アングロアラブ ウマ娘になる (ヒブナ)
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第一章 アングロアラブ転生す
プロローグ side-A


  
※本作は、アニメ版の物語をベースに、史実やシンデレラグレイの要素を絡め、独自解釈も交えつつ構成しております。稀にミスが見られるかもしれませんが、そのときはご指摘頂けますと幸いです。
 


 

自分の最も古い記憶は

 

「ごめんね、もう少し早ければ……」  

 

という言葉を聞いたことだった。 

 

ひどく悔しそうで、悲しそうな声だったのを覚えている。

 

生まれてからしばらくは、人間達にのびのびと育てられた。

 

そしてしばらくすると、自分はなぜか他の馬を追いかける訓練をさせられた。いや…別に嫌では無かった、むしろ楽しかった。

 

だけど、自分は気になっていた、だから走りを教えてくれた先輩に聞いてみた。

 

「どうして…このような訓練を?」

「それはお前が誘導馬になる馬だからさ」

「誘導馬…?」

「そうだ、お前は競馬場で、競走馬達を誘導したり、逃げようとするのを抑えたりする仕事をするんだよ」

 

その時の自分は、どうしても気になる事があった。だから先輩に質問する事にした。

 

「自分は…競走馬になれないんですか?走るのは大好きなんです」

「私達が出るのは可能だ、でも、お前はアングロアラブ、私はクォーターホース、サラブレッドには敵わないのさ…」

「でも…先輩は凄く速いじゃないですか?」

「短距離ならばな、だが、長距離となると、私は彼らに追いつけない」

 

先輩は首を下に垂らし、悔しそうに前脚を踏んだ。

 

「サラブレッドって…そんなに速いんですか?」

「速い、化物だ、そして、私達よりも大きい」

「そんな…それだと、自分たちが…勝る部分なんて…」

「いや…お前は“ダイヤモンド”を知っているか?」

 

先輩は自分に質問を投げかけてきた。

 

「…だいや…もんど…?」

「ああ…知らないか…なら私が教えよう、ダイヤモンドとは、人間達曰く“この世で一番傷のつきにくい石”なんだそうだ。だが、そんなダイヤモンドも、ハンマーで叩けば砕けてしまうそうだ、“どんなに強いものでもモロい点はいくらでもある”…彼らは非常にデリケートなんだ、競争するだけのために産み出された、走るダイヤモンド…それが、サラブレッド」

 

先輩はそういって嘶き、空を見上げた。

 

 

────────────────────

 

 

あれから数年後、自分は“誘導馬”として、競走の世界にやって来た。先輩と一緒に仕事が出来るようになった。

 

先輩が教えてくれた“サラブレッド”を見ての第一印象は“喰われそう”だった。

 

大きい上に、目は血走っている。

 

「────堂々と振る舞うんだ」

 

横にいる先輩が、自分の名前を呼び、アイコンタクトでそう言う。

 

自分は姿勢をキリッとさせ、ゆっくりと歩み、サラブレッド達を誘導していった。

 

 

────────────────────

 

 

あれから更に月日が経った、自分の事を可愛がってくれた先輩達は引退した。その後も、自分は誘導だけでなく、人間を上に乗せてのパフォーマンス等もやったりして経験を積んでいった、私はそのうちその競馬場の誘導馬の最年長となった。

 

「皆、行こう」

「イエッサー」

「分かりました」

「ラジャーラジャー」

 

上に乗る人間が手綱を引く、自分は鼻息を鳴らし、同僚の皆を先導した。

 

『本レースの主役達の入場です!』

 

ワァァァァァァァァ!

 

本馬場入場と共に、歓声が上がる。

 

『おいチビ、さっさと歩け』

 

後ろのサラブレッドが、身体をコツンとぶつけてきた。レース前に、気が立っているのだろう。誘導馬の同僚は例外だけど、サラブレッドはその殆どが激しい気性で、“のろい”とか“チビ”とか言って喧嘩を売ってくるものもいた。

 

対処は基本的に無視、仕事はしっかりやり遂げなければならないからだ。

 

「おい、止まれ!」

「やなこった、追いついてみろ、ドン亀!」

 

後ろの方で、やんちゃなサラブレッドが放馬してしまったらしい。

 

グッグッ…

 

騎手が手綱を引く、“追いかけよう”と言うことだ

 

「おい、止まれ!」

「……」

 

相手はサラブレッド、ストレートでは向こうのほうが速い、だけども…

 

「────!!!」

「!!」

 

自分は声にならない叫び声を上げ、相手の注意を走ることから反らさせる。

 

「いい加減にするんだ!!」

「……!」

 

横に並びかけてスピードを落とさせる、当然相手はこちらを睨んでくる、だが、こちらも睨み返す、これでさらに走る事から意識が逸れる、後は人間達の出番だ。

 

色付きのロープを持った人間達がサラブレッドを囲み、手綱を握り、元の位置まで誘導した。

 

ポンポン

 

騎手が自分の身体を叩く“ナイスプレー”という意味だ。

 

“力で敵わない相手には頭と小技で立ち向かう”それが先輩に教わった事だった。

 

 

────────────────────

 

 

さらに月日が流れ、自分は誘導馬の仕事を離れ、牧場で暮らすようになった。

 

牧場では先輩と同じクォーターホースは居なかった。だけど、がっしりとした“セルフランセ”、蹄鉄のいらない“木曽馬”、栗毛で綺麗な鬣を持つ“ハフリンガー”、人間の子供達に人気のあった“シェトランドポニー”といった仲間がいた。

 

人間達が“牛”と呼んでいるどっしりとした動物、“羊”と呼んでいる毛むくじゃらの動物、“犬”や“ゴールデンレトリバー”と呼んでいる耳の垂れた動物たちも一緒だった。

 

牧場には多くの人間が来た、自分達は人間達を歓迎し、人間達も自分達を見て癒されていたようだった。かなりの人間を乗せた、セルフランセと共にパフォーマンスもやった。充実した毎日だった。

 

 

────────────────────

 

 

自分の世話は、マークの入った帽子をかぶり少し髪に白いものが混じった“カンザキ”と呼ばれる人間のオス…いや、男が行っていた、自分はその男を“おやじどの”と呼び、慕っていた。

 

おやじどのはよく、自分に歌を聴かせてくれた。

 

おやじどのは人間の世界について多くの事を教えてくれた。その中で最も興味を惹かれたのが、おやじどのの親友の話だった。おやじどのとその親友は、かつて色々なことをやった仲らしい、その内容は聞いたこともないような言葉ばかりだったけれども、おやじどのの顔から、本当に楽しい事なんだと理解できた。

 

 

────────────────────

 

 

それからさらに月日は流れ、自分は牧場の“長老”として紹介されるようになった。身体は衰えていった。跳ねることは出来なくなり、走るのも身体が重く感じるようになった。

 

ある日の夜だった。

 

体が重く、起き上がることの出来ない自分は多くの人間達に囲まれていた。おやじどのは自分の頭に手を置いた。

 

温かい…

 

それと同時に、身体から力が抜けていく。

 

「苦しくないか?」

 

おやじどのが自分に声をかける。

 

苦しくはない、だけども、やりたい事はたくさんあった?

 

別れたっきりの先輩にもう一度会いたかった

 

もっと多くの人間達を乗せたかった。

 

もっと多くの時間をおやじどのを始めとした牧場の仲間と過ごしたかった。

 

おやじどのの親友と会いたかった。

 

そして…

 

“サラブレッド”と…勝負がしたかった

 

そんな願いを込め、自分は鳴いた。

 

「……」

 

おやじどのは無言で自分の頭を撫でた。

 

温かい…

 

自分の視界は段々と暗くなっていった。

 

────────────────────

 

次に目が覚めて見えたのは、真っ白な天井だった。

 

雰囲気からなんとなくだったけれども、ここが厩舎ではないことは察することができた。しかし…

 

何か妙だ……体の感覚が違いすぎる。

 

目に映る色が今まで見ていたものと全く違う。

 

そこまで考えたところで視界に人間の女性が入った。

 

……なぜか目の前の女性が妙に大きく見えるのが、自分に一抹の不安を抱かせる。

 

…そうか、馬として…生まれて一番にやること…立つことをやっていない、だから心配して覗き込んでいるんだ。

 

「………!」

 

体に力を込める…

 

立てない…いや、仰向けになっているであろう体をひっくり返すことすら出来ない。

 

とりあえず、がむしゃらに全ての足を動かす…

 

………!

 

自分の目に映ったのは、毛一つない前脚…いや、人間の手だった。

 

「元気だねー、あなたはきっと、速くて強いウマ娘になるわ」

 

目の前の女性は、こちらに向けて笑顔で手を振ってくる。

 

なぜ…人間の手を…持つのに…

 

人間でも馬でもなく…ウマ娘?

 

…それに…この感覚…尻尾がある…?

 

人間には尻尾は無いはず…

 

自分は…人間の…いや…ウマ娘というこの尻尾のある赤ん坊になってしまった…と、いうこと…?

 

 

 

 




 お読みいただきありがとうございます。

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プロローグ side-B

 
 2話目です、少し描写が追加されています


 

 ここは、日本全国で行われるエンターテインメントレース『ローカル・シリーズ』に参加するウマ娘を育成する学園の一つ、福山トレセン学園

 

 そしてその校長室に、3人の人影があった。

 

慈鳥(じちょう)、只今着任致しました」

 

 どこにでもいるような顔をしている新人トレーナーである慈鳥は、姿勢を正し、挨拶をする。

 

「うむ、ご苦労様です、私が校長の大鷹(おおたか)です、そしてこちらに控えているのが」

「校長秘書の川蝉(かわせみ)です」

 

 恰幅の良い身体に紺色のスーツを纏い、髪に白いものが混じっている福山トレセン学園の校長、大鷹と、彼と同じ青系統の色のスーツを纏った女性秘書、川蝉が新人トレーナーの慈鳥を迎えた。慈鳥の方は、少し何かを恐れるような顔をしており、立つ姿は少し固かった。

 

「慈鳥君、そう固むしろくならないでください、我々は君の敵ではありません、同志と思って頂きたい、それに私は君のような新人が来てくれることは、この学園にとってとても良い事だと思っていますから。」

「は、はいっ!ありがとうございます」

 

 大鷹は穏やかに慈鳥に語りかけた。慈鳥は息を吸い、固まっていた身体を落ち着かせる。

 

「これからよろしくお願いしますね、トレーナーさん」

 

 川蝉は慈鳥に対して笑顔で微笑みかけた。

 

「よろしくお願いします!」 

 

 慈鳥はそう言うと退出していった。

 

 

====================================

 

 

 俺は死んで生まれ変わった。死んだ時の瞬間は、生まれ変わった後でも、克明に思い出せる。

 

 俺はレーサーだった。フォーミュラカーでは無く、シビックとか、カローラとかのツーリングカーのレースだった。

 

 整備士だった相棒と、二人一組のチームで色んな相手と戦ってきた。

 

 最後のレースは…波乱のレースだった。

 

 

────────────────────

 

 

『さあ!レースはファイナルラップに突入した!一番手を走っているのはチームランドルフのスコット!関西野郎連合の坂本とどさん子ファイターズの西崎で二番手争い!おっーとここで外から烏羽色の車体が来たぞ!』

 

 

 ステアリングを握る手に力がこもる、馬力で劣るんだ、コーナーで前に出させてもらう!

 

 俺はインに切り込み、前に出た。

 

『4番手、アントアンペアの佐藤がインベタを突いて前に出る!おっとここで突然の雨です!路面状況が一変しました』

 

 雨…行ける…!

 

 そう思い、俺はシフトレバーをトップ(4速)からオーバートップ(5速)に入れ、アクセルを踏み込む…だが…

 

ドシン!

 

 後ろからの衝撃…抜かれた奴が慌ててアクセルを踏んだか…!

 

 立て直すのは…ムリだ…タイヤバリアーに逃げるしかない。

 

 コースアウトした俺はタイヤバリアーの方を見た

 

……!

 

 観客が入ってやがる………

 

「………ッ!」

 

 最後に見たものは、コンクリートの壁だった。

 

ゴオン!!

 

 ハンマーで殴られたような衝撃とともに、頭をぶち破るような音が響き、俺の意識は闇に落ちていった。

 

 

────────────────────

 

 

 次に目が覚めたとき、俺は赤ん坊の身体になっていた。

 

 苗字も“慈鳥”というものに変わっていた。

 

 徳を積んだ記憶なんて無いのに、生まれ変わってしまったということだ。

 

 いや…もしかしたら…あの時、タイヤバリアーに侵入していた観客を避けたから…神様か仏様か誰かは知らないが…もう一度やり直しのチャンスを与えてくれたのかもしれない。

 

 もう一度レースの世界に出ろという事かと俺は思った。

 

 だが、病院から出たあたりの時期、俺はこの世界がおかしいと言うことに気づき始めた、変な人間が暮らしている。

 

 耳は顔の側面ではなく、頭の上に、そして尻尾がついている。

 

 それを初めて見た時、俺は狐が人間に化けたのでは無いか、それか、世界は妖怪に支配されたのではないかと思った、だが、その思考はすぐに無くなった。

 

 沢山いる、そしてそいつらの耳はよく見たら狐のものでは無く、相棒の大好きな動物の馬のものにそっくりだった。だが、その姿は全て女性のものだった。

 

 そして、テレビを見た時、俺は驚愕した。

 

 尻尾のある女性達が、レースをしている、風景を見るに、明らかに競馬場だ。

 

 馬が走るための場所を、何故かあのしっぽ付きが走っている。

 

 そして、レースが終わったあとは、歌や踊りを披露していた。

 

 俺は初め、特別なイベントなのかと思ったが、両親はその光景に熱中し、興奮していた。そして、両親はしっぽ付きを“ウマ娘”と呼んでいた。

 

 

────────────────────

 

 

 月日が経ち、俺は前世の俺が生まれた年よりかなり後に生まれたことを知った。

 

 そして、一度死んで生まれ変わるにあたり、一番に気になっていた事があった。

 

 俺が死んだ1999年、もっとレーサーとして走っていたかった俺にとって一番心配だったモノ………“恐怖の大王”…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 来なかった、と言うか、何も起こらなかった。

 

 安心したのも束の間、俺はこの世界が元々俺がいた世界とは全く別の物だということを理解させられた。

 

 それは前世でも行った事のある動物園の特集番組を見ていた時だった。

 

 動物園にシマウマが居なかった、だから俺は両親に聞いた。

 

「おかあさん、しまうまはいないの?」

 

 その時の母親の疑問を浮かべた顔は、今でもよく覚えている。

 

 俺はまだまだうまく動かない手を使い、なんとかシマウマの絵を書き上げ、母親に見せた、母親は

 

「かわいい動物……将来はファンタジー絵本の作家になりそうだね〜」

 

 と言い、俺の頭を撫でた。

 

 だから、俺はなんとなく理解できた。

 

 この世界には馬が存在しない、そして代わりにウマ娘が居ると。

 

 その後、その動物園に行った、やはりシマウマは居なかった。シマウマがいたはずの檻には。

 

 “ヤックル”と呼ばれるバカでかいカモシカがいた。

 

 

────────────────────

 

 

 成長し、読み書きが出来るようになった俺は、図書館で図鑑を読んだ。

 

 やはり馬は居なかった、そして、人間の仲間の欄を見た。そこには。

 

 Homo sapiens sapiens……いわゆる俺達ヒト、そして…

 

 Homo sapiens equusian……ウマ娘の表記があった。

 

 つまり、この世界には、ヒトとウマ娘という二種類の人類がいて、共存しているということだ。

 

 そして、動物園で見たヤックルは、前世における馬のような存在だった。ただ、この世界の人類はそいつらを品種改良し、競走させるという発想には至らなかったらしい。恐らくあのでかい角が邪魔だったのだろう。

 

 最も、相棒曰く競馬で走るサラブレッドは、“競馬が無いと滅ぶ”ような品種らしいから、ヤックル達は馬よりは人間に振り回されていないということなのだろう。

 

 それからしばらくして、俺は前世との大きな違いをもう一つ発見した。

 

 この世界の車には“リトラクタブルヘッドライト”が存在しなかった。

 

 学校の教師に、リトラクタブルヘッドライトについての話をしたところ。

 

「そんなもの、ウマ娘とぶつかったら大変な事になるだろう」

 

 と返された。ウマ娘は馬並みの速度で走る、確かに車とぶつかれば大変な事になる。この世界は歩行者保護の考えが、前世よりもかなり重んじられていると言うことだ。

 

 モータースポーツはあるにはあったが、前世と比べると規模も、注目度も小さかった。

 

 jtccなんてものはもちろん無かった。

 

 鈴鹿サーキットも、富士スピードウェイも、俺が知っているそれよりかなり小さなモノになっていた。

 

 地元のサーキットに至っては、畑になっていた。

 

 スポーツカーも種類がかなり少なかった。

 

 モータースポーツの世界に再び返り咲くという俺の夢は、もろくも崩れ去った。

 

 だが、俺は思い出した。

 

 この世界にはウマ娘がいる、そして彼女達はレースをしている。確かウマ娘には、トレーナーと言うものがつくはずだ

 

 ウマ娘がレーサーならば、それをサポートするトレーナーはメカニック、俺はそう思った。

 

 そう思った俺は、テレビで見るだけだったウマ娘レースを、自分の目で見る事にした。

 

 圧巻の一言だった、前世、親に肩車をされてカーレースを見た時と同じ熱さを、俺は感じていた。

 

 俺はトレーナーになろうと決めた、親の教育方針はやりたい事はやらせるといった方針だったので、親は俺を応援してくれた。

 

 だが、ウマ娘のトレーナーと一口に言っても学ぶべきこと、やるべきことは非常に多い。

 

 ウマ娘の育成、チームの運営、出走申請、ウマ娘のスカウト、細かい部分まで挙げればキリがないが、コーチング技術やスポーツ医学など、多種多様なことをこなさなければならない。

 

 しかもトレーナーになるためには、カーレーサー同様ライセンスを取得する必要がある。ウマ娘レースの世界は、前世同様地方と中央という区分で分けられており、地方のトレーナーライセンスはかなり容易に取得できるようだが、中央のトレーナーライセンスを取得するのはとんでもなく難しい事だそうだった。

 

 トレーナーになるには、そういった専門の大学に行く必要があった。

 

 だから俺は必死で勉強した、頭の方の出来は良く無かったが、それでも詰め込んだ。勉強の傍らでモータースポーツも細々とだがやった。何かの役に立つと思ったからだ。

 

 そして…俺は中央のトレーナー試験を受けた。

 

 中央のトレーナー試験は、地方と違って2段階に分かれていた。ペーパーテストと、スライドを持ち込んでのプレゼンテーションだった。

 

 努力の成果が実ったのか、俺は第1段階をパスすることが出来た、そして、第2段階のプレゼンテーションは“トレーニング方法”についてのお題だった。

 

 長年の勉強で俺はモータースポーツの概念を応用したトレーニング方法を編み出していた。だから俺はそれをプレゼンで発表する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、俺の発表したものは

 

「異端だ」

 

「危険だ」

 

 とされ、理解を示されなかった、実践すら許されなかった。

 

 結果、俺はトレーナー試験に落ちた。

 

 部屋を出ていったとき、俺はとんでもない形相だったのだろう。次にプレゼンをする奴が震えていた。

 

 絶え間なく進化することができるものだけが、新しいステージに立つことが出来るのに……保守的な中央が、心配にもなってきた。

 

 

 しばらくショックに打ちひしがれていた俺だが、ある言葉を思い出した。

 

“インから抜けなければ、アウトから攻める”

 

 

 だから、俺は地方のトレーナー試験を受け、合格した。

 

 

────────────────────

 

 

 自分の配属先の校長への挨拶を済ませ、俺は名実共に地方のトレーナーとなった。

 

 自分の理論の行き着く先を、保守的な中央に見せつけるため。

 

 この世界に生まれ変わった以上、挑戦し続けるため

 

 そして…

 

 どんな状況でも諦めないことを教えてくれた、前世で生きる相棒のため。

 

 




 
 お読みいただきありがとうございます

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第1話 転入

 前回投稿したものから、少しばかり追記しています。


  

  

「ただいま、帰ったよ」

「お姉ちゃーん!おかえり!」

「ねぇちゃん!」

「おつかれー!」

 

 玄関の扉を開けると、妹や弟達が駆け寄ってくる、皆人間の子供だ。

 

「おかえり」

「ただいま、じいちゃん」

 

 子供たちを撫でていると、ここの長“じいちゃん”が姿を現した、そして手招きをした。“付いてきなさい”ということだ。

 

 

────────────────────

 

 

 ウマ娘として生を受けた以上、生まれ変わる前の最後の願い“サラブレッドと戦いたい”を叶えようと思った。

 

 だけども、現実はそう甘くはなかった

 

 生まれてすぐ、両親が死んだ、交通事故だった。私は両親によって通行人に向かって放り投げられ、助かった。

 

 そして、両親以外に身寄りのいなかった自分は、施設に預けられ、人間の子供たちと共にここで過ごしてきた。

 

 一人称も自分から“私”に変えた、前世、おやじどのから人間の世界の事は聞かされていたので、人間達との暮らしはうまくいっていた。

 

 だけども、どうしても思い出せない物があった、名前…前世の私の名前だった。

 

 先輩のこと、おやじどののこと、それらの事はしっかりと覚えているのに、何故か名前だけは思い出せない。

 

 もっとも、今の私には“アラビアントレノ”という立派な名前がある。前世、自分達が“アングロアラブ”と呼ばれていたから、この名前はこの名前で気に入っていた。

 

 今の私は中学生、だが育ててもらっている身で“レースに出たい”など言えるはずもなく、私はただの一般学生として過ごしていた。

 

 もっとも、レースの世界に居ないだけで、走ること自体を諦めた訳ではなかった、小学生の頃から、ちびっ子たちを養うお金の足しにするべく、じいちゃんのツテでバイトをやっていた、新聞配達だ。

 

 朝早く起き、農道を駆け抜け、用水路を飛び越え、新聞を配達していく、とても心地よかった。

 

 “河を渡って木立を抜ける”それがとても楽しかった。

 

 だが、中学二年になった私に、一つの問題が起きた。

 

 本格化の時期…通称、“爆発期”が来てしまった。

 

 ウマ娘は、思春期のある段階で、身長や体格が急成長する、その時期は個人個人によってまちまちなものの、共通点があった。

 

 “食べる量が物凄く多くなる”だ

 

 前世、おやじどのが教えてくれた“鯨飲馬食”と言う言葉がある、その言葉通り、この世界のウマ娘も人間の2、3倍は食べる大食漢だ。

 

 ただでさえこうなのに、爆発期のウマ娘がどうなるのかは、想像に難くないだろう。

 

 当然、家計には大打撃を与えてしまうということだ。

 

 

────────────────────

 

 

「アラ、これを」

 

 じいちゃんが一つの紙を差し出した。その紙には“福山トレセン学園 転入生募集中”の文字があった。

 

「じいちゃん……」

「ここに、通ってみないかい?」

「……良いの?だって、お金が…」

「…アラ、自分に正直になりなさい、本当は…走りたいんだろう?」

「……」

「君はレースの雑誌をこっそり、たくさん集めているだろう?」

 

じいちゃんは私の本心を見抜いていた、それに、レースの雑誌を集めてたことを…知ってたなんて…。

 

「…うん」

「なら、走ってきなさい、おチビ達の事は心配する必要はないから、それに、今のここだと、君を満腹にさせてあげる事は出来ない」

「…じいちゃん…」

「自分のしたいことをして、腹いっぱい食べる、それが、私の思う一番の幸せ、だから行ってきなさい」

「分かった…ありがとう、じいちゃん」

 

 それから二週間後、私は福山トレセン学園に転入する事になった、向こうでは寮生活といった形になるので、ここにはたまにしか帰ってこれない、だからちびっ子達には相当引き止められた、別れの時なんて、四人がかりで尻尾を掴まれた。

 

「お姉ちゃん!行っちゃダメー!」

「姉ちゃん!」

 

 馬の時から尻尾を掴まれるのは苦手だった、それはサラブレッドもセルフランセも木曽馬もハフリンガーも変わらないようで、特にセルフランセは尻尾を噛んだ野良猫に蹴りをかましたことがある、ウマ娘の体になってからは、ある程度尻尾を鍛えているけど、それでも少し困る。

 

「…こらこら、アラが困っているじゃないか、尻尾から手を離しなさい」

 

 じいちゃんがちびっ子達を何とか私の尻尾から離した。

 

「アラ、指切りをしてあげなさい」

「うん、皆、大丈夫、お姉ちゃんは、絶対にここに帰ってくるから、それに連絡も取る、約束する…だから、指切りをしよう」

「うん…」

「「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます、指きった!」」

 

こうして私はちびっ子達と指切りを交わし、福山トレセン学園に向けて出発した。

 

 

 

────────────────────

 

 

「はい皆さん、静かに〜、今日から皆さんと共に勉強する仲間が加わります、アラビアントレノさんです」

「よろしくお願いします」

 

パチパチパチパチパチパチ…

 

 私は先生に指し示された席に向かって歩く、一番端の窓際だった。

 

 休み時間になると、クラスの皆に多くの質問をされた、そしてついに。

 

「アラの家族って、どんな人なの?」

 

 この質問が来てしまった

 

「…うーん、ウチは大家族で、ウマ娘は私一人だけなんだ、私はいっぱい食べるから育てるのは大変だったと思うけど、家族は私のやりたい事をやらせてくれたよ」

「へぇー、大家族かぁ…」

「うん、それに私、一番上だからさ、ちょっと心配なんだ」

「一番上?じゃあ、料理とか作ってたの?」

「うん」

「凄いんだねぇ〜」

 

 家族の話題は、何とか乗り切った、転校初日に“本当の両親は生まれてすぐに死んだ”なんて言えば、重苦しい空気になってしまうに違いない。

 

 人間というのは、“死”というものにかなり敏感な生き物だった、それは人間と同じような肉体を持つウマ娘にも同様のようだった。

 

 その後も、私は色々な人と会話し、仲を深めていった。会話のコツは、じいちゃんが教えてくれていたし、おやじどのが牧場を訪れた観光客に私を紹介していた話術も、かなり参考になる。

 

 この状況を先輩が見れば、心配するに違いない、今の姿は人間のものだからそんなに違和感は無いけれども、元の姿に当てはめて考えてみると、また違ってくる、おとなしく体格の小さなアングロアラブが、大きくて気性も荒いサラブレッドに囲まれている訳だ、何も起きないはずはない。

 

 恐らく、周りの仲間達は皆、“サラブレッド”なんだろう、でも、前世と今とをごっちゃ混ぜにするのはいけない。

 

 

────────────────────

 

 

 競走ウマ娘は、普通の学校の授業だけでなく、レースの世界のことも知らなければならない。

 

「さて、皆さん、もうすぐデビュー戦ですね、皆さんが出場するローカルシリーズの開催地は帯広から佐賀までの16箇所、皆さんはその一つの福山レース場でデビューする事になります。」

 

 先生は黒板に貼られた日本地図の赤い点…つまりは競馬場…いや、この世界ではレース場をどんどん指していった、その中に一つ、見覚えのある名前があった。

 

“大井レース場”

 

 私達の仕事場だった所だ。

 

 …だめだだめだ、授業に集中だ。

 

「何年か前までは、皆さんローカルシリーズの競走ウマ娘は基本的に地元のコースでのレースが多かったのですが、最近では遠征の自由度が増し、その気になれば全国各地のレース場へと遠征出来るようになっているんです!」

 

バアン! パラッ

 

「わ、わわっ!」

 

アハハハハ…

 

 先生は熱くなって思い切り黒板を叩く、磁石と地図が外れてしまい、教室には笑いが広がった。

 

「ふぅ…さて、気を取り直して続けます、それで、この日本には、もう一つ、ウマ娘レースの世界が存在する事は、皆さんもご存知ですね?エアコンボハリアーさん、お願いします」

 

 先生は皆から“ハリアー”と呼ばれているパイロットゴーグルを首から下げたウマ娘、エアコンボハリアーを当てた。

 

「はい、トゥインクルシリーズです」

「その通り、ローカルシリーズで優秀な成績をおさめたウマ娘は、交流重賞に出走したりカサマツのオグリキャップさんの様に、中央に移籍したりすることもあるんですよ」

 

 中央と言うと思い出すのは“帝王賞”だ、誘導馬騎手たちが。

 

『馬場貸し状態、何とかならないモンかな〜』

『中央の馬は強いぜ?あーっ!オグリキャップが沢山いたらなぁ…フエルミラーが欲しい』

『いや、ハイセイコーだろそこは』

 

 と言っていたのを思い出す、帝王賞は地方の馬は殆ど勝てなかった。オグリキャップ…前世の私はよくわからなかったけれど、凄いウマ娘らしい。

 

「…でも、最近は…」

 

 ある生徒が少し下を向く

 

「確かに、オグリキャップさん以降、私達ローカルシリーズからは強いウマ娘が出ることは少ないです、でも、皆さんには、希望を捨ててほしく無いんです、私は信じています、皆さん全て“怪物”になる素質を持っていると」

 

 先生の目は熱気に満ちていた、潤んでいたようにも感じられる。

 

キーンコーンカーンコーン…

 

「あっ…それでは今日の授業はここまでとします」

 

 先生は去っていった。先生が教室を出た後、教室内は…

 

「あんな先生初めて見た」

「大人しい先生があんなに熱くなるなんて」

 

 といった声が飛び交っていた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 ここの寮は一人部屋だった。家ではいつも、ちびっ子達と一緒に川の字になって寝ていたから、少しばかり部屋が広く感じた。

 

 でも、そのおかげで目覚まし時計の音量を最大まで上げることができる。

 

 時刻は四時、走りに行こう

 

 この学園は、芦田川という川に面している。そこには川沿いにウマ娘用の走路が設けられていて、トレーニングをするのにはもってこいの良い場所だと、友達が教えてくれた。しかも今年は、学園と市役所が協議して走路の拡張が行なわれたそうで、走りやすくなったらしい。

 

 外は真っ暗だった。でも、怖くはない、小学生の時から走ってきたから

 

 私は学園を出て、その走路に向かった。

 

 走路に着いた私は、まずそれを触ってみた。

 

 アスファルトでも、芝でもない。

 

 ダートだった。それもアメリカで使われてる本物のダート、土だった。

 

「ふっ!」

 

ドシン!

 

 私はその場で思い切り足踏みをした。

 

「……ついた…」

 

 蹄鉄の食い込んだ跡が、地面につく、同時に心の底から“走りたい”と言う気持ちがどんどん湧き上がってきた。

 

「よし…行こう!」

 

ドォン!

 

 思い切り土を蹴り、私はスタートした。

 

 

=============================

 

 

 俺がここに来て、一ヶ月が経とうとしている。未だに担当ウマ娘は居ない。

 

俺達は新人、それは当然なのだ。

 

 だが、担当ウマ娘がいないとはいえ、俺達に仕事が無いわけではない、担当を持った場合のトレーニング方法を考えたりしなければならないからだ。

 

 そんなこんなで、俺は同期のトレーナー達と共用の5人部屋…つまりは仕事部屋でトレーニング方法について考えていた。

 

ガラガラガラーッ!

 

「皆ーッ!選抜レースが明後日に行われるらしいぞ!」

「あーっもう!ニワトリじゃないんだから、もう少し静かにしなさいよ!」

「お前、その声何とかならんのか?」

「お前達も揃いに揃って五月蝿い…」

 

 ドアを勢いよく開けて入ってきたのは、同期の軽鴨(かるがも)、それに文句を言っている女性が火喰(ひくい)、同じく文句を言う雁山(かりやま)、三人に対して溜息をついているのが雀野(すずめの)、この四人が、俺の同期だった。

 

「「「「慈鳥、どう思う?」」」」

 

……俺に質問が振られてきた。

 

「まあ…デカイ音全般には慣れてるけれども、取り敢えず一言だけ言っとくか、ここ、で働いてんのは俺ら5人だけじゃない」

「………」

 

 全員黙ってしまった、気遣われたとでも思っているのだろうか?ドリフトのスキール音やサーキットの歓声、環状族の直管マフラー音……大きな音に慣れているのは本当だ。

 

「とりあえず、軽鴨、選抜レース、明後日なんだろ?」

「あ、あぁ」

 

 俺は軽鴨にゆったりと問いかけた。相手の声は自然と小さくなる。

 

「なら、俺らで出走ウマ娘の能力とかについて議論しようじゃないか。俺ら、まだ担当がいないし、な?」

 

 俺はそう言って皆の顔を見た、4人とも、コクコク頷いてくれている。

 

「よし…やるか」

 

 俺達は生徒名簿を開き、椅子を円形状にし、携帯やノートパソコンを持ち寄り、議論を開始するのだった。

 

 

────────────────────

 

 

 仕事を終えた俺は、学園を出て、学園から少し離れたトレーナー寮への帰途についた。

 

 鍵を開け、愛車に乗り込む、この世界ではスポーツカーが衰退していたが、嬉しいことにハイソカーやデートカーの方にまでその影響は行っていなかった、これは恐らく、ウマ娘がいる影響だろう。

 

 ウマ娘は普通の人間と比較すると、かなりの美貌の持ち主だ。それ故、車や服などのCMの業界で活躍している者も多い、事実、今の俺が乗っている愛車であるソアラも、ウマ娘が宣伝に起用されていたらしく、俺の親もその宣伝に影響されて買ったらしい。ウマ娘が宣伝に起用されていた証拠に、この車のシートには尻尾用の穴が空いていた。

 

 俺は運転しながら、議論内容を思い出していた。

 

 議論の中で話題に上がったのは四人。

 

 スタミナがあるエアコンボハリアー。

 

 末脚の鋭いキングチーハーとワンダーグラッセ。

 

 策士と呼ばれるセイランスカイハイ。

 

 このあたりが将来有望だと言うことになった。

 

 だが、俺は生徒名簿の中に興味深い名前を見つけ、そっちに注目していた。

 

 芦毛のウマ娘“アラビアントレノ”

 

 トレノはスペイン語で“雷鳴”という意味だ、だが、レーサーは別の物を想起するだろう。そう、大阪の環状線や峠道、サーキットやジムカーナ、ラリーで活躍したスプリンタートレノ(ハチロク)という車だ

 

 もっとも、それはこの世界には無い。

 

 寂しいなと思ったが、無いものは無いのだ、どうしようもない。

 

 俺は選抜レースの方に気持ちを切り替え、車を走らせた。

 

 

────────────────────

 

 

「気持ちよかった…」

 

 私は一時間ほど走り、寮まで帰ってきた。

 

 こんなに思い切り走ったのは久しぶりだった、髪が、尻尾が、切り裂く風と一つになって流れているいるのを感じた。

 家の近くは山道や曲道が多かったから、全力で走ることができる。

 

「アラ…?こんな早くにどうかしたのですか?」

 

 寮に戻ってきた私を見て、驚いた顔をしているのはワンダーだった。

 

「走ってきた、1時間ぐらい」

「ええっ…今…5時ですよ…?なら…4時に…?」

「うん、慣れてるからね、新聞配達のバイトやってたから」

 

 ワンダーはしばらく驚いていた様子だったけれども、しばらくするとクスリと笑った。

 

「ふふっ…そう言えば…そう言ってましたね……貴女は面白いですね、レースをする日が楽しみです」

「ありがとう、それは私もだよ、ワンダー」

 

 もうすぐ選抜レースがある、アングロアラブの私が、サラブレッドにどれだけ通用するのか分からない、でも、夢のため、全力で走る……今から気合いを入れておこう。

 

 

 

 




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第2話 迫力

 今日は選抜レースの日になる、私達は8人ひとグループとなり、いくつかのグループかに分かれて走る。

 

「アラ〜早く行こうよー」

「分かってる、ちょっと待って」

 

 同じグループの友達、セイランスカイハイ、愛称ランスが私を呼ぶ。

 

「よし…お待たせ」

 

 私は靴紐をしっかりと結び、選抜レースの行われるトレーニングコースに向かった。

 

 

────────────────────

 

 

 私達はトレーニングコースに出走グループ毎に並び、選抜レースの開始が宣言されるまで待っていた。

 

 すると、この学園の生徒会副会長、ハグロシュンランさんが登壇する。

 

「……」

 

 シュンラン副会長はそのオッドアイの目で私達生徒を見渡すと、息を吸い込んだ。

 

『選抜レースに参加された皆さん、こうやって、無事にデビュー可能となる時期を迎えたことを、このハグロシュンラン、心からお喜び申し上げます、さて、皆さんはほとんどの場合、この選抜レースを通してトレーナーさんのスカウトを受け、デビューすることとなります、つまり、この選抜レースは“夢への第一歩”ということです、皆さんには様々な夢があることでしょう、その夢のゲートが、今日、開くことをお祈りし、選抜レースの開催をここに宣言したいと思います』

 

 シュンラン副会長はそう言うと、こちらに向けて一礼し、下段していった。

 

 

=============================

 

 

 選抜レース、それはウマ娘がトレーナーに実力を見せ、スカウトを受けるための場である、ここ、福山トレセン学園では、一年の間はゲートや模擬レース、筋トレなどの基礎的な練習をやり、2年目から選抜レースに出走できることになっていた。

 

 理由は爆発期が一年の間に来ることが多いからである、爆発期は急激な成長期であり、その間の怪我は選手生命に関わる可能性も少なくなかった。

 

『今日はウマ娘達の夢を叶えるための第一歩、選抜レースの日です!実況は福山トレセン学園の放送委員、シベリアントレインがお送り致します』

 

『解説は同じく放送委員のスノースパイダーが務めさせて頂きます。』

 

 実況、解説役の放送委員のウマ娘が席についた。

 

「1組目の方!出走準備をお願いします!」

 

 サポートウマ娘が出走者達を誘導し、ゲートに入らせた。

 

「……一組目、注目の選手はキングチーハーか」

「あの娘も凄いけれど、エアコンボハリアーも侮れないわよ」

 

 慈鳥達同期5人組は、観客席に寄りかかり、双眼鏡を覗きつつ、ゲートインするウマ娘達を見ていた。

 

 5人が注目しているのは、エアコンボハリアーとキングチーハーであった。

 

 エアコンボハリアーはスタミナとコース取り技術を兼ね備えたウマ娘である、彼女はレースの際はいつも首から下げているパイロットゴーグルをつけていた。

 

 一方のキングチーハーは、コーナーは苦手なものの、持ち前の根性で“突撃”とも形容される強い末脚の持ち主だった。

 

ガッコン!

 

『スタートしました、スムーズに前に出たのは最内、メイショウタカカゲ、それを追う、インノシマスズカ、外を回ってエアコンボハリアーとマッドバイソン、少し離れましてキングチーハーとナガトサンレン、最後尾は二人並んでゴーイングメモリーとニシノコオリヤマだ!』

 

 今回のレースは1600mである。コーナーは前半にあるため、エアコンボハリアーは邪魔をされにくい外側に、キングチーハーは体力温存のために後方に控える作戦を取っていた。

 

「エアコンボハリアー、やはり上手いわね」

 

 火喰は感心した様子を見せ、口角を上げた。

 

『コーナーを曲がりまして、レースは少し縦長の展開!』

『コーナーでは遠心力がかかりますから、外を回って抜けてしまうか、遠心力に耐えながら内側最短ルートを進むか、この娘達はしっかりと決めているみたいですね』

 

(コーナーを抜ければストレート、外側から撫できれば…!)

 

 キングチーハーはストレートでの差し切りを狙い、コーナーの出口で外側に出られるよう準備をした

 

(チハ…準備してるね、でも、そうはさせない!)

 

 しかし、その作戦はエアコンボハリアーに読まれていた。彼女はコース取り技術を活かし、キングチーハーの進路に自分の身体を被せる戦法を取っていた。

 

(ハリアー…ここで…!?)

 

 進路を塞がれたキングチーハーは、ぶつかるのを避け、遠心力に耐える選択肢を取ることを強制された。

 

『コーナーを抜けました!先頭変わらず、メイショウタカカゲ!だが少し苦しいか!?』

 

 メイショウタカカゲはインノシマスズカにピッタリと張り付かれており、プレッシャーを浴びされまくっていた、メイショウタカカゲはズルズルと沈んでいった。

 

「メイショウタカカゲ、スタミナ切れだな、これはマッドバイソンが出てくるかもしれん」

 

 雀野は状況を分析する

 

「いや……彼女も無理だ」

 

 雀野の分析を、慈鳥は否定した。

 

『ここでキングチーハー、ゴーイングメモリー、ニシノコオリヤマ上がってきた!』

 

(……やっぱりな、前方が失速したら、後続は上がってくる、自分が前に出るために、そして、前方につけていた奴の進路を塞ぐために)

 

 慈鳥はそんなことを考えながら双眼鏡を覗き込む。

 

「ほら、上がってきた、ウマ娘レースはレースゲームじゃないからな、相手にぶつけて弾き飛ばすなんて事は出来ない」

「抜けようとしても、上がってきた奴らに塞がれるってことか…」

「それで囲まれてっから、一緒にズルズルと…」

 

 慈鳥の言葉に、軽鴨と雁山は同意した。

 

『エアコンボハリアー、キングチーハーの追走を耐え抜いてゴールイン!!』

「やっぱりあの娘には才能があるわね」

 

 火喰は興奮気味にそう言った。

 

 

=============================

 

 

 選抜レースは進み、最後の組となった。まだ、会場は直前のレースに出走したワンダーグラッセの強い走りによる熱気が収まっていなかった。

 

このレースには俺が興味を持ったウマ娘、アラビアントレノが出走する事になっている。

 

だが…

 

「セイランスカイハイ、何考えてるんだろうな」

「分からん、でも必ず何か考えてるさ」

 

 といった具合に、他の四人の注目は、セイランスカイハイに向いている。

 

『最終グループの各ウマ娘、ゲートイン完了』

 

ガッコン!

 

『スタートしました、大外枠セイランスカイハイ、飛び出して行きました、それを追うのは最内のケゴヤセフィーロ、その後ろには並ぶようにして、ハイパーテクニック、リトルデイジー、メレーカウンターが追走、1バ身差でファイナルカウント、その内を回ってサカキムルマンスク、これは出遅れたか、殿がアラビアントレノ』

 

 俺はアラビアントレノの方を見た、少し、周りを観察しているように見える、作戦は追込か?

 

「セイランスカイハイ、作戦は逃げかな」

「いや、先行じゃないか雀野、初めての選抜レースで逃げは中々にリスキーだぜ?」

「私は軽鴨に同意するわ、芝メインの中央のウマ娘ならありえる話かもしれないけれど、足を取られるダートで、それも大事なレースで、逃げは中々の高リスクだと思うもの」

「慈鳥、お前はどう思う?」

 

 雁山が俺に質問を投げかけてくるので、俺は セイランスカイハイの方を見た、あの顔だと…

 

「アイツ、レブ縛りしてるぞ」

「なんだそりゃ?」

 

 そうだった、この四人は一般人だった、カーレースの知識など知らないか。

 

「あー…つまりはベストを尽くさずベストを尽くすんだ」

「……は?」

「簡単に言うと、本気を出してない状態で本気を出しているように見せかけるんだ、見てみろ」

『もうすぐコーナーに入ります!先頭変わらず、セイランスカイハイ!』

『ダンゴになる事なく、やや縦長の展開になりましたね、各ウマ娘のコーナーでの動きに注目です』

 

 セイランスカイハイはまだ動かない、恐らく、仕掛けるのはコーナー中程からだ。

 

「動かないぞ?」

「まだだ…コーナー中程で二番手が追いつく、今…!」

『おおっと、ここでセイランスカイハイ!突き放しにかかった!』

「すげえ!ホントにペースを上げやがった!」

「コーナーではスピードがどうしても落ちるからな、そこで一息入れて再び逃げたんだ」

 

 そして、俺はアラビアントレノの方に視線を移す。

 

 明らかにおかしい点が一つあった。

 

 デコボコのバ場を避けていなかった、そして、そういった場所を走っているのにも関わらず、コーナー速度は他のウマ娘と大差がない、あ、一人抜いた。

 

『さあ!カーブを抜けましてここからはゴールまで長い直線!仕掛けどころだ仕掛けどころだ!!おっとここで逃げるセイランスカイハイを目指してメレーカウンター上がってくる!最後尾サカキムルマンスク、とその前のアラビアントレノ、二人も仕掛ける構え!』

『最後のストレート、末脚と精神力の勝負ですね』

 

「逃げろー!セイランスカイハイ!」

「行けるか!?」

「頑張ってー!」

「飛ばせぇぇぇぇ!」

 

『セイランスカイハイ、粘り耐えてゴールイン!』

 

ワァァァァァァ!

 

 一方のアラビアントレノは…うまく加速が乗らず、ハナ差で最後にゴールインした。

 

 

────────────────────

 

 最後のレースとゲート等の片付けが終わり、最後に生徒会副会長であり、エアコンボハリアーの実姉であるエアコンボフェザーが講評を述べる事になった。

 

 こういうことは生徒会長がやるべきなのかもしれないが、この学園の生徒会長、エコーペルセウスはサポートウマ娘であり、レースの講評は競走ウマ娘の方が適任だろうという理由でこうなっている。

 

『では、今回の選抜レースの講評を述べさせてもらう、今回の選抜レースのコースは逃げ、先行、差し、追込、どのウマ娘も問題なく走りきれるコースだったと私は思う、事実、出走した者はほぼ全て、自分の戦法でこの選抜レース、夢を掴む第一歩に臨むことができていたな。だが、忘れてはならない事がひとつだけある。今後、皆は福山レース場を始めとした様々な場所で走っていく事だろう、コースの形状はレース場によって様々、決まりやすい戦法、決まりにくい戦法も当然コースによって異なる、自分の得意な戦法を磨くのは良い事だが、それが通用しない場面も想定し、他の戦法の練習をする事も視野に入れて欲しい』

 

 エアコンボフェザーは世にも珍しい白毛のウマ娘だ、詳しい経歴は分からないものの、とても強いウマ娘だったらしい。

 

『そして、最後に一つ、“レースに絶対は無い”これをいつも、心のどこかに必ず置いておいてくれ』

 

 そんなウマ娘がする訓示は、重みがあった。だが、どういう訳か、最後の方で少し声に悲しみが混じっていた。

 

『エアコンボフェザーさん、ありがとうございました、では、これよりスカウトタイムに移ります、トレーナーの皆さんは準備をしてください』

 

 放送委員がそう言う、アラビアントレノのコーナーでの走りに可能性を感じた俺は、スカウトの為に張り切る軽鴨達四人に続き、下に降りる準備をした。

 

 

=============================

 

 

 私がゴールインしたのは最後だった。

 

 やはり、サラブレッドには勝てないんだろうか?

 

「………」

 

選抜レースは終わり次第、現地解散となる。私はコースを出て校舎に戻り、制服に着替え直して寮に戻った。

 

 やはり、放馬したサラブレッドを追いかけるのとは訳が違った。

 

 放馬したサラブレッドと言うのは、緊張や焦りといった色々な感情がごちゃまぜになった状態で走っているので、スタミナが切れやすい、だから注意を走りから反らしやすく、そうする事で簡単に遅くできる。

 

 でも、今回の相手は放馬してたわけじゃない、リズムの整った動きをしていた。

 

 必死にコーナーを曲がって追い上げたものの、末脚勝負に勝てなかった。

 

 私が他の娘と同じ速度まで達したのは、ゴール直前だった。つまり、私は末脚を使っても最高速が出るのが遅い、早押しクイズで、相手が押したのを目で確認してからやっとボタンを押すようなものだ。

 

「はぁ…」

 

 私はため息をついた、こんな調子で、トレーナーなんてつくはずがない。

  

「……」

 

 私は再びジャージに袖を通し、外に出た。

 

 悩んだ時は、走るに限る、私は川沿いをどんどん下っていった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 川沿いを下っていき、市民球場のところまでやってきた。

 

 ここから寮まで、およそ8キロ、どんなペースで走ったのかはよくわからない、だけど流石に疲れた。

 

 私は走路沿いの斜面に座り込む。

 

「こんなんじゃ…私は………」

 

 実際に共に走って分かった。

 

 なぜサラブレッドは“走るダイヤモンド”なのか。

 

 なぜサラブレッドが走る光景で、人々が興奮し、熱狂していたのか。

 

 なぜサラブレッド達は人間に愛されていたのか。

 

 そして…なぜアングロアラブ(私達)が競走の世界からいなくなったのか。

 

 人間達は迫力のあるレースを求めていた。

 

 槍を突き出すかのように出る差し。

 

 スルッとゲートを抜ける逃げと、それを追う先行。

 

 纏めて撫で切る追込。

 

 その全てに、迫力がある。

 

 前世のアングロアラブ(私達)は確かに牧場の仲間である他の動物や、同じ馬であるセルフランセよりは速かっただろう、だけど、今日のレース結果を鑑みて、アングロアラブ(私達)がサラブレッド抜きでレースをやってみるとする、人間達は興奮、熱狂するだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恐らく、答えは“否”だ。

 

 目の奥が熱くなってくる。

 

『……ッ!……………!』

 

ポツ…ポツ…

 

 涙と違う物が頬を伝う。

 

サァァァァァァァ……

 

 雨が降り始めた、まずい…雨合羽なんて持ってない…

 

 私は雨から逃げるように、球場の軒下に駆け込んだ。

 

サアァァァァァァァァ…

 

 これはかなりの本降りになる。

 

「はぁーっ…」

 

 なぜ天気予報を確認せずに出たのか…

 

 私は莫迦らしくなり、ため息をつき、その場に座り込む。

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コッ…コッ…コッ…

 

 足音…?

 

「お前さん、そんな所で座り込んでると、風邪引くぞ?」

 

「………!」

 

 突如声をかけられた私は、びっくりして顔を上げた。

 

 

 




 
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 福山トレセン学園の制服のイラストを、拙いながらも作りましたので、載せさせて頂きます。


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第3話 スカウト

「よろしく頼むわ!」

「ああ、こっちからもよろしく頼む!」

 

 軽鴨とキングチーハーが握手をする、選抜レースに備えて、俺達5人は意見を突き合わせて、スカウトのための話術を相当考えていた。

 

 それが実ったというわけだ。

 

 だが、俺の探していたアラビアントレノはいなかった。そこで俺はあるウマ娘に声をかけた。

 

「サカキムルマンスク」

「あっ!トレーナーさん、どうかしましたか?」

 

 このウマ娘は確か、アラビアントレノとクビ差でゴールしたはず、だから退場するときも一緒にいたに違いない。

 

「アラビアントレノがどこに行ったか知らないか?」

「アラちゃんですか?それなら…もう校舎の方に行ってしまったと思います」

「分かった、ありがとう」

「……?」

 

 疑問を顔に浮かべるサカキムルマンスクにお礼を述べ、俺は校舎の方に向かった。

 

────────────────────

 

 校舎には居ない。

 

 寮に連絡を入れる──さっき出ていったそうだ。

 

 恐らく、走るとしたら川沿いのウマ娘用の走路だろう、俺は車に乗り込み、走路に沿って川を下っていった、左手には福山レース場が見える。

 

 川沿いの道は飛び出しなどの心配から、あまり飛ばせない、かなり燃費に響く走りだ。

 

ポッ…ポッ…

 

 雨か…

 

サァァァァァァァァ…

 

 これはかなりの本降りになりそうだ……

 

……ん?

 

 あそこに人影が一人…あの髪の色だとウマ娘のはず、それにあの色は…芦毛。

 

 間違いない、アラビアントレノだ。

 

 俺は進路を変更し、駐車場へと車を走らせた。

 

 

────────────────────

 

 

 車を停め、トランクに放り込んである傘を取り出し、さっきアラビアントレノがいたであろう場所に向かう。

 

 芦毛の髪…間違い無い。

 

 しかし、その耳はペタンとしている、恐らく、選抜レースの結果の影響だろう。

 

 俺はアラビアントレノに近づき

 

「お前さん、そんな所で座り込んでると、風邪ひくぞ?」

 

と声をかけた。

 

「………!」

 

 相手は驚いた様子を見せ、顔を上げる。

 

「…あなたは…?」

「俺は慈鳥、学園所属の新人トレーナーだ、あと別にそんなにかしこまらんでも良い」

 

 俺はそう言った、お固い言い方は好きじゃない。

 

「…私に何の用が…?」

「今日の選抜レースを見てた」

「…私、遅かったよ?なんで私なんかに声をかけるの?」

 

 アラビアントレノの耳は、後ろに反る。

 

 つまり怒っている。

 

「ああ、遅かったな」

「…ッ!だったら!!」

 

 相手は立ってこちらを睨む、耳は更に後ろに反り、完全に畳まれている、この状態は、手が出てもおかしくない状態を示している。

 

「だが、俺はスピードなんかに注目してない、お前さん、コーナーはどう曲がった?」

「あんなの…誰にだってできるよ!」

「…普通に曲がったってことか?」 

「…そう」

 

……!

 

 驚いた…あれを普通と言うか…

 

「そうか、なら、単刀直入に言うぞ、お前さんをスカウトしたい」

「………えっ…?」

「あの選抜レース、お前さんは最終グループだった。最終グループと言うことは、当然、バ場状態はデコボコ、特にインコースはな、だが、お前さんはそこを避けずに“普通に”走ってみせた……」

「でも…でも…いくらコーナーが上手く行ったって!ストレートで遅かったら意味がない!」

「違う!」

「違わない!」

 

 そう言われた俺は、懐に手を突っ込み、携帯(ガラケー)を出してパカッと開いた。

 

 そして、ある動画を再生した。

 

「見ろ!」

「…!」

「この黒い車の後ろを走ってる赤い車は前の車よりバリキが低い、つまりスピードが遅いんだ、だが…見てみろ」

「……」

 

 俺はアラビアントレノに画面をよく見るよう促した、そこには、ゴール前の最後のストレートでスリップストリームを利用して抜け出し、逆転してゴールする赤い車の姿があった。

 

「…バリキの低い車だって、バリキの高い車を追い越せる、それはウマ娘でもありえると俺は思う、お前のコーナーリング能力は素で高い、そこにモータースポーツの要素が加われば、お前は必ず強いウマ娘になる」

「………」

「速さで敵わない相手には(ここ)と小技でぶつかるんだ、もう一度言う、お前をスカウトしたい」

 

 俺はアラビアントレノの目を見た。

 

 

=============================

 

 

 私に声をかけてきた慈鳥というトレーナーは、私に動画を見せてきた。

 

「…バリキの低い車だって、バリキの高い車を追い越せる、それはウマ娘でもありえると俺は思う、お前のコーナーリング能力は素で高い、そこにモータースポーツの要素が加われば、お前は必ず強いウマ娘になる」

 

 その男はそう言った、私はある事を思い出していた。

 

 前世、おやじどのはよく、私の前にあぐらをかいて若い頃の話を聞かせてくれた。

 

『あいつは凄かった、鋭いコーナーリングで、馬力で勝る相手にジリジリと迫って、ギューンと抜いてったんだ、まるで、サラブレッドが相手を差し切るみたいに、お前が人間だったら、絶対に度肝を抜かれてる』 

『ーーー!』

『そうかそうか、分かってくれるか!お前は賢いな!流石、“神ホース”って呼ばれてただけのことはある!』

 

 いつも、私は嘶いて返答していた。 

 

 回想を終え、目の前に立つ男に、視線を移す。

 

「速さで敵わない相手には(ここ)と小技でぶつかるんだ、もう一度言う、お前をスカウトしたい」

 

 そして、目の前の男は、真っ直ぐな目でこちらを見て、私に訴えかけていた。

 

 “力で敵わない相手には頭と小技で立ち向かう”

 

 私は前世、先輩に教わったことを思い出した、そして、目の前の男は、それと同じような事を言っている

 

 これは果たして偶然だろうか。

 

 私はそうだとは思えなかった。

 

 だから、私は決めた。

 

 この男…いやトレーナーに師事し、走ろうと。

 

 

 サラブレッドと“勝負をする”ではなく。

 

 

 サラブレッドに“勝つ”ために。

 

「…分かった、私はアラビアントレノ、皆からはアラって呼ばれてる」

「アラだな、さっきも言ったけど、俺は慈鳥、トレーナーだ、よろしく頼む」

「よろしく、トレーナー」

 

ガシッ

 

 私達は握手を交わした。 

 

 握手を終えると、トレーナーは川の方を向き、空を見上げた。

 

「…さて、アラ、まずはお前さん、この雨でどう帰るつもりだ?」

「…走って帰ろうと思う」

「…まずは健康管理だな、俺の車に乗るんだ」

「……えっ…?」

 

 私は少しびっくりした。

 

「普通に走るのなら、雨の中でも問題はないだろうな、でもお前さんは選抜レースで多少なりとも疲れてるはずだ、風邪でも引いてもらっちゃ困る、ほら、傘を貸すから付いてこい」

「…わかった」

 

 私はトレーナーの車に乗り込んだ、トレーナーの車は所謂スポーツカーと言うやつだった。

 

「寮で良いな?」

「うん」

 

 トレーナーはエンジンをかけ、オーディオのスイッチを入れた。

 

『…Everynight you light me with your

gasoline…Everytime I feel delight when you

recall my name……』

 

「この曲……」

「…どうした?やかましいなら止めるぞ」

「…いや、珍しい曲だなって思って」

「外国の曲だからな、そりゃそうだ」

 

 この曲は、私は聞き覚えがあった。

 

 前世、おやじどのは私の身体を洗う時は、音楽をかけていた。

 

 そして、少し音痴な声で歌いながら、私の身体にブラシをかけていた。

 

「車に乗ってると、こういう曲で走りたくなるんだ」

 

 そう言うトレーナーの横顔は、偶然だろうか、おやじどののそれとよく似た表情を浮かべていた。

 

 

=============================

 

 

 アラを送り届けた翌日、俺達はトレーニングを始めることになった。

 

「よし、トレーニングを始めるぞ、よろしくな、アラ」

「よろしく、トレーナー、準備運動は済ませたよ」

「手際が良いな、なら、そこのウッドチップコースを3周、1800mをまず一本走ってみてくれ、一人しか居ないが、レースをしているつもりのペース配分でやってみてくれ」

「分かった」

「用意…スタート!」

 

 俺がスタートの合図で手を下ろすと、アラはスタートした。

 

……!

 

 タイミングはピッタリだ、だが…出るのが遅い、瞬発力が足りていないのか。

 

 アラは走っていく、そして、コーナーに入った。

 

……

 

「なるほど…」

 

 アラはピッチ走法を用いている、つまり、細かい所での動きの調節がしやすいと言うことだ、だが、それだけではコーナー技術があるとは言えない、他に秘密があるはずだ。

 

 

────────────────────

 

 

 最後の3周目に入った。ここからは末脚が出ててくる。

 

グッ…ダッ!

 

 アラは力強く踏み込み、末脚を出してきた、しかし、速度はなかなか伸びない。

 

 そして、ゴール前でやっと最高速らしき速度が出て、アラはゴールした。

 

 結論を言ってしまうと、アラは加速力が低い。

 

 だが…コーナーでの安定性は非常に優れていた。トレーナーである俺は、これをうまく活かせるようにしなければならない。

 

「トレーナー、どうだった?」

「タイムは────だ、まあまあってところだな」

「そう……」

 

 俺少しあやふやな言い方をした、だが、アラは悔しそうな顔をしてこちらを見る。

 

「隠さなくても良いよ、正直に教えて」

 

 アラの目は、真っ直ぐこちらを見つめている。

 

「……遅い、それもかなりな」

「そっか……」

「だが…それをなんとかするために俺がいる、大丈夫だ、信じてくれ」

「それよりもお前…かなり汗かいてるな?」

「……汗っかきなだけ、あまり気にして欲しくない」

「…あっ…すまん…」

 

 確かに、よく走るウマ娘といえ、成長期の女性に、汗の事を言うなど、言語道断だった。

 

 だが、まだ6月だ、少しずつ暑くなっては来ているけれども、まだまだあんなに大量の汗をかくほどじゃない、代謝が良過ぎるのか?

 

 そう言えばあいつ…“馬も品種によって汗っかきだったりそうでなかったりする”…とか言ってたな。

 

 やはり、ウマ娘もそういうものなのだろうか、だが…この学園のウマ娘で、アラほど汗をかいているウマ娘なんて…見た事無い。

 

 

────────────────────

 

 タイムを測った後は、俺はアラにスタートダッシュの改善方法を教えたり、坂道を走らせたりして、トレーニングを終え、トレーナー室に戻ってきた。

 

 いつもの四人は先にトレーナー室に戻っており、パソコンをつついていた。

 

「おっ、おつかれさん」

「お疲れ様」

 

 挨拶をかわし、俺は席についた。

 

「慈鳥、トレーニングはどうだったの?」

 

 すると、火喰が俺にトレーニングについて聞いてくる

 

「基本的な事を一通り、どうした?」

「いや、慈鳥、貴方がスカウトした相手が、あの娘だったから、つい気になったのよ」

 

 まあ、普通のトレーナーならばそう言う反応をするだろう。

 

「おいおい火喰、少しいやみったらしく聞こえるぞ」

「……!ごめんなさい慈鳥、そんなつもりは無いの」

 

 雁山に指摘され、火喰は申し訳無さそうに目をそらした。

 

「…いや、別に怒ってないさ、ただ、俺はあいつに可能性を感じただけだ。それに、俺達全員、希望のウマ娘と契約できたんだし、それで良いじゃないか」

「…確かに、俺はチハ、雁山はランス、火喰

はコンボ、雀野はワンダー、慈鳥はアラ、皆希望通りのウマ娘をスカウトできたな」

 

 俺の言葉を、軽鴨がうまくまとめてくれた。

 

ピロリン

 

 すると、俺のパソコンのメール通知が鳴る。

 

ピロリン

 

「あ、私達も…」

 

 他の四人も同様のようだ。

 

 俺達はメールを開いた。本文には

 

“記者会見の中継映像です、可能な限り確認するように”

 

 との文言があった。そこには何故か、リンクのようなものが貼られている。

 

 リンクを開くと、ある記事に飛ばされた。

そこにはURA(日本中央ウマ娘レース協会)NUAR(地方全国ウマ娘レース協会)の共同発表の記者会見の記事だった。

 

 俺達はその記者会見のライブ動画を再生した。

 

 

=============================

 

 

 ここは、東京都のある高級ホテルに設置された記者会見の部屋、ここでは重大発表が行われる予定であり、多くの記者が集結していた。

 

 しばらくすると、数人の正装の男女が出てきて、席についた。

 

「皆、今日は集まって頂き、誠に、感謝申し上げます」

 

 白の正装に身を包んだ小柄な女性は、中央トレセン学園の理事長、“秋川 しわす”である。

 

「我々URAは、NUARの協力を得て、大きな大会を設置することを決定しました、名称はAU(全ウマ娘)チャンピオンカップ、中央、地方問わず、日本全ての競走ウマ娘に門戸が開かれるレースとなります」

 

会場は興奮に包まれ、シャッターは連射される。

  

「このレースが生まれた理由は“革新”…すなわち、“日本のウマ娘レースに、新たな風を吹き込みたい”と言うものです。よって、このレースでは、全ての距離が用意されます!」

 

 続いて、NUARのトレセン学園運営委員長九重(ここのえ)がマイクを取り、そう続けた。

 

 そして、その発言に、会場は更に湧いた。

 

「大会の開催はおよそ三年後、必要な情報は段階的に開示していきます、ファンの皆様方これからも競走ウマ娘達を応援していただけますよう、よろしくお願い致します。」

 

 二人は頭を下げた。

 

ワァァァァァァァァァァッ!!

 

 記者会見の会場はその規模に見合わない、大きな熱気に包まれたのであった。

 

 

=============================

 

 

 記者会見のライブ配信映像は終わり、俺達は顔を見合わせた。

 

「地方と中央の合同の大会か…」

「しかも…3年後」

「これは…」

「もしや…」

「私達にも…」

「出るチャンスがあるって事だな」

 

 最後に俺がそう言うと…四人の目の色が変わった。

 

「燃えてきた…!」

「やってやるわ!!」

「目指せAUチャンピオンカップ!」

「スゲー時期にトレーナーになったもんだな、慈鳥!」

 

 軽鴨が俺の肩をバシンと叩く。

 

「…確かに…楽しみだな」

 

 俺もニコリとして、それに応える、表に出ていないだけで、俺も興奮しているからだ、大規模な大会…レーサーとしての血が騒ぐ。

 

「ネット掲示板でも早速話題になってるぞ!」

「サーバーがパンクしそうな勢いね…」

 

 

 

 世の中は、前代未聞の規模の大会に湧いているようだった。

 そしてそれは、俺達トレーナーも同じだった、恐らく、アラ達ウマ娘も、そうなのだろう。

 




 
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 次話に掲示板形式の回を入れておりますが、嫌いな方は読まなくても大丈夫になっています。


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今年のウマ娘レース界について語り合うスレ Part241

 
 ハーメルンに掲示版機能と呼ばれる凄いものがありましたので、それを使わせていただき、作らせていただいたものです、掲示板形式ですので、嫌いな方は飛ばして下さい


 

 AUチャンピオンカップの開催決定は、ウマ娘レースのファンを騒がせていた、そして、ネットの掲示板も大盛況となっていたのである。

 

 

 

220:名無しのレースファン ID:dsqAqSXRI

中央と地方の合同大会…だと…?

 

 

221:名無しのレースファン ID:CNRPq2GQQ

マジか

 

 

222:名無しのレースファン ID:vLyPmEUbu

これは期待

 

 

223:名無しのレースファン ID:8KmqkrHSj

地方が中央に適うわけないやろ

 

 

224:名無しのレースファン ID:/uaSC7VMH

>>223 は?

 

 

225:名無しのレースファン ID:P/FaDAZDB

>>223 地方を無礼るなよ

 

 

226:名無しのレースファン ID:TP8cGqtP/

ワイ中央ファン、地方のレベルがわからない

 

 

227:名無しのレースファン ID:7GYNw1TZy

南関東>園田姫路≧水沢>その他 でおけ

 

 

228:名無しのレースファン ID:NaOfy53vt

>>227 ありがとう

 

 

229:名無しのレースファン ID:pybn1bZYU

最近の地方はレベルが高くなってる

 

 

230:名無しのレースファン ID:DbOtTwBpH

>>229 最近ていつぐらいからなんや?

 

 

231:名無しのレースファン ID:HnQLMYzxT

オグリが中央行ってからじゃね?ソースはワイ

 

 

232:名無しのレースファン ID:yxcApiVmY

何かあったんか?

 

 

233:名無しのレースファン ID:BVCtnQHiK

「オグリに続け」をスローガンに掲げてると思われる

 

 

234:名無しのレースファン ID:nRRkWVBOF

第二のオグリは現れるのか…?

 

 

235:名無しのレースファン ID:VuA8rFDmw

個人的に期待したいのは船橋や水沢

 

 

236:名無しのレースファン ID:l0stfCNlx

というか今の中央って海外遠征強化してることないか?

 

 

237:名無しのレースファン ID:mZENVJa34

あー確かに

 

 

238:名無しのレースファン ID:uPzqg+u6T

>>236 ま?

 

 

239:名無しのレースファン ID:UoBFk8VFZ

シーキングザパールとかを海外遠征に出したりしてる

 

 

240:名無しのレースファン ID:uSOdmXbIm

海外レース…凱旋門とかか…

 

 

241:名無しのレースファン ID:kDQpFQVh1

サンルイレイはシンボリルドルフがでたなぁ、なお

 

 

242:名無しのレースファン ID:SSD8Yr6lf

>>241 ダートに埋めるぞ?

 

 

243:名無しのレースファン ID:1Wu47hxPs

>>242 ルドルフはダートに足を取られたって言われてるで

 

 

244:名無しのレースファン ID:e9/YnvTSw

オグリが凱旋門行っとったらなぁ…

 

 

245:名無しのレースファン ID:phq2XYdSa

>>244 噂によればオグリは何回もURA本部の人間が説得に来たらしいで

 

 

246:名無しのレースファン ID:cCdx0aHhr

はえー

 

 

247:名無しのレースファン ID:xTwprp6bS

海外遠征計画か…

 

 

248:名無しのレースファン ID:l04v0+8++

日本のウマ娘から凱旋門を取るウマ娘が出てくるのを祈る

 

 

249:名無しのレースファン ID:JDagl0D/T

ヨーロッパの芝って重いから、日本の芝で走れるウマ娘が走れるとは限らん

 

 

250:名無しのレースファン ID:hdxbnsWDz

それだと案外ダートウマ娘の方が走れたりして…

 

 

251:名無しのレースファン ID:Ff+iQYegd

>>250 日本の中央ダートは長距離がないからね

 

 

252:名無しのレースファン ID:Vz22h946p

でも、今回の大会は地方からもコース出す可能性あるから、名古屋の2500とか出てきそうではある

 

 

253:名無しのレースファン ID:/43If6FQP

名古屋グランプリのあのコースか…

 

 

254:名無しのレースファン ID:RaTcSdmrI

最近の名古屋グランプリは中央ウマ娘が勝ってるよ

 

 

255:名無しのレースファン ID:g8XNDigKM

えーと…部門は、短距離、マイル、中距離、長距離、ダート

 

 

256:名無しのレースファン ID:LWYWmX0Qu

これダートレースの距離は自然と適正のあるウマ娘の多いマイルになりそう

 

 

257:名無しのレースファン ID:LUy1w3QgG

確かに

 

 

258:名無しのレースファン ID:6i2Bcv5gP

今回の大会、トゥインクルシリーズとローカルシリーズがお互いの実力を確かめ合う良いものとなるのを期待

 

 

259:名無しのレースファン ID:NKoDTqCST

久しぶりに領域を出すウマ娘も見られるかも

 

 

260:名無しのレースファン ID:mokuTSq6b

そう言えば最近領域を出すウマ娘全く見ないなぁ…

 

 

261:名無しのレースファン ID:GoHFIvJTS

日本のウマ娘が弱くなってるという事でもないのにね

 

 

262:名無しのレースファン ID:jce9sy5Zp

むしろ最近のウマ娘は期待できるでしょ、中央が海外遠征強化目指してるぐらいだし

 

 

263:名無しのレースファン ID:yZ56Q9uBP

注目株とかいる?

 

 

264:名無しのレースファン ID:mZuNW6FH2

女帝エアグルーヴとか

 

 

265:名無しのレースファン ID:IsA92QuNl

>>263 グラスワンダーとかは?リギルにスカウトされたらしい

 

 

266:名無しのレースファン ID:y6wMZvsQF

あのリギルに…?

 

 

267:名無しのレースファン ID:NGLCb3Y0G

それって凄い大型新人じゃね?

 

 

268:名無しのレースファン ID:VB4meOkkG

何でもアメリカ出身だとか

 

 

269:名無しのレースファン ID:F8Qvp5bWy

>>それはワイも知っとるわ、こないだの月間トゥインクルでリギルの新人として特集されてたけど、可愛かったで

 

 

270:名無しのレースファン ID:JDUw/s43I

野点の写真あったな、アレは永久保存版ですわ

 

 

271:名無しのレースファン ID:HdAYQWv7v

アメリカ人なのに大和撫子なのか…

 

 

272:名無しのレースファン ID:XAR8UubLI

それが良い

 

 

273:名無しのレースファン ID:/Jj8mdsAs

来月は勝負服後悔だってよ

 

 

274:名無しのレースファン ID:pP4qAoqAq

>>273 誤字ってますよ

 

 

275:名無しのレースファン ID:hqBOwaDjV

というかもう勝負服できたのか…(驚愕)

 

 

276:名無しのレースファン ID:G2YJ4SMQ9

まあリギルだし

 

 

277:名無しのレースファン ID:xUUcWE1M5

このAUチャンピオンカップがどんな大会なのかまだわからんけど、ドリームトロフィーのウマ娘まで出たら大変なことになりそう

 

 

278:名無しのレースファン ID:nZ+cJVIP8

ファーストガ○ダムの開戦当初みたいな感じですねぇ…

 

 

279:名無しのレースファン ID:i+Qv/xRhb

というかこの九重とかいう人、微妙に近衛文麿に似てる

 

 

280:名無しのレースファン ID:dzfpeHSC2

確かに

 

 

281:名無しのレースファン ID:A+jfboNqL

見かけで判断しないほうがええで、この人かなりすごい人だから

 

 

282:名無しのレースファン ID:b1JdYc7hq

>>279

>>280

この人逼迫気味の地方トレセンの財政を良くしてってる傑物、ある意味バケモン

 

 

283:名無しのレースファン ID:PUkdOYbup

ウマッター見て知った、ほんのこてわぜこった!!

 

 

284:名無しのレースファン ID:6zAubAFqZ

お…おう…

 

 

285:名無しのレースファン ID:hmYUSyCyM

>>283 どこの言葉…?

 

 

286:名無しのレースファン ID:0xCDIIqUP

283は多分薩摩の人間…283、チェスト、きばれ!

 

 

287:名無しのレースファン ID:RqPJn5+gW

やっぱこのニュースは日本全国騒がしとるんやな…

 

 

288:名無しのレースファン ID:4wuE/nSst

ウマッター見てみ、トレンドになってる

 

 

289:名無しのレースファン ID:PgyJDWYsQ

ホントだわ

 

 

290:名無しのレースファン ID:aDiL+eTwZ

わぁ!おっきいニュースになってるヮ!

 

 

291:名無しのレースファン ID:logHhV4ec

ワイ、地方レース場売店店員、観光客が集まるかもしれないので歓喜

 

 

292:名無しのレースファン ID:6aoEhqlrk

>>291 どこや?

 

 

293:名無しのレースファン ID:logHhV4ec

>>292 特定されるの怖いから言えん

 

 

294:名無しのレースファン ID:HbQnvMtjR

確かに今回の発表きっかけに地方レースに注目が集まりそうである

 

 

 

295:名無しのレースファン ID:S+A721/OP

さっき言われてたけど、オグリが中央行ってから、地方のレベル上がったよな…

 

 

296:名無しのレースファン ID:nR1VewxJ4

同時に中央のダートはなぜか少し弱くなったという怪奇現象

 

 

297:名無しのレースファン ID:ErfZCh+XA

>>296 ま?

 

 

298:名無しのレースファン ID:nR1VewxJ4

10年以上トゥインクルシリーズのファンやってきたからね

 

 

299:名無しのレースファン ID:roVXgseHM

すごE

 

 

300:名無しのレースファン ID:MOVzvyjRv

中央ダートって強いウマ娘居たような…思い出せん

 

 

301:名無しのレースファン ID:k3ezIq1QU

まあ、ダートの人気が高まってきたのが2年前ぐらいからのことやししゃーない

 

 

302:名無しのレースファン ID:86ZPDiN2S

3年後が楽しみ

 

 

303:名無しのレースファン ID:6hrNki2DA

というかこれ会場の入場数大変なことになりませんかね…

 

 

304:名無しのレースファン ID:TV2dfU2+F

確かに…

 

 

305:名無しのレースファン ID:j79Hxfijl

中継やっても配信サイトのサーバーがパンクしそう

 

 

306:名無しのレースファン ID:5IL69hYLp

そういう面も考えられるから3年後なのかもね

 

 

307:名無しのレースファン ID:NOJAbg69+

でもこれ一回はプレ大会とかしないとまずいと思うで

 

 

308:名無しのレースファン ID:dxI1mjisg

ワイは国体出たことあるから、307に同意

 

 

309:名無しのレースファン ID:rP3tyUoyH

国体出場者までこのスレにいるのか…

 

 

310:名無しのレースファン ID:0tVeMAeei

>>307 プレ大会って何のためにやるの?

 

 

311:名無しのレースファン ID:NOJAbg69

>>310 大会の入場傾向を確認したりとか、きちんと大会運営出来そうかの確認をする

 

 

312:名無しのレースファン ID:F/Y+Fg52q

これは博識

 

 

313:名無しのレースファン ID:NSrTF5V9Y

一つ疑問に浮かんだんだが、中央って地方からスカウトしてるよな?地方側からすれば、大会開催前や大会後に有力選手が引き抜かれる可能性もあるってことにならへんか?

 

 

314:名無しのレースファン ID:irdMlMMHf

あっ……

 

 

315:名無しのレースファン ID:yq7kBNDAa

>>313 チャンピオンカップは中央が地方の有力選手を引き抜くための場として設定された説が微レ存…?

 

 

316:名無しのレースファン ID:1jHzZEfXI

>>315 陰謀論者は帰ってどうぞ

 

 

317:名無しのレースファン ID:xrEKsK/J2

そんなことしたらURAが批判食らうだけなんだよなぁ…

 

 

318:名無しのレースファン ID:R37LRZZI5

>>313 それはワイも思ったで、オグリだって東海ダービー目指してた矢先の中央移籍だったもんな

 

 

319:名無しのレースファン ID:fj0FqyFAv

>>318 オグリがカサマツのまま走ってくれたらどうなっとったんやろうなぁ…

 

 

320:名無しのレースファン ID:3y7WiSt9u

タマモクロスやスーパークリークやイナリワンと会うことなく終わりでしょ

 

 

321:名無しのレースファン ID:l+ELa1dQc

>>320 あの三人や同期のウマ娘達はオグリに触発されて強くなったような感じだから、あまり盛り上がらなくなってそう

 

 

322:名無しのレースファン ID:QRj83eHUl

オグリが居なくてもオベイユアマスターとかの海外勢がいたから…(震え声)

 

 

323:名無しのレースファン ID:dQtZe4kuw

暗黒時代の継続はやめてくれよ…(絶望)

 

 

324:名無しのレースファン ID:rL4VVIAAL

暗黒時代?

 

 

325:名無しのレースファン ID:dQtZe4kuw

>>324 知らなくて良いこともあるんやで

 

 

326:名無しのレースファン ID:g8K3Utitt

というか、話題は変わるが、地方ウマ娘は大会の勝負服どうするんだろ?

 

 

327:名無しのレースファン ID:LnfbNLPWW

これ

 

 

328:名無しのレースファン ID:HXlEZFWAl

え、地方にも勝負服あるんじゃないの?

 

 

329:名無しのレースファン ID:WK+vuOkGg

>>328 勝負服は一部のウマ娘しか持ってない、SP1とかのG1相当のレースでは皆“パーソナルカラー体操服”ってのを着る

 

 

 

330:名無しのレースファン ID:ka/1EUN4p

パーソナルカラー体操服…だと?

 

 

331:名無しのレースファン ID:Jq4J4BR5v

パーソナルカラーカラー体操服ってのは、ウマ娘用の体操服をパーソナルカラーで着色したやつやで、見かけはただの体操服やけど、勝負服並みの力が出せる

 

 

332:名無しのレースファン ID:nW7PS9RJv

>>331 地方脅威のメカニズム

 

 

333:名無しのレースファン ID:dD3YYOr/F

上手いこと言うなぁ

 

 

334:名無しのレースファン ID:BLanSGUTb

因みにこの場を借りてこのスレにいる中央ファンの皆に言うけど、地方の体操服はブルマ無いで

 

 

335:名無しのレースファン ID:JcUQguNo9

>>334 ファッ!?

 

 

336:名無しのレースファン ID:4YJDSSW8J

は?

 

 

337:名無しのレースファン ID:3cr5TVpfO

は?

 

 

338:名無しのレースファン ID:lntCfDxcM

皆ショーパンなのか…

 

 

339:名無しのレースファン ID:8LHP2M4Oa

>>338 今の日本ではそれが普通なんだよなぁ…

 

 

340:名無しのレースファン ID:CUB542p8T

これ、ブルマ採用してんの中央トレセンぐらいやで

 

 

341:名無しのレースファン ID:/M8bpSmxT

ええ…

 

 

342:名無しのレースファン ID:x4MzKZH2o

なんやお前ら、レースの熱い勝負じゃなくて服装目当てなんか?

 

 

343:名無しのレースファン ID:spKoj+DDC

>>342 まあ、ウマ娘はアスリートだけじゃなくてアイドルとしての顔もあるからね

 

 

344:名無しのレースファン ID:oOuuGY2jp

確かアイドル向けに曲出してる音楽企業もURAのスポンサーとか役員にいたはず

 

 

345:名無しのレースファン ID:pgy/6xjTJ

服の業者もおるで、ミズヨロとか、アデダスとか、ルコークスポルティフとか、アナハイムクローディングスとか

 

 

346:名無しのレースファン ID:AxF/A7XH6

アイドル…いやウマドルは服装が大切やからな、体操服に種類があるのは良いことだヮ

 

 

347:名無しのレースファン ID:1AAaIyfAj

地方も各学園ごとに微妙に体操服が違うから良いぞ、パーソナルカラー体操服も、基本形が同じ分、違いが引き立つし

 

 

348:名無しのレースファン ID:EEs3AnZI9

はえー

 

 

349:名無しのレースファン ID:tLVQPVqzY

今度見に行ってみるか

 

 

350:名無しのレースファン ID:RFuBc3pVB

地方競馬場にはご当地グルメがあるで、うまいで

 

 

351:名無しのレースファン ID:2xtLOxLGt

球場グルメみたいなもんか…

 

 

352:名無しのレースファン ID:QoNjDWSSi

なんでいちいちやきうに例えてしまうのか

 

 

353:名無しのレースファン ID:Dp7g7yM3x

ワイ沖縄民、観戦になかなか行けない

 

 

354:名無しのレースファン ID:BiLwKqDQS

>>353 沖縄はね…

 

 

355:名無しのレースファン ID:rcAcDS7RF

ヤマトンチュには、シマンチュの気持ちは分からん

 

 

356:名無しのレースファン ID:5O1ObNneB

>>353

>>355

格安航空会社使ってどうぞ

 

 

357:名無しのレースファン ID:QOK7I1FWF

本土に親戚筋の人が居るのならその人の家に止めてもらうのもありかもね

 

 

358:名無しのレースファン ID:zxruBZ9ve

確かに離島の人はキツイわなぁ…ワイも佐渡にウマ娘レース好きの親戚がおるし

 

 

359:名無しのレースファン ID:P9j4I/0UT

観戦…大会当日は観戦がチケット制になるのかね?

 

 

360:名無しのレースファン ID:Cb6mqihgP

某遊園地みたいに転売されそう

 

 

361:名無しのレースファン ID:VQUeao9Bm

あの時は酷かった

 

 

362:名無しのレースファン ID:lC6xnE/uE

とにかく、情報は順次開示されていくらしいので、自分達にできることは待つだけ

 

 

363:名無しのレースファン ID:0QtpTwfUB

せやな

 

 

 

その後もスレッドは続いていき、中央のファンと地方のファンが活発に語りあったのであった

 




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第4話 デビュー戦

 


 

 アラとのトレーニングを開始してから三週間、俺達は昼食を食べ、珈琲片手につかの間の休息を楽しんでいた。

 

「トレーナーの皆さん、来週のデビュー戦の出走表をお持ちしました!」 

「川蝉秘書、ありがとうございます、どうです?珈琲を飲んでいきませんか?」

「それでは、お言葉に甘えて、頂戴致しますね」

 

 川蝉秘書が出走表を持ってきてくれた、火喰が川蝉秘書にコーヒーを勧め、川蝉秘書もそれを了承する。

 

「川蝉秘書、どう思います?ランス達の世代は」

 

 雁山が出走表を眺めながら川蝉秘書に聞いた。

 

「私も選抜レースを見ていた者の一人ですが、皆、将来有望なウマ娘達だと思いますよ」

 

 川蝉秘書は、何故かいつも身につけているベレー帽を弄りながらそう答えた。

 

 社交辞令なのか否か、俺には分からん。

 

 だが、川蝉秘書が本気でウマ娘達を思っているのだということだけは、よく伝わってきた。

 

 俺はアラのレースの出走表を見た。

 

1オートハイエース

2ニコロウェーブ

3カロラインシチー

4ニシノプリースト

5アラビアントレノ

6スーパーシャーマン

7ホローポイント

8キングチーハー

 

 福山レース場の、ダート1800m… 

 

 そして、今回の相手はキングチーハー。

 

「慈鳥、勝負だな」

「ああ、負けんぞ」

「それはこっちのセリフだ」

 

 闘志を燃やす俺達を見て、川蝉秘書は“あらあらあら〜”と言い、口に手を当てて笑っていた。

 

 

=============================

 

 

 トレーニング後、私達はミーティングをする事になった。

 

「アラ、来週デビュー戦だ、場所はすぐ近くの福山レース場、ダートの1800m」

「…うん」

 

 私が頷くと、トレーナーは、手に持っているバインダーに紙をはさみ、簡単なレース場の図を書き、私に見せた。

 

「福山レース場の1800mは、第2コーナー奥からスタートする、まずは向正面ストレートを走り、そこから第3第4コーナーのカーブを曲がる、そしてスタンド前のストレートを抜けて、もう一周してゴールだ。逃げ、先行ウマ娘が有利とされているが…」

「うん、私はその2つは適性が無い、だから、選抜レースのときと同じ差しで行かせて」

「わかった、基礎的な事は教えてある、後はお前を信じるぞ」

「…ありがとう」

 

 私は選抜レースの時、差しの戦法を取っていた。まあ…ストレートが遅かったから追込に間違われたけれど。

 

 でも、私は加速の遅さを補うために、トレーナーにカーレースの技術、“スリップストリーム”を教えてもらった。

 

 あとは…一週間後の、デビュー戦に備えるだけ

 

 

────────────────────

 

 

『今日は大いなる夢への第一歩、デビュー戦、もうすぐ出走時刻です!』

 

 アナウンスが鳴り響く、私達は控室で待機していた。

 

「いいか、今回のレースは第一レース、バ場は綺麗だ。だから、荒れたバ場によるウマ娘達の減速は期待できない。それは分かってるな?」

「分かってる」

「だから、どれだけ早くスリップストリームのポジションにつけるかが重要なんだ、よってスタートが肝心になる、スタート後にすぐに誰に付くか判断しろ」

「…分かった」

「あと一つ、カーレースの世界に携わっていた者として一言、大事な事を言わせてもらう、レースは一人で走るんじゃない、他のレーサーとの駆け引きだ。先頭、そして周りの状況には気を配れ、どこでスパートをかければ良いか考えつつ走るんだ。まあ、アレコレ言ってるけれども、最終的に……他の誰よりも先にゴールすれば良い」

「…わかった」

 

ガチャッ!

 

「アラビアントレノさん!準備お願いします!」

 

 トレーナーが言い終わった所で、係員が私を呼ぶ。

 

「わかりました……………トレーナー、行ってくる」

「ああ、気を付けてな」

「うん…」

 

 ゼッケンがきちんとついているか確認し、私はパドックへ向かった。

 

 

=============================

 

 

 パドック…それは出走前のウマ娘のお披露目場である。レース前のウマ娘達は、集会しながら準備運動をし、自分の名前が呼ばれるのを待っていた。

 

『5枠5番 アラビアントレノ 8番人気です』

『落ち着いていますね、冷静なレース運びが期待できそうです』

 

 アラビアントレノは8番人気、評価としては最低だった。しかし、彼女はそのような事実にもめげず、深呼吸を行ない、その目をギラつかせていた。

 

 ウマ娘は、通常の人間と比較して闘志が強いとされている、それ故、パドックとはそれが垣間見える場所でもあった。

 

『8枠8番 キングチーハー 1番人気です』

『仕上がりは上々ですね、今日の好走に期待したいところです』

 

 一番人気のキングチーハーが登場し、会場は沸き立つ。

  

 お披露目を終えたウマ娘達は、ゲートへと向かい、歩いていった。

 

 

────────────────────

 

 

「アラ、今日はお互いに頑張りましょう」

「うん、よろしく」

 

 レース前、アラビアントレノとキングチーハーは、お互いの健闘を祈りあった、表情は柔らかいものの、溢れ出る闘志はそのままである。

 

 そして、すぐに表情を戻し、ゲートインする。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了、デビュー戦、ダート1800m…今…』

 

ガッコン!

 

『スタートしました!全員きれいなスタートを切った!3番カロラインシチー、上手く抜け出て先頭へ、それに並ぶように7番ホローポイント、その後ろ、6番スーパーシャーマンと4番ニシノプリースト、8番キングチーハー、1番オートハイエースはその後ろ、の真後ろに5番のアラビアントレノ、そのすぐ横、内から2番ニコロウェーブです!』

 

「いよしっ!…良いぞ…」

 

 スタートが成功し、観戦している慈鳥はガッツポーズをした。

 

 アラビアントレノはリトルデイジーの真後ろにつけることに成功した。彼女の作戦は差しである、本来、ここ、福山レース場では、逃げ、先行が有利とされていた。しかし、デビュー戦では、本格的に逃げるウマ娘は少ない。

 

 スリップストリームは、前方の相手の後ろにつくことによって、空気抵抗を低下させた状態で走ることを可能とする、レーステクニックの一つである。また、カーレースにおいて、スリップストリームはエンジンへの負担を低くする効果を持っているが、ウマ娘レースにおいては、これはウマ娘のエンジン的存在である脚部への負担軽減、つまりは末脚の温存の効果も存在していた。

 

『一つ目のカーブ、第3第4コーナーです。先頭3番カロラインシチー、続いて7番ホローポイント、他の娘たちもどんどんコーナーへ入っていきます』

 

(……ここで注意すべきは…横…!)

 

 アラビアントレノは内側を走るオートハイエースを警戒した。

 

 福山レース場のコースの特徴は『弁当箱』と形容されるきついコーナーである、当然、遠心力は強い。

 

 更に遠心力は、物体の質量が重いほど強くなる。

 

 アラビアントレノの身長は146cm、同世代のウマ娘達の中では、かなり小さめの部類に入る。それ故、かかる遠心力も小さく、コーナーが得意な事も相まって、アラビアントレノには周囲を確認する事は、他のウマ娘達と比べると容易であった。

 

(………ッ、やっぱりトレーニングコースより、キツイ…)

 

 一方、キングチーハーは、コーナーが苦手な事もあり、かなり苦労しながらコーナーを曲がっていた。

 

 

(でも、スタミナは強化した……余裕はある…!)

 

 キングチーハーはエアコンボハリアーとレースをした時の戦訓から、軽鴨と共にスタミナを強化するトレーニングを続けていた。無理に内側を走り、コーナーの遠心力に負けることは、走行ラインのズレ=事故の可能性を意味する、ウマ娘の速度による衝突時の衝撃による被害を考えると、その判断は的確であった。

 

『8人のウマ娘がスタンド前を通過していきます、先頭3番カロラインシチーから変わって7番ホローポイント、後続は変わらない!先頭から最後尾までは8バ身の差があります』

 

(よし、出よう)

 

『ここで5番アラビアントレノ、リトルデイジーを抜いて、キングチーハーの後ろについた!』

 

 スリップストリームから脱出する際には、入っている状態で稼いだ速度や加速度を残したまま脱出する事が可能である。これは、通常ではストレートでの加速力が劣るアラビアントレノが、他のウマ娘に加速力で対等に立つための手段だった。

 

(恐らくニコは次のコーナーでアウトに寄せられる、悪いけどこれはレース、巻き込まれるのはゴメンだ)

 

『各ウマ娘、スタンド前を通過しまして、第1第2コーナーへと入っていきます!』

 

「おい慈鳥、なんでアラはチハの後ろについたんだ?」

「今に分かる」

 

『第1コーナーから第2コーナーへ入る直前、ここで、最後尾の2番ニコロウェーブが上がってくる、あーっと!1番オートハイエースと接触してしまった!』

 

「なるほど…アラはストレートが遅いから、他のウマ娘を風よけに使ってる、でも、そのウマ娘がふらついたり、ぶつかったりして前が塞がれると、共倒れになってしまう…つまりアラはチハの後ろにつくことで、それを回避したってことか」

「そうだ、そう言えば、チハも差しだろう?」

「ああ、対決は最後の200m…ってことか」

「そうなると…嬉しいんだがねぇ…」

 

 慈鳥は向正面を駆け抜けるアラビアントレノらを見つめ、そう呟いた。

 

 

 

(最後の200メートル…最後の末脚、キングチーハーの名前の通り、120(ミリ)の号砲一発、見せつけてやるわ…)

 

 コースを走るキングチーハーは最後の200メートルに備え、末脚を使う準備をした。

 

(チハが行くより先に…外から差す)

 

 そして、アラビアントレノはキングチーハーが仕掛けるより先に外から仕掛ける準備をしていた。

 

 

=============================

 

 

『レースは終盤、最後のコーナー、第3第4コーナーです!先頭二人、厳しいか!?』

 

 先頭二人は明らかにスタミナを消耗している、コーナーで欲張りすぎたか。

 

『もうすぐ第4コーナーカーブを抜ける、最後の直線、およそ200m!』

 

「駄目ぇ〜!」

「クッソ〜!」

 

………!

 

『7番ホローポイント、3番カロラインシチー!後続にどんどん詰められている!』

 

 ……スタミナ切れなら、コーナーの出口でなってほしいのに…!

 

 コーナーの途中で落ちてきたら…

 

『4番ニシノプリースト、6番スーパーシャーマン、どうするのかで一瞬迷った!バラけて若干後ろへ!』

 

 まずい、外から差せなくなる!

 

 でもまだ隙間が……今!

 

 私は脚に力を込め、チハの横に出る。

 

バッ!

 

『ここでキングチーハー抜け出した、ゴールへ向かって吶喊(とっかん)!』

 

 加速の差が…加速の差が……加速の差がっ……!

 

『キングチーハー!差し切ってゴール!!我慢の末、デビュー戦を制しました!!1番人気の期待に応え!夢への第一歩を今!踏み出しました!』

 

 私は4着でゴールした。

 

 敗因は…位置取りに気をつけるあまり、チハは他のウマ娘より加速が良い事を…忘れてしまったことだ

 

 私は…また…勝てなかった…

 

 悔しい…

 

 掲示板を見上げ、私は拳を握りしめた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 地下バ道を進んでいくと、トレーナーが待っていた。

 

「アラ」

「ごめん…トレーナー、勝てなかった」

「良いんだ、山の天気のように、何が起こるか分からんもの、それがレースだ…って…おい…その手…」

「…?」

 

 私はずっと握り込んでいた手を開く、自分の爪は皮膚に食い込み、手のひらは鮮血に染まっていた。

 

「私…こんなに…悔しかったんだ…」

「その気持ちだ、その気持ちで、お前さんはどんどん速くなる」

「……」

「……とりあえず、手をきれいにしてテーピングを巻くぞ、こっち来い」 

「……うん」

 

 私はトレーナーについていった。

 

 

=============================

 

 

 俺はテーピングを巻いてやり、荷物をまとめて控室を出ようとしていた、だがアラは

 

「ごめん、ちょっとすぐ戻る」

 

 と言ってどこかに行ってしまった。

 

コンコンコン

 

 ドアをノックする音が聞こえる。

 

「居るぞ」

「よう、邪魔するぜ」

 

 入ってきたのは軽鴨だった。

 

「軽鴨…まずは一勝、おめでとう」

「おう、ありがとう、アラは?」

「ケータイ持ってどっか行った、多分家族に電話してるんだろう」

「そうか、チハからアラへ伝言を預かってる“今日は良いレースをありがとう”とよ、アラに伝えてやってくれ」

「分かった」

「俺からも、一つ先で待ってるぜ、勝てよ…」

「軽鴨…」

「じゃあな」

 

 軽鴨は帰っていった。

 

「お待たせ」

「ああ、チハから伝言だ“今日は良いレースをありがとう”だそうだ」

「そっか…」

 

 そう答えるアラの顔はどこか嬉しそうに見えた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 帰り道は、レース場から出る車で軽く渋滞になっていた。

 

 アラは助手席で眠っている、俺は今日のレースを振り返っていた。

 

 ……今日のレース…スリップストリームは成功したものの、反省点のたくさん残るレースだった。

 

 俺がさっきアラに言ったように、レースとは山の天気のように、何が起こるか分からないもの……俺は、それを自らの死を持って知っていたはずなのに、俺自身がそれを忘れていた。

 

 次は負ける訳には行かない、今回のアラの敗北は、俺の指導不足だ。

 

 俺は前を見る、前の車のブレーキランプが、車内を照らす

 

 この渋滞は、しばらく続くだろう。

 

 つまり、考える時間はある。

 

 俺は次のレースの作戦を練ることにした。

 

 

 

 




 
 お読みいただきありがとうございます

 出走表ですが、可能であれば順次改良していく予定です
 
 また、福山以外の各地方トレセン学園の校章を、活動報告の方に貼って置きますので、ご覧下さい


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第5話 夏を制するものは…

 
 まず、この場をお借りして、文中で使用している線の役割を解説しておきます

────────────────────

 この線↑は場面の転換や時間の経過を表すものです


=============================

 そしてこの線↑は、視点の転換を表すものです


≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 この線↑はまだ出てきていませんが、長めの回想で使われる予定です

 長々と失礼致しました、それでは本編にどうぞ



 私のデビュー戦は、敗北に終わった、でも、私はもう引きずっていなかった。

 

 何故なら、あの時家族から電話をもらったからだ。

 

────────────────────

 

『おねえちゃん!デビュー戦見てたよ!』

「…そう…ありがとう、でも、お姉ちゃん…勝てなかった…カッコ悪いよね…」

『そんなことない!走ってるおねぇちゃん!すっごくカッコよかった!!』

「…本当に…?」

『うん!これからも頑張ってね!応援してるから!』

 

 ちびっ子達は皆、私に応援の言葉をかけてくれた。

 

『アラ』

「じいちゃん…」

『頑張りなさい、私達はいつも、お前を見ているからね』

「うん…」

 

 じいちゃんからはそれだけだった、だけど、その言葉には重みがあり、多くの願いが込められているということがひしひしと伝わってきた。

 

 

────────────────────

 

 

ピーンポンパンポーン

 

 私がデビュー戦の日のことについて回想していると、放送の呼び出し音が耳に入った。

 

『アラビアントレノさん、至急、第二面談室に来てください』

 

…呼び出し?ともかく行こう。

 

 

────────────────────

 

 

 第二面談室の前までやって来た、私がなぜ呼ばれたのかは理解できない、悪い事だってしていないし、デビュー戦だって、妨害行為なんてしていない。

 

コンコンコン

 

「どうぞ」

 

 中から柔らかい声が聞こえる。

 

「失礼します、アラビアントレノ、参りました」

「…よく来てくださいました、さあ、かけてくださいな」

「は、はい」

「アラビアントレノさん、デビュー戦、お疲れ様でした。(わたくし)はハグロシュンラン、生徒会副会長です、シュンランと呼んで下さいな」

 

 私を読んだのはもう一人の副会長でオッドアイのウマ娘、ハグロシュンランさんだった。

 

「えーと…なぜ私が呼ばれたのでしょうか?」

「私ども、生徒会は生徒のメンタルケアも担っていますから、特にデビュー戦で負けてしまった娘には必ず声をおかけすることにしているんです…デビュー戦、どうでしたか?」

「…自分の実力不足が、身にしみて分かりました、自分の事に気をつけるあまり…相手の強さが見えていなかった…そういうレースでした」

「…なるほど…私どもが心配しているのは、貴女の気持ちです…もう大丈夫なのですか?」

「気持ち…?」

「ええ、私、先ほどスーパーシャーマンさんとお話をしていまして、彼女が貴女について仰っていたんです。“拳を握り込んで血が出てた”って」

 

 …ああ、その事か、他のウマ娘に見られていたのか、確かに心配されることだろう。

 

「それならもう大丈夫です、家族の皆に、応援の言葉を貰いましたから」

「それならば安心しました、家族ですか…いいご家族なんですね、お母様は…元競走ウマ娘ですか?」

 

 シュンラン副会長は私にそう聞いた……複雑な気持ちにはなったけれど、この人は副会長、口は固いだろう、私は身の上話をする事にした。

 

「いえ…よく分からないんです、私、生まれてすぐに両親が亡くなって…引き取られた身ですから」  

「まぁ…そ、それは…ご、ごめんなさい」

 

 シュンラン副会長は耳をぺたんとさせる、でも、それだけでは無さそうに見える。

 

「…どうしました?」

「いえ…なんだか、私と少しばかり似ていると思いまして、少しばかり近いものを感じてしまいました」

「……似ている?」

「ええ、私も今の両親は義理の両親なのです」

「……!」

 

 私は正直驚いた、シュンラン副会長の家は…地方レースでそれなりに名のある名家、ハグロ家のはずなのに…

 

「…まあ、私の場合は、仕方がないのかもしれませんが…」

「…仕方が無い…?」

「……生まれた時の私は、双子だったそうです」

「……!」

 

 双子…私は前世の記憶を思い出した。

 

 

 

 牧場での仕事仲間だった馬が、双子を妊娠し、大変な事になったことがある。

 

 普段はのんびりとしているおやじどの達も、その時はこの世界でレースに出る私達のような張り詰めた空気を持っていた。

 

 仕事仲間のセルフランセが『自分たち馬の双子は珍しく、大変危険なもので、産まれて成長できるのは片方だけ』と言っていたのが、印象に残っている。

 

 

 

「双子…ですか」

「はい、私達ウマ娘の双子が…どういう意味なのかはご存知ですね?」

「…もちろんです」

 

 前世、馬の双子は良くないものとされていた、それはこの世界でも同様だった、ウマ娘が双子で生まれることはとてもレアケースだ、それだけならば良いのだけれども……

 

「現に、私の右目は見えません」

「……」

 

 ウマ娘において、双子の出産は、とても危険が伴うものらしい、そして、もし無事に生まれてきたとしても、その子供は普通のウマ娘より“病弱”であったり“体の何らかの機能が不自由”であったりする。だから大抵の場合は、一人を諦める事になる。

 

 でも、シュンラン副会長の発言からすると、シュンラン副会長は双子だということになる。

 

「……」

「ああ、そんなに難しい顔をしないで下さい、今の生活は十分楽しいですから」

「副会長」

「……はい?」

「副会長の…その…双子の姉妹は…」

「…分かりません、どこで…何をしているのかさえも…私が知っている情報も、誕生日が同じ3月の終わり頃というぐらいですから、お父様やお母様は、“お前はどうあってもうちの子だよ”としか仰りませんし…」

「…会いたいとは…?」

「今の私は、生徒会として、サポートウマ娘として、後輩の皆さんをサポートするという仕事がありますから、もし探してみるとしたら、卒業後になりそうですね」

 

 そう言ってシュンラン副会長は微笑みつつ水色の髪の毛を撫でた。青緑色の耳飾りが揺れている。

 

「話は変わりますが、アラさん、オグリキャップさんを知っていますか?」

「はい、知っています」

 

 オグリキャップ、笠松でデビューし、中央に移籍してからも多くの強豪を倒し、勝利を重ねた、生ける伝説のようなウマ娘。

 

「あの方も、デビュー戦は黒星でした」

「そう言えば、そうでしたね」

「アラさん、あまり敗北を気に病んでは駄目ですよ、レースに絶対は無いのですから、この敗北を糧に、強くなってください、貴女にはそれができると、私は信じていますから」

 

 シュンラン副会長は、オグリキャップの例を出すことで、私が敗北を引きずらないようにしてくれているようだ。

 

「そうですね、ありがとうございます、シュンラン副会長」

「いえいえ、サポートウマ娘として、当然のことをしたまでです、何かあったら、いつでも声をかけてくださいね」

 

 そして、私は帰された。

 

 私は廊下で一人、シュンラン副会長の事について考えていた、なぜかと言うと、私はあの耳飾りの色に見覚えがあったからだ。

 

 

 

 一度、牧場を上げて乗馬イベントをやった事がある、牧場長やおやじどの達はその時に、スペシャルゲストとして騎手を招いていた、その騎手は、競馬の時に着る服、所謂勝負服と言うやつを着て登場した。

 

 その服は、純白の胴部に、青緑色のラインが入った、印象的なものだったような気がする。

 

 その騎手は、セルフランセが乗せることになった、騎手を乗せたときのセルフランセの得意気な顔は、今でも覚えている。

 

 

 

 ともかく、シュンラン副会長の耳飾りの色はその色にそっくりだった。

 

=============================

 

 俺はアラのトレーニング計画を立てていた。

 

 同期の4人の担当は、見事デビュー戦を勝利している。

 

 だが、ここで慌ててしまうのは良くない、ここは夏の間にしっかりと身体を作り、9月の未勝利戦に備えるのがベストだろう。

 

カチッ……カチッ………

 

 俺はアラのレース映像を何度も再生し直した。

 

 結果的に言うと、スリップストリームをもってしても、末脚を他のウマ娘並の鋭さにするのは難しい。

 

 だが、俺は一つ思いついた。

 

 “他のウマ娘に加速力で劣るのなら、早めに加速しておけば良いじゃないか”と。

 

 そう、つまりはロングスパート、夏のうちに体力を鍛える、脚質を差しから追込に転換するという訳だ。

 

「よし、できた…!」

 

 俺はトレーニング計画をまとめ、アラのところに向かった。

 

 

────────────────────

 

「つまり…夏休みの間は…トレーニングって事?」

「ああ、出来れば毎日やっておきたいんだ、差しから追込に戦法を変えるからな。あっ、もちろん帰省のための休みはきちんと入れる…どうだ?」

「…わかった、やってみる」

 

 トレセン学園は普通の学校同様、夏休みが存在する。だが、ほとんどの生徒はそれをトレーニングに充てる、夏の厳しい時期に、どれだけ自分をいじめ抜いたかで、肉体の仕上がりはかなり違ってくるからだ。

 

 更に、夏にしかできないトレーニングは多い、中央なんかは学園側主催で“夏合宿”と言うものをやっているらしく、チームに所属していない生徒でもそう言ったトレーニングが出来るようになっている。

 

「差しから追込…かぁ…」

「ゼロロクが遅いからな、今のお前だと、早めにスパートをかけるしかない」

「ゼロロク…?」

「時速0km/hから60km/hまでに要する時間のことだ、つまりは加速力を表してる」

「なるほど」

 

 このゼロロクと言うのは、俺の完全な造語だ。車の世界にはゼロヒャクという言葉がある、その応用だった。ウマ娘の最大時速は、およそ70km/h、巡航速度でも60km/h前後だ。加速力はかなり重要となる。

 

「でも…これって“ゴリ押し”ってやつ…だよね?」

 

 アラが苦笑いをしつつ、トレーニング計画の書類から目を離しこちらに目を向けるら。

 

「勝つためだ、それに、今後の事もきちんと考えて俺は追込を採用してる。デビュー後はレース人数も増えてくる、当然集団にのまれやすくなるんだ、追込は基本的にしんがりの方からのレースだから、前方のウマ娘の駆け引きをよく観察できる、つまり、俯瞰的にレースを見ることができるんだ」

「なるほど…それなら納得かも…」

「お前さんはコーナーが得意、選抜レースでも、デビュー戦でもそれは証明されてた、だからこのロングスパート作戦はお前さんへの信頼の元、考えついたようなもんでもある」

「…そっか…」

 

 アラは少し安心した顔をして、表情をほころばせる。俺は読心術なんてものは持っていないので、本当の気持ちは分からないが、うまく理解してくれたのだと信じたい。

 

 でも、アラが頑張るだけでは駄目だ、俺自身、色々と考えていかねばならんだろう。レーサーだって、一人でレースをしているわけではない、レースをするにはメカニックを始めとした人々のサポートが必要不可欠だ。

 

 前世でも、この世界でも『夏を制するものは受験を制す』という言葉がある。レースも受験と同様だ、学業の無い時期に、誰しもが辛いと思う時期に、どれだけ準備を整えることが出来たかで、その結末は大きく変わる。

 

 

=============================

 

 

「でも…これって“ゴリ押し”ってやつ…だよね?」

 

 その戦術を見たとき、私は自然と笑っていた。最後の直線ではなく、コーナーからだんだん上げていって、抜く戦法だったからだ。

 

 それも、カーブの緩い中央のコースじゃない、皆から『弁当箱』って言われてる福山のきついきついコーナーで、トレーナーはそれをやれと言っている。それが、意外で面白かった。

 

 まるで、400m以内にクォーターホースに追いつけと言われてるようなものだ。

 

 でも、デビュー戦で分かった。アングロアラブ()がサラブレッドと同じ舞台に立ち、競い合うためには、加速力の遅さを他の何かで補うしかない。そのための後方ポジション、そのためのロングスパート作戦なんだろう。

 

 やってやる。




 
 お読みいただきありがとうございます。
 
 「句点が抜けている」という趣旨のコメントを頂きましたので、全話修正させて頂きました。読みにくい文章になっていたことを深くお詫び申し上げます。改善に勤めていきたいと思うので、これからもよろしくお願いします。

 お気に入り登録、誤字報告、評価を下さった方々、ありがとうございます、感謝に堪えません!

 ご意見、ご感想、評価等、お待ちしています。


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第6話 スタートライン

   

  

 ストップウオッチ片手に、アラを見る。

 彼女は尻尾と後ろで結んだ髪の毛で2つの航跡(ウェーキ)を作り、コースを駆け抜けていき、走り終えてゴールした。

 

「トレーナー、タイム、どうだった?」

「良い感じだ、やはりコーナーが速いな、自分で改善したいことは何かあるか?」

「…コーナーからの脱出速度かな?ちょっと遅く感じる、どうすれば良い?」

 

 アラにそう言われ、俺はビデオをチェックする。

 

「踏み込みのパワーは足りているな、ならば、フォーム…いや、足だ」

「…足?」

「お前、足は動くか?」

「まあ…人並みには」

「なら、コーナーから脱出する時に足の踏み込み方を意識するんだ、足の裏で砂を掴むように走ってみてくれ」

「分かった」

 

ダッ!

 

 アラは走っていった。

 

 

────────────────────

 

 

 トレーニング後、俺は一人、私室で夏のトレーニングの事について振り返っていた。

 

 夏の間にアラについて気づいた事が一つだけある。

 

 それは、気候条件の変化が、殆どタイムに影響しないということだった。

 

 簡単に言えば、“夏バテしない”、これは明らかに凄いことだった。

 

 ウマ娘は、俺達通常の人間と比べて、骨格が丈夫でパワーも遥かに上、更にヘビやイモガイの毒を受けても死なないなど、身体の耐久力において大いに勝っている。

 

 だが、彼女たちは、気温や湿度の変化に対しては俺達人間と同様、いやそれ以上にデリケートな種族だった。

 

 ストレス耐性も少しだが人間より低い。

 

 恐らく、これはウマ娘が俺の前世における“馬”…いや“サラブレッド”にあたる種族であるからなのだろう。そして、前世、相棒は“サラブレッドはかなりデリケートな存在”と言っていた。

 

 だが、アラは違っていた、皆が嫌がるムシムシとした雨の日でも、肌を焼くような日差しが照りつけても、苦しい顔を見せず、トレーニングに励んでくれていた。

 

 だが、気になる事もあった、アラは普通のウマ娘と比較して、大量の汗をかく、これは全く原因不明だった。それでもって平気な顔をしているのだ。医者も“代謝が良すぎるとしか言えない”としか言わなかった。

 

 本人が平気な顔をしているとはいえ、流石に心配になる。アラは平均よりも身体が小さい、当然、身体に含まれる水分量も少ないからだ。だから、俺は常に大量の水分と塩分を用意していた。

 

 そんなこんなで、今年の夏は終わった。

 

 後は…未勝利戦で勝つのみ。

 

 

────────────────────

 

 

 未勝利戦当日、天気は雨、更に残暑の影響で蒸し暑かった。

 

 俺はパドックを周回しているアラを見つつ、今回の出走表を確認する。

 

1ダンシングレヴェル

2ミッドナイトアイ

3サカキムルマンスク

4パワードサイレンス

5エンジェルパック

6ニシノコオリヤマ

7サンデーストライク

8アラビアントレノ

 

 今日のアラは、大外枠、基本的に不利だ。だが、今回のウマ娘を見るに、その不利も僅かなものに過ぎないだろう。

 

 未勝利戦自体は、夏休み期間中にも行われている、それ故、この段階で残っているウマ娘達は、お世辞にも強いとはいえない、それに、トレーナーの中には俺達のようにマンツーマンでトレーニングをつけるのではなく、複数人のウマ娘を持っている者も少なくはない、そういったトレーナーは大抵未勝利ウマ娘ではなく他を優先し、未勝利ウマ娘に対しては自主トレーニングのみを課して放置しているという者もいる。

 

 事実、今日の出走ウマ娘はそのほとんどが、そういったケースに当てはまるようで、仕上がりの不完全さは否めない様子だった。その一方でアラはこの夏休みの間、しっかりとトレーニングに励んできた。この仕上がりに匹敵しているのは、あの選抜レースでアラと同じグループにいたサカキムルマンスクぐらいのものだった。

 

『8枠8番、アラビアントレノ、3番人気です』

『仕上がりは上々のようですね、好走に期待したいところです』

 

 この気温と湿度の中、きちんと気合いも乗っている。

 

 選抜レース、そしてデビュー戦、その2つのレースの時とは何か違う物を俺はアラに感じていた

 

 

====================================

 

 

 パドックを出て、無言でゲートに入る、あれだけトレーニングしたんだ、自信を持て…私…

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了、スタート体勢に入りました、未勝利戦、ダート1800m』

 

ガッコン!

 

『スタートしました!』

 

ダッ!

 

 私はベストなタイミングでゲートから出ることに成功した、だけれども、やはり、一瞬の加速力、つまり瞬発力はサラブレッド達には敵わない、でも、今日の戦法は追込、後ろから追走して集団から離されないようにすれば良い。

 

『先行争いを制したのは4番パワードサイレンス、続いて5番エンジェルパック追走、1バ身離れて3番のサカキムルマンスク、内から行くのは6番のニシノコオリヤマ、その後ろには1番ダンシングレヴェルと2番ミッドナイトアイ、その真後ろに8番アラビアントレノ、その内側に並びかけるように7番サンデーストライク』

 

 よし、後ろの方に控えることができた。

 

 サカキが作戦を変えている、サカキはこれまでのレースでは差しだった、でも、今回はここのレース場で有利とされている先行策、手強い。

 

 向正面を駆け抜け、第3第4コーナーのカーブを曲がっていく。

 

ゴンッ……!

 

「…ッ!ご…ごめ…」

『おっと!第3コーナーと第4コーナーの境目で最後尾7番サンデーストライクが8番アラビアントレノに衝突!』

『特に異常は見られないようですが、心配ですね』

 

 ぶつかられた…多分この娘は…レース勘が抜けている、恐らく…トレーナーから自主トレを指示されて、我流のトレーニングを続けてきたんだろう。

 

 だから遠心力に流されるんだ。

 

 別に転倒するような衝撃でもないから、怪我の心配はない。

 

 でも………まずいな…ペースを崩されてアウト側に弾かれたし、少し離された。

 

 それに弾かれたことでスリップストリームから抜けてしまったから、加速力が落ちる。

 

 なんとかして…戻らないと…

 

『8番アラビアントレノ、うまく立て直して前に追いつきつつあります!第4コーナーカーブを抜けて各ウマ娘、一度目のスタンド前を通過していきます!4番のパワードサイレンス引き続き集団を引っ張っています、負けじと追う5番エンジェルパックと3番サカキムルマンスク!後続も続いているぞ!4番手は1番ダンシングレヴェルから6番ニシノコオリヤマへ、その後ろでは2番ミッドナイトアイが追走中…おっとここで2番ミッドナイトアイの後ろにつけていた8番アラビアントレノ、スッと出てミッドナイトアイの前へ!』

 

 夏のトレーニングでは、私は体力を強化した。その理由は、ロングスパートだけじゃない。相手のペースを乱すためでもある。

前世、サラブレッドに追いつくには、それなりの苦労を必要とした。

 

 後ろから鳴き声で集中力を揺さぶったり、クォーターホースを先に行かせて前を塞いだりして、追いついていた。

 

 生憎、その2つともレースでは出来そうにない、だから私は相手を動揺させるための方法として、変な所でスピードを上げて動揺を誘う戦法を身に着けた。

 

 レースは勝負、動揺させるのも、フェイントをかけるのもテクニックの一つ、それがトレーナーから教わった事だった。

 

 

====================================

 

 

『8番アラビアントレノ、うまく立て直して前に追いつきつつあります!第4コーナーカーブを抜けて各ウマ娘、一度目のスタンド前を通過していきます!4番のパワードサイレンス引き続き集団を引っ張っています、負けじと追う5番エンジェルパックと3番サカキムルマンスク!後続も続いているぞ!4番手は1番ダンシングレヴェルから6番ニシノコオリヤマへ、その後ろでは2番ミッドナイトアイが追走中…おっとここで2番ミッドナイトアイの後ろにつけていた8番アラビアントレノ、スッと出てミッドナイトアイの前へ!』

 

 アラの奴、上手く煽ってるみたいだな。

 

「隣、よろしいですか?」

 

 俺が観戦をしていると、隣に一人のウマ娘が座ってきた。

 

「ハグロシュンランか…副会長が何故ここに?」

「私、個人的にアラさんに興味がありまして、こうやって駆けつけて観戦していた次第です。そして慈鳥トレーナーを見つけ、ここまで来たのです」

「そうかそうか、どうだ、俺の担当は?」

「かなり良い仕上がりだと思います、ですが、なぜあのタイミングで仕掛けたのですか?」

 

 ハグロシュンランは俺にさっきのアラの行動に対する疑問をぶつけてくる。

 

「それは相手の集中力を乱すためだ、この蒸し暑さだ、ただでさえ集中力は鈍る、そして実況の音声は耳の良いウマ娘なら嫌でも聞こえる、ただでさえ集中を維持しづらいのに、変な所で仕掛けたなんて知らせが入ったら、絶対に動揺するだろう?」

「確かに…そうだと思いますが……ですが、それにしては仕掛けが早すぎるのではないですか?」

「おいおい、俺はまだ仕掛けがこれで終わりなんて言ってないぞ?」

「……まぁ…」

 

 ハグロシュンランは両手を口に当て、驚いていた。

 

 

====================================

 

 

 現在、私達は、向正面を駆け抜けている。

 

 さっきの私の行動に動揺して皆一瞬ペースを乱したので、こころなしかスピードが遅いように感じられる。

 

 もうすぐ第3コーナーカーブ。

 

 賽は投げられた。

 

 私は足に力を込める。

 

『さあ、もうすぐ第3コーナーのカーブ!ここが最後のコーナーになります!最後まで気は抜けません!』

 

ドゴン!

 

『えっ!?な、なんと!8番アラビアントレノ、第3コーナーに入った直後に6番ニシノコオリヤマの後ろから脱してスパートをかけている!』

 

タッタッタッタッタッタッ…!

 

 弁当箱(きついコーナー)の外側だから遠心力は小さい、そしてこの雨、行ける…!

 

 さあ…どう来る?サラブレッド…! 

 

『8番アラビアントレノ、少しずつですがスピードを上げて外からまくりあげていきます!』

「無理ィー!」

『1番ダンシングレヴェル、8番アラビアントレノに抜かれてしまった!』

「諦めるわけにはいかない…負けないんだから!」  

『ここで3番サカキムルマンスク、こちらも8番アラビアントレに追随するかのようにコーナーを曲がりきらないうちにスピードを上げてきた!』

 

 サカキ…来たんだ…そう…そうやってくれると…こっちも楽しくなってくる。

 

「無理ぃー!」

「ムリぃ〜!」

『第4コーナーを抜ける直前先頭二人、4番パワードサイレンス、5番エンジェルパック!抜かれてしまった!』

 

 コーナー出口…!

 

 ここは…足裏で砂を掴むように……!

 

ザッ…ダァァァァン!

 

『第4コーナーを抜けて8番アラビアントレノ、3番サカキムルマンスクに半バ身差のリード!接戦だ!接戦だ!接戦だ!残りは100メートル!』

 

 勢いを殺させる訳には行かない…!

 

 行っけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!

 

『ゴールイン!勝ったのはアラビアントレノ!!後方からのゴボウ抜きは、見事の一言でした!』

 

 私は掲示板を見上げる。

 

 熱くなり大量の汗が流れている体に、雨が打ち付けられ、冷えていく。

 

 それと同時に、観客達の歓声や拍手が聞こえてくる。

 

「おめでとう!」

「よく頑張った!!」

「凄かったぞ!」

 

 これが…勝利。

 

 これが…レース。

 

 人間達が夢中になるわけだ。

 

「アラちゃん…」

 

 私は声を耳にして、思わず振り返る。

 

「サカキ………」

「今日は…おめでとう!私…凄く…凄く楽しかった」

「…うん、ありがとう、私も…楽しかった」

 

 私達は握手をした。

 

 

====================================

 

 

 俺はアラがゴールするや否や、すぐに下に駆け下り、出迎えた。

 

「アラ…おめでとう、やったな」

「ありがとう、トレーナー」

「これで、夢に向かって一歩前進だな」

「…うん、これからもよろしく」

「ああ、さあ、これからはウイニングライブだ、応援してくれた人たちに、歌で感謝を伝えて来い」

 

 俺がそう言うと、アラは頷いて駆け出していった。

 

 そう言えば、ライブの曲に関しては…アラに一任していたが……どんな曲なんだ?

 

 

────────────────────

 

 

『それでは、本レースにて見事勝利致しましたアラビアントレノに、ウイニングライブを披露して頂きます!』

 

 そのアナウンスが響くのと同時に、曲のイントロが流れ始める。

 

「嵐の中で輝いてその夢を諦めないで…」

 

 この曲…全く聞いたことがない…だが…良い曲だ。

 

「凍りつくような強い風でさえその胸に輝く夢を消したりそうよ消したりなんて出来ない…」

 

 …そう、誰でさえ、夢を邪魔することなんて出来ない。

 

 俺はウイニングライブの曲に浸りながら、俺の願い、そしてアラが抱いているであろう夢を叶えるために頑張っていこうと改めて誓った。

 

 だが、まだ俺達はスタートラインに立ったに過ぎない、ここからはさらなる強敵とぶつかる事になる。

 

 備えなければ。

 

 

=============================

 

 

 翌日、中央トレセン学園の生徒会室では、生徒会長シンボリルドルフ、そして副会長エアグルーヴが紅茶を飲みながら、書類を片手に話をしていた。

 

「あの発表からしばらく経ったが、生徒達は、去年よりさらに奮励努力して、トレーニングに励んでいてくれているようだな」

「はい、夏合宿での熱の入りようも凄まじいものがあったと聞いています、特に来年クラシックを迎える生徒達です」

「そうだな、特に、君が言っていたあの四人には、素晴らしいものがある」

「この四人ですか」

 

 エアグルーヴは四人のウマ娘の資料を取り出した。

 

「君なりの評価を述べてくれないか?」

 

 シンボリルドルフにそう言われ、エアグルーヴは書類を手に持った。

 

「はい、まずはグラスワンダー、我々リギルの新人にして、マルゼンさんを彷彿とさせるような強い走りが特徴です、次にエルコンドルパサー、こちらはグラスワンダーのルームメイトです、スタミナに秀でており、闘争心も高いので、デビュー後が楽しみです、次にセイウンスカイ、模擬レースでは様々な策を用いて、確実に勝利を重ねていると聞きます、フォームも綺麗です、そしてキングヘイロー、彼女はグラスワンダー並みの末脚を持っており、さらには負けん気が人一倍強く、差されても差し返す傾向があります、血統も優秀です………以上です、この四人について会長はどのようにお考えですか?」

「私も概ね同じだ」

 

 シンボリルドルフは満足そうに頷いた。

 

「だが、一つ見落としていることがあるよ」

「……?」

「血統だ、血統が優秀だから本人も優秀だとか、母親が競走ウマ娘じゃないから本人には素質が無いという事は無い、さらには都会や田舎といった出身も、本人の競走能力を決めてしまうものでは無い」

「…まだまだ私も未熟なものです」

 

 エアグルーヴは悔しさを声に含ませる、エアグルーヴは、今年になって副会長に選出されたばかりである、彼女の前の副会長は、ドリームトロフィーリーグへの注力のために、副会長の座をエアグルーヴに譲ったのであった。

 

「君は今年副会長となったからな、これからの経験で、学んでくれれば良い」

「分かりました、ありがとうございます」

「私はここでもう少しやることがあるので、先に戻っていてくれ」

「はい、それでは、お先に失礼致します」

 

 エアグルーヴは残っていた紅茶を飲むと、部屋を出ていった、それを見届けたシンボリルドルフは校庭で自主トレーニングする生徒達を見た。

 

 

「マックイーン、ボクについてこれるかな?」

「テイオー!負けませんわ!」

 

 

(テイオー…頑張っているようだな)

 

 シンボリルドルフの目に入ったのは、中等部の生徒トウカイテイオーとメジロマックイーンだった、シンボリルドルフはトウカイテイオーに対し“大成し、強いウマ娘となる”と思っており、その将来に期待し、目をかけていた。

 

(…他の生徒達も、気合いが入っている、3年後に向けた準備をきちんと進めてくれているようだな…)

 

 生徒達が頑張っている姿を見たシンボリルドルフは続いて先程までエアグルーヴが持っていた資料を手に取った。

 

(…エルコンドルパサーはどちらにも適性があるようだが、他の三人は皆、ダートの適性は低い、シーキングザパール達が居るとはいえ、やはり、現在のトゥインクルシリーズのダートを担う人材は芝と比べるとかなり薄い、そして芝とダートの両方を走ることのできるウマ娘は極わずか……海外遠征強化計画、これの実現のためには、競走ウマ娘達だけではなく、指導役となるウマ娘達も必要だ…)

 

「指導役……か……」

 

 シンボリルドルフは目を閉じ、思いを巡らせる。

 

「痩せた土地と同じように…減った人材というのも、回復させるのは至難の業…ということか、AUチャンピオンカップはウマ娘達の新たなスタートライン…しかし、指導役が…彼女さえ、居てくれれば…良かったのだがな」

 

 夕陽差し込む生徒会室で、シンボリルドルフは一人、そう呟いた

 

 




 
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第7話 オープン戦に向けて

 
  


 

「それでは!俺達5人の担当全てが無事にデビュー完了したことを祝して…」  

「乾杯!」

 

 雀野が音頭を取り、俺達は乾杯をした。もっともまだ飲み物だけしか届いていないが。

 

「かーっ!うまい!」

「いやー、これでやっと皆通常のレースに出られるって事だ」

「しっかし、アラの行動にゃ驚かされた、追込策をやるなんてよ」

 

 雁山、軽鴨が立て続けにそう言う。

 

「アレは相手を動揺させてペースを乱すための作戦だ、人間“ありえない”って思ってる時が1番動揺してる時なんだよ」

「おっ、言うねぇ〜」

「それも“カーレース”のテクニック?」

 

 俺の言葉に雀野が返し、火喰が質問した、夏休みの間に、俺は転生したことを除いた自らの経歴、つまり中央を受けて落ちた事などを、同期の四人には話していたからだ。

 

「そうだ、まあ、カーレースつっても、サーキットでやるやつとか、山ン中のコースでやる奴とか、色々とある、でも、どのレースでも大事なものはメンタルだ、レースは自分のテクニックだけを闘わせる舞台じゃない、メンタルの強さを闘わせる場でもあるんだ」

「じゃあ…メンタルが削れた人たちは…どうなるの?」

「無事に完走することもあれば…操作をミスる、抜かれる、コースアウトする、他にも色々ある、命を落とすことだってある」

 

 俺は、前世で事故ったときの事を未だに夢に見ることがある、コンクリートの壁に、レース用に内装を剥がし、ペラッペラにした車がぶつかるのは、岩に硝子瓶をぶつけるようなものだ。

 そして、中身(ドライバー)がどうなるのかは、想像に難くない、ヘルメットをつけているとはいえ、高速でぶつかれば自分がどのようになったのかなんて自然とわかってしまう、だから俺は果物が潰れたのとかを見るのは苦手だった。

 

「………」

「…すまん、確かにウマ娘レースに比べりゃ、カーレースの世界はちっぽけだ、でも、そこにいる選手はウマ娘と同じく、熱い、だけども危険なレースをしてるって事を、知ってほしかっただけだ」

 

 俺がそう言うと、四人は黙って複雑な顔をして、こちらを見ていた。

 

「焼き鳥盛り合わせ、お持ちいたしました〜!」

 

 すると、天の助けか、店員が注文していた品物を持ってきてくれた。

 

「おっ、あざまーす!皆、食べよう!」

 

 軽鴨が皆にそう呼びかけてくれた。

 

「そうね、今夜は楽しみましょうか」

「そうだな」

 

 俺達はその後、しばらくビールと食事を楽しんだのだった。

 

 

=============================

 

 

 私は次のレースの出走に備えるべく、筋力トレーニングを行っていた。

 

「148……149……150……よし、トレーナー、タイムは?」

「…少しだが縮まってる、良い感じだ」

 

 トレーナーは私にクーラーボックスに入れて冷やしたタオルとドリンクを渡しながらそう言った。

 

「アラ、このトレーニングはどうだ?」

「良い感じ、私に合ってると思う」

「そうかそうか、なら良かった、この調子なら、もっとボトルを追加しても良いかもしれないな」

 

 私は現在、少し変わったトレーニングを行っている。

 

 その内容はうさぎ跳びを発展させたものだった。普通のうさぎ跳びと違う所は、重りを背負っている事だ。

 

 私の背負っているスクエアバッグの中にペットボトルに砂を詰め込み、そこから水を入れて更に重くしたトレーナー特製の重りが入っている。私の前世の記憶とリンクさせると…このトレーニングは『斤量』を負担してのトレーニングになる、だから私は、どうしてトレーナーがこれを思いついたのかが気になった。

 

「トレーナー、どうしてこのトレーニングを思いついたの?」

「ああ、農作業とかシシ術に使われてるヤックルを見て思いついたんだ、ヤックル達は人間を乗せて、ものを引いたり、飛び回ったりしてるだろ?ヤックル並みのパワーがあるウマ娘にも応用できないかと思ったんだ」

「そうなんだ」

 

 ヤックル…正しい名称は“シシカモシカ”、世界中に生息している牛の仲間だけれども、その体格、役割は馬によく似ていた。乗用、農作業、狩り、馬術に相当するパフォーマンス競技のシシ術などだ。ただ、ヤックル達は競走の用途には使われていなかった。かなりの大きさの角が理由だろう、普通に乗るのなら問題はないけれど、競走馬の騎手達は前傾姿勢なので、前が見にくい。それに、あの角は体のバランスを取るのに必要らしく、切り落とすなんてもってのほかだそうだ。

 

「…疲れるか?」

「うん、でも、ちびっこ達をおぶったり、家族の手伝いをしたりしてたから、重いものを背負うのは慣れてる、だから大丈夫」

「そうか、よし、今日はもう終わりにするか、アラ、着替えた後、いつものところまでで良いな?」

「うん」

 

 

────────────────────

 

 

「よし、じゃあな、帰りは気をつけるように」

「うん、ありがとうトレーナー」

 

 トレーナーに送られ、私は車から降りた、目の前には“スーパー銭湯”の看板がある。

 

 トレーナーは“風呂は命の洗濯”と言っている。私は週に何日かは寮の大浴場だけでなく、こういった銭湯に通うようになっていた。お代はトレーナーが回数券を買ってくれているので、私はシャンプー類を持っていくだけで良い。

 

 受付をパスし、脱衣場で素早く服を脱ぎ、必要なものを持ってシャワーに向かう、シャワーを浴びると、汗がぬるぬると溶け出して来るようで気持ちが良い。

 

 頭、体、尻尾を洗い、泡を洗い流して、湯船の方に向かう。

 

 ここには多くの浴槽がある、座り湯、寝湯、露天風呂、サウナだけじゃない、檜風呂やハーブ湯だって、かなりお得だ。

 

チャプ…

 

「ふぅ……」

 

 お湯に浸かると、疲れが溶け出していくようで、非常に気持ち良い。

 

 前世、おやじどのが言っていた“競走馬は温泉に入ることもある”と、その時は温泉がどういったものなのか分からなかったので“ふーん”程度の反応しか出来なかったけど、とりあえず気持ち良いものなのだなと言うことだけは理解できた。

 

 そして、生まれ変わって温泉を知った私は、こんな素晴らしい物に入っていられるサラブレッドは幸せ者だなと感じさせられた、シャワーとブラシだけが当たり前だった私には、温泉はとんでもないカルチャー・ショックだった。

 

「………」

 

 目を閉じて考える

 

 これからどうなっていくのだろう、前回のレースは、出走ウマ娘、気候条件、バ場状態、いろんな要素がからまっての勝利だった。

 

 これからのレースは、いつも雨とは限らない、出走ウマ娘だって、これまでのレースで勝ってきてる娘たちばかりだ。

 

 つまり、この前の未勝利戦とは比較にならないほどの苦戦が予測されるという事だ、だから、追込じゃ間に合わないだろう、また…差しに戻す必要があるかもしれない、トレーナーに…相談してみよう。

 

 

=============================

 

 俺は次のレース、すなわちオープン戦のための計画を立てていた、俺達には2つの選択肢がある。

 

 1つ目の選択肢……1600m、こちらはマイルレースだ。

 

 2つ目の選択肢……2250m、中距離のレースだ。

 

 今までのレースからして現実的なプランは1つ目のマイルレースだろう。

 

 だが、こちらにはワンダーグラッセが出てくる、アラ達の世代の中ではもっとも素質に溢れていると言われているそうだ。

 

 2つ目の中距離レースは、カーブが多く、コーナーが得意なアラの特性を十分に活かすことができる。だが、多くなるのはカーブだけじゃない、当然ストレートも増える。

 

 こちらの方にはエアコンボハリアーが出てくる。こちらも新進気鋭のウマ娘だ。

 

 そして、この2つレース共通の問題として、出走するウマ娘の実力が挙げられる

 

 このレースはオープン戦、つまり、デビュー戦、未勝利戦を勝ったウマ娘達が出てくる。身体能力、レース勘、その全てにおいて、これまで戦ったウマ娘達を遥かに凌駕すると言っても良いだろう。

 

 だから、追込での待機をしていると、ストレートで離され、仕掛けた時には、すでに時遅し…といった状態になってしまう可能性が遥かに高い。

 

「どうしたものか………」

 

プルルルル…プルルルル…

 

 電話…アラから…?もしや…

 

パカッ

 

『トレーナー、私トレーニングの集合場所まで来てるけど…トレーナー……どこ?』

「…すまん、まだ学園だ、今から行く」

 

 俺はそう言ってケータイを閉じ、今日のトレーニングの集合場所へと急いだ。

 

 

────────────────────

 

 

 あの後、俺は少し遅れたものの、無事にアラと合流し、トレーニングを行うことが出来た。

 

 そして、トレーニング後に、オープン戦について相談する事にした。

 

「それで今回のオープン戦なんだが…1600mのマイルと2250mの中距離2つの選択肢がある、どちらのレースも、これまでより更に強いウマ娘との対戦になるだろうから、この前の未勝利戦の時のように上手くいく事はないと思ってくれ」

「……分かってる、トレーナー、一つ聞きたいことがあるんだけど…良い?」

「もちろん」

「…作戦を差しにするのって…あり?」

「……!」

 

 そう来たか…アラの脚質は差しと追込だから、脚質にあっているのは間違いは無い…だが、未勝利戦まではトレーニングは追込用の物が多かったからな…

 

「理由を聞かせてくれ」

「…この前のレースの私は、気候、バ場、いろんな条件が重なって、勝ちを拾えたんだと思う、でも、レースはいつも雨とは限らない、出走ウマ娘だって、これまでのレースで勝ってきてる娘たちばかり、だから、追込だと、ロングスパートをかけても、先頭に到達できるかどうか分からないと思ったから」

 

 アラはアラなりに、この前の未勝利戦の分析が出来てるってことか、少し安心した。

 

「トレーナーは、どう思う?」

「…確かに、次回以降のレースは、未勝利戦のようにはいかない、それを分かってくれてるってのはありがたいな、お前さんの指摘どおり、今回は差しの方が適切だろう。そして、今回のレースはマイルか中距離を選ぶことができる、アラ、お前にどちらか選んで欲しい」

 

 俺はアラの目を真っ直ぐ見てそう言った。

 

 

────────────────────

 

 

「アラ、お前にどちらか選んで欲しい」

 

 トレーナーは真っ直ぐこちらを見ている。

 

 だから、私は今までのトレーニングを思い出した。

 

 毎朝四時からやっている走り込み、ダッシュを始めとした基礎トレーニング、芦田川沿いの土手を駆け上がる坂路トレーニング、斤量を背負ったうさぎ跳び、スタート練習…

 

 私は持久力、瞬発力が強くなった筈だ。

 

 だから…

 

「トレーナー、私を中距離に出して」

 

 私はトレーナーに自分の意志を伝えた。

 

「……分かった、出走登録をしておく」

 

 トレーナーは少しの間私を見た後、そう言った。

 

 

=============================

 

 

 ここは福山市内のある中華料理店、ここでは二人のウマ娘がともに食事を取っていた。

 

「調子はどうだ?ハリアー」

「もう絶好調、今度のオープン戦も勝ってみせるよ!」

「そうか、トレーナーとはどうだ?」

「あたしのために良いメニューを考えてくれてる、それに、たまに食事にも連れてってくれるよ」

 

 話している二人のウマ娘はエアコンボハリアーとその姉、エアコンボフェザーだった。

 

「今度のオープン戦は、私も応援に行かせてもらおうか」

「本当に!?」

「ああ、お前は強い、それに、同世代のウマ娘達もな、面白いレースを見せてくれ、もちろん、お前の勝利を信じている」

「よし…あたし、絶対に勝つから!」

 

 エアコンボハリアーのその言葉を聞き、エアコンボフェザーは安心したかのように顔をほころばせた

 

 

=============================

 

 

「よし、お疲れさん、帰るときは気をつけてな」

「うん、それじゃあ」

 

俺はアラをスーパー銭湯に送り届け、帰途についた

 

 アラのオープン戦は2日後、調整は万全だ。体調もベストをキープできている。そして、コーナーでのスピードを少し上げた、アラの肉体はまだ成長段階、無理に加速力を上げて身体を壊すようなことがあれば、俺はトレーナーとしても、元レーサーとしても失格だからだ、それに、アラの加速力が同世代のウマ娘と比べて劣る理由もわかっていない。

 

 コーナーのスピードを上げたのは、ロングスパートの代わりだ、ロングスパートは早い段階で仕掛け、加速に使う時間を長く取って加速力の差を補う技だ。

 

 そして、今回試して見るコーナーリングのスピードを上げる方法は、コーナーからの脱出速度を少しでも上げ、加速の遅さを補う…ストレートに言ってしまえば誤魔化す技だ。

 

 ウッドチップコースでの検証では、タイムは良くはなっていたが、実戦…しかも今回は10人フルゲートだから、どう転ぶかは分からない。

 

「………」

 

 ピロロロロ…ピロロロロ…!

 

 電話……親父から?

 

 

=============================

 

 

 オープン戦を翌日に控えた今日、私はトレーナーに呼び出された。

 

「急に呼び出すなんて…トレーナー…どうかしたの?」

「…」

 

 トレーナーは黙ったままだ。

 

「…アラ…すまん、オープン戦…俺は行けん」

「えっ!?どういう…こと?」

「北海道にいる親戚のじいさんが死んだんだ、それで葬式に行くことになった…」

 

 トレーナーはそう言って項垂れた。こんなに落ち込んだトレーナーは見たことがない。

 

「私、勝ってくるから」

「…アラ?」

「調整は万全、心配しないで、それにその様子だと、トレーナーは凄くその人のお世話になったってことだと思う、お世話になった人の最後に会えないってのは、結構悔いが残る事だから、行ってきて」

 

 私は前世、先輩のことを凄く尊敬していた、だけども、先輩とは引退して別れたっきりで、私は死ぬまで再会することは無かった。

 

 馬だった頃は、死や別れというものに敏感に反応する事は稀だったけれども、先輩は別だった。

 

 だから、世話になった人を見送れないという痛みは、それなりに分かっているつもりではある。それに、トレーナーは人間、死には敏感な存在だ。

 

「…本当に良いのか?」

「うん、トレーナーが色々と頑張ってくれたから私は大丈夫、だから、トレーナーはその人を見送ってあげて」

「分かった、アラ、ありがとう」

 

 トレーナーは頭を上げてそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 




 
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第8話 モヤモヤするレース

 
 


 

「慈鳥の奴に、良い報告が出来るよう、頑張って来るんだぞ」

 

 オープン戦当日、トレーナーは親族の葬儀で来れない代わりに、雁山トレーナーにレースの観戦、送り迎えを頼んでくれていた。

 

「アラ、頑張って下さいね」

「うん、ありがとう、ワンダー」

 

 ワンダーが、私に応援の言葉をかけてくれる、さっきのレースで圧巻の差し切りを見せたのにもう息が整っている、たまらなくすごく感じる。

 

「ワンダー、ハリアーとは親友だよね?あっちの応援をしなくても良いの?」

「ええ、今日の彼女は副会長が直々に応援に来て、張り切っていますから、水を差すようなことはできません」

 

 ワンダーは片手で口を抑えてクスリと笑った、もう一人の副会長…エアコンボフェザーさんはコンボの実姉のはずだ、確かにワンダーの言う事も尤もだろう。

 

「さて、もうすぐ発走ですよ、私達は応援していますので、頑張って来てくださいね」

 

 ワンダーと雁山トレーナーは観客席の方に上がっていった。

 

 

=============================

 

 

 観客席は多くの人で賑わっていた、その中には、双眼鏡を握るウマ娘、ハグロシュンランの姿もあった。

 

「シュンラン」

「フェザーさん、来ていらしたのですね」

「妹のレースが見たくてな、隣、座るぞ」

「ええ、どうぞ」

 

 ハグロシュンランに声をかけたのは、エアコンボフェザーだった、同じ副会長という立場ではあるものの、エアコンボフェザーは会長であるエコーペルセウスと同じ最高学年、ハグロシュンランはそれより下の学年であった。

 

「あら…ペルセウス会長は?」

「ペルセウスは学園だ、恐らく、また生徒のためのアイデアでも考えついたんだろう、お前こそ、珍しいじゃないか、今日は休日、普段は森林浴にでも出かけているだろうに」

「私も、注目している娘が居ますから」

「……?」

 

 エアコンボフェザーは出走表を見た。

 

1オンワードハウンド

2デリカテッセン

3パウアーマー

4ボンテンターゲット

5エアコンボハリアー

6アラビアントレノ

7クルシマウェイブ

8ノシマスパイラル

9インノシマスズカ

10ピンポイントパール

 

「誰だ?」

「6番のアラビアントレノさんです」

 

 そう言われたエアコンボフェザーは双眼鏡を持ち、パドックを見た。

 

「あの1番小柄の芦毛のウマ娘か?」

「はい」

 

(6番…ならばコンボの隣、観察する余裕はあるな、それに、シュンランが目をつけているということは、何かしら光る点がある可能性があるのかもしれないな…)

 

 エアコンボフェザーはそう思いつつ、双眼鏡を覗き込んでいた。

 

 

=============================

 

『5枠5番、エアコンボハリアー、1番人気です』

『3戦3勝、新進気鋭のウマ娘ですね、このレースでの好走も期待できますね』

 

 ハリアー…すごいなぁ…ギャラリーも物凄く盛り上がってる

 

『6枠6番、アラビアントレノ、8番人気です』

『未勝利戦では重バ場の中を見事に駆け抜けていましたから、良バ場での走りに注目ですね』

 

 私は8番人気、だけども、気落ちしてはいられない、ついこの間、未勝利から脱したばかりだからだ。挑戦者であるという気持ちを、忘れてはならない。

 

────────────────────

 

落ち着いてゲートに向かって歩き、深呼吸した後にゲートインする

 

『最後に10番ピンポイントパールがゲートに入りました、福山レース場、中距離オープン戦、今……』

 

ガッコン!

 

『スタートしました!』

 

 ……!

 

 ハリアー…速くなってる…

 

『まず外側の10番ピンポイントパール、9番インノシマスズカがスルッと上がって先行争い、その後ろに続くのは5番エアコンボハリアー、その外回って4番ボンテンターゲット、1バ身離れて8番ノシマスパイラル、1番オンワードハウンド、7番クルシマウェイブ、6番アラビアントレノ、3番パウアーマー、2番デリカテッセンが固まっています!』

『後方がダンゴ気味になっていますね、走りにくい娘も居るのでは無いのでしょうか?』

 

 7番の娘の真後ろにいるからスピードは問題なし…でも、ダンゴはちょっと避けたい。

 

 でも、こういう時こそ落ち着こう、トレーナー曰く、“レースはメンタル勝負”、先に慌てた方から負ける、まずは一度目のコーナーを抜けて様子見だ。

 

『各ウマ娘、第一第二コーナーに入って行きます!』

 

 

=============================

 

「速えぇ…エアコンボハリアーのスタート」 

「やっぱ3戦3勝の実力は伊達じゃないぜ!」

 

 ギャラリーは注目株のエアコンボハリアーのスタートを見て興奮気味の様子だった、その一方で、エアコンボフェザー、ハグロシュンランは冷静に双眼鏡を覗き込んでいた。

 

「妹さん、スタートがうまく行きましたね」

「幼少期から私と共に走っていたんだ、このくらいなら容易いものだ、それで、あのアラビアントレノ…だったな?スタートはまずまずだが、スタート後のコース取りの判断が早い、恐らく頭は良い方だろう」

 

『後方がダンゴ気味になっていますね、走りにくい娘も居るのでは無いのでしょうか?』

 

「あらあら…」

「いくら先行有利のコースとはいえ、ここはコーナーがキツイからな、後方待機を選ぶウマ娘も少なくはない」

 

(ただ、判断力の良さだけで、シュンランがあの芦毛を評価するだろうか?…凄いところは判断力の高さだけではなく、他にもあるんじゃなのいか…?)

 

 エアコンボフェザーは顎に手を当て、考えていた。

 

 

 

一方、コースの方では、アラビアントレノ達ウマ娘が第1第2コーナーを曲がろうとしていた

 

(周りが曲がるのが遅いから、抑えるのが少し大変だ…)

 

アラビアントレノは少々歯がゆい思いをしていた、早く曲がれば、他のウマ娘のペースを上げる事となり、必然的に事故の可能性が上がってしまうため、スピードを抑えて曲がらざるを得なかったからである。

 

 

(これから重賞にも挑戦して行きたいんだ…遠慮はしない…!出し切って勝つ!)

 

 一方でエアコンボハリアーの方は気合いが乗っており、その走りにも自信と闘志に満ちていた。  

 

 

====================================

 

『第1第2コーナーを抜けて、ウマ娘達は向正面へ、先頭は9番インノシマスズカ、その後ろに10番ピンポイントパール、2バ身離れて5番エアコンボハリアー、4番ボンテンターゲット、8番ノシマスパイラル追走、そこから2バ身離れて1番オンワードハウンド、7番クルシマウェイブ、6番アラビアントレノ、3番パウアーマー、2番デリカテッセンとなっています』

『先頭が縦長で後方がダンゴ気味、まるでおたまじゃくしのような形ですね』

 

 8番の娘はダンゴから脱したようだ、私もなんとかしなければならない。

 

 とりあえず、第1第2コーナーで、このダンゴの特徴は分かった、“コーナーに入る際、速度がぐっと落ちる”…すなわち、段階的にブレーキをかけていくのではなく、急ブレーキ気味でコーナーに入るということだ。

 

 これは、コーナーに入る直前まで、ダンゴから抜け出す隙間があるという事を意味している。

 

 なら、ペースを維持し続ければ良い。

 

『一度目の向正面はもうすぐ終わり、各ウマ娘、第3第4コーナーのカーブに向かって居ます、先頭9番インノシマスズカからしんがり2番デリカテッセンまでの差はおよそ7バ身』

 

 もうすぐブレーキをかけるだろう。

 

3…2…1……今!

 

『第3コーナー入口!後方で動きがありました、6番アラビアントレノがダンゴを脱し、

上手いコーナリングで、8番ノシマスパイラルの真後ろにつけています』

 

 よし…ここから追い上げて行こう。

 

 

====================================

 

 

『トレーナーさん、アラのコーナリング、凄いですね、かなり速めのスピードで尻尾を流しながら、第3第4コーナーを抜けていきました〜』

 

 雁山とは違う場所で観戦しているワンダーグラッセは、電話の向こうからおっとりとした様子でそう言った。

 

「慈鳥の奴…普段はどんなトレーニングをしてるんだろうな…」

『気になりますね、いつか知るときが来ると思いますから、その時のお楽しみですね』

「そうだな…今は見させて貰うとしようか」

 

 雁山は双眼鏡を構え、アラビアントレノの方を向いた。

 

 

 

「…む、あの芦毛、コーナリングがかなり優れている様だな」

 

 雁山とは別の所で観戦しているエアコンボフェザーは感心した様子を見せた。

 

「アラさんはストレートと加速力は遅いですが、それを補うコーナリング技術があるのです」

「なるほど…」

 

 エアコンボフェザーに対し、ハグロシュンランはアラビアントレノの特徴を解説する、エアコンボフェザーは顎に手を当て、考え込む様子を見せていた。

 

 

 

『第3第4コーナーを抜け、レースは再びスタンド前へ、先頭は9番インノシマスズカと10番ピンポイントパールが並ぶような展開に、それに続く5番エアコンボハリアー、少し速度を上げています、1バ身離れて4番ボンテンターゲット、6番アラビアントレノは8番ノシマスパイラルの真後ろから4番ボンテンターゲットの真後ろへ、8番のコンセントレールの外側からは3番パウアーマー、1番オンワードハウンド、その少し後ろから7番クルシマウェイブと2番デリカテッセンが追走しています』

 

(ジリジリとだけど…迫られてる…?アラのバ体が近づいている…?)

 

エアコンボハリアーは少しずつ距離を詰めてくるアラビアントレノの事を気にし始めていた。

 

(よし…上手くスリップストリームの相手を変えることが出来た、次のカーブで…ハリアーの真後ろについてやる…)

 

アラビアントレノはスリップストリームを利用して足をためつつ、次のカーブのことを考えていた。

 

(何なのよ…アラが後ろにいる…この感覚)

 

 ボンテンターゲットはかなり動揺していた、先程まで別の相手の真後ろにいたアラビアントレノが今度は自分の真後ろにいたからである。

 

 ウマ娘は、通常の人間より鋭敏な感覚を持っており、近くを走る相手に、動揺または興奮したりしてペースを上げてしまう状態、俗に言う“掛かり”になる事がある。

 

 そして、ボンテンターゲットはまさにその状態であり、これはアラビアントレノにとっては好都合であった。スリップストリームの効果は相手のスピードが速いほど上がるからである。

 

『レースは2度目の第1第2コーナーに入っていきます』

『4番ボンテンターゲット、ちょっと掛かり気味かもしれませんね、冷静さを取り戻し、体力の消耗を抑えたいところです』

 

(よし…もう良いかな、多分、ボンテはオーバースピード、コーナーで動きが乱れてしまうはずだ、巻き込まれるわけにはいかない、それに、突っ込まないとコンボには離されてしまう)

 

 アラビアントレノはスリップストリームから抜け、やや外側からコーナーに入った。

 

(コーナーは…いつもインを攻めれば良い訳じゃない、トレーナーは…そう言ってた、アウトから相手に被せて、動揺させるのも…作戦の一つ)

 

『6番アラビアントレノ、4番ボンテンターゲットを抜いてやや外側からコーナーに侵入、4番ボンテンターゲット、かなり膨らんでしまいました、バランスを立て直す間に1番オンワードハウンドと7番クルシマウェイブがそれを抜く!』

 

(ここで…!)

 

 アラビアントレノはエアコンボフェザーの外側の若干斜め後ろにたどり着いた。

 

(追いつかれた…気が変になりそう…でも…今は我慢するしかない…)

 

 エアコンボハリアーは動揺していた、しかし、福山レース場のきついコーナーが、彼女がペースを上げるのをなんとか防いでいた。

 

『レースは二度目の向正面へ、先頭としんがりの差はおよそ5バ身と、だんだん縮まりつつある展開』

『ここでスパートに備えて気持ちを整えておきたいですね』

 

(気持ちを整えるって…こんなに喰い付かれちゃ…)

 

 コーナーという邪魔が無くなり、エアコンボハリアーは少しずつではあるが、段々とペースを上げていた、ただ、これは掛かっていることによるものではなく、エアコンボハリアーが、自身のスタミナを武器として使っている証だった、だが、エアコンボハリアーがいつもより精神力を消耗しているのは明らかだった

 

(ハリアーはこれでこのペース…なら…ラストスパートでは、立ち上がりのスピードと伸びは更に鋭いものとなる筈だ、つまり、ラストスパートの段階で、前に出る必要がある…なら………)

 

 アラビアントレノはそう考え、少しだけ周りを見渡した。

 

(よし…これなら行ける、仕掛けるのは…あそこだ…でも…何なんだろう…この感じ…ゾワゾワする、だけど恐怖じゃない)

 

『各ウマ娘、向正面を駆け抜けて第3第4コーナーへ、先頭で競り合っている9番インノシマスズカと10番ピンポイントパール、明らかにペースが落ちています、逃げ切れるのか!?後ろからは5番エアコンボハリアーと6番アラビアントレノが突っ込んでくる、他の娘達もどんどん入っていく!』

 

 

 

「………」

 

エアコンボフェザーは、妹の動揺ぶりに驚いていた。

 

「…フェザーさん?」

「……!すまない、少し動揺していた…誤算だったな…まさか、妹があそこまで動揺しているとは…」

「…ですが、レースはまだまだわかりません、今はただ…見守りましょう」

 

 ハグロシュンランはそう言い、目をコースの方に再びやった。

 

 

 

「むりぃ~!」

「ムリー!」

 

(…今日のあたし…乗れてない…?…スピードがやけに遅く感じる…シューズの片足が落鉄しているんじゃないの!?)

 

 もちろん、落鉄はしていない、だが、そう思ってしまうほど、エアコンボハリアーは精神をすり減らしていた。 

 

『もうすぐ第4コーナーカーブを抜けます!ここからは末脚勝負!後ろの娘達は間に合うか!?』

『差が詰まってきていますね、目が離せない展開です!』  

 

(殆どのウマ娘は、コーナー出口で少々膨らむ、ハリアーだって例外じゃないし、遠心力が低いとはいえ、私も少し膨らむ、そして…末脚を使うときはもっと膨らむ、だから、予め外に出ておくのがセオリー…でも!)

 

(アラ…何考えてるの…!?外側に行かないなんて…!)

 

(………ここだ!!足裏で…砂を掴んで…スリップストリームから出た勢いを無駄にせずにそのまま飛び出す…!)

 

ザッ…ダァァァァァン!

 

『アラビアントレノ!何と遠心力の強いインから行ってスパート!』

 

(………インから…スッと…!?)

 

 アラビアントレノは、エアコンボハリアーがスパート時にアウト側に開き、イン側を開けるのを利用し、スリップストリームから脱するのと同時にインに切り込み、ラストスパートを掛けた、これによって、彼女の弱点である加速力の弱さを打ち消し、そして、インを通った事によって真っ先に最後のストレートに飛び込む事に成功したのである

 

 もちろんアラビアントレノ本人には少なくない量の遠心力がかかる、しかし、彼女自身の小柄という体格、そして、慈鳥の行っていた斤量を背負ってのうさぎ跳びトレーニングが、彼女に瞬発力だけでなく、バランス感覚も与えていた。

 

 そして、その芸当は後ろを走るウマ娘達にもしっかりと見えていた。その光景に圧倒されたエアコンボハリアーを含めた後続のウマ娘は、少しだけだが仕掛けが遅れた、それが決め手となった。

 

『追うエアコンボハリアー!行けるか!?いや、アラビアントレノだ、アラビアントレノが先にゴールイン!!』

 

ウォォォォォォォ!

 

 

=============================

 

 

 未勝利戦の時の倍ぐらいの歓声が響く。

 

「アラ…今度は…負けないから…!」

「ハリアー…望むところだよ」

 

 ハリアーはそう言うと、先に行ってしまった。

 

 勝った事は嬉しい、でも、あの感じた…変な感覚は何だったんだろう…

 

 それが分からない。

 

 勝ったは勝った…だけど…モヤモヤするレースだった。

 

 

=============================

 

 

「こんな事が起こるから、レースというのは面白い」

「フェザーさん…?でも…妹さんは」

「いや、あいつは更に強くなる、ここはあの芦毛に感謝をしなければな…だが…」

「だが…?」

「……私も、是非あのウマ娘、アラビアントレノと走ってみたくなったな」

「………まぁ…!」

 

エアコンボフェザーの発言に、ハグロシュンランは両手を口元にあて、目を見開いて驚愕していた。

 

 

=============================

 

 

北海道についてからは忙しかったものの、無事に親戚のじいさんを送ることができた。

 

そして先日、アラから電話が来た、勝ったそうだ。

 

後は…俺が帰るだけ…か…

 

俺は車を走らせた。

 

 

────────────────────

 

 

 しばらく走り、駅の近くまで来た。道端に座り込んでいる人影が見えた、急病人…?いや…尻尾がある…ウマ娘か。

 

俺は車を降り、そちらに向かった。

 

「おい、あんた!どうかしたのか?」

 

 俺の言葉に反応し、そのウマ娘は顔を上げた、何故か涙でめちゃくちゃになっていたが。

 

「空港への…電車に…乗り遅れてぇ…グスッ…どうすりゃいいんだべぇ…」

 

 相当混乱しているようで、北海道(こちら)の言葉が出てしまっている……放っておくのは、流石に可愛そうだな

 

「俺が乗っけてやる」

「えっ…良いんですか!?」

「ああ、金は取らんから安心しろ、ほれ」

「わわっ!」

「それは俺の免許証だ、俺が怪しい素振りを見せたら、それを持って交番にでも駆け込んでくれたら良い、シートベルトは着けてくれよ」

 

 そして俺はそのウマ娘を車まで連れて行き、助手席に乗せ、空港への進路を取った。

 

「…」

「そう固くなるな、お前さんを取って食おうなんざ思ってない。」

「は、はい…」

「この時期にどうして空港に?」

「え、えっと…東京のトレセン学園に…転入することになって…」

 

 東京…つまりは…中央………

 

「中央か!?お前さん、凄いな!」 

「あ、ありがとうございます…トレセン学園の事、知ってるんですか?」

「そりゃあな、俺もトレーナーの端くれだからな」

「えっ……トレーナーさんなんですか!?」

「ああ、地方のトレーナーだけどな、お前さんがデビューしたら、どこかで会うかも知れんな」

「そうですね!」

 

 そのウマ娘は元気な声で、そう答える。学年を聞いてみたところ、アラと同学年だった。

 

「名前…これ…どう読むんですか?」

 

 そのウマ娘は、俺の免許証を見ながらそう言う。

 

「“じちょう”だ、お前さんは?」

「私、スペシャルウィークって言います!」

「スペシャル…ウィーク」

「はい!“スペ”って呼ばれてます!」

「そうか…スペ、お前はどうして中央に?」

「私は、日本一のウマ娘になりたいんです!」

「日本一か…なら、ダービーか?」

「はい!ダービーもですけれど、色んなレースで勝って、お母ちゃんたちを笑顔にしたいんです!」

 

 スペは笑顔でそう言った、家族思いなウマ娘だと俺は思った。

 

 

 

 そして、俺は空港に向けてしばらく車を走らせた。

 

「ダービーは“最も運の良いウマ娘が勝つ”って言われてる、スペ、お前さん…とんだラッキーガールかもしれんな」

「はい、そうですね!!」

 

 そんな感じで話しているうちに、目的地の空港が見えてきた。

 

「よし、もうすぐ着くぞ、降りる準備しとけ」

「本当に、本当に、ありがとうございます!慈鳥トレーナーさん!」

「気をつけろよ、東京は人が多いからな」

「はい!」

 

 俺は車を止め、そのウマ娘、スペシャルウィークを降ろした。

 

「本当にありがとうございました!慈鳥トレーナー!」

「ああ、頑張れよ」

「はい!!」

 

 スペはペコリと一礼し、空港に向かって走っていった。

 

 スペ…スペシャルウィーク…か…前世に競走馬の名前は嫌というほど相棒から聞かされてきたが、いちいち覚えているほど、俺の頭の出来は良くなかった、唯一覚えていたのがオグリキャップで、彼…いや、彼女はこの世界にも存在している。

 

「考えていると…埒が明かんな…」

 

 俺はそう言ってため息をつき、スペが無事に飛行機に間に合う事を祈りながら、車を出した。

 

 

=============================

 

 

 その頃、エアコンボフェザーは福山トレセン学園の生徒会室にて、コーヒーを飲みながら生徒会長であるエコーペルセウスと話していた。

 

「フェザー、君の妹、負けちゃったみたいだね」

「ああ、でも私の妹は、敗北を糧ににさらに強くなるぞ、あいつは私を超えるモノを持っている、頭で色々と考えてやることを、あいつは直感でやってしまうからな」

「ふふっ、それは良いね、それに今年は君の妹含め、才能のある娘が多くデビューしてくれたから、これからが楽しみだなぁ!」

「フッ…そうだな」

 

 エアコンボフェザーは微笑んでそう答えた

 

「全国交流レースも増えてきてる、ローカルシリーズはこれからどんどん面白くなるはずだ、それに、AUチャンピオンカップもある、生徒会(私達)の働きが大事になってくるね」

 

 エコーペルセウスが言うように、最近のローカルシリーズは、ウマ娘の実力向上を図るべく、全国交流のオープン戦を増やしていた、その効果は着々と出ていたのである。

 

「そうだな、ここのウマ娘達が、他のレース場に行き、様々なウマ娘達とぶつかり誰が勝つのか分からない、手に汗握るレースをする、今年は去年よりさらに、興奮するレースが繰り広げられる事を」

「祈るとしようか」

 

 その言葉を合図に、二人は同時にコーヒーを口にした

 

 




 
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第9話 新たな風を

 
 


 

 俺は北海道から帰った翌日に出勤し、アラのトレーニングを行ったあと、前回のレースについての反省会を行っていた。

 

「ほう…勝ったは良いけれど、何かモヤモヤするレースだった訳か」

「うん」

「それで…その、モヤモヤが具体的に何なのかが分かるか?」

「分からない、分かってたらトレーナーに相談しない…」

 

 そう言ってアラは耳をペタンと伏せた。

 

 実は今日、授業で模擬レースが行われたらしく、その時も感じたそうだ。

 

 そして、そのモヤモヤがどうしても気になり、末脚を使うのが遅れてしまい、芳しくない結果になってしまったという。

 

「とりあえず、しばらくはトレーニングに集中だな、同期達にも相談してみる」

「分かった、ありがとう」

「よし、車乗れ、銭湯まで連れてくから」

「分かった」

 

 

────────────────────

 

 

 アラを銭湯まで送り届けた後、俺はトレーナー室まで戻ってきた。

 

 戻ってくるや否や、少し変わった光景になっていた。

 

「……………」 

 

 火喰が机に突っ伏したまま熟睡していたのだ。

 

「…何があった?」

「火喰の奴、コンボにメニューの追加を頼まれたらしくてな、身体への負担と能力アップのバランスをなんとか取ろうとしてずーっと考えてたらしいぜ」

 

 軽鴨は火喰を起こさないような声で、彼女に起きた事について教えてくれた。

 

「わざわざそんなに根を詰めてやらなくても良いだろうに…」

「おいおい、それお前が言うのかよ」

「ハリアーはアラに負けてから、アラに凄いライバル意識を燃やしてるんだよ、“いつか倒す”ってな」

 

 火喰を心配した俺に雀野と雁山が突っ込みを入れる。

 

「そんなことが…でも、アラはアラで今問題を抱えてるんだ」

「問題…?」

「何かあったのか?」

「喧嘩でもしたのか?」

「いや、そういうわけじゃない、コンボに勝ってからというもの、アラは心の中に何かモヤモヤしている物ができたみたいなんだ」

「それで、その原因もよくわからないと」

「ああ、走るのが怖くなったとかそういう訳では無いみたいなんだが……どうしたものか」

 

 俺達は答えが出ずに、暫く考え込んでいた。 

 

「あっ!」

 

 すると、雀野が拳を平手に打ち付け、何かひらめいたかのような顔をする。

 

「…川蝉秘書や大鷹校長なら、何か知ってるんじゃないか?」

 

 いや…いくらなんでも、すっ飛ばし過ぎだろう。

 

「おいおい、いきなり学園の上層部に聞くって…先輩トレーナーに聞くとか無いのかよ…」

「いや、先輩トレーナー達は皆忙しいだろ?殆どが俺達の倍以上の仕事をしてるんだから、だけど校長はウマ娘達のトレーニングをよく見に来てくれてるぜ?」

 

 俺が思ったのと同じ事を雁山が雀野に突っ込んだ、だが、それに軽鴨が異を唱えた。

 

「確かに…先輩トレーナー達は忙しいからなぁ…」

「そうだろ?慈鳥、ダメ元で頼んでみればどうだ?」

 

 確かに、殆どの先輩トレーナーは複数のウマ娘を育成している。故に仕事量も俺達より遥かに多く、遥かに忙しい。

 

「頼むだけならタダだからな」

 

 雁山も続ける

 

「分かったよ、アポを取ってみる」

 

 俺は大鷹校長にアポを取り、アラのモヤモヤの件について相談する事にした。

 

「よし、慈鳥の件ここまでにして…火喰、どうする?」

「………」

 

 俺達は火喰の方に目をやる、彼女は相変わらず眠り続けていた。

 

「……起こすか、そろそろ上がらないと注意される」

 

 雀野がそう言う、この学園は、トレーナーを含む職員に長時間残業をさせたがらない、“残業を多く取らせる組織は無能”と校長が考えているからだそうだ。

 

「おーい、火喰、起きろ」

 

 軽鴨が火喰のデスクを軽く叩きながらそう声をかける。

 

「………ん…私…寝てた…?」

「30分ほどな」

「…いけない、コンボのメニュー…考えてたのに…」

「だからって莫迦みたいに根を詰める必要は無い、そろそろ上がるぞ」

 

 こうして、俺達はトレーナー寮へと戻ったのだった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 ダメ元で川蝉秘書を通じて大鷹校長にアポを取ってみたところ、何とOKが貰えた。

 

 という訳で俺は、今、校長室の前に立っている。

 

コンコンコン

 

 うるさくない、適度な力を込め、ドアをノックする。

 

「どうぞ」

 

 中から川蝉秘書の声が聞こえる。

 

「失礼します、慈鳥、参りました」

 

 俺はドアを開け、校長室に入った。

 

「慈鳥君、川蝉君から話は聞いています、ささ、おかけ下さい、川蝉君、もう良いですよ」

「では、失礼致します」

 

 川蝉秘書は退出し、俺達は二人だけとなった。

 

「大鷹校長、今日は私の様な新人の相談に乗って頂き、ありがとうございます」

 

 俺はそう言って頭を下げた。

 

「いえいえ、着任初日に言ったではありませんか、“同志”と、私どもは年齢や立場は違えど、夢に向かって走るウマ娘達を応援する身、悩める仲間と悩み事を共有するのは当然の事です」

「ありがとうございます」

「それで、悩みとは?」 

「はい、私が育成しているウマ娘、アラビアントレノについての問題なのです」

「アラビアントレノ君の活躍は聞いております、この間のオープン戦は新進気鋭のエアコンボハリアー君を破ったそうですな、おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます」

 

 俺がそう言うと、大鷹校長は笑顔を見せた。

 

「校長、彼女は、そのオープン戦の途中で恐怖感や相手の気配とは違う“ざわつき”のようなものを感じたそうなんです」

「ふむ…」

「それで、その“ざわつき”の正体が分からずに、モヤモヤしたものが離れない状態になっています…校長、心当たり等ありませんでしょうか?」

「なるほど……ざわつき…ですか…珍しいケースですな…私も若い時はトレーナーとして頑張っていましたが、そういった話は殆ど聞いたことがありません」

「……珍しいケース…ですか…」

「…はい、ウマ娘の心身の構造については、まだよく分かっていない事も多い、そのよく分からない物がその“ざわつき”を引き起こしているのかもしれませんな」

「…それならば、どうすれば良いのでしょうか…?」

「まあまあ、お待ち下さい、この話にはまだまだ続きがあります」

「…続きが?」

「はい、アラビアントレノ君は現在“爆発期”でしたかな?」

「は、はい…医師の診断によれば、落ち着いては来ているそうですが…」

 

 俺と契約を結んだ時、アラはまだ爆発期の途中だった。それ故、食べる量や肉体、体調の管理などにかなり苦労していた、もっとも最近はそれらは安定の兆候を見せているが。

 

「そうですか、ならば、爆発期をきっかけに、アラビアントレノ君の中で、何かが目覚めたのかもしれませんな」

「何かが…目覚める?」

「はい、しかし、理論で説明するのは大変難しい事です。ですが、恐らくアラビアントレノ君はその“目覚め”に気づいていないのでしょう」

「…そんな事が…あるのですか?」

「ええ、一度だけ見たことがあります、その時の映像を持っていますので、見ると致しましょうか」

 

 大鷹校長はそう言うと一旦ソファを立って、執務机の中を探し始めた。

 

 しばらくすると、校長はSDカードを見つけ出し、それをタブレット端末に挿して俺の所まで持ってきてくれた。

 

「その動画を再生してみてください」

「は、はい」

 

 キー式のケータイを使っているので、タッチパネルとやらはどうしても抵抗感を感じてしまう、だが、そんな文句など言ってられない俺はタブレット端末の再生ボタンを押した。

 

「…芝コース、この形状…中央の阪神ですか?」

「はい、数年前の“鳴尾記念”です」

 

 鳴尾記念と言えば、確かGⅢの重賞レースだった筈だ。

 

2500メートルの長距離コースを13人のウマ娘達が駆けてゆく、そして、ラストスパートとの時

 

『400の標識を通過、先頭はオウショウメイカン、オウショウメイカン!いやゴールドシチーかアキツピロマーチか!外からはアルファジェームス、そして中をついてタマモクロスも突っ込んで来る!大外からはミリオンキャンサー!先頭タマモクロスに変わった!タマモクロス先頭』

 

 …!

 

『そして二番手争いはオウショウメイカン粘る!外からはアキツピロマーチ、タマモクロスがいまゴールイン!タマモクロス、6バ身離してゴォオール!!止まらない連勝!重賞レース初勝利です!』

 

「どうでしたかな?」

 

 動画が終了すると、大鷹校長は俺に感想を聞いてきた。

 

「…一瞬ですが、鳥肌が立ちました…なんと言ったら良いんでしょうか…その…私達人間に流れる動物としての血が、“こいつは凄い”と思わせる様な何かを感じました」

「やはりですか、実はこのタマモクロスというウマ娘も、初勝利後暫くは全力を出し切れずに負けるレースが続いているのです」

「……」

 

 少しだけだが、状況はアラに似ている、アラは今日の模擬レースも駄目だったそうだ、というか、そのざわつきでモヤモヤしているということをアラから聞いてからというもの、アラは一度も模擬レースで一着を取ることが出来ていない。

 

「我々が入手した情報によりますと、そのタマモクロスというウマ娘は“レース前はナーバスになりがち”だったとか、アラビアントレノ君の状態とは異なっては居ますが、例としては一番近いでしょうな、ですが、その年の10月のレースからは圧倒的な強さを見せつけて居るのです。まるで“何かに火がついた”かのように」

「なるほど…」

「そして、私が君に注目して欲しいのはそのきっかけです、次の動画をご覧下さい」

 

 大鷹校長に促され、俺は次の動画を再生する。

 

 それはタマモクロスのインタビュー映像だった。

 

「怒涛の3連勝、覚醒しましたね!」

「どやあー!!4連勝でも5連勝でもいったるで!!」

「何か切っ掛けなどあったのでしょうか?」

「おん!せやねん!笠松でどえらい芦毛見掛けてな!」

「カ、カサマツ……?」

「そうや!その芦毛見て、ウチの中で何かが弾け飛んだんや!あいつには負けられへん!」

「そ、そうですか…」

 

 どうやらその記者はローカルシリーズの知識については薄く、その後は普通の質問をするだけでインタビューは終了した。

 

「いかがでしたかな?」

「あの…校長、タマモクロスが言っていた…“どえらい芦毛”と言うのは…」

「はい、あの“オグリキャップ”です、彼女が、カサマツに颯爽と現れた新たな風が、タマモクロスの何かを呼び覚ましたのでしょう、もう、君なら分かるはずです、アラビアントレノ君の問題を解決する手段が」

 

 つまり…

 

「…“遠征”ということですか?」

 

 “遠征”レースの基本、俺もレーサーだったのに、こんな事を忘れていたとは……

 

「その通りです、遠征でアラビアントレノ君に新たな風を感じてもらうのです。幸い、最近のローカルシリーズの方針により、他のレース場への遠征は容易なものとなってきています、私はこのチャンスを、是非、君たちトレーナー、そして、ウマ娘達に使ってほしいのです」

 

 大鷹校長は真剣な表情をしてこちらを見た。

 

 

 

────────────────────

 

 

「今日は本当にありがとうございました」

「いえいえ、私どもにできることがあるならば、いつでも力になりましょう」

 

 俺は校長室を出た、アラに新たな風を吹き込んでくれるような遠征先を探してみよう。

 

 

 

「…遠征…!?」

 

 トレーニング後のミーティングでトレーナーが1番に言ったこと、それは“他地区のオープン戦への遠征”だった。

 

「アラ、まだ“ざわつき”の将来が分からなくてモヤモヤしているんだろう?この遠征で、それを解決するヒントを見つけるんだ」

 

 トレーナーはそう言う、確かに現状のままでは駄目だ。

 

「…分かった、トレーナー、私、遠征に行く…!」

「…そう言ってくれると信じてたよ、遠征の候補地は2箇所ある、どちらかを選んで、お前に決めてほしいんだ」

 

 トレーナーは私に遠征候補地のレース場の情報を簡単にまとめた資料を渡してくれた。

 

「よし、候補地の説明をしていくぞ、まず、一つ目は門別レース場、ここのコースの特徴は他のレース場よりダートの砂が深い所だ、他のレース場が8~10cmなのに対し、門別は12cmになってる、そして、もう一つの特徴が、こっちのオープン戦はナイターだということだ」

 

 ナイターレース…レース普通は昼で行われるけれど、このレースは夜のレースってことだ。

 

 距離は2000m…帝王賞の誘導をやった時の事を思い出す。

 

 たしか、待機中に後輩のクォーターホースに乗っていた新人騎手が居眠りしかけて私の上に乗っていた騎手にどやされたはずだ。

 

「おーい、アラ、ぼーっとしてるぞ」

「あっ…ご、ごめん…」

「よし、次は2つ目だ、2つ目は佐賀レース場、このレース場の特徴は砂の深さの差だな、ここのコースは内ラチに近づいていくにつれ、砂の深さがどんどん深くなる」

「なるほど…」

 

 こちらも距離は同じ2000m。

 

「この2つのレース場はどちらも、今のお前さんにとっては、全く知らない環境でのレースになる、その新しい環境が何かをもたらしてくれると信じたい。アラ、どちらか選んでくれ」

「…分かった」

 

 私は悩んだ、そして…

 

「トレーナー、私はこっちにする」

 

 決めた方の資料を、トレーナーに差し出した。

 

 

=============================

 

 

 翌日、千葉県の船橋トレセン学園で、あるウマ娘がトレーニングを行っていた、そのウマ娘の名はサトミマフムト、アラビアントレノと同世代のウマ娘である

 

「マフムト!!」

「…トレーナーか、どうした?」

「次の全国交流オープン戦の出走表だ、見てくれ」

「………」

 

 トレーナーから出走表を受け取ったサトミマフムトは、それに目を通す

 

「……面白そうな相手が居るな、“アラビアントレノ”」

「確か…このウマ娘は、この前のオープンで新進気鋭のエアコンボハリアーに勝っている」

「…ならば…相手にとって不足はなし…ってことだな」

 

 近年のNUARの改革によって、全国交流のレースが増えたことにより、地方のウマ娘やトレーナー達は、全国規模で情報を収集するようになっていた、それ故この二人は先日福山で行われたオープン戦について知っていたのである。

 

「ああ、南関東の多くのライバル達との闘いで、鍛えられてきたお前だが、今回の相手の実力は未知数、万全の準備で臨むぞ」

 

 南関東のウマ娘達は、交通網の発達した首都圏であるという利点を活かし、学園を超えて交流模擬レースを行っている、それが南関東のウマ娘が、地方最強と評価されている理由であった。そして、このサトミマフムトはその交流レースにて優秀な成績を収めているウマ娘だった。

 

「……燃えてきた……新進気鋭のエアコンボハリアーを倒した芦毛のウマ娘…アラビアントレノ…奴を倒すのはアタシだ…!」

 

 サトミマフムトは目をギラつかせ、トレーニングを再開するのだった

 

 




 
 お読みいただきありがとうございます。新たにお気に入り登録、評価をして下さった方々、感謝に堪えません!

 本作では、各トレセン学園の設定は何らかの国をイメージしたものになっています

 門別→ロシア
 盛岡→スウェーデン
 水沢→オランダ 
 浦和、船橋→オスマントルコ
 大井、川崎→オーストリア
 金沢→スペイン
 カサマツ、名古屋→プロイセン
 園田、姫路→英国
 高知→ヴェネツィア
 サガ→ナポリ  
 中央→フランス
 
 福山は特にイメージしたものは有りません、また、帯広は現実同様ばんえいレースという設定なので、特に設定していません。また、中央がフランスとなっているのは、アニメ版の中央が凱旋門での勝利を狙っていることが理由です。

 ご意見、ご感想等、お待ちしています。
 


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第10話 忘れていたもの

 

「ふぃーっ…さっむ…」

 

 車から降りたトレーナーは、体を縮みこませて少し震えた。

 

 吐き出される息は、すぐに白くなる。

 

「……一体何℃だよ…」

「5度、寒いね、でもしばらくすれば慣れる」

「お前は平気なのか…」

「大丈夫」

 

 ウマ娘は気温の変化にデリケートだけれども、私はそんなに気にならない、恐らく私がアングロアラブだからだろう。でも、たまに毛皮が恋しくなる。

 

 私達は気温の変化に対しては、サラブレッドよりも遥かに強い自信があった、事実、先輩と共に冬に放馬したサラブレッドを捕まえた時は…

 

『冬でなければお前らなんぞにゃ捕まらなかったのに』

 

 と捨て台詞を吐かれた事がある、その時の先輩は。

 

『恨むのなら、自分の体質を恨むんだな』

 

 と返していた。

 

 

────────────────────

 

体操服に着替え、控室に入ると先に入っていたトレーナーから出走表を渡された、私はそれを受け取って目を通す

 

1キャフタビーツ門別

2ツガルスヴェンソン盛岡

3サナダハリボマー園田

4セグロネルチンスク門別

5シベリアンベアー門別

6ゴーイングカルロス金沢

7ブラストザィツェフ門別

8ビートリヴァプール姫路

9アラビアントレノ福山

10ヴィルベルヴィント名古屋

11サトミマフムト船橋

12カキザキカミンスキ門別

 

「今日最も警戒すべきなのは、11番のサトミマフムトだ、推進力が強いから、スリップストリームし続けるのはリスクがある」

「蹴飛ばされた砂が目に入るかもしれないって事?」

「そうだ、顔まで飛んでくる可能性は少ないとはいえ、ここの砂は深いし、サトミマフムトはパワーのあるウマ娘だからな」

 

 私達はレースの時にすごい脚力で地面を蹴り上げる、当然、砂が飛び散るという訳だ、飛ばされた砂とかは大抵の場合、胸ぐらいの高さに飛ぶ程度、でも、相手の脚力が凄ければその限りでは無いということだろう。

 

 それに、ここの砂は深いから、蹴り上げられる砂も福山の比ではないはずだ。

 

「なら、スタート直後に素早く状況判断、それでコーナーを使って相手を煽って行けば良いってこと?」

「そうだ、レーサーっぽくなってきたじゃないか」

「ありがとう、」

 

『出走ウマ娘の皆さんはパドックに出てください』

 

アナウンスが入った

 

「アラ、気をつけてな」

「うん、行ってくる」

 

 私はパドックへと急いだ。

 

 

 

────────────────────

 

 

『7枠9番、アラビアントレノ、6番人気です』

『所属は福山、前回の2250mでは強敵相手に勝利していますから、砂の深いこの門別のコースではどのような走りを見せてくれるのか、非常に気になりますね』

 

 身体は温まった、寒さはあまり気にならない、あとは解説の人が言っている通り、このコースでどう走れるかだろう。

 

 私は深呼吸をして、寒い空気を身体に取り込んだ、こうする事で、寒い空気に早く慣れることができる、身体の何処かしらを動かして、体の全身に温かい血を行き渡らせる事も忘れない、特に大事なのは足の指だ、スパートで砂を掴むように走るためには、指をしっかり動かすことができるようにしなければならない。

 

『8枠11番、サトミマフムト』

『所属は船橋、闘志の溢れる佇まいですね、身体の仕上がりもしっかりしていますし、連勝中と言う事もあり、今日の好走も期待できそうです』

 

 サトミマフムトは目をギラつかせている。

 

 私の経験から判断するに、恐らくこのウマ娘は強いけど、感情が昂りやすいタイプだ。競走馬であるならば、かなりの暴れ馬になることだろう。

 

 そして、すべての出走ウマ娘の紹介が終わり、私達はゲートに移動した。

 

 

────────────────────

 

 

「よう、噂は聞いてるぜ」

 

 地下通路を進んでいると、私は後ろから声をかけられた。

 

「…3戦3勝のエアコンボハリアーに勝ったんだってな?」

「…知ってるの?」

 

 私は驚き、そう返した。

 

「当たり前だろ?ライバルは全国に居るんだ、情報収集は基本だ」

「……なるほど」

「…アラビアントレノ、お前は何のために、このレースに出ることにした?」

「…この前、私はオープン戦で、おかしな感覚を感じたんだ…私はそれを確かめたい、だから、今回のレースに出るのは…自分の中に眠っている何かを呼び起こすため…そっちは?」

「アタシは地元のためだ、船橋の力を地方中央問わずに世に示して、船橋の名を上げて見せる」

「……!」

 

 その夢の大きさに、私は思わず圧倒された。

 

「アタシと勝負だ、アラビアントレノ」

 

 サトミマフムトは目をギラつかせ、私をビシッと指差した。

 

 

────────────────────

 

 

 手を握ったり開いたりを繰り返し、血が体の末端まで行き届いているかをよく確認し、ゲートに入る。

 

『出走ウマ娘全員が、ゲートインを終えました、門別ナイターオープン2000m、今…』  

 

ガッコン!

 

『スタートしました!少々バラついたスタート、7番ブラストザィツェフ、少々出遅れたか、スムーズなスタートダッシュを見せたのは12番カキザキカミンスキ、それに続いた8番、ビートリヴァプール、内からは5番シベリアンベアー、3人の後ろに11番サトミマフムト、その斜め後ろ、内ラチ沿いに6番ゴーイングカルロス、その外から眺めるように3番サナダハリボマーと4番セグロネルチンスク、そして9番アラビアントレノ、その後ろには10番ヴィルベルヴィント、1番キャフタビート、2番ツガルスヴェンソン、殿に7番、ブラストザィツェフ』

 

 ここのコースは直線が長い、それに砂が深いから、足が取られてスタートが難しい、事実、私も少しもたついた。

 

 でも、直線が長いと言う事は、コース取りがしやすく、皆思い思いのルートでコーナーに入ることができるという事だ、そしてこれは、私にも良い方向に働く。

 

 それはスリップストリームを使う相手を変えることができると言うことだ、スリップストリームをしている最中は、スピードが出やすくなり、踏み込みに必要なパワーが少なくなる、それに私は小さくて軽いから、ダートに足が沈み込みにくい、だから、スタミナは問題無し。

 

『最初のストレートはもう半分でコーナーへ、やや散らばった展開になっています』

『ストレートが長くてコーナーまでに自分のたどるコースを決められますからね、ただでさえスタミナの消耗が激しいこのコース、どれだけ自分の得意なポジションでレースを運ぶ事ができるのかが鍵になりますね』

『ここで9番アラビアントレノ、6番ゴーイングカルロスの後ろへ』

 

 ここでスリップストリームをする相手を変える。

 

 相手はどう動く…?

 

 

 

=============================

 

 

『ここで9番アラビアントレノ、6番ミニカットラスの後ろへ』

 

「よーし、それで良い、コーナーが少ないんだ、積極的にアピールしていけ、実況の音声は相手に嫌でも聞こえるからな」

 

 アラビアントレノがスリップストリームを使う相手を変えたのを確認した慈鳥は、そう呟いた。

 

 

 

(…コース取りを変える?何考えてんだ?そんなカニみたいなジグザグ走法で、アタシに付いて来る気なのか…?)

 

 アラビアントレノの前を走るサトミマフムトは、アラビアントレノの動きに一瞬驚いたものの、すぐに気を取り直す。

 

 

(……!やっぱり、一瞬だけど、飛び散る砂の量が明らかに減った)

 

 一方、コースを変えながも周囲を、特に2バ身半ほど先を走るミッドナイトランプを注視していたアラビアントレノは、ミッドナイトランプの走りの一瞬の変化に気づいていた。

 

(でも、気持ちを立て直すのは速い、かなり煽らないとダメそうだ……コーナーまではあと少し、どう入る?どう仕掛ける?考えるんだ…!)

 

 アラビアントレノはコーナーで仕掛けるための算段を立てていった。

 

『もうすぐ第1第2コーナー、先頭を走るのは8番のビートリヴァプール、その外から12番カキザキカミンスキ、少しばかり離れまして5番シベリアンベアー、2分の1バ身後ろに11番サトミマフムト、内を回ります6番、ゴーイングカルロス、その後ろ、内側から9番アラビアントレノ、4番セグロネルチンスク、3番サナダハリボマー、7番ブラストザィツェフ上げてきた、1バ身離れて2番ツガルスヴェンソン、1番キャフタビート』

『展開は縦長気味、ここからコーナーに入ります、自分の得意なコース取りが出来ているのか、注目ですね』

 

(一本目、入る時は…一応抑えめにして…コーナー中程から…)

 

 アラビアントレノは、入り口でスピードを出したい気持ちを抑えつつ、コーナーへと入っていった。

 

 

(どうした…?アラビアントレノ、そんなもんか?)

 

 第1コーナーを曲がりながら、サトミマフムトはそう思っていた。

 

(お前の走りは分かってんだ!お前の土俵はコーナーだってな!さぁ…ナイフの上を渡るような狂気の淵まで、攻め込んでみろ!)

 

『第1コーナーを抜けて第2コーナーへ、

ここで若干後ろ寄りに控えていたアラビアントレノが上がってきています』

『掛かってしまったのでしょうか?スパートに響かなければ良いのですが』

 

(そうだ…来い…!良いぞ…!身体中を流れる血が沸き立つようなこのハイテンション、これこそレースだ!さあ…私のところまで来い…!)

 

 サトミマフムトのテンションは最高潮に達し、闘志は走りも現れるようになっていた。

 

 

(…まだまだまだまだ……もっと上げる…!サトミマフムトの隣まで引っ張る、スリップストリームでスタミナを節約してるんだ、このぐらい…)

 

ダッダッダッダッダッダッ…!

 

(……!?)

 

『おや?先ほどまで上がっていったアラビアントレノ、少しスピードを落としましたね?何かが起きたのでしょうか?』

 

(…まただ…また、胸がざわつき始めた……駄目だ、ここで抑えたら、後ろへの牽制にならない、行く…!)

 

 アラビアントレノはざわつきを振り払い、再びサトミマフムトを目指して踏み込んだ。

 

 

(どうした?私を追っかけるのを諦めたと思ったのに、またペースを上げてやがる…!)

 

『ここで6番のゴーイングカルロス、内を回ってタイミングを伺う』

 

(アラビアントレノに乗せられやがったか)

 

 サトミマフムトは少し内側に目を向けた…だが…

 

(顔が内を向いた…!煽るなら…今…!)

 

ここぞとばかりにアラビアントレノはサトミマフムトの前に出た。

 

(何ぃ…!?私が内を見た隙に…!だが、もうすぐコーナーも終わる!立ち上がりのスピード、パワーの差を見せ付けてやる!!)

 

 アラビアントレノの仕掛けにより、サトミマフムトの闘争心には完全に火がついていた。

 

『第1第2コーナーを抜けて、レースは向正面へ、展開はやや縦長!』

 

(どうだ?)

 

 サトミマフムトはコーナーからの立ち上がりで、持ち前のパワーを活かして加速する。

 

 

(……やっぱり…ストレートが長いとキツイ…)

 

 その一方で、アラビアントレノはコーナーから上手く脱出できたものの、他のウマ娘ほどのパワーは無いため、伸びがいまいちだった。

 

 しかし、ここ、門別レース場のダートコースの砂の深さから来る走りにくさは、彼女だけでなく、他のウマ娘も同様であった。

 

 それ故、彼女はスリップストリーム無しでもなんとかサトミマフムトを追いかけることができていた。

 

(福山だったら他のウマ娘達に追いつかれてる、勝負は最終コーナー…)

 

 次の仕掛けの算段を練り、サトミマフムトとの距離を一定に保ちつつ、アラビアントレノは向正面を駆け抜けていった。

 

 

=============================

 

 

 俺は向正面を走るアラを双眼鏡で見た、サトミマフムトとは良い距離を保つ事ができている

 

 仕掛けるのか、仕掛けないのかの微妙な距離感、相手はかなり神経を削られていることだろう。

 

『もうすぐ第3第4コーナーのカーブ、後方組は仕掛けるための準備をしている、先頭二人、逃げ切れるのか?他の娘達はどう動く?』

 

 もうすぐカーブに入る、スリップストリームが使えないとはいえ、アラの表情から察するに、勝つためのスタミナは十分だろう、だが、勝つだけでは今回の目標達成とは言えない、アラが感じている“ざわつき”、これの正体を突き止めなければならないからだ。

 

 

=============================

 

 

(ここのコーナーで……捕えて…ちぎって見せる…!)

 

『各ウマ娘!第3コーナーカーブに突入!ここでサトミマフムトは内をついて進んでいく!』

 

(…ッ!手強い…!食いついてきやがる、まるでスッポンだな…!だが、内に行かせるものかよ!!)

 

 サトミマフムトは、福山の弁当箱(きついコーナー)で走って遠心力慣れしているアラビアントレノを内に入れるのは危険と判断し、それを塞ぐコース取りをした。

 

 

(…内を塞がれた…!?なら……外から…!)

 

 アラビアントレノはスピードを殆ど緩めることなくコーナーに入り、サトミマフムトとの距離を詰めていった。

 

(福山よりはきつくない!スタミナは残ってる、踏ん張って行ける…!)

 

(何…っ!?無礼(なめ)てんじゃねぇぞ!!外から行かせるものかよ!!)

 

 アラビアントレノが外から被せてくるのを見たは、その足にパワーを込めて踏み込んだ。

 

(………!強い…だけど………もう少し…!)

 

 アラビアントレノは少し内側に寄ってサトミマフムトに並びかける姿勢を取った

 

(何ぃ…!?もっと詰めてくるだと…?上等じゃねえか…!そんならガチンコといこうぜ!)

 

「「無理ー!」」

 

『9番アラビアントレノと11番サトミマフムト、逃げている二人をパス!第4コーナーを駆け抜ける!』

 

 サトミマフムトの脚に、更に力が籠もる、彼女は完全に“掛かり”の状態になっていた。

 

(よし…誘導に掛かった!ゾクゾクしてくる……よし…今!)

 

 アラビアントレノはサトミマフムトから離れ、外を回った。

 

(何ぃ…!外からのほうが遠心力が少ないからそっちから活かせてもらうってか?莫迦にするんじゃねぇ!こっちにはパワーがあるんだ!ハイストライドのフルパワー加速で最終コーナーが終わればラクに前に出られるんだよ!)

 

『もうすぐコーナーも終わり!先に立ち上がるのはアラビアントレノか!?サトミマフムトか!?』

 

 サトミマフムトはストライドを伸ばし、第4コーナーカーブを抜ける体制に入った、しかし…

 

(グッ…!遠心力が…!嵌められたか…!)

 

 スピードを上げすぎていたため、彼女には物凄い遠心力が掛かり、身体はアウトに持っていかれる。

 

(今だ…!)

 

 アラビアントレノは待っていたとばかりに、エアコンボハリアーとのレースの時と同じような走りで空いたインに飛びこんだ。

 

(しまった……!グッ…!)

 

 それに一瞬注目が向き、集中力を乱したサトミマフムトは、ストライドが乱れ、バランスを崩す、彼女にはアウトに逃げるという選択肢しか残されていなかった。

 

『11番サトミマフムト、バランスを崩して外へ!9番アラビアントレノ!最初に勢いよく立ち上がることに成功!』

 

 

=============================

 

 

『11番サトミマフムト、バランスを崩して外へ!9番アラビアントレノ!最初に勢いよく立ち上がることに成功!』

 

 最後の直線は330m…この脱出速度なら…行ける…!

 

『後方の娘達もどんどんコーナーを抜けていく!9番アラビアントレノを追いかけるのは、2番のツガルスヴェンソン!』

 

 でも、後続が追いかけてきてる…!

 

 私は精一杯のパワーを足に込め、砂を蹴り上げた。

 

『アラビアントレノ!耐え抜いてゴール!!』

 

オォォォォォォォ!!

 

 私は夜の空をを見上げ、歓声を浴びる。

 

 楽しかった……でも…

 

 それ以上に……懐かしい…ずっと忘れていた、あの感じ…

 

 そうか……胸の中でザワザワしてたのは…これだったんだ…やっと気づいた…

 

 誘導馬としての私の本能が…

 

 策を使って他のウマ娘を追い掛け、追い詰め、そして抜く事を……求めていたんだ…

 

 

=============================

 

 

 辛くもゴールしたサトミマフムトは、アラビアントレノを見つめていた。

 

「負けた…完敗だ、鮮やかなもんだぜ…あんなにアタシを振り回したウマ娘がいるとは…ショックはショック、だが…爽やかな気分だ…腕を磨いて…リベンジだな…」

 

 サトミマフムトは微笑み、通路へと入っていった。

 

 

 

 一方、観客席では、一人のトレーナーと一人のウマ娘がコースを見つめていた。

 

「これが………ナイター…私達(トゥインクル)には…無いレース…」

 

 ウマ娘の方がそうつぶやく。

 

「凄い勝負でしたね、特に一着のあの娘…」

 

 ウマ娘より身長の低い、上品な格好をしたトレーナーはウマ娘の言葉に反応し、そう呟いた。

 

「……トレーナー、ひょっとして、あの芦毛の娘のトレーナーがどんな人なのか、気になってませんか?」

「えっ!?た、確かにそうですけど…」

「なら…話しかけた方が良い…私はそう思います」

「でも…私に出来るのかな…この前同期のあの人をカラオケに誘った時も……うまく行かなかったし…」   

 

 そのトレーナーは難しい顔をした。

 

「トレーナー…人付き合いは…経験……“何度でも試す”…私も…そうしてきたから」

「そ…そうですよね!じ、じゃあ行きましょう!」

 

 そのトレーナーとウマ娘は、下に駆け下りていった。

 

 

=============================

 

 

「アラビアントレノ」

「サトミマフムト…」

 

 ライブの後、声をかけられ、私は振り返る、サトミマフムトはこちらをじっと見ている。

 

「…“何か”は、呼び起こせたか?」   

「うん…多分、そっちのおかけだよ、私だけじゃ、見えなかった」

「……!」

 

 相手は目を丸くした、だが、すぐに表情を元に戻し…

 

「アタシの完敗だ…だが…次は負けるわけにはいかねぇ」   

 

 と言った。

 

 この闘争心…サラブレッドそのものだ、前世の私は誘導馬、こんな事を言われることもそれを想像することもなかった、でも、同じ舞台に立って、モヤモヤも消えた今の自分なら…

 

「分かった、また一緒に走ろう、サトミマフムト」

「……約束だ、首洗って待ってろよ、必ず…腕を磨いてリベンジしてやる」

「…望むところ」

 

 堂々と、挑戦を受けることができる。

 

 

=============================

 

 

 俺はライブを終えたアラを出迎えた。

 

「アラ…どうだ?ざわつきの正体、分かったか?」

「うん、これで私…もっと強くなれる…そんな気がする」

 

 アラは拳を握りしめた、彼女の中で、何かが起きたのだろう、その表情はレース前よりも明るかった。

 

 これからの話をしておくか。

 

「アラ、悩みも解決したところで、これから先の事を考えていきたいんだ、俺はアラに今後重賞とかにもどんどん挑んで欲しいと思ってる、アラ、お前さんはどうしたい?」

「……私は…もっと強くなりたい……だから…トレーナー、私をもっとレベルの高い所まで挑ませて」

「…わかった」

 

 そう答えるとアラは微笑んだ。

 

「…それじゃあ、行くか」

「うん」

 

 俺達は車へと戻るために、レース場を出た、寒い風が、肌を突き刺す。

 

「あの!申し訳ありません!少しよろしいでしょうか!」

「………?」

 

 急に呼び止められ、俺達は振り返った。俺達を呼び止めたのは、一組のトレーナーとウマ娘だった。

 

 




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 これからも頑張って投稿していきたいと思うのでよろしくお願い致します。
 
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第11話 礼儀正しいサラブレッド

 



「…俺らに何か…用ですか?」

 

 俺はそう聞き返し、相手を見た、ウマ娘の方は、ぱっつん前髪で、白毛、トレーナーの方は上品でウマ娘より背が低い。

 

「は、はいっ!あの…そちらの…アラビアントレノさんのレースを拝見させて頂きました、それで…どのようなトレーニングをしたのかぜひ聞かせて頂きたくて…」

「は…はぁ…」

 

 トレーナーの方…女性は少し落ち着きの無い様子で俺に頼んできた。

 

 俺は相手を見る、肉体年齢は俺と同じぐらい、服にはきちんとトレーナーバッジ……しかも中央の物が付いてる、偽物ではないだろう。

 

「そうですか…では、同じトレーナーのようですし、どこかで軽く意見交換でもします?」

 

 俺は相手の緊張が解れるようにそう言った。

 

「ぜ、是非お願い致します!」

「こちらこそ、自分は慈鳥、慈鳥──です」

「私は桐生院葵というものです、よろしくお願い致します、慈鳥トレーナー、こちらはハッピーミーク、私のチームのウマ娘です!」

「ハッピーミークです…」

 

 白毛のぱっつん前髪のウマ娘、ハッピーミークは、桐生院とかいうトレーナーに促されてペコリと挨拶をする。

 

「アラ、挨拶だ」

「私はアラ、アラビアントレノ…よろしくお願いします」

 

 

────────────────────

 

 

 あの後、俺達は一旦解散し、日を改めて会うことになった、レースはナイターだし、まぁ、当然といえば当然ではある。

 

「こちらです!今日はよろしくお願いします!」

「こちらこそ」

 

 約束通りの時間に集合した俺達は桐生院さんに案内され、俺達はファミレスに入っていった、アラとハッピーミークには、仲良くなってもらうために別の席に座ってもらった。

 

 まずは改めて自己紹介をし、お互いの所属を紹介し合った。

 

 桐生院さんは俺と同い年らしい、同期と言う事で、向こうは少し安心したような様子を見せていた。

 

 いや…同い年なのは肉体だけだ……前世の分を足し算すると…今の俺は50超え…

 

「それで…なぜ俺とアラのトレーニングに興味を持ったんです?」

「アラビアントレノさんの体格です」

「体格…?」

「はい、彼女の身長を教えて頂けませんか?」

「えーと…確か…146cmですね、どうかしましたか?」

「私達中央のトレーナーの間では、一般的に“小さいウマ娘は不利”とされているんです、ですが、アラビアントレノさんはとても強かった…だから、その秘密を知りたかったんです」

 

 桐生院さんはそう言ってこちらを見る…なんでそんな事言ってんだ…?

 

 大型も小型もそれぞれメリットデメリットがあるのに…

 

「桐生院さん」

 

 俺は少し声を低くして相手をみた

 

「は、はい!?」

「桐生院さんは、どう思います?“小さいウマ娘は不利”と思っていますか?」

「周りのトレーナー達はそう言っていますが、小さなウマ娘達の中にも…タマモクロスさんの様な強いウマ娘はいる、そう信じています」

 

 桐生院さんは俺にそう言う、この目からして嘘は言ってないだろう。

 

「それなら良かった、確かに、体格が小さいウマ娘は体格の大きなウマ娘に比べれば、“不利”という印象を持たれてしまうかもしれませんが、俺は違うと思ってます、体格が小さいということは、抜け出しやすいって事に繋がりますから、5ナンバー車が3ナンバー車より細い道に強いのと一緒です」

「5ナンバー車…?3ナンバー車……?」

 

俺の言葉に、桐生院さんは頭を抱える

例えが分かりにくかったか

 

「すいません、例えが悪かったです、えーと…軽自動車が普通車より路地とかに強いみたいな感じです」

「あっ!ピンときました、そういうことですね」

「はい、そして話はここからです、その抜け出しやすいというメリットを活かすために、俺達はレース中に素早く冷静に自分がどう動くべきかを判断する事ができるようなトレーニングをしているんです」

「なるほど…具体的には?」

「取り敢えず、スタミナを強化することですね、スタミナを強化できれば、他の事、特に周囲の警戒と状況判断に神経を使う事ができますから」

「なるほど…」

 

 桐生院さんはメモを取っていた、こっちもここいらで何か言っておくか、有益な情報を貰えるかもしれない。

 

「ですが…」

「ですが?どうかされましたか?」

「アラは瞬発力が課題なんです、パワーをつける練習も人並み以上にはやらせてるんですが…効果が思うように出ないのが現状です」

「なら…柔軟性を鍛えるのはどうです?」

「柔軟性…?」

「はい!特殊なストレッチを行うことで関節の可動域を少し拡大するんです!そうすれば、パワーを鍛えるよりは効果は少ないですが、瞬発力が高まります!」

「本当ですか…!」

「はい!」

「それは…一体どのような風に…?」

「それはこのトレーナー白書に書いてあります!」

 

 桐生院さんは鞄の中から分厚い本を取り出し、こちらに見せた。

 

…凄い……こんなのトレーニング教本に書いていないぞ…

 

「凄いですね……メモさせてもらっても?」

「はい!良いですよ!」

 

 俺は書いてある方法をメモしていった。

 

 

=============================

 

 

「へぇー……アラのトレーナーは凄いんだね…」

「うーん、どうだろう…色々なトレーニングを考えすぎて悩む事が多いけど…ミークの方は?」

 

 私達は何だか物凄く話が合った、“馬が合う”、いや…“ウマが合う”のだろう、同い年という事もあり、私達はすぐにお互いを呼び捨てで呼ぶようになった。

 

「…悩んでる…相談できる相手が、チームのメイントレーナーしかいないから…」

「メイントレーナー?」

「うん、私のトレーナーはサブトレーナー、チームに所属してメイントレーナーの補佐をしたり、スカウトを手伝ったりする……トレーナーは、“パッとしない”って言われてた私を…スカウトしてくれた」

「そうなんだ…」

「でも…トレーナーは頑張りすぎてると思う、あんなに楽しそうに喋ってるトレーナーは…久しぶり」

 

 ミークが示した方向には、議論が盛り上がり、楽しそうな様子のトレーナーとミークのトレーナーがいた。

 

 

=============================

 

 

「なるほど…それは大変ですね」

「はい…同期のあの人は活躍してるのに…」

 

 桐生院さんはそう言ってジュースを一口飲む。

 

 桐生院さんの話を整理するとこうだ、現在桐生院さんはトレセン学園のチーム『メイサ』のサブトレーナーをやっているらしい、だが、メイサのメイントレーナーは来年からはチームを桐生院さんに任せてメイントレーナーの座を降りてしまうそうだ、つまり、桐生院さんはメイントレーナーへと昇格する事となる。

 

 チームメイサは6人のウマ娘が所属しており、そのうちの4人 ハッピーミーク、ジハードインジエア、サンバイザー、ツルマルシュタルクは、来年、栄誉ある『クラシック三大レース』に挑戦可能となる“クラシック期”を迎える事になるそうだ、クラシック期はウマ娘の爆発期の終わりと重なるため、トレーニングもハードなものとなり、肉体もどんどん成長する、それ故、トレーニングメニューを考えるのは大変らしい。

 

 残りのメンバーのうち一人はハッピーミーク達の下に一人いるらしい。

 

 最後の一人は高等部だが、メイサのメイントレーナーと共にチームを離れ、その人と共にドリームトロフィーリーグの方に全力を注ぐようだ、だが、そのウマ娘はかなり有名で、それもかなり桐生院さんにとっては重荷らしい。

 

 そして、チームメイサのメンバーはハッピーミークと高等部のウマ娘以外はそんなに背が高い方ではないらしく、それが今回桐生院さんが俺に話しかけてきた理由だった。

 

「物凄く…大変ですね…同期の人とはどんな方なんです?」

「この方です、配属されて1年目なのに…もうチームを任されているんです、話術が巧みというか…凄い人なんです」

 

 桐生院さんはこちらにその同期の人間がやっているであろうチームの写真を見せてくる、そして、俺はその写真に映る顔に見覚えがあった。思わず笑みがこぼれる。

 

「…どうしました?」

「…いえ、俺、この人見たことあるんです…」

「ええっ…!?」

「実は俺、中央受けたんですよ、でも第二段階の面接でハネられてしまって…次の人がこの人でした」

「そういうことだったのですね…来年はどうするのです?また挑戦するのですか?」

 

 桐生院さんはこちらを見る、落ちたからと言って軽蔑するような感情は、その目に無い。

 

「いえ…今は福山が俺の居場所です、良い同期、良い先輩、良い上司が居ますし、今の俺はアラのトレーナーです」

「そうですか…」

 

 桐生院はそう言った、気のせいだろうか、その言葉に若干羨ましさのようなものが混じっている気がする、少し聞いてみることにしよう。

 

「さっきの同期の方と…あまり仲良く無いんですか?」

「仲良くなろうとしたんですけれど…私…大学を出るまで殆ど友人と遊んだりしたことが無くて……でも、勇気を出してその人と仲良くなるきっかけを作らなきゃと思って、カラオケに誘ってみたんです」

「なるほど…それで…どうなったんです?」

「少し会話した事はあったので、上手く行くと思っていたのですが…」

「あっ…分かりました、すいません」

 

 恐らく断られたのだろう、まぁ…突然誘われたら…そうなる、取り敢えず慰めぐらいはしておくから。

 

「まあ…気にしすぎは体に毒ですよ、それに、俺で良ければ相談に乗りますんで」

「本当ですか!?」

 

 桐生院さんは目をキラキラさせながらこちらを見た、“若いな”と思った。

 

 

 

────────────────────

 

 

 あの後、俺達は連絡先を交換し、別れた。

 

 アラもハッピーミークという新たな友人を得てとても嬉しそうだったし、今回の遠征では色々な物を得る事ができた。

 

 これは今後のレースに大いに活かさせることだろう。

 

 取り敢えず、今日得たことを同期の四人と共有できるよう、準備をしなければ。

 

 

=============================

 

 

 慈鳥とアラビアントレノが北海道にいる丁度その頃、生徒会副会長であるエアコンボフェザーは生徒会長であるエコーペルセウスの仕事部屋を訪れていた。

 

「ペルセウス、入るぞ」

 

 エアコンボフェザーが扉を開けると、彼女の目には大量の紙が映り込んだ。

 

「…また何か考えているのか…」

「ごめんごめん、アイデアが火山が噴火するかの如く出てきてさ、散らかしてしまったみたいだから手伝ってくれないかい?」

「…わかった」

 

 エアコンボフェザーはため息を付きながら散らばった紙を拾い集め、整頓した。

 

「よし、ありがとう、座って座って」

 

 エコーペルセウスに促され、エアコンボフェザーは椅子に座った。

 

「それで、話って何かな?」

 

 エコーペルセウスはその糸目の顔の表情をほころばせ、エアコンボフェザーに聞いた。

 

「今年も“年末特別エキシビションレース”を行うだろう?」

「うん」

「アレに私が出る許可をくれないか?」

 

 年末特別エキシビションレースとは、福山トレセン学園が福山レース場のコースを借りて行うエキシビションレースである。

 

 このレースは通常のレースとは異なり、来年度よりクラシック期に入るウマ娘、すなわちアラビアントレノらと上級生らからそれぞれ何人かの代表を生徒会が選出し、“一対一”にて模擬レースを行うものであった。

 

「…うん、良いけれど、どの距離にするんだい?」

「…2600mだ」

「2600だって!?、去年使わなかった…あの…2600を使おうってのかい?」

「ああ、何なら今年は全てのコースで施行したいと思っている」

 

 福山レース場には800m、1130m、1250m 、1400m、1600m、1800m、2250m、2400m、2600mのコースが存在する。しかし、年末特別エキシビションレースではその全てでレースを施行することは無かった。

 

「理由を聞かせてくれないかな?」

「ああ、AUチャンピオンカップの為だ、これの影響で、ローカルシリーズにも注目が集まっているからな、ここらで何か大きなイベントをやっておきたい」

「なるほど、確かにそうだね、実は私も同じ気持ちなんだ」

 

 エコーペルセウスはある資料を差し出した。

 

「これは…」

福山レース場(ここ)の収益だよ、何とか黒字ではあるものの、右肩下がり、これを何とかしたいんだ」

「益田や荒尾のようになるのは避けたい…という事か」

「そう、ずっと前になるけど、私達福山も岡山を吸収したからね」

 

 レース場が全国各地に設置され、その各地から収入を得て運営されている中央トレセン学園とは異なり、ローカルシリーズのトレセン学園は地方自治体の運営する地域密着型、即ち地元のレース場からの収入で運営されていた。

 

 これはつまり“レース場が廃止されれば、学園も共倒れ”となる事を意味している、事実それによって益田、荒尾などのトレセン学園は廃校となっていた。

 

「それで…現状はNUAR(本部)の改革によって持っているが、私達からも何とかしたいと」

「そういう事」

 

 NUARは各地方レース場の収益を上げるため、ある改革を行った。それが“全国交流レース”の拡大であった、これは、ウマ娘の実力向上、ファンの移動による観客増加を狙ったものであった。

 

「今、他の地方トレセン学園でも、自らの実力を示すため、人を集めるため、色々なことをやってるからね」

「そうだな」

「…それができるのも、君が中央でしっかりの自分の意見を貫いたからだよ」

「………それは、感謝してくれているのか?」

 

 エアコンボフェザーは、エコーペルセウスの方を向き、そう問いかける。

 

「もちろんさ、よし、ここまでにしておこうか、福山市の方とは私が交渉する、フェザー、君はシュンランや他の生徒会の娘たちと一緒に出走ウマ娘達の選定を行ってくれないかい?」

「分かった」

「あっ!ちょっと待った、フェザー、君には対戦したい娘が居るんだろう?」

「………」

 

 エアコンボフェザーは黙った。

 

「…良いよ、その娘とレースをしても、でも、本人の適性をちゃんと見て判断する事、それと、あくまでこのレースは生徒の意思を尊重している事を忘れないで欲しい、あの娘が参加しないと言うのならば、無理強いをしては駄目だよ」

「分かった…ありがとう、ペルセウス」

 

 

 エアコンボフェザーは退出していった。

 

 

────────────────────

 

 北海道から帰ってきて4日経った、放課後、私は面談室に呼び出された。

 

「“呼び出された、遅れる”…よし、送信」

 

 トレーナーに遅れる旨をメールで伝え、私は面談室に向かった。

 

「アラさん、こちらです」

「シュンラン副会長」

「今日の相手は私ではありません、この中で待っておられます」

 

 シュンラン副会長はドアを指し示す。

 

コンコンコン

 

「良いぞ」

 

 中から聞こえる声に従い、私は面談室に入る。

 

「ようこそアラビアントレノ、座ってくれ」

 

 中で私を待っていたのは、もう一人の生徒会副会長でハリアーの姉、エアコンボフェザーだった。

 

「門別でのレース、ご苦労だった、激戦だったそうだな」

「は、はい、何とか勝ちを拾うことができました」

 

 彼女の妹のハリアーに勝ったこともあって、私は少しどもり気味になってしまった。

 

「フッ…謙遜しなくても良い、お前に実力があるのは明らかだ、お前に礼を言わせてもらう、ありがとう」

「ありがとう…?」

「身内贔屓になってしまうかも知れないが、私の妹は才能に溢れている、だが、その才能を引き出すのにはお前たちのような強力なライバルが必要不可欠なんだ」 

「あ…ありがとうございます」

 

 私はペコリと頭を下げた。

 

「さて、本題に入ろう、アラビアントレノ、この福山トレセン学園の年末の一大イベントは分かるな?」

「は、はい、先輩方と私達の世代で行われる一対一のエキシビションレースですね」

「そうだ、それの2600mに出てほしい、相手は私だ」

「………!」

 

 私は驚愕のあまり、目を見開いた。

 

「急な頼みですまないな、トレーニングもあるので、今日の所はここまでにしておこう、トレーナーと相談の上、どうするのか考えておいてくれ、2日後、答えを聞かせてもらいたい」

「は、はい、わ、分かりました!」

 

 動揺の収まらない私は、そう返事をした。

 

 

=============================

 

 

「……そうか、エアコンボフェザーに、年末のエキシビションレースでの勝負を持ちかけられたのか」

 

 俺は腕を組んだ、エアコンボフェザーは、中央経験者、ここに戻ってきた理由は成績不振とかでは無いそうだ、そして、ここにいるウマ娘の中では最強の存在と言っても良い。

 

「アラ、お前さんはどうしたい?」

「…まだ…決めてない」

 

 アラの身体能力ならば、長距離は問題無いだろう、というか、他のウマ娘よりメンタルの強いアラは長距離向きだ、レースは長距離であればあるほど神経がすり減るものだからだ。

 

「トレーナーは…カーレースの世界を知ってるんだよね?」

「ああ」

「こんな時、レーサーはどうするの?」

 

 アラは俺を見上げ、そう聞いた。

 

 

====================================

 

 

 いつものスーパー銭湯にやって来た、私はいつもの様にお湯に浸かった後、いつものように自販機でフルーツ牛乳を買い、火照った身体に流し込んでいた、火照った身体に染み渡る、優しい甘みと、ほのかに香る果物の匂い、牛乳に味をつけるという人間達の発想は凄いと思う。

 

『レーサーならば…受けて立つ』

 

 牛乳を飲み干し、座って目を閉じると、トレーナーの言葉が頭の中を行ったり来たりする。

 

チョンチョン

 

 肩をつつかれ、私は目を開けた。

 

「……どうしたの?」

「やっぱり、お姉ちゃん、福山(ここ)のレース場で走ってるウマ娘さんだ!」 

 

 ウマ娘の…子供…

 

「ねぇ!お姉ちゃん!ここで走ってるよね?」

「うん…走ってる」

「じゃあ…年末の特別レースに出るの?」

 

 その子供は、目を輝かせながらそう聞いてきた、特別レース…エキシビションの事だ。

 

「…うーん…“出てほしい”とは言われてるんだけど…でも、悩んでるんだ」

「お姉ちゃん、出てよ!私、応援するから!」

 

 相手は更にこちらに寄ってきた。

 

「……」

「す、すみません!!急に話しかけてしまって」

 

 私が返答に迷っていると、その子供の母親であろうウマ娘がこちらにやってきた。  

 

「いえ、大丈夫です、元気な娘ですね…私のレースを見てくれるなんて、嬉しいです、ありがとうございます」

「いえいえ…この娘、貴女のレースを見てから、貴女の走りにすごく惚れ込んでいるみたいで……最近すごく活発なんです、私からも、お礼を言わせてください…ありがとう」

 

 子供の母親はそう言って頭を下げた、その安心させられる声は、私にある馬を思い出させた。

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 ちょうど今の時期のような、寒空の大井。

 

 その時先輩は厩舎待機だったため、私が先頭に立って誘導していた、すると、2枠3番のサラブレッドが話しかけてきた。

 

「あなたは去年もいたな…毎年こうしているのか?」

「…それが自分の仕事だから」

「…あなたのような馬がいるお陰で、出走馬達も安心して出走できる、出走馬を代表し、礼を言わせて貰いたい、ありがとう」

「………」

 

 やけに礼儀正しいサラブレッドに、驚愕させられたのを覚えている。

 

「…どうした?」

「出走馬から礼を言われるなんて今まで無かったから驚いていたんだ……頑張ってくれ」

「ああ…勝ってくるさ」

 

しかしそのサラブレッドは2着に破れた

 

 だけど、彼は半年後に戻ってきた、その時は私は最後尾担当だったので、また彼と話す機会を得ることが出来た。

 

「…貴方か…私は強くなって戻ってきた、今度こそ勝って見せる、見ていてくれ」

「…分かった、こちらも誘導馬を代表して成功を祈るよ」

 

 そう言い、彼は馬場へ、私は待機所へと戻っていった。

 

 

────────────────────

 

 

『大地に響かせて、大地を揺るがせて優勝ー!』

 

「やったぞ!」

「これでこっちの三連勝だ!」

「馬場貸しなんてさせる訳にはいかねぇ!!」

 

 実況を聞いていた誘導馬騎手、厩務員達はハイテンションで叫んでいた、私は確信した。

 

 彼が勝ったのだと。

 

 流星のある栗毛の馬体、真紅のメンコ。

 

 彼の名前は…そう……

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」

 

 足をトントンとつつかれ、私はハッと我に返る、少々回想に浸りすぎていた。

 

「ごめんごめん、ボーッとしちゃってた」

 

 その時、おやじどのの言葉が頭の中を駆け抜けた。

 

『競馬もカーレースも同じ、絶対は無いけれど、ロマンとドラマがある、自分は“支える者”としてそれを見てきた、お前も誘導馬だったんだ、分かるだろう?』

 

「………よし…ありがとう、君のお陰で決心がついた、私…出るよ、年末のエキシビション、特別レースに」

「本当!?」

 

 その子供は目を輝かせた。

 

「うん」

「わぁー!私!応援しに行く!絶対にお姉ちゃんを応援しに行く!」

「私も行かせて貰います」

 

 その子供だけでなく、母親も目を輝かせていた。

 

スッ…

 

 私は子供の頭に手を乗せ、撫でた。

 

「見てて、お姉ちゃん、勝ってくるから」

 

“彼”が言った言葉を借り、私は勝利を誓った。

 




 
 お読みいただきありがとうございます。
 
 新たにお気に入り登録をして下さった方々、感謝に堪えません!

 今回名前が出てきている“ツルマルシュタルク”というのはアプリ版でのツルマルツヨシに相当するウマ娘です、ツルマルツヨシはこの物語の構想段階では未実装だったので、登場しません。また、ジハードインジエアは史実でのエアジハードに相当するウマ娘となります。


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第12話 砂塵(ダート)の白い彗星

 

 福山トレセン学園年末特別エキシビションレースは有記念と同日に開催されていた。エコーペルセウスが福山市を相手に交渉を行った事により、今年は全距離にて開催されることとなり、多くの観客が集結し、福山レース場は大盛況となっていた。

 

 そして、レースは進んでいき、現在はワンダーグラッセの出走する2400mのレースが行われていた。

 

『ワンダーグラッセ伸びる!ワンダーグラッセ伸びる!アズマノサンサン追いすがる!しかしワンダーグラッセ衰えない、ワンダーグラッセ衰えない!今!ゴールイン!』

 

バンッ!

 

ワァァァァァァァ!

 

 勝負がついた事を表すピストルの音が鳴り響き、場内は歓声に包まれる。

 

「凄かったぞ!」

「燃えた!」

 

 場内は熱気に包まれていた。

 

 特に、今年の世代は強いウマ娘が多く、どの出走ウマ娘達も上級生相手に互角以上の勝負を見せていたのである。

 

『さあ、2400メートルが終了し、いよいよ最終のレース、2600mの出走が始まろうとしています』

 

 最終レース前、空はすでに日が傾き始めていた。

 

 

=============================

 

 

「靴…良し、蹄鉄…良し、体調…良し、脚…良し」

 

 アラは身体の各所を触り、自分の状態について最後の確認を行っていた。

 

『ワンダーグラッセ伸びる!ワンダーグラッセ伸びる!アズマノサンサン追いすがる!しかしワンダーグラッセ衰えない、ワンダーグラッセ衰えない!今!ゴールイン!』

 

「もうすぐ私の出番…トレーナー、何か無い?」

 

 アラはこちらを見てそう聞く。

 

「…今日の相手は今までの中で最強の相手と言っても良いだろう、だが、俺は…いや、俺達は信じてるぞ、アラ…お前さんが勝ってくれるってな、全力を出して来い、今日はその言葉で十分だ」

「……」

「…肩が震えてるぞ、深呼吸だ」

 

 俺がそう言うと、アラは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をした。

 

『最終レースに出走するエアコンボフェザーさん、アラビアントレノさんは、出走準備をお願いします』

 

 アナウンスからアラを呼び出す放送委員の声が聞こえる。

 

「さあ…行って来い」

「うん、行って来る」

 

 そう言ってアラは控室を出て行った。

 

 …勝って来いよ。

 

 

────────────────────

 

 

 一方、エアコンボフェザーの控室には、エアコンボフェザーの妹、エアコンボハリアーがやって来ていた。

 

「ハリアー」

「どうしたの、姉さん?」

「…次に負けたとき、私は走りから退こうと思っている」

「姉さん!こんな時に縁起でもないこと言わないで!」

 

 エアコンボハリアーは耳を少し後ろに反らせてそう言った。

 

「まあ落ち着け、レースから退くと言っても、完全に引退して生徒会の仕事に注力するという訳じゃない、第一線を退くだけだ、これまでとは違った形で、レースには関わらせてもらうさ」

「………私はまだ、姉さんを超えてない…だから…そうして欲しくない」

 

 エアコンボハリアーは耳をペタンとさせた。

 

「…そんな顔をするな、“世代交代”の時は必ずやって来る、私達がどんな事をしようと、必ず時代は変わっていくんだ、それに対しては、一人一人、反応は千差万別だ…私はその新しい時代を見てみたいと思っている………だが、今日のレースは負けはしない、あの芦毛のウマ娘…アラビアントレノとは…全力でぶつからせてもらう」

 

 エアコンボフェザーは真剣な表情をして、部屋から出て行った。

 

 

────────────────────

 

『最終レース、2600m、出走ウマ娘の入場です!』

 

 ゲートに向かって砂の上を歩く、緊張はある程度ほぐれた。

 

『一人目はかつて、獅子奮迅の活躍を見せ、“砂塵(ダート)の白い彗星”と呼ばれた白毛のウマ娘、エアコンボフェザー!』

 

ワァァァァァァ!

 

 フェザー副会長の名前が呼ばれると、至るところで歓声があがる。

 

『二人目は、鋭いコーナーリングと徹底したマークが武器の芦毛のウマ娘、アラビアントレノ!』

 

ワァァァァァァ!

 

「お姉ちゃーん!ガンバレー!」

 

 銭湯で出会った娘の声が聞こえる、いや、あの娘だけじゃない、実家のチビっ子達やじいちゃんも、このレースを見てくれていることだろう。

 

 ゲートの前に着いた。

 

「今日はよろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 まずは、レース始めの挨拶として、握手を行う。

 

深呼吸をしてゲートに入った。

 

 

=============================

 

 

 アラビアントレノとエアコンボフェザーがゲートに向かって歩いている丁度その頃、生徒会長であるエコーペルセウスは、ゲートのスターターの役割のため、ハグロシュンランと共にある部屋にて待機していた。

 

ガチャ

 

「会長、エアコンボハリアーさんが急ぎの用があると、どうしますか?」

 

 扉を開け、生徒会の生徒が入ってくる。

 

「良いよ、通してあげて」

「はい、直ちに」

 

 生徒会の生徒が部屋を出ると、エアコンボハリアーそして彼女に付き添うようにキングチーハー、セイランスカイハイが部屋に入ってきた。

 

「申し訳ありません会長、ハリアーがどうしても頼みたいことがあると」

「私達は止めたんですど、ダメ元でも頼むって」

 

 キングチーハー、セイランスカイハイはそう言った。

 

「ハリアー、どうしたんだい?頼みたい事って」

 

 エコーペルセウスは不思議そうな表情をしてエアコンボハリアーに聞いた。

 

「あの…ペルセウス会長…あたしに…あたしにスターターをやらせて下さい!」

「…ふぇっ!?」

「ええっ!?」

「まぁ…」

 

 エコーペルセウス以外のその場にいた全員が驚愕の表情を浮かべた、エコーペルセウスはじっとエアコンボハリアーの目を見る。

 

「…ふむ…なるほど、そういうことだね、分かった、特別に許可しようか」

「会長…!?」

 

 ハグロシュンランは目を見開いた。

 

「ただし、不正のないように私達四人が後ろからしっかりと見ておく、それで良いね?」

「はい…!ありがとう…ございます!」

 

 エアコンボハリアーは深々と頭を下げると、先程までエコーペルセウスの座っていたスターター席についた。

 

 

=============================

 

 

 俺は応援のために、スタンドまで上がり、4人と合流した。

 

「あれ?お前ら担当は?」

「ワンダーは戻ってきてすぐに双眼鏡を持って別のところで観戦してる」

「コンボはペルセウスにスターターを頼みに行ったわ…まあ、あの娘の気持ちは分かるわ」

「それで、俺ん所のチハと雁山のとこのランスはそれに付いてったよ」

「つまり、俺ら5人で見届けるってことか」

 

 俺達はゲートの方に目をやった。

 

『福山トレセン学園年末エキシビションレース、最終レース、日の傾いたレース場を、勝利の色に染めるのはどちらのウマ娘か?ダート2600m……今…』

 

ガッコン!

 

『スタート!』

 

「おおーっ!アラビアントレノがアタマ取ってるぜ!?」

「意外だぁ…」

 

 観客が興奮気味にそう言った。

 

「そう来たか……」

「このレース、アラにとってはかなり難しいものになるんじゃないか?」

 

 雀野がそう指摘してくる。

 

「確かに…厳しい…“慣れてない”からな」

「慣れてない…?」

 

 雁山が難しい顔をして俺にそう聞く。

 

「ああ、アラは普段、他のウマ娘の後ろにピッタリと貼り付いて走る戦法だ、だけど今回の相手、エアコンボフェザーはアラの後ろにピッタリと貼り付いて追走してる、あれが不味いんだ」

「追いかける事は慣れてるけど、その逆、つまりは追いかけられる事に慣れてないってことか…」

「その通りだ、軽鴨、でも、できる限りの事はやった、俺はトレーナーとしてアラの勝利を…祈るだけだ」

 

 俺は祈るように手を組み、アラとエアコンボフェザーを目で追った。

 

 

=============================

 

 

「アラが…」

「前に出てる…!」

 

 慈鳥達と別の場所でレースを見ていたセイランスカイハイ、キングチーハーも、その光景に驚いていた。

 

「違う、姉さんが前に行かせたの」

「えっ…」

「で、でも…ここのコースは先行が有利なんじゃ…」

「確かに、ここのコースは先行が有利、でも、アレはここ一番のレースでの姉さんのやり方、わざと先行させて後半に抜き去る、あれが…姉さん流の…本気の姿勢…」

 

 エアコンボハリアーは腕を組んで最初のコーナーに入ろうとしている二人を見つめ。

 

『最初のコーナー、スタンド前へと通ずる第3第4コーナーです!二人連なるように並んで突っ込んで行きます!』

『あそこまで接近してコーナーに侵入するのは普通のレースでは起こりませんからね、ここからどういうふうにレースが進むのか楽しみです。』

 

「すごい…実況さんの言う通り……連なるように曲がってる…こうしちゃいられない!上に上がろう!」

「そうね!」

「……」

 

 セイランスカイハイ、キングチーハー、エアコンボハリアーは観客席へと上がっていった。

 

「さて…君がわざわざ勝負を挑んだウマ娘なんだ……見せてもらうよ、フェザー」

 

 上がる三人を見届けたエコーペルセウスは一人、そう呟いた。

 

 

=============================

 

 

『レースは第4コーナーカーブ、一度目のスタンド前に入ろうとしています!』

 

(まさか…後ろからピッタリ張り付かれるなんて…)

 

 アラビアントレノは予想外の出来事に動揺していた、エアコンボフェザーは、ここぞの時を除いては各レース場の特徴を分析し、現地に合った走りを行い、確実に勝っていく“脚質自在”のウマ娘であった、当然彼女も、慈鳥も、エアコンボフェザーは“先行策”で来ると踏んでいた。それ故、今回のマーク戦法は完璧な奇襲攻撃であった。

 

(駄目だ…まだ最初なんだ…しっかりと…)

 

 アラビアントレノは何とか冷静さを保とうとしてはいたものの、今までに体験した事のない出来事は、その強い精神力をヤスリで削るかのようにすり減らしていった。

 

 

(さあ…まだまだ始まったばかりだ…お前の力を…見せてもらうぞ…!)

 

 一方で、エアコンボフェザーは、ピッタリとアラビアントレノの後ろに張り付き、その走り、通るラインをコピーし続けていた。

 

 

『レースは一度目のスタンド前へ、前を走るはアラビアントレノ、そのすぐ後ろ、まるで電車が連結しているかのようにピッタリと張り付いている、エアコンボフェザー!』

 

「行けぇ!!」

「頑張れ!」

 

 

(…ストレートなのに…仕掛けてこない…こっちはアングロアラブであっちはサラブレッド、ストレートならあっちの方が速いのに…)

 

 ただ“後ろに張り付いている”自分が普段他のウマ娘に行っている事をやられているだけではあるものの、それは今まで同じことをされた経験の無いアラビアントレノには効果てきめんだった。

 

(でも、今回のレースはコーナーが多いんだ…やってやる…!)

 

 

『スタンド前までは変化なし、レースは再びコーナーへ』

『アラビアントレノ、エアコンボフェザーに完全に食いつかれていますね、恐らくプレッシャーは相当な筈、メンタルが耐えきれるかどうか注目です』

 

 

(まだ内は攻めたくないのに…攻めるしかない…でも………ここは桐生院トレーナーのお陰で強化した柔軟性も使って……少しでも離さないと!)

 

 アラビアントレノは慈鳥が桐生院から教わったストレッチで柔軟性が少し強化されていた、それ故強みであるコーナーリングはさらに強化されていたのである、だが、それを2つ目のコーナーで使わなければならないほど、彼女は精神的に追い詰められていた。

 

 

(間違いない…アラビアントレノ、奴は進化している、この前まではコーナーからの立ち上がりにノビが少なく、内側を曲がりコーナーリングの距離を削ることでそれを補っていた、だが…今回のレースでは内側を行くだけでなく、足首の可動を最大限に生かしてコーナーから立ち上がっている…まだ未勝利戦を勝ってから3ヶ月しか経っていないのに…だ…)

 

 エアコンボフェザーはアラビアントレノの動きをよく観察してその成長に驚き、自分も同じようにしてコーナーから立ち上がっていった。

 

(…この技術…身につけるのは至難の業だろう。理解できないな、この成長性は…プランを少し変更する必要があるな……プレッシャーに慣れさせては不味い、第3第4コーナーで…追い抜けるように仕掛けなければ)

 

 

『レースは向正面へ、もうすぐ1000メートル地点です!』

『ここからレースは中盤、後1600メートル残っていますからね、双方、精神力、体力共に気を使っていきたいところですね』

 

 

『ハリアー、ランス、チハ!聞こえますか?』

「ワンダー!…どうしたの?」

 

 上に上がっていたエアコンボハリアー達は、電話の向こうの興奮した様子のワンダーグラッセにそう聞く。

 

『二人共かなりのハイペースです、このままでは、レコードを秒単位で縮めるかもしれません!取り敢えず、これで!』

「……恐ろしいレースになってきたモンだね…」

「そうね…」

「このレース……伝説になる…」

 

 エアコンボハリアーは、空を見上げ、そう呟いた。

 

 

=============================

 

 

『レースは向正面へ、もうすぐ1000メートル地点です!』

『ここからレースは中盤、後1600メートル残っていますからね、双方、精神力、体力共に気を使っていきたいところですね』

 

「長距離なのに1000mを通過するのがかなり早い、アラ…追い詰められているわね」

 

 火喰の言うとおりだ、アラはプレッシャーを感じている。

 

 向正面を駆け抜けているだけに見えるが、後ろに意識を向ける回数はスタンド前を走っている時よりも多くなっている。

 

 レーサーの心理として自分と同じスピードで後ろからついてくる奴がいれば、平常心を保つのは難しいからだ。

 

 それに、さっきのコーナーのように自分の武器を使っても振り切れない場合は、相手の実力が自分よりも上だという思いに囚われる。

 

 これを何とかするためには場数を踏むしかない、しかし、その場数に関しては、相手の方が圧倒的に経験豊富だった。

 

 

=============================

 

 

『レースは向正面へ、もうすぐ1000メートル地点です!』

『ここからレースは中盤、後1600メートル残っていますからね、双方、精神力、体力共に気を使っていきたいところですね』

 

 駄目…あんなにインを攻めても通じない…絶体絶命…

 

 いくらハイペースで飛ばしても…喰い付いてくる…

 

 どんな走りをしても突き放せない…

 

 駄目だ…このレース、負けるかもしれない。

 

 エアコンボフェザー…私なんかが到底勝てる相手じゃなかったんだ…

 

グッ…!

 

「あっ!?」

 

 しまった!オーバースピード…!!

 

 注意力まで削れて……気が付かなかったんだ…

 

 私の身体は遠心力で外に振られていった

 

 そして、私の目には、膨らんだ私をイン側からやすやすとパスした白毛のウマ娘(サラブレッド)が映り込んだ

 

 負けたくない…

 

 負けたくないけど…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は…負ける…




 
 お読みいただきありがとうございます。

本来、現実の競馬において、ゲートオープンはファンファーレの合図の旗を振り上げる人がレバーを引く方式ですが、この物語では別室にあるボタンを押すという方式になっています
 
また、今回はアラビアントレノのイメージ画像を載せておきます

【挿絵表示】

ご意見、ご感想、評価等、お待ちしていますので、お気軽にお寄せください。


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第13話 広い世界に

 

 

『レースは向正面へ、もうすぐ1000メートル地点です!』

『ここからレースは中盤、後1600メートル残っていますからね、双方、精神力、体力共に気を使っていきたいところですね』

 

 …掛かったな、奴はペースが上がっている

 

 いくらなんでもオーバースピードだ、ミスったな…そんなスピードで曲がるものか!

 

 私の予想通り、アラビアントレノはコーナーで膨らんだ、私は空いたインを突いてその横をパスし、アラビアントレノを抜き去った。

 

『ここでエアコンボフェザー!コーナー入口で膨らんだアラビアントレノを並ぶ事なくパス!』

 

 無茶をする奴だ…瞬発力のあるウマ娘ならば、瞬間的にパワーを爆発させ、強引にインに戻れただろう……だが…いくら柔軟性を高めたとはいえ、その脚質ではな…

 

 しかし…不思議な奴だ……かなりのテクニックと頭を持っているだろうに、一対一の状況となると全く慣れていないのか?意外なほどのモロさが見られる、もう少し後ろに張り付いて手の内を見せない作戦だったが、前に出たからには下手に喰い付かれたら厄介だ、立ち直る前に一気に突き放し…勝負を決める。

 

 

=============================

 

 

「姉さんに何が…あんな早いタイミングで…仕掛けるなんて」

 

 エアコンハリアーは姉が早めに仕掛けた事に驚いていた。

 

『3人とも、聞こえますか?フェザー副会長、このペースで行くとレコードを更新します!』

 

 別の場所で観戦しているワンダーグラッセは、抜いた後のエアコンフェザーのペースの速さに驚いていた。

 

「…………ッ!」

 

エアコンボハリアーは歯ぎしりをし、コースを睨みつけた。

 

「……ハリアー?」

 

 キングチーハーは恐る恐るエアコンボハリアーに呼びかけた、セイランスカイハイ、そしてワンダーグラッセは何かを感じ、黙っている。

 

「…あたしは…今日…姉さんの勝利を信じて…ここに来たはずだった、でも…アラが抜かれた今………それとは別の思い、アラに…負けて欲しく無いって気持ちが、あたしの心の底からこみあげてきてる」

「……同感…私も…どちらを応援すれば良いのか、分からなくなってきた」

 

 セイランスカイハイがそう言う、キングチーハーの気持ちも同様であった。

 

『……最後まで、このレースを見届けるのが、今の私達の役割……今はそれで十分です、ゆくえを見守りましょう』

 

 ワンダーグラッセは電話の向こうでそう呟いた。

 

 

「早い…」

 

 一方、エアコンボフェザーがアラビアントレノを抜いたのを目にした慈鳥は一言そう呟いた。

 

「でも、アラはストレートが苦手のはず、差をつけられればスリップストリームも使えない、かなりまずいんじゃないのか?」

 

 軽鴨は鋭く慈鳥に指摘した。

 

「まずい…だけど、早すぎる仕掛けは相手に立ち直りのチャンスを与える、今大事なのはストレートの事じゃない、気持ちを整える事なんだ」

 

(……頼む、アラ、慌てて大怪我だけはしないでくれ、負けてもお前さんの評判が下がるわけでもない…結果はどちらだって良い…絶対に戻ってこい…無事これ名馬だ……)

 

 慈鳥はそんな事を考えながら、レースのゆくえを見守っていた。

 

 

=============================

 

『レースは第4コーナーカーブを抜けまして、二度目のスタンド前へ、エアコンボフェザーが前、アラビアントレノとは4バ身の差でリードしています!』

『ゴールまではあと一周ありますから、このままエアコンボフェザーがちぎるのか、アラビアントレノが抜き返すのか、まだまだ勝負は読めませんよ!』

 

ストレートは…やっぱり…スピードが出ない

 

でも…抜かれたらコーナーで一気に置いていかれると思ったけど…予想よりも離されていなかった

 

それに…相手のペースがなんだかおかしい、縮まらないけど…離されているわけじゃない、今の私と相手の速さに差があるわけじゃい…?

 

つまり…ペースが…落ちている?

 

そうならば…まだチャンスは残ってる…

 

あと1000mとちょっと、残り半分を切ったけど…一歩分でも…ニ歩分でも良いから…

 

前を(はし)るあの白毛のウマ娘(サラブレッド)に…近づくんだ…!!

 

 

====================================

 

 

(蹴り上げる時の脚の反応(レスポンス)が急に悪くなっている…アシに来たか…レースの前半にアラビアントレノの走りをコピーするためにかなりの無理をしていたが……ここまで脚に負担がかかるとは…)

 

 エアコンボフェザーの身長は175cmであり、146cmのアラビアントレノとは30cmほどの差があった、当然、歩幅(ストライド)の差はかなりの物となる。とはいえ、ストライドの差から来る負担は、エアコンボフェザーは理解していた。しかし、内を回るアラビアントレノのコーナーリング方法が、エアコンボフェザーの脚部に多大なる負担を強いていたのである。

 

(それに…コピーした走法のままコーナーを走り抜けたからな…)

 

 ウマ娘は60km/hから70km/hの高速で走っている、即ち、バランスを崩す事は事故に繋がる恐れがあった、それ故、減速する坂道以外で、走っている途中にストライドを変える事はありえない事であった。それ故、エアコンボフェザーはアラビアントレノの走法をコピーしたままでコーナーに突入することを余儀なくされたのである。

 

「……ッ!」

 

 エアコンボフェザーは小さく舌打ちをした。

 

(…大誤算だ…なんて事だ、いくら私でも、こんな状態じゃペースを上げられない、上げればここのきついコーナーで踏みとどまる事ができなくなる)

 

『残り1000メートル地点を通過、先行しているのはエアコンボフェザー、アラビアントレノとの差は3バ身、第1第2コーナーに入っていきます!』

 

(……アラビアントレノは問題無しか…同じペースで走ってきてなぜ私だけがこんなに消耗している…?はっきりとは分からないが、何かがあるんだ…奴にはできて私達にはできない…私達とは違う何かが、あの…芦毛のウマ娘には、確かに存在している)

 

 

 

(このままじゃダメだ…コーナーでも近づくんだ……少しでも気持ちがブレると…この勝負には…勝てない…!)

 

もっと…!もっと…!!

 

 コーナーを回るアラビアントレノの走りは無意識のうちに、自然と力強く、歩幅は少し大きくなっていく。

 

 しかし、彼女がバランスを崩すことは無い、学園に入学する前から、新聞配達で起伏のある山道を走ったり、用水路を飛び越えたりして地元を駆け抜けていた事が、彼女に並々ならぬバランス感覚を与えていたからであった。

 

 更に、彼女はサラブレッドよりも小さく遅いが遥かに頑強(つよ)い、アングロアラブのウマ娘である。アングロアラブの頑丈な身体は、多少の無理をしても消耗しない頑強(つよ)い走りを可能にしていた。

 

『第1第2コーナーを抜け、レースは向正面へ、コーナーを利用しアラビアントレノが必死に追い上げる!その差1バ身半!』

 

(負けてない…今は私の方が…速い…!!何としても…食いつく!)

 

 

=============================

 

 

 コーナーを上手く使い、アラはエアコンボフェザーとの差を詰めていく。

 

 その表情は、相手になんとしても食いつこうとする意志が表れていた。

 

 無事に戻ってくるのは第一だ、だけど……

 

「アラー!」

「頑張れ!」

「いいぞいいぞ!」

「そのまま行きなさい!」

 

 絶対に勝ってほしい、今のアラを見ていると、自然とそんな気持ちにさせられる…だから…

 

「アラァァァァァァァァ!!!」

 

 俺は俺で…今できる最大限の事をやるだけだ…!

 

 

=============================

 

 

『第1第2コーナーを抜け、レースは向正面へ、コーナーを利用しアラビアントレノが必死に追い上げる!その差1バ身半!』

 

(コーナーであんなに一気に追い上げるだと…!?一体何を…!?)

 

 エアコンボフェザーは動揺した、それと同時に…

 

『アラビアントレノ、エアコンボフェザーの真後ろへ!』

 

アラビアントレノがスリップストリームに入った。

 

 

 

「コンボ、ランス、チハ!?」

 

 一方その頃、観客席の一番端、第3第4コーナー寄りでレースを見ていたワンダーグラッセは、突然やってきた3人に驚いた。

 

「勝負はここでつくと思って、居ても立っても居られなくなった…」

 

 セイランスカイハイは息も絶え絶えにそう答え、向正面を走るアラビアントレノとエアコンボフェザーを見た。

 

「ここの第3第4コーナーは内側が少し傾いているから、内に入った方が断然有利…この勝負、どうなるの…?」

 

 キングチーハーもそれに倣う。

 

「…………」

 

 しかし、エアコンボハリアーは無言だった。

 

 

 

(コーナーは目前…どうすれば届く…どうすれば勝てる…!?)

 

 コーナーを目前にして、エアコンボフェザーはペースを変えなかった事で温存した脚力によってインを譲らないコースを取った。

 

(インは開けてくれない…!なら…この手で…!!)

 

 アラビアントレノはスピードを落とさずにアウト側からコーナーへと侵入した。

 

 

 

「アラ…アウトから!?」

 

 その光景を見ていたエアコンボハリアーは声をあげて驚いた、他の3人も目を見開き、それを見る。

 

「二人とも来てる!」

「でも…残念だけど…このままじゃインを突くのは…無理よ!」

 

 セイランスカイハイの言葉に、キングチーハーは反応する。

 

『レースは第3コーナーカーブから第4コーナーカーブへ!イン側にはエアコンボフェザー、アウト側にはアラビアントレノ、勝負は最後の立ち上がりに持ち込まれたか!?』

 

「…!皆、あれを…!」

 

 ワンダーグラッセが指をさした方向には、エアコンボフェザーとの間隔を詰め、連なるように並びかけるアラビアントレノの姿があった。

 

「ああっ!?」

「フェザー副会長が…」

「斜め前…アウト側に」

 

 それと同時に、エアコンボフェザーの速度が上がり、アラビアントレノの斜め前、つまりアウト側に膨らんでいった。

 

「二人が…!!」

「クロスして…」

「アラが前に出た!」

 

“向かってくる物を避ける”

 

それは動物の本能である。これは人間も、ウマ娘も例外ではない。

 

 アラビアントレノはエアコンボフェザーにぶつからない様に、距離を詰めていった、だが、エアコンボフェザーは本能的にそれを避けようとしてペースを上げてしまい、それに踏みとどまる力が足りず、アウト側に膨らんで事故になるのを防ぐことしかできなかった。

 

 

(クロスした…!抜いた…!あと…200m…!そのまま…!)

 

「「「「「アラァァァァァァァ!」」」」」

「お姉ちゃぁぁぁぁぁぁん!!」

 

(皆の声が…行けぇーっ!)

 

「はァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 イン側に入ったアラビアントレノは、自分の出せる精一杯の力を振り絞った。

 

 コーナー終盤でアウト側に膨らみ失速したエアコンボフェザーに対して、高い脱出速度を維持し、打ち出されたかのように最後のストレートに入ったアラビアントレノは、スタンド前を駆け抜け、真っ直ぐにゴールに向かって(はし)ってゆく。

 

バンッ!!

 

 決着のついたことを示すピストルの音が、レース場内に甲高く鳴り響く。

 

『決着!!』

 

ワァァァァァァァァァァ!!

 

 それはレース場に響き渡る歓声とひとつになり、夕陽に染まる福山の町に飛び込んでいった。

 

 二度と成立する事のない奇跡の一対一のレースは…この瞬間に幕を閉じた。

 

 

────────────────────

 

 

「あ、あの!」

 

どうしても気になることのある私は、フェザー副会長に声をかけた

 

「…まだ、閉会はしていない、全てが終わったあと、外で待っている」

 

 フェザー副会長はそう言うと、微笑んで通路に入っていった。

 

「アラ!」

「…トレーナー…!」

 

 フェザー副会長と入れ替わるようにして、トレーナーが私のところにやってくる。

 

「トレーナー…私…勝ったよ」

「ああ、この目に焼き付けたよ」

 

 そう言うトレーナーは今まで見た事の無い、感動に満ち溢れた顔をしていた。

 

 

────────────────────

 

 

『では、最後に、福山トレセン学園の大鷹校長先生より、今回のレースの講評を頂きます』

 

 放送委員の人に促され、大鷹校長は壇上に上がる。

 

『出走ウマ娘の皆さん、本日のレース、お疲れ様でした。本日の結果は公式のものではありませんが、その結果がどうであれ、皆さんにとってとても良い経験になったと私は信じています。しかし、その経験は、ここにいる福山トレセン学園の仲間、ライバルたち、トレーナーの皆さん、そして、様々な所から駆けつけてくれたファンの皆様の支えによって初めて得ることが出来たものであるという事を、どうかいつまでも忘れないで頂きたい。トレーナーの皆様、そして、ファンの皆様、これからも、この福山トレセン学園のウマ娘達を見守り、支えてくださるよう、お願い致します』

 

パチパチパチパチ…!

 

 大鷹校長の言葉は、私の心に染み渡った。

 

 今日の勝利は…皆がいてくれたから、得ることが出来たものだから。

 

 

 

────────────────────

 

 

 片付けをすべて終えた後、私は、トレーナーに少し車で待ってもらうように頼み、フェザー副会長を待っていた。

 

「お姉ちゃん!!」

 

 すると、銭湯で私と出会ったウマ娘が私に向かって駆け寄ってきた。

 

「お姉ちゃん、今日はすっごくカッコ良かった!!」

「……ありがとう」

 

 私は子供のウマ娘の頭を撫でた。

 

「お姉ちゃん…次のレースも頑張ってね!」

「うん…頑張るよ」

「それじゃあね!お姉ちゃん!」

 

 子供のウマ娘は遠くで待つ母親の所に駆けていった、私は軽く会釈した。

 

 

「用は済んだか?」

「フ、フェザー副会長!」

「驚かせてすまないな、それで、どうした?何か私に聞きたいことがあったんじゃないか?」

「は、はいっ!」

 

 私はフェザー副会長にどうしても気になっていることを聞いた。

 

「あの…かなり失礼なことかもしれないんですけれど…中盤のスタンド前からコーナーにかけて、フェザー副会長のペースが落ちた様に感じたんです…もしそうだとしたら、いったい…どうして…?」

 

 私がそう聞くと、フェザー副会長は一瞬目を丸くした、だけど、すぐに『フッ』と笑い、口を開いた。

 

「それは、私のペースが落ちたんじゃない、無自覚のうちに、お前がペースを上げたんだ。私はペースを上げることができなかっただけさ、踏ん張るための脚が残るかどうか怪しかったからな」

「…踏ん張るための…脚…?」

「脚なんて言い訳にならないさ、条件は同じだ、私の負けだ」

 

 そう言ってフェザー副会長は微笑んだ、つまり……この人が、もし、私達の予想通りに、レース場に合った走りでぶつかってきたのなら、私は勝てなかったということだ。

 

「あ、あの!」

「…どうした?」

「……私…副会長より速かったとは…そんな風には…絶対に思ってませんから」

 

 私がそう言うとフェザー副会長の顔はほころび、再び『フッ』と笑った。

 

「お前は…面白い奴だな…お前みたいなウマ娘は初めてだ、福山の小さなステージに満足するなよ、広い世界に、目を向けていけ………アラビアントレノ、お前は速かったよ」

 

 フェザー副会長はそう微笑み、遠くにいるハリアーの方に歩いていった。

 

 

=============================

 

 

 アラビアントレノとエアコンボフェザーが話していた丁度その頃、一人のウマ娘がレース場を出た。

 

「………」

 

 そのウマ娘は黙っていたものの、その心は昂っていた。

 

(…あのウマ娘、アラビアントレノ…久しぶりに、ビリビリする物を感じた、カサマツにいたあの頃が懐かしくなった…私はどうやら芦毛とは切っても切れない縁があるようだな)

 

 そのウマ娘は空を見上げ…

 

「オグリ、私は運が良い、どうやら私はお前のような、共に競っていて熱くなる相手に、再び出会えたようだ」

 

 と呟き、去っていった。

 

 




 お読みいただきありがとうございます。

今回で第一章が終了となります。登場人物の解説を挟んだ後、第二章の一話を投稿しようと思います。これからもこの作品をよろしくお願い致します。


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登場人物・用語解説 #1

 
第一章の登場人物と用語解説になります。


登場人物

 

 

アラビアントレノ

 

 身長:146cm

 体重:微減(代謝が良すぎる)

 愛称:アラ 

 得意なもの:料理

 

 サラブレッドではなく、アングロアラブの魂が宿っている芦毛のウマ娘、前世の記憶はあるものの、名前だけは思い出せない。転生後すぐに両親と死別したが、養護施設に引き取られ、競走ウマ娘としてではなく一般人ととして人間の子供と共に育ってきた。しかし、走りたいという思いを見抜いた“じいちゃん”に背中を押され、福山トレセン学園へと入学、慈鳥と出会い、トレーニングを受けている。

 サラブレッドよりも遅く小さいが、頑丈というアングロアラブの特性を受け継いでおり、最高速は少し遅く、加速力は他のウマ娘よりもかなり劣るものの、ストレス耐性や耐候性などの頑強さでは他のウマ娘を凌駕している。

 

 

 

エアコンボハリアー

 

 身長:161cm

 体重:全く問題なし

 愛称:ハリアー

 得意なもの:筋トレ

 

 常にゴーグルを首から下げている黒鹿毛のウマ娘、スタミナ、センスと共に抜群の逸材、担当の火喰ともうまくやっている。

オープン戦でアラビアントレノに敗北してから、彼女に強いライバル意識を燃やしている。

 名前の由来は猛禽類の一種であるチュウヒの英訳ハリアーから。

 

 

 

キングチーハー

 

 身長:160cm

 体重:変動なし

 愛称:チハ

 得意なもの:歴史クイズ

 

 コーナーは苦手だが末脚の鋭い鹿毛のウマ娘、デビュー戦でアラビアントレノと対決し、末脚を爆発させて見事勝利した、担当は軽鴨。

 名前の由来は海軍十二糎自走砲の非公式愛称『キングチーハー』から

 

 

 

セイランスカイハイ

 

 身長:162cm

 体重:不明(忘れた)

 愛称:ランス

 得意なもの:フィッシング

 

 どこかのほほんとした雰囲気を持つ芦毛のウマ娘、アラビアントレノの出た選抜レースに出走していた。担当は雀野。

 名前の由来は特殊攻撃機『晴嵐』から

 

 

ワンダーグラッセ

 

 身長:150cm

 体重:微増(ティータイムの影響)

 愛称:ワンダー

 得意なもの:水泳

 

 生まれは英国、おっとりとした栗毛のウマ娘、他人のレースを観戦する際は一人でどこかに行って観戦することが多い。英国生まれなので“ウナギのゼリー寄せ”や“スターゲイジーパイ”などの英国料理を作ることができる。担当は雁山。

 名前の由来はグラスワンダーとビターグラッセを混ぜたもの。

 

 

 

サトミマフムト

 

 身長:164cm

 体重:増減無し

 相性:マフムト

 得意なもの:ストライド走法

 

 船橋トレセン学園所属のウマ娘、地元のために走っている、パワーのある走法で、後につかれない走りが強み、自分を打ち負かしたアラビアントレノにリベンジを誓った。

 名前の由来は架空の競走馬サトミアマゾンとオスマン帝国のスルタンマフムト二世。

 

 

サカキムルマンスク

 

 身長:155cm

 体重:微減

 愛称:サカキ

 得意なもの:スケッチ

 

 アラビアントレノの友人の鹿毛のウマ娘、選抜レース、未勝利戦と、何かとアラビアントレノとともに走っている。

 名前のモデルはロシアの港町ムルマンスク。

 

 

ハグロシュンラン

 

 身長:162cm

 体重:競争ウマ娘ではないけれど秘密

 愛称:シュンラン

 得意なもの:他人の相談に乗る

 

 美しいブルーの髪を持つ生徒会副会長、それなりに有名な家であるハグロ家の令嬢、義理の親に育てられたという共通の経緯から、アラビアントレノに興味を持つ。生き別れの双子が居るらしいが、今の所は探すつもりは無い。

 名前のモデルは植物の春蘭。

 

 

エアコンボフェザー

 

 身長:175cm

 体重:微動だにせず

 愛称:フェザー

 得意なもの:分析

 

 エアコンボハリアーの姉であり、世にも珍しい白毛のウマ娘の生徒会副会長、中央に移籍経験がある、脚質は自在で、レース場に合った走り方で走る事ができる。ここ一番のレースの時は、後ろにつけて最後に抜くマーク戦法を使用する。

 名前のモデルは鳥の羽根(フェザー)から

 

 

エコーペルセウス

 

 身長:182cm

 体重:微減(激務のため)

 愛称:ペルセウス

 得意なもの:対外折衝

 

 福山トレセン学園の生徒会長、芦毛で糸目、高身長で片付けが苦手、福山トレセン学園の生徒会長として、生徒のレベルを向上させるためのアイデアを日夜考えている。対外折衝が得意なエコーペルセウス、競争ウマ娘の目標となるエアコンボフェザー、生徒の良き相談役のハグロシュンランによって、生徒会はうまくまとまっている。

 名前のモデルはギリシャ神話のペルセウスから。

 

 

ハッピーミーク

 

 身長:165cm

 体重:増減全くなし

 愛称:ミーク

 得意なもの:イメージ

 

 中央トレセン学園の生徒、世にも珍しい白毛のウマ娘、所属はチームメイサにナイターを観戦に門別までやって来ていた、ファミレスでの会話でアラビアントレノと友情を築く。

 

 

スペシャルウィーク

 

 身長:158cm

 体重:微減

 愛称:スペ 

 得意なもの:早食い

 

 中央トレセン学園の生徒、空港行きの電車に乗り遅れて困っていた所を慈鳥に救われる。

 

 

シンボリルドルフ

 

 身長:165cm

 体重:かなり理想的

 愛称:ルドルフ

 

 中央トレセン学園の生徒会長、チームリギルのリーダー、AUチャンピオンカップのために頑張る生徒達を見守っている。中央のダート戦線が芝と比べて手薄だと思っており、指導役が少ないことに悩んでいる。

 

 

エアグルーヴ

 

 身長:165cm

 体重:見事な仕上がり

 

 中央トレセン学園の生徒会副会長、チームリギルのメンバー、前の副会長(モブキャラ)の後任として副会長となり、シンボリルドルフを支える。

 

 

 

学園関係者

 

 

慈鳥

 

 アラビアントレノの担当トレーナー、転生者、前世はレーサーであり、雨天でのクラッシュで命を落とした。転生後は前世と同じくカーレースを志すも、モータースポーツが前世ほど発展しておらず断念、中央のトレーナーを志すも、理論が“異端”、“危険”とされ、面接で落とされた。福山トレセンに就職した後は、アラビアントレノの担当となり、二人三脚でレースに挑む愛車はZ20ソアラの3.0GTリミテッド(浅見光彦の愛車)

名前の由来はカラスの別名『慈鳥』

 

 

軽鴨、火喰、雀野、雁山

 

 慈鳥の同期、火喰のみ女性、ほか男性、軽鴨は声が大きく、火喰は細かい性格、雀野は冷静、雁山は親切なお人好しである。

 それぞれの名前のモデルは軽鴨がカルガモ、火喰がヒクイドリ(飛び蹴りをする鳥)、雀野がスズメ、雁山が雁(鴨の仲間)である。

 

 

大鷹

 

 福山トレセン学園の校長、恰幅の良い老紳士、元々はトレーナーであり、学園のトップとして仕事をこなすだけでなく、様々なアドバイスを慈鳥達に送る立場でもある。

 名前のモデルは猛禽類のオオタカ。

 

 

川蝉

 

 福山トレセン学園の校長秘書、常にベレー帽を身に着けた女性、慈鳥らトレーナーに出走表を届けているのは彼女。

 名前のモデルは鳥類のカワセミ。

 

 

桐生院 葵

 

 中央トレセン学園のチームメイサのサブトレーナー、レースを学ぶために門別までナイターの観戦に来ていた。友人と遊んだ経験が少なく、同期と仲良くなる計画はあまり上手く行っていない模様。ハッピーミークに諭され、勇気を出して門別にて慈鳥に話しかけ、友人となる事に成功する。

 

 

秋川 しわす

 

 中央トレセン学園の現理事長、全ての競争ウマ娘に門戸が開かれる大会、AUチャンピオンカップの開催を宣言した。

 名前のモデルは師走(12月)

 

 

九重

 

 NUARのトレセン学園運営委員長、秋川しわすとの共同会見で、AUチャンピオンカップの開催を宣言した。逼迫気味の地方トレセン学園の財政を改革によって良くしている傑物。 

 

 

桐生院の同期

 

 桐生院の同期の新人トレーナー、既にチームを持っている。慈鳥とは彼が面接に落ちた際にニアミスしている模様、桐生院からカラオケに誘われたが断った。

 

 

 

その他

 

 

じいちゃん

 

 アラビアントレノの育ての親、『走りたい』というアラビアントレノの願いを見抜き、彼女を福山トレセン学園へと送り出す。

 

 

アラビアントレノ(前世)

 

 アラビアントレノの前世、名前は不明、芦毛のアングロアラブ、アラブ系競争衰退の流れにより、デビューはできず、大井競馬場で誘導馬として働き、色々な物を見てきた、誘導馬引退後はとある牧場で人間を乗せたり、パフォーマンスをやったりして余生を過ごしていた。アングロアラブ故、サラブレッドより体格は小さく、誘導馬時代は『チビ』とサラブレッドに呼ばれていた事も少なくなかった模様。

 

 

先輩

 

 前世のアラビアントレノの先輩、月毛のクォーターホース。アラビアントレノを誘導馬として鍛え上げた。クォーターホース故、超短距離ならばサラブレッドよりも速いスピードで走る事ができる。

 

 

 

 アラビアントレノが大井で仕事をしていた時に出会った赤いメンコを付けた栗毛のサラブレッド、非常に礼儀正しく、その姿はアラビアントレノの脳内に深く刻まれていた。

 

 

神崎

 

 前世、牧場で余生を過ごしていたアラビアントレノの世話係、多くの人間の世界のことをアラビアントレノに教え、その最後を看取った。アラビアントレノからは“おやじどの”としてとても慕われていた。

 

 

相棒

 

 慈鳥の前世での相棒、優秀なメカニックでレーサーの慈鳥には欠かせない大切な存在だった。

 

 

 

作中用語

 

 

URA

 

 正式名称『日本ウマ娘レース協会』、俗に言う中央、URAは(Uma-musume Racing Association)の略称。

 

 

NUAR

 

 正式名称『地方全国ウマ娘レース協会』俗に言う地方、NUARは(National Uma-musume Association of Racing)の略称。

 

 

AUチャンピオンカップ

 

 正式名称『全ウマ娘チャンピオンカップ』、略称はAUCC、ゲーム版でのURAファイナルズに相当するレース、日本のウマ娘レースに新しい風を吹き込む目標で設立された、全ての競争ウマ娘に門戸の開かれている新しい大会。

 

 

福山トレセン学園

 

 正式名称『広島ウマ娘福山トレーニングセンター学園』地方トレセン学園の一つで、福山市を流れる芦田川の近くに建設されており、川沿いには“土”のウマ娘走路が存在する。地方のトレセン学園としてはサポートウマ娘も少なくない数が在籍している。地方トレセン学園の統廃合によって、岡山のトレセン学園を吸収している。

 

 

チームメイサ

 

 トレセン学園のチームの一つ、6人で構成されており、慈鳥の把握しているメンバーはハッピーミーク、ジハードインジエア、ツルマルシュタルク、サンバイザーの4人、高等部にメンバーが一人いるものの、ドリームトロフィーリーグへの注力のため、メイントレーナーと共にチームを離脱予定。もう一人は中等部で、ハッピーミークたちよりも年下、メイントレーナーは中年の女性が努めており、桐生院はサブトレーナーとして働いている。

 名前のモデルはオリオン座ラムダ星から。

 

 

ドリームトロフィーリーグ

 

 トゥインクルシリーズにて素晴らしい成績を収めたウマ娘が進むことのできる舞台、サマードリームトロフィーとウィンタードリームトロフィーが存在する。また、ドリームトロフィーリーグに参加する場合は、チームでなく、トレーナーとのマンツーマンでも可能(これは本作の独自設定)

 

 

トレセン学園

 

 ウマ娘達がレースに出走するために、あるいは出走するウマ娘を支えるために在籍する学園、中等部から高等部まで存在している。

 

 

名家

 

 ここでは、ウマ娘レースで有名な家のこと、地方では福山、園田、姫路、高知、サガの5つの学園に生徒がいるハグロ家や姫路トレセン学園の生徒会長であるオオルリネルソンの生まれであるオオルリ家がいる。

 

 

サラブレッド

 

 主に競馬用で使われる馬の品種の一つ、スペシャルウィークや“彼”がこれに当たる、時速70km/hほどで走る脚力を持ってはいるものの、スピードを追求した結果、精神的にも肉体的にもかなりデリケートな、『走るダイヤモンド』後述するアングロアラブやクォーターホースよりも、体格は大きめ。

 

 

アングロアラブ

 

 サラブレッドにアラブをかけ合わせたもの、アラブ血量が25%以上がアングロアラブになる。アラブが耐候性や耐久性に優れた頑強な品種のため、サラブレッドにはスピードで劣るが、気性も穏やかで扱いやすい。史実の日本では中央で1995年に、地方で2013年を最後にアラブ系の競争は廃止されている。また、頑丈さを活かして競争以外にも、乗用馬や競技馬として用いられている。

 

 

クォーターホース

 

 アメリカの開拓期にヨーロッパ産のアンダルシアン、サラブレッド、アラブそして、開拓前にスペイン人が持ち込み、野生化した馬であるマスタングを交配させて作られた馬、超短距離ならば時速80km/hを超えるスピードが出るためサラブレッドよりも速い、競走馬として日本では用いられてはいないものの、機動性の高さから大井競馬場等の一部の地方競馬場で、誘導馬として用いられている。

 

 

ヤックル

 

 正式名称「シシカモシカ」、ウマ娘のいる世界で現実世界の馬に相当する役割を担っている大型でスマートなカモシカの仲間、角があるため、競走馬のような扱いはされていない。

 

 

 

 




 
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オリキャラの設定画は
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次話より第二章に入ります、よろしくお願い致します。


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第二章 苦悩のクラシック戦線
第14話 謎の呼び声


 第二章 スタートです、よろしくお願い致します。


 

 

『────』

 

 何かを呼んでいる声が、どこからか聞こえる、その声を聞き、私は立ち上がった。

 

 そこは真っ暗な空間で、私は闇の中をひたすら歩いていく。

 

カッ!

 

「…………ッ!」 

 

 突如、まばゆい光が私を照らす。

 

『────』

 

 逆光に包まれた何者かが、私の前に立っている、それは四本脚で、耳と尻尾がある……つまりは…馬……

 

 それは何かを呼んでいる、しかし、何故かそれは私の耳に聞こえない…だけど、その声は私に向けられたものだとなんとなく分かった。

 

「……誰…?」

 

 私はそれを睨みつけ、そう聞いた。

 

『────…アングロアラブ(ワシら)の最高傑作…』

 

 しかし、それは質問には答えず、品定めするような様子で私を見て、一方的にそう言う、その表情は、逆光で全く見えない。

 

「あなたは…誰?」

 

 私は再びそれに問いただす。

 

『倒せサラブレッド(奴ら)を!ワシの因縁の相手!ワシのライバル!ワシの…生きがい!』

「…?」

『行け!そして、追い抜くのだ!サラブレッド(奴ら)を!』

 

 それはまた私の質問に答えることなくそう言うと、天に向かって嘶き、私の横を駆け抜けた。

 

「……!!」

 

 私はそれを追いかけようとした、だけど…激しい頭痛が私を襲った。

 

「………ぐっ!?……くぅ…あああああ!!」

 

 視界が霞んでゆく、最後に見たのは、遥か遠くを駆ける鹿毛の馬体だった。

 

 

 

────────────────────

 

 

バッ!

 

「……っ!…はぁ…はぁ…」

 

 私は目を覚ます、部屋は真っ暗で、周りにはチビっ子達が眠っている。私は年末年始、実家に戻ることにしていたからだ。

 

「……夢…」

 

 私はムクリと起き上がり、頭を横に振る、顔を洗いに行こう。

 

パシャ…パシャ…

 

 顔を洗うと、徐々に頭がスッキリとしてくる

 

 あの夢は何だったんだろう?私の記憶の中に、あんな声はないし、誘導馬をしていたときだって、あんな馬に出会ったことはない。

 

 …分からない。

 

「アラ、どうしたんだい?」

「…!じいちゃん……私、変な夢を見たんだ、誰かが私の事を呼んでるような…そんな夢を…」

「…なるほどね……」

 

 じいちゃんは目を閉じ、顎に手を当てて考え込んでいた。

 

「…もしかしたら、“継承”のきっかけかも知れないね」

「継承…」

「そう、継承だ」 

 

 じいちゃんはそう言う、継承が存在していることは、もちろん知っている。

 

 ……でも、私はサラブレッドじゃない、アングロアラブだ、果たして……継承はあるのだろうか……?

 

 

 

=============================

 

 アラビアントレノが奇妙な夢を見てから少しばかり後、福山トレセン学園の冬休みが終了した。

 

『では、生徒会長のエコーペルセウスさんより、生徒の皆さんへのメッセージがあります、お願いします』

 

 放送委員がそう言うと、エコーペルセウスは登壇する。

 

『生徒の皆、あけましておめでとう、皆、有意義な冬休みを過ごせたかな?競争ウマ娘の皆は今日をもって、競争のクラスが格上げになる、これからもどんどん色んな事を学んでいって欲しい、サポートウマ娘の皆、競争クラスが一つ上がると言うことは、新たな世界に足を踏み入れると言うこと、そんな競争ウマ娘達を、どうか支えてあげてほしい、それから……』

 

 エコーペルセウスはしばらくの間、壇上で話していた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 授業が終わった放課後、生徒会室には会長の エコーペルセウス、そして、エアコンボフェザーとハグロシュンランの二人の生徒会副会長が集まっていた。

 

「声掛け事案が……減っているだと?」

 

 エアコンボフェザーは驚いて目を丸くした。

 

「はい、妹たちからの報告です、最近、少なくなっているとのことです」

 

 ここで話題に上がっている“声掛け事案”とは、地方の有力なウマ娘が中央にスカウトされる事である。

 

 ハグロシュンランの実家、ハグロ家は地方ではそれなりの家のため、西日本のトレセン学園の殆どにハグロ家の人物が生徒として入っていた。それ故、各学園の情報も集めやすいのである。

 

「フェザー、驚いている所悪いけれど、どう思う?君の意見を聞かせてほしいんだ。」

「……今までに無いことだ、私がいた頃は実力のある地方のウマ娘はどんどん引き抜かれていたからな」

「そうか…確か君がいた頃は、最も熱かった時だからね」

「ああ、オグリキャップがいたからな」

 

 数年前、エアコンボフェザーが中央で走っていた頃、カサマツにて一人のウマ娘がデビューした。

 

 そのウマ娘とは、芦毛のウマ娘、オグリキャップである、後に中央に移籍した彼女は、規則によってクラシック三冠レースには出る事は無かったが、多くの人々を引き付けるスターウマ娘であった。

 

「オグリキャップが中央に移籍してからというもの、URAも地方から人材を引き抜く事が多くなっていったからね」

「ああ、でも、それがパタリと止んだ」

「…AUチャンピオンカップの為でしょうか?」

 

 ハグロシュンランはそう言って紅茶を飲む。

 

「……待てよ…もしかしたら、“良い勝負”がしたいのかもしれない…中央と地方には実力差が有るからな…」

 

 エアコンボフェザーは中央帰りとしての持論を述べた。

 

「えっ…それが本当なら、私達…無礼(なめ)られてるって事だよ?」

 

 エコーペルセウスはそう反応した。

 

「……確かに、否定はできないな、だが、ラッキーだとも言える、スターの素質のあるウマ娘達が中央に行ってしまうのが避けられるからな」

 

 そう言うと、エアコンボフェザーは席を立った。

 

「私はそろそろ行くぞ、継承についてウマ娘達に説明するからな」

「うん、わかったよ、しっかり頼むね」

「行ってらっしゃいませ」

 

バタン

 

 エアコンボフェザーは部屋を出ていった。

 

「継承かぁ…」

 

 エコーペルセウスは一口紅茶を飲み、そう呟く。

 

「…私達にとっては、よく分からないものですね」

 

 ハグロシュンランはそう答えた、継承とは、競争ウマ娘のみに起きる謎の現象の事である。その時期は個人によってまちまちなものの、継承を受けたウマ娘は身体能力が向上するというのが常であった。

 

「フェザー曰く『三女神のシルエットが目の前に現れて、そこから出た光が体に入ってくる』らしいけれど、オカルトチック過ぎて信じられないんだよ」

「…私も同様です、ですが、継承をきっかけに飛躍的な能力の伸びを見せる生徒がいるのも事実、今年のクラシック期の皆さんがどうなっていくのかが、楽しみです」

「うん、そうだね、去年の年末の特別レースで分かったことだけど、今年のクラシック世代の皆は才能がある」

「もしかすれば…オグリキャップさんのようなスターも現れるということですか?」

「うん、そうだね」

 

 オグリキャップはその活躍により、地方のウマ娘達の間では伝説のような存在となっていた。特にハグロシュンランは同い年と言うこともあり、オグリキャップの大ファンでもあった。

 

「……個人的には、地方で走っていて欲しかったって気持ちはあるけれど、中央のファンにとっては、オグリキャップの登場はとても嬉しいモノだったろうね」

「はい、あんなことが起きれば……忘れたくはなるでしょう」

 

 ここでハグロシュンランが言及していた“あんなこと”とは、オグリキャップが中央に移籍する前年に起きたある出来事である。

 

「………そうだね、でも、あれは決して忘れてはならない」

「……」

「……さて、暗い話はここまでにして、茶菓子でも食べないかい?」

「頂きます」

 

 エコーペルセウスは話を切り上げ、茶菓子を取りに向かったのだった。

 

 

=============================

 

 

 俺は一人、パソコンで動画を再生する、正月休みを利用して大阪まで撮りに行ったものだ

 

 モータースポーツの規模は小さいとはいえ、やはり車好きという人種は居るもので、大阪では前世同様、新年早々、環状族が爆走していた。

 

 今までのアラの勝利は…相手のミスを誘ったりする戦術によるもの、でも、これからは相手も強くなるし、年上のウマ娘と当たる機会も多くなる。

 

『ブォォン!』

 

 画面の中の車は、他の車の間を縫うように、環状線を駆け抜けていく。それはまるで車と車の間をスライドするかのように避けるのだ。

 

 位置取り争いも…苛烈なものになる、この車のように、抜けるテクニックが必要になるだろう。

 

 環状族は、走り回るに当たって、コンパクトで軽量な車体にかなりの馬力のエンジンを持つ車、ヒラメシビック *1 を使っている。

 

 この車と同じく、アラも小柄…つまり…これから追求していくべき課題は一つ。

 

 パワーウエイトレシオ(出力重量比)

 

 これを達成するには、新しいトレーニングだけじゃない、用具面でも色々と考えてみる必要があるだろう。

 

 継承のことも視野に入れなければならない。

 

「さて…どうしたものか…」

 

 俺はペンを手に取り、ノートを開いた。

 

 

*1
1987年に登場したシビック、通称「グランドシビック」




 
お読みいただきありがとうございます。

これから一日の投稿数を増やしていくつもりですので、よろしくお願い致します

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第15話 焦燥感

 

ジャブ…ジャブ…ジャブ…!

 

 季節は2月になろうとしている、クラシック期に入った私のトレーニングは更に厳しい物となった。

 今日は重りを背負い、冬の川を走っている。

 

バシャン!

 

「トレーナー、タイムは?」

「一週間前よりも良くなってる、あのストレッチと併用した効果が現れているな、ほれ、タオルだ」

「ありがとう」

「拭いたら靴を履き替えてストレッチ、それから学園に帰ろう」 

「…分かった」

 

 私は川から上がって脚を拭き、靴を履き替えてストレッチをし、待っていてくれたトレーナーと共に車に乗り込んだ。

 

 このトレーニングは、冬の川に入るので、とてもきつい、だけど、入って少ししたら、自然と身体は暖まってくるので問題は無かった。

 

 だけど…問題は別の所にあった

 

 …周りの娘たちが、どんどん“継承を受けた”と言っているのに、私にはいっこうにそれが来ない…やっぱり…私がアングロアラブだからだろうか?

 

「…どうした?降りないのか?」 

 

 どうやら、いつの間にか着いていたようだ。

 

「…い、いや…今度の“はがくれ大賞典”、不安だなと思って…」

 

 つい、ごまかしの言葉が出てしまう。

 

「……そうか、初めての重賞だものな、気持ちはわかる。俺も同じだ。」

「……」

 

 トレーナーは優しく私にそう言うと、サイドブレーキを引き、エンジンを切って車を止めた。

 

 正直に言えなかったという後ろめたさが、こみ上げてくる。

 

 

=============================

 

 

 アラのトレーニングを終えた俺は、仕事部屋に戻った。

 

 今日は5人で今後のトレーニングに関しての意見交換を行うことになっていた。

 

 一人一人、自分の担当のためのトレーニング計画を皆に説明し、アドバイスなどを行うというわけだ。

 

 

 

────────────────────

 

 

「最後は慈鳥だな、計画を見せてくれ」

「分かった」

 

 俺は軽鴨に促され、トレーニング計画を綴じたノートを見せる。

 

「……すげぇ…」

 

 最初にノートを見た軽鴨は思わず声を漏らす、その様子を見て、雀野はノートを覗き込んだ。

 

「…これは確かに凄いな……」

「あと一つ……これだ」

 

 俺は引き出しの中からある蹄鉄を出した。

 

「この蹄鉄は…?」

 

 雁山はそれを持ち、細かいところまで見る、そして…

 

「これ…何製だ?」

 

 と質問した。

 

「…超ジュラルミン製だ」

「ち、超ジュラルミン製だって!?アルミ合金じゃないのかよ!」

「ああ」

「でも、ジュラルミンはアルミより重い、一体どうして?」

「…超ジュラルミンだ…これはアルミよりかなり強度があるからだよ、俺がこれからアラに身に着けてほしいテクニックには、どうしても強度のある蹄鉄が必要なんだ」

「なるほど…」

 

 雁山は爪で蹄鉄をキンキンと鳴らしながら納得したような表情をした。

 

「それで、このトレーニングと新しい蹄鉄、いつ使うんだ?」

 

 さっきまでノートを見ていた雀野が俺に問いかけた。

 

「…決めてない」

「決めてない?どういう事だ?」

 

 ノートを持っていた軽鴨がそう俺に聞いた。

 

「………」

「教えてくれ、頼む」

「……この事は俺達5人の秘密だ、このトレーニングをする上で、一番大事な要素が足りていないからな」

「一番大事な要素?」

 

 皆不思議そうな顔を俺に向ける。

 

「………負けることだ」

「どういう意味?せっかくアラはここまで勝ち続けているのに」

 

 火喰が疑問を口にする。

 

「今から話す…………勝ち続けてる間は、トレーニングや機材を一新する事の本当のありがたみは分からないと俺は思うんだ。現状で発揮できる戦闘力を限界まで発揮して、ギリギリまで自分を追い詰めて、それでも勝てない悔しさを感じて、レーサーってモンは成長していく。アラのためにも……あいつが負けるまで、トレーニングと機材を変えるわけにはいかないんだよ」

「……」

 

 その場にしばらく沈黙が走った。

 

 

 

────────────────────

 

 

 俺が新たなトレーニングを皆に紹介してから、一月ほど経った。そして現在は、はがくれ大賞典に備えた最終調整を行う段階にあった。

 

「トレーナー!タ…タイムは?」

「落ち着け……ベストちょうどだ」

「まだ…こんなもんじゃだめ…トレーナー、もう一度走ってくる!」

「アラ!待て……行ったか…」

 

 だが…最近のアラは慌て気味で、どこか焦っているような様子だった。

 

 成長には負けることが必要だとはいえ、これでは心配になる

 

「はぁ…はぁ…」

「アラ!」

 

 俺は大きな声を出し、アラを呼ぶ。

 

「…これ以上はダメだ」

「でも…今のままじゃ勝てない…!」

「だが…いくらお前が丈夫だからって、これ以上は身体を壊すぞ、トレーナーとして、これ以上は認められない」

「……………分かった…」

 

 アラはしぶしぶといった感じで校舎まで戻っていった。

 

 

=============================

 

 

 寮に戻り、ササッと入浴と食事を済ませた私は、ベッドに飛び込んだ。

 

 コンボも、ランスも、チハも、ワンダーも、サカキも、継承を受けた、前者四人に至っては、すでに重賞だって取っている

 

 でも…私は未だに継承を受けられていない。

 

 競争ウマ娘なのに…

 

「どうして……」

 

 部屋の電灯に向けて、私は手を伸ばす。

 

「やっぱり…私がサラブレッドじゃないから?」

 

 視界が潤む。

 

「………ッ!」

 

ブンッ!

 

 私は枕を壁に向かってぶん投げた。

 

 壁にぶつかった枕は『ボフッ』という情けない音を立てて落ちる。

 

「…私が…私が…アングロアラブだから?」

 

 当然ながら、答えてくれる者はいなかった。

 

 覚悟はしていた…でも…こんなこと…誰にも言えるわけがない…

 

 

────────────────────

 

 

 あれから数日、私はシュンラン副会長に呼び出された。

 

「……今日はどうしました?」

「今日はアラさんを訪ねてお客様がいらしているんです」

「…お客さん…私にですか?」

「ええ、この扉の先でお待ちしています」

 

 そう言うとシュンラン副会長は、扉をノックし『お連れしました』と言った。

 

「さあ、入って下さいな」

「…は、はい…」

 

 私が面談室に入ると、そこには、一人の芦毛のウマ娘がいた、背はこちらよらりかなり高い、それよりも注目すべきはあちらの着ている制服だろう。私達福山トレセン学園のものとは違う…つまり、この客は、他校生…

 

「お前がアラビアントレノか?」

 

 そのウマ娘はこちらをじっと見つめ、そう聞いてくる。

 

「は…はい…あなたは…」

「私はフジマサマーチ、高知トレセン学園の生徒だ」

「…高知の方…ですか?」

「そうだ」

「一体なぜここに…?」

「お前…いや、貴様はこの間のエキシビションレースでエアコンボフェザーに勝った、そんなお前に興味が湧いた私は、レース前にぜひ顔を合わせておこうと思い、この場を用意してもらったという訳だ」

「レース…前に?」

「ああ、“はがくれ大賞典”に貴様も出るんだろう?」

「は…はい…」

 

 私がそう言うと、相手はこちらをじっと見る。

 

「………何か悩んでいるな?」

「……!」

「まあいい…個人の事に、そこまで踏み込むつもりは無いからな、レースまでに解決する事を祈っている」

 

 そう言うと、相手は部屋を出ていった。

 

 

=============================

 

 

 はがくれ大賞典当日、アラの焦りは収まっていない様子だった。

 

 その証拠に、座るアラの耳は左右バラバラにピコピコ動いている。

 

 俺は出走表を見る。

 

1ラモンサラマンダーサガ

2フジマサマーチ高知

3ビゾンサンシェードサガ

4スズカアバランチサガ

5デンランハンターサガ

6プリングルパンサー姫路

7オールナイトフレア川崎

8ヒロイックサーガ園田

9アラビアントレノ福山

10オホトリメーカーサガ

11シーラカルヴァンサガ

 

 

 

 強敵は2番のフジマサマーチ……あのオグリキャップのカサマツ時代のライバルだ。

 

『オグリキャップに2度も土をつけたウマ娘』として中央入りを果たした彼女、しかし、一度も勝つことはできず、再び地方に戻ることになったらしい。

 

 アラにとっては、大きな壁となってくれる。

 

『出走ウマ娘の皆様は、準備をお願い致します』

 

 パドックに上がるのを促すアナウンスが入る。

 

「アラ、大丈夫か?少し気が散ってるみたいだが」

「…緊張してるだけ、大丈夫」

 

 そう言ってアラは控室の扉を開け、パドックへと向かっていった。

 

 

=============================

 

 

 フジマサマーチさんは、二番人気、私は六番人気だった。

 

 私達は無言でゲートまで移動する。

 

 ゲートのそばで、私達は靴や蹄鉄の最終確認を行う、そこで、私はフジマサマーチさんに話しかけられた。

 

「来てくれたか、待っていた」

「今日は…よろしくお願いします」

 

 私がそう言うと、フジマサマーチさんはこちらをじっと見た。

 

「………貴様は、何か悩んでいるのか?」

「…」

「……その様子だと、どうやら図星のようだな」

 

 フジマサマーチさんはそう言うと、少しの間目を閉じ、こちらを睨みつけた。

 

「……今日は、貴様とぶつかれると思っていたが、違うようだな……だが、全力で相手をさせてもらう、それが私流の礼儀だからな」

「……」

「…もう一つ言っておく、貴様は今のままでは駄目だ、だから私は今日のお前との戦いをレースだとは思わない、今の貴様では駄目だということを、今日、ここで示す。これは講習会(セミナー)だ」

「………!」

 

 フジマサマーチさんは自分のゲートの方へ向かっていった。

 

『11人のウマ娘がゲートインしています、最後の娘もゲートに入った模様、春シーズンの目玉となるはがくれ大賞典…今…』

 

ガッコン!

 

『スタートしました!』

 

 




 
お読みいただきありがとうございます。
 
この物語なのですが、アニメ版にシンデレラグレイの要素が含まれている物語となっています。

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第16話 レーサーを育てるモノ

 

『スタートしました!さて、先行するはやはり外枠10番オホトリメーカー、続いて内から立ち上がる1番ラモンサラマンダー、その後ろには5番デンランハンターと7番オールナイトフレア、少し後ろ、外から6番プリングルパンサーと4番スズカアバランチ、その後ろ、9番アラビアントレノ、その後ろには2番フジマサマーチ、最後尾、並ぶように3番ビゾンサンシェード、8番ヒロイックサーガ、11番シーラカルヴァン』

 

 後ろ…あの時と一緒だ、フジマサマーチさんは確か、逃げと差しの両方を使うはず…このレース場なら逃げで来ると思ったけど…まさか差しで来るなんて。

 

『最初の直線、距離400m、各ウマ娘、思い思いの位置へ、10番オホトリメーカーを先頭にして縦長の展開を維持しつつ、第3第4コーナーへ』

 

 あのオグリキャップを2度も下したウマ娘…どう来るの…

 

 

=============================

 

 

 一瞬動揺が見えた

 

 私が逃げウマ娘だというのは…もうとっくに昔の話だ。

 

 4度の完全なる敗北で、私は思い知った、“逃げ切るのは才能が必要”だと。

 

『各ウマ娘、順々に第3第4コーナーへ』

 

 アラビアントレノ、ここのコーナーは特殊だ…どう来る?どう走る?

 

………

 

 やはり…内を避けてはいるか…ここの内ラチ沿いは、砂が深く、走るのに多くの体力を消耗する。

 

 良い判断だ…ただ…ここで温存した体力が全て末脚に使えると思えば…それは大間違いだ。

 

『各ウマ娘、一度目のスタンド前へ、順番は変動なく、10番オホトリメーカー先頭で、先頭からしんがりまでの距離はおおよそ7バ身』

 

 勝負はここからだ……アラビアントレノ

 

 

=============================

 

 

 アラは初めてのコースだが、うまく走る事ができている、俺の言った通り、砂の深い内ラチ沿いはしっかりと避けてくれている。

 

 だが…重賞の勝負は半分を越してから。

 

「アラ…お前さんはどう対処する?」

 

 俺は短いスタンド前を駆け抜けるウマ娘達の動きを確かめるべく、双眼鏡を覗いた。

 

 

=============================

 

 

『スタンド前を駆け抜けたウマ娘達は第1第2コーナーへ、先頭は外枠10番オホトリメーカー、続いて1番ラモンサラマンダー、その斜め後ろ、2バ身差で7番オールナイトフレアが5番デンランハンターの前へ、1バ身後ろ、外から6番プリングルパンサーと4番スズカアバランチ、その後ろ、9番アラビアントレノ、そのすぐ後ろには2番フジマサマーチ、続きまして、3番ビゾンサンシェード、外を回ります、11番シーラカルヴァン、しんがりは8番ヒロイックサーガ』

 

(…ここまでは何も問題無く走れてる…でも、何だろう?このざわめきは…まるで…何かが起きる前触れのような…)

 

 アラビアントレノは、得体の知れない物を感じ、違和感を懐きつつ走っていた。

 

 

 

(初めてのコース、そして平常心ではない状態で、ここまで走ってみせるとは……素晴らしい適応力と言っておこう、まるでアイツ(オグリ)を思い出させる様なウマ娘だ…だが…)

 

 一方で、フジマサマーチは精神状態が不安定でも、ある程度は走ってみせているアラビアントレノの適応力を見て、デビュー戦の際、破損した靴で自身を追い詰めたかつてのライバル、オグリキャップの事を思い出していた。

 

(………向正面のストレートの後半…来るな、だが…それは今の貴様では……愚策…)

 

 かつてのライバルの事を思い出しながらも、フジマサマーチはアラビアントレノの様子からこれからの動きを察し、これからの動きを頭の中でシミュレーションしていた。

 

『第1第2コーナーを走り抜け、各ウマ娘は向正面に入ります、ここの流れのストレートで、最後のコーナーに入るための位置取りを、しっかりと整えていきたい所です』

 

(さぁ……ここからが本当の『重賞』だ…仕掛けさせてもらう)

 

ダッ!

 

 フジマサマーチは目を見開き、少しペースを上げた。

 

 

(……ペースが……)

 

 アラビアントレノは動揺していた。

 

(…それも…全体的に……置いていかれたら…おしまい…)

 

 もし、フジマサマーチのみがペースを上げたのなら、彼女が驚く事は無かっただろう、しかし、ペースが上がったのは、フジマサマーチだけではなく、レースに出走しているウマ娘の殆どであった。

 

『各ウマ娘、仕掛けの準備段階に入った!少しずつ上げていくのは2番のフジマサマーチと、3番のビゾンサンシェード!2番フジマサマーチ、外から外から!9番アラビアントレノのすぐ横に並びかけていく!』

 

(速い………ッ!?…)

 

「…………」

 

 アラビアントレノは上がってきたフジマサマーチに気圧され、内ラチ沿いまで追いやられた。

 

(まずい…戻らないと…!)

 

ビシッ!

 

 アラビアントレノはすぐに集団に戻ろうとするも、体格の小ささから、上手く入れず、弾かれる。

 

(模擬レースでは…こんなに弾かれることなんて…無かったのに…コーナーまでには…入らないと…)

 

 だが、そんなアラビアントレノの思いも虚しく、レースは第3第4コーナーへと入ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 その頃、福山トレセン学園ではキングチーハーとエアコンボハリアーが、佐賀レース場からの中継を見ていた。

 

『各ウマ娘、仕掛けの準備段階に入った!少しずつ上げていくのは2番のフジマサマーチと、3番のビゾンサンシェード!2番フジマサマーチ、外から外から!9番アラビアントレノのすぐ横に並びかけていく!』

 

「苦しいわね」 

「…否定はしない…」

 

 キングチーハーは冷静に状況を分析し、エアコンボハリアーもそれを否定しなかった。

 

「アラ以外のウマ娘の殆どは、私達よりも長く走ってきた、だから走りが体に染み付いている……だから、“つくべき位置を探すやり方”に加えて、“対戦相手を付きたい場所に入れないやり方”もできる……ベテランらしいやり方ね…特に…中央帰りのフジマサマーチは…」

 

『第3第4コーナーカーブ前、先頭10番オホトリメーカー、それとほぼ横並び、1番ラモンサラマンダー、その斜め後ろ、半バ身差で7番オールナイトフレア、5番デンランハンター、1バ身後ろ、外から6番プリングルパンサー、2番フジマサマーチ、4番スズカアバランチ、その後ろ内ラチ沿い、9番アラビアントレノ、その外側には3番ビゾンサンシェード、11番シーラカルヴァンと8番ヒロイックサーガも近くにいる!まとまった展開だ!』

 

「もう一度……抜き返すチャンスは…」

 

 エアコンボハリアーはそう声を絞り出した。

 

「…大きなウマ娘、小さなウマ娘、どちらがレースで強いかなんて、甲乙付けがたいものだけれど………ああいう混戦の位置取り争いでは、1センチのサイズの差が物を言う……コンボ、私と同じで重賞を取ったアナタが、分からないはずはないでしょう?最も…今のアラは、継承の事で慌てているみたいだけれど」

 

 衝撃力…それは、物体の質量が重ければ重いほど、そして、速ければ速いほど増すものである。自動車並みのスピードで走るウマ娘にとって、それは大きければ大きいほど、レースにおいて位置取り争いに強いことを意味していた。

 

 そして、身長が150cm未満のウマ娘は、一般的には“位置取り争いでは不利”とされていた。もちろん、自分なりに工夫して、その不利をカバーし、ローカルシリーズにおいて結果を出しているているウマ娘も多いが、そういったウマ娘は継承という身体能力の向上を経て、何年も走ってきたベテランであった。

 

「バカ……慌てる事は…無いのに…慌てるから…負けなくても良い負けが…こんなところで付くんだ…」

 

 エアコンボハリアーは悔しそうに拳を握りしめ、画面を睨んだ。

 

 

 

 

 

(…内からでも良い…砂に足が沈んだって関係ない…ペースを上げてやる…)

 

 第3コーナーを曲がっているアラビアントレノは、まだ諦めてはいなかった、位置取り争いに入れぬと踏んだ彼女は、内ラチ沿いを強引に進んでいた。

 

『第4コーナーカーブに入りました!各ウマ娘、仕掛ける準備に入っている、どの娘が最初に立ち上がるのか!?』

 

(………………足が…)

 

(行かせてもらう…!)

 

(!!)

 

『第4コーナー終盤!最初に立ち上がったのはフジマサマーチ!一気に仕掛けてくるか!末脚を使い中団から捲りあげていく!』

 

 これまで約半周、内ラチ沿いを走らされ、精神的にも肉体的にも追い詰められたアラビアントレノの目に、末脚を爆発させ、他のウマ娘を捲りあげるフジマサマーチの姿が目に入り、彼女の脳内を絶望感が支配した。

 

(まだ…まだだ!)

 

 それでもフジマサマーチに追いすがろうと、彼女が反射的に脚を大きく前に出したその瞬間……

 

ズリッ!

 

 

 

────────────────────

 

 

『フジマサマーチ!一着でゴールイン!フジマサマーチ!ベテランの意地を見せつけ、レースを制しました!2着はプリングルパンサー!3着はビゾンサンシェード!』

 

ワァァァァァァァァァ!

 

 私は掲示板を見上げる……私はあそこでスリップして、必死に立て直した。だけど…結果は十着、完敗だ…実力も、判断力も、精神力も…圧倒的に足りていなかった。

 

ザッ…ザッ…ザッ…

 

 フジマサマーチさんはこちらに向かって歩み寄ってくる。

 

「掲示板を見れば…貴様は確かに私に負けた、だが……私は貴様とレースをしたつもりは無い、現実というものが良く分かっただろう、迷い…悩み…今の貴様では、これからのクラシック戦線を勝ち抜く事は出来ない…!貴様がそれらから開放され、新たな力を手に入れ、私とやり合えるウマ娘となるまで、勝負は預ける……また会おう、アラビアントレノ」

 

 その言葉は、今まで聞いたどの言葉よりも重く、私に降りかかった。

 

 フジマサマーチさんは去り、私は重い足取りで、地下バ道へと降りる。

 

「アラ…お疲れさん、脚は大丈夫か?」

「うん…ごめん…今は…一人に…」

「分かった」

 

 トレーナーは、何も言わなかった。

 

 

=============================

 

 

 帰りの車まで、俺とアラは一言も交わさなかった。

 

 だが…聞かなければならないだろう、あいにく渋滞で車の流れは止まっている、俺は口を開いた。

 

「…アラ、そろそろ教えてくれ、お前…何か悩んでるんじゃないか?」

「……」

「今日のレース、いや、今日までの精神状態はちゃんとしていたか?」

「……受けてない…」

 

…?

 

「……受けてない?」

「継承を…受けてない…」

 

……!

 

 俺は驚愕した。

 

「…ごめん……トレーナー、私、ずっと黙ってた」

「……どうしてだ?」

「…トレーナーに、知られるのが…怖かった…コンボも、ランスも、チハも、ワンダーも、サカキも……皆…継承が来たのに…私は……来てないから」

 

  アラの声は、だんだん涙ぐんだものになっていく。

 

「…トレーナー……」

 

 アラはそう声を絞り出す。

 

………

 

「…“私なんていらないよね?”なんて、言うんじゃないぞ…?」

「えっ……」

 

 アラの耳が、曲線を描いて立つ、図星だったようだ。

 

「……でも…でも…私…」

「…正直、俺も驚いてる、でも、そんなモンで、俺はお前を捨てたりなんかしない」

 

 継承が来ないと聞いた時は驚いた、でも、俺は、それを理由にアラを捨てようとは思わなかった、いや、思えなかった。

 

「………」

 

 アラは涙を流す。

 

「……継承が来てなくったって良い、お前のせいじゃ無いよ」

 

 俺は涙を流すアラの頭に手を置いた。

 

 

=============================

 

 

 トレーナーは、私の頭に手を置く。

 

「アラ、聞いてくれ、本当に強いレーサーは、周りの人間に、自然と“応援したい”って思わせるような力を持ってんだ、エアコンボフェザーとのレースで……お前は多くの人の声援を受けた。俺も声援を贈った一人だ、つまり…お前は…強いレーサーだ」

「でも……私は勝てなかった…」

「良いんだ、負けても、強いレーサーは、いつも勝ってるわけじゃない」

「………本当?」

「“悔しい”…その気持ちがレーサーを強くする上で、一番大切なモノなんだ、俺は人間だ、ウマ娘の事を理解するのには限界がある、継承でどれだけ身体能力が向上するのかも、理論でしか分からん。」

 

 トレーナーはそう言って、私の頭から手を離し、真っ直ぐ私を見た。

 

「………俺は、ウマ娘を強くするのは継承じゃないと思ってる…アラ、この敗北をバネにして更に強くなれ」

「……うん…ありがとう、トレーナー…」

「…」

 

 トレーナーは少し口角を上げた。

 

 

=============================

 

 

 その後はしばらく走っていた、アラはいつの間にか眠っていた、俺は宮島SAに車を停めた。

 

 アラは継承を受けていない、いや…これからも来ることは無いのかもしれない…そんな気がする。

 

 でも、驚かされただけで、落胆の気持ちは全く起きなかった。

 

 むしろ、アラのこれからが楽しみになっている自分がいる…………要は車とよく似ている…レーサーの血が騒ぐということだ。

 

 ハンドルを取り、自分を鍛え、考え、成長し、とにかく目の前の相手を抜き去ってやろうと行動に移す。

 

 何度でも試し、走り、戦い、抜いて、抜いて、抜いて、抜いていく。

 

 もちろん上手くやれるときもあれば、失敗するときもあるだろう。

 

 ならば次はどう走ろう、どう戦おうと何日、何ヶ月と考え続ける。

 

 機会があれば思いついたアイデアを片っ端から試していく。

 

 そうしているうちに──

 

 楽しくなってくる訳だ。

 





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第17話 勝ちたい存在

  

 ある日、キングチーハーは福山トレセン学園の生徒会室を訪れていた。

 

「ペルセウス会長……勝てませんでした」

「チハ…君は頑張ったよ」

 

 エコーペルセウスはキングチーハーの頭に手を置く。

 

「……」

 

 キングチーハーは黙って涙を流していた。

 

 AUチャンピオンカップの開催が決定したと同時に、日本のウマ娘レースはもう一つの変革が起きていた、それが『地方所属ウマ娘の中央主催レースへの参戦チャンスの増加』である。

 

 これにより、中央主催の重賞レースのトライアルレースは増加していた。

 

 そして、クラシック三冠レースの一つ目、皐月賞では、福山のキングチーハー、舟橋のサトミマフムトが出走していた。結果はサトミマフムトが4着、キングチーハーが6着であった。

 

「ココアだよ、チハ、レースの話を、詳しく聞かせてくれないかな?」

「……はい」

 

 エコーペルセウスはキングチーハーにココアを差出し、気持ちを落ち着かせてレースの詳細を聞いていった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 キングチーハーが帰ったあと、エコーペルセウスは聞いた内容をまとめたいた。

 

 そこをハグロシュンランが訪れた。

 

「ペルセウス会長、どうでしたか?」

「今年のクラシック世代は中々の強敵が居るみたいだね、年度代表ウマ娘も出そうな勢いだ」

「まぁ…」

「特にこの5人」

 

 エコーペルセウスは懐から5人のウマ娘のレース中の写真を出した。

 

「まず一人目、キングヘイロー、所属はチーム“ヤコーファー”優秀な血統持ちらしいね、根性のある性格みたいだから、強力な末脚を持っているはずだ」

「…確かに、この写真を見るに、不屈の闘志を持っておられるお方のようですね」

 

 ハグロシュンランはキングヘイローの皐月賞の写真を見てそう言った。

 

「よーし、二人目に行こうか、二人目はエルコンドルパサー、所属はチーム“リギル”これまで全勝してきたウマ娘、世界最強を目指しているそうだよ、特徴はなんと言ってもスタミナだね」

「…芝もダートも行けるようですね」

「そうだね、もっとも、うちのウマ娘達も、“地元を最大限に利用すれば”芝、ダート、どちらも走れるようになっているはずだけれど」

「ふふっ…確かに、盛岡に遠征して結果を出す娘もいらっしゃいますからね」

 

 盛岡レース場は、地方レースでは唯一、芝コースを備えている。それ故、中央のレースのトライアル競争が行われる事もあった。

 

「三人目、グラスワンダー、所属はエルコンドルパサーと同じくチーム“リギル”朝日杯フューチュリティステークスを制覇…だけれども、今は怪我で療養中。この娘は強力な差し足、そしてそれを残しておけるスタミナが武器だね」

「お怪我をされているのですね、復帰の時期はいつ程になるのでしょうか…」

「早くとも夏明けになるんじゃないかな?とりあえず、細かいところはよくわからないね」

 

 エコーペルセウスは苦い顔をしつつ、そう言った。

 

「四人目に行こうか、四人目はセイウンスカイ、所属はチーム“アクラブ”皐月賞を取ったウマ娘だね、逃げ切る粘り強さを持ったウマ娘、サイレンススズカよりもスピードは劣るけれど、その分適性が長距離寄り…になるのかな?」

「逃げ…ですか、中々リスキーな戦法を取られるのですね」

「“体質に合った堅実な戦法”か“自分の好きなように走る戦法”か、どちらが向いているかはウマ娘による。一概に逃げと言ってもリスキーとは限らないよ」

「………」

 

 ハグロシュンランは頷きつつ話を聞く。

 

「そして五人目、スペシャルウィーク、所属はチーム“スピカ”皐月賞の前哨戦の弥生賞を取ってる、この娘もかなりの末脚を持っているようだね」

「ですが…何故、皐月賞は…」

「映像を見てみたんだけれども、勝負服の後ろが、少しヘンになってる、多分…食べ過ぎかな?」

「太りやすいお方なのでしょうか…」

「恐らくは、まあ…年頃の女の子に言ってしまうのは、少々罪悪感を感じるけど」

「あはは…そうですね」

 

 エコーペルセウス、ハグロシュンランは共に少し笑った。

 

「それで…会長はここの5人の中のどなたかが…」

「ううん、これはあくまで一般論、私が今後注目していきたいウマ娘は別にいる」

「まぁ…そうなのですか?」

「うん、でも、まだ秘密だよ」

 

 エコーペルセウスは笑顔で指でバツを作った。

 

「秘密…ですか…そう言えば…フェザーさんはどこに居るのでしょうか?」

「フェザーはサポートに回って貰うことになったからね、学園のため、早速動いてもらってる……今は帯広にいるんじゃないかな?」

「帯広…でも、あそこは…」

「うん、知っての通り、私達の走る世界とは別の世界、“ばんえい”だ、だけど、あのフェザーのことだ、きっと、何かヒントを見つけたんだろうね」

 

 “ばんえい”とは、帯広レース場でのみ行われている、ウマ娘が重りを載せたそりを引き、その速さを競うレースである。

 

 その原点は奈良時代にまで遡る、当時の日本は“租調庸”という税制が導入されており、その税は米や各地の特産品といった現物で収められていた。

 

 奈良時代には一般の民衆が牛やヤックルを用いて、及び船で荷物を輸送することは認められておらず、輸送は殆どの場合人の手で行われていた。

 

 そこで運送役として活躍していたのが、ウマ娘である。彼女たちは、大量の食料を必要とするものの、人間の持てる量の数倍の荷物を持ち、牛が引くようなそりや車を引き続けるパワーは物資の運送に大いに役立ったという…

 

 そして、奈良時代に活躍したウマ娘達を後世まで語り継ぐべく、ばんえいレースが創設されたのであった。

 

「会長のおっしゃる通りです、あのフェザーさんなら、何か見つけて来てくださるとおもいます」

 

 ハグロシュンランは外を見てそう言った。

 

 

=============================

 

  

 トレーニング開始時刻、俺はアラにこれからやるトレーニングの説明と、本人の意志の確認を行う事にしていた。

 

「アラ、はがくれ大賞典で負けてから、お前には基礎練習の他に、反復横跳びをやってもらってたよな?」

「うん」

「今日から行うトレーニングは、その反復横とびで鍛えた敏捷性と横への瞬発力を更に強化するものだ」

「…どんなトレーニング?」

 

 アラは真顔でこちらを見る、だが、その目は期待が宿っていた。

 

 

=============================

 

 

「…どんなトレーニング?」

 

 私はそうトレーナーに聞いた。するとトレーナーは口角を釣り上げ、ニヤリとする、この顔をする時は大抵カーレースの世界に関連のある時だ。

 

「これだ」

 

 トレーナーはノートを開き、私に見せた。

 

 

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「…………何、これ…暗号?」

 

 トレーナーがノートに書いていたのは、いくつかの丸と矢印…意味が分からない。

 

「ジムカーナ、聞いたことないか?」

 

 トレーナーはこちらを見てそう聞く、ジムカーナといえば…

 

「シシ術?」

 

 前世、セルフランセが現役の時のことを話していたのを思い出した。

 

 ジムカーナとは、馬場にポールをいくつも立て、ハードルを設置したりして、細かな曲線や起伏に富んだコースを作って、そこを走る馬術競技……いや、この世界だとヤックルがやってるからシシ術だ。

 

 セルフランセはそれに長けていて、特にハードルを飛び越えるのが好きだったらしい。

 

 だけど、牧場にはハードルなんて物は無かった、でも、時間はたっぷりあったので、私はセルフランセにジャンプを教わっていた。最終的にはセルフランセと共に牧場で使っているリアカーを飛び越え、牧場長に見つかって大目玉を食らったのを覚えている。

 

「半分正解だ……おーい、アラ、聞いてるか?確かにジムカーナはシシ術にもある、だけど、これはモータースポーツのジムカーナを参考に作ってるんだ。」

 

 モータースポーツのジムカーナ……一回だけおやじどのが言っていたような気がする。

 

「あー、あまり縁がないか、この世……いや、この国はあまりモータースポーツの規模

、大きくないしな」

「…このトレーニングをすれば、どんな風になるの?」

 

 トレーナーの言葉にちょっとだけ違和感を感じたものの、私はトレーニングをこなせばどういった感じになるのかについて問うことにした。

 

「このトレーニングは、反復横とびで培った敏捷性と横への瞬発力を元に、機動力を強化するものだ。これが出来れば、集団をスイスイ抜けられるようになる」

「…本当に?」

「理論上…はな、そしてさらに、踏ん張る力がつく、鍛えれば、位置取り争いの際“ぶつかった相手を逆に弾き返す”事だってできる」

 

 それらの利点は、私にはものすごく魅力的に感じた、でも…

 

「…私、小さいよ?」

 

 私は小型(アングロアラブ)、どうしても不安が残る。

 

「レース関連の用語に“パワーウエイトレシオ”ってもんがある、パワーの割に重さが軽いと、どうなる?」

「…速くなる」

「正解だ、それとキビキビ動ける様になる、でもな…」

 

 そう言うと、トレーナーは上を向いた。

 

「どうしたの?」

「…このトレーニングは確かに効果がある、だけど、普通のトレーニングとは比較にならん遠心力がかかる、それ故危険だ、夏休みに、俺が中央に落ちた話をしたろう?その原因がこのトレーニングだ。」

「……そうなの?」

 

 トレーナーは、中央の面接試験でトレーニング方法のプレゼンを行い、それで落とされた、これが原因だったなんて…

 

「ああ、でも、『危険』って言われたから、もちろん改良はしてある。このトレーニング、本当は蹄鉄シューズじゃなくてランニングシューズでやるものだったんだ、そっちのほうが踏ん張りにくくなって、踏ん張りのトレーニングになるからな。」

「……トレーナーが落ちた理由、分かった気がする…」

「…まあ、俺も自覚してるよ。でも、俺はトレーナーとしてウマ娘には十分配慮する心は持ってる。アラ、お前さんはどうしたい?いくら改良をしているとはいえ、このトレーニングはリスキーなもの、やるか、否か、選ぶんだ」

 

 私は目を閉じて考える。

 

『──新たな力を手に入れ、私とやり合えるウマ娘となるまで、勝負は預ける……また会おう』

 

 フジマサマーチさんのあの言葉が、頭の中でこだまする。

 

「やる…トレーナー…私は…私は…フジマサマーチ(あのヒト)に勝ちたい…!」

「…分かった、だけど、これから厳しいトレーニングになるぞ」

 

 トレーナーはノートを差し出してくる。

 

「望むところ…!」

 

 私はそう答え、ノートを手に取った。 

 

 

=============================

 

 

 その頃帯広トレセン学園では、エアコンボフェザーが一人のばんえいウマ娘と話していた

 

「…ワタシが…ローカルシリーズの娘達の指導役に…?」

「ああ、ここのトレーニングを見学させてもらって思ったんだ、これからのウマ娘達には、こういったトレーニングも必要だとな、だからそちらに頼みたい、夏休みの一ヶ月少々…私達のために使ってくれないか?」

「エアコンボフェザーさん…」

 

 エアコンボフェザーは頭を下げ、相手のウマ娘に頼み込んだ。

 

 

 




 
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第18話 ダービーに向けて

 

 ジムカーナのトレーニングを始めてから、しばらく経った4月中旬、ウマ娘レースを取り巻く世論はダービー一色だった、そして、それはここ福山でも同様だった。

 

「ハァッ…ハァッ…トレーナー!タイム!」

「コンマ2縮まった、だが…まだまだだ」

「うん…明日はもう少し…縮めるようにしないと…」

 

 アラは滝のような汗を流しながら、スポーツドリンクを流し込む。

 

「今日はこれで終わりだっけ?」

「そうだ、しっかり練習し、しっかり休むんだ」

 

 そう言うと、アラは着替えるために戻っていった。

 

 

────────────────────

 

 アラが着替え終えた後、俺達は軽いミーティングを行った。

 

「アラ、この調子なら、次のレースには『見違えた』って言われるぐらいの走りができると思うぞ」

「うん…取ってみせる…ダービーを…」

 

そう…俺達が今目指しているのは、『ダービー』だ…と言っても日本中を沸かせている『日本ダービー』ではない

 

 中国地方一のウマ娘を決める『福山ダービー』…これの勝利を目標にしていた。

 

 

────────────────────

 

 トレーナー寮に戻ったあと、俺は届いていたある物を受け取り、頼んだものであるのか確かめていた。

 

 福山ダービーの格付けは重賞のSP1……つまり中央のG1に相当する。

 

 つまり、勝負服を着てレースに臨む…………といきたいところだが、地方は中央よりもウマ娘の在籍数が多く、いくら財政が良くなっているとはいえ、全てのウマ娘に勝負服を用意する金など無い。

 

 勝負服が用意されるのは、中央のG1に出る際のみだ。

 

 だが、もちろん代わりの措置は講じられている。

 

 それが、今日届いた『パーソナルカラー体操服』だ。

 

 基本的に、レースの出走ウマ娘達は、体操服で出走する。中央ではハーフパンツとブルマでボトムスが赤、地方ではハーフパンツのみの青だ。

 

 そして、体操服なので、上半身はもちろん白色、それを利用する訳だ。

 

 まず、メインとなる色とボトムスの色を決める。

 

 次に、簡単な模様を決める。具体的な例を上げるとすれば、たすきとか市松模様だ。これでデザインは完成。

 

 完成したデザインはNUARの本部に送る、そうすると、体操服となって返ってくると言うわけだ。

 

 もちろん規定もある、蛍光カラーや鏡みたいにピカピカ日光を反射させるような色については使用禁止だし、複雑過ぎたり、距離感を失わせるような模様(雀野曰く、『ダズル迷彩』とか言うらしい)も駄目だ。。

 

 そして、この体操服は勝負服と同じぐらい、ウマ娘の能力を引き出す事ができる『地方脅威のメカニズム』とでも言うべきだろうか?  

 

 まぁ…そんなメカニズムについて、いくら考えても埒が明かない。

 

 だが、体操服について気になる事が一つだけある。

 

なんで中央は未だにブルマなんて使ってるんだ?

 

 前の世界では、ブルマは消えゆく存在だった。性的好奇心の対象として認知されていて、運動会などの学校行事にでの盗撮、校舎に侵入しての窃盗が社会問題になっていたのをよく覚えている。そしてちょうどそのぐらいの時に『セクハラ』とかいう概念も広がっていた。

 

 ブルマがこの世界でどういう道を歩んできたのかどうかは知らないが、中央以外の学校でブルマが使われているところなぞ見たことがない。

 

 もしかすると……中央のウマ娘達の中には、やばめの趣向の店(ブルセラショップ)に自分の持ち物を売っていて、URAの上の方もそれらを黙認している…といったことがあるのかもしれない………杞憂だとは思いたいが、体操服目当てでウマ娘レースを観戦する者だっていないはずはない…尤も考えすぎかもしれないし、やめさせる権利なんて、こちらには無いが。

 

 いや………この世界の風俗なんて、どうでも良いんだ、中央は中央、地方は地方、外野の俺は口出しできる立場にはない、大事なのは、レースに携わるウマ娘がどういった存在であるかなんだ。

 

 彼女たちはアスリートである前に、心身ともに発達途上の最もデリケートな時期にある。

 

 その事を……俺達、レースを取り巻く者は、よく理解しておかなければならないだろう。

 

ピロロロロ…ピロロロロ… 

 

……電話…?

 

「………はい、こちら慈鳥…」

「……ッ!じ、慈鳥トレーナー……?ど…どうかなさいましたか…?」

 

 電話の相手は桐生院さんだった、反応を見るに、かなりやばい声で応対をしてしまったらしい。

 

「…すいません、桐生院さん、少し考え事をしてただけです」

「そうでしたか…」

 

 向こうが、小声で「良かったぁ…」と漏らしたのが僅かに聞こえた。

 

「どうかしましたか?」

「ミークの…ミークの青葉賞出走が決定したんです!」

「そうですか…確か青葉賞といえばダービーへのトライアル競走、おめでとうございます」

 

 取り敢えず、相手に祝いの言葉を贈る。

 

「…いえ、慈鳥トレーナーのお陰です!あれからミークはスタミナ強化メインのトレーニングメニューをやっていたのですが、その結果、レース中の判断力が飛躍的に向上したんです!」

「…そうですか、それは良かったです、こちらも助かっています、あのストレッチ方法はアラのスパートの助けになっていますから」

 

 そして、相手に礼をしっかり言う事も忘れない。

 

「本当ですか!お役に立てて光栄です!」

「いえいえ、自分たち二人は友人ではないですか、これからも協力していきましょう」

「はい!」

 

 やはり…あちらは若い、それに、親しい友人…それも同い年の人間は少なかったようなので“友人”という言葉を聞いて、かなり嬉しそうな声を出す。

 

「そちらはどういった感じですか?」

 

 こちらの様子が気になったのか、相手がこちらの状況を質問してきた。

 

「こっちは今“ダービー”を目指してます、と言っても…地方の“福山ダービー”ですけれどね」

「福山三冠のレースですか!」

 

 桐生院さんはそう言う、地方のことも勉強してくれているとは思わなかった。

 

「はい、やはり、同世代の強いウマ娘との対戦は欠かせませんから…成績によっては、交流重賞への出走も考えています…もしかしたら、ミークたちメイサのメンバーと対戦するときが来るかもしれませんね」

「本当ですか!?楽しみです!」

 

 その言葉に嘘は無さそうだった。

 

「ですが、私はまだまだ中央の事に関しては勉強不足の身分、桐生院さんからは色々と学ばせてもらいたいですね」

「は、はいっ!私ができる範囲でなら、お手伝い致します!」

 

 この様子だと、桐生院さんは頼られる事に慣れていないのだろう、もっとも、それは今まで自分一人の才能、努力でやってきたということを示しているのだが。

 

 なら、やることは一つ、簡単な依頼でも良いからそれに対してしっかりとした感謝を示すことだ。

 

 こうすれば、相手は少なくとも嫌な気持ちにはならないだろうし、俺もスローペースだが確実に情報を入手する事ができる、

 

「なら、早速教えて頂きたいことが有るのですが…」

「は、はいっ!」

「この前の皐月賞のレース、中継を見ていたんですが………」

 

 

 

────────────────────

 

 

「すいません桐生院さん、丁寧な説明、本当に助かりました。ありがとうございます」

「いえ、お役に立てて嬉しいです!」

 

 俺は電話を切った、とりあえず、今回は皐月賞2着のウマ娘、キングヘイローとその所属チームについて聞いてみた。

 

 キングヘイロー………母親が有名なプライドの高いお嬢様のウマ娘、学園内では取り巻きを侍らせているとかいないとか、そして一番の注目ポイントはその末脚、彼女の負けず嫌いな性格も相まって、強力な武器になるらしい、皐月賞ではセイウンスカイに追いつけなかったものの、成長すれば恐ろしいものになるのは確かだろう。

 

 そして、そんなキングヘイローの所属チームがヤコーファーだ、わかヤックル座にある四等星が名前のモデルになっているようで、チームメンバーにはキングヘイローの他にそのルームメイトたちがいるらしい。

 

 さらに、ヤコーファーのトレーナーについても追加の情報を手に入れることができた。そのトレーナーは、以前、桐生院さんが言及していた同期の男らしい。日常生活の事をなんでもトレーニングに応用する人だとか、だとしたら、相当な変人だな。いや…人のことは言えんか…

 

 というか、『わかヤックル座』って…何だ?この世界ではタツノオトシゴ(シーホース)をシーヤックルって言うから……元の世界なら若馬座…?でもそんな星座あったか?

 

 まあ良い、とりあえず桐生院さんとは今後も良い関係を維持していくべきだろう。

 

 

=============================

 

 

 福山ダービーまで後2週間を切った

 

 そして、私はトレーナーから「良いニュースがある」と言われ、待っていた。

 

「アラ!お前のパーソナルカラー体操服、完成したんだ!早速着てみてくれ!」

「分かった」

 

 トレーナーは部屋を出る。

 

「これが…私の…パーソナルカラー体操服…」

 

 私は体操服を手に持ち、広げてみた。

 

「…懐かしい……」

 

 私のパーソナルカラーは、白と黒、そしてデザインは前世で騎手たちが付けていた勝負服のたすき柄をモデルにしている。

 

スッ…

 

 私は昂る気持ちを抑え、体操服に袖を通した。

 

「終わったよ」

「よし…どれどれ、どんな感じだ?」

「…どう?」

「…よく似合ってるぞ、シンプルイズベストだ」

 

 トレーナーはニコリとしてそう言った。

 

 確かに、私のパーソナルカラーは同期の皆の中では一番シンプルかもしれない。

 

 コンボは緑地に黄色の零戦カラー、チハは臙 脂色、ワンダーはオレンジ、ランスはグレーだ。

 

「ダービー…行けそうか?」

 

 みんなのカラーを思い出しながら身体をひねって異常が無いか確認する私に、トレーナーがそう問う。

 

「…分からない、でも、やってみせる、だから…………………観てて」

 

 私はそう返した

 

 恐らく、トレーナーは福山ダービーより先のことまで考えてくれているんだろう、そんなトレーナーには、ぜひ…ダービー優勝をプレゼントした──

 

「…ッ!?」

 

 突然 頭痛に襲われる

 

『──そう、それで良いのだ、行け…行くのじゃ…お前こそ…究極の馬…』

 

 …また…あの声だ…

 

「アラ!アラ!おいどうした!?」

「……!」

 

 トレーナーの声が聞こえ、私はハッと我に返る、頭痛は引いていた。

 

「大丈夫…一瞬、頭痛がしただけ、睡眠の質…悪いのかも」

「……なら、今日のトレーニングは止めだ、銭湯に連れてってやるから、帰ってからゆっくり休むんだ」

「…分かった」

 

 結局…あの声は何なんだろう?

 

 …でも、今はダービー直前、気にしている余裕は無い。

 

 他のことに目を逸らしてしまったから、はがくれ大賞典は負けた。

 

 同じミスは…二度としない。

 




 
お読みいただきありがとうございます。

アラビアントレノのパーソナルカラー体操服について載せておきます。


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お知らせがありますので、こちらを見ていただけますようお願い致します。



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第19話 ゴール

 

 靴の紐を締め、ズレがないか確認する。

 

 尻尾…きっちりと穴に通ってる。

 

 耳飾り…きっちりとついている…行こう。

 

「じゃあ、行ってくる」

「ああ、頑張って来い…!」

 

 トレーナーはそう言って私の肩を軽く2回叩いた。

 

 私は控室の扉を開け、パドックに向かった。

 

 

 

────────────────────

 

 

『今年もやって参りました、福山三冠の序盤戦、“福山ダービー”、9人の選ばれしウマ娘が、パドックに揃いました!』

 

 今日の対戦相手は…みんな強敵揃い。

 

『本日の1番人気、ワンダーグラッセ、重賞を2連勝した末脚をここでも発揮していきたいところです』

 

 ワンダー…いつものように落ち着き払っているけれども、その頭の中は勝利への情熱で溢れているのだろう。

 

「2番人気、キングチーハー、皐月賞では大健闘した彼女、今日の好走にも期待したいところです」

 

 チハは皐月賞での敗北をバネに強くなっているだろう。強くなっているのは、私だけじゃないという事を、忘れてはいけない。

 

「3番人気、エアコンボハリアー、持ち前のスタミナを、この1800mの距離でフルに活かしてほしいですね」 

 

 コンボは“不満”といった顔をしている。…確かに、コンボの走りなら一番人気でも何らおかしくない。

 

「4番人気、セイランスカイハイ、この娘の知略は怖い存在ですね」

 

 ランスはいつもと変わらず思考を読めないような表情をしている。

 

「5番人気、サカキムルマンスク、今年になって好調の彼女、怖い存在ですね」

 

 サカキ……ここまで来たんだ、思えば、私が一番一緒に走っているウマ娘はサカキ…今日一番負けたくない相手だ。

 

「6番人気、アラビアントレノ、今までの主戦場の中距離と違い、距離が短い今回のレース、仕掛けるタイミングに注目ですね」

 

 今回のレースの作戦は……追込、久しぶりのロングスパート作戦でいく、ジムカーナで身につけたテクニックを…見せるときだ。

 

 

=============================

 

 

 ゲートに向かうアラ達を見た後、俺は一人出走表を見る。

 

1ワンダーグラッセ

2ローズティべ

3ノシマスパイラル

4セイランスカイハイ

5エアコンボハリアー

6サカキムルマンスク

7アラビアントレノ

8キングチーハー

9メイショウタカカゲ

10クルシマウェイブ

 

 強敵揃いだが、その中同期の4人の育成しているウマ娘達、そして何かとアラと共に走っているサカキの5人が特に怖い。

 

「アラ…信じてるぞ」

「慈鳥君、こんなところにいたのか」

「先輩…!?」

 

話しかけてきたのはサカキのトレーナーである先輩だった

 

「隣、失礼するよ」

「は、はい!」

 

俺は先輩のために隣においていた荷物を急いでどかす。先輩は福山でも一二を争うほどのベテラン、俺は少し緊張気味だった。

 

「日本ダービーは『最も運の良いウマ娘が勝つ』と言われている、だが、この福山ダービーは…」

「『最も柔軟なウマ娘が勝つ』ですね…」 「そう、キツいコーナー、それもスパイラルカーブでバラけるバ群、1800mという仕掛けどころを選ぶ距離、それら乗り越え、勝利の栄光を勝ち取ることのできるウマ娘はただ一人、このレースはまさしく『レースに絶対は無い』を体現したレースになる」

 

先輩はそう言って、アラ達のいるゲートを見た。俺もそれに続いて視線をそちらにやった

 

『福山三冠の一戦目、激戦を勝ち抜き、その柔軟性を証明するのはどのウマ娘か、SP1、福山ダービー、今…』

 

ガッコン!

 

『スタートしました!』

 

 

=============================

 

 

『スタートしました!各ウマ娘、出遅れることなく綺麗なスタートを切った、先行するはやはり4番のセイランスカイハイ、ブルーグレーが先頭を走る!続いて2番、ワインレッドのローズティベ、、1バ身離れ5番エアコンボハリアー、身に纏う衣服は零戦カラー、外を回ります、9番メイショウタカカゲ、その後ろ、オレンジカラーを身に纏う栗毛、1番ワンダーグラッセ、その内には6番サカキムルマンスクと8番キングチーハー、その後ろには内から7番アラビアントレノ、3ノシマスパイラル、10番クルシマウェイブです』

 

(悪くないスタート………えっ…!?)

 

 遅れることなくスタートを切ったアラビアントレノだったが、安心したのも束の間、彼女はある事実に気付いていた。

 

(…私…マークされてる…)

 

 アラビアントレノの思考は当たっていた、彼女はニシノバラデロとグラスザンジバルの二人にマークされていたのである。

 

(思い描いたラインでコーナーを曲がらせてはくれない…か……なら、スタミナマネジメントはしっかりと…)

 

 だが、アラビアントレノは状況を素直に受け入れ、コーナーを素早く曲がることから、スタミナを温存することに意識を移したのだった。

 

『各ウマ娘、4番セイランスカイハイを先頭にして一度目の第3第4コーナーに入ります、まとまらず縦長にならずの展開です。』

 

(内側から少し離れて………)

 

 アラビアントレノはいつも走っている内ラチ沿いから少し離れ、身体にかかる遠心力を抑える走りを行った。

 

(やっぱり感覚が違う)

 

 スタミナが節約できる事を感じながら、アラビアントレノはコーナーを曲がっていった。

 

 

 

(こうやって先頭走ってると…やっぱりプレッシャーがビリビリ来るなぁ)

 

 先頭を走るセイランスカイハイは、後ろのウマ娘達から発せられる突き刺すようなプレッシャーを感じつつ、先頭を走っていた。

 

(……一番怖いのは…ワンダー…いや、でも一人に意識を飛ばしすぎるのは良くないってトレーナーは言ってた、今は流れるように走るだけ)

 

 セイランスカイハイは現段階で深く考えることを避け、先頭を進んでいった。

 

 

 

────────────────────

 

 

『各ウマ娘、スタンド前へ、先頭4番のセイランスカイハイ、続いて、3バ身離れて2番ローズティベ、半バ身離れ5番エアコンボハリアー、外を回りますクリームカラー、9番メイショウタカカゲ、その後ろ、1番ワンダーグラッセ、少し上がって外を回って様子をうかがう臙脂色、8番キングチーハー、その後ろ、紅白の体操服、6番サカキムルマンスクと内から続く白黒カラーは7番アラビアントレノ、3番、ピンクの体操服ノシマスパイラル、しんがりはブルーカラー、10番クルシマウェイブです!』

 

(ランス、やっぱり逃げるかぁ……でも、バ場は、デコボコしてるから、ラストスパートまでにスタミナはかなり消耗するはず)

 

 エアコンボハリアーはセイランスカイハイがどうなるのかを予測する。

 

(控えてるアラ、ワンダー、チハも怖い、だけど、先の展開が読めないのは…向こうも同様!)

 

 エアコンボハリアーは呼吸を整え、スタンド前を駆け抜けていった。

 

 

 

(もう少しで半分…ここから良い位置を確保する準備をしていきたいところですが、コーナーでの展開が読めない以上、迂闊に動くのは危険ですね、遠心力でぶつかる可能性も…なきしにもあらず)

 

 ワンダーグラッセは、リスクマネジメントを行い、無理に位置取りを行わない策を取った。

 

(しかし……荒れたバ場、集うは強敵……誰が勝つのかは分からない………面白い勝負ですね…ウマ娘の本能が…昂ぶってくるというもの!)

 

 ウマ娘は普通の人間より闘争心が高い、ワンダーグラッセの士気は上がっていった。

 

 

 

『各ウマ娘、第1第2コーナーへ、ここでバ群がバラけた!』

 

「やっぱり、チハ君はコーナーが苦手のようだね、でも、軽鴨君もそれを分かっているようだ、内でも外でもない真ん中あたりを走らせている」

 

 サカキムルマンスクのトレーナーはコーナーでのバラけようを見て、キングチーハーが膨らんだのは敢えてのことであると見抜いた。

 

「そうですね…」

「ふむ…アラ君は他のウマ娘が動いたのを見て内に入ったか…だが…最内はアラ君だけの指定席では無いんだよ」

 

 サカキムルマンスクのトレーナーは、第1コーナーを抜け、第2コーナーに入っていくウマ娘達に目を向けた。

 

『ここで6番、サカキムルマンスク、内に入ってきた!』

 

「何っ!?」

「…“逆マーク”…私が考案した技だ、普通のマークは目の前にいる相手の後ろや横に控えるもの、しかし、“逆マーク”はわざと相手の前に陣取って斜め後ろをマーク、予想外の動きを行って奇襲をかける技だ……簡単そうに見えるが、そう簡単に真似できる物ではないよ」

 

 

 

(サカキ…最内に入ってくるなんて…)

 

 アラビアントレノはサカキムルマンスクの突然の動きに驚いた。

 

『もうすぐ第2コーナーを抜け、各ウマ娘、向正面へ』

 

(……………!)

 

 その時、アラビアントレノはある事実に気づいた。

 

(コーナーを抜けるときは…少し外に出ないといけないのに…サカキが前に出てきた事に驚いて一瞬そっちに目が行った)

 

『各ウマ娘、向正面へと入った!』

 

 福山レース場、1800mのスタート地点は、第2コーナー奥のポケットである。それ故、出走ウマ娘達は、向正面を二度通過することになり、当然バ場、特に内側は荒れる、更に福山ダービーの発走前にもレースは行われており、多くのウマ娘が向正面を通っているため、その荒れようはコーナーの比ではなかった。

 

 そのため、いくら荒れたバ場が得意なアラビアントレノでも、向正面の最内だけは通る事を避けようとしていた。

 

 だが、サカキムルマンスクの奇襲に注意を引かれ、判断の遅れたアラビアントレノは内側に取り残されてしまった。

 

(…やっぱり…デコボコしてる…内を出たいけれど、もう少し我慢だ…まだ勝負が決まった訳じゃない!)

 

 アラビアントレノは頭を冷やし、荒れた内側を進んでいった。

 

 

(……体力は温存できている、4コーナー入り始めから…足を使っていきたいわね)

 

 一方で、内と比べればさほど荒れていない外側を進むキングチーハーは、ラストスパートについて考え始めていた。

 

(………スタミナを強化して外からゴリ押し…単純だけれど…強力…!)

 

 キングチーハーの皐月賞での敗北は、彼女にスタミナ強化という課題を与えた。

 

 強化したスタミナは、その分末脚に回すことができる、その結果、キングチーハーはコーナーで無理に内に入らずとも、スタミナを残して外から撫で切るという、単純明快にして、有効な戦法を確立していた。

 

 

 

『向正面ももうすぐ半分を切ろうとしています、各ウマ娘、最後のコーナーに向けて調子を整えていきたいところ、先頭4番セイランスカイハイ、二番手の差は縮んでいるぞ!』

 

(………)

 

 内を走るアラビアントレノは、息を入れて周りを見渡した。

 

(……やるしかない…このタイミングだ…!)

 

 アラビアントレノはカッと目を見開き、姿勢を横に、傾けた。

 

ビュッ! スッ!

 

『おっーと、アラビアントレノ、姿勢が崩れ…えっ…!?アラビアントレノ、なんと最内を抜け出した!』

 

(まだまだ!外に……!)

 

カクン! スッ…!

 

『また動いた!忍者の如く素早い動き!アラビアントレノ、外側へ!』

 

(行けた…!ジムカーナのおかげ…そして…ここから)

 

ズッ…ドォン!

 

『ここでアラビアントレノ、久しぶりのロングスパートだ!』

 

 ウマ娘レースでは、身体を横に傾けることを、コーナーの遠心力を殺す以外の場面で用いる事は無い。

 

 しかし、アラビアントレノの行っていたトレーニングであるジムカーナは、コーンの周りを回り、ジグザグの進路を通るトレーニングである。

 

 その為、速いタイムを出すためには、敢えて体を傾け、重心移動をすることで、脚への負担を最小限に抑えることが必要不可欠だった。

 

 つまり、アラビアントレノは、ジグザグに走るテクニックをレース中のバ群を避ける技術に応用していたのである。

 

 さらに、アラビアントレノの小柄な体格も、抜け出しやすさを高めるのに一役買っていた。

 

(………!)

 

 そして、この状況に驚いたのは、出走しているウマ娘の全てであった。

 

 特に、逃げ切れるか否かの瀬戸際にいるセイランスカイハイには効果てきめんであり

 

『ここで5番エアコンボハリアー、少しずつだが上がってくる』

 

 後ろを走っているエアコンボハリアーの接近を許していたのだった。

 

『レースは第3コーナーから第4コーナーへ、先頭4番のセイランスカイハイ、続いて、1バ離れ5番エアコンボハリアー、2番ローズティベ、1番ワンダーグラッセ、9番アイルオブスカイ、その後ろ、ここで仕掛けるか、8番キングチーハー、その後ろ6番サカキムルマンスクも仕掛けた!内から外へ上がっていく!7番アラビアントレノの斜め前方へ、3番ノシマスパイラル、10番クルシマウェイブも負けじとペースを上げる!、固まってきたぞ!最初に立ち上がるはどの娘だ?』

 

 

(まだ脚は残ってる…アラちゃんには…どうしても…勝ちたい…!) 

 

 アラビアントレノはサカキムルマンスクに負けたく無いと思っていたが、それは相手も同様であった。

 

(勝つのは…私…!)

 

ドンッ!

 

『サカキムルマンスク、外からどんどん上げていく!しかしアラビアントレノも追いすがる!最終コーナーを抜けてあとは最後の直線!ちぎるかエアコンボハリアー逃げ切るかセイランスカイハイ!?いや、キングチーハー、ワンダーグラッセも前に出てきた、6人が争っている、しかし後続も追ってきているぞ!』

 

(……もう一度…!セカンドスパート!)

 

ボキッ…!

 

 サカキムルマンスクの体内で、鈍い音が響いたのは、その時だった。

 

 

 

『…6番サカキムルマンスク、姿勢が歪んだ!これは…サカキムルマンスク!サカキムルマンスクに故障発生!』

 

(……!)

 

 私はバランスを崩したサカキを重心移動でなんとか避け、前に進んだ、正直、皆動揺しているだろう。

 

でも………私は…

 

「でやあぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

『アラビアントレノ、サカキムルマンスクをうまく避けて上がった!ワンダーグラッセも上がる、二人が僅かに抜け出た!二人並ぶようにしてゴールイン!アラビアントレノ、僅かに体勢有利か!?』

 

 私は掲示板を見る。

 

一番上には『7』という数字がはっきりと刻まれていた

 

 私はそれを認めると直ぐに走った道を逆走し、サカキの所へと向かった。

 

 

 

「…………」

 

 一方、観客席のある場所では、サカキムルマンスクの故障を目の当たりにしたエアコンボフェザーが苦しい顔をしていた。

 

「……フェザー、気持ちはわかる、でも、私達は見届ける義務がある」

 

 エコーペルセウスは優しく、だが厳しい様子でエアコンボフェザーにそう言う。

 

「……フェザーさん!ペルセウス会長!あれを!」

 

 すると、二人とともに観戦していたハグロシュンランがコースの方を指差した。

 

「あれは……」

 

 3人の目に写り込んだのは、倒れたサカキムルマンスクの方に向かって走っていくアラビアントレノ、そしてそれに続く同期の四人だった。

 

 

=============================

 

 

「サカキ!」

 

 私はサカキのもとに駆け寄り、直ぐ側に座り込んだ。

 

「アラ……ちゃん」

 

 サカキは絞り出すように声を出す、砂がクッションになって、追加で怪我をしてはいない…そこは一安心だ。

 

「サカキ…」

「……アハハ…ゴールまで…着けなかった…」 

 

 サカキの手は、ゴールに向けて伸びていた。

 

「サカキ!救護班がすぐに来るから」

 

 ハリアー達もこちらまで駆け寄ってきた

 

「アラちゃん…皆、一つ…わがまま言って良いかな?」

「……サカキ…?」

「私を…ゴールまで…連れてって」

「何言ってるの!無理に動かしたら…治る怪我もそうでなくなるかもしれないのよ!」

 

 チハがサカキを叱る。

 

「大丈夫…自分の身体のことぐらい…分かってるから」

 

 サカキは涙を流しながら右足を指し示し、そう答えた、だから私は…

 

「皆…サカキをゴールまで、連れて行こう」

「…………」

 

 私が皆を見ると、皆無言で頷いた。

 

「…ハリアー、ランスはサカキの両肩、ワンダーはサカキの右足を地面につけないように支えて、私とチハは後ろから」

 

 私達は、サカキを地面から浮かせるような形で一歩一歩、ゴールに進んでいった。

 

 

 

 頭の中で、前世見てきた記憶がフラッシュバックする。

 

『…嫌だ…嫌だ…嫌だ…』

 

 最後まで抵抗するもの。

 

『……待って、自分はまだ…!』 

 

 人間達に必死に訴えかけるもの。

 

『…無念…』

 

 全て受け入れるもの。

 

 

 様々だった。

 

 でも…サラブレッド達のほぼ全てが、決まって発している言葉があった。

 

 それは…

 

『ゴール』

 

 だった。

 

 

『サカキムルマンスク、5人に運ばれ、今、ゴールイン!』

 

 私達に称賛の声が飛ぶ、すると、サカキが口を開いた。

 

「…皆…ありがとう、私から…もう一つお願い、ライブは…しっかりとやってきて…私、絶対に見るから…」

 

 私達にそう言って、サカキは救護班の人たちに運ばれていった。

 

 

=============================

 

 

 先輩は、あの光景を見て、泣いていた。

 

 そして、俺達5人に礼を言った。

 

 だが、同時に…

 

「…担当を骨折させるとは…………私ももう、引き際なのかもしれないな」

 

 と言っていた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 俺達は5人のウイニングライブを見届ける事になった。

 

 今回使われる曲は「Grand symphony」

ペルセウスが製作にかなり関わっている曲らしい。

 

『We are proud of the true youth stories.

We will never forget those glorious days!』

 

 この歌は、サカキと先輩に届いているだろうか?

 

『例え行く道が いつか分かれようとも

芽生えた絆は 消えはしないから』

 

 …サカキがこれから、どうしていくのかは分からない。

 

 だが……アラの大切な友人であることは紛れもない事実。

 

 たとえ違う道を歩もうとも、その絆は消えることは無いだろう。

 

『We will never forget those glorious & bright days!』

 

ワァァァァァァァァァ!

 

 大きな歓声と共に、俺達の福山ダービーは幕を閉じた。

 

 波乱に満ちたレースを乗り越え、『最も柔軟なウマ娘』の称号を手にしたアラ、それは彼女が注目株になるという可能性を示していた。

 

 これからは、更に厳しい戦いになる。

 

 歓声を聞きながら、俺はそう思っていた。

 

 

 

 





 お読みいただきありがとうございます。

 ストックの方ですが、なんとか修復できないか頑張っているところです。

 ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第20話 夏に備えて

 

 私達は皆で、サカキのトレーナーが病室から出てくるのを待っていた。

 

カラカラカラ…

 

「……!!」

「サカキのトレーナーさん!!」

「サカキは!大丈夫なんですか?」

 

 サカキのトレーナーが出てきたので、私達は駆け寄り、口々に彼に問う。

 

「…ああ、何とか大丈夫だったよ…ただ…」

「ただ…?」

「治ったとしても、競走ウマ娘として走ることは難しいだろうと言われたよ」

「そんな…」

「…骨折というのは、新たに骨が形成されることによって治るものだ、そして、新たに形成される骨というのは…周りの骨より強度に劣る…それに…あの娘の場合は骨折した箇所が問題だ…」

 

 サカキのトレーナーは悔しそうにそう言った、その場を沈黙が支配する。

 

「…皆、行こう、今の私達に出来ることは、サカキの分まで走ることだけ、多分、サカキもそれを望んでるはず…そうですよね?」

 

 ハリアーがサカキのトレーナーにそう聞いた。

 

「…ああ、彼女からは伝言を預かっている“私のことは気にしないで、皆は皆のやるべきことをやって”と言っていた」

「………」

「…行こう、私達がレースで負けたら、サカキはもっと悲しんでしまう…私は…そう思う」

 

 ハリアーは皆に先んじて、サカキのトレーナーに会釈をして去っていった、その顔は、どういう訳か、深い悲しみを知っているかのような表情だった。

 

 

────────────────────

 

 

 波乱の福山ダービーが終わって少し経ち、私はトレーナーとのミーティングを終え、帰り支度をしていた。トレーナーは外で電話をしている

 

「…ふう、やっと終わった…」

「…誰からだったの?」

「桐生院さんからだった、なあアラ、日本ダービー、見に行かないか?」

「日本ダービー…?」

 

 日本ダービーは、私達地方のウマ娘からしたら高嶺の花のような存在で、同世代の中の頂点を決めるレース、競走ウマ娘ならば誰もが目指す目標だ。

 

「ミークやサトミマフムトが出る、勉強になるぞ」

「……」

 

 確かに、フジマサマーチさんに勝つには、今のままでは駄目だ、強い娘達のレースを見て、学ぶことも大切だ、でなければ次のステージには進めないだろう

 

「トレーナー、連れてって」

「お前さんなら、そう言ってくれると思ってたよ、たっぷりと学ぼう、お互いにな」

「…うん」

「よし…そうと決まれば、これからの予定を組まないとな…もう少し居残りだ」

「…分かった」

 

 私は持っていたカバンを下ろし、椅子を引いて再び机に向かった。

 

 

=============================

 

 

 日が経つというのは何とも早いもので、ついに日本ダービー当日がやってきた、俺はスペやミークのダービーを見るため、そして、もう一つ、大切な任務を帯びて、ここ、東京レース場にやってきていた。

 

 そして俺達はミークのチームメイトと顔合わせをすることとなった

 

「アタシはツルマルシュタルク、マルシュって呼ばれてる、ミークからアンタの事は聞いてるよ…よろし…ケホッ…」

「……大丈夫…?」

「問題無いよ」

 

 アラは相手のウマ娘…ツルマルシュタルクの背中をさする、彼女はチームの姉貴分的存在であるものの、身体が丈夫な方ではなく、まだデビューはしてないらしい。

 

「私はジハードインジエア、通称ハード、よろしく」

「うん、よろしく」

 

 ジハードインジエアは、右耳に黄色いカバーをはめたウマ娘だ、体つきからして適性はマイルから中距離だろう。

 

「サンバイザーよ、サンバって呼ばれてるわ、よろしくね、アラ」

「よろしく、サンバ」

 

 サンバイザーはその名の通り、サンバイザーをつけたウマ娘だ。

 

「ゼンノロブロイです、ロブロイとお呼び下さい」

「わかった、よろしく」

 

 ゼンノロブロイはメガネをかけた、耳の大きなウマ娘だ、大人しそうな印象を受ける。

 この四人がミークのチーム“メイサ”のメンバーだそうだ。やはり、全体的に小柄という印象を受ける。

 

「…あっ、上がってきた!」

 

 ハードの指差す方向を見ると、ウマ娘達がパドックへと上がってくる、俺達はそちらに目を移した。

 

 

────────────────────

 

 

『な、なんと!スペシャルウィークとエルコンドルパサー、同着です!!今年の日本ダービーは、同着という結果に終わりました!!』

 

ウォォォォォォォッ!!

 

「………」

 

 ミークは15着…はっきりと言って惨敗の結果だった。囲まれたミークはうまく抜け出せなかったのだ、中央の位置取り争いは熾烈だということを実感させられるレースだった。

 

 まず、ウマ娘達の隙間が小さい、これはコースの特徴だろう、中央のコースは広い、だから遠心力がきつくない、それはつまり、遠心力に負けてぶつかるということが少ないということだ、それ故、ウマ娘達の密度が高く、抜け出すのには精密な技術(テクニック)が必要となる。

 

「……ミーク…」

 

 隣を見ると、桐生院さんが下を向いている。

 

「桐生院さん、貴女がここにいちゃいかんでしょう、下に降りて、ミークを迎えましょう」

「…はい」

 

 こうして、俺達は落ち込んでいる桐生院さんを連れ、地下バ道へと下りていった。

 

 

 

「トレーナー…皆…ごめん…勝てなかった……」

「……ミークは…頑張ったよ、私達、いや…クラスのみんなも、ミークが走ってるの…見てた、カッコよかったよ」

 

 ハードはそう言って、ミークを慰め、抱きしめた。

 

「ごめんなさい、ミーク、貴女を…勝たせてあげられませんでした…」

 

 桐生院さんはそう言い、固く拳を握りしめていた。そうやって居るのも無理は無い、今日のミークは、完璧な調整だった。パドックでも落ち着いた様子を見せており、ゲートにもスッと入ってみせた。

 

 だが…それでもミークは負けていた、それはスペやエルコンドルパサーの調整が、ミークのそれを上回っていたということもあるだろうが、やはり、予想外の状況に振り回されてしまったというのも大きいだろう。

 

 その予想外の状況と言うのが“キングヘイローが逃げた”ということ、学園にあったデータによれば、彼女の本来の脚質は、アラやワンダーと同じ差し。逃げは向いていない。そして、そんな慣れない戦法を使えば、当然、スタミナと言うものは切れやすくなる。

 

 そして、スタミナ切れで落ちていったキングヘイローは後続をバラけさせ、結果的にミークの通る筈だった進路を塞ぐ原因となった。

 

 しかし、レースに絶対はない、カーレースだってそうだ、あの雨のレースだって、相当荒れただろう、ミラーなんて見る余裕は無かったが、後続はスリップしていたやつだって居たかもしれない。

 

 キングヘイローが落ちたとき、スペシャルウィークは外寄りにいた、エルコンドルパサーには避けられるスペースが空いた、やはり、日本ダービーは“最も運の良いウマ娘が勝つ”ということだろうか……?

 

 だが、運も実力のうちだ、勝者には、どういった形であれ、祝福が送られるべきだ。

 

 スペ…やったな、おめでとう。

 

 俺はスペに心の中で祝福の言葉を送った。

 

 

=============================

 

 

 宿泊場所に一人戻った私は、ベッドに座り込み、ダービーのことを思い出した。

 

 生まれてはじめて、この目で直接見た、日本ダービーは、凄いの一言だった。観客数、熱気、勝負、どれも私にとっては圧巻の一言だった。

 

 おやじどのが興奮気味に、サラブレッド達のことについて話していた理由が、完璧に理解できた。

 

 色とりどりの勝負服を着た、強いウマ娘達の揃うあの舞台で、歓声を受ける事ができれば、どんな気持ちになるだろうか。

 

 あの謎の声が言う、『最強』とやらになれば、この栄光を得られるのだろうか?

 

 そして、あの謎の声は、この前再び現れた、そして、あるレースの名前を、しきりに口にしていた。

 

 私は目を閉じる、私の頭の中では、様々な思いが、ぽっと出ては消えたり、別の思いに変わったりを繰り返していた。

 

 

=============================

 

 

 俺と桐生院さんは、今日のダービーについて、歩きながら話し合っていた。

 

「私はどうすれば良いんでしょう…」

 

 ベンチに腰掛け、そう言った桐生院さんはため息をつく。顔は西陽に照らされているものの、その表情は夜の海のように暗い。

 

「…桐生院さん、貴女の気持ちを教えてほしい、貴女は今日のレースを見て、どう思ったんです?」

「………ミークの才能を…私は引き出してあげることが出来なかった…そう…思います」

「そうですか」

 

 確かにミークは才能に溢れたウマ娘だ、今日のレース結果を見てみると、あの混戦状態を脱していれば…と思うこともある

 

「引き出してあげられなかったと言ってましたけど、桐生院さんはミークにどんなトレーニングをつけていたんです?」

「やれるだけのことはやったつもりです、基礎的なものは……」

 

 その後も、俺は桐生院さんにミークのトレーニングについて聞いていった。

 

「…以上です」

「なるほど…そのトレーニングも、トレーナー白書からのものですか?」

「…いえ、様々な教本も…参考にして、自分で考えたものも…少々…」

「なるほど…では、こんなのはやったりしてます?」

 

 俺は桐生院さんに、アラがジムカーナをやっている動画を見せた

 

「………どうです?」

「これは…一体…どのようなトレーニングなのですか?」

「これはジムカーナという、抜け出す力を鍛える物です、俺が考えました」

「…慈鳥トレーナーが…?」

「はい、他の学園のウマ娘と差をつけるためには、オリジナリティーというものが必要だと、俺は思ってるんです、固定観念にとらわれず、思いついた事を片っ端から試していく、そんなスタイルが、桐生院さん、貴女は教本に囚われすぎてるって自分で思いませんか?」

「………」

 

 桐生院さんは沈黙を貫く

 

「…桐生院さん、俺らと一緒に、新しいスタイルのウマ娘トレーニングってのを、やってみませんか?」

「貴方方と…一緒に…?」

「ええ、俺達福山トレセン学園は、そちらと同じく、夏合宿を計画しています、そこに、桐生院さん達を誘いたいんです」

「…私達…を…?」

「桐生院さん、内心、今のままでは駄目だと思っているんじゃないですか?」

「……!」

 

 図星…か。

 

「なら、俺達と一緒にやりませんか?」

 

 俺はベンチから降り、桐生院さんの前に移動してそう言った。 

 

 

=============================

 

 

 二日後、慈鳥は福山トレセン学園の校長室にて、大鷹に報告を行っていた。

 

「報告します、桐生院トレーナーの夏合宿への勧誘に成功しました、ただ、ほかにも連れて来たいメンバーがいるようです」

「そうですか、よくやってくれました、これで生徒達のさらなるレベルアップが期待できる」

 

 慈鳥が帯びていた任務というのは、桐生院を福山トレセン学園の夏合宿に誘うということであった。大鷹は元地方のトレーナーである、中央の実力を見ていた彼は、地方のウマ娘達が強くなるためには、多かれ少なかれ、中央のウマ娘との深い交流が必要不可欠だと考えていたのである

 

「そう言えば慈鳥君、君の次のレースはいつでしたか?」

「7月のオパールカップです、アラがぜひ、出してくれと頼んできたレースです」

「オパールカップ…盛岡ですか」

「はい、硬い芝のバ場で、アラがどれだけ対応できるかは分かりませんが、自分はトレーナー、担当を信じてレースに送り出すつもりです。」

「なるほど…君の心配もごもっともです、ですが、この学園のウマ娘達は、硬いバ場には慣れています、きっと、好走してくれるでしょう。」

 

 大鷹はコースについて説明し始めた、彼の発言には理由があった、福山トレセン学園の近くの芦田川沿いには、ダートの走路が設置されている、そして、このダートは日本のダートコースのそれと違いアメリカのダートコースのように、土でできている。アメリカのダートはバ場が固く、乾燥しているときは日本の芝並みの走破タイムが出るのである。

 だが、アメリカと異なり、日本は全体的に雨が多く、水はけの悪い土のダートコースは作られなかった、しかし、マクロではなくミクロな視点で見れば話は別である。福山トレセン学園の存在する瀬戸内地方は、一年を通して雨の少ない地域である。そのため、土の走路が維持できているのであった。 

 

 

────────────────────

 

 

「いかがでしたかな?」

「…少し、緊張がほぐれました」

「ハハハ、正直ですな、存分に暴れて来てください」

「分かりました」

 

 慈鳥は大鷹に頭を下げ、退出していった。

 

 

 

 

 

 




 
お読みいただきありがとうございます。

データの件ですが、100%とは行かないもののなんとか復旧できました、外部メモリにバックアップを取っておきましたのでもう大丈夫です。お騒がせ致しました。

ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第21話 All or nothing

 

 

オパールカップ当日、私は出走準備を終え、パドックに向かって歩いていた

 

そんな私を待っていたのは、門別ナイターで対決したウマ娘、サトミマフムトだった。

 

「久しぶりだな、アラビアントレノ」

「サトミマフムト、久しぶり」

「今日は負けないからな」

「それはこちらも同じ、良いレースにしよう」

 

相手は闘争心を宿らせた目でコクンと頷いた

 

 

 

────────────────────

 

 

 俺はいつもの様に出走ウマ娘の確認を行う。

 

 

1オラニエマンドリン水沢

2エイシンコレッタサガ

3ベロージューコフ門別

4ハグログワンバン高知

5ウルバンキャノン浦和

6オオルリヴィラーゴ姫路

7マチカネフランツ大井

8ロードトーネード園田

9アラビアントレノ福山

10サトミマフムト船橋

11アルペンシュタットカサマツ

12ロイヤルクエスタ金沢

13アキツスレイマン浦和

14ハグロミズバショウ園田

 

 

 今回は門別ナイターでアラと走ったサトミマフムト、そしてハグロシュンランの親族がいる、後者の実力は未知数だ。

 

 いや、今回ばかりは事前の情報も、殆ど頼りにならないだろう、今日のレースは、2つの「はじめて」が存在するからだ。

 

 一つ目は、今回アラは初の芝戦となること。

 

 芝コースは、ダートと比べてバ場が硬く、脚部への負担が大きい、つまり、ダートを走るよりかは疲れやすい。

 

 しかし、アラは毎朝土の走路を走りまくってるし、ここのコースは洋芝が敷かれている。 つまり普通の芝、野芝よりは柔らかいから、脚への負担が小さい……が、油断はできないだろう。

 

 そして二つ目は、高低差のあるコースであることだ。

 

 今回のコースはスタートしてすぐに上りがある、コーナーでも上り、向正面でも上る、そして最後は下りになる、最初の先行争いも相まって体力をかなり消耗する。これらのことがあって、距離は1700mと言えど、中距離を走るメンタルが求められる。

 

 そして、このレースに勝つ事ができれば、俺達はあるレースに挑戦できる事になる。

 

 レースに絶対は無いので、勝てるとは言えないが。

 

 俺は双眼鏡を取り出し、パドックに集うウマ娘達を見た。

 

 ある者はしきりに頭を振り、またある者は嫌そうな顔をしている。

 

 そう、季節は7月。

 

 ウマ娘達には、初夏の日差しが等しく、そして容赦無く襲いかかる。

 

 しかし、アラは暑さに強い、これは大きなアドバンテージとなる筈だ。

 

 そして、ここにいる多くのウマ娘に取って、芝は初めての舞台となる。

 

 

=============================

 

 

 私達はゲートの前までやって来た、皆かなり暑そうに、そしてキツそうな顔をしている。

 

 サラブレッド達もそうだった、誘導馬時代、夏のレースではサラブレッドの同僚は入場門でのお出迎え、私やクォーターホースは馬場での仕事に回されていたのをよく覚えている。

 

 言ってしまえば、彼らは私達に比べて遥かに気温や湿度の変化が苦手だった

 

 それはウマ娘でも同じのようで、個人差はあるけれど、ウマ娘の殆どは夏が苦手だ。

 

 うちの学園はエアコンが無いので、夏はかなりキツイ。

 

 この前の雨上がりの日の授業で、蒸し暑さのあまり、ランスが先生に『水着で授業を受けれるようにしましょうよ〜』と言っていたのは記憶に新しい。

 

 

 スタンドの方に目をやると、ゲートインの係員がやって来る、そろそろ時間だ。

  

 私は気持ちをレースの方に切り替え、目の前のゲートに目を向けた。

 

 

────────────────────

 

 

『最後の娘もゲートに入りました、M2、オパールカップ』

 

ガッコン!

 

『スタートしました!』

 

 ……あれ?なんでだろう…スタートは苦手なのに……いつもよりスルッと出ることが出来た。

 

『各ウマ娘、ややばらついたスタート』

『坂道からのスタートですからね、しかし最初のストレートは長めですから、そこまで影響は無いでしょう』

『さあ、良いスタートを切った7番マチカネフランツ、2番エイシンコレッタ、6番オオルリヴィラーゴ、8番ロードトーネードで激しい先行争い、少し離れ、その様子を眺めるように10番サトミマフムト、4番ハグログワンバン、1バ身離れ、内から14番ハグロミズバショウ、12番ロイヤルクエスタ、その真後ろに9番アラビアントレノ、その隣、内ラチ沿いには3番ベロージューコフ、外からは13番アキツスレイマンと5番ウルバンキャノン、少し離れまして、11番アルペンシュタットと1番オラニエマンドリン、並ぶようにしんがりを走っています。』

『先頭以外では、あまり激しい位置取り争いを行っていないようですね、やはり、コースの違いでしょうか?』

 

 …やっぱり、ダートとは感覚が全く違う、脚への負担も、まるで土の上を走っているかのようだ。

 

 でも、条件はどのウマ娘も同じなんだ、だから皆前にあまり出ていない。

 

 恐らく向正面に出たあたりから、状況は動いてくる。

 

 

=============================

 

 

 やっぱり芝はダートと比べると足にダイレクトに踏み込みの衝撃が跳ね返ってくる

 

だけど、それはアラビアントレノ(アイツ)だって同じはずだ、ここは控えて、向正面からぐんぐんと上げていく

 

『各ウマ娘、8番ロードトーネードを先頭にして第1第2コーナーへ』

『上りでスピードが落ちるので心配は少ないと思いますが、ダンゴ状になっているので遠心力での事故に気をつけたいですね』

 

 事故…か。

 

 あの敗北から、アタシは腕を磨いた、前回みたいな失敗はもうしない。

 

勝つのは…アタシだ!

 

 

=============================

 

 

(いいぞ、アラ、脚への負担は未知数なんだ、こういう時こそ、スタミナの温存を優先した方が良い)

 

 慈鳥はコーナーでもスリップストリームを使い続けるアラビアントレノを見ていた

 

『各ウマ娘、コーナーから向正面へ、ハナを進みます8番ロードトーネード、外からは7番マチカネフランツ、1バ身離れ2番エイシンコレッタと6番オオルリヴィラーゴ、ここで4番ハグログワンバン10番ミッドナイトランプをパスして前へ1バ身半離れ、内から14番ハグロミズバショウ、12番ロイヤルクエスタでほぼ横並び、その真後ろに9番アラビアントレノ、1バ身離れ、内を進むは3番ベロージューコフ、外からは13番アキツスレイマンと5番ウルバンキャノン、半バ身離れまして、11番アルペンシュタット、しんがりは1番オラニエマンドリン』

 

(初めての芝、初めての坂、適応できるか否かで動きに差が出てきてる、アラは……)

 

 慈鳥は双眼鏡の倍率を上げ、アラビアントレノの顔を見た

 

(汗ダラダラだが、いつも通りだな)

 

 冷静に走っているアラビアントレノを見て一安心した慈鳥は、双眼鏡を下ろした。

 

 

 

(…やっぱり、芝に適応出来ない娘もいるってことかな…)

 

 その頃、中団で待機していたアラビアントレノは、後方との差が少しずつ広がっていくことを感じていた。

 

(芝を走るときはダートみたいに足をねじ込むのは駄目だ、しなやかな踏み込みをしなければいけない)

 

 そう思った後、アラビアントレノは少しあたりを見回した。

 

『9番アラビアントレノ、あたりを見回しています、誰かを探しているのでしょうか?』

 

(…勘違いしてくれて助かる、私はただ、抜けるタイミングを測っていただけ、足を残しておかないと…駄目だから)

 

 実況が自身の動きを勘違いした事に感謝したアラビアントレノは、心の中で仕掛けるタイミングを決めた。

 

 

 

 一方、サトミマフムトは少しペースを上げていた。

 

『10番サトミマフムト、外からペースを上げて6番オオルリヴィラーゴの真横へ、最後方、1番のオラニエマンドリン、こちらもペースを上げてきました』

 

(1番の、後方からレースを見ていたという事か、あいつもだけど、水沢のウマ娘は油断出来ない相手だ…だから、余裕は確保しておく)

 

 サトミマフムトは門別での戦訓を活かし、コーナーで内ラチ沿いに寄りすぎないように余裕を確保した

 

『もうすぐ第3第4コーナーのカーブに入ります!』

『ようやく下り坂ですが、下り坂は抑えるもの、ウマ娘達はラストスパートまで忍耐を強いられますね、苦しい戦いですが、同時に読めない勝負になりそうです』

『第3コーナー、ここでハナを進む8番ロードトーネードと7番マチカネフランツの2人ペースが落ちてきた!前が詰まって2番エイシンコレッタと、6番オオルリヴィラーゴ、走行ラインをずらす、10番サトミマフムトは動かないぞ!後ろでも動きがあります、後方の13番アキツスレイマン、5番ウルバンキャノン少しばかり外へ』

 

(こういう時、慌てた方が負けだ)

 

 周りの状況に乗せられず、サトミマフムトは冷静に、セオリー通り、抑えながら下りを進んでいく、しかし…

 

『第3コーナーを抜けて第4コーナーカーブ、展開は散らばり気味、おーっとここでアラビアントレノ!まさかまさかのロングスパート開始!』

 

(何だって……)

 

 サトミマフムトは全身の毛が逆立つようなモノを感じていた。

 

 

 

 

「………フッ…」

 

 慈鳥ははロングスパートをかけるアラビアントレノを見つつ口角を上げた。

 

(下りの山道でやる車のレースでは、パワーの重要性は落ちてくる、下り勾配が味方してくれれば、パワーの少ない車でも、重力の影響で速いスピード、加速力を得ることができる、それは…ウマ娘でも同じ事だ)

 

 サトミマフムトがそうしていたように、殆どのウマ娘は坂の下りでは抑えめにして走るものである

 

 慈鳥とアラビアントレノはそれを逆に利用した

 

 殆どのウマ娘が抑えると言うことは、進路の邪魔をされる可能性が低下するということを意味している。つまり、スピードを上げていきやすい。それに坂の重力により、加速力の悪さも気にならない

 

 そして、スピードによる遠心力の増加はアラビアントレノの小さな体格によって最低限まで抑えられていた。

 

 

 

『もうすぐ第4コーナーカーブを抜け、勝負は最後のストレートへ、最後の試練である坂がウマ娘達を待ち構える!』

 

「ムリー!」

「無理ィ!!」

 

(“抑えてから登る”ことを強いられているんだ、やっぱり、サラブレッドと言えど動きはもっさりしてくる)

 

 スタミナを浪費してズルズル落ちたマチカネグランザムと、そのマチカネフランツに巻き込まれたハグログワンバンの二人を追い越し、アラビアントレノは先頭に迫っていく。

 

『ここで10番サトミマフムト、先頭に迫る迫る!』

 

 だが、負けじとサトミマフムトもそうしていた。

 

(やっぱり…向こうの方がパワーがある、でも、こっちは十分勢いに乗っているし、重力に乗ってスタミナも残ってる…まだ、足は動く!)

 

ダァァァン!

 

「ムリ〜!」

「無理ィー!」

 

『先頭2番エイシンレーヴェを追い越して、10番ミッドナイトランプ先頭へ、しかしそとから9番アラビアントレノ、後方から1番オラニエマンドリンも追い込んでくる!』

 

(まだまだ…!)

 

『9番アラビアントレノ、10番サトミマフムトに並びかけた、残り100m!』

 

(相手の息遣い…闘志が伝わってくる……絶対に負けられない…!)

 

 アラビアントレノは足に力を込めた。

 

 

 

『9番アラビアントレノ、10番サトミマフムトに並びかけた、残り100m!』

 

(まずい…だが、つられてペースを上げたら、掲示版を外してしまう……………いや、2着だろうと掲示板外だろうと…負けは負け、勝負は勝つか負けるか…All or nothing…それだけだ……アタシは勝負から逃げない!!)

 

『ここでサトミマフムト、追い越させまいと前に出た!!』

 

「…………!!」

 

 サトミマフムトは最後の力を振り絞り、半身分前に出た、その目はカッと見開かれ、血走っている、だが…

 

『しかしアラビアントレノ、負けじと追いすがる!!』

 

(何の…!!)

 

『サトミマフムトまた離しにかかった!だがアラビアントレノも差しに行く!残り20m!!サトミマフムトか、アラビアントレノか!』

 

(まだだ……何ィ!?)

 

 その時サトミマフムトが見たものは、セカンドスパートをかけ、半身分前に出たアラビアントレノの姿だった。

 

『大接戦のゴール!!』

 

 実況の興奮した声が、レース場内に響き渡った。

 

 

────────────────────

 

 

 私は汗の入り込んだ目を拭い、掲示板を見上げる。

 

 一番上には“9”の番号があった。

 

 つまり、このレースに勝ったということだ。

 

「アラビアントレノ」

「サトミマフムト…」

「何故…何故お前は…セカンドスパートをかけることができた?お前はロングスパートで足を使った、そして…最後は…最後は上り坂なのに…」

 

 サトミマフムトは私に詰め寄り、セカンドスパートをかけることができた理由を聞いてきた。

 

「そっちの闘志を…ビリビリと感じたから、簡単に言うと…負けたくなかったからだと思う」

「…………!」

 

 私がそう言うと、向こうは目を見開いて驚いていた。

 

「……アタシはもっと強くなって見せる、だからお前も…頑張れよ、他の場所でも、暴れて来い」

「…ありがとう」

 

 私達は握手をした。

 

 

 

────────────────────

 

 

 ウイニングライブを終えた後、私とトレーナーは記者達の取材を受けていた。

 

「アラビアントレノさん、一言お願い致します!」

「初めての芝でしたが、こうやって無事に走りきれたのは、トレーナー、そして、ファンの皆さんのお陰です、今後もどうかよろしくお願いします。」

 

「トレーナーさんからもぜひ」

「まずは、皆さん、応援ありがとうございます。今回初めての芝でしたが、無事に走りきれて、ホッとしています」

「なるほど、アラビアントレノさんには芝適性がある可能性が高そうですが、今後の予定などは…」

 

 記者はトレーナーに更に質問を振った。

 

「そうですね、ダートだけでなく、芝にも挑戦してみたいものです」

「なるほど!芝となれば中央のレースにも…」

「おっと、それはこの娘に聞いてください」

 

 トレーナーはこちらに目配せをした、私は頷き、それに答える

 

「アラビアントレノさん!」

 

記者たちは目を輝かせ、こちらを見てくる。

 

「私は、今回の一着に与えられる“アレ”を使わせて頂こうと思っています」

「アレ…まさか………本当ですか!?」

 

 記者達の目は、更に期待のこもったものになる。

 

「はい、私…アラビアントレノは……このレースの一着ウマ娘に与えられる、『セントライト記念』の優先出走権を使わせて頂きたいと思います!」

 

オオオオオオオ!

 

 さほど大きくない取材用の部屋に、記者たちの歓声が響いた。

 

『セントライト記念』

 

 それは、あの謎の声がしきりに口にしていたレースだった。

 

 




 お読みいただきありがとうございます。

次回より夏合宿編スタートです、よろしくお願い致します。

ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第22話 夏の始まり

 アラビアントレノがオパールカップで勝利してから数日後…

 

『逃げ切りました!サイレンススズカ!!』

 

 阪神レース場はサイレンススズカのグランプリ制覇に沸き立っていた。

 

 その圧倒的な走りは、多くの人々を魅了し、多くの人々が彼女のこれからに期待を寄せた。

 

「スズカさーん!!」

「スズカ先輩!!」

「スズカ!!」

 

 それは、スペシャルウィークらスピカのメンバーも同様であった。

 

 

 

 

「…………」

 

 一方、そのレースの中継映像をトレセン学園で見ていたトレセン学園理事長、秋川しわすは満足そうに微笑み、ペンを取った。

 

 そして、ある書類にサインを行い、それを秘書である駿川たづなに渡した。

 

「……たづなさん、本部の方にこれを」

「…理事長、良いのですか?」

「ええ、丁度良い頃合いだと思いますから」

「分かりました」

 

 たづなはその書類を持ち、理事長室を後にした。

 

 

 

────────────────────

 

 

 それから数日後、エコーペルセウスら福山トレセン学園の生徒会は、夏合宿の最終準備に追われていた。

 

「会長!寮の空き部屋の清掃、すべて完了とのことです!」

「了解、ありがとう」

「ペルセウス会長、フェザー副会長から“器具類点検完了”とのことです」

「分かった、フェザー達にはこっちに戻ってくるように伝えておいて」

「はい、直ちに」

「……む、そろそろ時間のようだね、誰か、電話を持ってきてくれないかな?」

「はい、分かりました!」

 

 チームで夏を過ごす生徒も多いため、福山トレセン学園の夏合宿に参加するか否かは自由である。しかし、中央の生徒を受け入れるため、人数もそれなりのものとなっていた、そのため主催側である生徒会の生徒も、激務に追われていたのである。

 

「会長!電話機です!」

「うん、ありがとう」

 

 エコーペルセウスは電話機を取って静かな場所に移動し、あるウマ娘の携帯に電話をかけた。

 

 

 

────────────────────

 

 

「ペルセウス!探した…」

 

 エアコンボフェザーはエコーペルセウスを見つけたものの、彼女が通話中であることに気づくと、声を抑えた。

 

「では、説明したとおり、君の後輩達をしばらく預かるよ」

『うん、大切なアタシの後輩たち、しっかりと鍛えてくれると嬉しいな、また連絡させて貰うよ、どうやらキミとは気が合いそうだ』

「いいとも、では」

 

 エコーペルセウスは電話を切った。

 

「ペルセウス、誰と電話を?」

「チームメイサの元リーダーさ、フェザー、君なら声で分かったんじゃないかな?」

「……ああ」

 

 エコーペルセウスの言葉に、エアコンボフェザーは小さな声で答えた。

 

 

=============================

 

 

「これがここに来る中央所属の方々のリストです」

 

 夏合宿を数日後に控えたある日、俺達の仕事部屋に川蝉秘書がやって来て、俺達に書類を渡してくれた、そこには今回の夏合宿の中央所属者の参加メンバーが書かれていた。

 

桐生院葵

氷川結(ひかわゆい)

 

ハッピーミーク

ツルマルシュタルク

ジハードインジエア

サンバイザー

ゼンノロブロイ

 

ベルガシェルフ

デナンゾーン

デナンゲート

ダギイルシュタイン

エビルストリート

スイープトウショウ

アドヴァンスザック(サポート)

 

以上

トレーナー1名

チーム未結成トレーナー1名

チーム所属ウマ娘5名

チーム未所属ウマ娘6名

サポートウマ娘1名

計14名

 

「こうやって見ると、かなり多いんだなぁ」

 

 資料に目を通した雀野が、感心したかのようにそう言う。

 

「他にもデータが書いてあるぞ、ふむ、なるほど、殆どのウマ娘、身長が150無いんだな」

「中央は小さいウマ娘は好まれないっつーけど、意味分からんよな……デカいのが好きって、アメリカかよ」

 

 雁山はさらにページをめくり、ウマ娘のデータについて確認していた。雁山の言葉に、軽鴨は意見を言う。

 

「慈鳥、この桐生院って人、私達と同い年なのよね?」

「ああ、今回、俺達の夏合宿に協力してくれる人だ、それとこの氷川って人は桐生院さんの養成校時代の後輩らしい」

「ふーん、そうなのね」

 

 桐生院さんは『結さんは私の数少ない友人の一人です!』と言っていた、名前で呼んでいるあたり、桐生院さんがどれだけ友人を大切にしているのかが伝わってくる。

 

 

 

────────────────────

 

 

 そして、数日後…桐生院さんたちがやって来た

 

「桐生院葵以下14名、福山トレセン学園の夏合宿に参加させて頂くため参りました!よろしくお願い致します」

「福山トレセン学園校長の大鷹です、今回の夏合宿へのご協力、心より感謝いたします」

「こちらこそ、お誘いを頂き、心よりお礼申し上げます」

 

パチパチパチパチパチパチ

 

 桐生院さんと大鷹校長が握手を交わす

 

 そして、ウチの生徒会長、ペルセウスがウマ娘達の前に姿を表した。

 

「夏合宿に参加してくれたウマ娘の皆、参加してくれてありがとう!そして中央トレセン学園の皆、遠路はるばる、来てくれてありがとう!今回の夏合宿の目的は、集団でトレーニングを行う事で、皆の実力向上を図ること、チームワークを身につけることなど、いろいろあるけれど…一番の目的は、友人関係の輪を広げて、ネットワークを作る事、これが、今回の夏合宿で一番大切にしてほしい事だよ、では、私達の夏合宿…始めようか!」

 

 ペルセウスはバッと手を前に出した。

 

パチパチパチパチパチパチ! 

 

 そして、俺達の夏合宿は幕を開けた。

 

 

=============================

 

 

「なるほど、中央の学園の近くにもこんな川があるんですね〜」

「そう、アタシらはそこでランニングをしたりしてるんだ、アンタらの中の誰かがファン感謝祭の時に来てくれたら、案内するよ」

 

 ワンダーとマルシュが仲よさげに会話を交わす、夏合宿最初の一日、私達に課されたトレーニングは、“散歩”だった。

 

 今回の夏合宿、参加したのは私達いつもの5人、サカキを含めたその他の同級生5人、下級生達が20人、そしてトレーナー達も入れると50人を超すぐらいになる。高等部の先輩達はチームで夏を過ごす場合が多いので、一人もいなかった。

 

 そして、ウマ娘だけでも40人超えになるので、ペルセウス会長が『まずはお互いに仲良くなろう!』と言い、こうして私達は芦田川沿いを歩いていると言う訳だが、サカキがまだ車椅子と言う事もあり、そのペースはゆっくりだ。

 

「あの…」

「……うん?どうかした?」

 

 話しかけて来たのは、ミークの後輩、ベルガシェルフだ。

 

「ア…アラビアントレノさん…ですよね?」

「うん、私がアラ、アラビアントレノだよ」

「私、ベルガシェルフって言います、今回の合宿、よろしくお願いします、えっと…私のことは…ベルって呼んでください」

「うん、よろしくね、ベル」

 

 私がそう言うと、相手の顔がパッと明るくなる、愛称を呼ばれたからだろうか。

 

「あの…アラ先輩、一つ聞いても良いですか?」

「うん?」

「ここの会長さんって、本当にあの人なんですか?」

 

 ベルは私にそう質問した。

 

「うん…そうだけど、どうしたの?」

「いや…なんだか…こっちの会長さんと全然違うなって思って」

「そうなんだ、でも、親しみやすい雰囲気だと思わない?」 

「は、はい!」

「良かった、ベル、そっちの会長さんはどんな人なの?」

「えっと……一言で表すと…威厳がある完全無欠の人…ですね」

「なるほど、つまりペルセウス会長と真逆の人ってことかぁ…あの人“威厳が無いってよく言われる”と言ってたし」

「アハハ…」

 

 中央トレセン学園の生徒会長、シンボリルドルフ………前世でもその名前を聞いたことがある。

 

 

『競馬には絶対は無いが、シンボリルドルフには絶対がある』

『サンルイレイ見ろ、どの馬にも絶対は無いだろ』

『そうそう、絶対なんて面白くねぇ、展開が読めないレースこそが、面白いのさァ!!』

 

 

 こんなやり取りを、大井の厩舎の人間たちは良くしていた。

 

 こんな会話を、耳にタコができるほど聞かされていたから、ウマ娘として生まれ変わって、シンボリルドルフのレースについて少しだけ調べたことがある。

 

 シンボリルドルフは七冠ウマ娘で、サンルイレイとは彼女の最後のレース、サンルイレイハンディキャップの事らしい。

 

 そこで彼女はダートに足を取られ敗北、トゥインクルシリーズを引退し、ドリームトロフィーリーグに移籍した

 

 そして今は中央トレセンの生徒会長とそこのトップチームである“リギル”のリーダーを兼任しているそうだ。

 

 …仲良くなるのも兼ねて、リギルの事を聞いておくのも良いかもしれない。

 

「ベル」

「は、はいっ!?」

「そのシンボリルドルフさんっていう人やそのチームの事、私にもっと教えてくれない?」

「は、はいっ!」

 

 ベルは再び笑顔を浮かべ、そう答えた。

 

 

=============================

 

 

 一方、福山トレセン学園では、生徒会メンバーやサポートウマ娘達が夕食の準備を進めていた。

 

 そして、それを眺めながら、慈鳥ら5人と桐生院と氷川は話をしていた。

 

「そういう訳で……ここ一週間は本当に大変だったんです」

「まあ…確かに、大事な大会の重役がいなくなるとなったら、大変になりますよね」

 

 ため息をついた氷川を慰めるように、雀野はそう言った。

 

 実は、サイレンススズカが宝塚記念を制した直後、とある発表が日本のウマ娘レース界を駆け回っていた。

 

 それは『中央トレセン学園理事長の秋川しわすが、8月末をもって日本を離れ、海外のウマ娘レース協会の方で仕事をすることを決定した』という内容であった。

 

 この発表は各方面、特に中央トレセン学園所属のトレーナー及びウマ娘に衝撃を与えた、自分達の学園のトップであり、新たなる大会「AUチャンピオンカップ」の重役でもあるが、突然、理由も伝える事なく、海外行きを宣言したからである。

 

 そして、その動揺が収まるまで、およそ一週間程かかり、桐生院達も本来の予定より数日遅れて福山に到着したのであった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 数十分後、散歩を終えて戻って来たウマ娘達をエコーペルセウス、エアコンボフェザー、ハグロシュンランの三人は眺めていた。 

 

「良い感じだ、出立するときはこっちの生徒の集団と向こうの生徒の集団で別れていたけれど…」

「ほんの少しですが、混じっていますね」

「後は食事会…という訳だな」

「うん、さあ、準備準備!」

 

 エコーペルセウスは二人を連れ添い、食事の準備を行っている食堂を手伝いに向かったのだった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 アラビアントレノ達が散歩から帰ってきてから数時間後、夏合宿の開始を祝う食事会が催された。

 

「では、食事会を始めようか、食事は心の燃料補給であり、癒やしの時間、ここにある料理は全て、福山トレセン学園の生徒会や食堂職員の人たちが腕によりをかけて作った絶品のものばかり、皆にはぜひ、それらの料理を楽しみ、親睦を深めあって欲しいんだ、では、皆、手を合わせて……頂きます」

 

 その号令を合図に、食事会はスタートした。

 

「……美味しい!学園の食堂のより…美味しい!」

 

 料理を最初に口に入れたのは、ジハードインジエアだった、そして、彼女のコメントを皮切りに、他の中央のウマ娘達も、口に料理を運んでいった。

 

 数十分もすると、最初はぎこちない会話だった2つの学園の生徒の距離は、今日初めて会ったと言われても信じられないほどに縮まり、食堂は笑い声や話し声で一杯になっていた。

 

 だが、そんな食堂に、甲高い声が響いた。

 

「やだやだやだ〜!」

 

 声の発生源に視線が集まる。

 

「スイープさん…美味しいですから、一口だけでも」

「やだやだやだ!!野菜なんか絶対に食べないもん!!」

 

 声の発生源は、大きな帽子を被ったウマ娘、スイープトウショウであった、ゼンノロブロイが食べるように促すものの、その意志は固く、野菜を口に入れるのを断固拒否していた。

 

「………」

 

 すると、料理を食べていたハグロシュンランが、無言で席を立った。

 

「スイープさん」

「な、何よ!」

「せっかく腕によりをかけて作ったのです、食べてくれませんか?」

 

 ハグロシュンランは穏やかにスイープトウショウに語りかけた。

 

「ふんだ!玉葱もピーマンも、魔女の天敵なの!!」

「うーん…でも、私が読んだ本には『魔女は草花だけでなく、野菜などあらゆる植物と仲が良い』と書いてありました。偉大な魔女なら、きっと、ピーマンや玉葱とも仲良くできるはずですよ?」

「そっ…それは…」

「この機会に、仲良くなってみるのはどうですか?偉大な魔女に近づく良い機会ですよ?」

「むぅ〜」

「…スイープさん、もし、貴女がその料理を食べることが出来たら、偉大な魔女に近づけたしるしとして、私のデザートを差し上げますよ、いかがですか?」

 

 ハグロシュンランは笑顔を絶やすことなくそう言う、スイープトウショウはしばらく唸っていたものの、周りのウマ娘達が食事の手を止めてしまっているのに気づき。

 

「…食べるわ!ロブロイ!皿をこっちに寄越しなさい!」

 

 その重い腰を上げた。

 

「…………」

 

 スイープトウショウはゼンノロブロイが渡した料理、ピーマンの肉詰めと対面する。

 

「…………んっ!!」

 

 そして周囲のウマ娘達が見守る中、箸を動かし、ピーマンの肉詰めを口に入れ、噛み、飲み込んだ。

 

「………あれ…苦く……ない…!?むしろ…美味しい!」

「ふふっ…それは良かったです」

「でも…どうして?」

「簡単です、料理に、一手間という名の“偉大な愛情”が籠もっているからですよ」

 

 スイープトウショウが食べた料理に使われているピーマンには、ハグロシュンランの言うとおり、一手間加わっていた。

 

 そのピーマンには、“油通し”という技が使われていたのである。

 

 油通しは、食材をサッと油にくぐらせる中華料理の技であり、水に晒すのと比較してピーマンの苦味をかなり軽減することができる技であった。

 

 中央トレセン学園では、福山トレセン学園の生徒とは比較にならない数の生徒を抱えている。それ故、食堂にて作られる料理の量は桁違いであり、手間や費用の関係で油通しは省かれていたのであった。

 

「スイープさん、苦いのにもだんだん慣らしていきましょうね」

「…う、うん!やってやるわ!」

 

 

 

「…………似てる…」

 

 そんなハグロシュンランの姿を見て、サンバイザーは呟いた。

 

「うん?サンバ、どうかしたの?」

 

 それを見たキングチーハーはサンバイザーに質問する。

 

「ハグロシュンランさんによく似た雰囲気の人が先輩に居るのよ、オグリキャップさんは分かる?」

「もちろん」

「その人の同期に“メジロアルダン”っていう先輩がいて、その人にそっくりなの」

「他人の空似だと思うけれど……」

 

 キングチーハーはそう言ったものの、サンバイザーはハグロシュンランの方を見続けていた。

 

 

=============================

 

 

 夏合宿二日目、今日から本格的なトレーニングがスタートする、私達はまずトレーニングコースに集められた。

 

「今日から、夏合宿の本格的なトレーニングがスタートすることになる、だが、その前に今日到着した指導役のウマ娘を紹介したい、出てきてくれ」

 

 フェザー副会長がそう言うと、一人のウマ娘が私達の前に出た、そのジャージには、帯広トレセン学園のマークが入っていた…つまり、彼女は…“ばん馬”…いや、“ばんえいウマ娘”ということだ…だけど、いったいどうして…

 

「紹介しよう、帯広トレセン学園から、皆のトレーニング指導役としてやってきてくれたばんえいウマ娘、セトメアメリだ」

「皆さん、ワタシの名前はセトメアメリ、皆さんの指導役として、ここでお世話になります、よろしくお願いします」

 

 皆、動揺しながらもよろしくお願いしますと言い、頭を下げる。

 

 彼女は私達より少し肌の色が濃く感じる、それに私達日本のウマ娘とは異なり、ラテン系の顔をしている。

 

 帯広トレセン学園は、確か世界唯一のばんえいウマ娘育成校…もしかしたら、彼女は海外のウマ娘なのかもしれない…

 

 

 

 こうして、私達の夏合宿は、地方の競走ウマ娘、中央の競走ウマ娘、そしてばんえいウマ娘という、前代未聞の組み合わせでスタートしたのだった。

 

 

 




 
 お読みいただきありがとうございます。
 
 誤字報告、そして新たにお気に入り登録をして下さった方々、ありがとうございます!

 同期の四人のパーソナルカラー体操服のイラストを載せておきます。上から、キングチーハー、ワンダーグラッセ、エアコンボハリアー、セイランスカイハイのものとなっています。

 
【挿絵表示】


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第23話 気持ちは同じ

 

 夏合宿が始まって一週間ほど経った。

 

『そうそうそう!倒さないように倒さないように!!なるべく身体全体で引っ張る!!』

 

 メガホン越しにアメリさんの声が響き渡る、私達は今、重りをたっぷり入れた箱を乗せたソリを引っ張るトレーニングを行っている。これを崩さず引っ張り続けることで、フォームを維持する力を身に着けるそうだ。

 

「重い…!!」

「あと、80めぇーとるぅー!!」

 

 ミーク達も顔を真っ赤にして、必死にソリを引っ張っている。

 

「…………くっ…!」

 

 一歩一歩進むために、全身の毛穴から汗が滲み出て来るのを感じる。

 

『そうそうそう!一歩一歩、しっかり!!姿勢を崩すのはダメ!!』

 

 容赦無く襲い来る夏の日差し、響く声、そして、隣にはトレーニングを共にする仲間たち、この夏合宿…燃えてくる!!

 

 

────────────────────

 

 

「よし、第3グループ、スイープさんからスタートしてください!!」

 

バッ!

 

 氷川トレーナーが勢いよく手を下ろし、スイープを始めとしたウマ娘達はスタートした。

 

 私達はトレーナーの考案したジムカーナのトレーニングを行っている。夏合宿のトレーニングは、数種類の異なったトレーニングを用意し、それを日ごとに変えてループさせるといった方式を取っている。昨日がソリ引き、今日がジムカーナ、明日が基本トレーニング、といった具合だ。

 

 今やっているジムカーナは普段私がやっているのではキツすぎるので、少しばかり易しくして、機動力を確保するというよりはスタミナをつけるためのものを使っているけど。

 

「はぁっ…はぁっ…はぁっ……」

「ッ!ヤバい…めちゃくちゃ…しんどい」

 

 暫くすると、走り終えたウマ娘達が息も絶え絶えに帰ってくる。

 

「お疲れ様」

「はい、ゆっくりね、ゆっくり」

 

 そして、待機していた他の生徒達はタオルやドリンクをもってそれに駆け寄った。傾いた陽に照らされ、汗を含んだ髪が輝いている。

 

 トレーナー達の方に目をやると、ウマ娘達のタイムを計っている。

 

ビュウウウウッ!

 

 すると、突然突風が私達を襲った。

 

「わわっ!だ、誰かっ!と、取って下さーい!!」

 

 私は声の聞こえた方を向き、状況を確認する。

 

 氷川トレーナーが、バインダーに挟んでいたタイムの紙を飛ばされたようだった。

 

 紙は高く舞い上がり、皆それを見上げている。

 

行けるかな……?

 

 私はタオルを地面に起き、紙を歩いて追った、そして、タイミングを見計らって。

 

ビュッ!

 

 跳び上がった。

 

パシッ!

 

 無事にタイムの紙を回収した私は着地して氷川トレーナーの所に行き、紙を手渡した。

 

「どうぞ、氷川トレーナー」

「あっ…ありがとう…ございます」

 

 何でだろう、氷川トレーナーの様子がおかしい。

 

 私はあたりを見渡す、氷川トレーナーどころか、周囲の殆どが動揺している、私はトモのあたりを触って確かめる…破れて下着が出ているとかでは無い。

 

「あの……どうかしましたか?」

 

 私は恐る恐る相手に問う。

 

「いえ…あの…アラさん…今…4メートル以上跳びませんでしたか?」

「えっ…は、はいっ…そうですけど…」

「どこも痛みませんか?」

「は、はい…もちろんです」

 

 私がそう答えると、周囲がざわつき始めた。

 

「アラ…本当に…大丈夫?」

 

 すると、ミークがこちらに駆け寄ってきて、私の足を撫でながらそう聞いてきた。

 

「……大丈夫だけど…どうかしたの?」

「いや…ウマ娘で、そんなに飛べる人なんて…見たことないから…」

「ええっ…そうなの……?」

 

 私はそう言ってあたりを見回す、みんな首を横に振っていた。

 

「うん…何か…心当たりとかは無い?」

「……特には…」

 

 私はそう答えた、でも、厳密に言うと心当たりがないといえば、嘘になる。

 

 前世、セルフランセとともに暇つぶしに良くジャンプをしていた、私達は牧場を舞うモンキチョウを目印にしてジャンプしていた、その事が関わっているのかもしれない。

 

 あまりに夢中になりすぎて、ジャンプの振動で寝ていた木曽馬を叩き起こし、どやされた事もあったなぁ…

 

 その後、私は『それでも不安』と言われたミークやトレーナー達に身体に異常が無いかしばらく調べられ、解放された。

 

 

────────────────────

 

 

 身体を調べられてから二日後、トレーニングが休みだったので、私達は自由行動が出来た、買い物に行く子たち、山歩きに行く子たち、色々いた、私はランス、ワンダー、ミーク、ベル達と一緒に釣りに行くことにした。

 

ザザーン

 

 ランスが良いポイントを知っていたので、私達はそこまでやってきていた。

 

 学校は夏休みだけど、今日は平日、一般の人間たちは仕事をしているので、人はほとんどいない。

 

 私達は持ってきたクーラーボックスを置き、釣り糸を垂らして釣りを始めた。だけど、肝心のランスは釣り糸を垂らすどころか、釣り竿を出してすらいなかった。

 

「よーし、皆垂らしたね」

 

 ランスはそう言い、おもむろに服を脱ぎだした。

 

「ラ、ランス…!」

 

 ミークは止めようとしたけど、すぐに止めた、ランスはウエットスーツを着込んでいたからだ。

 

「ランス…何するつもり?」

「えっ、決まってるじゃん、魚突きだよ〜」

 

 私の質問に、ランスはいかにもそれが当たり前というふうに答え、釣り竿ケースから竿ではなく銛を取り出した、他にもリュックの中からウキやメグシ、ゴーグルなどを取り出している、そしてワンダーはそれを物珍しそうに眺めていた。

 

「…珍しいの?」

「はい、イギリスは外海に囲まれていますから、魚を突くなんて人はあまりいません、川でサーフィンをやる人だっていますから」

「へぇ〜」

 

 ワンダーとミークがそう会話している間に、ランスは準備を終えていた。

 

「どう?似合ってる?それにこの銛、私の愛称にピッタリって感じがするんだ」

「ランス、銛は“lance”ではなく“harpoon”ですよ〜」

「えっ!?」

 

アハハハハ!!

 

 その場に笑い声が響き、ランスの顔は茹でダコのように真っ赤に染まった。

 

「と、とにかく、潜ってくるから、皆、私を釣り上げないようにね!!」

「「「「「はーい!」」」」」

「んじゃ…行ってきます………エントリィィィィィィ!!」

 

ザバーン!

 

 よく分からない合図を口にして、ランスは海に飛び込んでいった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 ランスは少し離れたところで水面から顔を出したりしている、糸に引っかかることなくうまくやっているようだ。

 

 一方、私はミークとベルと並び、釣り糸を垂らしていた。

 

「そういえば、ミーク達はどうして参加してくれたの?」

「……」

「………」

 

 何故か二人共黙ってしまった。

 

「…実は…」

「……良いよベル、私が…言うから…」

 

 ミークは少し表情を険しい物にさせ、口を開いた。

 

「……見返したい…相手がいる…」

「見返したい…相手?」

「うん、私達の学園は、生徒の将来性を予測してクラス分けがされてるんだ…」

 

 …能力別に分ける事は、合理的ではある、授業でトレーニングを行うときに、怪我とかの可能性を減らせるからだ。

 

「…なるほど…」

「……私達のクラスはそのクラス分けでは下の方、私とサンバは平凡だったから、ハードは生まれつき膝の形が少し変わってたから、マルシュは身体が丈夫な方では無かったから…理由は色々あるけれど…でも、やっぱり…ほとんどの理由は…」

「理由は…?」

「小さいから…なんです」

 

 ため息をついてそう答えたのは、ミークではなく、ベルだった。

 

「小さいと、位置取り争いに加わりにくいし、加わったとしても弾かれる、だから、殆どのトレーナーさんは小さい娘をチームに入れるのを避けているんです。」

「……」

 

 ベルの言葉は競馬もウマ娘レースも、そういう厳しい面があるという事を示していた。

 

 実際、誘導馬として働いていたサラブレッドの中にも、“競争能力不足”と言われて誘導馬になった者をちらほら見た事がある。はじめから誘導馬として育てられた私やクォーターホースと違うキャリアに驚いたのを、よく覚えている。

 

「ミーク、ベル」

「……?」

「見返したいって事は、まだ、望みは捨ててないって事だよね?」

「…もちろん、トレーナーやみんなの応援のお陰で私はダービーに出ることができたから…一番上のクラス…特にあの5人“黄金世代”に勝ちたい…!」

「……私もです、一緒に頑張ってるロブロイちゃん達と一緒に…もっと輝きたい……アラ先輩は…?」

「……もちろん、私も同じ気持ち、お世話になった人がいるからね、自分やトレーナー、家族のためじゃない、その人の為にも、私は勝ちたい」

「……お世話になった人…?」

 

ミークが私にそう聞いてくる

 

「そう、“力で敵わない相手には頭と小技で立ち向かう”って、私に教えてくれた、大切な人なんだ」

「じゃあ、アラと私達…走っている場所は違えど、“仲間”って事だね、皆…いろんな苦労をして、いろんな想いを持って走ってる、でも、“勝ちたい”って気持ちは…みんな一緒…」

 

 ミークはそう言って笑顔を浮かべた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 私達は、今日獲った魚たちを調理し、パーティーを行っていた、イワシやアジ、更にはランスが獲ってきた90センチぐらいのドチザメなど、様々な魚の料理が、テーブルの上に並んだ。

 

 食べ切れるかと不安になったけど、それは杞憂だった、周りの娘達は、大飯食らいのサラブレッド、その胃袋は恐ろしいほど食べ物が入る。

 

「できました〜豪華二本立てです〜!」

 

 すると、ワンダーが追加の料理を持ってきてくれた。

 

「こっちこっち!」

 

 アメリさんが手招きをし、料理が私達の前に置かれる。

 

「わぁ!美味しそう!」

「…………」

「………?」

 

 興奮気味のアメリさんとは反対に、私達は微妙な表情を浮かべた、特にサンバは青い顔をしている、だから私は勇気を持ってワンダーに聞くことにした。

 

「ワンダー、この2つの料理って…何?」

「ウナギのゼリー寄せと、スターゲイジーパイです、滋養をつけるのには、最適の料理だと思いまして、あと、ウナギのゼリー寄せはイギリスのウマ娘レース場でご当地グルメのようなものになっているんですよ」  

 

 ワンダーはニコニコしながらそう言う、確かに…栄養がぎっしりと詰まっていそうな見た目をしている、ただ、見た目が強烈すぎる…でも…ものは試し…

 

「…じゃあ…頂きます」

 

 私は取り皿に取ったウナギを、口に入れた。

 

 

────────────────────

 

 

 ワンダーの作った2つの料理は見た目が強烈だったけれど、味は全然問題無しだった、私達は奇っ怪な見た目の料理を口に運びつつ

、今後のトレーニングについてや、新学期からのことについての雑談に興じている、そして、近くではハリアーとロブロイがアメリさんと喋っている。

 

「ええっ!?アメリさんって、スペインのウマ娘なんですか?」

「うん、珍しいでしょ?」

「日本語が上手すぎて…全然気づきませんでした…」

 

 やっぱり…外国のウマ娘だったか…

 

 スペインは、どういう訳かウマ娘レースの人気が低い、サッカーとかが物凄く人気だからなのかも知れない、闘牛もあるし。

 そして、アメリさんがスペインのウマ娘である事に対し、その場にいる殆どの娘が驚いていた。

 

「どうして日本に?」

「本能に抗えなかったからかな、ワタシは走るの大好きだから、それに、普通のレースの人気が無くても、ばんえいなら人気が出るかもしれないと思ってるの」

「なるほど…」

「…なら、私達も、アメリさんに負けないよう、頑張らなければいけませんね」

 

 アメリさんはスペインというウマ娘レースの人気が低い地域から、たった一人で文化も、気候も違う日本にやってきて走っている、そんなアメリさんに負けぬように走っていきたいと私は思った……いや、ここにいる皆も、そう感じていることだろう。

 

 そして私には、もう一つ大切な事がある、今度の重賞レースで、フジマサマーチさんに勝たなければいけない。あの人は、超えるべき壁だから。

 

 

=============================

 

 

 これからのトレーニングの予定を立て終えた俺達は、いつもの5人と、桐生院さん、氷川さんを誘い、食事に出かけることにした、最年少の氷川さんに希望を取ったところ、焼き鳥を希望したので、俺達は焼き鳥屋に向かっている。

 

「これからが、この夏合宿の本番という訳ですか!」

 

 桐生院さんがそう言って気合を入れる。

 

 そう、今やっているトレーニングは瀬戸内の気候に慣れるための準備、これからは更にレベルの高いトレーニングにシフトしていく、つまり、本当の意味でのトレーニングはこれからになるのだ。

 

 そして、ウマ娘達が休日を満喫している間、俺達はトレーニング計画を立てていたというわけだ。

 

 

 

────────────────────

 

 

「かーっ!!やっぱり、仕事終わりの一杯は効くなぁ!!」

「軽鴨…声がでかい、他の客もいるんだぞ…」

「でも、軽鴨トレーナーの言うとおり、一仕事終えたあとのお酒は、身に沁みますねぇ〜」

 

 軽鴨と桐生院さんの言うとおり、仕事を終えたあとの酒は、もう背徳的と言っても過言ではない程の気持ちよさがある。

 

ピコン

 

 ケータイの通知音が鳴る、俺はケータイをパカッと開き通知の内容を確認する………アラからの…メール?

 

 メールには、写真が添付してあった。

 

「どうかしたの?」

「…見てみろ」

 

 俺は皆にその写真を見せた、その写真は、アラ達が魚パーティーをしているものだった。

 

「何でスターゲイジーパイがあるんだ…?」

「私このパイ嫌いなのよね…」

 

 料理についてはよくわからないが、ウマ娘達の表情からは、これから本格的になっていくトレーニングのために英気を養うことができているということが理解できた。

 

「…ウマ娘達も、準備はできてるってことか」

「そういうこった、この夏合宿、これからが正念場、絶対に成功させるぞ」 

「「「「「おぉっ!!」」」」」

 

 こうして、俺達は夏合宿の成功の為に、より奮励努力することを誓いあったのだった。

 

 




 
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 文中に出てきた「小柄なウマ娘は不利」という表現ですが、ゲーム版のナリタタイシンのシナリオを参考にしています。

 ご意見、ご感想、評価等、お待ちしています。


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第24話 やり残したレース

 
今回は拙い挿絵が入っています、暖かい目で見ていただけますと幸いです。


 呼吸を整える…

 

 足回りを確認する…

 

 パドックのお披露目場に出る…

 

『3番、アラビアントレノ、4番人気です』

『身体が引き締まった様な感じですね、王道の距離という事もあり、好走が期待できます』

 

 私は観客へ紹介されたあと、待機所に戻った。

 

 

 

────────────────────

 

 

『8番、フジマサマーチ、一番人気です』

『これ以上ない仕上がりですね、肉体、闘志ともに、光るものが感じられます』

 

 そして、今日の相手、フジマサマーチさんが観客に紹介される。

 

 そして、フジマサマーチさんはこちらに戻ってきて、私の前に立った。

 

「待っていたぞ、アラビアントレノ」

「…お久しぶりです、フジマサマーチさん」

「………良い目をするようになったな、アラビアントレノ………やり残したレース…決着をつけるぞ」

 

 フジマサマーチさんはそう言ってゲートの方に向かっていった。

 

 

=============================

 

 

「アラさん、調子が良さそうですね、好走が期待できそうです」 

 

 隣りに座っている桐生院さんが俺にそう聞いてくる、ベルも同じ気持ちのようで、こちらを見ていた。

 

 この二人はどうしても見たいというので、連れてきていた。

 

 しかし、いくら頼み込まれたとはいえ、さほど広くないソアラの狭い後部座席に二人を押し込んで、ここ金沢レース場まで連れてきてしまったことは罪深かったと思っている。

 

 

 俺達は出走表を見る

 

 

1サウスヒロインカサマツ

2メイショウアッガイ金沢

3アラビアントレノ福山

4トウショウメッサー水沢

5スズカアバランチサガ

6ホクトアカゲルググ門別

7フジマサマーチ高知

8オースミガッシャ園田

9バスターホームラン船橋

10イスパニアカフェ金沢

 

 はがくれ大賞典の時のように、相手はベテランばかり。

 

 そして俺は視線を出走表からアラへ移す。

 

「………」

 

 その表情は引き締まっており、耳、尻尾ともに異常は無い。桐生院さんの言葉も最もだろう。

 

 後は…勝利を信じるだけだ。

 

 

=============================

 

 

 ゲート付近では、出走ウマ娘達がどんどんゲートに入っていた。

 

『最後に6番ホクトアカゲルググがゲートに入りました、各ウマ娘、ゲートイン完了です、本日のメインレース、“イヌワシ賞”まもなくスタートです!』

 

ガッコン!

 

『ゲートが開いて、今、スタートしました!十人のウマ娘が一斉に飛び出します!注目の先行争い!やはり前に出てくるのは1番、サウスヒロイン、続いて8番のオースミガッシャ、10番のイスパニアカフェ、先行争いはこの3人の模様、そしてその後ろ、内側を周るのは5番スズカアバランチ、その外側、6番のホクトアカゲルググがいます。そして、1バ身離れ4番トウショウメッサー、そのすぐ後ろ、3番のアラビアントレノ、その後ろの外側よりに2番、メイショウアッガイ、その内、7番フジマサマーチ、しんがりは9番のバスターホームラン』

『伸びずまとまらず、そういった展開になりましたね』

 

(アラビアントレノ……オパールカップを見て、奴の成長は知っている、先行するのはリスクが大きい……)

 

 フジマサマーチは前を走るアラビアントレノを見た。

 

(オパールカップの時と比較して、フォームが綺麗になった…それは走りの安定性が高まったという事…だが、気になるのはスタート、オパールカップの時は好スタートを切ったのに対し、今回のそれははがくれ大賞典の時と殆ど変化は無い…オパールカップのときに見せた好スタートは…偶然なのか…?)

 

 フジマサマーチはそう考えていた。

 

(いや…今考えるべきなのは奴のロングスパートからのセカンドスパート、奴は脚への負担の大きい芝でアレを使った、……道を開けてはいけない、このコースの特徴を利用する……パワーではこちらの方が上、前には…出さん!!)

 

 金沢の2000mはラストスパート前のコーナーは殆どのウマ娘が内ラチ沿いを走るという傾向があった。

 

 フジマサマーチの作戦は、アラビアントレノのスパートの瞬間を見切り、パワー差を利用して前に出て、外側を塞ぎ、ベテランばかりの内に追いやり、スパートそのものを殺してしまうというものであった。

 

 アラビアントレノの身長は146cm、今回の出走ウマ娘の中では最小である、小回りは効くものの、接触には弱い……という認識をフジマサマーチは抱いていた。

 

 そして、いくら彼女がトレーニングを重ねているとはいえ、内を走るベテランのバ群を抜けるのには多大なる時間がかかり、加速力の悪いアラビアントレノでは不利であると、フジマサマーチは判断していた。

 

 

 

『各ウマ娘、1番サウスヒロインを先頭にして向正面より第3第4コーナーへ』

 

「…フジマサマーチさん、やはり控えていますか」

 

 桐生院はそう呟いた。

 

「……恐らく、アラにプレッシャーを与える為でしょう、ですが…アラのメンタルははがくれ大賞典の時とは違います」

「…」

 

 慈鳥はそう答える、桐生院も頷くものの、何故かベルガシェルフは、遠くを見て難しい顔をしていた。

 

「……ベルさん?どうかしましたか?」

 

 桐生院は理由をベルガシェルフに問う。

 

「……ここって、水辺が近いですよね?」

「え、あ…はい、私達のいるスタンドの真後ろには河北潟が有りますから…」

「なら、少し不味いかもしれないです」

「…ベル?」

 

 慈鳥は疑問を持った顔でベルガシェルフを見た。

 

 

=============================

 

 

『各ウマ娘、第4コーナーを抜けてスタンド前へ、1番、サウスヒロイン、続いて8番のオースミガッシャ、10番のイスパニアカフェ、3バ身離れて内側を回ります、5番スズカアバランチ、その外側、6番のホクトアカゲルググがいます。その後ろは1バ身離れ4番トウショウメッサー、そのすぐ後ろ、3番のアラビアントレノ、その後ろの外側寄りに2番、メイショウアッガイ、その内、7番フジマサマーチ、9番のバスターホームランで先頭から殿までおよそ7バ身半ほどの距離です』

 

……!

 

 おかしい、第3コーナー終了まではいつもどおりのペースで走れていたはずなのに…第4コーナーに入ってからリズムが取りづらい、…ほんのちょっと…本当にほんのちょっとだけど…足の着地点がずれているからだ。

 

 だけど……

 

スッ…!

 

 すると、私の視界を、あるものが横切った、それは……私の髪の毛。

 

 まさか…原因は………風…!?

 

 ……ッ…ただでさえ荒れたバ場でスタミナが削がれやすいのに…!

 

 

=============================

 

 

 …このコースの落し穴は、海の近くだからこそ発生する海風…それが第3コーナーを抜けた直後に容赦なく上半身を襲ってくると言う事だ…!

 

 他のウマ娘を風よけにする以外に…これを回避する方法は“超低姿勢で走る”以外に無い!

 

 そんなことができるウマ娘など居ない、“|たったひとり”を除いては…

 

 そう…奴《オグリ》だけは…!

 

『各ウマ娘、スタンド前を駆け抜け第1第2コーナーへ!!』

 

 そしてここのコーナーは海を背にする形になる、ここからは風を味方に付けることが必要だ…!

 

 

────────────────────

 

 

『第一コーナーに入って、少しペースを上げて参りました、7番フジマサマーチ、3番、アラビアントレノの外へ!!』

 

「海風……海から陸に吹く風…ですか?」

「はい、ここについた時はあまり感じていなかったんですが、向正面にある連なった木の葉っぱが揺れてて…もしかしたらって…すいません、もっと早く気づいていれば…」

 

 ベルガシェルフはそう言って慈鳥に頭を下げた、海風とは、陸上と海上の気圧差によって発生する海から陸への風の事である。

 

 ベルガシェルフは釣りの時にそれを体験してはいたものの、ここ、金沢レース場にもそれが発生ことに気づくのが遅れてしまっていた。

 

「いや…良い……今、俺達にできる事は、この夏合宿でやってきたトレーニングの成果を…信じる事だけだ…!」

 

 慈鳥は拳を握りしめ、そうベルガシェルフに返答した。

 

 

 

『各ウマ娘、向正面へ、ここでハナを進むサウスヒロインに僅かに疲れの色が、だがしかし、8番のオースミガッシャ、10番のイスパニアカフェと共にまだ集団を引っ張る。2バ身離れて5番スズカアバランチ、6番のホクトアカゲルググ。そこから半バ身離れ4番トウショウメッサー、そのすぐ後ろ、3番のアラビアントレノ、そのすぐ外に7番、フジマサマーチ、後ろに2番メイショウアッガイ、しんがり9番のバスターホームラン、ペースを少し上げて仕掛ける準備か』

 

(………後ろからプレッシャーが、いる)

 

 アラビアントレノはフジマサマーチがプレッシャーをかけてくるのを感じていた。

 

(もうすぐ……第3コーナー…さっきと同じ轍は踏まない、終了と同時にスパートかけて、向かい風を圧し殺す…!)

 

 アラビアントレノはスパートのスピードで向かい風を相殺する事を決めた。

 

 

(…一瞬だが、顔が動いた………予想通り…!)

 

 一方、フジマサマーチはアラビアントレノの一瞬の動きからその狙いを見抜き、自らのスパート開始地点を決定した。

 

『第3コーナーをもうすぐ抜ける、先頭の3人ペースが落ちてきた、ここで控えていた7番フジマサマーチ!スパートをかけてきた!!2番、メイショウアッガイ、続いた!!』

 

(予想通り…私に釣られる奴もいたか…!アウトへの動きを塞いだ…更にインも先頭がタレて詰まる、抜けた頃には…私はゴール板の向こうだ!)

 

 フジマサマーチは前方を睨み、その脚に力を込めた。

 

 

 

(塞がれた……外に出て続いたんじゃ間に合わない……なら…!)

 

 アラビアントレノは脚に力を込め、乱れたバ群に狙いを定めた。

 

『ここで、3番アラビアントレノもスパート!乱れる内に突っ込む気だ!』

 

(…あのトレーニング…ばんえいの技を信じて…ねじ込む!!アメリさんが教えてくれた感覚を…思い出せ!!)

 

(…何っ!!?……自殺行為だぞ!?スパートのスピードですり抜けれるわけが無い…!)

 

 集団に向かってスパートをかけたアラビアントレノの行動に、フジマサマーチは驚愕した。

 

 ばんえいウマ娘は障害…つまり坂道を乗り越える時、身体全体を使ってそりを引っ張る技術を使っている。そうしなければ次の動作が遅れ、そりの重さに負け、坂を登りきれないからである。

 

 そして、その技術は一般の競走ウマ娘の世界でも有効であり、セトメアメリの教えによってこれを身に着けたアラビアントレノは通常のウマ娘よりも無駄なく、そして安定して一つ一つの動作を繋ぐことができていた。

 

 アラビアントレノは少し身体を捻じりつつ…

 

(……行ける…!!………突き抜けて…私の身体…!!)

 

 と念じ、脚に力を込めた。

 

 

 

『3番アラビアントレノ!見事に抜けてきた!!同時に外からはフジマサマーチ!!』

 

「貴様には……負けん!!…………ッ!」

 

 その時、フジマサマーチを横風が襲った、もちろん、彼女はそれを想定していた。しかし、唯一想定外の事があった。

 

 

(奴は……内に…!!)

 

 そう、それはアラビアントレノが“内から並びかけている”ということであった。フジマサマーチはアラビアントレノの風よけになっていたのである。

 

『フジマサマーチ譲らない!!』

 

(…もう横風は…当たらない…!!)

 

 スタンドが壁になり、横風が止んだスキを見て、フジマサマーチは前に出た。

 

『残り僅か!!アラビアントレノは差せるのか!?』

 

 

 

(…パワーで劣る……それでも……負けたくない!!!)

 

 一方アラビアントレノも動いていた、横風が切れる瞬間、彼女はフジマサマーチのすぐ後ろにいた。

 

(数秒あれば……これで……!!)

 

 アラビアントレノはスリップストリームから抜け出すのと同時にセカンドスパートをかけた。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

(……何っ!?)

 

『残りわずかのところでアラビアントレノ、抜け出した!抜け出した!抜け出したァ!!』

 

(…くそ…くそ………くそっ!!…完…敗…だ……)

 

『ゴォォールイン!!!』

 

ワァァァァァァァァァァ!!!

 

 

=============================

 

 

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

息も絶え絶えに、掲示板を見上げる…

 

 一番上には“3”の文字がくっきりと表示されていた。

 

 …勝った………いや、書面上ではそうなだけだ。

 

 …引き分け、私はそう思う、でも…満足の行く…良いレースが出来た…

 

「アラビアントレノ」

 

 名前を呼ばれ、私は振り返った。

 

 

=============================

 

 

私は掲示版を見つめるアラビアントレノに向け、一歩一歩進み、声をかける

 

「アラビアントレノ」

「…フジマサマーチさん」

「…私の完敗だ…だが、1つ聞いておきたい、貴様はスパートしながらあのバ群を抜けるのに、かなりの体力を消耗した筈、何故…二度もスパートをかけることができた?」

 

 自然と、言葉が口に出る。

 

「……はっきり言ってしまうと、よく分からないです…でも…私にとって、フジマサマーチさんが“絶対に勝ちたい人”だったからじゃ無いかなと思います。あの時、“負けたくない”と思ったら…自然と…自然と…力が出てきたんです」

 

 ……!

 

 あの記憶が、脳裏をよぎる。

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

「何故…何故だオグリキャップ!!一度目のスパートで貴様は既に限界だった筈…!何故二度も…二度もスパートをかけることができた!?」

「よく…分からないけど…多分、マーチのお陰だ、『負けたくない』って思ったら、自分でも知らない力が出せた」

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

「今日は…ありがとうございました」

「…………フッ…」

 

 懐かしい物を思い出したからか、自然と笑みがこぼれる、私は差し出された手を取った。

 

 その手は暖かく、多くの夢が籠もっている…そのような気がした。  

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

「…本当なのか?」

「うん……あーし等はさ…もう…降りるよ」

「……等…ミニー、ルディ…お前たちも…なのか?」

「…うん…ごめん」

「…でも、勘違いしないでくれよ、自分らの夢が、終わったわけじゃねぇ……マーチ、お前やアイツ…オグリに託すんだ」

「………そうか、今まで…世話になったな」

 

 私は3人と握手を交わした。

 

「手…暖かい」

「…貴様らの夢を…受け取ったからな…私はアイツとの…オグリとの約束を果たして見せる、だから…観ていてくれ」

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 やるべきことが…見えた。

 

 だが、それは私が“一線を退く”という事を意味していた。

 

 

=============================

 

 

 フジマサマーチは下を向き、一人、待機所に向けて歩いていた。

 

ポスッ…

 

「………」

 

 すると、彼女はある人影にぶつかった。

 

「……マーチ…」

「柴崎トレーナー……」

「…俺だけじゃない」

 

 柴崎が身体をどかし、フジマサマーチが顔を上げると、そこには、ノルンエース、ルディレモーノ、ミニーザレディの姿があった。

 

「…すまない…勝てなかった」

 

 フジマサマーチは視線を落とし、3人に謝る。

 

「良いよ……だって…あーし…あんなマーチ見たの…久しぶり」

「…カサマツの…まだ、オグリがいた時みたいだった…」

「…良いレースだったぞ…」

 

 三人は、それぞれ労いの言葉をフジマサマーチにかける。

 

「ありがとう……………私は…あの時の、懐かしい感覚を…思い出す事ができた…負けた…悔しい…だが、それ以上に清々しい気持ちだ………」

「……」

「…柴崎トレーナー」

「マーチ…?」

「時代は…変わっていくんだな……あの頃の、カサマツで走っていた時の事を思い出して気付いた、私のやるべき事が…見えたよ…」

 

 フジマサマーチは涙を流してそう言った、しかし、彼女は満足気な表情を浮かべていた。

 

【挿絵表示】

 




  
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 今回海風があるという描写が御座いましたが、実際のイヌワシ賞の映像を見た際、向正面の木々が揺れていましたので、それを参考にしています。

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第25話 終わりと始まり

 

 大変だった、だけど、それ以上に楽しかった夏合宿にも、とうとう終わりの時が訪れようとしていた。

 

 この夏合宿を通して、私は自分が成長した事を実感していた。

 

 ほんの一年と少し前までは、サラブレッドに歯が立たなかった、でも、今は違う……互角に戦える……そんな気がする。

 

 トレーニングだけではない、座学もたくさん行われた。

 

 その中でも一番大切にされていた事は、“レースに絶対は無い”ことと、“小型と大型、それぞれに良さがある”と言うことだった。

 

 特に後者は、ミークやベル達中央のウマ娘を、地方のレース観戦に連れて行って、感じてもらった。

 

 地方のコースは中央よりもコーナーがきつく、観客も遠心力の力を認識しやすい。大型で重いウマ娘ほど遠心力がかかる訳だから、小柄なウマ娘にもチャンスが生まれる。

 

 さらに、ここでやったトレーニングで、皆の動きは素早いものとなった。この夏合宿に参加したウマ娘にとって、背丈による差はもはや、見た目だけの差となりつつある。

 

 つい数ヶ月前までは、悩んでいた。

 

 アングロアラブの自分が何故、この世界に生まれてきたのか?

 

 自分はこの世界にとって、異端で、走るべきでは無いのではないか?

 

 …自分の居場所は無いのではないか…と…

 

 でも、このおよそ一ヶ月で確信した……今の私の居場所は…

 

コンコンコン

 

「アラ、時間、行くよ」

「わかったよハリアー、すぐに行く」

 

 そう…私の今の居場所は…ここだ。

 

 

=============================

 

 

 今日は夏合宿の最終日、最後の夜だった。

そして、学園の多目的ホールでは、宴会が始まろうとしていた。

 

 生徒会の生徒が少し足りないが…何処に行った…?

 

「では、この夏合宿が、無事に最終日を迎える事が出来た事を祝して、乾杯致しましょう!乾杯!!」

「乾杯!!」

 

 ハグロシュンランが乾杯の音頭を取り、皆がそれに続く。

 

「皆さん…お疲れさまです!!」

 

 氷川さんがそう言い、俺達もお互いのグラスを打ち付けた。

 

「今回の夏合宿は大成功だった、AUチャンピオンカップに望むにあたり、必要不可欠な存在だったウマ娘達の実力向上を…実現することができた」

 

 最初にそう発言したのは、サカキのトレーナーである先輩だった。

 

「そうですね、皆実力を身につけることができましたから」

「それだけでは無いですよ!これは私の個人的見解なのですが、皆…度胸がついたというか…レース勘が急成長した様に感じられるんです!」

「確かに…自分とワンダーは自分からバ群に入って行く戦法も使えるようになりましたから…」

「私のコンボは最後に理想的なラインで走れるように道中で頭を使う走りが出来るようになりました!!」

 

 先輩の言葉に、軽鴨、桐生院さん、雁山、火喰と続く、しかし、氷川さんは頷くだけだった。

 

「…氷川さん?どうかしましたか…?」

「…確かに、皆さんの仰る通り、技術面の伸びは素晴らしいのですが…私は、この夏合宿で1番の成果は、最初にエコーペルセウスさんが仰っていた『友人関係の輪』だと思うんです」

「俺も同感です」

 

 雀野もその意見に賛同した。その後は数十分ほど料理を堪能していた。

 

「皆、あれを」

 

 雀野は俺達にウマ娘の方を見るように促した。

 

「も、持ってきました!!」

 

 そう言って小さくないケースを持ってきたのは、夏合宿に参加していたサポートウマ娘、アドヴァンスザックだった。

 

「よし、じゃあ皆、歌うか!!ザック、演奏頼んだよ!」 

「はい!」

 

マルシュの呼び掛けに応じ、アドヴァンスザックはケースの中から楽器を出す、その楽器はアコーディオンだった。

 

〜♪

 

アコーディオンの調子を確かめる為に、アドヴァンスザックが試しに少しだけメロディーを奏でる、それを聞き、アラを始めとした多くのウマ娘が、そちらを向いた

 

「…じゃあ、行くよ!“我等が願い”」

 

マルシュがそう呼びかけると、アドヴァンスザックはメロディを奏でる

 

「星の光に…思いを掛けて…」

「熱い銀河を…胸に抱けば」

「夢はいつしか、この手に届く!!」

 

 皆、口々にその歌を口ずさんでいた

 

「確かに…氷川君の言うとおりなのかもしれないな」

 

 先輩がそう口にする、俺達は頷く

 

「……若い者は良い、柔軟性がある」

「…分かります」

「いや、慈鳥…なんでお前が先輩の意見に賛同してんだよ」

 

 軽鴨に突っ込みを入れられてしまった……先輩の気持ちはかなり分かるんだが…

 

「アメリさん、楽しんでいますか?」

「ええ、楽しんでるわ」

「アメリさん、私が飲み物を注ぐわ!!」

「ありがとう、スイープ」

 

 別の場所ではシュンラン、スイープ、アメリが会話している、アメリには本当に世話になった、彼女のお蔭で、ジムカーナのトレーニングはより高いレベルのものになったし、アラの加速力も上がった、このままトレーニングを続け、さらにアレが完成すれば、中央のウマ娘達とも、戦っていけるだろう。

 

 

────────────────────

 

 

 その後も宴会は続いた、すると、ホールが少し薄暗くなる。

 

 そして、演台が照らされ、壇上にペルセウスが登壇した。

 

「皆、少し時間をくれないかい?この夏合宿の締めくくりに、演説をさせて欲しいんだ」

 

 ペルセウスはそう言ってアラ達を見渡した…すると…

 

「やって下さいペルセウス会長!」

「お願いします!!」

 

 といった声が色々な声で上がった。

 

「うん、ありがとう、皆…では…」

 

 そう言って、ペルセウスは息を吸い込んだ。

 

 

=============================

 

 

 ペルセウス会長は私達を見渡す。

 

「皆、今日までの厳しいトレーニング、本当にお疲れ様!皆の能力は、この夏合宿によって飛躍的に向上したと、私は断言する!合宿は今日で終わってしまうけれど、自身を持って、各々、それぞれの場所で、身に付けた能力を発揮してほしい!!『レースに絶対は無い』、だけど、君たちがこれまでやってきた事は『絶対』、君たちの力になってくれるはずだ!!」

 

 いつもと違う喋り方に、私達は圧倒される。

 

「…驚いているようだね…なら、ここで一旦、時間を止めよう、皆、目を閉じて…そして思い出して欲しい!一月と少し前、この夏合宿が始まった時のことを、あの時は、お互いに話すのにも…気を遣いあっていたはずだ……さて、時間を進めよう、目を開けて…周りを見て、君達の周りには…隣には…誰がいる?」

 

 私達は隣にミークがいるのを確認し、あたりを見渡す、私達は、所属関係なく、入り交じって席に座っている。

 

「…君たちの隣にいるのは、ここまで友情を育み、苦楽を共にしてきた仲間だ、ライバルだ、同志だ、同胞(はらから)だ!!そして、育まれた友情は、どこに居ても変わらないと私は思う。だから、悩んだ時、行き詰まった時には、お互いに連絡を取り合い、悩みを共有して欲しい、そして、各々、自らの居る場所で、苦悩している友人が居れば、今回の夏合宿で学んだ事を教えていって欲しい!!」

 

 私達は今までの事を思い出し、頷いた。私達がそうしたことを確認したペルセウス会長は再び口を開いた。

 

「AUチャンピオンカップ、これは日本のウマ娘レースが始まって以来の一大イベントになる、“日本のウマ娘レースに、新たな風を吹き込みたい”、その願いを持って、あの大会は設立された。君たちには、その“新たな風”になる事を、私は期待する。時代を作る者は一人じゃない、君たち全員で、次の時代を作るんだ。そして、“手に汗握る、展開の読めない熱きレース”…それを、私達、応援をする者に見せて欲しい」

 

 ペルセウス会長はそう皆に語りかけた。

 

「そして、私は、ここにいる全員の夢が実現する願いを込め、“ウイニングライブで使うことを想定した”ある曲を用意した……その名も…『ユメヲカケル!』…この曲をもって、この夏合宿は終わる…だけどこれは始まり、ここにいる君たちの、新たなる門出だ!!」

 

 そう言うと、ホールのステージの緞帳(どんちょう)が上がっていき…何人かのウマ娘達がステージに立っていた。

 

『キミと夢をかけるよ 何回だって勝ち進め 勝利のその先へ!』

 

 陽気なメロディーとともに、曲がスタートする。

 

『キミと夢をかけるよ 何回だって 巻き起こせスパート 諦めないで I Believe!いつか決めたゴールに』

 

 …ペルセウスが忙しそうにしていたのは…この曲を作るためだったのか…

 

『何処にいても虹を見上げて 同じ想いでいられる トモダチ以上 仲間でライバル 努力だって なぜか嬉しい 競い合って 近づいて行く!!』

 

……良い歌だ…

 

 

=============================

 

 

その翌日、アラビアントレノらは東京へと戻るハッピーミークら中央の生徒を見送るべく、福山駅のホームにいた

 

「……寂しくなるね…」

 

 アラビアントレノはハッピーミークにそう言った。

 

「うん…でも…ペルセウス会長が言ったように…私達は…友達…いや、友達以上の、仲間で、ライバル……離れていても、それは変わらない」

「うん……」

 

 他のウマ娘達も、似たような会話を交わしていた。  

 

「ありがとう、アメリ」

「いえ、礼を言うのはこちらです、フェザーさん、ワタシは多くの事を、このおよそ一ヶ月の間に学びました」

「そうか…それは良かった、スペインに戻った時に、夏合宿での経験が活かせると良いな」

「はい!」

 

 エアコンボフェザーとセトメアメリは握手と抱擁を交わした。

 

「……それじゃあ、元気でね!」

「うん、ミーク達も…元気で!」

 

 そして、ハッピーミーク、セトメアメリらは丁度到着した新幹線に乗り込んだ

 

 やがて、新幹線は発進した

 

「…………っ…」

 

 ウマ娘達の中には、別れの辛さのあまり、涙を流す者もいた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 ハッピーミーク達が福山を去ってから数日後、府中の中央トレセン学園では、新学期が始まろうとしていた。

 

『それでは、これより、新たな理事長の紹介を行います、秋川やよい理事長です!!』

 

 司会がそう言うと、指名された女性、やよいは登壇する。

 

「………!!」

 

 事前に新理事長の正体を知っていたトレーナー及び、シンボリルドルフら生徒会以外の生徒は、その姿に驚愕した。

 

「注目ッ!!生徒、及び、トレーナーの諸君!私がこのトレセン学園の新理事長となる秋川やよいだ!!よろしく頼むッ!!」

 

(……私達と…変わらない…)

(…児童労働にしか見えないじゃない…)

 

 ハッピーミーク、サンバイザーは、心のなかでそうつぶやいた。

 そう、秋川やよいは、“女性”と言うよりは“少女”であった。

 

 そして、その気持ちはは他のウマ娘達も同様であった。

 

 だが、やよいがトレセン学園の理事長であるという事は、同時に彼女がURAの幹部であるという事を示していた。

 

 それ故、ウマ娘達は様々な感情を懐きつつも、文句を述べるような事はしなかった。

 

 その後、先任の秋川しわすから、引き続き理事長秘書を務める事になった駿川たづなが、秋川やよいが理事長に就任した経緯が説明された。

 

 

『……という経緯で、理事長が就任されたのです』

 

 経緯は単純明快であった、やよいは後任人事を決めるのに苦悩していたURA上層部の前に颯爽と現れ、自らが中央トレセン学園の理事長に名乗りを上げたのである。

 

 そして、やよいはURAにて演説を行った。その結果、やよいの人柄は適任であると判断したURA上層部は、元理事長である秋川しわすとも相談したうえで、やよいにトレセン学園の理事長を任せることを決定したのであった。

 

 また、この場で言うことはなかったもののあまりの素早い決定に、たづなは内心驚愕していた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 そして、衝撃的発表の翌日、理事長室を氷川が訪れた。

 

「確認ッ!!氷川トレーナー、今日の目的は『チームの設立』で良いのだな?」

「はい、理事長」

「では、書類をお願い致します」

 

 たづなは氷川に予め用意しておく書類を提出するように促した。

 

「分かりました、お願い致します」

 

 氷川は封筒に入った書類を手渡す、やよいはそれを受け取り、封筒を開き、中身を確認する。

 

「…メンバーは、スイープトウショウ、デナンゾーン、デナンゲート、ダギイルシュタイン、エビルストリート、そしてサポートウマ娘のアドヴァンスザック…うむっ、人数に問題は皆無ッ!」

 

 このチームに、ベルガシェルフは参加しなかった、彼女はまだ『本格化』の途中であり、もう少し自分を見つめて考えたいと思っていたからである。

 

「…む?」

「どうしました?」

「疑問ッ!なぜ、チーム名が天体名ではなく、普通の英単語なんだ?」

 

 トレセン学園のチーム名は“リギル”、“スピカ”、“ヤコーファー”といった具合で、天体の名前を使用することが常となっていた、それ故、やよいは疑問を呈したのである。

 

「理由は2つあります、一つは、この名前がトレセン学園が新体制に移行するのに相応しいと思ったからです。そしてもう一つは、私がこのチームのメンバーの皆さんとともに、様々なことを発見し、学んでいきたいからです。お願いします、理事長!」

 

 氷川はやよいを真っ直ぐに見つめて訴えかけた。

 

「………理解ッ!!君の熱い想いは、しかと受け取った、このチーム名…許可ッ!」

「ありがとうございます!」

「では、チームのマークをこちらに」

 

 トレセン学園の各チームは、それぞれ、ロゴマークを持つことになっていた、当然、マークの種類は多種多様である。

 

「分かりました…お願い致します」

 

 氷川はマークを提出し、やよいはそれを見る。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「むむむ…このマークは、翼を広げた鳥をイメージしたものか?」

「はい、飛ぶように、前に進んでゆく、そのようなチームにしたいと思い、このマークを作成しました」

「ふむ……よし…これにて、新チーム設立の手続き…完了ッ!新チーム『フロンティア』は今日より運営を許可する!期待しているぞ、若きトレーナーよ!!」

「はい!ありがとうございます!」

 

 氷川は深く頭を下げ、礼を述べた。

 

 そして、新チーム『フロンティア』はこの時を持って始動したのである。

 

 

=============================

 

 

「…よし、できた!!」

 

 パソコンでの作業を終えた俺は、床の上で大の字になった。

 

「これが…俺達の…新しい武器…」

 

 まさか、あんなことが役に立つとは…

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

「ねぎまもう一つ…お願いします!」

 

 皆で焼き鳥店に行ったときのことだ

 

「慈鳥トレーナー…」 

「は、はい…」

 

 俺が皆の様子を見ながら静かに飲み食いしていると、氷川さんが声をかけてきた、この様子だと、少なくない酔いが回っていたのだろう、そして、氷川さんは

 

「…どうして…ねぎまの具材は回ったり…回らなかったりするんでしょうかー」

 

 と口にした。

 

「どうしてなんでしょう…」

 

 それに対して俺は回されて焼かれるねぎまを見た、熱にさらされたネギは、だんだんと油のようなものが出てくる。

 

 そして、最初こそ肉と一緒に回っているものの、その油でネギの串に接している面はぬめぬめしていくので、やがてネギは……氷川さんの言った通り、回ったり回らなかったりする

 

「多分、ネギから油みたいなものが出て、滑るんですよ」

「そうですかぁ〜ありがとうございます…なるほど…時間が経ったら、回り方が変わるんですねぇ〜」

 

 そして、氷川さんの言葉を聞きながらネギを見ていたとき、俺は閃いた。

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 そして、俺は夏合宿の期間中、ウマ娘達のトレーニングを見るとともに、その動きを分析してノートにまとめ、新しい武器の開発を行っていた。

 

 それを、学園の会議前日である今日に間に合わせることが出来たということだ。

 

「よし…ならば今日はすぐに寝て…明日に備えるとしよう」

 

 俺は素早くシャワーを浴び、ベッドに潜り込んだ。

 

 

=============================

 

 

 翌日、トレーニング終了後、福山トレセン学園のトレーナー達、生徒会の三人、そして校長である大鷹を交え、今後のトレーニング方針の相談会が行われていた。

 

「慈鳥君、確か今後のトレーニングに組み込んでみたい要素がある様ですね、意見を聞きましょう」

「は、はいっ!」

 

 大鷹に指名され、慈鳥は立ち上がり、その場にいる全員に資料を配った。

 

「皆さん、資料に目を通してください」

「……………これは?」

 

トレーナーの一人から、質問が飛ぶ。

 

「今から説明します……通常、ウマ娘は直線にて坂路に差し掛かった場合、そのままでは体力を無駄に消耗するため、坂路での減速を利用してピッチ走法に切り替えます。これが、私達の現在知っている走法切り替えの方法です。そして、私が提案したい要素というのは、その走法の切り替えをコーナーの途中で行い、コーナーでの速度を向上させるというものです。自転車や自動車がスピードが乗っていくにつれて、ギアを変えていくのと同様に、ウマ娘もスピードが乗っていくにつれてストライドとピッチ……つまり足の回転具合を変えれば、レースでかなりのアドバンテージを確保できる事が予測できます。」

 

 慈鳥がそう説明すると、各所で「おお、確かに」や「やって見る価値はあるかもしれない」の声が上がった。

 

「慈鳥君、良いかね?」

 

 手を上げたのは、サカキムルマンスクのトレーナーだった。

 

「コーナー途中でストライドとピッチを切り替えるとなると、バランスを崩し、脚がもつれて事故になる可能性があるのではないかね?」

 

 サカキムルマンスクのトレーナーは福山ダービーでの一件から、事故に対し苦手意識を持っていた。それ故、この指摘をしたのである。

 

「はい、ご指摘されている事も尤もだと思います。そこで重要になってくるのが夏合宿の時に行ったジムカーナです…このトレーニングは、ウマ娘にかかる負担を減らした簡易版、そしてこちらがアラビアントレノが個人メニューとしてこなしているジムカーナのコース図です。」

 

 慈鳥はスクリーンに夏合宿のジムカーナのコースと、アラビアントレノの個人メニューのジムカーナのコースの画像を出した。

 

「これは……」

「はい、コーナーはさらにきつく、ジグザクは更に多くなっています。そしてこのトレーニングでは、バランスを保ちつつ、力を入れたり抜いたりする能力が鍛えられています。このトレーニングだけではありません。先日の夏合宿でセトメアメリ主導で行われたばんえいウマ娘用のトレーニングは、重い物を引っ張り続けるためのものですが、これは、素早く別の動きに動作を繋げる能力を鍛える事ができます。よって、私はこのトレーニングで鍛え続ける事ができれば、ご指摘のリスクは高確率で回避することができると予測します」

「ふむ……なるほど……これならば」

 

 サカキムルマンスクのトレーナーは納得した様な表情を見せた。

 

「では、ここでもう一度、全員の意見を聞きましょうか、慈鳥君の提案に賛成の方は、挙手をお願い致します」

 

 大鷹がそう言うと、その場にいる全員が手を上げた。

 

「決まりのようですね、では、慈鳥君、君のの提案した要素に、ぜひとも名前をつけて頂きたい」

「は、はいっ……今説明したものは“可変ストライド/ピッチタイミングコントールテクニック”と私は呼称しています。しかしこれではあまりに長すぎるのでこれを英語に直し…“Variable Stride or Pitch Timing Control Technique”とし…この4箇所を取って…」

 

 慈鳥はV、S、P、Tの文字を丸で囲んだ。

 

V-SPT(ブイセプト)、こう呼ぶのはいかがでしょうか?」

 

 慈鳥は会議室の全員に、そう呼びかけた。

 

「V-SPT……単純明快なネーミングですね、では、先程慈鳥君の提案は、これより『V-SPT』と呼称し、我が学園のトレーニングマニュアルに加えましょう…我がローカルシリーズの新しい武器、このV-SPTが戦のあり方を変えた鉄砲のような存在となることを期待しましょう」

 

オオオオオッ!!

 

 大鷹がそうしめくくり、会議室は熱気に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 




 お読みいただきありがとうございます。

 お気に入り登録、誤字報告、ありがとうございます!

 今回は、福山トレセン学園の校章を載せておきます。

 
【挿絵表示】


 校章の解説文中にある、“三本の矢”についてですが、3本目の矢は校章のメインになっている初心者マークのようなものです、あれは一応、矢羽根をイメージしたものです。

 ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第26話 備え

 

「へぇー、これが中央の新たな理事長……これ、児童労働じゃないのよね?」

 

 火喰が新聞を見つつ、そう言う。

 

「お役所さんが何も言わないってことは、合法だろ」

「……だが、他にもっと適任がいたんじゃないのか?」

「…まあ、人は見かけには寄らないってことだろう?」

「相手が子供だと見くびるなってことだな」

「そうだ、子供のイマジネーションは凄いからな」

 

 トレセン学園の理事長の交代は、世間だけでなく、AUチャンピオンカップの共同開催者である俺達ローカルシリーズの人間も騒がせていた。

 

 話を聞いた所によると、こちらのトレセン学園運営委員長である九重と言う人が、驚きのあまり中央に問い合わせたらしい。

 

 まあ…そりゃそうだよな…

 

 

 

────────────────────

 

 

「スタート!!」

 

 トレーニングの時刻になり、俺はアラをウッドチップのトレーニングコースまで連れて、タイムを図ることにしていた。

 

 合図と同時にアラはスタートする。だが、オパールカップの時のような好スタートでは無い。

 

 何故だろうと考えている最中にも、アラはコースを走っていき、二周目に突入した。俺は双眼鏡を取り出し、アラを見る

 

 アラはコーナーに入る……そして、コーナーの途中で…アラはピッチとストライドを変化させて、いわゆる『ストライド走法』に走法を変更した。

 

 そして…出口に差し掛かった時に逆の事をやり、ピッチ走法に戻した。

 

 これをレース知識のある者が見れば、“愚行”と捉えるだろう。

 

 一般的にストライド走法はカーブに向いておらず、カーブを曲がる時はピッチ走法が適切とされている。

 

 しかし、それは半分正解であり、半分間違いだ。

 

 ウマ娘は遠心力等、様々な要因により、コーナーでは速度が落ちる。つまり、コーナーで速度とスタミナを維持できると、かなりのアドバンテージが得られると言う訳だ。

 

ピッチ走法のメリットは、加速力、コーナーリングに優れていること。

 

 そしてストライド走法のメリットは、速度とスタミナが維持しやすい事にある。

 

 だから、コーナーの途中までは、優れたピッチ走法でスピードを上げるとともに、身体にかかる遠心力の具合を確かめる。そして、タイミングを見計らい、ストライド走法に切り替える、こうする事で、コーナーで体力を無駄遣いせず、なおかつ速いスピードで曲がる事ができると言う訳だ。

 

 これがV-SPT。

 

 氷川トレーナーとの何気ない会話、それと、出力を高め燃費を良くする、車の“可変バルブタイミング機構”にヒントを得て作り上げた…俺達の武器だ、もちろん、盗用対策も万全だ。ジムカーナやばんえいトレーニングでないと身につけることのないテクニックが、コレには使われているからだ。

 

タッタッタッタッタッタッ…

 

ピッ!

 

 そう考えているうちに、アラが二周目を走り終え、こちらまで戻ってきたので、俺はストップウォッチのボタンを押した。

 

「ハァ…ハァ…ハァ……トレーナー、タイム!」

「────だ、ベストじゃないけど、安定してきたな」

「やった…ありがとう」

 

 アラは笑顔でそう言った。

 

 最近、アラの笑顔が変わった、最初は微笑みぐらいだったのが、ニコリとする様になって来ている、夏合宿以降はそれが顕著だ。

 

 あれはアラに良いものをもたらしてくれたと言う事か……?

 

「トレーナー、ボーッとして、どうしたの?」

「…何でもない、とりあえず、今日のトレーニングの予定は全て消化できたな、よし、着替えたら駐車場まで来てくれ、銭湯まで連れてくからな」

「分かった」

 

 アラはそう言うと、校舎の方へと走っていった。

 

 

────────────────────

 

 

 アラを銭湯まで送り届けたあと、俺はトレーナー寮の自分の部屋に戻り、アラのスタート方法について考えていた。

 

 アラのスタートは最初の頃と比べると改善しつつある、恐らく、殆どのウマ娘と当たる場合はだが、今のままでは“大逃げをぶちかますウマ娘”には勝てない。

 

「……あの時…アラは氷川さんの紙を取るために大ジャンプしてみせた……そう、だから筋力自体はかなりあるはずなんだ…」

 

 俺はアラが4メートル位飛んだときの事を思い出した。

 

「………タテに跳ぶ力が強くても、ヨコに進む力があるとは限らないって事か……ならばオパールカップの時は…」

 

 俺はオパールカップの時の映像を再生する。

 

「……坂道からなんだぞ…?フツーはスタートが遅くなる筈だろうに…」

 

 俺はスタートの部分を、何度も何度も巻き戻して再生した。 

 

 そして、ある事に気付いた。

 

「……坂道でスタートする時は、地面の方向はヨコじゃない…ナナメだ……つまり、ヨコへの推進力だけじゃなくて、タテへの推進力も使うって事か……アラはタテへの推進力がバカ高いから…ナナメでスッと出ることができる、だが…殆どのレースは平坦な場所でスタートする…」

 

 俺はは呟きながら、ヨコに、タテに、そしてナナメに矢印を書いていった………

 

「ゲートの中…当然上に跳ぶなんてのは出来んし、地面を傾ける事なんて不可能だ…じゃあ…どうすれば良い…?」

 

 考えろ……ウマ娘レースだけの常識に囚われるな…

 

「……………待てよ…!?」

 

 その時、俺の中にある考えが浮かんだ。

 

 地面が傾けられないのなら、自分の身体をナナメにすれば良い

 

 つまり…クラウチングスタート……

 

 そして、上に飛ぶ力が強いという事は、地面を踏みつける力もまた然りということ、だからつまり…

 

 まずゲートインと同時に地面を踏みつけ、蹄鉄を食い込ませる。

 

 そして、クラウチングスタートの体制を取る

 

 後は脚の力を開放するだけだ。

 

 規則にはクラウチングスタート禁止なんてのは無い。

 

 行ける、これで、アラはさらに強くなる。

 

 レーサーの血が騒ぐのか、俺は自分の口角が自然と釣り上がるのを感じていた。

 

 

=============================

 

 

 その頃、福山トレセン学園の生徒会室では、生徒会の3人と大鷹が話していた。

 

「ふむ…それでは、今回の夏合宿のデータは既に取りまとめており、いつでも他の地方トレセン学園に共有する事が可能という事ですか、分かりました、これはこちらの方で検討していきます、ご苦労様でした」

 

 大鷹は3人に礼を言い、生徒会室を後にした。

 

「これで、第一段階は完了と言うわけだね」

「ああ、だが、ここからは夏合宿によって成長したウマ娘達の頑張りに掛かっている、私達も気を引き締めて支えていかなければならないな」

「忙しくなりますね…」

「うん、さて、私はこれからAUチャンピオンカップに備えた地方トレセンの生徒会長のオンライン会議があるから、二人は先に帰っていて良いよ」

「…では、お言葉に甘えさせてもらう、シュンラン、行こう」

「…は、はい!」

 

 エアコンボフェザーとハグロシュンランはエコーペルセウスを残し、生徒会室を後にした。

 

 

 

 二人は談笑しつつ、帰路についていた。

 

「日が落ちた後とはいえ暑いですね…」

「……そうだな…む…?花が咲いているな…」

「あそこですか……えーと…菊…ですね、本当は10月以降の花ですが…随分と早咲きで…………!!も、申し訳ありません、フェザーさん」

 

 自分が失言をしてしまったことを自覚したハグロシュンランは、エアコンボフェザーに謝った。

 

「…いや、良い、このままでいけば、私もいつかは過去と、そしてあいつと向き合う時が来るからな」

「……」

 

 その後、二人は会話を交わすことなく、寮へと戻っていった。

 

 

=============================

 

 

 私はあたりを見渡す、また、あの空間だ。

 

『────』

 

 そして、あの声も聞こえてくる。

 

「答えて!貴方は何者!?貴方は私の何!?」

 

 私は無駄であると分かっていてもそう叫んだ。

 

『…お前の事は、このワシが一番…………まあ良い、セントライト記念、そこでサラブレッド(ヤツら)を倒せ!お前はアングロアラブ(ワシら)の最高傑作、硝子(ガラス)の足共に劣るはずは無い!!サラブレッド(ヤツら)を打ち破り!その先へと進むのじゃ!!』

 

 えっ………会話が…成立した…!?

 それに…その先?

 

『…サラブレッド(ヤツら)アングロアラブ(ワシら)が存在していた故の、呪縛…それがこの世界には存在しておらん!!』

 

 呪縛…?

 

 どう言う事…?

 

「…貴方は…私に何を…させたいの?答えて!!」

 

 私はそう言いながら声の方向に向けて歩みを進めた。

 

『………』

 

 すると、その声の主の気配はだんだん遠ざかっていく、私は追いかける体制を取った。

 

「…待って!!」

 

バンッ!

 

「…………ハァ…ハァ…」

 

 本を床に叩きつけたような音で、私は目を覚ました。

 

 これまでの夢で、私は何となく思っていた。

 

 あの声が、私がここに生まれてきた鍵を握っているのではないかと。

 

 なら、出来る事は一つ…

 

「…勝ってやる…行けるところまで…行ってやる…」

 

 私は拳を握りしめた。

 

 

=============================

 

 

 時間が経つのは早い、今日はセントライト記念当日だ、いつものように、出バ表に目を通す。

 

1シンコウジンメル

2ロードレブリミット

3ヌーベルスペリアー

4オウカナミキング

5セイウンコクド

6テイオージャズ

7スノーボマー

8グランスクレーパー

9アラビアントレノ

10メジロランバート

11ステージハイヤー

12ネオリュウホウ

 

 

 他のウマ娘の強さは未知数、調整は万全、これ以上ないと言っても良いぐらいだ。

 

 しかも、今回はアラの気合いの乗りようが今までとは比較にならない、闘争心がオーラとなって出て来そうな感じがしている。

 

「アラ、そろそろ時間だ」

「……分かった………トレーナー、一つだけ聞いても良い?」

「…どうした?」

「…私がどんなウマ娘でも、トレーナーは応援してくれる?」

 

 アラはそう聞いてきた。

 

=============================

 

 私はトレーナーの目をまっすぐ見つめ、そう質問する。

 

「………ああ、家族を除けば、俺はお前さんの最初のファンで、ずっと消えることのないファンでもある、応援するさ、お前がどんなウマ娘であってもな」

 

 トレーナーは真っ直ぐに私を見返し、そう言った、おやじどのを思い出させる、懐かしい感覚だった。

 

「……そっか…なら良かった………トレーナー、観てて、私は勝って戻ってくるから」

 

 私はトレーナーにそう微笑みかけ、パドックへ急いだ。

 

 ……絶対に…勝つ……

 






お読みいただきありがとうございます。

新たにお気に入り登録をして下さった方々、ありがとうございます、感謝申し上げます。

今回はセントライト記念の史実での出馬表を載せておきます。

1.シンコウジングラー
2.ロードハイスピード
3.ダイワスペリアー
4.サクラナミキオー
5.セイウンエリア
6.テイオージャ
7.スノーボンバー
8.グランスクセー
9.ワールドカップ
10.メジロランバート
11.ステージマックス
12.レオリュウホウ

ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第27話 記憶


 UAが10000件を超えました!いつも拙作を読んでくださっている方々、心より感謝申し上げます。これからも拙作をよろしくお願い致します。


『7枠9番、アラビアントレノ、9番人気です』

『今回、中央のレース場は初めてですが、この歓声の中、平常心を保っているようですね』

 

「………問題は無しと………そんな事より……桐生院さん、来てよかったんですか?ミーク達のトレーニングもあるだろうに」

 

 観客席に上がったら、どういう訳か桐生院さんがいた。まあ、東京と千葉だから車の距離ではあるが…

 

「ミーク達のトレーニングは結さんに任せてありますから、大丈夫です!それに、今日は対戦相手の情報収集も兼ねていますから!」

 

 そう言って桐生院さんはビデオカメラを取り出した。

 

「そういえば桐生院さん、夏、ミークのローテについて考えていましたよね?あれってもう決まりました?」

「はい!秋のローテは…毎日王冠、菊花賞です!ミークはどの距離でもある程度走れてしまうので、慎重に判断しないといけませんから」

 

 凄いローテを考えるもんだ……

 

 …と言うか、さっきの発言からして桐生院さんはミークとアラがレースをすると踏んでいる……随分と高く評価してもらえてるもんだ、少々…鼻が高い。

 

 

=============================

 

 

 “今日は第4コーナーからV-SPTだ、タイミングを間違えんようにな”

 

 トレーナーの言葉を思い出し、私は深呼吸をした。

 

 中央で使っている赤い体操服も、悪くない、でも…なんで二種類あるのだろうか?これは本当に疑問に思う。

 

 一つはショートパンツだけど、もう片方なんてデザインが完全に下着のそれだ………最も、前世、サラブレッド達は産まれたままの姿の上にゼッケンだけだったけれど…

 

 駄目だ、駄目だ…気持ちを切替えよう。

 

 今日ここに来たのは、勝つためだ。

 

 そして、アレの正体を突き止めてやるためだ。

 

集中だ………

 

 私はターフを睨みつつ、ゲートインした。

 

「ヒぃッ!?」

 

 すると、隣のウマ娘が驚いたような声を上げる…私の様子に驚いたのだろうか?

 

 ウマ娘は人間よりメンタルはデリケートにできてるみたいだし、人によってはあるのかもしれない。

 

『休養中に乗り込んできたウマ娘、レースを経て来たウマ娘、地方からやって来たウマ娘、彼女たちはそれぞれで夏を積み上げて来ました、さあ!その成果を見せてもらいましょう!セントライト記念、菊花賞トライアル!』

 

ガッコン!

 

『今12人のウマ娘がスタートしました!日差しの照りつける芝コース良バ場2200m、12人の先行争いです!』

『やはり、飛ばしていく娘は居ませんね』

『最内にヌーベルスペリアー、そして外からはネオリュウホウ、押し出されるような形でアラビアントレノが後方寄りの外を進む、真ん中を突いていくのはオウカナミキング』

 

 …押し出されては無いんだけれど……とりあえず、中央の位置取り争いが未知数である以上、切り込むのは良くない。

 

 いくらパワーが上がったとはいえ、私、小さいからなぁ…

 

『1コーナーから2コーナーに入る所で先頭がネオリュウホウ、2番手が変わりまして、ヌーベルスペリアーからグランスクレーパーになりました!思い切って行ったぞ!その二人の後ろ、外を回っているメジロランバート、こちらもスピードを上げてきている、ヌーベルスペリアーの前へ』

『グランスクレーパーとメジロランバート、少しハイペース気味ではないでしょうか、表情も何だか落ち着きが見られないようです』

『ヌーベルスペリアーの後ろには内から並ぶ様にロードレブリミット、少し抑えるかオウカナミキング、そしてスノーボマー、後ろにセイウンコクド、その外を並ぶようにして走るアラビアントレノ、その二人を見るようにステージハイヤー、後方離れてシンコウジンメル、しんがりがテイオージャズです!!』

 

 ……確かに、春までの私なら、このスピードには対応出来なかっただろう、でも、今は違う…

 

 

────────────────────

 

 

((……あのウマ娘…何者…!?))

 

 前を走るグランスクレーパー、メジロランバートは後ろを気にしつつ、必死に逃げていた。

 

(…あのウマ娘に目をやった時…一瞬だけど……得体のしれないものを感じた……ライアンみたいな純粋な闘志じゃない………私達とは違う、異質な何か…)

 

 ゲートに入った時、メジロランバートはアラビアントレノを見て声をあげていた、それは彼女がアラビアントレノに対し、何かを感じていたからである。

 

『各ウマ娘、向正面へ、ここで中団に動きあり、アラビアントレノ、セイウンコクドの真後ろへ、暑さのせいか、全体のペースは控えめです』

『そうですね、第3第4コーナーでの動き、ここで勝負が決まりそうです』

 

(下りのストレート……ここはスリップストリームだ、コーナーに入る時は皆抑えるだろうから、私なら飛び出して外から並んでいけるはずだ)

 

 アラビアントレノはそう考え、仕掛けの準備に入っていった。

 

 

 

「………スリップストリームですか」

 

 桐生院はアラビアントレノを見つつ、隣にいる慈鳥にそう質問した。

 

「はい、アラは小さいですからね」

「ああやっているという事は、バ群に揉まれても抜ける自信がおありなのですね」 

「はい、ミーク達才能溢れる中央の生徒と共にトレーニングしたんです、アラならきっとやってくれます」

「私もそう思います」

 

 慈鳥と桐生院は夏合宿の成果を信じ、行方を見守った。

 

 

 

『先頭グランスクレーパー、その後ろにメジロランバート、3番手ネオリュウホウとは2バ身から3バ身差その後ろは若干絡まっている第3コーナーのカーブ、抑えて抑えて、ヌーベルスペリアー!その後ろからスノーボマー、おや、ちょっと下がっていくぞ、ヌーベルスペリアー!』

 

(………今だ!!)

 

 少し下がったヌーベルスペリアーに観客の注目が集まった瞬間、アラビアントレノのピッチとストライドが変わった。

 

『ネオリュウホウ押して行った!更には、オウカナミキングも続く!外からアラビアントレノぐんぐん上げる………えっ!?アラビアントレノ、上げている!大外からまくり上げて来るぞ!?』

 

ザワザワザワザワッ…!

 

 場内は騒然とした、しかし、実況の赤坂は何とか気持ちを立て直し、実況に戻った。

 

『ロードレブリミットもスパート体制、テイオージャズ、一瞬迷いスパートが遅れた!400の標識を通過!3着まで菊の舞台への夢!セントライト記念は最後の直線!』

 

(………まだ切り替えないほうが良いな、坂まではストライド走法のままで行こう)

 

『先頭争いはネオリュウホウとメジロランバート、いやグランスクレーパーもいる、外からアラビアントレノ!!激しい先頭争いをしつつも200の標識をパスし最後の急坂へ!』

 

 急坂へ差し掛かり、それぞれのウマ娘はピッチ走法へと変える体制を取った。

 

(………行ける、私の方が速い!)

 

 そして、一番速くそれを済ませたのはアラビアントレノだった。

 

(……………通させない!!)

 

 それを感じ取ったメジロランバートはすかさずブロックに入る。

 

(…………平地でやられてたら脅威だけど、坂だからね、遅い!!)

 

 しかし、平地でよりも速度が落ちる坂道では、ブロックの動きも当然鈍くなり、アラビアントレノは容易くそれを見切り…

 

(…………ヒッ!!…私…斬られた…!?)

 

 メジロランバートの側面ギリギリをパス、彼女に斬られた様な錯覚を与えて震え上がらせながら、ゴール板を目指して進んでいった

 

『アラビアントレノ、ブロックに入ったメジロランバートのギリギリ横を突き抜けてトップに躍り出た!!しかしそれを許したくないのか内側からヌーベルスペリアーがやってきたしかし逃げるぞ逃げるぞアラビアントレノ、逃げるアラビアントレノ、追うはヌーベルスペリアーとネオリュウホウ!しかし差は開く、シンコウジンメル突っ込んで来て3番手争い!!』 

 

(………あと…10m……!行けぇぇぇぇぇぇっ!)  

 

『ゴールイン!!勝ったのはアラビアントレノ!!中山の急坂を乗り越え、菊の舞台への切符を手に入れました!!』

 

「信じてたぞ!!」

「そのまま菊もとっちまえー!!」

 

 菊花賞のトライアル競争ということもあり、地方からわざわざ中山まで出向いていた地方のファンは多かった。 

 

 そして、そのファン達は、アラビアントレノに熱い声援を送っていた。

 

 

=============================

 

 

 勝った…私…勝ったんだ…

 

「信じてたぞ!!」

「そのまま菊もとっちまえー!!」

 

 私に向けて、声援が送られて来る

 

 観客達にむけて一礼した後、私は地下バ道に向けて戻っていった。

 

「アラ」

 

 トレーナーは地下バ道で私を待ってくれていた。

 

「特訓の成果が実ったな、勝ちたかったんだろ?」

「うん……凄い…嬉しい、ありがとう」

「ありがとう…?礼を言うのはまだまだ早いと俺は思うぞ?アラ…この先の…“菊花賞”に、桐生院さんとミークに…挑戦してみる気はないか?」

 

 トレーナーは私の肩に手を置き、私の目を見てそう言った。

 

「菊花賞に…ミークが?」

「ああ、向こうは俺達との対決を望んでる、アラ、お前が決めるんだ」

 

 菊花賞は、“最も強いウマ娘”を決める舞台、ミークと対決するには、この上なくベストな場所だ、そして、私はいつかはミークとレースをしたいと思っていた。

 

「…トレーナー、私、菊花賞に出る」

 

 私はトレーナーにそう言った。

 

 あの声の意思じゃない、これは紛れもない私の意志。

 

 サラブレッドもアングロアラブも関係無く、全力で競い合いたい相手と戦いたいという意志。

 

 そして、その意志は、このセントライト記念を勝った今、更に強くなっている。

 

“満たされる度に、渇きゆく”

 

 それが今の私の心だ。

 

 

 

────────────────────

 

 

 また、私は闇の中で目を覚ます。

 

 目を覚ましてすぐ、これが今までの夢とは違うものだということがすぐに分かった。

 

 私………いや、自分は、“4つの脚”で、その空間の中に立っていた。

 

 今までの夢とは明らかに違う状況、首を振るい、周りを見る。

 

カッポ…カッポ…カッポ…カッポ…

 

 後ろから、音が聞こえる、これは……馬の蹄の音。

 

「…!?」

 

 その音を出しているものの正体を掴むべく、振り返った。

 

「…よく来たな」

 

 間違い無い…この声、この毛色、あの馬だ、私の夢に何度も出てきた、あの馬だ。

 

「………」

 

 その馬は、警戒する私を気にする様子も無く、私の前に出る。

 

「セントライト記念に勝つとは、流石はワシの子孫の中の最高傑作……サラーム……いや、“セイユウユーノス”」

「…………!!」

 

 その瞬間、私の頭の中に色々な記憶が流れ込んで来た。

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

「この子が私の後輩のセイユウユーノスだ」

「ユーノ、堂々と振る舞うんだ」

 

 先輩との記憶。

 

「このお馬さん、白くてキレイ〜!」

「本当だね〜それに優しい顔だね〜」

「温厚で誰でも乗りこなせる…ホント、この子…セイユウユーノスは凄いですよ、誘導馬騎手達の中では神ホースだなんて呼ばれてますから……」

 

 大井での記憶。

 

「セイユウユーノス……つまり…この馬は、あの馬の子孫なのか?」

「ええ、父ビソウエルシド、母ユーノスプリンセス、つまり腹違いの兄はあの“益田の怪童”です」

「そうか……だから名前にユーノスが…」

「しかもこの子は幼名まで用意されてたらしいんです、結局、誘導馬にされてしまった訳ですけれど……神崎さん、どうしました?」

「いや、“ユーノス”…か……若い頃を思い出しただけだ………セイユウユーノス、よろしく頼むよ」

「────!」

 

 そして、おやじどのと初めて会ったときの記憶。

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 思い出した…自分の名前は“セイユウユーノス”小さい頃は“サラーム”と呼ばれていた。

 

「…じゃあ…あなたは…」

「……ワシの名前はセイユウ、お前と同じアングロアラブじゃ」

「自分と同じ…アングロアラブ…」

「そう、じゃが、お前は菊花賞に出ることが出来る、血の呪縛…人間共の勝手な決め事で、ワシの出る事のできなかった、あの…菊の……」

 

 声の正体、“セイユウ”の声は、段々と遠ざかっていった。

 

 

 

────────────────────

 

 

「…………!!!」

 

 目覚めた私は、前脚…いや、手がきちんとついているのか確認する、手はきちんとついている。

 

 “セイユウユーノス”

 

 それが私の、前世の名前。

 

 だけど、気になることが一つあった。

 

 セイユウは、人間たちの事を『人間共』と言っていた……そう、まるで人間たちの事を恨んでいるかのような口調だった。

 

 

=============================

 

 

地方トレセンの所属ウマ娘が、セントライト記念を征したという情報は、中央に激震を与えていた。

 

「押さないで!押さないで!商品は逃げませんよ!!」

 

 そして、ここ、福山レース場は、アラビアントレノがセントライト記念を勝利した事により注目され、所属ウマ娘達のグッズを買いに、全国からローカルシリーズのファンが訪れたのである。

 

 

 

「……凄い量」

「地元の福山以外からも来てるぞ」

 

 一方で、アラビアントレノと慈鳥は急増したファンレターに驚いていた。

 

「アラ、これ見ろ、北海道から届いている」

「ホントだ……トレーナー、それ貸して、見てみるから」

 

 アラビアントレノは慈鳥から北海道から届いた手紙を受け取り中身を見た。

 

「……『アラビアントレノさんへ、セントライト記念、見ていました、アラビアントレノさんみたいなウマ娘になれるようにがんばります…』……この娘…小学生だ…」

「本当かよ、文面からして、競争ウマ娘になりたいんだな」

「うん…どんな名前の娘なんだろう……えーと…『コスモバルク』良い名前…」

 

 アラビアントレノはそうつぶやき、手紙を便箋に丁寧にしまった。

 




 
 お読みいただきありがとうございます。
 
 文中に出てきたセイユウは、アングロアラブの中で唯一、サラブレッド系重賞を制した馬です。

 ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第28話 偵察と成長

 

 ある日の放課後、ワンダーグラッセ、セイランスカイハイは生徒会長のエコーペルセウスによって呼び出されていた。

 

「ワンダー、ランス、君たちは確か…交流重賞に出た経験は無かったよね?」

 

 エコーペルセウスは二人にそう質問した。

 

「はい」

「私も同じです、何か頼み事ですか?」

「うん、君たちには、今度の休み、シュンランとともに3人で東京…中央のファン感謝祭に行ってもらいたいんだ、旅費は私達の方で都合するからさ」

「……私達…がですか?トレーナーさんも無しに…ですか?」

 

 ワンダーグラッセは自分の胸に手を置き、エコーペルセウスに質問する。

 

「そう、君たちはまだ、中央のウマ娘達と走っていない、だから呼んだんだ。ランス、スピアフィッシングにはポイントの事前調査が必要不可欠だよね?」

「はい~」

「ワンダー、茶会をする時には、紅茶に合うお菓子を調べるよね?」

「はい」

「なら、話は早い、二人にやって欲しいのは、相手の偵察だよ。君たち二人のことを知っている娘は夏合宿組以外に居ないと思うから、偵察し放題だ、そしてトレーナー抜きでやる事で、自分で考える力もつけてもらうってことさ」

「ほぅ…なるほど…」

 

 セイランスカイハイは、興味深そうな顔をした。

 

「確かに魅力的ですね、観るのもトレーニングの一つですし」

 

 ワンダーグラッセも興味を示した。

 

「それなら決まりだね」

「あれ、でもそれならシュンラン副会長は…?」

 

 そう聞いたのはセイランスカイハイである。

 

「ああ、シュンランは夏合宿で見てきたウマ娘達を見たいだってさ、あと、オグリキャップにも会いたいらしい」

「なるほど〜確かに、シュンラン副会長、オグリキャップさんの大ファンですからね」

「ハハハ、“サインが欲しい”って言ってたのを覚えているよ」

 

 エコーペルセウスは笑ってそう言った。

 

 

 

────────────────────

 

 

 数日後、東京都のあるホテルの玄関に、ハグロシュンラン、ワンダーグラッセ、セイランスカイハイの姿があった

 

 ハグロシュンランは首からカメラを下げ、ワンダーグラッセは下ろしている髪をポニーテールに束ねて緑のカラーコンタクトをつけ、セイランスカイハイは帽子を被り、偵察のための装いは完璧といった様子だった。

 

「ランスさん、ワンダーさん、よく眠れましたか?」

「はい、もうそれはぐーっすりと」

「同じくです」

「それでは、今日の予定を確認しましょうか、私はこちらを担当しますから、お二人はこちらを」

 

 ハグロシュンランはファン感謝祭のパンフレットを開き、トレセン学園の敷地を半分ずつ指で囲んだ

 

「シュンラン副会長…一人でですか?」

「はい、心配は無用です、一人で歩くのは慣れていますし、きちんと白杖も持っていますから」

 

 片目しか見えない事を心配する二人に対し、ハグロシュンランは鞄の中から携帯式の白杖を取り出し、心配は無用であるという意思表示をした

 

「確か…お二人は“日本のレースに興味があるイギリス人と現地人のお友達”という形でしたね、よろしくお願い致します、向こうの皆さんには見かけても声をかけないようにして頂いていますから、たっぷり学び、たっぷり楽しむことに集中致しましょう」

 

 ハグロシュンランはそう言った。

 

 

 

────────────────────

 

 

「おぉ〜やっぱデカいもんだねえ」

「そうですね〜」

 

 バスに揺られ、数十分、三人はトレセン学園に辿り着いた。

 

「では、予定通りに行きましょうか」

「分かりました」

「承知致しました」

 

 ハグロシュンランの一声で、三人はそれぞれが見る場所へと向かっていった。

 

「えーと、まずは………」

「ランス、ここからは英語で行きましょう…Ok?」

Copy that(了解)…」

 

 ワンダーグラッセとセイランスカイハイは英語での会話に切り替え、トレセン学園内を進んでいった。

 

 

 

────────────────────

 

 

「スズカさん!今度はあっちに行きましょうよ!」

「ふふっ、スペちゃんは元気ね」

 

 一方、別の場所ではスペシャルウィークはサイレンスズカと共に会場を回っていた。

 

「置いていっちゃいますよー!スズカさん!」

 

 スペシャルウィークはサイレンスズカの先を進み、彼女の方に振り向き、振り向いてそう言う、サイレンスズカはそれを見ていたが…

 

「危ない!」

 

 スペシャルウィークの後ろから人が来るのに気づき、スペシャルウィークを止めようとした。

 

ドンッ!!

 

 しかし、スペシャルウィークはぶつかってしまった。

 

「………」

「す、すいません!大丈夫ですか?」

 

 スペシャルウィークはぶつかって尻餅をついた相手に近づき、手を差し伸べる。サイレンスズカも駆け寄った。

 

「I'm ok……How about you?」

「…え、英語!?…えーと…えーと…」

 

 スペシャルウィークがぶつかった相手は、ワンダーグラッセであった

 

「“私は大丈夫です、そちらは大丈夫ですか?”って言ってるんです」

 

 中々返答できなかったスペシャルウィークに、ワンダーグラッセの横にいたセイランスカイハイがそう言う、するとスペシャルウィークは…

 

「良かったぁ…」

 

 と言って胸を撫で下ろした。

 

「さっきはごめんなさい、えっと…そちらの方…Are you a tourist from abroad?」

 

 サイレンスズカはワンダーグラッセに対し、英語で質問した。

 

「……Yes, I'm from england.」

「Ok, thank you very much. スペちゃん、この人はイギリスからの観光客みたい、あれ…では、貴女は?」

「私はこの娘のサポート役ですね、通訳みたいな感じです、でも、私もここに来たのは初めてで、とりあえず手当たり次第回ってるって感じですね」

「そうでしたか、ここは初めての方…うーん」

 

 サイレンスズカは、顎に手を当て、考える。

 

「そうだ!スズカさん、エルちゃんとグラスちゃんに案内を頼むのはどうですか?あの二人は私よりも詳しいし、アメリカ出身ですから、英語も大丈夫ですよ!」

 

 スペシャルウィークは人差し指を立ててそう言った。

 

「確かに…あの二人なら……私達よりもうまく案内できるわね…分かったわ、スペちゃん、この二人をあの二人の所に案内しましょう」

「はい!フ、フォローミー、プリーズ!」

 

 こうして、スペシャルウィークの案内により、ワンダーグラッセとセイランスカイハイはグラスワンダーとエルコンドルパサーのもとに向かうこととなった。

 

 

 

────────────────────

 

 

「オグリさん、こちらの方は、オグリさんの大ファンのサポートウマ娘の方で、オグリさんに是非会いたいと思って、広島から来てくださったそうですよ」

「本当なのか…?」

「はい、長年応援させて頂いています」

 

 ハグロシュンランはそう言ってオグリキャップに向かって挨拶をした。

 

 先程まで彼女は白杖を使い、学園を回っていた、その時、たまたま通りがかかったメジロアルダンが心配して声をかけ、彼女をオグリキャップのところまで連れてきたのである。

 

「…そうか、応援してくれて、ありがとう」

「オグリン、せっかく遠くから遠路はるばる来てくれたんや、このウマ娘にウチらの事について教えへんか?」

「そうだな、タマ。キミ…少し長くなるけど、良いか?」

「もちろんです、あのオグリキャップさん達から直接お話しを聞けるなんて…光栄です!」

 

 ハグロシュンランは目を輝かせ、そう答えた。

 

 

 

────────────────────

 

 

『ここが……“伝説のレースのシアター”ですか』

『はい、歴代の先輩方や今年のレース映像を鑑賞できるようになっているんです』

『しかも、ワタシ達がついていますから、今回は解説付きデース!!イギリスの友だちに、日本のレースの凄さ、タップリ教えてあげて下サイ!!』

『はい、よろしくお願い致します』

 

 

(……うわぁ…これが海外のヒトのペースかぁ…)

 

 セイランスカイハイはそう思い、心のなかでため息をついた。

 

 スペシャルウィークとサイレンスズカの助けにより、グラスワンダーとエルコンドルパサーの案内を受ける事が出来たまでは良かったものの、三人が英語で話している際はそのスピードが速すぎ、会話の内容がほとんど分からなかったからである

 

『ここの末脚を発揮するタイミングが、このレースの注目点です』 

『なるほど、一瞬の判断が、勝負を分けている…とでも言うのでしょうか?』

 

(うーん、やっぱり分かんないや、まあ、ホテルでワンダーから聞けば良いし、私は私でじっくり見させて貰いますか)

 

 セイランスカイハイは理解することを諦め、視線を画面に移す。

 

(…やっぱり、天皇賞や有記念、とかのG1レースが多いなぁ…あれ、所々…抜けてる?…まあ、伝説のレースを集めてるって言ってるぐらいだし、見栄えの無い奴を弾いてるって事かな…?)

 

 セイランスカイハイは少し違和感を感じつつも、画面に視線を集中させた

 

 

────────────────────

 

 

「そこでオグリさんが最後の力を振り絞って抜け出したんです、圧倒されたのをよく覚えています……」

「同じくです」

「私もその映像はテレビで拝見していました、“オグリ一着、オグリ一着”と実況の方が叫んでいましたね、私はあの時のことを思い出すだけで涙が出てくるんです」

「信じるかどうかはキミの自由だがあの時、どういう訳か“お前はオグリキャップなんだ”という声が聞こえてきたような気がしたんだ、それのお陰かどうかは分からないが、私は力を振り絞り、勝つことができたんだ」

 

 一方、ハグロシュンラン達は、オグリキャップのトゥインクルシリーズ最後のレース、有記念について語り合っていた。

 

「凄いですね…!!」

「むぅ…こうも目を輝かせて言われると…恥ずかしいものがあるな…」

「オイオイオグリン、胸を張るんや、一般人のウマ娘まで、アンタの走りに涙しとるんやで?」

「ああ、ありがとう、シュンラン」

 

 ちなみに、オグリキャップはハグロシュンランの家、ハグロ家のことについては知らない、ハグロ家のウマ娘は園田より東には居ないからである。

 

「…それにしても……」

 

 タマモクロスはハグロシュンランとメジロアルダンの方を見た。

 

「アンタらふたり、よう似とるわ」

「顔つき…ですか?」

 

 メジロアルダンがそう聞き返す。

 

「ちゃうちゃう、何か雰囲気といい、話し方といい…ウチはアンタらが他人みたいな気がせえへんのや」

「確かに〜二人共、そういった面ではよく似ていますよ」

 

 スーパークリークも、タマモクロスの意見に賛同した。

 

「まあ、似ている人が世界に数人はいるとか言うしな、たまたま今日会うことができたって事じゃねぇか?」

 

 イナリワンがそれに続いて発言した、すると、それと同時に。

 

『十分後に、中等部のウマ娘達によるエキシビションレースを行います』

 

 とアナウンスがあった。

 

「あらあら、もうそんな時間ですか、私たちはレースを見に行きますが、シュンランさんもご一緒にどうですか?」

「是非!」

 

 メジロアルダンに誘われ、ハグロシュンランは彼女たちと共にレースコースに向かった。

 

 

 

────────────────────

 

 

『本日のエキシビションレースは、将来が楽しみな中等部のウマ娘達が、志願した各距離で競い合います!』

 

「短距離、マイル、中距離、長距離、どのレースもあるみたいだな」

「そのようですね、良かったですね、シュンランさん」

「はい、楽しみです」

 

『まずは短距離です!出走するウマ娘達は……』

 

 実況は出走するウマ娘達の名前を読み上げていった。

 

(ゲーさん…頑張って下さいね)

 

 その中には夏合宿に参加していたデナンゲートの姿もあった。

 

「オグリ、誰が勝つと思う?」

「先行争いが激しくなるだろうからな……ヒシアケボノが有利じゃないか?」

 

 オグリキャップ達はレースの予想を行なっている、ハグロシュンランは心の中で、デナンゲートの勝利を祈っていた。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了』

 

ガッコン

 

『スタートしました、注目の先行争い、やはり前に出てくるのはヒシアケボノ、そしてテイエムジーライン』

 

「やっぱり強いなぁ、ヒシアケボノは」

「短距離ですからね、しかもラストスパートは恐らくかなりバラけて差しが決まりにくいですから…」

 

 

 

 そして、レースはあっという間にラストスパートに入っていった。

 

『レースも終盤、ハナを進むはヒシアケボノ、おーっとここで、デナンゲートが上がってくる、ヒシアケボノ、ブロックに入って行く』

 

「アカン!!大怪我するで!」

「…残念だが、体格差がある…控えた方が良いかもしれないな」

 

『デナンゲート、避けないぞ!』

 

 デナンゲートは避けようとしなかった、そして、ヒシアケボノにブロックされるコースに入った。

 

ゴッ!

 

「へっ!?」

「…む!?」

「……まぁ…!」

 

『ヒシアケボノ、弾かれた!弾かれた!』

 

 弾き飛ばされたのはヒシアケボノの方であった。

 

 そして、動揺したヒシアケボノは大きく動きがヨレ、その体躯で後ろに控えていた他のウマ娘達の進路を塞いでしまった。

 

「ヒシアケボノは進路を塞いでるぜ!」

「まるでド素人じゃねぇか」

 

 観客達はそう言う。

 

「…あの子達はまだデビューしていませんから、仕方無いですね」

「ああ、レースを重ねれば、予想外の事態の対処も上手くなるからな」

 

(……やりましたね、ゲーさん)

 

 スーパークリークとオグリキャップの会話を聞きながら、ハグロシュンランは心のなかでそう呟いた。

 

 

 

────────────────────

 

 

『今日はありがとうございました、日本のレース、面白かったです』

『それは良かったデス、でも…今日のレース、勝つと踏んだ娘が殆ど負けちゃって予想外デース』

 

 エルコンドルパサーはそう言って首を横に振った。

 

 今日のレースには、将来有望と目されるウオッカやダイワスカーレットも出走していた、しかし、結果は。

 

短距離 デナンゲート

マイル デナンゾーン

中距離 スイープトウショウ

長距離 ゼンノロブロイ

ダート ハルウララ

 

 であった。

 

「グラスワンダーさん、そっちはどう思います?」

 

 セイランスカイハイはグラスワンダーに質問を振る。

 

「……正直、私も予想外でした、特にウオッカさんとスカーレットさんは現在絶好調のチームスピカのメンバー、勝つと踏んでいたのですが……」

「…そうですか」

 

 その後、セイランスカイハイとワンダーグラッセは二人に見送られ、トレセン学園を後にし、ハグロシュンランと合流した。

 

 

────────────────────

 

 

 後日、ハグロシュンランは生徒会室にて、偵察の成果を報告した。

 

「……以上で報告を終わります」

「ありがとう、お疲れ様、これはすぐにウマ娘達のトレーニングにフィードバックするよ」

「たしか、エキシビションレースをやっていたそうだな、どうだった?」

 

 エアコンボフェザーはハグロシュンランに質問した。

 

「皆さん、とても活躍しておられました、デビュー後も期待できます」

「それなら良かった、あのウマ娘達は……いや、良い、桐生院トレーナーと氷川トレーナーから連絡は?」

「二人からお礼の電話を頂きました、喜んでおられましたよ」

 

 ハグロシュンランがそう言うと、エアコンボフェザーは安心した様な顔をした。

 

「シュンラン、それで、オグリキャップには会えたのかい?」

「はい、色々なお話しを聞かせて頂きました」

「それは良かった、君はもう戻っても良いよ」

 

 ハグロシュンランがオグリキャップに会えた事を確認したエコーペルセウスは、彼女を先に帰した。

 

「…ファン感謝祭が終わり、次は…菊花賞…か…………」

 

 ハグロシュンランが去った後、エアコンボフェザーは耳飾りを触り、そう呟いた。

 

 

────────────────────

 

 

 一方、エコーペルセウスはパソコンを立ち上げ、AUチャンピオンカップに備えた会議を行っていた。そして、その会議が終了した後、話題は菊花賞へと移っていた。

 

「もうすぐ、菊花賞ですわね。アラビアントレノさんは我々地方の代表、我が妹を破った実力、ぜひとも菊の舞台で発揮してほしいものです。応援させて頂きますわ。」

「私ども船橋のマフムトさんから、“暴れてこい”と、応援の言葉を預かっています。ぜひとも、アラビアントレノさんに伝えていただきたく思います。」

 

 姫路の生徒会長、そして船橋の生徒会長が、エコーペルセウスにそう言う。そして、他の生徒会長もそれに続いた。

 

「うん、皆ありがとう、伝えておくよ」

「あたし達も続かねぇといけませんね!」

 

 エコーペルセウスの言葉に、盛岡の生徒会長が声を上げた。

 

「そうですね、最近はスカウトも減ってきていますし、どんどん強いウマ娘を育てていかなければ」

「まずは、地方主催の交流重賞、そこでURAのウマ娘達に勝つ事を目標にしねぇとな、千里の道も一歩から。コツコツやっていこうぜ」

 

 続いて、金沢、大井の生徒会長が続ける。

 

「その手伝い、私達福山がやらせてもらうよ、この間やった夏合宿のトレーニングの中で、効果的だったものをいくつか選んで、そのマニュアルを皆に送らせてもらうよ」

「いくつかって言っとるが、他にもあるんか?」

 

 エコーペルセウスに対し、園田の生徒会長が質問する。

 

「うん、あるにはあるけれど、試作段階のものとかも混じっているし、準備がかなり面倒で改良の余地があるものとかがあるから、そういうものはハネてるよ」

 

 エコーペルセウスはそう説明する、“試作段階のもの”とはV-SPT、“準備がかなり面倒”というのはばんえいのトレーニングである。

 

「そうか、ご苦労さんやな」

「夏合宿は中央の生徒も誘ったのでしょう?一部のものでも、かなりの効果が期待できるわね」

「そうですね……おっと、もうこんな時間ですか」

「ならそろそろ切り上げるか」

「そうですわね」

「なら、そろそろ切り上げようか、終了後すぐに、データを送らせてもらうよ」

「頼んだぞ」

「了解」

 

 そして、オンライン会議は終了した、エコーペルセウスは即座にファイルを他の生徒会長達に送信し、椅子にもたれかかる。

 

「さーて、今度は部屋で、今後の事を考えるとしますか!」

 

 エコーペルセウスはそう言って、鞄を持ち、生徒会長室を後にしたのだった。

 

 





 お読みいただきありがとうございます。
 
 誤字報告、お気に入り登録、ありがとうございます。感謝に堪えません!

 今回の模擬レースのシーンは、ガンダムF91の冒頭を少しだけ参考にしています。

 ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第29話 勝負服

 
 今回は拙い挿絵が入っています。


 

 

『サイレンススズカ!勝ちました!グランプリウマ娘の貫禄!2着はハッピーミーク!』

 

 サイレンススズカは、毎日王冠に勝利した、ハッピーミークはギリギリまで食いついたものの、最後に突き放され、敗北を喫したのであった。

 

 

────────────────────

 

 

「トレーナー、皆、ごめん……勝てなかった」

「……敗北から学びましょう、ミーク、貴女はもっと速くなれる」

 

 桐生院はそう言い、ハッピーミークの肩に手を置いた。

 

 

 

(スズカさんは…とんでもなく強かった…でも…どうして…どうしてハッピーミークに…ワタシ…は…)

 

 一方、エルコンドルパサーは、サイレンスズカだけでなく、ハッピーミークにも土をつけられた事にショックを受けていた。

 

(どうして…どうして……)

 

 エルコンドルパサーは当然、同学年の中でも、最も将来性があるウマ娘達が集められているクラスに在籍していた、しかし、トレーナー間で“パッとしない”つまり、光るものが無いと言われたハッピーミークに敗北したのである。そのショックは多大なものであった。

 

(……ノビが違った、つまり…パワーが…)

 

 そして、エルコンドルパサーは自分に“パワーが足りない”と思ってしまったのであった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 トレーナーが机に4つの写真を出す。

 

「右から、セイウンスカイ、キングヘイロー、スペシャルウィーク、そしてミークだ」

「うん」

「どの四人も甲乙つけがたいほど強い、そしてミークが一番恐ろしいのは事実だが……その次に恐ろしいのはコイツ、セイウンスカイだ」

 

 トレーナーは一番右の写真の芦毛のウマ娘、セイウンスカイを指す。

 

「ワンダー達が入手した情報によると、菊花賞でもあいつは逃げる、だが、気をつけることが一つある」

「気をつけること…?」

「途中でのレブ縛りだ」

 

 レブ縛り、確か…レース途中でペースを落とすテクニック…

 

「初めにハイペースで逃げ、途中でレブ縛りを行い、スタミナを回復させる、そして最後に再び加速する、スタミナに秀でてる相手だ、やって来る可能性は高い」

「じゃあ、もしそのパターンだったらどうするの?」

「目には目を、奇策には奇策をぶつける、ただでさえ意味不明なV-SPTと奇策、奇襲効果は十分だ」

「それで…その奇策って……」

「ああ、ワンダーとランスが手に入れて来た情報に転がってる」

 

 そして、トレーナーは私にその奇策について話してくれた。

 

 

=============================

 

 

 アラに菊花賞での作戦を話した後、俺は自分の私室に戻っていた。

 

 俺はアラの勝負服のイラストを見た。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 カラーリングはアラのパーソナルカラー体操服をモデルにした白黒ツートーン。

 

 それは、前世、大阪の環状でシビックに混じってたまに走っていたスプリンタートレノ(ハチロク)のカラーリングによく似ていた。

 

 カーレースでも、あの車は恐ろしかったのをよく覚えている。

 

 ドライバーにもよるが、コーナーで張り付いてくるのが、とにかく恐ろしかった。

 

 いかんいかん……アラのトレーニングについて…考えないと…

 

 アラはもし菊花賞で勝てたら、その二週間後の「秋の天皇賞」にも出たいと言っていた、俺は驚いたが、アラに押し切られる形でOKを出してしまった。

  

 だが…出ると決めたからには、勝つ。

 

「……なら、菊花の後は一度温泉地に連れて行った方が良いな……」

 

 俺はペンを取り、カレンダーとにらめっこしつつ、計画を立てていった。

 

 その後、俺はしばらく作業をした後に、眠りについた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 …まだ起きる時間では無いのに、目が覚めた、夢を見た、前世の思い出だった。

 

 相棒が泣いた時の夢だった

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 コンビを結成して数年後のある日、相棒はラジオで競馬の実況を聞いていた。

 

 丁度、今ぐらいだった様な気がする。

 

『菊──────!!────ラ!!───────です!』

 

 いつだったろうか?確か死ぬ10年以上前だった。

 

「やった…やってくれた!!やってくれたぞ!!」

「ん?どうした?」

「……いや、どうしても勝って欲しい馬がいてな……勝ってくれたんだよ!!」

「そうか、で、馬券は?」 

「当たった!でも、カネなんかどうでも良いさ!…ここから一度羽休めして、来年の春が楽しみだなぁ!!」

 

 相棒は男泣きしていた、泣くやつでは無かったのに…だ。

 

 そして2カ月ほど後、相棒はものすごく憤っていた。

 

「何で…何でだ!!なんでそうするんだ!!どうしてだ!!」

「お、おい!どうしたんだ!落ち着けよ!!」

 

 結局、その日相棒は車で飛び出していってしまったのをよく覚えている。

 

 

 それから数週間後、相棒はまた泣いていた。

 

「くっ…うぅ………何故…何故…どうしてだ!」

「……相棒…」

「……苦しめるだけだ!!馬は俺達人間とは違うんだぞ!!車ならエンジン載せ替えりゃ生き返る、だけど……馬は…生きてんだよ…」

 

 そして、4ヶ月ぐらい経ったろうか。

 

「俺達人間って……罪深いな」

 

 と、呟いていた。

 

 

 そして、時間は流れ、俺が死ぬ1年前、相棒はまた憤っていた。

 

「………ありゃあ…車で言えば、オーバレブのエンジンブローだ、いつか起こることだったんだ………レーサーは…いつ死ぬか分からない、レースに絶対は無いのに…」

「………」

「8歳で…無事に走り切っただけでも…認めてやっても良いじゃないか………」

 

 その頃からだったと思う、相棒がメカニックを退いた後の事について真剣に考え始めたのは。

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 相棒、俺が死んだ後、お前はどうしたんだ?まさか…?

 

 …いや、あいつは親友が死んだぐらいでへこたれる様なタマじゃない…きっと……俺なしでもうまくやっている筈だ

 

 

=============================

 

 

「どう……?」

 

 勝負服を着たアラが、こちらを向く。

 

「ああ、よく似合ってる」

 

 アラの勝負服はコートを羽織るような形で、小さい身体が大きく見えるようになっている。

 

 そして、そのデザインは奇しくもミークのそれにそっくりだった。断じてパクった訳ではない、どういう訳か似てしまった。

 

「トレーナー、行ってくる…そして…ミークに勝ってくる」

「ああ、共に練習した仲…存分に戦って来い!」

 

 アラはそう言って控室を出ていった、その後ろ姿からも、足取りからも、成長が感じられた。

 

 

────────────────────

 

 

 ウマ娘達がパドックで観客達に手を振る。

 

『3枠5番、セイウンスカイ、2番人気です』

 

 日本ダービーでは敗北を喫したものの…調子は好調だ、目は口より物を言う。

 

 そして…その目は、何か企んでいる、まだまだ子供だ、考えが目に出まくっている。

 

『3枠6番、アラビアントレノ、7番人気です』

 

 アラは観客に軽く手を振り、微笑む。

 

「アラビアントレノー!!やってくれ!!」

「応援してるぞ!!」

「アラちゃーん!!」

 

 福山からわざわざ駆けつけてくれたファンが、アラに声援を送る。

 

 ミークは芝とダートの両方、そして全距離を標準以上のタイムで走って見せるとんでもない才能を持つウマ娘…アラにとっては最強格のライバルの一人だ、だが、そういった相手と闘うための武器がV-SPTだ。

 

「ミーク!!」

「ミーク先輩!」

 

 マルシュ、ロブロイ達が声援を送っていた。

 

『5枠9番、キングヘイロー、3番人気です』

 

 距離適性は微妙だが、彼女の担当は、ヤコーファーのトレーナー……トレーニングの工夫に関しては定評があるらしい。

 

 

『7枠15番、ハッピーミーク、6番人気です』

 

 専用の勝負服で身を包んだミークの調子は良さそうで、体の仕上がりも良い。さすが桐生院さんだ。

 

『8枠17番、スペシャルウィーク、1番人気です!!』

 

「スペシャルウィーク、勝ってくれ!!」

 

 

 

 

「慈鳥トレーナー、いよいよ勝負ですね…貴方には負けません」

「それはこちらの台詞です、桐生院さん」

 

 俺達はお互いに宣戦布告をした。

 

俺は出走表を見た

 

1キンノガバナー

2シンボルオウカン

3ミツバリュウホウ

4セイウンスカイ

5コマンドスズヤ(取消)

6アラビアントレノ

7ヌーベルスペリアー

8ボルトエンペラー

9キングヘイロー

10シンコウジンメル

11メジロランバート

12テイオージャズ

13タンヤンアゲイン

14サンプラスワン

15ハッピーミーク

16エプソンダンディー

17スペシャルウィーク

18グリーンプレゼンツ

 

 一人取消、回避したということだ。

 

 そして、それはアラの横、天気は雨……

 

 これなら……

 

「貴方が、葵ちゃんがお世話になっているトレーナーさん?」

「…!?」

「せ、先輩!?」

 

 後ろから声をかけられ、俺は驚いて振り返る。

 

 そこには、50ぐらいの女性が立っていた。

 

「は、はい…俺が…桐生院さんと共に頑張らせて頂いている、地方のトレーナーです」

「そんなに緊張する必要なんて無いのよぉ?」

「は、はい…」

 

 この人…桐生院さんが先輩と呼んでいたという事は……この人、まさか、メイサの元メイントレーナー。

 

「…あの…メイサの元トレーナーの方…でしょうか?」

「そう、私がメイサの元トレーナー、伊勢よぉ、葵ちゃんとはあの娘がちっちゃい時からの知り合いなの、あっ…あの娘も呼ぶわぁ、ビーちゃん!!」

 

 伊勢さんがそう言うと、群衆をかき分け、あるウマ娘が姿を現した。

 

「…やぁ!君がミーク達を鍛えてくれたトレーナーさんかい?」

 

 長身、長髪、特徴的な耳飾り、その姿は、ウマ娘レースを知るものなら誰もが知っている。

 

「ミ…ミスターシービー……」

「そう、アタシはミスターシービー、チームメイサの元リーダーさ」

 

 高等部に一人いると桐生院さんは言っていたが、まさか…三冠ウマ娘だとは…

 

「先輩、どうしてここに?」

「しばらく地元でトレーニングしてたんだけどねぇ、ビーちゃんが菊花賞を見に行きたいって言うから、ここまで駆けつけて来たのよぉ」

「そ…そうなんですか…」

「私が見るに…ミークちゃん、ビーちゃんが三冠を取った時と変わらないぐらいの仕上がりよぉ、ね、ビーちゃん」

「うん、でも、凄いのはミークだけじゃない、あの娘、アラビアントレノもさ」

 

お世辞でも嬉しい言葉を、ミスターシービーが言ってくれる

 

そして、そんなやり取りをして居る間に、アラ達は、ゲートの方に向かって移動していた。

 

 

=============================

 

 

 歩いていて分かる、殆どのウマ娘が、私を見ている、つまり…マークされる可能性が高いって事だ。

 

 でも今日の作戦は「スリップストリームを使うな」だ。

 

 中央のウマ娘は強い、いくらV-SPTが使えたって、囲まれて通り道が塞がれたらどうしようもない、今日のレースは17人もいるから。

 

ゲートに入る前、隣のヌーベルスペリアーに睨まれた。

 

 睨むなら好きなだけ睨んでおけ、こっちは10年以上睨まれてきたんだ、それにそんな睨んでも私からは何も出ない、人間の身体で出せる眼力なんてたかが知れてる。

 

 私は深呼吸をした。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了、最強のウマ娘になるために気合いが入ってまいます17人、今…』

 

ガッコン!

 

『スタートしました!!さあ、勢いよく飛び出して行きましたセイウンスカイ!キングヘイローは先行組へスペシャルウィークは中団に構えた!さて、地方からのチャレンジャー、アラビアントレノは…あれ?』

 

 ヨコが空いてたから…助かった。

 

『アラビアントレノ、まさかの先行組!!』

 

 さて………

 

 行こう。

 

 

 




 
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第30話 雷鳴(トレノ)

 
 今回も拙い挿絵が入っています


『3コーナーカーブ、2番手ボルトエンペラー、3番手にヌーベルスペリアー、キングヘイロー、抑えましたか4番手、その内回って、ハッピーミークです。さて、そこから一バ身離れて外寄りを進むアラビアントレノ、その後ろにつけるメジロランバート、その後ろの内寄り、サンプラスワン、そして一番人気スペシャルウィークは中団より前!』

 

(さぁーて……最初の1000メートルは、ハイペースで…)

 

 セイウンスカイは、最初の1000メートルでハイペースに見せかけ、相手にいずれバテると予測させる作戦を取っていた。

 

 そしてセイウンスカイは一瞬後ろに目をやる。

 

(……よし、スペちゃんは控えてる、ダービーで逃げたキングも抑え気味…ハッピーミークさんは、ダービーと違って先行策、後はあのアラビアントレノ(おチビさん)だけど……あの娘は今までのレースからして、脚質は差しか追込、距離適性は2500mぐらいまでが限界だ、それに…今回は前に出過ぎてる、多分私に乗せられたのかな?なら、私のやるべきことは唯一つ………雨でも気にせず、このマージンをどんどん広げてやる…!)

 

 セイウンスカイは他のウマ娘達との距離を離しつつ、4コーナーの坂を下り、一度目のホームストレッチを駆け抜けていった。

 

『各ウマ娘、一度目のホームストレッチを通過、先頭セイウンスカイ、差を離し2番手ボルトエンペラーからは6バ身差、ボルトエンペラーの後ろにはヌーベルスペリアー、1バ身離れてキングヘイローとハッピーミーク、そしてアラビアントレノ、それを見るようにメジロランバート、1バ身後ろにサンプラスワン、そしてスペシャルウィークは後ろから6番目ぐらいの位置にいる!』

 

 

=============================

 

 

『各ウマ娘、一度目のホームストレッチを通過、先頭セイウンスカイ、差を離し2番手ボルトエンペラーからは6バ身差、ボルトエンペラーの後ろにはヌーベルスペリアー、1バ身離れてキングヘイローとハッピーミーク、そしてアラビアントレノ、それを見るようにメジロランバート、1バ身後ろにサンプラスワン、そしてスペシャルウィークは後ろから6番目ぐらいの位置にいる!』

 

 俺は先頭のセイウンスカイを見た。

 

 時々目線が内ラチ沿いに行っている、恐らく、見える景色で自分が走った距離を測っているんだろう。

 

 恐らくバレて無いだろうと思ってやっているのだろうが、相手が悪かったな。

 

 こっちは生憎お前らの3倍は長く生きてるんだ、それに、生身とマシンという違いがあるとはいえ、俺もレースで走った身、相手のレーサーの考える事を読むのには慣れている。

 

 そして、その走りを見るに、あれはレースを翻弄し、勝とうとしている。 

 

 だが…そんな事は…させるものかよ。   

 

 

=============================

 

 

(一応ミークは前に出しておいたけど…これで良かったのかな…?乗せられては…いないよね?)

 

 その一方で、桐生院は心配しつつハッピーミークの方を見た、ハッピーミークは夏合宿によりかなり素早く動ける様になっていたものの、今回のレースは、17人立ての大レースである。それ故、いくら動きが良くても差しで行くのには多大なリスクがあると判断したのであった。

 

(私達はあれからスタミナトレーニングを重ねてきた…それも全て、アラさんにあの人に…勝つために…)

 

 桐生院はハッピーミークの勝利を祈り、コースを見つめた。

 

 

『第1コーナーから第2コーナーへと入る所で、先頭はセイウンスカイ、リードは5バ身、2番手ボルトエンペラー、その後ろにヌーベルスペリアー、そしてハッピーミークとキングヘイロー 6番目には、アラビアントレノでその後ろにはメジロランバートがつけている』

 

(ペースダウン…一息つけてる…コーナーだからバレにくい)

 

 セイウンスカイは微妙にペースを緩めて逃げていた、ウマ娘は、コーナーを曲がる際は姿勢制御に意識を使うため、他への判断力が低下するのである。

 

 

(……セイウンスカイさん、ペースを緩めた…私の目は誤魔化せない)

 

 しかし、それはハッピーミークに既に見抜かれていた。

 

 夏合宿でのハードなトレーニングが、彼女に身体の持久力だけでなく、脳…つまり思考力の持久力も与えていたのである。

 

 

 

(やっぱり…そう来たかぁ…)

 

 そして、それはハッピーミークと共にトレーニングをして来たアラビアントレノも同様であった。

 

(今までは他の娘のコーナーリングスピードに合わせてきた………ここからは…普通のペースで行こう)

 

 そして、アラビアントレノはペースを上げた。

 

『ここでアラビアントレノ、ペースを上げてきた!!スルリとコーナーを抜けていく!』

 

 

(アラ…考える事は…同じ…)

 

『ハッピーミークも続いた、二人共上がって上がってヌーベルスペリアーの前へ!!』

 

 

 

(…ウソ……!?)

(何ですって…!?)

 

 そして、この動きに衝撃を受けたのはキングヘイローとメジロランバートである、キングヘイローはハッピーミーク、メジロランバートはアラビアントレノの近くにおり、その動きが最もよく見えたからである。

 

 

(コーナーで上げるなんて……それに雨なんだよ…?)

 

 セイウンスカイはあり得ないやり方をした二人に気味の悪さを抱いていた。

 

『各ウマ娘、第2コーナーを抜けてバックストレッチへ、先頭はセイウンスカイ、リードは3馬身、アラビアントレノとハッピーミークがペースを上げましたが、全体の展開としてはやや縦長といったところです。』

 

(詰められた…?あの間に…!?でも、釣りを思い出すんだ…慌てちゃ駄目だ、アラビアントレノ…あの娘のスタイルは………そう、スリップストリーム)

 

 セイウンスカイはアラビアントレノの武器がスリップストリームであるということを思い出した。

 

 

「セイウンスカイちゃん、少し踏み込みが強くなったわねぇ、まるで誰かを後ろに入れたくないみたい」

 

 伊勢は双眼鏡を除きながらそう言った。

 

「そうだね、トレーナーさん」

 

 同じくそれを見ていたミスターシービーもそう返す。

 

「アラさん…スリップストリームを使うつもりがないのですか?」

「はい、恐らく今までのレースから、予測されてる筈ですからね、現にセイウンスカイはああやってスリップストリーム出来ないようにしています………あんな事、雨の日にやるもんじゃないんですがね」

「……スタミナ…ですか?」

「…セイウンスカイなら走り切るだけのスタミナは残すでしょう、問題なのはこの天気です、雨なんですよ、今日は」

 

 慈鳥は空を指差し、そう言った。

 

 

────────────────────

 

 

『バックストレッチも後半、二度目の淀の坂まであと少し!先頭セイウンスカイ、リードは3バ身、2番手3番手、並ぶようにハッピーミークとアラビアントレノ、4番手ヌーベルスペリアー、その外にボルトエンペラー、6番目はキングヘイローいや、メジロランバートか、その後ろ、内からサンプラスワン、その外後ろにスペシャルウィーク!そしてミツバリュウホウ、エプソンダンディーが行く、後ろから行くのはシンコウジンメル、タンヤンアゲイン、テイオージャズ、しんがりグリーンプレゼンツ』

 

(淀の坂……普通は…抑えて上り、抑えて登る…だけど……!)

 

 アラビアントレノはピッチとストライドを変化させ、坂の前からロングスパートをかけた。新しい武器、V-SPTを使う時が来たのである。

 

『おっとここでアラビアントレノがペースを上げた!淀の坂を勢い良く登ってゆく!!セイウンスカイとの差がジリジリ迫って来るぞ!』

 

 

 

────────────────────

 

 

「アタシと同じ………ふふっ…面白いなぁ、あの娘は」

 

 ミスターシービーはそう呟いた。

 

 

(何で…さっきはもっと後ろに…いつの間に…!)

 

 そして、セイウンスカイはあっという間に距離を詰めてきたアラビアントレノに驚愕した。

 

『おっと、アラビアントレノに釣られたか、ハッピーミークとキングヘイローも上がってくる、スペシャルウィークも仕掛ける構え!』

 

(ここで行かなきゃ…アラとは戦えない…!)

(末脚はまだ残ってる…ここで行かないと…ダメね!)

(…坂は…根性…!!)

 

(ハッピーミークさんに…キング、スペちゃんまで…!?耐えないと……!)

 

 そこで、セイウンスカイは異変に気付いた。

 

(…踏ん張れない…)

 

 スタミナは残っているものの、彼女は踏ん張るための脚力を、アラビアントレノを後ろにつかせないために使ってしまったのである。

 

(駄目だ…突っ込めない…これ以上出すと…転ぶ…!)

 

 その結果、セイウンスカイはペースを上げられなかった。

 

 

 

『淀の坂も中盤!他のウマ娘達も動く、ハッピーミークがいち早く前の二人に追いついたぞ!スペシャルウィークも来た』

 

 観客達の注目は5人に集まる。

 

(さあ…アラ…その名の通り…雨の日に“雷鳴”を響かせてやれ…!)

 

 慈鳥は拳を握りしめ、セイウンスカイに迫りつつあるアラビアントレノを見た。

 

「何…あのコーナリング…スピード…」

 

 桐生院はV-SPTの効果を見て、目を丸くして驚いていた。

 

『ここでハッピーミーク、ペースを上げて一気に二人に迫る!』

 

 だがハッピーミークとて、ジムカーナで遠心力への耐性を鍛えた身である、彼女は一気にアラビアントレノの横に並び、内ラチ沿いを進んだ。

 

『外からはキングヘイローとスペシャルウィークが飛んでくるぞ、キングヘイロー、猛烈な追い上げ!セイウンスカイ、ペースが落ちてゆく、勝負は下りに入った!』

 

 5人の競り合いで、会場はとんでもない熱気に包まれていた。

 

 

=============================

 

 

 内にミーク、なら…外から!

 

 私は外からセイウンスカイを抜く体制に入った。

 

「行かせないわよ!」

「……!」

 

 すると、後ろからキングヘイローが飛んできた、ぶつかるコース…避けさせる気だ…でも、避けたらV-SPTが解除される…

 

 避けてほしい、だけど…相手は無理矢理飛び込んで来た。

 

「…な、何で!?」

 

ゴッ!

 

 ………パワーならこっちが上、悪く思わないでね、そりで鍛えられた私達に、そんなものは通用しない。

 

 ぶつかった反動を利用して……!

 

『キングヘイロー、アラビアントレノにぶつかって…逆に弾き飛ばされた!?アラビアントレノは……えっ……その反動で…内に入ったァ!!そしてセイウンスカイを交わしたぞハッピーミーク!スペシャルウィーク!ヨレたキングヘイローを避けて追いすがる!』

 

 ミーク……そっちには……

 

「負けない!!」

 

ドオン!!

 

『アラビアントレノ、ハッピーミークに並びかけてきた!!』

 

 

=============================

 

 

『キングヘイロー、アラビアントレノにぶつかって…弾き飛ばされた!?アラビアントレノは……えっ……その反動で…内に入ったァ!!そしてセイウンスカイを交わしたぞハッピーミーク!スペシャルウィーク!ヨレたキングヘイローを避けて追いすがる!』

 

 アラ…必ず来るはず…

 

タッタッタッタッタッタッ…!

 

『アラビアントレノ、ハッピーミークに並びかけてきたぞ!!』

 

 来てくれた……でも…負けない…!

 

 

=============================

 

 

「行けぇー!!アラ!」

「ちぎって!ミーク!!」

 

 慈鳥達は、アラビアントレノとハッピーミークに声援を送る。

 

『アラビアントレノか、ハッピーミークか!?二人共譲らないぞ!!』

 

((絶対に………勝つ!!))

 

 

【挿絵表示】

 

 

ドォン!

 

「「………!」」

 

 桐生院と慈鳥の目が丸くなる、ハッピーミークとアラビアントレノは、同時にセカンドスパートをかけていた。

 

『二人が並ぶようにしてゴールイン!!!』

 

「どっちだ!?」

「分かんないよ!!」

 

 ツルマルシュタルクとジハードインジエアは身を乗り出し、掲示板を見た。

 

 

────────────────────

 

 

長い沈黙が流れた後、掲示板には『6』の文字がくっきりと映し出された

 

『雨の菊の舞台に、雷鳴が轟きました!菊の季節に雷鳴が轟いた!!勝ったのはアラビアントレノ!アラビアントレノです!!』

 

 しかし…

 

「…セイウンスカイかスペシャルウィークの二冠…見たかったなぁ」

「……キングヘイローに勝ってほしかったよ…」

 

 その展開は、観客達にとってあまりにも予想外のものだった。

 

「おめでとうございます!!」

 

 だが、それを破るかの様に、あるウマ娘が声を張り上げた。ゼンノロブロイである。

 

「……ロブロイ…私達もやるぞ!おめでとう!」

「…おめでとう!!」

「よく頑張ったわ!!」

「やったな!!」

「凄かったぞ!!」

 

 ゼンノロブロイに続き、チームメイサのウマ娘、福山から駆けつけたファンも声援を贈る。

 

「慈鳥トレーナー…おめでとうございます…次は勝ちます…私達が…!」

「ありがとうございます…負けませんよ」

 

 桐生院は涙を堪え、慈鳥と握手をした。

 

「やったな…アラ……」

 

 慈鳥はハッピーミークと握手をするアラビアントレノを見て、そう呟いた。

 

「地方にも、物凄い娘が居るものねぇ!」

「………怪物、いや、“怪童”だね」

 

 そして、伊勢とともにレースを見届けたミスターシービーはアラビアントレノを見つめ、そう言った。

 

 

 

「悔しいけど…アラと勝負出来て良かった、強いね…アラ」

「いや…私の力だけじゃない…ミークがこのレースで、私と競り合ってくれたからだよ」

「そっか…次は…負けない…」

「こっちこそ…!」

 

 アラビアントレノとハッピーミークは再戦を誓った。

 

「何で……あんなパワーが…出るのよ…!」

「………二冠……取れなかった…」

「くっ…………クソっ…」

 

 一方で、敗北したスペシャルウィーク達はそれぞれ、悔しい思いを抱いていた。

 

 三人は同時に、何かを感じていた、しかし、その何かはすぐに敗北感に掻き消されていった。

 

 

=============================

 

 

 私…なれたんだ…“最も頑強(つよ)いウマ娘に…”

 

『…それで良い、お前は最強の馬、そして…』

 

 セイユウの声が、微かに聞こえた。

 

“セイユウ”…この菊の冠は私の願い、私の思いで取ったもの…貴方の意志は関係無い

 

 でも、この菊の冠で、貴方が喜ぶのならそれで良い。

 

 私は自分の走りを見てくれる皆を喜ばせる為に…走っているから。

 

 だけど…さっきの実況の声のリズムには、何だか聞き覚えがあった。おやじどのが似た言葉を繰り返し口ずさんでいたからだ。

 

 (サクラ)ほど綺麗じゃないかもしれない、でも、この雷鳴は、きっと、おやじどの耳に…届いていると信じたい。

 

 




 
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 挿絵についてですが、左がアラビアントレノ、右がハッピーミークです。

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今年のウマ娘レース界について語り合うスレ Part334

 二度目の掲示版形式です。苦手な方は飛ばしてくださって大丈夫です。


  

 

 アラビアントレノとハッピーミークが菊花賞でほぼ同時にゴールインし、掲示板を見上げていた頃、ネットの掲示板の住人たちもその結果が出るのを見守っていた。

 

 

 

343:名無しのレースファン ID:HaeZ2svmZ

ファッ!?

 

 

344:名無しのレースファン ID:9s6ioh2pD

アラビアントレノ勝ったな

 

 

345:名無しのレースファン ID:eWzTGlT8H

ええ…

 

 

346:名無しのレースファン ID:bymom1dCY

33-4

 

 

347:名無しのレースファン ID:dkEoOmF+M

地方所属が中央負かすとか…悪夢でも見てるのか…?

 

 

348:名無しのレースファン ID:Bp20N44Uy

アラビアントレノ、オグリキャップも超えるかもしれんな

 

 

349:名無しのレースファン ID:ixHIGYlBc

雨の日であのコーナーリングはおかしい

 

 

350:名無しのレースファン ID:Iqvc4hIHY

それならハッピーミークも頑張ってたぞ

 

 

351:名無しのレースファン ID:X9ZFJleWX

セイウンスカイは上手く逃げられなかったね、策士策に溺れるとはまさにこのこと

 

 

352:名無しのレースファン ID:D7YQals2H

>>351 は?

 

 

353:名無しのレースファン ID:Zrbupwpte

>>351 ちょっと表出ろ

 

 

354:名無しのレースファン ID:vQc5ru0xh

まあ、セイウンスカイに何らかの作戦があったのは確かやな

 

 

355:名無しのレースファン ID:2m3i+YTjx

キングヘイローは上手いこと出れんかったな

 

 

356:名無しのレースファン ID:IIeWNt/sk

アラビアントレノに逆に弾かれてたんだよなぁ…

 

 

357:名無しのレースファン ID:Ih+R2hIJF

ワイ、昼寝してたら菊花賞終わってた、現在結果に驚愕中

 

 

358:名無しのレースファン ID:SVP381dVs

 

 

359:名無しのレースファン ID:gRi3pAR7m

草ァ!

 

 

360:名無しのレースファン ID:sjl7kI0AJ

というかこれアラビアントレノに中央からスカウト来るんじゃね?

 

 

361:名無しのレースファン ID:w5xi48rxi

確かに

 

 

362:名無しのレースファン ID:IcczvJ6zU

地方からスターを取り上げるのはやめてくれよ…(絶望)

 

 

363:名無しのレースファン ID:E5C/ZB8m3

オグリの時は喜んでた人もいたけど、俺は悔しかったね

 

 

364:名無しのレースファン ID:qoQj3b8TE

わかる、東海ダービーでフジマサマーチと走って欲しかった

 

 

365:名無しのレースファン ID:D/ae8fV2s

いや、才能のあるウマ娘は中央で輝くべきでしょ

 

 

366:名無しのレースファン ID:oGF2ZSiYW

365に同意

 

 

367:名無しのレースファン ID:gr2EbCe3s

スターがいなくなると地方のレース場では客が減るんやぞ?365と366はそれが分かってんのか?

 

 

368:名無しのレースファン ID:oGF2ZSiYW

でも地方の方がウマ娘在籍数多いやん、スカウトで出ていくウマ娘より新しくデビューするウマ娘の方が多いし、問題ないやろ

 

 

369:名無しのレースファン ID:U+RkUSBfu

>>368 それ“兵士は畑から取れる”って言っとんのか?ウマ娘は消耗品やないんやぞ?

 

 

370:名無しのレースファン ID:Zsf4YxIkL

>>368 中央はそんなにスターが欲しいんか?地方から引き抜いてまで

 

 

371:名無しのレースファン ID:2j4a2j9sF

ちょっとこの話題はここまでにしておこうや、荒れるのが目に見えてる

 

 

372:名無しのレースファン ID:IATRAZQBy

同意

 

 

373:名無しのレースファン ID:TTQdlaXxh

おけ

 

 

374:名無しのレースファン ID:yfwNjpFfI

まあ、チャンピオンカップの前にファン同士が喧嘩なんてアカンからな

 

 

375:名無しのレースファン ID:Ul44IhvWT

なら、レースの話題に話を戻そうか、今回スペシャルウィークは調子良く無かったんかな?

 

 

376:名無しのレースファン ID:QsffSha59

ダービーが2400、菊は3000、単純に距離適性の問題じゃね?

 

 

377:名無しのレースファン ID:X70MWIJVv

そう考えるとキングヘイローは中々の好走ですねぇ…

 

 

378:名無しのレースファン ID:N/ge25lyV

それもそうやが、今回のレースでハッピーミークにステイヤー適正があるって分かったな

 

 

379:名無しのレースファン ID:FHGAEjoxl

も期待できそうかね

 

 

380:名無しのレースファン ID:QVcLyy+ce

いや、分からんぞ、グラスワンダーも出てくるだろうし

 

 

381:名無しのレースファン ID:4yY5NBdJo

そう言えば、地方のコースって長くても大体が2000ちょっとぐらいよな?

 

 

382:名無しのレースファン ID:rEKcywiK3

どうなんやろ

 

 

383:名無しのレースファン ID:nrod7NS8J

ワイ広島県民やけど、アラビアントレノは完全にステイヤーやと思うで

 

 

384:名無しのレースファン ID:jNgg49h6o

>>kwsk

 

 

385:名無しのレースファン ID:nrod7NS8J

まず、福山トレセン学園は、集客のために年末レース場借りてエキシビションレースしとるんやが、アラビアントレノはそこの2600mに出たんやで

 

 

386:名無しのレースファン ID:1HiEP8rXk

ええ…

 

 

387:名無しのレースファン ID:M6oPkzzY7

福山って確か…あのきついカーブの…

 

 

388:名無しのレースファン ID:qvDKo8n18

そうみたいやな、地元民は“弁当箱”とか呼んどるみたいや

 

 

389:名無しのレースファン ID:iA63BNR+A

>>388うまそう

 

 

390:名無しのレースファン ID:nyE3RurWs

>>これはオグリまっしぐら

 

 

391:名無しのレースファン ID:TXJJRVvDA

というか地方に長距離コースあったのか…

 

 

392:名無しのレースファン ID:6aJIWefUG

地方に長距離あるの知らないスレ民がいたのか…(困惑)

 

 

393:名無しのレースファン ID:SI0AkpN22

>>392知らなくてすまんな

 

 

394:名無しのレースファン ID:z2LtQFFlq

>>393 ええんやで

 

 

395:名無しのレースファン ID:kp0+FM4HT

最近の地方は強くなってんね

 

 

396:名無しのレースファン ID:7ayHBMb4v

トレーニングが常に改良されてる、門別とかわざわざ津軽海峡まで行って寒中水泳大会とかやっとるで

 

 

397:名無しのレースファン ID:9IxAUd2QY

>>396 さむそう

 

 

398:名無しのレースファン ID:yrba8fPRt3

南関東は学園を超えた交流模擬レースやってますねぇ!!

 

 

399:名無しのレースファン ID:bKnElMlQJ

はえー

 

 

400:名無しのレースファン ID:sZyCnOQZ4

中央は何かやっとんやろか?

 

 

401:名無しのレースファン ID:3t6kFnnYl

ワイ府中民、中央の生徒はよく多摩川沿い走ってるで

 

 

402:名無しのレースファン ID:SUw5Vtz+Y

イッヌの散歩してる時によく見るわ

 

 

403:名無しのレースファン ID:GEA7IVNns

夏合宿ではクソデカタイヤ引いてるで

 

 

404:名無しのレースファン ID:R8rlhSyGs

重量トレーニングは基本なんだよなぁ…

 

 

405:名無しのレースファン ID:S8H48f7ov

地方でもやっとんか?

 

 

406:名無しのレースファン ID:DsjzG4eeR

姫路は2Gトレーニングってのをやってるで

 

 

407:名無しのレースファン ID:BbPkayoKd

>>詳しく教えてクレメンス

 

 

408:名無しのレースファン ID:DsjzG4eeR

ワイらに普段かかっとる重力が1Gやろ?それで姫路のウマ娘はたまに自分と同じ重量の重りを背負ってトレーニングするんやで、そしたら理論上は常に身体に2倍の重力がかかっとる状態になるから2Gトレーニングって言うんや

 

 

409:名無しのレースファン ID:lCF7EjoN+

はえー

 

 

410:名無しのレースファン ID:aBX4r8tkO

すごE

 

 

411:名無しのレースファン ID:Yak2JPnDE

昔の孫悟空みたいやな

 

 

412:名無しのレースファン ID:cUSRQwa4w

福山はどんなトレーニングやっとんやろ、知っとるスレ民おらんか?

 

 

413:名無しのレースファン ID:y05hM9oa6

福山人だけど、トレーナーごとにバラバラな内容だから説明が不可能に近い

 

 

414:名無しのレースファン ID:0vjM00E8w

確かめたいならその目で見てみろってことか…

 

 

415:名無しのレースファン ID:WzxXadtAM

新幹線で行けるし、行けないことはない、なお仕事

 

 

416:名無しのレースファン ID:cjPFn2fyh

>>415 やめい

 

 

417:名無しのレースファン ID:M9/uSnNKb

>>415 ワイニート、低みの見物

 

 

418:名無しのレースファン ID:SSQbW2W3V

うーん、秋天はどうなるんですかねぇ…

 

 

419:名無しのレースファン ID:y2NHLE0VC

今年は菊から少し開いてるから、アラビアントレノ出てくるかも

 

 

420:名無しのレースファン ID:A2sNtM8TO

でも流石にサイレンススズカに勝てるわけ無いやろ

 

 

421:名無しのレースファン ID:dBythFBkX

秋天、個人的にはエルコンドルパサーに期待

 

 

422:名無しのレースファン ID:49bNlToZZ

でもあのウマ娘毎日王冠でハッピーミークに負けてたやん

 

 

423:名無しのレースファン ID:xLcrx+Znq

ハッピーミークも何か急に調子出てきたよな…

 

 

424:名無しのレースファン ID:4Xm36DMB4

確かに、菊花賞でもダービーみたいになるかと思っとったが、きっちり計算して走れてた

 

 

425:名無しのレースファン ID:ipWFLTXPj

そりゃ育成トレーナーがあの名門桐生院家のトレーナーだからな…

 

 

426:名無しのレースファン ID:sx74kktF+

確かに…

 

 

427:名無しのレースファン ID:rnfzRSxf5

それにあのミスターシービーが先輩だものな

 

 

428:名無しのレースファン ID:VwQQBHxGC

それならかなり将来は期待できるね。

 

 

429:名無しのレースファン ID:ZcAPD4GWp

天皇賞秋、面白そうなレースになりそうやな

 

 

430:名無しのレースファン ID:gl1kYcjTo

他にはどんなウマ娘が出るんだっけ?

 

 

431:名無しのレースファン ID:GSeVqh2JL

ナイスネイチャとかウイニングチケットがいるね

 

 

432:名無しのレースファン ID:oiorcm2n9

豪華メンバーですねぇ…

 

 

433:名無しのレースファン ID:ljXlqcyBM

俺個人としてはこの強敵の中、サイレンススズカに勝ってほしい

 

 

434:名無しのレースファン ID:PM6WBGEmQ

わかる、毎日王冠で見せてくれたような強い走りをもう一度見てたい

 

 

435:名無しのレースファン ID:CjkMhxNC1

サイレンススズカ、秋天終わったら海外遠征も視野に入れてるとの噂がある

 

 

436:名無しのレースファン ID:Ah/f7BI4A

ファッ!?

 

 

437:名無しのレースファン ID:KWT0reVuu

マジかよ

 

 

438:名無しのレースファン ID:HcVfYuK0E

最近の中央はやっぱ海外遠征強化してんのか

 

 

439:名無しのレースファン ID:P6sBD6xyj

そうみたいですな、才能のあるウマ娘も多いし、戦果も期待できそう

 

 

440:名無しのレースファン ID:cre7IpbEO

サイレンススズカの大逃げは絶対海外のウマ娘に通用する

 

 

441:名無しのレースファン ID:VEnbj1f+P

俺もそう思う

 

 

442:名無しのレースファン ID:qxhv/CmLL

ちょっと皆、菊花賞の話題に戻るんやがええか?

 

 

443:名無しのレースファン ID:ZcQQ/s6Yg

ええで

 

 

444:名無しのレースファン ID:dj0uua4fm

オッケー、どうしたんや?

 

 

445:名無しのレースファン ID:qxhv/CmLL

ちょっと実況に懐かしさを覚えてな

 

 

446:名無しのレースファン ID:ahz/e9vVv

懐かしさか…

 

 

447:名無しのレースファン ID:vkJgdGt2X

実況誰や?

 

 

448:名無しのレースファン ID:4HGjcBrdQ

今日は赤坂さんが不在だったな…

 

 

449:名無しのレースファン ID:k6BMNDIlo

杉本清之助だったはず

 

 

────────────────────

 

 そして、この後もスレは続いていったのである。

 

 




 お読みいただきありがとうございます。

 私事なのですが、火曜日に面倒事が発生し、その対処に追われておりました。申し訳ありません。

 ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第31話 会議

「表明ッ!!アラビアントレノ、彼女が菊の冠を取ったという事態に、我々は驚愕している!」

 

 トレセン学園の理事長であるやよいは菊花賞の結果に驚愕していた。

 

「たづな、学園の生徒はどういった反応を示している?」

「“驚いた”、という意見が有りますが…やはり、“ありえない”というのが大多数を占めています」

「憂慮ッ!!その“ありえない”という意見はローカルシリーズへの理解不足という何よりの証拠ッ!!オグリキャップを始めとしたローカルシリーズからの移籍者もおり、トラブルの原因となる可能性は否定出来ない!!」

「確かに…その意見も分かります…AUチャンピオンカップの事もありますし…」

 

 たづなは顎に手を当て、考え込んだ。

 

「そこで発案ッ!!現在控えられているローカルシリーズからのスカウトを行い、生徒に現在のローカルシリーズを知ってもらい、理解を深める事を行いたい!」

「ですが、URA本部はどう仰っているんです?」

「“方針に影響が出ない範囲”では可能であると言ってきた!心配は無用ッ!!これより理事会との調整に入るッ!!」

 

 やよいの言う、方針とは近年のURAの目標である、“海外遠征の強化”であった。

 

 そして、前理事長であるしわすはその海外遠征強化方針にのっとり、その土台をより盤石なものにするべく、海外に渡ったのである。

 

 ただし、海外遠征には多大なる資金が必要となる。そしてこれはここ数年、URAがローカルシリーズからのスカウトを控えてきた理由の“一つ”であった。

 

 生徒を増やすことにより各種費用の負担が増加する、たづなが気にかけていたのはここであった。

 

 

────────────────────

 

 

「まさか…菊花賞をローカルシリーズのウマ娘が取るとはな…」

「ああ、私も信じられない…」

「しかも、現在絶好調のヤコーファーのウマ娘、キングヘイローを逆に弾き飛ばすとは…」

「私が一番驚いたのはそれだ、“瀬戸内の怪童”……か…」

 

 やよいが理事会との調整に入って数日後、トレセン学園の生徒会室にてエアグルーヴ、ナリタブライアンは会話を交わしていた。

 

 二人の目の前には、新聞が広げられていた。

 

「それで、会長は広島県に向かったんだな?」

 

 エアグルーヴはナリタブライアンにそう確認する。

 

 当初の予定では、菊花賞の結果がどうであれ、トレセン学園はアラビアントレノをスカウトする方針であった、それ故、前もって生徒会のスカウト担当の生徒が福山トレセン学園に一番近い、広島のURA事務所に向かっていた。

 

 しかし、菊花賞でアラビアントレノが勝利した事により、そのスカウトをより確実なものにする為に、理事長であるやよいの願いを受け、急遽、シンボリルドルフが先に広島へ向かっていた者たちを追いかけ、直接スカウトへと向かったのである

 

 そして副会長、エアグルーヴはジャパンカップへの準備の為、ナリタブライアンはシンボリルドルフ不在時の学園運営のために、遠出ができないという事情があり、学園に残っていたのである。

 

「なあ、エアグルーヴ、あのウマ娘…いや、最近の地方は、なぜここまで強い?」

「私にもよく分からないな、だが地方の改革が進んでいることは知っている、それが関わっていることは確かなことだろう」

「そうか…高度な実力を身につけるためには、それなりの設備が必要だ、しかしらウチと地方とでは、その資金力に雲泥の差がある、それらをどうやってなんとかしているんだろうな」

「…分からない、だが、今の私達に出来ることは、目の前のレースに集中することだけだ」

 

 この二人は中央と地方の設備や資金力の違いを知ってはいたものの、その差を埋めるものが何なのかまではほとんど知らなかった。

 

 

=============================

 

 

『何故…私はあそこを通ろうとしたのでしょうか?』

『───……お前の判断は間違って無い、大丈夫だ、私がお前を守る』

『その気持ち、嬉しく思います、フェザー先輩…………でも、皆…皆、あのレースを見て言うのは、あの娘の事ばかり………フェザー先輩、私は…もう走りません、勝っても…嬉しくないですから』

 

 

ピリリリリ…!ピリリリリ…!

 

ガバッ!

 

「………!」

 

 夢…か…………何故…今になって…

 

 私は記憶のせいか、重い頭と身体を起こし、鳴っている携帯を手に取る。

 

「………ペルセウス」

『…フェザー!やっと繋がった……今日は大事な会議なんだから、早く身支度を整えて生徒会室に来て!』

「…わかった…すまない…」

 

 私は預かり物の耳飾りを付け、急いで身支度を整えた。

 

 

=============================

 

 

『では、これより、ローカルシリーズトレセン学園生徒会長会議を行います、皆さん、よろしくお願いします』

 

 エアコンボフェザーがエコーペルセウスに起こされて約一時間後、全国の地方トレセン学園のオンライン会議が行われた、まず挨拶をしたのは、サガトレセン学園の生徒会長である。

 

『それで、今日の議題は“声掛け事案の急増について”やったな』

 

 発言したのは園田トレセン学園の生徒会長である。

 

『うちの生徒にスカウトが来たよ』

『怪我の療養中の私のところのシャトーアマゾンにも』

『こっちにも』

 

 その議題が上がるのと同時に、各方面の生徒会長から声が上がった。

 

「まあまあまあまあ、落ち着こう落ち着こう、ごっちゃになって何もわからないから」

 

 エコーペルセウスは取り敢えず場を鎮めようとする。

 

『いやいやいやいや!!エコーペルセウス、アンタんとこが一番心配やで!!』

『そうだ!』

『それには激しく同意』

『君の所のアラビアントレノ、どうなっているんだい?』

 

 各トレセンの生徒会長からエコーペルセウスに質問が飛んだ。

 

「…恐らく今、彼女の担当トレーナーにURAからの使者が接触しているだろう、現在の状況は把握しようがない、とりあえず、各学園の現状報告を進めていこう」

 

 エコーペルセウスの代わりに、彼女の隣にいたエアコンボフェザーが質問に答え、会議を進めるように促した。

 

 

 

────────────────────

 

 

(わざわざ広島市内の事務所まで呼び出すとは…中央もやってくれる、ソアラの燃料代を都合してくれる訳では無いだろうに…まあ、新幹線使ってこっちまで来ることを考れば、適切なのかもしれんが)

 

 一歩その頃、慈鳥はそんなことを考えながら、部屋で待機していた。

 

「…おまたせ致しました、私はトレセン学園生徒会、スカウト部門のガルマと申します、この度は遠路はるばる、ご苦労さまでした」

 

 すると、ガルマと名乗る生徒会の生徒が入室して挨拶を行い、慈鳥と対面する。

 

「どうも…そっちこそご苦労さん」

 

 慈鳥は姿勢を強張らせることなく、返した。

 

「…それで、今日来ていただいた要件なのですが…」

「そちらの言いたいことは分かっている、“アラビアントレノを中央(トゥインクルシリーズ)にスカウトしたい”だろう?」

「は、はい!」

「でも、俺から見るに、そっちは誰かを待ってる、違うか?」

「は、はい…そうです」

「なら…一緒に待とうじゃないか」

 

 慈鳥はガルマをじっと見つめ、そう言った。

 

 

 

────────────────────

 

 

『……それでぇ…あの娘が中央に行ぐことが決まった後のクラスと来たら…それはもう…御通夜状態でぇ…グスッ…ユキちゃあ"あ"あ"あ"ん"!!』

『………』

 

 一方、オンライン会議では、盛岡トレセン学園の生徒会長が号泣していた。

 

「うんうん…つまり、あの娘はスターであれども、皆と共に歩む大切な存在であったという訳だね…」

 

 エコーペルセウスは口調を優しくしてそのウマ娘をなだめる。

 

『はいぃ…』

『なるほど…盛岡の生徒にとって、ユキノビジンはでかかったった存在やったちゅー事やな……よし…ここで、一旦これまでのウマ娘達についてまとめよか、船橋のサトミマフムトと門別のレジェンドキーロフが拒否、福山のアラビアントレノが交渉中、佐賀のエイシンコレッタ、ウチのロードトーネード、金沢のがスカウトに来る連絡が来た、そして了承したのが盛岡のユキノビジンと札幌のアローキャリアー、カサマツのオガワローマンか…せや、水沢を聞くのを忘れとったな、どうなんや?そっちの“真紅の稲妻”は?あの強さ、そしてあのサイレンススズカと同い年っちゅー将来性、中央のスカウトは見逃すはずは無いと思うんや』

『あの娘?かなーり強くスカウトされたわ、でも安心して、あの娘なら断ったわよ、“東京の水は合わない”って理由でね』

『流石は“真紅の稲妻”や、安心したで、胆力が違う』

 

 園田の生徒会長は胸を撫で下ろした。

 

『とりあえず、現状はこんな感じってことかぁ……はぁ…ヤになっちゃうなぁ…全国交流レースを増やしてトレーニングも研究して…やっと成果が出てきたってのに……無駄だと思っちゃうヨ…』

 

 そう言って溜息をついたのは札幌の生徒会長である。

 

『それには激しく同意ですわ、これから面白くなっていくであろうローカルシリーズ、いくらウマ娘達本人の意志を尊重するとはいえ…中央移籍という形でその担い手を奪われるというのは………憤りを隠せませんわ』

『それには私も同意です、ペルセウスさんから頂いたトレーニング方法を研究し、やっと実行段階に入ろうというのに…』

 

 姫路、そして金沢の生徒会長は耳を後ろに反らせ、声を絞り出した。

 

『オグリキャップの時はまだ、情状酌量の余地があるとは言えるが…』

「…うん、確かにそうなんだけど、ね?」

「…」

『…悪ィ…』

 

 エコーペルセウスは横にいるエアコンボフェザーの方に目をやり、大井の生徒会長の方に向き直る、それを見た彼女は頭を下げた。

 

 

 

────────────────────

 

 

コッ…コッ…コッ…

 

 一方、シンボリルドルフは広島のURA事務所まで到着していた。

 

「どうだ様子は?」

「会長!!」

 

 生徒会の生徒はシンボリルドルフを見て姿勢を正した。

 

「ガルマが話しているローカルシリーズのトレーナーはどこにいる?」

「は、はい!あちらの扉の中に」

「…ありがとう、ここからは私が行こう」

「会長自らが…?」

「この交渉、失敗する訳にはいかないのでね」

 

コッコッコッコッ…

 

 シンボリルドルフはガルマと慈鳥のいる部屋に入っていった。

 

 

 

「……失礼致します」

 

 ドアを開け、挨拶と共に入室したシンボリルドルフは少し驚いた、彼女の目にはどこか落ち着かない様子であるガルマ、それと腕を組んでガルマをずっと見ている慈鳥が映ったからである。

 

 

=============================

 

 

「ガルマ、ここからは私が代わろう、外で待っていてくれ」

 

 入ってきたウマ娘、シンボリルドルフは俺の前にいるウマ娘と交代し、席につく。

 

「お初にお目にかかります、トレセン学園の生徒会長の…」

「わかってるよシンボリルドルフ、自分だって、中央を“目指していた”人間だ、それで、今日はどういった要件でここへ?」

 

 俺はそう言ってシンボリルドルフに目をやった、返答は分かりきってはいるが、答えは聞いておく。

 

「分かった…単刀直入に言おう…アラビアントレノを中央(トゥインクルシリーズ)にスカウトしたい」

「ふむ…理由を聞かせてもらおうか」

「彼女はかつてのオグリキャップを彷彿とさせるような強さを持っているウマ娘、是非とも中央に移籍し、その強さを更に伸ばして欲しいと思っているからです。」

「ほう…納得がいく理由ではある……だが、そっちは絶対に思っているはずだ、“俺にウマ娘を任せるのは危険だ”とな」

 

 俺は相手の目を見て、そう言った、というのも、中央の面接試験の試験官にはベテランのトレーナーが居るからだ。

 

 それ故、俺が危険だとかいう情報は、必ず伝播している筈なのだ。

 

「…そっちがどう答えようと批判するつもりは無い、正直な回答を期待する」

「……否定はしません」

「なるほど」

「それよりも、貴方の気持ちをお聞かせ願いたい」

 

 シンボリルドルフはこちらを見つめ、そう聞いてきた。

 

「……正直な事を言うと、天皇賞秋直前というこのタイミングで声掛けをして欲しくなかった、単刀直入に言わせてもらう……“迷惑”だ」

「………!」

 

 相手は表情を強張らせる。

 

「……とまぁ、そうは言ったが、あくまで最優先するべきは本人の気持ちだと俺は思う。あの娘にとって何が一番良い選択なのか、それは、天皇賞秋を戦い、そんでもってあの娘と二人で考えさせて貰いたい、それならば、文句は無いだろう?」

「…我々はあくまで招請を乞う立場です、異存はありません、最後に一つお願いが、貴方には一番の選択を考えてあげて欲しい…彼女(アラビアントレノ)にとって、一番の選択を……よろしくお願い致します」

 

 そう言うと、シンボリルドルフは一礼をして部屋を出ていった。

 

 …アラにとっては…どちらが良いのか……

 

 だが、アラは俺に夢を与えてくれた、離れ離れになってしまうというのは…複雑なものがある。

 

 どういう訳なのか…あいつとの出会いは…偶然の気がしないからだ。

 

 

 

────────────────────

 

 

「……という訳です、大鷹校長」

 

 シンボリルドルフが帰った後、俺は話の内容について大鷹校長に話した。

 

『…ふむ…やはり、そうでしたか…先程ペルセウス君から報告があったのですが、他の学園でも同じ事が起きているとの事です。』

「…本当ですか!?」

『…はい、事実です………慈鳥君、これは私のトレーナーの端くれとしての意見なのですが、今のアラ君の移籍は、学園のウマ娘達にとって大きな損失になります…君の心を乱してしまう発言ではあると思います、ですが、どうかこの事は心に留めて頂きたい』

「…分かりました」

 

 電話は切られ、俺は携帯を閉じた。

 

 

=============================

 

 

 一週間後は秋の天皇賞だというのに、最近どうもトレーナーの様子がおかしい、だから、私は練習後にトレーナーを問い詰める事にした。

 

「それじゃあ、また明日」

「待って」

 

 私はトレーナーの腕を掴んだ。

 

「……どうした?」

「…トレーナー、私に何か隠してない…?」

 

 私は睨むようにトレーナーを見る。

 

「……分かった、話す…だから、その怖い顔をやめて、手を離してくれ」

「………分かった、ごめん」

 

 私は手を離す、トレーナーの手には紅葉のような跡がついていた。

 

「…良いかアラ、よく聞いてくれ、実は……」

 

 それから、トレーナーは全てを話してくれた、中央の生徒会長、シンボリルドルフが私をスカウトしに来た事、天皇賞秋の前というタイミングにトレーナーが不快感を示したこと、天皇賞秋を終えたら私と一緒に今後の進路を考えてくれるつもりだったこと……

 

「アラ、全部言ったこの際だ、聞いておく………中央に行きたいか?」

 

 トレーナーはそう言って、私の目を真っ直ぐ見た。

 

「……正直、分からない、確かにミーク達は良いライバルだと思ってる…でも私は福山(ここ)にいたから、トレーナーが担当してくれたから、ハリアー達ライバルや、フジマサマーチさんみたいな壁がいたから…強くなれた…そう思ってるから……」

「…そうか」

「でも…今は、そんな事は気にしてられない、目の前のレースに集中したい、結果はどうであれ、目の前の勝負に全力で挑まないのは、レーサーとして、失格だと思うから」

 

 私はトレーナーにそう言った

 

「…だな、よし…取りに行くぞ、秋の盾を…」

「…うん」

 

 私達は、秋の天皇賞に注力することにした。

 

 相手は、現役最強の大逃げウマ娘と呼ばれる、“サイレンススズカ”を始めとした強敵達。

 

……必ず…勝って見せる…

 

 




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第32話 異様(イレギュラー)

 今回も拙い挿絵が入っております。


「……よし!」

 

 トレーナーはコース図と携帯を見比べ、満足気に頷いた。

 

「上にいる桐生院さんがコースの画像を送ってくれた、これなら…最高の作戦が出来るぞ」

「トレーナー…作戦を教えて」

「…まず、この東京レース場には、大欅と呼ばれる榎の木がある、そして、今日のレースでは、昨日まで吹いていた風で、本来散る筈のない葉っぱがかなり散って、内ラチ沿いに落ちてきてる、今回はこれを利用する」

「葉っぱを…?」

「そうだ、芝の上に余計なモンがあるから、万が一のスリップとかを考えたんだろうが、今日のレースではウマ娘達はここを通ろうとしなかった、つまり、芝が殆ど剥がれてない、綺麗なバ場のままなんだ。今日のスタート策が上手く行けば、お前さんはサイレンススズカの後ろでスリップストリームが出来ているはず、お前はコーナーが得意なんだ、スリップストリームから抜け出して、並んでいけるだろう」

「……つまり…」

「ああ、サイレンススズカを、内側の綺麗な、そして硬いバ場へと誘導する、そうしたらあいつはスタミナを消耗しやすくなり…得意技、“逃げて差す”と呼ばれる最後の加速を不可能にできる」

「…もし、相手を誘導できなかったら?」

「そん時は、お前さんが内側に入ってパスしてしまえば良い、雨が降った直後のアスファルトを走りまくってるんだ、葉っぱが散らばってても問題はない」

 

 ………雨が降った直後のアスファルトは滑りやすい、トレーナーが教えてくれたことだ。

 

「アラ、レースに絶対は無い、それを証明して来るんだ、相手が1枠1番1番人気だからって、ビビる必要は全く無い、超えてやると思って走って来い」

「うん…ありがとう、緊張がほぐれた…行ってくる」

 

 私は控室の扉を開け、パドックへと急いだ。

 

 

=============================

 

 

「お疲れ様です、慈鳥トレーナー」

「ありがとうございます」

 

 桐生院さんが俺を出迎えてくれる、氷川さんが居ないのが、少し残念だ。

 

「アラ先輩、どうでしたか?」

 

 桐生院さん達メイサについてここまで来たベルが、俺にそう聞く。

 

「…調整は万全、精神面でも問題無し…大丈夫だ、ベル」

 

『1枠1番、そして1番人気、サイレンススズカ!!』

 

ワアァァァァァァァァ!!

 

「スズカー!」

「スズカさーん!!」

「勝てると信じてるぞ!!」

 

 嵐の様な歓声が巻き起こる、サイレンススズカの勝利を願う者が、それだけ多いという事を示しているのだろう。

 

『落ち着いたこの様子、体調は万全ですね、最内ということもありますから、どのような結果を見せてくれるのか、楽しみですね』

 

 おまけに解説役もサイレンススズカの勝利を願っているかのような声色をしている。

 

 だが、今回のレースは…

 

1サイレンススズカ

2メジロブライト

3ウイニングチケット

4アラビアントレノ

5ゴーイングスズヤ

6エルコンドルパサー

7エイシンフラッシュ

8ナイスネイチャ

9シードジャスティス

10キンイロリョテイ

11ヒシアマゾン

12グランフロンティア

 

 このように強敵揃い。

 

 だからこそ…燃えてくる。

 

 もう走る立場じゃないが、レーサーとしての血が騒ぐ。

 

『4番、アラビアントレノ、9番人気です』

 

「また雷鳴、響かせてくれよー!」

「期待してるぞー!」

 

 いつものファン達だ、福山から東京に来るのにはカネがかかるだろうに…

 

 とはいえ、有り難い。

 

「…評論家はこの出走に疑問を呈していましたが…私達はアラビアントレノさんを応援しますよ、慈鳥トレーナー、ですよね!?皆さん」

「もちろん」

「はい!」

「当然です」

「アラには…勝って欲しい」

「応援は任せて!」

「仲間ですから」

「はい!アラ先輩は…私達の目標なんです!!」

 

 桐生院さんの声に応え、メイサのメンバーとベルは口々にそう言ってくれた、この出走は日本ダービーの解説をしていた有名評論家をして“前例なし”と疑問を呈されたものの、そんなのは関係ない。

 

 トレーナーとして、勝利を信じるだけだ。

 

 

=============================

 

 

 本バ場入場を終え、私は準備運動をしつつ強敵達の様子を見た。

 

 

「ふぅーっ…!」

 

 メジロブライト、メジロランバートと同じメジロ家のウマ娘、普段のおっとりした様子だけど、レースでの姿はメジロ家の名に恥じぬものだそうだ。

 

 

「よっ…と…」

 

 ヒシアマゾン、闘争心溢れるウマ娘、スタミナも合わさり、怖い相手だ。

 

 

「ふっ…ふっ…」

 

 エイシンフラッシュ、フォームの美しさに定評のあるウマ娘、冷静なレース運びができるので、生半可な仕掛けでは怯まない。

 

 

「…よーしっ…」

 

 ウイニングチケット、緊張で体が痒くなる特徴あり、だけど、末脚は物凄く鋭い。

 

 

「…3……4……っと」

 

 ナイスネイチャ、安定した成績が特徴、それはつまり堅実な走りをするということ。

 

 

「スズカさん!私は同じ人に2度も負けません!今度こそスズカさんに勝って、堂々と凱旋門賞にチャレンジしマス!」

 

 エルコンドルパサー、脚質は先行型、スタミナ、そして闘争心溢れた性格……サラブレッドみたいだ…いや、サラブレッドだった。

 

 

「追いつけるかしら?」

 

 そして…サイレンススズカ、このレースの優勝候補、運、気力、身体能力、最強格の大逃げウマ娘………こんな沢山の情報を手に入れられたのは、シュンラン先輩、ワンダー、ランスのお陰だ。

 

「逃しませんよ!」

 

 エルコンドルパサーはサイレンススズカに向かってそう言う、私も同じ気持ちだ…私には、秘策がある。

 

『ロボットアニメは発進する時に、カタパルトに足を乗せるんだよね〜なんだかそれに似てるよ』

 

 これに備えて一緒にトレーニングしてくれたランスの言葉を思い出す。

 

 試しに地面を踏みつける…なるほど、こんな感じか。

 

スターターが旗を上げ、ファンファーレが鳴る、私達はゲートインする

 

『さぁ、12人のウマ娘がゲートに入ります!

エルコンドルパサー、ヒシアマゾン、ウィニングチケット、メジロライアン、ナイスネイチャ。はたしてサイレンススズカを捕まえる事は出来るか?』

 

「ふぅーっ…」

 

ガシン! ガシン!

 

 私はゲートインした直後、蹄鉄を地面にめり込ませ…かがみ…

 

 クラウチングスタートのポーズを取った。

 

「「……えっ!?」」

 

 隣の二人が、気の抜けた声を出す。

 

 私は気に留めず、目の前のコースを睨んだ。

 

 

『えっ………』

 

 一瞬、実況の声が動揺する…だけど、ゲート内のスタートフォームは自由なので、止められることは無い。

 

『じ、G1 天皇賞秋……今…!』

 

ガッコン!

 

 ゲートが開くのと同時に、私はスタートした、前には誰もいなかった。

 

 

=============================

 

 

『えっ………』

 

 アラは、クラウチングスタートの姿勢を取った。

 

「じ、慈鳥トレーナー!!あ、あれは…」

 

 桐生院さんが目を丸くしてこちらを見る。

 

「夏合宿の時、アラが4mほど飛んでみせたのを覚えていますか?あれをヒントにしたんです、アラはヨコに出る力は他のウマ娘と比べて劣る、でもタテに出る力は強い、だから、身体をナナメにして、タテの推進力を使えるようにするんですよ」

 

ガッコン!!

 

「ええっ…」

「ばかっぱや…」

 

『なんと!?ゲートが開いて真っ先に飛び出していったのはアラビアントレノ、つ、次にサイレンススズカ!!その次に行ったエルコンドルパサー!』

 

「よし…良いスタートだ」

 

『いや、サイレンススズカ、速い!すぐにハナを奪い返す、アラビアントレノ、その真後ろに入った!エルコンドルパサーも外から行く!』

 

「なるほど…最初にハナを奪ってから引き、混乱させておいてサイレンススズカさんの後ろに入り込み、スリップストリームを利用するという作戦なんですね!」

「一発で見抜かれるとは…凄いですね、桐生院さん…………さァ……サイレンススズカ…その精神状態で逃げられるものなら逃げてみろ」

 

 サイレンススズカの後ろで、プレッシャーと言う名の雷鳴は響く、響き続ける、それに奴が耐えきれるのか、否か、今日のレースの大切な点は、そこにある

 

 

────────────────────

 

 

『なんと!?ゲートが開いて真っ先に飛び出していったのはアラビアントレノ、つ、次にサイレンススズカ!!その次に行ったエルコンドルパサー!』

 

(嘘でしょ……前に…出られるなんて)

 

 桐生院の踏んだ通り、アラビアントレノのロケットスタートは、サイレンススズカに大きな動揺を与えていた。

 

スッ…

 

『いや、サイレンススズカ、速い!すぐにハナを奪い返す、アラビアントレノ、その真後ろに入った!エルコンドルパサーも外から行く!』

 

(それに…どうして…?どうして千切らず引いたの…?)

 

 サイレンススズカの脳内は、完全に混乱に支配されていた、そして、その混乱を抱いているのは、他のウマ娘も同様であり、アラビアントレノは楽にサイレンススズカの後ろに入ったのである。

 

(予想外だったケド………これはワタシにとってもチャンス!!)

 

 そして、エルコンドルパサーは比較的動揺が少なく、何とかサイレンススズカに食いつこうとしていた。

 

(……それでも…ジリジリ離されていってる…でも……どうして?どうしてあの娘はついて行けてるの?)

 

 しかし、サイレンススズカは後方との差を広げていった、そして、アラビアントレノはそれに追随していたのである。

 

(パワーは強化した…ワタシも!!)

 

 エルコンドルパサーは毎日王冠での戦訓から自主トレでパワーを強化しており、それを活かして二人に食いつくため、脚に力を込めたのだった。

 

 

 

(サイレンススズカ、やっぱり速い…!でも…その分、スリップストリームも凄い…!)

 

 アラビアントレノはサイレンススズカの後ろにつけ、スリップストリームの恩恵に預かる事に成功していた。

 

(…ブレないようについていく、チャンスは一度、見逃したら負ける)

 

 アラビアントレノはサイレンススズカの背中を睨み、集中力を高めた。

 

 

『1000メートルの通過タイム……57秒4!!』

 

「スズカが………追いかけ回されている…?」

 

 1000メートルの通過タイム、そして、サイレンススズカが追われているという事実に、リギルのトレーナーである東条は驚愕していた。

 

「嘘だろ…」

「あのウマ娘…離れない…ですわ…」

「スズカさん!逃げて!!」

 

「おいおいヤバいぜ!」

「サイレンススズカが追い回されてる!」

「“瀬戸内の怪童”は…メチャ速だ…」

 

 チームスピカのメンバーを始め、サイレンススズカを応援する者にとって、その光景は“異様(イレギュラー)”であり。

 

 

「アラ!!」

「そのまま抜いてしまいなさい!」

「行けー!」

 

「行けぇ!!アラビアントレノ!」

「コーナーがチャンスだ!!」

「そのまま行けるぞ!」

 

 一方で慈鳥やチームメイサ、そして福山から来たファンを始めとしたアラビアントレノを応援する者たちにとっては、その光景は“希望”であった。

 

 

 

(ウソ…振り切れない!)

 

 少しずつ差が開きつつあるものの、サイレンススズカは飛ばしても完全には振り切れないアラビアントレノに若干ではあるものの、恐怖を感じていた。

 

(…1000m通過…ここから…!!)

 

 1000mを通過したアラビアントレノはV-SPTを使う体制を整えた。

 

『ここでアラビアントレノ、外にヨレて…… これは2バ身ほど離れたサイレンススズカに並びかけようとする体勢か!?しかしここでエルコンドルパサー上がってくる!!』

 

(誘導馬としての…血が騒ぐ…さあ…サイレンススズカ…逃げられるものなら……逃げてみろ…)

 

 アラビアントレノの戦意は上がっていった。

 

 

(喰い付いて…見せる!!)

 

 そしてエルコンドルパサーがその二人に迫った、彼女のパワー強化が、良い方向に作用していたのである。

 

(一気に……!!)

 

 エルコンドルパサーは、思い切り踏み込み、外からアラビアントレノに並びかけようとした。

 

 

(エルコンドルパサー…上がってきた…でも…まだ脚は残してある……でも…どういう訳か…面白い…!)

 

 しかし、アラビアントレノはそういった状況にもたじろぐ事はなく、むしろ“面白い”と捉えていた。

 

 

 

(外から…一気に!)

 

エルコンドルパサーはアラビアントレノを抜くべく、持ち前のパワーを活かし、外から仕掛け、一瞬、前に出た

 

(レースは……そうこなくっちゃ…)

 

しかし、アラビアントレノはV-SPTを発動させて、再びエルコンドルパサーを抜く

 

(…これで…アラビアントレノは…………ヒッ!?)

 

 その時、エルコンドルパサーはアラビアントレノの笑みを見てしまった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

(………何…あれ……あれじゃ…まるで…狂戦士(バーサーカー)…ワタシ…)

 

 そして、それに限り無い恐怖を覚えたのである。

 

 

『エルコンドルパサー、失速!先頭サイレンススズカ、このまま千切れるか!すぐ後ろからアラビアントレノがぐんぐんと迫っているぞ…外から来た!!!大欅は目前だー!!』

 

(それでも…!私にできる事は……進む事だけ!!)

 

『おおっと!!更に加速した!!』

 

(まだ内には寄れる…寄って…このまま…………先へ……………)

 

ボギッ

 

(………!!)

 

 サイレンススズカに鈍い音が響いたのは、その時であった。

 

 

=============================

 

 

 突然の出来事に場内は静寂に包まれる。

 

「アラ!!外に逃げろ!!」

 

 そして、とっさに俺は叫んでいた。

 

『サイレンススズカ!サイレンススズカに故障発生!!何という事でしょう、これは大変な事になりました!!』

 

 俺はアラの方に目をやる、アラは急に回避を取ったことでフォームが崩れ、それによる転倒を回避するためにスピードを落とし、外で仰向けになって倒れ込んだ。

 

「「私が行きます!!」」

 

 アラの様子を確認する為に、ベルとロブロイが同時にコースに飛び出す。

 

「桐生院さん、ミーク達と一緒にここにいて下さい!!」

 

 桐生院さん達を残し、俺もそれに続いた。

 

 

=============================

 

 

 目を開ける…足は折れていない……多分アングロアラブだからだ。

 

 せめて…ゴールまでは…

 

「アラ先輩!!」

 

 身体を起こそうとした私に、ベルが駆け寄って来る。

 

「じっとしていて下さい!!」

 

 それでも身体を起こそうとしたした私を、ロブロイが押さえつけた。

 

 二人は私の足を入念に調べている。

 

「アラ!!」

 

 トレーナーがやってきて、私のそばにしゃがみこんだ。

 

「ベル、ロブロイ、アラの脚は?」

「触った感じでは、どこも痛がる様子はありません」

「でも、一度病院に行きましょう」

「アラ……無事で良かった…」

 

 トレーナーは私の手を握ってそう言った。

 

 同時に、走り切れなかったという悔しさが、込み上げてくる。

 

「ごめん……トレーナー……走り切れなかった」

「良いんだ……無事なら、それで…な…」

「サイレンススズカは…?」

「…分からん…どこにもぶつけてないことを祈ろう」

 

「ロブロイちゃん、足を支えて」

「はい!」

 

 すると、ロブロイとベルは、私を支えて持ち上げた。

 

「すまんな、二人共」

「大丈夫です、とりあえず速く救急車に!!」

 

 溢れる涙は、暫く抑えられそうに無かった。

 

 

=============================

 

 

 その後、骨折したサイレンススズカ、そしてそれを回避する形で競争を中止したアラビアントレノをかわしてレースに勝利したエルコンドルパサーは、インタビューを受けていた。

 

「エルコンドルパサーさん、今日のレースについて、お気持ちをお聞かせ願いたいのですが」

「…まず、スズカさんがどうなったのか…それが一番の気がかりデス」

「そうですか…心中、お察し致します。では、同じく競争を中止し、病院に搬送されたアラビアントレノさんについては……」

「………!」

 

 その名前を記者が口にした時、エルコンドルパサーはレース中の事を思い出し、震え上がった。

 

「エルコンドルパサーさん…?いかがなされましたか?」

「…………ただただ…恐ろしかったのを…覚えていマス…相手を喰いちぎらんとするような……そんなモノを…放っていましタ…」

 

 エルコンドルパサーはそう言った。記者たちのペンを進めるスピードは、上がっていった。

 

 




 
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第33話 自己喪失

今回も拙い挿絵が入っています。
また、今回の話はほんの一部ですが、掲示版形式を入れています。


「…むう…これまで多くのウマ娘を診てきましたが、こんなに頑丈な娘は初めてです」

 

 そう言うと、髪に白いものの交じる医者はアラに目をやった。

 

 アラは眠っている、あんな終わり方になってしまったとはいえ、あのレースは激戦の一言に尽きる、それ故、心身の消耗が激しかったのだろう。アラは精密検査の途中で眠ってしまった。

 

「骨に損傷は一切ありませんが、無茶な減速をしたんです、一週間程度は、絶対安静にして下さい」

「…分かりました」

「…良かったあ…」

 

 後ろに座っているベルとロブロイは安心した様な表情をした。

 

タッタッタッタッタッタ…

 

「せ、先生!大変です!報道陣が病院の外に」

 

 慌ててやって来た看護師はそう報告する。

 

「先生、すいません、迷惑をかけて、俺がすぐに対処します。」

 

 俺の対応に、医師は直ぐに頷き、壁掛けの内線電話を手に取った。

 

「私だ、裏口を開けてくれ、ああ、案内はさせる」

 

 そう言って医師は受話器を戻した。

 

「…ベルガシェルフさんと…ゼンノロブロイさん…だったかな?君ら二人は裏口から帰りなさい、そうすれば、報道陣達に絡まれる事なく、トレセン学園まで戻ることができるからね」

 

 医師はそう言い、看護師を呼んだ。

 

「…慈鳥トレーナー」

「気をつけてください」

 

 二人はそう言って先に出ていった。

 

「……じゃあ、俺は行きます」

「はい、気をつけて下さい、貴方が外に出ている間は、私達がアラビアントレノさんをしっかり見守っていますから、あと、取材を受ける前に、ボイスレコーダーを起動させておくことを強くおすすめします」 

「先生…ありがとうございます」

 

 俺は先生にお礼を言って、報道陣共への対応に向かった。

 

 

 

────────────────────

 

 

「出てきた!」

「あの!!」

 

 俺が出てきたのと同時に、フラッシュが焚かれまくる…車のパッシングとは違う、感情の無い、閃光の連鎖だ。俺はそれを腕で防ぎながら、ボイスレコーダーのスイッチを入れた。

 

「とりあえず、フラッシュを焚くのはやめましょう、通行人に迷惑ですし、何より病院の前です」

 

 とりあえず、俺は冷静に対処した、相手も状況が飲み込めたのか、フラッシュを焚くのを辞める。

 

「……それで、何をしにここへ?」 

 

 俺は記者たちを落ち着かせ、冷静に目的について聞いた。

 

「…貴方への取材です!!」

「今日のレースについて、思う所は無いんですか?」

 

 口々に、質問が飛ぶ。

 

「……とりあえず、声の音量は抑えて頂きたい、まず、今日のレースについてですが、他のウマ娘に被害が及ばなかったと聞き、安心しています」

「サイレンススズカに関してはどう思っていらっしゃるのですか!?」

「……バランスを崩した弾みで内ラチに激突しなかった事までは確認しています、無事なのかどうか、心配です」

 

 俺は冷静に対処をした、相手のペースに乗せられるのはゴメンだ。

 

「では、彼女の故障に関しては?それと、エルコンドルパサーはアラビアントレノに“喰われそう”と言っていましたが、それに関しては?」

「喰われそう……?それはレースにおける極度の緊張、興奮状態の結果だと思います。私は彼女本人ではないので分かりませんが、それだけ、彼女がレースに集中していたということではないかと、今日の担当についてですが、闘志に溢れていたと思います。サイレンススズカに関しては、無事を祈るばかりです」

「それだけなのですか?」

「故障についてもっと思う所は無いのですか?」

 

 記者たちは更に追求して来る、ここで黙ると…どんな事をされるのかは分からん。

 

 とにかく、アラにだけは、追及の手を伸ばさせる訳にはいかんな。

 

「……サイレンススズカの故障について、率直な意見を申し上げますと、彼女の故障は、ハイペースによるものなのでは無いかと、彼女は1000mを57秒という速さで駆け抜けました、私も今日の彼女の調子の良さは理解していましたから、恐らく毎日王冠の時と同じように、逃げて更に突き放すスタイルだったはずだと思います。そして、今日の場合は、そのスタイルに、足が耐えきれなかった………車のエンジンが回し過ぎで壊れてしまうように、彼女の走りと才能に…骨が耐え切れなかった………それが、今回の私の、サイレンススズカの故障に対しての気持ちです。」

「では、サイレンススズカの故障原因は、自爆とでも言うのですか?」

 

 ある記者から、怒りの声が混じった質問が飛ぶ。

 

「………私はそうは言っていません、ただ、これだけは理解して頂きたい。私は“絶対に勝つ”との思いでレースに挑んでいた、それはサイレンススズカのトレーナーも同様でしょう。しかし、不運にもその思いは実ることはありませんでした。“勝負事に絶対は無い”、これはウマ娘レースにもあり得ることだと、私は信じています」

「………ありがとうございます」

 

 その記者は、不服そうな顔をしながらも、メモを取っていた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 目を覚ます…空は明るい、検査を受けてからの記憶が無いということは…眠ってしまったって事だろう。

 

 昨日、サイレンススズカが目の前でよろめいた、トレーナーの声のお陰で、私はそれを交わすことが出来た。

 

 だけど…同時に…セイユウの『そのまま突き進め』という声が聞こえてきた。

 

……

 

 ふと、前世の記憶が思い出される。

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 誘導馬だった頃、大井競馬場で予後不良の馬が出て、その場で処置されたことがあった。

 

 私達は厩務員達の会話から、そのことを知った、すると、同僚のクォーターホースが。

 

「予後不良か…どうして予後不良は発生するんだろう?」

 

 と、厩務員達を見て呟いた。

 

 だから私は…

 

「速さを追求するあまり、犠牲になった肉体の強度…凄まじい速度による脚部の故障、走るダイヤモンドであるサラブレッドの、いわばツケだ」

 

 と返した、クォーターホースは…

 

「自分、サラブレッドに産まれてこなくて良かったかも…」

 

 と呟いていた。

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 ……だけど、今の私達はウマ娘、身体構造は、人間のそれとほぼ同じ、トレーナーの言ったことが本当であれば、頭を勢い良くぶつけてはいなかったはず、だから…サイレンススズカは、予後不良で“アレ”となることは無いだろう。

 

 私は横に目をやる、トレーナーは、椅子に座り込み、そのまま眠っていた。

 

 私はトレーナーを起こさないように目をやり、目の前のテレビの電源をつける。

 

『……では、そのトレーナーが、彼であったと?』

『はい、彼は面接時に異端な理論を提唱していました、私達はそれを危険視し、彼をハネた訳ですが……まさか地方のトレーナーとして戻って来たとは』

 

 番組の内容は、MCと声にモザイクがかけられた人間との電話を生中継するものだった。

 

 そして…電話の相手が言及しているのは…トレーナーだった。

 

『では、今回のレースに対しての気持ちを』

『心が痛むの一言に付きますね、恐らく、あのトレーナーは、担当ウマ娘を使い、自らをハネた中央に打撃を加えるつもりだったのでは無いでしょうか?』

『なるほど…エルコンドルパサーは“喰われるかと思った”と言っていましたが、それに関しては?』

『本当だと思います、この間のセントライト記念では“斬られた”と錯覚するウマ娘もいたとか…それで、私が言いたいのは、彼の担当と対決したウマ娘が感じていたプレッシャーの正体は即ち…彼の…』

 

ピッ

 

 私は怖くなって、テレビの電源を落とし、布団に潜り込んだ。

 

 …違う…トレーナーは、そんな人じゃない、常に私を労ってくれた、兄みたいな存在だ。

 

 ……彼は中央に落ちた事を気にしてはいたけれど、打撃を加えるために、地方のトレーナーになったんじゃない、自分の理論の行き着く先を、見てもらいたかっただけだ

 

 事実、私はそのトレーニングで強くなれた。

 

 それに…私は…レースを…他のウマ娘を追うことを…楽しんでいた…それだけだ…  

 

 …でも…私が……走ったせいで…トレーナー…を…

 

 

=============================

 

 

 一方その頃、トレセン学園のチームメイサの部室では、桐生院、氷川、彼女らの担当ウマ娘、そして、まだ担当を持たないベルガシェルフら数人のウマ娘が、ネット記事を表示したタブレット端末を囲んでいた。

 

「……これは…」

「あまりにも…」

 

 それを見て、ダギイルシュタインとエビルストリートは絶句した。

 

「『アラビアントレノのトレーナーは昨日のレースに対して“絶対に勝つ”と思っていたものの“不運だった”とコメント、彼にトレーナーの資格はあるのか』………これ、切り抜きです!」

 

 ゼンノロブロイはそう訴える、実は彼女は看護師によって裏口から送り出されたものの、心配になってベルガシェルフと共に影から様子を伺っていたのであった。

 

「あの時、慈鳥トレーナーは“避けろ”と叫んでいました…それなのに…」

 

 桐生院は拳を握り締める。

 

「……ッ!!」

「先輩っ!?何処へ?」

「……理事長と生徒会長の所です!!抗議しに行きます!!」

「駄目です!!」

 

 それを氷川は必死で引き止めた。

 

「サイレンススズカは、学園中にトレーナー、ウマ娘問わずファンがいるスターウマ娘、対して慈鳥トレーナーは理不尽な理由ですが学園の人からは危険視されている、そして…サイレンススズカはあのチームスピカのウマ娘です、そこの西崎トレーナー、いやスピカは今や最強クラスのチームの一角です!!先輩の気持ちは十分分かってます!でも…あの人を庇うような事をすると、学園全体が敵に回ります!!」

 

 日本ダービーでのスペシャルウィークの活躍、そしてサイレンススズカの宝塚記念と毎日王冠での圧勝ぶりは、チームスピカを学園内最強チームの一角と評価されるまでにしていたのであった。

 

 そして、氷川は政治家一族の出であり、多数の人間を敵に回す事の恐ろしさをよく理解していた。

 

「……ッ!!それでも!」

 

 桐生院はそれでも進もうとする、桐生院は人間の中でも身体能力は高い方なので、氷川は彼女に引きずられるような形となった。

 

ガシッ!

バッ!!

 

「……ミーク…皆さん…?」

 

 ハッピーミークは桐生院の腕を掴み、他の四人は前に立ち塞がる。

 

「……トレーナー…考えて下さい、今…感情のままに動いて、慈鳥トレーナーのために…なりますか?」

 

 ハッピーミークは落ち着いて桐生院に語り掛けた。

 

「………」

「トレーナー、落ち着いて、私達だって、同じ気持ちですから………今は…耐えましょう」

 

 ジハードインジエアもそれに続く。

 

「……ごめんなさい」

 

 桐生院はそうつぶやき、その場に座り込んだ。

 

「……でも、何もできない訳じゃないです、私達は、私達で、出来ることをやりましょう、今は見えなくとも、道標は必ず浮かんできます」

 

 氷川は桐生院に手を差し伸べた。

 

 

=============================

 

 

 何回目だろうか、私はまた、限りない闇の中にいた。

 

 ……セイユウの気配を感じる。

 

 そして、私の姿は、また元に戻っていた。

 

 そして…セイユウは…

 

「クックックックックック……」

「…何がおかしい…?」

 笑っていた

 

「アーッハッハッハッハッハッハ!!笑わずにはおられんわい!!」

「………」

「あのハッピーミークでさえ歯が立たなかったサイレンススズカを倒してしまうとな!!フハハッ!!笑いが止まらん!!」

「……気でも狂ったか?…もしサイレンススズカがこの身体なら、安楽死処分されてもおかしくないんだぞ!」

 

 相手の態度に、私の口調も、前世使っていたものへと戻ってゆく。

 

「フンッ!!確かにそうではあるな…じゃが……何故、貴様はワシの言う通りにしなかった?」

「……」

「……あの時、貴様の強さならばサイレンススズカを避けることが…いや、踏み越える事など造作も無かったはずじゃ」

「……」

「何故…何故貴様はワシの言うとおりにしなかった!ワシの言うとおりにしておれば、貴様はあらゆるサラブレッド共を薙ぎ倒す、最強の存在として覚醒していたと言うのに」

「薙ぎ倒す……?…違う!サラブレッドは…敵じゃ無い!」

「…まさか、貴様は自分の意志のみでこの世界に生まれてきたとでも思っておるのか?良いか?もう一度考え直してみろ…自分が一体、どういった存在であるのかな……」

「待て!逃げるのか!?」

「逃げはせん…待つのじゃ、お前がワシ等の願いと一つになる、その時をな………」

 

 セイユウは消えていった、同時に、私の身体も今の物へと戻ってゆく。

 

『…………ただただ…恐ろしかったのを…覚えていマス…相手を喰いちぎらんとするような……そんなモノを…放っていましタ…』

 

 エルコンドルパサーの顔が、頭に浮かぶ。

 

「あれが……本当の私なの…?……私の…本当の姿なの?」

 

 それに……私は…トレーナーまで…

 

「うわぁぁああああああ!!!私は……、私は!一体何の為に、生まれて来たんだぁぁあああああああああああああ!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 真っ暗な空間に、私の叫び声だけが、空しくこだましていた。

 

 

=============================

 

 

 一方その頃、エコーペルセウスはパソコンをつついていた。後ろにはエアコンボフェザーがおり、共にノートパソコンの画面を見つめていた。

 

────────────────────

 

 

115:名無しのレースファン ID:c/SJbBhgs

スズカ大丈夫やろうか…

 

 

116:名無しのレースファン ID:hiA/HsHgH

一応どこもぶつけては無いっぽいが…

 

 

117:名無しのレースファン ID:OxkutCADy

スズカも心配やがあの地方のトレーナー、許せんな、あのクラウチングスタート、絶対スズカ潰しの戦法やろ

 

 

118:名無しのレースファン ID:pw4mHyCtZ

>>117 別にスタート方法に規定は無いぞ、あの二人はルールの中でよく戦ったと思うよ

 

 

119:名無しのレースファン ID:69nolLwja

>>117 は?お前ちゃんとテレビ見たんか?

 

 

120:名無しのレースファン ID:pw4mHyCtZ

>>119 見たよ、でもテレビの発言は切り抜きの可能性だってあるじゃん、“歴史はスタジオで作られる”とかいう言葉もあるし

 

 

121:名無しのレースファン ID:oBVjxGTBq

120は地方の手先か何か?

 

 

122:名無しのレースファン ID:pw4mHyCtZ

>>121 違うけど、真実は分からないけどさ、レースに絶対なんて無いじゃん?

 

 

123:名無しのレースファン ID:5rckGQgH0

>>121 でも、あのトレーナーは危険な人物ってインタビューで言われてたぞ

 

 

124:名無しのレースファン ID:/YD2/LnHY

それにエルコンドルパサーも恐ろしげな顔をしてたし、クロでしょこれは

 

 

125:名無しのレースファン ID:0rdYSqPqp

いやさ、122の言う通り、盛者必衰、諸行無常やろ

 

 

126:名無しのレースファン ID:7tqT47JUp

アラビアントレノのトレーナーは面接で中央落とされて地方のトレーナーに身をやつしとったんやぞ?中央に恨み持っとってもおかしくないやろ?

 

 

────────────────────

 

 

「………」

 

 エコーペルセウスは無言でノートパソコンを閉じた。そして、エアコンボフェザーは目を閉じて、拳を握りしめ、辛そうな顔をしていた。

 

「…よし、私はやることができた、フェザー、少し仕事を任せたよ」

「ペルセウス…!」

 

 エアコンボフェザーがエコーペルセウスの顔を見て、引き留めようとしたものの、彼女はすぐに生徒会室を出ていってしまっていた。

 

「………行ってしまったか…」

 

 残されたエアコンボフェザーはそう言って、小さくため息をついた。

 

「フェザーさん…?」

 

 そして、生徒会室に入ってきたハグロシュンランは不安そうな顔をしてエアコンボフェザーの顔を見た。

 

「今、ペルセウス会長が“ちょっと用事ができた”と言って…出ていったのですが…」

「ああ…シュンラン、これを見ろ」

 

 エアコンボフェザーはノートパソコンを開き、ハグロシュンランに見せる。

 

「これは…酷い…」

 

 ハグロシュンランは口を手で抑えた。

 

「……」

「フェザーさん…ペルセウス会長はこれを見て…」

「ああ、シュンラン、ペルセウスが目を開いた時を、見たことがあるか?」

「いえ…」

「…ペルセウスは耳より目に感情が出るタイプでな、普通のウマ娘の耳が後ろに反る場面で、あいつは普段糸目の目を開くんだ、そして、さっき出ていった時、一瞬だが、あいつの目が開いたのを見た」

「それって…」

「ああ、あいつは怒っている、それも…かなりな」

 

 エアコンボフェザーは腕を組み、窓から曇天の空を眺めた。

 

 

 

 




 
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第34話 対面

 
今回も拙い挿絵が入っております。
 


 秋の天皇賞から2日後、俺はアラと共に福山トレセン学園まで戻って来ていた。

 

 だが、アラは…

 

「…ごめん…トレーナー……しばらく実家に…帰らせて…私がここにいたら、トレーナーを傷付けると思うから」

 

 と言い、すぐに実家に帰ってしまった。

 

 そして…俺は引き止めることが出来なかった。

 

 

 

────────────────────

 

 

「…一応、これが録音した全てです」

 

 その翌日早朝、俺は大鷹校長にインタビューの事を話した。

 

 録音のデータも渡した。

 

「…なるほど…どうやら、かなり発言を切り抜かれてしまったようですね、それで、君が中央の試験を受けた時の情報も漏れている…と」

「…申し訳ありません、大鷹校長」

 

 俺は大鷹校長に頭を下げた。

 

「……いえ、君はよく対応してくれました、きちんとサイレンススズカを心配する言葉を残しているのですから」

「……」

「…さらに、君はあえて、アラ君が責められないようにしたのでしょう?メディアの前に、敢えて堂々と姿を現す事で」

 

 大鷹校長はそう言ってこちらを見た。

 

「……はい、自分は個人的にメディアを信用していないので」

「そうですか……もうすぐすれば、取材陣がここの学園にやってくるでしょう、しかし、このインタビューのデータさえあれば、大丈夫です、これ以上君たちが攻撃される事はない。後は私と川蝉君が対応致しましょう」

「校長自らが…?」

「…顔を見れば分かります、君は殆ど寝ていないでしょう?それに精神的にも参ってきているはず、これからは、私共の出番です。ここは私共に任せて、一旦休み、アラ君の事を考えてあげて下さい」

「……分かりました」

 

 俺は校長室を出た。

 

 …今回の件でメディアの恐ろしさを改めて実感する事になった…いや、俺は、メディアの怖さが、分かっていなかったのかも知れん。

 

 前世、あんな事が…あったのに…

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 その時、俺は相棒と共に東京旅行をしていた。

 

「ふいーっ、東京はいつ来てもビルがスゲェなぁ、頭がクラクラしちまうよ」

 

 相棒はハイテンションだった。

 

「だが…車が多い!!ロードスターじゃなくてシビックで来たのは正解だったな……この混雑…チャリンコならスイスイ行けるのかもしれんが…」

「ハハハッ!馬なら飛び越えられるかもしれんぜ?」

「また馬かよ…なんか嬉しいことでもあったのか?」

「…ああ…なんと、昨日の報知杯4歳牝馬特別で笠松のライデンリーダーが勝ったんだよ!」

「えーと…それ、どこが凄いんだ?」

「桜花賞っていうG1レースの出走権が得られるんだよ、それに地方競馬の馬が出られるんだ!」

「…確か、中央と地方じゃレベルの差がえげつないんだったな?」

「ああ!!……しかし…オグリキャップ、オグリローマン…それに今回のライデンリーダー、笠松はやってくれるなあ!この調子で他の地方馬も…」

「あー…気分が上がるのは良いんだが、マシーンの整備費を競馬に注ぎ込むんじゃねぇぞ、もしやったらロープで結びつけて引き摺り回すからな?もみじおろしになるぞ?」

「やらないって!」

 

 そんな会話をしていた時だった…

 

ウーウーウー

 

 けたたましいサイレンが、俺達の会話を遮った。

 

『緊急車両通ります、緊急車両通ります、道を開けて下さい』

 

 俺達はすぐに避けた、そして、緊急車両はすぐ横を通り過ぎて行ったのだが…その量がえげつなかった、デパートでも燃えたのかというぐらいの台数の消防車が通り過ぎたのを、今でも覚えている。

 

 そして、俺達はある地下鉄駅の近くまで差し掛かった時、その光景に驚いた。

 

「は!?」

「なんちゅー消防隊員の数だよ…」

「…脱線事故でもあったのか?」

 

 多くの救急車、警官……阿鼻叫喚、まさにこの世の地獄のような光景が、目の前に広がっていた。

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 俺が前の世界で生きていた時…つまり70年代から90年代だ。

 

 その時、相棒は“競馬の人気が高まって嬉しい”と言っていた。もっとも…俺は車一筋で、競馬に興味はあまり無かったから殆ど分からなかったが。

 

 だが、一つ、仲間内で話題になっているものがあった、新興宗教だ。終末論が話題に上がっているような時代だったから、何かに救いを求めることが流行ったんだろう。

 

 まぁ…仲間たちも基本的に車に楽しく乗ってりゃそれで良いと言うような奴が多かったので、入る奴は居なかったが。

 

 そして、そういった宗教団体の中には俺達一般市民に危険視されているものもあった。

 

 だが…団体の力によるものなのか、視聴率を上げたいのか、テレビはそんな団体の指導者達をバラエティ番組とかに呼んだりして、“面白おかしい所”を扱い、楽しんでいた。

 

 世間の目は、疑惑ではなく、そういった“面白おかしい所”に向いていった。

 

 そして人々は、警戒心を解いていき………ここから先は、あまり思い出したくはない。

 

 とにかく、その一件とかがあったので、俺はメディアの“ネタになれば、面白ければ何でも取り上げる”という姿勢が気に食わなかった。

 

 だから俺は、アラにメディアの目が向かないようにしてきた…だが…これから…どうすれば…

 

 

=============================

 

 

 その頃、エコーペルセウスは東京にいた、彼女はエアコンボフェザーと電話をしていた。

 

『ペルセウス、本当に一人で良かったのか?』

「もちろん、今回はあくまでアラのスカウトに関する意志を聞くのが表向きの理由だからね、それに、シンボリルドルフ(学園のトップ)がわざわざこっちまでスカウトに来たんだから、こっちもトップである私が出向かないと、無礼でしょ?」

『………』

「フェザー、君が行きたい気持ちも分かる、でも、今回は私に任せて欲しいんだ」

『…分かった』

 

 エアコンボフェザーはそう言って電話を切った。

 

「さーてっ、じゃあ、中央トレセン学園に、行くとしますか」

 

 エコーペルセウスはそう呟き、歩みを進めたのであった。

 

 

────────────────────

 

 

「会長、お連れしました」

「ああ、もう下がっても良いぞ」

「はい…どうぞ」

「…お初にお目にかかります、福山トレセン学園、生徒会長のエコーペルセウスという者です」

 

 エコーペルセウスは挨拶を行い、シンボリルドルフの待つ部屋に入った。

 

 シンボリルドルフの後ろには、エアグルーヴ、ナリタブライアンが控えている。

 

「トレセン学園、生徒会長のシンボリルドルフです、かけて下さい」

「ありがとうございます、あ、いきなりですが一つ提案が……お互い、お硬い口調だと落ち着かないと思うしさ、普通の口調で喋るのはどうかな?」

「……了承した」

 

 それを聞いたエコーペルセウスは安心したかの様に頷き、席についた。

 

「さて…まず、ウチのアラビアントレノを、そっちにスカウトしに来た…それは事実だね?」

「……ああ」

「じゃあ、一応理由を聞かせてもらいたいんだけど…良いかな?」

「彼女は、オグリキャップを彷彿とさせるような強さを持っているウマ娘だ、そして、芝とダートを両方走れるということは、海外で活躍できる可能性もあるということだ。だから、是非ともこちらに移籍してもらい、その強さを伸ばしてほしいと思った。これが理由だ。」

「なるほどなるほど、ありがとう…じゃあ、今の気持ちを聞かせてもらいたいんだ、福山トレセン学園の代表としてね、アラビアントレノをスカウトする気は…ある?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 エコーペルセウスは机に両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に持ってくるポーズを取り、シンボリルドルフの目を見て、そう言った。

 

「……」

「……」

「……ごめんごめん、嫌な質問をしてしまったね、でも、そっちがどう答えていようが、私の答えは“彼女を中央に送り出す訳にはいかない”だよ、ここは危険すぎるからね」

「………貴様、口が過ぎるぞ…」

 

 そして、後ろの方で黙っていたエアグルーヴが口を開いた、エコーペルセウスはエアグルーヴの方を見る。

 

「まあまあまあ、そう、いきり立たないで欲しいな、じゃあ、質問を変えようか、確か…エアグルーヴ…だったっけ?君は、いや、君たちは何か対応をしてくれたのかな?」

「……」

「黙っているのならこちらから言おうか、エルコンドルパサーのあの発言と、慈鳥トレーナーが中央(ここ)のトレーナー試験を受けた事についての情報漏洩だよ」

「…前者に関しては、実際にエルコンドルパサー本人に事情を聞いた、彼女自身に嘘をついている兆候は見られなかった、後者に関しては我々生徒の管轄外で、理事会が目下調査中だ」

「ふぅん…情報漏洩は、きちんと調べてくれてるみたいだね、ならエルコンドルパサーにはどういった対応をしたのか教えて欲しいんだけど…」

「…それは学園としてではなく…チームリギル内の「エアグルーヴ」」

 

 シンボリルドルフはエアグルーヴの言葉を遮る。

 

「…彼女に関しては、寮の空き部屋に謹慎させている、何もしないというわけにはいかないのでね」

「………そっか……なるほど…でもね、私は思うんだ、君達はもっと今回の騒動に対応できたんじゃないかって、メディアやネットが勝手に騒ぎ立てる前に、サイレンススズカの走りに対する分析を述べたり、エルコンドルパサーに発言を撤回させたりさ」

「………」

「…否定しないってことは、そうなんだね、でも、私はその事で君たちを責めたてる事はしないよ、おっ…丁度良い時間だね、はい、これ」

 

 エコーペルセウスは懐からスマホを取り出し、シンボリルドルフに渡した。

 

『今日のレースについてですが、他のウマ娘に被害が及ばなかったと聞き、安心しています……………………サイレンススズカに関しては、無事を祈るばかりです……………………“勝負事に絶対は無い”、これはウマ娘レースにもあり得ることだと、私は信じています』

 

 その画面には、福山トレセン学園からの映像が中継されていたのである。

 

『以上が、慈鳥トレーナーがインタビューに答えた内容です。彼はレース中に故障したサイレンススズカを気遣うばかりではなく、他のウマ娘にまで気にかけています、つまり、彼はトレーナーとして、限りなく理想的な発言をしているのです。それを悪意を持って切り抜き、彼を脅かそうとしている一部の方々には、強い憤りを覚えます。今回の一件を通じ、彼及びアラビアントレノ君の名誉を毀損するような行為、傷付ける行為等については、我々は法的手段に訴えることも辞さないと言う姿勢を取らせて頂きたい所存ですので、特に報道関係の皆様、そしてこの中継を見ている方々はその事に留意して頂きたい。福山トレセン学園としての回答は以上になります。』

 

 インタビューが終わったのを確認すると、シンボリルドルフらはスマホからエコーペルセウスの方に視線を移した、そして…

 

「……!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 一瞬であるが、恐怖を感じた。

 

 平時のエコーペルセウスは目を閉じているか否か分からない、糸目のウマ娘である。

 

 そして、今開かれているその目は…

 

『次は無い』

 

 という明確な意思を3人に示すのには十分な程の眼力を放っていた。

 

「……」

「今見てもらった通り、この騒動に関してはもう対処出来た………………でも、この後どうなるのかは分からない、それだけは、理解して欲しいものだね」

「……君たちの学園には…申し訳ない事をしたと思っている」

「会長!?」

「いや…謝罪は求めてないんだけどなぁ………私はサイレンススズカが故障してしまった今、君たちがどんな事を考えているのか知りたいんだ……もしかしたら、また、“地方からスカウトする”なんてことを考えているんじゃないかなって……うーん…例を上げるとしたら、君たちが目を付けそうなのは…水沢の“真紅の稲妻”あたりかな?」

「…それは考えすぎだと言わせてもらおう」

「そっかそっか…私達の考えすぎだったみたいだね、でも、どうしても心配だったんだ、“国民的人気のスターウマ娘の後釜を地方から引き抜く”…それは、過去に一度、行われた事があるからね、それも行ったのは他ならぬ君だよ、シンボリルドルフ」

「……………」

 

 シンボリルドルフは沈黙した。

 

「あと、君たちは今回の騒動をサイレンススズカに伝えたのかな?私達の学園の慈鳥トレーナーはああ言っているけど、私達としては故障した本人の分析も知りたいんだ。」

「……まだだ」

「そう、まぁ、校長先生の言葉で、この騒動は収束に向かうだろうけど、伝えておいた方が、私達両方のためになると思うよ」

「……」

 

 シンボリルドルフが複雑な顔を浮かべたのを認めた後、エコーペルセウスは再び口を開く。

 

「最後に一つ、私個人としての意見を言わせてもらうよ、今の君たちは“宰相殿の空弁当”のような状況だと思うんだ、今後の行動、しっかりと見せてもらうからね」

 

 エコーペルセウスは、“大事なときに動かない”という意味の故事成語を使い、シンボリルドルフにそう言った。エアグルーヴは屈辱的な顔をしていたが、何も言わなかった。

 

 そして、エコーペルセウスはそう言ってドアの方に向かい

 

「今日は忙しいのに時間を割いてくれてありがとう、お見送りは良いよ」

 

 と言い、帰っていった。

 

 

────────────────────

 

 

 一方その頃、別室謹慎となったエルコンドルパサーはグラスワンダーと面会し、話していた。

 

「では、喰われそうと思ったのは、本当なのですね?」

「…本当デス……ワタシ、今までレースをしてきて、あんなに怖かったのは初めてデス、でも…そんなことより、ワタシ…とんでもないことを」

 

 エルコンドルパサーはここ数日の出来事を知り、後悔していたのである。

 

「…ルドルフ会長から聞いたのですが、今日、福山トレセン学園の方がこちらに来ているそうです。恐らく、アラビアントレノさんの代理でしょう、エル、事態というのは、どんどん前に進んでいくのです、貴女は自分を見つめ直し、今後の事を考えなさい、それが今出来ることだと、私は思います」

 

 グラスワンダーはエルコンドルパサーにそう諭し、部屋を出た。

 

 そしてグラスワンダーは他に誰もいないところを選び、スペシャルウィーク、セイウンスカイ、キングヘイローを呼んだ。

 

「グラスちゃん、エルちゃんは?」

「…あの様子なら、嘘は言っていません、発言のタイミングに関しては、エル自身も、後悔はしているようです」

 

「そっか…」

「…スペちゃん、セイちゃん、キングちゃん、三人は菊花賞でアラビアントレノさんと走ったと思いますが、その時の彼女はどうだったのですか?」

「恐ろしさを感じなかったと言えば、嘘になるわ、彼女は私をパワーで圧倒してみせたもの…」

 

 キングヘイローは拳を握りしめてそう答えた。

 

「それと……ゴールした後一瞬だったけど、ざわつき…いや、不安のようなものが浮かんできたのよ」

「それは私も」

「言いにくいけど、私も…」

 

 キングヘイローの言葉に、セイウンスカイ、スペシャルウィークも同意する。

 

(…あの時、アラビアントレノさんの救助に向かったのは、私達中央の未デビューの生徒だった、それはつまり、あの人の走りを見て、憧れているウマ娘が下級生達に居るということ……下級生達の中で何かが起きなければ良いのですが)

 

 そして、グラスワンダーは自分の頭の中の情報を整理し、今後の事について考えていた。

 

 

=============================

 

 

 あれから一日経った、大鷹校長が釘を刺してくれたおかげで、メディア、ネットはだいぶ大人しくなった、だが…俺の気持ちは収まらなかった。

 

 アラに連絡をしようにも繋がらない、メールも返信が来ない。

 

「……慈鳥、いるか?俺だ、少し上がらせてくれないか?」

「…雁山か……良いぞ、上がってくれ……」

「おう…じゃあ…失礼して…………ふっ!!」

 

バキッ!!

 

 雁山は、入ってくるや否や、俺に拳を喰らわせてきた。

 

「………」

「………お前…何やってんだよ!!」

「……」

「お前が居るべき場所はここじゃない!いつまでウジウジしてやがんだ!」

「……雁山…?」

「…慈鳥!!アラはお前の何なんだ!?」

 

 雁山は俺の襟首を掴み、普段は出さないような大きな声でそう言う。

 

「大切な……担当だ」

「そうだろ…そして…お前は俺達と同じで、担当と二人三脚なんだろう?」

「……」

「お前は…一頭のヤックルが真っ二つに分かれて生きていけるとでも思うのかよ?」

「…思わん」

「なら、お前のやるべきことは何だ!答えろ!」

「…アラの側にいる事だ…だが…」

「だがじゃない!!四の五の言わずに行け!!……それで…二人でこの学園に戻って来い!!…それまでは、校長にいくら言われようが、俺はお前をここに入れるつもりはない!!もし一人で帰ってきてみろ、殴り飛ばすからな!」

「雁山…」

「俺の顔を見る暇があったら、とっとと支度を整えろ!!」

「………」

 

 

 

「………行ってくる」

「良いか…絶対にアラを連れて帰って来い…お前とアラのコンビは…俺とワンダーいや…この福山トレセン学園に必要なんだ、それだけは忘れるな」

「分かった…」

 

 雁山から言葉を貰った後、俺は車の窓を閉めた。

 

 殴られた所はまだ熱を帯びている。

 

「アラ……待っててくれよ…!」

 

 俺はサイドブレーキを下ろし、ギアをローに入れ、車を急発進させた。

 

 

 




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また、宰相殿の空弁当というのは関ヶ原の戦いのあるエピソードからできた言葉になります。

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第35話 決意

「あなたが…アラのトレーナーさんですか」 「…はい、今回の事で…大変な…ご迷惑をおかけしました」

 

 俺は頭を下げた、その目の前には一人の老人が立っている…アラの育ての親だ。

 

「いえ、今回の件、あなたに責任はありませんよ、それに…あの娘はあなたにとても感謝しているんです」

「…俺に?」

「ええ、“トレーナーが私を強くしてくれた”、“走れて幸せだ”…こちらに電話して来る度に、あの娘はそう言っています、それに、あの娘は貴方のことを、兄のような存在と言っているんです」

「そうだったんですか…」

 

 アラがそう言ってくれていたとは…

 

「……アラは今、どうしていますか?」

「…疲れ果ててここに帰って来てからというもの、部屋にこもりっぱなしです、食事は受け付けてはいるんですが…」

「……」

「お願いです、トレーナーさん、あの娘を福山トレセン学園まで連れて帰ってください………あの娘は、良い娘なんです“年長の自分がしっかりしないと”と言って、いつも…我慢してきました…“レースに出たい”という、ウマ娘の走る事を愛する本能から来る願いさえもです。…去年やっと…その願いがかなったんです」

「……」

「私には分かります…あの娘の心の奥底には、“走りたい”という気持ちが残っているはずなんです、それを引き出せるのは…トレーナーさん、貴方しかいません」

 

 アラの親は、俺の手を取る。

 

「…分かりました…アラの所に、連れて行ってください」

 

 俺はそう言い、アラの親に案内を頼んだ。

 

────────────────────

 

 

「……ここです、あの娘を…お願いします」

「分かりました…待っていて下さい」

 

 俺はアラの部屋の前に案内された、俺はアラの親には戻ってもらい、一人になる。

 

コンコン

 

「…アラ、俺だ…」

 

……反応が無い

 

コンコンコン

 

「…アラ?」

 

 おかしい…

 

 俺はドアノブを回す…鍵はかかっていない。

 

ドンッ

 

 鈍い音…床を殴ったような音が聞こえる。

 

「………入るぞ」

 

ガチャ

 

 俺はドアを開け、アラの部屋へと入った。

 

「……………っ!!」

「アラ!」

 

 アラはベッドの上でうなされていた。

 

 歯を食いしばり、手足をばたつかせている。

 

「アラ…」

「……!」

 

 声をかけて、体を揺すっても、アラは起きず、身体の動きも止まらなかった。

 

「………それなら」

 

 俺はアラの片手を取り、力強く握った。

 

 

====================================

 

 そして、エコーペルセウスらは、再び会議を行っていた。

 

「以上が、私が中央の生徒会長に対して話してきた事だよ」

 

 エコーペルセウスは報告を終え、画面を見渡した。

 

『ユキちゃあん……大丈夫かなぁ…』

「トラブルの類は聞かなかったから、大丈夫だとは思うよ」

 

 エコーペルセウスは心配する盛岡の生徒会長に対してそう言う。

 

『…そう言えば、エルコンドルパサーは自室謹慎だそうですね、それはURA側の判断なのでしょうか…?』

 

 そう言って声を上げたのは、金沢の生徒会長である。

 

『それか、実は私も気になってるんだヨ』

『私も』

『ウチもや』

 

 門別、水沢、園田の生徒会長がそれに続く。

 

「いや、恐らく、トレセン学園かチームリギルとしての判断だろうね」

『そうですか…今まで集めた情報によりますと、URAの現在の方針は、海外遠征の強化…これと絡んでいる可能性が強いですね』

 

 金沢の生徒会長はそう言った。

 

『つまり……』

『エルコンドルパサーの海外遠征に影響が出えへんように』

『したという…ところかナ?』

「エルコンドルパサーは今後のトゥインクルシリーズを担ってゆくスターウマ娘、それに海外遠征の予定がある。まあ、彼女のメンタルに影響が出ない選択肢を取ったってことだね…これはあくまで予測に過ぎないけれど、可能性としては高いだろうね」

『では実質、“お咎めなし”ということですのね』

 

 姫路の生徒会長は目を閉じて腕を組み、そう言った。

 

『はぁ………』

 

 そしてその後、水沢の生徒会長はため息をついた。

 

『結局、中央は“絶対を見せるスターウマ娘”が欲しいだけ……ファンの皆は“トゥインクルシリーズは面白くなった”って言うけど……何も変わってないじゃない…』

 

 ローカルシリーズのコースはトゥインクルシリーズのそれよりも面積が小さく、コーナーがきつい。

 

 そして、最近はローカルシリーズのウマ娘達も全体的にスピードが上がってきており、いくら圧倒的一番人気のウマ娘と言えども、勝負は時の運と言う例が非常に多かった。

 

『……』

 

 そして、その場は沈黙に支配された。

 

「……その通りだ…」

 

 そして沈黙を破ったのはエコーペルセウスの横に控えているエアコンボフェザーだった。

 

「……スターウマ娘…それはウマ娘レースを盛り上げていくために、必要なものだろう……だが……“絶対”を体現するスターウマ娘になるよう周囲が過度に促すのは危険な行為だ…」

『エアコンボフェザー…』

 

 全員の注目がエアコンボフェザーに集まる。

 

「…皆、AUチャンピオンカップの理念を、思い出してほしい」

 

 会議に参加していた全員は、NUARのトレセン学園運営委員長、九重が語ったAUチャンピオンカップの理念、“日本のウマ娘レースに、新たな風を吹き込みたい”を思い浮かべた。

 

「…今の中央は“絶対を見せるスターウマ娘”を欲している、菊花賞後の声かけ事案の増加、サイレンススズカの故障による反応、エルコンドルパサーへの対応からして、その意志は明らかだ、だが、皆も知っているように、“絶対”を求めることは、時に悲劇を生む………私はその現場にいた、そして理解した…“内部改革だけではダメだ”と、だから皆、協力して欲しい」

『まさか………』

 

 大井の生徒会長が反応する。

 

「ああ、AUチャンピオンカップの理念を必ず実現させる、それにより、日本のウマ娘レース界そのものを、これから世界へと羽ばたいてゆくに相応しいものにするんだ」

 

 エアコンボフェザーの宣言に、エコーペルセウスを除く会議の参加者は目を丸くする。

 

『……私は協力します!!うちの生徒だけじゃなくて…中央に行ったユキちゃんに、幸せに走ってもらいてぇから!』

『私も微力ながら協力させて頂きますわ』

『…目的は分かった……大井も乗らせてもらう!!』

『ウチも手伝う、この大阪から世界を目指すウマ娘を…ウチは見たい』

 

 盛岡、姫路、大井、園田の生徒会長が、エアコンボフェザーの意見に賛同した。

 

『ウチも!』

『九重委員長の掲げた理念、実現させて見せる!!』

 

 他の学園の生徒会長も、それに続いた。

 

「皆、ありがとう」

 

 エアコンボフェザーが頭を下げた。

 

「皆、少し良いかい?私達は様々な人々のお陰で、中央の強豪たちとも渡り合うウマ娘を生み出すほどの改革ができた。」

 

 エコーペルセウスがそう言い、他のウマ娘達は同意する。

 

「そして、その改革は、中央が強かったからでもあると、私は思うんだ。歴史を振り返ってみて、時代は外からの刺激や新しいものの登場によって変わっていくもの、例えば、19世紀のヨーロッパは、ナポレオンの登場、そしてそれに対するヨーロッパ諸国の反応で変わった、日本では…黒船やアメリカとの戦いが、それにあたるだろうね。そして、私が言いたいのは、私達が変わることができたってことは、中央も変わることができるんじゃないかってことだよ」

『それって』

『つまり…』

『中央の改革を外部から促すという…事ですか?』

 

 金沢の生徒会長が、エコーペルセウスにそう問う。

 

「そういうことだよ、皆、私達が、黒船になるんだ、アメリカになるんだ、そして、日本中のウマ娘が、良きライバルとして走り、競い、ゴールを目指し合うだけじゃなくて、それを海外のウマ娘達とも出来るようにするんだ、そのためにもAUチャンピオンカップの理念は、実現されなければならない」

『確かにナ』

『おっしゃる通りですわ』

 

 札幌の生徒会長を皮切りに、次々と賛同の声が飛ぶ。

 

「じゃあ、皆、やろう!!」

『おおーっ!!』

 

 エコーペルセウスの発言を締めくくりに、各地方トレセン学園の生徒会長達は、AUチャンピオンカップの理念を実現する決意を固めたのであった。

 

 

====================================

 

 

ストッ…

 

「…高い所から落ちて来たはずなのに…死んで…無いだと…?」

 

 確か…アラは俺が手を握った後、またうなされて暴れだした。

 

 それで…足が鳩尾に当たって…

 

 意識が遠のいて…

 

 それで、目を覚ました時には、この空間に落ちて来る途中だった。

 

 かなりの距離を落ちたと思うのに、身体には傷一つ無い。

 

「夢の中とでも言うのか…?」

 

 俺はここから出る手がかりを求め、何も無い空間を進む事にした。

 

 

────────────────────

 

 

 この空間が、終わるような気がしない…暗い空間が…どこまでも続いてゆく。

 

『……来たか…』

 

…?

 

 声が聞こえた…?

 

『来たな、人間よ…』

 

 気のせいじゃない…誰かが俺を見ている。

 

「誰だ…?姿を見せろ!!」

 

 俺は声が聞こえてきた方向に向かって叫んだ。

 

『フハハハハッ!!驚いておるようじゃのう、人間よ!』

 

 すると、声の主は俺を嘲笑うかのような態度を取る。

 

「……出て来い…!」

『フッ…ハハハハハッ!!良かろう、人間よ、ワシの姿を見て驚くが良い!!』

 

 声の出た方向を睨み付けてそう言うと、相手は再び笑い、そう言った。

 

カッ!

 

「……!」

 

 すると、眩い光が俺の目を貫いた。

 

「……お前は…!」

 

 俺は驚愕した。

 

『……フハハハハハッ!!怖かろう!!見たことの無い存在が…目の前に立ち、心を通じて話し掛けているのじゃからな!!』

 

 目の前に立っているそれが……何らかの方法で、俺に話しかけているという事…そして…

 

 それが、鹿毛の『馬』だということに。

 

 だが…向こうは、自分が俺に未知の動物と認識されていると思っているようだ…だが……俺は相手が何であるのか知っている。

 

「………お前は“馬”か…?」

『……!?』

 

 驚いたのか、相手は首を少し仰け反らせる。

 

 そして、俺は何となく感じていた。

 

 …この馬と話さない限り…ここの変な空間からは出られないと。

 

 

====================================

 

 

『そうなのね……ごめんね葵ちゃん、全く力になれなくて』

「いえ…私達もあの人に対して今は何も出来ませんから」

 

 桐生院は伊勢と電話をしていた、伊勢とミスターシービーはレース研究のために海外におり、秋の天皇賞から始まった一連の騒ぎを少しばかり遅れて知ったのである。

 

『それで…エルコンドルパサーちゃんの謹慎処分はあくまでリギルとしてのもので、URAの指示があったりといった訳では無いのね?』

「はい、どうやらそのようです…」

 

 桐生院は人脈の広い氷川を通じ、エルコンドルパサーの処分がチームリギルとしての物であるという情報を掴んでいたのであった。

 

『URAは大丈夫なのかしら………“地位には義務と責任が伴う”…今のURAに、それが分からない人は居ないと思うのだけれど』

「ノブレス・オブリージュ…ですか…」

『そう、今回の件、どんな事情であれ、エルコンドルパサーの処分はURA公式の処分という形で下さないと、NUARの人達は、納得がいかないんじゃないかしら?』

「…私も同感です」

『AUチャンピオンカップ、心配になるわねぇ……あっ、ビーちゃんが戻ってきたみたいだから、切るわね』

 

 伊勢はそう言って電話を切った。

 

 

────────────────────

 

 

 福山トレセン学園は今回の騒動で可能な限りの対応を行っていた。トレーナーや職員には大鷹が、生徒達にはハグロシュンランが説明にあたり、アラビアントレノらに対する誤解が生まれないように、メディアに踊らされないようにしていたのである。

 

 しかしそれは、原因となった発言に対しての怒りを消すまでには至らなかった。エコーペルセウスが会議をしている丁度その時、寮の入り口で揉み合いが起きていた。

 

「ダメ!それを置いて部屋に戻りなさい!ランス!ワンダーから棒を取り上げて!」

「ワンダー、落ち着いて!」

 

 セイランスカイハイはそう叫び、ワンダーグラッセが持っている園芸用の支柱棒を取り上げる。

 

「とんでもない莫迦力ね…サカキ!アナタも手伝って!」

「う、うん!ワンダーちゃん!落ち着いて!」

 

ドンッ!!

 

 サカキムルマンスクは、持っている参考書の山を置き、2人に加わる、そして3人は協力してワンダーグラッセを床に倒すことに成功した。

 

「ハァ…ハァ…どきなさい!」

「絶対にどかないわよ!」

「私は…東京に行くんです…」

「ワンダーちゃん、落ち着いて!今何か騒ぎを起こしたら、また取材陣がこっちに来ちゃう、どうか落ち着いて!」

 

 サカキムルマンスクはそう言いつつも、腕の力を強める。 

 

 ワンダーグラッセがここまで怒っていたのには理由があった。

 

 今回の騒動でエルコンドルパサーが不用意な発言をしたことに対し、ワンダーグラッセは徹底的な処分が下されるべきであると考えていたのである

 

 しかし、その考えに反し、エルコンドルパサーに下された処分は、必要最低限のものであり、それもURA公式のものではなく、あくまでチームリギルとしてのものであった。

 

 そして、その処分内容も謹慎のみであり、発言の撤回は無かった。

 

 そして、ワンダーグラッセはそれをツルマルシュタルクから聞き、単身トレセン学園に乗り込むことを決意するほどの怒りを抱いたのである。

 

 普段ワンダーグラッセは怒ることのないウマ娘であり、キングチーハーらはまずいと感じて必死に止めていたのであった。

 

「…離し…なさい!!」

 

 ワンダーグラッセは目を見開き、三人を吹き飛ばそうとする。

 

「……コンドルを狩りにでも行く?」

 

 そこに現れたのはエアコンボハリアーだった。

 

「ハリアー…」

 

 ワンダーグラッセの力が緩む。

 

「…ワンダー、気持ちは分かる、でも、あのウマ娘を倒す役割は、あたしに任せてくれないかな?」

「ジャパンカップ…ですか?」

 

 エアコンボハリアーは盛岡で行われたジャパンカップトライアルに勝っており、ジャパンカップへの出走権を得ていたのである。

 

「そう、あたしはジャパンカップで、エルコンドルパサーに過ちを理解してもらう。でも、今のあたしじゃ、まだまだ力不足、だから力を貸して。」

 

 エアコンボハリアーはワンダーグラッセの前にしゃがみ込み、肩を持ってそう言った。その目には決意が宿っていた。





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第36話 アングロアラブ

 

『…何故だ…何故…ワシの事を…』

 

 相手は警戒しつつこちらの様子を伺っている。

 

「……そんな事はどうでも良いだろう、俺はただの人間だ……大事な担当が待っているんだ、ここから出してもらおうか」

『そういう訳にはいかんな、小僧』

「何っ……!?」

『何故ワシがお前をここに呼んだのか分かるか?』

「………分からん…」

『……奴が…ワシらの願いを実現する最強の存在として覚醒する為に……お前が邪魔だからじゃ!!』

 

 ……奴…?もしかして…アラか…?

 

「お前…アラに何かしたのか!?」

『フッ……人間よ…お前はさっき、ワシの事を…“馬”と呼んだ…つまり、お前は馬を知っておる…ならば…この世界にいる“ウマ娘”…それがどういった存在なのか…お前には分かるはずじゃ!!』

 

 相手は、俺の質問に答えず、俺の周りを歩いて周回しながらそう言った。

 

「……競走馬の代わりに…走っている存在だ」

『…その通り…この世界のウマ娘共は、競走馬であるサラブレッド共の魂が宿った存在じゃ』

 

 サラブレッド…共…?

 

「サラブレッド…共だと?お前もサラブレッ……!!」

『………』

 

 俺はそれ以上物が言えなかった、相手は一瞬で俺との距離を詰め、俺を睨んでいたからだ。

 

『……ワシも感情を持つ存在だ、これが現実の世界であれば、お前を倒し、踏み殺していたかもしれん………ワシはあの様な硝子の脚共とは違う』

「じゃあ…お前は何だ?」

『…ワシはアングロアラブ…サラブレッドよりも遥かに頑強(つよ)い存在じゃ…そして…ワシの名はセイユウ』

「……アングロ…アラブ…セイユウ…」

 

 確か…相棒が言っていた、昔はサラブレッド以外の競走馬も多かったと……コイツがアングロアラブなら…まさか……

 

「…アラも……」

『クククククッ、やっと飲み込めたようじゃのう、人間よ…そう、お前の育成しておるアラビアントレノ……サラブレッドではなく、アングロアラブの魂が宿りしウマ娘じゃ、その名はセイユウユーノス、幼名はサラーム』

「セイユウ…ユーノス…!?」

『…そう、それがこの世界でも人間共に翻弄されている、アラビアントレノの真の名前じゃ』

 

 この…世界でも?

 

「この世界でもとは…どう言う事だ?」 

『混乱しておるようじゃのう、人間よ…このワシが今から教えてやる、貴様ら人間共の愚かさをな!!』

 

カッ!!

 

 再び、眩い光が俺の目を貫く。

 

 

────────────────────

 

 

 目を開けると…

 

「何故です!!何故なのですか?」

 

 そこは執務室の様な部屋だった。

 一人の男が、対面する男に必死に訴えかけている。

 

 俺、そして俺の隣にはセイユウが居るが、俺達の姿は見えていない様だ。

 

「何故、これ以上国営(そちら)のアラブ平地競争に我々のアラブを移籍させられんのです!!」

「…我々のアラブは一部を除き基本的に抽せん馬限定、すなわち、基本的には規模も馬の能力も、地方(そちら)と比べれば小粒ですからな」

「………」

地方(そちら)から移籍してきたホウセントとフクパーク…いや、こちらではキノピヨでしたな…ともかく、その2頭が強すぎるのですよ」

「ならば、アラブ平地競走の抽せん馬制度を止めれば良いではありませんか!」

「抽せん馬制度は馬主と競走馬を増やすためのもの、このまま地方からの移籍が続けばこちらのアラブの馬主と競走馬は減り続ける一方です、戦後の復興には、多大なる資金が必要であり、サラブレッドと比べると安いアラブは馬主にとっても重要な存在、分かってください」

「………」

 

 つまり…地方から移籍してきたアラブが強すぎるから、中央の馬主を守り、戦後の復興の為の資金を確保するため…移籍を禁止したということか…?

 

『その様子ならば、これが何を意味するのか理解できたようじゃのう…じゃが、まだまだこんなものでは無い!!』

 

 

────────────────────

 

 

 場所は変わり、今度は会議室の様な所に飛ばされる。

 

「サラブレッドの生産、管理体制も整ってきた今、賞金も低く、競走能力に劣り、面白みに欠けるアングロアラブの競争は縮小、今後の方針はこれでよろしいか?」

「承知」

「異存無し」

 

 なるほど……だから俺が生きていた頃は…競馬と言えばサラブレッドだったのか…

 

「………」

『では、次に行くぞ』

 

 

────────────────────

 

 

「……」

 

 今度も会議室に飛ばされた、だが、先程見たそれよりも小さく、雰囲気は重苦しい。

 

「国際化にそぐわないとはいえ……中央がアラブの競争を廃止するとは」

「どうやら中央の馬主会がアラブの抽せん馬の引き受けを拒否したらしいんです、それが一番大きいのでしょう」

「我々も追随せねば…ならんのか…」

「どうやら大井はそうしているらしい」

「しかし、いくら技術が進歩したとはいえ、サラブレッドの維持はアラブと比べて難しく、それにかかる銭も多い、それにバブルも弾けたと来た、益田のような小規模場所は大打撃を食らうんじゃないか?」

「他所の心配してる場合じゃないでしょう、ウチがどうするのかを決めねばならんのです」

 

 …バブルが弾けたときは、俺達も大変だった、それは競馬もしかりだったのだろう、そして、地方競馬は中央の方針変更の煽りと共に…それを食らったということか…

 

「……」

『次じゃ』

 

 

────────────────────

 

 

 今度はある一室だ。

 

「こんな事が…あっても良いのか?」

「アラブの記録が…公式から抹消!?」

「じゃあ…サラブレッド相手に3馬身差で勝ったワシュウジョージのレコードが消えて、レコードタイムが変わるって事かよ!?」

「そりゃないぜ」

 

 この会話から察するに…ワシュウジョージはアングロアラブ、そして、アラブの記録が公式から抹消されるに伴い……レコードが消え、サラブレッドが繰り上げになり、レコードも変わった……という事か…

 

『…次で最後じゃ、目に焼き付けるが良い』

 

 

────────────────────

 

 

 今度は会議室じゃない、会社か何かの事務所…なのか?

 

「この子は絶対に競走馬になれます!!父ビソウエルシドの先祖はセイユウ、母ユーノスプリンセスもそれに劣らぬ名牝の血統です!“サラーム”という幼名だって決まっているんです!!」

「ダメだダメだダメだ、却下、アラブなんぞカネにならん」 

 

 サラーム…つまり…話題に上がっているのは…アラ…

 

「ですが、貴方の父はこれから産まれてくるあの子を、競走馬にする予定だったんですよ?」

「それは親父が勝手に言った事だ、アラブを一頭競走馬にするのに無駄金使うぐらいなら、サラブレッドの餌を買うのに回す」

「…しかし…」

「これは決定事項だ」

 

 

────────────────────

 

 

 そして、今度は藁のある建物、すなわち厩舎に飛ばされた。

 

「産まれたぞ!!」

「長かったなぁ!!」

 

 そこにいる人々の視線の先には…一頭の子馬がいた。

 

 …これが…アラ……

 

 そして、一人の女性がアラに歩み寄り、その頭に手を置き。

 

「ごめんね、もう少し早ければ……」

 

 と言った。

 

────────────────────

 

 そして俺たちは再び、あの暗い空間に戻って来た。

 

「…何故アラは…競走馬になれなかったんだ?」

『簡単な話じゃ、生産牧場の経営者が代替わりし、あいつを競走馬として育てる方針がひっくり返ったのじゃ………これでわかったろう?貴様ら人間共が、どれだけ愚かな存在であるのかがな、貴様ら人間はワシらアングロアラブを都合よく利用し、そして捨てた』

 

 セイユウはそう言い、こちらを見た。

 

「……だが、さっき見た光景の中に、お前はいなかった、セイユウ、お前は何故人間を憎む?」

『……』

「答えろ…」

『ワシは競走馬としてサラブレッド共と戦った、そして、貴様がセイユウユーノスと共に出た菊花賞のトライアル、セントライト記念に勝利した、じゃが…菊花賞に出る事は叶わなかった、“クラシックはサラブレッドのみ”貴様ら人間共の作り上げた勝手な規則、血の呪縛によってな』

「……」

『更にそれだけには留まらん!ワシは種牡馬となり、多くの子孫を残してきた、アングロアラブの復権を目指してな、じゃが、結果はさっき見たとおり、ワシらの子孫…いや、アングロアラブは競走の世界から消えていき、更には記録からも消されようとしておる!』

 

 時代が変われば、人も変わる、セイユウ…いやアングロアラブは……それに振り回された存在と言う事か。

 

 じゃあ、なぜアラはこの世界に?

 

「では、なぜアラはこの世界に居るんだ?」

『…あいつ自身の“サラブレッドと戦いたかった”という願い、そしてワシらアングロアラブの、人間共に翻弄され、歴史から消えざるをえなかったという無念の思い、そして、“サラブレッド共を倒す”という願いが、あいつをウマ娘として、この世界に生まれ変わらせた』

「では、お前はアラに何を求めている?」

『今のあいつは、倒すべき敵のサラブレッド共と馴れ合い、真の力に目覚めておらん、ワシらの願い…それをもってその力を呼び覚まし、最強の存在として覚醒させる!!』

「覚醒…」

『そうじゃ、じゃがあいつは“これ以上、トレーナーを不幸にしたくない”と言い、それを拒否している、つまり、貴様はあいつの覚醒への一番の障害じゃ』

 

 俺が…障害?

 

『人間よ、セイユウユーノスを、ワシらの手に委ねよ』

「……断ると言えば…?」

『ワシはある程度、セイユウユーノスの身体を動かすことができる、先程やって見せたようにな』

 

 じゃあ、鳩尾に一撃を食らわせたのは……セイユウがアラの身体を使ったということか…

 

『…分かったようじゃのう、つまり、貴様の首に手をかけ、絞め殺すなど赤子の手をひねるが如し…そして、ウマ娘の力は貴様ら人間より遥かに勝る、適当な人間を力で屈服させ、書面上だけのトレーナーとする事など容易い、悩みの原因である貴様さえいなければ、セイユウユーノスは迷うことをやめ、ワシらの願いと一つになる道を選ぶという訳じゃ』

「…お前達の…願い…?それは…お前の願いじゃないのか?セイユウ!それをあの娘に…アラに押し付けて、その人生を食い物にするつもりか!?」

 

 そう叫び、俺はセイユウを睨んだ。

 

『いかにも人間らしい手前勝手な考えじゃな、セイユウユーノスはワシの子孫じゃ、先祖の願いと共に生き、そしてそれを子孫に受けつぎ、死んでゆく…それがあいつの運命(さだめ)じゃ!』

 

 違う…

 

「あの娘を解き放て!!今のあの娘はアングロアラブ、セイユウの子孫でも、馬でも、俺達人間でもない……ウマ娘のアラビアントレノだ!!」

『黙れ人間!!お前にあいつの苦しみが分かるのか?愚かな人間共に振り回され、子孫をも残せず一生を終えるしか無かった芦毛の馬がセイユウユーノスだ!競走馬にはなれず、この世界に生まれ落ちた後も継承は受けられん、哀れで可愛い我が子孫だ!お前に何ができる?』

 

 その時、俺はある記憶を思い出した、なぜ、相棒が“俺達人間って……罪深いな”と言っていたのかを。

 

「……分からん…だが、これだけは言わせてもらう、お前の語っているものは願いなんかじゃない、呪いだ!」

『同じじゃ!託された願いを成すのは、親に血肉を与えられた子の血の役目じゃ!!』

「だが、お前がアラにやろうとしてる事は、俺達人間がやったこととそう変わらないんだよ」

『何っ!?』

「…お前の嫌いなサラブレッドに、ある馬がいる……安楽死処置を施されるほどの大怪我を負いながらも、4ヶ月も苦しめられた、悲劇の馬、俺に色々な物を見せたお前なら分かるだろう?」

『…………』

「あの馬は、人間たちの願いで苦しみ、死んでいった、そうじゃないのか?」

『…………』

「血の役目を果たさせるために、4ヶ月苦しめられた馬、しかも、その血の役目は、少なくとも外野…すなわち人間が無理矢理課したものだ」

『…………』

「もう一度言う、今のあの娘はウマ娘、アラビアントレノだ。馬でも、人間でもない、つまり、俺もお前も外野だ……生まれ変わり、別の存在になったとはいえ、少しでも子孫を可愛く思う心を残しているのならば、今すぐこんな事は止めろ!!」

『自らの子孫繁栄の願いが人間共の勝手な都合で打ち砕かれればこうもなろう!』

 

 セイユウの耳は完全に後ろに反っている。

 

「…ならば、お前は…アングロアラブは…人間に愛されていなかったのか?アラを…あの娘を愛した人間はいなかったのか?」

『……』

「…答えろ、セイユウ!」

『……一人…』

「一人…?」

『ワシらは人間共に翻弄されてきた……じゃが、晩年のセイユウユーノスを本気で可愛がり、家族の様に接していた人間が一人だけいた』

 

 カッ!!

 

 

────────────────────

 

 

 周りの景色が変わった…厩舎か…?

 

 目の前に、芦毛の馬がいる…そして、その馬は、髪に白いものが混じった一人の男に、ブラッシングをされていた

 

「気持ち良いか?ユーノス」

「──!」

「そうかそうか、よしよしよし」

 

 その後ろ姿と声は、どこか見覚えがあった。

 

────────────────────

 

 

 また景色が変わった、そこは厩舎ではあったが、少々広く、多くの人々が集まっていた。

 

「苦しくないか?」

 

 さっき、アラにブラッシングをしていたであろう男が、地に臥せっているアラの所にしゃがみ込み、そう声をかける。

 

「──!」

「……」

 

 アラは鳴き、その男はアラの頭を撫でる…

 

 そして、その男の肩が震える………

 

 そしてその男はこちらに振り向き、涙を浮かべた顔で首を横に振った。

 

 そして、俺は驚愕した。   

 

 

「相棒……!?」

『相棒…じゃと!?貴様はあの男を知っておるのか?』

 

 知っている…忘れるもんか…

 

「俺の唯一無二の親友だ」

『何っ…!?』

 

 周りの景色はいつの間にか元の物に戻っていく。

 

『…貴様が…あの男の…親友じゃと…!?』

「ああ…俺は死んで生まれ変わり、この世界に来た、嘘だと思うのなら、俺を蹴飛ばせ」

 

 俺はセイユウの目を見る。

 

『………どうやら嘘では無いようじゃな』

「セイユウ、これを知った今…アラをどうするつもりだ?」

『貴様が普通の人間で無かったのは……計算外の事、ここは一旦、引かせてもらおう』

「待て、逃げるのか?」

『逃げはせん…貴様をどう扱うか保留にするだけのこと…また会おう、だが忘れるでない、セイユウユーノスはワシらの願いにより最強の存在として覚醒する存在である事を…そして、貴様らの行動は常にワシに見られている事をな…』

 

 カッ!!

 

 光に包まれる…戻れるという事だろう。

 

 しかし…

 

 あいつ…俺が死んだ後でも…上手くやれてたか…よかっ…た…

 

 

====================================

 

 

「トレーナー!!」

 

ガバッ…

 

「………!」

 

 私はあたりを見回す…

 

 戻って…来れた…

 

『そこまでそのトレーナーとやらが心配か…ならば、貴様の言うトレーナーとやらを屈服させてくれるわ!!』

 

 セイユウの言葉が、まだ頭の中でこだましている……トレーナーを…守らないと…

 

 トレーナーは…いた!

 

 倒れてる…

 

「トレーナー!トレーナー!」

 

 私はトレーナーの身体を必死で揺さぶった。  

 

「…ぐ…くぅ……」

「トレーナー…大丈夫?」

 

 トレーナーは苦しそうな顔をしていたけれど、うっすらと目を開ける。

 

「ああ……大丈夫だ…」

「……」

「……良かった、いつものアラだな」

 

 トレーナーはこちらを見て、安心したような顔をしてそう言った。 

 

 いつもの…私…じゃあ…トレーナーは…

 

 聞くしかない。

 

「トレーナー…何だか…変な生き物が…トレーナーのところに来なかった?」

「………“セイユウ”…か?」

「…やっぱり…じゃあ…トレーナー…私がどんな存在なのかも……「良いんだ…」」

 

 トレーナーは、私の言葉を遮るかのように、私の頭に手を置いた。

 

「……昔の姿がどうであれ……アラはアラだ、俺は気にせんよ、それに…気にしてたら、あいつに怒られる」

「…あいつ…?」

「…お前を世話していた厩務員だ…あいつは俺の相棒だった」

 

 おやじどのが…トレーナーの…?

 

「えっ……」

「…どういう因果なのかは知らん、でも、俺も一度死んで生まれ変わった…つまり、お前と同じだ」

「じゃあ…おやじどのが言っていた…親友は…」

「ああ、多分俺の事だろうな」

 

 だからか…私がたまに…トレーナーにおやじどのに似たものを感じていたのは…

 

 でも、その時、セイユウの言っていた“覚醒”が頭をよぎった。

 

「…トレーナー……私…怖い…もし覚醒したら…私は、絶対に私じゃなくなる……」

「…俺はお前の担当トレーナーだ……楽しい事も、苦しいことも、ともに分かち合い、乗り越える存在だ…だから一人で悩むな、俺がついてる」

 

 トレーナーは置いた手を動かし、私の頭を撫でた。

 

「トレーナー…」

「…まだ、走りたいか?」

「……うん…」

「……そうか、なら行こう、皆が待ってる」

「…皆…?」

「お前の家族だけじゃない、福山トレセン学園の皆が、お前が戻って来るのを待ってるんだ、だから行こう、アラ」

 

 トレーナーは私に手を差し伸べた。

 

「……うん…!」

 

 私はトレーナーの手を取り、立ち上がった。

 

 

====================================

 

 

 俺はアラを、親のいるところにまで連れて戻って来た。

 

 アラは妹や弟達に抱きつかれ、連れて行かれてしまった。

 

 そして、俺はアラの親と二人きりになった。

 

「……トレーナーさん、ありがとうございます、あの娘は…大丈夫そうですか?」

「大丈夫…とは言い切れません、でも…俺がついてます、絆を信じて…苦しみも、悩みも…共に乗り越えます」

「………トレーナーさん…ありがとう…」

 

 アラの親は涙を流し、俺の手を握った。

 

 何が俺とアラとを引き合わせたのかは分からない、だが…セイユウと相棒、そのどちらもがいたから、俺はアラに出会うことができた、これは紛れも無い事実だ。

 

 その事だけは常に、心に留めておこう。

 

 

 

 

 

 




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今回の描写は、史実を元にしています。

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第37話 情報収集

「エルコンドルパサー!!只今帰還しましターッ!!」

 

 トレセン学園のC-1クラス、すなわち“最も将来性あり”と目されている生徒たちの教室に、エルコンドルパサーの元気な声が響き渡った。

 

「エル!はしゃぎすぎですよ」

 

 グラスワンダーがエルコンドルパサーを諌めるものの、それ以上は言わなかった、彼女はエルコンドルパサーの感じたものが嘘ではないと信じていたからである。

 

「おかえりなさい、エルコンドルパサーさん今の気持ちは?」

「走りたくてウズウズしてマス!」

「でも、いきなり走りすぎ