パンジャンドラムにチート勇者をやらせてみた (蝋燭機関)
しおりを挟む

導入

 

 戦車や機械化歩兵が大地を縦横無尽に駆け巡り、巨大艦砲を搭載した戦艦に変わって無数の航空機を擁する航空母艦が溟海の新たなる支配者として踊り出、ジュリオ・ドゥーエの思想を体現する機械仕掛けの怪鳥たちが大空を埋め尽くした大戦争。

 

 『戦争を終わらせるための戦争』とも称された先の世界大戦から20年の休戦を経て、勃発するに至った二度目の全世界規模の国家総力戦はより陰惨なものとなり、世界が砲煙弾雨につつまれ、前線の軍人のみならず、銃後の一般市民をもその攻撃対象となった。

 

 

 そして狂乱の時代から数十年。

 

 当時を生きた人々のほとんどが鬼籍に入り、その記憶が世界から薄れつつある時。

 それは起こった。

 

 その場所は、大戦に勝利すれど日の沈まぬ帝国たる威容を失った国家。

 とは言え、国連安保理常任理事国、主要国首脳会議メンバー、未だに大国たる影響力と工業力を持つ国家でもある。

 水冷式重機関銃の冷却水で紅茶を飲んだなどの逸話や、主力戦車には紅茶を飲むための設備があるなど、紅茶が生産されていないくせに三度の飯より紅茶が好きそうな国である。(最近は少し商業的生産があるらしいが)

 

 

 その国で、ある文書がこのたび機密解除を受けたのだ。

 公開された文書に記されていたのは、かの大戦中に試作されたある兵器に関するもの。

 

 しかし、その兵器自体は実験段階で「あっ、コイツ使えないわ」と判断された出来損ないである。当然のことながら実戦に投入されることもなく、直接戦局に与えた影響など何もない。

 

 これが彼の国の元植民地にして、現在は超大国である国の暗殺された大統領に関するものや、同じく戦局に然したる影響を与えなかった兵器でも、護衛駆逐艦がフィラデルフィアから遠く離れたノーフォークへと瞬間移動したという都市伝説に関するものでもあったのなら、世間の注目を集めたのだろうが、大戦中に無数存在した試作兵器の一つに関する文書、特に注目も何もされないハズだった。

 

 

 しかし、現実は違った。

 

 秘密のベールを脱ぐに至ったそれは、瞬く間に全世界でニュースとなって世間の目にとまるものとなった。テレビはもちろんネットでも、その公開情報に関する記事が作られた。

 

 

 特に極東の島国では、その文書に対する反響は凄まじかった。

 ネットはお祭り騒ぎとなり、各まとめサイトで機密文書関連のものが多くまとめられた。

 元同盟国でもあり(今でも準同盟国という間柄でもあるが)、同じ島国同士、何か共通するものがあるのだろう。

 

 だが、なぜたかが一試作兵器が多くの関心を集めたのか?

 それは、この兵器のあまりのイカれ具合にある。

 

 確かにその兵器は実戦で用いられなかったが、より正確には用いることが出来ないレベルの失敗作なのだ。

 何を血迷ったのか、その兵器はロケットの推進力でもって車輪を回転させ、しかも誘導装置も無しに目標に突っ込ませるというものだ。当時の技術水準では真っ直ぐ進ませることすら不可能であり、頻繁に横転する始末。

 もうコンセプトからして、破綻した代物である。

 

 

 こんな有様であるため、「何故実験が行われるまでに至ったのか?」「存在自体が攻撃地点を欺瞞するための陽動作戦の一環だったのではないか」「でもカヴェナンターやデファイアントを作るような国だし……」などと議論百出する様であった。

 

 

 ただこの兵器そのものに関しては、大昔の大戦中に既に存在が知られており、こんなとち狂った兵器が存在したということが今回公開された情報ではない。

 軍もこのような兵器には期待しているはずもなく、戦後に研究を継続していたということもない。

 しかも、この兵器は一部の人々の間では非常に有名な存在ではあるものの、一般の大多数の人々はよく知らないものであり、ちょっとやそっとの情報では、それほど世間を騒がすことはないはずであった。

 

 

 ならば一体何が公開されたのか?

 

 

 それは、開示された情報が某所に保管されていたこの兵器のプロトタイプのうち一つが、異世界に召喚された可能性があることを暗に示していたからだ。

 

 公開された情報は文書以外にも映像が含まれており、その映像では、倉庫らしき場所に置かれた埃をかぶった巨大なボビン状の物体の周囲に、謎の輝く図形――(ジャパニーズ・ファンタジーでよく見られる魔法陣と呼ばれる謎の言語やマークが書かれたアレ)が出現、直後画面全体がまるでスタングレネードを炸裂させたかのような眩い閃光で覆い尽くされ、その光が収まった頃には、先ほどまでそこに存在したハズの巨大なボビンの如き物体が綺麗サッパリ消え去ってしまっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、公開されたこの映像は、殆どの人はよくできたCGであると考えていた。

 要するに、広大なネットの海に広く存在するフェイクの心霊映像の類いだと考えていたのだ。

 

 だが、これはそのような出所不明を謳うようなものではなく、歴とした政府機関により公開されたものである。

 いかに内容がイカれたものであるとはいえ、何故こうも世間ではそのような扱いを受けたのか?

 

 

 それは(ひとえ)にその文書が機密解除された日時に起因していた。

 

 機密解除がなされ、文書が衆目にさらされた日は4月1日。

 世間一般ではエイプリルフールとも呼ばれる日。

 

 当該国の公共放送局を含めた各種メディアがエイプリルフールでやたら気合いの入った嘘のニュースを作ることも関係しているのだろう。

 

 結果として、ブルーピーコックに引き続き英国政府は、再び公開された情報が事実であるとの追加発表をすることになった……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔王

「それでは、国王陛下、これより勇者召喚の儀式を始めます」

 

「よろしい、許可しよう」

 

 

 王国の都、その中心地にある聖堂にて、儀式が行われようとしていた。

 時刻は深夜。

 聖堂のステンドグラスは既に魔王軍のドラゴンによる爆撃で粉々に砕け散り、寒い風が内部まで入り込む。

 

 この国の国王、心労でやや窶れてはいるが、端正な顔立ちをした初老の美丈夫の許可を受け、白い祭服で身を包んだ少女が、聖堂の床に描かれた複雑な紋様――魔法陣の一角へと向かった。

 

 

 いや、少女というよりは、少女から女性に変わろうかという年齢の女性であった。

 その祭服から出るその手や顔には火傷や傷の跡があり、頭には包帯が巻かれていた。

 

 しかし、それらを含めても、彼女は美しいと言えた。

 新大陸からもたらされる良質な銀を思わせるきめ細やかな銀髪。紫電を思わせる紫の瞳から発せられる眼光は鋭く、気の強く苛烈な印象を与える。

 彼女は、前任者が悉く戦死したとはいえ、最年少で王国親衛魔導師団の長に就任し、数々の戦線を生き残った猛者であり、聖女とも呼ばれる実力者だった。

 

 

「国王より裁可を頂いた。これより勇者召喚の儀式を執り行う!総員、術式の発動準備にかかれ!」

 

 彼女の号令を受け、白いローブを身にまとった親衛魔導師団のメンバーが魔法陣の周囲、各個に定められた位置へと移動する

 

 

 禁術に分類されるその魔法陣は、王国の宝物庫で見つかった。

 そこには、王国がこれまでにコレクションした美術品や工芸品、魔剣などの魔弓、または特殊な杖などの魔導具、他には禁術に指定された魔術などが記された魔導書など様々なものが収蔵されていた。

 

 国家危急に際しては、戦力になりそうなものはないかと宝物庫の中身を調べている際に、この魔法が記された魔導書が見つかったのだ。

 

 

 それは異世界、この世界とは決して相容れることなどない世界から、力を持ったもの、『勇者』を呼び寄せる術。

 過去に何度か使用したとされ、伝説や寓話でも多く登場する魔法だ。

 

 ただ呼び出すことはできても、送り返すことは出来ない一方通行の魔法。

 召喚される側にしてみれば、それは拉致と言っていい。 

 

 これはこの魔術最大の欠点とされる。

 強力な力を持った存在が必ずしも召喚した側に友好的な存在とは限らないため、召喚者に害をなそうとしたときに送り返すこともできない。

 

 仮に友好的であっても、この魔術で召喚される存在が魔王と戦ってくれるのか?

 

 「○○を倒したら元の世界に戻ることができる」と、勇者を騙くらかし、全てが終わった後で真実を伝えると勇者が激高し、滅んだ国があるとの伝説もある。

 

 

 また仮に勇者が戦ってくれて、そして魔王に勝利することが出来たとしても、それほどの能力を持った個人をその後どうするのかという問題がある。

 

 

 そしてこれは最悪の場合だが、召喚された勇者を取り戻すべく異世界の国家が攻めてくるということすらありうる。

 これは、勇者召喚で生じる影響に関する想定研究で出た話である。

 

 この魔法の性質上、当然勇者も異世界の存在であり、ほぼ確実にどこか国家の国民だ。

 それが召喚により忽然と消えたとなれば、大騒ぎになることは想像に難くない。

 それが召喚されて魔王を倒す役目を課せられる、悪くいえば拉致され対した保証もないのに(異世界国家目線)、命がけの強制労働を課せられる。

 先進的な人権意識を持ち、我々以上の魔法技術を持った国家ならば、異世界の壁を越えて国民奪還のために攻め入ってくる可能性もある。

 

 

 しかし、そのような話は過去の伝説を含めた文献には存在せず、そのリスクは排除された。

 

 そして勇者召喚に対する反対意見もあったが、それらの意見は軽視され、勇者召喚の儀式はこの日、行われることとなった。

 

 

 

 ここは、この世界とは異なる世界。

 例え人類が太陽の重力を振り切り、果てに光の速さを超える術を身につけようと決して辿り着くいことなどない世界。

 

 

 その世界にはゆっくりとではあるが確実に滅びの足音が迫っていた。

 

 その滅びの運び屋の名は『魔王』という

 

 人ならざる異形の存在からなる勢力、魔王軍を率いて人類の根絶を目論む悪鬼の総大将である。

 魔族とは、魔獣の中でも人間種に匹敵する高い知能を持つ存在だ。

 

 この魔獣というのは、この世界の各地に棲息する生まれながらにして魔力を有する生物の総称である。彼らは個として優れた能力を持つが、大概にして知性を持たず、人間のような文明社会を築くこともない。

 

 また個としてその能力に優れるといっても、それは動物と比べての場合。

 一部の例外を除いて、大多数の魔獣は、より魔力の扱いを得意とし、文明社会の利器を用いる万物の霊長たる人間に、体内に存在する魔石や、その身体部位を資源として狙って、狩られる存在だ。

 

 魔獣は普通の動物のような生殖によりその数を増やすが、霊脈が新たに発生すると、そこから滾々と湧き出る魔力に当てられてどこからともなく発生することが知られている。  

 その氾濫は時として軍事力に乏しく、その版図も狭い小国や零細国家群を滅ぼすこともある。

 だが統治組織が腐りきって賄賂が横行し、悪性が敷かれた瀕死の病人と化した大国の滅亡の要因となることこそあるが、人類滅亡の原因になる程の大規模な大量発生を引き起こすほどの強力な霊脈が自然発生的に誕生することは、それこそ天文学的な確率であり、魔獣の大量発生が人類滅亡の原因になると考えるのは、一部のパルプ・フィクションを真に受けた者だけだろう。

 

 しかし、現在人類は滅亡の危機に追い詰めているその原因は魔獣の一種に分類される魔族によるものであった。

 

 何故このような事態が生じるに至ったか?

 

 ことの発端は、今から20年ほど前に遡る。

 

 

◇◆◇

 

かつてこの世界では、大戦争が起こった。

 

 

『世界戦争』とも形容されたその破滅的な大戦争に勝利した王国とその同盟国は、敵対陣営の盟主である第二帝国に、苛烈な講和条約を押しつけた。

 

 その主な内容は以下の通り。

 

・海外領土および権益の完全放棄

・本国の領土や権益の譲渡

・陸軍及び水軍の兵数制限

・死霊魔術・地竜*1・合成魔獣・海魔の保有および研究の禁止

・高位魔導師に関する制限

・保有する軍艦の制限

・ドラゴンを運用する竜騎士団の保持禁止

・孫の代になっても払い切れなさそうな賠償金

・他色々

 

 

どこかで聞いたような内容である。

 

 ただ、苛烈といっても王国の同盟国のある将軍が「これは和平ではない。20年ばかりの停戦となるだろう」と述べたように、文字通り国家そのものを解体し、国家の基盤を崩壊させて二度と戦争を起こせなくなるほど徹底的なものではなかった。

 そもそもそんなことをすれば、第二帝国の賠償能力が大きく損なわれることは必至であり、世界戦争により大きな被害を受けた王国もその同盟国の望むところではないので、現実的ではないのだが。

  

 しかしこの中途半端に懲罰的な条約は、第二帝国臣民に憎悪の念を募らせ、その復讐を誓わせるには十分だった。

 

 このままでは海外資本の流入で一時的に経済は回復するが、そのうち大恐慌が起こってやっぱり経済がダメになって、隣国出身の伍長が政権を奪取し、もう一度世界大戦を引き起こしそうな塩梅である。

 

 

 そして、ある将軍の予言はほぼ的中し、世界戦争の講和条約締結からほぼ20年後、再び世界を巻き込んだ大戦争が始まった。

 震源地は第二帝国。世界戦争の敗戦国にして、未だに強大な国力を有する大国だ。

 

 

 だが、新たなる世界戦争を引き起こしたのは第二帝国の臣民ではなかった。

 王国と、その同盟国と対峙するのは魔獣の中に生まれた最悪の特異点『魔王』と、それに率いられた人ならざる軍勢により引き起こされたのだ。。

 

 しかし、第二帝国の民は遺伝学的にも交配可能であり、間違いなく王国と同じ人類によって構成されている。

 ならば何故第二帝国からその世界戦争が始まったのに、その勢力が生物学的見地からも人間ではないと考えられている魔王と魔族からなる勢力となっているのか?

 

 それは、王国とは海を挟んで存在した第二帝国の存在した場所は、今では第二帝国跡地と呼ばれ、魔王軍の本拠地となっているからだ。

 

 第二帝国は魔物により滅亡したのだ。

 

 

 しかし、軍備が制限されていたとはいえ、そこいらの弱小国よりは強力な軍備を有していた第二帝国である。

 先にも述べたように、霊脈が新たに生じることで起こる魔物の大量発生で滅びることなど、ありえないはずだった。

 だが、今回の魔物の大量発生は少し状況が違った。

 

 天文学的な超低確率で起こりえるとされた超大規模魔獣発生災害が起こったのか、それは否だ。

 この人類存亡の危機は、第二帝国にあった魔導教団と呼ばれる集団により引き起こされたのだ。

 

 

 この魔導教団というのは、『今の人類は間違っており、魔術で人類を正しい道へと矯正する人造神を作り出さねばならない』と考える飛びきりのヤベーカルト教団である。

 

 しかし、第二帝国の経済的混乱と教団のトップである大神官の巧みな話術により多数の信者を獲得した。

 これら教団信者の中には、国立魔導学院出身の所謂エリート層や、資金力のある大商人や、国政に携わる官僚や軍人なども含まれ、彼らの存在もあって教団の勢力は急速に拡大、「人造神」を作り出すという研究も加速度的に進んだ。

 

 本来なら、この手の危険思想を持った組織は第二帝国の治安警察により解体されるハズであったが、第二帝国は王国で発生した世界的な大恐慌のモロに受け、経済のみならず政情も不安定になっており、またこの危険組織に先の大戦での英雄とされた人物などが支持を表明していることもあって手が出せなかった。

 

 これが悲劇を生んだ。

 

 ついに人の手で神を作り出すという最終目的のために、魔導教団はその本拠地が存在した都市ミルヘンで、儀式魔術と呼ばれる大規模魔術を実行した。

 

 その魔術は、以前より秘密裏に行われていたミルヘンの町の直下に存在する大霊脈に周辺の小規模霊脈を合流させることで、人為的に作り出された大規模霊脈から供給される魔力をエネルギーとして、膨大な魔力が必要とされた魔法陣を発動させんとするものだった。

 

 その魔法陣とは、魔導教団に集った各分野の英才たちにより作られた人造神の錬成術式であり、この魔法陣が無事発動すれば第二帝国はおろか、全世界に存在する全人類を導く神がこの世界に降臨するはずであった。

 

 

 しかし、実験は失敗。

 人造神の錬成術式は崩壊し、人造神の錬成術式の中心であり、魔導教団の総本山として利用されていた古城は爆発四散、人造神の代わりに生まれたのが後に『魔王』と呼ばれることになる存在だ。

 

 この世に生まれ落ちた魔王は、燃えさかる古城跡から現れると、都市ミルヘンの市民の虐殺を開始した。女子供も見境なくの鏖殺であった。

 

 勿論第二帝国側も黙っているわけがなく直ちに討伐部隊を編成、魔王の駆除に向かわせた。

 

 しかし、この魔王はハイエルフの大魔導師すらも凌ぐ隔絶した魔力を有した恐るべき生体兵器であり、大魔導師がダース単位で襲いかかっても敵わない化け物だった。

 貧弱な軍備の保持しか許されなかった第二帝国の軍で対抗できるわけもなく、討伐部隊は壊滅した。

 

 しかし、第二帝国の悲劇はそれだけに終わらなかった。

 魔王はミルヘン市跡地に残された大規模霊脈と、自らを生み出した人造神の錬成術式の失敗作を改良し、廉価型の量産に適した魔王とでも言うべき、自らのように高度な知能を持った魔獣、魔族を大量生産する術を生み出したのだ。

 

 これら魔族には、その魂と脳に魔王に対する絶対隷従が刻まれており、決して魔王を裏切らない忠臣だ。

 中でも特に強力な4体の個体は四天王と呼ばれ、高度な知能を持ち、魔王に準ずる強力な戦力。

 

 魔王はこれら配下の魔族を組織的に運用、魔王軍と呼ばれる勢力を作り上げ、第二帝国の正規軍を次々と打ち破っていった。

 だが、周辺諸国は、先の大戦での恨みや憎しみから、第二帝国が苦しんでいるのを聞いて酒の肴とし、その猛威を正しく認識することができなかった。

 

 彼ら周辺諸国が魔王軍を明確な自国への脅威であると感じ始めた頃には、第二帝国の帝都ヴェアリーンが陥落した頃であり、腐っても世界では列強の一角と認識されていた第二帝国が滅ぶ一ヶ月前であった。

 そしてそのときには何もかもが遅すぎた。

 

 帝都ヴェアリーンを陥落させた魔王は自らを『魔王』と、その手勢を魔王軍と称し、全人類の隷属化を掲げて周辺諸国へと侵攻を開始した。

 

 魔王軍はいつの間にか組織した竜騎士団の援護の下、地竜や魔獣を集中運用し、敵の防衛ラインを食い破り、要塞などの防御が強固な地点は迂回して進撃。敵の補給線や司令部などといった重要地点を攻撃した。

 魔王軍の血管や神経を切り裂くかの如き戦術により、各国の軍隊はその機能を失い、周辺諸国は次々と敗れ去っていった。

 

 その手際は見事というほかなかった。

 

 陥落した国の中には王国の有力な同盟国も含まれていた。

 魔王軍の戦力は、周辺諸国にある霊脈を接収することで、より増強され、大陸にあった国々はその悉くが滅ぼされるか、降伏が秒読みと言われる程までに戦力をすり減らしていた。

 

 王国も同盟を理由に魔王軍と戦ったが結果は惨敗。

 王国が組織した大陸遠征軍は敗北して大陸から弾き出されてしまった。

 

 今では魔王軍の海魔が王国の周辺海域に跋扈して、商船を片っ端から沈めまくっている。

 王国はシーレーン防衛のために、護送船団を組織したり、海魔の根城となっている魔王軍支配地域に対して攻撃を行うが、まともな戦果はあがらなかった。

 大陸からは、魔王軍の大型ドラゴンが飛来し、都市や人を焼いていく。

 

 その間にも魔王軍は他の国々を次々と併呑し、遂にはその戦力を結集させ、王国へとの上陸を目論んでいた。

 既に魔王軍の艨艟を阻むべき王国の艦隊は、そのほとんどが暗い海の底へと送られ、残りも魔王軍の艦隊を阻むには少なすぎる。艦隊保全主義をとることすらできない戦力。

 

 

 だが、王国はまだ諦めてなどいなかった。

 

 

 何故なら、最早世界には王国以外に、魔王軍に抗いうる有力な国家は存在しないからだ。

 

 自分たちが負けるようなことがあれば、未だ魔王軍の支配下に下っていない地域を含めた全世界が、我々が守ろうとしたものが、何もかもが歪んだ魔導の光によって暗黒時代へと突入してしまうのだ。

 とすれば、死力を尽くしてこの魔王軍の邪悪な企てを防ぐより他ない。遠い未来、そう千年先人々にも、「この時が彼らにとって最良の時だった」と言わせられるように――

 

 魔王軍の支配地域では、人々は奴隷以下の家畜へと落とされ、その尊厳を徹底的に辱められる。

 生かされてこそいるが、それを人間と言えるのかとというような扱い。

 

 

 万物の霊長たらしめるものを完全に奪い去られた、『ソレ』は人間では、ない。

 

 肉体が生きていても精神が、心が死んでいては意味がない。

 国民の戦意も未だ健在であり、皆手に武器をとり、徹底抗戦する構えだった。

 

 だが、武器は当然足りず、代わりに持たされるのは農具であったらまだ良い方といった有様で、練度は足りず、組織としての運用も怪しい、平時なら戦力としてまともに期待できない素人集団。

 

 王国軍人が教官として、少しでもマシになるよう訓練をしているが焼け石に水。

 

 

 魔王軍上陸のX-Dayは確実に迫っている。

 状況は絶望的。

 

 

 

 そんな時だ。

 王国の宝物庫すらひっくり返して武器になりそうなものはないかと探しているときに、勇者召喚のための魔法陣の存在を記した書物が発見されたのは。

*1
地上に生息する竜。飛ぶことはできないが、強力な火炎放射、鎧のように堅い体表、高い不整地走破能力を持つ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

暴走

前の話を微修正しました


 魔法陣に魔力が流入し、それが既定値まで達する。

 目がくらむような閃光が放たれ、聖堂を包み込む。併せて突風も巻き起こり、周囲の土埃を巻き上げる。ここ最近の魔王軍による空襲で市街地には瓦礫が散乱しており、それが突風で巻上げられて視界を阻む。

 

「団長、これは一体……!?」

 

「少なくとも召喚術式は正常に作動したハズ…………召喚は成功…………え?」

 

 土煙が薄くなるにつれ、聖堂に集まった面々に、召喚されたそれは、その姿を露にしつつあった。

 

 

 皆が懍然とした様相で魔法陣の中心に出現した存在を見つめていた。

 それは円筒を巨大な車輪で囲んだ物体であった。車輪は人よりもずっと大きい。直径はざっと3メートルほどだろうか? 

 それはゴツゴツとした非生物的な体表を持ち、とても自分たちと同じ生命とは思えない。

 

 しかし、紛れもなくそれは勇者召喚でこの世界に現れた存在であることは間違いない。

 ならば、できるだけ下手に出て相手の気を損ねないようにするべきだ。

 

 

 そう考えて、国王がソレに話かけようとしたときだった。

 言葉が通じるとはとても思えないが、話しかけるよりほかに選択肢はない。

 

 過去の文献でも、話が通じなかったというような話はないし、この魔法陣にも相手の言語を理解する能力を召喚対象に与える機能がついているのだろう。多分。うん、きっと。

 

 

(え?)

 

 

 召喚されたその物体の車輪部分、そこに多数つけられた物体が突如として一斉に火を噴いたのだ。

 それは、まるで火山の噴火のようであり、生み出された推進力はソレ、いやパンジャンドラムを一気に加速、回転させた。

 

 

 「「あ!」」

 

 

 そして不幸なことに、暴走を始めたパンジャンドラムの進路には親衛魔導師団団長、通称"聖女"がいた。

 

 パンジャンドラムは一瞬にして、デ・ハビランド DH.82 タイガー・モスの最高速度並みに加速しており、聖女は容赦なく轢かれてしまった。

 そして聖女を昏倒させたパンジャンドラムは、そのまま勢いを失わず、聖堂正面の扉を突き破り、深夜の市街地へと消えていった。

 

 

 一瞬の出来事であった。

 

 

◇◆◇

 

 

「こ……これは!!?」

 

 パンジャンドラムが召喚されたのとほぼ同時刻、王国沿岸に存在するとある軍事施設で、監視員がうわずった声を上げる。

 

 そこには、この世界で広く普及した防空に使用される集音警戒装置が設置されていた。

 

 集音警戒装置は、飛行する物体の音を拾い、その位置や移動方向を明らかにする装置だ。

 仕組みとしては空中聴音機と同じものである。

 

 地球における空中聴音機は、その探知距離は非常に短かかった。

 だがここは魔法が存在するファンタジー世界だ。

 

 集音警戒装置の探知距離は最大で100マイル(約160km)にも及ぶ長大なもの。

 そして、100を超える大集団が接近していることを今捉えていた。

 

 

「通信士! 起きろ!! 本部に至急打電!!!! 王都南方120kmに敵の大編隊だ!! 騎数は100以上!!!」

 

 

 監視員が叫ぶ。

 その声に夜遅くでうつらうつらとしていた通信士が飛び起き、電鍵のような装置を叩いた。

 

 しかし魔王軍の竜騎士団を阻む王国の制空用ドラゴンは連日の空襲により、その戦力はほとんど残っておらず、頼みの綱は大魔導師による対空砲火だけ。

 

 それが王国の現状だった……

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 王都の上空を多数の黒い影が現れる。

 

 それは巨大なドラゴンの群れであった。

 

 優れた生物工学と魔導技術を有する魔王軍が、より遠くまで飛翔でき、より強力な爆撃魔法を行使できるよう作った戦略爆撃用の大型ドラゴンだ。

 

 その雄々しい翼は、端から端までは50.3メートル、全長は34.2メートルに達そうかという巨大さだ

 そんな大型ドラゴンが隊伍をなして空を征く。

 

 しかし、その巨大な翼は羽ばたいておらず、真横にピンと張られている。

 航空力学以外の方法で空を飛ぶ生物、それがドラゴンだ。

 なお、飛行用の魔法発動には独特の音が鳴るため、うるさいことで有名なあのTu-95よりもずっと大きな飛行音を伴う。

 

 

 

『諸君!まもなく目標だ!  我らに逆らう愚か者どもを焼殺するぞ!!!』

 

 

 300騎を超える大編隊、その中心付近のドラゴンに乗る魔族は、通信器を手に取り叫ぶ。

 黄金に輝く山羊のような角に、トカゲのような緑色の鱗を持った魔族だ。

 

 彼の名はヒルネム、魔王軍の四天王の一人である。

 

 本隊の上陸前に王国首都を爆撃する任務が彼には課せられていた。

 

 

 彼の指揮するドラゴンの大編隊は、数機からなる編隊を高度差をつけて、密集配置したものを多数形成していた。

 

 爆撃用の大型ドラゴンは、その頭部から強力な魔法を行使することができるが、これは威力は申し分ないが、弾速と発射速度が低く、敵の制空用ドラゴンに対抗するための武器として用いることは現実的ではなかった。

 

 そこで魔王軍は、大型ドラゴンの体表に宝珠と呼ばれる、魔法の発動システムを埋め込んだ。

 これには、大型ドラゴン側から魔力を供給することで、魔力弾を雨のように連射する魔法陣が組み込まれており、また必要に応じて魔力弾の発射方向を偏向することができる。これにより、敵のドラゴンによる攻撃を妨げることができる。

 

 しかし、ドラゴンに宝珠を埋め込める場所は、魔力供給の関係上制限され、またあまり多く設置すれば重量が増加し、飛行性能に悪影響を与えるため、どうしても死角ができてしまう。

 

 それを補うのが、四天王ヒルネムが考案し、コンバットボックスと名付けたこの陣形だ。

 この陣形により、各大型ドラゴンは魔力弾の死角を無くし、また濃密な弾幕を張ることで、強力な防御力を発揮した。

 

『こちら7番騎、前方に火災を確認!!』

『ほう、火災確認……パスファインダーはうまくやったか』

 

 先頭のドラゴンに乗る魔族からの通信が入る。

 パスファインダー、それは本隊に先行して爆撃し、目標を示す役割を与えられたドラゴンだ。

 

 ヒルネムもすぐに、その火災を発見し、ほくそ笑む。

 

 

(降伏すれば、少なくとも死なずにすむものを………。本当に愚かな連中だ。降伏すれば魔王様が下等生物に相応しい待遇を与えてくださるというのに…… 貴様らにその権利はない!! 炎に焼かれて地獄に落ちるがいい!!!)

 

 ドラゴンが行う爆撃。

 それは大型ドラゴン頭部から、油脂を生成する魔法をベースにした集束焼夷魔導弾を発射する。

 その集束焼夷魔導弾は空中で、より小型の焼夷魔導弾に分裂することで、広範囲を延焼させる。

 燃えさかる粘着性の油脂は、水をかけても簡単に消すことは出来ず、都市を焼き払うのに非常に有用だ。

 

 

 さて、まもなく目標上空だ。

 幾筋かの照空魔導灯(サーチライト)から発せられる光の束が、我々を補足するべく空へと放たれるが、その数はあまりに少ないというよりほかない。

 

 先頭のドラゴンがそろそろ集束焼夷魔導弾を放つころかと考えていた。

 

 ――その時だった。

 

 突然、地上から光の塊が上空へと飛んできて、前方にいるドラゴンに凄まじいスピードで突っ込んでいった。

 

 

 『は?』

 

 

 正体不明の攻撃を受けた大型ドラゴンは、胴体から真っ二つに切り裂かれたらしい。

 その体躯を真っ二つに切り裂かれた大型ドラゴンは、体内の魔導回路が暴走し、空中で大爆発を引き起こす。

 

 

『何だ!?何が起きている!?』

 

 ヒルネムは叫ぶが、その間にも再度の攻撃が迫っていた。

 

 それは光の玉であった。

 先の攻撃を行った"ソレ"は上空から降下するのと同時に、更にもう一体の龍を貫いた。

 

『あれは一体……!?』

 

 その光の球はどうやら、何かが高速で回転しているらしい。

 地上に落ちたかと思うとそのまま大地をしばらく駆け抜ける。そして再び上空へと矢のように上空へとうちあがり、僚機を撃墜する。

 しかも、今度は編隊の大型ドラゴンを攻撃した後、放物線を描くような軌道で弾道飛行するわけでなく、より一層回転速度とその飛翔速度を上げ、新たなる獲物を求めて、突っ込んでいく。

 

 

『く、くるなぁぁぁ!!!』

 

 コンバットボックスを構成する大型ドラゴンの宝珠から、真っ赤に輝く魔力弾が雨あられと放たれる。

 人類の操る制空用ドラゴン、或いは飛行ゴーレムを寄せ付けなかった恐るべき弾幕だ。

 

 しかし、相手はあまりに小さくかつ高速で、全くといっていいほど当たらない。

 それに、エアラミングのごとき戦術で、堅いドラゴンの表皮を何度も切り裂くあの怪物に当たったところで効果があるとは思えない。

 

『334番騎、被弾!!』

 

 当然のように、宝珠から放たれる弾幕を物ともせず大型ドラゴンを惨殺し、新たなるキルマークをソレは量産し続ける。

 

 

『ヒルネム様、ご指示を!!!』

 

『狼狽えるな! まだ戦力の過半は健在だ!! 敵がいかに強力といえどたかが一体!!!恐るるに足らず!! 前進せよ!!!!』

 

『『了解』』

 

 大型ドラゴンが一体、また一体と落とされる中、ヒルネム率いる大編隊は目標へと損害を顧みず進撃する。

 その先にあるのが死であるとも知らず………

 

 

◇◆◇

 

 

「すごいな……」

 

 

 王都の一角、護衛を伴い防空壕へと避難する国王は、遠い空で行われる戦闘を見て、そう言葉を漏らした

 

 聖女を轢き逃げしながら聖堂から飛び出したパンジャンドラムは、そのまま街道を突っ走ると飛びはね、建物の傾斜のついた屋根をジャンプ台のように使って遙か天空へと飛び上がる。

 それはまるで、インヴィンシブル級航空母艦、或いはクイーン・エリザベス級航空母艦の飛行甲板に装備されたスキージャンプから飛び出す艦上戦闘機を彷彿とさせる。

 

 

 そして異世界に召喚されたパンジャンドラムには所謂"チート"が与えられていた。

 パンジャンドラムに装備されたロケットは、本来彼(彼女?)につけられていたものより遙かに強力な出力であり、また推力偏向ノズルが備えられていた。

 

 一度上空へと飛び上がったパンジャンドラムは、推力偏向ノズル装備のロケットを使ってこまめに方向転換を繰り返し、敵へと突っ込んでいく。

 一体誰が出力の操作をしているのかは謎である。

 

 

「しかし、敵の数があまりに多すぎます。多勢に無勢。阻みきれるとは……」

 

 

 国王にそう報告するのは、先ほどパンジャンドラムに轢かれた聖女である。

 その体は一見華奢であるが、本体だけで1.8トン以上ある巨大なボビンに轢かれても、簡単にはしなないくらい頑丈であった。

 ただ無事では済まなかったらしく、身体中が包帯で巻かれてかなり痛々しい有様だ。

 それでも自分の足でしっかりと歩いているのだから、魔法様々である。

 

 

「ううむ……」

 

 

 確かに聖女の発言は的を射ていた。

 パンジャンドラムは異次元の領域の戦闘を繰り広げ、あの恐ろしい魔王軍の大型ドラゴンを次々と撃墜している。圧倒的な戦闘力だ。

 確かにあのままいけば、敵を全て倒しきるだろう。

 だが、大型ドラゴンの数はあまりに多く、それらが集束焼夷魔導弾を放つ前に全機撃墜できるかと問われれば……

 

 

『精霊召喚 【モンスの天使】』

 

 

 突如として、上空のパンジャンドラムの周囲に光り輝く矢が多数出現した。

 それらは、どこから推進力を得ているのか全くわからないが、一気に加速し大型ドラゴンへと次々と突っ込んでいき、小規模な爆発を引き起こした。

  

 それを翼に食らったドラゴンは飛行不能となって、その高度を急速に下げていく。

 

 

 『モンスの天使』

 それは地球の第一次世界大戦においてベルギーはモンスにて、ドイツ軍を攻撃し、孤立した窮地のイギリス軍を救った実際は存在しない都市伝説の弓兵部隊だ。

 

 

 それをパンジャンドラムが精霊として、モンスの天使の放った矢を召喚したのだ。

 精霊となったモンスの天使の放つ矢は、パンジャンドラム本体と比べれば質量が小さいため、一発一発の威力は小さい。

 

 しかし、魔法によりモンスの天使は強化されており、放たれた矢は当たれば爆発し、数発当たれば大型ドラゴンを撃墜しうるものとなる。

 誘導機能?近接信管?そんなものないよ。

 

 

 またその射程は著しく短く、数百メートルしかないが、それはパンジャンドラムの空中機動によって補われた。

 爆速で回転しながら宙を舞うパンジャンドラムから、次々と光の矢が飛び出し、大型ドラゴンを血祭りへとあげていく。

 

 それは虐殺といってよかった。 

 

 パンジャンドラムには、いかに高速で移動する小型の物体とはいえ、一応大型ドラゴンの宝珠から放たれた魔力弾が、全く効果がないとはいえ数発当たっているが、『モンスの天使』によって放たれる矢は超音速な上に、非常に小さく撃ち落とすこともできない。

 

 こうして、王国首都を襲った魔王軍の大型ドラゴン合計352騎は、異世界から召喚されたチート・パンジャンドラムにより、既に爆撃を終え、魔力が払底していたパスファインダーを除き、魔王軍四天王ヒルネムの乗るものを含めたその全騎が撃墜されたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




推力偏向ノズル装備パンジャンドラム


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Quo Vadis

筆者ハ健在ナリ


 

 四天王ヒルネムの操る大型ドラゴンの大編隊が壊滅してから半日ほどたった頃、王都より南方の海上を、この世界には存在しないハズの存在が編隊を組んで進んでいた。

 

 巨大な翼に4つのレシプロエンジンを抱き、双子の尾翼を持ったジェラルミン製の機械鳥。

 銃座やコックピットには搭乗員の姿は無く、また機体も半透明で透けている。

 その異常な側面に目をつむれば、それは王立空軍(RAF)の誇るアブロ=ランカスター重爆撃機に他ならない。

 

 第二次世界大戦において、アーサー・ボマー・ハリス将軍の指揮のもと、ドイツの都市という都市に炎の雨を降らせ、

 あるときは王立海軍の象徴である巡洋戦艦『フッド』を爆沈せしめた憎きドイツ戦艦『ビスマルク』の姉妹艦にして北海の孤独な女王こと戦艦『ティルピッツ』に、5トン爆弾『トールボーイ』を叩き込んで撃沈し、

 またあるときは『トールボーイ』、あるいはそれの重量をさらに倍する重量を誇る史上最大の航空爆弾『グランドスラム』を投下して、Uボート・ブンカーや橋梁などの鉄筋コンクリートでできた強固な建造物を破壊して回った4発の重爆撃機である。

 

 

 そして今、やたらと縦に長いことで知られる爆弾倉からは、円筒型の物体を高速回転する奇怪な装置がせり出して設置され、また機体上部の銃座も撤去されていた。

 

 マーリンエンジンを唸らせ、あらん限りの速度でもって飛行する絡繰り仕掛けの怪鳥たちは、しばらくすると緩慢と降下を開始する。編隊を構成する各機が次々と美しく統制のとれた軌道でもって海面まで20メートルあるかないかというような低空へと高度を落としていく。

 

 そうして超低高度へと遷移したそれらは、海面にぶつかりそうな低空を更に邁進する。

 

 

 人が乗っていないというのに、高い技量を感じさせる低空飛行。まるで何かの目から逃れようとしているようにも思える。例えば、目視では及ばぬ距離にある存在を認める千里眼、あるいは水平線以降を見通すことのできない目。

 

 そのようなものから隠れるかのように飛行していた編隊は、己に与えられた役割を全うするべく、次の行動へと移行する。

 

 彼らの腹に抱かれた妙な物体が、機体から切り離された。

 それは、投下したランカスター重爆撃機と同じ速度で進みながらも、重力に従ってその高度を下げて海面へと落ちていく。

 

 

 そして、それらを空中より投下し終えた母機らは転進。

 先まであった空域から離脱するが、元々半透明だったその姿は、どんどんと薄くなっていき、最後には光の粒子となって大気中に霧散…

 

 後には一陣の風と、海面上を豪速にて駛走する、先ほどランカスター爆撃機が投下した物体だけが残された…………

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 王国南方海域

 

 

 大艦隊が海を切り裂き北進する。

 

 魔王軍の王国攻略艦隊だ。

 

 艦隊を構成するのは、木造帆船に見えるが、その大きさは地球における木造船としてはあり得ないほど大きい。

 

 

 その巨大さを除けばそれらは、普通に帆に風を受けて進む普通の帆船のように見える。だが、その推進力となる風は気象操作魔法によって生み出されたもの。局所的に気圧差を魔法で生み出し、風を発生させる。なので無風地帯であろうが、向かい風であろうが進むことが可能なのだ。

 尤も、これは魔王軍の軍船に限らず、この世界の船は大半がそのようにして推進するので、この世界基準では普通である。

 

 

 だが魔王軍の艦隊は、その規模もまた異常だった。

 見渡す限りの海は、船、船、船、といった様相であり、船が七分に海が三分とでも言うべきだろうか?

 その隻数、実に1500隻近い空前絶後の大艦隊。

 

 一体この艦隊を生み出すのにどれほどの面積の森林を伐採する必要があるのだろうか?

 そんな艦隊が人類に残された最後の有力な戦力たる王国を撃滅するべく、不気味なウェーキを生み出し、進撃を続けていた。

 

 

 

 艦隊の大部分を占めるのは、王国攻略のための(つわもの)共を満載した戦時標準輸送船。

 無論それらを護衛し、上陸戦に際しては、砲爆撃によって王国の水際陣地を粉砕し、火力支援を行う護衛艦艇も随伴している。

 

 両舷に魔法攻撃を放つ宝珠が埋め込まれ、防御面では魔力を流し込むことで装甲のように作用する魔法陣が描かれた戦列艦や巡洋艦は勇ましく、見るものを圧倒する。

 

 だが、この護衛部隊の中核たるのは艦隊の旗艦と14隻の大柄な航空母艦である。

 

 その航空母艦は飛行甲板部の全長が242メートル、幅は最大で30メートルに達する。

 ファンタジー世界だからこそ許される木造船としては規格外の巨艦である。

 なお航空母艦を名乗っているが、載せているのは航空機などではなく、ドラゴンである。

 

 これら航空母艦は、他の艦艇とは異なり、帆に風を受けて航行するわけではない。

 

 

魔王軍の航空母艦が帆を持たない理由は主に二つある。

 

 

 まず第一に、帆があると艦載騎であるドラゴンの発着艦の邪魔になるからだ。

 

 航空母艦フューリアスを思い浮かべてほしい。王立海軍がかつて有した世界初の航空母艦だ。

 彼女は、当初はフィッシャー第一海軍卿の手により作られた、超大型モニター艦とでも言うべきハッシュ・ハッシュ・クルーザーの一隻として建造された。(準)同型艦としてカレイジャスとグローリアスが存在する。バルト海上陸作戦の支援ためだけに建造された艦艇であり、汎用性皆無の代物だった。

 

 そしてその唯一の存在意義であるバルト海上陸作戦であるが、その内容はというと、異状なき西部戦線に嫌気がさしたイギリス軍が、その戦力を全振りして、ドイツ北部に強襲上陸、勢いそのままドイツ帝国の首都ベルリンを攻め落とすというもの。

 

 作戦には戦力を全振り、即ち英国陸軍も海軍も全力で投入されるということであり、それは西部戦線からイギリス軍が引き抜かれるということを意味し、アメリカもまだ参戦していないので、西部戦線で中央同盟国と相対する主要国はフランス一国のみになる。

 

 それに第二次大戦の頃ならともかく、『ドイツの将来は海上にあり』と拡張された当時のドイツ海軍はイギリスに次いで世界で二番目の規模を誇っており、これに対抗するために王立海軍は海上護衛用の戦力もすべて本作戦へと投入することになる。

 

 勝っても負けても大損害を被ることはほぼ確実で、また失敗時のリスクがあまりに高く、同盟を結んだフランスの理解を得られるとは到底思えない作戦であり、バルト海上陸作戦実行に移されることなく無事お蔵入りになり、フューリアスの存在意義も文字通り消滅したのだが、運命とは数奇なもので、彼女は改装を経て世界初の航空母艦に生まれ変わることになる。

 だがその初期の運用では、前後の主砲塔を取っ払い、その後に飛行甲板を設置したのだが、艦橋や煙突はそのまま残されていた。

 

 どう見ても邪魔である。

 

 これにより得られた知見で後にフューリアスは改装で全通式の飛行甲板を持つことになるし、また先例のない最初の空母でもあったので仕方ないだろう。

 無論この唯一の例を除いて同じ構造の純然たる空母が一切存在しないことからも、この構造が空母に不向きなのは明らか。

 

 これと同じような理由で、帆はどうあがいても邪魔になる。

 艦橋とマストを一体化して、右舷ないし左舷によせ、旧ソ連の航空巡洋艦のような構造にすれば多少はマシになるかもしれない。だが帆が邪魔となることに変わりはなく、また魔法によって多少の無理は通しているが、構造上にあまりに無理が出てきてしまうのでアウトである。

 

 

 第二の理由は、帆を使っての推進では、艦載機の発艦に十分な揚力が得られないからだ。

 

 空母における発着艦は、海上に浮かぶ(地上の飛行場と比べれば)小さな船で行われなければならず、その難易度は非常に高いものとなる。

 空母からの発艦だけにおいても、地上の滑走路と比べれば、非常に短い飛行甲板から離陸せねばならず、それ故にカタパルトというものが生まれた。

 

 だが、カタパルトから得られる推進力のみで離陸できる艦上機は限られており、空母はその艦載機を発艦させる際は、大抵その機関を存分に唸らせて、風上へ全力で航走し、得られた合成風力で艦載機に揚力を与えることで、その発艦を手助けする。

 

 "風上"に向かって進むことで揚力を与えるのだ。

 

 だが帆船はその性質上、どうやっても風上に向かってまっすぐ進むことはできない。

 まっすぐでなければできないこともないのだが、それは風に向かって幾らか角度をつけて進む場合にであり、そうなると空母の横から風が吹き付けることになるので、どうしても発艦作業の邪魔になってしまう。

 

 この世界の帆船は、魔法で生み出した風でもって"本来の風上"に向かって進むことはできるが、それは魔法によって生み出された風下に向かって進むことであり、どうしても得られる合成風力は低下してしまう。

 

 

 だから、魔王軍の航空母艦は帆による航行を行わない。

 

 ならばどのようにして航行するかというと、艦内の魔導炉から得た魔力を魔法陣を介して変換することで雷魔法を発動し、海水に電流を流すことで、ローレンツ力を生み出し、海水を船体後方へと押し出し、その反作用で推進する特殊な推進方法を採用している。

 

 こうすることで、空母に載せられたドラゴンは余計な艦上構造物に邪魔されず発着艦が行え、また空母は風上に向かってまっすぐ進むことができる。

 

 だが、ほかの艦艇がこの推進方式を採用していないことからも察せられるとおり、この推進方式には課題が存在している。

 

 それは、この推進方式を採用するには強力な出力を持った魔導炉が必要になることや、この特殊な推進システムを製造するため、高コスト化は避けられないというもの。

 そのため、空母など主力艦のなかでも一部の限られたものにしかこの推進方式は採用されていない。

 

 次にこれら空母に次ぐ大柄な船体を有するのが、この艦隊の旗艦である。

 

 空母みたいに上部がまな板のように真っ平らになった木製の船体には、武装や帆はなく、かつての米戦艦に装備されていた籠状マストのような物体がそびえ立ち、魔王軍では四天王の座乗艦にしか掲揚の許されない四天王旗が翻る。

 

 この籠状マストは多数の細かい鋼材で構成されており、軽量の砲弾があたろうが簡単には倒壊しないという売り文句ではあったが、揺れや荒天に絶望的に弱かった。極東の島国には、違法建築だのジェンガだのと呼ばれ、今にも崩れそうな艦橋を持った戦艦があったが、あちらと異なり、籠マストは本当に倒壊してしまっている。それ故アメリカ海軍以外ではどこも採用せず、当のアメリカ海軍にも見放され、マッハで廃れた代物である。

 だが魔王軍では、これらの問題は魔法によって解決され、一部の艦艇に装備されていた。

 

 

 その籠状マストのてっぺん、そこには、金色の髪を靡かせた幼い少女がいた。モノクロな色合いのフリルだらけの服を着た、その少女は司令官席に座っていた。

 

 だが、魔王軍で四天王の座乗艦にしか掲げることのできない旗が掲げられた船に、ただの幼女が乗っているわけがない。そして彼女は幼女のような容姿をしてこそいるが、その体からは僅かに邪悪な魔力が漏れ出している。一目見れば彼女が人間ではなく、魔族であるとすぐにわかるはずだ。

 

 彼女の名をナゴン。魔王軍四天王の一人である。

 

「王国まであと2日ばかりですが、大丈夫なのでしょうか?」

 

 まだ着任して日の浅い、人間で言えば10歳にもにたないような姿をした参謀が、ナゴンに心許い様子でそう尋ねる。

 なおこの参謀も含めて、彼女を補佐する艦隊参謀は皆、幼女のような姿をした魔族である。ファンタジー世界では幼女のように見えるが実は………というような年齢のアンチエイジングに異様なまでに執心のキャラクターが多く登場するが、こと彼女たちに限っては、見た目とその実年齢に差はほとんどない。

 そもそも魔王軍が組織されたのは今から約12年前である。

 

 つまり、立派な髭を蓄えた壮年男性のような姿をした魔族も、彼女らのような人間の幼い少女のような姿をした魔族であろうが、その年齢は12歳を超えることは決してないのだ。

 

 それは人間ならば生まれてからある程度の戦闘が可能となるまでに、どれほど低く見積もっても10年ほどは必要となるのに対して、魔王軍はわずかな期間で優秀な兵士を量産することができるという、恐るべき事実をまた同時に意味する。魔王軍の電撃的な世界侵略を可能とした一因である。

 

 

「大丈夫って何が~?」

 

「ヒルネム様麾下の竜騎士団が全滅した件です」

 

「あ、あれね~!」

 

 当然、四天王であるナゴンの元にも、同じく四天王に名を連ねる魔族であるヒルネムと、彼の率いた王国首都空襲部隊が何の戦果らしき戦果も上げられず無様に敗北したという話は届いていた。

 しかも、その損耗率といったら驚異の9割超。

 一体どうやったらこんな被害が出るんだよ、というような情報であり、正直偽電か何かの類いなのではないかと最初は思った程だ。

 

 

「だいじょ~ぶ!! ヒルネムより私強いから!! 何も心配しなくてイイヨ!!」

 

 

 参謀の意見にサムズアップをして、そう返す。

 ナゴンは、四天王ヒルネム直卒の竜騎士団が壊滅したといっても、それほど心配をしていなかった。

 

 というのも、ヒルネムは現在の他の四天王と異なり、生じた欠員を埋めるべく入れられただけの存在だからだ。

 

 魔王軍がその質・量・練度・戦術・戦略・諜報など、いずれの面においても人類を上回っているとはいえ、パーフェクト・ゲームを行えるかと言えば否である。

 

 

 どれだけ諜報に精を出し、事前の偵察に腐心しようと、想定しない一撃を食らうことや、あるいは想定していたハズの一撃がなぜか防げなかったりすることは、よくあることだ。

 この手のものを完全に防ぐことなど決してできはしない。

 

 それは、今日の無数の人工の星を宇宙に浮かべて地表を見張り、電波の目でもって不可視の距離の物体を認識し、常夜においても見開かれる赤外線の目を有する現代地球の先進国の軍隊でも、それらを限局することこそできても、完全になくすことは出来ない

 

 どれほど技術が進歩しても戦場の霧というのは、決して晴れることのないのだ。

 

 

 そして、これら偵察能力において、異世界基準では屈指のものではあるが、現代地球から見れば、70年以上遅れた程度の技術しかなく、そのような偶発的なある種のヒヤリハットはより多発する。

 

 

 例えば、魔王軍四天王の一人が、人間の決死攻撃により、相打ちになってしまう、とか。

 追い詰められた人間というのは、本当に何をするか、全く予想することはできず、端から見れば、とち狂ったとしか思えないようなことをしでかす。

 

 

 『大人しく降伏しさえすれば、意味なく殺すことはない』

 

 我々がこんなにも慈悲深い譲歩をしめしているというのに、彼らはまるでそれこそ(オーク)のような形相で、命をかけて立ち向かってくるのだ。

 

 全く愚か。

 蛮勇。

 無謀。

 

 そうとしか形容できない。

 何で早く降伏しないのだろう?

 理解できないなぁ……

 

 

閑話休題

 

 

 ともかく、魔王軍四天王の一人が人類の手によって倒されたのだ。

 魔王軍では、その保有魔力とその知性などを総合的に評価した序列が存在している。

 その序列の中でも4本の指に入るものたちは四天王の称号を与えられる。

 

 この四天王に名を連ねることは、魔王軍の中では非常に名誉のあるもので、そのため魔族たちは、己の魔力や知性を鍛え、その序列をあげるために躍起になっている。

 

 だが、四天王の初期メンバーは、ほかの魔族と比べ、生まれながらにして隔絶した魔力を持っているため、血反吐を吐くような努力をしようと、既存の四天王に成り代わって就任することなどまずできない。

 

 だが、四天王に欠員ができれば、序列第五位が新たに四天王入りすることができる。

 そして、四天王の一人が倒れたとき、序列第五位の地位にあったのはヒルネムだった。

 

 しかし、先にも述べたように、初代四天王は、ほかの魔族と隔絶した魔力を持つため、どうしてもヒルネムは、他の四天王と比べると見劣りしてしまう。

 

 ほかの一般魔族と比べれば、相当に強力な魔族であることは疑いようもないのだが。

 

 末席を汚すという表現があるが、ヒルネムに関しては文字通りの意味で正しく末席を汚す存在であるとナゴンは考えていた。

 

 

 

(だけど~、人間たちが、少し厄介な攻撃手段を獲得したのはほぼ間違いないね~)

 

 

 

 だが、王国側に味方する謎の戦力が強大なものであるとも考えていた。

 事前の諜報。偵察活動により、王国の防空を担う竜騎士団の戦力は払底していることは明らかになっていた。魔導師による対空砲火はあるだろうが、対空攻撃というものは、バカみたいにあたらないものだ。それに、魔王軍の大型ドラゴンは、その宝珠から放たれる濃密な弾幕だけでなく、大抵の攻撃では貫けない分厚い外皮を持ち、超空の要塞という渾名を人類から頂戴している。

 

 それが投入した勢力の、それも仮にも四天王に名を連ねる者が指揮し、そして相手は最早有用な航空戦力など持たない劣等種どもに、文字通りの全滅に等しい損害を受ける?

 

 否。

 

 例え指揮官が無能の極みのような人物であったとしても、これほどの被害が出ることは考えられない。そもそもナゴンは、ヒルネムを四天王の看板を背負うに値しない魔族であると考えているだけで、なにも無能の擬人化の如き存在だと見なしているわけではない。

 むしろ、作戦指揮・立案能力に関してはそれなりに高く評価していたぐらいだ。

 

 ならば何が起こったのか?

 それを知るためにわずかに生き残った竜騎士団員から聞き取りが行われているらしいが、これがさっぱりだった。

 なんでも、光の塊が地上から飛んできて、次々と大型ドラゴンを切り裂いた、光の矢が五月雨のように飛んできて、戦友たちを黄泉送りにした、だのと要領の得ないもの。

 

 魔導師の対空魔法とは明らかに違うもの。昨夜から色々と勘案してみたが、皆目見当もつかなかった。

 

 そして、もし人間どもが何かしら有用な新戦力を獲得したとするならば、次に狙われる公算が最も高いのは自らが率いる王国攻略船団。

 

 ここは一層気を引き締めて――――

 

 

『ナゴン様!! ピケット艦『マイオピア』より通信!!! 艦隊進路11時方向に未確認反応(アンノウン)多数!! 急速接近中とのこと!! 距離――』

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

血塗られた我が艦隊に、今日は少し問題があるようだ

There seems to be something wrong with our bloody ships today



『ナゴン様!! ピケット艦『マイオピア』より通信!!! 艦隊進路11時方向に未確認反応(アンノウン)多数!! 急速接近中とのこと!!……距離80NM(ノーティカルマイル)、速度240kt(ノット)!!!!!』

 

「へ?」

 

 艦内電話越しに部下からの切羽詰まった報告があがり、彼女の思考は突如遮られる。

 魔王軍の軍船には、魔探――魔力波探信儀(マジック・レーダー)の略称――即ち、見えない魔力でできた不可視の波、魔力波を輻射し、それが何かに当たって跳ね返り、こちらへと戻ってきた魔力波を観測することで、魔力波を反射したものとの距離や方位を知る探知装置が載せられている。

 

 ピケット艦とは、艦隊より突出し、搭載した魔力波探信儀(マジック・レーダー)により、敵航空戦力を、艦隊主力に辿り着く前に探知する役割を与えられた船である。

 

 この魔探と似たようなものに集音警戒装置*1があるが、あちらはどうしても設備が巨大なものとなり艦載にはむかず、またその性能も不安定な代物。

 

 そこで、魔王軍がこれらに代わり小型で量産に適した探知装置として開発したのが魔力波探信儀(マジック・レーダー)だった。

 

 これを含め魔王軍は先進的な航空管制システムを構築しており、人類圏の航空戦力、即ち竜騎士団を一蹴し、魔王軍の快進撃の要因となった。ちなみに、これらのシステムの構築で活躍したのが先日黄泉の客となったヒルネムである。

 

 魔王軍水上部隊においても、これら魔力波探信儀(マジック・レーダー)は、人類航空戦力との戦いにおいて有効に活用された。

 

 来襲する人類航空戦力は、遙か彼方から魔力波探信儀(マジック・レーダー)によって探知され、魔王軍の運用する優秀な制空用ドラゴンとそれを駆る熟練した騎士により、七面鳥のように落とされていった。

 

 

 そして今、魔王軍の魔探は、人類最後の大戦力たる王国による魔王軍艦隊への航空攻撃を事前に捉えていたのだ。

 

 部下からの報告を聞いた四天王ナゴンが、その細い指を振るうと、何もない空中にスクリーンのようなものが浮かび上がる。

 そこには己の位置を中心として魔探が捉えた反応を俯瞰するように表したもの、即ちPPIスコープ方式、大多数の人がレーダーの画面といったらコレ!と、思い浮かべる様式で示したもので、先ほど報告のあった地点に、多数の輝点が浮かび上がる。

 それら輝点たちは、画面中央から伸びる線が回転するごとに、画面中央へと徐々に近づく。

 

 

 それを見てナゴンは、参謀達へと問いかける。

 

「さぁて、どうやら王国の攻撃部隊みたいだねぇ? どうしよっか」

 

「よもや、王国竜騎士団に対艦攻撃を行えるだけの余力があるとは思ってもいませんでした……

 とは言え、この機数からして、よほどのヘマをしない限り、無傷でやり過ごせるでしょう。

 ですが、彼らはどうやって我々の位置を掴んだのでしょう? 偵察機もなしに…………

 敵味方識別信号にも反応が無い以上、彼らが友軍の訳もないですし……」

 

 

「ん~…… でも我々以外の動くものは、その全てが敵だねぇ? 敵味方識別装置に応答のない相手は、全て敵なんだし。じゃ、迎撃を始めよっか?」

 

「迎撃もですが、我々の位置が露見した以上、ドラゴンによる索敵半径の拡大を具申します。王国に余剰の航空戦力などほぼ存在しないかと思っていましたが、攻撃があった以上、万が一のために備えてです」

 

「うん。そうだねぇ。第83任務(空母機動)部隊には索敵もお願いしよっか」

 

 航空母艦は艦首を風上へと向け、波を切って増速しはじめる

 無論それは、王国航空戦力とみられる飛行物体迎撃のために、制空用ドラゴンを発艦させるために他ならない。

 

 風魔法を利用したカタパルトによって、加速された魔王軍の制空ドラゴンが飛行甲板を駆け抜ける。

 船から投げ出されたそれらは、重力によって僅かに落下するが、既に十分な揚力を与えられていた。彼らは直ぐさま上昇へと転じて上空で編隊を形成すると、王国攻略艦隊へと無謀な攻撃を試みる敵を迎え撃つべく、北東の空へと消えていく。

 

 その一糸乱れぬ美しい機動は、緒戦で消耗し熟練の竜騎士を次々と失い、その練度が著しく低下した人類圏の竜騎士団では望むべくもないだろう。量とドラゴンの質において人類の航空戦力を凌駕していた魔王軍航空部隊が、今や量と運用する制空ドラゴンの質のみならず、それを操る竜騎士の練度においても人類を上回った。

 そのような評価が驕りや油断によるものではなく、正当な分析であるということを感じさせた。

 

 

(やっぱり私たちが負けるはずがないよねぇ! うん! 少なくとも、あんな少数の攻撃隊で、この無敵艦隊をどうにかできるとでも思っているのかなぁ!!?)

 

 

 四天王ナゴンは、彼等の雄姿を見て、此度の戦闘でも魔王軍の勝利を確信する。

 今までも、今回も、そしてこれからも勝利は我々のもの。

 

 王国側に艦隊の位置が露見したのは痛いが、王国側の戦力は、かつて存在した大陸戦線に抽出されて、まともな装備と練度を維持した部隊はほとんど残っていないだろう。

 

 反対にこちらは、魔王軍の中でも各戦線で人類軍を撃破した精鋭魔族を輸送船に満載し、王国侵攻を前に十分な補給と入念な事前計画が存在し、なおかつ四天王である私がその指揮を執る。

 

 質・量いずれにおいても圧倒的な戦力差。

 ちょっとした奇計では覆しようのない絶望的な戦力差。

 

 それならば、奇襲効果が多少減じられようとも、魔王軍の勝利を疑う余地はない。

 恐れるとすれば、多少予定よりも大きい損失を被ることぐらいで、王国が魔王軍の手に落ちた後となれば、人類に残るのは石ころみたいな小国や零細国家の群れだけだ。

 

 そう、真の意味で恐れるべきものだど存在しないのだ―――

 

 

 

 彼女は知らなかった。

 

 『無敵艦隊』というのは、異世界では西暦1588年以来、所謂『フラグ』として扱われていることを。

 なお無敵艦隊という呼称が広まったのは1588年より大分後だというのが通説である。

 

 レーダーから得た情報が投影されていた空中映像。

 ナゴンが魔術によって、結界と光魔法を組み合わせ、何もない空間に映像を映し出したもの。

 

 それはまさに唐突であった。

 

画面の9時方向、つまり艦隊の横っ腹にあたる場所。そこにいくつもの光点が出現した。

 

 

 (――ッ!!!!)

 

 

 それを認めたナゴンは、差し迫った脅威を振り払うべく、脳を急速回転させる。

 だが、いかなる思考も命令も行うには、残された時間は余りに短すぎた。

 

 旗艦から見て右前方を航行する輸送艦メーネに何かが突入した。

 次の瞬間、輸送艦から"ナニカ"が飛び出すのとほぼ同時に目の眩むような光が視界を奪う。

 

 輸送艦メーネには、砲撃魔法で消費される魔石が満載されていた。

 これら魔石は砲撃で消費されるというだけあって、非常に敏感で爆発しやすく、取り扱いに際しては火気厳禁で下手に衝撃を与えてはならない危険物。

 

 あのような船体を切り裂くほどの衝撃に襲われれば、どうなるか?

 考えるまでもない。

 

 衝撃により、輸送船メーネに積載されていた爆発性の魔石は、連鎖的な誘爆を引き起こし、その船体を内部から破壊する。

 爆発により生じた巨大なキノコ雲が天高く立ち上り、その船体を木っ端みじんに破壊した爆風が、生暖かい突風となって艦橋に吹き付けた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 先日異世界よりこの世界へと召喚された大英帝国の遺産、パンジャンドラムは、王国上空にて魔王軍の大型ドラゴンの大編隊を殲滅した後、南方へとその進路を向けていた。

 そして『モンスの天使』に続く新たな精霊を顕現させる。

 

我が亡き後に(Après moi, )大洪水よ来たれ(le déluge)

 

 召喚されたのは、英軍がかつて有した名機『アブロ・ランカスター』、通称"ランク"。

 呼び出した精霊ランカスターに自らを積載させて、魔探では探知が困難な低空を飛行、魔王軍王国攻略艦隊へと忍び寄る。

 

 また、ただ積載されるだけではない。

 パンジャンドラムは分身し、己の分身を呼び出したランカスター各機に搭載していた。

 

 そして、ランカスターの編隊がいよいよ王国攻略艦隊に迫らんとしたとき、突然爆弾倉から切り離される。

 

 重力に引かれ、海面へと落下する重量1.8トンの金属塊。

 このままではこの物体は海面へとたたき付けられ、航空魚雷のように駛走するわけでもなく、海底で魚礁と成り果てるに違いない。

 

 だが、そうはならなかった。

 落ち行く金属塊に括り付けられた無数のロケット。

 それらに一斉に火がともり、その反作用によって巨大なボビンに進行方向に対して反対の回転が与えられる。バックスピンだ。

 

 そして高速で回転しながら海面へと落ち……跳ねた。

 

 跳ねる――跳ねる――跳ねる

 

 4発の重爆撃機より投下されたパンジャンドラムたちは、海面上をまるで水切り石のように跳ねて跳ねて、突き進む。

 それはまるで第二次世界大戦にてドイツのダムを破壊したアップキープ爆弾のよう。

 だが目指す先はダムではなく、忌まわしき魔王軍の艨艟共。

 ロケットの推力をこまめに偏向し、その軌道に修正を重ねる。

 

 そしてパンジャンドラムとその分身を投下の後、精霊ランカスターは高度を上げ、魔王軍王国攻略艦隊の頭を抑えるような位置へと向かった。当然その姿は魔王軍の魔探により捉えられた。

 それを自分たちへの攻撃隊と捉え、司令部は完全に油断していた。

 

 その隙を狙い、艦隊の横っ腹から殴り込む。

 分身たちの中で、一番槍を担うパンジャンドラムは、その狙いを魔王軍輸送艦に定めた。

 

 不運にも最初に襲撃を受けることになった輸送艦は、その舷側を突き破られる。

 内部に満載されていた魔石が誘爆し、大爆発を引き起こし、輸送船を轟沈させたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

『ゆ、輸送船メーネ、爆沈!!』

 

「一体何だ、何が起こったというのだ!!」

 

「恐らく、敵による攻撃です!!」

 

 

 順調に進んでいた航海。

 相手側の戦力は今まさに底を尽きつつあり、本土から遠く離れた海上においての邀撃は敵にとっても数少ない戦力を無駄に消耗するだけで、ほぼ考えられない。

 故に我々がいよいよ敵の領土に旗を掲げんがため、上陸を開始するそのときまでは、戦闘など起こりえない。

 

 そのような考えに反して、敵機らしきものが迫っていたとはいえ、余裕を持っての迎撃が可能であり、艦隊への被害は無いはずだった。

 

 一体何が起こったのか。

 敵の正体は何で、どうして艦隊への接近を察知できなかったのか。

 疑問はつきないが、輸送船を爆散せしめたのは何らかの攻撃であることは考えるまでもない。

 ナゴンは普段の口調も忘れ、直ぐさま発令した。

 

『っ!総員戦闘配置につけ! 全術式使用自由(オールマジックズフリー)!! 叩き落とせぇ!!』

 

 その命令は、すぐさま艦隊の全体へと届けられる。

 しかし、これまでの連戦連勝から漂っていたある種の楽観が、突如として木っ端みじんに粉砕されたのだ。司令部は色めき立っていた。

 

 

「敵襲だとぉ!? 魔測員は何をしていた!? 寝てでもいたのかぁ!!?」

 

「直前まで対空魔探にも対水上魔探にも反応はなかったハズ…………ならば一体が襲ってきたというのだ!!! それも輸送艦を一撃で沈められるような攻撃をできるような存在を感知できなかったというのだ! 直掩騎はなにをやっている!!!」

 

 参謀たちは、あまりに突然な襲撃に対する驚きと、それを事前に予防できなかった部下への怒りをにじませる。

 

 

 (この無能どもめが!)

 

 

 先ほどのレーダーに移った輝点は一つだけではない。

 この艦隊は今まさに奇襲を受けている最中なのだ。

 ナゴンに仕える参謀は、開戦初期の魔王軍と人類側の戦力が比較的拮抗していたころのものはほとんどいない。

 いないこともないが、ここ最近の連戦連勝に慣れすぎていた。

 

 これに関してはナゴンも彼らのことはあまり強く非難できないと自省はしたが、いくらなんでも彼らの狼狽ぶりは酷すぎた。

 

 先ほど魔探が捉えた反応も一つではない。

 次の攻撃がすぐにでも来る。

 

 輸送船を火達磨にした謎の物体。

 それが隊伍を成してやってきたのだ。

 

 

 (流石にアレは、部下だけに任せてはおけないねぇ。荷が重すぎるかなぁ。)

 

 

 最早役立たずと化した幕僚たちの様子を尻目に四天王ナゴンは、どこからともかくステッキを取り出した。

 それは白い杖であった。先端にはカリナン・ダイヤモンドが小ぶりに思えるほどの大粒の金剛石のような宝珠が据えられていた。杖が白いのは、その素材が魔王軍が殺害した大魔導師たちの人骨であったからだ。

 

 杖は魔力の指向性を向上させ、使用者がより複雑な魔法陣を組むことを可能とする。

 魔法の行使は、杖を使わずとも可能である。

 

 この世界の魔法は、作成した魔方陣に魔力を一定量流し込むことで発動するのだが、杖無しでは上手く魔法陣を描くのも困難であるし、また魔力が効率よく充填されず余計に消費してしまう。

 

 だから、この世界の魔導師は杖を使うのだ。

 杖の素材としては、高い魔力を有する魔獣の骨が最適とされる。

 

 ただ、それ以外にも杖の素材として適したものが存在する。

 高い魔力を持った魔導師の人骨である。

 

 生まれながらにして高い魔力をその身に宿し、長年魔法を行使し続けてきた魔導師の骨は、魔獣に勝るとも劣らぬ良質の素材となるのだ。ちょうどいいのは壮年期の魔導師の骨。あまりに年を取り過ぎると骨が脆くなって素材としてはあまり適さなくなるからだ。

 

 とはいえ材料としての質は魔獣とさほど変わらないし、人道上の問題、そして貴重な大魔道士を態々杖の素材のためだけに命を奪うのはあまりに不経済であり、人類圏では杖の素材として人骨は非常にマイナーであった。

 

 尤も魔王軍はこれらの経済性や、こと人道の問題とは無縁の存在である。

 とはいえ魔王軍にも人骨の供給性の問題は存在するため、あまり多くの量は出回らず、魔王軍の魔導師に支給される杖は、大半が人類圏と同じような魔獣の骨を利用したものだった。

 

 だが、その希少性のために魔王軍では人骨製の杖はある種のステータスじみたものとなっており、序列の高い魔族は人骨製の杖を愛用するものが多い。四天王であるナゴンもその口だ。

 

 

 ナゴンの愛用する杖は自ら殺害した大魔道士の骨を材料としたものだった。

 

 その杖の先端に嵌められた大粒の宝珠にナゴンは一度唇を落とすと、詠唱を開始した。

 

 

「■■、■■■■!」

 

 

 すると、ラゴンの手にするステッキを中心として青く輝く魔法陣が床に描かれる。

(…ふふっ! ヒルネムの戦略竜騎士団を壊滅させたからといってぇ、調子に乗らないでねぇ~!)

 

 それと連動するように魔王軍艦隊の戦闘艦艇の主檣が同じ青い輝きを纏い始めた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

戦列艦『エンペネ』

 

「右舷宝珠群、対空射撃準備!! 右八○、仰角三!! 術式"対空"!!」

 

 

 戦列艦エンペネの両舷に埋め込まれた、大小様々な多数の水晶のような球体が光りを帯び始める。

 魔王軍の戦列艦は、その両舷に大砲の代わりに、宝珠と呼ばれる魔法を発動する装置が埋め込まれていた。宝珠には予め魔法陣が刻み込まれていて、これに魔力を流すことで、それぞれの魔法陣に対応した魔法の攻撃を放つことができる。

 光はまるで溶鉱炉で溶かされた金属のように真っ白で、より強烈なものへとなっていく。

 

「右舷宝珠群、魔力充填完了!!!」

 

「照準よし!!」

 

「撃てぇっ!!!」

 

 マスト上部に据えられた高射指揮装置。

 それが光学的に知り得た対象の諸元が各宝珠へと伝えられた。

 戦列艦エンペネを始め、王国攻略艦隊を構成する艦船、そのうち謎の飛翔物に対して射撃可能な位置を航行していた船から、色とりどりの光弾が放たれる。

 艦隊から放たれる光の弾丸は、水面上を跳ねながら猛烈な速度で突貫してくる物体を照準していた。

 

 

「撃て! 撃て! 撃て! 撃ちまくれぇぇぇ!!!」 

 

 

 宝珠から放たれる魔法攻撃はまるで嵐のよう。

 それらは目標にぶつかると爆発するもの、発射から一定時間たってから爆発するものなど、実に様々な形態をしている。

 

 

 先日王都を灰燼に帰すべく飛び立ったヒルネム様麾下の大型ドラゴン編隊が、正体不明の発光物体に対して宝珠による魔法の弾幕でその攻撃を阻もうとしたが、敵の重装甲のために攻撃が阻まれ、効果がなかったらしい。

 もし今右舷側から突っ込んでくるあの物体が、先日彼らを襲った物体だとすると、小型の宝珠による弾幕では効果が薄いだろう。

 だが大型ドラゴンに埋め込まれていた宝珠とは違い、艦船には艦載の大出力魔導炉をその動力源とすることにより強力な魔法攻撃を撃つことのできる大型の宝珠も搭載されている。

 

 例の物体の迎撃には力不足かもしれないが、当たれば軌道をそらすなり、海面下へと脱落させるなど一定の効果が見込めた。

 故に各艦の射手たちは、精一杯に狙いを定める。

 

 しかし、それらの見込めるであろう効果は魔法が当たって初めて発揮されるもの。

 高速で移動する物体にはまるで当たらない。

 

 

「ああっ! 『エーデル』が!!」

 

 

 戦列艦エンペネの乗員は悲劇を目撃する。

 暴風雨のごとき密度と勢いで打ち上げられる対空魔法。

 

 それらをものともせずに敵飛翔物体は、魔王軍の航空母艦『エーデル』に襲いかかった。

 航空母艦エーデル直上へと差し掛かるや、無数の白く光輝く矢が射出され、飛行甲板に駐騎していたドラゴンたちへと襲いかかる。

 

 

 ドラゴンは航空力学に頼らず、魔法の力で空を舞う。

 魔法で重力に逆らい、魔法で空戦機動を行い、魔法の攻撃で敵ドラゴンを撃墜する。

 

 ドラゴンというのは大飯喰らいの生体航空兵器なのだ。

 故にドラゴンが空中でその魔力を欠乏すれば墜落は免れない。このような事態を防ぐため、またドラゴンの戦闘行動半径を増大させるため、そして飛行を終えたドラゴンを再度飛行させるまでの時間を短縮するため、様々な方法が研究され、そして実用化された。

 

 その中でも最も有用なものが血を用いた方法である。

 鉱山より産出される魔石、それを一度気体にし、精製したものを特殊な溶媒に溶解し、それをドラゴンにまるで注射のように投与するというものだった。

 

 この方法はほかの方法より迅速にドラゴンの魔力を回復することが可能で、国籍を問わず竜騎士団で広く採用され、この世界のスタンダードと化していた。

 もちろん魔王軍も同様の手法でドラゴンを運用していた。

 

 つまりドラゴンの血液は魔石より抽出した成分が高濃度で溶け込んだ代物。

 それ故に僅かな火種でもあれば直ぐさま発火し、空母内での取り扱いは細心の注意を払って行う必要がある。

 

 そして航空母艦エーデルの飛行甲板上で飛び立つのを今か今かと待ちわびていた各ドラゴンの血は魔力を豊富に含んでおり、そこに『モンスの天使』により放たれた爆発性の矢が襲いかかる。

 

 『モンスの天使』の矢の爆発力は、謎の飛翔物体がヒルネム隷下の王都爆撃部隊に対して用いたときよりも強化されていた。

 

 甲板上で発艦を待っていたドラゴンは、矢の爆発によりその尽くが吹き飛ばされ、薙ぎ払われる。

 ドラゴンの体表面がズタズタに引き裂かれ、体内を循環していた高魔力血液が漏れ出した。

 そして高熱と衝撃にさらされ、爆発的な反応を起こす。

 出現した火球は、比較的外傷の軽微だったドラゴンを飲み込んでいく。

 

 航空母艦エーデル艦上に猛烈な閃光が走り、飛行甲板は火の海と化した。

 

 

「おのれ!! よくも空母を!!」

 

 

戦列艦エンペネの艦長は燃え盛る空母を睨み付け忌々しげに言葉を漏らす。

しかし、事態は待ってくれない。

 

「右90度、水平線上に新たな敵騎!!」

 

 艦の見張り員が絶叫する。

 報告にあった角度に視線を向けると、先ほど空母エーデルを火達磨にした謎の飛翔物、それと全く同じ姿をした物体が、海面をはねるようにして向かってきていた。

 

 

(くっ……これでは防ぎ切れん! 相手が速すぎる!!)

 

 

 基本的に航空戦力に対空砲火というのは非常に当たりにくい。

 時速にして数百キロの速度で、三次元空間を自由自在に飛行するドラゴンに対しての攻撃。それより遙かに遅い速度で、しかも平面を移動することしかない艦船や陸上目標を狙うのと比べ、その難易度は著しく高い。

 相手の諸元を計算し、対空攻撃を統一指揮する高射指揮装置の導入や直接攻撃が命中せずとも、発射から設定時間後に魔法攻撃を周囲にばらまく機構を魔法に組み込むことで、ドラゴンへの対空砲火の命中率は飛躍的に上昇した。

 しかし、たった一発の命中を得るのに放つ魔法の数は千発を超えるのだ。

 これは人類圏よりも高精度な魔導演算装置を持つ魔王軍でもそう大差はない。

 

 そもそも 対空砲火というのはスナイパーのように、狙い澄ました一撃必殺の弾丸を撃ち込むものではない。

 魔王軍が魔法攻撃を効率的に投射するために使用する宝珠というのは、ある種の工業製品であり、当然その工作精度には、一定のばらつきが存在する。

 そして、それは空中を軽快に機動するドラゴンを撃ち落とすという場面においては、無視できない差となって現れてくる。

 

 それに風力や温度、宝珠が据えられた艦自体の運動や宝珠の魔導回路の摩耗などといった環境の違いも存在する。

 宝珠から一度魔法攻撃を撃ったとして、その後すぐに全く同じ方向を指向させて攻撃を行っても、その魔法攻撃が先と全く同じ位置で炸裂することなど、まずありはしない。

 

 また演算装置が目標の諸元を計算するといっても、ドラゴンもまた思考する頭脳を載せているのだ。計算したのと全く同じ軌道を取ることなどありはしない。

 尤も演算装置を含めた管制システム無しでの命中など期待できないし、管制システムの性能が高性能であれば、あるほどいいのだが。

 

 

 故に対空砲火というのはスナイパーの心構えで行われるものではない。

 

 演算装置が計算した敵が未来において存在であろう位置の周囲に、あらんかぎりの攻撃をばらまいて弾幕を張り、運良く敵が攻撃に絡め取られるかを期待するものなのだ。

 たかが一門の砲では何もできないのだ。

 

 それに対空砲火ほどではないが、空から移動する艦船を狙い撃つというのも相当に難しく、それなりの練度が必要となる。

 攻撃のためにあまりに明け透けな軌道で飛べば、それこそ演算装置が計算したとおりのルートで飛行することになり、撃墜されるリスクも当然上昇する。

 だから艦船側も対空砲火が命中せずとも、対艦攻撃用ドラゴンの攻撃を妨害することが可能なのだ。

 

 

 だが、今この場合においてはあまりに無力であった。

 確固たる決意を持ち、猛烈な速度でもって突貫してくる敵飛翔物体。

 それを撃墜するには魔王軍は力不足すぎた。

 

 このまま続けていれば、やがては敵飛翔物への命中弾は出るかもしれない。

 しかし、それまで一体どれだけ時間がかかる?

 一体どれだけの船が犠牲になる?

 この一瞬で空母が一つ戦闘能力を喪失した。

 あの様では、洋上での修復など不可能だ。

 

 沈没はもしかしたら避けられるかもしれないが、港まで回航して、時間をかけた修理を行う必要がある。

 しかし、それは敵を追い払い、何者の邪魔も受けず消火活動と曳航が行える場合だ。

 そもそも、敵をすべて落としきれるのか?

 

「くそぉ……」

 

 戦列艦エンペネの艦長には明るいビジョンがまるで浮かばない。 

 だが艦の指揮官として狼狽える訳にはいかない。

 指揮官の動揺は、部下に伝播するのだ。

 

 そうなれば艦の戦闘能力が低下するため、動揺は見せてはならない。

 絶望的な状況でこそ、努めて勇敢に振る舞わなければならないのだ。

 そう自分を叱咤激励し、鼓舞していた。

 その時であった。

 

 

「艦長!旗艦より通信です! ナゴン様より法術支援が来ます!」

 

「おお!有り難い!!」

 

 

 見やれば、戦列艦エンペネをはじめ、魔王軍の戦列艦や巡洋艦、フリゲートといった戦闘艦艇のメインマストが青く輝き始めていた。戦闘に支障が出るほどの眩さは無いが、力強さを感じさせる輝きだった。

 

 そしてメインマストの直上に、立体映像のような巨大な魔法陣が展開される。

 一つの巨大な球状の魔法陣を中心として、その周囲に無数の魔法陣がまるで衛星のように展開されていた。

 それが多数の軍艦の真上にて形成されていた。

 通信ではない、四天王ナゴンによる念話(テレパシー)が艦隊に響く。

 

 

『さぁ、全艦対空戦闘ぉ!!』

 

 

次の瞬間、艦隊の頭上に展開された無数の魔法陣から、迫り来る飛行物体たちへ向かって激しい光弾の嵐が放たれる。先ほどまでに四天王ナゴンによる法術支援抜きで放たれる攻撃も苛烈なものではあったが、今行われているそれを嵐とすれば、先までのものは小雨に過ぎないように思えた。

 四天王ナゴンによる法術支援とは、主力艦のマストを巨大な魔法の杖に変貌させ、各艦の上空に魔法陣を展開し、ナゴンにより統一管制された強烈な砲火を放つというものだ。

 

 艦頭上に展開された魔法陣には、魔力波探信儀(マジック・レーダー)と同様の仕組みではあるが、より波長の短い魔力波を輻射、より精度の高い相手の諸元を入手し、その情報を元に火器管制を行う術式が仕込まれたものが含まれている。尤も一部は今まで通りの光学的な照準が行われるが。

 

 しかも、今回は対空砲火というだけあって、放たれる魔法攻撃にも魔力波を飛ばす仕掛けが組み込まれていた。接触や時限式ではなく、魔法攻撃が敵の近くにいくだけで、魔力波が敵を捉えて、魔法攻撃が敵の近傍で炸裂するのだ。ナゴンがマジック・ヒューズと名付けた仕掛けだった。

 

 魔王軍の機動部隊が人類圏の航空戦力を圧倒するまで、魔王軍艦隊の最後にして最強の盾として働いてきた無敵の防空網。それをたやすく突破するのは、魔王軍ですら不可能とされた。

 

 

 それが…いとも簡単に破られる。

 

「ダメです! 対空砲火、まるであたりません!!」

 

「ナゼだ!何故当たらん!!!」

 

 魔法陣から放たれる濃密な弾幕を飛翔物体は鮮やかにすり抜ける。

 対空魔法は目標を正確に照準できていないのだ。

 また炸裂の位置も目標とは離れていた。

 

 

(海面のノイズか!!)

 

 

 冷静に考えれば訳もないことだった。

 魔力波探信儀(マジック・レーダー)及びナゴンの魔法は、魔力波を輻射している。

 そして、それが何かに当たって反射したものを検知することで相手の位置を掴んでいる。

 これは水平面より上方であれば何の問題もないのだが、水平面以下に対して魔力波を飛ばすと、海面が飛ばした魔力波をすべて反射し正常に作動しなくなる。

 

 正体不明の飛翔物体は海面20メートルにも満たない超低空を跳ねながら魔王軍の艦船を狙っていた。

 正確に探知できないのは当然だった。

 

「ああ………!!!」

 

 

 副長が口をあんぐりと開け、呆然とした様子で嘆く。

 正体不明の飛翔物、もといパンジャンドラムの分身体はナゴンによる濃密にして苛烈極まる対空砲火をものともせずに海面を走り抜け、空母へとその刃を向けた。副長に遅れて左舷を見やれば、火だるまになった巨艦が一隻から二隻へとその数を倍増させていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

王国攻略艦隊 旗艦

 

 

『空母エーダーゼーより通信! 注排水限界突破、ダメージコントロール不能とのこと!!まもなく転覆します!』

 

『戦列艦リスターより入電。『我、航行ノ自由ヲ失エリ。我、航行ノ自由ヲ失エリ』』

 

 

 戦闘開始から2時間近くが経過しようとしていた。

 ナゴンの座乗する魔王軍の王国攻略艦隊旗艦には、椀子蕎麦どころか、処理しきれないほどの損害報告が届けられる。

 14隻あった航空母艦はその全てが戦闘能力を喪失し、3隻は既に海面下に没していた。

 それ以外の艦で未だに戦闘能力を維持しているのは半数程度しかない。

 王国攻略艦隊は壊滅状態だった。

 

 

「ぐっ…………!!!! おのれ…おのれぇ……!!!!!」

 

 

 ナゴンはその端正な顔を真っ赤にし、今にも憤死しそうな形相で呪詛を吐く。

 

 

 (今からでも撤退したほうがいいかな?)

 

 

 ナゴンは顎に手を当て思考を巡らせる。

 

 魔王様は、作戦の失敗に対しては異常に厳しい。

 すでに艦隊は半数が航行不能か沈没、主力である航空母艦も大半が航行不能となっており、未だに戦闘が続くこの状況では、更に被害は増し、空母は一隻も持って帰れないだろう。

 

 作戦を中止し、しかも相手に損害らしい損害を与えることなく、無意味にこれだけの艦船と人員を消耗したのだ。

 私の更迭は免れないだろう。物理的に首が飛ぶ可能性すらある。

 

 

 (だけど、この作戦は既に破綻している!)

 

 

 すでに作戦は破綻し、遂行不可能であることが判断できる程度にナゴンは冷静であった。

 破綻した作戦を無理に推し進めるべきではない

 仮にこのまま王国へとの進撃を命じれば、さらに損害は増え続ける。

 運良く王国に接近できたとして何ができるというのだ?

 

 王国にたどり着く頃には空母は沈み、砲力もわずかしか残っていないだろう。

 傷だらけの艦隊だ。

 

 あの飛翔物体と王国の同時攻撃を受けることになる。

 王国が如何に戦力をすり減らしているとはいえ、あまりに無謀な攻撃。

 やる意味などない。

 

 ならば、己の立場を犠牲にしてでも艦を魔王軍の占領地域まで返さねばならない。

 熟練した乗員ならば比較的短時間で用意できるが、艦船は用意するのにもっと時間がかかる。

 人類では艦船より熟練した乗員を用意する方が時間がかかるが、魔王軍は魔族の特性のために逆であった。

 

 ナゴンは部下に撤退を命じるべく、その口を開こうとした。

 だが、できなかった。

 

 

 見敵必殺というやつである

 

 見逃される筈などない。

 見逃される理由などない。

 見逃されることなど決してない。

 

 

『本艦正面に敵飛翔物体!!!!!』

 

 

「え……?」

 

 ドラゴンや飛行ゴーレムなどの航空戦力から放たれる攻撃が、自分に直撃するかどうかを把握するのはそこまで難しくない。

 自分に向かって来るときは、一つの点が徐々に大きくなっていくように見えるのだ。

 それはまるで長い針を針先から見つめるようなもので、生理的な嫌悪感を抱いてしまう。

 

 そして丁度目の前から迫ってくる飛翔物体(パンジャンドラム)は、一つの点のように見えた。

 これまで感じたことのない本能的な、生命の危機を感じさせる恐怖がナゴンを襲う。

 

 「ひっ!」

 

 

 四天王ナゴンは魔法で結界を張ったり、部下に何かを命じたりすることもなく、その細い腕で思わず顔面を覆った。

 だが、ナゴン本体自体の耐久力は、人間の、それも特に魔力を持たない一般人とそう大差はない。

 

 パンジャンドラムが生み出した分身体、そのうち一体は、魔王軍の王国攻略艦隊を構成する船を多数沈めた後、航空母艦に次ぐ排水量を誇る艦隊旗艦、その籠状マストのような形状をした艦橋の頂部に直撃し、巨大な爆炎を生み出した。

 

 艦橋に詰めていた幕僚たちは、痛みを感じるまもなく高温の業火にその体を焼かれた。

 船体そのものを破壊されなかった旗艦の甲板や海面に、爆砕された構造物やついさっきまで生きていた者の残骸が落下していく。

 

 その中には、ダイヤモンドのような大きな宝珠や、焼け焦げたフリルのついた服が含まれていた……

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

第二帝国跡地 旧ルーキ市

 

 かつて栄華を誇った第二帝国の軍港は魔王軍の手に落ちていた。

 魔王軍の海上戦力は、王国攻略作戦のためにこの港から出撃しており、港には魔王軍の旗を掲げた軍艦や輸送船が停泊しているが、その数は少ない。

 

 王国攻略作戦は魔王軍が実行した揚陸作戦の中でも最大のものであり、そのための物資を集約するために、一度は徹底的に破壊したルーキ市のインフラは魔王軍の手により再建が成され、一大軍事都市として再興していた。尤も再建はかつての住民を使った過酷な強制労働の賜物ではあるのだが。

 

 そんな多くの人の犠牲によって作られた町。

 その港近くにある大理石でできた建物には、四天王旗が掲揚されている。 

 

 

『第八艦隊は何処にありや、全世界は知らんと欲す』

 

 

「ダメです。全く応答がありません」

 

「そうですか……本当に全滅してしまったのですかね?あまり考えたくはないのですけどね」

 

 

 部下からの報告に、眼窩に緑色の炎を宿した水晶骸骨が応じる。

 その体には肉は一切なく、水晶でできた人骨が服を着て立っているように見える。

 彼女は、魔王軍の四天王の一角、スオードである。

 

 

 彼女は王国攻略艦隊からの通信が途絶えて以降、ずっとその応答を求める無線を発していた。

 王国攻略艦隊からは敵襲により艦隊が大損害を受けているという旨の通信が大量に届けられていた。

 

 一見してそれらは要領を得ないものではあったが、通信で報告される敵飛翔物体の特徴は、先日ヒルネムの部隊を壊滅させたという物体に対して生き残りのパスファインダー乗員が述べたものと酷似していた。

 

 (この短時間で我々にこれだけの損害を……。由々しき事態ですね……)

 

 四天王スオードは頭を抱える。

 想定などしていなかった新たな敵の出現。

 それも四天王二人とそれが指揮する部隊をこの短期間で葬るほどの戦闘能力を有するのだ。

 

 あとは痩せ細った王国を倒してゲームセットといったところに、戦略を根本から見直す必要が出てきたらしい。

 面倒なことこの上ない。

 

 そう窓の外を見ながら思案しているとき、不自然なものが見えた。

 それは一見、何の変哲もない魔王軍のフリゲートに見えた。 

 今は夜間未明であるが、港湾に設置された照空魔導灯(サーチライト)によりその姿は照らされてよく見えた

 

 

「あのフリゲートは何ですか?」

 

「我が軍の軍艦旗を掲げていますし、普通に我々のフリゲートでは? ですが、今こちらへと軍艦が回航されるなどという話は聞いていま…」

 

 

 部下の魔族がその先を言うことはなかった。

 

 眼前で照らされた魔王軍のものであったハズのフリゲート。

 その艦影がグニャリと揺らぐ。

 

 

「幻影魔法ですか!!」

 

 

 木製であったはずの船体が、鋼鉄でできた灰色の姿へと変わっていく。

 艦上には帆の張られたマストはなく、代わりに箱のような物体や小さな塔のようなものが多数屹立していた。

 小さな塔の一部からは、何か筒のようなものが生え、船体中央の一際高く大きな塔からは黒煙が立ち上っている。

 

 艦上にあるものは何に使うのかよくわからない装置ばかりであり、不気味な船であった。

 そしてそのマストには今まで見たことのない旗が掲げられている。

 

 四天王スオードは人類圏の海軍が使う旗、艦艇をすべて記憶していた。

 だが、いくら記憶を振り返ってもあのような旗や軍艦を使っている国など覚えがなかった。

 

 しかしわざわざ幻影魔法で己の姿を偽装し、ここまでやってきたのだ。

 ヒルネムやナゴンを襲ったものと姿は違う。だが間違いなく敵だ。

 魔王軍以外を全て敵と定義しているので、味方ではないということは敵ということである。

 

 四天王スオードの考えと、沿岸に据えられた宝珠を用いた魔法砲台の射手たちの考えは同じだった。

 

 沿岸の魔法砲台が轟然と射撃を開始し、その砲撃は放物線を描き、海面にいくつもの水柱が発生する。

 砲撃は徐々に精度をあげ、敵への命中弾も出始めるが、敵は止まらない。

 艦上から立ち上る黒煙の勢いを一層あげ、増速しながらこちらへと向かってくる。

 

 そしてついには港の乾ドックの水門に突入し、乗り上げた。

 次の瞬間、謎の艦艇の右舷側に閃光が生じる。

 

 その閃光は高速回転する物体から生じているらしく、それはまるで光の球のようになって港を駆けていく。

 港にいた魔族たちがその進撃に巻き込まれ、轢き逃げされ、跳ね飛ばされていく。

 

 一体どれだけの速度が出て行くのだろうか?

 その光の球はあっという間に地平線の彼方に行って見えなくなってしまった。

 未明とはいえ起きて警戒していた魔族はいたが、対応する暇もなかった。

 

 

 それからというもの、謎の艦艇にも動きはないようなので、襲撃への対応が開始された。

 四天王スオードは庁舎の会議室にて報告を受ける。 

 

「…損害はほとんどないようですね………」

 

「生じた被害は乾ドックの水門に軽微な損傷と、警備兵と工員に死傷者が20名程度だけですからね」

 

 襲撃の派手さの割には、魔王軍が被った被害はほとんどないに等しかった。

 

 物的な被害はドックの水門に多少の損傷が生じたぐらいで、すぐに修復が可能だった。

 人的な被害も死者や重傷者が出たものの、その数は少なかった。

 

 

 どうやらあの光の球は魔王様が居城を構える旧第二帝国の帝都ヴェアリーンに向かっていったようだが、既に中央への報告は完了している。

 そして損害も軽微となれば、話題は港に残された謎の艦艇に移っていく。

 

 

「しかしスオード様、港に残されたあの船は如何いたしましょう? あの発光物体を射出してからまるで動きがありません。調査員を派遣していますが船内には人っ子一人おりません。」

 

「ああ、あれですか。詳細の調査は日が昇ってから行いましょう。今はどうやら壊滅したらしい王国攻略艦隊への対応もありますし、この暗闇ではまともに調査もできません。調査には私も加わります」

 

 

 その後の議題はスオードの言ったとおり、王国攻略艦隊や発光物体に関するものへと移ったが、それらへの対応に関しては、日が昇ってから対策会議を改めて開くということで、この会議はお開きとなった。

 

 こうして彼らの運命は決定した。

 当然だが、件の艦艇の正体は、パンジャンドラムが召喚した精霊のうち一体だった。

 しかし、その精霊は所業から連想される、かつてフランスのサン・ナゼール港を強襲したタウン級駆逐艦の一隻ではなかった。

 船体に描かれたペナント・ナンバーは『K271』

 精霊の正体はリバー級フリゲート『プリム』であった。

 

 

 

 その日の正午、ルーキ市にTNT爆薬25キロトンに相当する『ハリケーン』が吹き荒れた。

 地上に太陽の如き閃光が生じ、文字通り身を焼かんばかりの熱線、続いて超音速の衝撃波が来襲する。

 四天王スオードや同市に駐留していた魔王軍、収容所で強制労働を強いられていた人類圏の捕虜。

 この日、この時間、この場所にいた全ての命は平等に死が与えられた。

 

 

 

 

*1
前々話参照。超高性能ファンタジー空中聴音機




暇潰しに書いているのでクオリティと投稿頻度には期待しないでください……
しかもチャスタイズ作戦のはずがビスマルク海の米軍みたいになってしまったし……




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔界首都

 旧第二帝国 帝都ヴェアリーン跡地

 

 

 かつてこの世界において二番目の国力を誇り、王国と覇権を巡って幾度となく衝突を繰り返した国家があった。

 

 その名を第二帝国。

 

 帝国は王国との度重なる軍事的衝突の最中勃発した『世界戦争』と呼ばれる大戦争にて、王国とその同盟国に対し自らが率いる愉快な仲間たちと共に直接対決を挑んだが、屈辱的な講和条約を飲まされてしまった。

 

 国家としての存続こそ許されたものの、海外領土は全てが放棄させられ、本国の領土も多く削られた。これに加えて膨大な賠償金、極端な軍備制限が課された。

 

 

 特に最後の軍備制限は致命的で、後の魔王降誕騒動では第二帝国は魔王軍に対して有効な抵抗ができなかった。その国土は蹂躙され尽くし、第二帝国は帝都に残存兵力を結集させ最後の抵抗を行ったが、それも魔王軍の圧倒的な兵力によって捻り潰されて帝都は陥落し、国家として完全に消滅してしまった。

 

 その第二帝国の帝都であった都市ヴェアリーンは、第二帝国に残った最後の抵抗拠点として第二帝国陸軍と魔王軍の間で激しい市街戦が展開された。苛烈な砲爆撃に晒された町並みは徹底的に破壊された。敵の防衛側の拠点を陥落させるためには、攻略側は相手の三倍の兵力が必要と言われるが、ヴェアリーン市街戦では三倍を遙かに超える戦力が投じられ、第二帝国軍は早々に壊乱した。

 旧帝都には敗残兵も残っていたが、指揮系統も補給も存在しない組織的な戦闘能力を喪失した彼らの抵抗など、高が知れたものであり掃討の完了までそうはかからなかった。

 

 

 斯くして、第二帝国は地図上から消滅し、その首都である世界に冠たる大都市ヴェアリーンは無"人"地帯と成り果てたのだが、代わりに新たな住民を迎え入れていた。

 その住民とは第二帝国を滅ぼした張本人たる魔族である。

 

 彼らの長である魔王は、何を思ったか熾烈な市街戦のために荒廃した帝都ヴェアリーンを、魔王国の首都として定め、その復旧を命じたのだ。

 

 魔王国は魔王を行政府の長とする国であり、魔王軍はその国軍ということになっている。その人民として認められるのは魔族のみであり、人間は家畜扱いである。なお国と名乗ってはいるが、魔族は魔王に対する隷従せよというプログラムが本能に刻まれている以上、国家かどうかすら怪しい存在なのだが。

 

 こうして、ヴェアリーンの再建計画が動きだしたのだが、すぐに大きな障害が生じた。

 ヴェアリーン市街戦が行われている頃になると魔王軍による一連の騒動を、所詮は魔物の氾濫という災害として捉え、憎き第二帝国が苦しんでいるのを見て悦に入っていた周辺諸国も流石に事態の異常さに気づき始めていたのだ。

 

 腐っても第二帝国は並の中小国よりは強力な軍備を持っていた。

 当の第二帝国も最初は魔王軍を魔物の軍勢に毛の生えたものとして捉え(都市一つが陥落しているのに、想定が甘すぎるとも言える)、序盤では戦力の逐次投入という愚策を犯したが、それから体制を立て直して迎え撃った第二帝国の正規軍が敗北したというのは、周辺諸国に強烈なメッセージとなった。

 彼らは魔王軍を国防上の明確な脅威として動員を開始した。

 

 

 これに魔王軍首脳部は大いに頭を悩ませた。

 魔王軍は第二帝国を圧倒することこそできたが、それは何度も言っているように第二帝国が先の世界戦争の敗北で呑まされた講和条約により、その軍備が著しく制限されているためであった。

 

 これに対して第二帝国の周辺国は、世界戦争を引き起こし、国土を蹂躙した第二帝国に対する警戒を完全には解いてはおらず、中でも『共和国』や『連邦』は強力な軍事力を有していた。

 この二つの大国以外の第二帝国に軍事力で劣る中小国や零細国家も、その戦力を糾合すれば、それなりの脅威となり得た。

 

 これらと正面から向き合えば魔王軍の戦力を大きく削られることは間違いない。そうなれば魔王の野望である世界征服計画の大幅な遅延は確実であった。

 

 

 よって諸国の中でも強力な力を持つ『共和国』が攻勢の準備を整える前に、急襲し、制圧することが決定された。『共和国』以外にも大国は存在するが、それは本土が海の向こうであったり、動員が遅れるだろうと考えられた。

 そのため『共和国』との戦線に魔王軍の主力を投じて早期に陥落させ、海を挟んだ大国、即ち『王国』の戦力の展開を不可能とするのだ。『連邦』による攻勢も予想されるが、これが始まる前に共和国を破った兵力を移動させて『連邦』を叩けばいいとされ、実際そのように魔王軍は行動した。

 

 

 このような作戦を立てることからもわかるように、この頃の魔王軍の戦力にはあまり余力がなかった。

 

 魔族はこの世に生まれ落ちた瞬間から、魔王への絶対隷従を定められており、魔族の数=魔王軍の戦力となる。

 しかし魔王軍も軍隊というだけあって、正面戦力の他にも後方支援部門が必要であり、一時的とはいえ複数の戦線を構え、大国である『共和国』を破るためには、魔王軍の戦力はギリギリ、もしくは足りないぐらいであった。

 

 そのため全ての魔族を戦線と銃後での支援に使う必要があるため、帝都の復旧作業には使えない。

 だが問題はない。

 当時はタダで使える労働力(旧第二帝国臣民)が腐るほどあったのだ。

 使わない手はなかった。

 

 勿論その労働環境は劣悪そのものであり、バタバタと人が倒れていっているが、所詮は魔王軍が周辺諸国を併呑するまでのつなぎである。正確には共和国軍を粉砕し、二正面作戦を強いられる心配が無くなるまで持てばいい、と考えられていたため問題は(魔王軍にとっては)何も無かった。

 

 

 そして作戦通り魔王軍が共和国を電撃戦で打ち破ると、魔王軍は動員が遅れていた他国への対処のため転進したが、これにより大きな戦線が一つ消滅したため、魔王軍側には余力が生じ、ヴェアリーンの復旧にはこれまで強制労働をさせていた第二帝国の臣民に加え、魔族も加わり復興作業は加速された。

 

 正確には復旧というより、新たな都の建設にこの頃から工事の目的は変質していた。

 ヴェアリーンは、たかだか世界の一地域を支配する列強の首都であった頃から、雑多で醜い建築物がまるで無秩序に立ち並んでおり、都市として洗練されていないと言われていた。

 それを焼き直しただけでは、いずれはこの星の全土をその版図とする大帝国の首都たり得るだろうか? 否、たり得るわけがない。

 

 この今は亡き老帝国の都は、魔王国によって世界の首都として政治・経済・文化の中心となるのだ。それに相応しい機能と規模を持った都市に生まれ変わらなければならない。

 

 前々から構想の進められていた都市改造計画は即座に承認され、それに従った工事が始まった。議会や法律などの民主主義国家ならあるものが機能していない魔王国らしい超スピードである。

 

 その傍らで、魔王軍は陸続きの国々に連戦連勝、次々と打ち破っていった。

 この世界で主だった大国は、そのほとんどが第二帝国が存在した大陸にあり、例外というと王国くらいなものである。

 この大陸の外にあるのはこれら大国の海外領土や、弱小な国々ばかりであり、大陸が魔王軍に席巻されれば、世界征服はほぼ達成されたと言っていい。

 

 尤もその王国も共和国に増援として送られていた大陸派遣軍が共和国諸共魔王軍により殲滅されたことで陸上兵力は崩壊していた。

 大陸との間には海という天然の要害が存在し、魔王軍が開戦初期においてはまともな海上戦力を持たなかったこともあり、大陸で魔王軍が暴れ回っている間も大型ドラゴンによる空襲に対しての対処くらいしかなく、比較的平和な状況であった。

 

 だが戦争の中期頃になると、魔王軍は海魔の群狼戦術による王国のシーレーンへの攻撃を本格化させる一方で、多数の空母を擁する機動部隊を作り上げ、それをもって王国海軍を壊滅させていった。

 これに加え、王国各都市には大型ドラゴンの大編隊による絨毯爆撃が連日行われ、王国の航空戦力や生産力は削ぎ落とされていった。

 

 結果王国の戦力や資源、食料の備蓄は底が見え始め、旧ルーキ市にはどう見ても王国上陸を企図した魔王軍の戦力や物資が集積され始めるという有様だった。

 

 王国の地上兵力は今に至るまでに回復したとは言い難く、魔王軍が王国に上陸すれば、鎧袖一触とばかりに蹴散らされるだろう。

 王国攻略の暁には、魔王はヴェアリーンの名前を『魔界首都パンデモニア』と改め、我らこそが世界を征服する覇者であり、パンデモニアこそが世界を支配する魔族たちの首都であると示すのだ。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 そのヴェアリーンの一角にある豪奢な建物、魔王官邸とも呼ばれる建物、その一室に"それ"はいた。真っ暗闇が人を象ったものが、仕立てのよい椅子に腰掛けていた。その闇は光を反射を一切しないもので、星の世界に存在するとされる極めて強力な重力のため光すらも脱出できないという牢獄のような大質量天体を思わせた。

 

 しかし勿論、それは天体ではない。

 

 心臓を拍動させ、呼吸をし、思考し、地に二本の足をついて動く生命体。

 十二年前、第二帝国の都市ミルヘンに生まれ落ち、その後は帝国とその周辺諸国を次々と併呑し、その民を隷属させていった魔族の最高指揮官。魔王である。

 

 類い希なる指揮能力と組織運用能力、そして奇術の如き戦術によって列強に数えられるような国々を討ち取っていた彼、あるいは彼女は通信機を手に怒鳴り散らしていた。

 

 

「直ちに報告せよ! 救援軍(第十二軍)の先頭は今どこにいる!?」

 

「攻撃の再開はいつからだ!?」

 

「第九軍の所在と進撃方向を伝えろ!!」

 

 

 魔王国……もとい魔王軍の占領地域では、重大な問題が発生していた。

 

 王国が大反抗作戦を開始したらしく、それにより魔王軍が短期間のうちに大損害を被っているということに全ては端を発する。

 

 ことの始まりはおよそ二週間前、ヒルネムが行った王国への空爆作戦からだった。この空爆は、ナゴンによる王国上陸作戦への支援の一環として立案されたものだった。

 ヒルネム率いる大型ドラゴンの編隊は、爆撃の命中率を上げるために、低空での爆撃を行っていたが、既に王国の航空戦力は一連の航空戦でその大部分が失われ、対空魔法などというものはバカみたいに当たらないものなので、爆撃部隊への損害などほぼ考えられなかった。

 

 それが壊滅したのだ。

 損耗率は驚異の9割越え、指揮官である四天王ヒルネムもMIAと相成った。

 

 これに加えその翌日に飛び込んできたのは、四天王ナゴンが司令官を務める王国攻略艦隊の全滅の報。

 それも組織が戦闘能力を失う全滅ではなく、文字通りの全滅である。フリゲートの一隻すら残さず沈められた。

 

 この情報に魔王軍統合参謀本部が脳震盪のような衝撃を受け混乱しているなか、更なる悲劇の報が舞い込む。

 

 

 軍港都市ルーキの消滅である。

 かつて第二帝国の主力艦隊が母港としていた町であったルーキ市は、第二帝国軍と魔王軍の地上戦により少なくないダメージを受けていた。

 その後魔王軍が海の向こうへと兵力を展開するために、再整備がなされ、魔王軍占領地域最大の要港として機能していた。

 

 殲滅された四天王ナゴン旗下の王国攻略艦隊もこの港から出撃している。

 

 

 それが消滅したらしいという連絡が入ってきたのだ。

 空爆や艦砲射撃、侵入した特殊コマンド部隊による破壊工作を受けたというのではなく、消滅したという要領の得ないものである。しかも「らしい」だのという不正確さのおまけ付きである。

 

 それもこれも、その消滅したとされる時間を境に、ルーキ市との一切の通信が途絶しており正確な情報が入ってこないからだった。

 よって情報はルーキ市近郊に展開する魔王軍から手に入れるよりほかないが、入ってくる情報が、

 

 

『地上に太陽が出現した』

『ルーキ市の方から一瞬の閃光が走ったと思ったら、地獄の業火のような爆風が出現した』

『町の方からは天を貫く巨大な茸雲が立ち上っていた』

 

 

 だのというもので、まるで状況がわからなかった。

 

 ルーキ市には四天王の一角であるスオードが腰を据えていたが、今日に至るまで一切の連絡はない。

 ヴェアリーンに届く断片的な情報から、ルーキ市の壊滅は確実視されており、スオードは同市と運命をともにしたと考えられた。

 

 

 これだけでも発狂ものの大損害であるが、まだよかった。

 戦略爆撃用の大型ドラゴン部隊とその搭乗員にしろ、隻数にして1000を超える王国攻略艦隊とそれに輸送されていた陸上部隊にしろ、どうやら文字通り吹き飛んだらしい軍港とそこに集約されていた戦力にしろ、悲観的に見積もっても5年程度で再建が可能である。

 

 これらを率いていた四天王たちに関しては残念ではあるが、それらを含めても人類にほぼ戦力らしい戦力が残っていない現状では、多少の質の低下や軍が削られようが許容範囲である。

 

 問題は、どこからかこれらの情報が漏れ出し、占領地域でのパルチザン活動が活発化しているのだ。物資集積所には火炎瓶が投げ込まれ、鉄道は脱線し、飛行場のドラゴンが殺害される。

 既に主だった大国を全て屈従させ、王国を含めた人類圏の全兵力を糾合させようと遠く及ばない兵力を持つ魔王軍にとっては些細なことではある。

 

 然りとて看過することはできぬ。

 

 このような者たちが出てこないよう魔王軍特別行動隊が存在したはずだが、全く何をやっているのやら。

 

 駐留する魔王軍の規模の少ない一部の小都市はこららパルチザンに掌握されたりもしていた。

 蜂起の中には地下に潜伏していた魔王軍に滅ぼされた国の軍人が指揮を執っているらしいものもあり、それなりに立派な装備を持っていることもあって、魔王軍の後方警備部隊で相手取るのは少々厳しかった。

 

 そこで軍主力をぶつけることになったが、魔王軍地上兵力からは相当数が王国攻略艦隊に引き抜かれていたことや、大国らしい大国が消滅したことで魔王軍が規模を縮小させ始めていたこともあり、大陸に残された兵力は未だに残る戦線に投じられているものと要衝の防備のために動かせないものばかりであった。

 

 仕方なく大陸前線の予備兵力から一部を引き抜き、これらパルチザンの掃討にあたらせることにしたが、巨大な組織の行動には時間がかかるもの。それも当初想定すらしていなかったものとなれば尚更である。

 

 おかげでパルチザンがその活動領域を拡大させているが、規模や装備もパルチザンにしては良いものを持っているだけで魔王軍のそれと比べるまでもなく貧相だ。

  

 

 故にその命運も魔王軍の部隊が到着するまでだろう。

 

 

 などと思っていたら、大陸に残った中小国どもが、こちらの動きを感づいたのか攻勢に打って出てきたため、魔王軍大陸前線部隊も混乱に襲われた。

 こちらは事態収束の目処は立ちつつあるそうだが、大国を落してからは戦術レベルですら連戦連勝だったことや、上述の魔王軍の戦力が割で計れるような損害を受けたこともあって、魔王は気が立っていた。

 

 

「第十二軍第二十軍団の先頭の所在は………」

 

 

 だから前線部隊からの報告に苛立ちを隠す余裕もなく、現在の状況を報告させていた。

 だがその直後、魔王は思わず口を止めてしまった。

 

 

 

 ヴェアリーンを南北に縦貫する大通りと東西を横断する大通りとが丁字に交わる地点。

 そこには『伏魔殿』と名付けられた巨大な建物が存在した。

 コリント式の列柱や大きなドームを持つそれは、魔王国の国会議事堂として建てられた新古典主義風味の建物である。

 

 現在魔王国では魔王の専政が行われており、魔族は魔王に対して絶対の服従を誓っているため、議会は機能していない。

 だが魔王もまた自身を、命に限りある生物の枠に捕らわれた存在であると直感しており、魔王亡き後は魔族たちが魔王国を運営していかなければならない。

 そのために伏魔殿は建てられたのだ。

 

 今はただのオブジェに過ぎないが、やがては世界から魔族の代表たちが集い、議論の場となる。

 魔王軍の四天王最後の一人ベアマンは、魔王により後継者として指名されており、そこでごっこ遊びと一部魔族からは皮肉られるが、未来のために議会の運用の練習をしていた。

 

 

 それが吹き飛んだ。

 

 

 官邸の魔王の執務室からも目にできた伏魔殿。

 そこから目の眩むような強烈な閃光が走り、直後に議事堂が木っ端みじんに爆発する。

 建物の直下、基礎部分が突如として爆ぜて、荘厳な殿堂が崩れ去る。

 かつてイギリスでは火薬陰謀事件などという未遂に終わった議会爆破計画があったが、規模では比べものにならないだろう

 議事堂を跡形もなく粉砕した衝撃波は、そのままヴェアリーン市街へと雪崩れ込む。

 町の硝子という硝子が割れ、固定されていないものはその尽くが吹き飛び、爆発で破壊された無数の建物の破片が超音速の弾丸となって飛翔し、往来の魔族たちを貫いていく。

 

 思わず目も覆いたくなるような酸鼻極まる光景が戦線から遠く離れた都に出現するが、それに対して魔王が何かしらの思考をする余裕は無かった

 

 魔王官邸の方へ、伏魔殿の一部であったであろう巨大な石材が飛んできていたのだ。このまま何もしなければ官邸はあの石材で大きく損傷するだろう。

 

(まぁ、させんがな…)

 

 魔王は何もない空中に手を掲げるると、どこからともなく現れた真っ黒な闇、そうとしか形容のできない無数の真っ黒な球体が魔王の正面に集まり、棒のような形となった。

 

 

 

 魔剣『ヴンダーヴァッフェ』

 

 

 全長にして2メートル以上はあるその大剣は、魔王の体と同じく全く光を反射しない。

 それは魔王が第二帝国に生まれ落ちた瞬間から手にしていた魔剣であり、恐るべき魔力を秘めている。

 魔王軍が軍隊と呼べるような程の勢力でなかった頃に魔王が振るい、第二帝国が擁した高位の魔導師を打ち破った剣である。

 

 初代四天王が任命され、魔王軍が統率のとれた組織として機能し始めてからは魔王は軍の最高指揮官として前線に赴くことも少なくなり、自ずと振るうこともなくなっていった。

 魔王にとってこの大剣は自らの半身であり、誰かに貸すこともなかった。

 

 

 だが今回図らずも使う機会ができた。

 久方ぶりに愛剣を構えると、人型の闇は飛来する瓦礫を一瞥すると剣を振るった。

 

 闇の力を凝縮した禍々しい剣が豪速で振るわれ、その軌道から黒い斬撃が生じた。

 その斬撃は官邸の壁を切り裂き、飛翔する石材へと一直線に向かっていって……切り裂いた。

 

 真っ二つに両断された瓦礫は、その軌道を変えて官邸の庭と水路へと落ちていった。

 

 

(うむ……やはり鈍っているな)

 

 

 その気になれば、あの程度の岩塊、真っ二つどころか完全に消滅させることすら可能だったはずだ。

 出来なかったのは、咄嗟の事態に慌てて、反射的に斬撃を放ったからに過ぎない。

 長らく戦場に出ることもなく、後方で事務仕事ばかりしていて腕や勘が鈍ってしまっていた。

 仕方ないとはいえ自らの力量が落ちていた、その事実魔王は思わず気を落とした。

 

(致し方ないこととはいえ、やはり来るものがあるな……ん!?)

 

 

 砂塵の中から不意を突くように放たれた光の矢を魔剣ヴンダーヴァッフェで切断する。

 攻撃の行われた方位に視線を向けると、炎をその身から吹き出す巨大な二つの円環を持った、ボビン状の物体が猛烈な速度で向かってきていた……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

地獄変

ジャンルがファンタジーになってるし、本格的にファンタジーします。


 

 旧第二帝国帝都/現魔王軍(国)首都 ヴェアリーン

 

 港湾都市ルーキより魔王軍占領地域に侵入したパンジャンドラムは、帝都周囲の厳重な警備を地下を進むことで躱していた。

 英仏海峡に穿たれ、今も多くの列車が往来するドーバー・トンネル。それを採掘したシールドマシンを優に上回る速度で、旧第二帝国の大地を掘り進んだのだ。そしてその日の当たらぬ旅路の終着点と定めた魔王国の議事堂である伏魔殿直下で多数の分身体を一斉に自爆させ、都市に甚大な被害をもたらした。

 

 市街には建物の一部だったレンガや木材、石材などがバラバラになって散乱し、庁舎や家屋は屋根や窓が爆風によって吹き飛ばされた。悲鳴や怒号、助けを呼ぶ声などを綯い交ぜにした恐ろしい混声合唱が町の至る所で響いていた。それらの一部は、どうも倒壊した建物の瓦礫の下にその音源があるようであった。

 

 

 この酸鼻極まる光景を生み出した自走式爆雷の本体は、爆発により生じたクレーターから飛び出した。その向かう先は、この世界に十二年前に現れ、世界を席巻した異型の軍勢『魔王軍』、その総大将たる魔王である。

 砂塵を背にして、その身に括り付けられた無数のロケットから全力で火を噴かせ、己を徹甲爆弾として突撃する。

 

 

「そんな明け透けな攻撃を、この私が大人しく食らうとでも思っているのかね?」

 

 

 魔王は、その身の丈ほどもある自身の体と同じ漆黒の魔剣『ヴンダーヴァッフェ』の剣先をパンジャンドラムへと指向し、その剣先を中心として、同心円状に複雑な魔方陣を複数展開した。その数、実に八。

 魔方陣は一瞬強く発光すると、そこから光り輝く球体が出現する。

 七色の光、目のくらむような強い光を纏った八つの真球である。

 

 

「消し飛べ」

 

 

 次の瞬間、それら球体たちは先端の尖った空気抵抗の少なそうな形状に姿を変える。直径38センチ、風防のついた徹甲弾のような形状だ。それを秒速820メートルという超高速で天へと打ち出した。

 これは魔王の膨大な魔力を質量へと変換、それを単純に高速で打ち出すという至極単純な攻撃である。だが放たれる魔力の塊は質量換算で800キログラムに相当し、それが音速の2倍超の速度で放たれるのだ。その威力は、超弩級戦艦の主砲一斉射にも匹敵する。だが、精度は遙かに上回る。

 

 

 先ほど伏魔殿の破片を消し飛ばした斬撃が児戯としか思えないような破壊の一撃。油断さえしていなければこの規模の魔法を容易く発動する存在、それが魔王である。

 

 このような攻撃を至近距離から食らえば、いくら魔王軍四天王の面々を葬ってきたパンジャンドラムと言えど、無事では済まない。

 推力の向きを偏向し、その軌道を僅かにずらして回避を試みる。

 

 その魔王が放った8発の魔力弾。

 それらは一見して動じに放たれたかのように見えたが、実際はコンマ数秒という僅かな時間ずらされて放たれていた。

 

 それは魔力弾がもし真に同時に投射されていれば、つけた狙いからズレてしまうからだ。

 これは魔力弾が放たれる場所があまりに近すぎた場合、魔力の砲弾が相互に干渉し、軌道に悪影響を与えるのだ。

 故に、コンマ数秒という僅かな差をつけて放たれる。

 

 魔王の放つ魔力弾の初速は毎秒820メートル。

 発射に、ほんの少しの時間差をつけるだけで、魔力弾は互いに十二分な距離をとることができ、互いに影響を与えることがなくなるからだ。

   

 

 これを回避する。

 彼あるいは彼女の高い推力重量比を持つロケットには推力偏向装置が備えられていた。それらは一斉に噴射方向を変更し、数百メートルの間隔をおいて迫る八発の破壊の砲弾の射線軸から逃れるのだ。

 

 だが、魔王の放った魔力弾はただの純粋な運動エネルギー弾のようなものではなく、榴弾様のものではあるが、かといって触発あるいは時限式のものでも無かった。

 

 飛翔する魔力弾が魔力波を輻射し、魔力弾が目標に近接すると爆発する手の込んだ仕掛けが仕込まれていた。四天王ナゴンが用いたマジック・ヒューズと同様の仕組みだ。

 そのため本来ならば、アニメ染みた紙一重の回避など無意味。

 そして、今から飛来する魔力弾、そのすべてから満足な距離をとることなど不可能であった。

 

 

 「なっ…!!」

 

 

 これに対し、パンジャンドラムは単純明快な回答を提示した。

 マジック・ヒューズとて、目標を検知し、それから起爆し、炸裂により魔力弾の外殻が破片効果の要領で飛び散り、目標に到達するまでは一定の時間差が存在する。

 これら時間は、想定された目標の速度を元に適切に調整され、効果的な範囲で魔力弾が炸裂することを可能とする。

 

 故に、()()()()()()()()()()()()()()()()()であれば、()()()()()()()()()()()

 

 ロケットの推力を一気に上昇させて、急加速。 

 目の眩むような輝きを放つ噴射装置は、パンジャンドラムに音を置き去りにする速度を与えた。

  

 

 飛来する8発の魔力弾の合間を縫うようにして回避する。そして一直線に吶喊し、魔力波に捉えられてから、魔力弾が起爆するまでのタイム・ラグの間に、弾片の散布界を駆け抜ける。

 捉えるべき目標が通過してから遅まきに魔力弾が炸裂する。その様は、ひどく間抜けに見えた。

 

 速度をそのままに、魔王の立っている場所、官邸の一角に巨大な金属塊が突き刺さった。

 

 衝撃とともに建物に大穴が穿たれ、それを構成していた石材が砕け散る。

 だが、どうにも様子がおかしかった。

 穿孔散らばるのは、木材、石材、壊れた機械……バラバラになった魔王の執務室に備えられていた調度品や通信装置の残骸こそあれど、そこに魔王の姿は無かった。

 

 

 「よそ見していていいのかな?」

 

 

 パンジャンドラムは、いつのまにか頭上を陣取っていた魔王への反応が遅れた。

 先ほど挽き潰したのは魔王ではなく、魔王が幻影魔法により生み出した魔王の幻影であった。

 戦艦主砲に匹敵する魔力弾に対してパンジャンドラムが回避行動に入った僅かな隙をつき、幻影と入れ替わっていたのだ。

 

 上空へと飛び上がった魔王は、大剣を振り上げていた。

 金よりも重い比重の物質で構成された魔剣。それを己の体の一部であるかのように操り、魔力を込めてパンジャンドラム目がけて振り下ろす。

 

 そして空中に小さな結界を張り、それを足場として蹴り飛ばし、急降下する。

 

 衝突の後、パンジャンドラムの推進用ロケットは一度燃焼を止めていた。今からでは回避は間に合わないだろう。

 

 だが魔王の刃が目標へ突き立てられることはなかった。

 

 

 攻撃態勢に入った魔王へ新たなパンジャンドラムが突撃を仕掛けてきたためであった。

 パンジャンドラムが魔王への突撃に前おいて、遊撃のため後方に留め置いていた分身体であった。

 それが本体の危機に際し、自爆攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

 

 「くっ…!!」

 

 

 これを魔王は、勢いそのままに、分身体を切り裂くことにした。

 再び空中に結界を展開し、それを蹴り飛ばすことで更に加速する。

 

 次の瞬間には金属と金属とが搗ち合う音が帝都に木霊した。

 

 

 パンジャンドラムは分身体というだけあって、オリジナルよりその戦闘能力は大きく劣っているらしかった。それに相対するのは魔王軍最高の実力者である。

 

 魔剣『ヴンダーヴァッフェ』は、分身体のボビンで言うところの糸を巻く円筒状の部位を一文字に切り裂いた。

 

 両断された車輪の合間を、魔王が通り過ぎる。

 分身体は遅まきながら、爆発するが、『遅まき』過ぎた。

 

 背後の叩ききった自走爆雷の分身体と己の体の間に、淡い輝きを帯びた半透明の光の幕が形成される。無論、その正体は魔王の結界だ。

 

 

 だが、その性質はつい先ほど魔王が使ったものとは仕様が微妙に異なっていた。 

 あの結界は、踏み台として蹴飛ばし、加速することを目的としていたため、結界の使用者を展開する中心としたものではなく、何もない空中の指定座標に固定して展開するものだった。ちなみに燃費という側面では後者は劣悪極まり、この世界で戦闘に際して、それも咄嗟に使えるようなものとなるとほとんどいない。

 

 勿論、この世界で魔法の使用の燃料とも言うべき魔力を湯水のごとく使用でき、繊細な操作にも優れる魔王は、簡単に使用できた。しかし、今回使ったのは前者の結界。術者を中心として展開する方のものであった。

 

 

「ぬぅっ…!!」

 

 

 結界の向こう側で、分身体が炸裂する。

 パンジャンドラムが本来ドイツ軍が築いていた『太平洋の壁』と呼ばれる沿岸要塞線の破壊を企図しており、2トン近い爆薬を搭載することになっていたと言われているが、分身体の爆発の規模は、その程度のものではなかった。

 解き放たれたエネルギーが生み出した爆炎は、グランドスラム(10トン爆弾)を大きく凌駕するもの。いったい中に何が詰まっていたというのだろうか?電子励起爆薬の類いだろうか?

 

 

 閑話休題。

 

 魔王の張った結界は、この恐るべき破壊の暴風にも耐えて見せた。

 そして爆発のエネルギーを運動エネルギーに変換し、魔王へと与える。

 これが魔王の狙いであった。

 

 特定空間に結界を展開するのではなく、己を中心として展開することで、相手の攻撃によって生じた爆風を己の攻撃へと繋げる。

 分身体の切断によりわずかに速度は落ちたが、これにより加速がなされた。

 そのまま官邸に突き刺さった金属塊へと突撃するが、

 

 

「やはり、そう簡単にはいかぬか」

 

 

 地上に留まっていたパンジャンドラムは、その両面に魔法陣を展開、そこから上空の魔王に対して『モンスの天使』による邀撃を行うと同時に、車輪の噴射装置を一斉点火した。

 噴射炎を見るからに強力で、ほぼ完全に静止していたパンジャンドラムを急加速させ、官邸跡から離れさせようとしていた。

 魔王の予想よりその動きは軽やかで、大剣の間合いには収められそうになかった。今の速度では速すぎて空中に結界で足場を形成し、進路を修正することも叶いそうになかった。

 

 

(思ったより軽快な動きをする…加速距離を取り過ぎたか……)

 

 

 光の矢を切り払いながら直接攻撃が不可能と悟った魔王は、込めた魔力を散らさぬように大剣の向きを変えながら、官邸の残骸に着地する。

 

 

「ハァッ!!!」

 

 

 大剣を横薙ぎに振るい、横一文字の斬撃を放つ。

 生じた斬撃は、遁走する大車輪を追い縋る。

 

 だがこれを、パンジャンドラムはバンクして回避、斬撃はそのまま飛んでいって、帝都の景観には不釣り合いな塔へと飛んでいった。

 そしてこの巨塔を真っ二つにした。

 自らを支持するものを失った上半分が不気味な音を建てながらずり落ちていく。

 

 

「高射砲塔が落ちてくるぞ!!!」

「た、退避!!!!! 逃げろぉ!」

 

 

 付近にいた魔族たちが頭上から落ちてくるコンクリートの塊から逃げるために一斉に走り出す。

 この塔は、まだ魔王軍の航空戦力が貧弱な頃に帝都防空のために高射魔法を放つ砲台として建設された高射砲塔である。竹筋コンクリートと幾重もの防御魔法をかけられ、航空攻撃ではまず撃破できないほどの堅牢さを持った建築物であった。

 尤も、完成する頃には帝都に満足な爆撃を行えるような勢力はどこにもなかったのだが。

 

 本来期待された役割を果たす機会も今後ありそうになく、明らかに無骨で帝都の景観を破壊するものだったのだが、一応戦時中扱いであるため破壊するわけにもいかず放置されていたのだが、今回魔王の攻撃に巻き込まれ大破と相成った。

 

 崩壊に巻き込まれ、多くの魔族が命を落としたが、そんなことを気にかける余裕は今の魔王にはない。

 

 斬撃より逃れたパンジャンドラムが、大回りして再びこちらへと舞い戻ってきたためだ。

 建物の上スレスレを飛行し、猛烈な速度でもって突撃してくる。

 振り抜いた魔剣『ヴンダーヴァッフェ』を構え直し、魔王は金属塊を迎え撃つ。

 

 

「はぁぁぁっ!!!」

 

 

異世界の自走式爆雷と魔王の漆黒の魔剣が激突する。

両者の力は拮抗し、その間には激しい火花が飛び散る。

 

魔王は大剣を振り払うと同時に後方へと跳ぶが、そこに再びパンジャンドラムが突進し、再度つばぜり合いの様相となる。

 

 

(軽いな…やはり上空からの加速なしでは奴に力負けすることはあるまい…)

 

 

 魔王は推進剤を激しく燃やし、回転する金属塊の猛攻を受けつつ、そのような革新を抱きつつあった。

 パンジャンドラムはその図体と攻撃方法のために小回りがほとんど聞かない。戦略爆撃用の大型ドラゴンや、軍船を相手とするならともかく、魔王は人間の範疇に収まる程度の大きさでしかない。そして、そんな小さなサイズであるのに、それらを超える攻撃能力と防御力を持つ恐るべき生命体なのだ。それをわずかな加速で踏み潰すのは不可能に近い。

 

 異型の王は、両腕に一層の力を込め、突進するパンジャンドラムを大剣で上方へと跳ね上げる。 

 

 そして振り抜いた魔剣『ヴンダーヴァッフェ』を構え直し、大地を踏み抜き、大通りを駛走するパンジャンドラムを追撃する。ついに漆黒の魔剣が回転する金属塊を捉えた。大剣の切っ先が片方の車輪を切り裂き、その表面塗装に僅かな切り傷を作る。

 

 

(どうやら臂力と瞬発力では私の方に分がある。このまま押せば……ん?)

 

 

 だが、この競り合いで相手側も、魔王と同じように自分の力の不足を悟ったらしかった。

 パンジャンドラムはその車輪の両側に魔方陣を展開、白く光り輝く矢を魔王に対して射出しながら、距離を取り始めた。

 

 

 魔王もこれを追うべく大剣を右へ左へと振りまわし、光の矢を切断しながら走りぬく。

 切断された矢は、その制御を失いあさっての方向へと飛んでいき小規模な爆発を起こした。

 だが、この動作により魔王の足取りは遅れ、パンジャンドラムと距離を取られる。

 

 

(やはり本土で地上戦などというのはやるものではないな……付随被害が多すぎる……急がざるを得ぬか……)

 

 

 魔王は自らへと飛来する全て矢を切り裂くのを止めて、そのまま突撃することを選択した。

 

 彼あるいは彼女は結界抜きでも、火力を犠牲にして重防御を確保したことでで知られるKGV級戦艦(二代目の方)の司令塔に匹敵する防御力を誇る。この司令塔とは、()()の戦艦では分厚い装甲が施される部分であり、KGV級は改装後の旧式の15インチ砲搭載の艦よりは厚い装甲を持っている。それだけの防御力があるのだ*1

 この程度の攻撃なら、その身体に深刻なダメージを与えることなどできない。

 

 

 故に爆発で足を取られたり、速度を減殺するような矢だけに狙いを絞って両断し、パンジャンドラムを追って、メインストリートを疾走する。

 そして矢を放ちながら逃げるパンジャンドラムまで距離50メートル程まで接近すると、両手で構えていた魔剣『ヴンダーヴァッフェ』を片手に持たせ、あいたもう一方の手のひらを前方へと向けた。

 

 

「逃がさん! 『龍の歯』!!!」

 

 

 前方の大地が変形てできた無数の鋭利な土の槍が石畳を穿ち、パンジャンドラム目掛けて伸びて行く。

 

 土の槍は、パンジャンドラムの進路の先にも伸びており、そのまま進めば貫かれてしまうだろう。

 パンジャンドラムはこれを躱すため、バウンドするような動作をする。そして迫る槍をから上空へと逃れ高度をとっていく。

 

 

「フッ! 愚か者め、かかったな!!!」

 

 

 表情すら窺えぬ人型の闇の顔に、笑みが浮かんだような気がした。

 

*1
ちなみに海軍休日頃から、英海軍は戦艦に重装甲の司令塔はいらないと判断しており、重装甲を持つ司令塔を撤去したり、装甲も巡洋艦程度の砲撃を耐えられる程度の厚みに削ったりしている。だって誰も司令塔で指揮しないからね。






戦闘描写というのは本当に難しいですね
躍動感のある戦闘シーンを想起させる他作者様の技量には本当に脱帽します

ちなみに多分次で終わります


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。