いつもどおり、中学生の私は夕焼け空の中踏切の音が絶え間なく響く通学路を渡って、公立の中学校へ登校をする。
周りには私と同じように登校する生徒で溢れかえっている。
男の子は学ランで、女の子はセーラー服。今の時代だとありふれた光景。
前を歩いている女の子二人組が、私の友達である北欧人とのハーフの輿石くんの話をしている。
「輿石くんってかっこよくて、近くにいると劣等感を感じちゃうよね。」
「わかる!しかもすごく親切だから、劣等感を感じはするけど、嫌な気持ちにもならないのが卑怯だよね。」
わからない、と思わず声が出る。私は何がわからないのだろうか。前にいた女の子二人は怪訝そうな顔で私を見て、早足で中学校に向かう。少し嫌な気持ちになったが、私も同じ中学校へ向かう。
今日は全校集会だ。私の学年は、全校集会のために計3452枚の座布団を体育館へ運ばないといけない。体育館の横にある倉庫に座布団が山積みになっているから、そこに輿石くんと向う。
体育館の前を通ると、入口付近に、白いワンピースを着た髪の長い女が背中を丸めて立っている。不潔な見た目ではないが、顔の前に垂らしたやや乱れた長髪が、彼女の印象を悪くする。
私達生徒にとって、彼女が学校を徘徊しているのは当然の話。今日は、そこにいるのねと思いながら、誰も気にぜず通り過ぎる。
私も前を通り過ぎようとすると、ボソボソと声が届き始める。
「死のうと思ってる。毒か首吊りが苦しまないって聞いたんだ。どっちにしようか悩んでる。」
誰に向けるわけでもなく、うわ言のようにただボソボソと呟いている。
私は、彼女がそのような思考をしていることに少し驚きつつ、どこか納得した気持ちで通り過ぎる。
一人で倉庫についた私は、一人あたりのノルマである座布団3枚を手に取ると、体育館へ向かう。体育館にある座布団はまだ疎らで、みんな真面目に準備はしていないようだ。
持っていた5枚の座布団をその辺へ放おり、1枚に腰掛ける。少し眠い。
気づいたらうたた寝していたようだ。周りには私と同じブレザーの制服を着た生徒が整列して腰掛けている。右斜め前には輿石くんがいる。壇上ではふくよかな教頭先生が手を広げて話をしている。
ふと右横を見ると、髪の長い女が座っていた。またブツブツとなにか呟いている。
「死のうと思ってる。毒か首吊りが苦しまないって聞いたんだ。どっちにしようか悩んでる。」
どこ不憫に感じた私は、声をかける。生きていればいいことあると思うよ。一旦死なないって選択をするのもいいんじゃない、と。
壇上の方へ目を向けると、ふくよかな教頭先生が同じポーズで話している。ふと横を見ると、髪の長い女が、まち針型の毒針を左手の人差し指と親指で摘むように持ち自身の右手首に刺そうとしている。
驚いた私は、思わず彼女の左手首のやや下を左手首で掴み、声を荒げる。なにやってるの!と。
すると女は、一瞬私の方をまたかと思うと、グリンッ、と左手首を回転させ、私の左手首の動脈へ毒針を突き刺す。えっ、という息が漏れると同時に、私は勢いよく後ろへ倒れる。
倒れたときに見えたのは、あんなにも勢いよく倒れた私を認識していないかのように、背を向け座っている同級生と、同じポーズで話している教頭先生だった。
誰か私を見て。そんな言葉は、もう私の喉から発せられることはなかった。
暗く重く沈んだ意識。どれだけそのままでいたのだろうか。死んだと思っている私は、まず息をしていることに気づく。死んでも息をするんだな、と思いながらも、次に、温度を感じていることに気づく。もしかして生きているのではないか。右手の人差し指が動く。親指も動く。足の感触がある。右腕が持ち上がる。恐る恐る左手首を回す。動く。そして目を開く。
こうして夢だとわかった私は、しばらく放心した後、ゆっくりとトイレに向かった。
拙文をご高覧いただきありがとうございました。
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荒廃した世界
ここは荒廃した世界。どこからともなく人知を超えた化け物が外を跋扈するようになり、人々は生存権の縮小を余儀なくされた。
そんな世界で、化け物を討伐する機関が存在する。彼らはその身一つで化け物を討伐し、人類の生存圏の奪還を目指している。
だが、化け物にはある特徴がある。化け物の長時間接触すればするほど、記憶が消えていくのである。
その機関に所属する人間の多くは記憶が消えていくことで様々な精神的な負担を強いられている。私の所属するチームでも、気が病み廃人となってしまったり、自分のことなどどうでもよくなってしまったり、生きていることに嫌気が指してしまう人がいる。
そんなチームでもみんなで支え合い、ある人は新たな目標を見つけ前を向けるようになり、ある人は自分を信頼してくれる存在に気づいたことで自分の価値を知り、またある人は愛を知って生きる勇気を得た。そしてまたみんなで昔のように笑い会えるようになったのだ。彼唯一人を除いて。
彼はチームのみんなが精神的に不安定な時期に率先して一人で化け物の討伐を行っていた。来る日も来る日も化け物と接触し続けてことで、彼の記憶は私達のチームの、いや、きっとこの機関の誰よりもボロボロになっていた。もはやなぜ化け物と戦っているのか、自分が今どこに居るのかもよくわかっていない。そして何より、彼は記憶を失いすぎたことで、もはや化け物と戦うと記憶が消えることも認識できなくなっている。
だからこそ今の彼は非常に不安定だ。なぜ自分が戦わなきゃいけないのかわからないし、戦うほどに謎の喪失感を覚えるのにそれがなぜかわからない。でもこれまでの習慣から自分一人で化け物と戦わなければならないという強迫観念に駆られ、気づいたら誰にも告げずに化け物討伐に出向いている。そして帰ってきた彼を見て私は思うのだ。また助けられなかったと。
彼はもはや私達がチームであることも忘れてしまっているのだろう。機関の食堂でも、昔はみんなで集まって食べていたのに、みんなが精神的に疲弊していた時期からバラバラに食べるようになり、精神が回復した今は彼以外が集まって食べるようになった。もちろん一緒に食べようと誘ったのだけど、困ったように言うのだ。みんなと面識ないし、そこに俺が入るのはちょっと気まずいな、と。
ただ、彼の幼馴染である私だけは辛うじて忘れられずにいる。とはいっても、機関に入ってからの記憶はなく、幼少期のまだ無邪気だったことろ記憶だけだ。それでも彼にとって親しい存在として認識されている私は、彼の精神が死んでしまわないように少しでも隙きがあれば彼とコミュニケーションを取ることにしている。もっとも、彼にとっては急に再開した異性の幼なじみという認識であり、あまり積極的に話をすることはできていないのだけれど。
今日も任務が終わった夜に、私が彼に話しかけようとすると、意外なことに彼から敷地内の散歩に誘ってきた。なんでも、私が話しかけようとしていることを察して誘ってくれたらしい。
少しでも明るい話題をと思い、中庭を歩きながら彼が大好きな漫画の話をすることにした。彼は漫画が大好きで、昔からいろんな漫画を読み漁っていた。
今は、、、どうなのだろう。
「ねえ、最近なにか漫画は読んだ?私は〇〇って漫画が好きだから、似たような面白い漫画があれば教えてほしいな!」
「〇〇?知らないな。しかも、俺はあまり漫画読んだことないんだよね。」
申し訳無さそうに彼が言う。
私が読んだことのある漫画はすべて彼から借りて読んだものだ。私が知ってて彼が知らないなどありえない。しかもあまり漫画を読んだことがないとまで言っている。あんなに大好きだった漫画も、好きだったこと自体を忘れてしまっているようだ。
「えーそうなの?君は漫画が好きって聞いてたんだけどな。じゃあ✕✕とか□□も知らない?」
「✕✕は知ってるよ!とっても面白いよね!あれ、でもなんで俺は✕✕を知ってるんだ?」
「……。✕✕って面白いよね!じゃあさ、△△はどう?」
「その漫画は知らないや。君は漫画に詳しいんだね。もしよかったら俺におすすめ教えてよ。」
今挙げた漫画はすべて彼が大好きだった漫画だ。
「……。いいよ!じゃあとりあえず、〇〇と□□、△△はおすすめだから、読んだほうがいいよ!」
「ありがとう。今度時間が空いたときにでも読んでみるよ。」
ああ。彼はすでもここまで摩耗してしまっているのか。私達が彼をここまで追い込んでしまった。願わくば、彼がまた私達チームのみんなと一緒に笑い会える日が来ることを願う。
ご精読ありがとうございます。
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