団長ラブ勢のギャルハーヴィンだってそうさ!!必ず存在する!!!! (梏 桎)
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生れ出る燭
転生はあったろう?



初投稿です。

22/04/26 加筆修正


 

 

 20XX年、某月

 

 ()()()()()()()()()のガチャ更新において、新キャラが登場した。

 

 

 名をロイルミラ。

 小麦色の肌、ライトグリーンに赤メッシュの髪をデコ出しで分ける、金眼のハーヴィン。

 服装はYシャツの上にベージュのカーディガンと赤リボン。

 下は赤のミニスカートと黒のサイハイソックスに白の脚絆、グレーのショートヒールブーツという組み合わせ。

 

 身長84cm、年齢は17。

 好きの欄に堂々と書かれる「主人公」の文字。

 

 

 

 これから先の物語は、ゲームでは語られない彼女の話────

 

 

 

  §  §

 

 

 

「ママ! 見て!!」

 

「何描いたのー、ルミちゃん? ……ま、まぁ〜!可愛い(?)動物さんね〜!!」

 

 

 あれ、マッマ完全に困惑してるじゃん。

 可愛く描けたと思ったんだけどな、ショゴス。

 

 

 

 どうも転生者です。

 今世の名前はロイルミラです。 どぞ、よしなに。

 

 普段は両親と遊んで過ごす人生2周目エンジョイ勢。

 

 前世は特徴もない陰キャオタクのロリコン兼ハーヴィニスト。

 強いて言えばいつでも幼女とお近付きになれるようにRPだけは磨き続けていたが、別にヤバい奴では無い。

 アプリゲームに日々の時間を費やし、給料で自分磨きをする訳でもなく、アプリに課金しては消し飛ばす社会人。

 ……改めて並べてはいけなかったかもしれない。

 

 死因は不明。 転生理由も不明。

 神様に出会って云々も無し。

 更に言えば享年も不明なら、性別も男だった()という曖昧さだ。

 我ながら転生と思っている割に、前世の記憶が抜け落ち過ぎだろうと思う。

 

 分かっているのは、この世界は前世の日本で無い事。

 もっといえば地球かも怪しい。

 

 

 私がそう断言出来るのは、自分と家族を見れば明らか。

 

 両親は2人とも非常に背丈が低い。 前世感覚なら幼児だ。

 親じゃなきゃもっと邪な目で見ていたね、間違い無い。

 

 家族全員が尖り耳なのも異彩さを放っているといえる。

 とはいえ、この辺はまだ序の口。

 

 

 何よりも違いを感じるのは─────

 

 

「あっ!パパ! お帰りなさい!!」

 

「ただいま、ルミ」

 

「おかえりなさい。 今日はどうだった?」

 

「めぼしいものは無かった。

 だが、幾つか()()と思しき生痕を発見した。

 近い内に遭遇するだろう」

 

「そう……なら、幾つか薬を調合しておくわね。

 あなたの事だから、どうせ無茶をするのでしょう?」

 

「……少しは私の腕を信用してくれないか?」

 

「あなたがルミちゃんの前でカッコつけたいが為に大技ばかり振るわなければ、私も信用しますよ?」

 

「ぐ……」

 

 

 そんな会話をしながらパッパの傷を()()()()()()()()()()()マッマと、()()()()()()()の話を始めるパッパ。

 

 この世界が日本で無いと断言でき、地球かすら怪しいと思うのは道理というものである。

 もし同じ世界だというなら、是非とも歴史を紐解きたいものだ。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 転生を自覚して幾許かの月日が経った頃。

 ここが空の世界────グラブル世界だと知った。

 

 切っ掛けは至極単純で、こんなド田舎に騎空士が来た。

 

 

 忘れていたが、私の住む場所は本当にド田舎の村である。

 どれぐらいの田舎かと言えば、騎空士が来るまでは空に騎空艇が飛んでいる姿すら見る事が出来なかったぐらいだ。

 

 家の前で落書きをしたり、綺麗な石を集めて並べたり、老人の昔話を聞くぐらいしか選択肢が無い長閑な、というより本当に何も無い村。

 島の縁でも無いから島が浮いているかは分からないし、前世に比べて空が広くて綺麗なのは田舎特有の景色だと信じ込んでいた所に騎空士である。

 

 私は騎空士が来訪したのを聞いた際、驚きの余り食べていた豆菓子を喉に詰まらせて危うく死にかけた。

 

 

────然し、そうか。 グラブル世界か。

 

 

 そうしてグラブル世界だと分かれば成程、両親はハーヴィン族だった訳である。

 というより、この村がそもそもハーヴィンの集落だった訳だ。

 

 てっきり、ファンタジーのドワーフ系かと思っていた。

 手先の器用な人が多かったし、村は老人が多数を占めているのもあって、髭を貯えたお爺さんが多かったのだ。

 

 

 そして周りがハーヴィンと分かれば、私もまた当たり前だがハーヴィン族だ。

 

 今世は女の子で、前世と違って容姿も優れている……と思う。

 前世の私は所謂草臥れた社会人そのもので、目から生気を消した陰キャオタクだった。

 

 今世の私の容姿は、肌はパッパ譲りの小麦色で、髪はマッマ譲りのライトグリーン。

 旋毛の都合かデコ出しスタイルな幼女。

 

 悪くない容姿であると思うのだが、いざ自分が改めて本当に可愛いかと言われると、中々どうして自信が持てないものである。

 前世で培った、事を荒立てない為に自らを下にする態度が未だ抜け切っていない証拠だろう。

 

 今世の私は有難い事に両親から村の老人まで挨拶の如く私を可愛いと褒め伸ばしてくれるので、時間と共に自らの可愛さを自負できるようになりたい。

 

 

────それにしてもグラブル世界である。

 

 

 グラブルは基本的に厳しい世界だ。

 魔物は跋扈し、星晶獣が暴れ、人間同士でも争い合う。

 更には幽世やら月の民も問題だろう。

 世界の危機が何度訪れるかなんて考えたくも無い。

 

 今が時系列的に何処なのかは不明だが、騎空士が平然と来訪できる時点で覇空戦争は既に遠い過去と思いたい。

 覇空戦争直後から暫くの空の世界は、ゲーム的には空白期間だ。

 折角の転生でそんな空白期を宛てがわれて、それでもこの世界を満喫出来る自信は残念ながら私には無いので、覇空戦争直後の線は考えない事にする。

 

 エルステが王国か帝国かで判断するのが分かり易そうだが、この田舎でエルステの話など聞かない。

 というかそもそも、ここがファータ・グランデかすらハッキリとしていないのだ。

 

 ……グラブル世界への転生って割と絶望的なのでは? 私は訝しんだ。

 

 

 でもそんな絶望的状況だろうと、私としては──未だ十全な自信こそ無いものの──この容姿を以て主人公とイチャつきてぇ……というのが本音。

 主人公の性別はどっちでも良い。 どっちも好きだし。

 

 

 グラブルの主人公はプレイヤーの分身の側面を持つと同時に、歴としたキャラクターでもある。

 キャラクターとしては男ならグラン、女ならジータと呼ばれる彼らは、それはもう顔が良ければ性格も良い人たらしのお人好しだ。

 

 そんな彼、または彼女とイチャつきたい、あわよくば好かれたい。

 

 考えたら止まらなかった。

 ハーヴィンの小さい体躯を利用して抱きかかえてもらいたい。

 『こんな身体に団長(ダンチョ)は欲情しないもんね〜♡』とかほざきながらそれはもうベタベタと触りたい。

 『これもスキンシップだよ♡』とかいって頬に接吻するようなギャルハーヴィンになりたい。

 

 どうしようもなく邪な妄想だが、これを諦めるなど出来ようはずも無いというのが自分なりの結論だ。

 

 故に、空域も今の時代も分からないのは死活問題となる。

 この先の人生のモチベーションに関わると言っても過言ではない。

 

 

────そんな折。

 

 

 捨てる神あれば拾う神あり、渡る世間に鬼はなしとはこの事か。

 

 なんと騎空士さん達は我が家で寝泊まりするらしい。

 そもそも、依頼は村の名を借りただけで父が出したも同然のものだというのだから驚きだ。

 

 父の出した依頼というのは────

 

 

 『近くの山をワイバーンの群れが根城にしている。

 1人で相手するには骨が折れるので、騎空士か傭兵の応援を求む』

 

 

 この依頼を受けてやってきたのが騎空士さん達。

 依頼主の家である事や、ほぼハーヴィンしかいない村の中で、我が家は比較的大きいのも泊まる要因となったのだろう。

 

 ありがとう、大きな我が家。 ありがとう、パッパ。

 

 何はともあれ、またとない好機である。

 此処がどこの空域か、そもそもこの村は地理的にどの辺なのか、今の時代はいつ頃か。

 聞きたいことは山とあるのだ。

 

 迫真の幼女RPで骨抜きにして全て聞き出してやろう。

 

 

「きくーしさん! きくーしさんは、どこから来たの?」

 

「ん? 俺達はトルヅニッツァって島から来たんだ。

 聞いたことあるかい?」

 

「んーん! どんな島なの?」

 

「トルヅニッツァは市場島なんて言われていてね────」

 

 

────それから暫く。

 

 

 欲しい情報をありがとう、騎空士さん達。

 質問責めしまくったお詫びに幼女のハグをプレゼントしてやろう。

 

 癒されたか? 癒されたな、ヨシ!(現場猫)

 

 

 得られた情報は主に4つ。

 この島はファータ・グランデにある。

 この島は、特に著名な島に近いという訳では無い(近くの島に聞き覚えは無く、トルヅニッツァもそこまで近く無かった)

 エルステは未だ()()である。

 少し前に新たな碧の騎士が秩序の騎空団のトップとなった。

 

 非常に貴重な情報だ。 本当にありがとう、騎空士さん達。

 依頼達成の暁には追加のハグでその労を癒して進ぜよう。

 

 

 

 新たな碧の騎士────これは恐らくヴァルフリートだろう。

 彼が碧の騎士を拝命するのは確か原作の開始から約15年前で、主人公が生まれる頃だった筈だ。

 

 

 思ったよりも時間が無い、というのが正直な感想になる。

 

 

 主人公とイチャつける可能性が湧いたのは大いに結構。

 僥倖と言わず何と言おうか。

 

 然し、主人公とイチャつくならばほぼ必須となる項目がある。

 それ即ち『騎空士になる』という事だ。

 

 舌が漸く言うことを聞く程度の歳だから当たり前ではあるが、未だ私は剣も魔法も試したことが無い。

 そして、私にどれだけ才能が秘められているかも、んにゃぴ……(誤用)

 

 そこから約15年で激ヤバ案件が怒涛の如く押し寄せる騎空団で生きるとなれば、どれだけの戦闘力が必要かも分からない。

 この世界の主人公らの道程も不明だから、要求されるスペックは未知数だ。

 

 あの船は主人公のお人好しが生じまくって非戦闘要員も多数乗っているが、私は主人公の背中を支えるような出来る女でありたい。

 

 ……あわよくば戦闘直後で汗だくの主人公に無遠慮に抱き着いて匂いを嗅ぎたいとか思ってなどいない。

 ハーヴィンの身体を押し付けまくって性癖を歪ませたいとかそういうのでも無い。

 断じて無い

 

 

 兎も角、そうと分かれば鍛えるしか無いのである。

 幸いにもパッパは刀を使う剣士だし、マッマは魔法が使える。

 私にだってきっとどちらかの才能は受け継がれている……と思う。

 

 とはいえ、今はパッパもマッマも騎空士さん達が来た事でてんやわんやしている。

 依頼が終わるまでは大人しくしていよう。

 

 

 私は迫真の幼女RPを続けて騎空士さん達と親交を深めつつ、邪魔にならないように努めて過ごした。




思った以上に話が進んでなくて絶望したので疾走します(レヴィオンセイバー・アルベール


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ハジマリはあったろう?


サクサク進めたい気持ちと、早すぎる展開で発生する没入感の薄さに苦悩したので初投稿です。

22/04/01 えああ!!(るっ!803話)なミスをしてたので修正

22/04/27 加筆修正


 

 

 パッパと騎空士さん達がワイバーンの群れを狩ってきた。

 

 到着して一泊、翌日に討伐とは何とも忙しいスケジュールだ。

 

 

 何はともあれ依頼を無事こなしてくれたので、騎空士さん達には──私が勝手に決めた──約束通り追加のハグで癒しを提供した。

 

 

 ただ、騎空士さん達によるとパッパがハッスルした結果、群れの半分近くを1人で斬り伏せたらしい。

 

 

 ……パッパ普通に強くないか?

 ワイバーンって別に雑魚ではないでしょ? 分からんけど。

 

 

 取り敢えず、一番の功労者らしいのでパッパにもハグ。

 騎空士さん達の手前、表情を引き締めようと気張っているが私にその程度の抵抗は無駄だ。

 

 

 喰らえ! 必殺の────

 

 

「パパすごいね! かっこいい! だ〜い好き♡」

 

「……ッ!」

 

 

 パッパ完全硬直。 弱すぎて可愛いまである。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 結局その日は騎空士さん達がもう一泊する事になった。

 強行軍で船まで戻る事も出来るが、焦る必要も無いという。

 

 パッパは未だに私の大好き攻撃から帰って来られないのか、時折ふにゃっと表情が緩む。

 ちょろ過ぎて親なのに心配だ。

 マッマにはちゃんとパッパを繋ぎ止めて欲しい。

 

 

 今日は討伐祝いとお別れ会を兼ねて、軽く宴だそうだ。

 といっても、ド田舎の普通の家だから急激に豪華になったりはしない。

 私の食べる物は普段とほぼ変わらず、騎空士さん達と両親に酒が入るくらいの些細な違いだ。

 

 

 酒が入れば口が軽くなるのはこの世界でも同じようで、騎空士さん達にも次第に遠慮が無くなっていく。

 

 私が腹八分目に突入するだろう頃、とある騎空士さんとパッパが面白い会話を始めた。

 

 

「いや〜!にしても親父さん強かったですねぇ!

 ありゃ、並大抵の人間じゃ敵いませんよ!!」

 

「止してくれ。 私の腕など……かの剣聖には遠く及ばないのだから」

 

「剣聖ってーと、アレーティアですかい?

 いや、あっちは剣の賢者だっけか……」

 

「私の言う剣聖はヨダルラーハの方だよ。

 余りの壁の高さに、私は折れてしまったがね」

 

 

 はぇ〜。 そうだったんすね、知らなんだ……。

 

 

 ……いやいやいや、聞き捨てならない会話が聞こえたんですけど。

 え? は? ヨダルラーハさんと何か因縁がおありでいらっしゃる?

 

 

 

 私はもう、そこからは食事もそこそこにパッパと騎空士さん達の話に全神経を集中させていた。

 

 

 剣聖ヨダルラーハ。

 変幻自在の妖剣士とも言われる、ハーヴィンのやべー爺ちゃん。

 パッパはそんな人に憧れを抱いて剣の道に入ったらしい。

 ヨダ爺かっこいいもんね。 後追いもそりゃいるか。

 

 でも憧れは憧れ。 才能や努力とは別だ。

 

 パッパは身体を壊しかねない勢いで修行して、魔物や悪人を斬り続けた。

 それでも噂に聞くヨダルラーハには遠く及ばず、パッパは次第に焦ったらしい。

 

 自分の実力では、足掻いた所で届かないのではないか。

 人には努力だけで覆せないだけの『壁』があるのでは無いのかと。

 

 

 そんな気持ちを振り払う為、そして自らが強くなった事を証明する為に、パッパはヨダ爺に死合を申し込んだらしい。

 覚悟がエグすぎてちょっと引いたが、それだけ当時のパッパには『憧れが遠すぎる事』が死活問題だったのだろう。

 

 

────然し、現実は非情で。

 

 

 手応えなどと優しいものでは無く、その高みに掠った感触さえパッパは手に出来なかった。

 

 当時愛用の剣を心ごとヨダ爺にポッキリ折られて、パッパは修羅になる道を────剣だけに生きる道を止めたと言う。

 

 

 

 一通り聞いて、私はえも言われぬ感情に包まれた。

 

 ヨダ爺の強さも、容赦の無さも垣間見える話だ。

 そして同時に優しい話で、残酷な話でもあった。

 

 パッパはそれに憧れたのか。

 強く優しく、容赦が無く、それでいて慈悲深い剣聖に。

 

 

 ゲームで覗けるヨダ爺にもまた通ずる部分ではある。

 実際、()()()()()()()としては把握していたつもりだった。

 

 然し。

 今、目の前にそれを体感した人がいる。

 その強さを、優しさを、容赦の無さを、慈悲深さを浴びた人がいる。

 

 

 

 私はこの時、漸く自分がグラブル世界にいる事を真に実感したのかもしれない。

 それだけ、重みと深みを感じる話だった。

 

 この世界は今や私にとって紛れも無く現実で。

 当然、そこに住む(キャラクター)には人生がある。

 そしてそれは、前世の私(プレイヤー)が覗いたものとそうで無いものが絡み合って個人(キャラクター)を形成しているのだと、心で感じた瞬間だった。

 

 

 

 

────さて。

 

 私はそんなパッパの話を一字一句聞き逃すまいとしていた。

 ここで問題となるのが未だ幼きこの身である。

 

 幼子というのは物事に全力投球が過ぎてしまい、周囲の事が意識の外に行ってしまう。

 そして転生しようが私の身体は間違い無く幼子そのもの。

 

 これらから導き出される結果とは即ち、下品にも椅子に立ちテーブルに身を乗り出す、中身がいい歳のオジサン幼女という地獄絵図。

 

 気付いた時にはもう手遅れだ。

 マッマが怒りに震えているが、私も羞恥で震えている。

 

 精神だけはもう中年なのだ、耐えられない! くっ殺せ!

 

 

 私はマッマにこってり叱られ、騎空士さん達に笑われた。

 

 

 ……えぇい、止めろ! 笑うな!!

 

 

 

 それから暫く後。

 今回のヨダ爺の話をマッマに聞けば、パッパは最初からヨダ爺と死合うのが目標だったと言う。

 当時のパッパ曰く『剣聖を目指す以上は、旧き剣聖を下すだけの実力が無ければ話になるまい』と。

 

 そんな無茶な目標をバカ正直に突き進み、傷をこさえても平気で魔物狩りに行こうとするパッパを引っ叩いて治療したのが、まだ付き合っていない頃のマッマなんだとか。

 

 

 2人の妙に血生臭い馴れ初めを────そして、そこから延々と続く惚気話を私は微妙な顔で聞いたのだった。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 騎空士さん達も村から去り、村の平均身長がガクッと下がった頃。

 

 私は両親に頼んで稽古をつけてもらう事になった。

 

 

 然し、未だ幼き私に適するサイズの剣など、このド田舎の子供がほぼいない村にはある筈も無い。

 何せこの村で剣を握った経験がある存在は、1番最近でパッパになってしまうのだ。

 パッパが幼い頃に使っていた木剣はとうの昔に捨てたそうなので、新しいものを作る必要がある。

 

 

 それに両親にも当然、仕事がある。

 因みにパッパは猟師と守人の兼任、マッマは薬師────それと本人は基礎を学んだだけと否定しているが、魔導師だ。

 

 

 そんな訳で、取り敢えずはマッマから魔法のお勉強……の足掛かりとなる、文字の勉強が仕事の合間にスタートした。

 

 ……確かにこの身体になってから会話こそすれど、読み書きはしていなかった。盲点。

 

 

 

 グラブル文字を学ぶ時間は存外楽しいが、大変だ。

 何せ身体は兎も角、精神が人生2周目である。

 書く分には身体に覚え込ませる方式が多少通るが、読むのはそうもいかない。

 

 アルファベットに多少類似しているが、それが私の頭を混乱させた。

 文法も、ローマ字文が主体なのに名詞が英語基準なのは異世界転生者()への嫌がらせだと思う。

 

 そんなピンポイントな嫌がらせ要らないんですけど!!

 

 

 そんな──特異な経歴を持つ私基準では──歪な文字と文法に苦戦した結果、文字だけならサラサラ書けるのに辿々しい読みをする、妙にチグハグな子として私は暫く過ごす事になった。

 

 ちくせう。

 

 

 

 

 文字の学習と並行してスタートしたのは、パッパ主導の体力作りだ。

 

 とはいえ、漸く安定して走る事が出来るようになった程度の娘に無理などさせたら、パッパの評判は空の底まで落ちていくだろう。

 故に、遊び感覚で出来る鬼ごっこを中心とした運動メニューだ。

 

 

 前世の私は運動が好きではあったが、お世辞にも運動神経が良いと言えるタイプでは無かった。

 その上、基本的には出不精だったので体力も無かった。

 

 然し今世の私の身体は──若いを通り越して幼い事を加味しても──羽のように軽い、と表現するのが正しいだろうか。

 体重もそうだが、何より動きに微塵のラグも感じない。

 

 そして何より、体力が有り余っている。

 昼餉の後から水分補給の時間を除いて夕方まで、走りっぱなしでも元気いっぱいだ。

 更に夕餉を食べてから寝るまではしゃげる程度に余裕がある。

 但し、この年頃の子供特有の、突然電池が切れたような爆睡もセットだが。

 

 

 前世の私は本当に運動神経が終わっていたモヤシだったんだと、今になって思い知る事になるとは。

 

 

 

 

 そうして両親から指導を賜り、幾日かすればパッパが木剣を手作りしてくれて。

 

 

 

 一応、この鍛錬────そしてここから長い事続ける修行の建前は『先日の騎空士を見て騎空士を目指したいと思った』である。

 本音は勿論『主人公とイチャイチャする為に騎空士を目指したい』だ。

 我ながら動機が不純極まりない。

 

 

 兎に角、そんな私の邪な夢を叶える為、努力の日々が幕を開けたのだ。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 今世の私(ロイルミラ)が空の世界に生まれ落ちて3年が経った頃、妹が出来た。

 

 名をエリスマルル。

 パッパ譲りのワインレッドヘアーを持つ、マイスイートシスターである。

 

 余りの可愛さに私はそれはもうベッタリ張り付き、姉ぶって世話を焼いていた。

 前世の私に兄弟姉妹はいなかったのが甘やかしを加速させたのだと思うが、可愛いものは可愛いのだ。

 

 今は乳飲み子なので基本的には反射によって反応が返されるだけだが、将来は私の事をベッタベタに愛してくれる可愛い妹君に育つよう、念を送る事にする。

 

 ……何だねマッマ、その残念な娘を見るような目は。

 

 

 

 それから先、私の日々は鍛錬に加えて妹君の世話という項目が増えた。

 

 マッマはどうしても妹君に掛かり切りなので、この期間に私は文字をスラスラ読めるように猛特訓していた。

 努力が実るまでに1年も時間を要したのは悔しい事この上ないが。

 

 パッパとの修行に関しては妹君が産まれてもほぼ変わらなかったので、引き続き鬼ごっこで体力作りをしたり、パッパお手製の木剣を振り回して過ごしていた。

 

 転生者なら────いや、子供ならきっとやるであろう、漫画やアニメキャラの技の物真似をし始めたのもこの頃である。

 

 

 そんな日々は、間違い無く平穏な日常そのものと言えた。

 

 

 

 然し、平穏な日常とは人を妙な方向に走らせるものでもある。

 

 

 

 妹君の誕生から2年、私が5歳の頃。

 

 3歳年下の妹君は現在イヤイヤ期に突入し、我が家で暴君と化している。

 マッマやパッパには嫌である事を言葉と首を振る事で示すのだが、私にだけ暴力で訴えてくるおまけ付きだ。

 

 

────そんな妹君も可愛い。

 

 

 ごめんね愛しの妹君(エリスマルル)、君の姉は前世から(ロリコン)を引き継いでいるんだ。

 

 

 

 私の修行の成果の方だが、手加減されているとはいえパッパから木剣の試合で1本取れるようになった。

 

 以降、パッパが少しばかり容赦が無くなって、初歩的な戦法だけでは攻撃を躱すのも一苦労になった。

 今度はこのパッパから1本取る必要があると思うと、少し気が遠くなる。

 

 だが、マッマ曰く『パパもそこそこ本気でやってるみたいだし、ルミちゃんは才能あるのね〜』なんて言われれば、やる気も湧いてくるというものである。

 

 然して、そんな発言を受けて得意気になっていたらパッパにボコされた。

 思わず私が泣いてしまったせいで、パッパはその日ご飯が無くなった。

 

 

 魔法の分野においては、火や風の基礎魔法を修めた。

 文字を読む特訓がしっかりと実を結んだ証だ。

 実際、魔法の基礎を学び始めたのは私が4つになって暫くしてからなので、この2属性の基礎魔法を私は1年未満で修めた事になる。

 我ながら自らを天才と自賛したくなる。

 

 因みにマッマの得意分野は風寄りの光とのことだ。

 

 マッマは光が得意分野なのに火と風を?と思われるかもしれないが、グラブルプレイヤーの諸賢には思い当たる節があるだろう。

 ゲーム内でも光の武器などの上限解放に火と風の素材を要求されるアレだ。

 

 

 グラブルにおいて、光と闇は希少元素やエーテルと呼ばれる。

 光と闇は二面性を備えるもので、特定周期で状態が変化する────というのがゲーム内でも確認できる情報だ。

 

 そして、この世界においてもそれは同じ。

 

 それではエーテルが闇の性質に寄っている時、光魔法はどうやって行使されるのか。

 

 その答えが、火と風の元素による補完だ。

 足りない物は擬似的に再現する、そのための右手(四大元素)……あと、そのための(魔力操作)

 

 

 

 

 さて、そんな風に両親の教えを授かっている時期ではあるのだが。

 

 

 私は少し悪い子になっていた。

 

 傍から見れば遅めの第一次反抗期、私の内情からすれば流石に村に飽きていた。

 

 

 前世は情報が溢れに溢れた世界で、そこですら日々を退屈などと宣っていたような奴が私だ。

 まぁ前世の場合は情報が溢れすぎているが故に、不要と判断したものを削ぎ落としたから退屈だったのだが。

 

 兎に角、このド田舎な村でそんな情報社会を生きた私が満喫出来るかと言われれば否と返すのも当然というもの。

 

 

 最愛の妹君は現在、全てを拒絶する姿勢を頑として崩さない。

 両親もそんな暴君と化した妹君にどうしても付きっきりになるものだ。

 

 私とて中身は既に中年、妬いたり等はしない。

 しないが、ただでさえ娯楽の無いこの村で両親という構ってくれる相手が減ると、本気でやる事が無くなるのだ。

 

 

 

────とはいえ。

 

 

(やっちまったかなぁ……)

 

 

 私、ロイルミラさん。 今、夜の山のどこかにいるの。

 

 

 

 ……はい。 遭難しました、詰みです。

 

 

 切っ掛け及び言い訳なのだが、今宵は満月で月が綺麗に丸かった。

 だから『少しでも開けた場所で目いっぱい眺めたい』という感情が生まれてしまったのも、(むべ)なるかなと諸賢には納得して頂けるだろう。

 

 まぁ納得された所で現状は解決しないが。

 

 

 

 夜の帳が降りた山は、不気味な程に静かだ。

 

 幸いにして月明かりが地面を照らしてくれている。

 然し、下手に躓いたり転けないだけで家路が分かる訳では無い。

 

 

(家に帰るまでの道標も照らしてくれないかね、お月様よ)

 

 

────かれこれ歩いてどれほど経っただろう。

 

 

 時刻は分からない。家を出た時が何時だったかも覚えていないし、そこから今までの時間も分からない。

 

 両親は──愛してくれている筈なので──心配しているだろうし、仮に心配して居なくとも、それは私が家の中に居ると思い込んでいるからに他ならない。

 そして今、私が家に居ない事に気付くのは時間の問題だ。

 

 嗚呼、今になってスマホが恋しくなるとは思わなんだ。

 アレ1つで助けを呼ぶ事も、無事の連絡もこなせるのだから。

 

 

 近くから魔物の声やら気配やらはしない。

 そもそも察知出来るのかは怪しいけれど、しないものはしないのだ。

 今はこの感覚を信じる他に無い。

 万が一にも主人公に会う事すら叶わず死んでみろ、未練がましく現世に居座ってフェリと幽霊同盟でも組んでやるからな。

 

 

「ん? 祠……?」

 

 

 魔物に怯え、思考が妙な方向に行き始めていた折。

 ふと、視界が少し開けた。

 

 

 そこには古びた祠が一宇。

 整備もされていないだろうソレに、私はどうしようもなく惹かれた。

 

 

 一歩近付く度に、頭のどこかで警鐘が鳴る。

 向かってはいけない、危ない、と。

 

 

 然し私はその警鐘を振り切って、只管に祠に向けて足を進める。

 

 そうして祠の前に着いた私は、何を思ったのか扉に触れた。

 

 

 

 刹那、風が吹く。

 

 

 木々がざわめき、雲が月を覆い隠さんと動いていく。

 

 

 見れば、私のすぐ側に()が落ちてきて、

 

 

────宵の調べを奏でましょう。

 

 

 その玉声を最後に、私の意識も闇に落ちた。



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御伽話はあったろう?


毎日投稿とは言ってないのでセーフ。

……まぁ、単純に書きたいことを整理しまくってたら時間が足りなかっただけなんですけどね。


オリジナル要素が強いですが、たぶんこの回限りだと思います。

22/04/28 加筆修正


 

 

────見知った天井だ。

 

 

 取り敢えず起き上がって、私は自分の身に何が起こったのかを整理する。

 

 

 あの祠に触れた時、確かに()()が来た。

 しかもゲームで聞いた気がする。 全く思い出せないけど。

 

 それにしても可愛い声だった。

 害の有無さえ判断出来ないが、こうして五体満足で帰された辺りは最低限の信用には値するだろう。

 

 祠に触れてやってくる存在となれば、この世界(グラブル)なら大別して2つ。

 

 星晶獣か、幽世の住人だ。

 そして、私の見立てでは星晶獣だろうと思う。

 

 幽世の住人は、詳細不明の空にも星にも月にも非友好的な異形の存在だ。

 彼らが態々私を五体満足で帰すとは到底思えない。

 人の記憶を覗いて成り済ます術すら持っているのだから、生きて帰すより殺して化けた方が早いからだ。

 

 それに比べれば、星晶獣は人類に友好的な種もいる。

 彼らは星の民によって生み出された生物兵器で、中には空の民を害する為に設計されたものもいる。

 然し覇空戦争の終結で取り残されてから数百年。

 役割という名の生き甲斐を今なお遂行するものもいれば、別の事をする星晶獣も出現している。

 

 更には可愛い声で、尚且つゲーム内で聞いた気がするのだ。

 私は幽世勢の声を可愛いと感じた事が無いので、これは星晶獣と判断しても良いのでは無かろうか。

 

 

 纏めるとだ。

 私を五体満足で帰した星晶獣(仮)は、心優しく害を与えない存在であり、私が迷子と判断して村に送り届けようとしたものの、何らかの理由で私を眠らせる必要があったので眠らせた……という事になる。

 

 我ながら何だか希望的観測も過ぎるが、これ以上は考えても答えが出ないだろう。

 

 

 

────その後。

 

 

 真夜中ではあるが無事の報告の為、部屋を出れば両親にボロボロ泣かれた。

 それはもう怒られたし、何事も無くて良かったと喜ばれた。

 

 想像以上に心配を掛けてしまったらしい。

 随分と悪い事をしてしまった。

 

 

 パッパが言うには、村の頼みで別方向の山道を警邏した帰りに、山の入口で木に背を預けてスヤスヤ眠る私を見つけたのだとか。

 

 成程、先程の考えはそこまで的外れでは無いらしい。

 

 祠に触れた私を星晶獣(仮)がサクッと眠らせて、その状態で山の入口まで送り届けてくれたという追加情報である。

 

 

────でも何でそんな事するんだ? まるで意味が分からんぞ!

 

 

 そもそも先程の考えで星晶獣だろうと判断こそしているが、この島は何も無いくせして星晶獣の恩恵を受けているのか?

 それとも島とは契約していない放浪タイプの星晶獣なのだろうか?

 でも祠があった以上、何かここの土地に関連した星晶獣なのでは無いか?

 

 

 ……うーん、考えても考えても何も分からない。

 

 いっそもう一度会えれば────

 

 

「──ミちゃん!ルミちゃん!」

 

「んぇ? 何、ママ?」

 

「何、じゃないわよ! どうしたのそんな難しそうな顔して。

 どこか痛む?」

 

「んーん」

 

 

 余りにも不可解が過ぎた事態を考えていれば、どうやら顔を顰めていたらしい。

 どこか痛むか聞かれたが、私は怪我を隠さないタイプなので痛かったら素直に言うつもりだ。

 

 

 今度は顔に出さないように気を付けつつ、改めて思考を巡らす。

 

 今回で恐らく鍵となるのは祠の存在だろう。

 アレが星晶獣に関連しているのは、出ている情報からすればほぼ確実。

 

 然し直接的に聞くか?となれば、悩み所だ。

 あの祠が山のどの辺に位置するのか知らないが、パッパは仕事の関係上、非常に山に精通している。

 これ即ち、私が何処までフラフラ歩き回ったのかがバレる事に他ならない。

 

 少し迂遠に尋ねよう。

 それで答えが芳しく無ければ、素直に白状する方向にシフトする。

 

 

「ねぇ、ママ、パパ。 あの山におとぎ話とかってある?」

 

「おとぎ話? 私は聞いた事ないわね……貴方は?」

 

「私も思い当たる節は無いな…… しかしどうして?」

 

「あのね────」

 

 

 うーん、残念。

 迂遠な質問は呆気なく空振ったので、私は夜の山に入った動機から、祠に触れて意識を失うまでの凡そ全てを白状した。

 

 途中、余りに下らない理由で危険を冒した事にマッマが怒ったり、祠に触れた際の()に対してパッパが絶対に斬る覚悟を決めたりしていたが省略。

 

 

「……そうか」

 

「貴方はどう思う? ルミちゃんには悪いけれど、私としては突拍子も無さすぎて……」

 

「幻と断ずるのは容易いだろう。 だがそうか、祠か」

 

「パパ、何か知ってるの?」

 

「言われるまで思い出せなかったがね。

 何を祀っているかも分からん古びた祠を、確かに山で見た記憶がある」

 

「村長さんなら知ってるかしら。

 ルミちゃん、朝になったら聞きに行ってみる?」

 

「うん!」

 

 

 

  §  §

 

 

 

 朝を迎え、昼に差しかかる頃。

 

 

 村長に話を聞きに行く(ロイルミラ)とマッマwith家にいるのもイヤイヤしてしまった愛しの妹君(エリスマルル)

 

 妹君は昨夜、私が居なくなった事を気にもしていなかった。

 然し今朝は私が起きたら妹君に抱き着かれていたので、何だかんだ好いてくれているんだと思う。

 

 私を起こしに来たのに二度寝とは、愛い奴め。

 

 なお妹君が二度寝から目覚めて最初に私にした事は、2歳児とは思えないパワーとスピードのタックルだった。

 

 愛情表現が過激なところも可愛いね。

 

 

 

 閑話休題。

 

 

────そいつぁ、ガッサンサマかもしれねぇなぁ。

 

 というのが、村長から得る事の出来た情報だった。

 

 

 遡ること覇空戦争の時代、ここ周辺の空の民を纏めあげていた英雄様がガッサンという人で、あの祠は()()()そのガッサンを祀っていたものだという。

 

 だから助けてくれたのはガッサンサマだろう、というのが村長の見解だった。

 

 恐らく、というのは単純な話で、村長が生まれた頃には既に山の中に祠があったのだ。

 そして村長が若者であった当時でさえ、祠とガッサンの話は推量を以て語られていた。

 

 ガッサンの逸話に関しては、村長の家の蔵に代々継がれてきた物があるので間違い無いという。

 祠に関する話だけが不明瞭なのは、中々奇妙で興味深い話である。

 

 

 然しそうか、星晶獣では無いという線か。

 ゲーム内で聞いた気がするからと、勝手にそれ以外の可能性を消してしまっていた。

 この空に幽霊も英霊もいる事はフェリもアンも証明しているのだ、星晶獣という決め付けは些か早計だったかもしれない。

 

 

 それにしても、この村にも覇空戦争期の英雄譚なんて物があったりするのか。

 それらしい社や像も無いので完全に無縁だと思い込んでいた。

 

 今回の件とは別でガッサンという英雄の話はしっかり聞く機会を作りたい。

 この世界に生まれたからこそ聞ける、ゲームで態々掘り下げない部分だ。

 

 

 

 他は特筆すべき情報も無く、精々のところ『満月の夜に出会ったなら、満月の夜に山にお越しになるのかもねぇ』という推測のみ。

 村長に礼を言って去り、この日は大事を取って修行も休みになってしまった。

 

 絶賛イヤイヤ期ではあるが、妹君を構い倒して時間を潰そう。

 

 

 

 この世の全てを否定する勢いで暴れている妹君を構い倒しながら、私はどうにかして定期的に山に入る口実を考えていた。

 

 

 仮にあの時の()がガッサンサマだとして、礼も述べないのは如何なものか────というのは建前。

 無論、礼自体は述べたいのだが、本音を言えば単純に知的好奇心が擽られている。

 

 こちらを害するつもりが無いのなら、試みたいのは会話だ。

 直接的な語り合いが不可能でも、意思疎通が取れれば何か有益な情報が手に入るかもしれない。

 

 

 私は現在、順調に力を付けていると自負している。

 然しながら、主人公が巻き込まれる事象を鑑みればまるで足りていないのも事実。

 

 星晶獣と教えの最奥を、とまで行かずとも、技の一つでも伝授してくれれば御の字というもの。

 そうでなくとも訓示の一つでも戴ければ、前世で戦いと無縁だった私にも多少の覚悟が芽生えるやも────いや、ここまで来ると何でもありだな。

 

 兎に角、何にしても再度お目通り願いたい。

 

 ……パッパを堕とせばいけるか?

 

 

「ねぇパパ、またお山に行きたいんだけど……だめ?」

 

 

 妹君を散々構い倒し、夕餉も済んだ頃。

 マッマが暴れ回る妹君と格闘しているのを確認してから、パッパにアタックを仕掛ける。

 

 唸れ私の表情筋!

 愛娘からの上目遣いと涙目の懇願コンボ!

 許可してくれたら感極まったとばかりにハグも付けるぞ!!

 

 

「ぅ……! パ、パパと一緒なら許可しよう」

 

「ホント!? パパ大好き♡ ギューッ♡」

 

「……ッ! そ、そうか。パパもルミが大好きだよ」

 

 

 ほう……この攻撃を耐えるとはパッパも成長著しい。

 

 でも、堅物を気取るから耐えなきゃいけないという致命的欠陥を直した方が早いと思うんだよな。

 面白いから言わないけど。

 

 然し、思ったよりもすんなりと許可が取れた。

 パッパ同伴だと喋る内容を調整する必要があるが、それぐらいなら安く済んだ方だろう。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 パッパの時間が空いたのは、私が交渉を持ちかけてから一週間が経過した頃だった。

 

 その間に、昼間に行くのは勿論だが、無理を言って次の満月の夜にも約束を取り付けた。

 

 

 取り敢えず再会の目処が立ったのは大きい。

 無論、あの()が満月の夜に必ず来ると決まった訳では無いのだが。

 

 

 

────昼の山、祠にて。

 

 

 パッパとの登山は、魔物の気配さえ無ければピクニックみたいだったと思う。

 

 残念ながら現実は非情なもので、二度ほど魔物の襲撃に遭遇した。

 パッパが即座に斬り捨てたので、私は魔物の襲撃を察知しただけに終わった。

 

 思ったよりも血や切断面に嫌悪を感じなかった事に我ながら驚いたものだ。

 精神が身体────というよりもこの世界に順応してきた証拠なのかもしれない。

 染まってきたとも言えるが、別にこれは悪い事では無いだろう。

 

 前世に戻れるなど微塵も期待していないし、寧ろこちらから願い下げだ。

 幼女と仲良くするという夢物語だけを追い続けた前世より、身近に150cmを絶対に超えない事が確定している妹──それと私自身──の居る今世の方が(ロリコン)には大事なのだ。

 

 話が逸れたが、流血やらに前世より耐性が出来たとはいえ、矢張り多少の悍ましさを覚えずにはいられない。

 いざという時に、この感覚に身を竦ませでもしたら命取りに成りかねないので、早めに慣れなければなるまい。

 

 

 

 昼間に見る祠は、言葉を選ばないのであればみすぼらしかった。

 

 あの夜に感じた厳かで不気味な雰囲気などまるで無く、ただただ物悲しげにぽつねんと建っている様はいっそ奇妙な愛らしさを感じる。

 

 

 私はパッパと共に祠の軽い清掃をして、あの時の礼を述べた後に何事も無く帰宅した。

 

 

 

 帰り際に吹いた一陣の風は、祠を手入れした事による感謝の念だったのかもしれない。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 月の満ち欠けは前世も今世も変わらないらしい。

 

 今宵は満月。

 ガッサンサマ(仮)とご対面する予定の日だ。

 

 

「ルミ」

 

「なーに?パパ」

 

「もし、ガッサンサマが来なかったらそれまでだからね」

 

「はーい」

 

 

 パッパに釘を刺されたが、まぁ娘が夜の山に行きたがるなんて如何なる理由でも無い方が良いのが親心だろう。

 

 でもごめんねパッパ、私は今夜出会えなかったら次の満月も行くつもりなぐらいには今回の件に興味を惹かれているよ。

 

 パッパからすれば鬼が出るか蛇が出るかといった心境だと思うが、私からすれば当初の考え通りの星晶獣か、村長の推測通りの英雄様の霊という、何方であっても美味しい展開だ。

 

 用心深く装備を確認するパッパを横目に、私はウキウキしながら家を出た。

 

 

 我が家は山間の村の端に位置している。

 

 我が家に近い方の山は、越えると港町に出る事もあって反対側よりも重要度が高い。

 反対の山も別の村に繋がる道ではあるので、大事である事には違い無いが。

 

 

 程なくして、月が照らす山道をパッパと歩く。

 

 頼れる光源はパッパの持つ灯り(カンテラ)と月だけ。

 

 

 矢張り魔物の気配がしない。

 

 この山に棲息する魔物は確かに昼行性が多いが、夜行性だって当然居る。

 だというのに一切の気配がしないのだから、パッパも奇妙に思って先程から何度か首をひねっている。

 

 結局、一度も魔物に遭遇せずに目的地に到着する。

 祠は月に照らされて私達を待っていた。

 先日の昼間に見た時と違って厳かで不気味で、けれど今は少し温かみを感じる。

 

 掃除の成果だろうか? 気を良くしてくれているのなら頑張った甲斐があると言うものだ。

 

 

 パッパに視線を送り、祠に触れる。

 

 

 ()が広がる。

 

 パッパの姿が闇に覆われる────否、私が闇に覆われたのか。

 

 視界の全てが黒に染まり、残された月だけが煌々と輝く。

 

 

────我は大地を染める者

 

 

 月を背に()が形をとる。

 玉声とは裏腹に、目の前の()が発する威圧に私の身体が勝手に震える。

 

 

 その姿に私は見覚えがあった。

 

 星晶獣ツクヨミ。

 

 ガッサンサマと推定していた()の正体であり、私を夜の山から送り届けた恩人でもある存在。

 

 ゲームではガチャ石の他、古戦場や砂箱の敵を務める存在。

 

 透き通るような肌と、対照的な艶やかな烏羽玉の髪。

 シースルーのワンピースの下にヒラヒラとした装飾のレオタードという際どい格好で……

 

 いや、目の前に来られるとマジで目のやり場に困るなこの子。

 シースルーワンピのせいで太もも丸見えだし、袖(?)はあるのに腋が丸出しだ。

 

 それにハーヴィンの私が言うと説得力が薄いかもしれないが、小さい。

 ヒューマンならまず少女として認識される程度だ。

 

 そんな歳の子が先述の衣装で眼前に降臨したせいで、畏怖とか全て吹き飛んで私の精神(前世)が興奮している。

 

 非常に拙い。 妙な事を口走りそう。

 

 

「可愛い……」

 

 

 やっべ、口が勝手に。

 

 

「ふふ」

 

 

 凄い微笑ましいものに向ける感じの笑い方をされた。

 

 恥ずかしいんですけど!

 

 

 私は恥ずかしさを誤魔化すように彼女に話し掛ける。

 

 

「あ!あの! 星晶獣ツクヨミとお見受けしますが、間違いありませんか!?」

 

「ええ、如何にも」

 

 

 眼前の美少女は間違い無くツクヨミであるようだ。

 

 

「念の為に聞くんですけど、ガッサンサマって知ってます?」

 

「いいえ。 御空(みそら)の輝きですか?」

 

「へ?御空……?」

 

 

 急に分からない言葉が出てきて、呆けた返しをしてしまった。

 

 彼女に限った話では無く、もっと言えばこの世界(グラブル)には割と居るのだが、難解だったり独特な言い回しを用いる存在は多い。

 

 とはいえ、今回のは文脈と響きで察しが付く分、優しめだ。

 御空の輝き……今これに該当する言葉は『空の民』だろう。

 

 

「あー、えっと、覇空戦争期の空の民で、この辺りで有名だったそうなんですけど……」

 

「我は分け身。 故にこの空を知る者では無いのです」

 

「成程……本体は別なんですね。 じゃあ、次の質問を──」

 

 

 その後、幾つか質問をしたものの、わざと暈したような回答ばかりされた。

 

 危害を加えるつもりは無いけれど、そこまで仲良くするつもりも無い……という事だろうか。

 

 だがそれでは困る。 主に私が。

 何せこんなにも身近に友好的な星晶獣がいると判明したのだ。

 仲良くなりたい。 あわよくば縁を繋いで最奥まで至りたい。

 

 どうにかして距離を縮めようと、頭を悩ませていたところ────

 

 

「共に来た人の子が、我の闇に牙を向けています」

 

 

 うぇ!?パッパ何してんの!?

 

 

「うぇ!?パッパ何してんの!?」

 

 

 しまった、思った事がそのまんま出てしまった。

 

 然し困った事になった。

 この行動が敵対の意思と受け取られれば、ただでさえやんわり仲良くする気はありませんよと断られている──と私が勝手に解釈している──のに、仲良くどころか一方的に殺されてしまう。

 

 

 パッパを止める為にも、切り上げなければならなくなった。

 

 

「じゃあ最後に!その、また会いたいんですけど! 満月の夜、ここに来ればいいんですか?」

 

「ええ、望の夜は此処に」

 

「やった! それじゃ、また会いましょうねツクヨミ様!

 私はロイルミラって言います! もし良ければ覚えてください!!」

 

「ふふ……さぁ、帰りなさい」

 

 

 

────こうして、忙しない私とツクヨミの初会話は終わりを迎えた。

 

 

 最後の自己紹介が少しは効くと良いのだが。

 『様』付けに関しては半ば無意識だったが、結果として信仰の意思表明っぽくて良かったかもしれない。

 

 

 一瞬の暗転の後、私は祠の前に立っていた。

 パッパが刀を握る手を戻して、私を抱き締める。

 

 何だか最近は両親に心配や負担を掛けすぎている気がしてきた。

 修行に一層励む事と、家事の手伝いで帳消しに出来るだろうか。

 

 

 

 パッパからは結局、もう山には連れていかないと言われてしまった。

 心配を掛けた手前、文句は言えないが同伴が無いなら一人で向かうに限る。

 貴方の娘は中身が中身(いい年)なだけあって同年代より頭が回る上に、身体に引っ張られているのか想像以上の悪ガキですよ。

 

 然しこれもまた必要な事。 パッパよ、許せよ(リンドヴルム)

 

 

 私がツクヨミと仲良くなる利点は多い。

 

 先ず、教えの最奥が視野に入る事が大きい。

 

 教えの最奥に関して簡潔に説明するならば、島と契約するような星晶獣を相手に、個人で契約する手法だ。

 契約に際して条件も多く命の危険も発生するが、契約の暁には大きな力を得られるハイリスクハイリターンなものである。

 メインシナリオに関わる面々も会得しているものであり、私のイチャイチャ生活にも必要となるだろう。

 

 次に、ゲーム内のツクヨミと変わらないのであれば彼女は闇の性質に寄っているだろう。

 これそのものが利点の1つとなる。

 

 私はマッマから火と風の基礎魔法を修めたが、マッマとしても本番は光の魔法になるだろう。

 光と闇は二面性、特定周期で性質を変化させるという四大元素とは異なる要素を持つ────これは前に話した通り。

 そこで私とツクヨミが仲良くなると、光の性質が強い周期は私自身の力で、闇の性質が強い周期はツクヨミの力を借りる事で、私は常に全力で魔法を行使出来るという寸法だ。

 それに見た目が幼女なハーヴィンがそんな力を持てば、光と闇が両方そなわり最強に見える。

 

 問題は私に闇の魔法を使える素質があるのか分からない事だが、ツクヨミに師事すれば解決するだろう。

 仮に闇の魔法に関して素質が0なら、ツクヨミ本人と協力して私は火や風の魔法で援護する形にすれば良い。

 

 

 そして何より────

 

 

美少女とお近付きになれるまたと無いチャンスである

 

 

 転生をしようが、性別が変わろうが、彼女の方が背が高かろうが、(ロリコン)(ロリコン)

 

 私の心(ロリセンサー)が仲良くなれと叫んでいるのだ。

 仲良くなろう。 お菓子で懐柔しよう。 部屋に連れ込もう。

 

 

 

 頻りに妙な事をされなかったか確認してくるパッパを他所に、私はそんな妄想を膨らませながら家路に着いた。




というわけでツクヨミを出しました。
出した理由の9割は「可愛いくて好きだから」です。
プレイアブル化待ってます。


次の更新も未定です。
更新の予定日を確約出来ない非力な私を許してくれ……。

でもちゃんと次回以降も書きます、本当に書きたいところはまだまだ先なので。


それでは、明日の無料100連が良い結果になりますようにお祈り申し上げます。


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才能はあったろう?


皆さんは無料ガチャどうでしたか?
作者は総合的に見れば勝ちだが無料100連だけ見れば負け、です。

22/04/29 加筆修正


 

 

 ツクヨミ()との密会は意外な形で展開した。

 最早気にしていないが、すっかり様付けで呼ぶ事になっている。

 

 

 彼女は満月の夜は祠にいると言っていたので、私が家を抜け出す悪童と化したのは言うまでもない。

 

 問題は彼女────ツクヨミ様は満月の夜に限らず私に()()()()()のだ。

 

 しかも方法が、寝てる私の枕元に棒立ち。

 怖すぎなんですけど……最初はちょっとチビった。

 

 

 彼女が私に逢いに来るのは朔の日、現代的な言い方をするなら新月の日だ。

 

 つまり月の満ち欠けが前世と大差無いこの世界で、私とツクヨミ様は約二週間に一度は顔を合わせるようになった。

 

 ……仲良くするつもりは無いかのような態度を取っていながら、随分と距離の詰め方が急すぎる。

 聞けば、ツクヨミ様はここまで空の民と碌に会話をした事が無かったらしい。

 確実に距離感がバグっているんだと思う。

 

 私も前世は大して友人が居なかったし、今世はそもそも同年代が周りに居ない。

 だから『私達って似た者同士ですね!』と言ったら凄い憐れまれた。

 これに関してはどれだけ仲良くなっても絶対に忘れないからな。

 

 

(いいもん、私には最愛の妹君(エリスマルル)が居るし)

 

 

 最近はイヤイヤ期も終わりかけ、今度はなぜなぜ期に突入し始めたのだ。 可愛いね。

 

 因みに妹君の質問はマッマやパッパには優しめのものが多いが、私にだけ何故か強烈なのが多い。

 

 この前なんか『人は死んじゃったらどうなるの?』ときた。

 (転生者)に聞く質問としては一番参考にならないだろうに。

 しかも私は死因すら判然としないし、何なら本当に死んだのかすら分からない。

 

 結局その時は『お姉ちゃんも死んだ事ないから分かんないな〜』なんて曖昧に返した。

 無論、妹君からの返答は『じゃあ、お姉ちゃん死んでみて!』だった。

 冗談キツいぜ。

 

 

 

 兎も角、ツクヨミ様との密会も、妹君とのコミュニケーションも順調だ。

 

 問題は両親で、パッパは私が満月の夜に抜け出している事を知っているのか、時々凄く怖い顔になる。

 マッマに至っては完全に分かっているようで、私が抜け出す際にツクヨミ様──マッマは祠の英霊様だと思っているが──へのお供え物という名の夜食を渡してくれる。

 何も言ってはこないが、心配を隠さず目に乗せてくるので心に悪い。

 

 つまり、私が次にしなきゃいけないのは両親との関係修復。

 それとツクヨミ様ともまだ会話のみで終わってるから、そろそろ指導してくれないか掛け合いたい。

 

 

 原作までは未だ時間があるとはいえ、私は欲張りだから原作までにしたい事もある。

 時期も場所も曖昧な()()を知る為には、ツクヨミ様との親交も両親からの十分な信頼も、その両方が必要不可欠なのだ。

 

 

 

 目標は原作開始までに村、というよりこの島を出てファータ・グランデ中にそこそこ顔と名を広める事。

 

 そして最終目標は主人公とイチャイチャしながらイスタルシアまでのロングデート!

 

 

 

  §  §

 

 

 

────ある日。

 

 

「ママ、そういえば私ってどの魔法が得意なんだろう?」

 

「んー? 分からないわねぇ。

 ママだけじゃ確認出来ないし……」

 

 

 私のスペックについて私自身が全く把握してない事を、私はツクヨミ様との妄想をした際に気付いた。

 今の今まで聞くタイミングを何となく逸していたのだが、ふと思い出してマッマの魔法授業を受けている時に聞いてみたのだ。

 因みに内容は光魔法の基礎である。

 

 

 この世界(グラブル)の魔法体系は、ゲーム内には詳細な描写が無かったと私は記憶している。

 精々分かっているのは魔法は教わる物である事と、あまりに莫大な魔力は肉体の成長を阻害する事ぐらいだ。

 

 ただ、小説だかで属性を多数扱えるのは稀有みたいな描写があった筈。

 私にとって現実と化してしまったこの世界でも通用する考えかは別として、そこまで的外れでも無いだろう。

 

 

 実例として、パッパは武器や自身の水属性を増幅・凝縮する術に長けている。

 ただ、逆に言うとパッパはこれ以外がロクに出来ない。

 他の属性など以ての外らしく、昔に試して武器を破壊したっきりという発言を頂いた。

 それを語るパッパの苦虫を噛み潰したような顔が、実際に起きた出来事であることを示していた。

 

 その点でマッマは光の性質に長けているし、風魔法も得意という。

 火の性質は多少手を出せるぐらいなんて謙遜していたが、ハイスペックなのは間違いないと思う。

 

 

 

 さて、そんな両親を持つ私は一体どうなのか?

 

 

「────というわけでツクヨミ様。 なにか判別する方法はありますか?」

 

 

 満月の夜。

 私は祠の前でマッマ謹製のお握りを頬張るツクヨミ様に聞いていた。

 

 

「貴方を視れば瞭然ですよ」

 

「へ?」

 

「光が特に秀でてますが、他の属性も問題なく行使出来る稀有な身体です。

 我との逢瀬は闇の性質を伸ばす為でもあるでしょう?」

 

 

────今、なんて?

 

 

 待ってくれたまえ、言葉の洪水をワッと一気に浴びせかけるのは!

 

 ……整理が必要だ、深呼吸。

 先ず私は光属性に秀でているが、他の属性も使える。

 つまり六属性の全てに対応しているって事らしく?

 ツクヨミ様との密会の目的の一つだった『闇の魔法を教えて貰っちゃおうカナ?』(おじさん構文)がバレていて?

 しかもツクヨミ様的にはこの密会は『逢瀬』であると?

 

 

(全属性使えるってマジで言ってるの!?

 チートスペックが過ぎるだろ、主人公かよ。

 というか目的の一部が筒抜けなの終わってるんですけど!

 他の目的も全部バレてたら『都合の良い道具と扱うのね』みたいな事言われて死んでしまうのでは!?

 いやでも逢瀬なんて言ってるぐらいだから楽しんで……って逢瀬じゃない!!

 ツクヨミ様は確かに可愛いし、前世の私(ロリコン)がはしゃいでいるけど!)

 

 

 自分が今どんな顔をしているのか分からないが、熱くて堪らないので多分耳は真っ赤だ。

 私の感情を滅茶苦茶にしてくれやがるぜ、ツクヨミ様よ。

 

 ツクヨミ様はそんな私を見て笑うし。 何なんだ全く。

 

 

 ええい動揺するな私!

 ツクヨミ様との最終関係が教えの最奥なら、もっと恥ずかしい所を見られる可能性だってあるんだぞ!

 イオちゃんはロゼッタに過去がバレていたし、オイゲンはアポロニア誕生前を想起させられていたんだ。

 

 私と最奥なんぞした日にはツクヨミ様は下手したら私が異常(TS転生者)だと知るんだぞ、それと比較すれば今は軽傷!

 

 

 ……ヨシ。 何も良くないが、割り切らなければ話は進まない。

 

 

「じゃ、じゃあ、ツクヨミ様に闇の魔法とかって教えて貰えたりするんですか?」

 

「我は空の民が扱う術を知りませんが……」

 

「あ」

 

 

 当たり前じゃん、何考えてんの私。

 私、もしかして今の今までこんな当たり前に気付いていなかったのか!?

 

 

「然し、闇の元素が持つ性質等であれば垂教も出来ましょう」

 

「! 本当ですか!?」

 

「あくまで星の獣として、ではありますが」

 

「構いません!」

 

 

 ツクヨミ様はそんな当たり前な事すら忘れていた私に恩情の言葉を掛ける。

 

 全属性が使える可能性を聞かされて、ここで弱気になぞなっていられない。

 私がツクヨミ様から何も得られなければ、私の実力がそこまでと言うだけの話だ。

 闇の元素の性質から、新たな闇の魔法を編み出すぐらいの気持ちでやってやろうじゃないか。

 

 

 ゲーム的にも全属性に出張したキャラは希少だ。

 それはキャラ商売たるゲームという性質込みでもあるが、主人公を除けば数人。

 

 全属性を明確に行使するキャラもごく少数だ。

 ツクヨミ様も稀有な身体と言った辺り、珍しいんだろう。

 ……そうなるとイオやアニラってもしかしてヤバい才能持ちなのでは?

 弱点属性を的確にぶつけたり、六属性ばら撒くって割と無茶苦茶な事に思えてきた。

 

 

 

 さて、全属性を使える可能性が生まれた事で、私としては明確な目標が一つ増えた。

 

 『魔法戦士』である。

 

 主人公のジョブであり、四大元素の力を借りて魔法を行使する刀と格闘が得意なソレ。

 四大元素の力を借りてとは言うが、実態は全属性を扱う。

 前身の忍者も含めて、使う頻度の高い印や属性だけ覚えて、それ以外は必要に応じて詳細を確認するレベルで色んな事が出来るジョブだ。

 

 主人公の隣で支える者を目指すならば、これ程に無い適役。

 多種多様の魔法で援護し、必要があれば刀で応戦する。

 パッパとマッマの訓練が実を結ぶ形としても最適だ。

 

 それともっと単純な理由として、ハーヴィナイズ*1しても魔法戦士の服はきっと可愛い事だろう。

 ジータちゃんの自信ありげな顔と、赤を基調とした服のベストマッチ具合は今でも私の脳に刻まれている。

 

 この世界の主人公がグランかジータかは知らないが、グランなら違和感無く受け入れて貰えるだろうし、ジータならお揃いと称せる。

 私としては、何方に転んでも美味しい展開となるのだ。

 

 

 

────私、ロイルミラ。 魔法戦士になってみせます!

 

 

 

  §  §

 

 

 

 魔法戦士を志すと決めてから幾日か経った頃。

 

 この先、魔法戦士を目指す上で必要な話を通す為に、私は両親の手伝いを今まで以上に率先して行っていた。

 単純かつ露骨な媚び売りではあるが、こういうのがジワジワ効く。

 

 

 新月の日、相も変わらず枕元で棒立ちのツクヨミ様に、村民の属性力の偏りを調べてもらった。

 マッマと一緒に作ったクッキーを報酬として用意していたが足りなかったようで、次の満月には団子が欲しいと言われた。

 

 ツクヨミ様の調査によって必要な情報が揃った。

 

 

 

 こうして臨んだ両親との家族会議。

 因みに妹君は直前まで私と遊び尽くしたので既に夢の中だ。

 

 

 最初にしたのは両親への謝罪、及び懇願。

 

 私が魔法戦士になる上で全属性を扱うのは必須事項だ。

 然しマッマの力量でも不得手の属性は存在する。

 特に闇属性は、マッマはおろかこの村に得手とする者が居ない。

 これがツクヨミ様に調査してもらった内容である。

 未だツクヨミ様との交流は多く無いが、ツクヨミ様が嘘を吐くタイプとは思えないのでまず間違い無いだろう。

 

 つまり、闇の魔法においてこの村で私に授業出来るのはツクヨミ様だけ。

 となれば大手を振って修行の時間を設けたい。

 

 だからこそ、今までの家を抜け出す方法は不適となる。

 今まで誰かに教えるという行為をした事が無い星晶獣のツクヨミ様に指示を仰ぐ都合、それを汲み取る空の民の私という構図も含めて絶対に時間が掛かる。

 夜に強く関連する星晶獣だからか、ツクヨミ様は日が完全に没してから夜明けまでしか此処に居ない。

 

 時間が必要なのに時間が足りないのだ。

 家族が寝静まるまで待つにせよ、家族の目を盗んでコソコソと動くにせよ、私の歩みは遅々としたものになってしまう。

 

 

 斯くしてその旨を謝罪と共に伝えれば、両親からは困惑の色が滲んでいた。

 

 その反応も又、当然だろう。

 村にも伝わる英雄だかの霊を熱心に信仰しているのかと思っていたら、見ず知らずの星晶獣と仲良くなっていた。

 しかも自分の娘にとんでもない魔法の才が秘められていて、それを星晶獣がいの一番に把握している。

 更に、この村だけでは娘の魔法の才は開花しきらないので満月と新月の夜は娘を貸せときた。

 

 ……箇条書きマジックだとは思うが、これではツクヨミ様が私を誑かしていると捉えられてもおかしくないぞ?

 

 あ、ヤバい。 パッパが震えている。

 誤解なんです!確かにあっち(ツクヨミ様)は逢瀬とか言ってくるけれど!

 私としては密かに会ってるだけでそれ以上の関係は無くてですね!

 

 え? ツクヨミ様の見た目?

 ヒューマンの少女みたいな外見で────

 

 

 

 

 結論から言えば、許可は下りた。

 

 私の魔法の才に関する話が出た時点で、マッマとしては許可以外の選択肢が無くなったらしい。

 ()の身の危険と魔導師として大成することを天秤にかけて後者が選ばれる辺り、マッマも魔法に魅せられた人種なんだと思わされた。

 

 パッパは物凄く渋っていたが、条件は新月の夜に使う稽古場を我が家の庭にする事だけだった。

 てっきり常にパッパが同伴するとか言い始めると思っていたのでつい聞いてしまったが、容易く分断されたあの夜を考えれば、同伴程度では解決しないというのが理由らしかった。

 

 

 何はともあれお許しが出たので、次の話に移行する。

 私の修行に関してだ。

 

 先程の話を聞いた時点で両親も察していたのか、私が修行のレベルアップを打診した事には驚かなかった。

 両親としても、私の成長速度から見てそろそろ次の段階に行く予定だったらしい。

 

 全属性を扱えると知ってからだが、この成長速度も含めてもしやそういう特典なのかと勘繰ってしまう。

 神様に会って云々の下りは全く記憶に無いから、全くやっていないか記憶から消されているかの何方かなのだろうが……

 これに関しては考えても答えが出ないだろう。

 私が天才だという可能性だって無い訳では無いのだし。

 

 

 最後に私が両親に頼んだ事は、愛しの妹君(エリスマルル)に関してだ。

 

 彼女自身から頼んで来ない限り、()()()()()()()()()()()()()()()なんてお願い。

 両親は目を丸くしたが、私も高慢な物言いだと思う。

 妹君が私を倣う保証など何処にも無い。

 

 これは本当に万が一を考慮してのお願いだ。

 

 この世界(グラブル)──というより魔法のある世界だとお馴染みだが──魔術を嗜む家系は、子供を『作品』として見るきらいがある。

 私の両親がそういうタイプだとは思えないが、仮にそのタイプでも私が『最高傑作』になれば良いだけではある。

 だが『姉が出来たなら妹も出来る』といった理論が振り翳される可能性は皆無ではない。

 重ねて両親をそういうタイプと思ってはいないものの、なにぶんゲームで不幸な末路を辿った魔導師家系を見てしまっている手前、少々警戒してしまう。

 

 妹君は妹君で、私に修行の意味を聞いてきたこともあるし、やってみたいと言ってきた事もある。

 然しそれは取り敢えず真似をしたいだけで、私の修行と妹君では事情がまるで違う。

 

 近い未来、この空に特異点と呼ばれる主人公が駆けることを────その隣に立つという明確な目標が有る故の発言と、()の真似事という大きな差。

 

 もう少し経てば妹君はもっと明確な────それこそ前世の創作でごまんと有った、兄弟姉妹への対抗意識で修行を願うかもしれない。

 逆に、汗水垂らして有るかも分からない未来にばかり目を向ける()に呆れて修行など嫌がるかもしれない。

 

 だがそれを今の妹君が選択出来るとは私は思っていない。

 兎に角、私としてはまだ早いと思ったのだ。

 過保護と思われても仕方なく、下に見過ぎていると断ぜられても反論出来ない。

 

 

(それでも私は初めての妹君を──それこそ妹君から嫌われていても──心の底から愛しているよ)

 

 

 私の非常に高慢なお願いに、両親としても思う所が無いわけじゃないようではあった。

 とはいえ両親の事なので、何方かと言えば私の杞憂を汲み取ってくれたのだろう。

 本当に良い両親を持ったと思うと同時に、この人達すら疑ってしまう己の臆病さに嫌気が差す。

 

 取り敢えずこれに関しても叶えて貰えそうだ。

 

 

「それにしてもルミちゃんはしっかりした子ね〜。 我が娘ながら大人と話してるかと錯覚しちゃった」

 

「未熟ながら、自らの芯が出来たのだろう。 自慢の娘だ」

 

「あ、あはは……」

 

 

 

────暫くは今以上に語彙力を下げようと密かに決意した。

*1
他種族の特徴やファッション、戦法などをハーヴィン用に調整すること。当然だが造語である。




修行パートはサクッと済ませると思います。
村の中でする修行 & 人間に初めて授業をする星晶獣ですからね。


次回以降も何卒宜しくお願いします。


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成果はあったろう?


エイプリルフール366日目、到達記念更新です

22/04/30 加筆修正


 

 

 修行の日々は──実際に行っていた私は兎も角──傍から見れば地味な出来事の繰り返しだ。

 

 ツクヨミ様が来なかった日は、早朝に起きて素振りから始める。

 朝餉が出来るまでに身体を温めて、朝餉を済ませたら庭で魔法の基礎を復習。

 終わったら家事の手伝いを行って、妹君を構い倒しつつ休息。

 昼餉の後はマッマの魔法講習。

 マッマから学ぶ事が少なくなった7歳以降は、村の数少ない魔導師に稽古を付けてもらっていた。

 日没手前に、何事も無ければパッパが帰宅。

 3本先取の試合形式を行って、勝敗で入浴の順番を決める。

 

 余談ではあるが、風呂といっても前世の私(現代の日本人)がイメージするような風呂では無い。

 私が火の魔法を調整出来るようになってからは近付ける事に成功したが、基本的には行水スタイルだ。

 私も妹君も髪が長いので、洗うのにも乾かすのにも時間が掛かる。

 だからパッパは私との試合を──私の糧になるように配慮しつつ──3連勝して早めに入ろうとする。

 私がこれを阻止出来るようになったのは9歳に入ってからだ。

 

 入浴後に夕餉、それが終わったら試合の反省。

 全部終わったら、妹君と寝る前に遊び尽くして就寝。

 

 ツクヨミ様が来る夜の場合は、夕餉を抜いて仮眠した後にツクヨミ様の授業が始まる。

 マッマが用意してくれた夜食を摘まみながら、夜明けまでマンツーマンのレッスンだ。

 ツクヨミ様が去る夜明け頃に就寝し、昼前には起きていつもの修行形態に戻していく。

 

 

 このサイクルに休みの日を挟む生活習慣が私の日常だ。

 たまに村人から畑仕事の手伝いなんかを頼まれる事もあるのだが、それでも崩さないように都度調整をするぐらいには毎日続けた。

 体調を崩した事も一度も無く、我ながら良く頑張っていると自賛してしまう。

 

 休みの日は基本的に一日中、愛しの妹君(エリスマルル)と遊び呆けている。

 妹君が村人のお手伝いに行ってしまっている場合は、前世の創作物で見た技の再現やら検証やらで時間を潰す。

 これはこれで楽しいので、私の毎日は非常に充実している。

 結果的にツクヨミ様に会えたから良かったものの、あの夜に『この村に飽きていた』とか吐かした当時の私は何様だったのだろう。

 幸いにも今世には魔法という前世に無かった面白い物があるのだから、する事が無くなったら増やせば良いのだ。

 

 

(当時の私は基礎の基礎しか覚えていないから、こんな遊びが出来る余裕も無かったけどね)

 

 

 そう思いつつ、私は()()()()()()()()

 

 これは妹君のマイブームに度々上がってくる綾取りを見ていた際に思い付いた魔法だ。

 妹君の遊びのマイブームはコロコロ変化するが、結構な頻度で綾取りに帰ってくる。

 私は生憎と、前世も今世も綾取りにロクに触れていないので、妹君に付き合ってやれないのが残念でならないと思っていた。

 そこで開発────というか再現したのが、魔法によって糸を生成する技術。

 アイデア元はダヌアの霊糸。

 然しあくまで参考にしただけで、この魔法糸は戦闘にはまるで使えない。

 

 これは私の魔力を糸のように細く引き伸ばし、微量の属性元素を混ぜ込んで着色するという、繊細かつ無駄に魔力を消費する妙に贅沢な技術だ。

 混ぜ込む属性元素を喧嘩しないように慎重に注ぎ足す事で、ゲーミング魔法糸にもなる。

 これが私の初めての魔法開発かと思うと些か虚しいが、オシャレに転用出来る可能性を秘めていると前向きに捉える事にする。

 

 そもそもはこれで妹君の気を惹こうと思っていたのだから、そちらの動機の方が余程虚しいとか考えてはいけない。

 

 それに、ゲーミングカラーに意図的に出来るのは全属性を行使出来る少数派だけ。

 この技術は盗まれるリスクが低い!

 ……誰が盗むんだ、こんなモノ。

 

 

 兎に角、妹君とはそんな贅沢な製法の糸を用意してからというもの、綾取りを教えて貰う仲にもなった。

 私はお礼として、妹君の気分に合わせた魔法糸を精製してプレゼントしたり、妹君の無茶振り(主にお菓子の追加要求)に応えたりする。

 

 この魔法を見せてから、妹君が私を見る目には明らかに尊敬が含まれるようになった。

 つまり妹君の気を惹く事に私は成功したのだが、問題も発生してしまった。

 

 妹君が村人に対して、私を『天才の魔法使い』と吹聴し始めたのだ。

 確かに妹君は年頃からして、凄いと思った事を自らの事のように話したくなる頃合いだとは思う。

 だがこれがまぁ日に日にエスカレートしており、先日は老夫婦から『畑の土を一瞬でひっくり返せると聞いたんだけれど』なんて言われて、私は苦笑いしか出来なかった。

 因みにこの依頼は、妹君の虚言である事を明かした上で地道に天地返しのお手伝いをした。

 老夫婦からは『妹の夢を壊さない良いお姉ちゃんだね』と言われたものの、放っておくとその内、私が妹君の中では全空最強になっていそうだ。

 

 

 多少の問題は発生しつつも家族関係が頗る良好な一方で、ツクヨミ様との仲は遅々とした進展のみとなっていた。

 ツクヨミ様の教えに不満は無いし、お互いが別に険悪になった事も無い。

 ただ、劇的な関係変化も特に無いのだ。

 

 教えの最奥を打診する程の仲など果てしなく遠い。

 というか、今の関係のままではツクヨミ様にしたい()()()もやんわり断られそうだ。

 

 仲良くはなれた、お菓子も──お供え物という体だが──あげた、部屋には……連れ込むというよりも勝手に入られている方が正しいか。

 足りないのは懐柔という事である。

 

 それならば少し冒険をしよう。

 人間関係の進退はリスク無くては成立しないと、何処かで聞いた気もするし。

 失敗しても私の今世は美幼女──妹君の天才吹聴に比べれば遥かに認めやすい──なので、お巡りさんのお世話にもならない。

 

 

(まぁそもそも、この村に警官なんざ居やしないけど!

 相手は星晶獣なんだからナニしたってバレやしないよなぁ!?)

 

 

 

  §  §

 

 

 

 満月の夜、山の祠。

 

 

 私はツクヨミ様と並んでマッマの夜食を頬張っていた。

 

 今宵、私はツクヨミ様ともう一歩進んだ関係になりたい。

 それは例えば、すれ違った際に挨拶を交わすだけの知人から、多少の世間話が混じるような。

 共通の趣味ぐらいでしか話さない友人から、プライベートの相談をし合うような。

 そういう前進を、私は望んでいる。

 

 然し、ここで重要な問題が発生する。

 

 隠してもいないが、私の前世は陰キャだ。

 陰キャとはそもそも『陰気なキャラクター』を略したものであり、ここで言う陰気とは即ち暗い者を指す。

 幼女との親交を目的に演技力こそ磨いたが、その実友人と呼べる存在は両の手で確実に足りる程しか私には居なかった。

 二進指数え法なら片手でもダダ余りする。

 そして演技力を磨いておきながら友人がそれしか居ないという時点でお察しだが、私の演技は友好関係には寄与しない。

 

 白状するが、そもそもがコミュ障なのだ。

 今世は自らの容姿に自信も持ててきたし、そうで無くとも自らが幼女であるという点でウキウキのノリノリで演技をしているだけ。

 最早捕まる事も無いからこれも白状するが、幼女との親交を目的とした演技だって下心満載で、三文芝居と笑われるのがオチのクオリティ。

 今世での親に向かっての演技だって、先述のノリノリ具合と打算がそれはもう多分に含まれている。

 

 

 つまり、何が言いたいのかというと。

 

【急募】ツクヨミ様ともっと仲良くなる方法【コミュ障】

 

 という話だ。

 物悲しいスレタイを脳裏に生成してしまった……

 

 

 あれだけ意気込んでおいていざその時が来て日和っている自分に、脳内反省会でも始めようかと思ったその時。

 

 

御空の燭(ロイルミラ)

 

「? どうしましたか、ツクヨミ様」

 

「憂悶は我に関わりますか?」

 

「!?」

 

 

 全てを見透かしたかのようなツクヨミ様の投げ掛け。

 ツクヨミ様は時折、こうして私の胸中を覗いてくる──もしかしたら私が分かりやすいだけかもしれないが──ので恐ろしい。

 というか、今回は何処までバレているんだろう。

 

 

(貴方ともっと仲良くなる方法が分からないんですとか言えませんけど!?

 え、でもこういうのってストレートな方が案外良いのかな……

 前世の友人は皆オタ友だからこんな美少女とお近付きになる機会なんて無かったし、正解が分かんねぇ……!)

 

 

「あら、正鵠を射ってしまったのね」

 

「え、えぇ。まぁ、その……はい

 

「話してご覧なさい。 憂悶は時に、他人によって雲散霧消すると聞きました」

 

「……誰に聞いたんですかそれ?」

 

「ふふ、星の獣にも友はいるのですよ」

 

 

 ツクヨミ様にもいるんだ、星トモ。

 そっちも物凄く気になるが、ここで脱線してはいけない。

 もしここで脱線すれば、私は確実に話の戻し方が分からずに有耶無耶にしてしまう。

 

 

「えっと、ですね。 恥を忍んでお願いするのですが……」

 

 

 ツクヨミ様が小首を傾げる。 可愛いなオイ。

 って、違う違う。 どうにかして伝えなければ。

 だがどう伝えるのが結局正解なのだろうか?

 

 ええいままよ、ここまで来たらストレートに行け!

 

 

「ツクヨミ様と! もっと仲良くなりたいのですが方法が分かりません!!」

 

 

 

────暫しの沈黙の後。

 

 

「ふふ、ふふふ!」

 

「〜〜〜!! 笑わないでくださいよ! こっちは真剣なのに!!」

 

 

 ストレートを投げてみれば、ポカンとした美少女のご尊顔を拝めた後に笑われてしまった。

 ムカつく程に可愛かったが、恥ずかしい気持ちの方が勝っているので絶対に褒めてやるもんか。

 

 

「うふふ、御免遊ばせ。 貴方が其の様な事に(かかずら)うとは」

 

「仕方無いじゃないですか! 私に友達が居ない事はツクヨミ様だって知ってるでしょう!?」

 

「然らば猶の事。 我が初の友となるなら、進取果敢を胸に刻むと良いでしょう」

 

「進取果敢……失敗を恐れずに、って事ですか?」

 

 

 今回のはギリギリ知っている言葉だ、助かる。

 

 ツクヨミ様との会話は、基本的に難しい言い回しを咀嚼する必要がある。

 今回のように私でも分かる言い回しならまだ良いのだが……

 

「ええ。 我は御空の輝きをも夜闇で染める者、人の世を俯瞰する者。

 生半可な覚悟では爾汝(じじょ)の交わり*1など雨夜の月*2と変わりません」

 

 

(喩えで出てくる言葉が耳馴染み無さすぎるんですけど)

 

 

 このように分からない言い回しの時もある。

 多分だが、言いたい事は『我ってば空の民なんか秒でッパーンできる星晶獣なんだから、仲良くなりたいなら失敗とか気にせず本気で来なさいよね!』だと思う。

 脳内のツクヨミ様が大分コミカルなキャラクターと化したが、間違っては無い……筈。

 ツクヨミ様の性格なら、確かに下手に機嫌を損ねる事を恐れてヘコヘコするよりは、失敗覚悟でガンガン行った方が良いんだろうけれども。

 

 

────ふむ、それならば。

 

 

「ツクヨミ様、仲良くなる為にも聞いておきたい事があるのですが」

 

「何でしょう?」

 

「ツクヨミ様って、本当に夜にしか活動出来ないんですか?」

 

「……うふふ」

 

 

 そう笑いつつも、顔を髪で隠すツクヨミ様。

 

 え、早くも地雷を踏んだか?

 1歩目が地雷は流石に想定していないんですけれども!

 

 だが、ツクヨミ様の顔を私がもし見れていれば、その表情から次に何を言うか察せていただろう。

 現実は露骨に隠されてしまっていた訳なのだが。

 

 

「我が陽の下で活動する事は、自らの利を擲つ事に相違無いのです。

 故に、我と陽の下で逢瀬を重ねたいのなら────」

 

「いやいやいや、言い方! 言い方をもっと選んでください!」

 

「逢瀬で無ければ、()()()、という事かしら」

 

「もっと違います!!」

 

 

 何なんだこの星晶獣!

 初対面はもっとこう、神秘的な雰囲気と可憐さを兼ね備えていたじゃないか!

 今みたいに人をおちょくって笑ってる様だけ切り取ったら、それはもう普通の美少女なんだよ!

 それはそれで可愛いけど!

 

 

 

────斯くしてツクヨミ様との交友関係は、私が弄られるというやや不本意な形で進展の兆しを見せた。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 ロイルミラとして生まれて、10年が経過しようとしていた。

 

 

 私に対して教える事が無くなったとマッマに宣言されて、最早正攻法では勝機が見えんとパッパに褒めそやされたのが1年前。

 その頃から、魔法講習に使っていた時間がパッパの警邏補佐に変わって、実戦の経験を積む方向にシフトしていった。

 

 

 ツクヨミ様との交友は、私を揶揄って遊ぶ形ではあるが順調に進展していて、そろそろ日中でも出会ってくれるぐらいには親密になったと思う。

 ただ、本人が言っていた通り利点を擲つ行いである事には相違無い為、実行してくれるかは五分といった所か。

 

 

 また、魔法を教えて貰う事が減った分、魔法の研究に費やせる時間と魔力が生まれた。

 この時間のお陰で、私は幾つかの魔法を既に形にしている。

 キチッとした名前を与えていない手品の延長線上みたいな魔法に関しては山のように生んだ。

 

 お陰で妹君が吹聴した『天才の魔法使い』がいよいよ現実味を帯び始めてしまい、私も最早否定しなくなった。

 それどころか剣術にも磨きが掛かった事で『天才少女』にランクアップし、それを甘受している自分がいる。

 褒められる事に恐縮していた(前世)の自分は何処へやら、今の私は──インチキ(前世知識)を用いている事に多少の罪悪感こそあれど──自他ともに認める天才だ。

 

 

(可愛くて天才、非の打ち所が無さすぎでは?)

 

 

 そんな天才の私の魔法開発に関してだが、基本は魔法戦士を参考にしつつ、一部他のアビリティや他キャラの技も引っ張って自己流に修正。

 これを繰り返して色々と魔法を生み出している訳である。

 

 魔法において完成形のイメージは非常に大事だ。

 魔力の指向性も、扱う属性の選定・多寡も、完成形をイメージ出来ているかで苦労の度合いがまるで違う。

 その点で私は、前世の小説やゲームという『誰もが想像する魔法』において非常に強固なイメージを持てる。

 

 最近は専ら、どうにかしてドラゴンブレイク*3を再現出来ないか研究中だ。

 追撃は武器の後ろや横に付随する形で、魔力で構成された刃や衝撃波をイメージしているのだが、アプローチが悪いのか出力が低い。

 

 目標は無論、夢の味方全体10割追撃。

 同じ威力の攻撃がそっくりそのまま増えるなんて、実現出来れば最高のバフだ。

 然し未だ研究は初歩段階、焦らずに煮詰める事とする。

 

 

(今これが完成した所で木剣の試合で使う訳にもいかないし、この辺の魔物は弱いからなー。

 それよりは、妹君が喜ぶ魔法なんだか手品なんだか分からんものの方が有益ってね)

 

 

 間違い無くこの時の私は調子に乗っていたのだろう。

 

 

 然し、そんな私の鼻っ柱を容易く圧し折る出来事というのも世の中にはある。

 

 

 

────村に巨躯(ドラフ)が訪れた。

 

 

 歌舞伎役者を彷彿とさせる隈取。

 

 長い白髪と一対の角に、腰に差された三振りの刀。

 

 

 全空最強の刀使いオクトー。 またの名をザンバ。

 

 

 

 彼がハーヴィンしか殆ど居ないこの村に現れた事で、私はこの年に何が起きるのかを予期してしまった。

*1
相手を気安く呼べる程に親密な交わり。

*2
雨雲に隠れた月の事。転じて絵空事の意味を持つ。

*3
魔法戦士のリミットアビリティ。最大で8割の追撃効果を1ターンの間、味方全体に付けられるヤバい技。魔法戦士を採用する理由の大半はコレ。




次回はグラブルのエイプリルフール事変が落ち着いてからになるかもしれません。


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誕生はあったろう?


今更ですが、作者は騎空士歴だけ無駄にそこそこある時間と実力が悪い意味で見合っていないタイプです。
見ていないエピソード等も多々ありますので、何か違和感を覚えたら(あぁ、コイツあのエピソード読んでいないんだな)と思ってください。

22/04/30 加筆修正


 

 

 突然だが、この村には子供がほぼ居ない。

 理由は単純明快で、そもそも子供を作るだけの気力と体力が有り余っている若者が少ないのだ。

 だから私の誕生も妹の誕生も、この村にとって大きな吉報だった。

 私の次に若い人が10歳近く年上であると言えば、この村の実情は察して貰えるだろう。

 

────故に。

 

 この村の貴重な若夫婦が子宝を授かった事は、私も当然のように耳に入れていた。

 ……まぁ、小さな村の中で隠し事など基本的には出来ないものだが。

 例外はツクヨミ様で、ヒューマンの少女──本当はそれに類似した星晶獣──が村に来たなんて話は聞いた事が無い。

 どういった絡繰なのか気になるけれど、聞いたところで理解出来ないだろう。

 

 

 話を戻して、若夫婦が子宝を授かり、更には出産がそろそろ近いなんて話が耳に入ってきた頃にやって来たのがオクトー。

 ここまで材料が揃えば誰が産まれるかなんて分かり切っている。

 

 

────十天衆、フュンフ。

 

 

 最強の杖の使い手という名の、膨大な魔力を持て余す天才幼女の出生が近いのだろう。

 

 フュンフ、そしてオクトーは『十天衆』という組織に所属する予定──オクトーは既に所属しているかもしれない──の人物だ。

 彼らは全空最強を掲げる10種の武器の使い手が集った騎空団であり、その強さは『七曜の騎士』に並ぶとも言われている。

 ……筈なのだが、ゲームの時は大人の事情で出番が来ない事も多く色々とツッコミを貰っていたり、全空最強を謳いながらファータ・グランデで活動が完結している疑惑があったりと、『七曜の騎士』と比較すれば扱いが悪い気がしなくも無い。

 七曜は七曜で、メインストーリー以外の出番がほぼ存在しないという影の薄さが特徴的だが。

 

 さて、そんな十天衆に将来所属するであろうフュンフだが、その出生から育児にはオクトーが非常に深く関わる。

 故にオクトーの来訪は理解が出来る。

 

 然し、私の知っている状況と多少違う所があるとすれば。

 

 

「特異な気色を隠しもせぬな、童」

 

 

(私は何で話しかけられてるんですか……!?)

 

 

────現況である。 一切合切が意味不明だ。

 

 私に話し掛けてくる理由も分からない。

 そもそも私は当初、フュンフが産まれてからオクトーが村に来るものだと思っていた。

 この辺の順序はどうなっているのだろうか?

 

 というか、態々村に来て村長の家に向かったと思えば、速攻で踵を返して我が家の前を通ったのだから山に行くのか。

 今は居ないけれど、呉々もツクヨミ様と戦ったりしないで欲しい。

 ツクヨミ様には相も変わらず弄り倒されているが、仲が良好になった事は確実なのだ。

 ここでオクトーが喧嘩を吹っ掛けて、私の好感度まで『空の民』という大きな括りで減少したら目も当てられない。

 

 それにしてもデカい。

 屈んでくれないから首を痛めそうだし、僅かに視線を下げてくれているものの、その程度の目線の下げ方じゃ視線合わないんですけど。

 

 後、圧がヤバい。

 体格差だけじゃ無いオーラみたいなものを感じる。

 これが全空最強の刀使いの威圧感……

 

 正直に言うとめっちゃ怖い。

 チビらないだけ褒めて欲しいぐらいだ。

 

 

顫動(せんどう)せずとも取って食う訳も無し。

 童に有るまじき思惟は気色として表出する。

 掩蔽(えんぺい)の術を修めよ」

 

「は、ひゃい!?」

 

 

 小難しい言い回しで私に向かって言うだけ言って、オクトーお爺さんは山へ柴刈りに────否、刈るとしても魔物か。

 柴刈りとかさせたら、勢いで山ごと丸裸にしそうだし。

 

 それに多分、主目的は瞑想でしょ……じゃなくて!

 

 

 え、何。 私の中身バレた?

 

 

 気配一つで私が特殊(転生者)なのがバレたのか?

 我ながら妙な出自だから、完全にバレるってことはまず無いだろうけれども。

 実年齢と中身がチグハグなのは看破されていそうな気もする。

 こっちに関しては、意識しないとすぐ前世(社会人)に戻りそうになるから気を付けているのだが。

 

 それともツクヨミ様との関わりの方だろうか。

 これも普通の子供じゃまず有り得ないから、私に残るツクヨミ様の力の残滓を……

 いや、何だかこの表記だとオクトーが変態チックになる気がする。

 キッチリ書くなら『幼女から美少女型の星晶獣の残り香を感じたお爺さん』だ。

 書いておいて思うが、字面がアウトだろう。

 

 ただ何にせよ、私の異常性を出会って数秒で看破された事には違い無い。

 

 

────怖すぎるんですけど!?

 

 

 口の中に留めておく事に成功した言葉だが、偽りの無い私の本心だ。

 もしかして十天衆レベルにもなるとこんなのが当たり前になるのだろうか?

 

 だとすると非常にヤバい。

 

 私のイチャイチャ対象予定こと主人公は、最初こそ新米で未熟な子供だが、最終的に十天衆も統べる成長性のエリート。

 今の私の中途半端な演技力では、主人公に中身が下心満載の中年とバレかねないのでは……?

 

 それだけは避けねばなるまい。

 

 主人公は純朴な少年少女なのだ。

 原作と相違無ければ、私より約2歳下の可愛い子らにこの劣情を分かりやすくぶつけるのは頂けない。

 脳内の悪魔が『むしろ思春期の少年少女に劣情をぶつけてズブズブの関係にならないでどうするんだよ』と囁き掛けてくるが屈しないぞ私は。

 追い打ちを掛けるように、私の頭に主人公を慕う年上の紳士淑女が浮かんで来るが、私は()()()()程攻めるつもりは無い。

 あくまで『劣情を分かりやすくぶつけるのは頂けない』というのは私の心情の話であって、()()()()に向けた言葉では断じて無い

 

 

 そもそも、演技で誤魔化そうとするからいけないのだ。

 

 前世の私を捨てる事こそせずとも、確と今世の私を形成すれば万事解決。

 前世の私では出来ず、今世の私だからこそ出来るものを確立すれば、それ即ち新たな自分の誕生である。

 

 今までの私は前世の影響(性癖)を受けてややメスガキ風味だが、この演技を続けたまま主人公に下心を隠すのは不可能だろう。

 風味程度の薄味でさえメスガキとは劣情を煽るものであり、それを選択して行使する私もまた劣情を催しているといっても過言では無い。

 いや、流石に言葉の綾だ、そんな急にムラついたりはしない。

 実際、私はこの身体でそんなにシていないし。

 

 さりとて自我が芽生えてから今日までメスガキ風味(コレ)で生きてきた手前、急な方針転換は自分にも周囲にも混乱を生む。

 

 落とし所を見つけなければ。

 今までの雰囲気をある程度残しつつ、露骨な下心を隠し、序でに身体と心の年齢差を感じさせないような私。

 

 

 

 うんうんと唸りながら考え事をしている私を、妹君が不思議そうな顔で見つめていた。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 話題がそれはもう脱線して完全に別路線と化していたが、この村の状況についても考えねばならない。

 

 この村に常在する存在はハーヴィンだけ。

 本当にごく一部の他種族が家だけ持っている状態ではあるが、大体が倉庫扱いだったり荷物の輸送の中継地点だったり。

 そして、ゲーム内で出会う面々が強烈なので忘れそうになるがハーヴィンはそもそも戦闘に向く種族では無い。

 

 

 何が言いたいかといえば────

 

 

(この村、オクトーが来なかったらマジでフュンフ止められないんだけど)

 

 

 そう、フュンフの魔力暴走への対抗手段だ。

 

 実際に目にしていないので試さなければ分からないが、多分私でも完全には打ち消せない。

 ゲームでは屋根が飛んだとか夜泣きで大気が揺らぐとか言っていた気もする。

 正直スケールが大きすぎてどう対処すれば良いのかもまるで分からないが、オクトーで打ち消す事が出来るというのは詰まる所、魔力を()()のだろう。

 

 ……出来るのだろうか、そんな事が。

 

 これでも魔法戦士を目指して日夜邁進している身だ。

 刀を扱う心得も魔法に対する見識も有ると自負している。

 更に言えば、我ながら類稀な才──オクトーが来る前ならもっと自信を持って天才と豪語出来たのだが──を持っているとも思っている。

 

 その上で考えても、普通に考えれば魔力()斬れない。

 魔法ならば、難度は高くとも不可能じゃない。

 ハッキリした形に、それを発生させる為の理論も術式も有るのだから、オクトー程の力量が有れば恐らく斬れる。

 

 然し魔力は違う、まだ形を成す前の純粋な力だ。

 これを斬るというのは、例えるなら磁石間の何も無い空間を斬って磁力を消失させようみたいな話だ。

 

 無茶苦茶が過ぎる。 まず正気じゃない。

 

 

────でもきっと出来るんだろうな、そんな無茶が。

 

 

 オクトーは島に居ながら飛ぶ騎空艇を両断出来るような規格外だ。

 道理にかなっていなくとも不思議では無い。

 

 

 だからといって、オクトーに任せてばかりもいられない。

 私もこの村の住人で、それなりに愛着もある。

 フュンフの両親(予定)も、村の貴重な若者な事もあって他の村人と比べても親交が深い。

 対処を考える頭と、それに対抗出来る力がある手前、オクトーに全て委ねて静観するなど以ての外だ。

 天才と言われ、それを甘受しておきながら逃亡するのはダサいというのもある。

 

 然し、私では魔力は斬れない。

 これは今から鍛えた程度じゃ覆す事の出来ない事実だ。

 それに魔力をぶつけ合って霧散させるのも不可能。

 現状の私の魔力では絶対に足りない。

 

 

 ならばどうするか────答えは単純。

 

 打ち消す事を考えなければ良いのだ。

 

 相手は暴走する魔力の奔流。

 確かに脅威だが、同時にこれはフュンフの意志が介在していない垂れ流しの魔力、という事である。

 私はそれを自らの魔力で包み、指向性を与えて流す。

 流す先は空かオクトーの何方かだろう。

 空は航行する騎空艇にこそ注意する必要があるが、この村の上空がルートに選ばれる事は殆ど無い。

 空に飛ばしてしまえば、多少天気が可笑しくなるかもしれないが直に霧散する。

 オクトーは言わずもがな、私が流してオクトーが斬る作業が出来上がる。

 

 この手法の利点は主に3つ。

 1つ、私の魔力消費がぶつけ合うより余程低コストな事。

 2つ、被害が抑えやすい事。

 3つ、私の鍛錬にもなる事、だ。

 

 

 私はインチキ(前世知識)故に魔法や魔力における想像が常人より具体性に富んでいるようだ。

 私の魔法を見てツクヨミ様が仰った事なので、確度が高い情報かと聞かれるとやや疑わしい。

 だがツクヨミ様が言うには、魔力の流れや属性元素を知覚・識別しやすいのでは無いかとのこと。

 鍛え続ければ何れは視認する事も夢では無いとは言われたが、何年掛かるかを聞いたら目を逸らされた。

 きっと途方も無い時間がかかるのだろう、しかも星晶獣の基準で。

 かといって『魔力や属性元素が視認出来るかもしれない』と聞かされて諦める気にもなれない。

 そんな事が出来ればカッコいいに決まっているのだ。

 

 そこで修行対象に上がるのが、フュンフの暴走する魔力。

 荒れ狂う彼女の魔力を知覚し、それを包むように自らの魔力を流してベクトルを整える事が修行内容となる。

 これは魔力の流れを感知する修行になり、それを包む私の魔力との識別を行う事で、魔力視認への第一歩にもなる。

 序でにオクトーやフュンフの両親の魔力を判別出来れば御の字。

 ここまでする余裕が果たして有るのかは不明だが、明確な目標は打ち立てておくに越した事はない。

 

 

 

────魔導の申し子(フュンフ)が産声をあげる日はもうすぐだ。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 この日を私が忘れる事は無いだろう。

 

 

 私の作戦が決まって数日、朝に若夫婦の旦那が我が家を訪ねてきたのが事の始まり。

 

 旦那は短く告げた、『妻が産気付いた』と。

 

 正確には薬師だが、この村で一番医者に近しい事をしているのは私のマッマだ。

 そしてこの村で1番年齢が近い経産婦でもある。

 実際、夫人が妊娠してからマッマは定期的に身体を診たり、子育てなどに関する相談に乗っていたようで、それはもう物凄い勢いで支度を終わらせた。

 私はマッマの手伝い────そして、出産直後にフュンフが暴走しないかの監視の為に、若夫婦の家へお邪魔する事となった。

 

 この村には病院なんて存在しないので、当然の如く自宅出産だ。

 とはいえ先述の通りマッマは準備を整えていたし、夫人も他の村人に世話を焼かれたのか、陣痛による疲労こそ見えるがリラックスしていた。

 旦那は魔力暴走時に万が一魔力の奔流をぶつけられても困るので、私が説得して別室待機。

 

 

 後に知る事だが、少なくともこの村や付近の街では座位分娩が主流らしい。

 母体や胎児に不必要な圧迫を与えず、母体に裂傷が発生しても治癒魔法で回復を促進出来るのでデメリットが少ないのが理由なんだとか。

 魔法だからこその利点だと関心した話だ。

 

 

 話を戻して夫人の分娩だが、助産の準備は既に万端。

 後は胎児(フュンフ)が外界に出る気になってくれるのを待つだけとなっているが、私としては早くも戸惑いを覚えていた。

 前世の私には縁の無かった世界だから────なのもそうだが、()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 医学にも魔法医学にも造詣が深い訳では無いから、母体から既に胎児の魔力を感じる事そのものは、もしかすれば普通なのかもしれない。

 然しながら、ここまでハッキリと別の魔力を感知出来るのは、胎児そのものが莫大な魔力を持っている事の証左なのだろう。

 実際、夫人もマッマも異質さを感じているのか表情が何処かぎこちない。

 

 窓際に移動して外を眺めれば、雲の流れが先程よりも早い。

 既に彼女の魔力の影響が出始めているのか?

 それとも単なる偶然か?

 

 そんな思考を遮るように、胎児(フュンフ)が出る気になったらしい。

 今は兎に角、無事に新たな生命を迎える事に注力する。

 

 

 私は人生で初めての助産に挑むのだった。

 

 

 

  §  §

 

 

 

────疲れた。

 

 

 私がそう零すだけの気力が戻って来たのは、後処理が全て終わって我が家に帰ってからだった。

 

 

 フュンフが無事に産まれた。

 周りは兎に角、母子ともに健康である事に違いは無い。

 

 分娩その物は初産とは思えない程にスムーズに進み、座位分娩故の取り上げにくさもマッマが難なく行った。

 

 

 問題は赤子(フュンフ)が産声を上げてからである。

 

 案の定と言っては何だが、魔力が暴走したのだ。

 

 赤子なりの本能なのかは定かでは無いが、取り上げたマッマにも実母たる夫人にも、その奔流が牙を剥く事は無かったのは喜ばしい事だろう。

 

 家屋はその限りでは無かったが。

 

 初めに窓が割れ、次点で扉が吹き飛び、家全体が悲鳴を上げ始めた。

 私はマッマに必要なケアを全て任せて、必死に魔力を包んで指向性を持たせる事だけに専念。

 これだけ濃い魔力であれば知覚も何も無く、識別も容易。

 何より、少しでも気を抜くと家が吹き飛びかねない状況に焦りに焦っていた。

 結果として、吹き飛んできた各種家具によって打撲をこさえる事となった。

 

 報せを受けた訳でも無いのに異常を察知したのか、家の前まで来ていたオクトーを見付けこれ幸いにと指向を持たせた魔力をぶん投げれば、彼は意図を察してくれたようで片っ端から打ち消してくれた。

 必死すぎて当初予定していた魔力の知覚も識別も──フュンフの分かりやすさを除いて──している余裕は無く、オクトーと魔力の奔流を捌き切った頃には赤子(フュンフ)は夫人に抱かれて気持ち良さそうに寝ていた。

 

 

 暴走も出産も無事に終わったので、旦那さんに家族の事を任せて私とマッマは後片付け。

 この辺りで思考回路が落ち着いてきて、同時に打撲の痛みが主張を始めていた。

 痛む節々を無視して掃除を終えた頃には辺りは闇に包まれる時間で、礼をしたかったオクトーも姿を消していた。

 

 そうして全てが終わって帰宅して、マッマから打撲の治療を受けて一息付けた訳だが。

 

 

(ここからなんだよなぁ……)

 

 

 ゲームと差異が無ければ、フュンフは夜泣きの度に魔力の暴走を起こす。

 そして、恐らく健康優良児であるフュンフの夜泣き頻度は一般の新生児と大差無いだろう。

 それに、あくまでゲームで言及されたのが夜泣きなだけで、実際は感情の起伏に応じて魔力が暴走する事は想像に難くない。

 

 つまり私とオクトー、そして若夫婦の家の戦いはここからが本番だ。

 

 

 フュンフは前世から好きなキャラクターではあるが、この苦労は出来れば体験せずに過ごしたかったと思いながら私はその日を終えた。

 

 

 

 数日後、手掌把握反射と理解していながらフュンフに指を握られてテンションの上がる変人(ロイルミラ)が村で目撃されるが、全くの余談である。




出産云々はまるで縁が無いので1から10まで想像です。
違和感あっても許してください。


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壁はあったろう?


前回の投稿から7時間程ですが、出来てしまったので放出します。



可哀想な女の子は可愛い。

例えそれが、TSであっても。

22/04/30 加筆修正


 

 

 (ロイルミラ)&オクトー VS フュンフの魔力暴走という時間を弁えない対決は、1ヶ月もしない内に村人にとって慣れた光景に変化した。

 

 フュンフの魔力暴走は空気が張り詰める感覚が最初に発生するので分かりやすい。

 そして1度発生すれば大気すら巻き込むのだから誰の目にも明らかになる。

 そうなる前に家から飛び出す私と、どこからともなくやってくるオクトー。

 魔力を包んで流す私と、刀で打ち消すオクトー。

 これが日に数回も行われるのだから、村人が慣れるのも道理だ。

 私としては自分のやりたい事がほぼ全て出来ない、乃至は途切れ途切れで集中出来ないので大変なのだが。

 とはいえ、勝手に首を突っ込んで起きながら泣き言を吐くのは筋違いである。

 

 

 オクトーの魔力の打ち消し方は、フュンフ出産時こそ抜刀していたが今は納刀したままだ。

 私からすると乱雑に振っているだけにしか見えないのだが、摩訶不思議な事に被害無く魔力を霧散させている。

 

 

(よーく観察しろ、私。

 同じ事が出来るようになれなんて話じゃないのだから)

 

 

 最初こそ他の事に構っている余裕が無かった魔力暴走への対処だが、フュンフの心根が多少は反映されているのか回を増す毎に規模自体は小さくなっていた。

 単純に私が慣れ始めているだけという線も無い訳では無いけれども。

 

 兎も角、余裕が出来たならば私の鍛錬に存分に活かさせて貰おうじゃないか。

 魔力の識別に関しては、これだけ同じ魔力と対峙すれば嫌でも覚える──フュンフのは特に判別が容易──ので鍛錬としては怪しい。

 

 そこで白羽の矢が立つのがオクトーだ。

 改めてではあるが、私の目標たる魔法戦士は刀──それと格闘という名の魔法──を扱うジョブである。

 そして幸か不幸か刀神(オクトー)が村に来ている。

 つまりは何かを学び取れ、という事なのだと私は勝手に納得した。

 技術を根こそぎ盗んでやろうなどと大言壮語を吐くつもりは無いが、『なんの成果も!!得られませんでした!!』なんて言った日には、末期の言葉が昔日の私への恨み節になりかねない。

 

 大事なのは観察と、強くなりたいという思い。

 

 幸いにもオクトーは何も言ってこない。

 弱者が高みを目指す上で強者の技を盗むのは万事における初歩である、とか思っているのだろうか。

 それとも単純に、自分の技術を盗めるような奴は居ないという自信の表れなのか。

 私としては何方でも構わないけれど、予想としては単純に『他人に興味が無い』というのが、オクトーらしい気もする。

 

 

 

 

 

 彼女が懸命に観察をしている頃、オクトーは自問をしていた。

 

 

────何故、赤子の癇癪を宥め賺す手伝いをしているのか?

 

 

 オクトーは根っからの武人であり、基本的に善悪を分別は付けても区別はしない。

 正義だ悪だに固執せず、只管に己を鍛え高みを目指す者だ。

 

 ならば何故、弱者(赤子)(かま)けているのか。

 何故、特異な気色を放つ童に宥め賺しを一任しないのか。

 

 オクトーは答えを見出せずにいた。

 

 オクトー自身は全く覚えていないが、オクトーは昔から人の世話を何かと焼く人物だった。

 気紛れだろうと初対面の幼子(ナルメア)に構えのブレを指摘したり、魔物と戦う為と言いながら窮地の人物(ジン)を救ったり。

 

 そうして無自覚に人を導いて、救っていた。

 

 オクトーという人物は畢竟、善人である事に違い無い。

 但し説明もしない、自覚も無い、それを悪びれもしないという、人間関係を拗らせる天才でもあった。

 

 

────故に之もまた気紛れ。

 

 

 オクトーは自らに投げた問いを容易く斬って捨てた。

 捨ててしまえた、のかもしれない。

 

 彼が他人に少しでも関心を向けるのは、それこそ赤子(フュンフ)が十天衆になる頃なのだから。

 

 

 童にせがまれ続けている勝負を引き受けるのも又、気紛れに他ならないと彼は斬って捨ててしまうだろう。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 フュンフの対処が完全に日常の一部と化した頃、私はオクトーに1本先取の勝負を頼んでいた。

 正確には、フュンフの対処に余裕が出来た時点から頼んでいたのだが、この日までただの一度も承諾された事は無かった。

 決まって幾つか小言を言われて、最終的には無視して山に籠られる。

 

 然し今日、返ってきた言葉は『構えよ』の一言のみ。

 

 遂にオクトーと戦う権利を手に入れた!

 勝ちは当然狙うが、相手の技術を盗む事も肝要だ。

 『両方』こなさなくっちゃあならないってのが『挑戦者』のつらいところだな。

 覚悟はいいか? 私はできてる。

 

 私は間合いを取るオクトーを観察しながらそんな文言を頭に浮かべる。

 

 

────この時の私は、当然の如くまともな()()が行われると信じて疑わなかった。

 

 

 魔法戦士は刀と共に魔法を扱う都合、片手は空いている方が好ましい。

 勿論、戦いの最中では両手で刀を握る事も有るだろうが、それは臨機応変な対処の結果に過ぎない。

 

 然しドラフ程の大柄なら兎も角、ハーヴィンで片手を空けて刀を構えるのは()()()()()不可能だ。

 ……サビルバラやシャルロッテのような例外もいるが、アッチが可笑しいのであって私の認識の方が普通である……筈。

 

 それに加え、私の使っている刀はパッパのコレクション品の中で一番重い。

 理由は単純にこの刀が一番私の魔力が浸透しやすく、刀に属性を付加しやすかったから。

 ヒューマンからすれば大脇差ぐらいのその刀は、漸く年齢が2桁になったハーヴィンの私が持てば斬馬刀と大差無い。

 

 要するに、現状の私には長すぎるのだ。

 だが、先述の通り片手は空けておきたい。

 未だ成長の途上にある私の筋力を加味すれば、行き着く先の構えは1つ。

 

 

 刀を背に回して、肩で担ぐように抜刀。

 今の私の身長だと、曲抜きみたいな方法を採用しない場合はこれしか抜刀のしようが無い。

 抜刀したら鞘をその辺に投げ、刀を肩に担ぐ。

 姿勢を前傾に、左手は正面に、視線は相手に。

 何処ぞの『妖怪首おいてけ』スタイルである。

 

 

「……来い」

 

「ッ!」

 

 

 声と共に走る。

 相手(オクトー)にとって間合いなど有って無いようなものだ。

 どうせ関係が無いのなら走って詰めた方が良い。

 私の刀を届かせ、私の実力でも査定して頂こう。

 

 オクトーの刀ならもう届く距離に入っても、未だにオクトーは動かない。

 それどころか、人に構えさせておいて自分は刀に手を置いているだけ。

 

 

(構える価値すら無いってか……?)

 

 

 私にも多少なりともプライドがあったらしく、その姿に苛立ちを覚えずにはいられない。

 何だかんだ、私自身も自分が才能有る存在だと信じて疑っていなかったのかもしれない。

 

 

(ぜっったいに一泡吹かせてやるからな……!)

 

 

 左手に魔力を込める。

 使う属性元素は土と風、それに少しの闇。

 

 技術を盗んでやろうなどと言っている場合では無くなった。

 力量差がハッキリしているからとは言え、構えすらしないなどバカにされているにも程がある。

 何せオクトーと私の力量差が天と地程あるか、紙一重なのかは()()()()()()()()()だろうに。

 

 

「うらァ!!」

 

 

 視界を覆う土煙と黒煙。

 名前も何も無いしょうもない小細工だが、バカ正直に突っ込むよりは幾分かマシだろう。

 

 私は更に視界不良の中で小規模の魔法を撃つ。

 弾かれるような音がするから、ちゃんと狙う事は出来ているようだ。

 オクトーの魔力は試合前にキッチリ把握している。

 何処にいるかは私からはちゃんと分かっている訳だ。

 

 

 オクトーの周囲を回るようにしながら撃てる限りを撃って、土煙と黒煙が酷さを増す。

 一向に動きもしないオクトーを訝しみつつ、それならば好都合だと私はオクトーの()()()()()

 まだオクトーの魔力はそこにある。

 

 

(ガキだからって舐めるからこうなるんだ……!)

 

 

 跳躍して、右手に力を込めて刀を振り下ろし────

 

 

(居ない……!?)

 

 

 おかしい、魔力はしっかり此処にあるのに。

 動いた形跡など欠片も無いのに。

 

 

────私は一体いつから()()()()()()に魔法を撃っていたんだ?

 

 

 私の頭に疑問が浮かんだ直後、私の刀が()()に摘まれたのか動かなくなる。

 

 

「戯れは終いか」

 

「んな!?」

 

 

 何処から現れたのか、オクトーが私に声を掛けてくる。

 最早私には理解不能の事態だった。

 何をどう間違えた? 何処から相手の手の内だ?

 私の頭に次々と疑問が浮かんでは、解消する事も無く積み重なっていく。

 

 何よりも────

 

 

(私はそもそも、どうやって()()()()()()()つもりだった?)

 

 

「気配の探り方を絞れば、破られた時点でうぬの敗北は必定。

 仕合いたくば、小手先の術を磨くより先に鍛錬でもせよ」

 

 

────刀神(オクトー)との初試合は、試合と呼ぶ事すら許されない完全敗北で幕引きとなった。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 オクトーに負け、私は身体中の水分を放出する勢いで泣いていた。

 どうやって帰ってきたのかもうろ覚えな程のショックだ。

 

 別に私はこれまで無敗で生きてきた訳じゃない。

 木剣の試合とはいえパッパには随分とボコされていたし、魔物との戦闘も最初の頃はおっかなびっくり戦っていたせいで窮地に陥った事もある。

 だが、それらは全て『後に勝利する事で取り返せる』という、どこか確信めいたものを持てた上での敗北だった。

 

 然し今回は違う。

 そもそも何故勝てると思って挑んだのかが今の私には分からない。

 アレだけ目の前で『魔力を刀で霧散させる』という無茶苦茶な事をする相手に勝負が成立すると思っていたのか。

 

 

 両親も愛しの妹君(エリスマルル)も心配してくれたがそれどころでは無い。

 私は何故泣いているかも分からないだろう家族の心配する目線に益々居心地が悪くなって、帰宅早々に部屋に籠った。

 

 

 

────話にならなかった。

 

 勝った負けた以前、力量差がどうこう以前の問題。

 

 刀を構えて貰えなかったという()()()()()()()に、納得行かずに駄々を捏ねた結果がアレだ。

 私とオクトーの実力差が()()()()()()()()()

 試すまで分かっていなかったのは、天才と囃される自分を『天才なのは当然』と驕っていた、私自身の愚かさだろう。

 何を自信満々に『勝ちは当然狙うが、相手の技術を盗む事も肝要だ』なんて思えていたのか。

 精神は前世の分込みで中年もいい所だと言うのに、あまりにも幼稚な自惚れに空の底まで落ちたくなる。

 

 

 その時ふと、私が塞ぎ込んでいる部屋の戸が開く。

 言っては悪いが、こういう無作法を働くのは妹君しかいない。

 

 

「……お姉ちゃん」

 

ぐすっ……なぁに、エリス」

 

 

 こんな時でも最低限の姉としての威厳を保ちたいからか、私は涙を拭って応じる。

 その癖して顔は背けたままだし、普段なら有り得ない程に妹君に素っ気無い態度をとっているが、今の私にそこまで気を回す余裕が無い。

 

 

「どうしてそんなに泣いてるの?」

 

「……」

 

「言いたくないの?」

 

「……うん」

 

 

 実際、とても言いたくない。

 私の事を天才だなんだと吹聴し始めた本人に、『自分が天才だと思って挑んだら勝負以前のボロ負けで心が折れて泣いているんです』とか恥ずかしすぎる。

 ベコベコに凹んでいようとも、私にもプライドというものがある事は先程知ってしまった。

 そのちっぽけなプライドを守る為に妹君に隠し事をする辺り、今の私は非常に惨めなのだろうが。

 

 

「うーん……じゃあ聞かない! だからお姉ちゃん遊ぼ!」

 

 

────え? いきなり何を言い出すんだこの妹。

 

 

 突然の方針転換に着いていけずに私の思考が止まる。

 聞かないでくれるのは有難いが、だからといって遊ぶ気になどなれやしない。

 

 それよりも私としてはオクトーにどうやって勝つかを考えなければ。

 今回は勝負ですらない何かだったが、次もそうではいけない。

 勝つ方法は何一つとして浮かばないし、そもそも再戦してくれる気すらしないけれど。

 

 

「な、何言ってんのエリス。 お姉ちゃん、今はそれどころじゃなくて──」

 

「嫌! あーそーぶーの!!」

 

 

 妹君の誘いを断ろうとするも、私の話すら遮って主張を強めてくる妹君。

 普段なら可愛らしい強情さだが、今の私に愛でている余裕は無い。

 

 

 後を思えば、この時が自分の()()()()()()()瞬間だと思う。

 それ程までに勝手に自分を追い詰めて、余裕が無くなって、何も取り繕う事が出来ない状態だった。

 

 

「……ッ! 遊ばないって言ってんだろ!! いい加減にしろよ!」

 

 

「いい加減にするのはお姉ちゃんの方でしょ!!」

 

 

 私が自分の口調にも気付かずに勢いよく振り返って怒鳴れば、それを上回る程の怒りで返された。

 

 ただでさえ朦朧としている頭が真っ白になる。

 妹に怒鳴られたのは、人生で初めてだ。

 

 

────なんでエリスは怒っている?

 

 

「お姉ちゃんが何で泣いてるのかエリスには分かんないし、聞いたって話してくれないじゃん!

 それなのにメソメソずっとしてて、エリスにはどうすればいいか分かんないもん!!」

 

「だ、だから放っておいてって──」

 

「放っておいたらお姉ちゃん元通りになるの!?

 いつもみたいに遊んでくれるの!?

 絶対違うじゃん!! お姉ちゃん、どこか遠くに行きそうな顔してるもん!!」

 

「……じゃあ! エリスには何が出来るんだよ!!

 人の事を好き放題に吹聴して天狗に仕上げておいて、お前には何が出来るんだよ!!?」

 

「何したらいいか分かんないからエリスに()()()()()()()()!!」

 

 

 私は息を呑む。

 

 情けない逆ギレをかましておいてなお、妹君は寄り添ってくれるというのか。

 

 

 後に聞く事だが、この時の私はどうやら相当酷い顔をしていたらしい。

 あくまで自己嫌悪の一つだったつもりだが、妹から見れば私の顔には本当に『空の底まで落ちたい』と書いてあったのだろう。

 

 

 そして私はこの時に妹君には勝てないと理解した。

 何せここまで無様で情けない姉に『何が出来るか分からないから話せ』というのだ。

 どこまで優しくしてくれるつもりなのだろう。

 誰かにここまで寄り添って貰うというのは、前世を含めてもきっと初めてだったと思う。

 

 

(参ったな、こんなつもりじゃ無かったのに)

 

 

 じわじわと涙が零れ始める。

 慌てて目元を抑えても、勢いを増すばかりで止まりやしない。

 嗚咽も抑えられずにグズグズと泣く。

 

 

────こんな……つもりじゃ……

 

 

「ねぇ、お姉ちゃん。 お姉ちゃんはどうして泣いてるの?」

 

ぐずっ……お姉ちゃんな……ひ、ぐっ……負けた、……あの大きな人に」

 

「……うん」

 

「お姉ちゃんな、自分が強いと思ってた、ぐすっ、から、悔しくて……」

 

「うん」

 

「弱いお姉ちゃんで……ごめんね……!」

 

 

 涙で視界が滲む。

 エリスが今、どんな顔をしているかも分からない。

 

 

 失望させただろうか、魔法糸製の綾取りを褒めてくれて『お姉ちゃんの魔法は凄い』と羨望の眼差しを送ってくれた妹を。

 軽蔑するだろうか、天才と吹聴された事に最初こそ困っていたのに、結局それを受け入れた私がたった一度の敗北で無様に泣いている事を。

 

 更に言えば、みっともなく泣きじゃくる姉の中身が中年だと知ってしまったら。

 正真正銘、7年しか生きていない妹はどう思うのだろう。

 

 

 

 

「ううん、お姉ちゃんは強いよ」

 

「ぇ?」

 

 

「お姉ちゃんはエリスが産まれるより前から頑張ってるんでしょ?

 それなのに、エリスとも遊んでくれるし、プレゼントもくれるよね!」

 

 

────何を、

 

 

「それにお姉ちゃんはオシャレさんなんだー、ってみーんな言ってるよ!

 あんなに頑張っててオシャレさんでもあるなんてお姉ちゃんが『ゆーしゅー(優秀)』って事でしょ?」

 

 

────何を言っているんだ、

 

 

「あと、お姉ちゃんは頭もイイよね!ママのお手伝いしてる時にいつもママに聞かされるんだー!

 この前ね、私もお姉ちゃんみたいになりたいから魔法教えてーって頼んだんだよ!

 『天才少女』のお姉ちゃんと同じなんて、ちょーカッコイイもんね!!」

 

 

────何故そんなに楽しそうに私の話をするんだ、この妹は。

 

 

「だからそんなに色々できるお姉ちゃんが弱いわけないよ!

 安心して! お姉ちゃんが強いのはパパもママも、エリスも知ってるよ!!」

 

 

 

 

 そこから後は、記憶も視界もあやふやだ。

 家族の温もりを感じた気もするし、逆に何もされなかったのかもしれない。

 唯一覚えているのは、止まらない涙だけ。

 

 

 気付けば私は布団の中で、隣では愛しの妹君が寝息を立てていた。

 その寝顔を見て、妹の言葉を思い出して。

 私は1つの誓いを立てる。

 

 

(強くなろう。 私を強いと信じてくれる家族の為に)

 

 

 目標は変わらない、それに到る為に学ぶ事も今までと変わりはしない。

 ただ今世の私(ロイルミラ)としては、この家族の信頼には応えなければならないと強く思った。

 今度は天狗になるだけでは終わらせない。

 正真正銘の『天才少女』────そして最強の魔法戦士になる。

 

 

────明日、またオクトーと話をしなければ。

 

 

 私は静かに燃ゆる決意を胸に、妹を一撫でして眠りに就いた。

 

 

 

 未明頃にフュンフの夜泣きによって緊急出動する事になったのは、我ながら締まらないなと思わずには居られなかった。




戦闘描写も挫折描写も稚拙すぎて後々に黒歴史となる事が確定している気もしますが、世に出さずして成長無しと自らを鼓舞しての投稿と相成りました。


次回からまた修行です。
というか原作合流までは実質ずっと修行パートです。


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進展はあったろう?


修行パートと言いつつ、修行要素がほぼありません。

22/05/01 加筆修正


 

 

 未明頃に叩き起こされた私が次に目覚めたのは、愛しの妹君(エリスマルル)が寝ている私にダイブしてきた昼前の事だった。

 ……前世の私なら兎も角、今世の私が出しちゃいけない汚ったない呻き声が第一声となってしまった。

 

 お仕置と称して妹君をくすぐり(合法的に幼女を触り)ながら私は今日やる事を脳内に並べる。

 

 

 先ずはオクトーに逢いに行って昨日の謝罪が最優先。

 あのお爺ちゃんの事だから全く気にもしていないだろうけど、私が言わなきゃ気が済まないのでグイグイ行くことにする。

 

 後はサラッと私淑させてもらう。

 どうせ師事を願っても小言を返されるのが関の山だ、勝手に見て勝手に技を盗む。

 当初のプランに立ち返ったともいう。

 

 

 次に必要なのは……なんだろう?

 

 オクトーとの力量差があまりに大き過ぎるせいで、何をするのが正解かイマイチ分からない。

 どうすればこの大きな差を埋められるのだろうか?

 

 魔力感知以外の気配の探り方……は後々必要だろうが、今鍛えると同じ戦法を繰り返す方に自分の視野が狭まる気がする。

 かといって、なにか新しいものを身に付けようにも何も湧いてこない。

 

 

 うーむ……インスピレーションが欲しいところだ。

 こういう時は、好きな事をして一度スッキリした方が良いと相場が決まっている。

 

 

 既にこの世界に生を受けて10年と少し。

 今世の私には前世と違う趣味が芽生えた。

 

 

「ご馳走様! ママ、今日のお昼ご飯も美味しかった!

 今度作り方教えてね!」

 

「お粗末様でした、ルミちゃんが気に入ってくれてママも嬉しいわ〜。

 それじゃあ、今度一緒に作りましょうね」

 

「うん! それでね、ママ。

 今日、()に行きたいんだけどダメかな?」

 

 

 私は趣味を敢行する為に、昼餉を手早く済ませてマッマに打診をする。

 

 目的地はこの村から山を越えた先の港町だ。

 ()とは言うがここはグラブル世界で、この島は別にアウギュステの一部でも無い。

 必然的に面しているのは空で、迎え入れるのは騎空艇だ。

 そして港は物流の要所。 この村より遥かに物に溢れている。

 

 そう、目的は買い物。

 主に服と布地類、それと菓子だ。

 

 

 今世の私は前世と違ってオシャレに関心が向くようになった。

 何せ素体となる(ロイルミラ)が可愛いのだ、色々と自分に着せたくて堪らなくなる。

 最初の内は羞恥心が勝っていて冒険する事も無かったのだが、日頃から村人に『今日も可愛いわねぇ』とチヤホヤされれば人間は変わるものだ。

 今ではそれなりの露出も受け入れられるようになったし、スカートは既に日常で着用する事に違和感すら覚えない。

 ただ、残念ながらハーヴィンの服は港でも取り扱いが少ない。

 ヒューマンの子供服に手を加えたりする事で選択肢を広げる事は出来るのだが。

 

 又、そういう一手間加える作業をし続けていたからか今世の私は裁縫にも自信ありだ。

 天才デザイナー(コルワ)みたいに自分の魔法糸を使って仕立ても出来る。

 無論、私の魔法糸に気分を左右させる効能は無い。

 属性元素に反応して最大で約1680万色に光るだけである。

 

 菓子はまぁ、私が好きだからだ。

 前世も今世も甘い物に目が無く、妹の土産にも最適だしで隙が無い。

 

 

 それに港町は情報も多く行き交う場所。

 私のこの行き詰まった状況を打破する何かが得られるかもしれないし、それを抜きにしても原作に関連した情報収集も出来る。

 

 

 実は港には行った事がある。

 まだ私の修行が本格化する前にパッパと行ったきりで、最後に行ったのが何年前だったか、我ながらうろ覚えなのだが。

 しかもその時はパッパ同伴なのも相俟って碌に情報は得られなかったと記憶している。

 確実に覚えているのは、人の多さとヒューマンの大きさぐらいだ。

 

 それだけ期間が空いているのだから、色んな意味でまた港町に行きたいと私は思っていたのだが────

 

 

「構わないけれど……大丈夫? ルミちゃん、明日は満月よ?」

 

「あっ」

 

「それに村じゃ話題に上ることも無いけれど、今の港は()()が泊まる事もあるってパパも言ってたわ。

 ママとしては心配なのだけれど…」

 

「えっ」

 

 

 港町へ行くには山を越える都合、ハーヴィンの足だと日帰りは難しい。

 魔物との遭遇頻度にもよるが、山を越えるのに平均して半日近く必要になるからだ。

 

 だから明日が満月だと、私はロクに仮眠も取らないままツクヨミ様と逢う事になるだろう。

 マッマが心配するのは当たり前だし、私も失念していた。

 

 

────ただ、それよりも。

 

 

「ね、ねぇママ? その帝国って、エルステ帝国?」

 

「? えぇそうよ。

 数年前に帝国に名を改めてから、色んな島を帝国のものにしているんですって」

 

 

 怖いわよねぇ、とマッマは零した。

 

 

(何で私はこんな大事なことも忘れてるんだ……!)

 

 

 私は自分の記憶のガバガバ具合が怖くて堪らないよマッマ。

 

 エルステが王国から帝国に変わるのは原作開始の約10年前。

 フュンフが産まれた事から分かるだろうが、今は原作開始の約7年前。

 

 

(既に3年もエルステが帝国として活動している!

 というかマッマの言う通り、マジでこの村の人間が話題にしていた記憶無いんだけど!?

 危機感が欠如しているのか肝が据わっているのか分からないぞこの村!)

 

 

────色々と再確認した、港に行くのはまた今度だ。

 

 

 今世をエンジョイする事は大いに結構だが、今は自分の記憶をしっかり喚び起こす方が圧倒的に先。

 またうっかり忘れて主人公に合流し損ねるとか絶対にやっちゃいけない。

 

 

(覚えている限りの全てを思い出せ! 前世の私(中年陰キャ)……!!)

 

 

 

  §  §

 

 

 

 『港に行くのは考え直すね』とマッマに告げて、私は当初の予定通りオクトーが瞑想をしているだろう山に向かっていた。

 

 無論、頭の中は当時の記憶(グラブルの情報)を喚び起こすのに躍起になっている。

 

 

 原作開始の約7年前、明確に時期の分かるイベントは無かったはずだ。

 ……本当に無いのか? 必死に探れよ、私。

 

 パッと思い出せる次のイベントは1年後。

 アルビオンの領主がヴィーラに変わるイベントで、これが原作開始の約6年前だ。

 そしてこれは同時に、カタリナのエルステ入軍を意味している。

 カタリナはここから6年で機密の少女(ルリア)の世話を任される程度に軍内で信頼を稼げると思うと、人柄の良さが分かるというものだ。

 その人柄故に、軍を裏切るわけではあるが。

 それにこの件の実態は……いや、私じゃどうしようも出来ない案件である。

 

 更に1年後、別空域ではあるがトリッド王国が『天罰』によって崩壊する。

 仔細は省くが、結果としてナル・グランデの混乱の始まりがここだ。

 ……別空域に易々と行く手段は無いので、知っていても何も出来ないのが少々歯痒くもある。

 が、ナル・グランデを本当にどうにかしたいなら真王も関わってきて面倒臭いのでこれ以上の思考は無益だ、次。

 

 原作開始の約4年前はこれと言って思い浮かばないが、3年前ならある。

 レホスという1人のエルーンの死だ。

 主人公がアウライ・グランデを旅する中で欠かせない『蒼の解放戦線』に関する一連の件が原作開始の約3年前になる。

 これも又、別空域の話だから何もしてやれる事は無いだろう。

 

 

 私にとって今大事なのは時系列の整理だから容易く切っているが、メインに関わる事だけでもこれだけの出来事がある。

 シナリオイベやグランサイファーに乗船する仲間の過去を含めたらキリが無い。

 

 それでも、傲慢にも救いたいと思うものは有る。

 ずっと内に秘めてはいるが、私がツクヨミ様と親交を深める目的の一つになる程に心を傾けている事柄だ。

 そろそろツクヨミ様には明かしておく必要があるだろうか。

 明日が満月の夜なら好都合、機会を伺って話すか。

 

 

 それにしても、全部救えるなんて傲慢な思いを抱いたつもりは無いけれど。

 

 

(想像以上に自分が無力だと思い知らされる。

 どの件も知っているだけで関われない、乃至関わったところで解決出来ない……)

 

 

 空の世界に蔓延る闇は思っているよりも根深い。

 知っているだけで解決出来る案件は非常に少ないのだ。

 

 ……まぁ、そもそも今の私は自由に島外に行けないが。

 

 

 脳内での時系列整理に一段落をつけた頃、私は祠の所に来ていた。

 眼前ではオクトーが某死神漫画の刃禅のような体勢で瞑想している。

 

 忘れてはいけないが、今回の目的はオクトーへの謝罪と『これから貴方の技を勝手に盗みます』と宣言する事だ。

 ……後者は無論、言葉を選ぶとも。

 バカ正直に言い放っても怒らなさそうだけど。

 

 

「……お爺ちゃん」

 

 

 言葉は返ってこない。

 これぐらいは想定済みだ、勝手に話し掛け続けるとしよう。

 

 

「昨日は済みませんでした。 とても試合とは呼べないようなものに付き合わせてしまって」

 

 

 言葉は返ってこない。

 

 

「だから、お爺ちゃんの技を見せて貰えませんか! それで私、きっと何かを得て──」

 

「不要だ」

 

 

 一言で斬り捨てる。

 これも想定済み、というか多分この感じだと────

 

 

「えっと、不要って、その」

 

「謝罪は要らぬ。 許可も要らぬ。 好きにせよ」

 

 

 ヨシ!(現場猫) 満点の回答を得られた。

 

 オクトーの事だから私の目的は筒抜けだと思うが、通したいものが通った以上は些事だ。

 下手したら私がそう言って欲しいと願っている事すらお見通しかもしれないが、まぁそこをネチネチ責めてくるような人でもない。

 

 

「然し異な事を言うな、童。

 うぬは(もと)より我が刀を見て己を鍛え、自らを名刀せしめんと躍起であったように思うが」

 

「い、いやぁ……はは、その。 改めての宣言も大事と言いますか……」

 

「童らしからぬ無用な気遣いよな。 童の時分でしか為し得ぬ事も有ろう」

 

 

 訂正、多少は小言を言ってくる。

 

 然し成程、そこを突いてくるのか。

 折角だし、ほんの少しだが探ってみるか?

 

 

「……やっぱり子供らしくないんですかね、私」

 

「然もあらん。 而して童で有る事に囚われる勿れ。

 畢竟、己を見失わぬ事が肝要よ」

 

「は、はぁ……」

 

 

 うーむ、結局この人が何処まで私の事を見透かしているのかまるで分からん。

 分からないが、多分さっきのはオクトーなりの激励だ。

 どうにかオクトーに勝つ方法を、と焦った末にやりたい事すら見失ってはいけない。

 そういう点では有難いアドバイスだ。

 ……まぁ、私は割と昨日の時点で吹っ切れてしまっているから、こういう受け取り方になってしまっているけれど。

 

 こういう面を見ると不器用な人なんだと思えて、(いかめ)しい容姿の割に可愛く見えてくる。

 オクトーなりに折った──と見えなくもない──心を治す方法を考えてくれていたのかもしれない。

 

 

(その不器用な激励をナルメアにも与えていれば、絶対()()()()拗れなかっただろうに……)

 

 

 少なくとも現状では私にしか知り得ない情報を胸中に浮かべながら、私は明日の満月の夜に備えるべく、オクトーの元を去った。

 

 

 

  §  §

 

 

 

────翌日。 満月の夜、祠前。

 

 

 オクトーの来訪やフュンフの誕生があって慌ただしいここ最近だが、ツクヨミ様との密会──断じて逢瀬でもデートでも無い──は何事も無く続いている。

 

 ……いや、少し嘘が混じった。 何事も無く、という点が。

 

 オクトー来訪の後、ツクヨミ様と出逢う機会は満月の夜だけになっていた。

 理由は彼が村に来てからの最初の新月に、私の家に向かう途中でツクヨミ様とオクトーが戦闘を行ったからだ。

 この村で私と家族を除いて初めてツクヨミ様を認識した存在なのに、出会って早々にドンパチした訳である。

 

 これ以降、ツクヨミ様は新月にこの島に来なくなった。

 

 双方に悪気は無いだろう。

 オクトーからすれば私の家に向かう見知らぬ星晶獣、ツクヨミ様からすれば自らの道を阻む邪魔者。

 

 強いて言えば、お互い会話が出来るのだから話し合って解決して欲しかった。

 然し、話し合って解決するだけの器用さをオクトーは持ち合わせていないし、ツクヨミ様だって襲われているのに話し合おうとするほど空の民に優しい訳じゃない。

 

 ツクヨミ様が私に対して友好的なのは、私が敵対の意志を一切見せないところが大きいと思う。

 初対面なんか無抵抗で眠らされていて、そんな事されながら懲りずにまた逢いに行った挙句、最初に彼女に向けた言葉が『可愛い』だ。

 

 

────私、もしかしてツクヨミ様の中で変人に該当してるのかな。

 

 

 いや、箇条書きマジックに違いない。

 私は変人じゃない、転生している異常者なのは間違いないが変人なのは前世までだ。

 

 

「今世の私は変人じゃない!」

 

「……? どうしたのです、御空の燭(ロイルミラ)

 

「ぴっ」

 

 

 どうやら口に出ていたらしい、終わった。

 

 

「うふふ、愛らしい鳴き声ね。 此方に寄りなさい」

 

「は、はい」

 

「うふふ」

 

 

 微笑みながら私を撫でるツクヨミ様。

 

 

 何事も無く、というのが嘘である点のもう一つがコレ。

 ツクヨミ様との距離が明らかに近くなった。

 

 物理的に近い事自体は前々から有ったが、その多くは属性元素に関する授業の際の接近でしか無かった。

 

 ツクヨミ様がこうなったのも又、オクトーが来てからだ。

 とはいえ、最初の内は以前に比べてスキンシップが増えたぐらいの感覚だったのだが。

 フュンフが産まれてからそのスキンシップが過剰に増えて、今ではこうして抱きかかえて撫でるレベルにまで到達してしまった。

 

 仲良くなれた事は非常に喜ばしいのだが、このままだと前世の私(中年陰キャ)が『押し倒せ!同性同士がなんぼのもんじゃい!抱けーっ!!』と主張しかねない。

 というか既に半分くらいは主張している。

 抑え込めているのは偏に前世の私が陰キャ過ぎて、本能に従って襲おうにもビビりまくっているからだ。

 

 

(関係を壊したくは無いけど、理性と戦い続けるのも辛いよ……! 助けてクレメンス)

 

 

御空の燭(ロイルミラ)

 

「はい、ツクヨミ様」

 

「貴方とこうして逢瀬を重ねるのも、我の過ごした時からすれば瞬きの間だというのに。

 気付けば貴方と出逢う望の夜を、一日千秋の想いで待っているのです」

 

「ツクヨミ様……」

 

「然し貴方も又、遍く御空の輝きの一片。

 我が役割に徹するならば、貴方も夜闇で染めねばなりません」

 

 

 ツクヨミ様にムラムラ────じゃなかった。

 私がツクヨミ様との関係に悩んでいれば、ツクヨミ様もどうやら今の関係にお悩みらしい。

 

 

 詳しくは聞いていないが、この口振りからするとツクヨミ様も覇空戦争の際に作られた沢山の星晶獣の一体なんだろう。

 ツクヨミ様なりの言い方ではあるが、変換するなら『私の役割は空の民を殺す事なので、貴方も役割に従うなら殺すしか無い』だと思う。

 

 

「ツクヨミ様も、お悩みだったのですね」

 

「悩み……これが我の憂悶なのかしら」

 

「きっとそうだと思いますよ、ツクヨミ様」

 

「そうなのね……」

 

 

 だから────

 

 

「ツクヨミ様は言いましたよね。憂悶は時に、他人によって雲散霧消するって」

 

「……ええ」

 

「私の事なら、如何様にしても構いませんよ。

 ツクヨミ様が役割に準ずるべきと思うのも、役割を放棄するのも、それ以外の選択肢を取るのも。

 余りにもおかしな道に進むと言うなら止めるかもしれませんが……それでも、きっと私はツクヨミ様の選択を咎めたりはしません!」

 

「其れは……何故?」

 

 

「私はツクヨミ様の友達ですから!」

 

 

 私は敢えて大きめな声で言い放つ。

 

 抱きかかえられたままなので少々締まらないが、嘘偽りの無い私の本心。

 死にたくは無い。

 死にたくは無いが、無責任に役割を放棄しろとも言えない。

 

 

 星晶獣の生きる意味の殆どは、生まれた際に課せられる役割にある。

 役割を完遂する途中で別の事柄に強い興味を持った際、実質的な役割の放棄を行う者もいれば、逆に役割に囚われすぎて今なお人に害を為す者もいるだろう。

 星晶獣にとって役割とは、生き甲斐に他ならない。

 それ故に役割の否定は、生き様の否定に繋がる。

 それが拗れに拗れていくと、どこかの災厄(サンダルフォン)のような存在が生まれてしまう。

 だから私が出来るのはツクヨミ様の後押しだけだ。

 

 それに、生きる理由は自分で見つけた方がきっと()()()

 私の今世が楽しさに満ちている理由は、きっと前世と違って生きる理由が明確で、自分で定めた目標があるからだ。

 前世と違って容姿も才能も優れている事が楽しさの理由かもしれない。

 だが、既に才能に関しては身近に上位の存在が現れた。

 容姿だって今、正に私を抱きかかえている存在の方が完成されているだろう。

 

 それでも私の人生は今、間違い無く()()()のだ。

 

 

「だからツクヨミ様。 悩んで、考えて、自らの心と向き合ってください。

 星の獣に心なんて、とか言わせませんよ?

 今こうして私をどうするかで悩んでいる事が、何よりの証左ですから」

 

「うふふ……そうですね。 我も又、心を得たのでしょうね。

 ……友もこうして、懊悩したのかしら

 

 

 そう呟いて、ツクヨミ様は私を撫でる。

 

 

(撫でるのが上手いから別に構わないけど、扱い方がペットなんだよなぁ……

 それにこの感じだと、私の()()()を話す感じでも無いなぁ)

 

 

 この日は結局、ツクヨミ様が帰る時まで私は腕の中に収まり続けた。




分割も考えたものの、収まりが良いのでこれで出させていただきました。

次回は漸く村と山から離れて港町に出る予定です。
新たな出逢いや波乱が……あるかもしれませんし、特に無いかもしれません。
この小説、行き当たりばったりだなぁ……。




















  §  §



 眩い月が夜闇を照らす。



 此処はファータ・グランデの辺境、名も無き島の竹林。



「天満月は、人の子らの語らいに優しく寄り添う光……」


 星の獣が呟く。
 兎に似た耳を髪と共に夜風で揺らし、閉じていた眼を開く。

 月を見遣り、次に隣の獣を見遣る。
 白磁の肌と対象的な烏羽玉の髪を持つ少女のような獣は、目線を月から兎に似た耳を持つ獣へと移す。


「貴女も又、人の子と語らっているのでしょう?」

「……我は」


 隣の獣は一言発した後、続かずに閉口する。
 月に照らされた白磁の肌は、美しさより儚さを醸し出す。


「人の子との逢瀬は一夜の夢と変わりません。
 やがて来たる別離を思わず過ごせば、貴女はきっと──」

「承知しております。 ……承知した上で尚、貴女は今も思いを馳せるのでしょうに」


 星の獣は再度、月を見遣る。
 その瞳に哀感を載せて、耳を倒しながら獣は語る。


「人の子は儚く、正に泡沫の如し。
 然れど思いは永遠に続き、眼を閉じれば鮮明に蘇る」

「……辛くは無いのですか」

「悲哀は今も我が身を蝕み、涙は涸れずに流れ続けます。
 心を得た獣が故に、身を裂くような思いをするならば心など不要と願いもしました」


 そう言った後、星の獣は目元を拭う。

 確かに獣は瞳を濡らしていた。


「然れどこの身は()()()()()()()。 なれば我が身は愁えましょう、人の子の儚さを。
 並べてのものは何れ、天の原へ返り行くのですから」

「貴女の意思は……理解しました。
 ……今宵はこれにて」


 その胸に何を宿しているのかを明かす事も無く、白磁の肌をした獣は烏羽玉の髪を風に靡かせながら闇へと溶ける。

 闇に消え行く者を見送り、星の獣は月に祈る。


「天満月よ、彼の者の闇路を照らし給え……」


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港町はあったろう?


書きたい意欲が上がると文字数が増えるんですね……

何処で区切るのが綺麗なのか分からなくなったので匙と共に話も投げさせてください(投稿)

22/05/01 加筆修正


 

 

 ツクヨミ様に抱かれていた(誤解を招く表現)夜から暫く。

 

 

 日常の一部に組み込まれたフュンフの魔力暴走を対処した後、私はオクトーと話をしていた。

 話をしていると言いつつ、オクトーは何も返してこないので私が一方的に喋り続けているだけだ。

 

 

「あ、そうだお爺ちゃん。 私ね、この後港町に行く予定なんだ。

 だから明日までフュンフの事、任せちゃうけどいい?」

 

「構わぬ」

 

 

 あれ、返事してくれるなんて珍しい事もあるもんだ。

 

 

「用心せよ、童」

 

 

 うわっ、しかも心配までしてくれるの?

 明日は槍の雨か?

 

 

「ふーん、心配してくれるんだ? 珍しいねお爺ちゃん、私の事好きになっちゃった?」

 

「吐かしおるわ」

 

 

 茶化してみれば一言で斬り捨てられる。

 その上、話は終わりだとばかりにオクトーは山に向かってしまった。

 

 

(いや然し、本当に珍しい事もあるもんだな……

 でも態々忠告をしてくるって事は、それだけ帝国が幅を利かせているって事なのかな)

 

 

 実際、帝国が港に現れる事があると知った時点で無策で行くつもりは無かった。

 然しオクトーから心配までされた以上、もう少し用意しておく必要があるだろうか。

 

 

 本当は愛しの妹君(エリスマルル)と行きたかったが、この分では無理だろう。

 今の私の実力で自分と妹君を守るのは少々厳しい。

 私の怪我を考慮しなければもっと余裕を持った見積もりができるのだが、オクトーに忠告された手前、怪我じゃ済まない可能性を考慮した方が良い気もする。

 

 となれば、私が港に行く話は絶対に妹君に聞かせてはいけない。

 妹君は非常に良い子なので聞き分けてくれるかもしれない。

 然し妹君は自分が港に行けないことよりも、そんな危ない状況下の港に行く私を止めに来るだろう。

 そうなってしまうとマッマの説得難度が上がるので絶対に避けねばならない。

 

 

 

 私は考えを纏めつつ帰宅。

 

 フュンフに時間を割く都合、今の私は警邏活動も出来なくなった。

 なのでオクトーの瞑想を横目に鍛錬する日を除けば、私は自宅で魔法研究してる事が多くなった。

 

 まぁ、私の魔法は自らの魔力と周囲の属性元素を掛け合わせるタイプ──たぶん分類するなら精霊魔法になるが詳しくは分からない──なので、自宅と言いつつ庭先で魔力を捏ね回す時間の方が、座って術式構築しているより圧倒的に多い。

 

 

 閑話休題。

 

 我が家に帰ってきて私が最初にするのは妹君の位置確認。

 

 どうやら不在か。 村の方で畑仕事の手伝いでもしているのかな?

 

 我が愛しの妹君は聖母と言って差し支えない優しさを持つ善性の塊なので、普段は村人の手伝いをして過ごしている。

 多くは畑仕事の手伝いで、それ以外だと蔵の掃除や荷物整理が殆どだ。

 再三言うが、この村は若者が圧倒的に不足しているので、力仕事や腰に響く仕事は助け合って行う。

 私も先述した通り家に居る事が増えたので、他所を手伝う事も以前より増した。

 

 私の場合は薪割りか、各種魔法による生活の手伝い。

 ゴミの焼却に浄水の真似事、天地返しから魔道具の手入れまで。

 未だに一瞬でとはいかないものの、畑の土をサクッと引っくり返すぐらいは出来るようになった辺り、ただ天才と持て囃されていた訳では無いのだ。

 

 改めて頼まれ事をこうして書くと、都合良く利用されているだけにしか思えないだろう。

 だが、ちゃんと報酬は貰っているので文句は特に無い。

 年配の方々は完全に孫感覚で接してくるので、いっそ遠慮しないと食料から小遣いまで山のように渡されるぐらいだ。

 

 

「ただいま、ママ。 今日こそ港に行こうと思うんだけどいい?」

 

「おかえりルミちゃん。 港ねぇ……どうしても行きたい?」

 

「……うん、どうしても」

 

 

 妹君が不在と分かれば早めに話した方が良い。

 

 そうしてサッと切り出せば、返ってくるのはマッマの不安げな表情。

 私にはとても効くが、ここで退いたら最後『帝国が大人しくなるまで港には行かない方が……』とか言われかねないので、説得材料を持ち出して速攻で決めにいく。

 

 

「行く途中でパパにも話して、パパと泊まるつもりなんだけど、それでも……ダメ?」

 

 

 マッマにはパッパほど効果は無いが、私の上目遣いはやはりそれなりに効く。

 

 加えて、普段は一人で突っ走る娘から親を頼る提案をしているのだ。

 どうか折れてくれマッマ!

 

 

「……はぁ、しょうがないわねぇ。

 ルミちゃんの事だからダメと言ったら一人で行きかねないし」

 

「あはは……よくご存知で……」

 

「そこで『もうしません』と言ってくれないのが、ルミちゃんの困った所ね」

 

 

 実際、今回も最終手段は『こっそり行く』だったので下手に誤魔化すのは悪手。

 この分だと、両親揃って私を頑固者だとでも思っていそうだ。

 大きく否定はしないが、私だって道を譲る事もある。

 それが良くも悪くも両親の前で発生していないだけだ。

 

 

「パパと一緒ならまだ安心出来るわ。

 ルミちゃんが幾ら強くてしっかりしてると言っても、大人と子供の差までは覆せないもの」

 

 

 どうやらマッマの懸念事項は帝国云々よりも、私が悪い人や阿漕な商売に捕まらないかの心配だったらしい。

 港町の治安が特別悪いとは聞いた事も無いが、確かに知り合いばかりの村から知らない人ばかりの港町に愛娘が行くとなれば、そっちの方が心配になるのかも。

 

 私はてっきり帝国の人間をぶっ飛ばしたりして村に迷惑を掛けないかとか、悪人に遭遇した際にやり過ぎないかみたいな心配をされているとばかり思っていた。

 

 

「宿に関してだけれど、少し待っててねルミちゃん。

 信頼出来る人に向けたお手紙を書くから」

 

 

(紹介状みたいなものだろうか?

 マッマが信頼出来るというなら心配は無いかな)

 

 

 私はマッマの発言に首肯で返し、出掛ける支度をする事にした。

 山を越す必要があるので鎧は外せないが、折角の遠出なのだから少しオシャレに気合いを入れたい。

 

 今日の気分は赤のミニフレアスカートに黒のタイツ、上は鎧の事もあるしシンプルな長袖の白シャツ。

 髪は普段からデコ出しだが、今日はいつも以上にガッツリ開けてハーフアップで纏める。

 足元は普段から履くショートブーツだが、新しいのがそろそろ欲しくなる。

 

 

(靴も港で見る必要あり、と……うーん、今日も(ロイルミラ)ってば可愛い)

 

 

 素材が良いと何を着ても似合うなんて言うが、今世ではソレを享受している。

 無骨な印象を与えるレザーの鎧や、私の身の丈には長い刀すらファッションの一部として機能してくれているのだ。

 

 帯刀ベルトに至っては私の魔法糸を少しばかり編み込んだ事で、属性元素を混ぜ込んで色が変わる特別製となっている。

 その日のファッションに合わせて色味を調整するのが毎日の楽しみの一つであり、属性元素を喧嘩させずに注ぎ込む練習にもなる優れ物だ。

 

 

「今日の帯刀ベルトはー……スカートに合わせるなら黄色系かな?

 クリーム色に寄せれば鎧とも、私の髪色とも喧嘩しないし」

 

「あらあら、今日もバッチリねルミちゃん。

 はい、これがお手紙ね。 この時期なら港町にいると思うから、着いたら先ずは()()()()に向かうのよ」

 

 

 私がポロッと口からベルトの色味について零したらマッマが返してくれた。

 なら今日はクリーム色でいいか。

 

 マッマからランチや薬瓶入りのバスケットと共に手紙を受け取る。

 

 んで、渡すのがよろず屋ね、はいはい了解。

 

 

────ん?

 

 

()()()()ぁ!?」

 

「ッ!? 急にどうしたの? ママびっくりしちゃったわ」

 

「あ、あぁごめんなさいママ!

 ななな何でもないの! そう、何でもなくってよ!?」

 

「ルミちゃん、焦りすぎて全く知らない口調になっちゃってるわよ」

 

 

 そんな事ありませんわよ!?────じゃない、戻って来い私。

 勝手に有りもしないお嬢様の血を騒がせているんじゃない。

 

 確認から努めよう。

 あの間延びした喋りのハーヴィンとは限らないんだし。

 

 

「ママ、この()()()()の人はなんてお名前なの?」

 

()()()()()()ってハーヴィンの人よ。

 背が高い人だからすぐ分かると思うわ」

 

 

 ですよねー。 よろず屋違いなんてことも無くシェロカルテらしい。

 よろず屋と言えばこの世界ならシェロちゃんですよね、分かりますとも。

 

 というかマッマの認識的にはシェロちゃんは背が高いのか、まぁ98cmは確かにハーヴィンとしては高いけれども。

 この辺の感覚は未だに前世(ヒューマン)に寄っているのでちょっと新鮮だ。

 

 因みに成人ハーヴィンの平均身長は90cmらしいが、我が家で90cmを超えてるのはパッパだけだし、そのパッパも92cmしかない。

 私の身長に至っては3歳下の妹君と大差無い。

 幼少期から鍛えすぎたのかもしれない、後悔はしていないけれども。

 

 

「シェロカルテさんね、分かった。 それじゃ、行ってきます!」

 

「気を付けるのよ〜!」

 

 

 マッマの言葉を背に受けながら、私は先ずパッパに話を通す為に警邏ルートへと向かった。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 日没頃にパッパと合流する方向で話が決まり、私は悠々と山を歩いていた。

 

 

 時刻は昼を少し過ぎた辺りで、先程昼餉を済ませた。

 マッマと一緒に作ったサンドイッチで、朝に作った分の余りである。

 

 山中での昼餉だったので必然的に周囲を気にしながら食べていたのだが、魔物は特にやって来なかった。

 恐らくだが、オクトーがそう遠くないのだと思う。

 そうじゃなければツクヨミ様に知らぬ間に加護られているのかもしれない。

 

 

(ゲームと変わらない性能ならツクヨミ様の加護は複数人かつ他種族が前提だから……

 ツクヨミ様には悪いが使い所の無さそうな加護だ)

 

 

 割と失礼な事を考えていると、急に魔物の気配が近付いてきた。

 

 

 気配の察知に関しては、結局オクトーとの対決に必要になると踏んで色々と試行錯誤した。

 一番効果的に鍛えられるのが、ツクヨミ様に周囲全部を暗闇にしてもらう方法。

 これはツクヨミ様の魔力まみれの暗闇からツクヨミ様を見つける修行なのだが……

 満月の夜にしか出来ない上に、オクトーが絡んでいるせいかツクヨミ様が不機嫌になるので中々頼めない。

 日中に来てやってくれないかと頼んだ事もあるが『あの不躾な御空の輝きを黄泉の国に送って良ければ』とかいう物騒極まりない交換条件だったのでお断りせざるを得なかった。

 

 というかツクヨミ様は一方的に屠るつもりなのだろうが、多分実際にやったら共倒れ────どころか、普通にオクトーが勝つ未来も有り得なくないのが恐ろしい所。

 ここに来ているツクヨミ様が分け身であるとは言え、この手の分け身システムは本体にもダメージが伝わるのがよくあるパターンだ。

 ツクヨミ様を喪うのはあらゆる観点で私の不利益となる。

 属性元素の授業、教えの最奥、まだ出来ていない()()()

 

 それに何より────

 

 

「友達を喪うのは損得以前の問題だから、ね!」

 

 

 自分の魔力を棒のように固めて、左手の乱雑な一振りで魔物を吹き飛ばす。

 これも以前の目くらまし同様に特に名前が無く、即席魔力棒とか適当な呼び方をしている。

 

 魔物の数は3、恐らく群れの中でも下っ端なのだろうか。

 揃いも揃って痩せ細った狼型の魔物だ。

 大方、飯にありつけなかったので山を歩く私を襲う事に決めたのだろう。

 

 私としては、この辺の魔物は今となっては見慣れた相手ばかり。

 油断は禁物だが、相手の手の内は代わり映えしないだろう事が容易に想像出来る。

 

 

(最初の吹き飛ばしで警戒度こそ上がっただろうけど、空腹に負けて普通に突っ込んでくるでしょ)

 

 

 案の定、我慢出来ずに一匹が突っ込んで来る。

 少し遅れて後の二匹も続いてくる。

 連携もへったくれも無い、空腹に身を任せた破れかぶれの突撃だ。

 

 大人しく食われてやるつもりも無いので、いつもと変わらず──小説内では初の描写だが──さっさとお帰りいただこう。

 

 

色織り(ルーパパタ)四大元素(マハーブータ)────(アグニ)!」

 

 

 左手から炎を放ち、魔物を退却させる。

 退却を確認したら即座に水魔法をぶっ掛けて消火、炎上を防ぐ。

 

 種にもよるが、魔物とて不必要に狩って群れごと敵に回すのは好ましく無い。

 特にこの山に棲む狼型の魔物達は村に態々向かうようなタイプじゃ無いから、放置で構わない。

 

 それに今、この山ではしゃいでいる魔物は遅かれ早かれオクトーに斬られるのがオチだとも思うし。

 丁寧に展開して詠唱までする必要があったかはちょっと怪しいが、執拗に追われるよりはマシな選択肢と言えるか。

 

 

 魔力や元素を扱う上でのバランス感覚といった基礎的な事を除くと、魔法に大事なものは言霊と術式だ。

 ファンタジーな作品ならお馴染みと言えるし、この世界(グラブル)でも大事には違いない。

 とはいえ少し実情が違う所もあって、火力や精密性を求める必要が無い時や、逆に魔法に完璧に集中出来る環境下ならば言霊や細かい術式は省略できる。

 

 前者は相手の意識を逸らす目的だったり、限られた時間で発動しなきゃいけなかったり、グミ撃ちしたりする際に用いる。

 グミ撃ちは戦法としては下策?

 分かっていても見栄えが良いんだよなぁ、アレ。

 

 昔、遊びで魔法の水弾を作りまくり、木に向けてグミ撃ちをしたのだが非常に楽しかった。

 命中したのは数発で、しかも当たった箇所もまばらすぎて威力もお察し、トドメに私は動く事が出来ないぐらい疲弊したので使い道は0だったのだが。

 

 

 後者は前衛職がヘイトを稼いでいたり、完全に別の場所から魔法を行使する際に用いる。

 こちらの場合は複雑すぎる術式の時とかに使われるもので、結果的に言霊も無いと威力が足りないみたいな事も発生するらしい。

 村に住む数少ない魔導師のお婆ちゃんが言っていたので体験談なのだろう。

 

 私はそこまで大規模な魔法をそもそも教えて貰っていないし、開発もしていないので後者に関しては未経験だ。

 

 

 さて、先程私が使った魔法はエレメンタルキャストをモデルにした魔法陣展開術。

 そこから属性元素を選択して周囲から取り寄せ、混ぜ込んで発射する────文字で並べると複雑だが、やっている事は魔法戦士と変わらない。

 属性を選んで、それに応じた魔法を発動させるシンプルなものだ。

 

 随分とインドを感じる言霊だと思うが、前世の私の拗らせた趣味の一つであって、何か重要な意味などが内包されている訳じゃない。

 強いて言えば、その言葉に乗る()()という意味であのインド感溢れる呪文は私には必須なのだが。

 

 

(誰もが通る道でしょ……どこかの神話に魅せられるのは)

 

 

 要は厨二病を拗らせているのだが、結果として今世で唱えて使えるのだから人生は分からないものである。

 

 

 ……一度、私の人生が終わりを迎えている事に関しては禁句だ。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 魔物の襲来はアレが最後で、夕方前に私は港町に到着した。

 

 

 門番が一応いるものの、村側から来る人間はほぼ無条件で通れる。

 それだけ村から来る人間が限られているという事なのだろうが、ザル警備と怒られないのだろうか。

 

 通行料なり証明書なりが必要になるとそれはそれで面倒だけれども、町の安全と引き換えなら安い手間だと思う。

 

 

────ただ、私が口を出す事でも無いだろう。

 

 

 門番さんに愛嬌を振り撒きつつ、市街地に足を踏み入れる。

 

 

 きっと他所から来た人にはこれでも小規模に見えるのだろうが、それでも私には胸が踊る大きな町である。

 

 山側から町に入るとすぐに広場に行き着く。

 多少の露店とベンチを除けばだだっ広いだけの空間だが、もうすぐ日が暮れ始めるという時間帯が重なり、かなり人が多い。

 行き交う人々の多くがヒューマンなのも相まって、潰されそうでちょっと怖い。

 

 然し怖がってばかりもいられない。

 何はともあれ先ずはよろず屋、シェロちゃんに会える事が今は楽しみなのだ。

 それにしても本当に人が多いな……道が分からないし、分かった所でその方向に流れていけるのか?

 

 そんな風に広場の隅で悩んでいれば、私の困っている雰囲気が外に漏れていたのか近付いてくるヒューマンの男女。

 

 雰囲気からして人攫いでも無さそう。

 優しい人達もいるもんだ、会話の流れ次第ではよろず屋まで案内してもらうのが得策だろうか。

 

 

 私に目線を合わせる為に屈んで話し掛けてきたのは女性の方だ。

 

 

「ねぇ、君。 もしかして迷子かな?

 それとも何処か行きたい場所があったりする?」

 

「あのね、よろず屋さんに用事があるの。

 シェロカルテさんのお店なんですけど、知ってますか?」

 

 

 女性のストレートな質問に、私は外見相応を意識して返す。

 初対面の人は未だに少し緊張してしまい、前世の私(中年陰キャ)がうっかり顔を出しかける。

 顔を出してしまえば口調が草臥れた社会人に早変わりしてしまうので、それだけは避けねばなるまい。

 

 

「よろず屋さん? なら大通りに出ればすぐだったよね?」

 

「うん。 お嬢ちゃん、もし良かったら僕達が案内しようか?」

 

「本当ですか! ありがとうございます!」

 

 

 色良い返事を頂戴した。

 念には念を入れて警戒は解かないが、嘘を吐いたりしているようには聞こえないので素直に案内してもらう。

 

 

(人が多いから、有事の際に抜刀しにくい気がするな……

 村に帰ったら魔法戦士らしく、格闘術にも少しずつ手を出すか)

 

 

 なお前身の忍者なら兎も角、魔法戦士の格闘は殴る蹴るとは程遠い。

 但し、純粋な膂力や格闘技でハーヴィンが活躍する事の厳しさは、アルハリードがゲームでも語っていた通り。

 

 

 どうもハーヴィンという種族は筋肉が付きにくい。

 特に女性はこれが顕著で、好きでむちぷにボディをしている訳では無く、頑張ってもなんだかむちぷにしていくのだ。

 第二次性徴を控えている私ですら感じている悩みなので、多分ハーヴィン女子は全員この悩みと生涯向き合うんだと思う。

 

 

(まぁ、むちぷにボディにどうしてもなっていくのなら、主人公の性癖を歪ませれば良いだけの話よな。

 分かりやすく劣情をぶつけたりしないとは決めているが、主人公から劣情を向けられる事に関しては大歓迎だからね……♡)

 

 

 私が邪悪な主人公歪ませ計画を考えつつ、案内をしてくれている男女──予想はしていたがカップルだった──と軽い雑談を交わしていれば、10分も掛からずによろず屋に辿り着いた。

 まさか広場を真っ直ぐ突っ切って、港に向けて歩くだけの簡単な道だとは思っていなかった。

 

 カップルに礼を言って、よろず屋に入る。

 

 この島でのよろず屋は、分類するなら露店だろう。

 物が多いからか、戸や窓の概念が無いコンビニと言った方が正しい気もする。

 

 ドラフの男だったらすれ違えないだろう、狭めの通路だけ確保された品物の山を進んで行けば、目的の人物とご対面だ。

 

 

「おやおや〜? 初めてのお客さんですね〜」

 

「初めまして、ロイルミラと言います!

 ママからお手紙を渡すように言われてきました!」

 

「ご丁寧にどうも〜。 ロイルミラさんですね〜、私はシェロカルテと言います〜。

 どうぞご贔屓にしてくださいね〜!

 何かありましたら、よろず屋によろ〜ず……うぷぷぷぷ……!」

 

 

 ニコニコと、それはそれは愛らしい笑顔で語り掛けてくる────序でに極寒の駄洒落を開幕から飛ばすシェロちゃん。

 

 

 

 

 私と彼女の末永い交流は、この日から始まるのだった。




次回はシェロちゃんとのお話から始まり、港町での散策になるかと思います。


追記:フュンフの名に関してですが、当作品において『フュンフ』は本名として扱います。
オクトーの超越エピソードにて、フュンフの両親が『フュンフ』と呼ぶ事が一応の根拠です。
ハーヴィンの命名規則からは外れますが、ご理解の程よろしくお願いします。


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密雲不雨はあったろう?


書きたいように書いたら、散策パートまでいきませんでした(ネタバレ)

22/05/01 加筆修正


 

 

「────なるほど〜! ラスフェレンさんの娘さんだったんですね〜!」

 

 

 手紙に目を通した後、シェロちゃんが最初に掛けてきた言葉は宿の手配などでも何でもなく雑談からだった。

 

 

 ラスフェレンはマッマの名前だ。

 そしてシェロちゃんの反応で察するかもしれないが、私とマッマはあんまり似ていない。

 

 分かりやすく遺伝しているのは髪の色と、この先伸びるか怪しい身長ぐらいなもの。

 他はほぼパッパに似ているのが(ロイルミラ)

 逆に妹君(エリスマルル)は髪と肌の色を除いてマッマ似と、遺伝子の悪戯にしてもそんな対称性が必要だったのだろうか。

 

 

「あんまり似てないですよね……パパの方が似てるって、村でも言われます」

 

「確かに、ジルヴェイルさんの面影が強いですね〜。

 刀も相まって余計に、というのもあるかもしれませんが〜」

 

 

 言うまでも無いと思うがジルヴェイルがパッパだ。

 というかこの感じだとパッパも当然のように知り合いなのか。

 

 どういう経緯で知り合ったのか気になったので聞いてみる。

 

 

「ママとパパとは、どういう関係なんですか?」

 

「お二人が貴女の親になる少し前からの知り合いですよ〜。

 ラスフェレンさんからはお薬を、ジルヴェイルさんからは魔物から得られる希少な素材などを買い取らせてもらってます〜。

 お二人から買い取れる物はどれも品質が良くて、シェロちゃんも大助かりです〜!」

 

 

 成程、作った薬や解体した魔物の行方が判明した。

 

 昔から、何処に持っていっているのか疑問ではあった。

 村に定期的に回収に来る業者は知っているのだが、その人は輸送業者なので取引先とは言い難い。

 妹君が産まれる前にマッマに聞いた事があったが、具体的な取引相手や職業の名前を出さずに──困っている人の所に運んでもらうのよ、といった──幼子に向けたフワフワした説明しかされなかった。

 それ以降、改めて聞く事も忘れていたのだが、8年近く経って疑問が解消する事となった。

 

 

「そうだったんですね!

 ママに昔聞いたんですけどはぐらかされちゃったので、ちょっとビックリしちゃいました」

 

「ふふふ〜! シェロちゃんもお二人の娘さんに出会えてビックリしましたよ〜!

 そういえば、宿の手配についてですが……実は少し、困った事がありまして〜」

 

「困った事、ですか?」

 

 

 雑談から入って本題に移行するシェロちゃん。

 

 もしかして、私の緊張を解す意図があったりしたのだろうか?

 それとも困った事が本当に面倒な案件だから、少しでも空気を軽くしておきたかった?

 

 前者なら兎も角、後者はちょっと勘弁願いたい。

 私がそういった事に巻き込まれるようになるのは、主人公と合流して彼らのお人好しに振り回される形だけで結構だ。

 

 

「実はですね〜、ご紹介したい宿がその……エルステ軍の方が宿泊しておりまして……

 

 

────それはそんなに困り事なのだろうか?

 

 

 貸し切られているなら、素直に別にすれば良いだけだろう。

 

 私の考えている事がシェロちゃんにも伝わったのか、シェロちゃんは話を続ける。

 

 

「他の宿をご紹介したい所なのですが、帝国が一部の宿を完全に貸し切っていまして……

 港町の規模と見合った量の宿しかこの町には有りませんから、残った他の宿に宿泊客が押し寄せているようなんです〜」

 

「成程……宿の空きが分からないって事ですか?」

 

「そうなんですよ〜! 普段なら問題無いのですが、つい先日、商団艇が流れの商人や旅人を乗合艇とは別で運んで来てしまったので〜……」

 

「そんな事があったんですね……

 でも、宿が空いているかの確認って念の為に取っていただくことは出来ませんか?」

 

「それぐらいなら問題ありませんよ〜。 少しお時間を貰いますね〜」

 

 

 そういってシェロちゃんは店の奥に一度姿を消した。

 

 通信機がこの世界にあるのは知っているが、電話があった描写は記憶に無いが……

 いや、単に店の裏手から出ただけかもしれないし、考えても分からないので店内でも眺めて大人しく待とう。

 

 

 先程からシェロちゃんと話していたこの空間は恐らくレジカウンターだと思う。

 

 

 私は推定レジカウンターから離れて、一旦店の入口付近まで戻る。

 

 この辺は小物と書籍が多い。

 入口付近に本があるのは益々コンビニっぽいが、ぐるっと回りやすい店を考えると自ずとこういう配置になるのだろうか。

 

 

「この手帳可愛いな……でも少し値段が気になるなぁ、使ってる紙が良かったりするのかな?

 こっちの棚は……『マナリア魔法学院監修!子供から始める魔法基礎』、『詠唱に使えるカッコいい文言ベスト100』、『アウギュステ観光のススメ』

 ……なんか、タイトルのセンスがあっち(前世)と大差無くない?」

 

 

 妙な本ばかりで惹かれるものは無さそうだ。

 どうせなら生のポポル・サーガとかサントレザン物語をお目にかかりたかったが、無いのであれば仕方ない。

 

 

 少し進むと、日持ちする食品が並んでいるエリアが迎えてくれる。

 

 

「チュ○パチャプス!? ……じゃないのか、でもロゴもラベルもそっくりだなコレ」

 

 

 何処かの芸術家がロゴ原案をしていそうな棒付きキャンディを見付けて思わず大きな声が出てしまった。

 

 前世の私は、口が寂しくなると飴を舐めるかガムを噛むかの人間だった。

 煙草も少し試したが馴染まず、家にも会社にも飴を置いていた。

 特に家にはチュッパチ○プスのツリーディスプレイがあったレベルなので、とても気になる。

 

 私はその棒付きキャンディを5本ほど選び、更に近くにあった砂糖菓子を幾つか手にする。

 砂糖菓子の方は妹君への土産だ。

 逆に言えば飴は全て私のである。

 

 

 推定レジカウンターの近くになると、生鮮食品が増えてくる。

 シェロちゃんの目が届きやすいのがこの辺りなのだろう。

 となると、あの机で雑に仕切っているだけの空間が、矢張りレジカウンターなのだろうか。

 

 今は兎に角、この飴を味わいたいのでここはスルーだ。

 

 

 レジカウンターまで戻ってきた。

 私は会話の際に出してもらっていた椅子にもう一度座り、飴と砂糖菓子を置いてカウンターの奥を見る。

 

 奥には武器や防具が並んでいる。

 扱いに慎重を期す物なので、シェロちゃんの許可無く触られないようにしているのだろう。

 

 武器も防具も種類やサイズが様々だが、特に高価そうな物は見えない。

 そういった貴重な物は更に裏手か、注文を受けてから持ってくるのかもしれない。

 

 

 

 一通り眺め終わり、私が刀を抱いて椅子の上で船を漕ぎ始めていれば、シェロちゃんが帰って来た。

 

 表情が芳しく無いので結果は察しがつくが、頼んだ以上は聞き届けるのが筋だ。

 

 

「ただいま戻りました〜。

 それでですね〜、結果としてはやっぱりどこも受け入れる余裕が無いとの事でして〜……」

 

「お帰りなさいシェロカルテさん!

 そうなんですね……分かりました。 となると、私はどうすれば良いんでしょう?」

 

 

 受け入れの余裕が無いのは仕方ないし、それをシェロちゃんに当たるのはお門違いだ。

 然し、締め出されてしまうとパッパと仲良く野宿か、パッパに仲良しの知り合いがいると信じて泊めてもらう、ぐらいしか思い付かないぞ。

 

 

「一応、件の宿は貸し切りという訳では無いので宿泊は可能ですが……あまりお勧めは致しませんね〜」

 

「どうしてですか?」

 

「その〜、何と言うか、態度にすこ〜し問題がありまして……」

 

 

 成程、侵略国としてイキイキとしている今の帝国。

 それはそれは軍人の態度も大きくなっているという訳か……

 そこに泊まるのは確かに常人は嫌がるだろう。

 

 

 残念ながら、私は常人側では無いのだが。

 

 

「それなら問題ありません!

 パパと泊まる予定ですし、私はこう見えて強いですから!」

 

 

 言いながらシェロちゃんに向けて力こぶを作ってみせる。

 ……無論、力こぶなんて無い。

 触っても柔らかい二の腕しか堪能出来ない。

 

 

「う〜ん、強さの問題では無いのですが……

 ジルヴェイルさんが一緒なら、大丈夫でしょうか〜?」

 

 

 

 その後もどうするか決め兼ねるシェロちゃんを必死で説得して、私はエルステ軍人と同じ宿に泊まる事となった。

 

 

 私がここまでゴリ押した理由は幾つかある。

 

 まず最初に、将来の敵情視察だ。

 主人公とイチャイチャする事が目標の私は、エルステ帝国が崩壊するまで加入を渋るなんて事はしない。

 流石に『ある程度の強さを得たのでザンクティンゼルに直行しまーす』みたいな事もしないが、どんなに遅くても帝国の崩壊までには絶対に仲間でありたい。

 

 今世の私にとってこの世界(グラブル)は紛れも無い現実ではあるが、帝国崩壊後に仲間になったら『真の仲間(笑)』やら『ヒロイン(笑)』として弄られる姿が容易に想像出来る。

 

 今が原作開始から7年も前で、帝国も名を改めて3年程度の途上国だろうと、得られる情報はきっとある。

 それが将来、主人公とエルステの戦いでヒントになって、そんな情報提供をした私に対して主人公が『有難う、ロイルミラのお陰で助かったよ』とか笑って褒めてくれて、序でに頭なんか撫でられちゃったりしたら……ぐへへ。

 

 おっと、トリップしている場合ではない。

 

 

 正直な理由としては、そもそも私はエルステの軍人を脅威と思っていない。

 

 この小さな港町に態々将官が来ないと踏んでいるのもある。

 恐らく宿泊しているのも、どれだけ見積っても中尉クラスだろう。

 

 島から何か便利な特産品が得られると聞いた事も無いし、航路として重要という訳でも無いと思う。

 重要な島なら、村の方まで来て領地確保に勤しむぐらいはしそうだし。

 

 故に幾ら態度が大きかろうと、宿泊している軍人も辺鄙な島で諍いを起こすような事はしないと思っている。

 

 

 私の考えがフラグだろうと思う諸賢は多いかもしれないが、かと言ってシェロちゃんにこれ以上の苦労を背負わせるのは申し訳無いというか、恐れ多いというか。

 新たな宿を手配してくれみたいな無茶振りは、信頼を築いた後なら兎も角、今ツケにしたら一生ダシに使われそうだ。

 

 シェロちゃんがその辺に関して甘くしてくれるイメージは、私には無い。

 

 それに先述の通り、パッパが合流するので何か起きても平気だろうという楽観が含まれているのも否めない。

 

 

 だがそもそもの話として、エルステの軍人と同じ宿に泊まるだけで何か問題が起きるというのが考え過ぎなのだ。

 

 

 

 そうは思いつつ色々と策は用意したので、考え過ぎなのは私も同じかもしれないけれど。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 あの後、お菓子の会計を済ませて私はパッパを待っていた。

 今は日没、当初の予定通りなら合流する頃合いだ。

 

 私は刀を抱いて、宿の外壁に背を預ける。

 

 

 先に入ってチェックインを済ませるのも考えたのだが、ここに踏み込むのはエルステ軍人に囲まれるのと同義。

 その辺の一兵卒に負けるとは毛頭思わないが、それは周囲の被害を考慮しない戦闘が前提でもある。

 

 私は目くらましや意識を逸らす事を目的に、誰も居ない空間に平気で魔法を発射するタイプだ。

 なので、壊してはいけない屋内戦に向いているとは言い難い。

 宿泊予定の宿をぶっ壊しておいて悠々と泊まれる訳が無いのだから、大人しく待つに限る。

 

 待つに限るのだが────

 

 

「暇だなぁ……」

 

 

 口に出してしまう程に暇である。

 

 前世も今世も、私は暇な時間を極力減らす事にしている。

 傍から見た際に、アプリゲームに時間を割く人間は一般的に暇人と呼ばれるのかもしれないが、当時の私は真剣だった。

 

 今世は時間が空いたら刀を振る、魔法研究、妹君を愛でると択が多く、ここ暫くはフュンフの魔力暴走というランダムイベントが発生するからやや寝不足なぐらいだ。

 

 そんな人間に急に与えられた、人を待つ時間。

 

 町中で刀を振る訳にも、魔法を放つ訳にもいかない。

 妹君は私がそもそも港町に連れて行くのは危ないと判断したのだから居なくて当然。

 

 

 

 思えば転生を自覚してからここまで、地道な修行ばかりとはいえ、ほぼノンストップで駆け抜けて来た。

 

 一人で立って走ってが安定した時点で剣を振り始め、文字が読めるようになれば魔法を学んだ。

 妹君が産まれてからは、頼まれてもいないのに立派な姉であろうと努めた。

 星晶獣(ツクヨミ様)と接触すれば、親交を深めて自らの力にしようとしている。

 

 妹君の件を除けば、これら全てが主人公とイチャイチャしたいという不純な動機で成り立っているのだから、我ながら異常なまでに懸想していると思う。

 性別も分からないばかりか、そもそもこの世界にちゃんとグランやジータが産まれている保証も無いというのに。

 

 

────でも絶対いるよなぁ、私の主人公(想い人)

 

 

 ……いかんいかん。

 勝手な決めつけ、勝手な所有物宣言、出会いもせずに想い人だなんてヤバめのストーカーみたいな思考と化している。

 

 

 昔から主人公とイチャイチャしたい事を隠しもしなかったのでそこは良いのだが、どうも最近は度合いが違う気がする。

 

 精神は兎も角、身体の方はそろそろ思春期だから思考が引っ張られているのだろうか。

 中途半端に自分の妄想や思念がヤバいと自覚出来る分、普通の思春期よりタチが悪くないか?

 

 

「待たせて済まなかったね、ルミ。 ……ルミ?」

 

「んぁ? ……あぁ、パパ! 待ちくたびれたよー!」

 

「悪かった、今度埋め合わせをしよう。

 それより何か悩んでいたようだが、大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫! 大丈夫だよ! 本当に大した事じゃないし!」

 

 

 気付けばパッパが目の前にいて随分と焦ってしまった。

 誰がどう見ても下手くそな誤魔化しだったが、パッパはそれ以上の詮索をしないでくれた。

 

 

「それよりもさ! はやく宿に入ろう!」

 

 

 パッパの優しさを受け取りつつ、多少の気恥しさから宿に入る事を急かす私。

 パッパが頷き、宿の扉を開く。

 

 

 受付のカウンターが正面突き当たりにあって、横には幾つかの仕切りが立てられている。

 一角から煙草の匂いが僅かながら漂うので、喫煙所を含めたロビーなのだろう。

 匂いの薄さからして、空調にも工夫を凝らしているのだと思う。

 

 奥から賑やかな声が聞こえるが、時間帯からしてエルステ軍は食事中だろうか。

 

 内装を見回しつつ、パッパと受付に向かう。

 手続きはパッパに一任して、私は他の場所にも目を向ける。

 

 喧騒の出処は受付の奥側なので、そこが食事場だろう。

 受付の左右には廊下が伸び、更に廊下を入って直ぐに階段があるようだ。

 

 

(この構造だと厨房側に裏口の扉があったりするのかな……?

 そうだとしたら、実質的に出口として機能するのは正面扉と宿泊部屋の窓だけか)

 

 

 あれだけ問題が起きるのは考え過ぎとか思っておきながら、こうして万が一を想定してしまう辺り、何だかんだ不安なのかもしれない。

 

 

(宿のサイズからして、収容人数は30から40ぐらい。

 この町の宿の数やサイズは知らないけど、一部の宿を貸し切りつつ、ここは空きがある事を考えるならば、今来ているエルステ軍は100人前後の規模っぽいか?)

 

 

 人数を推測し、更にはそこから戦闘のシミュレーションが脳内で始まろうとしていた所で手続きが完了したらしい。

 

 部屋は2階の左端。

 大した距離差では無いが、この宿で一番山側の部屋という事になる。

 宿内の逃走経路を工夫せずに済むし、迎撃にも向いている良い位置だ。

 

 

 

 

 パッパと共に部屋に向かって歩き出した────その時。

 

 

「おいおいおい! ガキが()()でお泊まりかい?

 刀なんか持っちゃって物騒だなァ、えェ?」

 

 

 こちらに声を投げ掛け、フラフラと寄ってくるヒューマンの男。

 武器も防具も無いのに得物を持つ私達に対して随分な絡み方だ。

 

 身長差がこれだけ合ってなお非常に酒臭いので、文字通り浴びるように飲んでいたのだろう。

 この港町は別にエルステの領土では無い筈だから、彼がエルステ軍人ならば今も任務中の身だと思うが、その辺は平気なのだろうか。

 

 その上、酒のせいかは不明だがパッパもお子様扱いと来た。

 パッパは少しでも子供に見られないよう──私から見ると大して似合わない──顎髭まで生やしているのだが、この様子では彼の目には映っていないらしい。

 

 

「……何か御用ですか」

 

「はっ、大人ぶってんじゃねェよガキがよォ。

 こちとら天下のエルステ帝国所属の軍人様だぞ〜?」

 

 

 パッパの返答に対して何故か急にイキり始める酔っぱらい。

 

 

「その軍人様が、我々に何か?」

 

「んだァ!? さっきからナメた態度とりやがってクソガキがよ!

 ぶっ潰されてェのか、オイ!」

 

 

 何処にそこまで怒る要素があったのかまるで分からないが、酔っぱらいは雑で大振りな拳を振り下ろす。

 

 パッパはそれを半歩だけ動いて避ける。

 

 

「お戯れが過ぎますよ、軍人様」

 

「なっ、てめ! クソが!」

 

 

 いくら酔っているとはいえ子供相手なら普通に殴れると思っていたのだろう酔っぱらいは、パッパにあっさり避けられて動揺する。

 

 これで少しは酔いが覚めて、自分が何をしているのか気付いてくれれば有難いが────

 

 

「おい、メルド! まだ起きてるよなァ!?」

 

「うるせーぞクレティ。 起きてるよ、起きてる。

 んで? 何だってガキの前で騒いでんだお前」

 

「コイツら、俺らがエルステの軍人と分かっていながら楯突いてきやがってよォ!

 ふざけてんよなァ!? だから潰す! 手ェ貸せよ、メルド!!」

 

 

 ヒートアップするだろうとは思っていたが、仲間を呼ぶとは思わなかった。

 

 出てきたのは酔っぱらい──クレティと言うらしい──より更に背の高いヒューマンの男、メルド。

 

 個人名をベラベラ喋っちゃって大丈夫なのかとか、子供と馬鹿にしつつ援軍を要請するのはどうなんだとか、言いたい事が山程出てくる。

 然し、今そんな事を口に出したら間違いなく意味の分からないキレ方をされる。

 

 私は変わらずパッパにこの場を任せて、事態の静観に努めた。

 

 

 努めたのだが────

 

 

「なーにバカな事言ってんだクレティ、ガキの相手なんざお前一人でどうにかしろよ。

 それにもう直ぐ就寝時間だろうが。 何時まで飲んでんだバカ」

 

「んだとォ!? 誰がバカだよクソ野郎が! まずはてめェからやってやるよ!!」

 

「クソ野郎とは言ってくれんじゃねぇか、酔っぱらいが調子乗ってんじゃねぇ!」

 

 

 仲間を呼んだ筈なのに、勝手に始まる別の喧嘩。

 最早私とパッパはクレティの眼中に無く、メルドと取っ組み合いを始めてしまった。

 

 

 

 私とパッパは顔を見合せ、溜息を吐いてその場を後にした。

 

 

 

 

 翌朝、宿の前で隊長と思しき人物からこっ酷く叱られている軍人が2人目撃されたという。




密雲不雨:雨雲で覆われているのに雨が降らないさまから転じて、兆候があるのに何も起きないこと。

次回こそ散策パートです。


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モノはあったろう?


出す予定が当初無かったキャラが書いている内にモリモリ増えていて困惑しています。

22/05/01 加筆修正


 

 

 フュンフの夜泣きで目覚めないという、ここ最近では貴重な朝を迎える。

 

 

 港町の宿からおはようございます。

 

 

 昨夜はあの後──一方的にではあるが──帝国軍人に絡まれたのもあって、パッパが外出禁止令を発令。

 夕餉はパッパの持っている携帯食、風呂は部屋に備えられていないので水で濡らした布で身体を拭いただけとなってしまった。

 

 

 前世の私は入浴に関して特に思い入れも無かったのだが、いざこうして無くなってしまうと恋しくて仕方ない。

 この身体としては10年、転生の自覚からは8年も経過するのに未練が消えない辺り、前世の感覚は未だ色濃く残っている部分も有るということだろう。

 

 グランサイファーには無理を言ってでもシャワーと風呂を完備して貰わねばなるまい。

 

 

「ルミ、今日の予定は決まっているのかい?」

 

「一日中、買い物の予定だよ!

 服でしょ、靴でしょ、布でしょ、アクセサリーも見たいし……」

 

「小遣いと相談して、程々にな」

 

「うん! パパはどうするの?」

 

「パパは今日も見回りだよ」

 

 

 パッパと部屋で朝餉を食べながら今日の予定について話す。

 今日もお仕事らしいパッパを元気付ける為に、後で久々にハグしよう。

 

 

 パッパは私より先に起きていた。

 何でも、宿側に無理を言って朝餉を部屋に持ち込む為の交渉をしていたらしい。

 そこまでする必要があると判断する程、パッパとしては私を帝国軍人という脅威から遠ざけたいのだろう。

 

 

(ごめんねパッパ、ここの宿で良いって決めたのが大事に思ってくれている()で)

 

 

「ルミ。 先に釘を刺しておくが、エルステの軍人と問題を起こさないように」

 

「問題なんて起こす訳ないじゃーん! もっと娘を信用してよ〜」

 

 

 思考の先をいくようにパッパから釘を刺されるが、私は別にエルステに今すぐ喧嘩を売りたい訳じゃない。

 寧ろ私がしたいのは装備や練度の観察なのだから、いっそ仲良くなれた方が効率が良いとか思っていない。

 

 

「……今までのルミの行動を振り返れば、パパが釘を刺す意味が分かるだろう。

 ルミは頭が良いから、パパの言いたい事も分かるな?」

 

 

 どうやら私の脳内にあった『仲良くなろうとする分には問題を起こすに該当しない』という屁理屈も、パッパ的にはアウトらしい。

 直接的には言ってきていないが、目は口ほどに物を言うとは正にこの事なのだろう。

 

 私は適当にしょぼくれたような返事をして、スープを口に流し込む。

 

 

 一足先に仕事の為に宿を出るパッパをハグしてから見送ったら、私も準備に移る。

 

 本日の予定はパッパに話した通り、買い物しかない。

 他にも知識の確保の為に本屋を覗いたり、よろず屋に赴いて少しでもシェロちゃんと仲良くするつもりだが、こっちは急ぎでも無いのでこなせなくても良い。

 

 そもそも何か他に買おうにも、別に我が家は特別に裕福だったりしないので、服と靴と布を買った時点で私の小遣いは残らないと思う。

 

 

 

 優先順位を自分の中で改めて確認する。

 主目的は買い物。 知識欲やコネ、果ては軍人の装備観察なんかはおまけ。

 

 

 私は身支度を済ませ、宿を出るまで頭の中でこれを反芻させた。

 

 何故そこまでしたかと言えば────

 

 

(あの兜を持ってる軍人さん、どう見てもデリフォードなんだけど……!)

 

 

 ゲームで見たキャラに新しく出会って、仲良くなろうかと心が揺れていたからである。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 デリフォードは酷く憂鬱だった。

 

 切っ掛けは朝礼時、同期──と言っても特に交流は無い──が烈火の如く怒られていた事に端を発する。

 

 然しそれだけなら、多少気の毒にこそ思うがそもそもが自業自得なのでどうと言うことは無い。

 

 問題は隊長の怒りが班全体に向いた事だった。

 

 有ろう事かこの隊長、喧嘩を仲裁しなかっただけで本日の鍛錬を倍増させ、更には隊長がやるべきである筈の『エルステ帝国とこの島の領土交渉』すら押し付けて来た。

 因みに領土交渉に関しては『穏便に済ませなければ貴様らの首を飛ばす』という命令(脅迫)付きだ。

 

 そしてこの班において、誰よりも事を穏便に済ませられるだろうと白羽の矢が立ったのがデリフォード。

 現在30歳、おじさんである事を身体が訴え始める年頃に、心まで老け込むような出来事が舞い込む。

 

 デリフォードは自分の不運を嘆いた。

 

 

 事の発端である同期──メルドとクレティ──は既に、特別指導という名目で隊長にシバかれており、これ即ち隊長が朝の意見を変えるつもりが無いことを表している。

 

 

 現在デリフォードは町の視察・巡回を終え、束の間の休憩で宿に戻っていた。

 そしてデリフォードは、この休憩が終わったら町長の処へ交渉に行かなければならない。

 

 

 この町との交渉は既に何度か行われつつも空振っている。

 それでも撤退しないのは、他所の島に比べて交渉の席を設けてくれるだけ希望があるからに他ならない。

 

 隊長はあくまで穏便に済ませる事を最優先事項としているが、だからと言って交渉もそこそこに仲良くお茶会でもしろとは言っていない。

 やるからには成果を、そうでなくともその足掛かりを提供する必要があるとデリフォードは考えていた。

 

 然しこれといって有効な手も浮かばず、思わず兜を外して長い溜息を吐く。

 

 

(いかんな、このままでは交渉において下に見られかねん……む?)

 

 

 己がどれだけ渋い顔をしているかなど、鏡を見なくても分かる。

 然しこれでは交渉の際に弱みを見せているも同義。

 帝国の威信に泥を塗ったと知られれば、隊長どころか国から処罰されかねない。

 

 心を入れ替えて顔を引き締めようとした所、ふと感じる視線。

 

 見てみれば、立てられている仕切りから顔を覗かせる幼子がいた。

 見つめ返せば即座に引っ込んだ。 その際に何かを落として。

 

 

「そこの君! 落し物を……」

 

 

 引き止めるよりも早く、幼子は既に宿を出てしまったようだ。

 近くに人の気配も無い。

 

 

(帝国軍人しか宿泊していないと思っていたのだが、何故ここにあのような子供が……?)

 

 

 ふと、幼子の落とした物に目をやる。

 糸で紙片が括り付けられた小袋、その中身は砂糖菓子のようだ。

 

 幼子に胸中で詫びつつ、少しでも幼子の手掛かりを得る為に紙片を開く。

 

 

 紙片には殴り書きされたメッセージが残されていた。

 

 

────お仕事頑張ってください! ()()()()

 

 

 デリフォードは目を見開いたが、ゆっくりとその顔が喜色を帯びていく。

 

 

 

 デリフォードにとって、今日が酷い日なのは確かだ。

 

 交渉は確実に穏便に済ませるが、成功の手立ては未だに何も浮かばない。

 

 交渉が終われば倍増した鍛錬が待っていて、暫くは筋肉痛で動く事も億劫になるだろう。

 

 

 だが、それでも────

 

 

(ここは踏ん張り所だデリフォード。 何せ私は()()()()だからな!)

 

 

 彼は砂糖菓子の小袋を開けて1つ口に入れ、その甘さに少し顔を歪ませながらも、軽い足取りで町長の処へ向かった。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 デリフォードと接点を作るという誘惑を振り切る事に成功した(していない)私は、春風駘蕩(しゅんぷうたいとう)*1に買い物の最中だ。

 

 そもそも、ただの買い物で何かトラブルに巻き込まれる方がおかしいのだが、昨夜の件もあって気も(そぞ)ろになっているのは否めない。

 だが、取り敢えずここまでは平和に靴と服を見る事に成功している。

 

 靴は主人公と出会う頃にまた変える予定なので、取り敢えず履き潰す前提の機能性を重視したものを購入。

 結果として、以前履いていた靴と大差無いデザインになってしまった。

 

 服はどうも私の好みに合わないものばかりで、今回は購入を見送った。

 

 

 現在地はこの町で唯一の生地屋。

 服を扱う店はそれなりに数があるし、そういう店でも生地を売ってない訳では無いのだが、生地を専門とするのは此処だけだ。

 

 目当ては勿論、魔法戦士風の衣装に相応しい生地の入手。

 後はステレオタイプのギャルを目指すので、カーディガンが必須だと私は思う。

 なので良さげなウールか、アクリル生地があれば手に入れておきたい。

 この世界にアクリル生地の製法が生まれているのかは定かでないけれど。

 

 

 

 オクトーに『身体と精神の年齢差がバレているのでは?』という疑惑が上がってから、私は自らの演技が主人公にも看破される事を恐れてどうしようかと頭を悩ませていた。

 ずっと落とし所を見つけられず、取り敢えず原点に立ち返って『主人公とこんなイチャイチャがしたい』という妄想に耽っていた時に、自らの原初の願望を思い出したのだ。

 

 

────『これもスキンシップだよ♡』とかいって頬に接吻するようなギャルハーヴィンになりたい。

 

 

 ギャルハーヴィンになりたい。

 

 

 忘れていた願望だった、然し叶えたい願望でもあった。

 

 どうして忘れてしまっていたのだろう。

 いつから(ギャル)を忘れ性癖(メスガキ)に走ってしまったのだろう。

 

 

 これも偏にオクトーのお陰だ。

 何せ原点に立ち返って妄想をする決め手となったのは、彼の『畢竟、己を見失わぬ事が肝要よ』という激励を貰った日の夜の事なのだから。

 

 

────ありがとう、お爺ちゃん。 私に(ギャル)を思い出させてくれて。

 

 

 然して私はこの先どう行動するかも、その為の服装も決まったのだ。

 

 

 目指すのは前世におけるステレオタイプのギャル。

 更にはオタクの夢*2である『僕にだけスキンシップが過剰なギャル』を主人公に向けて敢行する。

 

 恥も捨てる。 外聞も捨てる。

 露骨と言われようが気にしない。

 そういう存在(もの)に私はなりたい。

 

 前々から決めている通り、あくまで向けるのは『好意』であって『劣情』では無い。

 少しは邪念が漏れるかもしれないが、それは人たらしな主人公が悪い(暴論)

 

 

 行動指針に関しては非常に単純で、未来予知をしない(原作の流れを言わない)事と、無理に取り繕わない事。

 後は先の通り、主人公への好意も明け透けにする。

 

 

(もしかして最近の妄想内容がヤバいのは、この行動指針のせいなのでは……?)

 

 

 生地を見ながら自らの思いを整理していれば、何やら気付いてはいけない事に気付いてしまった気もする。

 

 身体に精神が引っ張られているのと何方がマシか暫し考えたが、結局どう取り繕っても既に主人公を懸想している事実は拭えない。

 

 ……考え無かった事にして、私は改めて生地を見遣る。

 

 今見ているのは魔法戦士風の衣装において非常に大事な、赤のスカート部分。

 

 カーディガンに使用する予定のウールやアクリルと思しき生地も見付けたが、色が好みで無かったので既にスルーした後だ。

 とはいえ戦闘服として扱う予定のものなので、着心地や色ばかりを重視してはいけない。

 耐久性は勿論、基本は空の旅だから防寒も大事だ。

 どれだけ安くてもダメな時はダメなので、ある程度スペアを確保しやすい値段であるかも見ておきたい。

 

 魔法で強度や防寒性に補正をかける事自体は出来るけれど、常時発動させるにせよスイッチ式にせよ、その手の魔法は燃費が良いとは余り言えない。

 それに補正を強めても、あくまで布の強度をあげていると言うよりは、魔法によって力を分散させていると言った方が正しいので、破ける時はどう頑張っても破ける。

 

 

 

 その後も暫く生地を見ていたのだが、今日はこちらも目当てのものが無さそうだ。

 

 

 理想の服装はパッと見がギャルJK、しっかり見れば魔法戦士である事。

 カーディガンを求めた理由はここにあって、あくまでパッと見はJK風でありたい。

 そしてギャルJKと言えばステレオタイプはYシャツの上にカーディガンと相場が決まっている*3

 そこに赤のミニスカ、黒サイハイ、白の脚絆にグレーブーツで下半身を魔法戦士スタイルで染める。

 

 後は某イギリスの魔法学校よろしくローブでも着てみたいが、この辺まで来ると実際合わせてみないと分からないところでもある。

 

 

(ま、都合良く見つかる訳も無いか。

 シェロちゃんに頼んで取り寄せとかも考えた方が良いのかなー……と?)

 

 

 目が止まったのは小物売り場。

 そこにあったのはマスクが入った箱。

 

 前世の私が絶望的に似合わず、一度付けたっきり使った事の無い黒マスクがやたらと綺麗な箱に入っていた。

 

 

前世の私(中年陰キャ)はアレだったけど……今世の私(ロイルミラ)なら似合うんじゃないか?)

 

 

 出来心か、もっと純粋な興味かは分からないが、何故だか非常に惹かれてしまっている私がいるのだけは確かだった。

 

 

 

 私は黒マスクを購入して、次の目的地を目指した。

 

 

 

  §  §

 

 

 

────ゴクリ。

 

 

 私は目の前の鏡を覗く決心が付かないまま下を向いていた。

 

 

 

 アレから本屋にあったファータ・グランデの空域図と国が書かれている小さな図鑑と、よろず屋で追加のお菓子を購入したぐらいで、めぼしい物が無いまま私の港町遠征は終わりを迎えた。

 

 家に帰れば愛しの妹君(エリスマルル)から何故連れて行ってくれなかったのかと物凄い抗議を受けた。

 抗議だけでは物足りず、覚えたての風魔法で人のスカートをめくる嫌がらせまで始めたので、お返しに私は闇の魔法で視界を覆った上で全身をくすぐった。

 くすぐりに負け、笑いすぎてぐったりした妹を見て正直めっちゃエロ────じゃない、やり過ぎてしまったと反省。

 砂糖菓子と飴を1本贈呈すれば許して貰えたのだが、妹君がチョロくて姉は少し心配です。

 

 

 港町であった事などを夕餉の際にマッマに話して、済ませたら部屋に戻って買ったものを整理する。

 

 

 そして、黒マスクを取り出して装着すれば、先述の状況に戻って来る。

 

 

(大丈夫、今世の私(ロイルミラ)なら似合う! それに……)

 

 

 この黒マスク、()()()()()()のだ。

 

 この世界のマスクを私は知らないので、そもそも菌などを防ぐ効果があるのか、それともただのオシャレアイテムなのかすら分からない。

 

 だが何とこの黒マスク、先程外側に少し魔力を流したら()()()()のだ。

 そして装着すると私は()()()()()()()()

 

 

(やっぱこのマスク、ヤバいんじゃないのか……?)

 

 

 魔力を吸引して装着者に還元するマスクとか曰く付きじゃないかと不安になる。

 

 一応、呪いの装備じゃないかの確認──明らかに手遅れだが──として恐る恐る外れるか試したが、普通に外れたので呪われてはいないらしい。

 

 ヤバいマスクなのは間違い無いが、便利な物である事も違い無い。

 

 

(後は私に似合うかどうかだ…… 幾ら便利でもクソダサかったら流石に凹むし)

 

 

 私は意を決して鏡を見る。

 

 

「ヤバ、想像の5000兆倍は威圧感あるじゃん……

 これじゃギャルというより不良かヤンキーだろ……

 それに、付けた時点で薄々思ってたけど今の私にはちょっとデカいのもマイナス」

 

 

 思わず前世由来の誇張表現を口に出してしまったレベルの驚きがあった。

 

 似合っているかいないかで言えば、似合っていると思う。

 これで睫毛をバッサバサにすれば更に()()()だろう。

 

 だが、言った通り今の私には少し大きくて不格好だし、何より80cmすら無い10歳の女子が出しちゃいけない威圧感がこのアイテム1つで生まれている。

 

 

(暫くは封印かな……面白い物を買えた事は幸運だけど)

 

 

 私はマスクを外してそっと箱に戻す……前に、少し確認したい事が出来たので試してみる。

 

 先述したが、このマスクは外側から魔力を吸って内側、つまり装着者に魔力を還元する仕組みが施されている。

 

 

────調べたい。

 

 

 今世の私は基本的に修行ばかりしてきたが、修行内容は剣術を除けば他は凡そ全て魔法に関するものだ。

 そして魔法は基礎体系こそマッマや他の魔導師に習って積み上げたものだが、そこから先は全てが私自身の研究と開発の賜物である。

 前世知識という最高のイメージがあったとは言え、それを実現する魔力量や属性元素の選択は私が独自で行ったものなのだ。

 

 要するに、今世の私は研究バカだ。

 どれぐらいバカかと言えば、ツクヨミ様に万一事故が起きても防いで貰えるように見守って貰いながら、昼に狩った普通の兎と兎型の魔物をそれぞれ解体(バラ)して構造の違いを研究したりした程度にはバカである。

 

 因みに殆ど違いは無かったが、魔物の方には明らかに違うパーツが混ざっていて、魔力を送れば反応を返したので魔力炉のような臓器があるらしい。

 

 更に余談だが、ツクヨミ様はこの研究中は私と一切の口を利いてくれなかった。

 一通り終わって後片付けをしてから漸く喋ってくれたのだが『空の民は皆こんな事するの?』というニュアンスの質問をされてしまった。

 私は『皆がするかは分かりませんけど、皆が興味持ってますよ!』と返した。

 ツクヨミ様が心底理解出来ないという顔をしてて面白かったし、嘘であるとバラせば頬を膨らませて怒るので可愛くて仕方無かった。

 

 

 閑話休題。

 

 私は先ず、マスクの魔力吸収が外側の全体で行われているのか調べる為に端に向けて()()()を通す。

 

 

(ん? 一切吸収しない? 端がダメなのか、それとも……)

 

 

 

 その後、幾つかやって分かった情報は以下の通り。

 

 最初に、このマスクは外側のほぼ全体で()()()()を吸収する。

 そしてその際に周囲の魔力も少量吸い上げる。

 

 つまりこのマスクが最初に吸収したのは私の魔力では無く、私の魔力に少し混ざっていた光の属性元素。

 そのオマケで私が流した魔力を吸収したから、私はこのマスクが魔力を吸収するものだと勘違いを起こした。

 

 

 次に魔力糸を吸収しなかった原理だが、私の魔力糸は純粋な魔力の塊である。

 ここに属性元素を浸透させて着色するのだが、その際に魔力糸が()()()()()()()()()()()()

 その後、属性元素を追い出す為に余剰に魔力を流して固める事で約1680万色(ゲーミング)に光らせる事の出来る魔法糸が生まれるのだ。

 

 私は最初、魔力を吸収するものだと勘違いしていたのもあり、この工程を一切行わなかった。

 通常、魔力というのは意識しなければその当人が一番に持つ属性が多少乗ってしまう。

 然し魔力糸は魔法糸にする過程で属性元素を流す都合、少しでも属性元素を混ぜない為に多大な集中力を用いて慎重に生成する。

 

 そんな手間を掛けて生まれるのが色が変わる糸なのだから、私の最初の魔法が如何にショボいか理解して貰えるだろう。

 しかも最初から属性元素を混ぜて魔法糸を生成しようとすると、まず綺麗な糸状になってくれさえしないという使えなさだ。

 

 

 次に、属性元素を吸収するのはあくまで外側のほぼ全体のみ、位置が外れるものを追加で吸収したりはしない。

 

 これは濡れる分なら問題無いだろうと、庭に出てマスクに水魔法をアホみたいにぶっ掛けて検証した。

 吸収量の実験も兼ねていた中で、マスクの半分にだけ当たるように位置を調整して水魔法を撃てば、マスクに当たる場所だけ吸収するという結果となった。

 

 このマスクの価値が私の中で跳ね上がった瞬間でもある。

 

 

 魔法において、基本的に発射されたものは完成形である。

 故に、一部を破壊されると全て崩れてしまう事が殆どだ。

 

 それをこのマスクは平然と無視している。

 同じ術式で構築されている魔法だろうと、当たるなら吸って、当たらなければ吸わない。

 今の私では全く分からない術式が組まれているとしか思えない。

 

 それにこういう挙動は普通の魔術では──私の知る範囲ではあるが──起こり得ないので、組み込まれている術式は恐らく呪術か錬金術の体系だろう。

 

 

────想像以上の掘り出し物だ。

 

 

 私はこの日、興奮とマスクの研究で寝る事も忘れた。

 

 

 

 翌朝、妹君に見つかって寝ていない事を物凄く怒られた。

 

 マッマからも説教を貰い、今後は寝る間を惜しんで研究をしないよう固く誓わざるを得なくなったのだった。

*1
特に目立った事の無い、穏やかで平和なさま。ツクヨミ様に教えてもらった四字熟語。

*2
誇張表現

*3
所謂ソースは俺、という奴であり事実無根である。




ヤバいブツを所持しましたが、暫くは彼女の言う通り封印です。

次回の予定は未定です。
時が飛ぶ気もしますが、飛ばない気もしています。


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放出はあったろう?


書き始めた頃はタグの独自設定がここまで仕事をするとは思いませんでした。
つまるところ、この回は独自設定まみれです。

後半が少々下品なので、食事中には見ない方が良いです。


 

 

 あれから更にマスクを調べた結果、興味深い出来事が次々と出てきた。

 

 最初に改めて確認したのだが、この世界では人体構造にも属性元素が含まれているにも関わらず、私が外側を撫でても何も起きなかった。

 何らかの条件で属性元素の吸収が発生しているらしい。

 

 次に属性元素の吸収量上限を調べていた際、突如としてマスクを固定していた木の枝が朽ちた事に始まり、固定する棒を金属製に変えれば腐食させ、後で洗えば良いかと地面に石で固定する形にしてみれば、石は内側から外に向けて砕けた。

 

 更にこのマスク、外側からの属性元素は頑なに通さない仕様をしているのは昨日の実験にて既に示した通りだが、内側からの属性元素は素通りする

 

 更に更に、属性元素を吸収する際の()()()である魔力吸収だが、装着者が居ないと許容量に達するらしい。

 そして許容量に達した際に、外側に向けて純粋な魔力で構成された衝撃波が発生する。

 (ハーヴィン)が直接喰らったものの、庭の端の木からほぼ中央まで吹き飛ばされた程度なので実用性は微妙。

 

 

 情報量が情報量なので順に話そう。

 

 

 先ず最初の、マスクが属性元素を吸収する条件。

 

 

全然わからん!

 

 

 冗談でも何でもなく、これに関しては本当にまるで分からないのだ。

 何か知っている魔法に自信ニキがいるなら教えて欲しいぐらいである。

 

 

 気を取り直して次、マスクを固定した物が壊れていく件だが、これはマスクを着用している存在として、固定した物が認識されていたと推測している。

 

 つまり、マスクが行っていたのは属性元素の還元だ。

 

 ここで注目したいのが、固定した物に還元したのは属性元素()()である事だ。

 

 マスクという薄いフィルターで果たしてどうやって分解しているのか知らないが、あのマスクは吸収した魔法を魔力と属性元素に分解する。

 その内の属性元素は無条件で装着者に還元し、魔力は()()()()()によって装着者に還元する。

 

 だがここで問題となるのが、装着者と認識されたマスクを固定した物達の末路だ。

 皆一様に壊れる結末となってしまった。

 

 これは恐らく還元されていった属性元素が、固定に使用した物のキャパシティを大幅に超えた事で、内側からの破壊が発生してしまったのだと思われる。

 

 また、マスクを固定していた物は共通してマスクの紐部分に接触する形で固定をしていた。

 石で固定した際に内側──つまり本来なら口が接する面は多少地面と接触していたが、結果は石が砕けたのみで地面に変化は無かった。

 

 つまりこのマスクは、紐の部分で装着者を認識し、紐の部分を介して属性元素を還元している事が分かる。

 

 例外として、石で固定した時は地面もまた紐と接していた筈なのだが、こちらに変化は無かった。

 何を基準にして装着者として認識されなかったのかは、吸収の発生条件と同様に不明だ。

 

 

 次に、外側と違って内側からの属性元素を素通りさせる件について。

 

 発見の経緯は単純で、内側と私が判断していた面は果たして魔法を通すのか気になって水魔法をぶっ掛けただけである。

 結果が示している通り水魔法はマスクをきっちりビショビショにし、布が吸収し切れない水分がその先の地面も濡らした。

 

 然してこれの原理だが、非常に残念な事にまたしても全く分からない。

 

 外側も内側も一切の属性元素を通さないのであれば、このマスクは『片側から通過しようとする属性元素を吸収し反対側へ還元する』性質なのだと理解出来る。

 そんな魔法を私は知らないから、再現は結局出来ないけれど。

 

 だが実態は違っていて、このマスクは内側からは非常に無防備だった。

 

 とは言えこれは別に弱点にはなり得ない。

 当たり前だがマスクは基本装着する物だからだ。

 

 マスクを装着する際に、内側の面は必ず装着者と面する事になる。

 装着者は万が一にも自らの属性元素を吸収される恐れが無く、一方的に属性元素を吸収出来る寸法だ。

 

 

 最後に魔力の還元についてだが、こちらは先程の無条件で還元する属性元素との違いが重要である。

 

 魔力に関しては装着者の行動をトリガーにして還元が発生している。

 

 そのトリガーとなるのが呼吸だ。

 正確には、息を吸う動作によって魔力が還元される仕組みになっている。

 

 また、実験が足りない部分ではあるが、()()()()()がトリガーの可能性もある。

 植物だって呼吸するというふざけた理屈でマスクを木に括りつけたが、結果は先程の通り、私は吹っ飛ばされて地面を転がる羽目になった。

 

 動物や星晶獣でも試してみたい所である。

 ツクヨミ様は嫌がりそうだが。

 

 魔力の衝撃波に関しては、書いた通り実用性が低いだろう。

 装着せずに魔力を吸わせ続ける必要がある上に、吸わせ続けて発揮されるのがハーヴィンの子供が少々吹き飛ばされる程度の威力。

 実際、私は吹っ飛ばされたものの怪我すらしていないので、労力に見合わなさすぎる。

 

 

 

 これらの出来事を踏まえ、分かった事を纏めるとこうだ。

 

 このマスクは恐らく紐の部分で装着者を認識する。

 外側から属性元素と一部の魔力を吸収し、紐を介して属性元素を、呼吸をトリガーに魔力を還元する。

 吸収の際、魔法であればそれを属性元素と魔力に分解する能力を持つ。

 吸収には何らかの条件があり、人体が外側を撫でた程度では属性元素を吸収しない。

 属性元素を吸収するのはあくまで外側だけで、内側からは属性元素を通す事が出来る。

 属性元素は紐を介している限り無条件に還元が発生する為、装着者のキャパシティを超えた際に悪影響を及ぼす可能性がある。

 

 そして何より、このマスクが何を目的に、どのような原理や工程を経て作成されたかは不明である。

 

 

 こんな所だろう。 我ながら本当になんてものを購入したんだ。

 

 

 購入の際、生地屋の店主が『こんな物仕入れたっけ』みたいな顔をしていた時点で返品するべきだったかもしれない。

 然しながらここまで調べてみれば、面白過ぎて購入した事を褒め称える自分もいる。

 

 

 

 それにしても、ここまで複雑な術式を薄いマスク1枚に施す事が出来る作成者にただただ敬服するばかりだ。

 

 この術式が純粋な魔術理論に基づいているのなら是非ともご教授願いたい所だが、魔法の分解や定められた条件下での吸収と還元は、矢張り錬金術の体系に感じる。

 

 

 グラブルにおける錬金術は、非常に大きな括りで言えば魔法ではある。

 魔法ではあるのだが、そもそもの開祖が何せ2000年も前に拓いた分野なので、魔法と違う部分があまりに多い。

 

 魔法はイメージと魔力と術式で凡そ成立するが、錬金術は加えて万物への理解と、それらを分解・再構成するだけの頭脳が必須だ。

 私は自分がバカだとは思わないが、錬金術を行使するだけの理論派にも、感覚で物事をこなす尖った天才にもなれる気がしない。

 

 

(これを解明するには……錬金術師の知り合いでも作るしか無いか)

 

 

 専門外の理論で成り立っていそうなこのマスクを、今はバラしたり出来ない。

 

 早いところ解明して色々作って遊びたかったのに。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 突然だが、この世界(グラブル)の住人は体内に魔力を生成する器官を持ち、そして生成した魔力を体外へ放出する事が出来る。

 

 多くの人間が出生の時点で魔力を生成しており、産声と同時に初めての魔力放出を行うとされている。

 その際、一般的に放出が行われる部位は両手であるという。

 

 魔力の生成量は成長と共に増加し、二次性徴の終了と同時にほぼ頭打ちとなる。

 比べて、魔力の放出箇所が成長で増加した事例は極めて稀であり、多くは先天的なものか、放出が行えるように意図的に過度な負荷を掛ける必要があるとされる。

 

 

 これは港町の本屋に置いてあったやや専門寄りの大衆向け魔法医学誌に掲載されていた話で、確度の高い情報だ。

 本当はしっかり買って読み込みたかったのだが、多少の値引き交渉でどうにかなるレベルの値段では無かったので、少しだけ立ち読みをさせて貰った。

 

 

 ここで大事なのは、魔力の放出箇所は努力次第で増やす事が出来るという点だ。

 

 現在、私の魔力放出箇所は両手と、それを介した武器だ。

 武器に関して正確に記すなら『私の魔力が浸透しやすい素材の武器を手で握っている事』を条件に、魔力の放出が行える。

 私にとって今使っている刀は、魔法使いの持つ杖と同等の役割もこなせると解釈してもらっても構わないだろう。

 

 

 そして、魔力放出に関して何故突飛な話を繰り広げたかと言えば、私がとある理由から飛翔術を会得したいからである。

 

 飛翔術は文字通り空中をその身一つで駆ける事が出来る、島が空に浮くこの世界で非常に便利な術の事だ。

 然し、この術はお偉いさん(公式)が『高度な術です』と紹介するぐらいには難しいものとされている。

 

 

 私は今世で知った魔力の放出箇所という人体の仕組みが、飛翔術に大きく関係すると踏んでいる。

 

 例えばメリッサベル。 彼女は飛翔術を扱う訳では無いが、『髪に魔力が宿る』非常に珍しい体質のハーヴィンだ。

 もしかすると魔力放出とは原理が異なる可能性があるものの、彼女の意思である程度の制御が可能な事から、私は彼女が『髪に魔力を浸透させやすく、放出しやすい』性質なのだと考える。

 また、これと同様の性質を何らかの形で獲得しているのがオクトーなのだと思う。 本人に聞いた訳では無いが。

 

 飛翔術で言えばメーテラは、お偉いさん(公式)直々に『魔力で蝶の羽根を練り上げ』なんて文言が紹介に書かれていたりする。

 これもまた、背中から彼女が魔力を放出している可能性を示唆するものでは無かろうか。

 

 そして飛翔術は宙に浮く────即ち足を地から離す為に、この魔力放出を足で行う事で成立すると私は思い至った。

 

 

 

 そうと考えたならば善は急げ。 私は庭に出て検証に移る。

 

 

 腕を組んで立つグランの立ち絵スタイルで、自らの体内を巡る魔力に意識を向ける。

 

 魔力を足元に寄せる感じで……寄せ……寄……

 

 

────全然、足に行ってる感じがしないんですけど。

 

 

 うーむ、順調に進むとは最初から思っていなかったが手応えすら掴めないとは。

 だが絶対に挫けてやるものか。 私は何としても飛翔術を得るのだ。

 

 

 何故ならば────

 

 

(飛翔術があれば好きなタイミングで主人公の胸に飛び込んでいける! 絶対に飛べるようになれ、私!!)

 

 

 動機が不純? いやいや、これは主人公を思うが故に必要なのだ。

 

 

 私の身長は現在80cmにも満たない。

 そして私がここから急成長しようとも、100cmを少し超えればハーヴィン的にはデカ女だ。 それより先の成長は見込めない。

 対して主人公は、アニメ制作時の設定ではあるがグランが170cmでジータが156cmとされている。

 この身長差は主人公の性別がどちらであろうと、余程の短足じゃない限りは足にしか抱きつけない。

 かと言って少しでも上に抱きつこうと毎回ダイブしていたら、主人公の負担になるだろう。

 主人公はそれはもう優しいので文句も言わないだろうが、私が納得行かない。

 それにしないとは思っているが、ダイブを躱されたら泣く自信がある。

 

 だからこそ、飛翔術は必須だ。 優しく胸に飛び込んでいける夢の魔法である。

 ニオもこの為に必死に習得したのだろう*1、想い人がヒューマンであるが故の苦悩という奴だ。

 

 

 それ以外にも、ハーヴィンが飛翔術を得る価値は他種族に比べても高い。

 

 この世界はハッキリ言ってユニバーサルデザインが発達・浸透していない。

 大都市にもなれば話は違うのかもしれないが、少なくとも私が利便性を実感した事があるのは村内だけだ。

 そして私が利便性を実感するという事は、他の種族からするとこの村は暮らしにくいだろう。

 逆に私はこの前の港町に行った際、宿の階段や店の棚の高さなどがヒューマン基準で少し驚いた。

 

 この世界(グラブル)でいう人間は、成人に限定しても我々ハーヴィンと男性のドラフで2倍以上の身長差が発生する。

 それ故に、致し方なく基準を設ける場合はヒューマンやエルーンを基準にする事が殆どだ。

 だがそうなれば当然、ハーヴィンからすると机も椅子も随分と高くなってしまう。

 

 そこで活躍するのが飛翔術である。 身長が足りないなら空を飛べば良いのだ。

 レイなんかは身長が74cmしか無い訳だから、やはり必死になって習得したに違い無い*2

 

 

 色んな意味で実用的な飛翔術を何としても会得する為、私は時間が空いたら体内の魔力を動かそうと必死になっていた。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 大きな進展があったのは、最初の検証から3ヶ月が経過した頃。

 

 切っ掛けは、足に魔力が寄っていく感じが()()()()()()によって中断される為、自棄気味に『私も髪を振り回してやろうか』と髪の毛に魔力を集めようとした時の事だ。

 因みに、この自棄を起こして別の箇所に魔力を集めるのも何度目か分からない。

 

 

(集中……集中……頭の方に魔力が行く事をイメージしろ。 頭まで到達したら次は髪に……髪に……)

 

 

「ぅぷっ……あっぶねぇ……危うく吐くところだっ、ぉ゛お゛ぇ!」

 

 

 

 私はこの時、人生で初めて()()()()()()

 

 

 

 私の構想では、体内の魔力を一旦頭に寄せてからそれぞれの髪に魔力を浸透させるつもりだった。

 

 だが急激に私の身体を襲う嘔吐感。

 魔力を寄せるついでに胃の中身まで上に持ってきてくれやがったのかと思って必死になって抑えようとした所、口から魔力を吐くという珍事が発生してしまった訳である。

 

 

 然しこの魔力嘔吐が、結果として最初の『両手以外からの魔力放出』の成功例となった。

 

 

 魔力を寄せ集める際、私は体内の魔力を『血液に似た何か』といったものとイメージして魔力放出を行おうとしていた。

 当初はまるで手応えが無かったが、反復練習だと思ってほぼ毎日続けた所、身体が嘔吐感を訴える程に魔力を『体内の物』であると認識する事に成功したのが今回の成果だろう。

 

 そしてこれに近しい現象に、私は3ヶ月の中で何回か遭遇していたのだ。

 

 それは、足に魔力を集めようとすると尿意を催すという、嘔吐感に続いて最悪の現象である。

 先述の()()()()()()そのものであり、私の修行を中断させてくる最近のストレス源だ。

 

 

 だが私は、魔力を吐いた事で理解したのだ。

 

 

────魔力ごと全部漏らすぐらい集中すれば空飛べるんだろうな、と。

 

 

 勿論だが、絶対にそこまではしない。

 何としても会得するとは言ったが、主人公に抱きつこうと飛ぶ度に魔力やら何やらを漏らす女になるぐらいなら、地に足をつけて生きる選択をする。

 

 

 魔力を吐くという最悪の経験をしたが、何はともあれ1歩前進だ。

 

 

 次の私の課題は、身体が魔力を排泄物や胃の内容物と誤認しないようにする事となった。

 

 私の魔力に対するイメージを変える方が辛い思いをしなさそうではあるが、そこを変える事は今まで開発してきた魔法にも影響を及ぼす可能性がある。

 今までのイメージのまま身体に慣らす修行をした方が、漏らす危険性こそあれど、自らの魔力の認識を1から再定義する必要性は無い。

 

 今世ですら10年生きてしまっているのに、前世も含めたら何年生きているか分からぬ身なので絶対に漏らしたくは無いけれど。

 

 いっそ漏らした方が年相応なのかなとか一瞬考えてしまったが、前世を含めてもまだ早い……はず。

 

 

 

 私は頬を軽く叩いて気合いを入れ直し、魔力はスッキリと体外に放出していいものなのだとイメージする。

 

 

(私の身体さんや、魔力は体外に放出してこそだからね……妙な感覚を引き連れないでね……)

 

 

 足に魔力を寄せ集める事を意識しつつ、同時に念じる。

 

 

 

 だが当然そんな直ぐに誤認が解消される訳も無く、私は漏らす直前で中断して厠に駆け込む事となった。

 

 

────絶対に漏らさないでこの修行を成功させるからな!

 

 

 厠で行った誓いは、心做しかフラグとアンモニアの臭いを漂わせていた。

*1
そんな事は無い。

*2
きっとこんな理由では無い。




今更ながら段落字下げを導入しました。
当初の文量では必要性が薄いと感じていたのですが、気が付くと文字が増えに増え始めていたので必要と判断した次第です。

これよりも前の話に関しましては、修正の際にまとめて導入する予定ですのでお待ちいただければと思います。

また、修正に関しましてアンケートを設置させていただきます。
アンケートはあくまで目安として認識させてもらう事をご了承ください。


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頼みはあったろう?


小説版のグラブルを、改めて読み返している途中です。
追憶のアーシヴェルも買いたくなって困っています。


 

 

「んっ…… 何……?」

 

 

 

 私が11歳を迎えて、少し経った頃に()()はやってきた。

 

 

 起床の際に、胸に僅かに発生した違和感。

 服を脱ぎ捨てて胸を凝視するも、特に変わった所は無い。

 

 然しそっと触ってみれば、乳頭付近が痛いとも痒いとも言える違和感に苛まれる。

 まだ大した違和感でも無いが、すわ大病の兆しかと一瞬焦る。

 

 暫し考え、今世の年齢に行き着いたタイミングで思い至る。

 

 

 多くの人が経験する事が無いだろう2回目の──無論、前世を含む──第二次性徴では無いかと。

 

 

 前世からすれば特殊な種族であるハーヴィンも、枠組みとしては人間である。

 当然のように思春期も存在する訳だが、私の身体もついに女性らしさを増していくのか。

 

 

(まぁ中身は相変わらずコレ(陰キャロリコン)だけど)

 

 

 それにしてもこの胸の違和感はどうにも鬱陶しい。

 先述した通り大した違和感では無いのだが、全く気にせず生活出来る自信は無い。

 この違和感が暫く続くと思うと、過剰なストレスになりそうだ。

 

 

女の子(身体)の事は、()よりマッマに頼る方が正しいか)

 

 

 私は素直にマッマに話そうと、朝餉の支度が進む食卓へ顔を出す。

 

 既にパッパが食卓に着き、新聞のように何かの紙を広げている。

 我が家は新聞を購読していない筈だから、恐らく警邏活動に関する書類とかだろうか。

 

 

「おはよーパパ。 ふわぁ……」

 

 

 何はともあれ挨拶をする。

 胸の違和感のせいで普段より早めに起きたからか、挨拶と同時に欠伸をする無礼を働いてしまった。

 家族間なので許してくれ、パッパ。

 

 

「おはようルミ。 今日は早い……な……」

 

 

 んぁ?パッパの歯切れが悪い。 普段はもっとこう、シャキッとした言葉が返ってくるのだが。

 

 

「ルミちゃん起きたの〜? それなら少し手伝って欲しいのだけ……ど……」

 

「おはよー……2人して何をそんな固まってるの?」

 

「ル、ルル、ルミちゃん!? 服はどうしたのよ!服は!!」

 

「服ぅ? 服が何か……あっ」

 

 

 やってしまった。 脱いだっきり着るのを忘れていた。

 

 普段は起きるのが遅いけれどキッチリ服を着ている娘が、珍しく早起きして来たと思えば上裸だったんだもんね。

 私が両親側なら天変地異の前触れでも疑ってしまいそうだ。

 

 

「あはは……これには事情がありまして──」

 

「お話は後で聞くから取り敢えず服を着てルミちゃん!!」

 

「ルミ、先ずは服を着なさい」

 

 

 両親が言葉こそ違えど服を着る事を促す。

 

 私としては脱いだままの方が説明も実証も出来て楽なのだけれども。

 家族に裸を見られて今更羞恥も無く、私としては胸が擦れる可能性が生まれる点を思えば、出来る限り服を着たくない。

 

 

 そんな私の心情が顔にも出ていたのか、言っても動かないと判断したパッパに腕を引かれて強制的に部屋に戻された。

 仕方が無いので、非常に緩慢とした動作で服を着直す。

 

 ……やっぱり擦れた際に違和感が生じる。

 

 

(激痛とかでも無いから有難いけど、くっっそ気になるなぁコレ)

 

 

 

 そんな騒動と朝餉を挟み、私はマッマに胸の違和感を話した。

 マッマは『あぁ、だから脱いでいたのねぇ……』なんて今になって納得してくれた。

 

 その後、解決策は用意するが少し時間がかかるのでそれまでは我慢して貰うしかない、という話になってマッマとは解散。

 

 

 早急にどうにかなれば、と思ったりもしたが矢張り難しいか。

 この世界の下着事情とか、魔法体系以上に想像が付かないので私からは何も出来ない。

 ハーヴィン用のブラ自体は港町で見た事があるから、将来に関しては心配していない。

 

 だが────

 

 

この世界(グラブル)の文化って謎すぎるからなぁ……ジュニアブラはどうなんだ?)

 

 

 今回はジュニアブラで頭を悩ませているが、このような悩みは片手では足りない程に抱えて来た。

 

 以前のユニバーサルデザインに関するアレコレもそうだが、空の世界は歪だという六竜の発言を私は文化の方面からヒシヒシと感じている。

 電気に関する理解や発明が進んでいながら、電子機器の発展が遅すぎる点もそう。

 かと思えば、羅生門研究艇が抱えている設備なんかは明らかに近未来的だ。

 

 

 ゲームとして遊んでいる頃は、ご都合ファンタジー世界特有のアレやコレなのだから気にしたら負けというものだと思って受け入れていたのだが。

 

 

(生活する側に回るとナーロッパって想像以上にチグハグでムズムズするんだよなぁ……

 この世界(グラブル)はそもそもの地理からして前世と歩んだ歴史が違い過ぎるから、私が勝手に納得しきれていないだけなんだろうけども……)

 

 

 

 私がこの世界の文化についてうんうん唸っていれば、背後から風が吹く。

 

 

「隙ありっ!」

 

「ふっふっふ……甘いよ、エリス。 見よ!我が輝きを!」

 

「まぶしっ!? お姉ちゃんなんでパンツ光ってるの!?」

 

 

 何でと聞かれたら、君がスカートめくりを楽しむ悪い子になったからだよ妹君。

 

 

 妹君は村の手伝いをしている時間の方が長いが、順調に魔法も覚えている。

 風属性への適性が非常に高いようでそれ自体は喜ばしいのだが、このようにスカートめくりに悪用する。

 

 最初の内は大人しく餌食になってあげていたのだが、調子に乗り始めて村内なら場所を問わずスカートめくりするようになってしまった。

 なので最近は対抗策としてパンツを光らせたり、闇で覆って『プレイエリアの外です』してみたりしている。

 敢えてスッケスケのエグいパンツを履く事で、妹君にやって良い事と悪い事を教え込むのも考えたのだが、狭い村内で10歳前後の子供がエグいパンツを履いている噂とか流れるのは嫌だったので諦めた。

 

 因みにそのパンツは余っている生地と無色の魔法糸を用いた手作りの予定だったのだが、今にして思えば、自らスケスケのパンツを作って履く痴女になる所だったと戦慄している。

 

 

「お姉ちゃん、何かあった?」

 

「何かって、何?」

 

「うーん……いつもより動かないから、具合悪いのかなって」

 

 

 相も変わらず奇妙な察しの良さを発揮する妹。

 というか、え? 妹君は私がやたらと動いている生物という認識だったの?

 

 

「お姉ちゃん、普段からそんなに動いてるかな……」

 

「いつもエリスを撫でてる時にクネクネしてるよ?」

 

 

 そんな事になっているの!? 自覚が有りません!

 いや、確かに妹君を触る時は、こう、()()しているが……

 

 

「んー? でもいつものお姉ちゃんの目だね?」

 

「……それは、どんな目なんでしょうかエリスマルル氏」

 

「し? ……うーん、何て言うのかなー」

 

 

 途端に歯切れが悪くなる妹君。

 

 嘘、私ってそんなに普段から妹君をエッチな目で見ているか!?

 朝起きてから寝る時までぐらいしかそんな目で見た事が無いのに!?

 

 

「何と言うかー、エリスしか見えていない感じ?」

 

 

「間違って無いよエリス! エリスしか勝たん!!」

 

 

「え、う、うん……」

 

 

 妹君が至極当然な事を言うから、前世(オタク)の血が騒いでしまった。

 少しばかり引かれたが、反射で飛び出た発言だからスルーして欲しいな、妹君よ。

 

 そして妹君には覚えておいて欲しいが、オタクは大概、推しが複数居る。

 更に『勝たん!』宣言は大抵の場合、割と早めに別の推しにも言う。

 同じ推しに重ねて言う事もあるけれど、オタクはそういう生物なのでどうか割り切って貰いたい。

 

 

 

 決して口には出さない意味不明なオタク弁明を胸中でしながら、私は妹君を連れて村人の手伝いに赴く。

 

 気付けば私は、すっかり胸の違和感を気にしなくなっていた。

 

 

 やっぱり妹君しか勝たん!!

 

 

 

 

 

  §  §

 

 

 

 私の普段の生活は、修行や研究が大半を占めている。

 その合間を縫って妹君と戯れたり、1歳を目前に控えたフュンフと戯れたりする。

 

 

 フュンフの魔力暴走というランダムイベントは今も発生する事はあるものの、その頻度は大幅に減って来ている。

 

 但し、このランダムイベントに付き合う時間が減っても、他の村人からの頼み事が減る訳では無い。

 寧ろ現在は胸の違和感によって大人しくしている時間が増え、それを暇していると捉えられて頼み事も増加するようになった。

 

 

 妹君もそうだが、私はそんなに忙しなく動いているイメージなのだろうか?

 

 

 頼み事は無理難題が過ぎると思えば断るが、基本は受ける姿勢でいる。

 NOと言えない日本人魂を引き継いでいるから────と言うのも1つの事実ではあるものの、ちゃんとした理由もある。

 

 

 何せ頼み事が多くなったという事は、得られる報酬が増えたという事である。

 報酬が必ずしもお金(ルピ)であるとは限らないが、その場合は美味しい食べ物だったり不要となった(好きに遊んで良い)魔道具だったりするので、確りとwin-winの関係だ。

 

 

 報酬で得られるルピは現在、その殆どを貯金している。

 島から出る際の騎空艇の乗艇賃や、シェロちゃんに取り寄せて貰う予定の生地などに使う為だ。

 

 また、主人公と会う前に刀も新調したいのでその分でもある。

 パッパから譲り受けている現在の刀は、そろそろ私には合わなくなる可能性があるし。

 

 

 現在の刀は刃長が私の身長の7割程、柄も含めた全長がほぼ私と同じぐらいだ。

 ()()()()私には重く、長すぎる武器である。

 

 然し先日、この身体も思春期へ突入する兆しを見せた。

 私の身長が何処まで伸びるかは分からないが、多少は伸びると信じている。

 身体機能が今以上に成長する時期でもあるし、魔力容量もどこまで成長するか予想も付かない。

 

 この身体は数年の内に変わっていく事が確定しているのだ。

 それによって現在の刀が私に今以上に馴染むのなら結構だが、そうで無かった時が困る。

 

 現在の刀は、パッパの持つ刀の中で最も私と魔力や属性の相性が良いものを選んでいる。

 身体に合う刀剣だけならまだパッパが持っている可能性はあるが、魔術的な観点を見れば今以上の刀はパッパの手元にも無い。

 

 私は良くも悪くも全属性を扱うので、魔術的な観点を加えてしまうと非常に刀を選ぶ。

 実際、現在の刀も私の魔力を100%浸透させてはくれないのだ。

 特に私が1番得意とする──割に使う機会が闇より少ない──光属性の浸透率が他の属性と比べて低い。

 

 

(それに魔法戦士を目指すなら、やっぱり担ぐ刀はテトラストリーマっぽい方がテンション上がるし)

 

 

 色々と理由を並べたものの、本音は結局見た目である。

 ただ、テトラストリーマのような両刃だと構えを見直す必要があるので、あくまで寄せるのは細かな意匠だけ。

 全体的なシルエットは清めと祓いの刃のような、オーソドックスな太刀の方が好みなのだ。

 

 勿論、先に並べた理由はどれも嘘では無くて、実際に危惧する事柄ではある。

 それ以上に、見た目に拘りたいという話なだけで。

 

 

 

 

 見た目と言えば、胸の違和感をマッマに相談してから数日後。

 

 私はマッマによって人生で初めての3サイズ測定を行った。

 

 3サイズ全てを測った理由は何故か暈されたが、バストに関しては態々ジュニアブラを作って貰う為と言うので大層驚いた。

 そこまでして貰って良いのかと、思わず前世の私(陰キャ社会人)が平身低頭してしまったのだが、マッマからしたら娘の大事な成長を蔑ろにする方が有り得ないと返されてしまった。

 

 あまりにも優しいマッマを持ったと痛感して抱き締めて泣いた。

 物凄く感激していた筈なのに、抱き締めている内に前世の私(ハーヴィニスト)の部分が興奮し始めたので、我ながら情緒がめちゃくちゃだと思った瞬間である。

 

 

 兎に角、これにて服と擦れる胸の違和感とはおさらば。

 胸自体はここから多少は大きくなる筈なので、胸の違和感そのものとは付き合っていかなくてはならないだろうが、胸が大きくなる分には私は構わない。

 

 私は間違い無くロリコンだが、世間一般では胸が大きい方が男ウケする事ぐらいは理解している。

 そもそも、大小を問わなければ男女関係無く人類は凡そ胸が好きだろう。

 

 それに何の因果か男が女になったのだ。

 戦闘の邪魔になろうが、ハーヴィンのサイズ感じゃどうやっても爪先までスッキリした視界だろうとも、1度は味わいたい。

 デカい胸が自分にくっついている感覚というものを。

 

 

(ハーヴィンの場合、胸より尻の方がデカくなりそうで怖いけど)

 

 

 私の身体はハーヴィンらしい肉感が無い訳では無いが、現状は比較すればむちぷにしていない。

 それでも物凄く気にはなるし、前世の感覚からすればもう少し肉が落ちないかと思ってしまう所もある。

 

 この先は更にむちっと、ぷにっとしていくのだろう。

 見ている分には眼福だったあの体躯も、なる側としては戦々恐々だ。

 11歳にもなって未だに全てがハーヴィナイズ*1され切っていない私に、あのむちぷに具合を許容出来るのだろうか。

 

 

 

 今の内に少しでも肉を減らしておこうと、私はむちぷにを受け入れる現実から逃げて刀を持って庭に向かう。

 

 

 素振りをし始めた途端に胸の違和感を失念していた事に気付き、服を脱ぎ捨てて運動したくなる衝動を抑えながら、普段の半分だけ素振りをしてその日は諦めた。

 

 

 

 私は自分でも思っていた以上に刀を振りたくて堪らなかったらしく、結局ブラが届くまで定期的に似たような事例を繰り返した。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 ブラが無事に届いて、私も着用が当たり前になって暫く。

 

 

 満月が照らす山の祠で、私はツクヨミ様にずっとしたかった()()()を話す事にした。

 

 因みに今宵もツクヨミ様に抱きかかえられている。

 最早これが普通だった気がしてくるから、私も感覚が麻痺して来たのかもしれない。

 

 

「ツクヨミ様、折り入ってお願いがあるのですが」

 

「何でしょうか」

 

「とあるハーヴィンが住む島を探して頂きたいのです」

 

「それは……何故でしょう」

 

 

 当然の疑問が返ってくる。

 

 私のする頼み事はクラーバラの捜索だ。

 

 

 クラーバラは、プレイアブルキャラクターのサビルバラの妹で、カラクラキルと婚約したハーヴィン。

 特徴的な訛りを持つ、男勝りだけれど気遣いも出来る女性である。

 そして彼女はゲーム中において故人である。

 

 委細は省くが、彼女は花嫁行列の最中に斬られて死ぬ。

 そしてこれが原因で、サビルバラもカラクラキルも復讐者として旅に出る。

 その上、私が知っている限りの彼らの復讐の旅は、苦味の強い終わりと虚しさで染まっていた。

 カラクラキルは妖刀を持って失踪し、サビルバラは未だに妖刀を折る事が出来ないまま、彼らの復讐は終わりを迎えてそれっきり。

 

 

 私の目的は、クラーバラを救う事である。

 この世界がグラブルだと知った時に、数少ない主目的(イチャイチャ)以外のやりたい事だった。

 

 私は主人公と違って底抜けのお人好しにはなれないし、人を助け続けられるほど強くも無い。

 だからこれは、完全な私のワガママによる救済。

 

 そして、そんなワガママを行う為には、彼女の生存確認と住んでいる島の位置が把握出来ていなければならない。

 

 当然だが、彼女が生きていなければ完全に破綻する話なので生存確認は非常に大事だ。

 だが困った事に、彼女達の島はファータ・グランデの東という情報しか無い為、空域図を買った所で目星は付いても確証は得られない。

 

 普段の『困ったら1人でどうにかする』は、流石に島を出るレベルでは通用しないだろう。

 となれば両親に話を通す必要があるが、まず許可は出まい。

 種族、出来る事、年齢の3つが稼ぐ事を難しくさせているから自費旅行の目処も立てられず、先述したように今は出来る限り貯金をしたいのもある。

 

 

 故にツクヨミ様に頼る。

 画力は前世でもそれなり、今世はイメージを直接形にするのもあって悪くないから、似顔絵も用意した。

 空域図とゲームで散りばめられた少ない情報を必死に繋ぎ合わせて、ある程度の数までは島も絞れている。

 

 

 私はこれらの情報を色々と省いたり、誤魔化したりしながらツクヨミ様に説明した。

 

 

「探す理由は分かりました。 貴方がそこまで()()()()御空の輝き、我も目にしたくなりました」

 

「ほぇ?」

 

 

────懸想? 私が? クラーバラに?

 

 

 いや、これはもしかして。

 

 

「もしかして、ツクヨミ様ってば嫉妬──」

 

「それっ」

 

「んひゅい!?」

 

 

 理性を溶かしに来る普段の揶揄いに仕返しをしようとした所、ツクヨミ様は掛け声と共に私の背中に手を突っ込んできた。

 少しヒンヤリしていて、でも温かみのある感触の急襲に私は奇声を上げて応じてしまった。

 

 

「うっふふ、良い鳴き声」

 

「ぐぬぬ……」

 

 

 私を抱きかかえながらツクヨミ様が笑う。悔しいが非常に可愛い。

 

 

「願いは受け入れましょう、期限は?」

 

 

 期限か、正直どう伝えるか困る。

 『その人、生きていたとしても死ぬ可能性があるんでそれまでに』とか言えない。

 

 

「何処にいるのかは出来れば早く知りたいんですけど……早過ぎても会いに行けないんです」

 

「ならば我が見守りましょう、貴方の為に」

 

「私の為、ですか?」

 

「その輝きが喪われれば、貴方も輝きを弱めるのでしょう?」

 

 

 私はその発言に驚いた。

 ツクヨミ様とは仲良くなれていると思ってはいたが、まさか私の為にクラーバラを見守るとまで言ってくれるとは。

 

 

「お願いしても良いんですか? その、私のワガママなのに」

 

「構いません。 それが貴方の輝きとなるならば」

 

 

 そう言いながら、ツクヨミ様の腕が私を少し強く抱き締める。

 見上げれば、ツクヨミ様と目が合った。

 

 私を慈しむような優しい目で、けれど何処か悲しげな目。

 

 

────どうしてそんなに泣きそうな顔をしているのだろう?

 

 

 ツクヨミ様は私を見て、暫くそんな顔をしていた。

 

 最近のツクヨミ様は──以前に話してくれた悩みが関係しているのだろう──割といつもこうだ。

 ツクヨミ様は言葉にこそしないものの、顔に『悩んでいます』とハッキリ出るレベルで自分がこの先どうするかを考えているのだ。

 とはいえ、私には推測しか出来ない。

 下手に聞いて判断を急がせるような行いはしたくない────なんて、私が臆病なだけかもしれないけれど。

 

 

 ツクヨミ様がこういう顔をしている時は、私は決まってする事がある。

 

 私は手を伸ばしてツクヨミ様の頬を撫でる。

 

 

「ツクヨミ様が何を思っているのか、私には残念ながら分かりません」

 

 

 ツクヨミ様は頬を撫でる私の手に、自らの手を重ねる。

 

 

「けれど私は、ツクヨミ様の友です。 貴方の味方です」

 

 

 私はツクヨミ様に笑顔を向ける。

 ツクヨミ様も微笑みで返してくれる。

 

 今の私に出来るのは、彼女に寄り添う事だけだ。

 だから私は彼女が悩んだ顔をする度に、味方である事を主張する。

 彼女が少しでも、自身の決断を認めてくれる人がいる事を覚えていて欲しいが故の言葉だ。

 

 

 今はまだこれで良い。 私達はゆっくりだが進めているのだから。

 

 

 

 何時かはツクヨミ様に教えの最奥の話をするだろう。

 その時にはきっと、私は秘密(前世)を打ち明ける事になる。

 

 

 何時かは話さなければならないだろう。

 ツクヨミ様の力を欲する理由は、私が懸想する相手(主人公)の為だと。

 

 

 でも────今はまだ、この温もりを。

 

 

 

 

 小さな2つの影を、満月は優しく照らす。

*1
何時ぞやの造語。今回の用法は、ハーヴィンらしい感性という意味。




成長の兆しと漸く書けた頼み事。

ツクヨミ様と何だか物凄く良い感じですが、1つになる(教えの最奥)為にはきっとこれぐらい仲良くなる必要があるはず……
イオちゃんとロゼッタもこんな感じですもんね? ね?


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夢はあったろう?


公式メインストーリーの展開が、結果としてこの作品を救ってくれている気がします。


 

 

 この島に産まれた子供は生涯を島で過ごすか、島を出て行ったきりが大半であるらしい。

 

 私のパッパは珍しい部類で、島外で修行やらマッマとの恋愛をしてから、島に帰ってきて結婚して過ごしているタイプだ。

 

 私は恐らく島を出て行ったきり帰って来ないパターンになると思っている。

 主人公と旅をする時点でイスタルシアまでの長旅が確定しているのもそうだが、私は主人公と結婚(ゴールイン)出来るかに関わらずこの島に帰郷するつもりは無い。

 結婚したなら主人公が過ごしたい場所に行くだけだし、出来なければゲームに登場した様々なキャラと交流しようと各島を巡る旅に出るつもりである。

 

 

(折角の転生をノンビリと故郷の島で……って言うのは、悪く無いんだけどね)

 

 

 

 して、何故こんな話で始まったかと言えば────

 

 

「ねぇママ、パパ。 私ね、島を出て旅をしてみたいんだ」

 

 

 夕餉も終わり、さて就寝の準備でもという時間に、まるで雑談のように軽く話を切り出す私。

 

 

 勿論これは交渉である。 そこまで本腰を入れている訳でも無いが。

 

 この交渉は『旅に出たい』という意思表明が主軸で、ここで許可が得られるかは正直な所どっちでも良い。

 

 

「まだ駄目だ」

 

 

 パッパが断るがこれに関しては想定内。

 マッマも言葉にこそしないが肯定的で無いのが顔に浮かんでいる。

 妹君は……あぁ、そんなこの世の終わりみたいな顔をしないでくれ。

 

 

「ルミが幾ら強くなろうと、パパはまだ早いと思う」

 

「そ、そうよルミちゃん。 それに島を出るにもアテも無いでしょ〜?」

 

 

 続くパッパの言葉に便乗し、どうにか説得を始めるマッマ。

 でもねマッマ、アテはマッマが作ってくれたんだよ?

 

 

「アテならシェロカルテさんがいるでしょ? ママが紹介してくれたんだから信頼出来るし」

 

 

 実際、マッマが紹介してくれなかったらこの島に立ち寄る乗合艇を頼るしか無かった。

 

 私の住む島は観光で栄えている訳でも無いので、1本逃すだけで期間がそれなりに空く。

 だがシェロちゃんがいると、シェロちゃん経由の説得次第で貨物艇も商団艇も護衛の名目で乗れる可能性が生まれる。

 目的地に向かう可能性の艇が一気に増えるのだ。

 

 勿論、その為に少しでも実力を磨かなければならない。

 ハーヴィンの女性剣士で子供なんて、普通より少し強いぐらいじゃ乗せるに値しないだろう。

 一般人からしたら別格の強さに見えるレベルで漸くだと私は思っている。

 

 

 そうなれば問題はパッパが早いと決める理由だ。

 これは単純に、どれだけ強くなっても大人になるまで待てという意味に他ならない 。

 

 然し、私が旅に出る日は決まっている。

 早ければクラーバラが殺される前、遅くても主人公が旅に出る年────6年後、私が17歳の頃だ。

 

 

 この世界(グラブル)の成人という概念は、島によってマチマチだ。

 早い島なら初経・精通の段階で大人として扱われるというし、遅い場所なら21を超える。

 特殊な部族だったりすると、一定の年齢以上が所定の日に行う儀式を成功させて成人と判断される、みたいなのもある。

 

 そしてこの島は18で成人として扱われる。

 つまり、パッパを説得しない限りどう足掻いても合流が多大に遅れる。

 

 

 主人公の旅はイスタルシアという目標を思えばノロノロしているが、ファータ・グランデを脱するのに──ゲーム的には3年近く必要としたが──1年以上掛かるのかは分からない。

 然し一度ファータ・グランデを抜ければ、次に戻って来るのはナル・グランデの事変を粗方解決した後だ。

 その頃にはグランサイファーにどれだけの人が乗っているかなど想像もつかない。

 私が主人公にアタックしようが、既に別の人と付き合っている可能性すらある。

 しかもその後には黄金の騎士を伴侶にしようと真王が提案するイベントがアウライ・グランデ大空域で発生する。

 黄金の騎士ことアリアちゃんも満更でも無いので、先ず勝ち目が無い。

 

 私が主人公を堕とせる期間は、長く見積ってもエルステが崩壊するまで。

 実際はその間も仲間が増えていく訳だから、早いに越したことは無い。

 

 因みにルリアはライバルとしてカウントしていない。

 私はそもそも最初から主人公・ルリア・ビィ・私の体制を築くつもりだからだ。

 

 

(ルリぴもビィくんも好きなら、纏めて貰った方がお得だよなぁ!?)

 

 

  不純な動機(いつもの)である。

 この世界がグランとジータを両採用した世界だろうと、私は主人公両方とイチャイチャしたいのでこの体制は揺るがない。

 私は主人公に関してのみ、とことんまで強欲であり続ける所存だ。

 

 

 

 今回はあくまで意思表明が主軸だったのだが、年齢を理由にするなら早めに説得しなければならない。

 なあなあで済ませてしまうと『後何年の辛抱じゃないか』という引き延ばし論を展開される可能性があるからだ。

 

 ツクヨミ様がクラーバラを見守ってくれるとは言ったものの、コルウェルの襲撃は花嫁行列の最中────山を越える都合でほぼ確実に昼間だ。

 だから私は、一般人から別格と判断されるだろう強さになったと思えた時点で島を飛び出せる状態でありたい。

 

 説得の材料になりそうなものを、私は頭の隅から隅まで探す。

 単純な強さの観点からは崩せないだろうから、意志の強さや、大人になるまで待てない理由を述べる必要があるだろう。

 

 

 

 

────これならばいけるか?

 

 

 私がとある策を思い付き、それを頭の中で形にしていれば、妹君が私に向けて作りきれていない笑みで────それが冗談である事を願うかのように問うてくる。

 

 

「お姉ちゃん、島を出ちゃうの? 本当に?」

 

 

「……うん。 お姉ちゃんは本気だよ、エリス」

 

 

 私は『あっはは、嫌だなぁ! エリスが悲しむような事、お姉ちゃんがする訳ないじゃーん!』と誤魔化したくなる自分を抑えて返す。

 

 

 これは意思表明だ、揺らいではいけない。

 

 どれだけ妹君が可愛くても、どれだけ妹君と離れ難くとも、私は自分の(イチャイチャ)だけは曲げるつもりは無い。

 

 この世界がグラブルだと知った時から、凡そ全ての事柄が夢の為の努力だった。

 そしてそれを今でも夢に見ているのだから、私は絶対に折れちゃいけない。

 折れたら最後、私は昔のよう(陰キャおじさん)になると頭のどこかで確信している。

 

 

 妹君が一転して悲しげな顔をしても、私は譲らない姿勢を見せた。

 

 

 妹君は私からそこまで長い時間、離れた事が無い。

 以前の港町に連れて行かなかった時の彼女からの抗議は、あくまで私が安全に且つ確実に帰って来る事が前提の抗議だ。

 マッマが暴れ始めた妹君を説得する際、パッパが同伴している旨を聞いてから渋々納得した顔になったと言うので間違い無いだろう。

 パッパがそれだけ妹君に信頼されている証でもある。

 

 妹君が、私の言った『旅』をどれ程の期間で想定しているかは分からない。

 だが妹君は、私の言う『旅』が安全の保証も無いものである事は理解しているのだろう。

 

 

「パパもママもエリスも、私を心配しているのは分かっているんだ。

 でもね? 私は今でも夢を持ったままだし、それを諦めたくないの」

 

 

 善は急げだ、パッパを説得する方法を思い付いたので早速試す。

 これが通れば考える事が少し減るから、通る事を願っている。

 

 私は一呼吸置いてから、パッパに向かって告げる。

 

 

「パパに決闘を申し込みます。 私の覚悟を刀で以て証明します」

 

「お姉ちゃん!?」

 

「ルミちゃん!?」

 

「……ルミ、何を言って──」

 

 

 私の発言に驚愕と困惑を露わにする家族。

 

 確かに困惑するだろうけど、ちゃんと聞いて欲しい話だ。

 私は咳払いを挟み──こういう所に前世(おじさん)の所作が染み付いている──説明をする。

 

 

「先ず、何で決闘を申し込むか。 これは私が少しでも早く旅に出たいから。

 この村も島も好きだけれど、私の夢はここに居ては叶わない。

 パパはまだ早いって言うけど、私はそこまで待っていられない」

 

「何もそう急ぐ事は無いだろう。 ルミの実力なら間違い無く立派な騎空士になれる。

 大人になるまで待つ方が、騎空士の世界で立ち回りやすいと思うが」

 

 

 パッパは昔に私が語った(建前)を覚えていてくれたらしい。

 だがそれは、私の夢が普通の騎空士ならばの話だ。

 

 

「そうだね。 私が普通の騎空士になりたいなら、大人になってからの方が良いと思う」

 

「ならどうして? ルミちゃんの夢は応援したいけれど、急ぐ理由が知りたいわ」

 

「それはね、ママ。 私の本当の夢が、大人になるまで待ってちゃ遅いからなんだ」

 

「……本当の夢?」

 

 

 さぁ、言ってしまったからには後には退けない。

 

 

 私は(本音)の一端を明かす。

 

 

「私の本当の夢はね…… 星の島に行く事なの!」

 

 

 目を見開き言葉を無くす両親に、星の島が分からず首を傾げる妹君。

 

 嘘を言っている訳では無い。 本当の夢でも残念ながら無いのだが。

 

 

 星の島、イスタルシア。

 空の果て、創世の御座とも呼ばれるそこは、主人公達の目標地点である。

 それに同伴するつもりであるのだから、私の目標地点もイスタルシアだ。

 そして私の夢はそこを目指す主人公とのイチャイチャデート。

 つまりはイスタルシアに行く事も夢の一部には含まれている、という暴論である。

 

 然し家族にこれの真偽は分からない。

 何せこの()、産まれて3年もせずに騎空士になると言い始め、今日まで夢の為に刀を振って魔法を研究し、意味の分からない事に星晶獣と友人であるのだ。

 星の島なんて御伽噺を本気で目標に据えていてもおかしくない程、既に()が異常である事は理解しているだろう。

 

 

「星の島が何処にあるかなんて分からない。 おとぎ話だよって言われても私は否定しないよ。

 でも、でもね! 私は有るって信じたい! 空を駆けて探しに行きたいの!!」

 

 

 頭が混乱しているであろう家族に、迫真の演技で追撃をする。

 

 実際の私は、星の島が有ろうが無かろうが主人公と一緒ならそれで良い。

 私の覚えているメインストーリーの流れからして、先ず有るだろうと思ってもいるけれど。

 

 

「くくっ……そうか。 ルミも大層な夢を掲げたな」

 

 

 娘のぶっ飛んだ夢を聞いて混乱から戻って来たパッパが笑うが、そこに嘲笑の意図は見えない。

 寧ろ愛おしいとも、背を押しているようにも感じる。

 

 

「昔ルミちゃんがパパの話をあんなに前のめりで聞いていた時から、こういう夢を抱く子だと分かっておくべきだったのかしら」

 

 

 マッマは諦めたような顔をしている。

 パッパが打倒ヨダ爺を掲げて、無茶をしていた頃でも思い出しているのだろう。

 そんな所で血の繋がりを見せて欲しく無かったと、顔にハッキリ書かれている。

 

 

 エリスは星の島が分からないから、今も首を傾げてばかりだ。

 後でマッマにでも聞いてくれ。 そして私の語った内容のぶっ飛び具合に驚いてくれ。

 

 

「……パパもママも、私が急ぐ理由が分かった?」

 

 

 私の発言に頷く両親。

 

 

「勿論、私も今すぐ島を出るつもりじゃ無いよ。 ちゃんと準備はしたいからね」

 

「つまり私との決闘で求める物は、準備が終わり次第に島を発つ権利か」

 

 

 私が後で言うつもりだったが、パッパから察してくれたようだ。

 私はパッパの発言に頷き、続いて日時の話をする。

 

 

「決闘はパパの時間が空く時で平気だよ」

 

「……ほう? それは、ルミがいつ何時でも私に勝てるという()()か?」

 

 

 私の発言に、パッパがニヤリとしながらも圧を掛けてくる。

 私もまた、ニヤリと口を吊り上げて返す。

 

 

「違うよパパ、これは私がいつでもパパに勝てるという()()だよ」

 

 

 私も発言と圧をパッパに返す。

 

 

 然し直後────

 

 

「バチバチするのは戦う時だけにしなさい!」

 

 

 その発言と共に私とパッパを小さな光弾が襲う。

 

 

 

 マッマの圧がこの世の何より恐ろしいのだと、私はこの日、身に刻んだ。

 因みにパッパはこの夜、マッマを甘やかしまくってお許しを得て寝たらしい。

 

 パッパの勝てない敵がヨダ爺だけじゃ無い事を知ってしまって、私は何だか複雑な気持ちになった。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 マッマの圧に負けて反省してから改めて話し合った結果、パッパとの決闘が3日後に決まった。

 

 ルールは真剣による1対1。 魔法の行使も可能。

 降参か戦闘不能によって決着とする1本先取。

 致命傷になり得る攻撃は全般禁止、危険な攻撃とマッマが判断した時点で失格とする。

 

 

 決闘の場所は山の麓にある空き地だ。

 昔は畑として使われていたようだが、山が近すぎて魔物が寄り付く危険もあって放棄されたらしい。

 

 

 私は戦いやすくする為に、空き地で伸び伸びと成長している雑草達を片っ端から処分している最中だ。

 

 

(にしてもどうすっかなぁ……パッパに喧嘩ふっかけたけど、本気で常に勝てるとは思っていないんだよな)

 

 

 そう、あの時の発言は自分を鼓舞するつもりで言ったところもある。

 

 パッパと比べて私の強みは兎にも角にも器用な事だ。

 全属性に適性が有るというのはそれだけで強みであり、パッパをひたすら土属性で叩けばそれだけで有利ではある。

 然しこれはパッパだって理解しているから、実際の試合運びが一方的になる事は無いだろう。

 

 寧ろ純粋な剣技だけで制圧されると分が悪い。

 

 

(まぁそれでも勝ちの目が有ると思えるぐらいには、私だって鍛えているけどね)

 

 

 刀に魔力を込めて横に一閃、飛んでいく光の刃が空き地内の雑草を両断していく。

 私は斬った雑草を左手から放つ風魔法で舞い上げて、刀を通して魔力放出。

 切っ先から放たれる炎で瞬く間に雑草が燃え、それを口から水魔法を吐いて消火する。

 

 

 

 私の魔力放出の成果は、よりにもよって足より先に口で発揮された。

 確実にあの時の魔力ゲロが形となった訳だが、出来れば早く飛翔術を使いたい。

 足の方に関しては、漸く身体が尿意と誤認しなくなり始めたぐらいなので、まだ時間がかかると踏んでいる。

 

 それよりも、足の魔力放出修行の息抜きで実験していた方が実を結びつつあって私は困惑している。

 

 

(まさか目からも魔力放出って出来るんだねぇ……いや、レイを思えばおかしくは無いのかな?)

 

 

 何と目から魔力放出が出来るようになりつつあるのだ。

 現在はまだ十分な量が出ないので魔法としては形になりきっていないが、完成すれば目からビームも夢じゃない。

 

 

 ……何故だかどんどんと化け物路線を突き進んでいる気がするが、あくまで私がなりたいのはギャルで魔法戦士である。

 

 目から魔力放出が出来そうなのが分かってから、面白がって身体中で研究したりなんかしていないとも。

 その際に今が成長途上なのも忘れて胸に魔力貯めて発射しようとした結果、激痛が走って泣いたりなどしていない。

 股間に魔力を貯めようとしてマジで危うく漏らし掛けたりなんかしていない。

 

 

(あの時は紙一重だった……厠が使われていたらマジでアウトだったレベル)

 

 

 何だかバカな事もしているが、魔力放出に関してはゆっくりだが進展しているのだ。

 今は足と目を鍛えているが、終わったら背中でも鍛えるつもりである。

 

 最初はナルメアの真似事でもしようかと思っていたのだが、魔法に触れれば触れる程、あの胡蝶の魔法は手を出したく無くなっていく。

 

 既に実用段階にはあるものの、未だに問題点の多い転送陣のようなものを、ナルメアは自らの身体と刀だけを対象に発動していると私は推測している。

 だから胡蝶となって瞬間移動も出来る訳だが、1歩間違えれば身体がバラバラになってもおかしくない。

 

 あんな魔法、普通の人間は戦闘の為に必要とはしないのだ。

 それが必要と思えてしまう程に、ナルメアが拗らせている可能性は否定出来ないが。

 

 

元凶(オクトー)は今も山で瞑想してるんだよなぁ……さっさと会いに行ってあげなさいよ)

 

 

 首を突っ込んで再会を促しても、私ではオクトーとナルメアが戦闘してしまえば止められないので言えないのがもどかしい。

 話し合って解決出来れば最高だが、双方が主人公のカウンセリングを受けていないので、まず戦闘するだろう。

 主人公のカウンセリングがあっても戦闘するような人達なので溝が深すぎる。

 フュンフみたいな子供らしさも私では振りかざせないし、静観以外の選択肢が無い。

 

 

 

 私はパッパとどう戦うかを考える傍らで、勝手にオクトーとナルメアの関係を憂いていた。

 

 

 するとその時────

 

 

「あれ、お爺ちゃん今日は早いね? まだ夕方前だけど、瞑想はもういいの?」

 

「急用が入った。 暫し島を離れる」

 

 

 それだけ告げて、村を進むオクトー。

 恐らく十天衆の仕事か、そうで無ければ強者の噂でも耳にしたのだろうか。

 オクトーがそれ以外で動く理由が私には分からないので、勝手にそう解釈する。

 

 島を出るなら港町の方────つまり何も言わずに山をそのまま進めばいい筈なので、フュンフの家に報告に行くのだろう。

 こういう所はしっかりしているのだから、もう少し周りの人間を見て欲しいと思ってしまう。

 

 

 

 

「童よ、嬰児を任せる」

 

「……! ふふっ、はーい! お爺ちゃんも気を付けてね〜!」

 

 

 フュンフの家に報告を済ませただろうオクトーが、去り際に私へ声を掛ける。

 それだけで驚きだと言うのに、まさかフュンフを任せるなんて言ってくるではないか。

 

 驚きのあまり反応が遅れたし、思わず満面の笑みでお爺ちゃんを見送ってしまった。

 

 

「んふふ……任せる、ね」

 

 

 独り言まで出てくる始末だ、もう駄目かもしれない。

 

 

 

 私はその後、前世で好きだったアニソンをノリノリで歌いながら雑草を片付けた。

 

 

 家に帰ってからも歌っていれば、妹君に何の歌か聞かれたので出典を誤魔化しつつ、公式の振り付けごと全部教えた。

 

 数週間後、両親に向かって私と妹君が歌って踊り好評を博すのだが、それはまた別の話。




次回はパッパと決闘です。


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決闘はあったろう?


人は何故戦うのだろう……(戦闘描写が分からないマン)


 

 

 約束を取り付けた決闘当日の早朝。

 

 

 清々しい空気を肺に吸い込みながら、私は身体を温めていた。

 村は老人が多いので、日が昇って来た程度の時間にも関わらず、既に目覚めて朝の散歩と洒落込んでいる人もいる。

 

 

「ふぅ〜、こんなもんかな。 身体にも異常無し……と」

 

 

 毎日少しずつ身体が成長する時期であるから、自覚症状が無いまま身体に異常が発生するかもしれないと思い、ここ最近は念入りに身体のチェックを行うようになった。

 それでも今日はこの後にマッマにも診てもらう予定だ。

 

 

(不意の戦闘じゃないんだから、万全を期さないとね!)

 

 

 あれから色々考えたものの、作戦は特に決まっていない。

 下手に決め打ちをして、物の見事に透かされたりした方が個人的には心にくるのだ。

 私は割と単純なので、そういう事を考えているとすぐ顔に出るのも困り物である。

 演技はどうしたと思うやもしれないが、私の磨いた演技も今となってはぶりっ子したい時にしか発揮されない。

 元々は幼女と仲良くなる為だけに頑張っていたものなので、愛しの妹君(エリスマルル)を得てしまった今世で不要となるのは必然だった。

 

 

 強いて決まっている事といえば、試したい技があるのでそれを使う機会を逃さない事だけだ。

 

 

 試したい技の為にも、少し私の体質の話をさせて欲しい。

 

 私の身体は他の人と比較した際に、放出する魔力に自らの属性元素が余り乗らない体質らしい。

 だからこそ私は魔力糸なんていう、混じりっ気の無い魔力を捻り出せるとの事だ。

 但しアレは集中力を必要とする時点で相も変わらず戦闘に利用出来ない。

 それに単純な魔力放出だけならやっぱりフュンフの方が優秀なので、多少特殊体質だろうと何だか自慢しづらい。

 

 だがこの体質が、魔法戦士スタイルとは相性が良いのだ。

 

 魔法戦士は基本的に周囲の四大元素を借りて魔法を行使する。

 この際に術者の魔力に多大な属性の偏りがあった場合、当然だが偏っている属性以外の魔法は威力が軒並み下がってしまう。

 魔力に属性元素が混ざりやすいと『この属性以外の魔法、なんか弱くね?』という現象が容易に発生するという事である。

 

 そして私は特殊な体質が功を奏し、コレがほぼ発生しない。

 ほぼ全ての状況下において、均等な火力が発生するのだ。

 

 勿論メリットばかりじゃない。

 放出する魔力に自らの属性元素が乗りづらいという事は、多く乗せる為には工夫しなければならないという事だ。

 そしてその工夫が無ければ、私は一転して火力の足りない魔法戦士にしかならない。

 良く言えば柔軟だが、悪く言えば器用貧乏な体質なのだ。

 

 そして、その火力を上げる為に必要な工程が色織り(ルーパパタ)────魔法戦士でいう所のエレメンタルキャストである。

 アレは単純な魔法陣展開だけでは無く、私の魔力に属性元素を混ぜ込む工程が入っているのだ。

 裏を返せば、色織り(ルーパパタ)を通さない私の魔法は()()()()()()()()

 今回私の試したい技は、これを覆す為に改良を重ねている途中の代物だ。

 

 

(パッパには悪いけど、色々と実験させてくれよなー)

 

 

 私は持ち上がる口角を隠しもせず、マッマに身体を診てもらう為に家の中へ戻って行った。

 

 

「ただいまー」

 

「お帰りルミちゃん。 今日は早いわね〜」

 

「今日は気合い入ってるからね! 昨夜は研究もせずにさっさと寝たし、準備万端!

 念には念を入れて、ママに身体を診てもらうつもりなんだけど平気?」

 

「問題無いわよぉ。 ふふっ、パパにも頼まれちゃってるし、本当にそっくりな親子ね〜」

 

「まぁねー! ママとパパを見て育ちましたから!」

 

 

 身体の成長に合わせてなのかは知らないが、私は演技を意識せずとも割とスラスラ軽口が出るようになってきている。

 演技も続ければ本性というものなのか、はたまた多くのハーヴィンが持つ気質が表出して来たのか。

 

 ハーヴィンは──例外も多数いるが──社交性が高く、幼い容姿も合わさって人の懐に入る事に長けている。

 代表は言わずもがなシェロちゃんだろう。

 逆に例外は人見知りの強いニオやルナールだろうか。

 

 私も昔は前世に引き摺られてか例外側だったのだが、歳を重ねている内にどんどんと人と喋る事に抵抗感が薄れている。

 ()()()()()()()()()ようで気味が悪いと思ったりもしていたのだが、別に前世の記憶が消えたりもしていないし、無理な演技でボロが出るよりは余程マシなので気にしなくなった。

 

 

(似たような感覚は初めて魔物を殺すパッパを見た時も抱いたし、今更なんだよな)

 

 

 それに口調に関しては、今でも意識しないとポロッとオタクワードだったり男言葉が出てくる。

 こちらの方が割と問題で、口が良く回るようになった弊害でポロポロ零れているのだ。

 

 以前、妹君の前で『勝たん!』宣言したのもそうだが()()()()()()

 このままでは主人公に対して抑えが効かなくなって、分かりやすく劣情をぶつけかねない。

 

 

(でもそれで責任取ってゴールしてくれるなら……いやいや、そういう勝ち取り方はアウトでしょ)

 

 

 主人公が15歳の未来ある若者である事は何よりも意識しなければならない。

 私がどれだけ主人公とゴールインしたくとも、本人の意思も問わないのは年長者として駄目な選択肢だろう。

 

 ……私を選択するように誘導はするだろうが、それは選択を剥奪している訳では無いからセーフである。

 セーフである

 

 

 

「────ルミ。 ……ルミ?」

 

「んぁ? なーに? パパ」

 

「いや、ルミがどこか上の空だったから何かあったのかと思ってね」

 

「ふっふっふ……実は作戦を練っていましてねー」

 

 

 少々トリップしていたら、パッパから話し掛けられていた。

 全く気付かなかったがマッマの診察も終わっていたらしい。

 マッマが既に居ないので無意識下で返事もしていたようだし、特に異常も無かったから放置されたのだろう。

 

 時間からしてパッパは朝餉を済ませた後か、マッマに診てもらった後だろうか。

 

 折角話し掛けてくれたので、何も練っていないが作戦がある事にする。

 こうすればパッパは当然、私が何をするのかに思考が割かれる事になるだろう。

 実際の所は、私が試したい魔法やらをパッパに向けて使うだけであるけれど。

 

 

「ふむ……これは油断出来ないな」

 

 

 そう告げてパッパは家を出る。

 決闘に備えて、軽い運動でもして身体を温めるのだと思う。

 

 

 

 パッパを見送ってから朝餉を済ませると、マッマに『エリスマルルを起こしてきて』と頼まれたので、妹君の部屋に行く。

 マナーとしてノックするものの、妹君は起きていれば部屋内でドタバタしている事が多く賑やかなので、判別は容易だ。

 

 

(妹君は就寝中ですか……そうですか。 ふひひ……)

 

 

 私は小声で『失礼しまーす』なんて言いながら部屋に入る。

 妹君の部屋は私の部屋に比べればシンプルで、この年頃ながらしっかりと片付けをしている事が分かる程に清潔だ。

 

 私の部屋? 研究道具から改造した魔道具、譲り受けた魔導書に刀の手入れ道具、服やコスメまで溢れている物置ですよ。

 マッマから定期的に片付けているかのチェックが入るぐらいには物置で、偶に改造した魔道具を危険と判断されて没収されたりしている。

 特に良く出来ていた『特定の布繊維だけ融解するポーション』が没収されたのは辛い思い出だ。

 将来、事故を装って主人公の目の前で自分にぶっ掛け、露骨に恥ずかしがる事で私を意識させる算段だったのだが。

 再生産しようにも必要な素材の一部がこの島では入手出来ず、外からの行商人頼りなのが厳しい。

 

 

 布団に包まれてスヤスヤと寝息を立てる可愛い妹君にしゃぶりつきたい衝動を抑えつつ、私は妹君の髪を撫でる。

 私のライトグリーンな髪と違って、綺麗なワインレッドの髪を『お揃いにしたい!』と長めに伸ばす妹君。

 私が髪を切らないのは前世の嗜好が多少混じっているのだが、結果として妹君も綺麗な長髪を靡かせる美幼女である。

 

 

(ヴィーラの解放絵みたいに食べたくなる程綺麗な髪してるんだよなぁ……

 と、そろそろ起こさないとか)

 

 

「エリスー、起きてー。 朝だよー」

 

「うぅん…… まだ…… ねゅ……」

 

「は? 可愛いんだが」

 

 

 おっといけない。 油断してしまった。

 

 

「起きないとキスしちゃうぞー? 良いのかー?」

 

「ん…… ゃー……」

 

 

 結局抑え切れずに欲望に塗れた発言をすれば、布団を被る事で抵抗の意思表示をする妹君。

 

 

「ふーん、そういう事しちゃうんだー? ……(ヴァーユ)

 

 

 私は色織り(ルーパパタ)を通さずに魔法を行使する。

 これは私の行使する中でも1番単純な風魔法で、効果も単純に風が発生するだけ。

 私はこれで妹君から布団を引き剥がそうとしている。

 

 

「んー……! ゎかった…! 分かったから……!」

 

「起きる気になったー?」

 

「んー」

 

 

 未だ寝惚けているのか生返事だが、取り敢えず起こす事には成功したようだ。

 

 

 私はこの後、妹君が朝餉に向かうまで構い倒し続けた。

 

 

 

 

 決闘の準備? まぁ、何とかなるでしょ!

 

 

 

  §  §

 

 

 

 決闘の前に妹君の可愛さを存分に摂取した事で、私の調子は過去最高と言えるだろう。

 

 その証拠に、決闘前であるにも関わらずこれといった緊張もしていない。

 単純にパッパが相手だから、というのもあるかもしれないけれど。

 

 

 今回の決闘は刀と魔法を使う都合で開始距離が遠い。

 色々な魔法が使える私にとっては非常に有利だが、不平等では無いかと思ってしまう。

 然しそんな離れた開始距離で構わないと提案して来たのがパッパなので、私は口を挟む事も出来なかった。

 

 

(パッパが出来る魔法は水属性の増幅や凝縮に偏っている。

 前世の感覚のままなら、この距離じゃパッパから何か飛んでくるとは先ず考えないけど……)

 

 

 パッパが取れる選択は少ないが、だからといってこの距離で何も出来ない訳では無い。

 この世界(グラブル)で戦いをしようと思うと、まず全員が習うといっても過言では無い()()()があるからだ。

 

 遠当ては少量の魔力と属性元素を収束させる術さえ覚えれば、誰でも扱えると言っていい基本技能の1つ。

 この世界特有の特異体質──魔力を碌に体内で生成出来ないような人──じゃない限りは、少しの訓練で扱える。

 極めれば属性元素の収束を不要とした、所謂()()()()()()という行為に繋がる術でもある。

 

 パッパは水属性しか扱えなかっただけあって、それ以外の術を潔く捨てている。

 その分、水魔法と剣術だけにリソースが割かれている事も相俟って、パッパの遠当ては兎に角強いし速い。

 今回は致命傷になる攻撃が全般禁止なので、これで私を仕留めようとはしてこないのが救いだろう。

 

 

(開幕に遠当てをしたとして、そこから急接近しても私は次の魔法が間に合うと思うが……この辺は始まらなければ分からないか。

 私がやりたい事を押し付けた方が勝てる気もするし)

 

 

「2人とも準備は良い〜?」

 

「おっけー!!」

 

 

 審判を務めるマッマからの声に私は元気良く返す。

 妹君はマッマの隣で、少し不安げな顔をしている。

 別に殺し合いをする訳でも無いのに妹君は心配性だな。

 

 パッパはマッマの声掛けに頷いただけだけど、それだけ集中してくれているんだと思う。

 

 

「改めて確認するわよ〜? 刀と魔法を使う1対1。

 降参か、ママが戦闘不能と判断したら決着の1本先取。

 致命傷を与えられそうな威力や、そういう場所を狙った攻撃はママが発見した時点で失格にします」

 

「問題なーし! パパはー?」

 

「問題無い」

 

 

 最終確認も済ませた。 となれば────

 

 

「それじゃあ……両者、構え!」

 

 

 うーん、これこれ。

 木剣の試合の時から聞いているだけあって、このわざとらしいぐらいの構えの合図が決闘を始めるんだとウキウキさせてくれる。

 きっと誰しもが一度は憧れるのでは無かろうか、こういうカチッとした決闘というのは。

 前世の私はそうでも無かったが、色々と戦う術を得た今世の私は夢のように楽しんでいる。

 

 

 パッパは刀に手を置く居合の構え。

 見るからに『遠当てします』って構えだが、それが強いんだから相手する側は堪ったもんじゃないだろう。

 これが致命傷有りの決闘なら、私も真剣に対策を立てていたと思う。

 

 対する私は抜刀して切っ先を地面に向けて、左手で()()()()

 刀の方はパッパの遠当て対策で、左手は薬指の爪に中指の腹を当てる簡単な印だ。

 家族にも見せた事が無いから、何をするつもりなのか分からないだろう。

 これを知っているのはツクヨミ様ぐらいだから、情報が漏れているなんて事も無い。

 

 

 

「────始めっ!」

 

 

「しっ……!」

 

(ブーミ)!」

 

 

 開始と同時に矢張り遠当てをしてくるパッパ。

 私はそれに合わせて刀から魔法を発動する。

 切っ先から発動した魔法によって生まれた土の壁はパッパの水の刃を受けて崩れるが、これは初手の対処を担当して貰っただけなので問題無い。

 

 パッパは既に全速力で詰めて来ている。

 私はすかさず、印を結んでいる左手に魔力を集めて放つ。

 崩れる途中の土壁を切り刻んで、迫ってくるパッパに向けて。

 

 

印術(ムドラー)────雷迅(ヴァジュラ)!」

 

 

 印を結んだ左手から雷が走る。

 

 

 印術(ムドラー)は魔法戦士の前身である忍者を参考にした、色織り(ルーパパタ)の魔法陣展開を介さない魔術だ。

 予め決めた印と発動する魔法を結び付けて、印を組んで言霊を乗せるか、印を組んで魔法の行使を念じるだけで発動する仕組みとなっている。

 これが言っていた『試したい技』なのだが、形になったのが最近だったので、今回は実験と威力検証が目的だ。

 

 印術(ムドラー)の最終目標は、私の属性元素を混ぜ込む作業を省いた即席の魔術として機能してもらう事にあるので、致命傷禁止の今回のルールには少しそぐわない。

 然しながら、現在も改良を続けているぐらいには初期火力が低くて困っているのだ。

 少しぐらい人間に当てて検証をし、調整の目処を立てたかった頃合である。

 

 それに今回行使した雷迅(ヴァジュラ)は、火力よりも相手を麻痺させて動きを止める事に特化させている。

 

 

「ふっ!」

 

「ま、当たってくんないよ……ねっ!」

 

 

 然し、ただで当たってはくれないのがパッパだ。

 この雷はあくまで光魔法で再現した()()()()()()でしか無いので、速度や性質も本物の雷とはまるで違う。

 避けられる事も想定はしていた。

 

 想定してはいたのだが────

 

 

(正面から突っ込んで来ておいて、横に跳んで躱すのはちょっと理解出来ないんだけど……!)

 

 

 更にパッパは横に跳んで雷を躱しただけに留まらず、再度私に向かって突っ込んで来て一閃。

 私は力じゃ勝てないのが分かっているので、刀を合わせてから衝撃と同時に後ろに跳ぶ。

 

 

────パッパ、私が防ぐと信じて平気で首を狙うじゃん。

 

 

「パパ! 今のは私が防ぐ事を前提に刀振ったでしょー!」

 

「……事実、防いだだろう」

 

「ルール的にどうなのさー!」

 

 

 マッマに目を向けるが、露骨に目を逸らされる。

 『ママは発見できなかったので失格に出来ません』とでも言いたいのだろうか?

 

 

(私が普段から好き放題してるからって、ここぞとばかりにやり返す親があるかよ!!)

 

 

 文句を言うのは非常に簡単なのだが、降参と受け取られたら終わりなので言うに言えない。

 

 腹いせのつもりで私は次の実験に移る────前にパッパが距離を詰めて来る。

 

 一合、二合と斬り結ぶ度に嫌な汗が出てくる。

 先程からパッパは私が防ぐと信じ切って平気で急所を狙っている。

 

 

(ジャラ)!」

 

「せいっ!」

 

 

 魔法をちょくちょく挟んで、何とか距離を開けてもらえないかと試行錯誤する。

 然しパッパは時に躱し、時に凝縮した水刃で相殺する。

 

 

風の獅子(ヴァーユ・シンハ)!」

 

瀧断(ろうだん)

 

 

 私が生み出した暴風の獅子を、パッパは水を纏わせた刀で真っ二つにする。

 

 そして間髪入れずに猛攻、猛攻、猛攻────

 

 

(勘弁してくれ……! 全部防げると思ってるのかもしれないけど、過大評価だよ!

 ギリギリで怖いったらありゃしない……!)

 

 

「あっぶ!?」

 

 

 更に斬り結んでいれば、私の鼻先を刀が掠める。

 娘の顔に傷を付けたらどう責任取る気なんだこの父親。

 

 

 この時、遂に私の中で冷静な試合運びよりも怒りの方が上回った。

 

 

────お返ししてやろうじゃんか!

 

 

 反撃したい衝動に駆られ、私は先程までとは逆にパッパと敢えて長く鍔迫り合いを起こそうとし始める。

 パッパは警戒こそすれど、攻撃の手が緩んだりはしていない。

 

 それで良い。

 私はゆっくりと口内の魔力に光属性を混ぜ込んでいる最中なのだ。

 

 そして遂に時が来た。

 

 

「あ────」

 

「?」

 

 

 鍔迫り合いが発生したと同時に口を開ける私。

 意図が掴めずにパッパが訝しんでいるが、もう遅い。

 

 

(この距離なら躱せないでしょ……! 雷迅(ヴァジュラ)!)

 

 

 私は()()()()()()口から雷を放つ。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 雷が直撃して呻くパッパ。 ふはは、驚いたろう。

 

 私は1つの魔法を1つの方法でしか出さないなんて律儀な設定はしない。

 出せるなら手でも足でも口でも出すし、不意打ちも躊躇わない覚悟だ。

 

 

「っしゃ、ヒット! 呪縛(バンダ)!」

 

 

 痺れが抜けきらず動けないパッパに刀を添えつつ、すかさず追加で呪縛(バンダ)──()()()闇属性元素で構成された縄──を掛ける。

 これでパッパは痺れから抜け出しても、刀が首に添えられている上に縄で縛られた詰みの状況だ。

 

 

「……降参だ」

 

 

 

  §  §

 

 

 

「そこまで〜!」

 

 

「〜〜〜〜〜ッ! いよっっしゃー!!」

 

 

────勝てた、勝てた、勝てた!

 

 

「勝ったよエリスー!! 撫でさせろー!!」

 

「うわぁ!? お姉ちゃんパパに掛けた魔法を解かないと……ぅわっぷ」

 

 

 ちょっとヒヤヒヤしたけど成功した!

 平気で顔や首を狙うなよな!! 勝ったからもう良いけど!!

 

 あー! それにしても勝利の妹撫では堪らないなぁ!!

 一生撫でさせてくれないか妹君よ! 撫で心地が最高すぎるんだが!?!!?

 

 

「お姉ちゃんストップ! ストーップ!!」

 

「ぐへへへへ……ん? どうしたのエリス? 撫でるだけじゃ足りない?」

 

「そうじゃなくて! パパに掛けた魔法を早く解いてあげてよ!」

 

 

 え? あぁ、そういえばそうだった。

 

 

 私の掛けた呪縛(バンダ)は、単純な闇属性元素で構成された魔法という訳じゃない。

 あの魔法は発動のさせ方で効果が変わるように仕込んである──それだけで一風変わった魔法ではある──のだが、特徴的なのが『発動時に込めた魔力が枯渇するまで残留し続けようとする』特性だろう。

 

 呪縛(バンダ)で発生させた物質は、物理的には壊せないし、魔術で分解しようとすると分解者に向けて『侵食』する。

 何がなんでもその場に留まろうとするように作ってある魔術なのだ。

 そして、その侵食する性質が真に脅威を発揮するのが、術を掛けられた本人が分解しようとする時。

 

具体的にどうなるのかというと────

 

 

「ルミ……早く解いてくれ……首が、絞ま、る……」

 

「うえぇ!? パパ、自分で壊そうとしたでしょ! 待っててね、今解除するから。

 

 印術(ムドラー)────曙光(ウシャス)

 

 

 ご覧の通り、更に苦しめる仕様となっている。

 

 解除方法は私の魔力による状態異常回復(クリア)か、錬金術での分解、呪術による解呪ぐらいだろう。

 普通の魔法使いでは分解する前に自分も侵食されて苦しむ事になると思う。

 それぐらい術式の構築に時間をかけたし。

 

 我ながらエグめの性能が出来たと自負しているけれど、主人公達との旅を想定しているから致死性はほぼ無い。

 パッパみたいに1人で解除しようとすると危険だが、身の危険を感じたら普通は分解を中止して静観すると思うのだが。

 何故パッパは首が絞まるまで分解しようとしたんだ……

 

 

 

 何はともあれ、私はこれで準備が出来次第に島を発つ権利を手に入れた訳である。

 

 

(あと6年は……長いとも短いとも言えるか。

 でも島を出れると思うと、それだけで漸く会えると思えてしまって楽しみで待ちきれない!)

 

 

 

 

────会いに行くからね、ザンクティンゼルの主人公(あなた)




という訳で決闘も終わり、島を出る権利を獲得しました。
果たして何時になったらロイルミラは島を出るのか、そもそもこの小説が主人公と合流するのはいつなのか。

頑張って進めて参りますのでよろしくお願いします。


以下は作品内で魔法やらなんやらが増えてきたので、簡単な紹介です。

色織り(ルーパパタ)
 ロイルミラが扱う、魔法戦士でいうエレメンタルキャスト。
 属性元素の選択の他に、自らの魔力に属性元素を織り混ぜる工程を含んでいる。

四大元素(マハーブータ)(アグニ)(ジャラ)(ブーミ)(ヴァーユ)
 ロイルミラの扱う基本的な4属性の魔法。
 四大元素(マハーブータ)と宣言するのは、属性元素をより多く混ぜ込む言霊となっている為。
 状況によって言ったり言わなかったりする。
 (アグニ)のみ9話で、他は今回が初登場……のはず。

風の獅子(ヴァーユ・シンハ)
 パッパに秒で散らされた暴風の獅子。
 単純な風魔法の(ヴァーユ)に明確な形を持たせる事で、威力を上げている。

印術(ムドラー)
 作中の通り、忍者の印を参考にしている魔術系統。
 色織り(ルーパパタ)を介さない即席の魔法として絶賛開発中。
 不意打ち気味で発生した戦闘への即応や、多数の敵に複数の魔法をぶつける事をコンセプトとしている。
 印の形と魔法を結んでおく事前準備や、発動に特定の印を結ぶ必要があるなど改善点も多い。

雷迅(ヴァジュラ)
 麻痺効果を持つ雷を模した光属性の魔法。
 当たると光属性ダメージと麻痺効果が発生する。

呪縛(バンダ)
 発動させる方法で効果が変わる闇属性の魔法。
 今回の効果は本来色織り(ルーパパタ)を介した時のもので、縄の形で発現。
 基本的にどの方法で発動させても、込めた魔力が枯渇するまで残留し、分解を試みるとそちら側に侵食する。

曙光(ウシャス)
 アビリティでいうならクリア。

瀧断(ろうだん)
 パッパの技の1つ。 多分もう出てこない。


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準備はあったろう?


そろそろ1つの区切りかなという感じです。
加筆修正に関しても裏で改稿を始めており、更新速度が多少下がるかと思いますが、元々『書けたら出す』でやって来ているので許してください。


 

 

 決闘を経て私が島を発つ権利を得ても、基本的な生活に変化は無い。

 

 

 今日は珍しく朝イチに愚図ったフュンフの対処から始まった。

 普段は寝るのも起きるのもスムーズなフュンフが愚図るのは、大体が体内の魔力生成が放出よりもずっと多くて気持ち悪くなるからだ。

 

 人間が体内に貯蔵できる魔力というのには限界がある。

 普通の子供は、基本的に身体に備わっている放出機能と釣り合う程度しか生成出来ず、身体の成長と共に生成量も増えていく。

 私も平均に比べれば魔力の生成量が多い方だが、生成量に変化が訪れたのは魔法の基礎を学び始めてからだ。

 

 だがフュンフは生まれながらに生成量が異常な程に多い。

 放出に関してもほぼ全身から行えるという物凄く稀有な体質な筈なのに、追い付かない所が彼女の魔力量の多さを物語っている。

 

 

 私1人での魔力暴走への対処は初めてだったが、少しばかり村の地面が抉れたのと、空を覆い始めていた雨雲を吹き飛ばすぐらいの被害で留まった。

 まだ私には真正面から魔力を打ち消すなんて芸当が出来ないので、相も変わらず包んで投げる方式。

 その際にほんの少しだけ風属性の元素を混ぜ込む事で雨雲を吹き飛ばしたのだが、これは今日やる予定だった新魔法が雨だと台無しだからだ。

 

 

 

 そんな朝から始まり、現在時刻は正午を少し過ぎた頃。

 早めに昼餉を済ませた私は、山頂にある背の高い木に登っていた。

 

 

「さーてと、始めますかー!────千里眼(ヴィルーパークシャ)!!」

 

 

 私の目に魔力が寄せ集められる。

 そうして、この言霊と術式によって私は隣の島の街並みを()()()()

 

 

(問題無く成功した! こいつは便()()()魔法が出来たよ!!)

 

 

 今回の成果である千里眼(ヴィルーパークシャ)は、名は体を表すように遠見の魔法である。

 当初は市販の双眼鏡に術式を書き込んで行う予定だったのだが、目から魔力放出が出来そう────つまり、目に魔力を寄せる事が出来ると判明してから調整を続けていたのだ。

 現在は近隣の島の街並みを見る程度で留まっているが、将来的には見渡せる距離を自在にする事も考えている。

 

 この魔法の参考元は、言わずもがなソーンの魔眼だ。

 ソーンと違って平常時は普通の視界なので、発動の手間を考慮しても便利だとは思う。

 感覚に慣れないと遠見しながら移動は出来そうにも無いが。

 

 この魔法の開発理由は覗き────ゲフンゲフン、偵察や遠方からの観察に役立つからに他ならない。

 主人公と幼女の周りには危険がいっぱいであると相場が決まっている。

 だから私がキッチリと目視確認で周囲の安全を密かに保証してあげるのだ。

 

 

(どうにか改良して服の繊維だけ透かせないか……?

 全部を透過する方が逆に楽な気はする。 調整するのが難しそうだな……)

 

 

 決して、悪用はしない。

 服だけ透かす事が出来れば、隠している凶器も事前に発見できるというだけである。

 まさか主人公や幼女の裸を服越しに拝むなどという不埒極まりない使い方をするつもりは無い。

 

 

────改良の際は妹君(エリスマルル)かツクヨミ様で試そう。

 

 

 妹君を対象にするのは私欲に塗れているだけだが、ツクヨミ様に関しては単純に構造が気になっているのもある。

 然しながら、最近のスキンシップが過剰なツクヨミ様に『身体が気になるので脱いでください』とか言ったら、美味しく頂かれるエンドに突入しそうで怖い。

 清純を気取るつもりも、女の快楽に怯えている訳でも無いが、単純に初めてがツクヨミ様なのは絵面がアウトすぎると思う。

 ハーヴィンの少女とヒューマンの少女にしか見えない星晶獣で構成される百合の花──その内の片方は元々男とする──は、背徳感が高過ぎるだろう。

 

 

 

 そんなツクヨミ様だが、ここ暫くは──私を抱きかかえる事だけは頑なにやめないが──クラーバラの捜索報告と、私の魔法に関してお喋りするぐらいとなっている。

 クラーバラの方に関しては、矢張り多少場所を絞った程度では特定が難しく、捜索は難航している。

 場所も分からなければ存命かも不明な辺り本当に無茶なお願いをしているのに、ツクヨミ様はめげずに捜索してくださっている。

 

 報酬と称して私お手製の菓子を要求してくるので随分と料理の腕も上がり、ツクヨミ様も空の民の味──というよりは私の前世の菓子の味──を知る者となった。

 私としてはべっこう飴を舐めている時間が至福だと思っているのだが、ツクヨミ様のお気に入りは甘納豆だ。

 1番気に入ってくれているのは羊羹なのだが、寒天の入手がこの島では安定しないので我慢して貰っている。

 

 

 魔法に関しては、『その魔法はどの場面で活用するんだ』みたいな開発した事に対する文句よりも、言霊に関するものが殆どだ。

 

 曰く────

 

 

「以前、戦場で出会した神鳥(ガルーダ)が好みそうな言霊ばかり。

 御空の燭(ロイルミラ)優婉嫺雅(ゆうえんかんが)*1な言霊を用いるべきです」

 

 

 とのこと。

 

 私はこの文句を頂戴した際に思わず『ガルーダと知り合いなんですか!?』と反応してしまった。

 勿論、そんなインドに心を寄せている私をツクヨミ様が取り合ってくれる訳も無く、返事の代わりに私は暗闇で擽られる地獄を味わった。

 以後ガルーダについては禁句となり、私は貴重なチャンスを1つ失った。

 インド神話に惹かれた人間(前世)としては、シヴァ様と並んで会いたかった星晶獣なのだが……

 

 残念ながら、私の語彙力ではツクヨミ様の好みになりそうな言霊は生み出せそうにも無い。

 既にこの旨も伝えてあるのだが、それでも偶に蒸し返される。

 

 

 言霊は発言する人間の()()を乗せられる方が強い。

 現在では魔術の体系から大きく分かれた呪術系統から続いている非常に古くからある概念だ。

 

 とはいえ魔術だって進歩している訳だから、統一された言霊だったり、言霊を必要としない魔術というのも開発されている。

 実際に『魔術を扱いたいが技を叫ぶのは恥ずかしい』という意見が存在するのだとか。

 

 それでも私が言霊を用いるのは、出力を安定させる事やトリガーにしやすい面が大きい。

 前世の血が『魔法や技は名前を言ってこそだろ!』と騒いでいるのもあるけれど。

 

 

 兎にも角にも、ツクヨミ様の捜索に区切りが着くまでは私の日常は変わらなさそうである。

 ならばこの間に必要な準備や、この島でのやり残しが出ないように色々と片付けをしておこう。

 

 

 

────オクトーと()()()()()()事だけは、島を出る前に済ませておかねば。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 暫くして、オクトーは島に帰ってきた。

 何処で何をしてきたのかは一切明かしてくれなかったが、土産を強請ってみれば『首が欲しいとは酔狂な童よ』と珍しくノッてくれた。

 

 この時、もう一度戦っては貰えないか聞いてみたものの、返ってきた言葉は『暫し待て』のみ。

 断られ無かったのは喜ばしい事だろう。

 然しオクトーの基準が分からないので『暫し』がどれくらいなのかは完全に不明だ。

 これで数年待たされたら流石に島を出るぞ、私は。

 

 

 

(まぁ既にその発言からそろそろ1年が経過するんですけれどもね)

 

 

 私は新しい魔道具を持ちながら、これまでを思い出す。

 

 既に私も12歳になった。 前世ならJSとJCの狭間だ。

 現在の身長は81.5cmと1年でぐんと伸びたし、胸に関しても順調に成長をしている。

 ……まぁ、あくまで成長の基準はハーヴィンであるけれども。

 月の障りも始まって、本格的に身体は女へと変化し続けている。

 中身は大差無い。 いつでも私は妹君か主人公を想っているし、暇さえあれば研究ばかりだ。

 

 オクトーが帰ってくるまでに、結局フュンフは数回しか魔力暴走を起こさなかった。

 少しずつではあるが、彼女自身で制御が出来始めているのかもしれない。

 

 オクトーが帰ってきて再戦の約束を一応取り付けられた後は、それこそ前の日常に戻っていった。

 

 その間に私は何度か港町に行った。

 目的はシェロちゃんとの交流や頼み事、それから旅に必要な物の購入に飴の補充だ。

 言霊を必要とする実験段階の時は兎も角、術式を構築している時や、魔法の全体像を練っていく最初の段階では、糖分の補給と口元を慰める目的で私はひたすら飴を舐めている。

 シェロちゃんの処で買った棒付きキャンディは大当たりで早々に舐め尽くしてしまったから、その後は手作りのべっこう飴で凌ぎ続けていた。

 本当は店の在庫を全て貰う勢いで買いたかったのだが、この何度かの港町遠征は妹君が一緒だったので断念。

 

 1人の時は──己の購買欲との戦いはあるが──何も問題が無かったが、妹君と2人っきりの時は、それはもう理性との戦い。

 襲いたくなる程に可愛い妹君ではあるが、何より恐ろしかったのは、欲しいと思った物を正直に口に出して伝えてくる所。

 それはもう甘やかして全て買ってあげたくなってしまう程の猛毒だったのだが、主人公達に思いを馳せる事で踏みとどまれた私を褒めて欲しい。

 

 

 話を戻して、現在持っているこの魔道具は港町に行った際に購入した市販品を改造した物である。

 名付けるなら魔法(マジック)スポイトと魔法(マジック)シェイカーだろうか。

 我ながら安直なネーミングだと思うが、こういう道具は分かりやすさを重視した方が良いと思っている。

 

 実験は既に済ませているので、後は本番で成功すれば良い。

 私は何だかドタバタと音がしている妹君の部屋をノックする。

 

 

「エリスー? 少しお時間よろしいかーい?」

 

「へーきだよー! 勝手に入ってー!!」

 

 

 入室許可を得たので扉を開ければ、どうやら掃除の最中だったらしい。

 いつも綺麗な部屋なのだからそんなに高頻度で掃除する必要は無いと思うのだが、これを言ったら絶対に自室の掃除をしろと妹君が怒り出す。

 触らぬ神に祟りなし────私はやりたい事だけやって早々に退散するとしよう。

 

 

「エリスちゃんに少しだけ魔力を提供して欲しくて馳せ参じましたー」

 

「エリスの魔力? なんで?」

 

「ふふっ、ちょっとねー。 こんな感じで頂戴するから、見ててね?」

 

 

 そういって私は、掌をスポイトで吸わせる。

 これが魔法(マジック)スポイトの機能、魔力の吸い上げだ。

 私は吸い上げた魔力をシェイカーに手早く入れる。

 

 

「こんな感じで、エリスの掌と髪から吸い上げをさせて欲しいんだ」

 

「掌は分かったけど、髪? 髪って魔力通ってるの?」

 

 

 妹君はまだ学んで無いから──そもそも私が勝手に医学誌を読んで得た知識である──疑問に思うのも当然か。

 私は大雑把に説明をして、髪からの吸い上げも同意を得る事が出来た。

 数秒も掛からずに終わる作業なので、サッと終わらせてシェイカーに入れる。

 

 不思議がる妹君を前に、私はシェイカーを思いっきり振る。

 何も入ってるように見えないし、何も音のしないシェイカーを振っているから、今の私は傍から見たら狂人かもしれない。

 

 暫く振ると、シェイカーの中が淡く光る。

 これが完成の合図で、私の魔力と妹君の魔力が()()()()証拠である。

 

 普通は魔力を混ぜるといってもこんな事をしない。

 もっと丁寧にお互いが糸を撚るようにする作業が必要だ。

 今回の目的にはそこまで多くの魔力は不要だから、こんな単純で視覚的に分かりやすい作業に落とし込めるように術式を構築した。

 少しの楽の為に1から術式をシェイカー内部に書き込むのは非常に大変だったので、多分2度目は無いと思う。

 

 私はシェイカーの蓋を取りつつ、自らの髪に魔法を掛ける。

 特に名前も付けていない範囲指定の魔法だ。

 範囲を指定する、と聞くと中々便利そうだと思う人もいるだろう。

 残念ながら、この魔法で指定出来る範囲は私の身体のみ。

 更にこの魔法の影響を受けてくれる魔法が少なすぎて、基本的には誘導とかにも使えない。

 

 だが、その魔法が唯一かもしれない輝きを放つ瞬間が今だ。

 私はシェイカーの中身──目視出来るものは何も無い──を()()()()()

 

 すると────

 

 

「え? え、え!? お姉ちゃん! その髪の色……」

 

「ふっふーん! どう、エリス? お揃いのワインレッドを入れたお姉ちゃんは?」

 

 

 私のライトグリーンの髪に、ワインレッドがメッシュのように混ざる。

 これがやりたい事────髪にメッシュを入れる、だ。

 今世の私(ロイルミラ)が可愛いお陰でやろうと思えた事である。

 

 この島を離れる都合、定期的に手紙を出そうとも妹君との繋がりはどうしても薄くなってしまう。

 それが余りに辛いのでどうにかしたいと思った時に、私は閃いた。

 

 

────妹君の一部を頂戴すればいいんじゃないか、と。

 

 

 とはいえ、実際に一部を頂戴するのは歪んだ愛とかそういうジャンルである。

 そこで、髪を染めるという行いを前世でしなかった私は、可愛い顔面を手に入れたのをいい事に冒険がしたかったのもあり、それらを叶える一挙両得なアイデアとしてコレを採用した。

 因みに、魔力を媒介として指定した範囲に色を()()()()()()()()()()()ので、どうにかしたいなら毛ごと抜くか、同じ範囲を別の色で塗り直すしかない。

 事故ったら悲惨だが、成功すれば半永久的に染めたままでいられる代物という訳だ。

 

 

 さて、妹君に感想を聞いてみたがなんと返ってくるのやら。

 

 

「似合ってるよお姉ちゃん! お姉ちゃんの髪にエリスが混ざってる!」

 

「ほんとー? ふふっ、エリスの色だよー!」

 

 

 ちゃんと成功しているようで安心。

 実験でやたらとカラフルな鼠を作った甲斐があった。

 

 

「ママにも自慢しに行こ! ほらほら!!」

 

「えっ、ちょっと待って無断で髪染めたからそれは────」

 

 

 喜びや安心も束の間、妹君は死刑宣告をしてきた。

 

 言いかけた通り、この行いは両親に無断でやっている。

 反対されてもどうせやるつもりだったというのは有るが、だからといって態々報告には行きたくない。

 

 娘が島を発つ権利を手に入れて1年が過ぎた頃に、急に髪を染めるのってマッマ的にはどうなんだ。

 明らかに外の島で悪い事してきますって宣言しているように見えやしないか?

 何なら私のメスガキだかギャルだか分からん移行途中のムーブを知っている訳で、マッマからしたら男漁りでも始めると思われても仕方ないのでは?

 

 

(主人公の性癖歪ませてゴールインするつもりだから、男漁りかは兎も角、ふしだらな行為をする予定なのは否定出来ない……?)

 

 

 怒りを買えば、島を発つ前に丸刈りにされるかもしれん。

 もしそうなったらツクヨミ様も巻き込んで皆で丸刈りにするか。

 

 

「ねぇママー! お姉ちゃんを見て! 似合ってて可愛いよねー!?」

 

 

 私が最悪な覚悟の決め方をしていれば、妹君が無邪気に報告を始める。

 

 

「どうしたのエリスー? お姉ちゃんがなぁ……に?」

 

 

 出来上がった薬の確認をしていたマッマが振り向く。

 そして私の顔────否、髪を見て動作が停止する。

 私は最早抵抗も出来ないので、ただただ苦笑いだ。

 

 笑顔のまま固まっていたマッマだったが、直ぐに私に寄ってくる。

 

 

「あらあらあら! まぁまぁまぁ〜! ルミちゃんは赤も似合うのね〜!!」

 

「ふぇ?」

 

 

 想像の斜め上から殴られて間抜けな声が出てしまった。

 

 

「やっぱりママとパパの子ね〜! 赤が入った事でちょっと大人っぽく見えるかしら。

 お化粧もちゃんとする? 確かルミちゃん、魔力で風景を描く面白いカンバスを持っていたわよね!

 キッチリお粧しして描き残しましょう!!」

 

 

 私がリアクションすら取れない間に、人の改造魔道具まで用いる方向性で勝手に話を進めるマッマ。

 それを聞いて『いいね! エリスも一緒に描いて欲しい!!』なんて可愛らしい同調をしている妹君。

 

 

────この家、もしかして私以外も大概おかしな人達しかいない……?

 

 

 

 私はマッマに流されるように化粧をしたり服を着替えたりしながら、我が家の面々が実はおかしいのでは無いかという疑惑と向き合っていた。

 

 

 描き残された絵は、大事にこの家に残して貰おうと思う。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 私が髪を染めてから最初の満月。

 

 ツクヨミ様は私の髪を見て開口一番にこう述べた。

 

 

────何故染めるなら黒では無いのか、と。

 

 

 私としては、ツクヨミ様は最終的に一緒に旅をする事になる存在だから、態々こういう形で意匠を取り入れるみたいな事しないで良いと思うのだが。

 何か付けるにしても月のアクセサリーとかじゃ駄目なのかと本人に聞けば、『むむむ』なんて声に出して悩んだ末に渋々納得してくれた。

 

 

 そこから幾つかの雑談を挟んだ後。

 ツクヨミ様は可愛らしい咳払いをして、私に告げた。

 

 

御空の燭(ロイルミラ)、貴方の探す者を見付けました」

 

「本当ですか!?」

 

 

 そう、クラーバラを遂に見つけたというのだ。

 

 空域図を取り出して、場所を確認する。

 乗合艇の航路では遠回りすぎるその島は、東方と言っているだけあって随分と空域内の東────それも北東寄りだった。

 

 場所が分かったものの、この島から向かうには貨物艇や商団艇に乗せて貰えないと、航路次第では1ヶ月近く船旅になりそうだ。

 

 

(シェロちゃんにも話を通して、近い場所を通る艇を見繕って貰った方が結果的に早いか……?)

 

 

 シェロちゃんとは前回の港町遠征でも会う事が出来たので、既にそれなりに仲良し。

 これぐらいならツケても許してくれると思う。

 以前の港町で生地の仕入れを頼んだ際に、島を発つ時に護衛の名目で乗船する事を交渉してくれないかとは伝えてある訳だし。

 

 目的地が判明したなら、後は出るだけだ。

 オクトーとの再戦を待つ間に、出発の準備はほぼ終わらせてある。

 今一つ、強さの方面での成長が停滞気味なので刺激が欲しいが、オクトーと戦えればこの悩みも解消すると私は信じている。

 

 

(兎にも角にもオクトーと戦ってからな気がしちゃうなー。

 一体いつになったら相手してくれるんだ、あのお爺ちゃん)

 

 

 ふと、ツクヨミ様が私の頭を撫でる。 何かあったのだろうかと顔を上げる。

 

 

「……貴方は」

 

 

 そう発言して1度口を噤む。 暫くして、ツクヨミ様は言葉を紡ぐ。

 

 

「貴方は、この島を離れるのですか」

 

 

 これは質問じゃなく、確認だろう。

 

 まだ私はツクヨミ様に教えの最奥に関して話せていない。

 だからツクヨミ様からすれば、私が島を発つ事は別れを意味している。

 それならば、ここらで少し明かしていこう。

 

 

「そうですね。 私には夢が有りますから」

 

「夢……」

 

 

 そこから私は、ツクヨミ様に夢の一部を話していく。

 

 様々な島を巡りたい、様々な文化に触れたい、様々な技術を目にしたい、様々な魔法を試したい、様々な人と語りたい。

 

 

 そして────

 

 

(ロイルミラ)(転生者)である時から想いを寄せる人に出会い、共に旅をして、その者に寄り添う事が私の夢です」

 

 

 家族にも打ち明けない(本音)を、少し暈しながらも伝える。

 きっと教えの最奥をするなら、ツクヨミ様はこの先も知るのだから、少しぐらい先走っても良いだろう。

 

 

「そして私の夢に、ツクヨミ様は欠けてはならない存在です」

 

「我が……? それは我が星の獣だからですか?」

 

「そうです。 でも、星晶獣なら誰でも良かったとは思いません」

 

 

 下手な隠し方だとツクヨミ様にはバレる。

 だから隠さずに直球で投げる。 偽らざる本心だから、恥ずかしい事を抜きにすれば私にダメージは無い。

 

 

「そう……そうですか」

 

「ですから、ツクヨミ様。 友として、そして星晶獣と人として、私と────」

 

御空の燭(ロイルミラ)

 

 

 ふと、私の言葉を遮るツクヨミ様。

 その顔を見て、私は急ぎすぎた事を察する。

 

 ツクヨミ様は未だに自分の在り方に悩んでいる。

 ただでさえ、星晶獣としてどうすれば良いか悩んでいるツクヨミ様に、新しい道まで提案してどうするのだ私は。

 

 

「す、すみませんツクヨミ様。 些か気が急いていました」

 

「いいえ、御空の燭(ロイルミラ)。 我が懊悩呻吟しているばかりに……」

 

 

 

 結局、この夜は夜明け前まで2人とも何も喋らなかった。

 

 帰り際にツクヨミ様は、私を撫でて言う。

 

 

御空の燭(ロイルミラ)、貴方が告げる筈の言葉の先を我は理解しています。

 貴方の提案を我が汲むか否かは、きっと我等の関わりを大きく左右するでしょう」

 

「そう……ですね。 私が急いてしまったばかりに、私とツクヨミ様は岐路に立っているのだと思います」

 

「いずれ来る時ではあります。

 我が────否、我等が望の下を歩けるように、暫くの時間を貰えますか?」

 

 

 悠久を生きる星晶獣であるツクヨミ様の言う『暫くの時間』は、一体どれぐらいの時間になるだろう。

 私はそれを待てるのだろうか?

 

 きっと今までの私なら待てない。

 

 だが────

 

 

「待ちますよ。 私はツクヨミ様の友ですから。

 何日でも、何ヶ月でも、何年でも。 ツクヨミ様を信じます」

 

 

 何故だか、今の私なら待てると思えた。

 ツクヨミ様がそこまで待たせないと思っているのかもしれない。

 何にせよ、私は待てる。 故に信じる事にした。

 

 

 

 

 この日を境に、ツクヨミ様はこの島に来なくなった。

 今もきっと悩んでいるのだと思う。

 私とツクヨミ様が望の下────満月の明るい道を歩けるような未来を。

 

 

 

────そこから更に暫く。

 

 

 『時は満ちた。 祠にて待つ』とだけ書かれた紙を握る私。

 

 

 村に流れる風が冷たさを増していく中、私の闘志は燃え始めていた。

*1
美しく気品があるさま。




というわけで次回も戦闘です。
当初の予定では、島を出る前はこんなに戦う筈じゃ無かったので行き当たりばったりの恐ろしさを実感しています。


古戦場が始まりましたね。
無事に乗り越えて、この作品でまた会いましょう。


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奥義はあったろう?


ここで1つの区切りです。

また、今回は連続投稿でこちらが1話目となります。

22/05/21 ロイルミラの年齢に関して追記・修正


 

 

 オクトーは祠の前で普段通りに瞑想をしていた。

 

 然し、私が到着したと気付くや否や立ち上がる。

 徐に辺りを見回し、祠から距離を取る。

 

 既に戦闘する前提で彼は動いているのだろう。

 辺りを見回したのは多分、周囲の魔物の気配や戦闘の被害を考えたんだと思う。

 オクトーなりに気を遣っているのだと分かる。

 

 

 そうして確認が済めば────

 

 

「如何した童、疾く構えよ」

 

「ちょーっと待ったー!!」

 

 

 まるでそれが当然かのように私に促してくるオクトー。

 私は──再戦を待ち焦がれていた事に違いは無いが──そこまで急いで戦いたい訳じゃない。

 それにルールも決めていないのに、この人の基準で戦闘するのは終わりが分からなさすぎて困る。

 

 

「ルールも決めずに戦う奴がありますかー!?」

 

「剣で語らう事に由緒ある仕来りなぞ無かろう」

 

 

 うーん、この戦闘狂。 自己研鑽以外の悉くを削ぎ落としたにしてもやり過ぎだろう。

 

 私は別に剣で語る為に戦いたいんじゃない。

 私がオクトーと戦いたいのは踏ん切りを付ける為、そして停滞気味の私に新しい風を入れる為だ。

 

 勝つつもりで当然挑むのは前と変わらず────否、前以上に強いが、勝敗以前に何か掴めなければどの道それは私の負け。

 ルール無用のタイマンじゃ万に一つも勝ち目が無く、スパッと斬られて終わりである。

 

 

「────という訳で、お爺ちゃんは刀1本だけね!」

 

「……」

 

 

 私が勝手に吹っ掛けたルールに、オクトーは瞼を閉じる。

 それを見て私は合意と看做し、オクトーの正面に向けて歩く。

 普通ならガン無視されていると捉えてしまいそうな返し方だが、それなりに付き合っていれば分かる。

 オクトーは何だかんだ文句があれば言ってくれるので、それが無ければ合意という事だ。

 

 今回の作戦だが、先ず前提としてオクトーは仕掛けて来ない。

 そう思う理由は単純で、先程オクトーはこちらに構えるよう急かした時も、こうして私が構えている最中でも構える気が皆無。

 恐らくだが、自分から手は出さないと宣言している。

 それはつまり、私がどれだけ大振りで隙だらけでも良いという事になる。

 

 

開幕からぶっぱなす(アサルトタイムだ)!!)

 

 

「始めるけどへーき?」

 

「来い」

 

 

 相も変わらず単調な返しだ。

 

 

「それじゃ、遠慮無く。 色織り(ルーパパタ)────」

 

 

 左手で魔法陣を展開する。

 今回は初手から全力。 自分の魔力に属性元素をモリモリ混ぜ込んでいく。

 

 

四大元素に希少元素融合(マハーブータ・エーテルヨーガ)

 

 

 起動させるのは今の私の最高傑作。

 左手に魔力も属性元素も、それに周囲の属性元素だってガンガン混ぜる。

 私の左手付近が、属性元素を集めすぎて様々な色で光る。

 

 この光り輝く現象は『魔力光』という、割とそのままな名称が付いている。

 本来は自然現象の1つで、著しく属性元素の偏った地域──例えばバルツの火山──で目にする事が出来るものだ。

 

 私は、自らの魔力が自身の属性元素に偏りすぎない体質を利用して、周囲に魔力をばら撒く事で属性元素を活性化させられる事を発見した。

 この技の際に行う色織り(ルーパパタ)は、他と違って自身の魔力と属性元素を混ぜる工程だけで無く、魔力を放出して周りの属性元素を活性化させる工程を含む。

 要は、魔力という餌を放出して属性元素を大きくさせるのだ。

 そうして活性化した属性元素を左手に寄せ集める事で、魔力光が人工的に発生する。

 遠当てのように収束させれば誰でも魔力光の発生は出来るが、ここまで光らせる人はそう多くないと思う。

 

 

「ちゃんと受け止めてね……! 今の私の全力をさ!」

 

 

 私は光り輝く左手を刀に添える。

 そうすると輝きは刀に移り、今度は刀が虹色に光ってバチバチと稲妻を走らせる。

 

 

 私は刀を両手で握って大きく振り上げて────

 

 

ガガナガンジャ!!

 

 

────勢いに任せて振り下ろす!!

 

 

 全属性を混ぜ込んだ一閃は、轟音と爆風を伴ってオクトーへ向かう。

 オクトーは自らに向かってくる全力に抜刀を以て応える。

 

 

「行くぞぉ!!」

 

 

 オクトーが刀を振る。

 

 たったそれだけの行為で、今の私の全力(ガガナガンジャ)は霧散していく。

 残るのは煌めく属性元素と抉れた大地。

 

 

────そう、属性元素はまだそこにある。

 

 

羅睺計都(ラーフ・ケートゥ)!!」

 

 

 私の言霊を合図に、煌めく属性元素が上下から挟むようにオクトーに向けて襲い掛かる。

 

 

 ガガナガンジャは、ゲームでいう奥義後にアビリティを自動発動するタイプだ。

 属性元素が残留する現象については、私が自分のも周りのも含めて属性元素を過剰なまでに寄せ集めているから発生する。

 実際に試した事が無いので推測だが、残留した属性元素を放置しておくと所謂『エレメンタル』と呼ばれる精霊系の発生を促す可能性がある。

 羅睺計都(ラーフ・ケートゥ)を使って発散させなければ、私は魔物の生みの親になりかねないのだ。

 

 

「いぃやぁ!」

 

 

 オクトーは羅睺計都(ラーフ・ケートゥ)も当然のように斬る。

 ……どうやっているのかは相変わらず分かんないな、アレ。

 

 

 意味の分からない事を平然とやってのけるオクトーはさておき、羅睺計都(ラーフ・ケートゥ)は単純な全属性攻撃では無い。

 先述したように残留した属性元素の発散を目的としつつ、継戦能力を向上させる為に、周囲に放出しまくった私の魔力を一部の属性元素ごと回収する魔法だ。

 放出した魔力と属性元素の回収なんて、と思うかもしれないが、これはあのマスクを専門外の体系なりに解き明かそうと再現する過程で生まれた偶然の産物である。

 その偶然のお陰で、私の奥義(ガガナガンジャ)はバカみたいに魔力放出をしても釣り合いが取れるようになっている。

 羅睺計都(ラーフ・ケートゥ)が生まれてなければ、私の将来は短期火力特化かサポーターだったと思う。

 

 

 私はオクトーとの間合いを詰めながら、回収した魔力にものを言わせて魔法を発動させ続ける。

 基礎的な魔法を乱射して兎に角牽制。

 オクトーに効果が有るとは思っていないが、念には念をという奴だ。

 

 

色織り(ルーパパタ)四大元素(マハーブータ)────」

 

「遅い」

 

 

 後少しで間合いになるから次に移行するつもりの私に向けて、刀を振り下ろすオクトー。

 私が前よりもやれると判断したようで、攻撃に転じてくれたらしい。

 

 その巨躯からは考えられない速度で迫り来る刀を、術を継続しながら刀で流そうと試みる。

 刀から出ちゃいけないようなガリガリという音と共に、私の右腕に尋常ではない負荷が掛かった。

 

 

「ぐぅ! おっも!!」

 

「刀を流すにも限度は有る」

 

「仰る通りで……ございますねっ!! 風の獅子(ヴァーユ・シンハ)!」

 

 

 右腕の感覚が分からなくなるのでは無いかと錯覚する程の重みをギリギリ受け流し、魔法で反撃。

 オクトーは俊敏にそれを躱し、私の間合いの外から再度斬りに掛かる。

 

 

印術(ムドラー)────呪縛(バンダ)!」

 

「ふんっ!」

 

 

 私はオクトーの意識を少しでも逸らす為に印を結ぶ。

 

 印術(ムドラー)で発動させた呪縛(バンダ)は対象を追尾し続ける黒煙となる。

 致死性を排している為に無害の煙だが、吸い込めば噎せるし視界は著しく悪化する。

 

 だが、あろう事かオクトーはそれを()()()霧散させる。

 

 

「無茶苦茶過ぎるんですけど……ッ!」

 

 

 思わず愚痴る私。 愚痴のついでに切り上げる。

 

 甲高い音が鳴り響き、私は弾かれる。

 オクトーは一瞬で刀を返して私を弾き飛ばしたのだ。

 

 

(あのデカい図体をどう動かしたらその速度が出るんだよ!

 しかも綺麗に()()()()()()()せいで、私のボディーがガラ空きでしてよ!?)

 

 

 オクトーはあの一瞬で、私の小柄な身体からの切り上げを下から掬って別の方向に流すという弾き方をした。

 脳内の似非お嬢様が指摘した通りのガラ空きボディーをカバーする為に、私は左手を刀から離して印を結ぶ。

 

 

印術(ムドラー)────土遁(クシティ)!」

 

 

 印を結んだ指を通じて、指定した部分の土が途端に泥へと変質しながらオクトーを襲う。

 遅延(スロウ)効果を内包した土属性魔法である。

 

 オクトーは目にも留まらぬ速さでそれを躱し、私の後ろを取ろうと動く。

 

 

印術(ムドラー)────縮地(クシャナ)!」

 

 

 私は背後からの一撃に、今までからは考えられない速度で反転して応戦する。

 

 縮地(クシャナ)なんて名前をしているが、光の属性元素を電気信号に置換して無理やり身体を動かすという、長時間行使したら身体がぶっ壊れる魔法である。

 当然、私は主人公に会う事も出来無いまま身体をぶっ壊したくは無いので効果時間は非常に短い。

 

 力の差でオクトーから弾き飛ばされるが、効果時間が残ってる内に即座に距離を詰め直す。

 異常な速度のまま、今度はオクトーの背後を取ろうと動く。

 私はオクトーの後ろを()()()

 

 

「態々後ろを取らせてくれる辺り、余裕じゃん、ね!!」

 

「温い」

 

 

 連撃(TA)の全てに、背に回しただけの刀を合わせて受け止められる。

 直後、オクトーからまさかの回し蹴りが飛んでくる。

 

 

「ぐぁ!?」

 

「不測に備えよ」

 

 

 私を蹴り飛ばしたオクトーは、そう言いながら()()()間合いを詰める。

 地面を転がりつつ、私は口に魔力を溜める。

 

 

(こいつならどうだ……! 雷迅(ヴァジュラ)!)

 

 

 不意打ちで口から雷を吐くも────

 

 

「児戯よ」

 

 

 それが自然であるかのように斬り捨てるオクトー。

 だが、お陰で体勢を戻す時間だけは得られた。

 

 

羅睺計都(ラーフ・ケートゥ)!!」

 

 

 魔法を使いまくったお陰でガス欠が見え始めている。

 私は再度、煌めく属性元素をオクトーに仕向けながら回復を図る。

 

 又しても斬られて霧散した魔力と属性元素達。

 

 だが2度目の羅睺計都(ラーフ・ケートゥ)のお陰で、周囲の属性元素も随分取り込めた。

 私は刀に魔力と取り込んだ属性元素を寄せ集める。

 

 

幻影の武器(マーヤーシャストラ)

 

 

 言霊によって、寄せ集めた魔力と属性元素が形を成していく。

 そこには宙に浮かぶ、もう1本の刀が出来ていた。

 

 これが私なりの追撃付与(ドラゴンブレイク)だ。

 周囲の属性元素を羅睺計都(ラーフ・ケートゥ)の魔力回収に巻き込みながら取り込む事で、その分だけ確かな実体を伴って発現する幻の武器。

 私の練度と現在の具合だと、どれだけ盛ってもMAXで5割追撃が精々だろう。

 一応、限界まで取り込む事に成功すれば8割までは届くようになっている。

 ……物凄く時間が掛かるので実用性がまだ低いのだけれども。

 

 私は自らの刀に追随する幻の刀の具合を確かめつつ、距離を詰めながらオクトーに向かって跳躍する。

 

 

「パパ直伝の技を見よ、ってね! 剣河射水(けんがしゃすい)!!」

 

「ほう」

 

 

 オクトーの背丈を越える事は叶わずとも、今までよりも高い打点からの袈裟斬り。

 オクトーはそれを刀で受け止める。

 

 

 剣河射水(けんがしゃすい)は本来、水を纏った刀で斬り、返す刀で水を射ち出すという複数を相手取る為の技だ。

 今回は水では無く幻影の武器(マーヤーシャストラ)を射ち出すし、複数を相手取る為の技をオクトー1人にぶつけるのだが。

 狙うは勿論、オクトーのガラ空きになっている腹だ。

 

 オクトーは力を込めて私を弾き飛ばし、瞬時に刀を振るって幻影の武器(マーヤーシャストラ)を打ち消す。

 更におまけと言わんばかりに私に向けて一閃。

 私は着地の間際に迫る一閃に対して、()()()()()()()()左手で魔法陣を展開する。

 

 刀を握ったままだろうと、やろうと思えば魔法陣は展開出来るのだ。

 万が一にも魔法を暴発させたら刀が駄目になるので、普段ならやらない事ではあるが。

 

 

色織り(ルーパパタ)希少元素(エーテル)────雷鳴の手(メーガナーダ・ハスタ)!」

 

 

 私の左手から雷が迸り、私の刀とオクトーの刀を通じて彼の全身を貫く。

 本当に僅かだが効いたようで、オクトーが少しだけ硬直した。

 

 私はその隙を逃すまいと、受け止めたせいで痺れる腕を無理やり動かして切り上げる。

 

 

逆水(さかみず)────ッ!?」

 

 

 私の切り上げを()()()()、瞬きの間にオクトーが躱す。

 

 しかもそれは躱すだけに留まらず────

 

 

(後ろに回られている……!?)

 

 

「────終いだな」

 

 

 私に向けて、何度目かの振り下ろされる刀。

 この痺れが抜けきらない腕で受け止めるのは不可能、受け流すのも難しいだろう。

 そもそも、刀を上げた向きの都合で今からじゃ間に合わない。

 魔法で凌ごうにも時間が足りない。

 色織り(ルーパパタ)にしろ印術(ムドラー)にしろ、流石にこの速度じゃ発動より先に斬られる。

 

 

 

 残るは一か八かの賭け。

 

 

 私は不格好にも膝を曲げて姿勢を前傾にして、()()()()()()()()()()()

 成功しろと念じながら、兎に角残りの魔力を全て放出する勢いで寄せる。

 

 

翔べえええええぇぇぇ!!

 

 

────刹那。

 

 

 大地の割れる音が響き、辺り一面を土煙が覆う。

 

 

 

 煙が晴れ、そこに映るのは()()()()()()オクトーの刀。

 

 

「……進めたか」

 

 

 オクトーは納刀して呟く。

 

 いつも通りの無愛想であるが、その顔は僅かに微笑んでいるようにも見えた。

 

 

 尤も────

 

 

「きゅぅ……」

 

「……ふむ。 制御出来ずに木に激突したか」

 

 

 私がオクトーのそんな珍しい表情を見る事は叶わなかったのだが。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 私が目覚めた時には、空は黄昏に染まっていた。

 戦い始めたのは午前だった事を思えば、随分と寝ていたらしい。

 

 

「目覚めたか」

 

「お、お爺ちゃん……」

 

 

 私を背負って家に帰すという選択肢を何故か取らずに、起きるまで待つ事を選択したオクトーがそこに居た。

 この時点でお察しだと思うが、未だに山の中である。

 ……いや、本当になんで担いで帰るぐらいの気遣いをしてくれなかったんだ。

 

 

「どうせ気絶から目覚めるなら『知らない天井だ』をしたかったんだけど」

 

 

 伝わらない事を前提に愚痴を零してみれば、矢張りというか無視された。

 

 オクトーは基本的に私の言葉にリアクションすら返してくれない。

 だからこそ偶に返ってくるリアクションだけで一喜一憂出来てしまう訳だが……

 こういう所が人間関係を拗らせる要因なのでは無いだろうか。

 

 

(でもまぁ、オクトーから毎回キッチリ返事されたら解釈違いかもしれん……)

 

 

 私は主人公に──出会ってもいないのに──デカめの感情をぶつけがちだが、他のキャラからクソデカ感情をぶつけられてもきっと困惑してしまう。

 前世(プレイヤー)の頃はそういう妄想もしていた筈だが、自分の好きだったハーヴィンの皆様方が主人公より私に感情をぶつけて来たら解釈違いでキレるかもしれない。

 

 オクトーに関してもそうだ。

 特別な反応をするのは主人公とフュンフ及び十天衆────それから和解後のナルメアやジンだけで良い。

 これだけ絡んでおいて今更だが、私にまで気を遣われても何だか困ってしまうような、そうでも無いような。

 

 そういう意味で言えば、気絶しているのを理解していながら家まで届けてくれる訳でも無く、かといって見捨てて山に放置しない今のオクトーは解釈が一致しているのかもしれない。

 

 

「……いや普通は送り届けるだろ」

 

「先程から何を呟いておる、童」

 

「んぴゃぃ!?」

 

 

 どうやら声に出していたらしい。

 驚きの余り奇妙な鳴き声を発してしまった。

 

 

「して童よ、飛翔の術は掴めたか」

 

 

 私が鳴き声を恥じて顔を赤らめていれば、オクトーから話を振ってきた。

 しかも内容が飛翔術────即ち魔術の話とは。

 

 

「お陰様でコツは掴めた……かな?

 安定させる為にこれから暫くは反復練習が必要だろうけど、お爺ちゃんが与えてくれた切っ掛けを無駄にしないよう頑張るね!」

 

「……下るぞ」

 

 

 聞いておきながら返答は下山の宣言。

 主人公と出会うまで────否、主人公と出会ってもこの無愛想な態度が完全に変わる事は無い。

 

 だが、そんな彼に安心感すら覚えている。

 私は早速、足に魔力を寄せ集めて、背を向けたオクトー目掛けて翔ぶ。

 オクトーは拒みもせずに私が背に張り付くのを許した。

 

 

────私はオクトーの視界に映る強者になれるだろうか。

 

 

 私の心に新たな欲が湧く。

 

 今回の戦いは私にとって莫大な経験値となったが、オクトーはそれでも手を抜いていた。

 刀の本数を指定したのは私なのでそこは良いのだが、後ろを取る事を許したり、態々蹴飛ばした相手を歩いて間合いを詰めたり。

 もっと言えば、攻撃の直前か直後にほぼ必ず喋ってくれていた。

 アレは私にタイミングを教える、乃至はそうやって思わせる事で攻撃をずらすテクニックだったのではとさえ思える。

 

 

(確実に地獄の道なのに、こんなにも後を追い掛けたくなる。

 これが強者に魅せられるって奴なんだろうか……?)

 

 

 黄昏の空が藍に染まり、月が昇って沈んでも。

 

 心に湧いた欲が消えないと知った時、私はその欲を()と言い換える事に決めた。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 冬と呼称するには遅く、春と呼ぶには未だ早い季節。

 早朝にも関わらず、港には白い息を吐く私と家族が居た。

 

 

 オクトーが待たせすぎたせいで13歳を迎えてしまった私は今日、故郷の島を発つ。

 目的地はクラーバラ達の住む島。

 シェロちゃんに交渉を頼んだ甲斐も有り、貨物艇に護衛の名目で乗艇を許された。

 これならば乗合艇よりも早く到着出来る事が見込める。

 それでも最短で約10日間、魔物の襲来頻度が高かったり賊に出会ったりすれば倍に伸びてもおかしくないというから恐ろしい。

 

 

 家族には村で別れる予定だったのだが、見送りぐらいはと言われてしまって断れず、こうして港まで来てしまっていた。

 

 オクトーとフュンフにも挨拶済みだ。

 

 オクトーからは『再び見えた時は刀を以て思い出す』という、実質的に忘れるかもしれん宣言をされた。

 本当に他人に対して興味が薄過ぎると思う。

 然しながら、餞として高価そうな拭紙を贈ってくれた辺り、矢張り子供に甘い。

 

 フュンフは理解していなさそうだったので、プレゼントとしてヘアピン──市販のシンプルな物に魔法糸製の花を編んでくっ付けた代物──を渡した。

 いつか再会の時に付けてくれていたら嬉しい気もするし、付けていなくても原作通りなので良いという、私欲を満たすプレゼントである。

 

 

「気を付けるのよルミちゃん。

 ルミちゃんが幾ら強くても、絶対は無いから────」

 

「はいはい! ママそれ何回目ー?

 これ以上聞いたら耳にタコが出来そうだよ」

 

 

 マッマは私が島を発つと決めてからずっとこの調子だ。

 手紙を書く約束までしているのに、そこまで心配しなくても良いと思うのだが。

 

 

「ママの心配も汲んでやりなさい、ルミ」

 

「それは勿論分かってるんだよ? でもパパだってこんなに念を押されたら困るでしょ?」

 

「む……」

 

「あ・な・た〜? どうしてそこで躊躇うのかしら〜?」

 

「いや、これは────」

 

 

 パッパから追撃が飛んできたが私は知っている。

 パッパも過剰に心配されると、かえって反発するタイプの人間だと。

 それを指摘してみればマッマとイチャイチャし始めたので、私は愛しの妹君(エリスマルル)に目を向ける。

 

 妹君は私が島を発つ事に対して大きなリアクションは取らなかった。

 ただ、目元が赤くなっている事から随分と泣いたのだろう。

 今も伏し目がちで、私が島から出て行く事を見ないようにしているのかと思えてしまう。

 

 

「エリス」

 

「……なーに、お姉ちゃん」

 

 

 声を掛けると悄気た声が返ってくる。

 

 

「お姉ちゃんの夢、応援してくれる?」

 

 

 妹君は私の(建前)であるイスタルシアがどういうものかも知らなかった。

 私が話をした後に両親から教えられているとは聞いたが、その後も私に何か言ってきた事は無い。

 妹君には、夢を追う私がどう見えているのだろうか。

 

 

「……応援するよ。 お姉ちゃんなら辿り着くでしょ?」

 

「もっっちろん!! 何ならお土産、期待しても良いよー?」

 

「空の果てからのお土産って、想像も出来ないんだけど……」

 

「うーん……お宝とか?」

 

「……お姉ちゃんがイスタルシアを宝島みたいに思ってるのは分かったよ」

 

 

 冗談のつもりで言ったのだが、妹君から何故か冷めた視線が送られる。

 この分なら少しは元気が戻ったと思って良いだろうか。

 ただ、私の3つ下の子がそんな現実を見たようなコメントしないで欲しい。

 こちとら中身が中年なのに宝島を夢見て旅を始めるイタい人になりたい訳では無いのだ。

 

 

「ロイルミラさ〜ん!」

 

「シェロちゃ……シェロカルテさん!」

 

 

 妹君にどう弁解するか考えてれば、聞き馴染みのある緩い声。

 うっかりシェロちゃんと呼びそうになり、私は慌てて軌道修正。

 シェロちゃん自身はそう呼んでも多分怒らないが、両親も居るこの空間でお世話になる年上の人を気安く呼ぶのは宜しくないだろう。

 

 

「護衛の依頼、よろしくお願いしますね〜?」

 

「はいっ! シェロ……カルテさんが繋いでくれた初依頼ですから!

 しっかり成功させます!」

 

「それと、頼まれていた物も用意が出来ましたので、落ち着いたらシェロちゃんにもお手紙をくださいね〜!」

 

 

 私はパァっと顔を輝かせてブンブンと頷く。

 

 結局、シェロちゃんにはJK風の魔法戦士用の生地を全て頼み、追加で飴の定期補充も頼んである。

 対価としてお金は勿論の事、私はシェロちゃんからの依頼を優先してこなす契約になっている。

 シェロちゃんと両親が長い付き合いなのもあって、無茶な依頼を回したりはしないという保証まで貰ってしまった。

 破格の契約過ぎて、少しだけ裏があるかと思ったのは許して欲しい。

 

 

「おいチビッ子ー!! 艇を出すから乗ってくれー!」

 

 

 私を呼ぶドラフのおじさん。

 今回の護衛対象である貨物艇を仕切る、艇長のおじさんだ。

 

 

「それじゃあ、行ってきます!!」

 

 

 私は家族とシェロちゃんに向かって元気良く告げる。

 

 例の黒マスクを口に当てて、刀の位置を確認しつつ、荷物が詰まった鞄を担ぎ直す。

 

 

 貨物艇に乗り込んで艇員に挨拶をしながら、私は空を仰ぐ。

 私の髪を新たに彩る飾りの月が、陽光を浴びて煌めく。

 優しい風が私の髪を撫でて、船出を祝福してくれているかのようだ。

 

 

────先ずはクラーバラを救う。

 

 

 私は当座の目標を改めて胸に刻みながら、手を振る家族に手を振り返すのだった。




そろそろ20話が見えてくる頃になって漸くの旅立ちです。

次話にてロイルミラの現在のスペックと少しのおまけを挟みます。


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おまけはあったろう?


現在のロイルミラを紹介しつつ、少しのおまけです。

こちらは連続投稿の2話目となります。

22/05/21 ロイルミラの年齢を修正

23/01/30 黄泉センター様より支援絵を頂きました。有難う御座います!

https://img.syosetu.org/img/user/396196/107367.JPG


 

 

名前:ロイルミラ

年齢:13歳

種族:ハーヴィン

身長:81.5cm(成長中)

体重:むちぷにを恐れて追い込んでいる

容姿:小麦色の肌と金色の瞳を持つ

   デコ出しのロングストレートヘアで、月を模した髪飾りをしている

   髪色はライトグリーンにワインレッドのメッシュ

   白のシャツワンピースとレザーの胸当てが基本の服装

   腰には魔法糸で刺繍を施した帯刀ベルト

   足元は黒のサイハイソックスにショートブーツ

趣味:買い物、研究(お洒落、魔術、剣術問わず)

好き:棒付きキャンディ、ツクヨミ様、主人公

苦手:退屈な時間

 

得意武器:刀

属性:全属性(光が特に秀でている)

得物:刃長が約55cmの霊銀刀に類似した拵えの刀

剣術:父直伝の技を修めているものの、本人は魔法が本懐と思っているのかあまり用いない

魔術:色織り(ルーパパタ)による周囲の属性元素を利用する方式と、印術(ムドラー)による印を結んで発動する方式を扱う

魔力:常人より生成量が多く、修行の結果、両手以外に口と目から魔力放出が行える

   現在は飛翔術を会得する為に、足からの魔力放出を修行中

 

家族:両親、妹(3歳下)

交友:村人、ツクヨミ、オクトー、フュンフ、シェロカルテなど

 

 

 

 

 

  §  §

 

 

 

 

 

 ファータ・グランデの辺境、名も無き島の竹林にて。

 

 

 星晶獣ツクヨミは烏羽玉の髪を風に揺らしながら、悩まし気な表情で月を眺めている。

 

 想うのは御空の燭(ロイルミラ)

 

 小さき彼女を輝きと形容するのは如何かと思ったツクヨミは、幼き光であるとして彼女を燭と称した。

 彼女との出会いから7~8年が経ち、ツクヨミは人の子の成長速度に目を瞠ると同時に、燭であった彼女が輝きを増していく事に恐怖していた。

 

────何れは我の夜闇で染めなければならない。

 

 ツクヨミは当初、(子供)輝き(大人)となった暁には夜闇で染める(戦って殺す)つもりだった。

 それが自らの存在意義で、与えられた役割だと思っていたからである。

 

 だが今は────

 

 

「今宵の月は幽き光……なれど、淡き光は多岐亡羊を照らす導となりましょう」

 

「カグヤ……」

 

 

 ツクヨミの隣に星晶獣が舞い降りる。

 月に縁のある星晶獣、カグヤ。

 ツクヨミの友であり、人と関わった事のある先達でもあった。

 

 

「人の子の生は短い。 道が闇に覆われていようと、照らされるまで待っている内に人の子は輝きを失う」

 

「っ……ですが、我は────」

 

「故に運命の時を定め、それまで懊悩し、決断するのです。

 悠久を生きる我らと、刹那を歩む人の子が交われるように」

 

 

 ツクヨミはカグヤの言葉に何も返せなかった。

 

 ロイルミラは何年も待つと言ってくれていた。

 きっとそれは彼女にとって偽りの無い言葉だったのだろう。

 だが、ロイルミラとツクヨミは圧倒的に生きていられる時間が違う。

 自らがどの道を歩むにせよ、彼女が生きていなければ選択する事すら許されないのだ。

 

 

「貴女の見初めた人の子は、剣の刃を渡るでしょう」

 

「……ええ。 御空の燭(ロイルミラ)の夢は、闇路へと伸び行く危うき道です」

 

「貴女が黄泉に誘うまでも無く、人の子は儚く命を散らすのです」

 

 

 今度は当たり前な事を蒸し返されているような気分だった。

 

 覇空戦争の際にツクヨミも人を殺めているし、他の星晶獣によって人の命が散っていく様も見ている。

 人の儚さなど、かの戦争を経験していれば言われるまでも無い。

 

 

────だからこそ、御空の燭(ロイルミラ)には既に()()()()()()というのに。

 

 

「違うのです、ツクヨミ」

 

「カグヤ……?」

 

「貴女の云う燭は、天の原に返り行く事も叶わない。

 願う夢の代償は夢の大きさに比例する」

 

 

 何を知っているのだろう、とツクヨミはカグヤを訝しむ。

 (ツクヨミ)ですら知らされていない夢を(ロイルミラ)がカグヤに語ったのだろうか?

 出会った事も無いような素振りからして違うと思いつつ、ツクヨミは聞かずにはいられなかった。

 

 

「貴女は何を知っているのです?」

 

「……彼女は()を眺めています」

 

 

 ツクヨミの問い掛けに対して、答えでは無い言葉を返すカグヤ。

 ツクヨミには彼女が述べた()の意味が分からず、その言葉の真意を汲み取れなかった。

 

 

「我が(ロイルミラ)に出来る事は?」

 

 

 言葉を変えて再度問う。

 質問の答えは分かりきっている気もしたけれど。

 

 

「選ぶ事です。 貴女が述べたように、天満月が照らす道を並んで歩けるように選ぶ。

 貴女にしか出来ぬ事です」

 

 

 ツクヨミの悩みは結局の所、自らの今後と、ロイルミラとの今後の2つ。

 自らの今後に関しては、少しずつだが道が定まっていく感覚がある。

 カグヤの言う通り淡い月光が道を照らしてくれたのか、それともカグヤという友が道を照らす月光そのものだったのか。

 

 問題はロイルミラとの今後。

 ツクヨミにとって──マトモなコミュニケーションをするという意味で──初めての空の民の交流相手で、自らを友と呼ぶ愛しき子。

 喪い難い輝きを秘める燭であり、契約を願う程に慕ってくれる存在。

 

 

 ロイルミラがあの日、ツクヨミに言い掛けた言葉の先は『星晶獣と人間の契約』だ。

 星の民の下で戦っていた頃から耳にした事がある。

 彼女が何故それを知っているのかは当然気になったが、ツクヨミは詮索するつもりも無かった。

 

 ツクヨミは既に『彼女が隠すのならば理由がある』と思うようになる程に信頼を置いている。

 故に、あの場で聞いて答えを濁される気がした段階で、この質問を投げ掛けるのは不要と判断していた。

 

 

「未だに道は朧ですが、我の選択が必要ならば、懊悩も価値のあるものと思えます」

 

 

 空を覆う闇は、直に光によって塗り潰される。

 月が薄れ始めて、空は蒼に染まる為に動き出す。

 

 

「それと────」

 

 

 今宵はここまでとツクヨミが思い、竹林から去ろうとする頃にカグヤが声を掛ける。

 

 

「かの燭は我々(星晶獣)に興味が有る様子。 急がねば、他の同胞に奪われますよ」

 

「なっ────!?」

 

 

 カグヤは言うや否や姿を消す。

 残されたツクヨミは、去り際の衝撃発言に全てを持っていかれて心ここに在らず。

 

 

 

 月が空に溶けて太陽が昇り始める間際。

 名も無き島が揺らぐ程の衝撃が発生したという。




次話以降、東の村でクラーバラ、サビルバラ、カラクラキルとわちゃわちゃする事になると思います。
出したいから出しますが、サビルバラ達の訛りを再現出来る気が全くしないので震えています。

また、次を投稿する前に以前の話の加筆修正をさせて頂きます。
加筆修正の完了は、該当する話の前書きに記載しますので、改めて読んで頂ければ幸いです。


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月を仰ぐ燭
ハジメテはあったろう?



ハーヴィンのシナリオイベに格付けチェックのインド、つまりこの小説の要素がグラブルで話題に上り、勝手に嬉しくなりました。

22/05/21 ロイルミラの年齢を修正



〜 これまでのあらすじ 〜

 グラブル世界に転生した元ハーヴィニストおじさん、現ハーヴィン女子のロイルミラ。
 将来グランまたはジータ(主人公)とイチャイチャしたいという邪な想いを胸に幼少期から修行をしていれば、星晶獣ツクヨミや十天衆オクトー、フュンフと知り合うなど、島から出てもいないのに豪華な友が出来ていた。

 グラブル世界に来たのだからと、クラーバラを救いたいロイルミラ(ハーヴィニスト)は、友となったツクヨミに生存確認と村の特定をお願いする。
 ツクヨミによって無事に生存確認と特定がされ、ロイルミラはその島に向けて出発したのであった。


 

 

 騎空艇の大きさはザックリ分けると3種類ある。

 小型艇、中型艇、大型艇だ。

 細かく分けようと思えばそれなりに細分化するのだが、そこまでサイズを意識する必要が出るのは操舵士、機関士、整備士ぐらいだと思う。

 後は相当の騎空艇マニアとか。

 

 私の初依頼でもある護衛対象の貨物艇は中型艇に当たる。

 貨物艇は殆どが中型艇の区分にギリギリ該当するかどうか、大型艇に分類しても良いのではないかといったサイズばかりなのだが、この艇は誰がどう見ても中型艇だと言うだろう。

 それぐらい、乗せてもらっている立場で言うのもなんだが()()なのだ。

 

 

(まぁ、普通だからこそ初めての空の旅には最適ってもんよ)

 

 

 甲板で風を浴びながら、私はそんな事を思っていた。

 

 現在、既に私の住んでいた島から離れて3つ目の中継地点に向かっている最中。

 今のところ、私の出番は一切無い。

 貨物艇のおじさん達も『嬢ちゃんが忙しくなるのはデカい航路に出てからだよ』と言っていたので、ここまでが平和なのはよくある事なのだろう。

 だからといって惰眠を貪るのもどうかと思って、こうして甲板で空を眺めつつも魔物の襲来に備えている。

 暇になったら千里眼(ヴィルーパークシャ)で先の島を見たり、航路から外れた空で群れている魔物なんかを見たりして過ごす。

 

 そういえば、この貨物艇は東から北を通って西にグルっと回る、大回りな航路を採用している。

 定期船(ライナー)に分類される艇でここまで大回りなルートを採用しているのは珍しいらしく、ライバルが少ないと艇長が言っていた。

 但しルートが長い分、艇が様々な魔物や盗賊に狙われる事も多い。

 故に護衛に求められるのは実力だけじゃなくて、様々な状況に対応できる柔軟性が必須なんだとか。

 私は艇長の目の前で全属性を扱う所を見せたから採用して貰えたらしく、他の護衛は付き合いが長いというヒューマンのおじさんだけ。

 途中で降りる私と違って、荷降ろしも手伝うような会社と契約しているタイプの護衛だと聞いた。

 因みにそのおじさんはドラゴンテイルによく似た大きな銃が得物で、今は部屋で整備をしている頃合だと思う。

 

 私とおじさんは、昼間は時間を決めて交代で警戒をして、夜間は交代で場所を変えて警戒をしている。

 舳先の方から愚直に突っ込んでくるような賊は居ないと思うが、魔物に関しては見境が無い。

 昼間が交代制なのは、他の乗艇員も甲板に出ている事が多いから見張る目が足りているのが理由だ。

 夜間は場所こそ交代するが、2人とも出突っ張りなのは言うまでも無いだろう。

 夜の闇は護衛に関しては敵なのだ。

 

 

「よっ、お嬢ちゃん。 その年で黄昏てんのか?」

 

「ちーがーいーまーすー!! 風を感じていたんですー!」

 

 

 私が甲板でボーッとしていたからだろう。

 乗艇員の1人である小太りのおじさんが話し掛けてきた。

 

 

「がっはっは!! 風だァ〜? お嬢ちゃんが乗ってからもう島を2つも渡ってるっつーのに、何が新鮮なんだか分かんねぇな〜」

 

「ま、おじさんに女の子の心が理解出来るとは、私も思えませんしー?」

 

「がっはっはっは!! 言うじゃねぇかガキンチョがよ!

 俺ァ、これでも所帯持ちだってーの!!」

 

「嘘ぉ!?」

 

 

 道中はこんな会話ばかりだ。

 あまりにも平和すぎて護衛である事をうっかり忘れそうになる程。

 

 

「あァ〜、そうだ。 次の島に着いたらちょいと偉いさんとの話が挟まるからよ!

 1泊する事になるから、宿取るまでは一緒に動けよ?」

 

「はーい。 ていうか艇長もだけど、おじさん達は心配しすぎだよ!

 この艇に護衛で乗っているような子が、普通の子供な訳ないんだからさー?」

 

 

 そう、この貨物艇の人達は皆して私に構ってくる。

 最初の中継地に着いた際、興味本位で軽く港町を散歩しようとしただけで艇長のおじさんが慌ててすっ飛んできた。

 曰く、『チビッ子が1人で彷徨くもんじゃねぇ』だとか。

 私が強いと思ったから乗せたんじゃないのかと思わずにはいられなかった。

 というか実際に言った。

 返ってきたのは『それとこれは別の問題だ!』というお叱りだったが。

 

 そしてこのおじさんでも────

 

 

「ばっか、お前、それとこれは別の話だろーが!

 知らねェ街に女子供をほっぽって仕事出来るほど俺達ァ薄情じゃねーの!!」

 

「いつの時代の価値観してるのさ?」

 

「別に古臭ェって程の価値観でもねェだろーよ。

 それに今はエルステ帝国が好き放題に暴れてんだからよ、俺達の心配もちょっとは汲み取ってくれや、な?」

 

 

 うーむ、一理ある。

 何がそんなに心配なのかと思えば、そういう事だったのか。

 

 

 エルステは今から6年程前に帝国へと体制を移行してからというもの、それはもう暴虐の限りを尽くしているらしい。

 実際、最初の中継地だった島は現在エルステ帝国領となっていた。

 私の住んでいた島が帝国領になっていないのは、偏に港の町長さんが頑張っているからと聞く。

 とはいえ時間稼ぎこそ出来ても、あの島だっていつ帝国領になっても可笑しくは無い。

 今は交渉で済んでいるが、短気な帝国の事なのでその内武力で制圧に掛かろうとするだろう。

 

 

(着実にアガスティアの住民を増やしているって訳だよな……)

 

 

 エルステ帝国が、何故ここまで各島を侵略しているのか。

 それは帝都アガスティアに住民を増やし、その住民の生活を賄う為だ。

 

 アガスティアに人が必要な理由に関しては、ザックリ言えばアーカーシャの起動に使()()から。

 そしてこれの為にエルステの皇帝──実態は宰相フリーシアだが──から打ち出されている政策は、毎年10万人ずつの帝都への受け入れ。

 最終的に100万人の犠牲を支払ってアーカーシャによる歴史改変を行う、という壮大な計画の為に、帝国は他国に向けて戦争を吹っ掛け続けているのだ。

 

 実は何度か、この計画を阻止する方向性を模索した事がある。

 最終的には何もしないと判断したのだが、理由は『可能か不可能か』では無く『覚悟があるか否か』だった。

 

 エルステ帝国の────もとい、フリーシアの計画を仮に阻止する事が出来たとして、私はその後の未来を歩み続ける覚悟があるのか。

 彼女の計画を阻止する事は、私が知る事の出来ないもしも(if)の世界に突入する事を指す。

 どの道私という存在が主人公の旅に加わる事でズレるにせよ、ここまで大掛かりなズレが発生した時に私に何が出来るのか。

 結局私は、その未来を歩む覚悟が無いと思ってしまった時点で計画を阻止する事を諦めた。

 

 

 私はあくまで公式のシナリオという名の『1つの物語』しか把握していない。

 そしてそれが私にとって唯一の道標である以上、それに縋って生きたいというズルい気持ちが私には未だにある。

 過信する事は慢心に繋がるが、投げ捨てられる程細い道標でも無いのだ。

 

 

「そ、そういや、お嬢ちゃんは東方の島に用があるんだって?

 聞いていいのか分かんねェけど、あの島に何の用があんだ?

 独特なのは確かだが、あそこは別に有名な観光地でもねェだろう?」

 

 

 私がエルステについて考え耽った事で口を閉ざしてしまったのを、機嫌を損ねたと捉えたのか露骨に話を変えるおじさん。

 優しい気遣いを感じられるが、その転換先の話題が目的地に行く理由なのはどうなんだろう。

 私は別に問題無いけれど、人によっては余計に機嫌を損ねそう。

 

 私は正直に理由を話すつもりは無い。

 というよりは『話せない』が正しい。 故に誤魔化す。

 

 

「あの島にはね、剣術道場があるの」

 

「へェ〜、道場か。 するってーとその年で武者修行かい?

 お嬢ちゃんは確か──」

 

「最近13になったよ」

 

「そうそう、俺の息子と変わんねェんだった!!

 何だってそんなに生き急いでんだ? 親御さんが厳しいって訳でもねェだろうによ」

 

 

 生き急いでいる、か。

 私自身はそんなつもりは全く無く、寧ろちゃんとリスク管理をしているつもりなのだけれど。

 

 

Hope for the best and prepare for the worst(最善を望み、最悪に備えよ)って言うでしょ?

 強くなろうとするのは、早いに越した事はないと思うんだよね。

 別に人生の全てを捧げて強くなれー! とかは思わないけど、何があるか分かんない人生を楽しく過ごす為に、強さは必要かなって」

 

「かァ〜〜〜!!! 俺よかよっぽどしっかりした嬢ちゃんじゃねェかよ!

 そりゃあシェロの嬢ちゃんも勧めてくる訳だ!」

 

 

 いや、シェロちゃんにはこういう話をした事ないから無関係だと思うけど……

 ま、まぁ、納得をしてくれたのならいいか。

 何やら『俺も気張らねェとな』とか『戻ったら息子にも』とか、よく分からない内におじさんのスイッチを押してしまった気がするが、自説を述べただけなので私は何も悪くない、イイネ?

 

 

 

 

 甲板で騒ぐ私達を蒼い空が優しく見守る昼頃、空の旅は恙無く進んで行く。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 艇が騒がしくなったのは、ファータ・グランデの東端────レヴィオンの周辺空域に突入した頃だった。

 

 レヴィオンは『雷雲が流れ着く島』と称される事からも分かる通り、周辺空域一帯は天候が荒れやすい。

 そして、天候が荒れやすい場所で態々生活する魔物というのは大凡凶暴であるとされる。

 加えてレヴィオンには『星の零涙』という、星の民が遺してくれた傍迷惑な物体が存在する。

 

 星にまつわる力は、魔物を引き寄せる事が多い。

 故に、レヴィオン周辺は嵐と雷と魔物が襲い掛かる危険地帯だ。

 よくぞ今日までレヴィオンが国として成り立っているなと感心してしまう程に厳しい土地である。

 

 そしてこの貨物艇も現在────

 

 

「おい嬢ちゃん! リロード挟む! カバーしてくれ!!」

 

「はいはーい!! お任せあれ! 色織り印術(ルーパパタ・ムドラーヨーガ)────毒飛蝗(カーラクータ・シャラバ)!!」

 

 

 もう1人の護衛である銃使いのおじさんに頼まれて、私は手を空へと向ける。

 印を結んだ手から魔法陣が広がり、そこから毒々しい色合いのバッタが蝗害でも起こさんばかりに飛んで行く。

 飛んで行ったバッタは魔物と接触した途端に爆発し、毒を吸引させて魔物を苦しめる。

 

 またしてもエグめの魔法を開発していると我ながら思うが、言い訳をするならば、これは対人を想定している魔法では無い。

 そもそも発動に印術(ムドラー)色織り(ルーパパタ)を組み合わせなきゃいけない時点でそこそこ面倒臭い魔法であり、その上バッタの制御は魔力と属性元素でコントロールしてやる必要がある。

 制御を放棄すると、好き放題に飛んで行った末に大爆発と共に毒ガスを蔓延させるという非常にスリリングな魔法なのだ。

 こういう風の吹き荒れる空間でキッチリ制御するのが最も好ましい使い方であると思う。

 毒ガスは魔力と属性元素の組み合わせで練っている自然由来物質だが、それ故に滞留し続けるとエレメンタル種の苗床として機能するという最悪の循環が発生する。

 

 その点でレヴィオン周辺空域はこの魔法にとって最高の空間だ。

 嵐と雷のせいでその両者に縁深い属性元素以外は碌に滞留すら許されないこの空間は、私の魔力と複数の属性元素を複雑に練り込んでいる毒飛蝗(カーラクータ・シャラバ)にとって、仕事を完遂したらすぐさま吹き消されていくのだから。

 

 貨物艇に襲来していた蝙蝠型の魔物達が、次々とバッタに激突されて空の底へと落ちていく様は、おじさん達の顔を引き攣らせるぐらいには効果覿面だった。

 

 

「おいおい嬢ちゃん、これじゃ俺のいる意味が薄れちまうぜ……」

 

「なーに言ってんのおじさん。 私はもう少ししたら護衛任務終わりなんだよ?

 ちょっとぐらい張り切ってイイトコ見せとかないと、また乗せて貰えないじゃん?」

 

「だからってやる事がえげつねぇよ…… なんだあのバッタは?」

 

「私の魔法の1つだね!

 似たようなのだと風のライオンとか、爆発して閃光弾になる蛍とか、注いだ魔力が尽きるまで再生し続ける蛇とかあるよ?」

 

「は、はは…… もうちょい穏やかなチョイスが欲しいもんだなぁ……」

 

 

 護衛のおじさんが苦笑いを隠しもせずに感想を述べる。

 

 先程列挙したのは性質的に近いから話題にしただけで、穏やかで可愛い感じの魔法も勿論ある。

 インド感溢れる言霊を使うものとして外す事の出来ない蓮の花に関連した魔法とか、ツクヨミ様と関わるからこそ編み出した月をモチーフにした魔法なんかは、見た目も華やかできっとウケがいいと思う。

 

 え? その魔法の効果?

 香りを嗅ぐと昏迷──グラブル的には昏睡と言った方が適切か──する蓮の花とか、どこかの鬼のように刀を振ると同時に三日月型の斬撃がばら撒かれるとかでは勿論無いとも。

 

 

 

 私は魔法の多彩さに関しては正直な所、かなりの自信がある。

 魔法陣展開の色織り(ルーパパタ)、印を結ぶ印術(ムドラー)以外にも、今は口や眼も私にとって魔法の発生箇所だ。

 オクトーは雲の上の存在なので試さなかった────否、試す隙も余裕も無かったが、私はまだまだ手を隠しているのである。

 

 

(なーんて、考えている場合じゃないかも)

 

 

 思考の最中でも私とおじさんは魔物の残党を蹴散らしていたのだが、遠方を見れば新たな群れ(おかわり)がやって来ている。

 護衛のおじさんに短く伝えれば、返ってきたのは舌打ち。

 おじさんとしても、ここまで襲来してくるのは想定外なのだろう。

 

 

(私が乗ってて良かったと思わせないとね……!)

 

 

 私はポケットに雑に突っ込んでいた黒マスクを装着。

 護衛のおじさんに一旦この場を預けて、私は艇長のもとへ急ぐ。

 ちょっと大きめの魔法を行使する為に甲板に刀を突き立てたいのだが、流石に無許可で艇を傷付けるのは護衛としてどうかと思っての行動だ。

 

 

「艇長ー! おかわりが来たからちょっと大きい魔法を使いたいんだけど、甲板に刀ぶっ刺してもへーき?」

 

「……チビッ子、それでそのおかわりも追い払えるか?」

 

「成功すれば最低でも半壊は約束出来ると思う。 群れがバカ正直に突っ込んでくるならほぼ全滅すると思うよ」

 

 

 割と自信のある魔法だからこその宣言でもある。

 新たな群れ(おかわり)がワイバーン────恐らく風属性に偏っている魔物だからこその判断だ。

 

 

「──よし、なら任せる。 甲板に傷入れた分は成果次第でチャラだ」

 

「えぇー!? それ、逆にしょぼかったらアウトって事じゃーん!」

 

「ったりめぇだろ! 魔物はそりゃゴメンだが、雇った護衛が艇に傷入れてちゃ世話ねぇだろうが!!」

 

「いやーん! 大の大人が正論パンチー?」

 

「茶化してる場合か、チビッ子! おめぇとビドゥが頼りなんだぞ!?」

 

 

 少しはリラックスして欲しかったのだが怒られてしまった。

 察していると思うが、ビドゥがもう1人の護衛のおじさんである。

 フルネームはもっと長いらしいが、この貨物艇の人達はビドゥとしか呼ばない。

 

 それは兎も角、甲板に刀を突き刺す許可は貰えた訳である。

 私は『取り敢えずチャチャッと退治してくるー!』と軽く告げて艇長のもとから甲板へ戻る。

 

 ビドゥおじさんに時間稼ぎを頼んで、私は甲板の空きスペースに魔法陣を自らの魔力で書き始める為に抜刀。

 書き方は刀の先端を甲板に当てないようにしながら筆のように扱うだけ。

 そうして書き終わったら、その魔法陣の中央に刀を突き立て、黒マスクの着いている私の口を刀の柄頭に宛てがう。

 

 後は思いっ切り吸い込むだけだ。

 

 

「おい嬢ちゃん急いでくれ! そろそろ小銃の方もリロードしねぇと俺は丸腰になっちま……嬢ちゃん?

 あんた何して──」

 

色織り(ルーパパタ)四大元素(マハーブータ)(アグニ)────)

 

 

 私の描いた魔法陣が輝き、刀に向けて収束する。

 魔法陣は刀に吸い込まれて、刀を伝ってマスクへと吸収される。

 私はマスクから属性元素と魔力を頂戴して、マスクを下にずらしながら空に群れるワイバーンに向かって()()()()()()()

 

 

────生命を吹き込む(オーシュタウ・プラーナ)烏型・烏枢沙摩明王(カーカ・ウッチュシュマ)!!

 

 

 私の息吹によって飛び立つのは不浄を滅する炎の烏。

 嵐を物ともせずに飛び立った火の鳥は、ワイバーンの群れに突っ込んだと思えば、爆炎と化して群れを焼き尽くす。

 

 烏枢沙摩明王はあらゆる不浄を烈火によって清めるとされる、火の神や厠の神として信仰される明王様である。

 その名を言霊として借り受けて放つのだから、威力は推して知るべし。

 

 

「──おいおいおい、嬢ちゃんよぉ…… 俺の目がおかしくなっていなけりゃ、あそこに居たはずのワイバーン共が()()()()()んだが……」

 

「うーん、威力ミスったかもねぇ…… もうちょい調整しないと人には向けらんないなぁ」

 

「おっそろしいこと言うんじゃねぇよ! あんなもん人にぶつける気なのか!?」

 

「いやー、備えあれば憂いなしって言うし?」

 

「何をどう考えたらあんなバカみたいな威力の備えが必要なんだよ……」

 

 

 ビドゥおじさんはそう言うが、私の将来は世界の危機と戦うことがほぼ確定しているのでこれぐらい出来ないと話にならない。

 それに軽口を叩いて誤魔化しているが、今回は本当に色々と調整ミスをした。

 

 

(やっべー、魔力入れ過ぎた…… ガス欠なんですけど)

 

 

 発動の際に姿を安定させようと気合を入れた結果、私の魔力をごっそり持っていかれてしまった。

 我慢しているだけで正直な所、今にも横になりたい気分である。

 カッコつけて魔法を放った手前、そういうダサい事をしたくないというなけなしのプライドで私は立ち続けているのだ。

 幸いな事にビドゥおじさんは私の魔法の威力にたまげたまま帰って来れていない。

 ここは後の警戒をおじさんに任せて私は退却を────

 

 

「おいお嬢ちゃん! スゲーじゃねェかよ! なんだあの火の鳥は!!」

 

 

 魔物の撃退を乗艇員も確認したのだろう。

 すっ飛んできたのは小太りのおじさん。

 私の活躍を見ていたようで、年齢に不相応なぐらいはしゃぎながら私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

 

 魔力が切れかけでフラフラの身にこの撫で方はキツい……!

 

 

「お、お、おじさん。 か、髪が、ぐちゃぐちゃになるでしょ……!

 女の子の、あ、扱いがなって、ないんじゃないの……!?」

 

「がっはっは! 気が利かなくてすまねェな!! あんまりにもカッケェもんだからよ!

 って、お嬢ちゃん? なんか顔色が悪かねーか? ま、まさか俺のせいか!?」

 

 

 間違っていない気もするが、そもそも魔力切れになりかけるまで消費した私が悪いので私は首を横に振る。

 おじさん達に『ちょっと魔力の使いすぎで疲れたから少し休む』と──本当に少しではあるが──余裕ぶってその場を離れ、艇長にも報告をしてから私は宛てがわれた部屋に戻る。

 

 

 

 思えばこれが初めての空での戦いだった。

 とはいえ、やっている事は今までと変わらない気がしたが。

 むしろ島に居た頃と違って山火事やらに気を遣わない分、大暴れしていた気もする。

 

 

(私、ちゃんとギャルで魔法戦士出来んのかなー、これ……)

 

 

 理想の自分を改めて頭に思い描きながら、私は眠りに就いた。

 

 

 

 

 その日見れた夢は、無事ギャルになれた自分が主人公とイチャつく非常に幸せな夢だった。




というわけで彼女の初めての空の旅、及び騎空艇に乗ったままの戦闘でした。

次回はレヴィオンを描写するか、スルーしてクラーバラの待つ島に行くかのどっちかです。
相変わらずの行き当たりばったりですが、よろしくお願いします。


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挨拶はあったろう?


タグに書いてあるので改めて書く事でもありませんが、今回も本当に独自設定だらけです。

22/05/21 年齢を修正


 

 

 故郷を離れて2週間、私は目的地────ファータ・グランデ東方の島に到着した。

 

 

 レヴィオン周辺空域での魔物撃退戦からここまで、何度か魔物と戦う事にはなった。

 とはいえ最初の魔物の群れが1番多かったのもあって、消化試合という感じではあったのだが。

 魔物自体は昼夜問わずに戦ったのだが、どちらもビドゥおじさんと2人で手分けしていたのも楽だった要因だろう。

 

 

 

 太陽が心地よく照らす朝、私は貨物艇のおじさん達に別れを告げて港から街へ歩みを進める。

 おじさん達は、暫くは積荷を降ろしたりで島に居るだろうが、余り貨物艇付近で長居しておじさん達と離れ難くなっても困る。

 

 おじさん達はそれぞれ笑顔で送り出してくれたり、それはもう大袈裟なぐらい泣いたりと、様々な表情で見送ってくれた。

 私も色々言ってはいたが居心地が良かったので、少々寂しい気分である。

 

 

(ま、それも山を越えれば多少は薄れるでしょ)

 

 

 クラーバラ達の住む村は、港町から山を跨いだ先というどこかで聞いたような立地をしている。

 もしかして、ハーヴィンとはそういう場所で暮らすものなのだろうか。

 

 ただし、サビルバラやミリンの発言から推測するに、私の住んでいた村と違って他種族もいるだろう。

 私の故郷は種族が違えば住む村も違ったので、来訪者だったり土地を借りている他種族の人でも無い限り、村は種族が統一されていた。

 昨今の空の世界の情勢を思えば、こちらの村の方が少しだけ時代に沿っていると言えるか。

 態々閉鎖的でも構わない村という環境に、そういう他種族のアレコレを持ち込むのが果たして正しいかは、私には分からないけれど。

 

 

 現在私が歩いているのは港町の大通り。

 大きな屋敷に向かうように作られているこの通りは、朝から活気に溢れている。

 それでいて騒がしすぎず、決して屋敷には迷惑を掛けないという気遣いが感じられるのが凄いところだ。

 

 あの大きな屋敷が、ゲームと変わらなければカラクラキルの屋敷だろうか。

 彼の家はこの島の顔役であり、実質的なトップといっても過言ではない────というのが、ゲームで語られていた情報だった筈。

 

 

(懸命に思い出して、態々他の人には分からんように平仮名や漢字を使ってメモったんだけど……

 書き始めた時点で既に(ロイルミラ)は10歳を過ぎていたからなぁ……)

 

 

 私の記憶力は常人からすれば優れている部類だろうが、転生物(この手の話)でそれなりにある完全記憶能力とか、何故だか転生前の出来事だけは鮮明に覚えているとかでは無い。

 キッチリ覚えていたのならば、私はエルステが帝政に移行する前後ぐらいから、もう少し危機感を持って自らを追い込んでいた事だろう。

 今となっては笑って流せるが、エルステがあの島を早々に武力制圧しようとする可能性だって有ったのだ。

 小さな村で天才と呼ばれて天狗になっている場合では無かったかもしれない。

 

 実際に私がこの島について覚えている情報は、幾つかのキャラクターと妖刀ぐらいだ。

 今現在、この島に居るのはカラクラキル、クラーバラ、サビルバラ、ミリン、レオノーラだろう。

 シオンは幼い時に引っ越していると言っていたから、既に居ない可能性の方が高い。

 レオノーラも確定では無いが、サビルバラの発言からして親戚筋なのは間違い無いので、私は勝手にこの島の生まれだと思うことにしている。

 単純にレオノーラと仲良くなりたいからこその希望的観測である事は否定しない。

 

 

 脳内でこの島の情報を整理しながら散歩していれば、私の鼻が良い香りを捉える。

 匂いを辿れば、朝のメニューが書かれている立て看板を出しているお店を発見。

 朝餉と情報収集を兼ねて、早速突撃するとしよう。

 

 

「ねぇねぇお姉さん! お店、もう開いてますか?」

 

「あら、見ない顔ね。 旅の人? ついさっき開店だから出来たてをご馳走するわよ!」

 

「わぁ、ホント!? それじゃここで朝御飯にする!」

 

「はぁーい、1名様ごあんなーい!!」

 

 

 掴みは上々、これが前世でコミュ障の陰キャだったなど誰が信じるだろうか。

 

 顔が良いというのはそれだけで自信に繋がるものだと再認識する。

 多少ギクシャクしても『でもまぁ、私可愛いし』で切り替えられるので、顔が良いというのは最強のアドバンテージだと今世を生きていて思う。

 別に前世の自分の顔が特別嫌いだった訳では無い筈なのだが、これに関しては比較対象のせいだろう。

 おっさんと美少女じゃ、おっさん側が余程の美形じゃない限り話にならない。

 

 

 そんなことを考えながら暫く待っていれば、給仕のお姉さん──エルーンである──が朝の定食を配膳してくれた。

 

 余談だが、ここの給仕制服は和風メイドに近い。

 色合いそのものは大人しいが、広がったスカートとフリルが華やかさを目に与えてくれている。

 更に給仕のお姉さんがエルーンなので察して頂けるかもしれないが、背面が随分と無防備だ。

 和風部分が最早前合わせの構造をしている事ぐらいしか残っていないけれど、可愛い事は何より重要なので些事だろう。

 

 

「いっただっきまーす!」

 

 

 港に着いてから思っていたのだが、この島は前世(日本)を────ファンタジー作品でもお馴染みの『和風』をヒシヒシと感じる島である。

 出された定食もパッと見を述べるなら、雑穀米に卵焼き、味噌汁と魚の干物。

 小皿に盛られているのはほうれん草のおひたしに見えるし、別の皿で分けられているこれは……納豆!?

 

 

「美味しい……!」

 

「ふふっ、良かったぁ。 こういう食べ物は初めてだと思うけど、美味しいって言って貰えたなら店長も喜ぶわ!」

 

「んにゃい!? お、お姉さん!?」

 

 

 久々の日本食──に限りなく近い何か──を堪能していたら、お姉さんが私の向かいに座っていた。

 

 驚きすぎてまた奇妙な鳴き声をあげてしまった……

 妙な癖でもついてしまったのか、中々抜けなくて困っている。

 

 

「驚かせちゃってごめんね? でもまぁ、見て貰えば分かるけど結構暇でさ。

 旅の人みたいだし、迷惑じゃなければお話を聞かせてくれない?

 あぁ勿論、ご飯が先でいいからね?」

 

「問題無いですよー……と言いたいんですけど、あんまりにも美味しいから、ゆっくり味わっても……?」

 

「うんうん! 私もちょーっとサボってた色々を片付けてくるからゆっくり食べてね!」

 

 

────いや、サボってたんかい!

 

 

 中々ユニークなお姉さんに朝イチから捕まってしまったようだ。

 とはいえ、あちらから話を振ってきてくれたのは私としてもありがたい。

 

 

 私は剣術道場が云々の建前から話を始めて、最終的にどうにかカラクラキル邸にご挨拶でも出来れば……なんて思っている。

 何故カラクラキルの家に挨拶を? と思うかもしれないが、こちらに関しては開発途中の()()()()が関係している。

 

 カラクラキルの家系は『妖刀の封印』に主眼を置いているものの、非常に貴重な由緒ある呪術の家系である。

 私が現在絶賛開発中の()()()()は──私の理論が上手くいくならば──非常に呪術に近しいので、刺激を貰いたいのだ。

 

 

 私が口と目から魔力放出が出来るのは既知であろうが、現状は色織り(ルーパパタ)印術(ムドラー)で行使する魔法をその箇所でも行えるだけ、と言ってもよい。

 千里眼(ヴィルーパークシャ)生命を吹き込む(オーシュタウ・プラーナ)は例外ではあるが、前者は戦闘に転用するには私の練度がまだまだ不足しているし、後者は色織り(ルーパパタ)からの派生魔術。

 それ以外の隠し手も確かにあるのだが、今までの術と代わり映えがしない。

 

 そんな中で、私が目を付けたのが呪術だ。

 

 呪術は魔術よりも更にスピリチュアルな体系であり、非常に古くからあるこの空の神秘。

 あくまで私の推測だが、呪術を遡れば創世より『発生した』という六竜のような概念・事象の楔に辿り着くだろう。

 失われた第七元素にも────と、話が逸れた。

 

 

 さて、そんな物凄い可能性を秘めている──と私が勝手に思っている──呪術は何故この空で流行らないのか?

 理由は至極単純、スピリチュアルが過ぎるのだ。

 

 呪術という分野がある事は、魔術を嗜めば大抵の人間が知る。

 だがそれを実際に学び、実践に移せる人間となると途端に数が激減する。

 

 呪術は性質上、非常に強力である場合が多く、それ故においそれとは教授されない。

 信頼を勝ち取って教えて貰える段階に到達しても、口頭だろうが文面だろうが非常にフワッとした説明から自分でコツを掴む必要があるという。

 そんな苦行じみた行為の末に得られる呪文が、自らの魂を削って発動するタイプの場合まであるというのだから恐ろし過ぎると思う。

 

 因みにここまでの話は、全て故郷の村にいたお婆ちゃん魔導師の話である。

 お婆ちゃんは結局コツがちっとも掴めなかったので諦めたらしいけれども。

 

 

 閑話休題。

 

 要は、私はそんな秘密まみれの呪術家系であるカラクラキルと接点を早い内に作りたいのだ。

 クラーバラを救うという目標が完遂された後に繋がる為の布石、とも言える。

 一応この作戦が通らなくても代案はあるのだが、これが通ってくれた方がクラーバラを救う事に専念出来るので、頑張りどころだ。

 

 

(コルウェルの後に()()1()()はしたくないからね……)

 

 

 

 私は味噌汁と共にそんな思考を飲み干した。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 朝餉と情報収集を済ませ、現在は山を歩いている。

 向かう先はクラーバラ達が住む村だ。

 

 

 あの後、情報収集をしている中で分かったのは、カラクラキルは政務の間を縫って足繁くクラーバラに出会っているという事。

 公には妖刀に関わる家系同士の交流という体になっているらしい。

 尤も、そんな建前を正直に信じている人は殆ど居なかったが。

 給仕のお姉さんに至っては『クラーバラちゃんの話を振るとカラクラキルさん、もうリアクションが露骨なのよ!』なんて言っていた。

 ……相手は次代の顔役なのだが、お姉さんの肝が据わりすぎでは無かろうか。

 

 何はともあれ、カラクラキルはそんな様子で屋敷を開けることも多いそうだから、剣術道場に用事があるならばそっちで待った方が早いだろう────というのが、お姉さんや港の方々から頂いたアドバイスだ。

 

 

 整備された山道を進みながら、私は周囲を見遣る。

 ここはクラーバラが花嫁行列で歩く予定の道であり、殺される現場となる場所だ。

 

 周囲一帯は竹林のようで、のんびり歩く分には風情があって心が弾む。

 然し、戦闘する事を考えると視界が悪いのが気掛かりだ。

 

 ここで襲撃してくるコルウェルは既に気が触れている。

 それでいて、リュミエール聖騎士時代の論理的な思考や理性もまだ残っている。

 彼は妖刀・魔剣に魅せられてその力を存分に振るってくる訳であるが、末期だったゲームイベントの彼と違って、今は恐らく人斬りとしての全盛期だろう。

 

 

(色々と手札はあるけれど、結局のところ、コルウェルが帯刀している妖刀・魔剣次第なのがなぁ……)

 

 

 妖刀や魔剣はそれぞれが特別な力を持つ。

 ゲームで1番分かり易かったのは矢張りアズサだろうか。

 彼女が手にした妖刀は、眼を蝕む代償に斬った相手の年齢を操作するという『インチキ効果もいい加減にしろ!』という能力を持っていた。

 また、妖刀や魔剣を持つ者は基本的に狂気に侵されている事もあり、タガが外れているのか怪力が多い。

 

 つまるところ、クラーバラを救うには、視界の悪い竹林でどんなトンデモ効果を持っているか分からない刀剣を振るう怪力の男に、戦って勝たねばならない。

 しかも相手は元々清廉潔白な聖騎士であり、当たり前だがきっちり戦闘訓練を積んでいる。

 その辺のチンピラが妖刀を持って威張り散らしている訳では無いというのが、何より辛いところだ。

 

 更に付け加えるなら、殺さずに生きて捕えるのが目標である。

 あくまで目標ではあるが、主人公に綺麗な手でベタベタ触りたいので出来る限り貫きたい。

 それに1度手を染めてしまうと、『殺す』という選択肢があらゆる場面で追加発生するようになってしまう。

 重みが大きく異なるけれど、1度ズル休みをしてしまえば、面倒だと思った時に必ず『ズル休みをする』という考えが脳裏に浮かぶのと同じ事である。

 

 

 

 

 今後の事を考えながら山を抜ければ、村の入口で随分とだらけている門番に訪問理由やらを問われた。

 冬と春の境目らしい多少の肌寒さと暖かさを両立している今の時期は、確かに春爛漫には遠くても昼寝をするには心地好いだろう。

 門番がそんな態度で平気なのかは、私には分からないが。

 

 そうして村に入ったものの、見知らぬ人間がいるというのはそれだけで視線が集まる。

 以前の私なら前世のギスギスした職場でも思い出して胃を痛めていたかもしれない視線だが、今となっては涼しいものだ。

 

 

(美少女は注目されるものってそれ一番言われてるから)

 

 

 異郷から来た可愛い女の子()が、この村にも馴染み深い刀を佩いているなんて注目されて当然である────と、自らに言い聞かせる。

 

 さておき、私は剣術道場に足を運ぶ。

 門番に『剣術道場に用がある』と告げた際に場所を教えて貰ったし、妖刀という危険物に関わる家だからか屋敷と呼んでも差し支えなさそうな大きさで、どの建物なのかは一目瞭然。

 

 私はドラフの男も屈まずに跨げそうな門の前で声を上げる。

 

 

「たのもー!」

 

 

 道場に着いたのだから、掛け声は矢張りこれしかあるまい。

 別に道場破りをする訳では無いが、風情ある門の前で『すみませーん』と言うのはこう、何というか味気ない。

 

 私の言葉選びは常日頃、こんな感じで適当である。

 

 

「どうれー。 ウチの看板は大したきやないき、道場破りなら他所へ行っちょくれ」

 

「あー! 違うんです! 雰囲気的にこう、『たのもー!』って言いたくなったというか……

 いやまぁ、お手合せは確かに願いたいんですけれども……」

 

「んー? ……ようわからんが取り敢えず入っちょいで、お嬢ちゃん。

 此処に用があるがは確かなんやろう?」

 

「はい、そうです! ちゃんと目的があって来ました!

 お、お邪魔しまーす」

 

 

 出迎えてくれたのはこの道場の師範であるサビルバラ。

 今が原作開始から約4年前だから恐らく29歳。

 身長102cmのハーヴィンなだけあって、対面すると背が高い。

 私との身長差が約20cmもあれば、流石に同種族だろうと差を感じるものだ。

 パッパでもそれなりに感じていた差を、前世から──ゲームという一方的な形で──知る相手に感じる事になるとは。

 

 オクトーはノーカンである。

 身長差が130cm以上もあれば、背が高いとかそういう話ではない。

 アレはもう壁だ。

 

 

 彼に連れられて、私は道場では無く屋敷側へ。

 門前払いされるかと思い、焦って捲し立てた言葉の中に『手合わせ』というワードがあったのにも関わらず、先ずは話を聞くという事だろうか。

 ……いや、会話より先に刃を合わせたがるのはオクトー(戦闘狂)だけで十分なのだが。

 

 

「クラーバラ! ……は、ちっくと出掛けちゅーんやった。

 ざんじ茶を出すき、待っちょりや!」

 

「は、はーい」

 

 

 私を客間らしき部屋に通したと思ったら、まさかの見ず知らずの人間を放置するサビルバラ。

 こういう一面を見ると、彼もコルウェル襲撃みたいな案件が無ければ大概お人好しな気がする。

 

 それよりも、明らかにゲームで聞いていた時より訛りが強い。

 まだ各地を旅したりしていないからだろうか?

 これだけ強い訛りでも村では普通に伝わるのだろうし、矯正する必要も特に無いという事か。

 

 

 私は荷物や刀を横に置いて、この先どう話をするか考える。

 ここに来た大本命の目的を正直に話す訳にもいかない。

 かといって、この廃れつつある剣術道場に修行をしに来たと言って、素直に信じてもらえるかは怪しい。

 妖刀の話をしてしまうと警戒されるだろうから、その路線も厳しい気がする。

 

 となれば────

 

 

「すまんのう、もてなしも碌にできいで」

 

「いえいえ! 私こそ急に来ちゃってすみません……」

 

 

 サビルバラがお茶を持ってきて、卓袱台を挟んで私の向かいに座る。

 彼に限ってそういう事はしないと思いつつ、私はそのお茶に口を付けずにサビルバラを見る。

 

 私にとっては断片であれど彼を知っているが、サビルバラからすれば私は見ず知らずの急に来たハーヴィンの子供だ。

 毒を盛る可能性も────いや、これは私が過剰に警戒しているだけか。

 

 

「それでお嬢ちゃん、一体何の用だ?」

 

 

 サビルバラはそんな私を気にせず──そう見えるだけかもしれないが──問い掛けてくる。

 少しばかり声のトーンが下がった辺り、ただの子供とは思われていなさそうだ。

 私は先程思い付いた訪問理由を述べる。

 

 

「実は私……めっっちゃくちゃ、侍文化に興味がありまして!!」

 

「は、はぁ…… 侍、ねぇ」

 

 

 予想外の返しだったのか、サビルバラが困惑する。

 そこから私は畳み掛けるようにこの島に来た理由(建前)を喋りまくる。

 

 

 そう、私が思い付いた訪問理由は、ミリン家リスペクトの『異国の文化に興味が有りすぎて行動に移しました』である。

 

 ミリンちゃんのご両親は侍文化が好きすぎてこの地に移住した程の行動力溢れる方々。

 それのリスペクトとは即ち、行動力のあるタイプの美少女だと思って貰う事。

 

 これならば、強ち嘘とも言い切れないからボロが出にくい。

 何せ本当に死ぬと決まっている訳でも無いクラーバラを救う為に、13歳で親元を自ら離れている辺りは我ながら可笑しいと思うし。

 

 それにこの島の文化に興味が有るのは事実。

 未知への好奇心というよりは郷愁を感じているというのが正しいけれど、興味を持っている事には相違無い。

 

 

(此処なら寒天の調達も故郷より容易だから、ツクヨミ様も私お手製の羊羹を好きなだけ食べられる。

 きっと少女らしい見た目に違わぬはしゃぎようを見せてくれるに違い無い!)

 

 

────なお、ツクヨミ様が私のところに来る保証がどこにも無い事に気付くのは、羊羹を作り終えてからである。

 

 

「────父に習い剣術も学びましたが、未だ私は生兵法。

 ですので、侍に縁のあるこの地で修行をする為に、この剣術道場に赴いた次第です!!」

 

「げにまっこと大人びた話し方をするお嬢ちゃんじゃのう……

 ま、言い分は理解したぜよ! よかったらこの道場で学んでいくとええ!」

 

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 

 

 年相応という言葉をぶん投げたプレゼンの末に、欲しかった返事を頂戴する。

 この年齢で旅なんかしているんだから、多少大人びた話し方でもセーフ……セーフだよね?

 

 

 それから私は、あれだけ熱心にプレゼンしていた割に一切の自己紹介もしていなかった事に気付いて謝り倒したり。

 サビルバラも忘れていた事に気付いて2人して笑いながら自己紹介を済ませたりした。

 

 

 それから暫く。

 

 

「あんちゃーん! もんたよー!!」

 

「おう、おかえりー! ロイルミラ、妹がもんてきたき、やかましゅうなるぜよ」

 

 

 サビルバラが忠告しているこの瞬間にも、足音が物凄い速度で客間に向かって来ている。

 そして襖をスパーンッと豪快に開く溌剌とした女性────私がここに来た目的であるクラーバラだ──は、私には目もくれずにサビルバラに話しかける。

 

 

「あんちゃん! 知らん人の靴があったけんど、誰か来ちゅー────」

 

 

 喋りながら私を見付けてしまったクラーバラ。

 彼女の動作が固まる。

 私としてもどう反応すれば良いか分からず、愛想良く笑う事ぐらいしか出来ない。

 

 

「お、おほほ……」

 

「クラーバラ…… 取り繕うても手遅れぜよ」

 

「あはは…… 元気な方、ですね……」

 

 

 サビルバラの言う通り手遅れではあるが、私は一応()()()()()()()()()()だと知っているので安心してほしい。

 

 とはいえ、クラーバラは気が強くて男勝りで……とゲームでも述べられていたが、想像以上にパワフルな人だ。

 まさか客人が来ていると分かりながら、同じ場所にいる可能性も考えずに豪快に襖を開けるタイプだとは思っていなかった。

 

 クラーバラは『お茶を淹れ直すから少し待っていてね!』と訳するべきであろう言葉を早口で告げた後、非常にぎこちない所作──恐らく上品を心掛けているのだろう──で客間を出ていった。

 

 

「はぁ…… ロイルミラ、妹がやかましゅうてすまん」

 

「いえいえ! その、快活で可愛らしい人だと思います!!」

 

「ああいうがは『お転婆』言うがぜよ。 無理に褒めいでええ。

 ……あれでも嫁入り前なんやけんど、ちっとも落ち着つかん」

 

 

 どうしたものかと嘆くサビルバラ。

 

 どうやら既に婚約の話自体は出ているようだ。

 折角なので聞いてみる事にする。

 

 

「妹さん、お嫁に行くんですか?」

 

「いんや、正式にそがな話がある訳や無いがよ。 やけんど、仲のええ男がおって────」

 

「あんちゃん、うちとカラちゃんはまだそがな仲や無いぞね!」

 

 

 サビルバラの発言に、お茶を淹れて戻ってきたクラーバラが被せる。

 どうやら、まだ嫁入りが確定している訳では無いらしい。

 

 

(ゲームだと時期まではよく分かんなかったけど、もう少し先の事なのか)

 

 

 だが満更でも無いのか、クラーバラの耳は赤い。

 この感じだとカラクラキルにプロポーズされるのも時間の問題だろう。

 

 カラクラキルが妖刀に蝕まれながら思い出していたプロポーズは、確か白詰草で花冠を作っていた筈。

 白詰草は道中でも花を咲かせていたから、既に開花は始まっている。

 プロポーズ自体はもうそろそろなのかもしれない。

 

 そして、彼女の嫁入りは『まだ白詰草が咲いている時期で良かった』とサビルバラが言っていた頃合。

 白詰草の開花期間がいつまでかは把握していないが、既に咲き始めているなら案外すぐなのかも。

 

 そうとなれば気を引き締めなければなるまい。

 ここに来た目的は何より、クラーバラを救う事なのだから。

 

 

 

 私に向けて自己紹介をする可憐な白詰草(クラーバラ)に笑顔で応じながら、私は覚悟を固めていた。




サビルバラ及びクラーバラの訛りに関しましては色々調べながら挑戦しましたが、間違えてても許してください。
方言は難しすぎる……!

また、白詰草の開花期間は諸説有りますが、拙作では3月~8月を採用しております。


鳳回転流をどう扱うか悩みまくっているので、次回の更新も中身含めて未定です。


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住み込みはあったろう?


ゼノコロ銃の渾身粘りやらコラボやらをしていました(自白)


 

 

 クラーバラとの挨拶も済ませ、雑談をして暫く。

 ふと、クラーバラが尋ねてきた。

 

 

「そういえばロイルミラちゃん、宿はもう決まっちゅーが?」

 

 

────ん? 宿?

 

 

「あー!!」

 

「……その様子だと忘れちょったみたいだな」

 

 

 すっかり失念していた私に、やや呆れ気味な声色のサビルバラ。

 

 いやしかし、本当にどうしよう。

 私は朝に島に着き、朝餉と少しの情報収集を済ませて直ぐに山を越えてこの村まで来た。

 そしてこの村でも道場まで一直線で寄り道すらしていない。

 今にして思えば、幾ら何でも後先考えて無さすぎるだろう。

 

 

「……あんちゃん」

 

「分かっちゅーぜよ。 この村に宿は無いし、道場に通うのに毎度山を越えさせる訳にもいかんきにゃあ」

 

 

 どうしたものかと頭を悩ませていれば、私を置いて話を進める兄妹。

 

 もしかして、この流れは────

 

 

「ロイルミラ、わしらん()に泊まるとええぜよ!」

 

「い、良いんですか!?」

 

「えいえい、なんちゃーない! お弟子さんも今はなんぼしおりゃせんき、負担にもならんぞね」

 

 

 私は一部方言が分からないながら『問題ない』と言われているのだと思い、お言葉に甘えて『よろしくお願いします!』と挨拶する。

 本当にどうしようも無かった問題だったのでありがたい申し出だ。

 

 勿論、ただの居候に留まるつもりは無い。

 こんな抜けた私にも優しくしてくれるのだ、出来る事をアピールして『来てくれて良かった』と思わせるぐらいの方がお互い幸せというものだろう。

 

 

「こう見えて家事は一通りこなせます! 道場の掃除から料理に魔道具の手入れまでお任せ下さい!」

 

「魔道具の手入れ……? おんし、剣士やないが?」

 

 

 そう問うてくるのはサビルバラ。

 確かに私がここに来た目的からして、魔道具の手入れというのは意味不明だろう。

 そういうのは魔導師か、魔術に明るい技師の役目では無いか、と。

 

 諸賢はご存知の通り、私はただの剣士では無い。

 私は未だ成長途中の胸を張って答える。

 

 

「ふっふっふ……私はただの剣士じゃありませんよ! 剣士であり魔導士な『魔法戦士』を志す者ですから!!」

 

「「魔法戦士……?」」

 

 

 サビルバラとクラーバラが揃って首を傾げる。

 聞き馴染みが無い言葉だとは思うが、それもまた当然。

 この時代で魔法戦士を名乗っているのなんて、ポート・ブリーズのとある島にいるお婆ちゃん(先代魔法戦士)ぐらいだろう。

 

 主人公が後に選ばれる『四大元素の均衡を保つ者』────それが魔法戦士だ。

 私の場合は好きに周囲から属性元素を借りまくっているので、そういう意味では全く魔法戦士では無いのだけれど、戦い方はそのものズバリなのだからガンガン自称していく。

 

 

 私は取り敢えず見せた方が早いと思い、魔力を練って掌の上に小さな緑色の兎を出す。

 これも分類上はれっきとした魔法ではあるが、実用性は特に無い。

 小さい子や魔法に疎い人に見せると喜ばれる、手品に近い性質のものだ。

 

 

「わぁ! 可愛らしい兎やね!」

 

「たまぁこがな魔法は初めて見るぜよ!」

 

「ふふん、こんな風に魔術には心得があります」

 

 

 それはもう分かりやすいまでのドヤ顔を決めながら、私は掌の兎を風に還元していく。

 

 貨物艇に乗せてもらう際も似たような事をしたのだが、こういう動物などの形を模した魔法はウケが良いので重宝する。

 

 私の魔法は、実用性の次に見栄えの良さを重視しているぐらいには見た目が大事。

 実用面に関しても、魔力の要求量と術式の煩雑さが多少増える代わりに魔法としての質向上や役割の明確化に貢献している。

 形を持たせるというのは、私の重視する項目をバッチリ満たしてくれるものなのである。

 

 

「色々と役に立つと思いますので、どうぞよろしくお願いします!!」

 

 

 

 私のこの村での生活は、こうして始まっていくのであった。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 翌日の朝、道場にて。

 

 

 昨日の挨拶後、早速サビルバラから手合わせの提案があって私もノリノリだったのだが、水を差すように私の腹の虫が鳴いてしまった。

 山を越して直接道場まで赴いたせいで、昼餉も忘れて随分話していたのだ。

 時間的に夕餉には早かったものの、結局その日は早めの夕餉を頂き、風呂も済ましてさっさと寝る事に。

 

 そして早朝に目覚めた私は、道場の清掃を軽めの運動がてら行って、今は木刀で軽く素振りをしている。

 ハーヴィンの私でも振りやすい軽めの木刀だ。

 普通なら喜ばれるのかもしれないが、私が普段使っている刀の重さを考えると少々軽すぎるか。

 

 私は別の木刀を手に取ってまた素振りをする。

 サビルバラの道場は島の子供が一時的な体力作りに使う程度、などと言われてはいたが立派な道場である。

 それ故に他種族も考慮して木刀一つとっても種類がそれなりにある。

 今、私が手に取った木刀はドラフの男児が使うようなタイプだろう。

 他に比べて長く、また使っている木の関係か先程よりもズッシリとしている。

 

 私は満足気にその木刀でパッパ直伝の剣技をおさらいしていく。

 パッパの技は私が扱うような魔術と違って素直で分かりやすいが、それ故に割と容赦ないものが多い。

 

 例えば、以前オクトー戦で空振った逆水(さかみず)は、単純な切り上げと、万一防がれても構わないように水を刀から増幅させまくって相手を押し流す2段構え。

 剣河射水(けんがしゃすい)も複数を相手取る為に追撃するような技であるし、パッパが私との決闘で使った瀧断(ろうだん)だって、本来は刀を壊しかねない程に凝縮した水を纏わせて文字通り『瀧すら断つ』剣技である。

 然し、パッパが目標にしたヨダルラーハは海すら割ると──比喩表現かもしれないが──いうのだから、こういう面でも追いつけていないのだと感じてしまう。

 ……ヨダルラーハが規格外なだけで、別にパッパが弱いとはとても思わないけれど。

 

 

「改めておはよう! 朝から精が出るのう、ロイルミラ」

 

「はい、おはようございます! えっと……師範?」

 

「堅いがは無しでええぜよ。 それよりも、準備はええか?」

 

「はい!」

 

 

 私は元気よく返事をしてサビルバラから距離を取る。

 

 今回の試合は私の()()の力量を見る事が目的なので魔法は一切禁止、但し()ならばセーフ。

 ピンと来ないかもしれないだろうが、これはこの世界で生きていなければ分かり難いルールであると私も思う。

 

 

 魔法は実の所、明確な定義が存在していない。

 多くの人間が魔法と呼称しているものは言霊と詠唱と術式、この3点で行使する術を指している場合が多い。

 例外も多々あるガバガバな区分けであるが、大体の人が指す魔法は膨大な魔力と属性元素を練って扱うものである────と認識されている訳だ。

 

 一方で、技と呼ばれるものは魔法と違い詠唱や術式が存在しない場合が殆ど。

 技名はあっても言霊とは違うから、そういう面で言えば何も混同しようが無い筈……なのだがそうは問屋が卸さない。

 何せ魔法は言霊や詠唱は省略出来る場合があるし、術式すら簡略化するケースもある。

 逆に技と呼ばれているものでも発動に特定の所作が必要────つまり、詠唱や術式が必要な場合があるのだ。

 

 それでも空の世界でそこまで技と魔法が混同されない理由は、偏に魔導師達が持つ()()()()によるものだろう。

 私みたいな使えるものは何でも使う精神では基本的に大成しないとされているのだ。

 

 これは魔術の研究は生涯を捧げるつもりであれという伝統的な価値観によるものと、それを裏付けるかのような大魔導師並びに名門の魔導師家系の存在が大きい。

 中には『魔法と技は明確に誇りの観点で違う』と主張する学者さんまでいるらしいから、魔導師のプライドが如何程のものかは推して知るべし。

 私はあくまで『魔法戦士』になりたいから、剣術を学んだ事を一切後悔していないけれども。

 

 

 さて要するに、今回のルールは私からすると不利である。

 色織り(ルーパパタ)印術(ムドラー)も禁止だし、魔法陣を書くのも許されないから生命を吹き込む(オーシュタウ・プラーナ)だって出来ない。

 一応パッパ直伝の技以外にも剣技は開発してあったりするが、残念ながら魔法と違って数は大して無い。

 その上、魔法戦士として魔術も剣術も扱える前提で組んでいるから、今回に限って言えばパッパの技でほぼ全て乗り切るしか無いだろう。

 

 私はこの剣術に関しての選択肢の狭さを補う為に剣術道場に弟子入りしたと言っても過言では無く、年月的な余裕があればナルメアの方の道場にも赴くつもりでいる。

 技術の入手に関して私は貪欲な姿勢を貫くつもりなので、魔術も剣術も出来る限り磨きたいし、呪術も錬金術もそれ以外のありとあらゆる知識だって機会があれば齧るつもり満々だ。

 

 

「先ずは構えを見せてもらおうか」

 

 

 サビルバラと10歩程の距離を開け、私は彼に言われた通りに構える。

 普段の刀よりも軽い木刀ではあるが、いつもの担ぎ構えだ。

 

 

「ほう、えらい重い刀を佩いちゅーきどんな構えか思うたら……

 そうか、担ぐのか」

 

「ええ、これなら左手が空くので魔法も撃ちやすいんですよ」

 

「成程。 ……改めて言うちょくが魔法は禁止ぜよ、えいな?」

 

「勿論です、あくまで構えですから」

 

 

 再度の確認を終えて、サビルバラも構える。

 先程から見えてはいたけれど、木刀が特注なのか物凄く長い。

 102cmという私からしたら大柄な人なのも相俟って威圧感も大したものだ。

 とはいえ私はサビルバラより背が高く、彼より威圧的な刀神(オクトー)と既に手合わせをさせて貰っている。

 これしきの威圧感で怯む程、私は軟弱な(乙女)では無い。

 

 

「そっちから仕掛けて来てええぜよ!」

 

「それじゃ、お言葉に甘えて──」

 

 

 私はサビルバラの発言を受けて、木刀を相手に向けて突きつける形に変える。

 遠当てする事が丸分かりの格好になるが、初撃ぐらいは素直でいきたい。

 

 

「──襲波(しゅうは)!!」

 

「ッ!」

 

 

 突きによって繰り出す遠当ては、木刀の属性元素に偏って茶色の光を伴う。

 私が自らの属性元素を特に練りもせずに放ったからこその現象で、普通の人なら自らの属性に左右されまくる。

 パッパレベルの他属性がまるで扱えない人だと、木刀と普段の刀の属性が違うからという理由だけで遠当てすら出来ないらしい。

 

 サビルバラは私の遠当てに多少驚き、然し余裕を持って刀で迎え撃つ。

 それを見て私は追撃をするべく距離を詰める。

 

 

日虚月處(にっきょげっしょ)──」

 

「大振りすぎるぜよ!」

 

 

 私は大上段から木刀を振り下ろす。

 サビルバラはそれに対して器用な足捌きによって、余りに長い木刀を近距離まで迫った私のお腹目掛けて突き出す。

 

 

「──蹴撃!」

 

「なっ!?」

 

 

 私は突き出されたサビルバラの長い木刀に左手を添えてそこから軽く魔力放出、放出の反動で跳躍してサビルバラの顔面を蹴り飛ばす。

 

 大上段からの振り下ろしがブラフなのは恐らくサビルバラも気付いていたとは思う。

 距離を詰めて振り難くなった長い木刀を、私が対処しづらい突きにする為だけに位置取りを調整したのだから。

 

 この技は私の事を不意打ちで蹴っ飛ばしてくれた()()()()()()()()()によって生まれた、急襲を目的としたものである。

 

 パッパも私も、剣技に求めているのは実用性であって美麗さでは無い。

 それ故に割と汚い手だろうが我が家では使って良いとされていた。

 パッパ曰く『綺麗な型で命を守れるならそれでも良いが、現実はそうでない場合の方が多い』という理由なんだとか。

 私が教えられたパッパの技の中には、相手の目を狙うものや刀の峰で殴るような荒業も含まれているぐらいだ。

 その教えの賜物なんて言ったら怒られそうだが、結果として私は生み出した魔法やそれ以外の技まで、どいつもこいつも実用性重視になってしまった。

 

 

「やってくれる……! ちょいとばかし、痛い目に遭ってもらおうか!」

 

 

 私の蹴りによって数歩よろめいたサビルバラが、獰猛な笑みを私に向ける。

 

 

────その際に、前世で聞いたボイスを伴って。

 

 

(やっば、生の1アビボイスじゃん……!)

 

 

 いかん、前世(オタク)の心が荒ぶり始めた。

 戦いの最中に意味も無い興奮をしている場合では無い。

 

 サビルバラは属性元素を纏わせた木刀を構え、私に振るう。

 

 

「連華刃!!」

 

「ぐっ……!」

 

 

 風の刃が私に襲いかかる。

 私は魔法で防ぎたくなる気持ちを抑えながら、必死に刀で迎え撃つ。

 然し全てを捌く事は出来ず、借りていた道着の一部が切れる。

 サビルバラには悪いが道着を借りていて良かった。

 殺し合いでも無いのに私服が切れていたら泣いていたか、怒っていたかもしれない。

 

 

「お返しですよ! 即席遠当て・風刃!」

 

「何!?」

 

 

 私は土属性の遠当てでは無く敢えて風属性の遠当てをする。

 ただの意趣返しではあるが、当然のように複数属性使ってきた事に多少の驚きを提供出来たようだ。

 風属性の魔法自体は昨日使ってしまっていたので、これで大して驚かれなかったら少しばかり拗ねていたかもしれん。

 ……我ながらこういう所ばかり外見側に引っ張られている気もする。

 

 驚きからすぐさま立ち直ったサビルバラは、私の遠当てを迎撃して構えを緩める。

 

 

「おんしの力量は大体分かったぜよ。

 それだけの実力があって、それでも此処で学ぶような事が有るのかはわしには分からんが……

 ま、おんしが納得出来たらそれでええぜよ」

 

 

 どうやらたったこれだけの打ち合いでも私の実力が掴めたようだ。

 しかも随分と高く評価して貰えたらしい。

 嬉しさでニヤけそうではあるが、試合が終わった訳では無い。

 

 

「ほいたら剣士らしく、白黒つけるとするぜよ!」

 

「望むところです!!」

 

 

 

 そこから私達は幾度と無く木刀を打ち合う。

 ぶつかる度に重い感触と、それにそぐわない程の軽やかな音が響き、場所も攻守も激しく入れ替わりながら何度も攻めて守ってを繰り返す。

 

 時に木刀が頬や目を掠め、蹴りも拳も飛び交っている。

 これは既に『試合』と呼ぶには不相応な────正に『戦闘』だった。

 

 

 私は笑う。 勝つのは自分だと鼓舞するように。

 サビルバラの木刀が右頬を撫でて皮膚が切れる。

 私は傷を指で拭いながら右足で彼の脇腹を蹴り、体勢を崩しつつ刀を左手に持ち替えて一閃。

 

 サビルバラも笑う。 私如きの小娘には負けんと言わんばかりに。

 蹴りで呻きながら私の一閃を刀で受け止めて、体勢を崩した私にお返しの蹴撃。

 私は空いた右手でそれを受け、押し退けながら転がって体勢を戻す。

 直後に飛んでくる風の刃に、木刀を右手に持ち替えて迎え撃つ。

 

 

剣瀑(けんばく)!」

 

 

 木刀が風の刃と衝突した直後、属性元素を増幅させて淡い茶色の光が壁のように広がる。

 壁はそのまま刀を離れて遠当ての要領でサビルバラへ。

 

 

「せいっ! でやっ! せいやっ!」

 

 

 サビルバラは華麗な連撃で迫る壁を切り崩し、私を見てニヤリと口角を持ち上げる。

 

 

「加減はするけんど、危ないと感じたら魔法も使うんがよ?」

 

 

 そう告げた後、サビルバラの纏う空気が一層威圧的になる。

 私はいつでも対処出来るように普段の担ぎ構えに戻す。

 

 

「いざ──」

 

「くっ!?」

 

 

 閃きが3回。

 私の腕を正確に狙ったその剣閃は木刀を弾き上げ、腕に痛打を与えて胴を空ける。

 

 一瞬の溜め。

 サビルバラの木刀が緑に煌めいている事から、強い風属性への偏りが見て取れる。

 

 私はこの一瞬を見逃さずに痛む腕を無理矢理動かして木刀を強く握り直す。

 加減すると言っていても、この動きは間違い無くサビルバラの奥義。

 故に私も自らの魔力に属性元素を練り込み、木刀を光り輝かせていく。

 パッパ直伝の技で以て──加減されているが──彼の奥義に立ち向かおうでは無いか。

 

 

「──桜下散華(おうかさんげ)!!

 

圧し潰せ! 重江天斬(ちょうこうてんざん)!!

 

 

 サビルバラは風を纏い、怒涛の回転連撃。

 私はそれを圧し潰さんと、光の壁と化した木刀を振り下ろして迎え撃つ。

 

 

 

 回転が9つを数える頃、双方の属性元素が霧散して衝撃波と化し私とサビルバラを道場の端まで吹き飛ばした。

 

 

「げほっげほっ!! ぺっ、髪の毛食った!」

 

「げほっ! ごっつい衝撃やったぜよ……」

 

 

 お互い咳き込みながらポロポロと言葉を零していれば、こちらに向かってドタドタと走ってくる音がする。

 

 

「あんたら何しゆうがよ!?」

 

 

 物凄い勢いで駆け込んで来たクラーバラは最初こそ声色や表情に心配が含まれていたものの、私とサビルバラがボロボロになりながらも2人して苦笑いなのを見て何が起きたのか察してしまったらしい。

 今はドンドンとその表情が恐ろしいものへと変貌している。

 

 

「……あんちゃん」

 

「ま、待つぜよ! わしもロイルミラも、そのー、魔が差したっちゅう奴で──」

 

「あんちゃん、正座」

 

 

 サビルバラの言い訳を許す筈も無く、正座を強要するクラーバラ。

 何か言い返したらそれこそ木刀で叩かれそうな怒気を纏う妹に勝ち目が無いと判断したのか、無言で正座に移行するサビルバラ。

 

 そしてクラーバラは当然、私にも────

 

 

「ルミちゃん」

 

「はいすいませんでした本当に許してください!」

 

 

 私は羅刹女と化しそうなクラーバラを前に、情けなく謝罪しながらサビルバラの隣まで急ぎ、迅速に正座する。

 

 

 そこから先は、語るには余りに長く恐ろしいお説教がそれはもう昼前まで続き、説教が終わった頃には足が痺れて動けそうにも無かった。

 追い打ちを掛けるように、傷の手当てと昼餉を済ませたら道場と屋敷を改めて掃除するよう言い渡される。

 これに対し抗議の声を上げたサビルバラは、現在私の隣で痛みに悶えて転げ回る羽目に。

 

 

 この剣術道場で誰が1番強いのかを改めて心に刻んだ私は、この女丈夫────クラーバラを果たして守る必要があるのか疑問を抱きつつ、大人しく傷の手当から始めるのだった。




という訳でサビルバラとの試合(イチャイチャ)でした。

次はガンガン飛ばしてコルウェル戦前か、合間に原作キャラと交流したりする……かな?
結局のところ、いつも通り未定って事です、はい。


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逢着はあったろう?


何やかんや、半額期間はこれ書くよりもグラブルがメインになっていた気がします。

それと今更ですが、この作品におけるサンスクリットは正確なものではありません。
改めてご了承ください。


 

 

 サビルバラ達の屋敷に住まわせて貰って暫く。

 その日は私が朝餉の当番でこそあったものの後は休暇とされ、この村に来て何度目かの休日と相成った。

 

 実はとある事情でこの日まで碌に村の散策も出来ていなかったので、さっさと朝餉を作って今日は一日中村を回る予定だ。

 

 それというのも、私が住み込み始めて割と直ぐにクラーバラがプロポーズされた──正確にはそう察する事が容易い程に一目瞭然な態度で帰ってきた──事が原因である。

 そんなクラーバラを見て『これはコルウェルの襲撃が近々に迫っている』と思った私は、何度かあった休日の殆どを対策用の魔術研究や自主鍛錬に費やした。

 実際はカラクラキル側の家庭の都合で結婚そのものはもう少し先らしく、これをつい最近になって知る。

 

 余談だが、私は純粋な興味からプロポーズやカラクラキルに関して色々とクラーバラに質問を投げまくった。

 聞くところによれば、矢張りゲーム内の描写同様に白詰草の花冠と共にプロポーズされたらしい。

 その日のクラーバラは夜中になっても思い出したように時折奇声を上げるものだから、サビルバラが白い目を向けていたのは中々愉快な光景であった。

 

 

 閑話休題。

 兎も角時間的な余裕が出来たのならば、折角だと思って村の散策を予定した訳である。

 

 私はサビルバラ達と朝餉を済ませ、早々に外に繰り出すべく屋敷を出る。

 そのまま門を抜けようとすれば、何やら門の外から話し声が。

 来客かと思いつつ、とはいえ私も別にこの屋敷の人という訳では無い。

 

 どうしようと悩んでいれば途端に会話が終わり、私の心の準備も整う前に門が開かれ────

 

 

「おや、初めましてかな?」

 

「は、初めまして!!」

 

 

────優しそうなイケメン(カラクラキル)に声を掛けられた。

 

 

 カラクラキル。

 クラーバラの婚約者であり、妖刀を封印する呪術を持つ家系の者。

 今の彼は島の顔役としての凛々しい面こそあれど、基本は暴力を厭う優しい黒髪の青年。

 

 ゲームではクラーバラ殺害のショックで髪は白く染まり、復讐の為に妖刀を握って命を削りながらコルウェルを探す復讐者(アヴェンジャー)

 その果てにはクラーバラを斬った妖刀の中に彼女を見出してしまい、封印も折る事も拒否して雲隠れ。

 一連の流れの結果、サビルバラはクラーバラを救えず、仇を殺す事も出来なければ妖刀を折る事も出来ず、カラクラキルを妖刀の侵食から救う事も出来ない────改めて思うが惨い話である。

 

 

「俺はカラクラキル、ここの師範の……友人、かな? 君は?」

 

「ロイルミラです! 島外から来たので住み込みをさせて貰っています!

 あなたがカラクラキルさんなんですね! クラーバラさんからお話は聞いてますよ!!」

 

 

 私は初対面を強く意識して挨拶をする。

 中途半端に知っているが故にうっかり『呪術に関して少しお話を』と先走りかけたりしては、関係性を構築する前にヒビを入れているようなもの。

 自らをセーブして少しずつ迫るのが吉だと思う、前世が前世(コミュ障)だったので机上論だけれど。

 

 とはいえ初手で『貴方の婚約者からお話はかねがね』という発言は強すぎたのか、カラクラキルは困ったような照れ臭そうな顔を浮かべている。

 然し咳払いを挟むだけで表情は元に戻った。

 

 

「それより君は島外から来たのか。 俺よりも随分若く見えるけれど……

 差し支えなければ、何故この島へ?」

 

 

 私はサビルバラ達と同様の理由(建前)を彼に説明。

 その際に魔術が扱える事をしっかり明示しつつ、呪術にも興味があるような話を少しだけ混ぜる。

 あくまでフレーバー程度の混ぜ方ではあるが、これでカラクラキルが警戒してくれるならそれで良い。

 私にだけ標的を絞られると困るが、島外から来た旨もゴリゴリ擦る事で間接的に島外から敵が来る事を伝えよう。

 伝わるかは別だが。

 

 

「そうか……この島の文化に…… 役職柄か、自分の事でも無いのに少し嬉しくなったよ。

 どうかこの島の文化を、サビルバラの道場を楽しんでいって欲しい。

 俺もその一助となれるよう、今度時間があればお茶でもご馳走するよ」

 

「本当ですか!? ありがとうございます!!」

 

 

 カラクラキルが返してきた反応は『特に反応しない』であった。

 微笑む彼に私も笑って返す。

 

 

(無警戒か…… ま、妖刀やその周辺の技術を狙って襲撃してくるかもしれないなんて態々考えたりはしないもんな)

 

 

────私はこの時、自らが心を読める訳でも、表情を窺うのが得意な訳でも無い事を失念していたのだが、それはまた別の話。

 

 

「あれ、カラちゃん? 何でそがな所でルミちゃんと喋りゆう?」

 

「クラーバラ。 ごめん、待たせてしまったかい?」

 

「ううん、声がしたき見に来ただけ」

 

 

 私とカラクラキルの声を聞き、クラーバラが門前に来る。

 

 ……これは2人の時間を邪魔してはいけないか。

 幸いにも餌は撒いたと言えるし、早々に立ち去るとしよう。

 

 

「それじゃ、私はそろそろ行きますね」

 

 

 言いながらも、私は会話を打ち切って門から出ていく。

 

 

「どうぞごゆっくりー!!」

 

 

 一度振り返って茶化し気味にそんな言葉を投げれば、慌ただしい否定のような弁解のような何かが聞こえてくる。

 

 

「ルミちゃーん!! もんてきたらお説教やきねー!!」

 

 

────最後に聞こえた言葉は、きっと聞き間違えだろう。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 屋敷から出て暫くの時間を村の散策に費やし、現在時刻は正午過ぎ。

 春の日差しは身も心も柔らかく包み──勝手に緊迫していただけだが──コルウェルを警戒していた私をも癒してくれる。

 

 茶屋に入ってほんの少し遅い昼餉を済ませ、私はデザートの団子を頬張りながらこの後の予定を考えていた。

 

 そろそろミリンやレオノーラと接点を作っておきたい。

 サビルバラ達にそれとなく話を振ったところ、レオノーラは不定期にだが道場に来る事があるらしいのでチャンスはそれなりにある。

 

 問題はミリンで、既に道場での体力作りも終わって今は家で独自の修行──恐らくは鳳回転流──をしているらしい。

 彼女もまた手合わせの為に道場に来る事が稀にあるそうだが、頻度からしてこちらは待つより会いに行った方が良いだろう。

 

 また、コルウェルの襲撃がまだだとしても対策を用意しておくべきではある。

 その為に竹林の下見もしたいが……さて、何から優先するべきか。

 

 

「じーっ……」

 

「ん?」

 

 

 考え事をしながらのんびりと団子を咀嚼していたので全く気付かなかったが、私の向かいの席に勝手に少女が座っている。

 その子は団子を狙っているのが丸分かりなぐらいに視線が団子に釘付けだし、なんなら涎を啜る音がする。

 

 容姿からして同族(ハーヴィン)だろう。

 茶色にも橙色にも形容出来そうな髪を屋内だというのにフードにしまい、更にその上から布を巻いている。

 その布は結び目の関係か兎の耳のようになっていて可愛らしい。

 

 然しその格好は、まるで私の知る────

 

 

「レ────!?」

 

 

 名前を呼びそうになって咄嗟に口を塞ぐ。

 危ない危ない、突然の事だったのでマジで失敗するところだった。

 まだ会話すらしていない相手を突然名前で呼ぶとか、いくら何でも怪しすぎる。

 

 幸いにも、急に大声で叫びかけて口を塞ぐという間抜けムーブをかました私に対して、レオノーラは見ているだけだ。

 寧ろ私が彼女の存在に気付いた事が明白になった訳で、ここぞとばかりに彼女は口を開く。

 

 

「なあ、お前さん。 その団子……アタイに1つ分けちゃくれねぇかい?」

 

「え? あ、あぁ……どうぞ?」

 

「ありがとうごぜえやすっ!!」

 

 

 礼を言うやいなや団子を美味しそうに頬張るレオノーラ。

 私は前世の知識があるから彼女の名前や性格の一端ぐらいは把握しているけれど、レオノーラからしたら初対面の筈。

 店の食品とはいえ、見ず知らずの人間から受け取るのは『人を信じている』とかで済ませるには余りに迂闊では無かろうか。

 

 まぁ何はともあれ、ここで会えたのも何かの縁。

 団子をもきゅもきゅと口に詰め込むレオノーラは小動物的で物凄く撫で回したいが、先ずは自己紹介だろう。

 

 

「私はロイルミラ。 島外から来た旅人……みたいな感じの人。

 あなたの名前は?」

 

 

 私の問い掛けに対して首を傾げたレオノーラは、そこで自己紹介をしていない事に気付いたのか急いで団子を飲み込む。

 

 

「すいやせん、名乗りもせずに……」

 

 

 そう言って席を立ち、何をするかと思えば()()()()彼女。

 そして大きく息を吸う様を見て、私は何だか嫌な予感がしてきた。

 

 

「おうおうおう! ニンジャを目指し日々是鍛錬。

 抜けば玉散る氷の刃に、乗せる想いは義理人情!

 人呼んで『兎小娘』レオノーラたぁアタイの事だっ!!」

 

 

 決めポーズと共に大声で名乗るレオノーラ。

 心做しかドヤ顔な気がするが、私は苦笑いしか返せない。

 

 何せ彼女、名乗る為だけに短刀とはいえ茶屋の中で抜刀している。

 加えて非常に大声。

 そしてこの場合、私に向かって自己紹介しているのだから無関係を装う事すら許されない。

 

 

(周りが凄い複雑な顔してるし店員さんも笑みが引き攣ってるんですけど!?

 え、嘘、これ私が場を収めないといけないの……?)

 

 

 私は取り敢えずポーズを決めたまま動かないレオノーラに声を掛ける。

 

 

「れ、レオノーラ……その──」

 

「お客様」

 

 

────あ、終わった。

 

 

 貼り付けたような笑みとは正にこの事を指すのだろう。

 笑顔の筈なのに目から怒りを感じさせる店長らしき人にレオノーラが声を掛けられる。

 流石にレオノーラも振り向き、そしてその表情を見て固まる。

 

 

「速やかにお帰りいただけますでしょうか?」

 

 

 そう告げられて周囲の温度が下がったと錯覚する程の怒気を感じさせられれば、最早ここに留まるのは下策。

 

 

「すみませんでしたお代はここに置いていきます! はい行くよレオノーラ急いで!!」

 

「うわっ!? ちょ──」

 

「ご馳走様でしたー!!」

 

 

 私は荷物を急いで背負い、代金を少し多めに置いてレオノーラの腕を掴む。

 そのまま彼女が何か喋る前に猛スピードで店を後にした。

 

 

 

 

 暫く走って、村の外れまで来たところでレオノーラの腕を離す。

 

 

「いやぁ悪いねぇ。 名前を聞かれるとつい、口上が必要かと思っちまいまして……」

 

「今度から場所は考慮してね……」

 

「任せろぃ! 跳ぶ前に見よ、って事でございやしょう?」

 

(それはつまり、さっきまではLeap before you look(見る前に跳べ)の精神だったと白状しているのでは……?)

 

 

 ゲームで語られるエピソードの時点で豪胆な子だと思ってはいたが、このまま成長してしまうとそれはもう豪胆では無く胆大妄為というものだ。

 それを思えばここで注意喚起が出来たのは彼女の将来の為にもなった気がする。

 果たしてこの程度の注意喚起で改善されるかは全くもって分からないが。

 

 

「それにしても、さっき名乗った時に『ニンジャを目指し』って言ってたけど……」

 

「そう! アタイはニンジャになるべく、日々修行してるんでさぁ!」

 

「ふむ……」

 

 

────見せてしまおうか。 研究の成果、その一端を。

 

 

 まぁ知り合えたら元々見せるつもりではあった。

 今回はじっくり部屋に籠っていたお陰で、当初の予定よりも凄い事が出来そう。

 

 

「忍術……じゃないけど、それっぽい事なら私も出来るよ?」

 

「なぬ!? そ、そいつぁ一体……?」

 

「ま、見ててね! 色織り印術(ルーパパタ・ムドラーヨーガ)────水魚(ウダカ・マツヤ)

 

 

 本来は必要無いのに忍者っぽくなるように大袈裟に印を結び、私は左手から水で構成された魚を飛ばす。

 

 

「おお!」

 

「驚くのはまだ早いよー? 転移(ヴィタラナ)!」

 

「うわっ!?」

 

 

 私は納刀してしまっていた筈のレオノーラの短刀を()()()()()、右手で振るって水魚(ウダカ・マツヤ)を切り裂く。

 

 転移(ヴィタラナ)は以前ナルメアの胡蝶の転移魔術を模倣しようと思った時に途中まで術式を構築して放置していたものを、部屋に籠っている際に範囲を物質に限定して再構築した魔術だ。

 転移出来るものに制限を設けたので精度が高く、失敗のリスクがとても低い。

 因みに再構築の途中に犠牲になったのは屋敷の庭で成長しようとしていた雑草達である。

 

 斬った事で形を保て無くなり水と化していく水魚(ウダカ・マツヤ)に向けて私が指を鳴らせば、水は形を取り戻して私の回りを泳ぐ。

 

 

「最後に────吸水(オーシュタウ・パー)

 

 

 呪文によって水の魚は形を水に戻して私の口の中に入っていく。

 これよりお見せするのは驚かすのに最適の魔法。

 これも作り掛けだったものを部屋に籠って完成させた、最新作だ。

 

 私は水を飲み込んで呪文を唱える。

 

 

循環錬金(チャクラ・ラサーヤナ)──」

 

 

 呪文を唱えたら、レオノーラに短刀を返しつつ左の掌を上にして待つ。

 今現在、私の体内で行われているのは『水の変性』だ。

 

 これは少しでも色々な術を扱いたい私が生み出した、擬似的な錬金術。

 本物の錬金術と違って自らの魔力で発生させたものや、自らの魔力を多量に取り込ませたものにしか発動出来ないのが難点ではあるものの、魔力をガッツリ媒介に用いる変性であるが故に等価交換もクソ喰らえなビックリ魔術だ。

 たぶんカリオストロに見せたら『錬金術への冒涜』と怒られると思う。

 

 

「──造花(マーヤープラーニン)()青蓮華(ニーロートパラ)

 

 

 私は左の掌から青い蓮を生み出す。

 そして魔法糸を通して携帯しているヘアゴムとくっつければ、即席ヘアアクセの出来上がりだ。

 但しあくまで即席なので、残念ながらこの造花は余り長持ちしない。

 魔力を込めれば多少は長く使えるが、どこまで粘っても精々3日が限度だろう。

 

 

「ふふん、どう? 忍術じゃ無いけどこういうのも良いもんでしょ?」

 

 

 私は折角作ったのを良い事に、即席ヘアアクセで髪を結びながら自慢気に告げる。

 

 

「くぅ〜! こいつぁすげぇもんを見してもらいやした!!

 特にアタイの懐から刀を口寄せする姿は、ニンジャを思わせるものでございやしたよ!!

 是非アタイにも伝授してくだせぇ! 師匠!

 

「師匠!?」

 

 

 私が驚いているのも気にせず、周囲をぴょんぴょん跳ね回りながらはしゃぐレオノーラ。

 ちょっと忍術っぽいものを見せて良い刺激になればと思っていたのだけれど、どうやら成果が大きくなりすぎてしまったようだ。

 

 

 

 結局私は彼女の思いを無下にすることも出来ず、師匠として共に忍術研究もする事になる。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 レオノーラとの出逢いを経て、日もそろそろ完全に沈んでしまう頃。

 私はレオノーラと別れて屋敷に戻ろうと村を歩いていた。

 クラーバラが忘れていなければ、帰ったら説教なので憂鬱ではあるけれども、余り遅くに帰って心配を掛けるのも本意では無い。

 然しながら説教が嫌なのも事実で、私の歩みは必然的に亀の如く遅いものとなった。

 

 

「おや、アレは……サビルバラとミリンちゃん?」

 

 

 ふと見れば、民家──恐らくミリンの家──の前で喋っている人影。

 随分長い棒の影が出来ているから、恐らく特注の木刀を持ってミリンの家で稽古でも付けていたのだろう。

 彼なりに妹とその恋人の時間を作る為に……というのは、私の妄想が行き過ぎているか。

 

 然し今日は運が良い。

 カラクラキル、レオノーラ、ミリンと一度に交流出来るのだから。

 

 私は気持ち駆け足でサビルバラのもとへ赴く。

 

 

「おーい! サビルバラさーん!」

 

「ん? おぉ、ロイルミラか。 おんしも今、帰りゆうが?」

 

「はい!」

 

「サビルバラさん、そちらの方は……?」

 

「あぁ、こいつはロイルミラ。 おんしの親御さんみたいな動機で島外から来た子でなぁ。

 見て呉れで分かる通りの傾奇者ぜよ!」

 

「誰が傾奇者ですか、誰が!」

 

 

 流れで紹介してくれるだろうと思ってサビルバラに任せていたら随分な言い草である。

 

 私はサビルバラの脇腹を抓って報復しながらミリンを見る。

 サビルバラが『痛い痛い! 分かった、分かった!!』などと言っているが今は無視だ。

 

 

「改めましてロイルミラです。 侍文化に興味を持って、今はサビルバラさんの道場でお世話になっています」

 

「これはこれは丁寧に…… 拙者はミリン。 侍やってます!」

 

「わしを無視して話を進めるな痛い痛い痛い!」

 

 

 いい加減に煩いので手を離し、片手間で雑に回復魔法を掛ける。

 無詠唱だし碌に魔力も練っていないので普通なら効果に期待出来ないが、所詮脇腹を抓っただけなのでこれで十分だろう。

 

 

「おぉ! ロイルミラさんは魔法を扱えるんですね!」

 

「大して歳も変わらないだろうし呼び捨てで良いよ。 呼びにくいならルミで平気」

 

「はい、ルミちゃん!」

 

 

 うーん、可愛い。 5億点*1

 脳内にミリンの笑みを保存しつつ、魔法の話を折角振ってくれたからそれに乗っかるとしよう。

 

 

「魔法はママから、剣はパパから教えて貰ってね。 そういうのに明るい知り合いにも恵まれて、今の私が出来た感じかな」

 

「剣も嗜んでいるんですね! 腕前は如何程に?」

 

「無論、皆伝! ……って言えたらカッコイイんだけどねー。

 そもそもパパは我流剣術だから免許も何も無いんだ。 ミリンちゃんは?」

 

「拙者も道半ばで……ですが! 前向きに捉えれば、まだまだ成長出来るって事だと両親も言ってくれました!」

 

「ほほう? それじゃ是非、今度手合わせでも──」

 

「そこまでだ、ロイルミラ。 暗うなってきたき、早う去ぬるぜよ」

 

 

 言われて空を仰げば、確かに日が完全に沈み星が瞬き始めている。

 私とミリンはお互い頷いて会話を切り上げ、『またね』と手を振って別れた。

 

 

 屋敷を目指してサビルバラの隣を歩く。

 思えば彼とこうして2人というのは、剣術の指南以外では初対面以来かもしれない。

 基本的にクラーバラがいつも一緒だったし、これまでの休暇は部屋に籠っているか道場に籠っているかで出掛けてすらいなかった。

 

 私がそんな思考を巡らせているとサビルバラは徐に口を開く。

 

 

「……実の所、おんしがちっくと心配やった」

 

 

 私は黙ってそれを聞く。

 彼からすれば、島外から態々来たよく分からない子供が今日この日まで碌に島も歩かず道場か屋敷に籠っていたのだ、何かあったと思うのが筋だろう。

 

 実態は()()()()()のでは無く()()()()()()()のだからタチが悪いのだけれど。

 

 

「こじゃんと自分を追い込んでいただろう? それを止めるのが果たして正しいかも分からんで、見守るしか出来いで……」

 

 

 おっと、私が籠っているのを『自らを追い込んでいる』と解釈していたのか。

 強ち間違いでも無いが、そこまで切羽詰まっていた訳でも────いや、コルウェル戦がすぐだと思っていたから大分焦っていたな。

 まぁその焦りのお陰で色々と新たに生み出したものもあるから、結果的にはプラスだった。

 

 然しそれは私からの視点でしかない。

 サビルバラやクラーバラには、どうしたものかと要らぬ気苦労を背負わせていたのだろう。

 

 謝らねばなるまいが、さてどう取り繕うのが正解か。

 正直に追い込んでいた理由を話すのは先ず有り得ない。

 かといって、常に張り詰めて生活している武人気質でも無いから『自らを極限まで高める為』みたいなのも却下。

 

 

「ごめんなさい! その……な、慣れない環境で休日っていうのが、何して良いか思いあぐねてたんです」

 

 

 言っておいてなんだが、我ながら下手な言い訳すぎる。

 慣れない環境で何して良いか分からなかったら、取り敢えず部屋や道場に籠るより散歩しろよ。

 

 だがサビルバラは本当に優しい人なので、こんな下手な言い訳を取り敢えず肯定して話を進めてくれた。

 

 

「そうか…… それで、今日はひいとい村を歩いてみてどうやった?」

 

「良い村だと思いました。 故郷とは全然違うけど、何て言うのかな……人の温かみが似てるって言うか。

 友達も出来ましたし、弟子?も出来たんですよ!」

 

「ほーん……って、弟子ぃ!?」

 

 

 私はそこから今日の出来事をサビルバラに語る。

 サビルバラは私の話に大袈裟なぐらいリアクションをしてくれて、何だか兄が出来たような気分だ。

 

 

 

 なお、この日に起きた最後の主要な出来事は『帰りが想像以上に遅かった事によるクラーバラからの説教』であった。

 

 

 

 

 私はこの先、コルウェルの襲撃までに何回クラーバラに怒られるのだろう?

*1
オタクはすぐにデカい点数を付ける




該当する話の前書きにも記載しましたが、年齢の勘定を間違えるという酷いミスが発覚した為に修正しております。

ロイルミラは現在13歳、原作開始から約4年前となります。
この度は申し訳ございませんでした。


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決行日はあったろう?


遅くなったのは戦闘描写が苦手だからです。


 

 

 夜が短くなって月を眺める時間が少なくなってきた頃から、更にほんの少し過ぎた晩夏。

 

 

 クラーバラの嫁入りが近付くに連れ、屋敷は騒々しくなる一方だった。

 

 先ずクラーバラが結婚するという話を聞いて、サビルバラの道場で世話になっていたであろう沢山の人達が島の内外問わず押し寄せて来た。

 女性陣は嫁入り前の確認やら何やらでクラーバラをあちこちに連れ回し、男性陣はサビルバラを囲んで酒盛りして勝手に宴会が行われる始末。

 私は女性陣の群れに突っ込まれてクラーバラと一緒に何故か着せ替え人形にされたり、男性陣の酒注ぎやツマミ作りを任されたりで、これまでの人生で一番大変だったと思う。

 

 そしてそんな賑やかな人達が何故こうしてやって来たかと言えば、婚前の荷物整理の手伝いもあるだろうが、何より花嫁行列に参列する為だ。

 要するにこの人達もコルウェルが襲撃してきたが最後、命を落とす人達という訳である。

 

 

 花嫁行列はこの屋敷から始まり山を越えてカラクラキルの家まで続く長丁場であるが、その行列を護るのは任命された数少ない護衛だけ。

 他の人は晴れの場であるが故に基本的に帯刀すら出来ず、サビルバラも細太刀のような戦闘に適さない儀礼用の刀を当日は佩くという。

 私もありがたい事に参列させて貰う訳だが、当然帯刀は禁止。

 然し流石に素手と魔法だけでコルウェルと戦える気はしない。

 

 ここで輝くのが転移(ヴィタラナ)だ。

 既に刀にマーキングを付ける事でより精度を上げて、きっちり転移出来るようにしてある。

 

 

 それと、昔のお弟子さん達が来た事で剣術修行の相手も一気に増加。

 お陰様で新技も出来て、サビルバラや兄弟子の皆様方に試したら『インチキだろそれ』って怒られたので実用性はバッチリ。

 

 腕が鈍らないように魔術も使用可能な試合もさせて貰った。

 但し呪縛(バンダ)で発生した鎖だけで無力化出来てしまったりするケースも多く、マトモな試合と呼べたのはサビルバラとクラーバラだけ。

 カラクラキルも一矢報おうと呪術らしき技を扱って来たから他の人よりは試合と呼べるものだったが、剣術で簡単に逆転出来てしまい、彼が剣術を不得手としているのを如実に感じた。

 

 物凄かったのはこの時点のミリンちゃんで、本当に何というか脳筋そのもの。

 何せ彼女、呪縛(バンダ)の鎖どころか私の開発途中の術ですら無力化出来てしまう程だったのだ。

 人を疑う事を覚えろとは言わないが、搦手を使う相手に出会した時の対処は学んだ方が良いと思わず進言してしまったぐらいである。

 それに対して『じゃあルミちゃんなら信頼出来るし相手してね!』と返ってきた時は、彼女からの余りに大きな信頼に目を丸くしたものだ。

 一瞬だけ『エッチな悪戯でもしてやろうか』と思ったけれど、何故だか私が着けている月の髪飾りから物凄く黒いオーラを感じて即座にそういう考えを頭から追い出した。

 

 

────ツクヨミ様はもしかして髪飾りを通して私を見たりしているのだろうか?

 

 

 実はこの髪飾り、ツクヨミ様との共同制作なのだが一部の素材が私にも()()()()()()()

 ツクヨミ様はこういった物の作成経験は皆無なので殆どは私が用意した素材で出来ている。

 完成までもう少しという所でツクヨミ様に預けて仕上げを頼んだのだが、結果的によく分からない所が幾つかある代物となったのだ。

 

 

(何を仕込んだのかは教えてくれなかったけど……まぁ、ツクヨミ様が私に害のあるものをプレゼントしたりする訳無いっしょ!)

 

 

 と言った具合に考える事を放棄していたのだが、もしかして監視装置だったりするのか。

 だとすると私のあれやこれやをツクヨミ様にバッチリ見られている可能性が……?

 いや、よそう、私の勝手な推測で以下略。

 

 兎も角、摩訶不思議な髪飾りである事には違い無い。

 誤って落としたぐらいでは傷すら付かない妙な頑丈さがあり、私の魔力に反応しているのか光源も無いのに光る時があったりする。

 

 

 

 さて、そんな不思議な髪飾りは置いておいて話を戻そう。

 長々と連ねずに取り敢えず結論だけ言えば、コルウェルは矢張り襲撃してくる。

 

 これは開発中の新技を用いて動物と視界をリンクさせた事で知ったのだが、コルウェルは小型の騎空艇を島の外れに隠すように降ろしている。

 恐らく彼としては妖刀さえ取れれば良いだろうから、これが普通の花嫁行列であれば、私達を無視して道場に忍び込み妖刀だけ盗んで雲隠れしていただろう。

 然し今回のクラーバラの結婚は、サビルバラの家に伝わる妖刀の譲渡・封印も併せて行われるもの。

 どこから情報を仕入れたのかは分からないが、コルウェルからすれば折角の目当てが封印されかけている────彼としては何としても阻止したいのだと推測出来る。

 だからといって、犯人がコルウェルだと露呈させない為だけに参列者を皆殺しにするのはどうかと思うが。

 

 何度か動物の視界を借りて彼の様子を探っているが、島の地形把握から始めているようで今は大人しい。

 様子からして、彼は未だ妖刀に侵食されながらも冷静な部分が多く見える。

 これが非常に恐ろしい所で、コルウェルはその残っている冷静さで自らの足跡を残さない事を何より重視している。

 同時に、足跡を消す為ならば犠牲がどれだけ出ようと構わないぐらいには狂っている訳だ。

 

 既に彼が山の竹林に向かって歩いている所を私は確認済み。

 幾つか罠を仕込みはしているが、果たして効果があるかは不明。

 魔力残滓も指紋も残さないように細心の注意を払ったから特定はされないだろうけれど、何せ妖刀持ちとの対決は初めてだから未知に溢れている。

 

 

 私は最後の仕上げの為にサビルバラとクラーバラにとある物を渡す予定。

 式が明日に迫るこの夜、私が宛てがわれている部屋に2人を呼んだ。

 

 

「来たぞー、ロイルミラ。 話があるとは聞いたけんど何の話だ?」

 

 

 私は2人に座るよう促し、姿勢を正して話を始める。

 

 

「まずは、改めてクラーバラさんのご結婚おめでとうございます」

 

「いやっちや、改まって挨拶なんて! やけんどありがとうね、ルミちゃん」

 

「固い挨拶はせいでええぜよ。 そがな話をする為に呼んだ訳やないだろう?」

 

「ちょっとあんちゃん!」

 

「いえ、そうですね。 明日は大切な日ですから、早速本題に移ります」

 

 

 そして私は2人の前に小さな袋────御守りを差し出す。

 

 

「? えっと……ロイルミラ、こいつは?」

 

「私の作った御守りです。 サビルバラさん、クラーバラさん、カラクラキルさんの3人分を用意しました。

 既にカラクラキルさんには渡してあります」

 

 

 これは今の私が作れる最高傑作、守護の護符入りの御守りである。

 護符には気持ち悪くなりそうな程に細かく丁寧な術式を書き込み、更には開発途中の()()まで盛り込んだ、正に私の集大成作品。

 

 なお、カラクラキルには渡した直後に呪術混じりなのがバレた。

 更には『君が呪術について随分と興味を持っているのは理解していたから、少しばかり警戒もしていたんだけどね』なんて返されるオマケ付き。

 

 カラクラキルは私の発言を受けて反応しなかったのでは無く、()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 その演技は見事に成功して、私はまんまと彼が無警戒だと思い込んで何も考えずに今の今まで接していた訳である。

 最終的に『ここの呪言を少し変えると効力がより高まるだろうね』というアドバイスまで頂戴して、私は顔を真っ赤にしながら護符の書き換えをする事になった。

 とんだ生き恥を晒し、人に鎌をかけるような態度は改めようと思わされた瞬間だ。

 

 

「貰うてええならありがとう貰うが…… 一体どいて?」

 

「ありがとうねルミちゃん。 あんちゃん、動揺しすぎて訛りが酷うなっちゅーよ」

 

 

 驚くサビルバラと対照的に素直に受け取ってくれるクラーバラ。

 私は正直に中身やらを話すつもりも無いので適当に誤魔化す。

 

 

「特に深い意味は無くて、強いて言うなら新しい始まりを迎えるにあたっての応援……ですかね?

 クラーバラさんは言わずもがな、サビルバラさんも妹さんが少し離れて寂しくなるかと思いまして」

 

「はっはっは! 昼にも言うたけんど、やかましい奴がおらんくなって気が楽ぜよ!」

 

「はぁ……ルミちゃん。 ()()()あんちゃんのお世話、お願いね?」

 

「誰が()()()じゃ!」

 

 

 そうして誰ともなく笑う。

 笑っている筈なのに何故だか少し寂しげなその空気は、明日を思えば余りに重たい。

 

 

 

 幽き有明月が空に昇る今宵は、晩夏にしても随分と冷え込むのだった。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 翌日。

 残暑という言葉を忘れてしまったかのような爽やかな陽光が、山を進む花嫁行列を照らす。

 

 

 花嫁姿のクラーバラはとても美しく、兄弟子や姉弟子の皆様方はまだ何も始まっていないのに感極まって泣き出す人がいる程。

 サビルバラはこんな時まで『馬子にも衣装とはよく言ったもんだ』なんて憎まれ口を叩いていたが、その顔はとても優しげで心から祝福している事は想像に難くない。

 カメラが手元にあったならば確実に収めていたであろう美麗な白詰草(クラーバラ)を見て、彼女を護る覚悟を改めて決める。

 

 

────今日という目出度き日は、人が死ぬには眩しすぎる。

 

 

 妖刀に狂う人斬り(コルウェル)を殺さずに捕縛し、そして彼には誰一人として殺させないのが目標。

 改めて思うが、難易度は今までの何よりも高い。

 コルウェルを見付けてから、暇さえあれば彼の妖刀の情報を探ったが成果無し。

 こればかりは出たとこ勝負となってしまったが、元々対策が出来るのかも不明の代物だ。

 私に出来る数少ない対策は、とある赤い彗星の言葉を借りて『当たらなければどうということはない』の1つ。

 

 

(後は()()が決まれば、或いは……)

 

 

 私は体内の魔力の流れを意識して、身体に異常が無いかを再確認していく。

 既に何度やったか分からない作業だが、それだけ今日は私の魔力が大事な日である。

 

 

「そこの者。 此は神聖なる婚姻の儀、その最中である。

 道を空けていただきたい」

 

「……」

 

(来た……!)

 

 

 私は前方の声を聞いて即座に列を抜け、驚く周りを全て無視して一直線に最前へ駆ける。

 一瞬だけ視界に映ったクラーバラの驚きと不安を感じさせる顔を見て、私が安心させなければと思わされた。

 

 

「……煩いな」

 

「何だと……?」

 

(ヤバい、間に合え! 印術(ムドラー)────縮地(クシャナ)!)

 

 

 私は足から少しだけ魔力放出をすると同時に印を結び、身体を文字通り吹っ飛ばす。

 

 

転移(ヴィタラナ)!!」

 

 

 私の詠唱とほぼ同時にギィィンと劈くような音が鳴り響く。

 魔力放出を駆使して物凄い速度のまま最前に割り込んだ私が、コルウェルの刀を受けた音だ。

 今までの刀が擦れ合う音とは似て非なる不協和音と、勢いに任せていた私の一撃を少しずり下がる程度で受け切る彼の怪力に顔を顰める。

 とはいえ、そんな顔をしている場合では無い。

 大事なのはここからコルウェルを引き剥がす事、それだけ。

 

 縮地(クシャナ)の効果時間は僅かだが残っている。

 

 

「吹っ飛べ!!」

 

「ぐっ……!」

 

 

 私は縮地(クシャナ)によって齎される人外じみた運動速度に、足からの魔力放出という過剰なまでの加速を行ってコルウェルを蹴り飛ばす。

 彼の脇腹に直撃する事を想定して放った蹴りはコルウェルの腕に阻まれて威力が少しばかり下がりつつも、彼を竹林まで吹き飛ばす事に成功する。

 

 

「すいません! 式は参加出来そうに無いです!!」

 

 

 私はそんな言葉を残し、吹き飛ばしたコルウェルを追って竹林に向かう。

 

 全員救うのだ、私が。

 自身で決めた傲慢な救済を完遂させなければ、態々此処を突き止めて下さったツクヨミ様に合わせる顔が無い。

 

 

 

「ルミちゃん……」

 

 

 然しこの時の私は失念していた。

 心配そうに幼い居候()を思う妹を、安心させる為に行動してしまう優しすぎる好漢()の事を。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 コルウェルは私が追って来る事を見越していたのか、特に動く様子も見せずに待っていた。

 

 

「……この竹林に罠を仕掛けていたのもお前か」

 

「だったらなーに?」

 

「斬る獲物が見付かって安心した」

 

「そんなちっちゃい事を気にしてたらモテな────ッ!?」

 

 

 発言の途中にコルウェルの身体がブレて、直後に目前まで迫る刀。

 私はそれを横に避け、相手の後隙を狩らんと刀を振るう。

 

 

「人の話は聞けってーの! 冉災月殃(ねんさいげつおう)!」

 

「温い刃だ。 殺意がまるで足りていない」

 

 

 私の一撃は後隙を狩ったつもりであろうとまたも軽々と阻まれる。

 刀が合わさって音が鳴り、それが耳にいやに残った。

 

 最初に刀を合わせた際もそうだったが、何だか物凄く嫌な予感が付き纏って仕方無い。

 刀が打ち合う音で気分が悪くなるなんて初めての症状で、これもまた妖刀のせいなのかと考えつつ、私はコルウェルから少し距離を取る。

 

 

「殺意って言われても、別に私はあんたを殺す理由が無いし」

 

「俺があの連中を根絶やしにしようと?」

 

「出来ない仮定はしない方がいーよ?」

 

「ふふ……安い挑発だ」

 

 

 いつもより余裕が無いから軽口ぐらいは叩かせて欲しいだけなのだが。

 

 コルウェルは先程から剣呑な雰囲気を纏ってこそいるが、逆に言えばそれだけ。

 苛烈に攻められるのも恐ろしいけれど、妙に落ち着かれても不気味極まりない。

 然し相手が攻めないなら私から攻めるだけだ────そう思い、私は左手で魔力を練り始める。

 

 

色織り(ルーパパタ)四大元素(マハーブータ)──」

 

「……」

 

 

 コルウェルが無言で刀を構え直す様を見つつ、私は左手を天に掲げる。

 

 

「──熱水蛇(ウシュナ・ジャラナーガ)!」

 

「ハァッ!!」

 

 

 左手から熱水の蛇が天に向かって昇っていくのと同時、コルウェルが間合いを急速に詰めて斬り掛かる。

 咄嗟に刀で防ぐも、妖刀によって齎されたのだろう怪力に為す術なく押される私。

 

 

(まただ……! 何だよ、この耳に嫌な音がへばりついてる感覚は……!?)

 

 

 嫌な音に顔を顰める私を嘲笑うかのように一層力を込めて押すコルウェル。

 然し、私が打ち上げた蛇が空より彼に目掛けて襲い掛かる。

 コルウェルは私を強く弾き飛ばして蛇を躱し、私を再び斬ろうと刃を向けてくるが。

 だがその頃には、私は次の準備が整っている!

 

 

「尋常に勝負せよ!!」

 

「何が尋常にだよ、妖刀とかいうインチキ使っておいて!!

 色織り(ルーパパタ)希少元素(エーテル)────黄金の猪(スヴァルナ・ヴァラーハ)!」

 

「ハーッハッハッハッハ!! 発剣!」

 

 

 私の左手から放たれた金色の猪は、笑い狂うコルウェルの連撃の前に霧散していく。

 

 少しずつだが、コルウェルが私の知るコルウェル(ゲームの姿)に変わりつつある。

 恐らく、戦いによって彼と妖刀を刺激しているから理性が機能しなくなっているのだろう。

 要するにここからが本番だ。

 

 

「死ねェッ!」

 

「ぐぅっ! 羅睺計都(ラーフ・ケートゥ)!」

 

 

 急激に加速して私の首を狙う一撃を薄皮一枚の犠牲で済ませながら、私は周囲の属性元素を取り込む。

 然しながら、薄皮一枚と言えど私は妖刀に()()()()()()()()

 

 直後────

 

 

(あ……? 急に何の音もしなくなった?)

 

 

 

 

 世界から音が消え去った。

 

 

 

 

 コルウェルが何か口を開いているが全く聞き取れない。

 それどころか葉擦れの音も風の音も私には聞こえなくなってしまった。

 

 

(は? は? なに、何が起きてる? 何も聞こえないんだけど!?)

 

 

 突然の聴覚異常に狼狽える私を嘲笑うかのように、私の視界から外れるべくコルウェルが動く。

 それをパニックになりながらも半ば本能的に魔力で追う私は、彼が視界から完全に消えた事で落ち着きを取り戻す。

 

 

(斬った相手の聴覚を奪う……? いや、これだと限定的過ぎるかな。

 最悪の場合、斬った相手の五感を奪うまでありそうだが……)

 

 

 兎も角、今の私が聴覚を失った事は間違いないだろう。

 戦闘において大事な『聞く』という感覚を根こそぎ封じられたのはとても不味い。

 

 とはいえいつまでもパニックに陥っている場合でも無い。

 

 一度はパニックに陥った私がこうして急速に落ち着いて考えられているのは、偏に目の前から人斬り(コルウェル)が姿を消したからだ。

 ここでパニックになったが最後、私は今度こそ首と胴体が別れを告げる羽目になる。

 

 

(言霊を自分で認識出来ない分、下手に詠唱すると術が乱れそうだ。

 ここからは色織り(ルーパパタ)より印術(ムドラー)を主体にしないと)

 

 

清く! 正しく! 高潔にィ!

 

「ッ!!」

 

印術(ムドラー)────般若(プラジュニャー)

 

 

 私の真後ろに急接近する魔力反応を振り返って刀で受け止めれば、歯を剥き出して嗤うコルウェル。

 力負けしながらも必死に踏ん張るが虚しく弾き飛ばされた私は、魔力放出で竹林に紛れつつ印を結ぶ。

 

 般若(プラジュニャー)は死中に活を見出す智慧という意味を込めて名付けた、圧倒的な筋力補正と動体視力強化の術。

 発動条件は私が弱体状態である(デバフを貰っている)事だけ。

 とてもお手軽な強化術(バフ)だが同時に効果時間も縮地(クシャナ)と変わりないような短さなので、ここで切ったのが果たして正解かは何とも言えない。

 

 強力な補正が掛かった事で、音の無くなった世界にさえ聞こえそうな程の爆発的な踏み込みは瞬きの間にコルウェルを捉え────

 

 

一月三襲(いちがつさんしゅう)!)

 

ぐおォ!? 貴様ぁ……!

 

 

 魔力を纏った私の刀は、一突きが三条の閃きへと変幻してコルウェルを襲う。

 彼は致命傷になりかねない上段の突きを顔を逸らして躱し中段を刀で受け止めるも、予想以上の力強さに刀をそれ以上動かせず下段の突きが腿を刺し貫く。

 

 私は般若(プラジュニャー)の効果が切れる前に彼を無力化させようと、恐らく軋んでいるだろう刀に魔力を流して()()()()()()()()()

 

 

愛月撤刀(あいげつてっとう)・三日月!!)

 

やめろやめろやめろ! どうして俺を虐める……!

 

 

 突如発生した3つの衝撃に対してコルウェルは口を動かしながら刀を振り回す。

 残念ながら私の攻撃は全て無力化され、更には腿から血が噴き出している事すら気にせずコルウェルは暴れ狂う。

 それは最早私を狙ったものかすら怪しく、無闇矢鱈に周囲を斬り刻む嵐のよう。

 私はその剣閃の暴風雨を刀と急造した魔力壁で防ごうとするものの、余りの速さと手数に次第に追い詰められる。

 

 

(速すぎる……! 間に合わな────)

 

 

 次の瞬間、私の肩に走る痛み。

 またしても妖刀に斬られてしまった訳であるが、事態は私を待ってなどくれない。

 致命傷を避けながら必死に刀と魔法を駆使してなお、身体に切り傷が増えていく。

 

 

 直後に発生する身体中の異常。

 私の耳が急激にその力を取り戻したかと思えば、今度は目の前が闇に覆われていく。

 それすら瞬きの間に回復して、同時に一瞬だけ握っていた筈の刀の感覚を忘れ、感覚が戻った頃には周囲を漂う血の匂いが分からなくなる。

 そして五感の異常を一通り体験したと思われる私は、混乱の最中でもコルウェルが見舞う嵐を防いでいたのだが。

 

 このままではジリ貧だと考えていた私の耳に飛び込む刀からの異音。

 

 

(嘘でしょ!? 刀に罅が……!)

 

 

 ぼやけていく視界──恐らく最後の攻撃が視界を封じるものだった──で刀に罅が入った事を確認して、私は兎に角コルウェルが暴れ回る空間から離れようと試みる。

 

 少しばかり距離を開けた頃にはもう視界はほぼ闇の中。

 そしてそんな目まぐるしく変化する私の身体が落ち着きを取り戻しつつある中で捉えたのは、剣を振り回すコルウェルの狂乱の音と馴染みの男の声。

 

 

「ロイルミラ!!」

 

 

 

────消え行く視界の向こうに見たサビルバラは、この事態を任せるには余りに頼りない瞳をしていた。



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窮地はあったろう?


皆様のコメントや評価は読んでいるのですが、如何せん良い返信が思い付きません。
はぁ……鬱い……(子神並感)


 

 

────サビルバラは呆然としていた。

 

 

 

 時はロイルミラが花嫁行列を抜けて一直線に駆ける頃まで遡る。

 

 魔力を用いて異常なまでに加速したロイルミラを止める事すら出来ずに見届けてしまったサビルバラは、直後に最前から聞こえたロイルミラの声と刀の鳴らす金属音によって意識を切り替えて身構えた。

 すると見慣れぬ人影が竹林へと吹き飛び、ロイルミラがそれを追う。

 

 

「すいません! 式には参加出来そうに無いです!!」

 

 

 いっそ場違いとすら思える発言を残して竹林へと姿を消すロイルミラに向けて、心配そうな呟きを漏らす妹。

 サビルバラはそんな不安気な顔を隠しもしない妹を一瞥し、次いで大きく手を鳴らした。

 

 

「クラーバラ、それにおんしらも。 わしが見に行くき、おんしらは予定通りカラクラキルの家に向かってくれ。

 ロイルミラはああ言いよったが、わしが連れ戻すき安心しろ」

 

 

 参列者達はざわめくが、その中から護衛を務めていた1人がサビルバラに告げる。

 

 

「サビルバラさん、俺が行きます。 余りにも一瞬だったので強さこそ分かりませんが、あの謎の人物が発していた殺気は本物です。

 今は儀礼用の刀しか佩いていない貴方を向かわせる訳には──」

 

「そうか……やったら尚の事、行かんとならんぜよ」

 

「な、何を!?」

 

 

 サビルバラはそう言うと、佩いていた儀礼用の刀を他の参列者に預けて、目の前の護衛から刀を盗る。

 

 

「すまん、ちっくと借りる! きっちり手入れして返すき許いてくれ」

 

「いや、そうでは無く──」

 

「あんちゃん」

 

 

 突如サビルバラに掛かった妹の声は、複雑な感情が乗せられたものであった。

 

 

「……ルミちゃんをお願いね」

 

 

 その瞳は不安そうで、これから嫁入りするとは思えない酷い顔だとサビルバラは思う。

 故に彼は力強く、そして出来る限り元気に言葉を返す。

 

 

「任せろ! 大事な祝いの日は皆が集まってこそだ」

 

「うん……! あんちゃんも、気を付けて」

 

「おう」

 

 

 遣り取りを済ませれば、周りの声を振り切ってサビルバラも竹林へと駆ける。

 

 何故か()()()()()()()()()()()()()()かのような自分の弟子を追い掛けて、そして聞かねばならない。

 襲撃者の素性も、彼女が隠していた何かも。

 

 

(思えば昨日、あんな物を渡いてきた時点で勘付くべきやったのかもしれん)

 

 

 彼は懐に入れた御守りを服越しに触れ、彼女の無事を願う。

 そうして駆けて、駆けて、駆け抜けた先に見た光景は────余りにも現実離れしたものだった。

 

 竹はどれもこれも切り倒され、それらには赤色が少しといえどこびり付いている。

 地面は不可解な抉れや隆起が混じり、魔術には明るくない彼ですら分かる程の濃密な魔力と属性元素が一帯を覆っていた。

 

 そしてその中心には、暴風雨の如く荒れ狂う正体不明の男と────

 

 

「ロイルミラ!!」

 

 

────幼き弟子が対峙していた。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 私の封じられた五感が最終的に視力なのは不幸中の幸いだろう。

 何せ今まで夜闇に縁のある星晶獣と関わり続けていたのだ、今更視界が効かなくなった程度では私の動きは鈍らない。

 

 然し経緯は不明だがサビルバラがここに来てしまった。

 これが非常に宜しくない。

 

 現在の私は左肩が風通し抜群な上に、あちこちが切り傷まみれでハッキリ言って可愛くない。

 知り合いではあるが、何より原作でプレイアブルキャラであったサビルバラも私の推したるハーヴィンである事に違いは無く、そんな推しに醜い姿を見せるのはオタクとして拒否反応が出る。

 ……というのは半分冗談で、本音を言えばそもそもこの戦いは1対1(サシ)の方が楽なのだ。

 

 コルウェルの妖刀がまさかのランダム五感封じ(仮称)とかいうやりにくい事この上ない性能だったせいで、この戦いは必ず五感のどれかが犠牲になる。

 先程少し距離を空けた際に弱体回復の曙光(ウシャス)の印を結んでみたが効果無し────つまり最悪の場合は、私はこの先の人生で主人公の顔を拝めない事になってしまった。

 無論そんな事は私が許せないので落ち着いたら色々試すけれど、兎にも角にも治療法が不明な現在は犠牲者の数を減らすべきだ。

 

 

 更に悪い報せとして、サビルバラの呼び掛けはコルウェルの荒れ狂う意識を呼び戻すのに十分なだけの声量があった。

 つまるところ、彼からすれば獲物が増えた訳で。

 

 

「……ごきげんよう」

 

「サビルバラさん!!」

 

 

死ねェッ!

 

 

 コルウェルは標的をサビルバラに移して斬り掛かる。

 耳障りな金属音が発生した事で辛うじて斬られていないと認識した私は、コルウェルの背後を狙って刀を振り下ろす。

 

 

「ぐおぉ!? 何ちゅう力ぜよ……! おんし、もしや妖刀を……!?」

 

「ハッハッハッハ!」

 

重江天斬(ちょうこうてんざん)!」

 

「がぁ!?」

 

 

 私を迎え撃つ為にサビルバラを蹴飛ばすコルウェル。

 それで良い。 サビルバラには悪いがこれは私の戦いだ。

 私は罅の入った刀が妖刀と衝突する直前に増幅した光の属性元素をそのまま射出。

 刀はまだ壊す訳にはいかないから、ここは打ち合わずにサビルバラから意識を逸らすことだけに注力する。

 何も見えてはいないが、先程やたらと魔法を使っただけあってここら辺は私の魔力まみれ。

 お陰様でそれ以外の流れを感知するだけで相手が何処にいるかも、妖刀の動きさえも問題なく認識出来る。

 

 私は刀を最低限の打ち合いだけで済ませながらコルウェルに連撃を見舞い、サビルバラに向けて喋る。

 その間も攻め立ててコルウェルの意識を私に集中させる事は忘れない。

 

 

「サビルバラさん! 来てくれたのに悪いんですけど逃げてください!

 こいつ、斬った相手の五感を封じる妖刀持ちなんでサビルバラさんが居るのはハッキリ言って邪魔です!!」

 

「だ、だが──」

 

「逃がす訳が無いだろう?」

 

 

 途端に刀が空を裂き、コルウェルが人外じみた速度でサビルバラに迫っているのだと察する。

 私は縮地(クシャナ)の印を結んで彼を追い抜き、刀では無く拳を振りかぶる。

 左肩に穴が空いた程度、魔力で無理矢理ブーストすれば拳として十分に機能する。

 

 

金剛拳(ヴァジュラ・ムシュティ)!!」

 

「くく……」

 

 

 縮地(クシャナ)による加速と、魔法によって硬化した私の左拳はコルウェルの妖刀と真っ向からぶつかって衝撃波を起こす。

 その際に風通しの良くなった左肩が悲鳴を上げて血が吹き出るが、そんな事が瑣末に思える程の激痛が左腕全体を襲う。

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あぁァ!!」

 

 

「気持ちいいいーー!!」

 

「ロイルミラ!」

 

 

 激痛に負けて気を逸らした私をコルウェルが狙わない道理など無く、妖刀が私の首を狙う。

 

 

「血をォッ!」

 

「させん! 連華刃!」

 

 

 咄嗟に前に出たサビルバラの連撃によって距離を開けるコルウェル。

 私は最早感覚が希薄な左腕に魔力を集中させて回復を促しつつ、サビルバラに詫びる。

 

 

「はぁ……はぁ……すみません…… カッコつけといて、こんなザマで……」

 

「そがな事はええ! それよりおんし、怪我は!?」

 

「あはは……正直、痛すぎて泣きたいです。 でもまぁ、致命傷は全部避けたんでセーフみたいな?」

 

「冗談を言いゆう場合か!」

 

 

 寧ろ冗談を言うぐらいの気持ちに戻さなければ、本当に泣いてしまいそうなのだから許して欲しい。

 

 死を感じた瞬間は良くも悪くもパッパとの決闘で急所を狙われまくったので理解しているから、致命傷を全て避けられたのはパッパのお陰だろう。

 けれど実際にここまでの大怪我は前世でも多分経験していない。

 身体中に切り傷をこさえ、左肩は穴が空いて更には腕がグチャグチャである。

 これだけの痛みを与えられてなお、臆す事無く戦えているだけ褒めてくれても良いぐらいだ。

 

 

「さっきのは反射か?」

 

「だと思います。 妖刀ぶち抜いてぶん殴るつもりだったんですけど、そのせいで被害甚大です」

 

「相変わらず無茶苦茶な事を実行する奴ぜよ……」

 

 

 コルウェルは先程から動きを見せない。

 

 私は無詠唱で羅睺計都(ラーフ・ケートゥ)を行い、周囲に散った魔力を回収する。

 これでまだ戦える。 まだサビルバラを逃がすチャンスを作れる。

 然し私の考えは喋ってもいないのに筒抜けだったようで────

 

 

「まだおんしは、わしが言われた通りに逃げる思うちゅーか?」

 

「……言っておきますけど、今の私は妖刀(アレ)のせいで目が見えてませんから、間違って斬るかもしれませんよ?」

 

「ほう? そいつぁまるで、おんしがわしを斬れる言いゆうように聞こえるが?」

 

 

 こんな時でも憎まれ口なのだから、最早何も言うまい。

 間違うヘマなど犯さないが、先に忠告はしておいた。

 コルウェルが何もしてこないとは言え、流石に説得までは待ってくれないだろう。

 

 

「その辺の決着はこれが終わったらで。 まぁ私は手負いでもサビルバラさんぐらい余裕ですけどね?」

 

「わしも手負いのガキを甚振る趣味は無いき助かるぜよ」

 

「……話は終わったか?」

 

 

 私達が取り敢えず戦闘続行を決意したところにコルウェルが声を掛ける。

 

 

────もしかして待っていたのだろうか?

 

 

「わざわざ待っててくれたんですかー? そういう人には見えませんけど」

 

「煩い口を削ぎ落とす方が、物言わぬ口より気持ち良いだろう?」

 

「……理解出来ん感性だ。 ロイルミラは? おんしはわしより()()()寄りだろう?」

 

「はぁ!? アレと一緒にしないでくださいよ! 私はそこまで悪趣味じゃありません!」

 

「良く言うぜよ、村の子供に魔法の蜘蛛を仕向けて追い回しちょったくせに」

 

「あの子達がレオノーラの夢を馬鹿にする方が悪いんですよ!」

 

「煩いよ……」

 

 

 おっと、関係の無い事で白熱しすぎたようだ。

 痺れを切らしたコルウェルが私達に刀を振るう。

 

 最初の一撃は私に向けられ、私はそれを下がって回避。

 サビルバラはその隙を狙い刀を振るうも、コルウェルの人並外れた速度によって空振りに終わる。

 私は聴覚と魔力の流れを頼りにコルウェルの位置を割り出して魔法を放つ。

 魔法を斬る音が聞こえたのを合図に距離を詰め、胴を貫かんと刀を突き出す。

 

 

「うおっ!?」

 

 

 コルウェルがまたも異常な速度でその場から消え、次いで聞こえるサビルバラが驚愕する声。

 コルウェルは一瞬の内にサビルバラを捕まえて、その怪力を駆使して私に向かって放り投げたのだ。

 私がサビルバラを突き殺せば面白いとかそういう魂胆だろう、悪趣味な奴め。

 刀の軌道を強引に逸らしてサビルバラを避け、羅睺計都(ラーフ・ケートゥ)でコルウェルを牽制しながら魔力回収。

 回収した魔力で治癒を促す傍ら、私は取り敢えず使い物にならなくなった左腕の代替手段を用いる事にする。

 

 

「サビルバラさん。 10秒、いや5秒だけ時間を稼いで貰えませんか?」

 

「……5秒で良いんだな?」

 

「はい……すみません」

 

「はっ、謝るなら全部終わってからにするぜよ」

 

「そうですね……それじゃ、お願いしますね!」

 

 

 私はそう言って刀を地面に突き刺して右手で服のポケットを探る。

 こちらに駆けて来た時は頼りない目だとか思っていたくせに結局こうして任せてしまう辺り、私はまだまだ未熟なのだと思い知らされる。

 

 

────1秒。

 

 

 コルウェルが牽制の羅睺計都(ラーフ・ケートゥ)を捌き切って私に向かって突っ込んでくる。

 サビルバラが立ちはだかってコルウェルへの妨害を始める。

 私はポケットから1つの巻物を取り出してそれを口で咥え、魔力を練りながら刀で指の皮を切って血を巻物に付ける。

 

 これはレオノーラとの忍術研究の際に作成した口寄せの術みたいなものだ。

 巻物の中にはこれまた気持ち悪くなりそうな量の術式と魔法陣、呪術用の言葉を書き連ねてある。

 これを魔力と術者の血液で起動させて私の左腕の代わりを務めてもらう訳だ。

 

 

────2秒。

 

 

 前方から耳にへばりつくような金属音が連続して響き、コルウェルの絶叫がそれを更に悍ましい音へと昇華させている。

 

 

生命を吹き込む(オーシュタウ・プラーナ)────幻の手(マーヤーハスタ)

 

 

 私は巻物を咥えたまま詠唱を念じて、魔力の宿った息吹によって巻物を宙へと送り出す。

 巻物はまるで命を得たように勝手に封を開け、私を囲んで展開する。

 

 

────3秒。

 

 

 前方から1度聞いた事のあるような嫌な音がする。

 恐らくサビルバラの刀が限界を迎えたのだろう。

 これは当初予定していたキッチリした魔術展開では間に合わない可能性が高い。

 

 巻物が空へと還り、私の後方上空に魔力で構成された両手が現れる。

 その様はまるで某格闘ゲームのグラフィティアーティストであるが、これはあちらと違って私とダメージを共有したりはしない。

 所謂『当たり判定』はあるので気を付けないと即座に霧散させられかねない他、この幻の手は私の意思など汲んでくれないので私自身が導線(パス)を通じて指示してやらないとフワフワしている不思議な手で終わってしまうのが玉に瑕であるけれど。

 

 私は幻の左手で縮地(クシャナ)の印を結びながら幻の右手で色織り(ルーパパタ)を展開、本来の右手で刀を握り直して縮地(クシャナ)で加速。

 左手は即座に印を般若(プラジュニャー)に変えて、私の力を爆発的に跳ね上げる。

 

 

────4秒。

 

 

 鉄が砕けた音とサビルバラの呻き声が鼓膜を叩き、サビルバラが怪我をしたと悟る。

 当初のプランはもっと大きな魔術で一気に意識を刈り取るつもりだったが、そんな事をしていたら怪我では済まなかったかもしれない。

 使用する魔術を切り替えたのは正解だったようで何よりだが……

 

 

(本当は怪我もさせたく無かったんだけど!)

 

 

 私はコルウェルとサビルバラの間に割り込み、幻の右手をコルウェルの肩に乗せる。

 

 

希少元素(エーテル)────雷鳴の手(メーガナーダ・ハスタ)!」

 

「があ゛ああァ!?」

 

 

 コルウェルの身体に雷が迸り、身体が完全に硬直する。

 そうして硬直した彼を刀の柄頭で顎を殴り、仰け反るような姿勢にさせてから更なる追い討ちとして幻の左手を彼の顔面目掛けて襲わせる。

 

 

「これで寝てろ! 金剛拳(ヴァジュラ・ムシュティ)!!」

 

 

 その拳はコルウェルの頬を的確に撃ち抜き、常人なら死にそうな速度で彼を吹き飛ばす。

 直後に一遍に術を使い過ぎた事と、それらの処理を行う羽目になった頭と身体から痛みという形で休むように促されてフラついてしまう。

 

 

「おい! 平気か! ロイルミラ!」

 

「問題、ありませんよ……っそ、それより、サビルバラさんは──」

 

「なんちゃじゃないぜよ、と言いたいところだが……悪い」

 

「斬られ、ましたか……?」

 

「いんや。 あいつ、おんしが接近してくると分かって駄賃代わりにわしの右手を砕きよった。

 これじゃ刀が握れん……まぁ、刀は刀で折れてしもうたが」

 

 

 『これじゃ本当に足手まといぜよ』と零すサビルバラの声は痛みを悟らせない為か、はたまた自らの鼓舞を目的としているのか不自然なまでに明るい。

 

 左腕が駄目になっている私と右手が駄目になったサビルバラ。

 更にサビルバラの刀はどうやら根元から折れ、戦闘にはどうやっても扱えそうに無いときた。

 

 右手を砕かれるとなると相当な怪我なのでしっかり患部を見て癒したいが、今の私は視力が機能していない。

 かといって──私の左腕もそうだが──手が砕けたまま待機して貰うのはよろしくない事態だ。

 こうなってしまった以上、コルウェルを捕縛してから妖刀の処遇を考えるつもりだったがプランを変更し、先ずは妖刀を破壊して呪いが解ける事に賭けた方が良いだろう。

 少なくともアズサの妖刀はゲームの描写によると破壊で解呪出来ていたし、コルウェルの所持している得物も対象を斬って発動するから性質は恐らく同じ。

 それで解呪されたらコルウェルを捕縛して、じっくりサビルバラの患部を見ながら回復魔法を掛けつつ病院を目指すべきか。

 

 

「何故……どうして、俺を……」

 

 

 コルウェルと妖刀をどうするか改めて考えている内に、彼がブツブツと呟きながらゆらりと立ち上がる。

 その瞳は最早どこを見ているかも分からず、流れる血もそのまま。

 追い詰めすぎてしまっただろうか。 かと言ってこちらも余裕が無かったので遅かれ早かれコルウェルはこうなっていただろう。

 

 

「うおっ……あれじゃ『生きた死体』ぜよ……」

 

 

 サビルバラがそう形容するのも納得だ。

 それ程までに今のコルウェルからは生気のようなものを感じられない。

 

 

どうして俺だけを虐めるんだ俺は清く正しく生きていただけじゃないか何が悪かった痛いじゃないか寒いんだ助けてくれ妖刀が俺には必要だ祖父が悪かったのなら俺を虐める道理はなんだ祖父だけが原因か俺は聖騎士として悪を懲らしめ弱者を助けただろう何故俺をそうか寒い妖刀か妖刀なのか必要じゃないか妖刀が証明で必要だろう妖刀が寒い飢えているんだ血が血を妖刀が妖刀で妖刀を寒くて堪らない妖刀で証明を証明だ証明する祖父と俺を妖刀で誰に必要だ証明を────」

 

「……うわぁ」

 

「引いてる場合か、来るぜよ」

 

 

「リュミエーールッッ!!」

 

 

 空気が爆ぜ、轟音と共に目の前から猛烈な殺気が飛んでくる。

 私とサビルバラは左右に分かれるように飛び、直後に生じた爆発と錯覚しそうな程の衝撃波によって地面をゴロゴロと転がった。

 

 コルウェルは私たちのいた場所に舞う木の葉すら切り刻まんと刀を振り続けている。

 動くものは今の彼にとっては全て敵にでも見えているのだろう、お陰様で仕掛けやすいので感謝するべきかもしれない。

 ……いや、それまでに負った傷が大きすぎて釣り合っている気はしないな。

 

 

烟波縹渺(えんぱひょうびょう)

 

「ぁ……?」

 

 

 私の刀から白煙が発生し、周囲を白く塗り潰していく。

 本当は水を増幅して反射による錯覚を起こすパッパの剣技なのだが、私はパッパより器用なので様々な手で撹乱する剣技として名を借りた。

 私は今現在、目が機能していないからこの煙に影響される事は最初から無い……目が機能していても魔力感知ぐらい出来る状況下で発動するんだけれども。

 

 

「しッ!」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああぁぁぁぁ!!」

 

「うわっ!?」

 

 

 私の視覚外からの一撃を風切り音で察知したであろうコルウェルは刀を兎に角やたらめったら振り回す事で解決してきた。

 想像以上の剣圧に少しばかり気圧されるも想定の範疇ではある。

 私は刀が巻き起こす暴風を幻の手も駆使して全て捌く。

 

 

(脳が茹で上がりそうな処理だぞこれ……! 2回も通るか分かんないからギリギリまで待ちたかったけど、言ってる場合じゃ無さそうか)

 

 

 私はコルウェルの刀を捌きながら自らの顔を恐らくコルウェルの手があるであろう位置に向ける。

 目が見えないのはこういう時に不便だと舌打ちしたくなる気持ちを抑え、私は口を開いた。

 

 

────月中蟾蜍(げっちゅうのせんじょ)

 

 

 

  §  §

 

 

 

 サビルバラは呆然としていた。

 

 コルウェルが狂気に完全に呑まれ暴走といって差し支えない暴れ方をし始めてからというもの、竹林は再び破壊の嵐に襲われた。

 周囲は微塵切りと錯覚する程に細かくされた竹、衝撃波によって無理に折られた竹、抉られた地面、舞い上がる土煙と葉に、途切れる事無く続く金属音と魔法の衝撃。

 時折その惨憺たる光景にはどちらのものかも分からない赤色が混じり、刀を持たないサビルバラが立ち入る隙は皆無。

 

 

(何よりルミも彼奴も速すぎる! 追うだけで精一杯ぜよ……!)

 

 

 サビルバラの目に映るロイルミラは、俄には信じ難い事に視力が封じられているという。

 証拠に彼女は目を瞑り続けている訳であるが、その状態でも傷が増えているようにはとても見えない。

 そしてサビルバラが次に視界に捉えたのは、口を開き、そこから()()()()()()()()()ロイルミラの姿。

 

 

(アレは……!)

 

 

 サビルバラも、そして道場に通っていた数多の弟子が面食らった術────それが月中蟾蜍(げっちゅうのせんじょ)

 それはロイルミラの魔力放出によって突然現れる刃であり、不意打ち故に対処も困難を極める剣技とも魔術とも呼称しきれない奇術。

 彼女はその刃を視力が封じられているにも関わらずコルウェルの手に正確無比に突き出した。

 

 

「────ッ!!」

 

 

 然しコルウェルは最早、人の言葉なのかすら分からない叫びと共に手を軌道上から移動させる。

 完全な回避には至らず少しばかり肉が抉れたようで宙に鮮血が舞うも、お構い無しにコルウェルは反撃をロイルミラに繰り出す。

 ロイルミラは反撃に幻の手を合わせて防ぎ、刀によって再びコルウェルの手を狙う。

 

 

(クソッ! わしに何が出来る……!? この状況で、何か……)

 

 

 コルウェルとロイルミラの打ち合いが益々激しさを増す中、サビルバラは必死に打開策を考えていた。

 状況は芳しく無いが最悪でも無く、行動次第でロイルミラを優勢に傾ける事が出来るとサビルバラは考える。

 然し、取るべき行動を違えれば忽ちロイルミラが不利になる事も想定出来た。

 今のサビルバラにあるのは使い物にならない右手と無事な左手、ロイルミラから貰った御守りと根元から折れた刀。

 

 

(ここにルミを置いていくのは気が引けるが、助けを呼ぶ事が最善か……!?)

 

 

 それでも矢張り、焦る彼には今のコルウェルがどういう状態なのかを観察している余裕は無く、兎に角行動あるのみと痛む右手を庇いながら立ち上がって走り出す。

 

 それはとても迂闊な行動で────

 

 

「逃がすかあ゛あ゛あ゛ああアぁぁァ!!」

 

「なッ!?」

 

 

 突然コルウェルは首をぐりんとサビルバラに向け、絶叫と共に駆け出してくる。

 妖刀によって齎された異常なまでの身体能力は彼我の距離を瞬きの間に縮め、衝撃波すら纏っていると錯覚しそうな高速の突きがサビルバラの腹を確実に貫かんとしていた。

 

 

 

 その時、サビルバラは横から衝撃を受ける。

 周囲の景色が遅くなったと感じてしまう程にその光景が彼の目に焼き付く。

 

 

「ロイルミラ……ッ! ロイルミラ!!」

 

 

 

 彼の目には、幼き少女を貫く血染めの刃と────その刀身を握りながら微笑む()()の姿が映っていた。



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加護はあったろう?



お久しぶりです。
色々あって半年も掛かりました。


 

 

ごぼっ……つ、つーかまえ、た……!」

 

「あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛あ゛唖゛堊゛亜゛ア゛ァ゛!!!!」

 

 

 闇しか映さなかった眼に光が戻り、その代わりにこれだけ流れている血の匂いが一切の無臭と化してしまった。

 とはいえ奪われたのが嗅覚で良かった。

 触覚が消えていたら、こうして暴れるコルウェルに何の抵抗も出来ず斬り捨てられていたのは想像に難くない。

 一月三襲(いちがつさんしゅう)による腿の傷と月中蟾蜍(げっちゅうのせんじょ)で手に傷を負わせて漸く力の均衡を保てている辺り、妖刀によって外される理性の箍の恐ろしさを嫌という程に味わう羽目になった。

 

 

────ならば()()()と洒落込もうではないか。

 

 

 視線がきっちり合わないが、まぁ()()()は私が認識することが肝要なので問題無いだろう。

 勿論、視線が合ってくれた方が効果が通りやすいのだが。

 

 ……いや、踏ん張ってはいるが限界が近い。

 膝も笑っているが何よりも表情筋がバグったのか──或いは貫かれた痛みと恐怖で正気を失ったのか──明らかに今の私は()()()()()

 実際、視界の端に映るサビルバラが化け物でも見ているかのような顔をしているが、きっと眼前の荒れ狂うコルウェルでも見ているんだろう。

 そうに違いない。

 

 

「我が瞳よ、狂気に身を堕とした眼前の敵を……ごほっ、ごほっ……」

 

「やめろやめろやめろ!!! 何をする気だ妖刀を!! 俺の妖刀を!!!

 返せ! 返せぇぇ!!!」

 

 

 私が詠唱を始めた事に随分と警戒をしてくれるコルウェル。

 ちゃんと私を脅威として見ていてくれたのだろうか。

 

 

────ふふ、絶対にこの妖刀を私の腹から抜かせてやるものか。

 

 

 そういう意志を込めて私は自ら前進する。

 

 

「何しちゅうロイルミラ! おんし────」

 

 

 あぁ、然しこれ以上はサビルバラが止めに来ちゃいそうだ。

 そうなってしまったら全てが台無し。 手早く仕留めなければ。

 

 助けた男に早々死なれでもしたら、私が死んでも死にきれない。

 無論、最善はそもそも死なない事ではあるけれども、流石にそれが厳しいのは私だって理解している。

 

 

────おや、近付いた事で目が合ったね? それじゃあ()()()()、コルウェル。

 

 

金眼(ヒラニヤークシー)────金華幻朧(きんかげんろう)

 

「あ゛っ!? がっ……! き、貴様……な、にを……」

 

 

 あれだけ暴れていたコルウェルが急激に立つ事すら覚束ないとばかりにふらつく。

 その拍子に私の腹から妖刀が抜け、血が噴き出るが最早そんな事は些事だ。

 既にこの状況は決着がついたと言って良いだろう。

 

 

 金華幻朧(きんかげんろう)は私の目から魔力放出をし、相手の魔力放出箇所や瞳などを通じて相手の体内の魔力を直接()()()()()瞳術だ。

 表現方法からエグさは察せられると思うが、術をかけられた相手は基本的に激しい嘔吐感などを伴いながら昏倒する。

 詠唱を省略したり手順を簡略化する事で多少の目眩が生じる程度までは出力を落とせるが、それでも暫くは平衡感覚がバグったり嘔吐感が消えなかったりする。

 どうやって知ったか? それは当然、兄弟子の皆さんで試して感想まで貰いましたとも。

 呪術の師匠(カラクラキル)も同伴していたし、ちゃんと許可も貰っていたからセーフ。

 許可出したのはサビルバラだけど。

 

 

────それにしても眠い。

 

 

 魔力切れでも起こしたのかな……? 血を流しすぎたのもあるか……いっそどっちもだろうか?

 サビルバラが何か言っているが、如何せん上手く聞き取れない。

 おかしいな、聴覚は奪われていない筈なんだけど……

 

 

 

────サビルバラが涙を流す姿が暈けた視界いっぱいに広がる中で、私の意識は闇に落ちていった。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 サビルバラが眼前の光景を理解するのに要した時間は、一瞬のようであり永劫の時を必要としたようにも思える。

 

 何が原因でこうなったのだろうか?

 何故コルウェルは自分(サビルバラ)に標的を変更した?

 平時であれば突き飛ばして身代わりになるような事をロイルミラはするか?

 

 否、最早これらの疑問は意味を持たず。

 自らがすべきは自問という逃避でなく現実の直視にある。

 

 

 サビルバラは鉄臭い現実を改めて()()

 

 夥しい血を流し、刀に貫かれても笑みを湛えるロイルミラ。

 そんな彼女を振り切らんと、こちらも多量に血を撒きながら荒ぶるコルウェル。

 風情ある緑の竹林は今や赤黒く変色し、スクスクと育っていた竹は斬られ、圧し折られ、地に積もる落ち葉共と変わらぬ様へと成り果てた。

 

 

────此処はまるで地獄ではないか。

 

 

 サビルバラは戦慄した。

 この産み出された地獄そのものに? 是だ。

 地獄を産む悪しき元凶、コルウェルの狂乱に? 是だ。

 

 そして────今も変わらず笑い続ける、小生意気だが可愛らしい弟子(童話に語られる狂気の魔女)に戦慄した。

 

 

(どいてルミは笑いゆうん?)

 

 

 幼き弟子が師を庇い腹を貫かれている現状は、本来ならば憤るべき場面なのだろう。

 然し貫かれた弟子は決して悲観から来るものでは無い狂気的な笑みを湛え、対して貫いた側は刀を引き抜くことに躍起になっていてその顔を見もしない。

 

 サビルバラが合流した時点で既に腿から血を流していたコルウェルは、ここに至って漸くそのダメージが響いているのか、ロイルミラから刀を取り戻すだけの踏ん張る力が出ていない。

 

 

 弟子(ロイルミラ)は詠唱する。 コルウェルが殊更狂乱し、刀を引き抜こうと暴れる。

 それを受けてロイルミラは()()()()()()

 

 

────何を、している?

 

 

 ただでさえこの状況を飲み込み切れていないサビルバラは、最早何かを考える前に言葉を出力していた。

 

 

「何しちゅうロイルミラ! おんし、このままじゃ死んでしまうぜよ!!」

 

 

────否、どう足掻いてもあの子は死ぬ。

 

 

 サビルバラは自分の言っている事が余りにも非現実的であると理解していた。

 理解はしていたが、納得は出来なかった。

 

 故に選択した行動は彼女の許へ行く事だった。

 その行動に特にこれといった利が無いと知りながら、サビルバラはそれでも一縷の望みに縋って、ふらつく足に苛立ちながら駆け寄ろうとした。

 

 

「あ゛っ!? がっ……! き、貴様……な、にを……」

 

 

 すると突然コルウェルがふらつき──それでも頑なに妖刀を手放さず──ロイルミラから刀を引き抜きながら地に伏した。

 

 十中八九ロイルミラの魔術だろうと思っているにも拘わらず、サビルバラはまたも状況を理解出来ずに立ち止まる。

 然し直ぐに正気に戻り、既に息が浅い弟子を抱き起こして必死に呼び掛ける。

 

 

「ロイルミラ! 死ぬな゛!! ロ゛イ゛ル゛ミ゛ラ゛!゛!゛」

 

 

 その必死な願いは余りにも切実に、語彙すら捨てて只管に『生きろ』と『死ぬな』を繰り返す。

 視界は涙で滲みすぎて弟子の顔がよく見えず、触れている身体は確実に熱を失っていく。

 

 サビルバラは泣いた。 自らの弟子を死なせてしまった事実に。

 サビルバラは泣いた。 己の余りの弱さに。

 サビルバラは泣いた。 妹との約束を果たせぬ不甲斐なさに。

 サビルバラは────

 

 

 

 

 そうして泣いて、どれだけ経っただろう。

 いや、彼にとって経過した時間など最早どうでも良かった。

 

 

────涙はもう涸れてしまったのか出てきやしないが、()()()をつけるのならば寧ろ視界が明瞭なのは有難い限り。

 

 

 サビルバラはそっと弟子の身体を地面に置き、フラフラと歩く。

 弟子(ロイルミラ)(サビルバラ)を突き飛ばす為に投げ捨てた折れかけの刀を拾い上げ、今度はそれを握って未だ地に伏したままのコルウェルの許へ歩み寄る。

 

 

「全ての元凶は……この空に未だ妖刀(こがなん)があるからだ!!!」

 

 

 サビルバラは妖刀に向けて弟子の刀を()()()()()()振り下ろす。

 否────正確に記すならば、右手を無理矢理握り込ませるように左手で握らせているのだ。

 激痛が走っている筈なのに、彼の表情に痛みなど────いや、寧ろ痛みに顔を歪ませきっている。

 それが傷の痛みに由来しない事は誰の目にも明らかであるけれど。

 

 斯くして振り下ろされた罅入り刀は、アレだけの凶悪さを誇っていた妖刀をその暴れぶりに反して余りに呆気なく砕く。

 

 

────なんて虚しいんだ。

 

 

 サビルバラは心が冷えていくのを実感していた。

 そして自らが次に行うことも──まるで他人事のように──分かっていた。

 

 

「仇討ちとも呼べん、ただの憂さ晴らしだと分かっちゅうぜよ。

 ……それでも────それでも!!

 

 

 

 

 その一閃を最後に、弟子の刀も役目を終えた。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 (ロイルミラ)が対コルウェルを────というよりは楽しくて色々と魔術研究をしていた中で開発した魔法というのは、所謂イメージされがちな魔法だけに留まらない。

 猿真似に過ぎないとはいえ錬金術を模した循環錬金(チャクラ・ラサーヤナ)もそうだし、呪術も未だ途上とはいえ手を出したジャンルとなった。

 要は雑食が過ぎる訳であるが、そこから更に私は自らが魔力放出が出来る箇所に注目し、辿り着いたものが『忍者漫画(NARUT○)みたいな瞳術、使いたくない?』である。

 

 

 発想そのものは千里眼(ヴィルーパークシャ)を開発した時点からあったものの、当時の私には瞳を媒介に相手に影響を及ぼすなんて術式の組み方すら分からなかった。

 然しながら昔よりも魔力の扱いが器用になり、それに何よりカラクラキルという呪術に精通した存在が近くにいる。

 

 そんな強力な助っ人の力を借り受けながら私が編み出したものが、全空探せど滅多に存在しない瞳術────金眼(ヒラニヤークシー)である。

 ……などと格好つけたは良いものの、今現在は金華幻朧(きんかげんろう)しか術が存在しないのだが。

 とはいえ、それが決め手として機能してくれたのは魔術を嗜むものとして素直に嬉しい。

 

 

「……ロイルミラ。 これだけ手伝っておいて言うことでは無いのかもしれないけれども────」

 

「呪術とは、そも発動する機会が無い事こそが最良である。 ってやつですよね?」

 

「そうだ。 努々忘れないように。

 専門家として、先達として────それに何より、兄弟子としてね」

 

 

 金華幻朧(きんかげんろう)が完成した際にカラクラキルは私に向かってそう告げた。

 

 実際、呪術──並びにその派生である私の瞳術──は基本的に使わないで済むならその方が良いものだ。

 それは発動の条件やコストといった実用性からくるものであると同時に、呪術の持つ()()に依るものが関係している。

 

 魔術も錬金術も呪術も、基本的に術を行使した以上は完成形が出力される。

 この内、魔術と錬金術は──勿論、術の規模次第ではあるが──中断や打ち消しがそれなりに容易だ。

 然し呪術は基本的に解呪(打ち消し)はあっても中断が許されない術であり、下手に中断すると()()()()()()()()()()

 その性質故に呪術は使う側にも負担が大きく廃れていったと見る事が出来るが、逆にその性質が呪術の強力さを保証している。

 

 

────つまり、コレを使わざるを得ない状況は必然的に私の危機だろう。

 

 

 当初はそう思っていたのだ。 実際は勝手に庇っただけなんだけど。

 サビルバラが介入する事ぐらい予想しておけという至極単純な話。

 

 まぁ、作った術が日の目を見る事も無くお蔵入りするよりは良かったのかな、なんて。

 

 

────嗚呼、こんな事を考えている場合では無いのに。

 

 

 『ハレの日なんだからルミちゃんもお粧ししないと』と姉弟子の皆様に着せられた──駄々を捏ねて動き易さだけは確保した──可愛らしい着物は今やズタボロで血に塗れ、見る影もないモノになった。

 私自身も全身に切り傷、左腕は多少の治癒術程度では回復しきらずにグチャグチャのまま、おまけに左肩と腹には穴が空いてしまった。

 

 

────助からないだろうなぁ、これは。

 

 

 自分の身体がどうなったのかなんて今更振り返って何になるというのだろう。

 私の死は考えるまでも無く確定している。 流石に覆せるとも思っちゃいない。

 

 

────未練は……山のようにあるなぁ。 このままじゃ幽霊コース一直線だ。

 

 

 クラーバラの結婚式は結局見れずじまいだ。

 サビルバラの手当もし損ねたし、クラーバラに面倒を見てほしいと頼まれていたのに叶えられそうにも無い。

 カラクラキルには、もっと呪術の手解きを求めていたのにそれも無理。

 レオノーラとの修行も中途半端だし、ミリンとの手合わせも半端で終わっている。

 

 

────けれど何よりも。 嗚呼、何よりもだ。

 

 

 ツクヨミ様……貴方を待てず申し訳ありません。

 貴方の友は素より短命なれど、貴方を置いて逝く事が無念でなりません。

 

 そして未だ見初めぬ想い人(主人公)よ、せめて君に逢いたかった。

 この身が朽ちても、魂が腐ろうとも、存在そのものが希薄極まりなくなろうとも。

 

 

────逢いたかった。 会話がしたかった。 愛したかった。

 

 

 

 

御空の燭(ロイルミラ)

 

 

────何処かから声がする。 ツクヨミ様の声だ。

 

 

御空の燭(ロイルミラ)、我が友よ。

 貴方は矢張り、こうして輝きを増す前に闇路に迷ってしまうのね」

 

 

────もしかして叱られているのだろうか。 こんな言い方をするのも不服ではあるが、割と致し方ない感じの流れだったと思うのだけれど。

 

 

「親しき輝きを護る為に未来ある燭が喪われる事が致し方ない……と?

 其れは()の価値観ですか?」

 

 

────あ、やっば。 これマジでキレてんじゃん。

 

 

「応えなさい、御空の燭(ロイルミラ)

 

 

────いいえツクヨミ様、空の価値観ならば寧ろ逆です。 私の傲慢が我が身を滅ぼしただけです。

 

 

「では何故、貴方は其れが傲慢と知りながら……等と昔の我ならば問うたのかもしれませんが。

 貴方との逢瀬を重ね、(ロイルミラ)を少しは我も理解したのでしょうね、ふふっ」

 

 

────事ここに至っても我々の密会は、ツクヨミ様にしてみれば逢瀬から変化無しなんですか……?

 

 

「ふむ……? 事ここに至る等、まるで(ロイルミラ)が輝きを失った前提で話すのですね」

 

 

────へ? いや、自分でも流石に腹に穴が空いているのに生きているとは思えないんですが……

 

 

「我の()()に身を委ねなさい、御空の燭(ロイルミラ)よ。 然すれば闇路に迷わず貴方を現世に導きましょう」

 

 

────それが可能ならばとても有難いのですけど……ツクヨミ様の()()って私の知るところではゴm──

 

 

「疾く身を委ねよ、御空の燭(ロイルミラ)。 我の気が変わらぬ内に」

 

 

────アッハイ

 

 

 

 何だか締まらない会話ではあったが、ツクヨミ様を想い身を委ねる。

 

 そうして私の意識は急激に浮上していく────

 

 

 

 

 貴方がその輝きを弱めた時は、我が何度でも導きましょう

 

 

 

「……知らない天井だ」




取り敢えずこれで白詰草関係は一応終わりです。
次回で締めつつ、次に向かってロイルミラにはまだまだ進んでもらう予定です。

まぁ、更新は未定なのでゆるく待ってください。


今年は拙作を見つけてくださり、読んでくださり有難う御座いました。


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内職はあったろう?



皆様の感想が暖かすぎて嬉しいと同時に調子乗りそうな筆者です。
別名を承認欲求モンスター、または可愛くない後藤ひ○りです。


 

 

 私が現世への生還を果たしたのはコルウェルをぶっ倒してから1週間も過ぎた頃だった。

 

 ある種のお約束でもある『知らない天井』はカラクラキルの屋敷で、それはもうご立派ァ!な和室である。

 今世の私のサイズ感も相まって、だだっ広いお座敷にポツンと布団が敷かれてそこに寝ている姿は、宛ら前世で観たアニメのワンシーンだ。

 

 私が目覚めた際に側にいた使用人さん──療養中の我が身の世話をしてくれているハーヴィンのお姉さん──は驚愕の余り腰を抜かし、そのまま這いながらお医者様を呼びに行った。

 内心ではしっかりと謝罪をしていたが、それとは裏腹に表情は笑っていただろう。

 

 

(メッチャ面白かったな、あの時のリフォリ(使用人)さん。 生還した感動より先に笑いを提供されるとは思わなかったわ)

 

 

 どうにか呼ぶ事に成功したらしいお医者様が襖を開いて私を見たときの顔も強烈だった。

 ()()()()()()()()()()と言わんばかりに目を見開き、暫くの放心を挟んで何事も無かったという顔で私の容態を聞いてくるものだから、返す言葉が全て笑い混じりだったのは許してほしい。

 

 

────意趣返しとばかりにくっっそ苦い薬を処方されている気もするけど。

 

 

 現在は絶対安静を言い渡された上に毎食後に薬を飲む事になっているのだがマジで苦い。

 そもそも外傷なのに飲み薬って必要なんだろうか。

 医学や薬学はさっぱりだし、前世のあやふやな記憶の限りではここまでの大怪我をしていないから、病院や医者の世話になった回数がそもそも健康診断や予防接種を抜いたら無かった気がする。

 とはいえ理由を知ったところでこの薬の苦さは減らないし、あのお医者様が私の意見を聞き入れて薬を変えてくれるビジョンも見えない。

 それでも愚痴りたくなるぐらいには苦い、というか素直に言うならクソ不味い。

 

 

「リフォリさーん! あの薬本っ当に不味いんだけどどうにかなりませんか〜?」

 

「何度聞かれてもどうにもなりません。 それに言うではありませんか、良薬口に苦しと。

 効き目がしっかり有る証左でございましょう。

 何よりも、その薬を処方するように命じたのはカラクラキル様です」

 

「えぇ!? 初耳なんですけど!?

 いや……それでも、私の魔法の方が絶対回復早いって!

 カラクラキルさんは何を考えてこんなクソ不味い薬を?」

 

「一介の使用人に聞かれても困ります。

 そして『安静中は鍛錬・術の行使を自粛せよ』とお医者様も仰られていますので魔術の行使はお止めください。

 それでもその『魔法糸』なるものは見て見ぬ振りをしているのです、それ以上は許可しません」

 

「うぅ〜〜〜〜!!! リフォリさんのケチ! 腰抜かしハイハイおばs──」

 

 

 スパァン!!

 

 

()()()()です、ロイルミラさん。 余り騒がないように」

 

 

 ひぃん、リフォリさんが私を虐めるよ〜!*1

 

 

 リフォリさんは容赦が無いけれど、私を思っての行動だとは理解しているのであまり強気にでられない。

 それはそれとして平気で怪我人だろうと引っ叩くし、自分の手に負えないと判断するや否やカラクラキルかクラーバラを呼ぶ。

 クラーバラは言わずもがな、カラクラキルも結構な説教の長さを誇るので軽率に召喚しないでほしい。

 

 

 

 さて、好い加減に状況の整理をしよう。 手元の裁縫も区切るには良いタイミングだ。

 

 現在は事件の晩夏から既に過ぎて、秋真っ盛り。

 私が生還までに要した1週間の出来事は当然、知る由も無いので聞いた話になる。

 

 先ず、此度の襲撃犯コルウェルはサビルバラが殺害し、妖刀も彼の手に依って──私の刀ごと──破壊された。

 ()()()()では結果として、私(のほぼ全て)とサビルバラ(の右手)を犠牲に花嫁行列は救われたのである。

 そして犠牲となった筈の私はこうして生きていて、サビルバラの右手も順調に治癒が進んでいるらしい。

 それでも未だに右手には包帯が巻かれている辺り、回復魔法のサポートが無ければマジで犠牲になっていたのは疑いようも無い。

 

 因みに私の容態は()()()()()()ほぼ完治している。

 恐らくツクヨミ様の()()がこれだけの奇跡を起こしてくれたのだろうが……

 

 

────あの効果(稀に自動復活付与)に救われたとか信じたくねぇ〜!

 

 

 そもそも貴方の復活付与は召喚効果で加護じゃないだろとか、加護は加護でしょっぱすぎて誰が使うんだとか、というか何時の間に私に加護を与えたんだとか言いたい事は山程ある。

 山程あるが、結果として救われているので何も言えない。

 なのでまぁこれは良い。 本当は全く良くないが、人は前に進むものなのだ。

 

 

 完治していない()()なのだが、部位はズバリ右眼と魔力回路*2である。

 

 実は両方とも、ある程度の見当が今は付いている。

 最初は妖刀で身体中ズバズバ斬られた挙げ句に左肩と腹で2箇所も穴を空けたのだ、恐らく体内の魔力循環が滅茶苦茶にされたのだろうと思っていた。

 但しこれが真ならば私は戦闘中に魔法が使えなくなっても可笑しくないし、そもそも右眼が完治しない理由が説明出来ない。

 

 ここで思い出して欲しいのが例のクソ不味い薬である。

 お医者様の意趣返しだと思い込んでいたアレはカラクラキルから処方するように命じられていた。

 カラクラキルの家系は妖刀の封印を専門とするが、事実として呪術師の家系でもある。

 

 

 結論を言おう────今の私は()()()()()()()()

 

 

 随分と必死にコルウェルを留めていたし、何ならあの時点で死にかけだったのでうろ覚えなのだが、どうやら私は金華幻朧(きんかげんろう)の詠唱に失敗したらしい。

 多分だけど詠唱の途中で喀血でもしたんだろう、ぶっ刺されてたし。

 然し呪術は術者の状態など考慮してくれやしない。

 結果として中途半端な術の行使をした私は、勢い余って自分ごと金眼(ヒラニヤークシー)の呪いを受ける羽目となったのだろう。

 金眼(ヒラニヤークシー)を格好付けて瞳術と呼ぼうが実態は呪術の派生でしかないからね、失敗すれば跳ね返ってくるのは道理。

 そして金華幻朧(きんかげんろう)の効果を思えば私の体内魔力は今グチャグチャで、おまけ感覚で術の発動箇所である眼まで片方呪っていきやがった訳だ。

 

 多分あのクソ不味い薬は解呪と魔力の安定的な発散を齎してくれているんだと思う。

 フュンフというヤバい存在を知っている手前、自慢にもならないが私も一般人よりは魔力の生成量が多い。

 きちんと発散出来ないと、呪いとは別に体内魔力のせいで体調を崩す可能性が巨レ存なのだ。

 

 

────いや巨粒子ってなんだよ。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 相変わらず脱線させてしまったので話を戻そう。

 

 サビルバラはコルウェルを殺害した訳ではあるけれども、コルウェルは何と既に『生死問わず(Dead or Alive)』の指名手配犯だった。

 どうも()()()()のリュミエールは彼を早々にヤバいと判断したようで、サビルバラは感謝こそされど人殺しを公に背負う事にはならなかった。

 

 とはいえ、彼自身が人を殺した事実自体は拭えない。

 実際、私が寝ている間のサビルバラはボーっと虚空を眺めているか、苦しそうな顔で何かを考えているかでほぼ全てが構成されていたレベルらしいし。

 何を考えていたのかは誰にも明かしていないようだけれど、少なくとも私が目覚めてからはそういう顔をしなくなったそうなのでヨシ!

 

 ならば私が目覚めてからのサビルバラは? と聞かれれば。

 彼は私に随分甘くなった、と答えさせてもらおう。

 そう────薄々察していたが、彼は身内に対して超が付くレベルの過保護だったのである。

 

 確かに元々面倒見が良い人物ではあるのだ。

 私もこの島に来てからというもの、サビルバラの気遣いに感謝した回数は両の手では収まらない。

 周りにいる人間はまず間違い無く彼の世話焼き──それと照れ隠しやら皮肉やらを含んだ憎まれ口──に文字通り()()になった事があるだろう。

 

 そんな彼が『普通ならば死んでいる筈の弟子が生き返った』という状況で果たして過保護にならないなんて有り得たのだろうか?

 多分どこの世界線でも有り得なかっただろう。

 原作でも実はクラーバラが生きていました、なんてオチだったら『今度こそわしが一生クラーバラを守護るぜよ』とか真顔で言いそうだもん。

 なお実際の原作は……今はいいか、この世界(こっち)では全員生きているんだし。

 

 と言うわけで今のサビルバラは私に超絶甘く、且つ非常に過保護だ。

 団子でも食べたいと呟けば茶屋まですっ飛んで行くし、散歩でもしようと部屋を出れば何処からともなくやってきて色々理由を付けた末に同伴してくる。

 クラーバラ曰く『暫くすれば治まる発作みたいなものだから適当にあしらうと良い』らしいが、私としてはキャラ崩壊がエグすぎて受け入れきれないので早く戻ってほしい。

 

 

 クラーバラもクラーバラで、最近は実家の剣術道場に戻っては鍛え直しているのだとか。

 総領息子の嫁さんが新婚であるこの時期に実家に戻って刀を振っている状況は中々ヤバい気もするが、カラクラキル(旦那)公認なので口を挟む余地は無い。

 

 当たり前ではあるが、無事にクラーバラとカラクラキルは結婚した。

 とはいえ花嫁行列の最中に襲撃、更には怪我人まで発生したので式は延期。

 実際に式を行ったのは私が目覚めてから3日後で、曰く『恩人を式に招待できないなんて祝いの場なのに悲しすぎる』からだそう。

 そんな訳で私も出席させて頂きましたとも。

 右眼は──当時は原因不明で──視力が著しく低かったので眼帯を装着して臨む羽目になったのだが、両の眼でしっかりとあの幸せ空間を視れなかった事が今でも悔しい。

 因みに視力はもう戻っている。 薬のお陰なんだろうけれど、クソ不味いというデメリットが大きすぎて素直に感謝できない。

 

 そんな新婚夫婦と化したカラクラキルとクラーバラだが、前述の通り奥さんの方が実家で鍛え直し始めちゃうし、旦那さんはそれをニコニコしながら止めもせずに恩人()を家に泊めて療養させちゃうし。

 

 

────折角なんだからもっとイチャイチャしてよ!!

 

 

 私は別に恩を売りたくて救った訳じゃ無い。

 この一連の騒動は元々クラーバラが好きだった(前世の)私が勝手に救えると思って行った傲慢の極みであり、何ならコルウェルの襲撃をあたかも知っていたように動いてしまったから治療もされずに捨てられる覚悟もしていた。

 

 療養に専念できる空間の提供は感謝の念に堪えない。

 だが、その結果として新婚夫婦が私の前でイチャイチャしてくれないのは駄目だ。

 もっとこう、クラーバラから長々と惚気話を聞かされて表面上はウンザリしながらも内心その話をおかずに白米を食べるオタクになりたかったのに。

 

 

 但しそれももう暫くの辛抱だ。

 無駄に冗長に理論を説いた事で有耶無耶にしてもらっている魔法糸の生成速度で、私は体内魔力の正常性を日々確認している。

 序でに寝てばかりの今の生活に丁度良いと思って、シェロちゃんに頼んでいた布地で理想の衣装(JK魔法戦士衣装)を自作している途中だ。

 まぁ自作なんて言っているが作るのは外套やらの装飾品で、衣服そのものはほぼ全て既製品。

 それにやっている事はほんの少しの刺繍で、魔法糸を用いて布に私の魔力を()()()()()のがメイン。

 破れにくくする為の補強だと思ってもらえば問題ない。

 

 そして魔法糸の生成速度がもう既に以前と変わらないぐらいまで戻りつつあるのだ。

 そろそろ完全復活────いや、刀が無いから完全じゃないわ。

 

 

(刀の方も既に連絡は取れているから時間の問題なんですけどね。

 にしてもシェロちゃんに借りを作りすぎたなぁ……どうやって返そうか)

 

「うぐぐぐ……シェロ畜……無償奉仕……寧ろ身体で……!?」

 

「ロイルミラさん、変な事を突然口走らないでください。

 何を仰っているのか意味不明ですし、13のお子様が性奉仕は大概の島で違法です」

 

「はぁ!? せ、性奉仕ってそんな直接な表現しなくてもいいじゃないですか!

 というか13をお子様って言いますけど、リフォリさんと既に胸はどっこいですけど〜?」

 

「女の魅力が胸で決まると思っている時点でお子様ですよ、ロイルミラさん」

 

(んなもん分かってらぁ! こちとら前世ロリコンやぞ!*3

 

「それにハーヴィン族である我々が胸の大小で競うのは如何なものかと」

 

「それを言ったらおしまいです!!」

 

 

 私の魂の叫びにリフォリさんは眉を顰める。

 分かっているさ、分かっているともさ。

 同族(ハーヴィン)で比較すれば将来は巨乳に分類されそうな未来ある私の胸でも、結局ヒューマンの子供と大差無い事ぐらいは分かっているさ!

 

 

 それでも夢は見たいじゃないか、女としての生を受けたのだもの。ルミを

 

 

 

  §  §

 

 

 

 最後に語るべきは私の刀に関してだろう。

 罅が入った時点で手入れとかでは済まない状態ではあったのだけれど、最終的にはポッキリ折れてしまった父譲りの刀。

 私の魔力に完璧では無くともよく馴染んでくれた刀をみすみす手放すのはどうかと思い、今は取り敢えず錆びたりしないように手入れだけして貰っている。

 

 とある刀鍛冶にシェロちゃん経由で交渉している最中で、あわよくば鋼の一部を再利用してくれないかなぁなんて。

 所詮は何も知らない素人の願望なので無理と言われたら大人しく諦める。

 ただ、あの刀以上に私の魔力と全ての属性をキッチリ浸透できるモノなんて存在するんだろうか?

 最悪の場合、刀を振るより宝珠でも握れと言われそうだが……

 

 

(ドランクと宝珠使いで被るのは却下だ。

 それなら高くなりそうだけど魔銃*4を探すか、魔導弓*5の方がマシ。

 まぁ、こっちもこっちでキャラ被り酷いけど……)

 

 

 ドランクとキャラが被るのを厭う理由は、単純に『メインで絡む宝珠使いは彼がいれば十分』という個人的なもの。

 その点で魔銃や魔導弓なら──この世界の彼らの旅路次第ではあるけれども──キャラ被りは発生しない。

 ……代わりに今まで積み上げた剣術を横に置いて銃やら弓やらを学ぶ事になるから、結局これもどうしようも無かった際の最終手段。

 

 

 交渉中の刀鍛冶は原作でもお馴染みバルツ公国のフレイメル島に店を構える職人ユールネール氏。

 鍛造、彫り、鞘作りに研ぎまでを1人で熟す名刀工だ。

 少しばかり捻くれた御仁のようで、療養中であると最初に明記したのに『手紙なんかチマチマ寄越さずにバルツまで来い』と初っ端から無茶な要件を突きつけられた。

 バルツはファータ・グランデ内で言えば間違い無く西側であり、そんな軽い気持ちで行ける距離では無い。

 なら彼では無く別の人間に依頼を────とも少し思ったのだが、ユールネール氏はここまで借りを作りまくっているシェロちゃんの推薦で紹介されたのだ。

 

 

────シェロちゃんの人物評価は基本的に信用するべき。

 

 

 私は『完治したらすぐ行くんで待っていてください(意訳)』という手紙だけ送り付けて療養に専念している訳だ。

 実際は護身用の刀だけでも貰うなり買うなりしないと空の旅は不安なので、バルツに辿り着くのは早くても1ヶ月は必要だろう。

 

 

(こういった時に備えてずっと貯金はしてきたが、全部吹き飛んでいきそうだなぁ……

 借りを返す意味でもシェロちゃんから依頼を斡旋してもらおう、タダ働きとか身体で支払うみたいなの以外なら何でもやってやらぁ!)

 

 

 

 白詰草(クラーバラ)は救えた。 この島ともそろそろお別れだな。

*1
今回に関しては明確に悪口を言った私が悪い

*2
私が勝手に呼んでいる魔力版の心臓や血管みたいなものの総称

*3
誇るような話では無い

*4
弾丸や銃そのものに魔法陣を施したり術式を刻み、発射の機構と術の解放が連動している銃。一般の銃より高価かつ扱いにくいが、それだけ強力

*5
矢を魔法で創造するホーミングも自由なインチキ弓。但し術者の技量に極端に依存する他、弓士として一人前である事が大前提




これにてロイルミラ視点では完全に白詰草関係は締めです。

そう遠く無い内におまけを挟んでバルツに飛びます。
因みにユールネールは書籍のメンバーズフェイトに登場しますので、是非チェックしてください(ハーヴィニスト並感)


シヴァの最終フェイトが思った以上にインドしていたり、古戦場が一日ズレたり年始から話題に事欠かないグラブルですね。


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外伝:妖刀に関わる者/蒼空を想う少年



ロイルミラが療養中の一方その頃、みたいなお話。
それとほんの少しの匂わせです。

今回も少し短いので早めに次を出したいです(出せるとは言っていない)


 

 

「邪魔するぜよ」

 

「ようこそサビルバラ。 いや、義兄(にい)さんと呼ぶべきかな?」

 

「……好きにしてくれ」

 

「そう照れなくても良いじゃないか」

 

「照れちょらん! ええき早う上がらせろ!」

 

 

 カラクラキルは『はいはい』と流しながら、サビルバラを屋敷へと上げる。

 

 

 切っ掛けはサビルバラだった。

 ある日、彼は真剣な面持ちで『話がある』と夫婦──言わずもがなカラクラキルとクラーバラである──に告げた。

 平素であればその辺の茶屋で団子でも齧りながら聞いていただろうが、彼の表情からして世間話などでは無いだろうと思い、こうして屋敷で話をする事と相成ったのだ。

 

 カラクラキルには────否、夫婦には多少の心当たりがあった。

 夫婦仲の話、妖刀の話、療養中の弟子(ロイルミラ)の話、自らの傷の話、流派の話……と、考えようと思えば幾らでも出てくるが、さて。

 

 

「あんちゃん久し振り! ……って程でも無いか、道場でも屋敷(こっち)でも会うし」

 

「おまんの帰省が多すぎて、わしは2人の仲が冷え切っちょらんか心配ちや」

 

 

 通された部屋に入って早々に声を掛けてきた妹を適当にあしらいながら、我が家のように腰を下ろすサビルバラ。

 然し今更そんな事に突っ込みを入れる人間はこの空間に存在しない。

 夫婦も当たり前にそれを受け入れ、何なら茶と菓子まで出す程だ。

 そして会話もその流れのまま続いていく。

 

 

「そがな事を言うならせめてそれらしい顔をして言いなさいよ。

 なんでそがにニヤニヤしちゅうが?」

 

「おまんらが早々に冷え切った関係やったりしたら、今頃この島は空の底やきな」

 

「あはは……信頼は有難いけれど、相変わらずだね」

 

「そう簡単に変わるものかよ。 ……()()()に囚われちょったら、また別だろうが」

 

 

 そう呟いてサビルバラは茶を啜る。

 顔は平時のそれであるが、内心はどうか────今となっては義弟にも実妹にも分からない。

 

 クラーバラが嫁入りする筈のあの日、1人の襲撃者によってサビルバラ達は色々と滅茶苦茶になってしまった。

 夫婦の式が延期になったのはまだ優しく、弟子は瀕死で師たるサビルバラも大きな怪我を負い、更に彼は人を殺めた。

 相手は指名手配犯であり、サビルバラとて半端な覚悟で刀を振るっていた訳では無い。

 それでも殺人とはそういった覚悟を平気で曖昧に出来るだけの破壊力と罪悪感を伴わせるものであった。

 サビルバラが自らの行いについて迷いに迷っていたであろう事は夫婦に容易く見抜かれるも、下手な励ましや慰めが意味の無い事なのも確か。

 故に夫婦は見守る事に徹し、この問題の解決は弟子の目覚めまで待つ事となった。

 

 ロイルミラが目覚めた際の面々の反応はほぼ共通して『安堵』であった。

 サビルバラとクラーバラは己を鍛え直す方向に走り、カラクラキルは兎にも角にも彼女の解呪と治療に努めた。

 そろそろ彼女も完治するであろうと誰に告げられるでも無く皆が察していて、そしてそれが自分達も新たに動く上での良き区切りだと理解している。

 

 この話し合いとは即ち彼ら3人の次なる目的を曝け出し、それを後押しするなり引き留めるなりする為の場である。

 

 

「サビルバラは、もう決まっているんだよね?」

 

 

 カラクラキルの問いに対し、サビルバラは頷く。

 ゆっくりと息を吸って吐いて、未だ包帯が巻かれる右手を見て告げる。

 

 

「わしはこの手が治り次第、旅に出ようと思う。

 未だ世に蔓延る妖刀・魔剣を探し出いて、害を為す前に圧し折る旅」

 

「そうか……寂しくなるね。 ロイルミラもあの調子だと旅立ってしまうだろうし」

 

「そうだろうなあ。 あの弟子(ロイルミラ)はどうやら、()()()()()()()()()()みたいやきな」

 

「……あんちゃん、詳しゅう聞いたが?」

 

 

 サビルバラは首を横に振る。

 結局、ロイルミラが何故コルウェルの襲撃を予期したように動けたのかを彼は聞けていなかった────否、聞かなかったと言うべきだろう。

 事の真相が何であれ、妹と弟子達は救われた。

 彼にとっての真実はこれで良かった。 ()()()を求めたら、きっと自分はロイルミラを()()()()と感じる気がしてならなかったのだ。

 

 

────あの笑みを湛えるロイルミラ(魔女)のように。

 

 

「か、カラクラキルはこの先どうするがよ?」

 

 

 弟子の可愛らしい筈の笑顔を素直に受け止められなくなった己を隠し、サビルバラは強引に話を振り始めた。

 話を振られたカラクラキルはそんなぎこちない彼に気付きつつも、優しさ故か努めて気にせず言葉を紡ぐ。

 

 

「俺はこの島での役割がある。 やる事はこれからもそう変わらないさ。

 強いて言うならそうだね……もし折る事の出来ない妖刀・魔剣があったならいつでも帰ってきてよ、我が家がキッチリ封印すると約束しよう」

 

「そいつは心強い! その頃には甥か姪の顔も見れるだろうな!」

 

「あんちゃん! ちょっと気が早うない!?」

 

「そがな事は無いぜよ、ルミも『私に構ってないでイチャイチャしてほしい』と愚痴っちょったぐらいだ」

 

「ふ、ふーん……ルミちゃんとは後でゆっっっくり()()が必要そうやね」

 

「く、クラーバラ? 程々にね? ロイルミラも一応、俺達を思って言ってくれているんだろうから」

 

 

 カラクラキルの発言に理解を示しつつ、それでも茶化されているようで小っ恥ずかしいクラーバラは軽いお説教とデコピンで済ます事を決意した。

 この際、ロイルミラは『誰かに命を狙われている』というあらぬ錯覚を抱いていたのだが全くの余談である。

 

 

「それでおまんはどうするがよ、クラーバラ」

 

「んー……流石にずっとやっとうばっかりな訳にもいかんし、カラちゃんと……その、仲良う、したいし……」

 

「クラーバラ? どうしたんだい?」

 

「う、ううん! 何でも無い!! 妻として家事にでも専念しようかなって!!

 おほほほほ……」

 

「はぁ……結局おまんは嫁に行ってもなんちゃあ変わらざったな」

 

「まぁまぁ。 俺はそういうクラーバラが好きだから」

 

「カラちゃん……」

 

 

 不意に放たれた好意に思わずキュンと来るクラーバラ。

 サビルバラは妹の女の顔なんて視たくないと言わんばかりに、グイっと茶を飲み干して妹を視界から外した。

 

 そうして外に目をやれば陽の傾きは微妙、気温も微妙、腹の減り具合まで微妙ときた。

 どうしたものかと少し首を回した後、サビルバラは立ち上がりつつ口を開ける。

 

 

「それじゃ、ロイルミラの顔でも見て帰ろうかね」

 

「ルミちゃん、さっき何か声を張り上げちょったけど大丈夫かな?」

 

使用人(リフォリ)とお喋りしていたんだろう。

 元気になってきたからか、それなりの頻度で声を張っている気がするね」

 

「……弟子が迷惑を掛けちゅーようで、その、すまん」

 

「構わないさ。 寧ろ屋敷の良い刺激となってくれている」

 

 

 サビルバラはカラクラキルの発言に呆れたと言わんばかりに肩を竦める。

 そんな姿に誰からともなく笑い合う。

 

 

 何かが1つ誤っていれば存在し得ない光景なのだろう。

 だが、紛う事無き現実であった。

 

 斬られて斃れる白詰草も、妖刀に縋る復讐者も、何も救えぬ兄も此処には無く。

 ただ3人のハーヴィンが笑顔で語り、さも当然の『それじゃあ、また』を告げていた。

 

 

 


 

 

 

「97……98……99……100っ!」

 

「今日の分は終わったのか?」

 

「うん! 待たせちゃってごめんね」

 

「いいってことよぅ! オイラは剣を振ってるグラン見るの、結構好きだぜ?」

 

「ふふっ、何それ」

 

「グランも木剣を難なく振れるぐらい成長したんだなぁって──」

 

「親目線なの!? 僕より小さい羽トカゲなのに」

 

「オイラはトカゲじゃねぇ! ふんだ、今日はリンゴ分けてやらねぇぞ!」

 

「ごめんごめん! 僕が悪かった!」

 

 

 わざとらしく『つーん』なんて声に出しつつ、その割に顔から怒りなど微塵も感じさせない相棒を宥めながら、少年は村の外れから自宅への道を歩く。

 

 

 此処は閉ざされた島、ザンクティンゼル。

 島中央に存在する唯一の村であるキハイゼル村には、少年とその相棒の賑やかな声が響いていた。

 

 

「それで、今日この後って何かあったっけ?」

 

「僕は特に予定無いから、()()でもしようと思ってたけど……」

 

「……グラン、人助けは()()って言わねぇぞ?」

 

「ち、違うよ! 本当に目的は散歩で──」

 

 

 グランは生来お人好しであった。

 家事さえ済ませれば、後は剣を振っているか他人の世話をしているレベルの世話焼きである。

 この村の環境が彼をそう成長させたのか、生みの親の気質を継いだのか、それとも育ての親(ビィ)に影響されたのかは最早分からない。

 ただ一つ言えるのは、彼の言う()()は確実に普通の散歩では無い事だろう。

 

 

「──んじゃ、散歩ついでに家の手伝いでもしてくんねぇか?」

 

「アーロン!」

 

 

 ふと飛び込んできた声の正体は、この村で数少ないグランと同年代の少年であった。

 少々のサボり癖と、グランに感化でもされたかのようなお人好し具合を持つ幼馴染とも呼べる存在で────そしてビィとリンゴを奪い合う仲である。

 

 

「はぁ……要はサボりたいんだろ? アーロンは相変わらずだなぁ」

 

「別に良いだろ? 誰だって本当はダラダラしたいんだよ、グランみたいなのが例外なんだ」

 

「そこに関しちゃ、オイラも否定できねぇや……」

 

「ビィ!?」

 

 

 ビィがいつものようにアーロンのサボり癖を咎めていたかと思いきや急に梯子を外されるグラン。

 この光景も村人にとっては日常の一部で、グランにとっても掛け替えの無い時間の一つである。

 

 

 

 そんな日常の最中、グランは空を見る事が癖であった────本人は自覚していない可能性も大いにあるが。

 それは父からの手紙に思いを馳せているだけでも無く、純粋な空への憧れを孕んだ眼差し。

 

 

「グランは空を見るの好きだよなぁ。 オイラも空は嫌いじゃねぇけどよぅ」

 

 

 結局、あの後アーロンは父親に連行されて家に戻り、グランとビィも散歩という感じもせず帰宅していた。

 多少の雑事を済ませ、父からの手紙を片手に窓辺に腰掛ける。

 相棒の言葉を耳に入れながらも特に返答せず、ビィも返答を求めて発した訳じゃ無いので気にせずグランの横に陣取る。

 

 外とは違い、グランという少年は家にいるとこうして黙ってじっとしている時間の方が多い。

 誰にでも優しく、その人柄から多少大人びて見える彼もまた未だ10を少し越えた程度の少年。

 両親は朧気な記憶に縋らなければ思い出の一つも存在しない程に遠く、育ての親たる相棒でも埋める事の出来ない心の穴がそこにあった。

 だからビィも無理に会話を試みようとしたりせず、只管に相棒(グラン)を想って側にいる。

 確かな絆と莫大な親愛が此処にはあり、それを確と胸に抱きながら1人と1匹は晴れ渡る蒼空を見る。

 

 

────この空の果て、星の島に父がいる。

 

 

 グランは素より空が好きであり、例え父から手紙が来ずとも島を出て旅をしていただろう。

 彼自身がそう思う程に空とは夢であり憧れであった訳だが、舞い込んで来た父からの手紙はその思いを一層強くさせた。

 

 然してグランは空を知る。

 家に残されていた本はこの時を待っていたかのように教科書として機能し、村人の手伝いで手渡される報酬(ルピ)を明確な目的を持ってコツコツ貯金するようになった。

 ずっと聞いて育った騎空士という職は漠然とした夢から将来の目標へと変化し、それに伴って鍛錬やサバイバルを──当時は子供のごっこ遊びの範疇であったが──始めたりもした。

 

 約一年前、彼は村の猟師に本格的な稽古を頼んだ事がある。

 最初は断られたが毎日のように通って頭を下げ、根負けした猟師が木剣を与えてくれた。

 最初は構えも分からず、剣に振り回されて転けたりもした。

 傷は絶えず、その度に相棒から小言を貰って軽い喧嘩になった事もあった。

 それから僅か一年程度で、最早グランは木剣を卒業し次に進んでも良いと思わせる程に成長したのだが。

 

 ビィも今となっては相棒(グラン)がどこまで成長するのか楽しみになってきている節もあり、猟師も何から教えれば彼が一番伸びるのかを真剣に考える程である。

 取り敢えず()の到着を待って木剣を振っていたが、順調に行けば3日後には()が届くと猟師は言っていた。

 

 

「新しい剣か……」

 

「猟師のおっちゃんが言ってた()ってやつだよな。 楽しみか?」

 

 

 唐突なグランの呟きに即座に応じてビィが問う。

 

 

「うん。 最初は『騎空士になるんだ』って我武者羅な感じだったけど、今は普通に剣を振るのも楽しくなってきててさ」

 

「そう大して経ってねぇのに懐かしいまであるもんなぁ! 木剣に振り回されてすてーんって──」

 

「あ、あれは初めてだったんだからしょうがないだろ!?」

 

「へへ、新しい剣が来ても振り回されんなよ?」

 

 

 茶化してはいるが心配してくれているとグランは感じ、『今度は平気』と返して自らの手を見る。

 皮は未だに厚みが足りているとは言えず偶に剥けて痛むが、それさえも振り始めた頃を思えば大した事では無い。

 握り締めれば木剣の感触を思い出せる程で────

 

 

「ごめん、ビィ。 ちょっともう1セット素振りしてくる!!」

 

 

 言うや否や木剣を手にして家を飛び出すグラン。

 

 

「あっ、おい! グラーン! もう陽が落ちる頃だろ!?

 帰ってこいよぅ! グラーーン!!」

 

 

 ビィも慌ててグランを追う。

 

 見れば確かに空は薄っすら赤みを帯びて、そう遠からず夜が来る。

 然して少しずつ、運命の──若しくは仕組まれた必然の──出逢いの時は近付いていく。




完全なるオマケで御座いました。
一体いつになったら彼と遭遇するんだと我ながら呆れていますが、大まかには既に組めているので間の話が膨らみすぎないように気を付けます。


そして、少しばかり皆様のお力を借りたいので活動報告にて意見を募ろうかと思います。
物凄くザックリ言うなら、ロイルミラと絡ませたいキャラ教えてって感じのアレです。
詳細は該当する活動報告を見て頂けると助かります。


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聖国はあったろう?



開幕お手紙スタートです。
いつもより文字多めですが楽しんで頂ければ幸いです。


 

 

 愛しの妹君(エリスマルル)

 

 そちらの島では季節の移ろいを動植物の些細な違いで感じ取るしか無いぐらい一年中安定した気候だったかと思いますが、今も変わらず穏やかである事を願っています。

 お姉ちゃんは前の手紙で報告した通り、色々あって刀を折ってしまったのでバルツ公国に来ています。

 シェロカルテさんが推薦してくれた刀鍛冶という事でウキウキしている反面、東方の島にいた私を問答無用でバルツまで呼び出した人なので少し怖いです。

 更にこのバルツ公国の主島・フレイメル島は活火山に平気で寄り添って街を形成しているので、それはもう暑いです。

 火山灰のせいで髪が傷むのも割とマイナスポイントなので、エリスが将来もし旅行をしたくなってもバルツはオススメしません。

 余りの暑さと火山灰にウンザリしたお姉ちゃんは魔法で周囲に冷風をばら撒く人間冷房装置と化していますが、エリスは魔法がどこまで上達しましたか。

 

 スカートめくりはもうしていませんか?

 風魔法は調整を頑張ればスカートをめくった上でパンツの紐だけ切り落とせるので、いっそ極めるならそのレベルまで頑張ってね。

 因みにお姉ちゃんは旅の途中でお世話になった人(手紙にも書いたリフォリさんです)に余興気分で実行したところ、2時間以上の説教と拳骨を貰ったので気を付けてください。

 幻影術も組み合わせればパッと見はバレませんが、魔力残滓をキッチリ散らして証拠隠滅しないとすぐ見抜かれます。

 お姉ちゃんが思い付く理想は相手の五感をギリギリ壊さない程度に暈す毒を空気中に散布する方法ですが、お姉ちゃんでも成功していないので研究は自己責任でお願いね。

 

 村の方は変わりありませんか?

 エルステ帝国軍は旅の中で目にする機会も多く、お姉ちゃんは運が悪いのか粗野な雑魚軍人しか見た事が無いのも相まって、島が荒らされていないか心配です。

 何かあったら呼んでくれればお姉ちゃんが何処にいても駆けつけて帝国だろうと相手するのでエリスは安心してね。

 

 そういえば、旅の途中でエルステとそう遠くないリュミエール聖国に行きました。

 前団長(ジルベールという方だったそうです。パパに近い名前でビックリ)が逝去されて、新たな団長を決める選挙の最中でした。

 そしてなんと、新団長はハーヴィンの女性に決まりました。

 お姉ちゃんは遠くから見ていたのだけれど、ドラフの男性が横に付き従っているのに存在感と気迫が一切劣っていなくて物凄かったよ。

 お手合わせを願おうか散々悩んでいたら高名な占い師さんに『今は止めたほうが良い』という助言を貰って諦めたものの……こうして書いている時点で我ながら未練タラタラです。

 代わりという訳じゃないけど、リュミエールからバルツまでに受理した依頼が幾つだったかはもう覚えていません。

 魔物討伐や賊の退治は兎も角、迷子探しや子守りはやることが多くて大変でした。

 

 子守といえば、エリスはフュンフのお姉ちゃんをしていますか?

 莫大な魔力を持て余している子だけど、同時にあなたより年下の女の子です。

 もう少し大きくなったらエリスがお洒落とか教えてあげるように。

 お姉ちゃん的にフュンフやエリスみたいな赤系統の髪は致命的な合わせ方じゃない限り綺麗に纏まりやすいと思うので、お小遣いと相談しながら色々試してみてね。

 因みにお姉ちゃんは前の手紙の時は途中だった仕事服がほぼ完成しました!

 これで騎空士として覚えて貰いやすくなるので、有名になった暁にはトレードマークになっていると思います。

 

 最後に、これはお姉ちゃんからの忠告です。

 より良い物を得ようとしてお金を掛けるのは悪い事では無いが、度が過ぎてはいけない。

 

 特注の刀と聞いてアレコレ注文した結果、手持ちが足りずシェロカルテさんにお金を借りた姉より

 

 

 

  §  §

 

 

 

 時は私の出立まで遡る。

 

 リフォリさんと胸の話やらで騒ぎまくったあの日から、大した日数も経過しない内に私の身体は目出度く完治。

 魔術医とツクヨミ様の加護(自動復活)は私の身体を傷一つ残さずに治してくれた。

 ……改めて思うが、魔法的な整形外科ってもう何でもできそうだ。

 

 今となっては受け入れつつあるから良いけれど、もう少し早く実感していたらそっちの分野も触って、このムッチムチに育ちつつある下半身の肉を削ぎ落としていたかもしれん。

 でもハーヴィンからこのムチっとした尻と腿を削ぐのは女ドラフから乳をもいでいるのと同義な気もするし、うむむむ。

 

 閑話休題、すっかり完治した私は勿論バルツに向けて旅支度をする事になる。

 その際『そういえばカラクラキル家のお爺さまって2人の子供でなんか実験したがっていた描写*1あったな』と天啓が如く思い出し、ご本人様と対談という名の腹の探り合いを実行した。

 具体的な内容はハッキリ言って面白くないので割愛させてもらうが、牽制ぐらいはできたと思っている。

 本人を目の前にして『不気味で気持ち悪い(意訳)』と言われた時はウッカリ手が出そうだったが、私も中身はいい年なのだから肉体に引っ張られてはいけないと堪えた。

 全く説明せずに好き勝手していたからそういう扱いをされる覚悟はしていたけれど、いざ対面で言われると思った以上にショックだしムカついたね。

 とはいえ、これで説明無しの単独行動がどういう評価を得られるのかを理解出来たと思えば勉強料としては安い。

 今後は気を付けようと心に留めて、最後にお世話になった人達に挨拶をした。

 

 療養中ずっと私のお世話をしてくれたリフォリさんは、らしくもなく涙を浮かばせたりなんかしていた。

 あんまり湿っぽいのは好きじゃないので、スカートをめくってパンツ切り落としたら当たり前だけど一転してマジギレされたよね。

 袴風スカートによく似合う群青色でデザインも可愛らしい花系のデザインだったから、説教を適当に聞き流して何処で買ったのか思わず聞いた。

 確り教えてくれたけれど、それはそれとしてお説教は延長戦に突入した上に拳骨も落ちた。

 まぁ最初の湿っぽさは完全に無くなったので良しとしよう。

 

 サビルバラからは『わしより重傷だったのにイカれた回復速度だ』と呆れられ、クラーバラとカラクラキルは『第二の故郷と思っていつでも帰っておいで』と温かく見送られた。

 レオノーラは同伴を申し出て来たので、手合わせで一本取れたらという条件で試合。

 私が療養している内に特訓していたらしく、以前より確かに強くなったものの一本も取らせずに私の勝ち越し。

 負けたと分かればスパッと諦めて『次にお会いした時はあたいが勝ちやす!』とリベンジ宣言だけ残して走り去っていった。

 ミリンは私の出立を物凄く引き止めたいと顔に出しながらも言葉にはせず、こちらも一本だけ木刀で試合をして別れた。

 純粋な剣術勝負だと矢張り私はそこまで強くない。 粘って足掻いたものの負けた。

 『再会したら次は魔法も使用する試合をしよう』という話になったが、ミリンに果たして搦手をいなす技術が身に付くのかは疑問だ。

 ちょっと視覚や聴覚を狂わせるタイプの魔法を使えば容易く狼狽えるレベルで、私に至っては瞳術がある以上それなりに対策をしていないと目を合わせるだけで行動不能に出来るのに、彼女は完全に信用して真っ直ぐ見つめてくる。

 『ミリンはもっと人を疑うべきだよ』と何回注意したか、もう私にも分からないぞ。

 

 

 結局最後まで剣を振って島を発った辺り、我ながら戦闘バカなのかもしれない。

 乗合艇の甲板隅で木刀──港の商店に並んでいたのを修学旅行気分で購入した──を抱えながら私は自らの行いを省みた。

 ……いや、別に直すつもりもないから省みたというよりはただの回想だったな。

 

 

 私としてはそんな事よりも、純粋な利用者として騎空艇に初めて乗っているこの感動を分かち合いたい。

 最初に島を発った際は護衛の名目で乗っていたから、これがまた結構新鮮。

 護衛じゃ無くとも自衛はしなければならないので無警戒とはいかないが、それでも魔物や賊に必要以上に目を光らせる必要が無いというのは思ったより心地良い。

 特に今回搭乗したこの乗合艇は向かう場所が場所なので一般のそれより大きく、それ故に甲板も広くて他の利用者がそこまで視界に入らないから、気分は完全に観光客だ。

 

 この乗合艇が向かう場所とはズバリ、エルステの帝都アガスティア──正確には専用の乗合艇が出る小島──と、帝国に比肩すると言われながら前世(原作)では多くが謎に包まれた大国、リュミエール聖国。

 この2つの島を大きな目的地と定めている艇なのである。

 

 

 乗合艇にはサイズから行き先まで様々なものがあるが、リュミエール聖国本領に向かう艇に関しては今が間違い無くラッシュだろう。

 理由は至極単純、リュミエール聖騎士団の新たな団長を決める選挙が始まったからだ。

 

 今更説明するような事では無いだろうが、リュミエール聖騎士団とは原作においてシャルロッテ・フェニヤが団長を務める『清く、正しく、高潔に』でお馴染みの、弱者救済を掲げた────字の如く『聖騎士』の集団である。

 以前戦闘したコルウェルも元々はこの聖騎士団所属の一般騎士であり、()()は悪く言えば平凡、良く言えば模範的な聖騎士だったと語られていた筈だ。

 昔の聖騎士団は高潔さを求めすぎた結果としてコルウェルのような存在を生み出したりもしていたが、今の聖騎士団は逆に懐が広すぎて高潔さとは何かを考えたくなるような団員もいるらしい。

 実際、今回の新団長選挙戦における有力候補とされる人間はどちらも歴代の騎士団長と比較するとパッとしない、なんて話も風の噂で聞いた。

 

 私はそもそもこの乗合艇に決めるまでリュミエール聖騎士団の団長がシャルロッテじゃない事すら頭から抜けていたレベルなので、当然一切の情報収集をしていない。

 ただ前世知識で覚えている限り、シャルロッテは団長選挙に立候補する気が無かった筈で、更に紆余曲折を経て彼女が団長に就任するも直後にトラブルが起き、なんやかんや解決して新たな団長としての威厳を示す────こんな感じだった筈。

 後はアルルメイヤが聖国本領に招かれている事や、シャルロッテの部下に残念美人感が文面からも漂うヒューマンの女性がいたぐらいか。

 そう、このエピソードはゲームじゃなくて小説で語られていたんだ。

 ……思ったよりは覚えているな、偉いぞ私。

 

 当初は帝国領に近付くルートが何だか嫌なのもあって別の空路を予定していたのだが、シャルロッテが団長に就任する瞬間が見られるかもとなれば話は別。

 勢いだけでリュミエール聖国行きの乗合艇に突撃して、今はこうしてファータ・グランデの西に向かってゆっくり進んでいる。

 

 

(然し暇だなぁ……千里眼(ヴィルーパークシャ)で遠くを眺めても面白い光景なんざ有りはしないし、この艇もやっぱ帝国が近いからか乗員がピリピリしてるんだよねぇ)

 

 

 エルステとリュミエール、それにメネアが今のファータ・グランデにおける所謂『大国』だ。

 そんな認識をファータ・グランデ(この空)の人間が凡そ持っているのもあって、上記の国は表立った対立はしていない。

 それどころか三国とも()()()は友好国として通っている。

 然し、だからといって小競り合いが一切起きないという事も矢張り無く、特に領空の境はバレなきゃセーフと言わんばかりに火花を散らしている事もある。

 そしてそういった空路だろうと通らざるを得ない一般の艇は、只管に面倒事が起きないように──或いは面倒事が起きてもすぐ対処できるように──祈りと準備で忙しくなる。

 結果として艇全体の空気もひりついた感じになって利用者も気が滅入っていくという、誰も幸せにならない空間の出来上がりだ。

 私はそんな空気が余りにも嫌だったので、危険も顧みず甲板でのんびりしていた訳だが……

 

 

────いっそ魔物か賊でも襲ってきてくれた方が暇も潰れるのでは?

 

 

 いや、この思考はバトルジャンキーすぎる。 やっぱ無し。

 私がなりたいものを思い出せ。

 

 そう、ギャルハーヴィンだ。

 

 決して私は戦闘狂では無いし、研究バカでも無ければ『同性だからセーフ』という暴論で女性にセクハラをするスケベ女でも無い。

 ……嘘です、研究バカとスケベ女はちょっと自分でも反省するべきだという自覚はある。

 まぁ自覚があるだけ、なのだけれど。

 

 

(あ〜あ! 主人公(想い人)に早く会いたいなぁ! そうすればこの劣情(気持ち)も全部解決するのに)

 

 

 でも速攻で会いに行くことを選ばなかったのも私の意志だ。

 何せ余りにも早く出会ってしまったらこの想いはきっと暴走してしまうし、それに────

 

 

 

 

────情を深めすぎて主人公(あなた)一時的な死(物語の始まり)すら許せなくなってしまう。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 リュミエール聖国の本領、その港は多くの人で賑わっていた。

 元々大きな国であるから港が賑わっているのは当然ではあるが、それを加味しても矢張り人が多い。

 

 

(あんまりにも人が多いから気分悪くなりそうだなこれ……)

 

 

 私はどちらかといえば人混みが苦手だ。

 元来の性格が原因の一端を担っているものの、何よりも種族的特性が大きい。

 ここ暫くはこういった大きな街に来ていないし、リュミエール聖国本領レベルの賑わいなど市場島や交易の盛んな島でも無い限り味わえない。

 そして私はそのレベルの島に行った事がこれまで無い。

 ただでさえ人に潰されそうなサイズなのに免疫まで無いのだからこればかりは勘弁してほしい。

 大丈夫、主人公と合流する頃までには慣れるさ。 じゃないとギュステでデート出来ないし。

 

 

(はいはい、ちょいと失礼。 このままじゃ人波に流されて何処行っちゃうか分からん)

 

 

 私は降り立ったばかりの艇の横に逸れていく。

 そうしてスペースを確保したところで足に魔力を集中させる。

 漸く一応の形になった飛翔術をこんな事で使うのもどうかとは思うが、人に流されてグロッキーにでもなる方が最悪なので仕方無い。

 

 因みに今はスカートなので魔法でガードしないとパンツ丸見えになる。

 メーテラがあんな際どい格好してたのってもしかして対策が面倒だったからなのかな……?

 思えばニオもスリットこそエグいけど丈の長いスカートだったし、レイなんかもボディースーツみたいなのしか着て無かった気もする。

 いや、いやいや、私の記憶から抜けているだけで探せばミニスカで平然と飛翔術を扱う人間だっていたよ、多分。

 パッと思い付く『ミニスカで気にせず空を飛ぶキャラ』が星晶獣しか出てこないけれどきっと気の所為だ。

 

 準備が出来たら跳躍するような感覚で膝を曲げてジャンプ。

 本来なら直ぐに着く筈の地面とおさらばし、私は()()()()()()()()()()()

 出来るようになるまでは随分と腹を打ち付けたが、慣れるとこれ程に気持ちの良い寝方など無いとさえ思える姿勢がこれだ。

 後この姿勢だとパンツ対策が楽なのも良い。

 魔力が無尽蔵に湧くなら別だろうが、私はそんな恐ろしい体質では無いから節約できる魔力は節約したい。

 

 一応の形になった、と称しているだけあり今の私の飛翔術は無駄が多い。

 消費魔力が大きすぎて常人より魔力量に自信のある私すら長時間飛ぶとガス欠するし、細かい姿勢制御や急な方向転換は覚束無い。

 軽々飛んで自由に寝ている風を装っているが、四苦八苦して漸くうつ伏せで寝そべるのがやっとなのだ。

 メーテラレベルまで自由に飛べるようになるには理論構築も甘ければ試行錯誤がまだまだ足りない。

 いっそメーテラが習得に際して読んだらしい『六属性魔術大全』でも探すか。

 叡智の殿堂なら多分保管しているだろうし、こりゃ次の寄り道はスフィリアかな。

 

 

(ま、その前にここでシャルロッテの団長就任を見届けるのが先だけど。

 それにバルツにさっさと行かないとね〜。 いつまでも木刀って訳にはいかないし。

 んー……あそこが聖騎士団本部のクレーモン教会かな?)

 

 

 一通り見渡して、取り敢えず大きい建物──宮殿と呼んで差し支えなさそうな建造物──が目的地だろうと思って前進。

 変わらず空は飛んでいるが、先程とは違って空を歩く。

 これも結構お気に入りな飛び方で、気分は某映画の空中散歩。

 あのシーンで流れていた名曲を小さく口ずさみながら、私はリュミエールを眼下に見る。

 

 先ず目に入った大きな建物。 私はそれをクレーモン教会、乃至それを内包した宮殿だと勝手に推測している。

 というのもこの国に関しては本当に前世知識が情報アドとして機能しない。

 リュミエールは聖王猊下が統治する国家なので、恐らくだが宗教国家なのだと思う。

 となれば宮殿のような建物が教会としての側面を持っている可能性だってそこまで低くない筈だ。

 

 私自身はそういった類とは無縁というか、多くの日本人的ふんわり宗教観で今世も生きている。

 我が家では一年を通して前世でいう宗教に起因した行事は全て無かった、いや異世界なんだから本来は普通の筈なんだけれども。

 でもそれが余りに寂しかったものだから、色々と適当な理由を付けて正月の料理は私も手伝って豪華にしてみたり、バレンタインが近付けば村人に菓子なんか配って回った。

 イースターや七夕なんかは私自身もうろ覚えだったり、笹なんか用意出来なかったりで散々だった。

 その分ハロウィンとクリスマスは思いっきり意識して自作の仮装やサンタ衣装まで作った事がある。

 ツクヨミ様が来てくれる大切な日なので月見の風情や文化も理解して欲しかったが、私が夜更かしする日でもあったから家族は良い顔をしなかったものだ。

 

 話が逸れたが、要はここが宗教国家ならば大きな建物が必然的に聖王猊下の住まう宮殿であり公務の場であり祈りの場だと判断した訳である。

 そしてこの推測が正解ならば、聖騎士団本部であるクレーモン教会もあの大きな建物の一部。

 そうで無くてもあのレベルの大きさの建物は、そこから少し離れた小高い丘に建っている教会と更にその奥にある城のみ。

 ……あれ、正解が何処であろうと方向が凡そ一緒なら、小難しく考えずとも良かったのでは?

 いや、これで実は街中の教会こそが聖騎士団本部ですよとかなったら目も当てられない。

 これはちゃんと自分の考えを整理しておくという、非常に大切な行いだったのだ。

 

 

 

 誰に聞かれているでも無いのに長々と言い訳を脳内で並べつつ、ある程度の距離まで近付いた時点で地面に降りて歩く。

 魔力的な余裕はそれなりにあっても、有事に備えて温存できる分はしておくべきだろう。

 ふと、私の目の前をあからさまに聖騎士だろう男が小高い丘の方に歩いていくのが視界に入る。

 成程、私の予想していた建物はクレーモン教会じゃ無かった訳か。

 

 

────というか、これだけキチンとした街なのだからもしかしなくても看板があったのでは?

 

 

 私が余りに今更な事に思い至ったのは、選挙活動に明け暮れる聖騎士が犇めくクレーモン教会付近の広場に到着してからだった。

 後の祭りも後の祭り、何故こんな当たり前に思い至らなかったのだろう?

 

 

「私、もしかしなくてもアホなんですかね?」

 

「ついさっき出会った人の知能を問われている私の気持ちを汲み取ってくれない辺り、確かに足りていないのかもね」

 

「手厳しすぎ〜! どうせ()えていたんじゃないですかぁ〜?」

 

「……だから宿の窓辺で紅茶を飲んでいたとでも?」

 

「そうじゃなきゃ、聖騎士が自らの館長を推しながら駆け回っている景色でティータイムを嗜む変人って事になりません?」

 

「分かった、降参だ。 君に変人と称されるのは耐えられない」

 

「はぁ〜〜〜〜!!!?!?」

 

 

 この占い師、顔と声と性格と実力が全て伴っているからって好き勝手に言いやがってよぉ!

 まぁ……顔も声も良いから許すが……

 

 私の顔を見てクスッと笑い、ノンビリ紅茶を嗜んでいる眼前の人物────名をアルルメイヤという。

 正真正銘、神託の妖童その人である。 知っているキャラにこうして会うのは何度体験しても慣れる気がしない。

 

 彼女はクレーモン教会から程近い宿に泊まっていた。

 私が己の愚かさに顔が赤くなりそうなのを堪えて広場を去り、今晩の宿を決めようと港側の歓楽街に向けて歩みを進めた際にふと感じた視線。

 見上げた先にいたのが窓辺でティータイムを嗜んでいるアルルメイヤだったのだ。

 手招きをされたものだから、私はそのまま飛んでいって窓からダイレクトエントリー。

 物凄く簡潔な自己紹介だけ済ませて、気付けば彼女に流されて私も紅茶を飲んでいる。

 

 アルルメイヤがここに来た理由は聖騎士団の部隊であるスプランドゥール騎士館の館長から依頼されたから、らしい。

 流石に依頼内容は教えて貰えなかったが、まぁ私は知っている。

 ざっくり言えば、高名な占い師であるアルルメイヤのネームバリューを借りて『自分こそ新たな騎士団長に相応しい』とスプランドゥール騎士館の館長──ヒューマンの中年男で名をフランソワというらしい──は聖騎士団に訴えかけたい訳である。

 但し、ご存知の通りアルルメイヤは個人を占ったりはしないので、この話はぶっちゃけ最初から破綻しているのだが。

 

 

「どうかしたかい? 私の顔に何か付いているかな?」

 

「……いえ、お綺麗だな〜って」

 

 

 彼女を眺めながらそんな事を頭に浮かべていたが、流石に見過ぎだったか。

 いやでも、本当に見ていて思うがすっげー綺麗。 語彙が飛ぶレベル。

 この人、私より干支一周分は年上の筈なんだけど……見えねぇ〜〜!!

 どれだけ厳し目に見ても私より5歳上ぐらいでギリギリ、正直2つ上でも通じる。

 まぁ、多分ハーヴィン以外にはそもそもこの辺りの感覚は分からないんだろうけど。

 私も前世じゃアルルメイヤとシャルロッテを5歳差の関係で見ていた記憶無いし。

 ……グランくんやジータちゃんと12歳以上の差があるのにグイグイ攻めるお姉さんとしては見ていたけどな!!

 

 

「ふふ、有難う。 もう一杯淹れようか」

 

「え、もしかしてコミュニケーション間違えたら追い出されるシステムなんですか、これ」

 

「それも面白そうだね、そうするかい?」

 

「出来ればティータイムはそういうのから解放されたいかな〜って……」

 

「冗談だとも。 私も実の所、中々退屈でね」

 

 

 アルルメイヤは占い師として振る舞う時こそ神秘的な雰囲気で言葉を紡ぐが、実態はご覧のようにお喋り好きの可愛らしい女性だ。

 そういう神秘性も占い師には求められてしまうものらしい。

 気持ちは分かる。 砕けた口調で危機が云々と語られても世迷い言と一蹴するだろうが、その発言が厳かに告げられれば即座に信じずとも頭の片隅には残る。

 キャラを作るというと聞こえが悪いけれど、そういったTPOに即した話し方が出来るからこそ占い師は務まるのだろう。

 

 

 私は暫し彼女とのティータイムを楽しんだ後、今度こそ宿を探しに歓楽街に向けて歩くこととなった。

 彼女の泊まっている宿があったのに何をしているんだと思うだろう?

 私自身、同感だよ。 でも、でもね────

 

 

(聖騎士団の騎士館長が手配した場所だけあって高かったなぁ……)

 

 

 特注の刀が待っている今、散財は極力避けたい。

 これはしょうがないのだ。 いや、余裕があってもあの値段の宿に泊まっていたかは微妙かも。

 自分は案外と貧乏性なのかもしれないと考えながら、私は結局フカフカのベッドの誘惑に負けてそこそこの宿に泊まる事にした。

 

 

 

 この時の私はまだ、刀の為に手持ちを使い切るどころか借金する金遣いの荒い人間だったなんて微塵も思っていなかったのである。

*1
正確には『妖刀研究を進める為にクラーバラの家系の血が欲しい』とカラクラキルが推測していた。




出発して早々にリュミエールに寄り道です。
マジで情報が少なすぎるリュミエールは本家で掘り下げられる日は来るのでしょうか。


次回はシャルロッテの団長就任、ロイルミラとシャルロッテ(とバウタオーダ)の邂逅がメインになるかと思います。


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聖騎士はあったろう?



シャルロッテが団長になります(身も蓋も無い)


 

 

 今日のリュミエール聖国は素晴らしき快晴。

 因みに昨日は曇り、というかこの時期のリュミエールは気流の都合で曇天が普通らしい。

 そう思うと今日が快晴なのは運命なのだろう。 かの聖騎士団に新たな団長が生まれるハレの日な訳だし。

 

 港の方は今日も賑やかだ。 時間を考慮するなら昨日以上と言っても過言ではない。

 表向きは友好国の新団長殿への挨拶として、実態としては敵情視察としてエルステやメネアからも人が来ているのだろう。

 まぁ今日のクレーモン教会は聖騎士団とその関係者以外は立入禁止で礼拝すら許可されていないので、外部の人間がそういった情報を得られるのは早くても昼過ぎ、基本的には夜になる。

 

 

(まぁ私には立入禁止程度じゃ意味無いけどね〜。 にしても千里眼(ヴィルーパークシャ)がここまで大活躍するとは)

 

 

 現在私は朝食として購入したパンを片手に、クレーモン教会の裏手に聳えるロイヤーヌ城から千里眼(ヴィルーパークシャ)を行使。

 港で見事な隊列を組み、それでいて民に威圧を与えないように静かに移動する聖騎士の集団を眺めている。

 先頭が女ハーヴィンといえば所属が何処かは明確だろう。

 彼らこそシャルロッテに直々に鍛えられた──恐らくは今のリュミエール聖騎士団において最も『清く、正しく、高潔に』を体現した──サン=ベルナール砦を管轄とするエクレール騎士館の面々だ。

 

 サン=ベルナール砦はリュミエール聖国領の中でエルステに近い地域の一つであり、もし両国が交戦する事になってしまえば真っ先に戦地となる場所である。

 そこを任されていたのがシャルロッテとその部下であるエクレール騎士館の聖騎士なのだが、その中で原作プレイヤー()的に注目するのはシャルロッテのすぐ近くに付き従うドラフの男────バウタオーダ。

 彼は清廉潔白や品行方正という言葉をそのまま人の姿にしたような男で、シャルロッテを敬愛する同志(ハーヴィニスト)*1

 因みに私はバウタオーダも普通に好き。 まぁそもそもグラブルキャラは大体好きなんだけれども。

 私がバウタオーダで推したいポイントは料理している姿と笑顔の際の優しげな目。

 特に目尻のラインが色っぽいと常々思っている。 普段のキリッとした顔だと余り目立たないのが勿体無い。

 

 

(って違う、彼の推しポイントを並べている場合じゃ無い。

 そろそろ彼らも教会に着くし、私も見やすいポイントに移動しよう)

 

 

 パンの残りを口に突っ込み、千里眼(ヴィルーパークシャ)を解除してロイヤーヌ城を後にする。

 最も楽なのは飛翔術で適度に減速しながら飛び降りる方法だが、流石に人に見られてしまった場合のリスクが大きすぎる。

 特にこのロイヤーヌ城は現在スプランドゥール騎士館が宿舎として利用しているので、不審者として捕まったら面倒極まりない。

 私はゆっくりとリュミエールの空を旋回し、クレーモン教会を改めて見遣る。

 

 私には教会の建築様式なぞサッパリ分からないので、この建物が立派であるとしか表現出来ないのがもどかしい。

 聖域が東なのはこの世界でも変わらないようだが、リュミエールは何を信仰しているんだろう?

 かの聖人、救世主の線も全く無いとは言えまい。 ゲーム的には出せないだけで。

 そうで無ければ矢張り星晶獣だろうか。 ファータ・グランデといえば星晶獣みたいな認識は、まぁ間違っていないだろうし。

 

 

────何にせよ縁遠い話だな。

 

 

 結局色々と考えを巡らせたところで、私は別にリュミエールに何かするつもりなど無い。

 故に信仰が聖人でも星晶獣でも構いやしないし、ぶっちゃけ騎士団長がシャルロッテじゃ無くても構わなかった。

 シャルロッテ・フェニヤという女性がリュミエール聖騎士団の団長になる事を微塵も疑っていないと言い換える事も出来る。

 この島に来てたった2日、更に今までの旅路でリュミエール聖騎士団所属の騎士に出会ったのは──元所属のコルウェルを除けば──この島だけだ。

 だけなのだが、そんな彼らを見ていてリュミエール聖騎士団の掲げる『清く、正しく、高潔に』を感じられるような所作は一度も無かった。

 強いて言えば私が人混みに負けて空へと逃げた港で聖騎士が人助けをしていたようだが、聞けばシャルロッテとそれに感化された一部の聖騎士だったそうで。

 要するに、現状のリュミエール聖騎士団でシャルロッテが団長になれない可能性はほぼ0。

 あるとすれば、シャルロッテが何らかの理由で団長になる事を異常に拒むか、それこそ仕組まれているかぐらいだろう。

 

 

(いくら現状の聖騎士が頼り無いとはいえ、不正まで堂々と行うのは流石にどうかと思う)

 

 

 まぁ小説では普通に不正していたし、それでもシャルロッテは団長になった。

 一時的に捕らえられたり、ほぼ単身でスプランドゥール騎士館とサンティユモン騎士館を相手にしたりする羽目にはなるけれど、シャルロッテはそれも乗り越えている。

 私がこの島に来た、というだけでこれらが致命的にズレでもしたらバタフライエフェクトも良いところだ。

 その時はオロロジャイアを呪う。 効かないだろうけれどね。

 

 

(ステンドグラスで見辛いからどうしようかとも思ったけど、こういう時に視界リンクが良い仕事するね〜!

 あんまり近すぎると不自然すぎて聖騎士に勘付かれそうなのが怖いけども)

 

 

 クレーモン教会から程近い民家の屋根上で千里眼(ヴィルーパークシャ)を行使し、その辺のチラシで折った紙飛行機と()()()

 こうする事で紙飛行機に私の視界を一時的に()()

 発想は相変わらず前世の漫画やアニメから来ているこの術だが、欠点が多くて個人的には名前を付けるレベルまで到達していない。

 まず視界を一時的とはいえ完全に譲渡しているので、私本人が無防備になる。

 更に視界を譲渡した存在を操れるようになったりはしない。

 今回は紙飛行機なので私が魔力を通して遠隔操縦するみたいな手法が取れるが、普通の生物の視界を借りた方が違和感を消せるし優秀だ。

 だが先述の通りこの術は操る工程までを含んでいないから、生物に視界譲渡をすると運ゲーが始まる。

 コルウェルに関する下調べの際は彼が人目を避けてくれたお陰で生物も基本的には自然体で、それでいて侵入者となるコルウェルを警戒して見てくれたりしたから有難かった。

 だがここは大国リュミエールの本領で、人も多いし騒がしい。

 良くて小鳥か鼠ぐらいしか選択肢にならないし、そんな小動物だと視線が低すぎる上に人に対してビビりすぎてしまう。

 だからこうして紙飛行機という無生物に手を出さざるを得なかったのだが……あっ。

 

 

(やっべ、広場から覗けないかと色々やってたらチビっ子に握り潰された)

 

 

 こういう事もある。 今回は私の落ち度なので何も言う事は無い。

 私はどうしようか暫し悩んだ後、『まぁ結果なんざ分かりきってるし良いか』と諦めて歓楽街でのんびり待つ事を選んだ。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 クレーモン教会の鐘が鳴り、リュミエール聖騎士団の団長決定選挙が開始される。

 見届けるのはリュミエール聖国の聖王府より派遣された枢機卿、プロスペール。

 団長決定には聖王の承認が必要であるが、聖王も自由に動ける立場では無い。

 故に枢機卿が聖王の代理としてこの選挙を公正に行い、そして結果を聖王に報告する義務がある。

 枢機卿は告げる、『立候補権は全聖騎士にある』と。

 

 

(そう言われても自薦する聖騎士なぞいる訳が無いのであります)

 

 

 エクレール騎士館の面々が集まる聖堂の一角、バウタオーダの隣でシャルロッテはそう思っていた。

 

 

────シャルロッテ・フェニヤは団長という立場に特に魅力を感じていない。

 

 

 彼女は幼い頃、聖騎士に命を救われた事で遠路はるばるリュミエール聖騎士団に入団したハーヴィンの女性である。

 この空において女性が剣を握る事にとやかく言う輩は──余程旧時代的な思考の人間じゃない限りは──いない。

 だがハーヴィンが剣を握るとなれば話は違った。

 ハーヴィンだろうと武勇に優れる者は既に数多いて、その中には剣士だって当然いる。

 それでも矢張り四大種族を一纏めにした『人間』という括りで見れば、武勇に優れたハーヴィンが他種族より少ない存在であるのは空の常識とさえ言えた。

 

 然しシャルロッテには関係無い。

 彼女は自らを救った聖騎士に憧れを抱いてリュミエールまで来たのだから、剣を持てない自分など一切考慮していなかった。

 そうやって憧れを追い、剣を振るって弱者を助けて過ごしていただけ。

 なのに気付けば他国に非常に近いサン=ベルナール砦を、そしてそこを管轄とする騎士館を任される立場にまでなってしまっていた。

 与えられた立場と責務を放棄するような人間では無かったシャルロッテは、立派に今の今まで館長として振る舞ってきてはいたものの、同時に自分の身に余る役職であるとも思っている。

 そんな彼女が団長という立場に自らなりたいと思う訳も無く、正直さっさと新任を決めて砦に戻りたいとさえ思っていた。

 

 

(確率で言えば低くとも、砦を放置したままでは何時エルステに攻められるか分かったものじゃ無いのであります。

 ある程度の評判が伴っている傭兵を雇ったとはいえ、彼らは別に我が国に忠誠を誓っている訳でも無い。

 故に出来る限り早く帰りたいのでありますが……)

 

 

 プロスペール枢機卿の選挙に関する説明とルールが語られた直後、スプランドゥール騎士館が自らの館長──恰幅の良いヒューマンの中年男性──フランソワを推薦している。

 何人かが同様にフランソワを推薦し、それをフランソワ自身は満足気に聞いていた。

 そうしてフランソワが団長候補となった後、次に始まったのがサンティユモン騎士館の演説。

 随分な音量で話しているが矢張り推薦するのは自らの館長──吊り目を抜きにしても苛立っているように見えるヒューマンの女性──マルティーヌであった。

 こちらも続々と立ち上がっては演説し、複数人がマルティーヌを推薦する。

 

 

(矢張りこの2人でありましたか。 まぁどちらであろうとも今までのように『清く、正しく、高潔に』を掲げて日々を過ごすだけでありますが)

 

 

 シャルロッテは他人事のようにそう考えていたが、実際にこの2人のどちらが団長になっても『今までのように』は難しかっただろう。

 フランソワは自らを騎士団長として推して貰う為だけにアルルメイヤをリュミエールに招いただけで無く、シャルロッテにも取引を持ち掛けたりするなど出世欲に目が眩んでいる人物。

 マルティーヌの方も武勇に取り憑かれているのか、リュミエール聖騎士団のある意味では真骨頂な筈の弱者救済を不要と断ずる戦闘狂。

 そして何より、この2人は『何方が団長になっても負けた側を優遇する』という取引を裏で行った上でこの選挙に臨んでいた。

 要するに最初から公正も何も無いスタートだったのだ。

 

 

────彼が声を上げるまでは、だが。

 

 

 フランソワとマルティーヌの推薦以降、他の推薦人が出てくる事は無かった。

 プロスペール枢機卿は粛々と選挙を進め、いざ投票を始めようとしたその時。

 

 

「お待ちください」

 

 

 シャルロッテの隣から声が上がった。 見ずとも分かる、バウタオーダだ。

 彼は別に機が熟すのを待っていたのでは無い。

 単純に自らがこの先やろうとしている事が果たして正しいかを自問し続けていた。

 その結果としてここまでギリギリになってしまっただけであるが、偶然にもそれは人の注目を集めるのに最適であった。

 彼は投票を遮った旨を枢機卿に謝罪した後、一息挟んで言葉を発した。

 

 

「私はここで、エクレール騎士館のシャルロッテ館長を推薦したいと思います」

 

 

 そうして彼は語った。 自らの館長が如何に団長に相応しいかを。

 リュミエール聖騎士団の長き伝統を決して軽んじず、さりとて伝統に縛られすぎた頑固頭でも無い事を。

 武勇に優れる偉大なる騎士であるが、弱者を救う高潔な心の持ち主でもある事を。

 そして、これらを全て持つシャルロッテこそが聖騎士団の頂点であるべきだと。

 

 とある聖騎士はこれを聞き、自然と拍手をしていた。

 見れば周りの聖騎士も同様であった。 誰もが皆、その演説に心を打たれていたのだ。

 バウタオーダに続くようにエクレール騎士館の聖騎士が演説をする。

 矢張りシャルロッテを推薦し、これまた矢張り自然と拍手が起こった。

 

 無論シャルロッテには寝耳に水。 思わずバウタオーダの裾を引っ張った。

 

 

なにを考えているでありますか!

 

 

 騒ぐのは良くないので小声であったが、許されるなら怒鳴っていただろう。

 続けて彼女は『自分は団長に相応しくないと前にも言った』とバウタオーダに──小声ながらに──全力で抗議した。

 

 然し返ってきた言葉は『いえ、シャルロッテ館長以外に考えられません』である。

 シャルロッテは最早バウタオーダの考えが全く分からなかった。

 その後も色々と小声で話したが彼は主張を全く曲げず、それどころか『後でどう処分しても良いから団長になってくれ』とまで言い放ってきたのだ。

 彼が結構頑固なのはシャルロッテも付き合いの中で知っている。

 知っているからこそ心からの発言なのも、本気で自分が団長に相応しいと思っているのだというのも理解出来てしまった。

 

 

「……どうなっても知らないでありますよ」

 

「はい」

 

(バウタオーダ殿……いっそ清々しいまでの返事でありますね)

 

 

 斯くして彼女────シャルロッテ・フェニヤは立ち上がる。

 

 

「遅ればせながら、エクレール騎士館館長シャルロッテ・フェニヤは、ここに団長選挙へ立候補を表明するであります!」

 

 

 この先の結果は語るまでも無いであろう。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 リュミエール聖騎士団の新たな団長が決まったのは昼に差し掛かる頃合いである。

 突如『幸多からんことを!』というドでかい合唱がクレーモン教会から響いた事で、外にいる人間も選挙の終わりを理解した。

 矢張りというか当然というか、新団長はシャルロッテらしい。

 私はその時間帯、少し早めの昼食を摂っていて教会から離れていたので聞いたのは夕方手前だったのだけれど。

 

 

「まぁ彼女以外の候補が候補ですよね〜。 アルルさんもそう思ってたりしたんじゃ?」

 

「占い師として、そういった主観は極力排除して臨んだとも」

 

「つまりはそういう事ですか」

 

「こればかりは仕方無いさ」

 

 

 言外に『私もそう思う』と告げつつ、立場上絶対に口にしないと決めているらしい。

 因みに今も昨日と同様、彼女の宿でティータイム中である。

 

 

「私からも良いかい?」

 

「なんなりとー。 あ、私にも答えられない話の1つや2つありますからね?」

 

 

 理解しているさ、とアルルメイヤは前置きして続ける。

 

 

「君から見て、シャルロッテ団長はどうなんだい?」

 

「どう、と言われても……」

 

「思っている事を素直に教えてくれればそれで良いさ」

 

 

 それが困るんですよねー、と返すのも何だかなという感じなので暫し考える。

 正直に言えば、今の彼女なら──ちゃんとした刀を持っている前提ではあるけれど──まだ勝てる、というのが真っ先に浮かんだ事なのだが。

 

 

(流石に思考がちょっと戦闘に寄り過ぎている自覚がある。 コルウェルとの戦闘からずっとこんな感じだなぁ……)

 

 

 今の私の思考回路は随分と戦闘が第一になってしまっている。

 吹っ切れているつもりではあるが、矢張り死にかけている事実を身体や頭がそう簡単に忘れてはくれないらしい。

 或いは生還したが故に、強者を見ると戦う事から考えてしまうのだろうか。

 どちらにせよ迷惑な話だが。

 

 

「彼女、確かまだ20歳なんですよね? 若いのに団長とはご立派だなぁ、と」

 

「……君にしては随分と普通な感想だね?」

 

「出会った頃から思ってますけど、アルルさん私に当たり強くない?」

 

「ふふっ、からかい甲斐のある友が出来てしまったからね」

 

 

 クソっ、友人認定された嬉しさが勝っちゃって文句も言えねぇ……

 年下をからかって飲む紅茶は美味いか!? 美味いだろうなぁ!!

 

 

「にしても、出会って2日で友人認定とは。 アルルさん友達少ないんすか?」

 

 

 私の失礼な発言の直後、真正面から射出される光弾。

 私はそれに対して下げていたマスクを上げる事で対処する。 ここ最近ずっと出番が無かったけれど、まさかこんな場面で役立つとは。

 アルルメイヤは当然、放った筈の光弾が吸収された事に目を丸くした。

 

 

「……何だい、それ?」

 

「私にも全容は分かりません。 どうも錬金術の体系が組み込まれているものっぽいんですけど────」

 

 

 そこからはガールズトークならぬ魔導師トークの始まり。

 アルルメイヤは占いが専門だし、そもそも戦闘は極力避けるタイプの人だろう。

 それでも多少なりとも魔術を齧っていれば、こういう『未知』に心が躍るものなのだ。

 魔導師なんて多少の差はあれど皆研究者だ。 未知を解き明かし、既知を磨き上げ、全知に至る為に研鑽する。

 私の出自が特殊(転生)であろうと、この因果からは逃れられないらしい。

 

 

 そうして魔術に関するトークを暫くした後、折角だからと夕食を共にする事となった。

 場所は歓楽街。 普通の酒場で普通にパスタを頼み、普通に会計をして『それじゃあこれで』と切り出そうかと思っていた折にアルルメイヤが口を開けた。

 

 

「少し君の泊まっている旅籠を借りる事になるかもしれない」

 

「はぁ。 別に構いませんけど……?」

 

 

 理由を聞く前に手を振りながら何処かへ行ってしまったアルルメイヤに、私は手を振り返す事しか出来なかった。

 

 

 

 それから更に時が過ぎ、日付が変わる少し前。 私が泊まる旅籠に来客があった。

 当然アルルメイヤである。 但し、後ろにドラフの男がいた。

 

 

「やぁロイルミラ、お邪魔するよ」

 

「えぇ……? いや、まぁ、その……どうぞ?」

 

「……アルルメイヤ殿、お知り合いの部屋で待つと仰られていましたが話は通っているのですか?

 随分と困惑しているようですが……」

 

 

 そういって私を気遣ってくれる金髪のドラフ男、バウタオーダ。

 そんな彼の発言に対して、私が何か言うよりも先にアルルメイヤが告げる。

 

 

「話は通しているとも。 彼女の困惑は、凡そ貴方の来訪が急だったからでしょう」

 

「そう、でしたか。 これは失礼致しました」

 

 

 いやいや、全然失礼じゃないです。 私の脳味噌がちょっとフリーズしたのが悪いんです。

 寧ろ全部分かってやっているだろうアルルメイヤが全部悪いんです!!

 

 

「私はリュミエール聖騎士団所属のバウタオーダと申します」

 

「あっ、これはご丁寧にどうも……ロイルミラです。 旅人です、はい」

 

「おや、君はもっと砕けた感じだっただろう?」

 

 

 茶々を入れるんじゃないよ! 美人なら何しても許されると思ってるのか!?

 まぁ……私は許すが……じゃなくて。

 

 

「ア〜ル〜ル〜さ〜ん? ()()()()()()で借りたいならそう言ってくださいよ!

 そうすれば貴方達(原作キャラ)に会う心構えもしておけたのに!」

 

「それじゃあ面白く無いじゃないか」

 

「むぅ〜〜!! アルルさん、そういう意地悪は良くないですよ!」

 

 

 っと、アルルメイヤと会話してばかりではいけない。

 どうしたものかと居心地悪そうにしているバウタオーダに私は話し掛ける。

 

 

「すみません、アルルさんから借りる可能性に関しては聞いていたので使っていただいて構いませんよ」

 

「それならば良いのですが……」

 

 

 そう言いながら、バウタオーダはアルルメイヤに視線をやる。

 恐らくこの先の話に私がいても良いのかを確認したいのだろう。 私がいる手前、切り出し難いのだろうけれど。

 でもバウタオーダには悪いが私は一切出ていくつもりは無い。

 というよりも、アルルメイヤがそもそも私を追い出す必要は無いと判断しているように思う。

 でなければ彼女は普通に『少し席を外してほしい』と頼んでくるだろうし。

 少々意地悪な面こそあるが、アルルメイヤはそういう時はハッキリ言ってくれるタイプだと思っている。

 

 

「あぁ、彼女がいても問題ありませんよ。 寧ろいてくれた方が私としては有難いのです」

 

(いや、それはそれで不穏な言い回しするじゃん。 席外したくなるわ)

 

 

 何だか面倒事に巻き込まれる気がしてきた。

 いや、私は新たな刀を用意するという目的がある以上、明日にでも島を出ますけどね?

 

 兎も角、そうして挨拶だけ済ませてバウタオーダは一度出ていった。

 元々話があるのはシャルロッテの方らしいから、呼びに行くなりしているのだろう。

 近くの酒場で聖騎士が珍しくどんちゃん騒ぎしているのは嫌でも耳に入ってくるから、恐らくその場にシャルロッテもいるんだろうし。

 私はその間にアルルメイヤに問う。

 

 

「一体何の話をするんです?」

 

 

 その問いに対してアルルメイヤは即座には応じない。

 窓の外に目を向けて、月を眺める。 月は雲に隠されていく。

 

 

「あまり良くないことが起こる。 忠告に来たんだ、私は」

 

 

 月が雲に覆われて光源が1つ減る。 たった1つ、然しそれだけで部屋の暗さが随分と増した気さえした。

 

 

「君にも付き合ってもらうよ、ロイルミラ。 これは……そう、私からの()()だ」

*1
勿論ロイルミラの戯言であり、公式でそういう描写は無い。それはそれとして彼とハーヴィンの絡みはそこそこある




なんと拙作に支援絵をいただきました。 嬉しい(小並感)
黄泉センター様より『おまけはあったろう?』の記述からロイルミラを描いてくださいました。

https://img.syosetu.org/img/user/396196/107367.JPG

自分が脳内に描いていたロイルミラほぼそのままでビビりました。
瞳と腿が好み。達する!


次回でリュミエールは片付けてバルツに行ける筈です。


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感謝はあったろう?



キリの良さを考慮したところ、今回だけじゃ終わりませんでした……
感想でも『1話で片付くか?』って言われていたというのにこの始末。
改めて自身の見通しの甘さを思い知りました。


 

 

 月を隠した雲が更に移動し、再び月光が島を包むようになった頃。

 ノックが3回。 シャルロッテが来たのだろう、『どうぞ』と適当に返す。

 最初に入ってきたのはシャルロッテ。 後ろにはバウタオーダが控えている。

 取り敢えずこの場はアルルメイヤが主導権を握っているべきなので、私は彼女の後ろに控える事とする。

 

 

「わざわざ待っていただき、感謝するであります」

 

「いえ、友もいたので退屈しませんでしたよ」

 

 

 初手から律儀というか堅苦しいぐらいの礼でスタートするシャルロッテに対し、アルルメイヤは普段と占い師モードの中間ぐらいな優しい声色で返す。

 次いで彼女からの視線。 アルルメイヤの隣に行きつつ挨拶をする。

 

 

「恐れ多くも彼女の友人として紹介されました、旅人のロイルミラです。

 この度はリュミエール聖騎士団の新たな団長殿にお会いできて光栄の極み」

 

「……ルミ」

 

「分かってますよぉ、冗談じゃないっすか」

 

 

 私のおカタい挨拶に胡散臭そうな目を向けてきたシャルロッテ。

 アルルメイヤにも注意されたし、普段通りでいきましょうか。

 

 

「んんっ! 改めてご挨拶をば。 私はロイルミラ、自由に旅をしている一般女子でーす。

 リュミエール(此処)に来た理由は新団長が気になったからなので、貴女に会えたのは本当に嬉しいよ、シャルロッテ団長殿」

 

「そう言っていただけて光栄であります。 今更名乗る必要は無さそうでありますが、リュミエール聖騎士団所属のシャルロッテ・フェニヤであります。

 以後お見知りおきを」

 

 

 必要最低限の自己紹介を済ませ、場の空気が完全な沈黙と化す前にシャルロッテが話を振った。

 

 

「早速本題に移らせてほしいのでありますが、一体どんな用件でありますか?」

 

「出来るだけ早いうちに此処から立ち去ったほうがよろしい」

 

 

 聖騎士の2人組は揃って首を傾げた。 シャルロッテは『はい?』と口に出すレベル。

 私は詳細まで覚えてはいないが何が起きるかは理解しているので特に動じない。

 実際この先起きるのは面倒事だ。 私としてはどうせシャルロッテが解決できるので巻き込んでほしく無かったけれど。

 

 

「どういうことでありますか?」

 

「そのままの意味です。 元の場所に戻るのも良し、他でも構いません。

 兎も角、この本領より離れるのが吉です」

 

「どうしてそのような。 自分は団長です、それも新任の。

 他に行く訳にはいかないのでありますよ」

 

「……身長が伸びる秘術でも見つからない限り?」

 

 

 アルルメイヤの問いに対し、ウンウンと頷くシャルロッテ。

 頷くなよ、他に行く訳にはいかない団長様だろうが。 いや、原作もそんな理由で騎空団加入したもんね、背が伸びる方が大事だったね、ごめんね。

 バウタオーダも特にリアクションが無い辺り、さては館長時代から背を伸ばしたいと言い続けているのか。

 

 

「このままでは良い結果を生まないでしょう」

 

「予言でありますか?」

 

「はい。 占いの結果です」

 

「個人は占ったりはしないのでは?」

 

「聖騎士団全体を占った結果ですので」

 

「……その割には曖昧でありますな」

 

 

 シャルロッテの発言を受けて、アルルメイヤは残念そうに首を振る。

 

 

「詳細は不明なのです。

 貴女への忠告は……そうですね、聖騎士団の為というよりは個人的な興味が大きい。

 何にせよ、危機が迫っているのは確かなのです」

 

 

 シャルロッテはその発言に頭を悩ませている。

 具体性に乏しいが、彼女が巫山戯ているようにも聞こえないからだろう。

 高名な占い師であるという評と今のアルルメイヤの真剣な表情を加味すれば、信じるだけの価値は十分ある。

 それが必ず受け入れられるかは別の話だが。

 

 

「然し、自分は聖国本領を離れたり出来ないであります。 団長就任の翌日に姿を晦ますなぞ物笑いの種でありますよ」

 

「聖騎士団の本部を別に置けば宜しいかと」

 

「わーお、無茶言うねぇアルルさん」

 

 

 やっべ、余りに無茶苦茶な事を言うもんだから口挟んじゃった。

 でもまぁ無理だろう。 由緒ある聖騎士団の本部をそんなホイホイ移せるとは思えない。

 というかリュミエールは聖騎士団が国の歴史そのものといっても過言では無いのだ、その本部を移すなんて聖王府も泡吹いて倒れかねんぞ。

 

 

「ロイルミラ殿の言う通り無茶であります。 伝統を蔑ろには出来ません。

 それに、危機があるからと逃げ出しては聖騎士の名折れ。 来るなら来いの精神でありますよ」

 

 

 シャルロッテの言葉には聖騎士としての誇りだとか矜持だとかを感じる。

 死の間際まで戦い続けろとは言わずとも、危機が来ると聞いて即逃亡する聖騎士は流石に格好がつかないわな。

 まぁこの回答はアルルメイヤの予想の範疇だったみたいだが。

 

 

「シャルロッテさんはそう仰ると思っていました」

 

「ご期待に添えたのかは兎も角、忠告には感謝するであります。

 もっと偉い方を相手に託宣を授けているとばかり思っていたので」

 

「聖騎士団の団長は十二分に偉い立場だと思いますが」

 

 

 アルルメイヤの発言にブンブン頷く私。 この空間で一番場違いなの、私なんだよね。

 然しこのままだと話が終わりそうだが良いのだろうか?

 私に依頼とか言ってくれちゃった訳だけど、この後で話すのかな?

 

 

「ロイルミラ、依頼の話なんだけれどね」

 

「うおっ、急に振りますね。 なんでしょうか」

 

「どうかシャルロッテさん達も聞いておいていただきたい」

 

 

 おいおいおい、証人増やす気じゃん。 逃さない意思を感じますわよ?

 何を頼んでくるか知らんけど、放っておいてもそこの団長さんが全部片付けてくれるってー。

 

 

「君に護衛を頼みたいんだ。 期間は……この危機が去るまで」

 

「これまた具体性に乏しいなぁ。 もう少し詳細にお願いします」

 

「護衛対象は私とリュミエール聖騎士団、それにサン=ベルナール砦だ」

 

 

 は? 何言ってるんだこの人。 私1人に頼む規模じゃないだろう、それ。

 ほら見なよ。 シャルロッテもバウタオーダもぽかーんってしてますやんか。

 

 

「あぁ、無論一切傷をつけるなという話じゃ無い。

 壊滅さえさせなければこの依頼は達成と見做し、報酬を渡そう。

 前金も君の裁量に委ねる。 幾ら欲しい?」

 

「えぇ……? 正直に言えば受けたく無いんですけど……」

 

「この話を聞いた時点で君に拒否権はあまり無いよ?」

 

 

 そんな気はしてましたよ、ええ。

 だってこれ、横流ししたら──出来るかは別として──聖騎士団の転覆狙えちゃうもん。

 その上、そんな聖騎士団の人間が2人も聞いているんだから逃げ場が無い。

 マジで最初から受ける以外の択を奪われている。 最悪。

 

 

「……意地悪も度が過ぎれば嫌われるんですよ?」

 

「だが君は受けてくれるだろう?」

 

()えたんですか?」

 

「信じているのさ」

 

 

 逃げ場もあった状態でそれ言われてたらキュンときたんだろうけれど、この状況下で『信じている』は薄っぺらいよアルルメイヤさん。

 

 

「はぁ〜〜〜……選択肢が1択の依頼とか初めてですよ。 受けます、受けましょうとも。

 それで? 危機が去るまでってパっと分かったりするんです?

 じゃないと永久に終わらない依頼になっちゃうんですけど」

 

「そこは心配しなくても平気だよ。

 詳細が分からずとも、こういった危機は終わりが容易に判断出来るものだからね」

 

 

 成程、取り敢えずアルルメイヤとリュミエールを終身まで護衛する必要は無さそうで安心した。

 元々はどうだったかなぁ。 何週間も続いてはいなかったと思うが、さて。

 

 

「そういえば護衛対象に砦が入っているけど、アルルさんの言う『危機』ってそんな大規模なの?」

 

「念には念を、のつもりではある。 再三言うけれど詳細は不明でね」

 

「アルルさんに、聖騎士団の護衛も?」

 

「あぁ。 といっても此方は自衛も出来る。 君に頼むのは矢張り砦になるだろう」

 

「ちょ、ちょっと待つであります!」

 

 

 私とアルルメイヤの会話が進む中、シャルロッテが割り込んでくる。

 それもそうだ、先程の危機とリュミエールに関する話なのにアルルメイヤの独断で進み続けている。

 言いたい事もそりゃあるだろう。

 

 

「その依頼の必要性が分からないであります! 特に護衛対象!

 アルルメイヤ殿は兎も角、リュミエール聖騎士団は守られる側では無く、守る側であります!

 それに砦は何かあるにしても此方で対処すべきで、言ってはなんですがぽっと出の旅人に任せるものでは無いのでありますよ!!」

 

「分かる〜!」

 

「こらルミ、同意しないでくれ。 話が拗れるだろう」

 

 

 いやだって私要らないんですって。 全部シャルロッテがぶっ飛ばして解決するんですって。

 

 

「彼女の腕に関しては私の御墨付きという事でご容赦願いたい。

 それに砦は現在、傭兵に任せているのでしょう?」

 

「……」

 

 

 シャルロッテが選んだのは沈黙。 だがこの場面で、しかも予言が出来る占い師に対しての沈黙は肯定と同義だ。

 ……何故か私の腕を勝手に信頼してくれているけれど、アルルさんにそんな信用されるようなもの見せたっけ?

 空飛んで、マスクで光弾防いで、そんな不思議マスクの理論についてウダウダ議論しただけだぞ。

 もしかして飛翔術だけで判断したのか? 木刀握っている子供な部分を無視していないか?

 

 

「彼女1人で雑兵なら百でも千でも相手できるでしょう。

 貴方がたにとっても、これ以上払わなければいけない金額が減って有意義かと思いますが」

 

 

 嘘っ、私の実力ちょっと盛られすぎ……? 手段を選ばなくて良いならって言葉が前に欲しい。

 

 

「……申し訳無いのでありますが、矢張り信用できません」

 

「ですよねー! 私もちょっと過大評価されてるっていうか──」

 

「ですので明日の朝、手合わせを所望するのであります」

 

 

 あー……そういう感じかぁ……

 理解は出来る。 シャルロッテとしても実力が本物なら悪い話では無かったんだろうし。

 

 

「では団長。 その手合わせ、私に任せていただいても宜しいでしょうか」

 

「バウタオーダ殿……?」

 

 

 ここで声を上げたのがずっと後ろで待ち続けていたバウタオーダ。

 

 

「砦を防衛するという事は、即ち帝国の侵攻に備えるという事。

 それならば同体格のシャルロッテ団長では無く、私が出た方が危機の想定としては相応しいかと」

 

「む……」

 

「それに団長は明日も早くから業務があります。

 私含め、多くの聖騎士は部隊再編等の都合で暫くは動こうにも動けません。

 そういった観点からも私にお任せいただければと思うのですが、如何でしょうか」

 

「……では、バウタオーダ殿に任せるであります。

 彼女が勝利したのなら、安全かつ速やかに砦に案内するように」

 

「これ、もし負けたらどうなるんです?」

 

 

 私は思わず聞いてしまった。

 正直、負けるのかと聞かれたら首を横に振るけれど。

 私の扱う魔法は初見殺しまみれだから、一発勝負なら余程の達人じゃ無い限りは勝てる。

 

 

「その時はアルルメイヤ殿の護衛に専念してくだされば」

 

「アッハイ」

 

 

 こうして私は関わる必要が無い筈の物語(シナリオ)に強制的に関与する事となる。

 

 

 

  §  §

 

 

 

「此処がサン=ベルナール砦だ」

 

「有難う御座います。 オーギュスティーヌさんはこの後どうするんです?」

 

「シャルロッテ団長直々の命により、貴女の補佐を務めよと」

 

「……お世話になります」

 

「こちらこそ、よしなに頼む」

 

 

 リュミエール聖国の本領から騎空艇で少し。

 そう離れていない此処がリュミエールの端の一つ、サン=ベルナール砦。

 大国と称される聖国本領周囲の島であり、エルステに最も近い島と言われる。

 正確に記すならば『リュミエール聖国領の要所の中で最もエルステに近い島』だ。

 島の中央からやや西にサン=ベルナール砦が存在し、そこから東に伸びる街道──と呼ばれてはいるものの岩が点在する荒れた道──の先に広がる荒野は最早エルステとの境。

 勿論、島自体は全てリュミエール聖国の領地だが、この荒野はそのまま島の東端まで続くのもあって実質的に港だ。

 故にサン=ベルナール砦が陥落でもすれば、エルステは万全な態勢で聖国本領まで攻める事が出来るようになってしまう。

 それ程までの要所だからこそ、シャルロッテが任されていたのだろう。

 

 

 話の翌朝、言われた通り私はバウタオーダとの手合わせとなった。

 結果はご覧の通りだし、手合わせの中身もなんというかアッサリしていた。

 剣も魔法も有りだったのが矢張り大きい。 そりゃ実戦を見据えるなら当たり前なんだけれど。

 月中蟾蜍(げっちゅうのせんじょ)で容赦無く奇襲し、背の高い彼にだからこそ刺さる顎を狙った突き────雲壌月鼈(うんじょうげつべつ)で攻めまくった。

 守りを固められたら雷迅(ヴァジュラ)で麻痺させ、攻められたら土遁(クシティ)で地面を泥に変性させて遅延(スロウ)したり空蝉(ラマナ)避け続けたり(完全回避(1回))

 多分バウタオーダは私と一生戦いたく無くなったと思う。 悪い事をした。

 その後、結果を報告しにバウタオーダがクレーモン教会に行き、こっちはアルルメイヤから正式に依頼を受ける事となった。

 前金も普通に頂きました。

 

 正直に言えば、私は原作で知っているキャラに関しては相当甘いと思っている。

 富豪でも無いのに前の島じゃそれなりにレオノーラやミリンとデートしたし、その費用の殆どを私が勝手に払っていた。

 今回の依頼も巻き込まれていなければ気にせずさっさとバルツに行っていたが、巻き込まれた以上はタダ働きでも良い気さえしている。

 だがここでシェロちゃんの発言を思い出す。

 曰く『一度安く請けたら上げられなくなっていく』と。

 前世でもあった話だったと思う。 所謂『友達なんだからさぁ』ってやつだ、私には無縁だったろうけどな!

 一期一会の依頼でも────否、一期一会の依頼だからこそ安請け合いはしちゃいけないんだろう。

 アルルメイヤが『あの女は安く済むぜ、げっへっへ』みたいな事を言うとは到底思えないが、こういう話はどこから漏れるか分からない。

 だから心苦しいが金は貰う。

 しかも今回は期間やら何やら曖昧だから相場より高めを意識した。

 

 

────まぁ、私はこの手の依頼の相場なんざ知らないので想像だけどね。

 

 

 とはいえ彼女も覚悟の上か、私の提示金額を特にリアクションもせずに渡してきた。

 サッと受け取って、それじゃどうやってサン=ベルナール砦へ行こうかという時にバウタオーダがヒューマンの女性を伴って帰ってくる。

 彼女の名はオーギュスティーヌ。

 バウタオーダと競い合える程の聖騎士で、シャルロッテを敬愛するエクレール騎士館所属らしい。

 バウタオーダはこの後、新団長として書類仕事等に追われるだろうシャルロッテの補佐に入るので、代わりとして彼女が砦まで案内してくれるという事になった。

 

 

「傭兵の方々はそろそろ契約期間が終了するんですよね?

 私だけが残る姿って仕事の横取り感が出そうでちょっと怖いんですけど」

 

「心配は無用だ。 その瞬間だけではあるが、ロイルミラ殿には『聖騎士団の()』を名乗っていただこうかという話でな」

 

 

 ()ねぇ……禍根を残さない為とはいえ、随分な役職を名乗らされる羽目になっちゃったな。

 というかこれはセワスチアンに話が通っているんだよな?

 流石に勝手に名乗った扱いにされたらキレるぞ。

 

 

「その()とやらを名乗るのは構いませんが、許可とか平気なんです?」

 

「あぁ、それに関してはシャルロッテ団長経由で当部隊長から言伝を授かっている」

 

「え」

 

 

 私が不意打ちに困惑しているのも構わず『複雑な手順を踏んだようで誰なのかは我々も把握しかねているが』などと、雑談を挟んでくるオーギュスティーヌ。

 そりゃ分からないでしょうねぇ!

 殆どの団員にさえコックとか老紳士程度にしか思われていない人間が、まさか遊撃隊の隊長だなんて思いませんもんねぇ!?

 

 

「『ありがとうございます』とだけだそうで……今回の依頼に関しても既に把握していらしたのだろうか?」

 

「ハハハ、ソウナンジャナイデスカネー」

 

「……ロイルミラ殿?」

 

 

 私には分かる。 この『ありがとうございます』は絶対に今回の話じゃ無い。

 要約するならこうだ。

 

『コルウェルを始末してくれてありがとう。 お陰で手間も省けた。

 それはそれとして遊撃隊の事も知ってるみたいだから今度お茶しようね♡』

 

 

────セワスチアン、やっぱ怖いわ。

 

 

 言葉に出来ない恐怖というのはこういうのを指すのだろう。

 たった一言に感謝と牽制を詰め込んできている。

 

 確かにリュミエールにとって、コルウェルの存在は汚点だっただろう。

 だが前団長の逝去、そして新団長への業務引き継ぎ、それに伴う部隊編成やらの見直しと暫くリュミエールは忙しい。

 新体制直後は内外共に揺れやすく、お尋ね者の優先度は下げざるを得なくなるだろう。

 かといって放置し続ければ無辜の民が犠牲となる────遊撃隊という影の存在だからこそ、歯痒い事この上ないと思う。

 それに早々に指名手配を出し、且つ監視網も広げていたとはいえ、コルウェルの足取りを常に追い続けるのは不可能だ。

 そんな中でのコルウェル逮捕──実際は殺したのだが──は、新体制に移行するリュミエール聖騎士団にとって僅かばかりだろうが心の余裕を生む。

 指名手配犯がたった1人減っただけ。 だがその1人がリュミエールには大きい。

 だから多分、セワスチアンは本気で感謝してくれている。

 してくれているのだが、同時に警戒された訳だ。

 

 

(私がリュミエールに仇なす存在になりかねないか……というよりは、単純な戦闘力とかかも。

 でも、コルウェルとの戦いはサビルバラとの2対1だったからこそ勝てた訳で……)

 

 

 そう、これは過大評価だ。 しかも謙遜すればする程、状況が悪くなるタイプ。

 セワスチアンがどういう情報収集をしたのかは知らないけれど、恐らく私が普通じゃ無い事には気付いていると思う。

 或いは私がここまで考える事を見越した鎌掛……いや、この線を疑い始めるときりが無いな。

 とはいえ、別に私のこの先の行動は変わらないし、リュミエールに対する態度だって変わらない。

 ただ、ほんの少し、エルーンの老紳士が怖くなっただけだ。

 美味い料理に絆されてベラベラ喋らないように気を付けなければ。

 

 

 オーギュスティーヌから砦とその周辺の案内を受けながら、私は今後の身の振り方を改めて脳内会議するのであった。



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陰謀はあったろう?



ハッピーバレンタイン!
少し短いですが、楽しんでいただければ幸いです。


 

 

 砦に来て平和だった期間は、傭兵の皆さんを契約が終了して解放するまでだった。

 要は1、2日程度である。 『危機』さん来るの早すぎ。

 

 最初に見知らぬ聖騎士が我が物顔で砦に来た。

 曰く『この島はエルステ帝国ザーリアー侯爵家に割譲されるので速やかに退去せよ』とのこと。

 更に『抵抗するならば拘束する、命の保証はしかねる』とまで言ってきたからさぁ大変。

 無論、大変だったのは激怒したエクレール騎士館の皆さんを宥める事の方だ。

 好き放題言っている方の聖騎士は、パッと見でどうとでも料理できそうだったからね。

 

 

「えぇい、ロイルミラ殿! 何を躊躇う必要がある!!

 彼奴はよりにもよってエルステに、聖国の要所たるこの島を割譲するなどと宣っているのだぞ!?」

 

 

 激昂するオーギュスティーヌに便乗し、今にも剣を抜きそうなエクレール騎士館の方々。

 私だってこの使者みたいな役割の人をぶっ飛ばして終わりなら止めないんだけれども。

 でも、この人を倒しちゃうと確実に拗れると私の第六感が告げている。

 

 

「落ち着いてくださいよ皆さん! 今あの人を倒して終わりだと思いますか!?」

 

「だが!」

 

「だがじゃなーい!!

 良いですか? こんな使者紛いな方法で此方に退去を要請するという事は、あちらにとっても今は事を荒立てたく無いんだと思うんですよ」

 

 

 私が強制的に反論しそうなオーギュスティーヌを遮り、説得フェイズに移行する。

 流石はシャルロッテの部下というべきか、理論を説けば一旦は落ち着いてくれた。

 ここで決めきれないと結局ぶっ飛ばす方向に話が纏まりそうなので、私は矢継ぎ早に言葉を続ける。

 

 

「なので、ここは業腹かと思いますが一旦従って退きましょう。

 そして身を隠しながら奴らの目的を探り、隙を見て砦の奪還。

 これならば奴らが速攻で砦の解体に移らない限りは、此方に多くの情報が舞い込んだ上で島の奪還に動けます」

 

「……もし、砦を即解体するとなったら?」

 

「その時は護衛依頼を引き受けた私が責任を取って守ります。 皆さんはその間にシャルロッテ団長殿へ連絡すれば万事解決!」

 

 

 私の発言に『いや』『だが』『然し』で食い下がろうとする面々をスパッと無視して、私は使者(?)に言葉を返す。

 

 

「了解でーす!! すぐ撤収しまーす!!」

 

 

 ……うん、我ながら緩すぎたかな。

 

 

 然して私達はサン=ベルナール砦を追い出され、僅かな食料と装備品を携えて島の西に広がる森林地帯に身を隠していた。

 一応、退去までは数日の猶予を設けてくれるという妙に優しい計らいのお陰で早々に情報は集まったのだが……

 

 

「なんだこの巫山戯た陰謀は!! シャルロッテ団長がそんな事をする筈が無かろうが!!!」

 

「はいはいはい、どうどうどう」

 

 

 オーギュスティーヌは割とずっとこんな調子で、同じくシャルロッテを慕っているだろう聖騎士さえ苦笑いするレベル。

 まぁ、本当に巫山戯た話なので彼女がイライラするのも分かるがね。

 

 シャルロッテは本領で現在、団長選挙にて不正を働き、サン=ベルナール砦の金を私欲に使い権勢を欲しい儘にした……という事になって投獄されている。

 言うまでも無く茶番である。 というかこれ、犯人側がやっていた事を押し付けているだけだろう。

 判決は今日の査問会で出るそうだが、まぁ全部茶番なのでシャルロッテが悪い事にされるのが見え透いている。

 そしてこの島はそんな横暴を働いて傭兵を雇い、エルステへの戦争を吹っ掛けようとしていた(大嘘)リュミエール側がエルステへの誠意と友好を示す為に、ザーリアー侯爵家とやらに割譲するという筋書きなようだ。

 

 

「いやー……改めて思いますけど普通に杜撰じゃありません? これが通っちゃう今のリュミエール、ヤバくないですか?」

 

「いや、その……申し訳ない」

 

 

 整理がてら雑談感覚で振った話は地雷だったようだ。 こちらこそごめん。

 早々に話題を転換しよう、そうしよう。

 

 

「砦は多少のチェックをしてからずっと放置、それ以外も特に手は加えていないみたいですね。

 ほぼそのまま譲るつもりなんでしょうか?」

 

「そのつもりらしいな。 ロイルミラ殿、いつ仕掛ける?」

 

 

 砦は非常に奪還しやすい状況下。 実際、今攻めても苦も無く取り返せるだろうが……

 

 

「……オーギュスティーヌさんの見解を聞かせていただいても?」

 

「どれだけ早く仕掛けるにしても、もう少し夜が更けてから。 でなければ明日だな」

 

「理由は?」

 

 

 聞く必要自体は余り無い。 認識の摺合せみたいなものだ。

 オーギュスティーヌも分かっているのか、嫌な顔もせずに答えてくれる。

 

 

「ふっ……聞かずとも分かっているだろうに。

 ロイルミラ殿の魔法により、シャルロッテ団長が囚われの身なれど教会に一時動いた事が判明している。

 つまり査問会が開かれた事は、想像に難くない。

 判決は凡そ決まりきってはいるが、シャルロッテ団長が無罪放免となる可能性が万に一つはあるやもしれん。

 故に判決を待ち、報告を聞いてから動くべきだ。 そうだろう?」

 

 

 彼女の回答に大きく頷き、おまけにもう1つ確認を取る。

 

 

「報告をしてくれる方は1人いれば足りますよね?

 騎士館の方々を、貴女を除いて全員本領へ送った理由は?」

 

「ロイルミラ殿は見た所、団体戦では十二分に力を発揮出来ないと思ってな。

 私は貴女の補佐を命じられている以上控えさせて貰うが他は違う。 故に送った。

 それに、隊の指揮に関してはシャルロッテ団長の次にバウタオーダが優れている。

 私が持て余すよりも有意義だと考えたまでよ」

 

 

 ふむ、私と特に相違無い認識のようで助かる。 後、ご配慮感謝します。

 そうと決まれば残るはシャルロッテの判決次第か。

 

 

 私達は夜が更けていくのを木々に囲まれながら待つ。

 ……矢張り私が必要とはとても思えないんだが。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 空の暗さが薄れ始めた頃。

 私は木の上に登って千里眼(ヴィルーパークシャ)を行使していた。

 

 

「艇が飛んできましたね。 サイズからして、私達への連絡な気もします」

 

「了解した。 ならば行くか」

 

 

 オーギュスティーヌの言葉に頷きを返し、私達は森林地帯を抜け出す。

 来たのが誰でも、目的が何でも、此処に留まる必要性はもう無い。

 

 飛来した小型艇は、砦からそう離れていない平地に着陸する。

 中から出てきた人を見て、オーギュスティーヌは驚愕を顔に浮かべた。

 私は驚きと納得が半々ってところだ。

 

 

「シャルロッテ団長!?」

 

「オーギュスティーヌ。 それにロイルミラ殿も」

 

「おはようございまーす。 アルルさんもおはよう!」

 

「おはよう、ルミ」

 

 

 うーん、ハーヴィン3人とヒューマン1人、バランスが物凄い事になっている。

 オーギュスティーヌ、お前もハーヴィンにならないか?

 

 

「だ、団長。 昨日の査問会、まさか無罪で……?」

 

「そんな筈が無いのであります。 無罪であったなら、此処に来るべきはエクレール騎士館の皆であるべき。

 自分は一介の聖騎士として、やるべき事をする為に来ただけでありますよ」

 

 

 そう言って、覚悟の決まった目で荒野の方面に視線を向けるシャルロッテ。

 そんな彼女にチラと視線を送った後、アルルメイヤが私に告げる。

 

 

「ルミ。 そういう事だから、君の護衛を砦から私に変更してもらえないかな?」

 

「アルルメイヤ殿!? まさか自分に着いてくるつもりでありますか!?」

 

「依頼主様の仰せのままに〜」

 

「ロイルミラ殿まで! 馬鹿な真似は止めるのであります!!」

 

 

 1人で全部背負って戦うつもりだったシャルロッテが何だか色々言っている。

 だが私もアルルメイヤも別に聖騎士団所属では無いし、仮に所属していても一般聖騎士扱いの今のシャルロッテに指図される謂れは無い。

 そして、こうして好き勝手言っていれば当然────

 

 

「団長、私も行きます」

 

「オーギュスティーヌ!!」

 

「先に言わさせていただきますが、絶対に退きません!!!」

 

「駄目であります!」

 

 

 私達を放ってわちゃわちゃと喧嘩を始める2人。 それを尻目にアルルメイヤへ問い掛ける。

 

 

「どうでした、囚われの身というのは」

 

「君も意地が悪いね。 知っていたのかい?」

 

()えたんですよ」

 

「面白い冗談だ」

 

「……いけると思います?」

 

「君がいるなら」

 

()()()()()?」

 

「そう、()()()()()

 

 

 そこで私達の会話は途切れる。

 私は一体何時の間に彼女からここまでの信頼を寄せられるような事をしたのだろうか?

 思い当たる節が多少はあれば無理筋なりに納得するのだが、ここまで分からないとちょっと怖いまであるんだよな。

 アルルメイヤは割と普通に隠し事もするタイプだろうし、何より私が腹芸出来ないのはカラクラキルとの遣り取りで身に沁みている。

 なので取り敢えず信頼に報いる以外の選択肢がほぼ無い。

 救いなのは原作キャラだから多少は為人が判明している事だろう、これが何も知らん奴だったら胃がキュってしてたと思う。

 

 私が勝手にアルルメイヤにビクビクしていたらシャルロッテの方も決着のようだ。

 ……オーギュスティーヌさん、気絶してませんか?

 

 

「アルルメイヤ殿、ロイルミラ殿」

 

「……はい」

 

「オーギュスティーヌが()()()()()()ので、出来る限り遠くで介抱を頼みたいのであります」

 

 

 まさかの強硬策に顔を見合わせる私とアルルメイヤ。

 頑固なオーギュスティーヌを黙らせつつ、序でに私達も戦場から遠ざけられる。

 1人で背負うのであれば、正しい選択かもしれないが……思ったより脳筋。

 逆らう事そのものは容易いが、今のシャルロッテは下手に逆らうと同じ目に遭いそう。

 

 私とアルルメイヤは取り敢えずはシャルロッテに従い、2人がかりでオーギュスティーヌを持ち上げて移動をする事にした。

 ……矢張りヒューマンは大きすぎる。 オーギュスティーヌ、今すぐハーヴィンになってくれ。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 太陽が真上に差し掛かるまで一刻も必要としないであろう時間帯。

 隘路の果てに砦が見える荒野の終わりにて、シャルロッテ・フェニヤは静かに待ち続けていた。

 

 彼女は少し前までこのサン=ベルナール砦を任されるエクレール騎士館の館長であり、更に最近はリュミエール聖騎士団の新たな団長に就任した筈であった。

 然し彼女は何も益の無い陰謀に巻き込まれ、査問会の末に団長職を解任、おまけに聖騎士団追放の処分という余りに巫山戯た末路を辿っている最中である。

 

 

「自分の事ながら、中々な不運でいっそ笑えてくるでありますね」

 

 

 ここ暫くを思い出し、つい言葉が溢れた。

 そんな益体も無い呟きは、清々しくも憎いまでの蒼空に溶けて消える筈で────

 

 

「でも貴女の物語は此処じゃ終わらない」

 

「ッ!」

 

 

 不意に掛けられた声に、思わず剣を構えて振り返る。

 聖国より与えられた輝剣は囚われた時点で取り上げられたので、砦から持ってきた──リュミエールでは一般的な──蒼剣が陽光を受けて煌めく。

 

 

「ロイルミラ殿? どうしてここに……というよりも、それは!」

 

 

 振り返った先にいたのは()()()()()()部下を任せた旅人、そして彼女の手には取り上げられた筈の輝剣があった。

 疑問に思ってあれこれ聞いても、返ってくるのは『アルルさんに頼まれて』ばかり。

 何としても依頼を遂行したいのかと思い、依頼金が必要ならバウタオーダに掛け合ってくれればどうにかしてくれるだろうし早々に撤退して欲しい、と訴えれば寧ろ笑われる始末。

 もうこのままだと梃子でも動かないんじゃないかと思える程に頑固なものだから、シャルロッテはその内諦めた。

 オーギュスティーヌと違って、寝かせるにも面倒臭そうだと直感で判断したのだ。

 

 

 

 

 然して暫し彼女と恐らく最期となる雑談を交わしていれば、荒野に人影が現れる。

 半刻もせずに荒野は大勢の人間によって埋められた。

 先頭には男と女が1人ずつ────シャルロッテを貶めたフランソワとマルティーヌだ。

 シャルロッテの剣閃が届かぬ間合いから声が掛かる。 先ずはフランソワからだった。

 

 

「これはこれはシャルロッテ殿! 頼んでもいないのに態々1人で出迎えとは御苦労な事だ」

 

「1人でも無ければ、出迎えたつもりも無いであります」

 

 

 言葉を受けてチラとシャルロッテの横を見るフランソワ。

 ロイルミラは場違いなまでに愛想良くニコニコとしていて、フランソワは思わず悪態を吐いた。

 

 

「気味の悪い……どこの馬の骨とも知れぬ同族(ハーヴィン)を連れて、味方を得たつもりかな?」

 

「衆を頼むフランソワ殿よりはマシであります」

 

 

 彼女の発言に『ふん』と鼻で返し、フランソワが黙る。

 間髪入れずにマルティーヌが口を開けた。

 

 

「そこをどけシャルロッテ! どかなければまとめて斬る!」

 

「どいても斬るでしょう。

 自分に罪を擦り付けて尚、足りないのでありますか。 このような行い……それでも聖騎士でありますか?」

 

「はっ! 正真正銘の聖騎士だとも! 聖騎士たるもの己の剣技で生き抜いてこそだ。

 奉仕などに感けていては剣が鈍るだろう?」

 

「……この砦を奪うつもりでありますか」

 

「それさえあれば帝国によって我が地位は保証され、聖騎士団に名が残る。

 帝国と聖国は友好的であり続け、我らは更に裕福となるだろう。 一体これの何が不満だ?」

 

 

 彼女の発言に、シャルロッテは毅然とした態度で返す。

 

 

「それでは誇りが傷つくのであります。

 高潔さを忘れ、私利私欲に走る聖騎士は最早聖騎士に非ず。 恥を知るべきであります」

 

 

 マルティーヌは剣を抜いて返す。 彼女に遅れて後ろの騎士達も剣に手を置いた。

 合わせるようにロイルミラも──輝剣を渡した際に受け取った──蒼剣を握る手に力を込める。

 

 

「恥など端から持ち合わせていない!

 ……そこをどくか死ぬかだ。 今すぐ武器を捨てて降伏すれば、また聖騎士としてやり直す事も許可しよう」

 

「自分はもとより聖騎士であります! そして聖騎士である以上、理不尽な要求には屈しないであります!!」

 

 

 言い放ち、輝剣を構えるシャルロッテ。

 蒼き刀身は彼女の想いを反映するように強く輝き、莫大な威圧感で敵勢を怯ませた。

 

 

「通りたければ自分を斃してから通るであります!!」

 

「ならばそうしてやる!!」

 

 

 斯くして戦は始まる。

 敵はフランソワ率いるスプランドゥール騎士館改め、スプランドゥール騎士隊にマルティーヌ率いるサンティユモン騎士隊。

 加えてエルステ帝国ザーリアー侯爵軍を含めた数百人の混成部隊。

 対するはシャルロッテ・フェニヤとロイルミラの2人のみ。

 

 

 

 蒼き空と同じ色の刀身が、戦場を照らした。





次回でちゃんと終わる……筈です。


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威光はあったろう?



思ったよりアッサリ……というよりは、本来ここまで長くするつもりでは無かったんです。
だからというのも変な話ですが、ちょっと薄味かもしれません。


 

 

「突撃ィィィィ!!!!」

 

「シャルロッテ殿、将は任せます」

 

 

 敵の吶喊に合わせて、私も言うだけ言って返事も聞かず突撃。

 握る蒼剣は有難くも光の属性がよく馴染むようで、私の魔力と属性を練り上げれば宛らビームサーベルの如き威容を放つ。

 こういう多対一は初めてだから実は結構ワクワク。 サビルバラの下で編み出した技が輝くというものだ。

 

 

「みーんなまとめて、おねんねしなぁ!! 試作・皓月閃里(こうげつせんり)!!!

 

 

 遠当ての要領でビームサーベル状だった光の属性力を横一文字に振り抜く。

 煌めく刃は──真っ二つとかにならないよう出力は加減しているが──敵兵を斬り飛ばさんと問答無用で突き進む。

 然し剣の馴染みそのものがイマイチな事、相手も確り訓練された騎士である事、そもそもの体格差で巻き込める数に限界があった。

 

 

(脱落したのは……盛っても30人か?)

 

 

 想像よりも練度が高い。 いや、私が嘗めていたのか。 矢張り試作じゃ駄目だな、うん。

 然し、困った事に今回は全部ぶっ飛ばしてハイ終わりとはならない。

 何せ腐っても相手は正式な聖騎士と帝国軍で、逆にこっちは追放者と無関係な旅人である。

 シャルロッテ曰く怪我までなら言い訳がつくらしい……本当か? 信じるしかないんだけれども。

 という訳で殺すのは以ての外で、序でに私が目立ち過ぎても後のリュミエールを思えば良くない。

 私はあくまでサポートであり、シャルロッテが殺されないようにちょっと雑魚を蹴散らすのが役目なのだ。

 

 

(だから早く来てくれバウタオーダ達……!!)

 

 

 もう一つ困っているのが()()だ。

 この戦闘は本来ならバウタオーダが聖騎士達を纏めて引き連れ、リュミエール聖騎士団の新団長としてシャルロッテが格好良く鬨の声を上げる筈で。

 

 

「予定外ってのは困っちゃうよねぇ……!! 色織り(ルーパパタ)

 

 

 私へ殺到してきた敵さんを雑に蒼剣で斬り伏せつつ、魔法を発動する準備を整える。

 小柄な体躯故に私に向けられる殺意の篭った閃きは私を捉えきれずに空を切っている、いるのだが。

 

 

(私が無名といえど、これだけ好きに暴れれば流石に警戒が強くなるなぁ……

 少しずつだけど私の後隙をキッチリ狙った攻撃が増えてきた)

 

希少元素(エーテル)────目からビーム(アクシャ・マリーチ)!!

 

 

 魔法陣を展開した左手を目にかざした後、そこから発射される光線。

 ハハッ、余りに巫山戯た攻撃すぎて敵兵も思わず固まった!! 私も出来ると思わなかった!!

 ちょっとノリで実験したんだけれど出来てしまった。 宴会芸とかにも転用出来そう。

 目立ち過ぎは良くないとか言ってなかったかって?

 こんなビックリ人間している程度でシャルロッテの輝きが減る訳ないでしょう。

 そんな事より早くバウタオーダ来て。

 

 と、私の願いが通じたのか敵兵が私より後ろにやや気が逸れた。 漸く到着したか。

 私も折角なので聞きたいから後ろに下がる。 おまけで何人か気絶させて適当に放り投げておこう。

 そうしてシャルロッテを囲んでいた──と称するには随分と引け腰だったが──敵兵を全員投げて返却。

 私は彼女達の会話を邪魔しないように────

 

 

色織り印術(ルーパパタ・ムドラーヨーガ)────薄氷壁(アチラヒマ・セートゥ)

 

 

 シャルロッテ達を阻害しないように両陣営の間に壁を貼る。

 見て呉れだけなら某死神漫画の81番を連想してくれれば良い。

 

 

「遅くなりました、只今よりシャルロッテ団長並びにロイルミラ殿に加勢いたします」

 

「……無理はしなくていいのであります。

 もし負けたらバウタオーダ殿も聖騎士団から追放されるか、最悪動物や魔物の餌にされるのであります。

 ロイルミラ殿が勇猛無比な女傑だとしても、多少増えただけでは事態は変わらないのでありますよ」

 

 

 バウタオーダが語りかけても尚、シャルロッテは薄氷越しに犇めく敵兵から目を逸らしていない。

 そのせいで彼女は自らがどれだけ慕われているかを理解していないようだ。

 ……それと私を下手に持ち上げないでください、調子に乗るので。

 

 

「『多少』ではありません。 我々全てがシャルロッテ団長の味方です」

 

 

 彼女に向けて片膝をついていたバウタオーダが立ち上がりながら告げる。

 シャルロッテが呆れやら感動やらを含んでいそうな複雑な顔をしているが、まぁそんな顔も仕方無いぐらいには窮地ではあった。

 

 アレだけ好き放題やっておいてなんだが、敵兵はそこまで減っていない。

 何も考えずにブッパが許されるなら兎も角、それではいけない状況下で戦い続けていれば私としても厳しい。

 魔力は有限だし、それ以前にこの蒼剣が保たないと思う。

 実は試作・皓月閃里(こうげつせんり)を打った段階で魔力を籠めすぎたのかちょっと嫌な音が鳴ったのだ。

 このまま戦闘し続けていたらどこかで砕けていたかもしれない。

 敵兵から剣を掠奪するという選択も取れるが、そんな事をしていたら手癖が悪くなっていきそうでちょっと……

 いざとなったら容赦無く奪っていただろうけれど、そんな事態が来ないならそれに越した事はない。

 

 シャルロッテが振り返る。

 そこにいるのは数多の聖騎士。 それぞれの騎士館旗を掲げ、我等こそが聖騎士団の本隊であると主張するかの如き光景だ。

 

 

「我々は只今より騎士館から騎士隊となります。 彼等を纏めていた為に遅れてしまいました、何卒ご容赦ください。

 我々は団長の為に存在しております。 シャルロッテ団長こそがリュミエール聖騎士団です。

 団長が戦うのであれば、従わない理由はありません。

 何より団長の座に推したのも我々。 ここで背を向けてしまっては、孫子の代に至っても卑怯者の烙印を押されるでしょう」

 

 

 忠誠心から来る言葉だと分かってはいるけれど、こうも情熱的に語っている姿は宛らプロポーズだ。

 私も主人公にこのレベルの感情ぶつけてぇな……じゃなくて、こう想い合える健全な関係を築きたいね。

 そもそも私のこの感情って恋や愛に分類して良いのだろうか?

 忠誠心……では無いし、恋愛感情とも違う気がする。 一番近いのは……執着?

 いや、でもなぁ……出逢った事も無い存在に懸想している時点でアレなのに、その上この感情が執着はもうガチでヤバい女じゃないか?

 

 

────とうに手遅れかと思いますよ、御空の燭(ロイルミラ)

 

 

 どこかでそんなツッコミを入れられた気がする。

 

 

「全員、傾注!!!」

 

「!」

 

 

 急にシャルロッテが大声を出すものだからビックリしてしまったが、これは彼女の見せ場だ。

 トリップしたままでは勿体無い。 そういう意味では現実に引き戻してくれて助かる。

 彼女が再び敵を見遣る。 ……ふむ、格好良く演出していこうか。

 

 

「これよりリュミエール聖騎士団はサン=ベルナール砦の奪取を謀る敵軍と改めて交戦状態に入るであります!

 敵より先に引くな、敵より先に倒れるなであります!」

 

 

 ピシッ、と音が鳴って薄氷の壁に罅が入る。

 

 

「持てる全ての力を発揮すれば、最後に立っているのは我々なのであります!!」

 

 

 罅は広がり、薄氷の壁一面に亀裂が入った。

 シャルロッテが輝剣クラウ・ソラスを天に掲げる。

 

 

「 抜 刀 !!!」

 

 

 聖騎士が蒼き剣を一斉に抜き、それに呼応するように薄氷の壁が音を立てて消えていく。

 私は役目を終えたように後ろへ飛ぶ。 ここからは彼女達の戦いだ。

 

 

「リュミエール聖騎士団、突撃!!!」

 

 

 

  §  §

 

 

 

 それからの戦いについてだけれど、私の出番は特に無かった。

 元々関わる必要も無い戦いであるからして、妙に出番を増やされても困るけれども。

 

 シャルロッテに合わせて突撃したリュミエール聖騎士団は敵軍に果敢に──いっそ飛び掛かるように──突っ込んでいき、それはもうバッサバッサと倒しまくっていた。

 私が多少の戦果を挙げていた事も相俟って一刻と経たぬ内に差が如実に開く。

 そうなってしまえば敵軍の士気はガタ落ち。

 それを見てシャルロッテが降伏を促せば、次々と武器を捨てる者が現れた。

 私は後方に待機して、負傷者や降伏した兵を回収しては治療する係に自然とシフト。

 ハーヴィンとて鍛えていれば、鎧を着た大の男を引き摺らずに持ち上げるのも朝飯前……と言いたいが流石に限度がある。

 比較的軽量な兵士は飛翔術を混ぜれば持ち上げきれるが、ドラフの男なんかは一言謝ってからぶん投げた。

 

 然して救護活動に邁進して暫く、空が茜色に変わり始める頃には戦いの決着がついた。

 最後の最後で悪足掻きするように敵将の1人────フランソワが気絶から飛び起きてシャルロッテを殺そうと突っ込んできたりもしたが、私が蹴り飛ばしてもう一度寝てもらった。

 先ず手を蹴って得物を打ち上げ、飛翔術を混ぜて回転し顔面に回し蹴り。

 体勢を整えながら打ち上げた得物を回収して終わり。 イメージ出来たかな?

 要は格好つけてシャルロッテを守ったのだ、うん。

 やった直後はドヤ顔するレベルだったのだが、今思い返すと恥ずかしい。

 

 シャルロッテの指示によって敵兵の武装は解除されて所属毎で並ばせる。

 帝国兵達には『ザーリアー侯爵の野心について帝都に報告してくれたら嬉しい』なんていう甘々な発言と共に路銀を握らせて返し、敵将フランソワ、マルティーヌ側だった聖騎士にも────

 

 

「貴殿らも自由であります。

 我々は皆リュミエール聖騎士団の聖騎士で、互いに戦う必要など本来は無く、故に何も躊躇うことはありません。

 『清く、正しく、高潔に』さえ忘れなければ、道を間違えたりもしないのでありますよ」

 

 

 シャルロッテはそれだけ言って、バウタオーダに目配せをする。

 意図を汲み取ったバウタオーダは、捕虜だった聖騎士達に蒼き剣を渡していく。

 勿論、実際に聖国本領に戻ればもっと色々有るのだろうけれど、そこはもう私の知るところではない。

 

 

「これより我々は帰還します! 聖騎士に幸多からんことを!!」

 

「幸多からんことを!!」

 

 

 荒野に聖騎士の声が響く。

 うーん、皆で盛り上がれる勝利ってこんな感じなんだね、コルウェル討伐時はそれどころでは無かったから何だか新鮮。

 まぁ今回も半分蚊帳の外だけれど、その辺りはアルルメイヤと小さな祝勝会でもして紛らわせよう。

 

 

「お疲れ様、ルミ。 無事に依頼を達成してくれて助かったよ」

 

「おつでーっす!

 折角なんで、私達も聖騎士団に相乗りさせてもらって聖国本領でプチ祝勝会でもどうです?」

 

「そうだね、そうさせてもらおうかな」

 

 

 私に態々会いに来てくれたアルルメイヤに早速お誘いすればノッてくれた。

 ノリの良いお姉さんで助かる。 同じアラサーでも……と思ったが、グラサイに乗るようなアラサーは皆パーティー好きそうだな。

 ちょっと嫌がりそうなのはユーステス、パーシヴァル、ガウェインくらいだろうか。

 でもこの3人も別に誘えば出席はすると思うんだよな、騒がないだけで。

 

 

(寧ろ私と年齢が近い方が気難しい人が多い……?

 未来の事だし誰が乗るかなんてまるで分からないが、騒げる時は騒げるメンツだと良いなぁ)

 

 

 そんな数年後に思いを馳せながら聖国本領へと戻る。

 この後、2人で小さくと思っていた祝勝会は聖騎士団の皆さんを巻き込み、酒場『三角帆亭』をまるまる貸し切っての大宴会となってしまった。

 

 

 翌日、二日酔いで酷い顔をしているオーギュスティーヌやバウタオーダを見て、笑いながら私はリュミエール聖国を旅立った。

 酒が入る前にアルルメイヤからは達成報酬も貰っていて、思わぬところで得たこのお金(ルピ)で世界に一つだけの名刀を鍛刀してもらおうと足取りも軽くなる。

 今度こそ待っていろ、バルツ公国!!

 

 

 

  §  §

 

 

 

あっつい……」

 

 

 【悲報】バルツ公国、暑すぎて死ぬる【焦熱地獄】

 いや、我ながら『死ぬる』は古すぎ。 脳内でスレ建てなんかしている時点でアレだが。

 

 という訳で漸く着いたバルツ公国の主島・フレイメル島は地獄みたいな暑さをしていた。

 どうでもいいがこの島の場合『暑い』で本当に正しいのだろうか。 『熱い』の方が正確じゃないか?

 何方だろうとファッキンホットで御座いますがね。

 

 

「あー……やってられん、雪風(ヒマ・ヴァーユ)

 

 

 碌に魔力も練らず雑に涼しくなるような組み合わせで魔法を放つ。

 すれ違う住民からはギョッとされるが気にしている場合じゃない。

 暑いせいで可愛い私の顔が歪むのは世界の損失だ。 多少歪もうと私は可愛いが。

 

 

(えーっと、刀工街の住所は……げっ。 火山に近付く上に、武器の生産区画の奥かよ。

 もう今日は行くの辞めて宿で寝ていいですか……?)

 

 

 前回の反省を活かし、到着して早々に宿を確保したのは良いものの、この暑さが続く環境は想像していたよりキツい。

 何が酷いってハーヴィンは背が低いので必然的に熱された地面が近いのだ。

 夏の犬の散歩で犬がヤバいと前世では聞いていたが、あの頃のお犬様はこんな熱を感じながら元気に散歩していたのだろうか?

 あぁ、でも此方はアスファルトでも無いからまだマシなのかな。 だとするとお犬様は偉大だな、本当に。

 

 然して前世の夏という比較して今以上の地獄を思い出す事で現実逃避をしながら歩いていれば、漸く刀工街と呼ばれる一角に辿り着く。

 そこかしこで鎚の音が響き、屋根からは煙だか蒸気だかが絶えず出ている。

 それでいて職人達の研ぎ澄まされた意識が張り詰めている刀工街は、ハッキリ言って居心地が悪い。

 いるだけで緊張させられているというか、前世で例えるなら初めての受験ぐらいの緊張感と不安感に苛まれるというか。

 この奇妙な緊迫感が漂う場所からユールネールの鍛冶屋を探さねばならない。

 

 

「こっちは彫師か。 こっちは……鞘師ね。

 んじゃあ此処は……食事処? 何を思ってこんな場所に……」

 

 

 そうして一軒ずつ確認して進んでいく。 途中で土産物屋を見つけた時は流石に我が目を疑った。

 興味本位で覗いたら、修学旅行で見た事のある竜の巻かれた刀が置いてあってちょっと買うか悩んだのは内緒。

 必要性は全く無いが、人生で一回は買ってみたいものランキングでベスト100には入ると思うんだよね。

 前世の私はどうだろうな……もしかしたら買ったかも。 幸か不幸か覚えていない。

 

 

「漸く見つけた……『鍛冶請負ユールネール』」

 

 

 他の建物から少し離れた古ぼけた工房には、ぎりぎり読める汚い字でそう書かれていた。

 時間的にも失礼には……ならないと思う。

 この手の職人さんは、仕事量次第で大丈夫な時間が凄くバラバラな印象が強いから少し不安だ。

 先ずは戸にノック。 当たり前だが無反応。

 これだけ色々な音がする生産区画で、ノックに律儀に反応してくれるとは思っていない。

 あくまで最低限のマナーだから行っただけ。 なので無遠慮に戸を開く。

 

 

「すみませーん、()()()()()()()()の薦めで来ましたー」

 

 

 流石に室内に入れば声は通るから、大声を意識しつつも叫んだりはしない。

 それと変人なのは事前の手紙で大体察しているので、そういう人によく聞くと思われる『シェロカルテ』の名前を強調して伝える。

 

 効果は覿面、奥の板戸が開いて男が顔を出す。

 同族(ハーヴィン)らしく見て呉れは幼いが、もう所作の端々から滲み出るおっさん感が凄い。

 今も『どっこいしょ』と声に出しながら草履を履いたし。

 人前で服に手を突っ込んで腰を掻くんじゃないよ、全く。

 

 

「お子様が何の用じゃ」

 

 

 私の側に来てそう問い、すかさず欠伸までかましてきやがったよ、このおっさん。

 ふ、ふふ……私の機嫌が最低値じゃなくて命拾いしたな。

 マジでムカつくが、シェロちゃんの推薦だから腕は確かな筈なんだ。

 取り敢えず私は怒りを抑えて、冷静に要件を伝える。

 

 

「貴方に刀の依頼をしに来ました」

 

「ほー。 幾ら出す」

 

「あるだけ。 私の求めているものは普通の人には作れないそうなので」

 

 

 私の発言に、少しだけ口角が上がるユールネールさん。

 あ、素直に褒めるのが正解なタイプの人か? いやでも、多分普通にヨイショすると拗れるタイプな気もする。

 

 

「常人には無理ときたか。

 刀工が言うものでも無いが、刀なぞどこまでいっても斬る以外の用途は無いぞ。

 そんな道具にお主は何を求めている?」

 

「……私、剣士であると同時に魔導師なんですよ」

 

「刀はそれなりに振ってきていると思ったが、魔法まで使うのか」

 

 

 結構突飛な切り出し方をしたと思ったのだが、まさか見ただけで私の実力も分かるのか。

 こういう職人ってもしかして、皆分かったりするものなのかな。

 個人的には初見の驚きみたいなものを提供してこそみたいな気持ちもあるので、あんまり見抜かれたくはないのだが。

 

 

「とすると、アレか。 ()としても使えるようにしろというのか」

 

「はい」

 

 

 魔導師には色々な得物を持つ人がいるけれど、それが箒だろうと本だろうと宝珠だろうと、魔法を行使する際の増幅装置みたいな扱い方をする物は一括して『杖』として扱われる。

 勿論定義があるような話では無く、傭兵や騎空士、それにこういった武器職人とだけに通じる一種の専門用語だ。

 まぁ原作(ゲーム)的にはお馴染みだろうが。 ギターはほぼ斧で、飲み物は大体が格闘。

 

 

「だが、お主の要望だけなら他の刀工街(ここ)の人間で間違い無く一級品が出来上がる。

 わしに何を求む?」

 

「全ての属性が()()()()()()()刀を求めています」

 

 

 ユールネールが息を呑む。 我ながら無理難題も良いところだ。

 

 今更ながらではあるが、この世界の万物は全て何かしらの属性を抱えていると言える。

 例えばこのフレイメル島は全体からして火属性に偏り、棲息する魔物も然り。

 人間も例外では無く、六属性が複雑に絡み合って構成されていようと、最終的に何かの属性に多少は偏るものだ。

 母や私は光に、父は水に、妹君(エリスマルル)は風に偏った。

 星晶獣もそうだ。 原初に作られた天司ともなると、役割次第じゃ全属性を均等に内包させられているかもしれないが。

 ツクヨミ様は闇に偏っているし、インド神話に魅了された私の憧れたるシヴァ様は火に偏っている。

 詰まるところ、万物には属性の偏りが生まれてしまう訳である。

 

 そんな偏る事が前提のこの世界の理を前に、私は『全属性が等しく浸透する武器』を求めたのだ。

 原作風に例えるなら無属性の石油武器──そんなものは無い──をメイン武器に握り、その時の敵に合わせて属性が変化するようにしてくれ、と言っているようなものである。

 当然、ユールネールさんも一笑に付す……と思っていたのだが。

 

 

「随分と巫山戯た注文だな。 ……お主、注文するからには全属性使えるんだな?」

 

 

────マジかよ、このおっさん。

 

 

 成程、少し捻くれているなんてシェロちゃんは言っていたがとんでもない。

 この人、想像以上に捻くれた変人だぞ。

 

 

「勿論ですよ。 私の夢は『星の島』到達ですからそれぐらいは出来て当然です。

 そして、そんな偉大な魔法戦士にはそれに見合った武器が必要でしょう?」

 

 

 2人して牙を剥き出しにするような、そんな強気な顔で笑う。

 然して私達の挑戦が始まるのだった。




という訳でバッサリ道中は切って、さっさと刀を入手してもらいます。

次回で刀に名を与えて借金返済編に入りたいんですが、自らの見通しの甘さ的に……いや、色々頑張ります。


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月虹はあったろう?



この作品をしっかり終わらせてから次を書きたい自分 vs 書きたいものは早く書くべきな自分で決戦をしていました。

最後の方に別視点が入りますが、話数次第では投げっぱなしになるかもしれません。


 

 

 本来の作刀期間を私は知らない。 知らないが、恐らく異例の長さではあったと思う。

 具体的には、私の手元に来るまで3ヶ月を必要とした。 ……やっぱ長いよね?

 お陰で暦の上ではもうすぐ春になるが、バルツの暑さの前に四季なんてほぼ存在せず、降ってくるのは雪じゃなくて灰ばかり。

 意見を求められる場所以外は全て立入禁止だったのもあって、他島の話でも聞いていなければ今頃は季節感も思い出せなくなっていたかもしれない。

 

 

 私だけの刀を作るにあたって大変だったのは使う鋼に関して。

 パパから貰った前の刀は、特に文句も言われずに一部を再利用する事となった────否、正確には再利用せざるを得なかった。

 何でも『なんちゅうもんをへし折ってるんじゃアホ』とユールネールさんが言う程度には素晴らしい一振りだったようで、一発殴られた後に使える部分は極力使おうという事になったのだ。

 『折ったのは私じゃなくてサビルバラだから叩くならそっちだろうに』とも思ったのだが、そもそも所有者が確り管理しろという話であり、更に言えば元凶は罅を入れるような力の掛け方をした私なのだから、ぐっと堪えた。

 ……ごめん、実際は堪えきれずに街の外まで行って魔物をしばいて発散した。

 

 新たに使う鋼に関しては、最初に私の魔力がどれぐらい馴染むかを見てからという話になって、素人には違いが全く分からないそれらに触れて魔力を流す作業をする事に。

 これが作刀期間が伸びた理由のほぼ全てと言っても過言ではない。

 何が問題だったのかというと、私の魔力が()()()()()()()()()のが問題だった。

 当初の予定では取り敢えず私の魔力が馴染む鋼だけを残して、そこから各属性の浸透率を調べて配分を調整するつもりだったらしい。

 だというのに、私の魔力は良くも悪くもどんな鋼とも仲良くできてしまったからほぼ全てが篩にかからず、そのせいで来る日も来る日も鋼に向かって『君は火を良く通すけど水がダメダメだねぇ』なんてする羽目になったのだ。

 

 

 それから暫くは彼の専門分野に突入して、私は必然的に時間が余る事に。

 その間にシェロカルテの下へ赴き、今回の費用に関してザックリではあるが見積もったところ────

 

 

「え……? マジでこの値段、なん、ですか?」

 

「マジ、ですね〜。 何なら少しシェロちゃん割を効かせてこの値段です〜!」

 

 

 出された額は使える予算の倍近い数字であった、OMB(オーマイバハムー)

 今更になって妥協も出来ない。 既に作ってもらっているという点でも、クオリティを下げるという点でも。

 だから私はシェロちゃんにそれはもう誠心誠意頭を下げた。

 いっそ土下座する勢いだったが、その前に彼女は私の救世主(メシア)となってくれたのだ。

 

 

「うふふ〜、この万屋シェロカルテに借金とは中々勇気がありますね〜!!」

 

 

 訂正、何が救世主だ。 鬼! 悪魔! シェロカルテ!

 ……なんて言うのは簡単だが、実際とても助かったのだから文句は言えない。

 

 その後、逃げるつもりは最初から無いが念には念を入れて書面上でも約束し、刀が出来上がってから暫くはシェロちゃんの下でアルバイトをする事に。

 彼女曰く『今までとやってもらう事は何も変わらない』らしいので、恐らく魔物退治や護衛依頼を回されるのだろう。

 

 

────頼んだらギュステ*1やポブ*2の依頼貰えないかなぁ……

 

 

 そんな思いを抱え、未来にどんな無茶振りをされるのか戦々恐々としながら過ごすこと数日。

 遂に完成した一振りの刀が、私とユールネールさんの間に置かれていた。

 

 

「お主の要望は出来る限り汲んでやった。 刀身彫刻なぞ久しくやってなかったせいで肩が凝ったわい」

 

「うわぁ……!! ちょー綺麗!! すごいすごい!!」

 

 

 ユールネールさんから受け取った最初の感想は、もう語彙力を空の彼方に吹き飛ばした酷いものだった。

 でも、そうなってしまう程に美しい刀だったんだ!

 この時ばかりは刀に詳しくない己を憎いとさえ思った。 何せ彼が丁寧に解説してくれているのに何も分からないんだもの。

 

 

「名はお主の名声と共に付いていくじゃろうが……わしとしても満足行く作品となった。

 折角じゃ、名も与えんか? 候補なら既に出しておいたぞ」

 

「もうそれはユールネールさんが名付けたいだけじゃん!」

 

「良い作品に名を付けて何が悪いんじゃ!!」

 

 

 いえ、別に問題は何も無いんですけれども。 というか私も賛成。

 私としても初めての自分だけの刀なのだ、名前ぐらいあげたくなっちゃう。

 

 然し刀の名前か、難しいな。

 ユールネールさんの出してくれた候補名は、ぱっと見でも『コイツは凄い刀なんだぞ!』みたいなのを全面に出しすぎていると思う。

 一番まともなのですら『瞬断魔裂(しゅんだんまさき)』だ、大仰すぎる。

 

 

「うーん……」

 

「どれが良いかの? わしとしては矢張りこの『三千大千──」

 

個人的にはもっとシンプルなのが良いかなー! なんて……」

 

「ふむ……」

 

 

 仰々しい名前はそれこそ奥義なんかに付ければ良い。

 私は少しでもアイデアが欲しくて、刀をまじまじと見る。

 刃が光を受けると薄っすら虹色っぽく反射するのは、属性を等しく浸透させようとした結果なのだろうか?

 

 

月虹(げっこう)……」

 

 

 口からそんな単語が零れる。 月の光によって生まれる薄い虹の名だ。

 

 

「ほう? 悪く無い。 わしのセンスには到底及ばんが、振るうのはお主じゃ。

 気に入ったならそう呼べば良い」

 

「あ、あはは……」

 

 

 何でこの人、そんなに自分のネーミングセンスに自信があるんだ……?

 

 

「然し要望通りに作ったとはいえ、お主のようなチビに振るえるのかの」

 

 

 今度はユールネールさんが言葉を零す。 至極当然の疑問ではあると思うが。

 

 私が頼んだこの月虹は、柄も含めた全体の長さが私の身長より長く、何なら刃長だけでも私の身長と大差ない。

 因みに私は最近14になり、身長を測定したところ83cmであった。

 

 なので疑問の解消ついでに、私としても実際に抜刀の心地を体験するべく刀を鞘に収めて持つ。

 腰から抜く方法もあるのだが、新品で試すのは流石に少し怖いので今回は背中に回す方だ。

 立ち上がって頭の後ろで掲げるように刀を持ち、足を広げながら抜いていく。

 少しずつ刀を傾ければ私でもこの長さの刀を問題無く抜ける。

 

 

「おぉ……曲芸でも見てる気分になったわい」

 

「実際これは武芸派生の見世物ですから」

 

 

 実戦の際は刀が傷むから余りしたくは無いが、最低限抜刀したら後は魔力で鞘を吹き飛ばす形か、曲抜きする時間を作るように舌戦する必要もあるだろう。

 それが分かっていて何故そんなに長い刀を、なんて無粋な事は言わないように。

 

 

────小さい子がデカい武器を持つのは浪漫だろう!!

 

 

 実際に戦う私がこんな理由で武器を選んでいるのだ、誰にも文句は言わせないとも。

 それに、刀を抜く隙も無い時の対策も頼んである。

 ……もしかして、これが原因で値段が上がったのかな。

 

 

「それと、こっちが追加注文の懐剣じゃ。

 全く、これが『お守り』だからといって老人にこんな神経の磨り減る彫りをさせるな!

 見知らぬ記号を渡されて彫る身にもなれ!!」

 

「ごめんなさーい、反省してまーす」

 

「ガキが……ッ!」

 

 

 適当な謝罪なのは今までの仕打ちに対するちょっとした報復なのだから、そう怒らないでほしい。

 内心はとても、とてもとてもとても感謝している。

 武器そのものもそうだが、この世界では下手したら存在せず、あったとて古い文献を漁らないと見つからなさそうな梵字を彫ってくれて本当に有難う。

 自分の決意とお守りを兼ねて、刀には月天を、懐剣には虚空蔵菩薩の種字を彫ってもらったのだ。

 

 然し前世持ちからすると、グラブル文字も梵字とさして変わらない気もするのだが。

 私もこの世界に適応して10年以上経過するけれど、未だにウッカリするとグラブル文字でも無ければアルファベットでも無い謎の文字を生み出す時がある。

 マジでそれぐらいには慣れないし、その島特有の字みたいなのに希に遭遇するのが最悪。

 それを思えば梵字の1つや2つ、寛大な心で受け入れてくれ。

 

 

「ふぃー……漸くゆっくり眠れるわい」

 

「本当に有難う御座いました! お代は此処に」

 

「おう。 余程雑に扱わない限りは頻繁に来る事も無いじゃろうが、研ぎが必要な時はまた来い。

 他の奴なんぞに研がせてみろ、わしが空の果てまで追いかけ回して真っ二つにしてくれる」

 

「んな脅さなくても貴方にしか頼みませんよー!」

 

 

 鏡を見ずとも笑顔なのが分かる程にニコニコしながら、ユールネールさんの工房を後にする。

 今だけは暑苦しいバルツの気候も、息の詰まる刀工街の雰囲気も全て些事だ。

 生産区画をルンルン気分で歩む私は、改めて刀を撫でる。

 

 

(これからこの月虹と朧霓(ろうげい)*3で空を旅するんだ……!!)

 

 

 余りに浮かれすぎて、放り出されていた廃材に気付かず足を滑らせて転けかけたのは内緒にしてほしい。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 さて。 私も漸く、本当に漸くバルツから離れる事が出来る。

 3ヶ月程度では此処の暑さに全く順応出来ない事が判明した。

 

 

────早々に別の島に行きたい!!

 

 

 だが、私の行き先を決めるのはシェロちゃんだ。

 借金の返済が終わるまでは彼女の命令が何よりも優先される。

 そして案の定というべきか、バルツに滞在しているのだから当然というべきか、引き受ける事となった依頼は8割以上がバルツ公国内で完結するものだった。

 

 

(バルツにいるんだもん、そりゃそこにいる人間に依頼を割り振った方が効率的だよね)

 

「でもさぁ!? だからって、なーんで登山して魔物退治なのさー!!

 暑くてやってらんないよー!」

 

 

 私は1人で愚痴を零しながら襲い来る魔物を倒し続けている。

 現在地はフレイメル島から少し離れた小さな無人島、その火山の……そろそろ山頂といったところか。

 何でもまだ鉱脈が生きている可能性がある山だとかで、私がやらされているのはその調査の為の露払いだ。

 当たり前だが魔物も動物であり、僅かな例外を除けば一度脅威と見做した存在には無闇に喧嘩を売って来ない。

 なので私のこの行為は魔物相手への格付け(わからせ)。 こうしておくと、次回以降は人間を見ると先ず逃走を優先するようになる。

 大事なのは甘さを捨てる事。 中途半端に手負いにすると復讐心が芽生えるタイプのもいるからね。

 

 

「想像以上に月虹が良く斬れるから、そうならずに済んでいるけど、ね!」

 

 

 人の背後から飛び掛かる狼型の魔物を振り返りながら斬り飛ばし、飛び散る血を全て付着する前に凍結させる。

 この辺りまで来て漸く魔物の襲撃が減った程度には、此処は凶暴な種が多いようだ。

 然し、最早これしきの魔物では試し斬りにはなってもそこ止まりだ。

 

 

(これより上となると……九尾みたいな封印されるレベルの奴か真龍みたいな長生きの竜、そうじゃないなら星晶獣か。

 幽世も択だけど態々会いたくは無いし……人は極力斬りたくないからなぁ)

 

 

 空を飛びながら思考する。

 サビルバラの道場で鍛えていたのもあって、私も日々成長しているのは間違い無い。

 それどころか、一応は強者側に足を踏み入れているとは思うのだ。

 ただ、何かが足りないというか。 あくまで『強者』であって『圧倒的強者』では無い、みたいな。

 

 ここから更に強くなれる選択肢は幾つかある。

 1つ目、星晶獣との契約────教えの最奥。

 絶賛ツクヨミ様待ちの選択肢だし、他の星晶獣とってのは私としても気乗りしない。

 それはそれとして星晶獣との交流自体は図りたいから、借金返済が終わったら星晶獣探しに空域をフラフラするのもありかも。

 

 2つ目、他分野に手を出す。 具体的には錬金術か、アストラル大魔術かな。

 特にアストラル大魔術の方は遅かれ早かれ手を出すつもりだ。

 長寿は即ち研究出来る時間が長い事を意味するし、この世界において莫大な魔力は美容にも通ずる。

 長生き出来ればツクヨミ様と一緒にいられる時間も増えるし、理外の存在とエンカウントする確率も自ずと上がるだろう。

 問題があるとするなら、錬金術は今から学ぶにはちょっと時間が足りるか怪しい点、アストラル大魔術の方はそもそもよく分からない点か。

 つまり、これも手を出すのは今じゃないかな。

 

 3つ目、どこかの道場なり魔法学校なりに入って技を増やす。

 選択肢の中では一番まとも、それでいて糧になる事も確定している安定択だ。

 生活が縛られるのは正直好ましくないが、余程時間がかかる場所を選ばない限りは原作開始までに十分間に合うだろう。

 何せ時間にして3年ある。 多少のズレを考慮しても2年はまだ修行できると見て良い。

 道場ならガムシラさんのところがあるが、魔法はなぁ……

 マナリアは真っ先に事情を説明しても2年で解放してくれるか怪しいし、マナリアに行かないならその辺の学校より個人の魔導師に頭を下げる方が得。

 原作キャラで師と仰ぎたいのはマイシェラかマギサだが、どこに住んでいるのかも知らないのに加え、私の転生者(中身)を探ってきそうなのがね……

 

 

(どの選択肢も一長一短というか、なんか違うっていうか。

 結局、借金返済が終わっても依頼を受けて色々経験する方が最善になりそう。

 原作キャラとの接点を作っておくのも考えたけど、これぐらいの時期って何してるかよく分かんないし)

 

 

 もう1つ考えていた案を思い出し、それをすぐに隅に追いやる。

 原作キャラとは仲良くなりたいオタクとしての気持ちと、主人公に関わってこそだから私が出しゃばるのは違うというカプ厨の気持ちで、心が2つある状態だ。

 主人公による更生を介さないと会いたくないタイプのキャラもいるから、余計に難しい。

 具体的には十賢者、ガルマみたいな賊をやってたタイプ、それと主人公に出会う事で外に目を向けるようになるアンナやハレゼナみたいなタイプ。

 前2つは言うまでも無く危険なので会いたくないし、最後のタイプは私がターニングポイントになるのが許せない。

 十賢者はニーアやロベリアは論外。 他も政争だの復讐だのでおっかないから、会うにしてもアラナンぐらいかな。

 気安い関係を結び難い軍関係者や騎士団所属組、ガルマ()ユイシス(ヤクザ)ジャミル(暗殺者)レ・フィーエ(王族)……いや、あの騎空団マジでおかしな人脈している。

 兎に角、この面々も会うのは難しいだろう。

 こうなってくると残るのが旅人や傭兵になる訳だけれど、そうすると今度は場所が分からないという問題が生まれるし……

 

 色々考えたところで、私が取れる選択は大して無いのだ。

 シェロちゃんに依頼の完了を告げて、報酬の殆どを渡しながら思う。

 

 

「シェロちゃーん、次の依頼はー?」

 

「はいは〜い! お次はですねー……」

 

 

 最早『シェロちゃん』呼びを咎められる事も無い。 それだけお世話になっている証でもある。

 次の依頼は何処になるだろうか。 出来ればバルツ以外が良い、本当に暑いので。

 

 

「それでは、こちらのお店のお手伝いなんて如何でしょう?

 体力仕事のようですがルミさんなら特に問題も無いでしょうし、報酬も高めでピッタリかと〜」

 

「んー……お! ポート・ブリーズですか!! いいねいいね!! 行って来ま〜す!!」

 

 

 気軽に言ってはいるが確りと依頼書には目を通しているし、契約のサインなんかもしながらの発言だ。

 それにしてもポート・ブリーズとは有難い。

 彼処は原作で便利な舞台にされがちなだけあって娯楽も人も沢山だし、それに伴ってポート・ブリーズ出身だの関係者が住んでいるだので原作キャラにも会いやすい。

 何よりも────

 

 

────絶えず風が吹くから此処より涼しい!!

 

 

 然して私の返済生活は続く。 さっさと返さないと私の自由が確保されない!

 

 

 

  §  §

 

 

 

 フィーニス諸島はガロンゾ島の、ファベル市街地郊外にて。

 見目麗しい2人が、人目を避けるように雑談をしていた。

 片手には若者に流行っているらしい過剰なまでに甘ったるい飲み物、もう片方の手にはこれまた随分とカロリーを感じさせる揚げた芋に塩をまぶしただけの屋台料理。

 2人は興味本位で購入し、多少口に放り込んだ後にどう処分するか困っていた。

 別に味が悪い訳では無い。 単純に『重かった』のだ。

 容姿だけなら10代で通じそうな2人はその実、数百年を生きる星晶獣であった。

 

 

「どうするのじゃノア! こんなモン、これ以上飲み食いしていたら暫く何も入らん!!」

 

「……別に僕達ってそこまで飲食を必要としないし、良いんじゃないかな?」

 

「じゃあ何でお主は手を付けてないのじゃ?」

 

「僕は此処の職人たちの話を聞きながら、何か食べるのが習慣みたいなものだからね。

 今、これを完食すると習慣がズレちゃうよ」

 

「お主、わらわに向かって好きに言っておいて……」

 

 

 翼を持つ少女が白い少年────ノアに文句を垂れていた。

 少女の名はガルーダ。 神鳥とも称される星晶獣である。

 

 

「にしても、この島は退屈じゃのう。 良い風が吹くというのに、その全てに油だの煙だのが混ざっておるし」

 

「それがこの島の良いところだろう?」

 

「はー嫌じゃ嫌じゃ、これだから艇造りの星晶獣なんてもんは全く……ま、あの風の竜(ティアマト)が契約している場所よりは居心地が良い。

 此処の契約の歯車(ミスラ)は無駄に干渉したりせんし、約束事さえ交わさなければ無害なのも好印象じゃ」

 

 

 言い終わるなり甘ったるい飲み物を物凄い形相で口に含み、飲み込んでは『べーっ』と舌を出す。

 その行為が口の中に広がる甘みを消してくれることなど決して無いと知りながらも、そうしたくなる程には甘い。

 絶対に受け取ってくれないだろうが、本気でノアに押し付けてさっさと何処かへ飛びたい気分だった。

 

「おや? 君がティアマトと反りが合わないとは思わなかった。

 同じ『風』を愛するものとして、昔はそれなりに交流していたと記憶しているんだけれど」

 

 

 ノアはそういって、これまた味の濃い芋を口に放り込む。

 職人達は酒のツマミに食べていたし、相伴に与った事もある。

 その時はとても美味しいと感じていた筈なのに、今は只々味が濃いとしか認識出来ない。

 いつ聞いたかは思い出せないが『食べ物はその味だけではなく、食べる状況や一緒の人が大事』なんて話を思い出す。

 ノアは確かに、この姦しい神鳥と食べる物としてはこの芋は不適切だと感じた。

 

 

「昔って戦争期の頃じゃろう? あの頃は同じ地で戦っていれば、基本的に交流するものじゃったろ。

 わらわは昔から竜が好かん! 同胞とて竜の姿なら変わらんわ」

 

「そうなのかい? 僕は星晶獣として生きてからというもの、同胞より人間との方が距離が近くてね」

 

「お主の役割を思えばのう。 わらわとしては同胞が一番じゃが、竜よりは人間の方が良い。

 彼奴らはわらわとも遊んでくれる! 退屈を凌ぐにはうってつけじゃ!」

 

 

 言っている途中から思い出してきたのか、ウズウズと身体を揺らして空に浮き始めるガルーダ。

 ノアはそれを見て、この雑談の終わりを察する。

 

 

「わらわは暫しこの────」

 

「フィーニス諸島」

 

「そう! フィーニス諸島を巡る! またな、ノア!!」

 

 

 『あぁ、またね』と返す頃には、既にガルーダは空の彼方に飛び去っていた。

 昔馴染みの同胞は大人しい性格が多かったからノアとしては新鮮であったものの、可能ならばもう少し落ち着いて会話がしたかった思いもあった。

 それに何より────

 

 

「……まさか置いていくとはね。 どう、処理したものかな……」

 

 

 目線を落とした先には、倒れないように甘ったるい飲み物が丁寧に置かれていた。

 無論、飲みかけである。 しかも芋は気に入ったのか持っていったらしい。

 

 ノアがこの重い飲食物を処理し終わったのは、夜も更けてガロンゾの港さえ静かになるような時間であった。

*1
アウギュステ列島のこと。この空の世界では非常に珍しい海を擁する島である。

*2
ポート・ブリーズ群島のこと。爽やかな風が年中吹く穏やかな島で、プレイアブルキャラでここ出身の人物も多い。

*3
懐剣の方の名称。こちらは完全に造語。




次の更新はイベ終わってからだと思います。
あくまで予定ですが初夏ぐらいまで、つまり数ヶ月ほど時間が飛ぶと思いますがよろしくお願いします。

ロイルミラはロジャーにしょーもないことで愚痴っていたけれど、あれぐらいは受け入れるべきですね。


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初恋はあったろう?



初手から別視点な上に捏造設定です。


 

 

 それは春が終わりを告げて、そう遠くないうちに夏が来る頃の話だった。

 例年、これぐらいの時期になると行商人なんかがやってきて、この村の特産品とも言い切れない品々を仕入れに来たり、色々と売買したりする。

 但し『特産品とも言い切れない』なんて前置きしたぐらいには他島でも入手出来るものばかりなので、毎年来るとは限らない。

 それ以外の来訪者も少ない。 旅人はまず来ないし、賊なんて更に来ない。

 島の環境か森の祠が関係しているのか、他所から凶悪な魔物が飛来しても居座ったりしないので、騎空士も来る理由が無い。

 住人は多少の不便も承知で生きているし、衣食住も問題無いから積極的に島を出ようともしない。

 

 要するに、この島────ザンクティンゼルで他所から来た存在はとても目立つ。

 それが魔物でも、人間でもだ。

 

 

「ふぅ……なぁ、ルミちゃん。 俺はずっっっっと思っているんだけどさぁ、村はもっと島の玄関に寄せて作るべきだと思うんだよね」

 

「えぇ? 『門』からここまで精々30分あったかどうかでしょう?

 そりゃ魔物は無防備だったら5回は喰われてたぐらいには狙われましたけど、全部牽制で済んだし住みやすそうじゃないっすか」

 

「嘘っ!? 俺達の前に魔物来たの1回きりだったじゃん! しかもルミちゃんが瞬殺!!

 俺の知らないとこでそんなに命の危険あったの!?」

 

「オーバーすぎてウケる。 私がいりゃそんな危険ありませんから気にしないでいいんすよ。

 あ、見えましたね」

 

「見えたのは村だよね!? さっきの話のせいで魔物かと思っちゃう!

 というかどっちにせよ見えないよ!! ルミちゃんは目も良いんだね?」

 

「おじさんの視力に問題があるって、それは。 ほら、森の終わり見えません?」

 

「見えません!!!」

 

 

 ……いやゴメン、これだけ騒がしかったら多分この島じゃなくても目立つ。

 僕は木の陰に身を潜めるようにして、2人の会話を聞いていた。

 

 1人はヒューマンで大人の男。

 持っている荷物や魔物に怯えるような発言からして行商人では無いか、そうだとしても新米なんだと思う。

 島に根を下ろして商いをするような人だって偶にこの島に来るけれど、それは行商人に比べれば頻度がずっと低い。

 そして、こういう人は決まって護衛の人を連れているから、もう1人は護衛なんだろうけれど……

 

 

(どうみても子供に見える……)

 

 

 もう1人は女の子だった。

 僕よりもうんと低い背丈に、不釣り合いなぐらい長い武器を持っていて、話を聞く限り魔法が使えるらしい。

 島では見た事の無い派手な髪色に小麦色の肌と黒いマスク、暗めな赤色のローブを風に靡かせている姿は『都会の魔導師』って感じがする。

 実際にどうなのかは分からないけれど、僕の中の都会像としては間違い無く彼女は都会っ子だ。

 

 

「おーい、グラーン! まだ休憩すんのかー? オイラ、もうリンゴ食い終わっちまったぞー!」

 

「え? ……あぁ、うん! 今行く!!」

 

 

 少し離れた場所から呼び掛ける相棒の声に応えて、僕はその場を後にする。

 僕はその際に気付かなかった。 女の子が僕を見ていた事も、その意味さえも。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 この空において田舎の島や辺境の島なんてのは数えればきりが無いが、此処────ザンクティンゼルはその中でも異質な部類だと私は思う。

 

 人口は100にも満たず、世帯数にして20と少し。

 極小数のドラフを除いてヒューマンしか居らず、更に村は島の中央部に存在するキハイゼル村だけ。

 加えて棲息する魔物は島の外縁たる山脈に近い程凶暴で、森林に入れば一転して弱々しい魔物ばかり。

 そして何より外縁が山脈地帯になっているが故に、小型騎空艇でも無ければ艇を降ろす場所が限られる。

 中型以上の騎空艇は基本的に『碧空の門』に艇を着けるしか無く、そんな唯一の箇所さえ他に比べたら山頂が低くて窪んでいるだけの山に変わりない。

 

 閉ざされた島とはよく言ったものだ。

 実力の足りない者はそもそもこの島から出られず、外部の人間も不便が過ぎるこの島に好んで訪れなどしない。

 

 

(寧ろ帝国はよくこの島に星晶の祠があるなんて掴んだよね。

 アレかな、ルリアの実験中にルリアが反応しちゃったとかなのかな)

 

「ルミちゃ〜ん! 魔物を追っ払うのは本っっっっ当に君だけが頼りだからさぁ!

 ちゃんと俺を護ってね!! 商談はキッッッッチリ済ませるからさ!!」

 

「分かった、分かりましたからそこまでにして。 近いし煩いしウザいです」

 

「ヒドい!!!」

 

 

 この超絶喧しい人は、今回の依頼主でありシェロちゃんの友人でライバルな商人様である。

 出会った時から相当喧しかったが、島に近付くにつれ音量が上がった気がする。

 顔もリアクションもオーバー極まりないこの人だが、商人としての手腕は素晴らしいとシェロちゃんが言っていただけあり、他島に比べても質が高いらしいザンクティンゼルのハニースターを求めて今回の依頼と相成った。

 

 ハニースターはこのファータ・グランデではありふれた花である。

 色鮮やかな黄色の花弁が美しい事から観賞用としても人気な他、色艶の鮮やかな美味しい蜜が取れる事で美容や食用関係でも耳にする事が多い。

 

 商品の為に自らが現地に赴いて商談をしようという気概は私も凄いと思っている。

 依頼人はシェロちゃんみたいに1人で店を仕切っているタイプでも無いし、況してや行商人でも無いのだから、部下に任せて店に専念すれば良いと思うのだが。

 上の人間だからこそというのであれば矢張り素晴らしいと思うけれども、遠くに見えるだけの魔物にビビらない程度の胆力は身に付けてから来てくれ。

 

 

(まぁ……こんなにも早くザンクティンゼル(聖地)に来れるとは思っていなかったから、そこは感謝してるけどね)

 

 

 マスクの下で口角が上がる。 おっと、気を確かに保たなければ。

 バッチリ仕上げてきた衣装を整えながら騎空艇を降りる。

 

 今日の格好は『実装される時の衣装』をテーマに長年私が考え続けていた魔法戦士風の服装に、幾つかの小物が増えた感じ。

 髪型は変に手を加えずストレートで、月を模した髪飾りも添えるように着ける。

 名目上は護衛の依頼なので黒マスクは仕方無いが装着。

 この世界でマスクを着けても落ちないリップは果たして開発されるのか。

 待つぐらいならいっそ作ろうかな。 魔法でどうにか出来そうだが、魔道具は整備するならまだしも作製はなぁ……。

 

 服装はYシャツにベージュカーディガンでミニスカという最強ステレオタイプなギャルだ。

 まぁその上にローブ──色味はワインレッドが近いかな──をしているので、パッと見は魔導師っぽさの方が際立っていると思うけれど。

 魔導師は刀なんか持ち歩かない? 私より長い棒なんだから杖みたいなもんよ。

 因みに、お洒落は見えないところまで気を遣えという教訓に則り本日は勝負下着だ。

 更に言えばギャル感を高める為に敢えてリボンは緩め、Yシャツは2つボタンを開けている。

 上に装飾を集中させている分、下はシンプルを意識したグレーのショートヒールブーツと黒のサイハイソックスに白の脚絆。

 イメージしにくい? 魔法戦士ジータちゃんの下半身を目に焼き付けてきなさい。

 

 

(依頼は当然手を抜かないけど、この島でヤって────じゃない、やっておきたい事も幾つかあるし、楽しみだなぁ)

 

色織り(ルーパパタ)希少元素(エーテル)────闇蜘蛛八匹(アシュターンダカ・ルーター)

 

蜘蛛ォ!? ……ル、ルミちゃん? 蜘蛛は心臓に悪いからやめない?」

 

「追加注文は3000ルピから受け付けまーす」

 

「それは流石にぼったくりが過ぎるよ!!」

 

「ジョークですよ。 ほら、こーんな美少女がおじさんにお金をねだる構図、どこかで見たことありません?

 それの再現、みたいな」

 

「いや、そもそも俺はハーヴィンをそういう目で見た事無いし──」

 

あ?

 

「いやいやいや!! まぁ!? ルミちゃんレベルで可愛いと普通は対象外の俺でもなぁっていうか!?」

 

「え……それはちょっと」

 

「理不尽の極みッッッッ!!!」

 

 

 依頼人で遊びながら、此方に敵意を向けてくる魔物を片っ端から牽制する。

 以前の調査における露払いと違って、あくまで少し通過するだけなので必要以上の殺生はしない。

 無論、襲撃されたら殺る。 そうならないように牽制しているんだけれども。

 

 

(主人公の修行相手でもある魔物を減らすのは良くないからねー、っと。

 色織り印術(ルーパパタ・ムドラーヨーガ)────風の不視鳥(マルト・コーシャパクシナ)

 

 

 吹き抜ける風に紛れて私の手から不可視の鳥が羽ばたいていく。

 それらは陰より私達を狙う魔物に向かい、認識する前に痛打を与える。

 然して魔物を退けて進み、キハイゼル村が確認できた頃。

 

 

「ふぅん?」

 

「こ、今度は何?」

 

「あー、いや。 何でもないです」

 

「逆に気になるやつ!!」

 

 

 本当に何てことはない。 遂に見る事が叶っただけだから。

 

 

(取り敢えずグラン君は確定ね。 こっそり覗くなんて可愛いじゃん?

 後はジータちゃんがいるかだけど……まぁ、そこは村に行けば分かる話か)

 

 

 何にせよ健やかに成長しているようで安心した。

 私というイレギュラー1つで全部台無しになるとは思っちゃいないが、それでも多少はズレると思っているから不安もあったのだ。

 実際、シャルロッテの戦いは本当に少しだがズレた訳だし。

 私は一部を除いて原作の流れが最良だと思っている人間なので、兎に角ズレないように頑張り続ける所存。

 

 

────まぁ、ちょっと味見するぐらいならセーフだよね♡

 

 

 私は彼らとの会話を楽しみにしながら、一先ずはキハイゼル村へと歩みを進めるのだった。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 それは僕がビィに見守られながら剣を振っていた頃。

 

 

「♪Scream your name out to the ends of the sky

 ♪And carve your glory into legend」

 

 

 さっき村に行った筈の女の子が歌いながら森に戻って来た。

 聞いた事は無いし意味もいまいち分からないけれど、優しげな歌声に反して勇ましい歌詞を口遊んでいる気がする。

 

 

「♪Resound your swords to the ends of the sky

 ♪Devote your passion to the stars」

 

 

 女の子は僕達から少し離れた場所で立ち止まった。

 思わず素振りを止め、相棒のビィと顔を見合わせる。

 

 正面から見た女の子は、派手なだけじゃなくて……その、凄く目のやり場に困る格好をしていた。

 胸元は緩いし、スカートは短い。 おまけに僕を見る顔も何だか捕食者のよう。

 

 

「初めまして、覗きの少年♡」

 

「え!?」

 

「覗きぃ!? グラン、まさか……」

 

「何も! 何もしてないよ!!」

 

 

 訝しむような視線を送るビィに、僕は必死に弁明する。

 

 

「お、おう。 冗談のつもりだったんだけど、随分必死だな……」

 

可愛すぎる……♡ ねぇ、君達の名前は? あ、私はロイルミラ。 ルミで良いよ」

 

 

 一瞬だけ獲物を前にした猛獣のような目で僕達を見た後、そう名乗る女の子。

 努めて気にせず、僕とビィも軽く自己紹介をしてから流れで雑談に入った。

 

 彼女は矢張り護衛の依頼でこの島に来た人間で、今は商談の最中な上に迎えの騎空艇が夕方というのもあって暇だったらしい。

 それで、僕が木陰から覗いている事に気付いていたルミは空いた時間で此処に来たそうだ。

 因みに、彼女は僕よりうんと小さいけれど2歳年上なんだとか。

 ハーヴィン族という大人でも子供みたいな種族がいる事は知識として頭に入っていたけれど、実際に目にしたのは初めてで何だか不思議な気持ちになった。

 

 

「お父さんを追って空へ、かぁ……良い目標だね! 先に空を旅する先達として応援するよ!!」

 

「ありがとう。 ルミはどうして空の旅を?」

 

「オイラも気になるぜ! 派手な嬢ちゃん、グランとそこまで変わんねぇのに1人で旅してるんだろ?

 親御さんとか心配してんじゃねぇか?」

 

「両親に関しては、実力を証明してるし手紙も出してるからそんなに心配されてないよ。

 それと、旅の目的なんだけど、ね……」

 

 

 そこで言い辛そうにルミは口を閉ざした。 何故かモジモジしているけれど、恥ずかしいのだろうか?

 ……旅に出る理由で恥ずかしいものってなんだろう。

 

 

「そ、そのー……貴方に会いに、みたいな……」

 

「「?」」

 

 

 余りにか細い声で何か言ったけれど、聞き取れなくて僕とビィは揃って首を傾げる。

 

 

いや! 星晶獣!! そう、星晶獣を探してー、みたいなね!!」

 

「うわぁ! 急に大声出すなよぉ……」

 

 

 何かを誤魔化すように声を張り上げるルミに、思わずビィが文句を垂れた。

 ただ、誤魔化しで出た言葉で『星晶獣を探す』という辺り、本当の理由はこれ以上のものだったりするのだろうか?

 彼女は一体────

 

 

「それよりもさ! グランって対人の稽古とかしてる?

 空を旅するなら、魔物だけじゃなくて悪人にも注意しなきゃいけないよ?」

 

「それよりもって……まぁでも、嬢ちゃんの言う事は一理あるとオイラも思うぜ。

 村じゃ猟師のおっちゃんぐらいしか相手してくんねぇし、頻度もなぁ」

 

「それはしょうがないよ、ビィ。 おじさんだって仕事の合間で相手してくれてるんだし」

 

 

 僕達の会話を聞いて少し考える素振りを見せたルミは、まるで名案でも思い付いたように手を叩いた。

 

 

「んじゃ、私とやろっか!!」

 

「「えぇ!?」」

 

 

 

 

 それから暫く。

 唐突に始まったルミとの対人想定の模擬戦は、何戦か行われたものの僕が1勝も挙げられずに終わった。

 

 でも、得られたものも沢山ある。

 攻撃を主目的とするような魔法はそもそも初めて見たし、剣技に関しても驚きの連続だった。

 刃に属性を乗せる遠当てに始まり、ルミが小さい事を利用した刺突や、急に剣が伸びてきたと思わせるような歩法。

 どれもこれもが新鮮で、ボコボコにされたのに何だか感動してしまった。

 

 少し困った事として、どうも根本的に僕の体力が足りていないというか、今の剣に対して僕が未だ追い付いていない事も判明した。

 ビィにも『もっと沢山食べて、沢山寝て、沢山運動しなきゃだな!』って言われてしまったし、当面は体力作りが必要なのかも。

 兎にも角にも僕にとって非常に有意義な時間だった。

 

 

「お疲れ、グラン! ルミもグランの相手してくれてありがとな!!」

 

「お疲れー♡ いやー、筋が良いねぇ。 私が同い年だったら負けてたな、こりゃ」

 

「はぁ……はぁ……そんな、余裕そうに、言われても……っ!」

 

「珍しいなぁ、グランがここまでバテるなんてよう」

 

 

 自分自身、ここまでヘトヘトになったのはいつ以来か思い出せない。

 そんな僕を見て、ルミは刀を納めてこちらに近付いてくる。

 

 

「それじゃ、そんなお疲れなキミに元気が出るおまじなーい♡」

 

 

 そうして僕の耳元まで口を寄せて────

 

 

「आशासे भवान् मां प्रेम करिष्यति」

 

「……え?」

 

 

 何を言われたのかが全く分からなかった。

 彼女の魔法は元々不思議な詠唱で発現すると思っていたけれど、先のそれが今までとは明らかに異なるものである事は僕にも分かる。

 ただ彼女が『元気が出るおまじない』と言っただけあって、僕の身体から疲労感は何時の間にかすっかり抜けていた。

 

 

「それじゃあね、お二人さん。 そろそろ依頼に戻らなくちゃだから」

 

「おう! 次に会う頃はオイラ達も空を旅してるだろうからよ、その時はよろしくな!!」

 

「そうだねぇ……その時を楽しみに待ってるよ」

 

 

 その言葉を最後に彼女は森を去っていった。

 最後の彼女の言葉には、まるでこの広い空で僕達に再会できる事が確定しているかのような、そう思わされるぐらいの含みがあって。

 

 

「ねぇ、ビィ。 ルミって何者なんだろう?」

 

「オイラにも分かんねぇ……ただまぁ、不思議な嬢ちゃんだったな。 グランを見る目付きとか」

 

「あ、あはは……」

 

 

 あの目はちょっと怖かったから、次に会う時は無いと良いけれど……

 それ以外にも僕の疲労を抜いてくれた『おまじない』や、結局誤魔化されたままの彼女の旅の目的、そして誤魔化しにも関わらず平然と彼女が言った『星晶獣を探して』という発言。

 

 

「ビィ。 空って……想像以上に広いんだね」

 

「プッ……ハハハ! なんだよそれ!」

 

「え!? そ、そんなに笑うとこ!?」

 

「いやぁ、だってよぉ! 真剣な顔してるもんだから、何を悩んでるのかと思ったら空の広さって!!」

 

「むぅ……いいよ! そんなこと言うビィは、今日の夕飯に出す予定だったお肉貰っちゃうし!」

 

「な!? そりゃ無いぜ! なぁ!! 悪かったって!!」

 

 

 僕と相棒の他愛もない喧嘩のような戯れ合いは、森を抜けて家に帰るまで続いた。

 

 

 

 その夜、ものすごく距離感の近いルミに迫られ続ける夢を見て、僕は寝不足になった。




難産だった割に短めですマーン!(某悪魔男)

途中の歌はもはや懐かしい「ディフェンド・オーダーー攻勢防禦ー」です。
サンスクリットは翻訳頼りなので、その手の人からしたら間違えているかも。


もう少しで物語がまた大きく動かせるかなと思います。


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変化はあったろう?



今更ですがロイルミラ以外でも名前持ちのオリキャラが出ます。
しかもちょっと長い付き合いになりそうなタイプの奴ですが、ユイシスにとってのアロゲント、ティコにとってのフェルディナンドだと思ってください。


 

 

 自分の肉眼で拝むグラン君は最高に可愛かった。

 余りに可愛すぎてちょっと……いや、割と本気で食べてしまいたくなった。

 我慢出来たのはあの場にビィ君もいたからだろう。

 彼の前で()()()()事をするのは、母親の前でヤり始めるカップルみたいなものに思えてしまって私としても避けたい。

 いや然し、我ながら反省点の多い対面でもあった。

 当初の予定ではもっと余裕のある年上のギャルお姉ちゃんをイメージしていたというのに、実際はがっついたしテンパったしで散々。

 エゴであるという自覚はあるが、一度見殺しにするつもりなのだから謝罪もしておきたかったし、そういう意味では大失敗だったのかもしれない。

 

 

「おや、君がロイルミラか。 初めまして、私は十天衆のウーノ。 シェロから話は聞いているよ」

 

 

 というか私って、もしかしなくてもギャル感を見た目に頼り過ぎじゃなかろうか。

 グランへの想いが溢れすぎてロールプレイとか以前の問題だったし、それ抜きでもギャルみが足りない気がしてきた。

 矢張り今世でも友達が少ないのが、ギャルとしての言動を成長させられない理由なのでは?

 となるとクロエにでも弟子入り……いや、今はあの子って13歳か、ギャルデビューしてるかマジで微妙な時期だな。

 ならばローアインの方が確実か。 どっかの飯屋で働いているだろうし。

 

 

「俺は十天衆の頭目、天星剣王のシエテだ。 初めまして、ロイルミラちゃん」

 

 

────はぁ……好い加減、現実逃避は止めるか。

 

 

「は、初めまして……人畜無害な旅人、ロイルミラでーす……」

 

 

 現在地はポート・ブリーズ群島の主島、エインガナ島のよろず屋シェロカルテ。

 更にその中の酒場エリア、と呼称するべきだろうスペースにて。

 

 ザンクティンゼルにおける護衛依頼を完遂し、漸く対面した想い人(主人公)を脳内に刻み込んでウキウキしながら、さらなる依頼を求めてシェロちゃんを訪ねた私の眼前には余りにも予想外な人物が2人いた。

 

 十天衆のウーノとシエテ。

 十天衆の創設者達であり、全空最強を謳う騎空団における槍と剣。

 今が原作開始の約3年前なので、私の見立てでは既にフュンフ以外は勧誘し終わっていると思われる方々だ。

 

 

「おや〜? ルミさん、元気がありませんね〜。 流石にお疲れなのでは〜?

 取り敢えず、冷たいお水でもどうぞ〜」

 

 

 こんな状況下でも呑気なシェロちゃんは何かもう凄い。

 私は一言『ありがと』だけを告げて、チビチビ水を飲む。

 

 

「ん、そうだったの? 俺達、もしかしてタイミング悪かったかなぁ……」

 

「そうでもないだろう、シエテ。 察するに、彼女は我々の肩書に些か萎縮していると見える。

 詰まるところ、ちゃんと我々『十天衆』は機能を果たしているという事だよ」

 

「アッハイ、ソウデスネ」

 

「……本当かなぁ?」

 

 

 ええまぁ、貴方達と戦うような事態は避けたいので。 ちゃんと機能していますよ、その名前。

 本音を言うなら、単純にウーノとシエテは『正義の味方』としての側面が強すぎて怖い。

 ソーンにフュンフ、シスやニオを見習って欲しい。 味方としては癒やし以外の何者でも無いぞ。

 サラーサやオクトーみたいなのも、戦闘狂なだけだから私としてはセーフ。

 カトルとエッセルはやや排他的なのが気になるぐらいで、そこまで苦手でも無い。

 要するに、私は『十天衆』よりも『ウーノとシエテ』に萎縮している訳だ。

 ……なお、この空間で一番恐ろしい存在はシェロちゃんです。

 

 

「そ、それで、お二方は私に何か用があったりする……んですか?」

 

 

 私が恐る恐る投げた質問に『あぁ、その事なんだけどね』と、立ち上がりながらポンッと手を打ったシエテ。

 この人、別におかしな言動は何もしていないのに一挙手一投足が凄く胡散臭い。

 一種の才能だろ、これ。

 

 

「俺達が『全空一の武器の使い手』である事は、さっきの反応からして知ってもらってると認識して良いのかな?」

 

「それはもう。 何ならオクトーのお爺ちゃんも貴方達の団員でしょ?」

 

「おや、オクトーと知り合いだったのか。 彼にはもう少し自分の日常を報告して欲しいものだね」

 

「そうだねぇ。 でもまぁ、オクトーが全然連絡してくれないのなんて今に始まったことじゃないし。

 ……おっと、話が逸れたね」

 

 

 そう言って、シエテは穏やかそうな顔から一転して真剣な顔付きになる。

 ……この目、マジで怖いな。 戦場だったら反射で斬り掛かりそうなぐらいには怖い。

 そんな状況下、間違い無く私が死ぬ時だろうけれども。

 

 

「ロイルミラ。 君って『杖』を握る気、ある?」

 

「は?」

 

「単刀直入に言うとね、『十天衆』になってみない?」

 

 

 シエテの発言は、私の頭を真っ白にするだけの破壊力があった。

 言っている意味が理解出来ない程、私も馬鹿じゃない。 だから困惑しているんだが。

 

 私に『杖』を握るか、か。 つまり彼らからしても私の魔法は評価されているという訳だ。

 正直めっちゃ嬉しい。 色々研究し続けた甲斐があったというものよ。

 ただまぁ、裏を返せば魔導師としての評価しかされていない。

 比較対象がオクトーなのだから、そりゃ刀で評価されるのはまず無理だろうけれどもね?

 然しそれで刀を手放せる人間なら、私は特注で杖としての機能を持たせた刀なんか借金してまで作ってもらわない。

 どうせ評価されるなら、剣士としても評価されたかったなぁ……

 

 

「有難い話ではあるんですけど……でも、受けられません」

 

「ほう? それはどうしてか、聞いても良いかな?」

 

 

 私が拒否した事に対し、ウーノが理由を聞いてくる。

 

 

「我々自身が言うと驕っているような言い方になってしまうが、『十天衆』というものは『最強』だ。

 その我々からの勧誘を受け入れないというのは、私としては相応の理由が欲しくなってしまう」

 

「ウーノ程強い言葉を使うつもりは無いけど、俺も気になるかな」

 

 

 彼らの言葉を受けて私は口を開ける。

 まぁ、私だって()()()()()()だったら喜んで受け入れてただろう。

 残念ながら、私は普通じゃないのだ。 色々と。

 

 

「先ずは感謝を。 此度の勧誘、私の魔法が評価されての事と思います」

 

「そうだね。 我々もシェロや、君に救われた市井の声を聞いて勧誘しようと思い至った」

 

「ですが、私は魔導師であると同時に剣士です。

 故に、貴方達の勧誘が『杖』な時点で、私は断る以外の選択肢を持ち合わせていません」

 

「確かに、その辺は俺達の配慮不足だったね」

 

「そして何より、私は私以上の『杖』の適任を知っているので」

 

 

 私の言葉を受けて、ウーノとシエテが目を瞠る。

 あぁ、この感じだと本当にオクトーは何も報告していないんだろうな。

 うーん……これって私が教えて良いのか? 分からないし投げるか。

 

 

「まぁ、詳しくはお爺ちゃんに聞いてください。 私の故郷にいると思いますので。

 島の場所は──」

 

 

 私は島の名前と場所を伝える。

 島そのものは辺境とまでは言わないが、故郷の村はそこから更に山を越えるから行くなら早めがオススメ。

 

 

「想定外ではあるけれど、結果として勧誘は成功……で良いのかな? ウーノ」

 

「良いんじゃないかな。 彼女が嘘を吐いているようにも思えないしね」

 

「それじゃ、続きはこの島で、かな。 オクトーにも久し振りに会えるねぇ」

 

 

 言いながら、シエテは再度席に座り直して飲み物をグイッと流し込む。

 色合いからして麦茶とかの類に見える。 シエテは昼から飲酒するタイプでは無いか。

 

 

「これは私個人としての願いなのだけれどもね」

 

 

 私と同じようにのんびりと水を飲んでいたウーノが、口を開く。

 

 

「君程の力を持つ存在が我々と刃を交えるような事態というのは、確率で言えば低くとも無いとは言えない。

 特に君は、その瞳に強い意志が見える。 例えば、僅かな思想の差で対立する未来というのも有り得るだろう。

 私は、そうならない事を切に願うよ」

 

「考え過ぎ、って言うのは簡単ですけど……まぁ、私にも曲げられないものはありますからね。

 私としても貴方達とは戦いたくありませんし、互いに仲良くしましょうね」

 

「あはは……いやー、ギスギスしてるなぁ……」

 

 

 ウーノの願いに私が返事をすれば、傍観していたシエテがそんな事を零した。

 私は本当に十天衆なんかと敵対したくない。 もっと言えば、原作キャラとギスるのがそもそも嫌ではある。

 ただ私もこうしてグラブル世界の住人と化した今世、護りたいものとか貫きたいものとかが独自にある訳で。

 だから絶対に味方、とは断言出来ない。

 

 

(特にツクヨミ様は本来、空に仇なす星晶獣。 空を守りたい十天衆にどう捉えられるか分かったもんじゃない)

 

 

 嗚呼、こうしてツクヨミ様を想う度に早く逢いたいと焦がれてしまう。

 然し私がいつまでも待てると言ってしまった手前、此方から探すのはちょっと気が引ける。

 

 

────但し、『星晶獣』を探さないとは言っていない……なんてね。

 

 

 

  §  §

 

 

 

 グランと出会って、そしてシエテ達と出会ってから以降。

 私の生活は何だかおかしな方向に進み始めたように思う。

 

 

いやー、お疲れお疲れー!!

 この最強無敵フィーナちゃんが誰かと討伐依頼なんて中々無いんだから、アンタも運が良いわよねー!」

 

 

 例えば、とある島で傭兵と共に魔物の討伐依頼を行った際、その共闘相手がフィーナだったり。

 

 

「態々こんな田舎までありがとうねぇ。 此処は王都からも遠いから、騎士様も少なくて……」

 

 

 見覚えの無いお婆ちゃんへの荷運びだったから軽率に受けた依頼は、目的地がフェードラッヘ領だったり。

 

 何よりも────

 

 

「助かりましたよ。 ワタシも旅をする以上、最低限の戦闘は行えるつもりですが本職には敵わない。

 アナタが村に立ち寄ってくれたお陰で、こうして安全に港町まで下りられました」

 

「いいっていいって、そういうのは。 感謝するなら私を診る時に安くしてね〜」

 

「ははは、強かなお嬢サンだ。 まぁ、御礼に一度だけなら無料(タダ)で診てさしあげますよ」

 

「マジ!? サンキュね〜♡」

 

(こいつ、見た事すら無いけどメッチャ重要キャラ臭いんだよなぁ!!)

 

 

 よくある魔物退治依頼で赴いた先の村に居たのがこの男。

 旅の医者・アンブローズと名乗った彼は、魔物に阻まれて港まで行けずに山間の村で立ち往生していた。

 私の前世知識にこの男は欠片も存在しない。 然し、見れば見る程にその辺のモブとも思えない人物である。

 

 私の小麦肌より色濃い肌に、清潔感のある整えられた黒髪を僅かに覗かせる黒いシルクハット。

 白衣が無ければ医者にはとても見えない黒タキシードに黒い革靴……この人、頭から爪先まで真っ黒かよ。

 兎も角、それだけの濃いキャラクター性を持っている時点で要注目といった感じではあるのだが、更に彼は私を見るなりこう言ったのだ。

 

 

────アナタ、()はお好きですか?

 

 

 早々に思ったよね、『あ、こいつ敵にせよ味方にせよ面倒なタイプなんだろうな』って。

 事実、私が彼の護衛を半ば成り行きで請け負う事になって港で正に別れようという今この瞬間まで、『本職には敵わない』なんて言っておきながら全く隙が見当たらない。

 何なら私の第六感はこいつと一緒に歩いている間、全力で警戒を促し続けている。

 

 

「おや、丁度次の乗合艇が到着したようです。 それでは、ワタシはこれで」

 

「は〜い。 お代を強請らないだけ有難く思いなさいよねー」

 

「えぇ、えぇ。 感謝していますよ」

 

 

 私の発言を適当に流し、アンブローズは乗合艇に向けて足を進める。

 

 

「あぁ、代わりといってはなんですが」

 

「?」

 

 

 乗合艇側に身体を向けたまま、アンブローズが足を止めて口を開く。

 

 

「シッカチオ、デシデリア、オーテルウェード、プルイーナ、クラインヒェン、リリト、ネスラ。

 そして妖精谷……いえ、魔導師にはニンフの渓谷と伝えた方が相応しいでしょうか」

 

「……地名なんか列挙してどうしたの?」

 

 

 アンブローズが振り返る。

 爽やかな──私には酷く不気味に見える──笑顔で彼は言う。

 

 

()を求めるのは決してアナタだけではありません。 オトモダチが欲しいならば、其処へ向かうと良いでしょう」

 

 

 彼は私の全てを知っているかのようにそれだけ言うと、最早その瞳に私を映さずに語る。

 

 

「アナタと此処────カダスで出逢えて良かった。

 ワタシの()()で『星の智恵』を得た者も、この邂逅の為にワタシを求めたのでしょうね……」

 

「あんた……何言ってんの? 意味分かんないけど」

 

「直に此処は()を唾棄して()を崇めます。

 ワタシはもう行きますが、アナタもお早めに離れる事を勧めますよ」

 

「あ、ちょっと!!」

 

 

 言うが早いか、アンブローズは踵を返して乗合艇に姿を消した。

 

 私としても気味の悪いものを感じ、彼の言いなりなのは癪に思いつつも少し後の乗合艇で島を離れた。

 

 

 

 

 それから半年も必要としない内に、カダスという島は禁足地として騎空士の間で実しやかに噂されるのだが、当時の私には如何ともし難い事柄である。

 

 

 

  §  §

 

 

 

「オトモダチ、ねぇ……」

 

 

 乗合艇の船室で、私は空図を睨みながら言葉を零す。

 アンブローズの発言には不可解なものも多々あり、更に私の事を見透かしたかのような助言じみた何かを貰ったのは非常にムカつく。

 だが事実として私は今世でも友人が少ないし、それを改善したかったのは否定しない。

 なので業腹ではあるが、あいつの発言の意図を探るべく空図を見ている。

 そう、それだけ。 決して、決っっして友達が少ない事を気にしている訳では無い。

 わ、私にはまぁまぁな数の原作キャラと仲良く会話したという実績があるし?

 ミリンちゃんやアルルさんなんかは間違い無く友誼を結んだ間柄ですし?

 

 

(然し困った。 前世から知っている場所はほぼ無いし、今世で知っているのも全部じゃないと来たか……)

 

 

 正直、あれだけの存在感を放ったアンブローズが一般モブの可能性は、既に私の中では有り得ないという結論に至った。

 そんな男が列挙した場所なのだから、前世で知っていてもおかしくないと思ったのだが……

 

 先ず、前世から確実に知っているのはたった1つ────ニンフの渓谷だけ。

 精霊や妖精が多く住まうという、これだけで魔法を扱うものなら本来は誰もが行くべき最高の修行地だ。

 原作では開祖と同じ声帯のカードキャプターな小学生とのコラボイベントで名前が挙がり、今世でも魔導書や魔導師の自伝なんかで目にした事がある。

 私としても非常に惹かれる土地なのだが、困った事に名前を知っていても場所が分からない。

 秘境であると明言されているし、精霊や妖精は余程の信仰か力が無い限りは人間の住みやすい環境で生活してくれやしない。

 行くのであれば、残念ながら後述する他の島同様に探す所からスタートするだろう。

 

 次に、朧気に前世でも出ていた気がする場所が2つ────オーテルウェードとネスラだ。

 確か両方とも小説だか漫画だか……兎も角、原作以外で名前の出た土地だった筈。

 とはいえ、こっちは今世で普通に場所も分かっている。

 オーテルウェードはアウギュステ、ネスラはルーマシー。

 ネスラの方は……森しか無いとさえ言われているルーマシーの一部なので大して情報は無いけれど、オーテルウェードはアウギュステでも大きい方の島だからそれなりに知っている。

 観光がてらに行ってみるのも悪くない。 オーテルウェードは観光地では無いけれども。

 その内、首都の方はエルステと戦争するから行くなら早い方が良いかな。

 

 前世でこそ聞いた覚えは無いが、今世で場所を知る島というのも当然ある。

 それがシッカチオとデシデリア。 それぞれバルツ公国領とエルステ帝国領の島だ。

 シッカチオはバルツ南部に存在する乾燥地帯がほぼ全ての島なのだが、タアロと並んで行きにくく、タルウィに次いで危険と言われるようなバルツでも有名な危険地帯である。

 そういう場所らしいロマン溢れる伝説もあったりするけれど、あまり行きたくは無い。

 デシデリアは近年のエルステ侵攻によって帝国領に変わった島で、私も旅の中継地として利用した事がある。

 特にこれといった名物も聞いた事が無いし、航路としても痒い所に手が届く感じの便利な位置ってぐらいで、交通の要とかでも無い。

 帝国もそこまで──というか旧王都と帝都以外はほぼ全て──この島に固執している訳でも無いから、行くのは容易な部類だろう。

 

 問題は残ったプルイーナ、クラインヒェン、リリトだ。

 私の所持している空図は最新版でこそ無いが、そこそこ新しい。

 にも関わらず記載が無いという事は余程の辺境か、存在を忘れられたのだろう。

 この世界は電波通信技術が発達していない上に、代替手段になりそうな魔法技術さえアウライ・グランデで漸く普及し始めている程度の有様なので、島や地名は伝え続けなければ忘れられていく。

 トラモント島なんかは正にそれで、現在は『霧の空路』として扱われている。

 周辺一帯に霧が広がっているのが原因とはいえ、そもそも島があると認識されていない。

 こういった島は古い空図を掘っていけば意外にも見つかったりするものではあるのだが、如何せん時間が掛かる。

 ぶっちゃけてしまえば、探す気にもなれない。

 ニンフの渓谷ぐらい興味が惹かれるものが有れば話は別だが、そんなものがあれば空図に名が無くとも噂ぐらい広がる筈で。

 何処にあるのかは誰も知らないなんて言われる解呪の秘島でさえ、ミマカという名だけなら逆に誰だって知っている。

 

 

(取り敢えず向かうんなら、ローアイン達に会える可能性もあるギュステかなぁ。

 ルーマシーは下手に寄ってロゼッタとかバラゴナに会うと、腹の探り合いになって間違い無く負けるし。

 シッカチオは行くの面倒だから後、デシデリアは航路が反対だからこっちも後、分からない場所は一旦全部置いて……情報収集しながらバカンスと洒落込みますか!)

 

 

 季節的には夏なんてまだ先だけれども、ギュステは暖かいので一年通して海水浴が出来る。

 勿論、最も盛り上がる季節は夏なので満喫したければ夏に行くべき。

 だが然し、盛況なシーズンから外れるという事は混雑していないという事でもある。

 ボッチに優しいのは言うまでもない。 友達は……これから作る!!

 

 

 

 既に気持ちをギュステに飛ばしつつも、一先ずは依頼をこなす為にシェロちゃんのもとへ向かうべく、私は乗合艇の行き先と空図を改めて見るのだった。




Q.シエテ達は響涯因子に関するアレコレをまだ知らないの?
A.少なくともこの作品上ではまだ知りません。 なので、天星器の使い手に良さそうな人間を片っ端から勧誘しています。
特に設定していないだけですが、ルミは響涯因子を濃く持ったりとかは無いつもりです。
代わり……というのは少し違うものの、ルミには星晶獣に関する方向性を伸ばしてもらおうかなと思っています。


Q.何か(元ネタ的に)ヤバそうな男出てきたけど平気なの?
A.あくまで拙作では『星晶獣』なので本家本元ではありません。 だから多分、それっぽいムーブしたところで結局は星の民による被造物というオチになると思います。


十天衆と出会い、原作キャラや原作で登場した地と出会い、更には妙な人間と知り合ったロイルミラ。
ツクヨミ様もそろそろアップを始める……筈なので、お楽しみに。


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獣と邂う燭
復活の星はあったろう?




黄泉センター様からまたしても支援絵を頂きました嬉しい!!

https://img.syosetu.org/img/user/396196/110624.jpg

実は前回の投稿前には頂いていたんですが、ちょっと大事な回だったので。
服装も魔法戦士然となり、エフェクトも相俟って格好良いですね。


本編は此処から一応、新章になります。
と言っても拙作の章は非常にザックリしているので、特に変わりないんですけれども。
強いて言えば、星晶獣が増える章かと思います。


 

 

 水満ちる島、アウギュステ列島。 正式には、アウギュステ特別経済協力自治区。

 貴重な資源を無数に保有しているという、奇妙な島で溢れた空の世界でも抜きん出て特殊な場所。

 ファータ・グランデにおいてアウギュステの領地を手に入れようとする行為は、実質的に他の国々全てに宣戦布告するのと同義と言っても良い。

 そう言える程に、この島でしか得られないものがある。

 

 そんなアウギュステ列島は観光地として──原作をプレイしている騎空士の皆様にはトンチキ生物の宝庫として──有名であり、水産資源を除けば他はほぼ観光で成り立っている。

 それ故に、繁忙期を抜きにしても一年中人間が犇めく空間ではあるので、オフシーズンたる今の時期でもそれなりに混雑している。

 オフシーズンならボッチに優しいと言ったな。 アレは嘘だ。

 

 

「お兄さーん! このタピオカココナッツミルク1つ!」

 

「はいよー。 お代は……ちょうどね。 今入れるから、ちょい待ってね」

 

 

 まぁ、私はボッチだろうと気にしない程度のメンタルはもう備えていますけれどもね!!

 矢張りギャルはタピるべきだと思うんだ。 いや、今回タピっているのは単純に私が好きなだけだが。

 ギュステには未だタピブームが来ていないようで、タピれる店を探すだけで1時間近く潰れてしまった。

 

 因みに私の現在地は首都のミザレアである。 目的地のオーテルウェードでは無い。

 理由は単純に、ギュステ到着時点で日が暮れるのが判明していたから、折角泊まるならミザレアの宿の方が良かっただけ。

 それで一晩明けて、今日は依頼をこなす日。 オーテルウェードに行くのは早くても今夜だろう。

 

 店員のお兄さんから受け取ったタピを片手に周囲を見渡せば、行き交う人の波に目が回りそうになる。

 この盛況ぶりを見るに、現状はエルステがギュステに手を出しているようには見えない。

 とはいえ、ここで開発が完了するアドウェルサが今から3年以内に基地を置く所から始めて完成するのだろうか?

 兵器開発に要する期間なんて全く知らないから、念には念を入れるしか無さそう。

 

 

(確か基地は大瀑布からザニス高地の辺りじゃなかったっけ……?

 となると北西側は危険かも。 今回の依頼がそっちじゃ無い事を祈るかぁ)

 

 

 幸い、オーテルウェードは主島の北東側に位置するからそっちは心配しなくて良い。

 依頼内容は『浜で異常発生している蟹の討伐』だし、それが北側じゃ無ければ何も問題無い訳だな!

 

 

(いや、普通の魔物退治ぐらいならギュステの傭兵団でどうにか出来る筈。

 なのに外部にも依頼するレベルとなると……嫌な予感がしてきた)

 

 

 私のバカンスが平穏無事に終わる気はしなくなってきたけれど、既に依頼は受けている。

 ここで逃げれば信用に傷が付き、依頼が回ってこなくなるだろう。

 そうなれば借金返済が遠退くだけに飽き足らず、私に依頼を回したシェロちゃんにまで迷惑を掛ける事になってしまうのだ。

 

 

(どうせ逃げられないなら、オイゲンなり星晶獣なり見て帰らないと割に合わない気がしてきた)

 

 

 アウギュステは言うまでもなく水の元素に偏った島である。

 そして原作をプレイしている騎空士の皆様はよく理解していると思うが、グラブルは矢鱈と海神を実装してしまっている。

 星晶獣が星の管理下から解き放たれている現代では、星晶獣は島と契約したり、自らに縁のある島で眠っている事が多い。

 

 つまり、このアウギュステは星晶獣の宝庫でもある可能性があるのだ。

 原作ではリヴァイアサンとポセイドンが明確にいた事が判明しているし、マルチだとマキュラ・マリウスやグラニが置かれていた。

 それ以外にも、オケアノスやネプチューンが眠っていても可笑しくない。

 

 1つの島に複数の星晶獣って……と思うかもしれないが、例の3人(ローアイン達)に倣った表現をするなら『ルームシェア友』なだけだろう。

 アウギュステと契約しているのはリヴァイアサンのみで、他はこの島で力を振るったり眠る事が許されているだけ。

 

 まぁ、アウギュステ列島は『列島』と付いている時点で察せられる通り、1つの島で構成されている訳では無い。

 主島がデカい上に海を擁していて、更にその海上にも島が存在するという構図なせいで勘違いしやすいが、騎空艇で行き来するような離れた島もある。

 観光地としても有名で『その胸でヒューマンは無理でしょ』でお馴染みなシグの姐さんがいるユディスティラ島も、騎空艇を必要とする位置だ。

 

 星晶獣と島の契約に関してのメカニズムは判明していないから、どの辺りまでがリヴァイアサンの加護を得ているのかなんて、私には判断出来ない。

 案外『この島まではリヴァイアサンの加護を得ているからここまでがアウギュステ列島ね』みたいな決め方をしているのかもしれないし、星の民による占領時代の区分けをそのまま引き継いでいる可能性もある。

 

 長くなってしまったが、要するに。

 このギュステで星晶獣に出会えるなら折角だし美少女型の子が良いという話だ。

 

 

(やっぱ会うならオッサンよりイケメン、イケメンより美少女!

 もっと言うならロリだと良いなぁ!!)

 

 

────私達のギュステはこれからだ!!!

 

 

 

  §  §

 

 

 

「……なにも!!! な゛かった……!!!」

 

 

「……お前さん、どっからそんな汚い声が出るんだ?」

 

 

 可憐な美少女に向かって汚い声だなんて失礼な。 ちょっとRが18な音声作品みたいと言いなさい。

 とまぁ、冗談はさておき。

 現在地はオーテルウェードの港にて、私は依頼から此処に来るまでを思い返していた訳なのだが。

 

 本当に何も無かった。 杞憂とかそういうレベルじゃないぐらい普通の蟹退治だった。

 オイゲンにも会えなかったし、星晶獣なんて手掛かりすら掴めない。

 帝国の基地をうっかり見つけてイザコザが……みたいな展開も無く、さっさと終わって拍子抜けだった程だ。

 余りにも何も無かったから普通に一晩ギュステを満喫して、翌朝一番の連絡艇で当初の目的地である此処────オーテルウェードへと到着したのである。

 

 

「んで? おじさんは誰かの迎えにでも来たの? 明らかに誰かを待ってる感じだけど」

 

 

 私に声を掛けてきたおじさん──ドラフの男性──は、連絡艇の到着前からこの港で人を眺めていた。

 恐らく誰かの帰りでも待っているのだろう。

 私だったら港で急に汚い声で何か言っている女なんて絶世の美幼女でもお断りだというのに、このおじさんは随分と懐が広いらしい。

 もっとイケメンならキュンと来たかも……いや、このおじさん筋肉モリモリすぎて想像出来ないや。

 

 

「いいや、お前さんを待っていたんだよ」

 

「……え?」

 

 

 私がおじさんを内心で褒めたり貶したりしていれば、予想していなかった言葉をおじさんに返される。

 

 

「よく来てくれた、()()()()よ。 ()えていた事とはいえ、待ち侘びたぞ」

 

 

 ……これはあれか? アンブローズの仕組んだ罠とかそういう類か?

 というか今『()えていた』って言ったよな。 こいつも予知とか出来ちゃうタイプなの?

 

 

「そう警戒するな。 儂とて半信半疑じゃったよ」

 

()えていたのに? さっきの口振りからして、色々予知とかしてきた人なんじゃないの?」

 

「如何にも。 然し()えたところで、それを信じるかは当人次第と言うじゃろう?

 何にせよ、こんな所で立ち話というのもな。 儂の家と島の食事処、何方が良い?」

 

「……後者で」

 

 

 私の言葉を受けて、おじさんは私からあっさり視線を外して歩き始める。

 特に警戒しているようには感じない。 余程の自信があるのか、単に無防備なのか。

 

 

(色々気になる事は多い、か。 となると付いて行くしかないのか……?)

 

「どうした? 腹でも痛いか?」

 

「……おじさん。 デリカシーが欠けてるって言われない?」

 

「いいや? もとより気を遣わにゃならんような奴は相手にせんと決めている」

 

「ソーデスカ」

 

 

 適当に返事をして、諦めて歩き出す。

 

 

 オーテルウェードはアウギュステ列島の中でも大きい部類の島ではあるが、観光地では無い。

 そもそも海の面積が他と比べても小さく、獲れる水産資源に独自性も無く、景観に優れていたりだとかも無い。

 

 無い無い尽くしの島ではあるが、定住するならば話は別だ。

 海が比較して小さいという事は水害も比較すれば少ない事を意味し、水産資源の独自性が無い事も裏を返せば島で優先して消費されても構わないという事である。

 当然、現実は流石にそこまで単純では無いけれども、全くの的外れでも無い事はアウギュステ政府がPRの一環で出しているパンフレットなんかで見たから知っているとも。

 アウギュステは観光地故に人は多いが、定住している割合はそこまで多くないと依頼を共にした傭兵も言っていた。

 お陰で傭兵団は万年人手不足で、バカンスシーズンは家にも帰れず魔物退治や警備任務で列島中を飛び回るんだとか。

 アウギュステ政府としては、そういった人的負担を減らす為に定住地としてのPRも欠かせないんだろうね。

 

 そんな政府お墨付きの定住地として推されているのがオーテルウェード。

 先程の理由に加え、海の神──具体的な名は記載されていなかったが恐らくリヴァイアサン──を祀る祭壇と教会があるこの島は、その厳かな雰囲気が理由なのか、観光地たる他島と比較して落ち着いていて暮らしやすいらしい。

 実際こうして港から歓楽街へと伸びる大通りも、程良い喧騒に包まれている。

 

 

「着いたぞ」

 

 

 そうして連れられた食事処はファータ・グランデでも一般的な構造の建造物で、良く言えば馴染み深く、悪く言えば代わり映えのしない店に見える。

 適当に着席して軽食がてらワッフルと珈琲なんか頼んで、漸くお互いに顔を見合わせた。

 

 

「先ずは名乗ろう。

 儂はガマヤ。 アウギュステを中心に占いで生計を立てる、どこにでもいそうな男よ」

 

 

 そう口にしたおじさん────ガマヤは、どう見ても『どこにでもいそう』では無い。

 ドラフの男性らしい体格を抜きにしても明らかに鍛えているであろう肉体は武闘家のそれで、爺臭い口調に反してそこまで老けているようにも見えない。

 その上、アルルさんと同様に()えるときた。

 

 

「儂がお前さんを知ったのは今から10年以上も前だ。

 いつものように占いをしていた時、客として来た()()()が儂に言ったのよ、『アナタの同胞は金の眼を持つハーヴィン』だとな」

 

「……」

 

 

 成程、そうきたか。 そんなに前からアンブローズが関わってくるとは。

 それにしても、さっきも言っていた『同胞』とはなんだ?

 私とこのおじさんに何か共通点が?

 

 

「そこから暫くの内は、儂も金の眼を持つハーヴィンを自主的に探したりなんかもしたが、成果がとんと得られなくてな。

 妙な客の世迷い言だったかと忘れようとした頃の事じゃ。

 儂も遂に()()()()んじゃよ! 『神』に!!」

 

 

 そう語るおじさんの眼は、あの時のアンブローズのように私を映していない。

 

 この人、一体『何』と出逢ったんだ?

 何を指して『神』と呼んでいるのかも不明だし、そもそも話の繋がりが見えてこないが。

 

 

「儂は『神』の御力により、此の地に来るお前さんを()た。

 嗚呼、ようやっとじゃ。 ようやっと、同胞に出会えた。

 儂はただ、語り合いたかっただけだというのに。 長い、長い年月を要した……!」

 

「ちょちょちょ、ちょい待ってよ。 急に感極まられても私にはイミフなんですけど?

 色々説明が足りてないし。 同胞って何の事? おじさんの言う『神』って何?

 っていうか、アンブローズとどういう関係なの?」

 

「何じゃ、質問の多い嬢ちゃんじゃのう。 それよりも、ほれ。 お前さんの頼んでいたワッフルじゃ」

 

 

 私の質問を全て無視して、おじさんは店員が運んで来ている料理を指す。

 店員に律儀に御礼を告げる姿は、とてもさっきまでの意味不明な話をしていた人物には見えなかった。

 私も諦めてワッフルを頂く事にする。 質問は投げたのだから、返してくれると思うしか無いだけだが。

 

 

「答えやすい所から言うとな。 先ずお前さんの言う『アンブローズ』が、察するにあの黒い男か?

 この通り、名前すら知らなんだ。 関係も何も無い、占い師とその客よ」

 

ふぉんふぉに(ホントに)?」

 

「ええい、口にものを入れたまま喋るな! 嘘なぞ吐かんから、大人しく聞いとれ!」

 

 

 怒られたので大人しく食べます。 いや、別に飯食いに来た訳じゃ無いんだけどね?

 思っていたよりもワッフルが美味しいのが悪い。

 

 

「同胞や『神』に関しては態々説明が必要とも思えんが……分かった分かった、話すからそう睨むな。

 と言っても、儂とお前さんの共通点なぞ多くは無いからのう、薄々察しは付いているじゃろ。

 儂と同じ()()()()()()()()よ」

 

「……まぁ、消去法的にそれかなとは思っていたけど」

 

 

 こんな事を言っているが、私はそこまで的を絞れていなかったんですけどね。

 ワンチャン有り得そうなラインとして『転生者』仲間まで考えていたぐらいには、あんまりピンと来てませんでした、はい。

 

 然しまぁ、『星晶獣と縁深き者』ねぇ。 思っていたよりはずっと緩いタイプの同類でちょっと安心したかも。

 正直、おじさんが何で感極まっていたのかとか、未だによく分かんない。

 

 

「んじゃ、おじさんの言ってた『神』は星晶獣で、『同胞』は星晶獣と仲良しな人間を意味してるって解釈で良いの?」

 

「……まぁ、概ねそれで良い」

 

「何で答えに窮するのさ」

 

「いや、お前さん……星晶獣を相手に『仲良し』とは、随分と独特な感性じゃの」

 

「?」

 

 

 私とツクヨミ様の関係って寧ろ『仲良し』以外で表現する方法あるのか?

 『主従』でも無いし、典型的な『空の民と星の獣』って感じとも少し違うと思うんだけれど。

 

 

「あぁ、星晶獣と『友達』の方が近い?」

 

「……お前さんが、そういう付き合いをしてきたのは分かった」

 

 

 あれ? これ、もしかしなくても呆れられている?

 良いのか? ツクヨミ様と私のイチャイチャ夜更かしタイムの話を聞かなくて。

 これ聞いたらアレだ、おじさんが仲良しな星晶獣も『ガマヤとそういう事したいぜ』って言ってくれるに違い無いよ?

 

 

「お前さん、相当に阿呆な事を考えているだろう」

 

「誰がアホじゃい!」

 

「儂とあの御方は、お前さんの想像しているような関係性では無いぞ」

 

「ふーん……?」

 

「言うなれば、あの御方は『試練』じゃ。

 儂に超えるべき壁を提供してくださり、それを超えて儂は『永遠』を手にする」

 

 

 うわ、また急にキナ臭い単語が出てきた。

 『神』、『試練』ときて次は『永遠』か……どんな星晶獣と知り合っているんだ、この人。

 ……会ってみたいと言ったら、会わせてくれるかな。

 

 

「ねぇおじさん。 その星晶獣に会わせてよ」

 

「良いぞ」

 

「だよねー。 まぁ秘匿したいというか、相手方の都合もあるもんn……良いの!?」

 

「最初からそのつもりじゃったよ。 儂としても報告しておきたかった。

 そうと決まれば善は急げじゃ、儂は先に準備をする」

 

 

 そう言って席を立つおじさん。

 いや待ってよ、まだワッフル食べ終わっていないんですけど!?

 

 

ふぉっひょまっふぇよ(ちょっと待ってよ)!」

 

「ええい、やめんか! お前さんはゆっくり食べてから来い!

 支払いはしてやるし、簡単だが地図も書く! じゃから落ち着いて食え!!」

 

 

 ガマヤおじさん、良い人。 ロイルミラ、覚えた。

 

 

 

  §  §

 

 

 

「地図によれば……ここ、かな? 簡単な地図とは言うけど限度があるっしょ……」

 

 

 あの後、優雅にワッフルと珈琲を頂いて追加でアイスを注文した私は、『街の外れにあるペルセアの木を目印にせよ』という文と、数本の線だけで構成された地図モドキを頼りにガマヤおじさんの家を捜していた。

 そして到着した街外れには、庭に立派な木が伸びている大きめの一軒家。

 

 

「おじさーん? 来たよー」

 

 

 ノック3回、フリーエントリー……は失礼なので留まり、ノーオプション星晶獣バトル!

 ……いや、戦いたくは無いや。 バトル無しでお願いします。

 

 

「来たか。 では行くぞ」

 

「へ? 行くぞって何処に……」

 

「あの御方は丘に顕現なさる。 街を出て暫く歩くが、多少は我慢せい」

 

「あー……星晶獣って割と皆そんな感じなんだね」

 

 

 思えばツクヨミ様も初めて出会ったのは山の中だ。

 街中に顕現したり、況してや特定の人間の家にやって来る方がレアケースだった。

 ツクヨミ様の距離感がバグっていた事は印象に残っていても、何やかんやそっちに慣れてしまっていたんだなぁ。

 

 

 彼の後ろを歩き、街を出て森を抜けた先。 島を一望するには些か高さが足りない丘に到着した。

 特徴と呼べそうな部分が『川や海に近いのか水音が聞こえる』ぐらいしか無い場所だが、確かにこれぐらい何も無い方が星晶獣の顕現もバレにくいだろう。

 

 

「我が『神』よ! 遂に予言は成就せしめた!

 我等が同胞を是非、その眼にて確かめてくだされ!!」

 

 

 丘に着いて早々、特に準備もせずにガマヤおじさんが空に呼び掛ける。

 端から見たら意味不明の行動だろうし、私としても星晶獣に会えるという報酬が無ければ距離を取りたい。

 

 ガマヤおじさんの声に応えるように丘に何かが収束していく。

 感じられるのは濃い土の元素……土の元素!? 何で!?

 此処は水の島でしょ!? 私の記憶にいないよぉ、ギュステで土の星晶獣なんて!!

 

 

────刹那、僅かに大地が揺らぎ獣は現れた。

 

 

 それは人の姿に酷似していた。

 ドラフ男性のガマヤ以上の巨躯には、見合うだけの筋肉があり。

 鎖を巻き付けた柱を、得物のように自らの近くに置いて。

 

 

────然し、決してそれは人間に非ず。

 

 

 纏う威圧、漲らせた魔力、発せられる気迫。 そのどれもが人を凌駕している。

 私が初めてツクヨミ様と対面した際に感じた圧を、眼前の星晶獣は一切緩めてくれないらしい。

 だが、何よりも。 何よりもだ。

 

 

(私はコイツを()()()()!!)

 

「応えてくださり感謝します、我が神────ベンヌよ」

 

「……」

 

 

 ベンヌと呼ばれた星晶獣がガマヤを見て、次に私を見る。

 蛇に睨まれた蛙はきっとこんな気持ちなのだろう。 油断したら漏れそう。

 

 

「我ハ回生スルモノ。 不滅ノ獣。 加護持ツ娘ヨ、歓迎スル」

 

 

 言葉とは裏腹に、明らかにその全身に先程以上の気力を漲らせるベンヌ。

 

 ……私、此処から無事に帰れるのだろうか。



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原初の丘はあったろう?



Q.ロイルミラってどの辺まで原作知識入ってるの?

A.拙作の連載開始ぐらいまでに実装されたもの(つまり8周年まで)はほぼ全て入っていますが、全て覚えているとは……といった感じです。
因みにベンヌは22年の4月、エニアド最初のオシリスは21年の12月です。


Q.というか何でエニアド? 何でベンヌ?

A.エニアドなのは現時点で絶妙に設定が開示されていなくて、且つ台詞があって個性が垣間見え、何よりも女の子の割合が高いからです。
ベンヌがトップバッターなのは話を作っている内に流れでそうなってしまっただけなので深い理由はありません。


Q.更新が止まっている間に色々来ましたね。

A.カグヤがプレイアブルになったり白詰草想話に続編が来ていたりでヤバいですね。ですが、拙作は独自設定のタグという免罪符を振り回しながら亀の歩みの如く進むので宜しくお願いします。


 

 

「我ハ回生スルモノ。 不滅ノ獣。 加護持ツ娘ヨ、歓迎スル」

 

 

 眼前の巨躯はそう言いながらゆっくりと、然し明らかに戦う前提であろう構えを取る。

 私はワンチャン忘れているだけという淡い希望に縋って君を必死に思い出そうとしているので、後回しにしてほしいんですけれども。

 

 

(ベンヌ……ベンヌ? ベンヌって誰だ、何処の神話体系だ?

 ってか星晶獣は原則不滅じゃん! 不滅の獣は当たり前すぎて情報が増えて無いって!!)

 

 

 回生と言われてもピンとこないが、要は頑丈なんだろう。 ゴツいし。

 

 んー……どうしたものかなぁ。 私は会いたかっただけで戦いたかった訳じゃ無いのに。

 というか、ガマヤおじさんはウキウキしながら拳を握るな!

 

 

「あの御方が直々に『試練』を課してくださるとは!

 お前さん、矢張り素晴らしい素質の持ち主なのじゃなぁ!!」

 

「ニコニコしてんじゃねー!! やる気ってーか、殺る気マンマンじゃんか!!

 明らかにマズい元素の集まりを私でも感じるっt────」

 

 

「オオオオオ!!」

 

 

「こっち無視して強化(バフ)するなや!!!」

 

 

 私のツッコミも虚しく、全身に力を漲らせたベンヌなる星晶獣は『ヌン!』という短い声と共に石柱を投擲してくる。

 

 

────いや、速っ!? 死ぬぞこれ!!

 

 

縮地(クシャナ)!」

 

「素晴らしいお力です!!」

 

 

 素早く印を結び難を逃れた私に対して、ガマヤおじさんはあろうことか正面で石柱を殴り、打撃によって軌道を逸らすというトンデモフィジカルを見せ付けてきた。

 ……って! 私のいる方に石柱を飛ばして来んなし!!

 

 

瀧断(ろうだん)!」

 

 

 今から月虹を抜いては間に合わないので、懐剣の朧霓に魔力を乗せて刀身以上の斬撃を放つ。

 パッパから教えてもらった剣技はこういう緊急時にも出し易くて良き。

 

 

「斬ルカ」

 

「人に物をぶん投げといて最初の感想がそれぇ?」

 

 

 いや本当に。 もっとこう……あるじゃん?

 『すまん』でも『やるな』でも良いから、リアクションみたいなものがさ。

 何よ、『斬ルカ』って。 見りゃ分かるわ。

 

 

「往クゾ」

 

 

 ベンヌさん、迫真の会話放棄。

 見るからに『殴る』という構えを取り、そこから無言の正拳突き。

 その拳から放たれる衝撃波だけで一般人なら消し飛びそうではあるけれど、私とてただの可憐な美少女という訳では無い。

 

 

「目には目を、拳には拳を!! 金剛拳(ヴァジュラ・ムシュティ)!!

 

 

 魔力を纏わせ硬度を得た私の渾身のストレートが、ベンヌから放たれた衝撃波とぶつかり轟音を周囲へ響かせる。

 綺麗だった丘の草花が吹き飛び、大地が捲れ上がる。

 ……これ、街の人に見られたらヤバそうじゃね? 今更か、今更だな。

 

 

「……」

 

 

 私の対応を見て、ベンヌはその構えをゆっくりと解いた。

 一切喋らなくなってしまったけれど、これはどういう事なんだろうか。

 困ったなぁ……何をするのが正解なのかまるで見えてこないぞ、この星晶獣。

 

 

「ふむ……(ベンヌ様)はお前さんを認めてくださったようじゃな」

 

「えぇ……? 反応無さすぎてなーんも分からんけど」

 

「これ! 失礼じゃぞ!!」

 

「だってだって! ツクヨミ様はもっとフレンドリーだし、分かりやすかったし!!」

 

「お前さん達が特殊なんじゃ!!」

 

 

 打てば響くなぁ、この人。

 ガマヤおじさんは、偶に妙なトリップする以外は付き合いやすい人だな。

 まぁそのトリップが少々怖いのだけれども。

 

 でもそれは一旦置いといて、だ。

 星晶獣なんて一部の例外を除けば空の文化なんて知らないんだから、きちんと関わった空の民が教育しておきなさいよ。

 ツクヨミ様なんか私との会話を通じて──あくまで出会っていた当時のだけれど──流行のスイーツやファッションまで知っている。

 私が本気を出せば、ダサT着せて横になりながらファッション誌片手にお菓子つまむ姿ぐらいまでは堕とせたと思うね!!

 そんなツクヨミ様とか無限に甘やかしちゃいそうだからしないけれども!

 

 私達に向けて顕現するや数発かました星晶獣(ベンヌ)は、私とガマヤおじさんが他愛無い言い合いをしている最中も変わらず見ているだけだ。

 

 

「はぁ……色々言いたい事はあるけどさ。 取り敢えず、改めて紹介してくんない?」

 

「その前に良いか?」

 

 

 ガマヤおじさんが私を遮って口を開く。 まだ何かあるのだろうか?

 

 

「あんま良くないけど聞くよ」

 

「そうかそうか。 いや何、儂もタイミングを逸したと思ってのう……

 お前さん、名前は何だ?」

 

 

 名前? んなもん、今更聞かなくたって────

 

 

「あー!! 自己紹介してないじゃん!! ゴメンね!!!?!?」

 

「うるさいのう……」

 

 

 いや失敬、さも当然のように声を掛けられて普通に会話していたのもあってすっかり忘れていた。

 このおじさん、今日が初対面だし何なら最初はちょっと警戒していたわ。

 気付けば『ご飯を奢ってくれた、ちょっと星晶獣に関して拗らせていそうなおじさん』ぐらいの認識になっていた。

 

 

 

 

 然して私は簡単に挨拶を済ませ、改めて彼らに関して問うた。

 

 先ず、星晶獣の方はベンヌ。

 覇空戦争期において『復活の神』と畏れられた、原則不滅の星晶獣の中でも抜きん出て頑強さを全面に出した個体らしい。

 数十年前、島で休眠中だったところを()()()()()()に反応する形で覚醒し、その島が偶然にも此処────オーテルウェードだった。

 当時そこまで売れない貧乏占い師だったおじさんは、副業と称するには余りにも収入差のあった傭兵稼業の最中、目覚めたベンヌと邂逅。

 何を思ったのかベンヌは会って早々おじさんに『引接の試練』なるものを課し、おじさんも何を考えていたのか平然と受けてクリア。

 以来、不定期に顕現するベンヌを()()()せっせと丘に通い、鍛錬を受け続けていたのだとか。

 

 そして、そんなガマヤおじさんの経歴もまぁ……異様そのものだったけれど置いておいて。

 ベンヌが彼に課した『引接の試練』は私達がつい先程体験した()()らしい。

 傭兵稼業をしていたとはいえ、よくアレを生き残れたな……と素直に感心してしまった。

 

 

「そうして得たのが、この()よ。 (ベンヌ様)に施されたこの力は、儂に眠っていた才能を起こしたに過ぎないそうなのじゃがな。

 お陰でよーく()()()んじゃよ、他人の動きも、心の揺れも、未来さえもな」

 

「えぇ……激ヤバな力に聞こえるんですけど。 大丈夫なの? それ」

 

「自らの力に呑まれる程、軟弱なつもりは無い。 勿論、力を得てすぐは制御出来ず苦しんだ事もあるがの。

 日々是鍛錬、努力とは裏切らぬものじゃな」

 

 

 そう言ってガッハッハと笑うガマヤおじさん。

 この人、もしかしてこの調子で筋肉も鍛えたのだろうか? だとすれば相当な脳筋なのでは……?

 

 

「然し困った事に、この力も未来視に関しては精度が甘いと言えよう。

 お前さんの来訪時期も読めず、かの『災厄』も一体いつ起きるのやら……」

 

 

 ガマヤおじさんの零した言葉に私は僅かに眉を顰める。

 まぁ、未来視が出来るのなら『災厄』を知っているのは可笑しくも無いか。

 彼の言う『災厄』が私の想定と同じであるという保証は無いけれども。

 

 

「んで、結局ガマヤおじさんはベンヌ……様と何を追い求めてるの?

 今までの説明でザックリ2人の素性は分かったけどさ、これだけじゃガマヤおじさんの言う『永遠』も分からないし、そもそもガマヤおじさんの声に応えてベンヌ様が顕現するのも不明なんだけど」

 

「嗚呼……そこがまだじゃったか。 然し『永遠』に関してはお前さんも追っているだろう?」

 

「ワッツ?」

 

「……ん? お前さんは求めておらんのか? 『永遠』じゃぞ?

 中身は人によって千差万別であろうが、星の獣に求むものは誰もが『永遠』じゃと思っておったが」

 

「いや、そんな事言われても……考えた事も無かった」

 

 

 私の言葉を受けて唸るおじさん。 少し考えた末に合点がいったとばかりに顔を上げる。

 

 

「伝え方に難があったか! きっとそうじゃ、すまんかった」

 

 

 『いや、そもそも特に求めていないんですけど……』と否定しようにも、こっちのリアクションなんか全く見ずにガマヤおじさんは説明を始める。

 ……この人、結構な頻度でスルーかましてくるな。

 

 

「儂が言いたい事は要するに、星晶獣と接触して縁を結ぼうとする以上は程度の差こそあれど目的があるじゃろう? という話よ」

 

「あーね。 そりゃ純粋無垢なお子様って訳でも無いし、ただ仲良くなりたかっただけとは言わないけど」

 

 

 実際、私もツクヨミ様と懇意になった当初の目的は戦力強化とかそういう方面な訳だし。

 今? 今はまぁ……単純に仲良くなったんだし、普通にお話したい気持ちもある。

 ツクヨミ様はそれはそれは美少女だから、メドゥちゃんみたいに魔法少女して欲しいし、そういう文化とかに触れ合ってもらって一緒に旅がしたい……っていうのが、今の私の願いかな。

 但し、前提として私と契約はして欲しいが!

 

 

「でもそれって、下手すりゃ普通の人間関係でも無くはない話じゃない?」

 

「うむ。 じゃがな? 一般的には、意思疎通がとれるかも分からん存在を相手に対話なぞ試みぬものよ。

 儂等が奇特な部類なのじゃ」

 

 

 うーむ、否定し難い事実。

 星晶獣と空の民というのは、(転生者)が思っているよりも隔絶している。

 星晶獣が島と契約を結んでいる事が多いファータ・グランデでさえ、『星晶獣なんて大昔の存在』だとか、逆に『星晶獣は恐ろしい兵器だ』ぐらいの認識しか無い場合が殆ど。

 その存在を認め、島に加護を齎していると知れば一転して神様扱いで、矢張りどう足掻いても『対話しよう』とはならない。

 

 そう考えると確かに私やおじさんは奇特な部類だ。

 私はツクヨミ様を敬いこそすれど友人感覚で接していて、おじさんは神として崇めているけれど力を借りようと歩み寄った訳で。

 

 

「そんな奇特者が、人と同じように縁を結びたがる。 それは凡そ、人智を超えた()()を求めての事じゃろう。

 それは何か? 儂はそれを『永遠』と呼ぶ。

 して、『永遠』を求める『同胞』と友誼を結べれば、奇特者同士で多少は話しやすかろうと思って探していたわけじゃ」

 

 

 成程、漸くおじさんの言いたい事が理解出来た気がする。

 つまり『永遠』は、私達みたいな変人が星晶獣と仲良くする対価に得る力だとか権力だとかを引っくるめたワードだった訳だ。

 いやいや、これ解説必須だったでしょ。 何で省略できると思ったんだ。

 気になったので素直に聞けば、おじさんは当然と言わんばかりにこう返してきた。

 

 

────星晶獣という身近な『不滅』に求める力など相場が決まっておるじゃろう?

 

 

 ……あぁ、この人ってやっぱりヤバい人なんだなと改めて実感した瞬間だった。

 

 

 

  §  §

 

 

 

「────って感じなんだけど、おじさんは何か知らない?」

 

 

 あれから暫く。

 ベンヌへの挨拶を済ませた私達人間組は、荒れてしまった丘を適当に均した後にガマヤおじさんの家へと戻っていた。

 あの星晶獣は結局、私に対して大きなリアクションを起こさないまま帰ってしまったので、イマイチどう思われているのか分からなくて不気味極まりない。

 けれども、星晶獣のリアクションというのはそもそも不明な方がデフォルトであって、ツクヨミ様も初期はまぁまぁ意味不明だった。

 

 

(だからまぁ、あんま色々考えても意味無いんだろうな)

 

 

 一先ずベンヌの事は置いておき、私はアンブローズの発言をおじさんと共有して何か得られないかと喋っていたのが現状である。

 

 

「儂はお前さん以外の事を言われておらんから初耳じゃ。

 然し、儂等以外にも『同胞』がいる事は理解しておる」

 

「へぇ? という事は()たんだ?」

 

「如何にも。 じゃが、顔も周囲の景色もボヤけた不鮮明なものよ。

 あの男(アンブローズ)がお前さんにだけ告げた事を都合良く解釈するならば、()()()()()()()()()()()に意味があるんじゃろうな」

 

「私が会いに行く事に意味がある、か……」

 

 

 おじさんの発言を受けて、私は思考の海に沈む。

 確かに私やガマヤおじさんのような人間を集めたいだけなら、それこそ数十年前のタイミングで全部ガマヤおじさんに話してしまった方が手っ取り早い。

 『私は何でもお見通しです』みたいな態度でここまで喋ってきているんだから、多分それも出来る筈……なのにしなかった。

 

 

アイツ(アンブローズ)、もしかして私が特別(転生者)なのも全部理解してここまで誘導している?)

 

 

 だが、仮にそうだとして何を目的としているのかは判然としない。

 私の特異性が十二分に発揮される状況というのは、それこそ原作が絡んでくるような事態。

 少なくとも、この『星晶獣と仲良くしている人間』の原作イベントなんて私は知らない。

 ガマヤおじさんに出会う前まではワンチャン十賢者かも……なんて頭の片隅にはあったものの杞憂に終わったし。

 

 

「アイツが何を企んでるのか全然わかんねー……」

 

「……別に、あの男の企みなぞ気にせんでも良いんじゃないか?」

 

 

 私が項垂れて机に伸びていくのを眺めていたおじさんは、そんな事を言って煎餅を食べ始める。

 ……あなたの家だから構いませんけど、自由ですね本当に。

 

 

「そういう訳にもいかんでしょーよ。 絶対、ぜっっっったいにあの男は面倒な事を考えてると思う訳よ。

 おじさんだって会ってるから分かると思うけど、マジで胡散臭かったっしょ?」

 

「だとして、他の場所には行かんつもりか?

 彼奴の真意は兎も角、お前さんとしても友人が出来ると言われてこうして此処まで来たんじゃろう?

 他の場所も行ってみれば、儂のようなおっさんじゃなくて同年代の友人も出来るやもしれんぞ?」

 

「それは……まぁ、そうかもしれないけどさ」

 

「どうせ、ああいう輩が目論むのは秩序の崩壊か世界の破滅なんてのが()()()じゃろ。

 であるならば、儂等のような星晶獣と縁深い者が結託すればどうとでもなる」

 

「えぇ……? 楽観視が過ぎない……?」

 

 

 この人、サラッと言ってくれたが秩序の崩壊も世界の破滅も勘弁願いたい事案すぎるんですけれども。

 ただでさえ原作と同じ流れになるだけで世界の危機が数回はやってくるのに──私の記憶に存在しないという意味で──原作外からも世界の危機なんて来てほしくないです。

 

 

「さて、そんな悩めるお前さんを、儂が占い師らしく占ってやろうか」

 

 

 そう言って、隠す事も無く料金表らしい紙をすっと差し出してくるガマヤおじさん。

 ちゃっかりしてるなぁ、本当に。 まぁ、私としても次の目的地が決まるっていうのは悪く無い話ではある。

 

 

「ごめんだけど、色々あってあんまりルピ(お金)無いから一番安いのでも良い?」

 

「む、まぁ良かろう。 漸く逢えた『同胞』であるからな、特別じゃぞ」

 

「わーい!!」

 

 

 私がサッとお金を渡して暫し。

 一度席を外したおじさんが取り出したのは誰もが想像しそうな普通の水晶であった。

 ……別に水晶占いが悪い訳では無いが、筋肉ムキムキのおじさんが小さい水晶に手を翳して覗き込む姿は何というか、とても奇妙だ。

 というか、前置きとかそれっぽい口上とか一切無く始めやがったぞ。

 本当に占いで商売出来ているのだろうか?

 

 

「ふむ……騎空艇、風、職人、岩塊、太陽、廃墟か」

 

「んー? なんか共通点みたいなのが全然無くない?」

 

「恐らくじゃが2つの景色に分かれておる。

 騎空艇、風、職人はガロンゾじゃろうな。 思えば見覚えのある船渠(ドック)だったような気もする」

 

 

 2つの景色、片方がガロンゾか……ノアにでも会いに行くのだろうか。

 或いは単純にシェロちゃんの依頼という線もある。 此処(アウギュステ)に来たのも、一応は依頼も兼ねていた訳だし。

 

 

「もう片方は? 岩塊、太陽、廃墟だよね?」

 

「うーむ。 お前さん、逆に聞いて悪いが心当たりはあるか?」

 

「えぇ〜? 岩塊、太陽、廃墟の心当たり〜?」

 

 

 困った、ビックリするぐらい『コレだ!』って感じの場所が無い。

 

 

「強いて言えば、岩塊ってだけだけどダイダロイトベルトが浮かんだかなぁ。

 でも太陽と廃墟って感じの場所でも無い気がするんだよね」

 

「ダイダロイトベルト……空域を跨ぐ岩塊群じゃったか。 流石に儂も行った事が無い場所じゃ。

 瘴流域に覆われている部分もあるような場所じゃから太陽は兎も角、廃墟に関しては困らなさそうじゃな」

 

「否定しないけどさぁ……それはそれでどうなのさ」

 

「ガッハッハ!! 占いなんぞ当たるも八卦、当たらぬも八卦じゃよ。

 儂が思うに、お前さんも儂も聞き覚えの無かった地名のどれかが、あの岩塊群の中にあるんじゃろうな。

 お前さんの友人が増えるチャンスなんじゃないか?」

 

 

 あぁ、そうか。 その線は考えていなかったかも。

 聞き覚えの無い地名だからと言って勝手に何処かの秘境か何かだと思い込んでいたけれど、私の知っている島の中にそう呼ばれている場所が有る可能性もあるのか。

 

 

────おじさんのお陰で光明が差したかも?

 

 

 まぁ、この感謝は声に出したりはしないけれど。

 だってこのおじさん、暗に『星晶獣と仲良くしたがる変人以外とお前が友達になれる訳ねーじゃん』って言ってきやがったもん!*1

 

 

「そうと決まれば即出発!! って言いたいところなんだけど……」

 

「何じゃ?」

 

「もう日が暮れちゃうしさ、宿も取ってないし泊めて♡」

 

「はぁ……好きにせい」

 

 

 然して私の『ドキドキ!アンブローズに言われた地名巡り!』の初回は平穏無事に幕を閉じた。

 軽くとはいえ星晶獣と手合わせをしたのは平穏無事に入るのかって?

 ……怪我とかは無いし! セーフ!!

 

 

 

 因みにガマヤおじさんのお家の布団は、なんかペッショリしていてふわふわに欠けていた。

 無理をしてでもミザレアまで戻るか考えたのはここだけの話である。

*1
当然ガマヤにそんな意図は無い。




これにてガマヤ&ベンヌが終了です。 彼らの次の出番は……何時になるんですかね。

以下、ガマヤのプロフィールになります。

年齢:39歳
身長:219cm
種族:ドラフ
趣味:庭の木の手入れ、筋トレ
好き:人の笑顔、肉料理
苦手:人の悲しむ顔、魚料理


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