんな純朴な表情を見ていると、こんなことで悩んでいる自分もどこかへと行ってしまう。そうだ、きっと何も心配することはない。

 

「……楽しい日になるよね、きっと」

 

「わふっ」

 

返ってきた鳴き声に背を押されるようにして玄関の戸を開く。

 

まだ高い位置にある太陽が差し降ろす光に目を細めつつ、桜坂しずくは今日という一日へと想いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隙ありっ! そこだぁ!」

 

「ああ愛先輩ちょっとまっ……ああぁぁぁ!」

 

閃光と電子音の洪水の中、それを上回る悲鳴が反響する。

同時に上がったのはかこん、と何かが落下する音と、少し間抜けた勝利を告げる音色。このエアホッケーにおいてゲームの終了を告げるものだった。

 

「うぅ~……愛先輩強すぎですって……ストレート負けするなんて……」

 

「たまに友達とやってるからね、この手のゲームは愛さん得意だよ!」

 

同好会の皆で親睦を深めよう。そんな愛の提案の元集まったのはゲームセンターだった。本来の目的は別所にあるアトラクション施設なのだが、予約した時間までにまだ余裕があるということでここで暇を潰している次第だ。

 

「うぅ~……しず子~」

 

「こればっかりは仕方ないんじゃないかなぁ……かすみさんは頑張ったよ」

 

くじ引きでペアを決めてのチーム戦、だったのだが侑と組んだかすみの相手は部室棟のヒーローと称されるまでの愛と、小柄とは言え男の子である耀。華奢の見本のような二人が敵うはずもなく、見ての通りボコボコにされて終わったのだった。

 

「愛先輩に隠れてはいたけど、耀さんも上手だったよね。よく来てるの?」

 

「愛さんと知り合ってからはたまにね。でも基本的には璃奈ちゃんとクレームゲームとかレースゲームすることが多いから、こういうのは新鮮」

 

しずくも放課後はかすみに連れ回されることはあるが、大抵はショッピングや買い食いに費やされるためこのようなゲームセンターに足を運ぶのは新鮮な気分だった。

 

五感に殺到してくる目に痛いケミカルな光や安っぽい電子音には少々の高揚感すら覚える。これまで作品を通してでしか触れることはなかったが、実際に踏み入れてみれば中々に興味深いものだ。

 

「そろそろいい時間だし、ぱぱっと最終戦やっちゃおっか。りなりー、あとやってないのって誰?」

 

「しずくちゃんだけ。余った枠は他の人の中からランダムに割り振って……こう」

 

璃奈のお手製だという抽選アプリが割り出した結果に、一瞬だけ顔を顰めた。しずくのペアがかすみだというのは別にいい。むしろ慣れ親しんでいる分有難いくらいだ。

 

だが問題は相手のペア。片割れである雄牙は、この同好会でしずくが最も苦手意識を持っている相手だったのだから。

 

「ふっふっふ……さっきは相手が相手だったので負けてしまいましたが今度はそうもいきませんよ! せつ菜先輩、お覚悟です!」

 

「私だって負けませんよ! 瀬良さん、頑張りましょう!」

 

「……一応後輩相手だってことは忘れんなよ」

 

別に悪い人ではないのはわかっている。人相だって同じ同好会の先輩である昂貴に比べれば遥かに良いし、むしろ可愛げさえある。せつ菜を復帰させた張本人とも考えればある意味しずくにとっても恩人であるはずだ。

 

だが初対面の印象がそれを許さなかった。しずくの不注意もあったとはいえ、下着姿を見られた上に面と向かって痴女だなんだのと言われたのは流石に傷付く。もう一月近く前の話だが、それが未だに尾を引いていた。

 

「……なんか不満か?」

 

「……いえ」

 

それに、何だろうかこの違和感は。

この人と目を合わせる度に感じる、何かが違うという感覚。それがしずくの心に存在する緊迫の糸を強く結んで離さなかった。

 

「それじゃあいきますよー!」

 

そんなしずくの心中など露知らず、負けの払拭に燃えるかすみの号令に続いてゲーム開始のブザーが鳴る。そうだ。今は目の前のこと。かすみの為にもゲームに集中しよう。

 

かこんと最初に円盤パックが落ちてきたのはしずく達の陣地。これまで試合を見てきた限りではエアホッケーは先制で攻撃を仕掛けた方が有利になる傾向がある。それならば速攻あるのみだ。

 

「プリティーかすみん☆シュートぉ!」

 

あまり豊富とは言えない語彙力と共に、無駄の多い動作で放たれたシュートが相手陣地のゴールへと迫る。わかってはいたが彼女にとって最重要なのは自分を可愛く見せることらしい。

 

だがまあそれでも悪くはないシュートのはずだ。ある程度の威力さえ出ていれば相手は弾くしかないというのも先程までのゲームでわかっている。ここは冷静に返ってきたパックを———、

 

 

 

ガコンッ

 

 

 

などと目論んでいた考えは一瞬にして打ち砕かれる。

 

「え……?」

 

派手な衝突音と同時に上がったのは失点を告げる音。雄牙の放った超速のダイレクトシュートが自陣のゴールをぶち抜いたと認識したのは少し遅れてからだった。

 

「ちょ……先輩! かすみん達女の子ですよ!? 男の人に本気出されて勝てる訳ないじゃないですか!」

 

「ごめんなんかイラっと来た」

 

「ちょっとぉ!?」

 

一拍遅れてかすみが非難の声を上げる。周りからも笑い混じりの叱責が向けられ、雄牙も居心地が悪そうに頭を掻いていた。

 

どうにも彼はかすみの振る舞いが気に入らないらしく、可愛い子ぶる彼女に対して辛辣に当たるなどは常の事。今回も反射的に力が入ってしまったらしい。

 

まあかすみのキャラが変わり者であることは確かだし、現に他のメンバーも扱いに困っている場面が多々あるため一概に雄牙に原因がある訳ではないのだろうが……、

 

「おっほん、それでは気を取り直して……とりゃ!」

 

ゲーム的にも精神的にも手痛い反撃を避けたのか、今度は特別何かをすることもなく放たれたショットが雄牙達へと向かう。

 

「甘いですよ! せつ菜スカーレットストームッ!」

 

そして後輩相手であることを忘れないとは何だったのか。全力全開でパックを打ち返したせつ菜の一撃が疾走する。

 

当然そんなものに反応出来るはずもない。容易く自分達の防御網を突破したパックは僅かにゴールを逸れたもののそのままフェンスに反射され、またも先輩方の手元へと戻ってしまう。

 

しかも順番的に、次のシューターは雄牙だ。

 

「しず子任せた!」

 

かすみの声が聞こえる。大丈夫だ。やってやれないことはない。

 

先の件もあってか今度の雄牙のシュートに力はない。これならば経験のないしずくでも簡単に打ち返せるはずだ。

 

「決めます! そこで———ふぎゃっ!?」

 

「しず子ぉっ!?」

 

打ち返せるはずだった。

 

打ち返せるはずだったのにマレットに触れたパックは真上へと浮かび上がり、何故だか勢いを増してしずくの顔面にダイブ。不意の一撃を貰った身体は情けなくも後方へと倒れ込むのだった。

 

「ちょぉぉっと先輩! なんなんですかさっきからぁ!」

 

「今のは俺が悪いのか!?」

 

「だ、大丈夫だよかすみさん……」

 

軽く痛む、恐らくだが赤くなっているだろう着弾ヶ所を擦りながらかすみを宥める。

 

昔から常々球技が苦手だとは思っていたが……まさか丸いものそれ自体に縁がないとでもいうのだろうか。円だけに。

 

「えーっと……するか? 続行」

 

「やります! このままじゃ終われません!」

 

流石にムキになってしまい、心配されながらも継続を決意。

こうなると誰も本気ではプレー出来ないのか、せつ菜ですら緩やかにパックを打ち返す様に先程までの攻防戦は見る影もなかった。けどそんなものは関係ない。

 

今はただ、ただ相手の陣地にパックを返すことだけを考えて———、

 

「ふぎゃぁっ!?」

 

「しず子ぉぉっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハンカチ、冷やしてきたから新しいのに変えたら?」

 

「……ありがとうございます」

 

赤く腫れた鼻元を濡れたハンカチで抑える後輩を少し気まずい心持ちで眺める。

あの後ももう何度かラリーが続く場面があったのだが、しずくが触れる度にパックは彼女の顔面へと着弾。それも全て雄牙の打った弾が、だ。

 

初対面時の騒動以降どうにも印象がよくないしずくだが、こうなると流石に申し訳なさが勝る。場所を変え新しい施設へと移動した今もそれが拭えず、特に遊びへと加わることもなくしずくの介抱を続けていた。

 

ちなみに今度の施設は所謂室内アミューズメントパークと呼ばれる手の場所だ。愛曰く本日の本命はこちらだそうな。

 

「……瀬良さん、優しいのか優しくないのかよくわかんないです」

 

「……なに、急に」

 

「前に私、あなたに酷いことをしてしまったので……正直嫌われてるものかと」

 

「いやまあ好きか嫌いかで言われれば全っ然嫌いだけど」

 

「なんでそこで言い切っちゃうんですか……じゃあ私もあなたのこと嫌いです」

 

「あっそ……でもまあ、実際ちょっと悪いことした気はしたからな。仮に嫌っててもこれくらいはするよ」

 

「……だからわかんないんです」

 

実際この後輩のことは今も気に食わない。時折に見え隠れする悪態の前にはこちらもそれを隠す理由はなかった。

 

「怪我をしたのは他でもない私のせいなので、瀬良さんは悪くないですよ。私のことは気にしないで皆と遊んでください」

 

「いいよ。なんかそんな気分じゃないし。独りぼっちで寂しそうな後輩にお供してやる」

 

この言葉に嘘はない。雄牙がセグメゲルに実質的な敗北を喫していなければこの集まりが延期することもなかったし、同好会の先輩を巻き込むこともなかった。

 

セグメゲルの毒に対する血清を生み出すに当たって大いに貢献したという彼方は未だに病床の上だ。

 

これに関してはウルトラマンの治癒力を持つ雄牙の回復が早かっただけであり、特別彼方の容態が悪い訳ではないのだが……それでも自分がセグメゲルを倒せていたならこうなることもなかったと考えればやはり気は重かった。

 

今日は彼方のお見舞いに行っているという他の三年生達にも気にせず楽しんでとは言われているが、とてもそんな気にはなれない。

 

「……お付き合いしてくれるみたいですので、この機に一つお聞きしてもいいでしょうか」

 

「……なに」

 

「瀬良さんは時々、遠い目をしてます。目の前のものじゃない、もっと別の何かを見ているような、悲し気な目を」

 

どきりと、少しだけ心臓が跳ね上がるのを感じた。

 

事を知らない者には悟られないよう心掛けているつもりだったが、流石演劇を志しているだけあって観察眼には長けているのか。関係のない者に指摘をされたのはしずくが初めてだった。

 

「以前からそれが少し気になっていて……差支えがなければ、その、理由をお伺いしても?」

 

向けられたのは不信感や嫌悪感というよりも好奇心が照り映えるような瞳だった。成程確かに雄牙は快く思われていないらしい。親しく思われているのなら、仮に興味が湧いたとしてもこんな思慮に欠いた質問はしてこないだろう。

 

「……大したもんじゃないよ。ただ世の中上手くいかねぇなとか、そんなこと考えてるだけ」

 

「……そうですか」

 

少々不満気に視線が下げられる。別に嘘は言ってない。あの日からずっと、雄牙は儘ならない世界と自分に辟易することの連続だ。

 

尤もその中身を何処まで知り得ているかなど、雄牙自身知りはしないのだが。

 

「……俺もこの機会に一つ聞いていいか?」

 

無言で見つめ返される。言葉こそないが承諾はしてくれるらしい。

 

「お前、演劇部なんだよな」

 

「はぁ……そうですが、それが」

 

「……なら、普段から演技してるのかなって」

 

「っ……」

 

そんな瞳が、困惑に揺れた。確かな動揺の証だ。

 

「……どういうことでしょうか」

 

「……気のせいならそれでいいんだけどさ。普段中須達の前にいる時のお前と、俺の前にいる時のお前、まるで違う奴みたいだから。好き嫌いとか抜きにしても、普段はなんか取り繕ってるみたいっていうか……さっきのエアホッケーの時とか、今の悪態ついてるお前とか、なんつーかこう、ムキになってる時の方がよっぽどイキイキして見えるよ」

 

「……性格が悪いって言いたいんですか?」

 

「そこまで言ってねぇだろ……で、実際のとこどうなんだよ」

 

踏み入って欲しくない領域ではあるようだが、しずくに遠慮する気がないのだ。こちらとしても慮る理由はない。

 

向けられた眉は寄せられていた。仇を見るような目だ。

 

そして暫しの沈黙の後、

 

「……そんなの、私だってわかりませんよ」

 

「はぁ?」

 

「なんでもないです……やっぱり、嫌いです」

 

そう吐き捨てられる形で会話は切り上げられる。頬を膨らませてそっぽを向いたしずくとの間に言葉が続くことはなかった。

 

交わす声の無くなった空間に満ちる音は様々だった。施設館内のアナウンス、アトラクションの稼働音、他の客達の喧騒。普段は当たり障りのない奏もこの時ばかりは耳障りに思えた。

 

「雄牙くーん……って、何かあったの?」

 

「……別に」

 

そんな不快な時間に終止符を打ったのは歩夢だった。確か愛達に連れられて別の階のアトラクションに行っていたはずだったが……、

 

「かすみちゃんが他のお客さんと揉めちゃって……と、とにかく来て!」

 

どうやら緊急を要する事態のようで、直前の事象は一度忘れてしずくと共に腰を上げる。

 

エスカレーターを駆け上がり、当該のアトラクションに近づくほど言い合っているような声が大きくなってくる。やがて辿り着いた場所にあったのは歩夢の言葉の通り、すっかりヒートアップしたかすみが憤慨する姿だった。

 

「だーかーらー! 一回遊んだら交代するのがルールだって何度も言ってるじゃないですかぁ!」

 

「お前こそ理解しない奴だな。ルールや規則なんてものは力を持たない者が自己を庇護するために従うものに過ぎないだろ。私はそんな矮小な存在ではないからな。ここにおいては私がルールだ。この場所を使いたければ私に勝ってみせろ」

 

「だぁー! さっきから訳の分からないことをぉ!」

 

かすみと言い合っているのもまた彼女と同じ少女だった。浴衣と外套の混じったような衣服を纏う装いはその口調も相まってどこか浮世離れした印象を覚える。

 

いや、そもそも彼女は……、

 

「……瀬良先輩、フーマが」

 

『……あのガキ、地球人じゃねぇぞ。妙な気配を感じる』

 

傍らに寄った耀。その身体の住民であるフーマからのテレパシーが違和感の正体を告げてくれる。

 

『係員の姉ちゃんも暗示かなんかに掛かってるみてーだな……なんのつもりだ』

 

ここまで大騒ぎになっているのにも関わらずどの職員も駆けつけないと思えばそういうことか。どうやら厄介な能力を持つ種族らしい。

 

だがそれもおかしな話だ。催眠能力があるというのなら、ああしてトラブルとなる前にかすみを黙らせることだって可能だろうに……彼女は何故そうしない。

 

「ダメだな、この馬鹿では話にならん。おい、誰かまともに話が出来る奴は……」

 

どこか芝居染みた仕草で口論を中断した少女は次に雄牙、そして耀を捉えると昂然としてその口角を吊り上げた。

 

新しい玩具を見つけた子供のようと言うべきか。将又獲物を見つけた獣と言うべきか。どちらにしろ酷く悪寒を覚えるような笑みだ。

 

「お前達ならわかるだろう? この時この瞬間この刹那において自分達が何をすべきか」

 

メンバーの視線が雄牙と耀に集中する。困惑と不安の混じった色が静かに震えている。

 

出来る限りこの手の事態には彼女達から離れた場で対処したくはあったが……こうなっては仕方がないか。

 

「……遊べってことか?」

 

「くはは、いいぞ。察しの良い奴は好きだ」

 

コキコキと、首を鳴らした少女が品定めをするようにその他の同好会メンバーを見回す。

 

「四人だ。そこの二人と、もう二人。お前達の中で最も強い組み合わせで掛かって来い。私に勝てたらこの場所を譲ってやる」

 

目的が見えない。

恐らくだが彼女は雄牙達がウルトラマンであると気付いた上でその話を持ち掛けてきている。

 

だがそんな中彼女が指定したのは所謂VRと呼ばれる類のゲームだ。ゴーグルと銃型のコントローラーを用いて銃撃戦を行う対人系のそれとは言え、とても敵対勢力にあたるはずの相手に吹っ掛けるような内容ではない。

 

「条件になってないだろ。ここにはそいつ以外にもアトラクションはあるんだ。受ける理由がない」

 

「オイオイ、この期に及んでつまらないことを言うな。だがそうか、理由か……そうだな。それならば私が私であることで十分じゃないのか?」

 

探るように放った言葉は思いもよらない返答を呼ぶ。

鷹揚に立てた親指で自らを差し、その少女は言ってのけた。

 

「私の名は˝オグリス˝……覚えがあるんじゃないのか、瀬良雄牙」

 




という訳でしずく回(に見せかけたなにか)です
予め言っておくと作者は桜坂しずくというおもしれー女が大好きなので今回の話以外にも別途に個人回を用意しています。序盤に殆ど出番がなかった分だと思えばまあ

そんな個人回で順調に後輩達との間に亀裂を走らせていく主人公……そして自ら接触してきたオグリスの目的は……


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34話 輪舞曲(ロンド)を掻き鳴らせ 中編

ハイ皆様お久しぶりです。パルデア地方より帰還いたしました
ポケモンSV、ストーリーが本当にもう過去最高に˝良˝いのでまだご購入されていないという方はこの話を読んだ後にすぐに買いに行きましょう

それでは一か月も投稿放置し申し訳ございませんでした


 

『……君から見て、彼方の様子はどうだ?』

 

「本人は大丈夫だっつってるが……多分取り繕ってるだけだ。まだ引き摺ってやがるな」

 

『君が言うのならそうなのだろうな……無理はないか』

 

E.G.I.S.お抱えの大型病院。彼方の入院する建物から勇み足で出でる。

 

『私としても、出来れば彼女の傍にいさせてやりたいのだが……事態が事態だ。今は一刻が惜しいことをわかって欲しい』

 

「言われんでもわかってるよ。……それに、俺も一発はぶん殴らねぇと気が済まねぇ」

 

このタイミングで果林とエマが見舞いに足を運んでくれたのは幸運だった。学友という、昂貴とはまた違った関係の友人との交流は彼方の心に安らぎを齎してくれることだろう。

 

『今奴は怪獣商との取引であの場所に赴いているという話……だったな。情報が本当なら、この機を逃す手はない』

 

交流を結んでいたシェルターの宇宙人達から、件の人物が交渉に来ているという情報を受けた。

 

アオイを惨殺し、彼方の心に傷を残したあの男。タイタスが言うにはオグリス以上の脅威となる可能性もある存在とのことだ。彼の言葉の通り、出来るならば今の内に叩きたい。

 

「世話になった分はキッチリ返させてもらうからな……覚悟しとけ道化野郎が」

 

沸き立つ憤怒が前へ進む足を殊更に加速させる。

進む先で何が起こるかなど知るところではない。けれどもう止まる術を知らないから、感情のままに、待ち受ける未来へと駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルールは先程伝えた通りだ。四対一で私を倒せればお前達の勝ち、逆に全滅させれば私の勝ちだ。異論はないな?」

 

同好会の皆で遊ぶ、少なからず他のメンバーにとっては楽しい時間となる筈だった休日の一幕。その日は今、たった一人の少女の存在によって侵されようとしていた。

 

『なあ、宇宙人なのは確かだけどよ……マジで旦那が言ってた奴なんだよな?』

 

『自分でそう名乗ったんだ……それしかないだろ』

 

オグリス。タイタスがこの星に来訪した理由であり、光の国からアイテムを強奪し、デビルスプリンターを集め、挙句に怪獣となって暴れ回る危険人物。望まずとも張り詰めた緊張の糸が雁字搦めに雄牙を縛っていた。

 

「どったんテル君。雄牙もだけど、顔怖いよ?」

 

そんな奴が要求してきた四対一でのゲーム。直接の指名があった雄牙と耀に加え、同好会メンバーから選抜されたのは愛と璃奈だった。確かに経験もありセンスにも長けたこの二人を出すのは理に適っている。

 

だが彼女達はあくまでも地球人だ。その常識を遥かに超越した存在であるオグリスにどこまで対応出来るかなどわからないし、怪獣となって街を破壊するような奴が相手だ。大怪我を負わされる可能性だってある。

 

「そんな顔をするなよ。私はただ遊びたいだけだ。特別お前達を害するつもりはないさ。これまでも、勿論これからもな」

 

「……どーだかな」

 

傍らへと寄り、雄牙の心中を読み取ったように弁を並べるオグリスに嘘をついているような素振りは伺えない。だがそれだけで今の言葉を信じるにはこれまでの所業が重すぎる。

 

「大体お前、こんなところで何してんだ。何が目的なんだよ」

 

「だから遊んでいるだけと言っているだろ。˝トレギア˝の奴が私を待たせ続けている間の暇潰しにな……全く、呆れたものだ。自分から招待を寄越してきた奴の態度には思えん……お前もそう思わないか?」

 

『トレ、ギア……?』

 

オグリスの口にした名に、タイガが声を震わせて反応する。

 

『おいトレギアってまさか……あのトレギアか!?』

 

「ん……? なんだ、そっちは知らなかったのか?」

 

意外そうにオグリスは目を丸くする。

でもそれも一瞬のこと。直ぐに何かを閃いたように白い歯を見せると得意満面に告げた。

 

「そうだな……なら、お前達が勝てれば私の知っている範囲で奴について教えてやってもいい。それなら、お前達も本気で来るだろう?」

 

くい、くい、と。挑発的に手を扇ぐオグリスの瞳は子供のように無邪気なものだ。どうやら本当に、コイツは楽しむことだけを目的に行動しているらしい。

 

「……本当だな」

 

「安心しろ。私は嘘はつかない……さあ、楽しませてみろ」

 

イザコザで始まった筈の陣取り合戦は、いつの間にか別の意味を帯びてゆく。

異種族間による変則ゲーム対決の火蓋が切って落とされようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ~……なんでこんなことに……」

 

青い顔をしたかすみが完全に委縮した様子で観戦席であるベンチに座り込んでいた。

どうにも自身の口論から発展してしまったこの事態に責任を感じてしまっているらしい。

 

「大丈夫だよかすみさん。愛さん達も気にしてないと思うから」

 

とは言ったものの、しずくも少なからず不安というか、違和感を覚えているのは事実であり。

 

特にオグリスと名乗った少女と雄牙の間にある、因縁のような空気感。普段は小動物のような耀でさえ警戒と緊張を醸しており、只ならぬ何かがあるということはあまり二人をよく知らないしずくから見ても明らかだった。

 

「瀬良さんとは面識がある様子でしたけど……侑さん達はご存じの方なんですか?」

 

「いや、私も今日が初めましてだけど……そもそも雄牙に外国の子の知り合いがいるのも初めて知ったよ」

 

「あんな顔した雄牙くん、初めて見る……」

 

かなり親しい間柄である侑と歩夢でも知り得ていない関係らしい。

それに侑はオグリスのことを外国の子と言ったが、しずくにはそれすらも疑わしく思えた。

 

確かにあの日本人離れした名前や容姿、そして常識から少し外れた装いや言葉遣いは外国人を連想させるが……何か、何かが引っかかる。

 

「瀬良さん……」

 

それにせつ菜の様子も気になる。

彼女から伺える不安にはかすみ達とは違う色が宿って見える。それは雄牙や耀に近しい色だ。

 

侑と歩夢を除けば、最も雄牙と親しいのは同じクラスでもあるらしいせつ菜だ。そんな彼女だからこそ知り得ている何かがあるのだろうか。

 

例えばこう、せつ菜の復帰までにあった筈の二人のやり取り。雄牙が彼女が戻ってくる切っ掛けになったのは知っているが、具体的に何をしたかは当事者以外誰も知らない。聞いても有耶無耶に誤魔化されてしまうという。

 

この状況もそれに似ている。殆どの面々が何も知らないのに対し、雄牙とせつ菜は何かへの警戒や不安を滲ませている。それはしずく達が把握していない何かを知っているということだ。

 

「準備はいいな? さあ、始めようか!」

 

などと思案に耽る時間は、この事態の元凶であるオグリスによってゴングが鳴らされたことによって吹き飛ばされた。

 

それもその筈。直後に繰り広げられた光景は、しずくの創造を遥かに逸したものだったのだから。

 

「ちょっ……足はっや!?」

 

フィールドから愛の驚嘆の声が上がった。観戦席から眺める自分達に沸き起こったのも同様の感情だ。

 

その原因はまたしてもオグリス。流星のような速度で駆ける彼女の挙動はしずく達の度肝を抜くに十分な衝撃を持っていた。

 

「ちょっ、ちょ……何ですかアレ早すぎませんかぁ!?」

 

ゲームが始まったことで中継画面越しにしずく達が見ている映像はプレイヤーのアバターによるものに切り替わっている。仮想世界ということもあり多少は現実から逸脱した挙動も見受けられるが、それを差し引いてもオグリスの挙動は異常だった。

 

通常のフィールドである床のみならず、壁や天井をも用いた立体的な動き。とても人間業とは思えない。

 

「星海!」

 

だが驚きはそれだけに収まらなかった。

オグリスの攻撃に対応している者がいる。それも二人。雄牙と耀の両名の駆動もまた、しずく達の想定からは大きく逸したものだ。

 

オグリスのような派手さはないが、堅実に、着実に彼女の銃撃を回避しては反撃に転じている。双方のスタイルこそ違うが戦況は拮抗していると言えるだろう。

 

「……雄牙ってあんなに足速かったっけ」

 

「いや、足が速いとかそういう次元の話じゃなくないですかぁ!?」

 

「……せつ菜ちゃんは何か知らない?」

 

「え……い、いえ。私も特には。体育の授業も男女別々なので……はは……」

 

画面越しの光景にただただ圧巻される。本当にどうなっているのか。脳の理解を置いて行くように三つの影が駆け巡っていた。

 

そしてその結末も、自分達の理解の遥か先を行き―――、

 

「くはは……いいな! やはり他の連中とは訳が違う!」

 

高揚しているのか、フィールドから漏れ出るオグリスの声が確かな熱を帯びる。呼応するように激しさを増す攻撃でジリジリと二人を追い詰める彼女に対し、負けじと雄牙達も速度を上げた、その時。

 

「……見切った」

 

終わりは唐突だった。

短く零された声が誰のものか、そもそも本当にこの耳朶へと届いたものなのか。それを認識するよりも早く。

 

「は……?」

 

派手に上がったクリティカルヒットの炸裂音。

次に響いたゲームの終了を告げるメロディが空間を満たすと同時に、底をついたオグリスの体力ケージが彼女の敗北を物語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら飲め飲め私の奢りだ! 地球人の身で私に勝ったんだ、祝杯といこうじゃないか!」

 

「いや、なんで部外者、それも負けた人が仕切ってるんですか……」

 

「まあそう言うなよ。私はただ今この瞬間の高揚感を楽しみたいだけだ。一応さっきの非礼は詫びておくから大人しく受け取れ……えっと、かすかす、だったか?」

 

「全然謝る気ないですよねぇ!? まあ、くれるって言うなら受け取りますけど……あとかすみんです!」

 

またしても喧しさが二つ、耳障りな響きを以って鎮座する。

けれど先程の口論とは内包するものが違う。片方はともかく、もう一方に含まれるのは素直な嬉々とした感情だ。

 

「まさか地球人にやられるとは思ってなかったぞ。狙ってたのか、璃奈」

 

「……一応。動きは速かったけど、着地する場所はわかりやすかったから。耀君と先輩が気を引いててくれたおかげで狙いやすかった」

 

「アハハ! そうかそうか……小娘の相手など片手間で足りると思っていたが、してやられた。地球ではこういうのを窮鼠猫を嚙む……とかいうんだったか」

 

「……ちょっと違うと思う」

 

『えぇ~っと……どういう状況だこれ』

 

『俺が知るかってんだ』

 

結果として勝利に終わったオグリスとのゲーム対決。あまりにも唐突な幕切れだったこともあり、負けを認めない彼女が皆に危害を加える可能性も警戒していたが、現実はその真逆。

 

当の本人は嬉々としてこの勝利を湛え、自腹で購入してきた飲み物で勝手に祝杯を上げ始める始末だ。激流のような展開の速さと唐突の無さに置いていかれた頭が痛い。

 

「しかし、この星は本当に私を退屈させないな。食文化や娯楽のみならず、差こそあるが住民までもが面白い。目的を果たすまでの足掛かりとしか認識していなかったが思わぬ発見だ」

 

「何なんですかさっきから地球だのなんだの、まるで宇宙人みたいに……」

 

「ん? 言ってなかったか? 私はこの星の住民ではないぞ」

 

「えっ……ええぇぇぇぇッ!?」

 

そしてオグリス自身も座する気は毛頭ないようで。

何をする気かと身構えていれば早速のカミングアウト。普段の三割増しで喧しいかすみの声がキンキンと反響する。

 

「じゃ、じゃあホントに宇宙人さんなんですかぁ!?」

 

「宇宙人……に当て嵌まるかは知らんが、まあ概ねその認識で間違いな―――」

 

「おいぃぃ……! お前なぁ……!」

 

微塵の躊躇もなく軽い口を動かすオグリスの弁を遮る形で取り押さえる。このまま喋らせてはいずれとんでもないことを口走りかねないという予感があった。

 

「おいおい。そこまで急かずともトレギアのことなら後で教えてやるぞ」

 

「そうじゃねぇだろ! お前、んな堂々と口走りやがってホントに何のつもりだ」

 

「私のことを私がどう話そうと自由だろ。……光の国の掟を気にしているのなら安心しろ。特別お前達を害する気はないと言ったろ。トレギアがしたようにお前達の正体を明かして陥れてやろうだなんてつもりはない」

 

陰湿な奴は気に食わない。そう言ったオグリスの瞳にやはり嘘は感じられない。

だがそれでもやはり、その一言だけで信用するにはコイツはあまりにも爆弾過ぎる。

 

「えっと……雄牙? どうしたの急に……」

 

それにコイツの撒いた地雷は他にもある。今しがたのカミングアウトをバッチリ聞き取っていた同好会の面々だ。

 

耳打ち自体は聞き取られぬよう心掛けたが、それでも傍から見た光景が雄牙が突然自称宇宙人の少女を捕縛しているものだという事実に変わりはない。こちらはこちらでどうしたものか。

 

「あっとその……ほら、宇宙人ってどっちかというと危険なイメージあるだろ? それなのにこんなあっさりバラして大丈夫なのかな~って」

 

「ああ成程! 特に私達は以前襲われたこともありましたしね! 瀬良さんがそうするのも納得です!」

 

咄嗟の言い訳もせつ菜のカバーにより辛うじて体を保つ。多少ぎこちない芝居も直前に明かされた事実に比べれば些細なものだろう。

 

「ああ、怪獣オークションの時の話か。その節は災難だったな。だが安心しろ。私はあの連中のような姑息な真似はしない」

 

「じゃあいい宇宙人ってこと?」

 

「善か悪かなど個々の価値基準によるが……まあ、お前達から見て悪ではないことは保証しよう」

 

怪獣となって街中で暴れ、嫌っているとはいえ明確な悪意を持つ者に加担し、挙句に原住民に催眠を掛けて好き勝手やっていた奴のどこがいい宇宙人なんだと喉まで出かけたが、事情を知らぬ者が大半である手前直前で飲み込む。

 

「とにかくだ。当分はこの星に滞在する……暫くの間、遊び相手になってくれると嬉しい」

 

「勿論だよー! うっはー! アタシ宇宙人の友達とか初めてだよ! アガるー!」

 

「友……友か。いいな、悪くない響きだ!」

 

その中身を知らなければ見た目相応の少女にしか見えない笑みをオグリスは作る。悪意のない邪悪に頭を揺らす鈍痛だけが増してゆく。既に一部の者と仲良くなり始めているのが本当に最悪だ。

 

「……一つ、いいかな?」

 

「歩夢?」

 

そんな頭痛もピークを迎えた折、不意に会話へ入り込んだのは歩夢だった。

 

「他の星の人っていうのはわかったけど……その、雄牙君とはどこで知り合ったのかな……って」

 

問いこそオグリスに対するものだが、口にする歩夢の瞳は雄牙に向けられていた。そう言えばと、続々とその声に賛同する他の面々が興味を示すのに対し、彼女の作る表情には何か別の色が伺えた。

 

「えーっと……」

 

この返答は慎重に紡がなければならない。理性が下した判断に従おうとした時、それを瓦解させたのはまたもオグリスだった。

 

「なに、大したことじゃないさ。以前、今日みたく喧嘩を売った時にボコボコにしてやったからな。大方それを根に持ってるんだろ」

 

「は? いやおま―――、」

 

「話を合わせろ。お前もコイツ等にバレたくはないんだろ?」

 

「ぐ……」

 

咄嗟に反論しかけた雄牙に対し、先程のお返しだと言わんばかりにオグリスは意地悪く口角を吊り上げる。

 

「雄牙君……そうなの?」

 

「や、えと、その……まあ、大体あって、る」

 

理性と感情の狭間で葛藤し、やがて折れる形で肯定する。

 

別に間違ってはいない。間違ってはいないのだが、向けられた眼差しに混じる同情や憐憫の居心地の悪さが半端ではなかった。一応は事情を知っているはずの耀やせつ菜でさえも哀れむように苦笑いを作っていた。

 

「……そうなんだ。もう、気を付けてね」

 

「……ごめん」

 

何より歩夢のこの目が、痛い。今も昔も彼女は優しすぎるから。

 

「……色々複雑みたいだな、お前は」

 

オグリスが冷ややかに吐き捨てる。だがそれも一瞬のことで、すぐに子供のような表情を作ると仕切り直すように先陣を切った。

 

「鬱屈なのはゴメンだ。これ以上気分が害される前に次の遊びに興じるとしよう……お、アレとかどうだ?」

 

「え、もしかしてまだ一緒に遊ぶ気ですか?」

 

「何言ってるんだ。今日一日はお前達にお供してもらうぞ。さあ行くぞかすかす!」

 

「凄い自分勝手ですねぇ!? あとかすみんですってばぁ!」

 

三度の喧しさに、蟠っていた沈黙は晴れてゆく。気分一つで空気を塗り替えてしまう様はさながら台風のようで。

 

自ら暗雲を呼び寄せ、そして吹き払い、決して小さくはない爪痕を残しながら突き進んでいった。

 




オグリスがやりたい放題やってるせいで完全に乗っ取られてますが前回では桜坂回だったらしいですよ
前作でオウガ書いてた時もそうでしたがこの手のキャラは勝手に動いてくれるので会話にテンポが生まれていいですね。それ以外が壊滅するんだけど

そしてオグリスが口にした˝トレギア˝という名前は……まさか……!(すっとぼけ)


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35話 輪舞曲(ロンド)を掻き鳴らせ 後編

気付けば前作ゼロライブの完結から2年経っていたようで……早いなぁ……


 

晴天の霹靂、なんて言葉で目の前の出来事を例えてみる。少々大袈裟ではあるが、突然訪れた思いがけない事件という点では的を射ているだろう。

 

その少女は嵐のようだった。自由気ままに風を吹かせ、周囲を巻き込んで進んでゆく。荒々しい立ち振る舞いだ。

 

嵐というのは本来雲を齎し、雨を降らせる筈のものなのに……少女の姿は、痛いくらいに眩しく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

隠すことのない徒労感を吐息に乗せ、しずくはいつになく重い腰をベンチに預ける。

 

疲れた。いつの間にか行動を共にしていたあのオグリスなる宇宙人の少女との交流に根こそぎ持っていかれた体力が恋しい。

 

バイタリティは勿論のこと、何よりあのテンションと勢い。合わせるだけではただ一方的に消耗してゆくだけだった。初めは少しだけ弾んでいた心も今となっては地の底だ。

 

「大丈夫? しず子。何か飲み物でも買ってくる?」

 

「ううん。大丈夫。心配してくれてありがとう」

 

隣に腰掛けたかすみと互いに労いの目線を注ぎ合う。気心の知れた相手との時間には少なからずの癒しを感じた。

 

「しず子、意外と体力ないよね。兼部してるくらいだしかすみんよりはスタミナあると思ってたけど」

 

「体力ってよりは……気力? オグリスさん、普段周りにいないタイプだからちょっと疲れちゃって……」

 

「あぁ~、確かに。少なくとも同好会にはいないよねああいうタイプ……まあいっぱいいても困るけどさあんな人」

 

件のオグリスは今も愛達とアトラクションに興じているだろう。何せ今日で全アトラクションを制覇すると豪語していたくらいだ。またあの特徴的な高笑いを上げて遊んでいる姿が目に浮かぶ。

 

「……しず子はさ、宇宙人さんのこと、どう思ってる?」

 

そんな折だった。不意にかすみがそう零したのは。

 

「……どうしたの? 急に」

 

「ほら、あの人は自分のこと、宇宙人だって言ってたじゃん? 本当かどうかはわかんないけど、もし本当なら、かすみんの思ってた宇宙人のイメージと全然違うな~って。……正直、宇宙人さんは怖いものだって思ってたから」

 

言葉を並べるかすみの脳裏に浮かぶのは、先日のイベントで璃奈を攫った宇宙人の姿だろう。結果として助かりはしたものの、あの瞬間皆の命が脅かされていたのは事実だし、同好会に決して浅くはない爪痕を残していったのも確かだ。かすみがそう思うのも仕方ない。

 

「だから、しず子はどう思ってるのかな~……って」

 

そもそも世間一般として、ある巨人族を除き、宇宙人に対する印象は良くないものだ。度々災害を齎す怪獣と一括りにして語り、排斥を掲げる者って決して少なくはない。だからここでしずくがそう答えようともかすみが何か難色を示すようなことはないだろう。

 

「……そうだね。私は……」

 

けれど、それはかすみの思う˝桜坂しずく˝ではないから。元よりそんな回答を掲げるつもりはないが、それでも出来る限り、しずくの思う()()に答えを近づける。

 

「……どうだろ、私にも分かんないや」

 

「えぇ~……答えになってないよしず子~」

 

「だって、実際そうなんだから仕方ないじゃん」

 

不満気に口を尖らせるかすみに対し、しずくは穏やかに目を細めながら続ける。

 

「でも今はそれでいいと思うんだ。まだ私達は宇宙人について知らないことだらけだから。よくも知らない内に決めつけるのはやりたくないんだ。ほら、かすみさんだって極端な部分だけ指さされて地球人は野蛮だ~とか言われたら嫌でしょ?」

 

「それはまあ……そうかも」

 

「ほら、ウルトラマンみたいな人達もいる訳だし。案外、宇宙人全体で見たら良い人の方が多いかもしれないよ? だからちゃんと宇宙人のことわかるまでは決めつけたくないなって、そう思ってる」

 

主張に嘘はない。表面的な印象だけで宇宙人を決めつけたくない。そう思っているのは事実だから。だからそれにそれらしい捕捉を付けて並べる。頭が尤もらしい理由付けをするよりも早く口が動いていた。

 

「まあ、それがいつになるかなんてわからないんだけどね。でもそれもなんかロマンがあっていいと思わない? ほら、それこそ物語の中のお話みたいでさ」

 

そんな中にふと思い起こされる、嫌な先輩の言葉があって。

 

すると心はほんの少し()を出してしまう。かすみは仲の良い友達だから。少しくらいなら問題ないだろうという慢心もあったのかもしれない。

 

「しず子、なんか目キラキラしてる」

 

「え?」

 

「意外とそういうところあるよね、しず子。さっきエアホッケーしてた時とかもそうだったけど、急に子供っぽくなるって言うか……」

 

でもそれは所詮しずくの都合のいい思い込みで。

かすみが作る丸い目は、脳裏に焼き付いた、いつかの記憶と重なった。

 

「……ごめん。やっぱり、変、だよね……。おかしいよね……」

 

「え? な、なんで謝るの? そんなおかしいだなんてこと―――」

 

「ああ、確かにおかしな奴だな」

 

何か言いかけたかすみの声に割り入る形で現れたのは件の宇宙人の少女だった。

 

「ちょっとなんですかいきなり……てか、向こうで遊んでたんじゃないんですか?」

 

「疲れた、とのことでな。一旦休憩中だ。で、その間何をして時間を潰そうかと考えていたら、何やら面白そうな話が聞こえてきたから交ざりに来た次第だ」

 

地球人である自分達にとってオグリスの体力は無尽蔵に等しい。流石の愛達も堪えるものがあったらしい。

 

……いや、それよりも、だ。

 

「それより! なんですか今の言い方! まるでしず子のこと馬鹿にしてるみたいに!」

 

「馬鹿にしてはいないさ。ただおかしな奴だと言っただけだ」

 

不服を示すかすみを適当にあしらうと、オグリスは傾けた顔をしずくへと向ける。おかしな奴。それは十中八九しずくに対する指示語だろう。まだほんの数時間の付き合いだが彼女が遠慮のない性格なのはわかっている。だから次に向けられる言葉も予測がついた。

 

「お前、何故そうまで自らを隠すんだ?」

 

「っ……」

 

筈だった。痛みすら伴って跳ねたこの胸は虚を突かれた証拠だ。

 

「ソイツに対してだけじゃない。私にも、他の連中に対しても、お前は常に自分を隠して接している。いや、何かを演じている、というべきか。だからおかしな奴だと言った」

 

違う。彼女には見えているんだ。理想で塗り固められたこの仮面が。

雄牙に悪態をついた時とは違う。本当にただ˝桜坂しずく˝として振舞っていただけなのに、オグリスはこの仮面に手を掛けて見せたのだ。

 

「え、演じてるって……」

 

「何人の前でも役を演じ通す、というのはある意味面白くはあるがな。だが、お前のそれはお前の望むものではない……諦めにも近い妥協だ。そんなつまらん真似を私の前でするな」

 

どこまで。どこまで見えているんだ彼女には。

表面上の平静こそ保てているが、加速する鼓動は内心の焦りを隠すことなく物語っている。

 

「まあ、理由があるなら聞いてやる。興味はあるからな」

 

にやりと口角を吊り上げたオグリスの笑みはそんなしずくの情動を知ってのことなのか。

 

いや、恐らく彼女にとってそんなものはどうでもいいのだろう。動機はもっと単純だと瞳が語っている。ただ目の前のものが彼女の興味をそそるか否か。それだけの話だ。

 

「……その様子だと、やはり何かありそうだな。話してみろ。そしてお前自身を私に見せろ」

 

そこに邪な感情はない。文字通り無邪気に、彼女は気の向くままに、彼女にとっての面白いを探求しているだけ。出会ったその瞬間からそうだったじゃないか。

 

けど、それが故に厄介極まりない。

 

「しず子……?」

 

「かすみさん違うの、これは―――、」

 

「御託はいいからさっさと話せ。あまり陰湿な真似をされるとトレギアの奴を思い出して腹が立つ」

 

彼女を駆り立てる好奇心が満たされるまでオグリスが止まろうとすることはないだろう。

 

だからこそ逃げ場のないこの状況はしずくにとって不都合極まりない。切り立った崖を背後に追い詰められたようなものだ。

 

「……」

 

別に親しくもない人間にどう思われようが苦ではない。だから恐らく今後の人生において深く関わることはないであろうオグリスがしずくにどんな印象を抱こうとも問題はないのだ。

 

でもかすみは違う。彼女は学園生活や同好会の活動を共にする仲間であり、友達だ。そんなかすみに何か変な印象を抱かれるようなことがあればと思う度に、先程の目がかつての記憶を重なる度に、掻き鳴るブレーキの音が大きくなる。

 

「コイツの前だと言い辛いか?」

 

「っ……」

 

そしてそんな心境さえもオグリスは見抜いてきて。

 

「フフ……ならこうしてみようか」

 

彼女が指を鳴らす。弾けるような高音だった。

 

瞬間、瞳から光の失われたかすみの身体がぐらりと崩れ―――、

 

「かすみさん!?」

 

「さて、これで憂いは無くなったな?」

 

倒れ込んだかすみを受け止め、オグリスはまたも無邪気に笑う。狂気すら感じる無邪気さだった。

 

彼女にその気があるかは定かではない。でも状況は実質的に人質を取られているようなものだ。これ以上回答を遅らせればかすみに何をされるかわかったものではないという危機感があった。

 

「……わかりました。でも、正直期待してる程のものじゃないと思いますよ。気に食わなかったからってかすみさんに何かするのはやめてくださいね」

 

降参だ。吐き出した溜め息で白旗を示す。

 

こうなっては仕方ない。背に腹は代えられないとも言う。ここで折れるべきはしずくだ。

 

それに憂いが無くなったというのも事実だ。この不遜な宇宙人にどう思われようがしずくの日常に影響はない……だから、これで終わる物語だ。

 

「私は―――、」

 

「おい」

 

その筈だったのに。

どうして現実というのは、物語のように予定調和に進まないのだろうか。

 

「お前……何やってんだ」

 

刃物の如く鋭い声音に、一瞬誰であるのかと錯乱する。主は大凡予想は付いていたが、それでも認識するのに時間が掛かった。

 

「おお怖い。正義の味方は随分とご立腹だな」

 

「……余計な真似すんなって言った筈だろ」

 

「余計かどうかは私が決めるともいった筈だ。お前こそ横入りは遠慮してもらいたいな」

 

恐らく、スクールアイドル同好会で最も彼と仲が悪いのはしずくだろう。今日までに互いについた悪態の数々は記憶に焼き付いている。

 

でも、今目の前にある雄牙の纏う空気感は……そのどれとも合致しないものだった。

 

「いいから答えろ。この馬鹿に何した」

 

「そうかっかするなよ。コイツとの対話に邪魔だったから少し眠ってもらっただけだ。別に変なことはしていない」

 

「対話……?」

 

「ああ。互いが互いを探る駆け引き……だが、無粋な横槍で興も冷めたな」

 

含んでいた熱を一息で吐き出すと、オグリスは押し付けるようにして眠ったままのかすみの身体を雄牙へと預ける。

 

「おい……!」

 

「ソイツのことなら心配するな。大した暗示ではないからすぐにでも目は覚ます」

 

ひらひらと手を振る少女の姿が光と電子音の波の中に消えてゆく。どうやらまたアトラクションに興じるつもりらしい。またも気ままな嵐に巻き込まれた者達だけがその場に残存する。

 

「……何か知ってるんですよね」

 

その爪痕は大きくて。

広がってゆく亀裂を修復する術も、留める術すら知らないまま、しずくは込み上がる感情のままに雄牙へと喰らい付いた。

 

「何なんですかあの人は……あなたは、一体、何を隠してるんですか……?」

 

何かある。この二人には、到底見過ごしてはいけないような何かが。しずくの勘が最大級の警戒を以って吠えている。

 

「……お前には関係ない」

 

「こんなことされて関係ない訳ないじゃないですか……かすみさんが―――、」

 

「お前がすぐに答えてれば済む話だっただろ」

 

「っ……、見てたんですか……? 知ってて、こうなるまで見過ごしてたんですか?」

 

返答はない。沈黙は肯定だった。途端に沸々と熱いものが煮立っていくのを感じる。

 

「……止めるタイミングを見誤ったのは謝るよ」

 

本気で怒っているというのに、見下ろされる視線は冷ややかだった。

短い謝罪を置き土産に雄牙も踵を返すと、オグリスの後を追うようにして消えてゆく。

 

「……悪いけど中須は任せる」

 

「ちょっと待ってくださいよ……ねえ、瀬良さん!」

 

怒号に近しい糾弾で射貫こうとも、彼が踏み止まることはない。最終的に残されたのは何も知らない哀れな道化だけだ。

 

「何なんですか……本当に……!」

 

自然と作っていた握り拳は、震えていた。

 

 

***

 

 

『……なあ、雄牙』

 

(……なに)

 

『しずくも言ってたが……どうして、あの時点でオグリスを止めに行かなかったんだ?』

 

再びどこかへと向かったオグリスを追跡する折、タイガの零した問いにようやく足を止める。

 

(大したことじゃないよ。……ただ、アイツの答えが気になっただけ)

 

『答えって……しずくのか?」

 

(……そう。アイツがなんで自分を隠してるのか……って)

 

仮にもウルトラマンとなって戦うことを選んだ者として、この選択が咎められるべきものなのかもしれない。あの状況で瀬良雄牙としての好奇心を優先してしまったのは事実なのだから。

 

(もっと早く止めるべきだったよな……ごめん)

 

『結果として何もなかったんだ。だったら俺からは何も言うことはないさ』

 

(……ごめん)

 

全てが軽率だった。特にしずくとの間に走った亀裂は致命的なものだ。

 

ウルトラマンとしても、同好会の一員としても、何一つ上手くこなせていない。苛立ちと焦燥ばかりが蓄積していった。

 

『あんまり思い詰めんなよ。それより、今は目の前のアイツだ。……もし奴の言うトレギアが俺の知るトレギアなら……思っていたより事態は深刻だ』

 

(そういや聞きそびれてたけど……何なんだよ、そのトレギアって)

 

『……そうだな。まだ本当に奴と決まった訳じゃないが……話しておくに越したことはないか』

 

一拍の後、タイガは語る。

 

『奴は、トレギアは―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の闇市はいつもに増して陰鬱な、気分の悪い湿気が漂っていた。

 

情報を寄越した宇宙人の導きを受け、進んだのは流れ者の巣窟の、奥の奥。とある犯罪シンジゲートの仕切る取引場に、男の姿はあった。

 

『……貴様が件の闇商人か』

 

『……申し訳ありませんが、取引目的でないお客様はご退場を―――、』

 

「構わないさ。私の客人だ」

 

話ではこの場の元締めであるというマーキンド星人を静止し、男は昂貴と向き直る。相も変わらず、アオイを屠ったあの日と同じ装い、同じ薄ら笑いを張り付けていた。

 

「まさかここまで早く接触してくるとはね……少々予想外だったことは認めよう。それで、何の用だいU-40」

 

『それは貴様が一番わかっているのではないか?』

 

今この肉体を動かすのは昂貴の意志ではない。表に出たタイタスの人格だ。主導権の譲渡を好ましく思っていない彼でさえ、この瞬間ばかりは交代を申し出てきた。それ程の相手だということだ。

 

『始めから気付くべきだった……我々ウルトラマンの周囲にいる人物を狙う手法、連携組織との通信を遮断する手口。そして何より、貴様の飼い慣らすその邪神』

 

尻尾を掴まれた形になるというのに、男の態度が揺るぐことはない。

それどころかタイタスが一言一句を紡ぐ度に笑みを更に深くしてゆく。こうして対峙しているだけでも情緒を掻き乱されるような感覚があった。

 

『ゼロやニュージェネレーションズによって討たれたと認識していたのが全ての間違いだった。貴様は何らかの手段で生存し、光の国の者が降り立つ瞬間を狙い暗躍を続けていた……大方、筋書きはこんなところか』

 

けれども今更止まれはしない。既に賽が投げられたのなら、その腕を振り抜く他に道はないのだ。

 

戒められしこの、名前と共に。

 

『そうだろう―――ウルトラマントレギア』

 

 




という訳で、何と例の男の正体はあのウルトラマントレギアさんでした(周知の事実)

前作を読んでいない方へ向けて軽く説明すると、この作品時空におけるトレギアは前作ゼロライブの終盤に登場し、ゼロやニュージェネレーションヒーローズによって打ち倒されています。ですがどうしてか存命しており……

オグリスもオグリスで大暴れな今回の話は三話で収まらなかったのでもうちょっと続きます(致命的な計画ミス)

それでは次回で~


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36話 カーテンコールはまだ早い

新年あけましておめでとうございます。本年も創作意欲に溢れる年になりますように……


 

ウルトラマン。その言葉を耳にした人々が思い浮かべる印象は何であろうか。

きっとそれは希望を象徴するもの。ヒーロー、正義の味方、救世主。大方、世間の印象はこんなものだろうか。

 

事実それは間違っていない。かつて目にしてきたウルトラマンはその殆どが平和を願い戦っていたし、後に出会った相棒もそうであった。

 

だが何事にも例外は存在する。現に十年前に世界を暗雲に閉ざしたベリアルがそうであったように、光の象徴であるウルトラマンでさえも闇に堕ち、悪夢を齎す存在と化すことも時にはある。

 

今目の前にいる悪魔もまた―――その一人だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『貴様はかつて、光の国で活躍する科学者の一人だった。平和を願う者達と志を共にしていた筈の貴様が何故闇に堕ちたのか……そんなことは今更問うまい』

 

不自由の中に確かな自由が息衝く日陰者の街。そんな場所に充満するのは正反対の緊張感だった。

 

『ただ一つ聞かせてもらうぞ……貴様は何の目的があってここにいる。トレギア』

 

「ふふ……実に想像通りの問いだ。想像通り過ぎて退屈すら覚える」

 

『ならば当然、回答も用意しているのだろうな?』

 

「さあ、どうだろうね」

 

トレギア、ウルトラマントレギア。

ゼロやタイガと出身を同じくしながら光に背き、闇に身を堕としたウルトラマン。かつてこの地球で暗躍した記録もあるという存在だ。

 

「話せば、君は私に協力してくれるのかい?」

 

『馬鹿なことを……如何なる理由があろうと、咎人に加担するなど私の筋肉(ウルトラマッスル)が許さん』

 

「咎人ねぇ……。では問おうか。君にとって咎とは何だ。悪行を以って罪のない者を傷付けることか?」

 

『……そうだと言ったら?』

 

「だろうね……実に光の者らしい、独善的で欺瞞的な模範解答だ」

 

タイタス以外にも数名存在するギャラリーに対しても己が思想を誇示するように、男―――改めトレギアは鷹揚に腕を広げる。

 

「私にとってはねU-40、その考え方こそが咎なんだよ」

 

傾けられた首の真上で、ぎろりと見開いた双眸が存在を主張する。

狂気。そう呼称するに他ならない闇が渦巻いている瞳だった。

 

「光の者の語る正義は著しく偏った、未熟なものだ。だが君達はその事実と向き合うことをせず、やること成すこと全てが正しいと考え牙を剝く……それが如何に危うい行為か、考えたことはないのかい?」

 

知的生命とは誰しもその考えに多少の偏りを持つものだ。時にはその思考を他者へと強要する者も存在するが……コイツのそれは何か違う。タイタスに身を委ねる昂貴の警戒心が最大級に違和を叫んでいる。

 

「ないだろうね。君達にとってはそれこそが正しさなのだから」

 

返答を待たずしてトレギアは次の句を紡ぐ。

次の瞬間、痺れるような悪寒を走らせるような威圧感を醸して。

 

「だから私は否定するよ。君達の掲げるものを……その為にここにいる」

 

奴が何を思って、何をきっかけにこれ程までの狂気に至ったのかはわからない。確かなのはコイツの存在はいずれ昂貴の周囲全てを脅かし兼ねない。そんな漠然とした危機感だけだった。

 

『……成程な。貴様の理念や目的は理解した。我々の掲げる正義にそのような一面があるのも認めよう。だが……』

 

だからこそ退く訳にはいかない。揺るがぬ姿勢を体現するようにしてタイタスはトレギアへと向き直った。

 

『それでも、これまで貴様が重ねてきた所業は到底許されるものではない。貴様が贖うべき罪、キッチリと清算してもらうぞ』

 

「はぁ……その思考こそが危ういと言っている」

 

次にトレギアが示したのは呆れの感情だった。わざとらしく額へと置いた手の合間から覗く眼光が昂貴達を射止める。

 

「……申し訳ないが、取引は今日限りでお終いにさせて頂こう」

 

『そ、それはどういう……』

 

「もうこの場所に価値は無くなった……そういうことです」

 

終始呆気に取られたままであったマーキンド星人を一瞥すると、奴はまるで手品のような動作を見せ、直前まで何もなかった筈の手のひらに一つの指輪を転がす。

 

『その指輪は……!』

 

それは以前、共に戦う者が怪獣から回収したというものと酷似していた。

 

当初はブレスレット同様、討伐された怪獣の力がタイガスパークを介して形となったものと考えていたが、もしそれがトレギアによって仕組まれたものであったのなら―――、

 

「残業はしない主義なのでね。今日のところはここでお暇させて頂くよ……では、ごきげんよう♪」

 

『待てッ……!』

 

消えゆくトレギアへタイタスが手を伸ばすよりも早く。

怪しげな光を放った指輪によって沸き起こった地響きが大地を揺らし、直後の咆哮が世界へと轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ッッッ――――――!』

 

どこか機械らしさを含む鳴動が届く。

それが日常を揺るがす巨獣の出現を示しているのを理解するのと、周囲の人々の携帯端末から警報音が上がるのは同時だった。

 

「えぇ!? また怪獣? こんな時にぃ……」

 

直前まで稼働していたアトラクションは制止し、係員のアナウンスと共に避難誘導が開始される。

 

別段怪獣が出現すること自体は珍しいことではない。だが今はその怪獣の力を持つ者がすぐ傍にいる。何か関連があるのかと疑るように視線を横へと流した。

 

「この臭い……トレギアか」

 

だがオグリスの様子は想像とは大きく異なるもので。

零された件の名前には、明らかな憤りが含まれて見えた。

 

「来い」

 

「は? いやお前なにぐえぇッ……!?」

 

何をする気かと伺っていれば、着用していたパーカーのフードを引っ張られる形で非常口へと向かう人波から連れ出される。

 

呼び留める声などもお構いなしに突き進んだオグリスがやがて足を止めたのは施設の外、所謂屋外デッキと呼ばれる場所だった。

 

「アレを呼び出したのはトレギアだ。私の嗅覚がそう告げている」

 

既に避難は終えているのか、自分達以外の人影は確認出来なかった。その理由は海風と共に爆風を齎す巨大生物が物語っている。

 

埋立地と内陸部を繋ぐ橋を挟んだ向こう側。一般人の視力でもハッキリとその風貌が伺えるような距離の場所にソイツは出現していた。

 

『ッッッ――――――!』

 

怪獣と機械の中間、サイボーグと呼ぶのが相応しいか。丸みを帯びたアンシンメトリーの肉体には無数の重火器が供えられており、放置しておけば瞬く間に周囲を焦土へと変えてしまいかねないような脅威を感じる。

 

 

 

 

――――――奇機械怪獣(キキカイカイジュウ) デアボリック

 

 

 

 

「私を退屈させるのみならず、暇潰しさえも邪魔するか……つくづく気に障る奴だ」

 

そう言ってオグリスが取り出したのは、青いブレードを備えた扇形のアイテム。

 

『それが……ウルトラゼットライザー……』

 

「ああ。光の国より拝借した私のお気に入りだ」

 

体のいい言葉を使ってはいるが実際は強奪であることはタイタスより聞かされている。恐らくこれまでの怪獣もあのゼットライザーを用いて変身していたのだろう。

 

そして問題は、今オグリスがそれを手に何をしようとしているかだが。

 

「腹癒せにあの木偶で遊んでやるとするか……お前も来い、宇宙警備隊」

 

 

《Ogris》

 

《Access Granted》

 

 

赤い双眸が剣呑に瞬く。

ゼットライザーを起動したオグリスは続けて三枚のメダルを取り出し、ブレードのスロット部分へと挿入。

 

 

《Horoboros》

 

《Galactron Mk2》

 

《Gilbalis》

 

 

「さあ……派手に行こうか」

 

本来は平和を願うウルトラマンの為に生み出された力が、悪戯な邪気へと染まる。

ブレードの展開により読み込まれた力はオグリスへと流れ込み、やがてはその肉体を巨大は獣の姿へと変貌させた。

 

 

 

《Metsuboros》

 

 

 

舞い降りた妖しげな光に砂塵が舞う。

 

サイボーグにはサイボーグを、という魂胆なのか。獅子を思わせる肉体に機械的なマスクや手甲が装着された、武装を施されながらも野性味を残すその様はある意味でオグリスらしい。

 

 

 

―――――寄生破滅獣(キセイハメツジュウ) メツボロス

 

 

 

『ッッッ――――――!』

 

君臨と同時にオグリスは攻撃を開始。突風のような勢いで距離を詰めては巨大かつ重量のある鉤爪でデアボリックを襲撃する。

 

反撃に放たれた弾幕の嵐すらも容易く交わして見せるが、代わりに崩壊してゆくのは街並みを構成する建物や道路だった。至る所で上がる爆音や炸裂音に混じって悲鳴が聞こえる。

 

「タイガッ!」

 

『ああ……行くぞ!』

 

 

《カモン!》

 

 

何を思ってオグリスが雄牙達に参戦を促したかはわからないが、このまま好き放題されるのをただ指を咥えて見ている訳にはいかない。

 

「『バディ……ゴーッ!」』

 

トリガーを操作しタイガスパークを起動。生成された銀色の光を掴み取っては天へと掲げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雄牙君! 雄牙くーん!」

 

「歩夢さん、今は避難を……」

 

「でも雄牙君がまだ……」

 

不規則な揺れの続く建物の中、揉め合うような少女達の声が反響する。

鳴り響く警報にも関わらず避難を始めない歩夢。その行動の理由は先程オグリスに連れられて行った雄牙にあるのだろう。

 

「気持ちはわかりますが……やはり今は避難を優先するべきです。この場所も安全ではありませんし、もし自分を探した結果歩夢さんが怪我をしたとなれば一番悲しむのは瀬良さんなんですよ? ……今は無事を信じましょう」

 

「そうだよ歩夢。今はせつ菜ちゃんの言う通りだと思う」

 

「侑ちゃん……でも……!」

 

侑が説得に加わっても歩夢の姿勢が揺るぐことはなかった。

以前から歩夢は雄牙に対し少々過保護だという話を聞くことがあったが事実らしい。最も、今の彼女を見る限りではそれ以上の何かを感じるが。

 

「……わかりました。三分です。あと三分だけ瀬良さん達を探しましょう。それでも見つからなかったら、その時は一緒に避難してください。いいですね」

 

それに、やはりせつ菜も何かおかしい。尤もらしい言葉を並べてはいるが、その裏には何か、自分達を雄牙から遠ざけたいかのような意図が垣間見える。

 

「……」

 

顎に手を当てしずくは考える。

 

宇宙人であるというオグリス、そのオグリスを警戒視している雄牙、そして二人の関係について何か知っているであろうせつ菜。元より存在した違和感を照合してみる。

 

どうしてオグリスは怪獣の出現したこのタイミングで雄牙を連れ出した。どうしてせつ菜は自分達を雄牙から遠ざけようとする。

 

雄牙は一体……何を隠している。

 

「……もしかして」

 

雑多な情報を受け止めた頭が一つの結論を提示する。そんなことがあり得るのかと理性の制止が入るが、こう仮定するならば辻褄が合うと、無理矢理に振り切った。

 

「皆さんは先に避難していてください。私達も後で合流しますので」

 

「僕も行きます。愛さん、璃奈ちゃんのことお願いしますね」

 

「おっけ任せて。ダイバーシティ前の広場のとこで待ってるから、気を付けてね……って、しずくは!?」

 

()()()を得てしまった身体は、駆り立てられるように動いていて。

答えがあるならばきっとあの場所だと、気付けば訪れるであろうある一点へ向けて、走り出していた。

 




本当は今回でこの話は終わるつもりでした。長くなり過ぎたので区切りました。新年早々霧が悪いですね。こんなんですが今年もよろしくお願いします。

デアボリックにメツボロスと、相変わらずの過剰戦力がお台場に出現する中何かに気付いたしずくが向かった先は……


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37話 雨粒の終幕

今日で無印ラブライブ1期放送開始から10年らしいですね
ゼロライブの時間軸から今作の時間軸までも10年なのでイメージしやすくていいですね(よくはない)


 

 

《ウルトラマンタイガ!》

 

 

 

『シュアッ!』

 

変身と共に跳躍。空中で幾度かの宙返りを重ねた後、振り下ろす形でデアボリックへと飛び蹴りをお見舞いする。

 

『来たな。遅いぞ宇宙警備隊』

 

『お前……何のつもりだ。お前とトレギアは仲間じゃなかったのか?』

 

『私の目的に使えそうだったから一応は協力していただけだ。私の気分を害する場合はその限りじゃない』

 

並び立ったメツボロスから今日だけで散々耳にした声が伝わってくる。嘘はつかないという奴の言葉を信じるのなら本当なのだろう。

 

『まあそんなことはどうでもいい……今はただ目の前の享楽に浸ることだけ考えろ!』

 

『ぐおぉっ……!?』

 

なんて思ったのも束の間。

突如として後頭部に重い衝撃が走り、不意を突かれたタイガの身体が派手に転倒する。それがオグリスによる殴打だと認識したのは少し遅れてからだった。

 

『おいおい、これくらいは反応して貰わないと張り合いがないぞ』

 

『何すんだ! 共闘するんじゃなかったのか!?』

 

『誰がいつそんなことを言った。私が望むのは一対一対一の勝負……バトルロワイヤルとか言うやつだ。地球にはそういう文化があるんだろう?』

 

『くっ……!』

 

間髪入れずに下される重厚な手甲を真横に転がることで回避。即座に起き上がっては反撃の姿勢を取る。

 

「あってたまるかそんな物騒な文化! すぐ漫画に影響されるガキかお前は!」

 

『む……そうなのか。だが概念として存在する以上は私をそそらせるものであることに変わりはない。黙って付き合え!』

 

『おい無茶苦茶だぞコイツ!?』

 

コーラス音混じりの咆哮に続き、メツボロスの指先から幾重もの粒子砲が射出される。如何にもサイボーグという見た目通り飛び道具も備えているらしい。これでは距離を取るのも得策と言えないだろう。

 

『˝タイガウォ˝―――ぐあぁ……!』

 

一旦はバリアを展開し迫りくる光芒を遮断する。遮断した筈だった。

それなのにも関わらず肩を貫いた衝撃の方向は背後。遅れてデアボリックの砲撃を喰らったのだと理解する。

 

そうだ。オグリスの言う通りこれは三つ巴のバトルロワイヤル……敵は一人だけではない。

 

『ッッッ――――――!』

 

「くそッ……!」

 

単騎で複数の敵を相手取った経験は雄牙にはない。でも甘えが許される理由にはならなかった。

 

増援が来るのを待つのも手ではあるが、一刻も早くコイツ等を退けなければならないという事実に変わりはないのだから。どう転ぶにしろ戦う他に道はなかった。

 

『ハァッ!』

 

メツボロスの接近を察知し、咄嗟の判断で潜り込んだのはデアボリックの真後ろだった。

 

そうしてその巨体を背中から蹴り飛ばし奴へと仕向ける。重心を尻尾、つまりは後方へと預けている機械獣の身体は容易く前へと転がった。

 

『甘い!』

 

だがオグリスは跳び箱を飛び超えるかのような要領でそれを回避すると、左腕の粒子砲でデアボリックを攻撃しつつ、そのまま右腕をタイガへ向けて振り翳す。

 

『ぐぅっ……!』

 

初撃は辛うじて往なすが、着地からの続けて二撃目。見た目以上に重い殴打が横腹を穿った。

ガードが意味を成さない。防御など軽々突き破ってくるような衝撃だ。

 

『どうしたどうした? この程度で音を上げたりはしないよな!?』

 

「当たり……前だッ!」

 

覆い被さった三撃目は辛うじて堪えた。頭上でクロスする両腕に鈍い痛みが走るが、今は無視して押し返すことだけを考える。

 

「だあらッ!」

 

『おぉ!?』

 

気合で弾いた鉤爪を今度は抱え込む。逃れられぬようガッチリと固定し、繰り出したジャイアントスイングの後にメツボロスを上空へと放った。

 

『˝タイガスラッシュ˝ッ!』

 

続け様に追撃へと移り、打ち出した光弾の爆風で奴を地表へと叩き落とした。

 

『繰り返すが……これはバトルロワイヤルだぞ?』

 

だが―――、

 

『ッッッ――――――!』

 

『ッ……! しまっ―――』

 

またしても意識の外にいたのはデアボリック。

 

いつの間にか右腕の砲台に集約していた膨大なエネルギーは直後にビームとなって吹き荒れ、一瞬の内にタイガを飲み込んだ。

 

『ぐっ……ああぁ……!』

 

直撃だった。防ぐ余地などない熱量の塊にただ吹き飛ぶしかない。受けたダメージを物語るようにカラータイマーが点滅を始める。

 

焦げ付いた身体が勢い良く転がり、メツボロスの足裏によって止められる。タイガへ乗せる片足へ体重を寄せつつオグリスは零した。

 

『最初の脱落者は……お前のようだな』

 

微かな失望と共に見下ろされる目線が次に起こることを示している。けれども破滅的な一撃を受けた肉体は簡単に動こうとはしてくれなかった。

 

『……終いだ』

 

猶予のカウントさえも尽き、朦朧とする視界の中で下された戦斧が輝きを刈り取らんとして駆けた。

 

『そうはさせん!』

 

阻むのは直撃の目前に空へと昇った光の柱だった。

吐き飛ばされるメツボロスの真下、相も変わらず主張の激しい筋肉を連ねる戦士の名を呼ぶ。

 

『タイ……タス……!』

 

『遅れてすまない。シェルターの者達へ避難を促すのに時間が掛かってしまった。無事か、タイガ』

 

『ああ……助かった』

 

肩を借りて立ち上がり、改めて二体の巨獣と向き直る。

 

『成程な……発端はお前か。トレギアと接触したなU-40』

 

『何だって……? 本当かタイタス!?』

 

『ああ。だがその話は後だ。今は奴等を片付ける』

 

タイタスがいつの間に敵がトレギアだという確証を得たのか、いつの間に奴へ繋がる手掛かりを得たのか。疑問は尽きないが彼の言葉は事実だ。

 

『この事態は奴の行動を予測し切れなかった私の責任だ……デアボリックは私が対処する。オグリスを任せられるか?』

 

「てか、お前等なんで一緒にいるんだ……?」

 

『その話も後だ後! いいから行くぞ!』

 

仕切り直して第二ラウンド。タイタスはデアボリック、タイガはメツボロスへとそれぞれの敵へと仕掛けてゆく。

 

『一対一になったんだ。多少はマシになっててくれよ』

 

『言っておけ!』

 

タイタスに受け渡されたエネルギーによって多少体力は回復している。絶好調と呼べる程ではないが、戦闘を行う分には問題はない。

 

再度受け止めた鉄槌を押し返すべく力を籠める。今度は横槍を入れる存在はいない。目の前の敵だけに全力を注げた。

 

『……そう言えば、トレギアのことを教える約束があったな。どうせ奴のことだ。U-40にもロクに腹の内は明かさなかっただろうからな……嫌がらせに私が洗い浚い吐いてやる』

 

だがそれはオグリスも同じこと。圧し掛かる重圧は先程の比ではなかった。それでも負けじと両の足で大地を踏みしめた折、思い出したように奴は言う。

 

『先程お前はあのトレギアか、とか言っていたが、その認識で間違いはない。奴はウルトラマントレギア。お前と同じ、光の国出身のウルトラマンだ』

 

『やっぱり……!』

 

語る間にも攻撃の手は緩まない。初発こそ結果的に受け流すことには成功するものの、繰り返しに迫る切っ先は幾度となくタイガを切り裂こうと迫ってくる。

 

『何故トレギアはこの星にいる……アイツの目的はなんだ!?』

 

『肉体を失い宇宙を彷徨っていたお前は知らないだろうが、奴は十年前にこの星でウルトラマンゼロを始めとした光の戦士達に敗れている。その際にトレギア本人も深手を負うのみならず、奴の力を担う存在を失った』

 

『奴の、力……?』

 

『ああ。宇宙創成期の混沌より生まれた邪神達の融合体―――˝グリムド˝をな』

 

聞き慣れぬ名前が風切り音と共に耳を撫でる。真横を斬撃が通過した音だった。

 

『数多の邪神を体内に取り込んだ代償にな、アイツは死ねないんだ。仮に命を失おうとも、マルチバースに存在する別世界の自分自身を犠牲とすることで蘇る……事実上の不死だ』

 

片手間で処理するにはあまりにも濃密すぎる情報だ。全身に走る痺れは戦闘の齎す衝撃によるものだけではないとハッキリわかる。

 

『だがそのグリムドも光の戦士達によってトレギア諸共打ち倒された。辛うじて生き永らえることは出来たようだが、消えかかる邪神の力では不完全な復活が関の山だったようでな。今の奴は万全の状態じゃない……本来の巨人の姿に戻れない程にな』

 

驚きはない。トレギアが光の国のウルトラマンであるということはタイガから聞いていたから。だがその後に連なる奴の辿った軌跡は動揺と混乱を生むには十分すぎて。

 

一瞬とは言え脱力した身体は決定的な隙を生み、突貫したメツボロスの体当たりがタイガを吹き飛ばした。

 

『ここからは私の推測になるが……恐らく、奴の狙いはグリムドの復活だ。正確にはグリムドの力と共に自身の力も取り戻すこと、と言うべきか』

 

語りのテンションと合致しない粒子砲の包囲網が押し寄せる。バリアや回転運動を用い、辛うじてそれらを掻い潜った。

 

『グリムドは言わば虚無の化身、故に糧となるのも生ける者の抱く虚無だ。現にトレギアもこの十年間、自ら空虚へと突き落とした者を捕食させることでグリムドの力を繋ぎ止めていたようだからな』

 

「……優木を狙ったのはその為か?」

 

『さあな。そこまでは知らん。あの時の奴には、何か別な目的もあるように見えたが……』

 

あの時初めて敵として対峙したトレギアの関心は明らかに雄牙達へと向いていた。嘘を吐かないと掲げるオグリスの証言も加味して、何か雄牙達絡みの目的があったことは明らかだろう。

 

『……っと、私から話せるのはこれくらいだな。約束は果たした。後は存分にヤリ合おうか!』

 

ではそれは一体何なのか。思考が次の段階へ至ろうとした途端、ギアを上げたオグリスが牙を剥いた。

 

唸りを上げたメツボロスがサバンナを駆ける猛獣の如くお台場の街を疾走する。その速度は最早ウルトラマンですらも見切れるものではなく、気付けば背後に回られ重い重い一撃が叩き込まれた。

 

『ぐっ……!』

 

跳ね飛ばされた身体が橋を破壊しながら河口へと落ちる。霧散し、雨のように降り注ぐ水飛沫を掻き分け突っ込んできたのはまたもメツボロスだ。

 

『˝ウルトラフリーザー˝ッ!』

 

冷気を纏った風を吹かせ、空中の飛沫を凍らせては奴へとぶつける。ダメージこそ薄いが勢いは殺せる。減速の隙に立ち上がり体勢を整えた。

 

『面白い攻撃をする……ならこれはどうだ!』

 

『˝ハンドビーム˝ッ!』

 

再度殺到した粒子の方に光弾で対抗するが、威力で押し負け着弾。火花と共に吹き上がった爆炎が体力を削る。

 

『ほらほらどうした! コイツも凌いで見せろ宇宙警備隊!』

 

連発可能な高火力の重火器はタイガと相性が悪い。威力で対抗できるのはストリウムブラスターくらいだろうが、たかが一発の攻撃を凌ぐのにあの大技は使えない。となると―――、

 

『指輪だ雄牙! ギャラクトロンの指輪なら対抗できる!』

 

「そっか……よし!」

 

以前の経験から最適解を導き出す。

メツボロスの武装も恐らくは同系統の怪獣に由来するものだ。ギャラクトロンの力にはギャラクトロンの力を。

 

だが。

 

『待て雄牙……それを使うな!』

 

「え……」

 

指輪をリードしようとしたその瞬間、不意に飛んだタイタスからの制止に動きを止めてしまう。

 

生まれた隙は文字通りの命取り。気付いた頃には暴力的な熱線が間近へと迫っており、対処する術もなく弾け飛んだ。

 

『ぐっ……、どういうことだタイタス!』

 

『言い忘れていたが……その指輪はトレギア製だぞ』

 

代わりに答えたのはオグリスだった。タイタスからも否定の声は上がらない。

 

怪獣の指輪はトレギアによって生み出されたもの。その事実が付与された途端、急速に指輪の帯びる危険性が上昇する。

 

一度目ならともかく、繰り返し使用すれば何が起こるかわからない……つまりはそういうことだろう。

 

『使うのならば止めないぞ。まあ、お勧めはしないがな』

 

自身に降りかかる危険か街や皆の安全かを秤に掛けている間にもオグリスは待ってはくれない。それどころかその闘争心は加速してゆく一方だ。

 

建物の側面すらも足場に使い、より立体的に空間を駆けたメツボロスの疾走がタイガを囲うように展開される。

 

『ッッッ――――――!』

 

『がっ、ああぁぁ……ッ!』

 

突進の勢いに乗り更に威力を増した斬撃がタイガの胸元を襲った。血飛沫のように散華する火花が宙を舞う。

 

再度点滅を開始したカラータイマーはタイタスより受け渡されたエネルギーも底をつきかけていることを示している。もう本当に時間がなかった。

 

『おいおいこれ以上落胆させるな。これでもお前には結構、期待しているんだぞ?』

 

地に伏せ、思うように動かない身体へ鞭を打つ雄牙を見下ろしながらオグリスは煽る。タイガに反し彼女はまだまだ余裕がある様子だった。

 

力量に差がありすぎる。これまでの戦いの中で雄牙達も確かに成長しているが、それでもオグリスの域はまだ、遠い。

 

『暴れ足りん。不完全燃焼もいいところだ……これならあの青いのを引き摺り出すか』

 

不満気な吐息を漏らしたオグリスは不意に何かを思い付いたように辺りを見回し、やがてとある一点に視線を固定すると冷めた声で笑った。

 

『……丁度イイ餌がいた』

 

砲門にエネルギーを集約させ始めたメツボロスに騒めくような予感を覚え、急ぎ奴が見据える先を確認する。

 

『かすみ達……!?』

 

ショッピングモール前の広場。避難をした直後なのか、そこには見慣れた面々が揃ってこちらを見上げていた。耀の顔も伺える。

 

いやそれよりもだ。オグリスの狙いはもしや―――、

 

「っ……!」

 

理解の途端に柵が弾け飛ぶ。

遠い笑顔が脳裏を過った時、迸るような何かがこの身体を、魂を突き動かした。

 

 

《ヘルベロスリング!》

 

 

《エンゲージ!》

 

 

『なに……!?』

 

傷口から滴る血潮が武器の形を成したかのように、赤黒い閃光の刃がメツボロスを切り裂き、薙ぎ払った。

 

雄牙も殆ど無意識の内にリードしていた怪獣の指輪。その力により生まれたチャンスを逃さぬように、限界を迎えている筈の身体を無理矢理に駆動させた。

 

「う……らあぁぁぁッ!!」

 

打ち上げたメツボロスを追うように起き上がり様に飛翔。肉薄しては突き出した拳を埋める。

 

筋肉という名の鎧に覆われた肉体に対し殴打によるダメージは薄いが、衝撃までもを往なせる訳じゃないのは分かっている。僅かだが崩れた体勢へ更に連撃を叩き込み、防御力の薄い首元を露出させた、その瞬間。

 

「タイガッ……!」

 

『雄牙お前……わかったよ!』

 

懐へ潜り込みつつお決まりの動作を重ねる。両腕を掲げ、腰元へと下ろし、身体中に虹色のエネルギーを循環させた。

 

『˝ストリウムブラスター˝ッ!!』

 

T字に構えた腕より放出される光線が首元から奴を穿つ。

 

『ッッッ――――――!』

 

断末魔にも近しい雄叫びが上がるが、それも束の間のこと。たった数秒とは言え超至近距離からのストリウムブラスターを耐え抜いたメツボロスは両腕の装甲で光線諸共タイガを叩き落として見せたのだ。

 

『く……はは! いいぞ! そうでなければ面白くない!』

 

パワーやスピードだけじゃない。タフネスさもまた常軌を逸している。

今の一撃でかなり削れたとは思うが、それでも奴にはまだまだ余裕がある。底が見えない絶望感が心に圧し掛かってくるようだ。

 

でもここで折れる訳にはいかない。雄牙が敗れれば奴はフーマを呼び出す為に誰かの命を脅かし兼ねない攻撃的な活動を取る……それだけは阻止しなければならなかった。

 

頭を冷やせ。落ち着け。でも急げ。

 

どうにかしてこの状況を打開する方法を弾き出せ。

 

『もっとだ……もっと私の心をヒリつかせてみろ!』

 

爆発的な瞬発力で接近してきた一閃を前転運動で回避。連撃に迫った咢を蹴り上げることで防ぐとハンドビームでの牽制を入れつつ距離を取った。

 

『ッッッ――――――!』

 

だが近中遠全ての攻撃範囲に対応する奴の手数の前には無意味だった。

姿勢を整える前に打ち放たれた粒子砲。それに対処すべく再度怪獣の指輪を読み込もうとする。

 

『ソイツはもう使うな!』

 

静止の声が挟まり、仕様よりも早く展開されたタイガのバリアが熱線を防いでいた。

 

『忘れた訳じゃないだろ。その指輪はトレギアが作ったもの……罠の可能性だってあるんだぞ』

 

「じゃあどうしろってんだよ! こいつ以外に方法なんて―――」

 

『ある……一つだけ』

 

捲し立てる雄牙にタイガは一つの光明を提示する。

 

「一つあれば十分だろ。迷ってる暇なんてないんだぞ」

 

『けどこの技は危険なんてレベルじゃない。他の技なんて比較にならない程デカい反動がある……おまけにまだ未完成だ。使えば俺達もどうなるかわからない』

 

いつもに増してタイガの声には緊張感が籠っていた。強さに対して少なくない固執があるように見える彼でさえ使用を躊躇う技だ。それ程まで、ということなのだろう。

 

『それでも……やるのか?』

 

けれど、迷いはなかった。

 

「やる。今やらなきゃいつやるんだ」

 

『わかった……気合い入れろよ雄牙!』

 

問答の間にも距離を詰めて来ていたメツボロスに対しタイガが取った行動は―――受け止めること。命諸共意識を掻っ攫ってゆきそうな衝撃を意地で堪え、ガッチリと、奴の身体へ自らの身体を固定する。

 

『なに……?』

 

『うっ……おぉぉぉぉぉッ!!』

 

そうしてメツボロスに掴み掛かったまま飛翔したタイガの肉体が赤色を帯び、燃え盛る炎となる程に熱エネルギーを増幅させてゆく。

 

『まさかこれは……No.6の……!?』

 

『ああそうだ! 見様見真似だけどな!』

 

終わりは唐突だった。

気合いで繋ぎ止めた意識の意図すらも焼き切らんとする灼熱の行く末。()()()()()()()()()()()が全てを消し飛ばした。

 

 

『ウルトラ―――ダイナマイト』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……無茶苦茶な戦い方をする」

 

「……お前に、だけはっ……言われたくない……!」

 

白が視界を埋め尽くしてから少し後。

完全に動かなくなった四肢を地面へと投げ出した雄牙は、同じく大の字で転がるオグリスへと悪態をつく。

 

「一緒にするな。私の享楽は命あってこそだ……お前のは最早破滅願望だろ」

 

「悪かったな……弱っちい奴には、弱いなりのやり方しかないんでね」

 

「ああ、確かに弱いな。……だが、その泥臭さは嫌いじゃない」

 

あっさりと起き上がって見せたオグリスの表情は穏やかだった。心なしか満足気にも思える笑みだ。

 

「それに、お前は何かを()()()()()。本当に私を最後まで飽きさせないな」

 

タイガの言っていた大きすぎる反動が故か、意味深に細められた彼女の眼が何を映しているのかを確認する余裕もない。

 

「……お前もそう思うだろ?」

 

いや……確認したくなかったのかもしれない。

 

「やっぱり……そうだったんですね」

 

コンクリートと擦れ合う靴音が耳元まで近づき、見知った少女が顔を覗き込んでくる。

騒ぎも、また驚きもしない。ただ静かに、桜坂しずくは佇んでいた。

 

「その分ではある程度推測はついていたみたいだな……聞かせてみろ。採点してやる」

 

「オグリスさんが自分は宇宙人だと明かす前から、何かおかしいと思ってたんです。瀬良さんとせつ菜さんが、妙にあなたを警戒していたから」

 

淡々と、殆ど組み終わったパズルのピースを嵌めるようにしずくは語る。

 

「それにお二人がいなくなった時、せつ菜さんが率先して私達に避難を促していました。瀬良さんを心配する歩夢さんを無理矢理説得しようとしてまで……まるで、私達を瀬良さんから遠ざけたいみたいに」

 

雄牙の頭の中でも点と点が線で結ばれてゆく。偶然なんかじゃない。彼女は自分の意志を以ってこの場所へ赴いたのだ。

 

「怪獣が出た後に宇宙人と関係のある人がいなくなって、探されると何か不都合なことがある……そんなの、答えは一つしかないじゃないですか」

 

全ては、辿り着いてしまった真実が故に。

 

「あなたがウルトラマンだったんですね……瀬良さん」

 

疲労と痛みに支配されているはずの身体へ悪寒が走った。せつ菜の時とは比較にならない悪寒だった。

 

「く、はは……。そうか。それがお前の本質か」

 

一瞬にして焦りに満たされた雄牙に反し、オグリスは満足気な笑いを見せた。後方で起こった爆風に漆のような黒髪が揺れる。

 

「……っと、U-40の方も終わったか。誰かさんのせいで無駄に力を消費してしまったしな。捕捉されると面倒だ。今日のところはここらでお開きとするか」

 

次にその笑みを雄牙へと固定し、緩慢な動作で立ち上がった彼女は最後に一言。

 

「楽しかったぞ。また遊ぼう―――()()

 

好き放題に暴れ回ったその台風は、またも勝手気ままにどこかへ消えてゆく。紅に溶ける後ろ姿は晴れやかなものだった。

 

されど台風は台風。残していった爪痕は、更に大きなものへとなっていた。

 

「……責める気はありませんよ。これまで守ってくれたことに感謝はしていますし、この事を隠していた訳も理解できます。それでも……」

 

暫くしてようやく起き上がれた雄牙に対し、しずくは腰を下げて目線を重ねてくる。

微笑みを作る両の瞳には、限りない影が差していた。

 

「……やっぱり私、あなたのこと大っ嫌いです」

 

見せたのは一瞬だった。遠くから聞こえた自分達の名前を呼ぶ声を聞き取ると、またいつもの顔を張り付けて、日常に舞い戻ってゆく。

 

雄牙も一応は続くが、それが日常への帰路ではないことくらいはわかっている。つもりでいた。

 




ほぼ戦闘描写だけなのに何だこの文字数は()
ともかくこれでようやくしずく回(のつもり)終幕です

オグリスとの関係に進展があった反面、なんとしずくには正体がバレてしまい……
(恐らく)数話先にあるであろう2度目のしずく回でイザコザ諸共解決するやら


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38話 瞳に星の輝きを 前編

まだまだ個人回は続くぜ

今回は耀君視点のお話です


 

「彼方ちゃん、ふっか~つ!」

 

柔らかな芳香が賑やかさを運び込む。

セグメゲルの一件で床に伏していた彼方が無事退院し、この時の同好会に満ちるのはようやく戻った本来の光景への祝福だ。

 

……それだというのに。

 

「……なんかそういう雰囲気じゃないね。ひょっとして彼方ちゃん、お邪魔だったかい?」

 

「いや……こっちの問題だから気にすんな」

 

空気を乱す上級生二人に、耀は神妙に寄せた眉を向ける。

雄牙に昂貴。先日同好会の皆で遊びに行った際に起きた一連の事件を経て以降、この二人はずっとこんな調子だった。

 

昂貴は崩壊したシェルターの後処理、雄牙は指輪の影響か連日の体調不良と、両者共に疲労や心労が伺える。とても高校生とは思えないような酷い顔が並んでいた。

 

(……特別、変わった様子は見れないけど)

 

本人に悟られぬよう気配を消しつつしずくに目線を寄せる。しずくにタイガの正体であるとバレてしまった、というのがあの日雄牙にされた話だった。恐らくはそれも雄牙の調子を狂わせている一端なのだろう。

 

以降時折しずくを観察しているが、何か態度や仕草に変化があったかと問われればそうではない。むしろ不思議なくらいにいつも通りだ。

 

同じく雄牙がタイガであると知っているというせつ菜はまだわかりやすいのだ。雄牙本人との接し方だったり、有事の対応などで見て取れる。でもしずくにはそれがなく、元々彼との交流が少ないというのも相まって全くその変化が伺えない。

 

これも演劇に携わる者の成せる技なのだろうか。

 

『そもそも正体バレすぎなんだよアイツは。十年も隠し通したこの俺をちったぁ見習えってんだ』

 

(まあ、先輩のは理由が理由だから……)

 

トレギアにオグリスと、雄牙の正体が露見する場所には必ずどちらかがいた。運が悪いというか、まあ一概に彼を責められないのは事実だ。

 

だが少々知られ過ぎなのもまた事実。耀達のことは明かしていないとの話だったが、この分ではバレるのも時間の問題だろう。

 

「え~……少し話しにくい空気感ではありますが……」

 

ホワイトボード前に立ったせつ菜に注目が寄る。そうだ。部員全員が集まれるタイミングで話したいことがある、なんて言って朝から皆を招集したのはせつ菜だったか。

 

前置き含め白の中に線を走らせる姿に何となくデジャヴを覚えつつ、やがて書き終えられた文字に耀は目を細めた。

 

「私達同好会の、お披露目ライブをやりたいと考えています」

 

耀以外にも、勿論せつ菜も含めて、数名の表情に苦いものが浮かぶ。微妙な反応を示すという点では全員に共通していた。

 

それもその筈。お披露目ライブとは、かつての同好会が崩壊した理由なのだから。

 

「……一応、理由を聞いてもいいかな? ラブライブも近いのにどうしてこのタイミングで……」

 

「このタイミングだからこそです。今同好会にいらっしゃるメンバーの中には、まだ人前でライブを行ったことがないという人が殆どです。なので一度、せめてもの経験でステージというものを知っておくべき……私はそう考えました」

 

エマの問いにせつ菜は理路整然と答えた。筋は通っている。初めてライブを行うステージが全国大会でもあるラブライブ……というのはハードルが高いだろう。

 

「確かにそうだよね。愛さん達まだライブしたことないし……」

 

「いきなりおっきい舞台に立ったせいでガチガチに緊張して大失敗したら、それこそ立ち直れないかもね~」

 

「想像するだけで震えちゃう。璃奈ちゃんボード˝ぶるぶる˝」

 

皆も少なからずは思っていたことのようで、賛同までとはいかずとも、共感を示す声は多かった。

 

しかし別な問題もある。ラブライブの予備予選まではもう一か月も残されていない。それまでに別のライブの準備もするとなると少々どころじゃない苦労があるだろう。

 

「一応聞いていいかしら、せつ菜。流石に予備予選までの時間に別の曲も用意するのが厳しいことはわかってるわよね」

 

「ええ。ですのでもしお披露目ライブを行うのなら、披露する楽曲は予備予選で歌うものと同じ曲になると思います」

 

「ってことは、ラブライブで披露する曲は未発表の曲に限る……みたいな制限はないのね?」

 

「過去にはそういう規定があったようですが、今は特に設けていないそうです。勿論、予選で披露した曲を本選でも……というのは認められないそうですが」

 

「あれ、そうなんだ。てっきり新曲じゃなきゃダメなんだと思ってた」

 

「……˝怪獣頻出期˝に入ってから出場自体を見送るグループも多くなったらしいからな。大会そのものを維持する、って理由で昔に比べるとその辺の規定は緩くなってるんだと」

 

「はい。私達のような正式な部活動ではない同好会がエントリー出来るのもそのおかげです」

 

雄牙の句を継ぐ形でせつ菜が語る。

 

多くの怪獣災害が発生するようになった今の時代を世間では˝怪獣頻出時代˝と呼んでいる。

 

その影響は大きく、特にウルトラマンゼロが姿を見せなくなり、人類を守る存在がいなくなった最初の数年は酷かったらしい。社会活動自体にも影響を来し、大半のエンタメ行事は自粛を余儀なくされていたと聞く。

 

ラブライブというスクールアイドルの祭典も例外ではなく、開催を中止せざるを得なかった年もあったとせつ菜は説明した。

 

当然それに伴ってスクールアイドルブームの勢いも失われていった……雄牙の言った通り、今の規定を緩めた体制には出来るだけ多くの参加者を募ってラブライブそのものを存続させる意図もあったのだろう。

 

「少し、話が逸れてしまいましたね。空気を重くしてしまい申し訳ありません」

 

「そんなことないよ。私そんなこと全然知らなかったから……教えてくれてありがとう」

 

「そう言って頂けると幸いです。……本題の方に戻りましょうか。お披露目ライブをどうするか―――、」

 

「いや、今の話聞いてやらないとかいう選択肢あるん!?」

 

言いかけたせつ菜へ食い気味に愛が詰め寄る。大半のメンバーが彼女と同じ反応を示していた。

 

「やろうよお披露目ライブ! ちょっとでも多く愛さん達がライブして、ちょっとでも多くスクールアイドルのこと知ってもらえたら、それだけラブライブも盛り上がるってことじゃん! 滅茶苦茶楽しいじゃんそんなの!」

 

「予備予選とは言え、ラブライブの舞台で下手なパフォーマンスは見せられませんもんね! 練習の場所としてもぴったりです!」

 

「あぁ~! だったらかすみんにいいアイディアがありますよ!」

 

思い出したように声を上げたかすみが部室の隅から何かを持ち出し、勢いよく机へと乗せる。

 

それは段ボールの箱だった。何の変哲もない段ボールの箱。側面部には顔や髪と思しきものが描かれ、下面部からもデフォルメされたような身体が生えているという点を除いては。

 

「かすみちゃん、それは?」

 

「かすみんBOXです! 本当はかすみんへのファンレターを募集するポストとして秘密裏に用意してたんですけど……そういうことなら協力しちゃいますよ! お披露目ライブの感想とか意見とか色々寄せてもらいましょう!」

 

「応援してくれる人の声が直接届くってこと? とっても素敵だよ~」

 

「いいアイデア。学校の中に限られちゃうけど、それでもモチベーションの後押しが見込める。かすみちゃん、ぐっじょぶ」

 

「でしょでしょー? もっと褒めてくれてもいいんだよりな子~」

 

特に決定を告げる声が上がった訳ではないが、いつの間にかお披露目ライブを決行する流れに空気が定まりつつある。これには提案した筈のせつ菜も気後れするように目を丸くしていた。

 

「それじゃあお披露目ライブもバッチリ成功させて、ラブライブへの勢いも付けて行っちゃいましょー!」

 

気付けば完全に乗っ取られ、かすみの号令に続いて複数名が腕を突き上げる。目指す場所はバラバラとは言え、スクールアイドルに対する想いという点では心は一つであるように見えた。

 

「……応援してくれる人、ね」

 

ただ、一人を除いては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、璃奈ちゃんはどんな曲を歌うか決めてるの?」

 

そして放課後。

朝にこそ集まりはしたが今日は同好会も休みの日。自主練を行う者以外は帰路についていた。耀と璃奈もその内の一人、いや二人だ。

 

「この前のイベントで披露するつもりだった曲をアレンジした。皆に協力してもらったから、最初のライブはあの曲でいきたかった……拘り過ぎて殆ど別物になっちゃったけど」

 

「それだけ気合入ってるってことでしょ。きっと皆にも伝わるよ」

 

曲自体は当日まで秘密にしたいのか耀にすら練習姿を見せてはくれないが、振り付けや体幹トレーニングを反復する様子からも十分にそのやる気は伺える。実際にライブとして披露される日が楽しみだ。

 

「それで、行きたいところってどこなの?」

 

「アニメショップ。スクールアイドルのグッズもあるところ。衣装とかももう少し拘りたいから、参考にしようと思って」

 

学校から少し離れた海浜公園へと続く道。商業施設の立ち並ぶビル街の一角に璃奈は用があるらしい。

 

先日同好会の皆と遊んだ施設の近くではあるが、耀自身はあまり足を運んだことのない場所だ。そもそもこの場所にアニメショップがあること自体知らなかった。

 

「ここ。前にせつ菜さんに教えてもらった」

 

「へぇ~。学校の近くにもあったんだね」

 

やがて辿り着いた看板は耀も見知ったものだった。たまに璃奈と一緒に行っている秋葉原や池袋でもよく目にする有名なショップ。お台場にも店舗を構えていたのは初耳だったが。

 

「璃奈ちゃんはどんな衣装をイメージしてるの?」

 

「内緒。当日までのお楽しみ」

 

いつもに増してガードが堅い。どうやら耀が思っている以上に璃奈も気合いを入れているらしい。

 

ならばもう何も聞くまい。今はただ璃奈が存分にライブへ集中できるよう全力を尽くすだけだ。

 

「……ん? あれって……」

 

「果林さん……?」

 

固めた決心に従って暫く璃奈に付き添っていた折、店内の一角に見知った顔を見かけ足を止める。

 

「あら、奇遇ね二人共。こんなところで珍しいじゃない」

 

「いや、それはこっちもというか……」

 

「意外。果林さん、こういう場所にもくるんだ」

 

ここはアニメショップだ。スクールアイドルコーナーも併設しているとはいえ、そんな場所で果林と鉢合わせるのは予想外も予想外だ。大人びた印象の強い彼女とはかけ離れた場所なのだから。

 

「今日の現場に向かってる途中に目について、ちょっと寄り道しちゃったのよ。丁度スクールアイドルについて知りたいこともあったし」

 

どこかのグループが印刷されたキーホルダーを手に取って果林はくすりと笑う。彼女は有名な雑誌の読者モデルを務める、ある種の芸能人でもある。口ぶりからして今日も仕事があるのだろう。

 

「……って、もうこんな時間。そろそろ行かないと。邪魔してごめんなさいね。また明日ね」

 

そう判断した通り、軽い会釈を済ませた果林はコーナーから離れてゆく。遅れそうなのか勇み足ではあるものの、やはりその挙動は様になって思えた。

 

が、そんな彼女が入り口付近で急に静止する。そして暫くスマホと周囲を見回した後、今しがた別れたばかりの耀達に向き直ると―――、

 

「この建物の場所……知らないかしら?」

 

 

***

 

 

「やだこの子可愛い~!」

 

「果林が仕事場に男の子連れてくるなんて……もしかして彼氏?」

 

「い、いや……僕はただの部活の後輩で……」

 

何がどうしてこうなったのだろうか。

 

果林の今日の仕事場だという建物に辿り着いてから一時間程経過しただろうか。その高級感溢れる装いに委縮する耀を次に襲ったのは、年上のお姉様方からの猛烈な愛撫だった。

 

「普通それだけじゃ連れてこないって。やっぱりなにかあるんじゃないの?」

 

「え、や……その……!」

 

今自分に群がっているお姉様方は果林の仕事仲間であるらしいが、流石読者モデルに選ばれるだけあって果林に負けず劣らずの容姿が並んでおり、何かいい匂いもする。

 

加えてプロポーションだ。豊満な何かが絶えず押し付けられるこの状況は高校に進学するまで璃奈以外ロクに女子との関りが無かった耀には刺激が強すぎる。

 

「これが格差……璃奈ちゃんボード˝絶望˝」

 

その璃奈も同じく玩具にされており、深い影を落としながら弄ばれていた。どうにかして助けに行きたいのだが、先程からされるがままでそれどころではなかった。

 

「はいはいそこまでよ。あんまり私の可愛い後輩で遊ばないであげて」

 

結局は撮影を終えた果林が戻ってくるまで解放されることはなかった。生まれたての小鹿のように震える璃奈が背中に張り付いてくると同時に、耀にも途方もない疲労感が溢れ出てくる。

 

「あはは、ごめんね二人共。ホントは道に迷った果林をここまで連れてきてくれたんでしょ? わかってたけど可愛くてついつい……」

 

「初めての場所だったからどうせ迷ってるんだろうな~とは思ってたけど、まさか部活の後輩に道案内してもらうなんてね」

 

「果林、大人ぶってるけど結構抜けてるとこ抜けてるもんね。方向音痴だったり、勉強できなかったり、整理整頓苦手だったり」

 

「……その辺にしておいてもらえるかしら」

 

流れ弾を喰らい、耳まで真っ赤に染め上げた果林が縋るように同僚達を制止した。流石は同僚と言うべきか、こんなタジタジな彼女は初めて見る。

 

「ごめんなさいね。道案内させた挙句、この子達の相手までさせちゃって。お詫びに何か甘いものでも御馳走するわ。帰りましょ」

 

最終的に白旗を上げ、逃げ出すように耀達を連れてこの場を後にしようとする。そんな果林を彼女達も小さくを手振って見送った。

 

「じゃあね果林。璃奈ちゃん達もまたおいで。スクールアイドル、頑張ってね」

 

去り際に届いたエールに果林の口元が確かに緩んだのを、耀は見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めてごめんなさいね。変なことに付き合わせちゃって。疲れたでしょ?」

 

「まあ……疲れたのは事実ですけど。でも普段なら絶対に入れないような場所だったので新鮮でした」

 

「ふふ、そう言って貰えると嬉しいわ」

 

アンティークだとかヴィンテージだとか言うのだったか。高級感溢れる装飾が施された喫茶店の中で、耀は運ばれてきたケーキを口に運んだ。イチゴの酸味とクリームの甘みが絶妙なバランスを保って喉と鼻腔を吹き抜けてゆく。魅惑的な味だ。

 

この如何にもお高そうな甘味は果林からの御馳走だった。一度は遠慮したのだが、迷惑を掛けたからと言って無理矢理押し切られてしまった。曰く大した値段ではないらしいが十分な贅沢だ。

 

「それと今日見た私の情けないところなんだけど……出来れば、同好会の皆には内緒にしてくれると嬉しいわ」

 

成程、口止め料の意味もあるらしい。ちゃっかりしている。

 

「果林さん、いつもあんな場所で仕事してるの?」

 

「いいえ。普段は決まったスタジオで撮影してるのだけど、今日は特別。別の雑誌とのコラボ企画だったらしくてね。それで向こうのスタジオでの撮影だったの」

 

「それが理由で迷ったと」

 

「人が気にしてるところに遠慮がないわね耀君。まあ事実なのだけど……」

 

「地図アプリなら目的地までの道筋は出るし、ナビゲートしてもらえる機能もある。使えばいいのに」

 

「使っても迷うのよねぇ……本当不思議だわ」

 

「……こっちのセリフ」

 

首を傾げる果林は如何にも己の感覚に自信があり気と言った様子で、絵に描いたような方向音痴の典型例だった。恐らく地図は見ていても要所要所での確認が不十分なのだろう。

 

「まあでも、方向音痴も悪いことばかりじゃないわね。道に迷ったおかげで、こうしてキミ達とお茶出来てる訳だしね」

 

紅茶のカップを傾けた果林は店の雰囲気も相まって絵になると感じる。最も直前のやり取りと今の言葉で暴落した印象がそれを阻害するのだが。

 

「……そう言えば、モデル仲間の人達にもスクールアイドルやってること知って貰えてるんですね」

 

「ええ。私は一言も教えてないのに、何処からか嗅ぎ付けてきたみたい……おかげであれこれ聞かれて大変だわ」

 

「迷惑なの?」

 

「まさか。むしろ応援して貰えて嬉しいくらいよ。その気持ちには応えたい」

 

零れた言葉に嘘がないのはわかる。けれど含みがあるのもまた確かだった。

 

「……だからこそ、わからなくなるの」

 

反語の後、果林は真っ直ぐに正面を見つめた。パンケーキを頬張ったままの璃奈が硬直する。リスやハムスターのようでとても可愛らしいが今は目の前の先輩を注視した。

 

「……璃奈ちゃんは、どんなスクールアイドルになりたいの?」

 

やがて紡がれた問いは既に答えが出ているものだった。だからこそ口の中のパンケーキを飲み込んだ璃奈は間を空けずに返す。

 

「私は、皆と繋がれるスクールアイドルになりたい。言葉とか表情で上手く伝えられない想い……応援して貰えて嬉しいっていう気持ちを目一杯に伝えられる。そんなスクールアイドルに」

 

「……素敵な目標ね」

 

感情を表現するのが苦手な璃奈にとってスクールアイドルはある種の救いでもあったのかもしれない。だから彼女が明確な目標を持ってその活動に取り組めているのは素晴らしいことだ。

 

でもそんなことは果林も知っている筈だ。中止になってしまったとは言え、彼女もまた璃奈の気持ちに応えてライブの手伝いをしてくれた一人なのだから。

 

だから今の問いは、きっと果林自身に対するもの。

 

「果林さんは決まってないの?」

 

「まあ……そうとも言えるかしらね」

 

同じくそれを理解したらしい璃奈の問い掛けへの回答は煮え切らないものだった。

 

「漠然とどんなステージにしたいかっていうイメージはあるのだけれど、私自身が何を表現したいのか、どんなスクールアイドルになりたいのかは……正直、まだわからないわ」

 

一体今日だけで何度果林への印象が変わっただろうか。

 

クールで、ドライで。いつも一歩引いた場所から物事を眺めている彼女だが、その芯には他の皆に負けないくらいの熱いものが流れている。こうやって自分自身について悩んでいるのも、この人が応援してくれる人を得たスクールアイドルであるからだ。

 

「果林さんは」

 

それが故だろうか。

タイプは正反対である筈の果林の姿勢に、耀はここにはいない愛の姿を幻視した。

 

「果林さんは、どうしてスクールアイドル同好会に入ったんですか」

 

かつて愛に向けたものと同じ疑問を投げ掛ける。深い意味はない。ただ、あの人と同じものを感じたから。

 

「楽しそうだったから」

 

次の返答に澱みはなかった。純然たる果林の本心だ。

 

「同好会の話をするエマや彼方がとっても輝いて見えて、何より楽しそうだったから、私もやってみたいと思った。だからせつ菜探しにも協力したし、同好会にも入った。……ただそれだけよ」

 

ちょっとだけ顔を赤らめた果林に、耀はどこか安堵を覚えるような感覚があった。

 

やっぱりそうだ。この人は愛に似ている。性格も立ち振る舞いも何もかもが違うけれど、楽しいことがしたいという根本的な部分は一緒だ。

 

そして何より……一緒にいて、心が温かい。

 

「柄じゃないわね、こんなこと言うのは。幼稚な理由でガッカリした?」

 

「いえ……そんなことないです。とっても素敵な理由じゃないですか」

 

「楽しいって気持ちは大事だと思う。私もそうだから。確かにスクールアイドルは手段でもあるけど、それ以上に楽しいからやってる。そうじゃなかったら続いてない」

 

璃奈や果林だけじゃない。同好会の皆……いや、全てのスクールアイドルにとってもそうなのだろう。

 

目的や理由は多々あれど、根源にあるのはただ一つの単純な輝き。楽しいから、楽しそうだから。始まりはいつだって、その心である筈だ。

 

「……果林さんは今、スクールアイドルをやってて楽しいですか」

 

「勿論よ。楽しくない訳ないじゃない」

 

「だったら今は、それでいいと思います。果林さんがスクールアイドルを楽しんでる気持ち……それはきっと、応援してくれる人にも伝わりますから」

 

確証を持って言える。他でもない、今隣にいる大切な人がそうなのだから。

 

果林がこの先、どんなスクールアイドルを目指していくのかはわからない。でもきっと彼女なら素敵な輝きを見つけられる。そんな気がした。

 

「……素敵なボーイフレンドね、璃奈ちゃん。ちょっと羨ましいわ」

 

瞳に穏やかな熱を差した果林の表情は、幾分か朗らかなものになっていた。少しでも力になれたのなら何よりだ。

 

「ありがとうね耀君。ちょっとスッキリしたわ」

 

残された紅茶を飲み干すと、果林は席を立った。丁度耀達も配膳の品を完食した頃だった。

 

「色々お世話になっちゃったわね。お礼は、ライブのパフォーマンスで返すわ」

 

「楽しみにしてます」

 

「私も。璃奈ちゃんボード˝わくわく˝」

 

同好会に所属したのは璃奈がいたからだ。でもそれは決して他のメンバーに興味がない訳じゃない。

 

ここで出会った人達は本当に魅力的だ。皆が目指す理想……その輝きは耀だって、見届けたいのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれが、フーマか」

 

談笑しつつ退店していった少女達を眺める男がコーヒーを呷った。流れ込む苦味が思考をクリアにしてゆくのがわかる。

 

「まさかウルトラマンがあんなガキに憑依してるたぁな……どうりで見つからねぇ訳だ。手間かけさせやがって」

 

計画に支障はない。女だろうが子供だろうが、依頼とあらば何人もこの手で屠ってきたのだから。今更掛ける情などない。

 

仕事は必ず成し遂げる。それが殺し屋―――ガピヤ星人˝カイン˝なのだから。

 




という訳で果林さん回です

ラブライブ周りの設定はアニガサキの方で明言された「同好会では出場できない」という制約をどう突破するかを考えた末の形です。だって書きたいじゃん、ラブライブ

そして最後。なーんかまた不穏な影が見え隠れしてますねぇ……


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39話 瞳に星の輝きを 中編

期末期間を乗り越えました。もう無敵です


 

 

『―――果林さんがスクールアイドルを楽しんでいる気持ち……それはきっと、応援してくれる人にも伝わりますから』

 

暗闇の中に声という名の雫が落ち、広がった波紋が深層に沈んだ意識を呼び覚ます。

瞼の裏に幻視した少年の顔を追うように開いた眼が映したのは影の掛かった白色だった。虹ヶ咲学園の女子学生寮……その天井だ。

 

「え……?」

 

渇きを訴える喉に応じ、起き上げた身体で足の踏み場に乏しい自室を進む。傾けたコップから注がれる水を口に含むのと、開かれた戸から困惑の声が聞こえるのは同時だった。

 

「か、果林ちゃんが一人で起きてる……!?」

 

「ふふ、おはようエマ。朝一番から失礼ね」

 

「どうしたの果林ちゃん……何か怖い夢でも見たの? 眠れなかったりした?」

 

「私を何だと思ってるのかしらね……」

 

血相を変えて駆け込んできた親友に苦笑いする。彼女の中での自分のイメージがどうなっているのか大変気になるところではあるが、日頃の行いが行いな為仕方ないかと割り切った。

 

寝起きが悪い果林は普段エマに起こしてもらうことで朝を迎えている……とても同好会の皆には言えないような習慣だ。

 

「私だってたまには一人で起きれるわよ……まあ、驚かれるのもわかるけど」

 

「う、うん……びっくりした……」

 

私生活が一般の基準よりもだらしないという自覚はある。友人にモーニングコールを頼むようなこの習慣もそうだし、自室の整頓具合もそう。床に机、ベッドの上にと様々なものが散乱する有様は一般的に汚部屋とか言うのだろう。

 

もう高校三年生。いい加減直すべき悪癖だとは思うのだが……なかなかどうして改善出来ないものだ。

 

「今日は練習だったわね……着替えるから、ちょっと待ってて」

 

時計を確認する。寮の朝食時間まであと僅かしかない。少々急ぐべきか。

 

ボタンを外した寝間着を脱ぎ、布団の上へ放る。下着姿が露わになるが、日によっては着替えを手伝ってすらくれるエマが特別反応を示すことはなかった。代わりに飛び出すのは母のような小言だ。

 

「もぉ~、ダメだよ果林ちゃん。ちゃんと畳まないと」

 

「どうせ洗濯に出すんだし変わらないじゃない」

 

「果林ちゃんの癖は細かいところから意識しないと直らないと思うよ? シワにもなっちゃうし」

 

ド正論だった。大人しく従う形で寝間着を畳む。

それを洗濯機の上へと置くと共に立て掛けてあった制服を手に取った。袖を通す傍ら、夢にも現れた言葉を反芻し、伴う疑問をエマへと向ける。

 

「ねえ、エマ」

 

「うん?」

 

「エマは……スクールアイドルのどこに惹かれたの?」

 

スクールアイドルを楽しむ気持ち。耀の言った同好会の根本とも言える指針だが、それについて周りとズレがあるのは果林自身も感じていたことだ。

 

果林はスクールアイドルそれ自体を楽しんでいる訳ではなく、スクールアイドル同好会での日々を楽しんでいる。本位の目的がスクールアイドルにないのだ。

 

そんな自分がどんなスクールアイドルになるのか、何を表現するのか。そんな迷いはまだ存在している。

 

「どうしたの、急に?」

 

「エマは、スクールアイドルをやるために留学までして日本に来たでしょ? それだけ大きな決断をする程の魅力を、何処に感じたのかな、って……」

 

「う~ん……そうだなぁ……」

 

不思議そうに首を傾げたエマは直ぐに何かを察したように口元を緩めるも、特に何かを言及してくることはなかった。

 

エマは人の感情に聡い。だらしない一面を曝け出す程にありのままの朝香果林を知っている彼女だ。きっとこの心中にあるものは見透かされている。

 

そしてエマは優しい。誰よりも朝香果林を知るからこそ、必要以上に踏み込んでこない。その温かさが染みた。

 

「……きっかけは、偶然見たスクールアイドルの動画だったかな。長くてさらさらした黒い髪の女の子が和服を着て踊ってる……それこそ日本のワフービジン、って感じの」

 

旧懐に浸るようにエマがいつかの思い出を幻視する。とても穏やかな顔だった。

 

「初めて見た時ね、すっごく心がぽかぽかしたんだ。……理由はまだわからないんだけど、歌でこんなに人の心を暖かく出来るのって凄いなって。私もこんな風になりたいなって思ったの」

 

エマは母国に大勢の兄妹がおり、その長女だとどこかで聞いた覚えがある。彼女の優しい気質も、人を幸せな気持ちにしたいという心根もそこに由来するのかもしれない。

 

一人っ子である果林には手に入らない感情ではあるが、とても素敵なものであるのはわかる。歌で人を笑顔にしたい……それこそが、エマ・ヴェルデというスクールアイドルが掲げる目標なんだ。

 

ぐっと、胸につっかえるような感覚が生まれる。

 

「それが私がスクールアイドルに惹かれた理由かな……果林ちゃんも、きっと見つかるよ」

 

やはり見抜かれていたらしく、語末に微笑みを添えたエマの眼差しが背中を押すように熱を帯びる。

 

「……行こっか」

 

「……そうね。ありがと、エマ」

 

前を行く親友の後に続き、装いを整えた果林は部屋の外へと踏み出す。玄関戸を超えた先の世界で、初夏の太陽が眩しく輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あら、彼方じゃない」

 

「昂貴くんも、おはよ~」

 

「お~、果林ちゃんにエマちゃんじゃないですかい」

 

虹ヶ咲学園の設備は本当に豪華だ。元々情報として知り得ていたものではあるが、実際に利用するようになってより強く実感する。

 

ダンススタジオに音響設備、トレーニングルームとスクールアイドル活動に用いるだけでも数多ある。環境だけ見るのなら全国でもトップクラスだろう。

 

加え今日は休日。普段は運動部が占拠してるそれらも、今日ばかりは疎らに人が行き交うのみ。思いっきり練習するにはうってつけだ。

 

そしてこの状況に目を付けたのは自分だけではないらしい。踏み入ったトレーニングルームの先客が見知った顔であることを認識すると、果林は軽い会釈を交わす。

 

「珍しいな。お前等がこっちに来んの。どういう風の吹き回しだ」

 

「たまには追い込むのもありかと思っただけよ。……て言うか、それを言ったら彼方だってそうじゃない。筋トレも柔軟もあんなに嫌がってたのに」

 

早朝から大粒の汗を流す彼方が身体を預けているのはレッグプレスと呼ばれるストレングスマシンの一種だ。主に下半身の強化を目的とした大型の筋トレ器具であり、筋力増強以外にもボディラインや新陳代謝の改善が見込めるなどメリットは多い。

 

ただしその分負荷も大きく、伴う疲労も馬鹿にならない。だからこそ、簡単な筋力トレーニングすら嫌がる傾向にある彼方が用いているのは少々意外な光景だった。

 

「いやまあ、そりゃあ彼方ちゃんだって出来ればやりたくはなかったさ。でも入院してたせいでブランクも開いちゃったから、皆に追い付くには仕方ないかなぁって」

 

受け答えながら彼方は器機に掛けた足を持ち上げる。昂貴の補助があるとは言え、負荷は普段のトレーニングの比ではない筈。それでも動きを止めない彼方には強い決意が宿って見えた。

 

「それにさ、友達が見てるかもしれないから…………怠けてなんかられないなって!」

 

声色の力強さに反し、揺れる瞳が映すのは哀愁だった。

 

日頃の柔らかな雰囲気は見る影もない。まるで大きな試練の最中にあるかのような顔だ。

 

何があったのか。踏み入る勇気はないし、資格もきっとない。けれどそれこそが今彼方を突き動かしていることだけは確かだった。

 

「無茶していい理由にはなんねぇからな。その辺にしとけ」

 

「へぇい……疲れたぁ……」

 

かと思えばすぐに見慣れた脱力っぷりを披露する。相変わらず掴み切れない同級生だった。

 

果林達が来る随分前から勤しんでいたのだろうか、昂貴に凭れ掛かる姿からは相当な疲労が伺えた。

 

「……」

 

また胸が疼いた。痛いようで、それでいてどこか心地の良い、燃え立つような感覚。

 

「ねえ、彼方ちゃんは、どうしてスクールアイドルを始めたの?」

 

汗を拭い、手渡されたスポーツドリンクを流し込む彼方にエマが問いかけた。先程果林が彼女に向けたものと同じ内容だ。

 

「……なんだよ、藪から棒に」

 

「そう言えば聞いたことなかったなぁって思ったから。もし良かったら、聞かせてくれないかな。ねえ、果林ちゃん」

 

「エマ……」

 

純粋な興味なのか、将又お節介かはわからない。危ぶむ果林にエマは意味深に笑う。

 

「あんま踏み入るもんじゃねぇだろそういうの……」

 

「まあまあコウ君や。彼方ちゃんは構わないのだよ。確かに付き合いの割に話したことなかったしね~」

 

「いや、お前がいいならいいけどよ……」

 

幸い彼方に否定的な感情はないようで、快く了承してくれる。その表情に胸を撫で下ろしつつ果林も次の言葉に耳を傾けた。

 

「そうだねぇ……まず最初に言っておくと、同好会の中じゃ彼方ちゃんが一番スクールアイドル歴が長いんだ。前の学校じゃ一年生の時からやってたからね」

 

「前の学校……?」

 

「あら、知らなかったのエマ。彼方は二年生の終わりの頃に虹ヶ咲に編入してきたのよ」

 

「えぇっ!? そうだったの!? じゃあ昂貴君も……?」

 

「や、俺は元から……って、この話はいいだろ」

 

珍しい時期の編入性だったこともありあの時のことはよく覚えている。偶然同じライフデザイン学科で、偶然同じクラス、偶然隣の席になったこともあって話すようになったのだったか。

 

編入の理由が家庭の事情であることもその際に聞かされている。だから果林からは話さない。語る権利があるのは彼方だけだ。

 

「東雲高校って言ってね~。スクールアイドルじゃ結構有名な学校なんだけど、何と彼方ちゃん、そこでスカウトを受けちまいましてね。やってみないかって誘われたんだよ~。それが始めた理由かな」

 

意外な理由にエマと揃って目を丸くする。学校によっては入学した新入生を部活に勧誘するイベントが存在するという。恐らくは彼方もその際に声を掛けられたのだろう。

 

「最初はあんまり乗り気じゃなかったんだけど、いざやってみると楽しくなっちゃってさ~。それに、皆から元気を貰えるのが嬉しかったんだ」

 

「元気を……貰える?」

 

「そう。ステージに立って応援して貰えるとね、彼方ちゃんも嬉しくなっちゃって、いっぱい元気が湧いてくるんだ~。それが好きで編入してからもスクールアイドルを続けているのだよ」

 

えっへんと胸を張った彼方の動機は、自分ではない誰かを幸せにすることを本意に置いたエマの理想と対照的なものに思えた。

 

比較的近いタイプだと思われる二人ですらこれだけの違いがあるのだ。ここにせつ菜やかすみなどの自己主張が強い面々がいたと考えれば……何となく、旧同好会の足並みが揃わなかったのも納得がいく。

 

「でもでも~、応援してくれる皆を楽しませたいって気持ちもちゃんとあるよ。彼方ちゃんのライブで皆に楽しんでもらって、その皆から彼方ちゃんは元気を貰う。そんなギブアンドテイクな関係が彼方ちゃんの理想なのです」

 

同時にそれは彼方もまた明確な理想像を持ったスクールアイドルであるという証明だ。偶像を通して自らの˝好き˝を追い求める、スクールアイドルの姿。

 

「だから、頑張りたいんだ」

 

程無くしてまたトレーニングを再開した彼方に、また胸の熱が主張を増す。

 

「腰、浮いてるわよ。それじゃあ意味ないわ」

 

突き動かされるように進んだ身体が彼方の真隣へと移動する。手本を見せるように自らもまたレッグプレスに腰を下ろした果林は自他共に認めるラインを保つ両足に力を込めた。

 

「ふっ……んん……!」

 

「おうおう朝香さんや、バッチリ腰が浮いちゃってますぜい?」

 

が、想像以上の重量に情けない姿勢を披露してしまう。太腿に溜まった乳酸が疲弊を訴えていた。

 

「いや、でもこれ彼方と同じ重さで……」

 

「お~? ひょっとして果林ちゃん彼方ちゃんより非力かい? 可愛いねぇ~」

 

「む……言ってくれるわね。ちょっと気を抜いてただけ……よっ!」

 

「落ち着け朝香。こっちのは俺が補助してんだからそりゃ上がるわ」

 

尚も足が上がり切らない果林を煽り散らかしていた彼方だったが、それまで錘を支えていた昂貴が手を離した途端に「んぎぃっ!?」と短く悲鳴を上げる。

 

瞬く間に果林の高さを下回った足が力量の差を示していた。お返しと言わんばかりに勝ち誇った表情を見せつけてやる。

 

「もう彼方ちゃん。果林ちゃん意地っ張りなんだからあんまり玩具にしないであげてよ~」

 

「ごめ~ん。可愛くってつい~」

 

「お前変なとこでガキ臭いよな……」

 

「悪かったわね……」

 

小さな子供を見守るような呆れ顔や和みの眼差しが生み出すむず痒さに目を逸らす。常日頃から˝理想の朝香果林˝として振舞っている弊害か、目の前の同級生やモデル仲間のような˝素の朝香果林˝を知る友人達の前ではどうしてもリードを譲ってしまう。

 

「やは~、やっぱり皆が一緒だと楽しいねぇ。彼方ちゃん一人だったら今頃バタンキューだったよ」

 

「うんうん。一緒に練習してると楽しくて心がぽかぽかするよねぇ」

 

他はともかく、この人畜無害を絵に描いたような二人がその代表格だと言うのだから不思議なものだ。

 

自分のことを深く理解してくれている友がいる。それ自体は喜ばしいことである筈なのだが。

 

「果林ちゃんも、そうでしょ?」

 

「え?」

 

疑いなく賛同を求めてきたエマに一瞬戸惑いつつも、直ぐに彼女の意図を悟って自己の内部へと向かう。

 

楽しい。偶然か否か、耳にした単語は昨夜から今に至るまで何度も反芻したものだ。

 

辞書的な意味で用いるのなら満ち足りた気分を指す言葉であるが、その中身が個々によって違うのはわかっている。エマも、彼方も、各々の思う楽しいを持っているのは今日だけで十分に感じたことだ。

 

では自分はどうなのか。耀の問いには楽しいと返したが、具体的に何に対してそう感じているかの回答を出してはいなかったか。

 

「……そうね、楽しいわ」

 

答えは単純だった。向き合えば直ぐに形を成す程に明確なもの。幾度も感じた胸の熱もきっとこれだ。

 

自覚は更なる燃料を添える。加速する心火は強く、闘志を滾らせた。

 

「いつまでもお喋りしてないで、私達も練習よエマ。()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――――七時の方向ッ!』

 

「ッ……!」

 

突如全身に走った警告に突き動かされた身体が反射的に拳を振り抜く。

次に触れたのは確かな手応え。何も存在しない筈の空間へ殴り掛かった一発が物体を捉えた感覚がある。

 

「だあぁッ!」

 

反発されるような抵抗を察知し、右腕の筋肉を更に力ませることで無理矢理に押し切る。

 

「うえっ……!?」

 

「な、なに……?」

 

派手に音を上げて倒れたトレーニング器具の山。不意の事態に驚嘆の声を漏らした彼方達もが視線を集中させた先で、空間が歪む。

 

『へぇ……まさか察知されるたァ思わなかった』

 

やがて実像を結び、仄暗い色彩を得た影が眼前に出現する。

ロボット……いや、サイボーグの方が正しいか。人の形を保ちつつも全身の殆どを機械化した肉体にはグロテスクな印象があり、対峙する心奥で気味悪さが波紋した。

 

『てこたぁお前も()()()()()か。……ったく、なんでどいつもこいつもこんなガキに憑依するのかねェ』

 

「……んだテメェ」

 

『まあそうだな……名乗ってやってもいい。俺はガピア星人のカイン。時空を股に掛ける殺し屋……ってとこだ』

 

体内の器機で地球の言語に翻訳しているのか、数拍の間を置いて機械音混じりの肉声が届く。テンポの悪さが余計に不気味さを増長させるようだった。

 

ともあれ敵性の異星人であることは確定した。より強く警戒の帯を結ぶように姿勢を下げる。

 

『ガピア星人……宇宙ヒットマンとも呼ばれる、所謂殺し屋を生業とする種族の宇宙人だ。ここまでサイボーグ化した個体は初めて見たがな』

 

 

―――――宇宙(ウチュウ)ヒットマン ガピア星人(セイジン)カイン

 

 

奴の情報を添えるタイタスからも緊張が伝わってくる。日頃よりも深刻味を帯びているのは彼方達の前であるというこの状況だろう。

 

緊急を要する事態ではあるが、下手に動けばタイタスの存在を露見しかねない。制約が課されているという事実が重く圧し掛かる。

 

そして何よりも―――、

 

(コイツ……俺達が狙いじゃねぇな)

 

『ああ。恐らくな』

 

仮にも殺し屋を名乗るくらいだ。ウルトラマンであるタイタスやその憑依先である昂貴が狙いであるなら、事前にそれなりの情報は仕入れてくる筈。少なくとも、自分達を目の前にして初めてイレギュラーだと認識するということはないだろう。

 

そうなると奴―――カインの目的はこの場にいる同級生の誰か。

 

『お前のことも何となくわかった。コイツ等の前じゃさぞ動きにくいだろうよ……俺が仕事を終えるまで、せいぜい指でも加えて見てるこったな』

 

『来るぞ!』

 

犬歯を惨忍に煌かせたカインが砲門を備えた右腕を床へ叩きつける。一瞬だけ確認出来た紫電が放射状に広がったと思えば、次に全身を強烈な痺れが襲った。

 

「ぎッ……!?」

 

『これは……空間に直接放電をッ……!?』

 

花粉や塵など、大気中には視認が不可能な程に微細な粒子が無数に存在する。恐らくカインの行った芸当はそれら一つ一つを帯電させることで、一定範囲内の相手を感電させると言ったものなのだろう。

 

タイタスの力で肉体の耐久力が上がっている昂貴ですら膝を折るような痺れだ。当然対抗する術など持たない彼方達は一瞬もしない間に気を失って倒れ込んでしまう。

 

『カハハ……楽な仕事だな』

 

内の一人、抱き上げた果林を肩に担いだカインの姿が再び背景の中へと消えてゆく。光学迷彩の機能すらも搭載されているのか、感知する殺気もない今では定位も儘ならないまま、残された奴の声が反響するのを聞き及ぶ他になかった。

 

『フーマってのに伝えな。このガキの命が惜しけりゃ、この場所に一人で来いってな』

 

『なに……?』

 

十数秒もすれば痺れは取れて無くなるが、既にカインの気配は付近に存在しなかった。

ただ一つ置き残されていったデバイス。唯一の手掛かりとなるそれを拾い上げた昂貴は、やり場のない焦りを壁へと殴りつけた。

 




ゼロライブの時は出来なかった一人一人のスクールアイドルとしての掘り下げをちゃんとやるのが今作の目標です

言った傍から攫うなって話ですが。何とかしてフーマ


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40話 瞳に星の輝きを 後編

はい、お久しぶりです

サボってる間にA・ZU・NA LAGOONとか超英雄祭とかAqoursEXTRAとかデッカー最終章とか色々行ったり見てたりしてましたが基本的には一次の方に取り組んでおりました。来月には普通に復帰する予定です


 

白や桃色で構成された虹ヶ咲学園の一室。消毒液の独特な芳香が鼻腔を刺激する空間を不法占拠する二名の男子生徒は、重苦しい表情を固定したまま向き合った。

 

「……すまねぇ。油断した訳じゃねぇが……してやられた以上は俺の失敗だ。その尻拭いをお前等に押し付ける形になったのも悪く思ってる」

 

『ま、面倒事ってのは確かだが……聞く限りじゃ理由は俺だ。お前のせいじゃねぇ』

 

突然襲撃してきた宇宙人に果林が攫われた。連絡を受け学校の保健室に急行した耀に語られたのはそんな報告だった。

 

最初こそ戸惑ったが、深刻味を帯びた昂貴の顔や、気を失った状態でベッドに横たわっている彼方とエマを見れば現実に起きてしまった事件であるとすぐに飲み込めた。

 

『……フーマ。カインという名に心当たりは?』

 

『ねェ。殺し屋なんざに恨みを買われるような真似はしてねぇよ……あるとするなら依頼者の方だ』

 

『……と、言うと?』

 

『……旦那には関係ねぇ奴等だ。ともかく、標的が俺だってんなら流石に巻き込まれた嬢ちゃんに忍びねぇ。ぱっぱとぶっ飛ばしてくる。行けるか、耀』

 

「うん。絶対に助けないと」

 

どういう意図で果林を攫ったのかは不明だが、悠長に身構えるには用いた手段があまりにも過激だ。奴がどんな行動に出るかわからない以上、対応が遅れる程に彼女へ加わる危害の可能性も増大する。

 

それに狙いは自分達だという……そう考えると急がない選択肢はなかった。

 

『そんで、その誘拐犯は今どこだ』

 

「……ここだ」

 

フーマの問いに答える形で昂貴が掲げたのはタブレットのような薄型デバイスだった。見たところ地球上の代物には見えない。恐らくは奴が残していったものだろう。

 

耀が画面に触れると液晶が点灯すると同時に地図が投影される。見た限りこの辺りの地形を映し出しており、その中の一点に赤いマークが存在していた。

 

「日の出埠頭……倉庫群の辺りだな。確かに隠れるには打ってつけだ。場所はわかるか?」

 

「モノレールの駅前のところですよね? たまに璃奈ちゃんと秋葉原とか行く時に見るので覚えてます」

 

「そうか……改めてすまねぇ。頼んだぞ」

 

「……はい」

 

周囲からの印象に反し、この人は一度結んだ情への憂慮は深い。今回の件にも相当の責任を感じている筈だ。そんな彼が動けないのなら、尚のこと耀が動かない訳にはいかなかった。

 

「行こう、フーマ」

 

『おうよ。どこのどいつだか知らねぇがふざけた真似しやがって……ご指名料含めてキッチリ礼は返したらぁ』

 

開かれた扉が閉じるよりも早く。

突風すらも凌駕するような速度で駆けた輝が学園の外へと飛び出し、日常を脅かす敵の元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん」

 

覚醒した意識が最初に認識したのは肌に伝わる硬い感触だった。ザラザラとした冷たさに閉じられていた瞼を開けば、閉塞感のある暗い倉庫の中で佇む異形の姿が映り込む。

 

遅れて暗転の直前にあった出来事を思い出す。そうだ。エマ達とのトレーニング中にこの異星人が襲撃してきた……気絶していたという事実とこの状況を鑑みるに、恐らくは誘拐されたと判断していいだろう。

 

『よぉ……お目覚めか嬢ちゃん』

 

向こうも果林の存在を認識したのか、ボイスロイドのような音声で語り掛けてくる。徐々にこの暗闇に馴染んでゆく視界が捉えた奴の姿は、やはり仰々しいまでの異物臭を醸していた。

 

襲撃の際にあった昂貴との会話の中では……確か、カインとか名乗っていたか。

 

『んな顔すんなって。別に取って食いやしねぇよ……まあ、気分次第じゃそのままぶっ殺すかもだが』

 

ケタケタと恐ろしいことを言ってのけるカインにどっと脂汗が噴き出してくる。コイツはヤバイ。宇宙人に疎い果林ですらハッキリとわかるほどの狂気を奴からは感じる。

 

逃げる……という選択はきっと得策ではない。

 

平面に回された両腕にある縛り付けられるような感覚は拘束されている証拠。こんな状態で逃走を試みたところでロクに走ることは叶わないだろうし、そもそも万全な状態だったとて身体能力で大きな差を付けられている。どちらにしろすぐに捕まってゲームオーバーだ。今は大人しくしているべきだろう。

 

(……璃奈ちゃんも、こんな感覚だったのかしらね)

 

以前璃奈が宇宙人に攫われたことを思い出す。あの時は三人のウルトラマンによってすぐに救出されはしたものの、それでも彼女の小さな身体を押し潰していた恐怖は相当なものであったはずだ。自分も同じ状況に置かれてみて初めてわかった。

 

助けは見込めるのだろうか。いやそもそもコイツの目的はなんだ。どうして果林を攫った。

 

人間のセオリーで見るのならば国に対する身代金目的や脅迫目的の誘拐が真っ先に浮かぶが、仮に何かそういう目的があるとしても一介の高校生などに目はつけないだろう。

 

一応果林はモデルを務めており、尚且つスクールアイドルの活動もしている関係から一般的な高校生よりはずっと知名度も高いとは思うが……それでもやはり、もっと相応しい人物はいるはず。

 

となると、この蛮行は攫ってくるのが果林である必要があった、ということになる。

 

(わからないわね……)

 

果林自身あまり勉学が得意でない自覚はあるが、それを差し引いてもやはりこの状況が繋がらない。

 

何故自分である必要があった。記憶をフル動員し、存在し得る可能性を片っ端から引っ張り出す―――倉庫の戸が開かれたのは、それと同時だった。

 

『……来たな』

 

「……て、耀君……!?」

 

外の世界から差し込んでくる光の眩さに、暗順応の中にあった瞳は網膜を保護すべく反射的に閉じようとする。しかしその明るさを背負う少年の姿を認識してしまっては見開く他に無かった。

 

「なんでここに……来たらダメ!」

 

『お前は黙ってな……よぉ、一応は初めましてか。律義に来るたぁ感心だ』

 

「……その人を開放しろ」

 

『そう急かすなよ。テメェが大人しくくたばってくれればそれで終わる』

 

羅列された言葉に背筋が凍る。飛び出したそれが誰に向けられたものであるかなど考えずともわかった。

 

理由までもはわからない。けれどコイツは耀を、殺そうとしている。

 

「ちょっと待って! なんで耀君を……!」

 

『キャンキャンうるせぇな……黙ってろってのが聞こえなかったのかよ』

 

果林の声を遮るように甲高い銃声が鳴る。視認は出来なかったが、頭のすぐ真横から上がる硝煙がカインの行動を示していた。

 

次は当てる。そんな狂気がじわじわと拡散している。

 

「果林さん……!」

 

『っと、動くなよ小僧……下手な真似したらこのクソガキの身体がボカンだ。内臓なりなんなりぶちまけて、さぞきったねぇ花火が上がるだろうよ』

 

悍ましさすらあるカインの忠告に上体を前へ傾けた耀が動きを止める。改めて自身を拘束する手錠を確認すれば、何やら物々しい装置が確認出来た。爆弾か何かなのか、ともかく果林は人質、つまりはそう言うことらしい。

 

そして短く笑ったカインは次にその銃口を耀へと向け―――、

 

「ぁぐっ……!」

 

ぱあん、と。一直線に伸びた銃弾が耀の肩を射貫く。直後に上がった血潮が命中を告げる。

 

『カハハ! いい表情(カオ)してくれんじゃねぇーか!』

 

続けて膝、腿、左手と、無機質な鉛玉が後輩の身体を抉ってゆく。銃声の度に歪む苦悶の色が体感したこともないような焦燥と混乱を呼び込んだ。

 

出血性ショックだとか、臓器出血だとか、不穏な単語がぐるぐると頭を巡る。

 

『これだから辞めらんねぇよなこの仕事はよォ! 抵抗出来ねぇ奴をじわりじっくりと嬲り殺す……コイツに勝る享楽はねェ!』

 

「……いい趣味してる」

 

『はっ、何とでも言いやがれ。お友達を拉致られた時点でテメェの負け。恨むんならテメェの中にいる奴と、あのガキを恨むこったな』

 

「うあぅっ……!」

 

「耀君ッ……!」

 

銃弾の種類を変えたのか、次に射出された光弾は耀の眼前で炸裂をしてはその身体を後方へと吹き飛ばしてしまう。

 

ゴロゴロと転がった後輩が、やがて拘束されたままの果林と衝突して止まる。身体中から垂れる血の跡に震え上がるような悪寒が走った。

 

『っと、わざとソイツのとこまで転がったところご生憎だが、拘束具を外そうだなんて考えるなよ? 簡単に壊れるような代物じゃねぇ。外されるよか早く俺が起爆させる。その瞬間テメェごとそのガキもボカンだ。まあ、心中したいってんなら止めはしねぇけどな』

 

「まさか……心中なんてする訳ないでしょ」

 

でも、それでもまだ耀は不敵に笑って。

 

「璃奈ちゃんのステージも、果林さんのパフォーマンスも……他の皆のだってそう。見たい景色が沢山あるんだ。こんなところで終わる気も、終わらせる気もない」

 

『わかんねぇ奴だな。テメェはもう詰んでんだよ。そのガキを守って死ぬか、ガキと一緒に死ぬか、その二択しかねぇ。今更出来ることなんざありゃしねぇよ』

 

「どうだろうね。人質を取らないと僕にすら勝てないくらいだ……何か見落としてるんじゃない?」

 

『あぁ……?』

 

青筋が走る、という表現が正しいのかはわからないが、機械の身体であってもハッキリと判別できるような憤怒がカインに浮かぶ。

 

狙っての挑発であることはすぐにわかった。けれどその意図がわからない。この絶体絶命とも言える状況で奴を刺激して、一体何をしようというのか。

 

「果林さん」

 

何もかもに追いつかない思考に、今度は柔らかな声音で触れてくる。視線を重ねれば確かな意思を宿した瞳があった。

 

「巻き込んでしまってすみません。今更こんなことを言うのは烏滸がましいかもしれないけど……出来れば、この後のことは僕と果林さんだけの内緒にしてくれると嬉しいです」

 

そんな瞳が、今変わる。

包み込むような穏やかさを湛えていた橙色が、荒々しい蒼へと染まる。例えるならば猛獣。剣呑な闘志を瞬かせる狼の姿だ。

 

「フーマッ!」

 

瞬間に駆け抜けた突風。剃刀のような鋭さを以って頬を撫でたそれは目視すら許さない速度で耀の身体を運び、飛び蹴りを繰り出す形となってカインと衝突する。

 

カインも不意を突かれたのか。咄嗟に両腕を交差して防御の姿勢を取るものの、勢いまでは殺し切れずに後方へ弾け飛んだ。

 

『おいおい血迷ったか? そのガキが惜しく―――』

 

『ゴチャゴチャうっせぇんだよこのポンコツサイボーグがよ!』

 

問答の隙すら与えずに叩きこまれた追撃の掌底が沈み込む。負荷を受けた装甲が奏でた硬質な打撃音が薄暗い倉庫に反響した。

 

眼前の光景に理解も、視認も追い付かない。少なからず地球人程度なら難なく殺戮出来るであろう異星人を圧倒する耀の姿に果林はただただ混乱を覚える。

 

『なんでその傷でそこまで動ける……?』

 

『あんなトッロい銃弾、当たる前に全部叩き落してたに決まってんだろうが。傷はテメェを騙すために自分でつけたんだが……ここまで見事に嵌ってくれるたぁ上出来だ』

 

『んっ……だとォ……?』

 

そもそも今目の前にいるのは本当に自分の知っている可愛い後輩なのだろうか。

 

瞳の色が蒼に染まったと思った直後から、耀はその表情も、動きも、口調も、まるで別人かのように粗暴で荒々しいものへと変貌してしまっている。

 

『……ああそうかい。今は()()()なんだな。いくら正義の味方のウルトラマン様つっても、自分が死ぬくらいだったらガキ一人程度犠牲にするってか。カハハ、いいねぇそのクズっぷり。惚れ惚れする』

 

『殺し屋のくせにお喋りな野郎だ……ペチャクチャする前に自分の状況振り返ってみたらどうだ?』

 

どうであれ事態は好転した……かに思われたが、尚も勝ち誇って見せるカインの口調に果林自身の状況を思い出す。

 

今果林を拘束する器具には爆弾が搭載されている。もしカインがその気になれば、いつだって起爆して果林を―――、

 

「え……?」

 

冷や汗が伝うのと、直前まであった筈のソレが消失している違和感を覚えるのは同時だった。

 

『だったらお望み通りにしてやるよ。せいぜいお友達とそのガキに恨まれるこったな!』

 

ただ唯一その事実に気が付いていないカインが高らかに言い放つのと、

 

『―――ぐおォッ……?』

 

いつの間にか奴の左腕へと添えられていた拘束具が爆炎を吹き上げるのもまた同時だった。

 

『たーっく、だから忠告してやったのによォ。人の話はちゃんと聞くモンだぜ?』

 

『ぎッ……テメェいつの間に……!』

 

『いつの間にも何も、ただテメェの目の前で外してそのまま持ち主に返してやっただけだろうがよ。まさか俺に喧嘩売ってくるような奴が見えてませんでした~、だなんて抜かさねぇよな?』

 

果林すらも気付かぬ内に自由になっていた両腕に視線を落としながら、嘲りを秘めた耀の言葉に唖然とする。

 

時間にして十秒にも満たなかった筈の出来事。その間に彼は一連の動作を誰にも悟られることなく完遂したというのか。

 

『さーて、これでテメェの脅迫は何の意味も無くなっちまった訳だが……まだ続けるのかよ』

 

『調子に乗ってんじゃねェ!』

 

激昂したカインが右腕に備わった機関銃から弾丸を乱射する。八つ当たりする子供のように、周囲のものを手当たり次第に傷付ける暴力の嵐が直前までの静けさを打ち壊す。

 

耀も、果林すらも対象とした殺意が撒き散らされていた。

 

『ったく、何でそんだけ沸点低い奴が殺し屋やれてんだか……』

 

が、耀は迫りくる銃弾の嵐を前にしても冷や汗一つ浮かべることは無く。

 

『飛ばすぜ嬢ちゃん……しっかり捕まってな!』

 

「えっ……きゃあぁぁぁっ!?」

 

そのまま果林を抱き上げたかと思えば、台風すらも生温く感じるような風圧が全身を襲う。飛びそうになる意識を必死に手繰り寄せた先で待っていたのは暖かな太陽の光だった。どうやらこの一瞬で外まで移動してきたらしい。

 

『ガアアァァァッッ!!』

 

途端、直前まで自分達がいた倉庫が弾け飛ぶ。爆発の類ではない。建物を凌駕する体躯を持つ何かが内側から迫り出したのだ。

 

正体は複数の単眼が並ぶ顔を持ったサイボーグ、つまりはカインだった。体躯と共に更に膨れ上がった殺意が向けられ、特大の光弾がすぐ目の前で炸裂する。

 

『だぁぁ……しつけぇな。殺し屋なら引き際くらい見極めろってんだ』

 

頭を掻いて苛立ちを誤魔化した耀の右手に出現する漆黒の手甲。日光を反射して照り映えるそれは、記憶の中の巨人達のものと重なる。

 

『逃げな嬢ちゃん。怪我はしてねぇんなら走るくらいは出来んだろ。あんま近くにいられちゃ無事は保証出来ねぇぞ』

 

「ま……待って!」

 

きっと彼はあの暴れ狂う殺人鬼に立ち向かいに行く。察した心は無意識のままに呼び留める声を発していた。

 

「あなた……本当に耀君なの?」

 

今自分はどんな表情をしているのだろうか。

怯えたものか、鬼気迫ったものか。何であるにしろ、日頃の朝香果林からはかけ離れたものであることは確かだ。

 

『はぁ……ぜってーこうなるからやめとけつったのに……。お前が選んだ道だ。だったらお前で決着つけろ』

 

そんな果林に、耀は心底面倒くさそうに息を吐く。果林に向けた声じゃない。耀自身、いや、自分の中に在るもう一人の自分に語り掛けるような響き。

 

「……詳しい話は、事が済んだらちゃんとします。だから……お願いします。今は僕を信じてください」

 

蒼が溶け、再度瞳を満たす橙の煌き。色彩こそ見知ったそれに戻るが、宿る意志だけは何も変わらない。

 

だから……否が応でも理性はその意味を理解してしまう。

 

「一つ……聞かせてくれるかしら」

 

悠長にお話なんてしている余裕はないのはわかっている。でも確かめずにはいられなかった。

 

「君は、どうしてそこに立ってるの?」

 

回りくどい聞き方だとは自分でも思う。もう被る皮も残されていないだろうに、こんな時でも心は朝香果林を演じてしまう。彼の前ではそうしなければいけない気がしたから。

 

「……多分、僕がそうしたいんだと思います」

 

周囲を爆炎と熱気が満たす中、耀は静かに答えを綴る。

 

「璃奈ちゃんも、果林さんも皆、皆自分にしか出来ないことをそれぞれの形で頑張ってるんです。そんな皆に、僕なりに出来ることって、僕しか出来ないなんなんだろうなって、ずっと考えてます」

 

備わったレバーを引かれた手甲が水晶体を中心に眩い光を発する。準じて現れた銀色のキーホルダーを掴み取った彼の口角が柔らかに上がった。

 

「……答えなんてまだ何にも見つかってないんですけどね。……でも、だからこそ僕に出来ることは出来るだけやりたいんです。応援することも、守ることも……僕だって、()()()()()()()から」

 

やがて水色に質を移した光が天へと掲げられる。

 

瞬間に立ち昇った疾風の柱に誘われた身体が浮遊感を纏う。その眩さに閉じてしまった瞼を再度開けた時には、可愛い後輩の顔は勇ましい勇者へと風貌を変えて存在していた。

 

『セェヤッ!』

 

果林を手のひらに乗せたまま飛翔した蒼い巨人は、倉庫街から少し離れた埠頭へと着地する。

下ろされると共に見上げた先で視線が重なった。ゆっくりと巨人が首肯する。

 

「負けてられない……そうね」

 

実感なんて未だに湧かない。眼前の事実を受け止め切るだけの心の準備も全くだ。

 

でも今は、この胸に宿った熱の温度……きっと、それだけで十分なんだ。

 

「君がそうするまでの理由になれてるかなんてわからないけど、君のそんな姿をみせられたら、私も情けない姿は見せられないわね」

 

璃奈、エマ、彼方、同好会の皆……いや、身近にいる自分なりに自分の道を進もうとしている皆と触れ合う中で覚えた、痛いような温かさ。その正体も今ならわかる。

 

答えは単純だった。自分の原動力にはいつだってこの熱があったから。

 

「だから君も……負けちゃダメよ」

 

静かに零した想いは彼の瞳のように淡く瞬き、確かな形を成して渡っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……負けませんよ、こんなところじゃ」

 

受け取った光の熱を直に感じるように胸に押し当てながら、耀は猛る侵略者と向き直った。

 

『……テメェ、˝星間連盟˝の差し金だろ。十年行方を眩ませてた俺が生きてたのを知ってさぞ焦ったんだろうなァ。そんで抹殺依頼を出したはいいが、テメェみたいな残念な馬鹿しか釣れなかった……筋書きは大方こんなモンか』

 

『舐めるのも大概にしろよ青二才が……俺は依頼とあればどんな奴だってぶっ殺してきた! テメェなんざ訳ねぇんだよ!』

 

『あぁ……はいはい。そういうのいいから。ちゃっちゃとケリ付けんぞ』

 

『だから舐めん―――』

 

ひゅるり、と。言い切るよりも早く駆けた風がカインの胴を切り裂いていた。深々と刻まれた斬痕から盛大な火花が吹き上がっている。

 

『は……?』

 

『もし生き残れたんなら星間連盟のアホ共に伝えな。もしまたコイツ等に手ぇ出すってんなら……次にぶっ殺されんのはテメェ等だってな』

 

フーマは口調こそ荒々しいものの、特別沸点が低いとかそういう訳ではない。けれど今この瞬間に彼から伝わる声音には、明確な怒気が含まれていた。

 

それが故に繰り出される攻撃も苛烈を極めている。この域に達していない者が見れば、ただ蒼色の軌跡が宙に描かれているようにしか見えないだろう。

 

カインもまたその一人。フーマが挙動を成す度に増えてゆく裂傷は翻弄されている証拠に他ならなかった。

 

『調子に乗んなッ……˝サクリファス・カインファンクション˝ッ!』

 

『˝列蹴撃(ストライクスマッシュ)˝』

 

軌道の予測には成功したのか、右腕の突撃銃から発したエネルギーを纏っては拳を突き出してくるが、フーマは二蹴で対応。

 

一発目で攻撃を捌き、二発目をカウンターとしてカインの胴に叩き込む。広がった衝撃波が機械仕掛けの身体を派手にぶっ飛ばす。

 

『クッソ……こうなりゃ!』

 

『はぁ……なんで変身すらしてねぇ旦那にすら通用しなかった術が俺に通じると思うかね』

 

次にカインが取った手段は昂貴達を襲撃した際にも用いたという透明化機能だった。宇宙技術の粋、余程上質な代物なのか、奴の姿は完全に消えていると言っていいだろう。

 

だが悲しきかな。技術に技量が追い付いていない。

 

『˝超振動探知(ウルトラソナー)˝』

 

五感を聴覚と触覚に集中させたフーマが四方に音波を散らす。所謂音響定位というやつだ。

 

姿は消せても実体までもが無くなった訳じゃない。証拠に音のレーダーは後方に迫る奴の姿を完璧に捉え―――、

 

『ゼエェェヤッ!!』

 

『があぁッ……!?』

 

スケートのアクセル技の要領で回転を見せたフーマの手刀がまたもカインを直撃。ここで早くも機械の身体が限界を迎えたのか、明らかな不調を示す音声が至る部位から鳴り響き始める。

 

『クソッ……クソがァッ……!』

 

『テメェなんざに割いてる時間が勿体ねぇんでな……そろそろ決めさせて貰うぜ。耀ッ!』

 

「うん!」

 

 

《カモン!》

 

 

果林から受け取った光。

ブレスレットと成って腕に宿った情熱へとタイガスパークを重ねた。

 

 

《ビクトリーレット!》

 

 

《コネクトオン!》

 

 

想い想われ、競い合うことで培われてゆく力が―――金色の輝きを以って顕現した。

 

 

『˝鋭星光波手裏剣(えいせいこうはしゅりけん)˝ッッ!!!』

 

 

フーマの肉体やタイガスパークを介して形を得た光はV字型の鏃となって疾走する。

 

射られた弓矢の如く直進した軌跡が勢いそのままにカインを縦に両断。敢え無く真っ二つとなった暗殺者は、最期に上がった爆炎の中に姿を消していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そうか……果林もその光を……』

 

『せつ菜一人じゃなかったとなると……やっぱり何か要因がありそうだな』

 

件の襲撃から一週間と少し経っただろうか。先輩達に一連の事情を説明出来た頃には、既にスクールアイドル同好会のお披露目ライブ当日となっていた。

 

雄牙の快調に時間が掛かり、昂貴がトレギアの蛮行の後処理に追われていたこともあるが……それ以上に耀が璃奈の練習に時間を割き過ぎてしまった。戦う責を背負った者の行動としてはあまり褒められたものではないだろう。

 

でも後悔はない。耀が出来る最大限で璃奈の力になれたのなら、それが本望なのだから。

 

「すみません。成り行きとは言え、軽率にフーマのことを明かしてしまって」

 

「気にすんな。任せたのは俺だ、お前は悪くねぇ」

 

「……まあ、大事に至らなかったと思えばな」

 

「流石、定期的にウルトラマンバレする奴が言うと説得力が違うな」

 

「悪かったですね」

 

襲われたエマと彼方も特に怪我を負っていたということもなく、事情も昂貴がそれとなくぼかしたことで詮索されることもなかった。イレギュラーは幕を閉じてまたこれまで通りの日常が再開されつつある。

 

ただ一つ、変わったことと言えば……、

 

「あら、男子三人で集まって何のお話?」

 

ガヤガヤとした喧騒を背負った果林が談合の中へ入り込んでくる。纏う衣類は普段目にする制服ではなく、彼女をスクールアイドルとして舞台へ上げるための衣装だ。

 

「……朝香、お前確かトップバッターじゃなかったか? いいのかよこんなとこで道草食ってて」

 

「だから呼びに来たんでしょう? 私の初ステージ、しっかり見て虜になって貰わなきゃ困るもの」

 

「大層な自信なことで。精々とちらねぇよう気を付けるこったな」

 

「今更そんなミスしないわよ。ほらほら、わかったら早く来なさい。皆も待ってるわよ。()()()()

 

「あ?」

 

呼び名に違和感を覚えたのか、昂貴と雄牙が揃って目を丸くするものの、果林は悪戯っぽく笑ってはそれらを流し残る一人へと目線を流す。

 

「それと……耀君もね」

 

「……はい」

 

変わったことは互いに共有する秘密が一つずつ増えた。ただそれだけの話。

 

やるべきことは何も変わらない。自分は自分なりに出来ることを探して全力で走り抜けるだけだ。

 

だから今は―――、

 

「見てなさい。これがスクールアイドル朝香果林の……パフォーマンスよ」

 

きっと素晴らしいものになる輝きを、この瞳に焼き付けるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――♪: Starlight

 

優美に、妖艶に、情熱的に。ステージに灯ったネオンの光が彼女を照らす。

 

指標が定まった訳じゃない。目指す場所だってまだ不明瞭のままだ。でも、そんな模索も含めて楽しんでいるとそのパフォーマンスは物語っていた。

 

競い合い、高め合う。彼女の心を熱くする日々こそがステージに立つ己を作ってゆくのだと。

 

スクールアイドルとして舞う朝香果林の輝きが、確かにそう宣言した瞬間だった。

 




凄く長い話になってしまった……。ともあれ果林パイセン回はこれにて終わりです

以前にもどこかで言った覚えがありますが、今作のフーマ及びタイタスはタイガ本編の彼等と比べ数段高い実力を想定して書いています。あの程度の宇宙人なら訳ないということですね

正体バレなりなんなり色々起こったお披露目ライブも終了……次回は遂にラブライブ予備予選へと移ります(まあまた個人回なんですけど)


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41話 夢の魔法が消えた夜 前編

もう年明けて二か月経ったとか信じたくないですね()


 

「それじゃあ皆……改めて、お披露目ライブお疲れ様っー!」

 

普段の三割増しで高揚を差した侑が音頭を切り、準じて他のメンバー達が声を重ねる。それぞれの手には飲料の注がれた紙コップが握られていた。

 

「皆のライブ本当に凄かった! 私もうずっとトキメキっぱなしだよ~」

 

スクールアイドル同好会としての初パフォーマンスとなるお披露目ライブから数日が経った。今日はそのプチ打ち上げ……とでも言うべきなのだろうか。

 

ラブライブの予備予選までそう時間がない中でこんなことをしている余裕があるのかと思う部分はあるが、せつ菜を除く面々が初めてのライブ、それもソロという形で挑んだのは事実。そこはしっかり労うべきだろう。

 

だから自分もばっちり褒められるべき。そんな思惑の元、中須かすみは未だ興奮冷めやらぬ様子の侑へと擦り寄った。

 

「せ~んぱいっ! かすみんのパフォーマンスどうでしたか~? かすみんの可愛さに~、メロメロになってくれましたか~?」

 

「愛ちゃんのパフォーマンスも楽しかった! 私、見てて勝手に身体が動き出しちゃったよ~!」

 

「お~! 嬉しいこと言ってくれるねゆうゆ~! ありガトーショコラ! アハハ!」

 

しかし当の侑は今他のメンバーにお熱なようで不発に終わる。

ならば他の誰かに……と目線を流すも、運悪く全員が誰かしらとの会話に華を咲かせているようで甘えに行き辛い雰囲気だ。

 

一応、静かにこの様子を眺めている者もいるにはいるが……、

 

(瀬良先輩……苦手なんだよね……)

 

この同好会にはかすみのことをお世辞でも褒めてくれない不届き者が二人いる。その一人があの先輩だ。

 

どうも()()()()()()()()()()かすみの振る舞いが気に食わないらしく、直接あれこれと言って来ることは無いものの隠し切れていない拒否感が節々の態度から滲み出ている。故にコミュニケーションには自信のあるかすみとしても接し辛い相手であった。

 

だが、お披露目ライブという一つの山場を越えた今であるなら多少は労いの言葉を向けてくれるのではないだろうか。そんな淡い期待と共にかすみは雄牙へ捨てられた子犬のような瞳を向ける。

 

「……」

 

目を逸らされた。捨て犬はそのまま捨てておくらしい。こんなのがせつ菜が同好会に戻るよう尽力したというのだから驚きだ。

 

せつ菜とかすみではそんなに魅力に差があるか……なんて思考が働くが、やめておこうと振り払う。今は自分が褒めて貰う時間なのだから。

 

「皆さん! 余韻にばかりは浸っていられませんよ! この場はラブライブに向けた反省会でもあるのですから」

 

次にある相手へ擦り寄ろうとした足は、一際興奮しているせつ菜の声によって留められることとなる。

 

ああそう言えば、ラブライブに向けたパフォーマンスの改善案として、今回のお披露目ライブについて同好会メンバー内で意見を交換し合おうという話になっていたのだったか。かすみもそれぞれに対する感想を綴った記憶がある。

 

「璃奈さん、集計の方は」

 

「ばっちり。今印刷して皆に渡す」

 

かちゃかちゃと、プリンターに接続されたパソコンを璃奈が操作する。意見を記すというのも、璃奈が設計したというフォームに入力する形だった。

 

流石は情報処理学科と言うべきか。この程度のプログラミングなら簡単に組んでくるらしい。

 

「はい、これがかすみちゃんの分」

 

「ありがとりな子~」

 

程無くして全員分が印刷され、かすみに当てられた意見が記載されているというリーフレットが手渡される。

 

成長のためにも忌憚のない意見を、という方針だったこともあり何人かのメンバーは強張った表情を見せているが、まあ自分に対するものは全てその可愛さへの称賛であろうと、かすみは自信満々にページを開く。

 

ぺらり。

 

南雲昂貴

『シンプルにウザい。正直見てて大分キツかった』

 

ぱたん。

 

そしてページを閉じた。一ページ目から随分な洗礼だった。

 

どっと嫌な汗が流れ出てくるのがわかる。多少想像と異なる感想が向けられる可能性があるのは十分わかっていたが、ここまで理想と正反対なことがあるだろうか。

 

だがだ。だがまだあのゴロツキが特殊なだけというだけもある。何故なら昂貴はかすみを褒めてくれない不届き者のもう一方なのだから。

 

きっと他の面々はちゃんとかすみのことを褒めてくれている筈。そう信じて次なるページへ指を掛ける。

 

ぺらり。

 

星海耀

『かすみちゃんのやりたいことは伝わってきたけど、ちょっと露骨過ぎて引く方が先に来ちゃった』

 

ぱたんっ!

 

ブルータス(耀)、お前もか。なんて今日の世界史の授業で扱われた有名なセリフに今の心情を宛がってみるも気分は何一つとして改善されない。むしろじわじわと心優しい耀にすら褒めて貰えないようなものなのだろうかという不安ばかりが大きくなってゆく。

 

いや待て。もしかしたら割と全員同じような感想を書かれているのかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない。かすみだけが褒められないだなんて事態はある訳ないのだから。

 

だから聞き耳を立ててみる。一体他のメンバーがどんな感想を向けられたのか……、

 

「昂貴……あなた露骨に彼方意外に興味ないのね……」

 

「いくら何でも適当過ぎると思うぜコウ君や……」

 

「……悪かったな」

 

案の定昂貴は大顰蹙を買っている最中だった。ざまぁみろと心の中で舌を出す。

 

やはりそうだ。彼方や璃奈がいるからという理由で同好会にいる人達の評価なんてあてにならない。真に信ずるべきは共にスクールアイドルという志を共にした仲間やファンの皆なのだ。

 

だから耀の意見だって気にすることは―――、

 

「それと耀君……楽しんでくれてるのは嬉しいけれど、君は褒め過ぎよ。遠慮せず思ったことを書いてって、最初に決めたでしょ」

 

「……すみません」

 

聞き捨てならない台詞が聞こえた。耀が? 褒め過ぎ?

そんな筈がと上へ運んだ視線で見回してみるも、果林のみならず皆一様に同じ表情を並べていた。どうやら事実であるらしい。

 

それはつまり、かすみのみが否定的な感想を抱かれてしまったということの証明に他ならない。

 

「逆に雄牙は……ちょっと遠慮無さすぎじゃない?」

 

最後に注目が集まったのは雄牙。傍らにいた愛の評価表を横目に零した侑の声を発端に矛先が向く。

 

「いや、正直に書けって言われたからそうしたまでなんだけど……」

 

「言葉は選ばないと。これじゃ傷付いちゃう子もいるよ」

 

彼に甘い節がある歩夢にもああ言われる始末。書き方が悪いというニュアンスだけでもう見るのが嫌だった。日頃特に雄牙と確執の無い面々でさえ散々な書き方がされているのならかすみの評価なんてもう悪口大会と化しているに決まっている。

 

「……けれど、的は射ていますね」

 

「うん……気になってはいたけど誤魔化してたところとか、全部指摘されてる」

 

「辛口だけどちゃんと見てくれてるって感じね。案外、君が一番夢中になってたりするのかしら」

 

が、せつ菜にエマ、果林とステージに立つ者達からは案外好評なようで。建設的な批判、とか言うやつだったのだろうか。

 

いやでも、前者二名が極端過ぎて雄牙の評価が甘くなっている可能性はある。かすみは騙されない。どうせ期待して目を通せば論評と(うそぶ)いた罵詈雑言が待っているのだ。

 

「皆さ~ん! 学校の皆からもぉ、いっぱい感想来てますよぉ!」

 

リーフレットの方は気が向いた時にでも読むこととし、かすみは部室に来る前に回収しておいた自身を模した目安箱をテーブルの上に置く。ぱさりと、零れ落ちたファンレターの何枚かが零れ落ちる。

 

「おぉ~、かすみんボックスぱんっぱんじゃん!」

 

「凄い……こんなに来てたんだ」

 

「それだけかすみん達が皆を魅了したってことですよ。それじゃあ、配っていきますね!」

 

設置した時はせいぜい数枚でも来れば御の字だと思っていたのだが、まさか箱から溢れ出んばかりに集まるとは。自分達の努力の結果が形になっているようで喜ばしい限りである。

 

早くファンになってくれた皆からの声を知りたい。心の奥底から急かしてくる感情のままに、傍らにいたしずくの手も借りながら宛先に該当するメンバーへと手渡してゆく。

 

そして―――、

 

「え……?」

 

最後の一枚を配り終えた後、自らの手元を見たかすみは絶句する。

 

夢ではないのかと頬を抓ってみるが確かな痛みが走った。そして異変に気付いたのか、微妙な面持ちで仲間達が向けてくる視線が齎す心地悪さは紛れもない現実のものだった。

 

「かすみちゃん……」

 

受け入れ難いと全身が叫ぶ反面、わなわなと震える両の手には何も握られていない。

 

同好会の面々が沢山のファンレターを手にする中、かすみへ向けて送られた手紙は……一通もなかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら! これとかかすみちゃんに似合うんじゃないかな!」

 

「侑ちゃん値札見て……! 高校生が気軽に手を出せる値段じゃないよ……!」

 

時と場所が移ろい現在アパレルショップ。同好会に加入してからは殆ど訪れることも無くなっていたが、久方ぶりのレディースのエリアはやはり女子に紛れてでも心地悪さは健在だった。

 

面子は女子が侑、歩夢、かすみの三人に男子が雄牙一人。他の同好会のメンバーはいない。皆ラブライブへ向けた練習に勤しんでいるからだ。

 

では何故雄牙達はショッピングに、それも普段の行動範囲であるお台場や有明からは少し離れた豊洲のショッピングモールに足を運んでまで貴重な時間を消費しているのか、それは会話の中心に置かれているにも関わらず浮かない顔をし続けている一年生にあった。

 

「確かに可愛いですけど……歩夢先輩の言う通り、気軽に買えるお値段じゃないですね……」

 

「そっかぁ……じゃあこれとかは?」

 

「変わんないです。……そう言えば、侑先輩の私服ってメンズっぽいっていうか……あんまり女の子っぽくなかったですよね。この前皆で遊んだ時とかもそうでしたし」

 

「そりゃ俺が着れなくなった服片っ端から持っていきやがるからな」

 

「男の子のお下がりで生活する女子高生なんて初めて見ましたよ……。もう、私のことはいいので侑先輩の洋服探した方がいいんじゃないですか? 花の女子高生なんだし可愛くオシャレしましょうよ」

 

「だよねかすみちゃん!」

 

「半分同意」

 

「ちょっと二人共! かすみちゃんを元気付けるために来たって言ったじゃ……あ」

 

「提案者が口滑らせてどうすんだ馬鹿」

 

そう。理由はこの中須かすみ。

 

同好会のスクールアイドルの中で一人だけファンレターを貰えなかったという事実が大分堪えたらしく、以降普段の喧しさは見る影もないほどに消沈している。

 

結果として侑が気を遣い、全く身の入っていない練習も程々に帰宅しようとした彼女を捕まえ、基本練習に関わらない歩夢と雄牙を連れて遊びに出た……というのが事の顚末。

 

正直この手の問題は本人の中である程度噛み砕かれるまで待つのが得策だとは思うのだが、それを良しと出来ないのは侑の優しさ故か。その優しさを少しでも付き合わされる自分達にも向けて欲しいものだが。

 

「ええっと違うんだかすみちゃん……これは……」

 

「いや、気付いてないと思ってたんですか……?」

 

呆れ混じりの吐息が挟まる。

 

「ありがとうございます、侑先輩。気を遣ってくれて。でも私は大丈夫ですから」

 

「……一応、大丈夫に見えねぇからコイツも気を回した訳なんだけど」

 

「大丈夫ですって! この程度で挫ける私じゃないですよ~」

 

「……だといいけどな」

 

強がっているのも目に見えて明らかだった。本人のプライドと憂慮の入り交じった機微を前に、侑ですら言葉を探してあたふたと目線を散らしている。

 

こうなると最早励ましも逆効果だ。善意と厚意で塗り固められた言葉のナイフが血潮を滴らせながら彼女の心を抉ってゆく。二人もそれがわかっているから何も言えない。

 

「手は出せませんでしたけど、色々可愛いお洋服が見れて楽しかったです。そろそろ私も練習しなきゃなので、今日はここで失礼しますね」

 

「あ……かすみちゃ……」

 

そして、呼び留める間もなく少女は走り去ってゆく。

 

隠し切れない哀愁を醸す背中は何も為せなかった証拠だ。数拍の沈黙の後、己の不甲斐なさを呪うように侑が目を伏せた。

 

『……まあ、辛いよな』

 

(なんだよタイガまで……)

 

『こういう時に自分の話持ち出すべきじゃないんだろうけどさ……俺もそうだったから、なんかわかるんだよ。頑張っても認めて貰えないのって、辛いよな』

 

遂には体内の同居人すらにも伝播し始めた重暗さ。

 

別に、雄牙だってかすみの気持ちが全くわからないという訳ではない。これまでタイガと共に戦ってきた中で思うようにいかないことなど数多くあった。未だに覚えるやるせなさも一つや二つじゃない。

 

けど嘆いたって仕方がないんだ。結果を求められる立場にいる以上、苦しむ姿を見せたところで強くなれはしないし、周囲からの評価だって変わらない。それはスクールアイドルであるかすみだって同じ筈だ。

 

だから―――、

 

(……同情も何もないだろ。結局はアイツの気の持ちようだ)

 

『だとしても理解してくれる誰かがいるってだけで結構違うもんなんだよ。かすみにもフィリスみたいな奴がいればなぁ……』

 

(いきなり知らん奴を話題に出すな)

 

『あれ、話したことなかったっけか? フィリスはな―――、』

 

唐突に始まったタイガの友人自慢を適当に聞き流しつつ、雄牙は小さくなってゆく後輩の後ろ姿に眼を固定する。

 

雄牙はかすみと共に切磋琢磨するスクールアイドルの仲間でもなく、長い時を共有してきたような関係でもない。そんな自分が彼女の気持ちを推し測ろうなど出来る筈もないし、資格もない。出来ることなど傍観に徹するのみだ。

 

例え、彼女の下す決断が望ましい結果でなくとも。

 

「……戻ろうぜ。今なら練習間に合うだろ」

 

「……? 雄牙君、何かあるの?」

 

「あの評価フォームのせいでちょっと練習見てくれとか色々頼まれたんだよ……大会も近いし、出来るだけ早く済ませた方がいいだろ」

 

「おぉぅ……いつの間に……」

 

現在地から学校まではそう遠くない。モノレールを用いれば余裕を持って要望に応えるくらいの時間は残っているだろう。

 

実際あの評価フォームはかなり力を入れて皆のパフォーマンスに対する感想を綴ったつもりだ。

 

一部言葉を選ばなかった部分もあるため思慮に欠けているとの指摘もあったが、それも本気には本気をという雄牙なりの誠意の証だ。だから各々が各々の理想へ向けた糧にしようとしてくれているのなら応えたい気持ちはあった。

 

「……」

 

「……雄牙君?」

 

「あぁ、ゴメン。行こうぜ」

 

後ろ髪を引かれるように振り返る。

戻した目線の先に、もうかすみの姿は確認出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜道を一人ぼっちで歩く経験は何度もあった。同好会に所属し、自分の理想を叶えるべく走り続けるようになり、遅くまで練習に勤しむようになってからはその機会も増え、今ではすっかり慣れたつもりだった。

 

けど、こんなにも独りぼっちを寂しく感じる夜道は、初めてだ。

 

「はぁ……」

 

今日だけで何度繰り返したかもわからないため息。

 

逃げるように侑達と別れた後、どうにも真っ直ぐ帰る気にもなれずあれこれと寄り道を重ねてしまった。普段なら今頃練習を終え、帰路につく頃だろうか。七時前にも関わらずまだ夕闇を映したままの東京湾を望んでいると、もう夏もすぐそこなのだと実感する。

 

もう時間も時間だ。流石にそろそろ帰宅すべきかと、腰を下ろしていた砂浜から立ち上がり、近くの駅を目指した。

 

海浜公園であるこの場所は防砂林に施されたイルミネーションが名物でもある。

その光も、街頭に寄せられる虫のように隣接された商業施設から流れてくる男女カップル達の表情も、何もかもが目に痛かった。

 

キラキラしていて。キラキラし過ぎていて。ファンレターを受け取った皆の顔を思い出してしまう。だから目を逸らしたくて勇み足に進んだ。

 

「あぅっ……!」

 

殆ど前を見ずに突貫していた身体が何かと衝突して制止する。感触的に他の通行人にぶつかったのはすぐにわかった。かすみは慌てて俯けていた視線を持ち上げる。

 

「ごめんなさいっ! 前を見てなく……て……」

 

咄嗟に紡ごうとした謝罪の言葉が途中で詰まる。まるで目の前に存在する黒に押し留められてしまったようだ。

 

「いえいえ、こちらこそ注意が足りていなかった。お怪我はございませんか? お嬢さん」

 

目の前にいたのは左右を相反する二色で分割した衣服を着込む男性だった。明らかにかすみに非があるにも関わらず、責めるどころか慮って見せる振る舞いは紳士然と呼べる。

 

けどどうしてだろうか。この人はそんなものじゃないと、無礼にもかすみの心はそう告げていた。

 

「……今日の夜は深い」

 

「え?」

 

「夜は命に安らぎを齎す刻でもあるが、反面子羊を惑わせる混迷でもある。仮に道標があろうともその光を覆い隠し、目的地までの道を闇に閉ざしてしまうからね」

 

「は、はぁ……」

 

なんて予感が的中したのか、次に訪れた痛々しさすらある単語の羅列に首を傾げる。要は気を付けろということなのだろうか。おかしな言い回しをする人だ。

 

「……だが、そもそもの道標や目的地が間違っていたという可能性もあるだろう。そう考えれば、夜とはまやかしを払い、真理へ続く本当の道を示しているとも言える。言い方を変えるのなら、本質へ至るために与えられた機会でもある訳だ」

 

「あの……なにを……」

 

「……君は、この夜を意味のあるものへ変えられるかな?」

 

注意を喚起する言葉でないと理解したのはすぐのことだった。どうしてかは知らない。でもこの人は()()()()()んだ。

 

瞬間、ぞわりとした寒気が背筋を走った。全身を、頭や心の中でさえもを舐め回されているような感覚だ。

 

「な、ななな何なんですかあなたぁ……」

 

「……そうだね。君を応援する者……合わせた言い方をするのなら、ファン、とでも名乗るべきか」

 

「ファ、ン……」

 

微かに主張を増す鼓動。

そんな単語一つで心を許していいような相手で無いのは頭で理解している。

 

でも現実に挫かれた理想が齎す感情にとって、その言葉が齎す威力は大きすぎたのかもしれない。

 

「……おっとすまない。私の悪い癖でね、ついつい目にした君の苦しみを放っておくことが出来なかった。怖がらせてしまったのなら謝罪しよう……だが、私は君の味方だということだけは覚えてくれると幸いだ」

 

耳を傾けるなと理性が告げている。

 

「君の道は、他でもない君自身が選択すべきものだ。そこに私の意志が介在する余地などないが……せめて、正しい道を選べる未来を願っているよ」

 

あと少し浸っていたいと情動が訴えている。

 

意志に関わらずかすみの身体は動こうとしてくれない。どちらへ傾くにしろ重ねられた手のひらも、指に通される奇怪な指輪をも振り払う術は無かった。

 

「……良き、旅の終わりを」

 

深くなる宵闇に男性は溶けてゆく。身体を縛っていた硬直も直後には掻き消えていた。

 

奇妙な体験だった。あれこれ言っていたが完全に不審者だ。もしくはストーカーだ。

 

こんな体験は忘れるに限る。家に帰って、美味しいご飯を食べて、温かいお風呂に入って、ふかふかのベッドで寝る。今回限りであるならそれで消えて終わる話である筈だ。

 

でも―――、

 

「……間違ってた、のかな……」

 

この心を掻き回す残響はもう、誤魔化せるようなものでは無くなっていた。

 




と、言う訳で中須回です。元ネタは勿論タイガ11話「星の魔法が消えた午後」

ただ一人だけファンレターを貰えず挫けかけた中須後輩が暴れ散らかす予定です。ウソです。作者は何も考えてません

そしてまたお前なのか事案おじィ……!


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42話 夢の魔法が消えた夜 後編

急に純度100%の優木せつ菜をぶっこんできたにじよんのせいで危うく逝きかけましたがAqoursEXTRAのおかげで一命を取り留めました

やっぱり声出しのAqoursちゃんは最高なんだようそろなぁ


 

スクールアイドルが好きな者からすれば、自分の立場は垂涎ものであるのではないかと思うことがある。

 

彼女達と同じ学校で過ごし、彼女達と同じ部室で過ごし、少なからずこの立場で無ければ見られない景色を数多に享受している。

 

今だってそう。多くのファンがステージを前にして初めて体験するであろう彼女達のパフォーマンスをいち早く鑑賞し、見ようによっては独り占めしているとも言えるのだから。

 

「……どうでしょうか」

 

エレキギターを主体としたビートが止み、最後のポージングを決めたせつ菜が肩を揺らしながら問うてくる。

 

自分のパフォーマンスを確認して欲しいと依頼してきたメンバーは彼女で最後だったか。こうして見比べてみると、改めてせつ菜のパフォーマンスは同好会の中でも頭一つ抜けていると実感する。

 

設備で遥かに劣るこのトレーニングスタジオにおいても、まるで実際のライブ会場にいるかのように錯覚させるまでの表現力。

 

活動歴が長いというのもあるのだろうが、やはりそれを成せるのは彼女の圧倒的な情熱があるからこそなのだろう。

 

そんなせつ菜のパフォーマンスにド素人である雄牙が力になれるのか甚だ疑問ではあるのだが……、

 

「此間も気になったとこなんだけど、やっぱりサビ終わりの蹴り上げのところに遠慮がある気がする。一応曲の締めなんだしもっと気持ちよく振り抜いてもいいんじゃないか。単純に見栄えもよくなるし」

 

「……実は迷ってるところではあるんですよね。確かにダンスという点で見るのならそうした方がいいのですが、あまり強く蹴り上げてしまうと歌の方が制限されてしまうので」

 

「あー、なるほどなぁ……」

 

せつ菜のパフォーマンスの特徴は小さな身体に似つかない激しい振り付けもそうだが、何よりも象徴的なのはその圧倒的な声量だ。

 

ここ一番という場面で彼女は自分の気持ちを全身全霊に乗せた歌声を響かせてくる。それこそがスクールアイドル優木せつ菜の根幹であり、数多の心を惹きつける所以だろう。

 

その点で見るのなら、確かに全体を締める終盤でその声量が制限されるというのは彼女の持ち味を殺すことと同義であるとも言える。

 

「蹴り上げるんじゃなくて、横に振り抜く感じはダメなのか?」

 

「横に……こう、ですかね」

 

「そう。あんまり高さは付けられないし、軸もブレるかもだけど多少声は出しやすくなると思う」

 

「そうですね……もう少し検討してみます」

 

若干の応答を経て、せつ菜は自身の振り付けの再確認を開始する。

彼女は本当にストイックだ。ステージに立つ姿だけでなく、日常や練習の立ち振る舞いからもスクールアイドルや大好きに対する熱意が伝わってくる。

 

「悪いな。あれこれ口出す割には具体的な解決案は出せなくて」

 

「いえいえ! そんなことはありませんよ! ステージに立つ以上、客観的に自分のパフォーマンスを評価してくれる人がいるのは大切なことですから!」

 

要望があるのなら応えるが、実際に力になれているのかと問われれば自信は持てないのが事実だ。だからこう言って貰えるだけで幾分か安らぐものがある。

 

「それに、瀬良さんはちゃんと私達のやりたいことや伝えたいことを理解してくれますから……だからこそ、皆さんもあなたに意見を求めてるのだと思いますよ」

 

「……そんな大したもんじゃないよ」

 

「あれ? もしかして照れてますか?」

 

「うっさい。余計な口叩いてないで練習しろよ、時間も無いんだし」

 

「はーい」

 

同好会(ここ)での日々は、久しく遠ざけていた感覚を呼び戻す。

 

何の義務も、憂いも、気兼ねもなく、ただ純粋に目の前の今へと心を下ろす、朗らかな時間。

 

重ねてはいけないと知りつつも、渇いた記憶が側近の熱に面影を求めてしまう。

 

「あの……せつ菜先輩」

 

妙な気分から脱するべく振った頭に届いた声が一つ。

 

「かすみさん……? どうかしましたか?」

 

「練習中にすみません……ちょっと、お願いしたいことがあって」

 

先日に別れたきりであったかすみがスタジオのドアから顔を覗かせていた。しおらしさすら感じる様にはまだ違和感が残留していた。

 

普段ならもっと無遠慮に踏み込んできそうな少女だ。やはりまだ引き摺っている部分があるのかもしれない。

 

「構いませんよ。出来る範囲にはなりますが、精一杯力になります!」

 

幾分か柔らかさを増した表情で応じるせつ菜の反面、雄牙の胸にはざわつくものがあり。

 

直後にそれは、結果として現れることとなった。

 

 

***

 

 

「私のステップを、ですか……」

 

「はい。ダンスの基礎ならやっぱり、せつ菜先輩が一番だと思ったので」

 

戸惑い気味に零されたせつ菜の反芻にかすみは首肯する。

 

練習中であった彼女にかすみが切り出したのは、パフォーマンスの基礎となるステップを教えて欲しいという要求だ。

 

このステップの刻み方一つでパフォーマンスの印象というのは大きく変わる。だから、これまでせつ菜とは正反対とも言えるスタイルを確立していたかすみの希求の意味を、彼女はわかっている筈だろう。

 

「まあ、少し教える分には構いませんが……その……」

 

せつ菜は語末で何か言いたげに口元を開閉し、やがて噤む。

 

自分でも卑怯な手を使っている自覚はある。

 

以前同好会が分裂した一件について、せつ菜が未だに負い目を覚えていることはわかっていた。最も彼女に反発したかすみに対してはより深い罪悪感となっていることも。それが故に、今回の件で最もかすみを気に掛けてくれていたのも何となく察している。

 

だから、かすみの言動の意図がわかっていても強く出てくることは無い。それを理解した上でこうしている。

 

ある種のトラウマを利用するような行為の代償は甘くない。針で刺すような痛みが胸の内に生じるが、仕方のないことなんだと己に言い聞かせた。

 

「……一応、理由聞いてもいいか?」

 

夜を乗り越え、立派にパフォーマンスする姿を見せられればこの痛みも消えてなくなる筈。そんな都合のいい妄想は、挟まったもう一人の先輩の声によって阻まれた。

 

「理由も何も、自分にないものを持ってる人から学ぶのは当たり前だと思いますけど」

 

「や、まあそこに関しては概ね同意だけど……」

 

割って入った雄牙は、どうしてかせつ菜よりも深刻味を帯びた色を含ませて続ける。それどころか怒っているようにも見えた。

 

「流石にわかってない訳ないとは思うけどさ、お前と優木じゃパフォーマンスのスタイルがまるっきり違う。下手に優木を真似てあれこれ取り入れたところで噛み合うとは思えないし、それこそパフォーマンスとして崩壊しかねないだろ」

 

「……つまりなんですか」

 

「予備予選でのライブに取り入れようと思ってるなら、やめとけって話だ」

 

図星を刺され、思わず目線を外す。

 

少し気が逸ったか。やはりせつ菜が一人でいるタイミングで声を掛けるべきだったと失策を呪う。

 

けど既に匙が投げられた以上退くことは出来ない。

 

「別に、どうしようと私の自由じゃないですか。私はせつ菜先輩のパフォーマンスに参考になる部分があると思ったから―――、」

 

「そうか? ただ闇雲にあれこれと手ぇ出してるようにしか見えないけど」

 

かすみの言い訳を遮ってまで押し通してきた声は重い圧と語気を纏っていた。

まるでかすみの意志など耳を傾けるまでもないとでも言いたげな態度。途端に煮え立つような反感が生まれ、即座に表へと顔を出しては食って掛かる。

 

「だったら何なんですか? それでパフォーマンスが良くなるなら越したことはないですよね?」

 

「お前、自分がやろうとしてることの難しさわかって言ってんの? この短期間で正反対のパフォーマンスを一つに落とし込むなんて優木とか朝香先輩でも出来ねぇし、スタイルそのものを変えるってんなら猶更だ。寝言抜かすにしても自分の実力理解してから言えよ」

 

「っ……!」

 

「ちょっ……瀬良さん……!」

 

ぴしりと、抑え込んでいた何かに亀裂が走った。滾る憤怒の溶岩が噴火までの秒読みを開始したのがわかる。

 

落ち着けと横目にせつ菜の表情を伺うが、逆効果に終わった。口には出さないものの、概ね考えていることは雄牙と同じという顔だ。それが最後の引き金となって。

 

「あーもうわかりましたよッ! だったら先輩達には頼らないのでいいです!」

 

可愛さどころか醜さすらある怒声が小さな身体から吐き出される。

もう自分でも何がしたいのかわからなくなって。ぐちゃぐちゃになった感情のまま、かすみはその場から駆け出していた。

 

 

***

 

 

思い切り叩き付けられたドアの鳴らす残響も落ち着いた頃。

 

「……流石に、今の言い方は私も腹が立ちましたよ」

 

「……ごめん」

 

直前まであった藹々とした空気感は、一人の少女の来訪によって変わってしまった。

 

いや、他人のせいにするな。この状況を生み出したのは紛れもなく雄牙。それは抑揚を殺したせつ菜の声音も証明している。

 

「謝るなら私じゃなくかすみさんにどうぞ……すみませんが、片付けだけお願い出来ますか?」

 

「……わかった」

 

かすみを追うつもりなのか、手早く荷物を纏めたせつ菜はすぐに戸口の向こうへと駆けていく。

残されたのは雄牙ただ一人。静寂は嫌いではなかったが、今この時ばかりは息苦しかった。

 

『……お前、かすみに対してはやけに厳しいよな』

 

「だってムカつくし……」

 

『まあ、確かに俺もあんまり得意なタイプじゃないけどさ。……でもなんと言うか、今のお前の苛立ちは、()()じゃないだろ。俺にはもっと、こう……少なからず、そんな単純な言葉で言い表せるようなものには思えなかったぞ』

 

「……」

 

こう、曖昧な情動が曖昧なまま伝わってしまう時が一番面倒くさい。他でもない自分自身が()()であると知ってしまうから。

 

明確に言語化していないのならそれでいいのに。知覚すれば向き合わざるを得なくなる。ぼんやりと、そのままに置いておけば綺麗なままで終わるじゃないか。

 

『多分、せつ菜はなんで雄牙がああしたかわかってる。だから強くは責めなかったんだろうさ。……けど、今のは間違いなくお前が悪い』

 

世界は留まることを許そうとしない。せつ菜も、タイガも。進むことを雄牙に強要してくる。目の前にあるのは仁徳で舗装された一本道だけだ。

 

『……お前が不器用なのは、知ってるけどさ。それでも傷付けてしまったなら、わかってる奴に任せっきりにするのはダメだ。ちゃんとお前なりに噛み砕いて、形にするのが果たすべき責任だと思うぞ』

 

どうせなら、思いっきり責められた方が楽だったというのに。二人していやに優しいのが本当に居心地が悪い。

 

背中を押しているつもりなのだろうか。だとしたら余計なお世話だ。楽だとか綺麗だとかそれ以前に、この感情は曖昧なまま留めて置きたいというのに。それが雄牙の意志だというのに。

 

「責任、ね……」

 

吐き出しかけた想いをどこかへ流すように、短く零した声が淡く、溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かすみさん」

 

遠くへと行ってしまいそうな背中を追い駆けた。

 

スタジオから外部への通路が基本一本道であるというのが幸いしたか。建物の外へと飛び出してすぐの場所にその姿はあった。

 

酷く傷ついて見える彼女へ寄り添うように、せつ菜は蹲る隣へ腰を下ろす。

 

「……何か用ですか」

 

「きちんと、お話すべきだと思いまして。かすみさんについて」

 

手が震えるが、決して声には出さぬよう努める。想起されるのは片時だって忘れたこともない、全てを壊してしまった日の景色。

 

同じことを繰り返すだけかもしれない。また衝突して終わってしまうかもしれない。

 

でも誰かを傷付けたくないのなら、それ以上に傷付けることを恐れちゃダメなんだ。かつて自分を救ってくれた人達に、そう教わったんだから。

 

「あの言い分については瀬良さんが悪いですし、かすみさんが怒るのも仕方のないことだと思います。……けど、あの人は自分の好きに対して不器用過ぎるだけなんです。だから……」

 

「……そんなこと伝えるために追い駆けてきたんですか」

 

「まさか……ただ聞きそびれたことを聞きに来ただけですよ」

 

切り出した話題は沈黙で返された。肯定か拒否かなど図る術はせつ菜にない。けどどうであれ、踏み出した以上は進むしかないんだ。

 

「教えてくれませんか。かすみさんが私のパフォーマンスを取り入れようとした、本当の理由を」

 

決して逸らされぬよう、真っ直ぐに見据えた目線をかすみに固定する。

一度は逃げようと焦点が泳ぐものの、すぐに不可能であると悟ったのか。やがて観念したようにかすみは語り出す。

 

「……パフォーマンスのスタイルをから変えてみようかなって思ったんです。今の私のスタイルじゃ、通用しないってわかったので」

 

「だから私に?」

 

「……はい。身近な人で一番人気があるのはせつ菜先輩なので。なにか参考に出来ないかなって」

 

薄々勘付いてはいたが、こうハッキリと言語化されたものを本人から伝えられるとやはり戸惑いはあるものだ。

 

それも、せつ菜と衝突するまでに己のスタイルに確固とした意地を持っていた筈のかすみから、ともなると。

 

「……厳しいことを言うと、正直、安直過ぎると思います。パフォーマンスは人それぞれに向き不向きがあるので。慢心する訳ではありませんが、私の真似をしたところでかすみさんも同じようにいくとは思えません」

 

「じゃあ私に向いてるパフォーマンスってなんなんですか」

 

「私の見る限りでは、今までのスタイルがそうかと」

 

「でも通用しなかったじゃないですか! それじゃダメだったんですよ……それじゃラブライブで勝てないんですッ!」

 

以前の自分の写し鏡のように、荒んだ声が返される。

 

本当に、今のかすみは何もかもを見失ってしまっている。何がこの短期間でここまで彼女を追い詰めてしまったのかはわからないが、それだけは確かだ。

 

これまでかすみが見せてきた、かすみの理想の本質は、そこには存在しない筈なのに。

 

「本当にそれでいいんですか……? それが本当にかすみさんの望むことなんですか?」

 

「……せつ菜先輩は自分が応援してくれるファンの人がいるからそう言えるんです。私みたいになったら、先輩だって絶対……」

 

「……かすみさんにだっているじゃないですか」

 

きっと、今伝えるべきことでは無いのだろう。でも我慢がならなかった。

 

こんな簡単に捨ててしまえるのなら、()があんなに怒った理由はどこに消えてしまうんだ。

 

「すぐ近くにいるじゃないですか! かすみさんが気付いていないだけで……あんなにもスクールアイドルとしての中須かすみを好きでいてくれる人が! それを―――、」

 

 

 

「レディがそう、声を荒げるものではありませんよ?」

 

 

 

風のように流れ込んでくる声。

思わず口走りかけた吐露を遮ったそれが幸運であったかどうかは定かではない。

 

けど少なからず、その声の主は不吉を齎す存在であると、せつ菜の脳は全力で危険を叫んだ。

 

「あなたは……!」

 

距離を詰めてくる白と黒の悪魔に思わず後ずさる。

 

見紛う筈もなかった。トレギア……いつだかの会話で雄牙がそう呼んでいた男の姿が、前触れもなくそこに現れていた。

 

「やあ、先日ぶりだね。私のことは覚えていてくれたかい?」

 

また自分を嘲りに来たのかと身構えるものの、すぐにその対象が他者にあると理解する。

 

瞬間に全てが繋がる音がした。もしかすみの迷走の裏に、この男が関わっていたとするのなら……、

 

「本来、私自身が直接答えを指し示してしまうのは好きではないのだけれどね……私がより深い混迷に誘ってしまったのなら忍びない。だからここは一つ、私が可能性を示してあげよう」

 

「かすみさん! 逃げッ―――、」

 

言い切るよりも早く。

 

マリオネットを引くように虚空を揺蕩った腕の動きに乗り、かすみのポケットから浮上した指輪が妖しく光り―――膨れ上がった。

 




絶対ライブの後に投稿するような話じゃない件

相変わらずの戦犯ムーブかましてますが本作の主人公は彼です()

けどそれはせつ菜やタイガ曰く、雄牙なりの「好き」があるからこそという話。面倒くささ全開ながらも雄牙が示す好きの正体とは……

そんでまあ変態仮面に関してはお約束ってことで
一旦後編で区切りましたが次回以降も続きますよっと


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43話 それでも私は夢を見る 前編

殆ど戦闘の回だと進むのが早い早い……


 

《ウルトラマンタイガ!》

 

『シュアッ!』

 

海上を渡り、商業施設の連なる地帯へと移動する黒の巨獣を視認するや否や、タイガへと姿を変えた雄牙は飛び立つ。

 

宙返りを重ねた後、踵を落とす形で怪獣の頭部へと強襲。それ以上の進軍を阻むように眼前へと立ちはだかった。

 

「ギマイ、ラ……!?」

 

向き合い、その正体を察した身体に悪寒と衝撃が走る。

 

全身を覆う激しく隆起した棘を備える鱗に、頭部から伸びる巨大な一本角。そして他の怪獣よりも大きく見開かれた双眸が生み出す風貌は、獣の形を成しながらも悪魔を思わせるような凶悪さを秘めていた。

 

 

―――――吸血怪獣(キュウケツカイジュウ) ギマイラ

 

 

E.I.G.S.結成以降の日本にて、特に大きな被害や悲劇を齎したとされる三大怪獣災害。奴は内の一つに数えられる厄災の元凶となった怪獣だ。

 

だが後年の研究で宇宙怪獣、つまり地球にとっての外来種であると判明し、恒常的に脅威を齎す存在ではないとされた。それが再び出現したとなれば……、

 

「別の個体が宇宙から来たのか……」

 

『もしくは誰か使役してる奴がいるか、だな。ギマイラは怪獣の中でも特に知能が高い。食事目的で星に降り立つ時は、反撃を嫌って人口の多い場所は避ける傾向があるんだ。なのにコイツはこの場所に現れた……妙だと思わないか』

 

以前ギマイラが出現したのは内陸から離れた位置にある離島だった。そこで島民達を掌握して吸血を続けていたと巨大生物読本に記載されていたのを覚えている。

 

補給が目的ならば餌となる人間が多く存在する都心部に降り立った方が効率的ではないかとは思っていたが……確かにタイガの言う通りなら合点がいく。

 

「仮にそうだとしても……扱えるのか? ギマイラを……」

 

『さあな。けど、魔王獣を複製するような奴がいるくらいだ。ギマイラを侵略や商売に使っていてもおかしくない』

 

ヴィラン・ギルドか、将又トレギアなのか。そもそも管理下にある怪獣なのか野生個体であるのかすらもまだわからないが、放置してはおけない存在であるのだけは確かだ。

 

目指すは一刻も早い駆除。同じ悲劇を繰り返さないための抗いだ。

 

『ッッッ――――――!!!』

 

『ぐあっ……!』

 

先制で仕掛けた攻撃は、噴射された純白の靄によって阻まれる。小規模ながらも表皮を伝う爆発の刺激がタイガの身体を後方へ誘った。

 

揮発性の高い化合物を体内に備えているのか、ともかく出鼻を挫かれた。すぐ反撃に転じなければギマイラのペースとなってしまう。

 

『˝ハンドビーム˝ッ!』

 

後転で爆風の勢いを流しつつ、起き上がり様に突き出した手先から光弾を連発。距離を詰めようと上体を傾けたギマイラを牽制する。

 

だが奴は止まらない。乱雑に振るった両腕でハンドビームを撃ち落としては棘塗れの巨体で強烈なタックルをお見舞いしてくる。

 

『ッッッ――――――!!!』

 

『があァァァッ……!』

 

相対する巨人を薙ぎ払っても尚ギマイラの攻撃が緩まることは無かった。頭角に赤白い紫電が集約していったと思えば、次の瞬間に巨大な雷と化してタイガへと打ち付けられる。

 

尋常ではない熱量と痛みが全身を襲う。痺れこそ存在しない筈なのに、純粋なダメージが身体の自由を奪っていくようだった。

 

「これ、がっ……ギマイラ……!」

 

文献資料から想像していたそれとは圧倒的にレベルが違う。オグリスの変身した個体ではない、純粋な怪獣にここまで一方的に押されるのは初めてのことだ。

 

「タイガ……光の国になんかコイツの資料とか無かったのか」

 

『ギマイラは強力な分そもそもな接敵数が少ないからな……昔80先生が戦った時の話は聞いたことはあるけど、正直この状況で有益になる情報は無い』

 

地球においてもギマイラは離島での出現であったためにそもそもの目撃例が少なく、雄牙のような一般人が知り得る知識も限られてくる。

 

手数も生態も、わからないことが多すぎる。ただ一つ凶悪な怪獣だという事実だけが独り歩きし、加速するばかりの焦燥を後押ししていた。

 

『とにかくパワーじゃ勝てない。まずはヒットアンドアウェイで奴の体力を削るぞ』

 

再度に迫った轟雷を跳躍で回避し、飛び蹴りの形で肉薄する。

しかし追撃を仕掛けることはせず、頭部ごと振り下ろされた一本角の気配を察知してはすぐに距離を取った。

 

『˝ウルトラフリーザー˝ッ!』

 

飛び退く傍らに吹雪かせた氷の礫を鬱陶しそうに振り払うギマイラ。海面ですら一瞬で凍結させる冷気を受けてなお怯まないタフネスは驚愕だが、それでも隙が生まれない訳じゃない。

 

『おおおぉぉッ!』

 

開いた懐へ潜り込むと一気にラッシュ。打ち出した両の拳が連続でギマイラの鳩尾へと沈む。

 

これには流石の奴も応えたか。蹲るように下げられた側頭部を狙って上段踵蹴りを見舞う。

 

が、

 

『なぁッ……!?』

 

直撃を確信した筈の一撃は空を切り、身体の回転と共に流れる視界が上体を仰け反らせたギマイラの姿を視認する。

 

躱された? あの状態から反応して回避に移ったのか?

 

いや違う。頭部の比重が大きいギマイラにはこんな芸当狙っていなければ出来ない。

 

奴はこちらが戦法を切り替えたのを察し、敢えて攻撃を受けることでタイガの隙を誘ったんだ。

 

『ッッッ――――――!』

 

『あぐァっ……!』

 

横一文字に奔った大木の如き尻尾に足を払われ、腰から地面に激突。更には間髪なく繰り出させる蹴りや頭突きがタイガの身体をかち上げ、ゴロゴロと地面を転がされる。

 

反撃に転じるどころか、満足に防御を取る余裕すらも与えてくれない。直前の攻撃誘導といい、コイツはこの短期間でこちらのテンポを見切りつつあるんだ。

 

知能が高いとは言うがここまでか。原始的な生存本能や闘争における判断力に関しては人間の遥か上を行っている。

 

この怪獣……想像よりも数段ヤバい。

 

『クソッ……˝ストリウムブラスター˝ッ!』

 

苦肉の策で光線技を放ち、強引にギマイラを押し戻す。しかし殆どエネルギーを集約出来なかった一撃では奴の肉体を破壊することは叶わず、ただ力ない黒煙を着弾部位から昇らせるだけに留まってしまう。

 

当然、ダメージの点で見てもたかが知れている。刹那には一向に怯む様子を見せないギマイラの瞳がその殺意の鋭さを示すように見開かれた。

 

『ッッッ――――――!』

 

『な、んッ……!?』

 

咢までが大きく開口され、奥より飛び出した黒い何かがタイガの身体を絡め取る。

 

「舌……?」

 

『何だよこの長さ……外れねぇ……!』

 

猛烈に締め上げてくるのはギマイラの舌だ。ただ既知のそれとは大きく形状が異なり、奴の体長を何倍も上回る長さに加えてその先端は無数に枝分かれしている。伸縮自在に動き回る様は最早触手だ。

 

『うおぉッ!?』

 

おまけに力までも強いと来た。ギマイラの意志に従って動く舌は容易くタイガの身体を持ち上げ、付近にあった建物へと叩き付ける。舞い上がった瓦礫と粉塵が容赦なく降り注いでくる。

 

更には―――、

 

『ッッッ――――――!』

 

『がっ……あああアァァッッ……!』

 

舌先からも放電が可能なのか、全身を駆け巡った落雷の衝撃が体力を奪い取る。

 

遂には点滅を始めたカラータイマーが差し迫る敗北へのカウントダウンを刻んだ。早く切り抜けなければならないというのに、拘束された身体ではまともに抗うことすら叶わない。

 

「こうなったら……!」

 

この状況では光線技で打開を図ることも出来ない。となれば残された手段は一つ。

 

《タイタスレット!》

 

《コネクトオン!》

 

唯一自由が利くインナースペースの中で読み込んだブレスレットがタイガに膂力を与える。

 

自由を奪う舌を賢者の加護で強引に突破し、引き戻される前に掴み取っては奴の身体ごとぶん回す。遠心力も加わった勢いのままに投げ飛ばされたギマイラがお台場の海に着弾した。

 

「あ、ぐっ……!」

 

『マズイ……もうエネルギーが……!』

 

ようやく決定的なチャンスを得たというのに、ただでさえギリギリの状況で行使したタイタスの力は残された余力を根こそぎ掻っ攫ってゆく。

 

膝を折る間にもギマイラは再度上陸し、衰えのない剣呑さを双眸に宿している。

 

いよいよ万事休すか。一歩、また一歩と迫る脅威を前に拳を握った。

 

『なんだ……?』

 

だがギマイラはタイガにトドメを差すことはしなかった。

それどころか突然侵攻を止めたと思えば、全身から宇宙の混沌を凝縮したかのような濃霧を発生させ始めたのだ。

 

「ッ……! マズッ……!」

 

雄牙がその意図に気付いた時には既に遅い。

 

地表を覆う霧は瞬く間に魔の手を伸ばし、お台場の街を白に染め上げていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「けほッ……えほっ……!」

 

呼吸器に入り込んだ異物に反応した身体が咳込み、暴れ狂う怪獣から離れようとする足を止めてしまう。

 

近くで火災でも起きたのかと一抹の不安が頭を過るが、直後にそれ以上の驚愕によって上塗りされる。たった今辺りを包み込んだ霧は、ウルトラマンを圧倒する怪獣を中心に広がっていたのだから。

 

「かすみさん……! だいじょ―――けほっ……!」

 

手を引いてくれていた筈のせつ菜の姿も声も、白の中に消えてしまう。全てが覆い隠された世界の中で漆黒の悪魔の咆哮だけが轟き続けていた。

 

そもそもどうしてこんなことになったんだ。

 

突然のこと過ぎて詳細に覚えている訳ではないが、記憶が正しければあの怪獣はかすみの持っていた指輪が変化したものだ。

 

元々の持ち主はかすみではないが、持ち歩きさえしなければこんなことにはならなかったのではないか。そんな憂いが頭を過る。

 

「私の……せい……?」

 

「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える」

 

震える声音で零した一言に返す綴り。

現れたのはこの純白の中でもハッキリと視認できる黒の穢れだった。半身のみが存在しているような不気味な揺らめきに、かすみは先刻の光景をフラッシュバックさせる。

 

「ひっ……こここ来ないでくださいぃぃッ……!」

 

「おやおや、随分と嫌われてしまったらしいね」

 

この濃霧の中でどうやってかすみを見つけたのか。何故顔色一つ変えずに立っていられるのか。湧き上がる筈の疑問は全て恐怖によって上塗りされる。

 

怪獣と化した指輪をかすみに授けた張本人。間違いなく人間ではないであろう男は、微塵も裏側を伺わせない笑顔を張り付けたまま歩み寄ってくる。

 

「怖がることは無いさ。あの夜も言ったが、私は君の味方だからね」

 

「だったらどうしてこんなことするんですかぁ!」

 

「何を言うかと思えば……。これは他でもない、君のための催しだよ」

 

「はい……?」

 

言っている意味が分からない。

こんな、街を混乱させて、日常を壊して、皆を怖がらせるだけの所業のどこがかすみのためになるというんだ。

 

「……すぐにわかるさ」

 

変化があったのはこの直後。

男の声に乗り、沿岸より吹き込んだ潮風が少しずつ霧を晴らしてゆく。

 

「せつ菜先輩……!?」

 

異物が取り払われた世界では、尚も異様な光景が続いていた。見失っていたせつ菜の姿を確認し安堵したのも束の間。ふらふらとした足取りで彼女が向かっていたのは、あろうことか怪獣が佇む方向だったのだから。

 

「何してるんですかせつ菜先輩……せつ菜先輩ッ!」

 

直前の恐怖も忘れ思わず制止に入るも、自分の見知ったせつ菜に戻る気配はない。

情熱的が過ぎて暑苦しさすらあった瞳は今や光を失った虚を映し、意思を持たない傀儡と化してしまっている。

 

しかもせつ菜だけじゃない。周囲に見える人影は皆一様に彼女と同じ目をし、怪獣の元へ歩を進めているじゃないか。

 

「先輩に何したんですか……やめてくださいよこんなの!」

 

「本当にその必要があるのかなァ。君が無自覚なだけで、これは君自身の望んだ光景だというのに」

 

「そんな訳ないじゃないですかッ! 誰がこんなの……」

 

「指輪が君に応えたんだ。どれだけ受け入れ難くともこれこそが君の本心だよ」

 

否定も意味を成さない。ただより深く男の声が入り込んでくる隙を作るだけだった。

 

「憎かったんだろう? 君の在り方を認めない全てが。自分を差し置いて理想へと進む奴等が……ギマイラは、そんな君の心そのものだ。君が憎む悉くを消し去るまで止まらない」

 

どす黒いものが広がっていくのを感じ、決して見失わないようにと、かすみは己の心を抱き留める。

 

そうじゃない。そんな訳ないと自らに言い聞かせる傍らで、徐々に男の気配が遠ざかっていった。

 

「枷が消え去り、望む世界を手に入れた君が何を成すのか……見届けさせてもらうよ」

 

消し去り難い、悪魔の響きを残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人が……!」

 

『コイツ……他の生物を操れるのか……?』

 

霧が街を包んだ直後、引き寄せられるようにして集まってきた人々の姿を視認した雄牙は滝のような汗を滲ませる。

 

十中八九ギマイラの仕業であろうが、何故こんな真似を。その疑念の答えは低く唸りを鳴らしたままの奴の眼光が物語っていた。

 

『人質ってことか……』

 

「どんだけ姑息なんだよコイツ……」

 

単純な戦闘能力で既にタイガを圧倒しているというのに、その上で人質すらも取る狡猾さは最早怪獣の域を逸脱しているとすら思える。

 

エネルギーは既に尽きかけ、迂闊な抵抗すらも取れなくなった。

 

異様な速度で悪い方向へと進んでいく事態へ果てしない焦燥を覚えながら、タイガと共に肩を上下させる。

 

どうすればいい。

どうすればこの状況を打開出来る。

 

『ッッッ――――――!』

 

『ぐううぅぅッ……!』

 

模索を繰り返すも解は出ず、差し込まれた雷撃にただただ吹き飛ぶ。加速するカラータイマーの点滅が殊更に平静を奪った。

 

『―――˝タイタスプラネットハンマー˝ッッ!!』

 

辛うじて立ち上がりはするものの戦う力など残されてなく。

トドメを待つだけかと思われたタイガを救ったのは、真上から降り注いだ星の大槌だった。

 

「タイタス……!」

 

『ギリギリ間に合ったな……対応が遅れてすまない』

 

君臨と同時に強烈な一撃をお見舞いしたタイタスは、そのままギマイラを脇に抱えて抑え込む。

 

タイガを圧倒した奴と言えど、流石に単純な力勝負ではタイタスに分があるか。一時的とはいえギマイラを拘束した彼は雄牙達へ声を張り上げた。

 

『ギマイラの霧が人々を操っている……そうだなタイガ!』

 

『……ああ。人質ってことらしい。迂闊に動くとマズい』

 

『問題ない。既に手は打ってある!』

 

タイタスの背後で昇る蒼の光。

それがフーマであると理解するや否や、彼は上空で軌跡を描きながらの旋回を始める。

 

『セエェェイヤッ!』

 

空気の流れを感知したのは直後のこと。

猛烈な速度で回り続けるフーマの勢いが気流を生み、遂には竜巻が如しつむじ風となって地表に吹き下ろされる。

 

『……っと、一丁上がりよ。こんなモンでいいか旦那』

 

やがて全ての白が上空へと運ばれた頃に降り立った蒼の巨人。

 

立て続けに現れた敵性生物の姿に不利を悟ったのか、途端にギマイラは全身から眩い発光を始め―――、

 

『……逃げたか』

 

『チッ……嫌な方向に賢い奴だぜ』

 

どうやら地中へと逃走したらしい。直前まで奴を抱え込んでいたタイタスの足元には隆起した土の山が形成されている。

 

一先ずの脅威は去った、と捉えていいのだろうが、それでも暫くは油断出来ない状況と考えるべきだろう。

 

『追跡したいところではあるが……人々の安全を確保するのが先決か。君達も手伝ってくれ』

 

「あ、ああ……うん」

 

付近には未だ胡乱の中にある人々が多くいた。一歩下手を踏めば纏めて蹂躙し、その命を奪ってしまい兼ねないほどに。

 

巨人としての肉体を解く傍らに見えた景色が、いやに胸を抉るようだった。

 




ギマイラ、かなり好きな怪獣なので盛りに盛ってしまった……
軽くネタバレですが次回以降も相当暴れます()

対して中須のかすみんは事案おじさんに粘着されてさあ大変。無事に収集つかなくなってますがあと二話で収まることを祈りましょう


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44話 それでも私は夢を見る 中編

グリッドマンユニバースとか楠木さんとか林さんとか色々言いたいことはあったのに一か月更新してなかったせいで何にも触れられなかったです。

やはり就活はクソ。


 

 

「レーダーの反応からして、今ギマイラは青海埠頭辺りの地中に潜んでるみたいだね」

 

『……そこまでに深くまで潜ってないな。これなら地底貫通弾でやれるんじゃないのか』

 

「バッカ。何べんも言ってるけどあの一帯は埋立地! 地盤が緩いの! そんな場所で地底貫通弾なんか使ったら海に沈むっての!」

 

『でも浅い位置にいるのは確かなんでしょ? だったらダイナマイトでちょっとずつ掘り進めていくのとかは?』

 

「あー、発破工事みたいな感じに、ってことっすか」

 

「ほぼほぼ逃げられると思うし、よしんば地中に炙り出せても対抗策がなぁ~……」

 

 

 

 

 

 

「ん……ぅ……!」

 

風のように流れる複数の声が意識を覆う靄を吹き払ってゆく。

次に感じたのは全身を包む柔らかな感触。遅れて自分の身体が布団の中にあることを理解する。

 

「せつ菜ちゃん……!」

 

「……おはよう、せつ菜。無事でよかったわ」

 

「みなさん……?」

 

ゆっくりと開いた眼が映す殺風景な白い天井と、それらを彩る仲間達の顔。皆一様に安堵を含んだ表情を作り、横たわるせつ菜へと視線を注いでいた。

 

「おん……? お、起きた起きた。ゴメンちょっと通信切るね」

 

保健室かどこかで眠ってしまったのだろうか。だがそんな覚えはない。そもそも直前までの記憶が曖昧だ。

 

何があったのか。今自分はどんな状況にあるのか。双方の答えを求めたせつ菜が次に取ったのは、自身に向けられた聞き覚えのない声の主が誰であるかを確かめることだった。

 

「E.I.G.S.の……」

 

「ん、認識能力はハッキリしてるみたいだね。これなら特に心配は無さそうかな」

 

同好会の仲間達を掻き分け、顔を出した女性の姿は見知ったものだった。だが決して見慣れたものでも無ければ親しいものでもない。

 

頻発する怪獣災害や宇宙人犯罪の脅威から人々を守る防衛組織―――E.I.G.S.の一員であると、ジャケットに刻まれた翼が示している。

 

「あの霧は意識障害を引き起こすからね~。時間が経てば治る症状ではあるんだけど、君は結構な量を吸い込んじゃってるみたいだから一応検査だけさせてね」

 

「あ、えっと……」

 

「未央先輩。状況を説明してあげるのが先っスよ」

 

続いてきた男性隊員とも視線が重なる。こちらとは一度面識があったか。

 

瀬良遥也。確か、雄牙の従兄に当たる人物だったか。

 

「えっと……せつ菜ちゃん、だよね? さっき怪獣が出てきたのは覚えてる? 簡単に言うと、君はその怪獣のせいで意識を失ってた訳なんだけど」

 

「怪、獣……」

 

遥也の言葉を復唱した直後、痛みとも言い難いような鈍い感覚が頭に走る。同時に晴れた靄の向こうに存在していたのは、白黒の道化が齎した悪夢のような時間だった。

 

「ッ……! かすみさんはッ!?」

 

「わわっ……急に起き上がったら危ないよせつ菜ちゃん」

 

今は自分のことはどうでもいい。それよりも彼女のことだ。

 

現実に苦しめられて、それを悪魔に増長させられて、今世界で最も苦しんでいる筈の、自分のもう一人のヒーローはどこにいる。

 

「大丈夫。無事だから安心して。ただ、あの子も君と同じ場所にいたから、少なからず霧の影響は受けちゃってるみたい、なんだよな」

 

遥也が目線を流すと、それに従ってせつ菜のベッドを囲うように集まっていたメンバー達が数歩立ち位置をズラす。開けた視界の先にいたのは紛れもないかすみの姿だ。

 

ただいつもの彼女とはまるで違う。活気も、可愛らしさも著しく削がれ、衰耗して見える様子は別人のようにすら思えてしまう。

 

「けど、ちょっと症状が他の人達と違うんだよね。成分の効き方とかにも個人差とかあるのかな……」

 

違う。霧にどんな影響があるかなんて詳しくは知らないが、今のかすみは悪意を持って傷付けられたからこそああなってしまっているんだ。

 

「まあでも、雄牙くんが見つけてくれてなかったら危なかったのは確かだよ。改めてありがとうね三人とも」

 

「……情けない大人でゴメンな」

 

「いえいえ! そんなことは……」

 

「俺等も、そんな大層なことは出来てないっすよ。今回のも偶然見つけられただけです……むしろ、一般人が勝手な真似してすみませんでした」

 

「君等は人が出来てるねぇ~……お姉さん感心だよ……!」

 

会話からして、自分達を助けてくれたのは同好会の男子三人組らしい。意識を失う直前にタイガが怪獣と交戦を開始したのも思い出した。恐らくはその際に自分達に気付き、後で二人を連れて捜索に来てくれたのだろう。

 

「そう、だったんですね……ありがとうございます」

 

「まあ……大丈夫ならよかったよ」

 

せつ菜からも改めて礼を伝えた雄牙の表情は、かすみに次いで影を差していた。瞳に渦巻く黒の感情の波が激しすぎて、思わず目を逸らしてしまう。

 

「それより未央さん。ギマイラは……」

 

「……さっすが、アイツのこともちゃんと知ってるんだね」

 

その理由を問うまでも、考える間もなく雄牙の目線は怪獣退治の専門家達へと固定される。

 

「……そろそろ報道されてる頃じゃないかな」

 

答える代わりに、未央は手持ちのタブレットに夕方のニュース番組を映すことで応じる。何の意図が、と一瞬思案するが、そんなものはすぐに薙ぎ払われていった。

 

『―――本日午後四時頃、東京都港区台場に怪獣が出現しました。ウルトラマンとの交戦の後、一度は逃走する様子を見せましたが、六時頃になって活動を再開。現在青海エリアを中心に霧状の物質が広がっているとの情報です。またE.I.G.S.によるとこの物質は―――』

 

「え……」

 

絶句する。

普段よりも起伏の乗ったアナウンサーの声に乗って伝えられる情報。そして背景となる中継映像が齎す衝撃はまるで現実のものを見ているとは思い難い。

 

自分達の学び舎、練習場所、遊んだ施設など、たった数ヶ月ながらも確かに友情を育んできたお台場の街は、一面をあの悪魔の霧によって閉ざされてしまっていたのだ。

 

「……アイツ、ここで巣を作り始めたんだよ。だからああやって霧を張って、自分にとって都合の悪い奴を遠ざけようとしてる。私達とか、ウルトラマンとかね」

 

せつ菜は怪獣には明るくない。けど、今自分達の街で起きているこの現象が近年でも類を見ないほどの大災害と化そうとしているのはわかる。

 

「あーあ、こりゃ学校もすっぽり危険区域内か。良かったな朝香、しばらく授業ないぞ」

 

「そうね。座学が無くなると思えば気が軽いけど、それ以外が重すぎて喜ぶ気になれないわよ。これじゃあ練習も出来ないし」

 

「……仮に練習出来たとて無駄になりそうだけどな」

 

「……どういうこと?」

 

意味深に零した昂貴に全員の視線が集約すると、彼もまた手持ちの端末を自分達に向けることで答える。

 

画面が小さく鮮明に全てを読み取ることは出来ないが、それでも並べられた文字列がここにいる者達にとっては悲劇も同然であることはわかった。

 

「……ラブライブ、このままじゃ中止になるかもしれねぇってよ」

 

「え……?」

 

カタ、と。靴底が床を叩く音。

 

「どういう……ことですか。中止になるかもって……」

 

か細い手を震わせながらかすみが昂貴へと詰め寄る。

 

小さな身体から醸しているとは思えないほどの圧を伴った様に、昂貴のみならずその場にいた全員が気圧されるように後ずさりするが、数拍の沈黙の後に示された回答が彼女の足を止めた。

 

「ギマイラの出してる霧が街を包み込んでる状態、って話は今聞いたでしょ? その霧が今もどんどん広がってるんだよ。……内陸風とか諸々の要素を差し引いても、一週間もすれば東京23区を覆い尽くすかもしれない」

 

重ね掛けに告げられる、簡単に受け入れるにはあまりにもぶっ飛んでいる事実。

 

けど未央は怪獣研究学で言えばトップクラスの科学者だ。そんな彼女の知見に意を捉えられる者は、誰もいない。一介の高校生に過ぎない自分達ともなれば猶更だ。

 

「……そもそも、首都の都市機能すら麻痺し兼ねない状況だ。そんなんで傍から見りゃぁただの娯楽でしかねぇ大会を行おうって方が無理がある……最悪バッシングもあり得ると考えりゃ、妥当な判断だよ」

 

「そんな……」

 

二の句を継いだ昂貴の言葉が決定打となったのか。

力なく後退したかすみが零した、両の瞳に抱えきれないほどの絶望が床を撃ち、病室の中へ充満していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

静寂を穿った異音に目を覚ました菜々は、ゆっくりとベッドに預けていた身体を起き上げる。

 

寝ぼけ眼に映り込んだ見慣れぬ光景に一瞬戸惑いを覚えるが、安らかな寝息を立てる同好会の仲間達の顔を認識すると共に現状に至る経緯を思い出す。

 

港区や江東区、品川区を始めとする東京の臨海区に避難勧告が出されたのは、ギマイラなる怪獣が活動を再開してから程無くのことだった。

 

従って避難所となっている病院から出ることは許されず、こうして皆で夜を明かすことになったのだったか。就寝前は合宿みたいだと話していたが、用意されたソファーで身を寄せ合う少女達からは明確な疲労が見て伺える。

 

E.IG.S.が発足して以降、怪獣災害が深刻な事態になるケースは少なかった。それこそ東京で大規模な避難勧告が発令されるのも、十年前に漆黒の巨人が暴虐の限りを尽くして以来だ。平常心を保てと言う方が無理がある。

 

中にはあの記憶が呼び起こされ、恐怖に駆られてる者だっているだろう。かくいう菜々だってそうだ。家族や友人……そしてラブライブのこと。頭を過る不安は尽きない。

 

「……あれ」

 

再び眠りにつく気にもなれず、なんとなく外の景色でも眺めようと目線を流した折。見回した病室で見当たらない顔があると気付いた菜々は静かにベッドから降りる。他のメンバーを起こさぬよう慎重に戸を開いては深夜の病棟を進んだ。

 

そうして数分歩いた頃だったろうか。

 

「……病人があんまウロチョロしてんなよ」

 

「すみません。でももう検査の方は終わっているので」

 

「そういう問題か……?」

 

屋上へ続く階段を登り、扉に凭れ掛かっていた青年と顔を合わせる。髪や衣類には一切の乱れがない。恐らく一睡もしていないのだろう。

 

「……心配なら、声でも掛けてあげたらどうですか」

 

そしてそれはもう一人。

病室から消えていた顔は二つあった。片方は今隣にいる雄牙、もう片方は彼がずっと見張っていたであろう、屋上に一人佇むかすみだ。

 

「……何があったの、アイツ」

 

かすみの顔は伺えない。けれどその背中から漂う何かを察することは、全てを知っている菜々には容易だった。

 

「……多分、責任を感じているんだと思います」

 

「責任……?」

 

首を傾げた雄牙に菜々はこの事態に至った経緯を話す。

 

かすみがあの男に執着されていたこと。そして自分と同じように、情動を利用され怪獣を呼び出す糧とされてしまったこと。

 

全てを綴った先にあったのは、僅かに目を見開いた雄牙の顔だった。

 

「伝えるのが遅くなってしまってすみません。伝えようとは思っていたんですが、ずっと皆さんが近くにいたので……」

 

「……中川は悪くないだろ。むしろ……ごめん」

 

「気にしてませんよ。それより、少し付き合ってくれませんか?」

 

髪を解き、眼鏡を外したせつ菜は一歩を踏み出し、肌寒い夜風の中を進んだ。

 

電灯の消えた東京の街はぼんやりと月明かりに照らされるだけだったが、それでも立ち込める霧の濃さはハッキリとわかる。

 

この景色を眺める彼女は今、一体何を思うのだろうか。

 

「かすみさん」

 

決して力まず、自然に。努めて普段通りを装いながらかすみの傍らへと歩み寄る。

 

「隣、いいですか?」

 

言いつつ、返答を待たずに腰掛けた。

 

「少しくらい眠らないと身体が持ちませんよ。それに夜更かしは、可愛いの敵なんでしょう?」

 

やはり返す声はない。時間にして数秒にも満たない筈の沈黙が無限にも感じられた。

 

でも折れない。見えない何かが圧し掛かってくるような空気の中、せつ菜はそれを押し返すように喉奥から声をひり出した。

 

「……一人で抱え込まないでくださいよ」

 

柔らかく、それでいて擦れた響きが夜闇に溶けてゆく。

 

「私達、今はそれぞれがソロで活動するライバルかもしれませんけど……それ以前に、同じ同好会の仲間じゃないですか」

 

気持ちばかりが前のめりになって、口調が矢継ぎ早になりそうになる。いつかの過ちと重なった気がしたけれど、今はこれでいいんだ。

 

今は、伝えることが一番大事だから。

 

「……持ち切れない荷物くらい、持たせてくださいよ」

 

かすみに掛かる重圧がどれだけのものかなんて知らない。でもどうしようもない問題に孤独に向き合い続ける苦しさは知っているつもりだ。

 

だからせめて共有させて欲しい。同じ˝罪˝を背負った、唯一の者として。

 

「……せつ菜先輩がどうするって言うんですか」

 

ようやく返ってきた声には澱のような影が掛かっていた。

 

「どうしろって言うんですか……私のせいでいっぱい人が傷付いて、ラブライブも、中止になるかもしれなくて……!」

 

堰を切った感情が、押し留めていたであろう言葉を流れ出させてくる。

 

悲痛で、悲痛で、とても彼女の小さな身体には収まり切らないであろう、ぐちゃぐちゃな絶望と一緒に。

 

「皆の、目標だったのに……!」

 

ああそうだ。やっぱりあの時の自分と同じなんだ。

 

気持ちはまだ燻ってるのに、諦めなんて全然ついていないのに。それでもどうすることも出来なくて。

 

行き場を失った感情が刃物になって自分も、周りも傷付けようとしている。

 

「……言ってたんです。あの男の人が、あの怪獣は私の心なんだって。私が嫌いなものを壊す為に動いてるんだって」

 

それをあの悪魔は利用した。

 

心に付け込んで、屁理屈を並べて、かすみにそれを振り払う力が残っていないのをいいことに植え付けた悪意の種で、どうしようもないくらいに自分自身を追い詰めてしまう程に。

 

「私、ホントはこんな人間だったんですかね。上手くいかないからって皆を嫉んで、全部壊れちゃえばいいって思うみたいな―――、」

 

「……否定は、出来ないですね。かすみさん、普段から洒落にならない悪戯とか多いですし……」

 

不意の肯定にかすみが目を丸くする。空気を和ませるジョークのつもりで言ったが逆効果だったかもしれないと自戒する。

 

やはり取り繕わず正面から向き合うしかない。改めて表情を作ると、仕切り直す形でせつ菜は続けた。

 

「儘ならない現実に直面した時に、周りの環境や人を疎ましく思ってしまうことは誰にだってあるんですよ、きっと。……私も、そうでしたから」

 

思えば自分があの男に向けられた悪意も同質のものだったか。認めたくなかったという感情も何ら変わらない。

 

けど振り返ってみれば必ずしも間違いではなかったと、今は思う。

 

「かすみさん。私が前の同好会を壊してしまった時のことは覚えてますか」

 

声に出しては答え辛かったか、静かな首肯だけで応答される。

 

「……あの時の私も、少なからずそう考えていた部分があったんだと思います。ついてこれない皆さんに非があるんだとか、そんな身勝手なことを」

 

誰よりも大好きを掲げると息巻いていた筈の自分が、心のどこかでは真逆の感情を仲間に向けていた。今思えば笑える話だ。

 

でもそれは人である以上仕方ないのだと思う。だって自分達にはこんなにも豊かで複雑な感情があるのだから。

 

「かすみさん自身がそう思っているなら……多分、そうなんだと思います。でもそれだけじゃないですよね」

 

「え……?」

 

「かすみさんは今、苦しんでるじゃないですか。その苦しみは、間違いなくかすみさんが皆のことを想えている証拠なんです」

 

「でも……それはただ自分がそんな奴だって思いたくないだけかもしれなくて―――、」

 

「いいんです……今はそれでいいじゃないですか。それで、十分じゃないですか」

 

尚も俯いた顔で鬱屈しようとするかすみに向けて、せつ菜は努めて柔らかな態度を貫いた。

 

そうだ。人には様々な感情がある。

 

楽しさや大好き、勿論怒りや嫉妬だって立派な感情だ。どんなに受け入れ難くたって、そのどれもが否定されていいものじゃない。

 

「仮にかすみさんの言う通りだとしても、それはかすみさんの立派な感情です。大切にすべきものなんです。……私は、全部受け止めますから」

 

ぎゅっと、重ねた手を強く握る。

 

「だから……今くらいは楽になっていいんですよ」

 

やがて目線までもが重なると―――かすみは抑え切れなくなったように、何よりも素直な己の感情を吐き出した。

 

「……悔し、かったんです」

 

痛いくらいにせつ菜の手を握り返したかすみは、ぼろぼろと流れ出る涙もそのままに声を漏らす。

 

「悔しいに決まってるじゃないですか……妬ましくもなりますよ。私だけ応援もして貰えなくて……でも皆にはいっぱいファンの人が出来てて……!」

 

連なった感情は、決して綺麗とは言えないものだ。でも受け止めると決めたから。今ただ彼女の悲しみに耳を傾ける。

 

「私だって頑張ったのに……皆に負けないくらい可愛いのに…………こんなのってないじゃないですかぁ!」

 

傲慢で自己中心的で、だからこそ純粋な心が止めどなく流れ続けた。

そうして暫く経った頃、内情を曝け切ったかすみの背を擦りながらせつ菜は言う。

 

「辛い、ですよね。苦しいですよね。大好きの気持ちが届かないのは……まるで、自分自身が否定されてるみたいになって」

 

せつ菜の胸に顔を埋めたかすみが嗚咽に乗せて頻りに首を振る。

 

「でもねかすみさん。届いてる人には、ちゃんと届いてるんですよ。自分の理想に誰よりも一生懸命なかすみさん気持ちは。……私はそんなかすみさんが大好きな人を、少なくとも二人知ってます」

 

あの日に手を伸ばせなかった心を抱き留めるように、彼女の背後に回した両手へと力を込める。

 

「せめてその人達の気持ちと……かすみさんの大好きだけは、裏切らないであげてください」

 

大好きの中心が自分か他人かなんて些末な問題でしかない。大事なのは好きの気持ち。人は人を好きになることで初めて前に進めるのだから。

 

大きく肩を揺らすかすみに今の言葉が届いていたかはわからない。でも届いたと信じつつ、せつ菜は隣の同級生へ顔を向けた。

 

「……ですよね、瀬良さん」

 

「……なんで俺なの」

 

「それは瀬良さんが一番わかってるでしょ?」

 

意地悪く口角を上げてみせると、雄牙は面倒くさそうに顔を逸らした。本当に素直じゃない人だ。

 

尚もかすみから降り注ぐ雨は止まない。じんわりと胸元に湿っぽい生暖かさが広がってゆく感覚があったが、今は捨て置いた。

 

電光の消えた東京の街を見下ろす星空はいつになく鮮やかに明るい。煌々と瞬く星々に見守られながら、捻くれ者達の夜は更けていった。

 




かすみ回なのにずっとせつ菜視点で進んだ謎。

色々とヤバヤバな状況ですが次でかすみ回は終わる予定です。
果たしてあと一話で収まるのか……


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45話 それでも私は夢を見る 後編

起業に媚びを売り続ける日々が終わりました

未だにスクスタのグランドエンドを引き摺っていますが一応生きてます。ありがとう幻ヨハ。ありがとうブレーザー。君達のおかげで今日も生きていける

それでは4ケ月もサボって申し訳ございませんでした


 

 

「かすみさん! おはようございます!」

 

「……おはようございます」

 

朝一番から浴びるには少々喧しい声量がガンガンと寝不足の頭に響く。随分なモーニングコールだった。

 

きっと普段のかすみなら文句や嫌味の一つや二つは零していたところだったろうが、今はそんな気も起きなかった。

 

「? どうかしましたか?」

 

「……なんでもないです」

 

それどころかマトモに顔が見れない。昨晩の記憶を掘り起こすだけで爆発してしまいそうなくらいに火照ってしまう。

 

色々とあったとはいえ、まさか高校生にもなって泣きじゃくって、喚いて、挙句泣き疲れて寝落ちするなんて……恥ずかしいことこの上ない。

 

むしろなんでこの人はそんな何事も無かったかのような顔が出来るんだ。

 

「あっ、これかすみさんの分の朝食ですよ! 乾パンなんてこんな時じゃないと食べる機会もありませんから、少しワクワクしますよね!」

 

……違う。この人も気丈に振舞っているだけだ。常日頃から過剰なくらいにパワフルな姿を見ていれば、その下手くそな空元気なんて見え見えだ。

 

気を遣っているのだろう。そんな余裕なんてない癖に。

 

現状は何も変わっていない。

街のこと、家族のこと、日常のこと、ラブライブのこと。せつ菜だけじゃない。皆の中にもそんな不安は渦巻いているだろうに。

 

「……ぅ」

 

「こんな時でもお腹は空きますよね。私のことは気にせずに、どうぞ」

 

軽く伸ばした身体を椅子へと凭れかけると、同時に腹の虫が食事を求めて鳴いた。そう言えば昨日の昼食以降何も口にしていなかったか。

 

恥ずかしさを恥ずかしさで上塗りしないで欲しいものだが、一先ずは勧められた通りにするとしよう。

 

「乾パンなんて久しぶりですね……」

 

「小学校の頃に避難訓練か何かで配布されてましたね。今となっては懐かしいです」

 

「そうですね……いただきます」

 

卓上に一袋だけ残されていた包みを開け、内容物を口に放り込んでみる。味は薄く、触感も硬いビスケットのようだ。おまけに口の中の水分全部持っていかれる。舌が肥えた現代っ子のかすみにはお世辞にも美味しいとは言えない。

 

(……今度、パン焼いてこようかな)

 

自分の焼いたパンの方が絶対に美味しい。なんて愚痴りつつも身体は正直なもので、空腹とあれば意外とどんなものでも喉を通る。数分もすれば備え付けの氷砂糖含め完食していた。

 

「……そういえば、皆さんはいないんですか?」

 

「ああ、今は多目的室の方でミニライブを行ってるんですよ。少しでもここにいる皆さんを元気づけられたらって、愛さんが」

 

腹の虫も収まった頃、思い出したように問うたかすみにせつ菜は答える。夜明け前までは同好会の面々で鮨詰めになっていた病室は今やがらんとしており、代わりにそれぞれの鞄や上着だけが散乱していた。

 

耳をすませば、微かにだが歌声が聞こえる。これはエマのものだろうか。透き通るような声音が静かな病院に響いていた。

 

「……せつ菜先輩は行かなくていいんですか? こういうの真っ先に参加しそうなのに」

 

「私はその……今は中川菜々としてここにいるので。残念ながら……はは……」

 

建前でも何でもなく本心からの惜しみを晒すようにせつ菜は零す。本当、この人は根っからのスクールアイドル人間だ。

 

そのひた向きさと情熱が、今は眩しくってならない。

 

「まあでも、応援には行こうと思ってます。……かすみさんもご一緒にどうですか?」

 

投げ掛けられた誘いに、直ぐに答えることは出来なかった。代わりにスカートの裾を握る。

 

数拍の間の後。

 

「……すみません。ちょっとまだ、そんな気分にはなれないです」

 

皆のパフォーマンスを見れば、否が応でも己と向き合うことになる。それが怖かった。

 

昨晩、せつ菜は何度も優しい言葉をかけてくれたけれど、やはりそれだけで全てを拭い去れるほど心というのは簡単に出来ていなくて。

 

深いところに突き刺さった棘が、今も静かに痛みを広げている。踏み出そうとする足を躊躇させるほどに鋭く、重く。

 

スクールアイドルになって初めて抱いた怯えが、今もかすみを包んでいた。

 

「無理強いするつもりはありません。どうするのかは、かすみさんが決めることですから」

 

俯いたかすみに掛かる芯の通った声。見上げればがらりと表情を変えたせつ菜が自分を見据えていた。

 

「けど、スクールアイドルとしてのかすみさんを好きでいてくれている人達の声だけは、知っていてあげてください。……後悔は、して欲しくないので」

 

若干の苦渋も交じって差し出されたのは記憶に新しい冊子だった。スクールアイドル同好会のお披露目ライブ、その感想を部員間で綴ったリーフレットだ。

 

「鞄、勝手に漁ってしまってすみません。どうしても見て欲しくって」

 

「……せつ菜先輩は、中身読んだんですか?」

 

「いえ。でもあの人がどんな風にかすみさんへの好きを伝えたかは、なんとなくわかるので」

 

熱の籠った目をしていた。信頼以外にも、何か別な機微を感じる。そんな目に突き動かされるようにかすみは手渡されたリーフレットを捲った。

 

ぺらり、ぺらりと。

 

時折傷が疼くような感覚を胸に覚えながらも、かすみはリーフレットに綴られた各メンバーからの声に目を通してゆく。こうしてみると案外、かすみのパフォーマンスを肯定的に捉えてくれている人は多いようだ。

 

例えば、今目の前にいるせつ菜。

 

 

『かすみさんの持つ野望に対する真剣さや本気の気持ちがこれでもかと伝わってきました! 表現面で所々惜しく感じる部分はありましたが、それもまた可愛いと思わせてしまうかすみさんの雰囲気は凄いと思います! やはり可愛さを売りにした王道スタイルはいいですね!』

 

 

興奮気味に早口で捲し立てるせつ菜の姿がありありと浮かぶ文章。心からの言葉だというのがありありと伝わってきて胸が暖かくなるようだった。

 

でも全員が全員そうという訳じゃない。軋轢を恐れてか無難な言葉を選んでいるなと思う部分もあるし、昂貴や耀のように喜ばしくない意見を向けてくる者だっている。

 

最も親しい筈の同級生の面々でもこれだというのに、本当にせつ菜の言うような好きは存在するのだろうか。そんな疑問も抱きながらもページを捲る手を勧めれば、ある意味では最も印象深い先輩の名前が目に留まった。

 

瀬良雄牙。

 

「……」

 

途端に過るのは昨日の苦い記憶。ただでさえ痛いこの苦しみが鋭さを増すようで思い返すのすら億劫になる。記載されているであろう内容も何となくは想像がついた。

 

正直読み飛ばそうとも思ったが、どうしてかそれはダメな気がして。一度深呼吸を挟んだ後に彼の言葉に目を通す。

 

 

『やりたいことに実力が伴ってないって感じ。一般的には可愛いものってイメージがあるスクールアイドルで、その「可愛さ」だけを売りにすることの難しさをもっと理解すべき』

 

 

踏み出してみれば、案の定。数段当たりの強い指摘が待ち構えていた。隠す気もない嫌悪感がじわじわと伝わってくるようで目を逸らしたくなる。

 

指摘自体はどれも的を射ていると言うか、具体的だ。せつ菜や果林に意見を求められるのも何となくだがわかる。

 

でも今かすみが求めているのはそれじゃない。

我儘なのはわかってる。ズレているのも承知の上だ。それでもただ一言、純粋に自分を好きでいてくれる声が欲しいから。

 

 

『けどその姿勢は滅茶苦茶面白いと思うし、中須の強さなんだと思う。その理想は貫いて欲しい』

 

 

「え……」

 

だからこそ不意を突かれた、のかもしれない。

 

想定外の方向から飛来した弓矢は容易くかすみの胸を射貫き、確かな熱と困惑を深奥から広げてゆく。

 

 

『単純な姿勢だけで見るなら同好会の中で一番好き。今後に期待』

 

 

訳が分からない。都合のいい夢でも見ているのだろうか。なんで、なんでこの人が。

 

単調で、単純で、何の飾り気もない素朴な感想。されどその一滴は波紋を呼び、やがては津波となってかすみの雑念を洗い流してゆく。

 

「これ、どういう……」

 

「本当、困った人ですね……」

 

顔を上げれば、同じタイミングで目を通したらしいせつ菜が眉を寄せつつも心底安堵したような笑みを作っていた。その理由がかすみにはわからない。

 

でも何となく。

昨日、彼があんな態度を見せた理由が。せつ菜があんなにも必死に訴えてきた理由くらいは……わかった気がした。

 

「先輩……今どこにいるかわかりますか?」

 

「多目的室にいるはずですよ。ミニライブを手伝うと言っていたので」

 

「私……ちょっと行ってきます!」

 

今動かなければ本当に終わってしまう予感がして、弾かれたように動いた身体はあれだけ躊躇っていた一歩を淀みなく踏み出した。

 

この場所が病院であることなどとうに忘れた。必要な想いだけを抱えて中須かすみは前へ往く。

 

「……行ってらっしゃい」

 

既に見えなくなった背中に向けてせつ菜が零す。

 

 

その真後ろ、窓枠の外に映る街並みからは……不穏な狼煙が昇っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「巨大な熱源が地中を高速で移動してるっす! 未央先輩、これ……」

 

「まあ、ギマイラだろうね。予測より動き出すのが早い……よっぽどお腹でも空いてるのかな? 涼香、進行ルートは?」

 

『直線上に病院があるね……。まさかとは思うけど、捕食が目的じゃないわよね?』

 

「残念ながら十中八九そのまさかだよ……けど手は打ってる。ギマイラが湾岸エリアを抜けたタイミングでプランC実行……いいですよね隊長?」

 

『承認する。α機とβ機は奴の誘導。地上組は目標地点でのバックアップだ……必ずここで仕留めるぞ!』

 

「「『『了解!」」』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……来たな」

 

爆発音に続いて生じた揺れが轟く中、高速で移動する人影が傍らに着地したのを確認した昂貴は両の眼を細める。

 

「どうだった」

 

「有明のゴミの埋立地に装甲車と大きな棒状の機械が集まってました。何に使うかまではわかりませんでしたけど……」

 

「いや、そんだけわかりゃ十分だ。一先ずその場所までアイツを追い込むぞ」

 

「はい」

 

ギマイラが動き出したのか、それともE.G.I.S.から仕掛けたのかは不明だが、匙は投げられた。

 

知能の高い奴のことだ。今を逃せば討伐する機会は長く失われることになるだろう……万全の状態ではないと言え静観する選択肢はない。

 

「「バディ……ゴーッ!」」

 

互いに相方の力が宿ったキーホルダーを握り天へと掲げる。双方を包んだ光は窓枠を越えて天へと上り、二体の巨人を顕現させた。

 

『オオォォォォッ!』

 

『セエェェヤッ!』

 

実体化を完了させると同時に降下を開始。タイタスは拳、フーマは手刀と、落下の加速を乗せた出会い頭の強襲が第二ラウンドのゴングを鳴らした。

 

不意の一撃を脳天に喰らったはずのギマイラに怯む様子はない。恐ろしいまでの頑強さだが、それならば削り切るまで攻撃を仕掛ければ良いだけの話だ。

 

『˝光波手裏剣・斬波の型˝ァッッ!』

 

間髪入れずに空中で身体を翻したフーマから追撃が奔る。一度のみならず二度、三度、何度も。生成出来るありったけを放り投げた光の刃がギマイラに降り注いだ。

 

『星の一閃……˝アストロビーム˝ッッ!!』

 

着地の姿勢のまま構えたタイタスの額に集約したエネルギーが直後に放出される。

 

吹き上がった火花と粉塵を突っ切った熱線は着弾と共に爆炎を生み、煤と焦げ臭さに満ちた空間を作りだした。

 

『ヌウウゥゥンッ!』

 

『ッッ―――――!!』

 

途端に劣悪を極めた視界の中、迷わず振り抜いた賢者の拳がギマイラへ直撃。鈍い打撃音混じりに漏れた悲鳴が確かなダメージを物語っていた。

 

例え敵の姿が黙認出来なくとも空間を伝う振動で場所の定位は容易だ。

 

数歩先の道路が軋む音を探知し、その一点目掛けて再び身体を捻る。初発の勢いを利用した裏拳が奴の側頭部を殴り飛ばした。

 

『旦那! 砲撃が来んぞ!』

 

『ム……』

 

上空から迫る気配を悟り、タイタスが後方に飛び退く。遅れてギマイラを包んだ硝煙と起爆の雨は自らによるものではない。土煙を越えて旋回する二機の戦闘機がそれを物語っていた。

 

ギマイラの前方三方面を塞ぐような陣形はあからさまな誘導だった。じりじりと後退する奴の背面に存在するのは廃棄物の埋め立て場であるだだっ広い空地だ。

 

『やはり、ギマイラを例の地点まで誘導するのが狙いか……フーマ!』

 

『わかってらァ!』

 

援護射撃の意図は察した。有用な策があるのなら乗らない手はない。

 

迅雷の速度で空間を翔けたフーマの風圧が生む猛烈な気流。それは視界を占領する塵芥、霧、剰えは散乱した瓦礫さえもを宙へと運び、暴力的なまでの竜巻を生成した。

 

『一晩中吐き散らしてスッキリしたかよ? けど、汚した分のケジメは手前がつけねぇとなァ!』

 

ただ霧を払うだけだった昨日とは違う。渦巻く風は明確な攻撃の意志を秘めた鋭さを湛えている。

 

『ほーら、キッチリ釣りもつけてよぉ……お返しだコンニャロッ!』

 

飛翔するフーマの軌道に倣い、叩き込まれた飛び蹴りと共にタッチダウンした竜巻がギマイラの巨体を遥か後方へと押し流してゆく。

 

奴も爪や尻尾を突き立てて踏ん張りを見せるものの、台風の比にもならない暴風の前には気休め程度の誤魔化しにしかならない。

 

そして数百メートルに渡って舗装されたアスファルトを抉り続けた後、目標地点への突入を確認したフーマは後方のタイタスと目線を交わす。

 

『˝プラニウムバスター˝ッ!』

 

フーマがギマイラより離れ、空いた懐に吸い込まれたタイタスの光弾がダメ押しの推進力を与える。

 

炸裂の爆風と巨体が地面を揺らす轟音。

 

そして重い重い爆発音と衝撃の波がギマイラを貫くのは同時だった。

 

『ッッッ―――――……!』

 

断末魔にも等しい悲鳴が猛々しく上がる。

着弾地点と思しきギマイラの右足からは鱗が弾け飛び、体表はおろか肉が露出していた。流れ出る血潮が痛々しさを増長して映す。

 

『あれは……地底貫通弾を地中から打ち込んだのか?』

 

『エッグいことしやがる……まあ、これで死なねぇアイツも大概だが……』

 

地底貫通弾とはその名の通り地表や岩盤を貫き、地中の対象物を攻撃する兵器を指す。

 

特筆すべきはその突貫力と破壊力であり、下手に使用すれば周辺の環境に影響を及ぼし兼ねないほどだ。

 

それを直接、しかもほぼゼロ距離で喰らったともなればさしものギマイラと言えどタダでは済まないらしい。

 

「……これ、同じものが沢山埋まってるって考えていいんですよね」

 

「多分な。ここら一帯が地雷原ともなりゃ地中に潜るイコール自殺未遂みてーなモンだ。ここまで追い込んで逃げ場を無くすのが狙いだったんだろ」

 

ギマイラは知能が高い。同様の爆弾が大量に地中で眠っているともなれば昨日のように逃亡を図ることも叶わないだろう。

 

退路は断った。その事実を示すように対峙する目線でチェックメイトを宣言する。

 

『ッッッ―――――!!』

 

睨み合う数刻の静寂の後、劈くような咆哮がファイナルラウンドの開幕を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わわっ……!」

 

一際強烈な揺れが建物を襲い、よろけたかすみは慌てて壁に寄りかかった。先刻の恐怖からか、屋外通路を通じた院内からは悲鳴が上がるのが聞こえた。

 

吹き抜けた爆風が頬を撫でた。焦げ付く熱さは断続的に響いては病院を揺らしている。

 

「……大丈夫か?」

 

「はい……よろめいただけなので」

 

差し出された手を取り、顔を上げたかすみは屋上へと呼び出した雄牙の顔を見据える。真後ろでは濛々と噴き出る黒煙が青空を黒に塗り潰さんばかりに広がっていた。

 

だがタイミングの悪さを呪っていても仕方がない。一度心を決めて踏み出した以上引き返す訳にはいかないのだ。

 

「その……こんな時に呼び出しちゃって、ごめんなさい。まさか今出てくるだなんて思ってなくて……」

 

「いいよ。こんなの予測する方が無理だし……それにまあ、俺も言いたいことあったから、丁度良かった」

 

「え?」

 

「……昨日は、流石に言い過ぎたなって。だから、まあ、その…………ごめん」

 

酷い口籠りで紡がれた不器用な謝罪がかすみの虚を突いた。ばつが悪そうに泳がせる目線が何ともまあ情けなく映る。

 

そんな様子に、頭の中でこねくり回していた言葉や順序はどこかへ流されていって。

 

自然と、綻んだ口元が笑いを吹き出していた。

 

「ふふっ……なんで先輩が先に言っちゃうんですか」

 

強張っていた身体から力が抜けていくのを感じる。変に緊張していたのが馬鹿みたいだ。

 

何も難しく考える必要は無い。ただ思いの丈を正直にぶつければいい……これまで何度もやってきたことじゃないか。

 

「もう気にしてないですよ。その分だとだいぶせつ菜先輩に絞られてそうですし……それにまあ、私の態度も悪かったので」

 

「……そ」

 

「それでもまだ先輩が気にしてるって言うなら……教えてください」

 

遠方の戦場が苛烈を極めてゆく一方、かすみは努めて静かな振る舞いで雄牙を見つめ返す。

 

「なんで、先輩は私のパフォーマンスを好きになってくれたんですか」

 

問い掛けに、微かに見開かれた雄牙の瞳孔が揺れる。秘める色は驚愕じゃない。何かを葛藤するような機微だ。

 

「……リーフレット、読んだの?」

 

「はい。ついさっき。今更、ではあるんですけど……」

 

「まあ、どうせ読んでねぇだろうなとは思ってたけどさ……」

 

ため息混じりの落胆は深く思えた。疼きが胸を襲う反面、予感が確信に変わる。

 

「……正直、瀬良先輩があんな風に思っててくれてたなんて意外でした。ずっと、嫌われてるって思ってたので」

 

擦れるようなかすみの声に、雄牙は眉間に作った皺を深くする。

 

「……嫌いってほどでも無いけど……まあ、苦手ではある……かも。可愛い子ぶっててウザいし、うるさいし、ウザいし、話聞かないし、幼稚だし。あとウザいし」

 

「何回も言わなくていいです! ていうか、そんな風に思ってたんですかぁ!?」

 

予想の遥か上を行く悪口に思わず不満と驚嘆が漏れる。お返しにコイツのダメなところも羅列してやろうかと躍起になりかけるが、直前で飲み込んだ。

 

喧嘩なんてこの先に進めればいくらでも出来る。今は次の句を待つ時間だ。

 

「中須の言う可愛いも、そんなのに拘る理由も俺にはわかんないよ。……けど」

 

「けど?」

 

語末を言い淀ませた雄牙を真っ直ぐ見つめる。初めて、本当の意味で彼と視線を重ねた気がした。

 

そんな瞳が、揺れる。

 

「それでも、そんな理想でも信じて貫き通そうとしてるお前がカッコいいって思った。……何と言うか、憧れてた……んだと思う」

 

「じゃあ、昨日のって……」

 

「お前、たった一回程度の挫折で投げ出そうとしたじゃん……それがなんか、イラっと来た」

 

終盤には窄んで殆ど聞き取れなかった言葉が、強く胸の戸を叩いた気がした。強い違和感と疑念がぐるぐると頭の中を駆け巡る。

 

彼が好きになってくれた姿勢は、信念はどこから生まれたものだった?

 

そもそも自分は……どうしてスクールアイドルを始めたのだったか。

 

「は、あはははっ……!」

 

考えるまでもなく答えはすぐに出て、その可笑しさに思わず綻びが込み上げてくる。

 

単純だった。わざわざ見つめ直すこともないくらいに、始まりは中須かすみの根源に存在しているもの。

 

苦しいに決まってる。辛いに決まってる。だって自ら理想が遠ざかる道を選ぼうとしていたのだから。

 

「……悪かったなガキ臭くて」

 

「ああいや、別に先輩を笑ったんじゃなくて……ありがとうございます」

 

「あ?」

 

「スクールアイドルの私を好きになってくれて。あと、大事なことを思い出させてくれて」

 

目の前の彼と、ここにいないもう一人に向けて。

 

憑き物が落ちた顔で礼を綴ったかすみに、雄牙はただ首を傾げている。

 

「そうですよね。誰よりも魅力的で、さいっこうに可愛いスクールアイドル……それがかすみんですもんね! それ以外、ありえませんもんね!」

 

「いや、そこまでは言ってないんだけど……」

 

「いーや、言わせます。かすみんはカッコいいんじゃなくて、可愛いんです!」

 

「あーウゼェ。うん。やっぱお前ウザいわ」

 

直後に困惑が呆れに変換されたらしい雄牙が険しい面持ちで頭を掻く。吐き出されたため息は隠す気もない倦怠感を含んだものだ。

 

それでも、続く声を発した口元は確かに緩んでいた。

 

「けどまあ、その方がお前らしいよ。気に食わねぇけど」

 

「先輩はいっつも一言余計なんですよぅ。まあ、素直に褒められても気持ち悪いだけですけど……」

 

胸が熱い。

 

不思議な感覚だった。かつて望んだような賛美が手に入った訳ではないのに、今は満たされて思える。

 

僅か二つの大好きに、応えたいって思っている。

 

「……ねえ、先輩」

 

「なに」

 

「もし、またステージに立てたら。かすみん精一杯パフォーマンスするので……見ていてくださいね」

 

生まれ変わった熱を帯びて零した誓い。

 

希求する心は形を帯び、何物にも染まらない白を以って瞬きを始めた。

 

「え……」

 

「……げ」

 

ふわりと浮遊し、自らの胸元を離れた光がいつの間にか雄牙の右腕に装着されていた手甲に吸い寄せられてゆく。

 

あまりにも唐突過ぎる超常現象にあれだけ彩られていたはずの頭の中が真っ白に染まる。

 

そして数拍の沈黙の後、

 

「な、な……なんですかこれぇ!? なんで私の胸光って……ていうか先輩のそれってウルトラマンと……!」

 

「……あー、うん。後で纏めて説明するから、今はちょっと静かにしてて」

 

流れ込む情報を処理し切れずパンクしたかすみに対し、天を仰ぐ雄牙は心底気怠そうに額に掌底を押し当てていた。備わった手甲は何かを待つように瞬きを続けていた。

 

「……俺からも一つ聞いていい?」

 

「え?」

 

「お前はあの怪獣、どうしたい」

 

間を置かず連続で重ねられた問いがまた別の答えをかすみに与えてくれる。

 

振り返ることなく背後の悪魔を指し示す彼の双眸をかすみは知っていた。そんな彼がかすみから溢れ出た何かを受け取って、かすみの言葉を待っている。

 

だったら返す意志は一つしかあるまい。

 

「……倒し、たいです」

 

ゆっくりと己の気持ちを反芻しながら、かすみは紡ぐ。

 

「あの怪獣は、私の心……みたいなものなので。このままじゃ、本当の意味で進めないんじゃないかって、思うんです」

 

形はどうあれ、かすみの心が色々なものを傷付けてしまったのは事実だ。悔しい心のままに暴れて、皆から、自分からさえも可能性を奪おうとしている獣。

 

あんなものでも立派な心だ。否定は出来ない……でも乗り越えることは出来る。

 

「私、また歌いたいです。ステージに立ちたいです。でも、私一人じゃ辿り着けないから……だから、力を貸してください」

 

返答の代わりに吹き抜けた突風はかすみの決意と共に、目指すべき一点へ突き進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ま、お前にしてはよくやった方じゃねぇの? 褒めてやるよ』

 

「うっせ。やっぱ口に出すモンじゃねぇよこんなの」

 

『でもかすみの奴、嬉しそうだったぞ?』

 

タイガのお節介に辟易としつつも、どこかスッキリした面持ちでいる己の心を雄牙は自覚している。

 

ああそうだ。やっぱりロクなことになんてならなかった。

 

不明瞭だったからこそ価値があった感覚は形を得てしまい、意味を持ってしまった。手にしてしまった余計なものは片手間に持ち運ぶには大きすぎる代物だ。

 

なのに、その重みを嬉しく思っている自分に嫌気が差す。

 

『俺もちょっと楽しみになってきたよ。それを見届けるためにも、アイツは倒さないとな』

 

「……わかってるよ」

 

それでもやることは変わらない。

 

着々と終幕へ向かう戦場を見据え、受け渡された光を手に、自らもまた身を投じる。

 

 

《ウルトラマンタイガ!》

 

 

『シュアァ!』

 

天を翔けた紅い閃光が巨人へと姿を変え、飛び蹴りの姿勢のまま黒の凶獣へ突貫を仕掛ける。

 

これまでの戦闘の成果か、くぐもった唸り声を散らしたギマイラはかなり消耗している。恐らくはあと一手、決定的な一撃を加えれば倒し切れる確信があった。

 

その一手足り得る切札は、既にこの手の中にある。

 

『タイガ……テメェおせーぞこの野郎! 美味しい場面で出てきやがって!』

 

『だがよく来てくれた。この状況に置いて最も有用な攻撃手段を持つのは君だ……頼んだぞ』

 

『ああ、任せとけ!』

 

ギマイラの表皮はウルトラマンの光線ですら弾き返してしまうほどに硬い。狙うべきは胸元に開いた大きな傷だろう。

 

タイタスが、フーマが、E.G.I.S.が力を結集して開いた突破口……逃す理由はない。

 

 

《オーブレット!》

 

 

《コネクトオン!》

 

 

ブレスレットとして受け取ったバトンに手甲を重ね、巡るエネルギーを循環させる。

 

抑え切れないくらいの情動を、突き進む破壊力に変えて。

 

その意志を―――貫き通せ。

 

 

『˝スプリーム……ブラスタァァァァァァ˝ッッッ!!!!』

 

 

円環を宿した白色の光芒が吹き荒ぶ。

 

留まることを知らない勢いはギマイラと衝突しても尚その威力を増大させ、立ち塞がる悉くを焼き尽くしてゆく。

 

『ッッッ――――――……!!!』

 

やがて注ぎ終えられた熱量は最早奴の肉体に収まり切るものではなく。

 

次の瞬間には膨れ上がり、悪魔を木っ端微塵に吹き飛ばすほどの大爆発が勝鬨を告げるように轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――数週間後。

 

 

 

「やー! 緊張したぁ……けど楽しかったぁっ!」

 

光に包まれた舞台から舞い戻った愛が満ち足りた笑顔で快哉を叫んだ。額を伝い、時折散華する輝きの粒は彼女が全力を尽くした証だ。

 

「お疲れ様、愛。貴方らしい素敵なパフォーマンスだったわ」

 

「すっごく楽しそうだったよぉ。舞台裏の私達も踊り出しちゃいたいくらい!」

 

「完全に会場の空気が持っていかれちゃった感じがするねぇ。これは彼方ちゃん達も負けてられないんだぜ~」

 

「あはは! いいねいいね! 皆でワイワイ和気藹々、盛り上がってこうよ! 愛だけに!」

 

愛に労いの言葉を掛ける面々もまた彼女と同様、舞台で舞い踊るための衣装に身を包み、自身の出番を今か今かと待ちわびている。

 

 

ギマイラによって一時は開催が危ぶまれたラブライブだったが、迅速に事態が収束したこともあり、二週間程度日程が後ろ倒しにはなったものの無事開催される運びとなった。

 

今日はその予備予選。スクールアイドルの頂点を決める舞台、その最初の関門だ。

 

 

「そろそろかすみちゃんの番」

 

控室に残響する熱は、交わす声によって指数的に上昇してゆく。昂ってゆく周囲に押し潰されないよう、深く息を吸い直したかすみの衣装の裾を璃奈が突いた。

 

「かすみさん、緊張してる?」

 

「そりゃあしてるよぉ……こんな大きいステージで歌うの初めてだもん」

 

「私も。思ってたよりずっと大きな会場でびっくりしちゃった」

 

「予備予選で既にこの規模……緊張するけど、勝ち上がれたら、きっともっと大きなステージで皆と繋がれる。璃奈ちゃんボード˝燃えて来たぜ˝」

 

「あははっ! りな子~、ボード逆さまだよ~?」

 

着々と迫るその瞬間を前に張り詰めた糸を解すように同級生と戯れる。それぞれが見繕った衣装の中、かすみの纏うパステルイエローが揺れていた。

 

「それにしてもびっくりしちゃった。まさか()()()()()()()()()()()()()()なんて」

 

「ふっふん。超絶可愛いでしょ?」

 

元々この舞台でお披露目するはずだった装いとは違う、より中須かすみを表現するために生み出された衣装と曲。

 

無茶ぶりをしただけあって色々と苦労はしたが、それでもいいものが出来たと自負している。

 

「じゃ、行って来るね」

 

仲間達の激励を受け、控室の戸を開いたかすみは自らが立つべき舞台へ向かう。

 

サイリウムで彩られた光の海。少なくともお披露目ライブの舞台であった講堂では目にすることのなかった景色がもう数十歩進めば待っているんだ。

 

その一歩一歩が重く感じた。緊張も恐怖もある。この重みこそが真の意味でステージに立つということなんだ。

 

「かすみさん」

 

舞台袖の暗幕に辿り着いた頃、少し前に自身のステージを終えたらしいせつ菜が出迎えてくれる。まだ上下を続けている肩が彼女の誇ったパフォーマンスの熱量を物語っていた。

 

「汗すっご……早く控室戻って着替えてきてくださいよ。身体冷えちゃうじゃないですか」

 

「えへへ……すみません。でも、やっぱり直接伝えたくて」

 

屈託なく笑ったせつ菜は、突き出した握り拳をかすみに向けて言う。

 

「止めちゃいけませんよ。かすみさんの、大好きの気持ち。全部全部、私達に魅せつけちゃってください」

 

「……勿論ですよ。せつ菜先輩にだって、負けませんから!」

 

かすみもまた拳を重ね、誓いを交わす。

 

そうだ。一人なんかじゃない。

 

隣にいてくれる友達、競い合う仲間、応援してくれる人達。沢山の想いがあるからこそ、今かすみはここにいる。

 

 

 

 

今はただ、誰よりも魅力的で超絶可愛い自分を。かすみの目指すなりたい自分を信じて、ぶつけるんだ。

 

たった一人でもかすみを好きでいてくれる人がいれば。

 

かすみがかすみの理想を貫き続ければきっと、誰かにとっての無敵級になれる……そう、信じ抜いて。

 

 

 

 

 

―――――♪:無敵級*ビリーバー

 

 

長かった夜は明けた。

 

絶えず降り注ぐ光の中でかすみは歌い、他でもない自分自身を表現する。

 

苦悩も、挫折も、味わい抱いた全てを乗せて。

 

これから始まる世界一可愛いスクールアイドルの伝説。その始まりを見る者全てに宣言する愛嬌が、淡く染まる会場を満たしていくようだった。

 

 




狂気の11000字。気付いたら滅茶苦茶膨れ上がってしまった……

という訳で4カ月ぶりの更新でした。まだもうしばらくは忙しいんですが一応今回から投稿再開とさせて頂きます

今回のように期間は開いてものんびり続けていくつもりではあるので気長にお待ちください~


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46話 キミの声は届かない 前編

また更新期間が空きましたモウシワケゴザイマセン……卒論って手強いんですね……。

いつだかに予告しました通りしずく回returnsです。


 

その日の教室には苛立ちが蔓延していた。

 

カチカチ、トントンと一定の間隔で刻まれるシャーペンや机が生み出す負の協奏が次第に肥大化してゆくが、その元凶たる生物教師は気に掛ける様子もなく熱弁を振るい続けている。

 

昼休みを目前に控えた四時限目というのは、学生達にとって重要な時間だ。

 

昼食を確保すべくいち早く購買の競争に参戦したい者。友人との交流に勤しみたい者。単純に授業という時間が苦痛な者。個々に差異こそあれ、昼休みの時間を一秒でも長く確保したいというのは殆どの学生の共通認識であろう。

 

それだというのにこの教師、一向に教壇から退こうとしない。既にチャイムが鳴って二分ほど経過しただろうか。尚も進化論について語る勢いは留まることを知らず、苛立ちと不満感を悪戯に肥大化させる一方だった。最早真面目に話を聞いている生徒はどれだけ残っていることやら。

 

「……」

 

隣の席に目をやる。生徒の模範、優等生の象徴たる中川菜々でさえも、この瞬間だけは解放の時を待つように凄まじい貧乏揺すりを披露していた。

 

時計の針が三分の経過を告げる。いよいよ最高潮に到達しつつあった怨嗟の念が爆発しかけた刹那、終ぞその時は訪れたのだった。

 

「ん……もうこんな時間か。ちょっと話過ぎたな。号令はいいからもう終わりでいいぞ」

 

教師の口から告げられる解放の宣言。瞬間に弾けるように教室を飛び出していったクラスメイトの数は全体の半分を占めていたという。

 

「行きますよ瀬良さん!」

 

「うおぉぉっ!?」

 

当然菜々も例外ではない。生徒会長である手前駆け出すことこそしなかったが、それでも日頃の品行方正な振る舞いなど見る影もない勢いで加速する早歩きが雄牙を掻っ攫って教室を後にする。

 

普段の菜々ならば、例え授業が長引こうと不服を示すことは無いだろう。だが今日この日に限っては彼女を暴走させるまでの理由があった。

 

「すみません! 遅くなりました!」

 

昼食すら摂ることなく雪崩れ込んだのは部室棟、即ち同好会の部室だ。

 

菜々に続いて中に踏み入れば既に自分達を除く全員の顔ぶれがあった。その大半が強張ったような面持ちを見せており、少なからず日頃は感じないような緊迫感が確かに存在していた。

 

「授業が長引いてしまって……」

 

「いいよいいよ~。気にするなやせつ菜ちゃん。それより、これで全員揃ったねぇ」

 

「だね! ……そんじゃあ皆、覚悟はいい?」

 

愛の問い掛けに応じるように首肯する面々。各自の手には同様のサイトを表示したスマートフォンが握られていた。目を引くのは「Love Live!」の文字。

 

そう、ラブライブ予備予選。今日はその結果が発表される日なのだ。

 

「うぅ~……なんで授業のある日、それも授業中に発表なんですかぁ……」

 

「ええ、本当に。おかげで授業も集中できなかったわ」

 

「お前等に関しちゃいつも通りじゃねぇの」

 

サイトの更新時刻は正午丁度だ。既に結果が掲示されてから一時間近く経過している。手を伸ばせば届く位置に結果がありながらお預けにされるのはあまり気分のいいものではないだろう。

 

それでもこうして菜々、及びせつ菜の到着まで皆が待ち続けたのは偏に共に結果を見たいという気持ちなのだろう。

 

「では……行きましょう。せーのっ!」

 

せつ菜が音頭を切り、皆が一斉に自らのスマートフォンをタップする。

 

束の間の静寂が舞い降りる。この息の詰まるような空気感はさながら受験の合格発表の場にいるようだ。差し詰め雄牙達は我が子の様子を見守る保護者と言ったところか。

 

なんてことを考えながら雄牙も少なからずの緊張を誤魔化していると、視界の端で飛び跳ねた影が一つ。

 

「あっ……ありましたぁっ!」

 

「わ、私もです……! 夢じゃないですよね……!?」

 

歓喜に満ち溢れた声を上げたのは―――中須かすみ。続いて雄牙の隣でせつ菜が快哉を叫んだ。

 

両者ともまだ現実味の無さそうにぱちくりと瞳を瞬かせているが、やがてその喜びが爆発したのか。隠し切れない高揚を湛えたまま抱擁を交わした。

 

「やりました……かすみん、やりましたよ()()せんぱぁいっ!」

 

「泣くの早すぎだって。まだ予備予選だぞ。……けどま、おめでと」

 

「おめでとうございますかすみさん!」

 

「うえぇぇ……! せつ菜先輩もおめでとうございますぅぅ……!」

 

まるで優勝したかのように泣きじゃくるかすみを見ていると錯覚しそうになる。繰り返すがまだ予備予選だ。彼女達はやっとスタートラインに立ったに過ぎない。

 

それでも突破したという事実自体は喜ばしいものだ。素直に祝辞を送った自らの口元も緩んでいた。

 

「アタシもあったぁ! ぃよっしゃー!」

 

「あっ……私もあったよ! 果林ちゃんは?」

 

「あったわよ。お揃いね、エマ。彼方は……その様子じゃ心配無さそうね」

 

「ふっふ……彼方ちゃんの本気を見せる時が来たんだぜ……」

 

他の面々に戻した頃には続々と吉報が上がっていた。誰よりも喜びを爆発させる者。当然と言わんばかりに胸を張る者。静かに闘志を燃え滾らせる者。やはり一言に予選突破と言ってもその反応は十人十色だ。

 

ただし、必ずしも喜ばしい結果ばかりではない。

 

ラブライブも勝負事の世界なのだ。勝者が存在するのなら、当然、敗者だって存在する。

 

「……ダメだった」

 

短く零された璃奈の声が、高まるばかりだった室内の熱に穴を空ける。さあぁ、と。誰かの背筋を駆け上る冷たさの音が聞こえるようだった。

 

「璃奈ちゃん……」

 

表情に変わりはない。されど確かに落胆の色を伺わせる璃奈に誰もが掛ける言葉を探した。耀や愛でさえ最適な解を導き出せない、重い沈黙が鎮座する。

 

しかし、以外にもそれはあっさりと過ぎ去ることとなる。

 

「水を差しちゃって、ごめんなさい。気にしてない……訳じゃないけど、大丈夫。むしろ、燃えてる」

 

自ら口火を切り直した璃奈は、取り出したマーカーペンでスケッチブックに「顔」を書き始める。それが彼女なりの意思表示であることは全員の知るところだ。

 

「何となく、受け入れられないんじゃないかなとは思ってた。今回のは私が私のパフォーマンスに自信を持てなかった結果だから、ちゃんと受け入れる。……次はもっと自身を持って、沢山の人と気持ちが繋がるように頑張る。璃奈ちゃんボード˝ふぁいっ˝!」

 

語末がくぐもって聞こえたのは、決して顔を覆うボードのせいではないのだろう。それも全員が悟った。だから言葉を返す代わりに、耀と愛が彼女に身を寄せる。

 

「……りなりーの分まで、頑張るね」

 

「……うん」

 

ステージ上で彼女が身に着ける仮面が大衆にどう映ったのかは知る由もない。その裏に隠された彼女の真意もまた同様だろう。どうであれあの舞台で通じなかったのは事実。璃奈の抱く悔しさも、次なる機会への渇望はきっと大きい。

 

「……こりゃあ、半端なパフォーマンスは出来ないねぇ」

 

そんな彼女の熱がじんわりと周囲に伝播してゆく。

 

成功と、挫折を経て。確かに高まりつつある士気があった。

 

 

 

「……なんで」

 

ただ、一人を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

熱が足りない。

 

この心を躍らせ、この身体を躍動させる。果てのない渇きを満たす……そんな熱が。

 

「はっ……、はぁっ……!」

 

放課後。国際交流学科の地下棟、その機材室前。自分だけの舞台に籠る蒸し風呂のような温度の中に在っても、胸の内の冷たさを誤魔化すことは叶わなかった。

 

瀧のように流れ落ちる汗が渇きを加速させる。集中出来ていないのか、将又別の要因か。どうであれ、今しがたの自主練にいつものような没頭が生まれなかったのは事実だ。

 

何も見えない。照明も、客席も。あれだけ明瞭に輝いていたはずの自分だけの世界が、何も。

 

「なんで……!」

 

代わりに脳裏が映し出すのは落選の二文字。

 

別に甘く見ていた訳ではなかった。当日だって、今の自分に出せる最高のパフォーマンスをしたつもりだ。

 

それでも落ちた。以前の同好会から共に歩んできたメンバーはおろか、自分より遅れてスクールアイドルを始めた面々ですらも勝ち進んでいるというのに。自分は負けた。

 

桜坂しずくの表現はラブライブ……その予備予選にすら通用しなかったのだ。

 

「桜坂」

 

現実を直視したくなくて、また空想の世界へ戻ろうとした折。かつかつと下ってくる足音が運び込んだ声にしずくは眉を寄せた。

 

「……なんで、あなたなんですか」

 

「お前がいつまで経っても部室に来ねーから探しに駆り出されたんだよ」

 

「そうですか。それはご迷惑をおかけしました。私は大丈夫なのでもう戻って貰って大丈夫ですよ」

 

「今にも脱水で倒れそうな顔してる奴のどこが大丈夫なんだよっ……と」

 

なんで、こんな時に限ってこの人が来るんだ。

 

反抗の意も込めて一つ上の踊り場に立った瀬良雄牙をねめつけるものの、彼は気に掛ける様子もない。代わりに返ってくるのは投げ渡されたペットボトルだった。

 

青いラベルが巻かれたスポーツドリンク。CM等でよく見かける有名な一品だ。発汗で失われた成分を補うのに適している、なんて売り文句を覚えている。

 

まだ冷たく、ボトル表面に結露した水滴が付着している辺り直前まで冷蔵されていたものだ。ここへ来る途中自販機で購入したのだろうか。変に気遣わしいのが余計に腹立たしかった。

 

「……お返しします」

 

「いいから飲めっての。ぶっ倒れでもされたら俺が顰蹙買うんだよ」

 

「それはいいですね。上手くいけばあなたを同好会から追い出せそうです」

 

「口だけは減らないのな……ま、他の皆に心配掛けたきゃ好きにすれば?」

 

この人の施しは受けない。そんな意地を張って抵抗するものの、容易く説き伏せられてキャップを捻ることになる。

 

呷ったボトルから注ぎ込まれる甘ったるい冷たさが咽頭を通過し、火照った全身に染み渡る。いくら意固地になったって身体は正直だ。失った水分を求めるままに鳴らし続けた喉は、間もなく中身を全て飲み干してしまう。

 

同時に煮えるばかりだった頭からも少しずつ熱が抜けてゆく。

 

「……すみません。ちょっと冷静じゃなかったです。飲み物、ありがとうございました」

 

「いいよ別に。俺が勝手にやったことだし。……練習熱心なのはいいけど、これからの時期は気をつけろよな。ここ、無駄に日が差すせいで熱籠りやすいから」

 

「覚えておきます」

 

「ん。……ほら、さっさと部室行くぞ」

 

それ以上特に雄牙からの嫌味もなく、踵を返した彼が階段を登る足音がカツカツと響く。しかし続く音を奏でる気にはなれなかった。

 

代わりに漏れ出るのは真逆の意を持つ声音。

 

「えっと……今日は、その……休もうかと、思いまして。……瀬良さんから皆さんに伝えて貰ってもいいですか?」

 

ハッキリしない口調の申し出に足を止めた雄牙が再度しずくと向き直る。驚くでも心配するでもない。ただ熱のない眼でしずくを見下ろしている。

 

そして数拍の沈黙の後、一言。

 

「……予選落っこちて拗ねてんの?」

 

齎したのは胸を穿つ電流だった。一瞬の衝撃から生じた痺れがじわじわと広がってゆく。

 

「……なんで、わかるんですか」

 

「あんな世界の終わりみたいなひっどい面してたら誰でも気付くっての」

 

隠しているつもりだったのに。擦れるような声と共に吐露した空想はさらりと打ち壊された。

 

「……ま、休みたいなら止めないけど。一応適当には誤魔化しておくけど結果は保証しないからな」

 

「……」

 

「……不貞腐られてもな。どうしろと」

 

気だるげに傾けられた双眸はしずくの被った仮面を容易く暴き、内に秘めた素顔を暴いてくる。

 

「……少しは、察してくださいよ」

 

「めんどくさ……隠したいのか気付いて欲しいのかハッキリしたら?」

 

次第に制御が利かなくなる。ひび割れた仮面は少しずつその破片を零し、桜坂しずくとしての感情を露呈させてゆく。もう暑さなんてものはどこかに消えていた。

 

「あんまり気が利かないと嫌われますよ?」

 

「相手に委ねてる時点でお前も同じでしょ。受動的なクセして被害者面しないで欲しいモンだね」

 

「言って貰えるまで伝わらないのも考え物だと思いません?」

 

「自分から伝えるのがコミュニケーションの基本なんじゃないの? 愚痴んならやることやってからにしろよ」

 

矛が盾を突く。加速するのは瓦解だ。

 

これ以上はいけないとわかっているのに、いつもならもっと上手く振舞えているのに、この人の前ではそれが出来ない。主張を強める自尊心と反抗心と比例するように食い下がる語気も醜さも増長するばかりだった。

 

「……当事者じゃないと無遠慮に色々と言えて楽ですね。羨ましいです」

 

「他人の思ってることなんて完全にわかる訳ないよ。特に、お前みたいな奴のはさ」

 

煮え切らない態度を前に、雄牙もまた苛立つように目を細める。

乱雑に頭を掻いた彼はしずく同様に棘を足し加えた態度で句を継ぐ。

 

「結局何がしたいの。いつもいつも気付いて欲しいんだか欲しくないんだかもわかんない曖昧な態度取っておいて主張もハッキリしないし。伝わる訳ないじゃん」

 

紡がれる一つ一つに乗る言霊が刃物のように突き刺さってくる。荒くなる呼吸は芯を撃ち抜かれた紛れもない証拠だった。

 

「そんなんだから予備予選で落っこちるんだよ」

 

「っ……、……あなただって」

 

そしてトドメに放たれた一撃を受け止める余裕は、今のしずくにはなくて。

 

最後の関が壊される雷鳴が胸に轟き、封じ込めていた全ては溢れ出した。

 

「あなたこそハッキリしてくださいよ! 沢山の人に囲まれてるのに寂しそうで、なのに皆から距離を取ろうとして……それすら出来てなくて! 特別なのに……物語の主役みたいな力があるのに! なんでいつもそんななんですか……」

 

スクールアイドルとしての自分も、演者としての自分も。矜持だと言い聞かせていた何もかもを否定されたような感覚になって、捲し立てる語彙が強くなる。

 

ぐちゃぐちゃになった悲痛な心だけが独り走りし、当たり散らす子供のように喚く。演者として紡ぐ台詞に文脈を乗せ、偶像として奏でる歌に想いを乗せる声も、この時ばかりは何の意味も宿してはいなかった。

 

それはただただ、己を直視したくなくて駄々を捏ねる道化の姿。情けなくて、無様で、笑い者もいいところ……でも仕方ないじゃないか。

 

「私が欲しかったもの全部持ってるのに……なんで……!」

 

だってこれが紛れもない―――本当の桜坂しずく自身なのだから。

 

「……お前にはわかんないよ」

 

目線を外した雄牙の囁きは嗚咽と重なり、届くことは無かった。潤む視界では最早表情すら確認することは叶わないけれど、きっと自分と同じ。酷い顔をしているのだろう。

 

ああ、そうだ。この人は私なんだ。桜坂しずくと同じなんだ。

 

儘ならない世界に鬱屈として。

 

思うようにいかない現実に辟易として。

 

それでも誤魔化すように燻り続けるしかない自分が嫌いで。

 

だから、そんな自分自身の写し鏡のようなこの人の全てが……こんなに腹立たしいんだ。

 

「……やっぱり、私あなたのこと嫌いです……大っ嫌いです」

 

垂れた雫が床を叩き、弾ける。共に押し出した嫌悪に飲まれるまま、やがて駆け出した身体は自らの舞台から遠く、離れていった。

 

 

 

 

 

「……ちっ」

 

階段を駆け上がる足音も聞こえなくなった頃。振り返ることすらせず虚空を望み続けていた雄牙はようやくその硬直を解く。項に回した掌はパーカーのフードを掴み、青筋が浮かぶくらいに強く握っていた。

 

「……知る必要もないんだよ」

 

桜坂しずくの本質を雄牙は知らない。印象だって下手に賢しくて生意気な後輩が精々だ。それ自体は嫌いではないし、時折顔を覗かせる幼げな一面を微笑ましく思うこともある。

 

けどしずくは踏み入り過ぎた。強すぎる探求心がそうさせるのか、雄牙自身自覚し切っていない深層の部分にまで触れる第六感は、正直危うい。

 

そして何より、彼女は似ているんだ。

 

「……みっともないよな」

 

世界で一番憎くて大嫌いな、どうしようもないくらいに弱くて情けない、己自身に。

 

『……今は、何も言わねぇよ』

 

「……ごめん」

 

嫌悪ばかりが加速してゆく。

 

蒸し返すような湿気と暑さが漂っている。着々と近づく梅雨の季節が齎すのは、きっと潤いだけじゃない。そんな気がした。

 




と、いう訳で同好会初のラブライブへの挑戦はしずくと璃奈の予備予選敗退という結果に。CSM璃奈ちゃんボード発売のタイミングでごめんよりなりー。

そんで余計なこと言いすぎランキング第一位瀬良雄牙くんがまたやらかしてくれました。前回に続き学ばないのでしょうかコイツは。しかし今回は今回でまた別な理由があるようで……。

雄牙としずくは()()()()。互いの嫌悪の理由が明かされましたが分かり合える日は来るのでしょうか。

もうそろそろ事案おじさんがアップを始める頃でしょうが座して見守りましょう。なるべく早く更新したい(願望)


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47話 キミの声は届かない 後編

あけましておめでとうございます。そしてお久しぶりです。昨年は悲惨な投稿ペースを披露してしまい大変申し訳ございませんでした。

正直今年も十分に時間が確保できるかと問われれば微妙なところですが去年よりはマシだと信じて頑張ろうと思います。

それでは本年もよろしくお願い致します。


 

 

「―――――で、そのまま帰しちゃったんですかぁ?」

 

放課後の部室に怒気を孕んだかすみの声音が木霊する。

 

正直戻ってくる気は無かった。歩夢か侑に連絡を入れて雄牙もサボりを決め込んでしまえばよかったのだ。

 

そうでなければこんな、皆の前で後輩に詰め寄られるなどという居心地の悪い事態に遭遇することは無かったのに。

 

「雄牙先輩」

 

「なに」

 

「ふんっ!」

 

殴られた。グーだった。ぽこーん、という擬音が相応しいパンチが雄牙の腹を強襲する。炸裂の直前に腹筋に力を込めたせいか痛がっているのは殴った本人だった。

 

「いっつもいっつも……なんなんですか? 嫌味言うために生まれてきたんですか!? そんなんだから嫌われるんですよ先輩はぁ! てか普通女の子泣かせてそのまま戻ってきます!? 前から思ってましたけど先輩だいぶ終わってますよ!? 人として!」

 

散々な言われようではあるが、かすみ視点では事実その通りであるため何も反論出来ない。周囲の沈黙も同調を示しているようで余計に居心地が悪かった。

 

「しず子絶対悩んでるじゃないですか……苦しんでるじゃないですか! なんで、何もしてあげないんですか!」

 

三白眼を剥くかすみには怒り以外の感情も含まれて見えた。

 

自らの在り方に悩んでいたのはかすみもしずくと同じだ。故にその苦しみも彼女は知っている。同学年で特に仲の良い友人、という点を差し引いても何か力になりたいと考えるのはかすみの性なのか。

 

でも違う。自分なりに状況を変えようと足搔いたかすみに対し、しずくは何もしていない。踏み出すことすらしないまま悲観を続けているだけだ。そんな奴に同情は出来ないし、したくもない。

 

「……言うべきだと思ったことはちゃんと言ったよ。その上でああしたのは桜坂だろ」

 

「余計なことまで言ったからでしょうがこんのお馬鹿ぁ! ただでさえ説明不足なんだから言葉は選ばないとそりゃあ誤解されるでしょうが! いやまあ今回のはかすみんの時とは違うかもだけど……ああもうとにかく!」

 

今度は鞄でぶん殴ってきた上で、雄牙の首根っこに手を伸ばしたかすみはそのままフードを鷲掴みにしてずんずんと歩み出す。

 

「すみませんかすみん今日はもう失礼しますね……ほら雄牙先輩、しず子探しに行きますよ!」

 

そうして有無を唱えることすら許されず。

 

好奇の視線を注がれたまま、引き摺られる雄牙は早くも部室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お台場は行楽地であると同時に有名なロケ地でもある。世間的に名高いドラマや、せつ菜曰く特撮に至るまで様々な作品の舞台となっている場所だ。捉えようによっては、このお台場という街が大きな壇上であり、行き交う人々は皆役者であるとも言える。

 

故に、故に思う。

 

そんな輝かしい舞台でスポットライトも当たらず、誰に見られることもなく独り歩く自分と言う役者は……、一体、何のために存在しているのだろうと。

 

「……ぁ」

 

校舎を飛び出して数刻。真っ直ぐ帰る気にもなれず、当てもなく差し掛かった橋の上でしずくは声を漏らす。

 

そうだ。今日は両親の帰りが遅いからと夕食を済ませてくるように言われていたのだった。だから練習終わりに誰かに声を掛けようと思っていたのに。

 

ラブライブの予選を突破して、その喜びを友達と共有しながら団欒の中にある……そう思っていたのに。

 

「あぁ、もうッ……!」

 

溜息よりも先に苛立ちが来た。日頃丁寧に手入れしているはずの髪の毛を乱雑に掻き毟る姿はとても人に見せられたものではない。

 

上手くいかない。

 

思い描いていた高校生活という舞台はこんなはずじゃなかったのに。ここでなら変われるって、そう思ったはずなのに。

 

何も変わらない。結局自分は醜いままで、周りばかりが眩しくって仕方なくて。目を逸らしてしまう。

 

だから逃げたんだ。仮面を被るだけじゃなく、表舞台からも。

 

今だってそう。湾岸を染める斜陽に焼かれた心は自らに相応しい場所へと向かう。橋の下、影という舞台袖に。

 

「……嫌い」

 

膝を抱えた身体から放り出された声が地面を叩き、己へと還る。

 

望んだ道を進むほど、何もかもに自分自身が否定されていって。

 

こんな思いをするのなら、いっそ―――、

 

「この世は一つの舞台だ。全ての男も女も役者に過ぎない」

 

幕上げを告げる開演ブザーの如く、割り込んだ声音はしずくを眼前の世界へと引き込んでゆく。

 

「それぞれ舞台に登場しては、消えてゆく。人はその時々に色々な役を演じるのだ」

 

紡がれる台詞一つ一つが奥底へと染み入ってくる。それが突然現れた男の演技による情動なのかは知らない。

 

ただ一つ、しずくはこのセリフを知っている。

 

「シェイクスピア……」

 

呟いたしずくに、足を止めた男は浅く笑いかける。軽薄なのに底知れない。まるで仮面を被っているかのような、得体の知れない異物としての存在感がある。

 

白と黒、相反する色で二分された衣服が風に舞い、悉くを染め上げるはずの夕陽を反射する。何物にも塗り潰されない自己を主張している。そんな風に。

 

「……役とは自ら掴み取るものか、将又誰かに与えられるものなのか」

 

「え……?」

 

「君は、どう思う」

 

この男のことは何も知らない。会ったことも話したこともない。それだけは知っている。

 

状況を俯瞰するのなら、今は怪しげな男に声を掛けられている、という形になる。普通に考えれば不審者だ。マトモに取り合う理由はない。

 

けど、こんな状況で常識的な判断が出来るような性分ではないことは、しずく自身が一番わかっている。

 

数秒の思案の後、

 

「……時と、場合によるのではないでしょうか」

 

形を得ないまま吐き出したしずくに対し、男は笑みを固定したまま首を傾けた。ごきり、と。不穏に関節が音を鳴らすのが聞こえた。

 

きっとこの問答に意味はない。しずくが仮面に隠した真意を探る合間に、この男はこちらの全てを見透かすのだろうから。

 

だから、ここから始まるのは全て表面上の通過儀礼。

 

「……私の答えは後者だよ。役に宿る意味も物語も、結局は客観的に見た事象に価値を与えているに過ぎないからね。当人がどれだけ情熱や理由を注ぎ込もうとも、空虚だ」

 

語尻に伴って双眸が見開かれる。星の無い夜空のような、底を伺わせない暗闇があった。

 

後に訪れた静寂の時間はどれほどのものだったのか。確かめる術はない。いつの間にか傾きを増していた陽の光が齎した影だけが男を覆い、流れを示している。

 

「それでもなお君が意味を求めると言うのなら……私が与えよう」

 

そんな流転の中、不意に持ち上げられた右腕が陽光を纏い、真上へ向けて開いた手のひらでは指輪が一つ、踊っていた。

 

装飾が著しく大きく、歪んだ。混沌を凝縮したかのような一品。即興劇(エチュード)の小道具にしては聊か不釣り合いか。

 

最も、この男にとっての˝役˝が持つ意味はしずくのそれとは違うのだろうが。

 

「……」

 

薄々であった予感が確信へと塗り替わる。

 

この頃かすみが口にするようになった「白黒の男には気をつけろ」という注意喚起。きっとそれはこの男に起因するものなのだろう。

 

当人が理由までを語ることは無かったが、雄牙との関係の変化を見れば大凡の想像はつく。恐らくはせつ菜だってそう。

 

誰かが思い悩んでいた時、決まって怪獣が現れて、決まってウルトラマンがそれを倒して……そして、決まってそのウルトラマンと親しくなっていた。

 

この男がどんな思惑を以って彼女達に魔の手を伸ばしたのかは知らない。けど、結果だけが事実としてそこに居座っているから。だから。

 

「……承認、ということでいいのかな」

 

もし、この手を取れば。

 

このどうしようもないくらいに荒れ切った自分にも、誰かが手を指し伸ばしてくれるのだろうか。

 

 

 

 

 

「――――それが本当にお前の望みか?」

 

 

 

 

 

さざ波の音を切り裂いた剣呑な声。本能的に背筋に伝った悪寒はいつかの邂逅を呼び起こす。

 

予期せず舞い降りた危険分子から逃れるように防波堤に密集していたカモメが飛び去ってゆく。白の群れの向こうでは眼前のそれよりも遥かに濃い˝黒˝が存在を主張していた。

 

「オグリス、さん……?」

 

「よう。また会ったな、しずく」

 

橋の欄干からこちらを見下ろす形で鎮座していた少女は、しずくと目線を重ねると同時にその場から飛び降りた。身長の何十倍もある位置からの着地を物ともしないのは流石宇宙人と言うべきか。

 

オグリス。一月ほど前に知り合った宇宙人であり、怪獣へと変身する、いわばウルトラマンとは対極にある存在。

 

「そんな嫌そうな顔するなよ。これでも、私はお前のこと気に入ってるんだぞ?」

 

「……一方通行な好意って虚しいですよね」

 

「そうかぁ? 私は一向に構わんけどな」

 

嫌味も何のそので気持ちのいいくらいに笑うオグリス。やはりコイツも苦手だ。接し辛ささえある。

 

「……だがまあ、お前のことは相も変わらず普通に嫌いだぞ? トレギア」

 

そんな彼女が一転。トレギア―――そう呼んだ男に向き直った表情には明らかな嫌悪が滲み出ていた。

 

関係は知らない。繋がりがあったのも初耳だ。ウルトラマンとの対立構図を鑑みれば不思議ではないが。

 

だが少なからずいい間柄ではないのは見て取れる。

 

「やれやれ……お転婆もここまで過ぎると困りものだね。私の邪魔はしないよう再三伝えたはずだが」

 

「ああそうだな。だが私からもこう言った。……私のお気に入りに手を出すなとな。私の楽しみを害するのであればその限りじゃない」

 

オグリスの態度は粗暴そのものだ。間違いなく口約束を後付けで破っているのだろう。

 

初めて、男の表情が崩れる。歪んだ口元に滲むのは不快感だった。

 

「お、いい顔になったな。……ここでヤるか?」

 

応じるように深紅に双眸を染め上げたオグリスが構える。右手に携えた扇状の物体は武器か何かなのだろうか。

 

何度目かもわからない沈黙。緊張感だけはそれまでの比ではない。少しでも動けば皮膚が裂けてしまいそうな痺れが肌に走った。

 

「……いや、やめておこう」

 

「けっ、腰抜けが。他者を使わんと何も出来ないのかお前は」

 

「何とでも言うといいさ。前にも言ったが私の身体はまだ本調子ではないのでね。今君と殺し合うのは不都合だ。……それに」

 

僅かながらに弛緩した空気の中、トレギアが真横へ視線を流すと共にその輪郭を翳ませてゆく」

 

「デウス・エクス・マキナ……糸繰の神様のご登場だ。醜いヴィランは消えるのが定めだろう」

 

やがて声だけとなった反響が消え去るよりも早く。

 

 

「しず子ぉ~~~~~ッッッ!!!!」

 

 

鬼気迫った甲高い叫びが迫ってくるのを感じた。

 

「かすみさん……ッ!?」

 

短くも綺麗に手入れされた髪をボサボサに乱しながら駆け込んできたのは、自分にとって最も親しいと言える友人だった。

 

遠方からしずくの状況を目視していたのか、傍らに現着するや否やしずくを抱き留め、眼前の脅威から庇うように自らの身体を盾としている。

 

そして―――、

 

「おぉ、雄牙もか。丁度よか………っと」

 

少し遅れて、先刻までトレギアのいた位置から突っ込んできた少年の蹴りをオグリスは片手で受け止め、その勢いのまま真横に放る。

 

ばしゃん。岸から数メートルほど離れた水面に派手な水飛沫が上がった。

 

「ちょっ……雄牙先輩!?」

 

「乗ってくれる分には嬉しいが今日はそういう気分じゃないんでな。ヤるのはまた今度だ雄牙」

 

「だったらっ、放り投げるんじゃ、ねぇ……!」

 

「仕掛けてきたのはお前だろ。……まあそれはいい。ここで顔を合わせたのも何かの縁だ。ちょっと付き合ってもらおうか」

 

息を荒げて川から這い上がってきた雄牙を軽くあしらい、オグリスはしずくも含めた三人と向き直る。

 

「……今度は何させる気ですか。あの変態おじさんも一緒なら関わりませんよ」

 

「案ずるな。あんな変態最初から眼中にもない。何故ならこれは私達だけの聖域なのだからな」

 

「聖域……?」

 

怪訝な視線も注がれる中、鷹揚に胸を張った彼女は次の瞬間に言い放った。

 

「女子会だ!」

 




いつも通り事案おじさんニヤニヤタイムかと思いきやオグリスの乱入。最後の発言も相まって話はあらぬ方向へと……。

数話跨いだしずく回。もうちょっとだけ続きます。


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48話 女子会・超会議 前編

劇場版ブレーザーの先行上映会に行って参りました。

本編もさることながら、キャストさんや田口監督の裏話や制作の意図を聞けて滅茶苦茶楽しい時間でした。これは舞台挨拶も行きたくなる……。


 

「女子、会……?」

 

目の前の異星人から放たれた聞き慣れない言葉を範唱する。

 

女子会と言えばアレだ。文字通り女子だけが集まった会合。異性の介入しない場で食事やお茶会を嗜む場だと認知している。

 

それをどうしてこの女子とも呼称していいのかも分からない化け物から誘われているのか、そもそも彼女は何故それを開こうと思い至ったのか。

 

疑問は尽きないが、一先ずは二の句を待つ。オグリスのことだ。きっと聞かずとも自分で語ってくれる。

 

「ん? 何か間違ってたか?」

 

「なんもかんもですよ! なんでかすみん達が付き合わなきゃなんですか」

 

「強いて言うなら気分と興味だが……友を遊びに誘うのに小難しい理由もいらないだろ」

 

「いやまず友達になった記憶も無いんですけど……」

 

語ってくれたが理解には至らなかった。もうそう言うものだとして処理した方がいいのだろうか。

 

強引。やはりその言葉が何よりも似合う。

 

「いいから付き合え。お前達もしずくを追ってここまで来たんだろ? だったら目的は同じだ」

 

誰の返答も、了承すらも得ることなく、踵を返したオグリスはずんずんと進む。

 

が、何を思ったか。ふと思い出したかのように足を止めると、

 

「……っと、その前に。雄牙」

 

「あぁ?」

 

「お前も参加するんだ。だったら、相応しいドレスコードと言うものがあるよな?」

 

「……は?」

 

無邪気に邪悪を灯した笑顔。

 

三つの視線が集中するのを察知した背中が微かな悪寒を帯びるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おまっ……マジでやんの!? ちょ、ちょまっ……待てってェッ!」

 

「なっはははッ! ここまで来て止めると思うか? 大人しく身を委ねろ」

 

「はは……」

 

布一枚を隔てた個室から聞こえる騒々しさに苦笑いする。途端に疲労が湧き出てくるのを感じた。何だかんだ気を張っていたのだろうか。

 

「しず子……大丈夫?」

 

察したのか、不安気に顔を覗いてくるかすみ。

 

「大丈夫だよ。色々あって、ちょっと疲れちゃっただけだから」

 

「いや、そうじゃなくて……」

 

「え?」

 

「しず子、なんか悩んでるでしょ」

 

前屈みになった体勢がかすみの顔を目前へと寄せてくる。ふわりと舞った芳香が擽ったい触りで鼻腔を撫でた。

 

皺を作った眉間が眼を傾けていた。見透かされている。ほんの一瞬前まで存在すらしていなかった予感が確信に変わる。

 

「……気のせいじゃないかな?」

 

「目、ちょっと腫れてる」

 

反射的に取った抵抗は己が零した雫の後に否定される。指先で触れた目尻は確かに微かな熱を帯びていた。

 

「また泣いてたんでしょ。これくらい、隠してたってわかるよ」

 

そもそもかすみは雄牙とのひと悶着があったのを知った上で追い駆けてきたんだ。こんな演技が通じる訳がないと遅れて理解する。

 

雄牙が自ら話したのか、将又かすみに看破されたのか。それはわからないけれど。

 

「……何か悩んでるなら話してよ。友達じゃん」

 

どちらにしろ余計な真似を。

 

更衣室でもみくちゃにされているであろう先輩に怨嗟の眼差しを向ける。

 

「あのお馬鹿に何か嫌なこと言われたんなら、かすみんも一緒にぶん殴るから!」

 

「はぁ……」

 

降参を表明する形で吐息を漏らす。思えばジョイポリスでの一件から既に勘付かれていたのだろう。どうであれこうなるのは時間の問題だった。

 

このまま貫けもしない隠し事を続けるか。それとも正直に話すか。どちらがしずくにとって望まない未来を招くかなんて考えるまでもない。

 

「……かすみさんは、さ。怖くなかった?」

 

「怖い? 何が?」

 

「自分を、否定されるの」

 

不意な問いかけにかすみは一瞬首を傾げるが、直ぐに心当たりを得たように人差し指を立てた。

 

「もしかして……お披露目ライブのこと?」

 

間もなく返したかすみに小さく頷く。

 

「あの時のかすみさん、すっごく、苦しそうだった。理想の自分があって、叶えたい姿があるのに、それを受け入れてもらえなくて。……わかるんだ。私も、同じだから」

 

語らいの決意を固めたはずの声音は、まだ震えていた。

 

「ううん。私なんかがわかった気になっちゃダメだよね。かすみさんと違って、私は努力もしてないもん……」

 

「何か、言われたの? もしかしてまたあのお馬鹿が変なこと言った!?」

 

「確かに指摘はされたけど……原因は私だよ。むしろ、あの人が言ってたことも正しいと思う。だから少し、ムキになっちゃって」

 

 

―――――いつもいつも気付いて欲しいんだか欲しくないんだかもわかんない曖昧な態度取っておいて主張もハッキリしないし。伝わる訳ないじゃん。

 

―――――そんなんだから予備予選で落っこちるんだよ。

 

 

鮮明に刻まれた言葉を反芻する。聞いたかすみは怒りこそ含んだ目をしているが、否定するまでには至らなかった。何となく、彼女にも心当たりがあったのだろう。

 

「……とりあえず、戻ってきたらぶん殴ろっか。言い方が悪いよそれは」

 

「でも元はと言えば私が……」

 

「そういうんじゃないの! しず子を傷付けるような言い方したんならあのお馬鹿が悪い!」

 

犬歯を剥いて握り拳を握る同級生。

 

かすみと雄牙の関係の変化というのはイマイチわからない。以前よりも親しくなったのは間違いないのだが、単純に仲が良くなったかと問われればその限りではないように思える。

 

憎まれ口は常のことだし、喧嘩や言い合いに関してはむしろ以前よりも増えている。何ならかすみは手さえ出ている。

 

けれどもそれらは両者の間にしかない信頼から来るもの。それは何かがあったであるのは、その何かを知らない者でさえ、傍から見ても明らかだ。

 

訳はしずくも知らない。その場所にいなかったんだ。知りもしなければ目にすらしていない事実を手繰り寄せる方法なんて持ち合わせてない。

 

「……質問、し直してもいいかな。お披露目ライブと、予備予選のこと。その、直前のステージであんまり評価して貰えなかったのに、何でかすみさんは自分のスタイルを貫けたの?」

 

だから問いかける。鮮明に焼き付いた景色に想いを馳せて。形すら見えない答えへ必死に手を伸ばして。

 

一度は折れかけた理想を抱え、あの輝かしいステージで歌い踊るかすみ。

 

それが途方もなく、今のしずくには眩しく思えたから。

 

「もし、また受け入れて貰えなかったらって思ったら……怖いと思わなかった?」

 

語末は自分でもわかるくらいに震えていた。最早しずく自身にも把握できないほどに雑多な感情が含まれている表れだ。

 

もう何年も()()を続けてきた。感情を取り繕うのは上手い方だと思う。一部簡単に看破してくる人はいるけれど、それでも大多数に対しては隠し通せる自信はある。

 

そんな自分が包み曝け出した弱さに対し、かすみは―――、

 

「そりゃ、怖かったよ」

 

「え……?」

 

あっけらかんと答えた。至極当然のように、ぱちくりと瞬く眼に欠片の偽りも映さないまま。

 

「怖いよ。あんなに頑張ったのに、こんなに可愛いのに全然褒めて貰えなかったんだよ。またそうなったらって考えたら……怖いに決まってるじゃん」

 

「だったら、どうして……」

 

「……スクールアイドルとしてのかすみんのこと、大好きだって言ってくれる人がいたから。せめてその人達の気持ちだけは、裏切りたくないなって。そう思ったからさ」

 

真っ直ぐだった。目線も、志も。何物にも屈しない強さを感じさせるほどに。

 

「そ、それにぃ、かすみんがなりたいのは世界一可愛いスクールアイドルだから! そこは曲げたくないなって!」

 

次第に照れ臭くなったのか、誤魔化すようにいつもの調子に戻ったかすみは人差し指を両の頬に当ててぎこちなく笑う。

 

「……凄いね、かすみさんは」

 

やっぱり、それすらも眩しかった。

 

「……私には出来ないよ」

 

擦れた音が反響を待たずに消えてゆく。

 

何を齎したであれ、かすみは答えてくれたんだ。

 

望まれた答えかはわからないけれど、今のしずくには打ち明ける義務がある。

 

「……私ね。小さい頃から昔の映画とか小説が好きで、その登場人物達に、憧れてたの。私もこうなりたいなって。物語の、主人公に」

 

「主人公……」

 

範唱したかすみには共鳴にも近しい含みがあった。当然だ。スクールアイドルを志した者なら、誰だって抱いたことのある願望だろう。

 

しずくだって、そう。演劇も、スクールアイドルも、踏み入れたきっかけは同じだった。

 

ステージの上で生み出す物語に観客を引き込み、一瞬でも世界の中心となる己を空想した……はずだった。

 

「でも周りの子はそうじゃなかったから、変な子だって思われることも少なくなくて。それが、すっごく怖かった」

 

誰にだって打ち明けたことのない追憶を綴った。紡ぐ声が段階的に加速する。記憶の中で瞬くのは始まりのあの日。

 

それは将来の夢を作文にして発表する。なんて、どこの学校でもある恒例行事。だから幼き日のしずくもただ自分なりに自分の夢を綴っただけだったあの日。

 

同じクラスの同級生には首を傾げられ、担任の先生すら言葉を探すような苦笑いを張り付けて空虚なありがとうを告げられたあの日。

 

自分が所謂、浮いている人間だと自覚したのはその時だった。

 

「だから、隠すようになったの。普通を演じて、皆に好かれるいい子の演技をして……そしたら、どんどん理想と遠ざかっていって……」

 

始めはその場凌ぎのつもりだった。けど成長するにつれて、理性はますます桜坂しずくを知覚してしまって。

 

いつしか、おかしな子である自分を隠すのが当たり前になってしまった。普段の生活。剰えは、舞台の上ですらも。

 

物語の主人公になるのは、他でもない桜坂しずく。その自己だったはずなのに。

 

「……それじゃいけないってわかってるのに、どうしようもなくて。全部、ダメになっちゃう……!」

 

受け入れて貰えないのが怖かった。誰かに離れて行って欲しくなかった。

 

その果てがこれだ。何もかもが中途半端で覆い隠された偶像は、終ぞ望んだはずの景色さえも打ち砕いた。

 

「もう何にもなれないよ……! だって、だって……!」

 

役者しても、スクールアイドルとしても。

 

「……もう誰も、桜坂しずくを求めてないの……!」

 

気付けば情緒は乱雲の中へと舞い戻っており、漏れ出る嘆声に乗って嗚咽が滲み出る。

 

誰もが己の人生という物語を生きる主人公。なんて言葉は所詮主人公になれなかった人間の言い訳だ。

 

この世界にはきっと主人公がいる。ヒーローとして人知れず世界を守り、沢山の人に好かれ、囲まれる。そんな主人公が。

 

どんなに苦しんだって自分はその誰かの物語の端役(モブキャラ)にすらなれなくて。存在した証すらも知られぬまま消えていく滓に過ぎない。

 

だからせめて舞台の上と言う虚構で、偶像という形でも主役で在りたかったのに……それすらも自分自身が否定した。

 

「誰か……私を見つけてよっ……!」

 

絞り出した叫びにすらならない悲鳴が、行き交う雑踏に届かないまま消えてゆく。

 

吐き出せばスッキリするなんてことは無い。ただただ哀傷が胸を抉った。

 

「やれやれ……思った以上に重症だな、これは」

 

やがて居座った冷たい沈黙を切り裂いたのは無遠慮な呆れだった。

 

「黙って聞いていればウダウダウジウジと……見苦しい。醜いと言ってもいい。お前はそんなにつまらない奴じゃないだろ、しずく」

 

「ちょっと……何ですかその言い方! しず子の気持ちも考えて―――、」

 

「同情してどうこうなるなら今のコイツのようにはなっていないだろ。お前こそ状況をよく見ろ。思いやりだの共感がなんだの、小賢しく感情に格付けをするから面倒くさいんだお前等人間は」

 

見下ろしてくるオグリスの眼もまた冷たい。

 

獰猛な獣ではあるが、決して獲物を見るそれではない。歯牙にかけるまでもない存在を侮蔑する目だ。

 

「感情とは即ち心の欲求、何よりも正直であるべき情動だ。それに蓋をして八方美人を演じているような奴に他者が付いてくる訳もない。誤魔化すことは出来てもな」

 

「それは……そうかもですけど。でもしず子の怖いって気持ちも感情ってことに変わりはないじゃないですか!」

 

「だから歩みを止めるのか? ただ意味のない慰めを続けるのが一番大事とでも? 自分は前へと進んでおいて随分と傲慢な言い分だな」

 

「そういう……訳じゃ……」

 

彼女なりの正しさを宿した持論が剣となって切り掛かってくる。揺るぎのない鋭さは憤慨するかすみですら黙らせてしまうほどだ。

 

「……っと、スマンスマン。少しズレた場所で詰めてしまったな。謝るからそんな顔するなよかすかす」

 

「……」

 

「かすかす~?」

 

「……かすみんです」

 

「くくっ、それでいい」

 

などと思えば一転して口角を上げる。コロコロと変わる空模様はやはり理不尽の権化だ。自覚があるかわからないのがまたタチが悪い。

 

「タイミング的は丁度良かったな。雄牙の方も準備は済んだところだ。そろそろ女子会の開催といこうじゃないか」

 

「……あれ、そういえば先輩は……?」

 

完全に忘れていたタイミングで名前が上がり、思い出したように更衣室へ目線を向ける。

 

だがしかし蛻の殻。先程あそこに詰め込まれていたはずの可哀そうな人の姿は見当たらなかった。

 

「え、あれ……? 雄牙先輩どこやったんですか?」

 

「ん? どこも何も、雄牙ならそこにいるだろ」

 

首を傾げたオグリスが指差した先。しかし見当たらない。確認出来るのはせいぜい死んだ顔をした少し大柄な女の子くらいであり……、

 

「え?」

 

そのまま横へ流そうとしていた焦点がその少女へ固定される。どことなく感じ取った馴染みがそうさせるままに凝視を続け、やがて思考は結論を叩き出した。

 

「「え……?」」

 

結果、間抜けた声だけが漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここだここ! 今日はここで楽しもうじゃないか」

 

「いつもの場所じゃないですか……。この状態でクラスの子とかと鉢合わせたくないんですけど」

 

「スリルがあっていいじゃないか」

 

「うわ、一人だけ安全圏にいる人に言われるとすっごいムカつきますね」

 

暫くの時を置いてまた移動。今度の目的地は普段しずく達もよく利用している商業施設だった。入り口の前で佇む巨大なロボットの模型がいつ来ても目を引く。

 

かすみの言う通り、この時間ならば同級生達が放課後の戯れついでに夕食を摂っていてもおかしくはない。もしかしたら同好会の面々だって部活帰りに寄り道している可能性だってある。そう考えると気が進まないのは確かだ。

 

何故なら今、しずく達一向はとんでもない爆弾を抱えている状況にあるのだから。

 

「てか雄牙先輩もなんで受け入れちゃってるんですか。せめてもう少しくらいは抵抗しましょうよ~」

 

「そいつの了承なら得ているぞ。付き合う代わりにトレギアの情報を教えると言ったら首を縦に振った。何も問題はないだろ?」

 

「変なとこで身体張らないでくださいよ……!」

 

「……俺だってやりたくてやってる訳じゃない」

 

呆れと苛立ちを隠す気もなく目尻を吊り上げた雄牙が肩に被さった髪の毛を掻き上げる。地毛ではない。後付けの髪、所謂エクステとかいうやつだ。

 

長髪の雄牙と言うだけでだいぶ物珍しいが、それ以上に自分達と同様のリボンやスカートが目を引く。注視すると所々にメイクが施されており、真実を知らない者にならば疑われないレベルの仕上がりだ。

 

要するに、今彼は女装させられている状態にある。

 

「最近のメイクって凄いんですね。まさかここまで仕上がるとは……。まあ、先輩黙ってれば可愛い方のお顔してましたけど」

 

「嬉しくねぇ誉め言葉ありがとうな。てか、お前等こんな時間まで出歩いてて大丈夫なの?」

 

「私はまあ、連絡すれば一応……しず子は?」

 

「……私も、元々今日は夕食済ませてから帰るように言われてたから。問題はないです」

 

「えー!? そうならそうと早く言ってよ! かすみん全然付き合ったのに!」

 

「そのつもり、だったんだけど……私部活出ないで帰っちゃったから。伝えられなくて……」

 

「あ」

 

つい数時間前までの出来事を思い出したように尖らせた口を硬直させるかすみ。次の瞬間には抱えていた鞄をぶん回して雄牙の腹をぶん殴っていた。有言実行な友人だ。

 

「なんだ。元々お前等で遊ぶ予定だったのか。だったら好都合、今日は遊び倒すぞ!」

 

「全然違いますけど。てか、どっちにしろ時間も時間ですし、そんなに長くは付き合えないですよ?」

 

時刻で言えばもう六時半だ。親の了承を得ているとはいえ、高校生があまり遅い時間まで出歩くのは健全とは言えない。

 

加え、東京住みの雄牙やかすみ、住所不定のオグリスと違ってしずくの家は神奈川県の鎌倉だ。あまり遅くまで居座ってしまっては帰れなくなってしまう。

 

それを考慮するとオグリスに付き合える時間はそう残っていないだろう。

 

「ふん。だったら善は急げだ。早速くり出そうじゃないか。……さあ、しずく。まずはどこへ向かう」

 

「え、私ですか?」

 

「ん? 言ってなかったか? 今日のコースは全面的にお前に任せるぞ」

 

不意なカミングアウト。可愛らしい同級生と女装した不審者の目線も自然としずくに集中する。

 

普通に聞いていない。抗議の意を眼に秘めて睨み返すが、やはり本人はどこ吹く風で。

 

「お前が行きたい場所に行ってやりたいことをすればいい。付き合うぞ? 私が見たいのはそれだからな」

 

どこまでも軽薄な態度から伝えられたのは、限りなく芯を捉えた要求。

 

「今更気を遣うような面子でも無いだろ。魅せてみろ。お前自身を」

 

試しているのか。それともまた気まぐれか。相も変わらず彼女の考えていることは分からない。

 

最早考えるのも疲れた。気を遣うのも、取り繕うのも、疲れた。

 

「……わかりました。だったら、楽しませて貰いますね」

 

諦観にも近い了承の後。

 

飽きることなく白い歯を見せ続けるオグリスに宿った勝鬨の色に気付く者は、まだ誰もいなかった。

 




Q なんで女装してるんですか
A やらせたかったから

まあでも女子会に野郎がいるのはおかしいからね。仕方ないね。

しずくに関してはスクスタとアニガサキでの話を踏襲しつつ主軸はオリジナルの設定で進めている形になります。誰しも一回はなりたいって思うよね、主人公。ない?ああそう……。


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49話 女子会・超会議 後編

刑期を終えたので大学から追放されました。
現在懲役約40年の服役が始まったところです。助けてくれ。


 

「そういえば、ここに入るの何気初めてかも。こんな風になってたんだ」

 

しずくの希望、もといそれを促したオグリスの我儘で赴いたのはテレビ局を挟んで海側に向かった建物の五階。赤を基調とする中に中華風な装飾の施されたフロアだった。漂う煮汁の芳香が空きっ腹を突く。

 

ラーメンのテーマパークを謳うこの場所。フロア全体が一つの店という訳ではなく、複数の店舗に区画されており、客はその中から好きな店に入るシステムを取っている。どちらかと言えばフードコートに近い形式だろう。

 

「しず子、ラーメン好きなの?」

 

「特別好きって訳じゃないけど、たまに食べたくなるのがあって」

 

何となく、普段の自分のイメージとは結び付かないのだろうなと思いつつかすみ達を先導する。週末は多くの人でごった返すと聞いたが、平日の夜でもそれなりに賑わいを見せる様子が人気を物語っていた。

 

適度に人波を避けつつ、迷うことなく突き進んだ先。目的の店でしずくが足を止めるのと、かすみが垂れ下がった暖簾に記された文字に顔を顰めるのは同時だった。

 

「担々麺……?」

 

読み上げた名前が味覚に襲来する刺激を予感させたのか、少し引き攣った顔で唾を飲み込むかすみ。

 

食べるのは初めてなのだろうか。どちらにしろ彼女ならいい反応をしてくれそうだ。

 

なんて、ちょっぴり湧き出た悪戯心も引き連れて暖簾を潜った。香辛料だろうか。ピリピリとした感覚が鼻腔を撫で、しずく達を出迎えてくれる。

 

「ん? 席に座らんのか?」

 

「ここ、食券を買ってから席に着く形式みたいなので」

 

説明しつつ券売機の前に立つ。一通りメニューを見比べた後、最も惹かれた名前のボタンを押した。ことりと小気味の良い音を立てて食券が落ちた。

 

「しず子ぉ……かすみんでも食べられそうなのある?」

 

「うーん……これかなぁ。一応、一番レベルが低いやつみたいだけど」

 

「レベルとかあるの!? 余計に怖くなってきたんだけど……あ、先輩も同じの頼むんですね」

 

「下手な冒険はしない主義」

 

「あ、スマン。持ち合わせがなかった。奢ってくれ雄牙」

 

「水だけ飲んでろよ」

 

食券を店員へと手渡して席に着く。テーブル席とカウンター席の二択だったが後者を選んだ。何というかカウンター席の方が()()()()()。折角来たんだ。雰囲気は大事だろう。

 

「さあ、それではいよいよ始めるとするか! 女子会とやらを!」

 

着席するや否や、頼んでもいないのに音頭を取り、仕切り始めるオグリス。雄牙は完全に無視を決め込む形でグラスの水を呷っていた。

 

「あのぉ……そもそも、何で女子会、なんですか? 一応理由をですね……」

 

「んー? 特に深い理由はないぞ? 強いて言うなら興味があったからだ」

 

そんなので女装させられたのだろうかこの可哀そうな人は。

 

多少の同情に、己の中で構築されていた宇宙人の像が崩れていく音がした。

 

「不満か?」

 

そして彼女はそれすらも見抜いてくる。嫌なところでばかり人知の及ばない宇宙人らしいのがまた憎たらしい。

 

「いいぞ。言ってみろ。陰口や愚痴を零し合い、共感する者同士で親睦を深める……それが女子会というものなのだろう?」

 

「いや、そんな怖いものじゃないですからね!?」

 

湾曲した捉え方ではあるが、世間の抱く偏見とは大体そんなものであるため何も言わない。本人がいる前で愚痴ってしまっては親睦も何もないのではないか、とは思うが。

 

ただまあ、見方を変えればそうと認識した上で彼女は許可を出したのだ。

 

ならば遠慮することは無いだろう。

 

「その……オグリスさんは普段、どういったことをされているのでしょうか」

 

「んー……、まあ、基本的には一人で暇を潰しているが……最近は愛達が付き合ってくれることもあるぞ」

 

「いつの間にか仲良くなってるし……」

 

「いえ、その……具体的に何をしてるのかな、と」

 

「具体的にも何もお前の見た通りだ」

 

「ずっと遊んでる……ってことですか?」

 

「まあ、そうなるな」

 

「……そういうところです」

 

膨らませた頬で不服を示す。ガチャガチャと厨房から届く作業音が繋ぎの静寂を埋め、しずくに継ぎの句を急がせた。

 

「……宇宙人っていう、表面的な言葉だけで印象を決めつけるのは良くないってわかってるんです。……けど」

 

「けど、なんだ?」

 

「……」

 

世間一般に抱かれる宇宙人の印象というのは決していいものではない。

 

かつてはSFの世界に過ぎなかった存在は今や現実の層位にまで舞い降り、決して無視出来ないほどの悲劇や苦痛を、数こそ少なくとも積み上げ続けている。結果として生み出されたのは一方的な偏見と悪意。

 

それらが双方にとって望ましくないことくらい理解しているつもりだ。

 

「……少なくとも私にとって、宇宙人っていう存在は理解の及ばない未知のもので、怖いもので……それ以上に、ワクワクするものであって欲しかったんです。決めつけはいけないって、理屈では理解していても、それだけはずっと私の中に残っていて」

 

宇宙人の存在が当たり前のものとなる前に記された物語の数々。それらに初めて触れた日の高鳴りを思い起こす。

 

「つまりなんだ。お前は私に地球侵略なり現地人の誘拐なりの宇宙人らしい行動をして欲しいと?」

 

「そこまでは言ってません。ただ、その……あまりにも想像と違いすぎて。ちょっとガッカリした、っていうのが正直なところです」

 

言いつつ隣の雄牙に目線を流す。相変わらずの冷めた目がしずくを見つめ返していた。嬉々とした顔でいるのはオグリスだけだ。

 

「……気に障ったのなら、すみません」

 

「構わんよ。そんなことでいちいち目くじら立てる程みみっちい性分じゃない」

 

嘘はないのだろう。それどころかどこか嬉々とした色さえ伺える。

 

「それにまあ、厳密に言えば私は宇宙˝人˝ではないからな」

 

「え?」

 

「……どういうことだ」

 

不意な告白に目の色を変える雄牙。しずくとかすみも同様に姿勢を前へ傾ける。

 

「その内話すさ。それよりほら、メインが来たようだぞ」

 

突き付けた疑念の刃はタイミング悪く配膳された注文の品によって遮られる。香辛料に彩られた紅がこの上なく存在を主張していた。

 

くぅ。

 

芳香が鼻腔を撫で、遅れて腹の虫が音を上げた。こんな時でも三大欲求は正直だ。

 

オグリスの言葉の真意も気にはなるが……今は目の前の空腹から満たすことにしよう。

 

「ふん……大凡この星の人間が食しているとは思えん見た目だが……」

 

先陣を切ったのは言い出しっぺでもあるオグリスだった。軽い会釈で作法を問うた後、拙い箸使いで抓んだ麺を口に運んだ。

 

瞬間、深紅の眼が見開かれた。

 

「あっ……はははははははっ! いいなこれは! 特別美味いという訳じゃないがクセになる刺激だ」

 

笑いながらも相当な勢いで器に盛られた麺を掻っ込んでゆくオグリス。スープにまで口をつけている辺りかなりお気に召したらしい。

 

正直言うと期待外れな反応だ。

 

「……お口に合うようなら良かったです」

 

気を取り直す形でしずくも香辛料の海から引き揚げた麺を啜った。喉を通過した辛味が食道を焼いてゆくのがわかる。

 

繰り返すうちに上昇した体温が血流を加速させ、全身を巡ってゆく。次第に滲んでくる汗はその証拠だ。

 

特別辛い物が好きという訳ではないが、この感覚はクセになる。時折このような店に足を運んで()に浸るのが密かな趣味だった。

 

「あれ……? 意外と、そうでもない?」

 

釣られるように、しずく達の様子を眺めていたかすみが少しばかりの期待を含んで自らの器と向き直った。

 

「いただきま~す……」

 

ふーふーと可愛らしく吹きかけた息で程よく冷ましたそれを啜り上げた。

 

瞬間、カメリアの眼が見開かれた。

 

「い゛っ……から、……水っ……みじゅっ……!」

 

騒がしい動きで口元を抑えて藻掻き出すかすみ。一瞬のうちに目元に浮かんだ涙は他でもない忌避反応だ。

 

想像通りの光景に、内心で嬉々としたものが光った。本来食べ物で遊ぶような真似をすべきではないのだろうが、この反応もまた担々麺の醍醐味でもあるのだ。

 

「かしゅみん、これ、だめでしゅぅ……。ひぇんぱ、のこりたべへください……」

 

「絶対ヤダ」

 

「残すなら私が引き受けてやる。ほら、寄越せ寄越せ」

 

「ひゃひ……ありはほうこらひまひゅ……」

 

返答を待たずしてオグリスはかすみから奪ったどんぶりを傾け、スープごと流し込む。しかし物足りないのか、自然とその目線は苦戦を続ける者の方へと向けられた。

 

「雄牙もダメそうなら食ってやるぞ?」

 

「……」

 

当然のように無視する雄牙は黙々と箸を動かしていた。平気そうに見えるが全くそんなことは無い。額を伝う玉のような汗は苦悶の証だ。蒸れたウィッグの中は想像もしたくない。

 

「……無理しない方がいいんじゃないですか?」

 

「……」

 

一瞬手を止めてしずくを一瞥した後、彼はまた食事を再開する。大層な理由なんてきっとない。ただの意地なのだろう。

 

「あっ……ははっ……!」

 

どうしようもなく嫌いな奴とよく似ている筈なのに、どうにもそれが可笑しくて。

 

自然と込み上げてきた楽しさが喉元を通り、久しく感じる笑みを綻ばせた。

 

***

 

流石に一度きりでオグリスが納得する筈もなく、その後もしずくの行きたい場所に行くという我儘に付き合わされる周遊は続く。

 

次に訪れたのは地球を模した巨大な球体モニターが象徴的な博物館。ナイトパークと称し仄暗い照明に照らされた空間はどこか非日常を纏い、図らずも気分を舞い上がらせる。

 

「しず子……これ、なに」

 

首を傾げるかすみの眼前に構えるのは不可解な展示。チューブや電光に侵食された木々の周りを実際の標本やそれらを模して造られた蝶達が飛び回っている、という構図だ。

 

その他にも用途のわからない機械の上に置かれた工芸品や立体的に並んだドミノなど、一見すると意味のわからない展示が並んでいた。

 

「ん~……計算機が新しい自然になる、ってテーマみたいだね」

 

「へ? どゆこと?」

 

「多分、来るかもしれない未来を指してるんじゃないかな。発展した技術が元々あった自然と融合して、新しい当たり前になる。その時私達の感覚はどんなふうになってるのか、って」

 

「ん、ぅん~……?」

 

「他にもそういう展示が多いし、哲学的な問いを投げ掛けて想像を促すのが目的なんだと思うよ。そうやって新しい発想や視点を生むのが面白くーーー、」

 

「あ、あっー! かすみん、あのおっきいゲームみたいなのやりたいな~!」

 

熱を帯びる弁説を遮ったかすみが指さしたのはゲームセンターの筐体を思わせるような巨大なプロジェクターだった。

 

投影される映像では相反する光球とウイルスのような物体が複数漂っており、それらを回避、もしくは回収するように描かれた軌跡をなぞる形で手紙が進んでいた。

 

「未来に今の文化とか資源を残すためにはどうしたらいいのか……ってゲームみたいだね。テーマを一つ選んで未来に飛ばすみたい」

 

「はいっ! だったらぁ、かっわいい~かすみんを未来の人達にも知って貰えるやつがいい!」

 

「え~っと、それだとこの芸術文化になるのかなぁ……うん。これで出来るみたい」

 

「どうせならしず子がやってよ。こういうのはかすみんの可愛さを未来に伝えるのもファンの務めだよ?」

 

「もう、調子いいんだから……」

 

言われるままにスクリーンの前へと移動し、当該のテーマを記した手紙を選ぶ。これを無事未来にまで送り届けるというのがコンセプトらしい。

 

「じゃあ……これで」

 

ルートを選びいざ出航。中須かすみの可愛さを構成に伝えるべく発信した箱船は未来へ向けて旅立ったのだった。

 

そして、

 

「ああぁ~~ッ!」

 

オブジェクトの裏側から不意に姿を見せた不吉な未来に衝突し無事轟沈。中須かすみの可愛い伝説は二年という、嫌にリアルな年月を以って幕を閉じるのだった。

 

***

 

続いて室内型のアミューズメントパーク。以前同好会の面々と訪れ、オグリスとも初めて出会った、ある意味で印象深い場所だ。

 

「ぎゃあああっ! ちょまっ……こっちこないでくださいよぉ!」

 

そんな記憶を覆い隠すような絶叫が反響していた。視界に映るのは肉体が著しく腐り爛れた亡者に囲まれる女性の姿だ。

 

勿論現実ではない。これは所謂VR式のアクションゲーム。仮想空間の中に現れるゾンビを討伐し、そのスコアを競うものだ。

 

作り物の映像とわかっているとはいえ、まるで本当に命の危機に瀕したかのような臨場感を生み出すクオリティの高さには技術の進歩を感じさせる。

 

ちなみに先程からの騒がしい悲鳴はかすみのものであり、目の前で襲われんとしている女性は彼女のアバターだ。

 

「なんでかすみんのところにばっかり寄ってくるんですかぁ! あっちいってくださいよぉっ!」

 

単純なアクションゲームかと思えば、中々どうして興味深い。プレイ中の緊迫感は勿論のこと、短いながらも作り込まれたシナリオは没入感を確かなものにしてくれる。

 

『こっちだ! 必ず全員で生き残るぞ!』

 

例えばシナリオ内での案内役であり主人公でもあるこの男性。新任の警察官である彼は赴任先の警察署で突如としてゾンビの襲撃を受ける。

 

混乱しつつも自分の責務を果たすべく奔走し、そこで出会った一市民であるアバター達と町からの脱出を図る、というのが話の流れだ。

 

『君、は……』

 

そして恐らくは今この場面こそがストーリーのクライマックス。

 

空路からの脱出を選択しヘリコプターのある消防署へ辿り着いたその時、一行の目の前に現れたのはゾンビと化した彼の彼女だった。

 

それまでどんな状況でも気丈に振舞い、アバター達の士気を下げまいと奮闘していた主人公が初めて絶望の表情を見せ、戸惑う。

 

ヘリのある屋上へ上るには彼女も含めたゾンビの群れを倒さなければならない。

 

葛藤の末、彼が選んだのはーーー、

 

『俺がコイツ等を引き付ける。その間に行くんだ!』

 

「でも!」

 

『彼女を一人で逝かせる訳にはいかないッ!』

 

偶然にも零れた声と合致してしまった主人公の決意がしずくを魅了して離さない。やがてゾンビの群れへ特攻を仕掛けた彼の背中を無意識のうちに追ってしまう。

 

見届けたい。使命と感情の狭間に揺れ、それでも愛を選んでしまった主人公の、その最期を。

 

しかし所詮は定められたシナリオだ。予定調和を乱す存在を運命《脚本》が許す筈もなく。

 

「しず子後ろ! 後ろぉっ!」

 

「……へ?」

 

血飛沫が視界を覆い、暗転した世界に「GAME OVER」の文字が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかあそこまで行ってゲームオーバーになるなんて……」

 

「……ごめんなさい。つい。熱中しちゃって……」

 

生温いはずの梅雨の夜風が妙に冷ややかに感じる。よりにもよってクリア寸前でやらかすなんて。

 

「でも、しず子が楽しかったんならいいよ。ちょっとは元気になったじゃん」

 

「まあ、楽しませてもらったし……」

 

実際、陰鬱だった気分が軽くなったのは事実だ。悉くは転ぶ結果に終わったが、それでも心の赴くままに遊ぶというのは楽しかった。

 

でもそれは一時的なものだ。

 

「ごめんね。付き合わせて……」

 

自然と謝罪が零れた。一体何度呆れられたのかと思うと怖くてたまらなかったから。

 

「? なんで謝るの? かすみん、めっちゃ楽しかったよ?」

 

「え……?」

 

だからこそかすみの返答は虚を突いた。

 

「そりゃあまあ、いつもとは全然違ったけど……でも、楽しかったよ? しず子の色んなとこ見れたし。こんな顔するんだなぁって」

 

感慨深そうに腕を組むかすみ。嘘でないのはすぐにわかった。

 

故に、わからない。

 

だって、こんなのは皆の思う桜坂しずくじゃないから。

 

こういう時は、決まってーーー、

 

「その顔はまだわかってない顔だな」

 

ぐるぐると巡り廻る思考に入り込む横暴な声音。

 

「人はみな役者……とかなんだかだったか。さっきトレギアがほざいていたのは。お前もお前で馬鹿に真に受けたみたいだが」

 

シェイクスピア。その喜劇、˝お気に召すまま˝の中にある有名な台詞―――この世は舞台、人はみな役者。

 

舞台の上で役者が己の役を忘れ、醜くもエゴをぶつけ合う様を皮肉った一言だ。

 

「……だって、そうじゃないですか」

 

自分だって同じだ。

 

しずくにはしずくの桜坂しずくがあるけれど、それは周囲の思う桜坂しずくとは違う。定められた役を逸すれば、待っているのは敬遠の眼差しだ。もう何度も経験してきたからよく知っている。

 

「何故己の在り方を他人に委ねる。お前の人生は演劇なのか? お前という存在は誰かに与えられた役なのか?」

 

オグリスは強い口調でしずくの言い分を否定する。有無を言わせない圧にはどこか大嫌いな先輩の影が重なった。

 

「答えはNoだ。自らの存在とは自分自身が歩んできた軌跡に他ならない。それが始めから……それも他人なんぞに決められていてたまるか」

 

怒りがあった。しずくに対してじゃない。もっと遠い、それでいて近い者に対する怒り。

 

「肩書きや居場所は誰かに与えられるものじゃない。自らで掴み取るものだ。昂然と自らを誇示し、他者へと己を認めさせる! 己こそが主役であると刻み込む! 生きるとは、そういうことだろう?」

 

それは彼女自身の生き様だった。

 

我が儘に強引に、台風のような勢いで周囲を巻き込む姿。それは確かに、この上ないほどにオグリスという存在を自分達に刻み込んでいる。

 

「……私はこの世に生まれ落ちた……いや、生み出された瞬間、命と呼べる代物ですらなかった」

 

不意に訪れた先程の答え合わせとも取れる時間。

 

細めた瞳に静かな虚しさを宿し、彼女にしては物憂げな表情が作られる。

 

「ディザスト・スマッシュ。……早い話が人造生命体だな。光の国との戦争のため、とある男によりベリアル因子から生成された人造兵器の実験体。それが私だ。……失敗作だったらしいが」

 

「……それで、どうなったんですか」

 

彼女の並べる言葉が何を指して何を意味するものかを知る由はしずくにはない。それでも問わずにはいられなかった。

 

「どうもされなかった。あの男は私が自我を得たことにすら気が付いていなかった。私という存在に気付きもせず、有象無象の失敗作の同列として捨て置いた。……どうしようもないくらいに憤慨したな。同時に燃え上がりもした。このまま何物にも成らないまま終わってたまるか、とな」

 

オグリスと目線が重なる。刹那に彼女の心を悟った。

 

「……お前だってそうだろ、しずく」

 

この人も、自分と同じなんだ。同じだったんだ。

 

ただ一つ()()()と違ったのは、彼女は進ませることを選んだ。たったそれだけ。

 

「もう一度だけ言う。誰かに認めて貰おうだなんて受け身になるな。世界にこれが自分であると認めさせろ。そうすれば自ずと世界は変わる……案外、思っているほど退屈じゃないぞ」

 

「認め、させる……」

 

簡単で単純な理屈。考えたことも無かった。経験がないから畏怖も生まれる。

 

受け止める理由を探していればかすみと目が合った。何も言わずに、頷く。

 

 

―――――スクールアイドルとしてのかすみんのこと、大好きだって言ってくれる人がいたから。せめてその人達の気持ちだけは、裏切りたくないなって。そう思ったからさ

 

 

彼女だってそうだ。その在り方を応援してくれる人を得たのは、紛れもない彼女自身が中須かすみというスクールアイドルを刻み込んだ(認めさせた)から。

 

教えて貰ったばかりだから、やり方は知っている。

 

必要なのは一歩を踏み出す勇気だけだ。

 

「……いいの、かな」

 

「いいよ。むしろ、そうして。かすみん達もホントのしず子でいて欲しいもん」

 

「でもっ、今日みたいにまた独り歩きしちゃうかもしれなくて……!」

 

「まあ、たまには困っちゃうかもだけど……でも大丈夫」

 

俯くしずくの手を取り、少し照れ臭そうに、されど真っ直ぐに、かすみは言った。

 

「どんな桜坂しずくでも、私は大好きだから」

 

「っ……!」

 

時間にすれば半日にも満たない、夜の戯れが思い出としてせり上がってくる。

 

「っ……ぅう…………ッ!」

 

引き寄せられた胸元で堪え切れなくなった感情を押し出した。温かさがじんわりと広がってゆく。

 

今なら、どんな場所にだって踏み出せる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今日は、私の好きにしていいんですよね?」

 

溜め込んでいたものを流し切った時、新しい情動が生まれていた。

 

「ああ」

 

「だったら、最後に聞いてください。私の我儘……」

 

突き動かされるままに走り出した。階段を駆け上り、中腹の踊り場に登壇する。

 

朧げな電光だけが照らす仄暗い舞台。今はまだ微かなスポットライトを浴び、しずくは幕引きを宣言した。

 

「……今の私が歌える、ありのままの桜坂しずくを!」

 

 

 

 

 

 

 

―――――♪:オードリー

 

仮面を脱ぎ去った少女は感じたままに歌い、踊る。

 

万人に受け入れられる者なんて存在しない。この先も同じような思いをすることは何度もあるだろう。

 

でも、だったらその度に刻み込んでやればいい。認めさせてやればいい。

 

これは偽ることをやめた大女優の刻む……彼女自身の、物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんで俺まで連れてきた」

 

しずく達を送り終えた頃、時刻は正子を回ろうとしていた。

 

バスも電車も既に寝静まっている。暗い夜道で奏でられるのは自分達の足音だけだ。

 

「わからないか?」

 

横断歩道の手前で立ち止まったオグリスが上体を屈め、雄牙の顔を覗き込んでくる。

 

無邪気に口角を吊り上げるものは好奇心と、同族への嫌悪。見透かした上での行動だからコイツはタチが悪い。

 

「……余計なお世話だよ」

 

「……ま、わかってるなら今は良しとしてやる」

 

信号が切り替わり、歩を進めるオグリス。渡り切る寸前で振り返ると、わざとらしく指を立てた。

 

「っと、忘れてた。トレギアのことだったな」

 

遅れて今現在の装いとここに至るまでの経緯を思い出す。そう言えばそんな条件で承諾したのだったか。

 

せめて晒した生き恥に見合う情報であることを願う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奴の狙いはお前だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

色は再び移ろい、青は赤に変わる。疾るヘッドライトの流星が言の真意を覆い隠した。

 

「どういーーー、」

 

届くことのない動揺が虚空に消える。

 

過ぎ去った車体の向こうにはもう、彼女の姿はなかった。

 




何だかんだ1年以上かかったしずく関連の話、終☆了。調子に乗って風呂敷広げすぎて畳むの大変でした。僕が悪いですね、ハイ。

そんでもってちゃっかり明かされるオグリスの出自ですよ出自。ディザスト・スマッシュ……どっかで聞いた単語だねぃ……(大賀美沙智)

余談ですがしずく達が足を運んだ施設はラーメン国技館、科学未来館、ジョイポリスと全てお台場に存在する場所を参考にしてます。どこもいい味してますので機会があればぜひ足を運んでみてください。

時間は消滅しましたがモチベだけは高いので頑張って今月中にもう1話……!


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50話 星の尋ね人

虹完結版のキャラデザ完全にぼざろで笑った。
7thも是非行きたい……。


 

「むぅ……」

 

二限目を終えた休み時間。移動教室の片手間にメモ用紙を捲った昂貴は眉を寄せる。

 

何度もシェルターに足を運んで収集した情報。探れば探るほど遠くなる影が頭痛の源だった。

 

『……以前にも伝えたが、君が無理をする案件ではないのだぞ。君には君の生活がある。私としては、そちらを優先して欲しい』

 

(……そうも言ってらんないだろ)

 

先日オグリスが雄牙に伝えたという警告。

 

トレギアの狙いが雄牙……タイガ経由で届いた話が余計に状況を煩雑に変えてゆく。

 

(仮にアイツの言葉が本当だとしても……トレギアが瀬良を狙う理由はなんだ)

 

『わからない。……だが、これまでトレギアが接触してきた者達が比較的雄牙に近い者ばかりだったことを考えれば無視出来る話ではないな』

 

せつ菜にかすみ、しずく。被害者を地球人に限定するのならば、確かに仮説と事実にはある程度の合致性がある。

 

しかしオグリスの話をどこまで信用していいものか……、

 

「ん」

 

噂をすれば何とやら。丁度思考の片隅にあった少女の後ろ姿を確認した昂貴は、並び歩くと共にその視界の大半を塞いでいた書籍の山を七割ほど引き受ける。

 

「他に手伝わせる奴とかいねぇのかよ」

 

「えっ? あ、昂貴さん……」

 

本の壁が除かれ、驚いたような顔が露わになる。伴って揺れたのは特徴的な長髪とリボン。

 

桜坂しずく。同じ国際交流学科の後輩であり、同好会の初期メンバー。昂貴にとっても比較的馴染みのある相手だ。

 

「随分とまあ大荷物なこって。何なのこれ」

 

「えっと……、次の授業で使うから生物室まで運んでおいて欲しいと頼まれて……」

 

「生物ってこた山口か。……人遣い荒いんだよなアイツ」

 

昂貴も一年の頃、大柄で男だからという理由で生物室の整理を手伝わされた記憶がある。三年になってからはご無沙汰だったがいい加減さも健在らしい。

 

「生物室でいいんだよな?」

 

「ああいや! そんな、悪いですよ」

 

「いーよ。見てて危なっかしいし。……代わりつったらアレだが、ちょっと聞きたいことあるんだけどいいか?」

 

「……まあ、昂貴さんがそれでいいなら……」

 

偶然の遭遇だったが都合がいい。生物室へと舵を取りつつ、こちらを伺うしずくに問う。

 

「……瀬良となんかあったのか?」

 

「瀬良先輩ですか?」

 

「そ。なんか呼び方変わってるし。多少は関係マシになったのかなって」

 

何かと他人と衝突しがちな雄牙だが、その中でもしずくとの仲の悪さは筋金入りと言ってよかった。基本口は聞かない上、口を開いたかと思えば喧嘩が始まる酷い有様だった。

 

それが一週間ほど前を境に一転。相変わらず健全な関係とは言い難いがしずくから声を掛けることが増え、露骨に嫌悪を向け合う様子も消えた。

 

まるで木こりの泉にでも落ちたかのような変容っぷりは他の同好会メンバーも気になっているところだろう。

 

「……何も変わってませんよ。私も、先輩も。ただの気まぐれです。呼び方もかすみさんに倣っただけですし」

 

そうは語るが、自分達から見てしずくに変化があったのは紛れもない事実だ。

 

以前よりも生き生きしているというか、年相応の無邪気さが目立つようになった。憑き物が落ちたようにも見える。

 

当人にその訳を明かす気がないのか、将又無自覚なのか。事の事実は知らない。だから彼女が変わったという主観だけが存在している。

 

「……ま、お前が楽しいならいいんだけどよ」

 

しずくだけじゃない。同好会も変わった。きっとこの先も変化し続ける。

 

やがて迎えるこの先の日々もまた輝かしいものであると願いたいものだ。

 

『……変わったな、君も』

 

(? なんか言ったか?)

 

『……いや、なんでもない』

 

感慨深そうに微笑んだタイタスに首を傾げている間に生物室へと辿り着く。足で開いた戸の先には何やら難しい面持ちでいる件の教師がいた。

 

睨み合うのは電子黒板が表示する映像。余程集中しているのかこちらに気が付いていない。

 

「野郎……生徒に頼み事しといてテメェは優雅に動画鑑賞かよ」

 

「ニュース……ですかね」

 

速報の見出しやアナウンサーの声音から伺うにどこかで怪獣が出たのだろう。

 

程無くして中継へ切り替わり、現地の状況を映し出す。画面を占領した怪獣には見覚えがあった。

 

「タガヌラー……でしたっけ? 最近多いですね……」

 

しずくが口にした名をこの数週間で何度耳にしただろうか。今月だけでも六体が出現し、決まってコンビナートやエネルギープラントを襲撃している。これだけ同じ事態が続けば否が応でも記憶に残るものだ。

 

『……昂貴。あんなことを言った直後ですまないが……』

 

(トイレ行ってたとかテキトーに言い訳すりゃ問題ねーよ。けど珍しいな)

 

地球外文明の関与が疑われる場合を除き、基本的にタイタスは原生怪獣の対処を防衛隊に委ねている。

 

ウルトラマンは過度に他星の文明に干渉してはならない。そんな彼等の決まりに従っているそうだが、今回はどうにも違うようだ。

 

『杞憂で終わればそれでいいのだがな。……出来れば、自身の目で確かめておきたい』

 

(わーったよ)

 

彼がそこまで言うのなら相応の事態である可能性が高い。昂貴としても拒む理由はなかった。

 

「取り敢えずブツは運んだからもう行くぞ。じゃあな」

 

「あ、はい。ありがとうございました」

 

「おーう。また放課後な」

 

速やかに生物室を後にし、人目のない屋上へ移動するとキーホルダーを取り出した。

 

 

「バディ……ゴー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音速で流れる景色の中に映る異物。それが自らの御すべき対象であると認識するや否や、急降下を始めたタイタスは拳を握った。

 

『˝タイタスプラネットハンマー˝ッ!』

 

重力加速の乗った破滅的な一撃を怪獣の脳天に見舞う。硬質な炸裂音が響き、巨体が地へと伏した。

 

硬い。真っ先に腕先から走った痺れが奴の頑強さを物語っていた。まるで鉄板を殴ったかのような手応えだ。

 

その上―――熱い。

 

『どうやら……吸飲したガス燃料を体内で即座に燃焼しているようだな』

 

「見た目のクセにロボットみてーな奴……」

 

外見は正しく超巨大な虫そのもの。頭部から背面にかけてを甲羅のように覆う外骨格に、複数の節で構成された四肢。そして両腕の鎌。

 

地球上に存在する昆虫の特徴を掛け合わせたキメラ……そんな印象を受ける。

 

 

―――――甲虫怪獣(コウチュウカイジュウ) タガヌラー

 

 

『ッーーー!』

 

「あっ……づッ!?」

 

起き上がり様に距離を詰めてくるタガヌラーを抑えに掛かった両腕が激痛に見舞われる。

 

この銃数秒の間にまた体温を上昇させたのか。その熱量は最早素手で対応出来る領域じゃない。

 

『マズいな……。このままでは手が付けられなくなる』

 

「つってもこんなとこで無理矢理爆発させたら大惨事だぞ……」

 

場所は高圧ガスを保管するコンビナートだ。下手に引火させるようなことがあれば一帯が火災になり兼ねない。

 

海中、最悪でも上空での撃破が求められるが、指数的に上昇する体温がそれを許さない。

 

『ッ……!』

 

『……妙に、補給に固執するな』

 

タガヌラーに反撃の意志はない。それどころか口吻をガスタンクへ刺し込み、食事に勤しんでばかり。

 

余程腹が減っているのか。なんて廻り始めた推察は即座に叩き潰されることになる。

 

『ッ……!!』

 

『これは……溜め込んだエネルギーを放出しようとしているのか!?』

 

突然ガスの吸飲を止めたかと思えば、空を見上げたタガヌラーの角が膨大な熱と光の集束を開始する。

 

目的は尚も不明だ。けれど今奴が成さんとしていることの危険度くらいは理解出来る。

 

『こうなれば宇宙空間に殴り飛ばす他ないな……拳を叩きこむと同時にプラニウムバスターで打ち上げるぞ』

 

時間がないと判断したのはタイタスと同時だった。半ば強引とも言える手段だが今はこれしかない。

 

『˝プラニウムーーー、』

 

「ちょっと待ってウルトラマン!」

 

こちらもタイガスパークにエネルギーを集め、奴よりも早く解き放とうと構えたその時。

 

上空から静止が割り込む。遅れて聞こえたのはホークイージスのエンジン音だ。

 

「E.G.I.S.……?」

 

「タガヌラーに打たせてあげて!」

 

『なんだと……?』

 

意図の見えない嘆願に戸惑いが生じる。だが怪獣の専門家たる防衛隊の判断ならばタイタスは順じざるを得ない。

 

攻撃の姿勢を解き、最低限の防御と共に顚末を見届ける。

 

『ッッ――――――!!』

 

程無くしてタガヌラーから咆哮が轟き、臨界点を迎えた熱線が凄まじい勢いで天へと奔った。

 

『……?』

 

「なにが……」

 

特別何が起こる訳でもない。訪れたのは束の間の静寂だ。

 

それどころか。

 

『……。…、ッ……!』

 

力なく崩れ落ちたタガヌラーが仰向けに転がり、動かなくなる。

 

蒸気を昇らせるその身体にはもう、生命の息吹は存在していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すみません。俺も詳しいことは……」

 

放課後、少しでも知見を得ようと雄牙を訪ねるが空振りに終わる。

 

「そもそも、タガヌラー自体がそこまで出現が確認されてる怪獣じゃないんで。解明されない部分も多いというか……」

 

「そうか……」

 

雄牙はあくまでも知識を蓄えているだけで研究者じゃない。そもそもが解き明かされていない謎の答えを求めるのは無理があったか。

 

「……けど、そんな奴がここ最近で一斉にってのもおかしな話か。そっちになんか心当たりないか?」

 

「セオリーで語るなら餌を探して……ですかね。ほら、生息域に食うモンが無くなって縄張りの外に出るのは怪獣に限ったことじゃないんで」

 

よく耳にする話だと野生動物による農業被害などが近いか。タイタスに目もくれずタンクに齧り付いていたのを考えればあり得ない話ではない。

 

「ただ、熱線の放出に関してはなんとも……」

 

結局行き詰まるのはそこだ。

 

絶命してでも放った熱線に、それを促すようなE.G.I.S.の勧告。基地からかなり距離のある地点であったにも関わらず妙に現着が早かったのも引っ掛かる。

 

まるで最初からタガヌラーに熱線放射をさせるのが目的だったような……、

 

「雄牙ー、帰ろー!」

 

発足した談義は侑の登場で幕切れとなる。気付けばもう夕刻。常に頭を捻っていたせいか、やたらと短く感じる一日だった。

 

「……教えてくれるかわかりませんけど、一応涼香さん辺りに聞いときます。そっちも、なんかわかったら教えてください」

 

「おう。お疲れさん」

 

賑やかに退室してゆく後輩達を見送り、鍵を閉めた昂貴も部室を後にする。彼方がバイトであるために一人での帰路だ。

 

「……なんかわかったら、ね」

 

含有する希求は恐らくタガヌラーの件だけではないのだろう。しずくに反し、雄牙は元の危うさに拍車が掛かったような気がしてならない。

 

敵の狙いが自分であるという恐怖や焦りから来るものじゃない。もっとどす黒い何か。

 

しずくの態度が軟化したのはそれを感じ取ったが故なのだろうか。

 

どうであれ、こちらも気を配らなければならない案件であるのに変わりは無さそうだ。

 

「……手のかかる奴」

 

悪態をつく一方で口元が緩む意味をこの時はまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「―――――南雲昂貴くんだね」

 

「ッ……!?」

 

意識の外から掛かった声。

 

「おぉっとごめんごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど……」

 

「……誰だ」

 

反射的に飛び退いた身体が臨戦態勢を取る。

 

背後に立っていたのは初老の男性だった。一見何の変哲もない雰囲気を纏っているが、コイツは普通じゃないと本能が叫んでいる。

 

気配を全く感じなかった。もしこの男がその気であったなら殺られていたことだろう。

 

間違いなく地球人じゃない。

 

「えっと……取り敢えず落ち着いて。話だけでも聞いてもらえないかな」

 

「はぁ……?」

 

警戒する昂貴を宥める仕草を見せた後、差し出した名刺と共に男は言った。

 

「……君達に依頼がある」

 




今回から昂貴くんパート。そこそこ長めのお話になります。

今回の話は結構早い段階から考えていたんですが、冒頭で出す怪獣いないな~とか考えてたら丁度いい怪獣をブレーザーくんが与えてくれました。ありがとうブレーザー。ありがとうゲント隊長。ルロォォォイ。

ブレーザー本編でのタガヌラーの活躍と言ったら……まあそういうことですよね。ちなみにニジガクを破壊したアイツは出てきません。

最後に出てきた謎の男も関係があったり……?


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