とある魔術と科学の虚空書録《アカシックレコード》 (田芥子慧悟)
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第一章 絶対能力進化(レベル6シフト)
#1 再始


 とある夜の第七学区某所

 今日も今日とて、不幸な少年、上条当麻は不良集団に追われていた。

 追われている理由もこれまたいつも通り、人助けである。

 同い年ぐらいで素朴な顔立ちの男がまさにカツアゲされそうなところへ割って入ってみれば、この始末である。

 

 「おい、まてや!ゴラァッ!!!」

「ナメてんのかっ!?クソガキが!」

「邪魔してんじゃねぇぞ、この野郎!!」

数は十数、丸腰のもいればバットのもいるが全員が物凄い形相でこちらを睨みつけている。

 「くたばれ、このヒーロー気取りがぁぁぁっ!俺は異能力者(レベル2)だぁぁぁっ!」

「俺もだぁぁぁぁぁっ!」

「俺なんて強能力者(レベル3)だぞぉぉぉっ!」

不良集団のとある3人が不穏なことを言う。

 「へ?」

振り向くと、既に電撃と炎と空気塊がこちらを狙っている。右手に宿す幻想殺し(イマジンブレイカー)があれば異能は消せる。だが、右手だけで流石にこの数は処理しきれない。

 「ハッハッハッ……。あの手の連中は劣等感に苛まれた無能力者(レベル0)の集まりだって思ってたのに、異能力者(レベル3)までいやがりますかそうですか……」

右手が神様のご加護を消しているか知らないが、いつも通りの仕打ちに上条は嘆息する。

 「不幸だぁぁぁぁぁっ!」

宵闇の学園都市に少年の叫び声が響き渡った。

 

 その翌朝。

 上条当麻はいつもお世話になっている病院のベッドの上にい た。

 昨日の不良の発火能力者(パイロキネシスト)の一撃を食らい、まあまあ洒落にならない火傷を背中に負い、先生の処置を受けたのだ。

 

 「で、とうまはお夜食を待つ私を差し置いて、その男の人に手を差しのべた結果、また怪我をして帰ってきた、という訳なんだね」

横で何やら不吉なオーラを放っている白い修道服の銀髪シスターと名はインデックス、万年穀潰しで時々ヒステリックな同居人。

 案の定、インデックスは頭にかじりつく。

 誰かのために怪我を負って、この病院の世話になって、この腹ペコシスターの噛みつきを食らう。もはや、 これは一種のルーティーンと言ってもよいだろう。

 「分かった!もう、分かったから落ち着け、インデックス!!お前にはいつも、心配ばっかかけて悪いとは思ってる!お詫びと言ってはなんだが、今日退院できるみたいだし、今夜はトンカツでも作ってやる!それで!それで手を打たせてくれっ……!」

「それはありがたくいただくけど、それとこれとは話が別なんだよ!これで私に謝るのは何度目かな?」

「ぐぎゃぁぁぁぁぁっ!」

 上条は背中の火傷に続き、頭に噛み傷を負った。

 

 しかし、何だかんだ言ってインデックスはトンカツをご馳走すれば機嫌を取り戻してくれた。

 上条さんにかかれば、この程度のシスターを手懐けるなど朝飯前なのだ。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 その頃、学園都市の裏で密かにある計画が立ち上がっていた。

 絶対能力進化(レベル6シフト)。これまで幾度もの失敗があった。一方通行(アクセラレータ)を対象する『実験』は完全凍結。御坂美琴を利用した計画も様々な介入で頓挫した。

 しかし、三度目の正直と言うべきか、この街の闇が再び妹達(シスターズ)に迫り寄る。

 

 先日、ある大能力者(レベル4)が学園都市の頂点、超能力者(レベル5)へと昇格した。

 七海匡勢(ななみこうせい)、長点上機学園3年。高い能力を買われて入学した、頭脳明晰の優等生である。

 能力は触れたもののあらゆる力の大きさを操る力量制御(フォースリグレーション)

 この昇格で超能力者(レベル5)の序列は変動。彼は第三位に位置づき、御坂美琴以下は一位ずつ低くなる。

 匡勢自身も得られた勲章に喜こんだが、能力開発のトップでありながら超能力者(レベル5)のいなかった長点上機学園の教師陣の歓喜はその比ではない。

 

 新たなる絶対能力進化(レベル6シフト)、それがこの七海匡勢を対象とするものであることなど誰も知る由がなかった。



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#2 既視感と謎の少女

 「とうまー、今日のお昼はかれーらいすが食べたいんだよ。あとあと、冷蔵庫にあったえびをフライにして上にのせてほしいかも」

昨日、お詫びとは言えトンカツをご馳走したというのにこの腹ペコシスターと来たら、今日も手間のかかる料理を要求しやがる。

 「あのですね、インデックスさん……。昨日、上条さんがトンカツを作ってあげたこと忘れた訳じゃありませんよね。あなた、完全記憶能力があるんですから」

そう、完全記憶能力を持ち10万3000冊の魔導書を記憶する彼女がましてや昨日のことを忘れるはずがない。

「うん。でも、それとこれとは話が別なんだよ。一昨日、晩ご飯を作らなかった罰なんだから」

当たってはいたが、どうやらこのシスター、お詫びとは言えトンカツを作った家主さんへの感謝が欠如しているようだ。

 丁重に断る作戦だったが、失敗した。もう、行動で示す以外の選択肢はない。

 

 「じゃぁ、間を取ってシーフードカレーにでもするか……。文句ないだろ?海老は入ってるんだ、しぃっ!?」

「重要なのはそっちじゃなくフライの方なんだよ、とうまぁぁぁぁぁっ!?」

飛びかかるインデックス。だが、食材を取るため丁度開けていた冷蔵庫の扉に彼女は激突。その場に倒れ伏す。

 「す、すまん、インデックス。不慮の事故とは言え、すぐに閉めなかった俺も悪かったんだ」

要望は通らず、扉に頭も打たれたせいだろうか。ただならぬオーラを発するインデックスに謝辞を述べる。ダメモトで許しも請う。

 が、その想いは届かなかった。

 立ち上がったインデックスが今まで見たこともない鬼の形相でこちらを睨む。

 

 と、その時。

 ゴンッ!とベランダの方で金属の鈍い音がした。

 何事かとベランダに出てみると、そこには亜麻色髪の少女が干されていた。そこには亜麻色髪の少女が干されていた。

 藍色のローブを身に纏っていて、どう考えても学園都市製のファッションセンスではない。年はインデックスと同じくらいだろうか。

 「デ、デジャヴ!?まさか、インデックスさんみたいに行き倒れだとか、追われの身だとか言ったりしませんよね?」

その少女に聞いてみる。

「そう、です。なぜ、分かるですか……?」

「いや、まぁ、インデックスの時と同じ光景だったし」

「それより、ご飯を食べさせるです。さぁ、早く…!早くです……!!」

「で、全く遠慮のないところも同じなんですね、はい」

あまりの一致っぷりに思わず溜め息が出た。

 

 干されていたその少女が加わったことでインデックス勢力なるものが結成され、件のインデックスが今日の一悶着の情報を漏洩したせいで、際限のない海老フライコールが始まってしまう。

 上条当麻は収集をつけるために、海老フライカレーをご馳走する他になかった。

 サクッ。ルゥが絡んでいても、かじると良い音がした。海老はスーパーで買った安物の特売品だが、インデックスの言った通り、海老フライで一番重要なのはフライであり、衣である。海老が安物でも、衣がチープでないのなら何の問題もない。

 

 「で、誰に追われてるんだ?それにお前、名前は?」

食べ終わって少し落ち着いてから、その少女に聞く。と言っても、誰に追われているのか、については大体予想がつく。

 こういった格好の絡みであれば十中八九、魔術師、科学では説明のつかない力を操る集団であろう。

 「おそらくは魔術師です。名前に関しては…ごめんです。私には1年前からの記憶がないのです。魔術というのもその存在を知っているだけです」

名前以外は予想通りの返答。

「ただ、これを見るです。ここに名前のようなものがあるです」

そう言って彼女は首につけていた黄金のペンダント、その先の四角錘の飾りの裏を見せる。

 そこにはアラビア語と同じ類で、アラビア語とはどこか違う、とにかく上条当麻には理解不能な複雑怪奇の文字が掘られていた。

 英語すらろくにできない上条には無理ゲーである。

 

 「イ、インデックス。お前なら読めたりするか?」

「これはサンスクリット語だね。アーカーシャ、インド系の術式に使う五大の『空』を意味するんだよ」

涙目で助けを求めると、インデックスは期待通りの仕事をしてくれた。

 だが、謎が謎を呼ぶ。サンスクリット語なんて、バカなせいなのかもしれないが見たことも聞いたこともない。それもインデックスは今、「インド」と言った。

 「サンスクリット語?確かインドってヒンディー語じゃなかったか??」

「その程度の知識しかないんじゃ、やっぱ、とうまは学園都市に籠もってた方がいいかもね」

また、言葉のことでバカにされた。でも、言い返しようがないのがもどかしい。

 「では、アーカーシャ…いえ、長音を省略してアカシャと呼ぶです」

と謎の少女、改めアカシャは言う。 

 「で、アカシャ。なんで魔術師に追われてるの……かっ!?」

思い当たる節を聞こうとしたその瞬間。

 

 ゴォォォッ!炎の音とともにドアが倒れた。

 「全く……。君は騒ぎの中心にいないと気が済まないようだね」

黒い服、高い身長、頬のバーコードと赤い髪。上条も見知った男だ。

 「ステイル!?まさか、アカシャを追ってた魔術師ってこは……!」

「アカシャ?ああ、その子の名か。そう名乗るのも不思議ではないね。ああ、そうさ。僕だよ。今、君と争うつもりはない。さっさと、そのアカシャをこちらに渡して貰おうか。渡さないというなら、力ずくもやむを得ないけどね」

ステイルが動いている、ということはイギリス清教がまた何かをやろうとしているのだろう。

 これまで、イギリス清教の営為をいくつか見てきたが、納得のいくものもいかないものもあった。

 ただ、経験則的にこんな強引な手段をとる場合はろくなことではない

 

 「断る!テメェがこの子を追う理由が何なのか言わない限りな!内容によっては、お前を許さない!」

そんな不審なものにアカシャを委ねることはできない、ただそう示した。

 「なに、殺しはしない。僕はただ上に言われてその子を保護しに来ただけだ。その子が他の組織の手に渡るとマズいことになるからね」

「じゃあ、何であの子は逃げてんだよ。テメェが手荒な真似でその子を攫おうとしたからじゃねぇのか!」

「そりゃ、そうさ。抵抗するなら、力尽く。それが僕たち魔術師のやり方だからね」

 納得がいかない。やはり、その強引な魔術師のやり方とやらは納得がいかない。

 

 「そうかよ。なら、アカシャは渡せないな」

「君がインデックスを守りながら、彼女も守れるというならそれでも構わない。だが、それは無理だ。君のその右手だけでは1人を死守するのが精一杯だろう。違うかい?」

「っ……!」

「それにこれは私情だが、その子を守るために彼女が倒れたときは僕が君を許さない!君は彼女の監督役だろ」

 確かにそうかもしれない。インデックスの10万3000冊を狙って襲ってきた連中が今までに何人かいたが、そこからインデックスを救い出すのは一瞬とはいかなかった。   

 「保護」、「両方守れるのか」。コイツらは殺すなら殺すと言うはずだ。本当に殺すのなら、そんな言葉は出てこない。

 それだけではない。ステイルは何よりもインデックスのことを憂いているのだ。

 

 「分かったよ、ステイル。アカシャは渡す。殺さない、ってのは本当だろうな」

「保護すると言っただろ。殺さないさ、神に誓ってね。聖職者たるもの、神の誓いを破る訳にはいかい。もういいかな、上条当麻?」

「まだだ。さっき、両方守れと言って理由は何だ?アカシャもインデックスみたいな何かなのか?」

 「本当にしつこいね、君は。その予想は当たらずとも遠からず、だよ。虚空書録、またの名をアカシックレコード。この世界のすべてを記憶した万象図書館だ。つい最近までインドの魔術結社にいたようだが、逃げ出してきたらしい。それを回収するために、僕が駆り出されたという訳さ」

 保護が最優先だと言っていたステイルはあっさり、秘密を吐いた。

 

 だが、おかしい。本当にこの世のすべてを記憶しているのなら、なぜステイルから逃げる必要があったのだろう。

 魔術に対して、例えば、インデックスの強制詠唱(スペルインターセプト)などの対策を講じれたはずだ。

 いや、そもそもどうしてアカシャは魔術に関して、存在するということしか知らないのだろう。

 

 引き渡したアカシャを連れていくステイルを止める。

 「なぁ、ステイル」

「なんだ。まだ、何か?」

「その子、1年前からの記憶がないみたいなんだ。名前も忘れていた。『アカシャ』って名前もペンダントに刻まれていたから分かったんだ。魔術が何なのかも知らないみたいだし。そんな人間が本当に世界のすべてを記憶しているのか?」

「何?記憶がないだと?まさか、虚空書録というのはデマだったのか……」

 ステイルはしばらく考えて、首を横に振る。

 「いや。デマだったとしても、それが広まってしまった以上はこの子を取り巻く環境は変わらない。失われた記憶が元に戻ったという話だってあるしね」

ステイルはそう言い残して、去っていった。



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#3 転入生

 アカシャの一件から何日か。

 第七学区のとある高校の上条の教室には朝っぱらから変人どもの話し声があった

 

 「せやから、カミやん。何度も言うてるやろ?裸の女の子には黒マントを着せるっていうのが至高なんや」

そう言ったのは希代の変態、青髪ピアス。本名は知らない。

「いやー、分かってないにゃー。マントなんかより、エプロンを着せた方が絶対に良いぜよ。裸エプロンこそが至高なんだぜい」

青髪に反論したこの金髪サングラスの男は土御門元春。科学と魔術、両方に顔の利く多重スパイ。

 上条と3人で、クラスの三バカ(デルタフォース)なんて不名誉なレンジャーもの的称号を与えられている。

 

 「なんやねん、裸エプロンって!隠れすぎや!!裸体は程よく見せるが基本やろ!それができるのが裸マントなんや!」

「何言ってるぜよ。裸体は程よく見せるじゃなく、程よく隠す、だにゃー。そんなこと、裸エプロン以外で一体何が実現できるぜよ?もちろん、メイド服のメイドさんが一番だが、裸エプロンのメイドさんに手料理を振る舞ってもらうのも悪くないにゃー……」

「なんやてっ!?お前はメイドさんなら何でも良いんやろがいっ!」

「ナメるなよ!俺はそのようなちんけな男なんかではないぜよ!」

 

 既に二人の会話、と言うか口論についていけない。

 上条さんだって思春期男子、それなりにエロいことに興味はあるが、変態度で青髪と土御門に勝つ日はおそらく一生来ないだろう。

 

 「うるっさいわね!上条……。また貴様か!!」

「何で、俺が筆頭みたいになってんだよ」

「だって、こういうことは上条が発端だって決まってるじゃない」

「何という理不尽な決め付け……。不幸だ……」

こちらを睨みつけるクラス随一の胸の持ち主、吹寄制理。何でかわかないが、彼女は上条にだけ当たりが強い。

 大覇星祭の時も、クラスにやる気が失せていたのはああ言えばこう言うで上条のせいにされた覚えがある。

 

 「はーい、皆さん。席につくのですー。ホームルームを始めますよ。今日は皆さんにビッグニュースがあるのです」

吹寄の理不尽に気を落としていると、担任の小萌先生が入ってきて宣言した。

 皆、話をやめて自分の席へ戻っていく。

 「なんと、このクラスにまた転校生がやってきたのですよー」

今年度、2人目の転校生。2学期の初め、姫神秋沙を迎えて以来の朗報だ。教室の空気が明るくなる。

 「ちなみに、男の子ですよー?良かったですねー、子猫ちゃんたちー。平等にチャンスが訪れたのですよー」

前回は女子、今回は男子。確かにこれで男女平等。上条からしてみれば、どうでも良いことなのだが。

 「それでは、転校生ちゃん。どうぞー」

先生が合図を送ると、戸が開いて身長170cmぐらいの男が入ってくる。

 その前髪下ろしの黒髪と素朴な顔立ちには見覚えがあった。

 先日、不良から助け出したあの男だ。

 

 「羽場跳高校(はばとびこうこう)から来ました七海守戸(ななみかみと)と言います。よろしくお願いします」

その男、七海守戸は黒板に名前を記して言う。よく見てみると、中々に整った顔をしている。

 席は姫神の横。そして、この日、守戸とクラスの三バカ(デルタフォース)の間に友情が芽生えることとなる。言わずもがな、上条を経由して。

  

 同日、学校の帰り道。上条と守戸は足並みを揃えていた。

 「まさか、この前、助けた奴が転校してくるとはなー。お前もまさか自分が転入した高校に俺がいるとは思わなかったんじゃないか?」

「そうだな。ところで、上条。1つ聞いておきたいんだが…その……」

「何だ?遠慮せず、言ってくれ」

守戸が何か迷っているようなので、微笑んで安心させてやる。

 「その、だな……お前の友達のあの変態どもは一体何だ?担任の方も色々とアレだが……。お前も類友なのか?」

変態ども、土御門と青髪に違いない。

「あー、アイツらは特別だよ。俺も年相応だけど流石にあそこまではなー……」

と返す。

 「そう言えば、最近、超能力者(レベル5)に八人目が現れたよな。確か、名前はななみ……ななみなんだっけか」

話題を変える。口に出してみてハッとなる。

 そう、目の前にその「ななみ」がいるのである。七海守戸、何で今までそう思わなかったのだろう。彼がその超能力者(レベル5)ではなかろうかと。

 「なあ、七海。こんな平凡校に転校してきた身だけど、実は凄い能力者だったり、する?」

と聞いてみる。

「いや、ないない。俺は無能力者(レベル0)だから」

と守戸は否定する。

 では、同音異字の「ななみ」、あるいはただの記憶違いなのか。

 答えは簡単だった。

 

「ただ、兄、七海匡勢がその八人目の超能力者(レベル5)だ。兄って言っても、義理だけど」

 

 件の超能力者(レベル5)と義兄弟。それが答えであった。

 「全く凄いよ、義兄(にい)さんは。劣等感はないけど、能力者ってのはやっぱ羨ましいな」

そう守戸は言う。

「だな」

上条も同感だった。

 

 「だけど、代わりにさ……」

と、守戸が付け足すように言いかけたその瞬間のこと。

 道路の向こう。そこにいた人影に光が収束し、極太の光線となって守戸に迫る。

 「七海!」

と叫んで、咄嗟に前へ出ようとする。その光線が能力であるかは分からないが、考えるより先に体が動いていた。

 しかし、それに右手で触れる前にありえない現象を目の当たりにする。

 だが、それはいつも上条が最も間近に見ている現象でもあった。

 守戸の右手に触れた光線が裂けて消えたのだ。

 上条が固まっている内に、守戸は落ちていた石を投げて能力者を撃退する。この距離で

 

 「お、お前。その右手……」

まだ驚きのやまないまま、守戸の右手を指差す。

「ああ、これか?何だか分からないこの右手に触れた異能の力ってのは打ち消されるらしい。父さん曰く、夢想払い(ファントムルーラー)とか言うんだと」

守戸は幻想殺し(イマジンブレイカー)と同じように説明する。

 守戸の右手には幻想殺し(イマジンブレイカー)と同質の力が宿っている。

 それはつまり、インデックスの言を正しいとすれば、彼も上条顔負けの不幸体質ということになる。空気に触れているだけで、どんどん不幸になってしまうのだ。

 

 「実は俺の右手も同じなんだ。こっちは幻想殺し(イマジンブレイカー)って言うみたいなんだが。ま、不幸体質同士、頑張って生きようぜ」

と言ってみると、守戸は不思議そうな顔で、

「何言ってんだ、上条?俺はむしろ幸運なぐらいだぞ。ジャンケンで負けたことなんてほとんどないし、おみくじは大抵が大吉だぞ」

と返してくる。

 なんと、幻想殺し(イマジンブレイカー)は幸運や神様のご加護すら打ち消すというのに、夢想払い(ファントムルーラー)はそれを打ち消さないらしい。それどころか、神様に愛されているとしか思えないレベルの幸運が彼にはある。

 同質の力でありながら対極の扱いに上条の口からまた溜め息が漏れた。

 

 「それより、上条。今日はお前んちの食材とキッチン貸してくれないか?さっきの光線で折角、買ってきたものが消し炭になっちまってよ。一々部屋に食材を運ぶのも面倒だし、今からスーパーに戻るのもなー」

若干涙目で見ると、確かに袋に入った食材群はもう使い物にならない程までに消し飛んでいる。

 「そういうことなら問題ねぇよ。ついでに、飯作るの手伝ってくれたら助かる。いや、強制してるわけじゃないんだぞ」

「もちろん、そのつもりだ。むしろ、全部任せてほしいぐらいだな」

 

 話しながら歩くと、学生寮まであっと言う間。

 守戸の部屋はたまたま同じ階で、上条のもう少し奥にある。

 「先に荷物、置いてくる」

「おう」

守戸は言って、奥へ歩いていく。

 「ただいまー」

上条の方はドアを開けると、目の前には何度見たことか、生まれたままのインデックスの姿があった。

 噛みつき確定。少年は潔く処刑を受け入れた。

 

 「どうした、上条。その傷は?」

「聞くな。悪いのは俺なんだ」

インデックスの裸を見てしまったからだなんて絶対に言えない。

 もし、言ってしまえばきっと仕置きが待っている。

 上条当麻は今日も不幸の連続だった。

 持っていた弁当箱を中身ごと床に落っことし、掃除用バケツの水に足を滑らせ、机の脚に小指をぶつけた。

 そんな不幸を嘆いておきながら、あんなラッキーなイベントがあったと知られたら絶対にお仕置きされる。

 今日1日過ごして分かった。七海守戸はイケメンではあるが、そういう男だ。

 「しっかし、上条。不幸だ不幸だと言いながら女の子と同居中か……一発殴らせろ!」

守戸がそう言った時には、既に頬にゲンコツを食らっている。

 「結局、どっちにしても運命は変わらなかったってことかよ。へへへ……」

守戸を家に入れることになった時点でこれは決定事項だったらしい。

 迂闊だった。上条はこの始末にただ苦笑するしかなかった。

 

 さて、守戸が作ってくれたのはミートパスタとミネストローネ。それも、かなりの美味。

 「何これ。マジで美味いぞ、このパスタ」

「だねだね。オルソラのお手製パスタを思い出す美味さなんだよ。とうまの料理の500倍!」

「また言うか、お前は。でもでも、やっぱこんなに美味いとどうでもよくなるなー!」

インデックスも上条もフォークにパスタを巻き付けてガツガツと口に運ぶ。

 ミネストローネの方も良い感じにトマトの酸味がして、ほんのりチーズの風味もして最高の一言だった。

 そして、どうやらたまに料理を作りに来てくれるらしい。

 普段から料理係の上条には、自分の料理を美味しそうに食べてくれることの喜びが、守戸も感じたであろうその気持ちを心の底から理解できた。

 

 「ごちそうさまなんだよー、かみとー!」

そう言って、部屋は近いのに見送るインデックスに守戸は手をひらひらと振って去っていく。

 オルソラ級の手料理が時々は食べられるということに、何より毎日の家事負担が少しは減るであろうことに上条当麻の気分も晴れ晴れとするのである。



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#4 ミサカ10032号

 オルソラ=アクィナスの域の手料理をご馳走になった夜の明くる日。

 「しっかし、ナナミンは人気者だにゃー」

「朝からいくつも不良集団に絡まれたんやって?ナナミン、それは一周回って幸運なんちゃうか」

「土御門、青髪……。お前らには友の不幸を嘆く優しさってものがないのか?」

青タンだらけとなったそのオルソラ級の料理人は同じくメシウマな様子の変態2人に茶化されていた。

 昨日、友達になったばかりの間柄ではこんなものということなのか。

 

 どうやら、今朝も不良に絡まれたらしい。全員、撃退して風紀委員(ジャッジメント)へ引き渡したみたいだが、その代償があのザマであった。

 撃退した、というのが恐ろしいところだが、それにしても不良に絡まれ過ぎである。上条は時折ラッキーなイベントに遭遇するが、守戸はそれがアンラッキーなイベントなのか。

 同質にして対極。あるいは、禍福は(あざな)える縄の如しという意味で同じか。

 果たして右手の力に関係があるのか不明だが、ますます幻想殺し(イマジンブレイカー)夢想断ち(ファントムルーラー)に対極性が見えてきた。

 

 「てか、こんなに絡まれるって何かあるとしか思えないぜい。心当たりはあるかにゃー?」

「心当たり?そりゃ、新第三位を誘き寄せるためじゃないか?どうしてかアイツら、俺の名前は知ってるみたいだし」

「新第三位、名前は七海匡勢……。っ…!まさか、ナナミン!お前は奴の……!」

「弟だよ、義理のな。連中もそこら辺に辺りを付けてやって来たんだろ。多分、義兄さんが昇格したからそのことへの嫉妬だな。ったく、誰に喧嘩売ろうとしてるのか分かってんのかよ、アイツら」

 そう。学園都市第三位。イマイチどういった基準に従って序列が決まっているのかは分からないが、昇格ホヤホヤで御坂美琴からその座を奪い取った程の男である。

 それだけの「何か」を持っているのだ。八人目が現れたという話を小耳にはさんだ程度の上条に彼の能力は分からないが、それでも何か凄いということはよく分かった。

 

 結局、帰りもそうだった。

 今日は補習の日で、上条、土御門、青髪は学校に拘禁。青髪だけは小萌先生の補習をわざと受けるという高度なテクニックを使っていそうだが、とにかく守戸は1人で学生寮に向かっていた。

 そこに不良が3人。朝は輩を撃退したせいで面倒な説明をする羽目になったので通報だけして攻撃を捌くことだけに徹する。

 1人は能力者だったが彼には「右手」があるので大したことはない。

 かけつけた風紀委員(ジャッジメント)に、

「また君か……。何か恨みでも買ったのか……?」

とは言われたが、すぐに解放された。

 

 「フンフフ〜ン♪フンフンフ~ン♪」

守戸はただ歩いているのも暇なので鼻歌を歌いながら帰途を行く。

 その途中、守戸は邂逅する。

 常磐台中学の制服、そして、見たことのある顔。大覇星祭の2人3脚で元クラスメイトの網目と等々力をもう少しのところで負かした片割れの少女。救った、と言ってもいいかもしれない。

 義兄が超能力者(レベル5)となったことで第四位に序列を下げ、それでも常磐台のエースとしての栄光を維持する学園都市最強の電撃使い(エレクトロマスター)

 頭の軍用ゴーグルには若干引くが、間違いない。そう思った。

 

 「超電磁砲(レールガン)……」

守戸の口からその二つ名が洩れる。そんな有名人にこんなところで会えるとは思ってもみなかった。

 「あのー、すみません。御坂み……」

「保留……」

「は?」

話しかけようしたのに、意味不明な言葉で遮られてしまう。

 「……と、ミサカは子猫を呼び戻します」

美琴らしきその子に応えるように、みゃー、と鳴いて小さな黒猫が歩道の脇から現れる。

 少女の姿には威厳どころか覇気すら感じられない。無表情さも相まって、こう言ってはなんだが、「天然」と呼ぶに相応しいアホっぽい雰囲気だ。

 「超電磁砲(レールガン)、とはお姉様のことですね?と、ミサカは確認をとります」

やっと気づいたのか、彼女はそう言って守戸の方を向く。彼はその言葉で察する。

「あぁ、その妹ということですね。しっかし、よく似てますね。ほぼ同じと言いますか……」

「妹かと言われれば妹ですが、厳密にはお姉様の分身と言った方が近いです。と、ミサカはただし付けでうなずきます」

 しかし、答えはやはり、意味不明だった。

 

 「それにしても、姉妹揃って同じ制服というのは良いですね。私も長点上機学園に義理の兄がいるんですけど、私には能力もなければ、突出した一芸もないので入れないんですよ」

「いえ、これはコスプレです」

「はい?」

「コスプレです。と、ミサカはあなたが聞き取れなかった可能性を考慮しもう一度言います」

 ここまで意味不明では天然の域すら超しているのではないか。守戸はそう感じた。

 

 その時である。

 ヒュウゥ!と、建物と建物の間で強くなった風が吹き抜ける。

 風は妙に短い灰色のスカートに悪戯して、その奥にある縞のパンツを見せつけた。

 「お、おぉう……」

まさかの現象に流石の守戸も何とも言えなくなる。頬も火照るし、思わず目を逸らす。

 一方、あちらは全くもって気にしていないご様子。普通なら恥じらいを見せるアクシデントだが、この御坂美琴の妹だという少女にその普通は通用しない。

 超電磁砲(レールガン)、御坂美琴の妹はただのアホだった!!

 守戸の脳に失礼極まりない記憶が保存されてしまった。

 

 その御坂妹、検体番号(シリアルナンバー)10032号は守戸とは入れ違いで通りかかった車へ引きずりこまれてしまう。絶縁体で体を覆っているのか電撃も効かず、首の後ろを打たれて気を失った。

 「で、どこまで運べば良いんだっけ?」

運転手の男が言った。

 「第十八学区の第二湯川工場跡だよ。忘れんな」

「だけど、工場跡に運べだなんてどんな依頼だよ」

「わからん。それでも、俺たちは上に付き従うだけだ。ま、『暗部』ってのは表沙汰になるのをとことん嫌うしカモフラージュなんじゃねぇか?」

 彼らの正体はこの街の闇、『暗部』の下部組織。

 それを傘下に置くは株式会社エクスセクター。表向きは旅行代理業社を装う、れっきとした『暗部』の一角である。

 

 エクスセクターその別荘、『暗部』としての本部、第二湯川工場跡にて10032号が引き渡された。

 「ご苦労。ただのタクシーだ。ギャラはこれぐらいで十分だろ。山分けしたければ勝手にすればいい」

中年の男がそう言って投げ捨てたのは、運び屋を務めた4人で分けるには少ない額だった。1人あたり約500円、小物を買うのが精一杯だ。

 しかし、下部組織の人間にとってはたったそれだけでもありがたい。なにせ、下部組織というのは大手の小会社とは違って、使い潰す上に利益を分け与えることもないのが普通なのだから。

 

 その白衣の男は部下に10032号を機械の上に寝かせさせ、頭に機械を繋げさせ、自分はウイルスデータを流し込む。

 妹達(シスターズ)は実験動物である。

 上条が学園都市最強の怪物とともに打ち砕いたその間違った幻想を、その怪物ですら今は間違いであったと心得ているその妄信をあっさり植え付けるものだった。

 全てが終わり、機械から開放された10032号は生気の抜けた、恐ろしいほど機械的な声で言う。

 

 

「午後6時51分42秒。実験開始まで、あと1時間8分18秒。と、ミサカは時報と残り時間をお伝えします」

 



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#5 介入者たち

 その日、御坂美琴は珍しくひいた風邪で寝込んでいた。

 そして、その御坂美琴にゾッコンのツインテール少女、白井黒子が彼女を放っておくはずがなかった。

 それはパートナーとしての心配からか、看病に託けて色々とやりたい願望からか。あるいは、その両方か。

 

 「黒子……。別にアンタは残らなくてもよかったのに……」

優しい声で横のベッドに腰掛けた白井黒子に言う。

「いいえ、お姉様が風邪で寝込んでいらっしゃるのにおちおちと学校になんて行ってられませんわ」

と白井。

 「さーて、お姉様。今日1日……いえ、何日でも!わたくしが看病して差し上げますわ〜!まずは涼しい服をお召しかえを〜……」

 御坂美琴は知った。目の前の変態はたとえ病人であっても自分に襲いかかってくる危険性を秘めた女である、と。

 美琴は察した。顔を見る限り心配一色だが、その奥には必ず劣情というえげつない不純物が眠っている、と。

 「アンタは病人でも容赦なし、か!ま、服はいただくわ。ありがとね」

美琴は白井を手で押さえながら、服だけ受け取る。それでも寄ろうとしてくるので、

「いい加減に……しろ!」

今度は足で押し返す。強い声もいつもよりは弱々しい。

 「お姉様も容赦ないじゃありませんの」

ベッドにうつ伏せになって白井は言う。

「うるさいっ!て、……まあ、アンタがいつも通りで安心したわ。心配のし過ぎでアンタまで元気がなくなったら世話ないもの」

「お姉様……」

「何意外そうな声出してんのよ……。心配するわよ、アンタは私の後輩なんだから」

 無論、白井黒子は正統派ではない。だが、それだけのことである。

  

 だが、その日の夕方。

 御坂美琴はその事実を知る。

 きっかけは部屋の呼出音、相手は常磐台もう1人の超能力者(レベル5)心理掌握(メンタルアウト)の食蜂操祈。長い金髪に先天的な瞳孔の星。現在第六位。

 「食蜂操祈さん、ですわね。お姉様に何かご用ですの?」

『あっらぁ、白井さんじゃなぁい。もしかして、学校サボって御坂さんの看病を?偉いのねぇ』

「ですから、ご用件は?」

『えっとぉ、御坂さんとじゃないと意味ないのよねぇ。ここ、開けてくれるかしらぁ?』

 マイクを介して白井と食蜂とでそんな会話があった。

 「お姉様…。食蜂さんが……。どうなさいます……?」

「良いわよ。通して……」

「は、はい」

 

 そうして、美琴と白井の部屋に食蜂は初めて入る。

 「へぇ、あっちの寮と間取りや壁の色は同じなのねぇ。それにしても、家具の配置は違うけどぉ」

食蜂は部屋に入るなり、部屋を見回して感想を述べる。

 「で、食蜂。どうしたのよ、直接私に会いにくるなんて。見舞いに来る義理なんてないでしょ」

「当然よぉ?大覇星祭の時のアレは成り行きで組んだだけし。協力というより提携と言った方が良いかしらぁ?」

「分かってるわよ、そんなこと。こっちだってそのつもりだったっての」

 

 少しいさかいがあった後。食蜂はカバンから取り出したリモコンを白井に向ける。

 ピッ!電子音とももに白井の世界から音が消えた。

 「ちょっと……また、黒子の記憶をイジったの……?」

「そんなことしないわよぉ、今回は。ただ、白井さんに聞かれると色々面倒だから私の干渉力で一時的に聴覚を遮断しただ、け、よ。御坂さんも白井さんを無闇に巻き込むのは避けたいんじゃなぁい?」

食蜂はあざとくウィンクする。

 

 「で、何の話なのよ」

「私が妹達(シスターズ)以外で御坂さんに時間を費やすと思っているなら、あなた、よっぽどのお人好しだゾ☆」

「っ……!また、あの子たちに何かあったの……?」

「そういうことになるわねぇ。私の駒、もとい派閥の子からの情報なんだけどぉ、風邪で休んでいるはずの御坂さんが車で攫われていくところを見たらしいわぁ」

 それが美琴であるはずがない。彼女は今日1日寮に寝たままであった。

 妹達(シスターズ)

 

 また、妹達(シスターズ)が狙われている。それだけで加害者としての責任と姉としての使命感を持つ美琴に火がついた。

 

 「攫われたって……どこに?」

「さぁ?それは分からないわぁ。運良くその子の能力が念話能力(テレパス)だったから『第十は』までは聞こえたらしいけどぉ。第十八学区のどこかで決まりねぇ」

「そのどこかを聞いてんのっ…よ……」

声を荒げようとすると咳が出る。

「風邪を引いているのに落ち着きぁないわねぇ。一応、こっちでも調査は進めてるけどぉ、正直、間に合うかどうかぁ?量産型能力者《レディオノイズ》計画、二度の絶対能力進化(レベル6シフト)計画……。拐われたのが妹達(シスターズ)なら、どうせろくなことにならないわよぉ?」

 

 ろくなことにならないのも美琴は分かっていた。それも、その身を以て。

 大覇星祭2日目。そのろくでもないものに呑まれて、危うく大切なものもろとも、この街の嫌なところを叩き潰すところだった。

 そこから救い出したのはあのバカ、上条当麻だったが助けに来てくれたのは彼だけじゃないはずだ。黒子や他のみんなも私のために尽くしてくれていただろう。不本意にしろ、食蜂も結果的には自分を助けたのだ。

 

 そんなろくでもないものをまたあの子たちに背負わせるのはとても堪えられない。

 熱も少し落ち着いて、弱々しさも無くなってきた体を動かすに十分な理由だった。

 「行くわよ、私は。出力は大能力者(レベル4)クラスが限界でしょうけど」

美琴は立ち上がる。

「そ。私はそれでもいいけどぉ、情報提供以外で手は貸せないわよぉ?結局、こっちのアプローチ力じゃそれぐらいしかできないのよねぇ。私、どっちかって言うと暗躍ってタイプだしぃ?だから、連絡は取れるようにしておきましょうかぁ?」

と食蜂は見捨てるように言う。だが、それは冷酷と言うより許諾だった。

 

 連絡先の交換だけして食蜂が去ると白井の世界に音が戻ってくる。

 「お姉さま!?どこへ行くおつもりですの?まだ、熱も下がりきってないでしょうに」

窓を開ける美琴に白井は純粋な心配の表情を浮かべる。何よりも不安が勝ったのだろう。

 「黒子、お願い……。あの子は私が助けないといけないの。本当にダメになったら黒子に電話するから……。その時は病院まで運んでくれる?」

それでも、美琴の切願するような表情に心を打たれたか。白井はしばらくして、

「わかりましたわ。お姉様のそのわがまま、この白井黒子がドーンと叶えて差し上げますの。わたくしもお姉様にわがままで傍にいさせていただいている身ですし……何よりもそれがお姉様のパートナーとしての務めですから」

と言う。

 美琴は白井のこういうところが好きだった。普段は変態で治安維持に関しては色々とうるさい子。でも、根っこは良い子で信頼のできるパートナー。

 「ままま、まさかこのわがままを聞いたらわたくしを部屋から追い出す、なんてことはありませんわよねっ!?だと、したらさっきの言葉を取り消しますの!も、問答無用で空間移動(テレポート)を……」

突如、慌てふためく白井の額を美琴はこついて、

「なーに言ってんのよ。そんな訳ないでしょ?大体、アンタを追い出して誰を招き入れるってのよ」

と微笑む。

 

 そして、美琴は黄昏の街へ飛び出した。

 「いってらっしゃいませ、お姉様。くれぐれも無理はなさらずに……」

後ろから聞こえた白井の温かい言葉に美琴の心は後押しを得る。

 待ってくれている人がいる。心配してくれる人がいる。美琴はそのささやかな幸せに喜びを感じていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 さて、それを知る手段を持っているのは最大派閥を抱える食蜂の知人だけではない。

 

 1人は妹達(シスターズ)に家を知られている少年。かつて、死の連鎖から彼女たちを救い出したその少年。

 「10032号に命の危機が迫っているかもしれません。と、ミサカ13577号はあなたに助けを求めます」

もう迷ってはいられない。インデックスを放っておくと食品類は全滅かもしれない。

 だが、家の全食品か、1人の命か。そんなもの選択ではない。後者に決まっているのだから。

 「インデックス!悪いが、今日のご飯はお預けだ!何かテキトーに食べるか、七海を呼ぶかしてくれ」

吐き捨てるように言って、問答無用でその13577号と駆け出す。

 

 そして、もう1人は妹達(シスターズ)の上位個体、打ち止め(ラストオーダー)を傍らに置く学園都市の第一位。

 白髪赤眼、あるゆる力の『向き』を操る能力を持つ男、一方通行(アクセラレータ)

 『もしもし、今、仕事中?って、ミサカはミサカは一応気を遣わせてみる』

「本気で気を遣ってるつもりなら気安く掛けてくンじゃねェぞ、クソガキが。ま、仕事の方はさっき一段落ついたところだから別に良いけどよォ。用件はなんだ?」

『よかった……。ミサカネットワークの共有情報によるとミサカ10032号に命の危機が迫っている可能性が高いみたい。って、ミサカはミサカは現状報告をしてみたり。具体的には攫われたの。って、ミサカはミサカは言い直してみる』

「10032号だァ?そりゃ、オレがボロボロにした妹達(シスターズ)じゃねェか。ソイツを一体オレがどうしろと?まさか、また……」

『助けてあげて。って、ミサカはミサカはお願いしてみたり』

「助けるねェ……。つっても、どこにいるのか見当もつかねェえぞ。それでどうやって助けろってンだ?」

『あなたなら何とかできるよね。って、ミサカはミサカは期待という強迫観念を押し付けたみたりー』

「ンなもん押し付けてんじゃねェっ!」

 一方通行(アクセラレータ)はイライラを募って通話を切ってしまう。

 「チッ。あのガキ、人の気持ちも知らねェで、好き勝手抜かしやがって」

舌打ちの後、彼は不敵な笑みを浮かべる。

 「ま、やるけどよォ。助け……いや、手ェ煩わせた連中をブッ潰す!!」

 そう言って、学園都市最強の怪物も動き出す。

 

 皆が10032号のために奔走する。



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#6 ともに

 御坂美琴は1時間程で第二湯川工場跡と突き止めた。

 彼女は食蜂派閥の目撃情報のあった監視カメラの映像を辿ったが、その先はどこにでもある雑居ビル、そこにそれらしきものは見当たらなかった。

 結局、食蜂繰祈からの情報でその近くにあったこの工場跡だと判明する。

 

 中には場違いな電子機器類がたくさん置かれていた。

 美琴はそこにいた研究員を電撃で脅して情報を得ようとしたが、絶縁体を身に纏っていた彼らは効かないと嘲笑う。

 すぐに彼女は得意の超電磁砲(レールガン)を準備し睨みつける。

 美琴に彼への情はない。躊躇も手加減もあるはずがない。本気で殺すことも厭わない、そんな顔だった。

 結果、美琴は彼からデータの入った端末を入手する。

 そこから目当てのデータを見つけ出す。 

 

 

 

         ㈱EXSECTOR 社長 尾道袈丘

 

     脳接続による絶対能力進化(レベル6シフト)

   

未だに絶対能力者(レベル6)の実現が成されないのは、人間1人の演算能力に限界があるからである。そこで超能力者(レベル5)の演算能力と妹達(シスターズ)9968体分の演算能力を組み合わせることで絶対能力者(レベル6)を目指すこととする。かつて被験者であった一方通行(アクセラレータ)は演算能力を失っているため、近似の能力を有する第三位七海匡勢を以て執り行う。なお、不従防止のため対象の妹達(シスターズ)に予めウイルスデータを入力し、その後の軽量化のため対象を殺害し脳のみを培養器に入れて持ち運ぶことはやむを得ない。10031の死の記憶を持つ妹達(シスターズ)との戦闘も絶対能力者(レベル6)への進化(シフト)を助けると考えられるため、殺害は被験者に一任した。

 

 

 

 最後の二文が決定打だった。

 「っざけんじゃないわよ!また、あの子たちを殺すつもりなの……!?」

端末をへし折って、美琴は吐き捨てる。

 「だから、そこに『やむを得ない』とあるだろう?少なくとも、私はたとえそれがクローンでも殺人と同じであると心得ているさ。だが、その殺人によって絶対能力者(レベル6)が実現し裁かれるというならそれも本望だよ。捕まっても死ぬわけじゃ……」

「アンタねぇっ……!」

美琴はついに研究員の胸ぐらを掴んで、壁に叩きつける。

「それより実験を止めるつもりなのだろう?私に構ってていいのか?さっき、あの妹達(シスターズ)(かがく)社長と一緒に奥へ向かったぞ。実験場は知らされていないが、社用車で運ぶと言っていたな……」

それを逆なでするような調子で、彼は情報を吐く。

 美琴は用なしとなった彼を投げ飛ばして、工場を後にした。

 

 外へ出た美琴は、電磁力の応用で宙を交い、道路網を俯瞰して、その社用車らしきワゴンを見つける。レタリングされた「EXSECTOR」のペイントもあり、間違いはない。

 だが、結構な距離がある。美琴は能力の出力をさらに上げ、加速する。

 微熱のまま飛び出し、脳に負荷を掛け続ける彼女の体は悲鳴を上げるかのように熱を帯びはじめた。

 だとしても、追跡を止められるはずなどない。

 

 そして、いよいよ、超電磁砲(レールガン)の射程50mにワゴンを捕捉する。

 だが、彼女はそれを撃とうとはしなかった。

 理由は1つ。

「熱で標準がブレるかもしれない。そんな状態でこれを撃ってあの子を巻き込んだら本末転倒よ。そもそも、いつもの威力は出せないだろうし……」 

そう言って、降下する。

 

 それを上条当麻は遠目に見ていた。正面からだったので、顔がよくわかる。

(御坂……が追ってる……ってことは、あの車か……!)

彼女を見て、咄嗟に理解する。

 こちらに向かうロゴがペイントされたワゴン車。異能を打ち消すだけの無能力者(レベル0)がそれを止める方法は1つしかない。

 上条は鉄パイプを引き摺りだしてきて、車道の端に出てそれを横に持つ。

 

 「アイツがなんで……また……。って、あのバカ……!その鉄パイプで何する気!?」

 美琴の方もそんな上条に気付いて、本物のバカを見るような目で見下ろす。

 

 だが、上条に両腕を犠牲にしてでも車を止める、なんてつもりはない。

 そもそも、車を止めるだけならその必要がない。 

 ただ、車が衝突するその直前、鉄パイプを放り捨てるのみである。 

 その直後。

 

 ぼんっ!!!と、エアバッグが作動する。その安全装置は容赦なく、安全に全振りした袋体で運転手の動きを封じる。

 

 徐々に車は減速し、やがて、完全に停止する。

 降り立った美琴の顔は赤く、過呼吸に陥っている疑いすらある。

 その状態で彼女はまず襲いかかったを帯電の拳で気絶させ、車のナビを覗き込み、

「第一〇学区特例能力者多重調整技術研究所の跡…地……。七海匡勢は絶対に止めな…きゃ……」

それを確認したところで限界が来た。

 「み、御坂?おい、御坂……!」

朦朧とする中、美琴は上条の声が遠のいていく感覚を覚え、最後には本当に何も聞こえなくなってしまう。

 

 「バカ野郎っ!!!!こんなになるまで、無理しやがって!」

美琴の高熱を手に確認した上条は思わずそう吐いていた。

 一方、妹の方はワゴンから出て車の進行方向へ行こうとする。

「実験開始まであと23分20秒、走れば間に合います。と、ミサカは……」

()()妹達(シスターズ)の口からそんな言葉が出て、上条は嫌な予感しかしなかった。そう言えば、別の御坂妹は「命の危機」と言っていた。

 上条はその腕を掴んで、こちらへ引き寄せる。念のため、右手を使って能力は封じる。

 このままでなければ、おそらく彼女はその()()とやらに行ってしまう。このまま彼女を足留めし続けなければ美琴の努力も無駄になる。

 

 だが、高熱の美琴は早く病院へ連れていかなくてはならない。

 そう言えば、今まで上条が1人だけで事を何とかできたことは一度もなかった。一方通行(アクセラレータ)との一戦だって、最後に美琴が気を引いていくれていなかったら彼女との約束も、皆で笑って帰るという夢も潰えていたのかもしれなかった。

 誰を頼れば、御坂妹が()()に向かうのを防ぎつつ、美琴を病院へ運ぶことができるのか。

 上条は考えた。

 

 そして、1つ思い出す。美琴の後輩、白井黒子。確か彼女の能力は空間移動(テレポート)である。

 もう、迷ってなどいられない。プライバシーの侵害など気にしている場合ではない。

 自分ので病院への連絡だけ済ませると、美琴の服の中からカエルの携帯電話を探り当て、電話帳から白井へ繋ぐ。

 『もしもし、お姉様ですの?黒子のたす…』

「白井か。良かった……」

「な、ぬぁんで、あなたがお姉様の携帯で掛けてきていますの!?」

「んなこと言ってる場合じゃねぇ!御坂が大変なんだ。俺は今手が離せないから、お前の空間移動(テレポート)で病院まで運んでくれ。連絡はしてある」

『お姉様が……!?わ、分かりましたわ、今すぐ向かいますの!』

 電話を切って戻して、1分もない内に白井は現れる。

 上条が掴まえている美琴と同じ顔の少女を不思議に思いつつも、白井は倒れたままの美琴を肩に担いで会釈だけすると、ヒュンッ!と一瞬で消えた。

 

 あとは、実験そのものの方である。学園都市に残った妹達(シスターズ)は1人だけではないはずだ。実験そのものを終わらせなければ同じことの繰り返しになる。

 彼女に案内してもらうのも1つの手ではあるが、それで引き離されてしまっては元も子もない。

 そんなリスクを犯すよりも確実な方法が1つあった。

 確か御坂美琴は倒れる前にこう言っていたではないか。

 七海匡勢を止めなけらばならない、と。

 幸い、その義弟である七海守戸とは友人である。美琴の言葉から実験場が第一〇学区にある特例能力者多重調整技術研究所の跡地ということは判明している。

 彼を巻き込むことに負い目はあるが、彼の右手は上条のと同じ現象を起こす夢想断ち(ファントムルーラー)である。

 超能力者(レベル5)とは言え、異能を打ち消す力の前では弱化は免れない。しかも、2人は義兄弟(きょうだい)なのだ。上条よりも、彼の方が適任であろう。

 今判明している情報と事情を説明して、義兄が道を踏み外そうとしていると分かるとすぐだった。

 上条は上条で、車が走ってきた方向へ御坂妹を無理矢理にでも引っ張っていくことで妨害を試みる。

 

 「そうはさせん。たとえ、遅れてでも実験は成功させる!」

そこで袈丘が目を覚まし、車を後ろへ向ける。上条をひき殺すつもりでアクセルを強く踏む。

 「なっ……!」

上条を照らすヘッドライト、回避不能な距離。せめて、御坂妹だけでも守ろうと、彼女を抱きかかえる。

 

 だが結局、上条は無事だった。車が届く前グシャグシャになったのだ。

 「一方通行(アクセラレータ)……」

目の前に立つ予想外の助っ人に戸惑いを隠せない。一方通行(アクセラレータ)

「いいからソイツを連れてとっと失せろ、無能力者(レベル0)

 状況が把握しきれないが、上条が今すべきことは御坂妹をできるだけ遠くへ引っ張ること。言われた通り、御坂妹とその場を去った。。

 

 それを後ろに一方通行(アクセラレータ)は足で車の天井をラベルみたいに剥がし開ける。

 「さァて、オマエはどんな死に方がお好みだァ?」

「ま、待ちたまえ第一位!私を殺しては損だぞ!私が死んでも実験は私の部下に引き継がれる!つまり、終わらないんだ!!だが、私を殺さないと言うなら社長である私から実験中止を言い渡すと約束しよう!そうすれば、実験は終わる」

その運転手、エクスセクター社長の尾道袈丘は命乞う。

 一方通行(アクセラレータ)はそれを棄却した。

 「命乞いってのは三下のやることだぜェ、社長さんよォ?それに、実験だァ?勘違いしてンじゃねェ。オレはただあのガキのわがままに付き合ってやってるだけだ。その実験とやらが続こうが、続くまいがオレには関係ねェ。オマエがその邪魔をしたから、ブッ潰す。それだけのこったァ」

 怪物は不気味に笑い、ボンネットを踏み潰す。

 ドガァァァァァッ!!と、凄まじい轟音。車は爆裂し、爆炎が男を呑み込んだ。



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#7 義兄弟喧嘩(きょうだいげんか)

 「い、今、義兄さんが人殺しの実験の被験者かもしれないって言ったのか……っ!?上条!ば、場所は第一〇学区の特例能力者なんとか研究所の跡地だな!わかった、今すぐ行く……!」

守戸がそれを知らされたのは丁度、インデックスに呼ばれ、肉じゃがを作ろうと具材を出していたときだった。

 

 上条の思い違いであればそれでいい。そうであって欲しい。だが、その危惧が当たっていたのであれば、ここで向かわねば手遅れになる。

 その前に義弟(おとうと)として彼を止めなくてはならない。

 殺されるかもしれない誰かを守る、というのは正義感であって本音ではない。義兄(あに)を悪者にしたくない、それが守戸の純粋な願いである。

 

 「ごめん、インデックスちゃん!俺、義兄さんのところに行くなくちゃ!だから、肉じゃがはお預けだ!!」

守戸は手を合わせて謝ると、そそくさと部屋を出る。

「ちょっと待ってよー、かみとっー!」

とインデックスは左手をドアの方へ伸ばす。

 しかし、ドアはむなしく閉まって、彼女は床に崩れ落ちた。

 必然。料理係を2人失ったインデックスは暴食の罪を犯す。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 特例能力者多重調整技術研究所。

 かつてまだ幼かった一方通行(アクセラレータ)を抱え込み、警備員(アンチスキル)の一部隊によって壊滅させられた多重能力(デュアルスキル)実現を断念したその場所はみすぼらしい廃墟と化していた。

 その1階部分に彼はいた。

 

 彼は外ハネした七三分けの髪型で、義弟(おとうと)を凌ぐ美しい顔立ちだ。

 「遅いな……あの尾道とかいう奴。一体、どこで何してる?」

七海匡勢、強能力者(レベル3)から大能力者(レベル4)超能力者(レベル5)と二度の昇格を果たした男。彼は予定の遅れにそろそろイライラし始めていた。

 能力名、力量制御(フォースリグレーション)

 あるゆる力の大きさを操るその能力に上限はない。あらゆる力の『向き』を操る第一位同様、能力を封じられない限りは誰も彼を傷つけられない。

 ただ、脳への負荷が大きく、他の能力者に比べて極端に疲弊しやすい。そのため、常時力を0にするなんて無敵の反則技も使っていない。

 要は不意打ちや消耗戦に弱いのだが、大抵は上手くいかない。妙に勘は鋭いし、ほとんどの場合はジリ貧になる前に決着が決まる。

 

 暇つぶしに床の摩擦力を弄って遊んでいると、数十分ぐらいして人の気配を感じた。

 七海匡勢は慌てて摩擦力を元に戻して、そちらを睨む。

 「遅いぞ、尾道。どういうことか説明し……」

だが、その目は驚きに変わり、言葉がつまる。

 その気配は3年ぶりに会う義弟(おとうと)、七海守戸だった。彼も義兄(あに)超能力者(レベル5)となったのを知っていただけで直接会うのは3年ぶりである。

 

 だが、守戸には再会の喜びよりも優先すべきものがあった。

 

 「こんなところで何してるんだ、義兄さん。特例能力者多重調整研究所の跡地なんてまともな所じゃないだろ、絶対」

「何……って。待っている、尾道とかいう研究員を。お前もこの街が実験都市だって知ってるよな。俺はその実験の被験者だ。再会を祝して話を聞きたいけど、じきにここは戦場になる。だから、お前はここから離れるんだ」

義弟(おとうと)に問われて、義兄(あに)は答える。

 「その実験で義兄さんが人を殺すってのは本当なのかっ!?」

「殺す……?なるほど…。お前がなぜ実験のことを知ってるのかは分からないが、嫌な言い方しないでくれ」

「嫌な言い方……だって?」

「そう。察するに、お前は俺が殺す人間の正体を知らないな。大覇星祭で大活躍だったろ、常盤台の超電磁砲(レールガン)。第三、いや、今は第四位か。そのクローンなんだよ、俺が殺すのはね。要は人形だ」

 御坂美琴の体細胞クローン。つまり、御坂美琴の分身。美琴と瓜二つどころか完全に同じだったあの子の顔が守戸の頭を過る。

 義兄(あに)は人形と言うが守戸にはただの人間にしか見えなかった。

 

 「何を……言ってるんだ?クローンは人形じゃない。命があるはずだ。布と綿でできた本物の人形とは違う!」

「そうかもな。だが、人工的に作り出された、必然的に生まれた命にどれ程の価値がある?命ってのは母親から偶然に産まれるからこそ奇跡の賜物であり、唯一無二であり、尊いものなんだ。クローンの命より、人の命の方が価値が高いに決まってる」

 「だから、何を言ってるつってるだろ!?義兄さん!!!」

「うるさい!お前はそのクローンが何のために作られたのか知らないから、そんなことが言えるんだ!!そう、最初は軍用として使い潰すつもりだった。だが、できたのは御坂美琴の劣化版だった。それで計画は凍結。そして、そのクローンは第一位を絶対能力者《レベル6》にする実験に流用され、彼に殺されるためだけに新しく作られたりもした。死ぬための命なんだっ!」

「んな命なんてあってたまるか!」

 

 「全部お前のためだ。お前のためなのに、何でお前がその邪魔をする……!?この分からずやが!」

と、守戸の頭上の天井が崩れ落ちる。

 匡勢が彼を殺すはずはない。手出しできぬよう瓦礫の檻を作る魂胆だ。

 そうはさせまいと、守戸は前へ出る。匡勢はやむを得ず、気圧で瓦礫を押しつぶした。

 「義兄さんだって命の価値を履き違えてるだろ。分からずやはどっちだよ……。いい加減目ぇ覚ませ、義兄さんっ!!」

拳を握り、守戸はかける。

「俺は正気だ!いいから、黙って帰るんだ!守戸っ!」

匡勢はそう言って、足元の摩擦を下げる。守戸は足を取られ、拳は空振った。

 左足を出して何とか立て直したが、続けて匡勢の拳が畳み掛ける。痛みを覚悟で腕を使って防御するしかなかった。

 「っ……!?」

能力で強化されたその一撃は守戸の体を吹っ飛ばし、能力が開けた壁の穴から外へ放り出される。

 「やっぱ、檻ってのは金属だよな」

同じ穴から出た匡勢は壁に触れ、一面を一気に崩す。現れた鉄骨の分子結合を解いて分離し、それを守戸へけしかける。

 「また、閉じ込める気か!」

そうはさせまいと、守戸は後ろへ。そこにあった石を何個か拾って匡勢へ投げる。だが、匡勢は

「止まれ」

と言ってその動力を0にする。

 その石を囮に飛び出す守戸だが、それは自分の足元へ返ってきて、立ち上がった砂埃が彼の視界を奪う。

 砂埃が晴れると匡勢はもういて、地面に叩きつけられる。

 

 「やっぱり、檻に閉じ込める作戦は上手くいかないか……。殺すのは簡単だが、それでは本末転倒だ。お前にこんな手は使いたくなかったが仕方ないっ!」

匡勢は片手を突き出して、突っ込んだ。

 それは対象に触れただけで発動する。心臓を動かす電気信号を弱めて、徐脈にし意識を奪うという究極の荒業。意識を失ってすぐ元に戻せばリスクも少ない。

 だが、守戸の方から右手で触れられ能力そのものが無効化される。

 「な…に……?」

戸惑う匡勢。守戸はその間抜けな顔へ右拳を一発浴びせる。向かう力を0にするが、夢想断ち(ファントムルーラー)はそれを貫く。

 今度は彼の方が殴り飛ばされた。

 「お前のその右手……。一体、どんな手品だ……?」

腫れた額を押さえて匡勢は言う。

「そんなことどうだって良い。そもそも、聞かれたって異能を打ち消す謎の力っだっことしか分からない。これで満足だろ。能力が効かないなら義兄さんと同じ土俵、父さんに護身術を仕込まれた俺の方が喧嘩は強いぞ。義兄さんに勝ち目はない。さぁ、この実験から手を引くんだ」

 守戸の言うことが本当でもなければ今の現象を説明できない。匡勢はすぐにそれを理解した。

 「同じ土俵、だと?俺は身体全体に能力(チカラ)を宿す超能力者(レベル5)、お前は右手だけの無能力者(レベル0)だろう!思い上がるな、守戸!」

「いや、思い上がってるのはそっちだ!能力者ってのは結局は能力頼みなんだ。強度(レベル)が上がれば上がるほどな。特に、義兄さんみたいの超能力者(レベル5)は能力だけで大体何とかなってしまう。だから、能りょ……」

「黙れ!無能力者(レベル0)のお前に何がわかる!?能力者に憧れるしかない無能力者どもは能力(チカラ)のない人間の苦悩しか理解しない!超能力者(レベル5)が自分の力不足に苦悩してると言っても、どうせお前らは『贅沢な悩みだ』と軽くあしらうだろうがぁぁぁああああああああああっ!!!」

 匡勢は吠える。

 地表に触れていることで地表全体を能力の対象に、守戸の足元の抗力を0にする。しかし、力量制御(フォースリグレーション)は常に働く物理法則そのものをねじ曲げることはできない。一瞬で抗力は復活し、守戸を押し返す。その度に匡勢は抗力を0にした。

 が、気付かれては打ち止め。守戸は抗力操作のアリジゴクから跳躍して抜け出した。

 

 「力不足……???超能力者(レベル5)の苦悩……。人の命がどうのこうのとも……。ま、待ってくれ。そもそも義兄さんは何でクローン殺しなんて明らか非倫理な実験に参加を……?」

と守戸は問う。

「さっきも言っただろ、お前のためだって。守戸、お前がこの街に来た5年前のこと覚えてるか?」

そう言われて、守戸は忘れかけていた記憶を明確に取り戻す。

 

 武装した集団。小銃の音と女性の悲鳴。胴に走った疼痛に、漂うさびた鉄のような匂い。病院の白い天井。そして、大切なものを失った悲しみ。

 そう言えば、そこにまだ中学2年の義兄(あに)の姿もあった。

 

 「母さん……」

思わず、その日失った大切なものが口に出る。

 それでも、守戸には匡勢が何を言おうとしているのかまではわからない。

 力不足の苦悩。能力(チカラ)があっても母親を守れなかったことに苦しんでいるのだろう、ということは察しがつく。

 だが、それが「守戸のため」に実験をしているという言い分にどう結び付くというのか。

 守戸にはそこがまったくわからなかった。



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#8 鉄拳

 今から丁度、5年前。

 当時小学5年の七海守戸は父親の七海慧久(ななみあきひさ)の提案で母親、七海玲香(ななみれいか)に連れられて学園都市へ来ていた。

 当然、その目的はこの街に守戸を預けること。去年は義兄(あに)の匡勢を送り出していた。

 「ここが学園都市よ、守戸」

匡勢を待ちながら母玲香は言う。外部の人間にとって学園都市の風景は近未来的で、どの街並みよりも美しいものである。

 「わぁ……。こんな街に住めるなんて嬉しいよ、母さん」

「そうね」

その風景に目を輝かせる守戸もそれに微笑む玲香も慧久の真意は知らない。

 それは、旅行先で遭遇した組織から守戸を逃がすため、日本で一番安全なこの街に預けたのだということ。

  

 「義兄さんもこの街で暮らしてるんだよね」

「そうね。それに、匡勢は凄いのよ?何てったって、能力者なんだから。確か能力値は強能力者(レベル3)だったかしら。上から3番目、この街ではエリート扱いなのよ」

「へー、義兄さんって凄い人なんだ」

2人で匡勢を褒め合っていると、噂をすれば本人がやってきた。

 「さ、行こうか、守戸。一緒に街を探検だ」

「うん」

匡勢は守戸と手を繋ぐ。

「せっかくだし、母さんも一緒に来いよ。旅は賑やかな方がいい」

とも言って、玲香に後を付いていくよう促した。

「ええ、そうね」

と返して、彼女は言われた通りにする。

  

 そうして、3人は色々なことで楽しんだ。

 ゲームセンターで一時、ファミレスでの団らん、高台から見る夕暮れの街、そして、ショッピングモールでのお土産購入。

 誰が見ても充実した1日だった。

 

 その時が来るまでは。 

 

 黒い輸送車が行く手を阻んだその瞬間、空気が一変する。

 車の窓から覗いたのは銃口。照準は明らか守戸に向き、凶弾は放たれる。

 「止まれ」

匡勢は庇うように前へ出て、弾の動きを不完全ながら止めてみせる。浅く刺さった弾を抜くと、それを指で弾いて向けられた銃を破壊する。

 さらに、もう1丁銃が奥からこちらを狙うが、これも撃たれた弾を弾いて破壊した。

 武器を失った黒い武装の2人は車を降り、スタンガン片手に突っ込む。匡勢は能力で電撃の威力を下げ、拳で武装を叩き割り、次の一発でこちらが相手の意識を奪った。

 「クソッ、何だいきなり!?」

別の車が次は突進をかましてきてきて、匡勢は手で触れる。止めようとしたが、完全にとはいかず腕は軽く捻挫してしまう。

 同時に、両側から放たれる銃弾。匡勢は痛みに構わず両腕を広げて全てを受け止めて、滑るように車の外周を回る。先程くすねておいたスタンガンで2人に電流を浴びせた。

 強能力者(レベル3)の未熟者とは言え、あるゆる力の大きさに干渉する能力はそれだけで強力だ。

 この能力が成長すれば、おそらく彼に勝てるものはいなくなる。

 

 「いや~、誤算だったよ~。上に言われて害悪を抹殺しに来たらさ~、君がその害悪と一緒だなんてね~。強能力者(レベル3)とは言え、力量操作(フォースリグレーション)相手にあんなオモチャじゃダメなんだね~。想像以上だよ~。開発が進めば、君は()()()()()()()()()()()()と肩を並べる最強の能力者になるだろうね~」

遅れてやって来た大型トラックからふざけた口調の男が降りてくる。全身を紫で固めた、格好でもふざけるその男はブラボーとでも言いたげに拍手した。

 「害悪ってのは誰のことを言ってる……!?」

「え~、分からないの~?ちょっと考えれば、分かることでしょ~」

「守戸、か……。ふざけるな!守戸は害悪なんかじゃない!守戸は俺の大切な義弟(おとうと)だ」 

「ん~、君たち表の人間からしたらそうかもね~。でも、僕たち裏の人間から見ればあ~ら不思議。彼は上の思惑を邪魔する殺すべき害悪になるんだよ~」

「表?裏?何を言ってやがる……!」

「いやいや、おかしいと思ったりしなかったの~?人の脳をいじくり回して、能力を発現させる……なんて、常識的に考えて正気の沙汰じゃないよね~?詳しくは知らないけどさ~、全部上の、統括理事長の思惑な訳だよ~」

 そう、学園都市にはとても表沙汰にはできない暗黒面が存在する。超能力開発にもその闇は垣間見え、闇から街を支配する『暗部』の存在がある。

 襲撃者もその『暗部』の一角、番人部隊(ガーディアン)という組織であった。学園都市入りする者の調査と必要に応じて排除をするのが彼らの仕事。

 守戸はその排除対象となったのだ。

 「ま~、そんなことはどうでも良いけどね~。殺らせてもらうよ~」

男がパチンと指を鳴らすと、トラックの荷台から5人の兵が現れた。

「させると思うか!?」

「するよ~?君の弱点は分かってるしね~」

そう言って、男は再び指を鳴らす。

 すると、隊員がさらに10人ほどトラックから現れた。

 「念のため用意しておいた予備戦力だよ~。君に相応しい武器を持たせてあるからね~」

彼が言うと、兵は軽機関銃を守戸へ向ける。

 「でも、そこの女も随分と甘い奴だよね~。この状況でそこの害悪と逃亡をしようともしないなんて~。君を見捨てることはできない、なんて感動的な話かな~?」

侮辱するような目で玲香を見た後、男は兵に目配せする。

 

 瞬間、敵は軽機関銃を一斉照射。

 匡勢は急いで前に出るが、能力を発動する前に両足が撃ち抜かれる。

「君、邪魔なんだよ~。貴重なサンプルに盾になられたら銃が撃てないじゃないか~?」

それは、男が兵と兵の間から放った弾だった。 

 匡勢の能力は触れたものにのみ働く。足を撃って、動きを封じれば問題はないと踏んだ。

 ところが、軽機関銃の弾は次々と地面に落ちて、無駄となる。

 「動きを封じただけでもう終わりだと思ったか?空気抵抗を操れば似たようなことができる。不完全だが、この距離なら届きはない」

「賢いね~。でも、いつまで持つかな~?それ~?」

それでも男は余裕の表情を浮かべている。

 力量制御(フォースリグレーション)の弱点は疲弊の早さ。

 軽機関銃の連射はその限界を軽く突破する。

 「今の君では、ここが限界だよ~。言ったでしょ~?君の弱点は知ってるて~」

男の不敵な笑みを前に、匡勢は力の限界に歯噛みする。

 

 「きゃぁぁぁぁぁっ!」

匡勢の代わりに、守戸を庇う母玲香の悲鳴。銃弾はまず彼女の身体に無数の風穴を開ける。それでも彼女は底力で足掻き、守戸を覆うように倒れ伏す。

 「全く面倒くさいことをしてくらるね~。その女は~」

そう言って男がトラックから取り出してきたのは散弾銃。唯一、人1人の肉を貫通して守戸を殺し得る近距離では絶大な威力を誇る銃。

 それを持って男は2人の方へ歩み寄る。彼は能力が弱まっていても邪魔をする匡勢を蹴飛ばして、邪魔されては蹴飛ばして、ついに散弾銃が玲香に突きつけられてしまう。

 ズガンッ!重い音とともに肉が吹き飛ぶ嫌な音がした。

 そんな光景を目の前で見せられて正気を保っていられる程、匡勢は冷めてはいなかった。

 能力の暴走。精神の崩壊はその形で外界に出力される。

 周囲に暴風が凄まじく吹き荒れて、門衛部隊(ガーディアン)は皆宙へ舞い上がる。すぐに風が止むと、彼らはまとめて高所から落下する。即死だった。

 それを最後に彼は気を失う。

 

 結局、母親は助からなかった。至近距離で散弾を食らい多くの器官が消し飛んでいたのだ。

 しかし、守戸は違った。体内の弾は器官を撃ち抜く寸前で止まっていて、血管も繋がったままなのだった。

 おかげで弾は無事摘出され、彼は何の後遺症もなく一命を取り留めたのだ。

 それは手術を担当した冥土帰し(ヘブンキャンセラー)と呼ばれる医者の力だけではない。力量制御(フォースリグレーション)によって最悪の事態を防ごうとした匡勢の思いの力でもあった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 「俺はあの後、学園都市からお前を守るために知り合いの能力者の手も借りて、色々と改竄を施した。だけど、最近になってそのことがバレてしまったんだよ!だから、俺は絶対能力者(レベル6)になると決意した!俺の能力は脳への負荷が大きいせいで、疲弊が早い。そのせいで母さんを守れなかった!家族を失うのは2回目だった!1回目、前の父さんは交通事故で死んだ!そんな悲劇も力の大きさを操るこの能力(チカラ)があれば防げるものだと思っていた。それが、あのザマだ。笑い物だろ?だが、絶対能力者(レベル6)になれば話は別だ。『神の頭脳』があれば俺は無敵になれる。無敵の力でこの街の闇からお前を守れる!もう、俺は家族を1人も失いたくないんだっ!!」 

 それこそが匡勢の真意、超能力者(レベル5)のそのさらに上を目指す理由。そして、クローン殺しを良しととする大義名分。

 

 「俺のためだってのはよく分かったよ、義兄さん。もう正義感で自分に嘘を付くのは止めだ」

「そうか。なら、俺が絶対能力者(レベル6)になれるよう協力してくれるな?この場から立ち去るだけでいい」

「けどな……。そのために義兄さんがクローン殺しの悪者になるっていうなら話は別だ!何がなんでも止めてやる!」

 

 守戸にはかつて武装集団(スキルアウト)だった時期がある。その頃から父親に仕込まれた体術は、実践を通じて体得。

 風紀委員(ジャッジメント)の少女に諭されて、足を洗ったもののその名残はやはり残っていた。

 彼には人を殴るという行為そのものへの躊躇が欠けている。流石になりふり構わず暴力を振るうことはなくなったが、どうにもならない時はあっさりそちらにこけてしまう。

 仲間内しか知らない無名の武装集団(スキルアウト)だったはずだが、今思えば不良が彼の名を知っていたのはそのせいだったかもしれなかった。

 

 「たとえ、ぶん殴ってでもだ!」

守戸は拳を強く握り、匡勢の懐へ入る。

 「悪者にしたくない、だと?俺はお前のためなら悪者でも何でもなってやる!その思いを踏みにじるなぁっ!」

対する匡勢は摩擦を0に。

「その手は喰らわねぇっ!」

守戸はすぐに右手で摩擦を戻す。

 「なら、これはどうだ!?」

と、同時に匡勢は能力で強化した回し蹴りを繰り出した。 

 守戸の顔面へ彼の蹴りが引き寄せられる。回避の隙などない。

 「ぐっ……」

辛うじて滑り込ませた右手だが、当然、蹴り自体の威力はそのまま食らう。手首は変な向きへひん曲がった。

 匡勢は構わず足を振り払う。

 

 しかし、次の瞬間、盛大に吹っ飛んだのは匡勢の方である。

 「は……??」

仰向けの彼は守戸を見上げてそんな声を洩らした。

 何も守戸は不思議なことはしていない。 

 ただ転がって蹴りの威力をいなし、首跳ね起きの勢いを借りて、拳をぶつけたのみである。

 「言っただろ?護身術を仕込まれたって。その過程で身体能力ってのも上がったんだよ。だから、こういう芸当も可能って訳だ」

「面倒臭いな、クソッ!」

 能力で隆起する地面。守戸はそれを踏み台に飛び上がり、拳を引き絞る。

 「なっ……」

と匡勢はその身のこなしに目を大きく見開いた。その顔へ自由落下の勢いを借りた拳が叩き、地面に打ちつけられる。

 そして、彼の意識が飛んだ。



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#9 再起

 匡勢が意識を取り戻すと、側に守戸が座っている。

 「お前……何でそこまでして俺を止めようと……?」

意識を失って頭も冷えて、匡勢の声は落ち着いていた。

「家族だからに決まってるだろ?義兄さんを悪者になんかしたくないんだよ」

と守戸は答える。

 「だから、それはお前が気にすることじゃないって言ってるだろ?それに、家族殴るかよ普通?」

「そ、それは……!義兄さんを止めるためとは言え、殴ったのは謝るよ……」

案の定の返答に匡勢は少々ウンザリな顔をした。守戸は慌てて謝る。

 「いや、謝ってほしかった訳じゃない。それだけお前の思いが強かったってことなんだな。わかってる」

「いや、ごめん……。実を言うと、それだけじゃないんだ。義兄さん、いくら言っても聞かないから、多少の苛立ちも混じってたと思う」

「こ、怖いこと言うな……お前」

 淡々と言う守戸に匡勢は堪らず慄いた。無自覚なのがまた恐ろしい。

 

 「でも、義兄さんを止めたかったってのも本当だ。クローン殺しなんかさせたら、俺の知ってる義兄さんじゃなくなるだろ?俺のことを思ってるなら、これ以上、俺から何も奪わないでくれ。悪者になった義兄さんに守られても俺は嬉しくないんだよ。気にするなって言われても無理な話だ。それは義兄さんの都合だろ?」

守戸はそう言って、手を貸した。

 その悲しそうな表情に心が浄化され、匡勢の絶対能力者(レベル6)への未練は消え失せる。

 守戸のためにやっていたことが、結局は守戸を苦しめていたのだと完全に理解する。心の底からその独善を反省する。

 匡勢はその手を掴んで立ち上がり、

「わかったよ。もう俺は絶対能力者(レベル6)なんかには関わらない。違う方法でお前を守ってみせる。それにお前の拳、すごく痛かったしな……。あんなのもう二度とゴメンだ」 

「だ、だから、謝っただろそれについては……!」

「多少、苛立ちもあったんだよな?お前、元ヤンかよ」

「だから、それも謝っただろ?てか、義兄さんは何で俺が昔、武装集団(スキルアウト)だったってこと知ってんだよ!?」

「知らねぇよ。だって、気に入らないから殴るなんてヤンキーでもないとやらないだろ」

「確かにな」

 2人は顔を見合せ、思わず吹き出す。

 ずっと笑いながら、義兄弟(きょうだい)は特力研跡地を去っていった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 その翌朝。

 御坂美琴の病室には仲良し3人がお見舞いで集まっていた。

 「皆、心配ばっかかけてごめん!あの子のためだと思うと全然歯止めがきかなくて……!それで、ちょっと無理しちゃったみたい……」

美琴は起き上がり、改めて彼女らに頭を下げる。

 「い、いえ!別にそこまでしなくても!御坂さんが無事ならそれで良いんですよ!ね、初春?」

「まあ、御坂さんが1人で突っ走っていっちゃうのはいつものことですし……。今回は特殊なケースでしたけど。まったく、どこかの誰かさんもそれを見習ったんですかねぇ……?」

初春と呼ばれた少女はおもむろに白井に目を向ける。

 「ちょっと、初春!わたくしのことを言ってますの!?あれは風紀委員(ジャッジメント)のお仕事に必要なことですのよ!」

「自意識過剰なんじゃないですかー?誰も白井さ……あいたっ……!」

聞く耳持たず白井は初春飾利の頭を叩くと、 

「誰が自意識過剰ですの?言ってるも同然ですのよ」

オマケというノリでそう言った。

 「黒子もごめんね。連絡するって言ったのに」

もっと申し訳ない彼女には改めて謝ると、

「まったくですわ……。あの子、というのはお姉様にそっくりのあのお方で間違いありませんの?」

嘆息する白井に、

「うん、そう……。あの子、私の妹なの」

「そうですの……。妹さん思いなんですのね。お姉さまらしくて誇らしいですけど、約束を反故にされて黒子傷付きましたわ」

「ホントごめん……!」

と美琴。

 「わたくしはいいのですけど……。あの類人え…いえ、上条さんも心配していましたわよ。あの方から連絡をいただけなかったら今頃、どうなっていたことか……。その妹さんに付きっきりのようですし、まだ病院にいると思いますの。不本意ですけど、彼にも謝られた方がよろしいのではなくて?」

白井がそんなことを言うと、美琴はボッと顔を赤らめる。

「(ア、アイツが私を心配……?)」

「お、お姉様っ!?そのお顔!また熱が……!」

「だ、大丈夫よ!今回は本当に」

覗き込んで熱を確認しようとする白井。美琴はあたふた拒み、慌てたように立ち上がる。

 「え、御坂さんを助けたのは上条さんだったんですか?」

長い黒髪の佐天涙子が白井に確認をとる。

「そうですけど。それがどうかしましたの?」

ニヤリ……。それを聞いた佐天は小悪魔的な笑みを浮かべる。

 「あっ、そうだ!御坂さん、今日、私の部屋に来ませんか?上条さんへのお礼に、クッキー作りましょう!」

との提案をする。

「ひゃっ……!?」

一層赤くなる美琴を見、佐天は探偵が推理するみたいに顎へ手を当て、

「もしかして、御坂さん。この前のクッキーを渡したのも上条さんだったり……?」

その鋭い推察に美琴は完全にショートした。

 「そ、そそそそそんなことは……!じゃ、私ちょっと行っ……て、いったぁっ!?」

そそくさと病室を出ようとして足を扉にぶつける彼女を風景に

「相変わらず、可愛いのう……」

と佐天は和ごんだ顔になる。

「佐天さんったら……。病み上がりなんですよ?」

初春飾利は優しく釘を刺した。

 

 その頃、上条は白井の言った通り、御坂妹と一緒だっった。ついでに七海義兄弟(きょうだい)もいる。

 匡勢が能力を活用し、御坂妹の脳波と奪ったウイルスコードを照合、異常な信号を0にした後だった。

 バカの上条にはそこら辺の理論はよく分からなかったが、名門長点上機学園の生徒が言うことなら正しいだろう。

 「ありがとうございます、御坂妹を助けていただいて」

「敬語はいいよ。俺は長幼の序っていうのが嫌いなんだ。それに俺は気の迷いとは言え、実験に加担した男だ。守戸に止められていなかったら、俺はその子を殺してた。これはせめてもの贖罪なんだ。礼を言われるようなことじゃない」

礼を言うと、七海匡勢がそう言うので、

「そうか。でも、御坂妹を助けたことに変わりはない。違うか?」

と上条。

「とんだお人好しだな、お前は」

匡勢は呆れたような満たされたような顔をした。

 

 美琴が来たのは七海たちが去った少し後である。 

 「おっ、御坂。お前、元気になったんだな。良かった良かった……」

入ってきた美琴に一言言うと、

「お陰様で……心配かけて悪かったわね……」

「良いって良いって……そりゃ、無理してたのはいただけねぇけど、お前もこいつを助けるために必死だったんだろ?俺があの車だと分かったのは間違いなく御坂のおかげだしな。協力してくれて、ありがとな」

上条は微笑みかける。

 「う、うん……。で、でも黒子を呼んでくれたのはアンタで、むしろお礼を言うのは私の方で……

何やらブツブツと言っていて、

「ごめん。何言ってるのか全然聞こえなかったんだけど……」

「な、何も言ってないわよ!こっちの話!」

美琴は反射的に誤魔化した。

「そ、そうか……」

その剣幕に上条は押されてしまう。

 

 「で、またアンタは頼んでもいないのに1人でその子のために動いてくれた訳ね。そのワリには怪我もほとんどないみたいだけど……」

頭の上にクエスチョンマークでもありそうな顔の美琴に、

「まあ、今回は色んな奴に助けてもらったしな。実験が中止されたのは七海守戸……匡勢の義弟(おとうと)が説得してくれたおかげだし……。あとアイツ、 一方通行(アクセラレータ)のおかげで俺は妹を病院まで引っ張ることができたんだ。ウイルスはさっき匡勢が削除してくれたしな」

と説明する。

 「七海匡勢がウイルスを…?それに一方通行(アクセラレータ)まで……。どうして……?」

「匡勢は御坂妹を殺そうとした罪滅ぼしだって言ってけど…一方通行(アクセラレータ)の方は何でだ……?」 

彼のその後を知らない上条には皆目見当がつかない。

 ただ、アイツがアイツなりの正義で行動し、それが結果的に御坂妹を救ったのは間違いないだろう。

 「また助けられましたね。と、ミサカはお2人に助けていただいた日を思い浮かべながらお礼を言います」

目を覚ました彼女の声はどこか抜けていて、しかし、人間らしいいつもの声だった。




第9話をもって「絶対能力進化(レベル6シフト)編」は終了となります。次章は魔術サイドの物語「堕天還り(サタンズリターン)編」を書く予定です。なお、各章終了ごとの閑話もございますのでそちらもお楽しみください。


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幕間①
#EX 旧敵再逢


一方通行(アクセラレータ)×打ち止め(ラストオーダー)×インデックス×御坂美琴〉という珍しい組み合わせの「絶対能力進化(レベル6シフト)編」後日談です。お楽しみください。


 事の週の休日。

 第七学区にあるショッピングモールで一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)の買い物に付き合わされていた。

 そして、傍らにもう1人、白い修道服の少女がいる。

 今朝、彼女をここに放り出した上条の補習が長引いたせいである。渡された500円も使いきり、それでお腹が減って動けなくなっていた所を一方通行(アクセラレータ)に助けられ、ついでに付いてきたのだ。

 「で、オマエはいつまで付いてくるわけ?」

流石に腹が立ってきて、一方通行(アクセラレータ)が聞くと、

「ん、とうまが来るまでなんだよ」

とインデックスは言う。

 不確定要素の塊みたいなその答えに一方通行(アクセラレータ)はますます苛立った。

 

 「あっ。言い忘れてたんだけど、10032号があなたにもお礼を言ってたよ。『助けていただいてありがとうございます』だって。って、ミサカはミサカは今更ながら言伝を報告してみたり」

そう言う打ち止め(ラストオーダー)に、

「礼を言わることなンざ、オレはしてねェよ。それにアイツを助けたのはあの無能力者(レベル0)だろうが。オレは暇つぶしにテメェの我儘を聞いてやっただけだ。つうか、アイツらがオレにお礼なんて端から間違ってんだよ」

 「もう、一方通行(アクセラレータ)ったら…ツンデレさんなんだからー。って、ミサカはミサカはあなたの足をツンツンしながら茶化してみたりー」

インデックスのせいで機嫌を損ねているところへ、さらにのこの扱い。

 「バカにしてンのか?クソガキがァ」

とそろそろ本気で頭に来てる表情を一方通行(アクセラレータ)は浮かべる。

 打ち止め(ラストオーダー)は引き下がった。

 

 「あなた、『あくせられーた』って言うんだね。すごくぶっ飛んだ名前かも」

「あァ?鏡見てから言いやがれ。確かオマエも随分と変な名前だったよなァ?確かイン何とかっつってたろ」

インデックスに言われて、一方通行(アクセラレータ)はそう返す。

 「インデックス。変な名前とは失礼だね」

「だから、鏡見て言えつってンだろ。自分のことは棚に上げるつもりかァ?目次さンよォ」

「インデックスっていうのは禁書目録って意味なんだよ。より正確には、Index-Librorum-Prohibitorumだね」

「ラテン語か。目次、本、禁止ィ?ますます意味わかンねェ……」

 

 謎が謎を呼んだところで、

「この服はどうかな?って、ミサカはミサカに意見を聞いてみる」

打ち止め(ラストオーダー)は青いチェック柄のワンピースを突き出した。

 「どうって…テメェが今着てる服とあンま変わらねェじゃねェか……」

あまりに無神経な評価に、打ち止め(ラストオーダー)のみならずインデックスまでも嘆息する。

 「そんなの、あり得ない。って、ミサカはミサカは心底呆れたーって顔になる」

「まったくなんだよ。とうまと同じ匂いがするかも」

女性陣の厳しい意見。一方通行(アクセラレータ)は舌打ちして、

「クソガキが2人も…メンドくせェ……」

 彼はついに一々反応するのがバカらしくなる。

 「あ、それより今何時かな?あくせられーた!」

「あン?12時半だがそれがどうかしたか?」

インデックスは刻限を知るや否や、

「そろそろ、お昼ごはんの時間なんだよ!図々しいのは承知してる。でも、どうしても必要なこと!だから、もう一度ご馳走になりたいんだよ」

衝撃の一言とともに腹の虫が鳴き声を上げる。

 「テメェ、さっきハンバーガーとポテト食ったばっかだろォが。神様信じてる奴がそんな食い意地で良い訳?確か七つの罪の1つじゃなかったけかァ?」

「そ、それを言われると耳が痛いんだよ……」

インデックスはそう言って耳を塞ぐのだが、一方通行(アクセラレータ)も昼にしようと思っていたところだ。

 「フードコートのでいいよなァ?」

と聞くと、

「構わないんだよ。先にお礼言っておくね。ありがとなんだよ」

インデックスは笑って礼を言った。

 「オラ、クソガキ!それ、どうせ似合うからとっとと会計済ませンぞ!」

「ムカッー!まさか、そんなテキトーな褒められ方されるなんて思ってもみなかったー……って、ぅわぁっ!?」

「うるせェ。お望み通り、褒めてやったンだからそれで良いだろォが」

「そうじゃなくて褒め方が間違ってるんだ。って、ミサカはミサカはー……!」

そうと決まって、打ち止め(ラストオーダー)は騒々しくも引っ張られていく。

 

 「って、アンタ!」

と、しばらく1人になったインデックスの後ろから知っている声がした。

「あ、短髪」

美琴を見たインデックスはほぼ自動的に言った。

 「アンタ、こんなところで何してんのよ」

と美琴が問うと、

「とうまを待ってるんだよ。とうまったらお昼には戻るなんて言って、まったく迎えにこないんだから。それで今はご飯を食べさせてくれるっていうあの人を待ってるんだよ」

 「誰よ?あの人って」

さらに詮索されて、

「あくせ……」

インデックスが言う前に彼から美琴の前に現れる。

 

 「って、アンタ!ここで何してんのよっ!?」

「だから、とうまを……」

「アンタじゃないわよ!私が言ってんのはそこのアンタ、一方通行(アクセラレータ)の方よ!」

美琴は少し怖い顔で一方通行(アクセラレータ)を見つめる。

 「今度はオリジナルか……ったく、今日は妙に人に会う日だな。クソガキシスターの次はオマエって……今日は厄日なンですかァ?」 

すべてを投げ出したように彼は言う。

「クソガキシスター、って誰のことなんだよあくせらーた!」

「人を見るなりその反応は何なのよ!まぁ、私も気持ちは同じだけど」

それを聞き、揃って睨むインデックスと美琴の2人。

 「そうね。そっちがその気ならあの時の借りを返してやっても良いけど?」

「借りを返すねェ……。わりィが、オレは三下の相手してやる程、暇じゃねェんだ。クソガキ2人のお守りさせられてンだよ。だから失せろ、オリジナル」

「何よ、逃げる気?それにその趣味の悪いチョーカーは何?電波を送受信してるみたいだけど。もしかして、それでなの?」

「はァ?」

「私、電撃使い(エレクトロマスター)だから電子機器なら意のままなのよ。それに杖までついてさ……。もしかして、人のこと見下しておいて、それがないとダメなのかしら?」

 その一言が学園都市最強の怪物の逆鱗に触れた。

 

 「くくく……くはははは…!いいぜェ?三下は三下らしく惨めなガラクタにしてやンよ。能力が使いもンになるなくなる覚悟はできてンだろォなァッ!?」

「いいわよ、上等じゃない」

 電極に指をかける一方通行(アクセラレータ)。ポケットからゲームセンターのコインを取り出す美琴。

 敵意がぶつかり、両者の間でバチバチと火花が散る。

 「ダメーーー!!お姉様(オリジナル)とあなたが戦ったらここら一帯が滅茶苦茶になっちゃうー!って、2人とも超能力者(レベル5)なんだからー!って、ミサカはミサカは2人の間に入って制止してみたりー!」

そこへ打ち止め(ラストオーダー)が割って入る。

「このガキ、能力を切りやがったな」

電極がうんともすんともいわなくなって、先に彼の方が折れた。

 倣って、美琴も諦める。

 

 「てか、そこのちっこいのは何なのよ?私に似てるみたいだけど。まさか、その子も妹達(シスターズ)なの?」

「そう。でも、私の検体番号(シルアルナンバー)は20001号、『実験』で製造された他の妹達(シスターズ)とは別の個体で、訳あってこの人と一緒にいるの。って、ミサカはミサカは初対面のお姉様(オリジナル)に説明をしてみる」

その疑問に本人が直々に答える。

 「それは良いけど、まさかアンタが脳の電子情報とか操って精神系能力者の真似事してんじゃないねしょうね?アンタが妹達(シスターズ)と一緒なんてどう考えたっておかしいじゃない!」

さらに、一方通行(アクセラレータ)を問いただすと、

「ンな下らねェことに能力なンて使うかよ。確かに俺のが能力がありゃ、そういうことも可能だがよ」

 疑いがなくなったのではないが、美琴は自ら下がった。

 

 「アンタもあの子のために助太刀してくれたみたいね。一応、ありがとう、って言っておくわ。でも、あの子たちを1万人も殺した悪人のアンタが何でそんなことを?」

一方通行(アクセラレータ)に気になっていたことを聞く。

 「オマエもか、オリジナル。オレは礼を言われることなンて1つもしてねェんだよ。そもそも、助けたのはオレじゃねェ。オレはこのガキの我が儘で下らねェクソ野郎をブッ潰しただけだ」

「何かカッコつけてるみたいだけど、別にアンタを許した訳じゃないのよ?今回だけはアンタのお陰でもあるから礼儀で言っただけ。『実験』を生み出した私の罪も、その『実験』に参加したアンタの罪も一生消えることなんてないんだから」

「問題ねェよ。オレだってこの程度で罪を償えるなんて思っちゃいねェ」

 それ以上、互いに言うことはなくなった。

 

 再逢した旧敵は振り向くことなくそれぞれの用事に戻っていく。

 片や子ども2人と昼ご飯、片や寝衣(ねまき)の新調へ。

 自らを加害者と嘲り、妹達(シスターズ)を、あるいはせめて上位個体(ラストオーダー)だけは守ると決めた2人の超能力者(レベル5)に和睦の日は来るのだろうか。




最後の一文は伏線か、それとも単なる締めの言葉か。そもそも、こんな閑話が本編に関わってくるものなのか。それはまだ分からない……。


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第二章 堕天還り(サタンズリターン)
#10 束の間


 十月の三連休、一日目。

 ツンツン頭の上条当麻、素朴な美男の七海守戸は肉とか野菜とかな入ったレジ袋片手に何やら物々しい雰囲気を醸し出していた。

 何を隠そう、これから上条と守戸は料理対決を開催するのである。

 ちなみに、隣人の義妹、土御門舞夏も交えた三つ巴の戦いである。実を言えば、料理対決に後から加わったのは彼女ではなく、上条の方だ。

 審査員は天下の大食らい、純白のインデックス。あと、その隣人、土御門元春も単純に義妹の料理食べたさで参加している。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 それは今朝のこと。

 朝食は守戸手製のホットサンド。上条が再現可能なのか怪しいまでにフワフワでコクもあるスクランブルエッグと、レタスのシャキシャキした食感、カリカリベーコンの仄かな塩味、そして、食パンの程よい焼き加減。シンプルながら、相変わらずの美味だった。

 

 そして、上条とインデックスには昼時のさらなる食の喜びが約束される。

 朝食中に土御門舞夏が乱入し、彼女もこのホットサンドを食べた結果として、昼ご飯は守戸と舞夏それぞれの得意料理のセット、というラッキーなイベントが発生したのである。

 実際は、互いが互いの手料理を紹介し作るレシピ交換会。だが、上条やインデックスからすれば、その副産物こそが主だ。

 学園都市のオルソラである七海守戸とメイド養育の繚乱家政女学校に属す土御門舞夏。

 この2人の手料理の組み合わせというのは、無能力者(レベル0)から見た幻の多重能力(デュアルスキル)と同じである。

 それも、たとえば学園都市第一位一方通行(アクセラレータ)の『反射』と第四位御坂美琴の超電磁砲(レールガン)を同時に扱えるような攻守最強の能力者というレベルの。

 

 そんな最強のタッグは総じて、 

「やはり、七海守戸の料理の腕はホンモノだったなー」

「本物のメイドさんにそこまで褒めらると光栄を通り越して恐縮しちまうな」

「正確には私は養成学校の生徒だから、メイドさん見習いだけどなー。お主には私が本物のメイドさんと同じに見えると取っておくぞー。ありがとなー」

「いやいや、こちらこそ」

 「それにしてもあのスクランブルエッグ……。フワフワ感にコクと僅かな酸味……。さては、ヨーグルトを混ぜたな?」

「ご名答。流石は舞夏さんだ。」

「これぐらい、当然なのだー。牛乳じゃなく、ヨーグルトというのがにくいなー。スクランブルエッグには生クリームが一番だが、庶民には手に入れにくい代物だからなー。テイストは少し変わるが、ヨーグルトが最も近いのだよー」

 初耳だった。

 いつの間にか2人が知り合っていたっぽいこともそうだが、それよりもスクランブルエッグの件だ。

 火加減と加熱時間、それと牛乳。これで満足していた上条は二流だったということか……。

 主夫としての課題が見えてきたところで、土御門元春がやってきた。いや、知らない間に輪の中だった。

 

 「お前、何でここにいんの?」

と微妙なものを見る目で上条が聞くと、

「愚問だにゃー、カミやん。舞夏あるところに俺あり!それだけのことぜよ」

と、まあ予想通りの返答。察するに、舞夏と同じベランダの裏ルートから来たのだ。

 「それにどうだ、ナナミン?うちの舞夏は凄いだろう?」

何故か自慢気な彼に、守戸は

「まぁな。俺と同じ波動を感じるよ」

 「舞夏とお前が同じだと?それは、聞き捨てならないセリフだぜい、ナナミン。傲慢にも程があるぜよ。そうだな…。この際、舞夏とお前、どっちの料理が上か勝負と行こうじゃないか。審査員はインデックスにやってもらおう。まあ、舞夏が勝つに決まってるがにゃー」

だが、その言葉が何故か戦いの火種となったようだ。守戸はその挑発に乗って、

「良いぜ、やってやる」

土御門舞夏も、

「七海守戸との料理対決かー。燃えてくるなー!」

とあっさり術中に。

 

 「インデックス。お前、これでいいのか?皆でほのぼの食事タイムってのがなくなるってよ?」

と聞くのだが、

「私は美味しい料理がたくさん食べられるなら、そんなことはどうだって良いんだよ!」

案の定、失敗。

 「おいおい、お前ら。料理で勝敗つけるってのは…何つうか……どうなんだ?料理人として……?」

次は当事者へのアプローチ。こちらも、

「舞夏とナナミンの聖戦に水を差すとは恥を知れ!!カミやん!」  

(なっ…)

「てか、俺の500分の1しか味しか出せない奴は黙って見とけ」

(おまっ…!まだ、それをっ……!)

「言ってやるなよー。上条当麻にもそれなりの料理スキルあるから、いくら何でも500分の1は酷いと思うぞー」

(『は』を強調しやがって…!俺の料理の腕が本当にそこそこだからって見下してやがるな……!)

と満場一致で失敗した。

 極めつけはインデックスの一言。

「そうだよ、とうま。とうまには参加権なんて端からないんだよ」

(テメェ……誰のおかけで食っていけてると思ってやがる)

 捉え方によっては時代錯誤の言葉を心に秘めて、あとは笑うしかなかった。 

 「…、そっちがその気ならやってやる……。インデックスがいるなら量は気にする必要がないしな」

さらに、料理対決への参加を表明する。 

 上条も結局は術中に嵌まってしまう。だが、ほのぼの食事タイムというのはどれだけバカにされても諦めきれない程のものでもないのだ。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 「とりあえず、水分補給しようぜ。ドリンクだが、戦いの前の腹ごしらえだ」

途中、公園の自動販売機を見て守戸がそんなことを言い出す。

 だが、その公園には見覚えがあった。かつて上条の二千円札を呑んだ因縁の相手、それは大抵彼女との遭遇を意味する。

 「いや、七海……!ここはやめとこう…!ほら、自動販売機なんてここ以外にもある訳だし?ちょっとぐらい我慢しよう!でなきゃ、俺、ビリビリ中学生に絡ま…れ……?」

バチッ!迸る音に背筋が凍る。振り向くとそこに彼女が立っていた。

 「誰に絡まれる、ですって?」

恐ろしい笑顔でこちらを見つめる美琴。彼女も彼女で何か入った紙袋を片手に持っている。

「よ、よう!御坂!元気だったか?」

レジ袋を守戸に預けて無理に挨拶する上条に電撃が放たれる。これを右手で打ち消す。

 「相変わらず、忌々しい能力よね。その右手」

むしろ、忌々しいのは効かないからといって平気で電撃を浴びせてくる美琴の方なのだが、それを言ったとして「何?」とか言われるのがオチなのでやめておく。

 

 「あ、そうそう。そう言や、この前のお礼何もしてなかったわよね」

「いや、だからそれは良いんだって。お前がいなきゃ俺も手助けできなかったんだから」

「うっさいわね。それならせめて、飲み物ぐらい奢らせなさいよ。佐天さんはクッキーが何とかって言ってたけど

「あ?何でそこで佐天さんの名前が出てくんだよ。まあ、お前がそうしたいなら受け取るけどさ。あと、こいつにも奢ってやってくれ。こいつが七海守戸、匡勢を説得した奴だ」

「なるほど。そういうことならいいわよ」

 結果、上条にお茶が、守戸に感謝の言葉付きでジュースが渡る。美琴の方はお気に入りの炭酸飲料。流石に今回は故障を悪用した姑息な蹴りは使わなかった。

 

 そんなこんなで、朝から乱入続きの色々カオスな状況である。

 だが、まだ続く。上条はカオスの深淵へどんどんと落ちていく。

 「お姉様……?」

最後は白井黒子。ここで彼女の登場は美琴にとっても最悪この上なく、ため息まで聞こえた。

 「お姉様!またこの類人猿…とぉぉぉおおお??」

白井は上条に加えて、守戸がいることに唖然。

「二股だなんて……そん、な…。お姉様、が……」

震える声の彼女の頭に美琴がげんこつを喰らわせる。

 と、同時に何故か上条まで守戸に叩かれる。

 「なぁ、上条。これのどこが不幸だよ。第四位ともじゃれ合って、佐天さんってのも女の子だな。あと、風紀委員(ジャッジメント)の少女とも知り合いか。羨ましいな、オイ」

と言う守戸。

「じゃれあっ……!?」

と赤くなる美琴。

「そうそう。殿方2号さん。わたくしお姉様の露払いを務めております風紀委員(ジャッジメント)の白井黒子と申しますの。今は仕事に戻りますが、もしお姉様に手を出そうものならこの黒子が絶対に許しませんのよ。分かりまして?」

と忠告する白井。

 「だからぁ…そうじゃないつってんでしょうがぁぁぁぁぁっ!」

雷が直撃するより前に白井は空間移動(テレポート)した。

 その隙に上条は逃げ出す。守戸はああ言うがやはり、これは不幸以外の何物でもない。

 

 さて、料理対決の方はと言うと、舞夏がホワイトシチュー、守戸がチャーハン、上条が肉野菜炒めで勝負に出た。言い出しっぺは電話がかかってくるなり、かなり怒って出ていったらしい。

 その程度で戦火が収まるはずもないのだが、あの土御門が義妹の手料理を差し置いてどこかへ行くというのはよっぽどだ。不穏なものを感じさせる。

 そんな中、ジャッジは下る。

「全部美味しかったけど、とうまの肉野菜炒めが一番かも」

と。

 まさかのどんでん返しで勝ちをもぎ取った上条。『とうまに初めて会ったあの日、野菜炒めを食べ損ねちゃったからとうまの野菜炒めには特別な意味があるんだよ』とのこと。当然、その日の俺は記憶を失う前の俺であって覚えていないのだが。

 「料理で大切なのは味だけじゃない、ってことだな」

「だなー」

と他の2人も負けを認める。

 

 だが、それは束の間の日常。やはり、上条当麻は非日常のある中でしか生きられない。

 この日、エーゲの海域に悪魔の王が降臨した。



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#11 蘇るトラウマ

 同じ三連休の二日目。

 タダめし食らいの居候にベッドを占領され、平然と空けられている1人分のスペースで添い寝をする勇気もない少年は、いつものように水気を抜いた浴槽で目を覚ます。

 そんな訳で上条は風呂場の戸を開けて、洗面所でうがいと歯磨きを済ませるとリビングに出る。

 

 そこで上条は惨状を目の当たりにし、愕然とする。

 部屋がメチャクチャになっていた訳ではない。

 すべてはインデックスが眠っているはずのベッドに凝縮されている。

 蘇るあの日のトラウマ。いや、それを超えている。

 姿は少女から青年、髪色は銀から赤、背は短身から長身に変化。職業で言えば、修道女から神父とかいう物理的にあり得ない転職。

 「おはよう…とうま……」

ちゃっかりくわえタバコとバーコードの刺青までしたソイツは寝ぼけ眼を擦りながらインデックスの口調で挨拶した。

 「あぁぁぁぁぁああああああああああっ!?」

上条は堪らず叫んでいた。

 

 「とうまー…朝ご飯作って欲しいんだよ。ねぇ、とうまー!」

ステイル姿のインデックスが朝食を要求してくるが、今の上条はそれに応えられる心持ちではない。

 どうしてこんなことになっているかは心当たりがある。

 それにしても、上条を嫌う態度の目立つステイルと入れ替わってしまうとは、いつもながら何たる不幸。これ程の気持ち悪さを感じたことがあるだろうか。

 一応、テレビも付けてみる。

 朝のニュース番組がやっていて、五和、舞夏、インデックスの姿をした3人が世界中で多発するUMA騒ぎの話をしていた。

 それが終わると、天気予報に切り替わる。担当は建宮斎字とアカシャである。

 次に外へ出る。やはり、道を行くのは明らかに不相応な服装の老人や中年だ。

 間違いない。誰かがあの魔術、あるいはあの魔術と同じ結果を呈する何かが起こっているのだ。

 

 と、守戸の部屋の扉が開く。

 「どういうことだ?」

そこから出てきた彼、いや、彼女?の姿を見て上条は思わず洩らした。

 前提として、守戸にはあらゆる異能を打ち消す夢想断ち(ファントムルーラー)がある。だから、影響は受けないはずなのだがそれは違った。

 「上条。どうした?そんなに冷や汗かいて?」

とオリオナ=トムソンの姿で守戸は言う。

 上条は急いで部屋に戻って、この地獄から目を背ける。

 なぜ、守戸は入れ替わったのだろうか。まさか、外見の入れ替わりは異能によるものではないのだろうか。

(いや、それはないか……。インデックスや七海の反応を見るに、俺の中身と外見は一致してるみたいだし…)

その推察は自己解決で否定された。

 

 「なぁ、土御門。今って一体どういう状況なんだ?また御使堕し(エンゼルフォール)みたいなのが起こってるってか!?」

土御門に電話を繋げて確認を取る。

『ご名答ー!!覚えてくれていて何よりだにゃー』

彼は的中を表明する。

 

 御使堕し(エンゼルフォール)。セフィロトの樹とかいう概念世界の身分階級表に干渉し、天使を人間の位に落とした大魔術。かつて、上条の父親、上条刀夜が偶然発動させてしまった魔術の名だ。

 外見の入れ替わり。あの時も今と同じ現象を引き起こしていた。

 

 『だが、本命はそっちじゃない。いや、ある意味では本命か……』

「?」

『カミやん、サタンって知ってるか?』

「は、サタン?」

『悪魔の名だ。それも最強のな。元は天使だったとされる。昨晩、そのサタンが何者かに召喚された。術師は悪魔崇拝者、それも個人ではなく集団だろうな。あれは少数で召喚できるものではない』

 「ちょっと待て。御使堕し(エンゼルフォール)だけでもややこしいってのに悪魔だの悪魔崇拝だの!」

いよいよ、話についていけなくなった上条。土御門は構わず

『案の定、理解が及ばないか……。だが、これだけは分かってもらうぜい。目的は、神の御座たる天上を悪魔の支配下にすること。それが、全悪魔崇拝者の望みぜよ』

 

 UMA騒ぎの発端でもあるらしい堕天還り(サタンズリターン)と呼ばれるその計画は、土御門の私見によると3つの段階がある。

 

 初めに憑依。悪魔は召喚者との契約の元、人の肉体に癒着。その主導権を奪い取ろうとする。

 サタンは学園都市に消え、時間を考えればこれは既に完了している。

 次に魂の侵食。憑依した悪魔は自らの悪性で宿主の魂を侵し、単一の魂となる。悪魔の魂と完全に同質のものだ。

 これにはより長い時間を必要とする。それ故に、しばしの余裕が与えられている。

 そして、最後にその魂を天上へ送る。御使堕し(エンゼルフォール)の作用により、天使の肉体に悪魔の魂が入るのだ。術師は御使堕し(エンゼルフォール)の手掛かりを求め、土御門を追っている。

 入れ替わるのは天使長、神の如き者(ミカエル)。最も偉大で強大なる大天使。

 セフィロトの樹において第六のセフィラ、(ティファレト)を司り、奇跡の右手であらゆる悪魔を蹂躙する。

 計画の完遂は悪魔にとって天敵の消失を意味する。

 結果、悪魔は台頭。世界の法則は歪み、十字教の地位のみならず、人の尊厳をも揺るがす。

 

 そんなこんなで、既に色々とややこしいのだが、土御門は目下進行中の御使堕し(エンゼルフォール)は別物であるとも言った。

 目的は天使の力を借りて堕天還り(サタンズリターン)を破綻させること。

 適任は先述にもあった神の如き者(ミカエル)

 だが、問題はその強大な力が宿主ごと悪魔を地獄へ縛り付けてしまうということだ。

 つまり、巻き込まれただけの人間が犠牲となる。

 上条の性根はそれを許さない。知り合いであるなら尚のこと、たとえさうでなくとも同じだ。

 戦う理由は十分にある。

 

 『天使に見つかるまではカミやんの土俵だ。悪いが今回は手を貸せない。召喚魔術において、儀式場は『門』でしかない。『門』を閉じればヤツは戻れなくなるが、送り返すことはできない。誰一人犠牲にしたくないなら、お前がこの計画を終わらせろ。お前の右手にもそれをなし得る力があるんだからな!!』

土御門は鼓舞するよう言って電話を切った。

 戦う理由は既にあって、その言葉が足りなかった覚悟を与える。

 インデックスを黙らせるために朝食としてざく切り生キャベツだけ作ると、上条はさっさと部屋を出る。

 誰かを犠牲にするのではなく、誰も失うことなくすべてを終わらせるために。



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#12 とばっちり

 時は戻って、現地時間にして前日の17時半ごろ。

 インドのチェンナイ、白く美しいサン・トメ大聖堂。

 南アジアの少数十字教派であるバーラト済教の本部に茶髪の神父が駆けつけた。

 「最大司教!最大司教はいらっしゃいますか!?」

「わらわはここじゃ。どうしたのだ、ヴァーユ?落ち着きがないの」

その神父、ヴァーユ=リグに呼ばれて奥から現れたのは緋色の修道服に身を纏った、長い黒髪で妖艶な雰囲気の美女どある。

 名はサフラニ=マハーラージャ。バーラト済教の首座、最大司教の26代目。

 「中国河北省にてサタンの姿が確認されました!それに伴い、悪魔の軍勢が人々に襲いかかっています!イギリス清教、ローマ正教からも同じような状況にあるようです。さらに、ギリシャ聖教から自国の悪魔崇拝者によるものだろうとの通告が……!」

と聞いて、彼女は

「サタンじゃと……!?それはどの方角へ向こうた?」

と問う。

()()()です」

ヴァーユはそう答え、対応を求めた。

 「欧州から河北を通り、東南東か……。さらば、行き先は……」

「はい。おそらくは日本、正確には学園都市でしょう。あそこにはあの少女がおります」

「禁書目録か。確かにあの『知識の宝庫』があれば、何をするにも有用じゃな。止めねばならぬが、どんな手を使えばよいかのう……」

 

 「御使堕し(エンゼルフォール)を使うのはどうだろう?」

と、後方から1つの解を出したのはシュレーシュタ=プラーナだ。

 インドにおいて教会同等の権威と組織力のある魔術結社『悉くを知る陰の王』リーダーである。

 「今、御使堕し(エンゼルフォール)と言うたかシュレーシュタ。たしかに、天使を使えば悪魔も鎮められよう。しかして、アレは文献にない未知の魔術じゃろう?」

予想だにしない提案にサフラニは戸惑った顔をする。

 だが、シュレーシュタは動じなかった。

 「ああ。当然、私の創作(オリジナル)だ。が、あんなものと同じにしないでもらおう。私が編み出したのはあんな陳腐なものではない。完成された御使堕し(エンゼルフォール)だよ」

「いいじゃろう。そなたに任せる」

「よし。今すぐ、世界各地に御使堕し(エンゼルフォール)の発動を通達しろ。結界を張れば、その影響から逃れられる」

 そう言って早速、自らが指揮にまわった。

 

 無数の霊装を精密に組み込ませ、教会に巨大なセフィロトの樹を描き出す。

 工程完了までおよそ3時間。教会と結社双方の人手を合わせても、完全なる御使堕し(エンゼルフォール)の構築にそれだけの時間を要した。

 シュレーシュタはそこへ『聖なる気』を注ぎ、位階の波長を望むままに崩していく。

 

 そして、同日の午後9時頃。御使堕し(エンゼルフォール)の影響が世界を覆った。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 さて、連休の二日目の上条が起きる少し前。

 御坂美琴が目を開けると、見えたのは寮の天井でなく白の天井だった。

 原因不明の大怪我で病院に運び込まれ、無事、処置を終えた後なのだ。

 「よかったですわ、お姉様。お目覚めになられて……!」

付き添いの白井は若干涙目で美琴の手を包む。

「黒子……。私、また……」

美琴が静かな声で言うと、

「一体、昨日の夜、何がありましたの?朝起きましたら、血を流して倒れていらして……。幸い、大事にはいたらなかったようですけど」

「あー……。昨日のことはあんまり覚えてないのよね。夜中に目が覚めたんだけど、あの時は私が私じゃなかった気がしたっていうか…()()()()()()()()()()を全身に感じていたっていうか……?」

 「お姉様!もしかして昨日、変なものでも口にしたのでは!?あの類人猿と殿方2号に何か盛られたとか……!」

凄まじく被害妄想を膨らます白井に

「そんな訳ないじゃない。アンタじゃあるまいし。大体、出血性の毒物なんてアイツらがどうやったら手に入れられんのよ。そんなことする奴らでもないし」

「そりゃ、そうなんですけども」

 ずっと付き添いたかったが、白井には風紀委員(ジャッジメント)の仕事がある。未練を絶ち切るように病室を出ていった。

 

 「数値は全て正常なようだね。しばらく、安静にしてれば問題なく退院できるだろう」

少しして来たカエル顔の医者は言う。

「そうですか。よかった……」

「それにしても立て続けに病院のお世話になるなんてね。あの少年の後を追うことにしたのかな」

胸を撫で下ろした美琴に医者は少々呆れた顔をする。

「いや、別にアイツと同じことをしたい訳じゃ……今回は絶対私のせいじゃない…いつもどこかの誰かさんのために怪我して帰ってくるなんてそんなバカ、アイツぐらいよ……」

 「まあ、僕がいるから問題はないと言えばないんだけどね……なるべく煩わせないでもらいたいね」

最後、何気に凄いことだけ言うと彼も病室を出ていった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 そして、昼が訪れた。

 仕事を終えた白井は、初春飾利、佐天涙子とファミレスで合流し食事を摂る。

 「それって世界中で悪魔の目撃情報が絶えないことと何か関係あるんでしょうか?御坂さんがあんなことになったのも昨日なんですよね?」

ドリンクバーのオレンジジュースを啜りながら佐天はそんなことを言った。

「また、そんな非科学的な……。関係があるも何も、ただの都市伝説なのでしょう?」

白井は心底呆れて、そう返す。

 

 「それがそうとも言い切れないんですよ。これを見てください」

差し出した携帯には都市伝説サイトのとあるページが映っている。

 『悪魔崇拝者の仕業か!?魑魅魍魎の侵略者たち!』という見出しに、数十の証拠写真。まさに悪魔という出で立ちだ。

 「なっ…!確かにこれは……」

認めそうになって白井は雑念を掻き消すように首を振る。

「そんなのどうせ合成とかですわ」

と言葉で思考を否定に固める。

 「そんな夢のないこと言わないでくださいよー、白井さん」

都市伝説好きとしては不服な佐天だが、

「学園都市のそれも常盤台の生徒がゴシップを信じる訳にはいきませんのよ」

白井は冷たく言って、紅茶を一口飲む。

 

 白井はステーキを、初春はミックスフライを、佐天はオムライスを。

 それぞれ食べている窓越しに、ツンツン頭の少年が横切っていった。



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#13 悪魔憑き

 上条当麻はメロスさながら、街を駆け抜ける。

 実は能力者や魔術師より個人的によっぽど厄介な現実の武器を振り回す連中に追われる人生を歩んできたおかげか、上条には持久力というものが備わっていた。

 不本意だが、こればかりは己の不幸に感謝せねばなるまい。

 

 そして、少々浅はかだった。

 時には赤信号を渡ったとしても、歩道を行く人たちには気を遣っていた上条だったが、あらゆる可能性を考えておくべきだった。

 路地裏から人が飛び出してくる可能性を。

 

 ダンッ!

 激突音とともに、両者後ろへ投げ出される。

 「す、すみません!とても急いでて、前を見てませんでした」

今のは十割上条が悪い。そう思って、右手を差しのべるのだが突き飛ばした少女の姿を見て、冷や汗が滲み出た。

 御坂美琴である。

 ところが、彼女は意外に穏やかだった。電撃を浴びせられることはないくらいには。

 「まったく、気をつけなさいよね。大きな怪我を治療してもらったばっかなのに」

そう言って、彼女は上条の右手をとった。

 その瞬間、幻想殺し(イマジンブレイカー)が反応を示す。

 美琴が騙し討ちで電撃をお見舞いしようとした訳ではない。第一、右手に触れた状態で騙し討ちなど不可能と彼女も心得ているはずである。

 だが、右手は美琴の手に影響を及ぼす何かを打ち消した。

 

 反射的に手を離した美琴、いや、()()()()()()()()()()()()の表情が変わる。

「(しまった……。こいつの右手は魔術に対しても有効なのか…!)」

ソイツは心中を押し殺し、平然と別れを告げて、さっさと去っていく。

 上条は直感でアレが超能力ではなく、魔術であると踏んだ。

 大きな怪我の治療、超能力者が魔術を使用した際の副作用。

 反応も刺突杭剣(スタブソード)改め、使徒十字(クローチェディピエトロ)の一件で見せたオリアナ=トムソンのソレに近しいものがあった。

 当然、魔術を知らない美琴にそんなことができるはずはない。思いつく限り、たった1つの例外も除いては。

 少なくとも、辻褄は合っている。

 不幸体質の分際で、上条当麻は博打に出た。あの何者かに当たりを付けたのだ。

 

 結果、博打は成功した。

 無人の広い空き地に入ったタイミングで尾行を止め、何者かの肩に触れる。

 「アンタ、何なのよ!もしかして、ストーカー…?アンタも黒子と同じタイプなの!?」

いい加減、頭に来て、何者かはそう言った。

(あんな変態、白井以外にいねぇよ……)

失礼な返事は心の中にしまっておく。

 「うるせぇっ!!お前が御坂じゃないってことぐらいわかってんだよ!」

上条は怒鳴って返す。

 

 突き付けた仮説はこうだ。

 「1つ。お前は大きな怪我の治療と言ったな?それは超能力者が魔術を使ったときに出る副作用じゃないのか?御坂は超能力者(レベル5)だ。そう、簡単に大怪我はしない」

人差し指を立てる。

「2つ。俺の右手に触れた瞬間、幻想殺し(イマジンブレイカー)が何かを打ち消した。能力を使った様子はなかったのに、だ。あれは魔術で細工でもしてたんじゃないのか?」

中指も立てる。

「3つ。現在、御使堕し(エンゼルフォール)って魔術が発動しているらしい。今でも付いていけてないんだが、天使が人間の位に落ちたとかで外見が入れ替わるんだよ。だが、お前は見た目通り、いつもの御坂だった。御坂を演じていたとしか思えないだろ」

薬指も立てる。

 「悪魔が召喚されたとも聞いている。それで全部説明がつく。お前がサタンとかいう悪魔だろ。違うか?」

点と点が繋がり、一つの説が完成した。

 

 図星である。吐き捨てるように放たれた電撃を右手で払う。

 「天使が人間の位に落ちただと?そんなはずあるまい。セフィロトの木は常に満席のはずだ。我輩のような召喚とは訳が違う」

諦めてサタンは自身の口調を取り戻す。

 「まあ、そこら辺は俺にもわからないけどな。お前は俺が止める。覚悟しろよ、サタンッ!!」

「魔術すら消したお前の右手は厄介だ。必ず我輩の計画の邪魔になる。ここで殺しておいた方が後味良いよなぁ、クソガキィッ!」

 両者の怒りと闘志が激突する。

 

 まず、目の前を黒いものが巻き上がって、サタンの左手に剣を形づくる。

 『砂鉄の剣』。電流が生む磁場を利用した応用技。サタンは美琴の身体を乗っ取ったどころか、その能力まで支配してしまったらしい。

 サタンは右に左に剣を払う。上条はかわして、かわして、上から振り下ろされるその隙へ右手を伸ばす。 

 触れた瞬間、電力を失い、磁力を失い、剣は元の砂鉄となって散る。

 だが、後ろからも『砂鉄の剣』は迫っていた。それも難なく右手で散らす。裏をとったとして、それが異能なら触れさえすれば無意味なのである。

 「お前が御坂の脳内を覗けるってんなら分かるはずだ!こんなのいくらやったって無駄だって……!」

上条は言ってやるが、サタンは余裕の表情だった。

「バーカ」

不敵な笑みと共に言われる。

 気付けば少しばかり大きな影に呑み込まれている。

 上を見ると、何本かの鉄骨が無造作に浮き上がっていた。

 「逃げろよ。背を向けて」

言われなくても、そうした。とにかく全速力で遠くを目指す。

 それでも、敵から目を離さなかったのが功を奏した。

 

 コインの白い光がこちらを睨んでいる。

 「嘘、だろ……」

擦過覚悟で無理矢理、地面へ飛び込んだ。

 次の瞬間。

 ガギュンッ!!空気を引き裂く超音速の金属弾が、顔のすぐ上を突き抜ける。

 御坂美琴の代名詞、『超電磁砲(レールガーン)』は紙一重で凌いだ。

 続く鉄骨の猛襲からも地面にダイブする大胆な策でなんとか逃れる。

 

 紙一重を二つ乗り越え、肩から肘にかけてできた大きな擦り傷。あのまま超電磁砲(レールガーン)に貫かれるか、鉄骨に押し潰されるかしていれば命すら危うかったのだから、これぐらいどうってことはない。

 「今のを躱しやがるか……!」

悪魔らしく狡猾な異能の連撃だったが、戦闘不能にさせられずサタンは歯噛みする。

「生憎、こっちは右手一つでいくつもの死線を乗り越えて生きてきたんでね……」

と煽ってやった。

 

 「フハハハ……!では、ここに数の暴力ってヤツも混ぜることにしよう」

すると、サタンはそう言って美琴の身体を一旦捨てる。

 「超能力者が魔術を使ったときの副作用と言ったか、あの怪我は?そんなつまらぬものでそこの素晴らしい受肉体を失うわけにもいかんのでな。人界などつまらぬ世界と思っていたが、魔術も使わずあんなものを実現するとはな……。どうせ離れる世界だが、もう少し楽しんでおきたいのだよ」 

そう言ってほくそ笑むサタンは残忍な目、歪んだ双角、鋭い牙や爪、背中には黒の翼とまさに悪魔という姿であった。

 美琴の身体を取り戻そうと走る上条だが、地面に描かれた無数の黒い魔法陣から小さな悪魔が次々と飛び出して、その行く手を阻む。 

 なす術なくサタンは美琴の身体に戻ってしまった。

 「実は密かに砂鉄で法陣を描いてたのだよ。悪魔王たる我輩の狡猾があの程度のものだと思ったか」

奴がそう言って合図を送ると、小さい悪魔的なのが雪崩のように押し寄せてきた。

 

 しかし、ミニ悪魔は右手に触れたものから消失していく。まさかと思って、胸を圧迫している悪魔の一体にも右手で触ると同じ結果を呈した。

 そう言えば、あの時もそうだったではないか。

 以前の御使堕し(エンゼルフォール)で、天使であることを隠し、行動を共にしていたミーシャ=クロイツェフ。幻想殺し(イマジンブレイカー)が有効と思ったのか、あるいは知っていたのか。彼女も()()()()()()()()()()()()()()()

 もしかすると、この右手は魔術で現界した存在であれば、元の場所へ帰還させることが可能なのかもしれない。

 

 ミニ悪魔の大軍を退けるのに、数分取られた。

 上条はしたり声で立ち上がる。

 あちこち噛みつかれたせいで体中、血濡れた歯型だらけになっていた。どこからかも分からない疼痛が喧嘩でもするように訴えかけてくる。

 「何っ…!?貴様の右手はそんな芸当もできるのか!」

サタンも驚愕の一言だった。しかし、奴は上条にとって致命的な弱点にも気付いてしまう。

 「だが、今ので分かったぞ?貴様の力は右手にしか宿っていないのだろう?」

見透かされて、脈が速くなる。

「こっちも気付いたぜ。お前がいくつの魔術で自分を守ろうが、全部ぶち壊して直接触れちまえば俺の勝ちだってな」

矜持で言い返し、サタンへ突っ込んだ。

 互いに勝利への道を見定め、戦いはクライマックスへと突入する。



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#14 閉門

 強い磁力を帯びて、足元の鉄骨が浮きあがる。

 上条はそれらを足場に空中からサタンに接触を狙う。サタンに気付かれるより先に、そこから飛びかかった。

 と、ゲームセンターのコインが目の前に散らばる。

 「超電磁砲(レールガン)ッ?こんなにっ!!!」

上条は思いきり重心を後ろへ。それに応じて、敵は電流の光芒でコインを繫ぎ、鞭のように体を叩く。

 地面にぶつけた背中の痛みに加え、四肢に痺れたような痛みを覚えた。

 電熱を纏ったコインを押し付けられて、上着も皮膚も灼けている。

 

 そこへ容赦なく鉄骨の雨が降り注いだ。

 急いでかわして、勢いで懐へ突っ込む。

 「がっ……!?」

しかし、触れられはしなかった。先に敵の膝が鳩尾を打ち、怯んだところへ拳の強打を畳み掛けられる。

 思わず、腹を押さえて後ずさる。

 そこへすかさず敵が飛び込んだ。上条は右腕を伸ばすが、なんと宙返りでかわされて、しかも、後ろを取られる。

 振り向くより先に、背中を拳が突いた。

 上条は右腕を横に振って牽制し、とりあえず敵を退ける。

 

 だが、すぐ目の前まで距離を詰められた。

 「なっ…」

「驚きが隠せないか、ガキィッ!」

咄嗟に後ろへ飛んだが、間に合うはずがない。

 間もなく、胸部に強烈な蹴りを食らう。

 バギバギッ、と嫌な音が身体の内から聞こえた。肋骨が二、三本折れたらしい。

 それだけでは収まらない。その激しい痛みに苛まれながら、上条は後方の石壁まで吹き飛ばされたのだ。激突した瞬間、今までにない激痛が身体を貫いた。

 

 あの速度にこの威力。

 止まない痛みで思考が鈍るが、明らかにおかしいということだけは理解できた。

 いくら能力者とは言え、所詮、身体は人間である。人間があんな瞬発力と破壊力を出せるはずがない。ましてや、美琴の能力は身体強化ではなく、発電である。

 「答えは簡単だ」

心の声を汲み取ったのか、サタンは人並み外れた身体能力のからくりを説明する。

 「筋肉ってのは電気信号で動いているだろう?それをこの女の超能力で操ってやったのさ。身体にはかなりきてるみたいだが、俺には関係のないことだ」

 「ク……ッソ」

意識が朦朧とする中、辛うじてそれを聞き取れた。美琴の身体を軽んじる悪魔の言葉に怒りを感じる余裕まではなく、間もなくして意識を喪失した。

 

 サタンは動かなくなった上条にトドメの超電磁砲(レールガン)を構える。

 殺したその後、美琴に自我を戻せば第二段階の完遂は近い。返り血に濡れた服を見れば、否が応でも人を殺めてしまったことに気付かされる。しかも、その人とは自分の想い人である。宿主の精神は確実に崩壊する。

 その隙をついて、一挙に魂を汚染する魂胆だ。

 

 だが、次の瞬間。

 異変は起こる。サタンはその異変が何であるかすぐに理解した。

 

 

「門を…閉じられた……!?」

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 それから少し時は遡り、事件の発端、エーゲ海に浮かぶとある島。

 そこに剣を携えた男の影があった。

 「……ここか……」

男は魔力を感じ取って、つぶやいた。結界である。

 「……幽隠の霧(フェートフィアダ)か……」

それはアイルランドの神話に由来する姿隠しの結界術。領域の内側のあらゆる物体は術者の許しを得ぬ限り、無きものとして知覚される。

 だが、人として異形の肉体を持つ彼にその制約は何の意味もなさない。

 

 「……我が身は人為の罪科を洗う……ッ!」

詠唱とともに、結界は男の特異な魔術によって中和され、廃れた教会が露わとなる。

 石造りの扉は固く閉ざされていたが、男は構わず進む。

 間もなく、扉は男に軽く触れただけで崩れ落ちた。

 

 中に入るや、黒いローブの魔術師数十人が四方から火球を放つ。

 「……無駄だ……我が身は人為の罪科を洗う……」

だが、それが男をとらえることはない。彼に触れるとすべて弾けて消えていくのだ。

 男はまた1人、また1人と斬り伏せて、無傷で一掃する。

 さらに、前方から槍や剣を持った魔術師が飛びかかってくる。

 「……雑兵が……」

男はそう言って、攻撃をかわし、剣で受け、生まれた隙へ一気に斬り込んだ。

 

 そうこうしていると、奥からさらに12人を率いて背の高い男が現れる。

 「なんだ。この状況は……?」

男は誰にとでもなく尋ねる。だが、それに答えられれたのはただ1人。

 「……私がやった……」

「何……ッ?貴様、何者だ!?なぜここが分かった?いや、なぜ許可もなく侵入できる!」

「……神の左座、真天のアルファ……。結界は破壊しておいた……。術者はお前だな……」

 アルファはその男、事件の首謀者マヴロ=クレメンスに突撃を仕掛けた。

 

 「業火は忌むべき罪人を灼き尽くす」

後ろの12人が一斉に詠唱する。すると、マヴロたちを黄金の炎が取り囲む。

 火刑。術者の信仰する教義に基づき、「異端」のみを炎によって害する大禁呪。

 術者単体では大した効果を示さないが、他の信徒との集団使用により、その威力はいくらでも増す。

 13人ともなれば、理論上炎は摂氏6000℃にまで達する。

 「……幽隠の霧(フェートフィアダ)を破壊したと言ったはずだ……私に魔術は効かない……。……我が身は人為の罪科を洗う……ッ!」

だが、アルファはそれをものともしない。

 炎を掻き消して突破し、剣を振り上げた。

 マブロスは咄嗟に土の魔術で自身を守るが、

「……我が身は人為の罪科を洗う……」

当然、アルファに粉砕され、抵抗虚しくマヴロは斬り捨てられる。

 その凶刃で残る12人も残滅した。

 

 アルファは血濡れた剣を片手に教会の奥へ。

 そこに巨大な法陣を見つけた。サタン召喚に使われたものに違いはない。

 法陣は地獄の門。破壊されれば、地獄と人界は再び乖離する。

 後は誰かがサタンを地獄に帰せば、それで終いだ。

 「……我が身は人為の罪科を洗う……」

魔方陣の中心でアルファが唱えると、召喚術式は根源から崩壊。

 獄門は一瞬にして閉ざされる。



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#15 輝く腕

 上条当麻は願っていた。ただ当たり前に、ただいつものように、ハッピーエンドを求めて戦った。

 だが、少年は敗北を喫する。

 敵は御坂美琴に憑依し、学園都市第四位の能力(チカラ)を手にした悪魔サタン。

 美琴の脳を覗いて知識を盗んだばかりか、悪魔らしくえげつない発想で彼女以上の強さを発揮した。

 

 「そうだ!超電磁砲(レールガン)とやらでコイツの頭をぶち抜いて、その瞬間を御坂美琴に見せつけてやろう。記憶を見る限り、この小娘はこの男に気があるな」

サタンはほくそ笑み、ポケットからコインを取り出す。

「自らの手で想い人を殺めたと知れば、こいつの魂はズタボロだ。簡単に乗っ取れる。後は信徒どもがどうにかしてくれる」

 サタンは高笑いして、親指で手に乗せたコインを弾く。

 

 ところが、超電磁砲(レールガン)が上条の脳天を捉えることはない。

 「は?」

地面に叩き落とされたコインを、サタンは腑抜けた声を出す。

 しばし困惑し、彼は理解した。その右手には上条の右手と同じ力が宿っている、と。

 助っ人に現れたのは七海守人、の見た目をしたどこかの誰かさんだった。

 肉体は守人そのものであ、右手の力は健在だ。

 サタンは一度その場から離れる。

 

 「チッ……あの小僧も上条当麻と同じ力を持っているやがるな。忌まわしい!」

サタンは苛立ち、鉄骨をけしかける。それをカミト(仮称)はのらりくらりとかわし、間合いに入ると勢いよく右のフックを繰り出した。

 急激な動きの変化にサタンは回避が遅れて、拳が頬を掠める。迎撃術式を施した保護膜を1枚引き剥がされる。

 さらに、第二撃。

「(肘ッ!?)」

返しの肘打ちをまともに食らって一気に3枚。

 4枚目をいかれる前に何とか飛び退いたが、カミト(仮称)は着地の瞬間に頸部側面への手刀を合わせる。サタンは咄嗟に身体強化をして逃れる。

 

 怒濤の連撃はサタンに付け入る隙を与えない。

 たまの迎撃も余裕でかわし、着実に保護膜を剥がしていく。

 初速に能力を使う超電磁砲(レールガン)の仕組みを考えれば、魔術や超能力を封じる力も意味はないはずである。

 それなのにカミト(仮称)は何度も右手でさばく。そればかりか、逆に発光が目眩ましとなって敵の反応を鈍らせる。

 訳は分からないままだが、サタンは超電磁砲(レールガン)を封印することにした。

 1枚剥がされては後退、また剥がされてはまた後退。

 ほぼほぼ防戦一方で、サタンはどんどん後ろへ追いやられていく。

 

 それはサタンにとって怪我の功名だった。

 気付けば、砂鉄の法陣を描いた場所に戻ってきている。

(悪魔である私が言うのも何だが、勝利の女神が微笑むのはこっちらしい)

サタンはその砂鉄に電気を流した。

 下からの砂鉄による斬殺。それができなくとも、右腕は落とす。それで力が消えれば万々歳、消えなくとも激痛で動きを止められる。

 カミト(仮称)がサタンに集中している以上、下からの攻撃は回避不能。回避できたとして、完全とはいかない。

 『砂鉄の剣』は未だに見せておらず、警戒もない。単に砂鉄を集める暇がなかっただけだが、むしろ都合が良くなった。

 

 かの者はそこで来る。やはり、天は悪魔の味方など決していしない。

 「irf発見mq……awrq久闊ydf……ejf排除ht」

神の如き者(ミカエル)、だと!?」

背に一対の燃ゆる翼を持つ修道士の少年は、ノイズ混じった声を発した。

 少年が右手を掲げると、太陽は一瞬で真南まで昇る。

 火の象徴にして太陽を守護する右方の赤色。シュレーシュタの御使堕し(エンゼルフォール)でバーラト済教修道士の身に降りた、天使長神の如き者(ミカエル)だ。

 堕天使であるサタンは気配から、中身はそれだと理解した。

 それで気を取られ、カミト(仮称)に残る2枚の保護膜が剥がされてしまう。

 何とか直接の接触は免れたが、後方にいるのもこれまた天敵。

 サタンは早急にカミト(仮称)を殺し、その場を去る必要に迫られた。

 

 上条当麻が長めの失神が覚めたのも、その時である。

 まず、目に移ったのは対峙するカミト(仮称)とサタン。その後ろには有翼の修道士。魔術に疎い上条でも、それが天使であることを察っした。

 「天使はダメだ……!あれがミカエルなら、御坂が……」

ヨロヨロと立ち上がり、右拳を握る。状況は読めないが、やることは変わらない。

 サタンに向かって疾駆する。

 そこで、さらなる最悪が上条を襲う。

 ザグシュ!という音とともに守人は体の右側から血を吹き出した。地面からの『砂鉄の剣』を避けきれず、右腕が飛んだのだ。

 「な、七海ぃぃぃぃぃぃっっ!」

サタンへの怒りが増した。もう時間もない。

 上条はさらにピッチを上げる。

 

 が、間に合わなかった。正確には、もう間に合わない。

 修道士の右手が凄まじい力の奔流を巻き起こす。

 状況証拠から考えて、あれが土御門の言っていた『聖なる右』だ。

 間に合う奇跡が起きたとして、物量に弱い幻想殺し(イマジンブレイカー)にあれを打ち消せるとはとても思えない。

 上条はそれでも走った。無駄と分かっていても、ここで歩みを止めれば、信念を永遠に見失うことになると直感した。

(畜生……ッ!こんなのアリかよ。こんな救いようのない結末なんて……!)

心中で泣き言を吐きながら、ひたすら走った。

 

 「やめろぉぉぉぉぉぉぉォォォォォッ!!」

自分の無力を呪い、美琴への酷遇を憂い、少年は大きく吠えた。

 神の如き者(ミカエル)がそれを聞き入れるはずもなく、天使の力(テレズマ)を纏った右手は振り下ろされる。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 カミト(仮称)は右腕を切られていても、まったく痛みは感じていなかった。

 それどころか、麻酔をうたれたみたいに全身の感覚が失われていた。

 「やめろーーーっ!」という男の叫び声だけが遠くに聞こえる。

 七海守人の学友、上条当麻の声色だ。

 

 叫びにこもった懇望の念に応えるためか、カミト(仮称)は、真の力を解放する。

 右肩の断面から光の繊維が無数に押し出され、手袋を編むように筋骨隆々の白腕を形づくった。

 天使の力(テレズマ)をも超える強大な力を目にして、神の如き者(ミカエル)は一瞬固まる。

 一方、サタンが感じたのは驚愕ではなく恐怖であった。

「何だその力は!気配は全然違うが…それじゃ、まるで……」

言葉が途切れた。輝く右腕に叩かれて、サタンは宿主から引き剥がされる。

 『聖なる右』はサタン本体だけに振るわれた。

 

 挙げ句、カミト(仮称)の切断された右手は光の繊維と繋がって、肩にしっかり接合される。

 「こんなのアリかよ……」

それまでの悲惨をすべて払拭する奇跡の連続に、上条は腰が抜けてしまう。

 

 奇跡を起こしたあの輝く腕は何なのか。そもそも、七海守人という男が何者なのか。

 当然、上条は全くといって分からない。

 ただこれが、渇望したハッピーエンドであることに間違いはなかった。



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#16 帰還

 正午前のチェンナイ。

 サフラニ率いるバーラト済教、シュレーシュタ率いる『悉くを知る影の王』は、街に現れた悪魔を祓いながら、街中を飛び回っていた。

 

 「我はその邪悪を祓い清めん(マイン トゥジェ ハタァナ)

サフラニが呪言(マントラ)を唱えると、周辺の悪魔は一斉に祓われる。

 

 『流石です、最高司教。しかし、あなたまで悪魔祓いに参戦なさる必要もなかったのでは?シュレーシュタさんは立場を弁えて、聖堂に残りましたよ』

『何を言っておる、ヴァーユ。最高司教だからこそ、わらわは出張っているのじゃ。自分の身を案じてばかりでは、真の十字教徒とは言えんからの』

『……』

『と言ったが、救ってやることで済教の信徒が増えればいいとも思うておる。十字教徒とは何たるかを語っておいて、打算を交えるとはわらわも相当なワルよのう?』

『……。ま、それはそうですね……』

『なーに、心配はいらぬ。仮に何かあったとして、そなたが守ってくれるのじゃろう?』

『は、はい……!必ずお守りいたします!』

 通信用の護符でやり取りするサフラニとヴァーユ。長い付き合いのことだけあって、その信頼関係は本物だ。一朝一夕で築けるような絆ではない。

 

 あちこちで響く祓魔(ふつま)呪言(マントラ)

 サタンがこの街にけしかけた下級の悪魔はどんどんとその数を減らしていく。

 

 イギリスはイギリス清教、欧州全域に渡ってはローマ正教、ギリシャではギリシャ聖教、日本の天草式十字凄教にその他の十字教徒たち。

 教義や国籍は違えど、ともに悪魔を祓い、世界から悪魔が消えていく。

 

 最後には、何の前触れもなくフッとすべてが消えた。

 「終わったか」

「はい。長たるサタンがやられ、悪魔たちは撤退を余儀なくされたのでしょう。邪悪な気も感じなくなりました」

体力と魔力を多量に使ったサフラニとヴァーユは疲弊した様子で公園のベンチにもたれ掛かる。

 それから、通信をシュレーシュタへと繋ぐ。

 

 「悪魔どもが撤退した。サタンがやられたのじゃ。シュレーシュタよ、今すぐ術を解け」

『いや、まだだ。術はまだ解かない』

「ふざけたことを言うな、シュレーシュタ。以前の御使堕し(エンゼルフォール)で何が起こったかそなたも知っておろう?術式を野放しにすれば、神の如き者(ミカエル)が何を起こすのか分からぬぞ。そなたの我が儘で、民を危険に晒すでない!どうしてもというなら、わらわたちバーラト済教と戦うことにもなろうぞ?」

『ッ……。そう、だな。変なことを言ってすまなかった』

「うむ。では、これにて一件落着じゃな」

『あ、ああ……』

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 「善人めが……」

通信が切れると、シュレーシュタは舌打ちをした。

 野望を遠ざけてでも、今バーラト済教と衝突するのは避けたい。渋々、シュレーシュタは

総崩壊(ハル ヴィナァシュ)

と唱えた。

 その瞬間、バリィッッ!と音を立て、霊装はコンマ1秒の誤差もなく一斉に砕け散る。

 

 御使堕し(エンゼルフォール)の術式は破壊され、御使いたちは天井へと帰還する。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 その次の日。

 上条当麻はいつもの病院にて新たなピンチに直面していた。 

 

 「おい、七海!テメェ!一体、俺に何の恨みがあるってんだよ!」

「恨みならあるさ。たった今、できた。まさか、お前が5人も女の子を侍らていたとはな」

「そうなんだよ、そうなんだよ。かみとがいなきゃ、私のお腹はどうなってていたことか……。それを差しおいて、とうまは短髪たちと楽しくやっていたってことなんだね?」

ガジガジとインデックスの歯が擦れあう。

 「ちょちょちょ、ちょっと待て!インデックス!初春さんとは初対面だ!」

「ふーん。じゃあ、()()3()()()()()ってことだね」

「そうだが!て、てか、いつもより軽症つったって、傷ぐ───」

突如、塞がれる口。

 守人は今思い出したように、

「おいおい、病室では静かにしろよ?」

と常識を説いたわ

 

 要約すると、美琴の病室へ見舞いに行くと、白井黒子、佐天涙子、初春飾利の3人組が来客済。

 美琴のことで彼女らと少し喋っていると、俺を迎えにきたインデックス(七海守人同伴)に見つかってしまう。

 そんな訳で、上条は守人の見事な締め技にかけられ、インデックスによる神罰を待つ。

 まるで、処刑台にいるような気分だ。 

 

 白井は見向きもしてくれないし、佐天と初春も手助けできなくて申し訳なさそうにしている。

 希望なんて最初からなかった。

 

 そして、罰は執行される。

 「んが──────────ッッ!!!」

声にならない男の悲鳴が病室に少し響いた。




今話をもって、「堕天還り(サタンズリターン)編」は終了となります。次章は科学サイドの物語「機械反乱(マシンランページ)編」を書きます。1章、2章ともに物語は原作のオマージュでしたが、次章は完全オリジナルの物語です。是非、お楽しみください。


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幕間②
#EX 女子寮


 聖ジョージ大聖堂。そこはイギリス清教の実質的な本拠が置かれる場所。

 最大主教(アークビショップ)の金髪美女ローラ=スチュアートは護符を介し、サフラニ=マハーラージャと談話していた。

 イギリスとインドは、サン・トメ大聖堂再建以来の深い仲にある。

 とは言え、あれは植民地時代のことであり、はっきり言って腐れ縁に近い。別に仲良しこよしという訳でもないのだ。

 

 「相変わらず、妙な口調をしたるわね、サフラニ」

ローラの棚上げ発言に、サフラニは若干キレた。

『そなただけには言われとうないぞ!何じゃ、そのアホみたいな喋り方は?日本人に会ったことがないのか』

「し、心外たるわよ!日本人のチェックはしっかり受けしのだから」

『だとしたら、その日本人はふざけた奴じゃな……』

 そこで、ローラがこほん、と咳払いをする。

 「で、用件は?」

虚空書録(アカシックレコード)についてじゃ。そっちで回収してくれたのじゃろうな」

「そのことね……。心配はいらなきことなのよ。人を遣りて、既に終わりているわ」

『そうか。手間をかけてすまぬな、ローラ=スチュアート。本来、あれはこっちの問題じゃ。わらわたちが保護するのが道理じゃろうて。しかし何分、バーラト済教は魔術結社と近すぎる。同盟先とは言え、彼女をシュレーシュタにやる訳にはいかぬ』

 

 それを聞くとローラは不敵に笑んで、

「構わぬことなのよ。虚空書録(アカシックレコード)を保護せしめるは、我々イギリス清教の利益にもなりしことだから」

と言った。

 『どういうことじゃ』

不安気にサフラニが聞くと、

「願いを聞き入れ、彼女を保護するという恩を売りし内は、こちらの要望も無下にはされぬということよ。義理堅きお前が相手ならばな」

『平気で人の性根も利用する、か……。なるほど。そりゃ、"女狐"と罵られる訳じゃの』

「フフフ……。何とでも言いたるがよいわ」

 

 ローラもサフラニもそれ以上は何も言うことなく、通信を切った。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 その頃、必要悪の教会(ネセサリウス)の女子寮に入れられた件の少女、アカシャは部屋のテレビに釘付けだった。

 

 「まじかるぱわーどかなみん……。これが魔術師という奴ですか」

テレビに映るカナミンとかいう魔法少女を見ながら、アカシャは皆に問う。

 「何言ってやがるんですか。そんなのはただの創作、本物の魔術師ってぇのは────」

オルソラ=アクィナスは、アニェーゼ=サンクティスの口塞ぎ、失言を封じる。

「ダメですよ、アニェーゼさん。無闇に子どもの夢を壊すのはいけません」

「そうですよ、シスター・アニェーゼ。私もファンになってしまいそうです」

とアンジェレネ。

 「ったく、子どもってのは夢見ちまって、羨ましい限りですね」

アニェーゼはオルソラを引き剥がし、言い捨てる。

 「あの……「本物の魔術師って」ってどういうことです?かなみんは偽物なのですか?オルソラさん」

「いえいえ、こちらの話なのでござますよ」

「そうですか」

純真なアカシャが誤魔化されたことに気付かはずなどなく、テレビに目を戻す。

 

 「大体、この『超機動少女(マジカルパワード)カナミン』?というアニメ。子どもに見せるには少々刺激が強いものではないですか?」

そう疑念を呈したのは神裂火織だ。

 彼女は世界に20人といない聖人の1人。おまけに極東宗派、天草式十字凄教の教皇(プリエスエテス)

 

 彼女の言う通り、この『超機動少女(マジカルパワード)カナミン』というアニメは刺激的だ。

 露出度の高い主人公の衣装、それと、敵として現れるフェティシズム全開の触手系モンスター。

 おそらく、R12は固い。

 暇を与えないようにという最大主教(アークビショップ)の計らいでDVDが持ち込まれたが、どう考えても女性陣に贈るような代物ではない。

 最大主教(アークビショップ)が日本文化に疎いのを良いことに、土御門元春が選出したものであった。

 

 と、案の定、触手拘束とかいうお約束のイベントが展開される。

 「ほほほ、ほら!言ったでしょう!こんなのは子どもが、いや、可憐な乙女が見るようなものじゃありません!」

神裂は顔を真っ赤にして訴える。

 「それなら、その子の目は塞いでおいた方がいいんじゃないのか?興味津々だぞ」

「え……?」

シェリー=クロムウェルが指差すその少女は、未だにテレビを凝視している。それどころか、ますます目を輝かせているようにすら見えたわ

 「わ、わ、わーっ!見てはダメです、アカシャ!」

神裂は慌てて駆け寄り、華奢な両手でアカシャの目を塞ぐ。

 「うー、見えないです……神裂さん」

「見なくていいのですよ、こんなのは。お願いしますから、今だけは見ないでください!あなたは土御門みたいな人になってはいけません!!」

「つちみかど、って誰です……?なってはいけないとは、もしや『ろくでなし』の方ですか……」

「大体合ってます……っ!どこで覚えてきたんですか、そんな言葉」

「日本です」

 

 もう必死だった。神裂も、アカシャも。

 片や少女の未来を憂い、片や己の好奇心に駆られ、目を塞ぐ手をどこすの攻防戦に移行した。

 神裂は当然のこと、アカシャもそこそこ力が強い。加減された手なら、わりと簡単に押し返してしまう。

 「仲良いですね、あの2人」

そんな様子にルチアはちょっと微笑んだ。

 「確か、極東宗派は禁書目録の監督役をやっていたと言ってたな」

シェリーがそう言うと、オルソラも笑う。

「あらまあ。それでは、神裂さんはインデックスさんを懐かしんでいるのでございますね」

 

 アカシャのいるその寮は今日も賑やかだ。そして、こらからも。



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第三章 機械反乱(マシンランページ)
#17 宵闇の追走劇


 それは10月8日の宵のこと。

 第一一学区の広大な倉庫街に3つの人影が現れた。

 「ほら、超簡単に忍び込めただろ?」

先頭を行く男子高校生、林護が2人に微笑みかける。1人は男子、1人は女子で、ともに中学生。

 「うん。流石だよ、お兄さん。私なんて第七学区のこともまだ把握しきれていないのに……」

「まあ、当然だね。何てったって僕の兄ちゃんだから」

「何で、大河が威張ってるの?凄いのはお兄さんの方でしょ?」

「何だよ、夏海。兄ちゃんの凄さは弟の自慢だろ?」

 実弟とその馴染みの子どもらしい会話に、林護は笑みを溢した。

 

 3人は何事もなく学園都市外壁へ向かって、直進する。

 目的は学園都市からの脱走。林護が第一一学区を選んだのは、最も人数が少ない外周区域だからだ。代わりに行き交う機械類については、弟の発電能力(エレクトロマスター)で対応できる。

 ただ不可解なのは、人数が少ないどころか、()()()()()()()()()()()だった。

 たまたまだと気にしないようにしていた男子高校生だったが、数百mも進むと流石にいぶかしくなってくる。

 

 「やっぱり、おかしい……。物資の搬入は機械によって自動化されているけど、それを管理するエンジニアとかが常駐しているはずだ」

林護は難しい顔で顎に手を当て、ブツブツと言う。

「どうしたの、お兄さん」

夏海と呼ばれた少女はその顔を覗き混み、可愛く首を傾げた。

 

 と、その時だった。

 「ダメですよ、こんなところに来ては。学生さん、ですよね?」

突如、3人を包みこむ大きな影。振り向くと、不気味な笑顔を浮かべる茶髪の男が立っていた。

 右手には警棒にようなものが握られてる。その先をペチンペチンと左手に打ち付ける音が恐怖を煽る。

 「く、くらいやがれぇっ!」

大河は体を震わせながらも、最大出力で電撃を放つ。

 ところが、男はノーダメージ。

 「おっと、まだ幼いのに勇敢だね。でも、残念。その程度の電撃じゃ、僕の絶縁性チョッキは貫けないよ?強度(レベル)は2辺りかなぁ」

 彼は終始穏やかな口調だが、形相は恐怖そのもの。むしろ、その穏やかさが不気味さを際立たせている。

 

 「はぁあっ!」

今度は夏海の念動力(テレキネシス)。こちらは聞いた。繰り出した念力の波動が、男を飛ばす。

 「壁まで逃げろ!」

おかげで距離ができ、林護の合図で皆全力疾走に移行する。

 

 ところが、3人は数十mも行かずして、足止めを食らう。

 四方八方に銃を構えた機械兵。逃げ場はなし。

 そこへ男と女が転移してきた。男の方は黒髪のウルフカットで、女の方は赤褐色のミディアムヘアをしている。

 「悪いことは言わない。お前ら、死にたくなければ引き返せ」

男、雨宮黎明(あめみやれいめい)はそう言った。

「そうだよ?学園都市から脱走しようなんて考えちゃダメダメ!」

女、城塞聡音(じょうさいさとね)も乗っかる。

 

 「バレバレか……。あんたたちが何者かは知らないがな……そうはいかないんだよ!」

林護はそう言って、機械兵を一機手元に取り寄せる。

 「夏海ちゃん!」

「はい!はあっ!」

続いて、念動力(テレキネシス)の波動を借りての加速。作り出した穴から包囲を抜け出る。

 仕上げに、林護は中に残った2人を取り寄せ再び走り出す。 

 

 その後ろ姿を見る2人。

 「遠隔収奪(アポート)か……。それもおそらく、大能力者(レベル4)。飛ばせます?聡音さん」

黎明はため息を吐いた後、聡音に聞いた。

「そっか。同系統の能力者が相手じゃ、お得意の空間移動(テレポート)は使えないね。小さい方だけ飛ばしても意味ないし……私じゃ大怪我で済む程度しか飛ばせないと思うけど、いいの?」

「十分です。やっちゃってください」

 「了解」

小さく頷き、聡音は自身の能力を発動した。

 

 瞬間、林護たちの足元がトランポリンみたいに一気に沈む。

 「「「え……?」」」

困惑の声がシンクロした頃には既に6、7m上空へ放り出されていた。

 大能力者(レベル4)弾性増減(バウンスアルター)、触れたものの弾性係数を増減させる。それが城塞聡音の超能力。

 「きゃあああああああぁぁぁっ!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

宵闇に響く悲鳴。林護は咄嗟に遠隔収奪(アポート)で2人を取り寄せて、体全部を使って庇う。

 「ダメだよ、兄ちゃん!こんな高さから落ちたら無事じゃ済まないよ!僕たちを抱えてるから尚更だよ!」

「そうですよ。私の念動力(テネキレシス)で何とかしますから!」

「ダメだ!強能力者(レベル3)念動力(テネキレシス)じゃ、この勢いは殺しきれない!」

 

 言い合っている内に、あっと言う間にその時が来た。

 「こうやれば怪我をするのは俺だけで済む!」

そう言って林護は激突時に吹っ飛ばされないよう、大河と夏海を強く抱き締めた。

 ところが、すべて杞憂に終わる。聡音が弾性増減(バウンスアルター)で地面をクッションに変えたからだ。

 

 「素晴らしい自己犠牲だね。感動したよ」

と聡音は笑顔で林護を賛美する。

 「おい、お前ら。今度はホントにやるぞ?自分たちのせいであの人が傷付くことになるが……それでもいいのか?」

一方、黎明は中学生2人に脅しをかける。

「「い、いいえ……」」

当然、両者同じの返答。

「なら、やるべきことはわかるな?もう二・度・と、脱走なんて考えないことだ」

「「はい……」」

これも、両者同じ解答。

 「よし、良い子だ」

黎明は2人の頭をポンポン叩くと、

「おい、そっちの!次、妙な真似しやがったらガキどもを数百m上から落としてやるからな!!お前の能力の範囲外で!俺は大能力者(レベル4)空間移動能力者(テレポーター)だ!」

と林護の方にも釘を刺しておく。

 「あ、ああ……。心得た……」

林護の心も折られる。

 

 そこへ先程の茶髪、虻飛裕二(あぶとびゆうじ)もやって来る。

 「安心してくださいね、お三方。寮へは私たちが運びますから」

虻飛はそう言うと、麻酔銃を3発撃つ。

 そして、3人の意識と記憶の一部が消し飛んだ。




上条当麻はC文書の件でフランスへ行っていますので、第三章に彼は登場しません。代わりに、同系統の力を持つ七海守人が動きます。


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#18 暗部組織(テキスト)

 10月9日、昼。

 学園都市統括理事会より暗部組織『テキスト』に、ある任務が課せられる。

 「暗部の反乱、上からの抹殺命令……。おそらく、他の組織にも連絡は行き届いていることでしょう……。フフフ、これは修羅場になりますね」

電話の声が消えると、リーダーの付喪蛭葉(つくもひるは)は不気味に笑んだ。

 彼女は黒曜石のように艶っぽい黒の長髪で、白衣の上からでも分かる程度の胸の膨らみと、なめらかなくびれを兼ね備えた美少女だ。

 ただ、顔立ちが幼いせいか色香のようなものはあまり感じられない。

 

 「相変わらず悪趣味ですね、リーダー」

そう言ったのは『クアッド』のメンバーであり大能力者(レベル4)空間移動能力者(テレポーター)雨宮黎明(あめみやれいめい)だった。

 「いいえ、雨宮くん。暗部の人間なんてのは、大体そんなものですよ?」

既に開き直ってしまっている蛭葉にその言葉は届かない。軽く受け流し、その場を去る。

 「せっかく可愛いのにもったいないよね、蛭葉ちゃん。確かに暗部の人間は狂人ばっかしだけど、あれは単に性格が悪いってだけだと思う」

城塞聡音(じょうさいさとね)大能力者(レベル4)弾性増減(バウンスアルター)

 「私は見た目も城塞さんの方が好きですよ」

綺麗系が好みの虻飛裕二(あぶとびゆうじ)は賛同しかねた。彼も超能力者の1人で、能力名は記憶消却(メモリーイレイザー)強度(レベル)は4。対象者から任意の記憶を消去できる精神系の能力だ。

 「ウフフ……。ありがと、裕二くん。試しに私と付き合ってみる?」

聡音は褒められたのが嬉しくて、満面の笑みを浮かべた。聡音は胸こそ控えめだが、顔は端麗で大人の色気もある。

 「それが遊びでないなら、喜んで」

「相変わらず、真面目だねぇ。裕二くんっていいものは持ってるんだし、遊びまくれるはずだよ?」

「軽い男にはなりたくありませんので。本当にいいものを持っているなら、色に走る必要もないでしょう」

「リーダーとは別種ですが、あなたも大概ですよ、聡音さん」

「えっ、小悪魔キャラって性悪認定なの?昔、男子に人気だって本で読んだよ?」

「他は知りませんが、俺は無理です。やっぱり、素直な子がいいですね」

 

 付喪蛭葉、城塞聡音、虻飛裕二、雨宮黎明。

 以上の4人が統括理事会直属の暗部組織『テキスト』のメンバーだ。

 主な活動内容は昨晩のような能力者の脱走阻止。どういう訳か、脱走者はいつも統括理事会に伝えられた場所に現れる。

 能力者は貴重なサンプルであるため、極力殺しは避けるようにと言われている。

 

 蛭葉に続き3人も、自室へ支度をしに向かった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 『やっと、連絡をくれたね。話をするのは何年ぶりかな?』

アジトの一部屋に電話越しの男声が聞こえる。

 「7年です、ロレンソ司祭。ごめんなさい。最初の2年で暗部への潜入には成功したのですが、タイミングを掴むのに5年近くかかってしまいました」

通話の送信者は学園都市に来てからの7年を概説する。

 

 『司教だ。その7年の間に私は実績を積んで、1ランク昇格してしまったよ』

「イヤミはご勘弁を。上層部の注意が他に向く頃合いを待っていたのです。そうしなければ、他の組織に粛清されていました。言い訳にしかなりませんけど」

『いや、良いんだ。久しぶりに声を聞いていたら、少し君をいじめたくなってしまってね』

「もう!ロレンソ様ってば……。7年経っても、性格の方は変わりませんね」

 からかわれた、ロレンソの変わらない茶目っ気が送信者には微笑ましかった。

 

 『で、そう言うからにはその頃合いとやらが来たんだね』

雑談はそこら辺にして、ロレンソがそう言った。

「はい。どこぞの恐れ知らずが学園都市に反旗を翻してくれたおかげです。これから、学園都市暗部の抗争が始まります。他の組織はそちらへ向かってくれることでしょうから、かなりやりやすくなりますよ」

送信者はにたりと笑う。

 『そうか……。もしその恐れ知らずが抗争を生き残れたなら、1人1人に謝礼でも送ってやりなさい』

「もちろんです。まあ、生き残ったとしても暗い未来が待っているだけですが。抗争のどさくさに紛れ、学園都市の軍需を掌握します。それで学園都市の住民を支配できれば御の字、できなかったとしてもローマ正教の勝戦に貢献できることでしょう」

送信者はますます笑みの不敵さを強め、通話を切った。

 

 その者は使いなれた拳銃を片手に自室を出る。 



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#19 宣教師

 パァッン!アジトの一室に乾いた銃声が響く。

 「なっ…ぜ……?」

に胸を撃ち抜かれ、虻飛裕二は倒れ伏した。目の前の裏切り者の姿を見、ただただ震撼した。

 「……」

そいつはほくそ笑むだけで、何も言わない。

 パァッン!再び放たれる凶弾。弾は脳天を貫き、間もなく彼は息絶えた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 「今のは……。銃声ッ!!」

その音に気付いたのは、耳のいい七海黎明だけだった。

 「クッソ!アジトがバレたってのか……っ!」 

歯噛みしながら、棚の上の段ボールから五寸釘を十数本取り出す。

 五寸釘の空間移動(テレポート)による人体への直接攻撃。それが彼の基本的な戦闘スタイルの1つだ。

 黎明は白衣のポケットに釘を仕込んで、部屋を飛び出した。

 

 電話で蛭葉に報告をした後、まず彼は城塞聡音の部屋へ行く。

 銃持ちを相手どる際、彼女の弾性増減(バウンスアルター)は非常に相性がいい。

 複雑な演算は要するが、大能力者(レベル4)ともなれば、雑多な生体組織の弾性すら増減させられる。

 肉体の弾性を増加させれば、打撃に対して防御力を格段に強化できるのだ。

 

 「さっき、銃声が2発ありました。おそらく、敵の刺客です」

「ちょっと待って……。だとしたら、アジトの場所が割れてるってことよ。裕二くんか蛭葉ちゃんが情報を漏らしたってことにならない?」

「いいえ、聡音さん。一応、あなたも候補の1人ですよ?ここに来たのは、あなたの能力は利用価値があるです。これを打ち込まれたくなければ、協力してください」

 黎明は釘の入ったポケットをさする。

 「抜け目ないね、黎明くん。大丈夫。喜んで協力するよ。その代わり、裏切り者も刺客もぶっ倒したらさ。私とイ……」

「ちょっと……。大学生が高校生に、なんて犯罪臭がしますし、フラグは建てないでくださいよ」

「ごめんごめん。銃弾から黎明くんを守ればいいんでしょ?」

「はい。お願いします」

 含み笑う2人は共闘を誓い、片手を組んだ。

 

 先に聡音の部屋に近い虻飛の方へ駆け走る。

 戸を開けると、そこには彼の死体がある。

 「つまり、情報を流したのはリーダーか聡音さん……!」

聡音だとしたらここで仕掛けてくると踏み、ポケットの釘に手で触れる。彼女が妙な動きを見せたとき、即座に対処できるよう目も離さない。

 「そんなに睨まないでほしいな、何もしないから……。って言われても、無理な話かぁ。黎明くんにはどっちが裏切り者かなんて分からないんだし」

聡音は苦笑する。疑われて平気という訳ではなかったものの、黎明の立場を考えると確かに納得できた。

 黎明自身も警戒はしながら、聡音ではないだろうと薄々思い始めていた。

 

 だが、その用心深さが仇となる。

 ギャギャギャギャンッ!と上から音がして、黎明の右肩に金属矢が突き刺さった。

 痛みがある中では、空間移動(テレポート)をまともに扱えない。

 舌打ちして見上げると、天井に暗殺機「HS-Model:R」が張り付いていた。

 「HS-Model:R」は口腔にニードルガンの機構を持った蜥蜴型のロボットで、付喪蛭葉・城塞聡音の共同開発「HSシリーズ」の一種だ。

 

 「これではっきりしました。聡音さん、あなたは白です」

「そりゃそうだよ。私が裏切り者なら黎明くんの命なんてとっくに無くなってるんだから」

「リーダ……いいえ、付喪蛭葉。彼女が裏切り者です」

などと話していると戸が開かれ、件の蛭葉が現れた。

 後ろに幾多の人型機「HS-Model:S」を従えている。HSシリーズのプロトタイプだ。

 

 「城塞さんを連れてくるというのは賢い選択でしたね、雨宮くん。おかげで手間が増えました」

蛭葉は天井のModel:Rを操り、手の平に乗せる。

 「では、始める前にちょっとした身の上話でもしましょうか」

そう言って、蛭葉は出自を、目的を、そして謀略を有り体に語る。

 「実は私、帰国子女なのです。行き先はスペイン。そこで私はロレンソ=リージョという司祭のお世話になりました。そういった経緯もあって、私は日本人宣教師として帰国しました。スペイン星教派のね。宗教観念に乏しい学園都市にあえて来たのは、当然布教のためではなく、与えられた使命のためです。それを果たすときがついに来ました。ちなみに、虻飛くんをやったのは私です。アジトの場所はどこにも漏れていません」

 蛭葉が手を上げると、機械兵が一斉に銃口を向けた。

 

 「弾丸を炸裂弾に変えておきました。フフ……弾性増減(バウンスアルター)では着弾時の衝撃しか軽減できませんね」

蛭葉の手が動き出す。

 死と痛みを目前にして、聡音はおののいた。黎明はそんな彼女の左手を強く握り、

「大丈夫です、聡音さん。右手を使いたいので少し離してくれませんか。俺が心配なら腰にでも触れていてください」

と微笑みながら言う。

 聡音はコクリと頷き、左手を彼の腰へ移した。

 

 空いた右手をポケットに突っ込み、黎明はそこから注射器を取り出す。

 「この俺が弱点に対策を講じていないと思ったか、裏切り者がっ……!」

そう捨て台詞を吐きながら、薬液を体内へ注入する。

 「あなた、何を……」

「即効性の鎮痛剤だっ!またな、宣教師!」

困惑する蛭葉に黎明は言ってやる。

 

 空っぽの注射器が放り出された次の瞬間。

 ヒュンッと空気が裂ける音を立て、2人は姿をくらました。



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