Superstar-Z (星宇海)
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第1章 再来の巨人
第1話 変わらぬ朝


お久しぶりです。はじめましての方ははじめまして。
今回からスーパースターとZのクロスを書いていこうと思います。過去作を読んでくれた方にも、今作が初めてという方にも楽しんで頂けるように頑張ります。


 

 

 子どもの頃は今でも覚えている。ごく普通に遊んで、ごく普通に暮らしていた。

 

 でも……あの時だけはどの時代よりも鮮明に覚えている。ある日突如として現れ、瞬く間にテレビの一面を覆った怪獣たち。ヤツらがいとも簡単に街を壊していく様子。その惨状を見ていた俺を、母さんはいつも抱きしめてくれた。俺が怯えていると思ったんだろう。けれど決まって俺が見ていたのは怪獣じゃない。そんな怪獣と戦う巨大な異星人の背中だ。

 

 どんなに倒れても立ち上がるその姿に……俺は憧れていたのかもしれない。その背中が、どこか父さんにも似ていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「はあ……なーにがウルトラマンのようになりたいだよ。何もこんな時に思い出さなくてもいいのに」

 

 カーテンの隙間から太陽の眩しい光が顔を照らす。眩しさと眠気で瞼が重い。それでも口だけは元気なようだ。

 部屋の中で1人、ベッドに横たわりながら夏空(ナツゾラ)(ハジメ)は起床して早々に溜息を吐いた。

 

「始~、早くきなさい~」

「はいはい、今行きますよ~っと」

 

 居間から聞こえてくる母の声に動かされ、始はノロノロと身支度を開始する。カーテンを開けると、彼の心情とは真逆に清々しい青空が広がっていた。「お天道様は今日もご機嫌ですね」などと嫌味を言ってやろうかとも思ったが、大人げない気がしたので喉元辺りまで来ていたそれをどうにかして飲み込んだ。

 

「……」

 

 部屋の隅に丸まっている小さな胴着には目もくれず、淡々と制服姿に着替えていく。制服に身を包んだのは今日で2度目。記念すべき第1回目は父親に見せた時だ。

 

「……よし」

 

 鏡で取り敢えずチェックし、リュックをもって自分の部屋を後にする。結んだネクタイがちょっぴりキツい。

 

 

 

 

 

「おはよう、母さん」

「おはよう。始、入学早々遅刻する気?」

「そんなんじゃないよ」

 

 母早紀(サキ)は朝食を食べている最中だ。そんなに焦って食べてたら咽るだろと呑気な思考を巡らせつつ、始も座ってトーストに齧りつく。

 

「ごめん始、私もう行くから。お皿洗って、出る時は鍵閉めていってね」

「俺も子どもじゃないんだから、そんなことくらいわかってるよ」

「私にとってはまだまだ子どもよ。あとそのすかした態度、似合ってないわよ~」

「……うるさいよ」

 

 始の反論ですら、早紀は笑って受け止めていた。

 

「それじゃ、本当に行くからね~」

 

 母の言葉に、始は手を振るだけで答える。扉の閉まる音が聞こえた後、彼はマグカップを持ちながら先程から流れているテレビに目を向ける。しかし特段面白い話題もなかったため朝食を胃に流し込み、先ほど母に言われた諸々を済ませる。

 

「父さん、行ってくるよ」

 

 そして最後に、父(マサル)の写真に言葉をかけて家を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 外に出れば活気あふれる音が鼓膜を震わす。街を歩けば誰もが楽しそうで、街角ではモデルが撮影をしている。そして路上パフォーマーの音楽がBGMのように鳴り響く。始としてはうるさくなく、むしろ心地よい。こうしていられることが、何よりも()()()()()()()()()()であるからだ。

 

「10年か……」

 

 街行く人々と同じように歩みながら、始は呟く。

 

 光の巨人、ウルトラマンが地球を去ってから10年の月日が流れた。

 当時はウルトラマンがいなくなり騒然となったことを覚えている。あらゆるメディアが「ウルトラマンの行方」「ウルトラマンはどこへ?」といった見出しやテロップで世の中を埋め尽くしていた。加えて、「ウルトラマンは我々を見捨てた」「ずっと守ってくれると思ったのに裏切られた」などと人々の声があったことも誰もが知っている。

 

 結局、自分たちにとって都合が悪くなってしまえば、幾度も守ってくれた命の恩人にすら牙を向けてしまうのだ。しかし、そんな彼ら彼女らの批判を否定しきれるほど、世の中は平和ではない。

 

『先日都内に現れた巨大怪獣は、ビートル隊日本支部所属対怪獣特殊空挺機甲隊……通称STORAGE(ストレイジ)によって討伐されました。その結果、被害を受けた近隣の建造物について、STORAGEの栗山長官はこのように述べています』

『えー、今回の怪獣討伐にて被害を受けてしまった近隣住民の皆様────』

 

 街頭モニターではテレビキャスターの報道の後、すぐさま記者会見の様子が映される。

 

 そう。今も尚、地球は怪獣や宇宙人の被害に晒され続けている。あらゆる場所から怪獣が現れ、人類の築いた文明を瓦礫の山に変えている。地上は勿論のこと、海や空にでも怪獣は姿を現している。さらには宇宙から飛来してくるなんてものも珍しくない。宇宙人だって、コソ泥の如く人々に悪事を働いている。そんな増加していく怪獣災害、宇宙人被害に対処するため、10年前に発足したのがVersatile Tactical Lerder。通称ビートル隊だ。ウルトラマンが去った後も彼らが戦いを続けている。

 

 だが人という生き物はあらゆる環境に適応する。怪獣が現れるかもしれないという不安を抱きつつも日常生活を送るし、怪獣の被害を伝えていた街頭モニターに目を向ける者だって始を含めて数人しかいなかった。それくらい、世界は怪獣や宇宙人という存在を受け入れている。

 

「……」

 

 言葉に出来ない複雑な感情を抱きつつ、始はモニターを見つめていた。すると

 

「……っ!?」

 

 気付いた時には視線が地面に向けられていた。左肩や太ももの辺りが痛い。ぶつかったのかなと考える暇なく地面に倒れ込んでしまった。

 

「ああ!? す、すみません!!」

「痛ぅ~、気をつけろよな……ってかのん!?」

「え、始くん!?」

 

 ぶつかってきた相手は、どうやら始のよく知っている人物のようだ。

 




初回なのでこの辺で。


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第2話 それぞれの世界

「なんて体たらくだよ! こんなんだからSTORAGE(ウチ)は予算が減らされるんだよぉぉぉ!!」

 

 都内から遠く離れた位置に建設されたストレイジ統合基地の中に、怒号が響き渡る。

 声の主はストレイジ長官である栗山。被害における中継記者会見の疲れや、これから来るであろう予算難のせいで声が荒げてしまっているのだ。

 

「すみません長官!」

「すみませんでした!」

 

 頭を下げるのは()()()()()である中嶋(ナカシマ)晶子(ショウコ)。そして隊長の青影(アオカゲ)正太(ショウタ)である。

 彼女らが何故頭を下げているのか。それは怪獣を対峙する際に、周辺のビルを何棟か倒してしまったからだ。怪獣よりも人々を守る組織が街を破壊していたら本末転倒……ということだ。

 

「晶子も反省しているようです。今回はこれくらいで良いでしょう」

「大体ね、キミがそうやって甘やかすから……イテテテ……」

「長官、これどーぞ」

「え、なにこれ?」

「お腹にも優しいドリンクですよ。それ飲んで落ち着いてください」

 

 あらゆるストレスからか、長官はいつも胃を痛めている。そんな彼にドリンクを差し出したのは太田(オオタ)結衣(ユイ)。ここストレイジで怪獣の分析などを行っている。

 

「あ、これおいしいよ。ありがと……じゃなくて!! まあいいや。今後気をつけるように!!! いいね!!!! 頼んだよ?」

 

 長官が作戦室を後にし残った3人は息を吐く。長官を前にすると緊張するし、今回は完全にこちら側のミスだった。今は申し訳なさでいっぱいだった。

 

「本当にすみませんでした!」

「いいっていいって。今回相手したゴメスは18mで小柄だったし、セブンガーで相手するのはちょっとキツそうだったもんね」

「ああ。それに、いくらこっちがミスしたからって、ビートル隊()よりも被害を食い止めた件数は多い。多少は大目に見てくれる」

 

 増加していく怪獣災害や宇宙人被害に対処するため発足したビートル隊。彼らはウルトラマンの去った世の中で急速に勢力を拡大させていった。そんな中、日本支部だけは変わった方向へと進化していくことになる。ロボット兵器を主力とした派生部隊が誕生したのだ。それが対怪獣特殊空挺機甲隊である。航空戦力が充実しているのになぜ設立されたのかは諸説あり、「日本と言えばロボットでしょ」という誰かの一声、またはウルトラマンのような人型兵器を求める声があったからなどが囁かれている理由だ。

 

 当初は日本支部から邪魔な者を追いやるための島流し、窓際部隊としてあまり期待はされていなかった。隊長である青影正太は組織にあれこれ意見をしすぎていたため、隊長職を与えて追いやられたのが真相であるし、中嶋晶子もやや突っ込みすぎる性格が組織に馴染まずここへ飛ばされてきた。太田結衣に至っては性格が一歩間違えればマッドサイエンティストのそれであったため異動となった過去を持つ。

 

 しかし状況はストレイジに味方した。対怪獣特殊空挺機甲……通称特空機と呼ばれる対怪獣用ロボット兵器”対怪獣特殊空挺機甲1号機 セブンガー”によって多くの怪獣を討伐。条約あれこれで出撃が遅いと言われるビートル隊()よりも高い評価を得たのだ。

 

「で、ですよ────「けど、命を守るために街を壊していい訳じゃない。そこで生活する人々のことも考慮しておけ? いいな」

「了解」

「よし。じゃあ瓦礫の撤去任務、行ってこい!」

 

 反省の念を見せていればそれ以上は追及しないし、掘り返さない。

 正太は笑顔を見せると晶子に次の任務を言い渡す。彼からの新たな指令に、晶子は「了解」と返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「おい、どこに向かってるんだよ!!」

「わかんないよ!」

 

 始は今、社会人や学生でごった返している街中を全力疾走している。それも目の前でオレンジ色の髪を風に靡かせながら走る少女”澁谷(シブヤ)かのん”に手を引かれているからだ。

 ぶつかった後に互いを認識して数秒、かのんが発したのは「なんでもいいから取り敢えず一緒にきて」という言葉だった。走りながら状況を聞くと、どうやら歌っていたところを聞かれ、中国語で迫られたので逃げてきたらしい。

 

「その子の話聞いてやれよ!」

「私、中国語わかんなよ!?」

「フィーリングでなんとかしろって!」

 

 始の言葉が風に乗って流れていく。けれど、今更言っても仕方のないことではあるが。

 

 走って走って、2人は街角に止めてあった乗用車の後ろに身を隠す。顔半分を覗かせれば、肩で息をしているグレージュのボブカットにした女子生徒がいた。どうやらかのんと同じ()()()の制服を着ているようだ。

 

「あれ……どこに……」

「あの子?」

「うん……」

 

 かのんとは異なり、始は全くの他人だ。そんな奴がこそこそと覗き見るような真似をしているのはいかがなものかと彼自身思うところがある。けれど下手に出ていくわけにもいかず、ここはその女子生徒が去るまで大人しくしているしかない。

 

「よし、いったぞ」

「……なんかごめんね。朝から巻き込んじゃって」

「いや別にいいよ」

 

 その後、始は何を話そうか迷っていた。一般的なのは今日から新生活がスタートする訳だし、ここで「その制服、似合ってるね」とでも言えば話を始めるのには困らない。だが彼女の場合、その言葉は禁句にも等しいだろう。本来であればかのんは、普通科の制服を着る訳ではなかったのだから。

 

「何してるの?」

「「うわっ!?」」

 

 すると横からとある人物が話しかけてくる。びっくりはしたが話題にも困っていたし、彼女が天らからの救いにも思えた。

 

「ちぃちゃん!?」

「千砂都!?」

「ういっす!」

 

 白い髪を団子状に結んだ少女。彼女は”(アラシ)千砂都(チサト)”。かのんや始とは幼馴染という関係である。

 

「むこうに変な子がいて」

「変な子……かどうかは知らないけど、その子から逃げて隠れてたんだよ」

「へ~、朝から大変だね」

「ほんとだよ、まったく」

 

 目の前で会話する千砂都とかのん、そして始は同じ高校に通うことになっている。しかし、千砂都の制服だけデザインが異なっている。男女によるデザインの違いは置いとき、具体的に言えばかのんと始のトップスが青いブレザーなのに対し、千砂都のトップスは白いブレザーなのだ。

 

「音楽科の制服、かっこいいね」

「えへへ」

「せっかく合格したんだから頑張らないとね、ダンス」

 

 今から通う結ヶ咲高等学校は普通科と音楽科に別れており、制服によって通っている科の区別を図っている。かのんが言ったように、千砂都は音楽科を選択し見事受かったのだった。

 

「かのんちゃんも歌、続けるんでしょ?」

 

 千砂都の問いに、かのんはすぐさま答えられなかった。それもこれも、かのんに起こった過去の出来事が関係している。

 

 もともと、かのんは歌が得意だった。彼女の歌は同級生からも評判であり、まさしく誰もを魅了する歌声だった。けれど小学校の発表会、彼女は歌うことが出来なかった。目の前に広がる大勢の視線。会場の独特の雰囲気。それらが彼女に圧をかけた。声を出そうにも出ない。出そうとすればするほど舌が痙攣したように動かなくなる。終いには視界がブラックアウト。そして気付けばベッドの上……という結末になってしまったのだ。それからというもの、かのんは人前で歌うことが出来なくなってしまった。結ヶ丘の受験の時もそうだ。当初は音楽科志望で臨んだ。しかし受験の際、歌を発表することになったのだが発表会の時と同じく……。そのため、かのんは普通科に通うことになったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「受験前に言ったでしょ? 合格しなかったら最後にするって。だから、ここで新しいことを始めるのもいいかなって。もう歌は諦めるって」

 

 かのんは高校入学を機に、新しいことを始めることも検討しているようだった。

 

「でも……私はかのんちゃんの歌、聴いていたいけどな。始くんだってそうでしょ?」

「……ああ」

 

 その言葉を聞いて、かのんは表情を曇らせる。

 

 さらに同じくして表情を曇らせていたのは始。彼もかのんの歌を聴いていたいという思いは千砂都と同じ。だが、彼も彼で少し後ろめたさを感じていた。

 かのんが歌えなかった発表会の後日、始は彼女にこう言ったのだった。「元気出して。次は必ず上手くいく」と。後に始は酷く後悔した。随分と無責任で身勝手な言葉を吐いたなと。だって”上手くいった次”などなかったのだから。自分のかけた言葉のせいで、彼女をより苦しめる結果になってしまっているのではないかと。そんな自責の念に駆られており、始は強く言えずにいるのだった。

 

「そ、そうだ。始くんは何か新しい事するの?」

 

 するとこの雰囲気を変えるため、かのんは始に話題を振った。

 

「始くんだったら色々できるんじゃない?」

「俺? いや……まだ何も決めてないよ」

「空手、もう一度やってみるとかは? 私好きだったよ。始くんの空手」

「空手は……もうやらないかな」

「そっか。残念だな」

 

 始も空手習っていたのだがある時を境にやめてしまった過去を持っている。再度、高校でやるという気もないことを伝えると、千砂都は残念がっていた。

 

「あ、オカルト研究部にでも入ろっかな」

「あるの?」

「さあ?」

「適当なこと言わないでよー!」

 

 そんな会話をしつつ、3人は校門をくぐっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 入学式を終え、普通科の教室に戻れば簡単な自己紹介の時間が待っていた。知り合いが同じクラスにいない始も、流れに乗って簡単に紹介を済ませる。こういった場面で人気者になろうとして爆死し、3年間窓だけを見て過ごす、或いは机に突っ伏して生徒間の談笑に耳を傾けるなどといった状態にならないように注意を払った結果である。

 

「結ヶ丘はもともと神宮音楽学校という名前だったって先ほど理事長が言っていました────」

 

 教壇に立った先生が話を始める。

 この結ヶ丘は神宮音楽学校の伝統を引き継ぐ新設校だ。つまり、今教室にいる始たちが記念すべき一期生ということにもなる。しかしそんな一期生でもある始は先生の話を聞き流し、窓の外に広がる景色を眺めていた。例え一期生だとしても、普通科には特に誇らしいものでもないからだ。

 

「皆さんには、この地に根付く音楽の歴史を引き継いでほしいのです。音楽科に注目が集まってしまうかもしれませんが、普通科の皆さんでも出来ることは沢山ある筈です」

 

 この学校では音楽に力を入れており、何よりも音楽科がその恩恵を受けている。音楽に力を入れている訳だし、当然と言えば当然だが。

 そんな伝統を受け継ごうと、音楽で何を成そうとする立派な志を持って入学した生徒たちと違い、単に家から近かったからと入学を決めた始には、先生の言葉が刺さる。

 

(特空機……)

 

 若干の居心地の悪さを抱えつつ、窓の外を見ていた始。すると瓦礫撤去の任を受け、空を飛翔するセブンガーを見かけるのだった。

 

 入学式、自己紹介、簡単なHRだけで今日は放課となった。ここから部活動見学をしても良いが、今日は気分ではない。明日から見て回ろうとし、玄関口へと歩を進める。

 

「スバラシイコエノヒト~!」

「怖い怖い怖い~~!!!」

 

 中庭では朝の様にかのんが追いかけられていたが、彼女自身が話をつけるべきだろう。心の中で謝罪し、始は見つからないようにして帰宅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 地球から遥か遠く。漆黒のキャンバスに浮かぶ数々の光。静寂が支配する宇宙空間で、ひと際眩しい閃光がはじける。

 炎を突っ切り、宇宙を翔けるのは巨大な鮫型の怪獣だった。背中からのジェット噴射によって推力を得ているらしくかなり速い。ヤツの名は【狂暴宇宙鮫(キョウボウウチュウザメ)ゲネガーグ】。()()()()を奪って逃走している最中だ。

 

 するとゲネガーグの側面から、またある者が激突する。青と銀が特徴的な体で、胸元では水晶体が光り輝いている異星人だった。宇宙鮫に幾度か殴り掛かるものの、これといったダメージを与えられていない。それどころか、攻撃を仕掛けた異星人が逆に攻撃を貰っている。けれども諦めずに喰らい付く異星人。強力な顎を抑え、頭部に手刀を繰り出す。

 頭部から光の刃を投擲してダメージを与える異星人へ、仕返しとばかりに背中と側面から拡散光弾を放った。急な攻撃に対応しきれない異星人は立ち尽くす。

 

「セリャッ!!」

 

 怪獣との間に光が乱入。と同時に迫る光弾を全て防いでみせた。青いマントを翻すのは、青と赤の体を持ち、頭部に鋭い刃を備えた戦士だった。

 

「危ねぇから手出すなっつったろ」

「また半人前扱いして。俺だって宇宙警備隊ですよ? 師匠」

 

 どうやら2人は師弟関係にあるようだ。状況を整理すると、師匠の言いつけを守らずに弟子が追いかけていた……というところだろうか。

 

「■■■ッッ」

 

 怪獣は師弟に配慮することなく、その大きな口から紫の光線を放つ。流石は宇宙の平和を守る”宇宙警備隊”の一員。即座に反応するとともに回避。ゲネガーグへと接近する。

 

「お前を弟子に取った覚えはねえ」

 

 師弟関係ではないらしい。弟子(仮)が勝手に言っているだけのようだ。

 

「それにオレから言わせれば、お前なんて3分の1人前だ」

「さ、3分の1ぃ!? ウルトラショック……」

 

 戦いの中だというのに、衝撃的な発言を繰り返す両者。しかし目線だけは、今にも攻撃を仕掛けんとする宇宙鮫に向けられている。

 

「な、コイツ……小惑星を飲み込んでやがる」

 

 ゲネガーグの口から吐き出されたのは巨大な小惑星。当たればひとたまりもないことは確かだが、驚くべきはそのなんでも飲み込んでしまう口、そして呑み込んでも支障がない体の構造だ。

 

「ンの野郎、さっさと飲み込んだモノを返しやがれ!」

 

 巨人の右足が赤く燃え上がり、ゲネガーグを蹴り上げる。それに激昂したのだろうか、或いは自分への脅威だと認識したのか……。再度口から何かを吐き出す。

 

「その手は食うか!」

 

 避ける必要すらなく、見事にキャッチすると後方へ放り投げる。しかし投げたのは小惑星では無さそうだ。投げた瞬間、重力に引かれる感覚を彼は感じ取ったのだから。

 

「な、ブルトン!? マジかよぉぉおおおぉおお!?!?」

 

 ゲネガーグから吐き出されたのは無機物の塊……ではなく、四次元怪獣ブルトンだった。放り投げた戦士は、ブルトンの開けた次元の穴に吸い込まれていく。脱出しようと藻搔いてみるも、ブルトンの発生させる引力には敵わない。

 

「師匠!」

「クソ……しゃーねぇ。”ゼット”これを持っていけ!」

 

 ゼット……と呼ばれた異星人は師匠からとあるアイテムを渡される。3つのメダルとそれを読み込ませ、力に変換させる装置だ。

 

「ヤツの飲み込んだメダルは、お前が回収しろ。頼んだぞ!」

「師匠ぉぉぉぉ!!!」

 

 異次元の穴は閉じてしまった。ゼットの声は最早、宇宙に響くだけ。するとゲネガーグは再び逃走を図る。生物とは思えない急激な加速で瞬く間にゼットとの距離を離していく。

 

「この……待て!」

 

 すぐさまゼットもゲネガーグの追跡を再開。

 師匠から託されたアイテムを手に、彼らの戦いはある惑星へと舞台を移すのだった。




今回からかのんや千砂都、そしてストレイジ組が出てきました。

この世界のストレイジにはハルキポジが居らず、今は晶子がパイロットをやっています。隊長の正太が搭乗するときもありますが、大半は基地での指揮をやってます。結衣に関しては言わずもがなって感じです。

そして最後の方で出てきたのはご存知彼らです。今回は敢て名前を出しませんでした。

スパスタの1話を丁寧にやりたいが為に、巨人との邂逅がもう少し先になってしまうかもしれませんが何卒お待ちを……。


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第3話 平和は突然崩れ去る

ちょっと時間が空きすぎましたね。申し訳ありません。
お詫びと言ってはなんですが、今回は少し長めです。


 彼女自身が話をつけるべきだ、なんてことを考えて結ヶ丘を後にした始だったが既に後悔している。巻き込まれたという形ではあったものの、最後まで彼女に付き合うべきでは……と。

 

(いいや。あれはかのんがどうにかしなきゃいけない問題だよな……うん)

 

 優柔不断な自分に呆れつつ、思考を切り替えんと周囲を見回す。

 自分と同じ学生や営業に向かう社会人などで溢れる、なんの変哲もない日常的な光景がそこには広がっている。けれど日が変われば極僅かな変化が訪れる。例えば、道端で困っているような老人の姿……とか。

 

「……」

 

 足を止めたのはたったの数秒。始がやらなくても、きっと誰かが手を差し伸べてくれる。だからわざわざ声を掛けなくてもいいんだ。そう言い聞かせ、これまで通りに自宅への道を歩いていこうとする。

 

「……~~っ」

 

 声にならない葛藤。足を止め、何度も帰り道とお爺さんの方を交互に見る。自分じゃなくても、すぐに誰かが助けて─────

 

「お爺さん、何か困りごとですか?」

 

 気付けば、自分の足はお爺さんを助けに向かっていた。

 話を聞けば、どうやらトランクを開けるための鍵を落としてしまい探し回っていたらしい。「お安い御用です」などと笑顔で言い放つ始だったが、彼の内心は「またやってしまった」という後悔だけだった。

 

「おお、これだ。ありがとね」

「いいえ。見つかってよかったです」

 

 彼の落とした鍵は、約1時間の捜索で無事見つけることが出来た。笑顔でお礼をしながら去っていくお爺さんを始は笑顔で送った。

 大勢の人ごみに紛れて姿が見えなくなった時、始は息を吐いた。

 

「始くん!」

「おわっ!? って千砂都……びっくりした」

「ごめんごめん。人助け、ご苦労様」

「え、見てたのかよ」

 

 すると背後から嵐千砂都に声を掛けられた。どうやら一連の出来事を見られてしまったらしい。

 

「だってあれだけ「もう困っている人を見ても助けない」って言ってた始くんがお爺さんを助けてたからね」

 

 始の物真似をしているんだろうが、あまりにも似ておらず笑ってしまったが彼女的にはそれでもよかったらしい。けれど、何故千砂都がここに居るのだろうか。まだ結ヶ丘に残ってダンスの練習をしていてもおかしくはない時間帯だ。気になった始は尋ねてみた。

 

「言ってなかったっけ。私、今日からたこ焼き屋でバイトするんだよ。そうだ、今から遊びに来てよ!」

 

 千砂都に誘われるがまま、始はたこ焼き屋までついてきた。

 

「また昔みたいに、困ってる人を助けるの?」

 

 たこ焼きを焼きながら、千砂都は始に尋ねる。

 彼は昔、困っている人を助けたいと考えて沢山の人を助けていた。自分よりも大きく重い荷物を持ったり、勝てるわけでもないのに苛めっ子と対決したり、逃げた犬を飼い主と共に捜索して数日間帰らなかったり……。けれどそれもある時を境にやらなくなっていったのだ。

 

「やらないよ。今回はたまたまだって」

「ほんと~?」

 

 千砂都の問い方は、また絶対にやるという確信をもっているように聞こえた。そういった手助けはしないと、これまでも何度か言ってはいた。けれど困っている人を見過ごせる筈もなく、内心自分に呆れながら助けてしまうのが夏空始であると、千砂都は見抜いているようだった。

 

「難しく考えずに自分のやりたい事、すればいいんじゃないかな?」

 

 始の頬に何かがコツンと当たる。どうやらそれは袋に入ったたこ焼きだった。

 

「はい、どうぞ」

「……ありがと。じゃあ俺、帰るよ。あまり千砂都の邪魔するわけにもいかないし」

「そっか。じゃあまたね!」

 

 暗くなり始めた空と4月にしてはちょっと寒い風の元、千砂都に見送られ、今度こそと始は帰り道を歩く。彼の脳裏には、先ほど言われた彼女の言葉が木霊する。

 

「やりたい事をすれば……か」

 

 難しく考えるのは正直柄じゃない。けれども彼の心はやめといたほうがいいと訴えかけている気がする。そんな迷いを別の感情で塗りつぶすかのように、始はたこ焼きを口に入れる。

 

「美味っ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 入学式の前から随分と忙しい1日だったなと想いにふける始。今日の所は早く帰って晩御飯にありつきたい。そしてまた明日から高校生活をどう楽しむかを考えよう……とたこ焼きを食べていっそう増した空腹感の中考えていた。しかし彼を休ませてはくれなさそうだ。

 

「君、1人? 俺らと遊ばない」

「あ、あの……」

「そんなに緊張しなくってもさぁ」

 

 女の子がナンパされている場面に出くわしてしまった。それも結ヶ丘の生徒がだ。男2人は何も答えられていない彼女をいいことに、強引に話を進めている。

 

 なんだ今日は。どうしてこうも見過ごしたくない事態に遭遇するんだ。始は先と同じように頭を悩ます。

 

(だから俺が助けたとこで……!)

 

 見なかったフリをし、通り過ぎることは容易だ。ちょっとした罪悪感を無視すれば良いんだ。どうせ明日になれば忘れる。

 

(……)

 

 けど、ここで千砂都の言葉を思い出してしまう。やりたい事をすればいい。なら、今始のやりたい事……それは────

 

「いたいた。いやーどうも、連れがお世話になりました。ダメだよ逸れちゃ〜」

 

 少女を救出すべく、始は知り合いの体で近付く。

 

「なんだよ知り合いがいたのかよ」

「いやほんと申し訳ないです。それじゃ行こうか!」

 

 親しいフリをし、少女の手を引いて離脱しようと試みる。しかし……。

 

「あの……どちら様デスカ?」

「…………っっ!?」

 

 あろうことか、少女から知り合いではないとバラされてしまった。多分テンパってのことから口に出してしまったのだろうが、作戦が台無しになってしまった事に変わりはない。一瞬だけ時が止まり、事実を飲み込んだ男達が始を睨む。

 

「何? オレたちから横取りしようっての?」

「舐めた真似しやがってよ……」

 

 こっからどうすれば良いかわからず、取り敢えず笑って誤魔化す。当然男たちはその態度が気に食わなかったのだろう。始に一歩踏み寄る。

 

「文句あんの?」

 

 少女を守るように立っていた始。彼は男の言葉に反論する。

 

「ありますよ! 大ありですよ! あんたら、寄ってたかってこの子追い込んで……そんで連れて行こうとして……恥ずかしくないんすか!」

「んだとテメェ!」

「やべっ……あ、なんだアレ!」

「ん?」

「逃げるよ!」

 

 これ以上留まれば顔に青痣を作るだけでは済まされないと悟った始は男たちの気を逸らすと同時に少女の手を引いて突破。後ろから男共の怒号が聞こえるが、構わずに走り続けた。

 

 しばらく走り続けると、先ほどの男たちの姿はとうに見えなくなっていた。ずいぶん遠くまで来たが彼らを撒けたらしい。

 

「はあ……此処までなら大丈夫。いや~、あいつら追っかけてきすぎでしょ」

「あの……さっきはすみませんデシタ。せっかく助けてくださったのに……」

「いいよいいよ。結果的に逃げられただからそれでオーケーってことで!」

 

 自分が始に誰だと問いかけなければ幾分かマシだったのだろうと少女は謝罪しているのだが、始は気にせずにと伝える。

 フォローをしつつ始は共に逃げてきた少女を見つめる。先は状況が状況だったために顔など気にしている暇などなかったのだが、よくよく見ると見覚えのある顔だった。彼はこの思い出せそうで思い出せない感覚から解放されたい一心で、少女を長く眺めてしまうのだった。

 

「あ、あの……何デスカ?」

「いや……君、見覚えがあるなって……」

「や、やっぱり助けるフリして横取りする気だったヤツデスカ!?」

「な、違うよ! そんなんじゃないよ!! ほんとに見覚えがあるなって気が……ああーー!!!!」

 

 電気のスイッチが入ったのかの如く、全身に迸るある感覚。途端に脳内がクリアになり、今朝の記憶が呼び起こされる。

 

「君アレだ! かのんを追っかけてた子だ!!」

「もしかしてかのんさんを知っているノデスカ!!」

 

 途端、少女は”かのん”という言葉に反応を見せ始に迫る。これで確信に変わる。やはり今朝、そして学校でかのんを追い回していた結ヶ丘の生徒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして。上海から来マシタ。(タン)可可(クゥクゥ)と言イマス」

「俺は夏空始。よろしく」

 

 気付けば近くのベンチに座り、彼女は自分のことについて話してくれた。

 どうやら彼女はスクールアイドルをしたくて日本に留学してきたらしい。スクールアイドル、その名の通り学校でアイドル活動をする生徒たちの名だ。10年以上も続いいるが人気は未だ高く、テレビは勿論雑誌や広告でも見ない日はない。

 そして今朝、かのんの声に惹かれて中国語で話しかけてしまったらしい。その後も一緒にスクールアイドルをしようと誘ったが、断れてしまったと彼女は残念そうに話してくれた。

 

「まあ、かのんがスクールアイドルをするってのはな……」

「残念デス。とても綺麗な声なのニ……」

 

 人前で歌えないかのんだ。それこそ人前で歌い踊るスクールアイドルをやるというのは無理があるだろう。

 

「デスガ、スクールアイドルをやる以外ならなんでも協力してくれると言ってマシタ!」

 

 可可も可可で残念そうに落ち込んだり、元気そうに笑顔を見せたり……なんだか忙しい人物である。

 

「でもさ、結ヶ丘(うち)は音楽に長けてるだろ? スクールアイドルをやりたいって人もいるんじゃないか?」

 

 始は尋ねる。

 チラッと見かけただけの始でさえ、ダンスや歌で高いパフォーマンスを求められているものだということはわかる。結ヶ丘は音楽に力を入れた学校だ。興味ある人物が存在していてもおかしくはないだろう。けれど可可は溜息を吐き、「わかってないデスネ」と言われてしまった。そう言われて始は少しショックだった。

 

「今日、髪の毛を縛った同級生に言われマシタ。この学校にとってイイものではないと」

 

 なんだそれは、と始は顔を顰める。あまりにも理不尽すぎやしないだろうか。

 

「なんだそれ」

「そう確かに言ってマシタ!!」

 

 なんという学校に入学してしまったのだろうかと、頭を抱えそうになるがギリギリでセーブ。「大変だな」と声を掛ける。

 途端何かを考え込む可可。そして次の瞬間、顔を上げてこちらにこんなお願いをしてきたのだった。

 

「そうだ! 始さん、これは何かの縁です。クゥクゥを助けてください。袖振り合うも何とやらってヤツデス!」

「いや、俺はそう言うのはちょっと……」

「なんでデスカ! さっきだって可可を助けてくれたじゃないデスカ! あの感じでお願いしマス!!」

「あれはこれは話が別だろ! っていうかあの感じってなんだよ!? それに……さっきは助けたけど、本当は見ないフリして逃げようとしてたんだ。結構最低な奴だよ、俺」

 

 しばしの沈黙が辺りを支配する。

 そう。結果的に助けたのはいいが、あの時は知らない顔して通り過ぎようともしていた。そんな考えがミリ単位でも存在しているような人間が、純粋な心で活動を始めようとする少女を手伝う訳にはいかないだろう。

 だが、目の前にいる本人はそのようには捉えていなかったらしい。

 

「いいえ! 始さんは最低なヤツじゃありマセン!! あの時、始さんは自分の事よりも可可のことを考えて助けてくれました。ま、まあ可可のせいで一部大変なことになってしまいマシタが……とにかく、そんな人が最低なワケないデス!!!」

 

 始の言葉を否定する可可に言葉を失う。その視線が、その発せられた言葉がとても真っ直ぐだったからだ。

 

「どうだか……」

「でもとにかく、始さんの行動は素晴らしかったデス。尊敬シマス!!」

 

 キラキラした目で手を掴んでくるものだから、始は驚いて声も出なくなっていた。

 

「ですから……!!」

「…………わかった! わかったよ!! クゥクゥ、お前に協力してやる。これで満足か?」

「はい! ありがとうございマス〜!!」

 

 この場を切り抜ける為に仕方なく了承した、と言い聞かせたいところだが実際は違う。ただ純粋に可可を助けたいと思ったからだ。こちらが根負けしたと言ってもいい。

 

「じゃあ可可は帰りマス。それじゃあ───」

「途中まで送ってくよ。またさっきみたいに絡まれると面倒だろ?」

「やっぱり最低なヤツじゃありマセン!」

「うるせえよ……」

 

 彼女と共に歩く始の中では、何かがまた変わろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 翌日、ちょっとした朝の空き時間に可可たちのいる教室へと足を運んだ始。

 

「始さん、おはようございマス!」

「おはよう。んで、話ってなんだよ?」

 

 彼が別クラスに来たのは可可に呼ばれたからだ。方法はチャットアプリ。

 昨日の夜アカウントを強引に交換されたことが脳裏をよぎり、思わず苦笑いが出てしまう。

 

「え、始くん?」

「あ、かのんおはよう。そういやクラスここだったっけ」

「そうだけど……って今はそうじゃなくて、なんでここに始くんがいるの?」

 

 始が自分たちのクラスにいることに不思議がってしまうかのん。

 

「クゥクゥに呼ばれてきた」

「はい、可可が呼びマシタ。かのんさん、始さんも可可に協力してくれんデス!!」

 

 彼女の言葉に驚くのはかのんだけではない。先程、始さん”も”と言った。つまりは、自分以外にも協力者がいると言う事。そしてその人物は十中八九……

 

「え、もしかしてかのんも可可に協力してんの?」

「してるというか……するってさっき言った感じ……かな……? それより始くん、クゥクゥちゃんとどこで知り合ったの!?」

「昨日の夜だけど」

 

 このままだと始とかのんの間だけで話が進展していきそうだと察した可可がストップをかける。

 

「そういう訳デス。かのんさん、始さん、改めて一緒にスクールアイドルやってくれる人探すの手伝ってくだサイ!」

「うん、人を探すのなら私にもできる筈だから」

「昨日言ったからな。二言はねえってやつだ」

 

 改めて言うことでもないと思ったが、可可にとってはそれほどまでに大事なことなのだ。であれば何としてでも彼女の願いを叶えてやりたいと始は意気込む。

 

 そこからスクールアイドルに興味を持つ、或いはやってくれる人を授業の合間で探し始めたのだがこれが全くといって良いほどいないのだった。そして時間は昼休み。中庭で現状を報告し合う。

 

「ダメだ。みんな他にやりたいことがあるって」

「私が聞いたのも同じような答えだったかな……」

「そうデスか……」

 

 結構簡単に集まるとも思ったが、実際はそれほど甘くなかった。可可も収穫は良くないようで視線を落としている。

 

「元気出せよクゥクゥ。まだ声かけてない人とかいるし、粘り強くやっていこう?」

「そうだよ。まだ音楽科の人達にも声かけてないでしょ?」

 

 すると可可は何かを言いたそうにかのんへ視線を向けるが、なんでもないと再び視線を下へ。

 

「お、あの子とかイイ感じじゃん?」

「始くん、ナンパ師みたいな言い方しないで」

 

 かのんの指摘に「すみません」と謝罪しつつ。始は目の前を通過する女子生徒へ声を掛けた。

 

「あの……」

「なんでしょう?」

「突然で悪いんだけど、スクールアイドルとか興味あったりしない? もしよかったら……」

 

 話している中で世間のスカウトマンはこんなことをやっているのかと、賛辞と尊敬の念をどこかへ送る始。

 すると金髪の女子生徒はわずかに振り返る。立ち止まり話を聞いてくれたこと、そして多少なりとも振り返ったっということ。これは”キタ”のではないかと期待する。

 

(これ……アリか? アリなのか??)

 

 しかし、彼女から発せられた言葉は全くもって予想していないものであった。

 

「アタシを誰だと思ってるの!?」

 

 一蹴というべきか、怒られたというべきか。何れにしろやってくれそうにはないことはわかった。

 

「強烈にフラれマシたね……」

「いや言い方……」

 

 首を垂れる始の元に集まる2人。

 

 

 

 ─────そんな時、聞き慣れない通知音が各々の携帯から流れ始めた。その音を聞いた途端、周囲の空気が一変。誰もが携帯を取り出して画面に注目する。

 

 

 

「始くんこれって……」

「緊急速報メールだ」

 

 国民保護に関する情報として政府から送られてくるメールだ。これが送られてくる大抵の場合は……怪獣出現の時である。

 けれども今回は違うらしく、隕石が降ってくるとのことだ。これでも大惨事ではあるのだが、怪獣という獰猛な動く災害への脅威を前にするとどうしても比べてしまう。かといって避難しないわけではないが。

 

 すると校舎中、否、街中のスピーカーから避難指示を告げる警報が流れ出す。日常的になったとはいえ、未だこの音になれる気配はない。

 

「皆さん、体育館に避難してください!!」

 

 音楽科の制服を身に纏い、髪を後ろで結った生徒が大声で告げる。

 

「人集めは後だ。今は避難しよう!」

「わかった」

「はいデス」

 

 体育館は一般の人を受け入れるための避難所として機能する。既に学校の生徒ではない人たちも体育館へと続いていた。

 この行動の速さも連日のように怪獣災害の様子が報道されていること、そしてそれに伴う避難経路などが細かく整備されたからだ。

 

 体育館へと入る前に、始は街の方へ目を向ける。丁度隕石が街中へ落下するところだ。

 

「みんな伏せろ!!」

 

 誰かの一声に従い、衝撃に備えて伏せる。

 轟音が鳴り響き、砂嵐が人々を襲う。人々の悲鳴は自然の繰り出す音にかき消される。

 

「お、おい怪獣だ!?」

 

 どうやら隕石は宇宙を彷徨い、この星の引力に引かれたものではないらしい。自らの意思を持ち、破壊の限りを尽くさんとする獣だったようだ。

 

「なんだアレ……」

「そんなこと言ってないで避難だよ!!」

「始さん、ボサッとすんなデス!!!」

 

 緊急時に怪獣を見ていた始に向かい、2人は言葉を投げつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 街に聳え立つビルを頭部で破壊し、叫びをあげるのはゲネガーグ。宇宙での長い航海の後に、この星へたどり着いた狂暴な怪獣だ。

 怪獣は未だ人類には計り知れない力を秘めている。放っておけば文明を無に帰すことだって容易い。

 

 そう。放っておけば……だ。

 

 何者かの気配を感じたゲネガーグは空を見て吠える。空を舞うのは銀色に輝く巨大な人型ロボ。ストレイジが保有する特空機第1号セブンガーだ。

 

「セブンガー、起動!」

 

 コックピットでの晶子の掛け声とともに、まるで言葉を喋っているかのようなセブンガー独特の起動音が鳴り響く。

 

《セブンガー、着陸します。ご注意ください》

 

 機体から外部に向けてAIが注意喚起のアナウンスを行う。そして背中にあるブースターで落下の衝撃を抑えつつ着地。

 

「何、この怪獣……結衣、見えてる?」

『見えてる。……過去のデータベースには載ってない新種だね』

 

 セブンガーのメインカメラや、街中に配備されたカメラはストレイジ統合基地のモニターで確認可能だ。基地では結衣が分析を、正太が指示を出してくれることで晶子は柔軟に戦うことができる。

 

「了解。隊長、とにかく攻撃してみます!」

『わかった。相手は何をしてくるかわからない。十二分に気を付けろ』

『晶子、できれば怪獣のサンプルも入手して!!』

「もうまた無理な注文を……。いくよ、セブンガー!」

 

 晶子の操作によってゲネガーグと交戦を開始するセブンガー。高出力のギアや各部のエンジンをフル回転させ、文字通りの鉄拳が怪獣の頭を殴り飛ばす。弱った隙に2度、3度と拳の味を思い知らせる。

 

「■■ッ!」

 

 けれどもゲネガーグだってサンドバッグのままでいる筈はない。巨大な頭で頭突きし、バランスを崩したとこでさらに追撃。セブンガーを押して転倒させようと突進。

 

「このぉぉぉぉぉ!」

 

 晶子も負けているのは性に合わない。ブースターを蒸かし、転倒をギリギリ耐える。さらにその勢いを利用して、左でのアッパーを食らわす。

 

「人々を守る意地、舐めんな!」

《実用行動時間、残り2分》

 

 セブンガーはバッテリー式であり、背中に接続されたバッテリーカートリッジにより最大3分間の行動が可能となっている。

 時間が来てしまえばビートル隊へバトンタッチするしかないが、怪獣が悠長に待ってくれる筈がない。ここで戦えるのは晶子とセブンガーのみと考えるのが妥当だ。

 

「結衣、サンプルには期待しないで……よ!!」

 

 両こぶしを合わせ、真上から一気に振り下ろす。怯んだと思ったのも束の間、ゲネガーグの反撃にセブンガーは転倒。形成が逆転してしまった。

 

『晶子!』

 

 コックピット内のスピーカーに正太の声が響く。一瞬でも手を抜けば市民は勿論のこと、パイロットだって危険になる。

 

「大丈夫……です!」

 

 ゲネガーグに食い千切られる前に、セブンガーは距離を取る。すると今度は結衣の声がスピーカーから聞こえてきた。

 

『晶子、同じ場所にもう1つ高熱源体が接近中』

『何だと? 今日は随分と賑やかだな』

『接触まで3、2、1……!』 

 

 結衣のカウント通り、丁度ゲネガーグとセブンガーの中心に光が舞い降りる。

 

「なになになに!?」

 

 眩い光が収まると、目の前に現れたのは青い体の巨人。

 

「え……嘘……結衣、隊長」

『見てるよ……この姿、もしかしなくてもそうだよ!!』

 

 銀色の頭に輝く瞳、胸元で光る水晶体という姿はこの星に生きる人間であれば誰もが知っているものであった。

 かの巨人の姿はストレイジだけでなく、避難所にいる者、テレビで中継を見る者……世界中のあらゆる人間が目にしていた。

 

『ああ……ウルトラマン……だな』

 

 10年の時を経て、再び光の巨人が地球の大地に立った。

 

 




始と可可の絡み、そして平和が突如崩れていく世界についてを描いた3話でした。
何気に今回でストレイジの戦闘を初めて描きましたね。ロボット兵器はいいですね。


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第4話 我の名を叫べ

お待たせしました。
今回も長いので暇なときに読んでください。


 市街地で繰り広げられているセブンガーとゲネガーグの戦い。そこにウルトラマンが介入する数分前、結ヶ丘の体育館には既に多くの人で溢れていた。誰も彼も怪獣から避難してきた者たちだ。

 

「まさか怪獣がここに現れるなんて……」

「こんな時代だ。どこに現れたって不思議じゃないよ」

 

 日常的に怪獣災害に見舞われるからって、心までがそれに慣れる訳じゃない。怖いときは怖い。それは周りにいる人々や隣にいるかのん、可可がそうだ。

 

「日本には、ストレイジっていう防衛隊があるのデスよね?」

「ああ。って言っても所属は同じビートル隊だけど」

「怪獣、倒してくれマスよね?」

 

 不安そうな瞳で可可は尋ねた。

 テレビで見る怪獣と、間近で見てしまう怪獣の恐怖は桁が違う。巨大な牙や鋭い爪、そして一瞬で灰へと変える熱線。それらに生身では太刀打ちできない。そんな破壊の化身たる存在を目にしてしまえば、不安になるなと言われる方が無理な話である。

 そんな彼女の暗い面持ちを見ていられなくなったかのんや始は可可を励ます。

 

「大丈夫だよ、可可ちゃん! ストレイジなら怪獣をやっつけてくれるよ!」

「うん。日本の怪獣撃破率はビートル隊よりもストレイジの方が多い。まさに大船に乗ったつもりでいればいいんだよ」

 

 そうして可可を励ましていると、誰かの声が聞こえた。聞こえてきた方向に、そして内容に耳を傾けるとどうやら子どもと逸れてしまったらしい。ここでその子を見ていないかと事細かに特徴を説明しつつ訪ねているが、どうやら首を縦に振る人物はいないらしい。声音や表情から母親の焦りは火を見るより明らか。ここにいないのであれば、別の避難所に行ったか。しかし、子ども1人で行くとは思えない。であれば……。

 

「……逃げ遅れちゃったのかな」

 

 助けに行く。そんな考えが始の中で提示された。けれどこればっかりは無理だ。外は怪獣と特空機が戦闘を続けている。迂闊に外に出るということは自殺しに行くのと同じ。そんな勝手で自分の限界も知れないような正義感で動くのはもう……愚か者以外の何者でもないだろう。

 

「誰か見ていませんか!!」

 

 子どもを探す母親の声が、ある時の記憶と重なる。

 

 ────「うちの息子が逃げ遅れて……」

 

 ────「私が探してきます」

 

 ────「父さんは1人でも多く助けなきゃいけないんだ」

 

 ────「いいか始、お前が母さんを守れ……な?」

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」

「始さん?」

「始くん、ちょっと大丈夫!?」

 

 いつの間にか過呼吸になっていたらしい。

 可可やかのんの呼び掛けで記憶の渦から抜け出した始はゆっくりと呼吸のペースを平常に戻していく。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……うん、大丈夫……大丈夫……」

 

 元通りに空気を吸い吐きしているのに、心臓の鼓動は早くなるばかりだ。わかってる。それが助けに行きたいと自分の体が心に……あれこれ考える理性に訴えかけている証拠だということは。

 

「俺は……」

 

 もう時間がない。こんな葛藤をしている間にも戦闘はひどくなるだろうし、それは逃げ遅れた子どもに影響する。

 ちらりと目を隣にやると、子を探す母を心配そうに見つめるかのんや可可の姿が映る。途端、昨日の出来事が頭を駆け抜ける。

 

 そうだった。自分のやりたいことをやればいいと、君はそれでもいいと肯定してくれる人がいた。その行動が素晴らしかったと、尊敬していると言ってくれた人がいた。彼女らが夏空始をそう見てくれた。なら、行かなければ嘘だろう。

 

「始くん?」

 

 一歩前へと踏み出した彼に向かってかのんが呼び掛けた。

 

「……自分の気持ちに嘘を吐くのは今日で……いや、ここで終わりにしようと思う」

 

 そう言い残して始は母親にどこから体育館へ避難して来たのかを訪ねる。道を遡っていけば探し出せるというのが彼の推測だ。順路を聞いた始は、未だ戦いの続く外へと出ていく。彼の眼には、今までのような後悔の色はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

『ホントにウルトラマンだ……でも姿が10年前のデータと違う……ってことは新種!? うぉ~すっごぉぉぉぉぉ!!』

 

 スピーカー越しでさえ、結衣が興奮していることがよくわかる。なにしろ10年の時を経て巨人が地球に現れたのだ。彼女でなくても数多の感情を抱くというものだ。

 

 降り立った巨人はすぐさまゲネガーグと戦いを始める。拳や蹴りをゲネガーグの頭部に食らわせているが、防御はイマイチなようでどうも危なっかしい。

 

「隊長、見てますか?」

『ああ、見てるよ』

 

 正太の声が若干低くなったような気もした。それもそうか。急に来てなりふり構わず戦い始めたのだ。困惑や状況を見極めているということもあるのだろう。

 

「隊長、私もこのまま交戦を続行します」

『やめろ……って言ってやめるお前じゃないよな。だったら、ウルトラマンと共闘しろ』

「で、ですがウルトラマンと一緒に戦ったことないですよ!?」

『誰だってそうだよ。けど大丈夫だ。アイツの戦い方は結構単純だ。難しい動きはしてこないさ。ってか出来ないだろうからな』

 

 たった数秒でそこまで見抜くとは流石隊長、と舌を巻く。けれど感心している場合じゃない。彼らが怪獣と戦っているように、こちらも人々を守るという強い意志がある。任せっきりなんて御免だ。

 

「あなた、味方なのよね。だったらせーので行くわよ。せーの!」

 

 晶子の掛け声とともに拳を突き出す。勿論ウルトラマンも同時だ。それぞれが突き出した拳はゲネガーグに命中。大きく後退させることに成功した。さらにセブンガーが頭部を抑え込みその隙に巨人が攻撃を加える。攻撃に振りすぎる巨人を見て晶子は咄嗟に対応したのだ。

 するとゲネガーグの体が赤く発光。背中や側面から赤い光弾を放ってきた。セブンガーと巨人がよろめく間に、怪獣のブースト。頭部の刃で両者を斬って押し通る。

 

「この……逃げる気!」

 

 晶子はゲネガーグへのマークを外さずに起き上がろうと操縦桿を動かしていると、先に起きた巨人がセブンガーの手を引っ張り起き上がらせてくれた。

 

「……ありがと」

『晶子、聞こえるか?』

 

 異星人にも意外なところがあるんだなとか考えていると正太の声が入ってきた。

 

『怪獣は今、進路を結ヶ丘に変えやがった。今は避難所として機能してるから急いでそこを守れ。俺も現場に向かう』

「了解! ちょっとウルトラマン、私についてきて」

 

 隊長の指示のもと、セブンガーはウルトラマンと一緒にゲネガーグを追跡するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘が行われている真っ只中に来てみれば、警察やらビートル隊の隊員と思われる人たちが勇敢に避難誘導を行っていた。押し寄せる人の波を縫うように抜け、始は母親の話していた避難ルートを逆走していく。その道中で戦闘、そして追跡の様子も勿論見ていた。

 

「あれウルトラマン……だよな? でも姿が違う」

 

 彼の目が捉えているのはまさしくウルトラマンだ。けれど、それは10年前に見た存在とは全く違いように思えた。以前この星に長く留まっていたそれも姿をころころと変えていたが、彼とも似つかない。おそらくは全くの別人なのだろう。巨人の姿については今は後回しだと、始は走るペースを上げる。

 

 こんな危険行動、誰かに見られれば即座に引き止められるなと思っていたが、男子学生1人に目を向ける余裕はないらしい。今回はそれが幸運にも良い方向に働いてくれている。

 

 結ヶ丘からどのくらい離れただろうか。普段は多くの人が賑わっている筈の広場に、少女が1人立ち尽くしていた。先程母親から聞いた特徴とも一致する。彼女は目を真っ赤に腫らし、声を上げて泣いていた。親と離れ、どれほど怖い思いをしたのか……考えると胸が痛い。

 

「おい、大丈夫か……つって大丈夫な訳ないよな。お母さんのとこに逃げるぞ」

 

 少女の手を引き、始は戦闘の渦中にある区画から脱出を試みる。特空機やウルトラマン、そして怪獣による凄まじい揺れのせいもあるが、なんたって瓦礫まみれで上手く走れない。

 

「ちょっとキツイよな……今回ばかりは許してくれよ!」

 

 ここを踏破するのは高校生である始でもキツい。ならば手を繋ぐ小さな子ではもっとキツいだろう。少女を抱き抱えて逃げることにした。

 手を引いてあげた方がこちらの体力的にも良いのかもしれないとも考えたが、正直どっちが正しいかなんて始は考えていられなかった。

 

「っ!?」

 

 途端、継続的な揺れが一瞬にして大きくなる。バランスを崩すもののどうにか耐えた。しかし、背中に伝わる冷たい感触は明らかに”自分にとってマズい何か”を連想させるものだった。

 

 一方で結ヶ丘の避難所を守らんと、セブンガーとウルトラマンは交戦を続ける。特空機の力強い拳や、背中のスラスターでブーストをかけた頭突き。そして巨人の足蹴りがゲネガーグを後退させた時、奴の体が眩く光り始めた。

 さらに悪いことに、巨人の胸元にある水晶が赤く点滅を始めたではないか。

 

「ウルトラマンも制限時間あり!? 資料の考察通りか」

『晶子、怪獣の熱反応が急上昇してる。今は離脱して!』

 

 分析結果から良からぬものを感じ取った結衣の声が響く。しかし、無線で連絡が入る頃にはすでにチャージを終了していたようだ。

 

「まず……うわぁ!?」

 

 横からの衝撃でセブンガーは吹き飛んだ。タックルをかましてきたのは誰でもないウルトラマン。彼も悟り、セブンガーだけでも助けようと動いたのだろう。

 

「やべ……」

 

 怪獣に迸る光は熱として始にも伝わっていた。怪獣のことをよく知らない彼でもわかった。もう只じゃ済まないし、これ以上逃げる余裕もないことくらい。だから始は少女を守るように抱き抱えた。自分の背で幾らかは守れるかもしれない。その可能性に欠けた。

 

『……!?』

 

 一瞬……ほんの一瞬、ウルトラマンが背後に目を向ける。

 

 光が収束し、ゲネガーグが巨大な顎を開く。紫の光線が一直線に飛んでくると同時に、全身から放たれた赤い飛翔弾が降り注ぐ。

 バリアを展開するウルトラマンだったがもって数秒。即座に破られては攻撃を全身に受ける。

 

「がああああああっ!?」

 

 意識がプツリと切れる直前、家族は勿論のことかのんや千砂都、可可の顔がふと浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「隊長!」

「晶子、無事だったか!」

「はい。でもセブンガーは……」

 

 ウルトラマンの行動により命に別状はない。けれどセブンガーはフレームの一部が溶け、おまけに活動限界時間を迎えてしまった。

 

「仕方ないさ。けどまだコイツがある。俺と晶子でなんとしても止めるんだ。

 

 ストレイジに支給される20式レーザー小銃を使い、ゲネガーグへ光弾を撃ち込む。雀の涙程度のダメージしか与えられていないだろうが足止め出来るのであれば可能な限りを尽くす。それが怪獣から人々を守る組織に属する者の務めだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「……い……さい……起きなさい、地球人」

 

 真っ暗な筈なのに、不思議と明るいのは周りに浮かぶ赤や黄色い光球のお陰か。始が目を覚ますと、なんとも奇妙な空間に倒れていた。

 顔を上げる。するとそこには先程の巨人が浮かんでいたために、思わず声を上げてしまう。

 

「私はウルトラマンゼット。申し訳ないが、お前は死んだ」

 

 開口一番に最もインパクトのある台詞を放つ。けれど怪獣の吐く熱線の余波を近くで浴びてしまったのだ。巨人が言うことにも納得がいく。

 

「じゃ、じゃあ俺が守ってた女の子は!?」

「大丈夫だ。私がバリアを張って守ったんだ。ウルトラ焦ったが無事だ」

「そっか……よかった……」

 

 ウルトラマンは全身に光線を受けても尚、始とその少女を守るようにバリアで包んだ。巨人が盾になったことが幸いしてか、始が抱き抱えていた少女まで熱は届かなかったようである。

 

「だがお前は助けることができなかった。重ねていうが本当に申し訳ない。ついでにどうやら、私もウルトラヤバい」

 

 その光線を受けたからか、巨人も死にかけの状態らしい。

 

「ならどうするんだよ。特空機も苦戦してたみたいだし……このままじゃあの怪獣は!」

『1つだけ手がある。私とお前が1つになれば、もう一度戦うことができる。手を組まないか? 私もお前の力が必要なのでございます』

 

 人とウルトラマンが一体化すればこちらも生き返ることができるし、やばい状態にあるウルトラマンも回復できる。Win-Winの関係……というやつか。しかし近くで死んだとはいえ、こちらはまだ15歳の一般市民である。そんな自分にこんな起死回生ともいえる話を持ってくるのかが疑問だ。それに……

 

『あの……言葉通じてる?』

「通じてる通じてるばっちりオッケー……なんだけど、ちょっと言葉遣い変だよ」

 

 若干日本語が変だったので黙ってしまった。どうやらそれが向こう側では通じていないと思われたらしい。というより、それまでも普通に会話していたではないか。

 

『え、マジ!? 参りましたな……地球の言葉はウルトラ難しいぜ……』

 

 今の喋り方を見るに神秘的な雰囲気で話しかけていたのはどうやら演技らしい。取り繕っていた彼の本性が見えた気がしてちょっと面白い。

 

「でも、なんで俺なんだ? もっと適任な人物とかいると思うけど」

 

 一般高校生よりも、戦う状況に慣た人物の方がウルトラマン側にも好都合だろう。そう思わずにはいられなかった。

 

『お前の行動……自分ではない誰かのために動ける姿……ウルトラ勇気があったぜ。俺はそんな人間を死なせたくないし、なによりそういった人と共に戦いたい。もう一度聞く。お前さえ良ければ、一緒に戦ってはくれませぬか?』

 

 そう言われたのなら、自分も喜んで協力したい。ただその前に、始には聞いておくべきことがあった。

 

「アンタと手を組めばあの怪獣を倒して……みんなを守れるのか?」

『ああ、守れる』

 

 目の前の巨人は濁すことなく力強く頷いた。ならば、もう答えは決まっている。

 

「なら……やる!」

 

 始の同意を聞き届けると、巨人は光となって消える。そして入れ替わるようにして始の手には、扇を半分に折ったかのような謎のアイテムが出現した。

 

「なんだこれ……」

『まず初めにウルトラゼットライザーのトリガーを押します』

 

 どこからともなくウルトラマンの声が聞こえ、ご丁寧に説明までしてくれるので言われた通りにこなす。すると前方に光のゲートが現れた。戸惑っていると『そこに入れ』と。口調が滅茶苦茶だと指摘しようとしたが、緊急時につき出かけた言葉を呑み込んでゲートを潜る。

 

「おおっ!? 今度は……って何この2つ……?」

 

 潜るなり今度は腰に青いホルダーが。そして自分の顔が描かれたカードが実体化。次々出てくるアイテムに困惑し続ける。

 

『そのウルトラアクセスカードをゼットライザーにセットだ』

「ああ、そういうね……セキュリティ的なやつか」

 

《Hajime Access Granted》

 

「おおええ!? なんで名前知ってんの!?」

『驚いてる暇はないぞ。次はゼロ師匠、セブン師匠、レオ師匠のウルトラメダルをスリットにセットだ。師匠たちの力が使えちゃう筈だ』

 

 ホルダーから取り出すと、そこには3枚のメダルが。描かれた横顔は、以前地球で確認されたウルトラ戦士を思い出させるものであった。にしても……

 

「師匠いっぱいいるんだな……まあいいや」

『おお、ウルトラ勘がいいな。それじゃあメダルをスキャン────「おい、こんな悠長にやってていいのかよ!」

 

 説明を聞かなきゃ手に持ったアイテムで殴りかかることしかできないが、いくら何でものんびり過ぎないだろうか。長い工程を踏んでいるうちに、守れるものも守れなくなるのではないだろうか。思わず語調を強めにしてしまう。

 

『安心しろって。ここは時空が歪んでるから、ここでの1分は現実での1秒だ』

「あっそう。で、スキャンすればいいの?」

 

 よくできた空間だことで。だがその声で少しは安心した。急ぎつつ、工程を終了させよう。

 

《ZERO SEVEN LEO》

 

 スキャンを終える。すると先ほどのウルトラマンが始の背後に。

 ここで「もう後戻りはできないよな」とか、「やっぱりやめておけばよかった」とか……そういった不安は一切なかった。寧ろ逆にみんなを守りたいという思いが強くなったように感じる。

 

『それじゃあ、俺の名を叫べ』

「名前なんだっけ?」

『ウルトラマンゼット』

「ウルトラマン……ゼット?」

 

 あまりにも気の抜けた声で発したものだったから、ゼットも困惑していた。彼曰く、『もっとグッと気合を入れて叫ぶんだよ!』とのこと。

 

「お、オッケー」

『よし! ウルトラ気合入れていくぞ……ご唱和ください我の名を! ウルトラマンゼェェェット!!

「ウルトラマン……ゼェェェット!!」

 

 がしかし、待機音が響くばかりで何も起こらない。これではただ叫んで腕を振り上げただけじゃないか。バカみたいじゃないかと始は焦る。しかしゼットが小声で最後の説明をしてくれた。

 

ごめん、トリガー。トリガー最後に押すの

「これ?」

そうそれ

「んじゃあ……ゼェェェット!!」

 

 自分がテレビで見つめ、遠い存在だと思っていたウルトラマン。憧れていたその巨人になれるとは思っていなかった。けれど今はそんな状況に高揚感を覚えることはなかった。ただただ、みんなを守りたいという一心で彼の名を叫んでいた。

 

 自分ではない誰か(ウルトラマン)と心身ともに重なり合い、そして肉体が徐々に変化していく。形容するにはとても妙な感覚、そして眩い光りに包まれ外の世界に舞い戻る。

 

 

 

 

《ULTRAMAN Z ALPHA EDGE》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みなさん、この避難所は危険です。別の避難所へ急いでください!!」

 

 結ヶ丘に集まった人々を逃がしつつ、ゲネガーグヘ光弾を絶えず撃つ。けれども怪獣は止まりはしない。それどころか体に空いた穴が鈍く輝きを放つ。

 

「クソ……こうなったら……」

 

 正太がどこかへ走り出そうとした瞬間、ゲネガーグの側面に青い飛翔体が激突。瓦礫を舞い上げて倒れ込んだ。

 

 ウルトラマンが消え、特空機が使えない今……さらなる乱入者が飛び込んできたのかと人々は息を呑む。今日が自分たちの命日だったのかと、絶望の空気に包まれる。

 しかし光の正体が立ち上がった時、辺りは歓喜の声に包まれた。

 

「あれって……さっきのウルトラマン」

 

 晶子は巨人を見上げる。頭部にある3つの鶏冠、青と赤の配色、胸から肩にかけてのプロテクター。所々異なるものの、彼女がそう言い切れたのは胸元にある特徴的なZ字の水晶のお陰だろう。

 

「うおお……マジで変わった」

 

 始はゼットを通して外を見る。今まで見上げていた怪獣や建造物を対等に、或いは見下ろすことができている。

 溢れんばかりの力が内から湧き上がってくる感覚。この力で怪獣を倒さんと、始は視線をゲネガーグに固定した。

 

『息を合わせて戦うぞ、地球人!』

「始だ」

『え?』

「夏空始、それが俺の名前だ。ゼット!」

『一緒にゲネガーグを倒すぞ! 始!!』

 

 突進を仕掛けるゲネガーグを正面から受け止め、拳で突いた。なかなかに鋭い一撃だったはず。けれども怯むことなく反撃を繰り出してくる。無論、こちらだって引く気はサラサラない。奴を受け止め、顎下や頭部、足元といった場所に素早く蹴りや拳を打ち込んだ。

 

(思ったように……いや、思った以上の動きができる)

 

 感覚的に攻撃を繰り出しているのだが、自分が思った以上に素早く動ける。これも、先ほどゼットが語っていた”師匠たちの力が使える”ということなのだろうか。

 

 3連の蹴りを喰らい、数歩下がるゲネガーグ。先程とは違い、素早い連続攻撃ではこちら側が不利だと判断したのだろうか。赤色の光弾を放たんと体内エネルギーを発射口に回す。

 

「『……ッ!」』

 

 ゼットは頭部から光刃を2枚召喚し、光で接続。まるでヌンチャクの様に振り回して光弾を撃ち落としつつ接近。撃ち落とされた悉くが地面で爆発。その煙を突っ切り、ゼットは止まらず攻撃を仕掛ける。絶え間ない青い刃の強襲が奴の肉体を切り裂いていく。

 

『おお、これが宇宙拳法秘伝の神業かぁ……! ウルトラ強ぇぇぇ!!』

 

 ゼットも3枚のメダルがもたらす強大な力については把握しきれていなかったらしく、興奮している様子だった。

 

「それに……すげぇ戦いやすい!」

 

 始のスタイルにも合っているらしく、直感的に技を繰り出せるようだった。

 顎を蹴り上げ、トドメとして脚に力を込める。途端、炎が迸ると同時に急加速で衝突。ゲネガーグを大きく吹き飛ばした。

 

 ゲネガーグは激昂と共に、背のジェットを噴射。普段とは比べ物にならないスピードで突進。推進力に物を言わせた力強さでゼットを巻き込む。

 

「『おおおおっっっ!!!!」』

 

 自重のほかに同じくらいの巨大を持ち上げていというのに、一向に勢いは衰えない。ビルを巻き込み、2体は空へと昇って行く。

 

「離……」

『……れろッ!!』

 

 東京の空でゲネガーグを蹴って脱出。数秒もしないうちに両者の間は開いていく。すると奴も最終手段に出たか。先程ゼットを追い込んだ光線を放とうと力を貯め始めた。

 

「これってさっきの……」

『ああ。けど次は、こっちも撃ち返す!!』

「けどどうやって!?」

『動きを合わせろ始』

 

 胸の前で両手を水平に構えると同時に光が体中を走る。両腕を斜めに開いた時、ため込んだエネルギーが大きなZの字を描いた。

 

 

『ゼスティウム光線ッ!!』

 

 

 左右の腕をぶつけあうようにして十字を組めば、莫大な光エネルギーが放出。ゲネガーグの光線と衝突するが拮抗したのは数秒。始の気合が光線に付与し、さらなる力を与えてゲネガーグを焼き尽くす。燃え盛った怪獣は断末魔と共に地面へ落下し即座に爆散。ゲネガーグの討伐は、ゼットと始の2人で達せられたのだった。

 

 街に戻った平和な様子を一瞥し、ゼットは空へ飛んでいく。青く大きな空にZと文字を刻んで。

 

『始、あの怪獣から散らばったメダルを回収してくれ。アレは宇宙を救う希望なんだ。お頼み申し上げます!』

「え、メダルって他にもあるの? おい、ゼット聞けって!!」

 

 一方的に頼まれ、ゼットは変身を解除してしまう。始が呼び掛ける時には視界が白く包まれ────

 

「ここって……」

 

 目が覚めると、瓦礫まみれの道に倒れていた。

 先程のゼットとの会話を思い出しながら周囲を見回してみると、すぐ近くに2枚のメダルが落ちていた。

 

「これか……メダル」

 

 ホルダーに収納し、避難所へ向かおうとすると人の声が聞こえてきた。

 

『ねえ晶子、さっきのウルトラマン近くで見たんでしょ!? 詳しい情報を聞かせてよ!!!!』

「うるさ……わかった。わかったよ。後でね」

 

 服装を見る限りストレイジの人物だろう。見つかると厄介だなと思いつつ退散……しようとしたが瓦礫の上を歩く音で見つかってしまった。

 

「あなた、こんなところで何やってるの!?」

「あ、いや……逃げ遅れたっていうかなんというか……」

 

 咄嗟に逃げ遅れたなどと言ってしまった。疑われるかと警戒したが、「それで生きてるなんて幸運だよ。次はちゃんと避難しなさいよね?」と注意されるだけで済んだ。

 

「はい。じゃあ俺はここで……」

「ここで……じゃないでしょ。病院行かないと」

「え、いや大丈夫ですって」

「そう言っている人ほど、後で痛い目を見るんだからね」

 

 実は瓦礫の一部が頭に当たっていたり、自覚できていないような負傷をしていた……なんてことはよくある事例だ。彼女の言っていることもよくわかる。

 

(俺、1回は死んでるんだよね?)

 

 そんなこと言える筈もない。

 

「でも、ウルトラマンゼットが助けてくれたんで」

「ウルトラマンゼット?」

「……あ、あの巨人ですよ。胸にZってあったしそう呼んでるだけです」

 

 そうだった。まだあのウルトラマンの名前は誰も知らない。うっかりで怪しまれそうなことばかりである。

 

「そう。でも、病院は行って? いいね?」

「……はい」

 

 嘘を吐くわけにもいかなく、始はその後病院に行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「本日出現した怪獣……えーと、ゲネガーグの断片1番から39番収容完了しました」

 

 ここは怪獣研究センター。討伐した怪獣の肉片などを収容し、研究に役立てるための場所だ。実際、怪獣については人類は知らぬことばかり。さらに宇宙からの脅威も潜んでいる。そういった事情からここで研究し、対抗策や生態系などを明らかにしていく必要があるという訳だ。

 

「うわっ!?」

 

 断片を保存した特殊なドラム缶を荷車で輸送中、倒してしまった男が1人。彼は怪獣研究センターで働く職員だ。

 

「気をつけろよ冠木~」

「すみません」

 

 上司、または先輩と思われる人物に片付けるように言われ、彼は1人に断片を戻し始めた。

 

「なんだこれキモ……」

 

 怪獣の体液なのか、まだヌルヌルとしており不快感が手から伝わってくる。

 

 すると中から”何か”が顔に張り付いてきた。パニックにい陥りながらもその何かを引き剥がそうと藻掻くが張り付く力が強いのかビクともしない。

 しばらく抵抗を試みていた男の動きがピタッと止まる。数秒後、小刻みに振動しながら男は立ち上がり転がったドラム缶の中を覗き込んだ。取り出したのはゼットライザー。そしてに鈍い輝きを放つ鉱石……のようなもの。

 

キエテ カレカレータ

 

 左目を赤く光らせながら男は笑う。いい気分だ、と。

 

 




Z第一話での変身は屈指の名(迷)シーンだと思います。

さて、散らばったウルトラメダルはヨウコ先輩やジャ……蛇倉隊長が持っていましたが今作では違ったりするかもしれません。

そして最後に現れたのは一体何者なのでしょう。なんだかゲームをしそうな奴ですね!


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第5話 巡る日常

ギャラファイOPを鬼リピする男になった。


『先日、10年ぶりに姿を現したウルトラマンは────』

 

 いつもと同じアナウンサーが報道する様子を寝ぼけ半分、覚醒半分で視聴する始。

 

(あれ、本当のことだったんだよな)

 

 自分がゼットと一体化し怪獣を倒した。その事実が未だに信じられない。けれどレポーターの現地取材やテレビに映る青い巨人の姿など、それは紛れもなく現実であり、自分があの日戦ったという出来事を強く物語っていた。

 

『いやでもねぇ、今更ウルトラマンが出現するというのもどうかと思いますね』

 

 取材する市民の声がモニターを通して始の耳に届く。

 

『ぽっきり居なくなったかと思ったらまたいきなり現れて……』

『恩でも売りにきてるのかね〜?』

 

 その声は歓喜だけでは無かった。10年前にウルトラマンの姿を消した。けれど怪獣の被害はなくならなかった。だから人々は様々な感情を抱いた。今回もそうだ。どうせウルトラマンが居たっていつかまた消える。なら居なくてもいい。

 

『ビートル隊やストレイジがあるんだ。ウルトラマンの出る幕じゃねぇよな!!』

『そうだ! 少なくとも消えるなんてことはねぇもんな!ハハハハハハッ』

 

 これ以上聞いているとおかしくなりそうだ。始はテレビの電源を切る。

 別に賞賛の声が貰いたいからゼットと一体化した訳じゃない。でも、ああ言われて平常心を保っていられる程始はまだ大人じゃ無かった。

 

「最悪の気分だよまったく……」

 

 ぶつけようのない想いを抱え、始は玄関を開けた。

 怪獣が襲ってきてもウルトラマンが降り立っても、日常はいつものように巡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「始くんおはよ〜♪」

 

 暫く歩いていると、やけに上機嫌なかのんに声をかけられた。

 

 その理由は始がウルトラマンゼットに変身した日に遡る。

 

 あの後、ストレイジ隊員に言われた通り病院へと足を運んだ。けれど結果は至って正常。傷すらも見当たらなかった。そのまま解放され、なんとなく携帯を確認すればたくさんのメッセージが送られていたので思わず顔を引き攣らせてしまった。送り主は勿論かのんや可可だ。

 急足で結ヶ丘へと戻りこっ酷く叱られた後、かのんからこんな事を伝えられた。

 

「始くん、私……クゥクゥちゃんと一緒にスクールアイドルやろうと思う」

 

 始は何も答えず、かのんの言葉に耳を傾ける。今は彼女の気持ちを聞く事が重要だと感じたからだ。

 

「私も自分の気持ちに嘘をつきたくない。私の声を……歌を好きって言ってくれた人のことを無視したくない。だから!」

「それに聞いてください始さん! かのんさん、なんと人前で歌えたんデスよ!!」

「…………え、マジ?」

「マジもマジデス!」

 

 可可のそれを聞いた途端、内から昇ってくる感情を抑えることはできなかった。

 

「……〜〜〜!! やったなかのん!! 俺、自分の事のように嬉しい!!! うん、かのんとクゥクゥならすっごいスクールアイドルになれる!」

「始くんはしゃぎ過ぎだよ……」

 

 彼の喜びや励ましにかのんは頬を赤らめているが始は気付いてない。それに1番嬉しいのは歌うことができた彼女自身だ。

 奇しくも同じ日に2人の運命は変わったのだった。

 

 そんな事もあり、かのんもすっかり上機嫌という訳だ。隣にいる始とは正反対である。

 

「朝からなに暗い顔してんの〜?」

「いや別に」

 

 自分の表情を見透かされたくなくて、咄嗟に大丈夫だと偽ってしまった。けど、相手は幼い頃からの付き合い。彼の言葉と感情が一致していないことはお見通しだった。さらに、その訳さえも。

 

「もしかして、ウルトラマンのこと?」

 

 ふにゃふにゃとした笑顔から一変し、真剣な面持ちで問いかけてくる。

 

「まあ……そうだけど」

 

 隠していてもしょうがない。始は首を縦に振った。けれど自分が一体化して戦って、それで世間から色々言われている……などと正直に言えるはずも無い。今歩いているのは街中。誰が聞いているかわからない状況で真実を話すのは軽率だしそれに……言うのが怖いというのもある。

 

「なあ、かのんはどう思った。10年ぶりにウルトラマンが来て。それで怪獣を倒して……どう思った?」

 

 グイグイと行き過ぎた感もあるが、今更後悔してもしょうがない。けれど聞きたかった。付き合いの長い彼女が巨人(自分)の事をどう思ったのか。それを聞かずにはいられなかった。

 

「私は……嬉しいというか安心した? でも、嬉しいって感覚もあるのかな。あの時のようにまた来てくれたって」

「そっか」

「あ、ごめん。始くんは……」

「それ、何年前の話だよ。あの事は自分の中で踏ん切りがついてる。かのんが気にすることじゃないって」

 

 彼女の評価にひとまず安心した。

 しかしかのんがすぐさま申し訳なさそうにしたのは、始の身に起きたとある出来事が関係しているからだ。けれど先程の話で生じた心の余裕もあるし、なにより自分で踏ん切りをつけた出来事だ。彼女が心配することではない。なにより”この話題”を振ったのは始だ。

 

「それよりスクールアイドル、どうすんだよ?」

 

 湿っぽい話から話題を変える。かのんと可可が始めようとしているスクールアイドルはどのような運びになっているのかと。確か生徒会長が頑なに認めてくれないということらしいが。

 

「まだ何も決まってないんだ。生徒会長……葉月(ハヅキ)(レン)さんっていうんだけど、スクールアイドルはどうも認めてくれなさそうなんだよね」

 

 かのんと可可がその葉月さんと話した時のことを聞きながら、結ヶ丘へと歩を進めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「ダメだったデス……」

 

 校舎に入って早々、がっくりと肩を落とした可可を発見。というか待っていたのだろう。彼女に何があったのだろうか。教室に荷物を置く時間も惜しかったので、廊下で何があったのか尋ねる。

 

「どうしたの?」

 

 可可は無言で紙を見せてきた。そこには部活申請書とあり、部名は”スクールアイドル部”。部員には3人の名前が。

 

「もしかして提出したの?」

 

 つまるところ、提出しに行ったのはいいが追い返されたと見ればいいだろう。しかしだ。何故────

 

「俺の名前が入ってるんだよ!?」

 

 申請書には始の名前も書いてあったのだ。ツッコまずにはいられない。

 

「こういうのは少しでも人数が多い方がいいんデス!」

「そ、そういうものかな?」

「そういうものデス。それに可可は今困っています。始さんであれば助けてくれるマスよね?」

 

 ここまで困っている様子の彼女を見れば手を差し伸べてやりたい。けど、部に入るとなると少々抵抗感を覚えてしまう。

 

「自分に嘘を吐くのはやめたのではなかったのデスか?」

「うわぁぁぁぁ!! やめろ、言うなよ恥ずかしい!!!」

 

 よりにもよって避難所で口に出した言葉をここで持ってくるとは。思い返すだけでも恥ずかしいのに、誰かに言われるとよりゾワゾワとした感覚が体中を走る。

 

「それより!!」

 

 可可に始がボコボコにされている中、かのんが仲裁。話を元に戻さんと、可可に尋ねる。

 

「クゥクゥちゃんはその申請書を提出したけど、断られたってことだよね?」

「そうでした。はい、かのんさんの言う通りデス。”スクールアイドルはこの学校には必要ない”と葉月さんが」

 

 やはり部員がいてもダメなものはダメということのようだ。さらに可可が言うには、部活は葉月さんを中心とした生徒会が管理するらしい。そこに受理されなければ部室はおろか、活動だって許してはくれない。

 

「……」

「始くん(さん)?」

 

 無言で立ち去ろうとする始を2人は呼び止める。すると彼は予想通りとも思える言葉を口にした。

 

「葉月さんと話してこようと思って」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたは?」

「俺は夏空始……なんてことはどうでもいいんだ。葉月さん、どうしてスクールアイドルは必要ないんだ? それを教えてくれないか」

 

 最初に声を掛けた時にはそれほど怖そうな雰囲気を感じてはいなかった。がしかし、スクールアイドルという言葉を聞いた途端、彼女の目つきがどことなく鋭くなったような気がした。

 

「その話は先ほども伝えたはずですが?」

 

 彼女の目線は始の後ろに立つ可可に向けられていた。こちらから同じ説明をしたくない。彼女から話を聞けと言うことか。

 

「それでもわからないから聞いてるんだよ。だって部活だよ!? 生徒が集まってやりたいことをやる。それの何がいけないの?」

 

 かのんも恋に疑問をぶつける。人も少なく活動内容が意味不明であるものならともかく、スクールアイドルは世間でも注目されており、大きな大会だって開かれている。拒む理由が”必要ない”だけでは納得いかない。

 

「スクールアイドルにも音楽といえる要素があります」

「音楽の要素を持つ以上、他の学校よりも優れていなきゃってことか?」

「はい。そうでなければ音楽科のあるこの学校の価値が下がってしまいますから」

 

 ごもっともだ。この結ヶ丘は音楽に力を入れていると謳っている。そこに所属するスクールアイドルの成績が低かったとしたら学校の評価にも影響を与えてしまう。それは避けたいところかもしれない。

 

「レベルの高いものじゃないとダメってこと?」

「それなら大丈夫です。可可とかのんさんなら────「本当にそう言えますか?」

 

 恋は可可の言葉を信用することはできない。

 今やスクールアイドルは人気故に多くの学校で活動が行われている。それに伴って注目されるには高い技術が要求されている。そんな状況下で結ヶ丘の代表として恥ずかしくない成績を上げられるのかと、恋は問う。

 

「もう一度言います。音楽に関してはどの学校よりも秀でていなければ、学校の価値が下がってしまうのです。それでもやりたいと言うのなら────」

 

 音楽の要素を持つものを扱う以上、他校に劣るわけにはいかない。だから博打じみているスクールアイドルの活動を認めるわけにはいかない。それが嫌なら────

 

「他の学校に行くことですね」

 

 恋の言い放った言葉に言い返せる者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはどうしたものか……」

 

 かのんと可可がスクールアイドルを始めようとしているのに、どうもスムーズにはいかない。ウルトラマンと彼女たち。考えることが山済みで授業内容が頭に入るのかと不安がよぎる。頭を掻きながら教室へと戻る途中、光の門が開いた。

 

「うわビックリした!?」

 

 つまりも何も、ここに入れってことだ。始は恐る恐る門をくぐった。

 

『よう、夏空始……で合ってるよな?』

 

 すると自分と同じ大きさのゼットが姿を現し、始の名を確認する。無論間違っていなかったので首を縦に振る。

 

「けどどうしたんだよ。名前を確認するだけで呼んだんじゃないだろ?」

『いや、改めて自己紹介しようと思って』

 

 律儀な巨人だと始は驚いた。一体化した時もそうだが、ウルトラマンは案外人間と同じような性格をしているのかもしれない。

 

『俺の名前はウルトラマンゼット。M78星雲光の国から来た』

「そうなんだ。前にいたウルトラマンも同じ所から?」

『いや、始の世界にいたウルトラマン……ウルトラマンオーブ先輩は別の星が出身だと師匠に聞いた』

 

 目の前にいるゼットと以前この星を守っていたオーブ。同じウルトラマンという括りでありながら、出身は別の場所。なんだか不思議な気分だった。

 他にもそういった出身の異なるウルトラマンはいるのか、ゼットに尋ねてみる。

 

『ああ。U40という星が出身のウルトラマンもいるそうだ。師匠に聞いた』

 

 その師匠と呼んでいる人物からは数多くのことを教わったようだ。固い絆で結ばれた師弟関係なのだろう。間違いない。

 

「へえ~」

『話を戻すぞ。俺は宇宙の平和を守る宇宙警備隊のメンバーなんだ』

 

 ゼットの話によると、今宇宙では”デビルスプリンター”と呼ばれる邪悪な因子が数多の宇宙中に広がっているらしい。

 

「数多の宇宙……ってなに?」

『マルチバースだ。ええっと……師匠が言うには……自分が存在している宇宙とは別の宇宙がたくさんあるとか……ってやつみたいだ。ちなみに俺も、こことは別の宇宙から来た』

 

 なんだかスケールのデカそうな話だ。地球が怪獣の脅威に脅かされているというのが気にならなくレベルである。

 

『またまた話を戻すぞ。その因子を飲み込んだ怪獣が、狂暴化してあちこちで暴れまわっているんだ』

 

 その事態に対応するため、先輩ウルトラマンの力を込めた”ウルトラメダル”と、そのメダルを読み込み、ウルトラマンの力とする”ウルトラゼットライザー”が開発された。しかし、先日地球へ飛来したゲネガーグが光の国を襲撃。アイテムを丸呑みして逃げ出したらしい。

 

『俺は師匠のウルトラマンゼロと追いかけたんだが、師匠は四次元空間に呑み込まれちまった。だから俺1人でこの地球に来たってわけだ』

「そういうことだったんだ」

 

 それにしてもゼットは以前のおかしな話し方ではなくなっていた。地球の言葉はウルトラ難しいとか言っておきながら、短時間で学び直したのだろうか。それもそうか。全宇宙ともなれば、様々な言語を話せるようにならなければいけないのだから。

 

『俺の言葉遣い、ここまでで変なところありまへん?』

「…………ま、まあそんなにはね」

 

 前言撤回。

 

『そうか。とにかく、散らばったメダルを回収しないとな』

「あ、そうだ。ゼットって何歳?」

 

 始が尋ねてきたことに、ゼットは困惑気味だ。けれどこれから一心同体としてやっていく仲だ。そういったことも大切だろうと始は諭す。

 

『大体5000歳だが』

「え、じゃあ滅茶苦茶年上!? うわ……すみませんタメ口で話しちゃって」

『なに? なんだその話し方は!?』

 

 5000歳という人間では絶対に到達することのできない年齢を口にしたゼット。そうと分かった始は敬語で話始める。やはり年上を敬わなければ。しかし敬語で話しかけられたゼットはまたもや困惑気味だった。

 

『なんか……え、やめて……やめてよ……ウルトラ気持ち悪い……』

 

 敬ったことはあれど、敬われるという経験はないのか、ゼットはやめるように声を震わす。

 

「そう訳にはいかないですよゼットさん」

『頭……頭が低い……ウルトラ低い……』

 

 敬語で話される状況を処理しきれていないゼットを無視し、始は腰についたホルダーを指さして尋ねる。

 この青いカラーリングのホルダーは目立ちすぎる。それに伴って正体がバレてしまうのではないだろうかと。最初はそれを危惧し、家に置いてこようとも思ったのだが怪獣出現が頻繁に起きる世界だ。備えあればというやつで着けてきた。またゼットライザーもカバンの中にある。

 

『それについては問題なしだ。地球人には見えない物質でできているからな』

「本当ですか?」

『本当だ。全く見えていない。誰も気づかなかったろ?』

 

 そう言えばそうだ。今朝から着けているがかのんや可可は勿論のこと、生徒会長の葉月さんからも何も言われなかった。

 

「そう言われれば……」

『だろ。だから問題ない。大丈夫だ』

 

 ゼットの言葉に納得し、始は教室へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのコンチクショ~許すまじ……」

 

 放課後、場所はかのんの家兼喫茶店へと場所を移す。

 可可はその可愛い顔を歪めて1枚の紙をテーブルに叩きつける。

 

「なにそれ?」

「かのんさんも始さんも書いてくだサイ!!」

「だから何をだよそれ」

 

 部活申請書なら可可が自分の名前まで書いてくれたじゃないかと、思いつつ紙を手に取って目を通す。

 そこに書いてあったのは入学し、1学期も終わってない頃にお目にかかるような文字ではなかった。

 

「これって…………退学届け!?」

 

 始の驚愕した声は喫茶店を大きく震わせた。

 

 

 



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第6話 禁止を覆すには

更新しない間にLiella!の新メンバー&声優の発表、シン・ウルトラマン公開、アニガサキ7話……話題が尽きぬ日々が続いています。



「前回の襲撃を境に、眠っている怪獣たちの生体反応が大きくなってるっぽいんだよね」

 

 始たちが退学あれこれで騒いでる一方、ストレイジ統合基地ではブリーフィングが行われていた。

 

「なになに……ゲネガーグが目覚ましにでもなったの?」

「う~ん、どうかな……」

 

 モニターに映し出されているのは、休眠状態にある怪獣たちの居場所だ。

 光の巨人が去った後、ビートル隊はこの星にまだ見ぬ巨大生物がいるのではないかと調査を開始した。結果はあらゆる国に赤い点で示されている通り。しかしながら発見された何体かは未だ眠っているとのことで監視体制がとられ、バイタルデータなども逐一本部へ報告、そして各支部に共有されることになった。けれども前回飛来したゲネガーグと呼称された怪獣によって刺激されたのか、いつ目覚めてもおかしくない状況へと至った。

 

「でも監視区域にある支部は、体制の強化と対抗策を練るんだって」

「ま、現状じゃそれが得策かもな」

 

 デスクの方で話を聞いていた正太も各支部の動きに賛成している。

 危険だからといって予め手を打つ……なんて訳にはいかない。手を出すのは人々に被害が及ぶと判断した時だけ。危険の芽は速やかに除去しとくべきとの声もあるが、ある出来事によってそれもできないのだ。

 

「あとなんだっけ? 晶子が言っていたの……ウルトラマンゼット?」

「私じゃなくて、逃げ遅れた少年が言ってたんだけどね」

「どっちでもいいよ。彼についても引き続き調査を続けるようにって上から」

 

 怪獣だけでなく共に現れたウルトラマンまでも調査という上からの指令は、晶子にとってはやや納得し辛いものであった。

 

「私たちと協力して怪獣と戦ってくれたことが証明してるような気もするけどね」

「まあ確かにね。でも、ウルトラマンを良く思わない人もいるからね。いや、この10年で増えたって言い方の方が良いのかな……?」

 

 過去にウルトラマンと共に結成当初のビートル隊が戦ったという記録もあるが、それでも巨人については懐疑的な面もあるのが現状だった。怪獣や宇宙人が現れ続ける中、地球を去っていったウルトラマンに対するある種の恨みというやつかもしれない。

 

「仕方がない。地球人には地球人の事情、ウルトラマンにはウルトラマンの事情がある……それだけのことさ。まあ、事情が理解できるかは別としてな」

「納得したくないですけどね」

「私も~」

「結衣と晶子がそう思ってくれるだけでウルトラマンは嬉しいだろうさ。よし、それじゃあ各員持ち場に戻ってくれ」

 

 正太の一声で解散。結衣と晶子は自分のデスクへ戻っていく。

 指令室の窓から見える格納庫。そこで整備を受けるゼブンガーへ、正太は複雑な表情を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

「退学届け……高1で見るとは思わなかった……」

「私もだよ……」

 

 可可に書くようにと言われた退学届けだったが、どうにか丸く収めて退学しない方向で落ち着いた。

 自主退学の話を聞いたときは驚きで声をあげてしまったし、かのんの母や彼女の妹であるありあも心配しながら話を聞いていた。そりゃそうだ。入学して数日で退学の話をしてるんだから。

 

(にしてもスクールアイドル……意外と大変なんだな)

 

 コーヒーを流し込んだ始は先ほどの可可との会話を思い出していた。

 大人気に見えるスクールアイドルだが、それでも良く思わない人はいると可可は話していた。彼女の周りでも鼻で笑うような人物がいたのだと。当然、始はそんなことは思わない。可可よりもスクールアイドルの事に関しては詳しくない。けれども素晴らしいものだって胸を張って言える。

 

「退学せずにすんだけど、じゃあ部にするためにはどうするか……だったよな?」

 

 周りの事もよりもまずは学校の事だ。生徒会長を認めさせなければスクールアイドルを始めることすらできない。目の前のことに集中しよう。

 

「そのことについては助っ人を呼んであるんだ」

 

 かのんの言葉に疑問符を浮かべていると、お客の来店を知らせる鈴の音が響く。

 

「ういっすー!」

「え、助っ人って千砂都!?」

「そう。ちぃちゃん音楽科でしょ? だから色々聞いてきてもらったの」

「聞いてきたって……何を?」

 

 なんか嫌な予感がし、思わず声を震わせてしまう。だがかのんは「すぐわかるから」と答えてはくれなかった。

 始とかのんがやり取りを交わす中、千砂都はかのんの家で飼っているコノハズクの”マンマル”に見とれていた。彼女は丸いものが大好きであり、マンマルも例外ではないらしい。

 

「ちぃちゃん、恋って子の弱点見つかった?」

「弱点!?」

「始くんは知らなかったの?」

「いや初耳なんですが!?」

 

 まさか弱点を探っていたとは驚きである。まさか弱点を見つけそれで脅そうって魂胆なのだろうか。確かに部が設立できなくて困っているとはいえ────

 

「酷くない……それ?」

「もう始くんはわかってないな。そんなこと言ってる場合じゃないの!」

「えぇ……」

「あははは、そうだね弱点を一言で言うと……」

 

 あるのだろうか。完全無欠に見えた彼女に弱点が。酷いと言っておきながらも好奇心には抗えず、始も耳を傾ける。

 

「無い」

「え?」

「なんて?」

「だから無いって」

 

 思考が一旦フリーズする。完全無欠、そんな印象を持ったには持った。しかし人間誰しもが弱点……苦手なことを持ってしまうはずだ。だが千砂都は無いと断言した。

 

「音楽科の子に色々聞いてみたんだけど、頼りにしてる子の方が多いよ」

 

 頭がよく、運動もでき、リーダーシップもある。極めつけに理事長は彼女の母、葉月花と知り合いだとか。

 

「なんだその絵に描いたような無敵っぷりは」

「あ、信じてないでしょ? だったら始くんも聞いてくればいいよ」

「いや遠慮しとく」

 

 冗談半分かと思ったけど千砂都の反応を見る限り本当らしい。

 

「だからあの子の意見をひっくり返すのは相当難しいと思う」

「……けど、はいそうですかつって引く気にはなれない」

「わかってる。だからね、一旦他の部を作るとか入ってみてそこで歌うのはダメ?」

 

 スクールアイドル部ではなく、また別の活動目的を持った部活に所属し練習を行う。そうであれば拒否されることもないのではというのが千砂都の提案だった。

 

「それじゃダメ!」

「なんで!」

 

 しかしかのんはその案には乗れないと返す。そして千砂都も問う。どうしてそこまで”スクールアイドル部”を設立させたいのかを。

 

「この状況を許したら、あの学校は全部葉月さんの好きに出来るってことになる」

 

 このまま妥協すれば、いずれ音楽の要素を持った”何か”をしたいと生徒が尋ねてきた時、彼女の気持ち1つで承認するか否かを決まってしまうことにも繋がる……ということだろうか。正直そこまで独裁的ではないだろうと思う。けど、スクールアイドル部だけが承認されないというのも納得できない。

 加えてかのんがスクールアイドル部にこだわっている理由はもう1つあるのだろう。彼女は何かを頑張ってきた人をいつも敬っている。目の前の千砂都だってそうだし、可可にしてもだ。そんな彼女の事だ。

 

「どうせ承認されないから他の部で活動するなんて、その部に失礼……とか思ってるんだろ?」

 

 かのんは首を縦に振った。

 

「じゃああるの? 別の方法」

 

 かといってそう千砂都に問われてもいい案を返せないのが今の状況である。

 すると始の携帯が振動。気になって開いてみると、先ほど帰った可可からの連絡が。

 

「なんだ……荷車?」

 

 連絡の大まかな内容は「荷車を持っているか?」というもの。それもなるべく大きいのを欲している様子。

 

「かのん、お前ん家荷車あったっけ?」

「え、いきなり何?」

「クゥクゥから聞かれてさ。荷車があるかどうか」

「クゥクゥちゃんが? どうして?」

 

 いきなりの連絡……というよりもその内容に困惑する2人。取り敢えずかのんの方から貸すということで連絡をしたが、荷車を使って一体何をしようというのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「自由に部活ができないなんて、間違ってマス! 部活動は皆に平等であるべきなのデス!!」

 

 翌日、貸してもらった荷車の上に巨大な箱を取り付け、可可はその上に乗って普通科の生徒たちに呼びかていた。自由に部活ができないのはおかしい。共に戦おうと。これが可可の考えた部を認めてもらうための活動らしい。

 

「何と戦うんだよぉ~」

「こういうことじゃないと思う~」

 

 始とかのんは困り顔で、或いは涙を流し荷車を引いていた。

 

「おいかのん、こういったのはハッキリと言うべきなんじゃない?」

「始くんが伝えればいいんじゃないの?」

「……」

「なんか言いなよ!!」

 

 かのんに伝えるべきだとは言いつつ、いざ始がすればいいと振られた途端、彼は無言で荷車を引くことに専念した。

 正直、このように目立ち、声を上げている様では真っ向から敵対したのだと捉えられてもおかしくはない。それでも、可可が自分なりに対抗している様を見たら止めずに手を貸すのが彼らの優しさなのだろう。自分自身を肯定し、必要だと言ってくれた彼女に対する恩も無意識のうちにあるのかもしれないが。

 

「かのんちゃん、と……えっと……」

「かのんの知り合い?」

「同じクラスです……」

「隣のクラスの夏空始。かのんの友達。よろしくな……ハハハ……」

 

 こんなところを見られたくなかった。千砂都などの知り合いならまだなんとか許容できたが、友達の友達は別角度から心に刺さる。

 

「で、2人は何を?」

「自由に好きな部を設立できたほうがいいよね?」

「ま、まあね……」

「じゃあここに署名をしてくれ……ほんと頼むわ……」

 

 可可の呼びかけで共感を誘い、署名を集めて生徒会室に乗り込もうという魂胆だ。やり方が結構目立つが始めてしまったものは仕方がない。

 

「まずいって。葉月さんにバレたらどうすんの?」

「やり方ってのがあるでしょ」

「下手すると音楽科に目を付けられちゃうよ」

 

 目を付けられるとはどこかの不良か。正直そこまで普通科と音楽科の間に溝はあっただろ……いやあるか。音楽を特色とし、音楽科の生徒は学校の名を背負いコンクールなどに出場する。普通科の行動によって音楽科まであらぬことを言われれる可能性すらある。そしてそれは大会の評価にも直結することだろう。音楽科(こちら)にまで迷惑をかけるなと言われてもおかしくはない。

 

「でも別に、間違ったことをやってるわけじゃない」

「普通科だってこの学校に通ってるんだ。音楽科のこともわかるけど、こっちの要望だって多少は受け入れてほしい」

 

 理解はできるが譲れない部分はこちらにもあるということだ。

 すると、遠くから2人の名を呼ぶ聞き覚えのある声が。聞こえてきた方向に視線を向けると、千砂都が玄関から走ってくるのが見えた。

 

「かのんさんと始さんのお友達デスカ?」

「まあな」

 

 友人、千砂都の声からして良くない知らせなのは明らかだろう。

 

「理事長に呼ばれてるよ!!」

 

 なんてことだ。今学校で一番呼び出されてはいけない人物の名が出されてしまった。

 

「……はやくない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成程、概ね事情は理解できました」

 

 退学の件が現実になってしまうのではとビビりながら入っていったわけだが、学校を去る旨を言い渡されるようなことはなかった。代わりに、外で何をしていたのかを詳しく説明することに。

 

「はい。やりたいことを自由にできないのはおかしいと思いまして」

「葉月さん、設立の許可を出さなかったのは事実なの?」

 

 理事長室に来たのはかのん達3人だけではなく、葉月恋も事実確認のために呼ばれていた。

 

「部活の自由を阻害したつもりはありません」

「しまシタ」

「スクールアイドルだけです」

「同じようなもんだろ」

 

 ポロっとこぼしてしまう。内心思っていたこととはいえ、口にしてしまったことから罪悪感に襲われる。けれどもう咄嗟に出てきたそれを呑み込むことはできないので、「悪い」と恋に謝罪する始。

 

「葉月さんの気持ちはわかります。しかし普通科の生徒のレベルがどうあれ、音楽に興味を持つのを止める権限はありません」

「ですが母は────「母親はここでは関係ありません。わかりましたか?」

 

 始は恋に視線を向ける。何故ここで彼女の母である葉月花のことが持ち出されたのだろうか。人の親を勝手にどうこう考えるのは相手に失礼だからあまり踏み込みたくないが、それでも気になってしまう。

 

「本学の方針に沿ってスクールアイドルの活動を禁止はしません」

 

 ()()()()()()()。気になる言い方だ。

 

「禁止にはしない。かといって許可するという訳でもない……何かあるんですか?」

「ええ。葉月さんの言う様に、音楽はこの学校の誇りです。ですから、今から出す課題を達成できればスクールアイドル部を承認します」

 

 その後理事長から出された課題というのは、まだ始まってもいない彼らにはとても大きな壁であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何話してるんだろ……」

 

 呼びに行ったとはいえ、殆ど無関係に近い千砂都。かのん達が出てくるまで校庭で暇をつぶしていた。木陰に設置されたベンチに腰を掛けていると、鳥が木から飛び立つのが影で見えた。

 

「いたっ!?」

 

 すると頭のてっぺんに何かが落下。頭でバウンドし、金属的な音を出して地面に転がる。痛みを与えた物の正体を知ろうと見失わないように目で追う。

 

「……何これ?」

 

 千砂都が拾い上げたのは赤い枠のメダルであり、表には見覚えのある戦士とよく似た横顔が。

 

「ウルトラマンの……メダル……? 誰かが落としたのかな」

 

 不思議そうに眺めていると、遠くから自分を呼ぶ声が。千砂都は咄嗟にそのメダルをポケットへとしまい駆け出した。

 彼女の持つメダルを探している宇宙人と一体化した人物がすぐ傍にいることも、お目当てのメダルを自分の友人が持っていることも……互いに知らない。

 

 

 




シン・ウルトラマン……観よう!
アニガサキ……観よう!
スパスタは楽しみに待ちつつ1期を見直しましょう!


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第7話 課題は多く

期間が空きすぎました……すみません。
しかし非常に申し訳ないのですが、これからもっと空いてしまうこともあるのでどうかご容赦いただければ幸いです。


「い、1位!?」

 

 かのんや可可、始から語られた内容があまりにも信じ難かったために、千砂都は声をあげてしまう。

 理事長から提示された条件。それは近々開催される代々木スクールアイドルフェスに出場し、1位を取ることであった。

 

「いきなりのステージで1位か……ドンマイ!」

「「まだ終わってない!」」

 

 もう終わったような千砂都の反応だったが別段おかしくない。むしろ正常といえよう。いくら歌が上手いかのんがいるからと言っても、スクールアイドルに関することは何一つやってきていない。日々パフォーマンスのレベルが上がり続け、激しい競争状態にあるスクールアイドルの世界。その中に半人前の彼女らが参戦し1位に、ましてや上位に食い込むことなんてはっきり言って無理に近い。だが現状、許可を貰うためにはこの方法しかない。彼女たち2人にとっては状況がとことん悪すぎる。

 

「私とクゥクゥちゃんで曲を作って練習するって話になったんだけど、ダンスとか振り付けは全然でしょ?」

「だから、ここはダンスをやってる千砂都にお願いできないかって話なんだ」

 

 千砂都の空いている時間でどうにか教えて貰えないだろうかと、3人は頭を下げる。

 

「……しょーがないなー、ちぃちゃんの授業料は高いよ~?」

「ってことは?」

「うん、私でよかったら喜んで」

 

 しぶられるのではないかと思ったが、彼女は快く引き受けてくれた。これで本格的に動き出せる。時間はないが一歩前進だ。

 

「これでダンスは百人力だね」

「ああ、千砂都のダンスは小学校の頃から評判だったからな」

「では、千砂都さんも一緒にスクールアイドル始めませんカ?」

「ダメだよ。ちぃちゃんは音楽科。そこまで無茶は言えないよ」

 

 千砂都には千砂都の目的があって音楽科に入った。ダンスの指導だけでもありがたいのに、スクールアイドルを始めてしまったら彼女の目的が達せられなくなってしまう。そうかのんは可可を諭した。

 イベントまで時間は残り少ない。あらゆる手を尽くして許可をもぎ取ってやろうと、4人は活動を始めることにした。

 

 しかし、開始早々問題が。

 

「クゥクゥ、大丈夫か?」

「言い忘れてマシタ……すみ……ません……」

 

 地面に倒れる可可に声を掛ける始。別に思いっきり疲れるメニューをこなした訳ではない。なんならまだほんの数分しか経っていない。

 まずはかのんと可可がどれだけ動けるのか、千砂都のカウントに合わせてステップを踏んでいた……のだが可可はすぐに倒れ込んでしまった。聞けば彼女、運動が大の苦手らしい。

 

 ステージで歌って踊る以前の問題だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 人々が賑わう原宿の街中で、平安名すみれはクレープ片手に立っていた。

 クレープを食べたいというのもあるが、その真意は他にあった。鼻の頭についたクリームがその印だ。

 

「うわー、おいしそー!!」

 

 人々にはっきりと聞こえるように、わざとらしくリアクションをとった。彼女の瞳が2、3往復。けれども自分のことを見つけてくれた者はいないようだった。場所が悪かった。今回は諦めようと足を踏み出した瞬間……何かがつま先に当たった感覚が。

 

「なによ……これ?」

 

 彼女が見つけたのは────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「しばらくはダンスの練習と並行して体力を付けていこう。今日はゆっくりめのペースで走るから」

 

 ダンスも歌も体力がなければ意味がない。なんならアイドルは5分近く体を動かしていなければいけないのだ。

 ランニングウェアに着替えた始を先頭に4人は街中を走る。千砂都はダンスをやっていることもあって正直ぬるいペースかもしれないが、2人はそうもいかない。

 

「よしラストはダッシュだ!」

 

 目の前の木をゴールに設定し、そこまで全力で駆け抜けた。

 

「急に止まるなよー! 歩いて呼吸を整えろ」

 

 肩で息をする2人だったが、始の言葉に従い再び足を動かし始めるのだった。

 

「きょ、今日はこのくらいで勘弁してやる……デス……」

 

 休憩となれば即座に倒れ込んでしまった可可。結構ゆっくりな走りだったがそれでも彼女には相当応えたらしい。発覚した可可の体力事情に、一同は驚きを隠せない。

 

「全然ダメじゃん! どうしてそれでアイドルやろうと思ったの!?」

「気持ちデス! スクールアイドルに一番大切なのは気持ちなんデス!!」

 

 どれだけ技術を磨いてきても、最後に必要になってくるのはステージに立つ人物の気持ちが重要だというのは始たちも同意見だ。けれども、現状では踊れなくては意味がないという話に収束してしまうのだが。

 

「ちなみにダンスゲームでは完璧なコンボを繰り出せますよ?」

 

 携帯を取り出し、リズムアプリで実践してみせる。タイミングも完璧でミスがない。

 

「リズム感はあるってことだね」

 

 しかし時間はない。あっという間に本番になってしまうのだと可可に詰め寄っていく千砂都の姿は、幼馴染2人からしても恐ろしいものだった。

 

「こわ……なんか千砂都の迫力増してない……?」

「怒らせない方がいいかもね……」

「だな……」

 

 その後先程と同じペースで走り終了となった。練習が終わるころには天高く輝いていた太陽も傾き、空を柑子色へ染めていた。

 

「お疲れ。あ、風呂入ってる時か後にストレッチしとけよ。それで次の日に疲れを持ち越さなくて済むから」

 

 目に見えて疲れている状態の中、クールダウンを行う2人。

 明日からは千砂都によるダンスレッスンも始まる。予想外の展開に見舞われたが、どうにか軌道を修正できそうだ。

 

「そうだ。曲作りもしないと」

 

 かのんの言う様に、スクールアイドルは自分らで作り上げた楽曲を使用する。昔はコピーでもよかったらしいが、大会の規定整備によって”オリジナルのもの”でなければいけなくなったらしい。

 

「かのんさん……可可、書き溜めた歌詞がありマス……」

 

 彼女は歌詞が書き溜められたノートをかのんへと渡す。そこにはスクールアイドルとしてどんなことを音に乗せたいか、何を伝えたいのかといった彼女の想いが綴られていた。

 

「私、これすっごくいいと思う! クゥクゥちゃんからもらった言葉……大事にして曲を作ってみるよ!!」

 

 可可の綴ったノートを元に、かのんの曲作りもスタートすることとなった。

 練習は段階を重ねて負荷を増やしつつ、千砂都のカウントに合わせてステップも覚えていく。可可は「グルジイ」と叫びながらも必死にトレーニングに追いついていった。彼女の言っていた一番大切なもの……気持ちが体を動かしていたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあなー」

 

 練習を終え、帰路についた4人。今日はいつもよりもう1セット多くこなしてきた為、解散するころには日もすっかりと暮れ、街灯が街を照らし始めていた。

 

「今日もお疲れ様、始くん」

「それは千砂都もだろ。自分のこともあるのにダンスのレッスンを引き受けてくれて助かったよ」

「にしても、始くんがあんなに体力あるなんて思わなかったよ」

「まあそう思うよな」

 

 始はかのんや可可に対し、体力面での指導を担当している。空手をやっていた頃の経験を活かせるのではないかという声があり、実践してみたら面白い具合にマッチした。それが基礎体力を向上させるトレーニング法やその後のケアなどであった。けれども始は中学生で辞めた身。体力が落ちているのではと思われたが、千砂都と張り合うかそれ以上の体力を有していたのだった。

 

「何かやってるの?」

「走ったり、筋トレとかはやってるよ」

 

 毎日じゃないけどと付け足す。確かに体力があるにはあるが、それ以外にもゼットとの一体化も絡んでいるのだろうと始は推測している。

 

「そうなんだ」

「うん。体動かしてないと落ち着かなくってさ。あーだこーだ言い繕っても……やっぱり諦められなかったってことなんだと思う」

 

 誰かを助けけることが、逆に誰かを傷つけることになる。そう思って一度はすべてを辞めようと思った。正確には他にも理由があるのだが、今は触れなくてもいい。ともかく自分の本心に嘘を吐き、蓋をしたはずだった。けれども自分の純粋な憧れや想いを消し去ることはできなかったのだと、今ならわかるのだ。

 

「なんだよそんな嬉しそうにさ」

「ううん別に~」

 

 何が彼女の心を刺激しているのだろうか。微笑んでいる千砂都に始は尋たのだが、はぐらかされてしまう。

 

「このこの~」

「痛いって。なんだよ?」

 

 肘でわき腹を突っつかれる。けども彼からしたら意味が分からない。

 

「始くんはさ、もしかのんちゃん達が1位を取って了承されたら……そのままスクールアイドル部に入るの?」

 

 途端、打って変わって真面目な雰囲気を纏い始に問う。

 

「そうしようと思う。俺も…………2人を助けたいから」

 

 自分がこんなことを言えた立場なのかわからない。でも、彼女たちが迎えてくれるのなら。

 

「そっか。じゃあかのんちゃん達の事、ちゃんと助けてあげてね」

「……?」

 

 不思議と千砂都の言葉は、どこか距離があるように感じた。自文とは違う場所を見ているかのような……遠い場所に行ってしまうかのような……そんな感覚が。

 

「じゃあ私こっちだから。じゃあねー!」

「あ、ああじゃあな!」

 

 手を振っている間、先ほど感じたのはただの勘違いだろうと己に言い聞かせていた。どうやら自分も疲れているらしい。帰って早めに休もうと、始も歩き出した。

 

 がしかし、その足をすぐに止めてしまうことになる。

 

『ご覧ください! 市民の通報を受けて現場に向かったところ、なんと発電所が破壊されてしまっています!!』

 

 街頭モニターに映し出されたニュース。アナウンサーが現地取材を行い映されているのは、破壊し尽くされた発電所の様子。

 

『これは怪獣の仕業なのでしょうか?』

 

 人間であればすぐに監視カメラで捕捉されるだろう。けれどもそのような様子もない。正体の分からない不可解な出来事はすべて怪獣、または宇宙人の仕業としてみるのが今の世界だ。

 

「怪獣だってぇ~。ウルトラマンがどうにかしてくれるかな~」

「もういなくなってんじゃね?」

「やっぱストレイジだよな」

「そこはビートル隊って言いなよ~」

 

 周囲の人の言葉に耳を傾けた。やはりウルトラマンに期待する者はほとんどいない。過去の出来事が関係しているからだ。人間の力に信頼を向けるのは良いことだと思う。それに、彼らの事も理解できてしまうのだ。だって────

 

(俺も同じだったもんな……)

 

 すると始の頭上から光が。そのまま真四角のゲートが現れ、全身を呑み込んでしまった。

 

「またいきなり……」

 

 始がいたのは以前ゼットと話した空間だった。どうやらゲートの出現方法は色々在るらしい。

 

『始、アレは間違いなく怪獣の仕業だ』

「え、ゼットさんも見えてるんですか?」

『ある程度は共有させてもらってる。それよりも時間がない。今すぐ動けるのは俺たちだけだ』

「……」

『……? 始?』

 

 変身を促すゼットに対し、始は黙り込んでしまった。

 ビートル隊はともかく、ストレイジでも出撃にいくらか時間が掛かってしまう。ならば自分たちが変身して向かえばすぐに済む。けど、こう思ってしまう。そこまでして自分たちがやる必要があるのか、と。誰もこちらには期待してない。ストレイジでも対処できるなら任せてもいいだろう、と。第一、ゼットだってメダルの回収が目的だ。

 

『声……聞こえてはります?』

「……す、すみません! ちょっと……」

『始を巻き込んで済まないと思う。だが、危害を加える怪獣の対処も俺たちの宇宙警備隊の使命なんだ』

「そうですよね……行きましょう!」

 

 ゼットの真剣な声音が空間に響いた。

 自分の事なんて後回しだと言い聞かせる。ゼットが使命だと言っているのだ。それに応えなければ、一体化したことを後悔させてしまう。黒い感情を呑み込み、始はゼットライザーを取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

(ここか……)

 

 空を駆け、周りに被害が出ないようフワリと着地したゼット。

 辺り一帯はモニターで見た通り。いや、移動の数分で発電所辺りにも被害が広がっていた。

 

『姿が見当たらない』

 

 怪獣を止める以上、悲惨な光景を嫌でも見渡さなければならない。奥歯を噛みしめて元凶を探す。だが、辺りはやけに静かだ。もう逃げた後なのだろうか。

 

 途端、背部に雷が。火花を散らして前のめりになるゼットだったが、倒れるのを堪えつつ雷が襲ってきた方向に目を向ける。

 パネルが反転するようにして表皮、外見が露わになった。鼻先に巨大な角、後頭部には2本の触角。一部の隆起した背中から尻尾の先まで形成された鰭のようなもの……。目の前にいる四足歩行の巨大怪獣が発電所を破壊し、雷撃を加えてきたものの正体だ。

 

「やっぱり怪獣か!」

『あれは……!』

「知ってるんですか?」

 

 ゼットのリアクション的に怪獣の事を知っているようだった。ならば聞かない選択肢はないだろう。

 

『えっと……なんだっけな……メロン……いや違う。ネオン……だったけな……』

「ちょ、本当に知ってるんですか!?」

 

 ゼットはヤツの名前を思い出せないのか、果物や、希ガス元素の一つを呟いている。けれど怪獣何某は記憶の奥深くにアクセスする暇を与える気はサラサラ無いようだ。飛来してきた雷がまたもやゼットを直撃する。

 

「ああもう、取り敢えず攻撃するしかないですよ!」

 

 このまま好き放題電撃を放たれてたら黒焦げだ。

 ゼットが駆け出したのを見て、【透明怪獣(トウメイカイジュウ)ネロンガ】も地面を蹴って突進。首を振り上げ、下方向から力強い一撃を与えんとしてくる。受け止めようとするゼットだったが力は向こうの方が上か、数歩後退。けれどすかさず頭部を狙う。拳や蹴りで攻め立て、弱った隙に腕を引いて投げ飛ばす。ネロンガの重さ故か、地面を転がると巨大な揺れが起き、砂埃が青くて黒い天に舞い上がる。

 

「このまま!」

 

 ペースの乗っている内に勝負を決めてしまおう。ゼットの右足がネロンガのわき腹にヒットさせようとした直前……姿を消した。

 

『透明になった!? この……探すぞ!』

「はい!」

 

 周りをしきりに確認するも、姿を捉えることができない。するとゼットの側面から突進。宙を軽く飛んで転倒してしまう。

 受け身を取りつつ頭を動かす。まだ目の前にネロンガがいる。頭部から2枚の光刃を放つべく投擲体制を取り……発射。しかし、先ほどと同じく放つ直前で透明化。刃は空を斬るだけだ。

 

(くそ……こんな有様じゃ……)

 

 全く歯が立たない状況も影響してか、始は想像してしまった。戦いを見る人々の言葉を。

 

「────やっぱりだ」

「────前回はまぐれだよね」

「────ウルトラマンなんかより」

「────ストレイジの方が」

 

 直後、ゼットに異変が起こる。

 

 カラータイマーの点滅が異常に速いのだ。加えて────体が重い。

 エネルギーを消耗したからとかそういった類のものではない。まるで回路が出鱈目に、滅茶苦茶に繋がって……今にも壊れてしまいそう。ゼットと始、2人の繋がりが途端に弱くなり、変身を維持できないのだ。

 

『なんだ!? どうなってるんだ!?』

「わからないですよ……俺に言われても……」

 

 とは言っているものの、始には心当たりがあった。変身する前と今、彼はこう思った。自分がやらなくてもいいと。批判的なことを言われるなら、必要とされていないのなら、自分たちは戦わなくていいと。そんな諦めの感情を抱いたのと同時に、始もどこかでウルトラマンという存在に複雑な思いを抱いていたことを思い出してしまったからだった。「来てほしかった時に来てくれなかった」と泣いていた過去の事を。

 

「『あああああああっ!?!?」』

 

 動きが止まれば、ネロンガにとっては恰好の的。ヤツの放った雷の光弾がゼットの胸元を直撃。体を痺れさせながら仰向けに倒れてしまった。

 

『ま……マズい……!?』

 

 体に力が入らない。ネロンガは踏み潰さんと迫ってきている。このままでは二度と立ち上がることができなくなってしまう。焦りと不安で支配され、ウルトラマンゼットはネロンガを見ることしかできなかった。

 

 その時、ネロンガの咆哮と混じりつつ空を飛翔するジェット音が聞こえてきた。数秒後、暗然たる空の向こうから巨大なロボットと銀色の飛翔体が姿を現す。

 

『あれは……』

「セブンガーと……ゼットビートル……」

《セブンガー、着陸します。ご注意ください》

 

 AIの注意喚起が響いた後、地面を陥没させながら着地。

 セブンガーとゼットビートルは、威嚇の唸りを上げるネロンガと正面から向き合った。

 

 

 




スクールアイドル側でもウルトラマン側でも危うい面がある始。一体どうなるのでしょうか。

そしてゼットとの繋がりが弱くなったのにウルトラフュージョンが解除されないのは何故だと思われた方もいると思います。個人的な解釈で書かせてもらってますが、始は「完全に戦意を喪失したわけではない」状態なので高速点滅と、体が重いだけになってます。(それでも致命的ですが。)

そんな危機を救ったのがストレイジとビートル隊……ほんと頼もしい限りです。


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第8話 雷獣と鉄人

大分遅れました。本当にすみません。
用事もひと段落したんで、投稿を再開していきます。


 突進するネロンガを回るようにして躱し、同時に背中へ鉄拳を叩きこんだ。鈍痛に苦しんでいるのか、ネロンガは吠えて特空機に向き直り、4本の脚で地面を蹴らんとする。しかしゼットビートルによる光弾の雨が阻止。怪獣は首を振って空に雷を飛ばす。

 

(もう……こういう時はすぐに飛んでくるんだから)

 

 ビートルのアシストを受けたゼブンガー。そのパイロットである晶子は、ビートル隊(彼ら)の対応に不満を募らせていた。

 普段の怪獣騒ぎでは出撃が遅く、ストレイジが対処してしまう事が殆ど。けども今回はセブンガーの出撃時間とほぼ同時だった。平和を守りたいという想いは確かに同じはずだ。しかし……これも巨大な組織故の宿命だろうか。腐っていく部分が必ずでてきてしまう。それこそ、権力などの所謂”大人の問題”に憑りつかれた上層部の命によって組織は簡単に変わってしまうのである。

 今回の出撃も、絶対的な地位を守りたいがためのものだろう。「ストレイジやウルトラマンよりもこのビートル隊が地球の平和を守っている」のだと。

 

「確かにストレイジはビートル隊からの派生部隊だけど、一緒にされるのも……ね!」

 

 航空戦力へ意識を向けているネロンガ。ヤツの顎下をセブンガーは殴り飛ばす。

 その行動の裏にどんな思惑があろうが今はどうでもいい。共闘して人々を守れるのであれば。晶子は操縦桿を今一度強く握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今のところは上手くやれてるみたいだな」

「けどまた透明になられたんじゃ、対処の仕様がないですよ」

 

 統合基地で部下の戦闘を見守る正太。一方結衣は怪獣についての分析を進めている。ウルトラマンゼットと怪獣の戦闘もモニタリング出来ていたため、怪獣の攻撃方法と特殊な能力は粗方掴めてはいる。しかし、掴めたからと言って即対処できるわけではない。周りの景色と同化されたら、攻撃ができない。しかも今は夜。ただでさえ条件が悪い。

 

「……」

 

 ちらりと正太は端の方に映っているウルトラマンを見る。彼は特空機と戦闘機の共闘を見つめているだけである。胸元の水晶が赤い点滅を繰り返しているため、もはや行動ができないのだろう。

 

対処の仕方を知らないのか

「え、隊長なんですか?」

「結衣、俺たちも現場に向かうぞ」

「もしかしてそれって……」

「あの戦いでネロンガの肉片が落ちてくれるかもしれないだろ? 今後のためにも役立つはずだ」

 

 結衣の目の色が変わる。それはもうおもちゃを買ってもらう前の子どものようだ。

 

「よっっっしゃー!! そうと決まったならはやく、はやく行きましょ隊長っ!!!!」

「お前今任務中だぞ……」

 

 結衣は話を聞かずに飛び出していく。正太は苦笑しながらも、晶子に注意しつつ攻撃と無線を入れその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「バコさん……調整ありがとー!!」

 

 コックピット内で晶子はストレイジの整備班班長に向かって叫ぶ。無論聞こえないだろうから、帰還してから改めて言うつもりだ。

 彼はセブンガーを知り尽くした人物だ。彼がパイロットの細かな要望まで聞き届け、調整してくれたおかげでネロンガとも戦えている。因幡浩司(イナバコウジ)を始めとした整備班がいなくてはセブンガーはたちまち鉄屑と化してしまう。

 

 ビートルの援護射撃がネロンガの体表から火花を散らせる。特空機の拳がネロンガの顔を歪めて地面に伏せさせた。

 

「前はウルトラマンに助けて貰っちゃったからね。今日はこっちが!」

 

 とどめを刺さんと走り出したが、ネロンガは辺り一帯に放電。ビートルを撃墜し、セブンガーに多大なダメージを与えた。攻めの手が止まった一瞬を突き、ネロンガは地中深くに潜っていく。爆発と混じった土煙が晴れる頃には、既に怪獣の姿はない。

 数時間ぶりの静けさを取り戻した地上に、晶子の声が響いた。

 

「逃げんなよ~もう~!!!」

 

 地団駄を踏むゼブンガーの背後にいたはずのウルトラマンも既に消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネロンガによって荒らされた一帯はすぐに非常線が張られた。

 

「隊長、すみませんでした」

「いいって。透明野郎相手によく戦ったよ。後で作戦会議だ」

 

 正太は頭を下げる晶子を慰めた。今回は彼女に非があったわけじゃないし、相手の特性も厄介だった。苦戦するのも無理はない。それどころか、ゼットビートルの援護があったにしろ撃破一歩手前まで行く健闘ぶりだ。責める部分など見当たらない。

 

「これがネロンガの……!!」

「それ石っすよ」

「ああもう、これでもない!!!!」

 

 結衣はネロンガのサンプルがどうしても欲しいため、匍匐前進で肉片を探していた。あれば対策も立てられるので彼女の狂った熱意はありがたいのだが。第一、2人はその体で来た。

 

「俺は、もう少し現場を見て回る。お前は結衣のサンプル集めを手伝ってやれ」

「そうします。あの様子だと帰れそうにないし……」

 

 呆れつつ晶子は結衣の方へ目を向ける。

 

「どこにあるの~? 出ておいで~ネロンガ~」

「ネロンガが出てきたら困りますよ」

「うっさい。いちいちツッコまんでもわかってるって!」

 

 怪獣研究センターの職員と仲良くやり取りを交わしている彼女の元へ、晶子は走っていく。

 

「さて俺は……」

 

 晶子の背中を見送った正太。彼は人が見ていないことを確認し、さりげなく現場を離れていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「……」

 

 光となって原宿へと戻った始。

 どうやら戦闘のダメージは自分にも作用するようで、電撃や打撃を食らった部分がヒリヒリと痛む。幸い、外傷にはなってはいないため街を歩く人々の目を引くことはない。これもゼットと一体化しているお陰だろう。

 

「はあ……」

 

 ゼットの事、戦闘の事を思い出すとふいに溜息を吐いてしまう。怪獣を倒せなかったこともそうだが、なにより心に迷いや諦めが生まれたからだ。それは宇宙警備隊の使命を果たさんとするゼットの意思を蔑ろにする行為に他ならない。

 このことをゼットに話さなくてはと思う反面、言ったらどんな反応をされてしまうのか……とても不安だった。だから今は、彼とは話したくないなと思ってしまう。

 

「おっと」

 

 途端、誰かが始の肩とぶつかる。

 考え事で頭を一杯にし、前方への確認を疎かにしていた自分の責任だ。そう感じて始はぶつかった者が居るであろう方向に目を向ける。

 

「……あれ?」

 

 けれど目線の先にはぶつかったであろう相手がいない。普段通りに行きかう人々のみ。

 

「こんにちは」

 

 途端、右肩に人の頭が乗る感覚。背筋を凍らせつつ、始は飛び上がって振り返った。

 立っていたのは20代後半の男性。黒いスーツを羽織った男は、笑顔を向けて始を見つめる。先のこともあってか、始は警戒を解かずに挨拶を返した。

 

 にしても目の前の男……どこかで見た気がする。

 

「こ、こんにちは……」

 

 更にニコリと笑った男は始に話しかける。

 

「これは仮定の話だ。もし君が見えない相手と出会った時、どう対処する?」

「見えない相手と?」

 

 やけに唐突で、限定的な話だった。明らかに怪しい。このまま逃げ出そうとも思ったが、先ほど”見えなくなる怪獣”と戦ったばかりだからか、彼の話に答えてしまっていた。

 

「……わかりません。見えないんじゃどこを探せばいいのやら……」

「それだよ」

「……え?」

 

 聞き返そうと始は視線を上げる。すると、目の前にいた筈の男性が”消えていた”のだ。

 

「あれ?」

「こっちだ」

 

 左側面から声がする。声を辿って頭を向ける。けれど、男を捉えることができない。

 

「こっちだって」

「……!」

 

 肩を叩かれ、始は向きを変える。けどもまたもや男の姿はない。これは完全に遊ばれている。見ず知らずの男から突然訳の分からない話を吹っ掛けられ、揶揄われているとわかればいい気はしないないだろう。

 

(なんなんだよコイツ……)

 

 こんなのくだらないと一蹴すればいいのに、始はムキになって男の遊びに付き合っている。

 

(ぜってぇ捕まえてやる……!)

 

 捕まえて何をしたいのか吐かせてやる。男を捕まえんとする始は、彼が声を掛けてくる前に反応するようになっていった。

 

 そして

 

「ッ!」

 

 男が肩を叩く前に腕を掴んだのだった。

 

「あの……! 俺を揶揄って一体何を────」

 

 男は始を引き寄せ、耳元で囁く。

 

わかった?

「おわっ!?」

 

 刹那、視界がぐるりと一回転。気付けば黒い天が目の前に。

 

「見えるものだけを追うな」

 

 出会った時とは異なるトーンで男は話す。伝え終わって男が去っていく姿をずっと眺めていたが、人ごみに入っていくとすぐに紛れて見えなくなってしまった。

 

「なんなんだよ……いてぇ……」

 

 背中に走る痛みに声を漏らす。

 結局、あの男は何者だったのだろうか。どこかで見た気はするのだが、どうにも思い出せない始であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(あいつがね……)

 

 人ごみに紛れて歩き続ける男。彼は確信していた。彼が”あのウルトラマン”だと。証拠として腰には()()()()()()()()()()()()が着けてあった。アレは地球人には見えないと言われている物質だ。しかもご丁寧に”Z”と彫ってある。

 あとは自分の直感である。先の少年の雰囲気は、なんとなく”彼”に似ていた。真っ直ぐで、自分よりも他人のことを優先するような……。

 

(ウルトラマンってのはああいった人物を選ぶのかな……?)

 

 地球を去った彼のことが脳裏に過りかけたその時、通信端末が反応した。

 拒否する理由はないので、スイッチを入れて答える。すると、絶叫にも似た声がスピーカーから出力された。

 

『隊長!! ありましたよネロンガの肉片ッッ!!! これで対策も立てられますし何よりも私の研究に────』

「うるさっ!? 結衣お前ちょ……もう少し落ち着け……うるさっ!?」

 

 原宿の街に、声を上げるスーツ姿の男性が現れたのは……言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「はあ!? 歌えない!?」

 

 かのんの家兼喫茶店内に始の声が響く。

 怪獣襲撃の翌日。携帯の着信音がアラーム代わりとなって始を起こした。相手は可可で、電話に出るなり「かのんさんが大変デス!」と半ばパニック気味。何が大変なのかはわからなかったが、すぐさま身支度を整えて家を出たのが先程。そしてかのんの家で事情を聴くことになったわけである。

 

 可可が説明するには早朝、2人でランニングをしていた時のことだ。かのんに歌って欲しいと、彼女の歌声を聞きたいと頼んだそうだ。無論、断る理由のないかのんは歌おうとした。けれど……

 

「うん。歌おうと思っても声が出なかったんだよね」

「……そうか」

「困りマシタ。かのんさん、前は歌えたんデスガ……」

 

 一度歌えたのならばそのまますんなり済むことだろうと思っていた。けれど、彼女に刻まれた”歌えなかった”という出来事とトラウマ、そして彼女が抱え続けた感情は簡単には消えてくれないらしい。

 

(簡単に克服できればかのんだって苦労しねーよ。なに楽観的に考えてんだよ俺)

 

「なんか前よりも酷くなってる気がするよ……」

 

 彼女の声音はいつも以上に沈んでいた。

 声を掛けようにもこの状況でなんと言えばいいのか。下手に励ますのも逆効果になる。そう思って始は背もたれに体重を預ける。

 

「フェスで1位を取らなきゃいけないのに……」

「……ん?」

 

 かのんの呟くような声に始は引っ掛かった。

 そう言えば、かのんが歌えなくなる時はいつだったか。どんな状況だったか。記憶を引っ張り出して整理していく。すると、ある共通点が浮かび上がる。

 

「もしかして……」

「どうしたのデスカ、始さん?」

「多分……多分だけど……わかった────「かのんちゃんが歌えなくなっちゃったんだって!?」

 

 始の声がかき消される。入店と同時に千砂都が話しかけてきたからだ。想定よりも音量が大きかったため、2人は体を震わせる。

 

「ちぃちゃん!?」

「ビックリした~!?」

「千砂都さんも呼んでおきマシタ!」

 

 どうやら可可が呼んでいたらしい。

 千砂都はビックリして目を見開く始の隣に座り、同じく目を見開いているかのんと対面する。そして可可が始にしたように、事情を説明するのだった。

 

 

 

 

 

「成程……」

 

 一通り状況を理解した千砂都は、納得したように腕を組み頷く。

 

「ごめんね、ちぃちゃん。このままだとフェスを辞退するように言われちゃうかも……」

 

 この状況のままフェスに出ることになったら目も当てられないことになる。音楽には強い誇りがある結ヶ丘としてはそれを避けたい。すれば恋からも辞退するべきだと言われることくらい、彼女もわかっている。

 

「でもまだ時間はありマスよ!」

「うん……」

 

 可可の励ましでも効果は薄い。

 

「千砂都、ちょっといいか?」

「え、うん」

 

 すると始は千砂都を連れて席を離れていってしまった。

 

「どうしたんでショウか……?」

 

 疑問符を浮かべた可可は、彼らの向かって言った先を見つめていた。

 数分後2人は席に戻ってきてかのんと可可に尋ねた。「今から時間はあるか?」と。

 

 

 

 




用事がひと段落したのとほぼ同じタイミングで、ニジガクやクロニクルD、ギャラファイなどが終わろうとしている……(ニジガクは終わってしまった)

デッカーやスパスタ二期も楽しみです。


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第9話 With great power comes great responsibility

また時間が空きウルトラ申し訳ありません!!!

遂に始まったデッカー。パワフルで明るい感じ……これからの展開も楽しみです。


 

「で、ついてきたわけだけど……ここってちぃちゃんのバイト先だよね?」

 

 千砂都に連れられてかのんや可可が訪れたのはたこ焼き屋。千砂都のバイト先だ。たこ焼きと自分が歌えないことに何の関係があるのか。共通点の見いだせないかのんは、数分で作られたとは思えない程丁寧に盛り付けられた丸い食べ物を見つめる。

 

「かのんちゃんが歌えないのは、大きなステージや人前だったでしょ?」

 

 事の発端ともいえる発表会や試験がこれに当該する。

 

「そして何よりもプレッシャーが原因なんだと思う」

「プレッシャー……?」

「そう。前だって、上手く歌って合格しなきゃとか思ってたんだろ? 今回だって同じ。それこそ、フェスで1位を取らなきゃいけない。それがかのんのプレッシャーになって歌えないんだろって千砂都と話し合ったんだ」

 

 千砂都からバトンタッチした始が声を掛ける。

 彼女の中に生じた「周りに応えなきゃいけない」とか「上手くやらなければ」という圧が、自然と彼女の声を塞いでしまうのではないか。始はそう睨み、千砂都に相談した。すると彼女も同意見だったようで、バイト先に案内するという流れになったわけだ。

 

「いやそれでも……どうしてこうなるの!?」

 

 原因は理解できても、やはりたこ焼き屋に来たことまでは理解できない。いつの間にかエプロンを付け、屋台に立っていたかのんは声を上げる。

 

「喫茶店での接客は慣れてるだろうけど、不慣れな状況に対応できると変われるかもしれないでしょ?」

 

 屋台の、しかもたこ焼きとなると作る所から渡すまでずっと見られている状況に置かれる。その中でちゃんと作れることができれば、歌えるようになるのではないか。それが狙いだ。

 その後かのんはしっかりと業務をこなしていった。初めてなのにどこか手馴れているのは、喫茶店での手伝いがあったからだろう。

 

 だが、ことはそう簡単には行かず……

 

「ダメだったか……」

「歌は別問題みたいデスね」

 

 結果、人前で歌うことはできなかった。作る状況から見られていることと、歌う際に見られることは彼女にとっては結び付かないものだった。それほどまでに彼女にとって歌とは大きな存在だと言うことだ。今の状況に至っては良くも悪くも……であるが。

 

「衣装……?」

「はい! 可愛い衣装を着れば気分が上がるんデス。そうすれば、かのんさんも歌えるようになるはずデス!!」

「そこらは可可に任せるよ」

 

 気分を変えればプレッシャーがなくなるとまではいかないが、どうにか歌えるレベルになるのではないかとかのんに様々な衣装を着せていく。

 可可の個人的な趣味……ではないだろう。彼女だってかのんの力になりたいんだ。

 

「似合わないなんてこと無いデス!」

「そうだよかのんちゃん。観念しな~!!」

「ギャアアアアアア!?!?」

 

 いや、どうなんだろう。力になりたい半面、個人的な趣味の部分も少なからずあるかもしれない。

 可可と千砂都が飛びかかった数秒後、叫び声が聞こえた。でも、そこに向かったらこちらは人として、そして社会的な信用を失うだろう。だから頑張ってくれと始はエールを送ることしかできない。

 

「お友達ですか?」

 

 店の中にいる男は始一人。その妙な居心地の悪さを感じていると、店員に声を掛けられた。

 

「そうなんです。あ、もしかしてうるさかったですか? ならすぐに言ってきますんで!」

「いえ、大丈夫ですよ。そうではなくて、試着した姿を確認した時には、しっかりと感想を言ってあげてくださいとだけ」

「は、はい……」

「では頑張って!」

 

 笑みを崩さずに店員は去っていった。ここに来たのはかのんの出せない歌声を引き出すためなのだが、どうやら勘違いを生んでしまったらしい。

 

「始さん、かのんさんの着替え終わりましたヨ! こっちに来てくだサイ!!」

「……」

 

 どうやら店員さんと話しているうちにかのんの着替えが終わったようだ。可可の明るい声がこちらまで聞こえてくる。

 正直服の事なんてよくわからない始は、どうしようか迷っていた。見たところでどこがいいとかそんな具体的なことは言えない。さらに店員の言葉で余計に意識してしまっている。

 

「……」

 

 逃げたい。この店から逃げ出したい。始はそればかり考えている。でも逃げたら追われるし、その後どんなお説教が待っているか……。恐ろしい未来を考えたら、その選択肢は自ずと消える。

 ゼットからいつものように呼び出されないかなと期待してしまう。けれど彼の呼び出しはそこまで都合の良いものではない。一応理解しているつもりだが、現状のような自分にとって不都合な状態であるとどうしても頼ってしまう。

 

 試着室から出たかのんは黄色主体のワンピース姿だった。さらにアクセサリーまでつけ、普段の彼女からはかけ離れている。お洒落というよりも、動きやすさをメインに置いているような気がしていたからだ。

 

「どう……かな?」

「えっと……」

 

 かのんは始をじっと見つめて尋ねてくる。意外だった。「見るな」とか言って腕を振り回すと思っていたからだ。

 

「……」

 

 こうなってはちゃんと答えなければなるまい。自分の思ったことを始は口に出した。

 

「似合ってるよ、うん。普段もそういうの着ればいいんじゃないかな」

「当たり障りのない言葉デスネ」

「もうちょっと冒険しようよ~」

「くっ……」

 

 背後にいる2人からの評価は低い。一体何を期待していたのだろうか。恥ずかしさに耐え切れない始からは、言葉にならないただの音だけが口から洩れた。

 

「始くん、そんなに気を使わなくたっていいよ」

「気を使ってるわけじゃないよ。……似合ってるって思ったのは本当だし」

 

 始の言葉でわずかに表情を変えたかのんの姿を、可可や千砂都は見逃さなかった。

 

「今デス!」

「ベストショット!!」

 

 パシャリと音が響く。彼女たちは携帯でかのんの姿を撮影したのだ。

 彼女があまり着ない服装に、加えてあまり見れない表情。それをデータに保存しておかない意外に選択肢があるのだろうか。いやない。様々な角度から撮り始める姿はもはやどこかのカメラマンだ。

 

「このショット堪らないね~」

「いいのが撮れました。家宝にシマス」

「ちょ、ちょっとなんで撮ってるの!?」

「こんなかのんちゃん、滅多に見れないもん!」

「かのんさん、もっと自信もってカメラにお願いシマス!!」

 

 そして邪魔だと言わんばかりに始は首根っこを掴まれて後方へ。その際に出してしまった「グェッ」というなんとも情けのない声。幸いにも聞かれていはいなかった。かのんの写真撮影が大事だから。

 

「消して」

 

 途端に発せられる異様に低い声。ときどき聞こえてくるかのんの低音は普段とのギャップもあって心臓に悪い。普通に怒るより怖いからだ。

 けれど千砂都は屈して写真を消すようなことはなかった。寧ろその逆だった。

 

「大丈夫、ちょっと拡散していいね貰うだけだから」

「全然良くないっ!」

「せめて保存だけで勘弁してやってくれ……」

 

 個人的な欲が見え隠れする店内に、始の声が小さく響いた。

 

 

 

 

 

「やっぱ無理だって~、そもそもこんな簡単なことで歌えるようになるなら苦労してないって~」

 

 結局、服でも無理だった。自分が慣れてない仕事をこなしても、着替えて気分を変えても……歌えるようにはならない。そもそも、それで歌えるようになっているのであれば彼女はとっくの昔に克服しているはずだ。でもそうじゃないのは、彼女の中にある何かが未だに引っ掛かっているから。

 

「クゥクゥは見たんだろ、かのんが歌ってるところ?」

「はい。この目でバッチリと!」

「偶々だったんだよ。これが本当の私なんだ……」

 

 ようやく歌えるようになったと思った途端に逆戻り。悔しさや不甲斐なさなんて本人が一番感じているだろう。

 

「っ……!」

 

 声を掛けようとした瞬間、始は口を閉じる。そんな根拠のないことを言って元気付けられるのか、また無責任な言葉を言ってしまうんじゃないかと、脳裏に過ったからだった。

 

「クヨクヨしてもしょうがありマセン! かのんさんのお陰で、可可は今頑張れているんデスヨ!」

 

 可可は真っ直ぐにかのんを励まそうとしている。始はそれが少し羨ましかった。

 

「でも、また歌えなくなったんだよ? どうしたらいいか……」

「では今は無理に歌おうとするのはやめまショウ。本番は可可1人で歌いマス」

 

 無理に歌わず、今回はステージで共に踊ってくれればいい。可可の提案だった。

 

「フェスが終わったらまた、歌えるように頑張ればいいんデス。かのんさんが歌えるようになるまで諦めないって約束しマシタ」

 

 今は無理でもいつかは。そこに辿り着くまで諦めないと、可可は彼女に約束していた。だから今は全力でライブを行おう。かのんに呼び掛けた。

 

「……うん、そうだよね。まずは全力で1位を取りにいかないと!」

 

 可可の言葉に、消えかけていた心の火が再び勢いを取り戻した。その後すぐさま可可に連れられて外へ。本人曰く「皆さんに見せたいものが!」とのこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだこれ?」

「わからないんデスカ?」

「わからなから聞いてるの!? いやいや、色々手が込んでるなって思うよ? マジ凄いと思う。でもこれはなんだよ?」

「まったく、始さんもまだまだデスネ」

「……わ、悪かったよ」

 

 可可が見せてくれたもの。それは巨大な看板のようなものだった。いや、”ような”ではなく看板だ。可愛らしい文字だけでなく、間に散りばめられた星やハートのイラスト。さらにかのんと可可をデフォルメまで。結構器用である。

 

「初ライブを記念して作ったグループ名付きの看板とブレードデス!」

 

 そして両手に持たせられたのはペンライト。しかしペンライトは観客が使うものではないのか。始と同じく千砂都も疑問に思って訪ねる。

 

「ブレードはクゥクゥちゃんたち2人は使わないよね?」

「配るんデス! 応援してくれそうな人たちに!!」

「じゃあ、この”クーカー”って?」

 

 質問に答えてまた質問。今度はかのんからだ。

 

「グループ名デス! 2人の名前を合わせて”クーカー”!」

「でも始くんの言う通り凄いね。練習の合間に作っちゃうなんて」

「こういうのは得意ですカラ」

 

 トラブルがあったにせよ、このまま練習を重ねて本番まで行こうと思った矢先……とんでもない報告が飛び込んできた。なんとSunny Passionがフェスに出ることになったのだ。

 

「可可が日本に来ようと思ったのは、この方々のライブを見たからなんデス」

 

 彼女の憧れ、そして留学の決め手となった人物なのだとか。可可の家には額縁に入った巨大なポスターが飾られている。そのことからも、どれだけ尊敬しているのかが伺える。

 

「なんとサニパ様と一緒のステージに立てるなんて~」

「……」

 

 憧れの人物と一緒のステージで曲を披露する。可可にとっては正に夢のような出来事だろう。だからなのか、大人気のSunny Passionがフェスに出るということがこちらにどんな影響を及ぼすのか気が付いていないようだ。

 

「この人たちが参加しちゃったら、1位はきっと……」

「当然デス。今回程度のフェスであれば1位は絶対にサニパ!」

「可可、それどういうことかわかってる?」

「……ハッ!?」

 

 ようやく繋がったみたいだ。

 かのん達がスクールアイドルを続けるためにはフェスで1位を取ることが条件。しかし東京代表になるほどの実力を持つSunny Passionが参戦するということは、ただでさえ1位に鍔がる細い道がさらに細くなる、或いはなくなるということ。

 

「どうしましょう……」

「ライブまではあと5日……これから練習をハードにすればいいってものでもないだろうし、可可ちゃんが1人で歌えるようにもしなくちゃだしね……」

「ごめん……」

 

 可可が1人で歌うこととSunny Passionの電撃参戦。1位を取るには絶望的な状況。その不甲斐なさは、かのんが一番実感していることだろう。

 

「大丈夫デス。かのんさんのフォローもできマス。腹筋も……毎日続けてたら結構できるようになってきマシタ。この調子ならライブの時には何もかも完璧になってるハズデス」

 

 運動が苦手だと言っていた可可も陰で努力していた。さらに明るく振舞い、大丈夫だという姿。楽観的だと言われるかもしれないが、こっちのほうが今は助かる。だが、かのんはそう思わないだろう。自分のせいで彼女に負担を多くかけてしまう事になっているのだから。

 

「じゃあ私と始くんは帰るね」

「え、俺────」

 

 有無を言わせず千砂都は始を玄関まで押していく。千砂都のほうへ少し振り返った始。彼女の表情は「察しろ」と言っていた。

 

「もう遅いし、ダンスの練習もしなくちゃ。始くんも”用事”があるみたいだし?」

「そ、そうなんだよ。あ、今日は俺が夕飯作るんだった。ワスレテター……」

「それに、2人で過ごす時間も大事だよ」

 

 ステージに立つ者同士で話をしておけということだろう。即座に外へと出ていく2人であった。

 

「もう、ああいったのは察するもんだよ? 変なときに鈍いんだから」

「わ、悪い……」

 

 千砂都に注意され、階段を下りていく。すると背後から可可の呼び声が。

 

「あの、こんな事急に言うのは変だとわかっているんデスガ……千砂都さんはスクールアイドルに興味ありまセンカ?」

「あるよ」

 

 可可の問いかけに千砂都は考える間もなく答えた。明るくなった可可の表情から、次に何を言うのかが見て取れた。だが可可がその言葉を言うよりも早く、千砂都は答えた。「ダンスで結果を出すこと」それが今の目標だと。掛け持ちはできるほど余裕はないし、生半可な気持ちで入ることはできないと。千砂都のそれは前にも以前、かのんが抱いていたことと同じだった。真剣にやろうとする人の中に、中途半端な気持ちでやるのは失礼じゃないのかと思っていた時と。

 

 そうして可可の提案を断り、千砂都は階段を下りていく。

 

「いいのか?」

「うん。てか始くんもわかるでしょ? 生半可な気持ちじゃダメだって」

 

 始は黙り込む。千砂都には千砂都の優先すべきものがある。だから無理に言う事は出来ない。でも、でもどこか引っ掛かるのは……一体どうしてだろうか。答えはでない。今はまだ。

 

 

 

 

 

 

 

 どこかすっきりしない気分のまま、始は自宅へと向かう。すると近くの壁が青く発光する。つまりゼットからの呼び出しである。

 

「……」

 

 都合の悪いときは臨んだはずなのに、いざ本当に呼び出されると緊張感が漂う。何故呼び出したのかなんて百も承知だ。正直に謝るべきだろうと、始は中へと入っていくのだった。

 

 もうすっかりお馴染みとなったゲートの中。そこにはいつものようにゼットが待っている。

 

『始……』

 

 彼が何を気にしているのかなんて聞かなくてもわかる。十中八九、あの時始とゼットの繋がりが極端に弱くなった時の時ことだ。

 

「あの時は……すみませんでした」

 

 頭を深々と下げ謝罪。そしてあの時の責任は自分にあると語る。当然ゼットは把握しきれてない。

 

『お、おい……いきなりどうしたんだよ……?』

「俺……あの時……もう戦わなくてもいいじゃないかって思ってしまって。ストレイジやビートル隊がいる。だからウルトラマンは必要ないんじゃないかって……」

『……』

 

 あの時抱いていた心を曝け出した。怒っているだろうか。呆れているだろうか。自分と一体化した人物が守ることを放棄しようとしたのだ。罵倒の1つや2つ仕方がない。なんだったら解消だってあり得る。何があっても受け入れる覚悟だった。

 

『一体、この星で何があったんだ? 俺に教えて貰えてくれ。頼む』

 

 でも返ってきたのは疑問。ウルトラマンが要らないと言われるようになった原因が知りたいと。

 覚悟していた言葉とは全く別のものだったことに、始は固まる。でもゼットは大丈夫だと、深く頷いた。

 

『あの時、どうして繋がりが弱くなってしまったのかはわかった。でも、始みたいな奴がどうしてそう思ってしまったのか。何かウルトラデカい理由があったってことなんだろ? 俺はそう思うし、そして知りたいんだ。話してくれ。この通りだ』

 

 頭まで下げられたら答えるしかない。始は記憶の底を掘り返した。

 

「そうですね。もう10年前になります────」

 

 始はこの星での出来事をゼットに語った。地球を守ったウルトラマンが去って、この星の人類が何を抱いたのか、そしてどうしたのか。始の語ることが総意ではなく、あくまでよく聞く意見の1つであると前置きをしてから。

 

『成程……確かに仕方のないことなのかもしないな。地球人にとっては大きな問題だ。でも、オーブ先輩のことも理解できる。地球のように危機に晒されている星はたくさんあるんだ。そこには俺たちのような存在や、守る力がないことだってある』

 

 地球のような出来事は、空を見上げると輝いてる星々でも起きていること。状況によっては地球(ここ)より悪い場合もある。彼はそれを知り、そのために離れたのだ。

 

「けど、地球人(俺たち)にとっては関係ないことですよ。いてくれれば……助かった命だってたくさんあったのに」

 

 宇宙で起きていることだって地球から見れば関係のないこと。ウルトラマンがいなくても怪獣は現れる。そのせいで、多くの命が奪われた。そう語る始の声、表情からは悲痛さが伝わってくる。

 

『まさか……始も?』

「……はい。ウルトラマンが去った後に起きた怪獣災害で父を」

 

 彼の父である勝。消防士であった彼は今から5年前、始が当時10歳の時に命を落とした。どこからともなく現れた怪獣。その避難誘導を行うと駆け出して行った。始が見送ったその背中が、勝の最期の姿だったのだ。

 

「って言っても、もうウルトラマンが居ないとわかってた時でしたし……このことで恨みをぶつけるのはお門違いってのもわかってます」

 

 ウルトラマンが悪いわけじゃない。知っている。わかっている。でもその時のこともあって、「ウルトラマンなんて今更いらない」という人たちの気持ちも理解できてしまう。それに自分よりも上手く怪獣を倒せる存在を知っている。だからなのか、心のどこかで疑いみたいなのが生まれてしまった。

 

『……初めて地球に来た時、そしてこの前。俺も見て思ったよ。地球人は自分たちの力で平和を掴み取ろうとしているって。俺はもともとメダルを回収するために来た。なら、1人で立とうとする地球人に手を出すものじゃないのかもなって」

 

 平和を守るために戦い続けているのがゼット達宇宙警備隊。だけど、自分たちでどうにかしようとしているところにしゃしゃり出て手を出すことは、かえって成長の妨げになることもある。そんなことは、あらゆる星々で戦う彼らの方がよっぽど知っている。

 けど、とゼットは続ける。

 

『以前のゲネガーグのように、地球人の戦力でも太刀打ちできないような力を持った奴だっている。そんな奴らが出てきた場合でも……任せるか? 力を持っているのに、任せるか?』

 

 試すように放たれたゼットの言葉。それは始の過去……幼い頃に父と交わした会話を呼び起こさせるものだった。

 

 ────「おとうさんはどうして消防士になったの?」

 

 普段の生活の中で何気なく聞いたことだったと覚えてる。

 勝が少し悩んでいたのはキッカケを思い出すためでなく、どう伝えるかを悩んでいたからだろう。

 

「……後悔しないために、かな」

 

 そう言って勝はさらに続けていたことを思い出すと、無意識のうちに始は彼の言葉を噛み締めるように口に出していた。

 

「自分に何かできるのに、しなかったら……それで沢山の人が傷ついたら……ずっと後悔する……」

 

 はっとして始は視線を前方へ向ける。

 力を持つのであれば、その力にはそれ相応の責任がある。使わなかったせいで何かが、誰かが傷つくことになってしまえば、自分の責任だとして一生抱えることになる。そうならないために、できることをする。

 

『だろ? だから俺たちは戦うんだ。平和を守るために。始の立場であれば……そうだな……大切な人を守るためとかな』

「でもそれだと……」

 

 それだと一方的に守ることになってしまうのではないかと始は危惧する。しかしそうじゃないとゼットは話す。

 

「一方的にじゃない。一緒に戦うんだ。俺たちと、地球人で」

 

 地球人が、ウルトラマンだけが人々を守るのではない。共に手を取り合い、協力して戦っていく道だってあるのだと教えてくれた。

 

『それに師匠から言わせれば、俺はまだまだ3分の1人前だからな。始たち地球人たちの力が必要なんだ』

 

 自虐しつつもどこか明かるく語るゼットに始は笑みを溢す。

 そうだ。今は守る力がある。けれどそれを使わず、また自分のような思いをする人を増やすことになれば、一生自分を許せなくなるだろうし、余計に地球はウルトラマンという存在を邪魔に思うだろう。

 

『とは言っても悪いな。こんな責任を負わせてしまって。ウルトラ申し訳ない』

「そんなこと……ゼットさん、こんな俺でよければ、これからも一緒に戦ってもらえませんか?」

 

 迷いは消え、再度ゼットに頼み込む。すると勿論だと言わんばかりに腕を出してきた。迷いを乗り越え、後悔しないため2人で戦うと強く決心したことを証明するかのように、腕と腕をタッチさせた。

 

『……なあ、始』

「どうしたんですか、ゼットさん?」

 

 ふと、ゼットは迷いながらも語り掛ける。

 

『やっぱり、その……”さん”ってつけるのとかやめないか? 礼儀なのは理解してるつもりだ。けど、これからも一心同体で戦う仲だ。なるべく対等な立場ってやつでやっていきたいんだ』

 

 年上として敬っていることが、ゼットにはどうにも慣れないものらしい。共に戦うのであれば、全てとはいかなくとも対等でありたいと語るのは、ゼットなりの誠意かもしれない。

 

「そうですか……けど年上ですし……」

『こういうのは、年上の頼みを聞くもんでございましょう?』

「う……それはズルいっすよゼットさん……」

 

 悩む始であったが、ゼットがここまで頼んでいるのだ。観念した始は再度名を呼んだ。

 

「じ、じゃあ……ゼット、これからもよろしく。これでいいだろ?」

『ああ、よろしく頼みます!』

 

 別の場所で改めて決心していた彼女たちのように、インナースペース(ここ)でもまた決意を固める者たち。

 長く険しい道のりになるのかもしれないが、彼らなら大丈夫だろう。簡単には消えることのない炎が、瞳の中で燃えているのだから。

 




原作サイドが進む中、始のちょっとした過去がまた明らかになりました。

そしてゼットとタメ語。
やっちゃいけないよなとは思いつつ、ゼットとタメでやっていくのも見たいなと思って書かせていただきました。


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第10話 星空の元で

お待たせしました……!


 ライブまで残り僅か。数少ない日数の中で、かのんと可可は練習をこなしていった。

 彼女たちの凄まじい熱意は、始や千砂都の課したメニューに食らいついていく。すべてはフェスで1位を取るため。これからも2人でスクールアイドルを続けていくため。

 

「短期間でここまでできるなんて本当にすごいよ!」

「でも……もう無理ぃ~」

「ハハハッ、かのんもクゥクゥもお疲れ。2人とも頑張った。後は本番だ」

 

 最後の追い込みを終えた2人。肩で息をしながらもどこか清々しさを感じさせる。本番は明日。スクールアイドルに触れてこなかった彼女たちを見れば直前までやるべきなのかもしれない。しかし追い込みすぎて本番に支障があっては意味がない。そんな判断から明日は軽いフォーメーションの確認だけとなっている。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……頑張りマス……」

「それでいい。よし、体を冷やさないうちにストレッチして帰ろう」

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあまた明日学校で!」

 

 千砂都の声と共にそれぞれの帰路に就く。夜でも相変わらず賑やかな街で、始とかのんは肩を並べて歩く。

 

「始くん、ホントにありがとね。練習付き合ってもらって」

「お礼なんていらないよ。俺がやりたくてやったことだし、それで俺の経験が少しでも役に立ったのならそれで」

「でも本当に助かったんだよ」

「はいはい」

「適当に聞き流してない?」

「別に~」

 

 他愛のない会話を繰り返しながら道を進んでいく2人。そしてこの数日の練習から感じたことを始はかのんへ投げかける。

 

「にしても、この数日は随分熱が入ってたよな。こっちも練習メニューちょっとキツくしちゃった」

「あ、やっぱり? どうもキツイなって思ったんだよね。キツすぎて後で絞めてやろうかと思った」

「こわ……」

「冗談冗談! でも熱が入ってたのは本当。クゥクゥちゃんも頑張ってるし、なにより……私とステージに立ちたいって言ってくれたから」

「そっか」

 

 かのんの真っ直ぐで力強い瞳。可可の思いを無駄にしたくない、自分のできることを精一杯頑張りたいという気持ちの表れだ。

 

「頑張ってるよかのんも」

「ありがとう。でも、こうなれたのは始くんのお陰でもあるんだよ」

「……え?」

 

 突然のことに間の抜けた声を発する始。

 

「あの時……怪獣が来た時にさ、始くんは自分の気持ちに嘘を吐くのは終わりにするって言ったでしょ? その言葉があったから私は可可ちゃんとスクールアイドルをやりたいって言えた。まあ、歌えるかどうかはわからないけど……でもキッカケの1つは始くんだった」

 

 あの時は自分に言い聞かせるため、過去の自分とある意味での決別として放った言葉だった。けれど同時に、自分ではない誰かに……かのんにも影響を与えているとは考えてもいなかった。だから彼女の語ったことに対してどう反応すればいいかわからなかった。

 

「だから、本当にありがとうって」

「……お、おう」

「ねえ、ちゃんと話聞いてる!?」

 

 始の反応があまりにも薄かったから、かのんは顔を赤くして睨んでいる。

 

「き、聞いてるよ! ただ、意外だった……というか、思ってもみなかったっていうか。俺のお陰だなんて」

「いつも人助けしてるのにこういうのには鈍いんだね」

「わ、悪かったな鈍くて! ……でもそっか。今回は助けになれたんだな」

 

 始は笑顔を見せる。すると自然とかのんも笑顔になっていくのだった。けど、始の言葉は間違いだ。”今回は”なんてことはない。

 

「今回だけじゃない」

「え?」

「ううん、あ、じゃあ私はここで! 始くん、また明日」

「……? うん、じゃあな。早めに寝ろよ。今日は特に!」

「わかってる!」

 

 幸いなのかどうか。遂に2人の帰り道も別々に。簡単な会話の後、始の背中が見えた瞬間、かのんは呼び止める。

 

「明日は……絶対いいライブにするから!」

「うん、楽しみにしてる!」

 

 始の背中が小さくなっていく。その姿を見つめながら、かのんは呟いた。

 

「ずっと助けてもらってる。あの時から」

 

 ────「こういう時は歌を歌えばいいんだよ」

 

 ────「かのんちゃんの歌、俺大好きだな~」

 

 ────「大丈夫、絶対助けが来るから!」

 

 記憶に焼き付いているそれは、かのんにとって良くも悪くも大きな出来事として残っている。記憶と共に発したかのんの声は、喧々たる街の活気にかき消されてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 来る代々木スクールアイドルフェス当日。しかし至極当然のことだが、世間がそれ一色になることはない。例えばここ。ストレイジ統合基地では先の怪獣についてブリーフィングが行われていた。一同はモニターに映された怪獣の動きや攻撃方法を視聴。同時に対策について話し合っていた。

 

「前回の行動と頻発している謎の停電から、ネロンガは電気を捕食していると見て間違い無い」

「透明な状態で電気を捕食し、力を貯めたら姿を見せて周りを威嚇する。……面倒な怪獣だ」

「その面倒な怪獣さんについてなんだけど、停電の発生時間と場所を繋げてみたら……」

 

 停電の発生場所が一本の線で繋がっていく。見えてくるのはネロンガの行動。各発電所で電気を捕食しつつ移動しているのだ。さらにこのままのルートであれば、ネロンガは東京に到達することになる。

 

「このままだと日本中の電気を食い尽くされちゃう。同時に放電なんかされたらたちまち黒焦げ」

「どうにかして防ぎたいけど……どうすれば」

 

 生活維持に必要不可欠な電気。それを食われ、放電によって火の海を生む。多大な被害を生むことが予想されるネロンガは即座に討たなくてはならない。でも、透明になる上にこれまで溜め込んだ莫大な電気。これを撃たれればひとたまりもないだろう。ではどうすべきか。すると結衣は笑みを浮かべながら小さなミサイルを取り出した。

 

「ふっふっふ……そこで私の開発した電解放出弾の出番! これを使ってネロンガの表面に強い電解を────「ああ結衣、簡単に頼む」……ちぇっ、わかりましたよぉ。電気をため込んでる角の付け根に命中させてぇ、貯まってる電気を空気中に放出。そうすりゃネロンガもただじゃ済まない」

 

 ネロンガの電撃対策は結衣の兵器でどうにかなりそうである。しかしこの電解放出弾、一発限りであると結衣は注意を促す。その話を聞いて表情を歪ませる晶子。

 

「一発? 透明になるからただでさえ当て辛いってのに?」

「んも~しょうがないでしょ? 時間なくて一発しかできなかったんだから」

「そういうことだ。だから外さないように俺が発信機をぶち込んでやる。晶子はコイツを装備したゼブンガーで待機だ。いいな?」

 

 ムスッとする結衣を苦笑いしつつフォローする正太。

 組織特有のお堅い雰囲気がなくとも、作戦の概要が決まった。あとは出撃準備を始めるだけだ。すると、格納庫のほうから男が入ってくる。黒縁の眼鏡をかけた老年の男。その白いツナギ姿は彼が整備班だと言う事を表していた。

 

「よ、今時間あるか?」

「バコさん! 珍しいですねこっちまで来るなんて」

 

 そう、彼が因幡浩司。ストレイジ整備班班長だ。

 

「調整が終わって聞きたいことがあったからな。晶子、前言ってた背部スラスターの噴射が左右で微妙に違うってやつ、調整しておいたぞ。あと操縦時の伝達時間のズレもな」

「ほんとですか! ありがとうございます!」

「いいって。セブンガー(アイツ)もまだまだ成長できるってことよ。じゃ、また後でな」

 

 調整は終わったが、次は即座に出せるようにセブンガーを待機状態にしておく必要がある。そのために浩司は格納庫のほうへと戻っていくのだった。

 

「よし、作戦名は”ネロンガ電気放出大作戦”次こそ討つぞ!」

「「了解!」」

 

 目の色が変わる。そこには人々の平和を守る防衛隊としての姿があった。

 

「大作戦って何さ」

「結衣、ツッコまないの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 簡単な確認を終え、会場に着いた頃には既に多くの人々が集まっていた。誰もがスクールアイドルをこの目で見たいと思っていることだろう。そして集まっている人数は、世間でどれだけ注目されているのかを示していた。

 

「すっごい人だな」

「ね! それだけスクールアイドルが人気ってことだよ」

 

 かのんと可可の2人とは異なり、始と千砂都は観客席の方から出番を待っていた。

 

「この規模で2人はファーストライブか……」

 

 観客はスクールアイドルを良く知る者が殆どだろう。そこに今回が初ライブとなるクーカーが登場するといなれば、一体どのような反応になるだろう。かのん達を疑っている訳じゃないが、それでも不安になってしまう。

 

「これまでかのんちゃんもクゥクゥちゃんも練習を頑張ってきた。やれることはやった。なら、信じてあげるのが私たちの役目だよ」

「……うん、そうだよな」

 

 千砂都はかのん達を強く信じている。これまでやってきたことを発揮してくれると。

 彼女の言う通りだ。一番近くで練習を見てきた。彼女たちは本気だった。ならば、後は本番を見届けるのみ。自分たちが一番信じてあげなきゃいけないのだ。

 

「よしっ! 精一杯応援するぞー!!」

「おー!!」

 

 すると携帯が震えた。始が確認すると可可からメッセージが来ていた。内容は少し話したいのだと。時間はまだある。千砂都に伝え、可可の元へと向かうことに。

 

「どうしたんだクゥクゥ?」

「あ、始さん……」

 

 ステージから少し離れたところにいた可可。既にステージ衣装に着替えており、準備はバッチリの様に見える。でも彼女の表情はそうではないと伝えてる。いつもの元気な可可とは異なり、顔が強張っており、声も若干震えている。

 

「可可、こういったのは初めてデ。いざ始まるのだと思うと、震えてしまっテ……」

 

 当たり前だ。今回が初。しかも1位を取らなきゃというデカいプレッシャーの中だ。しなかったら大物だ。

 

「緊張した時はさ、こうやって掌に犬って書いて飲み込むとか、一回深呼吸してみるとか……色々方法がある。まあ人に寄りけりってやつだし、クゥクゥも知ってるとは思うけど」

 

 可可へ実際にやってみたりして、始は緊張の解し方を伝える。すると彼女は震えた瞳をこちらに向け訪ねてきた。

 

「始さんは緊張したこと……ありマスか?」

「うん、あるよ」

 

 彼の解答に可可は驚きを隠せていない。そんな彼女の表情から察した始は、少しばかり自分の過去を彼女へ話す事にした。

 

「俺、昔柔道やっててさ。色々あって辞めちゃったんだけど……大会の時は毎回緊張してたよ」

 

 多くの目が体に突き刺さる感覚。意識を向けてしまうと鼓動は速くなるし、体が凍りついたかのように動かなくなる。思考も鈍くなってこれまで積み上げてきた力を充分に発揮できない。

 

「でもさ、自分を応援してくれる声を聞くと……居るとわかると頑張ろうって気持ちが湧いてきて、熱意が緊張を上回るんだよ」

 

 背中に刺さるのは冷たい視線だけではない。頑張れと応援する温かい声が、体に纏わりついた氷を溶かしてくれる。

 

「多分これって、クゥクゥたちのステージも同じなんじゃないかなって思う。見てくれている人の笑顔とか、一緒になって自分たちも楽しみたいとか……そういった気持ちが、時に助けてくれる」

「始さん……」

「隣にはかのんがいる。俺も千砂都も信じてる。大丈夫。……ステージを見に来てくれた人に見せてやろうぜ! 結ヶ丘の……クーカーの凄さを!」

 

 彼女の目を見つめ始は微笑む。

 

「始さん……はい! クーカーのライブを見せつけてやりマス!」

「その意気だ。じゃあ、あとはかのんと調整してくれ!」

 

 どの程度力になったかは分からないが、可可も先の表情と比べてマシになったと思う。そう思えた始は観客席に戻ろうとした。だが、近くで声が聞こえたのだ。

 

「おい、ストレイジがネロンガ討つってよ」

「そうなん? 中継とかあんの?」

「これ見ろよ」

 

 携帯端末に集まっている人々。ライブを楽しみたいところだが、話を聞いてしまってはそうもいかない。気になった始はその輪に加わることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 始が気付く数分前。ストレイジはネロンガ到達予測地点のとある発電所で待ち構えていた。正太と結衣はサーモグラフィで辺りを警戒。晶子はセブンガーのメインカメラから周辺を見回していた。統計から推測した進行速度を考えたら、そろそろ現れる頃だろう。

 

「結衣、どうだ?」

「こっちも見当たりません。早く出てきてネロンガァ~」

 

 結衣の心ない叫びが通じたのだろうか。彼女の背後にあった鉄塔が()()()倒れた。同時に土煙が上がる。どうやら相手は地中を進んできたようだ。

 

「隊長居ました! ってサーモグラフィに映らないんだけど!? もしかして透明だと体温まで消せる……え、マジやっばすっげぇぇぇぇ!!!」

 

 無線機から結衣の興奮した声が聞こえてくる。スピーカーの出力調整を間違えた正太は顔を顰めながらも透明状態のネロンガに狙いを定める。

 

「……」

 

 長年の勘と凄まじい集中で正太はネロンガへ発信機を撃ち込むことに成功。同時に外部からの衝撃でネロンガも姿を現した。

 

「晶子、発信機を撃ち込んだ。後は隙を見つけ次第ミサイルを放て」

『了解!』

 

 見える時は目視で。見えないときはコックピット内のモニター表示を頼りに攻撃を加えていく。

 強力な右フックがネロンガを地面に伏せさせた。すかさず詰め寄って2撃目の拳。さらに顎元を両手で持ち上げ、遠方へと投げた。

 

 その追撃がネロンガの逆鱗にでも触れたか。背中を伝って角の先から青白い放電。

 

「きゃああああーーっ!!」

《ダメージレベル40%。駆動回路異常あり》

 

 もろに受けた……ということもあるが、1発でセブンガーがまともに戦闘を行うことすら難しい状態になるほどのダメージ量。どうやらここに来るまでにもたらふく食ってきたらしい。

 さらに先のお返しと謂わんばかりに2発目の放電。胸元に命中し、火花と黒煙を上げながらセブンガーが倒れた。

 

「晶子!」

『あいつ、フルまで充電してきたみたい……』

「この……こっちだ!」

 

 正太はレーザー小銃のマガジンを交換し、ネロンガの気を引かんと引き金を引いた。けれども怪獣の怒りはセブンガーに向いているのか見向きもしない。

 

「晶子、一度離脱だ。もう一発食らったら持たないぞ!」

 

 弾を放ちつつ、離脱命令を必死に伝える。

 弾が命中しても、硬い皮膚には掠り傷1つない。ネロンガは着実にエネルギーを貯めた。背中が光り、角がスパークする。着実に近付くのは、逃れようのない死であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!」

 

 始は即座に人の輪から抜ける。ストレイジのピンチを黙って見過ごすわけにはいかないからだ。もう迷いはない。力を持っているのなら、その力で出来ることをするのみだ。自分が後悔しないために。それを他からなんと言われようとも。

 

「うおおおおおおっ!!」

 

 少年の叫びは、近くで始まった祭典の熱狂と交じり合った。

 

《Hajime Access Granted》

「宇宙拳法、秘伝の神業!」

 

 宇宙拳法の担い手とそれを育てた紅き闘士、そして彼を父に持ち、同じく宇宙拳法の使い手である若き戦士。彼らの力を合わせて使うために、メダルをセットしていく。

 

ZERO(「ゼロ師匠!) SEVEN(セブン師匠!) LEO(レオ師匠!」)

『ご唱和ください我の名を! ウルトラマンゼェェェット!!』

「ウルトラマン……ゼェェェット!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 電撃が迫ってくるセブンガーの前に、青白い刃が降ってくる。2枚の刃はバリアのように電撃を受け止め、押し返すと同時にネロンガを切り裂いて飛んでいく。

 

「これって……」

 

 晶子はメインカメラを使って上空を見上げる。

 右足を炎に包み落下してくる巨体の姿。彼は一直線にネロンガの頭部へ攻撃を与えると宙返りで着地。土煙から姿を現し再度構えた。

 

《ULTRAMAN Z ALPHA EDGE》

 

 以前と同じ夜の街中であり、こちらが不利な状況であることは変わらない。けれど、胸に抱いた思いは以前よりも強く、揺るがないものだ。ここにゼットとネロンガのリターンマッチが幕を開けた。

 

 




かのんと可可はこれで終わりにしないためにステージへ。そして始とゼットも力を持つ者としてネロンガとの戦いに。


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第11話 秘伝の神業

できました。


 

『行くぞ始!』

「ああ、言われなくても!」

 

 地面を強く蹴ってネロンガと衝突。首元をホールドしつつ、背部に手刀や肘打ちを繰り出す。捕縛から逃れたヤツの攻撃を上手く躱し、素早く正拳突きや蹴りを打ち込む。

 以前相対した時よりも動きは素早く、それでいて力強い。始とゼットの繋がりが強く保たれている証拠だ。

 

「よし……やれてる」

『ああ、けど油断は禁物だぞ』

「わか……ってる!!」

 

 渾身の回し蹴りが、赤い軌跡を残してネロンガを吹き飛ばした。命中した部分に目を向けると、角の付け根が焼け焦げているのがわかる。悶えるヤツの様子からもかなりの痛手になったことが伺える。

 

「効いてる……けど……」

 

 しかし喜ぶのはまだ早い。ダメージが目に見えて分かったのは、力を込めた一発を当てたからだ。そう何度も何度も連発できるわけではない。ウルトラマンは短い時間でしか活動できない上、むやみな消費は活動時間のさらなる短縮につながる。加えて相手が大技を親切に当てさせてくれるとも限らない。

 案の定、ネロンガは雷を飛ばして距離を開け始めた。さらに角をスパークさせ極小の電気を生み出す。極小とは言っても怪獣規模での話だ。その眩い閃光は目潰しとして機能する。

 

『小賢しい野郎だ……』

「それにまた消えた……!」

 

 ネロンガは目くらましをした隙に透明化したのだ。戦いの中で学習しているのか……なんとも利口な怪獣である。

 見えないところからの攻撃はやはり防ぎようがない。背後を撃たれ、警戒すればまた背後から。こちらが完全に弱るまで姿を見せない気だ。

 

『ヤバみを感じるぞ始!』

「それ同感」

 

 焦りが胸中を渦巻く。このままでは時間切れになってやられるか、黒焦げにされてやられるか、そのどちらかだ。どっちにしろ始たち、そして人類に未来はない。

 

「どうすればいいんだ」

『6時の方向……いや、真後ろ!』

 

 途端、声が聞こえる。そこには機械の力で拡大した故の独特な響きが混じっていた。声の主は銀色の鉄人……の中にいるパイロットだ。

 

「……ッ!」

 

 ゼット()は声に突き動かされるように真後ろへ向かって裏拳を繰り出した。するとどうだろう。肉にぶつかる確かな感触。それと同時に姿を見せたネロンガ。

 

『ホントに居ましたな!!』

「ああ……」

『透明で見えないなら私が位置を教える。私を信じて……ウルトラマン!』

 

 中にいる人物も知っている筈だ。この星の人々はウルトラマンに対して良い思いを抱かなくなってしまったことを。だからウルトラマンが自分の言葉に耳を貸してくれるのか不安だったのだろう。

 

『始……!』

「志は同じだ。信じるに決まってる!」

 

 セブンガーに向かって頷いてみせたゼット。そこからセブンガーからのナビで位置を知り、攻撃や回避を繰り返していく。

 

『斜め右!』

 

 2対の光刃を振り回し、皮膚を切り裂く。

 

『左横!』

 

 横蹴りで大きく飛ばす。

 

 しかしネロンガは自分の位置が知られていること、そして体に刺さっている存在に気付いたらしい。体全体に電気を行き渡らせ、発信機を壊してしまった。

 

『位置が……!?』

 

 彼女の声からも位置が把握できなくなってしまったことは明白。またもや振出しに戻ってしまった。

 

「またかよ……くそ、俺たちが位置を知っていれば……」

 

 悔しさに顔を歪ませ呟いた始。すると彼の脳裏に過るものが。

 

 ────「見えるものだけを追うな」

 

 以前、怪しい男から教わったこと。

 そう言えばあの男を捕まえた時、目に頼って捕まえたわけではなかったことを思い出した。

 

 始が記憶の深くにアクセスしたように、ゼットもまたあることを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは宇宙警備隊員になってすぐの頃。師匠が珍しく稽古を付けてくれた時の事だった。弟子にした覚えはないと断り続けたゼロに対し、ゼットは何度も何度も教えを頼みにいった。勿論、宇宙警備隊員の訓練や任務の合間にだ。へこたれずに頼みに行き、遂に折れてくれたゼロが組み手の相手をしてくれたのだった。

 

 ────「さあ来い!」

「行きますよ! 師匠!!」

 

 何度も拳を振り上げるゼットだったが、ゼロにはなかなか当たらない。彼の直線的な攻撃を見切っているゼロは、簡単なステップだけで攻撃を回避していく。空振った拳の代わりに、手痛いカウンターを貰ってしまうゼット。めげずに顔を上げて反撃しようとしたのだが、目の前にゼロの姿は無かった。

 

「ど、どこだ……」

 

 キョロキョロと見回すゼット。そのあまりにも無防備な背後にゼロの撓る脚が。

 

「おわっ!?」

 

 攻撃されたと自覚した時には地面に伏せていた。それでもたった一瞬。起き上がったゼットは、攻撃を与えた時にいたであろう場所へと目を向ける。けどもそこにもう姿は無い。

 

「こっちだ!」

「そこで────ブワッ!?」

 

 全くの別方向から与えられた衝撃にゼットはまたも倒れてしまう。

 

「ゼット、どうして攻撃を貰っちまったと思う?」

「師匠の姿が捉えられなくて……でしょうか?」

 

 そうだなと首を縦に振った後、呆れ気味にゼットへ語り掛けた。

 

「はあ……おいゼット、お前は視覚に頼りすぎだ。目で見てから対応してるだけじゃ防ぎきれねぇぞ?」

「そう言われましてもですね……どうすれば……」

「「どうすれば……」って……それ以外も活用するしかないだろうがよ」

 

 ゼロは語るよりも、実際にやって覚え込ませるタイプだった。だからこれ以上は語らずに組手を再開。ゼットも視覚以外を活用しようと思ったのだが、どうにも上手く行かなかった。だから仕方なくゼロはもう少し言葉で教えることにした。

 

 ────「ゼット、君は視覚に頼りすぎるところがある。そのままじゃ見えない相手との戦いでは命取りになるよ」

 

 記憶が飛んである日の訓練。その時はゼロが任務でおらず、ちょうど別のウルトラマンに稽古を付けて貰った時の事であった。彼はゼロから話を聞いていたのか、それとも組手で見抜いたのか。欠点についてゼットに話しかけた。

 

「そうなんですよ。ゼロ師匠からも言われたんですよ。それで視覚に頼らない方法ってのを試してるんですけど、ど~うにも上手くいかなくって……」

「ゼロからは助言を貰ったんだろ?」

「はい。精神を集中させて、感覚を研ぎ澄ませばいいって言われました」

 

 言われたとおりにやればいいのだが、どうにも集中だとかジッとしているのだとかが苦手だとゼットは語る。

 

「そっか。じゃあ今日はボクが付き合うから、苦手を克服しようか」

「いいんですか?」

「ああ。そうすればゼロも弟子に認めてくれるかもしれない」

「おおおお……! やる気がウルトラ湧いてきた……よろしくお願いしやっす!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゼット!」

『始!』

 

 記憶の旅から戻ってきた2人。すると両者の思考はシンクロし、何を考えているのかコンマ数秒のズレもなく伝達。

 

「『やるぞ!」』

 

 視覚を遮断し、精神を集中させる。体を中心として気配を辿る。どこに向かうのか。どこから狙ってくるのか。ヤツの気配を、殺気を捉えるのだ。

 

「『ッ!!』」

 

 体に走る感覚。それは背中の右側から始まった。自分のとらえた感覚を信じ、火炎を纏った右足を大きく振るった。

 途端、何もない……ように見えるところから火花が飛び散る。数秒後、ネロンガが姿を現しながら倒れ込む。

 

『おおっ! ウルトラヒット!!』

「よっしゃ!」

 

 支援なしに己が見破られたことへ困惑するネロンガ。ヤツはダメージなど気にする余裕もなく、即座に姿を消した。

 消えたとなれば再び精神を集中。そして今度は横へジャンプ。

 

 すると、雷撃が先程までゼットがいた場所に落ちる。ゼットはネロンガの殺気を感じ取り素早く回避したのだ。横へ飛んだモーションを崩さずに、額のビームランプから光線を発射。一直線に伸びていった緑の光は肉体を貫く。さらに着地と同時に光刃を投擲。2撃目の火花で声を上げたネロンガ。怯んだその隙に、ゼットは背に跨って角を掴む。雷を飛ばす瞬間、ネロンガは鼻先と頭部の角の3つをスパークさせている。そこを対策しさえすれば、電撃を放つこともできなくなると踏んだのだ。

 

 取っ組み合いが続き、ネロンガの動きが止まったほんの一瞬。ヤツの頭部、先ほど攻撃を食らって焼け焦げた角の根元にミサイルが撃ち込まれた。撃ち込んだのは勿論……ゼブンガー(晶子)

 途端にネロンガは苦しみ藻掻く。同時に頭から大量の電気が放出された。電解放出弾がしっかり効いている証だ。

 

「よっしゃぁぁぁぁ! 大成功ッ!!」

 

 製作者の結衣は大はしゃぎ。

 

「あとはお願い」

 

 撃ち込んだ晶子はモニターで戦いを観察する。駆動回路の異常で戦闘を行うことはできない。ミサイルを撃ち込む装置が機能していただけでも幸運だったのだ。ここからはウルトラマン(彼ら)へバトンタッチ。

 

「彼女たちがやってくれた。後は君ら次第だ」

 

 戦いを見つめる正太。

 ストレイジの力を借り、ネロンガを大幅に弱体化させた。勝負も終盤へと差し掛かる。

 

 自分の体から大量の電気が抜けていく。エネルギー源にして攻撃を放つ際にも必要な電気。力が抜けていく恐怖と、同じくらいに沸き立つ怒り。尻尾でウルトラマンから距離を取り、またしても透明化。これで不意打ちを狙うつもりだ。

 

『またか』

「ああ、けど……!」

 

 相手は見えない敵。どこから攻撃を行うかわからない。けど心の目で見つめれば、感じ取ることができれば、それは脅威でもなんでもない。

 力を持つ責任を果たすために、平和を乱す敵を討つために、彼らの感覚がヤツの潜む場所を探り当てた。

 

「『……ッ!」』

 

 振り向きつつ貯め込んだ力は、青い閃光となって腕から腕へと伝っていく。

 互いの意識が以前よりも強く、はっきりと重なり合う。強い結びつきを感じながら、力を開放するスイッチの如く、2()()は技を叫んだ。

 

『「ゼスティウム光線ッ!!』」

 

 青い熱戦は黒の世界を突き進み、空を……否、透明となったネロンガを見事に貫いた。光線は肉を焼き骨を砕く。さらにはその熱量に耐えられなくなり、透明怪獣の体は爆発の中で粉々に吹き飛んでいくのだった。

 

「……フッ、悪くない戦いだ。なんか初めの頃のアイツを見てるみたいで嫌だったけど」

 

 ウルトラマンと特空機、どちらが欠けても勝利はなかった。互いが互いを支えた戦いを見届けた正太は、どこか満足そうに2人へ指示を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゼット、あの方向に頭を向けてくれる?」

『え、お安い御用でありますが、どうしたんだ?』

 

 空を飛翔する傍ら、始はゼットに頼み込んだ。別段無理なお願いという訳でもなかったため、逆にゼットは首を傾げていた。

 

「大切な人たちのライブがね。ごめん、ウルトラマンの力を個人的なことで使っちゃうなんて」

『このくらいなら問題ないさ。なるべく近くに降りよう』

「ありがとう、ゼット」

 

 ウルトラマンから始へと戻る間、ライブ会場から目を離すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 ステージ立てばやはり体が強張る。多くの歓声が圧になって、自分たちを押しつぶそうとしているように感じた。

 またあの時を同じになるのか。もう嫌だというほど味わった。周りからの期待に応えられない申し訳なさ、自分のせいで夢を諦めなければいけなくなること。だとしても、自分の歌に惚れたと、一緒にやりたいと言ってくれた。だからステージに立った。けど────

 

 途端、辺り一面が暗闇に包まれた。停電したということは嫌でも理解できた。最悪だ。最初で最後になるかもしれないステージが、このような事態で終わりを告げるなんて。

 

「見テっー!」

 

 すると、背に立つ友人から声が。恐る恐る目を開けると、目の前には光が。多くの光が見えた。色とりどりの鮮やかな光。空に輝く星々にも負けない、地上で輝く光の海。

 これは自分たちへのエールだ。新たな一歩を踏み出さんとする自分たちへの。期待とかじゃない。応援してくれているんだ。それは圧ではなく、自分たちを包み込み、背を押してくれる声だった。もう、止まらない。この溢れ出しそうな思いを声に出すんだ。

 

「歌える」

 

 大丈夫だ。前にも、そして隣にも支えてくれる人がいるんだ。今はもう────

 

「1人じゃないから……!」

 

 

 

 ────Tiny Stars────

 

 

 

 憧れを歌う。そんな彼女ら2人は多くの光で照らされ輝いている。でもそれだけじゃない。彼女たち自らが星のような煌めきを宿していたから輝いて見えるのだ。

 

 例えここで道が絶たれたとしても後悔することはない。だって、友人と約束した最高のライブを披露できたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっげ……」

 

 クーカーのライブを目の当たりにし、始はただただ見入ることしかできなかった。その後自分が震えていることに気付く。感動から込み上げる巨大な想いが行き場を求めているのだろう。

 

「ん?」

 

 心を落ち着けようとステージから目を離すと、離れた場所に突っ立ている女子生徒を見つけた。見覚えのある制服……というか自分たちの通っている学校の制服に身を包んだ金髪の生徒。始には覚えがあった。

 

「ねえ、君……」

 

 声を掛けた途端、電気が走ったかのように体を跳ねらせた女子生徒。

 

「何もしてないったらしてないわよ!!」

 

 一目散に逃げていき、すぐさま見失ってしまった。

 

「なんだったんだ……今の?」

『さあな……。にしても始、スクールアイドルというのは素晴らしい文化でございますな!!』

「だよな。まだまだ知って日は浅いけど────」

 

 話していて違和感に気付く。いつも調子で話していたが、今までは無かったことだ。

 

『どうしたんだ、始?』

「え?」

『え?』

「いやいやいやいや、おかしいだろ!? なんでゼットの声が聞こえてるんだよ!!」

『何でと言われましてもなぁ……』

 

 ゼットの声が聞こえる。近くで話しかけているのかと思って耳を塞いでもみたが、聞こえなくなることもない。つまりは頭の中で響いている。

 

「だってこれまでは直で……」

『多分、始と俺の繋がりが強くなったからかもしれないな』

「なんだよそれ。まあ、いいけどさ」

 

 前回の対話を経て、一心同体の度合いが変化したのだろう。インナースペースを介さなくとも話せるようになった理由はそれだと推測したゼット。でも、不思議と悪い感じはしなかった。

 

『何はともあれ、これからもよろしくな、始!』

「……ああ、こっちこそよろしく……ゼット」

 

 互いの存在を、関係をもう一度強く結び直すように呼び掛け、始は観客席の方に歩いていくのだった。

 

 




ゼットと始がインナースペースを介さずとも話せるというタブーを破ってしまった感のある話に……。言い訳をさせてもらうと、こうでもしないとゼットが空気と化してしまうのではという思いからくる苦渋の決断です。

そして始が見かけた女子生徒とは一体どこのギャラクシーなのでしょうか……。


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第12話 ギャラクシーは突然に

2週間以上経ってますね……申し訳ありません。


 

 

 

 見渡せばそこは黒。周りにはポツポツと光る小さな点。光る点が幾つあるかわかりません。どのくらい離れているのかもわかりません。

 

 目の前には白い球体が。そして後ろには、青い球体が。皆が住んでいる場所。僕が守ると勝手に決めた場所。僕は巨大な剣を片手に黒い宙を駆けていきます。目の前には巨大な獣がいて、眩い光りが僕に迫ってきます。避けると後ろに球体に当たるので、僕は剣で受け止めます。

 

 獣は叫びます。どうして叫ぶのか。悲しいから? それとも怒っているから? 今となってはもうわかりません。

 

「────」

 

 僕は剣から光を放ちました。同時に、獣も背中の大筒から光を放ちました。放った光はちょうど僕らの真ん中でぶつかりました。そして眩しい光が目の前で散って、僕とアイツは落ちていきます。

 

 先にアイツが地面に落ちました。次は僕の番です。どんどん地面が近付いて、近付いて……最後には────

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ッ!?」

 

 男は目を覚ます。先程見たものは既に終わったこと。今は自宅の寝室だ。男は胸の中にあった妙な安心感と悲しさを流すように息を吐く。ベッドから起き上がって時計を見れば、起床時刻より数分早かった。

 

「思い出した上に、早く起きるなんて……」

 

 あの夢……あの過去を思い出すことは最近は無かったのだが……。おそらく、原因はあの巨人のせいだろう。

 

 彼がこの星を去って10年。今もどこかで親切に手助けをする彼と入れ替わるように現れた巨人。一体何故、どうして来訪したのか。いずれ彼らと話さなくてはいけないだろう。そう思うとちょっと憂鬱になる。

 

「この星は愛されてるよな。ウルトラマンに」

 

 平和な街を一望しつつ、青影正太は呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「多分だけど、ゼットの声が聞こえるのはゼットライザーを媒介にしているから……かもね」

『成程……。じゃああまりにも始とゼットライザーの距離が離れると、俺の声が聞こえなくなってしまうわけですな』

「多分だよ多分」

 

 始とゼットは学校へ向かいつつ呑気に話し合っている。話題は勿論、彼らがインナースペース外でも話せるようになったことである。

 

 原因はどうでもよいと流してはいたが、帰宅してからやはり気になって調べていた際、ゼットライザーを自室に置きっぱなしで洗面所へと向かってしまった始。するとゼットの声が聞こえず、自室に戻ったら再度聞こえるようになった。もしかしてと思い数回検証し、確証を得たのである。しかしゼットと話せるようになったのは突然の事であるため、他にも要因があるのかもしれないが。

 

『でも困ったな……始だってずっと持ってるわけじゃないからな』

「そうだね。あ、ゼットライザーも地球人からは見えない素材で出来てるとかない?」

『いや~、どうだったかな……ヒカリ先生そんなこと言ってたかな……』

「聞いてないの? もしかして忘れたとか?」

『……すまん』

 

 ゼットの声があまりにも申し訳なさそうだったので、始は思わず笑みを溢してしまう。しかし覚えていないのならしょうがない。後でサラッと思い出すこともあるだろうし、今だって別段都合が悪いわけでもなかった。

 

「まあ、しょうがない。じゃあ持てる時はなるべく近場に置くようにするよ」

『そ、そりゃ良くない! 始のプライバシーとやらもありますでしょうし……』

「だったら聞かないように、見ないようにしててよ」

『ど、努力する』

「ハハ……ほどほどでいいからさ」

 

 他愛もない会話。しかし傍から見れば独り言を呟くだけの狂人だ。よって人々に見られた場合には社会的に終わる可能性もある。

 時と場所には注意しなくては。街行く人たちを横目に、始は口を閉じた。するとタイミングよく背後から声が。

 

「始くん!」

「おはよう、かのん!」

 

 かのんは小走りで始の隣へ。そのまま2人は並んで街中を歩く。そこからは他愛もない話だ。でもある程度進むと、ある話題に辿り着くことになる。そしてかのんは尋ねてくるのだった。

 

「ねえねえ、代々木のライブどうだった?」

「またかよ。だからすげー良かったって」

「ホント!」

「ホントにホント」

「そっか……えへへ……」

 

 最近ずっとこの調子である。

 

 代々木スクールアイドルフェスで優勝したのは、やはりと言うべきかSunny Passionだった。評判通り……いや、それ以上の圧倒的パフォーマンスを前にして、始は目を奪われてしまっていた。

 

 ではクーカーはどうだったのか。結果を言うと、彼女たちは特別賞に輝いた。初ステージにも関わらず、多くの人々を魅了し、他のスクールアイドルと競い合える程のポテンシャルがあると知らしめたのだ。

 かのん的にはようやく人前でも歌えたと言う事実もあって舞い上がっているのかもしれない。彼女のことを思えば、確かにわからなくもないが。

 

「浸ってるのもいいけどさ、今日から正式に活動するんだ。シャキッとしろよシャキッと」

 

 理事長との条件である「1位を取る」ということは出来なかった。しかしこの特別賞が効いたのか、なんと活動を認めてくれたのだ。その旨や部室、練習場所の提供については昨日の放課後伝えられた。部室の鍵は今日渡されることになっており、これで本格的に動けるというわけである

 

「そこはわかってる。結ヶ丘のスクールアイドルとして……っていうのもあるけど、ライブをやって、もっといい歌を歌いたいって思ったから」

 

 どうやら言わなくても大丈夫だったようだ。かのんはかのんなりに色々考えているのだ。

 スクールアイドルを通し、彼女も変わり始めている。そんな姿を見ていたいと思うと、ウルトラマンとして平和のために戦うのも苦じゃないなと心から思う。

 

「そうかい。じゃあ、体力トレーニングはもう少し厳しくしてもいいかな〜」

「え、あれ以上に!? 始くん勘弁してよ〜」

「いい歌を歌いたいんだろ?」

「それとこれは別〜!」

 

 別々の壁を乗り越えた2人は、いつものように学校へと歩みを進めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ういっすー! クゥクゥちゃんから話聞いたよ。活動、許可してもらえたんでしょ?」

 

 教室に向かう途中、可可と千砂都に遭遇。どうやら可可から話は聞いているみたいであり、始とかのんは事実であると首を縦に振る。

 

「そうなんだよ! 正直ダメかなーとは思ってたんだけど」

「本当、呼ばれた時はヒヤヒヤしたよ」

「アハハ、でもよかったね」

 

 昨日のことを話す2人を見て笑う千砂都。彼女も自分の事のように喜んでくれているのがわかる。

 すると可可から報告はそれだけではないと告げられる。携帯を取り出して見せてくれたのは、クーカーの共同アカウントであった。

 

「なんと……フォロワーが2千人になったんデス!」

 

 先日のライブが効いたのか、多くの人々に注目されたようだ。

 正式に活動を認められたこと、そして注目してくれているファンが増えた事。これらを受けて彼女たちは練習により一層力が入ることだろう。

 

 しかしすべてのわだかまりが解け、心地よく活動がスタートできるというわけでもない。まだ身近な、同学年との問題は片付いてはいないのだから。

 

「……」

 

 前方から歩いてくるのは音楽科の制服に身を包んだ生徒である彼女……葉月恋。未だにスクールアイドルとしてかのん達が活動することを認めていないのは、火を見るより明らかだった。

 

「こちらが部室の鍵です」

 

 やや語調に棘があるようにも思えなくもないが、揚げ足取りのように問い詰めるのも良くない。こうやって鍵を持ってきてくれただけでも感謝すべきだ。

 かのんの掌へ落とすようにして鍵を渡した恋。そして用は済んだと帰ろうとするが、かのんが呼び止めた。幾秒か躊躇した様子を見せたかのんだったが、意を決して恋へ伝える。

 

「私たち……この学校の力になるような成績を収められるようにする」

 

 かのん達も同じ。音楽を特色とする学校として恥じないように、そして新しく始まった結ヶ丘を共に盛り上げようとしている。方法や形は違えど、向いている方向は同じだ。だからわかってくれるのではと歩み寄る。けど、返ってくる答えは期待していたものとは違くて……

 

「だったら、スクールアイドル以外の活動にしてください。そうであれば、いくらでも応援してあげられますから」

「……それはできない。あのライブを通して、スクールアイドルって本当に素晴らしいって思った。それにもっと練習して、いいライブをしたい、いい歌を歌いたいって思ったから」

 

 スクールアイドルでなければ。彼女はしきりに口にする。他の方法で学校を盛り上げてくれと。

 でもそれはできないとかのんも食い下がる。代々木のフェスを、それまでの過程を通して多くの刺激が彼女にもたらされたのだろう。自分の力を高め、歌……ライブを披露したいと強い眼差しで訴えていた。

 両者の意見は平行線。同じ目標(ゴール)を目指しているが、交わることは無い。今話してもあるのは衝突のみである。

 

 平行線であることを恋も悟ったのだろうか。4人の元を後にする。

 

「残念ですが、今のあなた達がラブライブで勝てるとはとても思えません」

 

 厳しい言葉を残して。

 

『ウルトラ手厳しいですなぁ……にしても不思議だ。どうしてあそこまでスクール……なんたらを認めようとしないんだ?』

「さあな……」

 

 葉月恋は何故そこまでしてスクールアイドルをやって欲しく無いのか。学校の評判が下がる……という訳だけでは無いように思えた。第一、初参加で特別賞を貰えるレベルのライブをしたのだからこれからの活動次第でさらに化ける可能性はあると示した。それにスクールアイドルは世間一般的にも認知され、学生のみならず人気であることはあちこちで開催されているイベントに彼女らが呼ばれていることが証明している。さらに過去には海外やアキバドームにてライブを行ったグループもおり、同じくアキバドームで大会が開かれたと記録にも残されている。自己を表現する芸術の1つとして誇ってもいいはずだ。

 けれども彼女は眉を顰めていた。やめてくれと訴えていた。そこまでしてスクールアイドルをして欲しくない理由とはなんなのか。始の中には疑問が残る。

 

「始、何か言いまシタ?」

「いや別に!? 何はともあれ鍵は貰ったんだ。これからはより一層力を入れて練習しよう!」

 

 ついついゼットとの会話に答えてしまったが、なんとか誤魔化すことは出来たようだ。ひと息ついて視線を向けると、かのんだけは悲しそうに恋が去っていった方向を見つめていた。

 

「かのん、お前が言った通りこれからも練習して学校に恥じない活躍ができたら、葉月さんだって認めてくれるかもしれない。そう信じて今はやっていくしかないよ」

「始くん……うん、そうだよね!」

「始はいつも前向きなんですネ。それが頼もしいですガ」

 

 かのんの表情に明るさが戻ったところで、可可が話題を提示した。言われてみればと千砂都も顎に手を当てている。

 

「前向きに考えないと出来ることも出来なくなっちゃうからな。どうなるかわからないのなら、まずは信じてやっていくだけってね」

 

 精神は肉体に作用する。後ろ向きな思考は体を萎縮させ本来の動きを阻害してしまう。だからなるべく前向きにいよう、考えようとしているのだと語る。先のことはわからない。思い描いていたこととは違うかもしれないけれど、信じてやっていくぐらいタダなんだからと。

 笑顔を見せて語る始に、可可は納得したようだった。一方かのんと千砂都は彼らしいと笑みを浮かべている。

 

 後味の悪い雰囲気が始によって好転したところで、HRの開始を告げるチャイムが校舎に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「始~はやく購買行こうぜ!」

「悪い。俺さっきのプリント職員室に持っていかなきゃいけねんだわ。先行ってろよ」

「まったく大変だな。頼まれたら片っ端から引き受けてるだろ? もしかしてお前……先生に媚び売ろうってか!?」

「そんなんじゃない。ただ断る理由もないだけ。ってか早く行けって。お目当ての品、売り切れるぞ」

「ん、それもそうだな。じゃ、先行ってるわ!」

 

 午前中の授業が終わり昼休み。授業中は先生の声が大半を支配する教室もこの時間は騒がしくなる。

 購買へ走っていく友人を横目に背伸びをした始は、教卓に置かれたプリントへ目をやる。授業で使ったものなのだが、先生の荷物も多くプリントだけ持ってくるように頼まれたのだ。

 

『始、さっきの……歴史だっけ? 怪獣の事にも触れてたな』

 

 頭の中でゼットが語り掛けてくる。4限は歴史の授業であり、教師は近年の怪獣についても触れていた。それがゼット的には気になったのだろう。

 

「そりゃ触れざるを得ないだろ。現に今も怪獣災害があるんだし」

『やっぱり、怪獣専門の授業とかあるのか?』

「専門……はないかな。怪獣の生態は生物に含まれるし、大体は社会の科目で触れるし……」

 

 生徒に見られないよう口元を隠して話す始。

 怪獣が出現したからと言って、また新たに教科が増える訳でもなかった。社会科や理科の授業で触れるだけだ。避難についても全校集会のような形で行われており、大きく学校の仕組みが変化することはない。

 

「そういえば、ゼットとかって勉強するの?」

 

 ちょっとした疑問だった。彼らウルトラマンでも学校はあるのか、そして勉強をするのか。

 

『勿論するでございますよ。任務で宇宙中に散らばるんだ。様々な言語や怪獣の生体、各惑星の文明なんかを知らなくちゃいけないからな』

 

 このように異種族同士で会話すること、そして怪獣の対処、惑星ごとの文化を知らなければ守ることはできない。当たり前と言えば当たり前のことだった。ウルトラマンも1つの生命体。最初のスタート地点は案外同じなのかもしれない。

 

「にしてはたまに日本語怪しんだよな……」

『なんだ?』

「いいや、何も。そうだ、光の国……だっけ? そこじゃどんなことを習ってたんだ?」

『そうだな……怪獣生態学は基本として……あとなんだっけかな……宇宙気象学とか……古代宇宙文学史とか……』

「あ、もういいや……ありがと」

 

 地球でのあれこれで頭をフル回転させているこちらからしたら、絶対に難関過ぎて吹き飛ぶであろうワードの羅列だった。考えるだけで思考がフリーズしそうな始は途中で聞くのをやめ、教卓へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

「失礼しました」

 

 職員室を後にして購買に向かおうとした矢先、始の前に金髪で翠眼の女子生徒が立っていた。その青い普通科の制服やストレートのロングヘアには見覚えがあった。確か代々木のフェスに居た人物だ。

 

「君、フェスの時に────「そのことは触れないで」

 

 触れてはいけないらしい。了承したと始は頷く。

 女子生徒は始を真っ直ぐに見つめ、突然で悪いんだけどと前置きをしたうえであることを訪ねてきた。

 

「あなた、あのスクールアイドル2人とは知り合いなんでしょ?」

 

 ”あのスクールアイドル”とは、かのんと可可の事だろうか。改めて2人の名を出して聞いてみたところ、どうやら合っているらしい。でも一体何の用か。

 

「じゃあ、部室もどこにあるか分かる?」

 

 唐突な質問に戸惑う。けれども同じ学校の生徒へ隠す必要もないことだ。始は正直に場所を話し、今日から使い始めることも伝えた。

 

「もしかして入部とか? だったらかのん達に────「そう、ありがとうね。それじゃあ」

 

 始の言葉を聞くこともなく、お礼を残して去っていった。

 

「………え?」

 

 昼休みの廊下。

 始の発した間の抜けた声は、誰にも聞かれることのないまま、溶けるように消えていくのだった。

 

 

 




冒頭に関しては何も言うまい。

ゼットとの会話はゼットライザーを持つか、近くにある状態で行えます。つまり奪われようものなら……。
何気に呼び方が変わっていたキャラがいますね。始とより親しくなったということです。


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第13話 加わる者、暗躍する者

申し訳ありません。そしてお待たせしました。


 

「本当にこっちなの? 他の部室はみんな新校舎の方だよ?」

 

 放課後、いよいよ本格的に活動を迎えることになった。まずはその第一歩たる部室へと向かう4人。

 千砂都が始やかのんに投げかけた質問は、この学校に通う生徒なら誰もが抱くはずであろう疑問だった。用意されている部室は開校の際に建てられた新校舎の方に用意されている。だがスクールアイドルだけは別。旧校舎……神宮音楽学校から使われている方に用意されているとのことだった。不安になるのも無理はない。

 

「さっき地図で見たらこっちだったんだよ。始くんも見たよね?」

「ああ……こっちだったよ……」

 

 地図で確認した。だから間違いはない筈。けれども歯切れが悪い始。彼は昼休みに女子生徒へ教えたことが不安になっていたのだ。今向かっている場所を教えたつもりだが、それが間違っていたら? すれば彼女は全く別の部室へ向かうことになってしまう。そしたら恥をかいてしまうだろう。女子生徒に教えたのは始。つまりは始が恥をかかせたことになる。間違えた事を教えてしまったのではないかと思うと、罪悪感でいっぱいになるのだった。

 

(どうしよう……マジであってるよな? ゼットォォォ……)

『ンなこと俺に聞かれてもわからんよぉ!?』

 

 口に出さなくても念じればゼットは答えてくれる。

 無意識に彼へ助けを求めてしまうが、地球の建造物の……ましてや新設校のことなど知る筈もないので助けてはくれない。

 

「どうしたの?」

「いや……俺も不安になってる。合ってるかな~って」

「大丈夫デス。可可もしっかり確認しましタ。始が不安がることは無いデス!」

 

 可可は始を励まして、先に進んでいく。

 

「クゥクゥちゃんについていこっか」

「……だな」

 

 迷いなく進んでいく可可の足取りは、不安がっていても仕方がないと示しているようだった。

 グレージュの髪を揺らして歩く少女を先頭に部室へ向かう途中、かのんは白い鍵を取り出した。

 

「でもさ、なんで2本付いてるんだろう?」

 

 恋から渡された部室の鍵。そのリングには2本の鍵がぶら下がっている。1本は部室を開けるためと見て間違いないだろう。ではもう1本はなんだ。鍵を揺らしながらかのんは頭を悩ませる。

 

「予備じゃないの?」

「思った。けど同じリングに付けておくか? それにさ、先端の形が微妙に違うんだよな」

「それもそうだね……」

 

 2本あるとなれば紛失用の予備ともとれる。しかしリングに付けておくとは考えられない。第一形が微妙に異なっている。となれば扉を開錠することはできない。やはり2本目の使用用途が見えず、かのんと共に唸る始と千砂都。

 

「ありマシタ!」

 

 悩ます者たちに可可の声が届く。鍵の事は後回しにし、部室へと急ぐ。

 

「地図通りだね」

「んで隣から屋上に出れるとね……」

 

 件の部室は屋上へ出る扉の隣にひっそりと存在していた。一見すると物置のように見えなくもない。だがしっかりとルームプレートが貼られており、そこがれっきとした教室であることを示していた。しかし昼に始へ接触してきた生徒の姿は見当たらない。まだ来てないということだろうか。

 

「……始くん、見てこれ」

「なに? 学校アイドル部……?」

 

 千砂都の言葉通り、指さされたネームプレートへ目を向ける。するとそこにはペンで”学校アイドル部”と書かれていた。「理事長が付けてくれたのだろうか?」そう可可が推測する。

 

「にしては、ちょっと古びてない?」

 

 かのんの言うように、プレートは新品というにはあまりにも傷が目立ち、文字も所々掠れている。新設校で用意した物にしてはいささか時間が経ちすぎている気もする。

 

「味がある……というやつデスネ」

「まあそうとも言えるけど」

 

 苦笑いで答える始。対照的に表情が強張るかのん。そんな彼女へ、千砂都が後ろから語り掛けてきた。

 

「なんか……お化けとかいそう」

「っ!?」

「かのん、怖いのデスカ?」

「ま、まっさか~」

 

 嘘だ。先程の反応からも意識しているのがバレバレであった。若干声も震えている。

 その姿を見て悪戯心が刺激されてしまった始は、鍵穴から内部を覗くかのんへと千砂都ともに声を掛けた。

 

「「みぃたぁなぁ~」」

「~~~~~!!!!」

 

 声にならない悲鳴を上げてかのんは逃げていく。

 

「冗談はやめてよぉ!!」

「ごめんごめん。あまりも怖がるから」

「ちょっと見てみたくてさ。ごめん」

 

 かのんのあまりの驚き様に、困り気味で謝罪する2人。すると彼女は唇を尖らせて戻ってくる。けれどそれだけでは終わらなかった。

 

「ったあー!? えっ、俺だけ!?」

「うるさい!!」

 

 バシバシと肩や背中を叩いてくる。ビックリさせた恨みがこもっているのか、叩く力が微妙に強い。

 

「……誰か居マス!」

 

 しかし可可の一声でまた緊張が走る。冗談で言ったつもりだったが、本当に中にいるとは。

 かのんはもう自分で開ける気はないようで、可可に鍵を渡して最後尾へ。

 

「開けマス……」

「始くん、盾、盾!」

「わかったから。押すな! 裾を引っ張るな! 進めないし退けないだろ!!」

「鍵……開いてますネ。まあいいデス」

 

 意を決して扉を開ける。

 日陰に佇んでいるせいか姿が良く見えない。けれども人型だということは確かにわかった。

 

「あの……」

「~~~~~~!!!!!」

 

 姿が見えて声も聞こえる。本当に目の前にいるとわかってしまった今、かのんは二度目の悲鳴を上げる。

 

「誰デスカ?」

「私は……」

 

 一歩踏み出すと日が当たり姿が明確になる。するとどうだろう。同じ結ヶ丘の生徒のだった。

 

「大丈夫、足はついてる!」

「本当?」

「いや失礼だろそれ……」

 

 始も目を向ける。彼はかのん達とは別の意味で目を丸くする。何故なら目の前の人物は、昼休みに接触してきた人物だったからだ。

 

「あー! 昼休みの!! でも、鍵かかってただろ?」

「これ、スペアキーよ。貸してもらったの」

 

 場所は間違えてなかったことに安堵しつつ、どうして先に待っていたのかを訪ねる。するとポケットから鍵を出してくれた。成程。それならば中にいたことも納得できる。

 

「始くん、平安名さんと知り合いなの?」

「知り合い……っていえるのかは大分難しい……」

 

 かのんは女子生徒のことをご存知のようだった。聞けば同じクラスらしい。

 

「自己紹介はまだだったわね。平安名(ヘアンナ)すみれ。よろしくね」

 

 簡単な自己紹介を済まして本題に入る。何故すみれがここにいるのかということだ。話を聞いていくと、どうやらスクールアイドルに興味があるらしい。

 

「やっぱりかよ。なら昼休みにでもかのん達に言えばいいじゃないか」

「うっさいわね。今ここで話せてるからいいじゃない」

 

 確かにそうだ。どの道部室へ向かうことになるし、詳しい話になれば昼休みや空き時間よりも部活の時間でした方が邪魔されずに済む。であれば結果オーライというやつか。そう1人納得する始。

 頷いている少年のことなど気にも留めず、すみれへ向かっていく者が。可可である。

 

「スクールアイドルが素晴らしいデス! 最高デス! 青春の輝きそのものと言っても過言ではありマセン!! ささっ、ここに名前とクラスを書けば、あなたも今日から立派なスクールアイドルデス!!」

 

 マシンガン並みの喋りですみれを圧倒する可可。確かに仲間が増えるのは嬉しいことだが。

 

「クゥクゥちゃん」

「ちょっと落ち着いて」

 

 まずはスクールアイドルとはなんなのかを事細かに説明することになった。しかし、驚くべきことにすみれは予習済み。なんとも頼もしい人物が部室に来てくれたものである。

 

「こんな大きなステージに立てるの!?」

「はい、ラブライブの決勝は毎年豪華なステージを用意してくれるんデス」

 

 今動画で見ているのはラブライブ決勝のステージだ。決勝進出者のパフォーマンスもさることながら、巨大なステージにも目が行く。

 

「海上の特設ステージとか、アキバドームなんかが用意されたんだっけ?」

「始の言う通りデス。よく勉強してますネ」

 

 スクールアイドルの人気と共に用意されるステージも豪華になっていく。有名な歌手やスポーツ選手が使うようなスタジアムなども過去の決勝では使用されている。それほどまでに人々を熱狂させているということだ。

 

「ア、アキバドーム!? 正月にビートル隊の展示祭が開かれてる?」

「そう。ってかなんでビートル隊……?」

 

 驚きの声を上げたすみれ。アキバドームでは正月になると、ビートル隊広報部らの企画による展示祭が行われているのだ。ゼットビートルや特空機の模型が置かれるのは毎年同じだが、再現度の高い模型ということもあって人々に大人気なのである。他にもビートル隊やストレイジを主役としたステージなんかも開かれている。

 

「じゃ、じゃあこういったステージに立てれば……有名になれるわよね?」

「はいデス。去年決勝に出たSunny Passionは今、98000人ものフォロワーがいるんデス」

 

 フォロワーの数を後ろからのぞき見して始は考えた。決勝に進むために必要なもの。高度な技術は勿論として、多くの人々を虜にする魅力というのも備わっていなければいけないのではないかと。

 

「ギャラクシー……!?」

「……?」

「やるわ。やるったらやってやるわ!」

 

 人の反応としては適切ではないワードが聞こえたが、誰も触れようとしない。それよりも、当の本人であるすみれが入部を決意したことに関心が向いたからともいえる。平安名すみれが加入することとなり、結ヶ丘のスクールアイドルは3人となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 すみれがスクールアイドル部に加入すると宣言したほんの数時間前。

 

「お~い冠木~、メシ行こうぜぇ~!」

「……」

 

 怪獣研究センターは昼休憩に入っていた。

 冠木に声を掛けた男も、空腹を訴える体を満たそうと何処かへ向かおうとしている。そのついでに彼にも声を掛けたようだ。しかし、怪獣研究センターのツナギを未だ着たままの彼は、何も答えることなく背を向けて歩き出すのみ。

 

「冠木さん、最近付き合い悪いですね」

「どうしたんだ? まあ、最近は忙しいしまいってるんだろ」

「倒れないでほしいですよね……」

 

 同僚は彼を心配しつつ、センターを後にする。

 それらを気にすることなく、怪獣の残骸が保管された倉庫から”ある物”を取ってくる。夏の日。東京に君臨した存在の一部。黒い姿へと変わったウルトラマンに倒された……怪獣の一部を。

 

「……」

 

 反扇状の装置を取り出し、トリガーを押す。目の前に開かれたゲートを潜ると、そこには怪しげな装置が。

 先ほど取ってきた怪獣の残骸を流し込み、バルブハンドルを回せば奇怪な音を立てて装置が起動。数秒ほどでメダルが生成された。お望み通りのメダルを冠木は虚ろな目で眺め、口角を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『本当にここで合ってるのか?』

「ああ。ヤツはここで落ち合うようにと」

 

 とある路地。

 そこではスーツに身を包んだ男と、金と黒のジャージを着た男が立っていた。ジャージ男は普通に話しているが、スーツの男は口を開いていない。けれども声は聞こえる。どうやら胸に付けた装置から音が出ているようだった。

 

「またせた」

『遅いじゃないか』

「許容範囲だ。問題ない」

 

 するとそこに冠木が合流。なにやら3人は話始める。

 

『あんたもこの星の言語に慣れてきたようだな』

「ぼちぼち……だが」

「それよりも、早く本題に移ろう」

 

 冠木とスーツの男が頷く。途端、ジャージ男は頭から一本の触手が生え、単眼がギョロギョロと動く異星人へ。スーツの男は紫色の髪を持つ、幽霊のような顔の異星人へと変わった。否、戻った。

 

『ゴース星人シェバだ』

「ゼットン星人フィゾー」

「君たちには実験に協力してもらいたい」

 

 そう言って冠木は自分のゼットライザーとメダルを差し出す。2つのアイテムを使って暴れろということだ。暫しの沈黙の後、最初に同意したのはフィゾー。しかし思うところはあるようで、先ほどの声にはなかった不満の色が混じっている。

 

「地球で言うモルモットのようだが……まあいい。地球を手に出来ればそれで」

『ああ。あのひよっこウルトラマンなら脅威でもないしな』

 

 ”実験”という言葉が多少引っ掛かるし、自分たちが実験動物の様に扱われるのは不満だが、それを呑み込んでまでも彼に協力するのはそのメダルの存在故だろう。”星を喰らい尽くす”という伝説を持つ魔王獣の力が宿ったメダルの。

 

「ネロンガに苦戦するようでは、この力には敵わないだろう」

『そうだな』

 

 全てとはいかなくとも、両者は納得した。

 

「それと、提供してもらった怪獣から製造したメダルだ」

 

 冠木が取り出した2枚のメダル。そこには宇宙恐竜と双頭怪獣の姿が。

 

『そりゃいい。つまりこの3つを装置で合体させろと?』

 

 シェバの言葉に、首を縦に振って答える。その話を聞いて2体は笑う。一体どのような力を手にすることができるのか、その力でどれだけ地球を恐怖に陥れることができるのか。楽しみで仕方ないからだ。

 するとシェバは突然、バッグからカプセルを取り出した。両手で抱えるくらいの大きさだ。

 

『そうだ。お礼と言っちゃなんだが、これどうだ? 裏オークションで取ったんだ』

 

 覗き込む冠木とフィゾー。中にあるのは三又の槍。子どものおもちゃのようにも見えるが、一体何故これを取り出したのか。目線でシェバに訴える。

 

『コイツはな、正真正銘あのウルトラマンオーブが使ってた槍らしいぜ。地球付近で回収したって話だ』

「ほう……あのオーブの」

『でも不思議なのが回収した奴曰く、地球圏に漂ってたわけじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()とかなんとか。まあ、この縮小カプセルの中に閉じ込めたら大人しくなったらしいが』

 

 地球付近を飛んでいた宇宙人に回収され、そこからあちこちの裏オークションで出回っていたらしい。

 

「お前取ったんだろ。いらないのか?」

『最初はレア物ってことで嬉しかったが、ウルトラマンの力だしな。しかもなんか見てると無性にイライラするし』

 

 その時の衝動に任せて購入したものの冷静になってみればいらない品物だった。というのはよく聞く話である。しかもウルトラマンの物であるならば尚更だろう。しかしそれをお礼の品として出すのはどうなのかと、フィゾーは首を傾げた。

 

「不要だ。実験については後で連絡する」

『あ、おい!』

 

 そっけない言葉を放ち、冠木は2人の元を後にする。背後からシェバの声が聞こえるが、彼には聞こえていない。

 路地を出て、普段通り生活する人々に紛れて歩く冠木。人ごみの中で彼は、いつものように不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 




すみれが加入する裏で何やら企む宇宙人たち。
彼らがどんな怪獣を使役するのか(変身するのか)もう面子的にバレてるとは思いますが、ここでは伏せておきます。
名前に関してですが、シェバはヘブライ語で7の意味。フィゾーについては……そういうことです。

さて、他の異星人にゼットライザーが使えるのかというのはこちらとしても疑問があるのですが、経緯は特殊ながらも闇のコピーが出回っていたし……まあいいかなと。


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第14話 雨はまだやまない

すみれぇぇぇぇぇぇ!!!!!


 

 

「それじゃ、まずはステップから!」

 

 すみれを加え、本格的に練習をスタートさせた一同。

 練習場所の屋上は広く、4人では勿体ないくらいのスペースだった。太陽の光が少し暑い。夏が近くなってきたからだろうか。

 

「できる?」

 

 千砂都はすみれに向かって手本を見せた。素早い脚の動きだったので、始はよくわかってない。しかしすみれは別だった。ステップを見ただけでそっくりそのままやってのけた。基礎は出来ているらしい。さらに段階を上げたものですら、彼女は顔色一つ変えずにこなしていた。

 

「これが即戦力……というやつですか?」

「だな。もしかしてダンスの経験があるとか?」

 

 始の質問にすみれは首を横に振った。しかし彼女はだけど、と言葉を繋ぐ。

 

「ショウビジネスの世界にね。昔……」

「ショウビジネス……!?」

 

 その言葉の意味は演劇や映画、音楽といった娯楽興行の総称だ。つまり彼女は芸能界にいたということ。

 

「テレビとかに……?」

「何回かね」

 

 目を見開いたのはすみれ以外の全員。この学校で芸能人に出会ってしまったという衝撃や歓喜は計り知れない。彼女がかのん達に加われば、知名度や人気も一気に上がるというもの。これは最早運命ではと可可は訴えていた。

 

「確かに優勝チームの動画も見たけど、これなら勝てるかもって」

「ホントに!? 私なんて絶対ムリ~って思ったのに」

「すげぇ……これがショウビジネスを生きてきた人物の貫禄……」

 

 ショウビジネスはスクールアイドルよりも厳しい世界なのだ。誰もが売れようと、日の目を浴びようと必死に藻掻いている。そんな激しい生存競争ともいえる場所を知っている彼女からしたら、勝てるという自信があるのも納得のいく話だ。いや、むしろ心強い。

 

「それで! センターなのだけれど?」

 

 すみれは机に身を乗り出して聞いてきた。

 

「センター?」

「ええ。グループなのだから、センターがいる訳でしょ?」

「そっか。この前まで2人だったから考えてなかった」

「3人になれば決める必要がありマスね」

 

 グループで踊る際、一番目立つ場所だ。センターに立つ人物によってライブの色が変化していく。これからの事も見越して考えていかなければいけない。

 

「そうねやっぱり……一番ダンスや歌が上手い人が担当するのがいいわよね」

 

 すみれの言葉に耳を傾ける。確かにそうだ。グループの花ともいえる存在、その人でグループの見方が決定すると言ってもいい。では現状歌が上手く、ダンスもこなせる人物。それは────

 

「かのんだろ」

「かのんがいいデス」

「私もかのんちゃんがいいと思う」

「ちょっと待ったぁぁぁぁ!!」

 

 室内に声が反響する。同時にすみれが机に上半身を滑らせて聞いてきたのはそんな即決でいいのかということ。

 

「どういうこと?」

「後とか先とか関係なく、実力がある人が中心に立つ。それが当然じゃないのってこと」

 

 すみれに同意するかのんとは対照的に、可可は食い下がる。スクールアイドルを良く知っているからこそ、そのセンターの存在についても考えがあるからだ。

 

「実力だけではありマセン。センターには見えない力……カリスマ性が必要なんデス」

「た、確かにそうかもしれないけど、そんなものどうやって諮るの?」

「ならここは昔からある神聖な方法でやろうじゃないか」

「し、神聖……?」

 

 困惑の表情を見せたのはかのん。千砂都も苦笑いだったが、彼は気にせず話を続けた。

 

「グループの中心に立つ者のカリスマ性。確かにそれは形として捉えきれるものじゃない。だから人々は昔から、最も魅力を感じた人は誰なのかを……それで決めてきた。センターに立つもの即ち、多くの人を魅了した者!」

「だから何よ!?」

 

 話が長くなりそうだと察し、堪え切れなくなったすみれは声を大にして問う。

 

「要は────」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただ今スクールアイドル同好会では、センターを誰にするか選挙を行ってまーす!」

「誰が結ヶ丘スクールアイドルのセンターに相応しいか、是非是非投票を!」

 

 普通科の教室。黒板に書かれ、さらに千砂都がアナウンスした通りだ。誰がセンターに相応しいのか、他の生徒からの投票で決める。昔から続く確実な方法である。千砂都と始は黒板にイラスト描き、3人を並ばせて選挙を行う旨を伝えている。千砂都はこういった盛り上げを担うことが多く違和感はないが、始も便乗して盛り上げている姿に困り果てるかのん。

 

「恥ずかしいよ……ってかなんで始くんまでノリノリなの……!」

「いいじゃないデスカ。それよりも、スクールアイドルたるもの恥ずかしいと言っていてはいけまセンヨ!」

 

 かのんも可可も、そしてすみれも手を振る。

 オーディションやスカウトとは違う。アマチュア、それも同級生。彼女たちに勝てばセンターは自分のもの。人気は約束されている。自信と安心に包まれていたのがすみれの胸中であった。

 

 しかし、現実とは非道なもの。神がいたのなら、面白半分で弄繰り回しているだろうという程に思った通りには行かない。

 

「やっぱりかのんちゃんだ!」

「可可もそう思ったのデス!」

 

 ホワイトボードに書かれた投票数の結果。センターはかのんだと証明されてしまった。

 

「……納得できないったらできないわ!!」

 

 わなわなと体を震わせたすみれは不服だと声を上げる。確かにすみれのダンスや歌唱力はかのんに負けていない。まだまだ伸びる可能性だって秘めている。

 

「アピールタイムでみんなに見て貰って決めたんだ。それらを含めてな」

 

 見てもらい、総合して考えた生徒たちによる投票。それに伴う結果だ。

 

「おそらくオーラや花とか、かのんの方が可可やあなたよりセンターっぽいのデスヨ」

 

 普段と変わらぬ声音で発した言葉が、すみれの心に致命的な一撃を加えてしまった。胸を抑えてよろめいた後、しばらく黙り込む。

 流石ショウビジネスの世界にいた人。迫真の演技だ……なんて感心することじゃなかったことは全員が一致していた。心配になって堪らず声を掛けたのは始。

 

「大丈夫……?」

「……やめる

「え!?」

 

 小さく溢したそれにかのんは聞き返す。聞き取れなかったからじゃない。聞こえてきた言葉が聞き間違いじゃなかったのかを確かめたかったからだ。

 

「センターになれないならこんなところいる意味がないもの!!」

 

 自分の鞄を乱暴に取ってたちまち部室から出ていってしまった。

 

「え、おい待てって────」

「すみれちゃん────」

「「だあっ!?」」

 

 閉められたドアに頭をぶつけた始と、そんな彼の背中に頭をぶつけたかのん。普段の彼女からは想像できない濁った悲鳴が聞こえる。しかし気にすることなく追跡するためにドアを開けるが、既に金色の髪を揺らした少女の姿は見当たらない。今から追いかけてももう遅いだろう。

 

「どうしたんだよ……まったく」

「すみれちゃん……」

 

 即戦力でおまけにショウビジネスに触れていた人物。期待の生徒が入ってきたと思ったのに、すぐさま退部宣言。先程までの雰囲気とは一転し、どうにも重たい雰囲気が支配する。そんな複雑な心境を表すかのように、薄暗い空から降り始めるのは冷たい雨。

 

「……この調子だと練習も無理そうだね」

「帰りまショウ」

 

 今の雰囲気で練習を始めるも気が進まなかったし、雨が降ってくれたのは幸いだったか。今日の活動はここまでのようだ。

 

「ちぃちゃんいつもごめんね」

 

 ダンスのコーチとして千砂都には助けてもらっている。なのに今日は雨で出来ない。彼女にだってやることがある筈なのに、毎日の様に来てくれる。そう思うと心苦しくなってしまう。

 

「私が力になりたいからやってるだけだよ。気にしないで」

 

 そう言われると少し救われる。

 千砂都はそのまま音楽科のある校舎へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「センターを任せる?」

「うん。そう言えば、すみれちゃん辞めないんだよ? なら任せよう?」

 

 かのんからの提案だった。センターになれないのであればスクールアイドル同好会(ここ)に居ても意味がない……というのがすみれの言葉だった。であれば、センターを任せるとなれば彼女は残るだろう。

 けれどかのんから出された提案に、両者は首を振らない。始に至っては黙り込んでいる。

 

「センターはスクールアイドルの憧れなのデスヨ? かのんはもっと誇りに思うべきデス」

「そうなのかな……始くんはどう思う?」

 

 黙り込んでいる少年が気になったのか、かのんは並んで歩く始に声をかけた。

 

「俺の意見って必要か?」

「必要だよ。同好会の一員なんだよ?」

「そうデス。始の意見も重要なんデスヨ!」

 

 2人に説得された始は溜息を吐くと、その口を動かしポツリポツリと話始めた。

 

「俺は……センターを任せるって選択はしたくないな」

「どうして?」

 

 尋ねるかのんの声音からは不満だからとか、納得いかないからとかいう気持ちは感じられなかった。ただそこには純粋な疑問があるだけ。

 

「どっちも納得いかないと思うから。センターは一番輝く場所。それをさ、辞めないから譲るとか……そんなことしちゃダメだと思うんだ。それに譲られた相手だっていい気はしないと思う」

 

 センターに立つ人はみんなが決めてくれたことだ。それを簡単に譲ることは、その人たちを裏切ることになる。センターが軽いものになる。互いに競って結果のもの。譲られた方は屈辱に感じてしまうだろう。

 

「そっか……」

「ごめん。俺もすみれには同好会に居てほしいって思うんだけど」

 

 雨の中であるからか、妙に気分が落ち込んでいく気がする。そして少しの沈黙の後、かのんが再び口を開く。

 

「でもなんでセンターにこだわるんだろう……すみれちゃん」

 

 疑問というのもあって口に出したのだろう。でもそれだけじゃない。彼女は本気で心配している目をしていたのだ。

 

「センターで目立ちたいとか、脚光を浴びたいってのはみんな抱くと思うけど?」

「そうデス。何度も言いますが、センターは全スクールアイドルの憧れなんデス。憧れて、無念にも散っていった人物がどれだけの数いたコトカ……」

「私は例外だけどね」

 

 とはいっても推測では明確な答えなど出る筈もない。すみれ本人に問わなければいけないが、彼女が正直に話してくれるものだろうか。

 

「……悪い」

 

 ポケットに入れた携帯から通知が。メッセージアプリを開くと相手は母である早紀。内容は「洗剤を買ってきて」というもの。

 

「洗剤買って帰るから今日はここで」

「うん。じゃあね!」

「また明日!」

 

 話の途中だが今日はここまでのようだ。考えるにしろ聞くにしろ、全ては明日だ。

 

 かのん、可可と別れて始は店へ直行する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく……いつもの店に置いてないとは思わなかった」

『こんな雨の日に災難だな』

「確かに……」

 

 洗剤を買えたには買えた。しかしいつも向かう店には在庫がなかった。となれば別の店で購入することになるのは当たり前。だがその分時間を奪われてしまったが。

 

「……別の道から帰るか」

 

 何を考えたのか、いつも通る道とは別の道から帰ることを選択する始。”いつもと違う道”への好奇心というのは幼少期の頃から消えることはない。無論、雨が降っていてもだ。

 

「神社か……」

 

 しばらく歩いていると神社が見えてきた。母親もまだ帰らないから大丈夫だし、何よりいい機会だ。お賽銭を納めようと境内に入っていく。段々と近付く境内社の隣にはお守りをいただく授与所がある。見たところ電気がついているし、人がいるのだろう。別に悪いことをするわけでもないので、いたとしても何か問題があるわけではないが。

 

「あんた……! はあ……かのんならもう帰したわよ?」

 

 始が振り返るとそこにいたのはすみれ。驚きと呆れが混じった表情をしているがどうしてかはわからない。先の言葉の意味も同じくだ。

 

「かのん? 何のことだ?」

「あんた、かのんを捜し来たわけじゃないの? なら私の勘違いね」

 

 聞けばかのんはすみれを尾行していたらしいのだが、見つかって監禁されていたらしい。

 

「何やってるんだよ……」

「し、仕方ないでしょ。突然の事だったんだから」

 

 すみれが訳もなく人を監禁するような人物じゃないのは、今日一日を見ていたでもわかる。だからこそ深くは聞かなかった。

 賽銭箱に十円玉を投げ拝むと、すみれに作法を直された。

 

「……」

「……」

 

 拝む間、雨粒が地面を叩く音のみが響く。

 

「……よし、じゃあ俺帰るわ」

「ま、待って!」

 

 参拝も終わり、ここではもうやることはない。始は早々に踵を返したが、すみれに呼び止められる。正直意外であった。すみれは終始、始に対して接し辛そうにしていると思っていたからだ。だからこそ、すみれと会った始は早々に立ち去ろうとした。

 

「あんたってさ……運命とか信じる?」

「運命?」

 

 一体何のことやら。唐突……それでいて超越的な力について問いかけてくる様を前にしても、始は別に笑い飛ばすことはしなかった。聞き返し、すみれの言葉に耳を傾ける。

 

「そう。どんなに頑張っても、私は真ん中で輝けない。それが運命として定められている……なんてね。あんたはどう?」

 

 えらく具体的だった。

 すみれの言葉は、今日の出来事だけを言っている訳じゃないとすぐにわかった。おそらく、今までの事を総括しての問いかけだ。

 

「俺か……」

「ええ。どう?」

 

 雨粒が止め止めなく降り注ぐ空を見上げるすみれ。その横顔から伺える表情は諦めなのか、悲しみなのか。

 暫く考えた後、始は口を開く。

 

「……あるかも。俺は……色々あって憧れてた夢を諦めた時に、俺ってこういう運命なんだろうなって思った」

 

 すみれと同じくして空を仰ぐ。

 かのんのことや父親のこともあるが、その後中学に入って起きた出来事のよって、始の心はポッキリと折れてしまった。

 

「でもさ……高校に入って、意外な出会いで変わるもんだと思うようになった」

 

 今のような生き方でいいと肯定してくれる人がいた。尊敬してくれる人がいた。そしてゼットとの出会いがあった。完全とは言えないが、今も昔のような夢を掲げられている。

 

「……そう」

 

 すみれの沈んだ声。

 いつか君にもあるよ、なんて簡単な言葉は言えない。そんな不確定な未来など、期待させる程来なかった時に絶望する。もっとも、すみれの言い方的に信じる気はないだろう。

 

「ごめん。力になれなくて」

「いいの。私が聞いてみたかっただけだから。それと今日言った通り同好会は辞めるわ。理由はかのんから聞いて」

 

 雨の中悪いわね、と缶コーヒーを渡して去っていく。

 

『いいのか? 始』

(いいんだよ。俺じゃすみれを助けることはできない。俺よりももっと身近な人が、より近い経験をした人の言葉が必要だ)

 

 彼ではすみれを助けることはできない。事例が特殊すぎるというのもあるし、もっと彼女に近い立場の人間が伝えてあげる必要があるからだ。彼女と同じく、挫折を経験し続けた人物の言葉が。マネージャー(夏空始)ではなく、スクールアイドル(澁谷かのん)が。

 

 

 




ウルトラのクロスなのにゼットの出番がほぼないという……


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第15話 雨粒とギャラクシー

3期おめでとうございます!!!!!


 

「そんなことが……」

 

 朝、かのんから呼び出された同好会メンバーと千砂都。内容は昨日すみれから聞いた通り、同好会を辞めるという報告。そして彼女の過去。幾度となく真ん中で輝くことのできなかった、平安名すみれの過去。宛がわれるのはいつも脇役。だからこそ、スクールアイドルなら輝けるのではないかと彼女は踏んだ。

 

「そっか……だからあの時……」

 

 脳裏を過るのは空を見るすみれの横顔。あれは諦めだったのだろう。望みをかけて入ったスクールアイドル。そこでもセンターは自分ではなくかのん。これはそのような運命なのだと、理解させられるには十分だったという訳だ。

 

「始くん、何か言った?」

「え? いや、別に。けど、残念だな……」

 

 千砂都に聞かれ、咄嗟に誤魔化してしまった。別に隠すようなことでもないのに。

 

「はい。残念デス」

 

 隣で頷く可可。しかし、語調やその他諸々の動きから残念の意味が違って聞こえてくる。

 恐る恐る横を向いてみると、彼女はプルプルと震えていた。聞かなくても可可が怒っているとわかった。

 

「真剣なのかと思っていたノニ……ホントッ残念デス! 騙されマシタ!!」

「ま、まあ……すみれちゃんも謝ってたし……」

「許せまセン! 彼女の姿勢はスクールアイドルに対する侮辱……冒涜!! 可可が厳罰に処してやりマス!!!」

 

 などと言いながらも内容は背中に氷を入れたり、くすぐりの刑だったりと随分可愛いものだったが。

 

「始も協力してくだサイ!」

「え、俺────「協力してくれマスカ。ありがとうございマス!!」

 

 いつの間にか始も協力することになっていた。同意も拒否もしていないのに。さて次はすみれを捜しに行こう、という話になっている最中、本人が階段を上ってきた。もう関係ないと言わんばかりにスルーするすみれの前へ、可可は立ち塞がる。

 

「何? かのんから聞いたでしょ。私はもうスクールアイドルを────「今日の放課後、屋上に来やがれ、デス!」

 

 要件だけ伝え、可可はその場を後にしてしまった。すみれはYesともNoとも言っていないのだが。

 

「どうするの?」

 

 千砂都の言葉に答える者は、この場にはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 放課後。どんよりとした雲の下、可可は相手を待っていた。自分の好きなスクールアイドルをセンターで輝くために利用された。所詮”その程度の存在”だと見られていたことに彼女は憤りを感じているのだ。

 怒りで熱くなる体を、吹き抜ける風が冷ましてくれた。いったん頭が冷静になった瞬間、すみれが屋上へと出てくる。

 

「話ってなに?」

「アナタの行動はスクールアイドルに対する侮辱デス! だから可可が、全スクールアイドルに代わって罰を与えマス!!」

 

 来て早々、罰を与えると宣言されたすみれ。申し訳なさを感じていたのは事実だが、それとは別に困惑の表情を浮かべる。

 

「スクールアイドルがどれだけ真剣にステージと向き合ってると思っているんデスカ! それをアナタは……なんとかなるナドト!」

 

 一方、かのん達は扉の外から現場を覗き込んでいる。可可のスクールアイドルに対する愛の深さを知っている彼女らは、何が起こるのか心配だったからだ。

 

「大丈夫かな……?」

「こうなった以上、無理に止めない方がいいよ」

「……」

 

 始は黙って2人を見守る。すると、すみれはダンスの一部分を披露した。可可が苦労して覚えた振りだ。しかしそれを彼女はいとも簡単にコピー。

 

「ショウビジネスの世界を甘く見ないで。これくらいはできるの……でも、私にはスポットは当たらない」

 

 即興でステップを見て真似る程度に彼女は呑み込みが早い。さらに振りだって完璧だった。しかし……しかしそれでも光が当たることはない。ただ無常で、ほんの一握りの場所。それがショウビジネスの世界。彼女はそんな世界で生きてきたのだ。だからアマチュア(スクールアイドル)に賭けた。けれどそこでも彼女に光が当たることは……。

 

「っ!? また……」

 

 彼女の心情を空が投影したか。それともすみれは屋上(スクールアイドル同好会)に相応しくないと判断されたか、雨粒が頬を伝う。即座に雨脚は強くなり、すみれは屋上を後にする。

 

 すみれが帰った後、どうにか練習ができないかと待った。しかし、天は練習することを許可してくれないのか、雨が弱まることはなかった。

 

「結局止まないか」

「で、どうするの?」

 

 何がとは言わない。言わなくてもわかるからだ。

 動くならここしかない。そう踏んだ始は口を開いた。

 

「どうするもこうするも、あれが答えなんじゃないのか」

「え?」

 

 困惑するかのん達に構わず、壁に体重を預けて始は言葉を紡ぐ。

 

「スクールアイドルは辞めるって本人が言ってたんだ。なら、無理にすみれを誘う必要もないんじゃないか?」

「始くん……どうしたの? いつもならそんなこと言わないで、助けようと動くはずでしょ?」

 

 これまでの夏空始を見ていたかのんだからこそ言えること。彼は困っている人物を放ってはおけない。それこそ真っ先に飛び込んでいくタイプだ。けど、今目の前に映る彼は違った。もうこの件の話はお終いだと、早々に切り上げたいように思える。今迄見せたことのない顔だ。

 

「高校入学もいい機会だし、ちょっと切り替えてみたんだよ。それに、俺は見てて思ったんだ。もうあいつは何言っても聞かない。そんな人に時間を割くより、別の誰かを引き入れるべきなんじゃないかってな」

「始くん……いくらなんでもそれはないんじゃない?」

 

 低く、圧のある声が雨粒と交ざって響いた。例え幼馴染だとしても、すみれの事情を知ってその結論に達するのは酷すぎるのではないかと。

 

「なんで? すみれはスクールアイドルを利用したんだ。それ相応の────「すみれちゃんは苦しんでるんだよ!? 自分は真ん中では輝けない運命なんだって……そんな人を始くんは見捨てるの?」

 

 肩を揺さぶられる始。しかし彼の答えは変わらない。

 

「ショウビジネスについてはからっきしだからな」

「違うよ。そこじゃない……すみれちゃんに……伝えてあげないと」

 

 口角が上がりそうなのを堪えながら、始は冷たい目を維持しつつ尋ねる。

 

「伝える? なんて? 君は輝けない運命なんかじゃないって?」

「そうだよ。だって……私もそうだった。ずっと歌えなかった……そういう運命だって思ってた……だけど違った。変われたんだよ。始くんだって知ってるでしょ?」

「……」

 

 思い立ったかのんは自分の荷物を持ち、すぐさますみれを追いかけていくのであった。

 

 

 

 

 

 まさに一触即発の雰囲気だった。かのんがすみれを捜しに行った後、しばしの沈黙が場を支配した。そしてそれを破ったのは千砂都。

 

「まったく、あんな言い方しなくてもいいんじゃないの?」

「それはどういう……」

 

 どうやら千砂都には見透かされていたみたいだ。溜息交じりに話しかける彼女の横で、可可は不安げに訪ねた。

 

「始くんはね、かのんちゃんに動いてほしくてわざとあんな言い方をした。かのんちゃんを刺激して、すみれちゃんに何をすべきなのかを自分で気付かせたかった。そうでしょ?」

「…………当たりだよ。なんでわかるんだか」

「わかるよ。だって全然言い慣れてないんだもん。始くん、役者は向いてないね~」

 

 そう。千砂都の指摘通りだ。

 始はわざと悪役に徹してかのんを煽った。そしてすみれに何ができるのか、彼女自身に気付かせたかった。千砂都の言うように、演技はボロボロだったが目論みは達成できたのだからそれでいいだろう。

 

「始、どうしてそんなコトヲ?」

「そこはクゥクゥちゃんに同意かな。別にかのんちゃんを怒らせる必要はなかったんじゃない?」

 

 確かに彼女を怒らせずとも、もっと穏便な方法で気付かせることだってできた筈だ。しかし、何故今回ばかりはこの方法で行ったのか。フリとは言え、一歩間違えば仲違いの危険性もあったのだ。そしてこの場の雰囲気を悪くしてしまった。怒られて当然だろう。

 

「方法は多分あったんだと思う。けど、こういうのは自分で気付けなきゃ相手に伝えられないんじゃないかって思って。一番すみれを理解してあげられるかのん自身が。そうなったらこれが一番手っ取り早いんだよ」

「私は嫌だったけど?」

 

 下を向く始の前に入り込み、見上げるようにして彼を睨んだ千砂都。やはり怒っている。

 

「だって、このままじゃかのんちゃんと始くんの仲が悪くなっちゃうでしょ? そんなの見てられないよ」

「それでも、やるしかなかった」

「すみれちゃんのため?」

 

 首を縦に振る。自分ではすみれに手を差し伸べることはできない。だからこそ、同じ苦しみを知っているかのんが必要だった。彼女なら、すみれの痛みがわかるから。そしてすみれが一歩を踏み出し、スクールアイドルになるのなら、自分はどれほど汚れたって構わない。

 

「君が悪者にならなくても良かったんじゃない?」

「……汚れ仕事もできない奴が、誰かを助けるなんてできるかよ」

「まったく始の行動にはヒヤヒヤしまシタ」

「ごめん」

 

 ばつの悪そうな顔で謝罪する始。あとでかのんにも謝っておかなきゃ、と呟く。すると待ってましたと言わんばかりに千砂都が笑みを浮かべる。さらに可可にも内緒話かのように何かを伝え、始を見て笑う。

 

「な、なんだよ……」

「実はね……」

 

 千砂都は悪戯っぽく笑いながら、手に持った携帯を見せる。そこには着信中の画面が。そして通話相手は……

 

「げえっ、かのん!?」

「ずっと汚れ役のままじゃ可可ちゃんやすみれちゃん……なによりかのんちゃんが可哀想だからね」

「ここで謝罪デスヨ。始!」

 

 どうやら会話の内容を通話越しでかのんに聞かせていたらしい。さらに千砂都が携帯を差し出している。電話に出ろと言うことらしい。あれだけ言い合っておきながら嘘ですとなれば、尚更通話に出るのが怖い。しかし千砂都の笑顔的に拒否権は無いらしい。

 

「も、もしもし……代わりました……ごめんなさい……」

『後で色々聞かせてもらうから』

「……わかった」

 

 やはり怒っていた。先もなんとかかのんと話していたが、内心では怖くてボロが出ないように気を配っていたほどだ。

 

『でも安心した。始くんもすみれちゃんのこと考えていたんだなってわかって』

「そりゃあね。けど、彼女に声を伝えるのは俺じゃない。お前なんだ」

『わかってる。でも、みんなも来てほしいんだ』

「場所はわかるのか?」

『予想はついてる』

 

 それから、かのんは何処へ向かうのかをみんなに伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 雨の日は気分が落ち込む。太陽が出てなくて薄暗いというのもあるが、外に出ている人も少なくてあまり賑わっていないというのもある。

 通りを歩くが、彼女に声を掛ける人はいない。彼女は最近この通りを行ったり来たりしている。ここでスカウトを受けるためだ。しかし現実は甘くない。声を掛けてくれたと思ったらエキストラのスカウトであったり、駅に向かう道を尋ねてきたり……。後者は何も悪くなく、強い口調で言ってしまったことに申し訳なさを感じてしまうが、こちらの求めている者とは違うのだから多少は大目に見てほしい。

 

「流石に雨が降ってちゃね……」

 

 ともかく、今日も誰かに声を掛けられるのではないかと小さな望みを胸にすみれは通りを歩くのだ。

 

「……」

 

 スピーカー越しの声に釣られ、すみれは目を向ける。一角のモニターに映されていたのは先日のライブ。星の様に輝いているクーカーの姿だった。

 おもむろに彼女たちにステップを真似てみる。一通りはできる。しかしそれでも、人々を引き付ける魅力というものにはどこか敵わないんじゃないかとどこかで思ってしまう。

 

「やっぱり私じゃ────「見ぃ~ちゃった!」

 

 背後から掛けられる声。背筋が無意識に伸びる。振り返ってみれば声の主がわかった。

 

「ここにいると思ったんだ」

「なに? 話はもう済んだでしょ?」

「ううん、まだ済んでない」

 

 脅かしのつもりで声を発したのだが、かのんの様子は変わらない。あの明るく綺麗な声で話してくる。

 話だけは聞いてやろう。そしてまた断ればいいだ。すみれはかのんを見る。

 

「平安名すみれさん、わたくしこういう者です」

 

 両手で出されたのは丁寧な字で書かれた名刺。ふざけているのか。

 

「どういう意味?」

「あなたをスカウトしに来ました」

「……!?」

「私たちは、スクールアイドルとして結果を出さなければいけません。ショウビジネスの世界で生きてきたあなたの知識と技術が必要なんです」

 

 

 かのんの後ろには他の同好会メンバーも顔を見せている。彼らの表情から、かのんの言っていることは嘘ではないとわかる。

 こんな誘われ方は初めてだ。それに、そこまで自分の力を必要としてくれたことは素直に嬉しい。だが、だが自分が欲しいのは……。

 

「センターが欲しいなら……奪いに来てよ!」

「え?」

「すみれちゃんを見て思ったんだ。センターやってみようって。だから奪いに来てよ。競い合えばグループもきっと良くなると思うから」

 

 明け渡すのではなく、奪いに来てと。彼女は勝負を仕掛けてきたのだ。そのポジションに甘んじるのではなく。

 

「バカにしないで。これでもショウビジネスの世界に居たの。アマチュアに負ける訳が────「じゃあ、試してみてよ」

 

 すみれの勝負心を刺激するかのんの一言。彼女の心に火が付く気配が見える。でもまだも一押し足りない。

 

「……幾ら?」

「……?」

「幾ら出すったら出すのよ? スカウトって言うなら契約金は必要よ」

「なんでそんなコトヲ!」

「可可、抑えてくれ」

 

 困った表情を一瞬見せるものの、かのんはポケットからある物を取り出した。

 

「これでどうかな?」

 

 手にあったのはお守りだ。それも自分の神社の。

 

「これ、あまり効かないわよ?」

「どうして?」

 

 すみれの目線が訴える。彼女も同じお守りを付けていたからだ。

 

「でも、まだわからないよ」

 

 かのんは始を一瞥した。

 

「ある人が言ってたんだ。前向きに考えないと出来ることも出来なくなる。どうなるかわからないのなら、まずは信じてやっていくだけ」

 

 それは始が以前話した内容だった。これから先どうなるかわからない。思い描いていたものとは全然違うかもしれない。しかし、信じてやっていくことはタダなんだ。まずは我武者羅にやってみるだけと。

 

「諦めない限り、夢が待っているのは……ずっと先かもしれないんだから」

 

 天を仰ぐ。すると先程まで降っていた雨は止み、青空が、太陽が顔を覗かせていた。夢への一歩を踏み出した少女たちを祝福しているかのように。

 

 

 

 

 

 雨雲まみれだった日々とはおさらばし、眩い太陽の元練習を行っている。そこにはかのんと可可、そしてダンスコーチの千砂都や、体力トレーニングを担当する始。そしてもう1人。

 

「流石すみれ。入部したてだってのに追いついてるな」

「当たり前じゃない。私はショウビジネスの世界に居たの。これくらい出来て当然よ!」

「頼もしい限りだよ」

 

 平安名すみれが加入した。

 声が高らかに響く。彼女の名前を彼方此方で目にすることになるのは、まだまだ先の話なのか。それはまだわからない。けれど確実なのは、彼女がセンターを手にするのはそう遠くないということだけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多くの異星人が闊歩する。ここは地球のどこかに設けられた異星人のための街。数あるうちの1つだ。

 そしてある店のカウンターに座るのは緑の肌に紫の髪を持つ者と、1つの目玉が特徴的で触手のような器官を頭に持つ者。どちらも地球に観光目的来たわけではない。

 

『一体いつまで待たせる気なんだ』

「時が来ればどれも一緒だ。征服とは長い時間を掛けて完遂される」

 

 グラスに注がれた液体を飲み干した途端、タイミングを見計らったかのように通信端末に連絡が入る。

 

「来たぞ」

『ようやくか。楽しみだな合体魔王獣の力』

 

 手に持った3枚のメダルは不気味に光っていた。

 

 

 

 

 




すみれ周りは取り敢えず一件落着……ですが異星人が本格的に動き出しそうな予感!?


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第16話 歪な男

お待たせしました。
用事の合間にちょくちょく書いてたらこんなに時間が空いてしまいました。


 

 

 昨日と同じ。街を歩く人は相変わらず多い。車の行き来も普段と同じ。仕事に行く者、学校に行く者、買い物に行く者……今日も今日とて様々な人が入り乱れている。その様はまさに平穏そのもの。

 ネロンガをウルトラマンとストレイジが討伐して以降、これと言って大きな事件は起きていない。最近の話題といえば「気温上がってきたな」というくらいには平穏であった。

 

「最近暑いねぇ~」

「あ~……」

「やっぱり涼しいとこを求めてなのかな? この時期お客さんが増えるんだ~」

「あ゛~……」

「って聞いてる?」

「あ゛~……ん、何?」

 

 バチンと二の腕を叩かれる音。即座に彼の悲鳴が街に響いた……気がする。

 光の巨人と一体化した彼が気を抜いていられるくらいには、平穏が続いている。

 

 

 

 

 

 彼と同じアイテムを使った“実験”が始まろうとしていることは、未だ知られていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「今日はここまでにしとこうか!」

 

 澄んだ声が屋上に響いた後、続けざまに聞こえてくるのは疲れ果てた声。そして体が空気を求めんと激しく息を吸う音。

 始の体力トレーニングも、千砂都のダンスレッスンも厳しさを増していた。ただかのん達が成長し、新たなステップに進んだだけなのだが、それを自覚し喜んでもいられないくらいにキツかった。

 

「お疲れ。キツイのは最初のほうだけ。慣れれば楽になってくるよ」

「最初のほうだけ……デスカ……」

「その最初が大変なんだよ~」

「でも、かのんちゃんもクゥクゥちゃんもしっかりついてきてる。始めたころから大分成長してきたんじゃない?」

 

 彼女の言う通り。スクールアイドルを始めたころであれば、確実にこのメニューは熟せなかった。しかし今はどうだ。地面に座り込み、肩で息をしているもののしっかりとついてきている。それこそが証拠なのだ。

 

「それにしてもすみれちゃんも同じメニューでやるなんて」

「ショウビジネスの世界で……生きてきた私を……甘く見ないでよ……」

「すみれ向けのメニューも一応考えてきたんだけど、いらなかったな」

 

 すみれも同じメニューで練習を行った。最初は止めたのだが、彼女に押し切られ首を縦に振ったのだ。勿論、ヤバくなったら無理せず言うようにと忠告もしたし、こちらから見て無理だと感じたときは止めに入るつもりでいた。けれど彼女はやり切った。すみれの言う通り、“ショウビジネスの世界で生きてきた”経験が、役立ったのだろう。

 

「ってこんな話してる場合じゃなかったな」

「そうそう! 私今日、お店の手伝いがあるから!!」

「私もこれからダンスの練習あるし!」

「可可もライブがありますノデ!」

 

 そう。今日に限ってみんな予定が詰まっているのだった。じゃあ練習無しでも良くない? となるのが普通だが、運が悪いのか明日の天気予報がまたしても雨だったのだ。ここ最近は碌に練習ができていなかったのもあり、少しだけでもやりたいということで練習することとなった。

 その結果ハード且つ慌ただしい解散に陥ることになったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 気まずい。始の胸中に渦巻くのはそれだった。かのん、可可、千砂都が弾ける様に部室を出て行ってしまった後、残されたのは始とすみれの2人。特にやることもないのでそのまま学校を後にしたわけだが、同じ帰り道の中、話す話題もなく、道なりに歩を進めている結果になってしまった。

 

「……」

 

 街の人々が賑やかにしているからだろうか。喋らない自分たちだけが物凄く浮いているように思えた。それがどうも落ち着かない。

 

『だったら話せばいいじゃないか』

(それができたら苦労しないっつーの!)

 

 ゼットへ反抗。すると、すみれの方から声を掛けられる。

 

「体力トレーニングってあんたが考えてるのよね?」

「え? うん、そうだけど」

「随分と本格的よね。どこで見つけてきたの?」

「昔の経験とか色々だよ」

 

 何事もなく、他愛のない会話。それは自然と2人の仲を氷解させていく。

 

「何かやってたの? 中学じゃ運動部?」

「ま、まあ空手をやってたよ」

「何か訳ありな感じね。……ごめん」

「いや別に」

 

 自分の歯切れの悪さから察したのか。すみれはその話題からすぐに切り替える。相手のことを考えられる優しい人物。始の目にはそう映った。

 

「そう言えばあんた、なりふり構わず色んな人を助けてるって聞いたわよ」

「なりふり……ってのはどうかと思うけど」

 

 すみれはかのんや千砂都に聞いたと事前に説明しつつ、始に問いかけてくる。でもそれが一体どうしたのか。彼には見当もつかない。何故か。そんな疑問によるものなのか、始はすみれから視線を離さずジッと見つめた。

 

「どっちでもいいわ」

 

 途端、すみれは足を止めて始の方へ向き直る。その真剣な眼差しに、始も自然と表情を強張らせる。

 

「夏空始。あんたのそれ……酷く歪よ」

 

 幾ばくかの静寂。

 すみれの言葉は、始の胸元を貫いた。そして彼が抱いた感情。怒り? 驚愕? どれも違う。答えは納得。やっぱりそうだったかと、自分でも驚くくらいすんなりと受け入れられた。

 

「そう……かもな」

 

 自覚しているなら尚更だと、すみれは言葉を紡ぐ。

 

「私が入部する前にしたことも千砂都から聞いた。そしてこれまでのこともね。本当に感謝してるし、あんたのやってきたことは尊敬してる。誰にでも出来る事じゃないわ。でも……だからこそ言うの。あんたの生き方は歪だって」

「……」

 

 誰かの生き方を否定すること。それがどれほど相手にとって苦しく、悲しいことなのかはすみれにもわかっているつもりだ。だがそれを承知の上で彼女は伝えたのだ。

 何かを成せば、それと同じくらい何らかの応酬が必要なはず。社会のシステムなら勿論のこと、自分の生きてきたショウビジネスの世界ならば常にそうだ。けど、夏空始(この男)は違う。時には自分だけ傷ついて、損をしても、「それでいい」と笑顔を見せる。千砂都から聞いた話だって、彼女が見抜いてなければ関係の破綻だってあり得た筈だ。まあ、そうなったところで彼女には無関係だったかもしれないが。

 

「タダより怖いものはないって良く言うでしょ? かのんたちは違うかもしれない。けど、あなたの親切を利用して笑う人も逆に怖がる人だっている。今はいなくても、いつか必ずね」

 

 利用されるだけ利用して、邪魔になったから排除される。そんな姿……こっちだって見たくない。だからすみれは本音をぶつけたのだ。

 

「……すみれの言う通りかもな」

 

 随分と素直に受け入れてくれたと、言い放ったすみれ本人が驚いている。多少の口論くらい覚悟していた。かのんや千砂都、可可よりも付き合いの短い人間に自分の生き方、在り方を否定されたのだ。罵詈雑言が飛んできてもおかしくはない。

 

「正直、この生き方は歪だよ。やってることはただのお節介。俺だけが損をすることなんてしょっちゅうだよ」

「なら────「けど、やめるつもりはないよ」

 

 言葉を失ってしまった。自覚しつつもやめるつもりはない。呆れるとか怒るとか、そんな感情の前に出てきたのは疑問だった。どうして、と。

 

「俺が憧れてる……からかな。沢山の人を助ける姿……父さんの姿に憧れて……それに近付くにはどうすればいいか、それを俺なりに考えたのが今なんだ。だからやめるつもりはない」

 

 憧れた姿を自分なりに出力してみせたのが今の夏空始だというのだ。

 

「お父さんの……私……」

「すみれの言う事も理解してる。ありがとう」

「は、はあ!? なんで私にお礼なんかしているのよ!? 普通怒るでしょ!」

「けど、心配してる……ことだろ? 少しは考えろって」

「そんなんじゃないわよ! お節介は焼きすぎると逆にウザくなるの。それでトラブルでも起こしたらこっちにも迷惑がかかるでしょ? それを見越して言ったの」

 

 後半は事実だ。行き過ぎたお節介は逆に邪魔となる。そんなことでトラブルにでも発展すれば、かのん達も胸を痛めるだろう。そうさせないためにははっきりと言ってあげる必要があるのだ。

 

「……うん、わかった。少しは自重するよ。すみれたちにも迷惑はかけられないし」

 

 なんか上手く丸め込まれた気がするが、良いだろうとすみれは息を吐いた。そんなすぐに彼が変えられるとは思ってない。自覚をしていたこと、彼の憧れ故の行動だったこと。そして少しは控えてくれる。これだけ聞ければ十分だろう。

 

「はあ……今はそれでいいわ」

「すみれってさ、実は結構優しいよな。厳しいように見えて、周りの人のことを考えてる」

 

 おそらく、彼に他意はない。心の底から思っていることなのだろう。

 彼女から始まった会話の最後に、こんな返しを貰うとは予測していなかったすみれは取り繕うようにして言葉を発する。

 

「バッ……! いい? 私はショウビジネスの世界に帰りたいの。その前にトラブルで戻れないなんてことにはなりたくないの! ただそれだけ。いい?」

「わかってるよ。さて、そろそろ帰ろう。すみれも神社の手伝いがあるんだろ?」

「余計なお世話……でも、そうね。帰りましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人の間にあった靄は消え、友人同士の下校。そんな時間が始まろうとした時、各々の携帯から音が響く。

 

「これって……」

 

 音、そして画面に表示された文字で確信を持つ2人。平和な世界を瞬く間に恐怖と悲しみで覆う存在の出現である。

 

「ああ。怪獣だ」

 

 怪獣出現の警告音が彼方此方で響いた数秒後、地鳴りと共に巨大な影が姿を現す。アスファルトの破片や土が舞い上がる。

 翼と一体化した腕。尖った耳や牙……その姿はまさしく巨大化した蝙蝠であった。何度か街中に咆哮を轟かせた後、即座にビルを破壊し始めた。

 

「始! 逃げるったら逃げるわよ!!」

「あ、ああ!」

 

 今すぐゼットに変身したいところだが、すみれを安全な場所まで避難させることが先だろう。不幸中の幸いか、周囲に逃げ遅れた人や転倒した人は見当たらない。

 

 地面から姿を現した怪獣は、目的もなくただただ暴れまわるのみ。障害物などお構いなしに前進し、目に付くものは片っ端から倒していく。すると瓦礫の一部が、宙を舞う。凄まじい速度で街を移動するそれは小さな建築物に食い込む。倒壊せずとも、破片のいくつかが地面へと落ちていく。

 

「……!?」

 

 ちょうど、すみれたちの居る場所に。

 

「すみれっ!!」

 

 人からすれば巨大な破片たちが、彼らを呑み込んだ。

 




始の生き方はちょっとヤバくない? という話でした。このようにはっきりと言ってあげられるのはやっぱりすみれなのかなと。彼女は芸能界にも居たわけですし「何かをしたら返ってくる」ということには敏感なのかなと思いまして。
まあやめるつもりもない堅物の始にはあまり効果がなかったわけですが……。


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第17話 自分に出来る事

怪獣の被害に巻き込まれた始とすみれ、2人は一体どうなっちゃうのでしょうか(すっとぼけ)


 

 平和な午後は、突如として現れた怪獣によって崩壊した。逃げ惑う人々を追うようにして、怪獣は破壊の限りを尽くしている。

 

「痛たたた……私、どうして……」

 

 瓦礫の山の中で、平安名すみれは目を覚ました。痛みはあるが酷くはない。直に収まるだろう。

 すみれは辺りを見回し、先ほどまでの状況を思い出す。コンクリートの塊が落ちてくる直前、何か強い力で押されたのだ。

 

「そうか……私を庇って……」

 

 では誰が彼女を押したのか。考えれば必然と見えてくる。一緒に帰り、歪だと伝えたあのお人好しに他ならないだろう。

 

「始……!」

 

 すみれは声を張り上げながら、命の恩人でもある大切な友人を捜し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ……くそ!」

 

 重い。苦しい。最初に感じたのはそれだった。

 瓦礫が降ってくる直前、始はすみれを突き飛ばした。本来であれば彼女が下敷きになっていただろう。だが始の咄嗟の行動が彼女を救い、代わりに彼が瓦礫に潰されたのである。

 

「早く出ないと……」

 

 身体中に掛かる瓦礫の重み。潰される一歩手前だ。始は脱出を試みる。しかし上に積もったコンクリートの塊など、少年1人では到底持ち上げることなど不可能。

 

「そうだ……ゼット……!」

 

 ゼットに変身すれば瓦礫など容易く蹴散らせる。どうにかゼットライザーに手を伸ばせればそれでなんとかなる。一部の望みに賭け、周囲を見渡すもののバックパックは何処にもない。

 

「……!?」

 

 ショックで力が抜けた。同時に心臓の鼓動が速くなるのがわかる。始の頭を過ったのは……死の一文字。

 

「いくぞ……!」

 

 どうにか脱出しなければ。両腕に力を入れるもびくともしない。当たり前だ。一体何十、何百の重さが積み上がっているというのか。でも……無意味な抵抗(こんなこと)でもしないと正気を保てる気がしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

《セブンガー、着陸します。ご注意ください》

 

 怪獣出現の報告を受け、セブンガーは現場に到着。着陸と同時に起動。独特の軌道音が木霊する。

 

「翼があるのに地中から……どういう訳?」

『あの怪獣は翼を有しているけど飛べないんだよ。鳥にもいるでしょ?』

 

 器官として羽根を持ってはいるものの、空を飛ぶことのできない鳥類だって存在する。ダチョウやヒクイドリ、キーウィがそうだ。目の前の怪獣も、翼を持つが飛ぶ能力はない。おそらく進化の過程で飛ぶ必要がなくなったからだろうと、結衣は推測する。

 翼を広げ威嚇してくる怪獣。だが威嚇など形だけ。あと数秒で攻撃が来るだろう。そう確信し、セブンガーは構えた。

 

『やっぱりだよ』

「何が?」

 

 結衣の通信が響く。怪獣の攻撃をいなしつつ、耳を傾ける。戦闘中に意識を向けるのは命取りになりうるが、怪獣への知識が並外れている結衣の声は聞いておいて損はない。

 

『この怪獣は過去に多々良島で確認されてる。名前は【有翼怪獣(ユウヨクカイジュウ)チャンドラー】爪や牙を使った攻撃が特徴。さっき言ったように空は飛べないけど、翼で強風を起こせるから注意して』

 

 彼女は膨大なデータから特徴をもとに怪獣を特定してみせた。しかし晶子にとっては、彼女の口から出た地名の方が気になるようだった。

 

「多々良島……? でもそこってスパイナーR1で……」

『おそらく地中に潜って生き延びたのかもな。……何はともあれ、市街地で強風を起こされて都市機能が麻痺したら厄介だ。責任もこっちにくるしな。早急に対処してくれ』

 

 結衣の声に代わり、正太が指令を出す。色々思うところはあるかもしれないが、怪獣による被害を抑えることが先決。晶子もストレイジのパイロット。意識を切り替え、操縦桿をもう一度握り直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠方で怪獣と特空機の戦闘を見つめる宇宙人2人組。ゼットン星人フィゾーとゴース星人シェバ。実験のために来たのはいいものの、怪獣の出現は全くの予想外。今は戦いを観戦している。

 

『いいのか? 行かなくて』

「執行日は指定されたが、我々が向かうタイミングに指示はなかった。故に、まだその時ではない」

 

 早く暴れる様子が見たいシェバは溜息交じりに戦いを観戦。

 

「それよりもその槍、何故持ってきた?」

『なんとなくな。いざという時の武器さ』

 

 シェバはカプセルを抱えてきたようだ。非常時にはそれを武器として扱うらしい。ウルトラマンの武器とはいえ、所詮武器は武器……ということだろう。

 そこから何秒か空いた後、観戦を続けながらシェバはぼそりと溢す。

 

『にしてもこの星、怪獣が立て続けに現れるようになったよな』

「ああ。しかし昔はこうではなく、辺境にある田舎惑星としてしか見られていなかった」

 

 フィゾーも話に乗ってきた。シェバの言う通り、怪獣が現れるようになったのはここ数十年の間だ。それまでの地球では、怪獣や宇宙人などいった未知の存在は空想の産物でしかなかった。

 

「だが14年前からすべてが変わった。魔王獣の一体が日本のある地域で目覚めたそうだ。そしてウルトラマンの存在がそこで初めて確認された」

 

 そこから3年後。怪獣や宇宙人の出現が頻発し、同時にウルトラマンの存在も多数確認されるようになった。

 

『それが今も続いてるってことだよな。宇宙人連中によれば、マガオロチの力が怪獣の目覚めに関与してるとかどうとか……。同時に、その残滓を頂こうと釣られてくるのも大量にいるって話だ』

「今ではこの星も”資源の眠る星”として注目されているからな。無論、我々もその1人なのだが」

『ホント、オーブが去ってくれたのは幸運だったな』

 

 どうやら宇宙での地球の立ち位置は劇的に変化しているようだった。辺境の惑星として見向きもされていなかったが、大魔王獣の存在が敵を呼び、そして倒された後も影響を残している。その末、この星は資源惑星として多くの星人から狙われることになったようである。

 

「さて、お話もここまでのようだ。そろそろ勝敗がつくぞ」

 

 お話はここまでらしい。2人の異星人はチャンドラーとセブンガーの戦いを再び観戦するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 続けざまに襲ってくる爪を受け止め、胸元に強烈な一撃を見舞うセブンガー。それに負けじと、チャンドラーも牙で胸部装甲や足の駆動部を狙ってくる。

 

「なかなかやるわね……」

 

 一撃一撃が重い両者は攻撃が当たる度に後退してしまう。だが再度接近して攻撃を繰り返す。するとセブンガーはヤツの腕を掴んで放り投げると同時に、後ろのブースターで飛翔。強力なドロップキックで吹き飛ばした。

 

『晶子、チャンドラーが翼を広げた。強風を繰り出してくるよ!』

「わかってる。でも、これがチャンス……!」

 

 強風を起こす際には、翼をはためかせなければならない。放たれれば甚大な被害を起こし、セブンガーもただでは済まないだろう。けれど強力故に隙が大きい。”大技”を撃ち込むならこのタイミングしかないのだ。

 

「出来たてホヤホヤバコさんの新兵器……ここで使うよ!」

 

 多くのセーフティーを解除し、スコープで狙いを定める。チャンドラーの首元を捉えると同時に、セブンガーは片膝を立て、右腕を突き出した発射姿勢に固定される。

 

「硬芯鉄拳弾……発射ッ!!」

 

 ジェット噴射で飛び出した右腕がチャンドラーの首元に直撃。すさまじい勢いはチャンドラーを後方へ押し戻し、ビルを押し倒すし大爆発を起こさせた。

 

「……よしっ!」

《チャンドラー、活動停止》

 

 怪獣討伐が終わり、晶子はため込んでいた息を吐いた。それは基地で見ていた2人も例外ではない。

 

「でも隊長、いいんですか? ビル巻き込んじゃいましたよ」

「あのくらいどうってことないだろ。既に民間人は避難しているわけだし、怪獣保険でどうとでもなる。というか、あのビルって取り壊し決まってなかったっけ?」

「だとしたら取り壊しの手間が省ける訳ですよね? そのお金こっちに回してくれないかな~」

「いや無理だろ……」

 

 怪獣の脅威は去った。あとは周のがれき撤去作業に移行するだけ。周りの空気は一瞬にして平穏へと変わる。

 

「あの鉄くずを攻撃してウルトラマンを誘き寄せる」

『そうかよ。それじゃ、ちゃっちゃと始めてくれ』

 

 いよいよ実験開始。ゼットン星人フィゾーは、ゼットライザーを起動させる。

 

 

《ZETTON》

 

 

「晶子、作戦終了だ。そのまま瓦礫の撤去作業に向かってくれ」

『了解』

 

 

《PANDON》

 

 

「チャンドラーか、今回はすぐに終わりましたね」

「ああ。一時はどうなるかとヒヤヒヤしたが、晶子が上手くやってくれたしな」

 

 

《MAGA-OROCHI》

 

 

「隊長、急激なエネルギー反応が……!」

「何っ!? 晶子、辺りを警戒しろ!!」

『りょ、了解! でもどういうことですか!? 怪獣はさっき倒したはず……』

 

 ────光の戦士を幾度となく苦しめた強敵。

 

 ────双頭で火を吐く大怪獣。

 

 ────星を喰らい尽くすという伝説を持ち、今なお恐れられている大魔王獣。 

 

 各メダルを読み込ませる。すると3体の怪獣は邪悪なオーラの中で混ざり、固まり、新たな1となって姿を現した。

 

「……は?」

 

 突如姿を現した合体魔王獣を前に、正太は困惑の声を漏らす。だってあの姿は……彼にとって罪悪感と後悔の、そして誇り高い姿だったから。もう決して見ることはなく、安らかに眠ると……そう信じていた存在だったからだ。

 

 

《ZEPPANDON》

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは……11年前に初めて確認された怪獣……」

 

 モニターと自分のデバイスを交互に見ながら分析を進める結衣。しかしその必要はなかった。何故なら隣にいる正太が答えてくれたからだ。

 

「【合体魔王獣(ガッタイマオウジュウ)ゼッパンドン】……」

「隊長……」

 

 正太の拳に力が入るのを、結衣は見逃さなかった。

 

「晶子、そのままじゃ不利だ。一旦退け!」

 

 大急ぎで通信を入れる正太。しかし晶子からの答えは……。

 

『いいえ。隊長、予備の硬芯鉄拳弾をこちらに送ってください。それまで耐えてみせます』

 

 まさかの拒否だった。しかし今セブンガーは右腕がない状態だ。攻撃も満足に行えないし、機体のバランスも最悪だ。しかも相手はゼッパンドン。生半可な装備で勝てる相手じゃないことは、()()()()()()()()()()()()

 

「いいか、俺は戻れと言ったんだ。それに背くことは重大な命令違反だ! お前わかっ────「それでも!! 私はストレイジのパイロットです。戦えない人を守るのが……私の仕事です!!!」

 

 彼女の向き合い方、覚悟を前に黙り込んでしまった正太。そして無言のまま、晶子も通信を切る。

 

「隊長、どうするんですか?」

なんでみんな……自分を犠牲にするんだよ……結衣、俺も現場に向かう。整備班に予備の鉄拳弾を送るように伝えておいてくれ!」

「あ、ちょっと隊長!?」

 

 結衣に言い残し、彼も現場に向かう。それはどうしてだったのか。おそらく、ゼッパンドンの姿で昔を思い出したのかもしれない。見送ることしかできなかった人物の存在を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

「ッ…………! ダメだ……くそ……誰か!」

 

 助けを求める。けれど彼の声に導かれて人が来る気配はない。もう一度、そしてさらにもう一度……助けを求める。上擦った情けない声。けれど始は構わず声を上げる。そうしないと死んでしまうから。

 

「なんだよ……俺……何も変わってない」

 

 笑みが溢れた。それは自分の姿が酷くみっともなかったからである。結局自分はゼットに頼らなければ何もできない。大層な事を言っておきながら、結局のところは人頼り。

 父親の背中を見送った時、かのんの助けになれなかった時……結局その頃から自分は何も変わってなかったのだと。

 

「っ!? 大変じゃない!」

 

 すると聞き慣れた声が周囲を震わす。すみれが金髪を揺らしながら近付いてくるのだ。庇ったおかげか、目立った外傷はなさそうだ。

 

「すみれ……大丈夫だった……」

「こんな時ぐらい自分の心配をしなさいよね……あんたのお陰でこの通りよ」

 

 怪獣の咆哮。そして激しい地響き。ふらつきながらもすみれは辺りを見回す。そして長めの鉄パイプを引っ張り出し───

 

「おい、何やってんだよ!?」

 

 瓦礫の隙間に突っ込む。梃子の原理で助け出そうという魂胆だ。

 

「見てわからない? あんたを助けるのよ!」

「馬鹿、俺を助けるよりも早く逃げろよ!」

 

 先ほどあんなに助けを求めていたのに、いざ来ると逃げるように促す。その矛盾に自分でも困惑してしまう。

 

「私だって逃げたいわよ! でもこんな状態で放っておけるはずないでしょ! それに、あんただって私の立場ならこうする。違う?」

 

 持ち上げようと踏ん張るすみれ。しかし、瓦礫の山はびくともしない。

 すぐ近くでは怪獣と特空機の激しい戦闘が行われており、いつ此方に被害が飛んでくるかわからない。額に汗を滲ませ、すみれは変わらず踏ん張る。

 

「なんで……」

 

 ふと、すみれとセブンガーの両者が視界に収まる。一方は人々を守るために怪獣と戦う。そしてもう一方は始を助けようと必死に動いている。形は違えど今その瞬間に、自分にできることをやっている。無茶でも構わずに、ただひたすらに。

 目の前にいる1機と1人の姿を見せられて、始は目の色を変える。そうだ。力があるかどうかじゃなかった。自分にできることを探し、それを必死に成そうとする。今までもそうしてきた。そこは変わっては……変えてはいけない部分の筈だ。

 

「俺だって……!」

 

 瓦礫に挟まれてはいるが、手も足も動く。四肢に力を入れ、襲い掛かる重みに反抗する。

 

(ゼットと一体化してんだから、こんな瓦礫……どかせなきゃ失格だろ……!)

 

 ゼットと一心同体なら、ある程度の力は出せると彼から教えてもらったことがある。ならば、今ここで使わなければ。

 すみれの助けもあり、積もった瓦礫の山が上がり始める。

 

「ちょ、ちょっと……!?」

「う……おお……おおおおおおっ……!!」

 

 足が抜けるくらいの隙間ができた瞬間、すみれが手を引いて脱出。塵や煤が宙を舞った。

 

「どうなってるったらどうなってるのよ!?」

「鍛えてたお陰かも……。だけどすみれが来なかったらヤバかったよ。ありがと」

「そんな感謝じゃ足りないわ」

「手厳しいなぁ……」

 

 軽いやり取りも束の間。始とすみれは瓦礫の山を縫うようにして、近くの避難所まで走っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり……セブンガーじゃキツイか」

 

 現場に出た正太。彼は地上からゼブンガーとゼッパンドンの戦闘を見上げる。先程右腕に予備の硬芯鉄拳弾を装着。普段通りのスペックで戦闘を続行している。片腕のみで耐えた晶子の腕は確かに凄腕だ。人々を守る信念の強さが伝わてくる。けれど、その信念が機械に作用するわけではない。ゼッパンドンという合体魔王獣の力の前には無力であった。

 

「これも”僕”の責任か……ん?」

 

 すると、地面に落ちているバックパックに目が行く。そこからは嫌悪するような、懐かしいような気配を感じたからだった。

 

「これは……成程……彼の落とし物か」

 

 中身を見なくとも、ある程度察した正太。すぐさま彼を見つけるために地面を蹴る。その速さは人間のそれではなかった。

 

 




色々と興味深いワードが飛び交う回になりました。スパイナーR1、多々良島……前者はオーブから、後者はウルトラマンからのお借りしてきた要素になります。一体何をしでかしたんでしょうビートル隊……。

そして現れるゼッパンドン。青影隊長はどうやらその姿に腹を立てている様子ですね……。


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第18話 ウルトラマンからの贈り物

読んでいただきありがとうございます。


 

 一難去ってまた一難……とでも言うべきか。チャンドラーの次に姿を現したのはゼッパンドン。かつてはあのウルトラマンオーブを退けた強敵だ。さらに一度、オーブと共闘し融合大魔王獣と対峙した際、その肉体を焼かれた。以後確認されることはなかったのだが、この長い時を経て再び出現。セブンガーと交戦中である。

 

「次から次に……どうなってるのよ……」

「さあな。今はとにかく逃げないと!」

「おい! 君たち!!」

 

 途端、男の声が聞こえてくる。タクティカルベストを纏い、白いライフルを手に持つ姿。ストレイジの隊員であることが推測できた。

 

「君たち大丈夫か?」

「はい」

「……! あなたは……ストレイジ隊長の……」

 

 至近距離で見て確信した。おそらく、ストレイジの中では一番テレビに映るであろう人物だからだ。正太は笑って頷く。しかしそれは数秒のみ。すぐさま仕事の顔へと戻り、避難場所への方向を示す。

 

「お嬢さん、こっちに避難所がある」

「わ、わかりました。ありがとうございます! ほら、あんたも!」

 

 手を引かれて逃げる直前、男に肩を掴まれ止められる。始もすみれも、何事かと男を見つめる。彼は右手に持ったそれを始に手渡した。

 

「拾ったんだけど、これは君の?」

 

 地面を幾度か転がったからか、白い汚れがあちこちに目立つがそれは始が落としたバックパックだ。彼は手に取って礼を言う。

 

「もう落とすなよ? ()()()()()なんだろ?」

「……はい。ありがとうございます!」

 

 すぐさま2人は逃げていく。そんな彼らの背中を正太は見送る。正確には少年の方に視線を注いでいたのだが……。そして即座に怪獣の方へ視線を向けた。

 

「晶子、至急離脱しろ!!」

 

 無線で呼びかけるが、正太の声は届かない。

 食らいついていたセブンガーだったが、ゼッパンドンの容赦ない火球がボディを幾度となく傷付け、終いにはバッテリー切れで敗北を喫してしまう。倒れたセブンガーからは晶子の声も聞こえなかった。中で気絶してしまっているのだろう。

 

「マズいな……」

 

 正太はセブンガー目掛けて跳躍。その飛距離は人間の限界を軽く超えていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみれ、先に逃げてて!」

 

 一緒に走る中、始はすみれに伝える。無論、それを了承してくれる訳がなかった。

 

「何言ってるのよ! あんたさっき死にかけたのよ!?」

「それもわかってる。でも俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ! さっきすみれが俺を助けてくれたように今、この時に……俺にしかできないことが」

 

 足が止まる。すみれの目に映る始の姿は、途轍もなく真剣な表情をしていただろう。だからなのか、すみれは諦めて手を離した。

 

「ほんっっっとあんたは……わかった。でも、絶対に戻ってきなさい」

「うん。ありがとう、すみれ」

「もう、早く行きなさいったら行きなさい!」

 

 始は頷くと、一目散に駆け出していく。そんな彼の背中を、すみれはただ無言で見送った。

 

「……!」

 

 ゼットライザーを起動させ、光のゲートを潜りゼットと合流。開口一番、ゼットは始に問いかける。

 

『今までどうしていたんだ始!?』

「ごめん、瓦礫に巻き込まれてゼットライザー落としちゃった」

『ウルトラヤバいな。大丈夫だったか?』

「ああ、なんとか。それよりも怪獣を!」

『そうだな。ウルトラ気合入れていくぞ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「晶子! 大丈夫か晶子!!」

 

 ハッチを開け、彼女に呼び掛ける正太。けれど気絶しているため反応はない。すぐに病院へ運ばなければならないが、目の前にはゼッパンドンが迫っている。

 

「クソ、誰に許可貰ってその姿で暴れてんだ!!」

 

 レーザー小銃で威嚇。しかしあまりにも無力だった。

 

「……」

 

 正太は胸元にある”何か”に触れる。だがその表情は酷く葛藤していた。その葛藤が命取りだったか、ゼッパンドンの口から膨大な熱量が溢れ出した。

 

「しまった……!」

 

 火球が再度セブンガーへぶつかる瞬間、眩い光りが空から舞い降りた。

 

《ULTRAMAN Z ALPHA EDGE》

 

 ウルトラマンゼットが火球を弾き飛ばし、彼らを守ったのだ。

 

「ハハ……おせーよ」

 

 ゼットと正太は一瞥。そして巨人は合体魔王獣へと走り出し戦いが始まった。目の前で繰り広げられる光景に、過去の記憶が呼び起こされる正太。しかしのんびりと観戦している場合ではない。

 

「結衣、晶子を救出した。位置情報を送るから至急救護班を呼んでくれ」

『了解!』

 

 正太は晶子を救出、戦闘区域を離脱していく。

 

「ゼット、この怪獣は強力だ。注意して掛かろう……!」

『始、あの怪獣を知っているのか?』

「資料だけなら。でも、当時のオーブを苦戦させたって聞いてる」

 

 腕の攻撃をブロックし、胸元に正拳突き。続いて滾った脚で吹き飛ばす。まずは挨拶だ。距離を測り、相手を見据える。

 するとゼッパンドン、どす黒い闇を撒き散らして姿を消した。

 

『またこの手の奴か!?』

 

 背後に姿を現し、鋭い右腕の爪で体を抉り、紫の光線がゼットを吹き飛ばす。

 

「ってぇ……」

『ウルトラむかつく野郎だぜ……』

 

 転がった姿が面白かったか。笑うような素振りの後、かかってこいと挑発。こちらの事を随分と弱く見ているらしい。

 

『その挑発……』

「乗ってやるよ!」

 

 ゼットは地を蹴り、再び距離を詰めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここで休んでろ。よくやったよ」

 

 晶子を木陰に寝かせ、位置情報を送る。これで救護班によって晶子は病院に搬送されることだろう。

 

「……にしても妙だ」

 

 正太はゼッパンドンとゼットの戦いを見守りつつ、思考を巡らす。

 ゼッパンドンを始めて生み出した時、マガオロチの尻尾とゼットン、そしてパンドンをダークリングの力によって融合させ生み出すことができた。それ故に天然で発生することはないに等しい。だが実際問題、目の前で暴れている。

 

「誰かの手引きか……」

 

 今はそう結論付けるしかない。だがマガオロチの力をどのようにして手に入れたのか、疑問は尽きない。

 

「……あれは」

 

 考え込む彼の目にある姿が映る。こんな非常時にフラフラと歩く姿がまず異常だ。また彼の超人的な視力によって捉えた姿は、明らかに地球人のものではなかった。紫の髪に赤と銀の服で覆われた緑の肌……。

 特徴が一致する存在を、正太は知っていた。

 

「追ってみるか」

 

 気付かれないよう、素早くそれでいて静かに尾行を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『そのままウルトラマンを殺せー! ハハハッ、実験に付き合ってやるのも悪くねえな!!』

 

 ゴース星人シェバ、彼の胸中は歓喜の感情でいっぱいだっただろう。圧倒的な力でウルトラマンを追い詰めるゼッパンドンを前にしているのだから。

 緑の作業服に身を包んだ男、何を考えているのか不明確で信用ならなかったが、しっかりと力を与えてくれた。今はそれだけで十分だった。

 

『今日がウルトラマン最後の日だな』

 

 ウルトラマンがいなくなれば、太刀打ちできる者はもういない。地球にも防衛力があるらしいが、所詮は人間。こちらの力には遠く及ばないだろう。

 勝利を確信した彼だったが、唯一心残りがあるようだ。抱いたカプセルを撫で、ひっそりと呟く。

 

『オーブの槍で、アイツを串刺しにしてやりたかったな』

「おいおい……追ってきてみれば、随分と面白そうな物を持っているじゃないか?」

『な、なんだ貴様!?』

 

 背後から近付く声に警戒し、ゴース星人シェバは威嚇。だがその正体に唖然とする。だってその姿は自分たちには遠く及ばない存在……地球人だったからだ。

 

「誰だっていいだろ。それよりお前は……やっぱりゴース星人か」

 

 あり得ない。目の前の人間を前にして言葉を失う。

 普段であれば地球人の戯言と一蹴し、八つ裂きにしてやるところだが今はそれが出来なかった。目の前の地球人から放たれる圧が尋常なものではなかったからだ。

 

『い、一体なんなんだ貴様は……』

「だから誰だっていいだろ。それに、お前のせいで大事な部下が危険な目に遭ったんだ。……タダで済むと思うなよ?」

 

 格好は何処から見ても地球人そのもの。けれど男が持つ剣……それには見覚えがあった。いや、正確には似たような姿形をしたものを……だが。

 

『そうだな。誰だっていいよな。今から死ぬ奴のことなんて!』

 

 圧に押されているだけではいられない。覚悟を決め、ゴース星人は攻撃を開始する。しかしを華麗に躱し、がら空きの腹に膝を打ち込んだ。前のめりになって近付いた顔面を裏拳で飛ばし、前蹴りで地面に転がせる。

 

『この────』

 

 起き上がる前に剣を地面に突き立てて威嚇。顔を近付けて問いかける。

 

「あの合体魔王獣は誰の仕業だ。答えろ」

『ヘッ、誰が教えるかよ。地球の味方なんかしやがって』

「今僕は虫の居所が悪いんだ。早く答えた方が身のためだぞ」

 

 しかしシェバは答えない。代わりに返ってきたのは笑いだ。

 

「何が可笑しい……?」

『お前が誰か……思い出してな。さて、今のお前に何ができる? 碌に変身も出来ないお前に』

 

 黙る正太。その隙にゴース星人は彼を蹴飛ばし、体制を立て直すことに成功した。

 

『それじゃあさらばだ。アオ────』

 

 唯一誤算があったとすれば、彼は正太が手加減しているということに気が付かなかったということだ。変身ができないのは過去のダメージのせい。故に戦闘力も鈍っている……と。だがそんなことはなかった。逆に、変身時ではなく青影正太の状態で比べたら、今の方が強い。

 

「はあ……」

 

 ゴース星人シェバが何を言おうとしたのか、最後まで聞き取ることはできなかった。代わりに聞こえてきたのは、頭が胴から離れて落ちた音。

 黒い剣についた血を振り払い、正太は星人の右手に握られているカプセルを奪う。

 

「情報を聞き出そうと手加減してやったのに、随分と舐められたもんだよ僕も……ってか情報伝わるの早すぎだろ、何で知ってんだよ」

 

 ぶつくさと文句を言いつつ、辺りにまだ敵がいないか確認する。しかしもういないようだ。相変わらず、ゼッパンドンとゼットの戦う音だけが響いている。

 

「けど真相はわからず仕舞いか」

 

 結局、何の情報も引き出せなかった。

 せめてもの収穫として回収したカプセルに目を落とす。中にある青い槍を見つめ、懐かしさとも、鬱陶しさともとれる視線を向けた。

 

「うわっ、またこの槍を見る事になるなんて……あ〜、嫌だ嫌だ」

『隊長、晶子は病院に無事搬送されたそうです!!』

 

 すると無線から結衣の声が流れてくる。晶子は搬送され、命に別状はないらしい。無線越しからも結衣が安堵しているのがわかるし、正太自身ホッと胸を撫で下ろしていた。

 

「了解だ。こっちは引き続き現地で避難誘導を続ける」

『了解です。隊長も気を付けて!』

 

 無線が切れると、正太はゼッパンドンと交戦を続けるゼットを見上げる。もやれることはない。後は彼らに任せよう。

 

「さあどうする? ウルトラマン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 ゼットは回転の勢いを借り脚を振り下ろす。しかし攻撃は空を切り、姿は見えなくなる。となれば即座に精神を集中させ、ヤツの気配を感じ取る。

 

『「……!』」

 

 死角から繰り出された尻尾を掴むも、頭の両端にある器官から放った光線が直撃。よろけ、放してしまったその隙に火球を数発撃ち込まれた。

 

「ならこれならどうだ……!」

 

 受け身を取って起き上がると同時に放ったゼスティウム光線。狙いは鋭く、直撃であろうものだった。しかし────

 

「なっ……!?」

 

 ヤツは目の前で六角形のバリアを展開し、光線を防いだのだ。

 単純な力と硬いシールド、そして身を焦がす程の火球や光線。どちらともに隙が無い。時にウルトマンと戦い、時にウルトマンと共に戦った怪獣。オーブを苦戦させた強敵。それを自分たちが倒せるのか……疑念と焦燥は体を駆け巡っていく。

 

『ウルトラ強ぇ……』

 

 考える暇など与えずゼッパンドンが幾度目かの火球を飛ばしてくる。脚や胸に被弾。軽々と両者の距離は開き、ビルを巻き込んで地面に叩きつけられる。

 

「くそ……!」

 

 カラータイマーの点滅。残り時間もわずかしかない。

 

「……」

 

 焦燥と疲労の中で、始が思い出したのは先ほど瓦礫に挟まれていた時。

 気付かせられたはずだ。自分の出来る事をただひたすらにやるのだと。

 そして始はもう一度問う。自分に何ができるのか。そして何をしなければいけないのか。勝てるかどうかを考えるのは今することじゃない。ここに立っている、自分たちがやらなければいけないことを。

 

「……俺たちはどんな時でも、どんな相手でも最後まで諦めない」

 

 自分たちよりどれだけ大きな存在だろうと、逃げることなく立ち向かう。防衛隊の様に、オーブの様に。そして足掻いて足掻いて、命尽きるその瞬間まで可能性を捨てない。それが……

 

「それが怪獣退治の専門家だ!」

『ああ……ああ、そうだな始! それがウルトラマン……俺たちだ!!』

 

 始とゼットの心が1つになった時、奇跡が起きる。

 

「これは……」

 

 正太の持つカプセルが光を発し、なんとウルトラマンの元へと向かっていく。

 カプセルの力によって縮小されていた筈なのに、その力をものともせずに破壊。槍はみるみるうちに巨大化していく。その形は正太だけでなく、始にも見覚えのあるものだった。

 

『なんだ?』

「この槍……!」

『知ってるのか始!?』

「ああ。ウルトラマンオーブが使っていた武器だ」

『そう言うことか。だから今、俺の光と共鳴しているのかもしれない』

 

 始とゼットにはわかる。光り輝く神器がこちらに語りかけていることが。自分を使えと語りかけている事が。

 

「ゼット!」

『ああ! この力、有り難く使わせて貰っちゃいましょう!!』

 

 ゼットが掴むと、2又の槍は切っ先から半月状の刃を形成し全く新しい形の武具へと変化した。全体を見れば確かに槍だ。しかし、その先端はまた別の武具……弓のようにも思えた。

 

「形が変わった……なんで?」

『俺にもわからない。けど、コイツの使い方はわかる。わかっちゃいます!!』

 

 ウルトラマン同士の光が成した技、あるいは奇跡なのだろうか。今はわからない。けれど目の前で悲劇を生もうとする怪獣を倒す力になってくれる……それだけは確実に言い切れた。

 

『「おおおおォォォォォ!!』」

 

 地面を蹴り上げ、ゼッパンドンに刃を突き立てる。

 新たな武器の登場に動揺しているのか、対応が遅れて胸元から火花が散る。途端、先程までは余裕の表情であったヤツから揺らぎを観測した。

 

『いくぞ始、反撃開始だ!』

「ああ!」

 

 武具から自身に流れ込む使い方を頼りに、備えられたレバーを1度引く。

 真ん中の球体が回転。周りの空気を取り込んで灼熱の業火となり武具に迸る。炎の軌跡で描いたZの文字。2人は前方の怪獣を見据え、力強く撃ち出した。

 

『「ゼットランス……ファイヤァァァァァ!!』」

 

 飛ばされた斬撃は高速回転しつつ疾走。張られたゼッパンドンシールドを容易く弾き飛ばし、体にZを灼きつけ爆砕。

 

『この隙にありったけの攻撃を叩きこむぞ!』

 

 よろめく怪獣へ肉薄。突きが、斬撃が……これでもかという程繰り出される。振り下ろされた腕を柄でブロック。腹部に横蹴りが撃ち込まれ怯むゼッパンドン。ゼットはガラ空きの胸部目掛け跳躍。全体重をかけた渾身の突きをお見舞いする。

 

「こいつで……!」

 

 レバーを2度引く。

 出現したのは灼熱とは対極に位置する極寒の氷塊。左手で柄部分を添うように氷の矢を引き絞っていくと、淡い青色が周囲に散っていく。

 

 次に受ければ確実に倒れる。確信を持つゼッパンドンは即座に火球を生成。ゼットを焼却すべく放つ。しかし殺到する炎など、今のゼットと始には恐るに足りなかった。

 火球の先を睨みつけ、全力の叫びと共に矢を解き放つ。

 

「『ゼットアイスアロォォォォォ!!」』

 

 大威力で放った火球を消し飛ばし、矢はゼッパンドンを穿つ。即座に全身が氷漬けとなり、内側から膨れるようにして爆散していくのだった。

 

「や……やった……」

『ああ、ウルトラマンからの贈り物。コイツのお陰でございます』

「ウルトラマンからの……オーブからの贈り物……そうだね」

 

 再び平穏の戻った空に、いつものようにZの文字が刻まれた。

 

「ウルトラマン同士の力が引かれあった、ってところか……面白いな」

 

 空を見上げる正太は呟き、現場の後始末へと向かう。

 

「……色々確かめる必要がありそうだ」

 

 ウルトラマンの再来と宇宙人の暗躍。そしてゼッパンドンの出現。

 この星で一体何が起きようとしているのか……その全貌未だ謎のままである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「約束通り、戻ったよ」

「当たり前でしょ」

 

 しばらくして平穏が戻る。壊された街は、すぐさま復旧作業へと入る。倒れてもまた建て直す。そのようにしてこの国はここまで積み重ねてきた。いつもと変わらぬ一幕である。

 始はすみれと合流し、今度こそ家に帰ろうと歩いている。

 

「私、やっぱりあんたの生き方は歪だと思うわ」

「……そっか」

「でも……今はいい。それと今日少しだけ、あんたの……始のことわかった気がするわ」

 

 夕日が顔を照す。オレンジ色に負けないくらい綺麗な緑色の瞳で、すみれは始を見る。

 

「俺のこと?」

「ええ、ほんと危なっかしい奴だってことがね」

「……これからは気を付ける」

「そうしなさい。あの調子じゃ、かのん達も身が持たないわよ」

 

 危なくて目を離せない。今日始に抱いたのはそれだ。だけど、だけど偶に見せる凛々しく頼もしい表情を持っていることもわかった。

 

「あと始、あんたはもう少し我儘になりなさい」

「我儘?」

「そう。相手の事も大事だけど、まずは自分に目を向けろってこと」

 

 彼にはもう少し、自分のことを気にしてほしい。だけどすぐには無理だ。だから少しずつ、彼が自分を見れるようにしていこう。そう思ったのだ。

 

「わかったよ」

「本当にわかってるの?」

「早速我儘言っていいか?」

「意外ねこんなに早く……まあいいわよ」

 

 始の我儘はすみれにとっては封印したいものであった。

 

「グソクムシの動画見せてくれ」

「バッ、な、なんであんたも知ってるのよ!」

「かのんが言ってたんだよ。可愛いって。俺も見たいなって思ってさ。ちょうどいい機会だろ?」

「嫌」

「は? すみれが我儘になれって言ったんだろ!?」

「嫌ったら嫌なのよー!!」

 

 建設作業の音と共に、すみれの声が夕方の街中に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グッ……ガハッ! ゴホッ!!」

 

 どこかの路地裏。ゼットン星人フィゾーは体のダメージに苦しんでいた。

 想定外だ。あの武器が……オーブの武器が力を貸すなどと。あれがなければこちらが勝てていた筈。悔しさをぶちまけたいが、体が言う事を聞かない。這って逃げてくるのもやっとだったのだ。

 

「シェバめ……あんなものを持っていくからだ……」

「酷くやられたな」

「お、お前は……」

 

 顔を上げると、そこにいたのは冠木。

 

「アレは事故だ。シェバが余計なことをしなければ勝てていた。次はより強力な怪獣で……」

 

 次こそはとフィゾーは語るが、冠木の表情は変わらぬまま。

 

「いい実験結果が得られた。感謝する」

「ま、待て!? まだ────」

 

 冠木はビートル隊のピストル、スーパーガンリボルバーでフィゾーを撃ち殺した。装弾数5発をすべて使って。そして死体からゼットライザーとメダルを回収し、その場を去る。

 彼の言う実験とは何か。その果てに何を行うつもりなのか。冠木は……いや、”その中にいる者”は語らない。今はまだ。

 

 

 

 

 




今作におけるゼットランスアローは「オーブスラッガーランスがゼットの光の力で変化したもの」という独自設定で行かせていただきます。
青影隊長、今は変身できないみたいです。一体何にだよって話ですが。


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第2章 結び、結ばれ
第19話 意外な客人


 

 それは彼女の幼い頃の記憶。

 

「ここはわたしたちの場所なの」

「かってに使わないでよ」

「ごめんなさい……知らなくて」

「近くにすんでるなら知ってるでしょ」

 

 どうやらその公園は、あるグループが良く使っていたらしい。周辺に住む同い年の中では暗黙の了解になっていた。けれど彼女はそんなこと知らず、使ってしまった。

 公園は本来、誰でも自由に使える場所だ。けれど数の暴力で迫られては……ましてや当時の彼女では、そのことを強く主張することはできなかった。

 

「はじめてこの公園にきて……知らなくて……」

「ふ~ん、まあいいわ。でも、これはもらってくから」

 

 3人組の1人が握っていたのは、髪を結ぶための紐。

 

「ダメ! それはダメ!!」

 

 彼女にとって大事なもののようだ。必死に返して欲しいと訴えるが、少女たちは聞く耳を持たない。腕を高く上げれば、背の関係もあり届かなくなってしまう。

 

「なんで? あんたが私たちのじゃましたんでしょ!」

「そうよ!」

「あ、泣いてるー!」

 

 大事なものを取られ、圧を掛けられ、すれば自然と目元に涙が溜まる。その姿を少女たちは楽しそうに見つめる。それが悔しかったのか、彼女は必死に答えた。

 

「泣いてない!!」

 

 だがそう答えるたびに、溜まる量は増えていく。同時に伸ばした手足の力がなくなっていく。目の方は決壊寸前だ。

 

「あー!!」

 

 耳に届いたのは安心する声だった。視線を向ければ、オレンジ色の髪を揺らし走ってくる少女の姿があった。彼女は庇うようにして立った。その後ろ姿は、まさしくヒーローだっただろう。

 

「■■ちゃんをいじめちゃダメ!」

「なんなのあんた?」

「いいから■■ちゃんの大事なもの、すぐに返しなさいよ!」

 

 怯まず、力強く言い切った少女。その姿に気圧されたのか、これ以上の言い合いが面倒になったのか、3人組は投げるようにして返し、大人しく去っていった。

 

「これでよし」

「ありがとう。でも仕返しされるかも……」

 

 髪を結び直してもらい、仲良くブランコに座る。けど彼女は心配だった。今回は過ぎ退いてくれたが、今後倍の人数、違ったやり方で仕返しされるのではないかと。

 

「大丈夫。■■ちゃんのことは私が守るから! 困ったら呼んでよ。それにね、すっごいたよりになる子がいるんだ!!」

 

 けど彼女は臆することなく、いつものようなキラキラした目で言ってのけたのだった。

 それが嵐千砂都に刻まれた記憶。彼女が今の自分から脱却したいと思った……最初の出来事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 多くの登山客で溢れかえる某有名山岳の1つ。真夏の太陽が照り付ける晴い空の下、普段であれば絶好の登山日和である。そう、普段であれば。しかし今日は登山することは叶わないだろう。何故なら────

 

「くそっ! こんなバカ暑い時に出てきやがって!!」

『始、怪獣に暑さとか関係ないでございますよ!』

 

 怪獣が出現したからである。白い体毛に筋骨隆々な体。登山客の側からすれば、ゴリラや伝説に名高い雪男のように見えるだろう。名前は【冷凍怪獣(レイトウカイジュウ)ギガス】現れて早々、その場に居合わせた登山家や山に生息する動物に襲い掛かっていたのだ。そこにウルトラマンゼットが登場して現在に至る。

 

『この怪獣、ウルトラ強ぇ……』

「どうにか攻め込む隙を見つけないと!」

 

 ゼットと取っ組み合うギガス。しかし状況はギガスが優勢であると言える。ゼットが怪力に押されているからだ。どうやら素早い連続攻撃で相手を追い込むアルファエッジとは致命的に相性が悪いらしい。単純な力技の前には強く出られない。幾度の攻撃にたまらず怯むゼット。反撃したのにも拘らず、ギガスの頭突きでさらに吹き飛ぶ。

 

「なかなかやるな……」

 

 攻められっぱなしのゼット。するとそこに頼もしい助っ人が現れた。

 

『以前の借り、ここで返すよ!』

 

 ゼブンガーである。着地してすぐ、ゼットとバトンタッチするようにギガスへ接近。互角のパワーでギガスを相手取る。腕部の攻撃をブロックし、そのまま腹部へ殴り掛かる。距離が空いたらロケットブースターを点火させ、強力な頭突きを放つ。

 

『ウルトラマン!』

 

 晶子の声に応え、ゼットが攻め立てる。素早く脚で蹴り、額の光線で隙をさらに作ってからギガスの胴を打つ。

 ゼブンガーの登場によって形成逆転。当然不愉快になったギガスは奥の手を使う。口から冷凍光線を放ったのである。

 

『うわっ!? 冷えるっ! ウルトラ冷えるっ!!』

「マズいマズいマズい! いったん距離を取ろう!!」

 

 バク転で後方へ移動し、ギガスの動きを伺う。しかし時間もかけてられない。隣に立つセブンガーと目を合わせると、ゼットは青い槍を召喚する。

 

『「ゼットランスアロー!』」

 

 レバーを引き生成された黄色い光弾をギガスに放つ。切っ先から放つ遠距離技、アローショットだ。

 

「よーし、これを撃ち込んでやる……!」

 

 ゼブンガーも大技の発射準備へと入る。

 狙いを定めるゼブンガーを阻止するため、ギガスは再度冷凍光線を放つ。

 

「させるか!」

 

 燃え滾る槍を振り回し前方でZの字を描く。そして狙いを光線へと定め、その文字を撃ちだした。

 

『「ゼットランスファイヤー!』」

 

 両者は中間で激突。凍らされ、燃やし尽くし、どちらも空中に分散する。しかしこれでいいのだ。ゼットが行ったのはあくまで発射までの時間稼ぎと光線の排除。後はゼブンガーの仕事だ。

 

『硬芯鉄拳弾……発射!』

 

 撃ちだされた拳はギガスの腹部に命中。衝撃に耐えられず、ギガスは断末魔を上げながら爆発するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『力が足りない……?』

「そう。ギガスと戦って思ったんだけど、単純な力比べになったら今のままじゃ負けるなって」

 

 ギガスとの戦闘を終え、結ヶ丘へと登校した始。今は夏休みの真っ最中だが練習は勿論ある。

 そしてその道中、彼は先程の戦闘から自分たちの課題を見つけ出したのだった。今のアルファエッジでは強力な力の前に無力だ。セブンガーが助けに来てくれなかったら今頃どうなっていたか……。

 

『確かに。ウルトラフュージョンが出来れば、パワーファイトに特化した形態にもなれるんだが……』

「え、そんなのもあるの? クソ、なんでメダルがないんだよ……」

 

 どうやらウルトラフュージョンには怪力を発揮できる形態もある模様。けど今あるメダルは5枚。アルファエッジにしかなれない。始はメダルが未だ見つからないことに毒づく。

 

『まあ、無いものねだりしたってしょうがない。暫くは、攻撃を避けてその隙に一撃一撃を加えていくしかないだろう』

「はあ……だよね。あ、ゼットランスアロー使って遠距離からチクチク攻撃してくってのもアリか」

『時間がウルトラ掛かるぞ、それ』

 

 遠距離からひたすら攻撃を加える。確かに有効そうだが、極僅かな時間しかいられないウルトラマンでやるのはとてもリスキーである。それにそんな姿、見た人々はどう思うだろう。心無い言葉が飛んでくるのは必至だろう。

 

「……やめとくか」

『ああ、やめとくべきだ』

「はあ……面倒だ」

 

 暫くは怪獣退治に苦労しそうだなと溜息を吐きながら、始は屋上へと歩いていく。

 

「加えて外も……はあ……」

 

 彼が憂鬱なのは、怪獣だけじゃない。ギラギラと太陽が照り付ける屋上も……である。

 今日は猛暑日であり、水分補給などを行い熱中症対策をと騒がれている。今朝もキャスターが注意喚起しているのをグデッとした姿勢で聞いていた覚えがある。

 

『おいおい、そんな調子で大丈夫なのか?』

「でも暑いものは嫌なんだよ……」

 

 ゼットも呆れた様子で尋ねてくるが、嫌なものは嫌だと始は答えた。

 

『あのな、怪獣墓場にある炎の谷ってのがあってな。そこはウルトラ熱いらしいぞ。それと比べたら……』

「知らないよそんなこと。こっちは地球の環境事情で手一杯なんだよ」

『けど、こんなに暑くなったのは地球人のせいだってどこかで聞いたぞ』

「……まあ、確かにそうかもしれないけどさ」

 

 本来、太陽から受けた熱は宇宙に放出されることによりそれなりの環境が保たれてきた。しかし二酸化炭素の等の温室効果ガスが増え、宇宙に出ていく筈の熱を捕まえてしまい、地球の温暖化が徐々に進んでしまっているのが暑くなる原因だという。二酸化炭素などは、人々の生活の中から大量に溢れている。つまりは地球人がこの事態を招いているということだ。

 ゼットの言葉に、始が反論する余地はない。けれどゼットも別に責めているわけではない。彼の言葉は偶に正直すぎるのだ。

 

『けど寒いよりいいじゃないか。俺たちウルトラマンにとっては寒さが弱点だからな』

「へえ~、じゃあギガスとかやばかった?」

『ヤバい。ウルトラヤバい』

 

 などと話していると、部室に到着する。

 時計に目を落とせば既に練習が始まっている時間だ。荷物を置いてすぐに屋上へ向かうつもりの始だったが、部室を開けた途端断念した。

 

「死ぬかと思いマシタぁ……」

 

 可可がぐったりと椅子に座り、すみれが団扇で扇ぐという光景を目にしてしまったからである。

 

「悪いおく……え……え、何この状況!?」

「あ、始くんおはよう。見ての通り、今日は遅れても大丈夫だよ」

「クゥクゥちゃんが暑さにやられちゃったからね」

 

 安心と困惑がいっぺんに襲ってきたが良しとしよう。

 確かに今日は猛暑日だ。故に体力の一番低い可可だけが倒れてしまったのだろう。

 

「そういうことか。やっぱり外でやるのはマズいよな」

「だよね。それで今その話してたんだ」

「始、あんたも何かない? 涼しい練習場所」

 

 どうやら全員で他の練習場所を探しているようだ。条件は1つ。”涼しくある”こと。しかしそう簡単には見つからないし、思いつかない。部室であれば直射日光を遮ることはできるが冷房がついてない。ダンスレッスンをしようものなら蒸し焼きだろう。

 

「すぐ思いついたら苦労しないよ。体育館……はもっと暑いか」

「その前に、他の部活が使ってるでしょ」

「じゃあ、音楽科のレッスン室は?」

 

 千砂都が提案する。レッスン室は新設する際に建てられた新校舎にある。設備もそろっており、涼しくはあるだろう。涼しくは。

 

「でも使わせてもらえないよ。”普通科”は」

「デスヨネ……」

 

 普通科を強調するかのんの語調には微量の不満が混じっていた。

 春から夏へと季節が移り変わっていくにかけ、音楽科と普通科の溝も徐々に深くなってきていた。小さくとも確実に。そのため、音楽科の人達が親切に使わせてくれるとは思えなかった。

 

「千砂都が頼むならいけるんじゃないの? 音楽科だし、いつも使ってるんでしょ?」

「ナイスアイディア」

「やめとこう? もし許可が出ても他の普通科の人達に悪いよ。それに、同じ学校なのにこっちが使わせてもらってるの、なんか良くない気がする」

 

 確かにそうだ。要は特別扱い……になる訳だ。しかしそれは音楽科の設備を使うことなく練習を行っている普通科の生徒に申し訳がない。それよりも、音楽科に許可がいるという今の序列、システムも確かに引っ掛かることではある。

 

「ま、しょうがなくはあるのかな」

「そうね。音楽科が最優先みたいなとこはあるし」

「そうだけどさ……科が違うだけなんでこんなに扱いの差が出ていいのかなって」

 

 かのんと同じことを思わないわけではない。けれども現状ではどうしようもないことだった。音楽科の生徒が優秀であることは間違いないし、規模の大きい大会にも出場しているのも事実だ。実績のためには練習場所がいる。でも平等にとはいかないから、こうして比率を音楽科に傾けている。納得できる理由だ。けど、正論は時に嫌われる。

 

「はい、5分経ったわよ」

 

 そんな暗い空気を覆すかのようにすみれの声。途端、可可を除いて机を囲むように立ち始めた。

 

「どうした、急に?」

「そっか、始くん居なかったもんね。団扇を扇ぐ人を決めるの。じゃんけんで」

「じゃ、じゃんけん?」

 

 どうやら時間交代のじゃんけん制らしい。

 

「じゃあ俺が扇ぐよ?」

「ダメです。それでは始の優しさに甘えてしまうコトになりマス。だからこそここは公平なジャンケンで決めるべきなのデス!!」

「あ、はい……」

 

 事情があったとはいえ、今日は大丈夫だったとはいえ遅刻は遅刻だ。だからと自ら手を挙げたのだが、椅子に座りながらもバタバタと手足を動かして訴える可可に押された始は素直にじゃんけんに参加する。

 

「「「「最初は────」」」」

 

 結局、始が入ってきた時と同じようにすみれが扇ぐことなった。そして屋上での練習は危険(熱中症などの観点から)と判断し、結ヶ丘を後にすることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりクーラーがあると違いマスネ~」

「でもここで練習するわけにはいかないでしょ?」

 

 場所を移動し、かのんの家兼喫茶店へと来ている。店内の涼しい空気が、熱を纏った体を急速に冷やしてくれる。生き返るとはこういうことなのだろう。

 

「かのんの部屋を片付ければなんとかなりマセンカ?」

「お父さんが仕事してるからな……」

「店側にも響くだろうから、現実的とは言えないわ」

 

 かのんの父親は翻訳家であり、部屋に籠って仕事することも多々あるという。さらに部屋の下が喫茶店なのだ。ドスドスと物音が聞こえてきたら雰囲気も台無しになるというもの。

 

「じゃあすみれちゃん家は?」

「木陰とかあるんじゃないデスカ?」

 

 次は後ろのテーブル席でストローを咥えるすみれへと向けられる。

 

「そんなに広くないわよ?」

「大丈夫、私たち3人が動ければいいんだし」

 

 最悪、3人のダンスレッスンが出来れば問題はない。練習場所が見つからなければ、すみれの神社にお世話になるだろうなと考えつつ、始はアイスコーヒーを注文する。

 

「またチャレンジするの?」

「飲めるようになるまでな」

「無理しなくてもいいのに」

「俺は飲めるようになりたいんだよ」

 

 かのんと始のやり取りを聞き、興味深そうに顔を覗かせるすみれと可可。

 

「はい、どうぞ」

「いくぞ、今日こそは…………苦い」

 

 意を決して飲んだものの、一口目で顔に皺を寄せる。彼は苦いものが得意ではないのだ。

 

「もう……ここにガムシロップとミルク、置いとくよ」

「ありがと」

「意外。始、舌はお子様なのね」

「なっ……」

 

 何も言い返せず、始は無言で薄茶色となった液体を啜る。

 

「そう恥ずかしがらなくてもイイじゃナイデスカ、始~」

「……うるせえ」

 

 ニンマリと笑みを浮かべた可可にすり寄られるも、始はそっぽを向いて啜るだけ。そんな姿が面白く、辺りが笑いに包まれた。

 そんな時、新しい客が入ってきたことに最初に気付いたのは苦笑いを浮かべていた千砂都だった。

 

「「「「「「……っ!?」」」」」

 

 千砂都のみならず、そこにいた全員が来店者の姿を見て驚愕した。その中で一番リアクションが大きかったのは可可だ。

 

「いらっしゃいま……うわぁぁっ!?」

 

 黄色の髪を後ろで束ねた少女。紫のロングヘアの少女。そんな2人を見間違うはずもない。彼女たちのことは可可から何度も聞いたし、街頭テレビで映像が流れているのはしょっちゅうだ。それに代々木のフェスでも見たのだから。

 

「Sunny……Passion……」

 

 神津島の生んだスクールアイドル、Sunny Passionの”聖澤(ヒジリサワ)悠奈(ユウナ)”と”(ヒイラギ)摩央(マオ)”がそこにはいた。

 



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第20話 島に誘われて

年内最後です。
皆さんよいお年を。


 

「Sunny……Passion……」

 

 目の前にいる2人組。それを見間違う程愚かではない。大人気スクールアイドル、SunnyPassionご本人だ。本来あり得る筈のない来店に、結ヶ丘の生徒5人は言葉を失う。そして現状が夢なのではないかと疑い始める。主に可可が。

 

「す、すぐに可可の頬を引っ張ってくだサイ!!」

「なんでよ……」

「夢じゃない確証が欲しいからデス! あのサニパ様が目の前にいるナンテ……怪獣の仕業かもしれないノデ!!」

「怪獣もそこまで都合よくない……わよっ」

「……痛くありマセン」

「冷たさで痛覚バグってんのよ!」

 

 可可はすみれのよってこれが現実であるとわかると、一気に飛び出していく。そして2人へ自己紹介。彼女たちを見てスクールアイドルに憧れたこと、そして日本へ留学してきた事を一息で話す。しかし、初対面でこれだけのことを語るのは失礼だと可可はブレーキを踏み、クールダウンだとかき氷をかき込む。当然、冷たいものを一度に大量に摂取したとなる待っているのは頭痛である。

 

「落ち着きなさいったら落ち着きなさい」

 

 憧れの人達を前に迷走ぶりを見せてしまう彼女を助けたのはすみれ。

 

「ハイ……」

 

 でも何故、彼女たちがここへ来たのか。疑問符を浮かべ続ける5人。

 雰囲気的にも宣戦布告ではなさそうである。第一、わざわざ挨拶しにくるほど暇じゃないだろう。であれば一体何の目的があるというのか。そんな彼らの疑問は、あと数分後に解決するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「2号ロボの開発がストップ!?」

 

 晶子の声が指令室に響く。

 2号ロボットとは、その名の通りセブンガーに続けて配備される予定の対怪獣特殊空挺機甲2号機のことである。セブンガーと比較してもより人型に近い構造、そして機動性を重視しているという点で配備を心待ちにしていたのだが、どうやらロボの開発予算が止まってしまったらしい。それにともない開発状況も一旦ストップという判断を下すしかなくなってしまったのだ。

 

「済まない。予算会議で話に挙げたんだが、今回は見送りという結果になってしまったんだ」

「それ、絶対上が圧力かけてるでしょ! これ以上手柄奪われたくないからって!!」

 

 目線を下げながら話すのは長官の栗山。そしてその話に憤りを見せるのは結衣であった。

 成果を出しているストレイジだが、未だにビートル隊所属部隊の中では評価が低いというのが現状だった。それもあってか、予算を回してもらえないことや話を保留にされることも少なからずあった。しかし今回は珍しく上手く行きそうだったのだ。それがまたストップともなれば、結衣のように言いたい放題になるのも仕方がない。

 

「実際問題、予算はどこも欲しいからな。今は怪獣や宇宙人の動きが活発になってる」

「そうですけど……じゃあ、ビートル隊本部の事務次長が予算会議に来るとき、ストレイジがプレゼンする時間を作ってもらえるように頼み込むこととかできないですか?」

「できればそうしたいんだが……」

 

 歯切れの悪い栗山。それができない理由があるらしい。語ってくれない長官へ結衣は詰め寄る。

 

「おい結衣、抑えろ」

 

 流石にここまで隠しては申し訳ないだろうと思ったのか、栗山は語った。それができない理由を。

 

「今、事務次長と連絡が取れないんだ」

「え、どうしてですか?」

「本部に……いらっしゃらないからだよ」

「い、いらっしゃらない……?」

「そうなんだ。どうやら休暇をとっているらしくてな」

 

 殆どの時間を地球の平和に費やしている為、なかなか羽を伸ばせる機会がないのだという。防衛隊のトップに所属する者としてその身を捧げているのだから感謝の意として体を休めてほしいのは山々だが、どうして今なのだろう。

 休暇が終わればすぐに予算会議へ向かうことになる筈。であれば頼んで時間を作ってもらうことは不可能。その時にはスケジュールに空きがなくなっている可能性が高いからだ。タイミングが悪すぎると頭を抱えてしまう。

 

「因みに何処へ?」

「なんで聞くんだ? もしかして直談判しに行くわけじゃないだろうね!?」

「そんな訳ないですよ。結衣はただ好奇心で尋ねているだけです……だよな?」

「当たり前じゃないですか~」

 

 本当なのだろうか。正太も普段は規律正しい立派な隊長なのだが、時偶に悪ノリすることがある。実は今もそうなのではないか。栗山は疑いの目を向けつつ答えた。

 

「日本の何処か……としか言えない」

「それでも広すぎる……」

「なに?」

「いえなんでも!」

 

 しかし栗山も2号ロボのことで話したい事が山ほどある。その想いはここにいる隊員たちと何ら変わりなかった。だからこそ彼女らの抱える不満も理解できてしまう。

 

「済まない。休暇が終わったら、改めて話の場を設けさせてもらえるよう話を付ける。それまでは……頼む」

 

 長官の方から頭を下げられてはどうしようもない。顔を見合わせ、3人は命令に従う。それを見た栗山もどこか申し訳なさそうに指令室を後にするのだった。

 

「そういうことだ。ま、別に計画がなくなる訳じゃない。2号ロボの顔を見るのが少し遅くなるだけだ」

「……そうですよね。うん、こんな顔してたら整備班のみんなにも、セブンガーにも悪いですもんね」

「晶子の言う通りだね。けど、もしまた保留にされたら本部にのり込んでやる……!」

「ちょっと結衣!」

「……」

 

 正太がそれを笑って流せないのは、結衣の場合なら本当にやってしまいかねないからだ。怪獣のことと装備のことには良くも悪くも真っ直ぐな彼女。いつかやらかすのではないかと密かに震えているのである。

 

「おい2人とも」

 

 すると正太の端末に通知が。内容は勿論のこと────

 

「任務が入った」

「怪獣討伐じゃ……なさそうですね」

「ああ、どうやら調査らしい。2人の端末にも送ったから確認してくれ」

 

 2人が目を通すと、どうやらある場所に眠っている怪獣の調査をお願いしたいらしい。

 

「へえ……バイタルに揺らぎを観測したと」

「けどこの数値じゃ断言しにくいから、私たちの意見を聞きたいと」

 

 付近の住民が不安になるのも頷ける。何故なら今は異常事態が起こりやすくなっているからだ。ゲネガーグの襲来依頼、世界各地に眠る怪獣の活性化が問題になっていること、さらに日本に限定すれば何処からともなく姿を現したゼッパンドン。そしてウルトラマンの来訪。ここ数年にない事象が頻発している為、不安になるのも仕方のないことだった。

 

「そこでだ。俺と結衣で現地調査に向かう。晶子はこっちでデータを解析、それと怪獣の出現に備えててくれ」

「データは逐一送るから。データベースと照合させて調べてみて!」

「わかった。けど、結衣が見落とすこととかないでしょ」

「”もしも”ってことがあるかもしれないし!」

「そうだな。他の怪獣の痕跡があろうものなら、任務そっちのけで調べ始めるかもしれないし」

「隊長、私そんなことしませんって!」

 

 軽口を叩きながらも今後の方針が決まる。

 作戦時間まで解散と言いかけたところで、そういえばと結衣が質問を飛ばしてきた。今回の調査、どこに向かうのかと。

 

「書いてなかったか? それは────」

 

 

 

 

 

 

 

 

「神津島で一緒にライブ!?」

「そうなの! 夏は毎年故郷の島でライブを開催していて……」

「今年のゲストに、是非かのんさん達をお招きしたいと」

 

 これがどうやらここまで訪ねてきてくれた理由らしい。

 故郷の島で毎年行うとのことだから、Sunny Passionは地元に愛されているのだろう。スクールアイドル激戦区である東京地区を勝ち抜くほどの技術を持っているのだから、相当な練習量をこなしているのは間違いない。けれど地域での活動も決して忘れない。その精神性、話しているだけでも勉強になる。

 

「サ、サニパ様からの直々のスカウト……!」

「でも、いいんですか?」

「アハハ、そんなにかしこまらないで。ラブライブと違って順位を決める訳じゃないから!」

「とは言っても、島を盛り上げるという目的はありますけどね」

 

 千砂都は尋ねる。どうするのだと。しかしこのような話、持ち掛けられた時から答えは決まっている。かのんはすみれや可可を見る。2人の表情を見るに、答えは一緒のようだった。

 

「ちぃちゃんも始くんもいいよね!」

「勿論」

「……うん」

「是非出演させてください!

 

 今は歌える場があればどんどん参加してきたいという旨を伝える。その答えは2人にとって好印象だったみたいで、悠奈の喜んでいる表情が目に映った。

 けれど始は神妙な面持ちだった。参加する云々にではない。先程かのんに聞かれた時、千砂都の反応に妙な違和感を感じたからだ。それが気になった始は千砂都の方へ目を向ける。

 

「……? どうしたの?」

「なんかあったのかなって」

「なんで? 別になにもないよ!」

 

 けど、いつもと変わらない笑顔で反応した千砂都だった。故にさっきの違和感は気のせいだったのかと2人へ向き直る。

 

「そうだ、君も来るでしょ? 見たところ、グループに関ってるみたいだし」

「え、俺もですか……?」

 

 突然投げられた言葉に狼狽える始。かのん達の練習を手伝っているとはいえ、今回は必要ないだろうと完全にいかない気持ちで話を聞いていた。なのに、悠奈は当然だとでもいうような口調で確認してきたのだ。驚くべきはその洞察力か。少しのやり取りで始がかのん達と関わっていることを見抜いたのだから。

 

「始くんも来るでしょ?」

「始も行くんデスヨ!」

「もしかして行かない気でいたの? あんたも部の一員なのよ。忘れた?」

 

 かのん達は始が最初から行くものだと思っていたらしい。3人の視線により、自然と苦笑いがこぼれる。

 

「答えは出ているみたいだけど?」

「拒否権はなさそうだな……わかりました。俺も同行させてもらっていいですか?」 

「勿論だよ!」

 

 こうして、始も神津島に向かうことになったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「一応始くんにも伝えてあるけど、練習メニューと振り付けは送っておいたから」

「プレッシャーだなこれ」

「始くんなら大丈夫だって。自信持ちなよ!」

 

 ターミナルで話し合うかのんと千砂都、そして始。

 因みにかのんと始は夏らしく涼し気な私服であるのに対し、千砂都は結ヶ丘の夏服。彼女だけが違ったのである。そして先の会話。どうやら千砂都だけは島に行かないらしい。

 

「それにしてもビックリだよ。ちぃちゃんが学校代表に選ばれるなんて!」

 

 これは数日前に聞いた話なのだが、千砂都はダンス大会の学校代表に選ばれていたのである。音楽科で技術を磨いている彼女なら納得のいく話だが、最初に聞いたときは驚きと歓喜に包まれたのを今でも思い出す。

 

「日程が被ってなければ私も行けたんだけどね」

「応援も行きたかったな」

「ほんとだよ~」

 

 かのんと話している時、千砂都の表情が彼の目に入った。一瞬、ほんの一瞬だけ……曇った気がしたのだ。でもすぐにいつもの笑顔に戻る。

 

「……千砂都、何かあれば連絡してくれよ」

「うん! いつでも連絡して!」

「そっちこそ「千砂都、練習メニュー何だっけ~」って泣きついてこないでよ?」

「な!? そんなことしないっつーの……多分」

「ん~そこは言い切ってほしかったな~」

 

 始の見せた弱気な面に2人は笑う。このようにしていると、そこは至って普通の、いつものやり取りに思える。しかし始の中では靄のようなものが濃くなっただけであった。

 

「始がダメでも任せておきなさい! この平安名すみれが、ショウビジネスの世界のダンスを叩き込んでおくわ!」

 

 そう言って振り向いたすみれ。ハットにサングラス。頭から下の服装とはあまりマッチしていないような気のするそれは、まさしく”有名人のお忍び”と言われるようなものであった。

 

「グソクムシがダンスは要らないデスヨ?」

 

 横から可可が。かのんはどうやら可可にも動画を見せたらしい。そこから事あるごとにグソクムシと可可は彼女を弄っていた。

 

「あ、そろそろ時間だよ」

 

 時計を見れば、船の出向時間が迫っていることに気付く。

 

「クゥクゥちゃんもすみれちゃんも集まってー!」

 

 別々の場所で頑張る友人への応援を込めて、ピースマークで円を作る。

 

『ういっす! ういっす!! ういっすー!!!』

 

 天高く掲げて互いの激励とした。ライブの成功、そして大会の……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして夜に出航した4人を乗せた船。

 何事もなく船内での時間を過ごすことができると思ったが、そうもいかないらしい。

 

「おいおい、大丈夫か?」

「まさか船に弱いなんてね」

 

 3人が覗き込む。そこには横になる可可の姿があった。彼女、船に酔ってしまったのだ。そこまで波が強いわけではないのだが、可可は極端に弱いのかもしれない。

 先程飲ませた酔い止めの効果が効いてきたのか、上体を起こして話せるくらいには回復したようである。

 

「スミマセン。サニパ様に会えるかと思うと、夜も眠れズ……」

「それもあったか……」

 

 十分な睡眠もとれておらず、疲れが残った状態でもあったらしい。

 可可がSunny Passionに並々ならぬ想いがあることは十分知っている。そんな人々にまた会えるとなれば、そしてライブも参加させてもらうともなれば、興奮してしまうことも無理はないだろう。

 

「クゥクゥちゃん、今日はこのまま休んでて」

「いえ、先ほどの酔い止めもあって治ってきマシタ。早速船上での練習を……」

 

 立ち上がろうとした瞬間、力が抜けるようにして倒れ込む。揺れを感じ、また気分を悪くしてしまったのだろう。

 

「どうして床が揺れるのデスカ~」

「今日はそのまま休んでろ」

 

 あまり眠れていなかったこともあるのか、横になって数秒で寝てしまった。その姿を見ていると、こちらも眠気を誘われてしまう。欠伸が出てきたのがその合図だろう。

 

「さて、俺たちもそろそろ寝るか」

「そうだね。明日も早いし」

 

 そう言って横になってみると、自然と瞼が重くなるのを感じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「……」

 

 背筋を伸ばし、深く息を吐く。精神を落ち着かせ、1つ1つ丁寧に動きを重ねていく。

 翌日の早朝、誰よりも速く目が覚めた始はデッキへ。そこで彼が行っているのは型。型は空手の基盤、いわゆる基本的な動作である。空手競技としての型は「いかに正しく演舞できているかどうか」「技の繰り出しができているかどうか」という2つの視点から競うものである。始も当然やっていたものだ。

 

「……ッ! ……ッ!!」

 

 約3年前に辞めた空手。なのに動きは体に染みついているのか、どの型もスムーズに行えた。始は心に靄があるときや、集中したいときにはこのように型を行っていた。因みに今は前者。心に靄があるからだ。

 

(千砂都が来なかったのは……ダンス大会があるから……)

 

 思考を巡らす彼の動きは素早く、そして力強くなっていった。

 千砂都今回来なかった理由。それが気掛かりなのだ。ダンス大会があるから来ないのだと納得したい。けど裏には……何か別の心算があるのではないかと思えてしまうのだ。

 

「始……?」

 

 自分を呼ぶ声が聞こえてきたところで型を止める。後ろを振り返ると、そこにいたのはすみれだった。

 

「今の型……よね?」

「うん。目が覚めてもやることなかったから精神統一ってことで」

 

 推測の域を出ないことを言って、余計な負担をかけたら今後に響くだろう。咄嗟に判断した彼は胸の内に本心をしまうのだった。

 

「なによそれ」

 

 どこか呆れ気味だったがそれだけでなく、別の感情も込められているような声音と共に始の隣へ向かうすみれ。早く起きた者同士の、何気ない会話の始まりだった。

 

「クゥクゥは?」

「まだ寝てるわ。あの調子ならもう大丈夫よ」

「そっか。ならよかった」

 

 甲板を歩きながら話を続けていると、薄暗い空が徐々に照らされていくのがわかった。

 

「かのんは?」

「ヨガをしながら歌詞を考えていたけど、今は話しかけない方がいいわ」

「成程……行き詰ってる感じか」

「そうね。あまり急かしたくはないけど、こっちも覚える時間があるから悩みどころね」

「確かに」

 

 彼にも経験がある。昔、何かに悩んでヨガを行っているかのんに話しかけ、普段と異なる口調やトーンで返された時には思わず泣きそうになった程である。

 

「そろそろ日の出か……すみれ、見てこようぜ。俺見たことないから楽しみなんだ~」

「ちょ、ちょっと始! もう、急に子どもっぽくなるんだから……」

 

 船首の方へ走っていく始。そしてやれやれと言った感じで追いかけていくすみれの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそー! 私たちの島へ!!」

 

 船から顔を出すと、悠奈と摩央が出迎えてくれていた。一目散に降りていったのは持ちをん可可。そしてかのん、始、すみれの順に下船していく。

 

「重そうだな、持つよ?」

「このくらい大丈夫よ。ショウビジネスの世界でもやってきたんだから」

 

 すみれの持つキャリーケースがあまりにも重そうだったので提案したが、このくらいのことは今までもやってきたと却下された。

 

「わざわざありがとうございます」

「いいのいいの!」

「お二人に出迎えていただけるなんて何たる幸セ……これささやかなモノデスガ!」

「もう、気は使わないで」

「あんた、意外とそういうところ細かいわよね」

 

 そこから早速移動を開始したのだが、ある看板が目に留まった始は足を止める。

 

「どうしたの、始くん?」

「これが気になって……」

「なになに……なんて読むの?」

「わからん……」

 

 かのんと共に見つめる看板。そこに書かれていた漢字は見たことのない羅列であり、この島特有のものであるとすぐにわかった。読めずにただ眺めていると、悠奈と摩央が気付き説明してくれた。

 

「それは呉毛羅(ゴモラ)呉毛羅(ゴモラ)(イワ)って読むんだ!」

「呉毛羅……岩……?」

「そう。この島に伝わる伝説、みたいなものかしら」

「なんですかそれ?」

 

 そして彼女らが語ったのは、この島で古くから言い伝えられているというある怪物の話だった。

 



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第21話 平穏・伝説・逡巡

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


 

 ────昔々、島に怪物が現れました。怪物は島民を手あたり次第襲い、たくさんの血が流れました。島民はいつしかその怪物を呉毛羅と呼ぶようになりました。

 そんなある日。呉毛羅の噂を聞き、とある武士と法師がやってきました。

 島民の苦しむ声を聞き、2人は呉毛羅に立ち向かいます。2人の力は島を自分のものとしていた呉毛羅を圧倒しました。武士が斬りかかり、残った魂を法師が岩へ封じ込めました。

 こうして島に平和が訪れたのです。以後、魂を封じた岩のことを島民は”呉毛羅岩”と呼ぶようになったのでした。

 

「話の流れはこんな感じだだよ」

 

 宿へ向かう道中、悠奈と摩央から呉毛羅岩と呼ばれるものの伝説について聞いていた始たち。

 

「そんな伝説が……」

「怪物か……なんか怖いね」

 

 現代には怪獣という巨大な存在がいるため、その昔話も現実味を帯びていた。尤も、武士と法師の部分は創作にしか思えないのだが。

 

「今となっては本当かどうかはわからないのだけどね」

「そうそう。私たちが聞いたのはさっき話したようなやつだけど、結構アレンジされてるって歴史の先生も言ってたし」

 

 話を聞いて育ってきた2人もこれが本当の出来事で、脈々と伝えられてきたものであるかは半信半疑の様子。

 仮に話が本当であるとしても、多少の違いがあっても仕方がないことである。

 

「人伝に広がっていったからじゃないの?」

「う~ん、なんか違うような言い方だったかな~」

「ええ。太平風土記に詳しく書かれているかもしれない……なんてことも言っていたわね」

 

 太平風土記。幾多の怪現象などが記された歴史書のことである。

 原本は博物館にいつからか寄贈されている。しかしコピーがネット上に出回っていて、11年前に出現した怪獣と特徴が似たものが描かれていたこともあった。

 悠奈たちの話では、この島の伝説もそこに書かれているのではないかということだ。その過程で物語に多少の変化が生まれたのではないかとも。

 

「サニパ様の島に伝わる伝説……可可も興味がわいてきマシタ!」

「郷土資料館もあるから、時間があれば観に行ってみて」

「ハイ!」

 

 ここにはライブ目的で来たのだが、どこからか観光できたような空気へと変貌しているのであった。しかし、このような空気にした張本人は始なので何も言わず黙っていることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 しばらくバスに揺られつつ、外の景色を堪能していると宿へと到着した。荷物を下ろし、悠奈と摩央の下へと戻る。これからライブに向けて練習を始めるからだ。本番までは合同で練習を行ってくれるとのことで、可可にとっては幸せなことだろう。

 

「────ってなると思ってたけど今日は……」

「「「遊ぶぞー!!!!」」」

「速っ!? おい、ちょっと待てって!」

 

 太陽が照らす道中を駆け抜けていくかのん達へ必死に追いつこうと足を回転させる始。

 Sunny Passionの2人が言うには、今日は命一杯遊ぶ日にしたということだそうだ。

 

「始、早くしないと置いて行きマスヨ!」

「あんたが一番体力無いでしょうに」

「グソクムシは黙っててクダサイ!」

 

 その言い合いが余計な体力消費に繋がるのでは……と思わずにはいられない。

 

「始くん、2人やクゥクゥちゃんの言う通り。今日は遊ぼう!」

「誰が遊ばないって言ったよ。最初っからそのつもりだ! 置いてくぞ!!」

「ちょっと始くん!?」

 

 見知らぬ土地では一体どんな体験ができるのか……。彼女たちと同様、始も胸を躍らせ走っていく。一番最後にスタートしたはずの彼だったが、いつの間にか3人を抜き去っていくではないか。「待ってよ~」という声を背に、始はいたずらっぽく笑うのであった。

 

「無理無理無理ィーー!!!!」

 

 かのんの震えた声が聞こえる。それもその筈。今立っているのは結構な高さのある飛び込み台だ。

 頬を撫でる潮風と共に揺れる海は透明度も高くとても綺麗だ。しかし覗き込むとそれは一変する。高さが関係しているからなのか、見ていると吸い込まれそうである。

 下では悠奈と摩央が手を振っている。躊躇うことなく飛び込んでいった彼女たち。島で長年育った逞しさが見え隠れしている。

 

「わ、私、あっちにしようかな~あははは……」

 

 躊躇う4人の横で小さな子どもが果敢に飛び込む。飛び込み台はこちらよりも随分低い。かのんはそちらで飛ぶ気らしい。

 そろりと移動していく彼女の肩を掴んだのはすみれ。同時に凄まじい剣幕で尋ねる。

 

「センターは誰?」

「ここで持ち出す!?」

「センターがお手本を見せるところでしょ!」

「いやここは始くんが先に行くべきでしょ!」

「はぁ!? 俺に振るなって!」

 

 抜け駆けは許さない。さらにセンターとしての度胸を見せろと言うことだろう。けれどもかのんは決心がつかず、始へパス。だが始だって飛ぶ気にはなれない。

 始はウルトラマンとしてもっと高い位置からものを見ているだろう。しかし、それとこれは別問題だった。高いところから飛び降りる。それは人間の本能的な恐怖を呼び起こし、体に待ったをかけていたのだ。

 

「私高゛い゛と゛こ゛ろ゛キ゛ラ゛イ゛~~~~!!!!!」

「いいから行く!」

 

 かのんの心からの悲鳴など届くはずもなく、悠奈の一声によって反射的に飛び込んでいった。途中、始の腕を引っ張って。

 

「……え?」

 

 急に働いた力に対抗することは難しい。故に、腕を引っ張られた始はあまりにも無力に、そして間の抜けた声を出し、海へと落ちていった。

 

「「うわあああああ!?!?」

 

 大きな水柱が2つ立ち昇った後、すみれと可可も着水。

 

「飛び込みというよりは、落下ね」

「マジ……勘弁してください……」

 

 

 

 

 

「美味しい! マンゴーみたいデス!」

「いいえ、パイナップル味よ」

「違う、バナナだよ~!」

 

 絶叫の後、思う存分泳いだらアイスを食べて体を休める。

 程よい甘みが口に広がり、華やかな香りが鼻孔を擽る。これは一体何味なのか、舌で転がしながら考える。

 

「バナナじゃなくないか?」

「えー、じゃあ何かわかるの?」

「んー……」

「ちょっとー!」

 

 3人が出していたフルーツの味によく似ている。しかしどこか違う気がする。そう考えれば考えるほど、何のフルーツなのかわからなくなる始であった。

 

「正解はパッションフルーツ! 島の特産なんだー!!」

 

 始は目を丸くする。どうやら彼にとっては初耳だったようだ。

 パッションフルーツ。南米が原産であり、日本では温暖な地域で作られているのだそうだ。

 そしてどうやらその果物の名を聞いたのが初めてというのは始以外にもいたらしい。

 

「なんと! Sunny Passionにはアイスまであるのデスカ!!」

「な訳ないでしょ?」

 

 どうやらグループ名とごちゃ混ぜになっているらしい。でも、おそらくグループ名の由来の1つなのかもしれない。始は聞きながらアイスを口に運ぶのだった。

 

 

 

 

 

「風が気持ちいね~」

「そうね~」

 

 続いて展望台へと足を運んだ。

 目の間に映る海は果てしなく広がっていた。太陽の光を反射し、爛々と輝いていた。心地よい風が吹き抜けていくと目を瞑った瞬間、すみれの悲鳴が鼓膜を震わす。

 

「ギャラクシィィィ……!?」

 

 吹き抜けた風は彼女の帽子を遥か高くに持って行ってしまったらしい。

 

「そんな大きな帽子をかぶってくるからデス」

「うぅ……」

 

 するとどうやら2人から呼ばれた声が。肩を落とすすみれを励ましながら向かうかのん達を確認すると、始は空を見る。帽子は未だ高い場所をふわりと舞っていた。

 

「……いけるか」

 

 ゼットとの一体化によって増大された身体能力をフルに発揮し跳躍。人間の限界を軽々と超えた、舞い上がった帽子を軽々とキャッチする。

 

「すみれー! 帽子落ちて来たぞ!!」

「ホントに!? ありがとう始」

「少し待っててよかったよ」

 

 見ている人がいなかったから良かったものの、一歩間違えれば動画拡散の危険があった。ゼットに何言われるかわからないが、友人の喜ぶ顔が観られれば安いものだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 島を巡り、様々な体験をした後、かのん達は温泉へと入っていった。

 暫し1人の時間ができた始は外へと散歩に出かける。辺りは暗く、数多の星が一層輝いて見えた。こうして見上げている星のどれかから、地球を狙う存在が襲来しているのかと思うと、にわかには信じられない。

 

「君とは行く先々で会うな」

 

 ふと声を掛けられた。驚いたのは見知らぬ存在だったからではなく、その逆。以前に一度会ったことがある人物だったからだ。

 

「……この間はありがとうございました。もしかして調査ですか?」

 

 顔を合わせたのはストレイジの隊長、青影正太であった。そして隣にいる女性も、制服からストレイジの隊員なのだと推測できる。

 ここへ観光目的……で来るような荷物ではなかったし、第一制服で来ることをしないだろう。その為、何かの調査で来たのだと始は考えたのだ。

 

「まあな。詳しくは言えないが」

「ここには識別個体名”ゴモラ”の調査で来たの」

「いや言うなって結衣!」

 

 あっさりとバラしてしまった結衣と呼ばれる隊員。そして隊長の声を無視し、始に駆け寄ってアレコレと尋ねてくる。

 

「ゴ、ゴモラ? 呉毛羅岩……のことですか?」

「呉毛羅岩! 隊長、やっぱり呉毛羅岩ですよ!!」

 

 目の色が変わった結衣。彼女たちも呉毛羅岩の情報に目を付けていたみたいだ。詳しく話した方がいいかなと始は、悠奈たちから聞いた話を2人に話す。

 

「……ってことらしいですよ」

「太平風土記か……」

「怪獣関連と見てよさそうですね。早速調査に行きましょう!」

「いやもう夜だぞ。ビートル隊支部に向かうんだ」

 

 正太はうんざりした顔。結衣は真面目半分に興奮半分といった表情で会話している。正太はもう休みたいらしいが、結衣の方は一刻も調べたくて駄々をこねているようにも見えた。

 一方始は介入できない部分なので黙っていることしかできない。

 

「第一こんな時間帯に調べたところで暗くてよくわからないだろう」

「う~ん、それもそうですね……了解。あ、あと君にはお礼に……これあげる。困ったら連絡して。ストレイジがなんでも協力するから!」

 

 名刺……らしきものを渡された。書いてある電話番号に掛ければストレイジに繋がるのだろう。その後結衣は呉毛羅岩のある方角へと走っていった。「じゃあな」と短く声を掛けた正太も後を追う。

 

「「なんでも」なんて簡単に言うな」

「ヤバかったですか?」

ヤバいに決まってるだろ。特空機に乗せてくださいなんて頼まれたらどうするんだ

なら乗せれば良いじゃないですか。動かせないようにロックかければいいんですから~

そういうことじゃなくてだな……

 

 正太の様子を見るに苦労しているのだなと、始はクスリと笑う。

 

「これ、使う機会あんのか?」

 

 再度掲げ、始は首を傾げた。無理難題な要求や、機密に触れる願いなどするつもりはない。加えて仮に目の前で怪獣や宇宙人問題を起こしたとしても、呼ぶ前に向こうから来てくれる。そのため始には貰ったところで使い道がなかったのである。

 遠くにいってしまった背中を見据えつつ、彼はポケットの中へとしまい込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう。部屋も1つ余計に取ってもらっちゃって」

「問題ないわ。いくら君でも困るでしょ?」

 

 宿に戻ると、摩央によって部屋へと案内された始。

 島を案内してもらったり、宿を用意してくれたり、何よりも島のライブにかのん達に参加を提案してくれたこと。まさに至れり尽くせりであった。

 

「疲れているところ悪いんだけど、君に聞きたいことがあるの」

 

 途端、摩央が尋ねてくる。先程の優しげな眼差しではなく、真剣な表情で。

 

「あなたから見て今の彼女たちを……どう思っているの? 勿論、スクールアイドルとして」

 

 なんとなくではあるが、頭の片隅でいつか聞かれるだろうと思っていた内容だった。ここは友人としてライブを見る夏空始としてではなく、彼女たちのマネージャー的立場として答えるべきだろう。

 相応しい言葉を捜しながら、彼は質問に答える。

 

「俺的には……そうだな……何か欠けてる……いや違うな……ピースが全部そろってない……ように思える。動き……なのかな……」

 

 そのピースが最後なのか。はたまたは数あるうちの1つなのかはわからない。けれど、どこか満ち足りてない、揃いきっていないと感じるのは事実だった。

 自分でもよくわかっていないが、感じたままのそれを素直に話していた。

 

「そう思えるのなら……もうわかっているでしょ? 何が揃っていないのか」

「……!?」

 

 聞きたかった答えを聞けたというかのように満足そうに微笑んでいる。

 しかし始はどう反応すればよいかわからなかった。自分は気付いているはずだと言われても、あまりピンとこないからだ。

 

「俺がもうわかっている……?」

「ええ。みんなと話して、自分にもう一度問いかけてみれば、すぐにわかる筈よ」

 

 摩央が言うには既に自分は答えを知っているとのこと。かのん達と話し、尚且つ自身へ問いかければ見えてくるのだと。いや、再度見つけられるのだと。

 

「こんな時に混乱させちゃってごめんなさい。でも、あなたには伝えておきたかったから」

 

 気にしていない旨を伝えると、摩央も明日が早いからと部屋を後にする。

 始も暫くしてベッドに潜り込み、明かりを消して考える。

 

「わかっている……か」

 

 正直、彼女の言う通りかもしれない。なんとなく目星がついているような感覚はある。でも本当にそれなのか確証は無いからなのか、無意識に蓋をしているだろう。

 

「お見通しってやつか~!」

 

 ごちゃごちゃな考えを一旦捨て去るためか、枕に向かって叫ぶ始であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 まだ朝日が顔を出すには少々早い時間帯に始は目を覚ました。

 昨日のことがあって眠れない……ではなく、最近の習慣としてである。

 

「走るか」

 

 いつもは家周辺をランニングしているのだが、昨日案内してくれたとはいえ今は見ず知らずの土地。あまり遠くには行かないように注意しつつ、体を動かすのだった。

 

「はぁ……このくらいはやっとかないとな」

 

 走り終わり、宿の前にある砂浜に体を預ける。

 このように走っているのは勿論、かのん達の練習を支えるためだ。マネージャーであり、体力を鍛える自分が動けなくては意味がないという自論を持っているからである。そしてもう1つ。それはウルトラマンとしてである。平和を脅かす存在の力は未知数。これからもゼットと共に戦って行けるよう、始自身のできることしているのだ。

 

「始くん……?」

 

 さざ波に意識を向けていると、自分を呼ぶ声が。起き上がればそこにいたのはかのんだった。用を訪ねれば作詞をしに来たらしい。

 

「じゃあ俺は話しかけないようにするよ」

「昔の事まだ気にしてるの?」

「そりゃするよ。お前怖いもん」

「そんなに怖かった?」

「俺泣きそうだったんだけど?」

「嘘っ!? ごめんね?」

 

 似たような状況で話しかけ、普段と異なった口調やトーンで返された時のことは2人の思い出となっている。始にとっては恐怖としてであるが。

 軽口を幾度か叩き合った後、かのんはヨガを開始し、その横で始はストレッチを行う。波の音だけが永遠のように場を支配する中、その輪に加入する者が現れた。

 

「何しているのデスカ? わかりマシタ、ストレッチ! もしくは地球を感じテイタ……的な?」

「あ……」

 

 事情を知らぬ可可はかのんに話しかける。案の定「話しかけないで」と一言。でもそれが良かったのか、休憩として砂浜に横たわる。

 

「クゥクゥちゃん、始くん……ちぃちゃんって何なんだろう?」

 

 その質問に始は考え込む。しかし出てくる答え1つだけ。

 

「幼馴染……としか」

「だよね。でもそれは私と始くんの場合だしなぁ……う~ん……」

 

 それで理解した。かのん達スクールアイドル部と彼女との関係性のことであると。

 一緒にスクールアイドルをやっているという訳でもなく、指導者と追随者……という堅苦しい関係でもない。千砂都とかのん達、それを表すものとはなんなのか。かのんが作詞で苦戦しているのはこれが理由なのだろう。

 

「かのん、始。やっぱり千砂都さんをスクールアイドルに誘いまセンカ? 千砂都さんがいれば、このグループはもっともっと良くなると思うんデス」

 

 可可の提案は、以前千砂都自身が却下したものだ。始も横で聞いていたし、彼女がどうして首を縦に振らなかったのかも知っている。そしてもう1つ、彼女が抱いている想いを知っているからだった。

 

「私、クゥクゥちゃんの為にもスクールアイドルで結果を出したいって思ってる。その為にちぃちゃんにもメンバーになって貰えたらって……」

「じゃあドウシテ……?」

「……夢中で、頑張れるものを見つけたから」

 

 空を見つめていた始が呟く。

 それは昔、千砂都自身が2人に語ってくれた。

 

────「わたし、かのんちゃんとはじめくんが出来ないことを出来るようになる。かのんの歌みたいに、はじめくんの人助けみたいに! 夢中で、頑張れるものを!!」

 

 そうして始めたのがダンスであった。

 ひたむきに取り組んで、音楽科に入学できるようになり、学校代表にまで選ばれる実力を身に着けた。語っていた時の彼女の姿を、始は今でも鮮明に覚えている。

 その姿があったからこそ、かのんは歌を続けてきた。始だって諦めたと言いながら助けられずにいられなかったのは、千砂都の言葉を裏切るような気がしていたからだった。

 

「だからさ、どうしてもちぃちゃんとのことを歌にしたいんだけどさ……!」

 

 休憩は終わりと、ヨガを再開するかのん。

 確かにスクールアイドルとして共に立てれば大きな力になる。けれど、彼女の抱いたものを無視することはできない。複雑な感情に立たされたのは可可だけではない。

 再度幼少期の思い出を掘り起こしていた始もである。彼はそのまま海を見つめ思いを馳せる。

 2人に並び立たんとするため、ある大きな決断を下そうとする彼女へと。

 

 

 



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第22話 君が今、したいこと

お待たせしました。


 

「なんだコイツ! チビで弱そーじゃんか」

「はなして!」

「あんたはだまってなさいよ!」

 

 仕返しは意外と早く訪れた。どうやら3人組はガキ大将と噂される同い年の子と共にやってきた。恰幅も良く、性格は乱暴。彼が来たら素直に場所も玩具も譲るしかないと思わせる程、同年代の子を恐怖で支配していた男の子だった。

 かのんは邪魔になると警戒したのだろう、女の子たちに抑えられてしまった。しかし千砂都は何もすることができない。前には大きな男の子が目の前に立ち塞がっているのだから。彼女から見れば、怪獣と何ら変わりなかった。

 

「か、かのんちゃん……」

 

 逃げ出したい。いや逃げろと本能が警告している。でも、足が動かない。岩にでもなってしまったのかのように。そしてまた、目元に涙が溜まる。

 

「あはははっ、コイツ泣いてるー!!」

 

 女の子たちと同じく、男の子も千砂都を見て笑う。何もできず、助けてくれる人も動けない。そんな状況で心を折られる1人の女の子を見て、彼は笑う。

 

「な、泣いて……ない……」

 

 消え入りそうな声で必死に抵抗してみるも、声は届かない。

 

「ちぃちゃん!」

 

 かのんも必死に抵抗するが、3人がかりで抑え込まれては何もできない。男の子の影が千砂都を覆い尽くしたその時、別の男の子の声が聞こえてきた。

 

「やめろー!!」

 

 青い髪に緑色の目を持った少年は千砂都とガキ大将の間に割って入る。

 

「はじめくん!」

「かのんちゃん!」

 

 どうやらかのんと知り合いらしい。そこで千砂都は理解した。はじめと呼ばれた彼が「すっごいたよりになる子」であることを。

 

「なんだ、きゅうに入ってきて」

「弱いものいじめはやめろー!」

「なにそれ? せいぎのみかたってか?」

「そうだ!」

「うわ、だっさー」

 

 ガキ大将と同じく、後ろの3人組も笑う。けれど少年は変わらず千砂都を庇うまま。

 

「じゃまだし早くどっかいけよ!」

「いやだ! ぼくは絶対にどかない!!」

 

 睨んでくるガキ大将に対し、始も抵抗の意思を見せる。すると、これ以上言ってもわからないことを悟ったのか、の彼は手をパキパキと鳴らし近付いてくる。

 

「じゃあお前も一緒に泣かしてやるよ!」

「うわ、こわーい!」

「もういいから……君も

「いやだ。ぼくはぜったい逃げない!!」

 

 そうして彼はガキ大将へと向かって行く。子どもながらに見た彼の差はあまりにも大きく、勝ち目はないことなどわかりきっていた。それでも、少年は立ち向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「ランニング10キロ……」

「ライブまで時間ないからな。追い込んでいくぞ」

「お2人と共に出来るのであればなんでも来いデス!」

「一番体力無いあんたが言うなっての……」

 

 海辺で話し込んでから数時間後。日が十分に高く昇り、昨日と同じ青い空が広がっている。

 今日からはライブに向けて練習が始まるわけだが、初っ端の走り込みの距離に苦い笑みを浮かべていた。一方で一番体力のない可可が張り切っているのはサニパの2人と練習できるからだろう。

 

「張り切るのはいいけど程々にな? 気温も高いから、飛ばすとすぐバテるぞ」

「大丈夫デスヨ始。サニパ様が考えてくれたメニュー……しっかりこなして、スタミナをつけるんデス!!」

 

 張り切った様子を見せてくれるのは頼もしくて良いのだが、体力面のこともあり逆に心配になってくるというもの。けれど、これではあまり聞いてくれないようにも感じてしまっていた。

 何とも言えない顔で困り果てていた始へ、かのんが小声で話してくる。

 

「始くん、今日はクゥクゥちゃんのことを重点的に見てあげて?」

「だな。そうする」

 

 そうして青空の元、元気よく駆け出して行ったのだが……

 

「スミマセン……」

「いいって別に」

 

 可可がダウン。始が肩を持って木陰のベンチへ連れていき、今は横になってもらっている。隣ではかのんが扇ぎ、どうにか涼しい風を送っている。

 彼女を介抱する3人を前に、悠奈や摩央は昨日の疲れが残っている中でハードなトレーニングを課してしまったのではと申し訳なさを抱いていた。

 

「この子、元々体力なかったんで想定内です」

「どうする、先に宿へ戻ってる?」

「それは可可ちゃんが悲しむと思うので……」

 

 とは言っても一度気分を悪くした者を再度練習に参加させることは避けたいのが素直なところだ。

 一体どうしたものかと思考を巡らせていたのだが、Sunny Passionのリハを見た途端に回復。元気にペンライトを振る姿を見せることとなった。

 

「マジか……」

「すっかり元気になってるじゃない……」

「よ、よかった……」

 

 リハの後、激励の意味も込めて案内してくれたのは野外ステージだった。

 

「立派ね」

「これは島の人たちが?」

「うん。学校のみんなにも協力してもらってるんだ!」

 

 後ろに広がる青い海をイメージしたかのようなステージに、心を奪われてしまった。島のイメージにピッタリ……というのもそうだが、何より彼女たちを応援してくれる人たちが協力してステージを作り上げているという点に。

 

「学校のみんな……」

「島って住んでる人の数が限られてるから、私たちが中心になって学校のみんなと一緒に盛り上げていこうって」

「じゃあ、スクールアイドルを始めたのも……?」

「そうだよ! 誰かの為って思えると、不思議と力が湧くんだよね~」

「大変なことも全部楽しく思えてくるの」

 

 ここに来て、彼女たちが何故スクールアイドルをやっているのか、その根底にある想いを知ることができたような気がする。何かのために頑張るというのはとても素晴らしいことだ。彼女たちが島のためにと頑張るから、みんなが手を貸してくれる。助け合いの輪というものが自然と繋がり、広がっているということなのかもしれない。

 

「私たちも頑張らないとね!」

 

 その心意気に触れたかのん達も、ライブに向けて再度気持ちが入ったようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────神津島・呉毛羅岩付近

 

「へぇ~、この先のその……呉毛羅岩とやらがぁ~?」

「そうなんです。先生もきっと気に入りますよ。ささ、こちらです!」

もう少し興味ありそうにしろよ

先生は顔に出すぎなんだよな……

 

 2組のスクールアイドルが練習をこなしている時も、日常は常に回る。

 島の伝説として語り継がれている呉毛羅岩。その場所に向かうのは歴史研究家、もしくは民俗学者の一団であった。汗を拭きつつ険しい山道を登る一団。しかし「先生」と呼ばれる男はそこまで興味がなさそうにも思えた。しょうがあるまい。本来であれば彼は不思議な伝承の残る九頭流村や、これまた不思議な言い伝えが残ると言われる坂根村に行きたかったのだから。しかし時間などを考慮するとここにしかこれなかったのである。

 生徒と思しき者たちからも愚痴を言われているが、それを気にする程の男ではない。まず聞こえていないだろう。

 

「先生、これが呉毛羅岩です!」

 

 目の前にあるのは巨大で丸い岩。しかしゴツゴツとした岩肌には、自然では形成されることのない、奇妙な形の掘り込みなどが存在していた。それはまるで頭や手足にも見える。例えこの岩が偽物であったとしても、当時の人達は恐れおののいたのだろう。故に島の伝承に残る怪物の名を付けたとしても頷ける。

 

「ほぉ~、成程……確かに怪獣の面影はあるな……」

「先生、さっさと調べちゃいましょうよ! ストレイジが来て後々調査するようですよ!」

「そうだな。追い出されちゃここまで来たのが無駄になるな」

 

 なんやかんやで実物を見たらスイッチが入るらしい。

 一団は呉毛羅岩について調査を始めた。するとその最中、「先生」は妙な鉱石を発見した。

 

「ん? なんだ……?」

 

 赤色に発光する鉱石。鋭く形成されたそれはまるで瞳のようにも思える。しかし自分は鉱石の学者ではないと、不可思議なそれを投げ捨ててしまった。

 その後、誰にも見つかることなくその鉱石は呉毛羅岩の中へと入り込んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 練習が終わり、日が傾き始めた。

 キッチンの方で仲良くやっているすみれと可可、作詞に向かったかのんとそれぞれが時間を使う中、始も砂浜に座り込み考え事をしていた。すると携帯が振動。相手は勿論……

 

「もしもし、千砂都?」

『始くん、今時間良いかな?』

「全然大丈夫。今日の練習は終わったしな。そっちは?」

『今は休憩。もう少しやってくつもり』

 

 そこからは何気ない話を繋いでいく。昨日今日、島で何があったのかを。逆に千砂都はどんな練習をしていたのかを。ありきたりな友人同士の会話。けど時折、始の心は引っ掛かりを感じていた。だからなのか、話題が自然と彼女のダンス大会のことへと向かってしまうのだ。

 

「大会、もうすぐだっけ?」

『………うん』

「こっからでも応援してる。頑張ってな!」

 

 ありがとう、と返ってくるがどうもすっきりしない。数秒の沈黙の後、彼を呼ぶ声がスピーカー越しから聞こえてきた。変わらず耳を傾けているという旨を相槌で打って知らせる。

 

『私、ね……ううん何でもない』

「なんだよ? もったいぶらずに言えって」

 

 そこまで言って取り消されては余計に気になる。しかも声の調子から只事ではないように思えた。

 

『……だから何でもないって! なんか始くんの声聞いたら安心して忘れちゃった……!』

「なんだよそれ」

 

 そんな訳がない。どこからか告げる声が響く。でもこれ以上踏み込んで良いのか、判断がつかない。

 

「まあいいや。次会ったらしっかり話してくれよ?」

 

 そう言いつつ、自分を責める。これは逃げだと。不用意に干渉して彼女の何かを台無しにしてしまうんじゃないかと思って……逃げたのだと。

 

『わかった。それじゃあそろそろ練習に戻るね?』

「ああ。頑張ってな。ういっす!」

『ういっす!』

「『ういっすー!」』

 

 電話を切る。始は長い溜息を吐いて空を見た。一体どうすればいいのだと、誰かに問い掛けるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナニコレ……すっご……」

 

 夕飯時。テーブルには豪華な料理が並んでおり、思わず固まってしまった始。味は言わずもがな。口に入れるたび笑顔がこぼれる。

 

「これ全部2人で作ったの!?」

「凄いわ」

「でも美味しく感じるのは、島の食材が良いからかと思います」

 

 そう語るすみれの横で何故かうなだれている可可がとても気になる。

 

「それのこの料理は、クゥクゥの故郷の料理なんですよ。ね~?」

「可可は作って無いデス……」

いいから合わせなさい。堂々とているのも、ショウビジネスの世界では必要なんだから

「それは嘘つきデス!!」

 

 可可が立ち上がり、すみれも同じく席を立つ。

 2人でキッチンに立ったのは本当、やあんたの代わりに料理してあげたんでしょ、とか聞こえてくる。話が見えてきた。可可ではなくすみれが殆ど作ったということなのだろう。だから可可はうなだれていたんだ。

 

「仲良しね」

 

 2人のいつもながらのやり取り。サニパの2人は気にしておらず、逆に微笑ましく見ていた。

 

「すみません……」

 

 かのんの謝罪を聞くといたたまれない気持ちになってくるため、始は誤魔化すように料理を口に運ぶ。

 

「やっぱり、ウルトラ美味いな!」

「え、ウルトラ……?」

「あ!? いやいや、すっごく美味しいって意味!! あ、いや~すごいな~アハハハ……」

 

 どうやらゼットの口癖が移ってしまったみたいだ。これからは気を付けないとと思いつつ、始はふと今この胸の中で渦巻く悩みを誰に相談すべきか考えが過るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 夕食の後、かのん達は外へと出向いていた。なんでも今日は満月らしい。しかし始だけは違った。今彼は別の場所へと赴いている。

 

「ゼット、俺はどうすればいいだろう……?」

『いきなりどうしたんだ、始!? 浮かない顔して入ってくるからウルトラビックリしたぞ』

 

 思念だけの会話ではなく、今回はインナースペースへと向かい、面と向かって相談を持ち掛けていた。内容は勿論、千砂都のことだ。

 

「千砂都には千砂都なりの考えがある。でも、それ以外にも何か抱えているように感じるんだ」

『……? なら詳しく話を聞いて助けてやればいいんじゃないか? 始ならそうするだろ?』

 

 ゼットは戸惑いつつ提案。それはいつもの夏空始であれば取るであろう行動。けれど今はできそうもないのだと、彼の表情が告げる。ゼットが尋ねた何故、という問いに始はポツリと答えた。

 

「俺は……怖いんだ。自分勝手な想いで動いて……彼女の覚悟を台無しにするんじゃないかって」

 

 善意は時に人を惑わす。良かれと思ってやったことが、当人から見れば迷惑でしかない……なんてこともあり得る。

 実際問題、彼は過去にかのんを慰めるつもりで放った無責任な言葉を後悔している。今どう思っているかは知らないが、当時は迷惑だと思っていた筈なのだと。

 人助けにおいて吹っ切ることができた面は確かにある。けれどやはり過去の一件かあるからか、その足が止まってしまうこともあるのだ。

 

『……始から見て、どんな感じだったんだ?』

 

 ゼットの問いかけに答える。何処か悩んでいるようだった、と。

 

『なら、その直感を信じるしかないんじゃないか?』

「……え?」

 

 あっさりと返ってきた答えに、間の抜けた声を出してしまう。これは自分の問題なのだから自分で考えろ……ということなのだろうか。

 目を伏せてしまう彼の反応も予想済みか、少年を見つめ話を続ける。

 

『ずっと一緒の仲……なんだろ? なら、長い間その子を見てきた始が悩んでるって感じたのなら、そうなんだと思うぜ?』

 

 優し気な口調で語り掛けてくれるゼットに始は目を向けた。

 幼馴染として、千砂都と共に居た時間は長い。その中でたくさんの表情を見てきたはずだ。そんな始自身が「千砂都は悩んでいる」と感じたのなら、その直感に従うべきなのだと。

 

「けどだからって……全部が分かる訳じゃ……」

 

 全てがわかる訳じゃない。全能の神でもあるまいし。

 

『始はどうしたい? その悩み抜きで、今、どうしたいんでございますか?』

 

 そんなの決まっている。

 

「助けたい。どうすればいいのかわからないけど……いや、だからこそ、今は直接会って話したい!」

 

 真っ直ぐな瞳で言い切った。するとゼットは頷いた。その言葉が聞きたかったのだと納得しているようにも思えた。

 

『会いに行くべきだ。動かずに得られるものなんて、そんなにない。大丈夫だ、始。お前の想いは間違ってないさ』

 

 その言葉が背中を押した。

 動かずに悩んでいたって、何かが起こるわけではない。ならば、自分の正しいと思ったことをやるしかないのかもしれない。やらないで後悔するよりも、やって後悔した方が何倍もマシなのだから。

 

「……うん! ありがとうゼット、俺行ってくる!!」

『おう! ウルトラ応援してるぜ!!』

 

 ゼットの声を背に、始はインナスペースを後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ……ってかのんは?」

 

 インナースペースでの数分は現実世界での1秒。その為、特に怪しまれることなく合流した。だがかのんの姿が見当たらないのが少し気になった。

 

「電話をしに行きましタヨ?」

「多分千砂都とじゃないかしら?」

「そっか」

 

 すると可可、すみれと共に残った摩央は始の顔を覗き込み、フッと微笑んだ。

 

「昨日よりもいい顔になっているわ。ということは……」

「ええ、俺にもわかりました。何が足りないのか……いえ、誰が足りないのか」

「そう。かのんなら向こうに行ったわ。悠奈も一緒にいるからすぐにわかる筈よ」

 

 進むべき方向を指してくれた摩央にお礼を述べつつ、走り出そうとする始。しかし寸前でブレーキをかけた。理由は内容の意図が不明でぽかんと仲良く立ち尽くす2人である。

 

「明日は2人で練習してくれ! 頼んだ!!」

 

 なにやら背後で2人の声が聞こえてくるが、今は構っていられない。ごめん、ともう一度叫んでから始は走る速度を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「かのん! おお、いた! おっとっとっと……!!」

「え、始くん!」

「急にどうしたの!?」

 

 全速力から急ブレーキをかけたせいで転倒しそうになりながら辿りつた始。

 その危なっかしくて急すぎる出現に、かのんと悠奈は戸惑いつつ彼の下へと集まった。

 

「千砂都のとこ……行こう……!」

「ええ!? 始くんも私と同じ考え!?」

「え……ってことは……」

「2人とも考えることは同じだね!」

 

 どうやらかのんも千砂都のことを心配し、直接会って話そうと考えていたらしい。さらに悠奈が語るには島から東京への移動を頼んでいたとも。がしかし、問題が1つあると悠奈が語る。

 

「行きはどうにか出来るけど、使ってる船は昼間使う予定があるの。東京から神津島(こっち)に来るにはまた別の船を用意してもらうしかないんだけど……」

「それなら問題ありません!」

 

 自信ありげな始に、2人の視線が集中する。

 彼は懐からある物を取り出した。それは昨日()()()()()()()()と言って渡された、とある連絡先が明記された名刺もどきであった。

 

「こいつを十分に利用させてもらいますから!」

 

 



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第23話 君のお陰で

1月最後なんで出します。


 ダンス大会当日。だというのに、窓から見える空は分厚い雲に覆われていた。故にどこかどんよりした空気が漂っている。

 見ていると気分までも同じになりそうだと、外の景色ではなく携帯に目を移したのは大会に出場する結ヶ丘の代表、嵐千砂都だった。

 

「……」

 

 控室では他校の生徒たちが綿密にアップをしている。普段であれば本番が近付くにつれ燃えてくるところの彼女であるが、今は違った。これまでと違い、この会場にいるのが1人だからだ。

 

「やっぱライブの練習で忙しいのかな……」

 

 もうすぐ本番だと別の場所で頑張っている2人にメッセージを送ったのだが、未だに返信してくれない。普段であればすぐ返ってくるのに。

 彼女たちが頑張っているのは素直に嬉しい。また以前のように自分の好きを存分に発揮しているのは本当に嬉しいことだ。でも、だからこそこの場に居ないことが────

 

(弱気になっちゃダメ……今日ここでやらなくちゃ! かのんちゃんと始くんがいなくても……1人で出来るって自信をつけるためにここに来たんでしょ?)

 

 自分に言い聞かせる。

 2人が出来ないことを出来るようにする。そうしてようやく、2人の横に並べるんだ。弱い自分から脱却するために出場するダンス大会。ここで結果が振るわなかったら、退学し海外でダンスを学ぶ。それ程の覚悟で臨んでいるのだ。なのに、今更弱気になるなるなんて自分を許せなくなる。そう自分の心に聞かせる。

 

「あ……」

 

 すると、通知を知らせる音が。携帯に目を通せば2人から返信が来ていた。内容は気が付かなくてごめん、という謝罪。

 しかしそれが”メッセージに気が付かなくて”という意味じゃないとわかったのは、すぐ後。会場を走り、自分の下に向かってくるかのんと始の姿を捉えてからだった。

 

「かのんちゃん!? 始くん!?」

「よ~し……間に合った……」

「だから大丈夫だって言ったでしょ……? 始くん心配性だよ……」

「かのんだって電車の中で焦ってたろ……! 見逃してないぞ……」

 

 肩で息をする両者。練習でそれなりに体力をつけている2人が途切れ途切れで話しているのだ。相当急いできたのだろう。

 

「な、なんで……!?」

「えへへ……電話で話してた時、変だなって思って」

「何か悩んでるかもなって。まあ、それを抜きにしても? 直接話すべきかなって思ってさ」

 

 距離が近くなる3人。そしてかのんは続ける。

 

「私が……ううん、私と始くんが言いたいのはいつもちぃちゃんのことを尊敬してるってこと。いつも真面目に頑張ってて、ダメだったとしても落ち込んだりしない。だから────」

 

 全部を聞くことなく、千砂都はかのんの手から離れ背を向けた。

 

「やっぱり私ダメだな……」

 

 ダメ……一体何がダメなのか。言葉の意味を訪ねようとした時、彼女から自発的に語ってくれた。

 

「自分に自信が持てるまで1人で頑張ろうってここまで来たのに、2人が来てくれて……顔見たら……やっぱりホッとしちゃった……」

 

 彼女の答えに戸惑っていると、千砂都のフォローが返ってくる。「悪いのは私」だと。2人の出来ないことを出来るようになるためにここまでやってきた筈なのに、結局は2人がいないと不安でたまらなかった自分が悪いのだと。

 

「それにこう見えて私……負けず嫌いだからさ……」

 

 自虐的にも見えた千砂都の笑顔。その目に涙が溜まっても流すのを拒むのは、先ほどの負けず嫌いと彼女の意地故なのだろうか。

 彼女の姿を無言でただ見つめていた。すると始が口を開いた。

 

「俺は……今の千砂都が弱いとは思わないよ」

 

 しかし投げかけられた本人は信じられないとでも言うように顔を引き攣らせ、小さく笑う。

 

「そんなことないよ。でも、やっぱり君は優しいね」

「優しさとか同情でこんなこと言わねぇよ」

 

 真っ直ぐな瞳で見つめる彼に千砂都は目を見開く。そして彼から続くようにかのんが千砂都へと語り掛ける。

 

「私ね、いっつもちぃちゃんに助けてもらってばかりだって思ってたんだ」

 

 幼馴染からの告白に驚くばかり。

 

「失敗した時、それこそ歌えなかった時……いつもちぃちゃんが助けてくれた」

「それはかのんちゃんがいたからだよ……」

「なら、3人とも一緒だね! お互いがお互いを見て、大切に思って……これまで頑張ってきた」

 

 かのんが歌を好きで、それで頑張っている姿。始の多くの人を助けたいと動いている姿。そして千砂都が並び立たんとダンスを努力する姿。互いが互いの姿から勇気を貰っていた。努力を続けていた。時に投げ出し、諦めたくなる時があっても、隣や、見えないところで励んでいる幼馴染を想う。するとどうだろう。またやってみようと、まだ終わらせたくないと、踏みとどまることができた。葛藤で苦しんだ日も時にはあるが、それでもよかったと言えるのは即ち────

 

「あの時ちぃちゃんが言ってくれたからなんだよ。全身が震えたんだ。なんてカッコイイんだろう、私もマネできないくらい歌えるようにならなきゃって!」

 

 自分が追い付こうと、彼女たちの横に立てていないとしていたのは……勝手な思い込みだった。2人の間では既に、自分は大きな存在として……逆に追いつくべき目標として見られていたんだ。そのことがとても嬉しかった。

 止めどなく溢れる涙をどうにかしようとした時、タオルを差し出された。その相手は始。

 

「悪い、これしか持ってない。けどまだ使ってないから大丈夫」

「ありがとう……でもなんで?」

「え? だってそりゃ────」

 

 彼が笑顔を見せながら言った言葉。それは彼と初めて会った時と同じものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付けば日が傾き、空がオレンジ色に染まっていた。そこにいたのは横になる始。そしてかのんと千砂都だけだった。

 結果から言うと、彼はボコボコだった。体格差が大きく、何度も何度もやられてしまった。しかし少年は地面に倒れたのと同じくらいガキ大将に向かって行った。幾度となく向かうものだから、優勢だったガキ大将は疲れ果てて帰ってしまった。同じタイミングで女子3人組も消えていた。

 

────「いててて……」

「だ、大丈夫……?」

 

 起き上がった少年の服は泥だらけ。そして体にも傷があちこちに出来ていた。それを改めて見た千砂都はまた泣き出してしまう。

 

「なんで泣くの?」

「だって……わたしのせいで……」

 

 自分が動ければ、こんなことにはならなかった。自分だけで解決していれば、もしくは彼に加勢してさえいれば、結果はまた違ったものになったのではないだろうか。彼女の中にある後悔が溢れ出る。

 

「いいのいいの! ぼくがやりたかったんだから。それにぼくが勝ったんだし」

「……え?」

「だってぼくはずっとアイツと戦ってた。けどアイツは途中で帰っちゃったでしょ? だからぼくは負けてない。むしろ途中で帰ったアイツの方が負け。だからぼくの勝ち」

 

 唖然とする千砂都。始の語るそれは暴論だった。屁理屈だった。でも、確かに彼はガキ大将に果敢に向かって行った。幾度となく向かって行く光景が脳裏を過る。始という少年は一度も諦めてはいなかった。

 再び目を向けると、傷だらけの彼は嬉しそうに笑っていた。

 

「どうしてそこまで……?」

 

 そして彼は笑顔を見せて言うのだった。

 

「泣いてる君をほうっておけないから!」

 

 

 

 

 

 

 

「「……ありがとう。あの言葉があったから、今こうしていられる」」

 

 千砂都へ向かい、2人はピースマークを作ってみせた。それが何を示すのか、知らない彼女ではなかった。ピースマークを3人は合わせ、いつものように声を響かせた。

 

「「ういっす!」」

「ういっす!」

「「「ういーっす!!」」」

 

 言い終わると同時に、かのんと始へ抱き着く。

 

「ちぃちゃん……!?」

「ちょちょ……千砂都?」

「かのんちゃん、始くん……待っててね!!」

 

 走り出していく千砂都。そんな彼女の心を表すと同時に祝福するかのように、太陽が照らし続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「にしても始くん、本当にいいの!?」

「いいんだよ。なんでもお願いしてって言われたんだ。だったらお願いさせてもらうさ!」

「けどさ、私たちだけいいのかな? だってこれ……」

 

 千砂都を連れ、再度港へと向かった始たち。

 しかし昨夜聞かされたように行きで乗ってきた船はない。今現在は別の用事で使われていることだろう。ならばどうするのか。答えは目の前にある黒塗りの船である。そこにはご丁寧に「STORAGE」と文字が。そう。結衣からもらった名刺もどきで連絡し、東京から神津島まで運んでもらうよう頼んだのである。

 

「千砂都はこれからちょっと忙しくなるからな。時間は欲しいんだから問題ないよ」

「パートも振り分けないとだし」

「フォーメーションも見直さなきゃだもんね」

「そういうこと」

 

 千砂都は見事ダンス大会優勝。圧巻のパフォーマンスを観客、審査員に見せつけたのだった。

 そして彼女が優勝を果たした後、とあることを決めていたという。その目的のためにはまず神津島へと向かう必要があるのだ。

 

「全く、結衣の奴……」

 

 3人を乗せるため船の扉が開く。中から文句を居ながら顔を覗かせたのは青影正太。どうやら隊長と舵手だけらしい。

 

「す、すみません……」

「別にいいさ。これで断ったら信用問題になり兼ねん」

「始く……彼から聞いているとは思いますが、私たちを神津島まで乗せてください! よろしくお願いします!!」

「勿論さ。こっちも島に用があるからな。さ、早く乗ってくれ。いつもより飛ばしてやる」

 

 彼の声に従い、素早く乗船していったかのんと千砂都。そして始が乗り込んだ時、正太が話しかけてくる。

 

「いいのか?」

 

 彼が言いたいのは、ストレイジに対するお願いをこれで使って良かったのかということだ。結衣の衝動的なお礼だはあったが、頼まれれば出来る限りのことはやるつもりだった。しかし始は自分ではなく、友人のために使用した。それを悔いていないのかを聞いているのだ。

 

「ええ。アイツの笑顔見たらやってよかったって思えますから」

「成程。やっぱり、力を持つ者は似るのかね~」

 

 言っている意味が分からず聞き返してみたのだが、こっちの話とはぐらかされてしまった。

 

「引き留めて悪かった。ほら、お前も席に座れ」

「はい! ありがとうございます。青影隊長!!」

 

 席につき、談笑する彼らを見て、少し懐かし気な表情を作っていた。

 

「隊長も座ってください。転びますよ」

「あ、すまん」

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、遅いったら遅いわよ!」

「悪い悪い。けどこれでも急いだ方なんだぜ?」

 

 ストレイジの協力によって島に着くことができた。客船や高速ジェット船よりも早く着いたのは、正太たちが尽力してくれたお陰だろう。彼らは調査があるらしく何度も例を言って別れた後、バスに揺られてすみれや可可たちと合流する。

 聞くところによると彼女たちは練習の傍ら、悠奈や摩央と共に明日使うステージの設営も行っていたらしい。

 

「始もステージを見たら驚きマスヨ!」

「クゥクゥが張り切って色々追加したのよ?」

「なんでグソクムシが自慢げに言うのデスカ!」

「グソクムシ言うなっ!!」

「そんなに!? クッッソ、見に行きてぇ……」

「私だってそうしたいよ。けど今は練習でしょ?」

 

 かのんの言うように、今は練習に集中しなければならない。

 

「そうだった。じゃあダンスレッスンの方は千砂都に任せてもいいか?」

「昨日まで始くんがやってたんだし、そのままやりなよ~」

「やってたって言っても、千砂都がメニュー考えてくれたお陰なんだが……」

「もぉ~つべこべ言わない!」

 

 ダンス大会を終えたからか、いつものようなやり取りを行う始と千砂都。しかしその間には、これまで以上の強い絆のようなものが育まれているのような気がした。それは恐らく、始とかのんで千砂都に想いを伝えたからだろう。

 半ば押し切られる形で任されてしまった始の姿が面白く、笑い声が零れた。

 

 気持ちを一新し、練習着へ着替えてこようと一旦その場を後にしようとしたその矢先、地鳴りが彼らを襲う。突然のそれに倒れた者を起こしていると、山の方から土が舞い上がるのが見えた。さらに数秒後、獣の如く咆哮が島中に伝播する。

 

「か、怪獣!?」

「ここにも怪獣ガ!?」

「取り敢えず避難だ。行くぞ!!」

 

 その場に踏みとどまっていては怪獣被害の餌食だ。そう判断した始たちは避難所のある方向へと一目散に逃げていくのであった。

 

「大丈夫デスカ!」

「立てますか!」

「君、大丈夫!?」

「ちぃちゃん、これ持てる!」

「任せて!」

 

 逃げるのは彼女たちだけではない。島の人たちもパニックに陥りながら避難所を目指し走っている。避難しつつもかのん達は途中で転んでしまった者たちを助けながら道を進んでいく。

 

「あれ、見てくだサイ!」

「特空機ね!」

「来てくれたんだ!」

 

 逃げ惑う人々の頭上をセブンガーが通る。そしていつものAIアナウンスが響き渡り着陸。怪獣を止めるべく勇敢に立ち向かうのであった。

 

「おっと、大丈夫ですか!」

「ああ、大丈夫だ。ありがとう」

 

 特空機の活躍を横目に、始は自分より何歳か年上と思しき人物を支えた。すると彼は妙なことを言い出したのである。

 

「やっぱりアレ……呉毛羅か……?」

「ごも……ら……? それって呉毛羅岩の!?」

「君も知ってるのか。そうだあれは島で暴れまわった怪物……呉毛羅に違いない!」

「けど魂を岩に封じ込めたって話じゃ……」

 

 太平風土記にはそう書かれている。魂だけ、肉体はすでに滅びているはずだ。すると男は怯えた目を向けて言い放った。

 

「けれど実際問題、ああして動いているじゃないか! それが紛れもない証拠だろ! それに見ろあの赤い目! あれは遥か昔からの怨念だ!!!」

 

 男はそのまま避難所へと走って行ってしまった。地響きの方に目を向ければ、呉毛羅が狂ったように暴れまわりセブンガーと交戦している。

 

「先に逃げててくれ!」

「始くん、どこ行くの!」

 

 呼び止められた彼は振り向いて一言だけ残して去っていく。

 

「決まってるだろ? 人助けだ」

 

 小さくなっていくその頼もしく大きな背中を千砂都たちは見送る。そして見送ると同時に思う。彼は昔から変わっていないのだと。ガキ大将に向かって行ったあの頃と何ら。だから彼なら大丈夫だと……そう強く思えるのだった。

 

「始くん……! 早く、私たちも逃げよう!!」

 

 



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第24話 勇気の力

赤いアイツではないです。


 とある男が神津島で羽を伸ばしていた。

 

Beautiful……(いいねぇ……)

 

 彼はビートル隊本部に属する事務次長。今は休暇で日本に来ている。働き詰めだった彼にとって、このような場所で体を休めることは滅多にできない。だからこそ誰にも邪魔されないように、ただ1人でこの島まで来たのである。怪獣災害が数多く報告されている地域だが、人々も土地もそれを感じさせず、尚且つ知り合いと簡単に会わないというのも理由らしい。

 景色を写真に収め、別の場所に移動しようとした途端、獣の咆哮が彼の耳にも届いた。

 

For real!? (嘘だろオイ!?)

 

 心休まるバケーションの筈が、すぐさま地獄の日常へと逆戻り。

 無論休暇の為銃器の類は持っていない。不用心だと言われれば返す言葉もないが、何度も繰り返すが休暇である。持ってたら休まらないだろう。備えあれば云々というやつか、などと自分の用心のなさを責め、彼は島民や他の観光客と共に避難所へ走っていく。

 

《セブンガー、着陸します。ご注意ください》

 

 すると空から鉄人が降下。土煙を上げて怪獣の前に立ちはだかる。

 

It's Sevenger! (セブンガー!)

 

 間近に見た対怪獣ロボット兵器。それは彼が子どもの頃に見たSF映画を思い起こさせるものであった。事務次長は童心に帰った気持ちで特空機を見上げる。

 ある男の……それも事務次長の興奮など露知らず、セブンガーは戦いを開始する。

 

 

 

 

 

 

 島を踏み荒らし、建物を滅茶苦茶に荒らす怪物へセブンガーの鉄拳が炸裂している。

 そのすぐ近くでは結衣や正太がビートル隊の調査班や怪研の職員たち、さらに島民たちを避難させていた。

 

「バイタル反応に波はあれど穏やかだった……けどこんなにも急速に活性化するなんて……」

「あのゴモラには何らかの要因……ってやつがありそうだな」

「けど伝説の怪物の正体が実は怪獣……だなんてすっごいロマンがありますね……!」

「切り替え早っ……ってそうじゃない! 非常事態にロマンだ何だって言うな!!」

 

 怪物の魂を封じ込めた呉毛羅岩。その正体はジョンスン島にて初めて骨格が確認された1億5千万年前の古代生物ゴモラザウルスの生き残り。【古代怪獣(コダイカイジュウ)ゴモラ】であった。それがどういうわけか島の伝説として広まり、太平風土記にも記されることになったようである。

 変なところでスイッチの入ってしまう彼女を避難の傍ら叱責する正太。だがどこまで聞き入れてくれているかは不明である。

 

「けどゴモラ……なんか動きが変なんですよね」

「それは思ったさ。本能……じゃないな。もっと恐ろしいものの力を感じる」

 

 血の滴るような赤い眼であばれ狂うゴモラの姿は、怪獣本来の暴れ方にしては凶暴すぎると結衣も正太も考えていた。奴らが暴れる理由。それは自分たちの住処を荒らされたり、眠りを妨げられたりした故の防衛、または怒りからくるものだ。けど今のゴモラは違う。ただ暴れる。いや、暴力というものに快感を覚えていると感じる。まさに島の人々を襲った怪物伝説の再現である。しかし今は頼もしい味方がいる。人々を守る自分たちがいる。これ以上の被害も犠牲も増やすわけにはいかない。

 今も尚攻防を繰り広げるセブンガーへ、正太は指示を飛ばす。

 

「晶子、ゴモラを食い止めろ! 避難は引き続き俺たちがやっておく!」

『了解!』

 

 独特の機械音を轟かせ屈強な体にラリアット。敵と認識したか、突進してくるヤツを受け止め、頭頂部に拳をめり込ませた。地面へ倒れこむゴモラを視界に固定したまま、さらなる追撃を食らわせんと攻め込む。しかしそれが迂闊だった。死角から迫る尻尾が片足に絡みつく。

 

「ちょ、それは反則……!」

 

 バランスを崩して倒れそうになるが、どうにかして堪えんと制御。堪えた為に片足飛びで徐々にゴモラとの距離を詰め、ヤツの胸部に飛び込んだ。まるでボディープレスだ。しかし戦いを見ていたこの男は違う。

 

Oh,kabuki attack! (カブキアタックだ!) That's amazing! (すごい!) You've got special moves like that!? (あんな必殺技もあるのか!?)

 

 何を勘違いしたのか知らないが、事務次長は独自の必殺技だと思っているらしい。

 

「いい加減に……止まれって!」

 

 両者は起き上がり再度攻防を繰り広げるものの、尻尾の一撃が機体から火花を散らせた。

 セブンガーは吹き飛んでいく一瞬間、硬芯鉄拳弾を発射。ロックオンをしていないため十分な威力とは言えないが、それでも手痛い一撃になった筈である。

 

《セブンガー、実用行動時間終了》

 

 大地に倒れたセブンガーはここで役目を終える。

 その様子を目にした正太はゴモラの下へと走り、光弾を放って抵抗を試みる。

 

「また眠らせてやるから、大人しくしてろ!」

 

 鬱陶しいのか、叫びを上げて距離を縮めてくる。しかし彼は臆することのないまま、レーザー小銃をぶっ放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 特空機の活躍に興奮する事務次長。そして人々を守るために奮闘するストレイジ。その一方、逃げ惑う人々とは逆方向に走っていくのが始である。

 最後の抵抗と共に地面に倒れ込んだセブンガーを捉えたら、走るスピードを更に上げる。そして人気のない場所まで向かえば、彼は即座にゼットライザーを取り出した。

 

「こっからは俺とゼットで……!」

 

 眩しい光が一気にはじけ飛び、オレンジ色の空へと飛び立っていく。

 

《ULTRAMAN Z ALPHA EDGE》

 

 死角からの一撃。燃える右足が大きくゴモラを吹き飛ばすと同時にゼットが神津島の地面に降り立った。

 

『この怪獣も厄介そうだな』

「なんだっけ? 攻撃を避けて、隙に一撃一撃を加える……だっけ?」

『ああそうだ始。ウルトラ気合入れて行くぞ!』

 

 眼前で吠える古代怪獣を睨み、構えをとって数秒後の攻めに備える。

 巨人を地面に伏せさせんと振るわれる両腕を回避。逆に腹部へ蹴りを何発か入れる。けれどもそれほどのダメージにもなってないらしい。怯む様子もなく進撃を続けてくる。

 

「マジか……コイツほんとに生物かよ?」

『デビルスプリンターの影響かもな。凶暴化してるせいで余計に手がつけられねぇ!』

 

 デビルスプリンターは未だに謎の多い物体である。しかし一度怪獣が取り込んでしまえば、凶暴化し普段以上の力を発揮させてしまうことは確かだ。例に漏れず目の前のゴモラも見境なく暴れ、先ほどはセブンガーを、そして今はゼットを追い詰める。

 ゴモラは大地を揺るがし闘牛の如く突進。回避して街に被害が及ぶことを懸念し、抑え込むため手足に力を込めた。けれども力の差は歴然か。ジリジリとゼットが押され、押し負けて上半身が反れていく。

 

「まだ……だ!」

 

 額の部ビームランプから光線を発射。ゼロ距離で放たれたそれはゴモラの頭部を焼き焦がした。悶えるこの間がチャンスだと、二振りのゼットスラッガーを連結させた”アルファチェインブレード”で苛烈に攻め立てていく。

 

「よし、このまま……」

『ってオイッ!?』

 

 一気に体力を削っていく筈だったが、ゴモラは意外にも立ち直りが早かった模様。反撃と同時に手持ち武器を彼方の方向へ投げ飛ばされてしまった。さらに尻尾の足払いで転倒。鞭の如く何度も叩かれ、ゼット自身を軽々と投げ飛ばした。

 

 それは不幸にも、避難所へ向かうかのん達の近くだった。

 

「ウルトラマンがこっちに飛んでくる!?」

「クゥクゥ! 急ぐったら急ぐわよ!!」

「そんなに強く引っ張らないでクダサイ!?」

 

 徐々に近付いてくる赤と青の巨人。その巨体故か、浮いている姿がとてもゆっくりに見えた。

 

「うわぁぁぁぁ!?」

 

 ゼットは数秒間宙を舞って落下。巨大な揺れが周りにいる人々を倒れさせる。いくつもの怪獣災害に立ち向かったストレイジでさえ、踏ん張るのが厳しいくらいだ。

 

『クソッ、ウルトラ強ぇぇ……ん?』

 

 そんな中、尻餅をついてしまった千砂都からはとある物が落ちた。コロコロと地面を転がっていく様を偶然目にしたゼット。彼が人間と同じような眼球の構造をしていたなら、彼の目玉は飛び出していただろう。すぐさま始に語り掛ける。

 

『ッ……は、始! あの子、メダルを持っていたぞ!!』

「え、誰が……?」

『あの子だよあの子! 始のご学友だ!!』

「マ、え? 千砂都が!?」

 

 始もゼットの視線を通して千砂都の方を見る。確かに、赤いメダルが転がっているではないか。

 

『あれはウルトラマンのメダルだ』

「ウルトラマン……? そりゃそうだろ。どのメダルもウルトラマンの力を秘めているって」

 

 どうやら始はウルトラマンという名前は全体を含めた呼称であると勘違いしているらしい。しかし実は違うようで、ゼットが訂正を入れる。

 

『違う違う。ウルトラマンっていう俺たちみんなの兄さんみたいな、ウルトラ凄い人のメダルなんだよ!』

「ああ、個人名か。なんだよ……ややこしい……」

『と・に・か・く、あれがあればゴモラの馬鹿力に対抗できるはずでございますよ!!』

「おお! ってどうすれば……?」

 

 始が疑問に思うのも無理なかった。メダルがゼットの所有物であるとどうやって説明すればいい。加えてゴモラが待ってくれる筈もない。ましてや言葉が伝わるのだろうか。

 千砂都の下へ向かいたい気持ちと、ゴモラから目を離せないもどかしさに奥歯を噛んでいたその時、小さな光弾がゴモラへと撃たれた。

 

「隊長、これでいいんですか?」

「ああ。少しくらいなら距離と時間を稼げる」

 

 レーザー小銃を構えて発砲するのは正太と晶子。正太と目線が合えば、首の動きで行けと意思を伝えてくれた。(ゼット)も頷き、千砂都の下へ向かう。

 

「それでゼット、どうやって貰うんだ?」

『こういうのはボディランゲージだ!』

「マジかよ……」

「え、なになに!?」

 

 突然巨人が目の前に来たら驚かない方がおかしい。さらに掛け声とジェスチャーだけで意思を伝えてこようとしているのだから。

 千砂都へ奇妙な動きを送る姿はかのん達から見ても理解不能の光景であり、3人の微妙な表情がそれを物語っている。

 

「通じてないだろこれ!」

『気合が足りてないんだ。始、もっと気合入れろ!!』

「……千砂都! そのメダル。メダル寄越して!! メダル!!!」

 

 根性論かよ、と言いたくなったが現状これしか手がないので一生懸命伝えようとしている。両手で丸を作ってみるも、イマイチ伝わってないような気がする。

 

「……? っ! まる!!」

「いや、丸なんだけど! 丸なんだけども!!」

 

 やけくそ気味に指をさしてみる。すると彼女は辺りを捜し、なんとメダルを拾ってくれた。

 

「もしかして……これのこと?」

『「そう! それ!』」

 

 ゼットは激しく首を縦に振る。

 

「わかった! ……ッ!!」

 

 千砂都の投げたメダルはゼットの手の中へと吸い込まれ、インナースペースにいる始のもとに届く。

 

「よっしゃ! ありがとう千砂都!!」

『ウルトラフュージョンだ。マン兄さん、エース兄さん、タロウ兄さんのメダルで”真っ赤に燃える勇気の力”手に入れるぞ!!』

「ああ!!」

 

 新たな力でゴモラに挑むため、始は先ほどのメダルの他に、ゲネガーグとの戦いで入手していた2枚のメダルを取り出した。

 

「真っ赤に燃える、勇気の力!」

 

 多くの怪獣たちと戦い、怪獣退治の専門家と呼ばれてきた銀色の巨人。幅広い技を持ち、異次元人の送り込んできた生体兵器である超獣と戦った戦士。宇宙警備隊大隊長、銀十字軍隊長を親に持つウルトラ兄弟6番目の弟。彼ら兄弟の力が込められたメダルをセット。

 

《 ULTRAMAN(「マン兄さん!) ACE(エース兄さん!) TARO(タロウ兄さん!」)

 

『ご唱和ください我の名を! ウルトラマンゼェェェット!!』

 

「ウルトラマン……ゼェェェット!!」

 

 ゼットの声を背に受け、始はゼットライザーを天高く掲げた。

 赤と銀の光がゼットに流れ込み、太く屈強な体を形成していくのだった。

 

 

 

《ULTRAMAN Z BETA SMASH》

 

 

 

 赤い体が空を舞う。怪獣の咆哮を差し置いて、その場に響いたのは入場のアナウンスか。幾度の捻りを加え、威力を増したドロップキックが入場と同時にゴモラの頭部に炸裂した。

 

「なに……!?」

「自分から名乗ってマシタ」

「うん、私もそう聞こえた」

 

 両者の上げた土煙と凄まじい着地音のあと、辺りを静寂が支配する。

 そこに立つのは筋肉の塊。光に照らされ、躍動するそれは眩しく反射する。目を引くのは赤く筋肉質な体だけではない。目の周りを覆うマスクもだ。この姿を覆面レスラーと形容せずなんと言えよう。

 

「うわ、すごい筋肉」

「成程……あいつはそういうのなんだ」

 

 ゼットの新しい姿に、人々は様々な感想を抱いていた。

 ゴモラとゼット。仕切り直しによって生じた沈黙の中、両者は見合う。目線が火花を散らし、勝負をかけるべく深く腰を落としてその時を待つ。

 途端、近くの看板からハンマーが落下。セブンガーを叩き甲高い金属音が響いた。

 

「『ッ!!」』

 

 第2ラウンド開始とでもいうのか。大地を蹴って衝突。両者とも退くことのない取っ組み合いが始まった。互いに退くという選択肢は無い。相手を打ち負かさんと四肢に力を込める。その影響で地面が陥没し土が飛び散る。

 

「これなら……!」

 

 先程まで感じていた筈の抗いようもない馬鹿力。しかしこの形態になった途端、猛烈な勢いが和らいだのを感じた。恐らく、こちらもゴモラに対抗できるだけの力を発揮しているからだろう。故に始は確信した。これならいけると。

 ゼットの怪力はゴモラとも渡り合えるどころか、簡単に投げ飛ばした。姿勢を崩したゴモラにすかさず手刀を食らわせる。1撃、2撃。そして戦車の如くタックルがゴモラを後方へと追いやる。

 

『おお、この力! いけますぞ!!』

 

 叫びを上げるゴモラは周囲の鉄塔を引き抜いて反撃。一方ゼットは防ぐどころか、胸筋と腹筋で受け止める。膨張した筋肉はまさに鋼の鎧。全てを受け止め、ダメージを消し去っていた。

 

「いつもと戦い方が違う」

「あの戦い方……プロレスね」

 

 これまでと違う姿、そして戦い方に周囲は困惑、または推測していた。彼女たちが見守る中、赤い闘士と古代怪獣の戦いはいよいよ終盤へと突入していく。

 隙を見つけたゼットは駆け寄りながら狙いを定め腕を振るった。首元を貫通したのかと思わせるほどの衝撃。脳が揺れ、意識が混濁する。フィニッシュへ向け、グロッキーになったゴモラを持ち上げ空へと投げ飛ばす。

 

『拳に力を集めるんだ!』

「オッケー! こいつでノックアウトだ!!」

 

 空の彼方へ追行する体に光が灯った。光は全身を介し一点に集中。滾った力が最高潮に達した時、拳は真っ赤に燃え盛る。

 

『ゼスティウムアッパァァァァ!!』

 

 いつもより野太い声が周囲に伝達。打ち込まれた拳によってゴモラは全身にヒビを入れながらさらに高く飛んでいく。直後に大爆発。強力なアッパーカットはゴモラという生物の肉体を粉々に四散させた。

 神津島というリングで戦いを制した勝者は人々を見下ろす。全ての人、或いは特定の誰かに向かって頷き、空の彼方へと消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 呉毛羅……ゴモラの一連の騒ぎにより、事後処理やら何やらで一時はライブの開催も危ぶまれた。しかし翌日の午後には開催ができるとの報告があり、無事開催出来ることはスクールアイドルのみならず、観光客や島民からの喜びの声が溢れていた。

 また観光名所の1つであった呉毛羅岩。伝説のように魂を閉じ込めただけではなく、実際に怪獣が丸まって眠ていたものだったため、その場には殆ど何も残っていない。しかし「古代怪獣の眠り場」として新たに観光名所にしていくとの話だ。転びはしたがただでは起き上がらない……ということのようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、翌日の午後から開催されることになったライブ。今注目のスクールアイドル、Sunny Passionにより既に会場のボルテージは最高潮に達していた。曲が終われば嵐のような拍手が会場を支配する。無論始だって見惚れて手を叩いている状況だ。

 

「ではここで本日のゲスト!」

「今私たちが一番注目しているスクールアイドル」

 

 2人の声を聞き、始の鼓動も早くなる。自分が躍る訳じゃないのに……妙な感覚だ。けど彼は知っている。この日為に出来る限りのことをやったと。それに新しいメンバーだって加入している。始はステージを見据えその時を待った。

 

 讃頌の声は期待のざわめきへと変わる。そして幕が開き、新たな衣装に袖を通した4()()が登場した。

 

 

 

────常夏☆サンシャイン────

 

 

 

 オレンジや緑、そして半分を青に染めた衣装はまるでこの島を表しているかのようだった。眩しく光る太陽と育まれた緑。暑さを癒し、すべてを包む海。この島でライブを行う所以を聞いた彼女が尊敬を込め、尚且つ歌詞の意味を汲み取って製作したのだろう。

 彼女たちを指す光は何もスポットライトだけではない。その歌に呼応するように夕焼けがやさしく照らし、同じく照らされた水しぶきはまるで火花のように拡散する。色とりどりの光が交わり、様々な場所に動いていく様は溢れ出して止まらない気持ちや、このグループの在り方のようだ。

 

 そばにいた人が勇気をくれるから自分も頑張れる。距離なんか関係ないと。そして何よりもその出会いに祝福を。

 信頼や絆を思い起こさせる詞に人々は聴き入ると同時にリズムの波に乗る。ボルテージは限界を突き抜け、会場はさらに激しく揺れた。彼女たちの乱舞が終わった後も、彼女たちを称える声や音が鎮まることはなかった。

 

「……っ!!」

 

 4人の力を目の前にした始は瞳にその姿を焼き付けていた。叩いた手からは数多の感情が零れ落ちる。感謝や感動、激励や決意。送った拍手は賛辞であると同時に彼自身の決意表明でもあった。これからも彼女たちを支えていきたいと。

 神津島のステージ上で抱き合い、その後4人は手を振った。見てくれた全ての人、もしくは……いやこれは無粋か。ともかく見てくれたことに最大限のありがとうを伝え、ステージから去っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ!」

 

 ライブ後、控室に来てくれとの報告を受けた始は観客たちに見られないように向かって行った。何も知らぬ人が控室に入る彼を見ようものならお縄であることは確定。同時に変な噂が立つかもしれない。結局、彼の警戒行動が良かったのか、誰にも見られず辿り着くことに成功したわけだが。

 

「始、見てくれマシタカ! 可可のこだわり尽くしたステージヲ!」

「見た見た! 目が幾つあっても足りないくらいだよ! それに衣装だって曲にもステージにも……神津島にも似合ってるし!!」

「やっぱり始は見る目がアリマス!」

 

 入ると同時に可可がキラキラして目で尋ねてきた。おそらくそれはSunny Passionと同じステージでライブが行えた興奮故だろう。今も始の前で一緒に歌えたことが夢のようだ、と呟いている。

 

「すみれも初ライブお疲れさん」

「ええ。ま、ショウビジネスに生きてきた私からしたら、こんなの序の口だけどね」

「グソクムシデスカ~?」

「こんっの!」

 

 などと言ってはいるが、全体練習とは別に自主練をしていたことを実は知っている。過度なやりすぎは良くないのだが、すみれは自分の体のことは知り尽くしている。その為オーバーワークにならないくらいでやめているから注意はしない。加えて、自主練のことを言えば怒られる気がする。彼女はそう言った面は知られたくないだろうし。

 

「始くん!」

「かのん、それに千砂都も……ライブお疲れ。俺見入っちゃったよ」

「本当に! ありがとう!!」

 

 ライブを見た側、やった側の感想を互いに話していると、ふいに千砂都が2人の手を握る。

 

「私ね、ずっと夢見てたんだと思う。こういう日が来ること」

 

 出来ないことをできるようになって、並び立って一緒に何かを行う日。千砂都はずっとどこかでその日を待ちわびていたのだろう。途中で気持ちが沈みかけ、再度実現は遠くなりそうだったのだが、かのんと始の言葉によって、ようやくその日を迎えられた。だから今、彼女は嬉しさに頬を緩ませているのだ。

 

「私に勇気を……力をくれたのは2人。だから……本当にありがとね」

 

 千砂都への返事は言葉ではなく表情だった。かのんと始は優しく微笑む。3人が互いに支え合っていたのは事実。けど最初の……最初のきっかけは2人の行動から勇気を貰ったことだ。自分にしか出来ないことをやろうと、踏み出す勇気を貰ったこと。

 3人は笑い合う。互いが支え合うのはこれからも同じ。だけど今度はみんなで並んで、新しいスタートラインを越えよう。そんな想いが溢れていた。

 

 

 



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第25話 闇人形 ─FAUST─

サブタイの通りです。


 

 地球の衛星、月。途方もなく広がる宇宙空間の中で、人類がその足で立ったことのある数少ない場所。しかしながら人類が未だ確認できていない未解明の地点に建物が存在していた。無論、地球人類が建造したものではない。

 

「ほぉ……これがそうなのか……」

 

 中ではブツブツと独り言を唱えながら装置をセット、起動させていく者の姿が。銀色の頭は彼の知能指数を具体的に示すかの如く巨大であるその反面、手足は触手となった異形さが目立っている。彼の名は”チブル星人ガイズラ”コンピューターによって管理されているというチブル星出身の宇宙人である。目的は勿論、地球侵略である。

 今現在行っているのは侵略の為に使用する”道具”……の前段階。つまりは試作を製作中なのだ。

 

「チャリジャのお陰で非常に興味深いものが手に入った。コイツは私の計画と類似点も多いしな」

 

 ガイズラが持つカプセルに入っているのは何かの一部。どうやら数多の並行世界を行き来する怪獣バイヤーから購入したらしい。

 

闇の巨人(ウルティノイド)……デビルスプリンターでどれほどの力を出せるか楽しみだ」

 

 ウルティノイド……かつて同じ名を冠した暗黒破壊神によって作られた操り人形。別の世界では多くの悲劇と恐怖を生み、その都度巨人たちと戦いを繰り広げた強敵たちだ。ガイズラはその一部を入手し、デビルスプリンターの力で復活させようとしているらしい。

 

「巨人の復元……これが成功すれば私の”惑星潜入式巨人型運用兵器”の実証にもなるのだ」

 

 作業は進み、いよいよ最終段階へと移行していた。並々ならぬエネルギーが装置から溢れ出し、太陽光を思わせる閃光が一面を支配する。加えて雷鳴のような激しい音がそこら中へ伝播する。

 

「ハハ……ハハハハハッ!」

 

 成功を確信したか。ガイズラの邪悪な笑い声は月を超え、宇宙まで轟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「マジですか! うおぉぉぉぉ……これで2号ロボが完成する!!」

 

 統合基地の指令室は歓喜の声で満ちていた。

 

「ホントに! ホントに予算が下りたんですね!!」

「勿論だよ。先程連絡が来たんだから」

 

 神津島での怪獣騒ぎ。その時、偶然にも休暇を楽しんでいた事務次長がセブンガーの戦闘を目撃。特空機の性能やストレイジの活躍を目にした結果、かねてから出されていた2号ロボット開発計画の予算を彼の権限で出してくれることとなったのだ。ストレイジにとっては最近の中で最も良いニュースだ。栗山も機嫌が大変好さそうである。

 

「事務次長はね、特空機の性能を大変高く評価されていたよ」

 

 栗山は事務次長からの言葉を伝えた。ウルトラマンですら苦戦したゴモラにも必死に食いつき、健闘したことへの称賛。そしてこの調子でいけばいつの日か、ウルトラマンをも超えるロボットを開発することだってできるのではないかと。地球人の力で地球を守ることができるのではないかといった……希望と激励の旨を。

 

「晶子くん、あの時は勇敢な戦いっぷりだと聞いている。次も期待しているよ」

「ありがとうございます!」

 

 満足そうに頷いた栗山は指令室を後にする。

 長官の居る緊張感が消え去った後、結衣は即座に自分のモニターへと走っていく。

 

「さてと……武装と機関制御システムに各関節のエンジンは────」

「結衣はロボしか見えてないか……」

「念願でしたからね。さて、私も体動かしに行ってこようかな~」

 

 晶子も同じくいても立っても居られないらしい。パイロットとして2号ロボを操縦するため更なる体力をつけておきたいのだろう。かくいう正太も心の中では狂喜乱舞である。

 

「ん? 隊長、晶子、これ見て」

 

 すると何か送られてきたのか、目の前の巨大モニターに内容を送信する。見たところ内容は、大気圏外で謎の高エネルギー反応をキャッチしたというもの。しかし反応は一時的なものだったらしく、すぐに消失。それ以降は動きがないとのことであった。

 

「怪獣か宇宙人の侵入か?」

「いえ、そうであれば反応が継続するはずです」

「不思議ですね……」

「ああ。嬉しい報告があった後だが、被害が出てからじゃ遅い。警戒レベルを引き上げるぞ」

「でも隊長、今セブンガーはオーバーホール中ですよ」

「あ~、そうだった……」

 

 怪獣や宇宙人の類ではないとしても、何かの予兆であることは確実である。しかし晶子の言うように、戦力であるセブンガーは清掃作業や劣化部品の交換、調整を施している最中だ。なかなか点検のできない部分まで見るため、再度組み立てるにしても大幅に時間がかかる。現実的に見て、今日中に出撃させることはできないだろう。

 

「有事の際は地上で対応だ。ビートル隊にも連絡しておく」

 

 そのまま解散。各自の業務へと戻っていく。その中で未だにモニターを見つめる正太は妙な胸騒ぎを覚えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね。買い物に付き合ってもらっちゃって」

「いいって別に」

 

 街中を並んで歩くのはかのん。そして袋をガサゴソと音を立てて運ぶ始であった。

 神津島のライブも終わり今日は久々のオフ。しかしオフだからこそなのか、かのんは喫茶店で使う材料の買い出しを頼まれたらしい。始は喫茶店へと足を運んだ直後、彼女と鉢合わせ。そのまま買い出しに付き合うことにしたのだった。

 

「あ、でもちゃっかり荷物持ち確保できてラッキー……とか思ってるだろ?」

「うっ!? そんなこと……ないよ?」

「疑問形なの駄目だろ」

「ま、まあい~じゃん! 帰ったら奢るからさ! ね?」

「まったく……」

 

 呆れ混じりの笑みを浮かべてはいるが、ついて来たのは彼女を手伝うためだ。別に荷物を持つくらいどうってことない。

 

「でもさ、こうやって2人で歩くの久しぶりじゃない?」

「そうか? 学校行くときとか途中まで2人だったりするだろ」

「それとこれは別だよ~!」

 

 かのんが言いたいのは2人で歩く……というよりも休日に2人で出掛けていることに関してだ。最近は練習のある日が殆どであったし、遊ぶにしても可可やすみれ、千砂都がいることも多々あった。しかしそれが嫌なわけではない。スクールアイドルとして活動することも、大人数で遊ぶことも、どちらも楽しいと感じているのだから。だがこうして始と時間を共有し、時間が過ぎるのを良しとする状況は久しく、これはまた違った楽しさがあるのだ。

 

「そう言われればそう……かも?」

「疑問形にしない!」

 

 立場が逆転してしまった。そのことにわかると、2人の間から笑い声が響いた。

 

「それにしてもさ……」

 

 幾何か後、ふとかのんがある話題を切り出してきた。

 

「あのお店で……私と始くん……閉じ込められたんだよね」

「そういえばあの店か……」

「うん。怪獣が現れてさ、瓦礫で道が塞がれちゃって、私はお母さんやありあとも逸れちゃって……」

「俺もそうだった気がする」

 

 買い出しで赴いていた店は今から9年前、怪獣出現によって被害を受けた場所だった。当時7歳だった2人は運悪く閉じ込められてしまった。幸い軽症で救出されたのだが、今でも思い出すくらいには大きな出来事として記憶していた。

 

「そう言えばあの時も始くんに助けてもらったな~」

 

 懐かしさに浸る彼女とは異なり、始は心当たりがないようで疑問符を浮かべている。その様を見たかのんはがっかりしたと同時に唖然としている。彼女にとってはかなり大きな事柄だったらしい。

 

「忘れたの!?」

「ごめん……」

「私にとってはさ……」

 

 そこまでで言い淀む彼女へ始は踏み込もうとした途端────

 

 

 

 

 

 平和が崩れる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「隊長、怪獣が出現しました!」

「警戒はしておけとは言ったが……こんなに早いなんてな」

 

 指令室に鳴り響く警報。

 結衣の操作によってモニターに映し出されたのは、地中から飛び出てきた怪獣の姿。

 

「地中から……テレスドンか?」

 

 母なる海から地上へ踏み出し、進化を遂げてきた生物であるが、生きていくうえで地中に潜ることを選択したものも存在する。勿論、怪獣も同じことだ。故に、地下にも生活圏を拡大しようと開発を進める現人類にとっては、衝突を避けられない存在なのである。

 正太は地底から現れた怪獣、そして見た目からテレスドンではないかと推測したが結衣は否定した。

 

「惜しいですね隊長。あの怪獣は【地底怪獣(チテイカイジュウ)デットン】テレスドンと同種族なのは間違い無いんですけど、デットンに関してはデータが少なすぎて正直なんとも……」

 

 テレスドンと比べ、妙にくたびれたような体をしているデットン。しかし地底怪獣の名に恥じない怪力を発揮し、街を蹂躙している。

 更に解析を行っている結衣はまたもや不可解な事象を見つけたようだ。

 

「このデットン……何かに誘導されている……?」

「誘導だと?」

「はい。謎の反応がデットンを刺激、そして暴れさせているようです」

 

 導き出される結論……それは何者かの企みによるものであるということだ。その行動の不快さに目を細める正太。

 

「隊長、ビートル隊もすぐ出撃するそうです!」

「今日は早いな。よし、晶子、結衣、俺たちは現場に出て避難誘導を行うぞ!」

「「了解!」」

 

 違和感は消えず、特空機も出せない。しかし今は人々を守る身。やれることをするだけだ。

 3人は丸い卵型の車体が特徴の特殊車両STORAG EEGG(ストレイジエッグ)……通称ステッグへと乗り込んで現場に急行する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 怪獣の出現によって世界は変わる。先程まで散策をしていた人や、ショッピングを楽しむ人たちも一目散に避難している。それはあの2人も同じことであった。

 

「かのん、俺は逃げ遅れた人がいないか見てくる!」

「ちょ、始くん!? 待って!!」

 

 最近は怪獣が現れる度に駆け出していく。夏空始が()()()()()をする人間なのはわかっている。誰かを助けている姿は憧れるし、自分だって救ってくれたことがある。けれど今起こしている彼の行動にどことない危機感を覚えたかのんは、彼のことを追いかけていくのであった。

 

 一方始は人の波をかき分けるように走り抜け、路地裏に入ると同時にゼットライザーを起動させた。

 

「折角のオフを……っ!」

 

 閃光が数度辺りを照らし、赤と青の体色を持つ巨体が姿を現した。

 

《ULTRAMAN Z ALPHA EDGE》

 

 登場早々踵落としを繰り出したゼット。威力の高い足技は破壊行為を止めさせるには充分であった。デットンの叫びは痛みから徐々へ怒りへと変わり、目の前の巨人を威嚇。威嚇を受け止め、対決の意思を見せるためにゼットも構えをとる。

 

「ウルトラマン……!」

 

 始を追っていたかのんもゼットの登場に足を止め、彼の戦いを見守ることに。

 

『隊長! デットンを刺激していた反応が途絶えました!!』

「なに?」

 

 結衣の報告に正太の表情が強張る。デットンを刺激し、わざわざ地上まで誘き出したのに何故このタイミングで消したのか。操るのであれば継続する筈。では怪獣の駆除を人間に任せるため? いや、そんな面倒なことはしないだろう。

 

「とすれば……」

 

 彼はデットンを交戦する巨人を見る。つまりは……彼を誘き出ための囮か。

 

「まずいな」

 

 避難指示、そして警戒を怠らないようにと両隊員に伝えた彼は走り出す。

 

『始、怪獣の動きが鈍くなってきた。このまま押し切るぞ!!』

「ああ!」

 

 デットンを戦うゼット。前回のゴモラ程ではないが、ヤツも怪力で押してくるタイプの怪獣だ。一番使い慣れているアルファエッジで様子見をと思って戦っていたのだが、先ほどのあるタイミングを境に繰り出される攻撃は楽々と避けられるものへと変わった。これは大きなチャンス。攻撃の手を緩めず、デットンの体力を着実に奪っていく。

 

「よし!」

『ウルトラ決めるぜ!』

 

 トドメだと両腕が青白く発光した。そして腕を十字に組み光線を放……つことを止めてしまう。

 

「なに!?」

『なんだあれは!?』

 

 突如頭上に黒点が生まれる。小さく雷を放ちながら、黒点は徐々に広がっていく。まるで自分たちを包み込むかのように。困惑する間にも闇と形容すべきそれは地面にまで到達し────

 

 

 

 

 

 消えた。痕跡を一切残さず。後に残るのは破壊された街とその残骸のみ。日常の静寂が一瞬にして戻ってきたのだ。

 

 

 

 

 

「いない……」

 

 かのんやストレイジは困惑する。何故なら先ほどまで戦っていたゼットとデットンすらもその場から消え失せたのだから。何者かの仕業なのか……謎の黒点の正体を知る者などこの場には存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「なんだよここ……寒々しいな」

『なんらかの異空間かもしれないな』

 

 闇に飲み込まれた直後、目の前の景色はがらりと変化していた。例えるなら荒野。文明の痕跡など存在しない果てのない大地。そして奇妙な空模様。赤黒く、不気味な光が明滅する空は見ているだけで気分が悪くなる。加えて体が重い。健康な体の筈なのに、妙な倦怠感が自分を支配している。

 

「■■■ッ!」

 

 途端、全速力で突進してくるデットン。直撃したゼットは後方へ大きく吹き飛ぶ。そこで彼らは新たな事実に気付く。

 

「おい、あの怪獣……」

『ああ……さっきより強くなってやがります……』

 

 余裕とは言わずも圧倒していた筈のデットンが、ここではゼットを大きく上回る力を発揮していた。高揚しているかのように何度も咆哮を上げるデットンへ再度構えたゼット。すると、また異なる足音が空間内に反響した。

 近付いてくるシルエットが露わになる。目の前に立つ者の存在に、始は息をするのも忘れてしまう。

 

「あれは……ウルトラマンか……?」

『いや違う! アイツはウルトラマンなんかじゃない……もっと別の何かだ』

 

 赤と黒、左右非対称で構成された体。頭部から突き出した2本の角と感情の読み取れない漆黒の瞳から流れる涙ライン……そのどこか道化師を思わせる姿に冷や汗が流れる。光というものを拒む意思か、胸の水晶も黒く染められている。暗黒に立つその姿は人とは相逸れないと、ウルトラマンなどではないと……強く認識させられる。

 

「なんなんだ……」

『お前は!』

 

 握る拳とは裏腹に、始の体を支配するのは震えだった。

 声に乗る感情は非常に希薄。瞳や水晶が表している色のように、その心も虚無で満たされていたのだ。

 

私、はファウスト。無限、に広がる……闇の権化

 

 

 




今回登場するダークファウストはガイズラがウルティノイドの一部(残骸)を入手し、デビルスプリンターと混ぜて再生させた個体です。本来であればメタフィールドから書き換えないと展開できないダークフィールドもデビルスプリンターで強化され、メフィスト同様に自力で展開できるようになってます。そして本来であれば目が赤くなるんですが、赤目のファウストはな……と思い黒のままにしてます。


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第26話 亜空間 ─DARK FIELD─

今回は短めです。


 

私、はファウスト。無限、に広がる……闇の権化

「ファウスト……?」

 

 殺風景な荒野で睨み合うのはウルトラマンゼットとデットン、そしてファウストと名乗る謎の巨人である。未完成な発音と起伏のない声から何も読み取れない。だがこの空間を展開し、自分たちを閉じ込めたのが仮に目の前の巨人だとしたのなら……。

 

『俺たちの敵……か』

「そうだな」

 

 構えを解かず、すかさず立ち上がって間合いを図る。

 しかし何と言っても、この空間に来てからというもの気分が悪い。中からせり上がらんとしてくる物をどうにかして堪えているのが現状だ。さらに冷や汗が背をなぞる。倦怠感は依然として続き、息苦しさも加わる。これもすべてこの空間が原因か。

 

「早く終わらせよう」

『ああ、ここはウルトラ気分が悪い。長居は危険だ』

 

 どうやらゼットも同じ思いだったようだ。2人の意見は一致し、この場所に来てから初めての攻めに転じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「結衣! これどうなってるの!?」

「わかんないよ! いきなり消えちゃったんだもん!!」

 

 現実世界では突如として巨人と怪獣が消失した件に困惑を隠せない模様だった。

 結衣もこのケースは初めてのようで、あらかじめ持ち込んだ計器を使い測定などを行うが反応らしきもの反応はなかった。そこにあるのは日常そのもの。幾らかの残骸が目につくが、()()()()()()()()平和な世界の在り方が広がっていた。

 

「何がどうなってるの……もう……」

「……ねえ結衣、デットンは何かに誘導されてるって言ってたよね?」

「ん、そうだけど?」

 

 今回出現したデットンは自然に現れたわけではない。何らかの誘導に従い地上へ姿を見せた。先程は緊急時につき保留状態にしていたが、改めてその意図を読み取らんとする。

 

「それで、程なくして反応が消えた。その反応が消えたタイミングは……」

「ウルトラマンと戦闘している最中だった……」

 

 2人はある仮設に辿り着く。

 怪獣が現れればストレイジやビートル隊……そしてここ数ヶ月の間ではウルトラマンが駆けつけるようになっていた。恐らくそれを狙った……。

 

「異星人の仕業ってところね」

 

 正直に言って、地球を狙う異星人の数は止まる所を知らない。ビートル隊での事情聴取記録を拝見することもあるのだが、地球に来た目的は大体2つに分かれる。地球(ここ)へ観光に来たか、この星を手に入れるための先兵か。特に後者の方が圧倒的に多く、数が急増したのは10年前……ウルトラマンオーブが地球から姿を消してからだ。つまりそういった輩から見れば、ウルトラマンのような強力な力を持った者は邪魔でしかない。真っ先に消したい筈だ。

 

「デットンを餌にしてウルトラマンが現れたところで……ってことか」

 

 卑劣だ。対処しているとはいえ、怪獣も……少なくともデットンはこの星で生きる存在だ。それを道具のように利用するとは。

 

『まんまと罠に嵌まった訳だな』

「「隊長!」」

 

 通信越しに聞こえてきた正太の声。

 どうやら彼も気付いていたらしく、ウルトラマンに伝えるために走ったのだが間に合わなかったとのことだ。

 

「気付いてたなら先に言ってほしかったですよ」

「結衣と同意見です」

『悪いな。焦ってて伝える暇がなかった』

 

 今更たらればを言ったってしょうがない。怪獣もウルトラマンも消えた。しかし反応が追えないようではここにいても出来る事はないだろう。警戒は解かずとも、一旦は基地へ戻るしかないと結論に至ることになった。

 

『先に戻っててくれ。もう少し事後処理のおっちゃんと話してくる』

「わかりました。隊長も気を付けて」

『ありがとう』

 

 通信が切れ、現場に残るのは正太のみ。事後処理のおじさんと話してくるというのも建前に過ぎない。彼は待っているのだ。巨人が戻るのを……どんな形であれ。

 

「まさかな……」

 

 以前、情報通の異星人から聞いたことがある。

 とある巨人が戦闘時に用いる空間。現実世界からは不可視。観測することすらできない世界。異生獣を隔離し、世界に被害を与えることなく闘い抜ける不連続時空間のことを。そして空間内では巨人の力が飛躍的に向上するのだとか。しかし光と闇が相対する位置にあるように、この空間にも真逆の性質ともいえる空間が存在する。闇の巨人達と異生獣が更なる力を発揮することができ、逆に光の巨人の力を奪い去る異空間。名を……。

 

暗黒時空間(ダークフィールド)

 

 あの黒点はダークフィールドの発生を示すものだったのだろう。であれば彼らを包んだ闇、そして反応ごと消え去ったことにも納得できる。そして恐らく……いや、間違いなくゼットたちは苦戦を強いられていることだろう。お世辞にも成熟しているとは言えない巨人だ。空間内で課せられている効果は最大の脅威として襲い掛かっている。そんな枷を嵌められたまま、闇の巨人やデットンを相手取るとなれば。

 

「君たちが戦うには手強すぎるな……ウルティノイドは……。()()()でも戦わなかったってのに」

 

 宇宙(ソラ)の果てへと飛び去った男が戦ってきた相手を思い出す。流石に当時の彼でもウルティノイドには勝てなかっただろう。それを踏まえれば、彼は恵まれていたのだと思うべきか。ただ単に、今と昔では状況が違うだけか。

 

「……」

 

 思い出はここらにし、2体が消え去った場所を見つめる。一体いつあの空間が消失するのだろうか。そして消えた時、どのような姿で戻ってくるのか。或いは……跡形もなく消えてしまっているのか。ならば前者の方がマシだ。ダークフィールドにいる以上、こちらからは介入できない。しかし脱出、或いは時間切れになればまだ希望はある。

 

「今回ばかりは……援護だけじゃいられないか」

 

 焦げ臭さの残る街に、彼の言葉は溶けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「か……ぁぁ……」

 

 地面を転がり、荒い息と共に大地を踏みしめる(ゼット)。ダークフィールド内での戦いは、ゼットの劣勢で進行していた。

 軽やかな動きで攻めるダークファウストに圧倒され、横からデットンの怪力が腕や腹部を狙ってくる。力が十分に発揮できない以上、袋叩きにされるのは仕方のないことと言えた。

 

『始! 大丈夫か?』

「ゼットの方こそ……どうなんだよ……」

 

 互いを気にしつつも出る答えは1つ。かなりキツイ、としか言いようがない。

 

フ、フフフッ

「なんも面白くないぞ!」

 

 無表情の仮面で笑いととれる表現をされてもも不気味なだけ。

 始は体を動かし、幾度目かの攻撃を入れる。しかしファウストには見切られている。拳は当たらず、目の前にはヤツの脚が。咄嗟に防御の姿勢をとるが衝撃は全体へ伝播。倒れぬよう堪えつつ、次の一手を警戒。

 

『ウルトラ素早い……』

「なら、これで動きを止める!」

 

 額から光線を放って仕切り直しを狙ってみるも、威力は通常よりも弱いのが明白。さらにその光線が最後のトリガーか、カラータイマーの点滅も始まる。

 

『やっぱり、この場所が俺たちのエネルギーを吸い取ってる』

「余計焦るって……その報告」

 

 焦りは動きを単調にする。それはゼットも例外ではなかった。アルファエッジには似合わない大振りな攻めで生まれた隙にヤツは懐へ入り込み、首元や脇腹に手刀。トドメにハイキックでゼットを地面に倒す。

 

貴様、脆弱だな

 

 首を掴まれ、あまりにも軽々しく持ち上がったゼットの肉体。するとファウストの指先にエネルギーが集中する。至近距離で解放された破壊光弾”ダークフェザー”はゼットを大きく吹き飛ばした。

 

「『うおぁ!?」』

 

 飛んでいくゼットは大きく突き出た岩山に背を打ち付け、そのまま地面に転がる。その光景は戦いではなく、一方的な暴力に他ならなかった。さらにファウストは空へ光弾を打ち上げる。一定の高度まで達せば、弾けて雨のように降り注ぐ”ダーククラスター”がゼットを更に追い詰めていった。

 

邪魔、だ

 

 便乗するように進行していたデットンを投げ、ダークフェザーで痛めつける。そしてゼットへ目を移す。今の彼は膝立ちの状態が精一杯のようだが、すぐにまた倒れるだろう。

 

「う、うう……ぁ……まだ……だ……」

 

 丁度頃合いか。

 

 ファウストは突如、亜空間を解除した。気色の悪い空から、青く澄み切った空へと戻っていく。

 

「え……どうして……?」

 

 その場に残っていたかのんを含む市民たちは姿を現した巨人を前に困惑する。先ほどまで勇敢に戦っていたウルトラマンとは全く違う姿がそこにはあったからだ。そしてゼットの目に立つ黒い巨人からは、底知れない恐怖を感じ取っていた。

 

「立って……ウルトラマン……」

 

 恐怖から脱するように、かのんは祈る。あの黒い巨人を倒してくれと。そして平和が戻ってくるように……と。

 

『まずいぞ……始、立たないと……!』

「わか……ってる……!」

 

 立って抵抗しなければ……。本能が叫ぶものの、体が言う事を聞いてくれない。重たい体は地面から離れず、節々の痛みが力を奪っていく。

 巨人は勝ち誇ったと言わんばかりに堂々と近付いてくる。ヤツの黒い瞳を見ていると、自分たちの魂が吸い込まれる錯覚に陥る。

 

フ、フフッ……

 

 ファウストの腕に光が灯る。それは死へと進んでいる明確な証。導火線の火。カウントダウンが着実に迫っている。

 何もできない彼らに、暗黒の刃が突きつけられんとしたその時────

 

「……っ!?」

 

 

 

 

 

 世界が停止したほどの衝撃。空が光り、幾何かの後に何者かが地面に降り立った。

 

 

 

 

 

な、に……?

 

 着地と数秒遅れで一帯の瓦礫が、土が、先とは正反対の澄んだ空へと舞い上がる。

 

「あなたは……」

 

 人々は息を呑む。その姿に声を失う。

 ほぼ黒に包まれている体色。額のランプや両目、そして胸の水晶を常に輝かせている赤色。右手に持った巨大な剣。それはまるで……地球を救ったあの巨人と対をなすような存在。だが人々の記憶には、彼の思惑とは全く反対の刻まれ方をしていた。

 

『あれは一体……?』

「もう1人の……オーブ……」

 

 ウルトラマンオーブと共に闇に立ち向かったもう1人の巨人……と。

 

 





ダークファウスト強い。とにかくデットンが可哀想。

そして遂に登場です。前作のライバルポジが!
前作『Sunshine‼&ORB』を読んでない人に説明します。彼はオーブシャドウ。間違ってもオーブダークブラックノワールシュバルツと一緒にしてはいけません。変身アイテムとか恰好はほぼ一緒ですが。違いと言えばカリバーの属性がオーブと一緒だということです。

ウルティノイドとどのように戦ってくれるのか、そして何故今まで姿を現さなかったのか……ぜひ楽しみにしていただければ。


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第27話 巨人 ─ORB SHADOW─

お待たせしました。

やっぱり声出しライブはウルトラ燃えるぜ……


 

 ゼットを庇う様にして立つオーブシャドウ。対するダークファウストは思わぬ乱入者へ警戒の姿勢を見せていた。

 

「……」

 

 互いに無言のまま、睨み合う時間が流れ────

 

「……ッ! 

……ッ! 

 

 ほぼ同じタイミングで地面を蹴った。

 風を切り、距離を詰めていくのはほんの一瞬。加速を力に変え、直進する両者はちょうど中間あたりで激突。土煙で視界が十分に確保でずとも、互いに関係ないと技を繰り出す。空間が揺れるほどの重低音。人々は耳を塞ぎ、声を上げる。

 

「なんだよ……あれ……」

 

 自分たちの目の前で繰り広げられているのは一段……否、数段上の戦いだった。

 足払いでバランスを崩そうとするファウスト。しかし見切られていたか跳躍で回避。さらに胸元を蹴って距離をとる。

 

面倒、だ

 

 近付くのは危険と判断したか、ダークフェザーを連射。しかしオーブシャドウは右手に持つ剣で悉くを弾く。ならばと上空へエネルギーの塊を放たんとするが、飛翔してきた丸鋸状の攻撃に潰されてしまう。

 

「これでお終いだ」

 

 剣の中心部にはめられたエレメントの1つが輝く。切っ先へ黄色く光ったエネルギーが到達すると、地面へ突き刺す。刃を起点とし、地を這うような動きで放たれた2つの光線。挟み込むように迫るそれを視認したファウストは、横で倒れているデットンを起こして盾にした。直後、巨大な爆発。黒い煙が辺りを覆った。

 

『倒せた……のか?』

「煙でよく見えない……」

 

 徐々に黒煙が晴れ、先ほどファウストとデットンの居た場所には何も残ってはいなかった。

 

「やった!」

「よく見ろ。倒せてなんかいない」

 

 始の言葉を否定したのは、目の前で上空を見つめる巨人だった。

 彼と同じ方向を見れば……青い空に似つかわしくない巨人が滞空していたのだった。そして始にとって更なる災難が襲い掛かる。

 

『始! ファウストの手を見ろ!!』

「あ……!? かのんっ!!」

 

 そう。かのんがファウストの手の中にいたのだ。

 

この、少女は貰っていく。フ、フ……フハハハハハッ……

「待ちやがれ!」

 

 残った光を振り絞って光線を放つものの、ウルティノイドへ命中することはなかった。ヤツは邪悪な笑い声を撒き散らし、その姿を消すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ……」

 

 変身解除からの第一声は悪態であった。当たり前だ。ダークファウストにこっ酷くやられ、おまけにかのんを連れ去られてしまったのだから。

 いくら力を付けても、それを阻む壁は余計に高くなっていく。非情な現実だ。

 

「酷いやられっぷりだったね。けど、生き残れたところは褒めてあげるよ」

 

 背後から声が聞こえてくる。振り向いた始の心情は、怒りよりも驚愕で満たされていた。なんせそこにいたのはストレイジの隊長、青影正太だったのだから。

 

「何故あなたがここに?」

「何故って、お前見てなかったのか? あ、知らないんだったね……悪い」

 

 隊長の姿なのに、語調や佇まいが全く違った。

 真面目で親しみやすさを感じる青年だったのに対し、今は怪しく不真面目な印象を抱かせる。良く見るオールバック姿とも違い今は髪を下ろしている。目にかかった前髪が不振さに拍車をかけている。

 

「さっきの黒い巨人……はどっちもか。……オーブに似た巨人は僕なんだよ」

「……え、ええっ!? え、今……僕って……えぇ……?」

 

 声を上げてしまった。なんと隊長がオーブと共に戦った巨人の1人だというのだから。普通なら信じられるかと一蹴するべきところなのだが、言葉の説得力が強く納得せざるを得なかった。さらに一人称も違うことに始は二重で驚いていた。

 

「予想通りの反応で嬉しいよ」

 

 彼の反応に正太は悪戯が成功した子どものようにニタニタと笑みを浮かべている。

 

「一体何が何やら……」

「混乱するのも無理はないさ。せっかくだし、順を追って話そうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 青影正太から語られたのは、11年前の戦いの事。そしてオーブが去ってからこれまでの10年についてだった。

 驚きなのは以前、彼はオーブと敵対していたということだ。正太曰く「嫉妬とか色々あったんだよ」とのこと。訳を尋ねたのは始なのだが、自虐的な笑いを見ていられなかったため「そこは飛ばしてもいいです」と早々に切り上げた。

 

「レイバトスも倒して、ようやく平和が訪れた。今となっては表面的……だったけど」

「オーブもそこで?」

 

 首を縦に振る。

 

「か……オーブが地球を去った後、僕はビートル隊に入隊した」

「じゃ、じゃあこれまで……ずっとこの星に居たってことですか!?」

 

 オーブが居なくなった後も、彼はこの星に居続けたということになる。となれば、数ある怪獣災害も防げたのではないのか? 始はそう思ったのだ。

 

「いや、それがちょっと宇宙人連中といざこざがあってね。2年くらいは地球を留守にしていたよ」

 

 しかし正太は「けど」と続ける。飄々とした態度から一変。ストレイジ隊長青影正太とはまた違う()()()の真面目さを見せた。

 

「仮に居たとしても手は出さなかったけどね」

「どうして……あっ……」

 

 始が思い出したのはゼットとの対話だ。

 

 ────『……初めて地球に来た時、そしてこの前。俺も見て思ったよ。地球人は自分たちの力で平和を掴み取ろうとしているって。俺はもともとメダルを回収するために来た。なら、1人で立とうとする地球人に手を出すものじゃないのかもなって』

 

「地球人に任せるため……ですよね?」

「その通り。僕たちは神様じゃない。自分たちで守れるようになるまで、代わりに盾になるだけさ」

 

 神様……確かにウルトラマンは地球人(自分たち)にはない強大な力を使い、危機的状況を打開してきた存在だ。その様を見てしまえば縋りたくもなってしまうし、都合の良い幻想だって抱いてしまう。恐らく自分()だってその1人だった。しかし実際に対話して知ったのだ。ウルトラマンも地球に住む人々と同じように、ただ1つの生命体なのだ。改めて思うと勝手に期待して、勝手に失望する……なんとも自分勝手な話だ。

 

「オーブが居た時点で既にビートル隊が設立されていた。宇宙に旅立てると決心できた理由の1つだ。自らの力で守れると」

 

 つまりオーブは地球人を信じて旅立ったのだ。今はウルトラマンの助けはあれど、自分たちで戦っていけている。しかし、ウルトラマンに対する感情はまた別だ。信じて旅立った彼と、裏切られたと思っている地球人(我々)。現状を知った時、彼は何を思うのだろうか。

 

「さて、話を戻すか。僕は地球から離れていた時、これまた厄介な相手と戦ってね」

 

 ポケットからあるものを取り出した。オーブのカラータイマーに似た部分から、剣の柄の如く持ち手が伸びている……おそらく変身アイテムの類だろう。しかし目を引くのは全体の大きく走っているヒビだ。

 

「大ダメージを負って地球に帰還……いや墜落だなあれは。そのせいで変身は暫くできなくなった」

「けどさっき変身していたってことは……」

「ま、ある程度はね。でも直す気は無かったから、活動時間は今でも短いまま。下手に変身するとコイツも砕けちゃうかな。だから地球人だけで平和を守ってもらうために、僕も地球人として上手い具合にやってた……ってわけさ」

 

 ダメージを負って変身できなくなった彼はそれを良い機会だと捉え、人間としてビートル隊ひいてはストレイジの隊長の青影正太となってこの星を守っていたのだ。

 

「でも状況が状況だ。あの宇宙鮫の出現をきっかけに怪獣の出現頻度も上がり、凶悪な存在も連続して出てきている。ウルティノイド……ダークファウストなんかは何者かの差し金に違いない」

 

 あのような巨人が自然発生しても困るが、かといって何者かの手引きによるものであるというのも嫌な話である。

 

「ファウストが何故あの空間……ダークフィールドを解除したかわかるか?」

「展開するのにも限界があるのでは?」

「それもあるかな。でも、さっきのは違う。みんなに見せつけたかったんだよ。君が……ウルトラマンが敗北する様ってのをね」

 

 目の前で敢えて見せつけることにより、人々の顔に絶望の色が宿る。気力を失い、無抵抗になる。理由はなく、只の趣味として実行する者だっていることだろう。ファウストという魔人を解放した者は、それほど危険で厄介ということなのだ。

 

「それは……デビルスプリンターと関係があるのでしょうか?」

「怪獣が狂暴化するっていう悪魔の因子か? 関係ない……とは言い切れないさ」

 

 あらゆる場所から情報を掴んでくる正太は、既にデビルスプリンターのことを知っているようであった。その因子も無関係とは言い切れない。なにより掌サイズで宇宙を混乱させることのできる代物だ。侵略者が放っておくわけもない。

 

「それ以外にも、何者かが動いている気がする」

「何者か……ですか?」

「どうもこの星は、変に嫌な奴を寄せ付けているみたいだ」

 

 それだけを言い残し、正太はその場を去ろと歩き出す。勿論止める始。すると彼は意外と素直に足を止め振り向く。どうして止めるのかと言いたそうな瞳に少し戸惑いながらも始は尋ねた。

 

「何処に行くんですか?」

「ん? 一旦基地に帰るんだけど」

「じゃあファウストとやらは!?」

 

 かのんを連れ去ったのだ。放っておけるわけがない。

 

「アイツは僕が何とかする。お前は休んでろ」

「そんなこと出来ません! 今は俺が────「手も足も出なかったのに?」

「そ、それは……」

「正直に言って、君とゼットじゃ無謀すぎる相手だよアレは。今回は特別サービスってことで、僕が倒してきてやる。それまで君は少しお休みだ」

 

 反論できず、言葉を受け入れるしかない始。先程の戦いでは一方的にやられるのみで、勝ち筋など存在しなかった。助けがなければ今この場に立っていられなかっただろう。しかし、だからと言って任せるなんてことを……してもいいのだろうか。

 

「俺は……」

「僕は明日ここら辺をうろつてからファウスト倒しに行くから。激励の言葉でも思いついたら来てくれ」

 

 そう言い残した正太は今度こそ止まることなく、始の前から姿を消したのだった。

 去っていく正太の背を見つめながら始はただ1人、その場で立ち尽くすことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 一方、ファウストに連れ去られたかのん。彼女は闇で作られた球体の中に閉じ込められていた。ファウストが作り出した球状の檻はただただ息苦しい。脱出を図ろうにも頑丈でびくともしなかった。

 

「どうして私が……」

 

 自然と呟いてしまったものの、答えなんて既に出ているようなものだ。

 あいつらに理由なんてない。近くにいたから、たまたま目に止まったから。だから自分はこのような目に遭ってる。ほんと……運の巡り合わせが悪かっただけ。怪獣なんて自然災害のようなもの。そう割り切らなければやっていくことが出来ない。それが怪獣や宇宙人と共に日々を送るための常識、秘訣だ。

 

「あれ? さっき私……」

 

 目線を下にし、仕方のない事だと受け入れようとした時、発した言葉が偶然にも"あの時"と同じだったことを思い出した。

 "あの時"とは勿論、始と怪獣災害に巻き込まれた時のことである。先程ちょうど話していたせいか、いつもよりも鮮明に光景が呼び起こされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如として姿を見せた怪獣……‥現在では【貝獣(カイジュウ)ゴーガ】と称されているのだが、ヤツの出現によって街は大パニックに。そしてゴーガが暴れ回ったことが原因でショッピングモールも被害にあったのだ。瓦礫によって退路を絶たれ、不幸にも閉じ込められてしまった始とかのん。まだ幼かった彼女にとって、その状況は最悪の一言に尽きる。暗く、息苦しく、頼りになる人もいない。何かの間違いで瓦礫が更に崩れれば……命はないことなど、7歳になろうとしていた彼女にも理解できることだった。

 

「どうして私が……」

 

 いつもは明るく、前向きな彼女もこの時ばかりは無理だった。小さく縮こまり、視線を落として涙を流していた。

 そんな時、横から声が聞こえた。

 

「歌おう!」

「……え?」

 

 始だった。

 正直、何馬鹿なことを言ってるんだと思った。極限的な状況で、下手すれば命を落とすかもしれないこの状況で、歌っていられる訳がない。いくら歌が好きでも……今は無理だ。

 

「何言ってるの? 歌える訳ないじゃん!」

「歌えるって! 曲はないけどほら……‥えっと、声だけでさ!」

 

 無伴奏合唱……要はアカペラのことを言っているのか。

 

「そういう事じゃない……どうかしちゃったの?」

「どうもしてないよ。いつも通り」

「なにそれ……」

 

 いや、その”いつも通り”なのがおかしいのだ。こんな危機的状況下であっけらかんと言ったのけた幼馴染。瓦礫に閉じ込められた空間が作用するのか、自然と彼女は正気を疑ってしまっていた。彼に向けていた目も酷いものだっただろう。

 

「不安なときこそ歌っちゃおう? そうすればイヤな気持ちも吹っ飛んじゃうよ!」

 

 始はそのまま歌い出した。お世辞にも上手いとは言えないものだったが、構うことなく声をリズムに載せていく。

 かのんは無視を決めた。けれども始は構わず……‥否、こちらが歌うまでやめないつもりだ。彼の歌はもう意地だ。だからこそ、絶対に歌ってやるもんかと顔を背け、音を遠ざけた。

 

「……」

 

 しかし、始の歌を聞いてると自分も歌いたいという気持ちが強くなるのだ。単純に歌が好きで、自分が歌いたいから。そして彼がそこまで上手くないため、かのんにとっては非常に気になるからだ。自分がリードしてあげた方が上手く歌えるのではないかと。

 

「───っ!」

 

 始の独唱が幾許か続いた後、気が付けばかのんも歌っていた。不思議なことに歌っていくと、薄暗い世界の中に一筋の光が差し込んでくるようだった。同時に、負の感情を照らし、冷え切った体を温めてくれるようにも。

 

 そこで彼女は気付いた。彼は考えなしで歌おうと言った訳ではないことに。こんな状況だからこそ、彼女の得意なことで元気付けようしていた事に。

 

「ね? 不安な時こそ歌えばいいんだよ!」

「うん、そうだね。ありがと、始くん」

「よーし! 助けがくるまでもっと歌おう!!」

 

 歌を歌っている時は前向きな気持ちになれる。なんでも出来るような高揚感に包まれる。どうしようもないこの状況も、なんとかなるって思える。その気持ちを受け入れ、暗い世界でも声を合わせていく。

 

「ここだ! 瓦礫の撤去急げ!」

 

 そして何曲か歌い続けていると、大人の声と共に瓦礫の山が崩れていくのがわかった。2人の歌声が彼らに届き、救出への目印となったのだ。空の明るさが目の前に広がる。もう終わったのだと安心感が染み込んでくる。

 

「助けだ!」

 

 大人たちに連れられ外へと向かう最中、かのんは前で歩く少年に声をかけた。

 

「ありがとう……君のおかげだよ」

 

 感謝の意を伝えていると、自然と笑顔が溢れてしまう。そんな彼女を見た始も笑顔を見せた。

 

「……やっぱりかのんちゃんは笑顔が一番だね!」

 

 その時、澁谷かのんの元へ何かを告げる……或いは新たな感情を思い起こさせる風が吹き抜けたのだった。一体それが何なのか、当時は分からなかったのだが今ならわかる。それはきっと───

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時間は現在へ戻る。

 思い出の中から顔を出すと、先程と同じ黒い球体の中。でも、かのんの目の光は未だ消えてはいなかった。

 

「不安な時こそ……だよね。始くん」

 

 あの時とは違い彼はいない。でももし彼がここに居たなら、あの時と同じ言葉を言う筈だ。以前の笑顔と、今の笑顔を重ねながら彼女は歌う。きっと助けがくると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 正太と別れた後、1人でベンチに座り込む始。

 彼に言われた通り、任せておくことが賢明なのだろうか。今はまだファウストには勝てないから、より力のある彼に任せるべきなのだろうか。

 

「いや……」

 

 答えは否。もうとっくに答えを出していた筈だ。力を持っていることの責任について。

 今回だって同じだ。任せる事は悪い事ではないけれど、出来るのにしなかった時の後悔ほど酷いものはない。例えそれがほぼ勝ち目のない戦いだとしてもだ。それに────

 

「かのん……」

 

 人質として囚われている人物……澁谷かのんは始にとって大切な人なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────困っている人を救う。父やウルトラマンのように。

 

 まだまだ小さい頃の話。一桁代の年齢の頃の話だ。夢を抱いていた始に、周囲は少々冷ややかな目を向けていた。一体どのようにして救うのか……具体的なことなど何も判らず、ただひたすらに人に手を貸し、争いごとに介入していったからだ。

 見方を変えればそれは……ただのお節介、押し付けがましい自己満足であった。100%の善意が全てを救うとは限らないという事だ。仕方のないことだ。当時の始にはまだ理解できなかったのだから。かくして幼稚で愕然とした夢を抱えたお節介の塊である彼を、次第に周囲は厄介者として扱うようになっていた。

 

「わたしはすごいと思うな〜始くんのゆめ」

 

 しかし当時1人だけ、変わらず応援してくれる人物がいたのだ。それが澁谷かのん。綺麗な歌声の少女。誰かの為に必死になれる者。

 

「でもみんな僕のことを……」

「気にしちゃダメ! みんなは始くんの良さを知らないだけだよ!」

 

 落ち込んでいた彼に、かのんはいつもお日様のような笑顔で励ましてくれた。

 

「じゃあさじゃあさ、どんな事をすればみんなが喜ぶんでくれるか考えてみよう?」

 

 時にはそう言って始の手助けをしてくれたこともあった。

 自分の夢に、そして他人の夢にも直向きな姿勢を見せてくれる彼女に、夏空始という少年は救われていたのだ。

 

「どうしてここまでしてくれるの?」

 

 ある時、ふとそんな事を聞いてみた。多くの人が煙たがっているのに、なぜ君だけは真摯に向き合ってくれるのか。ありがたいことだけど、どうしても気になって訪ねたのだ。すると彼女はなんて事はないと笑い……言ったのだ。

 

「始くんは友だちだから。友だちのゆめを笑ったりなんかしない。私は始くんのゆめ、ずっと応援してるから!」

 

 その時始は心が震えた。ここまで真っ直ぐに向き合ってくれる人が居るのかと。見つめる瞳に曇りがないように、嘘偽りなく答えてくれる人がいたのかと。

 そして思ったのだ。彼女に応えたい。その想いに応えたいと。故に夢を追いかける事を決して諦めたくない……と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏空始にとって澁谷かのんは、夢を追いかけていくための風。背中を押してくれる存在なのだ。だからこそ、彼に預ける事はしたくない。我儘でも、危険でも、自分の手で……自分たちの手で成し遂げなければいけない事なのだ。

 

「……よし」

 

 両頬を叩き、雑念を捨てると同時に気合を入れて立ち上がる。開いた目はあの時のかのんのように、曇りなどなにひとつなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 始に話した通り、昨日彼と話した場所をうろつく正太。

 彼は一体どのような選択をするのか。正太は非常に興味があった。だから今は”試して”いるのだ。等と思うのだが、彼的には今回は任せて欲しいというのが本音だ。今は昔とは違い、ウルトラマンが1人で頑張らなきゃいけない時代ではないのだ。それに、彼のようないい人物をみすみす殺させるわけにもいかない。

 

「まったく……僕も随分甘くなったもんだよ」

 

 自虐的に呟くものの、どこか嬉しそうだったのは気のせいか。すると、背後から聞きたかった声が。

 

「俺も行きます」

「……本気か? アイツは次もあの空間を展開してくる。力が奪われた状態でまともに戦えるとは思えない。……死ぬぞ」

 

 感情を悟られないよう、注意して少年と話す。発した言葉は脅しではない。そして同時に瞳で伝えていく。けれど、それでも始の意見は変わらなかった。目線を逸らさずに意思を伝える。

 

「だとしても俺は行きます」

「彼女の為か」

「はい。それに、ここで行かなかったら……絶対に後悔する。俺がゼットと、ウルトラマンになった意味もないですから!」

 

 正太の目は始と彼を重ね合わせていた。やはりそうだ。ウルトラマンになる者は、愛する者のために戦う。そしてなにより真っ直ぐな心を持っている。その姿は正太からしたら眩しすぎる。けど、彼と同じ心意気を持つのなら……心配はないだろう。どんな状況でも這い上がってきた彼と同じなら。

 

「はあ……そう言うと思ったよ。それじゃ……彼女を助けに行こう。おまけにウルトラマン擬きもぶっ倒してやろう」

「はい!」

 

 魔人を倒すため、2人の戦士は足を踏み出した。

 




次回、かのんを攫った不届き者を成敗します。レッ……ゼットファイッ!


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第28話 再戦 ─REMATCH─

戦闘回です。


 

 ファウストとの再戦が始まろうとしている中、正太は待ったをかけた。その横で始が一体どんな表情をしているのかは言わなくてもわかるだろう。

 

「アイツはお前を倒したい。ゼットになった途端に姿を見せるだろうね」

「望むところです」

「そう焦るな。まずは人質の救出だ。彼女を救いたいんだろ?」

 

 彼の言葉に始は首を縦に振った。ファウストの対処もそうだが、最優先するのはかのんだ。

 始の返答に正太は笑みを浮かべ、スロートマイクに手を当てる。何やら誰かと通信している様子。一体化によって強化された聴力が運んでくるのは、女性隊員と思われる声だった。

 

『隊長、こっちの準備はバッチリですよ!』

「よし。それじゃあ頼んだぞ」

『了解! 波長パターンをウルトラマンに合わせます!!』

 

 一体何をしようとしているのだろうか。始には理解できない。

 

「波長パターン……?」

「そう。ウルトラマンゼットの波長を疑似的に再現し、あの道化師を引っ張り出してやろうって作戦さ」

 

 餌を用意し、釣り出すつもりだ。しかし模造された餌。上手く引っ掛かってくれるのだろうか。するとまたもや始の思考を見透かすかのように、正太は口を開く。

 

「狙いはお前だ。何が何でも飛びつくさ」

 

 途端、空から闇が落ちてくる。衝撃と轟音を撒き散らしながら、ウルティノイド……ダークファウストが姿を現した。

 

「ほらな。さてと……結衣、あの巨人の近くに生体反応を確認できるか?」

『ちょっと待ってください……見つけました!』

「よし、そのデータをこっちに送ってくれ。後は晶子と協力して市民の避難誘導を頼む」

『了解!』

 

 送られてきたデータを確認し終えるとすぐさま始の方を見る。

 

「合図したら、僕の手の上に乗れ」

「は、はい!?」

 

 有無を言わさず、ストレイジ隊長は手に持ったアイテムを空へ掲げた。

 紫の光が辺りを照らした数秒後、もう1人の巨人が地面を揺らした。そして尻もちをつく始のもとへ手を伸ばした。

 

 そして───

 

「ある程度の時間は稼ぐ。彼女を救ってこい!」

 

 ───始を躊躇なく投げた。

 

「うあああああああああ!?」

 

 抜けていく風……なんて生易しいものじゃない空気抵抗が始の体を叩く。さらに一直線に飛んでいく彼の後ろから、鏃状の光弾が追い抜いていった。光弾は青い空に着弾。すれば空間が割れるという、本来あり得る筈のない現象が目の前で起きた。でも始は困惑することはなかった。察していたからだ。目の前の異空間……そこがファウストの隠れていた場所だと。そして、かのんがいる場所だと。

 

「やり方が強引なんですよぉぉぉぉぉ!」

 

 絶叫に似た声を発しながら、始はゼットライザーを起動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 始の向かった異空間を守るようにして、オーブシャドウはファウストに立ちはだかる。両者は見合いつつ、互いの間合いを図る。

 

貴様、どういうつもりだ? 

「囚われの姫を救い出す王子様……今時は古いか。そんなシチュエーションの為に時間を稼ごうってつもりさ」

笑、わせる

「思ってもないことを言うじゃない……木偶人形」

 

 罵倒の後、両者はぶつかり合う。

 ファウストの拳を剣で受け止めて脇腹に蹴り込んだが、反撃と謂わんばかりの足技がオーブシャドウの胴体を襲う。しなやかな動きで相手を絡めとるとする動きには、剣を持った巨人ではあまりにも追いつけない。

 

「……ッ!」

 

 けれどここまで潜り抜けてきた戦士の1人。自分が不利な状況など、いくつも経験してきた。今の状況は想定の内だ。仕掛けてくるファウスト目掛け、左手から光弾をマシンガンの如く連射。

 

……!? 

 

 足を止めた瞬間がチャンス。聖剣のホイール部を回し、4属性あるエレメントのうち1つを選択。緑の暴風がファウストを宙へ舞い上げる。そして未だ無防備の体に鋭い一太刀。

 しかし未だファウストは顕然。攻撃を受けた後体制を立て直して着地を決めた。

 

弱い、な。もしや、貴様……力を発揮しきれていないな

 

 ファウストに対し無言を貫く。いや、逆に沈黙が答えになっているのかもしれない。負傷した後、防衛を地球人に任せ変身することを放棄、同時にアイテムの修理もしなかった。故に、オーブシャドウは本来の力を発揮できずにいる。

 

「としたら? まさか楽勝で勝てるだなんて思ってないだろうね?」

 

 力が十分に発揮できない程度で舐めて貰っては困る。

 ダーククラスターを突っ切り、ファウストと再度激突。光弾、ダークフェザーを叩き落して顎を蹴り上げる。さらに回し蹴りで吹き飛ばそうとするが、蹴られたファウストはよろけた姿勢から踏ん張り、同じ動きを選択。両者の脚が中心で激突する。

 

「ク……! 

……! 

 

 どちらも押し切れないと判断し、素早く距離をとった。

 

なかなか、やる。ならば……

 

 ファウストの一声。すると瞬く間に辺りを闇が包み、忽ち世界は殺風景な荒野へと早変わりする。

 

続き、をしよう

「ああ、ウルトラマン擬き同士……楽しくやろうか」

 

 ダークフィールドに戦いの場を移し、2体の巨人は光線を放ち合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

「かのん……どこだ……」

 

 ゼットへ姿を変え、異空間内を探索している。

 彼らは焦りを抑え、冷静に辺りを見渡す。ストレイジの調査、そして正太の行動からここにいるのは確かだ。

 

『始、あれを見ろ!』

 

 ゼットと視線をシンクロさせると、闇の球体が飛び込んできた。加えて不思議なことに、この場所に似つかわしくない美しい声が聞こえてくるではないか。

 

『これは……』

「……歌?」

 

 か細い声ではあったが、リズムに乗った声は聞き間違えようのないもの。その声を信じ、球体のもとへと向かう。

 

『始、彼女を助けるぞ!』

「ああ!」

 

 球体を大事に抱えれば、異空間を脱出すべく飛翔。

 始は中を覗いてみると、目が虚ろで衰弱している様子だった。そしてゼットが抱えた数秒後、ぱたりと意識を手放していた。助けが来たことを理解し、安心したのだと思いたい。

 

『この空間と球体の影響だろうな……』

「……」

『けど頑張ったんだな。助けが来るって信じてたんだ』

 

 更にゼットが続けるには命に別状はなさそうとのことだ。その言葉に安心し、溜め込んでいた息を吐く。

 

始……くん……

 

 聞こえてきた声に驚き、球体の方に視線を移す。けど彼女は目を閉じたままだ。

 

助けに……きてくれて……ありが……とう……

 

 穏やかな表情から眠っているのはわかる。そして呟いているのは寝言……なのだろう。どうやら彼女の夢の中では始が助けに来ているらしい。中らずと雖も遠からずな状態に複雑な表情を浮かべてしまう。

 

「頑張ったな。今は休んでろ」

 

 聞こえてはいないが、気持ちとして彼女に語り掛けた。

 

『俺の事は触れてない……!?』

「しょうがないだろ? よし、次はファウストだ」

『おっとそうだった。ウルトラ気合入れるぞ!』

 

 ゼットの言葉に頷き、異空間の入口へと向かう。残るのはファウストとの再戦のみだ。

 飛行速度を上げ、一気に離脱。前が開ければ、見覚えのある闇で閉ざされた荒野。一角ではファウストとオーブシャドウの交戦している。そこを目指してさらに速度を上げれば、全体を赤い光が包み、球体となって飛んでいく。

 

『始、オーブシャドウ先輩をお助けするでございますよ!』

「……ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダークフィールドで戦闘を続けるファウストとオーブシャドウ。勝負は未だ拮抗状態だった。ダークフィールド(ここ)ではウルティノイドの力は倍増し、逆に光の戦士は力を発揮できない。ファウストにとって絶対的に有利となる空間であった。だが、目の前の巨人は実に妙だった。彼は本調子ではないのだから、本来であればより弱体化する筈。しかしゼットと戦ったような楽勝さを感じられずにいたのである。

 

「どうした? 疲れたか?」

……

 

 煽りに耳を傾けることなく、只ひたすらに攻撃を続ける。裏拳を撃ち込み、防がれればその上からさらに拳を撃ち込んで防御を崩す。崩れたその一瞬、ドロップキックでオーブシャドウを飛ばす。

 

「無視かい? 酷い……な!」

 

 吹き飛ばされたものの、バク転して体制を立て直す。同時に地面を蹴ってブースト。回転斬りをかました。

 

面倒、な巨人だ

「それはお互い様、だろ?」

 

 幾度目かの見合いになった途端、オーブシャドウの横に赤い球が着地。土煙の中から巨人が姿を現す。

 

「ようやく来たか」

 

 アルファエッジの姿をとるゼットは、大事に抱えた彼女を遠い岩山に下す。彼女を今包んでいるのは闇で生成された球体ではなく、ゼットが作った保護用の球体。これ以上彼女が闇に苦しめられることはないだろう。

 

「返してもらったぞ、ファウスト」

「よくやった」

『にしても始、改めて見るとほんと偽物っぽいですな~』

「おい、随分と失礼じゃないか?」

『あ、ウルトラ申し訳ないです!』

 

 思ったことをそのまま口にしてしまうゼットへ苦い笑みを浮かべたのも束の間。始もゼットも……そしてオーブシャドウもファウストへ目を向ける。

 

「前回の借り……返してやる!」

「そういう訳だ。大人しく倒れてくれ」

それ、はどうかな。お前、如きにこの空間で十分に戦えるのか? 

『悔しいがアイツの言う通りだ。この空間じゃ力を発揮できないでございますよ!』

 

 ゼットの言う通り。この暗黒空間では思うように動けない。力が吸われているのだ。下手に力を消耗すれば、すぐさまカラータイマーの点滅が始まるだろう。

 

「前回はお前とデットン対ゼット。でも今回は僕とゼット対お前。どうなるかな?」

「でも……」

「心配するな。僕はもともと、オーブに対抗するために光と闇を混ぜ合わせてこの力を生んだ。この空間なら、君たちよりもマシに動ける。もしものことがあれば力を分けてやるさ」

 

 オーブシャドウは光と闇の属性を合わせ持つ存在。その為、ダークフィールドの恩恵と弊害を同時に受けている。つまりそれは、現実世界と何ら変わりないことを意味していた。

 

本当、に面倒だ

「さて、役者はそろったんだ。再戦を始めようか!」

「『はい!」』

 

 構えをとった3体は見合う間もなく駆け出す。

 空間が光を奪っているというのに、ゼットは果敢に攻めていく。それは平和を願う心故、ファウストを止めるために力を生み出しているからだろう。

 

 正拳突きしたゼットと交替し、オーブシャドウは聖剣を振るう。横一文字に火花が飛び散っていく様をから目を離さず、炎の力を解放する。

 

「シャドウフレイムカリバー!」

 

 火球がファウストを包み爆砕。生じた波は暗黒時空間を震わせる。

 

この、程度

 

 するとヤツはゼットに向かって破壊光弾であるダークフェザー、そして必殺光線ダークレイ・ジャビロームを放ってきた。

 殺到する光芒に臆することなく、ゼットランスアローで弾く。だが流石は必殺の光線。弾くのは容易ではなかったか、武具が手元から離れてしまう。

 

今、だ

 

 ダーククラスター。光弾が雨のように降り注いでくる。しかしゼットはバク転で悉くを回避。狼狽するファウストの眼前に、赤い瞳が滑り込む。

 

「余所見しない方が身のためだよ」

 

 咄嗟の攻撃は全て読まれているのか、何をしても手応えがない。焦りという感情がヤツにあるのかは不明だ。しかし的確な攻撃よりも手数で応戦しようとして、腕や足の振りが早く雑になっているのは明白だった。

 オーブシャドウは片腕で攻撃を防ぎつつ蹴り上げ。脇腹に喰らって苦しそうに呻いているファウストへ、ゼットの長距離射撃が追い撃ちをかける。そして地面を蹴り上げ……。

 

「『アルファバーンキック!」』

 

 助走からの跳躍。かなりの低高度を維持しながら飛んでいき、右足が燃え上がる。

 ファウストは赤いバリヤー、ダークシールドを貼って防御。しかしダメージはバリヤーを粉砕し貫通。大きく吹き飛ばした。

 

《ULTRAMAN Z BETA SMASH》

 

 真紅の体へと姿を変えたゼットは気合を2度3度ため込むような仕草を見せ、ダッシュでファウストへ肉薄する。

 左から迫る蹴りを防いでしっかりホールド。すかさず右足がゼットの側頭部を狙ってくるが想定済み。そして両脚を掴んで大回転。所謂ジャイアントスイングだ。地面に叩きつけられ呻くヤツの胸元目掛け、ゼットは高所からダイブ。全体重を持ってプレス。更なるダメージがファウストを襲う。

 

「エグいな……」

 

 ベータスマッシュの戦いっぷりを見て、少しだけ相手に同情してしまいそうになる。

 ゼットの攻撃が効果的だったのか、周りの風景が変化していく。気味の悪い荒野は崩壊し、見覚えのある街、そして青空が広がっていた。

 

『これは……』

クソ、力が

「あの空間を維持するのも限界みたいだね」

 

 それはつまり、ダークファウストのエネルギーも底を尽きかけているということ。そしてダークフィールドからの恩恵も弊害も存在しない。この場面でどちらが不利なのか……火を見るよりも明らかだ。

 

……ッ! 

 

 このままでは危ういと感じたのか、ファウストは撤退の姿勢を見せ空へ。

 

「させるか!」

『……始!』

「……! これで!!」

 

 前回は人質を取って消えられたが今回はさせない。その時、ゼットの目に入ったのは手元から離れたゼットランスアローだった。地面に突き刺さったそれを再度手に取る。彼らの怒りが体現したかの如く燃え盛る全体を逆手に持ち、狙いを定める。そして……。

 

「『ゼットランス……ファイヤァァァァァ!!』」

 

 豪快な投擲を見せた。ブレなく突き進んで先はファウストの腹部。

 

グ、オオォォォォ……

 

 爆発し、地へ落ちた魔人。ヤツに残る力も僅かだ。

 

「決めよう」

「はい。ゼット!」

『ああ、ウルトラ決めるぜ!!』

 

 2体が取るのは必殺の一撃を放つための姿勢。Z状の光が迸り、宙に幾つもの円が出現し重なっていく。ダークファウストも両手をスパークさせ、持てる最大火力をぶつけんと闇を溜め込んだ。

 

「シャドウスプリームカリバー!」

『「ゼスティウム光線!』」

 

 技を放ったのはほぼ同時。しかし、光線が拮抗することはなかった。圧倒的な光が、ファウストの闇を打ち砕いていく。そしてヤツの体を包み込んで、巨大な爆発を世界に見せた。

 それはウルトラマンが……平和を守らんとする者たちが、闇に勝ったというメッセージにも思えたのだった。

 

 

 




レッドアロー!(やけくそ)


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第29話 平穏 ─PEACEFUL─

なんか一年経ってました。
ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。引き続きよろしくお願いします。


 

「ありがとうございました」

 

 戦いが終わり、平和な日常が戻ってきた。夕暮れ時にあちこちから聞こえる鳥の鳴き声、再建設の為に働く重機の音。そして何より、人々の声。それらを喧騒と片付けることは容易い。だがこの何事もないありふれた音こそが、平和を物語る証拠なのだろう。

 始は目の前に立つ男、青影正太に頭を下げる。ファウストと戦い勝てたのは、そしてかのんを救出できたのは彼とストレイジのお陰なのだから。

 

「いいって。地球を守る者同士、協力していかないと。それに、アイツでもこうやるだろうし……」

「アイツ……?」

「こっちの話だ。でも、あれは数ある事件の1つだ。これからも似たような”お客さん”は出てくるだろう」

 

 平和と言っても一時的なもの。怪獣は変わらず出現するし、この星は狙われ続けているのだから。あのウルティノイドだって侵略者の先兵……挨拶代わりなのかもしれないのだ。

 

「わかってます。けど、俺とゼットで」

「ああ~わかってる。それに僕たちストレイジやビートル隊だっているしな。やることはこれまでと変わらない……だろ?」

 

 互いに地球を守るという覚悟を見せた後、ふと正太は何か思いついたような顔をして始に問い掛けた。

 

「そうだ。これは提案なんだけど……」

 

 その提案を聞いた始は、思わず声を上げてしまう。何故ならそれは……高校生である彼には絶対にあり得ないだろうと思えたことだったのだから。

 彼のリアクションを見た正太は、悪戯の成功した子どものような笑みを見せる。それはまるで、地球人として溶け込む前の────

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。練習を終え、帰路につく始とかのん。あの事件の後もかのんは至って普通に生活を送っている。巻き込まれたのだから病院に行けとうるさく言われた彼女が、眉間に皺を寄せていたというのはその場にいた誰もが知っている話だ。

 今は夏休みということもあってか、街行く人は気持ち多めだった。

 

「練習……疲れたな~」

「今日もお疲れ!」

「ちぃちゃんの練習メニューは相変わらずハードだよ~」

 

 千砂都が加入し本格的にこちらに力を入れるようになったため、練習のハードさは増すばかり。けど、パフォーマンスの精度が良くなっていくのもまた事実であった。

 そんな他愛もない話をしながら歩いていると、見えてくるのはショッピングモール。ゴーガの出現によって一度は被害にあった場所。2人が閉じ込められた場所だ。

 

「そういえば不思議な夢だったな……」

「何が?」

「あの黒い巨人……えっと剣持ってる方じゃない巨人に私連れ去られちゃったでしょ?」

「ああ、一時はどうなるかと思ったよ」

 

 この話題が出ると冷や汗が出そうになる。かのんが危険だったこともあるが、なにより自分がゼットとして助けに行ったことをうっかり話してしまうのではないかと思っているからだ。下手なことを話さないよう、言葉を考えながらかのんの話に耳を傾ける。

 

「その時にさ、なんか始くんに助けられたような気がして……」

「は!? なんで!? 俺いなかったろ?」

「そうだけど……なんでだろうね……なんて、もうわかってるんだ」

「え? なにを……わかってるんですか……?」

 

 まさか勘付かれたのかと、恐る恐る訪ねる。しかし返ってきたのは全く違うもの。

 

「不安なときこそ歌えばいい」

「それ……」

「あの時始くんが助けてくれたおかげ。だからかな~て」

 

 怪獣災害にあった時、始がかのんを助けるために取った行動と投げかけた言葉であった。確かに当時の始は助けたい一心で行動した。けど時が経った今でも彼女が覚えていて、それが助けになっていたのは少し意外だった。かのんに負い目がある始にとって、彼女からのそれは非常に嬉しいものだったし、どこか救われる気がした。でもいざ告げられてみると恥ずかしいもので、ついつい顔を背けてしまう。

 

「え、照れてる?」

「……うるさい」

「照れてるんでしょ~顔見せなって~」

「うざ……」

「ちょ、それ酷くない!?」

「いや酷くないし。かのんが悪いんだし……」

「はぁ!?」

 

 靴が刻んでいくリズムの変化。そして遅れて入りながらも重なっていくもう1つの足音。何気ない会話を重ねている2人。けれどその実、互いに大きな影響を与え合っているのだ。しかし伝えあうことはないだろう。

 そして胸の中にある感情が一体何なのか……彼ら自身が知ることも、そして伝えることも……まだまだ先の話になりそうだ。

 

「あ、そうだ。かのんにも伝えておかないと」

「なになに……? うん……え? エエェェェェェッ!?」

 

 最後、今後に関る重大な話をかのんに伝えた。当然、あれこれ聞かれたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 新たな制服に袖を通すと、普段のそれとは全く異なる緊張感が生まれた。

 腕にあるワッペンは、幾度となく活躍している特空機の顔を模したもの。それはつまり、人々を守る者たちの証であり、自分がストレイジの一員になることを意味しているのだ。

 

「まさかこんな事になるとは……」

「おーい、着替え終わったか〜?」

「はい! すぐ行きます!!」

 

 正太に呼ばれ、ロッカールームを後にする。そして向かったのは司令室だ。

 

「来たか。晶子、結衣、今日から……あ〜インターンとかなんとかでストレイジに入隊する新入りだ」

 

 左の胸元には「H-NATSUZORA」の文字。

 

「本日付でストレイジに入隊します! 夏空始です! よろしくお願いします!!」

 

 始はストレイジに入隊する事になったのだ。

 彼の入隊に、晶子も結衣も感激と同時に驚きを隠せないでいた。

 

「後輩……私にようやく後輩が……」

「結衣よかったね〜って違う! 隊長、良いんですか? 彼まだ高校生ですよ?」

 

 高校生を防衛隊の一員に引き入れるなんて、周りから見れば非難の的だろう。栗山長官の胃痛もさらに悪化してしまう。しかし正太だって考えていないわけがない。入隊に際してのあれこれは既に済ました事を伝える。

 

「十分承知の上だ。彼にもしっかり考えて貰ったし、親御さんからの了承も得てる。それに、始が多く担当するのは避難誘導。なにも晶子と一緒にパイロットやれってわけじゃない」

「晶子さん、ありがとうございます。でも全部、隊長の言う通りです。これは俺自身で考えましたし、母にも許可は貰ってます」

「そっか……本人の意思なら私が口出すことじゃないね。私は中嶋晶子。セブンガーのパイロット。よろしくね始」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 晶子の手を握る。これから共に平和のために戦う仲間としての挨拶だ。

 

「私は太田結衣! ストレイジの化学班! わからないことあったら色々聞いてね!! 特に怪獣のことだったらなッッッんでも教えてあげる!!」

「あ……ありがとございます。よろしくお願いします……」

「結衣、始が困ってるよ?」

「ほんと? ごめん……つい調子に乗っちゃって」

 

 個性的だが自分の芯をしっかり持った2人なんだなと思いつつ、小声で正太と話す。

 

「本当に俺のこと知らないんですよね?」

「知らない知らない。心配しなくとも平気さ」

 

 始のストレイジ入隊の秘密は、彼と正太だけしか知らない。

 ウルトラマンゼットととして戦いに赴く始だが、その際どのようにして誤魔化すのかと言う点から「逃げ遅れた人を助けに行くじゃそろそろ無理だろ」と正太からの指摘を受けたのだった。その点、ストレイジの一員としていればより容易に変身を行えると提案を受けたのだ。

 

「本当は地球人だけの力で戦い抜きたいけど、今はそうも言っていられない。お前たちの協力が必要だからね。それにウルトラマンと一体化してるんだ。いつ何処で狙われるかわからないからな。保護的な意味合いだってある」

「そこまで考えてくれるなんて……ありがとうございます」

「別に。ただ後輩を助けたかっただけさ」

「……?」

 

 さて、と手を叩き隊員をまとめる正太。

 表と裏の切り替えが早く、それでいてボロが出ない。心底味方で良かったと始は安心する。

 

「今日からストレイジは4人で活動する。が、人が増えてもやることは変わらない」

「私たちが平和を守る」

「うん!」

「……はい!」

 

 ストレイジの在り方を再確認、或いは確認し、4人は手を重ねるのだった。

 

「「「「ゴー! ストレイジ!!」」」」

 

 

 



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第30話 開幕、生徒会長選

長らくお待たせしました。
モラトリアム期間に戻りたいぜ……。


 

 連日続く暑さの中、遂に新学期が始まろうとしていた。4月からあらゆる事柄が怒涛のように押し寄せてきていたが、どうにかそれらにも慣れていた。

 周りで見かける結ヶ丘の生徒は、初の2学期に胸を躍らせている様子。かくいう始も新学期に何が起こるのか楽しみにしているのだが、どうにも心に体がついてこない。

 

「新学期早々、なんだかお疲れだね」

「最後に追い込みかけたからな」

「あ~、ストレイジの訓練?」

「そう……まだあの時の疲れが残ってる感じ……」

 

 夏休みが残り少しとなった頃、始はストレイジに入隊することとなった。理由は多々あるが詳しいことは話しておらず、企業体験みたいなものだと周りには説明している。しかし仮にも防衛隊。体力トレーニングや通信機器の扱い方などの基礎的な訓練受けるため、残り少ない休みはストレイジへの活動に充てていたのだった。

 

「因みにどのような訓練を受けていたのデスカ?」

「私も気になる!」

 

 可可とかのんは始へ尋ねる。確かに防衛隊の訓練内容なんて普通は知ることができない。自分が経験するほかに、入隊している身内や親戚から聞くことしかできない。興味が湧くのも当然と言えた。

 

「聞きたい?」

「「聞きたい!」」

「そうだな……」

 

 見上げて考える始と、食いつくように視線を離さない2人。数秒の後、彼はふっと笑う。

 

「なんてな。言えるか」

「えぇ、あそこまで勿体ぶっといて!?」

「それなデス! だったら焦らすな、デス!」

 

 随分と楽しみにしていたようで、2人から発される語調はやや強く感じた。それにジト目で見つめられている。彼的には予想外の結果であり、故にやや戸惑いの表情をみせていた。

 

「んなこと言われたって言えないものは言えないんだよ……」

「じゃあ「聞きたい?」なんて言わないでよ」

「声真似すんな」

「……「聞きたい?」」

「クゥクゥもかよ!?」

 

 機密の保持。これは正太から散々釘を刺されたものだ。防衛隊のあれこれは機密事項に関るとされ、あまり口外しないようにとのこと。「どこで何が聞いているかわからない」と正太は話していたし、情報をリークしようとする悪徳ジャーナリストなんかも後を絶たないらしい。下手なことを口走って処分を受けるのは迷惑がかかるし避けたい。その為、訓練内容であっても話さないようにしたのだ。

 

(つっても訓練くらいなら言っても大丈夫そうな気がするけど……ってか登校中にストレイジ云々の話するのもマズいか?)

「あれこれ言えないってのも大変だね」

「そうなんだよ……って千砂都か。おはよう」

「おはよう、始くん」

 

 ちょうど千砂都も合流してきたようだ。普段と変わらない挨拶ながら、始はちょっとした違和感を覚えていた。声の聞こえ方とかではなく、目から入ってくる情報に……だ。

 

「ん……?」

「どうしたの? そんなに見つめて」

「なんか前と違う気がして」

「そっか。始くんはまだ知らなかったんだっけ?」

「そうデシタ。丁度始が練習来られなくなった時と被ったんデシタ」

「さあ、どこが変わっているのでしょーか!」

 

 どうやらかのんと可可は知っているらしい。彼女たちの声を聞きつつ、引き続き千砂都を見つめる。だがあまり見つめすぎると社会的制裁が加えられかねないので迅速に。

 

「あ……制服が違うんだ」

 

 千砂都が着ているのは白いベストではなく、灰色のジャンパースカートになっていたのだ。それが意味すのはつまり……。

 

「千砂都……もしかして普通科に?」

「そう! 改めて、これからよろしく!!」

 

 ダンス大会を優勝した彼女は、かのん達と同じ目標を見るために転科したのだとか。本来は一度退学して普通科を受け直す気だったらしいが。その話を聞き、彼女の覚悟というか逞しさというか……躊躇いのなさに尊敬を覚えている始であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「知ってるのは私たちだけだから、クラスのみんなには今日紹介するんだ」

「千砂都が普通科にだなんて、みんな驚くだろうな。俺は別クラスだから見れないけど」

「そっか~残念だね」

「ほんとだよ」

「あれ、何やらみんな集まってマスね……」

 

 音楽科の生徒が普通科に。しかもダンス大会で優勝し、神津島でスクールアイドルとしてライブをこなした千砂都だ。友好的な性格もあり、さらに今日の全校集会で表彰もされるだろう。彼女の名を知らぬものはいないと言ってもいい。そんな彼女が普通科へ転科したとなれば大騒ぎになるのは間違いない。その様を見てみたいが生憎別クラスの始。長居できないため見ることは叶わないと残念そうに話している。

 しかしその話もすぐに終わりを迎えた。何故なら可可が人だかりを見つけただからだ。なにやら皆、掲示板を見たいがために集まっているらしい。

 

「どうしたんだ?」

「おお、始見てくれよこれ!」

「かのんちゃんこれ見て」

 

 各クラスメイトが腕を引っ張り、掲示板に貼られた一枚の紙を見せてくれた。

 

「「生徒会……?」」

 

 生徒会発足の知らせのようだ。諸事情で延期になっていた初年度の生徒会、まずは生徒会長を決めるらしい。

 

「立候補で複数人いる場合は選挙になるんだって」

「俺たち普通科の誰かが立候補しても、当選するとは思えねえけどな」

「消極的すぎないか?」

「だってよ~音楽科がメインの学校だぜ? 普通科の生徒なんてお呼びじゃないだろ。なんだ始、立候補するのか?」

「そういう訳じゃないけど……ってあれ?」

 

 隣で話していた筈の生徒が既にいない。視線をずらせば、千砂都のもとへ向かっていた。確かに生徒会発足の知らせと同等くらいに、彼女の転科も衝撃的だろう。

 

「ち、千砂都さん!? どうして普通科へ!?」

「な、なにがあったんですか! 詳しく聞かせてくださいよ!!」

「わかるけどさ……単純かよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

『始はあの生……なんたらには立候補しないんでございますか?』

「ゼットもかよ……俺はやらない。トップに立つってのも大変だろうし」

『あ~、そう言われればゾフィー隊長や大隊長も随分と大変そうでございましたな……』

「だ、大隊長……? ゾフィー隊長?」

 

 休み時間、他の生徒に見られないよう口元を隠しゼットとの会話を楽しんでいた始。するとゼットから聞き慣れない言葉が飛び交ってきた。そのまま言葉を返してしまったが、何となく推測はできる。おそらく彼の所属する宇宙警備隊のトップだろう。けれども親切なゼットはそのトップについて熱く語り始めていた。

 

『宇宙警備隊の大隊長を務めていてな、その偉大さや人柄から実の父親のように慕われてましてな……ウルトラの父と呼ばれている理由になっておるんでございますよ。そしてゾフィー隊長は、栄えあるウルトラ兄弟の1人で、怪獣軍団との戦いによる武勲で勲章を頂いていたりと、こちらもウルトラ凄いお方なんだよな。けど最近はゼットンを操る宇宙人に似たような名前のヤツが出てきてな……風評被害もいいところですよホント……』

 

 自分の上司にあたるウルトラマンをしっかりと把握しているようだ。それに声だけでも彼がどれだけ尊敬しているのか伝わってくる。

 けれど、その話もすべて聞くことは叶わなかった。理由は視線に入ったかのんが原因だ。なにやら慌てた様子で廊下を走り去っていった。さらに数秒して可可の姿が。非情に既視感のある光景だ。前回は関係ないとそのまま見送ったが、今回はそうもいかない。ゼットとの会話を切り上げ、可可を追うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「開けてくだサイ!」

「嫌だ絶対に出ない……!!」

「かのんちゃん、聞くだけ聞いてみない?」

「聞いたら確実に立候補させるでしょ……! って待って、ちいちゃんも賛成なの?」

「………は?」

 

 可可を追ってきてみれば、まったくもって理解不能な状況が目の前で展開されていた。部室に籠るかのん。こじ開けようとする可可。かのんへ話しかける千砂都。因みに彼女の手には「しぶやかのん」と書かれた襷が。

 

「始、いいとことに来マシタ! かのんを引っ張り出すのを手伝ってくだサイ!」

「始くんも賛成派!?」

「いやいや、なんで? どういう状況か俺わかってないんだけど!?」

「生徒会長の選挙にかのんちゃん立候補するんだって」

「マジで!」

「言ってない! ちぃちゃん私そんなこと言ってない!!」

 

 千砂都とかのんのやり取りで薄っすらだが見えてきた。どうやらかのんを生徒会長にさせたいらしい。当の本人が否定しているところを見ると、可可あたりが提案したのだろう。

 

「スクールアイドルの為デス! 今立候補しているのは恋だけデス。あの人が生徒会長になったらスクールアイドルは色々マズいデス!!」

「それに普通科の生徒が生徒会長をやった方がいいって声もあるんだよ?」

「だったらちぃちゃんか可可ちゃんがやればいいでしょ!」

「大変だな……お前も……」

「始くんだっているし!」

「はぁ!? 俺はやらねぇよ! お前がやれお前が!!」

 

 言い合いを続けながらも、かのんを引きずり出そうと可可が扉を開けんと力を込めている。始はただ見ているだけだ。()()()()で参戦した力を込めれば、扉を破壊しかねないからだ。

 すると背後のから聞き覚えのある声が。そう言えば彼女はこの場に居なかったなと思い出す。

 

「しょうがないったらしょうがないわね~。ショウビジネスの世界に生きてきた私がその力を発揮して……」

 

 けれどすみれの声に耳を傾ける者は誰もいなかった。

 

「スクールアイドルを続ける身としてこの平安名すみれが……」

「かの~ん!」

「こっち見なさい!」

「どちら様デスカ?」

「知らないとは言わせないわよ!」

「え~と……す、す……何とかさん」

 

 詰め寄ったすみれに対し、まるで他人のように振舞う可可。千砂都もノリに便乗。すると彼女は掛けられた襷を指さして今一度、自身の名を言った。ある意味すみれもノリに便乗しているような気がする。

 

「すみれよ! す・み・れ! メンバーの名前忘れてどうすんのよ!」

「すみません。新入りなもので~」

「次からは覚えます」

「なんでアンタも忘れてんのよ! 私が入った時に居たでしょ!」

 

 始へツッコミを入れ、取り敢えずひと段落したところですみれは胸を張って話を進める。

 

「まあいいわ。生徒会長選挙と聞いて、正直気は進まないけれど────」

「ならいいデス。間に合ってマス。一昨日きやがれ、身の程をわきまえろデス」

 

 息をするほど自然に、それでいて戸惑いのない拒否。すみれはお呼びじゃないと、可可は即座に話を切り上げて扉に向かう。

 

「なにさらっと酷いこと────」

「すみれちゃん!!」

 

 一瞬の間に部室から飛び出たかのんはすみれの手を握る。よほど生徒会長に立候補する彼女の存在が救いになったのだろう。感謝の表情で瞳を震わせ見上げていたのだから。一方すみれは自分を応援してくれるかのんの言葉に感激し、目を輝かせている。そして他2人の反応はというと……。

 

「「えぇ~……」」

 

 かのんではないことが不満なようだ。

 

「え~って言うな!」

「そこまで無理強いって訳にもいかないからな」

「ってことは当然、私を応援するわよね? ね?」

「あ、ああ……勿論」

 

 急に圧を掛けてきたすみれ。屈した始は素直に首を縦に振る選択肢しか残されていない。別に圧を掛けなくても彼女を応援するつもりでいたのだが。

 

「そうと決まれば!」

「「決まれば……?」」

 

 すみれは選挙に向けて何かを計画している様子。思わず始とかのんが聞き返せば、彼女は笑みを浮かべてスマホを取り出した。

 

「動画、撮らないとね!」

 

 二学期早々始まった生徒会長選。ここから先、始はとある出会いと真実を知ることになるのだが、この時の彼はまだ何も知らないのであった。

 




恋ちゃん編のスタートです。
おそらく第2章の山場です。


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第31話 そうは問屋が卸さない

お待たせ致しました。


「生徒会長候補! 平安名すみれ!!」

 

 青い空をバックに、すみれは画面の向こうで見ることになろう人達へ向かって手を振る。そしてすぐさま駆け出していく。ちらりと映ったかのんは気にせず、木陰のベンチへと向かっていく。

 

「合言葉は結ヶ丘~……ギャラクシ────「あ~待て~!!」

 

 合言葉に決めポーズをとった瞬間、前を横切ったのは運動部の生徒。どうやらボールを取り損ね、追いかけて来たらしい。すみれの撮影には目もくれなかったことから、どうやら相当慌てていたようだ。

 

「これカッ────「このまま続けてクダサイ」

 

 録画停止をタップしようとした始の腕を、可可は掴む。困り気味の顔で抗議する始だったが、彼女は腕を離してくれない。

 

「はい、OKデ~ス」

「イイわけないでしょ!? もっと本気でやりなさいったらやりなさいよ!!」

 

 生徒が横切ったのだからOKな筈がない。要は可可はすみれの撮影にはこれっぽちもやる気がないということだ。

 ショウビジネスの世界で生きてきた自分なら、生徒会長くらい楽勝だと可可に向かって訴えている。しかし、訴えかけられている本人は全く聞いていない。彼女的にはかのんを候補者にしたく、その気持ちは未だ変わらずにいたのであった。

 

「かのんちゃーん!」

「どうだった?」

 

 そこに別行動をしていた千砂都が戻ってくる。生徒会長立候補者の締め切りは今日。正式にどのくらいの生徒が競うのか確認してきたようだ。

 

「今締め切られて、正式にすみれちゃんと葉月さんの2人で争うことになったよ」

「つまり葉月恋を倒せば、この学校頂点に立てる訳ね」

「まあ、そこまで簡単じゃなさそうだけどな」

「戦う前からそう言う事言うんじゃないわよ!」

 

 学校創設者の娘である彼女に、票数で勝つのは厳しいだろう。だが、彼女もそこまで盤石という訳ではないらしい。

 

「実際、クラス委員でみんなをまとめていて、人気があるのは事実なんだけど……普通科を少し下に見ているんじゃないかっていう噂もあって」

「そうなんだ……」

 

 千砂都の話しを聞き、少しだけショックを受けた。確かに結ヶ丘(ここ)は音楽科に力を入れている学校だ。だから音楽科が優先されても文句は言えないのかもしれない。けれど、普通科の人を下に見るというのはあまりにも納得がいかない。普通科にだって権利はあるしそれに……なりたくてもなれなかった人だっている。それらを蔑ろにするのは、あまりにも……。

 

「それよ!」

「それ?」

「ええ! 普通科は音楽科の3倍……つまり始!」

「……普通科の票を全部すみれに入れて貰えば勝ち目はある……ってことか?」

「その通りよ!」

 

 勝ち筋が見えたのか、すみれは不敵に笑う。

 音楽家と普通科の溝……それが深まり続けていることを始は危惧するようになっていた。この爆弾が、いつか大爆発を起こすのではないかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『私、葉月恋は普通科と音楽科が手を取り合う学校を目指し、秋の学園祭を共に盛り上げていくことを約束します』……か」

「葉月さんて、音楽科のことばかり考えてると思ってた~」

「それね! 私たちのことも考えてくれてんじゃん」

 

 公約を見てみると、どうやら普通科、音楽科への見方に差は無いらしい。しかも具体的な案として持ってきたのは学園祭。学校の一大行事であると共に、共に手を取り合う学校という姿を見せられる、身をもって知ることのできる格好に機会だ。

 

「先手打たれちゃったね」

「流石は葉月さんってところか。抜かりないな」

「これでは勝てる訳アリマセン。このままデハ……」

 

 可可は最悪な未来を思い描く。

 生徒会長となった葉月恋がスクールアイドルを厳しく取り締まり、こちれは隠れつつ活動を行うという未来を。

 

「そこまではないと思うけど……」

「どんなディストピアだよ」

 

 そこまで暗い未来はないだろう。しかしこれまでの反応からするに、スクールアイドルがやり辛くなるというのはありえなくもないような気がする。

 

「かのんも始も見くびっていマス! あの目はスクールアイドルを憎んでいる目デス!」

 

 可可は葉月恋に対しての印象がすこぶる悪い。悪い方向にばかり考えてしまっている。すると、千砂都はこんな疑問を口にした。

 

「でも、なんで葉月さんはそこまでスクールアイドルのことを毛嫌いしてるんだろう……」

「ちぃちゃんも知らないの?」

「うん、音楽科ではその話ほとんどしてなかったから」

 

 友人が多く、様々な話が耳に入ってくる千砂都ですら、彼女が何故スクールアイドルに対して良いイメージを持っていないのかを知らないらしい。前提として、音楽科ではその話をしたことがない……つまり触れていないということだろう。

 

「でも嫌いなら理由がある筈だ」

「理由デスカ?」

「うん。葉月さんは『なんとなく』とかで嫌いなものを作るタイプじゃなさそうだろ。っていうか、世間的にも注目されてるし、音楽の一種として捉えることも出来る。そんなスクールアイドルをやるなって制限するのはおかしくないか?」

 

 結ヶ丘の名を広めるための手段として、スクールアイドルはもってこいだ。生半可なものではいけないと以前言われたことがあるが、代々木、そして神津島でのライブをやり切った今の彼女たちであれば認めてもいい筈だ。しかし、状況は一向に変わらない。

 

「ま、ここは選挙で勝つしかないわ」

 

 ここでいくら理由を考えていても仕方がない。今は選挙で勝つことが先だとすみれは席を立つ。当選祈願のだるまを片手に。

 しかしどのように勝つのか。普通科全ての票を入れてもらうのは困難だと先ほどの公約が証明している。だがすみれには考えがあるらしい。それは────

 

「本日は皆様へのご挨拶も兼ねまして、たこ焼きをサービスしちゃいまーす!」

 

 挨拶と称したこ焼きを配る……というものであった。

 

「お、お願いしまーす……」

「ありがと! ぼ、僕平安名さんに入れるね!」

「俺も俺も!」

「たこ焼きうまっ! 平安名さんに票入れるよ。約束する」

 

 かのんやすみれにたこ焼きを配られた男子生徒は単純だった。すみれに入れると約束し、たこ焼きを頬張りながらその場を去っていく。その様を苦笑いで見つめるかのんとは裏腹に、すみれは思惑通りだと笑みを浮かべている。

 

「これ……よろしくないのデハ?」

「どうだろ……アウトよりのセーフ?」

「いえ、アウトです」

「「っ!?」」

 

 理事長直々に禁止を宣告されてしまった。選挙運動の際、飲食物を振舞うのは禁止だ。買収に当たるからだろう。

 よってこれまで正当に入っていた票も没収となり、結果は-20票という数字になってしまった。対する葉月恋の票は101。禁止行為を行ってしまったため、葉月恋が生徒会長当選となることは確定的となってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「で、葉月さんが当選……か」

『うん。たこ焼きの件でペナルティも食らっちゃったし……』

「モノで釣るのはいけなかったよな……」

『そうかもね。クゥクゥちゃんはそれがなくても結果は変わらないって言ってたけど』

 

 電話越しにかのんから選挙の結果を聞く始。彼だけは学校を離れ、統合基地へと向かったのだ。学生として時間を使って良いとは言われているが、ストレイジに入隊した以上それだけではいられない。統合基地の中で学校のことを話す彼の姿は、他の隊員や整備班からしてみれば懐かしいような、どこか違和感のある光景に見えているはずだ。

 

「つっても、葉月さんなら上手くまとめてくれる気がするよ。スクールアイドルは別として」

 

 葉月恋の正確なら、生徒会長として上手く全体と取りまとめてくれる気がする。それだけの手腕があるのは確かだ。しかし、ある一点を見つめると納得し辛いものがあったりするのが気掛かりだが。

 

『だからね、私話してみようと思うんだ。どうしてスクールアイドルが嫌いなのか』

「話してくれるのか?」

『わからない。でも、やってみなくちゃ』

 

 考えるよりも行動に移した方が楽な場合がある。どうやら今がその時らしい。遠くにいる自分が出来るのはただ1つ。彼女を信じて任せることだ。

 

「いい結果待ってる」

『うん。始くんもストレイジ、頑張ってね』

「ああ、じゃあまた学校で」

 

 力強く頷いたのが声だけでもわかった。胸の中で晴れない靄を抱えつつ、いい結果を聞けることだけ信じて通話を終えるのだった。

 

「熱いな」

「うわっ、隊長!? びっくりさせないでくださいよ!」

「済まない。影のように音もなく近付くっての……得意だからさ」

 

 隣で話を聞いていたのか、青影正太はニヤリと笑みを浮かべていた。彼が言うにはそろそろ時間らしい。始は気持ちを切り替え、正太と共に指令室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああ! まただぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 指令室では絶叫が響いていた。入った途端に聞こえてきたそれに驚き、目が点になってしまう。絶叫の主は結衣。何やらモニターを見つめて頭を抱えている。

 

「隊長、それに始も」

「晶子先輩、結衣先輩どうしたんですか……」

「始、あれ見てごらん」

 

 晶子が指差すのは格納庫。彼女の言う通りにし目を向ければ、セブンガーの横に新たなロボが建造されていた。セブンガーに比べ細身の体系。そして体のいたるところに噴射口のような構造が。

 

「あれってもしかして……」

「もしかしなくても。あれがウインダム……ストレイジの新しい仲間」

「おお……あれがウインダム……」

 

 予算が下りてから遂にウインダムが完成間近なのだ。整備班の様子や機体の状態から見ても、最後の仕上げに取り掛かっているのは明白だった。

 始がウインダムに見惚れて感嘆の声を上げていると、後ろから結衣が顔を覗かせる。しかもかなり興奮気味で。

 

「セブンガーを軽量化してさらに人型へ近付け、全身に搭載したジェット噴射口でウルトラマンのように自由な飛行が可能! そしてそして新型電池の搭載によって活動時間を5分に伸ばせた最新型!!」

 

 それが”特空機2号ウインダム”。力で押すセブンガーに対し、ウインダムは機動性で怪獣と戦うのが特徴なのかもしれない。そして何と言ってもその稼働時間だ。5分であればより長く怪獣と戦うことが可能であり、人々をより多く救うことにも繋がる。

 

「で、状況は?」

 

 正太が声を掛けた途端、結衣は萎んだ風船のように力が抜け、自分のデスクへ戻っていった。それが答えなのだろう。

 

「よぉ始、学校の方はいいのか?」

「バコさん。はい、学校の方は大丈夫です」

「お熱い電話もしていたしな」

「隊長!」

「まあいいじゃないか。若い時ってのはそんなもんだ」

 

 するとそこへ因幡浩司が入ってきた。どうやらウインダムの電力事情を報告しに来てくれたようだ。

 

「それでバコさん、どうです?」

「充電完了まであと4日は掛かるな」

「5分動かすのに4日ですか。なかなかの大食らいですね」

 

 5分稼働させる電力を供給するのにまだ4日かかるといいのは、明らかにコストパフォーマンスが悪い。それでは怪獣が出現しても発進できない事態の方が多くなる。宝の持ち腐れと非難されかねない。

 

「当初の設計ではもっと早かったの! なのに上があーだこーだ言って別々の会社にパーツなんか発注するから!」

「わかってる。わかってるよ」

「そのせいで接続が上手く行かず! 送電ロスが発生してるんです!!」

 

 すごい気迫で隊長に迫っていく結衣だが、正太はのらりくらりと対応する。いつものことだから慣れっこなのだろう。

 

「もぉ~早く特空機追加武装プランを試したいのに~!」

「外部武装ならセブンガーでテストしたでしょ?」

「違うよ晶子~、ウインダム専用の追加武装! 設計の時から考えてたの!」

 

 どうやらすでにウインダム専用武装の計画もあるみたいだ。一体どのようなものなのか、始も非常に興味がある。好奇心を抑えられず、始は結衣に尋ねる。

 

「なんですかその追加武装って」

「よくぞ聞いてくれたよ始くん! ウインダムの左腕部に強力な砲台を追加して……」

「あの……ちょ……揺ら……」

「結衣、始を揺らし過ぎ」

「あ、ごめん!」

「いえ……大丈夫です……」

 

 結衣の熱量を身をもって体感させられた始。このとき彼は、彼女に興味本位でものを聞くもんじゃないと思った。

 そんな様子を眺めつつ、正太は浩司へ今一度頼み込む。

 

「ウインダム、何とかなりませんかね」

「頑張ってみるよ」

 

 その「頑張ってみるよ」という浩司の声を聞き、結衣は目を向ける。電力が溜まらず、未だ光の灯らないウインダムの顔へ。

 そんな時、基地内に怪獣出現を知らせる警報が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「葉月さん……どうして……」

 

 帰路につくかのんは思わずそんな言葉を呟いてしまう。

 電話の後、意を決して葉月恋へ話を聞きに行った。スクールアイドルを何故嫌っているのか。そこにある理由を。

 だが返ってきたのは耳を疑うような言葉。「別に何もない」それが彼女の答えだった。「学校の為にはならない」だからスクールアイドルは無い方がいい。それだけだったのだ。

 

「学校の為って……」

 

 彼女の発した言葉を再度口にする。けれど答えが見えくる筈もない。納得いかない。腑に落ちない。考えれ考えるほど真意の見えてこない返答。苛立ちでかのんの表情が歪んでいく。

 けど、その苛立ちもすぐさま消えるのだった。何故なら怪獣出現を知らせる警報がスマホから鳴り響いたのからだ。

 

「か、怪獣!?」

 

 轟音が周囲に伝播する。音の発信源は地中。土を巻き上げ、その姿を地上に現す。姿を見せたのは……2本の触手がある尾。そして両腕が鞭となった巨大生物。

 暴れまわり、街を破壊する2体だがその様は人に危害を加えているものではない。それは自然界であれば当然の光景。獲物を追う者と捕食者から逃げている光景そのものであった。

 

 

 




一カ月一話更新は流石にやばいわよ……


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第32話 赤と青の衝撃

今年もよろしくお願いします。
そして申し訳ございませんでした。


「か、怪獣どぉわぁぁぁぁぁ!?」

 

 日々の通り、それでいて突然。姿を現し、周囲に構うことなく逃げ、追いかける怪獣たち。予想のつかないその動きに人々はパニックに陥っている。

 阿鼻叫喚と化した街の様子は、ストレイジも勿論観測済みだ。

 

「知っているとは思うけど、あれは"古代怪獣(コダイカイジュウ)ツインテール"全身のトゲを使って地中を高速移動したり、あの体をまっすぐに伸ばして海中を素早く泳ぎ回れるの」

「あれ……追いかけられてるの?」

 

 モニターに映される怪獣の様子を見ながら晶子は結衣に問いかける。しかしその質問が飛んでくることも予想済みか。すぐさま答える。やや声が弾んでいるのは気のせいだと思いたい。

 

「追っているのは"地底怪獣(チテイカイジュウ)グドン"ツインテールを追いかけているのはグドンにとって食料だから!」

「食物連鎖なら地中でやって欲しかったんだがな……」

 

 怪獣にも食物連鎖がある。この星で生きるものだというのにどことなく意外性を感じてしまうのは、怪獣という存在を未だ理解しきれていないからだろう。けれど、あれだけの巨体で街中を逃げられるのはこちら側が危険だ。早急に対処しなければならない。

 

「よし、晶子はセブンガーで迎撃。結衣、現地で2体を市街地から遠ざけろ。ツインテールをうまく誘導できればグドンもついてくる筈だ。始は避難誘導を。……実戦だが気張るな。何かあれば俺や結衣を頼れ」

 

 避難する側でなく、避難させる側。守られる側でなく守る側。ウルトラマンとしてやってきたそれもいまだに慣れる気配はない。でも、これは自分が選んだ道。そこに後悔はない。だから始は強く頷いた。

 

「……了解!」

 

 

 

 

 

 各自が出現準備を整えていく中、結衣は格納庫へ降りていく。探しているのは当然、セブンガーのパイロット。

 

「晶子!」

「結衣? どうしたの?」

「伝え忘れてた! グドンには振動触腕エクスカベーター、ツインテールにも強力な鞭がある。だから気をつけて」

 

 グドン、ツインテール……地底で生きるために進化した両種族は、偶然にもリーチの長い攻撃力を備えている。考えなしに近接戦を持ち込むのは危険だ。加えて今回は2体。作戦には慎重な動きが求められる。

 

「了解。なら、どっちも斬ってから対処ね。あの武装を使うわ」

 

 晶子はすぐさま整備班へ伝えると、ある装備がセブンガーの元へと運ばれる。20式銃剣2型。柄頭から鍔まで赤く塗装され、刀身は銀色に輝いた短剣型武装だ。このような外部武装はセブンガーのロールアウト後、実戦データを元に随時制作されてきたもの。中には"セブンガーで舞を披露する"際に使用された特注品もあり、用途は様々といっていい。とにかく、あの短剣装備なら2体の長いリーチに対抗できるはずだ。

 

「これでよし」

「でも気をつけて。耐久性に難があるから、下手に使うと折れるよ?」

「大丈夫。そこは私の操作に任せなさいって!」

「……そうだね。それじゃ、2体の誘導は任せて!!」

 

 2人は互いの持ち場へと向かって行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「皆さん落ち着いて避難してください!」

 

 逃げ惑う人々を避難所へ誘導する始。しかしなかなか上手くいかないのが現実だ。それもその筈。怪獣が街で暴れていれば、誰だってパニックになる。それはあの時から変わらない。落ち着いてと言って落ち着けるわけがないだろうと自身にツッコむ。

 

『始くん、避難どうなってる?』

「あともう少しで避難完了です!」

『上出来だ。結衣、そろそろ動くぞ』

『了解! 待っててグドン! ツインテ────』

 

 通信が切れた。おそらく五月蝿くなると察した正太が操作したのだろう。始は戸惑いの表情を浮かべながらも任務に集中。避難誘導を再開させる。

 

「……! あれは!?」

 

 誘導を行いつつ、辺りに目を向けていた彼が見たもの。それは見覚えのある制服姿だった。

 

「大丈夫ですか、早く避難を!!」

 

 すぐさま駆け寄り、避難するように指示。

 

「わ、わかりました……あ、貴方は!?」

「え、葉月さん!?」

 

 聞き覚えのある声、礼儀正しい言葉遣い、そして黒髪のポニーテール。聞き間違うはずも、見間違うはずもない。その少女は葉月恋。でもなんら不思議なことはない。ストレイジでいればいつかは起きていた事。下校途中で怪獣災害に巻き込まれることだってあり得るのだから。とは言ってもあまりに早過ぎる。予想外の状況に動揺してしまうものの、どうにか平静を取り戻し……たように見せかけ、避難するように伝える。

 

「何故あなたがストレイジにいるのですか!?」

「ま、まあ……色々あって……じゃなくて、そんなことは今どうでもいいだろ!」

 

 地響きは未だ止むことは無い。ツインテールとグドンはビルを構わず薙ぎ倒し追いかけ、そして逃げている。

 すると、青白い光弾がツインテールへ撃ち込まれる。刻みの良いテンポで放たれ、怪獣の皮膚から火花を散らす。そこに響き渡る音。それは作戦開始開始の合図でもあった

 

「怪獣たちをこっから遠ざける。葉月さんも早く逃げて!」

 

 恋が何かを言っていたようだがそれを聞き返す暇はない。指示を終え、始は誘導地点へと走っていく。

 

「後々問い詰められるんだろうなぁこれ……」

 

 

 

 

 

「おおー、ちゃんと着いてきたぁ〜!!」

「喜んでる場合か! 下手すると俺たちがツインテールの餌だ!!」

 

 ステッグを使い、ツインテールを誘導する結衣と正太。後ろから迫る2体に興奮、或いはビビりつつアクセルを踏み込む。

 2体が動く度に、アスファルトの細かい破片が雨のように降り注いでくる。しかし抜群の運転能力を発揮し、瓦礫の雨を縫うように走り抜けていく。

 

「そろそろだ、晶子!」

『了解!』

 

 誘導地点に2体が足を踏み入れた瞬間、セブンガーの力強いタックルが炸裂。ツインテールを先に吹き飛ばし、切り返すと同時に背中のブースターを点火。グドンの腹へ体当たり。

 

「頼むぞ晶子」

 

 さらなる乱入者へ咆哮を上げる2体。同時に右手の短剣型装備を構え、タイミングを図るのはセブンガー。ほぼ同時地を蹴り、3つの影が重なる。瞬間、巨大な地鳴りが辺りに伝播していく。

 

「結衣、距離をとって晶子を援護だ!」

「了解!」

 

 2体と戦闘を行うセブンガーを援護するため、銃口から青白い光が放たれる。

 火花を散って声を上げるツインテールにセブンガーの左フックが炸裂。だが、側面から迫るグドンの攻撃は防ぎきれなかった。

 

『ああもう! やり辛いったらありゃしない!』

 

 晶子の怒りが籠ったセブンガーは、短剣でグドンを突き刺そうと試みる。すると今度はツインテールがその行動を阻止せんと動いてくる。相入れない関係の筈だが、共通の敵がいるとなると抜群のチームワークを発揮してくるようだ。

 

「こんな時にウインダムがあれば……」

「無いものをねだったってしょうがない。ここは晶子に……そしてアイツに任せる」

 

 正太は信じている。知っている。地球人の技術だって怪獣と太刀打ちできることを。そして待っている。彼が来ることを。以前この星を守っていた男のような力を持ち、彼と似た信念を持つ少年のことを。

 

「晶子さん、今助けに行きます!!」

 

 全力疾走で駆け抜けていく始。彼の目の前ではセブンガーが怪獣たちと戦っている。しかし戦況は怪獣側へと傾きつつある。それを食い止める為、彼は共に戦う戦士へと呼びかけた。

 

「行くぞゼット!」

 

 そんな彼を追う影が1つ。

 

「夏空さん……待ってください……!」

 

 息が絶え絶えになりながらも走る恋である。ストレイジである彼に避難しろと言われたが、やはり同学年の少年。放っておける訳がなかったのだ。けれども追いつけはしなかった。何故なら彼は"人を超えた速度"で走っていたのだから。

 始は後ろにいる恋に気付く筈もなく、ゼットライザーを起動。前方に現れた光の門を潜っていく。

 

「待ってください……あれ? 夏空さん……?」

 

 彼を見失い、辺りを見回す恋。すると次の瞬間、眩い閃光があたりを照らす。

 空を駆け、飛び蹴りによって2体を伏せさせたのは、青い上半身に赤い下半身の戦士。その名を────

 

「ウ、ウルトラマン……ゼット……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 突然の乱入者に、獲物も捕食者も利害が一致。咆哮を上げ、目の前の巨人へ進軍する。

 

『来るぞ、始!』

 

 正面から迫るグドンとぶつかるゼット。どちらも退くことのない押し合い。しかしそれを終了させたのはツインテールの鞭攻撃。空気を切り裂いて放たれたそれは彼の右腕を叩く。そのダメージは強力で、痛みと衝撃で後退してしまった。

 チャンスとすかさず追撃を試みるグドンとツインテールだったが、一体の鉄人に阻止される。

 

「私を忘れるなっつーの!」

 

 振るわれた短剣がグドンの胸部を切り裂く。続くようにしてツインテールの肉体も。

 舞い散る火花。数歩退がる2体。苦悶の声か怒りの叫びか。空気を震わし再度突進。ゼットがグドンを。セブンガーがツインテールと激突する。

 

『「ゼスティウムメーザー!』」

 

 緑の光線はグドンを焼く。懐に飛び込み、青い刃で斬りつける。

 

『始、このまま押し切るぞ!』

 

 ゼットの声に応えるように意識を集中させる。重なり合った2人の意思が体を動かし、素早い連撃でグドンを攻め立てる。

 一方セブンガーも自慢の怪力でツインテールを遠方へ投げ飛ばした。起き上がる隙も与えず馬乗りで追撃。

 

 が、世界というのは気まぐれだ。このまま優勢ではいさせてくれないらしい。さらなる地響きがその証拠。地を破り、炎を吹いてセブンガーへ不意打ちを仕掛けてきた。

 

「な、なに……!?」

 

 機体のダメージを確認しつつ、攻撃された方向へすかさず目を向ける。そこに居たのは同じく地底に住むとされる怪獣であった。

 岩盤を掘り崩し進み、膨大な熱エネルギーを蓄積した地底怪獣。

 

「”地底怪獣(チテイカイジュウ)テレスドン”まで……どうなってるの!?」

「おいおい何だ、地底怪獣のパーティーじゃないんだぞ」

 

 こぞって姿を現した地底住みの巨大生物たち。

 テレスドンの登場に気を取られ、ゼットの攻めが止まってしまう。グドンはすかさず、己の目からレーザー光線を放つ。至近距離から放たれれば、よほどの反射神経がなければ避けることはできない。当然、ゼットと始にはそんな力があるはずもなく……

 

『「うあああっ!?』」

 

 胸元から火花を散らして倒れ込んでしまった。

 一体の乱入による形勢逆転。いとも容易く変化するのが戦場……とは正太はよく知っているものの、毎回いい気分でないことは確かだ。

 

「面倒なことばかりが起きる」

「地底怪獣3体……こんなの絶対におかしい……」

 

 怪獣のことをストレイジ内では一番知り尽くしていると言っても過言ではない結衣が、現状を見て頭を悩ませているのだ。これが通常の怪獣出現とはまったく異なっているのだということは、火を見るより明らかだ。

 が、今はそれよりも優先しなくてはいけないことがある。

 

「結衣、今は解明よりも解決を優先しろ。防衛が俺たちの任務だ」

「……、了解!」

 

 マズルフラッシュ。ツインテールに火花が散り、動きが止まる。

 

「晶子、まだ行けるか!」

『勿論です!』

 

 銀色のボディに焦げが目立ち始めた我らの仲間へ目を向ける。

 

《機体損傷箇所多数確認。活動限界時間、残り1分》

「だよね……けどもう少し頑張って!」

 

 何もかも限界のセブンガー。背中のブースターを点火させ、一直線に突っ込んでいく。対してテレスドンも体をドリルの如く回転させ対抗。その勝負はテレスドンの方が有利だったか、セブンガーは吹き飛ばされてしまう。

 だが咄嗟に右腕をヤツに向け、狙えているかどうかもわからない状態で─────

 

「硬芯鉄拳弾……発射!」

 

 晶子は叫びと共に発射した。しかし通常のそれとは異なっており、あるものが握られた状態で。

 

「おい、あの手……」

「20式短剣を握ったまま!?」

 

 突き刺す手の形のまま、轟音を上げ飛んでいく。その姿はまさしく槍と形容する他ない。一直線に走る鉄拳弾はテレスドンを斬り、そして動きを止めていたツインテールの身体を貫いたのだった。

 ツインテールはそのまま地面に伏すと同時に爆ぜるのだった。一方、傷を負ったテレスドンはそのまま地中へと潜り姿を消してしまったのだった。

 

「なんとか退避させたな」

「はい……」

 

 突如として現れたテレスドン。ヤツの目的はなんだったのかは不明だが、今考えるのはそこではない。

 

「セブンガー、お疲れ……」

 

 激闘を制した晶子も、コックピットから語りかける。答えはしないものの、気持ちは通じている筈だ。

 

「あとはお願い。ウルトラマン」

 

 同じく、未だグドンと戦うウルトラマンゼットにも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

『おお! ツインテールを倒したみたいだぞ!!』

「みたいだな。ならこっちも負けてられない……!」

 

 ストレイジの先輩方に刺激された2人は、その闘志を真っ赤に燃やした。

 

《ULTRAMAN Z BETA SMASH》

 

 ウルトラフュージョンし、グドンへ突進。そのままドロップキックを喰らわせれば第2ラウンドの開始である。

 振るわれる鞭を回避……するのでは無く、体で受け止める。そのまま両腕に絡ませ、ジャイアントスイングを決めた。

 

「よし、このまま一気に決めよう!」

『始、そこに短剣がある! あれも使っちゃいましょう!』

「よし!」

 

 走りながら地面に転がっていた短剣を拾う。それはセブンガーが装備していた20式短剣だ。腕が転がった衝撃で飛んできたのだろう。

 何も考えず、衝動的に短剣を握ったゼット。赤い体に目元を覆うようなマスク、そしてその赤い短剣。偶然にも色が一致。短剣を持ち、怪獣へと向かっていくゼットの姿は、何処となく別の戦士を連想させた。

 

「まずいな……」

「……?」

 

 その姿を見た正太は呟く。無論、隣の結衣は疑問符を浮かべている。

 一体何がまずいのだろうか。ここで訪ねたとしても、彼は答えてはくれないだろう。

 

「◾️◾️◾️!?」

 

 悶えつつも立ち上がるグドン。しかし向かってくる赤い巨人の姿を目の当たりにし、ギョッとしたように一瞬だけ動きを止めてしまう。だが生物的本能ですぐさま地面を蹴る。目からビームを放ち、巨人を吹き飛ばそうとするが彼らは止まらない。

 

「喰らえ……!」

 

 

 

 すれ違い様、短剣と鞭が交差する。

 

 

 

 暫しの沈黙。途端、短剣が折れてしまう。戦いのダメージに耐え切れなかったのだろう。

 貰った、と勝利を確信したグドンは眼が光り始めていた。その光線で巨人を貫くつもりらしい。けれどゼットは冷静に。振り向きつつ予備動作を終え、一気に腕を上下に開いた。

 

『「ベータクレセント……スラッシュ!』」

 

 放たれたのは半月型の刃。青白く光るそれは瞬く間にグドンを真っ二つに切り裂いた。

 倒れると同時に噴き上げた爆発。それはこの戦いの勝者が誰なのか、この場で告げているかのようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

「学校の為にはならないって」

「そんな……え?」

 

 地底怪獣の騒動が明け、日常を取り戻した。

 忙しなく巡る日々へと戻り、始はかのんと話をしている。無論葉月恋のことで。

 

「始くんはどう思う?」

「学校の為にはならない……なんか引っ掛かるな。そこって普通、もっと個人的な理由がある気がするんだよ。でもその話だとさ、葉月さんの言葉が見えてこないというか……」

「だよね。やっぱり葉月さん何か隠してるんだよ」

「同感……って言っても話してくれる感じじゃ無さそうだけど」

 

 恋が語った言葉には、個人的な感情がないように思えた。いやその個人的な感情を隠しているからこそ「学校の為にはならない」という、学校目線の言葉で隠しているのかもしれない。

 何れにしても、彼女が何故そこまで嫌悪しているのか原因を探る必要があると感じているのだった。

 

「いたいた。始くん、かのんちゃん全校集会始まるよ〜」

「ありがと千砂都」

 

 そうして廊下を渡っていくと、掲示板などに飾り付けなどが施されているのが目に入る。

 

「そういえばさ、始くんのクラスは何やるの? 文化祭」

 

 恋が公約にも書いていた通り、結ヶ丘初の文化祭が控えている。それにより普通科、音楽科ともに張り切っているのだ。ともなれば当然、クラスごとに出し物がある訳だが……始は答えようとはしない。

 

「いや……」

「いいじゃん勿体ぶらなくてもさ〜」

「勿体ぶってる訳じゃ無いんだけど」

 

 頑なに答えない始だったが、さらりと千砂都が答える。別のクラスなのに。

 

「メイド喫茶でしょ?」

「いやなんで知ってるの!?」

「クラスの子から聞いたよ〜。男子は女装するんだって?」

「うわぁぁぁ! 筒抜け!!」

 

 それが答えたくなかった理由である。因みに経緯はクラスの男子がふざけて「メイド喫茶で!」と案を出したら、何故か面白いように進み採用されてしまったからである。しかし一方で「私たちだけメイドの格好は理不尽」という女子からの声もあり、男子は女装することとなってしまったのだ。

 

「へぇ〜、始くんの女装見てみたいかも」

「いやいやホントやめろ! 似合わないから!!」

「だから見たいんだよ!」

「お前……!」

「クゥクゥちゃんとすみれちゃんも連れて行くね!」

「マジで…‥勘弁してくれ」

 

 既に絶望しかない文化祭の話をしながら体育館へ向かい、それぞれの場所へ。

 今日の全校集会は生徒会長の挨拶が主だ。教員の話が終わり、名前が呼ばれた瞬間、誰もが彼女の言葉に耳を傾けた。

 

『それでは生徒会長、葉月恋さん。よろしくお願いします』

「はい!」

 

 凛とした声が体育館に響き渡る。壇上へ上がり、マイクの前に立つ彼女を見上げながら、ふと考えに耽る。そういえばあの後、ストレイジの事については聞かれなかったなと。自意識過剰だったかと思うと少し恥ずかしい。

 

『改めまして、この学校の生徒会長に任命されました葉月恋です。この名誉ある仕事に就くことができ、光栄であると同時に、身の引き締まる想いです』

 

 自分の想いを生徒たちに伝える彼女の姿は、それだけで彼女が生徒会長という役職に相応しいのだと感じさせる。けれど、だからこそかのん達に向ける感情が余計気になってしまうのだが。

 

『私はこの結ヶ丘を地域に根ざし、途切れることなく、続いて行く学校にする為に、誠心誠意努力する所存です。その為に……』

 

 その時、先程までスラスラと呼んでいた宣言が……止まったのだ。数にしてほんの数秒。普通であれば噛んだとか緊張だとかで、到底はよくあることとして処理される。が、葉月恋だからこそ、そうはならなかった。その生じた間に、幾人かの生徒がざわつき出す。当の始も、恋に注目してしまう。すると彼の強化された視力は捉えてしまった。唇を噛み、眉間に皺を寄せる彼女の表情を。それはまるで、何かに葛藤しているようで……。

 

『その為に……最初の学園祭は、音楽科をメインに行う事と決定しました』

 

 あまりにも突拍子のない発言。そして公約違反と言えるそれに、驚嘆の声を漏らしてしまう。そしてそのざわめきは瞬く間に生徒間へ広がっていく。始は再度彼女を見上げる。するとそこには先程までの表情が嘘であるかのように、毅然とした態度で立つ恋の姿しかなかった。

 

 




今年中に恋回を終わらせたい。


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