脇役になりたくないTS転生者 (有機栽培茶)
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コラボ
コラボ・あったかもしれない一幕


コォ〜ラァ〜ボォ〜の巻。
念願の初コラボですよ!?めっちゃ長い...
しかも相手の地雷が分からないので無難に完全オリジナルとなってしまった....こ、この時のためにあのちょいキャラ達を出したんですよ()
しかも本当は日常回にしようと思ってたのに全然ほのぼのしてないし....
うっあぁ...(申し訳なさで胃が死ぬ音)
賛否両論あると思いますが...勘弁してください....

ちなみにカドヤちゃんは施設から逃げ出した直後を想定して書いております。地獄から抜け出した直後にこんなクズ共に出会うなんて...


 

テラ

 

それは地球という惑星で死を迎えた私が新たな生を受けた世界の名称です。地球とは別の宇宙のどこかに存在する別の惑星か、はたまた宇宙すら違う別世界なのか、それは私にはわからないし、知る必要もない。

 

なぜなら、私にとってそれは重要なことではないのですから。

 

知らない国、知らない人種、知らない世界、知らない技術。

その全てが素晴らしかったし、私の興味を十分に弾くものでした。

 

でも、そんなたいそれたことよりも、なによりも、私は自由に生きるということが新鮮で仕方なかったのです。

 

自由を知り、その志半ばで息絶えた私の得た第二のチャンス。

目に映るもの全てが美しかった。

 

前世と変わらず支配された生活を送ることになっていても、自由な心を得た私にはそれさえも美しかった。

更なる自由を求めて檻を壊した私が見たものもまた素晴らしく、美しかった。

何もかも、新鮮で、刺激的で、愉しかった。

 

 

 

そんな私にある時、ちょっとした小さな出会いがありました。

 

 

 

 

 

 

「なんだァ?このガキ」

 

「孤児か?家族...仲間はいないのか?」

 

「....アンタ達やめなさい。この子が怖がってるでしょ」

 

 

宗教国家、ラテラーノ。

その近郊に位置する小さな丘の上で私と数人の傭兵仲間達は夜営の準備をしようとしていた頃の話です。

 

 

「どうしましたイージス?」

 

「子供だ。フェイスレス、どうする?」

 

「鍋にして食っちまおうぜェ!!」

 

「ちょっとアサルト!冗談は顔だけにしときなさい!」

 

「んだと怪力女!」

 

「フェリーンに力負けする非力魔族」

 

「うぐぁ!?」

 

 

()()アサルトがホークアイにヘッドロックを食らわされています。この小さな傭兵団では珍しいことではありません。私はこの騒がしい雰囲気が嫌いではないのですが、まあその話はまた今度。

 

 

「やめろ二人とも。この子が怖がっている」

 

「そうですよー」

 

 

そう言いながら少女を観察します。

痛んだ髪をポニーテールのように一纏めにし、露出した肌には酷い火傷の跡や縫い目。服装は真っ黒....いえ、少し赤黒いボロ布を羽織っていますがその下は真っ赤な血痕のついた白い..........そう、まるで病衣のようなものを身につけていました。

今このような茶番を演じている彼らもわかっているのでしょう。

 

厄介ごとです。

 

そう、間違いなく私たち一傭兵には手に負えないような、少なくとも企業が関わっているもの。

ライン生命あたりでしょうか。裏での情報集めの際にあそこが何か黒いことをやっていることは把握していました、が.....もしかしたらソコさえ超える、国家絡みの可能性もある。

 

いっそただの孤児か、ほかの傭兵団の罠だった方がマシでした。

 

 

「うーん....お嬢さん、お名前を伺っても?」

 

「......カドヤ」

 

「なるほど。教えてくれてありがとうございます。カドヤさん」

 

「しゃ、しゃべったァ....俺が優しく話しかけても無視されたのに.....」

 

「優し...く.........?????」

 

 

カドヤ.....かどや.....特に何かの暗喩や番号ではないようですが...

 

 

「申し遅れました。私はアルベルト。こんな名前ですが一応女です。アルベルトおねーさん、と呼んでください」

 

「ぺったんこだもんな!!!」

 

「ホークアイ」

 

「了」

 

「ウヴォァ!?」

 

「イージス、見てないで手伝って!こいつなかなかしぶといわ!」

 

「な!?ま、までぇぇ!?」

 

「了解した」

 

 

顔面から地面に突き刺さっているアサルトは放っておきまして、質問タイムといきましょうか。この少女を放っておくとしても、ここで殺すにしても、何かしらの情報が欲しい。何か大きな事件に知らず知らずのうちに巻き込まれているなんてことになったら不味いですから。

 

 

「少し質問、いいですか?」

 

「......ああ」

 

「貴方はどこからきたのですか?」

 

「....」

 

「ではこの傷は?」

 

「............言いたくない」

 

 

ぼ?へらほうふぁな?ひへふが?(お?偉そうだな?締めるか?)

 

「アンタは黙ってなさい」

 

「ボッ(絶命)」

 

 

「....貴方はどこかのグループに所属していますか?」

 

「......いや」

 

「そうですか。では最後に─────

 

 

 

──────貴方は以前どこにいたのですか?」

 

 

「っ..........!!」

 

 

 

瞬間、怯えをあらわにしながらも私を見つめていたその真っ黒な瞳が見開かれ、そしてすぐに隠された。顔を埋めガクガクと震える様から見るに、過去のトラウマを思い出しているのでしょう。

 

好都合です。

 

精神が衰弱しているのなら情報もより引き出しやすい。

子供は好きですが、物事には優先度というものがあるのですよ。

 

 

「貴方は、逃げ出したのですか?」

 

「はぁ...はぁ....!!」

 

「一体どのようなことをされたのですか?何か硬いもので叩かれましたか?肉を切られましたか?体でも焼かれましたか?それはどれほどの苦痛だったのですか?」

 

「いや.....だ.......はぁ、はぁ......」

 

「もしかして、ソコには貴方以外にも誰かいましたか?」

 

「はぁ....うっ......」

 

「貴方は、其れ等を見捨てて逃げてきたのですか?」

 

「あ...ぅ.....」

 

「....その施設の名前を──

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

.....ダメですか」

 

 

失敗ですね。

やりすぎたのか、はたまたその場所の名前さえも言いたくないのか。

それとも両方か。ですが彼女が“そういう場所”から逃げてきたということは確実でしょう。でしたらこちらも行動を決められる。

 

殺しましょう。

 

リスクが高すぎます。

確かに、面白そうではあります。

ですが、命をかけるほどのものではない。

私はもう既に“フィナーレ”を決めているのですから、そんなことで駒を消耗したくもないですし。

 

ですので彼女とはここでお別れです。

可愛い少女を処分するのは悲しいですが、仕方がありません。こういう世界なのですから。恨むのなら運命を恨んでください。

 

そう考えながら、飛びかかってきた少女の腕を掴んだその時でした。

 

 

「これは」

 

 

急激に力が抜けるような感覚。

そして、自分の腕が別の何かに置き換わるような感覚。

私はこれを知っています。源石化、それが急速に行われようとしている。

アーツで対抗──できない。なぜかはわかりませんが不発に終わりました。

 

 

「イージス」

 

「わかっている」

 

「っ!?」

 

 

だから素直に仲間に頼ることとしました。

いつの間にか背後に回っていたイージスの蹴りが少女に炸裂。

その衝撃に苦痛の表情を浮かべながら少女は私から離れました。

同時に源石化も止まり、アーツを使用し源石を排除。

アーツも正常に動作するようになりました。

 

なるほど、私と似たようなアーツと同時にもう一つ不可思議なアーツを使うようですね。いや、そもそもそれら全てを行うことのできる一つのアーツなのでしょうか?興味が湧いてきますね。

 

 

「がっ...!?」

 

「よし...どうするアルベルト?殺すか?」

 

 

転がった少女に足を乗せたアサルトがそう言葉を発します。

彼がそのまま足に力を入れれば彼女は道端のゴミのように潰れて死ぬでしょう。

 

 

「やめましょう。その子供は殺しません」

 

「...フェイスレス、こいつは危険だ。殺すべきだと進言する」

 

「私も同意見」

 

「俺はアンタに従うが、ぶっちゃけ殺したほうがいいんじゃねぇかな」

 

 

彼らの意見は尤もです。

ですが...

 

 

「それでは面白くないでしょう?」

 

 

きっと生かしたほうが面白いことになる。

希少なアーツ。私はこの世界に生まれて初めて自分以外で源石に直接介入できるアーツを私以外でみました。それも、私以上に能力の幅のある。そしてそれを使うことのできる彼女を捉えていた者たちは何を望んだのでしょう。きっと、リスク以上に面白いことになる。

 

 

「ですので、私はこの子を仲間の一員として迎え入れようと思うのです」

 

「うぉぉぉ!!いいんじゃねぇか!?」

 

「面白くは....なるだろうな」

 

「はぁ....アンタ達ねぇ.....」

 

 

彼らはそう言って賛成してくれました。

ホークアイもため息をつきながらも反対ではないようです。

そうでしょう。

彼らは“楽しむため”に私についてきた愚者共。

どれほど大きなリスクがあろうとも、それを上回るだけの“愉しさ”があれば彼らは飛び付かずにはいられない。

 

 

「と、言うわけでカドヤさん?貴方は今日から私たちの仲間です。勿論、拒否権はないですがね」

 

 

そう、自らの体を抱きしめ怯え震える少女に言い放ったのが全ての始まりでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カドヤァァァァ!!!頼む!交換しよう!お前味覚ないんだろ!?ならその肉じゃなくてもいいじゃねぇか!!」

 

「だからって好き好んでオリジムシ焼き食う奴はいないって!じゃんけんで決めただろ!?」

 

「頼むぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 

 

 

「楽しそうですねぇ.....」

 

「....そうか?」

 

 

雪が降り、花が咲き、太陽が大地を照らし、紅葉が現れ、また雪が降る。その繰り返しを何度繰り返したのでしょうか。彼女はすっかり、とはいかなくとも最初よりは打ち解けていました。未だイージスは避けられていますが、雑に扱ってもいいと理解したのかアサルトとは肉の取り合いをするほどに打ち解けていました。

ボサボサだった薄紫色の髪も完璧とはいかないまでにサラサラとなり、骨が浮き出ていた体は多少肉つきが良くなっています。

 

言葉付きが乱暴なのが少し難ありですがねぇ....

 

 

「母親...と言うか父親の目をしているぞフェイスレス」

 

「おや、ホークアイ戻りましたか」

 

「ああ、やはり情報通り目標はこの先の廃村に拠点を構えていた」

 

「なるほど。では明日にでも決行しましょうか」

 

「わかった」

 

「ところで、貴方から見て彼女はどう思いますか?」

 

「そうだな....基本的にいい子だ。少なくとも私たちに比べればな。私はその辺りの基準はよくわからない」

 

「そうですか」

 

「だが...少し精神面に不安なところはある。彼女は初めて出会った人間に極度の警戒を示す。コミュ障、と言うわけではないだろう。人間不信だ。あとは自己肯定感が低いのも心配だな」

 

「意外と見てますね貴方」

 

「まあな。一緒に寝泊まりすれば自然とわかるだろう。舐めているのか?」

 

「...なんで貴方達は揃いも揃って喧嘩っ早いんですかね」

 

「冗談だ。あとは夜寝ている時にうなされていたのも心配だ」

 

「そうですね.....私も寝る時横で寝ながら泣いていたのを見たことがあります。貴方に抱きしめられた時は穏やかな寝顔をしていましたが」

 

「安心したんだろう」

 

「やはりおっπですか」

 

「馬鹿か」

 

 

やはりおっπ、おっπは全てを解決するのですね...

くそぅ....この*1巨乳美人め。

 

 

「お前...今変なこと考えただろ.......イージス」

 

「..........へ!?俺!?なんで急に!?」

 

「よし、今夜は覚えていろ。搾り取ってやる」

 

「ま、待て落ち着け!お前アレだろ!絶対*2あの時期来てるだろ!?抑制用の薬飲み忘れただろ!?」

 

「.....そういえば昨日飲み忘れたな」

 

「飲め!今すぐでもいいから飲め!それかアサルトにしろ!アルベルトでもいい!お前両刀だろ!?」

 

「断る」

 

「あ、あ、た、助けてくれアルベルト!」

 

「明日の依頼に支障が出ない程度でお願いしますね?」

 

「わかった」

 

「おま、お前ぇぇぇぇ!!」

 

 

なむなむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これがドックタグです」

 

「おお、傭兵っぽいね」

 

「傭兵ですからねぇ」

 

「でも何か意味があるの?」

 

「意味、ですか....」

 

 

ある日、カドヤさんに私たち傭兵団のドッグタグを渡していないことに気づき、急遽作成して渡すことになりました。危ない危ない。これは私たちの仲間だと証明するために必須なものですからね。

しかしドッグタグの意味、ですか。

 

 

「墓標です」

 

「墓標?」

 

「もしくは私たちの生きた証」

 

「ふーん?」

 

「私たち傭兵はいつ死ぬかわからない職業です。そして短命ゆえに遺せるものは少ない。遺体だって回収できないことの方が多いですからね」

 

「...そっか」

 

 

確か死んだ仲間のドッグタグは二つあるうちの片方を形見として持っている...でしたっけ?こんな話をしましたが正直死んでいった仲間に未練などないでしょうし、実際に彼らが死んでも私は彼らのドッグタグを持ち歩いたりはしないでしょうね。

形だけですよこんなものは。

 

 

「....なあ、アルベルト。お前は死にたくないとは思わないの?」

 

「別に?そういう職業ですしね」

 

 

それに私の最終目標も.....

 

 

「いや、でも心残りは、ありますね」

 

「心残り?」

 

「家族です」

 

「か......ぞ、く....」

 

「一人、妹を残してきてしまったのですよ」

 

「妹」

 

「そうです。私は彼女を一人残してしまった」

 

 

 

 

「ちゃんと........殺さなければならないのに」

 

 

 

「.....そっか」

 

 

ああ、そんな顔をしないでほしいカドヤさん。

わかっている、わかっているのですよ。

 

 

「私がおかしいことは理解してますよ」

 

「.....」

 

「私が死んだ方がいい狂人だってこともね」

 

「....少なくとも私はそうは思ってないよ」

 

「!」

 

 

貴方は....

....ふふ、まったく、そういうところですよ。

 

 

「可愛いですねぇ貴方は!まったく!」

 

「うわっ!?」

 

 

あ、ぷにぷにしてる。

 

 

「アル....私は、お前と家族の間に何があったのかも知らないし、お前のいう通りお前がただの狂人で家族になんの罪もなかったのかもわからない。けど、私にとってお前はいい人だったよ」

 

「ふふ、嬉しいこと言ってくれますね」

 

「.....正直、お前より私の方が死ぬべき人間だと思うよ」

 

 

....なぜ、そのようなことを....?

 

 

「今まで、怖くていえなかった....私は、サンクタとして、異端なんだって」

 

「い、たん.....?」

 

「だから親にも捨てられて、偉い人たちに罰を、とっても痛い罰を与えられてた」

 

「......罰」

 

「私は、普通に生きることは許されないんだって」

 

「......」

 

「...ごめん。黙ってて。もう、戻りたくなかったから.....みんなと離れたくなかった.....でも、これ以上一緒にいるとアルベルトも危険に───

 

 

 

「馬鹿でしょう貴方」

 

 

「.....え?」

 

 

ええ馬鹿です。大馬鹿者です貴方は。

 

 

「貴方が何をしたと言うのですか?異端だから?普通に生きていてはならない?馬鹿げている。本当に、馬鹿馬鹿しい!!」

 

 

本当に....

こんなに感情的になったのは、怒ったのはいつぶりだろう。

 

 

「貴方は!!.....貴方は一人の人間なんです。好きなように、そう好きなように生きていい。好きなものを食べ好きなものを買い自分の望むように生きる。自由に生きる。それでいいじゃないですか。いや、それがいい!」

 

「....そう、かな?」

 

「そうです!異端?それがなんだって言うのですか?そんな鎖はぶち壊してしまいましょう!他人の価値観などに縛られるなんて勿体無いじゃないですか!!」

 

 

 

 

 

「だって、世界はこんなにも美しいのですから!!」

 

 

 

 

「そっか.....そうだ....そうだよね」

 

「そうです」

 

「自由...か.....」

 

「そう、自由。何も恐れることはない。わたしたちを縛る全てをぶち壊してしまいましょう!」

 

 

 

そのほうがきっと楽しいのですから。

 

 

 

「.....話は変わるけど私元々男だって言ったら信じる?」

 

「おや?奇遇ですね私もです」

 

「え???」

 

「冗談です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思えば、彼女と過ごした時間は私が、そして“私”が心から笑い感情をあらわにした数少ない機会でした。

楽しかった。

私が望むものではありませんでしたが、私にとって大切なものであることには変わりませんでした。

 

嗚呼、楽しかった。

 

ですが楽しい時間はいつか終わるものです。

 

 

「クソがァ!!くそ術士共が!正々堂々戦いやがれェ!!」

 

「フェイスレス!不味い!このままだと囲まれる!」

 

「こっちもきついわ!矢が尽きた!」

 

 

リターニアの辺境。

その土地に訪れた我々を出迎えたのは術士達の手厚い歓迎でした。

 

リターニアがアーツや源石の研究について盛んなことは知っていました。ですが、まさかその地を訪れた感染者を実験材料にしようとするなんて思いませんでしたよ。

 

 

「ごほっ....」

 

「アルベルト!もうやめろ!これ以上はお前が危険だ!」

 

「ダメ、です...やめてしまえば貴方達は奴らの、感染者の源石を利用するアーツの餌食になる」

 

 

感染者の体内源石を利用してアーツを発動させる。

面白い発想です。敵を素材にし、他の敵も同時に一掃する。

そして使用者側のデメリットは一般的なアーツユニットを使用するよりも格段に少なくなる。革新的だ。素直に敵を称賛したいほどに。

 

しかしその矛先が私たちに向いているとなれば話は別です。

今ここで死ぬわけにはいかない。

今ここで仲間(道具)を失うわけにはいかない。

そんな思いで私がアーツを全力使用し、相手に対抗していたその時でした。

 

 

「....私が囮になる」

 

 

声を上げたのは、カドヤさんでした。

年端も行かない彼女が、自ら囮になるといい出したのです。

自分のアーツなら奴らのアーツを防ぎつつ私たちの逃げる時間を稼げると。

 

 

「ダメだ!!」

 

「ホークアイ...」

 

「てっめ!舐めてんじゃねぇぞ!テメェを犠牲にしなくたってなァ!こんくらいどうってことねぇんだよ!!」

 

「アサルト....」

 

「......俺も、反対だ。だが、それ以外にこの状況を脱することができないのも事実」

 

「イージス...」

 

 

ですが彼らは反対しました。

当然です。彼女と過ごした時間は長すぎた。

慈愛のかけらも持たない彼らが、しかしこの小さな少女を仲間だと認識するのには十分すぎる時間だった。

だが、イージスの言ったようにこのままでは打開策がないのも事実。

 

どうする?どうすれば...

 

 

「アルベルト」

 

 

そんなもの、初めから決まっている。

 

 

「わかりました。貴方の提案を採用します」

 

「フェイスレス!!」

 

「........くそっ!!!!」

 

「.....すまない」

 

 

彼女は確かに面白く、使えそうな仲間でした。

ですが、所詮は道具域を出ないもの。

道具はいざという時に消費するために存在しているのです。

 

 

「アルベルト、今までありがとう」

 

 

そういって、彼女は霧の立ち込める森の中消えてゆきました。

数々のアーツの炸裂音が森中に響きます。

むせかえるような血の匂いが森中に立ち込めます。

 

戦闘音の響くなか、私たちは振り返らずに歩みを進め、悪夢から脱出することができました。たった一人の犠牲をだして。

 

 

「.....カドヤ」

 

 

数日後、私は一人、秘密裏に森の中に再度入りました。

ドッグタグぐらいは持って帰ってあげようと。

...少し前までの自分には考えられないような行動です。

 

ですが結局見つかったのは地面に染みついた血痕と、血濡れた数本のアーツユニット。そして襲撃者と思しき腐敗死体が数体。

彼女の死体はどこにもありませんでした。

それどころか彼女が身につけていた小道具も、私が探し求めたドッグタグさえも。

 

彼女の痕跡は跡形もなく消え去っていたのです。

 

今でも私は時々思い返すことがあります。

彼女は本当はこの世界の人間ではなかったのではないか、と。

彼女は自分の世界に戻っただけなのではないか、と。

無論、これが希望論だと言うことは分かっています。

彼女が連れ去られ、研究者たちの玩具にされている可能性だって否定できない。

 

ですが時折彼女の話す世界と、この世界とではいくつか相違点が見られるのです。ええ、それが彼女の勘違いだったり、私の情報収集能力が足りないせいかもしれません。

 

ですが、そう信じてもいいじゃないですか。

 

 

 

そちらの方が、よっぽど面白いのですから。

*1
ホークアイは鼻上に横一文字の傷の入ったクール系美人おっπ

*2
うさぎは年中ソレらしい




アサルト
乱暴な口調が特徴のサルカズ。
金髪センター分けに一般的な傭兵の立ち絵と同じような角。
大体178cmで比較的細身。
本人の性格も相まって雑に扱って良し。
頑丈。

ホークアイ
クール系お姉さんを自称するフェリーン。
青髪ポニーテールで鼻上に横一文字の傷のはいった巨乳美人。
比較的常識人。165cm。
何とは言わないが立派な双丘をお持ちになっている。
両刀である。アルの女性との初めてはこいつが奪い去った。

イージス
比較的落ち着いているウルサス。
赤髪メカクレな、しかしチラリと見える目つきの悪い巨漢。
アルベルトがいない時の仲裁役。183cm。自販機並。
デカイ。どことは言わないがアルベルトよりもデカイ。そして硬い。
見た目に反して性格は良い。でも現実的。

──────────────────────
狼黒さん、この度は私の『コラボしたい』というわがままに応えていただき誠にありがとうございました。
日常編を書くという話でしたが全然日常編っぽく書けず申し訳ありませんでした。カドヤ君というキャラが上手くかけたかはわかりませんが....いや、書けた気がしませんが、コラボということで創作意欲がものすごく掻き立てらて楽しかったです。
またいつかコラボしてくださったら幸いです。


【挿絵表示】

※これはあくまで私の妄想です。カドヤ君はもっとかっこいいかもしれないし、かわいいかもしれない。...時間ないから少し雑になってしまった許して


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クレアスノダール事変(改修工事中)
プロローグ


 

 唐突ですが皆様は“転生”と言う言葉をご存知でしょうか。

 

輪廻転生、異世界転生、異種族転生....

 

 この全てに共通して言えるものは、そのどれもが不可解で非現実的で、しかし夢のあるものだと言うことです。

 いわゆる小説やアニメ、漫画など、現代の創作物に多く登場する言葉であるこの単語に多くの人々が想いを寄せたことでしょう。

 

 かく言う私もその1人で、永遠の厨二病患者だった私が常日頃妄想していたような、次の瞬間にでもトラックに轢かれそうになる女子高生を庇って……などというかっこいい死に方ではなく、タンスの角に小指をぶつけ、その衝撃でタンスの上から落ちてきた花瓶の追撃によって命を落とすことになる。そんなあまりにもちっぽけな短い生涯を終える瞬間まで、何度も異世界直行トラックからの異世界転生を夢見ておりました。

 

 しかしその一方でどうせ来世など存在しない。転生など所詮創作物。人生は一度きりで魂など存在せず、我々の人格の全てはこの脳細胞に詰まっているのだ、と考える夢のない人間でもありました。

 

 

 

 

 しかしどう言うわけか、神のうっかりか、悪魔の悪戯か。

 

 

 

 

 

 

「伏せろーーーーーー!!!!!!」

 

 

 

 

 

 私は異世界転生というものを果たしたようです。

 否、果たしてしまったようです。

 

 

 つい先程塹壕に投げ込まれた手榴弾の爆発によって頭を打ち付けた衝撃で前世の記憶とやらを取り戻すことに成功。

 

 幼少期の頃から持っていた謎の記憶とこの世界との相違点....人間に本来あるはずのない異なる動物の耳や尻尾などの特徴がついていたり、ファンタジー世界の魔法のような不思議な技術が存在したり。そんな違いからくる違和感の正体がつい先程、やっと分かったのです。

 

 

 

 

 あ、これ異世界転生してるわ....と。

 

 

 

 

 

「撤退だ!!退けーー!!退けーーー!!!」

 

 

 ここは弾幕や色鮮やかな謎エネルギーの飛び交う泥臭い戦場。

 そんな中、大声をだして後退していく熊耳軍人たちの中に1人紛れ込んでいる黒髪のケモ耳。

 

 

 これ、私です。

 とりあえず自己紹介といきましょうか。

 

 

 名前はアルハイム。

 種族はループス。──ラテン語で狼の意──つまり犬耳というか狼耳を持ったケモ耳種族ですね。

 

 性別は...胸もないしこんな名前ですが一応女性。

 記憶によると家庭内での後継問題やらの背景があったそうな。女の子に男性名つける家庭ってとんだ両親ですね。アルくんorちゃんとでも呼んでください。あ、やっぱちゃん付けはなしでお願いします。恥ずかしい。ちなみにその両親はとっくの昔にお家騒動で死んでいるようですね。

 年齢はおそらく18歳。身長は165ちょいで体重は52、バストは....ここまでは言わなくていいですよね。

 

 見たところ転生した世界は彼方此方で戦争が起こり差別なんかの問題も多く、前世に比べて色々と殺伐としていて、真っ黒な石、『源石』から取れる謎エネルギーを利用した魔法もどき...アーツやら機械やらが存在する。そんなダークファンタジーモノな世界でしょうか。

 

 ところで胸を膨らませるアーツとかないですかね???

 

 

閑話休題

 

 

 ちなみにこの記憶が正しいのなら前世は男で、ただのサラリーマンだったようで......つまりTS転生とやらに分類されるのでしょうか。やったぜ?

 そんな私の今世はこれでも職業軍人だったようで、同僚であるウルサス.....熊耳を持つ種族の人間たちと共に撤退中であります。

 

 

 

 ここまではいいのです。ただのリーマンだったはずの自分がいつのまにかケモ耳TSして杖──アーツユニットというらしい──を片手に職業軍人やっている自体はいいのです。全然良くないですが。

 

 

 

 ですが問題はここから。

 

 

 私の右腕には現在、べったりと染みついた真っ赤な血と、痛々しい傷跡と共に真っ黒い結晶が露出しています。

 察しの良い方、もしくはこの世界にある程度の知識をお持ちの方はもう気づいているでしょう。

 

 

 はい、源石ですねありがとうございました。

 

 

 記憶を取り戻すこととなった原因でもある先程の源石手榴弾が原因でしょう。これでもう人生ハードモード確定ですね。

 

 え?何故かって?

 あー…そうですね。ご説明いたしましょう。

 電気変わりにも、ファンタジーの魔力変わりにもなるこの謎エネルギーを含んだ石、源石。実はこれにもあるデメリットがあるのです。莫大なメリットと対比しても大きすぎるデメリットが。

 

 それは鉱石病。

 感染経路は源石との接触。勿論抱き枕にしたりペロペロ舐め回すのは論外。擦り傷に小さな欠片が入っただけでも感染します。

 そして発症したら最後。治療法も存在せず徐々に徐々に体が源石に蝕まれていき、最終的にただの石ころに成り代わって新たな感染源となる。

 

 

 つまり恐ろしい感染力を持った不治の病というわけです。

 

 

 …と、まあたった今私の腕に突き刺さっている源石にはこーんな大変なデメリットがあるわけで、それがもろに突き刺さっている私はもちろん感染したということで……

 

 記憶取り戻した直後にこれって。いくら何でもないでしょうこれは。

 いるかもわからない神様に唾を吐きかけたいくらいです。

 

 

 さらに鉱石病患者...感染者は世界的に差別されているのです。

 治療方法も確立されていない死亡率100%な不治の病。差別が発生するのも仕方がないでしょう。

 そしてその中でもウルサス帝国は鉱石病患者への差別が特に激しいことで有名な国家なです。

 

 ええ、そうです。ここがそのウルサス帝国であります。

 

 鉱石病感染者を見つけ次第、差別!暴力!罵倒!暴力!のオンパレード。感染者差別ではウルサス帝国の酷さはトップレベル。鉱石病の恐ろしさは病自体ではなく差別にあると言われる所以ですね。

 

 つまり家畜の方がマシなほどの扱いというわけです。

 

 つまりここから導き出される解答は...詰みであります本当にありがとうございました。

 

 ほんと勘弁してほしいです。

 私が何をしたと言うのですか?

 このままいけば確実に感染が軍に発覚、からの即強制労働施設にレッツゴーとなります。

 下手したらその場で”殺処分“される可能性だってあるのです。

 実際に私はこの目で、そうなった“前例”をみてきたのですから間違いありません。それほどまでに感染者の扱いというのはひどいものなのです。

 

 

 それは嫌です。絶対に嫌です。マージで嫌です。

 鉱石病などと言う不治の病が蔓延る常時ハードモードな世界でも、何もせずに死ぬにはあまりにも勿体無いじゃないですか。

 せっかく得た第二の人生なんです。

 前世にはなかった病気、魔法のようなアーツ、前世とはかけ離れた環境、ケモ耳ケモ耳。

 

 ただで死ぬにはあまりにも、もっいない。

 こんな終わりはあまりにもつまらなすぎるではありませんか。

 

 

 そうと決めたら即逃亡です。

 私はこの中では少数派なループスですが目立つ狼耳はロシア帽似の軍帽で隠したまま。

 

 戦争中にいつの間にか仲間がいなくなっているなんて日常茶飯事です!つまり、この騒ぎに乗じて姿をくらませることは...可能ッ!!

 

 さらばウルサス。さらば同僚たち。

 パンツを盗まれたりパイタッチされたりお持ち帰りされそうになったりしたけどなんだかんだ言って君たちと過ごした日々は楽しかった。

 今日の晩飯までは忘れません。

 生きて逃げれたらの話ですが。

 

 

 さて、逃げ切れたら一体どんなことをしましょうか。

 前世のように会社の歯車に成り下がってこき使われる日々はもう懲り懲りです。30連勤デスマーチなんてもう懲り懲りです。

 

 ドンと、何か大きくて派手なことをしましょう。

 

 歴史の教科書に名前が載ってしまうような大きいことを。

 

 ですが今の私は感染者に落ちた身です。

 この感染者への差別の蔓延る世知辛い世の中では堂々と活動することは難しいでしょう。

 

 …いえ、感染者…差別…むしろ……

 

 

 

 

─────ひらめいた!!!

 

 

 

 

 

 

 

 鉱石病。

 現代医学では治療法が確立されておらず、不治の病とされるもの。発症して仕舞えばそれまで。人としての生を謳歌することはほぼほぼ不可能と言える。

 

 自らのアーツが強力になる対価に、寿命が短くなり、体内外に生成される源石クラスターによって身体機能に支障をきたす。さらに死後は肉体を源石に蝕まれ、新たな感染源となり、まともな死体すら残らない。

 

 不治の病故に人々の忌避感は大きく、差別もまた当たり前のように受けることとなる。しかし病原体たる源石は、現代社会に深く浸透しており、アーツユニット然り、移動都市然り。もはやそれ無しでは機能しないほどに依存しきっていた。そのため感染者は増える一方で、差別も、またそれに合わせて悲劇も増えていく。

 

 活気あふれる移動都市でも、一度路地裏を覗いてみれば景色は一変する。

 

 痩せ細り不治の病に苦しむ“人“という枠組みから蹴落とされた者たちがそこらじゅうに転がっている裏世界。

 

 人々はそれを横目に石を投げつける。

 

 “この汚らしい感染者が”......と

 

 

 

 

「っ.....」

 

「二度とそのつらみせるな害虫が!!」

 

 

 ただ食事を求めてゴミ箱を漁っていただけなのに。

 殴られた額からは真っ赤な血が流れている。

 青くも黒くもない、あなた達と同じ真っ赤な血が流れているのに。同じ人間なのに。ただ体に小さな石があるだけなのに。

 

 喋れば殴られた。

 

 歩けば蹴られた。

 

 そこにいただけでも石を投げられた。

 

 

 何で?

 何でそんなことをするの?

 何でそんなことができるの?

 

 痛い、痛いよ....助けてお母さん、お父さん.....

 

 

「おかあさーん!お腹すいた!あれ買って買って!!」

「しょうがないわねー」

 

 

 いいな。うらやましいな。

 

 いくら手を伸ばそうとも決して届くことのない風景を思って涙が出そうになる。

 

 あんな“普通の幸せ”。感染者が手にすることなどできないとわかりきっているのに。

 

 もし私が感染者じゃなくて、お父さんとお母さんがいて、“普通”に暮らせていたのなら。あんな幸せそうに笑うことができたのかな。

 

 そんなこと、いくら考えたって無駄なことだってわかっている。

 叶わない夢だってわかっている。

 でも、でも……

 

 

 

 

 お腹すいたなぁ....

 

 

 

 

「こんな小さな子に…全く、酷い事をするものですね」

 

 

 

 最後に、何か美味しいものが食べたかった。

 

 

 

「大丈夫ですか?お嬢さん」

 

 

 

 

 ……聞こえるはずがないのに。

 

 こんな優しい声が、私のような感染者にかけられるはずがないのに。もし顔を上げて仕舞えば消えてしまいそうで、これがただの幻聴になってしまうのが怖くて……

 

 

「お腹がすいたでしょう?ほら、お食べなさい」

 

 

 それでも差し出されたほかほかのパンは温かい湯気をあげ、食欲を誘う匂いと共に確かにその存在を主張していた。

 小枝のように細くなったその腕で受け取ってみるとそれは確かに熱を持ち、質量の存在する実物で、幻などではないことがわかった。

 それでも信じられない。

 それもこれも幸せな夢で、起きたら消えてしまうのではないかと。

 

 

「大丈夫。なくなったりなんてしませんよ」

「あ…ああ……」

 

 

 ぱくりと一口頬張る。

 

 暖かかった。

 

 その言葉も、もう食べられないと思っていた温かいパンも。

 何もかもが温かかった。

 

 

「う…あ……」

「泣いても良いんです。泣いたって良いんです」

「だめ…」

「なぜですか?」

 

 

 だめだ。泣いてはいけない。

 泣いてしまったら気づいてしまうから。

 泣いてしまったらもう、前のように我慢することができなくなってしまうから。

 

「だめ…なの…泣いちゃったら、幸せになりたいって思っちゃうから。もう戻れなくなっちゃうから…」

 

「ならなれば良いじゃないですか幸せに」

 

 

 そう呆気なく発せられた言葉を耳にした少女は顔を上げる。

 

 

「感染者、非感染者なんて関係ありません。私たち人間には平等に幸せになる権利が、自由を得る権利があるのですよ。汝、自由に生き、自由に暮らし、自由に死になさい」

 

「そう、つまり好きなことをして好きなように生きる。好きなものを好きと言い、求める。良いんです」

 

 

そんなこと、今まで一度も言われたことがなかった。

 

 

『お前なんて生きていちゃいけない』

 

『存在してはいけない』

 

『近寄るな。汚らわしい』

 

『お前達感染者は生きていちゃいけないんだ』

 

 

 

 

「自由に、幸せに、生きたいように生きましょう。誰がなんと言おうと何をされようと、私達は自由なのですから」

 

 

 

 

「…いい、の?」

 

 

『貴様ら感染者に自由など認められていない』

 

『感染者には路地裏でさえも勿体無い』

 

『出て行け!この薄汚い感染者が!』

 

 

「幸せになっても…いい…の?」

 

「もちろん、いいのですよ」

 

 

 ああ、ダメだ。止められない。

 

 

「....あれ...なんで...」

 

 

 拭っても拭っても洪水のように溢れ出てきて止まらない。

 

 

「私…私…!」

「大丈夫。私がついています。誰にだって、あなたを傷つけさせたりなんてさせません」

 

 

 投げつけられる石が痛かった。

 振り下ろされる拳が怖かった。

 投げかけられる言葉が辛かった。

 微かな幸せすら与えられず、自分自身すら否定され続けることが辛かった。

 生きていること自体がもう、嫌だった。もういっそ死んでしまいたいとも思った。理不尽な現実から逃げてしまいたいと願った。

 

 でも、でも…

 

 

「我慢しなくて良いのです。あなたは、あなたの好きなようにやれば良い」

 

 

 

 そんなことを言われてしまったら

 

 

「…幸せになりたい…です」

 

「誰にも邪魔されなくて」

 

「誰にも否定されなくて」

 

「好きなものを食べて」

 

「好きなものを見て」

 

「好きなことをして」

 

「自由に、自分の好きなように、幸せになりたいです」

 

 

 絞り出すような私の言葉を、一つ一つ、優しいほほ笑みを浮かべながらその人は聴き続けた。

 ああ、この世にこんな優しくて綺麗な人がいたんだと、初めて知った。

 まるで聖母のようで、物語に出てくる救世主のようで。

 

 

「あ…うぁ…」

「なりましょう。幸せに。好きなことをして好きなようにいきましょう」

 

 

 カラカラに乾いてなくなったと思った涙はもう溢れ出して止まらない。

 

 

「私の名前はアルハイム。共に行きましょう。共に、自由を手にしましょう」

 

 

 少女は差し出された手を取った。

 

 

 初めて他人に差し出された手は、染み渡るように暖かかった。

 ただ朽ちてゆく運命にあった、進むべき道もわからぬ迷い人でしかなかった私を薄暗い路地裏から救い出し、道を示してくれた救世主は美しくて、神々しくて、まるで後光が刺しているみたいだった。ああ、絵本に出てくる神様の使いというものが本当にいるのなら、彼女のことを指すんだって。その時、影に隠れ窺い知れなかった彼女の顔も、きっと優しげな笑みを受けべていたにちがいない。

 

 

 

──名も無き少女の言葉──



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DC-1【幕開け】戦闘前

 

1087/10/23 晴れ/曇

クレアスノダール ミドル区中央通り

 

 

 ウルサスの地を覆い尽くす銀世界を巨大な鉄の箱が踏み荒らす。

 

 各地で多発する災害、“天災”から身を守るために人々が生み出した叡智の塊、移動都市。このウルサス国家所属中規模移動都市クレアスノダールもその名の通り移動都市の一つで有り、今日もその巨大な鉄の塊の中で人々はいつも通りの平穏な日常を送っている。

 

 中央区画に通じる大通りでは数えきれないほどの人々が行き交い、この都市を訪れた商人の客を呼び込む声が辺りから聞こえてくる。

 

 移動都市クレアスノダールは全皇帝の時代から存在した型の古い中規模移動都市であり、チェルノボーグが代表するウルサスの移動都市に比べればその規模は小さいものの、様々な都市の中間地点にあり、さらに他国との境界線にも近いことから多くの商人が行き交う賑やかな都市だ。

 

 その光景はまさに平和そのもの。

 

 

 しかしどんな都市でも光があるところには同時に影も存在するものだ。

 

 貧富の差や人口の多さからくる犯罪の多さ。その中でも代表とされる物が、感染者差別。

 

 

 これはこの都市、この国だけに言えることではないが、不治の病鉱石病に侵された患者たちは人権を剥奪されて奴隷の様に扱われ、塵のように捨てられる。彼らは人間として扱われることはなく、同時に多くの人はそのことに疑問を持つことはない。

 

 

 

「嫌だ!離してくれ!誰か!助けてくれ!!!」

 

 

 

 騒音に混じって聞こえてくる悲鳴。その声に人々は一瞬目を向けるが、すぐに興味を失ったように目を背けるか、嫌悪感抱いて、又は興味心を抱いて目を向け続けた。

 

 なぜなら、衛兵に押さえつけられた男が必死に伸ばした腕にはびっしりと感染者の証である黒光りする結晶、源石が張り付いていたのだから。

 

『この平和なウルサスの街に潜り込んだ異物。それが皆に危害を加える前に衛兵に捕まえられた。』

 

 これがその場所に広がる事実であり、それ以上でもそれ以下でもないのだから。

 

 

 その光景に人々が浮かべる感情は、部屋に沸いた害虫を見た時に浮かべるものから、そもそもそれが当たり前になりすぎて何も感じていない物まで。彼らにとってこの光景はその程度のものでしかなかった。

 

 

「お前らなんか、お前らなんかあの人が...!!!」

 

 

 男は抵抗することもできないまま憎々しげに何かを呟き、そのまま衛兵たちに連れて行かれ行く。彼がこの後どのような目に遭うのかは想像もしたくない。

 

 

「けっ、ひでーことをしやがる」

 

 

 それを異質な目で眺める一人のループスの女性と、サングラスをかけたもう一人……いや、1匹のペンギンがいた。

 

 

「行くぞテキサス。仕事は終わったんだ。いつもならぶらっと回った後に帰るんだが…さっさとこんなしけた街出ていくぞ」

「ああ」

 

 

 ちなみに口悪く吐き捨てたのがペンギン…否、ペンギン急便というトランスポーター会社の社長であり、世界的なラッパーであるエンペラー。そしてそれに追従するチョコを口に咥えたループスの女性がテキサスだ。あまりにも異質でシュールな光景だが、これもまたこの世界では当たり前、又は少し珍しい程度の出来事だった。

 

 

 

 そんな彼らは依頼人に荷物を届けお金をもらうという、今回は少し量が多かったもののいつも通りの仕事を終えたところだった。いつも通り仕事を終え、お代を受け取って観光ついでに街を回る。しかしこの街は早々に去るつもりだった。

 

 ただでさえ娯楽の少なく、常に肌を突き刺すような寒気が支配するウルサスの移動都市で、賑やかな雰囲気の中にこんな陰鬱とした空気を感じ取り、さらにその何処かから真っ黒な粘り気をもった()()()()()を感じ取って仕舞えばもうこの都市に留まりたいだなんて思えなくなる。

 

 “祭り”は嫌いではない。騒がしいのは好きだ。

 だが、それとこれとでは話しが違った。

 ()()の殺意の矛先は、毎度のように仕事の邪魔をしてくるマフィアやギャングたちのように自分たちに向けられた物ではない。それにこれは殺意と呼ぶにはあまりにもドロドロとしてドス黒すぎる……どうしたらここまでの殺意を向けられるのかというほどのものであった。

 

 彼らはお祭りは好きだが、厄介ごとはごめんだった。

 

 故に彼らは美味しそうな食べ物や、彼のファンでもいない限り、そのまま真っ直ぐきた道を戻る予定だった。

 

 

 

 

「まあ、そんな都合よく暇つぶしが見つかるなんてあるわけ……」

 

 

 

「このキュートなモフっとしたフォルム…いかにも高そうなネックレス!あ、貴方はまさか!まさか!伝説のラッパー・エンペラー様ですか!?」

 

 

 

 ─────いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に座ってニコニコ笑う自分のファン───防寒具と熊耳のついたキャスケットを身につけた中性的な赤髪ロングの男性───に連れられるままエンペラーたちはこの都市でそこそこ有名だというパンケーキ屋にきていた。

 

 事実、大人子供関係なしに多くの客が賑わっていて、パンケーキも絶品だ。エンペラーの隣にいるテキサスなどは男には目線もくれず静かに、しかし夢中で食べ進めていた。

 

 目の前でエンペラーの食べる姿を微笑ましそうに…いや、ニヨニヨと笑う青年以外は満点と言ったところだ。だが怒らない。久しぶりのファンにエンペラーの機嫌が良くなっていたことが、青年の生死を分けたのだった。

 

 

「そういえば…えーと…」

「ライトです」

「そうだライト。最近この都市で何かあったのか?」

「え?」

 

 

 もっちゃもっちゃとパンケーキを食べながらエンペラーはライトと呼ばれた青年に問う。エンペラー達はこれまでもウルサスの他の移動都市を訪れたことがあった。ウルサスは感染者差別が激しいことで有名な国家だ。故にこれまでも過度な感染者差別は見たこともあり、それに対する怒りや憎しみも見たことがあった。しかしこの都市は違う。エンペラーの勘が確かにそう言っていたのだ。

 

 

「わかってしまいますか……そうですね。話しましょう。事件は約2年前に起こったとある事件がきっかけでした」

 

 

 ライトはポツリポツリとこの街の現状を語ってゆく。

 四年前に起こった感染者集団による『ドルトン源石加工工場襲撃事件』。警備及び管理者は皆殺し。労働させられていた感染者の行方は一切掴めない。そんな大事件を皮切りにこの都市では様々な事件が多発しているらしい。それもロードレス源石採掘場、ミドル鉱山など、襲撃を受けたその全てが軍や自治団によって連行された感染者達が送られ、集められた強制労働施設であり多くの感染者が監禁されている場所でもあり、同時に軍の倉庫なども襲撃にあっていたため、感染者による暴動が発生する可能性が危惧されている……のだそうだ。

 

 

「そりゃ…物騒な話しだな」

「そうですね…私も友人を一人その事故で亡くしました」

「そいつは…」

「ああ、すみません。空気を悪くしてしまった」

「…おう」

 

 

 数十年前に起こったウルサスの大叛乱からこの国は何かと物騒なことが多い。新たな皇帝に代替わりと同時に変化したウルサス感染者政策によってより悪化した感染者の扱いもその一つだろう。

 そして風船が空気を入れ続ければいずれ割れてしまうようにそれに対する感染者達の不満が爆発するのも時間の問題だ。

 

 そして、この都市の風船はもう限界まで膨らんでしまっている。

 

 

「…私個人としては正直感染者達に対する悪感情はないのですよ。感染者差別もどうでもいいと思っています。友人のことは残念でしたが、彼も感染者達に殺されても仕方がないことをしていましたし、仕方がないことだったのだと割り切っています。ただ一つ心配なのは感染者達がこの街を荒らさないかですね。この街を愛する者の一人として……あ、このことは内緒にしていてくださいね?感染者差別推進派に知られたらめんどくさいので」

 

 

 力なく笑うライトにエンペラーはパンケーキを食べながら頷いた。

 

 

「ですので…貴方達は出来るだけ早くこの都市からは出た方が良さそうですね」

「…お前はどうするんだ?」

「私ですか?…まあ、そうですね。ここに残るしかないでしょう。たとえ何があろうと、大切なこの町を捨てるなんてことはできませんよ」

 

 

 これまで無口だった彼の部下の質問に彼は笑いながら答える。またしても軽く笑う青年だったが、やはり彼もまたどこか不安そうだった。

 

 しかし彼がここに残るという選択をした以上、エンペラー達にはどうすることもできない問題だ。そもそも出会って数十分という青年をどうこうできるわけもなく、する義理もないのだが。

 

 

「...ま、気をつけろよ」

 

 

 こうやって声をかけることくらいしか出来ることはない。

 だが、自分のファンであり、自分達をもてなし言葉を交わし合った彼との出会いがこれで最後というのは少し嫌だった。不思議とそう思わせる魅力が青年にはあったのだろうか。

 

 はたまた.......彼の容姿に何処か懐かしさを覚えたのが原因だろうか。

 

 

 

「はは、ありがとうございます」

 

 

 

 彼がそう笑う。その時だった。

 

 

 

「ッ!伏せろ!!」

 

 

 

 エンペラーの鋭い叫びにも似た声をかき消すように激しい爆発音と目を焼くような光が店内を覆い尽くす。そして、光が止んだ頃目に入り込んできた光景はまるで一変していた。

 

 丁寧に整えられたテーブルクロスは黒焦げになり、美しいシャンデリアはその光を失い地に落ちた。食事を楽しんでいた夫婦も、デザートを欲しがっていた子供も、忙しそうに駆け回る店員も、皆等しく“物”へと変えられた。

 

 もう笑うことも話すこともない、ただの肉塊へ。

 

 しかしその一方で、店の外からは多くの悲鳴と爆音をかき消すほどの歓声が上がる。

 

 

「無事か!?」

「っ...ああ」

「いたた...はい大丈夫ですが...一体何が....っ!!」

「おい立つな!」

 

 

 ライトが息を呑む音が聞こえた。

 

 店の外を逃げ回るように走るこの街の住民達。

 そしてそれを追い回し、手に持った凶器を振り下ろす顔を隠した暴徒達。その皆が皆、顔を隠し、共通した腕章を身につけていること以外は他の住民とはほとんど大差ない格好で、しかし体のどこかしらに黒光りする結晶を生やしていた。

 

 その意味を知らない者はこの場にはいないだろう。

 

 

「…どうして…こんな…」

 

 

 震える声が静かに漏れ出た。

 

 それはまさしく人々の生活を支えるエネルギーにして、差別の対象たる鉱石病感染者を示す明確な目印。差別の象徴。感染者達の楔。

 

 

 「なんで…こんな突然…」

 

 

 震える足を抑えながら、青年が立ち上がる。

 

 

「そんな…いや、ありえない…」

「ライト!しっかりしろ!何が起こっている!?」

 

 

 その顔は見えなかったが、震える体からは、彼が恐怖していることが容易く予想できた。

 

 

 

 

 「…暴動が、始まってしまったのです」

 

 

 

 

 悲劇の始まりである。



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DC-1 【幕開け】戦闘後

 

 10月23日。

 

 その日、都市の栄光を主張し続けていた双鷲の旗は血に染まり焼け焦げ地に落ちた。

 

 平穏そのものであった日常は瓦解し、後に残るのは絶望のみ。人気に溢れた賑やかな街並みは軒並み破壊され、暖かく家庭を包み込んでいた煉瓦造りの家は、同時に彼らの終わり場所としての役割も兼ね備えることとなってしまった。

 

 本来この様な事件を未然に防ぎ、この都市の栄光を絶対のものとすべき守衛は、真っ先にその凶刃によって真っ赤なオブジェに作り替えられた。

 

 人々が時間と多大な労力を消費して作り上げ、長年親しみ続けられてきたメインストリートは血に染まり、行き交う人々の代わりに成り果てた肉塊が散乱する。

 

 

 

 長年にわたって抑圧され続けた感染者達の不満が、怒りが、苦しみが解放された瞬間だった。

 

 

「探せ!一人も逃すな!」

 

 

 一瞬の位置に入れ替わった感染者と非感染者の立場。追うものは追われるものに。追われるものは追うものに。

 

 弱者と強者。その全てが反転する。

 

 たかが感染者。その様な考えは硝煙と共に消え去った。抵抗するものは暴徒の波に飲まれ、抵抗を諦め逃げることを選んだものたちは弄ばれ殺された。

 

 

「ひぃ!?い、いや!来ないで!」

 

 

 目玉をえぐられ腸を引き摺り出される。宙を舞う自分の手足に、ひっくり返った自分の体。その光景を最後に、搾り出す様な悲鳴は途絶えた。

 

 後に残ったのは原型を残さない肉塊のみ。

 

 真の意味で人以下の獣に堕ちた感染者達はもう止められない。

 

 

「お兄ちゃん…」

「大丈夫…大丈夫だ。きっと父さんたちが助けに来てくれる…」

 

 

 絶対に。その言葉を少年は口にすることができなかった。彼はすでに父親の末路を知ってしまっているから。暴徒の波から逃れる瞬間、人々の隙間から噴き出る血飛沫を見てしまっているから。

 

 少年には涙を浮かべ震える妹を抱きしめながら外に作り出された地獄を見つめていることしかできなかった。

 

 こうして物陰で事が終わることを静かに待つしかなかった。軍が助けに来てくれる。きっと何とかなる。なんとかなるはずなんだと。そう妹に…そして自分に言い聞かせながら。

 

 

「引っ張り出せ!」

「いやぁぁぁ!!」

 

「サラおばさん!」

「見るな!」

 

 

 血に飢えた獣共にまた一人、また一人と、昨日まで笑い言葉を交わしあった人々が大通りに連れ出され、彼らの目の前に引き摺り出されてゆく。助けを求める声は届かない。獣に人間の言葉が届くはずがないのだから。

 

 ただニヤニヤとした嫌な笑いと嘲笑が帰ってくるだけだ。

 

 

 嗚呼、やはり感染者は人間ではなかった。

 排除すべき害虫だった。

 この世界に存在していいものではなかった。

 やっぱりみんなが正しかったんだ。

 感染者は排斥すべき存在だった。

 

 

 罵詈雑言を投げつける?石を投げつける?拳で殴りつける?足りない。全てが中途半端で足りなさすぎた。だから叔父さんは死んだ。父さんも母さんもサラおばさんも死んだ。

 

 同じ形をしているから何だ。同じ言葉を発するからなんだ。感染者に慈悲は必要ない。

 

 

 もっと明確に、塵はゴミ箱へ。

 

 感染者はもっとしっかりと処分しなければならなかった。

 

 

 少年の強く握りしめた拳からは爪がめり込み血が流れ出す。

 口の中からも血の味が明確に感じられた。

 

 殺せ。

 1つ残らず殺処分しろ。

 一つ残らず摘み取らなければならなかったのだ。

 

 

 

 少年は強い憎しみと殺意を持って少年は決意する。

 

 

 

 

  しかしそれはあまりにも遅すぎた。

 

 

 

 

  

 ドアが、開けられた。

 

 笑い声が

 

 聞こえる。

 

 

 

 

「あ」

───────────────────────

 

 

10/23/16:03 ミドル区軍用地下通路

 

 

 

『──市民の皆様は駐屯軍及び自治隊の指示に従って落ち着いて避難行動を開始してください。暴動は駐屯軍、そしてクレアスノダールが誇る自治隊によって鎮圧されるでしょう。ウルサス帝国に栄光あれ!繰り返します─────』

 

 

「くそっ!」

 

 

 暴動による被害は軽微。優秀な軍警によってすぐに暴動が鎮圧される。感染者など取るにたらない塵芥にすぎない。こんな物はただのイベントのような物ですぐに終わるだろう。

 

 そんな平和ボケした放送を垂れ流し続けていたラジオは()()()()()を最後に、ただ同じ言葉を繰り返し続けていた。そしてそれも叩きつけられた拳の衝撃を最後に沈黙することとなった。

 

 

 ああ、そうだ。我々は油断していた。たかが感染者。元を正せばただの民衆に過ぎない彼らが実戦経験こそ少ないながらもウルサス正規軍の訓練を受けてきた我々を、そしてこの都市の民衆が独自に作り上げ、多くの感染者達の処理を請け負ってきた自治隊に敵うはずがないと、そう信じて疑わなかった。

 

 

 しかし現実はどうだ。

 

 

 

「重傷者7名、軽傷者9名、生死不明が21名。自治隊は、おそらく貴様を除いて全滅だ。私やベール副隊長、貴様を含め現在行動可能な人員は、重傷者を除いた13名。そしてかろうじて助け出すことのできた民衆が貴様の連れてきた2名を含め6名……我々の駐屯地は全焼し、持ち運べる物資はできる限り運んできたが、その数も心許ない。街は燃え上がり、貴様らの見てきたように、一般市民における被害は考えたくもない。敵がここまで進軍してくるのも時間の問題だろう。

 

 

........ミドル区は、完全に暴徒の手に堕ちた」

 

 

 

 家家は焼け落ち、積み上げられた文明の証は溢れかえった感染者達の憤怒によって無惨にも打ち壊された。この都市自慢のメインストリートは赤いカーペットが敷かれ、もはや動くことのない肉塊で溢れかえっている。街には焼死体特有の匂いが充満し、数時間前まで聞こえていた怒号や悲鳴、助けを求める声はもう聞こえない。

 

 唯一聞こえてくるのは狂った様な笑い声だけ。

 

 その地獄を生き残った数少ない運の悪い人々は息を潜め、瓦礫の影に隠れて死を待つことしかできなかった。家族や知り合いの死に嘆くことも嗚咽をあげることすら許されず、ただ静かに、先日まで笑い合っていた友人の亡骸のそばで震え続けることしかできないのだ。

 

 それができない者から、暴徒たちの獲物に選ばれてゆくのだから。

 

 

「そう…です、か」

 

 

 そう返したクレアスノダール都市自治隊の推定唯一の生き残りの兵士、ライトの声も、この薄暗い廊下に漂う空気も、決して明るい者ではなかった。

 

 ある者は頭を抱え。

 ある者は仲間の死を嘆き。

 ある者は己の無力さに顔を歪める。

 

 そして、ほとんどの者が感染者達への怒りを上回る“死”への恐怖を抱いていた。

 

 目の前で気丈に振る舞うこの生存者を率いる小隊長殿でさえも、その目には光が灯っていなかった。

 

 

 

 彼らは数多の死人が出るほどの厳しい訓練を耐え抜いた優秀な兵士。ウルサス正規軍だ。だが、従軍直後にこの都市に駐屯し、都市の防衛を担っていた彼らはあまりにも実践経験が乏し過ぎた。

 近年行われた戦争といえばウルサスとカジミエーシュの境に位置する辺境地区のものが殆どで、クレアスノダールが位置するリターニア方面とは無関係のものであった。故に彼らの経験した戦闘といえば小規模な暴動の鎮圧くらい。

 

 この場にいるほとんどのものが自らの手で人を殺したことも、さっきまで言葉を交わしていた仲間が一瞬のうちに肉塊に変わるという経験すらなかったのだろう。証拠は…そこに蹲っている彼らの姿がまさにそれだ。

 

 

「リスタ小隊長、他の隊との連絡は?」

「い、いや。ダメだ、繋がらない。他の駐屯地は愚か本部でさえも……おそらくなんらかの方法で妨害を受けているのだろうな」

 

 

 この都市の防衛軍はウルサス政府が派遣したウルサス正規軍によって構成された駐屯軍と、国境付近に位置する都市ということから治安維持を目的に都市内で独自に発足した自治隊の二つが存在する。

 

 そして現在、内一つである自治隊は少なくともミドル区内では壊滅。ミドル区の防衛を務めていた駐屯軍の部隊、リスタ小隊は重症者7名を含む16名を残して全滅した。そして他の区画を防衛する残り3つの小隊が音信不通。それが彼女の言うように敵の通信妨害が原因なのか。それとも………

 

 

「通信妨害ですか…あり得ますか?相手はただの感染者でしょう?そこまで高度な技術や機械を持っているとは考えにくい」

「いや……可能性の一つとしては十分あり得る」

「ほぅ?…確か貴方は以前、感染者は取るに足らない塵芥だと言っていたと私は記憶しておりますが」

「……このような状況になってまでそのようなくだらない考えに執着するほど私は馬鹿ではない。上の頭の硬いジジイどもと同じにするな」

「これは失敬。正規軍の方々は皆そうなのかと思っていましたので」

「……チッ」

 

 

 ライトの煽りにリスタ小隊長は舌打ちを返した。

 状況が状況だ。お互いストレスが溜まり剣呑な雰囲気になってしまうことはまだわかる。だが先ほどまでの人当たりの良い笑みを浮かべていたライトの姿しか知らず、違和感を拭えなかったエンペラーは近くにいた──ラジヲに拳を叩きつけた──兵士に話を聞くことにした。

 

 

「……なあ、そこの」

「あ?なんだ?ペンギン?ペットか?」

「ペットじゃねぇ!」

「ならライトの野郎が拾ってきた民間人か?」

「ああ、まあ…そうだが…アイツらって何時もこんなに仲悪いのか?」

「知らねーのか?自治隊の野郎どもと俺たち駐屯軍の仲が悪いのは周知の事実だぜ」

「そうなのか?」

 

 

 前皇帝の時代、つまりこの都市が建造された当初から都市の治安維持のため存在していた自治隊と、この都市が生み出す利益と対リターニア戦争時の有用性からこの都市の防衛及び都市内での権力の確保のためウルサス政府が派遣した正規軍とでは軋轢が生まれるのも仕方のないことなのだろう。それも、この区画の防衛を担当していた駐屯軍の小隊長であるリスタと、自治隊で同様の立場についていたライトとではそれもより深いものになるのだろう。

 

 

「……はぁ、お前もよくこの状況でそのような軽口を叩けるものだ。お前の部下は全滅したのだぞ?」

「…私自身、突然のことに状況がしっかりと飲み込めていないのかもしれませんね………それに、全員の死体を確認したわけではないのでしょう?生きている可能性だってある」

「……気持ちはわかるがな、あまり期待しない方がいい」

「…そうですね」

「ひとまずこの話は一旦終わりにしよう。あまり時間もない」

「そうですね……まずは他の生き残り達との連絡を取ることが優先でしょうか」

「ああ、だが…私たち以外が全滅した可能性も考えなくてはな」

 

 

 本部が落とされるなど考えたくはないがな、とリスタは付け加える。彼女はこの都市の駐屯群の中でも数少ない、かつてのウルサスカジミエーシュ戦争に参加していた実戦経験者だ。故に最善を考えて動くことの愚かさと、常に最悪を考えて動くことの大切さを知っていた。

 たとえどんなに精神がまいっていて、希望に縋りたくなったとしても、最善を考えて行動した結果最悪の状況を引いてしまったら自分たちは更なる地獄へと叩き落とされることになるとわかっていた。

 

 

「あー…話は終わったか?」

「む?なんだこのペンギンは?市民を救助したとは聞いていたが、ペットを保護する余裕まではないぞ?」

「だーかーらー!ペットじゃねぇっつってんだろ!?」

 

 

 エンペラーがキレた。しかし可愛いだけだ。

 

 

「ふぅ、ふぅ…で?どうするんだ?このまま隠れてるわけにもいかねーだろ」

 

 

 彼の言う通りだ。

 現在我々が隠れている場所は移動都市の地下空間に位置する軍、及び都市関係者専用の移動通路だ。都市の整備や緊急の際にいち早く各地へと駆けつけられるように地下のパイプ街と呼ばれる機関部の中に紛れ込むように作られた地下通路。しかし都市の拡張に伴いこの通路もまたアリの巣のように複雑に拡大していったため、整備員でさえ地図無しでは迷うことになる程だ。さらにここへ進入する際には必ず軍や都市の重要人物、そして整備員らにのみ伝えられたパスワードが必要になる。

 

 つまりここは感染者達には決して入ることのできない現在ミドル区唯一のセーフティルームというわけだ。

 

 しかし、エンペラーの言ったようにいつまでも隠れているわけにはいかなかった。持ち込んだ物資だけではこれだけの人数が数週間、否、数日間生き残ることすら難しい。通路ないに保存されている食料を当てにするには、この場所は使われていなさ過ぎた。保存用のスペースを見つけても中身は蜘蛛の巣が貼られているだけで何もない。あったとしても空き缶や腐って食べることのできない缶詰など。

 それにこの通路は明かりが少なすぎる。人間という生き物は精神構造上、長期間太陽の光を浴びていないでいると正気を保つことができなくなると聞く。良くて発狂、最悪餓死いったところだろう。

 

 

「本部に殴り込むしかねーだろ」

 

 

 それに答えたのは茶髪の大男。

 ラジオ破壊男こと、ベール副小隊長だ。

 

 

「まだこの都市が完全に落ちたかどうかもわからねぇ。生き残りがいるかどうかもわからねぇ。わからないことだらけだ。だったら本部に向かって状況を把握するべきだろ?あそこだったら、この都市のことは大体わかる。他の小隊の連中や自治隊の馬鹿どもも生きてりゃそこに向かうはずだ。運がよけりゃ合流できるかもしれねぇ」

「…ミドル区の市民を見捨てるつもりか?」

「だったらどうするつもりだ?万全の状態でも勝てなかったってのに、こんなボロボロの部隊で感染者共に勝てるとでも思ってるのか?」

「だ、だが…」

「気でも狂ったかリスタ!テメェもあのカジミエーシュの地獄を生き抜いた兵士だろ!現実を見ろ。今は他人を守るより俺たちが生き残ることが優先だろうが。俺らが死んだらコイツらはどうなる?」

 

 

 今を生き残ればより多くの市民を助けることができる。

 今を生き残ればより多くの仲間を助けることができる。

 

 生き残りさえすれば、あの塵どもをよりたくさん殺すことができる。

 

 

 彼はこの中で数少ない感染者への怒りが死への恐怖を上回る“優秀なウルサス軍人”であり、その上で理性的な判断を下すことのできる人物だった。

 

 

「……わかった。動けるものは武器と物資を持て。本部へ向かう」

「ま、待ってください!重症者は!?動けないものはどうすれば!?」

 

 

 なも知らない一人の軍人が声を上げる。彼の指さす先には確かに多くの重症者が倒れていた。足を失ったもの、肘から先がないもの、脇腹を真っ赤に染め上げたもの。もう動くことすら出来ない者もいた。

 

 見ただけでわかった。

 彼らはもう長くないと。

 

 

「だ、誰かが彼らを背負って…」

「ダメだ。おいていく」

「し、しかし!」

「……彼らを連れていくにはリスクが大きすぎる。重症者のために、市民を巻き込むわけにはいかない」

「っ……了解、しました」

 

 

 兵士は苦しそうに表情を歪め、小さく、力無く頷いた。

 

 

 

 

 

 その時だった。

 彼らの真すぐ後ろから多数の足音と、液体の吹き出すような音。そして何かが倒れるような音がしたのは。



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DC-2【薄暮】戦闘前

 人間、いざ死を目の前にした時。まず真っ先に思い浮かぶのは、目の前の光景に対する率直な感想だった。

 

 赤色。ただひたすらに。その色は恐ろしく、いっそ美しくさえ思うほどに鮮やかで、真っ赤な噴水だ。

 

 視界の端で、首から上をどこかに忘れてきてしまった友人が、糸の切れた操り人形のように倒れ伏す。

 

 そこに恐怖はなかった。

 なぜなら、そんなくだらないことを考える時間すら、彼にはなかったのだから。

 

 

 

 そして、運が良いのか悪いのか。脳が状況を理解した頃にはもう、視界が逆さまになっていた。

 

 

 

────────────────────────

 

 

「失礼っ!」

 

 

 突然肩を強い力で引かれ、その力に逆らえぬまま、視界が上を向く。映ったのはところどころひび割れたコンクリートの無機質な鼠色と点滅を繰り返す蛍光灯。そして数本の髪の毛を巻き込んで眼前を通り過ぎてゆく銀色の刃だった。

 

 

「…ちっ」

 

 

 凶器を振るう橙色の襲撃者の舌打ちと再度刃が風を切る音、そしてそれがライトの持つ軍刀によって防がれ、金属同士のぶつかり合う鋭い音が通路内に響き渡る。彼女が自らの命の危機を察知したのは、その一瞬の攻防が全て終わってからだった。

 

 ──死──

 

 自身の命が失われかけた。その事実に体の芯から冷やされるような感覚に襲われる。シラクーザに今までの仕事、何度も経験したはずのその感覚は、いつまで経っても慣れないままだ。

 

 

「リスタさん!」

「っ!襲撃だ!総員密集陣形を取れ!」

 

 

 襲撃者の刃を押さえながら叫ぶライトの声に応えるようにしてリスタが隊員に号令をかける。

 安全の保証されたセーフティルームなはずの地下通路に存在しないはずの侵入者。

 

 ありえない、なんてことはない。

 

 考えたくないことではあるが、この事実が示すことはすなわち中央司令塔が落とされ情報が流出したか、駐屯軍または自治隊、この地下通路の存在及び侵入方法を知っている者の裏切り。どちらも考えたくない、最悪な状況だ。

 

 しかしそんなことを考えているうちにも状況は悪化してゆく。

 

 

「ぐっ!」

「ライト!」

 

 

 血を吸うことなく防がれた凶刃は弾かれ、しかし続いて蹴り出された追撃によってライトの体はひび割れた壁を突き破って吹き飛び、襲撃者もまたそれを追って穴に消えてゆく。これで戦力が一人減ってしまった。

 

 しかし襲撃者はその一人ではない。

 

 残った襲撃者達は血濡れた凶器を片手にリスタたちを囲み始める。

 

 

「な、なんでこんなとこまで…!」

「ここは安全じゃなかったのかよ!」

「い、嫌だ!俺はまだ死にたくねぇ!」

 

「クソがっ!狂った感染者どもめ!」

「落ち着け!民間人と怪我人を後ろに、陣形を崩すな!相手は所詮まともな戦い方も知らない暴徒供だ!この数なら、落ち着いて対処すればどうにかなる!」

 

 

 細かい傷が所々に入った大楯を構えながらリスタ小隊長が兵士たちを奮い立たせようと指示を出す。しかし兵士たちの武器を持つ手は震えまともに戦えるような状況ではない。ライトという自治隊の指揮官を任されるほどの人物が真っ先に落とされたこともあるのだろうが、彼らは知りすぎていた。狂った暴徒達の恐ろしさを、そして死への恐怖を。

 感染者を舐め腐り、見下していたかつての姿はもうそこには無い。あるのはただ恐怖に震えることしかできない弱者の姿だけだった。

 

 

「……」

 

 

 しかし感染者達は動かない。

 リスタ達を囲むことはしても、一定の距離を保ってそれ以上近づいてくることはなかった。こちらが一歩進めば凶器を見せつけるように構えてくることから、我々を逃す気はなさそうではあるが。

 

 はっきり言って異常。外にいる感情のままに暴れ回る暴徒達とは何かが違った。それが彼らの恐怖と混乱をより加速させる。

 

 

「い、いや…皆んなここで死ぬんだぁぁぁ!」

「死にたく無い!誰か助けて!」

「狼狽えるな!落ち着いて陣───

 

「うるせぇぞてめぇら!!民間人の前でみっともねぇツラ晒してんじゃねぇ!!」

 

 

 ベール副隊長の怒号がこだまする。

 

 

「俺とリスタは今までこれ以上の戦場を、カジミエーシュの化け物どもから潜り抜けてきた!この程度、テメェらがしっかりすりゃぁどうってことはねぇ!!」

 

 

 ウルサス正規軍クレアスノダール駐屯軍リスタ小隊副隊長。そんな長ったらしい肩書を持つ彼はリスタ同様に長年ウルサスという国家に仕えてきた歴戦の兵士だ。“愛国者”や“雷獣”が代表するウルサスの英雄足り得ずとも、数多の戦場を生き残ってきた優秀な兵士出ることには変わりない。

 故にその言葉は彼らによって大きな希望になり、兵士たちの混乱をある程度沈めるに至った。

 

 しかし状況は変わらない。先程大口を切ったベールであったが、彼にもこの状況が明らかに不利な状況だということはわかっていた。

 

 こちらの戦力はまともに動けそうなのが4名に、剣を握り形だけは保っているものの、戦うことすら厳しいものが9名。医療品が足りたとしても助かるかどうか怪しい重症者が7名。そして守るべき市民が6名。

 

 そして彼方は暴徒…否、統制の取れた兵士が二十数名。武装も服装もその陣形の取り方も、地上の数だけは多い暴徒達とは全く違う。あれは確かな脅威であると彼は気づいていた。

 

 

「っ〜〜!!いったいですねぇ!」

「ライト!無事だったのか!」

「ええ!パイプ街を彷徨うのは久しぶりでしたが…存外覚えているものですね」

 

 

 再度壁の崩れる音と共に転がり込んできたライトの姿にエンペラーが声を上げる。唯一露出している顔には切り傷ができ、羽織っていたロングコートも所々切り裂かれたのか縦に穴ができていた。

 しかしそれでもクレアスノダール自治隊の一個小隊の小隊長の肩書きに相応しい実力を持っていたようで、不意打ちに対応した上で目立った傷もなく戻ってきていた。

 

 これで状況は好転───とはいかない。目前の敵は実力者といえども、たった一人戦力が加わった程度で押し返すことができるほど甘い敵ではない。それに、そんな彼と剣を交えた襲撃者もまた彼と同じようにこの地下通路に戻ってきてしまったのだから。

 

 

「……やるな」

「貴方こそ」

 

 

 鋭い目つきでライトを睨みつけるその襲撃者に彼はニヒルな笑みを浮かべる。だがよく見ると、息が上がり、剣を持つ手が震えているなど、彼は思った以上に限界のようだった。

 

 

「まだやれるか?」

「ははは…強がってみましたが少しきついですね。飛んだ大物が出てきたものです。確か……」

「『クラウンスレイヤー』だ」

「ああ、それです。いやぁ…参りましたね。これなら警備兵たちが皆殺しにされたのも納得できます」

「無駄口を叩いていないで構えろ」

「了解」

 

 

 クラウンスレイヤー

 数年前、たった一人の覆面の人物によって起こされた最悪の事件。ドルトン源石加工工場襲撃事件の後に起こった事件である『ロードレス源石採掘場』の主犯格であり、その後立て続けに起こった襲撃事件にも姿を現した人物だ。ドルトン源石加工工場襲撃事件の模造犯ではないかという話も出ていたが、もしかしたら全て同グループ、同人物による犯行だった可能性も浮上してきた。

 いや、今考えることではなかったと彼はベール副隊長に言われた通りかチャリと音を立てて軍刀を構え直した。

 

 

「しかし……ミドル区の制圧報告が遅いと思ったらこんなところに隠れていたとはな。今頃他区画の小隊長共は守るべき市民とやらを守るために戦って、立派に無駄死にしたんじゃないか?少なくとも、一人はそうだったな」

「っ!貴様っ!」

「落ち着け!」

 

 

 襲撃者の言葉にベール副隊長が怒りを示す。当たり前だ。彼らはウルサス正規軍という肩書を持つ誇り高き軍人。その誇りが傷つけられれば怒りもする。それが感染者によるものならなおさらだ。例えこの数時間で感染者への油断が消え去ったとしても、それは仕方のないことだった。

 

 だがしかし、そんな反応を見せたのはベール副隊長以外にはいなかった。

 

 

「他区の小隊長が、死んだ…?」

「いや、そんな…ダリル小隊長が死ぬわけない!」

「てことはここ以外…全滅…」

 

「やめろ!敵の戯言に耳を貸すな!」

 

 

 リスタ小隊長が混乱の広まってゆく部隊員達に向けて叫ぶ。しかし、それが届くことはなかった。

 

 

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「っ!」

 

 

 初めはエンペラーのすぐ隣にいた女性だった。

 彼女の甲高い悲鳴は地下通路上に響き渡り、絶望が伝播する。

 

 

「ああああ!し、死にたくねぇ!!」

「助けて!助けて!助けてぇ!!!」

「うわぁぁぁぁぁ!!お母さん!!」

 

 

 ツギハギの平静は容易く破られ混乱と絶望が場を支配する。ほぼ全ての兵士たちが頭を抱え、悲鳴をあげ、うずくまり、泣き出し、嘔吐し、絶望した。もはや戦う気力のあるものなどどこにもいなかった。

 

 

「ふっ、無様だな」

「黙れ!」

「アイツも悲しいだろうな。こんな奴らに私たちは今まで苦しめられてきたんだからな」

 

 

 クラウンスレイヤーは見下すような笑みを浮かべ、片手をあげる。それに合わせて包囲網を形成していた暴徒たちも凶器を構え一歩前へ踏み出した。それに合わせてリスタ小隊長たちも武器を構えるが、多くの兵士たちは動かない。反応したとしても、せいぜい小さく悲鳴を漏らすだけで戦うことも、逃げることすらできそうになかった。

 

 しかしその状況で、動いた者がいた。

 

 

「隊、長…ここは!俺たちに任せてください…!」

「お前たち!?なにを!」

 

 

 軍刀を杖代わりにつき、彼はそう言った。

 

 

「……負傷兵風情が何になる」

「時間稼ぎくらいにはっ!なるだろうよ…!」

 

 

 それは兵士達だった。腕を失い、足を失い、目を失い、血を滲ませながらも立ち上がり、武器を持つ。仲間を逃すため。敵を撃ち倒すために、名も知らぬ兵士たちはその命を削って立ち上がる。

 

 

「テメェら!?重症者は下がってろ!」

「下がってても無駄死にするだけですよ副隊長。せっかくならこの命、有用に使ってくださいよ」

「っ!」

 

「ゴホ..... 今を生き残ればより多くの市民を守ることができる。

 

今を生き残ればより多くの仲間を助けることができる。

 

生き残りさえすればより多くの塵どもを殺すことができる。

そう言ったのはアンタだ。ちゃんと生き残って、市民を、俺の仲間を俺の家族を、みんなを救ってくださいよ」

 

「っ!だ、ダメだ!俺が行く!テメェら部下を守んのは上司の俺の役目だろうが!」

「やめろ!アイツらの覚悟を無駄にするな!」

「なっ!?リスタ!テメェはアイツらを見殺しにしろってのか!?」

「私だって!……私だってこんな選択はしたくない。だが…私たち全員で戦ったって、奴らには、勝てない……無駄死にするだけだ!」

「だからって─────ぐぁ!?」

「失礼。彼を説得するのは無理そうでしたので」

 

 

 ライトがベール副隊長の後頭部を殴り、気絶させ背負う。

 

 

「小隊長!撤退を!!」

「…すまない」

 

 

 撤退だ。

 

 下唇を噛み締めながらリスタ小隊長は号令を発した。ろくに戦えない仲間達を盾に敗走する。これほどまでに無様で、屈辱的なことはないだろう。

 蛍光灯の灯りが途切れ、暗闇の中走り続ける。後方から聞こえてくる戦闘音と悲鳴を耳にしながら彼らは走り続けた。何もできないまま、彼らは走り続けた。

 

 

 

 いつしか後ろから聞こえてくる音は何も聞こえなくなっていた。追っ手も来ない。私たちは、敵から逃げ延びた。

 

 

 

 

 ……彼らは最後に何を思って、何を呟いたのだろう。

 

 

 

死にたくない

 

 

 

 私たちは何も聞こえなかった。



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DC-2【薄暮】戦闘後

 私がまだ幼かった頃、私には一人の()がいた。

 

 兄と私は歳が離れており、物心がついた頃にはもう、体を壊した父に代わり、多くの人間を率いるファミリーの頭となっていた。

 

 自分と同じ髪色と目の色。しかし私以上に美しい黒髪と金眼を持った兄は少し変わった人だったのを覚えている。

 

 兄は病に侵された父に代わってファミリーの頭を継ぐために性別を偽り、年齢も偽り、若くして早々に血生臭いギャングの道を歩むことになった。

 ファミリーを支えるため、他のグループとの交渉を行い手を結び、時には裏切り、ファミリーの邪魔となる芽は仲間だろうと友人だろうと、摘んできた。

 

 同年代の子供たちが勉学に励んであろう時期だと言うのに、兄は抗争の際、自ら出向き、手を血に染めた。同年代の子供たちが友人と楽しく遊んでいるであろう時期に、彼は自らの手で裏切り者に引き金を引いた。同年代の子供たちが大人という存在に憧れを抱いていた時期に、彼は大人と社会の汚さを知った。

 

 そんな過酷な人生を歩んできた兄は、しかし常にニコニコと笑みを浮かべていた。兄は弱音を吐くことも辛そうな表情を見せることもなかった。

 

 家族はそんな兄を天才と称え、そしてそれ以上に恐れていた。

 

 道徳心の欠けた異常者だと罵った人がいた。

 

 仲間さえ手にかける残酷な人だと怯えた人がいた。

 

 

 

 でも、私はそんな兄のことが好きだった。

 

 

 確かに兄は少し異常だったかもしれない。戦いも、殺しも何もかも、ゲーム感覚で楽しんでいるような人だった。それにたまに意味のわからない言葉を話すこともあった。ちなみに言った本人も意味はわからないようだったし。

 その上、血のつながった家族にさえ他人のように敬語を使うし、ニコニコと笑った笑顔を崩したところを私は見たこともない。

 

 

 けれど、私に取ってはかけがえのない家族だった。

 1人複雑なスラム街に迷い込んだ時、探しにきてくれたあの笑顔が好きだった。

 敵対するファミリーに人質としてとらわれた際に単身で乗り込み救い出してくれたあの笑顔が好きだった。

 

 いつだって辛いことから私を守ってくれたあの笑顔が好きだった。

 その笑みが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()あの笑みが好きだった。

 

 

 ああ、でも、そんな笑顔以外の顔を、初めて見た時のことを私は忘れない。

 

 

『お兄ちゃん!おかえ……お兄ちゃん?』

 

 

 真っ赤に染まったスーツとその下に見えるワイシャツに、同じように赤く染まった手とそれが震えながらも握って離さない黒光りする金属質な機械。

 

 

『あ…ぁ…■■■■■……わ、私…私は…』

 

 

 そして、その時初めて目にした崩れた彼の笑顔。

 初めて見せた彼女本来の表情。

 

 

『お、お兄ちゃん?』

『私は、私は…どうすればよかったの…?ねぇ、何が正しかったの?どこで、私は間違えたの、かな…?私は、ただ、皆んなで…普通に…』

 

 

 私はそれに応えることはできなかった。

 

 ただ、唖然として何も言うことはできなかった。

 

 だからだろう。それから私は彼の中の彼女を見ることはできなかった。彼の顔にはそれ以来ずっと不気味なほど整った笑顔が張り付いていた。

 

 彼がこちらを見てくれることはあっても、しっかりと“私”を見てくれることは無くなった。彼が“家族”を見る目も、どこか冷めて熱を感じないようになった。

 

 私は今も後悔している。

 

 あの時私には彼女に何かかける言葉があったのではないか。彼女はあの時私に何か言って欲しかったのではないか。

 

 そして何より、私が答えれていれば──

 

 

 

 

『…先に行ってください』

 

『大丈夫。お兄ちゃんはこんな奴らには負けませんよ』

 

『可愛い妹を守るのは兄の役目ですから』

 

 

 

 

 

 赤く燃える炎の中、あんな別れ方をすることもなかっただろうから。

 

 

 

 

 

 

 

「………サスさん」

「………キサスさん」

 

 

「起きてくださいテキサスさん」

 

 

 聞こえてきたどこか懐かしい声色に彼女は目を開ける。

 ぼやけた視界に映る人影は、どこか優しく、やはり懐かしい。

 あの人を連想させるようなものだった。

 

 

「…にい…さん…?」

「はい?」

「大丈夫かテキサス?寝ぼけてんのか?」

 

 

 しかし聞き慣れた渋い声に目が覚める。

 目の前にいたのはキャスケットを被った男性とサングラスをかけたペンギン。

 自治隊のライトとうちのボスだ。

 

 

「すまない…寝ぼけていた」

 

「おう。いや、でも確かに似ているな?髪が赤いのを除けばそっくりか?ちょっと糸目で笑ってみろ」

 

「あ、あの…一体何のことかわかりませんが、今の状況は理解できますか?」

 

 

 エンペラーにジロジロ見られながら狼狽えるライトの声に、彼女は状況を整理し始める。腕時計が示している現在時刻は17:36。最後に見た時から大体1時間半ほど経っていた。

 

 寝る以前に残っている記憶を、未だ半分寝ぼけた頭から引っ張り上げる。思い出せるのは燃え盛る駐屯地と、その後にたどり着いた薄暗い地下通路。

 そして最後は後方から聞こえてくる悲鳴を後に暗闇をひたすらに走り続ける光景だった。

 

 

「....あの後何があったんだ?」

 

「やはり覚えていませんでしたか。では状況の整理も兼ねて、私が説明いたしましょう。仲間を殿に敵から逃げたところまでは覚えているようなのでそこから起こったことを....」

 

 

 あの後、我々は薄暗い地下通路を脱出し、感染者の蔓延る地上の都市部へと脱出した。

 敵が何らかの方法で地下通路に侵入が可能だと分かった以上、あの場所に止まる利点はなかったからだ。

 ただでさえ全容が把握できていないにも関わらず、狭い、暗い、複雑の三拍子が揃った地下通路で敵と戦いながら中央に位置する本部を目指すことは難しい。

 

 故に戦火に包まれた都市部へと戻り、地上経由で本部へと向かうこととなった。

 

 しかし、仕事でただでさえ疲れているうえに、休む暇もなくそのまま暴動に巻き込まれてしまったテキサスやエンペラー。初めての実践で仲間を失い、その様子をすぐそばで見ることとなった駐屯軍の生き残りは身体的にも精神的にも疲労が目立ったため、こうして家主のいない家屋を利用して休息を取ることとなった、のだそうだ。

 

 

 日が沈みながらも、未だ炎に包まれた街は明るかった。

 

 しかし、それに反比例するように生存者たちの目は、暗く絶望に満ちている。

 

 もう、限界なのだろう。

 

 

「生存者計14名。現在位置は本部まで残り2kmほどの位置の住宅街ですが....状況はあまりよろしくありません。皆が皆、限界などとうに超えてしまっています。テキサスさん、あなたも大丈夫ですか?うなされていたようですが」

 

 

 ……本当に似ている。

 

 

「あ、あの?」

 

 

 この顔も

 この匂いも

 この笑顔も

 懐かしい

 

 兄さん、お兄ちゃん。

 

お兄ちゃんお兄ちゃん

お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん

お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん

お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん

 

 寂しいよ。会いたいよ。

 

「お兄ちゃん」

 

 

「しっかりしてください」

 

 

 おでこに感じた鈍い痛み。

 傷かぬ間に壁に押しやっていたライトからのチョップだった。

 

 

「っ........すまない」

「貴方が疲れていることは分かりますが、こんなことはやめて下いただきたい。大体私はウルサスで貴方はループス。いくら姿形が似ていようと別人です。本当に、しっかりしてください」

 

 

 真面目な顔でそういったライトの言う通り、いくら似ていようと彼と兄さんは別人だ。彼の被るキャスケットにもウルサス用に作られた熊耳を入れる飾りがついていた。それに兄さんはあの時……

 

 確かにライトのいうように彼女は疲れていたのかもしれない。

 似た顔だが、彼はウルサスだし、そもそも性別が違う。

 

 でも、それでも…

 

 

「っ……いい加減に…!」

「す、すまんっ!だがこいつも疲れているんだ。少しだけ、頼めねぇか?」

「………はぁ」

 

 

 懐かしい気配の中、再び微睡の中に落ちてゆく。

 もう少しだけ。幸せの中にいさせてほしい。

 もう二度と得ることのできない幸せの中に、たとえそれが偽りだとしても。たとえ、もう、血に濡れた過去から逃れることが出来ずとも。

 

 

「『仕方ないですね』」

 

 

 珍しく、困ったような、しかし自然な笑みを浮かべた兄がいた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、幸せというものは長くは続かない物で。

 悲劇と悲劇の間奏でしかないそれは唐突に終わりを迎える。

 

 街に轟音が、天災と間違えるほど強大な地響きが鳴り響く。

 

 歓声が都市中から上がり、窓の外が一段と明るくなった。

 

 崩れ落ちる艦橋の一部と、燃え落ちるウルサスの国旗。

 

 各地で燃え上がる狼煙の下からは、苦痛に嘆く、声にならない悲鳴が鳴り響く。

 

 

 町中に設置されたスピーカーから、雑音が鳴り、くぐもった性別の判断できない声が発せられた。

 

 

 

ーー地獄のような苦痛を耐え抜き、共に夜明けを望んだ同胞諸君。

 

ーーたった今、我々の宿願は叶いました。

 

ーーこの地獄は、我々の楽園へと生まれ変わったのです。

 

ーーようやく、深い苦しみの夜は黎明期を迎えたのです。

 

 

 

ーー我々「C i R F」(クレアスノダール感染者解放戦線)は、自由を勝ち取ったのです。

 

 

 

ーーさあ、皆さん.....感染者の明るい未来に、喝采を。

 

 

 

 

ーーCiRFリーダー、先導者”faceless“の名の下に、感染者の勝利を宣言します。

 

 

 

 

 

 

 日が沈む。

 夜が来る。

 絶望はまだ、前奏に過ぎなかった。



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DC-3【狼煙】

 炎に照らされ歓声の湧き上がる屋外とは対照的に、私たちの隠れている室内は恐ろしくなるほど静かで、薄暗く、しかしその恐怖を感じ取ることができぬほどに彼らの脳は思考を放棄していた。

 永遠とも思われた静寂。

 しかしそれは一人の兵士の、たった一言によって壊されることになった。

 

 

「クレアスノダールが…陥落…?」

 

 

 呆然と、状況が飲み込めていないような、故に状況を理解しようと、拒む脳を押し退けて無理やりにでも飲み込もうとした言葉は、彼と同じように思考を放棄していた兵士たちにも驚くほど滑らかに滑り込み、拒む脳に理解させた。

 移動都市クレアスノダールの陥落。感染者の勝利。それ即ち我々の敗北。その事実が皆の脳に届けられた頃には、もう遅い。

 

 

「いや、いや…いやァァァァァァ!!!!」

 

 

 甲高い、しかし外の歓声にかき消されるような悲鳴は、彼女が抱く感情を素早く、正確にこの場にいる全員に伝える。恐怖は伝播する。混乱もまた、そうだ。

 

 

「は、はは、もう終わりだ」

「死にたくねぇ!死にたくねぇよ!」

「あああああ…やだぁ…おかさぁん…」

 

 

 混乱に包まれる者。恐怖に飲まれた者。全て投げ出し諦めた者。それぞれがそれぞれ違った反応を見せたが彼らが共通した抱く感情は、絶望。それだけは変わらなかった。

 

 

「助けて、助けてくださいよ!ベール副隊長!」

「静まれ!テメェら鬱陶しい!おいリスタぁ!どうにかしやがれ!テメェの役目だろ!」

「…ありえない」

「ああ!?」

「有り得ない。暴動は、まだ始まって1日も経っていないのに、あまりにも早すぎる…どういうことだ…」

「──くそったれ…俺だってわかんねぇよ」

 

 

 それは、他のものたちよりも多くの戦場を経験してきた隊長たちにも言えることであった。リスタ小隊長は頭を抱えて座り込み震え、ベール副隊長は縋り付いてきた部下を振りはらい、壁に拳を叩きつけた。

 

 

「……どうすんだこれ」

「うーん…ちょっと、不味いですね」

「…お前は平気なのな」

「いえいえ、平気ではありませんよ。ただ、膝下で寝ている人がいると言うのに叫んで現実逃避するのは…と思いまして。いや…この状態こそが現実逃避だとも捉えられなくはないですね。…正直今すぐにでも頭を抱えてうずくまりたいものですが」

 

 

 阿鼻叫喚の現状に我関せずとスヤスヤとライトの膝で眠るテキサスに視線を向けながら彼は「ははは」っと乾いた笑いを零し、顔に手を当てた。表面上は真面を装っていても、彼も相当現状に参っているようだった。

 

 事実。たとえ彼らが数多の戦場を生き残った歴戦の猛者だろうと、戦場経験のない「ド」のつく素人であろうと、この様な、味方の生存は絶望的。我彼の圧倒的戦力差。逃げることも出来ない。そんな絶望的な状況で正気を保てなど無理があるのだ。錯乱し暴れ出さないだけで十分といえよう。

 

 

「…ですが、いつまでもこうしているわけにも行かないでしょう。こんなことをしていてもなんの解決にもならない。いつか敵に見つかって遊ばれ、殺されるだけです」

「そりゃそうだが…」

 

「ですので、突撃しましょう」

 

「………は!?」

 

 

 名案だ!とでもいうかの様にライトは自信満々に指を一本立ててそう言い放った。

 

 

「この近くに…ちょうど中央の艦橋へ向かう道に緊急の事態に備えて建てられた軍用の倉庫があるはずです。そこに行ければ今我々に不足している食料、武器、医療品。今の私たちに足りていない物資を補給することができる。ですがそれだけではダメです。武器はあっても、それを使うだけの人員が足りない。ですので人員はおそらくわたしたちのように逃げ隠れているであろう生き残りを…いや、だめです。それでは時間がない。やはりこの人数で、最小限の犠牲で───」

「ら、ライト!落ち着け!お前なんか変だぞ!」

「変?いえ、おかしくありません。私は何もおかしくありませんよ?私は何もおかしいことなど言っていない」

 

「エンペラーさん、私は、私たちはこの都市クレアスノダールの市民であり、守護者であり、誇り高きウルサス帝国民です。そんな私たちが、絶体絶命に陥った程度で諦めてはいけないのです。私たちには義務がある。この都市を守る義務が。この国を守る義務が。そして、愛すべき家族や友人、仲間を守るために戦う義務が」

 

 

 

「故に、諦めるわけにはいかないのですよ」

 

 

 そこまで大きくない、普段と同じ声色、声の大きさだというのに彼の声はこの廃墟によく響いた。外の歓声や物音が聞こえないほどのよく。これは彼の声に何か特別な秘密があるのではなかった。ただ単に、静かなのだ。誰も、彼も声を発さない。先程まで叫んでいた兵士も、泣いて震えていた子供も、誰も彼もが。

 彼の声に耳を傾けていた。

 

 

「私たちが諦めたらどうなると思いますか?あの恐ろしい暴徒達が力を持たない市民を、私たちの家族、知り合い、友人を殺さず放っておくとでも思っているのですか?ああ、そうです。そんな事はない。あるはずがない。きっと彼らは、そこの道端に転がっている死体の様に無惨な殺され方をされ、その死体を晒すことになる。そして都市は感染者達に支配され、汚される。この私たちが生まれ育った美しきクレアスノダールが、です」

 

「ん……ぅ…ライト?」

 

 

 彼は徐々に言葉を強め、静かに、しかし荒々しく、そう言い放つ。そこに込められた感情を押し付ける様に。

 

 

「ああ、その様な蛮行が許されようか。答えは否。否だ。許されていいはずがない……故に立ち上がりましょう。もう一度、最後まで、この命が尽きるまで。この都市を、私たちの故郷を守りたいと思うのならば、武器を持ち、立ち上がって、戦い抜きましょう」

 

 

 

「私たちの美しきクレアスノダールを、再び取り戻すために」

 

 

 

 小さな咳払いと「失礼しました」という言葉と共に締めくくられたその演説は静寂に終わり、そして徐々に、徐々に波が大きくなるが如く、人々に伝播する。

 

 

「…俺は、やるぞ」

 

「やってやる、やってやる!」

 

「はは…そうだ。こんなところでうずくまってる場合じゃねぇ」

 

「戦え、戦え」

 

「立ち上がれ」

 

 

 反撃の時は今、来た。

 兵士も、怯え震えるだけだった市民も皆が声をあげ、立ち上がり、歌い出す。

 

 擦り減った精神に植え付けられた空虚な勇気。一見無謀にも思えるその試みに人々は希望を見出し始めていた。

 

 これがカリスマというものなのだろか。なるほど、一見ただの優男にしか見えなかった彼が一部隊の隊長を任されていた理由が垣間見得た気がした。先ほどまでの憂鬱とした、重苦しい雰囲気はもはやみる影もない。それをエンペラーは少し恐ろしく、しかし彼の気持ちもまた彼ら同様に昂っていた。

 

 

「お、おい、ライト。お前すげー……な……」

「はは、私のおかげででは有りませんよ。これは、皆さんのこの都市への想いが成し得た事…それに、ここからが本番なのですから」

 

 

 エンペラーの見た彼は笑っていた。自身の演説で、心が折れかけていた皆を立ち上がらせたのだ。上手くことが進んだに喜んでいるのかもしれない。自身の声に皆が答えてくれたことが嬉しかったのかもしれない。

 

 

 ────なんだ…?

 

 

 理由なんていくらでもある。それでも、そのどれにも当てはまらない様な、そんな違和感をエンペラーは感じ取ったのだ。

 

 何かが違う。それでいて、そんなことがあるはずがないのに、どこかで見たことがあるという。

 

 

『やぁ、エンペラー』

 

 

 そんな既視感を。

 

 

「ライト、お前……」

「よし。各員準備を始めろ。ベール副隊長、そしてライトは私と共に来い。作戦の概要を詰める」

 

 

 しかし時間はそれについて考えることを許してはくれなかった。

 

 

「さて、いい加減退いてくれませんかテキサスさん?これでは動けませんし、足も痺れてきました」

「…仕方がない」

「仕方がないってなんですか仕方がないって……っと、作戦会議に行く前に、これだけは聞かせてください。貴方達はこれからどうするつもりですか?」

 

 

 よっこらせと言いながらテキサスを膝の上からどかしたライトは立ち上がる。

 

 

「はっ、この状況で俺たちは隠れてます〜なんて情けねぇこと言うわけねぇだろ?」

「……貴方達はそもそもこの都市の人間ではない。この戦いに参加する理由もないのです。ですのでそれもまた選択肢の一つ。いえ、一番妥当な選択と言えるでしょう。私たちの作戦が成功するにせよしないにせよ、2人だけなら隠れて政府の救援を待つほうが賢い選択と言え───

「ああもう!ぐだぐだぐだぐだうっせーな!」

「んぬぁ…!?」

 

 

 妙にもちもちとしたライトの頬をエンペラーの手がペチンと挟む。

 

 

「じゃあなんだ?テメェらが自爆特攻すんのを黙って見てろってか?」

「い、いえ、必ずしも失敗すると決まったわけじゃ…」

「逆に成功すると思ってんのか?」

「……」

「だったら尚のこと俺らを連れてけ。人数は必要だろ?」

「し、しかし……」

「だぁぁぁ!埒が開かねぇ!!」

 

 

 うがーっと両手をあげ、頭を掻きむしるエンペラー。別の部屋からベール副隊長の急かす声が聞こえてきた。

 エンペラーとテキサス。彼らは本来この都市の外からやってきたトランスポーター。つまりライトにとっては“部外者”であり、そんな彼らを、都市が抱え、ついには爆発してしまったこの大きな問題に巻き込みたくはないのだろう。

 だがエンペラーもエンペラーで、ここで引くことは彼のプライドに反していた。たとえ彼らがいなくとも問題なかったかもしれないが、結果的に軍に助けられ、ここまで保護してきてもらった大きな“借り”。それを返さないなんてことを、彼は許すことができないのだ。

 

 

「…よーし、わかった。ならライト、お前俺たちを雇え。」

「………はい?」

「俺はテメェらにできた借りを返したい。だがテメェはこの都市の部外者である俺らを巻き込みたくない。違うか?」

「…まあ、はい」

「なら、部外者じゃなけりゃいいんだろ。だったら俺らを雇え。普段は荷物の配達しか受け付けねぇが今回は特別だ!テメェらに傭兵として雇われてやる!」

「は、はぁ!?んな無茶苦茶な…」

「どーする?俺らは引かねぇぞ。雇わねぇなら…そうだな、リスタあたりに雇ってもらおう。報酬はお前のツケだがな。」

 

 

 無茶苦茶だ、とライトは顔を押さえて大きなため息をつき、エンペラーに問いかける。

 

 

「………まったく、詐欺にあった気分です。それで?お値段は?」

 

 

 疲れと呆れをふんだんに含んだ彼の問いかけにエンペラーはその両翼をあげ─────

 

 

 

「とびっきりうまいワインを2本。」

 

 

 

 取引は成立した。




メモ
リスタ小隊長→少し優柔不断。感染者差別意識軽度。実は女性
ベール副隊長→殺意MAX。ウルサス脳。男性
ライト自治隊長→敬語キャラ。ニコニコ。感染者差別意識軽度。
mob×9→モブ。壊れかけ。
クレアスノダール→リターニア付近で炎上中。
主人公くんちゃん→....どこ?敬語キャラ。ニコニコ。
原作キャラ→キャラ崩壊注意


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DC-4【キルゾーン】戦闘前1

 見慣れたはずの街並みはまるで別物へと様変わりし、華やかなメインストリートは赤いカーペットによって模様替えされていた。

 

 燃え上がる行きつけのパン屋。

 崩れた見覚えのある家屋。

 そして、積み上げられた肉の山。

 

 地獄というものを表すのなら、このような光景のことを言うのだろう。

 

 しかし、我々にとって地獄でしかないこの光景は、一方で、彼らにとっては天国のように感じるらしかった。

 

 湧き上がる喝采。

 燃え上がる煙と肉の焼ける匂いと共に、あたりに充満する喜びの感情。狂ったような笑い声。

 

 彼らは心の底から喜んでいた。

 永遠の苦しみの鎖からの解放を。

 感染者という名の枷からの解放を。

 

 そして、初めてその手に握りしめた本物の自由を。

 

 

 たった今、彼らは被虐者という立場から、弱者という立場から強者へと成り代わったのだった。

 

 復讐を。

 

 ああ、それでもこの粘着質な黒い感情を拭い去ることは叶わない。どれだけ今の幸せを手にしようと、過去に負った傷跡が消えることはないのだ。

 

 復讐を。

 

 それは幸福の中だろうと痛みだし、不快感を与え続ける。

 

 復讐を。

 

 それを癒す方法はただ一つ。彼らはそれを知っていた。

 

 

「さぁ!心ゆくまで復讐を!」

 

 

 自分達を見下し縛ってきた者たちを1人残らず血に染める。

 女だろうと子供だろうと関係がない。

 

 差別からの解放。

 

 “我々には等しく自由と幸福を得る権利がある。”

 “それを邪魔するものは等しく悪である。”

 

 彼らを薄暗い暗闇から救い出した先導者の言葉は今や、彼らの“正義”となり、“大義”となり、彼らに力を分け与えていた。

 

 我々は“正義”であり、“悪”である非感染者は滅すべき罪人である。彼らの恨み辛みからくる虐殺行為は、その全てが正当な行いであると。

 

 人は“理由”さえあればどこまでも残酷になれるのだ。

 

 明確な善悪を作り出すことによって彼らは一つになり、団結し、悪を打倒することができた。

 

 そこでは躊躇も、躊躇いも不必要なものとして捨てられた。

 

 

 その結果、どれほどの血溜まりの海と、屍の山が築かれようと。

 

 彼らが止まることはない。

 

 

 

 

 

 

「…て、敵影ありません。」

 

 

 まるでキャンプファイヤーを囲むように、勝利に酔う暴徒たちから身を隠し、命からがら抜けだした住宅街のその先は、工場や倉庫群が立ち並ぶ工業地帯。

 この都市の発展に大きく貢献し、毎日のように多くの人々が集まるそこは、暴徒たちの蔓延る住宅街とは打って変わって静寂に包まれていた。

 

 

 不気味なほどに、周囲からは物音ひとつしない。聞こえるのは自分達の呼吸音と歩く音だけ。生き物の気配すら感じ取ることができなかった。

 

 所々に積み上げられた肉の塊も、戦闘の跡さえ、先に進むにつれて少なくなってゆく。

 この区画を占領しているはずの暴徒たちは影も形も見当たらなかった。

 

 

「…不気味だな」

「そうですね…本来この時間ならそれなりの人が居たはずです。ですので…言い方は悪いかも知れませんが、死体が少なすぎる。」

「あァ、確か、ペイル共の班との連絡が途切れたのがこの辺りのはずだ。つまり、アイツらが全滅したか逃げたかにせよ、ある程度の戦闘はあったはず。にも関わらず戦闘痕が少なすぎる。」

「それに、なぜかここだけ暴徒たちが見当たらない。ですよね。」

「そうだ…ちくしょう、いやァな予感がするなぁ。」

「戦場帰りの間ってやつですか?ベールさん。」

「そんな大したもんじゃねぇよ。」

 

 

 既に遠くに見える赤い炎に包まれた住宅街とは対照的に、この工業地帯はひたすら静かだ。故に、ちょっとした物音でもよく響いてしまう。

 

 

「ひ、ひぃ!?!?」

「っ!静かに!」

 

 

 先行していた一人の兵が何かに躓いたのか、小さな、しかしこの場ではよく響いてしまう悲鳴を上げて尻餅をついた。リスタ小隊長が慌てて彼女の口を塞いだが、もう遅い。声は辺りに響き渡った。

 

 

「総員周囲を警戒せよ!」

「了解。」

 

 

 五秒。

 十秒。

 二十秒。

 三十秒。

 

 そして一分。

 しかし辺りから何かが動いたような音はしなかった。

 

 

「…バレて、ない?」

「そう…みたいですね。」

 

「おい、何があった」

「ひっ、あ、ベールさん…これ…」

「あァ?……こいつは…っ」

 

 

 静かに手招きするベールに従って覗き込む。

 そこには見慣れた軍服に身を包んだ肉塊が、うつ伏せになって倒れ込んでいた。

 

 

「…リスタさん、彼らは…」

「ああ、間違いない…通信の途絶えたペイル班の者だ。」

 

 

 立派なウルサス軍服は突き刺された何本もの剣と幾度となく振り下ろされたであろう殴打痕によって赤黒く変色していた。しかし、ソレの肩についたエンブレムと、近くに落ちていた千切れたドッグタグが、彼の所属を示していた。

 

 

「ケレス…くそっ!敵は必ず…っ」

 

 

 ベールは冷たくなったソレを握りしめ、噛み締めるように言った。

 

 

「え、け、ケレス…さん…?」

 

 

 そう言ったのは誰だったのか。

 先ほど悲鳴をあげた小柄な女兵士が1人。

 ぽつりとこぼしていた。

 

 

「そ、そんなはずはありません…だって…」

「お、おい。何をして」

 

 

 止めようとするリスタの手を振り払い、彼女は後頭部がグチャグチャになったソレをひっくり返した。

 

 

「だ、だって、彼は金髪で…」

「…は?」

 

「……誰だ、コイツは」

 

 

 ギャグのようなふざけたような言葉がベールの口から放たれた。

 

 

「…リスタ小隊長。ペイル班にこのような人物は?」

「い、いなかったはずだ。少なくとも…」

「俺はこんなやつ見たことがねぇ。俺は、自分の部下の顔は全員覚えているが、こんな顔は、一度も見たことがない」

 

 

 場を沈黙が支配する。

 

 

「皆さん、死体の顔を確認してください。」

「は、はいっ!」

 

 

 ライトの声に従って、各々で辺りに散乱している軍服を身につけた肉塊をひっくり返してゆく。結果────

 

 

「…どうでした?」

 

 

 見覚えのある顔は、確認できなかった。

 それが隊員の1人から伝えられた事実だった。

 

 

「どう言うことだ?」

「…さあ?」

「いや、さあって…」

「はぁ…エンペラーさん、これだけの情報から私に何を予測せよと言うのですか?私だってなんでも知っているわけではないのですよ?まあ、強いて言うのであればこれが味方からの何かしらのメッセージか、全滅したと思われたペイル班の皆さんが実は皆生きて私たちのように機会を窺っているのかもしれない…とかですかね。」

「十分だろそれで。」

 

「じゃ、じゃあ俺ら以外にも生きてる奴らが…?」

 

 

 この地獄に自分達だけ取り残された。その事実が覆されただけでも舞台の空気は明確に、明るく変わった。

 通信の途絶した他班のメンバーが生きている。その情報は、ライトの鼓舞によって動いていた。言うなれば希望も勝ち筋も何もないままから元気、いや、から気合いで突き進んでいた彼らにとって、ソレは十分すぎる希望となり得るものだった。

 

 

「静粛に!目的の保管庫は近い!もし生き残りがいるのだとしたら彼らもそこに向かっているはずだ!行動開始!」

 

 

 リスタ小隊長の号令と共にそれぞれが再度隊列を整え行動を再開する。目的地はこの工業地帯に存在する保管庫のうち一つ。しかしそれは保管庫という名を持つ、いわば軍用武器庫のようなもの。各区に一つづつ設置され、軍の備品が収納されている施設だ。セキュリティも万全であり、外壁を破壊し侵入でもされていない限り安全の保証されたセーフティルームでもある。そして何より、そこには有線で各区をつなぐ通信設備が存在する。それさえあれば、自分達以外の生存者を見つけることができるかもしれない。

 

 仲間の生存の可能性。

 保管庫へ近づいたという事実。

 その二つの希望を得た彼らの動きは目に見えて軽くなっていた。

 

 もしかしたら自分たち以外の生き残りがこの区画に残っているかもしれない。

 もしかしたら他の区画にだって自分たちのように動くものたちがいるかもしれない。

 

 もしかしたら、本当に感染者どもからこの都市を奪還できるかもしれない。

 

 そんな希望が彼らの中に芽生え始めていた。

 

 

 

 

 

「…周囲に敵影なし。」

「パスワードは?」

「安心しろ。ちゃんと覚えてる。」

 

 

 彼らの前に聳え立つ巨大な鉄製の大扉。まさにそれこそが彼らの目的地でもある保管庫の扉だ。なんでも、これだけ大きな戸持つ理由は様々な物資の他に大型のトラックや装甲車両が保管されているかららしい。

 なかなか大きな施設だ。

 数名の隊員が周囲を警戒する中、リスタ小隊長は小さな電子音を立てながら扉に敷設された機器を操作して扉のロックを解除する。

 

 十数桁打ち込んだのちに、人が押してもびくともしないような重量のある鉄扉は重鈍な音を立てながら横にスライドするように彼らの前へ暗闇への道を開いた。

 

 

「暗いな」

「少し待て、確か灯りがこの辺に…」

 

 

 カチリ、と小さな音と共に灯された電灯が人工の光で辺りを明るく照らし出す。

 

 生き残るための頼みの綱。

 彼らが求めていたものがそのまま。大量の物資がそこにはあった。

 大量の保存食に大量のボルト、大量の爆薬に大量の加工済みの源石。

 

 彼らの求めたあらゆるものがそこにはあった。

 

 今の彼らにとってそこはまさに財宝の山。希望の詰まった宝箱。 

 

 

「警戒を怠るな!各員必要な物資を早急に補充せよ。感染者どもが来る前にさっさと済ませるぞ!!」

 

 

 ベール副隊長の指示でそれぞれが補給にかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、メリットにはそれ相応のリスクがつくものです。なんの危険もなくこれほどの宝を得る?あり得ない。

 

 RPGなどのゲームを嗜まれている方はご存知かと思われますが、某ドラゴンでクエストなゲーム等では、こんなモンスターが登場します。

 

 様々なアイテムを手に入れることができる『宝箱』。

 それに擬態し、開けたプレイヤーに襲い掛かるモンスター。

 その名もミミック。

 

 厄介な敵ですよね。

 宝箱を見つけた喜びから一瞬で叩き落とされる。

 性格の悪い敵です。

 

 ですがその『餌を用意し、相手が油断した瞬間を叩く』戦略はとても合理的なものであり、自然界の動物や植物、そして人間すらも使用することのある戦略です。

 

 敵を自分に有利な戦場に引きずり出すことができ、バレなければ先手を打つことができる。

 

 皆さんもやったこと、もしくは見たたことがあるでしょう?

 FPSなどでアイテムを餌に敵プレイヤーを誘き寄せ、ホイホイ釣られた愚かな敵さんを周囲に隠れていた仲間たちと一斉に集団リンチするあの光景を。

 又は将棋などで金や銀などの強力な駒を餌に、相手プレイヤーの飛車や角を狙う。そんな光景を。

 

 え?ない?

 

 まあいいでしょう。

 こんな都合のいい状況が、あり得るはずがないのだということを、わかってもらえればそれでいいのですから。

 

 

 

 

 

 突然後方から鳴り響く重音と、バチンと音を立てて一瞬で暗闇に染まる室内。

 ここは扉が閉められたようで、外部からの光も何もない暗闇。

 

 

 

「落ち着け!中央に集ま───

 

 

 

 続く言葉はなかった。

 代わりに聞こえるのは何かを貫く音と、ゴポリ、べチャリという粘着質な、今や聴き慣れてしまった音だった。



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DC-4【キルゾーン】戦闘後

久しぶりです。源石です。
以前の投稿が満足する作品に仕上がらなかったので再投稿です。



 正義と悪。

 人はこの二つの勢力を作りたがるものだ。

 そうやって、明確な敵を作り出したがるものなのだと。

 そうやって、自身の正しさを証明したいのだと。

 私は考えている。

 

 敵であれば虐めても良い。

 敵であれば迫害しても良い。

 敵であれば殺しても良い。

 敵であれば排除しても良い。

 

 自らの行動を正当化する理由....そう、免罪符を作り出すため、人々は二分する。これは人々の作り出した創作物にもいえることだ。

 

 魔王と勇者。悪魔と天使。悪の組織に正義のヒーロー。

 

 前者は誰もが『悪』と認識する様なもので、後者はそれを打倒する明確な『正義』。悪と正義が白と黒の様にはっきりと分かれている。

 

 

 

 しかし現実は複雑で、正義に対する明確な悪を作り出すことは難しい。

 そもそも正義と悪という単純な構造は存在しないのだ。

 それぞれにそれぞれの正義があり、悪がある。

 

 魔王が正義になるかもしれないし、天使と悪魔が共に笑い合うかもしれない。悪の組織がヒーローから市民を守るかもしれない。

 

 現実では絶対的な悪や正義は存在しない。

 それらの認識は観察する者の立場によって変化するものだ。

 

 

 それは、このウルサスに蔓延る感染者差別にもいえることだったのだと、私はようやく気づくことができた。

 

 

 

 

 ある人は言った。

 感染者は悪であり、非感染者は正義である──と。

 いかに優れた人間性を持っていようと、その身が源石に犯されている時点でそれは明確な悪である──と。

 

……

………そんなこと、誰が決めたのだろうか。

 

 

 私はずっと疑問に思っていた。

 感染者を差別することは正義なのか。

 私のやっていることは正しいのか。

 感染者というだけで人権が剥奪されるこの世界は正しいのか。

 

 

『感染者は悪だ。慈悲をかけるな。たとえそれが家族だろうとな。』

 

 

 その疑問は、自分の息子が発症し、家が静かになったあの日、確信に変わった。

 

 

『貴方は正しい。間違っているのは世界の方です。』

 

 

 だから、私は立ち上がった。

 この体が源石に汚れて無かろうと、私は私が正しいと思ったことをする。

 

 

 

 

 

「な……」

 

 

 

 再び光の灯された工場内に真っ赤な池が形作られた。

 背中から伝わる熱と、込み上げる赤い液体。

 強烈な胸の痛みに耐えきれず、池に身を沈めながらベール副隊長は、目の前の人物を睨みつける。

 

 

「て、めぇ…」

 

 

 手に握られた軍刀は赤黒くひかり、彼の一部が先端から滴っていた。

 彼を見下す冷え切った瞳は、とても仲間へ向けるような物とは思えない。

 

 そこに籠るは怒り、憎しみ、辛み。

 裏切ったのか。

 霞む視界の中、ベール副隊長は力の限り、彼女を睨みつけた。

 

 それを、彼女はまるで道端に捨てられたゴミの様に蹴り上げた。

 

 

「まったく、クラウンスレイヤーにも困ったものだ。この屑共は、私が殺すと言ったのに。私はずっとこの瞬間を待っていたんだ。ずっと、ずっと、ずっと。貴様が私のアイン(息子)の、その命を奪ったあの日からッ!!!!」

「なに…を…っ」

「聞こえないなあ!!もっとはっきり喋れよ!!」

 

 

 軍靴が脇腹に突き刺さり、血の塊が喉から吐き出される。

 紡ごうとした言葉は痛みにかき消された。

 

 

「副隊長!!」

 

 

 副隊長を助けようと動いた彼の行動は正しい物だった。

 しかし、彼は少し視界が狭すぎた。

 周りを囲む武装集団と、その手に握られた凶器に気付くことができなかったのだから。

 

 

「かッ!?」

 

 

 頭部に打ち込まれたボルトは正確に彼の脳を貫き、痛みを感じさせる暇もなく死を与えた。

 

 

「動くな。」

 

 

 熱を感じさせないその声は静寂の中いやに響いた。

 

 

「....裏切ったのかお前。」

「裏切ってなどいない。悪いな客人。私は初めから感染者の味方だ。」

 

 

 両手を上げ膝をついた。

 もはや戦意の残った者などいなかった。

 わずかに残った心の支えも、砕け散り跡形もなくなった。

 立てるものは、もう居ない。

 

 

「私や他班の生き残りは私の思想に、いや、先導者の意思に共感を持った者たちだ。そうでしょう?我らが先導者よ。」

 

 

そう、彼女が手を伸ばした先は───

 

 

「はぁ....ネタバラシが早すぎませんかねえ。貴方、よくつまらないって言われません?」

 

 

 頭を掻きながら、仕方がないと言ったように苦笑を顔に浮かべ、1人前へ進み出る。体型を誤魔化せるほど分厚い防寒具を脱ぎ捨てた彼、いや彼女は白いワイシャツにサスペンダーを付け、そのまくられた右腕には真っ黒な源石と、そして、他の暴徒たち同様に腕章がはまっていた。

 

 

「と、言うわけで。皆様、改めてこんにちは。私は先導者faceless。この革命の指導者にして、感染者に自由と幸福を与える者です。」

 

 

 彼女、facelessはまるで騙されていた我々を嘲笑うが如く、丁寧なお辞儀と共に笑みを浮かべた。

 しかしその行為に怒りを露わにする者はいない。

 今までの全てが嘘だったと知り、演技だったと知り、武器を落とし、膝を折り、諦めたような視線を送るだけだ。

 もはや彼らには裏切りへの怒りを浮かべるだけの余力すら残されていなかった。

 

 

「おや、思ったより反応が薄いですね。」

 

「...なるほどな。どうやってあの地下通路に暴徒どもが入り込んできたのか、そもそもどうしてあんな複雑な地下通路で俺らがお前ら駐屯軍に合流できたのか、やっとわかったぜ。」

 

 

 ありえるはずのない地下通路での会敵に、都合よく潜伏中の軍の生き残ると合流出来たこと。

 そもそもの話、エンペラーのファンだと言って近づいてきたことすら計算のうちだったのかもしれない。

 はぁ、苦しかった、と彼女は熊耳のついたキャスケットと共に赤色のウィッグを髪から外す。

 

 

「久しぶりですね、エンペラー。」

「……ああ、そうだな。」

 

 

 そこから現れたのは夜空を詰め込んだ様な黒髪に、明らかにウルサスのものではないピンとした狼の耳。

 まさに隣で目を見開き、彼女を見つめる部下の姿と瓜二つの背格好だった。

 

 

「アルハイム」

 

 

 かつての良客。そして自分の部下、彼女の妹であるテキサスを逃すため、燃え上がり崩れ落ちゆく屋敷の中に消えていった懐かしい、しかし死んだはずの女の姿がそこにはあった。

 

 胡散臭い糸目笑いは健在だ。

 

 

「いやぁ...サラシを巻いたり、ウィッグを付けたり、キャスケットを被ったり、仮面をつけたり。バレない様に様々な努力をしてきましたが...まさか何度も仕事を共にした同僚や、かつての親友にまでバレないなんて思いませんでしたよ。悲しいです。」

 

「知らん。俺にテメェみたいな親友はいない。」

「……傷つきますねぇ。しくしく...」

 

 

 わざとらしく泣き真似をするライト、いや、アルハイムにエンペラーは舌打ちを返す。

 

 かつて彼とアルハイムはなかなか長い付き合いがあった。

 彼女が幼少期のころ、両親に代わって家を継いだあの時から、妹を庇ってファミリーと共に炎の中消えていったあの時まで。

 

 約束に従って、彼が唯一愛情を向けていた“妹”をシラクーザでの血の連鎖から、『社員として引き抜く』という名目で保護するほどに、なかなか良好な関係を築いていた。

 

 しかし、彼は同時に彼女の本心を見抜いていた。

 ドス黒く粘り気を持ち、決して洗い流すことのできない程汚れ、歪み切った彼女の内心。その笑みの裏側を見抜いていた。

 

 こいつは1マフィアの頭に収まるような人間じゃない。

 きっといつか、何か恐ろしいことをしでかすだろう。

 だから彼女が炎の中消えた時、抱いた感情は悲しみと、そして少しの安堵だった。その時初めて彼は自分が嫌いになった。

 

 結局彼は生存し、エンペラーの予想通り“大きなこと”をしでかした訳だが。

 

 

「話は終わったか、我らが先導者よ。」

「ええ、私は彼らに嫌われてしまった様なので。数年ぶりの感動の再会だと言うのに帰ってきたのは舌打ちと暴言。ひどいとは思いませんか?」

「…そうだな。」

「旧友との再会に上がっていたテンションも駄々下がりですよ…はぁ…」

「…」

「私としては再会のハグくらいあっても…」

「…もういいか?」

 

 

 アルハイムの返答を待たず裏切り者リスタは片手を上げる。

 同時に周囲から向けられる視線と共に金属音が鳴り響く。

 黒光りする殺意が、今にもその命を奪わんと一点に集中した。

 

 

「あ…ああ…」

「いやだ…死にたくない…」

 

 

 絶望に満ちた彼らに向けて。

 

 

「射撃用意」

 

 

 掲げられた右手は────



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DC-5【快楽主義者】

 

「放て」

 

 

 掲げられた右手は、無慈悲にも罪人を捌く断頭台が如く振り下ろされる───────

 

 

「……な、なんだ?」

 

 

 ────ことはなかった。

 いつまで経っても痛みを感じることはない。

 痛みを感じる暇もないまま死んでしまったわけではない。

 足から伝わるひんやりとしたコンクリートの冷たさと、未だ稼働する この思考がその証明だ。

 

 では何故。

 

 

「……なんのつもりだ」

 

 

 振り下ろすはずの右腕は、後ろから押さえられ、彼らに向けられていたはずの冷徹は瞳は、懐疑心を含んで後ろの人物を見つめていた。

 

 

「フェイスレス」

 

「んー…」

 

 

 彼女を止めたフェイスレスこと、アルハイムの、その顔には笑みはなく、何かを考えるように首をコテンと傾けていた。その顔に緊張感は見られない。まるでここが戦場ではないような。

 

 

「やーめた」

 

「……は?」

「いやぁ…なんと言えばいいんですかね。うーん…」

 

 

 ──気に入らない──

 

 

「…どう言うことだ?気に入らないって。全ては計画通りに…」

「あーそれ。ソレです。ソレが気に入らない。あまりにもつまらない。刺激が足りない。貴方は頭が硬すぎる。エンタメが足りない。」

「何を…」

 

「もう用済みって話ですよ。」

 

「っ!」

 

 

 その時、コツンと靴裏が地面を叩く音と共に彼女の足元が赤黒く光り輝いた。

 アーツ反応。リスタが戦場で何度も見た、源石の幻想的な、そして容易く人の命を奪い去る悪魔の光。

 

 

「総員!目標変更っ!打て!!」

「遅い」

 

 

 瞬間、世界が変わった。

 

 

「…は?」

 

 

 ソレは誰が漏らした言葉なのか。今この場において何の意味もなさない無意味な言葉がこだまする。

 

 一面に広がる結晶世界。

 圧倒的な戦力差を作り出していたリスタの部下たちは全員、突然現れた結晶に囚われた。飲み込まれたの方が正しいか。

 

 何が起こった。何をされた。

 正に天災クラスの被害。

 しかし、この場で天災が発生したのかと問われたら否だ。

 こんな都市の、それも屋内で突然発生するようなものではないし、私が生きていることの説明がつかない。明らかに源石は、私と、そこの非感染者どもを巻き込まないように発生しているのだから。

 

 これは明らかに自然なものでは無い。人為的なもの。

 

 本当に、こんなものがアーツ…人のなし得る技だと…

 

 

「まあ、別に暇つぶし程度だったから期待はしてなかったんですけどね…」

 

 

 ──残念です──

 

 

 振り向くと、そこには貼り付けた様な笑顔。

 細められた瞼からわずかに覗く異様に熱を感じない瞳に、背筋が凍りついた。

 

 

「あり…えない…」

 

 

 怒りも疑問も何もかもが吹き飛んでしまうような恐怖、そして絶望が彼女を襲う。足から力が抜け、崩れ落ちる。窓から差し込む月光が、彼女の前に佇む()()()の影を黒く、黒く強調していた。

 

 

「何故...?何が気に入らないんだ!私たちは計画通りに動いた!」

「計画通り?おや、おかしいですね。私の計画では革命の開始が十月二十ニ日の二十一時。おかしいですね?今頃はもう終わっているはずだったのに。」

「なっ!ふざけるな!貴方は確かにあの時──っ!」

 

「まさか…初めから私たちを…」

 

 

 気づいてしまった。

 その事実に、目の前の悪魔は口元の弧を深めた。

 そして見下すような、嘲笑うような笑みでこう言った。

 

 

「非感染者である貴方たちが、今まで私たち感染者を散々嬲り殺してきた貴方たちが。本気で私たちの同志になれるとでも?」

 

 

 ───と。

 

 

「とまあ、そんなことは別にどうでも良いのです。」

「────は?」

 

 

 あっけらかんと。先程と同じ、しかし威圧感を感じさせない笑顔でそう言った。どうでもいい。取るに足らないことであると。

 彼女にとって、リスタを切り捨てるそれ以上の理由はあるのだと。

 

 

「なら、なぜ…?」

「おや?理由なんてもう話したじゃないですか。話聞いていませんでした?」

「……」

 

 

 仕方ありませんね。

 そう言った彼女は、まるで愚かな幼子を諭すように。

 そして見下すように語り出す。

 

 

「ああ…貴方は自らこの国、いや世界の歪みに気付きました。それはとても素晴らしいことです。多くの思想にとらわれず、惑わされず、自分の信じる正義を見つけ、貫き通すと言うのは非常に難しいことですから。」

 

「そして貴方はそれだけに留まらず、部下たちまで自身の正義で飲み込み、仇であるベールの胸に軍刀を突き刺した。ええ、そうです。ここまでは素晴らしい。芸に欠けることを除けば、実に素晴らしい復讐劇です。」

 

 

 拍手でも叩きそうなほど破顔し、一転。

 

 

「ああ、でも。それでも貴方が…ただの暇つぶしに過ぎない貴方が!貴方以上に素晴らしいエンターテイナーを!この物語の主演足り得る彼らを排除する資格があるのだろうか!否!あるはずが無い…」

 

 

 怒りに満ちた声色で、両手をワナワナと震えさせ、顔を抑え。

 さらに一転。

 

 

「到底許される行為では無いでしょう。」 

 

 

 目を見開き能面のような顔で彼女はそう言った。

 

 

 意味がわからない。

 それがリスタが彼女に対して抱いた感想だった。

 そして次に抱いたのは恐怖。わからないものに対する恐怖。

 

 何を言っているのか。

 芸?エンターテイメント?主演?どういうことだ、と。理解ができない。理解したくない。ソレはまさしく、彼女の理解の、常識の外の存在かのようにさえも思われた。

 

 

「訳が…わからない…」

「…はぁ。貴方つまらないんですよ。」

「つま…らない?」

「そうですよ。つまらない。別にシナリオ自体に文句はありません。息子さんの仇でしたっけ?いいじゃないですか。実にシンプルでわかりやすい。()()()()()()()()()()()()()を褒めてあげたいくらいです。」

 

 

 ───────は?

 

 

「でもねぇ?その敵討ちの方法が闇討ち…何とまあつまらないことか。」

「まて…」

「これじゃあベール君も浮かばれませんよ、っと、なんですか?」

「お前…お前今なんて言った?」

 

 

 リスタは震えながら、顔を青を通り越して白くしてそう問うた。

 

 

「おや?聞こえませんでした?」

 

 

 それに彼女は答える。

 あっけらかんと、そしてハッキリと。

 

 

「貴方の復讐劇は───

 

  ()()()()()()()()()()()

 

 ───そう言ったんですよ。」

 

 

 答えたのだった。

 

 

「ははは、いい顔ですね。本当に気づきませんでした?貴方の息子が死んでしまったあの事件。連行中だった他の感染者と共に逃走を試みたため已む無く殺害。その担当がベール副隊長だった……その報告を受けたのはベール本人からだったのですか?本人に事実確認はしたのですか?その報告をした人物は、本当にベールさんの隊の人間だったのですか?」

 

「あ…ああ…」

 

「それに、貴方の息子さんが感染した件。源石との長期接触が原因でしたっけ?んー?おかしいなぁ?貴方の家は源石を扱う工場群とは離れたミドル区の住宅街。そして感染に対して敏感な貴方が、家に鉱石病を引き起こすような源石製品を置くはずがない…」

 

 

 ──本当、おかしいですねぇ?──

 

 

「あ、ああああああああ!!!!」

 

 

 リスタは腰のホルダーから拳銃を引き抜き、口元に弧を描き嘲笑う彼女に向かって発泡する。

 一発二発、三発の弾丸が放たれ、ガチリガチリと弾の詰まった音が響く。マズルフラッシュと、銃口から噴き上がる硝煙が晴れた先には、しかし。

 

 アルハイムは無傷で変わらぬ笑みを浮かべていた。

 

 

「なん…で…」

「ははは、ざーんねんでした。無念ですねー。策略も見抜けず、無罪の仲間を殺し、挙句の果てには仇もうてない。ま、その程度の人間だったってことですね。」

「…あ、ああ…」

 

 

 膝から崩れ落ち、数滴の涙がコンクリートの灰色の地面を濡らす。

 

 

「そーんな貴方に朗報!これ、なんだと思います?」

 

 

 そんな彼女に向かって、アルハイムは変わらず明るい声で話しかける。その手に持っていたのは黒い、いわゆる無線機と呼ばれるものだった。

 

 

「…もう、何も聴きたくない」

「えー、それは勿体無いですよ?だって何も何も聞かなかったら、()()()()()()()()()も聞こえないじゃないですか。」

 

 

 その言葉に、彼女はガバッと顔を上げる。

 それを見てさらに深まる笑み。

 

 

「息子が…いきて…いるのか?」

「ええ、ええ!生きていますよ?生きていますとも!」

「あ、アイン!そこにいるのか!返事をっ!」

「あーはいはい、急かさないで。どーせ最後の土産です。ちゃーんと聞かせてあげますよ?だーいすきな息子さんの声を。」

 

 

 ──まあ彼が思っているかは知りませんけどね。

 

 その言葉と共にボタンを押された無線機はライトを点滅させ、ガガっと雑音を吐き出したあと、小さく、一言。しかし彼女が聞き逃すバズのない、聞き覚えのある、ずっと聴きたかった声でこう言った。

 

 

『死ね』

 

 

 たった一言。その言葉と共にガチャンとガラスの割れるような音がして、目の前の無線に穴が開き、自分の体に強い衝撃が走った。

 

 

「…え?」

 

 

 途端にこぼれ落ちる真っ赤な液体と、口内を満たす鉄の味。

 後ろから小さな悲鳴と、目の前から狂ったような笑い声が聞こえてきた。

 

 

「くくく…あはは、あっははははははははは!!!あーーーおかしい!愉快愉快!実に愉快!その顔最高!予想だにしない一言って感じですか!?勝手に死んだと思ってほったらかしにしてた“感染者”の息子に“この都市の兵士”である貴方が恨まれてないとでも!?あっはぁ!おかしいったらありゃしない!」

 

 

 彼女は腹を抱え笑う狂人を睨みつける…ことはしなかった。ただ、力の抜ける体で重力に従うままに倒れ、視線は彼女ではないどこかを向いている。

 

 

「ぷははは!あれー?どーしたんですかー?いつもみたいに威勢良く噛み付いてくださいよ!ほらー『騙したなー』とか『息子に何をしたー』だとか。ほらほら!もっと何かいうことあるんじゃないですか?」

「……」

「…え?もしかしてこのまま何も言わずに死んでしまう感じですか?ええ?いや流石にそんなことはしないでしょう?流石に。ねぇ?恨み言の一つでも、もしくは自責の念でもいいですから。ほら、ちゃんと聞いてあげますよー?」

「……かった」

「んー?ほらもっと大きな声で!聞こえませんよ!」

 

 

「生きてて…よかった」

 

 

 彼女はそう言って、瞼を閉じた。

 

 

「……」

 

「………」

 

「…………は?」

 

 

 彼女の肩を強くゆする。しかし動かない。

 彼女は満足げな表情で、冷たいウルサスの地に残った限りある体温を奪われてゆくのみだった。

 

 

「…いや、いやいやいやいや!あり得ないでしょう!?これで終わり?最後の言葉が『よかった』!?いやいや、もっと何かあったでしょう?」

 

 

 すでに冷たくなった“死体”を蹴り上げる。

 反応はない。

 

 

「……はーーぁ…本当最期までつまらない」

 

 

 そういって、彼女はリスタの手から拳銃を抜き取り、一度スライドを動かし排莢。それをリスタの頭に向けた。

 

 二度の銃声が響く。

 

 

「…死体撃ちたぁ、感心しねぇな」

「ちゃんと死んでるかの確認ですよ。私だって、こんなつまらない人間の不意打ちで死ぬなんてつまらない結末はごめんです。」

 

 

 おちゃらけたように彼女は振り返る。

 手に持った拳銃をふらふらと振り回し、そしてすでに銃を構えていたエンペラーに向け。

 

 

「さぁて…では、メインディッシュといきましょうか?」

 

 

 再び口元に弧を絵描いた。

 それに対してエンペラーは構えていた銃の引き金に手をかけ、彼女もまた引き金を─────

 

 

「なーんてね。」

 

 

 銃口を上に向け、両手を掲げた。

 

 

「今貴方達とやり合う気がありませんよ。貴重なエンターテイナーをいっときの憂さ晴らしに利用するのはあまりにも勿体無いがすぎる。」

 

「…見逃すってのか?」

「ええ、そう聞こえませんでした?」

「聞こえたさ。だがな、理由がわからない。」

「……」

「お前は今この都市で起きてる暴動の首謀者で、お前らの目的は感染者の解放とこの都市の占領。違うか?」

「いいえ?あっていますよ。」

「ならなぜ俺らを見逃す?ここで殺した方がテメェのためになるんじゃないのか?」

 

 

 それを聞いて彼女は豆鉄砲をくらわされたようにきょとんとなり、笑い出す。

 

 

「あははは!本当に聞いてなかったんですか?私はね、楽しめればそれでいいんですよ。それで。」

「はっ、これのどこが楽しいんだ?」

「楽しいじゃないですか!辺りに満ち溢れる悲鳴と怒号!崩れ落ちる平穏に溢れ出る絶望!まさに楽園!素晴らしいの極み!ああ、まさにエデン!痛みこそが、絶望こそが生きていることの証明……貴方もそう思うでしょう!?あくびが出るような平穏なんてつまらない!」

 

 

 両手をいっぱいに広げ、喜びをあらわにするアルハイム。

 

 

「…テメーの悪趣味さはわかった。だが、じゃあ何で俺らを見逃す?絶望ってならここで殺せばいい。」

「…はぁ、貴方わかってない。私がそんな単一の、単純な味に満足するとでも?」

「はぁ?」

「だーかーらー。一方的な虐殺だけじゃぁ、つまらないんですよ。ワンサイドゲームほど退屈なものはない。」

「…だからここで俺たちを逃す、と?」

「ええ、きっと貴方達なら私がこの数年をかけて作り上げた舞台を素晴らしく飾りつけてくれる。そう確信しています。それに────今の貴方達じゃぁ私に指一本触れることすらできないでしょう?」

「あ゛?舐めてんじゃねーぞメスガキが」

 

 

 その言葉を皮切りに、エンペラーの指が引き金を引いた。

 

 銃弾は放たれ、しかし空中で火花をあげ軌道は逸れる。彼女に当たることはなかった。

 

 

「ほら、ね?」

「くそがっ!」

 

 

 エンペラーは拳銃を叩きつけ、地団駄を踏む。それを彼女は愉快そうに眺めていた。

 

 

「さて、と。そろそろお別れといきましょうか。私だって暇じゃあない。」

 

 

 そう言うと彼女は足元の死体を拾い上げ、彼らに背を向ける。まるでもう用はないとばかりに。

 

 

「また次に会う時を楽しみにしていますよ。」

「ま、まって!」

 

 

 だがそれに待ったをかけるものが1人。

 

 

「おや、貴方は──」

 

 

 今まで沈黙を保っていたエンペラーの部下。テキサスだった。

 

 

「何のようです?貴方も役者の1人。聞くには聞いてはあげますがお早めに。私には時間がないのですよ。」

「お、お前、いや、貴方は…」

 

 

 声をつっかえながら彼女は背を向けたままのアルハイムに問う。

 

 

「兄さん…なの、か?」

 

 

 その言葉に彼女の肩が少し揺れた気がした。

 

 

「…よかった…私は、てっきりあの時死んだのかと思って…」

「……」

「ずっと会いたかった…また話したかった。一緒にご飯を食べたかった。また、一緒に……」

「……」

「に、兄さん?」

「……」

「何で話してくれな───

 

()()()()()()()()

 

「────え?」

 

 

 その時になって、初めて彼女は振り返った。顔に人形のような笑みを浮かべて。家族だと言う彼女の事を苗字で、さん付けで呼んで。

 

 

「テキサスさん」

「…い、いやだ」

「テキサスさん」

「やめて」

「テキサスさん」

 

 

 

 

「私に貴方のような家族はいませんでしたよ。」

 

 

 

 

 彼女は重い音を立てて閉じられる扉を呆然と見つめることしか出来なかった。



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DC-ST-1【企み】

『貴方は私たちの言うとおりにしていればいいの』

 

 

 私は■■で、■■は私だ。

 しかし両親が望んだのは私ではなく、■■()と言う名前の人形だけだった。

 

 ■■()に自由意志はなく、ただ両親に言われるがままに生き続けた。

 進路、交友関係、趣味思考、就職先。

 全ては親が決め、■■()はそれに従い続けた。

 

 それを、私は暗闇の中、何をすることもなく眺めているだけだった。

 

 何をすることもできなかった。

 

 自由を求めることも、幸福を求めることも、考えることすらできなかった。

 

 幼い頃から両親に鍵をかけられ、■■()と言う鳥籠の中に閉じ込められた()は暗闇の中、じっと眺めていることしかできなかった。

 

 

 両親が笑っている。

 

 他人が笑っている。

 

 ■■()と言う人形の上に成り立つ幸福を謳歌している。

 

 しかし私に自由は存在せず、幸福など、かけらも存在しなかった。

 皆が皆、()ではなく、■■(人形)を求めた。

 誰も()を見てくれなかった。

 

 いつまで経っても(死んでも)、私は囚われたままだった。

 

 

 

 

 だから、壊した。

 

 全て、壊した。

 

 

 

 

 自由だ。

 縛るものは何もない。

 幸福だ。

 

 今度は私が笑う番なのだ。

 

 

 

 

 そのはずだったのに

 

 

 

『兄さん』

 

 

 

 

 

 そんな目で()を見ないでくれ。

 

 

 

 

 

 

10/23/22:45/艦橋

 

 

「おい、アルハイム。」

「…ん?ああ、なんですかクラウンスレイヤー。」

「…よくこんな所で呆けられるな。」

「何かあってもあなたが守ってくれるでしょう?」

「…抜かせ。」

 

 

 2人揃ってところどころを血で塗りたくられた、この都市の中央区画である艦橋を、“同士”達に手を振り返しながら歩きます。まさに戦勝ムード。浮かれっぱなしと言った所でしょう。

 長年の支配からの解放。まあ浮かれる気持ちもわかりますけど自重はしてほしいですね。

 

 そして私の隣を歩く彼女の名前は“クラウンスレイヤー”。

 地下通路で私たちを襲撃──に見せかけた情報交換の際にいた橙の髪色のループスの少女です。あの時は壁に私を叩きつけた上、私ごと壁を破壊するなんて酷いことをしてくれましたが、この照れ顔を見たら全てが許せますね。可愛い女の子が恥ずかしがってマフラーとかで顔を隠すのいいよね。

 

 あ、そうそう。お久しぶりですみなさん。アルハイムです。

 何年振りでしょうかね。あれから色々なことがありました。戦場から抜け出した脱走兵達と共に傭兵稼業を営んだり、一緒に仕事をしたサルカズ達と共にラテラーノの行商人を襲撃したり、化け物賞金稼ぎに殺されそうになったり。まあ、色々あったのです。

 

 そしてたどり着いたこの地。クレアスノダール。

 感染者への差別が激しく、怨みの積り重なったこの地はまさに私にとっての楽園の種。少しテコ入れしてあげればご覧の通り。あっという間に私好みに芽吹いてくれた。

 

 響き渡る悲鳴に溢れ出る恐怖と狂気。

 壊された平穏と産み落とされた絶望。

 

 素晴らしいとは思いませんか?

 

 絶景だとは思いませんか?

 

 

 んえ?思わない?あ……そう……

 まあいいですよ?好みは人それぞれ。偶々私と貴方の趣味嗜好が合わなかっただけですから。わかってもらえなくたっていいんです。

 

 

 ……私だって努力したんですけどねぇ?数年前から自治隊に潜り込んで信用を得たり、めんどくさい貴族の豚どもの機嫌を伺ったり、変装のために息苦しいサラシを巻いたり……結構なストレスだったんですよ?

 今日この時のためと思えば、まあ耐えれましたが。

 

 

 なに?「無乳にサラシは必要ない」ですって?

 

 な……あ……!

 ゆ、許されませんよ!その発言は!流石に!

 こほんっ!いくら無乳だと言っても、そこらの男性よりはあるのです。舐めないでください?ちゃんと揉んだら柔らかいんです。…流石に昔あったサルカズ傭兵の方の胸筋には劣りますが…

 

 …く、クラウンスレイヤーめっ!見せつけるかのように私の横に立ちやがって!揉んでやろうか!舐め回してやろうか!

 

 

「やめろ」

「いてっ」

 

 

 叩かれました。

 まだ何もしてないのに…

 

 

「ところでリスタのやつはどうした?予定では占領後奴等の部隊と共にお前は帰還する手筈だったが。」

 

 

 さすがはクラウンスレイヤー。危機察知能力とスルースキルが高い。側から見れば貴方が急に指導者である私の頭をぶっ叩き、そのまま何事もなかったかのように話を変えるという完全な理不尽行動にしか映らないはずですがこんなにも堂々としているなんて。

 ……いや、CiRF結成当初からの彼女にこのような扱いを受けるのは、まあ、わかります。分かりたくないですけど。でも!ほら!そこら辺にいる貴方達は止めてくれたっていいんじゃないですか!?そこの貴方なんて確か数ヶ月前に入った新参中の新参だったはずでしょう!?何故そんな『なんだ、いつものことか。』みたいな顔しているんですか!?

 

 はぁ…初めの頃乳を揉まれてアワアワしていた可愛い少女はどこ知ったのでしょう。今では恩人と慕っていた私をこんな雑に扱う始末。私は悲しい。

 

 ちなみに私の性的嗜好は両親に男として育てられたためか、前世のまま可愛いおにゃのこに向けられています。つまり、合法的*1に可愛い子とお触りできるというわけですね!*2

 

 それに皆さん。私の性的嗜好が女性、ということはどういうことかわかりますか?

 

 そう、よくあるTS転生ものの様にメス堕ちする心配がないということです!ふはははは!残念でしたね!私のメス堕ちを期待していた諸君!そんなことは天災が移動都市に直撃してもありえないのですよ!

 くくく、たまにはあのクソ親も役に立つ、というわけです。

 

 っと、いい加減質問に答えてあげましょうか。『こいつまた変なこと考えてるな』って顔してますし。

 

 

「リスタのことでしたっけ?彼女は死にました。いや、殺したという方が正しいか。」

「…なに?」

「裏切りです。彼女どうやら初めから私を裏切るつもりだったようで。復讐が済んだ瞬間にクロスボウを全員から向けられましたよ。酷いものです。」

「……やはり非感染者は信用できない。」

「ですね。」

 

 

 すっかり私の話を鵜呑みにして非感染者への憎しみに拳を振るわせるクラウンスレイヤー。可愛いですね。基本的にCiRFの皆さんは私に盲信的ですので扱いやすくて助かります。本当に、可愛いですね。

 

 

「しかしよく無事だったな。」

「ええ、まあ万が一に備えはあったので。それにアインにも護衛として付いてきてもらっていましたし……もしかして心配してくれました?」

「いや、全然。」

「まーたまた。そんなこと言って実は……その顔はマジですね。」

 

 

 済ました顔で私の隣を歩く彼女とは数年間もの付き合いです。そのせいか少々私への扱いが雑。少々どころではないかもしれませんが。

 いや、私に崇拝に近い感情を向ける人が多いCiRFの皆さんの中では、このくらいの接し方が私としてはちょうど良いのですが……もう少し丁寧な扱いをしてくれても良いのでは?と思ってしまいます。

 

 だって私リーダーですよ?

 

 

 ちなみに我々CiRFには彼女を含め、四人の幹部がいます。皆が皆、私という“先導者”を盲信する可愛い子羊達です。これほどの大世帯、私1人で統率するのは難しいですからね。中間管理職は必要です。

 

 あ、いえ。今はもう3人ですね。

 彼女はクレアスノダール駐屯軍内部スパイとして活動していたので他の幹部との接点はありませんでしたが、非感染者部隊統率のため幹部ということにしていたんでした。

 つまり幹部を1人無駄遣いしてしまったわけですが...

 まあ、必要な犠牲だった、と言うわけで。

 

 

「そういえばレティシアはどうなりました?見たところ彼女達の担当する区画がまだ騒がしいようですが」

 

 

アーツによって傍受した通信回線からは未だ騒音が聞こえます。この様子だと彼女の担当区画、エルド区はまだ陥落していない様ですね。“()()()”が堕ちていないというのは、あまりよろしくない。

 

 

「艦橋付近の駐屯軍の生き残りや、有権者の私兵達が立てこもっている様で少し手こずっている。今はお前より先に帰還したアインが部下達を連れて向かったはずだ。私もここら一帯の残党の制圧が完了したら向かう」

「なるほど、残党が......ところで()()()はしっかり確保したのですか?」

 

 

 その言葉に彼女の肩が震える。

 もちろん。ここで言った“お客様”という言葉はエンペラー達を示すものではない。

 

 

「…すまない。逃してしまった。」

 

 

 …やっぱり、そうですよね。

 

 

「…私たちが何故昨日、あの時間に蜂起を起こしたのかご存知で?」

「あ、ああ。この国の有権者がこの都市に来て、昨日が都市を離れる日だったからだ。そして私達はそれを人質に…」

「ええ、そうです。それがこの計画の肝…それを貴方は逃してしまった。」

「だ、だが!この都市が動き続けている限り奴らが逃げることは!」

「それがねぇ…そうでもないんですよね…」

 

 

 とくに、レティシア…幹部の1人である彼女の担当していたエルド区が落ちていないのが非常にまずい。

 

 皆さんは移動都市が天災を回避する方法をご存知でしょうか?まあ知ってますよね。皆さんご存知の通り、天災の出現を天災トランスポーターを使って予測し、事前にその範囲外に移動するのです。

 

 ですが、その際、移動都市は自らの重量を減らし速度を早めるために分離します。

 

規模によっては、しないものもありますが、大体の移動都市はその機能が備わっています。

 

 勿論、骨董品同然の中規模移動都市クレアスノダールも例外ではありません。

 

 この中央制御区画こと艦橋を中心に『ミドル区』、『ドルトン区』、『レイル区』、そして『エルド区』。それらが避難時に分離が可能な区画となっています。そのうちミドル、ドルトン、レイルは我々の手に堕ちています。

 

 しかし、残るエルド区のみは未だ非感染者達の手に残っています。そして最悪なことに、エルド区は非常時に身分の高いもの達が脱出するために作られた区画。小型の武装艦といっても名劣りしない規模の兵装、そして生き延びるための物資が充実しています。

 

 勿論、そこに逃げ込んだ駐屯兵は分離の方法は心得ているでしょう。逃げられるのも時間の問題です。

 

 

「不味い…のか」

「不味いですね」

 

 

 さらに言えばエルド区はクレアスノダールの進行方向とは逆位置、後方に存在するため、連結を解除したが最後、そのままさようなら、となります。

 

 

「…アインだけじゃ不安だ。私もいこう。」

 

 

 人質候補のお偉いさん方の殆どは肥満体型の一言で言って豚どもです。連れている護衛団もそれ相応のもの。しかしその中で1人、注意すべき人物がいます。人質候補のお偉いさんは元ウルサス正規軍で大きな功績を立てたとかで爵位をもらった人物です。そんな人物が率いる私兵は強力なものでしょう。

 ええ、リスタ小隊なんて比べ物になりません。

 それに、エンペラー達がエルド区残党と武器庫の通信機を通じて会話していたのもしっかりと傍受済みです。彼らも残党達に加わることになるでしょう。

 

 アイン達は幹部とは言えまだ未熟。年もまだ子供と言える年齢です。ですので彼らには少し荷が重いかもしれません。彼女が心配するのもわかります。

 ですが──

 

 

「ダメですよ。貴方にはまだやってもらうことがありますし。」

「なっ!まさかお前が行くつもりか!?大将首はじっとしてろ!中央で踏ん反り返っていろ!お前みたいな柔な奴が言ったら無事ではすまないだろ!」

「…貴方、私のことどう思ってるんですか。」

 

 

 そう言いながら私は前を、少し前の瓦礫を見つめます。

 

 

「ええ、ほら。仕事はちゃんと最後までしないといけませんでしょう?」

 

 

 その時、瓦礫の影から1人のボロ衣を纏った男が飛び出て、そしてその手に持ったクロスボウを私に向けて引き金を引いた。

 

 

「死にやがれフェイスレス!!」

 

 

 放たれたボルトは真っ直ぐに射出され、私に向けて空気を切りながら飛び込んできて…そして不自然な場所で火花をあげて軌道を変えました。

 

 

「なに!?」

「っ!生き残り!」

「次は外さん!」

 

 

 再び矢をつがえ、放つ。

 

 しかしまたもや矢は私には届かず、何かに弾かれたように火花を散らして軌道を変えます。リスタが放った弾丸と同じように。ええ、そうです。私に遠距離武器は効きません。私の周囲を舞う源石の欠片が私を守ってくれるのですから。サンクタ達が扱う大型の銃火器ならわかりませんがね。

 

 

「くそっ!化け物が!」

 

 

 ですので、彼が軍刀片手に突っ込んできたのは正しく最善の判断と言えるでしょう。

 あくまで、全ての選択肢が“詰みに向かう中での”最善の選択、という意味でですけどね。

 

 

「ぐぁっ!?」

 

 

 リスタさんの遺物、拳銃に残った最後の弾丸で彼の肩を撃ち抜きます。その痛みからか男性は軍刀を手から落とし、地面に倒れました。

 その隙を付いてそのまま彼の髪を引っ張り、晒された腹部に拳を叩きつける。これで一丁上がり、です。

 

 

「ね?仕事は最後までやり切らないと。」

「…すまない。」

「構いません。次から気をつければいいのですから。」

「ま、アイン君とレティシアさんを信じてあげましょう。私たちは、私たちのやるべきことを成しましょう。」

 

 

 おやおや、少ししょぼんとしてしまいましたね。責めるつもりは無かったのですが…

 

 

「…そうだ。これ、要ります?」

「…?い、いや。要らないが。」

「じゃあ他の人にあげましょうか。」

 

 

 そう言って手で支えている、未だ痛みに動くことのできない男性を投げ捨てます。…あまり力がないのであまり遠くには飛ばすことはできませんでしたが、それで十分です。

 私たちに敵意を持った、しかもリーダーである私を殺そうとした非感染者なんて、“彼ら”にとって()()()()以外何者でもないのですからね。

 

 

「なっ!近寄るな!嫌だ!う、うあああああああ!!」

 

「あはははは!殺せ殺せ!」

「……」

 

 

 ()()()の接待はアイン達に任せましょう。

 仕込みはもう、終わっているのですから。

*1
別に合法ではない。

*2
多分その思考が原因。




CiRF幹部‘s
リスタ→最序盤に死亡。やつは四天王の中でも最弱...!!
クラウンスレイヤー(原作キャラ)、アイン(new)、レティシア(new)

レユニオン編以前の話だから自然とオリが増えてしまうのは許して...
ダブチも入れたかったけどこの頃そもそもダブチがダブチじゃなかった頃だろうし...(時系列参考にしているサイトが正しいかは分からない)


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DC-6【防衛戦】戦闘前

 

「例の物はまだか!早くもってこい!お嬢は非感染者供の早急なる完璧な殲滅がお望みだ!」

 

 

 艦橋は既に敵の手に堕ち、友人達は凶刃の前に散っていった。

 燃えさかる平穏と、漂い溢れる硝煙の匂い。美しき街並みは血に染まり、ウルサスの栄光(国旗)は地に落ちた。

 

 積み上がる死体に湧き上がる殺意。

 

 怒りが恨みを。

 恨みが悲しみを。

 悲しみが怒りを。

 

 あらゆる負の連鎖の終着点が、そこにはあった。

 

 

「あった!情報通りだ!マジであいつら(軍警ども)保管庫にこんなもん隠してやがった!」

 

 

 キュラキュラと音を立てて武装した群衆の中を進み出る戦車。ウルサス駐屯軍の保有していた旧式の現代の戦争では使われていない骨董品。しかしその威力だけは保障されている代物だ。

 ソレの砲身が向くのは向いの大きな鉄城門。非感染者どもが立て籠る最後の砦。非感染者達にとっては最後の希望。そして彼らにとっては極上の餌場であるエルド区内の貴族街を仕切る扉だ。

 

 しかしソレもあの鉄門あってのもの。ソレさえ破られて仕舞えば血に飢えた感染者達は一気にエルド区へ雪崩れ込み、全てくらい尽くすだろう。

 

 

「くそっ!何で俺らがこんな目に!」

「なんであんな豚どものお守りなんかで死ななきゃならねぇ!」

 

 

 故に兵士たちは震える手足を抑え、必死に武器を構える。防衛線の向こうに見える夥しい量の獣に怯えながら。

 

 しかし感染者達に彼らの思いは関係ない。戦車は容赦なくその門を突破すべく、準備を進めてゆく。

 

 

「装填急げー!」

「早くしねーとお嬢に焼かれるぞ!」

 

 

 重厚な音が立てられ、砲身が再度鉄門に向けられる。正面から覗いた銃口は黒く、黒く、中に詰められた砲弾が存在を主張していた。

 

 

「砲撃よーい!」

「下がれ下がれ!鼓膜破壊されたくなけりゃ耳押さえろ!」

 

 

 そして砲弾が発射される──その瞬間であった。

 

 破壊すべき鉄門が自らその身を退けたのは。

 

 

『あ、あー…親愛なる帝国臣民諸君。たった今、エルド区駐在軍の指揮権は汚職に塗れた豚どもからこの私に移った。』

 

 

 「あ?なんだ?」

 

 

 開いた鉄門の奥から出てきたのは大柄な、しかし片腕を欠損した男の姿。右手にはメガフォンを、背中には男の背丈ほどある戦斧を背負っている。

 

 

『この私が指揮するからには諸君の勝利は確定したようなものである。私についてこい。共に帝国にあだなす反逆者どもを共に打ち倒そうぞ。』

 

「何だあのジジイ。戦車隊!あいつをぶっ飛ばしてやれ!」

「…いや待て、あいつ、どこかで…」

 

 

 砲身がその男に向く。無機質な殺意が、牙を剥こうとしている。そんな中男は緊張感をかけらも感じさせない動作で手に持ったメガフォンを投げ捨て、戦斧を手に握る。

 

 

「さて、口上はこの辺りでいいか。あとは、行動で示してやろうかね。」

 

「砲撃用意!打て!!」

「っ!待て!戦車隊下がれ!!」

 

 

 轟音と共に放たれた鋼鉄の砲弾は風切り音を立てて男に迫る。それはその勢いそのまま男の体に命中し、肉を引きちぎりその風圧で四肢を中心から引きちぎり、体は破裂する─────ことはなかった。

 

 砲弾が発射されると共に回転するように振り上げた戦斧は、勢いをつけて迫り来る砲弾に触れ、そしてそのまま地面に叩きつけた。砲弾は射出された勢いのまま地面を少し抉るも、完全に動きを止めた。

 

 

「は、はぁ!?」

「あいつ…!止め…っ!?」

「戦車隊下がれ!やつは、奴はフェイスレス様が言ってた…!」

 

 

「貴様らにはちゃーんと理解してもらわないといけないな。」

 

 

 そして男は振り下ろした戦斧をその勢いのまま地面を抉るようにもう一回転。足を一本前へ踏み込み───

 

 

「この俺、ジャスパー・ランフォードの力はまだ健在だってことを、な。」

 

 

 投げた。

 

 

「っ!退避ーーーーー!!!」

 

 

 雷光を纏った戦斧は、雷を撒き散らしながら砲弾と同等の速さで戦車に迫り、そしてその装甲を抉り、燃料に引火。戦車はその砲身を爆発と共に持ち上げ、黒煙を上げたままその動きを止めた。

 

 

「ば、ばかな…」

 

 

 絶望に包まれた移動都市クレアスノダール。しかし、いまだ人々の希望は潰えていなかった。

 

 暴徒達を次々と切り捨てる姿は鬼神の如く。

 前線を退いた今なお、その目に闘志は灯されていた。

 

 元ウルサス正規軍少尉、ジャスパー・ランフォード。

 

 かつての皇帝の元、多大なる功績を生み出し爵位を与えられた英雄。片腕を失い、全盛期より力の衰えた今でさえ、その腕に衰えは見られない。

 巨大な西洋槍を片手に波の如く押し寄せる暴徒達を貫き続ける。

 

 

「くそっ!引け!引けえ!!」

 

 

 リーダー格と見られる叫び声の元、暴徒達は背を向け撤退を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「いてて…腰が…」

「大丈夫か爺さん。」

「悪いな。やはり年には勝てん。」

 

 

 冗談はよせ。

 そうエンペラーは心の中で呟きながら目の前の老人を見た。

 

 フェイスレスことアルベルトがあの場を去った後、エンペラー達は倉庫に敷設されていた通信設備を使用して生存者を探した。その殆どが雑音か、稀に笑い声や悲鳴が聞こえる程度。しかしその中でたった一つ。まともに返答が返ってきたのが、このエルド区駐屯地。その通信を頼りに、それなりの距離を移動し、なんとか生存者の元へ辿り着くことができたのだ。

 

 そしてそんな彼らを出迎えたのがこの目の前に座る白髪の英雄であった。

 

 名をジャスパー・ランフォード。

 筋肉質で、身体中に古傷を持ち、左腕が半ばからかけている以外は普通のウルサスの老人であり、ウルサス国外でも稀に名を聞く程度には有名人である。

 

 

「それで?リスタ小隊長の裏切りに、ベール副隊長の死と敵のリーダー、先導者フェイスレスとの会敵。そしてお主らを含む保護対象6名と、4名の部隊員を残して壊滅…と。」

「は、はい!そうでしゅ!」

 

 

 プルプルと子鹿のように震え、戦場以上に恐怖心を感じているのではないかと思うほどに怯えながら女兵士ことシェナは報告を行う。

 敵ではないとはいえ、あの縦に傷跡の入った鋭い目つきを向けられて漏らさないだけでも彼女は頑張っていると言えるだろう。

 

 

「はぁ…頭が痛いな。」

「しゅ、しゅみましぇん!」

「いや、良い。お主らは良くやった。何せそのような状況で市民を守り抜き、4人も生還して退けたのだからな。」

「あ、ありがとうございますぅぅ!!」

「…しかし、まいったな」

 

 

 ただでさえかつて類を見ないほどの暴動に、既に都市が落とされかけているこの現状。防衛のために存在するはずの駐屯軍や自治隊は役に立たず、多くの住民が殺されているこの状況。

 すでに手一杯だと言うのに、正規軍の中に裏切り者がいると言う可能性、いや事実まで存在するのだ。さらにそれは感染者という明確な区分けができないと来た。

 

 

「はぁ…ヴェスタ。もう一度、不審な動きをするものがいないか確かめてこい。今度は貴族どもだけじゃなく軍警と市民もだ。」

「了解。」

 

 

 廊下をかけていく部下を尻目にジャスパーは考える。

 

 今我々が立てこもっているこのエルド区は主に有権者や彼のような外部からの来客が集まるような、いわば高級住宅街と言える区画だ。

 そんなエルド区には万が一に備えての防衛設備や権力者達の私兵が存在する。

また、他の区に比べ中央駐屯兵が駆けつけやすい構造になっていることも幸いして暴徒達の鎮圧、及び侵入を抑えることができた。

 

 しかし暴徒の侵入を抑えることができようとも、襲撃の合間合間にやってくる避難民が減る事はない。

 いくら難攻不落の城塞が如き防御力を誇ろうとも、予定以上の民衆を受け入れるだけの物資は存在しない。

 避難民が増えれば養うための食料が減り、受け入れるための部屋が減り、手当のために行動可能な人員が減る。

 

 いちいち身元の確認を行う時間も少ないため、リスタ小隊のように不審人物がいても気付くことができない。元からここにいた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()避難民の中に紛れ込んでいないはずがない。

 

 さらには増えすぎた民衆は不安を大きくし、パニックを引き起こす。

 

 元々富裕層のみの避難船を目的に作られたエルド区は、これほどの民衆を受け入れられるようにはできていないのだ。

 

 

「ジャスパー!貴様いい加減にしろ!これ以上貧民どもを受け入れたら我々まで共倒れするぞ!」

 

「おい!高潔なる生まれながらのお貴族さん共は特別なスウィートルーム(牢屋)にお連れしろって言ったよなぁ!?誰か連れてってやれ!」

「なっ!?はなせ貴様!」

 

 

 何をすることもないくせに口だけはよく回る。

 権力者はいつだってそうだった。

 

 

「…クレス、脱出の用意は」

「たった今工兵達が行っていますが、中央制御区からの妨害で、全て手動で行うしかありません。ので、少なくともあと2時間はかかるかと」

「2時間か…」

 

 

 耐え切れるだろうか。

 たしかに貴族クズどもの言うように、民衆を切り捨て、早々に脱出の準備を行なっていればもっと早い段階に逃げることができたかもしれない。

 しかし、かつて民衆を守るべき立場であったジャスパーにはその選択はできなかった。

 その結果、救済の箱舟を破滅の泥舟に変えることとなろうとも。

 

 

「はぁ…くそ。」

「…お前ほどの男でもどうにもならねぇのか?」

「あ?お前、俺のこと知ってるのか?」

「しらねぇ方がおかしいだろ。雷獣ジャスパー・ランフォード。かつてのウルサスカジミエーシュ戦役において一都市をたった一中隊で守り切った英雄。」

「かかか!あまり褒めるな!何もやらんぞ!」

「そんな英雄が()()()()()()に手こずってんのか?」

「……」

 

 

 男の顔が少し曇る。

 

 

「…奴さんの幹部格になかなか骨のある奴がいてな。そいつが出てきてからはなかなか…」

「だがお前が倒せないような奴じゃない。そうだろ?」

「…お前」

「はっ!図星か?顔に『自分は隠し事しています』って描いてあんぞ?」

「…あーくそ」

 

 

 悪い顔をしながら笑うエンペラーにジャスパーは頭を手で押さえ、降参というように両手を掲げた。

 

 

「そうだよ。別に俺はその気になりゃあそいつに勝てる。他の有象無象含めて全てにな。」

「で?」

「……そいつはガキなんだ。子供。それも…俺の娘にとびっきりにてやがるガキだ。」

「お前の娘ってのは…」

「…死んだ。今でも思い出す。戦争から帰った俺を迎えたあの光景を。腹から血を流す愛しの妻と、彼女が抱えるもう動かなくなった俺の娘。そしてその奥で家を散らかす知らない男。戦争とは関係ない場所で、戦争とは関係のない“強盗”なんてくだらない理由で。俺の妻と子は死んだ。」

「……」

「俺は…もうあの娘の死に顔なんて見たくねぇ。」

 

 

 部屋は沈黙に支配された。自分たちよりも遥かに大きかったはずの韋駄天は、とても小さく見えた。

 

 

「なら捕まえちまおうぜ。」

「…あ?」

「殺せねぇんだろ?なら捕獲しちまえばいい。それに幹部格ってならある程度情報も持ってるだろ。そのための捕獲ってことにすればテメェの部下も納得するはずだろ?」

「…それができるならとっくにやってるさ。俺が殺すことができないってのはあるが、それ抜きにしてもアイツはそこらの兵士じゃ手に負えないぐらいの実力はある。」

「だからこその俺らだろ?俺たち、ペンギン急便に依頼してみないか?そのガキの捕獲ってやつをよ。」

「…お前が?」

「いや?俺の部下が。」

「ん」

 

 

 自信満々にフッサフサの胸を張るエンペラーをジャスパーは怪訝な目で見る。

 

 

「…おい、シェナとか言うの。」

「ひゃ、ひゃい!?」

「こいつらの実力は?」

「も、問題ないかと思われます!ここまでの道のり、何度か彼らに助けてもらったので!」

「…そうか。その件はあとで説教だな。」

「ひ、ひぃぃぃ!!??」

 

 

 涙目になりながらも敬礼を続けるシェナを尻目にジャスパーはエンペラー達に向き直る。

 

 

「……報酬は?」

「テキサス」

「……にいさ…フェイスレスの情報。」

「それでいいのか?」

「ああ、いいらしいぜ。」

「そうか。なら依頼しよう。お前らに、あのガキの捕獲を。」

 

 

 無骨なジャスパーの手を、エンペラーの手が掴み握手を交わした。

 

 

「ほら。これがアイツの情報だ。」

「…あ?ルクス上等兵?1083年?誰だ?」

「……兄さんだ!」

「よ、よくわかったな。」

「…別にお前らとアイツの関係性は探りはしないが、そいつは俺のかつての部下。ルクスの資料だ。そこに描いてある通りすでに戦死扱いだが、お前らもその顔には見覚えがあるだろ?」

 

 

 その資料には一枚の写真と、複数の情報が記入されていた。

 

 

「…アイツこんな場所で何してたんだ?」

「兄さん…」

 

 

 ルクス上等兵

 種族ループス

 出身地ウルサス メウム村

 性別女性。

 ウルサス正規軍特別奇襲隊ジャスパー小隊所属

 カジミエーシュ辺境地区侵攻戦にて1083年戦死。

 

 写真に映る女性は橙色の髪の女性だが、よく見ると彼女、アルハイムの特徴が見て取れた。よく彼女を知っているものなら一目でそれが彼女であるとわかる程度には。

 

 

 その時だった。

 

 

「ジャスパー少尉!」

「今は少尉じゃねえって何度言ったらわかるんだ!」

「申し訳ありません!ですが…!!」

 

 

 襲撃だ。

 感染者どもがやってきた。

 

 何度も耐えた。幾度もなく守り続けてきた。希望の見えぬまま、人々を守るために。

 

 だが今回はそれだけじゃない。

 もう守るだけじゃ足りない。

 

 

「さて、テキサス。仕事の時間だ。アルハイムに会いにいく前に一発ぶちかましてやろうぜ。」

「ああ…!」

 

 

 反撃の狼煙を上げる時だ。

 

 

 

 

 

 

『アイン君、聞こえますか?』

「!....はい」

 

 

 通信機越しに聞こえてくる声はノイズがかかり、判断のしにくいものだったが、たしかに彼にはわかった。

 彼らにとって母同然の女にして自分達を導いてくれる“先導者”。

 あの人の声だ。

 聞き間違えるはずがない。

 

 

『気分はどうですか?母親を、貴方自身の手で殺めさせることになってしまいましたが…』

「だ、大丈夫です!寧ろこの手でけじめを付けれたことでスッキリしています!」

『そうですか。それならよかった。』

 

 

 ああ、やはり先導者は慈愛に満ち溢れている。

 

 

『レティシアはまだエルド区攻略に手間取っているようですね』

「っ!す、すみません!」

『あなたが謝ることではありません。それに、奴らにはかの英雄がついています。私も彼の強さは知っています。彼女とてまだ子供。少々荷が重いと思います。』

「……」

『このままあなたがアインの元へ参戦したとしても、簡単に落とすことはできないでしょう。いくら力があったとしても貴方もまた子供ですからね。』

「っ…」

『それに、このままでは都市に備わった分離機能で区画ごと逃げられてしまいます。』

「なっ…!?」

『なので貴方は地下通路を使って機関部分の破壊に向かってください。そうすれば万が一の事態を防ぐことができますからね。』

「…わかりました。」

 

 

 それともしもの時は、わかっていますね?

 

 その言葉を最後に、ノイズ音だけが通信機器から漏れている。

 

 アインは懐から小さな飴玉を一粒の取り出した。

 それが何かはわからない。

 

 だが一つだけ確かなことは赤黒いそれは先導者から渡された切り札、すべてをひっくり返すジョーカーだと言うこと。

 

 貴方の判断で使いなさいと言われたそれを、大切に握りしめた。

 




アイン&レティシア=メフィファウ枠


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DC-6【防衛線】戦闘後

 この世は不平等だ。

 

 神は平等にあらず。

 

 与えられるのは一握りの人間だけで、

 弱者は奪われ続け、強者は奪い続ける。

 この差はいつまで経っても縮まることはない。

 

 生まれ落ちたあの日から、炭疽になるその日まで。

 

 弱者は弱者のまま、その不条理に飲まれ死んでゆくのだ。

 

 

 それは俺だって例外じゃない。

 有り余る金を使った“父”と呼ぶべき男の遊びの結果、感染者である母に宿り、そして産み落とされた俺は生まれた頃から感染者であり、“弱者”であった。

 

 いかに強力なアーツが使えようと、どれほど優れた血統を持っていようと意味はない。俺が感染者で、憎むべき父の遊びの産物であった以上、俺が強者になることはできない。

 

 子と親という関係を利用し、成り上がろうとした母も、俺の利用価値のなさに気づいてからは俺を居ないものとして扱いだし、遂には捨てた。もちろん、もう一人の親である父は自分のことなど気にかけることなどなかったし、その頃の俺は父の顔すら見たことがなかった。

 

 こうして、ある日唐突に全てを失った俺は、しかし愚かにも諦めることができなかった。この理不尽な現実を受け止めることができなかったんだ。

 

 

 だから俺は願ってしまった。実にくだらない、些細な願い。

 

 

『あのお菓子が食べたい』

 

 

 路地裏から見えた、あの雲のような美味しそうなお菓子を食べたいと。わかっていなかったんだ。あの時の俺は、自分がどんな存在かすらわかっていなかった。だから、他の子供達が数枚の紙切れとそれを交換しているのを見て、自分もそうすれば買えると思ってしまった。

 

 結果?それはもうわかりきったことだろう。

 殴られた。何度も何度も執拗に。

 俺にはその理由が理解できなかったよ。でも、たった一つ分かったことがある。いや、わからされたというべきか。

 

 俺が弱者だということを。

 

 

 いくら手を伸ばそうとも、光には届かず。

 目の前に広がる“普通”に近づくことさえできない。

 自由を得ることはない。

 幸せを味わうこともない。

 

 ならばもう諦めてしまってもいいだろう。初めからこんな人生に希望なんてなかったんだと、幼いながらに悟ってしまった俺は毎日そう考えるようになった。

 

 

 嗚呼でも、本当に愚かなことに、俺はその時まだ諦めきることができていなかった。希望なんて何もないと分かっていたはずなのに。生きることを諦められなかった。心のどこかで死にたくないと思ってしまっていた。

 

 

 

 力をつけた。弱者である感染者を守ってくれる者などいないから。

 一人称を“俺”に変えた。法もないスラムでは舐められたらおしまいだから。

 他人からあらゆる物を奪った。いけないとわかっていても、自分が生きるためには、そしていつの日か自由になるには必要なことだったから。

 

 俺は必死に生きた。

 今思えばあまりにも愚かだった。

 あの時諦めて仕舞えば、もっと楽だっただろうとは思う。

 

 

 でもその選択は正しかった。

 

 正しかったのだと証明された。

 

 

『生きたいですか?』

 

 

 嫌だ嫌だと、争い続けた俺の前に現れた光が証明してくれた。

 

 その姿はまさに聖女の如く、源石に塗れた俺の手を、迷うことなく掴み取ってくれた。

 

 

 そして、俺は奇跡を見た。

 

 その女性が体に触れた瞬間、俺の体を蝕んでいた源石が次々と剥がれ落ちてゆく。視界が明確になり、身体中から痛みが消えた。

 

 俺を捕らえて離さなかった鎖は、あっけなく崩れ落ちてしまった。

 

 

 俺は自由を手に入れた。

 

 そして同時にかけがえのない、“本物”の家族達を手に入れ、義弟を手に入れ、そして(先導者)を手に入れた。

 

 

 俺は先導者に忠誠を誓った。

 この意味のない人生に道を開いてくれた。

 光を灯してくれた。

 だから自分の全てを持って彼女に報いようと。

 己の全てを持って守り通そうと。

 

 どれほど血に濡れた道を進むことになろうとも。

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔だ!!!」

 

 

 剣を振るう。

 剣の纏う業火が敵を焼き尽くしその命を刈り取ってゆく。しかしまだ足りない。敵はまだいる。まだ立ち上がる。火力が足りないのだ。

 

 蜂起を開始して既に約9時間。

 他の中央を含む4つの区画は既に我々の手に堕ちた。

 しかし自分が担当しているこのエルド区は未だ健在。

 

 質は劣るも、数は優勢。

 時間をかけて持久戦に持ち込めば簡単に攻め落とせると考えた。

 考えていたのだ。だというのに…

 

 

「防御陣形を組め!奴のアーツが如何に強大だろうと限界はある!耐えるんだ!!」

 

 

 未だ奴らに倒れる気配は感じられず、

 それどころか時間をかけるにつれ、こちらの被害は大きくなってゆくばかり。

 

 “悔しいが奴らの方が戦力は上。虚をついて短期決戦で終わらせるべきだ”

 

 これではクラウンスレイヤー(クソババア)の言った通りだ。

 

 

「レティシア様!」

「なんの用!!??」

「奴が!ジャスパーが来ました!」

 

 未だこの都市で担当した区域を落とせていないのは俺だけ。他の奴らはもう終わっている。

 自分だけが、先導者の期待に応えられていない。

 

 その事実に対して怒りと焦りばかりが積もってゆく。

 

『レティ、貴方に任せるのはエルド区の制圧及びジャスパー・ランフォードをはじめとする貴族達の捕縛です。特に、ウルサス国民からの人気度の高い彼、ジャスパーさえ捕らえることができれば政府に対する交渉材料にもなり計画の成功は確かなものとなります。しかし、ソレが失敗に終われば……難しいかも知れません。ええ、ええ、貴方を信頼している故の頼みです。任せましたよ?』

 

 せっかくフェイスレス様から任された大役が。あの人からの信頼が。それもこの計画の要となる大役が果たせないなんてことがあってたまるか。

 

 

「おうおう!また随分暴れてるなあ?」

「…!クソジジィ!」

「くかか!元気だねぇ!」

 

 

 金色の髪と無精髭を生やした筋肉隆々とした大男。名をジャスパー・ランフォード。

 本来やつが出てくるのはもう少し、エルド区の制圧がほぼ完了するまでは出てこないはずだった。それまではこちら側についた一部のクレアスノダールの貴族どもが足止めを行う手筈だったからだ。だというのに奴がきたっつーことは奴らが裏切ったのか、はたまたしくじったのか…どっちにしろ貴族どもは当てにしてなかったんだ。あんなクソどもに噂に聞く英雄様の足止めが務まるとも思えなかったしな。

 

 だからこいつは俺が倒す。さっさと倒す。ぶっ潰す。

 

 元ウルサス軍少尉だか雷獣だか英雄だかしらねぇが…

 

 

「さっさとくたばれぇぇぇ!!!」

 

 

 振りかぶった大剣にアーツを纏わせ、力一杯振り下ろす。技なんてない。ただの力任せ。だが俺にはソレで十分だった。

 リーベリであるにも関わらず力自慢なウルサスの血が流れている故か一振りで相手の鎧ごと叩き潰すことのできるこの力と、全てを焼き尽くすことのできるこのアーツがあれば俺に敵はいない。そのはずだった。

 

 

「っ!てめぇ!!」

「相変わらずガキにしちゃあ良い一撃出すなぁ?おい!」

「くそっ!」

 

 

 だがこいつにはソレが通じねぇ。こいつは片腕がないはずなのに。貴族の位を得てもう軍人でもなんでもないはずなのに。ソレなのに平然と俺の一撃を受け止めやがる。一度じゃない。何度も何度も何度もだ。

 

 

「行くぞ!レティがあの化け物を抑えてるうちに!」

「行かせねーよ?」

「っ!やめろ!!」

「な!?雷─────ぐわあああ!?!?」

 

 

 しかも、こうして俺からの攻撃を防ぎながら他の奴らにアーツを放つ余裕すらある。そのせいでこいつが出てからは俺の隊は損害が広がるばかりだ。

 

 しかも、しかもムカつくことに───

 

 

「なぜ!なぜ反撃しない!テメェの相手は俺だ!」

 

 

 こいつは俺に対して攻撃らしいけ攻撃を一度もしてこない。少なくとも、“雷獣”という英雄を相手取っている俺が命の危険を一度も感じたことがないように。

 

 

「クソガキの躾で本気で殴りつける奴がいると思うか?」

「─────」

 

 

 ────ふざけるな。

 ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな、ふざけるな!!!!!

 

 

「舐めてんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!!」

「ぐっ!?」

 

 

 剣を持つ手に力が入り、さらなる業火が身を包む。

 ムカつく。ああ、ほんとムカつく。

 

 

「ふざけるのも大概にしろ!俺は!テメェの敵だ!敵足り得る存在のはずだ!」

「っ!これは、なかなか!」

「なのになぜ俺を見ない!俺はガキじゃない!俺は!俺はもう大人だ!フェイスレス様に認められたCiRFの幹部!」

「くっ!」

「俺はもう虐げられるだけのガキじゃねぇ!!!」

 

 

 連撃。何度も何度も打ち付ける。周りなど気にしない。この舐め腐ったクソジジイを打ち倒すことだけを考える。ああ、だからこそ──

 

 

「いんや?俺はちゃんとお前のことを見てるぜ?そしてよく理解してる。昔、お前さんによく似た生意気なガキがいたからな。」

「───あ?」

「だからこそわかるのさ。お前みたいな子供はすぐ頭に血が上りやすいってな。」

「…………っ!まさか!!」

 

 

 だからこそ気づけなかったのだろう。

 

 

「剣雨」

 

 

 突如背中を襲った衝撃。

 体を突き抜ける剣状のアーツと、そこから広がるように身体中を流れる電流。一瞬のうちに体は制御が不能になった。

 

 動かない。

 

 脳から送られた電気信号は届くことなく、指一本さえ動かせない。

 

 何が起こった?

 

 どこから撃たれた?

 

 誰の仕業だ?

 

 考える暇はない。

 今すぐにここから逃げなければならない。

 奴の、ジャスパーの手が視界いっぱいに迫ってくる。

 

 部下たちが俺を呼ぶ声が聞こえる。

 

 悲鳴が聞こえる。

 

 怒声が聞こえる。

 

 助けを呼ぶ声が聞こえる。

 

 動かなくてはならない。彼らには俺が必要なんだ。俺はまだやることがあるんだ。やらないといけないことがあるんだ。

 動け、動け、動け。

 まだ彼の方に報いていない。もう何も失いたくない。

 だから動け。動くんだ。

 

 くそ!やめろ、やめろ、やめろ!

 

 近づいてくるな!

 

 俺はまだ戦える。俺はまだ立てる。

 

 

 俺は、俺は

 

 

 死にたくない。

 やっと掴めたのに。やっと手に入れたのに。

 こんなところで、嫌だ。

 

 誰か、誰か。

 

 

 ………アイン─────

 




幹部即堕ちRTA更新


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DC-ST-2【対話】

「───敵の指揮官はたった今!この俺ジャスパー・ランフォードが討ち取った!さあ反撃の時は今だ!前線を押し返せ!」

 

「「おおおおおおおおおお!!!!」」

 

 

 戦場で猛威を振るっていた敵将、レティシアがジャスパーによって撃ち倒された。その情報はこの戦場に即座に知れ渡り、味方の士気を上げ、敵には混乱をもたらした。

 

 我々を滅ぼさんとした業火は潰え、代わりに我らを導く雷神がやってきたのだ。

 

 瞬く間に感染者たちの統制は乱れ、逃げ出すもの、なりふり構わず暴れ出すもの、絶望し地に伏すもの。彼女を取り戻そうとするものもいたが、指揮系統が崩れ、連携を失った彼らを倒すのは驚くほど簡単なことだった。

 

 結果、レティシアが率いていた感染者の大隊は撤退を余儀なくされ、ジャスパー達都市防衛軍は全線の押し上げに成功したのだった。

 

 

 

 

「はぁーなぁーせぇーー!!」

「このっ!少しはじっとできねぇのか!」

「うるせぇこのクソジジィ!!オールバックするならちゃんとしやがれ!ピョンって触角みたいでダセーんだよ!!」

「はぁ!?テメェ!ここが良いんだろーが!若いやつにゃわからんだろうがな!!」

「物知りぶってんじゃねぇよジジイ!」

「うるせぇクソガキ!」

 

 

 拘束に成功した敵の幹部格であるリーベリの少女、レティシアは現在手足を縛られながらもビチンビチンと陸に上げられた魚の如く暴れる事をやめない。

 

 ジャスパーの支持の下こうして拷問を行わず対話で情報を引き出そうとしてかれこれ数十分が経ったが、未だそれらしいものが彼女の口から吐き出されることはなかった。代わりに出るのは罵詈雑言。そしてそれに乗ってしまったジャスパーとの口論がこうして繰り広げられていた。

 

 

「……ガキ同士の喧嘩か?これ…」

 

 

 ジャスパー・ランフォード。

 元ウルサス軍人にして今現在は貴族としての地位につく彼は、このウルサスには珍しい感染者にも良心を見せる“善人”と呼べる人物だ。

 

 だが今は状況が状況。

 

 早急にこの現状の突破口を探る必要があるというのに、こうして口論ばかりしているのでは、不満を持つものが出てくるのも事実。

 それに、この感染者の少女は人を殺しすぎた。感染者というだけでも嫌悪の対象となるにも関わらず、さらに多くの同胞を殺した彼女を恨む者は多い。

 

 にも関わらず、その不満を表に出さず、こうして誰もが彼の指示に従い続けているのはひとえに彼の人望のおかげだろう。

 

 

「……隊長、いつまでそうしているつもりですか?そろそろ他の方法を考えた方がいい……子供だから、なんて言い訳は通じない状況ですよ。」

「うるせぇ。そもそも、俺は前から気に入らなかったんだ。こんな子供が感染者だから、なんてくだらない理由で苦しまないといけない今のウルサスがよ。」

 

 

 現皇帝への不信とも取れる言動。

 元とは言え軍人である彼の言葉から出ていいものではない。だが、それに意を唱えるものはいなかった。何故なら彼らは軍人。国を守る、それ以前に子供や女性、戦う力を持たない無力な人間を守るために志願した者たちだ。

 

 彼らもまた感染者に対して嫌悪感を抱きながらもその差別に疑問を抱いていたのだから。

 

 

「だが時間がないのも事実だろ。敵の増援がいつくるかわかったもんじゃねぇ」

「…客人か。さっきのは助かった。おかげで楽にこいつを捕まえることができた。だが、これはうちの問題だ。俺らの問題には俺らのやり方で対処する。口を出さないで貰えるか?」

「頭が硬いな英雄。今はそんなことしてる場合じゃ…テキサス?」

 

 

 このままでは平行線だ。

 ジャスパーは己の意志を貫き、理性的な意見であろうと通さない。頑固親父め。エンペラーは誰にも聞こえないよう呟いた。

 

 そんな彼らが言い争ってる横で、テキサスは一人、縛られている少女に近づき、その横に座った。

 

 

「…教えてほしいことがある。」

「お前らに話すことは何もない。」

「兄さん…アルハイム兄さんのことを、教えてほしい。」

「……は?」

 

 

 警戒心MAX、殺意が満々に込められた少女の瞳がその一瞬だけ困惑に支配された。

 

 

「にいさ…は?なんの冗談だ?そもそもなんであの方の名前を知ってんだよ。」

「本当のことだ。私は、チェリーニア・テキサス。アルハイム・テキサスの妹だ。」

「テキサス?確かに似てるけど…彼の方の苗字がテキサスだってのは聞いたことが…」

 

 

 信じられない。というよりも『この女は気でも狂ったのか?』というような顔で見つめる少女に対してテキサスはこう言い放つ。

 

 

「兄さんはコーヒーが飲めない。」

 

 

「……は?」

 

 

 兄さんは猫舌で熱いものが飲めない。

 兄さんはお酒に弱く、一口でも飲んだらすぐ倒れてしまう。

 兄さんの好物はチョコレートで、格好つけてタバコに見せかけるようにしてよく食べていた。

 兄さんは自分の胸の大きさにコンプレックスを抱いている。

 兄さんの銃の腕は父や祖父も匙を投げるほどだった。

 兄さんのタイプは黒髪ロング清楚クール系妹だ。

 

 次々と暴露されていくアルハイムの隠したいであろう秘密。本人のいない場で次々と明かされるそれにレティシアは目が点になった。そして同時に、自分の記憶と一致する特徴に驚愕を隠せなかった。

 

 

「…まだ足りないか?」

「い、いや、もう十分だ。まだお前が彼の方の妹だっつーのは信じれないけど…知り合いだってことはわかった。」

 

 

「…けどな、俺は感染者で、テメーは非感染者。つまり敵だ。敵に俺らのリーダーのことを素直に教えるわけねーだろーが。」

 

 

「…すまないエンペラー。少し出てくれ。」

「おう、わかった。」

「はぁ?流石に客人だろうがそれは許可できんぞ?」

「おいおい。ガールズトークに大の大人が混ざる気か?それは野暮ってもんだぜ?」

 

 

 エンペラーはテキサスの言葉に素直に従い、納得できない様子のジャスパーや兵士たちを押し出しながら部屋の外に出る。

 

 これで部屋の中はテキサスとレティシアの二人だけになった。

 

 

「これで他に聞く者はいない。」

「だからっていうわけねーだろ。」

 

 

 当たり前である。

 敵であり、彼女にとっては何も知らない赤の他人。そして何より彼女たちが心の底から憎む非感染者。そんな彼女の願いを『リーダーの知り合いかもしれない。』だなんて曖昧な理由で聞くわけがなかった。

 

 …いや、例え目の前の彼女がリーダーの知り合いどころか妹だということが事実であったとしても、少女がその願いを素直に聞き入れることはないだろう。それが今まで散々偉そうに見下して虐げてきた非感染者が彼女ではないとわかっていても同じことだ。

 

 

「…頼む。どうか。」

 

 

 だが、同じようにテキサスもまた頑固だった。引くことのできない理由があったから。

 

 彼女は語る。

 

 兄は小さいころ、私の前から姿を消した。

 死んだと思った。

 納得のいく様な別れ方じゃなかった。

 

 あの頃の兄は優しい人だった。

 とてもこんなことをする様な人とは思えなかった。

 

 何が兄を変えたのか。

 

 それとも私が気づけなかっただけで初めからこうだったのか。

 私には分からない。近くにいたはずなのに、何もわからない。

 

 だから知りたい。

 

 兄のことを。兄さんの全てを。

 

 

「頼む。」

 

 

 地に頭をつけ、両手を地面に合わせる。

 

 傲慢で自分達を見下してくるはずのその非感染者は、感染者である少女に対して土下座という誠意を見せたのだった。

 

 

「わ、わかった!わかったから!いいから頭を上げてくれ!」

 

 

 ──ありがとう。彼女は感染者である少女に例を述べた。

 

 

 

 

 

 

1080/9/13 クレアスノダール地下施設某所

 

 

「おいお前ら何真っ昼間から酒なんて飲んでんだよ!」

 

「あぁ?まーたお前か。いいじゃねーかすこしくらいよぉ…」

「ダメだ!アルハイム様に言いつけるぞ!」

「あ!それは反則だろ!ほら、レティとアイン。お前らにも分けてやるから、な?」

「え!良いのか!?」

「…あ、姉さん、後ろ。」

 

 

 

「何を、くれると言うのですか?」

 

 

 

「そりゃさ…け……アルさん!?」

「はぁ…子供に酒を飲ませる大人がいますか。」

 

 

 没収です。

 

 太陽の光さえ差し込むことがない薄暗い地下空間。移動都市クレアスノダールの、非感染者より忘れられたこの地は肌寒く、暗闇を照らすカンデラの小さな光以外何もない。

 そんなもの寂しい空間は、都市という社会システムから排斥された俺たちのような感染者の行き着く先であり、今やそこには小さな集落が形成されるに至っていた。

 

 此処には時折上層部から流れてくるゴミや、アルハイム様が代表する上層部への調達隊が持ってきてくれる資源以外何もない。

 

 冷たく、とてもまともな人間が生きていける場所ではない。

 

 だが、それでも俺たちはそこで今日も息をしていた。

 

 

「アルハイム様!」

「…アルハイム様。おかえり。」

 

「はいただいまです。それと言ったじゃないですか。私のことはアルでいいと。」

 

「そんなこと…!」

「がははは!だから言ったじゃねーか!アルちゃんは堅苦しいのが嫌いだってよ!」

「胸は硬いのにな!」

 

「ちゃん付けは勘弁してほしいんですがね………あとそれセクハラですよ。」

 

「無礼な!アルハイム様の胸はちゃんと柔らかさを感じられる程度にはあった!!」

「そりゃパットじゃねーのか?」

 

「…良い加減にしてくれませんかね。人の胸を弄るのがそんなに楽しいのですか?」

 

「あだだだだだ!?」

 

 

 アルハイム様は顔に変わらない笑顔を浮かべながらも確かな怒りを持って目の前のバカの頭を鷲掴みにして力を込める。

 

 

 …こんな無礼な態度をとる馬鹿どもだが、この馬鹿を含めて此処にいるみんながみんなこの方に感謝しているのを俺は知っている。多分、この方がいなかったらきっと俺たちは今頃路地裏に転がっている源石の一欠片になっていただろうから。

 

 そんな死にかけの俺たちを拾い上げ、治療し、居場所まで作ってくれた。

 

 俺の燃やすしか脳のないようなアーツとは違う、蔦のように絡みつき離れなかったあの忌々しい源石から解き放ってくれたあの奇跡のようなアーツで救ってくれたんだ。

 

 俺は神様なんてもの、信じたことはないが…例えいるとしたら、それはアルハイム様のことを指すのだろう。

 

 

「大丈夫かアルハイム。」

「ええ。問題ありません。地下の“清掃”も、先1週間は行われないでしょう。」

 

 

 げ、嫌なやつが来た。

 

 この妙にアルハイム様に馴れ馴れしい女はリュドミラ。“クラウンスレイヤー”なんて名前で名の知れた傭兵?だったらしいんだが…正直気に食わない。

 歳も近いはずなのに先に拾われたからって上から目線だし、俺を差し置いてアルハイム様から此処の副リーダーを任されてる生意気なやつだ。

 

 

「ん?なんだ。また懲りもせずに来たのか?」

 

 

 小馬鹿にする様に笑うあいつを見るとさらに腹が立つ。

 調子に乗りやがって。

 少しナイフの扱いがうまいだけで、霧しか出せない雑魚アーツのくせに。俺のアーツの方が絶対強いのに。

 

 

「今日こそ勝ってやる!!!」

 

「おーおーがんばれ!俺はクラウンに200!」

「じゃあ俺はクラウンに300!!」

「賭けになんねーじゃねーか!」

 

「お前ら覚えてろよ!!!!」

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 ……負けた。

 

 

「はい、お疲れ様。ホットミルクですよ。」

「あ、アルハイム様ぁ…」

 

 

 地面に突っ伏して動けない俺の隣に腰掛け、恐れ多くもホットミルクまでくださった。…汗臭くないかな。髪とかも乱れて汚くなってない?

 

 

「…レティシア。」

「は、はい!なんでしょう!?」

 

「なぜ、貴方はそうまでして強くなろうとするのですか?」

 

 

 そ、それは────

 

 

「…勿論、俺を救ってくださった貴方に報いるためです。この恩を、いつか必ず返すために。」

「…なるほど。」

 

 

 咄嗟に出た言葉を聞いて彼女は優しく笑う。

 ……きっと、バレてるんだろうな、と思う。

 

 俺がこの方に報いたいのは本当だ。俺はこの方のためだったらなんでもするし命だって捧げたい。

 

 …でも、それだけじゃないのは俺自身が一番よくわかっている。

 

 

 ──捨てられたくない。

 

 

 自分は貴方の役に立てるのだと、利用価値があるのだと証明したい。

 

 情けない話だけど、俺の根底にあるのはこの思いだ。わかっている。この人は役に立たないからって捨てるような屑じゃない。

 

 この人は、“母さん”、じゃない。

 

 

 でも、それでも…

 

 

『貴方なんて産まなきゃよかった。』

 

 

 母が“私”を捨てた時に放った言葉が、染み付いて離れない。ずっと頭の中でこだまする。

 ソレが、無性の愛など存在しないのだと叫び続けるのだ。

 

 

 口調を変えても、一人称を変えても。私はずっとあの日から時が止まったかのように変わらない。変われない。あの言葉が、私の時計の針を抑え続けている。

 

 また一人になってしまうのではないかと怖くてたまらないんだ。

 

 

「…大丈夫ですよ。」

 

 

 暖かい。

 

 ずっとこのままでいれたら良いのにと思ってしまうような温もりが、いつの間にか全身を包んでいた。

 

 

「っ!あ!す、すみません!ぶ、無礼なことを…!」

「ふふ、無礼だなんて。」

 

 

 またやってしまった。

 

 

「…言ったじゃないですか。私たちは“家族”であると。一心同体。命を共にする者同士、辛いことがあったら遠慮なく頼ってくれて良いのです。私の胸ならいつでも空いてますから。」

 

 

 心地よさは保証しませんけどね。そう言ってアルハイム様は笑ってくれた。

 

 

「ありがとう、ございます…」

 

 

 …だけど、だめだ。このままじゃ。アルハイム様に甘えてばかりじゃダメなんだ。家族なんだから、逆に俺の胸を貸せるくらいにならないと。

 …筋肉質なほうがいいだろうか。やはり無難に柔らかいほうが?

 

 その時、ふと気になった。

 

 

「そういえば...アルベルト様の家族ってどんな方だったんですか?」

 

 

 言葉を言い終わってから“あっ”となった。忘れがちだが彼女だって私たちと同じ感染者なんだ。きっと辛い過去があったに違いない。誰だって人に話したくないに決まってる。俺だってそうなのになぜ言う前に気付くことができなかったのだろう。

 

 

「すみません!」

 

「…いや、いいんです。別に今更家族に対してどうこう思っているわけではないので。」

 

 

 まあ確かにクズ親と言えばクズ親でしたがと付け加えた彼女の顔はどこか遠くを見ているような気がした。

 

 

「まあ、もう()()()()()問題ですしね。」

「?」

「……ただ、少し気になっていることはあります。」

「それは…?」

 

 

 

「…妹、です。私にそう呼ぶ資格があるかどうかはわかりませんが、一人残してきてしまった。生きているかどうかもわかりません。ですが……彼女のような存在を心残りと言うのでしょうね。」

 

 

 そう呟いて暗闇を見つめる彼女が何を考えているのか。それは俺には想像もつかなかった。

 

 



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DC-ST-3【CiRF】

クレアスノダール感染者解放線線


「そうか……やっぱり、忘れてなどいなかった。」

 

 

 覚えていてくれた。

 そうだ、やはり兄さんがたった一人の妹を忘れるはずがない。あんなにも私たちは仲がよかったんだ。それは数年で忘れるようなものではない確かな兄妹愛。

 

 ならなぜ兄さんは覚えていないなどとあの時私に嘘をついた?いや、兄さんが私に嘘をつくはずがない。なら、だとしたら───

 

 

「…そうか。確かに大きくなったからな。」

「?」

 

 

 視線を少し下に向け、一人頷く。

 約10年ぶりの再会。確かに私の身長も伸びたし雰囲気も変わっただろうし、色々成長した。それをみた兄さんが驚き咄嗟に知らないなどとくだらない冗談を吐くのも仕方のないことだろう。

 

 きっと、次会った時にはすぐ私が愛しの妹だって思い出してくれるはず。そうに違いない。

 

 

「だ、大丈夫か?」

「…ん、大丈夫だ。問題ない。続けてくれ。」

 

 

 一つ、頭の片隅に引っかかった疑問を残して話を促す。

 

 

 ──終わらせた。

 

 

 その言葉にこもっていた意味を、知らないふりをして。

 

 

 

 

『はい…その日は………少ないはずです。………ええ、決行は…………ふふ。お願いしますね。……悔?するわけないじゃないですか。………ス家は、私の手で終わらせます。…………族ごっこはもう飽き飽きですから。』

 

 

 静まり返った部屋の中。壁越しに聞こえる兄の声。

 それを幼いながらに耳にしてしまった、火に包まれたあの日の前日談のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『平穏は永遠ではない。』

 

 

 それが彼の方の口癖だった。何か達観したような、どこか俺たちに納得させるような口調だったのを覚えている。

 

 

『故に、私たちは力を持たなければなりません。』

 

 

 そう言いながら彼の方は俺たちに闘う術を教えてくれた。俺は大剣、アインはクロスボウを。彼の方や彼の方といつも一緒にいる3人の大人から教わる訓練は厳しかったけど、全部俺たちのためだってわかっていたから、俺たちを進んで受けた。

 

 多彩な戦闘技術にさまざまな戦略。痛みに耐える方法や、逆に痛むを与える方法。様々なことを知っている彼の方の過去はわからない。

 

 それでも、こんなことを知らなければならないほどに、俺たちの日々以上に苦しく辛いものだったことだけはわかった。

 

 だからこそその言葉に重みを感じる。

 

 

 平穏は永遠には続かない。

 いつかは崩れ落ちるものである。

 

 

 生まれ育ったその時から“平穏”というものを知らない俺には雰囲気しかわからなかったが、他の家族たちはその言葉に強く同意を覚えていた。

 俺も、漠然にはだけれど、いつかきっとこのような幸せな日々が終わってしまうんだってことは理解することができた。

 

 だからその“いつか”。その時大切なものを守ることができるように俺たちは力をつけるんだ。

 

 

「はい、終了。時間ですね。」

 

「くっそーー!!!また負けた!!」

「はぁ…はぁ…くやしい」

 

 

 俺とアインは二人揃って大の字に地面へと寝転がる。

 

 他の家族との模擬戦では使ってはいけないアーツを使って、しかもアインと俺の二対一の状態だと言うのに、俺たちはアルハイム様に一撃も有効打を与えることができなかった。

 軍の連中や、貴族たちが使う様な、まさに正道と言った剣術の様に見えて、どこか実践向きな傭兵じみた戦い方でもあるアルハイム様との訓練はまた俺たちの負けで終わった。

 

 

「強くなりましたね二人とも。惜しかったですよ。」

 

 

 この人はいつも俺たちを褒めてくれる。一本どころかかすらすことすらできなかったと言うのに。

 きっと君たちならいつか私を超えることができる、と。そう言いながら頭を撫でてくれるのだ。

 

 

 でも、その『いつか』は一体いつのなるのだろうかと考えてしまう。そもそも、その『いつか』は果たして訪れるのか、とも。

 

 

 感染者の寿命は非常に短い。

 そもそも、このウルサスの地で源石に蝕まれ、石に姿を変えるその時まで。その寿命を全うすることができるものがどれほどいるのだろうか。石に飲まれるのが先か、はたまた別の要因で死ぬのが先か。そのほとんどが飢餓や寒気、そして差別によって苦しみの中朽ちてゆく。

 

 俺も、アインも、アルハイム様も。

 感染者である以上、逃れられぬ運命だ。

 

 

「背中を見せてください……ああ、やはり。レティシア、貴方は源石の進行が他の人に比べ早い。大丈夫。今直します。」

 

 

 ましてや俺たちなんかを生き長えさせるためにアーツを使っているこの方は。

 

 

「…アーツを、教えてください。」

「…え?」

 

 

 ずっと願っていた言葉が口から漏れ出る。

 

 

「強く…なりたいんです。剣だけじゃダメだ。アインも、貴方も、不本意ですがクラウンスレイヤーやみんなも守れるくらいの力が、欲しい…です。」

 

 

 それに、アーツの使い方を理解すれば。俺の中にいる随分とせっかちな死神(源石)の歩みを遅くすることができるかもしれない。アルハイム様に負担をかけなくて良くなるかもしれない。

 

 

「…それは、今でなくてはいけませんか?」

「はい。」

 

 

 一切の澱みなく肯定の言葉が口からすらりと出てきた。

 

 崩壊はいつも突然に訪れる。

 砂上の楼閣同然のこの平穏は、いつ名も知れない誰かの悪意によって崩されるのかわからない。

 

 だから力を。

 

 全てを守れる、そんな力を。

 

 外から襲いくるどんな悪意さえ打ち破れるだけの力を。

 

 

 

「…僕も…僕もお願い、します。守られるだけじゃ、嫌だ」

 

「アイン!?お前は良いんだ!これ以上鉱石病が悪化したらどうするんだ!」

 

 

 ふざけるな。そう叫びたかった。

 アインは左目が源石に侵され既に使い物にならなくなっている。アルハイム様でも治すことのできなかったほどに。

 だからじっとしていて欲しかった。

 守らせて欲しかった。

 しかし彼の右目に抱いた決意は固く、真っ直ぐにアルハイム様へと向けられてしまった。

 

 

 

「…はぁ、わかりました」

 

「アルハイム様!?」

 

「レティシア。貴方がアインを守りたいと思う様に、彼も貴方のことを守りたいと考えているのですよ。それをダメだと一蹴するのはかわいそうだと思いませんか?」

 

「んぐ…」

 

 

 生意気な。

 俺よりも年下なくせに一丁前に俺を守ろうなんて。

 でも…どうしてだろう。なぜか頬から力が抜けてしまう。

 

 

「姉さん…」

 

「…っ!…わかった」

 

「姉さん!」

 

「勘違いするなよ!アルハイム様がそう言ったからだ!」

 

 

 アルハイム様の言うことは絶対だ。

 俺はアルハイム様に従った。それだけだ。

 それに、アインが戦いを選ぼうが、その上で守れるほどの力をつければ良いだけのことだ。

 

 

 

「では、早速教えましょう…と言いたいのですが、先に知っていてほしいことがあります。それは私のアーツが貴方たちの様に複雑で戦闘向きなものではないということです。」

 

「え?でもアルハイム様、前アーツで戦ってましたよね?」

 

「ええ、ですので正確にいえば工夫すれば戦闘にも使える、程度のものです。そして理解してほしいのは貴方たちの使うアーツとは種類が違うため、参考にならないかもしれない、ということです」

 

 

 

 そう言って彼女が空中に手をかざすと同時に真っ黒い結晶、源石が何もない空中から成長する様に現れた。

 これが彼女のアーツ。

 

 俺はこれを使ってアルハイム様が闘う姿を以前見たことがあった。

 踏み込みと同時に足元から現れた先の尖った源石が敵の盾を貫き、どこからともなく生み出された源石の膜が敵の斬撃や射撃を防ぐ。

 まさに攻防一体。無敵のアーツ。

 

 それが戦闘向きじゃない?

 

 

「私は貴方たちの様に源石を介して他の物質に影響を与えることはできません。私にできることは…そうですね、源石と仲良くすることです」

 

「仲良く?」

 

「そうです。この美しい結晶たちと、お友達になるのです」

 

「……僕たちを、苦しめて、来たコレと、仲良く?そもそも、コレは無機物。喋らない。友達には、なれない」

 

「いえ、なれますよ。なろうと思えば。彼らはただの無機物などではない。友達になれば、このように彼らは力を貸してくれる様になります」

 

 

 そう言ったアルハイム様はその掌に源石で小さな移動都市の模型を作り上げた。

 信じられないことだけど、確かにできるのかもしれない。実際にこうしてアルハイム様はやって見せたんだから。彼女を守るのなら、彼女を超えなければならない。

 だから、このくらいできる様にならなくちゃ.....!

 

 

「ふんぬーーー!!!」

「う、うおりゃー!!」

 

「あはは、力ずくじゃできませんよ。まずは、彼らと仲良くならなければなりません。歩み寄らなければならないのです。どんなものでも、いつまでも恨んでいたら始まりませんよ」

 

「うー…」

 

「…できない」

 

「そう急にできる様にはなりませんよ。諦めずに、努力することが大切です。そうすればいつかは使える様になりますよ」

 

「だからいつかじゃだめなんですってば!!」

 

「あはははは」

 

 

 

「頑張れば、いつかは、いつの日かは。

源石と友達になれるだけじゃなく、私が彼らと仲良くなれた様に。

感染者、非感染者、関係なく手と手を取り合える様になるかもですよ」

 

 

 

 

 …アルハイム様はたまにこうして、聞く人が聞いたら怒りを露わにしそうな言葉を口にすることがある。

 

 実際、収容場から助け出されたアインはあまり良い顔をしていない。

 

 でも、たぶんみんな、心のどこかではアルベルト様と同じ様な思いを抱いているのだと、俺は思う。

 

 非感染者も感染者も同じ人間だ。アイツらは俺たちのことをゴミクズだって呼ぶけど、アルハイム様はそう言うから俺もそうなんだと思うことにした。

 

 同じ人間ならいつかは分かりあうことができる。俺らを初めに拒絶したのは非感染者どもだけれど、アルハイム様はそう言うから俺もそう思うことにした。

 

 

 …でも。

 

 いつかみんなで、太陽の光が降る地上で、食べたいだけのお肉を食べて、歌いたいだけ好きな歌を歌って、みんなで好きな様に、平和で、幸せな暮らしを送りたい。

 

 これは、俺の確かな願いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし崩壊はいつだって突然訪れる。

 終わりは呆気なく、積み上げてきたものは簡単に壊される。

 

 

「逃げろ!監査官の奴らが“掃除”にきやがった!!」

「なんでだよ!来ないんじゃないのかよ?!」

 

 

 平和の証は、私たちの暮らして来た地下街は、あっという間に炎に包まれた。

 いつも俺をからかっていた酒飲みのおっさんは火に包まれ、可愛らしいクマのぬいぐるみをプレゼントしてくれたおばさんは切り捨てられた。

 崩れ去った。

 崩れ去ってしまった。

 

 

「ガキが!こんなところに隠れやがって!」

「っ!?」

「姉さん、逃げて!」

「アイン!?」

「っ!?この、邪魔なんだよ汚ねぇ感染者が!」

 

 

 飛び散る血飛沫。

 崩れ落ちる家族(アイン)

 手についた液体は温かく、全てを真っ赤に染め上げる。

 

 

「あ、ああ…あああ…」

 

 

 守れなかった。

 

 嫌だ。

 ダメだ。

 零れ落ちる。

 

 

「これも仕事だからな。逃げるんじゃねーぞー?」

 

 

 溢れ出る。

 どす黒い何かが。

 止まらない。

 止められない。

 

 無理だよ、アルベルト様。

 仲良くなんて、無理だ。

 源石も、コイツら(非感染者)も。

 何もかも。

 

 守るだけじゃダメだ。

 

 だめなんだ。

 

 壊さないと。

 

 コイツら全員。

 

 

 

 

 

 消し炭にしないと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………よく、生き残ってくれましたね。」

 

 

 今回の襲撃は、この都市を訪れた貴族の、“暇つぶし”によるものだったのだと言う。

 

 俺たちを苦しめたのは、悪意でもなんでもなかった。

 

 ただの“暇つぶし”。

 

 お遊びだったんだ。

 

 力を持つ者のお遊び。俺の母さんが父さんにされて俺が生まれた様に、ただの遊びによって生み出された悲劇。

 

 

 

 

「……ふざけるな」

 

 

 こんなことがあって良いのか。

 

 昨日まで、つい、さっきまで楽しく話していた人が、こんなにもくだらない理不尽に飲まれ死んでゆく。

 

 

「こんな、こんなことがあって良いのでしょうか」

 

 

 言いわけがない。

 

 

「…非感染者たちとは分かり合えない。分かりきっていたことでした。私達がいくら平和を望もうと、彼らがそれを拒絶するのなら、もう仕方がないでしょう。」

 

 

 なぜなら、彼らは俺たちと同じ人間ではないのだから。

 

 

「…地下暮らしはもうお終いです。我々には、地上に出る権利がある。」

 

 

「自由と、そして幸せを得る権利がある。」

 

 

「なぜなら我々は家畜などではない。奴らのおもちゃでもない。私たちは人間です。」

 

 

「立ち上がる時が来たのです。」

 

 

「「非感染者に復讐を」」

 

 

「「我々に自由と解放を」」

 

 

 

 

 

 

「もう、私たちが我慢するのは終わりです。」

 

 

 

 

 

火が灯された。







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DC-7【嵐の前の静けさ】戦闘前

『フェイスレス様!!レティが、レティシアが!!』

 

 

 無線越しに聞こえる声には確かな焦りと不安が伺えます。

 まあ姉弟分の彼女が敵の手に落ちたと聞けば取り乱してしまうのも仕方のないことでしょう。それも自らの人生の大半を共に過ごした半身とも言える姉が敵の手に落ちてしまったとあれば正気ではいられない。

 

 

 

「ええ、落ち着いてください。話はレティシアの部隊員から聞いています」

 

 

 なにせ相手は残虐非道な非感染者。

 大切な姉があーんなことやこーんなことをされているかもしれない。そう……小さな少女相手に、エロ同人誌の様なあーんなことや、こーんなことを……きゃー!!

 

 まあ、家族愛なんて私にはわかりませんけど、まあ不安にはなるんじゃないですかね。

 

 でもまさかあの娘が捕まるなんて予想外でした。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼女の性格からしてすでに多くの命を奪っているはずです。それもたった一人で多くの人間を焼き殺しているはず。以前から部隊内で祭り上げられていた彼女です。味方からの尊敬を集めると同時に敵からの憎しみをその小さな体一つに集めていてもおかしくはない。

 

 惨殺されても文句は言えない。と、いうよりもエロ同人誌みたいにーとはならなくても彼女がろくな結末を迎えることがないのは必然と言える。

 

 そもそもの話、彼女は非感染者である彼らにとって家畜にも値しない感染者。それが生捕りにされて、捕虜にされるなんて。

 

 

「……ふむ」

 

 

 

 おそらく今も無事ではあるのでしょう。

 殺してしまっているなら士気を下げるなど目的で、生首でも投げて寄越すでしょうし。

 

 それに、私が()()()()()()()()()の反応も消えていない。拷問あたりはされている可能性が高いですが。

 

 これは敵さんによっぽど理性的でお人好しな方がいる様に……あー……いましたね。

 

 そういえばあの人は昔から感染者差別をあまり良く思っていなかった印象があります。私が部隊にいた頃も一度、感染した部下を庇っていましたし。

 

 

 まあ無駄でしたが。

 

 

 とはいえ彼が彼女を庇っているのだとしたら、取引や人質目的ではなく、保護が目的か……。

 

 相変わらず愚かで甘い人だ。無駄だとわかっているくせに。

 

 

『……フェイスレス様、僕は、どうすれば……』

 

 

 ふむ。

 落ち着いた様ではありますが不安は抜けきっていない様子。仕方ないですね。彼はレティシアにべっとりなシスコンでしたので。

 

 

「あなたはどうしたいのですか?アイン」

『僕は……感染者に、解放を…』

「違うでしょう?幹部としての貴方ではなく、レティシアの弟、アインとしての思いを。本心を聞かせてください」

『ッ……僕は……僕は姉さんを、レティを助けたい……です』

「よくできました」

 

 

 やっぱいつだって自分の思いに正直でないといけませんよね。まあ彼をこんな立場に立たせたのは私ですが。

 

 

「では、どうすれば助けられると思いますか?」

『……レティシアの部隊が、数人の貴族を、捕縛したはずです。それを取引材料に……』

「それだけでは足りないでしょう。エルド区を見逃すことも交渉材料として使いましょうか」

「な!?ふざけているのかフェイスレス!」

『っ……』

「クラウンスレイヤー」

 

 

 当然の疑問ですよね。彼女が怒鳴るのも当然です。

 

 なにせこの作戦の要はエルド区を守るかの英雄。ジャスパー・ランフォードを人質に、ウルサスという国へ移動都市の明け渡しを要求することでしたから。

 

 英雄の価値は非常に高い。

 

 他国にまで知れ渡るほどの偉業を成し遂げた彼をウルサスが見捨てたとなれば多方面からの批判は免れない。

 

 

 いや、まあこのクソ国家のことですから例え人質がジャスパーでもどっかの貴族であったとしても、要求が通る可能性は低かったでしょうけどね。それでも、この作戦が彼女たちの希望となっていたのは事実でしょう。

 

 それを一幹部と引き換えに手放すなんて馬鹿もいいところと思われても仕方ないでしょう。

 

 

「何を考えているんだアルベルト!!私たちの努力を無に返す気か!?」

「クラウンスレイヤー」

「あと少しなんだ!あと少しで!あのクソども(非感染者)を皆殺しに──!」

「クラウンスレイヤー!!」

「っ……」

 

 

 しかし、私がこの提案を下げることはありません。なぜならそれではC()i()R()F()の目的を達成することはできないから。

 

 

「クラウンスレイヤー、思い出してください。私たちの目的を。非感染者への復讐ですか?ウルサスへの復讐ですか?感染者の解放ですか?移動都市の獲得ですか?違うでしょう。それらは手段であって目的ではありません」

 

 

「私たちの目的は()()で地下から地上へ。()()で自由と幸せを得ることでしょう。非感染者への憎しみを持つのも結構です。ですが、友を犠牲にした先に、勝利はありません。そこにあるのは屍だけです」

 

 

 

「………わかった」

 

 

 

 ああ、よかった。

 

 

 

『ありがとう……ございます』

 

 

 

 

 

 

 

 面白くなりそうです。

 

 

 

 

 

 

「おう、終わったか。なんか聞き出せたか?」

「……いや、すまない」

 

 

 扉の先ではエンペラーとジャスパー、そして副官であるヴェスタと呼ばれた兵士と数名が何やら机を囲んで話し合っていた。作戦会議だろうか。

 

 兄についての話題ですっかり意気投合してしまった敵幹部レティシアとの会話でアルベルト以外のことを聞くことはできなかった。というか聞くことがなかった。

 

 例え私が彼女たちのリーダーの妹だろうと彼女が口を開くことはないだろう。

 

 あれはそういう人間だ。兄さんに絶対の忠誠を誓っている。昔の家でもそういう人間は見たことがある。

 

 それに、せっかく見つけた兄との接点のあった人間だ。嫌われたくはない。

 

 そんな理由で、と思うかもしれないが私にとっては兄が第一だ。兄さんとまた会えれば、それ以外はどうなっても良い。

 

 

「何を話しているんだ?」

「ああ、感染者どものことについてと……この都市についてだな」

「都市?」

「そうだ。感染者どもは幹部であるあいつを取り戻しにやってくる可能性がある。それに、そもそも……」

 

 

 

 

この都市はどこに向かってんだ?

 

 

 

 

「?私たちが逃げられない様に走り続けているだけじゃないのか?」

「いや、違うな。こいつは確実にどこかへ向かっている」

 

 

 エンペラーが机に広げられた地図を指す。そこに書かれたのは周辺の大まかな地形。そして他の移動都市の移動ルート。

 

 それらの情報が地図にはびっしりと書かれていた。

 

 地図の上に置かれた石ころはおそらくクレアスノダールだろう。

 

 

「こいつは乗っている俺らも気づかないくらい僅かにだが、本来決まったルートからは外れて走り始めていることが地下の機関室の整備班からの情報で分かった。つまり、奴らがあらかじめ制御区画の設定を解除しわざわざルート外したのには何か理由があるはずだ」

 

 

 移動都市はコンピュータに設定されたルートを自動で走行している……らしい。詳しくは知らないが、確かに私たちを逃さない様にするためには走り続けるだけで十分。設定を解除する必要はない。

 

 

「そして……こいつの移動先を予想して地図に書いて調べていたんだが……」

 

 

 よく見れば地図には新しい赤い線が1本引かれていた。それはクレアスノダールの現在位置から真っ直ぐに伸びている。

 

 そしてその先には────

 

 

 

 

「隊長!!敵襲です!!」

「なに!?」

 

 

 急に開け放たれた扉から1人の兵士が入ってきた。彼が言ったことが正しいのであれば、幹部を取り戻しに突撃してきたのか。

 ジャスパーが剣を取り、兵士に状況の確認を開始した。

 

 

「くそ!考える暇さえ与えてくれないとはな!襲撃場所と敵の数は?」

「場所は地下、数は確認した限り10!」

「地下ぁ!?」

 

 

 この区画に通じる地下通路は工兵の手によって全て封鎖が完了したはずだ。故にセーフゾーンとして要人や一般人、負傷兵などの避難所として利用していたのだが裏目に出たか。

 

 

「早急に非戦闘員を地上に避難させろ!残りの奴らはついてこい!殲滅するぞ!!」

「待ってください!!」

「なんだまだあるのか!!」

「先鋒からの情報では、敵は非武装状態で、話し合いを望んでいる様です!」

「ああ!?なんだそりゃ!!」

 

 

 思わず彼は報告中の部下を二度見してしまう。血に酔った獣の様に人々を殺して回った感染者どもが話し合いを望む?

 

 ありえない。十中八九罠だ。

 

 

「……なんとなく予想できるが敵の要求は」

「幹部レティシアの解放。見返りとして貴族数名の受け渡し、及びエルド区を見逃すと言っています」

「はぁ!?」

 

 

 信じられるかそんな事。敵さんは何を考えているんだ、とジャスパーは頭を抑える。

 

 これで罠以外の何があるのか。

 

 怪しすぎてむしろ罠ではないのではと思ってしまう。

 

 

 だが交渉材料として貴族の命を出された以上、無視するわけにもいかない。彼らの私兵のおかげでこの前線は成り立っているといえる。しかもあの口だけは達者な連中は助けなければ後々面倒なことになる。

 

 

「───っ!くそ!行くしかねーか!」

「俺らは!?」

「本来ならば客人であるあんたらは俺たちが守るべきなんだろうがいまはいかんせん人が足りん!ついて来て欲しい!」

「了解!テキサス!レティシアを連れてこい!」

「わかった」

 

 

 

 

 

 

 この殺戮は終わるのか。

 それは誰にも分からない。

 

 ただもう誰にも死んでほしくないと願うだけだ。

 

 

 

 



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飴玉

10/24/01:34 エルド区地下機関室

 

 

 

「我々の要求は1つ。レティシアの解放だ」

 

 

クロスボウやアーツユニットを構えた数十人の兵士を前に、ほぼ非武装状態の10名の同志と共にアインは声をあげる。

目的は交渉。戦うことではない。

故にこちらの手にあるのは無線機と交渉が決裂した場合の逃走用にスモークとクロスボウが一本。

他の兵士たちの手にはあってもせいぜいナイフが一本程度。

とても戦える装備ではない。

もしもの時のため、すこし離れた地点に無線のつながった仲間達が待機しているが、もし要求が飲まれず、問答無用で攻撃をされたらレティシアを救出するどころではなく、自分の命すら危ういだろう。

だが全ては姉のため。

そのためにフェイスレス様もあんな決断をしてくださったのだから。

失敗はできない。

 

 

「信じられるかそんなこと!!」

「っ.....信じてくれ」

 

 

しかし依然彼らの警戒が解かれることはない。

ふとしたきっかけで崩壊する様な緊張が辺りには漂っている。

指をかけられたトリガーは、後一ミリでも弾かれたらその凶弾を相手の脳天に打ち込むだろう。

 

 

「....アイン、やはり奴らと話し合いなんて無理だ。奴らは1人残らず殺すべきだ」

「...........頼む。もう少し、時間をくれ」

 

 

それは同士たちにも言えることだ。

武装はほとんど持ち込んでいないこちら側だが、我々は感染者。

非感染者への怒りを抑えながらもためられたアーツは少し力を込められただけでも実体化し相手の命を奪うだろう。

一触即発の状態だ。

 

 

「頼む。信じてくれ。これは、罠じゃない」

「黙れ!貴様らが何をして来たか忘れたわけじゃないだろうな虐殺者どもが!」

「テメェらが言えたことじゃねぇだろうが非感染者!俺らが受けて来た仕打ちを考えれば当然の仕打ちだ!」

「こいつら!やはり感染者は話の通じない獣の様だ!総員構えろ!」

「ッ!!!」

 

 

まずい。この流れは不味い。

隊長格と思われる男の挙げた手と共に構えられたクロスボウは、鈍い光を放ちながら込められた殺意をあらわにする。

同時に同胞たちのアーツも対抗する様に熱量が集中し出す。

交渉は、決裂か。

 

 

「まてっ!!総員武器を下ろせ!」

 

 

そんな中、鋭い声が複数の足音と共に地下に響き渡る。

そこにいたのは書類で確認した白髪の老人、ジャスパーとその部下たちと1匹のペンギン....?

そしてなによりも....

 

 

「姉さん!!」

「アイン!?」

 

 

縄で拘束された義姉レティシアがそこにはいた。

目視できる限り外傷はない。

綺麗な金髪もそのままだ。

まだ安心するには早い。だが、良かった。

 

 

「我々は貴様らの要求を呑むことにした!」

「!本当か!」

「ただし、条件がある」

「....これ以上、何を望む。我々としては、十分譲歩した、はずだ」

 

 

貴族たちの解放。

そしてエルド区を見逃す。十分すぎるくらいだ。

これ以上何を望む。

敵討ちか?

更なる物資の要求か?

流石にこれ以上の条件を呑むわけにはいかない。

飲めるはずがない。

僕らとしても余裕はない。

それに、非感染者相手に譲歩するこの状況でさえ屈辱的なのだ。

自分が我慢できたとしても、これ以上は同胞たちが黙ってはいない。

 

 

「ああ、貴様らの言った様に十分すぎるほどの条件だ。だが、それを貴様らが必ず守るという保証がどこにある。このガキをそちらに引き渡した途端この取引を無かったことにされたら叶わないからな」

 

 

!....確かに言われてみればその通りだ。

レティシアを保護した後律儀に奴らとの取引を守り続ける必要は僕らにはなくなる。彼らが疑うのも当然と言えるだろう。

だが、それなら話は簡単だ。

彼女の代わりとなる人質がいれば良い。

 

 

「....僕が人質になる。同じ幹部。人質としての価値はある」

「隊長!?」

 

 

姉さんが解放されればそれで良い。

たとえフェイスレス様が僕を見捨て攻撃を開始しようと、この様な選択しかできなかった僕が悪いのだから。

 

 

「....いいだろう。武装を解除して両手を上に上げろ。貴様と交換でこいつは解放してやる」

「アインふざけんなよテメェ!これで助けたきか!?お前が捕まっちゃ元もこもねーだろうが!!」

「姉さん.....これでいい」

 

 

そう、これでいいんだ。

僕のアーツは出力が弱いため感染者になっても外部のアーツユニットなしでは発生させることはできなかった。

だから、アーツユニットでもあったこのクロスボウを放棄したことで、僕は完全に抵抗する手段を失うこととなる。

だが、これでいい。

姉さんは僕なんかよりずっと強い。

ずっとあの方の役に立つ。

 

それに、なによりも僕が姉さんを助けたかったから。

 

 

 

 

「.......交渉は成立ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『敵襲です!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まま、こわいよ」

「大丈夫よ。お父さんたちがすぐに悪い人たちをやっつけてくれるわ」

 

 

日の沈み切った深夜。

地下とは打って変わり、都市部は明るかった。

こんな絶望的な状況にも関わらず、美しく雪は降り頻る。

 

人気のない広場にて女性は自らの子を抱き、あやしていた。

 

既に子供は寝ている時間帯だというのにこうして起きているのはこの子の聡明さ故だろう。

 

聡明故に、この状況を感覚的に理解し、怯えてしまう。

 

母親である女性もまた、表面上は落ち着きを保ちながらも不安を心の底に抱いていた。

本当にこの都市はこのエルド区を除いて感染者の手に堕ちたのか。

生存者は自分達以外にいないのか。

隣に住んでいた夫婦は、近所のパン屋のおじさんは、職場の先輩は無事だろうか。

不安や疑問が溢れ出してやまない。

 

業火に包まれた都市は未だ明るい。

狂気に満ちた声が止むことはない。

 

狂気と混乱の渦めく都市の中、雪だけが静かに降り頻る。

 

 

 

「?ままー、あれなーに?」

「んー?.........人?」

 

 

 

白く染まった道路に一つの人影。

真っ白いパーカーに軍人の着るような防弾ベストを身につけ、腕に血のような真っ赤な布をはためかせる。これだけならこの都市を守るために戦う兵隊さんの誰かだと思うだろう。

しかし、異様なのは肌を一切晒さないような服装に、その顔につけた、2つの覗き穴以外に何もない真っ白いお面。

 

まるで亡霊のようだった。

 

そんな人物が1人、ぽつんと立ってこちらをじっと見つめている。

 

 

あれは一体───────

 

 

 

 

 

 

「イッツ、ショー、タ、イム」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁぐっ!?」

 

 

叩きつけられるような衝撃に目の前が一瞬真っ白になる。

 

 

「ヴェスタ!何をしている!?」

「罠だったんですよ!見て分からないんですか!感染者どもと話し合うなんてもとより無理な話だったんだ!」

「まだそうと決まったわけじゃ....」

「───ッ!老いたな英雄!平和に毒されすぎたか!」

「なに!?」

「もとより軍人じゃないあんたに指揮権はない!これよりこの隊の指揮は私が取る!総員!感染者どもを取り押さえろ!!」

「ヴェスタ!!」

「了解!!」

 

「隊長!!」

「アイン!!」

 

 

よく聞こえない。

何も見えない。

ろくに頭も回らない。

何が起こった?

そもそも僕は何をしていたんだ?

あたまが妙に生暖かい。

ぼやけた視界が赤く染まる。

なんだろう。

綺麗。

違う。血?僕の?なんで?

痛み?

体が、動かない。押さえつけられたように。

 

 

「アイン!!」

「起きろよ!おい!」

 

 

「アイン!!!」

 

「ッ!!」

 

 

そうだ。僕は、姉さんを助けるための交渉中だ。

何が起こった?

状況確認。

軽度の脳震盪か、視界は少しブレ、頭も痛い。

体は、動かない。押さえつけられている。

かろうじて自由なのは右手一本。

抜け出せるか?

否。不可能。

とてもじゃないが僕の力じゃ無理だ。

 

 

「くそ!離せ!!」

「ッ!暴れるな!」

「アインが!義弟なんだよ!あんたならわかるだろ!離せよ!」

「......っ!」

 

 

姉さん。

 

 

「総員構え!!」

「やめろ!やめてくれ!!」

「クソが!!こうなったら1人でも道連れにしてやる!!」

 

 

みんな。

 

手が、下ろされる。

みんな死んでしまう。

 

動けない。何もできない。

僕は、こんな時にも、役に立てないのか。

みんなを守るために、姉さんを守るために力をつけたはずなのに。

 

そんなのは、嫌だ。

なにか、何かないのか.....

 

 

 

 

“........これは....飴?”

 

“そうです。この飴には私のアーツが込めてあります。使うことで、あのウルサス軍人を一人で複数人圧倒できるほどの凄い力をあなたに与えてくれるでしょう。ですが、強力な力には代償はつきもの。よく言うでしょう?ですので、あなたに使うタイミングは任せます。あなたが“今”と思った時に使ってください”

 

 

 

直感的に理解した。

 

ああ、それが、“今”なのかと。

 

 

 

 

 

 

カリッ

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かが笑った気がした。



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飽和

10/24/01:58 エルド区地上都市部

 

 

ゲームをしよう。

 

それは人々の極楽。

幸せと楽しみを与えてくれるもの。

 

中でも私はFPSと分類されるものが好きでした。

 

一人称だからこそ楽しめる非日常感。

迫る殺意に限られた場所、資源で戦う面白さ。

 

....操り人形であった私が、架空の人形を操るという新鮮な感覚。

 

それは私の平凡な日常を刺激で色取ってくれました。

 

 

「打て!敵の親玉がわざわざ出てきてくれたんだ!丁重におもてなししてやれ!!」

 

 

別に、私は前世に何か心残りがあったわけではありません。

確かに、初めて見つけた“娯楽”を楽しみたいとは思っていましたが、それはいわゆる“やり込み要素”。

“私”という物語は両親(プレイヤー)が亡くなった時点でエンディングを迎えていたのです。

別にあのまま死んで、記憶を失い全くの新しい人生を始めるなり、そのまま脳細胞に記録されたデータとして消えていっても良かったのです。

 

ですが、今では私をこの世界に転生させてくれた神様には感謝しています。

何せ、こんなにも刺激的で、素晴らしい世界に産まれ直させてくれたのですから。

 

ま、本当にいるのかは知りませんが。

 

 

「あ、ぎゃぁぁぁぁ!?石が!源石が!嫌...d......

「ッ!奴のアーツだ!奴の手に触れられるな!源石に飲まれるぞ!」

 

 

あっはははは

楽しい。

すごく、楽しいです。

ボルトの突き刺さる痛みも、鉈で切り裂かれる感触も、アーツで焼かれる衝撃も。

何もかもが新鮮。

かつての戦争でさえこれほどのスリルは楽しめなかった。

 

 

「なんで死なねぇんだよこいつ!」

「慌てるな!奴だろうといつかは死ぬはずだ!体制を立て直せ!」

「不味いそっちは!!」

「くそ!一般人を守れ!」

 

「走れ!」

「嫌だ!死にたくない!」

 

「落ち着いて!落ち着いて避ッ!?....ぐッ......あ......」

 

 

慌てふためく民衆達。

守るべき民の波に飲まれ消えていく可哀想な衛兵。

悲鳴も、怒声も、何もかも。

君たちは.....私をどこまで楽しませてくれるのだろうか。

 

 

「来るぞ!」

「盾を構えろ!これ以上の侵入は許されない!」

「くっ!?」

「押し返せ!!」

 

「あ、っは、ぁ♡」

 

「ッ!?グレネード!!!!」

 

 

密集陣形を取った盾兵の隙間に腕ごと手榴弾を突っ込み、起爆。

体勢を崩した燃え滓達を即座に芸術(源石)へと作り替えてあげる。

さらに爆風に巻き込まれ骨が剥き出しになったこの腕は勿論武器として使える。これはゲームじゃない。現実だ。減るのはHPではなく血肉であり、使えるものはなんでも使える。

 

 

「ごぼっ!?あ゛...さざれ゛......!?」

 

 

そして何より、彼らは何度でもリスポーンが可能なアバターではない。

一度死んだらそれで終わり。人間だ。

決まった言葉しか話せないNPCではなく、話し合い、交友を持ち、友情を築き、仲間意識を作る。人間だ。

 

 

「いっ.....ごぼ....嫌だ、うづな゛あぁぁぁぁあああっぁ!!」

「な!?」

 

 

心を持ち、感情を持つ。

他の動植物には無い心が、感情が。

決断を躊躇させる。

 

できませんよね?仲間を打つなんて非道な真似。

 

だって、あなた達は人間なのですから。

 

 

「しまった!!奴め!俺らを無視して民間人を!」

 

 

倒すなら、もちろん逃げ足の早く弱い敵から。

当たり前でしょう?

狙うはパーフェクトゲーム。殲滅率100%。

さあ!行ってみよう!

 

 

「イヤァァァァァ!!!」

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

 

パキンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜〜〜〜〜〜..........ゲームオーバー......ですか.....いいところだったんですけどね.....」

 

 

惜しかった。

あと少しだったのですけどね。

()()()()の方が先にHP0(限界)になってしまいましたか。

 

星三つで評価するなら......精々星二くらいでしょうか。

メインクエストは成功したようですし。

 

はぁ...全く、この人は。

いつになったら私の期待に応えてくれるのでしょう。

死後くらい私を満足に楽しませてくれてもいいでしょうに。

 

ま、楽しみは最後まで取っておけってことですかね。

 

ラスボス役は辛いですよ。

 

 

 

 

 

 

 

「.....リスタ...小隊長.....?」

 

 

仮面の下から現れた顔は、しかし彼らの望むものではなかった。

顔半分が赤黒く光り輝く源石に包まれながらも、その女性を彼らは知っていた。

ミドル区の防衛を担当するリスタ小隊、元小隊長にして、非感染者の身でありながら彼らウルサスを裏切り感染者達に協力した裏切り者。

 

しかし彼女はすでに故人のはずだ。

 

彼はその目で見ていた。

彼女がフェイスレスの手によって源石に飲まれ息絶える瞬間を。

 

しかもあの人外染みた動きはなんだったのか。

明らかに人間のできる動きではなかった。

少なくとも、生前の彼女にはできない動きだった。

 

そもそも、この遺体を見る限り、感染状況は50%以上。

まともに動ける状態ではなかったはずだ。

 

ならばあれはなんだったのだろうか。

あんな、まるで操り人形のような......

 

 

「.........ぐっ!?」

「ノーマン?」

 

 

熱い。

体の奥底に、焼けるような痛みが生じた。

同時に、何かが体内で膨れ上がるような圧迫感。

 

 

「???????」

 

 

吐き気。目眩。頭痛。

しかしそれらは次第に別の感覚に書き換えられる。

乾きだ。

暑くて、熱くて、喉が渇いて仕方がない。

 

 

「あ............か........」

「離れろ!何か....!?お前ら!?」

 

 

赤黒いナニカに包まれていく視界の中。

最後に見たものは......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何も見えない。

 

 

「アイン!!」

 

 

何も聞こえない。

 

 

「一体何が!?」

 

 

何も感じない。

 

「正体を表しやがったなこの化け物が!!」

 

 

何をするべきか、何をしていたのかさえ思い出せない。

ただ......喉が、渇いていた。

真っ赤な視界。

体が重い。

体が暑い。

 

 

 

僕は..............................誰だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

私のアーツは、皆さんが思っているほど凄いものではありません。

例えば風。例えば炎。例えば水。

例えば氷。例えば地震。例えば重力。例えば雷。

皆さんが当たり前のように行なっている、源石を介しての自然現象への介入、などといった超常現象は起こせないのです。

 

私がアーツや源石の存在しない別の世界の転生者だから、なのですかね。

 

ですが、私を転生させた神様の気まぐれか、単なる偶然か。

私にはできることが一つあります。

 

それは源石、それ自体を操ること。

 

私が触れた源石は、私のアーツの一部となるのです。

形も、大きさも、活性化率も自由自在。

 

少し工夫すれば、リスタちゃんのように操り人形を作ることも可能となります。集中力を要するので今のところ1体が限界ですが。

 

そんなわけで、大気中源石濃度の高い密室や、源石の溢れかえっている天災直後の現場などは私の独壇場となるわけですね。

それ以外の場所でも体内の源石を利用すれば対処可能ですけど。

 

自身の活性化率も自由自在。

源石に飲まれて死ぬことはないため寿命も変わらない。

感染者の良いとこどりってわけですね。

結構なチートではありませんか?転生特典って奴ですかね。

 

 

 

そんなわけで、CiRFの皆さんの活性化率を下げて、救世主ごっこをしていたわけですね。

ですが、私は源石の成長を完全に止めてしまったわけではありません。

抑えただけです。

そう、抑えつけただけ。

彼らの体内に宿る源石は、抑制されながらも成長を続けているのです。

レベル上限を迎えてカンストしても、経験値は貯まり続けているようなものですね。

寝る子は育つ。よく言うじゃないですか。

 

 

では、その枷を取り外す....つまりレベル上限を取っ払って仕舞えばどうなるでしょうか。

 

 

 

......

 

 

 

はい、正解!

急成長する。そうですね。モン◯ンのランクと同じです。

そんな急成長した源石は、しかし宿主の命を奪うことはありません。

私がそう言う命令を出すからですね。

 

そんな可愛い源石達は宿主の生命活動を無理矢理維持するため、成長に耐えきれず破損した器官を侵食し、補ってゆきます。

勿論、脳みそさえも。

 

そうしたら後は簡単。

侵食した源石に私が命令を下せば....なんと言うことでしょう!

あっという間に可愛いお人形(アバター)の完成ではありませんか!

 

操作するプレイヤーは私一人のため、全員に複雑な命令を出すことはできませんが、単純な命令一つなら可能です。

 

 

 

 

 

 

例えば、目に入った人間を全員殺せ.......とかですね。



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発芽

少年は英雄を夢見ていた。

 

 

『じゃあ、行ってくるわね。良い子にしてるのよ?』

『はーい!行ってらっしゃーい!』

 

 

きっかけは、母親であった。

母はウルサス正規軍に属し、“悪”を倒す正義の味方であった。

窃盗から殺人まで。悪事を働いたものは勿論。

存在そのものが“悪”と定義される感染者まで。

幼き少年はその常識を疑いもせず、母を正義の味方だと信じ、尊敬していた。

 

 

『感染者一名確保しました。子供です』

 

 

しかし、そんな平和に突然終わりが訪れた。

 

目元に現れた黒光りする異物。

それが何か知っていた少年は、自分が“悪”に落ちたのだと自覚した。

 

皮肉なことに、“正義”に憧れていた少年は、“正義”によって罰を受けることとなった。

 

自分を捕らえた男のせめてもの慈悲か、少年はその場で殺されることはなかった。

 

 

『とっとと働けノロマども!テメェらはもう人間じゃねぇんだ!』

 

 

しかし代わりに連れられた先は過酷な労働施設。

そこに人権はなく、故に彼らは物として扱われた。

少年もまた、同じ道を辿ることとなった。

 

少年はある日、小さな疑問の種を持つこととなった。

 

 

“正義とは何か”

 

 

自分は何か悪いことをしたのか。

感染者というのはなぜその存在そのものが悪なのか。

 

この世の理不尽を知った少年の心の中で、疑問の木は止まることなく育ち続けた。

 

 

母は本当に“正義”だったのか。

自分は本当に“悪”だったのか。

 

 

その答えはすぐにわかることとなる。

 

“ドルトン源石加工工場襲撃事件”

 

たった数人の感染者によって引き起こされたこの襲撃に、少年は本物の正義(ヒーロー)を見た。

 

 

『しけた顔すんなよ。さ、一緒に行こうぜ!』

 

 

薄暗い部屋から救い出してくれた小さな英雄(ヒーロー)

 

 

『さあ、恐れずに握ってください。貴方には権利がある。支配と言う鎖を断ち切り、自由を得る権利が。共に行きましょう』

 

 

暗闇に満ちた目の前を明るく、道を示してくれた美しい英雄(ヒーロー)

これこそが本物の“正義”だ。

 

 

『やめろ!こんなことをしてタダで済むと思っているのか!やめろ!くるな!くるなぁぁぁぁ!!!!』

 

 

偽りの正義を切り捨て、少年はやっと自らが進むべき道を見つけることができた。

 

そして少年は家族を得た。

感染者になろうとも、どんなことがあろうとも、共に歩み、共に助け合う本物の家族を見つけることができた。

 

鉱石病によって片目の視力が極度に低下し、さらに記憶力に障害が現れようとも、彼はその大切な家族を見間違えたり、忘れてしまうことはないだろう。

 

少年にかつての“一般的な”自由は、もうなかった。

しかし、少年はかけがえのない幸せを得たのだ。

 

少年は決意した。

この幸せを守り通そうと。

自分の“正義”を持って、守り抜いてみせると誓ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

全身に耐え難い痛みと熱を感じる。

しかしそれを感じ取る器官はすでにないに等しく、微かに残った意識は、この状況を苦痛の中おぼろげに近くするばかり。

 

 

「あ.............あー.........ぁ......」

 

「何が....レティシア?」

「あ......アイン.....が.......なんで?....だって、ありえない、なんで?」

 

 

正義に憧れた少年の成れの果てだった。

 

 

「アインさ.....ご...ぁ....!?」

「!?」

 

 

悪夢は伝染する。

フェイスレスのアーツが込められた飴玉をトリガーに、発生した異常活性化源石は、連鎖的に同胞達にかけられたアーツを解いてゆく。

結果、抑制から解放された源石たちは、宿主の体内で目覚めを果たした。

体を突き破って現れた源石は赤黒く光を放ちながら異常に発達し、宿主の身体を飲み込んでゆく。

 

そして生まれ落ちたのは5体の歪な巨像。

浮き出た宿主の素顔には、苦痛の表情が張り付いている者もいれば、逆に笑みを貼り付けたものもいた。

皆、最後に何を思ったのだろうか。

 

 

「....正体を表しやがったなこの化け物が!!」

「ま、待て!!」

 

 

抜き放たれた軍刀は鈍い光を放ちながら、その巨体に降りかかる。

しかしその一撃が巨像に傷をつけることはできず、二つに折れた軍刀は虚しく宙を舞った。

 

 

「馬鹿な!?ーーーっ!?離せ!!」

「ヴェスタ!?逃げ─────

 

 

真っ赤な果実が弾けた。

生ぬるいその液体は、腕から一定のリズムを取りながら滴り続ける。

少し、痛みや熱がひいた気がした。

ああ、そうか。自分達はこの果実を潰すべきだ。

植え付けられたような、この異常な使命感を、彼らに残った僅かな精神は異常とみなすとこなく受け入れ、それを実行に移してゆく。

 

 

「デュース....俺だ、わからないのか?なんでそんな姿になってんだよ....ふざけてるのか?だって、俺らはあの方の奇跡で、鉱石病を克服したんだ.....そうだろ?なんd─────

 

「くそ!お前ら撤退しろ!ここは俺が抑える!!」

 

 

また一つ、声が消えてゆく。

そこには敵や味方などと言った垣根はなく、無差別に、ある意味平等に悪夢が訪れていた。

 

勿論、それは彼女もまた、例外ではない。

 

 

「アイン?なあ、アイン、だよ、な?....なあ、返事しろよ?聞こえてんだよな?なあ............返事.....してくれよ.......」

「レティシア!!」

 

 

無慈悲に振り下ろされた巨大な腕は、押し倒しようにぶつかってきたテキサスによって間一髪で回避された。

露出したその目は白く白濁し、あらぬ方向を向いている。

もはや少年に意識はない。

非感染者への怒りも、恩人への敬意も、姉を守ろうとした強き意志も。

彼に残っているものは、何処からともなく湧き上がり続ける破壊衝動。

目の前の肉袋を全て壊さなければと言う殺意。

そこに理由はない。

ただ、壊したいから壊すだけ。

その行動理由に疑問を持つことも、考えることすらできない。

 

 

「テキサス!離せよ!アインのところにいかなきゃいけないんだ!!」

「違う!あれはもうお前の弟じゃない!」

違う!!!そんなわけない!アインは生きてる!そうだ、これは悪い夢なんだ!幻覚だ!だってそんなわけないんだ!俺たちはアルベルト様の奇跡で守られてる!だからあんな忌々しい源石に喰われるなんて有り得ない!それこそ、あの方に、見捨てられ.....でも、しない....かぎ....り.....」

 

 

ありえない。

あってはならないことだ。

だって、それじゃあ......

 

 

「ぼさっとするな!」

「っ、ボス!」

「今ジャスパーたちがあいつらを抑えているが、そう長くはもたねえ。さっさと撤退するぞ!ほかの奴らもあいつの指示に従って撤退を始めている!」

「....わかった」

「おい、そのガキはどうするつもりだ」

「連れて行く」

「はぁ!?敵だろ!?」

「私の友達だ。置いていけない」

「いつから友達になったんだよ!」

 

 

テキサスに押さえつけられながらも、視界の奥には憎き英雄の振るう戦斧がアイン()を切り付けているのが見えた。

あの軍刀でも傷つかなかった堅牢な源石に傷がつけられる。

 

 

「Arrrrrrrrrrrrrrrr!!!」

「くっ....無駄に硬いな!そして多い!」

 

 

奇妙な()()()が響く。

違う、あれは悲鳴だ。

痛みに泣き喚く悲鳴。

()に助けを求める悲鳴。

 

 

「姉....さ....ん.........助け...に......ぎだ....!」

 

 

「ッ!!離せぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇ!!!!」

「!?ダメだ!暴れるな!」

「いかなきゃ!俺は!いかなきゃ.....っ!?」

 

 

突然、背中に熱を感じた。

何かが目覚めるような。

そんな....熱を.....

 

 

「あっ.....」

「すまない」

「気絶したか」

「ああ、早く行こう」

 

薄れゆく意識の中。

最後に見たのは弟がこちらに向かって手を伸ばしているところだった。



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最終ウェーブ

10/24/2:24 クレアスノダール艦橋

 

 

 

燃え盛る市街。

地上の光が闇夜を照らし出す。

蜂起を開始してからほとんど変わらないこの光景。

 

非感染者への復讐に、喜びを露わにするのはいいでしょう。

弱者が強者を圧倒する瞬間は実に素晴らしい物です。

絶頂すら感じてしまうことでしょう。

私にもよくわかります。

 

ほとんどの犠牲者を出さず中央を含む4区画を制圧。取り逃しも少々ありましたが多くの小隊を殲滅。市長を含むこの都市の稼働に必要不可欠な人員の捕縛は完了している。

後の取引に使うための人質、英雄の捕獲は失敗しましたが他は完璧と言っていい。

 

順調です。

そう、順調すぎるのです。

 

ああ、それだけでこの一大イベントを終わらすのは、あまりにも惜しすぎる。

そうは思いませんか?

ですので、少しばかりテコ入れを入れましょう。

 

 

 

初めに言ったでしょう?

ワンサイドゲームはつまらないと。

 

 

 

 

「フェイスレスッ!!」

「おや、クラウンスレイヤー。どうしたのですか?そんなにも息を切らして」

「ふざけるな!」

「ふざけてなどいませんよ。何があったのか、一から説明してもらっても?」

 

「っ!貴様.....!見てわからないのか!同胞たちが次々と異形へと姿を変えていっている!ありえないほどの成長を遂げた源石に飲まれてな!あんな急成長、天災被災地でさえ見たことがない。それに、あんな風に源石が意志を持った様に動き出すなんて聞いたこともない.........

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

源石を操り、源石融合率や活性化さえも自由自在。そんな奇跡を起こせる人間をお前以外に俺は知らない」

 

 

 

「なるほど......それで?この事態の原因が私だと」

「.....信じたくはないがな」

「................」

 

「あっはははははははははは」

 

 

あー面白い。

 

 

「あー.....さすがですねリュドミラ。こんなにも早く気づいてしまうとは....」

「.......!!」

 

 

流石。

そういえばこの都市に来て初めに出会ったのが彼女でしたね。

思えば約四年の付き合いですか。

気づかれるのも仕方ないでしょう。

初めはあんなにも小さく可愛らしかった少女が今ではこんなにもおきくなって。

 

 

「....どういうつもりだアルベルト!なぜ、同胞たちをあんな姿にした!彼らはお前を信じていたんだぞ!それに、お前もあいつらのことを家族同然の存在だと.......!」

 

 

 

「だからどうしたというのです?」

 

 

 

「つ!貴様ァ!!!!」

「っ....」

 

 

首を締められながら床に叩きつけられてしまいました。む、口を切ってしまったようですね。少し血の味がします。

しかしなぜ彼女は怒っているのでしょうか。

信じていたから?家族だから?

わからない。理解できない。

 

 

「お前ぇ!!仲間を殺して!なんとも思っていないのか!」

「げほっ......たしかに、私は彼らのことを家族だと思っています。大切な家族だと。もちろん貴方のことも。ですが、だからなんだという話です。私は貴方たちに言ったはずです。自分達には自由に生きる権利があると。幸せを追求する権利があると。だから私は全てを壊した。これが私の自由で、幸せだから」

「何をっ!?」

「わかっていただかなくて結構。そもそも、自由の前に理由など必要ないでしょう?」

「な…これだけのことをして…ただの気まぐれだと?」

「ええ。まあ、有るとすればそれはあなた達と私の違い。そこからくる潜在的な嫌悪感、でしょうね」

「は....?」

「あー、アレです。人間、自分と違うものを見ると気持ち悪いでしょう?差別したくなるでしょう?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「っ!貴様ぁ!!!」

「っ!」

 

 

仲間など、家族などくだらない。

 

貴方にはわからないでしょう。

“家族”に鞭を打たれる痛みも

“家族”に殴られる痛みも

“家族”に犯される痛みも

“家族”に物として扱われる痛みも

“家族”に全てを奪われる痛みも

 

趣味も、性格も、自我さえも。

全てを奪われ囚われてきた人形の気持ちは。

鳥籠に囚われた鳥の気持ちは。

 

不幸自慢をするつもりはありません。

貴方達(感染者)もまたそれ相応の過去があることは知っています。もしくは、私以上に辛い過去があったのでしょう。

 

ですが、それは私には関係のないことです。

 

私は家族が嫌いだ。

 

私は笑顔が嫌いだ。

 

私を縛るものが嫌いだ。

 

初めに貴方達に関わったきっかけは、世界に縛られ、幸せを知らぬまま朽ちてゆく貴方達に共感と哀れみを持った、というのもありました。

 

ですが、貴方達は次第に笑顔を取り戻していった。

 

自分の幸せを見つけ、不自由の中に楽しみを見出した。

 

 

“アルベルト様!”

“ありがとうございます!”

 

 

そこで私は気づいた。

彼らと私は違うのだと。

 

私には何もない。空っぽだ。

どれほど自由になろうとも、どれほど幸せと呼べるものを得ようとも、私は空っぽのまま。

バケツに穴が開いていたらいつまで経っても水が貯まらないように、いつまで経っても私の心は満たされないままだった。

 

いつまで経っても人形のままだった。

何も得ることができなかった。

何者にもなることができなかった。

 

私は、いつまで経っても心から笑うことができなかった。

 

だから、壊す。

 

私を縛る縛る全てを。不愉快な笑みを浮かべる全てを。

 

これが私が唯一知っている、“幸せになる方法”だから。

 

 

「狂人が!人の命をなんだと思っている!」

「けほっ…それ、貴方達が言いますか?というかそもそも命ってそこまで大事なものなのですかね。確かに死んだら終わりですが、言って仕舞えばそれだけじゃないですか。万物にはいつか必ず終わりが訪れる。何を恐れているのです?」

「恐れてなど....!?」

 

 

恐れているでしょう。

その証拠に私を締め付ける腕の力が弱まっている。

これじゃあいけない。

これじゃあ私は死ねませんよ。

 

 

「ほら、もっとしっかり力を入れなさい。殺したいんでしょう?“家族”を殺した私を。この命を奪いたいのでしょう?いいですよ?私は抵抗しません。数秒間力を込め続けるだけで私という人間はこの世からいなくなります。ああ、もしくはそのナイフを使いますか?そちらの方が疲れないでしょう」

「っ!?」

 

 

呼吸が荒くなっているのがわかります。

なぜ、そこで躊躇するのでしょうか。

貴方がほんの少し動くだけで私は死ぬというのに。

私は仲間達の仇なのでしょう?

私は貴方にとって不愉快な物なのでしょう?

 

 

なのになぜ…そんな顔をするのですか?

 

 

 

 

 

 

信じていたのに

 

 

 

 

「......そうですか」

 

 

 

小さくなってゆく彼女の背中。

ああ、そうか。

()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはは.....」

 

未だ炎上都市クレアスノダールの夜は開けない。

感染者と非感染者。一方的な蹂躙で始まったこの解放戦争は、第三勢力の発生によってさらなる混乱と絶望を極めていた。

体内から成長するように現れた源石によって異形へと姿を変えてゆく仲間達。

それはまるでゾンビ映画のように、そばにいたものに次々と感染し、未だ人の定義から外れていない者に狙いを定めて手を血に染めてゆく。

 

赤黒く光り輝く源石が乱立する中、それはまるで地獄のような(思わず口角が上がってしまうような)光景だった。

 

 

「やめろ!俺だ!わからないのか!やめてくれ!」

「お、おい、助けてくれよ...なんで...おかしいんだ....身体が熱くて仕方ないんだ」

 

 

リスタは死亡。レティシア及びアインは生死不明。クラウンスレイヤーは数名の部下を連れて姿を消した。

彼らに指示を出す幹部を失った今、軍のような統率力もない彼らはなすすべもなく死を待つのみ。

哀れな同胞たちは必死に逃げまどっていた。

 

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ.......?とまった?」

 

 

しかし異形たちは突然その動きを止める。

ギシリギシリと、完全にではないが抑え込んでいるようだった。

 

 

『私はCiRFリーダーfaceless。たった今、私のアーツを用いて彼らの動きを止めました』

 

 

鳴り響く放送。

一瞬呆気に取られた彼らだったが、すぐに歓声を上げることとなる。

奇跡が我々を救ったのだと。

彼らは笑顔を取り戻す。

 

 

 

『皆さん、幹部アイン及びレティシア率いる部隊の活躍によってエルド区の機関部を破壊し、非感染者らの逃走を防ぐことに成功しました』

 

『しかし、追い詰められた敵は卑劣な手段を取りました。源石兵器です。ガス状のそれはあっという間に広まり、体内に潜む源石を急成長させ、凶暴化させる作用があるようです』

 

『ですが、敵もまたその兵器によって半壊状態。故に、短期決戦を望むでしょう。逃げ道を失った彼らに残された手札は一枚だけ。我々が混乱している隙をつき、少数精鋭で艦橋を落としにくることでしょう』

 

『......敵は英雄ジャスパー・ランフォード。幹部レティシア及びアインの命を奪った憎き仇。』

 

『貴方たちに命令を下します。総員、艦橋へ集まり、“家族”の仇を討ち取れ!』

 

 

 

 

 

『感染者の自由と幸福のために!』

 

 

 

 

 

「「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

さあ、最終ウェーブを始めよう。



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独白/混線

※今回少し読みにくいかも知れません。
1度目は背景を白(初期設定)にしてお読みください。
2度目は背景を黒にしてお読みください。
メニュー→閲覧設定
───────────────────────

転生。それは不可解で非現実的なもの。
魂が前世の記憶を持ったまま新たな肉体と共に生まれ変わる。
そんな現象。

魂は一つ。

ですが人格は?
前世の自我がはっきりと現れる前に存在した人格は、一体どうなるのでしょう。


私の前世は人間ではなかった。

生物学上は人間という枠組みに区分されるのだろう。

それでも、私は人間ではなく道具として育てられた。

幼い頃、私に自由というものはありませんでした。

家族が苦労せず生きていけるように働く。

クルビア出身で、シラクーザにおける一大勢力の一つ。

家族に幸せと娯楽を提供する人形として。

テキサス一家。その一人息子。

みんなに笑顔を届ける道具として。

多くの権力を持ちながらも、私に自由はなかった。

後継として家を継ぐため。

強者であるため。

ファミリーを守るため。

本来、自分の未来を切り開くために修める学問は、将来より良い職に就き『家族』が働かずとも、楽に生きていけるだけのお金を作り出すため。

『お前は男として生きろ』

学校生活を豊かにするための友人は、性格や相性ではなく、『家族』によって指示されたままに、優秀なものや権力や金銭を多く保有しているものに限られた。

性別を矯正され。

生きてゆく中で、生活を豊かにするはずの趣味や思考は全て制限され、不要なものと『家族』に判断されたものは切り捨てられた。

『お前にこんなものは必要ない』

洗脳の域に達するであろう扱いに、私が疑問を持つことはなかった。

一般的な家庭であれば思い浮かぶであろう他の家との違いも、そういうものだとして納得していた。

趣味嗜好を制限され。

虐待や洗脳などと言った『家族』にとって不利になる様な言葉は出てくることすらなかった。

私にとってそれは当たり前、つまりは考えるに値しないこととなっていたからだ。

『それはお前には不要なものだ』

『なんで、なんでだよ!俺ら友達じゃなかったのかよ!!』

 

友人をこの手で撃ち殺した。

 

 

私は───

 

『お前は私たちの─────

 

人形だった。

成長し、社会人と呼ばれる様になった私に、未だ自由は訪れなかった。

会社、社長、上司、同僚、後輩。

ただ、私を“使用”する主人が増えただけだった。

でも、それでもよかった。

暗闇を照らすわずかな光。

私は不自由の中に、幸せを見出していた。

私は『家族』にとっての都合の良い道具であると同時に、社会にとって使い勝手の良い歯車であった。

『お兄ちゃん』

何重に、難解に。

私を拘束する枷はより強固なものへとなってゆく。それは決して逃げることのできない永遠の鳥籠。

妹だった。

どこまで行っても、私は奴隷のままだった。

『お兄ちゃん、何してるの?』

『折り紙ですよ。こうやって、紙を動物の形に...』

そこに自由意志はなく、自由になりたい、幸せになりたいと思うことすら、私はできなかった。

『え、すごい!私にも教えて!』

『いいですよ。ほら、こうやって...』

どこか満たされないという感情を抱きながら、満たす方法を知ることができなかった。

何が満ち足りていないのかさえ、知ることはできなかった。

混じり気のない純粋な瞳で、人形ではない、兄としての私を求めてくれた。

その瞬間だけ、私は血の通った人間でいることができた。

そんな小さな不足感は、日に日に大きくなっていく。

楽しかった。

家で、会社で、道端で、市場で、日常のふとした場面で。

幸せだった。

他人が幸せそうに笑い合っているのを笑っているのを見るたびに。

どれほど辛い目に遭っても、彼女さえいれば、“私”はそれでよかった。

それは無意識下のうちに膨れ上がっていった。

 

しかしそれは許されなかった。

 

“壊せ、壊せ”

 

頭の中に響く声。

見えない誰かが、自由を求めて叫んでいた。

幸せになりたいと叫んでいた。

両親が死んだ。

それは突然のことだった。

私だ。

交通事故だった。

誰にも予想できない出来事だった。

その“誰か”は私だった。

声も見た目も違う。しかしわかった。

これは紛れもない、自分自身なのだと。

私自身が自由を求め叫んでいるのだと。

私は、私を縛り付けていた枷があっさりと外れたことに驚きこそすれ、不思議と喜ぶことも、悲しむこともなかった。

”壊せ。全て壊せ。何もかも壊し尽くせ”

残ったのは不安だけだった。

時が経つに連れ、声は大きくなるばかり。

私はこれからどうすれば良いのだ。

歩んできたレールが、ある日突然途切れてしまったのだ。

『お兄ちゃん大丈夫?』

『え、ええ。大丈夫ですよ』

明確に示され固定されていた道筋が、ある日突然途切れてしまったのだ。

どれほど私がこの声を拒もうと、それからは逃げられないのだとわかっていた。

私は『自由』を得たが、『幸せ』を得ることはなかった。

溢れ出る破壊欲求と自由への渇望。

『自由』と『幸せ』はイコールではなかった。

いつか必ず、私はこの手で幸せを壊してしまうのだと。

結局、このポッカリと空いた穴は満たされないままだった。

 

だから私は敬語を使った。

家族とも、妹とも距離を取った。

そうすれば”その時“に悲しまなくて済む。

 

だから私は目を閉じた。

どんな時でも、何も見えないように。

そうすれば辛いことも悲しいことも何も見なくて済むから。

生活は変わらなかった。

『ほら見てお兄ちゃん!私もできたよ!』

『......っ.....これは、綺麗なツルが折れましたね。すごいですよ』

『!やった!』

会社は変わらず私を酷使続け、行き場のない資産は、使用されることもなく溜まり続けた。

それでもだめだった。

都合の良い道具であると同時にそれなりに使い勝手の良かった私は、『家族』の願った様に高い権力を手に入れた。

『■■■■....』

周りに合わせる様に貼り付けた人当たりのいい笑顔は優しい上司としての印象を作り上げた。

私には耐えられない。

頼れる先輩としての私に惹かれたのか、はたまたこの有り余る資産と権力に惹かれたのか、女性との出会いにも恵まれた。

『お兄ちゃん?』

世間一般的に言える『幸せ』を手に入れた私は、しかしこの大穴が埋まることはなく、むしろ広がり続け、いつかは自分がこの大穴に飲み込まれてしまうのではないかと錯覚した。

全てを壊した先に何がある。

自由と幸せはイコールではないんだ。

それにこの幸せを壊すなど、私には耐えられない。

私は、この幸せを守りたい。

この笑顔を守りたい。

 

 

“壊せ”

しかし、ある日それは思いもよらぬ出来事で満たされることとなる。

嫌だ

同僚が不正をした。

会社の金銭を着服したのだ。

理由はなんだったか。詳しくは覚えていないが借金返済だとか、生活費が足りなくなったとかだったと思う。

“壊せ”

私はそれを上に報告した。

やめてくれ

それが、私の仕事だったからだ。

”壊せ“

結果、彼は責任を取り退職することとなった。多額の慰謝料を背負って。

.....お願いします。

彼には家族がいた。

私も会ったことがある。

心優しい妻に、可愛らしい娘。

貧しいながらも温かみに包まれた幸せな家庭。

私の『家族』などとは違う、真の家族だ。

『ボス!?やめてくれ!俺たちはファミリーだろ!?』

私に比べ彼はあらゆる面で劣っていたはずだった。

誰か....

にも関わらず、彼は私には無いものを持っていた。

『■■■■...なぜこのようなことを...』

毎日のように彼は心の底から笑顔を浮かべていた。

誰か私を止めてくれ...

そして、私はその幸せを、この手で握りつぶした。

その笑顔を、絶望で塗りつぶした。

 

........どうか

驚愕、絶望、失望

彼は様々な顔で私を見た。

私のことを”心優しい人“だと信じ、自分を売る様なことはしないと信じていたためだろう。

 

友人だと、思っていたのだろう。

 

彼は言った。

 

『人殺し』

 

『裏切り者』

 

『人でなし』

 

目に並々と涙を浮かべ、憎しみに顔を歪めて、そう言った。

 

それを見て、私の心に何かがポタリと垂らされた。

 

 

『■.....■■』

 

唖然と私の名前を呼ぶ声が。

私を見つめる見開かれた瞳が。

そして何より、その時の彼の表情が。

その全てが愛おしかった。

 

悦楽、愉悦、喜悦。つまり喜び。

 

私は思った。

幸せを壊すことは、こうも『楽しい』ものなのか、と。

 

この瞬間を私は生涯、いや、死んだとしても忘れることはないだろう。

 

この瞬間こそ、私が本当の意味で『幸せ』を、『生きる意味』を見つけた瞬間だったのだから。

 

そして何より、何者にもなれなかった『人形』が『私』になった瞬間だったのだから。

 

 

 

 

 

 

私は幸せを知った。

 

この心にできた大穴を埋める方法を知った。

 

この灰色の人生を彩る方法を知った。

 

しかし、それを実行に移すことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気づいたら私は別人になっていた。

 

初めは記憶も人格も一致せず、身に覚えのない記憶が断片的に流れ込んできることに疑問を覚えるだけだった。

 

 

ただ、再びこの様な家庭に生まれたのは、なんともまあ皮肉なものだと思ったのは覚えていえる。

 

人格も、見た目も、性別も、何もかも。

私は再び枷に繋がれることになった。

 

私は『家族』の意思に従い、道具であることに徹した。

 

しかし同じ道を歩むことはなかった。

私の思考までは道具に染まることはなかった。

 

自由を求めた。

幸せを求めた。

 

楽しみを求めた。

 

 

私は幸せを得る方法を知っていた。

私は楽しくなる方法を知っていた。

 

壊したい。

今すぐ、この枷を破り、壊し尽くしたい。

この鳥籠は私には狭すぎる。

 

でも、それはまだだ。

まだその時では無い。

壊すのなら、幸せが絶頂に至った時だ。

 

それまでは道具に徹してやろう。

 

 

痛みは、苦痛は絶望は生きているということの唯一の証明だ。

生命というものを最も実感できる瞬間でもある。

私は道具ではないと教えてくれる。

 

だからこの鞭も、その拳も、何もかも。

 

今は耐え忍ぼう。

 

だが、いつの日か。

その時が来たのなら。

 

見せてくれ。

人形である私に。

私に人間とは何かを教えてくれ。

私に生きる意味を与えてくれ。

 

 

 

 

 

 

『■■■■■....なぜこのようなことを...』

 

ナイフ越しに伝わる感触は、実に素晴らしいものだった。

私を縛り付けていた”家族“というものは一瞬にして崩壊した。

変わらないこの高揚感。

顔が思わず紅潮してしまう。

 

私は決めた。

この人生は天の与えてくれたチャンス。

故にとことん楽しむと。

 

何もかも破壊し、何もかも楽しみ尽くす。

 

この生を、全身全霊で堪能しようと。

そして劇的な終幕(フィナーレ)を迎えようと

 

さあ、次は何をしようか。

私を殺してくれ

 




人格は溶け出し混ざり合い、歪んでゆく。
彼と彼女。どちらも貴方だ。貴方は悦楽を求め、失うのを恐れた。結果、歪みあった人格は矛盾を生み出し、狂人を作り上げた。


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カウントダウン

二アールさんもフレイムテイルさんも出ません。何故だ....


幻想的な光を纏った殺意の飛び交う戦場。

人の命が塵のように消耗されゆくその地にて、その女は、とても美しく、それでいて邪悪な笑みを浮かべていた。

 

 

『よぉ嬢ちゃんあんたも逃げるのか?』

 

『......なんですかあなた』

 

『感染したんだろ?』

 

『.......だとしたらどうするのですか?』

 

『いや何、あんたがこれから何をする気か、気になってな。あんたのその目は感染者になって絶望してる奴の顔じゃない。これから先のことが楽しみで仕方がないって奴の顔だ』

 

 

 

気になるんだ。

いつも張り付けたような笑みを浮かべていたあんたが、どうしてそんな楽しそうに笑うのか。

なあ、一体何をするつもりなんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、調子はどうだいリーダーさんよぉ?一丁前にワイングラスなんて掲げちゃってよ。まるで映画の悪役(ヴィラン)みたいだな」

 

「....あなた方ですか」

 

「そう邪険にすんなよ。俺たちの仲じゃねーか」

 

「人が思いに耽っているというのに邪魔しないでいただきたい」

 

「そりゃ悪かったよ」

 

 

歓声を上げる同胞諸君(愚者達)を風景にワインを嗜んでいた私に軽々しく話しかけてきた男達は、そこに置かれた肉塊を退かし、血濡れたソファーにどかっと座ります。

認めたくないですが彼らは私の古くからの友人です。

従軍時代からの逃亡兵。

まあ名前を上げるまでもないモブ兵士と思ってくださって結構です。

 

 

「なあフェイスレス様よ。俺らはあんたの直属の部下だ。だが、流石にあんな退屈な仕事はもう懲り懲りだぜ?せっかくこんな一大イベントなんだ。もっと派手なことがしたい」

 

 

彼らに任せた仕事はレイル区の殲滅、それを除けば中央殲滅の支援、残党処理、アイン隊の()()の生中継。

もっと古いもので言えば、クラウンスレイヤー達の勧誘や、あるタイミングで貴族達に地下の()()をさせるように誘導したり。

さまざまな雑用を裏でこなしてくれたなかなか使える駒達です。

 

 

「はぁ...全くいいご身分だなフェイスレス様よ。古い友人を見つけたからって俺らに仕事を投げつけたり、てめぇの趣味のために俺たちをこきつかったりしやがって」

 

「実際いいご身分ですし」

 

「へいへい、先導者様」

 

「それに、これはあなた達の趣味でもあるでしょう?」

 

「そう言えばそうだったな。はぁ、ヘドリーの奴らもこればよかったのにな。こんないい景色。堪能しなきゃ損だぜ」

 

「カズデルは今荒れていますからね。今はもうイネスや“W”も生きているかわかりません」

 

「そうだなー。あいつらと飲む酒は美味かった。お前はすぐぶっ倒れたから覚えていないだろうがな」

 

 

彼らの口から出る昔を懐かしむ言葉。

しかしすぐに雰囲気は一転。

仕事をこなす傭兵の顔に。

そしてこれから起こることを楽しみにする悪い笑みを浮かべます。

 

 

「で、次は何をすればいいんだ?」

 

 

俺たちを楽しませてくれるんだろう?

私を見る男達は目を子供の様に輝きながら、そう私に語りかけてきた。

 

 

「.......いいでしょう。あなた方には制御区画の防衛をお願いします」

 

「あの薄暗いところか?」

 

「ええ、おそらく来るのは英雄ジャスパー・ランフォード。クラウンスレイヤーが抜けた今、最高戦力と言って差し違えないあなた方に、そこを任せたい」

 

「くく、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。しかしジャスパー....あのおっさんか。あいつが来るのならこっちの艦橋じゃ無いのか?」

 

「はい。予想される彼らの目的は、私の殺害ではなく、この都市の停止。制御区画を直接叩けば、この都市の動きを止めることができなす。なのでわざわざここに来る必要はないでしょう。それに、私を殺しに来るのは彼じゃない」

 

「随分な自信だな。あのペンギンどもがここに辿り着けるとでも?」

 

「ええ。私の妹ですから」

 

「はっ、シスコンが」

 

 

 

物語の終わりはもう近い。

それがどの様な形で幕を閉じるのか、私にはわからない。

果たしてそれが私たち感染者の勝利で終わるのか。非感染者達の逆転勝利で終わるのか。はたまた...........

 

しかし、だからこそ面白い。

 

誰にも結末がわからないからこそ物語というものは面白い。

 

決められた道を辿って手に入れたハッピーエンドよりも、自らが選んだ道の先に見つけたバットエンドの方が、よっぽど面白い。

 

ああ....彼女は、私にどんな終幕を与えてくれるのだろう。

 

 

 

 

 

 

10/24/3:45 エルド区地上都市部住宅街

 

 

 

「くそっ!弾切れだ!」

 

「......っ!源石剣が...」

 

「α班は下がれ!β班と後退しろ!」

 

 

次々と押し寄せる源石に包まれた怪物たち。

フェイスレスのアーツによって生み出されたものと予想される化け物達の猛攻は止まらない。

前線は避難民の生き残りが立て篭もる住宅街にまで下げられていた。

立ち並ぶ建造物を要塞として利用し、立ち回っているが着実に押されている。

その理由の一つとして挙げられるのが奴らの耐久性だろう。

本来そこまでの硬度はないはずの源石は何者かのアーツの影響か、戦斧さえも通さない強固な鎧と化していた。

故にその突破には攻城兵器の類を使用するか、露出する生身の肉体を狙う他ない。

エンペラーの使用する拳銃も人間体に当たらない限り有効打にはなり得ず、テキサスの源石剣もまたアーツとして使用することで足止めすることはできても決定的なダメージを与えるに至らない。

 

最後の希望として存在したこの都市の離脱機能は機関室の破壊によって不可能となった。

しかしこのまま立てこもっていても限界が来ることも明白だ。

 

 

「客人、話がある」

 

「ジャスパー?なんだよ」

 

「........?」

 

 

話しかけてきたのはこの暴動...いや、もはや戦争と言えるこの戦いで1番のMVPと言ってもいいご老人、ジャスパー・ランフォード。

かの英雄といえどもあれほどの異形の前には数々の生傷を作っていた。

 

 

「ボルトも銃弾も、燃料も食料も残り少ない。民間人含めて軽者者103名、重傷者138名、死者32名。まともに動ける奴はほとんどいない」

 

 

後方に控えるのは片足を無くした者、片腕を食いちぎられた者、目玉に瓦礫が刺された者。無傷と呼べるものは数えるほどもいない。

そこに女も子供も、軍人も民間人も関係なく、動けるものは兵器を動かすため、戦場へと駆り出されていた。

いや、そもそもの話、もう既にこの地獄に逃げ場などないのだ。

戦う他、生き残る術はないのだ。

 

だが、それすらもできなくなった時。

彼らに訪れるのは、逃げることのできない絶望のみ。

 

 

「はっきり言って限界だ」

 

 

そしてその時は、もう既にすぐそこにまで近づいてきていた。

 

 

「.....諦めるのか?」

 

「な訳ないだろ」

 

「秘策でもあるのか」

 

「はっきり言ってないな。俺がこのあり様じゃなきゃいけたんだがな」

 

 

そう言った彼の左足は膝から先が既になく、何かの棒を括り付けて無理やり義足にしているような状態だ。

包帯で応急処置は行っているが、最大戦力である彼が休めるはずもなく、傷口は広がり出血は酷い。

とてもじゃないが、ここから中央に位置する艦橋にまで行くのは無理だろう。

 

 

「だから、お前に頼みたい」

 

 

「帝王、エンペラー」

 

 

彼は口にした。

目の前のペンギン、いや、覇王エンペラーの名を。

 

 

「お前の噂は聞いている。大物投資家にしてクルビアの大御所ラッパー。しかしその反面、喧嘩の達人とも呼ばれ数々の修羅場をくぐり抜け、数々の騒動を解決してきたという。さらに何度も殺されかけながらも生き延び、裏社会では不死身と言われるほど」

 

ほとんど眉唾物の噂だがな、と続ける。

 

「だが、そんなことを言ってもられない様な状況だ。例え虚実であろうと縋りたいくらいにはな。だから........お前たちに頼みたい」

 

 

 

この都市を止めてくれ。

 

 

 

 

 

「任せておけ.......って言いたいんだが、それは無茶な頼みなんじゃねーの?さすがの俺様でもあの化け物どもをくぐり抜けてアルベルトの野郎を殴りに行くのは不可能だ」

 

「もちろん、こちらからも数人か出す」

 

「いや数の問題じゃねえ。何人いようとあれはきつい.....」

 

「頼む」

 

「おいおい!土下座しろって言ってるんじゃ....」

 

「もう、俺たちにはお前たちに託す以外にないんだ」

 

 

頭を血に汚れたコンクリの地面に擦り付け、民間人に頼み込む。

それは傲慢なウルサス貴族には考えられない行動で、軍人にも考えられない様な行動だった。

しかし彼は行った。

これで多くの命が助かるのなら、頭の一つやすいものだと。

ならば、こちらも答えなければ道理が通らないだろう。

 

 

「.....ここまで言われたんじゃ仕方がねえな!俺たちに任せておけ!」

 

「.......ボス」

 

「.....感謝する」

 

「誰かがやらねえと俺らも死ぬのは変わらねえからな。だが存分に感謝しろ?客人である俺がてめえらの尻拭いをするんだからな」

 

「ああ....本当に....本当にありがとう」

 

 

とは言ってもエンペラーにも策はない。

だがやらねばならない。

やらなければこの都市を棺桶にすることになる。

こんな寒いところを墓場にするのは御免だ。

 

 

「それで?同行するっつー奴らは?」

 

「ああ、動ける優秀な俺の元部下数名と()()()()()()を数人選んだ。おい、来てくれ」

 

 

彼の呼びかけに応じて集まったのはたった12人。

その少なさが戦場の余裕のなさを語っていた。

しかしその面構えは違う。

みなが皆、覚悟を決めていた。

より多くのものを助けるための犠牲となる覚悟を。

分りきった死に対する覚悟を。

 

 

「お久しぶりですね。エンペラーさん」

 

「お前は....確かリスタ小隊のフィッツ....だったか?」

 

「そうです。まさか覚えて頂けたとは、光栄です」

 

 

そこにいたのは数刻前まで死に怯え、争うことを諦めた兵士の一人。

しかし先程とは打って変わり、彼はエンペラーを真っ直ぐに見つめ、死ぬ覚悟を決めていた。

 

 

「....なんで、お前は俺たちと一緒に来るんだ?(死にに来るんだ?)

 

「子供が.....いたんです」

 

「.....」

 

「.....ああ」

 

「ちょうど、目の前で火に巻かれた僕の娘と同じくらいの子供でした。そんな子供が、傷つき、冷たくなった母の名を呼びながら涙を流していたんです」

 

「.....」

 

「..........僕が、守らないといけないと思った」

 

「僕が終わらせなければと思った」

 

「僕がやらなければいけないと思った」

 

 

 

「それだけです。いけませんか?」

 

「いや、十分だ」

 

 

繰り返そう。

彼らは、弱き者のために死ぬ覚悟を決めた戦士だ。

目の前に立ちはだかる敵を打ち倒し、その命が途切れるその時まで戦い続ける。

そんな戦士だ。

 

 

「....お前らも、もう覚悟決まってるんだな」

 

 

頷き一つ。

 

 

「ああ......そうか」

 

 

 

 

 

 

「なら、死ぬな。その命を無駄にするな。作戦は命を大事に。最後まで足掻き続けろ。そしてその上で、勝つぞ。勝って、全員で生きてここから出る。いいな!」

 

「「はっ!!」」

 

 

目指すのなら、多くの死の先に立つハッピーエンドより、皆で生き残った先のハッピーエンドだろう。

死ぬ覚悟をするここと、死にに行くのでは意味が違う。

目指すのならより良い結末を。

その方がよっぽど良い。

 

 

「ま、待ってくれ!」

 

 

そこに声をかけたのは燃えるような紅の髪を持つリーベリの少女

CiRF幹部レティシアだ。

 

 

「.....なんだ、レティ。止めるのなら、お前でも容赦しない」

 

「違う!テキサス、俺もフェイスレスの、アルベルト様のところに連れて行ってくれ」

 

「あ!?」

 

「あの方に、アルベルト様に聞きたいんだ。なんで、こんなことをしたのかって。なんで、アインを、みんなをあんな姿にしたんだってっ!.....俺にはわかる.....あれは、アルベルト様のアーツだ。見たことだってある。だから、どうしてって聞きたい......きっと....理由が....あるはずなんだ......じゃなきゃ......だって.....あの人が私達を見捨てるはずがないんだ!」

 

「わかった」

 

「あ!?無理だ無理!こいつは敵幹部だぞ!」

 

「だが信用はできる」

 

「だからその根拠はどこから..........」

 

 

「頼む........お願いします。お前達の邪魔はしない。あの人の元に行くまでは手伝うし、アルベルトを討つっていうなら....止めない。私は、ただっ......知りたいだけなんだ」

 

 

 

「〜〜〜〜〜っ!わぁーた!ついてこい!お前らも喧嘩すんなよ!」

 

「.......わかりました」

 

「っ......ありがとう......」

 

「.............僕たちはお前を許したわけじゃない。必要だから利用するだけだ」

 

「.....わかってる。私だって、非感染者のお前達を許すつもりはない」

 

 

 

「頼んだぞ」

 

「おう。期待して待ってろ」

 

 

ジャスパーが最後のアーツユニットを犠牲にアーツを振るう。

雷の代名詞。雷獣ジャスパー・ランフォードの名は伊達ではない。

鳴り響く雷鳴が、光と共に源石の化物を飲み込み、その壁に風穴を開ける。

開けられた突破口は全員が通るには狭い。

だが、少数精鋭である彼らにとっては広すぎるほどだ。

 

たった数名。されど数名。

移動都市クレアスノダールに残る非感染者の命は彼らに託されていた。

 

 

 

 

 

 

 

「........いったか」

 

「隊長.....ここ、守りきれますかね。俺、もう片腕ないんすけど」

 

「馬鹿野郎。守るんだろうが。民間人であるあいつらにあんな大役任せちまったんだ。どんな事をしてでも俺らがここを守り切らねえと示しがつかないだろうが」

 

「そうっすね......あ、今のでアーツユニット最後っす。昔から思ってましたけど隊長のアーツって戦略級の威力っすけど燃費悪いっすね......あ、俺の回復アーツも品切れっす」

 

「俺を英雄たらしめるアーツだからな。だが...あー.....参ったな..............」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、感染者って、ユニットなしでアーツが使えるんだよな?」

 

「.......あー....っすね」

 

 

 

 

 

雷鳴は鳴り止まない。



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タイムリミット

10/24/04:01 クレアスノダール中枢区地上都市部

 

 

元ウルサス軍ジャスパー・ランフォードの英雄という称号は飾りではない。龍の如き雷電を操り、たった一個中隊で幾千もの敵兵を相手取り、陥落寸前の要塞都市シャドリアを守り抜くという偉業を成せるものは片手で数えるほどもいないだろう。

最高峰の術師にして圧倒的な戦闘センスを持ち合わせた武人。

 

そんな英雄と、幼くしてほぼ互角に剣を交えることのできた彼女もまた例外ではない。

 

 

「.....道を、開けろ」

 

 

鉄をも溶かす業火が立ち塞がる異形達に引導を渡す。

 

感染者は非感染者に比べ、アーツの精度や威力が強力なものとなると言われている。しかし命を削る対価としては軽すぎるこの恩恵を抜きにしても、彼女のアーツは異常。

これを天才と呼ばずしてなんと呼ぶのか。私にはわからない。

 

 

「.....っ」

 

「大丈夫か?」

 

「........ああ、俺は、まだいける」

 

 

しかし大いなる力にはそれ相応の対価が付き物だ。

例えそれが望まずして手に入った力だとしても。

 

 

「おい、お前血が....」

 

「ゴホッ....問題ねえ。俺に気安く触れるな」

 

 

彼女の身を守るアルベルトのアーツは、度重なるアーツの使用と異形化の原因である異常活性化源石との接触によって薄れつつある。

もとより人に比べ侵食速度の早かった彼女の体質も合わさり着々と源石は彼女の身を蝕んでいる。

現在は彼女のもう一つの回復アーツによって体組織が傷つき、重傷を負う、などということには至ってはいないが、それも時間の問題だろう。

 

その証拠に、吐き出される血は黒みがかり、赤黒く光る異常活性化源石が混ざり込んでいた。

 

 

「ゴホッ..........“ノア”....“ジノ”....」

 

 

そして、精神的疲労もまた彼女を蝕み続ける。

信じ続けたリーダーに裏切られたかもしれないという可能性。

自らの半身とも言える弟分を失った喪失感。

そして、長年共に過ごした同胞をこの手で焼き殺す罪悪感。

 

どれほど強がろうとも、彼女は子供。

 

光を失った虚な目で見つめてくる同胞達(家族達)

その命をこの手で奪い去った事実が重くのしかかる。

 

アルベルトのようにこの状況に悦楽を見出すこともできなければ、テキサスやエンペラー達のように割り切ることも、フィッツ達非感染者のように怒りで人を殺したという事実をかき消すこともできない。

 

彼女の心は既に限界に達していた。

 

だが、やらなければならない。

アイン達の、同胞達の死に何か意味があったのか。

それを確かめるまでは終われない。

 

そんな思いが彼女を支えていた。

 

 

「......隊長達に惹きつけられているのか周囲に活動を続ける化物どもは確認できない。進むぞ」

 

「了解」

 

「先程高台から確認したが、このまま進めば後20分ほどで変異の起こっていないCiRF構成員と会敵する。異形化の影響か彼方の数も少ない。交戦に発展しても切り抜けられると思われるが、エンペラー、どうする?」

 

「そうだな......テキサス、今何時だ?」

 

「4時1分」

 

「時間がないな......フィッツ、交戦を避けた場合艦橋にはどのくらいで着く?」

 

「約2時間」

 

「ギリギリ....だな」

 

「何がだ?」

 

「制限時間だよ。ああ、お前には話していなかったか?」

 

「ああ、初耳だ」

 

 

テキサスは首をかしげる。

ジャスパー達の為にもできる限り迅速に事を抑える必要があるのは理解できる。だが明確な制限時間がある事は初耳だった。

 

 

 

「テキサス、よく聞け。この都市は、あと3時間でウルサスの移動都市、ノヴゴルドに衝突する」

 

 

 

「ッ!?本当か」

 

「ああ、ジャスパーとこの都市の移動経路を確認したときに.....」

 

「待て!そんな事俺たちの計画にはなかったぞ!?」

 

「...っつーことはこれもあいつの独断か。どこまで好き勝手すれば気が済むんだ」

 

「そんな......」

 

 

移動都市ノヴゴルド

クレアスノダール近辺を移動ルートとする大型移動都市だ。

人口はこの都市の倍に及び、流通も盛ん。

ウルサスが誇る大都市の一つ。

そんな大都市に、この動く陸の孤島にして大型の質量爆弾であるクレアスノダールが衝突したら。

この移動都市も、ノヴゴルドも、一体どうなるか想像もしたくもない。

 

さらに言えば移動都市の起動には数時間から数日の時間を要する。

この場から停泊中のノヴゴルドに警告を出すことは通信機器の妨害によって不可能。

彼方がこの都市の異変に気づいたとしても遅すぎる。

衝突は免れない。

 

その悲劇を防ぐ方法はただ一つ。

我々がクレアスノダールを緊急停止させるのみ。

 

 

「くそっ....アルベルト....なんでこんな......」

 

「レティシア...」

 

「きっと...何か....理由があるはず....なんだ....」

 

 

当然、この計画は“仲間たち”に話していなかったのだろう。

レティシアの反応からもそれが窺える。

当然といえば当然だ。

クレアスノダールがノヴゴルドに衝突すれば、この都市もタダでは済まない。感染者非感染者関係なく多くの人命が奪われるし、彼らの目的である移動都市は破壊される。

 

聴いた限りでは彼女達の目的は感染者の自由の獲得。

そのための都市の奪取だったはずだ。

 

よって彼女達の目的は、非感染者をこの都市から殲滅することで達成される。

こんなことはする必要もなければ、むしろ目的に反する“すべきではない”行為だ。

 

明らかな裏切り。

しかし、レティシアは頑なに何か理由があったはずだと信じ続ける。

それほどまでに彼女達がアルベルトを信じていた証拠だろう。

 

 

「....急ぐぞ。時間は迫ってきている」

「ああ、テキサス、そしてガキ。わかんねえ事をいつまでも考えていても仕方がねえ......直接聞きに行くぞ」

 

「....そうだな。聞けばいいんだ」

 

 

レティシアは拳を握りしめる。

ここで考えていても仕方がない。

わからなければ聞けばいい。

答えはすぐそこにまで迫ってきているのだから。

 

 

「ここからは我々が先導する。ついてきてくれ」

 

「わかった。行くぞ」

 

「わかった」

 

 

瓦礫を押しのけ現れたのは地下へつづく階段。

以前入った隠し通路とは違い、正真正銘の地下空間。

溢れ出るほどの戦力が地上へ回されていた今、感染者の根城とされていたであろう地下空間は逆に少ないと考えての行動だった。

 

そして、その予想は的中する。

 

地上の爆発や建物の崩壊が原因か、ところどころ崩壊し、瓦礫が積もっているが、それ以外に異変は見られない。

暴徒たちも、あの異形達も見つからなかった。

 

 

「こんなところで暮らしていたのか」

 

「こんな薄暗くて機械音の煩い場所でよく住めたもんだ」

 

 

移動都市が機能するための機械の稼働音。

そして地上部への振動を減らすための役割も担う地下空間には強い振動が不規則に響く。

とても人の住めたものではない。

 

しかし、事実、彼ら感染者は住んでいた。

正しくは住まざるをえなかった。

恨み忌み嫌われた彼らには、ここ以外に居場所などなかったのだ。

 

レティシアが一つの小さな熊の人形を拾い上げる。

縫い目が目立ち継ぎはぎのそれは、薄汚れながらも大切に扱われてきた証拠だ。

 

 

『レティシア。誕生日、おめでとうございます』

 

『姉さん、おめでとう』

 

『おめでとう。私からはナイフをやろう』

 

『おめでとさん!でかくなったな!酒飲むか!』

 

『ちょっと!まだ飲ませちゃダメよ!』

 

『なんだよ!ちょっとぐらいいいよな?リーダー?な?いいだろ?』

 

『ダメですよ?』

 

 

 

「........」

 

 

蘇る暖かい光景。

アルベルトが地上で買ってきた小さな蝋燭の灯されたホールケーキに、家族(同胞)のみんなが少ない物資で工夫して作り上げた不恰好な熊のぬいぐるみ。

いつもは仲の良くないリュドミラや、アヒルの雛のようにいつも後ろをついてくるアイン。自分の慕っているアルベルトや毎日のように酒を浴びている家族の一人(セオドア)やそれを叱る家族の一人(エマ)

みんなが私の誕生日を祝ってくれた。

 

そこに来るまで誰にも祝ってもらえなかった誕生日を。

 

あの頃は楽しかった。

 

非感染者への復讐なんて忘れて、家族で、みんなで幸せに暮らしていた。

 

 

ああ、あの日。

貴族の遊びで行われた“掃除”で多くの家族を失ったあの日。

アルベルトが感染者の解放と非感染者への復讐を宣言したあの日から。

 

私たちの幸せは壊れてしまっていたんだ。

 

 

 

自由なんて、いらなかった。

 

みんなで幸せに暮らせれば、それでよかったんだ。

 

 

でも、死んだみんなを忘れ、非感染者への復讐を忘れて暮らしていくことができたのだろうか。

 

無理だ。

初めから、無理だったんだ。

 

全てが順調に進んでも。

 

アルベルト様がみんなを化け物に変えなくても。

 

 

 

 

 

 

 

初めから。

私たちが感染者の時点で、きっとダメだったんだ。




レティシアちゃん主人公で書いた方が描きやすかった可能性が微レ存


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強襲

10/24/04:32 クレアスノダール中枢区地下施設

 

 

こつりこつりと、暗闇の中、足音だけが嫌にこだまする。

外の光が差し込まない地下は驚くほど暗く、通常時であればこの暗闇を照らすべく、光が灯されているはずの電灯は配線が断絶しているのか一向につく気配はない。周囲を照らすカンテラ、そしてもう一つの明かりがなければ1メートル先も見えなかっただろう。

 

防護服に身を包んだ黒尽くめの集団の中、一人の頭上にほのかに明かりを放つ黒みがかった輪っかが浮かんでいた。

 

伝説上の天使やその類に描かれることの多いそれは、この世界では“サンクタ”という種族の特徴に成り下がっている。

 

 

「しかし珍しいな。ウルサスの移動都市にサンクタがいるなんてな」

 

 

エンペラーの言うように、宗教国家ラテラーノを母国とする種族サンクタは、他国ではあまり見かけない種族だ。

 

その理由の一つに、彼らサンクタは“銃”を扱うことができる、というものが挙げられる。

 

フェリーンやループスでも、練習次第では扱えるようになる拳銃のような“おもちゃ”ではなく、ライフルやマシンガンなど、大型、そして複雑な銃を扱うことができるのだ。

 

この世界の銃は火薬の代わりに源石を使用する。

故に、その源石を起動するためのアーツ操作が必要となる。

しかし多くの銃は遺跡からの発掘品。その模造品であり、現在のアーツユニットとは異なる構造をもっているため、サルカズの巫術のように、特殊な血統や複雑な操作ができなければ扱うことができないと言われている。

よって、アルベルトの前世で戦場の主役となっていた銃は、使用者のいない骨董品となってしまった。

 

しかし、多くの発掘品の産地であるラテラーノに生きるサンクタは、その囲いに当てはまることはなかった。

彼らの放つ特殊なアーツがその機構に当てはまったのだろう。

故に彼らはこの世界で唯一銃火器をまともに操ることのできる種族として名を上げることとなった。

 

当然、その強力な力を欲した他国はその技術、人員、現物を欲したが、その結果ラテラーノは宗教と法によってそれらの流出を防ぐこととなった。

 

そんな種族が軍人としてウルサスに所属している理由。

それは正式に許可を取ってやってきたのか。

もしくは罪を犯し本国に居られなくなったからか。

 

 

「....サンクタは戦場だと引っ張りだこだからな」

 

 

おそらく後者だろう。

 

 

「心配しなくていい。彼はジャスパー中隊の元部隊員だ。信用できる」

 

「いや、別に怪しんではいねえよ」

 

 

信用していようがしていなかろうがやることは変わらない。

やれることも変わらない。

今この現状、どんな仲間だろうと、信用し協力し合わなければ生き残れない。

この都市を訪れて実に数時間しか経っていないエンペラー達だろうと。

裏切り者が出てしまった元リスタ小隊員のフィッツだろうと。

この場にいる多くの人間の恨みの対象であるCiRF幹部レティシアだろうと。

協力し合わなければ作戦は成功しない。

 

 

「我々はこのまま手筈どうり機関室へ向かい、都市機能の停止を試みる」

 

「わかった。じゃあ俺らは艦橋にいってアルベルトの馬鹿をぶん殴るっつーわけか」

 

「.....繰り返し聞くが本当に三人で行く気か」

 

「ああ、あいつには俺たちだけで十分だ」

 

 

彼に続く2人もそれぞれの方法で自分の意思を示す。

1人は自分達のリーダーの真意を。そして仲間達の死に何か意味があったのか確かめるため。

もう1人は幼き頃に生き別れになった兄と再会するため。

 

ジャスパー並の火力に荒事慣れした司令塔。そしてこの中で一番彼のアーツや個人情報などについて知っている身内。

 

火力は十分。知識も十分。

 

これほどまでに対アルベルト戦に向いたパーティーはないだろう。

人数は少しばかり心配であるが。

 

都市の中枢(心臓)を直接破壊すれば都市は止まる。

術者を殺害すれば発生しているアーツ(異形)はその動きを止める。

 

しかしそのどちらかが失敗すればこの都市からの脱出も、その後に起こる悲劇を止めることも困難になるだろう。

 

 

「絶対に成功させなければならない」

 

 

死んでいった仲間のためにも。

今全てをかけて抗っている仲間のためにも。

 

 

「武運を祈る」

 

「そっちもな」

 

 

カンテラの炎が二つに分かれる。

 

俺たちが目指すは艦橋。

我々が目指すは都市の中枢。

 

首謀者(馬鹿)にこの拳を叩き込むこと一点のみ。

この都市を停止させ退路を切り開くこと一点のみ。

 

 

「さあ行くぞ!」

「作戦開始」

 

 

演劇は終幕に向け動き出す。

 

 

夜明けは近い。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻 クレアスノダール中枢

 

 

 

クレアスノダールしかり、ノヴゴルドしかり。

龍門だろうと、チェルノボーグだろうと。

移動都市において心臓...最重要とされるものは、中枢ブロックに位置する中央機関部だ。

 

車だって電車だってエンジン(心臓)が壊れて仕舞えばもうその機能を維持することはできない。もちろん、移動都市もそうだ。

都市の水道や電気、ガスなどのインフラや天災から逃れるための移動機構。

様々な機能の中枢がそこには集中している。

 

故にそこの防御は厳重に、決して不備のおこらないよう、頑丈に作られている。

 

 

「お客さんはまだか?俺はもう退屈で死にそうだ。ゲーム機の一つくらいあってもいいんじゃねーの?」

 

 

機関室に通じる出入り口は2つ。

男たちの立つ門、そして艦橋からの階段。

それ以外に内部に侵入することは不可能だ。

換気用のダクトも人が通れるようなものではないし、壁も容易に破壊できるようなものではない。

 

敵はこの暗闇に包まれた廊下を、この門目指して走り抜けるしかなく、遮蔽物の少なく、幅も小さいこの場所なら撃退も容易だ。

 

 

「はぁ...もうそろそろでしょ。緊張感を持ちなさいよ」

 

 

男たちは置かれていた机を遮蔽物がわりに置き、懐から取り出した粉を口にする。

非合法の源石パウダー。

一時的に感覚やアーツなどを覚醒させる“薬”の類だ。

 

無論、一般的には禁止されているものである。

しかしそれは“一般”の話。

彼らが元々生きていた戦場では普通に使用されていたものだ。

彼らはそれを“一般”に身を置くことになった今でも当たり前のように服用していた。

 

中毒性を持つ違法薬物の使用。

それ以外にも殺人欲求などの一般の範疇には収まらない趣味嗜好。

 

彼らがわざわざ感染者に身を落とし、アルベルトの“遊び”に手を貸すなど。戦場から抜け出したにも関わらず、“普通”に混ざれなかった理由の一つだろう。

 

 

「しかしあいつも良くこんなものを作ったよな。軽く切ってみても傷ひとつ付きやしねえ。逆にこっちの刃がかけちまう」

 

「そうね。まったく、悪趣味極まりないわ」

 

「はは、そう言うなよ“ホークアイ”。こいつらはこれから一緒に戦うターイセツなお仲間さんなんだからよ。いや?もとお仲間さんだったか?」

 

「ふん...」

 

 

総員3名。

アルベルト小隊の分隊長を務める元ジャスパー中隊逃亡兵で構成された精鋭部隊。

一般的なCiRF構成員とは違い統一された軍用の装備を身につけ、互いをコードネームで呼び合う彼らは、その数が少ないながらも元軍人にして元傭兵の経験を活かし、他の小隊に引けを劣らない戦力を誇る。

そして、その戦力に追加して12体の傀儡(異形)

アルベルト小隊の雑兵で作られた傀儡の中でも、出来のいいものが選ばれ、配備されていた。

 

前方に傀儡。後方に彼らといった構成だ。

もとジャスパー中隊の彼らは英雄の使用するアーツの恐ろしさを知っている。そして、その限界も。

故にこの陣形。

 

流石にこの肉壁ならぬ源石壁なら防げると踏んでの作戦だった。

 

 

「“イージス”、火ぃ!」

 

「“アサルト”、火ならあのジジイにつけてもらえ」

 

「ハハ、雷でか。黒焦げになっちまうぜ」

 

 

煙草を咥えながらの他愛もない小話。

男達の話し声と時計が秒針を刻む音だけが鳴り響く。

それだけのはずだった。

 

 

カツン──────

 

 

 

 

「「!」」

 

 

「“イージス”!」

 

「リョーカイ!」

 

 

ひとりのアーツに応じた傀儡が即座に防御陣形を形成し、同時に男がスコープのつけられたボウガンを構えその姿を確認しようとする。

 

 

 

 

「やっと来たか英雄ジャスパー・ランフォード!随分とおせえじゃねえか!道に迷ったか!?それとも歳のせいで腰でもやったか────

 

 

 

 

 

 

───────────あ?」

 

 

 

 

 

 

 

鮮血が舞う。



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突破口

二アールも....フレイムテイルも...デナカタヨ.....


中を舞う鮮血。

続いて響くのは水音と、金属が地面にぶつかる音。

 

 

「アサルト!」

 

「伏せろ!顔出すな!」

 

 

クロスボウなどの一般的な遠距離武器ではあり得ない破裂音。

倒れ伏した仲間は痙攣を繰り返しながら額から真っ赤な液体を垂れ流している。すでに彼が生命活動を停止していることは明白だ。

 

暗闇から射出された高速の物体は防壁として配置していた傀儡の僅かな隙間を縫って寸分違わずスコープごとアサルトの頭部を撃ち抜いた。

 

これほどの精度と威力。

 

イージスの頭に浮かんだのはあり得ないの一言だった。

 

 

「....だめね。完全に脳天を撃ち抜かれてる」

 

「馬鹿が。敵の姿も確認せず身を晒すからだ。それよりも“目印”は見えたか?」

 

「ええ、黒くて見えにくかったけど...」

 

「オーケー。サンクタで確定だな」

 

「なんでウルサスに蛍光灯がいるのよ!?」

 

「知るか」

 

 

ウルサスは戦争国家。

カジミエーシュやリターニア、炎国など。

様々な周辺諸国に喧嘩をふっかけ戦争を起こし、土地を奪い去る。

そうやってこの国は大きくなってきたし、現皇帝になってからもそれは変わらない。

 

そんな帝国での、確かにサンクタは存在する。

彼らが軍属時代にもお世話になることがあった。

雇われたばかりのサンクタの傭兵が部隊長に抜擢されたこともあった。

使用することさえできれば一般的な遠距離兵器にはるかに上回る銃はそれほどまでに価値がある。

 

しかし種族としての理由からか、同じく戦場では頼もしい戦力として重宝され、ウルサスの大英雄ボジョカスティを代表とするサルカズに比べその数は驚くほど少ない。

 

こんな中規模の都市で出会うとは思わなかった。

 

 

「銃手のサンクタがいる以上この距離で撃ち合うのは不利だ。威力からして対物じゃない。だったら傀儡どもで防ぐことはできる。奴らがこいつらを避けてアサルトを撃ち抜いたのがその証拠だ」

 

「このまま突っ込むつもり?ジャスパーがいるかも知れないのに?」

 

「ああ。目視できた数はサンクタを含めて12。傀儡共と同じ12だ。あのジジイは確認できなかった」

 

「わかった。じゃあ私は突っ込むあんたの援護と傀儡の操作ってわけね」

 

「そういうわけだ。すまんな。旨いところだけ貰っちまって」

 

「全くよ。少しは残しときなさい」

 

「できたらな」

 

武器種までは確認できなかった。

しかし傀儡どもの強度は大砲でも持ってこなければ破壊できないほど。

さながら城壁だ。

アーツにしても、こいつらを破壊できるようなアーツ使いがあのジジイ以外にいてたまるか。

にしても......

 

 

「しかし、はぁ........俺らはハズレか」

 

「舐められてるのかしらね。サンクタがいれば、あんな雑兵共だけでなんとかなるって」

 

「かもな....少しむかつく」

 

 

ガチャリと音を立て、イージスは相棒の、全身を覆うほどの盾を手に、ホークアイはアーツユニットの埋め込まれた特殊な弓を片手に立ち上がる。

 

正規軍を抜け、まともな整備もできず崩壊の一途を辿るはずだった城壁が光を灯す。民を守るための盾は、愉悦を求め、全てを押し壊すための狂気に満ち溢れでる。

かつて遥か彼方からあらゆる敵を撃ち抜き、南西戦線を守り抜いた矛が再び矢をこめる。罪人の命を奪い去ってきた弓は、更なる血を求め、ドス黒いほどの欲望を渦巻かせる。

 

 

「さて、あっさり退場してしまったアサルトくんの弔い合戦といこうか」

 

「ええ、さっさと終わらせましょう」

 

 

 

 

 

 

10/24/05:02 クレアスノダール中枢艦橋下層部

 

 

「......大丈夫だ。周囲に敵影は確認できない」

 

「よし、行くぞ」

 

 

埃の積もった地下室から錆びついた梯子を使用し外に出る。

ハッチの僅かな隙間越しにみた限り、周囲に人影は見られず、防音性に優れているのか物音ひとつ聞こえない。

 

おそらく機材などの倉庫として使われていたのだろう。

金属質のロッカーと武器庫で見られたような多くの木箱が棚に積み上げられていた。

しかし武器になりそうなものはほとんど持ち出された後のようで、そこにあったのは職員の制服と思われる服や何に使うのかもわからないパイプなど。

 

 

「使えそうなものはねーな」

 

「.............エンペラー、これは....?」

 

「......................水風船だ」

 

「え、でも....」

 

「水風船だ」

 

「テ、テキサス?お前もなんでそんな圧をかけてくるんだ?」

 

 

おそらく職員の私物だろう。

一つのロッカーの中に置かれた財布からから彼女にとっては見たこともないゴムがはみ出てきたが、それ以外に何か目ぼしいものやおかしいものは見当たらなかった。

 

 

「テキサス時間は?」

 

「5時2分だ」

 

「うまくことが進んでりゃあいつらの方はもう終わってるころか。なら俺らもきちんとやることやらなきゃな。さ、早くあいつを殴りに行くぞ」

 

「....さっきから殴る殴る言ってるが兄さんの顔に傷を作るのはだめだ。兄さんも女性なんだ。あのかっこよくて綺麗な顔に傷を作るのは許されない」

 

「この期に及んでまだいうのか!マジでお前あいつのことになると饒舌になるのな!つーか兄で女性ってなんだよ!ツッコミどころが多すぎるだろ!」

 

 

どんな時でもエンペラーのテンションは変わらない。

それはエンターテイナーとしてのプライドか。

それとも、ただの痩せ我慢だろうか。

少なくとも普段のテンションではないのは確かだろう。

そしてそれは生き別れの兄を前にしたテキサスも、己の罪と、信じてきた先導者に対する疑惑を抱え始めた目の前の少女レティシアも。

 

 

「どうした?いつ敵が来るかもわからねえ。さっさと行くぞ?」

 

 

少女はうつむき、足を止めている。

何か思案するような、決意するような。

 

 

「レティシア?」

 

 

 

 

 

 

「......ごめん」

 

 

 

 

 

 

レティシアは手に持った信号用の火薬銃の引き金に指をかけた。

火薬の破裂音が響き渡る。

 

 

 

「おい、何か音がしなかったか?」

「銃声だ!侵入者だ!」

「急げ!先導者を守れ!」

 

 

 

「な!?お、お前何をしてんだ!?ふざけてる場合じゃないぞ!」

「レティシア!?なぜ、こんなこと.......」

 

 

 

鉄の扉が勢いよく蹴り破られると同時に、赤い腕章をつけた暴徒たち、CiRF構成員が流れ込んでくる。完全に包囲されていた。逃げ場はどこにもない。

 

 

「動くな!....って...レティシア!?生きていたの!?」

 

「エマ....それにセオドア.....無事だったんだ」

 

「それはこっちのセリフだ!死んだかと思っただろ!大丈夫だったのか!?怪我は!?いったい今まで何をしていたんだ!?それにアインは!?」

 

「うん.....俺は大丈夫。アインの話は....後でするから、先ずはあの二人を頼みたい。俺はアルベルト様に報告してくる」

 

「...........非感染者か?」

 

「うん....でも、アルベルト様の大切なお客様。丁重に扱ってほしい」

 

「.....わかった」

 

 

 

「お、おいレティシア!お前ふざけんな!」

「レティ......」

 

「動くな!下手な真似はするなよ!」

 

「やめろ!彼女たちを離せ!.......テキサス、エンペラーも今は、おとなしくしていてほしい。お前たちを傷つけたくない」

 

「お前っ!ぐっ......」

 

 

 

「なんで.......」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぐに、終わらせるから」

 

 

 

 

 

その言葉を最後に、彼女は暴徒たちの中へ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

[異常感染者の行動を確認。向かってくる]

 

[総員防御陣形。スナイパーはβを合図と共に狙い撃て。ナーデルは準備開始]

 

[了解]

 

[了解8秒稼いでくれ]

 

 

今まで棒立ちしていた異形、異常感染者たちが行動を開始した。

クロスボウ持ちの男はすでに処理済み。

残りは2名。

異常感染者の後方には盾持ちの男が一人。

そしてさらに後方の長机を利用した防壁に隠れている弓持ちの女が一人。

 

 

「こそこそするな!」

 

 

盾持ちからのアーツを一人がなんの用途に使われていたのか、隅に置かれていた丸机を投げつけることにより無効化。

しかしその進行は止まらない。

アレらの攻撃は常人が耐えられるようなものではない。

D32鋼にも勝るも劣らない硬度を誇る爪から放たれる斬撃は、重装兵さえも紙切れのように切り刻む。

そして決して遅くない速度で迫る源石の異形に、しかし兵士たちは怯むことなく盾を構えた。

 

 

[接触まで3、2───

 

 

[準備完了]

 

 

その剛腕が届くか否か。

そんな瀬戸際でカチンという金属音と共に声が聞こえた。

 

 

[ナーデル──────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

貫け

 

 

 

 

 

 

「な!?」

 

 

轟音と共にこだまする破壊音。

そして宙を舞う無数の黒い結晶のかけら。

捕鯨砲に酷似する小型の攻城兵器から射出された銛はその破壊力を持って城壁(異形)を貫き、そこに一つの大穴を生じさせた。

 

 

「そんな!?傀儡が破壊された!?」

「慌てるなホークアイ!2体は持ってかれたがまだ10体残っている!ただの雑兵がこいつらをどうこうできるわけがない!押し潰せ!!!」

 

 

一瞬異常感染者たちの動きが止まる。

しかしすぐに再び彼らを殲滅せんと黒い城壁は足をすすめ始める。

さすがは元軍人と言ったところだろう。

逃亡兵といえども流石の判断力だ。

確かに彼らにとって傀儡がジャスパー・ランフォードのアーツ以外によって破壊されるというのは予想外で驚くべき出来事だったのだろう。

 

だが、それまでだ。

 

1、2体を攻城兵器によって破壊されたところで残りは10体。

再装填に時間がかかる攻城兵器で対処できる距離でも数でもない。

彼らはこのまま異形たちに飲まれて死ぬのだ。

最後の悪あがきのつもりだったのだろうか。

哀れなものだ。

 

そこまで考えたイージスは表情を焦りから余裕へ変えた。

 

 

 

しかし、それは間違いだった。

 

十分だったのだ。

 

彼らには。

この僅かな隙だけで、戦況を一転させることができるという確信があったのだ。

 

 

 

[スナイパー]

 

[了解]

 

 

 

「もう何をやっても無駄なんだよ!!」

 

 

アーツは使用者の意識が途切れるか、その命自体が失われることで効果を失うものがほとんどだ。

その理由は単純。

アーツを維持するエネルギーの大元と、それを支持する司令塔がなくなるからだ。

 

では、アルベルトから操作権を特殊なアーツユニットによって託されているこの傀儡たちはどうだろう。

司令塔。

つまりそのアーツユニットを使用する術者を失ったら、アレらはいったいどうなるのだろう。

 

 

「さあ!殺せええええ!!!!」

 

 

答えは簡単だ。

 

 

 

 

 

「.......なぜ....なぜ動かない!?」

 

 

術者を殺された。

その時点で本当の、ただの傀儡へと戻る。

 

 

「ホークアイ!返事をしろ!ホークアイ」

 

 

[ターゲット。残り一名]

 

 

返事はない。

あとはもう、彼一人だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ...........あー、くそ。これで、ゲームオーバーか......つまんねー....」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に銃声が一発。

 

 

 

[04:56、任務完了]

 



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家族

生存報告。
ただいま過去話を修正中。
駄文が少しでも良くなればいいなって


俺は怖かった。

いや、正しくは怖くてたまらない。

あの日常を、あの幸せを。

何よりあの笑顔を否定されるのが怖くてたまらない。

 

『よく、頑張りましたね』

 

あの優しさを

 

『すごいですよレティシア』

 

あの温もりを

 

『もう、大丈夫。貴方は幸せになっても良いのです』

 

その全てを否定されることが怖くて恐ろしくてたまらないのだ。

 

この震えはウルサスの寒さからではない。

俺は知っている。一度得た物を失う恐ろしさを。

曲がりなりにも信じていた母親に売られ、全てを失ったあの寒い夜に。

俺は知っていた。信じるということの愚かさを。知っていたはずだった。

 

『姉さん.....これ....あげる』

 

『よう嬢ちゃん!今日も元気だなー!!』

 

『また無茶して....女の子なんだからもっと自分お体を大切にしなさい?』

 

『ふん...懲りもせずまたきたのか』

 

なのに、いつのまにかとったはずの距離は詰められ、固く鍵を閉めたはずの心は解かれていた。

これではいけないと気づいた時にはもう、俺にとって手放すには大きすぎる存在となっていた。

アルベルト様を中心に形作られた“家族”というものは俺にとって居心地の良すぎるものとなっていた。

 

失うのが怖い。

 

あの暖かい思い出を否定されることが何よりも恐ろしい。

 

 

「大丈夫だよレティシア。きっとアルベルトも、貴方の無事を喜ぶことはあっても責めるようなことはしないわよ。もしそうなったら私が殴ってやるんだから!」

 

「....ありがとう」

 

 

そう口にするエマの目元には確かな隈が浮かんでいた。

 

非感染者。

それは俺たちの確固たる敵で、排斥すべき罪人だ。

それを殺すのは、これまで奴らに苦しめられてきた我々に与えられた当然の権利なのだ。

 

だが、正当性と、人の倫理観は全くの別物だ。

それが正しいこと、正当な行いなのだと理解していても、心の奥底ではそれを拒絶してしまう。

 

 

理解してしまったんだ。

いや、気づかないふりをしていただけで初めからわかっていたのかもしれない。

 

感染者と非感染者。

そこに大きな違いなど存在しなかったことに。

鉱石病という不治の病を持っているか否か。それ以外は全て全く同じ”人間“だってことに。同じように笑い、愛し、涙し、悲しむことに。

 

 

当然だ。

どんな理由があろうとも、人を殺してもいい理由にはならない。

そんなことに、今更気づくなんて、遅すぎる。

 

 

ねえ、アルベルト様。

貴方は何がしたかったの?

本当に、俺たちに....私たちに自由と幸せを与えようとしてくれたの?

間違いの先に、本当にそれはあるの?

......貴方の微笑みは、“真実”だったの?

 

答えてほしい。

“はい”と、肯定してほしい。

 

 

 

木製の扉は、ひどく重かった。

 

 

 

 

 

 

彼女はそこにいた。

 

俺に背を向けて、艦橋の大窓から燃え盛る街を眺めていた。

 

声が出ない。

 

足が動かない。

 

いつもなら遠慮なく“ただいま”といい、飛びついていたはずなのに。

 

怖いんだ。

 

怖くて仕方がないんだ。

 

声を出した瞬間、全てを失ってしまう気がして。

 

 

 

「っ!」

 

 

息を吸う。

震える手首を抑え、声を出そうとした時、足が何かにぶつかってしまう。

 

気づかれた。

 

椅子が回る。

 

ゆっくりと、彼女の瞳が私を捉える。

 

 

「あ.......ぁ......」

 

 

声が出ない。

聞くんだ。

“なぜ?”

その一言が喉につっかえたように出てこない。

 

そんな私を置いて、彼女の口は開く。

 

そこから紡ぎ出される言葉が怖くて、怖くて

 

 

 

「おかえり」

 

 

 

...少しの安心感を覚えてしまう。

 

 

「....ただいま」

 

「ええ、ええ。本当に無事で良かった。死んでしまったのかと思ったんですよ?」

 

「....うん」

 

「...アインのことは残念でした。ですが、貴方だけでも生き残ってくれたことが、私は嬉しい」

 

「.....うん」

 

「よく、よく戻ってきてくれましたね」

 

「....」

 

 

....ねえ、アルベルト。

その言葉は本物なの?

その表情は本物なの?

.....その涙は、本物なの?

 

私には、もうわからないよ。

 

 

「ねえ、アルベルト様」

 

「はい?」

 

 

お願いだ。

 

 

()()は......」

 

 

どうか

 

 

「貴方がやったの?」

 

 

否定してほしい。

 

 

「............ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さすがですねレティシア。大正解です」

 

 

 

 

 

 

何かが崩れ落ちる音がした。

 

 

 

「まさかバレてしまうとは。100点満点を差し上げましょう」

 

「ねえ....」

 

「これで二人目ですよ。しかもまさかあそこから生き延びて、さらにその原因を突き止めてしまうなんて。驚きましたよ」

 

「ねえ!」

 

 

「...なんで?なんでこんなことをしたの?みんな死んだ。アインも、仲間達も、みんな源石になっちゃった。なんで.....こんなことができるの?仲間に、家族に、なんで....」

 

 

信じられない。

違う。理解できない。

この人の心が。考えが。

なんでこの状況で笑っていられるのかさえ。

 

 

「なんで....ですか......確かに。私も考えたことがあるのです。“楽しいから”。確かにそれも理由の一つなのでしょう。ただ、それは理由の一つであって、全てではないのでしょう。だって、それだけではこんなにも容易く人を殺せるはずがない」

 

 

「...貴方は、この世界が“物語”のように感じたことはありますか?私は生まれ落ちた時からそうだった。全てがモノクロに見え、物事全てが現実味を帯びず、どこか画面越しに見ているようで、他人事のようにも感じられた。そこにあったのは空虚な私のみ。何をしても満たされず、何をしても満足できなかった。ただただ命令に従うだけの人形が、そこにはあった」

 

 

「ですが、いつだったのでしょう。父に鞭を打たれた時か、友を撃ち殺した時だったか、初恋の人を絞め殺した時か。しかし、はっきりとソレを満たす方法を、まさに天啓を得たのです」

 

 

「それは壊すこと。私を閉じ込める全てを壊し尽くすこと」

 

 

「初めは家族でした。次に部下。そして親友。私と深い関係を持つものを壊していくにつれて、次第に空っぽな私を満たし、痛みを、現実味(リアリティ)を与えてくれた。生きているという実感を与えてくれた。私は人形などではない。人間なのだと」

 

 

「枷を全て破壊した私は理解した。他人の幸せを壊すこと....つまり“死”や“絶望”は私の空いた穴を満たしてくれるものだと。私に“喜”や“楽”と言った感情を与えてくれるのだと。私に“命”を与えてくれるのだと....」

 

 

「一度灯された種火は燃え盛り、止まらない。止められない。この手はとうに血に染まりきっているというのに。常人では耐えきれないほどの罪がこの背にはのしかかっているというのに。私は止められなかったのです」

 

 

悲しそうに...しかし嬉しそうに笑う彼女は狂っていた。

正反対の感情が混ざり合ったような表情で独白を続ける。

 

 

「ああ、楽しいなあ....あは、あはははは..............レティシア、人が人を殺すために一番必要とするものはなんだと思いますか?怒り?それとも憎しみですか?いやいや、違います。そんな一個人の感情だけで殺しが行えてしまえば、平和なんて存在しない」

 

「.............」

 

「人殺しに一番必要なもの。それは“理由”です。殺しても良いという理由。殺されて当然だという理由。他人を、自分自身を納得させるだけの理由。それさえ有れば、殺しという悪行は一変。正義という名の大義名分となるのです」

 

「..........」

 

「.....ぷっ......あはははははははは!!!実に、実に簡単でした!面白いくらいに貴方達は怒りを爆発させ、ひとときの平穏さえも捨て去った!あの“掃除”も全て!何もかも私が仕組んだことだと知らずに!貴方達は随分と上手に踊ってくれましたよ!!」

 

「........」

 

「本当に.......素晴らしい演劇でした」

 

 

ああ...........殺そう。

 

そう、何もかも嘘だったんだ。

あの温もりも優しさも笑顔も何もかも。

 

さあ、引き金を引け。

 

しっかりと狙いを定めて、殺してやる。

 

この極悪人は、私が殺さないといけないんだ。

アインの仇だ。みんなの仇だ。

 

こいつだけは、この命と引き換えにしても、殺さないといけない。

 

 

.......私が!

 

 

この、手で!

 

 

 

「おや、アイン君のクロスボウですか。それで敵討ちを?」

 

「ふー....ふー.....!!」

 

「随分と粋なことをしてくれるじゃないですか」

 

 

引き金を引け。

邪悪を、この手で打つんだ。

さあ、『早く』

 

『姉さん』

 

『早く』

 

殺すんだ。

 

 

「......いいですよ。予定よりも少しばかり早い幕引きですが、それもまた良いでしょう。貴方なら、それもいい」

 

 

「さあ」

 

 

「『引き金を』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

..............できないよ

 

無理なんだ。

 

私には.....貴方を殺すなんてできない。

 

 

『....僕を、みんなを殺した元凶なのに?』

 

 

それでも.....やっぱり、できない。

 

だって......

 

 

 

「貴方も...私にとっては大切な“家族”...だったから......!」

 

 

 

手からクロスボウがことりと滑り落ちるとともにアインの声は聞こえなくなった。

もう、指の感覚がない。

下半身は熱すら感じない。

黒い結晶が、全てを飲み込んでゆく。

 

ごめん...ごめんね...こんな姉ちゃんで....

 

 

 

「ごめ.......ん................」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......家族.....ですか」

 

 

.....家族って....なんなんでしょうね



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自己

ハッピーバースデーテキサスッ!!!!!!

でも今回にテキサスはでない。

何故だ!!!


 

クレアスノダールエルド区地上都市部住宅街

 

 

「ゲホッ....ゴホッ...」

 

 

視界は薄れ、足取りはおぼつかない。

血を流しすぎたようで意識も保つのがやっとの状態だ。

左半身の感覚がしないのはなぜだ?

もしかしたらもうなくなっているのかもしれない。

それか、源石に飲まれているのか。

どちらにせよ、ろくなことにはなってないだろう。

 

 

「くそ.......血で濡れてやがる.....」

 

 

折角震える右手で掴んだにも関わらず。葉巻は自身の血がべっとりと染み付き使えるような状態じゃ無かった。

ライターもまた、誰のかもわからない血の海に沈んでとても使えそうな様子じゃない。

まあ、口に何も咥えないよりはマシだろう。

 

 

「...........スティーヴ、ローレン、フェイ......誰か、いるか?」

 

 

返事はない。

聞こえる物音ひとつない。

見渡す限り死体のみ。

動くものは1人もいなかった。

 

当然といえば当然か。

みんなもう死んじまったんだから。

 

 

「ゴホッ....」

 

 

結局生き残りは俺だけか。

...いや、違うな。死に損ないは俺だけだ。

 

みんな、逝っちまった。

やれることはやった。

だけど、軍人も、民間人も、大人も子供も、男も女も....感染者も非感染者も。

みーんな一人残らず天国行きだ。

 

俺は地獄行きかもしれんがな。

 

 

「はっはっはっはゴホッ.....」

 

 

結局、守れなかった。

俺は自分の仕事を果たせなかった。

自分の使命を果たせなかった。

 

奴らは痛みを感じず、本体が無事な限り動き続けた。

 

そんな化け物ども、たとえアーツが使えたとしても敵うはずがなかった。

 

倒しても倒しても次々と新しい化け物が押し寄せてきて、命を削りながら放ったアーツにも結局限界がきて、最後にはバリケードを破壊されてこの様だ。

 

入ってきた奴は全員壊したが、本来の使命である民間人の保護は失敗。

 

 

.....いや、これは言い訳か。

 

結局、俺に力がなかったから。

俺が敵に同情心なんてものを抱いてしまったから。

 

みーんな皆殺しにされた。

 

腕を引きちぎられ、背骨を真っ二つに折られ、頭を果実のように潰された。

子供は踏み潰され、女は叩き潰され、俺の目の前で生きたまま食われた奴もいた。

 

 

ひでーよ。

 

 

この言葉は感染者へのものじゃない。

奴等も、もがき苦しみ、挙句の果てには化け物として利用された。

被害者ではないが十分可哀想な奴らだ。

 

だからこれは彼らを利用したアイツ。

 

そしてこの蛮行を許してしまった己の力不足への言葉だ。

....やれることはやった、といったな。

 

ありゃ嘘だ。

 

もうちょっと、俺ならできたんじゃないか。

 

英雄の名をもらった俺なら。

それか、俺と同じように英雄と呼ばれたアイツならあの大きな盾で全てを守り通せたのではないか。

そもそも、あの時俺があいつの異常さについて理解していれば...

 

 

 

 

「ギ...ギ....ネエ....サ.......イマ.......タス.....ケ.....」

 

 

 

 

「は、はは......てめーが俺の、最期か」

 

 

なあエンペラー。てめーらは今どこにいるんだ?

道半ばで化け物どもに殺されたか?

まだ希望を信じて走り続けている最中か?

それとも、もうアイツに拳を叩き込んじまってるのか?

 

....すまねえがこっちは無理そうだ。

せめてお前らだけでも生き残れることを願ってるぜ。

 

 

 

「ギ.......ギ......」

 

 

 

ああ......そうだな....妻と子供にさよならも言ってなかった....

今度一緒に飯食いに行くっつったあいつに謝らねえと....

ロバン青年とこの嬢ちゃんに訓練つけてやるっつー約束も果たせないままか.....

 

ははは.....もっとあんだろ....

 

軍人なら、英雄なら、最後まで諦めず、争い続けるべきだろ。

 

 

 

 

 

......なあボジョカスティ...やっぱ英雄の看板は、俺には重すぎるわ。

 

 

 

 

 

「レ......ティ...........」

 

 

 

 

拳が振り上げられる。

 

黒く重く殺意の込められた拳が。

 

 

 

 

 

 

は.....は は は は は!

 

 

 

 

 

 

 

「来いよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“解離性同一障害”

またの名を多重人格。

一人の人間の中に全く別の性別、性格、記憶などを持つ別の人格が現れる精神疾患。

自身が“一つの自分”として形作られている感覚、つまり自己同一性が弱くなる。あるいは完全に消失してしまう解離性障害の一つです。

 

そして、“転生者”として再び異なる世界(テラ)に生を受けた自分にも似たようなことが言える症状でした。

 

私がこの世界ではっきりと前世を自覚したのは今から数年前のカジミエーシュ辺境地区侵攻戦の時でした。

それまでの間、私の中に“別の私”が形作られていても不思議ではないでしょう。

 

しかし、似たような環境で、同じように自由を奪われ育ったにも関わらず、“私”が私を自覚する前の私........“(アルベルト)”は前世の私とは正反対と言ってもいい性格を持っていました。

 

家族を守りたい。

何も失いたくない。

何も壊したくない。

 

もう一人の私は、あの鳥籠の中で生涯を終えることを許容していたのです。

 

全く理解ができない。

なぜ、不自由に身を委ねるのか。

なぜ、外の世界に憧れを持たないのか。

なぜ、快楽を求めようとしないのか。

なぜ、なぜ、なぜ....

 

考えてもわかりません。

私は私であって、以前の私ではないのですから。

以前の私はすでに(前世の私)に殆ど上書きされてしまっているのですから。

 

しかし、なぜでしょう。

既にその意識はなくとも、彼女という存在は完全に消えたわけではなく、その感情や趣味嗜好が私に多少なりとも影響を与えているようで、時折前世のピュアッピュアな私には絶対にありえ無かったであろう感情や、行動をしてしまっている。

 

あの時、クラウンスレイヤーを殺さず見逃したのも、今、レティシアを傀儡とせず、源石に覆われながらも、人としての形を保ったまま死なせたのも........

 

そしてこの心の底から溢れ出るような謎の感情も。

 

なんでしょうこれは。

 

悲しみ....でしょうか?罪悪感、でしょうか。

 

かつて同僚の家庭を崩壊させた時も感じなかった.....

以前の私ではあり得なかった感情です。

 

そしてそんな感情が私に“死”を選ばせようとしている。

 

今この瞬間も、手に持った源石剣で喉元を切り裂きたくて仕方がない。

 

もちろん、“私”はそんなこと一欠片も思っていません。

どうせ死ぬなら映画やアニメの悪役のような、素晴らしいフィナーレを迎えたいものです。

 

さてさて、これは困った。

私自身、ここでの“お遊び”は十分楽しんだつもりです。

この後は私が予定していたフィナーレを迎えて無事バッドエンドか、はたまた“主役”が私を打ち破ることでハッピーエンドを迎えるのか。

 

ですが、ここで生じる問題が先ほど述べたもの。

バッドエンドを迎えて私が生き残ってしまったのなら。

テキサスが私を殺せなかったのなら......

 

私という物語に続きが生まれてしまう。

 

道半ばで“自殺”という最低最悪のバットエンドを迎えてしまう可能性が浮上してしまう。

 

そこで、私は考えたのです。

なぜ(アルベルト)はこうもしぶとく私に悪影響を与えるのか。

 

それは“家族”の存在ではないでしょうか。

 

テキサス.....妹の存在。

 

彼女と共に行動していた時、確かな感情の変化を感じとりました。

 

妹が、そんなに大切なのでしょうか。

私にとって“家族”はただの枷でしかなかったというのに。

 

だとしたら、私が同じような境遇に身を置きながら私にならなかった理由はそこにあるのでしょう。

 

 

でしたら壊してしまいましょう。

 

元々、彼女らが私を打ち倒すことができなかったのなら躊躇なくその命を奪うつもりでしたが.....改めて誓いましょう。

 

私は彼女を殺すと。

 

 

 

そうすれば、私は私として完成できる。

 

この止むことのない乾きも、多少は満たせることでしょう。

 

 

 

あ は は は は は は は!

 

 

....楽しみです。

 

実に楽しみだ....

 

早く、早く私の元へ来てください。

 

さあ     

 

 

「テキサスさん」

 

 

 

早く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私を殺してください



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薄明

皆さん....危機契約が近づいてきました。
準備はいいですか?
私はできてません。



「逃げろ!早くしろ!」

 

「くそ!どけ!さっさと進め!!」

 

 

クレアスノダール艦橋。

本来なら移動都市の稼働のため働く職員達が移動するその通路は、今や暴徒達に溢れかえり、満員電車もかくやというほど詰まりにつまっていた。

 

本来ここにはこれほど混雑するような人数は侵入していなかった。

いくら暴徒といえども、このような狭い通路に大人数で詰め込むなんて馬鹿な真似はしない。

防衛に必要な人数だけ配置されていたはずだった。

 

しかし、現にこうなってしまっている。

 

それ即ち何かしらの異常が起こっているということだった。

 

 

「......ケホッ」

 

 

埃いっぱいのダクトから見おろす廊下は、多くの暴徒達が鮨詰め状態となり、パニックに陥っていた。

これほどの人数がここに集まっているのはおそらく、建物外の暴徒達も艦橋へ侵入してきたからであり、そして何より、この場所に追い詰められているからである。

 

 

「嫌だ嫌だ嫌だ!」

 

「助けて!誰か!死にたくない!!」

 

 

次第に奥から聞こえてくる悲鳴はその音量を増してくる。

次々と声が上がり、そして消えてゆく。

 

 

「あれは......」

 

 

 

廊下の奥にかすかに見える黒い巨体。

 

 

 

「ガアァァァァァァァァァァ!!」

 

 

 

あの化け物だった。

 

 

 

「アイツやりやがったな...」

 

 

不思議と艦橋から一定の距離を保って防衛線を構築していた源石の化け物ども。奴らは一定のラインを超えてからは追いかけてこなかった。

今思えば、その時点でアレらは奴の制御下に置かれていたのだろう。

もしかしたらたった10人とそこらの少人数で突破できたのも、俺たち自身の実力や、偶然だけではなかったのかもしれない。

 

それが、今やそのラインを超えて人々を襲い食らっている。

 

人々が集まっていた廊下は、瞬時に赤く染まってゆく。

 

赤く、赤く、赤く.....

 

 

 

もう、悲鳴は聞こえなかった。

 

 

 

 

(.....これもテメェのお望み通りってか?お前は何がしたいんだ?.....まさかと思うが、“面白くするため”......それだけのためにこんな悲劇を起こしやがったのか?だとしたら、テメェは救いようのないクズだぜアルベルト...)

 

 

 

 

 

彼らは下の廊下を見ないようにしながら、ダクトを進む。

 

レティシアが実の家族のように言葉を交えていた男のそして女の虚な瞳を、覗かないようにしながら。

 

 

 

 

 

 

 

時刻は5時56分。

 

未だ空は闇に飲まれ、太陽はその姿を隠したまま現れない。

 

しかし、確実に、終幕はすぐそばにまで迫っているのです。

 

この地獄の終わりが

 

この楽園の終わりが

 

この演劇の終わりが

 

そして

 

私自身の終わりが。

 

 

 

 

 

 

「やあ、また会いましたね。テキサス.....私の愛しい妹よ」

 

 

 

 

 

「......兄さん」

 

 

 

血や埃、傷をおいながらも、私の妹はそこに立っていました。

 

 

 

「おいおい...俺を忘れるなよ」

 

「ふふふ....ここは兄妹の感動の再会ですよ?空気を読んでいただきたいものです」

 

「はっ....わーったよ」

 

 

 

その美しい金色の瞳で私を見つめる彼女が愛おしくて.....そして狂わしいほどに壊したい。

 

ああ...やはり、貴方を壊すことで、私は真の意味で解放されるのですね。

 

家族という鎖から....あの狭く息苦しい鳥籠から

 

 

 

「....兄さん.....やっぱり、覚えていたんだな。私のこと」

 

「ええ、ええ。私が大切な妹のことを忘れるはずがないじゃありませんか」

 

「....知らないって....いった....」

 

「...ああ.....言いましたね。あの時の私はあまりにも不安定でした。貴方という存在を、“家族”として認めたくなかったのです.....ああ、あまりにも愚かな....いくら言い訳を考えようと、貴方が家族であることには変わりがないというのに.....」

 

「...........」

 

 

 

そんなに、悲観そうな顔をしないでいただきたい。

貴方達にとって、家族というのが“幸せ”だということは知っています。

ですが、私にとってそれは苦痛以外の何物でもない。

つまりこれは私から貴方への紛れもない愛情だというのに。

 

 

「....レティは....?」

 

「レティ....ああ、レティシアのことですか。アレなら、ほら。そこに」

 

「............あ、ああ」

 

「...ほぉ?まさかと思いますが、何か彼女に思い入れが?感染者の彼女に?」

 

「......」

 

「意外ですねぇ。彼女の非感染者への憎悪は相当なものだったはずですが....さすが私の妹ですね」

 

「兄さんは....」

 

 

 

 

......わかっていますよ。

 

『どうしてそんな事をしたのか』

 

『どうしてそんなことができたのか』

 

あなたが聞きたいのはそんなところでしょう?

 

わかっているのですよ。

 

あなた達が私という人間を理解していないことくらい。

 

私という人間が到底理解されるような存在でないことくらい。

 

分かりきったことなんです────

 

 

 

「優しいな」

 

 

 

............は?

 

 

 

「兄さんが、何に迷って苦しんでいるのかは私にはわからない。でも、兄さんの本質は、昔のあの頃のままだって、私は知っている」

 

 

「は、はは。なにを....」

 

 

「兄さんは、レティシアをこれ以上苦しめないために、ここで死なせてあげたんだ」

 

 

「いや、いやいやいや......冗談はよしてください」

 

 

「冗談じゃない。レティから聞いた。兄さんは多くの感染者たちを救ったって」

 

 

「違います。それは利用するためで」

 

 

「それだけならなぜ死にかけの老人や子供を助けたんだ?」

 

 

...........

 

 

「なぜ、彼女たちを助けたんだ?」

 

 

「.........それは彼女たちのアーツが強力でしたので」

 

 

「違うな。彼女はあの時アーツも使えないと言っていた。兄さんに教えてもらって初めて使えたって」

 

 

..........

 

 

「....兄さんは....こんなことしたく無かったんじゃないか?本当は彼女たちのことを大切に思っていたんじゃないのか?」

 

 

...........は、

 

 

「兄さんがやったことは許されることじゃない。でも、今からでも遅くない。私と一緒に─────

 

 

 

 

 は は は は は は ! !

 

 

 

 

実に愚かしい!

 

実に馬鹿らしい!

 

 

 

実に、

 

実に実に実に───────

 

 

 

 

「不愉快だ」

 

 

 

誰が、いつ、どこでそんなバカな事を言った?

 

私が家族を愛していたと?

 

私があの平穏を愛していたと?

 

私があんなものに幸せを感じていたと?

 

私が、私が、私が────

 

 

 

 

いつ、誰がそんな事を言った?

 

 

人の感情を憶測だけで決めつけないでもらいたいものだ。

 

 

 

 

「に、兄さん....!」

 

 

「これ以上の話し合いは無駄だ」

 

 

「てめっ!何を........っ!?」

 

 

「見ての通り、起爆スイッチですよ。この都市中枢に設置された爆薬を起爆しました。その破壊は中枢から各区画に伸びる可燃性のガスに連鎖し、次期にこの都市は崩壊が始まるでしょう....もちろん。制御区画に向かったあなたのお仲間さんも無事ではないでしょうね」

 

 

「お前....!」

 

 

「貴方方はおそらく、この都市が先の移動都市ノヴゴルドに特攻を仕掛けると予想したのでしょうが......大外れ。目的地はここ....すでにたどり着いているのですよ」

 

「一体何が.......あれは!?」

 

 

彼らが見たであろうエルド区の地図には載っていない物が一つあります。

それは“天災”の発生予想地域。

リアルタイムで変動し、そもそも移動予定ルート外の地域の情報など、彼らが知っているはずもなかったのです。

 

だから、そう....彼は窓の外の光景を目にしたのでしょう。

 

天から数々の岩石が降り注ぐ地獄のような光景を。

 

 

「天災ですよ。そう、もはや逃げ場なんてない。全員、誰一人生き残ることはできないのです!」

 

 

「自分まで死ぬつもりか...!!」

 

 

 

くくく......あははははははは!!!!

 

 

 

「さあ、さあさあさあ!!!始めましょう!最後の戦いを!この物語の終幕を!!!」

 

 

 

 

 

 

 

夜明けはすぐそこに。




┌──┐
│ AL │ Alberto
└──┘
攻撃方法 近接・遠距離
アルベルト、CiRF統率者、またの名を先導者フェイスレス。
悦楽を求め更なる破壊を生み出す性格破綻者。
彼の者の行動にいかなる理由があろうとも、情けをかける余地はない。

耐久  攻撃力  防御力  術耐性
 S   A+    C+    B


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日の出

この章(本編)の最終回。
今回めちゃくちゃ長いです。二話分くらいある。


 

上段からの斬撃を源石剣ではじく。

続いて横から迫りくる二本目の源石剣をしゃがんで回避。

生じた隙を逃がす道理はない。

そこに全力で蹴りをいれ、距離をとる。

防がれたが、中々のダメージは入ったようだ。

 

これまでこのような攻防が約数十分は続いていた。

 

 

 

「あはは...すばらしい。随分と腕を上げたのですね」

 

「...連れて...帰る!」

 

 

 

...甘い。

実に甘い。

確かに昔よりかは腕を上げたようです...が、その決意が甘すぎる。

私を連れて帰る?

そんなこと...

 

 

 

「まだ言っているのですか」

 

「ぅぐ!?」

 

 

 

地面を強く蹴りつけ、そのままテキサスの腹部を強打。

 

 

 

「テキサス!」

 

「数十年ぶりの姉妹喧嘩ですよ?邪魔しないでいただきたい」

 

「くそ!うごけねえ!」

 

 

 

エンペラーは源石製の鎖で既に拘束済みです。

この部屋には私の制御下にある源石が充満しています。

感染能力はほぼ機能しない程度に弱化させていますが、その粉末を凝固させてこの鎖やちょっとした大剣など様々な武器や道具を生成することができます。

もちろん相手の体内に入り込んだ粉末を活性化させて内部破壊を促すことも可能です。

 

ですが、それではつまらない。

やはり姉妹喧嘩は正々堂々とやらなければ。

 

 

 

「ほら、ほらほらほらほら!殺意を抱け!私を殺す気で来い!」

 

「っ...黙れ!私は、兄さんを連れて帰る!」

 

 

馬鹿、ですね。

今の私にあなたは勝てない。

 

私は戦う、という行為が好きです。

命を感じ取れるの瞬間が何よりも好きです。

しかしこの体はそこまで丈夫にできていません。

前世の私も、ほぼすべての教科で高い成績をたたき出していたにも関わらず、体育の成績のみ4でした。体力測定もさんざんな結果でした。

それが今世では女性の体に生まれ変わり、ただでさえ低い運動能力がさらに低くなってしまいました。霊長類最強レベルの身体能力は残念ながら持ち合わせていなかったようです。

 

では、そんな私が従軍したり、傭兵で金を稼いだり、このように満足のいく戦闘を行うことができているのでしょうか。

 

それは体内をアーツで強化しているからです。

骨や筋肉などを、極限まで硬化させた源石で補強しているのです。

 

故に、今の私は人間離れした動きすら可能。

 

つまり──なぜ同じ姉妹であるにもかかわらずここまで強くなったのかはわかりませんが──あくまで人間の領域をでない彼女に私を殺すことは難しい。

 

しかも、そんな生ぬるい考えを持っている限りは私を倒せない。

 

 

「剣雨っ!!」

 

「ふふふ、面白いアーツですね。なるほど。源石剣の刀身を過剰生産し、相手に雨のように降り注がせる。なるほどなるほど....やってみましょうか」

 

「っ!?....なぜ」

 

「妹であるあなたにできて、私にできないはずがないでしょう?」

 

 

私の源石剣は十数年前から使用している骨董品。

発生している刀身は不安定きわまりなく、私のアーツなしには起動すらしないおんぼろです。

なのでこれは私のアーツで刀身を大量に生み出したただけ。

つまりズルです。

ですが彼女にとってそれが脅威になることは変わりません。

 

 

「ぐ...!」

 

「あはははは!!さあ足掻くのです!私を楽しませてください!」

 

 

ある程度はじき返すことには成功したようですが、すべては防げなかった様子。

 

源石でできた刀身は彼女の衣服を切り裂き、肉を削ぎ、真っ赤な鮮血を噴出させる。

 

美しい。

なんと美しい光景だろうか。

私はかつてこれほどまでに素晴らしい光景を見たことがない。

首を絞められながら徐々に血の気を失ってゆく父親を眺めて以来の興奮、高揚感。

 

もっと見たい。

苦痛に歪むその顔が。

 

 

「あっははははははははは!!!もっと!もっとあなたの苦しむ姿を私に───

 

 

 

 

 

ゴボッ

 

 

 

 

 

 

「が..........ぁ、え?」

 

 

 

 

粘着質の赤黒い液体が、みずみずしい音を立てながら零れ落ちる。

黒く光る結晶が混じった液体が、私の血液だときずくのにそう時間はかからなかった。

 

 

 

「兄さん!?」

 

 

 

ああ...なるほど、と理解します。

限界、というわけですか。

気づけば体に感覚はなく、床から伝わる冷たさすら感じない。

おそらく不味いことになっているであろう体内からは痛みの「い」の字すら伝わってこない。

にもかかわらず、自分の意識はもう“私”という存在の寿命が尽きようとしていることをはっきりと感じ取れていた。

 

ああ、死ぬのか....と。

 

 

 

「まて!近づくなテキサス!」

 

 

意識が遠のいてゆく。

これが、“死”なのですね。

 

ゆっくりと、ゆっくりと....徐々に徐々に私という存在が失われてゆく。

 

そこに苦痛はなく、痛みも、悲しみもない。

 

私の見てきた中で最も“楽な死”だろう。

 

いや、もしかしたら死というものは全てこのようなものなのかもしれない。私が記憶を失っているだけで、あの時もそうだったのかもしれない。

 

ああ、でも、もうどうでもいいか。

 

だって、やっと終われるのだから。

 

この血に濡れた命を、絶つことができるのだから。

 

 

ああ.......

 

 

やっと、

 

 

やっと終わることができ─────────

 

 

 

 

『本当にそれでいいのか?』

 

 

 

 

ふと、そんな言葉がよぎった。

 

 

『これまで、私たちは償いきれないほどの”罪“を犯してきた。私たちは、救われることのない罪人だ』

 

『そんな罪人が、こんな安らかな最期を迎えてもいいとでも思っているのか?』

 

『仲間たちの屍の上に作り上げたこの演劇を、こんな中途半端な終幕で閉じていいのか?』

 

『それは犠牲となった可哀想な彼らへの侮辱ではないのか?哀れな彼女らへの裏切りではないのか?』

 

 

.......そうか

 

 

『どうせやるなら────

 

 

 

 

 

 

「最期まで楽しむべき(やり切るべき)だろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?兄さん!?」

 

 

まだ死ねない。

 

 

「ちっ!まだ生きてやがった!」

 

 

まだ終われない。

 

 

「あは、あはははははははははははは!!!」

 

 

 

最期まで楽しみきるまでは

 

 

 

「っ~~~~~!?」

 

「はははははははははは!!!死ね!死ね!死んでしまえ!!!」

 

「兄、さんっ!」

 

 

体中が悲鳴を上げている。

体内の源石どもが早く食われろと騒ぎ立てている。

 

うるさい

 

うるさいうるさいうるさいうるさい

 

どいつもこいつもぎゃーぎゃーと、

 

静かにしろ

 

 

 

「私の頭の中でしゃべるなぁぁぁぁ!!!」

 

「うっ!」

 

 

そうだ

 

従え

 

私の言うことを聞け

 

貴様らは私の手足だ道具だ奴隷だ

 

黙って従っていればいいんだよ!

 

 

「兄さん!正気に」

 

「正気!?ああそうさ私は正気だ狂ってなどいない!狂っているのは貴様らだ!この世界だ!」

 

「力が、増してる...!?」

 

 

あふれ出る力に高揚感

たまらない

とめられない

私が私じゃないく...

私が私として完成してゆく

 

これが私だ!

 

人形なんかじゃない!

 

奴隷なんかじゃない!

 

私は誰かの脇役なんかじゃない!

 

わたしは、私自身だ!

 

だから....

 

 

「私をそんな目で見るなぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「しまっ!?」

 

「テキサス!?くそ!外れねえ!」

 

 

あは

 

 

アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!

 

 

自由だ

 

 

私は

 

 

自由になれるんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ.........はあ!」

 

「...」

 

 

 

 

横なぎに振るわれた攻撃を片手で軽くいなす。

 

 

「はは、ははは...はぁ、テキサス。そんなものでは、私はいつまでたっても倒せませんよ?」

 

「ふー...ふー...」

 

 

もうすでに体力の限界なのかテキサスは肩で息をし、その剣撃も弱々しいものとなっていた。

 

 

「まあいいでしょう。むしろそのほうが好都合です。私は、あなたを殺すことで、やっと解放されるのですから」

 

 

つまらないが、しかたがない。

これがここでの終わりならそれもそれでいい。

また次の劇を始めるだけだ。

 

だが、そうだな。

その前に一つ、いいことを思いついた。

 

 

「最後ですし、いいことを教えてあげましょうテキサス。覚えていますか?あの夜のことを」

 

「...」

 

「私たちの父が死に、テキサスファミリーが壊滅したあの夜のことです」

 

「...」

 

 

 

「あの時、最後に父の命を奪ったの、実は私なんです」

 

 

「あの時、敵対ファミリーを屋敷に招き入れたのも私。多くの部下達を切り殺したのも私。逃げ惑う使用人達を殺したのも私」

 

 

 

「あの時の惨劇は!あの時の悲劇は!貴方の不幸は!ぜーーーーんぶ!........私のせいなのですよ」

 

 

 

 

「そう....か」

 

 

 

おや?思っていたよりも反応が薄いですね。

ショックが大きすぎて飲み込めてな────────

 

 

 

「おっと!!!」

 

 

 

そんなことはなかったようですね。

 

 

 

「怒りましたか?!怒っちゃいましたか?!やっと殺したくなりましたか?!いいですよ!さあ!もっと怒りなさい!私を、殺しなさい!!」

 

 

 

そうだ!その調子だ!

やはり貴方は優秀な妹です!

最後まで私を楽しませてくれる!

 

ははは!はははははははははは!!!

 

最高だ!

 

最高すぎる!

 

 

だが.......

 

 

「そろそろ終わりにしよう」

 

 

ゴゴゴ、と轟音を立てて艦橋が傾く。

爆発や天災の影響でしょう。

この都市に限界が訪れているのです。

次期にこの艦橋は崩れ、都市もただの瓦礫の山と化すでしょう。

 

だからこれが

 

 

「さぁ.......来い!!」

 

 

最後です。

 

 

「っ!」

 

 

床板として敷き詰められた金属板が踏み込みの衝撃でめくり上がり、一瞬で両者の間は詰められる。

真っ赤な残光を残しながら両者の剣は刀身にそれぞれの意志を込めながら振るわれる。

 

ほぼ同時。

 

速度も力もその全てが同時と思われた。

少なくとも、第三者の目線で見ていたエンペラーにはそう見えていたのだろう。

 

 

だが、僅かに、ほんの僅かに

 

 

 

 

 

私の方が早い。

 

 

 

 

 

ほんの僅かな差。

しかしそれが生み出す結果ははっきりとした物だろう。

ほんの数センチ、数ミリの差が、生きるか死ぬかを決める。

 

そう、このままいけば確実に私の勝ちだ。

 

 

 

そのはずだった。

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 

右腕に生じた衝撃。

それが握られた源石剣を右腕から弾き飛ばし、明らかな隙を生み出した。

 

一体何がおこったのか。

 

まさかエンペラーがもう拘束から抜け出したのか?

 

いや、違う。彼は今もあの状態のまま目を見開いている。

 

じゃあ、一体誰が─────

 

 

 

 

 

「行っけぇぇぇ!!!テキサァァァァァァス!!!」

 

 

 

 

 

レティシアだ。

体の大半を源石に包まれながらも、その目は、その意志は生きていた。

 

ありえない。確実に死んでいたはずだ。

彼女の鉱石病はそこまで進行していた。

確実に生命活動を維持できるような状況ではなかったはずだ。

そこから生き延びるなど、それこそ私のアーツ無しには.......

 

 

....まさか、

 

 

まさか“私”が......?

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「っ!!!!!」

 

 

 

もう、彼女の剣先は目の前まで迫ってきていた。

まずい。

自分の武器は?無い。

蹴り飛ばすか?いや、この体勢からでは無理だ。

 

 

では、このまま死を受け入れるか?

 

 

 

 

 

 

 

「舐めるなァァァァ!!!!!」

 

 

弾かれた反動で前に出ていた左腕が、そのところどころに生じた源石が赤黒い光を放つ。

私のアーツが起動する合図だ。

このまま彼女に触れ、アーツを発動させる。

発動時間は0.1秒にも満たない。

そんな短い時間で、私のアーツに触れた彼女は体内の源石に内側から貫かれて死ぬことになるだろう。

 

さあ、終わりだ(チェックメイトだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お兄ちゃん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは....どこだ?

 

 

『.....どう....ですか?これ.......?』

 

 

目の前の少年が手書きで書いたであろう模様を私に見せてくる。

彼は.........アイン?

では、これは走馬灯とやらか?

 

 

『おや?これは鎖...ですか?』

 

 

真横から声が聞こえた。

私だ。

そこには、いつかの私がいた。

 

 

『......私たちの目的は感染者の解放だ。その旗印が鎖ってのはないんじゃ無いか?』

 

 

その隣にいたクラウンスレイヤーが疑問を口にした。

 

 

『何でこれにしたんだ?』

 

 

少し目線を下に向ければ不思議そうに首を傾けたレティシアもそこにいた。

 

ああ、思い出した。

これはあの時、CiRF....みんなのマークを決めようと集まっていた時の話だ。

そうだ......確かにあの時、私たちはこんな感じの、ガラクタを組み合わせて作り上げた薄暗くて狭い部屋の中に集まって真面目に考えていたのだったな。

 

 

『理由を、教えていただいても?』

 

 

また私の声だ。

そうだ、この時の私は少し怒っていた。

私の嫌いな“鎖”なんてものを出すから。

口調もちょっと強めだ。

 

 

『それは.........少し、恥ずかしいんですけど.....

 

 

 

 

 

 

このマークが、全部、終わった後でも、僕たちを繋ぎ止めてくれる

 

 

 

........そんなマークになれば........なんて』

 

 

 

そう言って、彼は顔をさらに赤らめて下を向いた。

恥ずかしかったのだろう。

 

だが、そんな彼の言葉を聞いてみんなは

 

 

 

『嬉しいこと言ってくれるじゃねえか坊主!』

 

『ああもう!そんなのがなくても私たちはずっと家族よ!!』

 

『ーーー!天才だ!アイン!』

 

『ふっ....レティシアの弟にしてはよくできてるじゃないか』

 

『んだとぉ!?』

 

 

笑っていた。

みんな、幸せそうに。

確かな温かみがそこにはあった。

 

 

『ーーー!........あ、あの!アルベルト様は、どう、思います、か?』

 

 

さらに顔を赤らめながら、辿々しくそう聞いてきた彼に....

私は......

 

 

 

 

 

 

 

『素晴らしいですよアイン』

 

 

 

笑っていた。

心から、信じられないほど楽しそうに、幸せそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ボス!早くこっちにきてください!』

 

 

黒いスーツに身を包んだ男に連れられて見覚えのある屋敷の廊下を歩く。

ここは.....そうだ、テキサスファミリーの.....

 

 

『一体何があった!?■■■■は!?妹は無事なのですか!?』

 

 

またもや隣を走る私は額を汗で濡らし、明らかに焦っていた。

そう、確かあの時は妹の■■■■に何かあったのだと、そう聞いたのだ。

 

だが、部下の後を早足で追い、たどり着いた私を迎えたのは

 

 

 

 

 

 

『『『『ハッピーバースデー!!!』』』』

 

 

 

 

 

沢山のクラッカーと、煌びやかに飾り付けされた執務室だった。

 

 

『こ、これはいったい....』

 

『お兄ちゃん!誕生日おめでとう!』

 

 

困惑する私に、まだ明るい性格をしていたあの頃の妹が、満面の笑みを浮かべて、私にプレゼント箱を渡してきた。

 

ああ、そうだ。これは確か私が13歳の頃の誕生日会での出来事だ。

まだ幼いながらにサプライズという最高のお祝い方法を考えた妹にまんまと嵌められたのだ。

 

ちなみにその箱の中身は可愛らしい飾り付けがされた腕時計。

そして子供向けであろうその腕時計とともに、一枚の厚紙が入っていた。

 

そこに描かれていたのは楽しげに笑う私と妹、そしてファミリーの家族達に、普段なら絶対にありえないであろう笑みを浮かべている父親の絵。

 

幸せな光景がそこには描かれていた。

 

 

 

 

一マフィアのボスへのプレゼントとしてはお粗末極まりないそれに対して、私は

 

 

 

 

 

 

「ありがとう.......本当にありがとうございます」

 

 

 

泣きながら、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

.........私はここまで、欠けた何かを満たすために、

 

 

『■■■■!お前は私たち親の道具なんだよ!お前は黙って従っていればいいんだ!』

 

 

そして自由を手にして、“幸せ”を手にするためにここまで走ってきた。

 

 

ですが.........ああ............そうか。

 

 

 

 

 

 

『うるさい!■■■■さんは義母さんと義父さんの道具なんかじゃ無い!■■■■さんは!私の彼氏は人間なんだ!!!』

 

 

 

 

 

初めからすぐそばにあったのですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「剣雨」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6:43

都市に朝が訪れた。

 

 

 

 

クレアスノダール事変

1087年10月24日にウルサスの移動都市クレアスノダールを襲った悲劇である。

派遣された調査団による調査では、死者・行方不明者は数十万人に達し、移動都市は修復が不可能なまでに破壊されていることが確認された。

政府はこれを、乗務員の不手際によって移動ルートを外れ、天災に直撃してしまったことで起こった悲しき『事故』として処理した。

 

しかし、人の口に戸は立てられないとはよく言ったもので、どこから広まったのか。感染者達の間にはこのような噂が囁かれていた。

 

 

『クレアスノダール事変は事故ではなく、人為的なもので、とある感染者集団が起こした支配への抵抗である』......と。

 

 

この噂は次々と広まってゆくこととなる。

その結果。

人々は自由を求めて立ち上がった勇者達と、彼らを率いた“英雄”フェイスレスを称え、その行動に心を打たれ、非感染者の支配からの脱却を望み、立ち上がった。

 

 

 

 

人々はそれを、『レユニオン』と呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

ガタリガタリと不規則なリズムが身を揺らす。

 

 

 

「..............なぜ、私は生きているのでしょう」

 

「俺は反対したんだぜ?お前みたいな極悪人、助けたら碌なことが起こらねえって。でもこいつがなぁ..........」

 

 

 

 

「......テキサス」

 

 

 

「......私は、兄さんに生きてほしかった」

 

「....何故ですか?私は、貴方の家族を、幸せを奪った....」

 

「ああ....確かに兄さんは私から幸せを奪った」

 

「......」

 

「だが、それは兄さんが家族を殺したからじゃない」

 

「......」

 

「............私は兄さんがいればそれでよかった」

 

「......」

 

「私は知っていたんだ。兄さんが、私を父さんの教育(支配)から守っていてくれたこと....ファミリーのリーダーっていう重責から守ってくれたこと.....」

 

「.....」

 

「そして....兄さんがそれに苦しんでいたことを」

 

「.....」

 

「私は、守ってもらってばかりだ。救ってもらってばかりだ。私は兄さんに何一つしてあげられなかった。結局、兄さんは家族を嫌うことになって、父さん(家族)を殺すことになってしまった」

 

「.....」

 

「あの時、私がもっと兄さんの助けになってあげられていれば...何度も後悔してきた」

 

「.....」

 

「兄さんが、こうなってしまったのは私のせいだと、今も後悔している......」

 

「.....」

 

「....だから、これからは私が兄さんを助ける。兄さんを救う。兄さんが犯した罪も、私が一緒に償う」

 

「.....」

 

「だから......これからは............一緒にいて、欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「..........好きにしろ」

 

 

 

 

 

私はもう、疲れた。




自由を求めた罪人は再び家族という檻に囚われることとなる。
これは彼女にとっての罰であり、救いでもあるのかもしれない。



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キャラ紹介+IFルート

あんま読まなくていいやつだけど載せれなかった裏設定やら、うまく書けなかった情報やらが載ってる。

※挿絵表示有りでそれっぽく見えます。



基本情報

 

【挿絵表示】

 

名前:faceless

攻撃方法 近接・遠距離/術

 

耐久:S

攻撃力:A+

防御力:C+

術耐性:B

 

アルベルト、CiRF統率者、またの名を先導者フェイスレス。

悦楽を求め更なる破壊を生み出す性格破綻者。

彼の者の行動にいかなる理由があろうとも、情けをかける余地はない。

 

 

ステータス

DC-8でのステータス。

 

HP:45000

攻撃力:950

防御力:420

術耐性:35

攻撃速度:100

攻撃間隔:1.8

攻撃半径:0

HP回復速度:0

重量:7

耐久力減少量:2

能力無効化耐性:有り

スタン耐性:有り

睡眠耐性:有り

移動速度:0.6

 

 

・【汚染】(第1形態時のみ)

HPの40%を削る度発動。周囲5マスを異常活性化源石マス*1に変化。

・【蔓延】

facelesの周囲9マス以内に配置されたオペレーター撤退時、その地点を異常活性化源石マスに変化。

・【活性化】

facelesの周囲9マスに2秒間隔で全HPの5%のダメージを与え続ける。

 

 

・第1形態

近・遠距離術攻撃。

70%の攻撃力、遠距離攻撃が可能。

毎秒500ダメージを受ける。

近接攻撃時自身のHPの10%回復。

 

・第二形態

近距離のみになる。

移動速度60%上昇、攻撃力100%上昇、攻撃速度50%上昇。

術耐性60%減少。

攻撃時自身のHPの20%回復。

スタン耐性がなくなる。

 

 

 

備考

強力な攻撃力と回復能力を併せ持つボス。

第1形態は攻撃方法が術攻撃な上、近接攻撃時に体力を回復するため基本的に高台ナイツがおすすめ。ただし第1形態時、HPを50%削るごとに【汚染】を放ってくるため、雑魚敵の移動ルートに被らないように注意する必要がある。

第二形態時では並みのオペレーターでは耐えられないほどの攻撃力と攻撃速度、強力な回復を持っているためこちらも高台ナイツがおすすめ。スルトなどで時間稼ぎは可能だが、強化された回復スキルでいつの間にか全回復される可能性がある。術耐性が大幅に下がっているためイラプションなどで焼くこともできる。また、移動速度が大幅に上昇しているが、スタン耐性も解除されているため、テキサスやashのスキルで足止めして袋叩きにすることも可能。

 

重量は7なので、アンジェリーナS3+ウィーディS3ならステージギミックである“不安定な地面”*2に落としてあっけなく倒すことができる。

 

 

キャラクター

イベント「被虐者の黎明」にて登場。移動都市クレアスノダールの感染者達を煽って暴動を起こした。

物語初期ではライトという偽名を名乗ってエンペラー一向に近づいてきたが、リスタの暴露によってバレることになる。

その正体は元テキサスファミリー当主アルベルト。テキサスの()()()()()()()

かつてのテキサスからの評価や、感染者達からの評判は非常に高いが、それらは全て演技であり、『感染者達が怒りに飲まれて暴走する様を見たい』や、『幸せの絶頂に至った人間の転落する様をみたい』などと言った悪趣味な趣味嗜好を暴露している。この事件を引き起こした理由もそれらの悪趣味な欲求が含まれると思われ、極めて倫理観の薄い人物であり、欲望に忠実な自己中心的な人物でもある。

しかしその一方で彼女自身の自己が不安定な一面も見られ、妹であるテキサスを愛し、一度は見逃した一方で、彼女を含む“家族”に深く憎しみを抱き、再会時にはテキサスを殺そうとするなど、多くの矛盾を持っている。その結果自分自身がわからなくなり破滅願望を持つなど、精神ゆらゆら不安定お姉さんでもある。

テキサス曰く、彼女がこうなってしまったのは父親からの“教育”が原因だとか。とんだ毒親である。

 

しかし感染者達を促し暴動を発生させたり、アーツによって敵味方問わず多くの犠牲者を出した彼女の行動はとても許せる物ではない。

※DC-8クリア報酬で雇用することができる。(いったいどのツラ下げてきているのだか)

 

 

 

 

プロフィール

 

【基礎情報】

 

コードネーム アルマ

レアリティ ★5

陣営 ペンギン急便

性別 女

職業 前衛

職分 術戦士

募集タグ 近距離/火力/生存

戦闘経験 21年

出身 シラクーザ

誕生日 5月2日

種族 ループス

身長 164cm

専門 アーツ(源石)/野外生存

鉱石病 感染者

絵師 ???

CV ???

 

【能力測定】

 

物理強度  標準

戦場機動  標準

生理的耐性 卓越

戦術立案  優秀

戦闘技術  優秀

アーツ適性 卓越

 

【個人履歴】

 

ペンギン急便のメンバー。

過去の履歴は不明。

主に単独での活動が多く、龍門外での活動が多い。

 

【健康診断】

 

造影検査の結果、臓器の輪郭は不明瞭で異常陰影も認められる。循環器系源石顆粒検査の結果に異常があり、鉱石病の兆候が認められる。以上の結果から、鉱石病感染者と判定。

 

【源石融合率】18%

体表の多箇所に肉眼視可能の源石結晶の分布が見られる。

 

【血液中源石密度】不安定

どういうことだ?訳が分からない!なぜここまで大きく血液中源石密度が増減するんだ!?まさか源石を操れるというのか!?

 

私はオペレーターアルマを医療部から手放しては絶対にいけないと思います。絶対に。たとえ作戦小隊と戦うことになるにしても、この意見は曲げません!彼女は特例中の特例です!彼女のアーツは医療業界に革新を起こします!もしかしたら鉱石病の治療法を確立することもできるかも!我々には彼女への更に多くの測定が必要です!それから、彼女の全ての解析と、臨床観察を要求します!それから、それから……

違います、ケルシー先生ッ、今回!本当に今回だけです、お願いします!

──医療オペーレーターJ.A.

 

 

申請は却下した。

──ケルシー医師

 

 

 

【第一資料】

 

目つきの悪いトランスポーター。

その眼付きの悪さから多くの人からは避けられているが、話してみると意外と愛想が良い。

 

【第二資料】

 

アルマの戦い方は行ってしまえば泥臭い戦い方といえるだろう。

奇襲や人質、勝つためなら拷問のような残酷な方法だって使うだろう。

その戦闘方法は彼女のこれまでの人生そのものを表しているのかもしれない。

 

【第三資料】

 

その種族、特徴的な毛色、そして同じくペンギン急便所属のテキサスとの関係性が、彼女が既に滅んだテキサス家と深い関係にあったことを示している。

しかしロドスの情報網をもってしても、かの一族に関してわかっていることは少なく、彼女もそれを口にしようとはしない以上我々側からそれらのことについて無理に聞き出すことは、彼女にとっても我々にとってもよい選択とは言えないだろう。

彼女の言葉通り、物事には知らないほうがいいこともあるのだ。

 

【第四資料】

彼女の自己犠牲的な行動はまるで罪を償う罪人のようだ。

すくなくとも、彼女が過去に何らかの自責を持っていることは確かだろう。

そしてその過去を重ね、償い先をロドスやペンギン急便に向けているのは、彼女の言動や彼女が時折見せる暗い表情からも推察できる。

もし今この生活に対する”敵”が現れたのなら、彼女はいかなる犠牲を出そうともそれを排除するだろう。

 

【昇進記録】

アルベ...アルマのことか。兄さんのしたことは許されることではない。だが...どうかいまは償いの機会を与えてあげてほしい。

――テキサス

 

 

 

 

【ボイス】

 

秘書任命・「次は何をすればいい?...え?書類仕事?.....懐かしいね」

会話1・「私にできることがあれば言って。無理はするな」

会話2・「...子供はどうも苦手だ」

会話3・「ここはいい場所だね。感染者も非感染者も、誰もかれも笑顔を浮かべている...大切にしなよ?」

昇進後会話1・「ん?なんだこれは?給料が多くなる?ここはとんだホワイト企業だね」

昇進後会話2・「使ってくれるのはうれしいけど...あまり私を信用しないほうがいい...とだけ忠告しておこう」

信頼上昇後会話1 ・「なに?口の中でインスタントラーメンを作るから見ていろだって?...私は医療アーツを使えないぞ?....おい!バカ!やめろ!」

信頼上昇後会話2・「源石がほしい?まあ..いいけど...念のためケルシー先生の許可を取ってからにしてくれ」

信頼上昇後会話3・「...ドクター、私はこの場所を命を賭してでも守り抜くことを誓おう。それが、私の償いだ」

放置・「...貴方は私が守る」

入職会話・「名前は...すまないが偽名でいいか?少し昔にやらかしてね。ありがとう。私はアルマ。どうか貴方の武器...道具として使ってくれ」

昇進1・「あまり私を信じないほうがいい」

昇進2・「私の過去を知りたい?.....世の中には知らない方がいいこともあるんだよ」

編成・「了」

隊長任命・「私が隊長か」

作戦準備・「さて、いきましょうか」

戦闘開始・「目標確認。作戦を開始する」

選択時1・「わかった」

選択時2・「何をすればいい?」

配置1・「始めましょう」

配置2・「中々悪くない」

作戦中1・「ふふ...」

作戦中2・「ここは通さない」

作戦中3・「チッ... 」

作戦中4・「逃げれると思っているのですか?」

★4で戦闘終了・「...すごいな」

★3で戦闘終了・「目標達成」

★2以下戦闘終了・「すまない。少し逃してしまった」

作戦失敗・「無事かドクター!?ケガはないか!?」

基地配属・「私にできることはあるか?」

タッチ1 ・「ん....なに?」

信頼タッチ・「調子はどう?ドクター」

タイトルコール・「アークナイツ。」

挨拶・「元気?」

 

【素質】

源石操作

周囲九マス以内の味方の術攻撃10%アップ

 

【スキル】

スキル1源石強化

攻撃速度20%減少、攻撃力50%上昇、攻撃範囲2マス拡張。

 

スキル2活性化

効果中体力が徐々に減少。攻撃速度70%上昇、攻撃力50%上昇、攻撃毎HPの20%回復。

 

【基地スキル】

家族:テキサスと同時に配置されたとき受注効率+50%。体力消費+0.2/h

贖罪:感染者と同時に配置された際受注率+30%。

 

 

 

アルマの印 ところどころ焦げた真っ赤な布きれ。彼女の罪の証でありかつてのつながりを示すもの。

採用契約 ペンギン急便職員アルマ。一度犯した罪は二度と消えることはない。

 

 

 

 

 

 

 

IFルート(テキサス連れて帰り失敗アルちゃんレユニオンルート)

 

 

ウルサス帝国に存在する移動監獄セリベルク。

熱を感じさせない鉄の監獄今日も吹雪の吹き荒れるウルサスの雪原にキャタピラ跡を残して進みゆく。

監獄内では寒気に震えながら己の罪を償うため罪人たちが鎖につながれていた。

その中に一つ。

異様な雰囲気を醸し出す牢屋があった。

わざと寒気にさらされるような構造に作られた他の牢獄とは違い、そこは真っ黒な外壁で何重にも囲まれ、隙間なく密閉されていた。

そしてそこに足を踏み入れる看守もまた、防護服という監獄には似合わない服装で扉を開ける。

 

 

「調子はどうだ?102番」

 

 

暗闇に包まれた牢獄の中からは鎖が触れ合うことで起こる金属音はしない。

布きれ一つすれる音すらしない。しかし、彼女は確かにそこにいた。

 

 

「...........また、貴方ですか」

 

 

本来そこにあるべき四肢は半ばで途切れ、それでも抵抗できないよう、強固に縛り付けられ、見るに堪えない姿だった。

しかしその顔に張り付いた笑みは変わらず。

今なお男を見つめて笑っていた。

 

囚人番号102番

本名アルベルト

罪状は国家転覆罪の大罪人である。

 

そこまでの重罪、さらには感染者という身の上である彼女はこのような監獄に身を置くべき人物ではない。即刻その命を絶つべく処刑を実行すべき極悪人だ。

 

しかし、そんな彼女に帝国は、この国の王は目を付けた。

いや、正確にはそのアーツというべきだろう。

 

不治の病とされる鉱石病を完治とは言わずとも癒す能力。

そしてなにより、死をも恐れない傀儡の兵士を生み出す能力。

 

一人で一個師団並みの戦力を生み出すのことのできる力に注目した。

 

 

「ふん....実験を始める」

 

 

ゆえに彼女は生かさず殺さず。実験体としての人生を送らされることとなっていた。

 

 

「それで?今日は何をするのですか?」

 

「…」

 

「目玉をえぐりますか?腸を引き出しますか?」

 

「...黙れ」

 

「それとも....顔の皮でもはぎますか?私たちが貴方のお子様にしたように───

 

「黙れ!」

 

 

ガシャリと牢の鉄格子が音を立てる。

防護服越しにもわかるような怒りに顔をゆがめ彼女をにらみつける。

それを、彼女は変わらずにやにやとした顔で眺めていた。

 

 

「貴様など!貴様ら感染者など上からの指示がなければ今すぐ......っ!?」

 

 

そのとき部屋を大きな衝撃が襲う。

 

 

「なにがあった!?」

 

『こちらBブロックこちらBブロック!侵入者を発見!至急応援を...な!?貴様どうやっt』

 

「おい!返事をしろ!おい!.....くそ!侵入者だと!?」

 

「おやおや、大変ですね。早くいったほうがいいのでは?」

 

「黙っていろ!くそ!なんでこんな───

 

 

ドチャリ

そんな水気を含んだ音とともにボール状の何かが地面に落ち、司令塔を失った肉塊は赤い鮮血をまき散らしながら地面に倒れ伏した。

 

銀色の光が暗闇で不気味に輝く。

 

 

「....貴方は」

 

「ふ...ひどいざまだな。アルベルト」

 

 

ひときわ大きな爆発音とともに室内が照らされた。

そこにいたのはフードを被った橙色の髪を持つループス。

クラウンスレイヤーだった。

 

 

「...何の用ですか?あの頃の復讐というならどうぞ。逃げようにも逃げられませんしね」

 

「もとより逃げる気などないのだろう?」

 

 

かつての仲間。裏切り、裏切られた者という関係の彼女は鉈に着いた血を乱暴に振り落とす。

その目には爛々と光る確かな殺意が込められており、かつて彼女が行った仕打ちに対する怒りが感じ取れる。

だが同時にどこか懐かしむような、悲しむような。そんな感情が混ざり合っていた。

 

 

「...では、何のご用で?」

 

 

アルベルトは彼女に問う。

自身を殺すのなら受け入れよう。

それ以外の方法で償えというなら素直に従おう。

さあ、お前の望みを言ってみろ、と。

 

 

「.........協力してほしい」

 

 

「....は?」

 

 

再び鉈が振るわれ、拘束具がいともたやすく砕かれた。

予想外の回答、そしてその行動に彼女の頭は一瞬真っ白になった。

 

 

「今...なんて言った?」

 

「私たちに手を貸してほしい」

 

「ハァ...正気か?私に?貴方達を裏切った私に?」

 

「そうだ」

 

「....」

 

「私はまだあきらめていない。仲間達のためにも私の目的のためにも」

 

「...」

 

「手足がほしいなら義手でも義足でもなんでもくれてやる。裏切者の命令だって聞いてやる。私たちには力が必要だ。だから手を貸せ」

 

 

そういって彼女は手を差し伸べた。

今すぐにだって殺したいであろう相手に....だ。

 

 

「っ....すまん。わざとじゃない。今のお前には手がないんだったな」

 

 

....ははは

 

 

「な!?」

 

「いいでしょう。貴方たちのため、馬車馬のごとく働くことを約束しようじゃありませんか」

 

「手...作れたのか」

 

「万能でしょう?このアーツ。手足の構築など容易な物。こんなことも...いや、()()()()()だってできたんですから」

 

「...」

 

「ははは、そう睨まないでください。今度は裏切りませんよ。これはいわば償い...貴方達の期待を裏切るようなことはしませんよ」

 

 

これほどまでに愉快なことはないでしょう。

一度は終わったと思った物語がこうしてまた再始動したのですから。

そう!私はまた解き放たれた。この薄暗い檻の中から自由を得た!

 

はは、はははははははははははははははは!!!

 

なんと....なんと愉快で素晴らしく.....

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

苦しく、辛いことだろうか。

 

罪を償うために更なる罪を犯す。

きっとそこに終わりはないのだろう。

 

あと一体どれほどの命を奪えばいい?

 

あと一体どれほどの幸せを壊せばいい?

 

あと一体どれほど........

 

 

 

私は─────────

 

 

 

 

 

 

※たぶん続かない

 

*1
接触したCiRF構成員を“傀儡”に変異。オペレーター配置時毎秒体力の20%の固定ダメージ、攻撃速度50%低下

*2
一定時間経過で崩壊し落とし穴に変化。配置されたオペレーターは強制撤退。




とりあえずこれで本編完結です!
ここまでみてくださった皆様本当にありがとうございました!




【挿絵表示】



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一章キャラ設定(簡易)

(自分の整理も兼ねて)オリキャラ設定集です。
〇〇って誰だよって思ったら見てください。


 

1・アルベルト

本作の主人公。テキサスの兄(姉)。前世の記憶を持っており、前世今世ともに家族に束縛されていた。名前が男性名なのもその影響。しかし前世で愉悦部に加入。その影響が今世の人格にも反映されている。しかし彼女が記憶を完全に取り戻すには生まれてからのラグが開きすぎており、今世で異なる人格も形成されかけていた。それらは記憶を取り戻した時点で統合されたが今世の一般的な善性と家族への愛情が前世の家族への憎悪、自由への渇望、他人の不幸を望む愉悦部精神という相反する感情とごちゃ混ぜになっていた。そのせいで唯一残った家族であるテキサスを出会った当初に殺すことができず、裏切り者のレティシアも完全に殺すことができず、クレアスノダール事変最終局面でもそれによって隙ができてしまい敗北した。

本人曰くそんな自分は中途半端で、いっそどちらかに傾ききっていたら自分は幸せになれただろう。

 

【経歴】

テキサス家を敵対組織と協力して滅亡へ導く

シラクーザからウルサスへ。愉悦精神から当時戦時中で徴兵中だったウルサス軍へ。ジャスパー小隊へルクスという偽名で所属。

鉱石病に感染すると同時に3名の逃亡兵と共に離反。3名、ホークアイ、アサルト、イージスと共に傭兵団を組織。目的のために情報を集める。

移動都市クレアスノダールへ。ライトという偽名と変装で自治体へ所属とほぼ同時期に感染者たちを集めクレアスノダール感染者解放戦線(CiRF)を組織。リスタ、レティシア、アイン、クラウンスレイヤーらが加入。

ホークアイらが都市を訪れた貴族を誘導し感染者たちが暮らしていた都市下層部を軍に襲撃(掃除)させる。

クレアスノダール事変。都市の五区画を同時攻撃。表向きには当時訪れていた元軍人の要人ジャスパー・ランフォードを人質に感染者の自由を訴える計画。しかし裏ではこの都市にいる全員を皆殺しにする計画を立てる。

ライトとしてテキサス、エンペラーに遭遇。のちにこちら側へ寝返っていた駐屯軍小隊長のリスタと合流し彼らを殺害しようと計画するも上記の理由からリスタを裏切り、彼らを助ける。その時に自身の正体を明かした。

中央制御区画へ帰還。未だ陥落していないエルド区へアインを送る。ジャスパーの早期捕縛を命じる。

レティシアの敗北を知り、アインが敵とレティシアを奪還するための取引をするタイミングでリスタの死体を使った傀儡で彼らを襲撃。アインに自身のアーツが込められた飴玉を使用させるように促し、彼を傀儡に変えた。そして連鎖するように他のCiRF構成員も傀儡へ変えていく。

傀儡の包囲網を抜け自身の命を狙ってきた裏切り者レティシアを殺そうとするも上記の理由から完全には殺せていない仮死状態に。

テキサスらと対峙。戦闘は優勢を保っていたがレティシアの横槍と上記の理由から生まれた一瞬の隙をつかれ破れ去る。

テキサスのペットに。

 

 

 

2・ライト

アルベルトの偽名。クレアスノダール自治体の一員。テキサス達をリスタ達に合流させ、罠に嵌めようとした。

 

 

 

3・リスタ

ウルサス軍クレアスノダール駐屯軍リスタ小隊小隊長。

約五十名ほどの部下を持つ小隊長。かつて鉱石病に感染した息子を同僚のベールに殺されたと思い込んでおり、復讐のためにCiRFに協力する。彼女の部下の半数ほどは彼女の考えに賛同し同じくCiRFに協力したが賛同しなかったものの多くは暴動の中殺害された。

テキサスを含む生き残った元部下を倉庫街で罠に嵌め、仇であるベールと複数の部下を殺害。しかし裏切ったアルベルトの手によって部下もろとも殺害された。

その後は彼女の死体がアルベルトのアーツで傀儡としてエルド区襲撃に利用され、破壊された後も他のCiRF構成員傀儡化のトリガーとなった。

 

 

4・ベール

ウルサス軍クレアスノダール駐屯軍リスタ小隊副隊長。

リスタを上司に持つ軍人の男。クレアスノダール事変以前に彼の家族がクラウンスレイヤーの起こした感染者収容所襲撃事件に巻き込まれ死亡しており、感染者を酷く憎み、クラウンスレイヤーを目の敵にしている。

だがかつては感染者に対しての差別意識はそこまで無く、殺されそうになっていた感染者の少年を殺さず労働施設送りにする程度の良心はあった。果たしてそれが少年にとって良い選択肢であったかはわからないが。

リスタに殺害される。

 

 

 

5・アイン

CiRF幹部の一人。レティシアの義弟。

かつて鉱石病に感染し、殺されそうになった時とある兵士に命を助けられ、労働施設で働くことになったが過酷な労働に耐えられず、衰弱死しそうになっていたところを施設を襲撃してきたレティシア達に救われる。本編では大して活躍する機会がなかったが弓の扱いが上手く、彼の爆発物を操るアーツを使用して範囲攻撃をする弓兵として厄介な存在になったかもしれなかった。ちなみに例の兵士のことは見つけたら助けてあげようとは思っていた。

エルド区での取引の際にアルベルトのアーツを使用して傀儡化。最終的にジャスパーを殺害し、アルベルトが倒されアーツが解除されると同時に自滅した。

 

 

 

6・ジャスパー・ランフォード

元ウルサス軍ジャスパー小隊小隊長。別名“雷獣”

とある要塞をたった一人で守り抜き、その功績から爵位をもらった。階級は少尉。かつてルクス(アルベルト)の上官も務め、彼の部隊では戦死者が他の部隊に比べ半分以下になると有名だった。

その実力はアルベルトも警戒しており、表向きの計画では交渉材料として彼を捕えることはほぼ不可能と考えていた。利刃を基準に考えると一利刃程度の力。つまりほぼ同格。

片腕を戦争で失っており、歳も取り全盛期よりも数段と落ちた実力でありながらCiRF幹部レティシアを捕え、アルベルトの作り上げた傀儡を何十体も葬った。

最終的に部下や守るべき民間人を殺され、一人寂しく傀儡化したアインに殺された。

 

 

 

7・レティシア

CiRF幹部。アインの義姉。

かつて鉱石病に感染し、多くの人々に迫害され食べ物も食べることができず、暖も取ることができず餓死しそうになっていたところをアルベルトに救われる。その後は彼女に大きな恩を感じており、神聖視すらしていた。幹部の一人であるクラウンスレイヤーとは犬猿の仲であり、彼女に煽られ顔を真っ赤にするレティシアの姿がかつてのCiRFではよく見られた。

しかしその実力は確かな物で、身の丈ほどある大剣を振り回す腕力、鉄をも溶かすほどの豪炎とほとんどの傷を一瞬で治す2種類のアーツを操る彼女に勝てるものはほとんどいない。しかしその技量はまだ子供なこともあり未熟で、クラウンスレイヤーやアルベルトには勝てなかった。

とある貴族による掃除という名の虐殺行為にCiRFがあった際に義弟のアインや同胞を殺されかけ、以来非感染者に対して強い憎悪を持つようになる。

クレアスノダール事変ではエルド区の襲撃を担当し何度も襲撃を繰り返すが捕獲対象であるジャスパー・ランフォードを破ることができず、自身が前線に出たところを狙われ、ジャスパーとテキサスによって捕虜にされた。

その後助けに来たアインが目の前で傀儡化する光景を見せられ、アルベルトのしようとしていることに疑問を持つ。中央制御区画に向かいアルベルトを打とうとするテキサス達にその疑問を解消するために同行する。

しかし自分たちCiRFの問題で彼らにこれ以上迷惑をかけさせないために部下に彼女らを守らせ、自分は一人でアルベルトの元へ。そこで彼女の裏切りを知ったレティシアはアルベルトを殺そうと動くが自分たちの恩人を殺すことができないと言う葛藤の中戦闘不能に。

しかしテキサスがアルベルトと対峙した際に覚悟を決め、残った力を振り絞り、アインの遺した弓でアルベルトに一射打ち込み隙を作り出す。

生死不明。

 

 

 

8・アサルト

本編ではスナイパーライフルで頭を撃ち抜かれ即死した。ろくな活躍はなかったがその名の通り突撃して敵の陣形を見出すのが得意な突撃兵。それと同時にバトルジャンキーでもある。

番外編(コラボ回)で活躍している。

 

 

9・ホークアイ

3人の傭兵の中での紅一点。本編ではアルベルトから貰った機器を使用して傀儡の操作を担当した。しかしその結果傀儡の動きを止めるために狙われてアサルトと同じ末路を迎えた。クールなお姉さん。ちなみに両刀。

番外編(コラボ回)で活躍している。

 

 

10・イージス

本編では自身の相棒である全身を覆うほどの巨大な盾とホークアイの操作する傀儡を使用して非感染者部隊を追い詰めるがホークアイを殺されたことで傀儡が使い物にならなくなり至近距離から拳銃で撃ち抜かれた。長身のデカブツ。

番外編(コラボ回)で活躍している。

 

 

 

11・フィッツ

元リスタ小隊部隊員。

要するにモブ。リスタの罠から生き残り、ジャスパーの選んだ数人の兵士とともに中央機関部から都市を停止させる作戦に参加。

機関部を守っていた3人の傭兵を倒し、都市の停止を狙うもアルベルトの仕掛けた爆弾によって機関部が破壊され、爆発に巻き込まれたか機関部の崩壊に巻き込まれたかして死亡。

 

 

12・エマ&セオドア

CiRF構成員。モブ中のモブ。

レティシアの過去回想やレティシアがテキサス達を拘束する時に出てきた兵士。レティシアにとっては親とかそういう存在だったのかもしれない。

中央制御区画に傀儡が侵入してきた際に惨殺される。死体はエンペラー達が確認済み。



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日常編(シリアスは行方不明)
幕間:ペンギン急便



シリアス編が終わったから、多分急激な温度変化に風邪を引く方も出てくると思います。ヘックシ
二章から読み始めた方は初めまして。
主人公のアルちゃんについては
・前世(男)持ち
・今世と前世の人格(性格)の混濁。
・前世(自由&人の不幸LOVE、愉悦部)
・今世(I love 家族、一章の罪悪感やばい)
・アーツ:源石干渉=なんかつよぉい(小並感)
・私的な理由で都市を落とした&仲間を裏切った。
私情でチェルノボーグ事変もどきを起こした前科持ちのやべーヤツと思っていただければ十分だと思います。ちなみに二部からは今世寄りの性格。


 

「ぐっへっへっへ、見事に引っかかりましたね兄貴!」

 

「くくく....そうだなぁ。まさか天下のペンギン急便様がこーーんなわかりやすい罠に引っ掛かるなんてなぁ!」

 

 

少し埃臭く、電灯がいくつか点滅しているTheマフィア御用達の倉庫のような場所に、ペンギン急便の2人。テキサスとエクシアは縛られていた。

そしてその前には厳つく、しかし何処か小物臭が漂う男たちが下卑た笑みを浮かべていた。その考えていることが丸わかりな品のない顔は、いうなら薄い本に出てくるモブおじのようである。

 

 

「さぁーて、どうしてくれようか。テメェらペンギン急便にはいつも世話になってばかりだからなぁ。顔はいい。しかも片方はあの“テキサス”ときた!どっかの貴族に高値で売るか?まあ中古での出品になるだろうがヨォ」

 

「いやいや兄貴。そんなものよりもいいアイデアがありますぜ。こいつらの一部を切り取って送りつけてやるんでさぁ。そうすりゃぁあの腐れペンギンへの仕返しにもなる」

 

「そうだないいアイデアだ。金よりもまずあのクソペンギンへの復讐が先だ」

 

 

しかし彼らは正真正銘裏世界の人間。マフィアやギャングと呼ばれる者...その中でも特に最下層に位置するもの。その欲望はどす黒く、どこまでも救えないものだ。

 

 

「.....ね、ねぇテキサス.....これ......」

 

「...ああ、まずいな」

 

 

自身の後輩とも言える赤髪の天使の怯えるような声に彼女は答える。

普段は明るく活発な彼女だが、この会社に入社したばかりで、このような経験の少ない彼女には、この状況はひどく恐ろしいものなのだろう。

 

かといって彼女自身も、この状況が恐ろしくないわけではない。

なんらかの装置により連絡は出来ず、強固な縄に縛られ、身動きひとつできない。武装も全て押収され、選べる選択肢はなされるがままに汚されるか、舌を噛み切って自害するか。

 

テキサスは知っていた。

彼らがたった今口にしたことは脅しなどではなく、必ずやると。

そしてそれは口にしたものよりもずっと残酷で、耐え難いものだと。

彼女は知っていた。自らの兄が実際に行っていたことだから。

 

 

だが、彼女はここで死ぬわけにはいかなかった。

約束したのだから。

共に生きると。共に償うと。

 

 

「う....うぅ......」

 

 

だから

 

 

「くっくっく.......じゃあお楽しみの時間といこうじゃねぇか」

 

 

ここで死ぬわけには─────

 

 

 

 

ピンポーーン

 

 

 

「宅配便でーす」

 

「あ?」

 

 

男たちの動きが止まる。

 

 

「ちっ...いいところだったのによ。おい!そこのお前行ってこい!」

 

「えぇーーー!なんで俺が...」

 

「いいから行ってこい!」

 

「へーい」

 

 

しかし縄は解けず、走って逃げようにも隙も見当たらない。

ここで声を出せば、少なくともあの声の主には届くだろう。

だがそこまでだ。

ただ新たな犠牲者を増やすだけになってしまう。

 

 

(だが......今の声......)

 

 

「ったく...一体どこのどいつが何頼んだんだよ」

 

 

がちゃり

そんな音が聞こえた時だった。

 

 

「助けて!!」

 

「っ!?」

 

「くそっ!こいつを黙らせろ!お前はそこの客人を逃すな!」

 

 

我慢の限界だったのか。

あの声の主を巻き込むとわかっていながら、叫ばずにはいられなかったのだろう。

なにせやっと見つけた希望。一筋の光。

これを逃して仕舞えば私たちにまともな明日はこなかったかも知れなかったから。

 

 

「けけけ....兄ちゃん運がねえな!ま、恨むならせいぜい声を出したあの小娘にしてくれや」

 

 

だがこれは悪手だ。

たしかに私たちの周りにはボスや近衛局の隊長、クロワッサンなど戦える人たちが多い。

しかしこの龍門全体で言えば、この数十人のマフィア相手に戦える者などほんの一握り。

先程言ったようにただの一般人を巻き込み新たな犠牲者を増やしてしまうだけ───────

 

 

 

「ごばぁ!?」

 

 

 

────のはずだった。

 

 

 

「我々ペンギン急便の社訓はただ一つ。売られた喧嘩は百倍にして返せ」

 

 

 

鉄製のドアをぶち破り、男が目の前に転がってきた。

扉なき廊下の先からはこつりこつりという音が徐々に、徐々に近づいてくる。

 

 

 

「それでも足りないのなら一千倍で」

 

 

 

 

それは片手に真っ赤に輝く光剣を握り、夜を詰め込んだような真っ黒な髪をはためかせる。

 

 

 

 

「我々の仕事は生と死を運ぶことだが....あなたがたには死がお似合いだ」

 

 

 

 

彼女の名は

 

 

 

「ペンギン急便所属トランスポーター、アルマ。お荷物をお届けに参りました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて虐げられ、人としての扱いすら受けることのできなかった感染者達に光と、そして進むべき道を示した先導者がいた。

 

 

「.....」

 

 

彼の者は自らが鎖にとらわれながらも、多くの人々を導き、そして解放を目指したという。残念ながらそれは叶わず、彼らは道半ばで倒れることとなった。しかしその意思は確かに光を作り出し、一寸先も見えなかった感染者達の目の前に道を示した。

抵抗という名の自由への道を。

 

 

「兄さん、飲み物を買ってきた」

 

「ん、ありがとう」

 

 

たとえその話の裏にどのような悪意が潜んでいたとしても、彼女は確かに感染者達の英雄となったのだ。

 

 

「...兄さん」

 

「....」

 

 

いまや感染者達の間では知らぬ人などいない有名人だ。

誰もが憧れ、尊敬し、その意思をつなごうとした。

我々には等しく幸せになる権利がある。

感染者に自由を。感染者に解放を。

 

 

「アル兄」

 

「.......」

 

 

全ての感染者に道を示した英雄は今名前を変え、立場を捨て、そして───

 

 

「もう、休むべきだ」

 

「いやダメだ書類が残っている」

 

 

社畜となっていた。

 

 

「なあテキサスはん...アルマはんって確かカジミエーシュへの配達の帰りだった気がするんやけど....」

 

「ああ........兄さん、休みは取ったのか?」

 

「いや。だが私は過去に21日間のデスマーチを耐え抜いたエリート社畜だ。全く問題ない」

 

「問題大有りや!?鏡見てみ!?目の下のでっかい隈あるで!?」

 

「.....ボス」

 

「いやー....本人がどうしてもっつってな?」

 

「あとすこし....」

 

 

その姿はとても噂の人物には見えないようなやつれ具合だった。

話を聞いてみればカジミエーシュからの配達帰りにそのままテキサスたちが巻き込まれた事件の解決&後処理を行い、近衛局へ出す書類を書いている最中だとか。

テキサス自身、久しぶりの、しかも衝撃的な再会で思いっきり甘えたい衝動はあるが、仲間達の前でそのような姿を見せられないという自制心と、彼女のあんまりな姿を見て我慢することとなっていた。

 

ペンギン急便所属トランスポーター、アルマ。

その正体はみなさんご存知の通り、クレアスノダール事変主犯、アルベルトである。

彼女はあの後、エンペラーが経営する会社、ペンギン急便の社員として半ば強制的に入社させられ、こき使われることとなっていた。

しかしあまり広まってはいないとは言え、犯罪者として本名を使うわけにもいかず、本人の意向もあって、偽名を使うこととなった。

また、彼らの会社が置かれている都市は炎国の龍門。ウルサスの移動都市ほどではないにしろ、感染者が一社員として働いているという事実はあまりいい顔をされるものではないため、こうして基本一人都市外で働くこととなっている。一応自分が感染者であるということはアーツで隠せるため、これは念のためであり、理由としては彼女の“妹と一緒に働くのなんか気まずい”という気持ちの方が大きいだろう。

 

 

「.....あ、あの!」

 

 

そんな彼女に声をかける者が一人。

 

 

「えーと.....さっきは、ありがとう、ございます!」

 

 

赤髪のサンクタの少女だった。

テキサスよりも少し小柄な、明るそうな子だ。

 

 

「あー....初めましてお嬢さん。新人ですか?貴方のお名前は?」

 

「っ!あ、あの!えと、エ、エクシアです!」

 

「そうですか。いい名前ですね」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

 

普段はどんな人間に対して明るく、悪く言って仕舞えば馴れ馴れしく接するエクシアだったが、その時はあからさまに緊張している様子だ。

それを、テキサスはジトーっとした目つきで見つめていた。

 

落ちたな.....と。

 

 

「あ、あの!テ、テキサスのお兄さん、ですよね!?」

 

「はい、そうですが...なにか?」

 

「え、えと!私!エクシアって言います!!」

 

「あ、はい、さっき聞きましたが?」

 

「あ、〜〜〜〜〜〜!!!」

 

 

後にテキサスは語る。

兄さんは人たらしだ、と。

多くの感染者たちをまとめ上げ、さらには信仰にも等しいほどの尊敬を集めていたのがその証拠だ。

 

この男(女)のどこにそんな魅力があるのだろうか。

 

 

「あ、え、ど、どこに?」

 

「すみません。ひと段落着いたので少しお手洗いに」

 

「い、いえ!こちらこそすみませ........ん..............ん???」

 

 

いや、魅力がないとは言わせない。

 

 

「ね、ねえテキサス?」

 

 

兄さんは目つきこそ悪いが、その中性的な見た目は性別を問わず誘惑する魅力を秘めているし、誰にでも優しく、紳士的に向き合うその姿は聖女にすら見えたと、とある少女から聞いている。それでいてこの人なら、と思わせるカリスマ性を持ち、ピンチに颯爽と駆けつけ、助け出すヒーローのようなかっこよさ。これは惚れない方が無理というもの────

 

 

「テキサス!?」

 

「ん、どうした?」

 

「どうしたもこうも、アルマさんが入っていたのって女子トイレだよね!?なんでみんな平然としてるの!?止めないの!?」

 

「いや.....それは....」

 

 

 

 

 

 

「兄さんは女性なんだから当たり前だ」

 

 

 

 

1秒

 

2秒

 

3秒

 

4秒

 

そして5秒

 

時は動き出す。

 

 

 

「?????????」

 

 

 

何言ってんのこの人。

 

再び活動を再開したエクシアの頭が必死に捻り出した疑問であった。

 

『兄』

 

それ即ち同じ親から生まれた年上の男。更に広く、義兄。すなわち夫・妻の兄、姉の夫のことを指す言葉である。

そう、男だ。

この呼び名が使われる以上、彼....いた彼女は男だと思っていた。

声も高すぎもせず、顔立ちも中性的で、失礼だが.......胸も控えめだ。

一見男性に見えても仕方のないことだろう。

 

しかし、彼女に取ってはそれだけで終わる問題では無かった。

一目惚れだったのだ。

会った瞬間...目と目が合う瞬間好きだと気づいた....というやつだ。

あんな物語に出てくる騎士様のような助け方をされたら誰だって落ちる。いっぱつ“おっふ”ものである。

そんな相手が女性。つまり同性。

 

 

「すっきり...と、社長、今から近衛局にこれ出しに行くけど何か他に持ってくものでもあるか?」

 

「あー....ないぞ....................たぶん」

 

 

彼女は今、混乱の渦中に陥っていた。

 

 

「なんやもう行くんかいな」

 

「.....もう少し、休んでいかないのか?」

 

「ああ、まだ次の配達が残ってるし...それに彼ら(近衛局)は私がここにいることをあまりよく思っていないようだからな」

 

 

しかし少女は恋愛というものに盲目的な年齢だった。

同性だからなんだ。

この世には“ゆり”などというジャンルも存在するという。

ならば問題ないのではないか。

 

少女の、彼女のことをもっと知りたい、もっと話したい。

そういった欲求が一度は崩れかけた感情を復元し補強してゆく。

 

そして少女は決意した。

 

どんな障害があろうと、この思いを突き通すと───!!!

 

 

 

 

 

「あの!アルマさん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイツならもう行ったぞ?」

 

 

 

少女は膝から崩れ落ちた。




ペンギン急便所属トランスポーターアルマ
(アルベルト)
糸目ニコニコ胡散臭い→目つき悪い隈有り社畜(初対面の人にはニコニコ)
ウェイさん達に睨まれてる。
尚メス堕ちはまだの様子。


一応アンケートあるんで答えてもらえたら体力ゼロのもやし作者が全力で喜びの舞を踊ります。


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龍門の夜

炎国の移動都市、龍門。

 

比較的背の低く、傾斜のついた屋根を持つウルサスの都市とは全く違う、天高く立ち並ぶ摩天楼が年の光によって自ら光り輝くその街並みはまさに大都会と言えるものだ。

太陽が沈み、闇と静寂が支配するべき時間帯であろうとこの都市の住民たちは踊り、騒ぎ、笑い続ける。

前世の都心部を思い出させるような光景だった。

 

それは懐かしくもあり、唾棄すべき忌々しい過去を思い出させるものであり、そして...私の心身にトドメを刺すものである。

 

 

「よぉにーちゃん!よってくかい?可愛い子いるぞー!?」

 

「そこの可愛いおねーちゃん!いっぱいイケメンいるよ!選び放題だよ!」

 

「二軒目行くぞぉぉ!!二次会だぁぁぁぁぁ!!!」

 

「うおおおおおおおおおおおおおオロロロロロロロロ」

 

「うわきったねこいつはきやがった!!」

 

 

......道を間違えたのかもしれない。

私が目指していたのは近衛局だ。

こんな歌舞伎町のような歓楽街ではない。

さっさと書類を出してホテルを探さなければならない。

あそこ(会社)で寝泊まりするのは少し気まずいのだ。

....少し、ほんのすこーしキャバクラが気になるが.....

 

いや仕方ないだろう?体は女だろうと思考までは変わらない。

TS小説のように心が体に引っ張られるなんてことはなかったのだ。

故に私の性的対象は変わらず女性のままだ。

.....この世界での初めては男だったが.....

今思い出しても鳥肌が立つ。

生き残るためだったとはいえ........いや、この話はやめよう。

 

とりあえず、まずはこの資料を近衛局に届けにいかなければならない。

内容は私の今回の活動記録と数時間前の事件についての書類と建築物の損害への謝意と賠償のための書類と賠償のための書類と.........なんでこの書類だけこんな多いんですか?

日付的にも私がいなかった間のものが一、二、三、四、五............ふざけているのだろうか。

 

このままだと絶対怒られる。

書類には提出期限というものがあるんだ社長。

あそこの隊長さんが怖いからって私に全投しないでほしい。

私だって怖いのだ。毎回毎回、私何もしてないのに睨まれるし。

いや、私という危険人物を警戒してのことだということはわかるのだが、怖いものは怖い。

 

 

「はぁ.....非常に憂鬱だ」

 

 

深いため息を一つ。

その時、ある気配に気づいた。

それは人々が行き交う歓楽街でまっすぐ、私に向けて足をすすめていた。

 

 

「む?アルマ?こんなところでどうしたんだ?」

 

「なっ!?お前は!?」

 

 

その長身で腰あたりまで伸ばされた緑色の髪を持つ鬼族の女性は、私が今最も会いたくなく、会わねばならない人物の1人だった。

 

彼女の名はホシグマ。

龍門近衛局特別任務隊の1人だ。

 

私も過去に何度か顔を合わせたことがある。

いや、何度かどころではないな。

なにせ私がこの龍門に身を置くようになり、見張りと共に行動することを強制されていた時期、その見張りが彼女であったのだから。

 

....あの頃は何度も酒に付き合わされたものだ。

おそらく私の本心を聞き出すため....だったのだと思いたいが.....あれは地獄だった。毎朝洗面所に向かって胃の中身を吐き出すことが日々のルーティーンになることはもうゴメンだ。

 

そんなこんなでこの女性、私がこの龍門で会いたくないランキング上位に食い込む人物の1人でもある。光栄だろ?

 

 

「お前も飲みにきたのか?」

 

「い、いや。私は書類を....」

 

「そうかそうか!よし!私が案内しよう!いい店を知っている!」

 

「え?ちょっと?え?」

 

 

いや、あの私これからあなたたちの職場にいかなければならないのですが。

え?なに?酔っていて聞こえない?

 

 

 

 

 

 

あ.................そうっすか..........はい.....................

 

 

 

 

 

 

 

 

夜は.......まだ明けない................

 

 

 

 

 

 

 

こんばんは。

私アルベルト。

いま酒屋にいるの。

 

助けてください。

誰か。

誰でもいい。

リスタ、アイン、レティシア、リュドミラ...

これが私への罰だというのか?

これは、あまりにも酷すぎるのではないか?

 

ああ、誰か私を、この地獄から救い出してくれ......

 

 

「わりゃしはおまえをみとめにゃい!!」

 

「あ....はい」

 

 

コップに並々と注がれつづける酒は、溢れ出し机からこぼれ落ちたそれが私のズボンを汚そうと止まらない。

 

 

「きいてるのかきさみゃ!!」

 

「あ....はい」

 

「なりゃいい!!」

 

 

美少女と言っても過言ではない顔は、酒気に包まれ赤く染まり、酒臭い息を至近距離で吐き出し続ける。

まるで台無しである。

 

ああ....なぜ、私はこんなところにいるのだろう。

 

彼女の名前はチェン。

龍門の上級警司であり、龍門近衛局の特別督察隊隊長。

つまり目の前で楽しげにこの光景を酒のつまみにしている鬼の上官であり、私の最も会いたくない人物第一位に見事君臨するお方である。

 

何故あなたがここに.....?

 

いるのならそう言ってくれてもいいじゃないか。

そうすれば覚悟くらいできた。

そう言った気持ちを込めてホシグマを睨みつける。

 

 

「くくく、悪いな。うちの隊長が」

 

「悪いと思っているなら即座に私を解放していただきたい」

 

「ははは!それは難しいな!」

 

 

難しくないでしょうあなたの腕力なら、というツッコミは酒臭い吐息によって発することができなかった。

まずい、そろそろ限界だ。

あまり私の酒への弱さを舐めるなよ?

ああ、もうホシグマが2人に分身している。

 

 

「み、水をください」

 

「ほら」

 

「ありがとうございます。う....ぅ..............ぐびっ...............酒だこれ」

 

「はっはっはっはっは!!」

 

「笑い事じゃ───」

 

「こっちをむけぇ!」

 

「うっ........」

 

 

ああ、チェンが1、2、3.....いつの間に影分身なんか習得したんだこの隊長さんは。ついに声まで二重に聞こえてきたぞ。

 

 

「わらしはなぁ!おまえをみとめにゃい!りゃが!おまえのこうせきはじじつりゃ!」

 

「は....はい....」

 

「わりぇわりぇがてをやいていたまふぃあのかいめつ!」

 

「ええ....」

 

「ひみつりにしんにゅうしてきたてろそしきのかいめつ!」

 

「はい....」

 

「ひろまるすんぜんだったまやくのとりしまり!」

 

「ええ....」

 

「すべて!すべてきさまのこうせきりゃ!みとめたくはないがにゃ!」

 

「はい....」

 

 

あ、不味い。川の向こうでアイン達が手を振ってる。

お前も早くこっちこいヨォ、って手招きしてる。

 

 

「そう、わりぇわりぇはきさまにかりをつくってしまった!」

 

「は....い......」

 

「だが、わりゃしはきさまのようなあくにかりをつくりたくにゃいんだ」

 

「わか...りますよー.....」

 

 

う、視界が歪む。

おお、チェン、貴様多重影分身を獲得したのか....

 

 

「よって!かりはいまここでかえす!」

 

「........................スヤァ.........」

 

「さあわらしのからだをすきにすりゅがいい!エロ同人みたいに!エロ同人みたいに!」

 

「隊長、アルマは女性ですよ?というかもう寝てますし」

 

「なに!?きしゃま!ねるな!わたしがしゃべってるだろ!おきろ!きさま................あ、あったかい........」

 

 

壁に体を預け、寝てしまったアルマにしがみつくように揺すっていたからか、眠気が連鎖反応を起こし、彼女まで睡魔に飲まれることとなった。

ホシグマという酒豪を残し、場は静寂に包まれた。

 

 

「おや、寝てしまったか..........そうだな、ふふ...いいことを思いついた」

 

 

 

 

 

 

翌日、彼女達は同じ布団で目を覚まし、アルマがチェンの見事なビンタを食らって1メートルほど吹き飛ぶことになるのだが、それはまた別の話。




チェン姉貴の太もも.....いいよね。
ホシグマさんは我がロドス最初期からの鉄壁。


....絶対この人達のキャラ違うよ...絶賛キャラ崩壊中だよ....


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旅は道連れ

赤、赤、赤。

両手が、両足が、視界が全て赤に染まる。

一度染み付いた汚れは、いくら洗おうとも、たとえ手の皮を削ぎ落とそうとも消えることはない。

一度背負った罪禍からは決して逃れることはできない。

 

 

『信じていたのに』

 

 

罪は重なり、恨みは連なる。

視線を下に向ければすぐにわかる。

私がこの手で死に導いた人々が、皆が皆、光を失った暗い目で私を見つめている。血に濡れ肉が爛れ骨が見え腐り果てた多くの手が私に掴みかかる。

なぜお前がまだ生きている?

早く来い、と。

罪を償いに来い、と。

永遠に苦しみ続けろ、と。

 

 

『生きろ』

 

 

しかしその一方で私に生きてつぐなえという声も聞こえる。

生き続け、苦しみ続けろ、と。

 

その全てが組み合わさり、私を呪いのように苦しめ、束縛する。

きつく、きつく、楽には死なせないぞ、と。

有刺鉄線のように肉を抉り、徐々に徐々に締め殺してゆく。

できるだけ時間をかけ、最大限苦しめるように。

 

 

「あ゛....が.....やめ.........」

 

 

ならばお望み通り生きてやろう。

罪悪感?そんなものはドブに捨ててしまえ。

正しい倫理観?もとよりなかったものを求められても困る。

愛情友情恩情色情純情真情哀情悪感情。

いかなる思いを向けられようと私が止まる理由にはならない。

さあ、苦しみながらもこの罰を満喫しよう。

ただひたすらに悦楽を求め続けよう。

さあ。

もっと。

楽しもう。

悦楽を求めよう。

好きなことをして、好きなように生きる。

いいじゃないか。

もっと自分自身に素直になろう。

 

 

「だず.....げ.........」

 

 

少しずつ、少しずつ生気が失われてゆくのがわかる。

この男は言った。

家族がいる。

子供がいる。

まだ死ねないと。

 

だから殺す。

だから苦しめる。

こうしてじわりじわりとゆっくりと。

この男に残った数少ない幸福をゆっくりと奪ってゆくように。

この男の命を、自ら進んで私の娯楽に身を捧げてくれた哀れな子羊の命を堪能するように。

 

ゆっくりと

 

ゆっくりと

 

かつての私を取り戻すように

 

そう。私は、私の名前は─────────

 

 

「アルマ」

 

「ーーーーっ!!!」

 

 

 

そこまでだよ。

その声と、肩に触れられた感覚が私を現実に引き戻す。

 

 

「はっ...はっ...........っ!

 

 

肉の生々しい感触が、その温度が張り付いて離れない。

過去(トラウマ)が蘇る。

冷や汗が滴り落ちる。

次いで出てくるのは涙と吐き気。

 

 

「おええええええええ!!」

 

 

びちゃりびちゃりと吐瀉物がこぼれ落ちる。

自分が自分でなくなるような感覚....

否。自分が自分として完成してしまう感覚が恐ろしくてたまらない。

もう2度と過ちを繰り返さないと誓ったはずにも関わらず、私はまた裏切ろうとしていた。最低最低最低最悪だ。

 

大切な人との約束を破ろうとしてしまった。

 

到底許されることではない。

 

私は、私は、私は.......

 

 

「やあ、久しぶりだね。アルマ」

 

 

罪人だ。

 

 

「.......モス.....ティマ........いつからいた?」

 

「うーーん.....そうだね。君が彼らに剣を向けた時から?」

 

「....ほとんど最初からじゃないか。いい趣味してる」

 

「褒めてもアーツくらいしか出ないよ?」

 

「勘弁してくれ。まだその時じゃない」

 

 

吐き気の残る口元を拭って自分の後ろに笑みを浮かべながら立つ女性に視線を向ける。

彼女の名前はモスティマ。

サンクタのくせにサルカズのような角を持つ青髪の堕天使。

まるでおとぎ話の中から出てきたかのような謎の多い存在と私の関係は...正直どのような言葉で表していいのかわからない。

 

 

「...そっか。まだ、大丈夫そうだね」

 

 

彼女は私が“私”だった頃からの悪友であり、

 

 

「大丈夫.....いや、本当にそうなのかは.......わからない」

 

「大丈夫。君はまだ“君”のままだよ。私が保証しよう」

 

 

─じゃなきゃもう殺してるからね。

 

 

私を殺す者でもある。

 

 

「そう....か.....」

 

「そう、大丈夫なんだ。ほら甘えてもいいんだよ?私は君の救世主(君に死を与える者)だからね」

 

 

私に死を与える者。

そう、私にとってテキサスが生きるという罰を与える存在であるのに対し、彼女は私にとって終わりを与えてくれる救世主だ。

 

戦闘狂の逃亡兵、ウルサスの雷鳴、赤髪の不死鳥、無口な弓兵、王殺し、愛国者、片角の刀剣士、Wの名を持つ男、白い賞金稼ぎ、土塊の傭兵.....コレまでの人生、さまざまな人間に出会ってきたが、妹と、彼女だけが“私”の中の私を見つけ出してくれた。

 

そして彼女はその言葉をかけ続けてくれていた。

 

“私が君を殺してあげる”と。

 

そんな彼女だからだろうか。

私も自然と口が軽くなる。

 

 

「.....モスティマ、私はどうしようもない人間だ。人を殺す時....他人の幸せを壊す時、私の心の奥底からいつもきまって湧き出てくるんだ。どうしようもない.....快楽が」

 

 

「さっきは、まだその時じゃないといったが..............いつだってそうだ。表面上では後悔と懺悔に包まれたふりをしながらも.......心のどこかでは今だって、殺しを楽しんでいる。壊すという行為を楽しんでしまっている.....そして、私にはそれでしか得られないものがある」

 

 

「大穴だ。心にポッカリと開いた大きな穴。純粋無垢な子供達と触れ合っても、罪のない善良な人々を救っても、大切な仲間を作っても....最も大切な存在とともに過ごしていても。それは埋まらなかった」

 

 

「穴を埋められるのは、コレしかなかったんだ。壊し続けるしか、愉しみ続けるしか......人の幸福を食べ続けるしかっ!!私は満たされない!.........ああわかっている。そんなこと、あってはいけない。あってはいけないんだ」

 

 

 

「モスティマ........なあ、殺してくれ。殺してくれよ!!!ダメだ!ダメなんだ私じゃ!乾きが治らない!満たされない!ああモスティマ!どうか私を!私を救って(殺して)────────

 

 

 

 

 

「ダメだよ」

 

 

 

手袋をとった白い両手で、私の血に濡れた手をにぎりしめた。

 

 

 

「約束したじゃないか。約束したはずだ。君は、生きてその罪を償うって。あの時、その口で、確かにはっきりとそう言ったはずだ。一度決めた約束は最後まで守らなきゃダメだよ?」

 

「うっ!?」

 

 

胸ぐらを強く引き寄せられ、その勢いのまま強く抱き寄せられた。

.....胸に押しつけられるような形で。

 

 

「大丈夫。君が道を間違えそうになったら私が止めるよ。次に、もし君が本当に間違いを犯そうとしたらその時は私が、救ってあげるから。大丈夫さ」

 

 

彼女は、心の奥底を見通すような。いや、ポッカリと開いた大穴ごと私を飲み込んでしまうような暗い瞳で私を見つめてそう言った。

 

 

「....そう....か......」

 

 

私はただ、そう返すことしかできなかった。

 

 

 

 

「惚れた?」

 

「...........は?」

 

「あれ?おかしーな?これならどんな女の子も一発って聞いたんだけど....」

 

「.............」

 

 

一瞬でも感動した私が馬鹿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私と彼の付き合いは数年前にも遡る。

まだラテラーノから旅に出たばかりの頃。

監視役兼護衛の少女の目を盗み、1人旅をはじめた時のことだ。

 

 

「おやおや、迷子ですか?こんなところで...危ないですよ?」

 

 

地平線まで広がる荒野で、夕焼けの下、彼と出会い、そして彼ら傭兵団と共に行動する道を選んだ。

 

柔和な笑みとは対照的に黒く澱んだ瞳。

楽しげに語るがどこか空虚な言葉の数々。

 

その奥底に隠されたどす黒い本性と、もう一つ。

複雑に絡まり合った矛盾の中から私はそれを見つけ出した。

 

 

罪悪感に押しつぶされかけた、彼の心を。

 

 

「っ...!?あ、あれ?おかしいですね?どこも痛くないのに....」

 

 

赤く燃える焚き火以外に灯りのない暗闇の中。

彼は泣いていた。暗くてよく見えなかったけど、くっきりと確かな一本の線が彼の頬を流れていた。

もっとも、彼自身はその理由に気づいていないようだったけど。

 

 

「....おや?モスティマ?もう遅いですよ。見張りは私がしますから。貴方はまだ子供なんですから寝てていいんですよ?」

 

「ん〜...歳はあまり変わらないはずなんだけどね」

 

「そうでしたっけ?貴方小柄ですから....」

 

「今成長している最中なのさ」

 

「これは失礼」

 

 

彼はいつもそうだった。

歳は聞いた限りそう大して変わらないはずなのに、身長だけで私を子供扱いした。それも、今では抜いてしまったけれど。

あとは彼が他の人よりも大人びていたことも原因の一つだと思う。

 

....ん?なんで彼のことを“彼”って呼ぶのかって?

ああ、私がまだ彼女のことを男の子と思ってた頃の癖が出ちゃったね。

まったく、彼はもう少し自分が女性だってことに自覚したほうがいいと思うんだ。あまりにも隙が多すぎる。自分がいかに魅力的な女性か理解していないんだ。

いや、それだけならまだよかった。

彼女は自分の体を大切にしなさすぎる。

魅力を理解していない以前の問題だよ。

“犯す?ああ、お好きにどうぞ”的な雰囲気なんだ。

無防備にも程があるんじゃないかな。

その姿に私が感情を抱いているかも知ら──────

 

 

閑話休題

 

 

とにかく、私は彼に興味...というか好意を持っていたみたいだ。

 

 

「見つけた!フェイスレスだ!」

 

「ほかの奴らもいねぇ!今ならやれる!」

 

「へっへっへ、そこにいるガキもろともブチ─────

 

 

 

「はぁ.....うるさいですね」

 

 

 

「ぎ、ぎゃぁぁぁっっ!?」

 

「手、手がぁぁ!?なんで源石が!?」

 

 

 

とまあ、襲ってきた賞金稼ぎを片手間に処理できるほど彼は強い。

でも私は、私だけは彼の弱さを知っている。罪を知っている。

 

だから私が守護らないといけない。

 

 

『あ、ああ......モスティマ........私は.....私を......殺してくれ.....』

 

 

そして私が、彼に救いを与えてあげないといけない。

 

彼の一番は私ではないことを知っている。

彼がいざという時に優先するのが私ではないことを知っている。

彼が私のことを友人としてしか見ていないことを知っている。

 

それでもいい。

 

彼に罰を与えるのは私の役目ではないから。

 

 

 

彼が最期に戻ってくるのは、私のところなんだから。

 

 

 

 

 

「大丈夫。私が、君を救ってあげるから」




モスティマ姉貴
昔なんかあった謎の多いミステリアスなネキ。しょーじきよくわかんない。
アルベルトくんちゃんと昔なんかあった。しょーじきよくわかんない。
身長は抜かした。
死んで欲しいわけじゃない。むしろ生きて欲しい。
でも殺すのは自分。


アルくんちゃん
余裕で約束を違えようとするクズ。
フェイスレスの名前で普通に指名手配されてたりする。


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狂狼

え?ラタトス可愛くない?え?


子供の頃、ボクは孤独だった。

恵まれた家庭。今とは比べ物にならないほどのご馳走。溢れるほどのお金。両親に頼めばいくらでも買ってもらえるおもちゃ。

それでも、ボクに“友達”と呼べる存在はいなかった。

 

“外は危ないから”

 

父と母はそう言ってボクを外に出してくれなかった。

 

寂しかった。

いつも、鍵のかけられた部屋で一人。ぬいぐるみを片手に窓から近所の子供たちが遊ぶ様をみていた。

 

“いいなぁ”

 

その光景を見るたび、無意識のうちに口から吐き出される言葉。

 

私は、友達が欲しかった。

 

自分の気持ちを、想いを共有し合うことのできる、友達が欲しかった。

 

 

「こんにちは」

 

 

そんな時だった。

 

 

「貴方がラップランドですか?」

 

 

鍵のついた扉を開け、外の明るい光が部屋にさし込んできた。

それが、ボクと彼との初めての出会いだった。

 

 

彼はいろんなことを教えてくれた。

この国のこと。

他のファミリーのこと。

この世界のこと。

源石のこと。

そして彼自身のこと。

 

私は、私の世界に色をつけてくれた彼に段々と惹かれていった。

そして、いつのまにか好きだと気づいていた。

 

毎日、彼と過ごす時間が楽しみで仕方なくなっていた。

 

 

「ふふふ、アル、驚くかな」

 

 

今日は彼と出会って2年目の記念日。

ちょっとしたサプライズとしてケーキを自分のお小遣いで買ってみた。

少し高かったけど、その分美味しいはずだ。

だから、彼も喜んでくれるだろうと.........

 

 

 

 

「当主様!テキサス家が!テキサス家が⚪︎⚪︎⚪︎家に打ち滅ぼされました!!」

 

「な!?馬鹿な!アルベルト君は!?」

 

「それどころじゃありません!このままでは彼らと協力関係であった我々まで!」

 

「し、しかし彼を見捨てるわけには....!」

 

「ボス!!」

 

 

 

 

....彼は、来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トランスポーターの朝は早い。

未だ太陽が登り切らない時間に眠りから目を覚まし、冷たい水で顔を洗う。ハンガーラックにかけられた黒いワイシャツに袖を通し、その上から会社から支給されたジャージとバッチ、そして社員証を身につける。

強度は問題ないのだが、ボスの趣味か今の流行りか、社員用のズボンが短パンしかないのが欠点だ。タイツを履いていても少し恥ずかしい。

 

次にテレビの天気予報と天災予報に目を通し、1日の予定をシュミレーションする。今日はどこに荷物を運ぶか。どのルートを通れば最短かつ安全か、それを調べなければならない。

 

 

「今日は一日中晴れ...予定は..............ああそうか、今日は休みか...」

 

 

サンドイッチを口にしながらテレビに映る日付を見て初めて思い出す。

今日は、仕事の一切ない休日だと。

久しぶりの、休日だ、と。

 

だとしたら今日一日どう過ごそうか考えねばならない。

ペンギン急便に顔を出す?却下。

ジェイ坊の店に行く?顔見知りがいそうだから却下。

スラム街?掘り出し物が見つかるかもしれないがまたの機会にしよう。

近衛局は論外だ。

 

ならどうしよう。やることが全くと言っていいほど思いつかない。

 

 

「うーん....」

 

 

...たまには街をぶらついてみるのもいいかもしれない。

地図でこの移動都市の構造は暗記しているものの、実際に見たことのない場所は両手で数えきれないほどあるだろう。何か新しい発見があるかもしれない。

 

 

「そうと決まったらいってみようか」

 

 

迷子、なんてことはこの私に限ってあり得ないでしょう....が、一応。念のため。地図くらいは持っていきましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「迷った」

 

 

そう、迷った。

うん、迷子というやつだ。

 

 

「..........」

 

 

.........

 

 

「.....困った」

 

 

実に困った。

 

何が困ったって帰る方法がない。

 

地図も念のため、そう偶然。たまたま持ってきていたが、入れておいた財布ごと気づかないうちにスられていた。

エンペラーに電話しようにも携帯の充電をしていなかったせいで真っ黒い画面が映し出されるだけ。

私のことを陰からチラリチラリと覗き見る方々も親切に帰り道を教えてくれる、なんてことはないだろう。

 

困った。

 

 

だが、この状況を楽しむにもまた一興。

 

 

「ふっ...」

 

 

向けられる多くの視線の中に一つ、明らかに異様なものが混ざっている。

警戒心を含んだ多くの視線とは違い、それは明らかな殺意と執着、さまざまな感情が混ざるあったものが向けられているのがわかる。

 

 

「ふむ....そうですね...もう少し先に進んでみましょうか」

 

 

角を右に、散らかった木箱や生ごみを乗り越え今度は左。

複雑に張り巡らされた路地を右左右左と、条件の当てはまる場所を探しながら歩く。

 

そして辿り着いたのは人気の感じさせない、薄暗く、そしてこれ以上逃げ道のない袋小路。

 

まさに“追い詰められた”という言葉が似合う場所だ。

 

コツリ、コツリと足音が鳴り響く。

 

 

「あははは!...もう、逃げられないよ?テキサス」

 

 

背後からかけられた女性の声に思わず肩が震える。

ああ、声をかけられたこと自体はいい。それ自体は想定していたことだ。

 

だが、彼女は今なんて言った?

 

 

「久しぶりだねテキサス!あえて嬉しいよ!」

 

 

そう、“テキサス”。

アルベルト、ではなく、テキサス。

私の、私たちの家名....既に滅んだ家の名前だ。

何故彼女は私のことを苗字で読んだ?

私の苗字を知るものは少ない。

髪色で判断した?いや、それはないだろう。

 

確かに私たちのテキサス家はループスには珍しい髪色をしている。

だがそれは染めることでいくらでも変えることができる。

それに、私の髪色は両親や妹の様に、夜空の様な紺色ではなく、完全に黒....月も星の無い暗闇といった方が良い、そんな色。

妹の美しい髪色とは似ても似つかない。.少しは似ているだろうが私の髪色は妹の夜空の様に美しいそれとは比べるのも烏滸がましい。

 

 

「僕はずっと君のことを探していたんだ!ずっと、ずっと、ずーーーーっと!!」

 

 

ポーチに入った源石剣を握りしめる。

最大限の警戒を持って、いざというとき即座に相手を無力化できるように。いつでも殺せるように。

 

振り返る。

 

 

「おやおや、可愛らしいお嬢さん。私に何か御用で?」

 

 

白い髪を持った同族の女性。

可愛らしい、しかし私にはわかる。アレは私と同類だ。

匂いでわかる。気配でわかる。目でわかる。

アレは戦いを愛し、破壊を好み、常に血に飢えている救いようのない獣。

 

アレは、私だ。

 

 

ああ....血が騒ぐ。

 

体が闘争を求めて震える。

 

やはり私もまた、救いようのない獣なのだと再認識する。

 

 

「テキ....サ...........ス.........?」

 

 

だが、しかし。

私の予想に反して彼女の反応は意外なものだった。

瞳孔を見開き、手に持った獲物をカランと落とす。

まるで驚いているような、死人を見ているような。

 

 

「?何を驚いているのですか?あなたが話しかけてきたのでしょう?」

 

 

もしかして人違い...なんてオチだろうか?

それだったら拍子抜けがすぎる....

というか生殺しです。

はっきり言いましょう。私は今闘争に飢えている。

意外と戦闘狂の素質もあったんですね私。

つまり────

 

 

移動都市でテロを起こす。

テキサスにボコられる。

最高に可愛い妹に癒される。

しかし身体は闘争を求める。

血生臭さが欲しくなる。

アーマードコ─────

 

 

 

「........アルベルト?」

 

 

「はいアルベルトですがなにか?」

 

 

 

 

.....

 

いやダメだろ素直に答えちゃ。

 

いや勢いだけで解してしまったがそもそも何故私の本名を?

あまりにも個人情報が知られすぎている。

アレですか?私の命を狙う賞金稼ぎですか?

いやだとしたら武装を解除した理由がわからない。

さっきまでめちゃくちゃ出ていた殺気も全く感じられない。

まさかビビった?いやそんな雰囲気ではない。

 

...わからない。

 

 

「夢.....?違う?......なんで........嘘.....」

 

 

なんで?は私が言いたい言葉だ。

 

いや待て?何か、そう、非常にデジャブを感じる。

 

これは、あの時、テキサスとの再会時のような...

 

 

「ぁ...................」

 

「あ」

 

 

ポロポロと彼女の瞳から液体がこぼれ落ちた。

 

 

「え?ちょ!?」

 

「よかった、生きてた、生きてたんだね.....アルベルト....!」

 

 

一歩。

踏み込みと同時にその姿がかき消えた。

否、私に見えないほどの高速で飛びついてきたのだ。

次の瞬間に生じた腹部への強烈な負荷がそれを証明していた。

 

 

「──ガッ!?」

 

 

押し込まれる内臓。

それに連動するように押し出される朝食べたサンドイッチを含む胃の内容物。

かろうじて口から吐き出されることは阻止するが、強烈な吐き気を無理やり抑え込んだせいで目尻に涙が浮かぶ。

 

しかしそれだけでは留まらず、体は衝撃を吸収し切ることができず、踏みとどまることも許されず、そのまま奥に積まれた木箱に向かって勢いよく衝突することとなった。

 

無論、その際にも木箱と腹部に飛び込んできた少女に圧迫され、再び地獄に見舞われることとなるが気合いで抑え込む。

 

完全なる不意打ち。

まさかこの私が防ぐことができなかったとは。まさか凄腕の暗殺者か?

右腕は動かない。次なる攻撃に備え動く左腕を盾にする。

アーツも起動。左腕の源石を利用してガントレット状に生成及び硬化。

 

 

「アル.....!アルゥ....!!」

 

 

しかし目の前の少女はまるで鳴き声の様に私の名前を連呼し続けていた。何気に私の匂いを嗅ぐ様に深呼吸するのはやめてほしい。この前テキサスにもやられたが、毎回汗臭く無いか怖くなってしまう。

妹に『兄さん......汗臭い....』などと言われた日には、私はウルサスのどこかの都市を堕とす可能性がある。

 

 

「ああ!暖かい!アルの匂いがする!やっぱり生きてたんだね!テキサスは君が死んだと思ってたみたいだけど!ボクは信じていた!君が生きてるって!ボクをおいて死んだりしないって!.......でも良かった.....良かった......!」

 

「..........いや、あの................一つ教えてください」

 

「!なんでもいってよ!それでアルの役に立てるのならボクはなんでもするよ!」

 

「うぅ....」

 

 

キラキラとした期待の眼差しが痛い。

だが聞かねばなるまい。

非常に聞きにくいが......

聞かなければ話が進まない。

 

そう、息を吸って、吐いて、落ち着いて。

 

 

 

「........貴方は、誰ですか?」

 

 

 

 

「.......................ぇ」

 

 

 

あ、キラキラと輝いていた目から光がストンと抜け落ちた。

こんな時、罪悪感よりも先に興奮がくる私はどうしようもない程の屑だと再確認する。が、今はそんな時ではなかった。

 

 

「...................なにを、言っているんだい?」

 

 

本能が全力で危険信号を発していたのだ。

 

 

「面白くない冗談はやめてよ。ぜんっぜん笑えないんだけど」

 

「いえ、冗談じゃありません。私は本気で貴方の顔に見覚えが─────

 

 

しかしその時の私は正常じゃなかった。

木箱に頭を打ちつけられていたせいで正確な判断を下すことができなかったのだ。

 

故に間違った選択をする。

相手の地雷を踏む......いや、思いっきり踏み抜いてしまった。

 

 

「カハッ!?」

 

「........信じてた!ボクは君が生きてるって信じてたのに!.....アルベルトが悪いんだよ?ボクのことを忘れるから!」

 

「ッッッ!!!!」

 

 

首が閉まる。気管が圧迫されて呼吸ができない。

今度こそ、彼女は確実に殺意を持って私を殺そうとしてきたのだ。

くそ、まずい。このままでは本当に死ぬ。流石の私でもこれは嫌だ。こんな、痴情のもつれみたいな死に方だけは絶対に!!

 

 

「将来を約束しあった仲なのに!!」

 

 

普通に痴情のもつれだった。

 

 

「ボクのことを忘れるアルベルトなんて!いらない!!」

 

 

瞬間、本当にぎりぎりで、彼女の顔と、一人の少女の顔が被った。

 

 

「ラップ....ラン.......ド.......?」

 

 

掠れた声で、しかしそれでも確かにその声は彼女に届いた様だった。

 

 

「え.....」

 

 

力が緩んだ。

 

 

「大きく、なりましたね.....」

 

「覚えて....」

 

「ええ、私が、貴方を忘れるわけないじゃないですか」

 

「あ....ああ.......うわああああああああああん!!」

 

「ぐへっ!?」

 

 

また大泣きして私の胸に顔を押し付ける彼女....いや、ラップランド。

ええ、思い出しました。確かこの子はテキサス家と協力関係にあったファミリーの一つ。そこのリーダーの娘。

かつて相手のファミリーが関係の強化のため、彼女を嫁がせてきて以来、彼女のあそびによく付き合わせられてましたからよく覚えています。え?結婚?するわけないじゃないですか。同性同士でしたし、それのその時の彼女の年齢は小学生くらい。対する私も中学生くらいでしたが、さすがに精神年齢的に小学生と結婚するのはどうか、ということできっちり断らせていただきました。ロリコンじゃないので。

 

 

「うぅ....ぐすっ......ひどいよ、そんな酷い嘘つくなんて....」

 

「....すみません。少し困惑していまして」

 

「そっか、そうだよね。ボクもこんなところで会えるなんて思っていなかったんだから!」

 

「いえ、そうじゃなくて.....」

 

「?」

 

「私たち別に将来を約束しあったりなんてしてませんよね?」

 

 

「...........は?」

 

 

 

不味い。まだ不発弾が残っていたようだ。

 

 

「いえ別に?忘れたとかじゃないんですよ?ただ私の記憶では婚約の件はすでに断ったという記憶がありまして....」

 

「そんなの無効に決まってるじゃん」

 

「......へ?」

 

「君とボクのお父さんが決めたことだよ?ボクは認めてない」

 

「え、いや貴方が認めていなくても....」

 

 

 

 

「アルもボクを否定するの?」

 

 

 

背筋が凍った。

ああ、これはダメだと。

今度ははっきりと知覚できた。

これ以上は危険だ。そして何より、既に壊れてしまっている私だからわかる。これ以上は彼女自身が壊れてしまう。取り返しのつかないほどに。

 

 

「......いえ、私は貴方を受け入れます。否定など、するものですか」

 

 

 

だから受け入れよう。

君がそんなに狂ってしまっていても。

テキサスが私を受け入れてくれたように。

 

 

「!!!......良かった.....怖かったんだ、君にまで捨てられるんじゃないかって.......」

 

「しかし!結婚は別です」

 

「なんでさ!!」

 

「私が女性ということが....」

 

「関係ない!」

 

「..........それに、私たちはもう十数年も会っていなかったわけです。まずは互いを知り合うことが大切でしょう?」

 

「う.......」

 

「付き合うにしても、もっと互いを知り合ったほうがいいと思うのですよ」

 

「.....そうだね」

 

「だから今は─────

 

 

 

「わかった。君の好み、君の下着、君の体温、君の性癖、君の生活習慣、君の仕事、君の視力、君の指紋、君の血の味まで.....全てを知ることができるように頑張るよ」

 

 

 

 

 

「あ、はい」

 

 

多分選択間違えた。




キャラ崩壊注意!!!(遅すぎる忠告)

一話の長さは、作者の気分によって変動します。(今回は多め)


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脇役の末路

やっぱりアルくんはわからせないと......

大大だーい好きな小説が連載を再開したので投稿です。


 

 

 

 

「アル....お前いつか刺されるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなこと百も承知。私の罪は私自身が一番よくわかっている」

 

「いやそっちちゃうわ」

 

 

サルゴン(ド辺境)へ行き、ワニワニパニックをしながら配達を終え、溜まりに溜まっていた書類を片付け、お土産にもらった花(毒有り)の水やりをしている最中のことだ。

植物は癒し効果があると聞いたことがあったがあながち間違いでもないのかもしれない。私にとってストレスマッハなこの場所(ペンギン急便)にいるにも関わらずなんだか心が落ち着いてきた。

 

ちなみに毒の強さは一滴で人が10人死ぬくらいらしい。

危険物がすぎる。

 

 

「もしかしてアルマはんほんまにわかってないんか?」

 

「あれか?鈍感系主人公か?今更流行んないぞそういうの。流行が過ぎるのはあっという間なんだ」

 

「いやいやわかってますよ。恋愛系の話でしょう?そのくらいわかります。私はそこまで鈍感じゃない。ついでに耳もいい」

 

 

自分で言うのもなんだが、私は勘がいいほうだ。

勘だけで敵の潜伏場所を突き止めたこともあるし、視界外からの狙撃も勘で避けたことがある。敵部隊の移動ルートを当てたことだってあるし、源石手榴弾を勘で投げたら敵の一部隊を壊滅させたことだってある。

私は勘がいいんだ。

 

........いや、運がいいのか?よくわからないな。

 

 

「と、に、か、く。彼女達から好意を向けられていると言うことは理解している」

 

「本当か〜?」

 

「ああ、だが、ボス、クロワッサン。貴方達は一つ間違いしている。それは、その好意がloveじゃなくて、likeだ、ということだ」

 

「「...は?」」

 

 

エンペラーが咥えていたタバコを落とす。

クロワッサンがガッちゃーんとコップを落とした。

 

ああ、私にはわかる。

あれは好きな人に向けるものではなく、仲のいい友人や仲間に向ける友情だ。又は先輩とかに向ける尊敬の眼差し。

私は知っているんだ。

私は思春期の男子中学生じゃない。

可愛い子に笑顔を向けられたくらいで「あれ?この子俺のこと好きなんじゃね?」なんて勘違いはしない。大体そういうのする子は誰にでもやってることだから。

 

 

「そもそも私は彼女達と同じ女性。つまり同性。そこに恋なんてできるわけがない」

 

 

私のようなTS転生者じゃないんだから。

 

しかし愛の形は十人十色だ。

無論、性癖も。

“車に発情するドラゴン”なんて禁書を作り上げる者もいるのだから..........

故に世の中には同性愛者....いわゆるホモセクシュアルやレズビアンと言う存在もいるわけだが....まあ大丈夫だろう。

私の前世にもホモの友人がいたが、そんな感じの雰囲気は彼女達からは感じ取れなかった。

ちなみにその友人はうっかり惚れそうになる程に良いやつだった。

私はホモではないが。

 

 

「やっぱ鈍感系主人公じゃないか」

 

「あっちゃー、これは刺されるわ」

 

「主人公ってキャラじゃないからセーフ」

 

「アウトだ」

 

「アウトやな」

 

 

アウトか..........

というか私が鈍感というのは理解できない。

 

 

「はぁ.....お前もう少し周りを見てみろ」

 

「はい?」

 

「お前の妹のテキサスにうちのエクシアと近衛局のチェン。最近まで知らなかったがモスティマ。それに最近なにかとお前をストーキングしてるあの白いループス。こいつらが俺主観でテメーに()()を持ってるだろうと予想できる奴らだ。クロワッサンとホシグマの奴も少なからず思ってるだろ」

 

 

こう考えてみるとエクシア以外がだいぶヤバいな....とクロワッサンは1人呟いた。

というかエクシアが純粋すぎる。天使か?天使だ。

 

 

「いやいやいや.....ご冗談を」

 

「普通本人の前で言うんかそれ?まあ悪いやっちゃないと思ってるけど.....」

 

「じょーだんじゃねーよ。お前と一緒にいる時のモスティマの目、見たことあるか?ありゃー惚の字だ。絶対に。俺の酒とクロワッサンの財布をかけたっていいぜ」

 

「なあ勝手に人の財布かけるのやめてくれへん?」

 

「モスティマが?あっはっはっは。それこそ無いな。私もコレクションのラテラーノ銃を賭けてやる。クロワッサンには私の給料二ヶ月分」

 

「よっしゃ!勝ったわ風呂入ってくるで!」

 

「いったな!?は!後悔しても知らな──────

 

 

 

 

がちゃん

 

 

 

 

 

背後で何かが落ちる音がした。

 

 

「あ........」

 

「テキ.........サ.....ス........」

 

「ん?ああ、おかえり。テキサス」

 

 

そこには買ってきた商品が入っているであろうエコバックを床に落とし、顔を俯かせたテキサスがいた。

 

 

「早かったな。買いたいものはあった.......ん?」

 

 

そのまま彼女は自分の部屋に入っていった。

私に一言も返さずに。

 

 

「.....アル。俺、ちょっと用事できたわ」

 

「ウチもちょーっと出かけてくるわ」

 

「む?今日何か用事があったか?」

 

「「今できた」」

 

「あ、はい」

 

 

エンペラー達はそそくさと去っていった。

おそらくジェイくんの店かどっかのバーにでも行くのだろう。

クロワッサンはまた買い物か。

そういえば私の装備もそろそろ新しいものを買わなければいけない時期か。完全に壊れた旧型源石剣はともかく、副武装のナイフがこれ以上研いでも直らないほどに刃こぼれしてしまっている。多分これ以上使用したらポッキリと折れて──────

 

 

「兄さん」

 

「!は、はい!?」

 

 

背後からの声に体がびくりと震える。

いつのまに私の後ろにいたのか。それにしてもこの寒気はなんだ?今はまだ夏と言っていい季節。

気温だってウルサスとは比べ物にならないほど暖ったはずなのに。

風邪では....ないな。体調に異常は見られない。

だとしたらこれは一体.....まさか恐怖?

この私が?一体何に恐怖しているというのだろうか?

 

 

「プレゼントがある」

 

「ぷ、プレゼント...です、か?」

 

「....どうした?そんなに緊張して。前みたいに笑わないのか?」

 

「っ....あ、ああ」

 

 

今まで感じたこともなかった恐怖という感情。

それを今、初めてはっきりと実感することとなった。

背中に凶器を突きつけられ、命を握られるような....

冷や汗が止まらない。

 

 

「そ...それは?」

 

「プレゼント」

 

「...................首輪、ですよね?」

 

「そうだが?」

 

「..................これを...身につけろと....?」

 

「そうだが?」

 

「..................」

 

「安心してくれ兄さん。いつもどこかにいってしまう兄さん用に発信器も付いている」

 

「........断っても?」

 

「兄さん?」

 

「つけます!!」

 

 

光を反射しない澱んだ瞳で詰められればそう答えるしか無い。

私の本能は理解していた。今の彼女には逆らってはいけない、と。

さもなければ私はどうなるかわからないと。

 

 

「ふふ....やった......やっと、兄さんが私のものに...」

 

 

テキサスが何かを言っている。

が、しかしそれを聞く余裕は今の私にはなかった。

 

カチャリ

 

そんな音が、首元の首輪からなったのだから。

 

試しに引っ張ってみる。

 

 

「....」

 

 

びくともしない。

 

材質を改めて手の感触で確認する。

 

 

「....」

 

 

キンキン、という金属の様な硬い音が鳴り響く。

とてもじゃないが人間の力だけでは破壊できそうに無い。

 

 

「....テキサス、鍵は?」

 

「...?必要あるのか?」

 

「当たり前でしょう!?一生このまま───

 

「そうだ。ずっとこのままだ。兄さんが悪いんだぞ?やっと一緒になれたのにすぐに他の国に行って全然構ってくれない。それどころか、私という存在がありながらすぐに他の女性を魅惑する。エクシアだけならまだしも近衛局に隊長やあのモスティマとまで関係を持っていたなんて知らなかった。それどころか既に誰かと関係を持っていたなんて知らなかった。まだいるんじゃ無いのか?やましいことがないなら言えるはずだ。兄さんは私のものだ。絶対に誰にも渡さない。兄さんは私だけのものなんだ」

 

「ヒェ....」

 

 

謎の重圧を感じる。

 

 

「..................もう、絶対に離さない」

 

 

体に密着される。

彼女の呼吸数、心拍数、体温その全てが上昇。

私もまた同じような状態に陥っていた。ただし彼女とは違う意味で。

 

彼女の乳房が潰れるほど、普段の私なら興奮してしまうような状況。

しかしそれどころではない。暖かいはずの彼女の体は何故か冷たく感じ、異常な寒気を感じる。

ああ...そうか、恐怖の正体はこれだったのか....

 

 

 

「じゃあ行こうか兄さん」

 

「え?ど、どこに?」

 

「それはもちろん......」

 

 

テキサスがそう言いながら指差したのは

 

 

「..............」

 

「..............」

 

 

彼女の私室だった。

 

 

「ーーーーーっ!待て待て待て!待ってください!」

 

「ダメだ待たない」

 

「ダメです!絶対にダメです!私たちは姉妹!馬鹿なことはやめなさい!というか無理でしょう!?私達は同性同士!やろうと思っても()()()()はないできないでしょう!?」

 

「問題ない。しっかりと調べた」

 

「調べたぁ!?」

 

「ちゃんと()()も用意した」

 

「モノぉ!?」

 

 

 

 

 

 

「大丈夫。私が兄さん....いや、姉さんに“女”を教えてあげる。姉さんは天井の染みの数を数えているだけで、いい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「........優しく、してください」

 

「断る」

 

 

 

 

 

 

後日、アルマは強烈な筋肉痛に襲われることとなるのだった。

 

「......................揉まれると大きくなるって本当だったんですね」

「お、おう......」

 

ちなみに少し大きくなっていた。




落ちました(ノルマ達成)

多分こっからチェルノります。(意:原作入り)
喧騒の掟は時系列がわからないからポーイ
カポネ&ガンビーノとかバイソンきゅんとかバイソンきゅんとかとも絡ませたかったけどしゃーない。


.....の前に一章書き直そうかな


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IF:レユニオン
過ちは繰り返される


シリアスがアップを始めました。


 

乾いた空気に身を襲う寒気。

荒野は真っ白な絨毯に埋もれ、永遠と続く銀世界が広がっている。

 

なんともまあ、懐かしい景色だ。

 

 

「はぁ....」

 

 

ウルサス帝国が誇る大型移動都市チェルノボーグ。

私はそこに、仕事できていた。

 

...チェルノボーグ。

同じ移動都市であるクレアスノダールの倍に及ぶ鉄の都市は、今日も多くの人々が行き交っていた。

大声で客を呼び込む商人に、楽しそうに街を歩くカップル。

おもちゃ片手に走り回る子供に、それを追いかける親。

ありふれた...しかしそう簡単に手に入らない光景だ。

 

そこには感染者はいない。

源石に飲まれ、人の形を止めなくなった残骸も無い。

 

だが、それは感染者が差別されない...もしくは感染者が生まれることがない素晴らしい街、というわけではない。

 

なぜこの都市には感染者が見当たらないのか。

想像がつくだろうか。

 

 

......ああ、その通り。

ゴミはゴミ箱へ。

この都市から、感染者という名の可燃ゴミは既に処理済みだった。たったそれだけの簡単な話だ。

 

 

....アレから、私があの事変を起こしてからウルサスにおける感染者への対応はより強力に、より残酷なものへと変わった。

クレアスノダール事変は表向きには事故として処分されているため、アレが起こらなくとも感染者への差別はひどくなっていたかもしれない。

だが、少なからず影響を及ぼしていることは明らかだ。

 

感染者は人から家畜へ。家畜から生物ですらないゴミへと堕とされることとなった。

 

だが、それでも彼らは諦めずたちあがっていた。

誰が広めたのか、私たちCiRFと...

感染者の英雄、先導者フェイスレスの名を掲げて。

 

 

それがより悲惨な結果へと導くことにすら気づかないで。

 

 

これは私が生み出した悲劇だ。

私の罪。決して拭うことのできぬ大罪。

そして今なお続く感染者が非感染者を、非感染者が感染者を憎むという悲劇の連鎖。

故に、これは私が幕を閉じるべき物語なのだ。

 

 

 

 

 

だが、今は───

 

 

 

 

 

 

 

「ご利用ありがとうございます!ペンギン急便がお届けに参りました!」

 

 

 

 

配達が先だ。

 

目の前に立ち塞がる木製のドアがギギギと軋む音を立てながら開く。

暖かい暖気と共に現れたのは朗らかな笑みを浮かべるウルサスの女性。

つまり今回の私のお客さまだ。

 

 

「あら〜、ありがとうね〜かっこいいお兄さん〜!」

 

「お姉さんですよ」

 

 

私の前世にはこんな言葉があった。

“お客さまは神さま”

故に失礼があってはならない。

 

 

「まあ!カッコよかったからつい〜。ごめんなさいね〜」

 

「いえいえ、よく言われます」

 

 

笑顔で、愛想よく。

それでいて冷静に。

目の前の仕事に集中する。

慣れている。私の得意分野だ。

 

 

「ここにサインを」

 

「は〜い....と、よ〜し!」

 

「どうぞ。重いですよ。気をつけてください」

 

「あ〜、確かに重いわね〜。ありがとね〜こんな遠くまで重い荷物を〜...」

 

「大丈夫ですよ、こう見えて結構体力あるんです」

 

 

しかし....

 

 

「そうなの〜?」

 

 

デカイな。

 

いやいやいやいや。ダメだアルマ。集中しろ。目の前の仕事に集中....そこじゃない!!!

 

 

「??」

 

「いえ、失礼しました」

 

「あ〜!そうそう〜!丁度ホットコーヒーの準備ができたのよ〜!飲んでかな〜い?」

 

「いえ、この後も直ぐ仕事があるので...すみません」

 

「あら〜...残念ねぇ」

 

「行きたいのは山々なのですが...少し...怖い知り合いの顔が思い浮かぶので...」

 

「もしかして彼氏かしら〜?」

 

「あはは...」

 

 

奥さんは私の首元を見てニヤリと笑った。

 

何か、後ろから誰かに見られているような、そんな冷や汗が出るような感覚に襲われるのだ。

もしかしたら今も外れないこの首輪にカメラ機能でも備わっているのかも知れない。

 

 

「うんうん!ばっちりね〜!」

 

「おや、軍服ですか?」

 

「そうなのよ〜!うちの子が軍学校に合格したのよ〜!そのお祝いよ〜!」

 

「それは、おめでたいですね」

 

「怪我しないかだけ心配だけど〜、あの子の子供の頃からの夢だったから受かって良かったわ〜」

 

 

茶色の毛皮を使った立派な軍服。

ウルサス正規軍や軍警などに見られる正式な制服だ。

防寒性に優れ、それでいて丈夫。私が傭兵を始めたばかりの頃は軍属時代のものをそのまま使用していたほどに万能性に優れている。

 

ただ、少しばかり高いのが難点だが...

 

 

「では、そろそろ失礼します」

 

「おばさんの長話に付き合ってくれてありがとうね〜」

 

「いえいえ、またのご利用を心よりお待ちしております」

 

 

奥さんに軽く会釈し、その場を後にする。

しかし本当にいい人だった。

私は今まで感染者として、家族という幸せを憎む者としての目線でしかウルサスや世界を見てこなかったけれど、こうしてみると、もっと他の方法があったのだと。過去の私がどれほど間違ったことをしていたかということがよくわかる。

 

一人一人にそれぞれの幸せがあるのだと。

いくら自分が酷い目に会おうともそれを壊そうなどとしてはいけないのだと思い知らされる。

 

もしかしたら、あの時私が別の選択をしていたら()()()()も血を流さず、誰も悲しまずに全員で日の光を見ることができたかも知れない。

 

 

私はもう2度と間違えない。

 

 

私は罪を償うため、このような罪なき人々の幸せを壊さないため。

そして私の()()の幸せのために生きると誓おうと決め──────────

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

背後からくる強烈な熱風に体が吹き飛ばされる。

唐突な不意打ちに頭は追いつかず、いつのまにか地面一色になっていた景色に混乱するばかり。

しかし続いてくる肌の痛みと、喉の痛みに意識が覚醒する。

 

熱。

 

それも尋常じゃないほどの、体が焼けるような熱。

それが背後から襲ってきた。

 

 

咄嗟に後ろを振り向く。

 

 

 

「.........え?」

 

 

 

 

真っ赤に燃える住宅街。

柱は燃え盛り、窓ガラスは熱風で破れ、さっきまで話していた家がガラガラと音を立てて崩れ落ちる。

 

 

「なに...が....」

 

 

柱の下に転がる真っ黒な()()()と、その手に握られた同じく黒焦げになった、しかしところどころに茶色の残る軍服。

 

 

脳が理解を拒んでいた。

 

 

遅れてあちこちから悲鳴や鳴き声、呻き声が聞こえる。

 

 

 

幸せに満ちた街は、一瞬にして地獄となっていた。

 

 

 

 

「あ...あ、ああ........」

 

 

 

 

続いて各所から上がる歓声。

 

ああ、私はこのこの光景を知っている。

 

何度も夢に出たあの光景。瞼に染みついて剥がれないあの光景。

 

ダメだ。これはダメだ。

 

 

「ダメ...だ...」

 

 

炎が見える。

かつての自由への渇望ではなく、ただひたすらにどす黒い非感染者への怒りが詰まった...

 

悲劇は繰り返される。

悲劇は連鎖し新たな悲劇を生み出してゆく。

それはより深く、悲しみと怒りの詰まった物へと昇華してゆく。

 

それは決してあってはならないことなのに

 

現実はどうしようもなく残酷で

 

 

「あ、ああ....!」

 

 

 

また、人が死んだ。

 

 

 

「なぜ...なぜこんなことに...」

 

 

 

わかっているだろう?

 

 

お前のせいだと。

 

 

 

「違う!こんなこと私は望んでいない!」

 

 

 

否。

 

全てお前が望んだことだ。

 

 

 

「こんな......こと......」

 

 

 

「ほぅ?まだ生き残りがいたのか....いや、貴様は...」

 

 

 

太陽が見下ろしている。

 

 

 

「まあいい」

 

 

 

炎が輝く。

 

これは私への罰なのだ。

 

全てのきっかけを生み出しておきながら、呑気に偽りの幸せを謳歌していた自分への。

 

 

 

「今、終わらせてやる」

 

 

頭ではわかっていた。

 

受け入れなけれならなないと。

 

受け入れて仕舞えば楽になると。

 

だが───

 

 

 

「あ、ああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

罪を受け入れるのでも、逆に立ち向かうのでもなく...

足は勝手に動き出していた。

 

 

「.....ふん。殺す価値もないか」

 

 

 

ただひたすらに、がむしゃらに走り続けた。

あたりから聞こえてくる歓声を、そして悲鳴を聞こえないふりをしながら恥し続けた。

死にたくないと思ってしまった。

無様に、この血に汚れた生に縋りつきたいと思ってしまった。

罰を受け入れることが恐ろしく感じてしまった。

 

なんて、無様なんだろうか。

 

 




話を追っていくごとに小者臭が増してゆくアルちゃん。


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全ては自己満足

アブサントが好きです。でもテキサスの方がもっと好きです。
でもアブサントも普通に推しです。
なんか頭なでなでしたくなるよね。

※チェルノボーグ事変でのドクター救出までの時系列がよくわからないので間違っていたら教えてください。間違っていなくても教えていただけたら大変助かります。


 

「ぅぐ.......おえぇぇぇぇ...」

 

 

誰もいない、暗い路地裏に生々しい吐瀉物の音がビチャリビチャリと響く。鼻につくような悪臭は、しかし同様に香る肉の焼けるような匂いと鉄臭さでかき消される。

 

最悪の気分だ。

 

気持ち悪くて気持ち悪くて、今すぐにこの首を掻きむしって死んでしまいたいとさえ思う。

 

でも───

 

 

「っ......はは、は...まあ、楽には死なせてくれないか」

 

 

首につけられた頑強な首輪の存在がそれを阻む。

だが私にどうしろというのか。

私にはまだやることがあるというのか?

 

無理だ。

 

口先だけならどうとでも言える。

今の私には、もう無理なんだ。生きたい。そう思ってしまったから。

かつての私だったらどうだったのだろうか。

自らの欲望のためにさらなる悲劇へと拡大させたか?

それとも自らの命など鑑みず、私を思う人のことも想像せず、罪滅ぼしなんていう自己満足のために己の命を差し出しただろうか。

 

...ああそうさ。自己満足だ。

これまで私は散々“償いだ”、“私の責任だ“、などという綺麗ごとを言ってきたわけだが、それも全て、ぜーーーーんぶ。

他でもない私自身のための行動だ。

 

結局私はどこまで行っても利己的な、救いようのない人間だった。

 

そして何より、人間は、他の誰でもない、自分自身によって救われるのだから。

 

 

......そうさ。人は自分自身で救われるんだ。私が罪滅ぼしに救おうなんて、意味がないことなんだ。

 

なら、もう、いいじゃないか。

 

身近な幸せだけを守っていればいい。

これは彼らが選んだ選択なんだから。わざわざ私が全く関係のない赤の他人を助ける必要性なんて全くないんだ。

そうだろ?名前も、性格も、好きなものすら知らない他人を助けるなんてさ。私はヒーローなんかじゃないのだから。

 

 

 

「こんなところに隠れていやがったのか非感染者が!!」

 

「ひっ!?」

 

 

 

だから、あの少女を私が助ける必要は、全くない。

 

 

 

「くくく....ここならあの鬱陶しい盾兵どももいないからなぁ!!たとえガキだろうと好き勝手できる!!」

 

 

 

そもそもの話、私にあの少女を助け、そしてあの男を罰する資格があるというのだろうか?無論、そんなものが存在するはずがない。

全ての元凶であり、裏切り者である自分にそんな資格があるはずがない。

 

 

「ひははははは!!逃げたって無駄だ!てめえら非感染者はここで全員死ぬんだよ!!テメェらが散々見下してきた感染者によってなぁ!!!」

 

 

 

だから、私は──────

 

 

 

 

 

 

「いや...!お父さん!お母さん!」

 

 

 

 

 

 

──────ダメだ。

 

 

「がっ!?」

 

 

柔らかな感触が、人1人の人生が終わる瞬間が、源石剣越しに伝わってくる。こぽりこぽりと口から真っ赤な体液を垂れ流し、眼球は白目を剥き、体は痙攣を繰り返す。

 

 

「ひっ」

 

 

抜くと同時に首元から噴き出す血液が私の髪を赤黒く染める。

ああ、せっかく貰った制服がこれじゃあ台無しだ。などという場違いな考えがよぎった。

 

いや、でも...もう着ることは無いだろうし、もういいか。

 

 

「は、ははは」

 

 

人が死んだ。

私が殺した。

 

でも、やっぱり何も感じない。

この人は、欲にくらんで私を襲ってくる金目当ての賞金稼ぎどもじゃ無い。もしかしたら私が先導しなければ、感染者として、感染者なりの幸せを手にしていたかもしれない。そんな私の被害者を殺した。

 

なのに、何も感じない。

 

いっそ笑えてくる。

偽りの幸せで覆い隠そうと、私はどこまでも狂っていた。

 

もういっそ好きに生きよう。

罪?罰?資格?そんなものは関係ない。

自己満足でもいい。

初めの私が望んでいたように、好き勝手に生きよう。

 

これはちんけな正義感からでは無い。

全て私のため。私を満たすための行動だ。

私の中にこびりついた罪悪感などという不純物を削ぎ落とすための行動だ。

 

...........だから、私は正義の味方(ヒーロー)などではない。

そんな資格私にはないのだから。

 

 

私は、悪役(ヒール)だ。

 

 

 

「お怪我はないですか?お嬢さん」

 

 

 

さあ、仮面を被ろう。

 

 

 

 

 

「あの...アルベルト....さん....?」

 

「はい、なんでしょうかゾーヤさん?」

 

 

ゾーヤ。

それがこの少女の名前でした。

暴徒たちが作り上げた、監獄と化した学校からたった一人逃げ出したという勇気あふれる少女です。その理由もまた家族の無事を確認すると言うなんとまあ健気なこと。

 

ただ、彼女の願いが叶うことは難しいでしょうね。

それは彼女も知っていたようですがまだ諦めきれていない様子。

...彼女から先ほど聞き出した住所は、非常に聞き覚えのあるものでした。

今まで数えるほどしかこの都市に訪れていない私が覚えている場所...

 

....どちらにせよ、今は言わないほうがいいでしょうね。

足手まといになられても困る。

 

 

「....お父さんは、無事...だよね?」

 

「....ええ、きっと。あなたの父親は軍警なのでしょう?きっと大丈夫ですよ」

 

「そう....だよね..」

 

 

....今は状況を整理しましょう。

暴徒たち....レユニオンを名乗る者たちが起こした暴動は既に十数日ほど経過しています。さすがウルサス有数の大都市。あの旧型移動都市とは規模も防衛戦力も桁違いなためなんとか耐え凌いでいるようです...が、すでに都市のいくつかの区画は陥落し、感染者たちの手に堕ちているようです。

状況は改善せず悪くなるばかり。

徐々に徐々に終わりは近づいています。

 

しかし逃走は可能でしょう。可能性は非常に低いですが。

この都市に停泊中の小型の艦船を見ました。

すでに脱出しているか、又はすでに敵の手に堕ちている可能性もありますが、彼女に希望を与えるには十分でしょう。

 

次にこの都市で暴動を起こしている集団、レユニオンについてです。

はっきり言って有象無象の集まりです。

統率力もなく、ただ自由という大義のもとに暴力を振るうだけの無法集団...........一部を除いて、ですが。

 

感染者の盾。

 

みなさんはこの名前に聞き覚えはあるでしょうか。

ええそうです。伝説のウルサス軍人、ボジョカスティ率いる元軍人で構成された感染者集団です。

危険度で言えばかの雷獣、ジャスパー・ランフォードを大きく上回るほど。

 

さらにはスノーデビル小隊と呼ばれるウルサスでも名の知れた感染者集団や私が先ほど無様に逃げてきたあの炎龍。

 

それらの戦力の強力さを知っている私からすればこの都市が落ちるのも時間の問題と言えます。そもそも今もまだ生き残っているのが異常なくらいです。

 

 

さて....本当にどうしたものか。

 

 

「あ...ついた..よ」

 

「....本当にここですか?」

 

 

鼻が曲がりそうだ。

 

目の前に立ち広がるのは見た目だけは立派な学校の“ような”建造物。

しかし私にはそうは見えませんでした。

 

 

「ゾーヤさん、私が先行します。後ろへ」

 

「う、うん」

 

 

吐き気を催すほどの血の匂い。

私でも嗅いだことのないほどの。

 

 

「ひっ......これ、全部.....」

 

「学生...ですね」

 

 

まさに地獄です。

 

 

「一体...なんなの...?」

 

 

そこらじゅうに転がっている学生だったもの。

地面にも、外壁にまでついた焦げ跡が、ここで起こったことを示している。だが、それだけではない。

 

 

「刃物の跡...?」

 

「...切り付けられたようですね」

 

「なんで、一体どうしたらこんなことに...?レユニオンがやったの?」

 

「いえ....これは違いますね。切り口が雑だ。それに彼らは学生たちに利用価値があると言って生かしていたのでしょう?」

 

「う、うん...じゃあ、いったい......っ!?」

 

「ゾーヤさん?」

 

 

少女が一点を見つめ、動かなくなった。

彼女が見つめる先にあったのは焼け焦げた人間だったものたちの山。

そしてその中に見えるひとまわり大きな、軍警の制服を身につけた人型の物体。ああ、なるほど。

 

 

「あ、ああ......」

 

 

それはまさしく───

 

 

 

 

 

「父さん......?」

 

 

 

 

 

地獄そのものでした。





【アルちゃんの心境の変化】
テキサスへの償い....生きなきゃ。
(テキサス達に依存、生かされる&生存欲求の開花)

自分が過去にしたことのせいでやばいことになってる。
自分のしたことのヤバさとのうのうと生きてきた自分に嫌気がさす。
死にたいけど死にたくない。もう何もしたくない。
(罪悪感と恐怖に押しつぶされる)

なーんかかわいこちゃんが死にかけてる。
大体の原因自分のせいだ。
せや、助けよ。
(無意識下の責任感やらなんやらでこの子助けるまでは死ねない)


何かを支柱にしてなきゃアルちゃんすぐ死にます。
とりあえずローグライク楽しい。


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過去との会敵

 

 

学校として使用されていたであろう建造物は、外壁が焼け焦げ、窓ガラスは叩き割られ、数日前までそこで生存していた人々が生き残るために作り上げたであろうバリケードも無惨に破られています。

 

よくよく観察してみると、勉学を学ぶべき学舎は机や椅子、挙句の果てには有刺鉄線で補強され、さながら砦のように改造されているようですね。

しかしそれは校門や昇降口にはさほど設置されておらず、そのほとんどが各教室間の移動を防ぐように設置されています。

まるで外敵から身を守るのではなく、学校内に存在する“敵”から身を守るように作られたかのような.....

 

 

「ふ、む.......」

 

 

一つの遺体の腕を持ち上げます。

黒髪のまだ幼さを残したウルサスの少年の遺体。

 

 

『あ...フェイスレス.....様、姉さんが、すみません』

『ぅ....俺は悪くない!あいつが先に殴ってきやがっ──いってぇ!?』

『.....姉さん』

『はい....』

 

 

.....少し、失礼します。

 

 

「っ!?」

 

 

目の淵から、何かが這い出てきているのが見えました。

 

 

「.....これは」

 

 

遺体はすでに冷たく、ところどころうじも湧き始めている。

目は腐り落ち、死臭も漂い始めている。

死後かなりの時間が経っているようです。

 

辺りを見渡しても誰か生存者がいる気配はない。

実行犯はすでにいないのか...又は.....

 

 

「.....アルベルト」

 

「....もうよろしいのですか?」

 

「うん....大丈夫」

 

 

少し大きめの汚れた制服を羽織った彼女は、一通り泣いたのか目が赤く腫れている。

ゾーヤさんには悪いですが、今は彼女の父の遺体を持ち帰ることも埋葬する時間もありません。いつ“敵”に襲撃されるか分からない状況です。あまりこのような開けた場所に留まるのはよろしくない。

 

...敵はレユニオンだけではありません。

この遺体を見る限りこの都市はすでに無法地帯と化している。

 

打撲痕、切り傷、刺し傷.....そして歯型。

 

おそらく彼らは同士討ちをしたのでしょうね。

レユニオン達によって制限された物資をめぐって。

 

遺体の中にも、肋骨が浮き出るほど痩せ細ったものがちらほら見受けられます。空腹のあまり他のグループの物資を狙って、又は“食料”を狙って抗争が起こった....と考えるのが妥当でしょう。

 

そのほかにも貴族と思われる他の方よりも豪華な服装を着た方が、より無残な殺され方をしていたり、見せしめなのか壁に貼り付けられた死体が見られたり......

 

ここで起こった出来事で、予想できるものは数多くありますが....

本当に、地獄という言葉以外にふさわしいものが思い浮かびませんよ。

 

 

「いきましょうか」

 

「....どこ、に?」

 

「この都市を脱出します。おそらくもうあまり時間はないでしょう」

 

「...........」

 

「さあ、いきましょう」

 

 

手を差し出す。

俯いた彼女は、しかし、それを取ろうとはせず。

 

 

「........いいよ」

 

「...はい?」

 

「おいてって......」

 

「.....なぜです?」

 

「足手まといになってるのは、わかってる。私がいない方が、貴方は逃げやすい」

 

「....そんなことはありません。貴方がいなければ───

 

 

 

「もういいよ!!!」

 

 

 

「っ!!」

 

「お父さんも、お母さんももういないの!友達も先生もみんな死んじゃった.....私一人だけ生き残ったって意味ないじゃない!」

 

「...」

 

「もう嫌なの!こんな地獄も!感染者達も!もう..........」

 

「........」

 

「嫌だよ....助けてお父さん、お母さん.......」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行きましょう」

 

 

「........」

 

「確かに貴方の大切な人はすべて死んでしまったのかも知れません。この先、一人生き残ったとしてもただの子供である貴方を待つのは更なる地獄かも知れません。貴方がこれ以上生きる意味も、貴方にとってはないのかも知れません」

 

「......」

 

「ですが、生きてください。私のために。生きてもらわなければ困ります。貴方がここで死んでしまったら私はどうすればいいのですか?私はただのトランスポーター。この都市についてはあまり明るくありません。貴方がいなければ迷子何ってしまうかも知れません」

 

「......」

 

「だから生きてください。私のために」

 

 

 

 

「はは.......なにそれ.....不器用すぎるよ...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.....いいよ、わかった。行こう」

 

 

 

 

───私はどうしようもないクズだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『道案内が必要です。貴方の力を貸してください』

 

 

アルベルト

彼...いや、彼女は慣れた手つきで、しかし慣れていないような表情で私を助けてくれた。荒い呼吸をして、とても辛そうな表情をして....昔読んだ白馬の王子様、って感じはしなかったけれど、私にとってはカッコいいヒーローだった。

 

母を失った私を励ますのでもなく、見捨てることもせず、ただなにも言わずそばにいてくれた。

 

それが嬉しかった。

 

彼女はその後もずっと私をレユニオン達から守りながら学校まで着いてきてくれた。”道案内が必要だ“という名目で、文句の一つ言わずに私を守り続けてくれた。いつの間にか先行して学校に向かっていた彼女は脱出経路なんてとっくに把握していたはずなのに。

 

 

『一つ、面白い話をしましょう』

 

 

聞けば彼女は様々な国に荷物を届けるトランスポーターらしく、いろんな話も聞かせてくれた。

 

大きなザラックのおじいさんに砂まみれにされたこと。

寒い雪山で吹雪に見舞われて危うく凍死しそうになったこと。

山さえも吹き飛ばす白髪のバウンティハンターに命を狙われたこと。

マフィア達と荷物を巡ってカーチェイスをすることになったこと。

仲間の料理の練習に付き合わされてアップルパイが夢に出るようになったこと.....

 

波瀾万丈な人生を面白おかしく話してくれた。

 

そんな彼女のおかげで私の心にも、彼女と他愛もない話をできる程度には余裕ができてきた。

 

 

ただ現実から目を背けていただけなのに。

 

 

 

「あ.......」

 

 

 

お父さんが死んでいた。

 

一気に地獄に引き摺り落とされた気分だった。

いや、違う。初めからここは地獄だった。

 

 

 

「あ、ああ.........」

 

 

 

一人になった。

一人になっちゃった。

お父さんもお母さんも、友達も先生も隣のおばちゃんもお店のおじちゃんもみんな死んでしまった。

 

私は、

私は、

私は、

私は、

 

一人だ。

 

 

 

 

....

 

 

 

 

泣いた。

子供のように、思いっきり泣いた。

 

その間にも彼女は遺体や辺りの様子を調べたりいろんなことをしていた。すごいよ、アルベルトさんは。

こんなことになっても諦めてない。

 

 

「もういいよ!」

 

 

でも私はダメだった。

お父さんもお母さんもみんな死んじゃって、住んでいた町も壊されて、私が生きている意味もわからなくなって....このまま一人寂しく苦しみ続けるくらいなら死んじゃったほうがいいんじゃないかって....

 

復讐だって考えた。

でも、誰がやったのか分からないんじゃ意味がない。

全然関係ない人を巻き込んでしまったら私はお父さんのような正義の味方じゃなくなっちゃう。

あの人達と同じ、“悪”になってしまう。

 

だったらもういっそこのままアルベルトさんの足手まといになる前に....

 

 

 

『行きましょう』

 

 

 

それでも彼女は許してくれなかった。

 

私のために生きろ。

 

言葉は冷たかったけど、それは確かに彼女なりの優しさだった。

 

“生きていればいいことがある“

”死んでしまったらそれまで“

 

多分、他の人だったらこういう時、こんな言葉をかけてくれたんだと思う。

でも、私にはそんなさりげない優しさが何よりも染み渡った。

”彼女のため“という理由を与えてくれた。

 

彼女は自分のことを悪人だって言うけど、そんなことはない。

少なくとも、私にとって彼は救世主であったし、他の人にとってもそうだったんだと思う。

ただ彼女の自己評価が低すぎるだけで....

 

彼女が私にとって“ヒーロー”であることには変わりはなかった。

 

 

 

 

 

そう、この時までは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───フェイスレス....様......?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおいおい、子供かよ。パトリオットの旦那にも言われてるし、個人的にも子供相手はやりにくいんだけどな〜」

 

 

ガタリ、という物音と共に一人の男が目の前に現れます。

フードを深く被り、東洋の刀と呼ばれる刃物を手に持っている。

他のレユニオン達とは違う服装。しかしその胸につけたマークがその一員だと示しています。

 

 

「っ!?レユニオン!!」

 

「私の後ろに!」

 

 

私に相手の戦闘力を測るような能力はありません。

ですが明らかにオーラ、圧が違う。

間違いなく実力者と言えるでしょう。

 

服の下に露出している源石を使用してアーツの起動準備をします。

 

これがリュドミラレベルなら、アーツを使わなければ勝てない。

ゾーヤさんを巻き込まないようにすることも難しいかもしれません。

 

 

「........?」

 

 

しかし相手は私をじっと見つめて動きません。

刀も抜かず唖然とした様子。

隙だらけです。いっそこのまま路地裏の大気中源石を掌握して体内から貫き殺しましょうか─────

 

 

 

 

「───フェイスレス....様......?」

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

なんて、言った?

 

 

「やっぱりそうだ!間違いない!生きていたんですねフェイスレス様!!」

 

 

何を言っている?

 

 

「俺です!レック.....って言っても覚えてませんよね。でも、本当によかった!心配したんですよ!あの日に死んでしまったんじゃないかって!」

 

「それに、蜂起に失敗したあの日からクラウンスレイヤーさん達は貴方のことをなかったかのように振る舞うし、口数も減って目の下に隈もできて....」

 

「でも!フェイスレス様が生きてるって知ったらきっとみんな喜ぶっすよ!」

 

 

震えが止まらない。

目の前が真っ暗になるような感覚に襲われる。

 

 

「そうそう!見てくれましたかこの光景!素晴らしいでしょう!!俺たち感染者は貴方の教えに従って自由を手にしたんです!!俺たちはついに幸せを手にするんです!!!やっと!やっと俺たちの夜明けが訪れるんです!!!見ていてください!もう俺たちにかなう敵はいません!!非感染者どもも!ウルサスの軍人どもも!誰にも俺たちを止めることはできない!!!!」

 

 

 

吐き気がする。

違う、違うんだ。

私はアルマだ。フェイスレスでも、アルベルトでもない。

ただのトランスポーター。貴方達のいう救世主なんかじゃあ─────

 

 

 

「全ては貴方のおかげっすよフェイスレス様!!貴方のおかげで!今の俺たちがある!!」

 

 

 

 

 

 

.................あ.....あああ.......

 

 

 

 

 

 

「待っててください!すぐにクラウンスレイヤーさん達呼んでくるんで!きっと驚くっすよ!みんなめっちゃ成長して────────────え゛?」

 

 

 

 

 

鮮血が舞う。

手に伝わる確かな感触と、ぼとりと何かが落ちる音が、たった今起こったことをはっきりと表している。

 

ああ.....ああ......

 

私は、違う、また、違う、私じゃ、殺した。

生暖かい液体が、視界が真っ赤に、私じゃない、噴水、こんなことしたかったわけじゃない。

 

なんで、なんで、なんでいつも私は─────

 

 

 

 

「アル....ベルト....さん.......?」

 

 

 

 



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拒絶と別れと再会と

今更だけど、こんな作品に高評価やコメントをしてくれてる人本当にありがとうございます。
しかも毎回コメント残してくれる人いるし、こんなのに10評価押してくれてる人もいるし....もう心の源石が活性化してしてしまった。
私かなり承認欲求のお化けなので....え?知ってた?



※この章はレユニオン生存ルート目指します。


 

「近寄らないで!!」

 

 

拒絶。

当然だ。私はそれほどのことをした。

彼女がどれほど優しかろうと、感染者に忌避感を持っていなかろうと、私に恩義を感じていたとしても。

それらを上回るほどの悪行を私はしてしまった。

自分の手で、自分の意志で。

 

私は全てを話した。

一から十まで、私の行ってきたこと全て。

言い訳などするつもりもない。無論。することだって叶わない。

私は正真正銘、悪であり、彼女はその被害者なのだから。

 

 

「.....貴方のせいでお父さんとお母さんは....みんなは.....!!!」

 

 

私が己が欲のために引き起こしたクレアスノダール事変。

それは純粋に人並みの自由と幸せを求めていた感染者達を歪め、復讐と自由の獲得という大義名分の下虐殺行為を行う、”悪“へと引き摺り下ろしてしまった。

 

一度はじまった憎しみの連鎖は止まらない。

溜まりに溜まった憎しみを放出するように戦果は広がってゆき、さらなる悲劇を生み出し、新たな復讐心を産み落とす。

血はその流れを止めることはない。

 

私にも、誰にも止めることはできない。

 

そしてそのきっかけを作り出してしまったのが私だ。

いつかは起こったこと?私がやらなくても誰かがやっていた?

そんなことは関係ない。

 

重要なのは事実だけ。

私が、この悲劇の『先導者』になってしまったという事実。

 

 

「........そうです。全て、私のせいなのです」

 

 

一体いつから私はこんな人間になってしまったのだろう。

こんな中途半端で、無責任な人間に....

 

.....人を殺す、という行為にはひとつの大きな山を越える必要がある。常識だったり、殺人への忌避感だったり、それは色々だ。

そして、その山を越えるために人は何かを頼る。

例としてあげるのなら、恨み、たとえば怒り。

あるいは宗教的な思考だったり、正義感だったり.....

なんらかの正当な理由、大義名分だったり。

そういった“ナニか”に背中を押されるようにして、1人殺す。

 

そうしたら、もうあとはあっという間だ。

1人殺して仕舞えば、たかが外れたように....

又は自らの行いを正当化する方法を見つけ、あるいはその行為自体が常識と化し“普通”のこととして認識するようになる。

 

そうなったらもう止まらない。止められない。

 

 

私の場合、それが前世で親友の家庭を壊したときだったのか。はたまた今世で実の父親を締め殺したときだったのか。それはもう今となってはわからない。

 

 

でも、確実に言えることがただ一つ。

 

 

私が彼らの背中を押してしまった。

 

 

 

「私が......私が.......」

 

 

 

全て私が始めた悲劇だ。

 

 

 

 

 

 

 

「っ.....」

 

 

 

ぱしん、と乾いた音が鳴る。

頬を叩かれた。

 

ぱしん

 

ぱしん、ぱしん、ぱしん

 

 

 

「......なんで?」

 

「.....」

 

「なんで?」

 

「...............」

 

「........言い訳くらい....してよ......」

 

「...............」

 

「......違うって、本当はそんなことしてないって言ってよ」

 

「...............」

 

「.....う....ぁ.........」

 

「.....全て、私の責任です」

 

「ぅああああああああああああああああ!!」

 

 

頬に強い衝撃が走る。

視界が空へ向き、続けて何度も何度も殴られる。

 

ほおが切れたのか、血の味がした。

 

 

「.....嘘だって、言ってよ........全部、全部夢だって.........私にはもう、貴方しか..........」

 

 

 

何度殴られただろう。

彼女はそのまま私の胸に顔を埋めて泣き出していた。

 

 

あまりにも重いそれは、私を甘い夢から引き摺り下ろし、現実へと叩きつけた。これが罪だ。私は許されるはずのない罪人で、彼女はその被害者。

決してこの関係が崩れることはない。

どれほどの償いをしようとも、私はヒーローにはなれない。

 

悪役、ちっぽけな悪役にしかなれない。

 

わかっていたはずなのに

 

 

私は────────────

 

 

 

 

「酷い面だな。フェイスレス」

 

 

 

 

「っ!!」

 

「きゃっ!?」

 

 

咄嗟に彼女を抱いてそのまま横に転がるように跳躍。

横目で先ほどまでいた場所を確認してみるとそこには一本のナイフが刺さっていた。

 

 

「さすがだな。今のを避けるか」

 

 

「は、ははは.......声をかけては、奇襲の意味がありませんよ?ねえ.....」

 

 

 

 

 

「クラウンスレイヤー!!」

 

 

 

 

「久しぶりだな。アルベルト」

 

 

刃物が銀色に光る。

 

 

「っ!」

 

「腕は鈍っていないようだな」

 

 

副武装であるナイフでその剣撃を受け止める。

しかし片手で、しかも姿勢の悪い状態で受け止めるにはあまりにも重すぎるその一撃。徐々に徐々に押し込まれてゆく。

 

 

「どうした?アーツは使わないのか?この距離なら私を源石漬けにすることだって容易いだろ?」

 

「.....っ!は!笑わせ、ないでください。貴方程度に使うほど私のアーツは安く、ない」

 

「違うな。できないんだろ?そこの非感染者を巻き込みかねないから」

 

「.......だったら、どうしたと、言うのです?」

 

「...........ふざっ、けるなぁぁぁ!!!!!!」

 

「ぐっ!?」

 

 

さらに押し込まれる。

刃は目前だ。

 

 

「今度はヒーローのつもりか?感染者から非感染者を守る守護者気取りか!?あの時!私たちを利用し!裏切ったお前が!一丁前にヒーロー気取りか!!!!!!」

 

「違っ───

 

「違くない!!お前は私たちを裏切った!!私を見捨てた!!あんなにも信じていたのに!!家族だと!思っていたのに!!!」

 

「う、ぐ....!」

 

「許さない!絶対に!お前は!今度こそ!」

 

「がっ!?」

 

 

腹部に衝撃。

蹴りだ。

そのまま私は吹き飛び、瓦礫に頭を打ち付ける。

 

 

「...先にお前から始末してやる」

 

「い、いや....」

 

 

クラウンスレイヤーが山刀を振り上げる。

そして、振り下ろす。恐怖からか腰の抜けて動けないゾーヤを両断する軌道で。

しかしそれは横から飛んできた源石剣の刀身によって防がれることとなる。

 

 

「させ...ませんよ...」

 

「....は、ははは....庇うのか、その非感染者を」

 

「ごほっ......ぐ........」

 

 

源石剣を再起動。真っ赤な頭身が姿を表す。

全身が痛い。眩暈もする。

だが手足は動くし、変な方向に曲がりもしない。

折れたわけではないらしい。まだ動ける。

 

 

「リュドミラ......」

 

「.......私一人だけだと思うか?」

 

「な、に.......!?」

 

 

突然発生する膨大な熱。

それが身を焼き肌を焦がす。

さらに熱は強くなり、そしてぶつけられた。

 

 

「アルベルトォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」

 

 

 

「ぐ、ぁ!?」

 

 

先程とは比べもならないほどの力で吹き飛ばされる。

壁にぶつけられる。今度こそ折れた。そう思うほどの力。

 

 

「ゴホッ...はぁ.....はぁ......マジ、ですか.....」

 

 

石畳が溶けていた。

 

 

 

 

「久しぶりだなァ!!!アルベルトォ!!!!」

 

「........貴方も、ですか......レティシア.....」

 

 

 

燃えるような赤い髪を持ったかつての少女はすでに私の妹ほどの背丈まで成長していた。

はは...ははは.....嬉しいのか、嬉しくないのか....

ええ、彼女達が生きていたのははっきり言って嬉しい。

しかし、この状況は非常にまずい。

地の力では私を上回る2人相手にこちらはゾーヤさんを守りながら戦う。はっきり言って無理です。

彼女達は私に、そして非感染者に他の感染者同様に非感染者に憎しみを持っているのでしょう。

私が殺されるのはいい。

それは彼女達がもつ当然の権利であり、私が受けるべき罰です。

 

ですが、ゾーヤさんが巻き込まれるのはいけない。

彼女は罪のない一般人で、私が贖罪すべき被害者.......

 

.....その権利は私にはあるのか?彼女の幸せを壊してしまった私に。

いや、あろうがなかろうが関係ない。

私はヒーローじゃない。

ですが、助けない、と言う選択肢は論外です。

自己満足?独りよがり?なんとでも言えばいい。

 

助けましょう

 

 

「この命を賭してでも」

 

「あ?」

 

 

アーツを起動する。

媒体は......すぐそばに転がっているまだ暖かい死体(かつての家族)

息はない。故に自立稼働する傀儡の生成は不可能だ。

ですが、リスタのように私が直接操作する人形ならば可能。

やらねばならないでしょう。

 

体が悲鳴を上げている。

両腕に浮き出た源石が大きくなってゆく。

 

私の体はとうに限界だった。

あの時から既に崩壊は始まっていた。

私に残る時間は少ないのでしょう。

 

だから、賭けろ。

 

命を賭けろ。血肉を贄に。痛みを代償に。

 

 

たった一人の命を生かすために。

 

 

──傀儡生成──

 

 

「起きろ」

 

 

それはかつての私の上官であり、私たち感染者の前に立ち塞がった獣。

 

──模倣・雷獣──

 

だが今は、今だけは私に──────

 

 

 

「私に、従え!!」

 

「な!?」

 

「オ オ オ オ オ!!!!!!!!」

 

 

 

赤黒く光を反射するゴツゴツとした石のような人形。

源石で形作られた傀儡は、立ち上がり、咆哮を上げる。

手には生前の雷獣を象徴する黒光りする戦斧を手に握りしめ、幽鬼のように赤黒い光を眼孔に灯す。

少々歪で、しかし生前の彼を見たものなら一眼でわかるほどの威圧感を放っていた。

 

 

「はぁ...はぁ.....げぼ、がはっ.........ジャスパー、ゾーヤさんを都市の外へ!」

 

 

ドロリとした赤黒い血を吐き出しながら叫ぶ。

傀儡は私自身が操るためその必要はないし、それがその言葉に応えることはない。だが、()は私をじっと見つめ、にやっと笑い、一つ頷いたように見えた。

 

“お前も変わったな”、と。

 

 

 

「な、なんで!?待って!!いや!!アルベルトさん!!」

 

 

傀儡はゾーヤさんを抱き上げ、走っていきました。

伸ばされた手を、私は見ないようにしながら源石剣を構えます。

 

 

「はは...ははは....は は は は は は!!!」

 

 

「.....逃げられるとでも思っているのか?」

 

「いえいえいえ、そんなこと思っていませんよ」

 

 

アーツを並列起動。

体にかつてないほどの負荷がかかるのを感じながらも、力が湧き出てくるのを感じます。

 

 

「まあ、でも、彼女は逃してもらいますがね」

 

 

私のすべきことはただ一つ。

彼女が逃げるまで傀儡の操作を続けるために意識を保ち、生き残ること。

垂れてきた鼻血を指で拭き取ります。

ああ、思ったよりも負担が大きい。

当たり前ですね。一つの頭で二つの体を動かし、彼女たち二人相手に生き残らなければならない。FPSで二つのキャラクターを1人で操作して優勝を目指すくらい難しい。

それに私の体をギリギリ生命活動を行える程度に支えていた源石が活性化し、不安定な状態になっています。つまり、私の今の体は生命活動も絶え絶えな状態。

 

ですがやらなければなりません。

やらなければ、ならない。

 

さあ、立ち塞がろう。

正義(復讐)(障害)として。

少女一人しか逃せないちっぽけな脇役として。

 

 

 

 

 

 

私は、剣を振るった。

 

 

 

 

 

 

都市には天災が降り注いだ。

かつての悲劇と同様に、人間には抗えない天災という厄災によって人の作り上げた都市は終わりを迎えた。しかし過去の悲劇と、此度の物語との相違点を挙げるとしたら、それが終わりではない...という点だろう。

 

非感染者は抵抗する力を失い、生き残った感染者たちによって蹂躙される時を息を潜めながらただ待つことしかできない。

新たな悲劇はまだ序章に過ぎなかった。

 

 

しかし、その悲劇から逃げ延び、かつての名も残らなかった英雄たちのように抵抗の火種を絶やさなかったものもいた。

 

それは感染者にして復讐の連鎖に飲まれず、鉱石病の完治を目指し、非感染者との対話を持って自由を勝ち取ろうと動く者たち。

 

彼らは幼いリーダーと、記憶なき指揮官の元に集い、こう名乗った。

 

 

 

───ロドス、と。

 

 

 

「アーミヤさん!誰か来ます!!」

 

「え!?」

 

「くっ、追手か!私が迎えうつ!」

 

「待ってください!子供を抱えています!民間人かも!」

 

「私が行こう」

 

 

ボロボロの布切れを羽織った長身の影に1人の少女が抱えられているのが彼らの目に入る。

フードを深く被った人物とコータスの少女を守るような陣形を取った彼らに影は速度を緩めず走り続ける。

 

 

「待ってくださいニアールさん!様子がおかし──

 

「なっ!?」

 

 

しかしその最中、何かが割れるような音と共に影がバランスを崩した。

 

 

「こ、これは....」

 

 

膝から先がなかった。

それだけではない。人の顔があるべきそこには黒く、のっぺりとしており目玉と呼べるものどころか口や鼻さえもなかった。

しかしそれはどこから発しているのか、声らしきものを喋った。

 

 

 

「....コノ...子ヲ..........」

 

 

 

その言葉を最後に、傀儡は崩れ去った。

もう2度と喋ることはないただの源石の塊に戻った。

 

後に残るのは気を失った一人の少女と、それを連れて都市から抜け出したロドスの隊員達だけだった。

 

 

今日この日、ウルサスの大都市チェルノボーグは感染者の手に落ちることとなった。




気づいた。私、オリ主いじめるの好きだ(作者のクズ)
オリキャラな訳だから好き放題できる...(人間のクズ)
この作品たぶん好き勝手やりすぎて私の黒歴史TOP3くらいには入るんだろうな...でもやめない。

Q.なんでオリキャラ(レティ)生かしてるん?
A.アルくんだけじゃレユニオン生存ルートクリアできないから。


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先導者、レユニオン入り

 

「.......知らない天井だ」

 

 

思わずそんなセリフが出ました。

焼け焦げたのかところどころ黒ずみひび割れた天井。

光と呼べるものは窓から差し込む炎の光のみ。

 

とてもじゃないですが、天国とは思えませんね。

 

 

「あるぇ?」

 

 

私死んだのではありませんでしたっけ?

リュドミラとレティシアの二人を相手にしながら、ゾーヤさんをレユニオンじゃなそうな人たちに渡したところまではおぼえています。

.....咄嗟の判断でしたが間違っていませんよね?

民間人らしき子供達も連れていましたし、なぜかわかりませんが耀騎士の姿もありました。

少なくともあのThe・騎士で有名な彼の方があの子が所属する集団があの子が悲しむようなことはしないと思いますが....不安です。

 

それにしても...本当なんで私生きてるんでしょう?絶対あの出血量、普通死んでもおかしくない量でしたよ?

もしかしたらないと思っていた転生者(主人公)補正とやらが私に....?

 

 

「いてて....」

 

 

それに何故か包帯が巻かれたりと治療らしきものも受けているようですし...一体誰が?

 

....まさかリュドミラさん達が?

あの時の復讐のため?

私をタダで死なす気はないと?

これは死んでいった仲間の分だ!と言って何百発も殴る気で....?

 

 

「.....終わった」

 

「何が終わったんだ?」

 

「ひぃ!?」

 

 

突如後ろから声がかけられる。

いつのまに!?

 

 

「い、いたのですかクラウンスレイヤー.......あの時の復讐ですか?か、覚悟はできていますよ。全て私が悪いのですから。さあ、煮るなり焼くなり好きにしてください」

 

「いや、今更お前をどうこうするつもりはない」

 

「......へ?では、なぜ生かしたのですか?」

 

 

率直な疑問を口にする。

 

 

「...別にお前を許したわけじゃない。レティシアも、死んでいった奴らも」

 

「...........ええ、わかっていますよ」

 

「ひとつ聞きたい。なんで、私達を裏切った?」

 

「....以前言った通りですよ。私は、貴方達が嫌いだった」

 

「.........そう、か.......」

 

「それだけですか?私を生かした理由は」

 

「....違う。お前に会わせたい人がいる」

 

「それは?」

 

 

 

 

「私だ」

 

 

 

「っ!!」

 

「!まて!!」

 

 

悪寒。

かつてないほどの悪寒を感じ取った。

体のあげる悲鳴を無視して起き上がり、アーツを起動し───リュドミラに止められた。

 

 

「数日ぶりだなフェイスレス」

 

「貴方は.....!」

 

 

太陽だ。

だが、夜を照らし人々に希望を与えるような素晴らしいものではない。

爛々と輝く炎によって虫を誘い込みその全てを燃やし尽くす破滅の炎。

私の第六感と呼べる感覚が警告を大声で放っていた。

 

 

「まさか貴方にもう一度会えるとは思っていなかった。てっきり私はあのまま逃げ出してしまったのだと思っていた」

 

「何者....いや、貴方はなんなのですか?」

 

 

鳥肌が立つ。

浅い呼吸を繰り返す。

両手の震えが止まらない。

起動していないはずの源石が赤黒い光を淡く点滅させている。

この人は、いや、コレは一体なんだ?

 

 

「私の名はタルラ。レユニオンのリーダーをさせてもらっている。会えて嬉しいよ先導者フェイスレス。まさか彼の英雄に生きてあえるとは思っていなかった」

 

 

握り返した掌に反比例するように、彼女の目は冷え切っていた。

そこには何も写っていない。何も感じ取ることはできない。復讐心も渇望も、何もかも。深淵を除いているようだ。

しかしその一方で....いや、別の側面で微かな熱も感じ取れる。一見矛盾したことだが、私の語彙力ではこうとしか言い表せない。まるでひとつ上のレイヤーに隠されたように感じ取りずらいが、確かにそこにある。

 

本当に、得体が知れない。

あのバウンティハンターと同じく関わりたくない類のものです。

 

 

「提案があるんだ」

 

「.....提案?」

 

「ああ、それが貴方を生かした理由でもある」

 

「.....つまり拒否権はないと」

 

「そう受け取ってくれても構わない」

 

「.....」

 

「貴方には私達に協力してほしい」

 

「協力?」

 

「そうだ。今の我々には多くの戦力が必要だ。かつて貴方が教えてくれたように、我々感染者の意見を通すためには大きな“力”と結果が必要だからだ。それに貴方は私達に希望を与えた英雄のような存在だ。貴方がいれば皆も心強いだろう」

 

「.........私はもうそう言ったことは引退したのですが──

 

 

 

 

 

 

「お前は家族を2度も裏切る(見捨てる)のか?」

 

 

 

「っ..........家族を裏切るというなら、あなた方に協力することの方が大きな裏切りになりそうですがね」

 

「いや、お前はそうは思っていないはずだ。そうだろう?」

 

 

タルラの視線の先に気づく。

彼女は気づいていない。

はは......はははは

 

なんと悪趣味な。

 

 

「全く...痛いところをついてくれる」

 

 

まるで心が見透かされているようです。

私よりも確実に年下のようにも関わらず大層な観察眼をお持ちなようで。

 

 

「わかりました。私にできうる限りは協力しましょう」

 

「ありがとう。感染者の英雄が味方をしてくれるといえば皆喜ぶはずだ。また会おう」

 

「ははは....英雄、ね」

 

 

最後にもう一度握手をし、静かにさってゆく彼女の背中を見送る。

...できればもう2度と会いたくないな。

 

 

「.....どうだった?」

 

「?どうだった、とは?」

 

「あの人にあって、お前はどう思った?」

 

「どうって...まあ、敵対はしたくないとは」

 

「そうじゃない。もっと、こう.....」

 

 

「あらぁ?アナタがあの龍女の言っていた腰抜けやろうかしら?」

 

 

 

「......やけに客人が多いですね」

 

「.....すまない。無視してもらって構わない」

 

「ちょっと、無視しないでもらえないかしら?」

 

 

真っ赤なツノを持った白髪の女性。

尻尾の形状からもサルカズだと予想できる。あとたぶん小悪魔的なキャラなのだろう。煽り顔がよく似合いそうな美人だ。

 

 

「ん゛ん゛!私はW。アナタのことは子羊ちゃん(イネス)小鳥ちゃん(レティシア)から聞いているわ。アルベルトちゃん?」

 

「ちゃん付けは勘弁して.............W?」

 

「なによ?別に変な名前じゃないでしょう?」

 

「いや....名前を馬鹿にしたいんじゃないのですが.....

 

 

貴方もTSしたのですか?

 

 

えらい美人になったなぁ....あの酒飲みがなぁ.....

 

 

「は?てぃーえす?何言ってんの?」

 

「すまんW。こいつはたまに変なことを言うんだ」

 

 

あ、違うのか。

 

 

「多分あんたが言ってるのは私の前のWよ。私じゃない。私は名前と装備を受け継いだだけ」

 

「.....あー、たしかにありましたねそんなしきたりが」

 

 

サルカズには確か本人の武器や遺品を継いだものが共に名前も引き継いでいくという伝統があったはずです。

だとしたらあの酒飲みWは死んだのですか。

早死にしそうな方だと思っていましたが、少し残念です。

 

 

「ちなみにイネスも死んだわ。さっきね」

 

「.......ヘドリーは?」

 

「知らない。どっかいったわ」

 

「..........はぁ......」

 

 

まあ、わかっていましたよ。傭兵が死にやすい職業だってことは。ただこうも急に友とは行かないまでも知り合いの死を聞くのは堪えますね。

 

 

「知りたいことはもうないかしら?だったらさっさと話しなさい。私も気になるのよね」

 

「......私が、タルラさんに対してどう思ったか....でしたよね?」

 

 

どう思ったか、ねぇ.....

 

 

「まず初めに思ったのは、恐怖ですね。私はあれほどの絶対的強者に出会ったことがない」

 

 

いや、正確には一度出会ったことがあったな。どうやっても殺せそうにない化け物に。まあ今は話さなくていいだろう。

 

 

「次に違和感。彼女は口先では感染者のためと言っていますが彼女自身の目的は別にあるように感じました」

 

 

なによりも“熱”がない。

自分で言うのもなんですが私は人の心を読むのが得意です。敵意とか悪意とか、嘘か、本当か、など。

何せ私自身が嘘をつく側だったのですから。

まあエンペラー曰く好意などを読み取るのは苦手らしいですが。

 

だからわかった。

彼女が望んでいるのは感染者の解放などではない、と。

 

 

「......やっぱりか」

 

「ん?驚かないのですか?」

 

「なんとなくわかっていた。お前みたいな嘘つきのそばにいたからな。そう言うことにはよく気を使うようになった」

 

「それはよかった」

 

 

あとは.....そうですね。

 

 

「最後にもうひとつ、と言いたいのですが、少し質問を」

 

「なに?」

 

「タルラさんはどこか特別体が悪かったりするのですか?」

 

「?別にそんなこと聞いた覚えはないな...」

 

 

ふむ......なるほど。

 

 

「......私が最後に感じた違和感としては彼女から誰か、第三者からのアーツ反応を感じ取ったことです。それも異質なものを」

 

「アーツ?」

 

「........ふーん。なるほどね」

 

 

私は自身のアーツのおかげか周囲の源石やそれに関連するアーツの反応に敏感になっている。その詳細な効果まではわからないが、アーツによる罠を感知したり、敵のアーツによる治療痕を読み取って古傷を抉ることなどに役立っている。

 

そんな私の感知能力が彼女に強く反応していた。

何か強力で、異質なものが彼女に渦巻いていると。

現代アーツでも、サルカズの使う古のアーツでもない。

私の見たこともないものが。

 

そもそもの話、アーツを常にかけておくなど重い病でも患っていない限り体や術者に負担がかかりすぎる。もしくは第三者がタルラの目を通してアーツで私を観察していたという線もありますが.....

 

 

「イネスもそんなことを言っていたってさっき部下から聞いたわね」

 

「なんと?」

 

「確か、アイツの影が()()()見える...だったかしら?」

 

 

ふむ....確かイネスのアーツは相手の感情が読み取れる、などと言う本当かわからない不思議なものだったはずだ。

そんな彼女がタルラに影を二つ見た?

 

.......もしかしたらタルラも私と同類(転生者)の可能性が?

二つの感情は前世のものと今世のものが混合前の状態でそれぞれ別のことも思っているからそう見えたとか......

 

 

 

いや、ないですね。

 

確かにあのアーツは創作物の主人公かってくらいのチートぶりでしたが、彼女が転生者、なんてことはないでしょう。どんな確率ですかそれは。ただでさえ私が転生者ってことすら信じ難いことなのですから。もしかしたらこの記憶も全て私の妄想では?と思ったこともありましたからね。

 

 

「そろそろ自分の世界から戻ってきてもらえるかしら?」

 

「おっと、すみません。とりあえず私が彼女に感じたものはコレくらいですかね」

 

「ありがとう......やはり警戒はしておいて正解だったか」

 

「大声で正義やら自由やらを叫ぶ人は信用しないほうがいいですよ?」

 

「お前が言うな」

 

「いてっ」

 

 

 

そんなこんなでレユニオンに協力することになってしまった私ですが、この後、地獄を見ることになりました。

 

積み重なる死体に、今なお響く悲鳴に笑い声。そして感染者の勝利を讃える歓声。かつて見た惨劇そのままの光景です。

 

それを見て、またトラウマを呼びおこされて吐くことになったのは想像に難しくないでしょう。

 

そして、再度私の行ったことの重大さと、その罪を再確認することになりました。

そして、それを自ら償うことの大切さを。

いや、償いなどと言う綺麗事ではありません。

後始末。たとえそれが自分の罪の意識を薄めるための自己満足だったとしても、これ以上の犠牲を出さないために必要な行為だと再確認したのです。

 

私がすべきことは二つ。

 

感染者、非感染者問わずこれ以上の犠牲を抑えること。

そして“家族”を全て守ること。

 

リュドミラも、レティシアも.......これから知り合っていく人たちも。

 

 

これは私の果たすべき責任だ。

だから、今はレユニオンに従おう。改革は内から。定石だろう?

 

 

 

 

 

 

.........テキサスになんて言い訳しましょうか




ということレユニオン生存ルートには必須な情報整理な話でした。
ちょっとご都合主義あった気がするけど気にしないでください。
イネスの“影が二つ”とかの情報貰っとかないと黒蛇とかわかんないからね。
ちなみにクラスレねきはアルちゃんという前例からタルタルを警戒していました。やったね!初めてテメーの行いが役に立ったよ!!

(各キャラからの印象)
クラスレねき<心強いけど複雑な気分。
レティシア<警戒心MAX
W<使えそうな駒
タルラ?<ウルサスの都市壊しやがったなこの野郎
???<わぁ、生の英雄だ!想像してたのとは違うけどもしかしたら...


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思わぬ帰宅

バタバタバタバタ、

未だ日も登っていない、そんな静かな朝に騒がしい足音が鳴り響く。

 

 

「大変だ!ボス!!」

 

「んぁ〜?なんだよ朝から騒がしいこっちは眠いんだ」

 

 

溜まりに溜まった書類の山の中で1匹のペンギンがあくびをする。

こんななりだが、別に夜遅くまで仕事をしていたというわけではない。

ただそこに暖かそうな布団(書類の山)があったからにすぎない。

 

 

「いいから起きろ!!」

 

「なんだよ.....うぐぁ!?」

 

 

何かが顔に押しつけてられる。

それを手に取り、確認してみるとどうやらそれはタブレットだった。

確かフォルダにテキサスが大量のアルマの寝顔を保存していた機種の()()()()だろう。

 

 

「なんだー?こ.........れ...........」

 

 

言葉が途切れる。

そこに映し出されていたのは炎上するウルサスの移動都市チェルノボーグと、それは感染者の暴動によるものだというテロップ。

 

そしてエンペラーは思い出す。

 

 

 

「......あれ?アルマを送ったのってどこだっけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあこれからよろしくっス!先輩!」

 

 

血と焼け焦げた後の残る廃都市にふさわしくない元気な声が私の鼓膜を震わせます。

 

今更ながら幹部格だと知った彼女たちとの情報交換の後、出した結末は“警戒を続ける”。それだけでした。

彼女が何者で、いったい何を企み、何を望むのか。

さまざまな不安要素だけが積み重なってゆくだけでしたが、無意味ではなかった。

 

“知らない”と“わからないが”は全然違う。

少なくとも、知りさえすればそれが何かわからなくとも何かしらの行動を起こせるのですから。

 

そんなこんなで無事話し合いを終えた後、未だ痛む傷口を抑え廃屋を出た私を出迎えたのはレティシアでも、まだ見ぬ他の幹部でもなく....

 

 

『再びすまないな。一つ、いや二つ忘れていた』

 

 

あの龍女でした。

あまりの気配のなさに心臓が飛び出るかと思いました。

まさか会話が聴かれていたのか。そんな思考が私の頭に湧き出てくるよりも前に彼女は話し出します。

 

曰く───お前は感染者の英雄だが、非感染者の社会に身を置いていた身。レユニオン内でのことでわからないこともあるかもしれない。それに傷も治っていないだろうから治療アーツを使える者を専属の部下としてつけておこう。

 

まあ、要は監視役ですね。

彼女がクレアスノダールの真相をどれ程知っているのかはわかりませんが適切な判断です。私は到底信用に足る人間ではない。

 

そして、場面は冒頭に戻る、ということです。

 

 

「えーっと、ではお名前を伺っても?」

 

「タチアナっス!19歳!性別は女性!特技は早食い!好きなものは猫ちゃん!嫌いなものは非感染者!バストは──

 

「いいいから!そこまでの情報はいりませんから!!」

 

「自分!先輩の武勇伝を聞いてからずっと先輩に憧れてたっス!みんなを率いて非感染者の都市一つ落としたとか....!でもクラウンスレイヤーやレティシアのケチンボは全然教えてくれないっス.....だから!先輩のお話をたくさん聞かせてほしいっス!!」

 

「あーはいはい、わかりましたよ。また今度しましょうか」

 

「約束っスよ!!」

 

 

どうやらこの女性、なかなかに面倒臭そうです。

 

 

「回復系アーツもバッチリっス!怪我した時は任せてくださいっスよ!」

 

 

ただ、利用できるものは利用しましょうか。

 

そしてもうひとつ。

タルラさんに言われたのはとある幹部に顔を合わせておいてほしいというもの。なんでも“次の作戦”で共に働いてもらうかもしれないと。

レユニオンに参加したばかりの私を作戦に参加させるあたり戦力が足りていないのは事実なのでしょうね。

そもそもの話、ウルサスの都市を落とした彼らがすべき更なる任務とは、という話ですが。

 

都市を落とし、非感染者を虐殺した時点で復讐はなし得たのではないのでしょうか。

 

 

「おや?あれは...」

 

「レティシアさんっスね!!」

 

 

少し離れたところに白髪と黒髪の少年と楽しそうに話す彼女の姿が見えた。

 

 

「またねレティ!」

 

「....また」

 

「ああ、またな」

 

 

彼女もこちらに気がついたようで、少年たちに手を振ってこちらに向かってきた。

 

 

「話し合いは終わったのかよ」

 

「ええ。できれば貴方を交えて話したかったのですが」

 

「誰がテメーなんかと話すかよ.......それに俺が知ってるのはほとんどアイツと同じだしな」

 

「....とりあえず話し合いの内容は後でリュドミラから聞いてきてください。今この場で話すようなことじゃない」

 

「.......ああ」

 

 

変わった。

それが私が彼女に再会して初めて思い浮かんだ言葉だった。

かつて無邪気に笑い、子供故の残酷さと、育った環境故の弱肉強食思考を持ちながらも家族を大切にし、雛のように私の後を義弟と共について回ってきたあの頃の彼女はもういなかった。

 

成長した彼女から無邪気さは消え失せ、乱暴な言動の裏にはちゃんとした自らの考えを持つようになっているように見える。

2度と騙されないように。大切なものを自らの手で守れるように。

年月が彼女を変えたのか。

 

否。

 

私が彼女を歪めたのです。

私のせいだ。

 

 

「....先程の子供たちは?」

 

「イーノとサーシャ....あれでも幹部だ」

 

「そう...ですか」

 

 

子供が戦場に出る。

それは過去も、そして数年の時を得た今でさえも変わらない。

 

子供が自らの意思を貫き通すことができる。

 

そういえば聞こえはいいのかもしれない。

だが、そんなことができるのはごく少数。私のように前世の記憶を持ったイレギュラーや、レティシアのように強力な力を持った一握りのみ。

だが、そんな少数でさえも弱者であることには変わらない。

転生者である私でさえ幼さゆえに利用されて育てられ、レティシアは強力な力を持ちながらも私に利用され弟を失った。

 

それに、子供は本来大人に守られて、愛情を注がれて育てられるべきではないのでしょうか。

 

どんな世界でも、どんな力を持っていても、子供が戦場に出ていい理由にはならない。

 

 

「.....」

 

「しっかりしろ。お前がこれから会いにいくやつも子供だ」

 

「....ええ、そうですね」

 

 

静かに拳を握りしめる。

それを、彼女たちは静かに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

「あんたがフェイスレスか」

 

 

ガスマスクにフード。その身に似つかわしくないタクティカルベストを身につけた子供。それが、私が行動を共にすると言われた幹部の1人、スカルシュレッダーの姿だった。

 

幼い。

 

未だ声変わりが来ていないのか中性的な声と、私の胸ほどまでしかない身長からも子供だとわかる。

にも関わらず多くの感染者から支持を受け幹部の地位に身を置いているのだという。

 

 

「そういう貴方はスカルシュレッダー、であっていますか?」

 

「ああ」

 

 

レユニオンの幹部は子供ばかりなのか。

あの2人も、目の前の子供も、レティシアだってまだ子供と言っていい年齢でしょう。

 

...あまり、気分のいい話ではありません。

 

 

「思っていたよりも弱そうだな」

 

「あー!そんなこと言っちゃいけないっスよ!この方は偉大なる先導者様なんスから!.....自分も少し思ってましたっすけど」

 

「タチアナさん?」

 

「なんでもないっす!!」

 

 

それにしても....

 

 

「次の作戦というのはなんですか?タルラさん曰く私は貴方の下で働くことになるようですが...」

 

 

そう、何も聞いていないのです。

どこで、誰と、何をするのかすら。

報連相はしっかりしていただきたい。

 

 

「.....龍門だ」

 

「ああ、龍門ですか」

 

 

あーはいはい。龍門ね。

龍門........ロンメン........ろんめん..............

 

 

「龍門!?」

 

「そうだが...何を驚いている?」

 

「耳元で叫ばないでほしいっス」

 

「龍門にまで手を出すつもりですか!?」

 

「ああそうだ.....確かお前はこれまで龍門にいたんだったか。友人でもいるのか?」

 

「別にそういうわけでは.....いや、正直に言えば、います。ですが私が言いたいのはそこではありません。わかっているのですか!?龍門はこのチェルノボーグほどうまくはいきませんよ!?」

 

 

まず手札がばれている。

おそらく、このチェルノボーグにも龍門や炎国の者は少なからず滞在していたのだと思います。付近をルートとする他国の移動都市を監視する目的で。

 

そして当然、その都市で異常が発生すればその情報は即座に伝達されるでしょう。レユニオンがどうやってチェルノボーグを落としたのか、その戦力はどれほどのものか。それらの情報を踏まえ彼らはすでに警戒し対策を始めていることでしょう。

 

そんな龍門を落とすことはチェルノボーグで兵を消費したレユニオンには難しい。それは私が加わったとしても変わりはない。

 

 

「....だとしても、龍門が感染者を差別し排他する都市である以上俺たちが手を出さない理由はない」

 

「ですが.....」

 

「だが今回は違う」

 

「......と、いいますと?」

 

「今回俺たちがすべきことはある人物の保護だ」

 

「なぜそのようなことを?」

 

「その人の父親がこの移動都市チェルノボーグにおいて公明な科学者だったから、だそうだ。詳しくは知らない。だが───」

 

「だが?」

 

「その人が俺の、姉だからだ。俺の理由はそれだけで十分だ」

 

「なるほど」

 

 

姉弟愛ですか。

 

 

「....ふふ」

 

「...何がおかしい」

 

「いえいえ、どこもおかしいところなどありません。ただ...姉のため.....復讐でも正義感でもなく、たったそれだけの理由で全てを跳ね除けた人を思い出しましてね....」

 

 

本当に................?何か悪寒がします。

首元の首輪が妙に冷たいです。

でも、肉親を愛する気持ち、それはかつての私には理解し難いものでしたが、今ならわかります。若干の恐怖心はありますが、私は彼女をはっきりと愛しているといえる。

 

....もちろん家族愛ですよ?

 

 

「そうですね...手伝いましょう!!私の全力を持って貴方の姉を救出しましょう!!」

 

 

ですから、まあ、今は彼に協力しましょう。

彼がちゃんと姉と再会できるように。私もその下準備に協力しましょう。

 

 

 

──ありがとう──

 

 

マスク越しにつぶやかれたその言葉に私はにっこりと笑顔を返します。

 

.....そんな言葉、私には言われる資格もないのに。

 

 




アル「やったるで!!」→アル「もう無理や死にたい」
私の中で半ば固定化されているこの流れ、なんとかしたいですね。


あと私実はハーレム否定派の人間だったんですよね。
なんだよ!推し一人いれば十分じゃないか!!って思ってたんすけど...無理っスね。書いてればわかります。書けば書くほど推しが増えていく。
魅力的なキャラを量産するアークナイツが悪いんだ!!(責任転嫁)

まあ一番の推しはテキサスですけどね!!!!!
けど一番故に描きずらい....納得のいく推しがかけない.....

わかるこの気持ち!?
だから私は雑な扱いをしても許されるオリに走るんだ!(言い訳)


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感動の再会のセッティング係

祝!!コラボ決定!!
やったぁぁぁぁぁあ!!!!
コメント欄を見ていただいている方には分かると思いますがとある方とのコラボが決定しましたやったぁぁぁぁぁs!!

....ん゛ん゛、失礼興奮してしまいましま゛ぢう゛れ゛じい゛。
いつになるかはわからないけど8月中にはコラボ作品頑張って描く予定です。
....まあ、あんま期待しないで待っていてください(急激な自信の低下)



あ、コラボは引き続き募集してますよ?(チラッ


 

「あらあら、大変なことになってるわね」

 

 

煌びやかに輝く摩天楼が立ち並ぶ炎国の移動都市、龍門。

人々の行き交う華やかな都心部とは打って変わって薄汚れ、社会から排斥されたものたちが集うスラム街。その廃ビルの屋上から屋上へ、そんな危険な近道を私たちは走っていました。

 

 

この都市への進入自体は容易でした。

事前に見つけていたスラム街に接する裏口は、正面門に集まる避難民の影響か、警備は少なくいても数人、簡単に侵入することができました。

その後私たちは事前に通じ合っていた龍門スラム街の感染者達と共に目標の人物を確保するため3つに部隊を分けて捜索することになりました。

スカルシュレッダー率いるレユニオン部隊、龍門スラム街感染者部隊、そしてW率いる傭兵部隊です。

その中でも私はWに“人が足りない”という理由で半ば強制的に引き抜かれ、共に行動していました。

一人で十分よと言って残りの傭兵部隊を後方部隊に回したのあなたですよね?

 

 

「本当に、もう少し慎重に行動してほしかったですね...!」

 

「今更言っても遅いわよ」

 

 

しかしそこで問題が発生しました。

スラム街部隊からの連絡で、目標の人物、ミーシャさんを発見したという知らせが入った。そこまではいいのです。しかし彼らはこの任務の目的を理解していなかったのか、力づくで連れて行こうとしたようで....

結果ミーシャさんは逃走、さらに謎の部隊との会敵で追跡していたスラム街部隊の一部とスカルシュレッダーの送った先遣隊が壊滅。

 

その後スカルシュレッダーが直接襲撃をかけるも上手くいかず、逃亡。

ミーシャさんを連れた部隊は包囲網を掻い潜りその騒ぎを聞きつけ、動き出した近衛局と合流。

 

 

「見事に先手を打たれたというわけですか」

 

「そうね。だから、それを取り返すのが私たち傭兵の仕事ってわけ」

 

「私はもう傭兵じゃないんですけどね」

 

 

 

とは言っても彼らの失敗は仕方がないと言える。

相手はBSWという警備会社にロドスという医療会社、そしてこの辺りの地理に詳しいペンギン急便。そして近衛局。

とてもただの民間人上がりの彼らが勝てるとは思っていない。

 

 

「にしてもなんですかロドスって。医療会社なんですよね?スカルシュレッダーが裏切り者だとか言っていましたが」

 

「医療会社っていっても感染者の会社なのよ。だから同じ感染者が非感染者の味方をするのが気に入らないんじゃないかしら?チェルノボーグであなたも会わなかったかしら?ほら、あの青いジャケットを着た....」

 

「あー....そういえば、見ましたね」

 

 

おそらくアレでしょう。私がゾーヤさんを預けたあの組織がロドス、と言う者なのでしょうね。そうだとしたらひとまずは安心です。

スカルシュレッダーは感染者の裏切り者と言っていますが、おそらく彼らの方が大局を見て動いているのでしょう。

 

こうして我々感染者が暴動を起こすなど、結局より大きな勢力に潰されておしまい。ただただ感染者全体に悪影響を与えることになるだけなのですから。逆に彼らのように感染者のみでありながら非感染者に協力するほうがよいのです。暴力よりも話し合いです。

....あくまでこれは今なお迫害され続ける感染者から目を逸らした第三者の目線での話ですがね。

 

ただ、それでも彼らが非感染者のゾーヤさんに手を出すことはないと予想できます。ゾーヤさんを彼らに渡したのは間違いではなかったのかもしれません。

 

いや、それよりも今は....

 

 

「...ペンギン急便ですか」

 

 

まあ、やはり来ますよね。

あなた方はそう言う人間だ。

面白そうなことがあったらすぐに手を出す。

 

 

「あら?そこにあんたが前言ってた“知り合い”がいるのかしら?」

 

「......さあ?」

 

「ふん、まあいいわ。とにかく急ぎなさい。ほら、あなたのお仲間さんもそう言ってるわよ」

 

 

『ザザ....まだっスか先輩!?流石にこれ以上の足止めは無理──うわぁぁぁ!?』

 

 

爆音と共に音が切れる。

なんだかんだ生きていそうだが急いだほうがいいだろう。

 

タチアナさんにはスラム街の感染者を率いての足止めを任せています。

“流石にビルの屋上を走っていくのは無理っス!!”とのことでしたので本来私が担当するはずだったものを任せたのですがなかなかの適任だったようで、すでに十分な足止めをしていてくれています。

 

 

ほら、もう見えてきました。

 

 

 

「急げ!包囲網を突破する!!」

 

「させるかぁ!!!」

 

「数ではこっちが上だ!押せ押せ!!」

 

 

どうやら追いついたようです。

ロドス達の姿は見えません。

先程通信に入っていたようにスカルシュレッダー率いる重装歩兵部隊がそちらの足止めに回ってくれているお陰でしょう。

 

 

「やってるわね」

 

 

見える限りですが()の戦力は近衛局の兵隊さんが15にホシグマさんと、近衛局隊長チェンさん。そりゃ貴方いますよね。できれば会いたくありませんでした。

というかあれに勝てという方が無茶ではないでしょうか。

 

 

「斬!!」

 

 

鮮血がまいます。

重装歩兵の分厚い装甲を一撃で真っ二つ。

全く恐ろしいですね。

話したことのない人が死ぬ分には特に何も感じませんが、なかなかにショッキングな場面です。

 

 

「......」

 

「......期待してるわ」

 

「いや、私に丸投げですか?」

 

「.....援護はしてあげるわ」

 

「.........はぁ、まあ、やれるだけはやってみますよ」

 

 

アーツを起動。

体内の源石を活性化、身体能力を強化。

激痛が走りますが以前に比べればだいぶマシです。タチアナさんの治療のおかげといいましょうか。

 

 

「W、念のため目を瞑っていてください」

 

「ええ、わかったわ」

 

 

そして愛用の源石剣を握りしめます。

次に取り出しますは空き缶ほどの大きさの筒。

リターニアかどこかでなかなかいい値段で購入したそれのピンを引き抜く。そして耳栓を耳に捩じ込み、筒を投下。

 

 

「それでは、いきましょうか」

 

 

宙に身を投げ出します。

 

 

落下、落下、落下

 

 

 

「っ!総員目を閉じろ!!!」

 

 

閃光

 

続いて響く耳障りな音。

 

 

「“剣雨”」

 

 

空中で目を閉じた状態でアーツを発動。

もしこの場で視界が無事な人がいたのなら、その人は天から降り注ぐ無数の赤く輝く光線とも見える刀身の雨を目にすることになるでしょう。

 

 

「っ!敵襲!!」

 

 

発動とほぼ同時に警告を発し、さらに降り注ぐ剣の雨を全て防ぎ切ったチェンさんはまさに賞賛に値するでしょう。

 

ですが、それだけで倒せるとは微塵も思っていない。

 

当然でしょう?私はあなたの力量を理解しているのだから。

 

 

「閃!!」

 

 

私も同様に視界は塞がれ、聴覚も機能していない。

それはチェンさんも同様であるにも関わらず、そのずば抜けた戦闘センス故か、落下してくる私めがけて横薙ぎに剣を振います。

 

 

「感知発動」

 

 

剣雨を放ったのは敵の殲滅が目的ではありません。

数多の刀身を雨のように降り注がせる私の技は本家であるテキサスほどの精度も威力もありません。

 

なぜならその真価は別にあるのですから。

 

 

「な!?」

 

 

キィン

擬音で表すのならそんな感じであろう金属音が鳴り響きます。

赤黒く輝く刀身を露わにした源石剣が煌めき、その衝撃を利用するように一回転をしながらチェンさんに蹴りを一つ。

 

 

「ぐっ!?」

 

「隊長!?」

 

 

()()()()()チェンさんの次に脅威であったホシグマさんを巻き込むように吹っ飛んでいました。

 

私の剣雨の真価は探知能力の強化。

突き立てられた刀身から発生する私の制御下に置かれた源石を通して周囲の状況を読み取ることができるのです。謂わばソナーのようなものですね。ん?少し違う?...まあ、気にしないでください。

 

にしても貴方思ったよりも軽いですね。

お肉もっと食べた方がいいですよ?

 

 

「護衛対象を守れ!!」

 

 

遅れて回復した数人の隊員がミーシャさんを囲むように陣形を取ります。

あれ、邪魔ですね。

 

 

「ぐあ!?」

 

 

一閃。

龍門近衛局特有の重武装の()()()()()()()()()()()()()2度目の剣雨を発動して差し込む。顔見知りもいましたし殺しはしません。

 

そのまま走り、目標を確保。

 

 

「きゃ!?」

 

「失礼」

 

 

確保。

そのままお米様抱っこの要領で抱え片手で源石剣を壁に差し込み、それを支点に跳躍。

 

 

「逃さん!!」

 

 

その声と共に私に斬りかかろうとするチェンさんが見えます。

まあそう簡単に逃してはくれないですよね。

まったく、視覚も聴覚もつかえないでしょうに....化物染みています。

 

 

「W!!!」

 

「りょーかい」

 

「その声は.....ぐ!!」

 

 

無論、ここまでは想定内。

Wの爆撃がチェンさんに炸裂します。

そのまま爆煙に包まれて落ちてゆきますが、まあ、無事でしょうね。

あの人のことです。無傷な可能性も否定できません。

 

 

「お疲れ」

 

「はぁ、はぁ....労いの言葉を貰えるとは思っていませんでしたよ」

 

「あんた私のことなんだと思ってるのよ」

 

「悪魔」

 

「褒め言葉ね」

 

 

任務は十分成功といえるでしょう。

遠足は帰るまでが遠足と言いますが、一息ついてもバチは当たらないでしょう。

お米様抱っこをしていたミーシャさんを下ろし、ため息を一つ。

そんな私たちを見てミーシャさんは警戒気味に口を開きます。

 

 

「あ、あの....貴方達は....?」

 

「.....子守はごめんよ」

 

「......あー、私はフェイスレス。こっちの赤いのはW」

 

「赤いのって何よ!」

 

「任せるって言いましたよね?黙っていてください」

 

「......貴方達レユニオンでしょ?私をどうする気?」

 

「そうですねぇ.......まずは皮をひん剥いて肉を削いで茹でる───

 

「ひっ!?」

 

────なーんてことはしませんよ」

 

「......」

 

 

少しほおを膨らませながら睨んできます。

あら可愛い。

 

 

「貴方達レユニオンも龍門も、私を捕まえてどうするきなの?」

 

「どうもしませんよ。私たちは」

 

「........信じられない」

 

「うーん....まあ、そうですよね。ですが、これだけははっきりと約束しましょう。貴方が望む物が手に入る」

 

「.......どういうこと?」

 

「たとえば貴方が今一番会いたい人に会える....とかですかね?」

 

「っ!?それはどういう....!?」

 

「そろそろ追手がくるわ。急ぎましょう」

 

「わかりました。ではお話は後ということで」

 

「ちょっと!待ってよ!きゃ!?」

 

 

再びお米様抱っこの要領で抱えます

ビルの下が騒がしくなってきました。

増援でも呼んだのでしょう。

このままでは今度はこちらが包囲されてしまう。スカルシュレッダーやタチアナさんたちはもうすでに都市外への脱出を始めたようですし私たちもそれに続きましょう。

 

ただ、このままではすぐ追いつかれてしまうでしょうし....

 

 

「『起きろ』」

 

「何か言った?」

 

「いえ、何も?」

 

 

騒がしくなるスラム街を後に、私たちは合流ポイントを目指して駆け出します。

 

ふと、空いている右手を見てみると、それは真っ赤に染まり、濡れていました。ありえないほどに。

知り合いの血。言葉を交わしあった知り合いの血。

べっとりと染み付いて剥がれない、血。

私が裏切り殺した分だけそこに()は存在した。

 

 

 

 

 

にも関わらず、私の心は澄んでいました。

 

 

 

 

 

なぜでしょう。それが無性に、恐ろしかった。




二次創作のWネキを身すぎたせいでWがダブチになってる......本当のWネキはもっとかっこいいのに。こんな小物感すごくないのに.......社畜になってたり半袖で油物上げてるイメージしかない......


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正義

うちのWはダブチはっきりわかんだね。
そろそろシリアスが入場する。

※今回めちゃ長め


 

「アルマ....いや、フェイスレス。貴様は道理に背いた」

 

 

 道理...つまり正しい論理。

すなわち正義。

 

 

「悪の道に落ちた貴様を私は正義の元罰しなければならない」

 

 

 ああ、正義とはなんだろう。

人として正しい行いか?

名も知らない誰かの決めた方を守ることか?

大衆に“間違いではない”と認められることか?

それとも、自分よりも弱きものを守ることか?

 

 

「命まではとらん。だが、手足の一二本は覚悟してもらおうか」

 

 

否、否、否だ。

これはあくまで私の持論だが、私はこう考えている。

 

 正義とは、エゴだ。

例えば誰かが正義のためと犯罪者を罰したとする。

大衆からしたらそれは自分達を安心させるための正義であり。

罰した本人としては“人々のため自分は正しいことをした”と言う認識を得ることのできる正義だ。

 

 では、犯罪者として罰せられた者はどうだろう。

彼は本当に悪だったのか?それはわからない。私のように救いようのない悪だって稀に居るのだから。

 

だが、ほとんどの場合はそうではないだろう。

彼──彼女かもしれないが便宜上彼と呼ばせてもらう──はもしかしたら彼なりの正義があったのかもしれない。

 

例えば腹をすかした己の子供を生かすため。

 

例えば愛する恋人を助けるため。

 

例えば大衆に知られていない悪を明らかにするため。

 

例えば──虐げられる数多くの同胞を救うため。

 

果たしてそれは悪なのだろうか。

わからない。当たり前だ。これは前世から論じられ、未だはっきりとした正解が見つかっていない難問なのだから。

 

でも、少なくとも私は、私だけは彼を正義だと断じよう。

例えその理由が己の欲望がためだとしても。

私は彼を正義だと言い張ろう。

なぜならば、正義はエゴだからだ。

 

故に、私が罪を認め平穏という名の苦痛を受け入れたのも、チェルノボーグでゾーヤさんを助けたのも、レユニオンに協力しミーシャさん奪還に手助けしたのも、更なる刺激を、悦楽を、喜劇を求め続ける私の欲望も─────そして、かつての悲劇、クレアスノダール事変も、家族への裏切り行為も、全てがエゴであり、少なくともかつての私にとっての正義だった。

 

嗚呼、思えば私は自分勝手な人間でした。

自己を自覚したあの瞬間から、自分の好きなように、自分が奪われてきた分だけ好き勝手にやろうと誓っていました。

 

そう、あの悦楽への渇望も、自由への欲望も、それに対する罪の意識も罰も何もかも。全ては自分のため。エゴであり、正義だったのです。

 

 

「あなたに剣を向けるのは残念ですが、私にも年端も行かぬ仲間を守る、という正義がありますので、ね」

 

 

だから私は剣を抜きます。

 

 

嗚呼、ですがチェンさん。

私はあなたに問いたい。

 

あなたはその行為に正義を持っているのか。

 

だとしたらなぜ、そのような顔をしているのか。

 

私は問いたい。

 

 

 

 

話は数時間前に戻ります。

 

ここは龍門近郊に位置する採掘場です。

移動都市龍門から見事ミーシャさんを奪還した我々はここを合流地点として部隊を再編することとしたのです。

 

予定よりも被害を出しすぎた。

今回私たちがタルラさんに許可をもらい連れてきた人員の約1/4が既に亡き者となったか龍門の近衛局の手に落ちました。

いくらスカルシュレッダーさんに共感し自ら付き従っただけの寄せ集めとはいえこれは予想外。

1番の原因はやはりロドスでしょう。

事前に彼らの情報を持っていたWとスカルシュレッダーはロドスが邪魔だてをする可能性も考慮していたようですが彼らはその予想を上回る活躍をしました。

特に足止めとして置いてきた一つの重装歩兵小隊の全滅は確実でしょう。

 

ただ、一つ言いたいのは....空挺兵の落下死が予想以上に多かった...いや、そもそもそんな死因があってはならないのですが....

誰ですかあんな兵装を採用したのは...と言いたいですがウルサス正規軍でも似たような兵器が運用されていることからこの世界ではそれが普通のようです。馬鹿では?

ウルサス軍に所属していた時の悪夢──興味本位から触って見事吹き飛んだこと──がよみがえりかけた。

 

 

それよりも、今は重要なことがある。

 

 

「これがトリガーだ。弾はこうやって込めて....」

 

「うん.....」

 

「精神を集中してアーツを放つ」

 

「私にできるかな...」

 

「できるさ。必ず」

 

 

はぁ〜〜〜

仲睦まじいですね。

スカルシュレッダー君が姉であるミーシャさんに手取り足取りアーツや武装の使用方法について教えています。その内容は少々物騒ですが.....

可愛らしいミーシャさんと彼女に似た顔立ちのスカルシュレッダー君。

私は別にロリコンでもショタコンでもないのですが....

嗚呼、、、

 

 

「何やってるのよあんた」

 

「これが、“尊い”という感情なのでしょうか」

 

「正気に戻りなさいっ!」

 

「うっ、ぐぁぁ..!?これは、なかなか効く.....ごぼっ」

 

「え!?ちょっとあんた!?」

 

 

突如口内が血の味に満たされます。

そして口元から赤い液体がぼたぼたとこぼれ落ちるのが見えました。

 

 

「ははは、大丈夫ですよ。これはちょっとした冗談......ゴバァ!!」

 

「全然大丈夫じゃなそうじゃない!?そんな、私別にあんたを殺すつもりじゃ.....!?」

 

「ごほっ、アーツの副作用ですよ.....貴方のせいではない」

 

「そ、どうすればいいのかしら!?え、ど、どうすれば....!?」

 

「いや、普通に、医療班を呼んでくれれヴァッハぁ.....!?」

 

「きゅーきゅーしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「はいはい救急車っスよ!普通に呼んでくださいッス!うわ!やばいっスね!治療するッスよ!!」

 

「たの......みます.......」

 

 

不思議な暖かさが身を包みます。

なかなかに気持ちが良い.....というわけもなく、普通に痛いです。

タチアナさんの治療アーツというのは患者の治癒能力を大幅に上昇させ流石に欠損した腕や足は治りませんが普通では治らないような怪我でさえ修復できるものだそうです。

その代わりにアーツを受ける側に強烈な痛みを与えます。

実際めちゃくちゃ痛いです。

攻撃として使えるのではないかと思えるほど痛いです。

源石の融合の影響で鈍くなっている私の痛覚でもタンスに小指をぶつけた時の痛み以上のものを全身で感じているのです。

幸い私が痛みになれておりさらに痛覚が鈍かったから良かったものの...

 

 

「普通ここまで怪我してる人治すことないッスからね。相当痛むと思うっスよ。というかなんでこの状態で生きているのか不思議なレベルっス」

 

 

だそうだ。

つまり私が怪我しすぎなのが悪いようです。

神様がいるのなら私にこんなアーツを授けたことを恨みますよ。

もっとデメリットの少なくてメリットの大きいチートが欲しかった。

 

 

「ごめんなさいね....次からはもっと優しく殴るわ。貴方に死なれたら堪らないもの」

 

「そもそも殴らないでほしいのですがねぇ....」

 

「というか貴方がアーツを使用したのってさっきの数十秒だけでしょう?それだけでそこまで傷つくものなの?」

 

「身体強化は奥の手ですからね。それに併用して死にかけのレユニオン兵を足止めのために傀儡化したのも大きいです」

 

「ああ、この前言っていたやつね。クラウンスレイヤーからも聞いてるわ。ほんとあんた仲間なのに残酷なことするわねぇ」

 

「必要な犠牲、というやつですよ。彼らには内緒でお願いしますね」

 

「ふふん、貸し一つでいいわよ?」

 

「.........わかりました」

 

 

私にとって仲間というものははっきりと言って仕舞えば道具でしかありません。それが使えるか否かで重要度は変わりますが、明らかに彼ら....いやそもそもこの部隊自体が捨て駒のようなものです。量だけはある捨て駒。

スカルシュレッダーとW、そして私くらいしかまともな戦力がいないのですから。

 

スカルシュレッダー君曰くタルラさんはこれでうまくいくと言っていたようですが.....まさか相手の戦力を見誤った?そんな馬鹿なことがあるのでしょうか?

 

 

「少しいいか....ってどうしたんだそれ!?」

 

「気にしないでくださいスカルシュレッダー......どうしたのです?」

 

「......それは、その...」

 

「お礼を言いにきたんです」

 

「ミ、ミーシャ!?」

 

「ア...スカルシュレッダーに会わせてくれてありがとう。最初は胡散臭いお姉さんと思ってたけど....」

 

「......う.....俺からも、感謝する.....」

 

「一言余分でしたが、まあ、いいですよ」

 

 

胡散臭い...少し傷つきましたがまあいいでしょう。

子供はこのくらい無邪気な方がいいのですから。

 

 

「.....俺は、あんたのことが嫌いだ」

 

「....はぁ」

 

「あんたが、英雄って呼ばれてるアンタがクレアスノダールなんて辺境じゃなくて、チェルノボーグで革命を起こしてくれたら....アンタがもう少し早くここにきてくれたら......俺の母さんが死ぬことはなかったって、思っていた」

 

「.........」

 

「でも、少し見直した。アンタがあの近衛局の連中からミーシャを助けてくれたから、俺はこうしてミーシャと再会できた.........それは感謝する」

 

「感謝....ですか」

 

 

私にそれを受け取る資格はないと思うのですがね。

 

私は自分の手を見つめます。

相変わらず赤い。いしかしそれを見ても私の心は何も動きませんでした。普通こういう場面では殺してきたものの顔が思い浮かんだり彼らが私に向かって手を伸ばして地獄に引きずり込もうとする悪夢を見るのでしょう。

しかし今ではもうそれを見ることはない。かつて罪の意識に沈みきっていた私の心もいつの間にか軽い。

あの時吹っ切れたからでしょうか?

流石に私の心、掌がドリルの域に達するレベルで回転しすぎでは...?

やはり私の心は、というか罪の意識はそこまで薄っぺらいものだったのでしょうね。いっそ笑えてくる。

 

しかし今はそんなふうに思考する時間も残されていませんでした。

 

 

「何をしている行くぞスカルシュレッダー!撤退だ!この採掘場は破棄される!!」

 

 

ひとりのレユニオン兵士が叫びました。

 

 

「一体何が起きた!?」

 

「ロドスだ!強襲を受けた!!」

 

「────あのゴミどもがっ!!」

 

 

スカルシュレッダーの怒りのこもった声が鳴ります。

それに呼応するようにガチャリと音を鳴らす兵装を持ち上げ、彼は指示を出し始めました。

まさかもうここまで彼らの追手が迫ってきているとは。

やはり龍門は一度侵入した感染者を逃す気はないということでしょうか。

それとも、この少女にそれほどの価値があるとでも....?

 

 

「どうするッスか?」

 

「撤退一択でしょう。今の我々に勝ち目はない。迎え打とうとも返り討ちにされて私たちは全滅。折角奪取したミーシャさんを奪われるのがオチです。今戦っている彼らができるだけたくさん時間を稼いでくれることを祈りましょう」

 

「同意見よ。そこまでのことは契約の対象外だしね」

 

 

そもそも、私たちが逃げ切れるかどうかも怪しい...ということは黙っておくことにしました。

選択肢としては私たちを殺さないでくれそうなロドスに投降することが一番マシだと思いますが.....

 

 

「ロドスなら......私たち.....」

 

「何だ?ロドスと話し合えとでも?」

 

「あの人たちならきっと感染者を助けてくれる」

 

「俺の同胞は何人もロドスによって殺された....お前は俺に、あいつらと話し合えって言うのか?」

 

 

まあ、無理でしょうね。

なかなかに面倒な状況です。

 

 

「....タチアナさん、一応聞いておきますが援軍は?」

 

「多分無理っス。さっき通信兵のおじさんが話してましたっスけど、あっちもあっちで色々やってるみたいっスからね」

 

「そうでしょうね」

 

 

例えタルラさんたちの“色々”がなくとも、幹部格といえどたった1人の少年の家族を救うために本隊が動くわけがない。リターンに対してリスクが大きすぎます。だからこんな捨て駒のような部隊を寄越したのでしょうね。スカルシュレッダー君の信奉者の中に腕利きがいればよかったのですが聞けば彼らはスカルシュレッダー君と同じ境遇の者たち。つまり元はただの一般市民だった人たちです。たとえウルサスという種族が力強くても、訓練もせずにスカルシュレッダー君のような戦闘センスを持つものはそうそういないでしょう。

 

 

「お前は裏切り者と何を話せって言うんだ!?」

 

 

そうなると選択すべきはやはり撤退のみです。

採掘場は複雑な地形です。隠れる場所もたくさんある。

ですのでその辺りに捨て駒達を伏兵として忍ばせて、申し訳程度に私のアーツやWさんの装備で作り上げた罠を置いて足止めをしている間に私たちは撤退.....

 

 

「同胞の死を見過ごせっていうのか?」

 

 

.........スカルシュレッダー君、“私たち”の中には貴方も入っているのですよ?

 

 

「W」

 

「なによ」

 

「捨て駒はいくら捨ててもいいです....ですが流石に幹部格は生き残らせなければまずいのでは?」

 

「別に?いいんじゃないかしら」

 

「なに?」

 

「正直にいうわね?あの龍女は彼らのことをそこまでの重量視してないわ」

 

「まあ、そうでしょうね」

 

「いいえ、むしろ死んでほしいと思ってるのかもね?」

 

「っ!?.....一体どういうことですか?」

 

「さあね?アンタが私の部下としてこき使われてくれるってなら教えてあげてもいいわよ?」

 

「........遠慮しておきましょう。嫌な予感がする」

 

「あら、振られちゃった」

 

「今のは聞かなかったことにします。ですので......貴方も余計なことはしないでいただきたい」

 

「はーい♪」

 

 

.....本当に、想定外だ。

本当に、一体何が起こっている?Wは何を知っている?タルラの目的はなんだ?私と同類ではないことはわかる。同じ匂いがしない。だからこそわからない。仲間を無駄死にさせてなんの徳があると?

 

 

「くっ....わからないことが多すぎます」

 

 

どうしましょうか。

このまま逃げてしまいましょうか。

スカルシュレッダー達を見捨てて逃げてしまいましょうか。

そうすればミーシャさん一人ぐらいは助けられるでしょう。

スカルシュレッダー君も彼女のために死ぬというのなら本望でしょうし、私の任務自体は達成できます。

それでいい。

それでいいじゃないですか。

そもそも私がレユニオンに参加した理由はかつての“家族”を助けるため。ただの道具である“仲間”を助けるためじゃないのですから。

これでいいのです。

 

 

「絶対に....貴方も帰ってきて.....私も苦労してやっと....」

 

「ああ、必ずお前に会いに戻るさ。そしたら、一緒に家に帰ろう」

 

「.......うん」

 

 

これで.......

 

 

『先に行ってください。大丈夫。お兄ちゃんはこんな奴らには負けませんよ』

 

『お兄ちゃん!やだよ!行かないで!』

 

『.....必ず帰ってきますから。どうか泣かないで』

 

『う.....うぅ.........約束、してくれる?』

 

『ええ、約束です。可愛い妹を守るのは兄の役目ですから』

 

 

......は、はは.......なぜ今思い出すのでしょう。

わかってる。被るんだ。彼らが、かつての私達に。

私が自らの手で壊してしまった本物の幸せに。

 

あの時、本当に大事なものを見失っていた私は、真に大切なものをこの手で壊してしまった。そしてそれを、今なお裏切り続けている。自らの自分勝手な意志で。

 

では彼らはどうだ?

互いを大切に思いあっている。

にも関わらず、それが今理不尽な暴力と、仲間の死から生まれた逃れられない復讐によって壊されそうになっている。

言いたい。本当に大切なものは復讐などではなく目の前にあるものだと。でもそれは無理だろう。復讐を諦め逃げたとしても彼はまた戦場に戻るだろう。それに、正体の掴めない不可視の魔の手に彼は狙われている。

かつて私が壊してしまった幸せが、今、また目の前で失われようとしている。

 

 

「ああ!くそっ!!!」

 

 

思わず頭を押さえます。

私に似合わない乱暴な声も出てしまった。

 

 

「スカルシュレッダー。私も同行する」

 

「フェイスレス、お前はミーシャを連れて....」

 

「それはWに任せる」

 

「どうして....」

 

「家族と被った」

 

「....は?」

 

「それだけです」

 

 

私は自己中心的な人間だ。

時に絶対的な悪を演じ、時にこのように偽りの正義を演じる。

どっちつかずの人間だ。

当たり前だ。だって、自分の好きなように生きているのだから。守りたいから守る。壊したいから壊す。

罪悪感なども所詮はただのお飾り。それが悪い子だと知っているから罪を感じている演技をしているだけ。

私はいつだって好きなように生き好きなことをやってきた。

 

...そんな人間だと思っていた。

そのはずだったのに。

 

なのにこんな中途半端な感情に流されるなんて。

演技のはずだったのにいつのまにか飲まれていた。

いつから私は壊れてしまったのだろう。

 

いや、初めから私は人間として壊れていたんだろう。

それも、中途半端に。



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混戦

ゲーム的に言ったらスカルシュレッダー君と一緒にイベントボスが襲いかかってくるレベル。ただし特定のキャラクターにはアホみたいな補正が入る。

ちなみにメインで一番好きなボスはスカルシュレッダー君。何あの変形グレラン刀。ロマンの塊じゃん。あと足がいい。



 

 

「重装歩兵隊は塹壕まで後退!!射手はできる限り援護しろ!!術者はアーツの用意を!歩兵隊は物資を砲兵に運べ!!イワンさん!後30秒で砲撃が始まります!兵を率いて撤退を!怪我人は後方の医療部隊へ!」

 

 

予想通り足止めとして配置されていたWの傭兵団は全滅。

敵は我々の本隊と接敵。

採掘場は戦場と化していました。

 

しかし掘り進められた地下空間からの強襲は成功。

お陰で戦場は混乱し、敵部隊の術者や射手は味方への誤射を恐れてか手は出してくることはなく、手強い近衛兵相手にも複数人で対応したり、ひたすらに時間稼ぎを目的として防御に徹することでなんとか戦線を保てています。

 

そして敵側がうまく進めず四苦八苦する中、私たちは体制を整え塹壕戦の用意をし、敵の進行を抑えている彼らの撤退を見計らって砲撃を開始。塹壕戦に持ち込みます。

人員だけは無駄にいる兵を使用する消耗戦に持ち込むのです。

おそらく多くの血が流れることになるでしょう。

 

同胞の仇とばかりに突撃するスカルシュレッダー君のおかげで戦線自体はむしろ押し返しているくらいです。味方の誤射が怖いところですが彼は気にする様子もない。それほど彼らを信頼しているのでしょうか。

しかしこれは撤退戦。

あまり突撃しすぎるのはいいことではない。

それにここで彼を使い潰すわけにはいかない。

 

 

「スカルシュレッダー!そろそろ一斉砲撃が始まります!下がりなさい!巻き込まれますよ!」

 

『っ!くそ!わかった!!』

 

 

意外なことに素直に下がってくれました。

なんとかこの状況を保てているのは彼らが私の指示を素直に聞いてくれていることもあるでしょう。こんなところで先導者の肩書きが役立つとは思っていませんでした。

 

しかしこれもあまり長くは持たないでしょう。

一人で戦線を維持していると言ってもいいほど活躍しているスカルシュレッダーの体力もいつかは尽きます。塹壕戦に持ち込むにしても物資があまりにも足りない。また、前世に比べこちらには“銃”という使えば子供でも人を殺せるような万能兵器は存在しません。

ゆえに数少ない術師と射手で対応しなければならない。

このまま突撃して戦うよりかは時間が稼げるでしょうがそれも大した差にはならない。

 

それにこれはまだ先遣隊でしょう。直ぐに本隊が来る。それまでに撤退しなければならないのですが.....

 

 

「砲撃用意!!打───────

 

「させると思うか?」

 

 

どうやら時間切れのようですね。

 

 

「くっ....」

 

「フェイスレス!?」

 

 

血飛沫と同時に、己の左腕が吹き飛びました。

遠方からの攻撃ではない。斬撃。

 

 

「敵襲!!フェイスレスを守れ!」

 

「邪魔だ!」

 

 

見落としていたルートがあったのでしょうか。

まさかこちら側も強襲を受けることになるとは。

しかも、貴方のような強敵に。

 

 

「命まではとらん。だが、手足の一二本は覚悟してもらおうか」

 

「忠告が、少し遅いのでは?」

 

 

戦場は血に濡れてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

「感染者の英雄....先導者フェイスレス、か」

 

 

ロドスのリーダーと言える3人の人物のうち、その一人。

ケルシー医師がホワイトボードに貼り付けられた写真を見ながら呟いた。そこに写っているのは目の下にクマを作り、疲れた顔をしながら買い物かごを持つ黒髪のループスの姿。龍門、いや、ペンギン急便が秘匿し続けてきた大犯罪者の写真だ。

 

 

「あの、ケルシー先生、この人は?」

 

「...アーミヤ、ウルサス政府によって隠蔽された移動都市クレアスノダールの悲劇の真相は知っているか?」

 

「い、いえ」

 

「そうか......なら、この機会に知るべきだろう。かの都市は感染者の蜂起によって地に落ちたと言うことを」

 

「え!?」

 

 

クレアスノダール事変。

ウルサスにとっての汚点にして感染者達にとっての自由への起点。

ウルサスが闇に葬り去ろうとしたその事実は情報収集のため滞在していたロドスのエリートオペレーター、Scoutが持ち帰った情報によってその真相は明らかにされた。

抑圧された感染者達は一人の女性によって解放された。

自由と平等を掲げ、感染者にも幸せを得る権利があると主張し、都市を火の海に沈めた。

駐屯軍は感染者達の強襲と、仲間の裏切りにあい暴動が開始された数時間で指揮系統が崩壊。自警団はろくに抵抗もできず虐殺された。

驚くべきことに感染者達はクレアスノダールの5区画のうち4区画を1日もたたないうちに占領した。そして滞在していた元ウルサス軍少尉ジャスパー・ランフォードが守る残りの一区画も、どちらが使用したのか、謎の生態兵器の暴走によって壊滅することとなった。

 

そしてその後、原因不明の爆発によって都市機能は停止。

移動ルートがずれていたことにより天災に遭遇してしまい、移動都市クレアスノダールは正真正銘の地獄となった。

 

 

「それを...実行したのがこの人なんですか?」

 

「そうだ」

 

 

感染者を導き、希望をもたせたもの。

聞こえは良いが実際に彼女が行ったことは虐殺の教唆。

そして破滅への扇動。

彼女らロドスの目指す先とは似て非なるもの。

 

そんな彼女は今日この時まで死んだと思われていた。

あの天災に巻き込まれて死亡したと。

だが彼女は生きていた。ウルサスについての情報と、龍門への協力を条件に、ペンギン急便と龍門に匿われて。

 

しかし彼女はその約束を破り、レユニオンと手を組んだ。

これは彼女と直接対峙した近衛局隊長チェンと、なぜか彼女の現在位置を把握していたペンギン急便のテキサスからの情報で明らかになっている。

 

そこにどんな事情があったのかは分からない。そこにあるのは“フェイスレス”という罪人が我々の敵として現れた事実のみ。

 

 

「でもさ、ケルシー。その人がゾーヤ......アブサントちゃんを助けたんだろ?そんなに悪い人なのか?」

 

「....ドクター」

 

 

黒尽くめのフードを被った不審者...ロドスのリーダーと言える3人のうちの一人、ドクターがはいはい!と手を挙げてケルシーに物申した。

ドクターは先日のチェルノボーグ事変の際、チェルノボーグに存在する“石棺”という施設からロドスのメンバーによって救出された人物だ。

しかしレユニオンの暴動と重なり不備があったのか、はたまた最初からそうだったのか。ロドスの頭脳とも言えるドクターは記憶喪失となっていた。

しかしその指揮能力は健在。

だが───

 

 

「ドクター、余計なことは考えない方がいい。やつはお前が思っているような人物ではない」

 

 

甘い。以前のドクターを知っていたケルシーにはそう感じた。

人殺しを嫌い、仲間を駒のように使うこともしない。

人としては正解だが、指揮官としてはどうなのか、と。

 

そしてケルシーは知っていた。

彼女、フェイスレスの本性を。そして彼女が犯した罪を。

他人を駒としてしか見れず、他者の幸せを良しとせず、家族をひどく憎む。少なくとも“以前の彼女”はそうであったと聞いている。

Scoutやエンペラーから聞き出した事実だ。

例えその後の彼女がどれほど反省していたように見えても、それがただの演技の可能性もある。そうケルシーは聞き出した彼女の人物像から予想していた。

 

 

「先導者フェイスレス。奴を用意できうる最大限の戦力をもってして討伐するんだドクター。下手な情けはかけるな」

 

「......わかった」

 

 

 

 

 

 

「フェイスレス!!」

 

「スカルシュレッダー!指揮を!頼みます!」

 

「まて!俺も....くそ!邪魔だ!!」

 

 

ボタボタと小さな赤黒い血液が切り口から溢れ出します。

これは予想外。陣形はしっかりと機能していたはず。

回り込むこともできぬように左右をそれなりの人数で囲んでいたはずです。

 

 

「どうやってここまで...?」

 

「切った。邪魔するものは全て」

 

「.....は、ははは。冗談でしょう?」

 

 

冗談ではない。

彼女の二本の刀のうち一本からこぼれ落ちる鮮血が物語っている。

はは、本当に冗談だと言って欲しいものです。

雑兵とはいえあれほどの数をたった一人で?それでいて息も切らさず傷ひとつない。化け物じみていますね。これはもうチートと言っても良いのでは?

 

 

「大人しく投降しろ。そうすれば命だけは助けてやる」

 

「そういって、いったい何人が武器を捨てましたか?」

 

「..........」

 

「ふっ、でしょうね」

 

 

傷口から溢れ出す血液に混じる源石を活性化。

傷口を源石で塞ぎます。

おそらく、ここで私が彼女を抑えなければ戦線は崩壊する。

いや、既に崩壊しているのかもしれないですけどね。

 

 

「邪魔をするなロドス!!」

 

 

遠くで破裂音が聞こえます。

既にロドスまで合流しましたか。

ここが限界でしょう。

これ以上この雑兵達で抑えるのは無理です。

このままでは私たちも危ない。スカルシュレッダー君を連れて撤退したいのですが....まあ彼女がさせてはくれないでしょうね。

 

 

「援護するフェイスレス!!」

 

「やめなさい。貴方達はスカルシュレッダーの援護へ」

 

「だがその怪我では」

 

「行きなさいと、言っているのです!」

 

「っ!....すまん!」

 

 

出来るなら彼らを使ってチェンさんを足止めしたいところですが、はっきり言って無理でしょう。数分稼げるかどうかも怪しい。それならスカルシュレッダー君を守りに行ってくれた方が助かります。

私の戦い方は足手まといはいない方がいい。

 

 

「これは、お前という悪から目を離した私の責任でもある。今ここで、必ず捕らえさせてもらう」

 

「ふふふ、怖い、ですねぇ!」

 

 

源石剣を抜刀。

先ほどの一線で耐久面が少し心配ですがもう少し頑張っていただくとしましょう。

 

 

「さあて!一仕事行きましょうか!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけた」

 

 

その声に、私は気づくことができませんでした。



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大人

ローグライク6層ボス勝てん.....


 

剣が振るわれるごとに鮮血が舞います。

アーツが放たれるごとに悲鳴が上がります。

風を切る音が聞こえるごとに、声が一つ消えてゆきます。

 

結論から言えばすでに戦線は崩壊しました。

ミーシャさんを連れた本隊の撤退はまだでしょう。しかし我々殿部隊はもはや壊滅状態。これ以上の足止めも見込めないほどに。

 

初めは、スカルシュレッダーと、フェイスレスという旗頭が存在することで士気は高かったのです。しかし気合だけでは物量を押し返すことなどできません。

 

地面は血に濡れ一人一人の命が染み込んでゆきます。

 

たった一人の少女を守るため。

自分達の希望を守るため。

生きた証を作るため。

 

人々は無謀な特攻を繰り返し、死んで行きます。

 

 

しかし、どれほど愚かな人でも、その末路を繰り返し目にすれば、疑問を持ちます。我々の死に意味はあるのかと。

 

どんなに愚かな人でも、食を共にし言葉を交わした友人の死を何度も目にすれば、“死”という事象の恐ろしさを知り、恐怖します。そんな死に方は嫌だと。

 

その結果がこれです。

 

 

「いやだ!助けて!死にたくない!」

 

「だれか!誰か助けてくれ!スカルシュレッダー!!」

 

 

もはやそれは部隊と呼べるものではありませんでした。

死を恐れ逃げまとい戦わずして死んでゆく。

彼らの結末は既に確定したようなものでした。

 

そして、私たちの行く末も。

 

 

「左腕を失い、武器も折れ、体の至る所に切り傷を作り、右手はろくに物も握れない」

 

 

ええ、はっきり言って満身創痍です。

 

 

「部隊も散り散り。この戦いの決着は既についたようなものだろう」

 

 

死者は捨て駒部隊の半数を超えているでしょう。

戦う意識のあるものといえばもうほんの数人でしょう。

 

 

「だというのに───────

 

 

 

 

────なぜお前は抗うんだ!アルマ!!!」

 

 

 

チェンさんが満身創痍の私以上に苦しそうな顔でそう叫びます。

 

戦う理由。

正直にいえば私にもわかりません。

彼らが似ていたから?果たして私はその程度の理由で考えを変えるような、救いようのある人間だったのでしょうか。

 

わからない。

 

ですが、理屈だけなら、言えます。

口先だけの言葉ならいくらでも思いつく。

本当に簡単なこと。

誰にでもわかることです。

 

 

「大人が、子供のために戦うのはおかしいことでしょうか?」

 

 

「っ......」

 

 

これは平和な日本という国で育った経験を微かにながら持つ私だけの感性でしょうか。いえ、そんなわけないでしょう。

人間として、人という生き物として子と大切にするのは当然のことでしょう。

種の繁栄を目的として。そして猫やハムスターなど小さなものを可愛いと思うように、子を可愛いと思う心から。

 

 

「貴方は彼女....ミーシャさんの幸せを考えたことはありますか?」

 

「.........」

 

 

その言葉に彼女は沈黙で返します。

つまり、そういうことでしょう。

 

 

「知っていますか?ミーシャさんと、あの少年、スカルシュレッダーの関係を」

 

「.......いや」

 

「彼ら、姉弟なんですよ」

 

「.......」

 

「姉弟が再会を望むのは悪いことなのでしょうか」

 

 

私はチェンさんの性格を知っています。

ただ単に厳しいだけでなく、人一倍部下思いで、近衛局として感染者やその他の脅威から龍門を守る立場にあるにもかかわらず、感染者の子供達をこっそり隠れて世話してあげていたりと、彼女が正真正銘、私などとは違う”優しい人“であることを知っている。

 

だからこそ、この任務に疑問を抱いているはずです。

そこを狙います。

どんなに優秀な剣士であろうと心の乱れには勝てないのですから。

それで刀を下げてくれるのが一番なのですがね。

 

 

「ミーシャさんには昔、鉱石病に感染したたった一人の弟と、それを助けようと抵抗し、殺された母親がいました。たった一人残った父親の存在は彼女の心の拠り所とはなり得ず、彼女はたった一人寂しい思いをしていたようですよ」

 

「......」

 

「スカルシュレッダー君は幼い頃に鉱石病を発症し、母を亡くし、家族と離れ離れにさせられたそうです。そして彼は道具のようにこき使われ、大人でもやらないような厳しい仕事をさせられていたようです。しかし彼は非感染者達の隙をついて多くの仲間たちと共に施設から逃げ出し、レユニオンに加入したそうです。その後彼は母を殺したもの達に復讐を果たし、ついにこうして姉との再会を果たしたのです」

 

「...........」

 

「まさに悲劇のような人生を送ってきた彼らが、ようやくハッピーエンドを見つけたのですよ」

 

 

鉱石病と、ウルサスという国家が生み出した悲劇。

彼らは何も悪くなかった。

私のように自ら進んで壊したのでもなく、かつて犯した罪の報いを受けたのでもない。

彼らはただの被害者だった。

何の罪もない。理不尽にも悲劇に飲まれてしまった哀れ被害者だ。

彼らには権利がある。

罪を犯し過ぎた私とは違って、彼らには幸せになる権利がある。

だというのに───

 

 

 

「その物語が!悲劇で終わっていいと!貴方はそう思うのですか!?」

 

 

 

チェンさんの顔が悲痛に歪みます。

ええ、そうです。あなたは優しいお方だ。

感染者だろうと分け隔てなく接することのできる“普通”の人間だ。

 

だからこそ、苦しいでしょう。

辛いでしょう。

 

なら、もうやめてしまいましょう?

 

 

「.....思わない」

 

「なら」

 

「だが、それとこれとは話が別だ」

 

 

ダメか。

 

 

「私は貴様らを打ち倒し、目標を奪取する」

 

 

チェンさんが刀に手をかけます。

 

 

「そこに、私の感情は関係ない」

 

 

抜刀──────────────

 

 

ああ.....

 

 

 

「交渉は決裂ですね」

 

 

 

 

瞬間、私は体を仰け反らせ、目前を刃が通り過ぎます。

実に、残念です。

 

続くように振り切った刀は向きを変え、再び私に襲い掛かります。

それを半ば折れかけた源石剣でいなします。

源石で極限まで強化しているにもかかわらず、手が痺れるほどの威力。そして近くすることすら難しいほどの速度。しかしそれも心の乱れからか、動きを予想することは容易。流石にアーツなしでは無理でしょうが、かつて行い、瞬殺された模擬戦の時よりも明らかに太刀筋が鈍っています。

無論、正統法で勝てるとは思っていません。

 

目潰し、人質、騙し討ち。

持ちうる手札を全て使いましょう。

 

でなければ私は彼女に勝てない。

 

 

「くっ!!!」

 

 

ちょうど首の皮一枚。

それをバックステップでかわし、距離をとる。

同時に源石剣にアーツを込め、力技で刀身を形成します。おそらくコレはもうダメでしょうね。せっかくテキサスから頂いた物だというのに勿体無いことをしてしまった。

 

 

「っ!来るか!」

 

 

そしてそのまま足に力を込め、地面スレスレを跳躍。

源石剣片手にチェンさんに突撃します。

刀を構えたチェンさんを視界に入れ、源石剣をその勢いのままふるいます。

 

 

「閃っ!!!」

 

「っ!!」

 

 

ああ、まあ、無理でしょうね。

 

砕かれた源石剣が宙を舞います。

肩から胸にかけて熱を感じます。

斬られた。

 

 

 

でも───

 

 

 

 

それだけで終わるわけがないでしょう?

 

 

 

「なっ!?」

 

 

踏み込み。

砕かれた源石剣を躊躇いなく捨て、体を前に踏み込みながらチェンさんの顔に手を押し付けるように動かします。

 

 

目眩し。

 

源石による人体破壊。

 

単なる格闘技。

 

 

チェンさんの頭にはさまざまな予想がよぎったでしょう。

そして彼女がとった行動は落ち着いて一歩下がること。

一瞬は驚いたが、回避の取れない必中の距離でもなく、たったそれだけの動作で避けることのできる距離だったのですから。それにかわした後、すぐに私を拘束しようという狙いもあったのでしょう。

 

そう、彼女はコレが私の最後の足掻きだと思ったのでしょうね。

 

 

 

 

嗚呼、でもそれは間違いでした。

 

 

 

「なにっ!?」

 

 

 

瞬間、チェンの視界が真っ赤に染まる。

そして何かが高速で眼前に迫る気配に彼女は体制を崩しながらも回避します。

 

しかし、視界は塞がった。

 

私は文字通り肉の抉れる痛みを堪えながらもう一本踏み込みます。

 

 

 

源石パイルバンカー

 

体内に存在する源石をアーツを使用し急成長。

強烈な痛みと共に体内で急成長した源石を骨を削り肉を抉り皮を突き破り、血肉を撒き散らしながら標的に向けて射出する。

ただそれだけの単純な技。

しかし一般的な感性では予想できない故に不意打にはうっけつけの大技。

 

まさかコレをかわされるとは思いませんでした。

 

 

 

しかしそれだけで終わるはずがない。

格ゲーにコンボ技は必須。当たり前でしょう?

 

 

 

「お お お お!!!」

 

 

 

振り抜いた右腕の遠心力を利用し、そのまま体を一回転。

斬り飛ばされた左腕の切り口を上に向け、そのままアーツを発動。

 

止血に使用した源石を急成長させ作り出すは巨大な大剣。

 

勢いそのままそれを振り下ろします。

 

 

遠心力と源石製の手刀の重量がかかった必死の一撃。

体制の崩れたままではさすがのチェンさんでも避けられない。

ああ、貴方は私のことを殺さないと、慈悲をかけてくれるつもりだったのでしょう。

 

でもダメです。

 

私は、たとえ貴方だろうと、目的を達成するためならその命を奪いましょう。

 

.....貴方達と過ごす日々は楽しかった。

ですが、“それとこれとは話は別”ですよ。

 

 

 

「ごめんなさい」

 

 

私の、勝ち───────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「剣雨」

 

 

 

 

 

 

 

「なに、がっ!?」

 

 

体が痺れ、硬直する。

動きが止まる。

痛み、痛み、痛み、そしてデジャブ。

 

これは

 

 

 

「久しぶり」

 

 

 

空には黒髪をはためかせる天使がいた。

 

 

 

「邪魔だ」

 

「ぐっ!」

 

 

隙を見て追撃をかけようとするチェンを蹴り飛ばし、舞い降りた。夜空のような美しい黒髪と、引き込まれるような真っ黒な瞳。

 

私の妹が───

 

私の鎖が───

 

私の罪の証が────

 

 

「兄さん」

 

 

そこにいた。

 

 

 

 

「.......テキサス」

 

 

なぜここにいる。そのようなことは問わない。

ここは“彼女たち”の本拠地。テキサスが。そして向こうで呆然と私を見つめているエクシアさんがいるのは当然でしょう。

それに、私のいるところには彼女のいる。彼女の瞳がさも当然のように、そう語りかけてくるのです。

 

しかし、

 

 

「本当にタイミングが良いのか悪いのか」

 

 

いっそ笑いが出てくる。

 

 

「兄さん」

 

「....なんですか」

 

「一緒に帰ろう。みんなが待っている」

 

「..........ふふ」

 

 

ふふ.......あははは。

貴方は、貴方はまだ私を許してくれるというのですか?

私をペンギン急便の一員と認めてくれるのですか?

 

私を、家族だと認めてくれるのですか?

 

 

ああ、でもダメだ。

 

 

「断ります」

 

 

私は貴方達の元には戻れない。

 

 

「なんで」

 

「私に、貴方達の元に戻る権利はありません。それにまだやるべきことがありますからね」

 

「権利なんて必要ない」

 

「私は、フェイスレス。家族を裏切り、感染者に希望を与えた感染者の英雄。顔なき先導者。私には、背負うものがまだあるのです。負うべき責任があるのです」

 

「帰ろう」

 

「それに救いたい物も見つけましてね。少し、本物の救世主のふりでもしてみようかと」

 

「.........」

 

 

 

 

 

────そんなの関係ない。

 

 

 

オレンジ色の刀身が輝きます。

 

 

 

「絶対に連れて帰る」

 

 

 

彼女は不変の覚悟を持って、その言葉を放ったのでした。

 

自然と震えてくる。

絶対に連れて帰るという確かな覚悟。

かつての私にはなかった物。

 

そして今の私には存在する物。

 

 

 

「お断りしましょう」

 

 

 

ごめんなさい。

 

私にはまだやるべきことがあるのです。

やらなければならないことがある。

 

 

「おおおおお!!」

 

 

遠くで歓声が上がる。

悲鳴ではない。命乞いでもない。明らかに絶望に染まった感染者達のものではない.....

ああ、終わったのか。

スカルシュレッダーは......みんなは.....

 

でも、それでも私は....

 

 

 

「なら、無理やり連れて帰るだけだ!」

 

「.....できる物ならやってみなさい」

 

 

もはや力の入らない手を前に出し、掌から突き出た、今にも崩壊を始めそうな源石の杭を彼女に向けます。

申し訳程度の抵抗にしかならないことはわかっています。

 

でも、まだダメだ。

ダメなんです。

 

ここでは終われない。終わっていいはずがない。

 

私はまだ償えていない。

沈みゆく泥舟から救いきれていない。

 

スカルシュレッダー君を、ミーシャさんを、リュドミラを、レティシアを。

 

だから私はまだ終わるわけにはいかないのです。

 

 

 

「ああああああああ!!!」

 

 

 

咆哮。

最後の悪あがき。

しかし源石剣の光は止まらず、私の目前に迫ります。

 

何もできない。

 

何もできなかった。

 

私は、何もできずに終わるのか───────

 

 

 

 

「お お お お お お!!!!」

 

 

 

視界が黒光りする壁に塞がれました。

 

 

「フェイスレスを守れ!!」

 

 

誰が叫んだのか。

 

 

「うおおおおおお!!!」

 

 

叫び声と足音と共に私の前に多くの背中が現れます。

なぜ、なぜ、なぜーーーー!

 

 

「何をしているのですか!!」

 

 

叫びます。

私の前に立っているのは数多くの感染者達。

立派な重装甲を着込むものからジャージにヘルメットというろくな装備も着ていないものまで。全員が全員、至る所に傷を作りながら私を守るように立ち塞がりました。

 

さっきまで死を恐れて震え、怯えていた彼らが。

 

 

「フェイスレス!右腕は動くか!スカルシュレッダーを頼む!」

 

「一体何のつもりですか!?」

 

 

彼らのうち一人、イワンさんが傷だらけで気を失っているスカルシュレッダー君を私に押し付けます。

なぜ、なぜ貴方達がこんなことをしている?

私やスカルシュレッダーの後ろに隠れ震えていた貴方たちが。

なぜ逃げずにここにいる?

少なくとも怯えたまま逃げ出せば彼らは助かったかもしれない。

死を恐れて近衛局やロドスに命乞いをすれば助かったかもしれない。

 

なのになぜ、貴方たちのことを捨て駒としてしかみていなかった私の前に立っているのですか!?

 

 

「お前、さっき言っただろ?」

 

「何を...」

 

「”大人が、子供のために戦うのはおかしいことか“ってさ」

 

「.....は?」

 

「あれ聞いてよ。恥ずかしくなったんだ。スカルシュレッダーって言うヒーローを頼って、あいつがいれば全てうまくいくって勝手に思い込んで.....あいつはただの子供だってのにな」

 

 

違う....違うんだ。違うのです。

そんなことを考えていったんじゃない。

ただ、口先だけ。薄っぺらい理由付けのつもりだった。

友に剣を向け家族を裏切る。そんな自分の行為を正当化するだけの言葉だった。

 

そんなつもりじゃ....

 

 

「わかってるさ。お前が俺たちのことを駒だとしか見てないってことくらい。普段そんな目で見てくる奴がいるからな」

 

「....」

 

「でも、あの言葉は本物に聞こえた。あれは間違いなくお前の本心だ」

 

「ちがっ....

 

「自分の本心ってのは案外気づけないものだぜ?」

 

 

違う.........

 

 

「だからよ。ここは俺らに任せてくれ。捨て駒として使ってくれ」

 

「待ってください!私も....」

 

「俺らからみればお前も十分子供なんだよ若造!」

 

 

そう言ってその人は仮面を外し、私の髪を乱暴に撫でながらくしゃっと笑います。

 

 

「女子供を守るのは大人の男の仕事だ。ここは俺らに花を持たせてくれ」

 

 

「.......う、ぅあ........」

 

 

「いくぞテメェら!!非感染者どもに感染者の底力を見せてやれ!」

 

「「おおおおおおお!!」」

 

 

 

死んでゆく。

()がまた一人といのちをちらしてゆく。

私に希望を預けて。

私の言葉で死んでゆく。

 

逃げられる。

 

彼らの犠牲のおかげで。

 

彼らの命の上に私たちの命が立っている。

 

立ち上がれ。

 

痛みなど無視しろ。

 

動かないのならアーツで動かせ。

 

アーツも使えないなら気合いで動かせ。

 

 

何としてでも逃げ切れ。生き残れ。

 

 

私の責任だ。

 

 

 

「兄さん!待って!!」

 

 

 

壁の奥から聞こえてくる叫びを無視して、私は走り出した。




アルマちゃんと化したアル君の感性は前世主人公君ではなく今世アル君のある程度常識的な感性に近いものを持ってるので口先では駒とか言って冷たそうに見えるけど罪悪感はバリバリ存在します。テキサスの手柄だね。


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配達

 

「あいつらを見捨てたのか!」

 

 

怒りのこもった声と共に頬に鈍い痛みが走ります。

 

相対する少年は全身に切り傷や青あざを作り、右腕は骨折したのかダランと力無く垂らしています。

対する私は左腕を失い、肩から胸にかけての大きなものから数えるのも億劫になるような無数の切り傷。そして今なお痛みを発し続ける右腕の大穴。

 

満身創痍でした。

 

ミーシャさんを連れた本隊を逃すため、採掘場に残った殿部隊は私とスカルシュレッダーを残して全滅。

彼らを犠牲に生き残った私たちもまた死に体の状態。

 

 

「は、はははは....」

 

 

なんてひどい有様なんでしょう。

 

 

「こいつ.....!!」

「ダメっスよ!先輩が死んじゃうっス!!」

 

 

これが英雄か。

これが、感染者の英雄の姿か。

希望だけ持たせて、ろくな成果も出せない。

これではただのハリボテじゃないか。

英雄なんて、所詮はただの偶像に過ぎなかったってわけだ。

 

何とまあ、滑稽だ。

 

私は何もできなかった。

壊すことしかできない。誰かを助けるなんてできない。

罪を償う?そんなこと無理だ。私は誰一人救うことなどできない。

 

私はただの凡人だ。誰かを傷つけることしかできない罪人だ。

 

 

「....はは....は........」

 

 

いや、違う。罪人の方がよっぽどマシだ。

好きなように生きて好きなように死ぬ?

できていないじゃないか。何人犠牲にした?何人の命を弄んだ?

無理だ。無理なんだ。あの時、テキサスに生かされた時点で。

いや、そもそも私が生まれたその時からそれは私の物語じゃなかった。そしてそれも、両親が死んだ時点で終わりを迎えていた。

 

私はただの人形だ。

それもとびっきり出来損ないの。

 

人形は人形使いがいなきゃ何もできない。

どんなに優れた性能を持っていようと、どんなに大層な夢を抱いていようと、人形一人ではまともに動くことすらできない。

 

不恰好に、かっこ悪く足掻くだけ。

何もできない。

 

何もなし得ない。

 

 

そこに.......

 

 

 

 

 

果たして存在意義はあるのだろうか。

 

 

 

「先輩!!!」

 

「っ!?」

 

 

肩を揺すられる衝撃で我に帰ります。

冷たい感触がズボン越しに脛に伝わってきます。

また私は.....

 

 

「ここで先輩がしっかりしないとやばいっスよ!!」

 

「.......申し訳ありません。取り乱しました」

 

「とりあえずみなさん落ちつくっス」

 

「.........ああ」

 

 

そうだ、落ち着くべきだ。

私が狼狽えてどうする。

 

死んだのはあくまで他人だ。私の家族じゃない。

私には関係ないことです。

アレらは私にとってただの捨て駒。

彼らも、そしてここにいる者たちも。

私の目的はスカルシュレッダー君とミーシャさんを生かすこと。

そして生きて帰ることのみ。

落ち着け。

 

気にすることはない。そう、自分自身に言い聞かせます。

 

 

 

......状況を整理しましょう。

 

 

 

「今いる人数とチェルノボーグまでの距離を教えてください」

 

「了解っ「あらあらあらあら?ひっどいざまねぇ貴方」....っス」

 

「W」

 

「そうよ。Wよ。で、あんたは無様に負けてきたってことね」

 

 

煽り顔でエビのようなツノを持ったサルカズ、Wさんが話しかけてきます。

 

 

「私のことはいいです。それよりも状況は」

 

「え、私の仕事....」

 

「一言で言って最悪ね。生き残っているのも戦えない回復系アーツ使いと死にかけの怪我人だけ。この先の地形も利用できるようなものじゃないわ。しかもチェルノボーグはあと何時間も歩かないと見ることさえ叶わないわ」

 

「......不味いですね」

 

 

Wさんが後ろで私たちを見つめている数人を指差します。

彼らは皆が皆体のどこかしらに包帯を巻き、一部が欠損しているものもいます。戦える状況ではない。武器すら持てないかもしれません。

それでもこうして逃げずにここにいるのはスカルシュレッダー君の人望か。はたまた逃げることも叶わないとわかっているのか。

そこにあるのは絶望か。怒りか。哀しみか。

 

 

「それにほら、ここには──────

 

「アレックス!!」

 

─────この子までいるしね」

 

 

「ミーシャ!?何故ここにいる!?」

 

 

その叫び声と共に私たちの護衛対象、ミーシャさんが走ってきます。

それに対してアレックス...スカルシュレッダー君はマスク越しからでもわかるくらいに驚いていました。

 

 

「何故だW!」

 

「この子がどうしてもって言って聞かなくてね」

 

「くっ!ミーシャ!俺は必ず帰るって....」

 

「ダメ!そんなこと言ってこんなにも怪我して....もうあんなおもいをするのは嫌なの....」

 

「.........すまん」

 

 

尊い....そんなことを言っている暇はないですね。

しかし本当にまずいことになりました。

状況は最悪。主戦力は壊滅。迫撃砲もクロスボウもほとんどない。利用できるようなものは肉壁にもならなそうな肉袋のみ。

ないない尽くしです。

それに護衛対象までここにいるとなると......

 

 

「....W。この二人だけでも逃すことはできますか?」

 

「ええ、可能よ」

 

「フェイスレス!俺は!」

 

「貴方が行かないとミーシャさんも大人しく逃げてくれないでしょう?」

 

「..........」

 

 

これが最善だ。

ただ、Wがこの依頼を受けてくれるかだが.....

 

 

「報酬は?」

 

「貸し一つ」

 

「今のあんたにその価値があるとでも?」

 

 

そう言って指差す私の体はひどいものでした。

左腕は欠損。タチアナさんの回復アーツで殆どの傷は治ったものの、スカルシュレッダー君を抱えてここまで走ってきたせいで体力も限界。アーツも過剰使用で暴走限界。これ以上使えば源石が私の制御下から脱し、私の体を喰らいに来る。

万全とは言えない状況です。

それでも...

 

 

「ええ、あります」

 

「......へぇ?」

 

 

都市一つ地獄に下ろした私の実力を舐めないでいただきたい。

 

 

「“壊す”ことに関しては私の右に出るものはいないでしょう」

 

 

ものを壊すことも。

平和を、幸せを壊すことも。

希望を、望みを壊すことも。

 

 

「私の前でよく言えたわね」

 

「事実ですから」

 

「ふーん?」

 

 

そんな私の解答に挑発的な笑みを浮かべると彼女は──

 

 

「いいわ。受けてあげる」

 

「ありがとうございます」

 

「貸しも生きて帰ったらでいいわ。貴方はなんだかんだ生き残りそうだしね。でも覚悟しときなさい?私に作った貸しはでかいわよ」

 

「....はは、悪魔の契約みたいですね」

 

 

思わず乾いた笑い声が出る。

まだ足掻くのかと誰かの声が聞こえる。

 

諦めて仕舞えば

 

全て捨てて仕舞えば

 

いっそかつてのように狂って仕舞えば

 

私は楽になるのに。

そんな甘い言葉が脳内に語り掛けられます。

 

 

 

ああ、そうですね。

その通りだ。

 

でも私は諦めません。

諦めることなど許されはしない。

かつての知り合いが、仲間が、家族が。罪が。

許しはしない。

 

諦めればいい。そばにいてくれるだけでいい。

そう言ってくれる人はいるけれど、私自身が許しはしない。

それだけで私が不恰好に足掻く理由にはなるでしょう。

 

 

なぜなら今まで散々奪い去ってきた人生。

その対価。

命の一つ、賭けなければ釣り合わな────────

 

 

 

 

 

 

 

「ダメだよ」

 

 

 

 

 

 

 

「先輩っ!」

 

「邪魔」

 

 

真っ先にその存在に気づき、私を守ろうと動いたタチアナさんは、瞬きした次の瞬間には気を失って地に倒れ伏していました。

私たちを心配そうに見つめていた観客達(負傷者達)も同様に。

 

そして、

 

 

「会いたかったよ、アル」

 

 

少し後ろから聞こえてきた声は、私の真横からしたのでした。

 

風にはためかせる美しい青い髪に、黒曜石のような角に神話状の生き物のような光り輝く光輪を浮かせた悪魔のような、そして同時に天使のような女性。

こんな特徴的な人物は他にはいません。

 

 

「モ、ス...ティマ...」

 

「ふふ...」

 

 

私のその声を聞いた彼女は嬉しそうに笑います。

しかしそれも束の間。

 

 

「っぐ!?」

 

「ーーーな!?」

「きゃ!?」

 

 

文字通りの凄まじい重圧がそのばにいる全員に降り掛かります。

重力が数倍にも増したようで、直立することすらできないほど。

知っている。私はこれを。

 

 

「な、ぜ.....!」

 

 

アーツです。

彼女の使用するアーツロッドの一つ。

通称“黒き錠”。

その能力。

 

 

「なぜって....言ったよね私。君が道を外した時は私が終わらせてあげるってさ」

 

 

そう言いながら彼女はアーツロッドを私に向けて構えます。

 

 

「それなのに君はまたこんなことをして。こんなにも傷ついて、死にそうになって、それでもまだ懲りずにこんな悪魔とまで契約してまで立ちあがろうとしてる」

 

「....あんたも似たようなものでしょ」

 

 

光のない目で、こういうのです。

 

 

「だからさ。もう、休もう?」

 

 

アーツロッドに集まる光が、殺意が、優しさが、その全てが眩しかった。そして同時に、私が受け取るべきものでないこともわかっていました。

 

 

「......モスティマ」

 

 

だから

 

 

「もう、私は大丈夫です」

 

 

この一言で十分だと、わかっていた。

 

 

「......そ......っか........」

 

 

光が収まります。

アーツの反応が、殺意が、そして救いが露散します。

全身にかかる重圧も解かれ、私や、他の方々の体が自由に動くようになました。

 

 

「くっ!」

 

「止めろ」

 

「フェイスレス!こいつは...!」

 

「いいから、やめなさい」

 

 

体が自由になった瞬間に武器を抜こうとしたスカルシュレッダーの動きを静止します。

嗚呼、モスティマ。ごめんなさい。

髪に隠れた貴方の表情を窺うことは叶いませんが、決していい表情はしていないでしょうね。

 

 

「.....必ず生きて帰ってくるって約束できる?」

 

「.....ええ、そして、貴方が手を下す機会もまた訪れない事も約束しましょう」

 

「....そっか」

 

 

 

自分でも馬鹿らしくなるほどのわかりやすい。

そんなことは貴方は百も承知でしょうに。

 

私の歩む道の先にそんな平和な未来は訪れない。

 

皆を救い、罪を償い、笑い合う。

 

罪人にそんな明るい未来は訪れない。

人形にそもそも未来などない。

猿でもわかるようなこと。

わかりきっていることなのに。

 

それでも貴方を見て、そうなってほしいと願うのは間違いでしょうか。

 

 

「モスティマ」

 

「.....」

 

「今まで私が嘘をついたことがありましたか?」

 

「....数えられないほどあったよね」

 

「.......私は過去を振り返らない主義なので」

 

「ほらまた嘘ついた」

 

「.....」

 

「..............ぷっ」

 

 

あははははははは!!

 

そんな明るい笑い声が辺りにこだまします。

 

 

「....貴方そんな笑い方もできたのですね」

 

「ごめんごめん、おかしくて........うん、でも、信じるよ。信じてみる」

 

「......ありがとう」

 

「でも、もし破ったらどうなるか...わかるよね?」

 

「おお怖い。確かに貴方なら地獄(ゲヘナ)に逃げても追ってきそうですね」

 

「ふふ.....そんなに怖い?」

 

「ええ、めっちゃ」

 

 

正直言ってテキサス以上に怖いです。

なんなら、何かやらかしたらその首掻っ切るぞ、という無言の圧力を感じるウェイさんや大量の書類を持って行く旅に向けられるチェンさんや、何もかも見通すようなリンさんや、酒樽を片手に担いだホシグマさんよりも恐ろしい。

ラップランド...彼女は別に恐ろしくはありませんよ?ただ少しやんちゃがすぎるというか.....ストーカーはやめていただきたい。

ボスは怖いところを探すのが逆に難しいくらいです。あの生命力の強さはある意味恐ろしいですが。

 

そんなわけで、私にとってはこの何を考えているのかわかりずらい天使のような悪魔が昔から変わらず恐ろしい。

 

 

「何か失礼なこと考えていなかった?」

 

「いえ別に?」

 

 

こういうさりげなく心を読むところが恐ろしいのですよ。

人形の心を読むなど貴方とテキサスくらいしかできませんよ。

 

 

「勝算はあるの?」

 

「....私の命を賭けるのは」

 

「なしだよ」

 

「.........まあ、無くはないですね」

 

 

私が生き残り、ここにいる全員が生き残り、その上でスカルシュレッダー君とミーシャさんに()()を与える選択肢がただ一つ。

貴方がここにきてくれたおかげで生まれた。

 

 

「スカルシュレッダーとミーシャ。両名をどこか遠く、感染者の子供が差別されず生きていけるようなところに連れて行ってもらいたい。私以上にトランスポーターの職についている貴方なら()()()()くらいはあるでしょう?」

 

「フェイスレス!?」

 

 

これだ。

今ここで、私の口から直接いうことはできません。

私に彼を説得することはできないでしょうから。

ですが、彼女なら、否。

彼女達になら心当たりはあるはずです。

そしてその上で、彼女なら彼を説得できる。

 

 

「...へぇ?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ね?さすがの私でもそんな理想的は場所は知らないかな?....そこの君は知ってるかい?」

 

 

私の意図を理解したのか、彼女は()()()()()()に目線を向けます。

 

 

「え、あ....」

 

 

両名の視線を一身に受けいた少女、ミーシャさんがスカルシュレッダーに発した言葉は─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

元CiRFリーダー、フェイスレス。

弱者を導く希望にして感染者の英雄。

 

そんな彼女に与えられた任務は、同行したレユニオンの半数以上が死亡又は行方不明となり、怪我人も多数。幹部であるスカルシュレッダー及び保護対象であったミーシャも失うこととなり、散散な結果で終わることとなった。

 

しかし、彼女のレユニオン内での評価は存外下がることはなかった。

部隊の指揮を彼女では無く、少年であるスカルシュレッダーがレユニオンがリーダーであるタルラによって一任されていたこともあるが、近衛局とロドスという予想外の戦力を相手取り、それだけの人々を守りきったという功績は、彼女の以前からの名声と合わされば十分すぎるものだった。

 

依然彼女は先導者として尊敬の眼差しを向けられることとなっていた。

 

 

 

「申し訳ありませんねW。あの契約はなかったということで」

 

「まあいいわ。それよりも、あれでよかったの?」

 

「ええ、あそこなら彼らを助けてくれるでしょう」

 

「どうかしらねぇ...“アイツ”がいるところがマトモとは思えないけど」

 

「...怖いことを言わないでください」

 

「冗談よ。今のアイツはただの甘ちゃんの様だったしね」

 

 

 

 

「先輩!報告終わったっス!って、どうしたっスか?」

 

「なんでもないですよ」

「なんでもないわ」

 

 

 

スカルシュレッダーとミーシャ。

二人の子供の最期を知るものはいない。




モスティマと接触!グットコミュニケーション(ベストではない)によってアルのSAN値が少し回復した。

ようはタイトル通り。
捨て駒‘sや監視役が見てないうちに配達してもらった。

とりま原作三章完です。50話くらいでレユ編さっさと終わる予定だったけど思ったより続きそう....

あ、6層ボスクリアできました。やったぜ。
....高評価ちょうだい(ボソッ


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廃都

ここはチェルノボーグという括りから切り離された廃都市の一画。自由への炎から逃れようとした市長は焼かれ、一人羽ばたいた鉄の塊もご覧の有り様。

 

人々が築き上げた平穏を薪に爛々と輝いていた炎はすでに光を失い、崩壊した建物と突き出た巨大な源石だけが、そこに残っていました。

人々が行き交う賑やかな大都市の面影はもはや残されていません。

いるとしてもそれはレユニオンか、瓦礫の片隅に隠れる“ネズミ”だけ。

それらが目に宿すのは憎しみ。そして深い絶望。

 

 

「誰か....助けて....」

 

 

私には関係のないことです。

 

 

「はぁ...」

 

 

白く染まった息を吐き出します。

ミーシャさん奪還作戦が失敗に終わった後、タルラさんは次の作戦を決行していました。

それは炎国の移動都市龍門への本格的な侵攻。

 

正気じゃない。

 

真っ先に思い浮かんだその言葉はついぞ口から発せられることはありませんでした。私は一度失敗した死に損ない。私を慕うものこそいれど、その言葉に馬鹿正直に付き従うものはいないでしょう。

それに、私がしっかりと先導者として機能していようと、タルラさんという旗頭がいなかろうと、彼らは必ずやる。感染者は必ず暴動を起こす。

一度決壊した怒りは止まらず戦果は広まり続ける。

 

初めはただの中規模都市での暴動が、ここまで広まったのがまさにその証拠です。

 

 

「へっ.....くちゅ」

 

 

誰も気づかない。

誰も気づこうともしない。

この泥で形作られた儚い方舟を永遠のものだと盲信している。

都合の良いように思い込み、誰もその先に待つ本当の未来を見ようともしない。

もう崩壊は始まっているというのに。

 

 

「..........それにしても、ずびっ」

 

 

─────寒くない???

 

 

「うわっ!?」

 

 

大きな破壊音とともに都市が傾きます。

一体何が起こったのか。

 

 

「っ!あれは.....ヘリ、か?」

 

 

風を切る音を鳴らしながら空中を浮遊する異物。

それに向けて数々のアーツや弾丸が撃ち落とさんと飛来しますがなかなか届かない様子。

あれはなんでしょうか。形状的には前世でよく部品を落とすことで有名だったオスプレイに酷似しています。しかしこの世界であのような飛行装置は見たことがない。リターニアあたりが開発した兵器でしょうか?それとも銃の様に掘り当てられた遺物?

 

いや、そんなことを考えている暇はありません。

おそらくこの廃都市を発見した龍門かロドスによる強襲でしょう。

 

 

『ザザ....先輩!聞こえるッスか!?ロドスッス!それにあの龍のおねーさんもきたみたいス!やばいッス!』

 

 

ほらね。

 

するとこの冷気もフロストノヴァが交戦中のためと考えれます。

急いだ方がいい。

これほどの衝撃。

建物が崩壊するほどの戦闘が起きているということ。

 

レユニオン幹部が一人フロストノヴァ。

そして彼女が率いるスノーデビル小隊が容易く負けるとは考えられません。ですが何事にもイレギュラーはつきもの。急いだ方がいい。

 

 

『自分たちも今ひと集めて向かってる最中ッスけど先輩もきて欲しいっス!』

 

「いえ、私だけで向かいます。援軍はむしろ邪魔です」

 

『まあ確かにその通りッスけど....本当に大丈「随分な言いようね負け犬風情が!」.....っス』

 

「なんですか貴方」

 

『私のことはどうでもいいわ!それよりも子供一人連れてこれなかったアンタだけでどうにかなるかって言ってんの!アンタと組んだあのガキが弱かったせいかもしれないけどそれさえもカバーして見せるのが英雄様ってものなんじゃないの?』

 

「.....はぁ、雑兵がいくらいようと足止め程度にしかならないことはすでにわかっているのでしょう。彼らロドスは一人一人が一騎当千。貴方達ではなんの役にも立たない。数だけの雑兵など邪魔でしかない」

 

『なっ!アンタ「はいはい返してもらうっすよ。先輩も事実っスけどそこまで言わなくてもいいんじゃないっスか」』

 

「すみませんね。では貴方達は待機しておいてください。何かあったら伝えます」

 

『了解っス!じゃあ皆さん待機で〜「ちょっと!まだ話は終わってな」ブッ』

 

 

続く言葉を遮るように鳴ったブツンという音を最後に声のしなくなった無線機を懐にしまいます。

待機命令は出しておきましたが彼らが暴走するのも時間の問題か。どちらにせよ急いだ方がいいことには変わらないですね。

 

そう思って歩みを早めます。

 

 

 

サクリ、サクリ

 

革靴が雪を踏み締める軽快な音が

 

サクリ、サクリ

 

 

 

 

〜〜〜♪

 

 

 

 

それに混ざって『歌』が聞こえてきました。

 

 

「っ!」

 

 

再度破壊音。

既に上空を旋回する飛行装置はどこかに姿をくらませていました。徐々に騒がしくなってゆく騒音以外に、目立った音は聞こえません。

さっきまでなっていた金属同士がぶつかり合う音も、

アーツが風を切る音も、

何かのエンジン音も。

 

しかし近づくにつれ別の音が聞こえてきました。

 

 

「──に!焦るな!────ぞ!」

 

「───ってる!そっ─────!ばか!」

 

 

話し声?

口調は荒いものの、戦闘中に発せられるものの様な殺気だった様子はない。一体何が起こっているのでしょう。

 

私はさらに歩みを早めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーー!いいね!なかなかいいもの持ってるじゃない!」

 

「お、おい!あんま大きな声出して飲むなよ!それにちょっとは遠慮...っておい!」

 

 

 

 

なんだこれは。

 

それがその場所にたどり着いた私の口から漏れ出た最初の言葉だった。ロドスとスノーデビル小隊。本来敵同士のはずの彼らが互いに交わすはずのない言葉を交わし、笑い合い、酒を飲み、そして何故か協力して地面を掘り起こしていた。

一体どういう状況だこれは。

 

わからない。

 

口調が崩れるほどにわからない状況です。

 

 

「っ!お、おい!あれ!」

 

「あ!お前は!!」

 

 

気づかれた。

先程まで談笑していた彼らの顔つきが一瞬で引き締まります。

そして立ち上がった彼らが手に持つのは──

 

 

「これは、一体、どういうおつもりですか?」

 

 

ご説明願いたい。

 

 

「レユニオン!」

 

 

ロドスの一人と思われるフェリーンの女性が手に持ったチェンソーを吹かします。同じようにスノーデビル達もそれぞれの獲物を手にこちらを睨みつけます。

 

 

「なるほど、裏切りですか」

 

 

アーツを起動します。

残った右腕が熱を持つ。

彼らのリーダーであるフロストノヴァの姿は見られません。

ですがこれは明確な裏切り行為。ロドスが感染者に対して敵対的でないことは把握済みです。ですがそれは罪のない人々に対してであり、スカルシュレッダー君は例外。罪人である私やレユニオンにとってロドスは敵なのですから。

故にそこにリーダーの意志があろうとなかろうと、私がすべき行動は変わりません。

 

幸いここには源石が大量に眠っている。

それも、私が既に触れた、または間接的に触れたものばかり。

大体70%といったところでしょうか。

 

ロドスの実力が未知数なことが不安点ですが...

フロストノヴァを抜きにすれば十分対処が可能な状況です。

 

クラウンスレイヤーにレティシア、CiRFの元構成員。

家族の敵となるというのなら、全力を持って排除しましょう。

ロドスも、龍門も、たとえレユニオンだって。

これこそが贖罪。

これこそ人形に許された微かな自由。

 

そして、今ここでは貴方達が排除する対象です。

何故なら貴方達は家族ではないのですから。

邪魔をするというのなら、排除するまで。

 

 

「待てフェイスレス!お前らも武器を下げろ!」

 

 

しかし彼らのとった行動は戦闘ではありませんでした。

 

 

「理由をご説明いただけるので?」

 

「フロストノヴァの姐さんが崩落に巻き込まれたんだ!ロドスの指揮官も巻き込まれたみたいで、利害が一致してるから協力しているだけだ!裏切ったわけじゃない!!」

 

 

..........なるほど

 

利害の一致というのなら仕方ないのかもしれません。

状況から見てもそこに嘘はないようですし。

 

しかし....『姐さん』、ですか。

スノーデビル小隊は氷のように冷たい冷徹な悪魔だと聞いたことがあったのですが........姐さん、ね。

 

 

「......わかりました」

 

 

私は両手.....いえ、片手を空に向け、交戦の意志がないことを示します。

裏切りでないのなら戦う理由はありません。ロドスも、彼らが手を出してこないというのならこちらから攻撃する理由はない。

むしろ彼らは恩人おようなものですしね。敵であるのが残念でならない。

 

 

「.....へえ、君思ったより話が通じるんだね」

 

「お、おい!ロドスの猫!」

 

「へーきへーき!それに騙すくらいならもうやってる。そうでしょ?」

 

「.....見抜かれていましたか」

 

「なっ!?」

 

 

指をパチンと鳴らし、アーツを解除します。

周囲の源石の色が元に戻っていくのが彼らにもわかったでしょう。

そう、彼女のいう通り私は彼らを一瞬で無力化する術を持っていた。

“十分対処可能な状況”というのがこれです。一対多。速攻で終わらせなければジリ貧になってしまいますからね。

 

しかしこれは予想外。

おそらくあのお嬢さんには初めからバレていたのでしょう。周囲の源石から自然と距離をとり、私のアーツの攻撃範囲外に身を置いていた。

本音を言えば、戦闘にならなくてよかった。

おそらく彼女に私は勝てない。

 

内心冷や汗をかいていたのは内緒です。

 

 

「まあまあ!君もこっちにきて飲みなよ!」

 

「おいあんま大声で言うなって、あいつが誰かわかってんのか?」

 

「わかってるって!早くこっちおいでー!」

 

 

「.............」

 

 

警戒していた私が馬鹿みたいじゃないですか。

 

 

「...すみませんが私下戸で...むぐっ!?」

 

「いいからいいから!」

 

「.....お前、こいつが何者か本当にわかってんのか?」

 

「もちろん!感染者の英雄様でしょ!」

 

「.......ごくっ........そうじゃない。私は.....」

 

「知ってるよ。だから初めは君のこと軽蔑してたし殺しちゃおうとも思ってたよ」

 

「.......」

 

 

 

「でもさ、彼らを私たちに届けてくれたの。君でしょ?」

 

 

 

「!!」

 

「何話してんだ?」

 

「内緒ー」

 

 

小声で話しかけられた内容にビクッと肩が震えます。

...モスティマには誰からの依頼か黙っているようにいったのですがね。

 

 

「それでも女の子を泣かせるのは良くないと思うけどね」

 

「うぐっ....」

 

「だからこれが罰だよ。ほらほら!もっと飲んで!」

 

「げほっ、も、もう無理.........」

 

「おいおいおい、もうやめろ。こいつ死ぬぞ」

 

 

あ、ああ.....フェリーンさんが二人に...三人に......この世界には影分身が存在したのですか......うぷっ

 

 

「おう、吐け吐け。そうしたらスッキリするから」

 

「う.......おろろろろろろろ!」

 

「あはは.....ごめんごめん......本当。でも男の子なんだからもっとしっかりしないと....」

 

「げほっ......女の子、です...よ.....」

 

「え?」

 

 

本当になんで間違われるのですか?

この胸のなさが恨めしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さらばだロドス。我らが再会しないことを願おう」

 

 

その後は特にこれといったことはなく、無事目標は掘り当てられ、フロストノヴァとロドスのリーダー....確かアーミヤと言いましたか。彼女らの采配によって大きな戦闘もなく、私たちは別れることになりました。

強いて言えばまた酒を飲まされて倒れかけたり、私のアーツを使って瓦礫を撤去したり、酒を飲まされて吐いたり。そのくらいでした。

 

いえそのくらいで済ませていいものではないのですがね!?

 

 

「フェイスレス、貴様にも感謝する。スノーデビルと一緒に私を助け出してくれたのだろう?」

 

「.....まあ私はほとんど酒を飲まされていただけでしたよ。そこの馬鹿に」

 

「しー!しーー!!!」

 

「....ふふ、クラウンスレイヤーから聞いていた人物像とは随分と違うな」

 

「.....一応聞いておきますが彼女はなんと?」

 

「真性のクズ」

 

「うっ...」

 

「人の心のわからないクズ野郎」

 

「..........」

 

「すぐに人の胸を揉もうとしてくる変態百合馬鹿野郎」

 

「百合と野郎が矛盾してません!?」

 

「ふふ....あははは!すまない。反応がおもしろくてな」

 

「....まあ、言われて当然のようなことを私はしましたからね私は」

 

「聞いているさ。だが償うことのできない罪はない。今度は“家族”を大切にすることだな」

 

「......ありがとうございます」

 

 

そうか....償うことのできない罪はない、か。

私の罪も償うことができると言うのですか。

.....ふふ、一体それには何十年かかるのでしょうね。

 

 

「ああ、そう言えばロドスの方々はどこに?」

 

「あっち側に向かっていったな......追撃するつもりか?止めはしないが....」

 

「そこまでの外道に見えますか!?」

 

「ああ」

 

「...........少し、話に行くだけですよ」

 

「冗談だ。泣くな。飴、食べるか?」

 

「泣いてませんよ......飴ちゃんはもらっておきます」

 

 

 

彼女からもらった飴はとても辛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんちにわ、ロドス諸君」

 

「ドクター!下がって!」

 

 

明かりの消えた都市の地下空間。

そこで私とロドスは対峙していました。

まあ、やはり警戒されていますね。仕方がないことです。先程”次あったら敵だ“などと言う会話をフロストノヴァさんがしていたのを聞いていましたし、何より私は先導者フェイスレス。おそらくあちらも私の情報はある程度掴んでいることでしょう。そして天災の被害に遭い、源石に飲まれたこの都市が私の独壇場であると理解している。

 

 

「まさか、ここでやりあう気?」

 

「違いますよ。交戦の意思はありません。私だってそこまで空気の読めない女ではないのです」

 

「じゃあ何しにきたの?」

 

 

先程私に酒を飲ませやがった猫....ブレイズさんが警戒を解かず、しかし話し合いに応じるために前に出ます。

それでいい。あくまで私とあなた方は敵同士なのですから。

今はそれでいい。

 

 

「少し、教えていただきたいのです」

 

「なに?」

 

「.....ゾーヤさんは、チェルノボーグで貴方達に預けたあの少女は無事ですか?」

 

「え?チェルノボーグ?」

 

「.......あれはやっぱり君だったのか」

 

 

不思議そうな顔をするブレイズさんに代わって前に出てきたのはフードを被った不審者....いえ、チェルノボーグで見た指揮官の方ですね。

 

 

「無事だよ。鉱石病にも罹っていない。君のおかげだ」

 

「......そうですか」

 

「彼女は君に謝りたいといっていた」

 

「.....私には彼女から謝罪を受け取る資格はありませんよ」

 

「....ロドスに来る気はないか?」

 

「は?」

 

 

予想外。

 

 

「...私が行ってきた所業を知っての上の行動ですか?」

 

「ああ、ケルシーからは君は危険だから殺せって言われてるけど、その必要はないように感じるんだ。ミーシャとスカルシュレッダーを私たちの元に送るようにしてくれたのは君だろう?」

 

「.............秘密にしておくようにいったはずなんですけどね」

 

「大丈夫。彼らも無事だよ。ほら、写真」

 

 

何故こんなにも知れ渡っているのか。

おおよそモスティマの余計なお節介な気がしますが....

はぁ、まあいいでしょう。結果的にいい方向に向かっているのだから。

 

 

「だから、ロドスに来ないか?ロドスだったら感染者でも不自由のない暮らしを約束できるし、君の家族、テキサスにだって自由に会えるようにできる。少し不自由なところもあるかもだけど今よりも絶対いい暮らしができるようになるよ」

 

「....本気で言っているのですか?」

 

「もちろん。みんな君を待っている」

 

 

は、はははは。

 

貴方は、優しい人なのですね。

私のような大罪人に慈悲をかけるほど。

貴方は優しい、そして普通の人なのですね。

 

この世は救いようのない悪がいることを知らない。

どんな悪でも改心することができると思っている。

そして全ての悪には“理由”があると信じている。

 

自由を求めて

 

幸せを求めて

 

使命に従って

 

夢を叶えるため

 

復讐のため

 

それぞれ、何か“理解”のできる理由があると信じている。

 

 

「ふふ、あははははは....」

 

 

久しぶりに見た。

普通の人間を。

 

貴方は知らないだけだ。

そしてすぐに知ることになる。この世には救いようのない悪人がいると言うことに。面白いから。楽しいから。他人の幸せが気に食わないから。そんな自分勝手な理由で罪を犯す人がいるということに。

 

だから

 

 

「お断りします」

 

「.....なんで?」

 

「そこは、(悪人)がいていい場所ではないから」

 

「......」

 

「それに私にはやらなければならない.....いや、違うな。やりたいことがあるのです」

 

「そう....か」

 

 

仮面越しでも貴方が悲しい顔をしているのがわかる。

やはり、優しい方ですね。

 

 

「.....ペンギン急便の皆が悲しんでいた」

 

「...ごめんなさいって言ってたって伝えてくれます?」

 

「そう言うのは自分で言ったほうがいいと思うぞ?」

 

「...........努力します」

 

 

帰ったら大変なことになりそうですね。

 

 

「最後に一つ、いいですか?」

 

「?」

 

「例えば、レユニオンの誰かが、貴方達ロドスに助けを求めた時、貴方達はどうしますか?」

 

 

 

「助ける」

 

 

彼は間髪入れずにそう言った。

ああそうか。

貴方は、貴方達はそう言う.....

....そうか。

 

 

「ふふふ、やっと見つけたわロドス!それにしても感染者の英雄様がロドスなんかと仲良くお話ししてるなんてね!これは立派なレユニオンへの裏切り行為よ!」

 

「っ!レユニオンです!ドクター下がって!」

 

『ザザ....すみませんっス!あいつらを止めれなかったっス!多分もうそっちにむかって──』

 

 

 

嗚呼、

 

よかった。

 

 

 

「貴方もロドスと一緒にぶっころ────

 

 

 

 

 

 

 

 

パキンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貴方達が本物の正義だったのですね。

人々を救いへと導く正義。

私と対になるもの。

 

そして私の家族の未来を切り開く可能性。

 

ならば私はその希望を絶やさないよう、少しばかり協力しましょう。

 

結晶で、彼らが忌み嫌う美しい死の結晶で悪をデコレートして、彼らの旅立ちを祝福しましょう。

 

 

嗚呼、やはり、美しい

 

 

 

 

「ロドス、おそらく次に私と貴方達が会うときは敵同士なのでしょう。だから、私も貴方達と再会しないことを祈るとしましょう。そしてなによりも───────」

 

 

 

 

 

貴方達の平和が永遠に続くことを願いましょう。




アル君の(直接の)戦績をば

【クレノダ事変】
リスタ戦(裏切り)→不意打ちで圧勝
クレノダ駐屯軍→リスタ人形が行動不能にされる
テキサス戦→剣雨にてフルボッコ
【レユニオン(現状まで)】
タルラ遭遇→脱兎の如く逃走
暴徒戦→圧勝(まあ当然だわな)
元CiRF構成員→不意打ちで殺害
クラスレ&レティ戦→惨敗
おチェンチェン‘s(不意打ち)→勝ち逃げ
おチェンチェン→ほぼ惨敗
テキサス戦→レユニオンを盾に逃走
モスティマ戦→戦ってないけどやり合ったら惨敗
ブレイズ→酒で潰される。
【コラボ】
少女K戦→仲間がいなかったら惨敗
リターニアの術師集団→小隊規模で惨敗

....ちゃうんすよ!ちゃうんすよ読者さん!
不意打ちとかでしか勝ててねーじゃんって思ったでしょう?
ちゃうんすよ!アル君別に弱いわけじゃないんすよ!本人が戦うのは得意じゃないとか言ってるけど本気出せば強い子なんですよ!
ただ、ね?ちょっと、ね?相性が悪かっただけというか.....原作キャラが強すぎるだけというか....んね?
本当は強い子なんです信じてあげてください!


アーツあり万全全盛期パーフェクトアルちゃん
『勝てる』→クラスレ、リスタ、アイン、レティ、脱走兵’s、スカシュレ‘s、予備隊’s、ケントゥリオ、(ワンチャン)W、(末期中の末期)フロノヴァ
『負ける』→ジャスパー、パトおじ、タルラ、フロストノヴァ、W、その他のオペレーター、鼠王、耐久3以上のドクター、影衛、利刃、酒

............い、いや、ゲーム上の性能(設定)だったら勝てるから....多分....
....高評価ちょうだい(ボソッ


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龍門

以前あげた2話を時系列のミスがあったので削除させていただきました。あのままじゃアルちゃんがメフィファウ‘sの龍門攻撃に間に合うように全力疾走したことになっちゃうのでね。そんなメロスじみたことしたらじみたことしたら死んじゃう.....


 

源石爆弾に源石剣、かっちかちのウルサス軍用携帯食糧に銀色に輝く水筒、そして最後にまた源石剣。

斬り飛ばされた傷口を時間が経ち、赤黒い汚れのついたワイシャツの袖を結ぶことで覆い隠し、かろうじて残った右腕で器用に荷物を詰めて行く。行き先は龍門。チェルノボーグ本体よりは近いが、流石にこの距離を歩きではきついため移動手段は誰かの遺したバイク。

 

 

「水筒ご飯におっ菓子♪そしーてしっあげーに火炎びーん♪」

「飛ばしますよ」

「えっ、ちょっ、待っーーーっスーーー!!???」

 

既に戦況は動き出した。

クラウンスレイヤー隊及びもう一人の幹部、メフィスト隊が龍門への襲撃を開始。先程私たちが“逃してしまった”ロドスも見たところ迎えにきたであろう声の大きい龍門人に回収されたようで、彼らが龍門の援軍に向かうのも時間の問題だろう。

 

故にクラウンスレイヤーたちが戦況をかき乱し、ロドスや近衛局が体制を整える前にスノーデビル率いる我々が叩き、その後に追い討ちとばかりにタルラ率いる本隊が龍門を襲撃するという流れだ。

 

本来なら私もスノーデビル小隊に付き従い、この廃都に残った約一個中隊規模の雑兵を率いる予定だったが、予期せぬ事故でその中隊が壊滅。フロストノヴァからも『お前は一人で行った方が立ち回りやすいだろう』*1と言われたためこうして一人、いやタチアナさんも含めて二人寂しくバイクで先乗りできるというわけだ。

龍門はチェルノボーグほど上手くはいかないだろう。きっと敵味方限らず多くの犠牲が出る、と考えていた私にとってはうってつけの申し出だった。フロストノヴァさんが発する冷気に耐えられそうになかったからという理由もあるが。

 

何にせよ、早く行くのに越したことはない。

 

既に視界に入った龍門は煙を上げている。

血は流れ悲劇は始まった。その果てに救いはあるのか。

いや、そんなことは私には関係ない。ただ、犠牲を最低限に抑えるだけだ。

 

 

 

 

───────────────────────

 

少女は貧しくもなく、かと言って裕福でもない。『普通』と呼ばれるような家庭に生まれた。優しい母とかっこいい父と可愛らしい弟がいる『当たり前』の生活を暮らしていた。

学校に通い、勉学を学び、友達と遊び、日が暮れる頃には家に帰る。ごく『普通』の、けれどもそんな幸せな、『当たり前』の生活が少女にとっては少し退屈であった。

 

ある日、少女は遠くに住む叔父の家に泊まりに行くこととなった。少女は喜んだ。久しぶりの叔父に会える機会と、そして何より少女の『当たり前』の外にあった景色が楽しみで仕方なかったのだ。

 

数日分の衣服やお気に入りの絵本、誕生日に買ってもらったクマさんのぬいぐるみは残念ながら大きすぎて持っていけなかったが、少女は楽しみでたまらないといった様子で『日常』から飛び出した。

 

 

 

楽しい楽しい冒険から少女が帰ってきたのはそれから数日後だった。

荒野に揺れるおじの車に乗せられて少女が見たのは散りばめられた巨大な源石結晶と、黒煙に染まる空。

 

そして崩れ去った平穏だった。

───────────────────────

 

 

「先輩!8時の方向に火柱っス!」

「8時...だとしたらレティシアですか。レティシアなら大丈夫でしょう。彼女のしぶとさはよく知っている。私たちは私たちのすべきことをしましょう」

「っスね!えーっと龍門近衛局ビルはここから右に曲がって脇道を...」

「道はわかっています。急ぎますよ」

 

 

私たちが龍門に侵入した頃にはすでに戦火は上がっていた。

しかしあたりを見渡せばチェルノボーグのように逃げ遅れた住人が転がっていることもなく、ところどころ窓ガラスが割られている以外には被害は軽微。そして我々の動きを読み取っていたのか近衛局は部隊を展開し終え、先遣隊として送り出した部隊のほとんどは彼らを打ち破ることもできず押され気味。

 

なかなかまずい状況だ。

 

ロドスがあの廃都市を見つけた時点で龍門が警戒態勢に入ることは予想できた。しかしあまりにも早すぎるのではないか。まさかロドスにあの飛行装置のような長距離通信装置があった?ありえない。距離もさながらあそこには天災の影響で多くの源石結晶が生えていた筈だ。故に通信は妨害されレユニオンの使用する短距離用の通信機にもノイズが生じていた。

 

だとしたら....チェルノボーグが襲われた時点で予想されていたか。そういえば以前不法入国した際にも平常時よりも警備が厳重だったように感じる。ウェイ...この都市の主ならこのくらいやってもおかしくはない。それだけ感染者が集団を成して一都市を落としたという事実は強大なものだった。

 

...としたら、彼らはチェルノボーグを落とした本隊...タルラやパトリオットなどの脅威を迎え撃つことを想定して作戦を立て、戦力を揃えていてもおかしくはない。というよりそうでない理由が見つからない。

 

不味い。

 

このままではどれだけ保つか。

彼方は対レユニオン戦を想定した精鋭部隊。対するこちらは一部にクレアスノダール事変から生き残り部隊として形を成したものたちがいるとしてもその多くはただの暴徒たち。

チェルノボーグでレユニオンが非感染者を打ち破れたのも、クレアスノダールを地に沈めることができたのも全て数と少数の強者に非感染者たちの感染者への軽視、油断、そして不意打ちがあってこそのもの。

数こそはあるもののこれでは本隊が到着する数時間を持ち堪えられるかどうかも怪しい。

 

希望があるとすればスノーデビル小隊か。雪原の悪魔と呼ばれる彼らがどこまでやれるかはわからないが私にはそれを信じることしかできない。

 

 

「はぁ....」

「どうしたっスか?浮かない顔して」

「いえ....ただこれから会う幹部の一人、メフィスト少年がどのような人物なのかと思いましてね」

「あー.....クズっス!」

「ひどい言いようですね」

「アイツ、フェイスレス先輩のファンなんて名乗ってるっスけどやってることは先輩とは完全に真逆。仲間のことを道具としか思ってないっスし、実際に駒なんて呼んでるんスよ。しっかもあいつの部隊に入った奴らの様子も変っスし、噂じゃ人体実験なんてしてるって話っスよ」

「あー.....なるほど」

「先輩はそんなことしないっスもんね!あのクソガキなーにが“僕の方がフェイスレス様のことを知ってる”だ!ただの妄想野郎が!“ウルサススラング”っス!」

「....一先ずは本作戦の司令を担うメフィスト少年たちに合流しま───っ!!」

「何すかこれぇぇぇ!?」

 

 

──爆発音

 

 

「これは....不味い───いえ、ヤバいですね」

「え?え?え?え?」

 

 

遠目でもわかる。

一本の摩天楼が地響きを立てながら崩れゆく。

エンペラーたちが問題を起こして私に処理を押し付けた時、チェンさんに殲滅したマフィアたちの身柄を引き渡す時、ホシグマさんの訓練に無理やり付き合わされた時......そして私たちレユニオンの司令部であり、これから私たちが援軍に向かうはずであった龍門近衛局ビルがたった今文字通り崩壊していた。

 

これが示す答えはただ一つ。

レユニオンの司令部は崩壊したということ。

 

 

「そ、そんな....」

「今だ押せ!押せぇぇ!!」

 

 

ただでさえ最悪な戦況はさらに転落の一途を辿る。

最悪だ。

 

 

「ヤバいっスよこれ!」

 

 

ああ、くそ。

 

 

「撤退します。捕まっててください」

「ええ!?助けないでいいんスか!?」

「駒にもならない赤の他人に使う無駄な余力はありません。できることといえばクラウンスレイヤーさんと合流するくらい...」

 

「あ!誰か向かってくるっスよ!」

「なっ!?」

 

 

タチアナさんの指差す方向を振り向けば確かに人影が見えた。それは複数人のレユニオン兵。しかし様子がおかしい。歩きも辿々しく、ふらふらとまるでゾンビ映画とような足取りで向かってきます。そして、その体表には服の上からわかるくらい異常なほど大きな源石結晶......明らかな異常。

そして彼らは─────

 

 

「お゛オ゛ア゛ァァァァァァ!!!」

 

 

叫びながら襲いかかってきた。

 

 

「っ!」

「ひぃぃぃぃぃぃ!?何スか何スか何スか!?」

「くそっ!力が強い....!」

「待って待って!自分たちは仲間っスよ!?ほら!レユニオンの紋章!」

「ごがぁぁぁぁぁぁ!!!」

「いいいいいいいい!?!?!?!?!?」

 

 

狂ったように叫びながら襲いかかってくる兵士たち。その力は強く、所属など関係なしにただの民兵上がりである彼らに...いやそもそも人間に出せるような力ではなかった。それこそ私がアーツを起動し身体能力を底上げしなくてはならないほどに。

 

見覚えがあった。

いつ、どこで、どのような状況で.....

 

....ありえない....いや、まさか....さんな....ありえない!

 

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」

「っ!逃げますよタチアナさん!」

「え!?あ、は──うげ!?」

 

 

逃げ回っていたタチアナさんをお米様抱っこの体制で持ち上げ、そのまま走り出す。最悪だ。なぜアレがここにいる?なぜあんなものが今になって出てきた?家族には私のアーツを再度掛け直し、源石の進行を遅らせている筈だ。それもクレアスノダール時代にかけたような“時限爆弾”ではなくしっかりと進行を抑えるだけではなく体内の源石を分解し無力化する働きも付与しているはずだ。だから、アレは彼らではない....はずなんだ。

だが、なぜあんなものが存在する?

 

 

「わぁぁぁぁ!?追ってきてるっス!」

「ちっ....」

 

 

アレが何にせよ、今は逃げないといけないようだ。

アレは私の傀儡ほど強力ではないにせよ今の私たちでは不利すぎる。

一体何が起こっている?この都市で、レユニオンは、龍門はどうなっているんだ。

 

 

───────────────────────

 

少女の叫びが木霊する。

だが、破壊され尽くしたその地に、少女の叫びに応える者はいない。

悲痛な叫びだけが響き渡る。

静止を呼びかけるおじの声を無視して少女は駆け出した。崩壊した懐かしい景色。笑顔で駆け回った平穏にはもう戻れない。

 

“お父さん!お母さん!”

 

そんな少女の鳴き声は届かず、現実はいつも非常にもやってくる。

 

コツン

そんな音と共に少女はつまずいた。

足元にあるのは真っ黒な二つの謎の塊。

しかしそれは妙に柔らかく、嫌な匂いを放っていた。

 

少女は震える手でそれを転がした。

 

ゴロンと転がった“ソレ”は、“ソレ”になる前の名残を残しながら、てにもう一つの、それも少女の弟ほどの大きさの小さな塊の“ソレ”を持ちながら丸まっていた。

 

もう一つも、転がす。

 

同じだった。

 

それらはたがいを抱き合うようにして動かなくなっていた。

手元に小さな“ソレ”と共に下半身の燃え落ちたクマのぬいぐるみを抱きながら。

 

もう、永遠に動き出すことはないだろう。

 

───────────────────────

 

 

「はぁ、はぁ.....追ってきていますか?」

「はぁはぁ...いえ、撒いたみたいっス....うぷっ」

 

 

オロロロロという女の子の出してはいけない音が後ろでしますがそれを気にしている余裕は今の私にはない。

疲れた。本当に。

何時間走った?最低でも3時間は走ったのは確かだ。

幸い龍門の地理に詳しかったおかげでなんとか生き延びることができたが疲労困憊で息が上がっている。

だが同時に確かな成果もあった。

 

 

「......死んだやつは?」

「....12人」

「まあ、生き残れた方でしょうね」

 

 

幾人かの“駒”を捕まえることに成功した。

何度かの近衛局と化物の襲撃によって数は減ったものの大きな進展だ。残念ながらクラウンスレイヤー達とは合流することは叶わなかったが....

 

だが安心するのはまだ早い。

先程から視線を感じる。クレアスノダール時代....いやそれよりももっと前、傭兵時代や従軍していた頃に感じた静かな殺意。素人の放つものではない、ほとんど感じることのできないプロのものだ。

近衛局か?いや、彼らの練度は相当のものだがここまでではなかったはず。ではロドスか?あの指揮官が所属する組織にこんな冷徹な視線を向ける事が出来る者がいるとは考えにくい。だとしたら一体.....

 

 

「おーい!そこの!レユニオンか!?」

 

 

安全だと思っていた路地裏の奥から声が下した。

 

 

「っ!敵か!」

「待て待て待て!俺たちもレユニオンだ!俺たちも逃げてきたんだ!」

 

 

男が両手を挙げると同時に暗闇の中から複数人のレユニオン達が姿を表します。なるほど....一安心...とはいきませんが仲間ならいいでしょう。

そう言って武器を下ろします。

 

 

「助かるぜ......っておい!お前タチアナの嬢ちゃんか!?」

「あ!おっさん!」

「誰がオッサンだ!!そこまで老けてねぇ!」

 

 

声をかけてきたレユニオン兵が叫びます。

タチアナさんが知り合いだったのか。まあ確かに私よりもレユニオンにいる年月の長いタチアナさんなら彼らのようないかにも下っ端のような人たちのことを知っていてもおかしくはない。

 

 

「はぁ、はぁ、よかったぜ。俺たちは近衛局の連中とメフィストの坊主が作りやがった化け物どもから逃げてきたんだ。だが嬢ちゃんが来たってことは本隊の援軍が来たのか?援軍はどこに....」

「来たっスけど私たちだけっスよ」

「......は?」

「ガチっス」

「おいおいおいおい!?どうなってんだ!つーかあんた誰だ!?」

 

 

ビシッと指を刺された。

 

 

「....私は───

「フェイスレス先輩っス」

「はぁ!?こいつがファウストの言っていた英雄様かぁ!?........思ったより小さいな」

「あ゛?別にちっさくないですが?まだ大きくなる可能性だってあるかもですし?そもそも大きさが全てじゃないですが?柔らかさだって大切なんですよ?揉んでみます?私結構柔らかいんですよ?ほーらぷにぷにしてますよ?二の腕は乳の柔らかさと言いますが私のは二の腕以上に柔らかいですよ?」

「いや胸の話じゃねぇよ」

「ん〜....しょーじき先輩自分よりも硬いですしちっさいっスね」

「ン....!?」

 

 

っ.........本当に揉むとは。やりますね....!!

 

 

「.....ふぅ、こちらからも質問させていただきたい。そちらの迷彩服の方々はどちらの部隊の方で?」

「.......俺たちはファウストの部隊だ」

「それで、ファウスト少年はどこに?」

「.....いない」

「は?」

「隊長は俺たちを逃すために...殿になった」

 

「あーー.....」

 

 

なるほど。

そういうことでしたか。

だとしたらその迷彩服を着た男....迷彩服Aに背負われている少年はメフィスト少年か。

相方を失って傷心中といったところでしょうか?

 

....はぁ、めんどくさい。

実に面倒臭い。

つまり事実上幹部二人がロスト。戦力ダウンもいいところですよ。

はぁ........くそ。どうしましょうか。司令部がやられたことは予想できましたが、二人いると聞いていた幹部格が同時に使い物にならなくなるとは。

しかも“化け物”なんて置き土産を残して。

あんなものを再現できる人がいるとは驚きですが....まあ似たようなことをする人がいてもおかしくはない。制御はできなくとも暴走状態の化け物を作り出すことは頑張れば誰にでもできることです。あれに似たようなことは一定時間生命を維持できるだけの優れた医療技術とアッチ系の薬を持っていればできることですし。

 

......あーーー、くそ。最悪だ。

当初の予定通りクラウンスレイヤーさんたちと合流しようにもめんどくさくなってきた。

 

 

「どうしましょうかね......」

「......ファウストを助けてくれないか?」

「......あ?」

「なあ、お前、英雄なんだろ?だったら助けてくれ。隊長はまだ子供なんだ。それに、こんなところで死んでいい人じゃない」

「....そこに何の得が生じるというのですか?自ら殿を切って出た人を助けに行くなど自殺に等しい。私は家族でもない人に命をかけたくありませんよ?」

「お前.......!」

 

 

ソレにもうそのファウスト少年が生きているのかもわからない。そんなもののために命を捨ててくれなんて馬鹿げた願いだ。今は感情よりも損得を大事にすべきだというのに。それに、私の最重要事項は家族を助けること。駒を集めるにしても、わざわざ危険な道を通る必要はないのだから。

 

 

「................ねぇ、君、フェイスレスなんでしょ?」

 

 

その時、泣き喚いたのか掠れた声で真っ白な少年、メフィスト少年が口を開いた。

 

 

「お願いだ....ファウストを、助けてよ....きっと、役に立ってくれる....ソレに、僕はファウストがいないと.......お願いだ....お願いです.....ファウストを....どうか.........先導者様.......どうか.....一人は、嫌だ......」

 

「......」

 

 

はぁ

 

 

「そこの迷彩服A」

「はい.........え???」

「ファウストを助ける利点を挙げなさい」

 

「.......隊長は、優れた部隊の指揮ができます」

「ほう」

「隊長はたとえ重装兵でさえ貫くことのできる強弓を打つことができます」

「ふむ」

「それに....隊長のアーツは自身と仲間を不可視化、少なくとも見えづらくすることができます」

「なるほど.....確かに有用だ」

 

 

......仕方ない。

 

 

「タチアナさん、少しの間、部隊の指揮を頼みます」

「え!?は、はいっス!」

「そこの貴方、地図を。集合場所はそうですね....確かこの辺りはスラム街に通じる地下通路.......この辺りがいいでしょう」

 

「っ............すまない」

「謝罪よりもお礼が欲しいのですがね」

「...ありがとう」

「はぁ...私が彼を助けに行くのはあくまでファウスト少年が使えそうだと判断したからです。なので、使えそうになかったら置いていきますからね」

「ありがとう.....」

「.............はぁ....タチアナさん、死ぬつもりはありませんが約束の時間になっても私がこなかった場合はそのままスラム街のクラウンスレイヤー達に合流して撤退してください」

「りょ、了解っス!」

 

 

 

 

さて、めんどくさいですが、一仕事行くとしましょうか。

*1
訳:お前信用できないから一人で行け。




新イベキチャーー!!!
今まで謎に包まれていたラテラーノイベ!!
詳しくは言いませんが珍しくハッピーエンド(?)でしたね。
色々謎は残ったしあの髭のおじさまとかアンドアインさんが見たものとかちょっと闇の深そうなものもありましたが。
にしてもキャラがいい!全員が全員しゅき!
てかアンドアインかっこいい!!そこまで苦戦はしませんでしたが格好良さは過去一では!?!?!?(血騎士とか利刃とかブレヒャーネキもいいけど今までのイベボスで一番好きなのはジェスおじ。進化の本質は論外)


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壊心

 

クロスボウに矢をつがえる。

そこに殺意はなく、アーツさえ込められていない。

ただの一本の矢。

 

彼にとっての最期の矢だ。

 

クロスボウを構え、スコープを除く。

 

ガラス越しに広がる戦場に、彼は一人だ。

共に生きてきた半身も、戦う術を教えてくれた仲間達もいない。

だがもういいと。

これで良いのだと。

彼はとっくに疲れ切ってしまっていた。

 

 

多くの近衛局やロドスとメフィストの作り上げた家畜達の向こうに、“ツバメ”を見た。

 

 

ファウストは軽く目を伏せる。

これが最後の舞台だと。

もう、終わってしまいたいと。

 

 

「其れを放つのは今じゃない」

 

 

だが、それは叶わなかった。

 

見上げれば天使がいた。

赤黒く輝く結晶の翼を広げ、夜空にはためいていた。

 

───────────────────────

 

アーツを使用し身体強化。

ビルとビルを跳びファウストを確認した。

状況を確認。

戦場はメフィストの作り上げた家畜と龍門近衛局。

さらにはロドスまでも戦いに投じている。

まさかロドスが既にここまで追いついてきていたとは。予想外だ。本当にまずい状況が続いてばかりだ。

 

だが、問題ない。私の目的はあそこで自殺未遂をしているファウスト少年を助け出すのみ。近衛局とロドスは言わずもがな、家畜達だって私の味方ではない。アレはメフィストとファウスト以外を敵味方関係なしに襲う獣だからだ。

だが、獣も利用次第では駒となる。

あの軍勢を纏めて相手する必要はないのだ。

 

 

だから、まずは先手を打つ。

 

 

 

「剣雨」

 

 

翼のように展開した源石剣を一斉投下。

 

 

「な!アレは!?」

「あの時のワンちゃん!?」

「....来たのか」

 

 

地面に突き刺さる源石剣を通し戦場の把握及び干渉を開始。同時に気配を察知した数体の家畜が襲いくるが、遅い。

配置した源石剣越しの干渉は既に周囲の家畜にまで及び、彼らはその動きを止める。私の傀儡までは行かずとも彼らの大半は源石に蝕まれている。つまり50%傀儡状態のようなものだ。ならばそこに少し手を加えれば、こちらの戦力として操ることも可能。

 

容易い。

 

 

「お前は....」

「君がファウストですね?さぁ、帰りましょう」

「.....メフィストの命令か?」

「ええ。それに、使えるものは使いたいですからね。貴方をここで死なすわけにはいきません」

「断──

「拒否権はありません。彼らに合流した後、じっくりと話しなさい」

 

 

私を睨むように見つめる小柄な少年の目は暗く、確かに疲れ切った目をしていた。まあ、確かにこのような、家畜という化物を作り出す相方を持っていれば、私のかつての仲間のように狂人の精神を持たない限りは大きな負担となるでしょうね。

ですがそのようなことは今の私には関係がない。

 

 

「やあ、さっきぶりだねフェイスレスちゃん」

「.....ちゃん付けはやめていただきたい」

「ごめんごめん。でも今はそれは置いておいて、降参する気はない?」

「あると思いますか?」

「なら君達二人で私たちに勝てるとでも?」

「勝てずとも逃げることはできるでしょう?」

「.....交渉決裂、か」

 

 

その声と共にロドスのドクターは片手を上げ隊員達に何やら指示を出していた。多くのアーツや矢が迫る。だが、無駄だ。

 

 

「傀儡達、私たちを守りなさい」

「お゛、ああ゛.......」

 

 

迫り来る奴らの攻撃は全て私達を庇うようにして現れた傀儡達によって阻まれる。露出されていた生身のほとんどは源石に覆い隠され侵食率も増加している。使える時間は短くなるがその分、即席としても十分と使える程度に強化することが可能になる。

しかしこの程度か。

ならばこの隙に逃げてしまおう。

 

 

「ファウスト、撤退しましょうか」

「おめおめと逃すと思っているのかい?」

「逆に聞きますがこの程度で私を止められるとでも?」

「ふふ、そうだね。でも、君に対する対策を私たちがしていないとでも?」

「なにを─────

 

 

「久しぶりだね。僕の大切な人」

 

 

────がっ!?」

 

 

 

首に鋭い痛みが走った。

同時に人一人分の衝撃。視界が天を向く。

刺された。人の弱点の一つである首を貫かれたのだ。

気を絶するほどの痛み、不快感。

そして身近に感じる死の感覚。

 

 

「コッ...ごぽ....ぐ.......」

「フフ....アハハハハハ!愛しのアルベルト...君を傷つけるのは苦しいけど...それと同じくらい興奮するなぁ.....ハハ、でも君ならこの程度の傷ならすぐに治せるんだろう?」

「ゲホッ......はぁ、はぁ......ラップ、ランド.....」

 

 

源石で傷口を塞ぐと同時に同じく源石で体の回復能力を向上させる。くそっ!この程度の傷って.....確かに!私なら致命傷になり得るダメージを食らったとしても!意識さえあれば生き延びることはできますが!痛いものは痛いのです、よ!

だが....く、痛みが引かない....

 

「ゴホッ....」

 

一気に事態は悪化した。

今のでわかった。なぜここにペンギン急便でもロドスでもない彼女がいるのか。それは考える必要はない。それよりも重要なのはラップランドがかなりの腕前だということ。私一人で対処するのは厳しい。それに...私に、家族同然の彼女を傷つけることはできない......否、彼女たち、か。

 

 

「テキサス....」

「.......兄さん。次は、逃がさない」

 

 

本当に....ついていない。

 

 

「ファウスト!貴方は一人で撤退しなさい!私の傀儡たちが援護する!」

「俺はここに残──」

「貴方が戻らなければ皆死ぬぞ!メフィストも、貴方の仲間もみんな助からない!それでもまだ死にたいというのなら一度彼らと話し合ってから死ね!」

「っ...!」

 

「うじうじするな!さっさと行け!」

 

「....わかった...!」

 

 

姿は見えませんが後ろから聞こえる足音が遠ざかっていくのがわかります。やっといきましたか。

ですが問題はまだ解決したわけではない。

そして、私は目の前の二人に勝てるかどうか.....

否、無理でしょうね。

私はここで死ぬか、彼女らの奴隷になるか...

 

 

「ふふふ...逃がさないよ?僕のアルベルト」

「...ラップランド、今は兄さんを捕まえるために仕方なく手を貸してやっているが、兄さんは私だけのものだ。私だけの家族だ。お前のじゃない」

 

 

そんなの、どちらもお断りだ。

 

 

「傀儡ども!私を援護──

「させないよ」

「ぐっ!」

「君のあのおもちゃ達はいちいち指示を出さないと動かないみたいだ」

「なら....兄さんが命令を出す前に倒せば良いだけのこと」

 

 

黒と白の連撃が容赦無く私を追い詰める。

一撃防げばもう一撃。上下上下左右中央。

源石で左腕を形作り、さらに大気中の源石を活性化させて作り上げた塊で防いでゆくも、次第に加速してゆくそれに手数が足りなくなってゆく。

 

そして、限界は訪れる。

 

 

「っ!」

 

 

方に一撃。ラップランドの剣先が傷を作った。

赤い鮮血が噴き出す切り口にラップランドは上気した笑い声をあげ、テキサスは顔を歪める。確かに痛い。そして許容量を超える痛みは隙につながる。だが、この程度の痛みは神経の麻痺した私にとってないに等しい。だから気に留めず剣を奮おうとして────

 

 

 

『お前のせいだ』

 

 

 

背筋が凍った。

“お前が殺したんだ”そんな憎悪の声が耳元で聞こえてきた。

 

 

「あ、あ、ああああ!!!???」

 

 

頭を抱える。聞こえる。耳を塞ぐ。聞こえる。

声は止まない。

お前のせいだ。お前のせいで死んだ。みんな殺された。お前が殺したんだ。死んでしまえばいい。

聞き覚えのある声が耳元で何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返される。

その隙に源石製の左腕を砕かれ、右腕を斬り飛ばされ、地面に押さえつけられようと気にする余裕すらなかった。

自身の落とす影から手が伸びる。それは赤く爛れ、黒く輝く源石に包まれ、骨が見えた。それらは全て等しく私を掴み、離さない。

爪がめりこみ感じるはずのない痛みが生じた。

 

『お前のせいで息子は死んだ』

『お前のせいで家族は死んだ』

『お前のせいで罪なき人が死んだ』

『お前のせいで弟が死んだ』

『お前のせいで仲間が死んだ』

 

『お前のせいで、私は一人になった』

 

悪夢だ。

涙が溢れて震えも止まらない。

やめてくれ、助けてくれと叫んでも届くはずがない。

 

「違う、違う違う!私じゃ!私じゃない!」

 

お前以外に誰がいる。

 

「違う...私じゃ、ない...誰かが....私にやれって....だか、ら...わた、しの....意志じゃ.....?............あ」

 

気づいた。

 

『人形め』

『意志なき人形め、初めは父に囚われ、社会に囚われ、家族に囚われ、終いには自分自身にも囚われた意志なき人形め』

『罪を受け入れるという自身の言葉すら守れぬお前に果たして意志なんてものがあるのか?お前は空っぽなんだよ』

『初めから何もない、空っぽだ』

 

嫌だ。聞きたくない。やめろ。やめてくれ。

 

「あ、ああぁぁぁぁ....」

 

「....アーツか」

「そうだよ。ここまで効くなんて思ってなかったけど....ハハ、可愛いなぁ」

「ラップランド?」

 

 

譫言のように声を漏らしながら彼女の瞳孔は拡大と縮小を繰り返し涙は滝のように溢れ出す。汗や唾液、その他諸々を体全身から垂れ流す。そんな無様な姿でうずくまる彼女をラップランドは抱きしめた。

 

 

「な!?ラップランド貴様....!」

「まあみてなよテキサス」

 

「ぁ...え.....?」

「大丈夫かい?僕の大切なアルベルト」

「っ!....あ、あ、あ、あ.....!」

 

 

その瞬間彼女はさらに怯えたように震え出し、ラップランドから逃れようと抵抗しようとするが振り回そうとした両手は既になく、徐々に徐々に両者の体は密着してゆく。

漏れ出る声は次第に大きくなり悲鳴に変わる。まるで目の前の少女が恐ろしくてたまらないというように。

 

 

「嫌だ、来ないで、やだ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「大丈夫、大丈夫だよアルベルト....僕は君を傷つけない」

「はぁはぁはぁはぁ.....!はな...して....」

「やだよ?だって君、そうやってまた僕を置いていくつもりなんでしょ?」

「っ....ち、ちが」

「違くないでしょ?だって君が違うって言ったって、君じゃない“君”が僕を置いていくんだ」

「な....!なんで......」

「君のことは何でも知ってるってことさ。君がどうしようもない悪人で、嘘つきで、そしてただの人形だってこともね」

「..........ころ...して...」

「ダメ.......ねえ一緒に逃げちゃわない?」

「え......?」

「罪も、使命も、家族も全部忘れちゃってさ。僕と二人で逃げちゃお?」

「ラップランド!!」

「テキサスは黙ってて!」

 

 

割り込もうとしたテキサスに向けてラップランドの叱責が飛ぶ。だがそれにテキサスは言い返すことはせず、顔を顰めて踏みとどまる。ラップランドの一度心を折ってから希望を与えるというのは相手に自分の意見を聞かせる際に非常に有効な手段だ。おそらく普段の彼女には何を言っても通じないし、また逃げられてしまうのは明白だ。そしてラップランドは自分よりもその手口に長けている。だから今は黙って見ておくべきだと思ったのだ。“家族を忘れて”という発言は聞き捨てならなかったがそこは兄のことを信じることにした。ほんの少し不安に感じ、ラップランドに向けて源石剣を今にも振り下ろそうになっても、彼女は兄を信じて踏みとどまっていた。

 

 

「ね?そうしよ?君の吊り手だって握ってあげる。僕が操ってあげるから。一緒に逃げよ?あのファウストって子も、レティシアって子も、リュドミラって子も、レユニオンもロドスも全部、全部全部捨てちゃお?」

 

「........ラップ......ラン....ド」

 

 

 

 

「ことわり.....ます」

 

 

 

「──────え?」

 

 

いけない。

テキサスは収めた源石剣を再抜刀して立ち上がる。

 

 

「私は....いけない。まだ、ダメだ。私にはまだやることがある」

「何で!?そんなこと全部忘れて逃げちゃおうよ!」

 

「駄目なんです!これは!私が初めて“自分”の意思で!後悔しないための選択をした!私がやっと、やっと見つけた私の意思だ!それを捨ててしまったら!私は人形ですらなくなってしまう!」

 

「ラップランドどけ!」

 

「悪人だ?クズだ?最低だ?事故中心的だ?何とでもいえばいい!私は私のやりたいことをやる!」

 

「兄さん!」

 

「これが私だッ‼︎」

 

 

結晶の花が咲いた。

地面も瓦礫も家畜達も、全てが源石の結晶に飲まれてゆく。

兄を呼ぶ悲痛な声も遮られ消えてゆく。

全てを飲み込みながら巨大な花々花は咲き誇り、砕け散る。

結晶の欠片が舞う幻想的な風景の中、後に残ったのは砕け散った家畜の残骸と、置いて行かれた少女二人。

 

彼女の姿はどこにもなかった。




アルちゃん
SAN値減少、尊厳ちょい破壊!
腕一本を原作改変の代償として消費!
ターンを終了する!


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捨て駒

コメ数が100に達しました。コメントがあるかないかでモチベーションが雲泥の差になるので本当に助かっています。コメントウメッウメッ。

そしてぇ!みなさん見ましたかTwitter!見てないのなら今すぐ見てきてください!きましたよアニメ!ついに!ついに動く美少女イケメンクール女神ループスのテキサスが見られるのですよ!あああああ(歓喜
あとAceさんの声がイケメンすぎました。アクナイでしか摂取できない曇らせも再現されてそうで私超歓喜。ミーシャァァァァァァ!


 

どうしよう

 

どうすればいいの?

 

どうすればよかったの?

 

血を流しすぎた。いつの間にか失っていた右腕のせいで平衡感覚もうまくつかめず酒に飲まれた酔っぱらいのように千鳥足を踏む。

涙が出て止まらない。それを拭う手もない。

 

家族から逃げ、かつての知り合いを斬り殺し、罪なき人々の平穏を奪った。それでも、それでも、だからこそやらなきゃ。みんなを守らなきゃ。その目的だけが私の足を動かした。

 

声はもう聞こえない。

 

でも、とっくに体は限界だ。アーツを使いすぎたせいで体内はどんな惨事になっているか考えたくもない。血を含んだ咳と、血に絡まれてままならない呼吸から、肺とか重要な部分がやられているのは確実だと思う。

 

多分、もう長くない。

 

痛いとか、苦しいとか、怖いとか、そういうのは思ったよりも感じない。

感じるのは焦り。迫る時間制限に、自分が居ない間、彼らは無事目的地に逃げられたのか。

 

龍門に攻め込んだレユニオン達はもう壊滅状態と言ってもいい。もう戦う気力すら残ってないと思う。そもそも初めから勝ち目なんてなかったんだ。後からくる少数のスノーデビルたちが戦況をひっくり返せるとは思わないし、チェルノボーグにいるであろうタルラが来るのはもっと後だ。それまで持ち堪えれるか?と聞かれたら否だ。メフィストの家畜も一般兵よりかは強いけど知能もなく、味方さえも巻き込んで暴れ回るだけ。私の傀儡ほど数も揃ってないし、強力でもないし、龍門の連中が初めの混乱から立ち直り始めた以上、彼らに有効打を与えられず味方にだけ被害を出す、そんなおお邪魔虫状態だ。

 

そして、多分、龍門も、ロドスも、ボロボロになったレユニオンをみすみす見逃したりなんてしてくれない。龍門に犯罪者たちを逃したり慈悲をかけたりする理由なんてものはないし、ロドスも感染者の味方ではあるけど、投降する人たちはともかく、殺意を持って殺しにかかってくる人たちを殺さずに拘束するなんて余裕はないと思う。

 

だから、みんな殺される。逃げられなかったら、みんな死ぬ。

 

 

「嫌だ」

 

 

私が助けなきゃ。

私がいかなきゃ。

 

私が、私が────

 

 

「あ、」

 

 

目線が地面に向いた。

足に何か引っかかったような感覚。転ぶ。

続く痛みに耐えようと目を瞑る。

 

 

けれど、痛みはこなかった。

代わりに伝わってくる冷たい感触。

 

 

「大丈夫かフェイスレス」

「フロスト...ノヴァ....?」

 

 

それはスノーデビル小隊のリーダー。

頼れる援軍であるフロストノヴァだった。

 

 

「ゴホッ...フロスト、ノヴァさん....ぐっ....」

「無理するな。レフ、彼女に治療を」

「わかった」

 

 

一人のスノーデビルの手から漏れ出るアーツの光で痛みが多少和らいだ気がした。気持ちも、ほんの少し落ち着いた気がする。

 

 

「ハァ、ハァ....ありがとうございます」

「いい、それよりも何があった?同胞は無事なのか?」

「....無事、とは言い難いですね」

「何?」

 

 

私は彼女に龍門の今の現状を説明した。

司令塔である龍門近衛局ビルは奪還され、メフィストの部隊はほぼ壊滅、又は彼のアーツによって使い物にならない状態でありこれ以上戦線を維持するのが困難な状況であること。ほぼ同時に突入したクラウンスレイヤーの部隊とは連絡が繋がらないが彼女達がいるであろうスラム街が唯一の脱出経路であること。そして生き残ったもの達とそこへ向かうためにある地点で集合することを約束していること。

 

そして、先ほどから感じる龍門近衛局でも、ロドスのものでもない存在。

 

 

「そうか....実は私たちも先ほどそれらと交戦したところだ」

「....え?」

「黒装束の奴らだ。多分ウルサスのガスマスクをつけた軍刀使いよりも強いぜアレは」

「ウルサスのガスマスク.....貴方は?」

「スノーデビル一号とでも呼んでくれ。というまえあったよな?」

「......貴方、ブレイズさんと一緒に私に酒を──

「あー!あー!勘違いだった!初めましてだったな!」

「..........」

 

 

後で覚えておきなさい。

 

 

「っ!こんな、話をしている場合じゃありません!」

「あまり動くな、傷口が開く」

「ここは、現在位置を教えてください!」

「スラム街の入り口付近だ」

 

 

っ!だとしたら、急がなければ。

彼らが言っていた“ウルサスのガスマスク”というのはおそらく『皇帝の利刃』。私がウルサス軍に所属していた頃にジャスパーからチラッと聞いた化け物どもの名称。それよりも強いと言われる者が周囲──集合地点──にいるとなると彼らが危ない。

 

 

「早くしないと!早く....いかないと!」

「落ち着け!」

 

 

彼らが死んでしまう。家族が、かぞく、カゾ────

 

 

「.......ふ、フロストノヴァ。クラウン、クラウンスレイヤーは?リュドミラさんは、レティシアは、どこ?」

「......」

「答えてっ、ください!彼女達はどこに!」

「奴らは」

 

 

嘘だ。いうな。言わないで。そんなことがあっていいはずがない。嫌だ。いやだ。イヤダ!待って─────

 

 

「フェイスレス」

 

「ーーーえ?」

「勝手に殺すな」

 

 

歪んだ視界がとらえたのは橙色の女性だった。

 

───────────────────────

 

 

 

「うっ、ぐわっ!」

 

 

霧の立ち込めるスラム街の中、クラウンスレイヤーはただ一人、背後からの強襲によって地面に身を打ち付けられた。

スラム街下層部から龍門へ侵入する。それ自体は驚くほどに上手くいっていた。だが、そこまでだ。

何者かによる襲撃に部隊は分断され、一人一人数を減らしてゆき、そして彼女ただ一人になった。彼女の周囲には誰もいない。レティシアも元CiRFの家族もレユニオンの同胞も。彼女は得体の知れない恐怖に支配され、そして今、彼女自身もナニかに押さえつけられ体の自由を奪われていた。

 

 

「レッド、殺すな。彼女で間違いないか?」

「間違いない。匂いがした」

「このっ.....オオカミのガキめ!」

「動くな」

 

 

反撃しようと彼女はもがくも不思議と力が入らない。まるでこのナニカを恐れているかのように。

そうして彼女が抵抗を続けているうちに襲撃者の内のもう一人が姿を現した。緑を基調とした白衣に白い髪のフェリーン。その姿は彼女に取って非常に見覚えのあるものだった。

 

 

「待て、お前は!やっと見つけたぞ...!裏切り者!ようやく見つけた、裏切り者め!」

 

 

それは彼女がレユニオン、そしてCiRFに所属した理由でもあり、シラクーザから感染者が生きるには厳しいウルサスの地へと戻ってきた理由でもある人物。ロドスのリーダーのうち一人であり、彼女の父イリアとその研究仲間をもう一人の裏切り者とともにウルサス政府へと売り渡した裏切り者。彼女は怒りを込めて睨みつけながら叫ぶ。しかしケルシーはそれを見て見下すのでも否定するのでもなく、こう言った。

 

 

「一度だけ、私を殺すチャンスを与えよう」

「な!?死にたいとでもいうのか?あの仲間を売ることでチェルノボーグの官職にまで成り上がったセルゲイと同じように今更お前も後悔でもしたのか!?」

 

 

もう一人の裏切り者、セルゲイは自身の子供に裏切られ、彼女の手によって殺される瞬間後悔の念を呟いていた。この女も同じなのだろうか。彼女はそう考える。

 

 

「普段なら『後悔したことは一度もない』と言うところだが今日だけは素直に教えてやろう。一つだけ、とても後悔していることがある」

 

 

 

「────だがそれは君の父の件とは全く関係のないことで、だ」

 

 

瞬間、怒りが込み上げてきた。

 

 

「『殉難者の苦しみを飲み込み』.....」

 

 

再び濃霧が立ち込める。

彼女のアーツだ。敵の視界を妨げ、自身の視界は一切遮らない。敵を一方的になぶり殺すことのできる彼女のアーツ。

リュドミラはケルシーに問う。なぜ父達を裏切ったのか。しかし帰ってきた答えは裏切り自体を否定するもの。自分はたまたま逃げ延びただけだと。しかしリュドミラはその言葉を信じない。ただの虚勢だと、妄言だと切り捨て襲いかかる。

 

 

「あの科学者達のために、感染者のために、お前を殺してやるんだ!ウルサスに飼われた悪鬼め、クズめ!」

 

 

だが、彼女は選択を間違えた。

怒りのあまり、相手の力量を見誤りすぎていた。

 

 

「来い、mon3thr」

 

 

ケルシーのその声と共に彼女の脊髄から生えるように生まれた黒い源石の塊のような....あの悍ましい傀儡のような化け物が姿を現した。

 

 

「おえっ....!何なんだよ!お前は一体何者なんだ!お前は....お前は一体....!」

「行け、mon3thr」

「うわあああ!!放せ!放してくれ!放せ」

 

 

その化け物は彼女のアーツが効いていないのか素早くリュドミラを捕らえ、押さえつけた。その体は硬く、ナイフさえも通らない。彼女の抵抗はその化け物に一切通じない。

そしてそのまま化け物は自身の鉤爪を振り上げ───

 

 

「ひっ」

 

 

───彼女の頭上に落ちてくる瓦礫を消し去った。

 

 

「うぐっ.....もういい....今すぐ殺せ」

「なぜだ?」

「お前を殺すことができないなら生きていて何になる!」

「君は死にたいのか?」

「くっ...」

「もし本当に裏切り者だとしたらどうする?私を殺せば君はそれで満足するのか?」

「....もういい!たくさんだ!お前を殺す!絶対に!」

 

 

リュドミラはおかしくなりそうだった。

この化け物に対する恐怖や仲間達の安否に対する不安、長年追い続けたケルシーへの怒り。そして─────迷い。

だが、ケルシーはそんな彼女の叫びを無視して語り出す。

彼女の父、イリアを褒め称える言葉に裏切り者セルゲイの人柄、そして彼が裏切ったその理由。そして、ケルシーの後悔。

 

点と点が繋がるように、それを聞くうちに彼女は、リュドミラはわかってしまった。ケルシーは裏切り者などではなかったことに。そして父達の行為が意味あるものだったということに対し、自分たちレユニオンの行ったことは無意味であることに、その間違いに。

 

 

 

「......私は......」 

 

 

その時だった。

 

 

「っ!ケルシー!」

「なっ!」

 

 

巨大な火柱が彼女とケルシーの間を遮った。そして続く斬撃が彼女を押さえつけていた化け物を吹き飛ばした。

 

 

「クラウンスレイヤー!」

 

 

聞こえてくる複数人の足音に彼女は顔をあげる。そこにいたのはケルシー達の襲撃によって分断されたはずの仲間達だった。しかしその数は少なく皆ところどころに赤い傷跡を残し、戦闘の痕跡を持っていた。

 

 

「大丈夫かクラウンスレイヤー!

「......レティシア」

「おい、しっかりしろ。立てるか?」

「...........私は.....間違っていたのか?」

「..........ちっ、おいお前ら、こいつを連れてさっさと行け」

「了解。隊長、少し失礼」

 

 

仲間の一人がリュドミラに肩を貸し、立ち上がらせる。

 

 

「レ、レティ....私は....」

「黙れ!俺はお前のそんな弱々しい姿なんざ見たくねぇんだ」

「..........」

「....はーーーーーーぁ......おい!」

「っ」

「お前があいつらに何を言われたかなんざ知らねぇが!俺はテメェのやってきたことを間違いなんざ思わねぇ。少なくとも、俺はお前がいなかったらあの都市でのたれ死んでた。いや、そこにいる奴らの大半もそうだろうさ」

「だが....」

「あー!うざってぇな!大体テメェよりも間違いまくったクズ野郎がいるだろうが!間違ったって思うなら後悔して、それを償うように努力すりゃいい。俺だって間違ってきたんだ」

「........」

「ちっ、さっさと連れて行け。俺が殿を務める」

 

 

レティシアは大剣に炎纏わす。

 

 

「ち、違う!あいつはっ!」

「殺しはしねぇよ!いや....やれるかどうかも怪しいけどな。それに敵は目の前の奴らだけじゃねぇ。あの黒笠野郎どももいる。目の前の奴らが見逃してくれても、奴らは俺たちを皆殺しにする気だろうよ」

「待て!残るなら、私が...!」

「それに多分ここだけじゃねぇ。他のとこもそうだ。罠だったんだよ。俺たちはまんまと嵌められた。このままじゃみんな死ぬ。だからお前が家族を助けろ。俺じゃあこいつらをまとめ上げんのは無理だ......お前でも無理だっつーなら......ああ、あいつを利用してみるのも良いかもな。アイツはクズだがこう言う時、役にたつ」

「レティシア!」

 

「....家族を頼むぜ。先輩よ」

 

 

彼女に背を向け、レティシアは大剣を天に掲げる。

瞬間、ケルシー達や、迫り来る幾つもの影から彼女達を守るように巨大な炎の壁が立ち塞がった。

 

───────────────────────

 

 

「....く、くらうんすれいやー?」

「ああ」

「〜〜っ!よかった!いきて、いきてる...!」

「.....酷い様だな」

「よかった、よかったよぉ.......あ、あ!そ、そうだ!レティシアは?レティはどこですか?彼女と約束してたんです。次あったら一発殴られるって」

「......」

「あれ?レティ?どこですか?私ですよ?出てきてくださいよ」

「......すまない」

「え?クラウンスレイヤーさん?ふ、ふざけないでくださいよ」

「.......」

「.....うそ、だよね?」

「......」

「え?あ、え、リュ、リュドミラ....?......嘘だ、そんな、いや、え.....?あ......」

 

 

何かが割れた音がした。

こう言う時に手がないと言うのは不便だ。割れるように痛む頭を抑えることも、溢れ出る涙さえ吹けないのだから。そんなことを他人事のように考える。

 

 

「.....フェイスレス」

「......」

「頼みがある」

「.....嫌だ。何もしたくない。もう、嫌だ」

 

 

ぱちん、と乾いた音が鳴り響いた。

平手打ちだ。

 

 

「あ.......?」

「しっかりしろクズ野郎」

「ひぃっ!?」

「お前にアイツの死を悲しむ権利があると思っているのか」

「あ、あぁ.....」

「お前は私達を一度裏切った」

「.....う...ぅ....」

「....だが、アイツはなんて言ったと思う?『困ったらお前を頼ってみろ』だそうだ」

「.......!」

「私も....お前のことを信頼はしていないが、信用は、している。だから、黙って力を貸せッ!まだ戦えるだろう?手足を失ってもお前なら出来るだろう?なら戦え!後ろを見ろ!まだ家族は生き残っている!お前が戦う理由はまだ残っているはずだ!」

 

 

襟元を掴まれ無理やり立ち上がらせられる。

気管が閉まる苦しみよりも驚きが優った。かつて『先導者さま先導者さま!』と雛鳥のように私の後ろにピッタリとついてきた彼女はクレアスノダールが崩壊し、“私”を知り、私を憎み頼ることもしないと思っていた。実際レユニオンに入ってからも初めの顔合わせ以降は所属した部隊の関係もあって話すことはなかったが明らかに避けられているような雰囲気も感じていた。

 

そんな彼女が、最期に私を......?

 

 

「.....わかった」

 

 

大丈夫、今なら立てる。

自分の足で地面に立てる。

大丈夫、大丈夫だ。私はまだ大丈夫。まだやれる。

どうせ私はここで死ぬんだ。モスティマ達を裏切ることになっちゃうけど....仕方ないよね。彼女の命の方が大切だ。私みたいな屑が死んで生まれる悲しみよりもここで助けられる命の方が価値は高いんだから。

 

 

「離してください。大丈夫、大丈夫です」

「....指示を」

「私達スノーデビルもお前に従おう。先導者の実力とやらを見せてもらう」

「.....責任重大ですね」

 

 

でも大丈夫。覚悟は決まった。弱音はもう吐かない。私は先導者だ。平和ボケした“アルマ”じゃない。不幸を願う残酷な殺戮者“アルベルト”でもない。私は先導者、フェイスレス。

今だけは──最期だけは皆を救いに導く真の先導者に───

 

 

 

 

 

 

「大変だ姉さん!奴らが、黒装束どもが来やがった!」

 

 

 

 

 

 

事態は悪化する。

これはご都合主義の夢物語じゃない。

たった一人の覚悟が圧倒的な戦力差を覆すなんて幻想はあり得ない。

 

また人が死んでゆく。




※夢物語です。
『原作キャラが好きすぎて死なせたくないand原作キャラを死なせるなんて烏滸がましい』+『でも曇らせは欲しい』+『オリキャラなら別にどうでもいいか』=『オリ虐』だから仕方ないね。
これが説教(される)系オリ主です。


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反撃

好きな小説が復活して狂喜乱舞


 

「数は!?」

「10以上!奴ら本気で俺らを潰す気だ!」

 

場の混乱は広がってゆく。

ウルサスの雪原に置いて白い悪魔と呼ばれたスノーデビル小隊が力を合わせてなんとか撃退することのできた存在が倍以上の数を成して襲ってくる。あまりに絶滅的な状態。中には絶望して頭を抑え蹲るものもいる始末。

 

 

 

「各員、傾聴せよ」

 

 

 

だが、冷たく、静かで、そして妙に響き渡るアルトの声が聞こえた瞬間に騒音は止んだ。

 

 

 

「敵は強大にして多数。それに対し我々の部隊はほぼ壊滅。まともな戦力はフロストノヴァ率いるスノーデビル小隊のみ」

 

 

 

光を失った瞳が平坦な声を発しながら周囲を見渡す。かつての先導者のように演技がかった大袈裟な動きはなく、淡々と言葉を述べてゆく。

 

 

 

「戦力差は絶望的。今の我々に勝ち目はほぼないと言える。そして、ここにいるほとんどのものは生き残れないだろうな」

 

 

「だが、私は最後まで足掻こう。両手を切り取られようと、両足をもぎ取られようと、私はこの口で奴らの喉元を食いちぎろう。この両目で睨み殺そう。私はもう諦めない。私には目的がある。守るべき者がいる」

 

 

 

硬質で、深く闇の篭った瞳はしかし、確かな決意を兼ね備えていた。

 

 

 

「私は家族を守る。これは償いであり、決意だ。そしてこれは、決定事項であり、すでに定められた未来でもある。私は家族を守る。最後の一人になろうとも。この命が燃え尽きようとも」

 

 

 

それはその場にいる皆に言い聞かせると同時に、自身に言い聞かせるような言葉でもあった。これは“自分“というものを確立できなかったかつての癖であり、新たな自分を作り上げまとめ上げるために必要な儀式である。

 

不安定な彼女はもういない。そこにあるのはただ一つの強固な意志だけだ。

 

 

 

「…このまま虫のように殺されてもいいと言う者は逃げればいい。だが、少しでも足掻きたいと思う者がいるのなら私に手を貸せ。その命を私に差し出せ。私の道具となれ。私が──貴様らをうまく使ってやる(貴様らに似合う死に場所を作ってやる)

 

 

 

静かに、しかしはっきりと彼女は言い切った。

静寂が場を包む。

当たり前だ。彼女はこう言っているのだ。自分の家族のためにお前らが死ね。せめて死に場所は用意してやると。状況が状況とはいえそんな提案が簡単に飲めるはずがないだろう。

 

 

「私たちはお前に従おう」

 

 

しかし、初めに沈黙を破ったのは彼女の言葉への不満ではなく、肯定であった。

 

 

「フロストノヴァ」

「だが勘違いするな。お前が私たちを利用するように、私達もお前を利用するだけだ」

「構わない」

 

「…俺もやるぞ、やってやる」

 

 

この場において多くの者達の精神の支柱となっていたスノーデビル小隊のリーダー、フロストノヴァが私の言葉に賛同したからだろう。次々と声を上げる者達が現れた。

 

 

「やってやる!こんなところで死ねるか!」

「まだ俺ぁレユニオンのクソまずい飯しか食ってないんだ!もっとうまいもん食ってから死にてぇ!」

「俺も死ぬなら姉さんの太ももの上で死にてぇな。顔も見えない化け物どもに殺されるのは嫌だ」

「俺、この戦いが終わったらタルラ様に告白するんだ」

 

 

皆が皆、それぞれの生きる理由を上げていく。非感染者への恨み。この世への未練。あとその他のくだらない欲望。どうやらみんな私の道具として死ぬ気はないようだ。でも構わない。私に従ってくれるならいい。抵抗しようと立ち上がってくれるのならそれでいい。

 

しかし…はは、私の言葉なんかで立ち上がってくれるなんてね。まだ先導者っていう肩書きは健在だったのかな。それとも……

 

私には彼らが少し眩しく見えた。

 

 

「フェイスレス、指示を出せ。私達はお前に従おう」

「…ああ、そうだね」

 

 

よし───やろうか。

 

 

 

「近くに私が先ほど利用したメフィストの家畜の生き残りが数体いるはずだ。スノーデビル小隊はソレを出来る限りたくさん誘導して私のところに連れてきて欲しい。元CiRF組は二手に分かれて一方はそこら辺に落ちている源石を集めて───」

 

 

各員に指示を出してゆく。この場で最大火力を出し得るフロストノヴァの体が予想以上に源石に蝕まれていて使い物になりそうにないことは残念だったがスノーデビル小隊はフロストノヴァ抜きにしても優秀な部隊だ。それに元CiRF組もあの事件からここまで生き残ってきた生存能力も考えてなかなか使える。”家族“である彼らにはできる限り安全圏に逃げて欲しいが今は人手が足りない。少し手伝ってもらう。

 

 

「…なあ、フェイスレス。さっきお前が言っていた家族っていうのは…」

 

 

そうやって指示を出しているとクラウンスレイヤーが話しかけてきた。彼女には感謝しかない。私のことを恨んでいるだろうに、ここまで協力してくれるなんて。しかし…不思議なことを言う。

 

 

「?貴方のことですが」

「……!?な、な!?何を!?」

「…ああ、いや。すまないあまり良い表現ではなかったね」

そ、その、か、家族なんて、そんな…こういうのはもっと段階を踏んでからだな…

「お前達を裏切った私が使っていい言葉ではなかった…これからは別の言葉で読んだ方がいいか」

「い、いや!別に構わない!」

「そ、そうか?ありがとう、リュドミラ」

「っ〜〜〜!?!?」

 

 

何やら煙を上げているが…怒らせてしまったか。そうだよな…嫌だよな…私は裏切り者なんだ…そんな奴に家族だなんてな……きっと彼女は私に気遣ってくれたんだろう。ソレにさっき情けない姿を見せた時も激励をくれたし、頑張らなきゃいけない…ですね。

 

 

「おい、お前達のリーダー大丈夫か?」

「いや、重症だな。あの人一回裏切られたってのにまだ懲りてなかったのか」

「クレアスノダールの頃からあの人たち結構距離が近かったからな。フェイスレスもあの人には結構砕けた感じで話してたし、あれも演技のうちだったんだろうけど…見事にかかっちゃってんだよなぁ」

「うちのリーダーを毒牙にかけやがって。またあいつの罪が増えた」

 

 

何故か罪が増えた気がします。しかも多分冤罪。

まあこれ以上増えても大して変わらない気はしますが…

 

 

 

「さて、私は私の仕事をしましょうか」

 

 

 

これからくる敵さんには少しばかり痛い目にあってもらいましょうか。

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

影衛

 

龍門の影であり、裏から龍門を支える者達。

表向きに龍門の守護者とされる近衛局以上の力を持ち、ウルサス帝国の近衛兵、皇帝の利刃にさえ匹敵する実力者集団。そして龍門の利となることならば時には非合法的な、論理から外れた行為も辞さない冷酷な殺人鬼。

 

彼らはスラム街に潜伏していたレユニオンの協力者や侵入してきた多くのレユニオンを排除し、たった今龍門にとって最大の警戒対象である“クレアスノダール事変主導者”、『先導者フェイスレス』の討伐を命じられていた。

 

都市に潜む感染者集団を導き、たった1日でウルサス帝国の中規模移動都市を陥落させた危険人物。指揮官としての力だけでなく、近衛局の集めた情報から本人のアーツも強力であることが判明している。下手を打てば自分達が彼女の人形として利用される可能性すらある。しかし彼女は度重なる戦闘で傷付き戦闘不能の一歩前の状態。

 

絶好の機会。

 

彼らにそれを逃す選択肢はなかった。

 

 

「目標を確認」

 

 

まるで機械のような淡々とした口調で仲間に指示を出す。

 

 

「目標は一人。所要時間約16分。行動開始」

 

 

血に濡れた凶刃が()()()()()()()()()()()()()()()()()彼女に迫る。

 

 

その時だった。

 

 

 

「範囲内への侵入を確認──爆破──」

 

 

 

聳え立つ二本の摩天楼が火を吹いた。

 

 

「!回避!」

 

 

地響きと共に崩壊を開始したビルに巻き込まれ数人の影衛が姿を消したが、彼らは止まらない。さらに速度を加速かせ、彼女に迫る。

しかし彼女もそれだけでは終わらない。

 

 

「第一、第二回路起動。起きろ」

「お゛Aあ゛ァaァ亜ァァ!!」

 

 

瓦礫の影やそこらに放置された死体が動き出し、襲いかかる。

動き出すと同時に体から突き出た源石が全身甲冑の様にそれらを覆い出す。隙間はほとんどなく、殺害するには時間がかかるだろう。だが時間をかければ倒せないほどではない。だが時間をかけるのは愚策。故に彼らは装甲の隙間から手足を切り落とし無力化する。

 

その間僅か数秒。しかしその間に彼女の準備は完了していた。

 

 

「迎撃開始」

 

 

浮遊する武器をかたどった複数の源石塊が彼らに襲いかかる。しかしそれらが彼らを貫くことはなくあっけなく弾かれる、が────

 

 

「起爆」

「なっ!」

 

 

赤白く輝き、瞬間体積を増したそれは身を焼くほどの熱量を発しながら破裂する。高純度の源石や特殊な加工が施された源石は刺激などの外的要因で衝撃を与えられると内部エネルギーからの耐えきれなくなり爆発を起こす。それを利用したものがレユニオンの幹部Wが使用する爆弾の様な源石爆発であり、これはその高火力広範囲版である。

人の背丈ほどの源石が内部に溜め込みきれなくなったエネルギーの解放。それが生み出す破壊力はたとえ影衛であっても直撃すれば耐えられない。

 

 

「アハハハハ!芸術は爆発だ!…なーんてね」

「っ……」

「それで…まだやるのかい?」

 

 

口元に弧を作り彼女は笑かけてくる。

嵌められた。おそらくこれらの攻撃はフェイスレスのアーツによるものだろう。傷付き損傷したフェイスレスにはこれほどの力はもう残っていないはずだった。だが、事実彼女が失ったはずの両腕は健在で、こうして楽しそうに彼らを嘲笑っている。

 

対する彼らは半数を喪失し残った戦力も損傷している。

 

 

「……撤退する」

 

 

彼らは引くことを選んだ。

 

 

───────────────────────

 

 

 

「………」

 

 

敵は去ってゆく。

彼方には被害を与え此方は傀儡兵が使い物にならなくなった程度。被害と言えるものではない。

 

 

「………ふぅ」

 

 

作戦は成功であった。

 

 

「…生きてる」

 

 

生きている。生き延びた。

 

 

「やったなフェイスレス!完全勝利だ!」

「やるじゃねえか!英雄の肩書きは伊達じゃないってか?」

 

 

後方に避難していたスノーデビル達が出てきて肩を叩く。その賛美は嬉しい。だが、その言葉には一つの間違いがあった。

 

 

「ゴボッ」

「フェイスレス!?」

 

 

血反吐が口から漏れ出る。

地面に膝をつき、手で口元を押さえるが溢れ出る赤黒い液体の波は止まらない。そう、私は全然余裕ではなかった。欠損した両腕は源石と包帯で偽装しただけだし、あのいかにも余裕そうな嘲笑も全然余裕じゃなかった。痛覚の鈍った私でも感じるほどの痛みに脂汗がドバドバだった。

 

私の体はもう限界だ。

 

内臓は現時点で殆どが源石に犯され、こうやって溢れ出す血液だって血中に源石が混ざってドロドロでほぼタールの様な色合いと粘り気だ。正直生きているのが不思議なくらいだけど…:そこら辺はアーツと気合いでなんとかしている。というか多分アーツを解除したら即死する。でもアーツを使用し続ける限り源石は成長し続け、死に近づいていく。つまり死ぬのは時間の問題ってことだ。

 

…仲間のために死ぬ。本望じゃないか。恐怖なんて感じない。強いて言えば彼女達を逃し切るまでこの体が持つかどうか。

 

そして、私はまだやれる。

 

 

「…スノーデビル一号、すみませんがフロストノヴァ達のところまで連れて行ってもらっていいですか。ちょっと腰が抜けてしまいまして…ハハ」

「腰が抜けたどころじゃ……」

「…お願い」

「……わかった」

 

 

戦いの終わりはもう近い。

 




・影衛さんが負けたのは作者があの人たちの実力を把握できていないから。あのクソほど強いボスの利刃さんに格上ムーブして?ゲームでは雑魚敵として出てくるスノーデビル小隊に追い返されて?同じく撃退された利刃さんと同格かそれ以上?ゲームとのスペックは違うんだろうけど実際どのくらいの実力なんだろう。


・キャラの屑への好感度が高いのは彼女の優しさ()と救世主ムーブ()とテキサスフェイスのせい。あんなイケメンループス顔、惚れないわけがないんだよなぁ。私は惚れた。

好感度順(しゅきぃ→尊敬)
テキサス>>>>|超えられない壁|>ラッピー、モッさん>エク>>おチェンチェン、クラスレ >メフィファウ、スカシュレ’s> ノヴァネキ、スノーデビル、たるぅ、レティ >CiRF構成員(死亡&本性未確認)

複雑
アブサント、元CiRF’s

普通or警戒orあんま好きじゃない
パトおじ、ジャスパー、アイン、元CiRF構成員、龍門おじさん’s

加減突破
タルラ(?)、リスタ、その他


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一刺し

変な時間に投稿
テキサスが尊すぎて辛い(pixivを開きながら)


 

 一歩踏み出すごとに背中から全身に響き渡る耐え難い痛み。スノーデビルの彼から伝わるはずの体温も何も感じず、手足の末端の感覚もなくなり動かせるかどうかも怪しいほど明らかな重症だ。

 

 でも不思議と意識だけははっきりとしていて、まだ私が戦えるということを示していた。

 

 

「あと少しだ!意識をはっきり持て!」

「……大、丈夫ですよ…」

 

 

 霞む視界で捉えた街並みは暗い。ああ、そういえば龍門に比べてクレアスノダールは明るかった。そこらじゅうに火が立って、みんな笑って、狂気と、そして希望に満ち溢れてた。直ぐに消えてしまったけれど。

 

 ……火は、初めから灯されていなかったら消えることはない。あの時は私がこの手で消してしまったけれど、きっとあのままでも未来はなかった。もっと大きな、別の光に潰されていたはず。

 

 レユニオンも同じなんだ。チェルノボーグであげた光が、今龍門で消えようとしている。夏の夜の線香花火の様に、一瞬輝いて、消えていく。本当に、一瞬だけなんだよ。

 

 

「見えた!おーい!クラウンスレイヤー!」

「っ!無事だったのか!」

「先輩!無事──じゃないっスね!?急いでくださいっス!治療するっス!」

 

 

 暖かい。リュドミラ達の声がする。無事だったんだ。よかった。

 

 

「アルベルト!」

「りゅ…ド、ミラ…よかった」

「喋るな!もう、無理するな…お願いだから…」

「……まだ」

「せ、先輩!?動いちゃダメっスよ!?」

「動くな!傷が開く!」

「まだ…やらなきゃ…動くなら、今しかない」

 

 

 早く行かなきゃいけない。スラム街下層部の脱出口はもう少しだ。そして追手の黒笠達も追いかけてきてるだろう。ロドスも近衛局だってそうだった。まだフロストノヴァと言う切り札もあるができれば切りたくない。あと使える手札は…

 

 

「フェイスレス」

「…ファウスト、戻ってきたんですね」

「……ああ、この有様だからな」

 

 

 チラリと横目で彼らを見ればファウストにくっついて離れないメフィストの姿が見れた…はは、可愛いところもあるじゃないか。

 

 

「ファウスト、アーツは使えるか?」

「ああ…少しだけなら」

「それでいい。みんなを連れて龍門を脱出しろ。私が殿を務める」

「な!?」

「アルベルト!?何を言っている!?」

 

 

 これが一番生き残る確率が高い作戦だ。

 

 

「私はもうすぐ死ぬ」

「……え?」

 

 

 これは絶対だ。

 

 アーツを使いすぎた。多分タチアナさんのアーツも誤魔化し程度にしかならない。私はあと数時間で死ぬ。

 

 

「…嘘だ」

「……」

「お前は…そんな簡単に死ぬ様な人間じゃないだろ!?」

「…私も死ぬよ」

「……嫌だ…そんなわけない!そんな!そんなこと…!」

 

「……仇を打ちたかったのですか?もっと私が苦しむ様を見たかったのですか?なら、今この場で私を殺してください。あの黒笠達に殺されたり源石に飲まれるよりずっと──

 

「違う!!」

 

「私は…お前に死んでほしくない」

「は……え?」

 

 

「…私は、お前のことが嫌いだ。お前は私たちの信頼を裏切って、みんなを殺した仇だ。でも、でも!お前は私の、私たちのヒーローなんだ!」

「……は?」

「あの寒いウルサスの雪原でお前が私を拾ってくれなかったら、私はとっくに死んでいた!今ここにいるみんなも、死んでいった奴らもそうだ!お前が手を差し伸べてくれなかったらみんなとっくに死んでいた!」

「そ、それは」

「それだけじゃない!家族も、友達も、頼れる大人も………何もなかった私に、手を差し伸べて与えてくれたのはお前だけだった。もう一度、私の目を見て私の名前を呼んでくれたのはお前だけだった」

「そんなこと…」

「そんなことじゃない!じゃないんだ……だから…」

「………ごめん」

 

 

 …こう言う時、なんて返せばいいのだろう。わからない。逃げてばっかりの私には、わからない。

 

 嘘でも生きて戻るといえばいいのか。それともはっきり無理だって言った方がいいのか。そもそも私には彼女の考えがわからない。確かに助けた。確かに与えた。でもそれだけだ。それに、最後には全部奪っていったんだから。

 

 だから、私は彼女に謝ることしかできなかった。

 

 

「……すまない、少し…取り乱した」

 

 

 …本当に難しいな。人と向き合うって言うのは。

 

 

「フロストノヴァ、部隊の指揮をお願いしてもよろしいですか?」

「ああ、構わないが…いいのか?」

「…ええ、今は時間がないから…」

 

 

 嘘じゃない。

 

 

「…地図ってあったりしますか?」

「ああ、ここに」

「ありがとうございます」

 

 

 地図を見ながら脱出経路を考える。現在位置はスラム街の地下に位置する廃棄された搬入口へ続く通路の入り口。ここを通っていけば一直線に龍門外へ脱出することができる。クラウンスレイヤー達も作戦通りならここを通って龍門へ侵入してきたはずだ。つまり脱出までの経路は把握済み。あとはこの通路を走っていけば逃げられる。その後はここまで乗ってきた車両でチェルノボーグへ───────

 

 

 

 いや。まて。おかしい。違和感を感じる。

 

 

 

「フロストノヴァ、時計を」

「あ、ああ」

 

 

 そうだ、もう時間だ。彼ら、後方部隊でタルラ達援軍がきていてもおかしくない時間なんだ。だが、どうだ?その気配すらないじゃないか。何かトラブルがあったのか?まさか龍門の別働部隊が──いや彼らにこれ以上の戦力があってたまるか。ならなんだ?他に理由が?作戦の変更?まさか見捨てられた?十分ありえる。アレは目的のためなら仲間だろうと捨てる様な目だった。私と同類。何らかの目的のために私たちを捨て駒にしてもおかしくはない。

 

 だが、その目的とは何だ?彼女の目的が龍門の陥落だとすると今この場で攻め込まない理由がない。私たちの部隊は壊滅状態だがメフィストの放った家畜もほぼ駆逐され、近衛局にだって多少はダメージが入っているこの時こそ絶好の機会だ。なら他に目的があるのか?龍門陥落が目的ではない?

 

 …私だったらどうする?私だったらどう言う理由からこの様な行動に至る?

 

 見捨てなければならない事態が発生した?否。それならフロストノヴァやメフィストなどの幹部格へ即時撤退命令が出るはずだ。でなくとも連絡の一つくらいあるはず。では、逆に見捨てること事態が目的だとしたら?私たちを排除することが目的だとしたら───

 

 

『確か、アイツの影が()()見える...だったかしら?』

 

 

 Wの語ったイネスの言葉。そしてもう一つ。

 そう、アレは血に濡れたウルサスの雪原でウルサスの闇に私の知る中で最も近づいた男の話。

 

 

『なあルクス、こんな噂を知ってるか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………不死の黒へ──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダメっスよ?先輩」

 

 スパっという気持ちのいい音と一緒に視界に赤い噴水が映った。

 

「ぁ、かっ」

 

 それの発生源は私の喉元で、怒り、恐怖などよりも先に私が思い浮かべたのは驚きだった。意外に思った。私にまだこんな綺麗な赤色をした血が流れていたんだと。多分脳へ向かう血液にかけられたアーツの浄化作用がまだ健在だったんだろうな、と。

 

 ふらつく足取りに追い打ちをかけるように腹を蹴られ地面に体が叩きつけられる。

 

 

「立ってくださいよ先輩。あんたそんくらいじゃまだ死なないでしょ」

 

 

 噴き出す血飛沫を手で抑えるようにして源石で傷口を塞ぐ。しかし失った血は戻らない。視界が霞み眩暈がする。

 

 

「フェイスレス!!」

「おっと〜、大切な人がこれ以上傷つけられたくなかったら動かないでくださいっすよ。手が滑っちゃうかもしれないっすから」

 

 

 膝をついた状態で頭を上から足で地面に押し付けられる。ピリッとした痛みがあったため口の中を切ったのかもしれないが、口内いっぱいの体液でわからない。解るのはただ、一瞬見えた彼女の顔が弧を描いていたことくらい。

 

 

「センパァーイ…いや殺人鬼フェイスレス!自分は我慢したんすよ?ずっとずっとずぅぅぅぅっと、あんたを殺したくて仕方がなかったのに、パパとママと弟を殺したあんたを殺したくて殺したくて仕方がなかったのに自分はちゃんと彼の方の命令を守って耐えてたんすよ?偉いっすよね!?褒めてもらえるっすよね!?」

「ゴボッ…」

「彼の方はお優しいことにアンタのことを利用価値のある駒として最期まで使ってあげる予定だって見たいっすよ?なのにアンタが余計なこと言うから……あ!でもそのおかげで殺せるんだから結果オーライっすね?」

「タチ…アナ…」

「喋らないでくださいっす。手が滑っちゃう」

「っ…」

「アルベルト!」

 

 

 赤黒い血が漏れ出る。

 これは綺麗じゃないな。そんな場違いな感想が頭に浮かんだ。

 

 

「…反応薄いっすね。つまんないっす…あ!そうだ!いいこと思いついた!おい、そこの。クラウンスレイヤーお前だよこっち来い」

「なにを…」

「先輩の反応が薄すぎるせいでつまらないんで!代わりにまずコイツを殺すことにするっす!」

「貴様…!」

「お前も自分の故郷をめちゃくちゃにした奴らの一人なんすから、しょうがないっすよね。精々苦しんで死ね…………あ?」

 

 

 

 それ以上は許せない。

 

 

「あ゛ぎゃぁぁぁぁあ!?!?!?!?!?」

 

 

 クレアスノダール事変。それはあまりにも多くの命を奪いすぎた。私は家族を裏切り、その都市に居るほぼ全員を皆殺しにした。しかしその1番の被害者は非感染者、その都市で平和を謳歌していたものたちだ。彼らは一概に無実の善人とはいえないものの、その多くは手が血に汚れていないただの一般人だった。そんな彼らの平和を、私たちはこの手で壊してしまった。故に、その被害者であろうタチアナさんの断罪は正当なものであり、私が受け入れるべき罪だ。

 

 でも、ダメだ。今私が死ぬわけにはいかないし、何より家族に手を出すのを黙って見ているわけにはいかなかった。

 

 私は、黙って自分の罪を受け入れることのできるような善人ではなかった。

 

 

「やめろっ!いやだ!やだ!源石が、剥がれてよ!こないで!僕はアイツらみたいな薄汚い感染者にはなりたくない!」

「……タチアナ」

「っ!……見下すなよ感染者が!殺人鬼が!テメェらが居るからみんな死んだ!テメェらのせいで僕は一人ぼっちになったんだ!…クソがァァァァ!そんな目で僕を見るなァァァァ!死んじゃえ!死んじゃえ!お前らなんかさっさと源石に飲まれて死んじまえ!」

「……」

「死んでよ!早く死んでよ!罪がどうとか言ってさぁ!アンタは私たちのことを見もしなかった!加害者同士で傷を舐め合いやがってよぉ!気持ち悪いんだよ!少しでも悪いと思う心があるんならさっさと死んでよ!」

「…ああ、そうだな」

 

 

 全くもってその通りだ。だから──

 

 

「選択肢をやる。貴方の知っている情報を吐いて“人間”として死ぬか、そのまま“感染者”として死ぬか。好きな方を選べ」

 

「っ!!!」

 

 

 貴方の言う通り私達は全員罪人だ。感染者、非感染者だからではなく、“殺人”と言う罪を犯したのだから。でも、あいにく私の善悪の基準は違う。

 

 “家族”を傷つけたか否か。今の私にとって、それ以外はどうでもいいんだ。昔の中途半端なままの私だったらどうか知らないがな。

 

 

「…クソ!クソクソクソ!」

「どうする?」

「……そんなの決まってんだろ」

 

 

 

 

 

 

   “死んじまえクソ野郎ども。”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 源石で傷口を塞ぐ。この程度の傷どうってことはない。どうせもうロクに使わない内臓が傷ついたって無問題だ。

 

 

「大丈夫か?」

「………」

 

 

 弧を描いた不気味な、すごく見覚えのある顔が地面を転がりながら私を見つめてくる。まあ、そうですよね…当たり前だ。貴方はタルラが私につけた見張りだ。初めからわかっていたじゃないか。

 

 はぁ………

 

 

 

きっついなぁ

 

 

 

 

「メフィスト」

「っ!」

「いつまでもファウスト少年にくっついていないで、早く回復アーツをよこしなさい」

「で、でも僕のアーツは」

「貴方が命じなければ変異はしないのでしょう?なんなら家畜にしてしまっても構いませんよ。どうせこの身は後少しで使い物にならなくなる。貴方の家畜が私以上に役立つと言うならそれもいいでしょう」

「わ、わかったよ…」

 

 

 タチアナの回復アーツほどではないが体が楽になった。

 

 

「フ、フェイスレス」

「なんですか」

「そ、その……ありがとう」

「…それは私ではなくファウストに言いなさい」

 

 

 さて、

 

 

「作戦変更。フロストノヴァ、チェルノボーグへは向かってはいけません」

「…なぜだ?」

 

 

 正直、まだ確証はない。酒飲みの英雄が言った言葉や故人の得体の知れないアーツで知り得た情報など言っても普通なら信じない。けれどタチアナのおかげでこの場を押し通すだけの説得力は得られた。

 

 

「不死の黒蛇という言葉を知っていますか?」

「…いや、知らないな」

「そうですか。まあ、それ事態私も信じ難いことなのですが……何でも奴は遥か昔から他者の肉体に宿りウルサスを守り続けてきた化け物…」

「……」

「…まあ、つまり今のタルラは貴方たちの知る『感染者の味方』ではないということです。私の予想が正しいのであれば、貴方たちの知る彼女はもういない」

「な!?そんな!タルラ姉さんが?ありえな──」

「なるほどな」

「フロストノヴァ!?」

 

 

 メフィストやタルラに付き従っていたものたちが驚愕し信じられないと言った表情をする中、フロストノヴァだけは静かに納得した様子だった。リュドミラは…わからない。

 

 

「確かにタルラはある日を境に人が変わった様に私たちに対する接し方が変わった。信じ難い内容だが……その女の反応から信じてみる価値はあるだろうな」

「感謝します」

「…ならどうするんだ?チェルノボーグに戻れないとなれば私たちが行ける場所は…」

「ロドスです」

 

 

 息を呑む音が聞こえた。

 …簡単に受け入れられるとは思っていない。ロドスはレユニオンの敵で、多くの同胞を殺されている。そんな敵に助けを求めるなど簡単に決められることではないし、彼らはロドスを信じることができないだろう。

 

 

「…ロドスは確かにレユニオンの敵だ。だが彼らは同時に感染者の味方なんだ。彼らの指揮官のドクターという人物は信頼できる。彼らは私たちがちゃんと助けを求めれば助けてくれるはず…」

 

 

 ロドスがどの様な組織か。彼らがどれほど信頼できるかを語る。彼らとはほんの少しだけ言葉を交わしただけだったがそれだけでわかるほど彼らはわかりやすい善人だった。中でも共に酒を飲んだ(飲まされた)ブレイズさんや救出対象であったドクターなどは信頼できる。だからそう彼らを説得しようとするが……どうも反応がおかしい。

 

 

「わかっていたよ」

 

 

 メフィストが小さく言葉を溢す。

 

 

「僕たちが悪者だってことも。ロドスの奴らが言ってることが正しいってことも。でもどうすればよかったの?ただ黙ってあいつらに殴られていればよかったの?あいつらのいうことを聞き続ければよかったの?」

「メフィスト…」

「……ごめん。君にいうことじゃなかった…でも、これだけは証明してほしい。ロドスは本当に信用できるの?」

 

 

 メフィストのその言葉にファウストやクラウンスレイヤー、フロストノヴァさえも同意の意を示す。当たり前か。さっきまで殺し殺されの関係だった奴らにいきなり助けてなんて言って素直に助けてくれるなんて誰が信じられる?

 

 だが、私ははっきりと断言できた。

 

 

「ロドスの指揮官は感染者ならばレユニオンだろうが助けるべきだと言っていた」

 

「……だが、スカルシュレッダーとミーシャは…」

「生きていますよ」

「………は?」

 

 

 フロストノヴァもなかなかいい反応をしてくれる。

 

 

「彼らは生きています。私が知人の伝でロドスに逃しました。ドクターから証拠も見せてもらっています」

「な、なぜそんなことを?」

「彼彼女らの目的非感染者への復讐でも感染者の自由でもなく、姉弟の幸せ。これ以上レユニオンにいたんじゃ叶わない夢だとは思いませんか?」

「それはそうだが…なぜもっと早く言わなかったんだ」

 

「だって貴方達信じないでしょう?ロドスがそんなことするはずない〜って」

「うっ…」

 

 

 ほら、やっぱり図星じゃないか。

 

 

 

───────────────────────

 

 

 夜明けはもうすぐそばだ。

 日は上り、戦果は戦火。

 その後に待つのは平穏か、それともさらなる地獄か。私にはわからない。ただ家族が幸せに暮らせることを願うしかできない。

 

 

 

 私が日の出を見ることは叶わないのだから。




そういえばロドスって当たり前のようにいろんな国の人がいますけど言語ってどうなってるんでしょうね。英語みたいな共通言語とかあったりするのかな


ちなみに次回で本編(クレアスノダールからチェルノボーグ)完結です(小声)


コメントで色々いただきましたがこの後も続くかもです。煩わしい書き方をしてしまい申し訳ありません。


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終わり

 

 思えばこの世界に転生してから随分と長い間生きた気がする。前世の年齢と合わせれば百歳は……流石に届かないか。前世も結構若いうちに死んだし。白髪はあったけど。言ってもせいぜい80?

 

 うん、満足だ。やりたいことはほとんどやった。前世で叶わなかった夢も叶えた。未練はもうない。

 

 血を流しすぎたのかな。少し足がふらつくけれど視界はクリアだし、鈍くなっていた感覚も、この地下に吹き込むわずかな微風も感じ取れるほど敏感になってる。なぜかはわからないけど、命が削れていく今この瞬間が一番生を実感しているんだと思う。やっぱり生きているって感覚は死が近くにあるほどわかりやすくなるんだ。

 

 

 ……リュドミラ達は無事逃げられるかな。鉱石病は大丈夫だろうか。彼女達に施した治療がうまくいっていれば私が死んでアーツが解除された後も傀儡達のようにはならないでむしろ鉱石病の進行は遅れて、20年くらいは生きられる……はず。私もこんな施術初めてだから自信がない。こんなことになるなら先に自分で実験しておけばよかった。

 

 それにここから逃げた後はちゃんとロドスに行けるだろうか。リュドミラのことだから大丈夫だと思う…フロストノヴァもいるし……ああ、でもやっぱ心配だ。CiRFにあの子が初めてきた時のことを思い出す。ロドスに逃げたとしてもちゃんとあっちでやれるだろうか。ちゃんと仲良くなれるだろうか。挨拶はちゃんとできるかな。ドクターに横暴な態度を取ったりしないだろうか。

 

 

 ……心配だ。

 CiRFに初めてきた彼女の様子はまさに狂犬の様だった。私が拾った時の状態からは仕方なかったのかもしれないけれど、私以外には警戒心を丸出しにしていた。特にアサルトとかに。それは時間とともに変わってレティシアが来る時にはもう馴染んでいたけど今度は逆に馴れ馴れしくなった。私のことを敬い、一部には──特にレティシア──私を神格化しようとしたものまでいたCiRFでは異常なほど私に馴れ馴れしかった。レユニオンでもタルラに対してそっけない態度をとっていたようにも思える。それがもしロドスのドクターにも同じ態度で接するようになってしまったら……

 

 

 

 あああああああ、心配だ!

 どうする!?今から私が彼女らに合流することはできない。戻ったところで死ぬだけだし通路はもうアーツで塞いでしまっている。だが小型の人形ならどうだ?通路は排気口があるはずだからアーツでぬいぐるみサイズの傀儡を作ってそこに私の脳と同じ構造をコピーして……だ・め・だ!私のアーツにそこまでの能力はないしそもそも私が死んでしまったら全部ただの源石に戻ってしまう!

 

 どうする!?どうする!?どうすれば───────

 

 

 

 ……はぁ、私の悪い癖だ。未練はないって言ったのに……私の役目はここまで。私の選択間違っていなかった。きっと彼女達は上手くやっていくはずだ。

 

 

 

 リュドミラ、レティシア、モスティマ、ラップランド、クロワッサン、エクシア、エンペラー、チェン、ホシグマ………………テキサス

 

 

 

 

 ほら、足音が聞こえてきた。

 

 果たして私が引くのは(ロドス)(近衛局)か…

 はたして─────

 

 

 

 

 

 

 

「……あはははは…全く、大凶とは運がない」

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 踏み込みと同時に右手で黒笠B、Dの剣撃を弾き、左腕から源石パイルバンカーを射出して黒笠Aを牽制。罠1、5、11を起動してC、E、Fの動きを阻害。2秒前に転がした手榴弾の起爆が3、2、1。瓦礫で相手の機動力を奪う。空間に充満した源石粒子を通してアレらを掌握するのにかかる時間があと243……訂正。彼らの装備も考慮して残り563秒。下準備が整うのも…そのくらい。方法は想像力の分だけ、手数は己の血肉の分だけ存在する。

 

 

 彼方の戦力はアーツ無しジャスパー複数体分。対するこちらは“生き残る”という枷を砕いた重症者が一人。

 

 

 

 大丈夫。十分だ。私ならできる。

 

 

 

 

「…侵食の拡大を確認」

 

「確認する暇が、あるのかい?」

 

 

 

 顎門の様に天地から迫る源石の牙。当然それらは難なく避けられるが問題ない。私は時間を稼げればいい。そしてそのためのフィールドが作れればいい。

 

 床や天井を覆う源石が広がってゆく。私という存在が広がってゆく。知覚範囲は広がり、操作可能な地形も増し、対照的に彼らは私にとって脅威的な機動力を失ってゆく。

 

 

 徐々に徐々にこの空間は私に支配されていく。

 

 

 そして──次第に侵食はこの部屋だけでなく龍門全体に影響を及ぼすことになる。そのくらい彼らも想像できるはずだ。そして、彼らが下す決断は────

 

 

 

 

「作戦変更、レユニオン残党の追跡を中止。レユニオン幹部“フェイスレス”を最重要討伐対象に指定。対象の殺害を最優先しろ」

 

 

「く、ひひ」

 

 

 

 私に集中するしかなくなる。

 

 奴らの目的はレユニオンの排除だろうが、それよりも優先すべきは龍門。ならそれを汚染する私を放っておけるわけがない。彼女達の危険をミリ単位でも削除するためだ。もっと私に注目しろ。もっと私に視線をよこせ。

 

 もっと私を見ろ!

 

 

 

「剣雨ッ!!!!」

 

 

 

 赤黒く輝く源石の刃が嵐の様に吹き荒れる。さあもっと壊せ。もっと奪え。暴虐のかぎりを尽くせ!私にはもう捨てるものは何もない!私はアルマでありフェイスレスでありアルベルトであり■■■■であり、私だ!

 

 

 もう、抑え込む必要はない。

 

 

 

「壊せ壊せ壊せ壊せ!!」

 

 

 

 楽しもう。楽しんでいこう。でも、全ては自分のためではない。

 

 

 自分と、家族のために。

 

 

 

「ゴポッ…?」

 

 

 

 鉄の味が口内に充満する。

 口元から漏れ出るドロドロとした粘性の液体。どうやら足りないらしい。でも大丈夫だ。源石が足りないのならば血肉を削ればいい。命に支障が出るのなら源石で代用すればいい。そして、源石も血肉も足りないというのであれば、外から補給すればいい。

 

 

「……うぇ」

 

 

 ゴリっと食感が固く、味はしない。けど、正直あまり美味しいものではない。そもそも食べ物じゃないんだけど……これなら直接刺した方が良かったかも。

 

 でも効果は明らかだ。源石の成長速度は増し、空間はさらに私になってゆく。感覚はより鋭利に、しかし痛覚は鈍く、そして快楽へと変感されていく。

 

 

 

 だって、ほら、こんなにも気持ちがイひぽpi??

 

 

 

「阿he?目、見栄?know?刺さっテ……ゑ……あ」

 

「対象の右目破壊及び致命傷を確認」

 

 

 お゛、ああ、あああああ

 

 

 

 

 

 「あああああああああああああああ!!!??」

 

 

 

 

 

 いたい痛い遺体イタイいたいきもちいい

  

 みんなまっかだ。こっちにはってくるやつも、いたそうなぼうをふりあげてくるやつも、わたしのめをこんなことにしたやつもみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんな美味しそ──────

 

 

 

「う゛るっさいっ!!」

 

 

 

 噴き出る血飛沫。

 眼球に突き刺さった刀を抜き取り、敵を蹴り飛ばす。

 

 しっかりしろアルベルト!正気を失って勝てる相手か?ちがうだろ!

 

 冷静になれ。頭を冷やせ。状況を分析しろ。傷をふさげ。体を源石で再生しろ。失った視界はアーツの感知能力で代用しろ。もういっそ人間でなくなったって構わない。いまこの場でより長く時間を稼げるのならば!

 

 それにこの命は私の物じゃないだろう。家族のものだ。私が家族を逃すために燃やすものだ。安易な判断で燃やし尽くしていいものじゃないだろう。

 

 

「しっかりしやがれアルベルトォ!!」

 

「っ!アーツの発動時間が短縮、範囲、規模ともに拡大」

 

 

 

 まるでオーケストラの指揮者の持つ指揮棒のように、内部の基盤が剥き出しになってもう動かない源石剣を振るう。それに合わせて源石は光り輝き、形を変え、襲いかかる。数々の刀身の形をした結晶が宙を泳ぎ隊列を成して行進する。

 

 

 二の腕から肩へ。右目から右頬へ。彼女の体を蝕み、そして同時に修復する源石は彼女の体の中で恐ろしい速度の創造と破壊を繰り返していた。そしてその度に彼女へと力を与え続ける。

 

 

 本来彼女のアーツはそこまで強力なものではない。治療法の存在しない鉱石病の病状を緩和する事が出来るという能力は医者ならば喉から手が出るほど欲しいものなのだろうが、戦闘面においてはそこまで使えるものではない。

 

 直接触れたにしても相手の源石に干渉するまでにかかるラグは長く、発動したとしても源石の成長速度は遅く、とてもじゃないが一瞬の隙が命取りになるような近接戦において武器として使えるようなものじゃない。遠距離から源石塊を撃ち込むにしても一発生成するのにかかる時間は3分以上かかり、それならば弓やクロスボウを使ったほうがましだ。傀儡化などそもそも普通ならば思いつかないし、この程度アーツでできることではない。

 

 

 ではなぜ彼女はこのアーツをここまで使いこなせているのか。

 

  

 それは彼女が燃料を焚べるのに躊躇いがないからだ。

 

 彼女のアーツが真価を発揮するのは薪を焚べた時だ。他者の源石に干渉するという行為は一方的なものではなく、相手側からの干渉をも受け入れてしまう。混ざり合い、共鳴し合い、初めてその干渉は成り立つのだ。つまり、アーツを使えば使うほど、他人と混ざり合い自分の血肉は源石(他人)に飲まれてゆく。

 

 自身のアーツと治療アーツを併用すればいくらでも体内に溜まった源石を除斥し、焚べた血肉は戻すことはできるが、その際に生じる痛みは想像を絶するほど。それは例え痛覚がほぼ機能していない彼女であっても同じことだろう。そして何より他人と混ざるなどという不快感は常人なら耐えられるものではない。

 

 だが彼女はその行為に躊躇いがない。まるで呼吸のように容易く行う。彼女の狂気的な自由への渇望と、家族への愛がそれを可能にしていた。

 

 

 故に彼女は力を得た。

 

 

 そして持ちうる全てを捧げた今の彼女はこの瞬間、影衛や皇帝の利刃、それどころか全盛期のジャスパー・ランフォード、そしてかの有名な愛国者(パトリオット)、ボジョカスティにさえ届きうる英雄の領域に足を踏み入れていた。

 

 源石達は演者の様に彼女の奏でるリズムに舞い、踊る。

 

 信者は謳う。先導者を称え、その力を持って外敵を排除せよと。愚者は証明する。彼女こそが支配者であると。我々を先導する者であると。

 

 

 

 

 

 しかし夢は長くは続かない。

 

 

 

 

 

「き、ひひひ…あはははは!」

 

 

 真っ赤に染まり片や潰れて存在しない両目から、弧を描く口元から、あらゆるところから黒く粘性を帯びた血が溢れ出る。

 

 

「対象の活動限界まで約23秒」

 

 

 終わりが近づいてきていた。死神は無慈悲に首元へ鎌をかけ、地獄の門はすぐそばに。次の瞬間には息絶えていてもおかしくはない。むしろ今生きていること自体が異常なほどだ。

 

 

「まだだ…まだ死ねるかァァァァァァ!!!」

 

 

 血反吐を吐きながら叫び出す。

 

 

 まだ終われない。

 

 まだ死ねない。

 

 あと少し、あと、ちょっとなのに。

 

 

 

「あ」

 

 

 

 

 そのミスは、あまりにも致命的だった。

 

 

 

(あ、死んだ)

 

 

 

 まず一本。人を切り殺すことに特化した凶器が腹に突き刺さる。その初めの一本に続く様に2本、3本、4本と貫かれてゆく。源石に蝕まれた肉体は容易く砕かれ、わずかに残った血肉は切り裂かれ赤黒い液体を撒き散らす。手足の力は入らず、その光景を驚くほどゆっくりとスローモーションの様に眺めることしかできなかった。

 

 宙を舞う液体一粒一粒を眺めることができるほど、刹那の瞬間は引き伸ばせれていた。

 

 

 

(ああ──これが──)

 

 

 『死』

 

 かつて彼女が望んだものがそこにはあった。

 

 ここまでだ。彼女にできることはもうない。ただ静かに、死を待つことだけ。

 

 

 

 そのはずだった。

 

 

 

 

 

チャリン

 

 

 

 

 小さな金属音。よく耳を凝らさなければ聞こえない様なそれに意識は不思議と集められ、視界が向けられる。

 

 

 それは小さなドックタグの束だった。

 金属チェーンで止められた、薄汚いドックタグ。しかしそれは見覚えのあるもので、そこに書かれた名前は────

 

 

 

「りゅど…み、ら…」

 

 

 

 家族の、家族達の名だった。

 私が裏切って、もう2度と傷付けさせないと誓った家族達のものだ。別れ際に彼女に抱きつかれた時、どこかに入れられたのだろう。そんな小さな小汚いものが、私の意識を覚醒させた。

 

 

 

「まだ…だ!」

 

「総員退避…っ!?」

 

「みんなぁ!!!」

 

 

 

 足元の源石が伸び、彼らを捕らえて離さない。

 

 天井を見上げる。そこには無機質なコンクリートの天井はなく、代わりに赤く“光り輝く”源石の天井が爛々とその存在を主張している。

 

 

 もうとっくにタイマーの針は零に届いていた。

 

 

 

 

───起爆────

 

 

 

 

 目が潰れるほどの光量と、鼓膜が裂けるほどの爆音を撒き散らしながら源石はその身に溜め込んだエネルギーを解放する。

 

 

 崩壊した天井だったものが雨のように降り注ぐ。

 

 

 小さなものから大きなものまで。

 

 

 私達が染みついた空間を潰してゆく。

 

 

 

 

 それでもまだ、美しい朝日を見ることは叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今何時だろう。時計がないからわからないや」

 

 

 

 …みんなは逃げられたかな

 

 ちゃんと素直にロドスに行けてるかな。

 

 ロドスに着いたらあそこのリーダーのドクターに挨拶をして、助けてもらったお礼を言って、それから他の隊員の人にも謝って、それから…

 

 

 ちゃんと1日3食ご飯を食べて、歯磨きもして、お風呂にも入って普通の生活をする。

 

 

 欲しいものを買って、欲しいものを食べて、人並みの仕事をして、暖かい布団で眠るんだ。

 

 

 あそこは鉱石病を解決するための会社だったからきっとみんなの鉱石病も、あの人達が治してくれる。

 

 

 私のできなかったこともやってくれる。

 

 

 

 

 みんな、幸せになるんだ。

 

 

 

 

 テキサス達はどうだろう。

 

 嘘をついてしまった私のことを恨んでるのかな。モスティマにはちゃんと帰るって嘘ついちゃったし。だったらちゃんとごめんって言いたかったな。

 

 

 テキサスやラップランドは多分あの時私を無理やり連れ戻そうとしてたんだと思う。それを私の事情で突っぱねてしまったのは謝らないと。

 

 でもアレはあれで良かったんだと思う。私みたいな人間をずっと引きずって生きるよりも、失って、忘れてしまったほうがずっといいに決まってる。彼女達にはまだ未来があるから。

 

 

 エクシアやクロワッサン、エンペラーにも謝らなきゃ。仕事をほっぽり出して勝手に死んじゃうこと。きっと書類が溜まって困ってるだろうから。

 

 

 チェンさん達は…あの腕一本でチャラにしてもらえないかな。無理だろうね。龍門の建物いっぱい壊しちゃったし、部下の人たちもいっぱい傷つけちゃった。

 

 

 

 でも、ごめんなさい。私があなた達に謝ることはもうできそうにない。

 

 

 置き手紙…をしようと思ったけどもう体が動かないし、瓦礫に埋もれちゃうだろうし。電話とかそういう便利なものもない。

 

 

 だからごめんなさい。

 

 

 届かないかもしれないけど謝らせてください。

 

 

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 

 

 …

 

 ……

 

 ………うん、よし。

 直接謝れなかったのは残念だけど、ちゃんと言えた。家族も、こんな状態であの人たちが追う事が出来るとは思わないし、きっと逃げられる。守れたはず。

 

 私のできることは全てやった。

 

 私のしたいことは全てやった。

 

 

 満足

 

 

 満足だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 満足、なはずなのに。

 

 

 

 どうして涙が出るんだろう。

 

 

 

 

 どうして死にたくないと思ってしまうんだろう。

 

 

 

 

 どうして、どうして、どうして…

 

 

 

 

 

 ああ、そうか。私は……まだ生きたいんだ。

 

 

 

 

 まだ死にたくないんだ。

 

 

 

 

「やだよ…」

 

 

 

 

 まだいっぱい生きたかった。みんなと一緒に普通の暮らしを、幸せを共有したかったんだ。謝るだけじゃない。テキサス達と、もっと一緒にいたかった。

 

 

 死にたくない。

 

 

 死にたくないよ。

 

 

 わがままだってわかってる。

 

 でも、でも、でも、

 

 

 

 

「私はまだ───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────さん!

───いさん!

 

 

兄さん!

 

 

 

 

最期にそんな声が聞こえた気がした。

 

 




前回次が最終回と言ったな!アレは嘘だ。
あとはエピローグ


なんとまたコラボしてくださる方が現れたので宣伝です。今回は私の方でコラボ作品を書くことができそうにないための宣伝でもあります。

https://syosetu.org/novel/262989/9.html
テラ転生者掲示板へようこそ!9話

本家(本作)よりも解像度の高いアルちゃんが見られます。本家が72dpiくらいだったらあちらは350dpiくらいあります知らんけど。(webを見て解像度について調べながら)
ぜひ見に行ってください。


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報告書

報告書

 

『チェルノボーグ事変』

 

 “レユニオン”と呼ばれる感染者集団によって引き起こされた、ウルサス政府によって闇に葬り去られた『クレアスノダール事変』以降最大規模の感染者の暴動は龍門、そしてロドスの協力のもと多数の死傷者、行方不明者、建物被害を出しながらも主犯格とされる『タルラ』の捕縛。そしてウルサスの地において“感染者を扇動し暴動を促した”という罪で指名手配されていた政治犯『フェイスレス』の捕縛、処刑によって幕を閉じることとなった。

 

 

 

「めでたしめでたし」

「……」

「お茶いる?」

「…いいえ」

 

 

 

 感染者の英雄フェイスレス

 

 かの大罪人は暗闇に迷う感染者達を導く希望の火だったという。だが感染者達にとってそれが希望であるのはその一瞬だけで、いずれは近づきすぎて燃え尽きてしまう。

 ()の起こした暴動はレユニオンをはじめ多くの感染者達を巻き込み、今回、タルラが率いるレユニオンの手によってそれは明るみになってしまった。

 

 結果、感染者は危険だというイメージが世間一般的なものとなり、より一層感染者に対する差別は激化することになるかもしれない。感染者はより苦しい生活を送ることになるかもしれない。

 

 だが、私は彼らや、彼らの選択を一概に悪だと、間違いだったと断じることはできないように思う。私達ロドスのように感染者でありながら一定の地位を確保した者達は非感染者に歩み寄り、時間をかけてでも差別をなくしていこうという、言って仕舞えば気長な考え方ができる。だが、レユニオンのように差別され厳しい生活を余儀なくされていた彼らにその選択肢はなく、暴動という道しか選べなかったのだから。

 

 

 そして、それを選ばせてしまった私たちにも罪はあるのだから。

 

 だからこそ、私達ロドスが結果起こる悲劇を防がなければならないのだ。

 

 

 

「それはそうと今度一緒に“フェイスレス”の墓参りにでも行くか?」

「とんだ茶番劇ですねドクター。空っぽの棺桶が埋めてあるだけでしょう。そもそもアレは私───」

「シー!言っちゃダメだって!」

「むぐっ!?む、が…セクハラですよ!?」

 

 

 

 ケラケラと私は笑う。それを相変わらず彼女は不満げな表情で見つめていた。

 

 

 

「はぁ……それで、どうして私を助けたんですか?」

「え?死にたかった?」

「い、いえ…そういうわけではないですよ。ただ、あんな別れ方をしてやっぱ生き残っちゃったなんて……」

「おかしいな…あの時確かに『やだー私はまだ死にたくないー』って声が聞こえたんだけどな?」

「んなっ!?」

「まあ嘘だけど……あれ?ほんとだった?」

「ッッッ〜〜〜!!!は、話を逸らさないでください!」

 

 

 

 彼女は顔を真っ赤にして叫ぶ。そんな彼女の肌はあの時みたいに死人のような青白い者ではなく、しっかりと血の通った健康的な色をしていた。

 

 

「そもそも…どうやってあの状態から助けたんですか」

「ロドスの医療技術は世界一!!!」

「は、はぁ…」

「確か君を助けた理由だっけ?」

「そうですけど」

 

 

 これだよこれ、と一枚の紙を前に出す。

 

 

「入職手続き書?」

「そう。君にはロドスに入ってもらいます。ちなみに拒否権はありません」

「ペンギン急便は…」

「あんな事件起こして居れるわけないでしょ。ウェイさん達は今回のこと知ってるし」

「……ところでこれ、給料の欄がおかしいのですが…」

「ん?ああ、しばらくないよ。借金に当てさせてもらうから」

「え?借金?」

「yesシャキーン」

 

 

 まず指を一本立てて手術代。次に龍門ビル2軒の弁償代に破壊した地下施設の弁償代に、近衛局への慰謝料と、私のおやつ代と、君の新しい義手代と………

 

 

 スラスラと目の前の不審者が呪文を詠唱していくのを、彼女は見ていることしかできなかった。

 

 1本、2本、3本、4本と指が立てられ、両手の指だけでは足りなくなって折り返し、また折り返し、幾度かその動作が繰り返された後、ついに術式は解放される────!

 

 

 

「んー、はい。これ君の借金総額ね」

「はぇ?」

 

 

 

 0が1、2、3、4、5、6、7、8…………

 

 

 

「きゅう…」

 

 

 

 

 彼女は再び眠りにつくこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       脇役になりたくないTS転生者《終》




本編無事完結。
皆様ここまで読んでくださり誠にありがとうございました。


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後日談
自分のものには首輪をつけよう


完結したけどなんだかんだ続くでござる。
平和回でござる。

あと某チェンソー男のアニメが神すぎたでござる。最近のアニメはヤバいのが多い(いい意味で)からアークナイツ にも期待でござる。


 

 非感染者に虐げられ復讐心をその心に抱いた感染者達が自由を求めて起こした暴走、チェルノボーグ事変。

 その結果、レユニオンは龍門、ロドス、そして首謀者であったはずのタルラの陰謀によって危機的状況へ。

 

 しかしこの私、フェイスレスの活躍によって龍門襲撃組は無事ロドスへ避難。チェルノボーグに残っていたWさんも案の定裏切り、パトリオットさんも義理の娘のフロストノヴァの説得によって裏切り、元凶であるタルラもロドスのリーダーの一人、アーミヤさんと龍門近衛局のチェン隊長によって捕縛、政治的問題からロドスの手に。龍門殲滅戦で唯一捕縛されたレユニオン幹部“フェイスレス”は首謀者の一人として処刑された。

 

 

 私の救いたかった家族は救えて、ついでに私も助かって、ハッピーエンド。

 

 

 そう、ハッピーエンドのはずだったんだよ。

 

 

 

 

「何か言い残すことはあるか?」

 

 

 

 

 どうしてこうなった。

 

 

 

 

「こ、これには訳があってですね?チェルノボーグでクラウンスレイヤー達に攫われて…」

「そのあと迎えに行った時兄さんはそれを拒否しなかったか?それとクラウンスレイヤー、レティシア、後で話がある。そこで正座していろ」

 

「「私達を巻き込むな!!!」」

 

「レティ!?生きてたんですクァイタタタタタタ!?!?」

「兄さん、私と話している最中は私以外を見るな」

 

 

 

 首ゴキってなった!絶対折れたって!?というか感動の再会ってやつですよねこれ。もうちょっとちゃんとした再会の仕方があったのではないですクァぁぁぁぁぁ!?!?!?!?

 

 アルマにクリティカルヒット。効果は抜群だ。

 

 

「そ、それは…か、家族を、リュドミラ達を助けるために残らないといけなかったので…」

「………私は家族じゃないのか?家族のためというならあの場で帰ってくるべきだった」

 

「全くもってその通りでございます」

 

「それと()()()()()…兄さんの家族は私だけだ。なのに、なのに名前まで呼び捨てにして……… 後で話がある。首を洗って待っていろ」

「アル、おま、お前ぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 

 

 これはマジでごめん。

 アルマは心の中で謝った。

 

 

 

「だが…そうか…反省は、しているのか?」

「はい、そりゃもう、めちゃくちゃ」

「そう…か」

 

 

 テキサスはアルマの首元を手で触れる。それにビクリと体を震わせるがテキサスは優しくなぞるような撫で続けた。

 

 

「首輪は…ボロボロだな」

「は、はい。切られたり、色々ありましたから」

「そうか…」

 

 

 少しの静寂。それを破ったのは二人のうちどちらかの声でもなく、正座待機中の二人でも奥でこの様子をおかずに白米をうまいこと顔を出さないようにしながらムシャムシャ食べているドクターでもなく、ガチャリという金属音だった。

 

 

「え?あ!?と、取れたのそれ!?!?」

 

 

 テキサスの手に残ったのは切り傷や歪みの目立つ塗装のはげた首輪。私がチェルノボーグから龍門までの間ずっとつけていた相棒とも呼べる物。と、言ってもタチアナの不意打ちなどを防げなかったり特に役に立った場面はなかったが思い入れのある代物ではある。別に好きでつけていたわけじゃないんだけど。

 

 

「兄さん」

「ひゃい!」

 

 

 首元の違和感に変な声が出た。

 

 

「……私だって、本当は兄さんにこんな可愛くない首輪をつけたくはなかった……」

「は、はぁ」

 

 

 “え?貴方あの時めっちゃ嬉しそうにしてましたよね?”とは聞かない。私は空気の読める先導者なのだ。

 

 

「…でも、仕方がなかった。兄さんが逃げようとするから…」

「う、そ、それはすみませんでした…」

「良い。私は、兄さんが一緒に居てくれるならそれで良い」

「……!」

「だから…これからも私の側に居るって誓ってほしい。ずっと、私の家族だって……」

「テキサス……!」

 

 

 うるっとした。思わず抱き返してしまうほどに感動した。

 ここまで私のことを思っていてくれたなんて。

 

 これが──姉妹愛…!

 

 

「だから…これを受け取ってほしい」

「へ……?」

 

 

 かちゃり

 再度軽い金属音が鳴り、首に懐かしい感覚が戻ってきた。

 

 

「え、あ、え?てき、テキサス、さん…?」

 

 

 これは──?

 

 

「ぼろぼろになってしまったからな……それにあんな()()()()()()()()()()()()()は兄さんにには似合わないと思っていたんだ。もっと可愛いのとか……いっそワンちゃんにつける様なモノがいいな、って…」

「え?首輪は付けたくないって…」

「?私は兄さんに似合わない物は付けたくないって言っただけでそれとこれとは別だ」

「あ、そう…」

 

 

 ドクターが無言でスッと手渡してきた手鏡を覗く。そこには、赤色のチョーカーと犬の首輪が合わさった様な首輪がはまっていた。

 ……確かに以前のThe・罪人の様な鉄製のゴツい首輪よりかはマシだが首輪なことには変わりない。アルマの瞳は徐々に徐々に光を失っていた。

 

 

「あのね兄さん。ちゃんと兄さんの付け心地も考慮したし、発信機も最新のものに変えた。頑丈さだって見た目は弱そうだけど以前より増している。源石剣でだって切れない。しかも!この首輪にはリードがつけられるんだ!」

「あ、そ…う…………は?」

「ふふ……これで、ずっと一緒だ」

「に、逃げないって…」

「ああ、もちろん信じている。でも、それはそれとして私は兄さんに首輪をつけたいんだ。リードもつけたいんだ。これは私のエゴだ……私の、妹のわがままを聞いてくれないか?」

 

 

 あ、そっか〜、わがままかぁ。なら仕方ないなぁ。兄と言うのは妹のわがままを聞くものですからね〜……ってなるわけがない。なるわけがないんだよ!!

 

 

「ドクター」

「はい!なんでしょうかテキサス様!」

「兄さんを少し借りてくぞ」

「了解いたしましたテキサス様!」

「ドクター!?裏切っコアッ!?」

 

 

 腹に鈍い一撃。

 これは豆知識だが漫画でよくある“首トン”は当たり前ではあるが結構危険な技らしい。首というのは7つの骨の柱を中心に筋肉や脳から手足に信号を送る重要な神経が通っているためそこを刺激することは命に関わる。一時的に無力化するどころか一生動けない体にしてしまうかもしれない。

 

 それ故の容赦ない腹部への一撃。

 これも命に関わる場合があるため現実では絶対に試してはならないが首トンよりかは現実的だろう。事実、アルちゃんの弱弱クソ雑魚なめくじボディ*1には効果は抜群。少し苦しんだあと動かなくなった。

 

 何やらピクピクと痙攣しながら白目を剥いて泡を吹いているが問題ないだろう。アルちゃんだし。主人公補正があるから問題ないのだ。

 

 

「ふふふ……やっと、兄さんと二人きり……」

 

 

「……モグモグ」

「……行った(逝った)な」

「…俺たちはいつまでこうしていれば良いんだ?」

 

 

 後に残ったのは口内に熱湯を注いでカップラーメンを作るドクターと正座ウーマンズだけだった。

 

 

 

 

「モグモグ」

 

「……どうしよう」

「なんか喋っておこうか。(文字数)が余ってる」

「レティ、その発言はなぜかわからないが危ない気がする」

「…すまない。気をつけよう」

 

「モグモグ」

 

「というかレティ、お前あの状況からどうやって生き残ったんだ?」

「あのケルシーとかいう医者に助けてもらったんだ。“知人の友人だから見逃してやれ”ってな。一言文句を言おうとは思ったんだがアーツの使い過ぎで倒れてそのままロドスに運び込まれた」

「…そうか…ケルシーが……」

「…後でお礼言いに行こうぜ。俺もフロストノヴァも、あの馬鹿だってケルシー先生に助けられたんだ。お前だって怪我見てもらっただろ?」

「そう、だな……それに謝らないと」

 

「モグモグ」

 

「そうだな…」

「……ああ」

 

「モグモグ」

 

 

「と言うかドクターアンタさっきから何やってんだよ!?」

 

 

「口内カップ麺」

 

 

 

 その日、ロドスの休憩室にはラーメンの香ばしい匂いと、二人の慣れない正座に苦しむ悲痛な悲鳴が響いたとか……そして、どこかの部屋から誰かの助けを求める声が聞こえたとか聞こえてないだとか……

 

 

 今日もロドスは平和です!

*1
戦闘時はアーツで強化しているだけで普段はそこらへんの一般人以下の弱弱ボディ




オリキャラは大抵死ぬけどアルちゃんは主人公補正で、レティは作者の“俺っ娘強気キャラっていいよね”という補正で生き残ってる。というかケルシー先生なんだかんだ優しいから作者補正なくてもあの場面は生き残ったと思うのは私だけだろうか。


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気まずいバディ

十章が始まった!
mvすげぇ!テレシスやん!テレジア…殿下ぁ!?!?なんで生きてるんですか!?てかなんでロンデニウムにサルカズ??ヒロック群のダブリンとサルカズの間に何があったん!?あ、マンドラゴラちゃんかわええ。なんかサルカズの王族集まってるし。情報多すぎやろ!!!

ってなったけどマンドラゴラちゃんの太ももと都市防衛副砲とかいうロマン砲で全てがどうでも良くなった。

ちなみにガチャは爆死しました。
だれかアークナイツのストーリー解説wiki作ってくれないかな...


 

「それでは、どうか気をつけてくださいね」

 

 

 笑顔で手を振るロドスの3人のリーダーの内一人、小さなCEOアーミヤさんのお見送り。普通ならばその可愛らしい笑顔に湧き水の様にやる気が満ち溢れてくるのでしょう。しかし、私は違いました。湧水の様に溢れ出るのはやる気ではなく冷や汗。花の様な笑みに返すことができたのは限界まで引き伸ばされた様な、そんな引き攣った様な苦笑いだけでした。

 

 さて、この状況を私がじっくり詳しく説明させて頂く前に、一つ、質問に答えていただきたい。

 

 

 

 Q.感染者(レユニオン)に家族を殺された少女は感染者()に対してどの様な感情を抱いているか。そして、そんな彼女と共に任務をこなせと言われた私の心境を述べよ。

 

 

 

 はい、そうです。笑い事じゃありません。私がプチっとテキサスに食べられて(意味深)終わりなんてあまりにも雑な締め方はできません。これはシリアス。そう、シリアスなのです。

 

 

 

「…どうしたの?」

「い、いえなんでもありません」

「……あ、前」

「え───うがっ!?」

「ああ…ほら、気をつけないと。大丈夫?」

「っててて……らいしょうふでふよ」

「まって、鼻血出てる。ほら」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 

 だというのに…この少女は天使か?

 

 多分、この話をお聞きの皆様ならお分かりかと思いますが、この少女の名はゾーヤ。いえ…今はアブサントというコードネームで活動しているのでしたっけ。私と同じロドスの社員です。

 

 彼女はかつてのチェルノボーグ事変で両親を亡くしており、それが起こることとなったきっかけとも言えるクレアスノダール事変の間接的な被害者。つまり彼女にとって私は仇も同然。あの時チェルノボーグで最後に私に向けてはなった言葉が、おそらく彼女の本心なのでしょう。

 

 だというのに……だというのにこの少女は……!

 

 

 

「女神…」

「?」

 

 

 

 おっといけません。今はふざける様な場面ではありませんでした。いえいえ、わかっているのですよ。“家族”ではありませんが彼女は大切な仲間ですし、チェンさんやレティ同様償いの対象であるということもちゃんと理解しています。本当ですよ?

 

 その証拠に彼女への罪悪感は私の腹の底で鉛のようにずっしりと存在を主張しています。そして何より、アブサントさんの様な幼い少女にこうして仲間だという理由だけで、仇討をしたいであろう心を抑えつけるなんてことはさせたくない。子供は自由であるべきなのです。

 

 本当なら今この場で彼女にナイフを手渡して、首を掻っ切らせてあげたいのですが、今の私には捨てれないモノが多すぎる。それに余計な世話かもしれないがこんな危険な任務を子供である彼女一人に任せることはできないし、私が死んだあとの後処理だとか、同じく恩人であるドクターに恩を返せないまま死ぬわけにはいかないだとか。いろんな理由が邪魔をする。

 

 だから、私にできることは早くこの任務を終わらせて、彼女と距離を取ることだ。今だって間隔は開けてるし、会話も話しかけられない限り最低限に。

 

 

 だというのに…!(三回目)

 

 

 

「じゃあ、まずどこから回ろっか」

 

 

 

 どうして話しかけてくるのですか???

 

 

 

「?さっきから大丈夫?」

「え、ええ。少し考え事をしてまして」

「そう…でも気をつけて。もう作戦区域内だから。いつ敵が現れるかわからない」

「そうですね」

 

 

 深呼吸をして一度思考を整える。罪悪感やらなんやらで闇鍋の如くごちゃ混ぜになっていた思考が熱を失い冷えてゆく。

 

 龍門での負傷以降どうも思考に雑念が入って困る。脳にまで達していたらしく後遺症が残る可能性があると言われたが、その影響だろうか。まあいい。今は仕事中。集中しよう。

 

 

「ふぅ……敵が身を潜めているであろうポイントはある程度予想がついています」

「え?」

 

 

 今回私たちに与えられた任務は複数の寒村を襲撃してまわっている賊の掃討。規模は十数人規模の小さなものと予想されるが、戦う術を持たない農民達からしたら十分な脅威だ。故に、付近の村の村長が滞在していたロドス職員を通して依頼を出したのだそうだが……なぜただの医療会社であるはずのロドスがこんな傭兵紛いな依頼を受けるかは今更聞いたところで無意味だろう。

 

 

「襲撃された寒村は円で囲むように、この要塞跡を中心に広がっています。ここが賊のアジトと見てよろしいでしょう」

「要塞…」

「おそらくこれがかつてウルサス軍が侵攻の際に作り上げたものでしょうね。私が所属していた部隊で見たものと資料で見た構造がよく似ています。この要塞はあくまで物資を運び込んだ物資を貯めたり、一時的な前線基地として使用されたり……そこまで本格的なものではありませんがその防御力は特筆すべきでしょう」

 

 

 このタイプの要塞は私も使用したことがある。と言うか作り上げたことがある。外見はコンクリートなどで作られた簡素な円形のもので、いわゆるトーチカを一回り大きくしたものと思ってもらえればいい。実際その性能は榴弾砲を防ぎ、複数人のアーツによる集中砲火を食らってもびくともしない。それが2、3個集まり、群を構成して一つの要塞を作り上げている。

 

 さらに本来のトーチカ同様に建物同士を繋ぐ塹壕や地下通路にも注目しなければならない。それらは敵が攻めてきた際に優位になるための地形でもあり、避難経路にもなりうる。大勢で押し潰そうとすればそのトーチカとしての防衛能力とその複雑な構造を利用して逃げられ、少数で向かえば返り討ちにされる。

 

 

「まあ、今回は偵察だけです。気楽にいきましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっちに行ったぞ!」

「追え!追え!絶対に逃すな!」

 

「…行ったね」

「案外バレないものですね」

 

 

 錆びついた鉄製のタンスに二人きり…ではなく、いくつかのガラクタと共に身を潜める。ラブコメ系漫画の知識が役に立った瞬間である。体が柔らかくてよかった。

 

 さて、状況を簡単に説明すれば…見事に偵察は失敗。逃げることもできず逆に敵地へ万歳突撃。事前情報では十数人であったはずの賊たちの総数は最低でも30は超え、トーチカ内部は元々そうだったのか、掘削能力を持つアーツ使いや機械があるのか、建物同士を繋ぐものだけではなくさまざまな形で地下通路が張り巡らされており、さながら迷宮のようだった。

 

 そうして私たちはまんまとそこに追い詰められ、脱出も困難な状況に。大ピンチであります。

 

 

 

「…ごめんなさい。私が見つかったせいで…」

「大丈夫、ミスは誰にでもあることです」

 

 

 

 しかし、どうしましょうか。

 先ほどから扉越しに耳を立てていますが足音が全然止まない。流石にいくら私の体が柔らかいからと言ってずっとこの体勢はきつい。それに私がアブサントさんの下敷きになる形で隠れているので元々入っていた先住民のネジやらバールやらが体に刺さって痛い。流石に女の子を下敷きにするのは男が廃る…あ、私も女…です…が………

 

 

「でかい…です、ね」

「?」

 

 

 ………うん。これは仕方ないですね。仕方ないですよね。これは私のが小さいとかそういうのではなく、比較対象が悪すぎる。

 というかさっきから当たってるんですよ。当てつけですか?いや別に嫌じゃないですよ?私の恋愛対象はまだ女性ですし。メス堕ちなんてしないですし……たぶん。ただ…ねえ?この子相手だと興奮よりも罪悪感が優ってしまって…『濡れるッ!』ってなるどころかとっても複雑な心境になるんですよね。なんというか申し訳なくなる。

 

 っと、そんなことを考えている場合じゃない。はぁ…昔は一度スイッチが入ったらこんな馬鹿なことが頭をよぎることはなかったんだが……一度ケルシー先生に見てもらおうか?

 

 まあいい。今私が所持しているものはW製の源石手榴弾が三つに源石剣が2本。さっきどこかにぶつけてしまったのかうんともすんとも動かない通信機。そして────両腕の義手に内蔵された起爆槍が2本。

 

 これも私がかつて使った技をクロージャさんが再現して作り上げてくれたものです。義手の内蔵武器……興奮してきたな。

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 その時だった。再び場違いな思考に陥るそうになっていた私に対比する様に、彼女が悲痛な表情で謝罪してきたのは。

 

 

「ミスは誰にでも────」

「違うの…あの時、貴方は助けてくれたのに…私は…」

「あの時?…ああ、チェルノボーグでの事ですか」

「う、うん。貴方に私は酷いことを…」

「いえ、ひどいことをしたのは私の方です……あの悲劇が起こったのは、私が起こしたクレアスノダール事変が原因と言ってもいい。貴方には私を殴る権利が…いや、殺す権利がある」

 

 

 私は別にM(マゾ)ではないのですが、彼女になら殺されても良いと考えている。だってそれは彼女の正当な権利なのですから。

 

 いややっぱ待ってください。いま首輪から嫌な気配を感じた。私が彼女に殺されるのは彼女の命の危険的に危ない。

 

 

「や、やっぱ殺しはなしで……」

「……でも、貴方は私を助けてくれた。お父さんとお母さんを殺したのは貴方じゃないし、あの街を壊したのはレユニオン。貴方じゃない。貴方は悪くない」

「話聞いてます?」

「なのに私は……私は貴方に謝らなきゃ…」

「アブサントさん?」

「だから…ごめんなさい。貴方に許してもらえるなら、私はなんでもす」

「大丈夫ですかー?回線繋がって───今なんでもするって言ったよね?」

 

 

 ※アルちゃんはホモでは有りません。

 

 

「うん。私にできることなら…」

「なら、友達になりましょう」

「で、でも…私は…」

「では、私に“許す”と、そう、一言言ってください」

「え?」

「そうすれば、私もあなたを許しましょう。私もそれなりに罪悪感を持っているのですよ?」

 

 

 正直、ずるいとは思っている。彼女の弱みに漬け込むようにして許しを乞うなんて酷い手口だって。でも同時にこうも思っている。この罪悪感はどちらもただのエゴだって。彼女は私が気にしないと言っているにも関わらずあの時にことを悪く思っているようだし、私も彼女がとっくに許している……と、思うにも関わらず私は彼女の“許す”という言葉を欲しいている。

 

 そのことに彼女は気づいたのか気づいていないのか、彼女は少し迷った後、絞り出すようにこう言った。

 

 

「“許す”…よ」

 

「……ありがとうございます。私も、貴方を許します」

「ありがとう」

 

 

 

 なんだか少し小っ恥ずかしいですね。

 

 

 

「…ふふ」

「ん゛ん゛!そろそろここを出る方法を考え───

 

 

 

 

ガラッ

 

 

 

 

 

「っ!み、みつけ─────

「手首関節固定。セーフティー解除。照準固定。射出まで3飛ばして1!」

「アルマさん!?」

 

 

 

「発射ァァ!!」

 

「ぐ、ぐわあああああ!?!?!?」

 

 

 

 地下通路内に大きな爆破音が鳴り響く。

 

 

「な、なんだぁ!?」

「くっそ!どっかのバカが爆薬使いやがった!」

「生き埋めにはなりたくねぇ!!」

「崩れるぞ!退避ー!退避ー!」

 

 

 

 

「……」

「…どうしましょう」

「どうしようじゃないよね!?」

「地下通路は現在進行形で崩壊中。地響きや壁の日々の広がる速度から完全崩壊まであと約60秒…」

「冷静に分析してる場合じゃないって!」

「よし!行きますよ!帰り道は覚えていますか!?」

「え?覚えてないけど…」

「え?」

「え?」

「え?」

 

 

 

 

 

────────…え?

 

 

 

 





なんか色々あって、なんとかなった。


───────────────────────

なんとテキサス仮面様がコラボ作品の続きを書いてくれました!あちらの世界線ではこちらと違ってアルちゃんが罪やらなんやらから解放されて幸せになっているのでぜひ見に行ってください!(満面の笑み)
https://syosetu.org/novel/262989/10.html


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龍門の喧騒とつぶれた有休

アークナイツ ……アニメ…動く、テキサスッ‼︎‼︎

……興奮してきたな。

視聴後
ace!Aceが喋ってる!
アァーーーミヤァァァァァァ!!
矢が刺さる描写とかモブオペちゃんの怯え顔とかウルサス少女のバイバイとか予想できる彼女らのその後とか…興奮してきたな。
クラスレネキ!クラスレネキじゃないか!


 

 

 炎国の誇る移動都市、龍門。

 

 ウェイ・イェンウーの統治するこの都市は数多くの摩天楼が立ち並び、真夜中だろうと都市の光が夜空を照らす。シエスタやボリバルのドッソレスに比べれば、観光名所としては劣るものの、私の様な一社員が休暇を楽しには十分すぎる都市と言えるでしょう。

 

 ジェイ君の屋台やペンギン急便御用達のバーに炎国で有名なカンフー映画など、この都市には十分すぎるほどの娯楽があると言って良い。

 

 さて、せっかくの有給です。ドクターからぶんどったというよりも半ば『働きすぎだ!』という形で押し付けられた有給ですが、楽しまなければ損という物。私がここで楽しまなければ各地に派遣されているエリートオペレーター(社畜)の方々や同僚の中でもなぜか仕事量の多いスルトちゃんやシルバーアッシュさん、そして何よりエナジードリンク片手に働くドクターやケルシー先生たちに文句を言われてしまう。正直私なんかよりも彼らが休みをとったほうがいいと思うのは気のせいでしょうか。

 

 

 

「と、そんなわけでここにきたわけだが…なぜ君がここに?」

「僕がいちゃ悪いのかい?アルベルト。それに僕の居場所は君のそばと決まっているからね」

 

 

 

 そんな私の休暇をぶち壊しにきたのが、我が物顔で私の飲み掛けだった酒をいっきに飲み干した真っ白なループスの少女、ラップランドさん。休暇くらい一人でゆっくりと過ごしたいという願いすら、大罪人である私には叶わないというのですか?

 

 

「ロドスではいつも一緒なのですからそれで十分では?」

「20年」

「うっ……」

「僕と■■■■■もずっと待ってたんだよ?やっと会えたと思ったらまたどっかに行っちゃうし…このくらい良いじゃないか」

「……うぅ」

「アルベルト?」

「わかりました!わかりましたよ!」

 

 

 それを言われると弱い。

 

 

「敬語もだめ」

「癖は勘弁してくれ…あ、直った」

「大将。今のと同じやつもうひとつお願いね」

「あいよ!」

「…お金は持ってるのか?」

「ん?奢ってくれるんじゃないのかい?」

「……………はぁーーーーーーー」

 

 

 財布の中身を確認する。

 有給を受け取る際に同じ様に押し付けられたドクターからのお小遣いの龍門弊が1枚2枚3枚………映画は見れそうにない。

 

 ラップランド。

 シラクーザで私がまだテキサスファミリーの長を務めていた時に父が勢力の拡大を目論んで当時テキサスファミリーに次ぐ影響力を持っていた───記憶が定かではないが確かサルッツォ家との政略結婚、つまりは生贄として差し出された可哀想な人形。当時の私にはその程度の認識しかなく、似た様な立場からの哀れみから話し相手になっていた程度の存在。それは今も変わらず、テキサスと同じ“家族”では有りますが、少し距離がある……そんな関係…であったと私は思っています。

 

 だからなぜ彼女が私に執着するのかわからないし、それを良いこととも思わない。

 

 

「ところでさ、アルマ。君はなんでテキサスのことを()()()()って呼ぶんだい?僕のことはラップランドって名前で呼ぶのに」

「……さっきからなんですか貴方。もしかしてアーツ(精神破壊)発動してます?」

「使った方がいい?」

「やめてください死んでしまいます」

「引くくらいマジトーンだね」

 

 

 あれは、人に使っていいものではない。(ガチトーン)

 

 

「……ハァ…ラップランド、白は、汚れやすいのです」

「?そうだね?」

「白は、白でなくてはならない。純粋で、純白で、無垢で、一切の穢れがついていてはならない。白く、永遠に、光輝いているべきなのです」

「うん?」

「ああ……私の光。私の希望。私の主。私の世界。人々は私のことを光だと、希望だと呼んだけれど、なんと烏滸がましいことか。なんと愚かしいことか」

「……酔ってるね」

「嗚呼そうだ。彼らの目は曇っている。彼らの目は腐っている。なんという悲劇。なんと哀れなことか。嗚呼、あゝ、アァ…可哀想に……彼らは、彼らは救いというものを知らなかった。そしてあの時の私は、愚かなことに彼らが真の幸せを得ていたと勘違いしていた。私の憎むべく敵だと勘違いしていた…彼らは私と同じ、真の幸福を見つけられなかった哀れな人々だったというのに……!何が私とは違うだ!何が自由だ!全て間違いだったではないか!」

「……」

 

「ああ、アァ……テキサス!■■■■■!貴方こそ我が光!我が希望!ああ……だからこそ…貴方は白くなくてはならないのです…」

 

「!その通りだよアルベルト!」

 

 

 

 突然ラップランドが机に手を叩きつけて立ち上がる。その音に何事かと幾人かの客の視線が集まるが、ここにそんなものを気にする者はいなかった。いるのは酔いの回った狂人どもだけだ。

 

 

「ラップランド…?」

「やっぱり、君もわかっていたんだね。テキサスは光だって。いや、光なんて言葉じゃ言い表せない。テキサスはもっとすごいんだ!」

「ラップランド!」

「…君がいなくなって、血に染まった日々から僕を引き上げてくれたのも■■■■■だった。僕は昔、彼女を君に重ねようとしたけれど、そんなことはできなかった。彼女は人の影になるような人じゃない。彼女はいつしか君と同じように、僕の一部になっていたんだ。だから、君を追い求めるのと同じように、僕は■■■■■も追い求めている。僕は、もう()()()()なしじゃ、一人ぼっちじゃ生きていけないんだ」

「ラップランド…」

 

 

 ──ああ、そうか。そうだったのか。

 

 

「……私も、貴方に、そして何より彼女に重ねようとしているのかもしれません。私の本当の幸せ…初めから持っていて、気づくことのできなかった幸せ(家族)に。過去に。そして……もう失いたくないからこそ、私は彼女を避けていたんだ。大切なコレクションを棚に入れ、触れることのない状態で飾るように。私の手で壊してしまわないように…」

 

 

「──それは間違いだよアル」

「え?」

 

 

 その言葉に、金槌で後頭部を殴られたような衝撃が走りました。間違い?私が、また間違えていたのかという。そんな取り返しのつかないことをしてしまった時のような。いえ、私のにとってはまさにその通りなのですから当然と言えるでしょう。

 

 

「テキサスを失いたくないって思うなら、逃げちゃダメさ。もっとグイグイ行かなきゃ」

「な、なぜですか!?わ、私のような穢れが彼女に近づいて良いはずがない!よ、汚れてしまう!」

「その逆さ。汚す…いや、自分の色に染めなきゃ。じゃなきゃ彼女はいなくなってしまう。今はいいかもしれない。でも、いつか必ず彼女が僕たちの元を離れどこかに行ってしまう日が来る。君が僕を置いていったようにね」

「そ、そんな!どうすれば…」

「だから、彼女が僕たちのことを必要とするようにすればいいのさ。今の彼女はアルマにだいぶ依存しているようだけど、もう一押し必要だ」

「も、もうひと押し?ひと押しも何もそもそも私初めから何もしてない…」

「そう!告白さ!」

「KOKUHAKU!?」

 

 

 その言葉に今度はアルマが立ち上がる。もうその音に振り返る客はいない。馬鹿なやつがいるなぁ程度には思われているだろうがそれも居酒屋では良くあること。すぐに忘れられるだろう。

 

 

「コッコココココッコッコッココクハクゥ!?」

「イエス・コクハクゥ」

「無理です不可能です!そもそもどうすれば」

「好きだって言えばいいんじゃない?」

「家族ですよ!?」

「はは、今のは冗談さ。ようはアルマも彼女のことを必要としているってことを伝えればいいんだ。どんな形であろうとね」

「あ、あなたそんなまともなこと言えたんですね。あ、もしかして中身モスティマあたりだったりします?」

「失礼だねアルマ。ミルフィーユにするよ?」

「ひっ!?」

 

 

 しかし彼女の言うことも一理ある。テキサス、彼女から一方的な愛を送りつけられていることは流石に私もわかっている。あれだけのことをされてとぼける方が難しい。家族だから、穢したくないから。様々な理由をつけて拒んできたが、結局は私のわがままだった。

 一方的に受け取るだけではダメなのだ。そんなこと誰にだってわかる常識だろう。だから、私もそれに応えなければならない。

 

 

「君も■■■■■のことが好きなんだろう?彼女に押し倒されていた時、君が満更でもないような顔をしていたのを僕は知ってる」

「……」

「だったら答えてあげよう?もう我慢なんてする必要はない。家族とか、罪とか、そういうのは一回全部忘れちゃお?それが、君とテキサスにとっての最善策になるんだから」

「…最、善策…」

 

 

 そうか……今だけは、欲望に忠実になってみるべきなのかもしれない。

 

 

「よし……!」

「そうと決まったら早速向かおうか!僕たちのテキサスの元へ!」

 

 

 二人で腕を組んで立ち上がる。

 

 だがその時、私たちは知らなかった。ペンギン急便が、テキサスが、そして私たちが龍門を巻き込む砂嵐に直面することになるなど。

 その時の私たちには知る由もなかった。

 

 

 

 

 龍門が、喧騒に包まれる。




ラッピー「テキサス‘sがくっつけばアルが家族だって言ってる僕からテキサス(妹)が逃げることも無くなるし、アルがテキサスに束縛されるからどっかに行くことも無くなる。一石二鳥だね』



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飼い主

公式からの情報の濁流によってラッピーのパッパになったアルちゃん(錯乱)
まだアルバートの可能性もあるし……
今話は寝不足の状態で書いたので暴走してます(言い訳)

ハァ…ハァ…敗北者…?(30連ガチャ爆死)11/4



 

 安魂夜

 

 モスティマの言葉の受け売りですが…人々が死者の魂を迎え入れ、彼らの人世への未練を癒し、再び輪廻の輪送り出す。本来はそう言った目的の日なのだそうです。

 現代では、前世でのハロウィンやクリスマスの様に本来の目的はほとんど忘れ去られ、ただ仮装してドンチャン騒ぎ──つまりは憂さ晴らしをする日として捉えられることが殆どのようです。

 

 本来の意味ですと私はかつての仲間達──主にリスタ──に呪殺されそうですが…

 

 まあ、どちらにせよ、安魂夜とはそう言った日なのですが、どうやらペンギン急便も又一風違った安魂夜の楽しみ方をしているようです。

 

 

「行け行け行け!」

「押しつぶせ!あの化け物がいないいまが好機だ!」

「奴らでも数には勝てねぇ!」

 

 

 複数の黒服達が煙を上げ、匠たちによって劇的ビフォーアフターを遂げたペンギン急便が所有するバー、『大地の果て』に餌に釣られたゴキブリの如く推し入ってゆきます。

 

 ああ、気持ち悪い。

 

 調べた(拷問した)ところによるとシラクーザからこの地へやってきたガンビーノファミリーを中心として複数の、私が処分し残してしまった害虫共が徒党を組んでフェンツ運輸の御曹司とそれを匿うペンギン急便を狙ってこの騒動を起こしたのだそう。

 

 ああ、煩わしい。

 

 …これは私の責任です。美しい花には害虫がやってくる。しかし私はそんな害虫共をこの都市から完全に駆除できず、再び集うだけの力をつける隙を与えてしまった私の。故にその責は私自身が─────

 

 

 いや、もうやめよう。理由をつけたって無駄だ。意味がない。これから私が行うことはただのゴミ掃除に過ぎないのだから。

 

 

 

 ハァ…腹が立つ。

 

 

「なっ!?貴様何者───がっ!?」

「ペンギン急便の援軍か!?」

 

 

 …龍門には殺しはいけないと言う掟が定められている。

 なら、殺さなければいいだけだろう?

 

 

「源石よ…」

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁ!?!?」

「な、なんだこれ!?」

「やめろ!くそ!なんだこれ動けねぇ!」

 

 

 結晶世界が再び現実を侵食する。

 

 

「打て!打て!打て!」

 

「…はぁ…害虫が」

 

 

 光り輝く龍門の夜、今日、文字通りの天災が再び目を覚ました。

 

 

────────────────────────

 

 

「くっそ!いくらなんでも多すぎるだろ!」

 

 

 エンペラーが乱射する銃口から幾度目かの銃弾が発射されるとほぼ同時に薬莢が吐き出され地面を叩く。迎撃用の安酒の残弾数はとうになくなり、彼の宝物同然の本命の酒も砕け散った。カウンターテーブルもクロスボウのボルトで穴だらけとなり、逃げ場などどこにもない。

 

 にも関わらず一向に敵が尽きる様子は見れず、それどころかその数は増えるばかり。あまりにも防戦一方。クレアスノダールの防衛戦でもここまではいかなかった。

 

 

「ボス!もう弾切れだよ!」

「こっちもあかん!多すぎて押し切られそうや!」

「ひぃー!テキサスさん!」

「クッ!ソラ、下がっていろ!」

 

「くくくく、あの“テキサス”も落ちぶれたものだなぁ!くははは!このまま押しつぶせ!あいつの()()には世話になったが、テメェら“テキサス”もペンギン急便もここまでだ!」

 

「え、エンペラーさん!これ…」

「ああ不味いな!だがまだ負けたわけじゃねぇ!」

 

 

 不利と言っても限度があるだろうと言う状況。しかしエンペラーが諦めることはなかった。なぜなら彼はこれまでにこれ以上の修羅場をくぐり抜けてきたことがあるから。そして、彼は一つの突破口を知っているから。

 

 彼は聞いていた。ロドスから今日、この都市に“奴”が帰ってくると。奴らの恐る害虫駆除のスペシャリストが帰ってくると!

 

 

『うわぁぁぁぁぁぁぁ!?』

『なんだこいつ!クロスボウがあたらねぇ!』

『ガンビーノさん!やべぇ!奴がきた!』

「なんだ奴って!はっきり言いやがれ!」

『やつは奴だ!そ、掃除屋が───うわぁぁぁぁ!!!』

「おい!返事しろ!おい!…くそ!何が起こっていやがる!」

 

 

 ガンビーノのが悲鳴を最後に悲鳴を最後に砂嵐に飲まれた通話をブチっと切り、携帯を地面に叩きつける。

 そして後方からかすかに聞こえてくる悲鳴に何かの破壊音。それは次第に大きくなり、この場所にナニカが近づいてきていることをしめしていた。

 

 

「やっときやがったかあの野郎!」

「なんですか!?何が起こってるんですか!?」

「くくく!喜べ!心強い味方が来てくれたぜ!」

 

 

 そしてついにそれはモーゼの滝の様に割れる黒スーツ達の中から姿を現した。

 

 周囲に脈の様に走った亀裂から()()()()()発する剣を模った源石を浮かべ、飛来するボルトを防ぎギャングたちを切り裂き、次々と侵食する結晶に閉じ込めてゆく。

 

 彼女が一歩足を進めると同時にギャングがまた一人と結晶世界に閉じ込められてゆく。

 

 

「嗚呼…害虫共が…また私の邪魔をして…」

 

 

 そこにはまさしくかつての彼女──

 

 

「実に、不愉快です」

 

 

 顔なき英雄(悪魔)の姿があった。

 

 

 

 

 

「いや、やりすぎだ馬鹿野郎!!」

「えぇ!?!?!?」

 

 

 英雄はペンギンのツッコミに涙目になった。

 

 

「おま!やるにしても限度ってものがあるだろう!」

「だ、だって…」

「だってじゃねぇ!アーツの使いすぎだ馬鹿!ロドスの鉱石病抑制装置が真っ赤に悲鳴をあげてるじゃねぇか!それに龍門で殺しは厳禁だって前に言っただろうが!」

「こ、殺してませんよ!?空気穴だって開けてますし!い、生きてますよ………たぶん」

「多分じゃねぇよさっさと解除しろ!」

「うぅ……わ、わかりましたよぉ!やめればいいんでしょやめればぁ!」

「ったく!ドクターの野郎はどんな教育をしているんだ…」

 

 

 目の淵に涙を浮かべながら英雄()はアーツを解除した。龍門を侵食していた天災はこうして1匹のペンギンの手によって防がれたのだ。

 

 ちゃんちゃん

 

 

「…じゃねぇよ!」

「ん?」

「“ん?”でもねぇよ!俺たちを忘れるな!」

「ああ、いましたねそんな害虫共。そこに一列に並びなさい。順番に無力化してあげるから」

「馬鹿にしてんのか!?テメェ!」

 

 

 完全に空気が白けてしまった。だが敵に囲まれていると言う状況は変わらず、敵対勢力のリーダーの一人、ガンビーノは威嚇する様にアルマを睨みつけて唸っていた。

 

 

「…おや?貴方…そういえば会ったことがありますね」

「あ?」

「あの捨て犬風情がここまでつけあがって……貴方達の飼い主が誰か忘れたのですか?」

「はぁ?………いや、まて…その黒髪……その目……あ、ありえない!アイツは男だし、それにアイツはあの時死んだはずじゃ…!」

 

 

 その言葉にアルマがニヤリと笑った。

 

 テキサス家。かつてシラクーザで有数の強大なファミリーであり、テキサス家最期の当主、アルベルトの世代には短期間と言えどミズ・シチリアさえも押さえつけ、シラクーザの覇権を握ったほど。

 

 かつてのテキサス家暴落後でさえ唯一の生き残りとされていた■■■■■(テキサス)まだ幼い子供ながらも、多くの伝手を使うことができ、テキサス家の再興とまでは行かないまでもシラクーザである程度の地位を築き、エンペラーにペンギン急便へ引き抜かれるまでそれを維持し続けることができたのも、そのおかげだろう。

 

 そして、そんなテキサス家の、それもかつての栄光を手にした“男”──本当は女であったのだろう──は今でも伝え、恐れられているのは言うまでもない。

 

 

「アル…ベルト…!!」

「久しぶりですね、ガンビーノ(飼い犬)

 

 

 ギャングたちに動揺が走る。

 

 彼らもシラクーザマフィア。シラクーザに伝えられているテキサス家の話は誰もが一度は聞いたことはあるだろう。また、テキサス家の栄光を直接目にしてきた者もいるのだろう。故の動揺。故の驚愕。そして、恐怖。

 

 中でも直接見てきた者たちは知っていた。彼が心から妹である『テキサス』を溺愛していたことを。それはもう傍目から見ても丸わかりなほどに。

 

 そして、ついに彼らが恐れていたことが起こってしまった。

 

 

「兄さん…」

「…ッ!」

 

 

 彼の視線が、テキサスの頬についた小さな傷を捉えた。捉えてしまった。

 

 

「ふふふふ…あは、アハハハハハハハハハハ!!!」

「っ!」

「あっはははは、はは………笑えない。笑えない冗談ですね。これは、嗚呼、あゝ、アア、ダメですね。これは。我が贖罪を、我が光を、我が希望を、我が、我が、我が妹を、妹に、傷を、傷をつけるなど。何様ですか。貴方に一体どんな権利が?罪です。詰みです。罪デス。許されない。赦してはならない。許されてはならない。償え、償うのです。その命で、その苦しみで、その屈辱で、その絶望で。罪、罪、罪、罪、贖罪を、罪罰を。その命でッ!償いなさい───────!」

 

 

 

 再び結晶が赤黒く光り輝き、世界は結晶世界に生まれ変わる────ことはなかった。

 

 

「兄さん!」

「うわっ!?て、テキサス?じゃ、邪魔しないでください。今彼らに償いを…」

「そんなことはどうでもいい……兄さん…三週間と6時間23分13秒ぶりの兄さん……」

「て、テキ──」

「スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ」

「ぅっひゃぁ!?」

「はぁ…兄さんの匂い…」

 

 

「……今のうちに逃げるぞ」

 

 

 ガンビーノファミリーの心情その一。百合の間には挟まるな。

 空気の読める男たちは逃げていった。

 

 

────────────────────────

 

 

「兄さん兄さん兄さん兄さん」

「あ、あ…た、たしゅけ…ひゃ!?」

 

「はわわわ…テキサスさんが、二人で…!」

「あー…楽しんでいるところ悪いが、ちょっといいか?」

 

 

 獲物を仕留めるコブラの如くアルマに絡みつくテキサスと初めましてでそれを見て顔を赤くするソラとバイソン、それとエクシア。クロワッサンは割れた瓶を漁って無事なものがないか探している様だ。

 

 そんなカオスな状況にエンペラーが一石を投じた。

 

 

「はぁ…はぁ…た、たしゅかりました…」

「お、おう。こっちこそ助かった」

「しゅ、すみません…少し、立てそうにないので…」

「…テキサス」

「ふぅ……」

「おい」

 

 

 テキサスが満足げに一息ついた。どうやらアルマは貪り食われてしまったようだ。具体的にどの様なことがなされたかは語らない。小説とは、そう言うものだ…

 

 そんな後味を楽しんでいたテキサスにエンペラーがツッコミを入れる。コレによって彼女の暴走が止められたことは事実だが、これでは話が進まない。エンペラーがこうして無理にでも進めないと永遠にアルマが食べられ続けるだけになってしまう。

 

 

「怪我はないか?」

「は、はい。ただ腰が砕けて…」

「もういいから座ってろ。と言うかなんでここにきたんだ?テキサスがピンチになってるって知ったらお前は必ずくるってわかってはいたがその様子じゃあ別にようがあったんじゃないか?邪魔がどうとか言ってたしよ」

「それは…テキサスに、会いにきたのです」

「兄さん!」

 

 

 アルマの言葉にガバッとテキサスが立ち上がるが、エンペラーの『ステイ』と言う言葉に動きを止め、地面に座り直した。尻尾はぶんぶんと稼働を続けたままであったが。

 

 

「テキサス…いや、■■■■■。私は気づきました」

「っ!?に、兄さん…今…」

「私は……私は貴方が好き……みたいです」

「……!?な、に、兄さ、は!?」

 

 

 ピコンと尻尾と同じように正座の状態から約10cmほど飛び上がったテキサスの頬が熟れたトマトのように真っ赤に染まる。同様にアルマの頬も赤く染まっているが、彼女の連撃は止まらない。というかここで止めてしまったらシステムの復旧したテキサスに全て食べられて色々と終わってしまうため彼女はうまく正解のルートを選べていたとも言える。

 

 

「貴方と一緒にいない時、私の心にどこか大きな穴が空いたように、物足りなさを感じるのです。何かが足りない。昔抱えていた乾きとは違った寂しさ」

「に、兄さん、まって…」

「それが…なぜでしょう。貴方と一緒にいると、それを感じないのです。私は初め、それが最も罪を償うべき相手である貴方に贖罪できないというもどかしさや焦りからくる感情なのかと思っていました。しかし何かが違う。そうはわかっていても、その正体には気づくことができなかった……当たり前ですね。今までの私は自分の罪のことしか考えていなかった」

「う、うぅ…!?」

「ですが、ようやく気づけたのです。私は貴方と離れたくない。貴方に見捨てられたくない。ずっと貴方のそばにいたい。私は、貴方のことが個人として、罪とか家族とかそういう難しいこと関係なしに好きなのだと」

「〜〜〜〜〜〜〜〜!?!?!?」

 

 

 アルマの攻撃は見事全てクリティカルヒットしているようだ。

 

 

「私には…貴方が必要なのです」

「……」

 

 

 しかし物事には限度があるもので。ゲームのようにオーバーキルをしても何も起こることなく敵が通常通りに倒される…なんてことはなく、その余剰分のダメージは──────

 

 

「……兄さん♡」

「へ?」

 

 

 その全てが彼女を正気に戻し、さらに攻撃力を高める(興奮させる)ことに役立ってしまったのでした。

 

 

「兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん──────」

「不味い戻れアルマ!」

「え、エンペラー!?こ、これって…」

「…今日だけは、私が兄さんを姉さんにする」

「あ、死──────

 

 

 

「楽しんでいるところ悪いがの、少し失礼するぞ」

 

 

 あわや食われる。そんな時でした。

 荒れ果てた店内を砂が飲み込み、テキサスの全てを攫っていったのは。

 

 

 

 

 

 

「………は?」

 

 

 




この時代の名はスペクターだぁ!!!11/7
成し遂げたぜ(エ◯スが生き残った世界線)

一章のクレノダ編描き直し中です。(DC–?ってついてるのが描き直し済み)


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幕引き

アニメのメディックちゃんかわいい


 

「けほっ、けほっ……」

 

 

 口内に入った砂を吐き出します。ジャリジャリしたり涙が出てきたりしますが、あれだけの量の砂に包まれてこの程度なら運が良かったといってもいいでしょう。怪我もありませんし。

 

 状況が理解できない。龍門付近に砂漠地帯はなかったはずです。それに都市内に突然こんな、しかも人一人持ち上げられるような砂嵐が現れるなんて自然ではあり得ないでしょう。だとしたら予想できるのは何者かによるアーツ。しかしこれほどまでに卓越したアーツ…一体誰が?自慢ではないのですが、私はアーツ戦──特に相手のアーツに干渉し無効化することに関しては得意分野なのです。あの化け物揃いのロドス内での模擬戦で唯一黒星よりも白星が優ったモノですしね。

 

 となると一体誰が…?龍門で実力者として挙げられる者はチェンさんやホシグマさんにスワイヤーさんなど。そのどれもが相当な実力者ですが、アーツの面で言えばそこまでではなかったはず…

 

 しかしいくら思考しようと答えは出てこない。そして…────ああ、これは悪い癖だ。状況の整理がつくまで周りの様子を確認できないという致命的な。

 

 

「フォッフォッフォ、目が覚めたかの」

「っ!!……まさか…ああ、なるほど」

 

 

 肩をポンッと軽い調子で叩かれた衝撃に思考を中断し、振り返る。後ろにいたのは予想外の予想外。大物中の大物であり、私がこの都市で会いたくないと思っていた人物ランキング第二位に見事ランクインされた方だった。

 

 そして同時に線と線がつながった。確かにこの方はウェイさんと共にこの龍門を築き上げた功労者と言われ、そしてそれ相応の実力者であると。この人なら、あれほどのアーツが使えても不思議ではない。そして、この騒ぎに介入する理由も存在する。

 

 

「貴方ほどのお方が私に何の用ですか?鼠王」

「そう睨むでない。可愛い顔が台無しだぞ?」

 

 

 真っ白な高そうなコートに身を包み、これまた高級そうな杖をついた鼠の老人。龍門の裏の顔、鼠王その人がそこにいた。

 

 

「…私は、貴方たちとの約束は守っているつもりです。龍門の市民を傷つけない。龍門に敵対しない。そして、龍門の掟を守ること。それを条件に貴方たちは私がロドスの元で生きることを許してくれた。だから私もそれを守り、龍門に不利益になる様なことはしてこなかったはずです。今回、私が手を下したマフィア達は龍門人ではなく、シラクーザ人。それに、彼らに危害を加えられていた方々の救助だってしました。……それでも、それでも貴方が私を排除したいというのなら私は──────

 

「そうことを焦るでない」

 

 

 そう鼠王が言った瞬間、私が影で作り出していた源石製のナイフはアーツによる制御を失い崩れ落ちました。信じられないほどの威圧感。それを感じたのはかつての上司、ジャスパー・ランフォードの物や、雪原で出会った怪物、ウルサスの近衛兵の物など、たった数度。ブルリと身が震え、膝から崩れ落ちてしまいました。

 

 

「む、おっとっと…すまんの。お主のアーツはちと危険すぎるのでの」

「〜〜っ!……ハァ、ハァ、ハァ…」

「安心せい。今日お主を殺す予定はない」

「…ケホッ…では…なぜ?」

 

 

 呼吸を整えながら鼠王にその理由を問います。今この場で私を殺さないのならなぜ私を連れてきたのか。彼ほどの人物がわざわざ私一人を攫っていくなど、何かしらの企みがあるのだと考えたから。

 

 しかし帰ってきたのは──

 

 

「なに、ちょっとした年寄りの戯れじゃよ」

「………は?」

 

 

 そんな一言でした。

 いや、違う。きっとこれはあれです。敵の黒幕的人物が企むやばい計画を“お遊び”と呼ぶ様に、きっと彼も何か壮大な計画を描いているに違いない。

 

 

「やはり物語のフィナーレは主役(ヒーロー)お姫様(ヒロイン)を救い出して幕を閉じる物じゃろう?」

「……は?」

 

 

 いや、いやいやいやいや。待て待て、まって本当に。

 

 

「ほ、ほんとにそれだけ…?」

「そうじゃよ」

「え、いや、そんな……えぇ…?」

 

 

 えぇ…?

 

 

「それにこの騒動もそろそろ終わらせないとならないからの」

「…そうですね。あの害虫どもが…」

「ワシもここまでの規模は想定していなかったしの……人形遊びも上手くいかないものじゃ。その点ではお主の方が優れていると言えるじゃろうな」

「はぁ……?……?……はぁ!?!?」

 

 

 人形遊び。その言葉に鼠王を二度見します。確かにこの御仁や龍門の切れ者ウェイさんが龍門での蛮行を見過ごすはずがない。にも関わらず奴らシラクーザマフィアは民間人に危害を加え我が物顔で暴れ回っている。このことに疑問がなかったといえば嘘になりますが…

 

 

「ま、ままままさか…!」

「おや、気づいていなかったのかの?あのサンクタのお嬢さんは気づいておったが…お主の考える通りじゃよ。あのシラクーザ人もペンギン急便との争いも、ワシが彼奴らが龍門に少しばかり面白い利益をもたらすと考えて仕組んだものじゃ」

「っ!…じゃあテキサスが傷ついたのは全部…!」

「そうなるの」

「っ!」

「落ち着け」

 

 

 今にも飛びかかって源石に食わせてやりたくなる衝動を必死に抑える。今私が彼に挑んだところで勝ち目はなく、利益もないのですから。感情で動いてはいけない。

 

 

「だが…あそこまでの戦力が彼奴等に集まったのは想定外じゃった。龍門中のマフィア達が集まったと考えてもおかしくはないのう。それだけペンギン急便が彼奴等に恨まれていたということじゃが………のう?“ペンギンの番犬”アルマ殿?」

「うぐっ……」

 

 

 そこを突かれると弱い。確かにこれはマフィア共を完全に壊滅させることができず、奴らのヘイトを集めすぎてしまった私の責任であったのかもしれない。

 

 …いや待ってください。そもそもこの方がそんなことを企まなければ良かった話では?

 

 

「さてと、そろそろ行くとするかの」

「待ってください、なにかしゃくぜんとしなぁぁぁぁぁぁ!?!?」

 

 

 言葉は最後まで紡ぐことを許されず、視界は再び砂に包まれたのでした。

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

「やかましいのう……」

「な!?お前、いつの間に…俺の背後に…」

 

 

 鋭利なナイフで貫かれ、宙に捨てられるエンペラーの亡骸。安魂夜も式典は終わりが近づき、そして最高潮(クライマックス)な時間が訪れようとしていた。

 

 

「このマイクはどうやって使うのじゃ…。あーあー、ゴホン。龍門市民の諸君、こんばんは」

「っ!あれは……!」

 

 

 どよめく民衆と、鼠王が策略によって従えたマフィア達と激戦を繰り広げるペンギン急便。

 鼠王はこの安魂夜最後の、そして最高のイベントを始めようとする。

 この会場のどこかに彼のシラクーザの友人隠した特別なプレゼントが隠されている。それを宣言時間以内に見つけよ、と。

 

 一見普通のよくあるイベント。少なくとも、何も知らない市民の者にはそう聞こえたことだろう。その光景を目に焼き付けていたバイソン少年もまた少しの違和感を抱くだけだった。

 

 

「もし誰もこのプレゼントを見つけられぬ時は残念ながら─────

 

 

 しかし、それは次の一言で違和感から危機感へと一変する。

 

 

「お主らの人生で最後のサプライズになるのじゃ」

 

「ッ!?」

 

 

 鼠王の凶暴な笑みが、嫌に目立った。

 

 

 

「嗚呼そうじゃ。もう一つ、イベントの参加者、ペンギン急便の諸君。君たちに応援コメントがあるそうじゃ」

 

 

 そう言って鼠王は私を掴んで離さない砂を操作して前に出しました。

 

 

「…いや何いえばいいんですか?そもそも貴方が無理やり連れてきたせいで何が起こっているのかさっぱりなのですが…」

「そこら辺は…こう…空気を読んでじゃな?某アクションゲームの桃姫の様にお主の思うヒーローに助けを求めるのじゃ」

「むぅ…」

 

 

 ヒーローに助けを求める…ですか。難しいですね。助けを求める声をかけられたことはありますが、逆に発したことはない。

 んーーーー…思いつきませんね。そういう声をかけられた時はこう、面白そうなおもちゃが手に入っただとかその程度の気持ちしか湧かなかったのですが結構難しいものですね。

 

 …もう適当でいいでしょうか。後ついでに鼠王さんへの意趣返しも込めて…

 

 

 

 

「誰か助けてーこのお爺ちゃんに犯されるー(棒)砂でグッチョグチョに犯され───ムグゥ」

 

 

 

「お、お主何を言っているのじゃ!?」

「いえ、ちょっとした意趣返しをですね…」

「お主はわかっていないのじゃこの重大さを!怒った女性ほど怖い者はない!ワシも若い頃は妻に─────

「あ」

 

 

 

 妙に慌てる鼠王に小声で詰め寄られている、その時でした。

 

 ガタンと、誰かがこの高台の上に飛び乗ってきた様な音が鼠王の背後からなったのは。そして、夕焼けの様な紅色の閃光が光り輝いたのは。

 

 

「剣雨」

「なっ!?」

「うわっ!?」

 

 

 一瞬の出来事だった。圧倒的な強者であったはずの鼠王は天からまさに雨の様に降り注ぐ無数の光刃によって複数人のマフィアごと貫かれ、地に付したのは。

 そして鼠王の砂のアーツから解放されて中を待った私が暖かく、懐かしい匂いに包まれたのは。

 

 

「あ、テ、テキ、サス…さん?」

「………」

「……■■■■■?」

「!兄さん、大丈夫だった?」

「え、ええ、大丈夫ですよ。何もされてません」

「そうか…よかった…」

 

 

 安心した様な、優しい声。しかし、その声にどこか嫌な予感を感じるのは気のせいでしょうか。

 

 

「兄さん……さっきの返事がまだだったな」

「あ、はい、そ、そうですね」

「……」

 

 

 すると彼女はじっと私を見つめ出しました。今まで何度も見つめられることはありましたが、こんな至近距離で見つめられたことは…いや、待ってください。何か忘れている。これは初めてじゃない。そうだあの時、チェルノボーグ事変前…いえ、その後もあった。そうだ、あれはいつも決まって私が■■■■■に会いに行って、そして何故かその後の記憶が欠落していた日のことだ。

 

 思い出せ。何か、私は何かを間違えた。早く思い出さないと、取り返しのつかないことに──────

 

 

「…ん」

「んっ!?」

 

 

 しかしその思考は途中で途絶えることとなった。困惑混乱戸惑い当惑。彼女の思考は一度真っ白に吹き飛ばされ、として再び正体不明の情報の嵐に埋められ、また真っ白になってゆく。理解ができない理解が及ばない。彼女には一体今、何が行われ、何をされているのか理解できていなかった。

 

 唯一わかるのは口内を蹂躙する未知の感覚と、まるで夢の中かの様な不思議なポワポワとした、しかし幸せな気持ち。否、幸せに蹂躙される様な気持ち。そして、腰が砕けた様に力が抜ける様な感覚。

 

 

 

 

 そう、子供には見せられないシーンがこの後始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 龍門の安魂夜は鼠王の粋なプレゼント、飴玉の飴によって幕を閉じた。喧騒は幕を閉じ、自身の役目の終わりを感じ取った者たちは武器を捨て各々の楽しみ方で安魂夜の余熱を楽しんでいた。

 ペンギン急便の面々もまた何故か生きていたエンペラーを交えて生き残った酒を嗜み、少しの怪我を負った鼠王もまた共に此度のイベントを計画した友人と一緒に静かに夜景を眺めていた。

 

 

 さあ、日が昇る。

 たった一人の犠牲者と、一人の勝者を残して龍門の日常はまた回り出す。

 

 




後日ペンギン急便では妙に艶々とした者と対照的にやつれた者、そしてエンペラーにこき使われる2匹のループスがいたという。


────────────────────────

これで60話ですしそろそろ新しく描こうかなという気持ちともっとアルちゃん描きたいという気持ちがせめぎ合っています。一章の改善は週一くらいの頻度で続けますが、これで「脇転」は最終回かもしれません(はっきりとしない作者の屑)
こんな作品をここまで読んでくれた皆様、本当にありがとうございました。また別の作品で会えたら会いましょう。

…これで続いたら恥ずかしいな。

動いてないけど一応Twitter↓
https://mobile.twitter.com/tea_stalk_


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