ユダの黙示録 (神代リナ)
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第零章 砕けた氷
第一話 始まりの日


新作です。
もし良ければ、読んでください。


 ××××年 某所

 

「どうして……どうして……こんな目に……私たちが」

 

 うつ伏せに倒れている私は、母親だったモノを虚な目で見ながらそう言う。

 

 そんな中でも、()()()()()が弱り切った私の体に容赦なく降り注ぐ。

 

 ……寒い、さむい、さムい、サムイ。

 

 暖かい場所を探さなきゃ。

 

 私は立ちあがろうと両手に力を入れる。

 もう少し……もう少し……。

 

 あともう少しで立てるという時に、雨が染み込んでぬかるんでいる地面のせいでズルッと滑る。

 

「ぁッ」

 

 バシャン。

 

 水飛沫を立てて、私の身体は再び地面と密着する。

 口の中に汚染されているであろう黒い雨水が入ってくる。

 

 苦い……雨水の味は苦かった。

 最もその苦味が、単純に雨水の味が苦かったのか、それとも立つことも出来ない惨めな自分に対する悔しさから来たものかは分からなかった。

 いや、両方なのかもしれない。

 

「お前、まだ生きてたのか」

 

 水音を聞いて私の存在に気づいた、私たちをこうした張本人であるテロリストの男が私の髪を乱暴に掴み、私の身体を持ち上げる。

 必死に抵抗しようとするが、ボロボロの私にはもう抵抗する力なんて残ってなかった。

 

 男の顔は、ガスマスクを付けているから見えなかった。

 それが余計に恐怖心を煽る。

 彼は一体どんな表情をしているのだろうか?

 私をどうするつもりなのだろうか?

 

「いた……い。やめて……わた、し……何も」

 

「黙れ、()()()()()を信奉する狂信者。お前らみたいな腐った人間は粛清されて然るべきなんだよ」

 

 そう言って、男は乱暴に私を投げ飛ばす。

 痩せ細った、貧相な私の身体はそこらの石ころを投げるかの如く軽く投げられる。

 もはや、痛みすら感じなかった。

 

 ……空が見えた。

 黒色の雲で覆われた空。

 そこには、一切の(希望)はない。

 それもそのはず。

 ここは残酷な世界。

 この世界そのものに希望がないのだ。

 

 汚れた右手を空に伸ばす。

 何も掴めない癖に。

 希望なんてないって知ってる癖に。

 救いなんてないって知ってる癖に。

 

 それでも、私は手を伸ばした。

 ひょっとしたら……と最後に思ってしまったのだ。

 

 もちろん、この残酷な世界に奇跡なんてある訳もなく。

 無慈悲にも男の持つアサルトライフルの銃口が私の頭に向く。

 

「……来世では、魔術師の家になんて産まれないといいな」

 

 そう呟いて、男はアサルトライフルの引き金を引こうとする。

 

 ちゃんと、この世界に希望はなかった。

 

 私はそっと右手をおろす。

 

 せめて、痛みを感じる前に死ねたら良いな

 そう思いながら、私は目を閉じる。

 

「う、うぁぁぁぁぁ!」

 

「……?」

 

 いつまで経っても、私は死ななかった。

 それどころか、先ほどまで私を殺そうとしていた男の悲鳴が聞こえた。

 何ごとかと目を開ける。

 

 そこには地獄が広がっていた。

 幸い私は巻き込まれていないものの、辺りはメラメラと勢いよく燃えている炎に包まれていた。

 そして、テロリスト達の身体は、雨水が降り注いでもなお燃え続けているほどの激しい炎に包まれていた。

 肉の焼き焦げる、嫌な臭いもあまりに充満し始める。

 一体何が起きているの……? 

 

「だ、誰か助け……」

 

 身体が燃え尽き、黒焦げになったテロリスト達は次々と力尽きて倒れる。

 

「お、お前、早く火を消してくれ!」

 

「……! 来ない……で」

 

 そんな中、私を殺そうとしていた男が、必死そうな表情を浮かべながら燃え続けている手で私の身体に触れようとする。

 私は、もちろん逃げようとするが、身体が言うことを聞かない。

 立つことすら出来ない。相変わらず、私の身体は仰向けに倒れたままだ。

 まずい、せっかく生き残れそうだっていうのにこのままじゃあの男に延焼させられて死ぬ。

 

 誰か、誰か、助けて……! 

 一度は下げた右手を再び持ち上げる。

 今度こそ、奇跡が起きるかもしれない。

 たった今、それが起きたんだから……!

 

 もう少しで私の身体に彼の腕が触れるというところで、刀身に炎を纏っている剣によって腕が切り飛ばされる。

 傷口が即座に剣の炎で焼かれたからか、血は一滴たりとも飛び散らなかった。

 

「がァァァァァァァッ……ァ」

 

 彼はその痛みからか絶叫したが、すぐにその声も小さくなり、やがてピクリとも動かなくなる。

 ちゃんと奇跡は起きた……願った通りに。

 

「遅れてごめんなさい……あなたのお母さん、救ってあげられなかった」

 

「あ……」

 

 右手に暖かさを感じた。

 視線を右に動かすと、私の手を優しく握っている少女の姿が見えた。

 

 長くて艶のある美しい金髪の持つ、スタイルの良い少女だった。

 その顔は、凛々しいもののまだ少しあどけなさが残っていた。

 そして、彼女は魔術師の通う学校として有名な()()()()()()の制服を着ており、腰には先ほど男の手を斬り飛ばしたものだと思われる白銀の西洋剣を差していた。

 

 私の心に彼女の姿が焼き付つ。

 もちろん、恩人だからその恩を忘れぬよう姿を心に焼き付けるという理由もある。

 ただ……私にとって彼女の存在は、恩人というよりも憧れという側面の方が強かった。身近な人も守れない私と違って、赤の他人である私を助けれる強さを持つ彼女に憧れた。

 

 だから、彼女の姿が心に焼き付いたのだと思う。

 

「悪いけど、ちょっと待ててね。すぐにヘリを呼ぶから……こちら宵月瑠奈(ヨイヅキルナ)、要救助者を一名保護。至急、ヘリをこっちにまわして!」

 

 ヨイヅキ……ルナ。

 絶対にこの人のことは忘れない。

 そして、絶対に彼女に……。

 

 そう心に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年 4月18日 旧新宿近郊

 

 私はふと、顔を上げて空を見る。

 

 空には一筋の光も無くて、まるで吸い込まれていきそうな漆黒に塗りつぶされた雲に覆われていた。

 まるで、私たちの未来を暗示しているようで嫌になる。

 せめて明るい未来の幻想くらい見させてくれても良いじゃないかと、今はもうこの世界にはいない、神サマとやらに心の中で愚痴ってみる。

 

 ま、()()()()()が降っているよりはマシか。

 そう思うことで、心の中に燻っていた暗い感情を無理矢理追い出す。

 

「……はぁ、にしても遅いなぁ」

 

 再び視線を下に戻し、スマホの画面を見る。

 現時刻は7時6分。

 作戦開始時間から6分も過ぎている。

 なのに、私の新しい相棒(バディ)はまだ来ない。

 司令部に通信を繋いでも、もうちょっと待ての繰り返し。

 今までなら作戦の遅れなんて許さなかったのに……。

 何がどうなってるのかやら。

 そもそも、なんだって急にCクラスの新入生を私にあてがうことにしたのか……まったく、今年も退屈しなさそうだ。もちろん、悪い意味で。

 

 愛銃であるM4カービンを手に持ったまま、私は黒焦げになって所々が崩れている廃ビルの壁に寄りかかり、改めて周りを見てみる。

 

 周りの建物は全て半壊状態であり、壁などには所々弾痕が残っている。そして、道路は場所によっては抉れている。

 私が今立っている所なんてもはやコンクリートがなくなってしまっており、茶色の地面が見えている。

 

「……一昔前、ここに銃の一丁も持っていない市民で溢れていたなんて驚きね」

 

 思わずそう呟いてしまう。

 私にはまったく想像出来ない……銃刀法なんてものがあった時代が、日本国が連合皇国じゃなかった時代が。

 私が産まれた時には、既に日本という国は地獄であった。平和の残滓すらなかった。

 

 硝煙と血の匂いがこべりついた、常闇に支配された再建されつつある都市。

 それが私の知っている日本……いや、()()()()という()()()()()()を構成している小国の一つだ。

 

 私もその時代に生きていたら、もしかしたら……。

 

「すいませーん! 寝坊して遅れましたっ!」

 

「……やっと来たわね。次からは遅れないように……あ」

 

 そんなことを考えていると、私が今着ているモノと同じ秋風武装学園の制服を着ている茶髪の少女がこちらへと走ってくる。

 そして、その少女が私の近くまで来た所で……。

 

「あっ」

 

 瓦礫に足を引っ掛けて、盛大に転んだ。

 

「……はぁ、大丈夫?」

 

 本日二度目のため息をつきながら、私は左手をM4カービンのフォアグリップから放し、彼女に左手を差し出す。

 

「うぅ、ありがとうございます……」

 

 そう言いながら、彼女は私の手を握る。

 そのまま、彼女の手を引っ張って彼女を立たせる。

 

 ……初対面にしては、色々と濃い出会いだ。

 にしても、最初からこれだとこの先が思いやられる。

 果たして、私たち二人はちゃんとこの任務を遂行出来るのだろうか。

 

 彼女はブレザーやスカートに着いた砂埃を払うと、私の方に顔を向ける。

 ……ちゃんと正面から顔を見たから気づいたのだけど、この子左目に白い眼帯を付けてる。

 何かあるんだろうか。

 

「まずは遅れてすみませんでした。私は、秋風武装学園1-Cの蒼山氷華(アオヤマヒョウカ)と言います。入学したばかりで、実践経験はありません。魔術の腕もあまり良いとは言えませんが……先輩の足は引っ張らないように頑張りますので、よろしくお願いします!」

 

 彼女は深々と頭を下げながら、そう言った。

 

 Cクラスか……Cかぁ。

 Cクラスは……言ってしまえば、お世辞にも魔術の腕が良いとは言えない魔術師たちの入るクラスだ。

 本当に大丈夫かしら……。

 

「私は3-Aの宵月瑠奈(ヨイヅキルナ)。これから一年間、よろしく」

 

「宵月瑠奈……それにこの容姿……もしかして」

 

「何が言った?」

 

「い、いえ、なんでもないです」

 

 さて、とりあえず自己紹介は終わったし、任務を開始しましょうか。

 とりあえず、学園のHQ(司令部)に連絡を入れておこう。

 スマホの学園専用通話アプリを開き、HQと繋げる。

 

「こちら宵月、時間は遅れたものの無事バディと合流に成功。これより作戦行動を開始する」

 

「こちらHQ、了解。目標地点での活動可能時間は3時間だ。諸君らの健闘を祈る」

 

 ……通信終了。

 さて、作戦開始と行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年 4月18日 7時15分 D-03地区

 

 私たちはKEEP OUTと書いてあるテープを乗り越えて、旧東京都新宿区……今はD-03地区と呼ばれている地域へと入っていった。

 このD-03地区を実効支配している国際的テロリスト、()()()の戦力がどれだけのものかを偵察するのが今回の任務だ。

 

 人気のない、薄暗い廃墟だらけの都市跡を周囲を警戒しながらゆっくりと進む。

 

「ねぇ、氷華。貴女、何の銃を使うの?」

 

 魔術師というのは、基本的に弱い敵相手には魔力温存のために魔弾、魔術的な能力を付与した銃弾を装填している銃を使用する事が多い。

 魔弾は魔術師なら誰でも作れるし、魔力消費も少なくて済むコスパ最強の魔道具である。

 あの偉業が為され、神秘の守護者たる魔女から奇跡の力"魔術"を与えられた人間である魔術師の間でも、なんやかんや銃が幅広く使われているのは、やはりこの魔弾の存在が大きい。

 

 そんな多くの魔術師たちが愛用している銃を氷華は持っているようには見えない。

 連携を取るためにも、彼女の武器は聞いておきたい。

 ちなみに、私の主武装は見ての通りM4カービンである。

 

「あ、えっと……私って射撃もあまり得意じゃないので……これだけしか……」

 

 そう言いながら、氷華は茶色のブレザーの下から一丁のハンドガンを取り出す……銀のルガーP08だ。

 P08を使ってる人なんて、この三年間見たことがなかったから新鮮だ。

 

「これは……中々な骨董品ね」

 

「お父さんが古い銃を集めるのが趣味で……それで私にこのルガーをくれたんです」

 

「なるほどね。中々、いい趣味をしているお父さんだ」

 

 にしても、氷華の武器はその銀のルガーだけか。

 なら、遠・中距離は私のM4カービンと遠距離魔術でカバーしよう。

 

 そんな話を小声でしていると、先の道から足音が聞こえる。

 間違いなく、敵だろう。

 氷華も気づいたらしい。

 私からの指示を求めて、彼女は私の顔を見る。

 

 今回は戦闘はなるべく避けろと言われているし、ここは……

 

「あそこの店に入って隠れよう」

 

 そう言って、私はすぐ近くにある長年放置されていたであろうボロボロの小さなパン屋を指差す。

 

「了解しました」

 

 私たちは、そのパン屋の扉を静かに開けて入る。

 うぇ……埃っぽい。

 しかも、雨漏りしていたのであろう。店の中に水溜りが出来ていた。

 

 向こうからは私たちの姿が見えず、こちらからは外が見える位置に立つ。

 ……店に入って1分程度が経った時。

 このD-03地区を哨戒しているのであろう、AK-74Mを持っている黒い防護服とガスマスクを装着している兵士が一人、先ほどまで私たちがいた道を通る。

 典型的な原初派の兵士だ。

 

 ……魔力持ちの気配なし。

 あの兵士は、魔術師ではなく、普通の歩兵らしい。

 こっちには気づいていないみたいだし、このままやり過ごすか。

 

 「クシュンッ……あ、す、すいません」

 

 ……私のバディが見事にやってくれた。

 埃っぽいのは分かるが、あと少しクシャミをしないように耐えて欲しかったもんだね。

 

 どうやら、このクシャミの音は原初派の兵士にも聞こえたらしく、私たちの元へと歩いてくる。

 

 「おーい、そこに誰かいるのかー!」

 

 「先輩、どうしましょう……?」

 

 「はぁ、私がなんとかする」

 

 小さく、本日三度目のため息をつきながら、この場を切り抜ける方法を考える。ため息をつくと幸せが逃げると言うが、もしそれが本当なら私の幸せはもはやマイナスの領域に達していることだろう。

 

 あぁ、そう言えば。

 あの魔術を使えば……2人ぐらいならなんとかなるかも。

 




1週間に一話は最低限投稿する予定です。もし良ければ、お気に入りと評価の方をお願いします。感想は自由なことを書いていただいて結構です。


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第二話 静かな戦場

最新話割とはやく書けたので投稿します。


 いつもに増して一層暗いあの日。

 

 私はこの世界で見るはずのない流星を確かに見たのだ。

 

 黒髪の、青を基調とするドレスを着た少女が(えが)いた剣先の軌跡。

 あの美しくも、儚い光が忘れられないのだ。

 

 あの剣の輝きを見た後、私はかつてのようにただ力強い光を発するだけの自身の魔剣をみだりに使えなくなった。

 

 だって、私がこの剣を振るうたびにあの輝き(流星)(けな)しているように感じるから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「偉大なる13の魔女より我らに授けられし72の術式よ。今ここで、その奇跡を現わしたまえ……不可視領域(インビジブル)!」

 

 私がそう唱えると、パン屋の床に神聖さを感じる輝きを発する魔法陣が展開される。

 

「これは……」

 

「72の汎用魔術の一つ、不可視領域(インビジブル)。これでアイツに見つからずに済むわ」

 

「……俺の気のせいだったか」

 

 兵士の男はパン屋の中を見渡した後にそう言うと、兵士の男は外に出て行った。

 ……危機一髪だった。

 この魔術を習っていなかったら、アイツを殺すしかなかった。

 そしたら、任務失敗。私たちは仲良く減点だ。

 

「……ふぅ。もう大丈夫そうね」

 

 兵士が出て行ってから数分後。

 を解除して、私はパン屋の壁にもたれかかり、息を大きく吐き出す。

 すっごく緊張した……額から汗出てるし。

 もう、こんな心臓に悪い目に合うのはゴメンだ……って言っても、まだ任務が始まってからまだ30分程度しか経っていないのだが。

 帰りの時間を考えても、まだ1時間は偵察行動が出来る。

 ……地獄かな? 勘弁して欲しい。

 私は焼くのは得意だけど、別に隠密行動が得意な訳じゃない。

 

「すみません……先輩の足は引っ張らないと言ったばかりなのに」

 

 しょんぼりとした顔をして俯きながら、氷華が私に謝る。

 ……ズルい。

 正直、彼女に言いたいことはあったが、こんな顔をされたら怒る気もうせるというモノだ。

 

「氷華、顔を上げなさい」

 

 そう言うと、彼女は顔を上げる。

 私は、彼女の青色の瞳をしっかりと見る。

 

「いい? 貴女は、確かに魔女に選ばれた魔術師だから失敗は基本的に許されない……多くの力なき市民たちの未来を背負ってるからね。ただね、それと同時に貴女はまだ高等部に進学したばかりの新入生に過ぎないわ。初めての実戦に失敗は付きもの。これは仕方ないことなの。……だから、この任務での失敗からよく学んで、そして強くなりなさい。魔術師に相応しい力を手に入れなさい。……いいわね? 」

 

 ……まったく、柄にもないことをした。

 

「はい……はい! 私も、誰かを守れる強さを手に入れるように頑張ります! 」

 

 てもまあ、彼女のこの笑顔を見れたならいいか。

 

「よしよし、その意気だよ。さて、休憩は終わり。先に進もうか」

 

「了解です!」




今回から後書きのとこにちょこっと設定を書いていきます。

・汎用魔術
魔術師ならば誰でも習得可能な72種類の魔術。属性は全て無属性。

不可視領域(インビジブル)
汎用魔術の一つで、術者が指定した範囲内の対象を外部から見えなくする。魔力消費はそこまで多くない。


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第三話 マリオネットの強襲

やっと戦闘シーンまで辿り着きました。バトルが見たいって方、お待たせしました。


 その後、私たちは1時間と15分ほどD-03地区の奥地へと進んでみたが、最初に見た黒い防護服を着た一般兵を15人ほど見た以外は特に何もなかった。

 

 ……これはおかしい。

 だって、D-03地区は国防軍が2年前に行った原初派一掃作戦を頓挫させた場所だ。

 絶対に、国防軍の掃討部隊を壊滅まで追い込んだ"何か"があるはず……なのに何もないなんて。

 

「先輩、そろそろ作戦開始から1時間30分経ちます。帰りのことも考えるとそろそろ帰還の準備した方がいいかと」

 

 ……考え込んでいたせいで時計を見てなかった。確かに、今の時刻は8時45分。この汚染区域で活動出来るのは3時間って言ってたし、帰りも行きと同じ時間がかかると考えるとそろそろ潮時か。

 

「……それもそうね。気になることはあるけど、今日はここまでにしよう」

 

 そう言って、私は帰路につこうとしたまさにその時。

 

「ッ⁈ 氷華、避けなさい!」

 

「……! はいッ!」

 

 氷華も感じとれたのだろう、すぐに返事をする。

 突如として、私たちの背後から強烈な殺気と魔力反応を感じた。

 とりあえず、近くにある巨大なコンクリートの瓦礫の後ろへと滑り込む。

 

 そして、そのすぐ後に私たちが先程まで立っていた場所に上空からとんでもない速さで何かが落ちてきた。

 とてつもない衝突音が響きわたり、辺りは土煙に覆われる。

 

「コホッ、コホッ……氷華、大丈夫?」

 

 私はM4カービンの安全装置(セーフティー)を外しながら、横にいるはずの氷華に話しかける。

 

「……」

 

 ……おかしい。返事がない。

 

「氷華?」

 

 私は横を向くと、真っ青な顔をして、震えた手で銀のルガーを握りしめて地面を見つめている氷華の姿があった。

 何かトラウマでもあったのだろうか? 小声で何かを呟いている。

 

「今度は大丈夫、大丈夫、大丈夫……」

 

「氷華!」

 

「あ……すみません……」

 

 彼女の肩を揺らして、名前を呼ぶと、ようやく彼女は現実へと戻ってきた。

 

「……あなた、戦える?」

 

「……大丈夫です。私だって、魔術師の端くれですから」

 

 非常に不安だが……本人が戦えると言っているのだからそれを信じよう。

 

「あなた、適合属性は?」

 

 瓦礫から顔だけ少し出して、砂煙の立っている方を見ながら彼女に尋ねる。

 

「こ……火属性です」

 

「火……か」

 

 私と見事に被ってる……ここは違う属性の方が戦術の幅が広がったんだが。

 まぁ、無いものねだりをしても仕方がない。

 相手が火属性魔術の耐性を持っていないことを祈ろう。

 

 ようやく土煙が晴れてくる。

 そして、私たちに奇襲をして来たヤツの姿が露わとなる。

 

 黒いフード付きの上着を羽織って、恐らく私たちへ投げ飛ばしてきたものであろう大剣を片手で軽々と持ち上げている白髪の男の姿がそこにはあった。

 

「アァ……」

 

 そして、ソイツの顔がこちらを向く。

 怪しげな雰囲気を醸し出す、赤く光る瞳が私をじっと見つめ……

 

「ガァァァァァッ!」

 

 雄叫びを上げながら、ソイツはこちらへと迫って来た。

 

「氷華、援護射撃を!」

 

「了解!」

 

 私たちも迫り来る男に対して、銃口を向ける。

 ここから先は命の奪い合い。

 一つのミスも許されない。




・魔術の属性に関して
この世界の魔術には、火、水(氷)、土、風と聖、闇、無属性が存在する。そして、火、水、土、風属性の4つは4大属性と呼ばれる基本的な魔術属性であり、大体の魔術師はこの4大属性が適合属性となる。

・適合属性について
魔術師は、上記の属性のいずれか一つの属性が適合属性となる。適合属性となった属性の魔術はその魔術師にとって最も使いやすい魔術となるだろう。もちろん、適合属性でない属性の魔術も使えないこともないが……


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第四話 火葬屋と呼ばれた少女

この話でこの偵察任務の話が終わります。
そしたら、次話の人物紹介のあと、しばらく(2〜5話分くらい?)日常編が続く予定です。
今後ともよろしくお願いします。


 私は迷いなくM4カービンのトリガーを引く。

 響き渡る銃声。

 マズルフラッシュで視界に火薬の爆発による光が入り込む。

 そして、銃口から放たれた銃弾は目標へと向かっていく。

 

 次々と目標の目前まで銃弾が迫る。

 

「ッ!!」

 

 大剣で私をミンチにせんと迫っていた男が足を止める。

 普通の人間相手だったら、迫る銃弾に恐怖したか絶命したことにより足を止めていた事だろう。

 しかし、ヤツは恐らく魔術師……。

 なんかしらの防御手段を実行するために足を止めたのだろう。

 

 私の予想は見事に的中した。

 男の身体を本来貫いていたはずの弾丸が地面に落ちる。

 弾丸が地面と衝突することで奏でられる振動が軽く私の鼓膜を震わす。

 

 そう、ヤツは自分の身体よりも大きい大剣を地面に突き刺すことで即席の盾としたのだ。

 大剣に防御魔術かそれとも物理攻撃耐性の術式でも仕込んでいたのか。

 銃弾は、大剣を破壊することはおろか傷一つをつけることも叶わなかった。

 

 それでも、男の足を止めることは出来るのでとにかく銃弾を撃ち続ける。

 宙を空薬莢(からやっきょう)が舞う。

 残り弾数は……10、5、1……0。

 

「リロード! カバーよろしく!」

 

「分かりました!」

 

 私は銃弾を撃ち尽くしたので、先程の瓦礫に再び身を隠し、(から)マガジンを地面に落とし、()()()()()()()()が底に貼られている替えのマガジンをマガジンポーチから取り出して装填する。

 ……物理耐性があるのは分かったからね。

 今度は、魔術師同士の戦いの本番と行こう。

 

 私がリロード間は、氷華が銀色のルガーを撃ってヤツを足止めしている。

 

 にしても、敵の魔術師は基本的に汎用魔術の一つである身体強化しか使っている様子がないが……それなら何故、消費魔力量の少ない身体強化のみの使用でここまで大きな魔力反応を感じるのだろう。

 

 ……嫌な予感がする。

 

「先輩! 私の方も弾が切れたので、前衛の交代を!」

 

 おっといけない。

 バディがいるせいで気が緩んでいたらしい。

 また考え込んでしまった。

 ちゃんと気を張らないと、だ。

 

「オッケー、任せて! 」

 

 そう言って私はチャージングハンドルをガチャッと引き、再び瓦礫出てヤツに照準を定める。

 

 ……今のところ、あの男が汎用魔術の中でも初歩中の初歩である身体強化しか使っていないことから考えるに、ヤツはそこまで高位の魔術師ではないだろう。

 だから、特定の属性魔術に対する耐性などはないはずだ。

 

 セレクトレバーをフルオートからセミオートに切り替える。

 トリガーにそっと指をそえる。

 

「術式起動」

 

 私はそう呟くと、トリガーを迷いなく引く。

 再び鳴り響く銃声。

 そして、先程と同じように一発の銃弾は堅牢な盾と化している大剣に当たる。

 

 そう、ここまでは先ほどまでと同じ。

 しかし、銃弾は大剣によって弾かれることなく……その場で勢いよく燃え始める。

 その炎はやがて男の身体まで燃え移る。

 

「ガァァァァァッ……」

 

 男はもがき、火から逃れようとするがもう遅い。

 そのまま男は骨までもが燃え尽き、灰となる。

 炎も燃えるものを失い、鎮火する。

 風が吹き、さっきまで人間だった灰が飛んでいく。

 

 その場には、地面に突き刺さったままの、主を失った大剣のみが残っていた。

 ……あれほどの魔力反応を垂れ流していたにしてはあまりにも呆気ない。

 

「……ただの魔弾でこの火力……凄い」

 

 氷華が思わずといった感じでそう呟く。

 

「別にそんな凄くないよ。Aクラスの連中なら誰だってこれぐらい出来るよ。……思ったより時間食ったわね。帰りは急ぐよ! 」

 

 時間を確認すると、もうD-3地区に入ってから2時間も経ってしまう。

 ……罪人(つみびと)になるのはごめんだ、私はまだ人間をやめる気はない。

 急いで帰るしかあるまい。

 

「分かりました! 私が索敵魔術を使って安全な道を割り出すので、ついてきて下さい」

 

 索敵魔術を使うと魔力反応で敵に存在がバレやすくなるけど、今更か。

 にしても、これだけ派手に戦闘をしたのに敵の増援は来なかった。

 まさか戦闘に気づかなかった? 

 そんな訳あるか、この戦闘を気づかないなんてある訳がない。

 

 ……まぁ、色々と疑問点はあるが今は帰還しなければならない。

 今は置いておこう。

 

「索敵魔術、私が使ってもいいのよ?」

 

「先輩は先ほどの戦闘で魔術を使いましたから、今度は私に任して下さい」

 

「分かったわ、今回は貴女の言葉に甘えるわ」

 

 そう言うと、私は一応男が使っていた大剣を回収して、氷華の後ろ姿を追って走り始めた。

 

 ……その姿を遠くの廃ビルの屋上から見ている男が2人いた。

 

「なるほど。流石、火葬屋と呼ばれるだけはある魔術師だ。最低ランクのオモチャとはいえ、僕の人形(マリオネット)を魔弾1発で灰にするとはな」

 

「……()()()()に報告致しますか?」

 

「所詮、この地区の端を偵察されただけだ。まだ、あれを確認された訳でもない。まだ、あの御方へ報告する必要はないだろう……次は少し本気で相手をしてやろう、宵月瑠奈」




ちなみに、魔術師は銃弾が見えています。
この世界の魔術師は普通の人間より身体能力や動体視力がいいので。
まぁ、ここら辺の設定はおいおいまとめて公開します。


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人物紹介&年表

今回は、今まで出てきたキャラの紹介とこの世界の歴史の一部の紹介です。


人物紹介

 

《宵月瑠奈》

誕生日:4月9日

身長:165cm

腰まで伸びている長く艶のある金髪と美しい翠眼が特徴の少女。秋風武装学園の三年生である。火属性魔術師の到達点の一つと言われる(それゆえに二つ名が火葬屋)ほど非常に優秀な魔術師であり、秋風武装学園でも3年連続で優等生クラスであるAクラスに入っている。ただ、その優秀さ故に同級生に模擬戦をよく申し込まれたり、厄介ごとによく巻き込まれる。適合属性は火属性。使用武器は、M4カービン、M9A3、そして白銀の西洋剣。

 

《蒼山氷華》

誕生日:9月17日

身長:156cm

茶髪のショートボブと青い瞳、そして左目の白い眼帯が特徴の少女。秋風武装学園の一年生である。平凡より少し下くらいの実力の魔術師であり、Cクラスに入っている。ただし、何やら訳ありらしい。適合属性は自称火属性。使用武器は、銀色のルガーP08のみ。現在、瑠奈のバディである。

 

 

 

 

年表(1962〜1978年)

 

1962年:アメリカ軍偵察機がキューバ内にソ連軍核ミサイル基地があることを発見してキューバ危機勃発。米軍はキューバ全体に大規模な爆撃を実施した。これをきっかけとして、米国主導のNATO(北大西洋条約機構)とソ連主導のWTO(ワルシャワ条約機構)の軍事的な全面衝突"第三次世界大戦"が勃発した。1962年中にキューバはNATO軍により占領されたものの、ヨーロッパ方面はWTO優勢の状態であった。

 

1963年:アメリカ合衆国の要請を受けて、日本国はNATOに加盟。また、日本国は在日米軍の指導の元、日本国国防軍を組織した。

 

1964年:日本国が朝鮮民主主義人民共和国に宣戦布告。これにより、日本国もWTOと交戦状態となる。また、この年からヨーロッパ方面はNATO有利となる。

 

1965年:日本軍が大韓民国軍と協力して、WTO軍と交戦している中、ソ連・中国連合軍が北海道に上陸。日本軍の本土守備隊が防衛線を張る前に東北地方の一部までWTO軍が侵攻した。以後、日本本土の戦線は数年に渡り硬直する。

 

1966年:東ドイツが降伏。続いて、ポーランドも降伏した。

 

1967年:ソ連とソリが合わなくなり、中華人民共和国がWTOから離脱。西側諸国と単独講和。同年、朝鮮民主主義人民共和国が降伏。

 

1968年:ハンガリーで反乱が発生。ハンガリー王国が復活し、NATOに加盟。以後、ヨーロッパ戦線は硬直する。激戦区は中東・アフリカへと移る。

 

〜1975年まで動きなし〜

 

1975年:日本国防軍が日本列島内からWTO軍を叩き出す。

 

1976年:イスラエルに日本国防軍の一部部隊が派遣される。

 

1977年:イスラエルに派遣されていた日本国防軍の部隊が地中貫通爆弾の被害調査中に地中に埋まっていた未知の棺を3つ発掘する。この3つの棺は研究のために日本国内へと空輸される。また、同年にWWⅢは終結。核戦争の果てには、戦勝国など存在せず、全ての国が等しく敗戦国であった。

 

1978年:日本の研究所は、棺の中に未知の人型生命体が入っていることを発表。以後、この生命体は魔女と呼称されるようになる。



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第五話 帰還

 私が憧れの宵月先輩の通っている高校を見つけた時、それはそれは喜んだものです。

 

 あの宵月先輩と同じ屋根の下で学べる。

 宵月先輩の、あの苛烈な炎の輝きを身近で見ることが出来る。

 

 それは、宵月先輩横に立てるような魔術師になりたいと思っている私には大チャンスでした。

 

 でも、彼女の通う秋風武装学園の入学試験には実技が含まれることを知った時、浮かれていた私は一気に地の底に叩きつけられたかのようなショックを受けました。

 

 もっとも、不幸(幸運)なことに、私には再びチャンスが訪れたのですが。

 

 秋風武装学園の生徒も多数参加した国防軍のD-3地区解放作戦の失敗。

 

 ほんとはこんな風に思っちゃいけないのだろうけど……それでも、この知らせは私にとって間違いなく吉報でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年 4月18日 D-3地区近郊・集合地点

 

 その後、私たちは敵と遭遇することなく、無事にD-3地区から離脱することに成功した。

 ただ、氷華はかなり疲れているみたいで歩くことすらかなり辛そうだ。

 ……Cクラスの魔術師が、1時間もの間ずっと索敵魔術を使い続けていたのだ。

 そんなことをすれば、魔力の元となる生命力が尽きてしまうのも致し方あるまい。

 

「氷華、あとちょっとだから頑張って」

 

「はい……」

 

 今、私は背中にM4カービンを背負っているし、右手には例の大剣を持っているので、残念ながら彼女を助けることは出来ない。

 出来るのは、彼女を励ましてやることくらいだ。

 

 ……こういう時、自分の無力さがいやになる。

 火葬屋だの、火属性魔術師の到達点の一つだの持ち上げられているが、私に出来ることは人を焼き殺すだけ。

 

 頑張る後輩の1人も助けてやれない。

 治癒魔術や本物のテレポートが使えれば……。

 

「氷華、着いたわ。お疲れ様」

 

「やっと……着きましたか」

 

「えぇ」

 

 私たちの目の前には、国防軍の輸送防護車とその輸送防護車の外でタバコを吸っている1人の若い男が居た。

 彼は迷彩服を着ており、腰にはホルスターに収納されている9mm拳銃のグリップの一部が見える。

 

 私たちの姿を見るや、彼はタバコを地面に投げ捨て、近寄ってくる。

 

「おう、また大物を取ってきたな。ソイツを寄越しな。俺がこの車に積んでおいてやる」

 

「ありがと、大宮(おおみや)二等兵。いつも大きい鹵獲品ばかりで悪いわね」

 

 そう言いながら、私は彼に大剣を手渡す。

 彼は、それを受け取ると車内へと運ぶ。

 

「別に良いってことよ。そんなことより、お前らも早く乗りな。火葬屋様の連れがお疲れのようだしな」

 

「えぇ、そうさせて貰うわ。氷華、肩を貸すから行きましょう」

 

「あ……わざわざそんな」

 

「いいのよ、貴女はちゃんと頑張ったんだから。ほら行くよ」

 

 私が、彼女に"頑張った"と言った瞬間、氷華は笑みを浮かべていた。

 喜んでもらえたなら何よりだ。

 

 私は、氷華の腕を肩にかけて、肩を組む。

 そして、私たちはゆっくりと輸送防護車へと近づき、車に乗り込む。

 

「よし。んじゃ、学園まで送って行くぞ」

 

「よろしく」

 

 そうして私たちは、少し時間がかかったが、無事に学園へと帰ることが出来た。

 

 



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第六話 学園生活の始まり

零章は基本的に学園モノとなります。……六話でやっとまともに学園が出てくる学園モノとは?


 何度も、何度も、何度も。

 術式を変えたり、調整したりしてみた。

 剣そのものの構造を変えたりもした。

 

 でも、やっぱり無理だった。

 

 私の炎の魔剣じゃ、あの繊細で美しい輝きにたどり着くことは出来なかった。

 何が足りないのだろう? 何がいけなかったのだろう? 

 

 私は自室の窓から空を見る。

 今日も流星を見ることは叶わなかった。

 

 

 

 

 

 2022年 4月18日 11:17 秋風武装学園高等部正門前

 

「そんじゃ、俺は管理局にこのデカい剣を届けに行ってくるわ」

 

「ここまでありがとね」

 

「ありがとうございました」

 

 私たちを学園の正門まで届けると彼は再び車に乗って去って行った。

 氷華の体調もまぁまぁ良くなった……けど、完全に良くなった訳じゃないし、連れ回すのは良くないよね……。

 

「氷華、貴女寮暮らしよね?」

 

「はい、そうですが……それがどうかしたんですか?」

 

「私は学園長に戦果を報告するからさ、先に帰ってて……流石に自分の部屋は分かるよね?」

 

「はい、大丈夫です。では、私はこれで」

 

「うん、また明日ー。っと、学園長のとこ行きますか」

 

 あんま、あの人には会いたくないけどね……何考えてるか分からないし。

 疲れと行きたくないという感情のせいか、やけに思い足取りで校舎へと向かって歩いて行く。

 

 そうして、校舎に入って右に曲がるとすぐの所にある部屋にドアをノックしてから入る。

 

「失礼します、学園長」

 

「おぉ、来ましたか。さて、成果を見せて貰おうか」

 

 部屋の中は、立派な机と椅子を除けば質素なものだった。

 そしてその椅子から立ち上がる若めの白髪の男性が1人いた……そう、この男こそがこの学園の(おさ)である。

 

 ちなみに机と椅子だけ立派な理由だが……なんでも、現学園長は自身の部屋を質素にしたかったが机と椅子だけは諸事情により変えられなかったとかなんとか。

 

 学園長は私の前まで来て、手を伸ばす。

 そして私は、自分のスマホを彼の手のひらに置く。

 

「申し訳ありません。損害こそは出なかったものの、敵にはバレてしまいました」

 

「ふむ、まぁそれは別に構わないさ。どうせバレるからね」

 

 そう言いながら、彼は私のスマホを机にあるコンピュータと有線で接続する。

 

「どうせバレる? それはどう言う……」

 

「残念ながら軍事機密だ。一生徒たる君には教えられない」

 

 また、これだ。

 学園長は、私が幾ら質問しても8割方軍事機密だからと言って教えてくれない……まったく信用ならない。

 

「分かってはいましたが……またそれですか」

 

「君も分かってきたじゃないか……あぁ、これは返すよ。もうデータは貰ったから。まぁまぁの範囲を索敵してくれたね、助かるよ」

 

 学園長は、私にスマホを手渡す。

 それを私はブレザーのポケットに放り込む。

 

「……それはどうもありがとうございます。ちなみに、続きの任務はいつ頃ですか?」

 

「そうだねぇ……2週間はかかるだろうね。なんせ、敵が大して強くないとはいえ君たちが索敵した所まで国防軍が占領して、除染しなきゃならない。まぁ、しばらくはゆっくり青春を楽しみたまえよ」

 

「分かりました。では、失礼致しました」

 

 そう言って私はこの部屋を出て行こうと、ドアノブに手をかけたところで、後ろを振り返らずに口を開く。

 

「ところで……何故、私のバディを今日の早朝に変更したのですか? 蒼山氷華はCクラス……元の宵月裕樹(よいづきゆうき)の方が能力的には適任かと」

 

 別に氷華が嫌だという訳ではない。むしろ、バディが氷華で助かったのだが……一応、真意を聞いておきたい。

 

「……君との性格的な相性を考えた、と言っても信じないだろうし。仕方ない、プライバシーの問題にならない程度に言うとしよう。彼女、蒼山氷華は君が思っている数倍以上は強いよ」

 

「それ、どういうこと?」

 

 思わず振り返る。

 笑っている彼の顔が目に入る。

 ……ちっ。

 

「……」

 

 これ以上は話さない、と。

 これ以上は詮索しても無駄だろう。

 

 私はドアを開けて、学園長の部屋を出る。

 今日は授業もないし、とりあえず寮に帰るとしよう。



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第七話 賑やかな一日(Ⅰ)

はい、お待たせしました最新話です。
それでは、本編をどうぞ。


「へ?」

 

 学生寮(もちろん女子寮)にある自身の部屋、B208号室のドアを開いた後、思わず間抜けな声を上げてしまった。

 

 だってしょうがないじゃない……

 

「あ、お帰りなさい、先輩」

 

 自分の部屋に氷華が居たのだから……なんで? 

 

「え、えっと……貴女、自分の部屋は?」

 

「……? ここですよ。バディは同性同士なら同じ部屋になるのは学園のルールじゃないですか」

 

「……あー、そっか。バディ変わったから、今日から氷華との共同生活になるのか」

 

 つい昨日まで、男子がバディになる予定だったから、バリバリ1人で暮らす気でいたけど……そうか、氷華に変わったから今日から共同生活か。

 これから先輩として、氷華に色々と教えてあげなくちゃ。

 

 ……ん? 待って。

 あ、ヤバい! 

 1人で暮らす気でいたから、相方用のベッドと机の上に私のモノ置きっぱだ! 

 

「ひょ、氷華、ごめん! 貴女、私のものがあるせいで自分の荷物置けてないわよね? すぐ片付けるからちょっと待ってて!」

 

「ゆっくりで大丈夫ですよ。とりあえず、床に置かせていただいてますから」

 

 そう彼女は、微笑みながら言うが急がなきゃだ。

 私は、靴を玄関で脱ぎ捨てて、急いで片付けを始める。

 

 今日から氷華の寝床となるベッドの方には、読みかけの魔導書が10冊くらいが雑に放ってあるだけだから……さっさと開いている本を閉じ積み重ねて、自分の机の上に移す。

 

 その際に、元から私の机にあった書きかけや没となった魔術式をメモった用紙が魔導書の下敷きになったが……あとで救出しよう。

 今は片付けの続きを優先しなきゃだ。

 

 さて、次は机の上だ。

 ベッドと同じく、今日から氷華のものとなる机には、先ほど魔導書の下敷きとなってしまったのと似たようなメモ用紙が大量かつ乱雑に置かれていた。

 

 とりあえず、これらの用紙を両手一杯にかき集めて、これまた自分の机の上に置く……うわ、ただでさえ色んなものが散らばっていて汚い私の机がさらに悪化した。

 

 まぁ、これでとりあえず片付いた。

 かかった時間は……5分。

 まぁまぁ早めに終わったのではなかろうか? 

 

「氷華、見ての通り片付けは終わったから。あとは好きに使って。わざわざ待たせちゃって悪いわね」

 

「いえ、それは構わないのですけど」

 

 彼女は、ジト目でこちらを見る。

 

「……何よ。何か不満?」

 

「……先輩、片付け苦手なんですね」

 

「苦手って言うか……だって、面倒じゃん。任務やら講義もあって、結構疲れちゃうし、片付けする余力が無いんだよねぇ」

 

と、私は頬を指でかきながら言う。

 

「今度、私も手伝うので、一緒にきちんと片付けしましょうね」

 

「えー」

 

 私の抗議に聞く耳一つ持たずに、彼女は自分の荷物を片付け始めた。

 ……さて、片付けはとりあえず置いといて、お昼ご飯はどうしようかな? 

 そろそろ12時になるし、氷華の片付けが終わったら、彼女にも聞いてみよう。



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第八話 賑やかな一日(Ⅱ)

活動報告の方に投稿頻度について書いておきました。気になる方は確認してくださいー。


「んんっー、終わったー」

 

 自身の荷物の整理が終わった氷華が、スッキリしたような顔で背伸びをしている。

 

「ん、お疲れ様。はい、これ」

 

 そう言って私は、寮の近くにあった自販機で先ほど買って来たスポーツドリンクを氷華に手渡す。

 

「あ、わざわざありがとうございます」

 

「お礼なんて別にいいっての。さて、貴女も色々と疲れているでしょうし、時間もいい感じだし、お昼ご飯にしましょうか。氷華、何か食べたいものはあるかしら? 今日は頑張ってたし、貴女の好きなものを奢るわよ」

 

「いえ、そんな訳には……それに特別何か食べたいものがある訳でもないですし……」

 

 氷華は、割と遠慮するタイプらしい……いやまぁ、分かっていたようなものだけど。

 さて、このまま氷華に聞いてても(らち)が開かないだろうし、適当に何か高いものでも出前で頼もうかしら? 

 

 そんなことを考えていると……。

 

 バァンッ!!! といういかにもヤバそうな音を立てて、私たちの部屋のドアが開かれる。

 ……鍵かけてたんだけどな。というか、100%ドア壊れたよね。

 ……また、私が直すのか……。

 そして、私たち住人に一切の断りもなく、部屋に上がってくる少女が2人。

 

「ひぇっ!! な、なんですか⁈ 強盗? それとも原初派の奇襲?」

 

「あー、来たかー」

 

 ……氷華は完全に混乱しているようだ。

 てか、なんだったらルガーを引き抜いてるし。

 危ない危ない……とりあえず、氷華の右手からルガーを奪いとる。

 

「ちょっと、先輩! なんで、取り上げるんですか! むしろ、先輩も部屋の隅に立てかけてあるM4カービンを取って来て……」

 

「アイツらの服見なさい」

 

「服がどうか……あ」

 

 どうやら、氷華はこの野蛮人2人が私たちと同じ服、秋風武装学園の制服を着ていることに気がついたらしい。

 

「瑠奈、来たよー」

 

 赤髪長髪の少女がそう言って、私たちの部屋の床に座る。

 

「すみません、私は止めたんですけど……」

 

 そう言って、赤髪の少女について来ていた黒髪ポニーテールの少女が頭を下げる。

 

「はぁ、別にいいよ、胡桃(くるみ)。貴女は悪くないしね……問題は」

 

 私は、赤髪の少女を指差す。

 

恵梨香(えりか)、あんたよ! なんで、いっつもいっつも私の部屋のドアを壊して入ってくるのよ! 嫌がらせ?」

 

「うん」

 

 コイツ……嫌がらせって直球で言いやがった……。

 てか、普通に入れよ、壊すなよ。

 

「なんで嫌がらせすんのよ……」

 

「貴女に分かる⁈ 毎回毎回魔術師同士の戦いなのに、あんたに拳で吹き飛ばされるアタシの気持ちが!!」

 

 あー、そこか……その件はすいません。でも、許して。身体強化魔術使いやすいから。

 

「あの……この方たちは?」

 

「うん、コイツらは私の同級生で。このやかましい赤髪「誰がやかましい赤髪よ!」の子が桜木恵梨香(さくらぎえりか)、んでこっちの黒髪が岡崎胡桃(おかざきくるみ)だね」



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第九話 賑やかな一日(Ⅲ)

もうすぐ、初日が終わる……


「へぇー、この子が貴女のバディ? 火葬屋様には似合わない、大人しそうな子じゃない」

 

 そう言いながら、恵梨香は氷華の頭を撫でる。

 

「あぅ……うぅ、なんか子供みたいに扱われてます……」

 

 ……身長差あるせいで確かに氷華が子供に見えなくない。

 

「……気を悪くしたならごめんなさい。恵梨香ちゃん、この子が嫌がってますよ」

 

「あー、ごめん。なんか妹みたいに見えちゃってさ、この子が」

 

「べ、別に嫌がってるってほどではないですけど……」

 

「それなら良かった。で、貴女名前は?」

 

「蒼山氷華です。恵梨香さん、胡桃さん、よろしくお願いします」

 

「こっちこそよろしく。これからもこの部屋にはよく来るだろうし」

 

 恵梨香、貴女は出来るならあんまり来ないで欲しいのだけど……ドア壊れるし……なんだったら、たまに部屋燃えるし。

 

「私もよろしくお願いしますね、氷華ちゃん」

 

「自己紹介は終わったかしら?」

 

「うん、見ての通りね。でぇ、瑠奈パイセーン」

 

 突然、恵梨香は私に上目遣いをしてくる。

 

「急にパイセン言うな気持ち悪い」

 

「えー、瑠奈パイセンひっどーい」

 

 ……こういう時、恵梨香が何を言い出すかは知っている。

 そう、私に昼飯代を出させる気だ。

 

「さっき、この部屋に入る前に聞こえたんだけどぉ」

 

 意外と耳いいのね、コイツ……

 その才能、別のことに生かしなさいよ。

 

「氷華ちゃんの好きなお昼ご飯を買ってあげるって言ってたじゃん。アタシも瑠奈パイセンに奢って欲しいなぁって」

 

「いや、なんでアンタにまで奢らなきゃいけないの?」

 

「んー、無事みんなで一緒に進級出来た記念?」

 

 Aクラスなんだから、進級出来るのも当然でしょうが……何言ってるのかねぇこの子は。

 

「はぁ、奢るわけないでしょ」

 

「お願い! 今月金欠なの!」

 

 新学期早々、金欠ってなんで? 

 どんな生活してんのよ。

 

「……ちなみに、なんで金欠なの?」

 

「えーっと、それはその……うー」

 

「胡桃、なんでか分かる?」

 

「えぇ、恵梨香ちゃんは今度こそ、貴女に勝つぞーって言って杖を買ってましたから、そのせいではないでしょうか?」

 

「ちょ、ちょっと胡桃!」

 

 ……恵梨香は、私にしょっちゅう勝負を挑みに来るけど毎回負けてるのよね。なるほど、なるほど。

 

「あのー、先輩」

 

「「「どうしたの?」」」

 

 私たち3人は同時に氷華の方を見る。

 氷華、ここにいる全員は先輩だから、"先輩"だけじゃ誰だか分からないの。

 

「あ、そうでした。えっと、宵月先輩」

 

「ん? どうしたのかな?」

 

「魔術師に杖って要りましたっけ?」

 

 あ、その話か。

 氷華は、まだ知らないのね。

 

「基本は要らないね。ただ、今よりもっと魔力操作の精度を上げたいって言う時に使うのよ。ま、まだ貴女には早いから気にしないでいいわ」

 

「なるほど……ありがとうございます」

 

 ちなみに、杖は別のモノで代用することも可能だ。

 例えば、私の剣とかね。あれは、半分杖みたいなものだし。

 

 さて、それはそうと……私は努力をする人は好きだ。

 今回は、負けてやるとしよう。

 

「恵梨香」

 

「何?」

 

「ほら、これあげるわ」

 

 そう言って、私は彼女にラーメン割引チケットを渡す。

 これが最大限の譲歩だろう。

 

「ん、割引チケットね……って、は、半額! あ、ありがとうございます、瑠奈様ぁぁぁ!」

 

 ……ま、まぁ、喜んでくれたなら何よりね。ちょっとオーバーリアクションだけど。

 

「てな訳で、ラーメン頼むけど良いかしら、氷華?」

 

「はい、私は別になんでも良いですから」

 

「なら、良かった。胡桃は?」

 

「私も良いですよ」

 

「よーし、じゃあ頼みますか」

 

 私は、ポケットからスマホを取り出し、近くのラーメン屋に電話をかけた。




水属性と氷属性について

水属性を極めると、氷属性の適合を得ることがある。氷属性は水属性の完全上位互換である。また、ごく稀に生まれつき氷属性が適合属性になる場合もある。


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第十話 一日の終わり

やっと初日がおわったぁぁぁぁ!
次話からは、しばらく実戦はほとんどありませんが、戦闘シーンはあります!


 私たちは、お昼ご飯を食べたあと、4人でかなりの時間喋ってしまった。別に会話の内容は大したことはない。

 個々の近況報告や近くにある武器屋が新しく仕入れた武器の評判、Aクラスの恋愛の噂……まぁ、本当になんてことはない会話だ。

 

 ……それでも、いつ死ぬか分からない私たちにとっては、こんなどうでもいい会話をしている楽しい時間が、とても大事なのだ。

 

「じゃ、また明日」

 

「また明日、校舎で会いましょう」

 

 そう言って、恵梨香と胡桃の2人は去って行った。

 

「氷華、楽しかった?」

 

「はい、2人とも面白い人でした。……またいつか、こんな風に4人で楽しめる時間があれば良いですね」

 

「……そうね。きっと、いや、多分、またこんな時間を過ごせるわ」

 

 私は、きっと過ごせる、とは言い切れなかった。

 この世界は理不尽だ。

 どれだけ、善行を積もうと……一切悪いことをしなくても、災害に等しい圧倒的な力が突然現れて……あっさり人間は殺されるのだ。

 だから私は……言い切ることは出来なかった。

 

 窓から外を見る。

 真っ暗になりつつある……もう夕方か。

 もちろん、夕焼けなんてものは見れない。

 空は、いつでも分厚い雲で覆われているのだから。

 

「じゃ、私はあのバカが壊して行ったドアを直しとくから……あなたは部屋に入って暇つぶしでもしてて」

 

「分かりました」

 

 ……さて、この豪快に破壊されたドアをなんとかしよう。

 もちろん、私は物理的にこれを直す手段はないので、魔術でどうにかするしかない。

 

「……復元(リストア)

 

 私がそう唱えると、ドアは淡く輝きながら瞬時に壊れる前の姿に戻る。

 ……汎用魔術、ひょっとして戦闘よりも日常での方が使えたりする? 

 

 ま、いいや。

 一応、ドアを何回か開閉したが、大丈夫そうだ。

 私も、部屋の中に入る。

 

 部屋の中を見渡す。

 氷華が、机に座って必死に何かを書いていた。

 近づいて、横から覗き込んでみる。

 

 ……火属性魔術の術式か。

 しかもこれ、一番単純な術式"魔弾"のヤツ……この子、自分の適合属性火だったよね。

 

 ……間違いだらけね、これ。

 ていうか、火属性なのに温度下げてる式あるし。

 ……大丈夫かしら? この子。

 

「ねぇ、氷華」

 

「……」

 

 彼女は、魔術式を書いてるのに熱中してて気づかない。

 肩を揺らしてみる。

 

「ひゃ、ひゃい! ……痛い……」

 

 この子、びっくりして舌噛んじゃってるし……。

 

「大丈夫……?」

 

「だ、大丈夫です。それで、何ですか?」

 

「ここ、温度下がっちゃってるわよ」

 

 私は、間違っている場所を横から指差す。

 

「あ、ほんとですね」

 

「あと、ここも……」

 

 途中、近くのコンビニで買ってきた弁当を夕食として食べたり、シャワーを交代で浴びたりしながら、私たちは魔術式を結局21:00まで書き続けた。

 

「……もう消灯時間ね」

 

 寝巻きに着替えながら、私はそう呟く。

 

「そうですね。今日は、ありがとうございました」

 

 ……やたら氷華は嬉しそうだ。

 魔術式なんか書いたって楽しくないだろうに。

 

「じゃあ、電気消すから。貴女は早く上に登って」

 

 氷華は、二段ベッドの上だから、彼女が登ってから電気を消さないと大惨事になりそうだ。

 

「はい、おやすみなさい。宵月先輩」

 

 私は、電気を消して、自分のベッドに潜り込む。

 目を閉じる前に、スマホを開き、情報屋と書かれたアドレスに1本のダイレクトメールを送ってから眠りについた。



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第十一話 ありし日の記憶Ⅰ

 ……私は、4大財閥の令嬢とか政治家の娘とかそういう裕福な家の生まれではなかった。

 かと言って、スラム街生まれとか傭兵の両親の元生まれたとかそういう貧しい生まれでもない。

 

 私、蒼山氷華は、平和だった時代にはたくさんあったが今や逆に珍しくなってしまった中間層という家庭に生まれた。

 

 父親は国防軍の士官で、母親は本州連合(国家)に仕える魔術師だった。

 2人とも、そこまでして位が高かった訳ではない。

 

 それでも、普通に暮らす分には十分な暮らしは出来た。

 私たちは、幸せだった。

 そう、そして、その幸せはずっと、ずっと……続いていく。

 そう私は信じていた。

 

 この残酷な世界は……もちろん私のような勘違いをした人にその過酷さを見せつけてくる。

 はじめは……私が10歳の時。

 そして、私が姉になった日。

 

 父親の勤めていたD-03地区国防軍司令部に突如原初派側の魔女である第二の魔女が出現。

 そこにいた国防軍の軍人は一瞬で全滅した。

 もちろん、私の父親も例外なく。

 

 母親は立ち直れなくなって、何もしなくなった。

 だから、私は働き始めた。

 幸い、私にはそこそこ高い魔術師としての適正があったので、仕事はあった。

 この時ほど、この世界が荒廃していることに感謝したことはない。

 幼い自分でも、働けるから。

 

 妹は、母の親戚の家に預けた。

 誰も世話が出来ないからだ。

 一応、時々妹の様子は見に行った。

 

 ……まだ、私は世界を恨みきれずにいた。

 残っていたからだ。

 母と妹が。

 一回だけなら耐えられたのだ、そう一回だけなら。

 

 

 

 

 

「……先輩」

 

 誰かが呼んでいる。

 私は、さっきまで何を見ていたのだろうか。

 あれは……誰の記憶だったのだろうか? 

 もう、夢の記憶はあいまいになっていた。

 

「宵月先輩! 起きてください」

 

 私は、目を開ける。

 カーテンの隙間から眩しい光が一瞬視界を覆うがすぐに慣れた。

 

 私の顔を覗き込んでいる、まだあどけなさの残る少女の顔が見える。

 短かめ茶色の髪、右目の青い瞳、左目の部分に付けられた白い医療用の眼帯。

 

「……あぁ、氷華。おはよう。ところで、今何時かしら」

 

「もう8時ですよ! いくら寮と学園の距離が近いと言ってもそろそろ起きないと一限の授業に間に合わないですよ!」

 

 あぁ、そのこと。

 私、別に早くに行かなくてもいいのだけど……。

 うーん、説明するのもめんどくさいし……寝よ。

 

 私は再び瞼を閉じる。

 

「おやすみ、氷華」

 

「ちょっと先輩! はぁ……私はもう行きますよ」

 

「行ってらっしゃい。ちなみに、私は午後からしか授業無いから」

 

「え、そうなんですか! すいませんでした……はぁ、私っていつも……行ってきます……」

 

 ……帰って来たら、励ましとこ。



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第十二話 いつものじゃれあい

 チリリリリ……という音が聞こえる。

 私は、瞼を開けて、身体を起こして、近くにある目覚まし時計のボタンを押す。

 

 そうすると、先ほどまでのベルの音は消えた。

 目覚まし時計が鳴ったってことは……今は11時か。

 

 ベッドから離れて、カーテンを開けると、それなりの光が部屋を照らす。

 今日は、雲が薄いらしい。

 

 ……さて、登校するか。

 適当に身支度を整えて、ライフルバックを背負って部屋を出る。

 髪が所々跳ねていたり、ブレザーのボタンをしてなかったりしているが、いつものことか。

 

 所々、弾痕が残っていたり、ヒビの入ったままになっている部分のある道路を歩く。

 この時間、歩いている生徒はもちろん、大人や子供もほとんど歩いていない。

 時おり、巡回している国防軍の兵士とすれ違うくらいだ。

 

 ……まぁ、一般人は地下で暮らしてるだろうから当然か。

 

「あの、宵月さん」

 

「ん?」

 

 後ろから聞き慣れた女子の声がした。

 振り返ると、そこにはポニーテールにした黒髪に赤い瞳を持つ少女……胡桃が立っていた。

 

「おはよ、胡桃」

 

「はい、おはようございます、宵月さん」

 

「にしても、貴女も基礎科目免除勢だっけ?」

 

「はい、私ってほら……特殊じゃないですか」

 

「あぁ、まぁそりゃドラゴンライダーにはあんま関係ないわね、基礎科目」

 

 彼女は、特定のドラゴンを召喚して、そのドラゴンに乗って戦うドラゴンライダーだ。

 そんな彼女が、ドラゴン乗りながら小規模な魔術をペチペチ撃つ絵面はもはや滑稽だ。

 普通に、ドラゴンに火のブレスでも吐いて貰った方がよっぽどいいだろう。

 

「まぁ……そういう事です。ところで、今日もやるんですか?」

 

 あぁ、アレのことか。

 別に私はやりたい訳ではないのだけど……相手がやる気満々だし、私も他にやることがあるわけでもないから結局付き合ってるんだよね。

 

「ま、やるんじゃない? 恵梨香次第だけどね」

 

「なるほど……じゃあ、今日もパンですか」

 

「学食のパンになるだろうねぇ」

 

 

 

 

 

 

 私たち2人は、学園の校舎に入り、自分達の今日の扉を開ける。

 

 すると、何かが私の方に飛んでくる。

 あれは……学食で売っているたまごサンド! 

 それを、潰してしまわないように丁寧に掴む。

 これが今日のお昼ご飯か。

 

「やっほー、瑠奈」

 

「おはよ、恵梨香。はい、これ」

 

 そう言って、私は恵梨香の手のひらに硬貨を何枚かを握らせる。

 

「ん、250円丁度だね。胡桃もおはよ、はいこれ胡桃の分」

 

 そう言って、胡桃にアンパンを手渡す。

 ……なんで、私には投げるのかしら? 

 

「あら、恵梨香ちゃん、ありがとうございます。こちらが代金ですね」

 

「さて、2人とも……もう、やることは分かってるね」

 

「校庭に行くんでしょ?」

 

 私は、たまごサンドを食べながらそう言う。

 

「もちろん。じゃあ、模擬戦やるぞー!」

 

 私たちは、校庭へと歩いていった。




4大財閥
日本連合皇国では、第三次世界大戦後に四つの大企業(月詠重工、桜木証券、岡崎造船、秋風コーポレーション)が連合皇国内で非常に強い権力を持つようになった。いずれの企業の社長も魔術師である。


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第十三話 不死鳥降臨

戦闘シーンだー!


 私は、グラウンドの中心ら辺の地面にそこらに落ちていた木の棒で魔法陣を描く。

 描き終わったら、プロテクトと呟く。

 すると、魔法陣が輝き始め、ドーム状の半透明の壁が展開される。

 防御魔術を応用した、広域結界。

 コイツを展開してやれば、他の生徒やら学園の設備を巻き込まずに済む。

 あと、教師にもバレないしね。本来なら、私的な決闘は禁じられているのだけど、この結界にはちょっとした細工がしてあるから、誰にも中は見られないし、結界の存在も判明し辛くなる。

 

「へぇ、プロテクトってこう言う使い方もあるんだ」

 

「ま、実戦じゃ使えないけどね。防御力も薄いし、消費魔力も無駄に多いし」

 

「ふーん。じゃ、アタシは覚えなくて良さそうね」

 

 私たちは、そんな会話をしながら、ライフルバックから得物(愛銃)を出す。

 私は、M4カービン、恵梨香は対物ライフルM82A1バレット。

 魔弾が装填済みのマガジンを差し込み、チャージングハンドルを引く。

 

「こちらのライフルバックは私が預かっておきます」

 

 そう言って、胡桃は私たち2人分のライフルバックを回収して、結界の端へと行く。

 

「別にあなたは付き合わなくてもいいのに」

 

「お二人の戦いは参考になりますから……見ていたいんですよ、私は」

 

 ふーん、別に私たちから彼女が学べることなんてないだろうに……まぁ、本人がいいならいいけどさ。

 

 私と恵梨香は互いに距離をとり、相対する。

 

「恵梨香、準備出来た?」

 

 私は、M4カービンの銃口を彼女に向ける。

 ……ちゃんと火属性耐性魔術は展開済み。

 効果時間は180秒。

 

「もちろん」

 

 そう言い、彼女は、後ろ膝を地面につけて、前膝に肘をつけてライフルを構える。

 もちろん、銃口は私に向いている。

 バレットに装着されている6倍スコープが時々、鈍く光り輝く。

 

「じゃ、胡桃! いつものよろしく!」

 

「はい、分かりました! では……」

 

 胡桃は、懐からリボルバー式のハンドガンを取り出し、銃口を空に向ける。

 そして……

 

「よーい……始め!」

 

 パーンと、乾いた銃声が響きわたる。

 さぁ、模擬戦の始まりだ。

 

 開幕、重い発砲音が響きわたる。

 恵梨香の攻撃だ。

 

「チッ」

 

 私は、M4カービンを発砲するのを諦めて、ローリングして回避する。

 先ほどまで、私が居た所がドカーンと派手に爆破する。

 ……この魔弾、火属性魔術の派生系の爆破魔術が仕込まれてる。

 面倒だ。

 

 休む時間は与えられない。

 再び、発砲音。

 セミオートライフル……連射出来る対物ライフルは相変わらず面倒だ。

 

 爆風で、私の髪が靡く。

 

「……加速(アクセラレイション)

 

 私は、身体強化魔術の一つを使ってから大地を蹴る。

 文字通り、加速する魔術だ。

 回避しつつ、接近してしまおう。

 

「やっぱ使うよねぇ、それ」

 

 嫌な予感がする。

 弾丸は、今のところ私の後方に着弾している。

 それは、私を捕捉しきれていない証拠。

 何の問題もないはずだ。

 

 私は、牽制としてM4カービンを片手撃ちして牽制しつつ、走る。

 次々と薬莢が排出されて、連続して軽い金属音が響き渡る。

 

 ほとんどの銃弾は当たらない。

 直撃軌道に乗った銃撃も、彼女の防御魔術で弾かれる。

 

 しかし、そんな不毛な戦いは長くは続かない。

 私のM4カービンのマガジンが、空になったところでちょうど恵梨香の目の前に辿り着く。

 

 私は急停止をする。

 大量に舞う砂埃。

 M4カービンを投げ捨て、右手を握りしめて、彼女の身体を殴りつけようとする。

 加速(アクセラレイション)が乗ったパンチを食らわせれば、彼女は吹き飛ばされ、私の勝ち。

 いつも通り。そう、いつも通りの流れだ。

 

 なのに、なんだ。

 なんだ、この違和感は。

 彼女の顔を見る。

 

 彼女、桜木恵梨香は……笑っていた。

 

「……かかった」

 

「ッ⁈ ……あなた、一体何を」

 

 私の拳が彼女の腹の目の前まで迫る。

 ここから巻き返す? 

 そんな馬鹿な……。

 

「簡単だよ……あんたと同じことをするだけ。来なさい、不死鳥(フェニックス)!」

 

 ……いつの間にか。

 私の身体が宙を舞っていた。

 下を見る。

 そこには恵梨香と……全長1mほどの炎の鳥の姿があった。




加速(アクセラレイション)
汎用魔術の一つ。単純に自分を加速させる。拳のみ加速など、身体の一部のみを加速させることも可(ただし、相応の技能は必要)

絶対防壁(プロテクト)
汎用魔術。普通は平面状の不可視の壁を自身の前に貼るといった魔術。


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第十四話 超えられぬ壁

 ……私の身体は地面に叩きつけられる。

 防御魔術を詠唱する時間もなかった。

 無詠唱という手段もあったが、残念ながら私は防御魔術を無詠唱出来るほど使い込んでいない。

 

「痛いなぁ……にしても、まさかあなたが無属性の召喚魔術を使えるとは知らなかったわ。固有属性、火じゃなかったの?」

 

「アタシの固有属性は火で合ってるわよ。ただ……この子を呼び出せる召喚魔術も使えるってだけで」

 

「……二重属性持ち、ね。まさか、あなたもとはね」

 

「本当は、この子は使いたくなかったけど……これもあなたを倒すため。さぁ、瑠奈。ここからどうするの、あなたは?」

 

 身体中が痛む。

 制服もボロボロだし、髪も大変なことになっていることは容易に想像出来る……残り時間は1分、か。

 

 1分で恵梨香を倒さなきゃならない

 にしても、距離は取られたし、強力な神獣である不死鳥(フェニックス)はいるし、M4カービンは投げ捨てたし、どうしたもんかなぁ。

 

「宵月瑠奈」

 

「何よ」

 

「もう、その剣を抜くしかないんじゃない?」

 

 その剣……恵梨香が言ってるのは、私が腰に差しているこの白銀の剣"魔剣フォティア"のことだろう。

 ……彼女の言う通りにするのも癪だがそれが一番確実かつ手っ取り早い。

 私は、フォティアの(つか)を握る。

 

「そう、そうよ! 早くその剣を抜きなさい、瑠奈!」

 

 そして、今まさに抜刀しようとしたその瞬間。

 脳裏にあの流星がよぎる。

 あの日、あの時。

 暗闇を照らした、美しくも儚い閃光。

 私の魔剣は……まだ、あの域まで行っていない。

 そんな中途半端な剣を使っていいのだろうか? 

 

 私は……。

 私は……! 

 私は……あの流星を裏切れない。

 裏切ったら……私は……。

 

 私は、剣の(つか)から手を離す。

 

「……瑠奈? 嘘、よね? ここから……立て直すには、その剣が、要るわよね?」

 

「……ここに絶凍(ぜっとう)の呪いを。絶凍の大地(フローズングラウンド)

 

「ッ⁈ 足が……」

 

 そう唱えると、グラウンド中が凍りつく。

 もちろん、恵梨香の足も。

 本来なら、恵梨香の全身が凍るはずだったが、不死鳥(フェニックス)が身体に纏っている炎のせいで凍り切らなかった。

 まぁ、いいや。

 

転移(テレポート)

 

 そう唱えると、私は恵梨香の後ろに瞬間移動していた。

 本来なら、恵梨香に警戒されてたから使えなかっただろうけど……私が剣を抜かなかったことと氷属性魔術を使ったことに動揺していたから使うことが出来た。

 

 思いっきり力を込めて、彼女の首元に手刀をかます。

 

「あ……る、な……」

 

 彼女の意識は飛び、身体が倒れかけるが、それを私が受け止める。

 ジャスト3分、決着はついた。

 術者の意識がなくなったため、不死鳥(フェニックス)は消えていた。

 

「……ごめん、恵梨香」

 

 今日も私は……あの剣を抜くことが出来なかった。




二重属性持ち
たまに、二つの適合属性を持つ魔術師が生まれることがある。二重属性持ちになる原因は未だ不明であるが、神の残滓が関わっていると予想されている。

絶凍の大地(フローズングラウンド)
上位氷属性魔術の一つ。広範囲の対象を凍らせることが出来る。ただし、消費魔力が多い。

転移(テレポート)
汎用魔術の一つ。視界内の指定ポイントに瞬間移動することになる。テレポートする距離に応じて、消費魔力が変わる。


不死鳥くんと魔剣の説明はまだしません。


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第十五話 井の中の蛙大海を知らず

 ……アタシは天才、天才と周りから担がれて育ってきた。

 ただでさえ火属性と無属性の二重属性持ちだったのに、その無属性魔術は最強格の神獣"不死鳥(フェニックス)"の召喚魔術だったから、そう言われるのは当然だった。

 

 不死鳥使いの桜木恵梨香、そう持て囃されて育ったアタシは、徐々に増長していった。

 そして終いには、私たち桜木家が代々社長をしている四大財閥の企業の一つである桜木証券の傘下にいない魔術師は全員劣っていると思うようになった。

 今思えば、恥ずかしくて滑稽な話だ。

 

 タチが悪いのは、アタシが実際にそれなりの実力があった点だ。

 しかし、そんなアタシに世界の広さを教えてくれた魔術師がいた。

 

 そう、あれは……アタシがちょうど15歳になった日だった。

 アタシが成人したことを祝うために、桜木家の別荘に4大財閥の面々が来ていた。

 大体の人は、アタシに敬意を持って接してくれた。

 丁寧に挨拶をしてくれた。

 

 ただ……1人。

 アタシと同年代の、今まで見たことのなかった金髪の少女だけは普通の挨拶をした。

 

「こんにちは、恵梨香さん。お誕生日、おめでとう」

 

 自身を神かなんかだと思っていたアタシは、この敬意のこもっていない挨拶にキレた。

 

「お前、名前は?」

 

「ん? 私?」

 

「そうだよ、お前以外の誰がいるんだよ?」

 

「私は、宵月瑠奈」

 

 宵月……あぁ、月詠重工の。

 アタシたちの傘下に入らない愚民一家らしい不遜な態度だ。

 

「これからよろしく」

 

 そう言って、微笑みながら宵月瑠奈は握手をするためにこちらに右手を伸ばしてきた。

 アタシは、その手を叩いた。

 なんて、図々しい。

 

「……痛い。私、何かあなたを怒らせるような事をしたかしら? それなら、謝りたいのだけど」

 

「ならアタシに敬語を使わなかった事を詫びなさい」

 

「あぁ、初対面の人には失礼でしたね。ごめんなさい、恵梨香さん」

 

「ふんっ。次からは気をつける事ね」

 

 宵月瑠奈は、その場から去ろうとする。

 それをアタシは……敢えて呼び止めた。

 そう、この罪人に処罰を与えようと考えたのだ。

 

「ねぇ、宵月瑠奈」

 

 彼女は、それに応じて振り返る。

 

「なんでしょうか?」

 

「あなた、魔術師?」

 

「そうですけど……それが何か?」

 

 そう……この子が宵月家の秘蔵っ子ってわけ。

 アタシを差し置いて宮廷魔術師の座を狙うなんて舐めた考えはへし折ってやらないと……ね。

 

「なら、宵月瑠奈……戦いましょう」

 

「……どういうことですか?」

 

「だから、同じ4大財閥の魔術師として親善試合でもしましょうと提案してるのよ。少しは、アタシも楽しめるでしょうし。観客もいっぱいいることだしね。さ、外に出ましょ」

 

「……お母様。この試合、受けても良いでしょうか」

 

「もちろんよ。ただ、本気でやりなさい」

 

「……わかりました」

 

 ……宵月瑠奈は、彼女の母から何やら白銀の剣を受け取っていたが、まぁ、大した問題にはなるまい。

 

「話しは終わった?」

 

「えぇ、終わったわ」

 

 チッ、また敬語じゃない。

 ま、良いでしょう。

 今から、大勢の観客の前で恥をかくのだから。

 

「付いてきなさい。良い場所に行くわ」



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第十六話 世界の広さ

これで、恵梨香ちゃんの過去編しゅーりょー


 さて、ここでいいだろう。

 アタシは、自分の別荘の庭に着いた所で足を止める。

 これだけ広ければ、なんの問題もないだろう。

 別に本気でアタシが力を使うわけじゃない。

 ただちょっと、宵月瑠奈の心を折るだけなんだから。

 

「ここでやるの?」

 

「えぇ、不満?」

 

「……まぁ、いいけどさ」

 

 アタシと宵月瑠奈は、互いに向き合ったままで距離を取る。

 

「おいおい、宵月のばーさん正気か? いくらあの娘が秘密兵器とはいえ、流石に桜木恵梨香には勝てないだろ」

 

「あの娘も可哀想に……」

 

「桜木に従わないとどうなるかがこれで分かるな」

 

 ふふっ、外野も盛り上がってるわね。

 そう、これは制裁。

 将来、宮廷魔術師筆頭となるアタシに逆らうとどうなるか……思い知らせてやるわ。

 

「……恵梨香さん、あなた魔弾は使わないの?」

 

「ま、遊びみたいなものだから。あなたこそいいの?」

 

「私も別にいいかな」

 

「じゃ、早速始めましょうか。先手はあげる」

 

「そう」

 

 先手ぐらいあげないとね。

 アタシは最強なんだからさ。

 

「……転移(テレポート)

 

 ふーん、転移魔術を使うんだ。

 まぁ、まだ抜き身じゃない白銀の片手剣を手に持ってるし、妥当か。

 アタシの目の前に彼女は転移して来た。

 そして、柄に手を掛ける。

 やっぱり、距離を詰めて来た。

 なら、こっちも……! 

 

「来て!」

 

「目覚めなさい」

 

 ……詠唱ですって⁈

 まさかあの剣……いや、アタシの不死鳥(フェニックス)なら大丈夫……大丈夫。

 

「フェニック……」

 

「魔剣フォティア」

 

 詠唱は向こうが先だった。

 まぁ、この程度は誤差だ。

 すぐに、「ス」と口にするだけで十分巻き返せる。

 そうすれば、アタシの不死鳥(フェニックス)が来るんだから。

 そう、口にすれば良いだけ……だけなのに……なんで声が出ないんだろう。

 

 ……あぁ、そう言えば。

 なんでアタシは……宙を舞っているのだろうか。

 下を見てみる。

 

 うわぁ、凄い高い。

 あまりの現実味の無さに恐怖は襲ってこなかった。

 そして地上の方をよく見ると、地面が焼き焦げていた。

 庭の草木は灰になってる。

 彼女……宵月瑠奈はもちろん、外野の観客たちも安全だ。

 

 ところで……今、アタシは地面に落ちていってるけど……死ぬよねこれ。

 はぁ……まぁ、これは自業自得ね。

 にしても……まさか、アタシをこんな目に合わせられるヤツがいるなんてねぇ。

 

 この時、アタシは自分の視野の狭さを初めて知った。

 そして、世界の広さもまた知ったんだ。

 

 ……そろそろ、地面に着く頃。

 アタシが死ぬ時。

 アタシはそっと目を閉じる……。

 あーあ、せっかくアタシより強いヤツがいるって分かったのになぁ。

 ざーんねん。

 

 ボスッとアタシは何かに落ちる。

 ただ、感じたのは冷たく、硬い地面の感触ではない。

 柔らかな、温かい感触だった……まるで人のような。

 恐る恐る目を開ける。

 

 そこには、金髪碧眼の少女の顔があった。

 そう、彼女はアタシの身体を受け止めていた。

 そして、今アタシは彼女にお姫様抱っこをされている形になる。

 ……ちょっと、恥ずかしいかも。

 彼女は、笑いながらこう言った。

 

「なーに今にも死にそうな顔してるのよ、恵梨香さん」

 

「……ほんとに死ぬと思ったから」

 

「……私って人殺しかなんかだと思われてる?」

 

「いや、そうじゃなくて……単純にアタシが酷いことしたから」

 

「? なんか酷いことなんかされたっけ、私?」

 

「それはその……えっと……きつい言い方したり、あなたが負けた姿をみんなの見せ物にしようとしたり」

 

「あぁ、そんなの別にいいよ、恵梨香さん。確かに、最初の挨拶にしては馴れ馴れし過ぎたかもしれないし、それに……負けた私がどうなっても別に構わないもの。弱い私に価値は無いから……」

 

「そう……あ、後、もう降ろしていいよ。立てるから」

 

「……気をつけてね」

 

 アタシは彼女の腕から降りて、自力で立つ。

 

「よいしょっと……ねぇ、()()

 

 アタシの心には、新しい欲が芽生えていた。

 この、アタシに世界の広さを教えてくれた少女と一緒にキチンと世界を見たい、という欲が。

 

「何かしら?」

 

「……その、アタシの……と、友達になってくれないかな」

 

「……へ?」

 

「だからその……友達に」

 

「あぁ、うん。大丈夫、聞こえてるから。ただちょっと驚いただけで」

 

「えぇ、私で良ければ友達になるわよ、()()()

 

 これが、アタシと彼女との出会いだった。

 そして、アタシは目標にしたんだ。

 いつか、今度こそ本気の彼女に勝つことを。

 



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第十七話 届かぬ想い

「……また使いませんでしたね、その剣」

 

 戦いが終わると、端の方に居た胡桃が近づいて来て、私にライフルバックを手渡しながらそう言う。

 

「持っててくれてありがとう……別に使わなくても良いでしょ。実際、勝ったんだし」

 

 私はそう返事をして、ライフルバックを受け取ると、そこに回収したM4カービンをそこに入れて、バックを背負う。

 

「恵梨香ちゃんが本気のあなたを倒したいのくらい分かっているでしょうに。なんで、それに応えてあげないのですか?」

 

「……解除。さぁ、なんでだろうねっと」

 

 ドーム状に貼っていた結界を解除して、恵梨香の身体を持ち上げる。

 ……また、お姫様抱っこね。いつかも、こんな事したわね。

 

「宵月瑠奈、あなたはまた……!」

 

「別に、はぐらかした訳じゃないよ。ほんとに、自分でもなんでか分からないんだよ」

 

 なんで私は……あの流星に囚われているのだろうか? 

 3年くらい考えても、まだ分からない。

 でも……どうしてか、あの時見た流星を裏切れないのだ。

 

 私は、さも答えを天にいる神に求めるかの如く、恵梨香を抱えたまま空を見る。

 ……ちょっと雲が分厚くなってるな。

 

 ポツンっと、頰に何かが当たる感触。

 手でそれを拭ってみる。

 黒い水……普通の雨か。

 

「宵月さん……校舎に行きましょう。濡れちゃうから」

 

「……そうね。恵梨香のバレット、お願い出来る?」

 

 私は、地面に落ちている恵梨香のM82A1を見つめながらそう言う。

 にしても、魔術的な炸裂弾だなんて……恵梨香は成長しているのね。

 それに比べて私は……。

 

「分かりました。急ぎましょう、本降りになる前に」

 

「……えぇ」

 

 私たちは、校舎へ向かって走って行く。

 

 

 

 

 

 

「よいしょっと……これでいいかしら」

 

 私たちは、保健室へと訪れていた。

 保健室のベッドに、恵梨香を寝かせるためだ。

 私が、恵梨香をベッドへと置き、毛布を掛けてやる。

 幸いなことに、周りに教師は居なかったので私と恵梨香の乱れた格好を追求されずに済むだろう。

 どうせ、生徒は黙ってくれる。

 

 ……昼休みが終わるまであと23分もある。

 意外と時間経ってなかったのね。

 

「あの宵月さん」

 

「ちょっと待って。私、髪と制服を直してこないと。お手洗いに行ってくるわ」

 

「はい、分かりました」

 

 その前にっと……寝ている恵梨香のブレザーにそっと私は手を当てる。

 

洗浄(ウォッシング)

 

 ちょっとした下位水属性魔術を応用したモノを唱える。

 すると、恵梨香の服が綺麗になる。

 

 じゃ、お手洗いに行って私も直さないとね。

 私は、保健室から出て、お手洗いへと向かう。



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第十八話 昔話

 私は、屋上からしっかりと彼女たちの戦いを見ていた。

 手に握っている眼帯の紐が微風で靡く。

 

「あっ」

 

 宵月先輩が吹き飛ばされたところで、思わず声が出る。

 まさかあの宵月先輩が……。

 確かに、恵梨香さんもAクラスに入ってるだけあって強いのだけど……だとしても、こんな事になるなんて。 

 

「よかった……」

 

 ……だが、流石は私の憧れの人。

 すぐに立ち直し、恵梨香さんを逆に気絶させてしまった。

 それにしても、まさか宵月先輩が二重属性持ちで、さらに私と同じ氷属性だとは思わなかった。

 あ、そう言えば昨日の……。

 

 なるほど。

 宵月先輩も氷属性が適合属性だから、昨日私が間違えて氷属性の術式を書いてしまったのを指摘できたのか。

 おかしいとは少し思っていた。

 普通、自分の適合属性以外の術式を把握してる人なんていないから。

 

 一つ疑問がはれたところで、私は屋上を去ろうとする。

 すると、横から声を掛けられた。

 

「意外とその目、使いこなしてるんだね。氷華君」

 

「……いつからいらっしゃったのですか、学園長様?」

 

 横を見てみれば、学園長の姿があった。

 私を無理矢理宵月先輩のバディにしてくれた人だから恩人ではある……が、警戒しなければならないと本能が訴えかけてくる人でもある。

 

「いやぁ、最初からだとも。そもそも、君のその目を監視するように国防軍司令部と管理局の連中からも言われている……と、初日に説明したはずだ」

 

「……別に覚えてますよ。まさか、物理的に監視しているとは思わなかっただけで」

 

 私は、眼帯を付け直しながらそう言う。

 

「ま、私もここらで去るさ。別に普段は、魔術を使って監視してるからね。……一応、警告しておく。その目は、人の身には過ぎたものだ。あまり使い過ぎない方がいい」

 

「……警告ありがとうございます。では、お先に失礼いたします」

 

 私は、今度こそ屋上を後にする。

 

「……本当に分かってるのかねぇ。ま、後は宵月瑠奈に任せるが」

 

 

 

 

 

 

「待たせたね、胡桃。それで、聞きたい事って何?」

 

 お手洗いにある水道と鏡、そして私の火属性魔術を駆使してなんとか自分の汚れた制服をある程度綺麗にして来た私は、保健室に戻って来た。

 ちなみに、髪の毛は手櫛でできる範囲でなんとかして来た。多少はねている箇所があるが許して欲しい。

 

 チラッとベッドの方を見る。

 恵梨香はまだ寝ているらしい。

 毛布にくるまって寝ている。

 休み時間が終わるまでに起きればいいけど。

 

「……宵月さん、本当のことを教えてください。何故、あなたは今日、その剣を使わなかった……いや、使えなかったのですか?」

 

 胡桃は、私の腰に差してある剣を見ながらそう言う。

 ……やっぱり、それか。

 仕方ない、少しばかり答えるとしよう。

 

「ねぇ、胡桃」

 

「なんでしょうか?」

 

「2年前の事件、覚えてるかしら?」

 

「……えぇ、もちろん。あの原初派による学園強襲、ですね。私はあの時別の任務についていたので詳しくは知りませんけど。軍事機密に指定されてますし」

 

「あの時、私はね……流星を見たのよ。一閃の、美しくも儚い、流星を」

 

 私は、前髪の先を指先で弄りながら、2年前の事件を語り出した。



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第十九話 管理局防衛Ⅰ

なんか過去編多いけど、零章だから許して……
出来る限り、面白くするようには努力します。


 2年前 秋風武装学園学生寮

 

 当時、高等部一年生だった私は、自分のバディである当時高等部三年生の和美(かずみ)先輩と共に寮でくつろいでいた。

 珍しく、任務も授業もない休日だった。

 

「ねぇ、瑠奈ー」

 

「なんですか?」

 

「今日、雨も降ってないし、何処か行かない?」

 

 和美先輩は、自身の紫色の髪を櫛で解かしながらそう言う。

 ……確かに、雨が一切降らない日は珍しい。久しぶりに、遠方に行くのも悪くない。

 にしても、行く宛はどこだろうか? 

 私は読んでいた本を閉じて、先輩の方を見る。

 

「別に私は構いませんが……行く宛はあるんですか?」

 

「んー、具体的な店までは決めてないけど……最近復興が進んでる横浜でも行かない? なんかあるでしょ」

 

 割と適当なプランニングだった。

 でも、そう言う緩い外出もいいかもしれない。

 私がちょうど了承の返事を言おうとした正にその時、放送が流れる。

 

「……近隣にいる全ての生徒に連絡します。本日1025(ひとまるにーごー)、C-1地区旧川崎市内に多数の原初派魔術師が出現し、国家神造兵器管理局が奇襲攻撃を受けました。それに従い、本校は国家神造兵器管理局からの救援要請を受諾しました。この連絡を聞いた全生徒は、至急C-1地区へと急行し、原初派魔術師を排除してください。繰り返します……」

 

 ……外出計画は潰えた。

 しかも、管理局が襲われてるとなるとかなり不味い事態になってそうだ。

 急がないと……! 

 

「先輩っ!」

 

「分かってる! さっさと、支度するよ!」

 

 私たちは、私服から対魔術術式が埋め込まれている制服に着替えて、自分たちの武器……和美先輩は学園内だと比較的使ってる人の多いMP5軽機関銃を、私はハンドガンであるM9A3にこの白銀の剣"魔剣フォティア"を装備する。

 

「準備出来た?」

 

「はい、いつでも行けます!」

 

「よし、じゃあ外でるよ。とりあえず……グラウンドに出てみようか」

 

「了解!」

 

 部屋から出て、私たちはグラウンドへと駆けていく。

 そして、グラウンドに着いて辺りを見渡してみると、沢山の生徒達が列を作っていた。

 その列の先には、国防軍の兵員輸送車がある。

 

「……これ、時間かかりそうね」

 

「そうですね……かと言って、他に行く手段もありませんし」

 

「……ねぇ、瑠奈」

 

 和美先輩は、私の方を見る。

 ……顔を見れば分かる。何か、悪いことを考えているに違いない。

 

「……何を企んでいるんですか、先輩?」

 

「いやぁ、ちょっとショートカットをしようかなって思って。着いてきて!」

 

 私たちは、列から外れてグラウンドの反対側へと走り始める。

 そっちには、裏門があるだけのはずだけど……待って。

 ……裏門を出たそのすぐそばにあるのは。

 国防軍の飛行場、だ。

 そしてそこには……アレがある。

 嘘でしょ……まだ死にたくはないんだけど!



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第二十話 管理局防衛Ⅱ

 ……かなり不味い事に、私の予想は当たってしまった。

 私たちが走り出してから大体10分後。

 目の前には、国防軍の航空基地の入り口がある。

 

「おい、お前ら。こっちに来ても、運んでやる事は出来ねーぞ。大人しく、学園に来てる輸送車に乗りな!」

 

 ……当たり前だが、目の前に居た警備兵の1人にそう言われる。

 さて、諦めて帰ろうか……

 

「大宮二等兵を呼んでくれない? 忙しいとこ悪いけど」

 

 という訳にはもちろん行かないようだ。

 和美先輩は、大宮二等兵という兵士を読んでくるように言っている。

 ……はて、誰だろうか? 私は、知らない名前だ。

 

「大宮……あぁ、あの万年二等兵野郎か。ちと、待ってろ」

 

「ありがとう」

 

 お、警備兵の人がちゃんと呼びに行ってくれた。

 優しい人だな。

 

「先輩、大宮二等兵って誰ですか?」

 

「あぁ、そっか。瑠奈は知らないわよね……大宮二等兵は、司令部のお偉いさんに嫌われてるけど中々優秀な国防軍の兵士よ。ちょっとばかし、貸しがあってね。アイツ、操縦の事になるとほんと優秀なのよね……」

 

 何やら、空軍の警備隊に属している癖に航空機やら潜水艦やら戦車やらの操縦も出来るらしい。

 ……確かにどうなってるの、その技能? 

 

「お、来た来た。アイツが大宮よ」

 

 和美先輩の指差す方を見てみると、基地内からこちらに向かって来る先程の警備兵と……その横を歩く茶髪の青年がいた。

 あの青年が大宮二等兵……容姿は青年と呼ぶのが相応しいくらい若く見えるけど、目付きや身に纏っているオーラは熟練の兵士のそれである。

 彼、ほんとは何歳なのだろうか? 

 少し気になる。

 

「おう、和美か。ん? アンタのバディか?」

 

 私の方を見ながら、大宮二等兵は言う。

 

「えぇ、そうよ。この子は宵月瑠奈、1-A所属の」

 

「なるほどな。ふーん、その剣……アレか」

 

 何やら、私の剣を見ながらブツブツと呟いているがよく聞こえない。

 

「今日はお世話になります、大宮二等兵」

 

 とりあえず、挨拶をしておく。

 

「おう、輸送なら任せておけ。で、今日の行き先は管理局だろ、和美?」

 

「よく分かったわね」

 

「おいおい、流石に管理局襲撃の件ぐらいは知ってるって。いくら俺がサボり魔だからってあんま舐めるなよ」

 

「いや、そう思われてもしょうがないだろ……」

 

 同僚と思われる警備兵に突っ込まれてるし。

 てかサボり魔なのか、この人。

 

「で、あの試作機による空輸でいいか? 車と普通の輸送機はあいにく出払っててな。アレしか残ってないんだ」

 

「構わないよ」

 

 ……嫌な予感的中。

 そう、この飛行場にはかの有名な航空機がある。

 大戦末期に、国防軍主導の元一機だけ作られた超大型爆撃機の試作品。

 その名は、富嶽Ⅱ(ふがくツー)

 かつて、大日本帝国で構想されていた大型爆撃機の名を冠する軍用機である。

 

 ちなみに、一回も試験飛行とかはしていない。

 今回のフライトが、富嶽Ⅱの初飛行である。



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第二十一話 管理局防衛Ⅲ

 私たちは、今空を飛んでいる。

 そう、ついに超大型爆撃機(超大型棺桶)に乗ってしまったのである。

 急いで行くにはこれしかなかったのよ……きっと。

 少なくとも、私はそう信じている。いや、信じたい。

 

 ……ところで、さっきからエンジンからヤバげな音が聞こえるのだが大丈夫なのだろうか? 

 これがデフォルトの音だったり? 

 

「あの、大宮二等兵」

 

「どうした?」

 

「エンジンからヤバい音がしてるのだけど……大丈夫ですか?」

 

「お、よく気づいたな! 実は4番エンジンがあの世に旅立ったんだ、ハハハッ」

 

 ……笑ってる場合か! 

 私は降りる、絶対に。

 

 座っている座席のシートベルトを外そうとする。

 が、私の手は和美先輩に捕まれる。

 

「あと、3分もすれば着くから落ち着いて。それに、何処から降りようと言うの?」

 

 そう言えば、コイツは爆撃機だった。

 空挺降下部隊用の輸送機ではない。

 私たちは、何処から降りればいいのだろうか? 

 高度15000からの転移(テレポート)は、消費魔力的にしたくない。

 これから戦いに行くと言うのに、その戦闘に使う分の魔力を使っては元も子もない。

 

「今、確かに何処から降りればいいんだろうと思ってるでしょ」

 

 ビシッと私の顔を指差しながらそう言う、ドヤ顔で。

 

「よく分かりましたね、先輩」

 

「ま、私たちは小学校からの付き合いだからね。これくらい当然! 」

 

 いえ、つい数ヶ月前からの付き合いです。

 勝手に過去を改変するのはよして欲しい。

 

「それはいいですから……何処から降りればいいか教えてください」

 

「ちぇー、つまらなくなってねぇ、私の後輩ちゃんは。まぁいいや、それで何処から降りるかと言えばねぇ……」

 

 あ、嫌な予感がする。

 何故なら、先輩が悪戯っ子のような笑みを浮かべているからだ。

 

「ずばり、爆弾倉! てか、ここしかないし」

 

「……つまり、今から私たちは爆弾の気持ちを知れると」

 

「そう言うこと!」

 

 ……私たちは、どうやら今日から爆弾ごっこをしなきゃならないらしい。

 誰が悲しくて、爆弾の気持ちなんか味わはなければならないのか。

 

「宵月瑠奈とか言ったか。あんたは、幸せな方だよ。整備も碌にされてない下水道を進まなくて済んでるんだから」

 

 シュールストレミング級の臭いを発する下水道を進むのと、エンジンが壊れていく空飛ぶ棺桶に乗るの、どちらの方がマシなのだろうか? 

 少なくとも、どちらも経験しないに越したことはないというのは間違いないだろう。

 

 ガタンッ。

 そんなくだらない事を考えていると、機体が強く揺れた。

 

「2人共、聴いてくれ! 2番エンジンもイカれちまった。だから、少し予定地点より少し手前だが、爆弾倉の扉を開く! 降下してくれ」

 

 割と焦った声で、大宮二等兵が言う。

 まぁ、一度たりとも空を飛んでいない航空機がここまで飛べたのは割と奇跡に近いだろう。

 富嶽Ⅱ……お前も頑張ったね。

 

「了解! 瑠奈、爆弾倉の方に行くわよ」

 

 和美先輩が元気よく返事をして、席から立ち上がる。

 さて、私も行くか。

 

「了解……ところで、大宮二等兵はどうするのですか?」

 

「まだ4基は生きてるから、飛行場まで帰れるさ。俺の心配はいいから、さっさと行って来い」

 

「分かりました。……ご武運を」

 

「そっちもな」

 

 私も立ち上がり、爆弾倉の方まで慎重に歩く。

 

「それじゃ、爆弾倉の扉を開けるぞ!」

 

 扉が空いた瞬間、下から風が吹いてくる。

 一応、スカートは押さえた。

 

「それじゃ、行くよ、瑠奈! 降下開始!」

 

 私たちは、この機体から飛び降りる。

 強風が、容赦なく私たちの身体を殴りつける。

 しばらくは、おとなしく落下して、地上が近づいて来たら転移(テレポート)を使うという手筈だ。




もし良かったら、高評価(面白いと思ったらで結構です)お願いします〜
作者のモチベーションが上がります(露骨な乞食)


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第二十二話 管理局防衛戦Ⅰ

感想に来てたので少し語ります。
この作品の零章は学園が舞台となっており、それゆえ登場人物の多くは思春期真っ盛りの学生です。なので、零章時点で登場人物の行動目標がきちんと定まっていない設定となっております。だって、高校生なんてそんなんでしょ? 先のことなんて分からなくて、悩みはたくさんあって、やりたいことなんてあやふやで、時には間違った選択をしちゃう……でも、その経験を後になってから活かして成功を目指して行くんですよ。

と、私は思ってるのでこうしましたというお話。
それでは本編をどうぞ!


 ……落ちる、落ちる、落ちる。

 航空機から空へと落ちた私たちは、もの凄い速度で地上へと向かって落ちて行く。

 でも、地上へ着くまでまだまだ時間がかかりそうな気がする。

 

 高度が高いから寒い。

 空気が吸えなくて苦しい。

 正直、地面にぶつかりそうで怖い。

 悲鳴をあげたい。でも、舌を噛むかもしれないからそれは無理。

 

 酸素が足りないからか……親への期待を応えるためだけの人生なら、なくなっても良いんじゃないのか? 

 なんて考えが脳裏を過ぎる。

 

 ……しっかりしなさい、宵月瑠奈! 

 

 あ、地面が見えて来た。

 

 あと、100m落ちたら、魔術を使おう。

 

 ……今だ! 

 

「テレ……ポート」

 

 そう、小声で呟く。

 舌は噛まなかった。

 

 視界が一瞬暗転する。

 ……視界が元に戻って最初に感じたことは。

 

「……空?」

 

 そう、空が見える。

 いつも通り、黒くて分厚い雲に塗れている空が。

 ……何故? 

 

 私の転移(テレポート)はちゃんと成功した。

 だから、今私は地面に立っているはずだ。

 断じて、空が見えるはずがない。

 

 遅れて、腹部にじんわりと痛みが広がる。

 ……女の子の日? だとしたら間が悪い……って痛みの種類が違う気がする。

 というよりか、重みも感じる。

 まるで、私のお腹の上に人が乗っているような……って、乗ってた。

 和美先輩が。

 

 あぁ、今の状況を理解した。

 要するに、転移(テレポート)を失敗した和美先輩が私に激突して今に至る……と。

 でも、なんで和美先輩が失敗したんだろ? 

 ……まだ、私のお腹にいるんだけど、和美先輩。

 流石に辛い。

 

「……先輩、重いです。退いてください」

 

「ごめんなひゃい。ひま、どうわ(ごめんなさい。今、退くわ)」

 

 ……滑舌がちょっと、いやかなり悪い。

 あと、和美先輩はちゃんと退いてくれた。

 私もちゃんと立ち上がる。

 

「……舌、噛みました?」

 

「……ッふう、痛かったぁ。ちょっと、大声で詠唱しすぎたのが悪かったわね……瑠奈、私重かった?」

 

 最後だけ、めちゃくちゃ深刻そうに聞いてくる。

 ……もし、重いと言ったら、私が蜂の巣にされそうですらある。

 正直、重かった……別に先輩は、適切な体重である。ただ、普通に二つ歳の離れた人をお腹に乗っけたら重いだけで。

 

「軽かったです。一瞬、先輩がお腹の上にいるのに気づかなかったくらいには」

 

「あら……ふふ、褒めても何も出ないわよ」

 

 めちゃくちゃ嬉しそうだ。

 

 改めて辺りを見渡す……比較的舗装された道路、聳え立つ新しめのビル群……流石、管理局がある場所なだけはある。

 再建されてるなぁ。

 しかし、人はあまり居ない。近くで戦闘が起きてるから当然と言えば当然だが。

 

 ちょっと離れた所から煙が出ている……あそこが戦場だろう。

 私は、M9A3を懐から取り出し、安全装置を外す。

 

「先輩、行きましょう」

 

「えぇ、手遅れになる前に急ぎましょう」

 

 私たちは、己の武器を持って戦場へと向かう……。



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第二十三話 管理局防衛戦Ⅱ

 煙が出ている所へ向けて走ること約10分。

 私たちのすぐ目の前には強引に破壊されたのか、ひしゃげたフェンスの一部が転がっている。

 

 横に立っている看板には、国家神造兵器管理局とC-2地区国家親衛隊駐屯基地の文字。

 ここだ、間違いない。

 にしても、管理局の施設を実際に見るのは初めてだ。

 やたら立派な、黒いビルが2棟聳え立っている……が、本命の神造兵器を研究・保管している施設は地下にある。

 

 ……見た感じまだこの施設に被害は無さそうだ。

 原初派の目的は……まぁ、この二つぐらいだろう。

 何かしらの神造兵器の奪取、または研究データの奪取。

 

 ……ただ、一つ疑問がある。

 発砲音や砲撃音……というか、戦闘音自体が少ない。

 もう、方が付いたのだろうか? (もちろん、悪い意味で)

 それとも……管理局を政府や軍が守る気がない……? 

 いやまさか。

 

「瑠奈、行くよ……」

 

「あっ……はい、了解です!」

 

 私たちは、お互いの武器を構えて慎重に施設の周りを探索する。

 ……戦場にしてはやたら綺麗な、舗装された地面を踏みながら。

 

 周囲に、生身の人間は結構いるが……全て何処かしらの魔術学園の生徒であり、正規軍の兵士も敵も見当たらない。

 ただ、正規軍が運用している無人兵器である自律稼働する戦車に歩兵戦闘車、歩兵ユニット……の残骸はかなり見られる。

 

 ……どうなってるの、これ? 

 

「先輩、これは一体……」

 

「……瑠奈、ストップ」

 

 彼女の指示通り、足を止める。

 すると、私の前に和美先輩が立つ。

 そして……仲間であるはずの近くにいた何処かの魔術学園の男子生徒へとMP5の銃口を向けて、容赦なくトリガーを引く。

 

「ちょ、ま、和美先輩⁈」

 

 もちろん、その男子生徒は数発の弾丸を身体に受けて死亡する。

 ……待って、この生徒は何故防御魔術を使わなかった? 

 あれは、初歩的な汎用魔術だから誰でも使えるはず。

 

 地面に横たわっている彼の死体をよく見る……血がほとんど出てない、そして、先程死んだばかりのはずなのにもう肌がかなり青白くなっている。

 まるで、死後1時間くらい経っているかのように……まさか。

 

「瑠奈、気をつけて。今ここら辺にいる魔術師は、原初派のクソ魔術師に操られている哀れな死体たちよ。断じて味方ではないわ……ただ、こっちから危害を加えない限り、向こうからアクションは起こさないっぽい。だって、ほら。お仲間を派手な銃声を鳴らしながら殺したのに、誰一人私たちを見てない」

 

 ……ほんとだ。

 どうやら、複雑な指示は受けてないらしい。

 辺りを見渡しても、彼らはただその場に突っ立っているだけだ。

 

 にしても、死体を操る魔術師……死霊術師(ネクロマンサー)が実在するなんて……眉唾ものの都市伝説レベルの噂はあったけど。

 

「どうやら、原初派の連中はもう管理局の施設内に突入してるみたい……私たちも行きましょう」

 

 そう、和美先輩は言って正面入り口へと歩き始める。

 それに、私も追従した。

 もう、戦闘音は一切していない。

 不気味なほど静かな戦場だった。



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第二十四話 管理局探索

 コツコツコツ……。

 入り口から管理局内に入り、私たちは地下へと続く階段を歩んでいく。

 階段は、コンクリートで塗り固められただけの簡素なもので、電灯も剥き出しの白熱電球が5m間隔ごとに吊るされているだけ。

 中には、切れている電球も何個かあって、割と薄暗い。

 ただ、白熱電球のおかげか、それとも単に密閉空間だからか、少なくとも室内の温度は年平均気温3度の地上よりは暖かい。

 

 ……階段が途切れて、目の前に木製の扉が姿を現す。

 どうやら、鍵がかかっているようだ。

 和美先輩がドアノブを回しても、うんともすんとも言わない。

 さて、どうしようか。

 

「先輩、どうしますか?」

 

「ま、私に任せなさい。……とりゃっ!!!」

 

 ……そう言うと、和美先輩は右足で扉を蹴り飛ばす。

 すると、扉は奥に続く通路へと吹っ飛んでいった。

 敵にバレないだろうか? 少し不安である。

 ガンッ……っという衝突音がしてる……。

 本当に心配だ。

 

「は、はははっ……ちょっと力加減間違えちゃった。……ちょっと」

 

 ちょっと。

 なるほど、ちょっとか。

 

「先輩、先に行きましょう」

 

「え、えぇ、行きましょうか」

 

 気を取り直して扉の先まで進む。

 ポツポツと天井から水の雫が落ちてくる。

 先ほどよりも少し薄暗く、ジメジメとしているので、不気味な雰囲気を(かも)し出している。

 

 どうやら地下には3つの扉があるらしい。

 1番近くにあるのは……警備員室と書かれたプレートが埋め込まれた扉のある部屋だ。

 

 和美先輩と私は、防御魔術を展開した上で、その部屋の中に突入する。

 ……部屋の白い壁に付いている鮮やかな赤以外は特に変わった所はない。

 やっぱり、警備兵は殺されたか。

 床には、2発分の薬莢と拳銃2丁が落ちている。

 

 薬莢を触ってみる……まだ少し温かい。

 そして、和美先輩の方は壁に付いている血液の方に触れている。

 どうやら、まだ乾いておらず、液体状らしい。

 

「……近いわね」

 

「……そうですね」

 

 敵は近くにいる。

 それは分かった。

 それ以上の手掛かりは得られなかったので、この部屋を出る。

 

 次の部屋は……神造兵器研究室。

 先ほど、防御魔術は展開したので今回はそのまま突入。

 すると、部屋の奥からナイフが2本飛んでくる。

 もちろん、私たちの身体に向かってくる。

 しかし、防御魔術のおかげで身体に刺さることなく足元に落ちる。

 

 そして、ナイフを投げて来た張本人……元は先ほどの警備員室にいた警備兵であったのであろう2体の生ける屍(リビングデッド)に私はM9A3を発砲する。

 銃弾を食らった彼らは燃え尽きて灰となった。

 

 ……ここには、荒らされた跡以外何もない。

 さぁ、次に行こう。

 次が最後だ。そして、敵もそこにいるのだろう。



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第二十五話 陰謀漂う神殿

 ……最後の部屋。

 神造兵器保管室……まさに原初派の魔術師が居そうな部屋だ。

 さらに気を引き締めて行こう。

 

「瑠奈、行くよ」

 

「了解」

 

 バンッ!!! 

 勢いよく扉を開ける和美先輩。

 そして、私たちは武器を構えて部屋へと突入する。

 ……誰もいない。

 それに、荒らされた形式もない。

 

 ケースに収容されている神造兵器たちは、ちゃんと綺麗に整理整頓されている……どう言うこと??? 

 

「先輩、これはどう言う……?」

 

「……ふーん」

 

「先輩?」

 

 和美先輩は、部屋の奥へと歩いていく。

 そして、最奥の壁を叩く。

 ……この音は、もしかして。

 

「奥に続いてるわ、ちゃんと。ただ、扉を開ける方法が分からないから荒技でいきましょ。瑠奈、伏せなさい」

 

「え、あ、はいっ!」

 

 そう私に言うと、和美先輩は懐からプラスチック爆弾を取り出して、その壁に設置・爆破する。

 

 どーんっ、と派手な爆発音。

 地面に伏せている私の頭スレスレを瓦礫が飛んでいく。

 ……ちょっと怖いわね、これ。

 

 瓦礫が地面に落ちる音が止んだ。

 そろそろ、立ち上がってもよい頃だろう。

 私が立ち上がると……和美先輩の読み通りに破壊された壁の向こうには道が続いていた。

 

「やりましたね、先輩」

 

「そのセリフは、全部終わってからに取って置いて。さ、気を取り直して行くわよ」

 

「はいっ!」

 

 和美先輩の後を進んでいく。

 先ほど以上に暗く、狭い道だ。

 しかも、グネグネと曲がっている。

 一体この先に何が……。

 

 歩き始めてから、3分ほど経った頃だろうか。

 ふと、広く開けた場所に出る。

 そこはとても厳かな雰囲気のある場所で……奥の壁には逆十字が掲げられていた。

 そう、ここはまるで教会のようだ。

 

 そして、この場所の中心部には……黒いローブをした男が派手な装飾のなされた黄金の槍を持って佇んでいた。

 彼の顔は、ローブのフードを被っているせいでよく見えないが……恐らくここを襲撃した原初派の魔術師だろう。

 

 にしても、彼1人だけで襲撃に来たとは……いや、正確には1人じゃないか。

 彼は、死霊術師(ネクロマンサー)

 まだ姿は見えないが、きっと沢山のリビングデッド(お仲間)を連れているに違いない。

 ……もしくは、連合皇国政府もこの襲撃に一枚噛んでいる。いや、この妄想はよそう。

 私たちが考えたところでどうせ何も分からないなら、真実なんて知らない方が幸せだ。

 

「貴方が管理局を奇襲した原初派の魔術師……で、あってるかしら?」

 

 和美先輩が、あの男魔術師に対してそう尋ねる。

 

「……おやおや、まさか魔術師が来るとは。えぇ、まぁそれであってますよ、お嬢さん方。僕の名は瑠衣(ルイ)、とある偉大なる御方に使える死霊術師(ネクロマンサー)でございます。以後、お見知り置きを」



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第二十六話 不恰好な死の舞

「……そう、その確証が得られたなら語る事は無いわ。クソ原初派は……」

 

 一切の表情が消えた顔の和美先輩は、MP5の銃口を彼へと向ける。

 いつもとは違う和美先輩の様子に思わず困惑する。

 

 確かに、和美先輩は原初派を憎んでいる。

 それは、彼女のバディをやってれば分かる。

 ただ、ここまでではなかった。

 一体何が……? 

 

「和美先輩……?」

 

「殺す」

 

 ダダダダダダッ。

 MP5が火を吹く。

 次々と薬莢が床に転がる。

 

 もちろん、不可視の壁(防御魔術)によって彼の身体に銃弾が当たる事はない。

 しかし、防御魔術を展開している間、彼は他の魔術は使えない。

 

 私も援護しないと。

 M9A3を構えて、彼に発砲する。

 

「援護します!」

 

「ありがとう、瑠奈。ちょうど、リロード挟みたかったから助かるわ」

 

 彼女は、マガジン交換をしようとする……と見せかけて地面に両手をつける。

 

鮮血の舞(ブラッティ・ダンス)!!」

 

 土属性魔術である鮮血の舞(ブラッティ・ダンス)を詠唱を和美先輩がすると、その直後に彼の足元に茶色の魔法陣が展開される。

 

「これはこれは……」

 

 そして、次の瞬間……。

 地面から、無数の土の槍がコンクリートを突き破って生えてくる。

 そして、それらの槍は無慈悲に彼の身体を貫く。

 もはや、人の型をしていない肉塊にするほどまでに。

 

 まるで……それは、和美先輩の憎悪心を表しているようで……。

 恐怖心からか背筋が、少々ゾクゾクっとする感覚を覚える。

 ただまぁ……これで終わりね。

 呆気ない、最後だったけど。

 それは、和美先輩も思ったようで……

 

「……原初派の幹部、死霊術師の瑠衣。呆気ない最後だったけど……終わり、か。兄さん、貴方の仇を私は……」

 

 そう、完全に終わったと思っていた。

 だから、気づかなかった。

 彼、瑠衣の死体があの黄金の槍を持っていない事に。

 そして、そのツケはすぐにやって来る。

 

「ふむ、まだ油断するには早いですよ」

 

「きゃっ!! ッ痛いなぁって……瑠衣⁈ え、だって……」

 

 和美先輩の横に、死んだはずの瑠衣が天井から降って来た。

 そして、そのまま無防備な和美先輩を蹴り飛ばした。

 

 立ち上がった和美先輩と驚きによる硬直から解放された私は、ほぼ同時に先ほど殺したはずの瑠衣の死体の方を見る。

 

 ……ちゃんと死んでいる。

 この場には、2人の瑠衣がいる……? 

 意味が分からない。

 というか、どちらの瑠衣もそう言えば槍を持っていない。

 これは一体……? 

 

「単純な話ですよ。最初からこの場に本当の僕はいない……全部、精巧に加工された死体という訳です」

 

 どうやら、原初派幹部の名は伊達では無いようだ。

 これは……厳しい戦いになる。




ブラッティ・ダンスの説明は次話でします。


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第二十七話 空っぽな戦士

「……中々厄介な能力ですね」

 

 私は、思わずそう呟く。

 そもそも、目の前のコイツはただの操り人形だし、どういう訳かあの槍も持っていないから勝っても私たちの得るものはない。

 しかも、偽物の総数は未知数。

 最悪の状況が綺麗に噛み合ってしまっている、嬉しくない噛み合いだ。

 魔術師も楽じゃないね。

 

 さらに、私と和美先輩は今分断されている……さて、どうしたものか。

 ……まぁ、やる事は一つだけ。

 速やかに、あの目の前の偽物を排除する。

 

 M9A3をショルダーホルスターに仕舞い、私は転移魔術を使用する。

 コイツの後ろを取った。

 それに、対応しようと瑠衣の偽物は振り向く。

 もう、遅い。

 

 腰に差していた、白銀の剣の柄を右手で握りしめる。

 この剣を引き抜く前にチラッと和美先輩の方を見る。

 ……私のやろうとしている事を察したのか、防御魔術を既に展開していた。

 

 さて、やるか。

 

「目覚めなさい……魔剣フォティア」

 

「ほう……その剣は」

 

 ……瞬間、辺り一体が爆ぜる。

 焦げ臭いにおい、荒れ狂う熱風、宙を舞う火の粉。

 魔剣フォティア最大の強み……それは、抜刀時にフレイムⅢ/壊という強力な火属性爆裂魔術が自動発動する点だ。

 初めて、私と戦う者の9割はこれにより屠られる。

 魔剣フォティアは、正しく初見殺しの剣である。

 

 ……抜刀直前、瑠衣の偽物は如何なる魔術も使っていなかったし、先ほどの一体目の偽物の強度から鑑みるにフレイムⅢ/壊の直撃には耐えられまい。

 

 そう思った私は、フォティアを鞘に戻そうとする。

 そんな時……。

 

「瑠奈、後ろ!」

 

 和美先輩の必死の叫び声が響き渡る。

 言われた通り、後ろを振り返る。

 そこには……何故か生きている偽物が私の心臓に大型ナイフを突き刺そうとしていた。

 

「クッ……なんで⁈」

 

 ギリギリの所で、ナイフをフォティアで食い止める。

 ガギィィィンという、金属と金属が勢いよくぶつかった時の嫌な音が響く。

 

「芯がないですね、その剣には……いや、貴女には」

 

「芯がない……一体どう言う意味?」

 

 何のことかよく分からない。

 よく分からないのだが……何故か胸の奥が痛む。

 何で? 

 

「そのままの意味ですが……分かりやすくいいましょう、貴女に戦う理由はありませんよね?」

 

「あっ」

 

 何かが……心の中の大事な何かがポキッと折れた気がした。

 いや……そんな訳……理由も無く戦う人なんていない。

 そうに決まっている……そのはず……。

 そのはずなのに……。

 

 どうしてこんなに、胸が痛いのだろうか? 

 

「貴女の戦う理由は?」

 

「戦う理由、は……」

 

 私の戦う理由は……

 

 宵月家のため。

 親に言われたから。

 親に期待されているから。

 魔術師として生まれてきてしまったから。

 

 いずれも……私が戦うことの理由にはならない。

 ただただ……私は何も考えずに他人の言われるがままに歩んできた。

 それだけなんだ。

 本当に……私は空っぽなんだ。

 

 身体から力が抜けて、剣が手から滑り落ちる、膝が地面に着く。

 彼のナイフを妨害するものはなくなった。

 だから……迫って来る……私に。

 防ぐ術はない。

 防ぐ気もない。

 

「瑠奈ぁぁぁぁ!!!」

 

 私はそっと目を閉じる。

 せめて……痛みなく死ねますように。

 

 



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第二十八話 彼女もまた人間である

 2022年 4月19日 12:50 秋風武装学園高等部保健室前 Side:蒼山氷華

 

「……でね、本当に私は死を覚悟してたんだけど。私は、見ての通り生きてる。そう、青いドレスを着ている少女がね……光り輝く刀身を持つ剣でナイフを弾き飛ばして、そのまま瑠衣の偽物を真っ二つにしたの。その時の、その剣筋が……私のフォティアの効果のせいで照明器具のほとんどが破壊されてて暗かったのもあって凄く綺麗だった、まるで昔見えたって言う流星みたいにさ……凄く、あの流星にあこがれた。ただ、あの流星に憧れてから……魔剣を鞘から抜けなくなった……理由は、よく分からない」

 

 そこまで聞いて、私は保健室前から去る。

 元々、盗み聞きをする気はなかったのだが、一度宵月先輩の過去語り聞こえてしまって……ついつい全部聞いてしまった。

 

 ……にしても、私は大事なことを宵月先輩への強い憧れのせいで忘れていた。

 彼女も1人の人間なのだ。

 だから、彼女もまた、私と同じように悩みがあるのだ。

 ただ……まさか私も宵月先輩も何者かに憧れてるなんて。

 

 今まで、宵月先輩のことは雲の上にいる人のように思えていたが、こう共通点があると、少し親近感が湧く。

 

 ……あの話を聞いてからというものの、何か違和感を感じる。

 心の中に秘めていた何かが……変わって来ているような……そんな感じ。

 ただ、今の私には、何が変わっているかを気づく事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 2022年 4月19日 12:53 秋風武装学園高等部保健室前 Side:宵月瑠奈

 

「……てな訳よ。私はちゃんと話したわよ……それで、何か思う所は?」

 

 私が話している間、地面に視線を向けて何かを思案しながら聞いていた胡桃がふと顔を上げる。

 

「……もしかして、貴女って」

 

「私が?」

 

「うーん。いや、やっぱなんでもないです」

 

 途中で止められると、かなり気になるのだけど……。

 まぁ、いいや。一度言わないと決めたら、胡桃は絶対に話さないだろうし。

 

「? 変な胡桃」

 

「いえ……ただ単に、私が言うべき事ではないと言う事です。きっと……私よりこの台詞を言うのに適任な人がいるはずです」

 

「はぁ……」

 

 ……誰ならいいのよ誰なら。

 ……もういい、考えても何も分からない。

 

「……んっ」

 

 と、胡桃とそんなやり取りをしていたら、ようやく恵梨香が目覚める。

 

「アタシ、また負けたのか……」

 

「そうですね……けど、もう少しのとこまで来ていましたよ」

 

 恵梨香と胡桃のそんなやり取りを聞きながら、私は窓から外を見る。

 ……相変わらず、黒い雨が降っていた。

 私は……いつになったら、流星の束縛から解放されるのだろうか? 

 

 

 

 

 

 某所 Side:学園長

 

「……ほう、そうか。ついに、原初派の連中も重い腰を上げたか。和美君、あっちの魔女はなんと?」

 

「D-3地区に我らは行かぬ……との事です」

 

「ようやく、協定も最終段階……国防軍の連中にも知らせてやらないと、な」




魔術解説

鮮血の舞(ブラッティ・ダンス)
土属性上位魔術であり、視界内の地面から土で作った無数の槍を召喚する。土の槍の数、強度及び威力は、術者の魔力量に依存する。



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第二十九話 暇つぶし

やっと、現代時間軸に帰って来れたので、これからは展開をどんどん進めて行きます。
あと、お気に入り登録ありがとうございます!


 Side:宵月瑠奈

 

「……はぁ」

 

 私は火属性魔術に関する座学の授業中に、頬杖をついて、窓越しに空を見ながらため息を吐く。

 ……暇だ。

 正直、両親に幼少期から厳しく魔術に関する知識を叩き込まれているので、学園の座学の授業から学ぶものはほとんどなかった。

 

 ……まぁ一応、多くの有力魔術師の家系の子は既に学んでいる事が多い汎用魔術に関する知識を扱う午前の授業を、年一回に行われ、任意で受けられる特別試験の点数次第では、出席しなくてもその分の成績が自動的に与えられるがシステムがあるのだが。

 

 寝るか。

 私は瞼を下ろして、意識を手放そうとする……。

 

 ……横から脇腹を突かれる感覚。

 目を開き、横を見ると、そこに居るのは赤髪の少女……まぁ恵梨香なんだが。

 彼女から、2枚のチケットのような物を手渡される。

 

 ……夜20時から行われる新入生歓迎パーティの招待状、ね。

 どうやら、学園側が開催してる訳ではなく、あくまで一部生徒が催しているものらしい。

 こんなのあったんだ、今私は3年生だが初めて知った。

 わざわざ、2人分って事は、氷華も連れてけって事だろう。

 言われなくても、連れて行ったが。

 

「ありがとう」

 

 そう、恵梨香に小声で呟いてから再び私は居眠りへと戻った。

 

 

 

 

 2022年 4月19日 15:43 学生寮 Side:宵月瑠奈

 

 さて、授業が終わって、自分の部屋に帰って来た。

 最後の授業が実技試験だったから、少々疲れている。

 

「ただ今ー」

 

「あ、宵月先輩……おかえりなさい」

 

 笑顔で私を迎えてくれる氷華。

 まったく……良い子だねぇ、誰かに騙されたりしないか心配だよ。

 それはさておき、例のパーティーについて言わないとね。

 

 部屋に上がり、部屋着に着替えながら口を開く。

 

「ねぇ、氷華。こんなものを恵梨香から貰ったんだけど……行きたい?」

 

「その……宵月先輩は来られるのでしょうか?」

 

「ま、2枚貰ったしね。私も行くよ、せっかくだし」

 

 正直、ちょっと気になってるんだよね、このパーティー。

 あまり柄ではないが、内心ワクワクしてたりする。

 そして、それを聞いた氷華は、ホッとしたような表情をしながら、氷華は言う。

 

「なら、私も行きます……ただ」

 

「ただ?」

 

「私、ドレスとか持ってないのですが……どうしましょう?」

 

 ……確かに、招待状の裏面を見ると今回のパーティーは割とちゃんとした格好が求められているようだ。

 結構、いい所のお嬢様が主催してるのかしら? 

 えーっと、主催者:桜木恵梨香……。

 

「いや、お前かい」

 

「? どうしたんですか?」

 

「あー、いや、こっちの話。気にしないで」

 

 思わず口に出てしまった……。

 でも、わざわざ招待状を私に渡して来たぐらいだし、それもそうか。

 

 にしても、ドレスねぇ……。

 一応、私は家柄上パーティーとかに行く機会がそれなりにあるから、私は何着か手元にあるけど……私のを貸すのは、私と彼女の身長差上無理だ。

 

 ただ、私の昔着てたドレスなら合うかも。

 ……行くか、私の実家に。

 

 あまり、気は進まないけど。



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第三十話 嘘か真か

「……氷華」

 

 私は、重い口を開く。

 

「はい、何ですか?」

 

「私の実家にある昔のドレスなら、貴女に会うヤツがあるかもしれない」

 

 これが最善。

 これが一番いいドレスの調達法なのは、分かってるけど……。

 心のどこかで、実家に行くのを嫌がっている自分がいる。

 

 大丈夫、大丈夫……ただ、ドレスを取りに行く。

 ただ……取りに行くためなんだから、大丈夫だ。

 そう、自分に言い聞かせる。

 

「え、いや、それは宵月先輩に悪いですよ」

 

「大丈夫、私たち上級生が貴女たちを歓迎するパーティーなんだから、私がドレスくらい貸して上げるわよ」

 

「……なら、借りちゃいます。でも、似合うかなぁ私なんかに」

 

 少し俯きながら、彼女はそう呟く。

 

「……似合うのを見つけてあげるから、大丈夫」

 

 と、私は氷華の頭にポンと手を置く。

 なんか、いいな……こういうの。

 妹が出来たみたいで。

 

 ……家族、家族かぁ。

 普通の家族、それは私の憧れるもの……。

 

「ところで、宵月さんの家ってどこにあるんですか?」

 

「えっとね、ここから割と近いよ。歩いて15分くらいかなぁ」

 

 四大財閥の中でも、私たち宵月家の人間が経営している月詠重工と学園長の家系である秋風家の人間によって経営されている秋風コーポレーションの間には深い関係性がある。

 それもあって、私の実家も学園のすぐそばにある秋風の館の近くにあるのだろう。

 

「……あの、もしかして宵月先輩ってあの宵月のご令嬢様ですか?」

 

 まぁ、そりゃ分かるよね。

 私も別に隠したかった訳でもないし。

 ただ、言いふらす事でもあるまいと思って言わなかっただけなのだから。

 

「えぇ、そうよ」

 

「うわぁ、すごい人のバディになれたんですね、私。もっと頑張らないと」

 

「ハハ、別にそんな身構えなくても大丈夫。貴女のペースで頑張ってくれれば良いから」

 

 なんだろう、違和感を感じる。

 氷華は、普通に反応してるだけ……のはず。

 はずなんだけど……若干の芝居臭さを感じる。

 

 あと、前から気になっていた事がある。

 やけに引っかかるのだ、蒼山氷華という名前が。

 どこかで、そして何度か聞いたことがあった気がする。

 はっきりとは、覚えていないけど、何かがあったような……そんな気がしてならないのだ。

 

 ……気にしすぎ、かしら? 

 それに、氷華に何かあるならどうせ今日の夜には分かる事。

 そのために、あの情報屋に依頼をしたのだから。

 だから、今は……今はパーティーを楽しむことにしましょう。

 

「さ、氷華。さっさと、私の実家に行ってドレスを選びましょう」

 

「……はい、分かりましたー」

 

「じゃ、私に着いてきてね」



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第三十一話 暴走した復讐者

 Side:学園長

 

 僕は、学園の自分の部屋でコーヒーを飲みながら、議会の連中から送られて来た書類に目を通す。

 D-03地区攻略のための予算は可決……やれやれ、相手側の魔女の脅威がほぼ0になってやっとか。

 

 あとは、国防軍と公安に連絡……あと、月詠重工にも一応連絡は入れておくか。

 物資の受け取りは、円滑に行いたいしね。

 

 と、そんな事を考えていたら、ドアがノックされた。

 

「どうぞー」

 

「失礼します、学園長」

 

 入って来たのは……紫髪で黒いスーツを着た女性だ。

 はぁ、また和美君か。

 彼女、優秀ではある……ただ、綺麗すぎる。

 無論、容姿の話ではない。心の話だ。

 

「……僕にまた何か聞きたい事でも?」

 

「国防軍ならびに貴方の意図が聞きたいのですが……公安の上層部に聞いてもはぐらかされるので」

 

 ……あぁ、そうだね。

 原初派に恨みがある彼女からしたら、彼らとの協定なんて見過ごせないか。

 それに、表向きには原初派は絶対悪だからね。

 

 原初派は人類の敵、か。

 あっているが間違っているな。

 

「それは僕に聞いても同じです。宵月瑠奈のバディだった時代と同じ返答しか出来ませんよ。いち下位諜報員に過ぎない君には、教えられない……ってね」

 

「そうですか……では、私もやり方を変えます」

 

 そう言うと、彼女は懐から黒い拳銃を取り出して、その銃口を僕の眉間に突き付ける。

 ……まったく、野蛮だねぇ。必死なのは分かるけどさ。

 

「貴方たちの意図を教えなさい、秋風龍弥(あきかぜりゅうや)

 

「……はぁ、言える事は変わらない」

 

「なら……」

 

「ただ、変わりの情報なら話せる……例えば、この学園に4番目の娘がいるとか」

 

「……原初派に所属していた4番目の魔女に娘が? それ、本当?」

 

「えぇ、こちらを」

 

 机の引き出しから、一級機密と表紙に書かれている紙の束を彼女に渡す。

 すぐに彼女は銃をしまってそれを受け取り、パラパラとめくる。そして、5枚目の……そう、あの子の顔写真があるページでその指が止まる。

 

「……そう、そうだったのね。えぇ、ありがとうございます学園長。……ちなみに、()っても構いませんね?」

 

「もちろん」

 

「では、失礼します」

 

 ふう、やっと帰って行った。

 そう思いながら、恐らく冷めてしまったであろう残りのコーヒーを飲もうとした時、僕の目の前に突如として青いドレスを来た黒髪の少女……いや、魔女が現れた。

 

「あら、いいの? 今の宵月瑠奈では、和美には勝てないでしょうに」

 

「そうだね。ただ、彼女には護衛がいる……蒼山氷華という忠実な護衛がね。和美じゃ、氷華には勝てないよ」



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第三十二話 虚構の家族

お気に入り登録、ありがとうございます。良かったら、評価も入れてくれるとありがたいです。


「……ここよ」

 

 そう言いながら、私は目の前にあるおおよそ日本にあるのが場違いな感じのする西洋風のかなり大きめな屋敷を指差す。

 

 私たちが、学生寮から歩いて15分ほどで着いたこここそが……。

 目的地の、私の実家である。

 

「うわぁ、凄いですね。財閥令嬢の実家なだけあって、やっぱり立派です!」

 

「ハハ、まぁ別に私が凄い訳じゃないけどね。ちょっと待ってて」

 

 かなりはしゃぎ気味の氷華を横目に、敷地への正面入り口前にある巨大な門、その横にあるインターホンを押す。

 

 ピンポーンと言う、どこの家でもあまり変わらない音が鳴り、少々謎の安心感を感じていると。

 

「どちら様でしょうか?」

 

 という若めの女性の声が聞こえる。

 この声は……聞いた事ないな。

 新しく雇った使用人さんかな? 

 

「えっと……宵月瑠奈です。あと、連れが1人います。危険な人ではないので入れてください」

 

「あ、養子の……はい、電子ロックは外しておきました」

 

 養子の。

 そう、私は本当の宵月の娘ではない。

 ただただ……たまたま拾われて……たまたま私に魔術師としての才能があって……。

 たまたま、彼らの本物の子供たちに宮廷魔術師や魔導親衛隊まで登り詰めるだけの才能がなかっただけ。

 私には……魔導兵器としてのあり方しか望まなかった。

 

「……ありがとうございます」

 

 目を伏せながら、そう言って氷華の元へと戻る。

 

「氷華、入るよ」

 

「あっ、はい……宵月先輩、どうしたんですか? 何やら暗い顔をしていますが……」

 

 ……気づいたか。

 でも、後輩に心配はかけたくないし……。

 

「ちょっと、色々あって……ただ、もう大丈夫だから! 行こ?」

 

 無理矢理笑顔を作ってなんとかやり過ごす。

 

「分かり……ました」

 

 煮え切らないような感じを覚えてはいるのだろうが、とりあえずは納得してくれた。

 良かった。

 

 門を開けて、屋敷の中に向かっていく。

 館までの道の左右には綺麗な庭が広がっているが、いつも通り私は特に眺める事もなく進んで行く。

 

 はぁ、やっと屋敷の中へと通じる扉の前まで来た。

 左右両方のドアノブに手を掛ける。

 そして、扉を開く。

 その扉は……私にだけはとても重いものに感じた。

 

「お帰りなさいませ、宵月瑠奈様。お隣の方が連れの方ですか」

 

 そこには、メイド服を着ているピンク髪の少女が居た。

 ……ふむ、私がここに居た頃には見たことがない顔だ。

 やはり、寮生活をしているうちに新しく雇われたのだろうか? 

 

「えぇ、そう。この子が私の連れの蒼山氷華。そして、こんばんは。突然、押しかけて悪かったわね」

 

「いえいえ、問題ありませんよ。ただ、瑠奈様は家に帰って来ただけなのですから」

 

 そう、微笑みながら言う。

 なんか……ちょっと救われた気分だ。

 

「蒼山氷華です。これから少しだけお邪魔させていただきます」

 

 そう言って、氷華も自己紹介をして頭を下げる。

 

「ご丁寧にありがとうございます、氷華様。わたくしは、真那(まな)と申します」

 

 ふーん、やっぱり知らない名前だ。

 まぁ、それは今はいい。

 自室に行かないと。

 

「じゃあ、私たちは私の部屋に行くわ」

 

「分かりました。ごゆっくりお過ごしください」

 

 私たちは、目の前に広がっている赤い絨毯の敷かれた階段を上がる。

 私の部屋は、確か二階だ。

 

 

 



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第三十三話 普通の少女たち

「……はい、ここ。ここが私の自室」

 

 私は、二階の右側一番端の部屋の前で足を止める。

 そして、後ろを振り返って、氷華にそう言う。

 

「ここが……ゴクリッ」

 

「いや、何で変に緊張してるのさ……じゃ、入ろうか」

 

 ドアを開けると……。

 まぁ、大して飾りげのない部屋が姿を表す。

 この部屋にあるのは、机と椅子にタンス、後はベッドと魔術の研究に必要な小道具、大量の魔導書がギチギチに入れられている本棚くらいだ。

 正直、趣味とかなかったしなぁ……部屋の装飾にも興味なかったし。

 

 うわぁ、机の上に書きかけの魔術理論の書かれてる紙がほったらかしで置いてある。

 ほんとに昔のままなんだ……懐かしいなぁ。

 

 ……やっぱり、家族じゃなかったんだ。

 ほんとに無関心だったんだ。

 ……目を背けろ。

 

「何というか……宵月先輩って真面目なんですね、昔から」

 

 真面目……真面目? 

 ただ、私は……。

 

「うーん、真面目というか……ただ、親に言われた通りの事にやってただけだし」

 

「とはいえ、真面目ではありそうですけどね。あ、この魔導書……」

 

 氷華が本棚に入っている本を眺めていると、ある本を指差す。

 これは……火属性魔術初級というタイトルの本。

 欲しいのかな? 

 確かに、氷華はあんまり自身の適合属性であるはずの火属性魔術が得意じゃなさそうだし。

 

「それ、欲しい?」

 

「まぁ、はい。私、適合属性のはずなのに火属性魔術が全然で……」

 

「そっか……じゃ、あげるよ」

 

「え、良いんですか!」

 

「うん、もう私は多分使わないし……本も読まれる人が持ち主の方が嬉しいだろうし」

 

「ありがとうございます!! これから、魔術の勉強も頑張らないと」

 

 喜んでくれて、私も嬉しい。

 その本を読んで、氷華の魔術の腕が上がると良いのだけど。

 と、それはひとまず置いといて。

 

「氷華、その本は一旦机に置いといて。貴女に合うドレス、探すよ」

 

「はーい」

 

 元気のいい返事が聞こえると、すぐに両手がフリーになった氷華が私の前に来る。

 えーっと、このタンスに何着か残ってたはず。

 

 タンスを開けてみると……お、いいね。

 とりあえず、良さげなサイズのドレスが3着はある。

 えーっと、色が……黒、白、青。

 とりあえず、片っ端から着せてみて、一番似合うのを探せばいいだろう。

 時間も別にあるし。

 

 あー、そうだ。

 氷華自身が見れるように手鏡も持ってきて、近くの床に置いておこう。

 

「よしっ、氷華。まずは、この黒いヤツを着よう」

 

「そうですね……ところで、脱ぎますよね」

 

「そりゃ、今着てる制服は脱がないとね……ていうか、まだ制服だったのね……気づかなかった」

 

 ずっと近くに居たのに気づかなかった……。

 確かに、氷華に制服は割と似合ってるしなぁ……あんまり違和感ないせいかも。

 

「うぅ……脱ぐ……人前で。しかも、宵月先輩の前で」

 

 おい、氷華さんよ……何故、顔を真っ赤にして私を見ながらそう言う。

 まるで、私が変態みたいじゃん。

 ていうか、そもそも同姓同士……。

 

「良いじゃん、女同士なんだから」

 

「えっと……その……何というか……私のは貧相というか……うぅぅっ」

 

「まぁ、よく分からないけど……とりあえず、反対側向いとくから。ほら、これドレスね」

 

「はい……ありがとうございます」

 

 その後、結局1人でドレスを着れずに、私が手伝うことになった。

 その時の氷華は……それはそれは真っ赤な顔をしていた。




明日以降、投稿頻度が1・2週間くらいの間落ちます。
申し訳ありません。


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第三十四話 貴族の戯れ

 ……よしっ、時間に間に合った。

 私たちは今、桜木家の所有している建物の前に立っている。

 

 現在の時刻は19:37。

 パーティーの開始は20:00。

 全然セーフである。

 

 ふう……氷華が私の目の前で着替えるのを若干躊躇したからドレス選びに苦戦したわ。

 ……自分一人じゃ着れないのに、全く。

 まぁ、人前で下着姿になるのが恥ずかしいってのは分かるが。

 

「ねぇ、氷華」

 

「はい、どうしました?」

 

 私は、横にいる青いドレスに身を包んだ氷華を見る。

 ……こう見ると、氷華って凄い美少女ね。

 いつもの服装だと、若干の地味さがあるけど。

 はぁ、結局眼帯は付けたままなのよね……外せば絶対にもっと可愛く見えるだろうに。

 

 ちなみに、私は白のドレスを着ている。

 

「この建物って、なんかあれっぽくない? えーっと、そうそう、教会ってヤツ」

 

「あぁ、そう言えば教科書の写真で見た教会の面影がありますね」

 

 目の前の建物には、かつて世界で最も信仰されていた統一聖教という宗教の信者が使っていた施設、教会によく似ている。

 もう、ほとんどの人が神様なんて信仰していないけど……こういう建物は残り続ける。

 そう考えると、なんだか感慨深いものがある。

 

「いらっしゃいませ」

 

 この建物の入り口前には、執事服に身を包んだ男の人がいた。

 ふむ、招待状を渡せという事か。

 

「はい、どうぞ」

 

「お願いします」

 

 私と氷華は、その男に招待状を手渡す。

 男は、招待状をさっと確認した後。

 

「武器はお持ちですか?」

 

「えぇ。氷華はどう?」

 

「私は持ってないです」

 

「では、宵月様はお持ちの武器をお渡しください。我々が責任を持って、このパーティーが終わるまで管理致します」

 

 あ、身バレしてる……まぁ、そりゃそうか。

 それはそうと武器ね……あぁ、ハンドガンをレッグホルスターに入れてたかな?

 身を屈め、太もも部分にあるホルスターからM9A3を抜き取り、男に手渡す。

 

「ありがとうございます。それでは、本パーティーをお楽しみくださいませ」

 

 そう言うと、男は扉を開ける。

 私たちが中に入ると……。

 

「おー、結構もう居るね」

 

「……!」

 

 少なくとも、50人以上のフォーマルな衣装に身を包んだ生徒たちが談笑していた。

 彼らのほとんどは見覚えがある。

 要するに上級生である。

 

 割と早く来たはずなのだけど……みんな割と暇なのか、それとも……これからキツイ現実を突きつけられる新入生に最初で最後の夢を見せてやりたくて張り切っているのか。

 

 はてさて、真相はどっちなのやら。

 少なくとも、私は……。

 

「あっ、宵月先輩! あそこに恵梨香さんが居ますよ! 行きましょう」

 

「うん、分かった」

 

 夢を見せてやりたい。



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第三十五話 血の流れぬ戦場Ⅰ

はい、久しぶりの更新です。
お待たせしました。


「こんばんは、恵梨香さん」

 

「こんばんは、恵梨香」

 

「おー、氷華に瑠奈。こんばんはー、ちゃんと来てくれたね」

 

 私たちは、壇上の近くでワイングラス片手に辺りを見渡していた、赤いドレスに身を包んだ恵梨香に声をかける。

 ……髪も服も魔術(火)も赤いな。

 

「……あれ、今日は胡桃は居ないのね」

 

「あ、そう言えばそうですね」

 

 恵梨香は、基本的に胡桃と一緒にいる事が多い。

 特にこのようなイベントなら特に。

 だから、今日恵梨香1人なのは結構珍しかったりする。

 

「ハハッ、別にアタシ達はいつも一緒って訳じゃないよ。今日は……そう、実家に呼び戻されてるからいないだけ。ほら、瑠奈なら分かるでしょ?」

 

「……あぁ、そっか。今日は財閥の会議があったわね。貴女は、大丈夫なの? 出なくて」

 

 私と違って、恵梨香は次期当主だったはずだけど。

 

「ん? あぁ、言ってなかったけ? アタシはただのお飾りだよ、当主って言っても。ほんとに仕事を継ぐのは、そっちの才能がアタシなんかよりよっぽどある妹や弟達さ」

 

 ふーん、そこら辺は私と同じなんだ。

 じゃ、私たちのコミュニティの中で本物の当主は……胡桃だけか。

 

「はぁ、やっぱ優秀ね、彼女」

 

「ま、学年順位トップのドラゴンライダーは伊達じゃないって事ね……ただまぁ、明らかに本気を出してない秋風の息子が居るからほんとの学年トップは分からないけどね」

 

 アタシの親友を否定してるみたいで認めたくないけど、と付け加えて恵梨香はそう言う。

 秋風の息子……まぁ要するに学園長の息子なんだが……はぁ、私も苦手だよアイツは。

 何考えてるか分からないんだよなぁ、親子揃って。

 

「胡桃さん、学年トップなんですか。凄いですね」

 

「ま、アタシの親友だからね。当然よ」

 

「なんでアンタが誇ってるのよ……保護者かなんかか」

 

「ふっ、胡桃はアタシが育てたと言っても過言ではない」

 

「過言でしょ」

 

 むしろ、胡桃がアンタの保護者でしょうが、どちらかと言えば。

 

「ふふっ、面白いですね。宵月先輩と恵梨香さんって」

 

「そう?」

 

「ま、長年の付き合いだからねーアタシ達」

 

 と、私たちが雑談していると。

 

「失礼しますわ、宵月様、桜木様」

 

「失礼します、お二方」

 

 と、女子生徒と男子生徒が近づいてくる。

 ……顔に見覚えがある、三年生か。

 

「……お二人の名前は?」

 

「わたくしは、甘崎美香(カンザキミカ)と申します。挨拶に参りました」

 

「僕は、立華誠(タチバナマコト)。彼女と同じでお二人に挨拶をしに来ました。では、会が始まったらよろしくお願いします」

 

 この2人の名前は。

 あぁ、なるほど。

 貴族院の議員様の娘息子は財閥の後ろ盾が欲しいと。

 

「えぇ、私の方こそよろしくね」

 

「歓迎会、楽しんで行ってね」

 

 彼らは去っていった。

 やっぱり、歓迎会という名だろうとパーティーの類いは政治が絡んでめんどくさいな。



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第三十六話 血の流れぬ戦場Ⅱ

「あの、宵月先輩。あのお二人は……」

 

「うん、財閥に群がるハエね」

 

「瑠奈は相変わらずキッツイなぁ」

 

 だって、政治だのなんだの関係ない私からすれば、ああいう連中は信頼0だし、めんどくさいし……。

 正直、いい印象は無いよね。

 

「ただ、宵月先輩の気持ちは少し分かります」

 

「うん? 蒼山家って華族かなんかだっけ?」

 

「いや、違うと思うけど」

 

 少なくとも、私はそんな情報は持っていない。

 そして、桜木家次期当主の恵梨香も知らないとなると、蒼山家は高位の華族とかでは無いだろう。

 

「いいえ、位持ちではありません。ただ、母が宮廷魔術師傘下の魔術研究チームの所長をしていましたので、やはり母に媚びていた下位の魔術師が居ました。そして、彼らはいざという時に全く手を貸してくれなかった……!」

 

 とても悔しそうな表情をして、俯きながらそう言う。

 

 なるほど、私の推理は当たっていた。

 にしても、宮廷魔術師傘下の魔術研究チームか。

()()()()の後もなお、研究内容が明かされていない謎の組織だ。

 様々な、主にあまりよろしくない類いの噂が未だに人々の間で囁かれている。

 まぁ、今は置いておこうか。

 

「なるほど、研究者かー。そういう分野は、アタシにはよく分からないな」

 

「ま、私とか恵梨香は使う側だからね」

 

「……そう言うものですか」

 

「そう言うものよ。確かに、私たちは新たな魔術を生み出しはするけど、自分には関係ない過去の魔術とか魔術の起源を調べたりはしないもの」

 

「なるほど」

 

 要するに、戦場で自分が得しない事は調べないんだ、私たちは。

 というか、自分が得しない事をする暇がない。

 そんな暇があるなら、少しでも生存率を上げたいと思ってしまうのが私たちの定めだ。

 

「さーて、アタシはそろそろ壇上に上がるかね。時間もいい感じだし」

 

 いよいよ、歓迎会の始まりという訳だ。

 

「いい演説期待してるわよ」

 

「行ってらっしゃい、恵梨香さん」

 

 私たちへの返事代わりに手を振りながら、壇上へと上がって行く。

 さてさて、これから私は忙しくなりそうだ。

 私と……というか宵月家の娘と話したいって人がわんさか寄ってくるだろうからね。

 はぁ、憂鬱だ。

 氷華と話してあげる時間を作ってあげられればいいのだけど。

 

「本日はお集まりいただいて、ありがとうございます! わたくしが今回の歓迎会主催の桜木恵梨香です。では、これから……」

 

 まぁ、宵月家に引き取らせた以上は仕方あるまい。

 この、一種の政治的な戦場で生き抜くとしようか。



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第36.5話 君の戦う理由

 ……大変だった。

 

 歓迎会の始まりを恵梨香から宣言されたあと、取り皿に食べたい料理を控えめにとって、さーて食べようとなった瞬間。

 たくさんの生徒が私のところへと話しに来たのであった。

 

 宵月家に顔を覚えて欲しい者や将来宵月家に資金援助をして欲しい者、単純に私に憧れている新入生などなど。

 ……まぁ、最後の生徒たちに関しては純粋に嬉しかったけど。

 

 それはそうと、知り合いは逃げるし、私はそもそもあまり大多数の人と話すのは苦手なので、この人々をとりあえず恵梨香に押し付けて、部屋の隅に1人立って飲み物をチビチビと飲んでいる氷華の元へと行く。

 

「……あ、宵月先輩。あの人たちは、良いんですか?」

 

「良いんだよ、恵梨香に押しつけて来たから。あの子だって、桜木家次期当主にして、Aクラスなんだから」

 

 ……実際、恵梨香は容姿端麗で魔術師としての腕も高いから、彼女を慕っている後輩も多い。

 まぁ、それはさておき。

 

「貴女、ジュース飲んでるの?」

 

「はい、アルコールは苦手なので……宵月先輩はワインですか?」

 

「うん、成人は15才になったしね。あんま酔わないし」

 

 私は、ゆっくりと赤ワインを飲む。

 はぁ、酒を飲まずにはやってられないわ。

 

「ふふっ、似合っていますね。ドレスを着た宵月先輩がワインを飲んでいる姿は?」

 

「そう? なんか、学生が背伸びしてる服に見えちゃうのよねぇ、私自身は」

 

 そう、グラスに映った自分の姿を見て呟く。

 

「意外と自虐的ですよね、宵月先輩って。もっと自信を持っていいと思うのですが……」

 

「無理だよ……だって、私は……」

 

「空っぽだから、ですか? 戦う理由もないのに、戦ってる魔術師だから……ですか」

 

「……ッ! ……えぇ、そうよ。滑稽でしょ、そんな魔術師は」

 

 そう言い捨てながら、壁にもたれかかる。

 はぁ、挙げ句の果てには他人の剣技に追いつくのを無理やり戦う理由に当てはめてる……それは戦う理由にはなり得ないのにね。

 

「ほんとに……ほんとに……そうでしょうか」

 

「……うん?」

 

「宵月先輩、好きなことはなんですか?」

 

 好きなこと……好きなことか。

 魔術は……義務感だし……うーん、あっ。

 

「えっと……平和な事、かな。第三次大戦がもし起きなかったら……ってよく考えるし。でも、それは戦う理由にはならないと思うけど」

 

 というか、どうしようもない。

 こんだけ荒廃し切ってしまった世界に平和なんて訪れる訳がない。

 

「……それはどうですかね?」

 

「……貴女は、何を知ってるの?」

 

 氷華は……蒼山氷華という人間は……

 何者なんだ?

 

「それは……ひ・み・つ、です」



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第三十七話 かつての相棒と今の相棒

 Side:蒼山氷華

 

 私たちは、弱い光を発するのみの電灯しかない暗い道を歩く。

 会話は少ない。

 まぁ、意味深なこと言っちゃったから仕方ない……アレは、宵月先輩が自分でたどり着くか、あるいは13番目の啓示を受ける以外はダメだ。

 少なくとも、私が教えることは許されないし、宵月先輩のタメにもなるまい。

 

 私はあくまで……表向きは黙示録派であってはならない。

 何も知らない、無知な蒼山の哀れな娘でならなければない。

 

「ねぇ、氷華」

 

「言いませんよー、いくら宵月先輩でも」

 

「そう」

 

 ただ、何だろう。

 露骨に残念そうな顔をされると私も困る。

 だから……ちょっとしたヒントくらいなら。

 

「まぁ……これくらいなら言っても良いと思うんですけど。私と宵月先輩の憧れの人は貴女の味方ですよ。仮に何があっても、です」

 

「……そっか。それは、嬉しいな」

 

 まぁ、これくらいなら許されるだろう。

 ……ん、この気配。

 誰か、付けてるな。

 宵月先輩は……気づいてるのかなぁ?

 うーん、よく分からない。

 

「宵月先輩、先に行っててください。私、寄るところを思いだしたんで」

 

「ふーん、そうなの。じゃ、お先に。また、後でね」

 

「はい、また後で」

 

 十分、宵月先輩との距離が開いたのを確認したのちに後ろを振り返る。

 そこには、紫髪の女性がいた。

 黒い服装に、公安の紋章……遠崎和美(とおさきかずみ)、かつての宵月先輩のバディだった人だ。

 はぁ、面倒くさそうな相手だ。

 願わくば、私の過去を知らない人でありますように。

 

「……あら、すぐ暴れ出さないとは狂信者の割には躾がなっているのね。蒼山氷華、貴女のことはよく聞いてるわ」

 

 ……当たりだ。

 コイツは、何も知らない。

 もし、私の過去を知っているなら、こんな悠長に話さないだろう。

 とっとと、両手を使いものにならないようにするはず。

 

「別に、狂信者でもないですから。確かに、宵月先輩に憧れはしてるけど、ちゃんと理性はあります。で、公安の方が何の用でしょうか?」

 

「……いや、今の私は国家公安警察の一隊員ではなく、遠崎和美という一人の人間として立ってるの。単刀直入に聞くわ……今すぐ4番目候補の身柄をよこしなさい」

 

 要するに、宵月先輩を殺したいと。

 うーん、流石あの御方から渡された危険人物リストに載っていた人間だ。

 大方、学園長が捨てるために一芝居打っただけだろうけど。

 面倒なことをしてくれる……あの男も。

 

「……断ります」

 

「そう……じゃあ、分かるわよね」

 

 そう言うと、彼女は懐から拳銃を取り出して、私の眉間に照準を合わせる。

 はぁ、付き合ってあげるようとしよう。

 ……目の調整をし終わるまではへっぽこ魔術師として戦おう。

 

「えぇ、始めましょう」

 

 狂者同士の舞踏会(殺し合い)



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第三十八話 氷の魔女と呼ばれた魔術師

今日から更新速度元に戻ります。


 さて、向こうはやる気十分。

 ただ、私は目を調整する間は弱いフリをしてやらなければ……。

 とりあえず、偽りの適合属性である火属性で戦いましょうか。

 あとは……汎用魔術は、まぁ適当に詠唱をきちんとして熟練度不足を装うことにしよう。

 

 彼女は、拳銃の引き金に力を入れる。

 魔力反応を銃から感じる。ってことは、あれは……魔弾ね。

 属性は、多分土。

 

「偉大なる13の魔女より我らに授けられし72の術式よ。今ここで、その奇跡を現わしたまえ……絶対防壁(プロテクト)

 

 詠唱の途中で彼女の拳銃が火を吹く。

 ただし、銃弾が私の額を貫く直前に目の前に大型魔法陣が展開され、飛来して来た銃弾を弾く。

 間に合って良かった……けどかなりギリギリだった。

 やっぱ弱いフリって危ない、けど本気出されても困るし……大変だけど、頑張るしかないか。

 

「公安のデータベース通り本当に貴女弱いのねぇ。汎用魔術……それも多くの人が真っ先に詠唱しなくても発動できるようになるはずの防御魔術にすら詠唱が必要だなんて。可哀想な子……ふふっ、ハハハハッ。せいぜい、惨めに逃げ回りなさい」

 

「えぇ、そうさせてもらいますよ……!」

 

 彼女の言う通り、今は逃げた回っている方が生き残れるわね。

 調整は……40%までしか完了してない。

 早くしないと……! 

 

 絶対防壁(プロテクト)を解除して、レッグホルスターから取り出した銀色のルガーで牽制しつつ、彼女の銃弾を交わすために路地裏に駆け込む。

 そして、彼女がこの路地裏に入って来る前に無詠唱でいくつかトラップ術式を仕込む。

 

「あらあら、逃げても無駄よ? 」

 

 ……彼女、索敵魔術を使ったか。

 でも、この術式反応からするとこの魔術は生体反応を感知するもの……つまり、トラップの存在はバレない。

 

「さーて、こっちに逃げこ……ッ⁈」

 

 私の背後から眩しい光が差し込む。

 無事、目潰しのトラップにかかってくれたみたいだ。

 光が落ち着いてから、通常弾を二、三発彼女に撃ち込むが……不可視の壁に防がれた。

 

 流石、元Aクラスの先輩。

 この程度は防ぐか。

 ま、これは想定済み。

 次からはトラップにもかかってくれないだろうなぁ。

 

 でも、目の調整が終わった。

 もう、偽る必要もない。

 

 そう、彼女……遠崎和美は致命的な選択をした。

 私が本気を出せないうちに、彼女が本気で私を殺しに来るべきだった。

 

「さぁ、鬼ごっこはこれで終わり、ですね」

 

 左目の眼帯に手をかけて、それを取る。

 ここからは、本気で相手にしよう。

 

「舐めやがって……劣等魔術師如きガァァッ」

 

 冷静さを欠いていた彼女は、気づかなかった。

 既に、私の勝ちが確定している事が。

 

「……魔眼起動」

 

 ルガーをホルスターにしまってからそう呟いた瞬間、彼女の全身が一瞬で凍りつく。

 呆気ない最後だった。

 このまま放置して去れば、和美は死ぬだろう。

 

 私は惨めな氷のオブジェと化した彼女の横を、眼帯を付け直しながら通り過ぎる。

 

「さようなら、和美先輩」



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第三十九話 蒼山氷華

 氷華と和美が相対していたのと同じ時。

 瑠奈の元にもまた、1人の人間が来ていた。

 

 2022年 4月19日 22:37 学生寮前

 Side:宵月瑠奈

 

 ……こんな遅くに用事か。

 うーん、氷華どうしたんだろ?

 まぁ、寮に帰って来たら聞けばいいか。

 

 そんな事を思いながら、夜道を歩いていると……。

 正面から、1人の男子生徒がこちらに歩いて来る。

 秋風武装学園高等部の制服を来た、灰色の髪の男子。

 あぁ、そういえばダイレクトメールを送ったっけ。

 

 私たちは、すれ違う。

 

「ご機嫌よう、お嬢さん」

 

「こんばんは、ネズミさん」

 

 そう、一言だけ交わして。

 そして、手にはいつの間にか十数枚のA4用紙が握られていた。

 あとで、彼の口座(最も本当に彼本人の口座かどうかまでは知らないが)にお金を振り込まなきゃね。

 

 

 

 

 

 

 2022年 4月19日 22:44 学生寮

 Side:宵月瑠奈

 

 自室に戻って来た私は、ドレス姿のまま椅子に腰掛けて、机に置いた例の資料に目を通す。

 

「相変わらず、アイツはどこから情報を抜いて来てるのやら」

 

 蒼山氷華、現年齢15才。

 誕生日は、9月17日。

 家族構成は、父・母・妹だったけど、父と母は既に他界。恐らく原初派との戦闘によるもの。

 両親と彼女自身は魔術師だけど華族や皇族とかではなく、一般家系出身……ただ、第三次大戦前まで彼女達蒼山家はとある神社の神主をしていた。

 

 ……うん?

 蒼山家のとこに注釈が……。

 へぇ、普通の神社ではない可能性有り、ね。

 情報屋が得られなかった情報か……一体何を信仰していたのやら。

 

 適合属性は氷……私に言った火属性は嘘って訳ね。

 なんで、嘘なんかついてるんだか。

 

 次に彼女の経歴か。

 ……幼少期のある時点から情報が抹消されてる?

 見れば見るほど胡散臭いというか。

 

「私や宵月先輩の憧れの人は貴女の味方ですよ。仮に何があっても、です」

 

 ……私、この言葉を信じていいのかしら?

 まぁ……これは置いておこう。

 

「あとは……これでめぼしい情報は終わり、か」

 

 はぁ、疑念が深まるばかりだ。

 確かに、この世界は裏切りや腹の探り合いばっかだ。

 ただ、なんだろう?

 

 可愛い後輩くらいには、疑念を抱きたくないものだ。

 

 おっと、ドアの開く音がした。

 氷華が帰って来たね。

 そっと、今まで見ていた紙束を適当な教科書の中に滑り込ませる。

 

 ……色々、知ったけど。

 実際の彼女をもっとよく知ってから、この事をたずねるとしよう。

 

「ただいまです、宵月先輩!」

 

「おかえり、氷華」

 

 私は、笑顔で彼女と顔を合わせた。



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第四十話 動き出す影

辻褄合わせのために日付けを変更しました。


 2022年 4月 21日 松代臨時司令部

 Side:???

 

 (わたくし)は、チェス盤を挟んで沢山の勲章が付いている軍服を着ている黒髪の少女と対峙している。

 少女は、駒を動かしながら(わたくし)に話しかける。

 

「それで、あなたの作戦の進捗はどうなのだ?」

 

「順調ですよ、皇女殿下。使えない駒(かずみ)の処理も完了しましたし、秋風派の軍人たちへ叩きつけられそうな証拠も出て来ています」

 

 今度は、(わたくし)が駒を動かす番だ。

 しっかりと、チェス盤の状況を眺めてから駒をパパッと動かす。

 

「……ふーん、そんな適当な手でいいの?」

 

「えぇ、構いません」

 

 だって、もう未来は確定しているから。

 (わたくし)は、また目の前の少女に負ける。

 これが当たれば、チェスの戦績は3勝50敗……はぁ、憂鬱。

 

「秋風卿に気づかれた気配は?」

 

「恐らくないかと。ただ、唯一の懸念点としては」

 

「宵月瑠奈の覚醒、か。そればかりは、(わらわ)にはどうしようもない。お前の目なら見れるのではないか?」

 

 着実に、(わたくし)を劣勢に追いやりながら皇女殿下は問う。

 

「この目は、あくまで自分より格下の生命体の未来を見れるというモノです。つまり……」

 

「お前より序列の高い4番目の魔女の血を引き継いだ宵月瑠奈の未来は見えない……こう言う事か?」

 

「はい。その通りです、殿下」

 

 劣勢を覆すには至らないであろうが、この盤面での最善手を打ちながら答える。

 次はどんな手を打つかを考えていると、急に姿勢を改めて皇女殿下は(わたくし)の目をジッと見ながら口を開く。

 

「……一つ、聞いてもよいか? 黙示録派筆頭、13番目の魔女よ」

 

「なんなりと」

 

「D-03地区にある例の兵器……本当に原初派の連中は素直にこちらに引き渡すだろうか?」

 

 あぁ、そんな事か。

 それは簡単だ。

 (わたくし)は、自信を持って答える。

 

「えぇ、必ず引き渡すでしょう」

 

「なぜ、言い切れる?」

 

「簡単なことです、殿下。原初派の魔女たちにとって何よりも大事なのは、神の教えなのです。そして、神はある少女に昔こう言ったそうです……嘘をついてはならないと。だから、原初派の魔女が渡すと約束したならきっとそれがあの兵器であっても我々に引き渡すでしょう」

 

「……そうか。お前がそう言うならそうなんだろう……そして、チェックメイトだ」

 

 あぁ、確定した未来はちゃんと訪れた。

 今日は、記念すべき50敗目の日となった。

 ……なんて、嫌な記念日なんだろうか?

 

「……何故、(わたくし)はいっつも負けるのでしょうか?」

 

「単純に、こういう事では妾の方が優れているってだけだろう。適材適所、だ」



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第四十一話 呪いへの坂道

 2022年 5月3日 05:03 秋風武装学園地下司令部

 

 あの歓迎会から約二週間が経った。

 これまでの間、私と氷華は、授業を受けたり、2人で自主訓練をしたり、近くのお店に2人で買い物したり……平穏な日々を過ごしていた。

 ……もちろん、その間に氷華の行動はよく見ていたが、特に怪しい動きはなかった。

 

 だが、そんな平穏は終わりを告げる。

 今日の朝起きたら、私たちの携帯端末には特別課外作戦……まぁ、前回のD-3地区偵察任務の続きを行うとの連絡が来ていた。

 

 そんな訳で、作戦の詳しい説明を聞くために学園の地下にある司令部へと来ている。

 若干薄暗く、軍服を着ている大人の人たちが忙しく歩き回っているこの場所の隅の区画で、青年将校からの説明をパイプ椅子に座りながら私たちは聞く。

 

「良く来てくれたな。さて、作戦の説明を早速だが行おうと思う。D-3地区の一部……前回、君たちが偵察をし終えた所までの地域を国防軍が奪還、そこに小規模な前線基地を設置した。今回は、この前線基地を拠点として数日間に渡って偵察任務をしてもらう。前回とは違い、慣れない場所で連続して任務を実施するため、気をつけてくれ」

 

「「了解」」

 

「続けるぞ。それで、今回は旧新宿駅付近に存在する破棄された国防軍D-3地区砲撃陣地まで偵察をしてもらう。地図は、携帯端末を参照してくれ。前線基地設営分も更新してあるから安心してくれ。あと、今回は前回とは違い、きちんと敵にバレないように対策をしてもらう。前回は、正直バレても仕方ない状況だったからな……。まぁ、それはいい。で、これがその対策用の品だ」

 

 と、彼はとあるものを取り出す……ってこれってただの。

 

「制服だ」

 

「ただの制服ですね」

 

 私たちは、思わず声に出してしまう。

 でも、これ……違和感を感じる。

 なんだろう、この感覚。

 何かが、阻害されているような……。

 

「あぁ、ただの制服だ。対探知術式が仕込まれているのを除けば、な」

 

 なるほど、それか。

 私が、常時使っている超短距離魔力探知魔術が阻害されている感覚だったんだ、さっき感じた違和感は。

 

「コイツを着ていれば、魔術師が常時発してしまう微弱な魔力を抑え込んだり、敵の生体反応探知魔術を阻害したりする事が出来る。かなりの優れものだ」

 

「なら、その制服を常に着ればいいのではないですか。なんで、今回だけなんですか?」

 

 と、氷華が彼に尋ねる。

 

「うん? あぁ、新入生か。単純な話だ、対探知術式と対魔術攻撃耐性術式は相容れないんだ。要するに、どちらかしか制服に仕込むことが出来ない。んで、普段の制服には対魔術攻撃術式が仕込んである。つまり、今回の制服は紙装甲って訳だ。だから、安全第一な学生には対探知術式を持つ制服は配布していない」

 

「なるほど」

 

「俺からは以上だ。他に分からないことが出来たら、携帯端末で連絡してくれ。では、さっそくD-3地区前線基地へと向かってくれ。健闘を祈る」

 

「「了解! 」」



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第四十二話 ありし日の記憶Ⅱ

お気に入りしてくれる方々、いつもありがとうございます!


 Side:蒼山氷華(過去)

 

 さて、10歳の少女にすぎない私は働き始めた訳だが……働けるところは少ない。

 流石に労働関連法律はまだ存在するから。

 だから、マトモな所では雇って貰えない。

 

 つまり、違法なところに就職した。

 魔術師である私が行くところは一つ……そう、非合法PMCだ。

 あぁ、違法で女が働ける場所ところといえはアソコもあるが、まぁ流石にロリコン変態ジジイに身体を捧げるまではしたくなかったから選択肢になかった。

 

 まぁ、それは置いておこう。

 とにかく、そんな訳で私は人殺しをするようになった。

 と言っても、敵の多くは非魔術師や最低ランク……Dランク魔術師。

 推定(まだ、連合皇国政府指定の魔術学校を卒業しておらず正式ライセンスを貰っていないから正確には分からない)Bランク級魔術師である私の敵ではなかった。

 

 正直、最初はそんな私自身が恐ろしかった。

 ただの10歳の少女に過ぎないハズの私が、呪文を唱えればコロッと人を殺せる。

 そんな私自身が恐ろしかったのだ。

 

 ただ、何度も繰り返せば何事も慣れて行く。

 それは、人殺しも同じだった。

 

 だが、それがよくなかった。

 そんな私は、油断してしまった。

 だから……だからこそ、あの日の私は"逃げ"という選択肢を選ばなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 2022年 5月3日 06:27 D-3地区前線基地

 

「……先輩、宵月先輩! 起きてください!」

 

 氷華に身体を揺さぶられ、大声で呼ばれたことで、私の意識は覚醒する。

 ……ここは、軍用車の中だね。

 あぁ、寝ちゃってたのか。

 

 にしても、さっきまで何かを見ていたような。

 ま、そう大して重要な事ではあるまい。

 

「おはよ、氷華」

 

「おはようございます、宵月先輩。D-3地区の前線基地に着きましたよ」

 

 もう着いたのか。

 寝てると、あっという間だなぁ。

 

 私たちは、運転手の男に礼を言うとこの車から降りる。

 外に出て、視界に入って来たのは多くの作業用車両や軍人の人たちが忙しなく歩いているいかにも急ピッチでとりあえずガワだけなんとか設営しましたと言った見た目の小規模基地だった。

 

 生乾きのコンクリートで雑に舗装された地面に、耐久性や住み心地がかなり不安と言うしかないような仮設住宅、工事現場にありそうな薄汚れた仮説トイレ、一応置いてある感が半端ない軽迫撃砲。

 

「……大丈夫かしら、ここ」

 

「まぁ、大丈夫だと……信じるしかありませんよ」

 

「それもそうね」

 

 はぁ、人類の希望を背負った魔術師ってヤツは本当に大変よ、まったく。

 とりあえず、ここのトップと話しをしよう。多分……奥の方にある他と比べると比較的マシな見た目の建物にいるだろう。

 

「氷華、ここの上官に挨拶しに行くわよ」

 

「了解です」



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第四十三話 神殺しの呪いへと

 2022年 5月4日 03:27 D-3地区未攻略地域

 Side:宵月瑠奈

 

 さて、昨日は前線基地に来ただけだったが、今日からはちゃんと任務がある。

 頑張って働くとしよう。

 

 時間的にまだ日の出も迎えていない(もっとも、日の出した所で分厚い雲のせいでまぁまぁ暗いらしいが)ので、辺りは真っ暗だろう。

 

 何故、だろうという言葉を使うのかだって?

 単純に、今私たちは暗視ゴーグルを付けているからだ。

 魔術師の身体能力全般は一般人よりも高いが、流石にこの時間帯じゃ視界がかなり制限される。

 だったら、科学の力を頼ろうという訳だ。

 しかも、今回魔術使えないし……いくらこの特注制服を着てるとはいえ、流石に魔術を使えば普通にバレる。

 

 私は、隣にいる氷華を見る。

 まぁ、一応私の味方らしいし、暗闇にまぎれて……とかは流石にないか。

 

「氷華、暗視ゴーグルは大丈夫?」

 

「はい、問題ありません」

 

「よし、じゃあ先に進もうか」

 

 私たちは、D-03地区未偵察エリアの奥地へと歩き始めた。

 足音を立てないようゆっくりと。

 敵と突然出くわさないよう、周辺警戒もしっかりして。

 

 

 

 

 

 

 2022年 5月4日 04:37 D-3地区未攻略地域

 Side:宵月瑠奈

 

「……ここまで敵はいない、か」

 

 1時間ほど旧新宿駅へと歩いたが、ここまで全く敵と出会っていない。

 ……流石に何かがおかしい気がする。

 確かに、あまり距離は歩いていない。

 まだ、453mくらいしか進んでいないが……哨戒をしている敵兵士の1人も見ていない。

 

 前回の私たちとの戦闘、そして連合皇国軍に一部土地が奪われたって言うのにこの無警戒さ。

 一体、何がどうなっているというの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年 5月4日 04:38 D-3地区原初派司令部

 Side:ルイ

 

「どういう事ですか! 僕たちD-3地区の原初派戦闘員に死ねと言うのですか!」

 

 旧新宿駅周辺の広い地下室の中で、目の前のテーブルを思いっきり拳で殴りつけて思わず通信器目掛けてそう叫ぶ。

 周りの部下たちは、何事かとざわめき始める。

 

「あぁ、まぁそういう解釈にもなるな。そして、何度でも言うが我々4柱……いや、3柱の魔女はそちらに行くことは出来ない。13番目と契約してしまったからな」

 

「クソッ!! なんだって、こんな事に……」

 

「何を喚いている? 我らにつくとはそういう事だろ? そして、それに納得して、貴様らは契約したはずだ」

 

「ッ! ……あぁ、そうだな」

 

 それを言われると何もいい返せない。

 全て、事実だからだ。

 今更ながら、少し後悔し始めていた。原初派の一員となった事に。

 でも……やるしかない。

 

「では、通信を終える。頑張れよ?」

 

「……はい、必ず任務通りに」



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第四十四話 とある人形術師とタイムリミット

 僕は……元々、ただ人形師の父に憧れただけの少年だった。

 もし、僕が6才の時に魔術師の適性が見つからなかったら……こんなことにはならなかっただろう。

 

 十数年前

 Side:瑠衣(ルイ)

 

「僕が親衛隊、ですか」

 

 松代臨時司令部にあるこじんまりとした面接室。

 そこで、机を挟んで黒髪の少女……日本連合皇国が保有している3柱の魔女の1柱である13番目の魔女と相対していた。

 

 秋風武装学園から卒業する寸前に、松代臨時大本営に来るよう本州連合政府から急に呼び出された時は、思わず何をされるのか怖くなったがまさか親衛隊への勧誘とは……。

 

「えぇ、そうですよ。松山瑠衣(まつやまるい)さんは、秋風武装学園のAクラスの中でもかなり優秀な魔術師でしたし。それに、()()()()だと就職先に困るでしょうし」

 

「ッ! ……そりゃ、知ってますよね。魔術師適性を調べてるのは貴女ですもんね」

 

 一瞬、自分の適合魔術である無属性魔術"人形操作(ドールズ・ダンス)"を指摘されたことに反射的に驚いてしまったが、すぐに冷静に考えて魔女が知らない訳ないかと思い至る。

 

「はい。人間社会において、異端であるのはフリであると思います。でも、(わたくし)の親衛隊にそれを気にする人は居ませんよ」

 

 そもそも、変な人達ばっかりですからね。と、戯けながら彼女は言う。

 実際、自分の魔術のせいで就職活動の成果は芳しくない。

 自分の成績と技量から通ると思っていた宮廷魔術師も落ちてしまった……。

 

 そんな中、今回提示された魔女の親衛隊への参加。

 正直、かなりいい。

 だから、僕は……。

 

「魔女様、良ければ僕を親衛隊へ入れてください。お願いします」

 

 彼女の親衛隊に入ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年 5月4日 04:57 D-3地区未攻略地域

 Side:宵月瑠奈

 

「氷華、残念だけど時間ね」

 

 私は、携帯端末で時計を見ながらそう言う。

 前回の作戦で言われた通り、このD-3地区の原初派支配領域では行き帰り全て含めて3時間しか活動出来ない。

 

 ……まだ、今日行く予定だったところまで辿り着いていないが仕方ない。

 帰ったら、色々考え直さないとね……ペース配分とか警戒度合いとか。

 

「……そうですか。今日の目標地点まで辿り着いていませんが……呪いのせいなら仕方ありませんね」

 

「ま、帰ったら色々考え直そっか」

 

「分かりました。明日こそ目標を達成したいですね」

 

「そうだね……うん? 気のせいかな」

 

 少し、魔力反応が前方からした気がするんだけど……。

 誰もいないし、気のせいかな?

 

 些細な疑問はすぐに消え失せ、私たちは元来た道を戻っていく。

 

 

 

 

 

 

 同時刻・同地区

 Side:???

 

「兄さん、今がちょうどいいんじゃないかな?」

 

 10m先にいる少女たちを倒れたビルの残骸の影から見ていた俺の後ろから、少々高めの男性の声が聞こえる。

 振り向くとそこには、茶髪の幼い男の子……俺の10歳下の弟が純粋無垢な笑顔を浮かべながら俺が見ていた2人の少女を指差していた。

 

 ちょうど、こっちに背を向けた所だしな。

 確かに、ちょっかいを掛けるにはちょうどいいタイミングだろう。

 

「そうだな……よし、俺が魔術を発動したら」

 

 そこまで言ったところで、後ろから魔術師の気配を感じた。

 発動しかかっていた魔術を解除し、また後ろを振り返る。

 

「……誰だ?」

 

アタシの友達(瑠奈)に手を出そうとは良くない人だねぇ、君」

 

 そこには、秋風武装学園の制服を着た赤髪の少女と

 

「東ア全体主義同盟の親衛隊員ですね? これ以上、仲間(日本人)同士で足を引っ張り合うのはやめてください! これは本州連合魔法省からの通達です」

 

 同じ制服を着た黒髪の少女だった。

 

 ……本州連合魔法省からの通達、要するに13番目の魔女の代弁ってことか。

 チッ、流石にやりすぎて魔女が出てくるのはまずいな。

 

「……引くぞ」

 

「はーい。……つまんないなぁ」

 

「そう言うな」



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第四十五話 前線基地での日常Ⅰ

お気に入り、高評価、ありがとうございます〜


 2022年 5月4日 05:29 D-3地区前線基地

 Side:宵月瑠奈

 

 ……帰還し始めてから1時間半ぴったりのところで私たちは基地へと戻って来た。

 5時になってからは、最低限の視界確保分の自然光が降り注ぐようになったので、既に暗視装置は外している。

 

「着いたわね……うーん、朝から疲れた」

 

「はは。確かに朝のランニングにしては負荷が大きいですもんね」

 

「まったくよ。もっと気軽な運動がしたいわ」

 

 そんな事を言いながら、私たちが自分達に割り振られた部屋へ歩いていると、1人の迷彩服を着た青年が私たちの元へと駆け寄ってくる。

 

「宵月瑠奈さん、蒼山氷華さん、お疲れ様でした。暗視装置とあと……貴女たちの武器を一時的に預からせていただきます」

 

「あら、どうして自分の武器まで?」

 

 M4やM9A3の整備とかしたいのだが……。

 

「お恥ずかしながら……当基地は未だに設営中であり、呪いの浄化用結界が設置が未だに行われていないのです。なので、武器は我々が浄化させていただきます」

 

 あぁ、なるほど……今までちゃんと結界がある施設(学園とか)ばっか使ってたから完全にある前提だった。

 即席の軍事基地にはこういう事もあるのね。

 

「そういう事なら……はい、装備一式です」

 

 私は、軍人さんの持っていたケースに自身の装備やマガジンポーチなどを入れていく。

 

「これが私の分です」

 

 氷華も抵抗なく装備を入れていく。

 

 ……そういえば、結界がないという事は身体や服の方も。

 

「はい、ご協力ありがとうございます。それでは、次は身体の方を洗っていただきます。あ、服の方は置いてある洗濯カゴの方に入れていただければ女性隊員の方が後ほど回収し、専用の溶液を用いて洗浄させていただきます。では、僕に着いて来てくださいね」

 

 あら、ちゃんと配慮されてる。

 なら安心ね。

 

 私たちは、彼の後を素直に着いていった。

 軍人さんに着いて行って着いた先は……プライバシーとかそれ以前にそもそもの耐久性とかそこら辺に多大な疑問を抱かざるを得ない仮設感満載のそれなりに大きな建物だった。

 

「……ここ、ですか?」

 

 思わず、尋ねてしまう氷華。

 

「はい、こちら基地建設中の隊員用の仮説シャワー室です。あ、ちゃんとお湯は出ますし、男女で分かれてますよ」

 

「……それは、ありがたいです」

 

 ひょっとしたら、お湯出ないんじゃない?

 とか思ってたんだけど許された。

 ……許された? それでいいのか、私……。

 

「では、ごゆっくり。女性隊員が後から衣類の回収及び着替えの用意を行いますのでご安心ください」

 

 彼が去って行ったのを見送った後、建物に入る前に氷華が呟く。

 

「……なんで服のサイズとか分かるんですか?」

 

「そりゃ、私たち魔術師のあらゆるデータは軍や政府のデータサーバに保存されて、共有されているもの。それこそ、身長とかバストとかまで」

 

「……プライバシー保護とかって考え、ないんですか?」

 

「ある訳ないじゃない。魔術師なんてそんなもんよ」

 

 はぁ、とため息をついてから、諦めたように氷華はドアを開けて中へと入る。

 ……まぁ、頑張れ。



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第四十六話 D-3地区機密文書

 5月4日 05:48 D-3地区前線基地

 Side:宵月瑠奈

 

「……眠い」

 

 シャワーを浴びた後、私たちは自室へと戻って来た。

 ……朝早くから作戦を開始したのもあって、私は今睡魔との戦いに負けかけている。

 

「宵月先輩、もう午前にやることはないので、昼まで寝てもいいんじゃないですか?」

 

「それも……そうね」

 

 そして、今睡魔に完敗した。

 もう、瞼も半分閉じちゃってるし……無理に我慢するのも良くないだろう。

 そう言い訳をしながら、簡易ベッドに横たわって瞼を閉じる。

 

「あ、時間になったら起こしますね」

 

「う……ん。……スー、スー」

 

 基地の人に貸してもらっている、軍属魔術師専用の黒いローブを着ているから寝にくいかな?

 なんていう些細な心配を消しとばして、無事私の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 Side:蒼山氷華

 

 さて……宵月先輩は寝ちゃったし、ちょっとやる事をやりに行こうか。

 

 ……うん、ここが指定された建物だ。

 コンコン、と扉をノックしながら。

 

「失礼します。この基地に派遣された秋風武装学園一年生、蒼山氷華です。用事があって来ました」

 

 とちょっと大きな声でそういう。

 そうして、数秒の間が空いたあと。

 

「……入りなさい」

 

 と、女性の声が扉越しに聞こえる。

 許可は貰ったので、目の前のかなり小ぶりの建物に入る。

 そして、私は入ってすぐのところに置かれていた椅子に足を組んで座っていた、軍服を着ている黒髪の少女に敬礼をする。

 

 しばらくの時間、彼女は無表情のままじっとその金色の瞳で私の目を見つめる。

 

「……操られてはない、と。やぁ蒼山氷華、2ヶ月ぶりだね」

 

 じっくりと私の瞳を観察し終わったあと、若干の微笑みを浮かべながら彼女は口を開いた。

 

「そうですね、お久しぶりです……魔女様」

 

 そう、この少女こそが本州連合魔術省トップである13番目の魔女。その人である。

 

「ふーん、まだその瞳の調整は要らなさそうだね」

 

「はい、問題ありません」

 

「じゃ、この書類を使いなさいな」

 

 と言うと、彼女は何もない空間からとある書類を取り出して、私に手渡す。

 ……これは、原初派占領前のD-3地区にあった国防軍施設に関する資料だ。

 

 もちろん、機密文書だ。

 機密のランクは……極秘。

 上から3番目か。

 

「では、私はこれで。黙示録派に栄光あれ!」

 

「うん、頑張ってねー」

 

 書類をローブで隠しながら、私は自分の部屋へと戻った。

 この書類が、どれだけ宵月先輩に効果があるかな?

 少なくとも、大事な記憶の一部を取り返すぐらいの効果は期待したいところだけど。

 

 ま、あとは上手くいく事を……祈りましょう。



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登場人物スペック:宵月瑠奈編(46話まで)+@

今回は情報整理回。RPG風にスペックを書いてみました。


 No.1 : 宵月瑠奈

 

 《基本情報》

 

 種族:人間(魔術師)/???

 性別:女性

 年齢:18

 所属国家:日本連合皇国/本州連合

 所属派閥:無所属

 所属組織:秋風武装学園高等部

 適合属性:火(メイン)・氷(サブ)

 

 《基本ステータス》

 *()内は魔術効果による補正値追加/全ステータス値Max100

 

 筋力:69(75)

 俊敏:62(65〜87)

 耐久:71(79〜82)

 装甲:10(55)

 対魔術:5(10)

 魔力:85

 

 《習得魔術(汎用)》

 

 ・不可視領域(インビジブル)

 術者が指定した範囲内の対象を外部から見えなくする魔術。消費魔力量はそこまで多くない。

 

 ・復元(リストア)

 壊れた物を元の状態に復元する魔術。消費魔力量は僅かに多い。

 

 ・加速(アクセラレイション)

 自身の地上移動速度を速くする魔術。消費魔力量は少ない。

 

 

 《習得魔術(火・氷属性)》

 

 ・絶凍の大地(フローズングラウンド)

 上位氷属性魔術の一つ。非常に強力な魔術で、最大で半径50m以内の地上目標を地面ごと凍らせることが出来る。ただし、消費魔力は並の魔術師の最大保有魔力量をはるかに上回る。

 

 ・洗浄(ウォッシング)

 下位水属性魔術の応用。身体や服の汚れを瞬時に落とす事ができる。消費魔力量は少ない。

 

 ・フレイムⅢ

 火属性魔術、フレイムの改良版。フレイムはただ相手を燃やすだけだが、フレイムⅢは発動時に爆発を引き起こし、半径5m以内の敵を爆殺する。消費魔力量はかなり多い。

 

 

 《特殊技能(武器依存)》

 

 ・フォティア

 魔剣フォティアを装備時に以下の効果が発動する。

 

 1.魔剣フォティア抜刀時に、フレイムⅢ/壊(フレイムⅢの爆風半径拡大版)が自動発動する。

 

 2.自身の魔術攻撃力が僅かに上昇する。

 

 3.対魔術(魔術抵抗力)が僅かに上昇する。

 

 4.自身の最大魔力量が僅かに減少。代わりに魔力の一部を日々魔剣フォティアに蓄積していく。

 

 5.自身の防御力が僅かに上昇。

 

 《特殊技能》

 ???

 情報解析中

 

 

 

 

 

 年表

 

1979年:棺桶の研究を開始。

 

1980年:ソビエト連邦が崩壊。旧ソビエト領内は多数の軍閥によって建国された小国に分裂。以後、正当なロシアを巡る激しい紛争が長きに渡ってユーラシア大陸で起こることになる。

 

1985年:一つ目の棺桶の研究が終了。厳重な警備の元、棺桶の蓋は開けられることになる。そこには、眠っている少女の姿があった。

 

1986年:魔女は、そこらの少女と変わらぬ容姿をしつつも、体内から未知のエネルギー物質を有している事が分かった。また、魔女は未だに眠り続けている。

 

1987年:日本国政府は、現在の研究チームでは1体目の魔女の研究で手一杯と判断し、残り二つの棺桶と魔女を専門的に研究する研究チームが新設される。



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第四十七話 忘れられた記憶と疑念

 Side:■■■■

 

「ママー」

 

 金髪に赤い瞳を持つ、純白のドレスに身を包んだ貴婦人の膝にちょこんと座っている幼い私が、彼女のことをそう呼ぶ。

 

「何かしら、■■」

 

「あれ、なーに? 」

 

 私たちの座っている庭のすぐ横、そこには庭の横にあるしては不釣り合いなオブジェ……巨大な、近未来的なデザインの大砲が鎮座している。

 私にとっては……すごくイヤな感じの雰囲気のする砲。

 

「あれ? アレは……そうね。ちょっと昔に、人と私たち魔女が一緒になって作り出した……」

 

 そうして彼女は語り出した。

 人がおこした……いや、おこしてしまった奇跡を。

 神殺しの奇跡を。

 

 

 

 

 

 5月4日 10:34 D-3地区前線基地自室

 Side:宵月瑠奈

 

「……ん」

 

 私が瞼を開くと、まず横の机に置いてあるデジタル時計の10時34分という文字が目に入る。

 ……意外と早く目覚めちゃった。はてさて、どう時間を潰したものか。

 

 ん? 

 私の机の上に置いてあるファイル……なんだろう? 

 こんなもの持って来た覚えはないのだけれど。

 

 とりあえず、毛布がわりに着ていたローブを脱ぎながら机に近づく。

 どれどれ……表紙のタイトルは……旧D-3地区国防軍施設関連資料、ね。

 

 さて、これをめくるかめくらないか。

 どちらにしようか? 

 

「……やっぱ、機密文書なんて言われたら開けるっきゃないわよね!」

 

 そう言いながら、私はこの書類を手に取り、表紙をめくり中身を見ていく。

 

 ふぅん、どちらかというと魔術及び魔術師の研究施設って感じでガッツリと戦闘部隊とかの駐留基地ではないって感じか。

 そりゃ、原初派に即落とされるわね。

 

 ……割と人体実験とかもしてたっぽいけど、()()()()()()()()

 そんな誰でもやってることをなんとなく分かっていることなんかじゃなくて、もっとヤバい禁止魔導兵器の類いでも研究してるかと思ってたのに。

 ちょっと期待ハズレね。

 

 そんな事を思いながら、最後のページを見た時……。

 

「……え?」

 

 思わず声が出てしまった。

 

 内容は……基地中央部に配備されているかつて神殺しを成し遂げた超兵器、対神魔砲ミストルティンの管理方法や整備について記載されていたものだった。

 

 そして、ミストルティンの全体を映し出している写真が付属されていた。

 この兵器……この、魔術師にとってよくない雰囲気……なんとなく見覚えがあるような……。

 でも、D-3地区の奥地に入ったことなんて今まで……。

 

 そんな思考に入り始めたところで、突如。

 どこかの庭の光景が脳裏に浮かんだ。



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第四十八話 前線基地での日常Ⅰ

 5月4日 10:47 D-3地区前線基地自室

 Side:宵月瑠奈

 

「あの庭は一体……? 」

 

 もう、何がなんだか分からない。

 何故、知らない情報を知ってるのだろうか?

 私は……なんなの?

 

 そんな考えが頭をぐるぐると回り続ける。

 もちろん、永遠に同じ考えがループするだけで、何も進展はなかったけれど。

 

 私は……私の記憶は……。

 

 ……待って。私は宵月の養子、そして養子になる前の記憶は一切ない。

 もしかして、この覚えのない記憶は本当の家族の手がかりにならないかしら?

 もし、そうなら……。

 

 

 

 

 5月4日 11:45 D-3地区前線基地自室

 Side:蒼山氷華

 

「えーと、あれ? 起きてたんですか」

 

 やる事はとりあえずやり終えた私は、時間もいい感じだったので恐らく寝てるであろう宵月先輩を起こしに部屋に戻って来たのだが……彼女は、私の置いた例の書類をベッドに腰掛けながら眺めていた。

 

「ん? ……あぁ、うん。そうなのよ!」

 

 ……元気そうに振る舞う彼女。

 だが、それが空元気である事を私は知っている。

 だって、彼女の欠落している過去を私は教えてもらっているから。

 ま、空元気に乗るとしよう。変に聞かれたくないし。

 

「そうですか。にしても、その書類はなんですか? そんなもの昨日とか見た覚えがないのですが」

 

 あくまで、私は知らないという(てい)で話を進める。

 

「あ、あぁ、そう……だね。うん、まぁそんな大した書類ではないよ」

 

「そうですか。それと宵月先輩、そろそろお昼の時間なので食料配給をしているところに行きませんか?」

 

「そうね、行きましょうか」

 

 ……明らかに食欲なんて微塵も無さそうな顔色だが。

 少し……いやかなり申し訳ない気持ちで胸がいっぱいだが、これは必要な過程だ。

 私は、まだ見守るしか出来ない。

 

「……頑張ってください、宵月先輩」

 

 

 

 

 

 Side:宵月瑠奈

 

 自室を出てから基地内を歩く事、約5分。

 この前線基地の中心地にある大きめの天幕が張られている場所。

 そこで、兵士達に食料を配っていた。

 

「にしても、かなりの長さね」

 

 食料配給所に長蛇の列が出来ていたのだが……こんなに人がいたんだと思うくらいには長い。

 まぁ、大してお腹が空いているわけではない私にはちょうどありがたいっちゃありがたい。

 

 そして、並んで待つこと20分。

 ようやく私たちの番だ。

 

「こちらが本日の配給分となります」

 

 そう言って、食料を配っていた兵士から手渡されたものは……エネルギーバーみたいな見た目をしている軍用レーション2本だった。

 

 ……まぁ、前線基地だしね。そもそも連合皇国に物資も大してないし。仕方ないか。

 ちょっと期待してたけど。



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第四十九話 前線基地での日常Ⅱ

 Side:宵月瑠奈

 

「ねぇ、氷華」

 

「はい、なんですか? 」

 

「貴女、このあと暇よね?」

 

「そうですね、特に用事はありません」

 

「じゃあさ、私と一緒に前線基地整備の手伝いをしない? 」

 

 お昼ご飯であるレーション2個を食べ終わった私は、一人でいると先ほどのように思考の無限ループに陥りそうだったので、氷華を前線基地整備に誘ってみる。

 

「そうですね。どうせ暇なら人助けをした方がいいですもんね。分かりました、私も同行します!」

 

「ありがとう。じゃ、行こっか!」

 

 こうして私たちは、手伝えることがあるかを尋ねるためにこの基地の最高責任者の元へと歩き出す。

 気が晴れるといいのだけど。

 

 

 

 

 

 5月4日 17:05 D-3地区前線基地自室

 Side:宵月瑠奈

 

 魔術で壁作ったり、結界を張ったり、整地したりして、私たちは今日のところは十分、前線基地の整備に協力した。

 

 さて、これから夕食までの微妙なあまり時間に何をしようか?

 氷華は用事があるらしく、どっかに行っちゃったしなぁ。

 

 ……せっかくなら情報収集でもしようか。

 休憩中の兵士たちの会話を聞けば、D-03地区の情報が得られるかもしれない。

 

 まずは……一番近くにいる男性兵士2人組の話しを聞こう。

 それとなく近づいて、携帯端末をいじっているフリをしておく。

 

「なぁ、中央政府の噂を知ってるか?」

 

「中央政府? また、黒い部分の噂でも流れたか? 」

 

「いや、今回は一味違う」

 

「へぇ、どんな噂なのさ? 」

 

「なんでも、本州連合が連合皇国を解体して日本を単一政府の元支配する体制を確立しようとしてるとか」

 

「今更、日本統一内戦をおっぱじめるってか? 冗談キツイぜ」

 

 ……政府の黒い噂は知れたけど、D-03地区の情報は知れなかったわね。

 次に行くとしましょう。

 

 今度は、そうね。

 あそこの女性兵士3人組の集団にしよう。

 また、同じように近づいてっと。

 

「ねぇ、知ってる? 」

 

「ん? 何々?」

 

「このD-03地区にいる原初派の魔術師についての噂なんだけど」

 

「へー、凄い気になるわね! 」

 

「なんと……元親衛隊の精鋭魔術師らしいよ!」

 

「マジで? かなりヤバいじゃん、もし本当だとしたら」

 

「ねー」

 

 ……その後も彼女たちはしばらく話し続けていたが、それ以降の話しはどうでもいい、身の上話しだった。

 

 にしても、元宮廷魔術師の原初派魔術師か。

 もし、本当ならD-03地区の完全攻略はなかなか困難そう。

 ま、信憑性がアレだから、そこまで気にする必要もないかな?

 

 とりあえず、この情報は頭の片隅に置いとこうか。

 必要になったら、それとなく思い出す程度みたいな。

 

 ……時間もいい感じ。

 一旦、自室に戻りましょうか。

 氷華も戻って来てるといいのだけど。



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第五十話前編 人類史終焉の地、そして……

お待たせしました!


 2022年 5月5日 05:06 D-3地区上空・輸送ヘリ内

 Side:宵月瑠奈

 

「こちらポラリス01、本機は降下地点上空に到着。魔術師2名は、即座に降下されたし」

 

 ヘリのローターが奏でる騒々しいメロディーが響き渡る機内に、パイロットである青年の凛とした声が通る。

 

「こちら宵月、了解。これより降下を行う」

 

 私は、そう返事を返しながらヘリのドアをスライドする。

 外からの風で、私と氷華の髪が勢いよく靡く。

 

「こちらポラリス01、了解。グッドラック」

 

 さぁ、地面へと飛び降りるとしよう。

 もちろん、空中で転移魔術は使用させてもらうが。

 

「氷華、私がカウントダウンをする。降下開始って言ったら飛び降りるよ!」

 

「了解です! 」

 

 一度深呼吸をしてから、カウントダウンを始める。

 

「……5、4、3、2、1、降下開始!」

 

 私たちは、ほぼ同時にヘリから飛び降りた。

 

 

 

 

 

 2022年 5月5日 05:07 D-3地区未探索区域

 Side:宵月瑠奈

 

「よっと、無事に着地ね。さて、氷華の方は……大丈夫そうだね」

 

 空中降下は、事故もなく無事に成功。

 昨日偵察を終えた地点付近まで一気に行くことが出来た。

 

「宵月先輩、今日は確か目標地点を司令部から指示されてますよね」

 

「そうだね、旧新宿駅まで辿り着かなきゃならないわ」

 

 そう言いながら、一応携帯端末で指定ポイントを確認する……うん、大丈夫。間違ってはない。

 

「うーん、この距離……間に合いますかね? 」

 

 確かに、昨日の進行速度から考えると、辿り着けるか微妙なところである。

 だが、私たちが目標まで辿り着けなかったら、国防軍ひいては連合皇国の国民全員が損害を食らうことになる。

 

 魔術師である以上、私たちにそれは許されない。

 

「……間に合わせるしかないでしょ。さ、行くわよ」

 

「了解です」

 

 こうして、私たちは目的地へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 2022年 5月5日 06:19 D-3地区未探索区域

 Side:宵月瑠奈

 

「……また、兵士を一人も見なかったわね。どうなってるの? 」

 

 脱線して、無残な姿になっている電車の残骸からひょいと飛び降りながら思わずそう呟く。

 もうすぐ目標地点である旧新宿駅に到着するってのに相変わらず兵士一人、無人兵器一つも現れやしない。

 どう考えても、これは不自然だ。

 

「……宵月先輩、あの書類ちゃんと見ましたか? 」

 

 氷華が、こちらに目を合わさないままそう尋ねる。

 私は、もちろんあの書類がどの書類なのかを理解してる。

 だから、必然的にこう答える。

 

「えぇ」

 

「なら、理由はもう分かるはずですよ。原初派は、元より例の兵器さえ確保していれば良かった。だから、入り口にだけ兵士を貼り付けておいて、ここへ来る可能性のある人がいるかどうかのみを確認し、例の兵器を残りの主戦力で守っているんですよ。だから、中間地点には誰もいやしない。あ、見えてきましたね、旧新宿駅が」

 

「氷華……貴女は……って、あれは……何? 」

 

 かつて、新宿駅という大きな駅があった場所。

 そこからは、本来あるべき戦争の痕が残る駅だけが綺麗に、されど不自然に消え去っていた。

 

 変わりにそこには。

 近未来的な、超巨大魔力砲が砲口を天に向けて佇んでいた。



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第五十話後編 人類史終焉の地、そして神殺しへと

お気に入り登録、高評価して下さってありがとうございます!


 2022年 5月5日 05:07 D-3地区未探索区域

 Side:蒼山氷華

 

「すごく嫌な感覚……これが神殺しのための兵器」

 

 そう、宵月先輩が呟く。

 私もコイツの実物を見るのは初めてだ。

 肌が凄いピリピリする……やっぱり、神の娘(魔女)から力を貰っている私たち魔術師は、コイツと相性が悪いようだ。

 もし、コイツの砲撃を食らったら、擦り傷も私たちには致命傷になりうると思っといた方が良さそう。

 

「そうですね……っと、宵月先輩。巨大砲周辺を巡回している敵兵士3名を発見しました、どうしますか? 」

 

「……まだ、バレてはなさそうね。撤退しましょう」

 

「了解です」

 

 この特殊砲台陣地の周辺写真を素早く携帯端末で撮影した後、敵にバレないよう司令部から指定されている地点へと私たちは撤退した。

 

 

 

 

 

 2022年 5月5日 05:56 D-3地区内集合指定場所

 Side:蒼山氷華

 

「……宵月先輩、ここが集合場所ですね」

 

「……え? あ、う、うん。そうね、うん。まだ、輸送車は来てないわね。ちょっと待ちましょうか」

 

「了解です」

 

 ……うーん、やっぱりあの砲を見てからというもの、宵月先輩の気分はかなり悪そうだ。

 しかも、意識もどっかにとんじゃってる感じ。

 戦闘の時とか、大丈夫かな?

 まぁ、トラウマ持ちの私が言えたことでもないかもしれないけど。

 

 個人的には、ゆっくり記憶を思い出して、緩やかに覚醒へと向かって欲しいのだけれど。

 ただまぁ、さっさと覚醒させろっていうが上司(13番目の魔女)の指示。

 仕方ないし、私からアクションをするとしよう。

 

 と、そんな事を考えていたら遠くから車のエンジン音が聞こえてきた。

 エンジン音が聞こえた方は、連合皇国軍のD-3地区前線基地がある向きだから確実にこちらの迎えだろう。

 さてさて……車内でちょっと仕込むとしましょうか。

 もちろん、魔術で。

 

 

 

 

 

 

 ???

 Side:宵月瑠奈(幼少期)

 

 金髪の女性が、幼き頃の私に優しく語りかける。

 

「これから語るのは……そうね。人間が引き起こした……いや、この言い方は正しくないわね。神によって、起きることが定められた第三次世界大戦後の話し。あの頃の人間は、全面核戦争のせいで滅びかけていたのよね。だから、彼らは生き延びるために出来ることはなんでもした。まずは、人間総数の更なる削減、その次には地下施設の拡充、最後に……胡散臭い棺の研究。この研究のおかげで、私たち魔女と彼ら人間は出会うことが出来たのよ」

 

「そうなんだ! 良かったね、私たちが人と出会えて」

 

「そう、ね。人と出会えて……良かったわ」

 

 あぁ、なんだろう。

 この日常、この庭、この女性。

 これらを眺めていると……すごく、すごく。

 懐かしく感じてしまう。

 

 不思議だ。

 この記憶、突然頭に浮かんで来ただけなのに。



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第五十一話 D-3地区中枢攻略作戦準備

高評価、お気に入り登録ありがとうございます〜


 2022年 5月5日 06:57 D-3地区前線基地

 Side:宵月瑠奈

 

「……あれ? 私、寝てた? 」

 

 いつの間にか寝ていたらしい。

 輸送車の窓から外を見ると、風景がD-3地区前線基地にかなり近い場所のモノであった。

 

 自分の横側を見てみると、氷華が静かに寝息を立てて熟睡していた。

 

 ……人に色々意味深なことを言う割には無警戒ね。

 あぁでも、一応私の味方を自称してるしなぁ。

 難しい子ね、ホント。

 

 そんな事を考えている内に、輸送車は前線基地へとたどり着き、停車した。

 さて、氷華を起こしてあげないとね。

 

 

 

 

 

 

 2022年 5月5日 12:40 D-3地区前線基地自室

 Side:宵月瑠奈

 

 さて、私たちが例の対神魔砲設置場所である旧新宿駅の砲台陣地の偵察情報を前線基地司令部に持ち帰ってから数時間が経った頃。

 国防軍士官たちや私と氷華を含むこの基地に滞在している魔術師たちが、D-3地区前線基地司令部へと呼び出された。

 

 ……私たち、偵察任務を行うって言う理由でここに居るんだけれども。

 この呼び出しって絶対D-3地区攻略作戦の会議だよね。

 どんだけ人的資源が足りてないんだこの国……いや、この世界の国にまともな人口を保有しているところなんてないか。

 

 ま、ここで私たちが文句を言って出撃しなかったら国が滅びて人類消滅への不名誉ある一歩を進ませるだけだ。

 さて、司令部に行くとしようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年 5月5日 12:50 D-3地区前線基地司令部施設

 Side:宵月瑠奈

 

「さて、全員揃ったな。では、早速話しを始めよう」

 

 私たちが部屋に入り椅子に座ってすぐ、前線基地最高司令官が入室し、口を開いた。

 彼は、背後にあるスクリーンに映されているD-3地区の地図を指差しながら話し続ける。

 

「今日の早朝、秋風武装学園高等部より派遣された魔術師2名によって旧新宿駅付近にかつて神殺しの偉業を成し遂げた特殊魔力砲……ミストルティンが存在することが発覚した。それに従い、国防軍並びに皇国議会からミストルティン奪還作戦を実施せよとの命令が下った。これよりその作戦内容について説明する……」

 

 

 

 

 

「以上が作戦の内容だ。作戦実施時期は、不明だが大本営より実施時期が連絡され次第至急連絡するものとする。では、解散! 」

 

 私たち全員は、椅子から立ち上がり司令官に向けて敬礼をする。

 彼が部屋から退出すると、敬礼を解いて部屋から次々と人が出て行く。

 

「宵月先輩、要するに今回の作戦って戦車と魔術師を盾にしてD-3地区中枢に突入するって話しですよね? 」

 

「まぁ、そういうことね。魔術師と魔術的補強をした戦車は良い壁だもの、そりゃ誰だって盾役にするよねって話し。とりあえず、さっさと自室に帰りましょう」

 

「そうですね」



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第五十二話

  ???

 Side:宵月瑠奈

 

「……という訳で人は、神……原初の魔女を殺す必要性が出てきたの。だから、このミストルティンを人間と一部の反原初派魔女が協力して作り上げたの。これが、ミストルティンの話しよ」

 

 こうして、この女性の長きにわたる昔話は終わりを告げた。

 

「なるほどー。あれ、でも原初様は生きてるよね? 」

 

「……生きてはいるわね。ここは、原初派だものね。でもね、彼女はもう失ってしまったのよ……彼女の神としての能力はね」

 

 

 こうして人類は、再び幸せを得られましたとさ。

 めでたし、めでたし。

 

 

 

 

 

 それが彼らの求めていたものとは限らないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年 5月5日 XX:XX ???

 Side:宵月瑠奈

 

 ……ここは何処だろうか?

 いつの間にか、私は何処にあるかも分からない書斎のような場所に立っていた。

 ……自分が知らない場所に、知らない間に来ているこの状況。

 ちょっと……怖いかも。

 

「おや? あぁ、君か……宵月瑠奈」

 

 後ろから声がしたので振り返ると、青いドレスを来ており、椅子に座って本を片手に持っている肌の白い黒髪の少女がいた。

 

「あなたは……誰かしら? 」

 

「私? 私は、13番目の魔女だよ。名前は残念ながらないね」

 

 13番目の魔女、ですって⁈

 なんでそんな大物と私が会っているのかしら?

 

「……魔女様、ここは何処なのでしょうか? 」

 

「ここは、見ての通り私の書斎だよ。まぁ、現実世界にあるものではないんだけどね」

 

 ……現実ではない場所にある書斎、か。

 うーん、よく分からない。

 絶対に魔術的なものなんだろうけども、こんな魔術を使用できる人間なんていないからね……魔女という種族はやはり既知の生物を超えた逸脱者なんだなということを改めて思い知らされる。

 

 にしても、魔女様の雰囲気……どこかで見たような。

 

「にしても、君がここに来るとはねぇ。いやはや、これも私の元上司(4番目)の血のおかげかも。うーん、やっぱり混血(初めて)のケースは興味深い」

 

 ……混血、4番目、か。

 あの、最近時折り見る夢に出てくるあの女性。

 もしかして、彼女は魔女?

 ということは、私は……。

 

「あの、魔女様。一つ、質問をしてもいいですか? 」

 

「あー、私に聞きたいことってことは……。うーん、まぁいいか。いいよ、何が聞きたいのかな? 」

 

 凄く悩んでた……。

 何か不都合でもあるのかな?

 

「では、私の本当の母親について少しでもいいので教えてください」

 

「君の母親、か。まぁ、言ってもいい話しは大してないけど、うん。君の母親の名前は……もう気づいてるかもしれないけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2022年 5月6日 2:13 D-3地区前線基地自室

 Side:宵月瑠奈

 

 ……瞼が開く。

 時計は、2:14を示している。

 

「……早く起きすぎた」

 

 いつもならそのまま二度寝するのだけれど、今はそんな気分にもならない。

 

 ちょっと肌寒いので、返還された制服のブレザーを寝巻きの上に羽織って外に出る。

 ……ふと、外を見上げる。

 もちろん、曇りだ。

 

「あぁ、そっか」

 

 私は、人でなかったか。



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第五十三話 日本連合皇国の実質的な国土へ

最近、更新頻度が落ちてるのは目の方の病気のせいです。
ご了承ください。


「はぁ……まだ帰る気がしない」

 

 とはいえ、行く場所もないし。

 はてさて、どうしたものか。

 ……流石に、あの夢に出てくる庭に行くわけにも行かない。

 行けるなら、行きたいけど。

 

 まぁ、無理なことを考えても無駄だ。

 そうだ、適当にこの基地の中をふらつくことにしよう。

 

 思い立ったが吉日。

 早速、私は歩み始める。

 

 こうして、よくこの基地を見てみるとかなりの人がここにはいる。

 ……つまり、これほど多くの人が例の手術を受けたことになる。

 じゃなきゃ、地上に出れない。

 

 そこまで、地下生活は苦しいのだろうか?

 ……見てみたいな、箱の外を。

 

 

 

 

 

 

 2022年 5月6日 7:47 D-3地区前線基地自室

 Side:宵月瑠奈

 

「しばらくはこの基地でやる事はない、とのことでしたね」

 

 と、氷華がレーションを齧りながら言う。

 

 私たちが、先ほど司令部からの呼び出しに応じて行ったら、約3日ほどは大規模進行作戦準備のために偵察作戦等は行わない旨を上級将校らから言い渡された訳だ。

 

「そうね。ありがたいっちゃありがたいけど……暇ね」

 

 なーんにもない設営中の前線基地で3日間暇を潰せと言われても……そんなにやることもない。

 だから、10時間程度で暇になることは想像出来る。

 はてさて、何をしたものかな……。

 

「あの、宵月先輩」

 

「うん? どうしたの? 」

 

「あの、せっかくなので孤児院の方に入っている妹に会いに行こうかなと思っているのですが、よければ途中まで一緒にどうですか?……もちろん外出許可は取っています」

 

 ……ちょうど一般人の生活区域である地下施設を見てみたいと思っていたところだ。

 付き合うとしよう、どうせ暇だし。

 

「そうね……どうせ暇だし、私も行くよ」

 

「そうですか! それは良かったです……1人だけで行くのは少々寂しかったので」

 

 まぁ、確かにこの観光名所の一つもない殺風景な焦土と化した道路を1人で移動するのは退屈極まりないだろう。

 私だって、そんなことは出来うる限りゴメン被りたい。

 

「それは何より」

 

「じゃあ、早速行きましょうか!」

 

「地下へ行くなら夜は避けたいしね。行くとしましょうか」

 

 そうして私たちは、徒歩で10km先の地下施設入り口へと向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 地下施設/某所・某日

 Side:???

 

「なぁ、蒼山」

 

「ん? どうしたの?」

 

 私は、隣にいる友達の男の子に突然話しかけられる。

 んー、なんの話だろうか?

 

「お前は……地上に出るのか? 」

 

 あぁ、なるほど。

 そろそろ、そんな年齢になる頃か、私たちも。

 

「そうだねぇ。とりあえずお姉ちゃんに相談してからかなぁ」



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第五十四話 地下の民

 ???

 Side:蒼山響子(あおやまきょうこ)

 

 自然と瞼が開く。

 ……明るい。

 いや、そりゃそうだろうけど。

 24時間365日灯りがついてるのだから。

 そうでもなきゃ生きていけるか、という話だ。

 

 腕時計を見れば、時間が11時ピッタリである事を示していた。

 午後から始まる仕事には間に合うから、管理者から叱られることはあるまい。

 少しホッとして胸を撫で下ろす。

 

 私たち一般人の朝は遅い。

 早いのではないのか?

 そう思う人が居るかもしれない、地上には。

 また、そう思っている人たちはこぞってこう言うに違いない。

「規定に従って、地底に住んでいる一般人の生活はきちんと管理されているのではないか?」と。

 別段得がない一般人を管理する仕事をしている人々なんかとっくに腐り切ってるっての。

 

 地上から私たち地底の民たちを見下してるだけで、ここの実情を知らないお貴族たち(素晴らしき我が姉は除く)は頭に花が生えてるに違いない。

 いや、下を省みない幻想(覇権主義)で大英帝国連邦やらアメリカ共和国、イタリア=バチカン帝国みたいに戦争しまくらない辺り、この国の上流階級はマシな部類ではあるのだが。

 世界規模で見れば。

 

 ……まぁ、そんなこと考えるよりさっさと身支度を整えて朝食でも食べに行こう。

 ここでの生活のいいとこなんて大した事をしなくてもそれなりのご飯が食べれる事くらいなんだから。

 

 気怠げにカッチカチのベッドから起き上がった私は、寝巻きから国民服に着替えてから歯磨きをし、角にヒビが入っている粗悪品の鏡で茶色の髪を櫛で整えてから、狭苦しい白色に統一された若干気味悪い自室を後にして配給所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 さて、部屋への入り口が敷き詰められているだけで味気なさの極みを感じさせる壁を見つめながら廊下を歩む。

 たまに他の人と出会ったが、彼らも挨拶ひとつしなかった。

 ちなみに、私は一応挨拶した。

 別に、彼らの態度が悪い訳ではない。

 彼らの、深海の如き深い絶望感が漂う瞳を見れば余裕がないのはすぐに分かる。

 私はまだ子供だからね、一応。

 そこまで酷使されてないのさ。

 

 そんな事をぼんやりと考えていると、広い場所へとたどり着いた。

 安物(中には破損している物もある)のプラスチック製机や椅子がたくさん並んでいる。

 そう、ここが食堂だ。

 ここで私たちは、朝食と夕飯を食べることになる。

 昼食はない。

 

 さて、今日はどんなご飯が出てくるかなー。

 ちょっとした楽しみに心が躍る。

 

 好物が多く食べれますように。

 そんな事を願いながら、ご飯の乗ったプレートが流れてくる小型ベルトコンベアがある場所へと向かう。



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第五十五話 孤児院

お久しぶりです


 2022年 5月6日 10:16 旧静岡県・軍営孤児院三十六号

 Side:宵月瑠奈

 

「ここが孤児院? 陸軍基地とかではなく?」

 

 私は、思わずそう疑問をこぼす。

 いや、これは誰だってそう思わざるを得ないだろう。

 孤児院の入り口には、アサルトライフルを持った兵士が2人立っており、中にもたくさんの軍人が歩いているのが見える。

 さらに、奥の建物の屋上では軍旗である旭日旗が翻っている。

 

 ここ、ほんとに孤児院か?

 住所、間違ってない?

 

「いいえ、ここはちゃんと孤児院ですよ。まぁ、国防軍が運営しているので基地も併設していますが。さ、入りましょう。まずは、地下に降りないと」

 

 そう言うと、氷華は入り口の門の方へと歩いていき、兵士の人に学生証を見せる。

 すぐに兵士は頷き、門を開ける。

 ……私も行くか。

 

「はい、これが私の学生証」

 

「宵月瑠奈さんですね。確認できましたので、どうぞお入りください」

 

 中に入ると、まだ若い兵士たちが走り込みをしている姿が見える。

 彼らは、魔術師ではなく、一般兵だろう。

 辛そうな表情をしているが、必死に走り続けている。

 

 そんな彼らを少しボーっと眺めていると、制服のブレザーの裾をグイグイと軽く引っ張られる感覚。

 我に帰ると、氷華が私の顔を覗き込んでいた。

 

「宵月先輩、こっちです。ついて来てください」

 

「あ、あぁ、うん。分かった」

 

 彼女の後ろをついて行くと、基地の端の方へと辿り着いた。

 そこには、錆びついた鉄の扉がある。

 扉には、三十六号と文字の彫られた木の札がぶら下がっている。

 ……不気味だな。

 

「えっと。ここが孤児院の入り口、なのかしら?」

 

「はい。ちょっと古めなんで入り口は錆びついちゃってますけど、中はしっかりしてるから大丈夫です」

 

「そう」

 

 氷華が扉を押す。

 すると。

 ギィィィという重い音を立てながら、扉が開かれた。

 そこには、下へと続いている、これまた錆びついた金属製の階段が現れた。

 

「ここを降りれば、孤児院です。私の妹の住んでいるは、B13なので結構下まで降りなきゃいけないんですけど、大丈夫ですか?」

 

「私は、大丈夫だけど。エレベーターとかはないの?」

 

「貴重な電力と国費を無駄にしてはいけないと、人間用エレベーターなどの装置は設計時に排除されたらしいです」

 

 人間用……?

 まるで、人間以外のものを運ぶエレベーターはあるみたいな言い方。

 あぁ、食料とかを運ぶ用のエレベーターはあるって事か。

 流石に、沢山の子供たちのための食料を階段で持って行くのは無理だもの。当然ね。

 

「じゃあ、行きますよ」

 

「えぇ」

 

 私たちは、階段を降りる。

 足を動かすたびに、階段は今にも壊れるんじゃないかとヒヤヒヤさせるぐらい酷い音をたてた。



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