アングロアラブ ウマ娘になる (ヒブナ)
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第一章 アングロアラブ転生す
プロローグ side-A


  
※本作は、アニメ版の物語をベースに、史実やシンデレラグレイの要素を絡め、独自解釈も交えつつ構成しております。稀にミスが見られるかもしれませんが、そのときはご指摘頂けますと幸いです。
 


 

自分の最も古い記憶は

 

「ごめんね、もう少し早ければ……」  

 

という言葉を聞いたことだった。 

 

ひどく悔しそうで、悲しそうな声だったのを覚えている。

 

生まれてからしばらくは、人間達にのびのびと育てられた。

 

そしてしばらくすると、自分はなぜか他の馬を追いかける訓練をさせられた。いや…別に嫌では無かった、むしろ楽しかった。

 

だけど、自分は気になっていた、だから走りを教えてくれた先輩に聞いてみた。

 

「どうして…このような訓練を?」

「それはお前が誘導馬になる馬だからさ」

「誘導馬…?」

「そうだ、お前は競馬場で、競走馬達を誘導したり、逃げようとするのを抑えたりする仕事をするんだよ」

 

その時の自分は、どうしても気になる事があった。だから先輩に質問する事にした。

 

「自分は…競走馬になれないんですか?走るのは大好きなんです」

「私達が出るのは可能だ、でも、お前はアングロアラブ、私はクォーターホース、サラブレッドには敵わないのさ…」

「でも…先輩は凄く速いじゃないですか?」

「短距離ならばな、だが、長距離となると、私は彼らに追いつけない」

 

先輩は首を下に垂らし、悔しそうに前脚を踏んだ。

 

「サラブレッドって…そんなに速いんですか?」

「速い、化物だ、そして、私達よりも大きい」

「そんな…それだと、自分たちが…勝る部分なんて…」

「いや…お前は“ダイヤモンド”を知っているか?」

 

先輩は自分に質問を投げかけてきた。

 

「…だいや…もんど…?」

「ああ…知らないか…なら私が教えよう、ダイヤモンドとは、人間達曰く“この世で一番傷のつきにくい石”なんだそうだ。だが、そんなダイヤモンドも、ハンマーで叩けば砕けてしまうそうだ、“どんなに強いものでもモロい点はいくらでもある”…彼らは非常にデリケートなんだ、競争するだけのために産み出された、走るダイヤモンド…それが、サラブレッド」

 

先輩はそういって嘶き、空を見上げた。

 

 

────────────────────

 

 

あれから数年後、自分は“誘導馬”として、競走の世界にやって来た。先輩と一緒に仕事が出来るようになった。

 

先輩が教えてくれた“サラブレッド”を見ての第一印象は“喰われそう”だった。

 

大きい上に、目は血走っている。

 

「────堂々と振る舞うんだ」

 

横にいる先輩が、自分の名前を呼び、アイコンタクトでそう言う。

 

自分は姿勢をキリッとさせ、ゆっくりと歩み、サラブレッド達を誘導していった。

 

 

────────────────────

 

 

あれから更に月日が経った、自分の事を可愛がってくれた先輩達は引退した。その後も、自分は誘導だけでなく、人間を上に乗せてのパフォーマンス等もやったりして経験を積んでいった、私はそのうちその競馬場の誘導馬の最年長となった。

 

「皆、行こう」

「イエッサー」

「分かりました」

「ラジャーラジャー」

 

上に乗る人間が手綱を引く、自分は鼻息を鳴らし、同僚の皆を先導した。

 

『本レースの主役達の入場です!』

 

ワァァァァァァァァ!

 

本馬場入場と共に、歓声が上がる。

 

『おいチビ、さっさと歩け』

 

後ろのサラブレッドが、身体をコツンとぶつけてきた。レース前に、気が立っているのだろう。誘導馬の同僚は例外だけど、サラブレッドはその殆どが激しい気性で、“のろい”とか“チビ”とか言って喧嘩を売ってくるものもいた。

 

対処は基本的に無視、仕事はしっかりやり遂げなければならないからだ。

 

「おい、止まれ!」

「やなこった、追いついてみろ、ドン亀!」

 

後ろの方で、やんちゃなサラブレッドが放馬してしまったらしい。

 

グッグッ…

 

騎手が手綱を引く、“追いかけよう”と言うことだ

 

「おい、止まれ!」

「……」

 

相手はサラブレッド、ストレートでは向こうのほうが速い、だけども…

 

「────!!!」

「!!」

 

自分は声にならない叫び声を上げ、相手の注意を走ることから反らさせる。

 

「いい加減にするんだ!!」

「……!」

 

横に並びかけてスピードを落とさせる、当然相手はこちらを睨んでくる、だが、こちらも睨み返す、これでさらに走る事から意識が逸れる、後は人間達の出番だ。

 

色付きのロープを持った人間達がサラブレッドを囲み、手綱を握り、元の位置まで誘導した。

 

ポンポン

 

騎手が自分の身体を叩く“ナイスプレー”という意味だ。

 

“力で敵わない相手には頭と小技で立ち向かう”それが先輩に教わった事だった。

 

 

────────────────────

 

 

さらに月日が流れ、自分は誘導馬の仕事を離れ、牧場で暮らすようになった。

 

牧場では先輩と同じクォーターホースは居なかった。だけど、がっしりとした“セルフランセ”、蹄鉄のいらない“木曽馬”、栗毛で綺麗な鬣を持つ“ハフリンガー”、人間の子供達に人気のあった“シェトランドポニー”といった仲間がいた。

 

人間達が“牛”と呼んでいるどっしりとした動物、“羊”と呼んでいる毛むくじゃらの動物、“犬”や“ゴールデンレトリバー”と呼んでいる耳の垂れた動物たちも一緒だった。

 

牧場には多くの人間が来た、自分達は人間達を歓迎し、人間達も自分達を見て癒されていたようだった。かなりの人間を乗せた、セルフランセと共にパフォーマンスもやった。充実した毎日だった。

 

 

────────────────────

 

 

自分の世話は、マークの入った帽子をかぶり少し髪に白いものが混じった“カンザキ”と呼ばれる人間のオス…いや、男が行っていた、自分はその男を“おやじどの”と呼び、慕っていた。

 

おやじどのはよく、自分に歌を聴かせてくれた。

 

おやじどのは人間の世界について多くの事を教えてくれた。その中で最も興味を惹かれたのが、おやじどのの親友の話だった。おやじどのとその親友は、かつて色々なことをやった仲らしい、その内容は聞いたこともないような言葉ばかりだったけれども、おやじどのの顔から、本当に楽しい事なんだと理解できた。

 

 

────────────────────

 

 

それからさらに月日は流れ、自分は牧場の“長老”として紹介されるようになった。身体は衰えていった。跳ねることは出来なくなり、走るのも身体が重く感じるようになった。

 

ある日の夜だった。

 

体が重く、起き上がることの出来ない自分は多くの人間達に囲まれていた。おやじどのは自分の頭に手を置いた。

 

温かい…

 

それと同時に、身体から力が抜けていく。

 

「苦しくないか?」

 

おやじどのが自分に声をかける。

 

苦しくはない、だけども、やりたい事はたくさんあった。

 

別れたっきりの先輩にもう一度会いたかった

 

もっと多くの人間達を乗せたかった。

 

もっと多くの時間をおやじどのを始めとした牧場の仲間と過ごしたかった。

 

おやじどのの親友と会いたかった。

 

そして…

 

“サラブレッド”と…勝負がしたかった

 

そんな願いを込め、自分は鳴いた。

 

「……」

 

おやじどのは無言で自分の頭を撫でた。

 

温かい…

 

自分の視界は段々と暗くなっていった。

 

────────────────────

 

次に目が覚めて見えたのは、真っ白な天井だった。

 

雰囲気からなんとなくだったけれども、ここが厩舎ではないことは察することができた。しかし…

 

何か妙だ……体の感覚が違いすぎる。

 

目に映る色が今まで見ていたものと全く違う。

 

そこまで考えたところで視界に人間の女性が入った。

 

……なぜか目の前の女性が妙に大きく見えるのが、自分に一抹の不安を抱かせる。

 

…そうか、馬として…生まれて一番にやること…立つことをやっていない、だから心配して覗き込んでいるんだ。

 

「………!」

 

体に力を込める…

 

立てない…いや、仰向けになっているであろう体をひっくり返すことすら出来ない。

 

とりあえず、がむしゃらに全ての足を動かす…

 

………!

 

自分の目に映ったのは、毛一つない前脚…いや、人間の手だった。

 

「元気だねー、あなたはきっと、速くて強いウマ娘になるわ」

 

目の前の女性は、こちらに向けて笑顔で手を振ってくる。

 

なぜ…人間の手を…持つのに…

 

人間でも馬でもなく…ウマ娘?

 

…それに…この感覚…尻尾がある…?

 

人間には尻尾は無いはず…

 

自分は…人間の…いや…ウマ娘というこの尻尾のある赤ん坊になってしまった…と、いうこと…?

 

 

 

 




 お読みいただきありがとうございます。

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プロローグ side-B

 
 2話目です、少し描写が追加されています


 

 ここは、日本全国で行われるエンターテインメントレース『ローカル・シリーズ』に参加するウマ娘を育成する学園の一つ、福山トレセン学園

 

 そしてその校長室に、3人の人影があった。

 

慈鳥(じちょう)、只今着任致しました」

 

 どこにでもいるような顔をしている新人トレーナーである慈鳥は、姿勢を正し、挨拶をする。

 

「うむ、ご苦労様です、私が校長の大鷹(おおたか)です、そしてこちらに控えているのが」

「校長秘書の川蝉(かわせみ)です」

 

 恰幅の良い身体に紺色のスーツを纏い、髪に白いものが混じっている福山トレセン学園の校長、大鷹と、彼と同じ青系統の色のスーツを纏った女性秘書、川蝉が新人トレーナーの慈鳥を迎えた。慈鳥の方は、少し何かを恐れるような顔をしており、立つ姿は少し固かった。

 

「慈鳥君、そう固むしろくならないでください、我々は君の敵ではありません、同志と思って頂きたい、それに私は君のような新人が来てくれることは、この学園にとってとても良い事だと思っていますから。」

「は、はいっ!ありがとうございます」

 

 大鷹は穏やかに慈鳥に語りかけた。慈鳥は息を吸い、固まっていた身体を落ち着かせる。

 

「これからよろしくお願いしますね、トレーナーさん」

 

 川蝉は慈鳥に対して笑顔で微笑みかけた。

 

「よろしくお願いします!」 

 

 慈鳥はそう言うと退出していった。

 

 

====================================

 

 

 俺は死んで生まれ変わった。死んだ時の瞬間は、生まれ変わった後でも、克明に思い出せる。

 

 俺はレーサーだった。フォーミュラカーでは無く、シビックとか、カローラとかのツーリングカーのレースだった。

 

 整備士だった相棒と、二人一組のチームで色んな相手と戦ってきた。

 

 最後のレースは…波乱のレースだった。

 

 

────────────────────

 

 

『さあ!レースはファイナルラップに突入した!一番手を走っているのはチームランドルフのスコット!関西野郎連合の坂本とどさん子ファイターズの西崎で二番手争い!おっーとここで外から烏羽色の車体が来たぞ!』

 

 

 ステアリングを握る手に力がこもる、馬力で劣るんだ、コーナーで前に出させてもらう!

 

 俺はインに切り込み、前に出た。

 

『4番手、アントアンペアの佐藤がインベタを突いて前に出る!おっとここで突然の雨です!路面状況が一変しました』

 

 雨…行ける…!

 

 そう思い、俺はシフトレバーをトップ(4速)からオーバートップ(5速)に入れ、アクセルを踏み込む…だが…

 

ドシン!

 

 後ろからの衝撃…抜かれた奴が慌ててアクセルを踏んだか…!

 

 立て直すのは…ムリだ…タイヤバリアーに逃げるしかない。

 

 コースアウトした俺はタイヤバリアーの方を見た

 

……!

 

 観客が入ってやがる………

 

「………ッ!」

 

 最後に見たものは、コンクリートの壁だった。

 

ゴオン!!

 

 ハンマーで殴られたような衝撃とともに、頭をぶち破るような音が響き、俺の意識は闇に落ちていった。

 

 

────────────────────

 

 

 次に目が覚めたとき、俺は赤ん坊の身体になっていた。

 

 苗字も“慈鳥”というものに変わっていた。

 

 徳を積んだ記憶なんて無いのに、生まれ変わってしまったということだ。

 

 いや…もしかしたら…あの時、タイヤバリアーに侵入していた観客を避けたから…神様か仏様か誰かは知らないが…もう一度やり直しのチャンスを与えてくれたのかもしれない。

 

 もう一度レースの世界に出ろという事かと俺は思った。

 

 だが、病院から出たあたりの時期、俺はこの世界がおかしいと言うことに気づき始めた、変な人間が暮らしている。

 

 耳は顔の側面ではなく、頭の上に、そして尻尾がついている。

 

 それを初めて見た時、俺は狐が人間に化けたのでは無いか、それか、世界は妖怪に支配されたのではないかと思った、だが、その思考はすぐに無くなった。

 

 沢山いる、そしてそいつらの耳はよく見たら狐のものでは無く、相棒の大好きな動物の馬のものにそっくりだった。だが、その姿は全て女性のものだった。

 

 そして、テレビを見た時、俺は驚愕した。

 

 尻尾のある女性達が、レースをしている、風景を見るに、明らかに競馬場だ。

 

 馬が走るための場所を、何故かあのしっぽ付きが走っている。

 

 そして、レースが終わったあとは、歌や踊りを披露していた。

 

 俺は初め、特別なイベントなのかと思ったが、両親はその光景に熱中し、興奮していた。そして、両親はしっぽ付きを“ウマ娘”と呼んでいた。

 

 

────────────────────

 

 

 月日が経ち、俺は前世の俺が生まれた年よりかなり後に生まれたことを知った。

 

 そして、一度死んで生まれ変わるにあたり、一番に気になっていた事があった。

 

 俺が死んだ1999年、もっとレーサーとして走っていたかった俺にとって一番心配だったモノ………“恐怖の大王”…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 来なかった、と言うか、何も起こらなかった。

 

 安心したのも束の間、俺はこの世界が元々俺がいた世界とは全く別の物だということを理解させられた。

 

 それは前世でも行った事のある動物園の特集番組を見ていた時だった。

 

 動物園にシマウマが居なかった、だから俺は両親に聞いた。

 

「おかあさん、しまうまはいないの?」

 

 その時の母親の疑問を浮かべた顔は、今でもよく覚えている。

 

 俺はまだまだうまく動かない手を使い、なんとかシマウマの絵を書き上げ、母親に見せた、母親は

 

「かわいい動物……将来はファンタジー絵本の作家になりそうだね〜」

 

 と言い、俺の頭を撫でた。

 

 だから、俺はなんとなく理解できた。

 

 この世界には馬が存在しない、そして代わりにウマ娘が居ると。

 

 その後、その動物園に行った、やはりシマウマは居なかった。シマウマがいたはずの檻には。

 

 “ヤックル”と呼ばれるバカでかいカモシカがいた。

 

 

────────────────────

 

 

 成長し、読み書きが出来るようになった俺は、図書館で図鑑を読んだ。

 

 やはり馬は居なかった、そして、人間の仲間の欄を見た。そこには。

 

 Homo sapiens sapiens……いわゆる俺達ヒト、そして…

 

 Homo sapiens equusian……ウマ娘の表記があった。

 

 つまり、この世界には、ヒトとウマ娘という二種類の人類がいて、共存しているということだ。

 

 そして、動物園で見たヤックルは、前世における馬のような存在だった。ただ、この世界の人類はそいつらを品種改良し、競走させるという発想には至らなかったらしい。恐らくあのでかい角が邪魔だったのだろう。

 

 最も、相棒曰く競馬で走るサラブレッドは、“競馬が無いと滅ぶ”ような品種らしいから、ヤックル達は馬よりは人間に振り回されていないということなのだろう。

 

 それからしばらくして、俺は前世との大きな違いをもう一つ発見した。

 

 この世界の車には“リトラクタブルヘッドライト”が存在しなかった。

 

 学校の教師に、リトラクタブルヘッドライトについての話をしたところ。

 

「そんなもの、ウマ娘とぶつかったら大変な事になるだろう」

 

 と返された。ウマ娘は馬並みの速度で走る、確かに車とぶつかれば大変な事になる。この世界は歩行者保護の考えが、前世よりもかなり重んじられていると言うことだ。

 

 モータースポーツはあるにはあったが、前世と比べると規模も、注目度も小さかった。

 

 jtccなんてものはもちろん無かった。

 

 鈴鹿サーキットも、富士スピードウェイも、俺が知っているそれよりかなり小さなモノになっていた。

 

 地元のサーキットに至っては、畑になっていた。

 

 スポーツカーも種類がかなり少なかった。

 

 モータースポーツの世界に再び返り咲くという俺の夢は、もろくも崩れ去った。

 

 だが、俺は思い出した。

 

 この世界にはウマ娘がいる、そして彼女達はレースをしている。確かウマ娘には、トレーナーと言うものがつくはずだ

 

 ウマ娘がレーサーならば、それをサポートするトレーナーはメカニック、俺はそう思った。

 

 そう思った俺は、テレビで見るだけだったウマ娘レースを、自分の目で見る事にした。

 

 圧巻の一言だった、前世、親に肩車をされてカーレースを見た時と同じ熱さを、俺は感じていた。

 

 俺はトレーナーになろうと決めた、親の教育方針はやりたい事はやらせるといった方針だったので、親は俺を応援してくれた。

 

 だが、ウマ娘のトレーナーと一口に言っても学ぶべきこと、やるべきことは非常に多い。

 

 ウマ娘の育成、チームの運営、出走申請、ウマ娘のスカウト、細かい部分まで挙げればキリがないが、コーチング技術やスポーツ医学など、多種多様なことをこなさなければならない。

 

 しかもトレーナーになるためには、カーレーサー同様ライセンスを取得する必要がある。ウマ娘レースの世界は、前世同様地方と中央という区分で分けられており、地方のトレーナーライセンスはかなり容易に取得できるようだが、中央のトレーナーライセンスを取得するのはとんでもなく難しい事だそうだった。

 

 トレーナーになるには、そういった専門の大学に行く必要があった。

 

 だから俺は必死で勉強した、頭の方の出来は良く無かったが、それでも詰め込んだ。勉強の傍らでモータースポーツも細々とだがやった。何かの役に立つと思ったからだ。

 

 そして…俺は中央のトレーナー試験を受けた。

 

 中央のトレーナー試験は、地方と違って2段階に分かれていた。ペーパーテストと、スライドを持ち込んでのプレゼンテーションだった。

 

 努力の成果が実ったのか、俺は第1段階をパスすることが出来た、そして、第2段階のプレゼンテーションは“トレーニング方法”についてのお題だった。

 

 長年の勉強で俺はモータースポーツの概念を応用したトレーニング方法を編み出していた。だから俺はそれをプレゼンで発表する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、俺の発表したものは

 

「異端だ」

 

「危険だ」

 

 とされ、理解を示されなかった、実践すら許されなかった。

 

 結果、俺はトレーナー試験に落ちた。

 

 部屋を出ていったとき、俺はとんでもない形相だったのだろう。次にプレゼンをする奴が震えていた。

 

 絶え間なく進化することができるものだけが、新しいステージに立つことが出来るのに……保守的な中央が、心配にもなってきた。

 

 

 しばらくショックに打ちひしがれていた俺だが、ある言葉を思い出した。

 

“インから抜けなければ、アウトから攻める”

 

 

 だから、俺は地方のトレーナー試験を受け、合格した。

 

 

────────────────────

 

 

 自分の配属先の校長への挨拶を済ませ、俺は名実共に地方のトレーナーとなった。

 

 自分の理論の行き着く先を、保守的な中央に見せつけるため。

 

 この世界に生まれ変わった以上、挑戦し続けるため

 

 そして…

 

 どんな状況でも諦めないことを教えてくれた、前世で生きる相棒のため。

 

 




 
 お読みいただきありがとうございます

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第1話 転入

 前回投稿したものから、少しばかり追記しています。


  

  

「ただいま、帰ったよ」

「お姉ちゃーん!おかえり!」

「ねぇちゃん!」

「おつかれー!」

 

 玄関の扉を開けると、妹や弟達が駆け寄ってくる、皆人間の子供だ。

 

「おかえり」

「ただいま、じいちゃん」

 

 子供たちを撫でていると、ここの長“じいちゃん”が姿を現した、そして手招きをした。“付いてきなさい”ということだ。

 

 

────────────────────

 

 

 ウマ娘として生を受けた以上、生まれ変わる前の最後の願い“サラブレッドと戦いたい”を叶えようと思った。

 

 だけども、現実はそう甘くはなかった

 

 生まれてすぐ、両親が死んだ、交通事故だった。私は両親によって通行人に向かって放り投げられ、助かった。

 

 そして、両親以外に身寄りのいなかった自分は、施設に預けられ、人間の子供たちと共にここで過ごしてきた。

 

 一人称も自分から“私”に変えた、前世、おやじどのから人間の世界の事は聞かされていたので、人間達との暮らしはうまくいっていた。

 

 だけども、どうしても思い出せない物があった、名前…前世の私の名前だった。

 

 先輩のこと、おやじどののこと、それらの事はしっかりと覚えているのに、何故か名前だけは思い出せない。

 

 もっとも、今の私には“アラビアントレノ”という立派な名前がある。前世、自分達が“アングロアラブ”と呼ばれていたから、この名前はこの名前で気に入っていた。

 

 今の私は中学生、だが育ててもらっている身で“レースに出たい”など言えるはずもなく、私はただの一般学生として過ごしていた。

 

 もっとも、レースの世界に居ないだけで、走ること自体を諦めた訳ではなかった、小学生の頃から、ちびっ子たちを養うお金の足しにするべく、じいちゃんのツテでバイトをやっていた、新聞配達だ。

 

 朝早く起き、農道を駆け抜け、用水路を飛び越え、新聞を配達していく、とても心地よかった。

 

 “河を渡って木立を抜ける”それがとても楽しかった。

 

 だが、中学二年になった私に、一つの問題が起きた。

 

 本格化の時期…通称、“爆発期”が来てしまった。

 

 ウマ娘は、思春期のある段階で、身長や体格が急成長する、その時期は個人個人によってまちまちなものの、共通点があった。

 

 “食べる量が物凄く多くなる”だ

 

 前世、おやじどのが教えてくれた“鯨飲馬食”と言う言葉がある、その言葉通り、この世界のウマ娘も人間の2、3倍は食べる大食漢だ。

 

 ただでさえこうなのに、爆発期のウマ娘がどうなるのかは、想像に難くないだろう。

 

 当然、家計には大打撃を与えてしまうということだ。

 

 

────────────────────

 

 

「アラ、これを」

 

 じいちゃんが一つの紙を差し出した。その紙には“福山トレセン学園 転入生募集中”の文字があった。

 

「じいちゃん……」

「ここに、通ってみないかい?」

「……良いの?だって、お金が…」

「…アラ、自分に正直になりなさい、本当は…走りたいんだろう?」

「……」

「君はレースの雑誌をこっそり、たくさん集めているだろう?」

 

じいちゃんは私の本心を見抜いていた、それに、レースの雑誌を集めてたことを…知ってたなんて…。

 

「…うん」

「なら、走ってきなさい、おチビ達の事は心配する必要はないから、それに、今のここだと、君を満腹にさせてあげる事は出来ない」

「…じいちゃん…」

「自分のしたいことをして、腹いっぱい食べる、それが、私の思う一番の幸せ、だから行ってきなさい」

「分かった…ありがとう、じいちゃん」

 

 それから二週間後、私は福山トレセン学園に転入する事になった、向こうでは寮生活といった形になるので、ここにはたまにしか帰ってこれない、だからちびっ子達には相当引き止められた、別れの時なんて、四人がかりで尻尾を掴まれた。

 

「お姉ちゃん!行っちゃダメー!」

「姉ちゃん!」

 

 馬の時から尻尾を掴まれるのは苦手だった、それはサラブレッドもセルフランセも木曽馬もハフリンガーも変わらないようで、特にセルフランセは尻尾を噛んだ野良猫に蹴りをかましたことがある、ウマ娘の体になってからは、ある程度尻尾を鍛えているけど、それでも少し困る。

 

「…こらこら、アラが困っているじゃないか、尻尾から手を離しなさい」

 

 じいちゃんがちびっ子達を何とか私の尻尾から離した。

 

「アラ、指切りをしてあげなさい」

「うん、皆、大丈夫、お姉ちゃんは、絶対にここに帰ってくるから、それに連絡も取る、約束する…だから、指切りをしよう」

「うん…」

「「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます、指きった!」」

 

こうして私はちびっ子達と指切りを交わし、福山トレセン学園に向けて出発した。

 

 

 

────────────────────

 

 

「はい皆さん、静かに〜、今日から皆さんと共に勉強する仲間が加わります、アラビアントレノさんです」

「よろしくお願いします」

 

パチパチパチパチパチパチ…

 

 私は先生に指し示された席に向かって歩く、一番端の窓際だった。

 

 休み時間になると、クラスの皆に多くの質問をされた、そしてついに。

 

「アラの家族って、どんな人なの?」

 

 この質問が来てしまった

 

「…うーん、ウチは大家族で、ウマ娘は私一人だけなんだ、私はいっぱい食べるから育てるのは大変だったと思うけど、家族は私のやりたい事をやらせてくれたよ」

「へぇー、大家族かぁ…」

「うん、それに私、一番上だからさ、ちょっと心配なんだ」

「一番上?じゃあ、料理とか作ってたの?」

「うん」

「凄いんだねぇ〜」

 

 家族の話題は、何とか乗り切った、転校初日に“本当の両親は生まれてすぐに死んだ”なんて言えば、重苦しい空気になってしまうに違いない。

 

 人間というのは、“死”というものにかなり敏感な生き物だった、それは人間と同じような肉体を持つウマ娘にも同様のようだった。

 

 その後も、私は色々な人と会話し、仲を深めていった。会話のコツは、じいちゃんが教えてくれていたし、おやじどのが牧場を訪れた観光客に私を紹介していた話術も、かなり参考になる。

 

 この状況を先輩が見れば、心配するに違いない、今の姿は人間のものだからそんなに違和感は無いけれども、元の姿に当てはめて考えてみると、また違ってくる、おとなしく体格の小さなアングロアラブが、大きくて気性も荒いサラブレッドに囲まれている訳だ、何も起きないはずはない。

 

 恐らく、周りの仲間達は皆、“サラブレッド”なんだろう、でも、前世と今とをごっちゃ混ぜにするのはいけない。

 

 

────────────────────

 

 

 競走ウマ娘は、普通の学校の授業だけでなく、レースの世界のことも知らなければならない。

 

「さて、皆さん、もうすぐデビュー戦ですね、皆さんが出場するローカルシリーズの開催地は帯広から佐賀までの16箇所、皆さんはその一つの福山レース場でデビューする事になります。」

 

 先生は黒板に貼られた日本地図の赤い点…つまりは競馬場…いや、この世界ではレース場をどんどん指していった、その中に一つ、見覚えのある名前があった。

 

“大井レース場”

 

 私達の仕事場だった所だ。

 

 …だめだだめだ、授業に集中だ。

 

「何年か前までは、皆さんローカルシリーズの競走ウマ娘は基本的に地元のコースでのレースが多かったのですが、最近では遠征の自由度が増し、その気になれば全国各地のレース場へと遠征出来るようになっているんです!」

 

バアン! パラッ

 

「わ、わわっ!」

 

アハハハハ…

 

 先生は熱くなって思い切り黒板を叩く、磁石と地図が外れてしまい、教室には笑いが広がった。

 

「ふぅ…さて、気を取り直して続けます、それで、この日本には、もう一つ、ウマ娘レースの世界が存在する事は、皆さんもご存知ですね?エアコンボハリアーさん、お願いします」

 

 先生は皆から“ハリアー”と呼ばれているパイロットゴーグルを首から下げたウマ娘、エアコンボハリアーを当てた。

 

「はい、トゥインクルシリーズです」

「その通り、ローカルシリーズで優秀な成績をおさめたウマ娘は、交流重賞に出走したりカサマツのオグリキャップさんの様に、中央に移籍したりすることもあるんですよ」

 

 中央と言うと思い出すのは“帝王賞”だ、誘導馬騎手たちが。

 

『馬場貸し状態、何とかならないモンかな〜』

『中央の馬は強いぜ?あーっ!オグリキャップが沢山いたらなぁ…フエルミラーが欲しい』

『いや、ハイセイコーだろそこは』

 

 と言っていたのを思い出す、帝王賞は地方の馬は殆ど勝てなかった。オグリキャップ…前世の私はよくわからなかったけれど、凄いウマ娘らしい。

 

「…でも、最近は…」

 

 ある生徒が少し下を向く

 

「確かに、オグリキャップさん以降、私達ローカルシリーズからは強いウマ娘が出ることは少ないです、でも、皆さんには、希望を捨ててほしく無いんです、私は信じています、皆さん全て“怪物”になる素質を持っていると」

 

 先生の目は熱気に満ちていた、潤んでいたようにも感じられる。

 

キーンコーンカーンコーン…

 

「あっ…それでは今日の授業はここまでとします」

 

 先生は去っていった。先生が教室を出た後、教室内は…

 

「あんな先生初めて見た」

「大人しい先生があんなに熱くなるなんて」

 

 といった声が飛び交っていた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 ここの寮は一人部屋だった。家ではいつも、ちびっ子達と一緒に川の字になって寝ていたから、少しばかり部屋が広く感じた。

 

 でも、そのおかげで目覚まし時計の音量を最大まで上げることができる。

 

 時刻は四時、走りに行こう

 

 この学園は、芦田川という川に面している。そこには川沿いにウマ娘用の走路が設けられていて、トレーニングをするのにはもってこいの良い場所だと、友達が教えてくれた。しかも今年は、学園と市役所が協議して走路の拡張が行なわれたそうで、走りやすくなったらしい。

 

 外は真っ暗だった。でも、怖くはない、小学生の時から走ってきたから

 

 私は学園を出て、その走路に向かった。

 

 走路に着いた私は、まずそれを触ってみた。

 

 アスファルトでも、芝でもない。

 

 ダートだった。それもアメリカで使われてる本物のダート、土だった。

 

「ふっ!」

 

ドシン!

 

 私はその場で思い切り足踏みをした。

 

「……ついた…」

 

 蹄鉄の食い込んだ跡が、地面につく、同時に心の底から“走りたい”と言う気持ちがどんどん湧き上がってきた。

 

「よし…行こう!」

 

ドォン!

 

 思い切り土を蹴り、私はスタートした。

 

 

=============================

 

 

 俺がここに来て、一ヶ月が経とうとしている。未だに担当ウマ娘は居ない。

 

俺達は新人、それは当然なのだ。

 

 だが、担当ウマ娘がいないとはいえ、俺達に仕事が無いわけではない、担当を持った場合のトレーニング方法を考えたりしなければならないからだ。

 

 そんなこんなで、俺は同期のトレーナー達と共用の5人部屋…つまりは仕事部屋でトレーニング方法について考えていた。

 

ガラガラガラーッ!

 

「皆ーッ!選抜レースが明後日に行われるらしいぞ!」

「あーっもう!ニワトリじゃないんだから、もう少し静かにしなさいよ!」

「お前、その声何とかならんのか?」

「お前達も揃いに揃って五月蝿い…」

 

 ドアを勢いよく開けて入ってきたのは、同期の軽鴨(かるがも)、それに文句を言っている女性が火喰(ひくい)、同じく文句を言う雁山(かりやま)、三人に対して溜息をついているのが雀野(すずめの)、この四人が、俺の同期だった。

 

「「「「慈鳥、どう思う?」」」」

 

……俺に質問が振られてきた。

 

「まあ…デカイ音全般には慣れてるけれども、取り敢えず一言だけ言っとくか、ここ、で働いてんのは俺ら5人だけじゃない」

「………」

 

 全員黙ってしまった、気遣われたとでも思っているのだろうか?ドリフトのスキール音やサーキットの歓声、環状族の直管マフラー音……大きな音に慣れているのは本当だ。

 

「とりあえず、軽鴨、選抜レース、明後日なんだろ?」

「あ、あぁ」

 

 俺は軽鴨にゆったりと問いかけた。相手の声は自然と小さくなる。

 

「なら、俺らで出走ウマ娘の能力とかについて議論しようじゃないか。俺ら、まだ担当がいないし、な?」

 

 俺はそう言って皆の顔を見た、4人とも、コクコク頷いてくれている。

 

「よし…やるか」

 

 俺達は生徒名簿を開き、椅子を円形状にし、携帯やノートパソコンを持ち寄り、議論を開始するのだった。

 

 

────────────────────

 

 

 仕事を終えた俺は、学園を出て、学園から少し離れたトレーナー寮への帰途についた。

 

 鍵を開け、愛車に乗り込む、この世界ではスポーツカーが衰退していたが、嬉しいことにハイソカーやデートカーの方にまでその影響は行っていなかった、これは恐らく、ウマ娘がいる影響だろう。

 

 ウマ娘は普通の人間と比較すると、かなりの美貌の持ち主だ。それ故、車や服などのCMの業界で活躍している者も多い、事実、今の俺が乗っている愛車であるソアラも、ウマ娘が宣伝に起用されていたらしく、俺の親もその宣伝に影響されて買ったらしい。ウマ娘が宣伝に起用されていた証拠に、この車のシートには尻尾用の穴が空いていた。

 

 俺は運転しながら、議論内容を思い出していた。

 

 議論の中で話題に上がったのは四人。

 

 スタミナがあるエアコンボハリアー。

 

 末脚の鋭いキングチーハーとワンダーグラッセ。

 

 策士と呼ばれるセイランスカイハイ。

 

 このあたりが将来有望だと言うことになった。

 

 だが、俺は生徒名簿の中に興味深い名前を見つけ、そっちに注目していた。

 

 芦毛のウマ娘“アラビアントレノ”

 

 トレノはスペイン語で“雷鳴”という意味だ、だが、レーサーは別の物を想起するだろう。そう、大阪の環状線や峠道、サーキットやジムカーナ、ラリーで活躍したスプリンタートレノ(ハチロク)という車だ

 

 もっとも、それはこの世界には無い。

 

 寂しいなと思ったが、無いものは無いのだ、どうしようもない。

 

 俺は選抜レースの方に気持ちを切り替え、車を走らせた。

 

 

────────────────────

 

 

「気持ちよかった…」

 

 私は一時間ほど走り、寮まで帰ってきた。

 

 こんなに思い切り走ったのは久しぶりだった、髪が、尻尾が、切り裂く風と一つになって流れているいるのを感じた。

 家の近くは山道や曲道が多かったから、全力で走ることができる。

 

「アラ…?こんな早くにどうかしたのですか?」

 

 寮に戻ってきた私を見て、驚いた顔をしているのはワンダーだった。

 

「走ってきた、1時間ぐらい」

「ええっ…今…5時ですよ…?なら…4時に…?」

「うん、慣れてるからね、新聞配達のバイトやってたから」

 

 ワンダーはしばらく驚いていた様子だったけれども、しばらくするとクスリと笑った。

 

「ふふっ…そう言えば…そう言ってましたね……貴女は面白いですね、レースをする日が楽しみです」

「ありがとう、それは私もだよ、ワンダー」

 

 もうすぐ選抜レースがある、アングロアラブの私が、サラブレッドにどれだけ通用するのか分からない、でも、夢のため、全力で走る……今から気合いを入れておこう。

 

 

 

 




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第2話 迫力

 今日は選抜レースの日になる、私達は8人ひとグループとなり、いくつかのグループかに分かれて走る。

 

「アラ〜早く行こうよー」

「分かってる、ちょっと待って」

 

 同じグループの友達、セイランスカイハイ、愛称ランスが私を呼ぶ。

 

「よし…お待たせ」

 

 私は靴紐をしっかりと結び、選抜レースの行われるトレーニングコースに向かった。

 

 

────────────────────

 

 

 私達はトレーニングコースに出走グループ毎に並び、選抜レースの開始が宣言されるまで待っていた。

 

 すると、この学園の生徒会副会長、ハグロシュンランさんが登壇する。

 

「……」

 

 シュンラン副会長はそのオッドアイの目で私達生徒を見渡すと、息を吸い込んだ。

 

『選抜レースに参加された皆さん、こうやって、無事にデビュー可能となる時期を迎えたことを、このハグロシュンラン、心からお喜び申し上げます、さて、皆さんはほとんどの場合、この選抜レースを通してトレーナーさんのスカウトを受け、デビューすることとなります、つまり、この選抜レースは“夢への第一歩”ということです、皆さんには様々な夢があることでしょう、その夢のゲートが、今日、開くことをお祈りし、選抜レースの開催をここに宣言したいと思います』

 

 シュンラン副会長はそう言うと、こちらに向けて一礼し、下段していった。

 

 

=============================

 

 

 選抜レース、それはウマ娘がトレーナーに実力を見せ、スカウトを受けるための場である、ここ、福山トレセン学園では、一年の間はゲートや模擬レース、筋トレなどの基礎的な練習をやり、2年目から選抜レースに出走できることになっていた。

 

 理由は爆発期が一年の間に来ることが多いからである、爆発期は急激な成長期であり、その間の怪我は選手生命に関わる可能性も少なくなかった。

 

『今日はウマ娘達の夢を叶えるための第一歩、選抜レースの日です!実況は福山トレセン学園の放送委員、シベリアントレインがお送り致します』

 

『解説は同じく放送委員のスノースパイダーが務めさせて頂きます。』

 

 実況、解説役の放送委員のウマ娘が席についた。

 

「1組目の方!出走準備をお願いします!」

 

 サポートウマ娘が出走者達を誘導し、ゲートに入らせた。

 

「……一組目、注目の選手はキングチーハーか」

「あの娘も凄いけれど、エアコンボハリアーも侮れないわよ」

 

 慈鳥達同期5人組は、観客席に寄りかかり、双眼鏡を覗きつつ、ゲートインするウマ娘達を見ていた。

 

 5人が注目しているのは、エアコンボハリアーとキングチーハーであった。

 

 エアコンボハリアーはスタミナとコース取り技術を兼ね備えたウマ娘である、彼女はレースの際はいつも首から下げているパイロットゴーグルをつけていた。

 

 一方のキングチーハーは、コーナーは苦手なものの、持ち前の根性で“突撃”とも形容される強い末脚の持ち主だった。

 

ガッコン!

 

『スタートしました、スムーズに前に出たのは最内、メイショウタカカゲ、それを追う、インノシマスズカ、外を回ってエアコンボハリアーとマッドバイソン、少し離れましてキングチーハーとナガトサンレン、最後尾は二人並んでゴーイングメモリーとニシノコオリヤマだ!』

 

 今回のレースは1600mである。コーナーは前半にあるため、エアコンボハリアーは邪魔をされにくい外側に、キングチーハーは体力温存のために後方に控える作戦を取っていた。

 

「エアコンボハリアー、やはり上手いわね」

 

 火喰は感心した様子を見せ、口角を上げた。

 

『コーナーを曲がりまして、レースは少し縦長の展開!』

『コーナーでは遠心力がかかりますから、外を回って抜けてしまうか、遠心力に耐えながら内側最短ルートを進むか、この娘達はしっかりと決めているみたいですね』

 

(コーナーを抜ければストレート、外側から撫できれば…!)

 

 キングチーハーはストレートでの差し切りを狙い、コーナーの出口で外側に出られるよう準備をした

 

(チハ…準備してるね、でも、そうはさせない!)

 

 しかし、その作戦はエアコンボハリアーに読まれていた。彼女はコース取り技術を活かし、キングチーハーの進路に自分の身体を被せる戦法を取っていた。

 

(ハリアー…ここで…!?)

 

 進路を塞がれたキングチーハーは、ぶつかるのを避け、遠心力に耐える選択肢を取ることを強制された。

 

『コーナーを抜けました!先頭変わらず、メイショウタカカゲ!だが少し苦しいか!?』

 

 メイショウタカカゲはインノシマスズカにピッタリと張り付かれており、プレッシャーを浴びされまくっていた、メイショウタカカゲはズルズルと沈んでいった。

 

「メイショウタカカゲ、スタミナ切れだな、これはマッドバイソンが出てくるかもしれん」

 

 雀野は状況を分析する

 

「いや……彼女も無理だ」

 

 雀野の分析を、慈鳥は否定した。

 

『ここでキングチーハー、ゴーイングメモリー、ニシノコオリヤマ上がってきた!』

 

(……やっぱりな、前方が失速したら、後続は上がってくる、自分が前に出るために、そして、前方につけていた奴の進路を塞ぐために)

 

 慈鳥はそんなことを考えながら双眼鏡を覗き込む。

 

「ほら、上がってきた、ウマ娘レースはレースゲームじゃないからな、相手にぶつけて弾き飛ばすなんて事は出来ない」

「抜けようとしても、上がってきた奴らに塞がれるってことか…」

「それで囲まれてっから、一緒にズルズルと…」

 

 慈鳥の言葉に、軽鴨と雁山は同意した。

 

『エアコンボハリアー、キングチーハーの追走を耐え抜いてゴールイン!!』

「やっぱりあの娘には才能があるわね」

 

 火喰は興奮気味にそう言った。

 

 

=============================

 

 

 選抜レースは進み、最後の組となった。まだ、会場は直前のレースに出走したワンダーグラッセの強い走りによる熱気が収まっていなかった。

 

このレースには俺が興味を持ったウマ娘、アラビアントレノが出走する事になっている。

 

だが…

 

「セイランスカイハイ、何考えてるんだろうな」

「分からん、でも必ず何か考えてるさ」

 

 といった具合に、他の四人の注目は、セイランスカイハイに向いている。

 

『最終グループの各ウマ娘、ゲートイン完了』

 

ガッコン!

 

『スタートしました、大外枠セイランスカイハイ、飛び出して行きました、それを追うのは最内のケゴヤセフィーロ、その後ろには並ぶようにして、ハイパーテクニック、リトルデイジー、メレーカウンターが追走、1バ身差でファイナルカウント、その内を回ってサカキムルマンスク、これは出遅れたか、殿がアラビアントレノ』

 

 俺はアラビアントレノの方を見た、少し、周りを観察しているように見える、作戦は追込か?

 

「セイランスカイハイ、作戦は逃げかな」

「いや、先行じゃないか雀野、初めての選抜レースで逃げは中々にリスキーだぜ?」

「私は軽鴨に同意するわ、芝メインの中央のウマ娘ならありえる話かもしれないけれど、足を取られるダートで、それも大事なレースで、逃げは中々の高リスクだと思うもの」

「慈鳥、お前はどう思う?」

 

 雁山が俺に質問を投げかけてくるので、俺は セイランスカイハイの方を見た、あの顔だと…

 

「アイツ、レブ縛りしてるぞ」

「なんだそりゃ?」

 

 そうだった、この四人は一般人だった、カーレースの知識など知らないか。

 

「あー…つまりはベストを尽くさずベストを尽くすんだ」

「……は?」

「簡単に言うと、本気を出してない状態で本気を出しているように見せかけるんだ、見てみろ」

『もうすぐコーナーに入ります!先頭変わらず、セイランスカイハイ!』

『ダンゴになる事なく、やや縦長の展開になりましたね、各ウマ娘のコーナーでの動きに注目です』

 

 セイランスカイハイはまだ動かない、恐らく、仕掛けるのはコーナー中程からだ。

 

「動かないぞ?」

「まだだ…コーナー中程で二番手が追いつく、今…!」

『おおっと、ここでセイランスカイハイ!突き放しにかかった!』

「すげえ!ホントにペースを上げやがった!」

「コーナーではスピードがどうしても落ちるからな、そこで一息入れて再び逃げたんだ」

 

 そして、俺はアラビアントレノの方に視線を移す。

 

 明らかにおかしい点が一つあった。

 

 デコボコのバ場を避けていなかった、そして、そういった場所を走っているのにも関わらず、コーナー速度は他のウマ娘と大差がない、あ、一人抜いた。

 

『さあ!カーブを抜けましてここからはゴールまで長い直線!仕掛けどころだ仕掛けどころだ!!おっとここで逃げるセイランスカイハイを目指してメレーカウンター上がってくる!最後尾サカキムルマンスク、とその前のアラビアントレノ、二人も仕掛ける構え!』

『最後のストレート、末脚と精神力の勝負ですね』

 

「逃げろー!セイランスカイハイ!」

「行けるか!?」

「頑張ってー!」

「飛ばせぇぇぇぇ!」

 

『セイランスカイハイ、粘り耐えてゴールイン!』

 

ワァァァァァァ!

 

 一方のアラビアントレノは…うまく加速が乗らず、ハナ差で最後にゴールインした。

 

 

────────────────────

 

 最後のレースとゲート等の片付けが終わり、最後に生徒会副会長であり、エアコンボハリアーの実姉であるエアコンボフェザーが講評を述べる事になった。

 

 こういうことは生徒会長がやるべきなのかもしれないが、この学園の生徒会長、エコーペルセウスはサポートウマ娘であり、レースの講評は競走ウマ娘の方が適任だろうという理由でこうなっている。

 

『では、今回の選抜レースの講評を述べさせてもらう、今回の選抜レースのコースは逃げ、先行、差し、追込、どのウマ娘も問題なく走りきれるコースだったと私は思う、事実、出走した者はほぼ全て、自分の戦法でこの選抜レース、夢を掴む第一歩に臨むことができていたな。だが、忘れてはならない事がひとつだけある。今後、皆は福山レース場を始めとした様々な場所で走っていく事だろう、コースの形状はレース場によって様々、決まりやすい戦法、決まりにくい戦法も当然コースによって異なる、自分の得意な戦法を磨くのは良い事だが、それが通用しない場面も想定し、他の戦法の練習をする事も視野に入れて欲しい』

 

 エアコンボフェザーは世にも珍しい白毛のウマ娘だ、詳しい経歴は分からないものの、とても強いウマ娘だったらしい。

 

『そして、最後に一つ、“レースに絶対は無い”これをいつも、心のどこかに必ず置いておいてくれ』

 

 そんなウマ娘がする訓示は、重みがあった。だが、どういう訳か、最後の方で少し声に悲しみが混じっていた。

 

『エアコンボフェザーさん、ありがとうございました、では、これよりスカウトタイムに移ります、トレーナーの皆さんは準備をしてください』

 

 放送委員がそう言う、アラビアントレノのコーナーでの走りに可能性を感じた俺は、スカウトの為に張り切る軽鴨達四人に続き、下に降りる準備をした。

 

 

=============================

 

 

 私がゴールインしたのは最後だった。

 

 やはり、サラブレッドには勝てないんだろうか?

 

「………」

 

選抜レースは終わり次第、現地解散となる。私はコースを出て校舎に戻り、制服に着替え直して寮に戻った。

 

 やはり、放馬したサラブレッドを追いかけるのとは訳が違った。

 

 放馬したサラブレッドと言うのは、緊張や焦りといった色々な感情がごちゃまぜになった状態で走っているので、スタミナが切れやすい、だから注意を走りから反らしやすく、そうする事で簡単に遅くできる。

 

 でも、今回の相手は放馬してたわけじゃない、リズムの整った動きをしていた。

 

 必死にコーナーを曲がって追い上げたものの、末脚勝負に勝てなかった。

 

 私が他の娘と同じ速度まで達したのは、ゴール直前だった。つまり、私は末脚を使っても最高速が出るのが遅い、早押しクイズで、相手が押したのを目で確認してからやっとボタンを押すようなものだ。

 

「はぁ…」

 

 私はため息をついた、こんな調子で、トレーナーなんてつくはずがない。

  

「……」

 

 私は再びジャージに袖を通し、外に出た。

 

 悩んだ時は、走るに限る、私は川沿いをどんどん下っていった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 川沿いを下っていき、市民球場のところまでやってきた。

 

 ここから寮まで、およそ8キロ、どんなペースで走ったのかはよくわからない、だけど流石に疲れた。

 

 私は走路沿いの斜面に座り込む。

 

「こんなんじゃ…私は………」

 

 実際に共に走って分かった。

 

 なぜサラブレッドは“走るダイヤモンド”なのか。

 

 なぜサラブレッドが走る光景で、人々が興奮し、熱狂していたのか。

 

 なぜサラブレッド達は人間に愛されていたのか。

 

 そして…なぜアングロアラブ(私達)が競走の世界からいなくなったのか。

 

 人間達は迫力のあるレースを求めていた。

 

 槍を突き出すかのように出る差し。

 

 スルッとゲートを抜ける逃げと、それを追う先行。

 

 纏めて撫で切る追込。

 

 その全てに、迫力がある。

 

 前世のアングロアラブ(私達)は確かに牧場の仲間である他の動物や、同じ馬であるセルフランセよりは速かっただろう、だけど、今日のレース結果を鑑みて、アングロアラブ(私達)がサラブレッド抜きでレースをやってみるとする、人間達は興奮、熱狂するだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恐らく、答えは“否”だ。

 

 目の奥が熱くなってくる。

 

『……ッ!……………!』

 

ポツ…ポツ…

 

 涙と違う物が頬を伝う。

 

サァァァァァァァ……

 

 雨が降り始めた、まずい…雨合羽なんて持ってない…

 

 私は雨から逃げるように、球場の軒下に駆け込んだ。

 

サアァァァァァァァァ…

 

 これはかなりの本降りになる。

 

「はぁーっ…」

 

 なぜ天気予報を確認せずに出たのか…

 

 私は莫迦らしくなり、ため息をつき、その場に座り込む。

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コッ…コッ…コッ…

 

 足音…?

 

「お前さん、そんな所で座り込んでると、風邪引くぞ?」

 

「………!」

 

 突如声をかけられた私は、びっくりして顔を上げた。

 

 

 




 
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 福山トレセン学園の制服のイラストを、拙いながらも作りましたので、載せさせて頂きます。


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第3話 スカウト

「よろしく頼むわ!」

「ああ、こっちからもよろしく頼む!」

 

 軽鴨とキングチーハーが握手をする、選抜レースに備えて、俺達5人は意見を突き合わせて、スカウトのための話術を相当考えていた。

 

 それが実ったというわけだ。

 

 だが、俺の探していたアラビアントレノはいなかった。そこで俺はあるウマ娘に声をかけた。

 

「サカキムルマンスク」

「あっ!トレーナーさん、どうかしましたか?」

 

 このウマ娘は確か、アラビアントレノとクビ差でゴールしたはず、だから退場するときも一緒にいたに違いない。

 

「アラビアントレノがどこに行ったか知らないか?」

「アラちゃんですか?それなら…もう校舎の方に行ってしまったと思います」

「分かった、ありがとう」

「……?」

 

 疑問を顔に浮かべるサカキムルマンスクにお礼を述べ、俺は校舎の方に向かった。

 

────────────────────

 

 校舎には居ない。

 

 寮に連絡を入れる──さっき出ていったそうだ。

 

 恐らく、走るとしたら川沿いのウマ娘用の走路だろう、俺は車に乗り込み、走路に沿って川を下っていった、左手には福山レース場が見える。

 

 川沿いの道は飛び出しなどの心配から、あまり飛ばせない、かなり燃費に響く走りだ。

 

ポッ…ポッ…

 

 雨か…

 

サァァァァァァァァ…

 

 これはかなりの本降りになりそうだ……

 

……ん?

 

 あそこに人影が一人…あの髪の色だとウマ娘のはず、それにあの色は…芦毛。

 

 間違いない、アラビアントレノだ。

 

 俺は進路を変更し、駐車場へと車を走らせた。

 

 

────────────────────

 

 

 車を停め、トランクに放り込んである傘を取り出し、さっきアラビアントレノがいたであろう場所に向かう。

 

 芦毛の髪…間違い無い。

 

 しかし、その耳はペタンとしている、恐らく、選抜レースの結果の影響だろう。

 

 俺はアラビアントレノに近づき

 

「お前さん、そんな所で座り込んでると、風邪ひくぞ?」

 

と声をかけた。

 

「………!」

 

 相手は驚いた様子を見せ、顔を上げる。

 

「…あなたは…?」

「俺は慈鳥、学園所属の新人トレーナーだ、あと別にそんなにかしこまらんでも良い」

 

 俺はそう言った、お固い言い方は好きじゃない。

 

「…私に何の用が…?」

「今日の選抜レースを見てた」

「…私、遅かったよ?なんで私なんかに声をかけるの?」

 

 アラビアントレノの耳は、後ろに反る。

 

 つまり怒っている。

 

「ああ、遅かったな」

「…ッ!だったら!!」

 

 相手は立ってこちらを睨む、耳は更に後ろに反り、完全に畳まれている、この状態は、手が出てもおかしくない状態を示している。

 

「だが、俺はスピードなんかに注目してない、お前さん、コーナーはどう曲がった?」

「あんなの…誰にだってできるよ!」

「…普通に曲がったってことか?」 

「…そう」

 

……!

 

 驚いた…あれを普通と言うか…

 

「そうか、なら、単刀直入に言うぞ、お前さんをスカウトしたい」

「………えっ…?」

「あの選抜レース、お前さんは最終グループだった。最終グループと言うことは、当然、バ場状態はデコボコ、特にインコースはな、だが、お前さんはそこを避けずに“普通に”走ってみせた……」

「でも…でも…いくらコーナーが上手く行ったって!ストレートで遅かったら意味がない!」

「違う!」

「違わない!」

 

 そう言われた俺は、懐に手を突っ込み、携帯(ガラケー)を出してパカッと開いた。

 

 そして、ある動画を再生した。

 

「見ろ!」

「…!」

「この黒い車の後ろを走ってる赤い車は前の車よりバリキが低い、つまりスピードが遅いんだ、だが…見てみろ」

「……」

 

 俺はアラビアントレノに画面をよく見るよう促した、そこには、ゴール前の最後のストレートでスリップストリームを利用して抜け出し、逆転してゴールする赤い車の姿があった。

 

「…バリキの低い車だって、バリキの高い車を追い越せる、それはウマ娘でもありえると俺は思う、お前のコーナーリング能力は素で高い、そこにモータースポーツの要素が加われば、お前は必ず強いウマ娘になる」

「………」

「速さで敵わない相手には(ここ)と小技でぶつかるんだ、もう一度言う、お前をスカウトしたい」

 

 俺はアラビアントレノの目を見た。

 

 

=============================

 

 

 私に声をかけてきた慈鳥というトレーナーは、私に動画を見せてきた。

 

「…バリキの低い車だって、バリキの高い車を追い越せる、それはウマ娘でもありえると俺は思う、お前のコーナーリング能力は素で高い、そこにモータースポーツの要素が加われば、お前は必ず強いウマ娘になる」

 

 その男はそう言った、私はある事を思い出していた。

 

 前世、おやじどのはよく、私の前にあぐらをかいて若い頃の話を聞かせてくれた。

 

『あいつは凄かった、鋭いコーナーリングで、馬力で勝る相手にジリジリと迫って、ギューンと抜いてったんだ、まるで、サラブレッドが相手を差し切るみたいに、お前が人間だったら、絶対に度肝を抜かれてる』 

『ーーー!』

『そうかそうか、分かってくれるか!お前は賢いな!流石、“神ホース”って呼ばれてただけのことはある!』

 

 いつも、私は嘶いて返答していた。 

 

 回想を終え、目の前に立つ男に、視線を移す。

 

「速さで敵わない相手には(ここ)と小技でぶつかるんだ、もう一度言う、お前をスカウトしたい」

 

 そして、目の前の男は、真っ直ぐな目でこちらを見て、私に訴えかけていた。

 

 “力で敵わない相手には頭と小技で立ち向かう”

 

 私は前世、先輩に教わったことを思い出した、そして、目の前の男は、それと同じような事を言っている

 

 これは果たして偶然だろうか。

 

 私はそうだとは思えなかった。

 

 だから、私は決めた。

 

 この男…いやトレーナーに師事し、走ろうと。

 

 

 サラブレッドと“勝負をする”ではなく。

 

 

 サラブレッドに“勝つ”ために。

 

「…分かった、私はアラビアントレノ、皆からはアラって呼ばれてる」

「アラだな、さっきも言ったけど、俺は慈鳥、トレーナーだ、よろしく頼む」

「よろしく、トレーナー」

 

ガシッ

 

 私達は握手を交わした。 

 

 握手を終えると、トレーナーは川の方を向き、空を見上げた。

 

「…さて、アラ、まずはお前さん、この雨でどう帰るつもりだ?」

「…走って帰ろうと思う」

「…まずは健康管理だな、俺の車に乗るんだ」

「……えっ…?」

 

 私は少しびっくりした。

 

「普通に走るのなら、雨の中でも問題はないだろうな、でもお前さんは選抜レースで多少なりとも疲れてるはずだ、風邪でも引いてもらっちゃ困る、ほら、傘を貸すから付いてこい」

「…わかった」

 

 私はトレーナーの車に乗り込んだ、トレーナーの車は所謂スポーツカーと言うやつだった。

 

「寮で良いな?」

「うん」

 

 トレーナーはエンジンをかけ、オーディオのスイッチを入れた。

 

『…Everynight you light me with your

gasoline…Everytime I feel delight when you

recall my name……』

 

「この曲……」

「…どうした?やかましいなら止めるぞ」

「…いや、珍しい曲だなって思って」

「外国の曲だからな、そりゃそうだ」

 

 この曲は、私は聞き覚えがあった。

 

 前世、おやじどのは私の身体を洗う時は、音楽をかけていた。

 

 そして、少し音痴な声で歌いながら、私の身体にブラシをかけていた。

 

「車に乗ってると、こういう曲で走りたくなるんだ」

 

 そう言うトレーナーの横顔は、偶然だろうか、おやじどののそれとよく似た表情を浮かべていた。

 

 

=============================

 

 

 アラを送り届けた翌日、俺達はトレーニングを始めることになった。

 

「よし、トレーニングを始めるぞ、よろしくな、アラ」

「よろしく、トレーナー、準備運動は済ませたよ」

「手際が良いな、なら、そこのウッドチップコースを3周、1800mをまず一本走ってみてくれ、一人しか居ないが、レースをしているつもりのペース配分でやってみてくれ」

「分かった」

「用意…スタート!」

 

 俺がスタートの合図で手を下ろすと、アラはスタートした。

 

……!

 

 タイミングはピッタリだ、だが…出るのが遅い、瞬発力が足りていないのか。

 

 アラは走っていく、そして、コーナーに入った。

 

……

 

「なるほど…」

 

 アラはピッチ走法を用いている、つまり、細かい所での動きの調節がしやすいと言うことだ、だが、それだけではコーナー技術があるとは言えない、他に秘密があるはずだ。

 

 

────────────────────

 

 

 最後の3周目に入った。ここからは末脚が出ててくる。

 

グッ…ダッ!

 

 アラは力強く踏み込み、末脚を出してきた、しかし、速度はなかなか伸びない。

 

 そして、ゴール前でやっと最高速らしき速度が出て、アラはゴールした。

 

 結論を言ってしまうと、アラは加速力が低い。

 

 だが…コーナーでの安定性は非常に優れていた。トレーナーである俺は、これをうまく活かせるようにしなければならない。

 

「トレーナー、どうだった?」

「タイムは────だ、まあまあってところだな」

「そう……」

 

 俺少しあやふやな言い方をした、だが、アラは悔しそうな顔をしてこちらを見る。

 

「隠さなくても良いよ、正直に教えて」

 

 アラの目は、真っ直ぐこちらを見つめている。

 

「……遅い、それもかなりな」

「そっか……」

「だが…それをなんとかするために俺がいる、大丈夫だ、信じてくれ」

「それよりもお前…かなり汗かいてるな?」

「……汗っかきなだけ、あまり気にして欲しくない」

「…あっ…すまん…」

 

 確かに、よく走るウマ娘といえ、成長期の女性に、汗の事を言うなど、言語道断だった。

 

 だが、まだ6月だ、少しずつ暑くなっては来ているけれども、まだまだあんなに大量の汗をかくほどじゃない、代謝が良過ぎるのか?

 

 そう言えばあいつ…“馬も品種によって汗っかきだったりそうでなかったりする”…とか言ってたな。

 

 やはり、ウマ娘もそういうものなのだろうか、だが…この学園のウマ娘で、アラほど汗をかいているウマ娘なんて…見た事無い。

 

 

────────────────────

 

 タイムを測った後は、俺はアラにスタートダッシュの改善方法を教えたり、坂道を走らせたりして、トレーニングを終え、トレーナー室に戻ってきた。

 

 いつもの四人は先にトレーナー室に戻っており、パソコンをつついていた。

 

「おっ、おつかれさん」

「お疲れ様」

 

 挨拶をかわし、俺は席についた。

 

「慈鳥、トレーニングはどうだったの?」

 

 すると、火喰が俺にトレーニングについて聞いてくる

 

「基本的な事を一通り、どうした?」

「いや、慈鳥、貴方がスカウトした相手が、あの娘だったから、つい気になったのよ」

 

 まあ、普通のトレーナーならばそう言う反応をするだろう。

 

「おいおい火喰、少しいやみったらしく聞こえるぞ」

「……!ごめんなさい慈鳥、そんなつもりは無いの」

 

 雁山に指摘され、火喰は申し訳無さそうに目をそらした。

 

「…いや、別に怒ってないさ、ただ、俺はあいつに可能性を感じただけだ。それに、俺達全員、希望のウマ娘と契約できたんだし、それで良いじゃないか」

「…確かに、俺はチハ、雁山はランス、火喰

はコンボ、雀野はワンダー、慈鳥はアラ、皆希望通りのウマ娘をスカウトできたな」

 

 俺の言葉を、軽鴨がうまくまとめてくれた。

 

ピロリン

 

 すると、俺のパソコンのメール通知が鳴る。

 

ピロリン

 

「あ、私達も…」

 

 他の四人も同様のようだ。

 

 俺達はメールを開いた。本文には

 

“記者会見の中継映像です、可能な限り確認するように”

 

 との文言があった。そこには何故か、リンクのようなものが貼られている。

 

 リンクを開くと、ある記事に飛ばされた。

そこにはURA(日本中央ウマ娘レース協会)NUAR(地方全国ウマ娘レース協会)の共同発表の記者会見の記事だった。

 

 俺達はその記者会見のライブ動画を再生した。

 

 

=============================

 

 

 ここは、東京都のある高級ホテルに設置された記者会見の部屋、ここでは重大発表が行われる予定であり、多くの記者が集結していた。

 

 しばらくすると、数人の正装の男女が出てきて、席についた。

 

「皆、今日は集まって頂き、誠に、感謝申し上げます」

 

 白の正装に身を包んだ小柄な女性は、中央トレセン学園の理事長、“秋川 しわす”である。

 

「我々URAは、NUARの協力を得て、大きな大会を設置することを決定しました、名称はAU(全ウマ娘)チャンピオンカップ、中央、地方問わず、日本全ての競走ウマ娘に門戸が開かれるレースとなります」

 

会場は興奮に包まれ、シャッターは連射される。

  

「このレースが生まれた理由は“革新”…すなわち、“日本のウマ娘レースに、新たな風を吹き込みたい”と言うものです。よって、このレースでは、全ての距離が用意されます!」

 

 続いて、NUARのトレセン学園運営委員長九重(ここのえ)がマイクを取り、そう続けた。

 

 そして、その発言に、会場は更に湧いた。

 

「大会の開催はおよそ三年後、必要な情報は段階的に開示していきます、ファンの皆様方これからも競走ウマ娘達を応援していただけますよう、よろしくお願い致します。」

 

 二人は頭を下げた。

 

ワァァァァァァァァァァッ!!

 

 記者会見の会場はその規模に見合わない、大きな熱気に包まれたのであった。

 

 

=============================

 

 

 記者会見のライブ配信映像は終わり、俺達は顔を見合わせた。

 

「地方と中央の合同の大会か…」

「しかも…3年後」

「これは…」

「もしや…」

「私達にも…」

「出るチャンスがあるって事だな」

 

 最後に俺がそう言うと…四人の目の色が変わった。

 

「燃えてきた…!」

「やってやるわ!!」

「目指せAUチャンピオンカップ!」

「スゲー時期にトレーナーになったもんだな、慈鳥!」

 

 軽鴨が俺の肩をバシンと叩く。

 

「…確かに…楽しみだな」

 

 俺もニコリとして、それに応える、表に出ていないだけで、俺も興奮しているからだ、大規模な大会…レーサーとしての血が騒ぐ。

 

「ネット掲示板でも早速話題になってるぞ!」

「サーバーがパンクしそうな勢いね…」

 

 

 

 世の中は、前代未聞の規模の大会に湧いているようだった。

 そしてそれは、俺達トレーナーも同じだった、恐らく、アラ達ウマ娘も、そうなのだろう。

 




 
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 次話に掲示板形式の回を入れておりますが、嫌いな方は読まなくても大丈夫になっています。


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今年のウマ娘レース界について語り合うスレ Part241

 
 ハーメルンに掲示版機能と呼ばれる凄いものがありましたので、それを使わせていただき、作らせていただいたものです、掲示板形式ですので、嫌いな方は飛ばして下さい


 

 AUチャンピオンカップの開催決定は、ウマ娘レースのファンを騒がせていた、そして、ネットの掲示板も大盛況となっていたのである。

 

 

 

220:名無しのレースファン ID:dsqAqSXRI

中央と地方の合同大会…だと…?

 

 

221:名無しのレースファン ID:CNRPq2GQQ

マジか

 

 

222:名無しのレースファン ID:vLyPmEUbu

これは期待

 

 

223:名無しのレースファン ID:8KmqkrHSj

地方が中央に適うわけないやろ

 

 

224:名無しのレースファン ID:/uaSC7VMH

>>223 は?

 

 

225:名無しのレースファン ID:P/FaDAZDB

>>223 地方を無礼るなよ

 

 

226:名無しのレースファン ID:TP8cGqtP/

ワイ中央ファン、地方のレベルがわからない

 

 

227:名無しのレースファン ID:7GYNw1TZy

南関東>園田姫路≧水沢>その他 でおけ

 

 

228:名無しのレースファン ID:NaOfy53vt

>>227 ありがとう

 

 

229:名無しのレースファン ID:pybn1bZYU

最近の地方はレベルが高くなってる

 

 

230:名無しのレースファン ID:DbOtTwBpH

>>229 最近ていつぐらいからなんや?

 

 

231:名無しのレースファン ID:HnQLMYzxT

オグリが中央行ってからじゃね?ソースはワイ

 

 

232:名無しのレースファン ID:yxcApiVmY

何かあったんか?

 

 

233:名無しのレースファン ID:BVCtnQHiK

「オグリに続け」をスローガンに掲げてると思われる

 

 

234:名無しのレースファン ID:nRRkWVBOF

第二のオグリは現れるのか…?

 

 

235:名無しのレースファン ID:VuA8rFDmw

個人的に期待したいのは船橋や水沢

 

 

236:名無しのレースファン ID:l0stfCNlx

というか今の中央って海外遠征強化してることないか?

 

 

237:名無しのレースファン ID:mZENVJa34

あー確かに

 

 

238:名無しのレースファン ID:uPzqg+u6T

>>236 ま?

 

 

239:名無しのレースファン ID:UoBFk8VFZ

シーキングザパールとかを海外遠征に出したりしてる

 

 

240:名無しのレースファン ID:uSOdmXbIm

海外レース…凱旋門とかか…

 

 

241:名無しのレースファン ID:kDQpFQVh1

サンルイレイはシンボリルドルフがでたなぁ、なお

 

 

242:名無しのレースファン ID:SSD8Yr6lf

>>241 ダートに埋めるぞ?

 

 

243:名無しのレースファン ID:1Wu47hxPs

>>242 ルドルフはダートに足を取られたって言われてるで

 

 

244:名無しのレースファン ID:e9/YnvTSw

オグリが凱旋門行っとったらなぁ…

 

 

245:名無しのレースファン ID:phq2XYdSa

>>244 噂によればオグリは何回もURA本部の人間が説得に来たらしいで

 

 

246:名無しのレースファン ID:cCdx0aHhr

はえー

 

 

247:名無しのレースファン ID:xTwprp6bS

海外遠征計画か…

 

 

248:名無しのレースファン ID:l04v0+8++

日本のウマ娘から凱旋門を取るウマ娘が出てくるのを祈る

 

 

249:名無しのレースファン ID:JDagl0D/T

ヨーロッパの芝って重いから、日本の芝で走れるウマ娘が走れるとは限らん

 

 

250:名無しのレースファン ID:hdxbnsWDz

それだと案外ダートウマ娘の方が走れたりして…

 

 

251:名無しのレースファン ID:Ff+iQYegd

>>250 日本の中央ダートは長距離がないからね

 

 

252:名無しのレースファン ID:Vz22h946p

でも、今回の大会は地方からもコース出す可能性あるから、名古屋の2500とか出てきそうではある

 

 

253:名無しのレースファン ID:/43If6FQP

名古屋グランプリのあのコースか…

 

 

254:名無しのレースファン ID:RaTcSdmrI

最近の名古屋グランプリは中央ウマ娘が勝ってるよ

 

 

255:名無しのレースファン ID:g8XNDigKM

えーと…部門は、短距離、マイル、中距離、長距離、ダート

 

 

256:名無しのレースファン ID:LWYWmX0Qu

これダートレースの距離は自然と適正のあるウマ娘の多いマイルになりそう

 

 

257:名無しのレースファン ID:LUy1w3QgG

確かに

 

 

258:名無しのレースファン ID:6i2Bcv5gP

今回の大会、トゥインクルシリーズとローカルシリーズがお互いの実力を確かめ合う良いものとなるのを期待

 

 

259:名無しのレースファン ID:NKoDTqCST

久しぶりに領域を出すウマ娘も見られるかも

 

 

260:名無しのレースファン ID:mokuTSq6b

そう言えば最近領域を出すウマ娘全く見ないなぁ…

 

 

261:名無しのレースファン ID:GoHFIvJTS

日本のウマ娘が弱くなってるという事でもないのにね

 

 

262:名無しのレースファン ID:jce9sy5Zp

むしろ最近のウマ娘は期待できるでしょ、中央が海外遠征強化目指してるぐらいだし

 

 

263:名無しのレースファン ID:yZ56Q9uBP

注目株とかいる?

 

 

264:名無しのレースファン ID:mZuNW6FH2

女帝エアグルーヴとか

 

 

265:名無しのレースファン ID:IsA92QuNl

>>263 グラスワンダーとかは?リギルにスカウトされたらしい

 

 

266:名無しのレースファン ID:y6wMZvsQF

あのリギルに…?

 

 

267:名無しのレースファン ID:NGLCb3Y0G

それって凄い大型新人じゃね?

 

 

268:名無しのレースファン ID:VB4meOkkG

何でもアメリカ出身だとか

 

 

269:名無しのレースファン ID:F8Qvp5bWy

>>それはワイも知っとるわ、こないだの月間トゥインクルでリギルの新人として特集されてたけど、可愛かったで

 

 

270:名無しのレースファン ID:JDUw/s43I

野点の写真あったな、アレは永久保存版ですわ

 

 

271:名無しのレースファン ID:HdAYQWv7v

アメリカ人なのに大和撫子なのか…

 

 

272:名無しのレースファン ID:XAR8UubLI

それが良い

 

 

273:名無しのレースファン ID:/Jj8mdsAs

来月は勝負服後悔だってよ

 

 

274:名無しのレースファン ID:pP4qAoqAq

>>273 誤字ってますよ

 

 

275:名無しのレースファン ID:hqBOwaDjV

というかもう勝負服できたのか…(驚愕)

 

 

276:名無しのレースファン ID:G2YJ4SMQ9

まあリギルだし

 

 

277:名無しのレースファン ID:xUUcWE1M5

このAUチャンピオンカップがどんな大会なのかまだわからんけど、ドリームトロフィーのウマ娘まで出たら大変なことになりそう

 

 

278:名無しのレースファン ID:nZ+cJVIP8

ファーストガ○ダムの開戦当初みたいな感じですねぇ…

 

 

279:名無しのレースファン ID:i+Qv/xRhb

というかこの九重とかいう人、微妙に近衛文麿に似てる

 

 

280:名無しのレースファン ID:dzfpeHSC2

確かに

 

 

281:名無しのレースファン ID:A+jfboNqL

見かけで判断しないほうがええで、この人かなりすごい人だから

 

 

282:名無しのレースファン ID:b1JdYc7hq

>>279

>>280

この人逼迫気味の地方トレセンの財政を良くしてってる傑物、ある意味バケモン

 

 

283:名無しのレースファン ID:PUkdOYbup

ウマッター見て知った、ほんのこてわぜこった!!

 

 

284:名無しのレースファン ID:6zAubAFqZ

お…おう…

 

 

285:名無しのレースファン ID:hmYUSyCyM

>>283 どこの言葉…?

 

 

286:名無しのレースファン ID:0xCDIIqUP

283は多分薩摩の人間…283、チェスト、きばれ!

 

 

287:名無しのレースファン ID:RqPJn5+gW

やっぱこのニュースは日本全国騒がしとるんやな…

 

 

288:名無しのレースファン ID:4wuE/nSst

ウマッター見てみ、トレンドになってる

 

 

289:名無しのレースファン ID:PgyJDWYsQ

ホントだわ

 

 

290:名無しのレースファン ID:aDiL+eTwZ

わぁ!おっきいニュースになってるヮ!

 

 

291:名無しのレースファン ID:logHhV4ec

ワイ、地方レース場売店店員、観光客が集まるかもしれないので歓喜

 

 

292:名無しのレースファン ID:6aoEhqlrk

>>291 どこや?

 

 

293:名無しのレースファン ID:logHhV4ec

>>292 特定されるの怖いから言えん

 

 

294:名無しのレースファン ID:HbQnvMtjR

確かに今回の発表きっかけに地方レースに注目が集まりそうである

 

 

 

295:名無しのレースファン ID:S+A721/OP

さっき言われてたけど、オグリが中央行ってから、地方のレベル上がったよな…

 

 

296:名無しのレースファン ID:nR1VewxJ4

同時に中央のダートはなぜか少し弱くなったという怪奇現象

 

 

297:名無しのレースファン ID:ErfZCh+XA

>>296 ま?

 

 

298:名無しのレースファン ID:nR1VewxJ4

10年以上トゥインクルシリーズのファンやってきたからね

 

 

299:名無しのレースファン ID:roVXgseHM

すごE

 

 

300:名無しのレースファン ID:MOVzvyjRv

中央ダートって強いウマ娘居たような…思い出せん

 

 

301:名無しのレースファン ID:k3ezIq1QU

まあ、ダートの人気が高まってきたのが2年前ぐらいからのことやししゃーない

 

 

302:名無しのレースファン ID:86ZPDiN2S

3年後が楽しみ

 

 

303:名無しのレースファン ID:6hrNki2DA

というかこれ会場の入場数大変なことになりませんかね…

 

 

304:名無しのレースファン ID:TV2dfU2+F

確かに…

 

 

305:名無しのレースファン ID:j79Hxfijl

中継やっても配信サイトのサーバーがパンクしそう

 

 

306:名無しのレースファン ID:5IL69hYLp

そういう面も考えられるから3年後なのかもね

 

 

307:名無しのレースファン ID:NOJAbg69+

でもこれ一回はプレ大会とかしないとまずいと思うで

 

 

308:名無しのレースファン ID:dxI1mjisg

ワイは国体出たことあるから、307に同意

 

 

309:名無しのレースファン ID:rP3tyUoyH

国体出場者までこのスレにいるのか…

 

 

310:名無しのレースファン ID:0tVeMAeei

>>307 プレ大会って何のためにやるの?

 

 

311:名無しのレースファン ID:NOJAbg69

>>310 大会の入場傾向を確認したりとか、きちんと大会運営出来そうかの確認をする

 

 

312:名無しのレースファン ID:F/Y+Fg52q

これは博識

 

 

313:名無しのレースファン ID:NSrTF5V9Y

一つ疑問に浮かんだんだが、中央って地方からスカウトしてるよな?地方側からすれば、大会開催前や大会後に有力選手が引き抜かれる可能性もあるってことにならへんか?

 

 

314:名無しのレースファン ID:irdMlMMHf

あっ……

 

 

315:名無しのレースファン ID:yq7kBNDAa

>>313 チャンピオンカップは中央が地方の有力選手を引き抜くための場として設定された説が微レ存…?

 

 

316:名無しのレースファン ID:1jHzZEfXI

>>315 陰謀論者は帰ってどうぞ

 

 

317:名無しのレースファン ID:xrEKsK/J2

そんなことしたらURAが批判食らうだけなんだよなぁ…

 

 

318:名無しのレースファン ID:R37LRZZI5

>>313 それはワイも思ったで、オグリだって東海ダービー目指してた矢先の中央移籍だったもんな

 

 

319:名無しのレースファン ID:fj0FqyFAv

>>318 オグリがカサマツのまま走ってくれたらどうなっとったんやろうなぁ…

 

 

320:名無しのレースファン ID:3y7WiSt9u

タマモクロスやスーパークリークやイナリワンと会うことなく終わりでしょ

 

 

321:名無しのレースファン ID:l+ELa1dQc

>>320 あの三人や同期のウマ娘達はオグリに触発されて強くなったような感じだから、あまり盛り上がらなくなってそう

 

 

322:名無しのレースファン ID:QRj83eHUl

オグリが居なくてもオベイユアマスターとかの海外勢がいたから…(震え声)

 

 

323:名無しのレースファン ID:dQtZe4kuw

暗黒時代の継続はやめてくれよ…(絶望)

 

 

324:名無しのレースファン ID:rL4VVIAAL

暗黒時代?

 

 

325:名無しのレースファン ID:dQtZe4kuw

>>324 知らなくて良いこともあるんやで

 

 

326:名無しのレースファン ID:g8K3Utitt

というか、話題は変わるが、地方ウマ娘は大会の勝負服どうするんだろ?

 

 

327:名無しのレースファン ID:LnfbNLPWW

これ

 

 

328:名無しのレースファン ID:HXlEZFWAl

え、地方にも勝負服あるんじゃないの?

 

 

329:名無しのレースファン ID:WK+vuOkGg

>>328 勝負服は一部のウマ娘しか持ってない、SP1とかのG1相当のレースでは皆“パーソナルカラー体操服”ってのを着る

 

 

 

330:名無しのレースファン ID:ka/1EUN4p

パーソナルカラー体操服…だと?

 

 

331:名無しのレースファン ID:Jq4J4BR5v

パーソナルカラーカラー体操服ってのは、ウマ娘用の体操服をパーソナルカラーで着色したやつやで、見かけはただの体操服やけど、勝負服並みの力が出せる

 

 

332:名無しのレースファン ID:nW7PS9RJv

>>331 地方脅威のメカニズム

 

 

333:名無しのレースファン ID:dD3YYOr/F

上手いこと言うなぁ

 

 

334:名無しのレースファン ID:BLanSGUTb

因みにこの場を借りてこのスレにいる中央ファンの皆に言うけど、地方の体操服はブルマ無いで

 

 

335:名無しのレースファン ID:JcUQguNo9

>>334 ファッ!?

 

 

336:名無しのレースファン ID:4YJDSSW8J

は?

 

 

337:名無しのレースファン ID:3cr5TVpfO

は?

 

 

338:名無しのレースファン ID:lntCfDxcM

皆ショーパンなのか…

 

 

339:名無しのレースファン ID:8LHP2M4Oa

>>338 今の日本ではそれが普通なんだよなぁ…

 

 

340:名無しのレースファン ID:CUB542p8T

これ、ブルマ採用してんの中央トレセンぐらいやで

 

 

341:名無しのレースファン ID:/M8bpSmxT

ええ…

 

 

342:名無しのレースファン ID:x4MzKZH2o

なんやお前ら、レースの熱い勝負じゃなくて服装目当てなんか?

 

 

343:名無しのレースファン ID:spKoj+DDC

>>342 まあ、ウマ娘はアスリートだけじゃなくてアイドルとしての顔もあるからね

 

 

344:名無しのレースファン ID:oOuuGY2jp

確かアイドル向けに曲出してる音楽企業もURAのスポンサーとか役員にいたはず

 

 

345:名無しのレースファン ID:pgy/6xjTJ

服の業者もおるで、ミズヨロとか、アデダスとか、ルコークスポルティフとか、アナハイムクローディングスとか

 

 

346:名無しのレースファン ID:AxF/A7XH6

アイドル…いやウマドルは服装が大切やからな、体操服に種類があるのは良いことだヮ

 

 

347:名無しのレースファン ID:1AAaIyfAj

地方も各学園ごとに微妙に体操服が違うから良いぞ、パーソナルカラー体操服も、基本形が同じ分、違いが引き立つし

 

 

348:名無しのレースファン ID:EEs3AnZI9

はえー

 

 

349:名無しのレースファン ID:tLVQPVqzY

今度見に行ってみるか

 

 

350:名無しのレースファン ID:RFuBc3pVB

地方競馬場にはご当地グルメがあるで、うまいで

 

 

351:名無しのレースファン ID:2xtLOxLGt

球場グルメみたいなもんか…

 

 

352:名無しのレースファン ID:QoNjDWSSi

なんでいちいちやきうに例えてしまうのか

 

 

353:名無しのレースファン ID:Dp7g7yM3x

ワイ沖縄民、観戦になかなか行けない

 

 

354:名無しのレースファン ID:BiLwKqDQS

>>353 沖縄はね…

 

 

355:名無しのレースファン ID:rcAcDS7RF

ヤマトンチュには、シマンチュの気持ちは分からん

 

 

356:名無しのレースファン ID:5O1ObNneB

>>353

>>355

格安航空会社使ってどうぞ

 

 

357:名無しのレースファン ID:QOK7I1FWF

本土に親戚筋の人が居るのならその人の家に止めてもらうのもありかもね

 

 

358:名無しのレースファン ID:zxruBZ9ve

確かに離島の人はキツイわなぁ…ワイも佐渡にウマ娘レース好きの親戚がおるし

 

 

359:名無しのレースファン ID:P9j4I/0UT

観戦…大会当日は観戦がチケット制になるのかね?

 

 

360:名無しのレースファン ID:Cb6mqihgP

某遊園地みたいに転売されそう

 

 

361:名無しのレースファン ID:VQUeao9Bm

あの時は酷かった

 

 

362:名無しのレースファン ID:lC6xnE/uE

とにかく、情報は順次開示されていくらしいので、自分達にできることは待つだけ

 

 

363:名無しのレースファン ID:0QtpTwfUB

せやな

 

 

 

その後もスレッドは続いていき、中央のファンと地方のファンが活発に語りあったのであった

 




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第4話 デビュー戦

 


 

 アラとのトレーニングを開始してから三週間、俺達は昼食を食べ、珈琲片手につかの間の休息を楽しんでいた。

 

「トレーナーの皆さん、来週のデビュー戦の出走表をお持ちしました!」 

「川蝉秘書、ありがとうございます、どうです?珈琲を飲んでいきませんか?」

「それでは、お言葉に甘えて、頂戴致しますね」

 

 川蝉秘書が出走表を持ってきてくれた、火喰が川蝉秘書にコーヒーを勧め、川蝉秘書もそれを了承する。

 

「川蝉秘書、どう思います?ランス達の世代は」

 

 雁山が出走表を眺めながら川蝉秘書に聞いた。

 

「私も選抜レースを見ていた者の一人ですが、皆、将来有望なウマ娘達だと思いますよ」

 

 川蝉秘書は、何故かいつも身につけているベレー帽を弄りながらそう答えた。

 

 社交辞令なのか否か、俺には分からん。

 

 だが、川蝉秘書が本気でウマ娘達を思っているのだということだけは、よく伝わってきた。

 

 俺はアラのレースの出走表を見た。

 

1オートハイエース

2ニコロウェーブ

3カロラインシチー

4ニシノプリースト

5アラビアントレノ

6スーパーシャーマン

7ホローポイント

8キングチーハー

 

 福山レース場の、ダート1800m… 

 

 そして、今回の相手はキングチーハー。

 

「慈鳥、勝負だな」

「ああ、負けんぞ」

「それはこっちのセリフだ」

 

 闘志を燃やす俺達を見て、川蝉秘書は“あらあらあら〜”と言い、口に手を当てて笑っていた。

 

 

=============================

 

 

 トレーニング後、私達はミーティングをする事になった。

 

「アラ、来週デビュー戦だ、場所はすぐ近くの福山レース場、ダートの1800m」

「…うん」

 

 私が頷くと、トレーナーは、手に持っているバインダーに紙をはさみ、簡単なレース場の図を書き、私に見せた。

 

「福山レース場の1800mは、第2コーナー奥からスタートする、まずは向正面ストレートを走り、そこから第3第4コーナーのカーブを曲がる、そしてスタンド前のストレートを抜けて、もう一周してゴールだ。逃げ、先行ウマ娘が有利とされているが…」

「うん、私はその2つは適性が無い、だから、選抜レースのときと同じ差しで行かせて」

「わかった、基礎的な事は教えてある、後はお前を信じるぞ」

「…ありがとう」

 

 私は選抜レースの時、差しの戦法を取っていた。まあ…ストレートが遅かったから追込に間違われたけれど。

 

 でも、私は加速の遅さを補うために、トレーナーにカーレースの技術、“スリップストリーム”を教えてもらった。

 

 あとは…一週間後の、デビュー戦に備えるだけ

 

 

────────────────────

 

 

『今日は大いなる夢への第一歩、デビュー戦、もうすぐ出走時刻です!』

 

 アナウンスが鳴り響く、私達は控室で待機していた。

 

「いいか、今回のレースは第一レース、バ場は綺麗だ。だから、荒れたバ場によるウマ娘達の減速は期待できない。それは分かってるな?」

「分かってる」

「だから、どれだけ早くスリップストリームのポジションにつけるかが重要なんだ、よってスタートが肝心になる、スタート後にすぐに誰に付くか判断しろ」

「…分かった」

「あと一つ、カーレースの世界に携わっていた者として一言、大事な事を言わせてもらう、レースは一人で走るんじゃない、他のレーサーとの駆け引きだ。先頭、そして周りの状況には気を配れ、どこでスパートをかければ良いか考えつつ走るんだ。まあ、アレコレ言ってるけれども、最終的に……他の誰よりも先にゴールすれば良い」

「…わかった」

 

ガチャッ!

 

「アラビアントレノさん!準備お願いします!」

 

 トレーナーが言い終わった所で、係員が私を呼ぶ。

 

「わかりました……………トレーナー、行ってくる」

「ああ、気を付けてな」

「うん…」

 

 ゼッケンがきちんとついているか確認し、私はパドックへ向かった。

 

 

=============================

 

 

 パドック…それは出走前のウマ娘のお披露目場である。レース前のウマ娘達は、集会しながら準備運動をし、自分の名前が呼ばれるのを待っていた。

 

『5枠5番 アラビアントレノ 8番人気です』

『落ち着いていますね、冷静なレース運びが期待できそうです』

 

 アラビアントレノは8番人気、評価としては最低だった。しかし、彼女はそのような事実にもめげず、深呼吸を行ない、その目をギラつかせていた。

 

 ウマ娘は、通常の人間と比較して闘志が強いとされている、それ故、パドックとはそれが垣間見える場所でもあった。

 

『8枠8番 キングチーハー 1番人気です』

『仕上がりは上々ですね、今日の好走に期待したいところです』

 

 一番人気のキングチーハーが登場し、会場は沸き立つ。

  

 お披露目を終えたウマ娘達は、ゲートへと向かい、歩いていった。

 

 

────────────────────

 

 

「アラ、今日はお互いに頑張りましょう」

「うん、よろしく」

 

 レース前、アラビアントレノとキングチーハーは、お互いの健闘を祈りあった、表情は柔らかいものの、溢れ出る闘志はそのままである。

 

 そして、すぐに表情を戻し、ゲートインする。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了、デビュー戦、ダート1800m…今…』

 

ガッコン!

 

『スタートしました!全員きれいなスタートを切った!3番カロラインシチー、上手く抜け出て先頭へ、それに並ぶように7番ホローポイント、その後ろ、6番スーパーシャーマンと4番ニシノプリースト、8番キングチーハー、1番オートハイエースはその後ろ、の真後ろに5番のアラビアントレノ、そのすぐ横、内から2番ニコロウェーブです!』

 

「いよしっ!…良いぞ…」

 

 スタートが成功し、観戦している慈鳥はガッツポーズをした。

 

 アラビアントレノはリトルデイジーの真後ろにつけることに成功した。彼女の作戦は差しである、本来、ここ、福山レース場では、逃げ、先行が有利とされていた。しかし、デビュー戦では、本格的に逃げるウマ娘は少ない。

 

 スリップストリームは、前方の相手の後ろにつくことによって、空気抵抗を低下させた状態で走ることを可能とする、レーステクニックの一つである。また、カーレースにおいて、スリップストリームはエンジンへの負担を低くする効果を持っているが、ウマ娘レースにおいては、これはウマ娘のエンジン的存在である脚部への負担軽減、つまりは末脚の温存の効果も存在していた。

 

『一つ目のカーブ、第3第4コーナーです。先頭3番カロラインシチー、続いて7番ホローポイント、他の娘たちもどんどんコーナーへ入っていきます』

 

(……ここで注意すべきは…横…!)

 

 アラビアントレノは内側を走るオートハイエースを警戒した。

 

 福山レース場のコースの特徴は『弁当箱』と形容されるきついコーナーである、当然、遠心力は強い。

 

 更に遠心力は、物体の質量が重いほど強くなる。

 

 アラビアントレノの身長は146cm、同世代のウマ娘達の中では、かなり小さめの部類に入る。それ故、かかる遠心力も小さく、コーナーが得意な事も相まって、アラビアントレノには周囲を確認する事は、他のウマ娘達と比べると容易であった。

 

(………ッ、やっぱりトレーニングコースより、キツイ…)

 

 一方、キングチーハーは、コーナーが苦手な事もあり、かなり苦労しながらコーナーを曲がっていた。

 

 

(でも、スタミナは強化した……余裕はある…!)

 

 キングチーハーはエアコンボハリアーとレースをした時の戦訓から、軽鴨と共にスタミナを強化するトレーニングを続けていた。無理に内側を走り、コーナーの遠心力に負けることは、走行ラインのズレ=事故の可能性を意味する、ウマ娘の速度による衝突時の衝撃による被害を考えると、その判断は的確であった。

 

『8人のウマ娘がスタンド前を通過していきます、先頭3番カロラインシチーから変わって7番ホローポイント、後続は変わらない!先頭から最後尾までは8バ身の差があります』

 

(よし、出よう)

 

『ここで5番アラビアントレノ、リトルデイジーを抜いて、キングチーハーの後ろについた!』

 

 スリップストリームから脱出する際には、入っている状態で稼いだ速度や加速度を残したまま脱出する事が可能である。これは、通常ではストレートでの加速力が劣るアラビアントレノが、他のウマ娘に加速力で対等に立つための手段だった。

 

(恐らくニコは次のコーナーでアウトに寄せられる、悪いけどこれはレース、巻き込まれるのはゴメンだ)

 

『各ウマ娘、スタンド前を通過しまして、第1第2コーナーへと入っていきます!』

 

「おい慈鳥、なんでアラはチハの後ろについたんだ?」

「今に分かる」

 

『第1コーナーから第2コーナーへ入る直前、ここで、最後尾の2番ニコロウェーブが上がってくる、あーっと!1番オートハイエースと接触してしまった!』

 

「なるほど…アラはストレートが遅いから、他のウマ娘を風よけに使ってる、でも、そのウマ娘がふらついたり、ぶつかったりして前が塞がれると、共倒れになってしまう…つまりアラはチハの後ろにつくことで、それを回避したってことか」

「そうだ、そう言えば、チハも差しだろう?」

「ああ、対決は最後の200m…ってことか」

「そうなると…嬉しいんだがねぇ…」

 

 慈鳥は向正面を駆け抜けるアラビアントレノらを見つめ、そう呟いた。

 

 

 

(最後の200メートル…最後の末脚、キングチーハーの名前の通り、120(ミリ)の号砲一発、見せつけてやるわ…)

 

 コースを走るキングチーハーは最後の200メートルに備え、末脚を使う準備をした。

 

(チハが行くより先に…外から差す)

 

 そして、アラビアントレノはキングチーハーが仕掛けるより先に外から仕掛ける準備をしていた。

 

 

=============================

 

 

『レースは終盤、最後のコーナー、第3第4コーナーです!先頭二人、厳しいか!?』

 

 先頭二人は明らかにスタミナを消耗している、コーナーで欲張りすぎたか。

 

『もうすぐ第4コーナーカーブを抜ける、最後の直線、およそ200m!』

 

「駄目ぇ〜!」

「クッソ〜!」

 

………!

 

『7番ホローポイント、3番カロラインシチー!後続にどんどん詰められている!』

 

 ……スタミナ切れなら、コーナーの出口でなってほしいのに…!

 

 コーナーの途中で落ちてきたら…

 

『4番ニシノプリースト、6番スーパーシャーマン、どうするのかで一瞬迷った!バラけて若干後ろへ!』

 

 まずい、外から差せなくなる!

 

 でもまだ隙間が……今!

 

 私は脚に力を込め、チハの横に出る。

 

バッ!

 

『ここでキングチーハー抜け出した、ゴールへ向かって吶喊(とっかん)!』

 

 加速の差が…加速の差が……加速の差がっ……!

 

『キングチーハー!差し切ってゴール!!我慢の末、デビュー戦を制しました!!1番人気の期待に応え!夢への第一歩を今!踏み出しました!』

 

 私は4着でゴールした。

 

 敗因は…位置取りに気をつけるあまり、チハは他のウマ娘より加速が良い事を…忘れてしまったことだ

 

 私は…また…勝てなかった…

 

 悔しい…

 

 掲示板を見上げ、私は拳を握りしめた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 地下バ道を進んでいくと、トレーナーが待っていた。

 

「アラ」

「ごめん…トレーナー、勝てなかった」

「良いんだ、山の天気のように、何が起こるか分からんもの、それがレースだ…って…おい…その手…」

「…?」

 

 私はずっと握り込んでいた手を開く、自分の爪は皮膚に食い込み、手のひらは鮮血に染まっていた。

 

「私…こんなに…悔しかったんだ…」

「その気持ちだ、その気持ちで、お前さんはどんどん速くなる」

「……」

「……とりあえず、手をきれいにしてテーピングを巻くぞ、こっち来い」 

「……うん」

 

 私はトレーナーについていった。

 

 

=============================

 

 

 俺はテーピングを巻いてやり、荷物をまとめて控室を出ようとしていた、だがアラは

 

「ごめん、ちょっとすぐ戻る」

 

 と言ってどこかに行ってしまった。

 

コンコンコン

 

 ドアをノックする音が聞こえる。

 

「居るぞ」

「よう、邪魔するぜ」

 

 入ってきたのは軽鴨だった。

 

「軽鴨…まずは一勝、おめでとう」

「おう、ありがとう、アラは?」

「ケータイ持ってどっか行った、多分家族に電話してるんだろう」

「そうか、チハからアラへ伝言を預かってる“今日は良いレースをありがとう”とよ、アラに伝えてやってくれ」

「分かった」

「俺からも、一つ先で待ってるぜ、勝てよ…」

「軽鴨…」

「じゃあな」

 

 軽鴨は帰っていった。

 

「お待たせ」

「ああ、チハから伝言だ“今日は良いレースをありがとう”だそうだ」

「そっか…」

 

 そう答えるアラの顔はどこか嬉しそうに見えた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 帰り道は、レース場から出る車で軽く渋滞になっていた。

 

 アラは助手席で眠っている、俺は今日のレースを振り返っていた。

 

 ……今日のレース…スリップストリームは成功したものの、反省点のたくさん残るレースだった。

 

 俺がさっきアラに言ったように、レースとは山の天気のように、何が起こるか分からないもの……俺は、それを自らの死を持って知っていたはずなのに、俺自身がそれを忘れていた。

 

 次は負ける訳には行かない、今回のアラの敗北は、俺の指導不足だ。

 

 俺は前を見る、前の車のブレーキランプが、車内を照らす

 

 この渋滞は、しばらく続くだろう。

 

 つまり、考える時間はある。

 

 俺は次のレースの作戦を練ることにした。

 

 

 

 




 
 お読みいただきありがとうございます

 出走表ですが、可能であれば順次改良していく予定です
 
 また、福山以外の各地方トレセン学園の校章を、活動報告の方に貼って置きますので、ご覧下さい


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第5話 夏を制するものは…

 
 まず、この場をお借りして、文中で使用している線の役割を解説しておきます

────────────────────

 この線↑は場面の転換や時間の経過を表すものです


=============================

 そしてこの線↑は、視点の転換を表すものです


≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 この線↑はまだ出てきていませんが、長めの回想で使われる予定です

 長々と失礼致しました、それでは本編にどうぞ



 私のデビュー戦は、敗北に終わった、でも、私はもう引きずっていなかった。

 

 何故なら、あの時家族から電話をもらったからだ。

 

────────────────────

 

『おねえちゃん!デビュー戦見てたよ!』

「…そう…ありがとう、でも、お姉ちゃん…勝てなかった…カッコ悪いよね…」

『そんなことない!走ってるおねぇちゃん!すっごくカッコよかった!!』

「…本当に…?」

『うん!これからも頑張ってね!応援してるから!』

 

 ちびっ子達は皆、私に応援の言葉をかけてくれた。

 

『アラ』

「じいちゃん…」

『頑張りなさい、私達はいつも、お前を見ているからね』

「うん…」

 

 じいちゃんからはそれだけだった、だけど、その言葉には重みがあり、多くの願いが込められているということがひしひしと伝わってきた。

 

 

────────────────────

 

 

ピーンポンパンポーン

 

 私がデビュー戦の日のことについて回想していると、放送の呼び出し音が耳に入った。

 

『アラビアントレノさん、至急、第二面談室に来てください』

 

…呼び出し?ともかく行こう。

 

 

────────────────────

 

 

 第二面談室の前までやって来た、私がなぜ呼ばれたのかは理解できない、悪い事だってしていないし、デビュー戦だって、妨害行為なんてしていない。

 

コンコンコン

 

「どうぞ」

 

 中から柔らかい声が聞こえる。

 

「失礼します、アラビアントレノ、参りました」

「…よく来てくださいました、さあ、かけてくださいな」

「は、はい」

「アラビアントレノさん、デビュー戦、お疲れ様でした。(わたくし)はハグロシュンラン、生徒会副会長です、シュンランと呼んで下さいな」

 

 私を読んだのはもう一人の副会長でオッドアイのウマ娘、ハグロシュンランさんだった。

 

「えーと…なぜ私が呼ばれたのでしょうか?」

「私ども、生徒会は生徒のメンタルケアも担っていますから、特にデビュー戦で負けてしまった娘には必ず声をおかけすることにしているんです…デビュー戦、どうでしたか?」

「…自分の実力不足が、身にしみて分かりました、自分の事に気をつけるあまり…相手の強さが見えていなかった…そういうレースでした」

「…なるほど…私どもが心配しているのは、貴女の気持ちです…もう大丈夫なのですか?」

「気持ち…?」

「ええ、私、先ほどスーパーシャーマンさんとお話をしていまして、彼女が貴女について仰っていたんです。“拳を握り込んで血が出てた”って」

 

 …ああ、その事か、他のウマ娘に見られていたのか、確かに心配されることだろう。

 

「それならもう大丈夫です、家族の皆に、応援の言葉を貰いましたから」

「それならば安心しました、家族ですか…いいご家族なんですね、お母様は…元競走ウマ娘ですか?」

 

 シュンラン副会長は私にそう聞いた……複雑な気持ちにはなったけれど、この人は副会長、口は固いだろう、私は身の上話をする事にした。

 

「いえ…よく分からないんです、私、生まれてすぐに両親が亡くなって…引き取られた身ですから」  

「まぁ…そ、それは…ご、ごめんなさい」

 

 シュンラン副会長は耳をぺたんとさせる、でも、それだけでは無さそうに見える。

 

「…どうしました?」

「いえ…なんだか、私と少しばかり似ていると思いまして、少しばかり近いものを感じてしまいました」

「……似ている?」

「ええ、私も今の両親は義理の両親なのです」

「……!」

 

 私は正直驚いた、シュンラン副会長の家は…地方レースでそれなりに名のある名家、ハグロ家のはずなのに…

 

「…まあ、私の場合は、仕方がないのかもしれませんが…」

「…仕方が無い…?」

「……生まれた時の私は、双子だったそうです」

「……!」

 

 双子…私は前世の記憶を思い出した。

 

 

 

 牧場での仕事仲間だった馬が、双子を妊娠し、大変な事になったことがある。

 

 普段はのんびりとしているおやじどの達も、その時はこの世界でレースに出る私達のような張り詰めた空気を持っていた。

 

 仕事仲間のセルフランセが『自分たち馬の双子は珍しく、大変危険なもので、産まれて成長できるのは片方だけ』と言っていたのが、印象に残っている。

 

 

 

「双子…ですか」

「はい、私達ウマ娘の双子が…どういう意味なのかはご存知ですね?」

「…もちろんです」

 

 前世、馬の双子は良くないものとされていた、それはこの世界でも同様だった、ウマ娘が双子で生まれることはとてもレアケースだ、それだけならば良いのだけれども……

 

「現に、私の右目は見えません」

「……」

 

 ウマ娘において、双子の出産は、とても危険が伴うものらしい、そして、もし無事に生まれてきたとしても、その子供は普通のウマ娘より“病弱”であったり“体の何らかの機能が不自由”であったりする。だから大抵の場合は、一人を諦める事になる。

 

 でも、シュンラン副会長の発言からすると、シュンラン副会長は双子だということになる。

 

「……」

「ああ、そんなに難しい顔をしないで下さい、今の生活は十分楽しいですから」

「副会長」

「……はい?」

「副会長の…その…双子の姉妹は…」

「…分かりません、どこで…何をしているのかさえも…私が知っている情報も、誕生日が同じ3月の終わり頃というぐらいですから、お父様やお母様は、“お前はどうあってもうちの子だよ”としか仰りませんし…」

「…会いたいとは…?」

「今の私は、生徒会として、サポートウマ娘として、後輩の皆さんをサポートするという仕事がありますから、もし探してみるとしたら、卒業後になりそうですね」

 

 そう言ってシュンラン副会長は微笑みつつ水色の髪の毛を撫でた。青緑色の耳飾りが揺れている。

 

「話は変わりますが、アラさん、オグリキャップさんを知っていますか?」

「はい、知っています」

 

 オグリキャップ、笠松でデビューし、中央に移籍してからも多くの強豪を倒し、勝利を重ねた、生ける伝説のようなウマ娘。

 

「あの方も、デビュー戦は黒星でした」

「そう言えば、そうでしたね」

「アラさん、あまり敗北を気に病んでは駄目ですよ、レースに絶対は無いのですから、この敗北を糧に、強くなってください、貴女にはそれができると、私は信じていますから」

 

 シュンラン副会長は、オグリキャップの例を出すことで、私が敗北を引きずらないようにしてくれているようだ。

 

「そうですね、ありがとうございます、シュンラン副会長」

「いえいえ、サポートウマ娘として、当然のことをしたまでです、何かあったら、いつでも声をかけてくださいね」

 

 そして、私は帰された。

 

 私は廊下で一人、シュンラン副会長の事について考えていた、なぜかと言うと、私はあの耳飾りの色に見覚えがあったからだ。

 

 

 

 一度、牧場を上げて乗馬イベントをやった事がある、牧場長やおやじどの達はその時に、スペシャルゲストとして騎手を招いていた、その騎手は、競馬の時に着る服、所謂勝負服と言うやつを着て登場した。

 

 その服は、純白の胴部に、青緑色のラインが入った、印象的なものだったような気がする。

 

 その騎手は、セルフランセが乗せることになった、騎手を乗せたときのセルフランセの得意気な顔は、今でも覚えている。

 

 

 

 ともかく、シュンラン副会長の耳飾りの色はその色にそっくりだった。

 

=============================

 

 俺はアラのトレーニング計画を立てていた。

 

 同期の4人の担当は、見事デビュー戦を勝利している。

 

 だが、ここで慌ててしまうのは良くない、ここは夏の間にしっかりと身体を作り、9月の未勝利戦に備えるのがベストだろう。

 

カチッ……カチッ………

 

 俺はアラのレース映像を何度も再生し直した。

 

 結果的に言うと、スリップストリームをもってしても、末脚を他のウマ娘並の鋭さにするのは難しい。

 

 だが、俺は一つ思いついた。

 

 “他のウマ娘に加速力で劣るのなら、早めに加速しておけば良いじゃないか”と。

 

 そう、つまりはロングスパート、夏のうちに体力を鍛える、脚質を差しから追込に転換するという訳だ。

 

「よし、できた…!」

 

 俺はトレーニング計画をまとめ、アラのところに向かった。

 

 

────────────────────

 

「つまり…夏休みの間は…トレーニングって事?」

「ああ、出来れば毎日やっておきたいんだ、差しから追込に戦法を変えるからな。あっ、もちろん帰省のための休みはきちんと入れる…どうだ?」

「…わかった、やってみる」

 

 トレセン学園は普通の学校同様、夏休みが存在する。だが、ほとんどの生徒はそれをトレーニングに充てる、夏の厳しい時期に、どれだけ自分をいじめ抜いたかで、肉体の仕上がりはかなり違ってくるからだ。

 

 更に、夏にしかできないトレーニングは多い、中央なんかは学園側主催で“夏合宿”と言うものをやっているらしく、チームに所属していない生徒でもそう言ったトレーニングが出来るようになっている。

 

「差しから追込…かぁ…」

「ゼロロクが遅いからな、今のお前だと、早めにスパートをかけるしかない」

「ゼロロク…?」

「時速0km/hから60km/hまでに要する時間のことだ、つまりは加速力を表してる」

「なるほど」

 

 このゼロロクと言うのは、俺の完全な造語だ。車の世界にはゼロヒャクという言葉がある、その応用だった。ウマ娘の最大時速は、およそ70km/h、巡航速度でも60km/h前後だ。加速力はかなり重要となる。

 

「でも…これって“ゴリ押し”ってやつ…だよね?」

 

 アラが苦笑いをしつつ、トレーニング計画の書類から目を離しこちらに目を向けるら。

 

「勝つためだ、それに、今後の事もきちんと考えて俺は追込を採用してる。デビュー後はレース人数も増えてくる、当然集団にのまれやすくなるんだ、追込は基本的にしんがりの方からのレースだから、前方のウマ娘の駆け引きをよく観察できる、つまり、俯瞰的にレースを見ることができるんだ」

「なるほど…それなら納得かも…」

「お前さんはコーナーが得意、選抜レースでも、デビュー戦でもそれは証明されてた、だからこのロングスパート作戦はお前さんへの信頼の元、考えついたようなもんでもある」

「…そっか…」

 

 アラは少し安心した顔をして、表情をほころばせる。俺は読心術なんてものは持っていないので、本当の気持ちは分からないが、うまく理解してくれたのだと信じたい。

 

 でも、アラが頑張るだけでは駄目だ、俺自身、色々と考えていかねばならんだろう。レーサーだって、一人でレースをしているわけではない、レースをするにはメカニックを始めとした人々のサポートが必要不可欠だ。

 

 前世でも、この世界でも『夏を制するものは受験を制す』という言葉がある。レースも受験と同様だ、学業の無い時期に、誰しもが辛いと思う時期に、どれだけ準備を整えることが出来たかで、その結末は大きく変わる。

 

 

=============================

 

 

「でも…これって“ゴリ押し”ってやつ…だよね?」

 

 その戦術を見たとき、私は自然と笑っていた。最後の直線ではなく、コーナーからだんだん上げていって、抜く戦法だったからだ。

 

 それも、カーブの緩い中央のコースじゃない、皆から『弁当箱』って言われてる福山のきついきついコーナーで、トレーナーはそれをやれと言っている。それが、意外で面白かった。

 

 まるで、400m以内にクォーターホースに追いつけと言われてるようなものだ。

 

 でも、デビュー戦で分かった。アングロアラブ()がサラブレッドと同じ舞台に立ち、競い合うためには、加速力の遅さを他の何かで補うしかない。そのための後方ポジション、そのためのロングスパート作戦なんだろう。

 

 やってやる。




 
 お読みいただきありがとうございます。
 
 「句点が抜けている」という趣旨のコメントを頂きましたので、全話修正させて頂きました。読みにくい文章になっていたことを深くお詫び申し上げます。改善に勤めていきたいと思うので、これからもよろしくお願いします。

 お気に入り登録、誤字報告、評価を下さった方々、ありがとうございます、感謝に堪えません!

 ご意見、ご感想、評価等、お待ちしています。


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第6話 スタートライン

   

  

 ストップウオッチ片手に、アラを見る。

 彼女は尻尾と後ろで結んだ髪の毛で2つの航跡(ウェーキ)を作り、コースを駆け抜けていき、走り終えてゴールした。

 

「トレーナー、タイム、どうだった?」

「良い感じだ、やはりコーナーが速いな、自分で改善したいことは何かあるか?」

「…コーナーからの脱出速度かな?ちょっと遅く感じる、どうすれば良い?」

 

 アラにそう言われ、俺はビデオをチェックする。

 

「踏み込みのパワーは足りているな、ならば、フォーム…いや、足だ」

「…足?」

「お前、足は動くか?」

「まあ…人並みには」

「なら、コーナーから脱出する時に足の踏み込み方を意識するんだ、足の裏で砂を掴むように走ってみてくれ」

「分かった」

 

ダッ!

 

 アラは走っていった。

 

 

────────────────────

 

 

 トレーニング後、俺は一人、私室で夏のトレーニングの事について振り返っていた。

 

 夏の間にアラについて気づいた事が一つだけある。

 

 それは、気候条件の変化が、殆どタイムに影響しないということだった。

 

 簡単に言えば、“夏バテしない”、これは明らかに凄いことだった。

 

 ウマ娘は、俺達通常の人間と比べて、骨格が丈夫でパワーも遥かに上、更にヘビやイモガイの毒を受けても死なないなど、身体の耐久力において大いに勝っている。

 

 だが、彼女たちは、気温や湿度の変化に対しては俺達人間と同様、いやそれ以上にデリケートな種族だった。

 

 ストレス耐性も少しだが人間より低い。

 

 恐らく、これはウマ娘が俺の前世における“馬”…いや“サラブレッド”にあたる種族であるからなのだろう。そして、前世、相棒は“サラブレッドはかなりデリケートな存在”と言っていた。

 

 だが、アラは違っていた、皆が嫌がるムシムシとした雨の日でも、肌を焼くような日差しが照りつけても、苦しい顔を見せず、トレーニングに励んでくれていた。

 

 だが、気になる事もあった、アラは普通のウマ娘と比較して、大量の汗をかく、これは全く原因不明だった。それでもって平気な顔をしているのだ。医者も“代謝が良すぎるとしか言えない”としか言わなかった。

 

 本人が平気な顔をしているとはいえ、流石に心配になる。アラは平均よりも身体が小さい、当然、身体に含まれる水分量も少ないからだ。だから、俺は常に大量の水分と塩分を用意していた。

 

 そんなこんなで、今年の夏は終わった。

 

 後は…未勝利戦で勝つのみ。

 

 

────────────────────

 

 

 未勝利戦当日、天気は雨、更に残暑の影響で蒸し暑かった。

 

 俺はパドックを周回しているアラを見つつ、今回の出走表を確認する。

 

1ダンシングレヴェル

2ミッドナイトアイ

3サカキムルマンスク

4パワードサイレンス

5エンジェルパック

6ニシノコオリヤマ

7サンデーストライク

8アラビアントレノ

 

 今日のアラは、大外枠、基本的に不利だ。だが、今回のウマ娘を見るに、その不利も僅かなものに過ぎないだろう。

 

 未勝利戦自体は、夏休み期間中にも行われている、それ故、この段階で残っているウマ娘達は、お世辞にも強いとはいえない、それに、トレーナーの中には俺達のようにマンツーマンでトレーニングをつけるのではなく、複数人のウマ娘を持っている者も少なくはない、そういったトレーナーは大抵未勝利ウマ娘ではなく他を優先し、未勝利ウマ娘に対しては自主トレーニングのみを課して放置しているという者もいる。

 

 事実、今日の出走ウマ娘はそのほとんどが、そういったケースに当てはまるようで、仕上がりの不完全さは否めない様子だった。その一方でアラはこの夏休みの間、しっかりとトレーニングに励んできた。この仕上がりに匹敵しているのは、あの選抜レースでアラと同じグループにいたサカキムルマンスクぐらいのものだった。

 

『8枠8番、アラビアントレノ、3番人気です』

『仕上がりは上々のようですね、好走に期待したいところです』

 

 この気温と湿度の中、きちんと気合いも乗っている。

 

 選抜レース、そしてデビュー戦、その2つのレースの時とは何か違う物を俺はアラに感じていた

 

 

====================================

 

 

 パドックを出て、無言でゲートに入る、あれだけトレーニングしたんだ、自信を持て…私…

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了、スタート体勢に入りました、未勝利戦、ダート1800m』

 

ガッコン!

 

『スタートしました!』

 

ダッ!

 

 私はベストなタイミングでゲートから出ることに成功した、だけれども、やはり、一瞬の加速力、つまり瞬発力はサラブレッド達には敵わない、でも、今日の戦法は追込、後ろから追走して集団から離されないようにすれば良い。

 

『先行争いを制したのは4番パワードサイレンス、続いて5番エンジェルパック追走、1バ身離れて3番のサカキムルマンスク、内から行くのは6番のニシノコオリヤマ、その後ろには1番ダンシングレヴェルと2番ミッドナイトアイ、その真後ろに8番アラビアントレノ、その内側に並びかけるように7番サンデーストライク』

 

 よし、後ろの方に控えることができた。

 

 サカキが作戦を変えている、サカキはこれまでのレースでは差しだった、でも、今回はここのレース場で有利とされている先行策、手強い。

 

 向正面を駆け抜け、第3第4コーナーのカーブを曲がっていく。

 

ゴンッ……!

 

「…ッ!ご…ごめ…」

『おっと!第3コーナーと第4コーナーの境目で最後尾7番サンデーストライクが8番アラビアントレノに衝突!』

『特に異常は見られないようですが、心配ですね』

 

 ぶつかられた…多分この娘は…レース勘が抜けている、恐らく…トレーナーから自主トレを指示されて、我流のトレーニングを続けてきたんだろう。

 

 だから遠心力に流されるんだ。

 

 別に転倒するような衝撃でもないから、怪我の心配はない。

 

 でも………まずいな…ペースを崩されてアウト側に弾かれたし、少し離された。

 

 それに弾かれたことでスリップストリームから抜けてしまったから、加速力が落ちる。

 

 なんとかして…戻らないと…

 

『8番アラビアントレノ、うまく立て直して前に追いつきつつあります!第4コーナーカーブを抜けて各ウマ娘、一度目のスタンド前を通過していきます!4番のパワードサイレンス引き続き集団を引っ張っています、負けじと追う5番エンジェルパックと3番サカキムルマンスク!後続も続いているぞ!4番手は1番ダンシングレヴェルから6番ニシノコオリヤマへ、その後ろでは2番ミッドナイトアイが追走中…おっとここで2番ミッドナイトアイの後ろにつけていた8番アラビアントレノ、スッと出てミッドナイトアイの前へ!』

 

 夏のトレーニングでは、私は体力を強化した。その理由は、ロングスパートだけじゃない。相手のペースを乱すためでもある。

前世、サラブレッドに追いつくには、それなりの苦労を必要とした。

 

 後ろから鳴き声で集中力を揺さぶったり、クォーターホースを先に行かせて前を塞いだりして、追いついていた。

 

 生憎、その2つともレースでは出来そうにない、だから私は相手を動揺させるための方法として、変な所でスピードを上げて動揺を誘う戦法を身に着けた。

 

 レースは勝負、動揺させるのも、フェイントをかけるのもテクニックの一つ、それがトレーナーから教わった事だった。

 

 

====================================

 

 

『8番アラビアントレノ、うまく立て直して前に追いつきつつあります!第4コーナーカーブを抜けて各ウマ娘、一度目のスタンド前を通過していきます!4番のパワードサイレンス引き続き集団を引っ張っています、負けじと追う5番エンジェルパックと3番サカキムルマンスク!後続も続いているぞ!4番手は1番ダンシングレヴェルから6番ニシノコオリヤマへ、その後ろでは2番ミッドナイトアイが追走中…おっとここで2番ミッドナイトアイの後ろにつけていた8番アラビアントレノ、スッと出てミッドナイトアイの前へ!』

 

 アラの奴、上手く煽ってるみたいだな。

 

「隣、よろしいですか?」

 

 俺が観戦をしていると、隣に一人のウマ娘が座ってきた。

 

「ハグロシュンランか…副会長が何故ここに?」

「私、個人的にアラさんに興味がありまして、こうやって駆けつけて観戦していた次第です。そして慈鳥トレーナーを見つけ、ここまで来たのです」

「そうかそうか、どうだ、俺の担当は?」

「かなり良い仕上がりだと思います、ですが、なぜあのタイミングで仕掛けたのですか?」

 

 ハグロシュンランは俺にさっきのアラの行動に対する疑問をぶつけてくる。

 

「それは相手の集中力を乱すためだ、この蒸し暑さだ、ただでさえ集中力は鈍る、そして実況の音声は耳の良いウマ娘なら嫌でも聞こえる、ただでさえ集中を維持しづらいのに、変な所で仕掛けたなんて知らせが入ったら、絶対に動揺するだろう?」

「確かに…そうだと思いますが……ですが、それにしては仕掛けが早すぎるのではないですか?」

「おいおい、俺はまだ仕掛けがこれで終わりなんて言ってないぞ?」

「……まぁ…」

 

 ハグロシュンランは両手を口に当て、驚いていた。

 

 

====================================

 

 

 現在、私達は、向正面を駆け抜けている。

 

 さっきの私の行動に動揺して皆一瞬ペースを乱したので、こころなしかスピードが遅いように感じられる。

 

 もうすぐ第3コーナーカーブ。

 

 賽は投げられた。

 

 私は足に力を込める。

 

『さあ、もうすぐ第3コーナーのカーブ!ここが最後のコーナーになります!最後まで気は抜けません!』

 

ドゴン!

 

『えっ!?な、なんと!8番アラビアントレノ、第3コーナーに入った直後に6番ニシノコオリヤマの後ろから脱してスパートをかけている!』

 

タッタッタッタッタッタッ…!

 

 弁当箱(きついコーナー)の外側だから遠心力は小さい、そしてこの雨、行ける…!

 

 さあ…どう来る?サラブレッド…! 

 

『8番アラビアントレノ、少しずつですがスピードを上げて外からまくりあげていきます!』

「無理ィー!」

『1番ダンシングレヴェル、8番アラビアントレノに抜かれてしまった!』

「諦めるわけにはいかない…負けないんだから!」  

『ここで3番サカキムルマンスク、こちらも8番アラビアントレに追随するかのようにコーナーを曲がりきらないうちにスピードを上げてきた!』

 

 サカキ…来たんだ…そう…そうやってくれると…こっちも楽しくなってくる。

 

「無理ぃー!」

「ムリぃ〜!」

『第4コーナーを抜ける直前先頭二人、4番パワードサイレンス、5番エンジェルパック!抜かれてしまった!』

 

 コーナー出口…!

 

 ここは…足裏で砂を掴むように……!

 

ザッ…ダァァァァン!

 

『第4コーナーを抜けて8番アラビアントレノ、3番サカキムルマンスクに半バ身差のリード!接戦だ!接戦だ!接戦だ!残りは100メートル!』

 

 勢いを殺させる訳には行かない…!

 

 行っけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!

 

『ゴールイン!勝ったのはアラビアントレノ!!後方からのゴボウ抜きは、見事の一言でした!』

 

 私は掲示板を見上げる。

 

 熱くなり大量の汗が流れている体に、雨が打ち付けられ、冷えていく。

 

 それと同時に、観客達の歓声や拍手が聞こえてくる。

 

「おめでとう!」

「よく頑張った!!」

「凄かったぞ!」

 

 これが…勝利。

 

 これが…レース。

 

 人間達が夢中になるわけだ。

 

「アラちゃん…」

 

 私は声を耳にして、思わず振り返る。

 

「サカキ………」

「今日は…おめでとう!私…凄く…凄く楽しかった」

「…うん、ありがとう、私も…楽しかった」

 

 私達は握手をした。

 

 

====================================

 

 

 俺はアラがゴールするや否や、すぐに下に駆け下り、出迎えた。

 

「アラ…おめでとう、やったな」

「ありがとう、トレーナー」

「これで、夢に向かって一歩前進だな」

「…うん、これからもよろしく」

「ああ、さあ、これからはウイニングライブだ、応援してくれた人たちに、歌で感謝を伝えて来い」

 

 俺がそう言うと、アラは頷いて駆け出していった。

 

 そう言えば、ライブの曲に関しては…アラに一任していたが……どんな曲なんだ?

 

 

────────────────────

 

 

『それでは、本レースにて見事勝利致しましたアラビアントレノに、ウイニングライブを披露して頂きます!』

 

 そのアナウンスが響くのと同時に、曲のイントロが流れ始める。

 

「嵐の中で輝いてその夢を諦めないで…」

 

 この曲…全く聞いたことがない…だが…良い曲だ。

 

「凍りつくような強い風でさえその胸に輝く夢を消したりそうよ消したりなんて出来ない…」

 

 …そう、誰でさえ、夢を邪魔することなんて出来ない。

 

 俺はウイニングライブの曲に浸りながら、俺の願い、そしてアラが抱いているであろう夢を叶えるために頑張っていこうと改めて誓った。

 

 だが、まだ俺達はスタートラインに立ったに過ぎない、ここからはさらなる強敵とぶつかる事になる。

 

 備えなければ。

 

 

=============================

 

 

 翌日、中央トレセン学園の生徒会室では、生徒会長シンボリルドルフ、そして副会長エアグルーヴが紅茶を飲みながら、書類を片手に話をしていた。

 

「あの発表からしばらく経ったが、生徒達は、去年よりさらに奮励努力して、トレーニングに励んでいてくれているようだな」

「はい、夏合宿での熱の入りようも凄まじいものがあったと聞いています、特に来年クラシックを迎える生徒達です」

「そうだな、特に、君が言っていたあの四人には、素晴らしいものがある」

「この四人ですか」

 

 エアグルーヴは四人のウマ娘の資料を取り出した。

 

「君なりの評価を述べてくれないか?」

 

 シンボリルドルフにそう言われ、エアグルーヴは書類を手に持った。

 

「はい、まずはグラスワンダー、我々リギルの新人にして、マルゼンさんを彷彿とさせるような強い走りが特徴です、次にエルコンドルパサー、こちらはグラスワンダーのルームメイトです、スタミナに秀でており、闘争心も高いので、デビュー後が楽しみです、次にセイウンスカイ、模擬レースでは様々な策を用いて、確実に勝利を重ねていると聞きます、フォームも綺麗です、そしてキングヘイロー、彼女はグラスワンダー並みの末脚を持っており、さらには負けん気が人一倍強く、差されても差し返す傾向があります、血統も優秀です………以上です、この四人について会長はどのようにお考えですか?」

「私も概ね同じだ」

 

 シンボリルドルフは満足そうに頷いた。

 

「だが、一つ見落としていることがあるよ」

「……?」

「血統だ、血統が優秀だから本人も優秀だとか、母親が競走ウマ娘じゃないから本人には素質が無いという事は無い、さらには都会や田舎といった出身も、本人の競走能力を決めてしまうものでは無い」

「…まだまだ私も未熟なものです」

 

 エアグルーヴは悔しさを声に含ませる、エアグルーヴは、今年になって副会長に選出されたばかりである、彼女の前の副会長は、ドリームトロフィーリーグへの注力のために、副会長の座をエアグルーヴに譲ったのであった。

 

「君は今年副会長となったからな、これからの経験で、学んでくれれば良い」

「分かりました、ありがとうございます」

「私はここでもう少しやることがあるので、先に戻っていてくれ」

「はい、それでは、お先に失礼致します」

 

 エアグルーヴは残っていた紅茶を飲むと、部屋を出ていった、それを見届けたシンボリルドルフは校庭で自主トレーニングする生徒達を見た。

 

 

「マックイーン、ボクについてこれるかな?」

「テイオー!負けませんわ!」

 

 

(テイオー…頑張っているようだな)

 

 シンボリルドルフの目に入ったのは、中等部の生徒トウカイテイオーとメジロマックイーンだった、シンボリルドルフはトウカイテイオーに対し“大成し、強いウマ娘となる”と思っており、その将来に期待し、目をかけていた。

 

(…他の生徒達も、気合いが入っている、3年後に向けた準備をきちんと進めてくれているようだな…)

 

 生徒達が頑張っている姿を見たシンボリルドルフは続いて先程までエアグルーヴが持っていた資料を手に取った。

 

(…エルコンドルパサーはどちらにも適性があるようだが、他の三人は皆、ダートの適性は低い、シーキングザパール達が居るとはいえ、やはり、現在のトゥインクルシリーズのダートを担う人材は芝と比べるとかなり薄い、そして芝とダートの両方を走ることのできるウマ娘は極わずか……海外遠征強化計画、これの実現のためには、競走ウマ娘達だけではなく、指導役となるウマ娘達も必要だ…)

 

「指導役……か……」

 

 シンボリルドルフは目を閉じ、思いを巡らせる。

 

「痩せた土地と同じように…減った人材というのも、回復させるのは至難の業…ということか、AUチャンピオンカップはウマ娘達の新たなスタートライン…しかし、指導役が…彼女さえ、居てくれれば…良かったのだがな」

 

 夕陽差し込む生徒会室で、シンボリルドルフは一人、そう呟いた

 

 




 
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第7話 オープン戦に向けて

 
  


 

「それでは!俺達5人の担当全てが無事にデビュー完了したことを祝して…」  

「乾杯!」

 

 雀野が音頭を取り、俺達は乾杯をした。もっともまだ飲み物だけしか届いていないが。

 

「かーっ!うまい!」

「いやー、これでやっと皆通常のレースに出られるって事だ」

「しっかし、アラの行動にゃ驚かされた、追込策をやるなんてよ」

 

 雁山、軽鴨が立て続けにそう言う。

 

「アレは相手を動揺させてペースを乱すための作戦だ、人間“ありえない”って思ってる時が1番動揺してる時なんだよ」

「おっ、言うねぇ〜」

「それも“カーレース”のテクニック?」

 

 俺の言葉に雀野が返し、火喰が質問した、夏休みの間に、俺は転生したことを除いた自らの経歴、つまり中央を受けて落ちた事などを、同期の四人には話していたからだ。

 

「そうだ、まあ、カーレースつっても、サーキットでやるやつとか、山ン中のコースでやる奴とか、色々とある、でも、どのレースでも大事なものはメンタルだ、レースは自分のテクニックだけを闘わせる舞台じゃない、メンタルの強さを闘わせる場でもあるんだ」

「じゃあ…メンタルが削れた人たちは…どうなるの?」

「無事に完走することもあれば…操作をミスる、抜かれる、コースアウトする、他にも色々ある、命を落とすことだってある」

 

 俺は、前世で事故ったときの事を未だに夢に見ることがある、コンクリートの壁に、レース用に内装を剥がし、ペラッペラにした車がぶつかるのは、岩に硝子瓶をぶつけるようなものだ。

 そして、中身(ドライバー)がどうなるのかは、想像に難くない、ヘルメットをつけているとはいえ、高速でぶつかれば自分がどのようになったのかなんて自然とわかってしまう、だから俺は果物が潰れたのとかを見るのは苦手だった。

 

「………」

「…すまん、確かにウマ娘レースに比べりゃ、カーレースの世界はちっぽけだ、でも、そこにいる選手はウマ娘と同じく、熱い、だけども危険なレースをしてるって事を、知ってほしかっただけだ」

 

 俺がそう言うと、四人は黙って複雑な顔をして、こちらを見ていた。

 

「焼き鳥盛り合わせ、お持ちいたしました〜!」

 

 すると、天の助けか、店員が注文していた品物を持ってきてくれた。

 

「おっ、あざまーす!皆、食べよう!」

 

 軽鴨が皆にそう呼びかけてくれた。

 

「そうね、今夜は楽しみましょうか」

「そうだな」

 

 俺達はその後、しばらくビールと食事を楽しんだのだった。

 

 

=============================

 

 

 私は次のレースの出走に備えるべく、筋力トレーニングを行っていた。

 

「148……149……150……よし、トレーナー、タイムは?」

「…少しだが縮まってる、良い感じだ」

 

 トレーナーは私にクーラーボックスに入れて冷やしたタオルとドリンクを渡しながらそう言った。

 

「アラ、このトレーニングはどうだ?」

「良い感じ、私に合ってると思う」

「そうかそうか、なら良かった、この調子なら、もっとボトルを追加しても良いかもしれないな」

 

 私は現在、少し変わったトレーニングを行っている。

 

 その内容はうさぎ跳びを発展させたものだった。普通のうさぎ跳びと違う所は、重りを背負っている事だ。

 

 私の背負っているスクエアバッグの中にペットボトルに砂を詰め込み、そこから水を入れて更に重くしたトレーナー特製の重りが入っている。私の前世の記憶とリンクさせると…このトレーニングは『斤量』を負担してのトレーニングになる、だから私は、どうしてトレーナーがこれを思いついたのかが気になった。

 

「トレーナー、どうしてこのトレーニングを思いついたの?」

「ああ、農作業とかシシ術に使われてるヤックルを見て思いついたんだ、ヤックル達は人間を乗せて、ものを引いたり、飛び回ったりしてるだろ?ヤックル並みのパワーがあるウマ娘にも応用できないかと思ったんだ」

「そうなんだ」

 

 ヤックル…正しい名称は“シシカモシカ”、世界中に生息している牛の仲間だけれども、その体格、役割は馬によく似ていた。乗用、農作業、狩り、馬術に相当するパフォーマンス競技のシシ術などだ。ただ、ヤックル達は競走の用途には使われていなかった。かなりの大きさの角が理由だろう、普通に乗るのなら問題はないけれど、競走馬の騎手達は前傾姿勢なので、前が見にくい。それに、あの角は体のバランスを取るのに必要らしく、切り落とすなんてもってのほかだそうだ。

 

「…疲れるか?」

「うん、でも、ちびっこ達をおぶったり、家族の手伝いをしたりしてたから、重いものを背負うのは慣れてる、だから大丈夫」

「そうか、よし、今日はもう終わりにするか、アラ、着替えた後、いつものところまでで良いな?」

「うん」

 

 

────────────────────

 

 

「よし、じゃあな、帰りは気をつけるように」

「うん、ありがとうトレーナー」

 

 トレーナーに送られ、私は車から降りた、目の前には“スーパー銭湯”の看板がある。

 

 トレーナーは“風呂は命の洗濯”と言っている。私は週に何日かは寮の大浴場だけでなく、こういった銭湯に通うようになっていた。お代はトレーナーが回数券を買ってくれているので、私はシャンプー類を持っていくだけで良い。

 

 受付をパスし、脱衣場で素早く服を脱ぎ、必要なものを持ってシャワーに向かう、シャワーを浴びると、汗がぬるぬると溶け出して来るようで気持ちが良い。

 

 頭、体、尻尾を洗い、泡を洗い流して、湯船の方に向かう。

 

 ここには多くの浴槽がある、座り湯、寝湯、露天風呂、サウナだけじゃない、檜風呂やハーブ湯だって、かなりお得だ。

 

チャプ…

 

「ふぅ……」

 

 お湯に浸かると、疲れが溶け出していくようで、非常に気持ち良い。

 

 前世、おやじどのが言っていた“競走馬は温泉に入ることもある”と、その時は温泉がどういったものなのか分からなかったので“ふーん”程度の反応しか出来なかったけど、とりあえず気持ち良いものなのだなと言うことだけは理解できた。

 

 そして、生まれ変わって温泉を知った私は、こんな素晴らしい物に入っていられるサラブレッドは幸せ者だなと感じさせられた、シャワーとブラシだけが当たり前だった私には、温泉はとんでもないカルチャー・ショックだった。

 

「………」

 

 目を閉じて考える

 

 これからどうなっていくのだろう、前回のレースは、出走ウマ娘、気候条件、バ場状態、いろんな要素がからまっての勝利だった。

 

 これからのレースは、いつも雨とは限らない、出走ウマ娘だって、これまでのレースで勝ってきてる娘たちばかりだ。

 

 つまり、この前の未勝利戦とは比較にならないほどの苦戦が予測されるという事だ、だから、追込じゃ間に合わないだろう、また…差しに戻す必要があるかもしれない、トレーナーに…相談してみよう。

 

 

=============================

 

 俺は次のレース、すなわちオープン戦のための計画を立てていた、俺達には2つの選択肢がある。

 

 1つ目の選択肢……1600m、こちらはマイルレースだ。

 

 2つ目の選択肢……2250m、中距離のレースだ。

 

 今までのレースからして現実的なプランは1つ目のマイルレースだろう。

 

 だが、こちらにはワンダーグラッセが出てくる、アラ達の世代の中ではもっとも素質に溢れていると言われているそうだ。

 

 2つ目の中距離レースは、カーブが多く、コーナーが得意なアラの特性を十分に活かすことができる。だが、多くなるのはカーブだけじゃない、当然ストレートも増える。

 

 こちらの方にはエアコンボハリアーが出てくる。こちらも新進気鋭のウマ娘だ。

 

 そして、この2つレース共通の問題として、出走するウマ娘の実力が挙げられる

 

 このレースはオープン戦、つまり、デビュー戦、未勝利戦を勝ったウマ娘達が出てくる。身体能力、レース勘、その全てにおいて、これまで戦ったウマ娘達を遥かに凌駕すると言っても良いだろう。

 

 だから、追込での待機をしていると、ストレートで離され、仕掛けた時には、すでに時遅し…といった状態になってしまう可能性が遥かに高い。

 

「どうしたものか………」

 

プルルルル…プルルルル…

 

 電話…アラから…?もしや…

 

パカッ

 

『トレーナー、私トレーニングの集合場所まで来てるけど…トレーナー……どこ?』

「…すまん、まだ学園だ、今から行く」

 

 俺はそう言ってケータイを閉じ、今日のトレーニングの集合場所へと急いだ。

 

 

────────────────────

 

 

 あの後、俺は少し遅れたものの、無事にアラと合流し、トレーニングを行うことが出来た。

 

 そして、トレーニング後に、オープン戦について相談する事にした。

 

「それで今回のオープン戦なんだが…1600mのマイルと2250mの中距離2つの選択肢がある、どちらのレースも、これまでより更に強いウマ娘との対戦になるだろうから、この前の未勝利戦の時のように上手くいく事はないと思ってくれ」

「……分かってる、トレーナー、一つ聞きたいことがあるんだけど…良い?」

「もちろん」

「…作戦を差しにするのって…あり?」

「……!」

 

 そう来たか…アラの脚質は差しと追込だから、脚質にあっているのは間違いは無い…だが、未勝利戦まではトレーニングは追込用の物が多かったからな…

 

「理由を聞かせてくれ」

「…この前のレースの私は、気候、バ場、いろんな条件が重なって、勝ちを拾えたんだと思う、でも、レースはいつも雨とは限らない、出走ウマ娘だって、これまでのレースで勝ってきてる娘たちばかり、だから、追込だと、ロングスパートをかけても、先頭に到達できるかどうか分からないと思ったから」

 

 アラはアラなりに、この前の未勝利戦の分析が出来てるってことか、少し安心した。

 

「トレーナーは、どう思う?」

「…確かに、次回以降のレースは、未勝利戦のようにはいかない、それを分かってくれてるってのはありがたいな、お前さんの指摘どおり、今回は差しの方が適切だろう。そして、今回のレースはマイルか中距離を選ぶことができる、アラ、お前にどちらか選んで欲しい」

 

 俺はアラの目を真っ直ぐ見てそう言った。

 

 

────────────────────

 

 

「アラ、お前にどちらか選んで欲しい」

 

 トレーナーは真っ直ぐこちらを見ている。

 

 だから、私は今までのトレーニングを思い出した。

 

 毎朝四時からやっている走り込み、ダッシュを始めとした基礎トレーニング、芦田川沿いの土手を駆け上がる坂路トレーニング、斤量を背負ったうさぎ跳び、スタート練習…

 

 私は持久力、瞬発力が強くなった筈だ。

 

 だから…

 

「トレーナー、私を中距離に出して」

 

 私はトレーナーに自分の意志を伝えた。

 

「……分かった、出走登録をしておく」

 

 トレーナーは少しの間私を見た後、そう言った。

 

 

=============================

 

 

 ここは福山市内のある中華料理店、ここでは二人のウマ娘がともに食事を取っていた。

 

「調子はどうだ?ハリアー」

「もう絶好調、今度のオープン戦も勝ってみせるよ!」

「そうか、トレーナーとはどうだ?」

「あたしのために良いメニューを考えてくれてる、それに、たまに食事にも連れてってくれるよ」

 

 話している二人のウマ娘はエアコンボハリアーとその姉、エアコンボフェザーだった。

 

「今度のオープン戦は、私も応援に行かせてもらおうか」

「本当に!?」

「ああ、お前は強い、それに、同世代のウマ娘達もな、面白いレースを見せてくれ、もちろん、お前の勝利を信じている」

「よし…あたし、絶対に勝つから!」

 

 エアコンボハリアーのその言葉を聞き、エアコンボフェザーは安心したかのように顔をほころばせた

 

 

=============================

 

 

「よし、お疲れさん、帰るときは気をつけてな」

「うん、それじゃあ」

 

俺はアラをスーパー銭湯に送り届け、帰途についた

 

 アラのオープン戦は2日後、調整は万全だ。体調もベストをキープできている。そして、コーナーでのスピードを少し上げた、アラの肉体はまだ成長段階、無理に加速力を上げて身体を壊すようなことがあれば、俺はトレーナーとしても、元レーサーとしても失格だからだ、それに、アラの加速力が同世代のウマ娘と比べて劣る理由もわかっていない。

 

 コーナーのスピードを上げたのは、ロングスパートの代わりだ、ロングスパートは早い段階で仕掛け、加速に使う時間を長く取って加速力の差を補う技だ。

 

 そして、今回試して見るコーナーリングのスピードを上げる方法は、コーナーからの脱出速度を少しでも上げ、加速の遅さを補う…ストレートに言ってしまえば誤魔化す技だ。

 

 ウッドチップコースでの検証では、タイムは良くはなっていたが、実戦…しかも今回は10人フルゲートだから、どう転ぶかは分からない。

 

「………」

 

 ピロロロロ…ピロロロロ…!

 

 電話……親父から?

 

 

=============================

 

 

 オープン戦を翌日に控えた今日、私はトレーナーに呼び出された。

 

「急に呼び出すなんて…トレーナー…どうかしたの?」

「…」

 

 トレーナーは黙ったままだ。

 

「…アラ…すまん、オープン戦…俺は行けん」

「えっ!?どういう…こと?」

「北海道にいる親戚のじいさんが死んだんだ、それで葬式に行くことになった…」

 

 トレーナーはそう言って項垂れた。こんなに落ち込んだトレーナーは見たことがない。

 

「私、勝ってくるから」

「…アラ?」

「調整は万全、心配しないで、それにその様子だと、トレーナーは凄くその人のお世話になったってことだと思う、お世話になった人の最後に会えないってのは、結構悔いが残る事だから、行ってきて」

 

 私は前世、先輩のことを凄く尊敬していた、だけども、先輩とは引退して別れたっきりで、私は死ぬまで再会することは無かった。

 

 馬だった頃は、死や別れというものに敏感に反応する事は稀だったけれども、先輩は別だった。

 

 だから、世話になった人を見送れないという痛みは、それなりに分かっているつもりではある。それに、トレーナーは人間、死には敏感な存在だ。

 

「…本当に良いのか?」

「うん、トレーナーが色々と頑張ってくれたから私は大丈夫、だから、トレーナーはその人を見送ってあげて」

「分かった、アラ、ありがとう」

 

 トレーナーは頭を上げてそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 




 
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第8話 モヤモヤするレース

 
 


 

「慈鳥の奴に、良い報告が出来るよう、頑張って来るんだぞ」

 

 オープン戦当日、トレーナーは親族の葬儀で来れない代わりに、雁山トレーナーにレースの観戦、送り迎えを頼んでくれていた。

 

「アラ、頑張って下さいね」

「うん、ありがとう、ワンダー」

 

 ワンダーが、私に応援の言葉をかけてくれる、さっきのレースで圧巻の差し切りを見せたのにもう息が整っている、たまらなくすごく感じる。

 

「ワンダー、ハリアーとは親友だよね?あっちの応援をしなくても良いの?」

「ええ、今日の彼女は副会長が直々に応援に来て、張り切っていますから、水を差すようなことはできません」

 

 ワンダーは片手で口を抑えてクスリと笑った、もう一人の副会長…エアコンボフェザーさんはコンボの実姉のはずだ、確かにワンダーの言う事も尤もだろう。

 

「さて、もうすぐ発走ですよ、私達は応援していますので、頑張って来てくださいね」

 

 ワンダーと雁山トレーナーは観客席の方に上がっていった。

 

 

=============================

 

 

 観客席は多くの人で賑わっていた、その中には、双眼鏡を握るウマ娘、ハグロシュンランの姿もあった。

 

「シュンラン」

「フェザーさん、来ていらしたのですね」

「妹のレースが見たくてな、隣、座るぞ」

「ええ、どうぞ」

 

 ハグロシュンランに声をかけたのは、エアコンボフェザーだった、同じ副会長という立場ではあるものの、エアコンボフェザーは会長であるエコーペルセウスと同じ最高学年、ハグロシュンランはそれより下の学年であった。

 

「あら…ペルセウス会長は?」

「ペルセウスは学園だ、恐らく、また生徒のためのアイデアでも考えついたんだろう、お前こそ、珍しいじゃないか、今日は休日、普段は森林浴にでも出かけているだろうに」

「私も、注目している娘が居ますから」

「……?」

 

 エアコンボフェザーは出走表を見た。

 

1オンワードハウンド

2デリカテッセン

3パウアーマー

4ボンテンターゲット

5エアコンボハリアー

6アラビアントレノ

7クルシマウェイブ

8ノシマスパイラル

9インノシマスズカ

10ピンポイントパール

 

「誰だ?」

「6番のアラビアントレノさんです」

 

 そう言われたエアコンボフェザーは双眼鏡を持ち、パドックを見た。

 

「あの1番小柄の芦毛のウマ娘か?」

「はい」

 

(6番…ならばハリアーの隣、観察する余裕はあるな、それに、シュンランが目をつけているということは、何かしら光る点がある可能性があるのかもしれないな…)

 

 エアコンボフェザーはそう思いつつ、双眼鏡を覗き込んでいた。

 

 

=============================

 

『5枠5番、エアコンボハリアー、1番人気です』

『3戦3勝、新進気鋭のウマ娘ですね、このレースでの好走も期待できますね』

 

 ハリアー…すごいなぁ…ギャラリーも物凄く盛り上がってる

 

『6枠6番、アラビアントレノ、8番人気です』

『未勝利戦では重バ場の中を見事に駆け抜けていましたから、良バ場での走りに注目ですね』

 

 私は8番人気、だけども、気落ちしてはいられない、ついこの間、未勝利から脱したばかりだからだ。挑戦者であるという気持ちを、忘れてはならない。

 

────────────────────

 

落ち着いてゲートに向かって歩き、深呼吸した後にゲートインする

 

『最後に10番ピンポイントパールがゲートに入りました、福山レース場、中距離オープン戦、今……』

 

ガッコン!

 

『スタートしました!』

 

 ……!

 

 ハリアー…速くなってる…

 

『まず外側の10番ピンポイントパール、9番インノシマスズカがスルッと上がって先行争い、その後ろに続くのは5番エアコンボハリアー、その外回って4番ボンテンターゲット、1バ身離れて8番ノシマスパイラル、1番オンワードハウンド、7番クルシマウェイブ、6番アラビアントレノ、3番パウアーマー、2番デリカテッセンが固まっています!』

『後方がダンゴ気味になっていますね、走りにくい娘も居るのでは無いのでしょうか?』

 

 7番の娘の真後ろにいるからスピードは問題なし…でも、ダンゴはちょっと避けたい。

 

 でも、こういう時こそ落ち着こう、トレーナー曰く、“レースはメンタル勝負”、先に慌てた方から負ける、まずは一度目のコーナーを抜けて様子見だ。

 

『各ウマ娘、第一第二コーナーに入って行きます!』

 

 

=============================

 

「速えぇ…エアコンボハリアーのスタート」 

「やっぱ3戦3勝の実力は伊達じゃないぜ!」

 

 ギャラリーは注目株のエアコンボハリアーのスタートを見て興奮気味の様子だった、その一方で、エアコンボフェザー、ハグロシュンランは冷静に双眼鏡を覗き込んでいた。

 

「妹さん、スタートがうまく行きましたね」

「幼少期から私と共に走っていたんだ、このくらいなら容易いものだ、それで、あのアラビアントレノ…だったな?スタートはまずまずだが、スタート後のコース取りの判断が早い、恐らく頭は良い方だろう」

 

『後方がダンゴ気味になっていますね、走りにくい娘も居るのでは無いのでしょうか?』

 

「あらあら…」

「いくら先行有利のコースとはいえ、ここはコーナーがキツイからな、後方待機を選ぶウマ娘も少なくはない」

 

(ただ、判断力の良さだけで、シュンランがあの芦毛を評価するだろうか?…凄いところは判断力の高さだけではなく、他にもあるんじゃなのいか…?)

 

 エアコンボフェザーは顎に手を当て、考えていた。

 

 

 

一方、コースの方では、アラビアントレノ達ウマ娘が第1第2コーナーを曲がろうとしていた

 

(周りが曲がるのが遅いから、抑えるのが少し大変だ…)

 

アラビアントレノは少々歯がゆい思いをしていた、早く曲がれば、他のウマ娘のペースを上げる事となり、必然的に事故の可能性が上がってしまうため、スピードを抑えて曲がらざるを得なかったからである。

 

 

(これから重賞にも挑戦して行きたいんだ…遠慮はしない…!出し切って勝つ!)

 

 一方でエアコンボハリアーの方は気合いが乗っており、その走りにも自信と闘志に満ちていた。  

 

 

====================================

 

『第1第2コーナーを抜けて、ウマ娘達は向正面へ、先頭は9番インノシマスズカ、その後ろに10番ピンポイントパール、2バ身離れて5番エアコンボハリアー、4番ボンテンターゲット、8番ノシマスパイラル追走、そこから2バ身離れて1番オンワードハウンド、7番クルシマウェイブ、6番アラビアントレノ、3番パウアーマー、2番デリカテッセンとなっています』

『先頭が縦長で後方がダンゴ気味、まるでおたまじゃくしのような形ですね』

 

 8番の娘はダンゴから脱したようだ、私もなんとかしなければならない。

 

 とりあえず、第1第2コーナーで、このダンゴの特徴は分かった、“コーナーに入る際、速度がぐっと落ちる”…すなわち、段階的にブレーキをかけていくのではなく、急ブレーキ気味でコーナーに入るということだ。

 

 これは、コーナーに入る直前まで、ダンゴから抜け出す隙間があるという事を意味している。

 

 なら、ペースを維持し続ければ良い。

 

『一度目の向正面はもうすぐ終わり、各ウマ娘、第3第4コーナーのカーブに向かって居ます、先頭9番インノシマスズカからしんがり2番デリカテッセンまでの差はおよそ7バ身』

 

 もうすぐブレーキをかけるだろう。

 

3…2…1……今!

 

『第3コーナー入口!後方で動きがありました、6番アラビアントレノがダンゴを脱し、

上手いコーナリングで、8番ノシマスパイラルの真後ろにつけています』

 

 よし…ここから追い上げて行こう。

 

 

====================================

 

 

『トレーナーさん、アラのコーナリング、凄いですね、かなり速めのスピードで尻尾を流しながら、第3第4コーナーを抜けていきました〜』

 

 雁山とは違う場所で観戦しているワンダーグラッセは、電話の向こうからおっとりとした様子でそう言った。

 

「慈鳥の奴…普段はどんなトレーニングをしてるんだろうな…」

『気になりますね、いつか知るときが来ると思いますから、その時のお楽しみですね』

「そうだな…今は見させて貰うとしようか」

 

 雁山は双眼鏡を構え、アラビアントレノの方を向いた。

 

 

 

「…む、あの芦毛、コーナリングがかなり優れている様だな」

 

 雁山とは別の所で観戦しているエアコンボフェザーは感心した様子を見せた。

 

「アラさんはストレートと加速力は遅いですが、それを補うコーナリング技術があるのです」

「なるほど…」

 

 エアコンボフェザーに対し、ハグロシュンランはアラビアントレノの特徴を解説する、エアコンボフェザーは顎に手を当て、考え込む様子を見せていた。

 

 

 

『第3第4コーナーを抜け、レースは再びスタンド前へ、先頭は9番インノシマスズカと10番ピンポイントパールが並ぶような展開に、それに続く5番エアコンボハリアー、少し速度を上げています、1バ身離れて4番ボンテンターゲット、6番アラビアントレノは8番ノシマスパイラルの真後ろから4番ボンテンターゲットの真後ろへ、8番のコンセントレールの外側からは3番パウアーマー、1番オンワードハウンド、その少し後ろから7番クルシマウェイブと2番デリカテッセンが追走しています』

 

(ジリジリとだけど…迫られてる…?アラのバ体が近づいている…?)

 

エアコンボハリアーは少しずつ距離を詰めてくるアラビアントレノの事を気にし始めていた。

 

(よし…上手くスリップストリームの相手を変えることが出来た、次のカーブで…ハリアーの真後ろについてやる…)

 

アラビアントレノはスリップストリームを利用して足をためつつ、次のカーブのことを考えていた。

 

(何なのよ…アラが後ろにいる…この感覚)

 

 ボンテンターゲットはかなり動揺していた、先程まで別の相手の真後ろにいたアラビアントレノが今度は自分の真後ろにいたからである。

 

 ウマ娘は、通常の人間より鋭敏な感覚を持っており、近くを走る相手に、動揺または興奮したりしてペースを上げてしまう状態、俗に言う“掛かり”になる事がある。

 

 そして、ボンテンターゲットはまさにその状態であり、これはアラビアントレノにとっては好都合であった。スリップストリームの効果は相手のスピードが速いほど上がるからである。

 

『レースは2度目の第1第2コーナーに入っていきます』

『4番ボンテンターゲット、ちょっと掛かり気味かもしれませんね、冷静さを取り戻し、体力の消耗を抑えたいところです』

 

(よし…もう良いかな、多分、ボンテはオーバースピード、コーナーで動きが乱れてしまうはずだ、巻き込まれるわけにはいかない、それに、突っ込まないとハリアーに離されてしまう)

 

 アラビアントレノはスリップストリームから抜け、やや外側からコーナーに入った。

 

(コーナーは…いつもインを攻めれば良い訳じゃない、トレーナーは…そう言ってた、アウトから相手に被せて、動揺させるのも…作戦の一つ)

 

『6番アラビアントレノ、4番ボンテンターゲットを抜いてやや外側からコーナーに侵入、4番ボンテンターゲット、かなり膨らんでしまいました、バランスを立て直す間に1番オンワードハウンドと7番クルシマウェイブがそれを抜く!』

 

(ここで…!)

 

 アラビアントレノはエアコンボフェザーの外側の若干斜め後ろにたどり着いた。

 

(追いつかれた…気が変になりそう…でも…今は我慢するしかない…)

 

 エアコンボハリアーは動揺していた、しかし、福山レース場のきついコーナーが、彼女がペースを上げるのをなんとか防いでいた。

 

『レースは二度目の向正面へ、先頭としんがりの差はおよそ5バ身と、だんだん縮まりつつある展開』

『ここでスパートに備えて気持ちを整えておきたいですね』

 

(気持ちを整えるって…こんなに喰い付かれちゃ…)

 

 コーナーという邪魔が無くなり、エアコンボハリアーは少しずつではあるが、段々とペースを上げていた、ただ、これは掛かっていることによるものではなく、エアコンボハリアーが、自身のスタミナを武器として使っている証だった、だが、エアコンボハリアーがいつもより精神力を消耗しているのは明らかだった

 

(ハリアーはこれでこのペース…なら…ラストスパートでは、立ち上がりのスピードと伸びは更に鋭いものとなる筈だ、つまり、ラストスパートの段階で、前に出る必要がある…なら………)

 

 アラビアントレノはそう考え、少しだけ周りを見渡した。

 

(よし…これなら行ける、仕掛けるのは…あそこだ…でも…何なんだろう…この感じ…ゾワゾワする、だけど恐怖じゃない)

 

『各ウマ娘、向正面を駆け抜けて第3第4コーナーへ、先頭で競り合っている9番インノシマスズカと10番ピンポイントパール、明らかにペースが落ちています、逃げ切れるのか!?後ろからは5番エアコンボハリアーと6番アラビアントレノが突っ込んでくる、他の娘達もどんどん入っていく!』

 

 

 

「………」

 

エアコンボフェザーは、妹の動揺ぶりに驚いていた。

 

「…フェザーさん?」

「……!すまない、少し動揺していた…誤算だったな…まさか、妹があそこまで動揺しているとは…」

「…ですが、レースはまだまだわかりません、今はただ…見守りましょう」

 

 ハグロシュンランはそう言い、目をコースの方に再びやった。

 

 

 

「むりぃ~!」

「ムリー!」

 

(…今日のあたし…乗れてない…?…スピードがやけに遅く感じる…シューズの片足が落鉄しているんじゃないの!?)

 

 もちろん、落鉄はしていない、だが、そう思ってしまうほど、エアコンボハリアーは精神をすり減らしていた。 

 

『もうすぐ第4コーナーカーブを抜けます!ここからは末脚勝負!後ろの娘達は間に合うか!?』

『差が詰まってきていますね、目が離せない展開です!』  

 

(殆どのウマ娘は、コーナー出口で少々膨らむ、ハリアーだって例外じゃないし、遠心力が低いとはいえ、私も少し膨らむ、そして…末脚を使うときはもっと膨らむ、だから、予め外に出ておくのがセオリー…でも!)

 

(アラ…何考えてるの…!?外側に行かないなんて…!)

 

(………ここだ!!足裏で…砂を掴んで…スリップストリームから出た勢いを無駄にせずにそのまま飛び出す…!)

 

ザッ…ダァァァァァン!

 

『アラビアントレノ!何と遠心力の強いインから行ってスパート!』

 

(………インから…スッと…!?)

 

 アラビアントレノは、エアコンボハリアーがスパート時にアウト側に開き、イン側を開けるのを利用し、スリップストリームから脱するのと同時にインに切り込み、ラストスパートを掛けた、これによって、彼女の弱点である加速力の弱さを打ち消し、そして、インを通った事によって真っ先に最後のストレートに飛び込む事に成功したのである

 

 もちろんアラビアントレノ本人には少なくない量の遠心力がかかる、しかし、彼女自身の小柄という体格、そして、慈鳥の行っていた斤量を背負ってのうさぎ跳びトレーニングが、彼女に瞬発力だけでなく、バランス感覚も与えていた。

 

 そして、その芸当は後ろを走るウマ娘達にもしっかりと見えていた。その光景に圧倒されたエアコンボハリアーを含めた後続のウマ娘は、少しだけだが仕掛けが遅れた、それが決め手となった。

 

『追うエアコンボハリアー!行けるか!?いや、アラビアントレノだ、アラビアントレノが先にゴールイン!!』

 

ウォォォォォォォ!

 

 

=============================

 

 

 未勝利戦の時の倍ぐらいの歓声が響く。

 

「アラ…今度は…負けないから…!」

「ハリアー…望むところだよ」

 

 ハリアーはそう言うと、先に行ってしまった。

 

 勝った事は嬉しい、でも、あの感じた…変な感覚は何だったんだろう…

 

 それが分からない。

 

 勝ったは勝った…だけど…モヤモヤするレースだった。

 

 

=============================

 

 

「こんな事が起こるから、レースというのは面白い」

「フェザーさん…?でも…妹さんは」

「いや、あいつは更に強くなる、ここはあの芦毛に感謝をしなければな…だが…」

「だが…?」

「……私も、是非あのウマ娘、アラビアントレノと走ってみたくなったな」

「………まぁ…!」

 

エアコンボフェザーの発言に、ハグロシュンランは両手を口元にあて、目を見開いて驚愕していた。

 

 

=============================

 

 

北海道についてからは忙しかったものの、無事に親戚のじいさんを送ることができた。

 

そして先日、アラから電話が来た、勝ったそうだ。

 

後は…俺が帰るだけ…か…

 

俺は車を走らせた。

 

 

────────────────────

 

 

 しばらく走り、駅の近くまで来た。道端に座り込んでいる人影が見えた、急病人…?いや…尻尾がある…ウマ娘か。

 

俺は車を降り、そちらに向かった。

 

「おい、あんた!どうかしたのか?」

 

 俺の言葉に反応し、そのウマ娘は顔を上げた、何故か涙でめちゃくちゃになっていたが。

 

「空港への…電車に…乗り遅れてぇ…グスッ…どうすりゃいいんだべぇ…」

 

 相当混乱しているようで、北海道(こちら)の言葉が出てしまっている……放っておくのは、流石に可愛そうだな

 

「俺が乗っけてやる」

「えっ…良いんですか!?」

「ああ、金は取らんから安心しろ、ほれ」

「わわっ!」

「それは俺の免許証だ、俺が怪しい素振りを見せたら、それを持って交番にでも駆け込んでくれたら良い、シートベルトは着けてくれよ」

 

 そして俺はそのウマ娘を車まで連れて行き、助手席に乗せ、空港への進路を取った。

 

「…」

「そう固くなるな、お前さんを取って食おうなんざ思ってない。」

「は、はい…」

「この時期にどうして空港に?」

「え、えっと…東京のトレセン学園に…転入することになって…」

 

 東京…つまりは…中央………

 

「中央か!?お前さん、凄いな!」 

「あ、ありがとうございます…トレセン学園の事、知ってるんですか?」

「そりゃあな、俺もトレーナーの端くれだからな」

「えっ……トレーナーさんなんですか!?」

「ああ、地方のトレーナーだけどな、お前さんがデビューしたら、どこかで会うかも知れんな」

「そうですね!」

 

 そのウマ娘は元気な声で、そう答える。学年を聞いてみたところ、アラと同学年だった。

 

「名前…これ…どう読むんですか?」

 

 そのウマ娘は、俺の免許証を見ながらそう言う。

 

「“じちょう”だ、お前さんは?」

「私、スペシャルウィークって言います!」

「スペシャル…ウィーク」

「はい!“スペ”って呼ばれてます!」

「そうか…スペ、お前はどうして中央に?」

「私は、日本一のウマ娘になりたいんです!」

「日本一か…なら、ダービーか?」

「はい!ダービーもですけれど、色んなレースで勝って、お母ちゃんたちを笑顔にしたいんです!」

 

 スペは笑顔でそう言った、家族思いなウマ娘だと俺は思った。

 

 

 

 そして、俺は空港に向けてしばらく車を走らせた。

 

「ダービーは“最も運の良いウマ娘が勝つ”って言われてる、スペ、お前さん…とんだラッキーガールかもしれんな」

「はい、そうですね!!」

 

 そんな感じで話しているうちに、目的地の空港が見えてきた。

 

「よし、もうすぐ着くぞ、降りる準備しとけ」

「本当に、本当に、ありがとうございます!慈鳥トレーナーさん!」

「気をつけろよ、東京は人が多いからな」

「はい!」

 

 俺は車を止め、そのウマ娘、スペシャルウィークを降ろした。

 

「本当にありがとうございました!」

「ああ、頑張れよ」

「はい!!」

 

 スペはペコリと一礼し、空港に向かって走っていった。

 

 スペ…スペシャルウィーク…か…前世に競走馬の名前は嫌というほど相棒から聞かされてきたが、いちいち覚えているほど、俺の頭の出来は良くなかった、唯一覚えていたのがオグリキャップで、彼…いや、彼女はこの世界にも存在している。

 

「考えていると…埒が明かんな…」

 

 俺はそう言ってため息をつき、スペが無事に飛行機に間に合う事を祈りながら、車を出した。

 

 

=============================

 

 

 その頃、エアコンボフェザーは福山トレセン学園の生徒会室にて、コーヒーを飲みながら生徒会長であるエコーペルセウスと話していた。

 

「フェザー、君の妹、負けちゃったみたいだね」

「ああ、でも私の妹は、敗北を糧ににさらに強くなるぞ、あいつは私を超えるモノを持っている、頭で色々と考えてやることを、あいつは直感でやってしまうからな」

「ふふっ、それは良いね、それに今年は君の妹含め、才能のある娘が多くデビューしてくれたから、これからが楽しみだなぁ!」

「フッ…そうだな」

 

 エアコンボフェザーは微笑んでそう答えた

 

「全国交流レースも増えてきてる、ローカルシリーズはこれからどんどん面白くなるはずだ、それに、AUチャンピオンカップもある、生徒会(私達)の働きが大事になってくるね」

 

 エコーペルセウスが言うように、最近のローカルシリーズは、ウマ娘の実力向上を図るべく、全国交流のオープン戦を増やしていた、その効果は着々と出ていたのである。

 

「そうだな、ここのウマ娘達が、他のレース場に行き、様々なウマ娘達とぶつかり誰が勝つのか分からない、手に汗握るレースをする、今年は去年よりさらに、興奮するレースが繰り広げられる事を」

「祈るとしようか」

 

 その言葉を合図に、二人は同時にコーヒーを口にした

 

 




 
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第9話 新たな風を

 
 


 

 俺は北海道から帰った翌日に出勤し、アラのトレーニングを行ったあと、前回のレースについての反省会を行っていた。

 

「ほう…勝ったは良いけれど、何かモヤモヤするレースだった訳か」

「うん」

「それで…その、モヤモヤが具体的に何なのかが分かるか?」

「分からない、分かってたらトレーナーに相談しない…」

 

 そう言ってアラは耳をペタンと伏せた。

 

 実は今日、授業で模擬レースが行われたらしく、その時も感じたそうだ。

 

 そして、そのモヤモヤがどうしても気になり、末脚を使うのが遅れてしまい、芳しくない結果になってしまったという。

 

「とりあえず、しばらくはトレーニングに集中だな、同期達にも相談してみる」

「分かった、ありがとう」

「よし、車乗れ、銭湯まで連れてくから」

「分かった」

 

 

────────────────────

 

 

 アラを銭湯まで送り届けた後、俺はトレーナー室まで戻ってきた。

 

 戻ってくるや否や、少し変わった光景になっていた。

 

「……………」 

 

 火喰が机に突っ伏したまま熟睡していたのだ。

 

「…何があった?」

「火喰の奴、ハリアーにメニューの追加を頼まれたらしくてな、身体への負担と能力アップのバランスをなんとか取ろうとしてずーっと考えてたらしいぜ」

 

 軽鴨は火喰を起こさないような声で、彼女に起きた事について教えてくれた。

 

「わざわざそんなに根を詰めてやらなくても良いだろうに…」

「おいおい、それお前が言うのかよ」

「ハリアーはアラに負けてから、アラに凄いライバル意識を燃やしてるんだよ、“いつか倒す”ってな」

 

 火喰を心配した俺に雀野と雁山が突っ込みを入れる。

 

「そんなことが…でも、アラはアラで今問題を抱えてるんだ」

「問題…?」

「何かあったのか?」

「喧嘩でもしたのか?」

「いや、そういうわけじゃない、ハリアーに勝ってからというもの、アラは心の中に何かモヤモヤしている物ができたみたいなんだ」

「それで、その原因もよくわからないと」

「ああ、走るのが怖くなったとかそういう訳では無いみたいなんだが……どうしたものか」

 

 俺達は答えが出ずに、暫く考え込んでいた。 

 

「あっ!」

 

 すると、雀野が拳を平手に打ち付け、何かひらめいたかのような顔をする。

 

「…川蝉秘書や大鷹校長なら、何か知ってるんじゃないか?」

 

 いや…いくらなんでも、すっ飛ばし過ぎだろう。

 

「おいおい、いきなり学園の上層部に聞くって…先輩トレーナーに聞くとか無いのかよ…」

「いや、先輩トレーナー達は皆忙しいだろ?殆どが俺達の倍以上の仕事をしてるんだから、だけど校長はウマ娘達のトレーニングをよく見に来てくれてるぜ?」

 

 俺が思ったのと同じ事を雁山が雀野に突っ込んだ、だが、それに軽鴨が異を唱えた。

 

「確かに…先輩トレーナー達は忙しいからなぁ…」

「そうだろ?慈鳥、ダメ元で頼んでみればどうだ?」

 

 確かに、殆どの先輩トレーナーは複数のウマ娘を育成している。故に仕事量も俺達より遥かに多く、遥かに忙しい。

 

「頼むだけならタダだからな」

 

 雁山も続ける

 

「分かったよ、アポを取ってみる」

 

 俺は大鷹校長にアポを取り、アラのモヤモヤの件について相談する事にした。

 

「よし、慈鳥の件ここまでにして…火喰、どうする?」

「………」

 

 俺達は火喰の方に目をやる、彼女は相変わらず眠り続けていた。

 

「……起こすか、そろそろ上がらないと注意される」

 

 雀野がそう言う、この学園は、トレーナーを含む職員に長時間残業をさせたがらない、“残業を多く取らせる組織は無能”と校長が考えているからだそうだ。

 

「おーい、火喰、起きろ」

 

 軽鴨が火喰のデスクを軽く叩きながらそう声をかける。

 

「………ん…私…寝てた…?」

「30分ほどな」

「…いけない、メニュー…考えてたのに…」

「だからって莫迦みたいに根を詰める必要は無い、そろそろ上がるぞ」

 

 こうして、俺達はトレーナー寮へと戻ったのだった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 ダメ元で川蝉秘書を通じて大鷹校長にアポを取ってみたところ、何とOKが貰えた。

 

 という訳で俺は、今、校長室の前に立っている。

 

コンコンコン

 

 うるさくない、適度な力を込め、ドアをノックする。

 

「どうぞ」

 

 中から川蝉秘書の声が聞こえる。

 

「失礼します、慈鳥、参りました」

 

 俺はドアを開け、校長室に入った。

 

「慈鳥君、川蝉君から話は聞いています、ささ、おかけ下さい、川蝉君、もう良いですよ」

「では、失礼致します」

 

 川蝉秘書は退出し、俺達は二人だけとなった。

 

「大鷹校長、今日は私の様な新人の相談に乗って頂き、ありがとうございます」

 

 俺はそう言って頭を下げた。

 

「いえいえ、着任初日に言ったではありませんか、“同志”と、私どもは年齢や立場は違えど、夢に向かって走るウマ娘達を応援する身、悩める仲間と悩み事を共有するのは当然の事です」

「ありがとうございます」

「それで、悩みとは?」 

「はい、私が育成しているウマ娘、アラビアントレノについての問題なのです」

「アラビアントレノ君の活躍は聞いております、この間のオープン戦は新進気鋭のエアコンボハリアー君を破ったそうですな、おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます」

 

 俺がそう言うと、大鷹校長は笑顔を見せた。

 

「校長、彼女は、そのオープン戦の途中で恐怖感や相手の気配とは違う“ざわつき”のようなものを感じたそうなんです」

「ふむ…」

「それで、その“ざわつき”の正体が分からずに、モヤモヤしたものが離れない状態になっています…校長、心当たり等ありませんでしょうか?」

「なるほど……ざわつき…ですか…珍しいケースですな…私も若い時はトレーナーとして頑張っていましたが、そういった話は殆ど聞いたことがありません」

「……珍しいケース…ですか…」

「…はい、ウマ娘の心身の構造については、まだよく分かっていない事も多い、そのよく分からない物がその“ざわつき”を引き起こしているのかもしれませんな」

「…それならば、どうすれば良いのでしょうか…?」

「まあまあ、お待ち下さい、この話にはまだまだ続きがあります」

「…続きが?」

「はい、アラビアントレノ君は現在“爆発期”でしたかな?」

「は、はい…医師の診断によれば、落ち着いては来ているそうですが…」

 

 俺と契約を結んだ時、アラはまだ爆発期の途中だった。それ故、食べる量や肉体、体調の管理などにかなり苦労していた、もっとも最近はそれらは安定の兆候を見せているが。

 

「そうですか、ならば、爆発期をきっかけに、アラビアントレノ君の中で、何かが目覚めたのかもしれませんな」

「何かが…目覚める?」

「はい、しかし、理論で説明するのは大変難しい事です。ですが、恐らくアラビアントレノ君はその“目覚め”に気づいていないのでしょう」

「…そんな事が…あるのですか?」

「ええ、一度だけ見たことがあります、その時の映像を持っていますので、見ると致しましょうか」

 

 大鷹校長はそう言うと一旦ソファを立って、執務机の中を探し始めた。

 

 しばらくすると、校長はSDカードを見つけ出し、それをタブレット端末に挿して俺の所まで持ってきてくれた。

 

「その動画を再生してみてください」

「は、はい」

 

 キー式のケータイを使っているので、タッチパネルとやらはどうしても抵抗感を感じてしまう、だが、そんな文句など言ってられない俺はタブレット端末の再生ボタンを押した。

 

「…芝コース、この形状…中央の阪神ですか?」

「はい、数年前の“鳴尾記念”です」

 

 鳴尾記念と言えば、確かGⅢの重賞レースだった筈だ。

 

2500メートルの長距離コースを13人のウマ娘達が駆けてゆく、そして、ラストスパートとの時

 

『400の標識を通過、先頭はオウショウメイカン、オウショウメイカン!いやゴールドシチーかアキツピロマーチか!外からはアルファジェームス、そして中をついてタマモクロスも突っ込んで来る!大外からはミリオンキャンサー!先頭タマモクロスに変わった!タマモクロス先頭』

 

 …!

 

『そして二番手争いはオウショウメイカン粘る!外からはアキツピロマーチ、タマモクロスがいまゴールイン!タマモクロス、6バ身離してゴォオール!!止まらない連勝!重賞レース初勝利です!』

 

「どうでしたかな?」

 

 動画が終了すると、大鷹校長は俺に感想を聞いてきた。

 

「…一瞬ですが、鳥肌が立ちました…なんと言ったら良いんでしょうか…その…私達人間に流れる動物としての血が、“こいつは凄い”と思わせる様な何かを感じました」

「やはりですか、実はこのタマモクロスというウマ娘も、初勝利後暫くは全力を出し切れずに負けるレースが続いているのです」

「……」

 

 少しだけだが、状況はアラに似ている、アラは今日の模擬レースも駄目だったそうだ、というか、そのざわつきでモヤモヤしているということをアラから聞いてからというもの、アラは一度も模擬レースで一着を取ることが出来ていない。

 

「我々が入手した情報によりますと、そのタマモクロスというウマ娘は“レース前はナーバスになりがち”だったとか、アラビアントレノ君の状態とは異なっては居ますが、例としては一番近いでしょうな、ですが、その年の10月のレースからは圧倒的な強さを見せつけて居るのです。まるで“何かに火がついた”かのように」

「なるほど…」

「そして、私が君に注目して欲しいのはそのきっかけです、次の動画をご覧下さい」

 

 大鷹校長に促され、俺は次の動画を再生する。

 

 それはタマモクロスのインタビュー映像だった。

 

「怒涛の3連勝、覚醒しましたね!」

「どやあー!!4連勝でも5連勝でもいったるで!!」

「何か切っ掛けなどあったのでしょうか?」

「おん!せやねん!笠松でどえらい芦毛見掛けてな!」

「カ、カサマツ……?」

「そうや!その芦毛見て、ウチの中で何かが弾け飛んだんや!あいつには負けられへん!」

「そ、そうですか…」

 

 どうやらその記者はローカルシリーズの知識については薄く、その後は普通の質問をするだけでインタビューは終了した。

 

「いかがでしたかな?」

「あの…校長、タマモクロスが言っていた…“どえらい芦毛”と言うのは…」

「はい、あの“オグリキャップ”です、彼女が、カサマツに颯爽と現れた新たな風が、タマモクロスの何かを呼び覚ましたのでしょう、もう、君なら分かるはずです、アラビアントレノ君の問題を解決する手段が」

 

 つまり…

 

「…“遠征”ということですか?」

 

 “遠征”レースの基本、俺もレーサーだったのに、こんな事を忘れていたとは……

 

「その通りです、遠征でアラビアントレノ君に新たな風を感じてもらうのです。幸い、最近のローカルシリーズの方針により、他のレース場への遠征は容易なものとなってきています、私はこのチャンスを、是非、君たちトレーナー、そして、ウマ娘達に使ってほしいのです」

 

 大鷹校長は真剣な表情をしてこちらを見た。

 

 

 

────────────────────

 

 

「今日は本当にありがとうございました」

「いえいえ、私どもにできることがあるならば、いつでも力になりましょう」

 

 俺は校長室を出た、アラに新たな風を吹き込んでくれるような遠征先を探してみよう。

 

 

 

「…遠征…!?」

 

 トレーニング後のミーティングでトレーナーが1番に言ったこと、それは“他地区のオープン戦への遠征”だった。

 

「アラ、まだ“ざわつき”の将来が分からなくてモヤモヤしているんだろう?この遠征で、それを解決するヒントを見つけるんだ」

 

 トレーナーはそう言う、確かに現状のままでは駄目だ。

 

「…分かった、トレーナー、私、遠征に行く…!」

「…そう言ってくれると信じてたよ、遠征の候補地は2箇所ある、どちらかを選んで、お前に決めてほしいんだ」

 

 トレーナーは私に遠征候補地のレース場の情報を簡単にまとめた資料を渡してくれた。

 

「よし、候補地の説明をしていくぞ、まず、一つ目は門別レース場、ここのコースの特徴は他のレース場よりダートの砂が深い所だ、他のレース場が8~10cmなのに対し、門別は12cmになってる、そして、もう一つの特徴が、こっちのオープン戦はナイターだということだ」

 

 ナイターレース…レース普通は昼で行われるけれど、このレースは夜のレースってことだ。

 

 距離は2000m…帝王賞の誘導をやった時の事を思い出す。

 

 たしか、待機中に後輩のクォーターホースに乗っていた新人騎手が居眠りしかけて私の上に乗っていた騎手にどやされたはずだ。

 

「おーい、アラ、ぼーっとしてるぞ」

「あっ…ご、ごめん…」

「よし、次は2つ目だ、2つ目は佐賀レース場、このレース場の特徴は砂の深さの差だな、ここのコースは内ラチに近づいていくにつれ、砂の深さがどんどん深くなる」

「なるほど…」

 

 こちらも距離は同じ2000m。

 

「この2つのレース場はどちらも、今のお前さんにとっては、全く知らない環境でのレースになる、その新しい環境が何かをもたらしてくれると信じたい。アラ、どちらか選んでくれ」

「…分かった」

 

 私は悩んだ、そして…

 

「トレーナー、私はこっちにする」

 

 決めた方の資料を、トレーナーに差し出した。

 

 

=============================

 

 

 翌日、千葉県の船橋トレセン学園で、あるウマ娘がトレーニングを行っていた、そのウマ娘の名はサトミマフムト、アラビアントレノと同世代のウマ娘である

 

「マフムト!!」

「…トレーナーか、どうした?」

「次の全国交流オープン戦の出走表だ、見てくれ」

「………」

 

 トレーナーから出走表を受け取ったサトミマフムトは、それに目を通す

 

「……面白そうな相手が居るな、“アラビアントレノ”」

「確か…このウマ娘は、この前のオープンで新進気鋭のエアコンボハリアーに勝っている」

「…ならば…相手にとって不足はなし…ってことだな」

 

 近年のNUARの改革によって、全国交流のレースが増えたことにより、地方のウマ娘やトレーナー達は、全国規模で情報を収集するようになっていた、それ故この二人は先日福山で行われたオープン戦について知っていたのである。

 

「ああ、南関東の多くのライバル達との闘いで、鍛えられてきたお前だが、今回の相手の実力は未知数、万全の準備で臨むぞ」

 

 南関東のウマ娘達は、交通網の発達した首都圏であるという利点を活かし、学園を超えて交流模擬レースを行っている、それが南関東のウマ娘が、地方最強と評価されている理由であった。そして、このサトミマフムトはその交流レースにて優秀な成績を収めているウマ娘だった。

 

「……燃えてきた……新進気鋭のエアコンボハリアーを倒した芦毛のウマ娘…アラビアントレノ…奴を倒すのはアタシだ…!」

 

 サトミマフムトは目をギラつかせ、トレーニングを再開するのだった

 

 




 
 お読みいただきありがとうございます。新たにお気に入り登録、評価をして下さった方々、感謝に堪えません!

 本作では、各トレセン学園の設定は何らかの国をイメージしたものになっています

 門別→ロシア
 盛岡→スウェーデン
 水沢→オランダ 
 浦和、船橋→オスマントルコ
 大井、川崎→オーストリア
 金沢→スペイン
 カサマツ、名古屋→プロイセン
 園田、姫路→英国
 高知→ヴェネツィア
 サガ→ナポリ  
 中央→フランス
 
 福山は特にイメージしたものは有りません、また、帯広は現実同様ばんえいレースという設定なので、特に設定していません。また、中央がフランスとなっているのは、アニメ版の中央が凱旋門での勝利を狙っていることが理由です。

 ご意見、ご感想等、お待ちしています。
 


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第10話 忘れていたもの

 

「ふぃーっ…さっむ…」

 

 車から降りたトレーナーは、体を縮みこませて少し震えた。

 

 吐き出される息は、すぐに白くなる。

 

「……一体何℃だよ…」

「5度、寒いね、でもしばらくすれば慣れる」

「お前は平気なのか…」

「大丈夫」

 

 ウマ娘は気温の変化にデリケートだけれども、私はそんなに気にならない、恐らく私がアングロアラブだからだろう。でも、たまに毛皮が恋しくなる。

 

 私達は気温の変化に対しては、サラブレッドよりも遥かに強い自信があった、事実、先輩と共に冬に放馬したサラブレッドを捕まえた時は…

 

『冬でなければお前らなんぞにゃ捕まらなかったのに』

 

 と捨て台詞を吐かれた事がある、その時の先輩は。

 

『恨むのなら、自分の体質を恨むんだな』

 

 と返していた。

 

 

────────────────────

 

体操服に着替え、控室に入ると先に入っていたトレーナーから出走表を渡された、私はそれを受け取って目を通す

 

1キャフタビーツ門別

2ツガルスヴェンソン盛岡

3サナダハリボマー園田

4セグロネルチンスク門別

5シベリアンベアー門別

6ゴーイングカルロス金沢

7ブラストザィツェフ門別

8ビートリヴァプール姫路

9アラビアントレノ福山

10ヴィルベルヴィント名古屋

11サトミマフムト船橋

12カキザキカミンスキ門別

 

「今日最も警戒すべきなのは、11番のサトミマフムトだ、推進力が強いから、スリップストリームし続けるのはリスクがある」

「蹴飛ばされた砂が目に入るかもしれないって事?」

「そうだ、顔まで飛んでくる可能性は少ないとはいえ、ここの砂は深いし、サトミマフムトはパワーのあるウマ娘だからな」

 

 私達はレースの時にすごい脚力で地面を蹴り上げる、当然、砂が飛び散るという訳だ、飛ばされた砂とかは大抵の場合、胸ぐらいの高さに飛ぶ程度、でも、相手の脚力が凄ければその限りでは無いということだろう。

 

 それに、ここの砂は深いから、蹴り上げられる砂も福山の比ではないはずだ。

 

「なら、スタート直後に素早く状況判断、それでコーナーを使って相手を煽って行けば良いってこと?」

「そうだ、レーサーっぽくなってきたじゃないか」

「ありがとう、」

 

『出走ウマ娘の皆さんはパドックに出てください』

 

アナウンスが入った

 

「アラ、気をつけてな」

「うん、行ってくる」

 

 私はパドックへと急いだ。

 

 

 

────────────────────

 

 

『7枠9番、アラビアントレノ、6番人気です』

『所属は福山、前回の2250mでは強敵相手に勝利していますから、砂の深いこの門別のコースではどのような走りを見せてくれるのか、非常に気になりますね』

 

 身体は温まった、寒さはあまり気にならない、あとは解説の人が言っている通り、このコースでどう走れるかだろう。

 

 私は深呼吸をして、寒い空気を身体に取り込んだ、こうする事で、寒い空気に早く慣れることができる、身体の何処かしらを動かして、体の全身に温かい血を行き渡らせる事も忘れない、特に大事なのは足の指だ、スパートで砂を掴むように走るためには、指をしっかり動かすことができるようにしなければならない。

 

『8枠11番、サトミマフムト』

『所属は船橋、闘志の溢れる佇まいですね、身体の仕上がりもしっかりしていますし、連勝中と言う事もあり、今日の好走も期待できそうです』

 

 サトミマフムトは目をギラつかせている。

 

 私の経験から判断するに、恐らくこのウマ娘は強いけど、感情が昂りやすいタイプだ。競走馬であるならば、かなりの暴れ馬になることだろう。

 

 そして、すべての出走ウマ娘の紹介が終わり、私達はゲートに移動した。

 

 

────────────────────

 

 

「よう、噂は聞いてるぜ」

 

 地下通路を進んでいると、私は後ろから声をかけられた。

 

「…3戦3勝のエアコンボハリアーに勝ったんだってな?」

「…知ってるの?」

 

 私は驚き、そう返した。

 

「当たり前だろ?ライバルは全国に居るんだ、情報収集は基本だ」

「……なるほど」

「…アラビアントレノ、お前は何のために、このレースに出ることにした?」

「…この前、私はオープン戦で、おかしな感覚を感じたんだ…私はそれを確かめたい、だから、今回のレースに出るのは…自分の中に眠っている何かを呼び起こすため…そっちは?」

「アタシは地元のためだ、船橋の力を地方中央問わずに世に示して、船橋の名を上げて見せる」

「……!」

 

 その夢の大きさに、私は思わず圧倒された。

 

「アタシと勝負だ、アラビアントレノ」

 

 サトミマフムトは目をギラつかせ、私をビシッと指差した。

 

 

────────────────────

 

 

 手を握ったり開いたりを繰り返し、血が体の末端まで行き届いているかをよく確認し、ゲートに入る。

 

『出走ウマ娘全員が、ゲートインを終えました、門別ナイターオープン2000m、今…』  

 

ガッコン!

 

『スタートしました!少々バラついたスタート、7番ブラストザィツェフ、少々出遅れたか、スムーズなスタートダッシュを見せたのは12番カキザキカミンスキ、それに続いた8番、ビートリヴァプール、内からは5番シベリアンベアー、3人の後ろに11番サトミマフムト、その斜め後ろ、内ラチ沿いに6番ゴーイングカルロス、その外から眺めるように3番サナダハリボマーと4番セグロネルチンスク、そして9番アラビアントレノ、その後ろには10番ヴィルベルヴィント、1番キャフタビート、2番ツガルスヴェンソン、殿に7番、ブラストザィツェフ』

 

 ここのコースは直線が長い、それに砂が深いから、足が取られてスタートが難しい、事実、私も少しもたついた。

 

 でも、直線が長いと言う事は、コース取りがしやすく、皆思い思いのルートでコーナーに入ることができるという事だ、そしてこれは、私にも良い方向に働く。

 

 それはスリップストリームを使う相手を変えることができると言うことだ、スリップストリームをしている最中は、スピードが出やすくなり、踏み込みに必要なパワーが少なくなる、それに私は小さくて軽いから、ダートに足が沈み込みにくい、だから、スタミナは問題無し。

 

『最初のストレートはもう半分でコーナーへ、やや散らばった展開になっています』

『ストレートが長くてコーナーまでに自分のたどるコースを決められますからね、ただでさえスタミナの消耗が激しいこのコース、どれだけ自分の得意なポジションでレースを運ぶ事ができるのかが鍵になりますね』

『ここで9番アラビアントレノ、6番ゴーイングカルロスの後ろへ』

 

 ここでスリップストリームをする相手を変える。

 

 相手はどう動く…?

 

 

 

=============================

 

 

『ここで9番アラビアントレノ、6番ミニカットラスの後ろへ』

 

「よーし、それで良い、コーナーが少ないんだ、積極的にアピールしていけ、実況の音声は相手に嫌でも聞こえるからな」

 

 アラビアントレノがスリップストリームを使う相手を変えたのを確認した慈鳥は、そう呟いた。

 

 

 

(…コース取りを変える?何考えてんだ?そんなカニみたいなジグザグ走法で、アタシに付いて来る気なのか…?)

 

 アラビアントレノの前を走るサトミマフムトは、アラビアントレノの動きに一瞬驚いたものの、すぐに気を取り直す。

 

 

(……!やっぱり、一瞬だけど、飛び散る砂の量が明らかに減った)

 

 一方、コースを変えながも周囲を、特に2バ身半ほど先を走るミッドナイトランプを注視していたアラビアントレノは、ミッドナイトランプの走りの一瞬の変化に気づいていた。

 

(でも、気持ちを立て直すのは速い、かなり煽らないとダメそうだ……コーナーまではあと少し、どう入る?どう仕掛ける?考えるんだ…!)

 

 アラビアントレノはコーナーで仕掛けるための算段を立てていった。

 

『もうすぐ第1第2コーナー、先頭を走るのは8番のビートリヴァプール、その外から12番カキザキカミンスキ、少しばかり離れまして5番シベリアンベアー、2分の1バ身後ろに11番サトミマフムト、内を回ります6番、ゴーイングカルロス、その後ろ、内側から9番アラビアントレノ、4番セグロネルチンスク、3番サナダハリボマー、7番ブラストザィツェフ上げてきた、1バ身離れて2番ツガルスヴェンソン、1番キャフタビート』

『展開は縦長気味、ここからコーナーに入ります、自分の得意なコース取りが出来ているのか、注目ですね』

 

(一本目、入る時は…一応抑えめにして…コーナー中程から…)

 

 アラビアントレノは、入り口でスピードを出したい気持ちを抑えつつ、コーナーへと入っていった。

 

 

(どうした…?アラビアントレノ、そんなもんか?)

 

 第1コーナーを曲がりながら、サトミマフムトはそう思っていた。

 

(お前の走りは分かってんだ!お前の土俵はコーナーだってな!さぁ…ナイフの上を渡るような狂気の淵まで、攻め込んでみろ!)

 

『第1コーナーを抜けて第2コーナーへ、

ここで若干後ろ寄りに控えていたアラビアントレノが上がってきています』

『掛かってしまったのでしょうか?スパートに響かなければ良いのですが』

 

(そうだ…来い…!良いぞ…!身体中を流れる血が沸き立つようなこのハイテンション、これこそレースだ!さあ…私のところまで来い…!)

 

 サトミマフムトのテンションは最高潮に達し、闘志は走りも現れるようになっていた。

 

 

(…まだまだまだまだ……もっと上げる…!サトミマフムトの隣まで引っ張る、スリップストリームでスタミナを節約してるんだ、このぐらい…)

 

ダッダッダッダッダッダッ…!

 

(……!?)

 

『おや?先ほどまで上がっていったアラビアントレノ、少しスピードを落としましたね?何かが起きたのでしょうか?』

 

(…まただ…また、胸がざわつき始めた……駄目だ、ここで抑えたら、後ろへの牽制にならない、行く…!)

 

 アラビアントレノはざわつきを振り払い、再びサトミマフムトを目指して踏み込んだ。

 

 

(どうした?私を追っかけるのを諦めたと思ったのに、またペースを上げてやがる…!)

 

『ここで6番のゴーイングカルロス、内を回ってタイミングを伺う』

 

(アラビアントレノに乗せられやがったか)

 

 サトミマフムトは少し内側に目を向けた…だが…

 

(顔が内を向いた…!煽るなら…今…!)

 

ここぞとばかりにアラビアントレノはサトミマフムトの前に出た。

 

(何ぃ…!?私が内を見た隙に…!だが、もうすぐコーナーも終わる!立ち上がりのスピード、パワーの差を見せ付けてやる!!)

 

 アラビアントレノの仕掛けにより、サトミマフムトの闘争心には完全に火がついていた。

 

『第1第2コーナーを抜けて、レースは向正面へ、展開はやや縦長!』

 

(どうだ?)

 

 サトミマフムトはコーナーからの立ち上がりで、持ち前のパワーを活かして加速する。

 

 

(……やっぱり…ストレートが長いとキツイ…)

 

 その一方で、アラビアントレノはコーナーから上手く脱出できたものの、他のウマ娘ほどのパワーは無いため、伸びがいまいちだった。

 

 しかし、ここ、門別レース場のダートコースの砂の深さから来る走りにくさは、彼女だけでなく、他のウマ娘も同様であった。

 

 それ故、彼女はスリップストリーム無しでもなんとかサトミマフムトを追いかけることができていた。

 

(福山だったら他のウマ娘達に追いつかれてる、勝負は最終コーナー…)

 

 次の仕掛けの算段を練り、サトミマフムトとの距離を一定に保ちつつ、アラビアントレノは向正面を駆け抜けていった。

 

 

=============================

 

 

 俺は向正面を走るアラを双眼鏡で見た、サトミマフムトとは良い距離を保つ事ができている

 

 仕掛けるのか、仕掛けないのかの微妙な距離感、相手はかなり神経を削られていることだろう。

 

『もうすぐ第3第4コーナーのカーブ、後方組は仕掛けるための準備をしている、先頭二人、逃げ切れるのか?他の娘達はどう動く?』

 

 もうすぐカーブに入る、スリップストリームが使えないとはいえ、アラの表情から察するに、勝つためのスタミナは十分だろう、だが、勝つだけでは今回の目標達成とは言えない、アラが感じている“ざわつき”、これの正体を突き止めなければならないからだ。

 

 

=============================

 

 

(ここのコーナーで……捕えて…ちぎって見せる…!)

 

『各ウマ娘!第3コーナーカーブに突入!ここでサトミマフムトは内をついて進んでいく!』

 

(…ッ!手強い…!食いついてきやがる、まるでスッポンだな…!だが、内に行かせるものかよ!!)

 

 サトミマフムトは、福山の弁当箱(きついコーナー)で走って遠心力慣れしているアラビアントレノを内に入れるのは危険と判断し、それを塞ぐコース取りをした。

 

 

(…内を塞がれた…!?なら……外から…!)

 

 アラビアントレノはスピードを殆ど緩めることなくコーナーに入り、サトミマフムトとの距離を詰めていった。

 

(福山よりはきつくない!スタミナは残ってる、踏ん張って行ける…!)

 

(何…っ!?無礼(なめ)てんじゃねぇぞ!!外から行かせるものかよ!!)

 

 アラビアントレノが外から被せてくるのを見たは、その足にパワーを込めて踏み込んだ。

 

(………!強い…だけど………もう少し…!)

 

 アラビアントレノは少し内側に寄ってサトミマフムトに並びかける姿勢を取った

 

(何ぃ…!?もっと詰めてくるだと…?上等じゃねえか…!そんならガチンコといこうぜ!)

 

「「無理ー!」」

 

『9番アラビアントレノと11番サトミマフムト、逃げている二人をパス!第4コーナーを駆け抜ける!』

 

 サトミマフムトの脚に、更に力が籠もる、彼女は完全に“掛かり”の状態になっていた。

 

(よし…誘導に掛かった!ゾクゾクしてくる……よし…今!)

 

 アラビアントレノはサトミマフムトから離れ、外を回った。

 

(何ぃ…!外からのほうが遠心力が少ないからそっちから活かせてもらうってか?莫迦にするんじゃねぇ!こっちにはパワーがあるんだ!ハイストライドのフルパワー加速で最終コーナーが終わればラクに前に出られるんだよ!)

 

『もうすぐコーナーも終わり!先に立ち上がるのはアラビアントレノか!?サトミマフムトか!?』

 

 サトミマフムトはストライドを伸ばし、第4コーナーカーブを抜ける体制に入った、しかし…

 

(グッ…!遠心力が…!嵌められたか…!)

 

 スピードを上げすぎていたため、彼女には物凄い遠心力が掛かり、身体はアウトに持っていかれる。

 

(今だ…!)

 

 アラビアントレノは待っていたとばかりに、エアコンボハリアーとのレースの時と同じような走りで空いたインに飛びこんだ。

 

(しまった……!グッ…!)

 

 それに一瞬注目が向き、集中力を乱したサトミマフムトは、ストライドが乱れ、バランスを崩す、彼女にはアウトに逃げるという選択肢しか残されていなかった。

 

『11番サトミマフムト、バランスを崩して外へ!9番アラビアントレノ!最初に勢いよく立ち上がることに成功!』

 

 

=============================

 

 

『11番サトミマフムト、バランスを崩して外へ!9番アラビアントレノ!最初に勢いよく立ち上がることに成功!』

 

 最後の直線は330m…この脱出速度なら…行ける…!

 

『後方の娘達もどんどんコーナーを抜けていく!9番アラビアントレノを追いかけるのは、2番のツガルスヴェンソン!』

 

 でも、後続が追いかけてきてる…!

 

 私は精一杯のパワーを足に込め、砂を蹴り上げた。

 

『アラビアントレノ!耐え抜いてゴール!!』

 

オォォォォォォォ!!

 

 私は夜の空をを見上げ、歓声を浴びる。

 

 楽しかった……でも…

 

 それ以上に……懐かしい…ずっと忘れていた、あの感じ…

 

 そうか……胸の中でザワザワしてたのは…これだったんだ…やっと気づいた…

 

 誘導馬としての私の本能が…

 

 策を使って他のウマ娘を追い掛け、追い詰め、そして抜く事を……求めていたんだ…

 

 

=============================

 

 

 辛くもゴールしたサトミマフムトは、アラビアントレノを見つめていた。

 

「負けた…完敗だ、鮮やかなもんだぜ…あんなにアタシを振り回したウマ娘がいるとは…ショックはショック、だが…爽やかな気分だ…腕を磨いて…リベンジだな…」

 

 サトミマフムトは微笑み、通路へと入っていった。

 

 

 

 一方、観客席では、一人のトレーナーと一人のウマ娘がコースを見つめていた。

 

「これが………ナイター…私達(トゥインクル)には…無いレース…」

 

 ウマ娘の方がそうつぶやく。

 

「凄い勝負でしたね、特に一着のあの娘…」

 

 ウマ娘より身長の低い、上品な格好をしたトレーナーはウマ娘の言葉に反応し、そう呟いた。

 

「……トレーナー、ひょっとして、あの芦毛の娘のトレーナーがどんな人なのか、気になってませんか?」

「えっ!?た、確かにそうですけど…」

「なら…話しかけた方が良い…私はそう思います」

「でも…私に出来るのかな…この前同期のあの人をカラオケに誘った時も……うまく行かなかったし…」   

 

 そのトレーナーは難しい顔をした。

 

「トレーナー…人付き合いは…経験……“何度でも試す”…私も…そうしてきたから」

「そ…そうですよね!じ、じゃあ行きましょう!」

 

 そのトレーナーとウマ娘は、下に駆け下りていった。

 

 

=============================

 

 

「アラビアントレノ」

「サトミマフムト…」

 

 ライブの後、声をかけられ、私は振り返る、サトミマフムトはこちらをじっと見ている。

 

「…“何か”は、呼び起こせたか?」   

「うん…多分、そっちのおかけだよ、私だけじゃ、見えなかった」

「……!」

 

 相手は目を丸くした、だが、すぐに表情を元に戻し…

 

「アタシの完敗だ…だが…次は負けるわけにはいかねぇ」   

 

 と言った。

 

 この闘争心…サラブレッドそのものだ、前世の私は誘導馬、こんな事を言われることもそれを想像することもなかった、でも、同じ舞台に立って、モヤモヤも消えた今の自分なら…

 

「分かった、また一緒に走ろう、サトミマフムト」

「……約束だ、首洗って待ってろよ、必ず…腕を磨いてリベンジしてやる」

「…望むところ」

 

 堂々と、挑戦を受けることができる。

 

 

=============================

 

 

 俺はライブを終えたアラを出迎えた。

 

「アラ…どうだ?ざわつきの正体、分かったか?」

「うん、これで私…もっと強くなれる…そんな気がする」

 

 アラは拳を握りしめた、彼女の中で、何かが起きたのだろう、その表情はレース前よりも明るかった。

 

 これからの話をしておくか。

 

「アラ、悩みも解決したところで、これから先の事を考えていきたいんだ、俺はアラに今後重賞とかにもどんどん挑んで欲しいと思ってる、アラ、お前さんはどうしたい?」

「……私は…もっと強くなりたい……だから…トレーナー、私をもっとレベルの高い所まで挑ませて」

「…わかった」

 

 そう答えるとアラは微笑んだ。

 

「…それじゃあ、行くか」

「うん」

 

 俺達は車へと戻るために、レース場を出た、寒い風が、肌を突き刺す。

 

「あの!申し訳ありません!少しよろしいでしょうか!」

「………?」

 

 急に呼び止められ、俺達は振り返った。俺達を呼び止めたのは、一組のトレーナーとウマ娘だった。

 

 




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 これからも頑張って投稿していきたいと思うのでよろしくお願い致します。
 
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第11話 礼儀正しいサラブレッド

 



「…俺らに何か…用ですか?」

 

 俺はそう聞き返し、相手を見た、ウマ娘の方は、ぱっつん前髪で、白毛、トレーナーの方は上品でウマ娘より背が低い。

 

「は、はいっ!あの…そちらの…アラビアントレノさんのレースを拝見させて頂きました、それで…どのようなトレーニングをしたのかぜひ聞かせて頂きたくて…」

「は…はぁ…」

 

 トレーナーの方…女性は少し落ち着きの無い様子で俺に頼んできた。

 

 俺は相手を見る、肉体年齢は俺と同じぐらい、服にはきちんとトレーナーバッジ……しかも中央の物が付いてる、偽物ではないだろう。

 

「そうですか…では、同じトレーナーのようですし、どこかで軽く意見交換でもします?」

 

 俺は相手の緊張が解れるようにそう言った。

 

「ぜ、是非お願い致します!」

「こちらこそ、自分は慈鳥、慈鳥──です」

「私は桐生院葵というものです、よろしくお願い致します、慈鳥トレーナー、こちらはハッピーミーク、私のチームのウマ娘です!」

「ハッピーミークです…」

 

 白毛のぱっつん前髪のウマ娘、ハッピーミークは、桐生院とかいうトレーナーに促されてペコリと挨拶をする。

 

「アラ、挨拶だ」

「私はアラ、アラビアントレノ…よろしくお願いします」

 

 

────────────────────

 

 

 あの後、俺達は一旦解散し、日を改めて会うことになった、レースはナイターだし、まぁ、当然といえば当然ではある。

 

「こちらです!今日はよろしくお願いします!」

「こちらこそ」

 

 約束通りの時間に集合した俺達は桐生院さんに案内され、俺達はファミレスに入っていった、アラとハッピーミークには、仲良くなってもらうために別の席に座ってもらった。

 

 まずは改めて自己紹介をし、お互いの所属を紹介し合った。

 

 桐生院さんは俺と同い年らしい、同期と言う事で、向こうは少し安心したような様子を見せていた。

 

 いや…同い年なのは肉体だけだ……前世の分を足し算すると…今の俺は50超え…

 

「それで…なぜ俺とアラのトレーニングに興味を持ったんです?」

「アラビアントレノさんの体格です」

「体格…?」

「はい、彼女の身長を教えて頂けませんか?」

「えーと…確か…146cmですね、どうかしましたか?」

「私達中央のトレーナーの間では、一般的に“小さいウマ娘は不利”とされているんです、ですが、アラビアントレノさんはとても強かった…だから、その秘密を知りたかったんです」

 

 桐生院さんはそう言ってこちらを見る…なんでそんな事言ってんだ…?

 

 大型も小型もそれぞれメリットデメリットがあるのに…

 

「桐生院さん」

 

 俺は少し声を低くして相手をみた

 

「は、はい!?」

「桐生院さんは、どう思います?“小さいウマ娘は不利”と思っていますか?」

「周りのトレーナー達はそう言っていますが、小さなウマ娘達の中にも…タマモクロスさんの様な強いウマ娘はいる、そう信じています」

 

 桐生院さんは俺にそう言う、この目からして嘘は言ってないだろう。

 

「それなら良かった、確かに、体格が小さいウマ娘は体格の大きなウマ娘に比べれば、“不利”という印象を持たれてしまうかもしれませんが、俺は違うと思ってます、体格が小さいということは、抜け出しやすいって事に繋がりますから、5ナンバー車が3ナンバー車より細い道に強いのと一緒です」

「5ナンバー車…?3ナンバー車……?」

 

俺の言葉に、桐生院さんは頭を抱える

例えが分かりにくかったか

 

「すいません、例えが悪かったです、えーと…軽自動車が普通車より路地とかに強いみたいな感じです」

「あっ!ピンときました、そういうことですね」

「はい、そして話はここからです、その抜け出しやすいというメリットを活かすために、俺達はレース中に素早く冷静に自分がどう動くべきかを判断する事ができるようなトレーニングをしているんです」

「なるほど…具体的には?」

「取り敢えず、スタミナを強化することですね、スタミナを強化できれば、他の事、特に周囲の警戒と状況判断に神経を使う事ができますから」

「なるほど…」

 

 桐生院さんはメモを取っていた、こっちもここいらで何か言っておくか、有益な情報を貰えるかもしれない。

 

「ですが…」

「ですが?どうかされましたか?」

「アラは瞬発力が課題なんです、パワーをつける練習も人並み以上にはやらせてるんですが…効果が思うように出ないのが現状です」

「なら…柔軟性を鍛えるのはどうです?」

「柔軟性…?」

「はい!特殊なストレッチを行うことで関節の可動域を少し拡大するんです!そうすれば、パワーを鍛えるよりは効果は少ないですが、瞬発力が高まります!」

「本当ですか…!」

「はい!」

「それは…一体どのような風に…?」

「それはこのトレーナー白書に書いてあります!」

 

 桐生院さんは鞄の中から分厚い本を取り出し、こちらに見せた。

 

…凄い……こんなのトレーニング教本に書いていないぞ…

 

「凄いですね……メモさせてもらっても?」

「はい!良いですよ!」

 

 俺は書いてある方法をメモしていった。

 

 

=============================

 

 

「へぇー……アラのトレーナーは凄いんだね…」

「うーん、どうだろう…色々なトレーニングを考えすぎて悩む事が多いけど…ミークの方は?」

 

 私達は何だか物凄く話が合った、“馬が合う”、いや…“ウマが合う”のだろう、同い年という事もあり、私達はすぐにお互いを呼び捨てで呼ぶようになった。

 

「…悩んでる…相談できる相手が、チームのメイントレーナーしかいないから…」

「メイントレーナー?」

「うん、私のトレーナーはサブトレーナー、チームに所属してメイントレーナーの補佐をしたり、スカウトを手伝ったりする……トレーナーは、“パッとしない”って言われてた私を…スカウトしてくれた」

「そうなんだ…」

「でも…トレーナーは頑張りすぎてると思う、あんなに楽しそうに喋ってるトレーナーは…久しぶり」

 

 ミークが示した方向には、議論が盛り上がり、楽しそうな様子のトレーナーとミークのトレーナーがいた。

 

 

=============================

 

 

「なるほど…それは大変ですね」

「はい…同期のあの人は活躍してるのに…」

 

 桐生院さんはそう言ってジュースを一口飲む。

 

 桐生院さんの話を整理するとこうだ、現在桐生院さんはトレセン学園のチーム『メイサ』のサブトレーナーをやっているらしい、だが、メイサのメイントレーナーは来年からはチームを桐生院さんに任せてメイントレーナーの座を降りてしまうそうだ、つまり、桐生院さんはメイントレーナーへと昇格する事となる。

 

 チームメイサは6人のウマ娘が所属しており、そのうちの4人 ハッピーミーク、ジハードインジエア、サンバイザー、ツルマルシュタルクは、来年、栄誉ある『クラシック三大レース』に挑戦可能となる“クラシック期”を迎える事になるそうだ、クラシック期はウマ娘の爆発期の終わりと重なるため、トレーニングもハードなものとなり、肉体もどんどん成長する、それ故、トレーニングメニューを考えるのは大変らしい。

 

 残りのメンバーのうち一人はハッピーミーク達の下に一人いるらしい。

 

 最後の一人は高等部だが、メイサのメイントレーナーと共にチームを離れ、その人と共にドリームトロフィーリーグの方に全力を注ぐようだ、だが、そのウマ娘はかなり有名で、それもかなり桐生院さんにとっては重荷らしい。

 

 そして、チームメイサのメンバーはハッピーミークと高等部のウマ娘以外はそんなに背が高い方ではないらしく、それが今回桐生院さんが俺に話しかけてきた理由だった。

 

「物凄く…大変ですね…同期の人とはどんな方なんです?」

「この方です、配属されて1年目なのに…もうチームを任されているんです、話術が巧みというか…凄い人なんです」

 

 桐生院さんはこちらにその同期の人間がやっているであろうチームの写真を見せてくる、そして、俺はその写真に映る顔に見覚えがあった。思わず笑みがこぼれる。

 

「…どうしました?」

「…いえ、俺、この人見たことあるんです…」

「ええっ…!?」

「実は俺、中央受けたんですよ、でも第二段階の面接でハネられてしまって…次の人がこの人でした」

「そういうことだったのですね…来年はどうするのです?また挑戦するのですか?」

 

 桐生院さんはこちらを見る、落ちたからと言って軽蔑するような感情は、その目に無い。

 

「いえ…今は福山が俺の居場所です、良い同期、良い先輩、良い上司が居ますし、今の俺はアラのトレーナーです」

「そうですか…」

 

 桐生院はそう言った、気のせいだろうか、その言葉に若干羨ましさのようなものが混じっている気がする、少し聞いてみることにしよう。

 

「さっきの同期の方と…あまり仲良く無いんですか?」

「仲良くなろうとしたんですけれど…私…大学を出るまで殆ど友人と遊んだりしたことが無くて……でも、勇気を出してその人と仲良くなるきっかけを作らなきゃと思って、カラオケに誘ってみたんです」

「なるほど…それで…どうなったんです?」

「少し会話した事はあったので、上手く行くと思っていたのですが…」

「あっ…分かりました、すいません」

 

 恐らく断られたのだろう、まぁ…突然誘われたら…そうなる、取り敢えず慰めぐらいはしておくから。

 

「まあ…気にしすぎは体に毒ですよ、それに、俺で良ければ相談に乗りますんで」

「本当ですか!?」

 

 桐生院さんは目をキラキラさせながらこちらを見た、“若いな”と思った。

 

 

 

────────────────────

 

 

 あの後、俺達は連絡先を交換し、別れた。

 

 アラもハッピーミークという新たな友人を得てとても嬉しそうだったし、今回の遠征では色々な物を得る事ができた。

 

 これは今後のレースに大いに活かさせることだろう。

 

 取り敢えず、今日得たことを同期の四人と共有できるよう、準備をしなければ。

 

 

=============================

 

 

 慈鳥とアラビアントレノが北海道にいる丁度その頃、生徒会副会長であるエアコンボフェザーは生徒会長であるエコーペルセウスの仕事部屋を訪れていた。

 

「ペルセウス、入るぞ」

 

 エアコンボフェザーが扉を開けると、彼女の目には大量の紙が映り込んだ。

 

「…また何か考えているのか…」

「ごめんごめん、アイデアが火山が噴火するかの如く出てきてさ、散らかしてしまったみたいだから手伝ってくれないかい?」

「…わかった」

 

 エアコンボフェザーはため息を付きながら散らばった紙を拾い集め、整頓した。

 

「よし、ありがとう、座って座って」

 

 エコーペルセウスに促され、エアコンボフェザーは椅子に座った。

 

「それで、話って何かな?」

 

 エコーペルセウスはその糸目の顔の表情をほころばせ、エアコンボフェザーに聞いた。

 

「今年も“年末特別エキシビションレース”を行うだろう?」

「うん」

「アレに私が出る許可をくれないか?」

 

 年末特別エキシビションレースとは、福山トレセン学園が福山レース場のコースを借りて行うエキシビションレースである。

 

 このレースは通常のレースとは異なり、来年度よりクラシック期に入るウマ娘、すなわちアラビアントレノらと上級生らからそれぞれ何人かの代表を生徒会が選出し、“一対一”にて模擬レースを行うものであった。

 

「…うん、良いけれど、どの距離にするんだい?」

「…2600mだ」

「2600だって!?、去年使わなかった…あの…2600を使おうってのかい?」

「ああ、何なら今年は全てのコースで施行したいと思っている」

 

 福山レース場には800m、1130m、1250m 、1400m、1600m、1800m、2250m、2400m、2600mのコースが存在する。しかし、年末特別エキシビションレースではその全てでレースを施行することは無かった。

 

「理由を聞かせてくれないかな?」

「ああ、AUチャンピオンカップの為だ、これの影響で、ローカルシリーズにも注目が集まっているからな、ここらで何か大きなイベントをやっておきたい」

「なるほど、確かにそうだね、実は私も同じ気持ちなんだ」

 

 エコーペルセウスはある資料を差し出した。

 

「これは…」

福山レース場(ここ)の収益だよ、何とか黒字ではあるものの、右肩下がり、これを何とかしたいんだ」

「益田や荒尾のようになるのは避けたい…という事か」

「そう、ずっと前になるけど、私達福山も岡山を吸収したからね」

 

 レース場が全国各地に設置され、その各地から収入を得て運営されている中央トレセン学園とは異なり、ローカルシリーズのトレセン学園は地方自治体の運営する地域密着型、即ち地元のレース場からの収入で運営されていた。

 

 これはつまり“レース場が廃止されれば、学園も共倒れ”となる事を意味している、事実それによって益田、荒尾などのトレセン学園は廃校となっていた。

 

「それで…現状はNUAR(本部)の改革によって持っているが、私達からも何とかしたいと」

「そういう事」

 

 NUARは各地方レース場の収益を上げるため、ある改革を行った。それが“全国交流レース”の拡大であった、これは、ウマ娘の実力向上、ファンの移動による観客増加を狙ったものであった。

 

「今、他の地方トレセン学園でも、自らの実力を示すため、人を集めるため、色々なことをやってるからね」

「そうだな」

「…それができるのも、君が中央でしっかりの自分の意見を貫いたからだよ」

「………それは、感謝してくれているのか?」

 

 エアコンボフェザーは、エコーペルセウスの方を向き、そう問いかける。

 

「もちろんさ、よし、ここまでにしておこうか、福山市の方とは私が交渉する、フェザー、君はシュンランや他の生徒会の娘たちと一緒に出走ウマ娘達の選定を行ってくれないかい?」

「分かった」

「あっ!ちょっと待った、フェザー、君には対戦したい娘が居るんだろう?」

「………」

 

 エアコンボフェザーは黙った。

 

「…良いよ、その娘とレースをしても、でも、本人の適性をちゃんと見て判断する事、それと、あくまでこのレースは生徒の意思を尊重している事を忘れないで欲しい、あの娘が参加しないと言うのならば、無理強いをしては駄目だよ」

「分かった…ありがとう、ペルセウス」

 

 

 エアコンボフェザーは退出していった。

 

 

────────────────────

 

 北海道から帰ってきて4日経った、放課後、私は面談室に呼び出された。

 

「“呼び出された、遅れる”…よし、送信」

 

 トレーナーに遅れる旨をメールで伝え、私は面談室に向かった。

 

「アラさん、こちらです」

「シュンラン副会長」

「今日の相手は私ではありません、この中で待っておられます」

 

 シュンラン副会長はドアを指し示す。

 

コンコンコン

 

「良いぞ」

 

 中から聞こえる声に従い、私は面談室に入る。

 

「ようこそアラビアントレノ、座ってくれ」

 

 中で私を待っていたのは、もう一人の生徒会副会長でハリアーの姉、エアコンボフェザーだった。

 

「門別でのレース、ご苦労だった、激戦だったそうだな」

「は、はい、何とか勝ちを拾うことができました」

 

 彼女の妹のハリアーに勝ったこともあって、私は少しどもり気味になってしまった。

 

「フッ…謙遜しなくても良い、お前に実力があるのは明らかだ、お前に礼を言わせてもらう、ありがとう」

「ありがとう…?」

「身内贔屓になってしまうかも知れないが、私の妹は才能に溢れている、だが、その才能を引き出すのにはお前たちのような強力なライバルが必要不可欠なんだ」 

「あ…ありがとうございます」

 

 私はペコリと頭を下げた。

 

「さて、本題に入ろう、アラビアントレノ、この福山トレセン学園の年末の一大イベントは分かるな?」

「は、はい、先輩方と私達の世代で行われる一対一のエキシビションレースですね」

「そうだ、それの2600mに出てほしい、相手は私だ」

「………!」

 

 私は驚愕のあまり、目を見開いた。

 

「急な頼みですまないな、トレーニングもあるので、今日の所はここまでにしておこう、トレーナーと相談の上、どうするのか考えておいてくれ、2日後、答えを聞かせてもらいたい」

「は、はい、わ、分かりました!」

 

 動揺の収まらない私は、そう返事をした。

 

 

=============================

 

 

「……そうか、エアコンボフェザーに、年末のエキシビションレースでの勝負を持ちかけられたのか」

 

 俺は腕を組んだ、エアコンボフェザーは、中央経験者、ここに戻ってきた理由は成績不振とかでは無いそうだ、そして、ここにいるウマ娘の中では最強の存在と言っても良い。

 

「アラ、お前さんはどうしたい?」

「…まだ…決めてない」

 

 アラの身体能力ならば、長距離は問題無いだろう、というか、他のウマ娘よりメンタルの強いアラは長距離向きだ、レースは長距離であればあるほど神経がすり減るものだからだ。

 

「トレーナーは…カーレースの世界を知ってるんだよね?」

「ああ」

「こんな時、レーサーはどうするの?」

 

 アラは俺を見上げ、そう聞いた。

 

 

====================================

 

 

 いつものスーパー銭湯にやって来た、私はいつもの様にお湯に浸かった後、いつものように自販機でフルーツ牛乳を買い、火照った身体に流し込んでいた、火照った身体に染み渡る、優しい甘みと、ほのかに香る果物の匂い、牛乳に味をつけるという人間達の発想は凄いと思う。

 

『レーサーならば…受けて立つ』

 

 牛乳を飲み干し、座って目を閉じると、トレーナーの言葉が頭の中を行ったり来たりする。

 

チョンチョン

 

 肩をつつかれ、私は目を開けた。

 

「……どうしたの?」

「やっぱり、お姉ちゃん、福山(ここ)のレース場で走ってるウマ娘さんだ!」 

 

 ウマ娘の…子供…

 

「ねぇ!お姉ちゃん!ここで走ってるよね?」

「うん…走ってる」

「じゃあ…年末の特別レースに出るの?」

 

 その子供は、目を輝かせながらそう聞いてきた、特別レース…エキシビションの事だ。

 

「…うーん…“出てほしい”とは言われてるんだけど…でも、悩んでるんだ」

「お姉ちゃん、出てよ!私、応援するから!」

 

 相手は更にこちらに寄ってきた。

 

「……」

「す、すみません!!急に話しかけてしまって」

 

 私が返答に迷っていると、その子供の母親であろうウマ娘がこちらにやってきた。  

 

「いえ、大丈夫です、元気な娘ですね…私のレースを見てくれるなんて、嬉しいです、ありがとうございます」

「いえいえ…この娘、貴女のレースを見てから、貴女の走りにすごく惚れ込んでいるみたいで……最近すごく活発なんです、私からも、お礼を言わせてください…ありがとう」

 

 子供の母親はそう言って頭を下げた、その安心させられる声は、私にある馬を思い出させた。

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 ちょうど今の時期のような、寒空の大井。

 

 その時先輩は厩舎待機だったため、私が先頭に立って誘導していた、すると、2枠3番のサラブレッドが話しかけてきた。

 

「あなたは去年もいたな…毎年こうしているのか?」

「…それが自分の仕事だから」

「…あなたのような馬がいるお陰で、出走馬達も安心して出走できる、出走馬を代表し、礼を言わせて貰いたい、ありがとう」

「………」

 

 やけに礼儀正しいサラブレッドに、驚愕させられたのを覚えている。

 

「…どうした?」

「出走馬から礼を言われるなんて今まで無かったから驚いていたんだ……頑張ってくれ」

「ああ…勝ってくるさ」

 

しかしそのサラブレッドは2着に破れた

 

 だけど、彼は半年後に戻ってきた、その時は私は最後尾担当だったので、また彼と話す機会を得ることが出来た。

 

「…貴方か…私は強くなって戻ってきた、今度こそ勝って見せる、見ていてくれ」

「…分かった、こちらも誘導馬を代表して成功を祈るよ」

 

 そう言い、彼は馬場へ、私は待機所へと戻っていった。

 

 

────────────────────

 

 

『大地に響かせて、大地を揺るがせて優勝ー!』

 

「やったぞ!」

「これでこっちの三連勝だ!」

「馬場貸しなんてさせる訳にはいかねぇ!!」

 

 実況を聞いていた誘導馬騎手、厩務員達はハイテンションで叫んでいた、私は確信した。

 

 彼が勝ったのだと。

 

 流星のある栗毛の馬体、真紅のメンコ。

 

 彼の名前は…そう……

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」

 

 足をトントンとつつかれ、私はハッと我に返る、少々回想に浸りすぎていた。

 

「ごめんごめん、ボーッとしちゃってた」

 

 その時、おやじどのの言葉が頭の中を駆け抜けた。

 

『競馬もカーレースも同じ、絶対は無いけれど、ロマンとドラマがある、自分は“支える者”としてそれを見てきた、お前も誘導馬だったんだ、分かるだろう?』

 

「………よし…ありがとう、君のお陰で決心がついた、私…出るよ、年末のエキシビション、特別レースに」

「本当!?」

 

 その子供は目を輝かせた。

 

「うん」

「わぁー!私!応援しに行く!絶対にお姉ちゃんを応援しに行く!」

「私も行かせて貰います」

 

 その子供だけでなく、母親も目を輝かせていた。

 

スッ…

 

 私は子供の頭に手を乗せ、撫でた。

 

「見てて、お姉ちゃん、勝ってくるから」

 

“彼”が言った言葉を借り、私は勝利を誓った。

 




 
 お読みいただきありがとうございます。
 
 新たにお気に入り登録をして下さった方々、感謝に堪えません!

 今回名前が出てきている“ツルマルシュタルク”というのはアプリ版でのツルマルツヨシに相当するウマ娘です、ツルマルツヨシはこの物語の構想段階では未実装だったので、登場しません。また、ジハードインジエアは史実でのエアジハードに相当するウマ娘となります。


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第12話 砂塵(ダート)の白い彗星

 

 福山トレセン学園年末特別エキシビションレースは有記念と同日に開催されていた。エコーペルセウスが福山市を相手に交渉を行った事により、今年は全距離にて開催されることとなり、多くの観客が集結し、福山レース場は大盛況となっていた。

 

 そして、レースは進んでいき、現在はワンダーグラッセの出走する2400mのレースが行われていた。

 

『ワンダーグラッセ伸びる!ワンダーグラッセ伸びる!アズマノサンサン追いすがる!しかしワンダーグラッセ衰えない、ワンダーグラッセ衰えない!今!ゴールイン!』

 

バンッ!

 

ワァァァァァァァ!

 

 勝負がついた事を表すピストルの音が鳴り響き、場内は歓声に包まれる。

 

「凄かったぞ!」

「燃えた!」

 

 場内は熱気に包まれていた。

 

 特に、今年の世代は強いウマ娘が多く、どの出走ウマ娘達も上級生相手に互角以上の勝負を見せていたのである。

 

『さあ、2400メートルが終了し、いよいよ最終のレース、2600mの出走が始まろうとしています』

 

 最終レース前、空はすでに日が傾き始めていた。

 

 

=============================

 

 

「靴…良し、蹄鉄…良し、体調…良し、脚…良し」

 

 アラは身体の各所を触り、自分の状態について最後の確認を行っていた。

 

『ワンダーグラッセ伸びる!ワンダーグラッセ伸びる!アズマノサンサン追いすがる!しかしワンダーグラッセ衰えない、ワンダーグラッセ衰えない!今!ゴールイン!』

 

「もうすぐ私の出番…トレーナー、何か無い?」

 

 アラはこちらを見てそう聞く。

 

「…今日の相手は今までの中で最強の相手と言っても良いだろう、だが、俺は…いや、俺達は信じてるぞ、アラ…お前さんが勝ってくれるってな、全力を出して来い、今日はその言葉で十分だ」

「……」

「…肩が震えてるぞ、深呼吸だ」

 

 俺がそう言うと、アラは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をした。

 

『最終レースに出走するエアコンボフェザーさん、アラビアントレノさんは、出走準備をお願いします』

 

 アナウンスからアラを呼び出す放送委員の声が聞こえる。

 

「さあ…行って来い」

「うん、行って来る」

 

 そう言ってアラは控室を出て行った。

 

 …勝って来いよ。

 

 

────────────────────

 

 

 一方、エアコンボフェザーの控室には、エアコンボフェザーの妹、エアコンボハリアーがやって来ていた。

 

「ハリアー」

「どうしたの、姉さん?」

「…次に負けたとき、私は走りから退こうと思っている」

「姉さん!こんな時に縁起でもないこと言わないで!」

 

 エアコンボハリアーは耳を少し後ろに反らせてそう言った。

 

「まあ落ち着け、レースから退くと言っても、完全に引退して生徒会の仕事に注力するという訳じゃない、第一線を退くだけだ、これまでとは違った形で、レースには関わらせてもらうさ」

「………私はまだ、姉さんを超えてない…だから…そうして欲しくない」

 

 エアコンボハリアーは耳をペタンとさせた。

 

「…そんな顔をするな、“世代交代”の時は必ずやって来る、私達がどんな事をしようと、必ず時代は変わっていくんだ、それに対しては、一人一人、反応は千差万別だ…私はその新しい時代を見てみたいと思っている………だが、今日のレースは負けはしない、あの芦毛のウマ娘…アラビアントレノとは…全力でぶつからせてもらう」

 

 エアコンボフェザーは真剣な表情をして、部屋から出て行った。

 

 

────────────────────

 

『最終レース、2600m、出走ウマ娘の入場です!』

 

 ゲートに向かって砂の上を歩く、緊張はある程度ほぐれた。

 

『一人目はかつて、獅子奮迅の活躍を見せ、“砂塵(ダート)の白い彗星”と呼ばれた白毛のウマ娘、エアコンボフェザー!』

 

ワァァァァァァ!

 

 フェザー副会長の名前が呼ばれると、至るところで歓声があがる。

 

『二人目は、鋭いコーナーリングと徹底したマークが武器の芦毛のウマ娘、アラビアントレノ!』

 

ワァァァァァァ!

 

「お姉ちゃーん!ガンバレー!」

 

 銭湯で出会った娘の声が聞こえる、いや、あの娘だけじゃない、実家のチビっ子達やじいちゃんも、このレースを見てくれていることだろう。

 

 ゲートの前に着いた。

 

「今日はよろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 まずは、レース始めの挨拶として、握手を行う。

 

深呼吸をしてゲートに入った。

 

 

=============================

 

 

 アラビアントレノとエアコンボフェザーがゲートに向かって歩いている丁度その頃、生徒会長であるエコーペルセウスは、ゲートのスターターの役割のため、ハグロシュンランと共にある部屋にて待機していた。

 

ガチャ

 

「会長、エアコンボハリアーさんが急ぎの用があると、どうしますか?」

 

 扉を開け、生徒会の生徒が入ってくる。

 

「良いよ、通してあげて」

「はい、直ちに」

 

 生徒会の生徒が部屋を出ると、エアコンボハリアーそして彼女に付き添うようにキングチーハー、セイランスカイハイが部屋に入ってきた。

 

「申し訳ありません会長、ハリアーがどうしても頼みたいことがあると」

「私達は止めたんですど、ダメ元でも頼むって」

 

 キングチーハー、セイランスカイハイはそう言った。

 

「ハリアー、どうしたんだい?頼みたい事って」

 

 エコーペルセウスは不思議そうな表情をしてエアコンボハリアーに聞いた。

 

「あの…ペルセウス会長…あたしに…あたしにスターターをやらせて下さい!」

「…ふぇっ!?」

「ええっ!?」

「まぁ…」

 

 エコーペルセウス以外のその場にいた全員が驚愕の表情を浮かべた、エコーペルセウスはじっとエアコンボハリアーの目を見る。

 

「…ふむ…なるほど、そういうことだね、分かった、特別に許可しようか」

「会長…!?」

 

 ハグロシュンランは目を見開いた。

 

「ただし、不正のないように私達四人が後ろからしっかりと見ておく、それで良いね?」

「はい…!ありがとう…ございます!」

 

 エアコンボハリアーは深々と頭を下げると、先程までエコーペルセウスの座っていたスターター席についた。

 

 

=============================

 

 

 俺は応援のために、スタンドまで上がり、4人と合流した。

 

「あれ?お前ら担当は?」

「ワンダーは戻ってきてすぐに双眼鏡を持って別のところで観戦してる」

「ハリアーはペルセウスにスターターを頼みに行ったわ…まあ、あの娘の気持ちは分かるわ」

「それで、俺ん所のチハと雁山のとこのランスはそれに付いてったよ」

「つまり、俺ら5人で見届けるってことか」

 

 俺達はゲートの方に目をやった。

 

『福山トレセン学園年末エキシビションレース、最終レース、日の傾いたレース場を、勝利の色に染めるのはどちらのウマ娘か?ダート2600m……今…』

 

ガッコン!

 

『スタート!』

 

「おおーっ!アラビアントレノがアタマ取ってるぜ!?」

「意外だぁ…」

 

 観客が興奮気味にそう言った。

 

「そう来たか……」

「このレース、アラにとってはかなり難しいものになるんじゃないか?」

 

 雀野がそう指摘してくる。

 

「確かに…厳しい…“慣れてない”からな」

「慣れてない…?」

 

 雁山が難しい顔をして俺にそう聞く。

 

「ああ、アラは普段、他のウマ娘の後ろにピッタリと貼り付いて走る戦法だ、だけど今回の相手、エアコンボフェザーはアラの後ろにピッタリと貼り付いて追走してる、あれが不味いんだ」

「追いかける事は慣れてるけど、その逆、つまりは追いかけられる事に慣れてないってことか…」

「その通りだ、軽鴨、でも、できる限りの事はやった、俺はトレーナーとしてアラの勝利を…祈るだけだ」

 

 俺は祈るように手を組み、アラとエアコンボフェザーを目で追った。

 

 

=============================

 

 

「アラが…」

「前に出てる…!」

 

 慈鳥達と別の場所でレースを見ていたセイランスカイハイ、キングチーハーも、その光景に驚いていた。

 

「違う、姉さんが前に行かせたの」

「えっ…」

「で、でも…ここのコースは先行が有利なんじゃ…」

「確かに、ここのコースは先行が有利、でも、アレはここ一番のレースでの姉さんのやり方、わざと先行させて後半に抜き去る、あれが…姉さん流の…本気の姿勢…」

 

 エアコンボハリアーは腕を組んで最初のコーナーに入ろうとしている二人を見つめ。

 

『最初のコーナー、スタンド前へと通ずる第3第4コーナーです!二人連なるように並んで突っ込んで行きます!』

『あそこまで接近してコーナーに侵入するのは普通のレースでは起こりませんからね、ここからどういうふうにレースが進むのか楽しみです。』

 

「すごい…実況さんの言う通り……連なるように曲がってる…こうしちゃいられない!上に上がろう!」

「そうね!」

「……」

 

 セイランスカイハイ、キングチーハー、エアコンボハリアーは観客席へと上がっていった。

 

「さて…君がわざわざ勝負を挑んだウマ娘なんだ……見せてもらうよ、フェザー」

 

 上がる三人を見届けたエコーペルセウスは一人、そう呟いた。

 

 

=============================

 

 

『レースは第4コーナーカーブ、一度目のスタンド前に入ろうとしています!』

 

(まさか…後ろからピッタリ張り付かれるなんて…)

 

 アラビアントレノは予想外の出来事に動揺していた、エアコンボフェザーは、ここぞの時を除いては各レース場の特徴を分析し、現地に合った走りを行い、確実に勝っていく“脚質自在”のウマ娘であった、当然彼女も、慈鳥も、エアコンボフェザーは“先行策”で来ると踏んでいた。それ故、今回のマーク戦法は完璧な奇襲攻撃であった。

 

(駄目だ…まだ最初なんだ…しっかりと…)

 

 アラビアントレノは何とか冷静さを保とうとしてはいたものの、今までに体験した事のない出来事は、その強い精神力をヤスリで削るかのようにすり減らしていった。

 

 

(さあ…まだまだ始まったばかりだ…お前の力を…見せてもらうぞ…!)

 

 一方で、エアコンボフェザーは、ピッタリとアラビアントレノの後ろに張り付き、その走り、通るラインをコピーし続けていた。

 

 

『レースは一度目のスタンド前へ、前を走るはアラビアントレノ、そのすぐ後ろ、まるで電車が連結しているかのようにピッタリと張り付いている、エアコンボフェザー!』

 

「行けぇ!!」

「頑張れ!」

 

 

(…ストレートなのに…仕掛けてこない…こっちはアングロアラブであっちはサラブレッド、ストレートならあっちの方が速いのに…)

 

 ただ“後ろに張り付いている”自分が普段他のウマ娘に行っている事をやられているだけではあるものの、それは今まで同じことをされた経験の無いアラビアントレノには効果てきめんだった。

 

(でも、今回のレースはコーナーが多いんだ…やってやる…!)

 

 

『スタンド前までは変化なし、レースは再びコーナーへ』

『アラビアントレノ、エアコンボフェザーに完全に食いつかれていますね、恐らくプレッシャーは相当な筈、メンタルが耐えきれるかどうか注目です』

 

 

(まだ内は攻めたくないのに…攻めるしかない…でも………ここは桐生院トレーナーのお陰で強化した柔軟性も使って……少しでも離さないと!)

 

 アラビアントレノは慈鳥が桐生院から教わったストレッチで柔軟性が少し強化されていた、それ故強みであるコーナーリングはさらに強化されていたのである、だが、それを2つ目のコーナーで使わなければならないほど、彼女は精神的に追い詰められていた。

 

 

(間違いない…アラビアントレノ、奴は進化している、この前まではコーナーからの立ち上がりにノビが少なく、内側を曲がりコーナーリングの距離を削ることでそれを補っていた、だが…今回のレースでは内側を行くだけでなく、足首の可動を最大限に生かしてコーナーから立ち上がっている…まだ未勝利戦を勝ってから3ヶ月しか経っていないのに…だ…)

 

 エアコンボフェザーはアラビアントレノの動きをよく観察してその成長に驚き、自分も同じようにしてコーナーから立ち上がっていった。

 

(…この技術…身につけるのは至難の業だろう。理解できないな、この成長性は…プランを少し変更する必要があるな……プレッシャーに慣れさせては不味い、第3第4コーナーで…追い抜けるように仕掛けなければ)

 

 

『レースは向正面へ、もうすぐ1000メートル地点です!』

『ここからレースは中盤、後1600メートル残っていますからね、双方、精神力、体力共に気を使っていきたいところですね』

 

 

『ハリアー、ランス、チハ!聞こえますか?』

「ワンダー!…どうしたの?」

 

 上に上がっていたエアコンボハリアー達は、電話の向こうの興奮した様子のワンダーグラッセにそう聞く。

 

『二人共かなりのハイペースです、このままでは、レコードを秒単位で縮めるかもしれません!取り敢えず、これで!』

「……恐ろしいレースになってきたモンだね…」

「そうね…」

「このレース……伝説になる…」

 

 エアコンボハリアーは、空を見上げ、そう呟いた。

 

 

=============================

 

 

『レースは向正面へ、もうすぐ1000メートル地点です!』

『ここからレースは中盤、後1600メートル残っていますからね、双方、精神力、体力共に気を使っていきたいところですね』

 

「長距離なのに1000mを通過するのがかなり早い、アラ…追い詰められているわね」

 

 火喰の言うとおりだ、アラはプレッシャーを感じている。

 

 向正面を駆け抜けているだけに見えるが、後ろに意識を向ける回数はスタンド前を走っている時よりも多くなっている。

 

 レーサーの心理として自分と同じスピードで後ろからついてくる奴がいれば、平常心を保つのは難しいからだ。

 

 それに、さっきのコーナーのように自分の武器を使っても振り切れない場合は、相手の実力が自分よりも上だという思いに囚われる。

 

 これを何とかするためには場数を踏むしかない、しかし、その場数に関しては、相手の方が圧倒的に経験豊富だった。

 

 

=============================

 

 

『レースは向正面へ、もうすぐ1000メートル地点です!』

『ここからレースは中盤、後1600メートル残っていますからね、双方、精神力、体力共に気を使っていきたいところですね』

 

 駄目…あんなにインを攻めても通じない…絶体絶命…

 

 いくらハイペースで飛ばしても…喰い付いてくる…

 

 どんな走りをしても突き放せない…

 

 駄目だ…このレース、負けるかもしれない。

 

 エアコンボフェザー…私なんかが到底勝てる相手じゃなかったんだ…

 

グッ…!

 

「あっ!?」

 

 しまった!オーバースピード…!!

 

 注意力まで削れて……気が付かなかったんだ…

 

 私の身体は遠心力で外に振られていった

 

 そして、私の目には、膨らんだ私をイン側からやすやすとパスした白毛のウマ娘(サラブレッド)が映り込んだ

 

 負けたくない…

 

 負けたくないけど…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は…負ける…




 
 お読みいただきありがとうございます。

本来、現実の競馬において、ゲートオープンはファンファーレの合図の旗を振り上げる人がレバーを引く方式ですが、この物語では別室にあるボタンを押すという方式になっています
 
また、今回はアラビアントレノのイメージ画像を載せておきます

【挿絵表示】

ご意見、ご感想、評価等、お待ちしていますので、お気軽にお寄せください。


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第13話 広い世界に

 

 

『レースは向正面へ、もうすぐ1000メートル地点です!』

『ここからレースは中盤、後1600メートル残っていますからね、双方、精神力、体力共に気を使っていきたいところですね』

 

 …掛かったな、奴はペースが上がっている

 

 いくらなんでもオーバースピードだ、ミスったな…そんなスピードで曲がるものか!

 

 私の予想通り、アラビアントレノはコーナーで膨らんだ、私は空いたインを突いてその横をパスし、アラビアントレノを抜き去った。

 

『ここでエアコンボフェザー!コーナー入口で膨らんだアラビアントレノを並ぶ事なくパス!』

 

 無茶をする奴だ…瞬発力のあるウマ娘ならば、瞬間的にパワーを爆発させ、強引にインに戻れただろう……だが…いくら柔軟性を高めたとはいえ、その脚質ではな…

 

 しかし…不思議な奴だ……かなりのテクニックと頭を持っているだろうに、一対一の状況となると全く慣れていないのか?意外なほどのモロさが見られる、もう少し後ろに張り付いて手の内を見せない作戦だったが、前に出たからには下手に喰い付かれたら厄介だ、立ち直る前に一気に突き放し…勝負を決める。

 

 

=============================

 

 

「姉さんに何が…あんな早いタイミングで…仕掛けるなんて」

 

 エアコンハリアーは姉が早めに仕掛けた事に驚いていた。

 

『3人とも、聞こえますか?フェザー副会長、このペースで行くとレコードを更新します!』

 

 別の場所で観戦しているワンダーグラッセは、抜いた後のエアコンフェザーのペースの速さに驚いていた。

 

「…………ッ!」

 

エアコンボハリアーは歯ぎしりをし、コースを睨みつけた。

 

「……ハリアー?」

 

 キングチーハーは恐る恐るエアコンボハリアーに呼びかけた、セイランスカイハイ、そしてワンダーグラッセは何かを感じ、黙っている。

 

「…あたしは…今日…姉さんの勝利を信じて…ここに来たはずだった、でも…アラが抜かれた今………それとは別の思い、アラに…負けて欲しく無いって気持ちが、あたしの心の底からこみあげてきてる」

「……同感…私も…どちらを応援すれば良いのか、分からなくなってきた」

 

 セイランスカイハイがそう言う、キングチーハーの気持ちも同様であった。

 

『……最後まで、このレースを見届けるのが、今の私達の役割……今はそれで十分です、ゆくえを見守りましょう』

 

 ワンダーグラッセは電話の向こうでそう呟いた。

 

 

「早い…」

 

 一方、エアコンボフェザーがアラビアントレノを抜いたのを目にした慈鳥は一言そう呟いた。

 

「でも、アラはストレートが苦手のはず、差をつけられればスリップストリームも使えない、かなりまずいんじゃないのか?」

 

 軽鴨は鋭く慈鳥に指摘した。

 

「まずい…だけど、早すぎる仕掛けは相手に立ち直りのチャンスを与える、今大事なのはストレートの事じゃない、気持ちを整える事なんだ」

 

(……頼む、アラ、慌てて大怪我だけはしないでくれ、負けてもお前さんの評判が下がるわけでもない…結果はどちらだって良い…絶対に戻ってこい…無事これ名馬だ……)

 

 慈鳥はそんな事を考えながら、レースのゆくえを見守っていた。

 

 

=============================

 

『レースは第4コーナーカーブを抜けまして、二度目のスタンド前へ、エアコンボフェザーが前、アラビアントレノとは4バ身の差でリードしています!』

『ゴールまではあと一周ありますから、このままエアコンボフェザーがちぎるのか、アラビアントレノが抜き返すのか、まだまだ勝負は読めませんよ!』

 

ストレートは…やっぱり…スピードが出ない

 

でも…抜かれたらコーナーで一気に置いていかれると思ったけど…予想よりも離されていなかった

 

それに…相手のペースがなんだかおかしい、縮まらないけど…離されているわけじゃない、今の私と相手の速さに差があるわけじゃい…?

 

つまり…ペースが…落ちている?

 

そうならば…まだチャンスは残ってる…

 

あと1000mとちょっと、残り半分を切ったけど…一歩分でも…ニ歩分でも良いから…

 

前を(はし)るあの白毛のウマ娘(サラブレッド)に…近づくんだ…!!

 

 

====================================

 

 

(蹴り上げる時の脚の反応(レスポンス)が急に悪くなっている…アシに来たか…レースの前半にアラビアントレノの走りをコピーするためにかなりの無理をしていたが……ここまで脚に負担がかかるとは…)

 

 エアコンボフェザーの身長は175cmであり、146cmのアラビアントレノとは30cmほどの差があった、当然、歩幅(ストライド)の差はかなりの物となる。とはいえ、ストライドの差から来る負担は、エアコンボフェザーは理解していた。しかし、内を回るアラビアントレノのコーナーリング方法が、エアコンボフェザーの脚部に多大なる負担を強いていたのである。

 

(それに…コピーした走法のままコーナーを走り抜けたからな…)

 

 ウマ娘は60km/hから70km/hの高速で走っている、即ち、バランスを崩す事は事故に繋がる恐れがあった、それ故、減速する坂道以外で、走っている途中にストライドを変える事はありえない事であった。それ故、エアコンボフェザーはアラビアントレノの走法をコピーしたままでコーナーに突入することを余儀なくされたのである。

 

「……ッ!」

 

 エアコンボフェザーは小さく舌打ちをした。

 

(…大誤算だ…なんて事だ、いくら私でも、こんな状態じゃペースを上げられない、上げればここのきついコーナーで踏みとどまる事ができなくなる)

 

『残り1000メートル地点を通過、先行しているのはエアコンボフェザー、アラビアントレノとの差は3バ身、第1第2コーナーに入っていきます!』

 

(……アラビアントレノは問題無しか…同じペースで走ってきてなぜ私だけがこんなに消耗している…?はっきりとは分からないが、何かがあるんだ…奴にはできて私達にはできない…私達とは違う何かが、あの…芦毛のウマ娘には、確かに存在している)

 

 

 

(このままじゃダメだ…コーナーでも近づくんだ……少しでも気持ちがブレると…この勝負には…勝てない…!)

 

もっと…!もっと…!!

 

 コーナーを回るアラビアントレノの走りは無意識のうちに、自然と力強く、歩幅は少し大きくなっていく。

 

 しかし、彼女がバランスを崩すことは無い、学園に入学する前から、新聞配達で起伏のある山道を走ったり、用水路を飛び越えたりして地元を駆け抜けていた事が、彼女に並々ならぬバランス感覚を与えていたからであった。

 

 更に、彼女はサラブレッドよりも小さく遅いが遥かに頑強(つよ)い、アングロアラブのウマ娘である。アングロアラブの頑丈な身体は、多少の無理をしても消耗しない頑強(つよ)い走りを可能にしていた。

 

『第1第2コーナーを抜け、レースは向正面へ、コーナーを利用しアラビアントレノが必死に追い上げる!その差1バ身半!』

 

(負けてない…今は私の方が…速い…!!何としても…食いつく!)

 

 

=============================

 

 

 コーナーを上手く使い、アラはエアコンボフェザーとの差を詰めていく。

 

 その表情は、相手になんとしても食いつこうとする意志が表れていた。

 

 無事に戻ってくるのは第一だ、だけど……

 

「アラー!」

「頑張れ!」

「いいぞいいぞ!」

「そのまま行きなさい!」

 

 絶対に勝ってほしい、今のアラを見ていると、自然とそんな気持ちにさせられる…だから…

 

「アラァァァァァァァァ!!!」

 

 俺は俺で…今できる最大限の事をやるだけだ…!

 

 

=============================

 

 

『第1第2コーナーを抜け、レースは向正面へ、コーナーを利用しアラビアントレノが必死に追い上げる!その差1バ身半!』

 

(コーナーであんなに一気に追い上げるだと…!?一体何を…!?)

 

 エアコンボフェザーは動揺した、それと同時に…

 

『アラビアントレノ、エアコンボフェザーの真後ろへ!』

 

アラビアントレノがスリップストリームに入った。

 

 

 

「ハリアー、ランス、チハ!?」

 

 一方その頃、観客席の一番端、第3第4コーナー寄りでレースを見ていたワンダーグラッセは、突然やってきた3人に驚いた。

 

「勝負はここでつくと思って、居ても立っても居られなくなった…」

 

 セイランスカイハイは息も絶え絶えにそう答え、向正面を走るアラビアントレノとエアコンボフェザーを見た。

 

「ここの第3第4コーナーは内側が少し傾いているから、内に入った方が断然有利…この勝負、どうなるの…?」

 

 キングチーハーもそれに倣う。

 

「…………」

 

 しかし、エアコンボハリアーは無言だった。

 

 

 

(コーナーは目前…どうすれば届く…どうすれば勝てる…!?)

 

 コーナーを目前にして、エアコンボフェザーはペースを変えなかった事で温存した脚力によってインを譲らないコースを取った。

 

(インは開けてくれない…!なら…この手で…!!)

 

 アラビアントレノはスピードを落とさずにアウト側からコーナーへと侵入した。

 

 

 

「アラ…アウトから!?」

 

 その光景を見ていたエアコンボハリアーは声をあげて驚いた、他の3人も目を見開き、それを見る。

 

「二人とも来てる!」

「でも…残念だけど…このままじゃインを突くのは…無理よ!」

 

 セイランスカイハイの言葉に、キングチーハーは反応する。

 

『レースは第3コーナーカーブから第4コーナーカーブへ!イン側にはエアコンボフェザー、アウト側にはアラビアントレノ、勝負は最後の立ち上がりに持ち込まれたか!?』

 

「…!皆、あれを…!」

 

 ワンダーグラッセが指をさした方向には、エアコンボフェザーとの間隔を詰め、連なるように並びかけるアラビアントレノの姿があった。

 

「ああっ!?」

「フェザー副会長が…」

「斜め前…アウト側に」

 

 それと同時に、エアコンボフェザーの速度が上がり、アラビアントレノの斜め前、つまりアウト側に膨らんでいった。

 

「二人が…!!」

「クロスして…」

「アラが前に出た!」

 

“向かってくる物を避ける”

 

それは動物の本能である。これは人間も、ウマ娘も例外ではない。

 

 アラビアントレノはエアコンボフェザーにぶつからない様に、距離を詰めていった、だが、エアコンボフェザーは本能的にそれを避けようとしてペースを上げてしまい、それに踏みとどまる力が足りず、アウト側に膨らんで事故になるのを防ぐことしかできなかった。

 

 

(クロスした…!抜いた…!あと…200m…!そのまま…!)

 

「「「「「アラァァァァァァァ!」」」」」

「お姉ちゃぁぁぁぁぁぁん!!」

 

(皆の声が…行けぇーっ!)

 

「はァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 イン側に入ったアラビアントレノは、自分の出せる精一杯の力を振り絞った。

 

 コーナー終盤でアウト側に膨らみ失速したエアコンボフェザーに対して、高い脱出速度を維持し、打ち出されたかのように最後のストレートに入ったアラビアントレノは、スタンド前を駆け抜け、真っ直ぐにゴールに向かって(はし)ってゆく。

 

バンッ!!

 

 決着のついたことを示すピストルの音が、レース場内に甲高く鳴り響く。

 

『決着!!』

 

ワァァァァァァァァァァ!!

 

 それはレース場に響き渡る歓声とひとつになり、夕陽に染まる福山の町に飛び込んでいった。

 

 二度と成立する事のない奇跡の一対一のレースは…この瞬間に幕を閉じた。

 

 

────────────────────

 

 

「あ、あの!」

 

どうしても気になることのある私は、フェザー副会長に声をかけた

 

「…まだ、閉会はしていない、全てが終わったあと、外で待っている」

 

 フェザー副会長はそう言うと、微笑んで通路に入っていった。

 

「アラ!」

「…トレーナー…!」

 

 フェザー副会長と入れ替わるようにして、トレーナーが私のところにやってくる。

 

「トレーナー…私…勝ったよ」

「ああ、この目に焼き付けたよ」

 

 そう言うトレーナーは今まで見た事の無い、感動に満ち溢れた顔をしていた。

 

 

────────────────────

 

 

『では、最後に、福山トレセン学園の大鷹校長先生より、今回のレースの講評を頂きます』

 

 放送委員の人に促され、大鷹校長は壇上に上がる。

 

『出走ウマ娘の皆さん、本日のレース、お疲れ様でした。本日の結果は公式のものではありませんが、その結果がどうであれ、皆さんにとってとても良い経験になったと私は信じています。しかし、その経験は、ここにいる福山トレセン学園の仲間、ライバルたち、トレーナーの皆さん、そして、様々な所から駆けつけてくれたファンの皆様の支えによって初めて得ることが出来たものであるという事を、どうかいつまでも忘れないで頂きたい。トレーナーの皆様、そして、ファンの皆様、これからも、この福山トレセン学園のウマ娘達を見守り、支えてくださるよう、お願い致します』

 

パチパチパチパチ…!

 

 大鷹校長の言葉は、私の心に染み渡った。

 

 今日の勝利は…皆がいてくれたから、得ることが出来たものだから。

 

 

 

────────────────────

 

 

 片付けをすべて終えた後、私は、トレーナーに少し車で待ってもらうように頼み、フェザー副会長を待っていた。

 

「お姉ちゃん!!」

 

 すると、銭湯で私と出会ったウマ娘が私に向かって駆け寄ってきた。

 

「お姉ちゃん、今日はすっごくカッコ良かった!!」

「……ありがとう」

 

 私は子供のウマ娘の頭を撫でた。

 

「お姉ちゃん…次のレースも頑張ってね!」

「うん…頑張るよ」

「それじゃあね!お姉ちゃん!」

 

 子供のウマ娘は遠くで待つ母親の所に駆けていった、私は軽く会釈した。

 

 

「用は済んだか?」

「フ、フェザー副会長!」

「驚かせてすまないな、それで、どうした?何か私に聞きたいことがあったんじゃないか?」

「は、はいっ!」

 

 私はフェザー副会長にどうしても気になっていることを聞いた。

 

「あの…かなり失礼なことかもしれないんですけれど…中盤のスタンド前からコーナーにかけて、フェザー副会長のペースが落ちた様に感じたんです…もしそうだとしたら、いったい…どうして…?」

 

 私がそう聞くと、フェザー副会長は一瞬目を丸くした、だけど、すぐに『フッ』と笑い、口を開いた。

 

「それは、私のペースが落ちたんじゃない、無自覚のうちに、お前がペースを上げたんだ。私はペースを上げることができなかっただけさ、踏ん張るための脚が残るかどうか怪しかったからな」

「…踏ん張るための…脚…?」

「脚なんて言い訳にならないさ、条件は同じだ、私の負けだ」

 

 そう言ってフェザー副会長は微笑んだ、つまり……この人が、もし、私達の予想通りに、レース場に合った走りでぶつかってきたのなら、私は勝てなかったということだ。

 

「あ、あの!」

「…どうした?」

「……私…副会長より速かったとは…そんな風には…絶対に思ってませんから」

 

 私がそう言うとフェザー副会長の顔はほころび、再び『フッ』と笑った。

 

「お前は…面白い奴だな…お前みたいなウマ娘は初めてだ、福山の小さなステージに満足するなよ、広い世界に、目を向けていけ………アラビアントレノ、お前は速かったよ」

 

 フェザー副会長はそう微笑み、遠くにいるハリアーの方に歩いていった。

 

 

=============================

 

 

 アラビアントレノとエアコンボフェザーが話していた丁度その頃、一人のウマ娘がレース場を出た。

 

「………」

 

 そのウマ娘は黙っていたものの、その心は昂っていた。

 

(…あのウマ娘、アラビアントレノ…久しぶりに、ビリビリする物を感じた、カサマツにいたあの頃が懐かしくなった…私はどうやら芦毛とは切っても切れない縁があるようだな)

 

 そのウマ娘は空を見上げ…

 

「オグリ、私は運が良い、どうやら私はお前のような、共に競っていて熱くなる相手に、再び出会えたようだ」

 

 と呟き、去っていった。

 

 




 お読みいただきありがとうございます。

今回で第一章が終了となります。登場人物の解説を挟んだ後、第二章の一話を投稿しようと思います。これからもこの作品をよろしくお願い致します。


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登場人物・用語解説 #1

 
第一章の登場人物と用語解説になります。


登場人物

 

 

アラビアントレノ

 

 身長:146cm

 体重:微減(代謝が良すぎる)

 愛称:アラ 

 得意なもの:料理

 

 サラブレッドではなく、アングロアラブの魂が宿っている芦毛のウマ娘、前世の記憶はあるものの、名前だけは思い出せない。転生後すぐに両親と死別したが、養護施設に引き取られ、競走ウマ娘としてではなく一般人ととして人間の子供と共に育ってきた。しかし、走りたいという思いを見抜いた“じいちゃん”に背中を押され、福山トレセン学園へと入学、慈鳥と出会い、トレーニングを受けている。

 サラブレッドよりも遅く小さいが、頑丈というアングロアラブの特性を受け継いでおり、最高速は少し遅く、加速力は他のウマ娘よりもかなり劣るものの、ストレス耐性や耐候性などの頑強さでは他のウマ娘を凌駕している。

 

 

 

エアコンボハリアー

 

 身長:161cm

 体重:全く問題なし

 愛称:ハリアー

 得意なもの:筋トレ

 

 常にゴーグルを首から下げている黒鹿毛のウマ娘、スタミナ、センスと共に抜群の逸材、担当の火喰ともうまくやっている。

オープン戦でアラビアントレノに敗北してから、彼女に強いライバル意識を燃やしている。

 名前の由来は猛禽類の一種であるチュウヒの英訳ハリアーから。

 

 

 

キングチーハー

 

 身長:160cm

 体重:変動なし

 愛称:チハ

 得意なもの:歴史クイズ

 

 コーナーは苦手だが末脚の鋭い鹿毛のウマ娘、デビュー戦でアラビアントレノと対決し、末脚を爆発させて見事勝利した、担当は軽鴨。

 名前の由来は海軍十二糎自走砲の非公式愛称『キングチーハー』から

 

 

 

セイランスカイハイ

 

 身長:162cm

 体重:不明(忘れた)

 愛称:ランス

 得意なもの:フィッシング

 

 どこかのほほんとした雰囲気を持つ芦毛のウマ娘、アラビアントレノの出た選抜レースに出走していた。担当は雀野。

 名前の由来は特殊攻撃機『晴嵐』から

 

 

ワンダーグラッセ

 

 身長:150cm

 体重:微増(ティータイムの影響)

 愛称:ワンダー

 得意なもの:水泳

 

 生まれは英国、おっとりとした栗毛のウマ娘、他人のレースを観戦する際は一人でどこかに行って観戦することが多い。英国生まれなので“ウナギのゼリー寄せ”や“スターゲイジーパイ”などの英国料理を作ることができる。担当は雁山。

 名前の由来はグラスワンダーとビターグラッセを混ぜたもの。

 

 

 

サトミマフムト

 

 身長:164cm

 体重:増減無し

 愛称:マフムト

 得意なもの:ストライド走法

 

 船橋トレセン学園所属のウマ娘、地元のために走っている、パワーのある走法で、後につかれない走りが強み、自分を打ち負かしたアラビアントレノにリベンジを誓った。

 名前の由来は架空の競走馬サトミアマゾンとオスマン帝国のスルタンマフムト二世。

 

 

サカキムルマンスク

 

 身長:155cm

 体重:微減

 愛称:サカキ

 得意なもの:スケッチ

 

 アラビアントレノの友人の鹿毛のウマ娘、選抜レース、未勝利戦と、何かとアラビアントレノとともに走っている。

 名前のモデルはロシアの港町ムルマンスク。

 

 

ハグロシュンラン

 

 身長:162cm

 体重:競争ウマ娘ではないけれど秘密

 愛称:シュンラン

 得意なもの:他人の相談に乗る

 

 美しいブルーの髪を持つ生徒会副会長、それなりに有名な家であるハグロ家の令嬢、義理の親に育てられたという共通の経緯から、アラビアントレノに興味を持つ。生き別れの双子が居るらしいが、今の所は探すつもりは無い。

 名前のモデルは植物の春蘭。

 

 

エアコンボフェザー

 

 身長:175cm

 体重:微動だにせず

 愛称:フェザー

 得意なもの:分析

 

 エアコンボハリアーの姉であり、世にも珍しい白毛のウマ娘の生徒会副会長、中央に移籍経験がある、脚質は自在で、レース場に合った走り方で走る事ができる。ここ一番のレースの時は、後ろにつけて最後に抜くマーク戦法を使用する。

 名前のモデルは鳥の羽根(フェザー)から

 

 

エコーペルセウス

 

 身長:182cm

 体重:微減(激務のため)

 愛称:ペルセウス

 得意なもの:対外折衝

 

 福山トレセン学園の生徒会長、芦毛で糸目、高身長で片付けが苦手、福山トレセン学園の生徒会長として、生徒のレベルを向上させるためのアイデアを日夜考えている。対外折衝が得意なエコーペルセウス、競争ウマ娘の目標となるエアコンボフェザー、生徒の良き相談役のハグロシュンランによって、生徒会はうまくまとまっている。

 名前のモデルはギリシャ神話のペルセウスから。

 

 

ハッピーミーク

 

 身長:165cm

 体重:増減全くなし

 愛称:ミーク

 得意なもの:イメージ

 

 中央トレセン学園の生徒、世にも珍しい白毛のウマ娘、所属はチームメイサにナイターを観戦に門別までやって来ていた、ファミレスでの会話でアラビアントレノと友情を築く。

 

 

スペシャルウィーク

 

 身長:158cm

 体重:微減

 愛称:スペ 

 得意なもの:早食い

 

 中央トレセン学園の生徒、空港行きの電車に乗り遅れて困っていた所を慈鳥に救われる。

 

 

シンボリルドルフ

 

 身長:165cm

 体重:かなり理想的

 愛称:ルドルフ

 

 中央トレセン学園の生徒会長、チームリギルのリーダー、AUチャンピオンカップのために頑張る生徒達を見守っている。中央のダート戦線が芝と比べて手薄だと思っており、指導役が少ないことに悩んでいる。

 

 

エアグルーヴ

 

 身長:165cm

 体重:見事な仕上がり

 

 中央トレセン学園の生徒会副会長、チームリギルのメンバー、前の副会長(モブキャラ)の後任として副会長となり、シンボリルドルフを支える。

 

 

 

学園関係者

 

 

慈鳥

 

 アラビアントレノの担当トレーナー、転生者、前世はレーサーであり、雨天でのクラッシュで命を落とした。転生後は前世と同じくカーレースを志すも、モータースポーツが前世ほど発展しておらず断念、中央のトレーナーを志すも、理論が“異端”、“危険”とされ、面接で落とされた。福山トレセンに就職した後は、アラビアントレノの担当となり、二人三脚でレースに挑む愛車はZ20ソアラの3.0GTリミテッド(浅見光彦の愛車)

名前の由来はカラスの別名『慈鳥』

 

 

軽鴨、火喰、雀野、雁山

 

 慈鳥の同期、火喰のみ女性、ほか男性、軽鴨は声が大きく、火喰は細かい性格、雀野は冷静、雁山は親切なお人好しである。

 それぞれの名前のモデルは軽鴨がカルガモ、火喰がヒクイドリ(飛び蹴りをする鳥)、雀野がスズメ、雁山が雁(鴨の仲間)である。

 

 

大鷹

 

 福山トレセン学園の校長、恰幅の良い老紳士、元々はトレーナーであり、学園のトップとして仕事をこなすだけでなく、様々なアドバイスを慈鳥達に送る立場でもある。

 名前のモデルは猛禽類のオオタカ。

 

 

川蝉

 

 福山トレセン学園の校長秘書、常にベレー帽を身に着けた女性、慈鳥らトレーナーに出走表を届けているのは彼女。

 名前のモデルは鳥類のカワセミ。

 

 

桐生院 葵

 

 中央トレセン学園のチームメイサのサブトレーナー、レースを学ぶために門別までナイターの観戦に来ていた。友人と遊んだ経験が少なく、同期と仲良くなる計画はあまり上手く行っていない模様。ハッピーミークに諭され、勇気を出して門別にて慈鳥に話しかけ、友人となる事に成功する。

 

 

秋川 しわす

 

 中央トレセン学園の現理事長、全ての競争ウマ娘に門戸が開かれる大会、AUチャンピオンカップの開催を宣言した。

 名前のモデルは師走(12月)

 

 

九重

 

 NUARのトレセン学園運営委員長、秋川しわすとの共同会見で、AUチャンピオンカップの開催を宣言した。逼迫気味の地方トレセン学園の財政を改革によって良くしている傑物。 

 

 

桐生院の同期

 

 桐生院の同期の新人トレーナー、既にチームを持っている。慈鳥とは彼が面接に落ちた際にニアミスしている模様、桐生院からカラオケに誘われたが断った。

 

 

 

その他

 

 

じいちゃん

 

 アラビアントレノの育ての親、『走りたい』というアラビアントレノの願いを見抜き、彼女を福山トレセン学園へと送り出す。

 

 

アラビアントレノ(前世)

 

 アラビアントレノの前世、名前は不明、芦毛のアングロアラブ、アラブ系競争衰退の流れにより、デビューはできず、大井競馬場で誘導馬として働き、色々な物を見てきた、誘導馬引退後はとある牧場で人間を乗せたり、パフォーマンスをやったりして余生を過ごしていた。アングロアラブ故、サラブレッドより体格は小さく、誘導馬時代は『チビ』とサラブレッドに呼ばれていた事も少なくなかった模様。

 

 

先輩

 

 前世のアラビアントレノの先輩、月毛のクォーターホース。アラビアントレノを誘導馬として鍛え上げた。クォーターホース故、超短距離ならばサラブレッドよりも速いスピードで走る事ができる。

 

 

 

 アラビアントレノが大井で仕事をしていた時に出会った赤いメンコを付けた栗毛のサラブレッド、非常に礼儀正しく、その姿はアラビアントレノの脳内に深く刻まれていた。

 

 

神崎

 

 前世、牧場で余生を過ごしていたアラビアントレノの世話係、多くの人間の世界のことをアラビアントレノに教え、その最後を看取った。アラビアントレノからは“おやじどの”としてとても慕われていた。

 

 

相棒

 

 慈鳥の前世での相棒、優秀なメカニックでレーサーの慈鳥には欠かせない大切な存在だった。

 

 

 

作中用語

 

 

URA

 

 正式名称『日本ウマ娘レース協会』、俗に言う中央、URAは(Uma-musume Racing Association)の略称。

 

 

NUAR

 

 正式名称『地方全国ウマ娘レース協会』俗に言う地方、NUARは(National Uma-musume Association of Racing)の略称。

 

 

AUチャンピオンカップ

 

 正式名称『全ウマ娘チャンピオンカップ』、略称はAUCC、ゲーム版でのURAファイナルズに相当するレース、日本のウマ娘レースに新しい風を吹き込む目標で設立された、全ての競争ウマ娘に門戸の開かれている新しい大会。

 

 

福山トレセン学園

 

 正式名称『広島ウマ娘福山トレーニングセンター学園』地方トレセン学園の一つで、福山市を流れる芦田川の近くに建設されており、川沿いには“土”のウマ娘走路が存在する。地方のトレセン学園としてはサポートウマ娘も少なくない数が在籍している。地方トレセン学園の統廃合によって、岡山のトレセン学園を吸収している。

 

 

チームメイサ

 

 トレセン学園のチームの一つ、6人で構成されており、慈鳥の把握しているメンバーはハッピーミーク、ジハードインジエア、ツルマルシュタルク、サンバイザーの4人、高等部にメンバーが一人いるものの、ドリームトロフィーリーグへの注力のため、メイントレーナーと共にチームを離脱予定。もう一人は中等部で、ハッピーミークたちよりも年下、メイントレーナーは中年の女性が努めており、桐生院はサブトレーナーとして働いている。

 名前のモデルはオリオン座ラムダ星から。

 

 

ドリームトロフィーリーグ

 

 トゥインクルシリーズにて素晴らしい成績を収めたウマ娘が進むことのできる舞台、サマードリームトロフィーとウィンタードリームトロフィーが存在する。また、ドリームトロフィーリーグに参加する場合は、チームでなく、トレーナーとのマンツーマンでも可能(これは本作の独自設定)

 

 

トレセン学園

 

 ウマ娘達がレースに出走するために、あるいは出走するウマ娘を支えるために在籍する学園、中等部から高等部まで存在している。

 

 

名家

 

 ここでは、ウマ娘レースで有名な家のこと、地方では福山、園田、姫路、高知、サガの5つの学園に生徒がいるハグロ家や姫路トレセン学園の生徒会長であるオオルリネルソンの生まれであるオオルリ家がいる。

 

 

サラブレッド

 

 主に競馬用で使われる馬の品種の一つ、スペシャルウィークや“彼”がこれに当たる、時速70km/hほどで走る脚力を持ってはいるものの、スピードを追求した結果、精神的にも肉体的にもかなりデリケートな、『走るダイヤモンド』後述するアングロアラブやクォーターホースよりも、体格は大きめ。

 

 

アングロアラブ

 

 サラブレッドにアラブをかけ合わせたもの、アラブ血量が25%以上がアングロアラブになる。アラブが耐候性や耐久性に優れた頑強な品種のため、サラブレッドにはスピードで劣るが、気性も穏やかで扱いやすい。史実の日本では中央で1995年に、地方で2013年を最後にアラブ系の競争は廃止されている。また、頑丈さを活かして競争以外にも、乗用馬や競技馬として用いられている。

 

 

クォーターホース

 

 アメリカの開拓期にヨーロッパ産のアンダルシアン、サラブレッド、アラブそして、開拓前にスペイン人が持ち込み、野生化した馬であるマスタングを交配させて作られた馬、超短距離ならば時速80km/hを超えるスピードが出るためサラブレッドよりも速い、競走馬として日本では用いられてはいないものの、機動性の高さから大井競馬場等の一部の地方競馬場で、誘導馬として用いられている。

 

 

ヤックル

 

 正式名称「シシカモシカ」、ウマ娘のいる世界で現実世界の馬に相当する役割を担っている大型でスマートなカモシカの仲間、角があるため、競走馬のような扱いはされていない。

 

 

 

 




 
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オリキャラの設定画は
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次話より第二章に入ります、よろしくお願い致します。


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第二章 苦悩のクラシック戦線
第14話 謎の呼び声


 第二章 スタートです、よろしくお願い致します。


 

 

『────』

 

 何かを呼んでいる声が、どこからか聞こえる、その声を聞き、私は立ち上がった。

 

 そこは真っ暗な空間で、私は闇の中をひたすら歩いていく。

 

カッ!

 

「…………ッ!」 

 

 突如、まばゆい光が私を照らす。

 

『────』

 

 逆光に包まれた何者かが、私の前に立っている、それは四本脚で、耳と尻尾がある……つまりは…馬……

 

 それは何かを呼んでいる、しかし、何故かそれは私の耳に聞こえない…だけど、その声は私に向けられたものだとなんとなく分かった。

 

「……誰…?」

 

 私はそれを睨みつけ、そう聞いた。

 

『────…アングロアラブ(ワシら)の最高傑作…』

 

 しかし、それは質問には答えず、品定めするような様子で私を見て、一方的にそう言う、その表情は、逆光で全く見えない。

 

「あなたは…誰?」

 

 私は再びそれに問いただす。

 

『倒せサラブレッド(奴ら)を!ワシの因縁の相手!ワシのライバル!ワシの…生きがい!』

「…?」

『行け!そして、追い抜くのだ!サラブレッド(奴ら)を!』

 

 それはまた私の質問に答えることなくそう言うと、天に向かって嘶き、私の横を駆け抜けた。

 

「……!!」

 

 私はそれを追いかけようとした、だけど…激しい頭痛が私を襲った。

 

「………ぐっ!?……くぅ…あああああ!!」

 

 視界が霞んでゆく、最後に見たのは、遥か遠くを駆ける鹿毛の馬体だった。

 

 

 

────────────────────

 

 

バッ!

 

「……っ!…はぁ…はぁ…」

 

 私は目を覚ます、部屋は真っ暗で、周りにはチビっ子達が眠っている。私は年末年始、実家に戻ることにしていたからだ。

 

「……夢…」

 

 私はムクリと起き上がり、頭を横に振る、顔を洗いに行こう。

 

パシャ…パシャ…

 

 顔を洗うと、徐々に頭がスッキリとしてくる

 

 あの夢は何だったんだろう?私の記憶の中に、あんな声はないし、誘導馬をしていたときだって、あんな馬に出会ったことはない。

 

 …分からない。

 

「アラ、どうしたんだい?」

「…!じいちゃん……私、変な夢を見たんだ、誰かが私の事を呼んでるような…そんな夢を…」

「…なるほどね……」

 

 じいちゃんは目を閉じ、顎に手を当てて考え込んでいた。

 

「…もしかしたら、“継承”のきっかけかも知れないね」

「継承…」

「そう、継承だ」 

 

 じいちゃんはそう言う、継承が存在していることは、もちろん知っている。

 

 ……でも、私はサラブレッドじゃない、アングロアラブだ、果たして……継承はあるのだろうか……?

 

 

 

=============================

 

 アラビアントレノが奇妙な夢を見てから少しばかり後、福山トレセン学園の冬休みが終了した。

 

『では、生徒会長のエコーペルセウスさんより、生徒の皆さんへのメッセージがあります、お願いします』

 

 放送委員がそう言うと、エコーペルセウスは登壇する。

 

『生徒の皆、あけましておめでとう、皆、有意義な冬休みを過ごせたかな?競争ウマ娘の皆は今日をもって、競争のクラスが格上げになる、これからもどんどん色んな事を学んでいって欲しい、サポートウマ娘の皆、競争クラスが一つ上がると言うことは、新たな世界に足を踏み入れると言うこと、そんな競争ウマ娘達を、どうか支えてあげてほしい、それから……』

 

 エコーペルセウスはしばらくの間、壇上で話していた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 授業が終わった放課後、生徒会室には会長の エコーペルセウス、そして、エアコンボフェザーとハグロシュンランの二人の生徒会副会長が集まっていた。

 

「声掛け事案が……減っているだと?」

 

 エアコンボフェザーは驚いて目を丸くした。

 

「はい、妹たちからの報告です、最近、少なくなっているとのことです」

 

 ここで話題に上がっている“声掛け事案”とは、地方の有力なウマ娘が中央にスカウトされる事である。

 

 ハグロシュンランの実家、ハグロ家は地方ではそれなりの家のため、西日本のトレセン学園の殆どにハグロ家の人物が生徒として入っていた。それ故、各学園の情報も集めやすいのである。

 

「フェザー、驚いている所悪いけれど、どう思う?君の意見を聞かせてほしいんだ。」

「……今までに無いことだ、私がいた頃は実力のある地方のウマ娘はどんどん引き抜かれていたからな」

「そうか…確か君がいた頃は、最も熱かった時だからね」

「ああ、オグリキャップがいたからな」

 

 数年前、エアコンボフェザーが中央で走っていた頃、カサマツにて一人のウマ娘がデビューした。

 

 そのウマ娘とは、芦毛のウマ娘、オグリキャップである、後に中央に移籍した彼女は、規則によってクラシック三冠レースには出る事は無かったが、多くの人々を引き付けるスターウマ娘であった。

 

「オグリキャップが中央に移籍してからというもの、URAも地方から人材を引き抜く事が多くなっていったからね」

「ああ、でも、それがパタリと止んだ」

「…AUチャンピオンカップの為でしょうか?」

 

 ハグロシュンランはそう言って紅茶を飲む。

 

「……待てよ…もしかしたら、“良い勝負”がしたいのかもしれない…中央と地方には実力差が有るからな…」

 

 エアコンボフェザーは中央帰りとしての持論を述べた。

 

「えっ…それが本当なら、私達…無礼(なめ)られてるって事だよ?」

 

 エコーペルセウスはそう反応した。

 

「……確かに、否定はできないな、だが、ラッキーだとも言える、スターの素質のあるウマ娘達が中央に行ってしまうのが避けられるからな」

 

 そう言うと、エアコンボフェザーは席を立った。

 

「私はそろそろ行くぞ、継承についてウマ娘達に説明するからな」

「うん、わかったよ、しっかり頼むね」

「行ってらっしゃいませ」

 

バタン

 

 エアコンボフェザーは部屋を出ていった。

 

「継承かぁ…」

 

 エコーペルセウスは一口紅茶を飲み、そう呟く。

 

「…私達にとっては、よく分からないものですね」

 

 ハグロシュンランはそう答えた、継承とは、競争ウマ娘のみに起きる謎の現象の事である。その時期は個人によってまちまちなものの、継承を受けたウマ娘は身体能力が向上するというのが常であった。

 

「フェザー曰く『三女神のシルエットが目の前に現れて、そこから出た光が体に入ってくる』らしいけれど、オカルトチック過ぎて信じられないんだよ」

「…私も同様です、ですが、継承をきっかけに飛躍的な能力の伸びを見せる生徒がいるのも事実、今年のクラシック期の皆さんがどうなっていくのかが、楽しみです」

「うん、そうだね、去年の年末の特別レースで分かったことだけど、今年のクラシック世代の皆は才能がある」

「もしかすれば…オグリキャップさんのようなスターも現れるということですか?」

「うん、そうだね」

 

 オグリキャップはその活躍により、地方のウマ娘達の間では伝説のような存在となっていた。特にハグロシュンランは同い年と言うこともあり、オグリキャップの大ファンでもあった。

 

「……個人的には、地方で走っていて欲しかったって気持ちはあるけれど、中央のファンにとっては、オグリキャップの登場はとても嬉しいモノだったろうね」

「はい、あんなことが起きれば……忘れたくはなるでしょう」

 

 ここでハグロシュンランが言及していた“あんなこと”とは、オグリキャップが中央に移籍する前年に起きたある出来事である。

 

「………そうだね、でも、あれは決して忘れてはならない」

「……」

「……さて、暗い話はここまでにして、茶菓子でも食べないかい?」

「頂きます」

 

 エコーペルセウスは話を切り上げ、茶菓子を取りに向かったのだった。

 

 

=============================

 

 

 俺は一人、パソコンで動画を再生する、正月休みを利用して大阪まで撮りに行ったものだ

 

 モータースポーツの規模は小さいとはいえ、やはり車好きという人種は居るもので、大阪では前世同様、新年早々、環状族が爆走していた。

 

 今までのアラの勝利は…相手のミスを誘ったりする戦術によるもの、でも、これからは相手も強くなるし、年上のウマ娘と当たる機会も多くなる。

 

『ブォォン!』

 

 画面の中の車は、他の車の間を縫うように、環状線を駆け抜けていく。それはまるで車と車の間をスライドするかのように避けるのだ。

 

 位置取り争いも…苛烈なものになる、この車のように、抜けるテクニックが必要になるだろう。

 

 環状族は、走り回るに当たって、コンパクトで軽量な車体にかなりの馬力のエンジンを持つ車、ヒラメシビック *1 を使っている。

 

 この車と同じく、アラも小柄…つまり…これから追求していくべき課題は一つ。

 

 パワーウエイトレシオ(出力重量比)

 

 これを達成するには、新しいトレーニングだけじゃない、用具面でも色々と考えてみる必要があるだろう。

 

 継承のことも視野に入れなければならない。

 

「さて…どうしたものか…」

 

 俺はペンを手に取り、ノートを開いた。

 

 

*1
1987年に登場したシビック、通称「グランドシビック」




 
お読みいただきありがとうございます。

これから一日の投稿数を増やしていくつもりですので、よろしくお願い致します

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第15話 焦燥感

 

ジャブ…ジャブ…ジャブ…!

 

 季節は2月になろうとしている、クラシック期に入った私のトレーニングは更に厳しい物となった。

 今日は重りを背負い、冬の川を走っている。

 

バシャン!

 

「トレーナー、タイムは?」

「一週間前よりも良くなってる、あのストレッチと併用した効果が現れているな、ほれ、タオルだ」

「ありがとう」

「拭いたら靴を履き替えてストレッチ、それから学園に帰ろう」 

「…分かった」

 

 私は川から上がって脚を拭き、靴を履き替えてストレッチをし、待っていてくれたトレーナーと共に車に乗り込んだ。

 

 このトレーニングは、冬の川に入るので、とてもきつい、だけど、入って少ししたら、自然と身体は暖まってくるので問題は無かった。

 

 だけど…問題は別の所にあった

 

 …周りの娘たちが、どんどん“継承を受けた”と言っているのに、私にはいっこうにそれが来ない…やっぱり…私がアングロアラブだからだろうか?

 

「…どうした?降りないのか?」 

 

 どうやら、いつの間にか着いていたようだ。

 

「…い、いや…今度の“はがくれ大賞典”、不安だなと思って…」

 

 つい、ごまかしの言葉が出てしまう。

 

「……そうか、初めての重賞だものな、気持ちはわかる。俺も同じだ。」

「……」

 

 トレーナーは優しく私にそう言うと、サイドブレーキを引き、エンジンを切って車を止めた。

 

 正直に言えなかったという後ろめたさが、こみ上げてくる。

 

 

=============================

 

 

 アラのトレーニングを終えた俺は、仕事部屋に戻った。

 

 今日は5人で今後のトレーニングに関しての意見交換を行うことになっていた。

 

 一人一人、自分の担当のためのトレーニング計画を皆に説明し、アドバイスなどを行うというわけだ。

 

 

 

────────────────────

 

 

「最後は慈鳥だな、計画を見せてくれ」

「分かった」

 

 俺は軽鴨に促され、トレーニング計画を綴じたノートを見せる。

 

「……すげぇ…」

 

 最初にノートを見た軽鴨は思わず声を漏らす、その様子を見て、雀野はノートを覗き込んだ。

 

「…これは確かに凄いな……」

「あと一つ……これだ」

 

 俺は引き出しの中からある蹄鉄を出した。

 

「この蹄鉄は…?」

 

 雁山はそれを持ち、細かいところまで見る、そして…

 

「これ…何製だ?」

 

 と質問した。

 

「…超ジュラルミン製だ」

「ち、超ジュラルミン製だって!?アルミ合金じゃないのかよ!」

「ああ」

「でも、ジュラルミンはアルミより重い、一体どうして?」

「…超ジュラルミンだ…これはアルミよりかなり強度があるからだよ、俺がこれからアラに身に着けてほしいテクニックには、どうしても強度のある蹄鉄が必要なんだ」

「なるほど…」

 

 雁山は爪で蹄鉄をキンキンと鳴らしながら納得したような表情をした。

 

「それで、このトレーニングと新しい蹄鉄、いつ使うんだ?」

 

 さっきまでノートを見ていた雀野が俺に問いかけた。

 

「…決めてない」

「決めてない?どういう事だ?」

 

 ノートを持っていた軽鴨がそう俺に聞いた。

 

「………」

「教えてくれ、頼む」

「……この事は俺達5人の秘密だ、このトレーニングをする上で、一番大事な要素が足りていないからな」

「一番大事な要素?」

 

 皆不思議そうな顔を俺に向ける。

 

「………負けることだ」

「どういう意味?せっかくアラはここまで勝ち続けているのに」

 

 火喰が疑問を口にする。

 

「今から話す…………勝ち続けてる間は、トレーニングや機材を一新する事の本当のありがたみは分からないと俺は思うんだ。現状で発揮できる戦闘力を限界まで発揮して、ギリギリまで自分を追い詰めて、それでも勝てない悔しさを感じて、レーサーってモンは成長していく。アラのためにも……あいつが負けるまで、トレーニングと機材を変えるわけにはいかないんだよ」

「……」

 

 その場にしばらく沈黙が走った。

 

 

 

────────────────────

 

 

 俺が新たなトレーニングを皆に紹介してから、一月ほど経った。そして現在は、はがくれ大賞典に備えた最終調整を行う段階にあった。

 

「トレーナー!タ…タイムは?」

「落ち着け……ベストちょうどだ」

「まだ…こんなもんじゃだめ…トレーナー、もう一度走ってくる!」

「アラ!待て……行ったか…」

 

 だが…最近のアラは慌て気味で、どこか焦っているような様子だった。

 

 成長には負けることが必要だとはいえ、これでは心配になる

 

「はぁ…はぁ…」

「アラ!」

 

 俺は大きな声を出し、アラを呼ぶ。

 

「…これ以上はダメだ」

「でも…今のままじゃ勝てない…!」

「だが…いくらお前が丈夫だからって、これ以上は身体を壊すぞ、トレーナーとして、これ以上は認められない」

「……………分かった…」

 

 アラはしぶしぶといった感じで校舎まで戻っていった。

 

 

=============================

 

 

 寮に戻り、ササッと入浴と食事を済ませた私は、ベッドに飛び込んだ。

 

 コンボも、ランスも、チハも、ワンダーも、サカキも、継承を受けた、前者四人に至っては、すでに重賞だって取っている

 

 でも…私は未だに継承を受けられていない。

 

 競争ウマ娘なのに…

 

「どうして……」

 

 部屋の電灯に向けて、私は手を伸ばす。

 

「やっぱり…私がサラブレッドじゃないから?」

 

 視界が潤む。

 

「………ッ!」

 

ブンッ!

 

 私は枕を壁に向かってぶん投げた。

 

 壁にぶつかった枕は『ボフッ』という情けない音を立てて落ちる。

 

「…私が…私が…アングロアラブだから?」

 

 当然ながら、答えてくれる者はいなかった。

 

 覚悟はしていた…でも…こんなこと…誰にも言えるわけがない…

 

 

────────────────────

 

 

 あれから数日、私はシュンラン副会長に呼び出された。

 

「……今日はどうしました?」

「今日はアラさんを訪ねてお客様がいらしているんです」

「…お客さん…私にですか?」

「ええ、この扉の先でお待ちしています」

 

 そう言うとシュンラン副会長は、扉をノックし『お連れしました』と言った。

 

「さあ、入って下さいな」

「…は、はい…」

 

 私が面談室に入ると、そこには、一人の芦毛のウマ娘がいた、背はこちらよらりかなり高い、それよりも注目すべきはあちらの着ている制服だろう。私達福山トレセン学園のものとは違う…つまり、この客は、他校生…

 

「お前がアラビアントレノか?」

 

 そのウマ娘はこちらをじっと見つめ、そう聞いてくる。

 

「は…はい…あなたは…」

「私はフジマサマーチ、高知トレセン学園の生徒だ」

「…高知の方…ですか?」

「そうだ」

「一体なぜここに…?」

「お前…いや、貴様はこの間のエキシビションレースでエアコンボフェザーに勝った、そんなお前に興味が湧いた私は、レース前にぜひ顔を合わせておこうと思い、この場を用意してもらったという訳だ」

「レース…前に?」

「ああ、“はがくれ大賞典”に貴様も出るんだろう?」

「は…はい…」

 

 私がそう言うと、相手はこちらをじっと見る。

 

「………何か悩んでいるな?」

「……!」

「まあいい…個人の事に、そこまで踏み込むつもりは無いからな、レースまでに解決する事を祈っている」

 

 そう言うと、相手は部屋を出ていった。

 

 

=============================

 

 

 はがくれ大賞典当日、アラの焦りは収まっていない様子だった。

 

 その証拠に、座るアラの耳は左右バラバラにピコピコ動いている。

 

 俺は出走表を見る。

 

1ラモンサラマンダーサガ

2フジマサマーチ高知

3ビゾンサンシェードサガ

4スズカアバランチサガ

5デンランハンターサガ

6プリングルパンサー姫路

7オールナイトフレア川崎

8ヒロイックサーガ園田

9アラビアントレノ福山

10オホトリメーカーサガ

11シーラカルヴァンサガ

 

 

 

 強敵は2番のフジマサマーチ……あのオグリキャップのカサマツ時代のライバルだ。

 

『オグリキャップに2度も土をつけたウマ娘』として中央入りを果たした彼女、しかし、一度も勝つことはできず、再び地方に戻ることになったらしい。

 

 アラにとっては、大きな壁となってくれる。

 

『出走ウマ娘の皆様は、準備をお願い致します』

 

 パドックに上がるのを促すアナウンスが入る。

 

「アラ、大丈夫か?少し気が散ってるみたいだが」

「…緊張してるだけ、大丈夫」

 

 そう言ってアラは控室の扉を開け、パドックへと向かっていった。

 

 

=============================

 

 

 フジマサマーチさんは、二番人気、私は六番人気だった。

 

 私達は無言でゲートまで移動する。

 

 ゲートのそばで、私達は靴や蹄鉄の最終確認を行う、そこで、私はフジマサマーチさんに話しかけられた。

 

「来てくれたか、待っていた」

「今日は…よろしくお願いします」

 

 私がそう言うと、フジマサマーチさんはこちらをじっと見た。

 

「………貴様は、何か悩んでいるのか?」

「…」

「……その様子だと、どうやら図星のようだな」

 

 フジマサマーチさんはそう言うと、少しの間目を閉じ、こちらを睨みつけた。

 

「……今日は、貴様とぶつかれると思っていたが、違うようだな……だが、全力で相手をさせてもらう、それが私流の礼儀だからな」

「……」

「…もう一つ言っておく、貴様は今のままでは駄目だ、だから私は今日のお前との戦いをレースだとは思わない、今の貴様では駄目だということを、今日、ここで示す。これは講習会(セミナー)だ」

「………!」

 

 フジマサマーチさんは自分のゲートの方へ向かっていった。

 

『11人のウマ娘がゲートインしています、最後の娘もゲートに入った模様、春シーズンの目玉となるはがくれ大賞典…今…』

 

ガッコン!

 

『スタートしました!』

 

 




 
お読みいただきありがとうございます。
 
この物語なのですが、アニメ版にシンデレラグレイの要素が含まれている物語となっています。

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第16話 レーサーを育てるモノ

 

『スタートしました!さて、先行するはやはり外枠10番オホトリメーカー、続いて内から立ち上がる1番ラモンサラマンダー、その後ろには5番デンランハンターと7番オールナイトフレア、少し後ろ、外から6番プリングルパンサーと4番スズカアバランチ、その後ろ、9番アラビアントレノ、その後ろには2番フジマサマーチ、最後尾、並ぶように3番ビゾンサンシェード、8番ヒロイックサーガ、11番シーラカルヴァン』

 

 後ろ…あの時と一緒だ、フジマサマーチさんは確か、逃げと差しの両方を使うはず…このレース場なら逃げで来ると思ったけど…まさか差しで来るなんて。

 

『最初の直線、距離400m、各ウマ娘、思い思いの位置へ、10番オホトリメーカーを先頭にして縦長の展開を維持しつつ、第3第4コーナーへ』

 

 あのオグリキャップを2度も下したウマ娘…どう来るの…

 

 

=============================

 

 

 一瞬動揺が見えた

 

 私が逃げウマ娘だというのは…もうとっくに昔の話だ。

 

 4度の完全なる敗北で、私は思い知った、“逃げ切るのは才能が必要”だと。

 

『各ウマ娘、順々に第3第4コーナーへ』

 

 アラビアントレノ、ここのコーナーは特殊だ…どう来る?どう走る?

 

………

 

 やはり…内を避けてはいるか…ここの内ラチ沿いは、砂が深く、走るのに多くの体力を消耗する。

 

 良い判断だ…ただ…ここで温存した体力が全て末脚に使えると思えば…それは大間違いだ。

 

『各ウマ娘、一度目のスタンド前へ、順番は変動なく、10番オホトリメーカー先頭で、先頭からしんがりまでの距離はおおよそ7バ身』

 

 勝負はここからだ……アラビアントレノ

 

 

=============================

 

 

 アラは初めてのコースだが、うまく走る事ができている、俺の言った通り、砂の深い内ラチ沿いはしっかりと避けてくれている。

 

 だが…重賞の勝負は半分を越してから。

 

「アラ…お前さんはどう対処する?」

 

 俺は短いスタンド前を駆け抜けるウマ娘達の動きを確かめるべく、双眼鏡を覗いた。

 

 

=============================

 

 

『スタンド前を駆け抜けたウマ娘達は第1第2コーナーへ、先頭は外枠10番オホトリメーカー、続いて1番ラモンサラマンダー、その斜め後ろ、2バ身差で7番オールナイトフレアが5番デンランハンターの前へ、1バ身後ろ、外から6番プリングルパンサーと4番スズカアバランチ、その後ろ、9番アラビアントレノ、そのすぐ後ろには2番フジマサマーチ、続きまして、3番ビゾンサンシェード、外を回ります、11番シーラカルヴァン、しんがりは8番ヒロイックサーガ』

 

(…ここまでは何も問題無く走れてる…でも、何だろう?このざわめきは…まるで…何かが起きる前触れのような…)

 

 アラビアントレノは、得体の知れない物を感じ、違和感を懐きつつ走っていた。

 

 

 

(初めてのコース、そして平常心ではない状態で、ここまで走ってみせるとは……素晴らしい適応力と言っておこう、まるでアイツ(オグリ)を思い出させる様なウマ娘だ…だが…)

 

 一方で、フジマサマーチは精神状態が不安定でも、ある程度は走ってみせているアラビアントレノの適応力を見て、デビュー戦の際、破損した靴で自身を追い詰めたかつてのライバル、オグリキャップの事を思い出していた。

 

(………向正面のストレートの後半…来るな、だが…それは今の貴様では……愚策…)

 

 かつてのライバルの事を思い出しながらも、フジマサマーチはアラビアントレノの様子からこれからの動きを察し、これからの動きを頭の中でシミュレーションしていた。

 

『第1第2コーナーを走り抜け、各ウマ娘は向正面に入ります、ここの流れのストレートで、最後のコーナーに入るための位置取りを、しっかりと整えていきたい所です』

 

(さぁ……ここからが本当の『重賞』だ…仕掛けさせてもらう)

 

ダッ!

 

 フジマサマーチは目を見開き、少しペースを上げた。

 

 

(……ペースが……)

 

 アラビアントレノは動揺していた。

 

(…それも…全体的に……置いていかれたら…おしまい…)

 

 もし、フジマサマーチのみがペースを上げたのなら、彼女が驚く事は無かっただろう、しかし、ペースが上がったのは、フジマサマーチだけではなく、レースに出走しているウマ娘の殆どであった。

 

『各ウマ娘、仕掛けの準備段階に入った!少しずつ上げていくのは2番のフジマサマーチと、3番のビゾンサンシェード!2番フジマサマーチ、外から外から!9番アラビアントレノのすぐ横に並びかけていく!』

 

(速い………ッ!?…)

 

「…………」

 

 アラビアントレノは上がってきたフジマサマーチに気圧され、内ラチ沿いまで追いやられた。

 

(まずい…戻らないと…!)

 

ビシッ!

 

 アラビアントレノはすぐに集団に戻ろうとするも、体格の小ささから、上手く入れず、弾かれる。

 

(模擬レースでは…こんなに弾かれることなんて…無かったのに…コーナーまでには…入らないと…)

 

 だが、そんなアラビアントレノの思いも虚しく、レースは第3第4コーナーへと入ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 その頃、福山トレセン学園ではキングチーハーとエアコンボハリアーが、佐賀レース場からの中継を見ていた。

 

『各ウマ娘、仕掛けの準備段階に入った!少しずつ上げていくのは2番のフジマサマーチと、3番のビゾンサンシェード!2番フジマサマーチ、外から外から!9番アラビアントレノのすぐ横に並びかけていく!』

 

「苦しいわね」 

「…否定はしない…」

 

 キングチーハーは冷静に状況を分析し、エアコンボハリアーもそれを否定しなかった。

 

「アラ以外のウマ娘の殆どは、私達よりも長く走ってきた、だから走りが体に染み付いている……だから、“つくべき位置を探すやり方”に加えて、“対戦相手を付きたい場所に入れないやり方”もできる……ベテランらしいやり方ね…特に…中央帰りのフジマサマーチは…」

 

『第3第4コーナーカーブ前、先頭10番オホトリメーカー、それとほぼ横並び、1番ラモンサラマンダー、その斜め後ろ、半バ身差で7番オールナイトフレア、5番デンランハンター、1バ身後ろ、外から6番プリングルパンサー、2番フジマサマーチ、4番スズカアバランチ、その後ろ内ラチ沿い、9番アラビアントレノ、その外側には3番ビゾンサンシェード、11番シーラカルヴァンと8番ヒロイックサーガも近くにいる!まとまった展開だ!』

 

「もう一度……抜き返すチャンスは…」

 

 エアコンボハリアーはそう声を絞り出した。

 

「…大きなウマ娘、小さなウマ娘、どちらがレースで強いかなんて、甲乙付けがたいものだけれど………ああいう混戦の位置取り争いでは、1センチのサイズの差が物を言う……ハリアー、私と同じで重賞を取ったアナタが、分からないはずはないでしょう?最も…今のアラは、継承の事で慌てているみたいだけれど」

 

 衝撃力…それは、物体の質量が重ければ重いほど、そして、速ければ速いほど増すものである。自動車並みのスピードで走るウマ娘にとって、それは大きければ大きいほど、レースにおいて位置取り争いに強いことを意味していた。

 

 そして、身長が150cm未満のウマ娘は、一般的には“位置取り争いでは不利”とされていた。もちろん、自分なりに工夫して、その不利をカバーし、ローカルシリーズにおいて結果を出しているているウマ娘も多いが、そういったウマ娘は継承という身体能力の向上を経て、何年も走ってきたベテランであった。

 

「バカ……慌てる事は…無いのに…慌てるから…負けなくても良い負けが…こんなところで付くんだ…」

 

 エアコンボハリアーは悔しそうに拳を握りしめ、画面を睨んだ。

 

 

 

 

 

(…内からでも良い…砂に足が沈んだって関係ない…ペースを上げてやる…)

 

 第3コーナーを曲がっているアラビアントレノは、まだ諦めてはいなかった、位置取り争いに入れぬと踏んだ彼女は、内ラチ沿いを強引に進んでいた。

 

『第4コーナーカーブに入りました!各ウマ娘、仕掛ける準備に入っている、どの娘が最初に立ち上がるのか!?』

 

(………………足が…)

 

(行かせてもらう…!)

 

(!!)

 

『第4コーナー終盤!最初に立ち上がったのはフジマサマーチ!一気に仕掛けてくるか!末脚を使い中団から捲りあげていく!』

 

 これまで約半周、内ラチ沿いを走らされ、精神的にも肉体的にも追い詰められたアラビアントレノの目に、末脚を爆発させ、他のウマ娘を捲りあげるフジマサマーチの姿が目に入り、彼女の脳内を絶望感が支配した。

 

(まだ…まだだ!)

 

 それでもフジマサマーチに追いすがろうと、彼女が反射的に脚を大きく前に出したその瞬間……

 

ズリッ!

 

 

 

────────────────────

 

 

『フジマサマーチ!一着でゴールイン!フジマサマーチ!ベテランの意地を見せつけ、レースを制しました!2着はプリングルパンサー!3着はビゾンサンシェード!』

 

ワァァァァァァァァァ!

 

 私は掲示板を見上げる……私はあそこでスリップして、必死に立て直した。だけど…結果は十着、完敗だ…実力も、判断力も、精神力も…圧倒的に足りていなかった。

 

ザッ…ザッ…ザッ…

 

 フジマサマーチさんはこちらに向かって歩み寄ってくる。

 

「掲示板を見れば…貴様は確かに私に負けた、だが……私は貴様とレースをしたつもりは無い、現実というものが良く分かっただろう、迷い…悩み…今の貴様では、これからのクラシック戦線を勝ち抜く事は出来ない…!貴様がそれらから開放され、新たな力を手に入れ、私とやり合えるウマ娘となるまで、勝負は預ける……また会おう、アラビアントレノ」

 

 その言葉は、今まで聞いたどの言葉よりも重く、私に降りかかった。

 

 フジマサマーチさんは去り、私は重い足取りで、地下バ道へと降りる。

 

「アラ…お疲れさん、脚は大丈夫か?」

「うん…ごめん…今は…一人に…」

「分かった」

 

 トレーナーは、何も言わなかった。

 

 

=============================

 

 

 帰りの車まで、俺とアラは一言も交わさなかった。

 

 だが…聞かなければならないだろう、あいにく渋滞で車の流れは止まっている、俺は口を開いた。

 

「…アラ、そろそろ教えてくれ、お前…何か悩んでるんじゃないか?」

「……」

「今日のレース、いや、今日までの精神状態はちゃんとしていたか?」

「……受けてない…」

 

…?

 

「……受けてない?」

「継承を…受けてない…」

 

……!

 

 俺は驚愕した。

 

「…ごめん……トレーナー、私、ずっと黙ってた」

「……どうしてだ?」

「…トレーナーに、知られるのが…怖かった…コンボも、ランスも、チハも、ワンダーも、サカキも……皆…継承が来たのに…私は……来てないから」

 

  アラの声は、だんだん涙ぐんだものになっていく。

 

「…トレーナー……」

 

 アラはそう声を絞り出す。

 

………

 

「…“私なんていらないよね?”なんて、言うんじゃないぞ…?」

「えっ……」

 

 アラの耳が、曲線を描いて立つ、図星だったようだ。

 

「……でも…でも…私…」

「…正直、俺も驚いてる、でも、そんなモンで、俺はお前を捨てたりなんかしない」

 

 継承が来ないと聞いた時は驚いた、でも、俺は、それを理由にアラを捨てようとは思わなかった、いや、思えなかった。

 

「………」

 

 アラは涙を流す。

 

「……継承が来てなくったって良い、お前のせいじゃ無いよ」

 

 俺は涙を流すアラの頭に手を置いた。

 

 

=============================

 

 

 トレーナーは、私の頭に手を置く。

 

「アラ、聞いてくれ、本当に強いレーサーは、周りの人間に、自然と“応援したい”って思わせるような力を持ってんだ、エアコンボフェザーとのレースで……お前は多くの人の声援を受けた。俺も声援を贈った一人だ、つまり…お前は…強いレーサーだ」

「でも……私は勝てなかった…」

「良いんだ、負けても、強いレーサーは、いつも勝ってるわけじゃない」

「………本当?」

「“悔しい”…その気持ちがレーサーを強くする上で、一番大切なモノなんだ、俺は人間だ、ウマ娘の事を理解するのには限界がある、継承でどれだけ身体能力が向上するのかも、理論でしか分からん。」

 

 トレーナーはそう言って、私の頭から手を離し、真っ直ぐ私を見た。

 

「………俺は、ウマ娘を強くするのは継承じゃないと思ってる…アラ、この敗北をバネにして更に強くなれ」

「……うん…ありがとう、トレーナー…」

「…」

 

 トレーナーは少し口角を上げた。

 

 

=============================

 

 

 その後はしばらく走っていた、アラはいつの間にか眠っていた、俺は宮島SAに車を停めた。

 

 アラは継承を受けていない、いや…これからも来ることは無いのかもしれない…そんな気がする。

 

 でも、驚かされただけで、落胆の気持ちは全く起きなかった。

 

 むしろ、アラのこれからが楽しみになっている自分がいる…………要は車とよく似ている…レーサーの血が騒ぐということだ。

 

 ハンドルを取り、自分を鍛え、考え、成長し、とにかく目の前の相手を抜き去ってやろうと行動に移す。

 

 何度でも試し、走り、戦い、抜いて、抜いて、抜いて、抜いていく。

 

 もちろん上手くやれるときもあれば、失敗するときもあるだろう。

 

 ならば次はどう走ろう、どう戦おうと何日、何ヶ月と考え続ける。

 

 機会があれば思いついたアイデアを片っ端から試していく。

 

 そうしているうちに──

 

 楽しくなってくる訳だ。

 





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第17話 勝ちたい存在

  

 ある日、キングチーハーは福山トレセン学園の生徒会室を訪れていた。

 

「ペルセウス会長……勝てませんでした」

「チハ…君は頑張ったよ」

 

 エコーペルセウスはキングチーハーの頭に手を置く。

 

「……」

 

 キングチーハーは黙って涙を流していた。

 

 AUチャンピオンカップの開催が決定したと同時に、日本のウマ娘レースはもう一つの変革が起きていた、それが『地方所属ウマ娘の中央主催レースへの参戦チャンスの増加』である。

 

 これにより、中央主催の重賞レースのトライアルレースは増加していた。

 

 そして、クラシック三冠レースの一つ目、皐月賞では、福山のキングチーハー、舟橋のサトミマフムトが出走していた。結果はサトミマフムトが4着、キングチーハーが6着であった。

 

「ココアだよ、チハ、レースの話を、詳しく聞かせてくれないかな?」

「……はい」

 

 エコーペルセウスはキングチーハーにココアを差出し、気持ちを落ち着かせてレースの詳細を聞いていった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 キングチーハーが帰ったあと、エコーペルセウスは聞いた内容をまとめたいた。

 

 そこをハグロシュンランが訪れた。

 

「ペルセウス会長、どうでしたか?」

「今年のクラシック世代は中々の強敵が居るみたいだね、年度代表ウマ娘も出そうな勢いだ」

「まぁ…」

「特にこの5人」

 

 エコーペルセウスは懐から5人のウマ娘のレース中の写真を出した。

 

「まず一人目、キングヘイロー、所属はチーム“ヤコーファー”優秀な血統持ちらしいね、根性のある性格みたいだから、強力な末脚を持っているはずだ」

「…確かに、この写真を見るに、不屈の闘志を持っておられるお方のようですね」

 

 ハグロシュンランはキングヘイローの皐月賞の写真を見てそう言った。

 

「よーし、二人目に行こうか、二人目はエルコンドルパサー、所属はチーム“リギル”これまで全勝してきたウマ娘、世界最強を目指しているそうだよ、特徴はなんと言ってもスタミナだね」

「…芝もダートも行けるようですね」

「そうだね、もっとも、うちのウマ娘達も、“地元を最大限に利用すれば”芝、ダート、どちらも走れるようになっているはずだけれど」

「ふふっ…確かに、盛岡に遠征して結果を出す娘もいらっしゃいますからね」

 

 盛岡レース場は、地方レースでは唯一、芝コースを備えている。それ故、中央のレースのトライアル競争が行われる事もあった。

 

「三人目、グラスワンダー、所属はエルコンドルパサーと同じくチーム“リギル”朝日杯フューチュリティステークスを制覇…だけれども、今は怪我で療養中。この娘は強力な差し足、そしてそれを残しておけるスタミナが武器だね」

「お怪我をされているのですね、復帰の時期はいつ程になるのでしょうか…」

「早くとも夏明けになるんじゃないかな?とりあえず、細かいところはよくわからないね」

 

 エコーペルセウスは苦い顔をしつつ、そう言った。

 

「四人目に行こうか、四人目はセイウンスカイ、所属はチーム“アクラブ”皐月賞を取ったウマ娘だね、逃げ切る粘り強さを持ったウマ娘、サイレンススズカよりもスピードは劣るけれど、その分適性が長距離寄り…になるのかな?」

「逃げ…ですか、中々リスキーな戦法を取られるのですね」

「“体質に合った堅実な戦法”か“自分の好きなように走る戦法”か、どちらが向いているかはウマ娘による。一概に逃げと言ってもリスキーとは限らないよ」

「………」

 

 ハグロシュンランは頷きつつ話を聞く。

 

「そして五人目、スペシャルウィーク、所属はチーム“スピカ”皐月賞の前哨戦の弥生賞を取ってる、この娘もかなりの末脚を持っているようだね」

「ですが…何故、皐月賞は…」

「映像を見てみたんだけれども、勝負服の後ろが、少しヘンになってる、多分…食べ過ぎかな?」

「太りやすいお方なのでしょうか…」

「恐らくは、まあ…年頃の女の子に言ってしまうのは、少々罪悪感を感じるけど」

「あはは…そうですね」

 

 エコーペルセウス、ハグロシュンランは共に少し笑った。

 

「それで…会長はここの5人の中のどなたかが…」

「ううん、これはあくまで一般論、私が今後注目していきたいウマ娘は別にいる」

「まぁ…そうなのですか?」

「うん、でも、まだ秘密だよ」

 

 エコーペルセウスは笑顔で指でバツを作った。

 

「秘密…ですか…そう言えば…フェザーさんはどこに居るのでしょうか?」

「フェザーはサポートに回って貰うことになったからね、学園のため、早速動いてもらってる……今は帯広にいるんじゃないかな?」

「帯広…でも、あそこは…」

「うん、知っての通り、私達の走る世界とは別の世界、“ばんえい”だ、だけど、あのフェザーのことだ、きっと、何かヒントを見つけたんだろうね」

 

 “ばんえい”とは、帯広レース場でのみ行われている、ウマ娘が重りを載せたそりを引き、その速さを競うレースである。

 

 その原点は奈良時代にまで遡る、当時の日本は“租調庸”という税制が導入されており、その税は米や各地の特産品といった現物で収められていた。

 

 奈良時代には一般の民衆が牛やヤックルを用いて、及び船で荷物を輸送することは認められておらず、輸送は殆どの場合人の手で行われていた。

 

 そこで運送役として活躍していたのが、ウマ娘である。彼女たちは、大量の食料を必要とするものの、人間の持てる量の数倍の荷物を持ち、牛が引くようなそりや車を引き続けるパワーは物資の運送に大いに役立ったという…

 

 そして、奈良時代に活躍したウマ娘達を後世まで語り継ぐべく、ばんえいレースが創設されたのであった。

 

「会長のおっしゃる通りです、あのフェザーさんなら、何か見つけて来てくださるとおもいます」

 

 ハグロシュンランは外を見てそう言った。

 

 

=============================

 

  

 トレーニング開始時刻、俺はアラにこれからやるトレーニングの説明と、本人の意志の確認を行う事にしていた。

 

「アラ、はがくれ大賞典で負けてから、お前には基礎練習の他に、反復横跳びをやってもらってたよな?」

「うん」

「今日から行うトレーニングは、その反復横とびで鍛えた敏捷性と横への瞬発力を更に強化するものだ」

「…どんなトレーニング?」

 

 アラは真顔でこちらを見る、だが、その目は期待が宿っていた。

 

 

=============================

 

 

「…どんなトレーニング?」

 

 私はそうトレーナーに聞いた。するとトレーナーは口角を釣り上げ、ニヤリとする、この顔をする時は大抵カーレースの世界に関連のある時だ。

 

「これだ」

 

 トレーナーはノートを開き、私に見せた。

 

 

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「…………何、これ…暗号?」

 

 トレーナーがノートに書いていたのは、いくつかの丸と矢印…意味が分からない。

 

「ジムカーナ、聞いたことないか?」

 

 トレーナーはこちらを見てそう聞く、ジムカーナといえば…

 

「シシ術?」

 

 前世、セルフランセが現役の時のことを話していたのを思い出した。

 

 ジムカーナとは、馬場にポールをいくつも立て、ハードルを設置したりして、細かな曲線や起伏に富んだコースを作って、そこを走る馬術競技……いや、この世界だとヤックルがやってるからシシ術だ。

 

 セルフランセはそれに長けていて、特にハードルを飛び越えるのが好きだったらしい。

 

 だけど、牧場にはハードルなんて物は無かった、でも、時間はたっぷりあったので、私はセルフランセにジャンプを教わっていた。最終的にはセルフランセと共に牧場で使っているリアカーを飛び越え、牧場長に見つかって大目玉を食らったのを覚えている。

 

「半分正解だ……おーい、アラ、聞いてるか?確かにジムカーナはシシ術にもある、だけど、これはモータースポーツのジムカーナを参考に作ってるんだ。」

 

 モータースポーツのジムカーナ……一回だけおやじどのが言っていたような気がする。

 

「あー、あまり縁がないか、この世……いや、この国はあまりモータースポーツの規模

、大きくないしな」

「…このトレーニングをすれば、どんな風になるの?」

 

 トレーナーの言葉にちょっとだけ違和感を感じたものの、私はトレーニングをこなせばどういった感じになるのかについて問うことにした。

 

「このトレーニングは、反復横とびで培った敏捷性と横への瞬発力を元に、機動力を強化するものだ。これが出来れば、集団をスイスイ抜けられるようになる」

「…本当に?」

「理論上…はな、そしてさらに、踏ん張る力がつく、鍛えれば、位置取り争いの際“ぶつかった相手を逆に弾き返す”事だってできる」

 

 それらの利点は、私にはものすごく魅力的に感じた、でも…

 

「…私、小さいよ?」

 

 私は小型(アングロアラブ)、どうしても不安が残る。

 

「レース関連の用語に“パワーウエイトレシオ”ってもんがある、パワーの割に重さが軽いと、どうなる?」

「…速くなる」

「正解だ、それとキビキビ動ける様になる、でもな…」

 

 そう言うと、トレーナーは上を向いた。

 

「どうしたの?」

「…このトレーニングは確かに効果がある、だけど、普通のトレーニングとは比較にならん遠心力がかかる、それ故危険だ、夏休みに、俺が中央に落ちた話をしたろう?その原因がこのトレーニングだ。」

「……そうなの?」

 

 トレーナーは、中央の面接試験でトレーニング方法のプレゼンを行い、それで落とされた、これが原因だったなんて…

 

「ああ、でも、『危険』って言われたから、もちろん改良はしてある。このトレーニング、本当は蹄鉄シューズじゃなくてランニングシューズでやるものだったんだ、そっちのほうが踏ん張りにくくなって、踏ん張りのトレーニングになるからな。」

「……トレーナーが落ちた理由、分かった気がする…」

「…まあ、俺も自覚してるよ。でも、俺はトレーナーとしてウマ娘には十分配慮する心は持ってる。アラ、お前さんはどうしたい?いくら改良をしているとはいえ、このトレーニングはリスキーなもの、やるか、否か、選ぶんだ」

 

 私は目を閉じて考える。

 

『──新たな力を手に入れ、私とやり合えるウマ娘となるまで、勝負は預ける……また会おう』

 

 フジマサマーチさんのあの言葉が、頭の中でこだまする。

 

「やる…トレーナー…私は…私は…フジマサマーチ(あのヒト)に勝ちたい…!」

「…分かった、だけど、これから厳しいトレーニングになるぞ」

 

 トレーナーはノートを差し出してくる。

 

「望むところ…!」

 

 私はそう答え、ノートを手に取った。 

 

 

=============================

 

 

 その頃帯広トレセン学園では、エアコンボフェザーが一人のばんえいウマ娘と話していた

 

「…ワタシが…ローカルシリーズの娘達の指導役に…?」

「ああ、ここのトレーニングを見学させてもらって思ったんだ、これからのウマ娘達には、こういったトレーニングも必要だとな、だからそちらに頼みたい、夏休みの一ヶ月少々…私達のために使ってくれないか?」

「エアコンボフェザーさん…」

 

 エアコンボフェザーは頭を下げ、相手のウマ娘に頼み込んだ。

 

 

 




 
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第18話 ダービーに向けて

 

 ジムカーナのトレーニングを始めてから、しばらく経った4月中旬、ウマ娘レースを取り巻く世論はダービー一色だった、そして、それはここ福山でも同様だった。

 

「ハァッ…ハァッ…トレーナー!タイム!」

「コンマ2縮まった、だが…まだまだだ」

「うん…明日はもう少し…縮めるようにしないと…」

 

 アラは滝のような汗を流しながら、スポーツドリンクを流し込む。

 

「今日はこれで終わりだっけ?」

「そうだ、しっかり練習し、しっかり休むんだ」

 

 そう言うと、アラは着替えるために戻っていった。

 

 

────────────────────

 

 アラが着替え終えた後、俺達は軽いミーティングを行った。

 

「アラ、この調子なら、次のレースには『見違えた』って言われるぐらいの走りができると思うぞ」

「うん…取ってみせる…ダービーを…」

 

そう…俺達が今目指しているのは、『ダービー』だ…と言っても日本中を沸かせている『日本ダービー』ではない

 

 中国地方一のウマ娘を決める『福山ダービー』…これの勝利を目標にしていた。

 

 

────────────────────

 

 トレーナー寮に戻ったあと、俺は届いていたある物を受け取り、頼んだものであるのか確かめていた。

 

 福山ダービーの格付けは重賞のSP1……つまり中央のG1に相当する。

 

 つまり、勝負服を着てレースに臨む…………といきたいところだが、地方は中央よりもウマ娘の在籍数が多く、いくら財政が良くなっているとはいえ、全てのウマ娘に勝負服を用意する金など無い。

 

 勝負服が用意されるのは、中央のG1に出る際のみだ。

 

 だが、もちろん代わりの措置は講じられている。

 

 それが、今日届いた『パーソナルカラー体操服』だ。

 

 基本的に、レースの出走ウマ娘達は、体操服で出走する。中央ではハーフパンツとブルマでボトムスが赤、地方ではハーフパンツのみの青だ。

 

 そして、体操服なので、上半身はもちろん白色、それを利用する訳だ。

 

 まず、メインとなる色とボトムスの色を決める。

 

 次に、簡単な模様を決める。具体的な例を上げるとすれば、たすきとか市松模様だ。これでデザインは完成。

 

 完成したデザインはNUARの本部に送る、そうすると、体操服となって返ってくると言うわけだ。

 

 もちろん規定もある、蛍光カラーや鏡みたいにピカピカ日光を反射させるような色については使用禁止だし、複雑過ぎたり、距離感を失わせるような模様(雀野曰く、『ダズル迷彩』とか言うらしい)も駄目だ。。

 

 そして、この体操服は勝負服と同じぐらい、ウマ娘の能力を引き出す事ができる『地方脅威のメカニズム』とでも言うべきだろうか?  

 

 まぁ…そんなメカニズムについて、いくら考えても埒が明かない。

 

 だが、体操服について気になる事が一つだけある。

 

なんで中央は未だにブルマなんて使ってるんだ?

 

 前の世界では、ブルマは消えゆく存在だった。性的好奇心の対象として認知されていて、運動会などの学校行事にでの盗撮、校舎に侵入しての窃盗が社会問題になっていたのをよく覚えている。そしてちょうどそのぐらいの時に『セクハラ』とかいう概念も広がっていた。

 

 ブルマがこの世界でどういう道を歩んできたのかどうかは知らないが、中央以外の学校でブルマが使われているところなぞ見たことがない。

 

 もしかすると……中央のウマ娘達の中には、やばめの趣向の店(ブルセラショップ)に自分の持ち物を売っていて、URAの上の方もそれらを黙認している…といったことがあるのかもしれない………杞憂だとは思いたいが、体操服目当てでウマ娘レースを観戦する者だっていないはずはない…尤も考えすぎかもしれないし、やめさせる権利なんて、こちらには無いが。

 

 いや………この世界の風俗なんて、どうでも良いんだ、中央は中央、地方は地方、外野の俺は口出しできる立場にはない、大事なのは、レースに携わるウマ娘がどういった存在であるかなんだ。

 

 彼女たちはアスリートである前に、心身ともに発達途上の最もデリケートな時期にある。

 

 その事を……俺達、レースを取り巻く者は、よく理解しておかなければならないだろう。

 

ピロロロロ…ピロロロロ… 

 

……電話…?

 

「………はい、こちら慈鳥…」

「……ッ!じ、慈鳥トレーナー……?ど…どうかなさいましたか…?」

 

 電話の相手は桐生院さんだった、反応を見るに、かなりやばい声で応対をしてしまったらしい。

 

「…すいません、桐生院さん、少し考え事をしてただけです」

「そうでしたか…」

 

 向こうが、小声で「良かったぁ…」と漏らしたのが僅かに聞こえた。

 

「どうかしましたか?」

「ミークの…ミークの青葉賞出走が決定したんです!」

「そうですか…確か青葉賞といえばダービーへのトライアル競走、おめでとうございます」

 

 取り敢えず、相手に祝いの言葉を贈る。

 

「…いえ、慈鳥トレーナーのお陰です!あれからミークはスタミナ強化メインのトレーニングメニューをやっていたのですが、その結果、レース中の判断力が飛躍的に向上したんです!」

「…そうですか、それは良かったです、こちらも助かっています、あのストレッチ方法はアラのスパートの助けになっていますから」

 

 そして、相手に礼をしっかり言う事も忘れない。

 

「本当ですか!お役に立てて光栄です!」

「いえいえ、自分たち二人は友人ではないですか、これからも協力していきましょう」

「はい!」

 

 やはり…あちらは若い、それに、親しい友人…それも同い年の人間は少なかったようなので“友人”という言葉を聞いて、かなり嬉しそうな声を出す。

 

「そちらはどういった感じですか?」

 

 こちらの様子が気になったのか、相手がこちらの状況を質問してきた。

 

「こっちは今“ダービー”を目指してます、と言っても…地方の“福山ダービー”ですけれどね」

「福山三冠のレースですか!」

 

 桐生院さんはそう言う、地方のことも勉強してくれているとは思わなかった。

 

「はい、やはり、同世代の強いウマ娘との対戦は欠かせませんから…成績によっては、交流重賞への出走も考えています…もしかしたら、ミークたちメイサのメンバーと対戦するときが来るかもしれませんね」

「本当ですか!?楽しみです!」

 

 その言葉に嘘は無さそうだった。

 

「ですが、私はまだまだ中央の事に関しては勉強不足の身分、桐生院さんからは色々と学ばせてもらいたいですね」

「は、はいっ!私ができる範囲でなら、お手伝い致します!」

 

 この様子だと、桐生院さんは頼られる事に慣れていないのだろう、もっとも、それは今まで自分一人の才能、努力でやってきたということを示しているのだが。

 

 なら、やることは一つ、簡単な依頼でも良いからそれに対してしっかりとした感謝を示すことだ。

 

 こうすれば、相手は少なくとも嫌な気持ちにはならないだろうし、俺もスローペースだが確実に情報を入手する事ができる、

 

「なら、早速教えて頂きたいことが有るのですが…」

「は、はいっ!」

「この前の皐月賞のレース、中継を見ていたんですが………」

 

 

 

────────────────────

 

 

「すいません桐生院さん、丁寧な説明、本当に助かりました。ありがとうございます」

「いえ、お役に立てて嬉しいです!」

 

 俺は電話を切った、とりあえず、今回は皐月賞2着のウマ娘、キングヘイローとその所属チームについて聞いてみた。

 

 キングヘイロー………母親が有名なプライドの高いお嬢様のウマ娘、学園内では取り巻きを侍らせているとかいないとか、そして一番の注目ポイントはその末脚、彼女の負けず嫌いな性格も相まって、強力な武器になるらしい、皐月賞ではセイウンスカイに追いつけなかったものの、成長すれば恐ろしいものになるのは確かだろう。

 

 そして、そんなキングヘイローの所属チームがヤコーファーだ、わかヤックル座にある四等星が名前のモデルになっているようで、チームメンバーにはキングヘイローの他にそのルームメイトたちがいるらしい。

 

 さらに、ヤコーファーのトレーナーについても追加の情報を手に入れることができた。そのトレーナーは、以前、桐生院さんが言及していた同期の男らしい。日常生活の事をなんでもトレーニングに応用する人だとか、だとしたら、相当な変人だな。いや…人のことは言えんか…

 

 というか、『わかヤックル座』って…何だ?この世界ではタツノオトシゴ(シーホース)をシーヤックルって言うから……元の世界なら若馬座…?でもそんな星座あったか?

 

 まあ良い、とりあえず桐生院さんとは今後も良い関係を維持していくべきだろう。

 

 

=============================

 

 

 福山ダービーまで後2週間を切った

 

 そして、私はトレーナーから「良いニュースがある」と言われ、待っていた。

 

「アラ!お前のパーソナルカラー体操服、完成したんだ!早速着てみてくれ!」

「分かった」

 

 トレーナーは部屋を出る。

 

「これが…私の…パーソナルカラー体操服…」

 

 私は体操服を手に持ち、広げてみた。

 

「…懐かしい……」

 

 私のパーソナルカラーは、白と黒、そしてデザインは前世で騎手たちが付けていた勝負服のたすき柄をモデルにしている。

 

スッ…

 

 私は昂る気持ちを抑え、体操服に袖を通した。

 

「終わったよ」

「よし…どれどれ、どんな感じだ?」

「…どう?」

「…よく似合ってるぞ、シンプルイズベストだ」

 

 トレーナーはニコリとしてそう言った。

 

 確かに、私のパーソナルカラーは同期の皆の中では一番シンプルかもしれない。

 

 コンボは緑地に黄色の零戦カラー、チハは臙 脂色、ワンダーはオレンジ、ランスはグレーだ。

 

「ダービー…行けそうか?」

 

 みんなのカラーを思い出しながら身体をひねって異常が無いか確認する私に、トレーナーがそう問う。

 

「…分からない、でも、やってみせる、だから…………………観てて」

 

 私はそう返した

 

 恐らく、トレーナーは福山ダービーより先のことまで考えてくれているんだろう、そんなトレーナーには、ぜひ…ダービー優勝をプレゼントした──

 

「…ッ!?」

 

 突然 頭痛に襲われる

 

『──そう、それで良いのだ、行け…行くのじゃ…お前こそ…究極の馬…』

 

 …また…あの声だ…

 

「アラ!アラ!おいどうした!?」

「……!」

 

 トレーナーの声が聞こえ、私はハッと我に返る、頭痛は引いていた。

 

「大丈夫…一瞬、頭痛がしただけ、睡眠の質…悪いのかも」

「……なら、今日のトレーニングは止めだ、銭湯に連れてってやるから、帰ってからゆっくり休むんだ」

「…分かった」

 

 結局…あの声は何なんだろう?

 

 …でも、今はダービー直前、気にしている余裕は無い。

 

 他のことに目を逸らしてしまったから、はがくれ大賞典は負けた。

 

 同じミスは…二度としない。

 




 
お読みいただきありがとうございます。

アラビアントレノのパーソナルカラー体操服について載せておきます。


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お知らせがありますので、こちらを見ていただけますようお願い致します。



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第19話 ゴール

 

 靴の紐を締め、ズレがないか確認する。

 

 尻尾…きっちりと穴に通ってる。

 

 耳飾り…きっちりとついている…行こう。

 

「じゃあ、行ってくる」

「ああ、頑張って来い…!」

 

 トレーナーはそう言って私の肩を軽く2回叩いた。

 

 私は控室の扉を開け、パドックに向かった。

 

 

 

────────────────────

 

 

『今年もやって参りました、福山三冠の序盤戦、“福山ダービー”、9人の選ばれしウマ娘が、パドックに揃いました!』

 

 今日の対戦相手は…みんな強敵揃い。

 

『本日の1番人気、ワンダーグラッセ、重賞を2連勝した末脚をここでも発揮していきたいところです』

 

 ワンダー…いつものように落ち着き払っているけれども、その頭の中は勝利への情熱で溢れているのだろう。

 

「2番人気、キングチーハー、皐月賞では大健闘した彼女、今日の好走にも期待したいところです」

 

 チハは皐月賞での敗北をバネに強くなっているだろう。強くなっているのは、私だけじゃないという事を、忘れてはいけない。

 

「3番人気、エアコンボハリアー、持ち前のスタミナを、この1800mの距離でフルに活かしてほしいですね」 

 

 コンボは“不満”といった顔をしている。…確かに、コンボの走りなら一番人気でも何らおかしくない。

 

「4番人気、セイランスカイハイ、この娘の知略は怖い存在ですね」

 

 ランスはいつもと変わらず思考を読めないような表情をしている。

 

「5番人気、サカキムルマンスク、今年になって好調の彼女、怖い存在ですね」

 

 サカキ……ここまで来たんだ、思えば、私が一番一緒に走っているウマ娘はサカキ…今日一番負けたくない相手だ。

 

「6番人気、アラビアントレノ、今までの主戦場の中距離と違い、距離が短い今回のレース、仕掛けるタイミングに注目ですね」

 

 今回のレースの作戦は……追込、久しぶりのロングスパート作戦でいく、ジムカーナで身につけたテクニックを…見せるときだ。

 

 

=============================

 

 

 ゲートに向かうアラ達を見た後、俺は一人出走表を見る。

 

1ワンダーグラッセ

2ローズティべ

3ノシマスパイラル

4セイランスカイハイ

5エアコンボハリアー

6サカキムルマンスク

7アラビアントレノ

8キングチーハー

9メイショウタカカゲ

10クルシマウェイブ

 

 強敵揃いだが、その中同期の4人の育成しているウマ娘達、そして何かとアラと共に走っているサカキの5人が特に怖い。

 

「アラ…信じてるぞ」

「慈鳥君、こんなところにいたのか」

「先輩…!?」

 

話しかけてきたのはサカキのトレーナーである先輩だった

 

「隣、失礼するよ」

「は、はい!」

 

俺は先輩のために隣においていた荷物を急いでどかす。先輩は福山でも一二を争うほどのベテラン、俺は少し緊張気味だった。

 

「日本ダービーは『最も運の良いウマ娘が勝つ』と言われている、だが、この福山ダービーは…」

「『最も柔軟なウマ娘が勝つ』ですね…」 「そう、キツいコーナー、それもスパイラルカーブでバラけるバ群、1800mという仕掛けどころを選ぶ距離、それら乗り越え、勝利の栄光を勝ち取ることのできるウマ娘はただ一人、このレースはまさしく『レースに絶対は無い』を体現したレースになる」

 

先輩はそう言って、アラ達のいるゲートを見た。俺もそれに続いて視線をそちらにやった

 

『福山三冠の一戦目、激戦を勝ち抜き、その柔軟性を証明するのはどのウマ娘か、SP1、福山ダービー、今…』

 

ガッコン!

 

『スタートしました!』

 

 

=============================

 

 

『スタートしました!各ウマ娘、出遅れることなく綺麗なスタートを切った、先行するはやはり4番のセイランスカイハイ、ブルーグレーが先頭を走る!続いて2番、ワインレッドのローズティベ、、1バ身離れ5番エアコンボハリアー、身に纏う衣服は零戦カラー、外を回ります、9番メイショウタカカゲ、その後ろ、オレンジカラーを身に纏う栗毛、1番ワンダーグラッセ、その内には6番サカキムルマンスクと8番キングチーハー、その後ろには内から7番アラビアントレノ、3ノシマスパイラル、10番クルシマウェイブです』

 

(悪くないスタート………えっ…!?)

 

 遅れることなくスタートを切ったアラビアントレノだったが、安心したのも束の間、彼女はある事実に気付いていた。

 

(…私…マークされてる…)

 

 アラビアントレノの思考は当たっていた、彼女はニシノバラデロとグラスザンジバルの二人にマークされていたのである。

 

(思い描いたラインでコーナーを曲がらせてはくれない…か……なら、スタミナマネジメントはしっかりと…)

 

 だが、アラビアントレノは状況を素直に受け入れ、コーナーを素早く曲がることから、スタミナを温存することに意識を移したのだった。

 

『各ウマ娘、4番セイランスカイハイを先頭にして一度目の第3第4コーナーに入ります、まとまらず縦長にならずの展開です。』

 

(内側から少し離れて………)

 

 アラビアントレノはいつも走っている内ラチ沿いから少し離れ、身体にかかる遠心力を抑える走りを行った。

 

(やっぱり感覚が違う)

 

 スタミナが節約できる事を感じながら、アラビアントレノはコーナーを曲がっていった。

 

 

 

(こうやって先頭走ってると…やっぱりプレッシャーがビリビリ来るなぁ)

 

 先頭を走るセイランスカイハイは、後ろのウマ娘達から発せられる突き刺すようなプレッシャーを感じつつ、先頭を走っていた。

 

(……一番怖いのは…ワンダー…いや、でも一人に意識を飛ばしすぎるのは良くないってトレーナーは言ってた、今は流れるように走るだけ)

 

 セイランスカイハイは現段階で深く考えることを避け、先頭を進んでいった。

 

 

 

────────────────────

 

 

『各ウマ娘、スタンド前へ、先頭4番のセイランスカイハイ、続いて、3バ身離れて2番ローズティベ、半バ身離れ5番エアコンボハリアー、外を回りますクリームカラー、9番メイショウタカカゲ、その後ろ、1番ワンダーグラッセ、少し上がって外を回って様子をうかがう臙脂色、8番キングチーハー、その後ろ、紅白の体操服、6番サカキムルマンスクと内から続く白黒カラーは7番アラビアントレノ、3番、ピンクの体操服ノシマスパイラル、しんがりはブルーカラー、10番クルシマウェイブです!』

 

(ランス、やっぱり逃げるかぁ……でも、バ場は、デコボコしてるから、ラストスパートまでにスタミナはかなり消耗するはず)

 

 エアコンボハリアーはセイランスカイハイがどうなるのかを予測する。

 

(控えてるアラ、ワンダー、チハも怖い、だけど、先の展開が読めないのは…向こうも同様!)

 

 エアコンボハリアーは呼吸を整え、スタンド前を駆け抜けていった。

 

 

 

(もう少しで半分…ここから良い位置を確保する準備をしていきたいところですが、コーナーでの展開が読めない以上、迂闊に動くのは危険ですね、遠心力でぶつかる可能性も…なきしにもあらず)

 

 ワンダーグラッセは、リスクマネジメントを行い、無理に位置取りを行わない策を取った。

 

(しかし……荒れたバ場、集うは強敵……誰が勝つのかは分からない………面白い勝負ですね…ウマ娘の本能が…昂ぶってくるというもの!)

 

 ウマ娘は普通の人間より闘争心が高い、ワンダーグラッセの士気は上がっていった。

 

 

 

『各ウマ娘、第1第2コーナーへ、ここでバ群がバラけた!』

 

「やっぱり、チハ君はコーナーが苦手のようだね、でも、軽鴨君もそれを分かっているようだ、内でも外でもない真ん中あたりを走らせている」

 

 サカキムルマンスクのトレーナーはコーナーでのバラけようを見て、キングチーハーが膨らんだのは敢えてのことであると見抜いた。

 

「そうですね…」

「ふむ…アラ君は他のウマ娘が動いたのを見て内に入ったか…だが…最内はアラ君だけの指定席では無いんだよ」

 

 サカキムルマンスクのトレーナーは、第1コーナーを抜け、第2コーナーに入っていくウマ娘達に目を向けた。

 

『ここで6番、サカキムルマンスク、内に入ってきた!』

 

「何っ!?」

「…“逆マーク”…私が考案した技だ、普通のマークは目の前にいる相手の後ろや横に控えるもの、しかし、“逆マーク”はわざと相手の前に陣取って斜め後ろをマーク、予想外の動きを行って奇襲をかける技だ……簡単そうに見えるが、そう簡単に真似できる物ではないよ」

 

 

 

(サカキ…最内に入ってくるなんて…)

 

 アラビアントレノはサカキムルマンスクの突然の動きに驚いた。

 

『もうすぐ第2コーナーを抜け、各ウマ娘、向正面へ』

 

(……………!)

 

 その時、アラビアントレノはある事実に気づいた。

 

(コーナーを抜けるときは…少し外に出ないといけないのに…サカキが前に出てきた事に驚いて一瞬そっちに目が行った)

 

『各ウマ娘、向正面へと入った!』

 

 福山レース場、1800mのスタート地点は、第2コーナー奥のポケットである。それ故、出走ウマ娘達は、向正面を二度通過することになり、当然バ場、特に内側は荒れる、更に福山ダービーの発走前にもレースは行われており、多くのウマ娘が向正面を通っているため、その荒れようはコーナーの比ではなかった。

 

 そのため、いくら荒れたバ場が得意なアラビアントレノでも、向正面の最内だけは通る事を避けようとしていた。

 

 だが、サカキムルマンスクの奇襲に注意を引かれ、判断の遅れたアラビアントレノは内側に取り残されてしまった。

 

(…やっぱり…デコボコしてる…内を出たいけれど、もう少し我慢だ…まだ勝負が決まった訳じゃない!)

 

 アラビアントレノは頭を冷やし、荒れた内側を進んでいった。

 

 

(……体力は温存できている、4コーナー入り始めから…足を使っていきたいわね)

 

 一方で、内と比べればさほど荒れていない外側を進むキングチーハーは、ラストスパートについて考え始めていた。

 

(………スタミナを強化して外からゴリ押し…単純だけれど…強力…!)

 

 キングチーハーの皐月賞での敗北は、彼女にスタミナ強化という課題を与えた。

 

 強化したスタミナは、その分末脚に回すことができる、その結果、キングチーハーはコーナーで無理に内に入らずとも、スタミナを残して外から撫で切るという、単純明快にして、有効な戦法を確立していた。

 

 

 

『向正面ももうすぐ半分を切ろうとしています、各ウマ娘、最後のコーナーに向けて調子を整えていきたいところ、先頭4番セイランスカイハイ、二番手の差は縮んでいるぞ!』

 

(………)

 

 内を走るアラビアントレノは、息を入れて周りを見渡した。

 

(……やるしかない…このタイミングだ…!)

 

 アラビアントレノはカッと目を見開き、姿勢を横に、傾けた。

 

ビュッ! スッ!

 

『おっーと、アラビアントレノ、姿勢が崩れ…えっ…!?アラビアントレノ、なんと最内を抜け出した!』

 

(まだまだ!外に……!)

 

カクン! スッ…!

 

『また動いた!忍者の如く素早い動き!アラビアントレノ、外側へ!』

 

(行けた…!ジムカーナのおかげ…そして…ここから)

 

ズッ…ドォン!

 

『ここでアラビアントレノ、久しぶりのロングスパートだ!』

 

 ウマ娘レースでは、身体を横に傾けることを、コーナーの遠心力を殺す以外の場面で用いる事は無い。

 

 しかし、アラビアントレノの行っていたトレーニングであるジムカーナは、コーンの周りを回り、ジグザグの進路を通るトレーニングである。

 

 その為、速いタイムを出すためには、敢えて体を傾け、重心移動をすることで、脚への負担を最小限に抑えることが必要不可欠だった。

 

 つまり、アラビアントレノは、ジグザグに走るテクニックをレース中のバ群を避ける技術に応用していたのである。

 

 さらに、アラビアントレノの小柄な体格も、抜け出しやすさを高めるのに一役買っていた。

 

(………!)

 

 そして、この状況に驚いたのは、出走しているウマ娘の全てであった。

 

 特に、逃げ切れるか否かの瀬戸際にいるセイランスカイハイには効果てきめんであり

 

『ここで5番エアコンボハリアー、少しずつだが上がってくる』

 

 後ろを走っているエアコンボハリアーの接近を許していたのだった。

 

『レースは第3コーナーから第4コーナーへ、先頭4番のセイランスカイハイ、続いて、1バ離れ5番エアコンボハリアー、2番ローズティベ、1番ワンダーグラッセ、9番アイルオブスカイ、その後ろ、ここで仕掛けるか、8番キングチーハー、その後ろ6番サカキムルマンスクも仕掛けた!内から外へ上がっていく!7番アラビアントレノの斜め前方へ、3番ノシマスパイラル、10番クルシマウェイブも負けじとペースを上げる!、固まってきたぞ!最初に立ち上がるはどの娘だ?』

 

 

(まだ脚は残ってる…アラちゃんには…どうしても…勝ちたい…!) 

 

 アラビアントレノはサカキムルマンスクに負けたく無いと思っていたが、それは相手も同様であった。

 

(勝つのは…私…!)

 

ドンッ!

 

『サカキムルマンスク、外からどんどん上げていく!しかしアラビアントレノも追いすがる!最終コーナーを抜けてあとは最後の直線!ちぎるかエアコンボハリアー逃げ切るかセイランスカイハイ!?いや、キングチーハー、ワンダーグラッセも前に出てきた、6人が争っている、しかし後続も追ってきているぞ!』

 

(……もう一度…!セカンドスパート!)

 

ボキッ…!

 

 サカキムルマンスクの体内で、鈍い音が響いたのは、その時だった。

 

 

 

『…6番サカキムルマンスク、姿勢が歪んだ!これは…サカキムルマンスク!サカキムルマンスクに故障発生!』

 

(……!)

 

 私はバランスを崩したサカキを重心移動でなんとか避け、前に進んだ、正直、皆動揺しているだろう。

 

でも………私は…

 

「でやあぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

『アラビアントレノ、サカキムルマンスクをうまく避けて上がった!ワンダーグラッセも上がる、二人が僅かに抜け出た!二人並ぶようにしてゴールイン!アラビアントレノ、僅かに体勢有利か!?』

 

 私は掲示板を見る。

 

一番上には『7』という数字がはっきりと刻まれていた

 

 私はそれを認めると直ぐに走った道を逆走し、サカキの所へと向かった。

 

 

 

「…………」

 

 一方、観客席のある場所では、サカキムルマンスクの故障を目の当たりにしたエアコンボフェザーが苦しい顔をしていた。

 

「……フェザー、気持ちはわかる、でも、私達は見届ける義務がある」

 

 エコーペルセウスは優しく、だが厳しい様子でエアコンボフェザーにそう言う。

 

「……フェザーさん!ペルセウス会長!あれを!」

 

 すると、二人とともに観戦していたハグロシュンランがコースの方を指差した。

 

「あれは……」

 

 3人の目に写り込んだのは、倒れたサカキムルマンスクの方に向かって走っていくアラビアントレノ、そしてそれに続く同期の四人だった。

 

 

=============================

 

 

「サカキ!」

 

 私はサカキのもとに駆け寄り、直ぐ側に座り込んだ。

 

「アラ……ちゃん」

 

 サカキは絞り出すように声を出す、砂がクッションになって、追加で怪我をしてはいない…そこは一安心だ。

 

「サカキ…」

「……アハハ…ゴールまで…着けなかった…」 

 

 サカキの手は、ゴールに向けて伸びていた。

 

「サカキ!救護班がすぐに来るから」

 

 ハリアー達もこちらまで駆け寄ってきた

 

「アラちゃん…皆、一つ…わがまま言って良いかな?」

「……サカキ…?」

「私を…ゴールまで…連れてって」

「何言ってるの!無理に動かしたら…治る怪我もそうでなくなるかもしれないのよ!」

 

 チハがサカキを叱る。

 

「大丈夫…自分の身体のことぐらい…分かってるから」

 

 サカキは涙を流しながら右足を指し示し、そう答えた、だから私は…

 

「皆…サカキをゴールまで、連れて行こう」

「…………」

 

 私が皆を見ると、皆無言で頷いた。

 

「…ハリアー、ランスはサカキの両肩、ワンダーはサカキの右足を地面につけないように支えて、私とチハは後ろから」

 

 私達は、サカキを地面から浮かせるような形で一歩一歩、ゴールに進んでいった。

 

 

 

 頭の中で、前世見てきた記憶がフラッシュバックする。

 

『…嫌だ…嫌だ…嫌だ…』

 

 最後まで抵抗するもの。

 

『……待って、自分はまだ…!』 

 

 人間達に必死に訴えかけるもの。

 

『…無念…』

 

 全て受け入れるもの。

 

 

 様々だった。

 

 でも…サラブレッド達のほぼ全てが、決まって発している言葉があった。

 

 それは…

 

『ゴール』

 

 だった。

 

 

『サカキムルマンスク、5人に運ばれ、今、ゴールイン!』

 

 私達に称賛の声が飛ぶ、すると、サカキが口を開いた。

 

「…皆…ありがとう、私から…もう一つお願い、ライブは…しっかりとやってきて…私、絶対に見るから…」

 

 私達にそう言って、サカキは救護班の人たちに運ばれていった。

 

 

=============================

 

 

 先輩は、あの光景を見て、泣いていた。

 

 そして、俺達5人に礼を言った。

 

 だが、同時に…

 

「…担当を骨折させるとは…………私ももう、引き際なのかもしれないな」

 

 と言っていた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 俺達は5人のウイニングライブを見届ける事になった。

 

 今回使われる曲は「Grand symphony」

ペルセウスが製作にかなり関わっている曲らしい。

 

『We are proud of the true youth stories.

We will never forget those glorious days!』

 

 この歌は、サカキと先輩に届いているだろうか?

 

『例え行く道が いつか分かれようとも

芽生えた絆は 消えはしないから』

 

 …サカキがこれから、どうしていくのかは分からない。

 

 だが……アラの大切な友人であることは紛れもない事実。

 

 たとえ違う道を歩もうとも、その絆は消えることは無いだろう。

 

『We will never forget those glorious & bright days!』

 

ワァァァァァァァァァ!

 

 大きな歓声と共に、俺達の福山ダービーは幕を閉じた。

 

 波乱に満ちたレースを乗り越え、『最も柔軟なウマ娘』の称号を手にしたアラ、それは彼女が注目株になるという可能性を示していた。

 

 これからは、更に厳しい戦いになる。

 

 歓声を聞きながら、俺はそう思っていた。

 

 

 

 





 お読みいただきありがとうございます。

 ストックの方ですが、なんとか修復できないか頑張っているところです。

 ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第20話 夏に備えて

 

 私達は皆で、サカキのトレーナーが病室から出てくるのを待っていた。

 

カラカラカラ…

 

「……!!」

「サカキのトレーナーさん!!」

「サカキは!大丈夫なんですか?」

 

 サカキのトレーナーが出てきたので、私達は駆け寄り、口々に彼に問う。

 

「…ああ、何とか大丈夫だったよ…ただ…」

「ただ…?」

「治ったとしても、競走ウマ娘として走ることは難しいだろうと言われたよ」

「そんな…」

「…骨折というのは、新たに骨が形成されることによって治るものだ、そして、新たに形成される骨というのは…周りの骨より強度に劣る…それに…あの娘の場合は骨折した箇所が問題だ…」

 

 サカキのトレーナーは悔しそうにそう言った、その場を沈黙が支配する。

 

「…皆、行こう、今の私達に出来ることは、サカキの分まで走ることだけ、多分、サカキもそれを望んでるはず…そうですよね?」

 

 ハリアーがサカキのトレーナーにそう聞いた。

 

「…ああ、彼女からは伝言を預かっている“私のことは気にしないで、皆は皆のやるべきことをやって”と言っていた」

「………」

「…行こう、私達がレースで負けたら、サカキはもっと悲しんでしまう…私は…そう思う」

 

 ハリアーは皆に先んじて、サカキのトレーナーに会釈をして去っていった、その顔は、どういう訳か、深い悲しみを知っているかのような表情だった。

 

 

────────────────────

 

 

 波乱の福山ダービーが終わって少し経ち、私はトレーナーとのミーティングを終え、帰り支度をしていた。トレーナーは外で電話をしている

 

「…ふう、やっと終わった…」

「…誰からだったの?」

「桐生院さんからだった、なあアラ、日本ダービー、見に行かないか?」

「日本ダービー…?」

 

 日本ダービーは、私達地方のウマ娘からしたら高嶺の花のような存在で、同世代の中の頂点を決めるレース、競走ウマ娘ならば誰もが目指す目標だ。

 

「ミークやサトミマフムトが出る、勉強になるぞ」

「……」

 

 確かに、フジマサマーチさんに勝つには、今のままでは駄目だ、強い娘達のレースを見て、学ぶことも大切だ、でなければ次のステージには進めないだろう

 

「トレーナー、連れてって」

「お前さんなら、そう言ってくれると思ってたよ、たっぷりと学ぼう、お互いにな」

「…うん」

「よし…そうと決まれば、これからの予定を組まないとな…もう少し居残りだ」

「…分かった」

 

 私は持っていたカバンを下ろし、椅子を引いて再び机に向かった。

 

 

=============================

 

 

 日が経つというのは何とも早いもので、ついに日本ダービー当日がやってきた、俺はスペやミークのダービーを見るため、そして、もう一つ、大切な任務を帯びて、ここ、東京レース場にやってきていた。

 

 そして俺達はミークのチームメイトと顔合わせをすることとなった

 

「アタシはツルマルシュタルク、マルシュって呼ばれてる、ミークからアンタの事は聞いてるよ…よろし…ケホッ…」

「……大丈夫…?」

「問題無いよ」

 

 アラは相手のウマ娘…ツルマルシュタルクの背中をさする、彼女はチームの姉貴分的存在であるものの、身体が丈夫な方ではなく、まだデビューはしてないらしい。

 

「私はジハードインジエア、通称ハード、よろしく」

「うん、よろしく」

 

 ジハードインジエアは、右耳に黄色いカバーをはめたウマ娘だ、体つきからして適性はマイルから中距離だろう。

 

「サンバイザーよ、サンバって呼ばれてるわ、よろしくね、アラ」

「よろしく、サンバ」

 

 サンバイザーはその名の通り、サンバイザーをつけたウマ娘だ。

 

「ゼンノロブロイです、ロブロイとお呼び下さい」

「わかった、よろしく」

 

 ゼンノロブロイはメガネをかけた、耳の大きなウマ娘だ、大人しそうな印象を受ける。

 この四人がミークのチーム“メイサ”のメンバーだそうだ。やはり、全体的に小柄という印象を受ける。

 

「…あっ、上がってきた!」

 

 ハードの指差す方向を見ると、ウマ娘達がパドックへと上がってくる、俺達はそちらに目を移した。

 

 

────────────────────

 

 

『な、なんと!スペシャルウィークとエルコンドルパサー、同着です!!今年の日本ダービーは、同着という結果に終わりました!!』

 

ウォォォォォォォッ!!

 

「………」

 

 ミークは15着…はっきりと言って惨敗の結果だった。囲まれたミークはうまく抜け出せなかったのだ、中央の位置取り争いは熾烈だということを実感させられるレースだった。

 

 まず、ウマ娘達の隙間が小さい、これはコースの特徴だろう、中央のコースは広い、だから遠心力がきつくない、それはつまり、遠心力に負けてぶつかるということが少ないということだ、それ故、ウマ娘達の密度が高く、抜け出すのには精密な技術(テクニック)が必要となる。

 

「……ミーク…」

 

 隣を見ると、桐生院さんが下を向いている。

 

「桐生院さん、貴女がここにいちゃいかんでしょう、下に降りて、ミークを迎えましょう」

「…はい」

 

 こうして、俺達は落ち込んでいる桐生院さんを連れ、地下バ道へと下りていった。

 

 

 

「トレーナー…皆…ごめん…勝てなかった……」

「……ミークは…頑張ったよ、私達、いや…クラスのみんなも、ミークが走ってるの…見てた、カッコよかったよ」

 

 ハードはそう言って、ミークを慰め、抱きしめた。

 

「ごめんなさい、ミーク、貴女を…勝たせてあげられませんでした…」

 

 桐生院さんはそう言い、固く拳を握りしめていた。そうやって居るのも無理は無い、今日のミークは、完璧な調整だった。パドックでも落ち着いた様子を見せており、ゲートにもスッと入ってみせた。

 

 だが…それでもミークは負けていた、それはスペやエルコンドルパサーの調整が、ミークのそれを上回っていたということもあるだろうが、やはり、予想外の状況に振り回されてしまったというのも大きいだろう。

 

 その予想外の状況と言うのが“キングヘイローが逃げた”ということ、学園にあったデータによれば、彼女の本来の脚質は、アラやワンダーと同じ差し。逃げは向いていない。そして、そんな慣れない戦法を使えば、当然、スタミナと言うものは切れやすくなる。

 

 そして、スタミナ切れで落ちていったキングヘイローは後続をバラけさせ、結果的にミークの通る筈だった進路を塞ぐ原因となった。

 

 しかし、レースに絶対はない、カーレースだってそうだ、あの雨のレースだって、相当荒れただろう、ミラーなんて見る余裕は無かったが、後続はスリップしていたやつだって居たかもしれない。

 

 キングヘイローが落ちたとき、スペシャルウィークは外寄りにいた、エルコンドルパサーには避けられるスペースが空いた、やはり、日本ダービーは“最も運の良いウマ娘が勝つ”ということだろうか……?

 

 だが、運も実力のうちだ、勝者には、どういった形であれ、祝福が送られるべきだ。

 

 スペ…やったな、おめでとう。

 

 俺はスペに心の中で祝福の言葉を送った。

 

 

=============================

 

 

 宿泊場所に一人戻った私は、ベッドに座り込み、ダービーのことを思い出した。

 

 生まれてはじめて、この目で直接見た、日本ダービーは、凄いの一言だった。観客数、熱気、勝負、どれも私にとっては圧巻の一言だった。

 

 おやじどのが興奮気味に、サラブレッド達のことについて話していた理由が、完璧に理解できた。

 

 色とりどりの勝負服を着た、強いウマ娘達の揃うあの舞台で、歓声を受ける事ができれば、どんな気持ちになるだろうか。

 

 あの謎の声が言う、『最強』とやらになれば、この栄光を得られるのだろうか?

 

 そして、あの謎の声は、この前再び現れた、そして、あるレースの名前を、しきりに口にしていた。

 

 私は目を閉じる、私の頭の中では、様々な思いが、ぽっと出ては消えたり、別の思いに変わったりを繰り返していた。

 

 

=============================

 

 

 俺と桐生院さんは、今日のダービーについて、歩きながら話し合っていた。

 

「私はどうすれば良いんでしょう…」

 

 ベンチに腰掛け、そう言った桐生院さんはため息をつく。顔は西陽に照らされているものの、その表情は夜の海のように暗い。

 

「…桐生院さん、貴女の気持ちを教えてほしい、貴女は今日のレースを見て、どう思ったんです?」

「………ミークの才能を…私は引き出してあげることが出来なかった…そう…思います」

「そうですか」

 

 確かにミークは才能に溢れたウマ娘だ、今日のレース結果を見てみると、あの混戦状態を脱していれば…と思うこともある

 

「引き出してあげられなかったと言ってましたけど、桐生院さんはミークにどんなトレーニングをつけていたんです?」

「やれるだけのことはやったつもりです、基礎的なものは……」

 

 その後も、俺は桐生院さんにミークのトレーニングについて聞いていった。

 

「…以上です」

「なるほど…そのトレーニングも、トレーナー白書からのものですか?」

「…いえ、様々な教本も…参考にして、自分で考えたものも…少々…」

「なるほど…では、こんなのはやったりしてます?」

 

 俺は桐生院さんに、アラがジムカーナをやっている動画を見せた

 

「………どうです?」

「これは…一体…どのようなトレーニングなのですか?」

「これはジムカーナという、抜け出す力を鍛える物です、俺が考えました」

「…慈鳥トレーナーが…?」

「はい、他の学園のウマ娘と差をつけるためには、オリジナリティーというものが必要だと、俺は思ってるんです、固定観念にとらわれず、思いついた事を片っ端から試していく、そんなスタイルが、桐生院さん、貴女は教本に囚われすぎてるって自分で思いませんか?」

「………」

 

 桐生院さんは沈黙を貫く

 

「…桐生院さん、俺らと一緒に、新しいスタイルのウマ娘トレーニングってのを、やってみませんか?」

「貴方方と…一緒に…?」

「ええ、俺達福山トレセン学園は、そちらと同じく、夏合宿を計画しています、そこに、桐生院さん達を誘いたいんです」

「…私達…を…?」

「桐生院さん、内心、今のままでは駄目だと思っているんじゃないですか?」

「……!」

 

 図星…か。

 

「なら、俺達と一緒にやりませんか?」

 

 俺はベンチから降り、桐生院さんの前に移動してそう言った。 

 

 

=============================

 

 

 二日後、慈鳥は福山トレセン学園の校長室にて、大鷹に報告を行っていた。

 

「報告します、桐生院トレーナーの夏合宿への勧誘に成功しました、ただ、ほかにも連れて来たいメンバーがいるようです」

「そうですか、よくやってくれました、これで生徒達のさらなるレベルアップが期待できる」

 

 慈鳥が帯びていた任務というのは、桐生院を福山トレセン学園の夏合宿に誘うということであった。大鷹は元地方のトレーナーである、中央の実力を見ていた彼は、地方のウマ娘達が強くなるためには、多かれ少なかれ、中央のウマ娘との深い交流が必要不可欠だと考えていたのである

 

「そう言えば慈鳥君、君の次のレースはいつでしたか?」

「7月のオパールカップです、アラがぜひ、出してくれと頼んできたレースです」

「オパールカップ…盛岡ですか」

「はい、硬い芝のバ場で、アラがどれだけ対応できるかは分かりませんが、自分はトレーナー、担当を信じてレースに送り出すつもりです。」

「なるほど…君の心配もごもっともです、ですが、この学園のウマ娘達は、硬いバ場には慣れています、きっと、好走してくれるでしょう。」

 

 大鷹はコースについて説明し始めた、彼の発言には理由があった、福山トレセン学園の近くの芦田川沿いには、ダートの走路が設置されている、そして、このダートは日本のダートコースのそれと違いアメリカのダートコースのように、土でできている。アメリカのダートはバ場が固く、乾燥しているときは日本の芝並みの走破タイムが出るのである。

 だが、アメリカと異なり、日本は全体的に雨が多く、水はけの悪い土のダートコースは作られなかった、しかし、マクロではなくミクロな視点で見れば話は別である。福山トレセン学園の存在する瀬戸内地方は、一年を通して雨の少ない地域である。そのため、土の走路が維持できているのであった。 

 

 

────────────────────

 

 

「いかがでしたかな?」

「…少し、緊張がほぐれました」

「ハハハ、正直ですな、存分に暴れて来てください」

「分かりました」

 

 慈鳥は大鷹に頭を下げ、退出していった。

 

 

 

 

 

 




 
お読みいただきありがとうございます。

データの件ですが、100%とは行かないもののなんとか復旧できました、外部メモリにバックアップを取っておきましたのでもう大丈夫です。お騒がせ致しました。

ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第21話 All or nothing

 

 

オパールカップ当日、私は出走準備を終え、パドックに向かって歩いていた

 

そんな私を待っていたのは、門別ナイターで対決したウマ娘、サトミマフムトだった。

 

「久しぶりだな、アラビアントレノ」

「サトミマフムト、久しぶり」

「今日は負けないからな」

「それはこちらも同じ、良いレースにしよう」

 

相手は闘争心を宿らせた目でコクンと頷いた

 

 

 

────────────────────

 

 

 俺はいつもの様に出走ウマ娘の確認を行う。

 

 

1オラニエマンドリン水沢

2エイシンコレッタサガ

3ベロージューコフ門別

4ハグログワンバン高知

5ウルバンキャノン浦和

6オオルリヴィラーゴ姫路

7マチカネフランツ大井

8ロードトーネード園田

9アラビアントレノ福山

10サトミマフムト船橋

11アルペンシュタットカサマツ

12ロイヤルクエスタ金沢

13アキツスレイマン浦和

14ハグロミズバショウ園田

 

 

 今回は門別ナイターでアラと走ったサトミマフムト、そしてハグロシュンランの親族がいる、後者の実力は未知数だ。

 

 いや、今回ばかりは事前の情報も、殆ど頼りにならないだろう、今日のレースは、2つの「はじめて」が存在するからだ。

 

 一つ目は、今回アラは初の芝戦となること。

 

 芝コースは、ダートと比べてバ場が硬く、脚部への負担が大きい、つまり、ダートを走るよりかは疲れやすい。

 

 しかし、アラは毎朝土の走路を走りまくってるし、ここのコースは洋芝が敷かれている。 つまり普通の芝、野芝よりは柔らかいから、脚への負担が小さい……が、油断はできないだろう。

 

 そして二つ目は、高低差のあるコースであることだ。

 

 今回のコースはスタートしてすぐに上りがある、コーナーでも上り、向正面でも上る、そして最後は下りになる、最初の先行争いも相まって体力をかなり消耗する。これらのことがあって、距離は1700mと言えど、中距離を走るメンタルが求められる。

 

 そして、このレースに勝つ事ができれば、俺達はあるレースに挑戦できる事になる。

 

 レースに絶対は無いので、勝てるとは言えないが。

 

 俺は双眼鏡を取り出し、パドックに集うウマ娘達を見た。

 

 ある者はしきりに頭を振り、またある者は嫌そうな顔をしている。

 

 そう、季節は7月。

 

 ウマ娘達には、初夏の日差しが等しく、そして容赦無く襲いかかる。

 

 しかし、アラは暑さに強い、これは大きなアドバンテージとなる筈だ。

 

 そして、ここにいる多くのウマ娘に取って、芝は初めての舞台となる。

 

 

=============================

 

 

 私達はゲートの前までやって来た、皆かなり暑そうに、そしてキツそうな顔をしている。

 

 サラブレッド達もそうだった、誘導馬時代、夏のレースではサラブレッドの同僚は入場門でのお出迎え、私やクォーターホースは馬場での仕事に回されていたのをよく覚えている。

 

 言ってしまえば、彼らは私達に比べて遥かに気温や湿度の変化が苦手だった

 

 それはウマ娘でも同じのようで、個人差はあるけれど、ウマ娘の殆どは夏が苦手だ。

 

 うちの学園はエアコンが無いので、夏はかなりキツイ。

 

 この前の雨上がりの日の授業で、蒸し暑さのあまり、ランスが先生に『水着で授業を受けれるようにしましょうよ〜』と言っていたのは記憶に新しい。

 

 

 スタンドの方に目をやると、ゲートインの係員がやって来る、そろそろ時間だ。

  

 私は気持ちをレースの方に切り替え、目の前のゲートに目を向けた。

 

 

────────────────────

 

 

『最後の娘もゲートに入りました、M2、オパールカップ』

 

ガッコン!

 

『スタートしました!』

 

 ……あれ?なんでだろう…スタートは苦手なのに……いつもよりスルッと出ることが出来た。

 

『各ウマ娘、ややばらついたスタート』

『坂道からのスタートですからね、しかし最初のストレートは長めですから、そこまで影響は無いでしょう』

『さあ、良いスタートを切った7番マチカネフランツ、2番エイシンコレッタ、6番オオルリヴィラーゴ、8番ロードトーネードで激しい先行争い、少し離れ、その様子を眺めるように10番サトミマフムト、4番ハグログワンバン、1バ身離れ、内から14番ハグロミズバショウ、12番ロイヤルクエスタ、その真後ろに9番アラビアントレノ、その隣、内ラチ沿いには3番ベロージューコフ、外からは13番アキツスレイマンと5番ウルバンキャノン、少し離れまして、11番アルペンシュタットと1番オラニエマンドリン、並ぶようにしんがりを走っています。』

『先頭以外では、あまり激しい位置取り争いを行っていないようですね、やはり、コースの違いでしょうか?』

 

 …やっぱり、ダートとは感覚が全く違う、脚への負担も、まるで土の上を走っているかのようだ。

 

 でも、条件はどのウマ娘も同じなんだ、だから皆前にあまり出ていない。

 

 恐らく向正面に出たあたりから、状況は動いてくる。

 

 

=============================

 

 

 やっぱり芝はダートと比べると足にダイレクトに踏み込みの衝撃が跳ね返ってくる

 

だけど、それはアラビアントレノ(アイツ)だって同じはずだ、ここは控えて、向正面からぐんぐんと上げていく

 

『各ウマ娘、8番ロードトーネードを先頭にして第1第2コーナーへ』

『上りでスピードが落ちるので心配は少ないと思いますが、ダンゴ状になっているので遠心力での事故に気をつけたいですね』

 

 事故…か。

 

 あの敗北から、アタシは腕を磨いた、前回みたいな失敗はもうしない。

 

勝つのは…アタシだ!

 

 

=============================

 

 

(いいぞ、アラ、脚への負担は未知数なんだ、こういう時こそ、スタミナの温存を優先した方が良い)

 

 慈鳥はコーナーでもスリップストリームを使い続けるアラビアントレノを見ていた

 

『各ウマ娘、コーナーから向正面へ、ハナを進みます8番ロードトーネード、外からは7番マチカネフランツ、1バ身離れ2番エイシンコレッタと6番オオルリヴィラーゴ、ここで4番ハグログワンバン10番ミッドナイトランプをパスして前へ1バ身半離れ、内から14番ハグロミズバショウ、12番ロイヤルクエスタでほぼ横並び、その真後ろに9番アラビアントレノ、1バ身離れ、内を進むは3番ベロージューコフ、外からは13番アキツスレイマンと5番ウルバンキャノン、半バ身離れまして、11番アルペンシュタット、しんがりは1番オラニエマンドリン』

 

(初めての芝、初めての坂、適応できるか否かで動きに差が出てきてる、アラは……)

 

 慈鳥は双眼鏡の倍率を上げ、アラビアントレノの顔を見た

 

(汗ダラダラだが、いつも通りだな)

 

 冷静に走っているアラビアントレノを見て一安心した慈鳥は、双眼鏡を下ろした。

 

 

 

(…やっぱり、芝に適応出来ない娘もいるってことかな…)

 

 その頃、中団で待機していたアラビアントレノは、後方との差が少しずつ広がっていくことを感じていた。

 

(芝を走るときはダートみたいに足をねじ込むのは駄目だ、しなやかな踏み込みをしなければいけない)

 

 そう思った後、アラビアントレノは少しあたりを見回した。

 

『9番アラビアントレノ、あたりを見回しています、誰かを探しているのでしょうか?』

 

(…勘違いしてくれて助かる、私はただ、抜けるタイミングを測っていただけ、足を残しておかないと…駄目だから)

 

 実況が自身の動きを勘違いした事に感謝したアラビアントレノは、心の中で仕掛けるタイミングを決めた。

 

 

 

 一方、サトミマフムトは少しペースを上げていた。

 

『10番サトミマフムト、外からペースを上げて6番オオルリヴィラーゴの真横へ、最後方、1番のオラニエマンドリン、こちらもペースを上げてきました』

 

(1番の、後方からレースを見ていたという事か、あいつもだけど、水沢のウマ娘は油断出来ない相手だ…だから、余裕は確保しておく)

 

 サトミマフムトは門別での戦訓を活かし、コーナーで内ラチ沿いに寄りすぎないように余裕を確保した

 

『もうすぐ第3第4コーナーのカーブに入ります!』

『ようやく下り坂ですが、下り坂は抑えるもの、ウマ娘達はラストスパートまで忍耐を強いられますね、苦しい戦いですが、同時に読めない勝負になりそうです』

『第3コーナー、ここでハナを進む8番ロードトーネードと7番マチカネフランツの2人ペースが落ちてきた!前が詰まって2番エイシンコレッタと、6番オオルリヴィラーゴ、走行ラインをずらす、10番サトミマフムトは動かないぞ!後ろでも動きがあります、後方の13番アキツスレイマン、5番ウルバンキャノン少しばかり外へ』

 

(こういう時、慌てた方が負けだ)

 

 周りの状況に乗せられず、サトミマフムトは冷静に、セオリー通り、抑えながら下りを進んでいく、しかし…

 

『第3コーナーを抜けて第4コーナーカーブ、展開は散らばり気味、おーっとここでアラビアントレノ!まさかまさかのロングスパート開始!』

 

(何だって……)

 

 サトミマフムトは全身の毛が逆立つようなモノを感じていた。

 

 

 

 

「………フッ…」

 

 慈鳥ははロングスパートをかけるアラビアントレノを見つつ口角を上げた。

 

(下りの山道でやる車のレースでは、パワーの重要性は落ちてくる、下り勾配が味方してくれれば、パワーの少ない車でも、重力の影響で速いスピード、加速力を得ることができる、それは…ウマ娘でも同じ事だ)

 

 サトミマフムトがそうしていたように、殆どのウマ娘は坂の下りでは抑えめにして走るものである

 

 慈鳥とアラビアントレノはそれを逆に利用した

 

 殆どのウマ娘が抑えると言うことは、進路の邪魔をされる可能性が低下するということを意味している。つまり、スピードを上げていきやすい。それに坂の重力により、加速力の悪さも気にならない

 

 そして、スピードによる遠心力の増加はアラビアントレノの小さな体格によって最低限まで抑えられていた。

 

 

 

『もうすぐ第4コーナーカーブを抜け、勝負は最後のストレートへ、最後の試練である坂がウマ娘達を待ち構える!』

 

「ムリー!」

「無理ィ!!」

 

(“抑えてから登る”ことを強いられているんだ、やっぱり、サラブレッドと言えど動きはもっさりしてくる)

 

 スタミナを浪費してズルズル落ちたマチカネグランザムと、そのマチカネフランツに巻き込まれたハグログワンバンの二人を追い越し、アラビアントレノは先頭に迫っていく。

 

『ここで10番サトミマフムト、先頭に迫る迫る!』

 

 だが、負けじとサトミマフムトもそうしていた。

 

(やっぱり…向こうの方がパワーがある、でも、こっちは十分勢いに乗っているし、重力に乗ってスタミナも残ってる…まだ、足は動く!)

 

ダァァァン!

 

「ムリ〜!」

「無理ィー!」

 

『先頭2番エイシンレーヴェを追い越して、10番ミッドナイトランプ先頭へ、しかしそとから9番アラビアントレノ、後方から1番オラニエマンドリンも追い込んでくる!』

 

(まだまだ…!)

 

『9番アラビアントレノ、10番サトミマフムトに並びかけた、残り100m!』

 

(相手の息遣い…闘志が伝わってくる……絶対に負けられない…!)

 

 アラビアントレノは足に力を込めた。

 

 

 

『9番アラビアントレノ、10番サトミマフムトに並びかけた、残り100m!』

 

(まずい…だが、つられてペースを上げたら、掲示版を外してしまう……………いや、2着だろうと掲示板外だろうと…負けは負け、勝負は勝つか負けるか…All or nothing…それだけだ……アタシは勝負から逃げない!!)

 

『ここでサトミマフムト、追い越させまいと前に出た!!』

 

「…………!!」

 

 サトミマフムトは最後の力を振り絞り、半身分前に出た、その目はカッと見開かれ、血走っている、だが…

 

『しかしアラビアントレノ、負けじと追いすがる!!』

 

(何の…!!)

 

『サトミマフムトまた離しにかかった!だがアラビアントレノも差しに行く!残り20m!!サトミマフムトか、アラビアントレノか!』

 

(まだだ……何ィ!?)

 

 その時サトミマフムトが見たものは、セカンドスパートをかけ、半身分前に出たアラビアントレノの姿だった。

 

『大接戦のゴール!!』

 

 実況の興奮した声が、レース場内に響き渡った。

 

 

────────────────────

 

 

 私は汗の入り込んだ目を拭い、掲示板を見上げる。

 

 一番上には“9”の番号があった。

 

 つまり、このレースに勝ったということだ。

 

「アラビアントレノ」

「サトミマフムト…」

「何故…何故お前は…セカンドスパートをかけることができた?お前はロングスパートで足を使った、そして…最後は…最後は上り坂なのに…」

 

 サトミマフムトは私に詰め寄り、セカンドスパートをかけることができた理由を聞いてきた。

 

「そっちの闘志を…ビリビリと感じたから、簡単に言うと…負けたくなかったからだと思う」

「…………!」

 

 私がそう言うと、向こうは目を見開いて驚いていた。

 

「……アタシはもっと強くなって見せる、だからお前も…頑張れよ、他の場所でも、暴れて来い」

「…ありがとう」

 

 私達は握手をした。

 

 

 

────────────────────

 

 

 ウイニングライブを終えた後、私とトレーナーは記者達の取材を受けていた。

 

「アラビアントレノさん、一言お願い致します!」

「初めての芝でしたが、こうやって無事に走りきれたのは、トレーナー、そして、ファンの皆さんのお陰です、今後もどうかよろしくお願いします。」

 

「トレーナーさんからもぜひ」

「まずは、皆さん、応援ありがとうございます。今回初めての芝でしたが、無事に走りきれて、ホッとしています」

「なるほど、アラビアントレノさんには芝適性がある可能性が高そうですが、今後の予定などは…」

 

 記者はトレーナーに更に質問を振った。

 

「そうですね、ダートだけでなく、芝にも挑戦してみたいものです」

「なるほど!芝となれば中央のレースにも…」

「おっと、それはこの娘に聞いてください」

 

 トレーナーはこちらに目配せをした、私は頷き、それに答える

 

「アラビアントレノさん!」

 

記者たちは目を輝かせ、こちらを見てくる。

 

「私は、今回の一着に与えられる“アレ”を使わせて頂こうと思っています」

「アレ…まさか………本当ですか!?」

 

 記者達の目は、更に期待のこもったものになる。

 

「はい、私…アラビアントレノは……このレースの一着ウマ娘に与えられる、『セントライト記念』の優先出走権を使わせて頂きたいと思います!」

 

オオオオオオオ!

 

 さほど大きくない取材用の部屋に、記者たちの歓声が響いた。

 

『セントライト記念』

 

 それは、あの謎の声がしきりに口にしていたレースだった。

 

 




 お読みいただきありがとうございます。

次回より夏合宿編スタートです、よろしくお願い致します。

ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第22話 夏の始まり

 アラビアントレノがオパールカップで勝利してから数日後…

 

『逃げ切りました!サイレンススズカ!!』

 

 阪神レース場はサイレンススズカのグランプリ制覇に沸き立っていた。

 

 その圧倒的な走りは、多くの人々を魅了し、多くの人々が彼女のこれからに期待を寄せた。

 

「スズカさーん!!」

「スズカ先輩!!」

「スズカ!!」

 

 それは、スペシャルウィークらスピカのメンバーも同様であった。

 

 

 

 

「…………」

 

 一方、そのレースの中継映像をトレセン学園で見ていたトレセン学園理事長、秋川しわすは満足そうに微笑み、ペンを取った。

 

 そして、ある書類にサインを行い、それを秘書である駿川たづなに渡した。

 

「……たづなさん、本部の方にこれを」

「…理事長、良いのですか?」

「ええ、丁度良い頃合いだと思いますから」

「分かりました」

 

 たづなはその書類を持ち、理事長室を後にした。

 

 

 

────────────────────

 

 

 それから数日後、エコーペルセウスら福山トレセン学園の生徒会は、夏合宿の最終準備に追われていた。

 

「会長!寮の空き部屋の清掃、すべて完了とのことです!」

「了解、ありがとう」

「ペルセウス会長、フェザー副会長から“器具類点検完了”とのことです」

「分かった、フェザー達にはこっちに戻ってくるように伝えておいて」

「はい、直ちに」

「……む、そろそろ時間のようだね、誰か、電話を持ってきてくれないかな?」

「はい、分かりました!」

 

 チームで夏を過ごす生徒も多いため、福山トレセン学園の夏合宿に参加するか否かは自由である。しかし、中央の生徒を受け入れるため、人数もそれなりのものとなっていた、そのため主催側である生徒会の生徒も、激務に追われていたのである。

 

「会長!電話機です!」

「うん、ありがとう」

 

 エコーペルセウスは電話機を取って静かな場所に移動し、あるウマ娘の携帯に電話をかけた。

 

 

 

────────────────────

 

 

「ペルセウス!探した…」

 

 エアコンボフェザーはエコーペルセウスを見つけたものの、彼女が通話中であることに気づくと、声を抑えた。

 

「では、説明したとおり、君の後輩達をしばらく預かるよ」

『うん、大切なアタシの後輩たち、しっかりと鍛えてくれると嬉しいな、また連絡させて貰うよ、どうやらキミとは気が合いそうだ』

「いいとも、では」

 

 エコーペルセウスは電話を切った。

 

「ペルセウス、誰と電話を?」

「チームメイサの元リーダーさ、フェザー、君なら声で分かったんじゃないかな?」

「……ああ」

 

 エコーペルセウスの言葉に、エアコンボフェザーは小さな声で答えた。

 

 

=============================

 

 

「これがここに来る中央所属の方々のリストです」

 

 夏合宿を数日後に控えたある日、俺達の仕事部屋に川蝉秘書がやって来て、俺達に書類を渡してくれた、そこには今回の夏合宿の中央所属者の参加メンバーが書かれていた。

 

桐生院葵

氷川結(ひかわゆい)

 

ハッピーミーク

ツルマルシュタルク

ジハードインジエア

サンバイザー

ゼンノロブロイ

 

ベルガシェルフ

デナンゾーン

デナンゲート

ダギイルシュタイン

エビルストリート

スイープトウショウ

アドヴァンスザック(サポート)

 

以上

トレーナー1名

チーム未結成トレーナー1名

チーム所属ウマ娘5名

チーム未所属ウマ娘6名

サポートウマ娘1名

計14名

 

「こうやって見ると、かなり多いんだなぁ」

 

 資料に目を通した雀野が、感心したかのようにそう言う。

 

「他にもデータが書いてあるぞ、ふむ、なるほど、殆どのウマ娘、身長が150無いんだな」

「中央は小さいウマ娘は好まれないっつーけど、意味分からんよな……デカいのが好きって、アメリカかよ」

 

 雁山はさらにページをめくり、ウマ娘のデータについて確認していた。雁山の言葉に、軽鴨は意見を言う。

 

「慈鳥、この桐生院って人、私達と同い年なのよね?」

「ああ、今回、俺達の夏合宿に協力してくれる人だ、それとこの氷川って人は桐生院さんの養成校時代の後輩らしい」

「ふーん、そうなのね」

 

 桐生院さんは『結さんは私の数少ない友人の一人です!』と言っていた、名前で呼んでいるあたり、桐生院さんがどれだけ友人を大切にしているのかが伝わってくる。

 

 

 

────────────────────

 

 

 そして、数日後…桐生院さんたちがやって来た

 

「桐生院葵以下14名、福山トレセン学園の夏合宿に参加させて頂くため参りました!よろしくお願い致します」

「福山トレセン学園校長の大鷹です、今回の夏合宿へのご協力、心より感謝いたします」

「こちらこそ、お誘いを頂き、心よりお礼申し上げます」

 

パチパチパチパチパチパチ

 

 桐生院さんと大鷹校長が握手を交わす

 

 そして、ウチの生徒会長、ペルセウスがウマ娘達の前に姿を表した。

 

「夏合宿に参加してくれたウマ娘の皆、参加してくれてありがとう!そして中央トレセン学園の皆、遠路はるばる、来てくれてありがとう!今回の夏合宿の目的は、集団でトレーニングを行う事で、皆の実力向上を図ること、チームワークを身につけることなど、いろいろあるけれど…一番の目的は、友人関係の輪を広げて、ネットワークを作る事、これが、今回の夏合宿で一番大切にしてほしい事だよ、では、私達の夏合宿…始めようか!」

 

 ペルセウスはバッと手を前に出した。

 

パチパチパチパチパチパチ! 

 

 そして、俺達の夏合宿は幕を開けた。

 

 

=============================

 

 

「なるほど、中央の学園の近くにもこんな川があるんですね〜」

「そう、アタシらはそこでランニングをしたりしてるんだ、アンタらの中の誰かがファン感謝祭の時に来てくれたら、案内するよ」

 

 ワンダーとマルシュが仲よさげに会話を交わす、夏合宿最初の一日、私達に課されたトレーニングは、“散歩”だった。

 

 今回の夏合宿、参加したのは私達いつもの5人、サカキを含めたその他の同級生5人、下級生達が20人、そしてトレーナー達も入れると50人を超すぐらいになる。高等部の先輩達はチームで夏を過ごす場合が多いので、一人もいなかった。

 

 そして、ウマ娘だけでも40人超えになるので、ペルセウス会長が『まずはお互いに仲良くなろう!』と言い、こうして私達は芦田川沿いを歩いていると言う訳だが、サカキがまだ車椅子と言う事もあり、そのペースはゆっくりだ。

 

「あの…」

「……うん?どうかした?」

 

 話しかけて来たのは、ミークの後輩、ベルガシェルフだ。

 

「ア…アラビアントレノさん…ですよね?」

「うん、私がアラ、アラビアントレノだよ」

「私、ベルガシェルフって言います、今回の合宿、よろしくお願いします、えっと…私のことは…ベルって呼んでください」

「うん、よろしくね、ベル」

 

 私がそう言うと、相手の顔がパッと明るくなる、愛称を呼ばれたからだろうか。

 

「あの…アラ先輩、一つ聞いても良いですか?」

「うん?」

「ここの会長さんって、本当にあの人なんですか?」

 

 ベルは私にそう質問した。

 

「うん…そうだけど、どうしたの?」

「いや…なんだか…こっちの会長さんと全然違うなって思って」

「そうなんだ、でも、親しみやすい雰囲気だと思わない?」 

「は、はい!」

「良かった、ベル、そっちの会長さんはどんな人なの?」

「えっと……一言で表すと…威厳がある完全無欠の人…ですね」

「なるほど、つまりペルセウス会長と真逆の人ってことかぁ…あの人“威厳が無いってよく言われる”と言ってたし」

「アハハ…」

 

 中央トレセン学園の生徒会長、シンボリルドルフ………前世でもその名前を聞いたことがある。

 

 

『競馬には絶対は無いが、シンボリルドルフには絶対がある』

『サンルイレイ見ろ、どの馬にも絶対は無いだろ』

『そうそう、絶対なんて面白くねぇ、展開が読めないレースこそが、面白いのさァ!!』

 

 

 こんなやり取りを、大井の厩舎の人間たちは良くしていた。

 

 こんな会話を、耳にタコができるほど聞かされていたから、ウマ娘として生まれ変わって、シンボリルドルフのレースについて少しだけ調べたことがある。

 

 シンボリルドルフは七冠ウマ娘で、サンルイレイとは彼女の最後のレース、サンルイレイハンディキャップの事らしい。

 

 そこで彼女はダートに足を取られ敗北、トゥインクルシリーズを引退し、ドリームトロフィーリーグに移籍した

 

 そして今は中央トレセンの生徒会長とそこのトップチームである“リギル”のリーダーを兼任しているそうだ。

 

 …仲良くなるのも兼ねて、リギルの事を聞いておくのも良いかもしれない。

 

「ベル」

「は、はいっ!?」

「そのシンボリルドルフさんっていう人やそのチームの事、私にもっと教えてくれない?」

「は、はいっ!」

 

 ベルは再び笑顔を浮かべ、そう答えた。

 

 

=============================

 

 

 一方、福山トレセン学園では、生徒会メンバーやサポートウマ娘達が夕食の準備を進めていた。

 

 そして、それを眺めながら、慈鳥ら5人と桐生院と氷川は話をしていた。

 

「そういう訳で……ここ一週間は本当に大変だったんです」

「まあ…確かに、大事な大会の重役がいなくなるとなったら、大変になりますよね」

 

 ため息をついた氷川を慰めるように、雀野はそう言った。

 

 実は、サイレンススズカが宝塚記念を制した直後、とある発表が日本のウマ娘レース界を駆け回っていた。

 

 それは『中央トレセン学園理事長の秋川しわすが、8月末をもって日本を離れ、海外のウマ娘レース協会の方で仕事をすることを決定した』という内容であった。

 

 この発表は各方面、特に中央トレセン学園所属のトレーナー及びウマ娘に衝撃を与えた、自分達の学園のトップであり、新たなる大会「AUチャンピオンカップ」の重役でもあるが、突然、理由も伝える事なく、海外行きを宣言したからである。

 

 そして、その動揺が収まるまで、およそ一週間程かかり、桐生院達も本来の予定より数日遅れて福山に到着したのであった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 数十分後、散歩を終えて戻って来たウマ娘達をエコーペルセウス、エアコンボフェザー、ハグロシュンランの三人は眺めていた。 

 

「良い感じだ、出立するときはこっちの生徒の集団と向こうの生徒の集団で別れていたけれど…」

「ほんの少しですが、混じっていますね」

「後は食事会…という訳だな」

「うん、さあ、準備準備!」

 

 エコーペルセウスは二人を連れ添い、食事の準備を行っている食堂を手伝いに向かったのだった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 アラビアントレノ達が散歩から帰ってきてから数時間後、夏合宿の開始を祝う食事会が催された。

 

「では、食事会を始めようか、食事は心の燃料補給であり、癒やしの時間、ここにある料理は全て、福山トレセン学園の生徒会や食堂職員の人たちが腕によりをかけて作った絶品のものばかり、皆にはぜひ、それらの料理を楽しみ、親睦を深めあって欲しいんだ、では、皆、手を合わせて……頂きます」

 

 その号令を合図に、食事会はスタートした。

 

「……美味しい!学園の食堂のより…美味しい!」

 

 料理を最初に口に入れたのは、ジハードインジエアだった、そして、彼女のコメントを皮切りに、他の中央のウマ娘達も、口に料理を運んでいった。

 

 数十分もすると、最初はぎこちない会話だった2つの学園の生徒の距離は、今日初めて会ったと言われても信じられないほどに縮まり、食堂は笑い声や話し声で一杯になっていた。

 

 だが、そんな食堂に、甲高い声が響いた。

 

「やだやだやだ〜!」

 

 声の発生源に視線が集まる。

 

「スイープさん…美味しいですから、一口だけでも」

「やだやだやだ!!野菜なんか絶対に食べないもん!!」

 

 声の発生源は、大きな帽子を被ったウマ娘、スイープトウショウであった、ゼンノロブロイが食べるように促すものの、その意志は固く、野菜を口に入れるのを断固拒否していた。

 

「………」

 

 すると、料理を食べていたハグロシュンランが、無言で席を立った。

 

「スイープさん」

「な、何よ!」

「せっかく腕によりをかけて作ったのです、食べてくれませんか?」

 

 ハグロシュンランは穏やかにスイープトウショウに語りかけた。

 

「ふんだ!玉葱もピーマンも、魔女の天敵なの!!」

「うーん…でも、私が読んだ本には『魔女は草花だけでなく、野菜などあらゆる植物と仲が良い』と書いてありました。偉大な魔女なら、きっと、ピーマンや玉葱とも仲良くできるはずですよ?」

「そっ…それは…」

「この機会に、仲良くなってみるのはどうですか?偉大な魔女に近づく良い機会ですよ?」

「むぅ〜」

「…スイープさん、もし、貴女がその料理を食べることが出来たら、偉大な魔女に近づけたしるしとして、私のデザートを差し上げますよ、いかがですか?」

 

 ハグロシュンランは笑顔を絶やすことなくそう言う、スイープトウショウはしばらく唸っていたものの、周りのウマ娘達が食事の手を止めてしまっているのに気づき。

 

「…食べるわ!ロブロイ!皿をこっちに寄越しなさい!」

 

 その重い腰を上げた。

 

「…………」

 

 スイープトウショウはゼンノロブロイが渡した料理、ピーマンの肉詰めと対面する。

 

「…………んっ!!」

 

 そして周囲のウマ娘達が見守る中、箸を動かし、ピーマンの肉詰めを口に入れ、噛み、飲み込んだ。

 

「………あれ…苦く……ない…!?むしろ…美味しい!」

「ふふっ…それは良かったです」

「でも…どうして?」

「簡単です、料理に、一手間という名の“偉大な愛情”が籠もっているからですよ」

 

 スイープトウショウが食べた料理に使われているピーマンには、ハグロシュンランの言うとおり、一手間加わっていた。

 

 そのピーマンには、“油通し”という技が使われていたのである。

 

 油通しは、食材をサッと油にくぐらせる中華料理の技であり、水に晒すのと比較してピーマンの苦味をかなり軽減することができる技であった。

 

 中央トレセン学園では、福山トレセン学園の生徒とは比較にならない数の生徒を抱えている。それ故、食堂にて作られる料理の量は桁違いであり、手間や費用の関係で油通しは省かれていたのであった。

 

「スイープさん、苦いのにもだんだん慣らしていきましょうね」

「…う、うん!やってやるわ!」

 

 

 

「…………似てる…」

 

 そんなハグロシュンランの姿を見て、サンバイザーは呟いた。

 

「うん?サンバ、どうかしたの?」

 

 それを見たキングチーハーはサンバイザーに質問する。

 

「ハグロシュンランさんによく似た雰囲気の人が先輩に居るのよ、オグリキャップさんは分かる?」

「もちろん」

「その人の同期に“メジロアルダン”っていう先輩がいて、その人にそっくりなの」

「他人の空似だと思うけれど……」

 

 キングチーハーはそう言ったものの、サンバイザーはハグロシュンランの方を見続けていた。

 

 

=============================

 

 

 夏合宿二日目、今日から本格的なトレーニングがスタートする、私達はまずトレーニングコースに集められた。

 

「今日から、夏合宿の本格的なトレーニングがスタートすることになる、だが、その前に今日到着した指導役のウマ娘を紹介したい、出てきてくれ」

 

 フェザー副会長がそう言うと、一人のウマ娘が私達の前に出た、そのジャージには、帯広トレセン学園のマークが入っていた…つまり、彼女は…“ばん馬”…いや、“ばんえいウマ娘”ということだ…だけど、いったいどうして…

 

「紹介しよう、帯広トレセン学園から、皆のトレーニング指導役としてやってきてくれたばんえいウマ娘、セトメアメリだ」

「皆さん、ワタシの名前はセトメアメリ、皆さんの指導役として、ここでお世話になります、よろしくお願いします」

 

 皆、動揺しながらもよろしくお願いしますと言い、頭を下げる。

 

 彼女は私達より少し肌の色が濃く感じる、それに私達日本のウマ娘とは異なり、ラテン系の顔をしている。

 

 帯広トレセン学園は、確か世界唯一のばんえいウマ娘育成校…もしかしたら、彼女は海外のウマ娘なのかもしれない…

 

 

 

 こうして、私達の夏合宿は、地方の競走ウマ娘、中央の競走ウマ娘、そしてばんえいウマ娘という、前代未聞の組み合わせでスタートしたのだった。

 

 

 




 
 お読みいただきありがとうございます。
 
 誤字報告、そして新たにお気に入り登録をして下さった方々、ありがとうございます!

 同期の四人のパーソナルカラー体操服のイラストを載せておきます。上から、キングチーハー、ワンダーグラッセ、エアコンボハリアー、セイランスカイハイのものとなっています。

 
【挿絵表示】


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第23話 気持ちは同じ

 

 夏合宿が始まって一週間ほど経った。

 

『そうそうそう!倒さないように倒さないように!!なるべく身体全体で引っ張る!!』

 

 メガホン越しにアメリさんの声が響き渡る、私達は今、重りをたっぷり入れた箱を乗せたソリを引っ張るトレーニングを行っている。これを崩さず引っ張り続けることで、フォームを維持する力を身に着けるそうだ。

 

「重い…!!」

「あと、80めぇーとるぅー!!」

 

 ミーク達も顔を真っ赤にして、必死にソリを引っ張っている。

 

「…………くっ…!」

 

 一歩一歩進むために、全身の毛穴から汗が滲み出て来るのを感じる。

 

『そうそうそう!一歩一歩、しっかり!!姿勢を崩すのはダメ!!』

 

 容赦無く襲い来る夏の日差し、響く声、そして、隣にはトレーニングを共にする仲間たち、この夏合宿…燃えてくる!!

 

 

────────────────────

 

 

「よし、第3グループ、スイープさんからスタートしてください!!」

 

バッ!

 

 氷川トレーナーが勢いよく手を下ろし、スイープを始めとしたウマ娘達はスタートした。

 

 私達はトレーナーの考案したジムカーナのトレーニングを行っている。夏合宿のトレーニングは、数種類の異なったトレーニングを用意し、それを日ごとに変えてループさせるといった方式を取っている。昨日がソリ引き、今日がジムカーナ、明日が基本トレーニング、といった具合だ。

 

 今やっているジムカーナは普段私がやっているのではキツすぎるので、少しばかり易しくして、機動力を確保するというよりはスタミナをつけるためのものを使っているけど。

 

「はぁっ…はぁっ…はぁっ……」

「ッ!ヤバい…めちゃくちゃ…しんどい」

 

 暫くすると、走り終えたウマ娘達が息も絶え絶えに帰ってくる。

 

「お疲れ様」

「はい、ゆっくりね、ゆっくり」

 

 そして、待機していた他の生徒達はタオルやドリンクをもってそれに駆け寄った。傾いた陽に照らされ、汗を含んだ髪が輝いている。

 

 トレーナー達の方に目をやると、ウマ娘達のタイムを計っている。

 

ビュウウウウッ!

 

 すると、突然突風が私達を襲った。

 

「わわっ!だ、誰かっ!と、取って下さーい!!」

 

 私は声の聞こえた方を向き、状況を確認する。

 

 氷川トレーナーが、バインダーに挟んでいたタイムの紙を飛ばされたようだった。

 

 紙は高く舞い上がり、皆それを見上げている。

 

行けるかな……?

 

 私はタオルを地面に起き、紙を歩いて追った、そして、タイミングを見計らって。

 

ビュッ!

 

 跳び上がった。

 

パシッ!

 

 無事にタイムの紙を回収した私は着地して氷川トレーナーの所に行き、紙を手渡した。

 

「どうぞ、氷川トレーナー」

「あっ…ありがとう…ございます」

 

 何でだろう、氷川トレーナーの様子がおかしい。

 

 私はあたりを見渡す、氷川トレーナーどころか、周囲の殆どが動揺している、私はトモのあたりを触って確かめる…破れて下着が出ているとかでは無い。

 

「あの……どうかしましたか?」

 

 私は恐る恐る相手に問う。

 

「いえ…あの…アラさん…今…4メートル以上跳びませんでしたか?」

「えっ…は、はいっ…そうですけど…」

「どこも痛みませんか?」

「は、はい…もちろんです」

 

 私がそう答えると、周囲がざわつき始めた。

 

「アラ…本当に…大丈夫?」

 

 すると、ミークがこちらに駆け寄ってきて、私の足を撫でながらそう聞いてきた。

 

「……大丈夫だけど…どうかしたの?」

「いや…ウマ娘で、そんなに飛べる人なんて…見たことないから…」

「ええっ…そうなの……?」

 

 私はそう言ってあたりを見回す、みんな首を横に振っていた。

 

「うん…何か…心当たりとかは無い?」

「……特には…」

 

 私はそう答えた、でも、厳密に言うと心当たりがないといえば、嘘になる。

 

 前世、セルフランセとともに暇つぶしに良くジャンプをしていた、私達は牧場を舞うモンキチョウを目印にしてジャンプしていた、その事が関わっているのかもしれない。

 

 あまりに夢中になりすぎて、ジャンプの振動で寝ていた木曽馬を叩き起こし、どやされた事もあったなぁ…

 

 その後、私は『それでも不安』と言われたミークやトレーナー達に身体に異常が無いかしばらく調べられ、解放された。

 

 

────────────────────

 

 

 身体を調べられてから二日後、トレーニングが休みだったので、私達は自由行動が出来た、買い物に行く子たち、山歩きに行く子たち、色々いた、私はランス、ワンダー、ミーク、ベル達と一緒に釣りに行くことにした。

 

ザザーン

 

 ランスが良いポイントを知っていたので、私達はそこまでやってきていた。

 

 学校は夏休みだけど、今日は平日、一般の人間たちは仕事をしているので、人はほとんどいない。

 

 私達は持ってきたクーラーボックスを置き、釣り糸を垂らして釣りを始めた。だけど、肝心のランスは釣り糸を垂らすどころか、釣り竿を出してすらいなかった。

 

「よーし、皆垂らしたね」

 

 ランスはそう言い、おもむろに服を脱ぎだした。

 

「ラ、ランス…!」

 

 ミークは止めようとしたけど、すぐに止めた、ランスはウエットスーツを着込んでいたからだ。

 

「ランス…何するつもり?」

「えっ、決まってるじゃん、魚突きだよ〜」

 

 私の質問に、ランスはいかにもそれが当たり前というふうに答え、釣り竿ケースから竿ではなく銛を取り出した、他にもリュックの中からウキやメグシ、ゴーグルなどを取り出している、そしてワンダーはそれを物珍しそうに眺めていた。

 

「…珍しいの?」

「はい、ブリテン島は外海に囲まれていますから、魚を突くなんて人はあまりいません、川でサーフィンをやる人だっていますから」

「へぇ〜」

 

 ワンダーとミークがそう会話している間に、ランスは準備を終えていた。

 

「どう?似合ってる?それにこの銛、私の愛称にピッタリって感じがするんだ」

「ランス、銛は“lance”ではなく“harpoon”ですよ〜」

「えっ!?」

 

アハハハハ!!

 

 その場に笑い声が響き、ランスの顔は茹でダコのように真っ赤に染まった。

 

「と、とにかく、潜ってくるから、皆、私を釣り上げないようにね!!」

「「「「「はーい!」」」」」

「んじゃ…行ってきます………エントリィィィィィィ!!」

 

ザバーン!

 

 よく分からない合図を口にして、ランスは海に飛び込んでいった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 ランスは少し離れたところで水面から顔を出したりしている、糸に引っかかることなくうまくやっているようだ。

 

 一方、私はミークとベルと並び、釣り糸を垂らしていた。

 

「そういえば、ミーク達はどうして参加してくれたの?」

「……」

「………」

 

 何故か二人共黙ってしまった。

 

「…実は…」

「……良いよベル、私が…言うから…」

 

 ミークは少し表情を険しい物にさせ、口を開いた。

 

「……見返したい…相手がいる…」

「見返したい…相手?」

「うん、私達の学園は、生徒の将来性を予測してクラス分けがされてるんだ…」

 

 …能力別に分ける事は、合理的ではある、授業でトレーニングを行うときに、怪我とかの可能性を減らせるからだ。

 

「…なるほど…」

「……私達のクラスはそのクラス分けでは下の方、私とサンバは平凡だったから、ハードは生まれつき膝の形が少し変わってたから、マルシュは身体が丈夫な方では無かったから…理由は色々あるけれど…でも、やっぱり…ほとんどの理由は…」

「理由は…?」

「小さいから…なんです」

 

 ため息をついてそう答えたのは、ミークではなく、ベルだった。

 

「小さいと、位置取り争いに加わりにくいし、加わったとしても弾かれる、だから、殆どのトレーナーさんは小さい娘をチームに入れるのを避けているんです。」

「……」

 

 ベルの言葉は競馬もウマ娘レースも、そういう厳しい面があるという事を示していた。

 

 実際、誘導馬として働いていたサラブレッドの中にも、“競争能力不足”と言われて誘導馬になった者をちらほら見た事がある。はじめから誘導馬として育てられた私やクォーターホースと違うキャリアに驚いたのを、よく覚えている。

 

「ミーク、ベル」

「……?」

「見返したいって事は、まだ、望みは捨ててないって事だよね?」

「…もちろん、トレーナーやみんなの応援のお陰で私はダービーに出ることができたから…一番上のクラス…特にあの5人“黄金世代”に勝ちたい…!」

「……私もです、一緒に頑張ってるロブロイちゃん達と一緒に…もっと輝きたい……アラ先輩は…?」

「……もちろん、私も同じ気持ち、お世話になった人がいるからね、自分やトレーナー、家族のためじゃない、その人の為にも、私は勝ちたい」

「……お世話になった人…?」

 

ミークが私にそう聞いてくる

 

「そう、“力で敵わない相手には頭と小技で立ち向かう”って、私に教えてくれた、大切な人なんだ」

「じゃあ、アラと私達…走っている場所は違えど、“仲間”って事だね、皆…いろんな苦労をして、いろんな想いを持って走ってる、でも、“勝ちたい”って気持ちは…みんな一緒…」

 

 ミークはそう言って笑顔を浮かべた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 私達は、今日獲った魚たちを調理し、パーティーを行っていた、イワシやアジ、更にはランスが獲ってきた90センチぐらいのドチザメなど、様々な魚の料理が、テーブルの上に並んだ。

 

 食べ切れるかと不安になったけど、それは杞憂だった、周りの娘達は、大飯食らいのサラブレッド、その胃袋は恐ろしいほど食べ物が入る。

 

「できました〜豪華二本立てです〜!」

 

 すると、ワンダーが追加の料理を持ってきてくれた。

 

「こっちこっち!」

 

 アメリさんが手招きをし、料理が私達の前に置かれる。

 

「わぁ!美味しそう!」

「…………」

「………?」

 

 興奮気味のアメリさんとは反対に、私達は微妙な表情を浮かべた、特にサンバは青い顔をしている、だから私は勇気を持ってワンダーに聞くことにした。

 

「ワンダー、この2つの料理って…何?」

「ウナギのゼリー寄せと、スターゲイジーパイです、滋養をつけるのには、最適の料理だと思いまして、あと、ウナギのゼリー寄せはイギリスのウマ娘レース場でご当地グルメのようなものになっているんですよ」  

 

 ワンダーはニコニコしながらそう言う、確かに…栄養がぎっしりと詰まっていそうな見た目をしている、ただ、見た目が強烈すぎる…でも…ものは試し…

 

「…じゃあ…頂きます」

 

 私は取り皿に取ったウナギを、口に入れた。

 

 

────────────────────

 

 

 ワンダーの作った2つの料理は見た目が強烈だったけれど、味は全然問題無しだった、私達は奇っ怪な見た目の料理を口に運びつつ

、今後のトレーニングについてや、新学期からのことについての雑談に興じている、そして、近くではハリアーとロブロイがアメリさんと喋っている。

 

「ええっ!?アメリさんって、スペインのウマ娘なんですか?」

「うん、珍しいでしょ?」

「日本語が上手すぎて…全然気づきませんでした…」

 

 やっぱり…外国のウマ娘だったか…

 

 スペインは、どういう訳かウマ娘レースの人気が低い、サッカーとかが物凄く人気だからなのかも知れない、闘牛もあるし。

 そして、アメリさんがスペインのウマ娘である事に対し、その場にいる殆どの娘が驚いていた。

 

「どうして日本に?」

「本能に抗えなかったからかな、ワタシは走るの大好きだから、それに、普通のレースの人気が無くても、ばんえいなら人気が出るかもしれないと思ってるの」

「なるほど…」

「…なら、私達も、アメリさんに負けないよう、頑張らなければいけませんね」

 

 アメリさんはスペインというウマ娘レースの人気が低い地域から、たった一人で文化も、気候も違う日本にやってきて走っている、そんなアメリさんに負けぬように走っていきたいと私は思った……いや、ここにいる皆も、そう感じていることだろう。

 

 そして私には、もう一つ大切な事がある、今度の重賞レースで、フジマサマーチさんに勝たなければいけない。あの人は、超えるべき壁だから。

 

 

=============================

 

 

 これからのトレーニングの予定を立て終えた俺達は、いつもの5人と、桐生院さん、氷川さんを誘い、食事に出かけることにした、最年少の氷川さんに希望を取ったところ、焼き鳥を希望したので、俺達は焼き鳥屋に向かっている。

 

「これからが、この夏合宿の本番という訳ですか!」

 

 桐生院さんがそう言って気合を入れる。

 

 そう、今やっているトレーニングは瀬戸内の気候に慣れるための準備、これからは更にレベルの高いトレーニングにシフトしていく、つまり、本当の意味でのトレーニングはこれからになるのだ。

 

 そして、ウマ娘達が休日を満喫している間、俺達はトレーニング計画を立てていたというわけだ。

 

 

 

────────────────────

 

 

「かーっ!!やっぱり、仕事終わりの一杯は効くなぁ!!」

「軽鴨…声がでかい、他の客もいるんだぞ…」

「でも、軽鴨トレーナーの言うとおり、一仕事終えたあとのお酒は、身に沁みますねぇ〜」

 

 軽鴨と桐生院さんの言うとおり、仕事を終えたあとの酒は、もう背徳的と言っても過言ではない程の気持ちよさがある。

 

ピコン

 

 ケータイの通知音が鳴る、俺はケータイをパカッと開き通知の内容を確認する………アラからの…メール?

 

 メールには、写真が添付してあった。

 

「どうかしたの?」

「…見てみろ」

 

 俺は皆にその写真を見せた、その写真は、アラ達が魚パーティーをしているものだった。

 

「何でスターゲイジーパイがあるんだ…?」

「私このパイ嫌いなのよね…」

 

 料理についてはよくわからないが、ウマ娘達の表情からは、これから本格的になっていくトレーニングのために英気を養うことができているということが理解できた。

 

「…ウマ娘達も、準備はできてるってことか」

「そういうこった、この夏合宿、これからが正念場、絶対に成功させるぞ」 

「「「「「おぉっ!!」」」」」

 

 こうして、俺達は夏合宿の成功の為に、より奮励努力することを誓いあったのだった。

 

 




 
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 文中に出てきた「小柄なウマ娘は不利」という表現ですが、ゲーム版のナリタタイシンのシナリオを参考にしています。

 ご意見、ご感想、評価等、お待ちしています。


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第24話 やり残したレース

 
今回は拙い挿絵が入っています、暖かい目で見ていただけますと幸いです。


 呼吸を整える…

 

 足回りを確認する…

 

 パドックのお披露目場に出る…

 

『3番、アラビアントレノ、4番人気です』

『身体が引き締まった様な感じですね、王道の距離という事もあり、好走が期待できます』

 

 私は観客へ紹介されたあと、待機所に戻った。

 

 

 

────────────────────

 

 

『8番、フジマサマーチ、一番人気です』

『これ以上ない仕上がりですね、肉体、闘志ともに、光るものが感じられます』

 

 そして、今日の相手、フジマサマーチさんが観客に紹介される。

 

 そして、フジマサマーチさんはこちらに戻ってきて、私の前に立った。

 

「待っていたぞ、アラビアントレノ」

「…お久しぶりです、フジマサマーチさん」

「………良い目をするようになったな、アラビアントレノ………やり残したレース…決着をつけるぞ」

 

 フジマサマーチさんはそう言ってゲートの方に向かっていった。

 

 

=============================

 

 

「アラさん、調子が良さそうですね、好走が期待できそうです」 

 

 隣りに座っている桐生院さんが俺にそう聞いてくる、ベルも同じ気持ちのようで、こちらを見ていた。

 

 この二人はどうしても見たいというので、連れてきていた。

 

 しかし、いくら頼み込まれたとはいえ、さほど広くないソアラの狭い後部座席に二人を押し込んで、ここ金沢レース場まで連れてきてしまったことは罪深かったと思っている。

 

 

 俺達は出走表を見る

 

 

1サウスヒロインカサマツ

2メイショウアッガイ金沢

3アラビアントレノ福山

4トウショウメッサー水沢

5スズカアバランチサガ

6ホクトアカゲルググ門別

7フジマサマーチ高知

8オースミガッシャ園田

9バスターホームラン船橋

10イスパニアカフェ金沢

 

 はがくれ大賞典の時のように、相手はベテランばかり。

 

 そして俺は視線を出走表からアラへ移す。

 

「………」

 

 その表情は引き締まっており、耳、尻尾ともに異常は無い。桐生院さんの言葉も最もだろう。

 

 後は…勝利を信じるだけだ。

 

 

=============================

 

 

 ゲート付近では、出走ウマ娘達がどんどんゲートに入っていた。

 

『最後に6番ホクトアカゲルググがゲートに入りました、各ウマ娘、ゲートイン完了です、本日のメインレース、“イヌワシ賞”まもなくスタートです!』

 

ガッコン!

 

『ゲートが開いて、今、スタートしました!十人のウマ娘が一斉に飛び出します!注目の先行争い!やはり前に出てくるのは1番、サウスヒロイン、続いて8番のオースミガッシャ、10番のイスパニアカフェ、先行争いはこの3人の模様、そしてその後ろ、内側を周るのは5番スズカアバランチ、その外側、6番のホクトアカゲルググがいます。そして、1バ身離れ4番トウショウメッサー、そのすぐ後ろ、3番のアラビアントレノ、その後ろの外側よりに2番、メイショウアッガイ、その内、7番フジマサマーチ、しんがりは9番のバスターホームラン』

『伸びずまとまらず、そういった展開になりましたね』

 

(アラビアントレノ……オパールカップを見て、奴の成長は知っている、先行するのはリスクが大きい……)

 

 フジマサマーチは前を走るアラビアントレノを見た。

 

(オパールカップの時と比較して、フォームが綺麗になった…それは走りの安定性が高まったという事…だが、気になるのはスタート、オパールカップの時は好スタートを切ったのに対し、今回のそれははがくれ大賞典の時と殆ど変化は無い…オパールカップのときに見せた好スタートは…偶然なのか…?)

 

 フジマサマーチはそう考えていた。

 

(いや…今考えるべきなのは奴のロングスパートからのセカンドスパート、奴は脚への負担の大きい芝でアレを使った、……道を開けてはいけない、このコースの特徴を利用する……パワーではこちらの方が上、前には…出さん!!)

 

 金沢の2000mはラストスパート前のコーナーは殆どのウマ娘が内ラチ沿いを走るという傾向があった。

 

 フジマサマーチの作戦は、アラビアントレノのスパートの瞬間を見切り、パワー差を利用して前に出て、外側を塞ぎ、ベテランばかりの内に追いやり、スパートそのものを殺してしまうというものであった。

 

 アラビアントレノの身長は146cm、今回の出走ウマ娘の中では最小である、小回りは効くものの、接触には弱い……という認識をフジマサマーチは抱いていた。

 

 そして、いくら彼女がトレーニングを重ねているとはいえ、内を走るベテランのバ群を抜けるのには多大なる時間がかかり、加速力の悪いアラビアントレノでは不利であると、フジマサマーチは判断していた。

 

 

 

『各ウマ娘、1番サウスヒロインを先頭にして向正面より第3第4コーナーへ』

 

「…フジマサマーチさん、やはり控えていますか」

 

 桐生院はそう呟いた。

 

「……恐らく、アラにプレッシャーを与える為でしょう、ですが…アラのメンタルははがくれ大賞典の時とは違います」

「…」

 

 慈鳥はそう答える、桐生院も頷くものの、何故かベルガシェルフは、遠くを見て難しい顔をしていた。

 

「……ベルさん?どうかしましたか?」

 

 桐生院は理由をベルガシェルフに問う。

 

「……ここって、水辺が近いですよね?」

「え、あ…はい、私達のいるスタンドの真後ろには河北潟が有りますから…」

「なら、少し不味いかもしれないです」

「…ベル?」

 

 慈鳥は疑問を持った顔でベルガシェルフを見た。

 

 

=============================

 

 

『各ウマ娘、第4コーナーを抜けてスタンド前へ、1番、サウスヒロイン、続いて8番のオースミガッシャ、10番のイスパニアカフェ、3バ身離れて内側を回ります、5番スズカアバランチ、その外側、6番のホクトアカゲルググがいます。その後ろは1バ身離れ4番トウショウメッサー、そのすぐ後ろ、3番のアラビアントレノ、その後ろの外側寄りに2番、メイショウアッガイ、その内、7番フジマサマーチ、9番のバスターホームランで先頭から殿までおよそ7バ身半ほどの距離です』

 

……!

 

 おかしい、第3コーナー終了まではいつもどおりのペースで走れていたはずなのに…第4コーナーに入ってからリズムが取りづらい、…ほんのちょっと…本当にほんのちょっとだけど…足の着地点がずれているからだ。

 

 だけど……

 

スッ…!

 

 すると、私の視界を、あるものが横切った、それは……私の髪の毛。

 

 まさか…原因は………風…!?

 

 ……ッ…ただでさえ荒れたバ場でスタミナが削がれやすいのに…!

 

 

=============================

 

 

 …このコースの落し穴は、海の近くだからこそ発生する海風…それが第3コーナーを抜けた直後に容赦なく上半身を襲ってくると言う事だ…!

 

 他のウマ娘を風よけにする以外に…これを回避する方法は“超低姿勢で走る”以外に無い!

 

 そんなことができるウマ娘など居ない、“|たったひとり”を除いては…

 

 そう…奴《オグリ》だけは…!

 

『各ウマ娘、スタンド前を駆け抜け第1第2コーナーへ!!』

 

 そしてここのコーナーは海を背にする形になる、ここからは風を味方に付けることが必要だ…!

 

 

────────────────────

 

 

『第一コーナーに入って、少しペースを上げて参りました、7番フジマサマーチ、3番、アラビアントレノの外へ!!』

 

「海風……海から陸に吹く風…ですか?」

「はい、ここについた時はあまり感じていなかったんですが、向正面にある連なった木の葉っぱが揺れてて…もしかしたらって…すいません、もっと早く気づいていれば…」

 

 ベルガシェルフはそう言って慈鳥に頭を下げた、海風とは、陸上と海上の気圧差によって発生する海から陸への風の事である。

 

 ベルガシェルフは釣りの時にそれを体験してはいたものの、ここ、金沢レース場にもそれが発生ことに気づくのが遅れてしまっていた。

 

「いや…良い……今、俺達にできる事は、この夏合宿でやってきたトレーニングの成果を…信じる事だけだ…!」

 

 慈鳥は拳を握りしめ、そうベルガシェルフに返答した。

 

 

 

『各ウマ娘、向正面へ、ここでハナを進むサウスヒロインに僅かに疲れの色が、だがしかし、8番のオースミガッシャ、10番のイスパニアカフェと共にまだ集団を引っ張る。2バ身離れて5番スズカアバランチ、6番のホクトアカゲルググ。そこから半バ身離れ4番トウショウメッサー、そのすぐ後ろ、3番のアラビアントレノ、そのすぐ外に7番、フジマサマーチ、後ろに2番メイショウアッガイ、しんがり9番のバスターホームラン、ペースを少し上げて仕掛ける準備か』

 

(………後ろからプレッシャーが、いる)

 

 アラビアントレノはフジマサマーチがプレッシャーをかけてくるのを感じていた。

 

(もうすぐ……第3コーナー…さっきと同じ轍は踏まない、終了と同時にスパートかけて、向かい風を圧し殺す…!)

 

 アラビアントレノはスパートのスピードで向かい風を相殺する事を決めた。

 

 

(…一瞬だが、顔が動いた………予想通り…!)

 

 一方、フジマサマーチはアラビアントレノの一瞬の動きからその狙いを見抜き、自らのスパート開始地点を決定した。

 

『第3コーナーをもうすぐ抜ける、先頭の3人ペースが落ちてきた、ここで控えていた7番フジマサマーチ!スパートをかけてきた!!2番、メイショウアッガイ、続いた!!』

 

(予想通り…私に釣られる奴もいたか…!アウトへの動きを塞いだ…更にインも先頭がタレて詰まる、抜けた頃には…私はゴール板の向こうだ!)

 

 フジマサマーチは前方を睨み、その脚に力を込めた。

 

 

 

(塞がれた……外に出て続いたんじゃ間に合わない……なら…!)

 

 アラビアントレノは脚に力を込め、乱れたバ群に狙いを定めた。

 

『ここで、3番アラビアントレノもスパート!乱れる内に突っ込む気だ!』

 

(…あのトレーニング…ばんえいの技を信じて…ねじ込む!!アメリさんが教えてくれた感覚を…思い出せ!!)

 

(…何っ!!?……自殺行為だぞ!?スパートのスピードですり抜けれるわけが無い…!)

 

 集団に向かってスパートをかけたアラビアントレノの行動に、フジマサマーチは驚愕した。

 

 ばんえいウマ娘は障害…つまり坂道を乗り越える時、身体全体を使ってそりを引っ張る技術を使っている。そうしなければ次の動作が遅れ、そりの重さに負け、坂を登りきれないからである。

 

 そして、その技術は一般の競走ウマ娘の世界でも有効であり、セトメアメリの教えによってこれを身に着けたアラビアントレノは通常のウマ娘よりも無駄なく、そして安定して一つ一つの動作を繋ぐことができていた。

 

 アラビアントレノは少し身体を捻じりつつ…

 

(……行ける…!!………突き抜けて…私の身体…!!)

 

 と念じ、脚に力を込めた。

 

 

 

『3番アラビアントレノ!見事に抜けてきた!!同時に外からはフジマサマーチ!!』

 

「貴様には……負けん!!…………ッ!」

 

 その時、フジマサマーチを横風が襲った、もちろん、彼女はそれを想定していた。しかし、唯一想定外の事があった。

 

 

(奴は……内に…!!)

 

 そう、それはアラビアントレノが“内から並びかけている”ということであった。フジマサマーチはアラビアントレノの風よけになっていたのである。

 

『フジマサマーチ譲らない!!』

 

(…もう横風は…当たらない…!!)

 

 スタンドが壁になり、横風が止んだスキを見て、フジマサマーチは前に出た。

 

『残り僅か!!アラビアントレノは差せるのか!?』

 

 

 

(…パワーで劣る……それでも……負けたくない!!!)

 

 一方アラビアントレノも動いていた、横風が切れる瞬間、彼女はフジマサマーチのすぐ後ろにいた。

 

(数秒あれば……これで……!!)

 

 アラビアントレノはスリップストリームから抜け出すのと同時にセカンドスパートをかけた。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

(……何っ!?)

 

『残りわずかのところでアラビアントレノ、抜け出した!抜け出した!抜け出したァ!!』

 

(…くそ…くそ………くそっ!!…完…敗…だ……)

 

『ゴォォールイン!!!』

 

ワァァァァァァァァァァ!!!

 

 

=============================

 

 

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

息も絶え絶えに、掲示板を見上げる…

 

 一番上には“3”の文字がくっきりと表示されていた。

 

 …勝った………いや、書面上ではそうなだけだ。

 

 …引き分け、私はそう思う、でも…満足の行く…良いレースが出来た…

 

「アラビアントレノ」

 

 名前を呼ばれ、私は振り返った。

 

 

=============================

 

 

私は掲示版を見つめるアラビアントレノに向け、一歩一歩進み、声をかける

 

「アラビアントレノ」

「…フジマサマーチさん」

「…私の完敗だ…だが、1つ聞いておきたい、貴様はスパートしながらあのバ群を抜けるのに、かなりの体力を消耗した筈、何故…二度もスパートをかけることができた?」

 

 自然と、言葉が口に出る。

 

「……はっきり言ってしまうと、よく分からないです…でも…私にとって、フジマサマーチさんが“絶対に勝ちたい人”だったからじゃ無いかなと思います。あの時、“負けたくない”と思ったら…自然と…自然と…力が出てきたんです」

 

 ……!

 

 あの記憶が、脳裏をよぎる。

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

「何故…何故だオグリキャップ!!一度目のスパートで貴様は既に限界だった筈…!何故二度も…二度もスパートをかけることができた!?」

「よく…分からないけど…多分、マーチのお陰だ、『負けたくない』って思ったら、自分でも知らない力が出せた」

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

「今日は…ありがとうございました」

「…………フッ…」

 

 懐かしい物を思い出したからか、自然と笑みがこぼれる、私は差し出された手を取った。

 

 その手は暖かく、多くの夢が籠もっている…そのような気がした。  

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

「…本当なのか?」

「うん……あーし等はさ…もう…降りるよ」

「……等…ミニー、ルディ…お前たちも…なのか?」

「…うん…ごめん」

「…でも、勘違いしないでくれよ、自分らの夢が、終わったわけじゃねぇ……マーチ、お前やアイツ…オグリに託すんだ」

「………そうか、今まで…世話になったな」

 

 私は3人と握手を交わした。

 

「手…暖かい」

「…貴様らの夢を…受け取ったからな…私はアイツとの…オグリとの約束を果たして見せる、だから…観ていてくれ」

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 やるべきことが…見えた。

 

 だが、それは私が“一線を退く”という事を意味していた。

 

 

=============================

 

 

 フジマサマーチは下を向き、一人、待機所に向けて歩いていた。

 

ポスッ…

 

「………」

 

 すると、彼女はある人影にぶつかった。

 

「……マーチ…」

「柴崎トレーナー……」

「…俺だけじゃない」

 

 柴崎が身体をどかし、フジマサマーチが顔を上げると、そこには、ノルンエース、ルディレモーノ、ミニーザレディの姿があった。

 

「…すまない…勝てなかった」

 

 フジマサマーチは視線を落とし、3人に謝る。

 

「良いよ……だって…あーし…あんなマーチ見たの…久しぶり」

「…カサマツの…まだ、オグリがいた時みたいだった…」

「…良いレースだったぞ…」

 

 三人は、それぞれ労いの言葉をフジマサマーチにかける。

 

「ありがとう……………私は…あの時の、懐かしい感覚を…思い出す事ができた…負けた…悔しい…だが、それ以上に清々しい気持ちだ………」

「……」

「…柴崎トレーナー」

「マーチ…?」

「時代は…変わっていくんだな……あの頃の、カサマツで走っていた時の事を思い出して気付いた、私のやるべき事が…見えたよ…」

 

 フジマサマーチは涙を流してそう言った、しかし、彼女は満足気な表情を浮かべていた。

 

【挿絵表示】

 




  
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 今回海風があるという描写が御座いましたが、実際のイヌワシ賞の映像を見た際、向正面の木々が揺れていましたので、それを参考にしています。

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第25話 終わりと始まり

 

 大変だった、だけど、それ以上に楽しかった夏合宿にも、とうとう終わりの時が訪れようとしていた。

 

 この夏合宿を通して、私は自分が成長した事を実感していた。

 

 ほんの一年と少し前までは、サラブレッドに歯が立たなかった、でも、今は違う……互角に戦える……そんな気がする。

 

 トレーニングだけではない、座学もたくさん行われた。

 

 その中でも一番大切にされていた事は、“レースに絶対は無い”ことと、“小型と大型、それぞれに良さがある”と言うことだった。

 

 特に後者は、ミークやベル達中央のウマ娘を、地方のレース観戦に連れて行って、感じてもらった。

 

 地方のコースは中央よりもコーナーがきつく、観客も遠心力の力を認識しやすい。大型で重いウマ娘ほど遠心力がかかる訳だから、小柄なウマ娘にもチャンスが生まれる。

 

 さらに、ここでやったトレーニングで、皆の動きは素早いものとなった。この夏合宿に参加したウマ娘にとって、背丈による差はもはや、見た目だけの差となりつつある。

 

 つい数ヶ月前までは、悩んでいた。

 

 アングロアラブの自分が何故、この世界に生まれてきたのか?

 

 自分はこの世界にとって、異端で、走るべきでは無いのではないか?

 

 …自分の居場所は無いのではないか…と…

 

 でも、このおよそ一ヶ月で確信した……今の私の居場所は…

 

コンコンコン

 

「アラ、時間、行くよ」

「わかったよハリアー、すぐに行く」

 

 そう…私の今の居場所は…ここだ。

 

 

=============================

 

 

 今日は夏合宿の最終日、最後の夜だった。

そして、学園の多目的ホールでは、宴会が始まろうとしていた。

 

 生徒会の生徒が少し足りないが…何処に行った…?

 

「では、この夏合宿が、無事に最終日を迎える事が出来た事を祝して、乾杯致しましょう!乾杯!!」

「乾杯!!」

 

 ハグロシュンランが乾杯の音頭を取り、皆がそれに続く。

 

「皆さん…お疲れさまです!!」

 

 氷川さんがそう言い、俺達もお互いのグラスを打ち付けた。

 

「今回の夏合宿は大成功だった、AUチャンピオンカップに望むにあたり、必要不可欠な存在だったウマ娘達の実力向上を…実現することができた」

 

 最初にそう発言したのは、サカキのトレーナーである先輩だった。

 

「そうですね、皆実力を身につけることができましたから」

「それだけでは無いですよ!これは私の個人的見解なのですが、皆…度胸がついたというか…レース勘が急成長した様に感じられるんです!」

「確かに…自分とワンダーは自分からバ群に入って行く戦法も使えるようになりましたから…」

「私のコンボは最後に理想的なラインで走れるように道中で頭を使う走りが出来るようになりました!!」

 

 先輩の言葉に、軽鴨、桐生院さん、雁山、火喰と続く、しかし、氷川さんは頷くだけだった。

 

「…氷川さん?どうかしましたか…?」

「…確かに、皆さんの仰る通り、技術面の伸びは素晴らしいのですが…私は、この夏合宿で1番の成果は、最初にエコーペルセウスさんが仰っていた『友人関係の輪』だと思うんです」

「俺も同感です」

 

 雀野もその意見に賛同した。その後は数十分ほど料理を堪能していた。

 

「皆、あれを」

 

 雀野は俺達にウマ娘の方を見るように促した。

 

「も、持ってきました!!」

 

 そう言って小さくないケースを持ってきたのは、夏合宿に参加していたサポートウマ娘、アドヴァンスザックだった。

 

「よし、じゃあ皆、歌うか!!ザック、演奏頼んだよ!」 

「はい!」

 

マルシュの呼び掛けに応じ、アドヴァンスザックはケースの中から楽器を出す、その楽器はアコーディオンだった。

 

〜♪

 

アコーディオンの調子を確かめる為に、アドヴァンスザックが試しに少しだけメロディーを奏でる、それを聞き、アラを始めとした多くのウマ娘が、そちらを向いた

 

「…じゃあ、行くよ!“我等が願い”」

 

マルシュがそう呼びかけると、アドヴァンスザックはメロディを奏でる

 

「星の光に…思いを掛けて…」

「熱い銀河を…胸に抱けば」

「夢はいつしか、この手に届く!!」

 

 皆、口々にその歌を口ずさんでいた

 

「確かに…氷川君の言うとおりなのかもしれないな」

 

 先輩がそう口にする、俺達は頷く

 

「……若い者は良い、柔軟性がある」

「…分かります」

「いや、慈鳥…なんでお前が先輩の意見に賛同してんだよ」

 

 軽鴨に突っ込みを入れられてしまった……先輩の気持ちはかなり分かるんだが…

 

「アメリさん、楽しんでいますか?」

「ええ、楽しんでるわ」

「アメリさん、私が飲み物を注ぐわ!!」

「ありがとう、スイープ」

 

 別の場所ではシュンラン、スイープ、アメリが会話している、アメリには本当に世話になった、彼女のお蔭で、ジムカーナのトレーニングはより高いレベルのものになったし、アラの加速力も上がった、このままトレーニングを続け、さらにアレが完成すれば、中央のウマ娘達とも、戦っていけるだろう。

 

 

────────────────────

 

 

 その後も宴会は続いた、すると、ホールが少し薄暗くなる。

 

 そして、演台が照らされ、壇上にペルセウスが登壇した。

 

「皆、少し時間をくれないかい?この夏合宿の締めくくりに、演説をさせて欲しいんだ」

 

 ペルセウスはそう言ってアラ達を見渡した…すると…

 

「やって下さいペルセウス会長!」

「お願いします!!」

 

 といった声が色々な声で上がった。

 

「うん、ありがとう、皆…では…」

 

 そう言って、ペルセウスは息を吸い込んだ。

 

 

=============================

 

 

 ペルセウス会長は私達を見渡す。

 

「皆、今日までの厳しいトレーニング、本当にお疲れ様!皆の能力は、この夏合宿によって飛躍的に向上したと、私は断言する!合宿は今日で終わってしまうけれど、自身を持って、各々、それぞれの場所で、身に付けた能力を発揮してほしい!!『レースに絶対は無い』、だけど、君たちがこれまでやってきた事は『絶対』、君たちの力になってくれるはずだ!!」

 

 いつもと違う喋り方に、私達は圧倒される。

 

「…驚いているようだね…なら、ここで一旦、時間を止めよう、皆、目を閉じて…そして思い出して欲しい!一月と少し前、この夏合宿が始まった時のことを、あの時は、お互いに話すのにも…気を遣いあっていたはずだ……さて、時間を進めよう、目を開けて…周りを見て、君達の周りには…隣には…誰がいる?」

 

 私達は隣にミークがいるのを確認し、あたりを見渡す、私達は、所属関係なく、入り交じって席に座っている。

 

「…君たちの隣にいるのは、ここまで友情を育み、苦楽を共にしてきた仲間だ、ライバルだ、同志だ、同胞(はらから)だ!!そして、育まれた友情は、どこに居ても変わらないと私は思う。だから、悩んだ時、行き詰まった時には、お互いに連絡を取り合い、悩みを共有して欲しい、そして、各々、自らの居る場所で、苦悩している友人が居れば、今回の夏合宿で学んだ事を教えていって欲しい!!」

 

 私達は今までの事を思い出し、頷いた。私達がそうしたことを確認したペルセウス会長は再び口を開いた。

 

「AUチャンピオンカップ、これは日本のウマ娘レースが始まって以来の一大イベントになる、“日本のウマ娘レースに、新たな風を吹き込みたい”、その願いを持って、あの大会は設立された。君たちには、その“新たな風”になる事を、私は期待する。時代を作る者は一人じゃない、君たち全員で、次の時代を作るんだ。そして、“手に汗握る、展開の読めない熱きレース”…それを、私達、応援をする者に見せて欲しい」

 

 ペルセウス会長はそう皆に語りかけた。

 

「そして、私は、ここにいる全員の夢が実現する願いを込め、“ウイニングライブで使うことを想定した”ある曲を用意した……その名も…『ユメヲカケル!』…この曲をもって、この夏合宿は終わる…だけどこれは始まり、ここにいる君たちの、新たなる門出だ!!」

 

 そう言うと、ホールのステージの緞帳(どんちょう)が上がっていき…何人かのウマ娘達がステージに立っていた。

 

『キミと夢をかけるよ 何回だって勝ち進め 勝利のその先へ!』

 

 陽気なメロディーとともに、曲がスタートする。

 

『キミと夢をかけるよ 何回だって 巻き起こせスパート 諦めないで I Believe!いつか決めたゴールに』

 

 …ペルセウスが忙しそうにしていたのは…この曲を作るためだったのか…

 

『何処にいても虹を見上げて 同じ想いでいられる トモダチ以上 仲間でライバル 努力だって なぜか嬉しい 競い合って 近づいて行く!!』

 

……良い歌だ…

 

 

=============================

 

 

その翌日、アラビアントレノらは東京へと戻るハッピーミークら中央の生徒を見送るべく、福山駅のホームにいた

 

「……寂しくなるね…」

 

 アラビアントレノはハッピーミークにそう言った。

 

「うん…でも…ペルセウス会長が言ったように…私達は…友達…いや、友達以上の、仲間で、ライバル……離れていても、それは変わらない」

「うん……」

 

 他のウマ娘達も、似たような会話を交わしていた。  

 

「ありがとう、アメリ」

「いえ、礼を言うのはこちらです、フェザーさん、ワタシは多くの事を、このおよそ一ヶ月の間に学びました」

「そうか…それは良かった、スペインに戻った時に、夏合宿での経験が活かせると良いな」

「はい!」

 

 エアコンボフェザーとセトメアメリは握手と抱擁を交わした。

 

「……それじゃあ、元気でね!」

「うん、ミーク達も…元気で!」

 

 そして、ハッピーミーク、セトメアメリらは丁度到着した新幹線に乗り込んだ

 

 やがて、新幹線は発進した

 

「…………っ…」

 

 ウマ娘達の中には、別れの辛さのあまり、涙を流す者もいた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 ハッピーミーク達が福山を去ってから数日後、府中の中央トレセン学園では、新学期が始まろうとしていた。

 

『それでは、これより、新たな理事長の紹介を行います、秋川やよい理事長です!!』

 

 司会がそう言うと、指名された女性、やよいは登壇する。

 

「………!!」

 

 事前に新理事長の正体を知っていたトレーナー及び、シンボリルドルフら生徒会以外の生徒は、その姿に驚愕した。

 

「注目ッ!!生徒、及び、トレーナーの諸君!私がこのトレセン学園の新理事長となる秋川やよいだ!!よろしく頼むッ!!」

 

(……私達と…変わらない…)

(…児童労働にしか見えないじゃない…)

 

 ハッピーミーク、サンバイザーは、心のなかでそうつぶやいた。

 そう、秋川やよいは、“女性”と言うよりは“少女”であった。

 

 そして、その気持ちはは他のウマ娘達も同様であった。

 

 だが、やよいがトレセン学園の理事長であるという事は、同時に彼女がURAの幹部であるという事を示していた。

 

 それ故、ウマ娘達は様々な感情を懐きつつも、文句を述べるような事はしなかった。

 

 その後、先任の秋川しわすから、引き続き理事長秘書を務める事になった駿川たづなが、秋川やよいが理事長に就任した経緯が説明された。

 

 

『……という経緯で、理事長が就任されたのです』

 

 経緯は単純明快であった、やよいは後任人事を決めるのに苦悩していたURA上層部の前に颯爽と現れ、自らが中央トレセン学園の理事長に名乗りを上げたのである。

 

 そして、やよいはURAにて演説を行った。その結果、やよいの人柄は適任であると判断したURA上層部は、元理事長である秋川しわすとも相談したうえで、やよいにトレセン学園の理事長を任せることを決定したのであった。

 

 また、この場で言うことはなかったもののあまりの素早い決定に、たづなは内心驚愕していた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 そして、衝撃的発表の翌日、理事長室を氷川が訪れた。

 

「確認ッ!!氷川トレーナー、今日の目的は『チームの設立』で良いのだな?」

「はい、理事長」

「では、書類をお願い致します」

 

 たづなは氷川に予め用意しておく書類を提出するように促した。

 

「分かりました、お願い致します」

 

 氷川は封筒に入った書類を手渡す、やよいはそれを受け取り、封筒を開き、中身を確認する。

 

「…メンバーは、スイープトウショウ、デナンゾーン、デナンゲート、ダギイルシュタイン、エビルストリート、そしてサポートウマ娘のアドヴァンスザック…うむっ、人数に問題は皆無ッ!」

 

 このチームに、ベルガシェルフは参加しなかった、彼女はまだ『本格化』の途中であり、もう少し自分を見つめて考えたいと思っていたからである。

 

「…む?」

「どうしました?」

「疑問ッ!なぜ、チーム名が天体名ではなく、普通の英単語なんだ?」

 

 トレセン学園のチーム名は“リギル”、“スピカ”、“ヤコーファー”といった具合で、天体の名前を使用することが常となっていた、それ故、やよいは疑問を呈したのである。

 

「理由は2つあります、一つは、この名前がトレセン学園が新体制に移行するのに相応しいと思ったからです。そしてもう一つは、私がこのチームのメンバーの皆さんとともに、様々なことを発見し、学んでいきたいからです。お願いします、理事長!」

 

 氷川はやよいを真っ直ぐに見つめて訴えかけた。

 

「………理解ッ!!君の熱い想いは、しかと受け取った、このチーム名…許可ッ!」

「ありがとうございます!」

「では、チームのマークをこちらに」

 

 トレセン学園の各チームは、それぞれ、ロゴマークを持つことになっていた、当然、マークの種類は多種多様である。

 

「分かりました…お願い致します」

 

 氷川はマークを提出し、やよいはそれを見る。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「むむむ…このマークは、翼を広げた鳥をイメージしたものか?」

「はい、飛ぶように、前に進んでゆく、そのようなチームにしたいと思い、このマークを作成しました」

「ふむ……よし…これにて、新チーム設立の手続き…完了ッ!新チーム『フロンティア』は今日より運営を許可する!期待しているぞ、若きトレーナーよ!!」

「はい!ありがとうございます!」

 

 氷川は深く頭を下げ、礼を述べた。

 

 そして、新チーム『フロンティア』はこの時を持って始動したのである。

 

 

=============================

 

 

「…よし、できた!!」

 

 パソコンでの作業を終えた俺は、床の上で大の字になった。

 

「これが…俺達の…新しい武器…」

 

 まさか、あんなことが役に立つとは…

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

「ねぎまもう一つ…お願いします!」

 

 皆で焼き鳥店に行ったときのことだ

 

「慈鳥トレーナー…」 

「は、はい…」

 

 俺が皆の様子を見ながら静かに飲み食いしていると、氷川さんが声をかけてきた、この様子だと、少なくない酔いが回っていたのだろう、そして、氷川さんは

 

「…どうして…ねぎまの具材は回ったり…回らなかったりするんでしょうかー」

 

 と口にした。

 

「どうしてなんでしょう…」

 

 それに対して俺は回されて焼かれるねぎまを見た、熱にさらされたネギは、だんだんと油のようなものが出てくる。

 

 そして、最初こそ肉と一緒に回っているものの、その油でネギの串に接している面はぬめぬめしていくので、やがてネギは……氷川さんの言った通り、回ったり回らなかったりする

 

「多分、ネギから油みたいなものが出て、滑るんですよ」

「そうですかぁ〜ありがとうございます…なるほど…時間が経ったら、回り方が変わるんですねぇ〜」

 

 そして、氷川さんの言葉を聞きながらネギを見ていたとき、俺は閃いた。

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 そして、俺は夏合宿の期間中、ウマ娘達のトレーニングを見るとともに、その動きを分析してノートにまとめ、新しい武器の開発を行っていた。

 

 それを、学園の会議前日である今日に間に合わせることが出来たということだ。

 

「よし…ならば今日はすぐに寝て…明日に備えるとしよう」

 

 俺は素早くシャワーを浴び、ベッドに潜り込んだ。

 

 

=============================

 

 

 翌日、トレーニング終了後、福山トレセン学園のトレーナー達、生徒会の三人、そして校長である大鷹を交え、今後のトレーニング方針の相談会が行われていた。

 

「慈鳥君、確か今後のトレーニングに組み込んでみたい要素がある様ですね、意見を聞きましょう」

「は、はいっ!」

 

 大鷹に指名され、慈鳥は立ち上がり、その場にいる全員に資料を配った。

 

「皆さん、資料に目を通してください」

「……………これは?」

 

トレーナーの一人から、質問が飛ぶ。

 

「今から説明します……通常、ウマ娘は直線にて坂路に差し掛かった場合、そのままでは体力を無駄に消耗するため、坂路での減速を利用してピッチ走法に切り替えます。これが、私達の現在知っている走法切り替えの方法です。そして、私が提案したい要素というのは、その走法の切り替えをコーナーの途中で行い、コーナーでの速度を向上させるというものです。自転車や自動車がスピードが乗っていくにつれて、ギアを変えていくのと同様に、ウマ娘もスピードが乗っていくにつれてストライドとピッチ……つまり足の回転具合を変えれば、レースでかなりのアドバンテージを確保できる事が予測できます。」

 

 慈鳥がそう説明すると、各所で「おお、確かに」や「やって見る価値はあるかもしれない」の声が上がった。

 

「慈鳥君、良いかね?」

 

 手を上げたのは、サカキムルマンスクのトレーナーだった。

 

「コーナー途中でストライドとピッチを切り替えるとなると、バランスを崩し、脚がもつれて事故になる可能性があるのではないかね?」

 

 サカキムルマンスクのトレーナーは福山ダービーでの一件から、事故に対し苦手意識を持っていた。それ故、この指摘をしたのである。

 

「はい、ご指摘されている事も尤もだと思います。そこで重要になってくるのが夏合宿の時に行ったジムカーナです…このトレーニングは、ウマ娘にかかる負担を減らした簡易版、そしてこちらがアラビアントレノが個人メニューとしてこなしているジムカーナのコース図です。」

 

 慈鳥はスクリーンに夏合宿のジムカーナのコースと、アラビアントレノの個人メニューのジムカーナのコースの画像を出した。

 

「これは……」

「はい、コーナーはさらにきつく、ジグザクは更に多くなっています。そしてこのトレーニングでは、バランスを保ちつつ、力を入れたり抜いたりする能力が鍛えられています。このトレーニングだけではありません。先日の夏合宿でセトメアメリ主導で行われたばんえいウマ娘用のトレーニングは、重い物を引っ張り続けるためのものですが、これは、素早く別の動きに動作を繋げる能力を鍛える事ができます。よって、私はこのトレーニングで鍛え続ける事ができれば、ご指摘のリスクは高確率で回避することができると予測します」

「ふむ……なるほど……これならば」

 

 サカキムルマンスクのトレーナーは納得した様な表情を見せた。

 

「では、ここでもう一度、全員の意見を聞きましょうか、慈鳥君の提案に賛成の方は、挙手をお願い致します」

 

 大鷹がそう言うと、その場にいる全員が手を上げた。

 

「決まりのようですね、では、慈鳥君、君のの提案した要素に、ぜひとも名前をつけて頂きたい」

「は、はいっ……今説明したものは“可変ストライド/ピッチタイミングコントールテクニック”と私は呼称しています。しかしこれではあまりに長すぎるのでこれを英語に直し…“Variable Stride or Pitch Timing Control Technique”とし…この4箇所を取って…」

 

 慈鳥はV、S、P、Tの文字を丸で囲んだ。

 

V-SPT(ブイセプト)、こう呼ぶのはいかがでしょうか?」

 

 慈鳥は会議室の全員に、そう呼びかけた。

 

「V-SPT……単純明快なネーミングですね、では、先程慈鳥君の提案は、これより『V-SPT』と呼称し、我が学園のトレーニングマニュアルに加えましょう…我がローカルシリーズの新しい武器、このV-SPTが戦のあり方を変えた鉄砲のような存在となることを期待しましょう」

 

オオオオオッ!!

 

 大鷹がそうしめくくり、会議室は熱気に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 




 お読みいただきありがとうございます。

 お気に入り登録、誤字報告、ありがとうございます!

 今回は、福山トレセン学園の校章を載せておきます。

 
【挿絵表示】


 校章の解説文中にある、“三本の矢”についてですが、3本目の矢は校章のメインになっている初心者マークのようなものです、あれは一応、矢羽根をイメージしたものです。

 ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第26話 備え

 

「へぇー、これが中央の新たな理事長……これ、児童労働じゃないのよね?」

 

 火喰が新聞を見つつ、そう言う。

 

「お役所さんが何も言わないってことは、合法だろ」

「……だが、他にもっと適任がいたんじゃないのか?」

「…まあ、人は見かけには寄らないってことだろう?」

「相手が子供だと見くびるなってことだな」

「そうだ、子供のイマジネーションは凄いからな」

 

 トレセン学園の理事長の交代は、世間だけでなく、AUチャンピオンカップの共同開催者である俺達ローカルシリーズの人間も騒がせていた。

 

 話を聞いた所によると、こちらのトレセン学園運営委員長である九重と言う人が、驚きのあまり中央に問い合わせたらしい。

 

 まあ…そりゃそうだよな…

 

 

 

────────────────────

 

 

「スタート!!」

 

 トレーニングの時刻になり、俺はアラをウッドチップのトレーニングコースまで連れて、タイムを図ることにしていた。

 

 合図と同時にアラはスタートする。だが、オパールカップの時のような好スタートでは無い。

 

 何故だろうと考えている最中にも、アラはコースを走っていき、二周目に突入した。俺は双眼鏡を取り出し、アラを見る

 

 アラはコーナーに入る……そして、コーナーの途中で…アラはピッチとストライドを変化させて、いわゆる『ストライド走法』に走法を変更した。

 

 そして…出口に差し掛かった時に逆の事をやり、ピッチ走法に戻した。

 

 これをレース知識のある者が見れば、“愚行”と捉えるだろう。

 

 一般的にストライド走法はカーブに向いておらず、カーブを曲がる時はピッチ走法が適切とされている。

 

 しかし、それは半分正解であり、半分間違いだ。

 

 ウマ娘は遠心力等、様々な要因により、コーナーでは速度が落ちる。つまり、コーナーで速度とスタミナを維持できると、かなりのアドバンテージが得られると言う訳だ。

 

ピッチ走法のメリットは、加速力、コーナーリングに優れていること。

 

 そしてストライド走法のメリットは、速度とスタミナが維持しやすい事にある。

 

 だから、コーナーの途中までは、優れたピッチ走法でスピードを上げるとともに、身体にかかる遠心力の具合を確かめる。そして、タイミングを見計らい、ストライド走法に切り替える、こうする事で、コーナーで体力を無駄遣いせず、なおかつ速いスピードで曲がる事ができると言う訳だ。

 

 これがV-SPT。

 

 氷川トレーナーとの何気ない会話、それと、出力を高め燃費を良くする、車の“可変バルブタイミング機構”にヒントを得て作り上げた…俺達の武器だ、もちろん、盗用対策も万全だ。ジムカーナやばんえいトレーニングでないと身につけることのないテクニックが、コレには使われているからだ。

 

タッタッタッタッタッタッ…

 

ピッ!

 

 そう考えているうちに、アラが二周目を走り終え、こちらまで戻ってきたので、俺はストップウォッチのボタンを押した。

 

「ハァ…ハァ…ハァ……トレーナー、タイム!」

「────だ、ベストじゃないけど、安定してきたな」

「やった…ありがとう」

 

 アラは笑顔でそう言った。

 

 最近、アラの笑顔が変わった、最初は微笑みぐらいだったのが、ニコリとする様になって来ている、夏合宿以降はそれが顕著だ。

 

 あれはアラに良いものをもたらしてくれたと言う事か……?

 

「トレーナー、ボーッとして、どうしたの?」

「…何でもない、とりあえず、今日のトレーニングの予定は全て消化できたな、よし、着替えたら駐車場まで来てくれ、銭湯まで連れてくからな」

「分かった」

 

 アラはそう言うと、校舎の方へと走っていった。

 

 

────────────────────

 

 

 アラを銭湯まで送り届けたあと、俺はトレーナー寮の自分の部屋に戻り、アラのスタート方法について考えていた。

 

 アラのスタートは最初の頃と比べると改善しつつある、恐らく、殆どのウマ娘と当たる場合はだが、今のままでは“大逃げをぶちかますウマ娘”には勝てない。

 

「……あの時…アラは氷川さんの紙を取るために大ジャンプしてみせた……そう、だから筋力自体はかなりあるはずなんだ…」

 

 俺はアラが4メートル位飛んだときの事を思い出した。

 

「………タテに跳ぶ力が強くても、ヨコに進む力があるとは限らないって事か……ならばオパールカップの時は…」

 

 俺はオパールカップの時の映像を再生する。

 

「……坂道からなんだぞ…?フツーはスタートが遅くなる筈だろうに…」

 

 俺はスタートの部分を、何度も何度も巻き戻して再生した。 

 

 そして、ある事に気付いた。

 

「……坂道でスタートする時は、地面の方向はヨコじゃない…ナナメだ……つまり、ヨコへの推進力だけじゃなくて、タテへの推進力も使うって事か……アラはタテへの推進力がバカ高いから…ナナメでスッと出ることができる、だが…殆どのレースは平坦な場所でスタートする…」

 

 俺はは呟きながら、ヨコに、タテに、そしてナナメに矢印を書いていった………

 

「ゲートの中…当然上に跳ぶなんてのは出来んし、地面を傾ける事なんて不可能だ…じゃあ…どうすれば良い…?」

 

 考えろ……ウマ娘レースだけの常識に囚われるな…

 

「……………待てよ…!?」

 

 その時、俺の中にある考えが浮かんだ。

 

 地面が傾けられないのなら、自分の身体をナナメにすれば良い

 

 つまり…クラウチングスタート……

 

 そして、上に飛ぶ力が強いという事は、地面を踏みつける力もまた然りということ、だからつまり…

 

 まずゲートインと同時に地面を踏みつけ、蹄鉄を食い込ませる。

 

 そして、クラウチングスタートの体制を取る

 

 後は脚の力を開放するだけだ。

 

 規則にはクラウチングスタート禁止なんてのは無い。

 

 行ける、これで、アラはさらに強くなる。

 

 レーサーの血が騒ぐのか、俺は自分の口角が自然と釣り上がるのを感じていた。

 

 

=============================

 

 

 その頃、福山トレセン学園の生徒会室では、生徒会の3人と大鷹が話していた。

 

「ふむ…それでは、今回の夏合宿のデータは既に取りまとめており、いつでも他の地方トレセン学園に共有する事が可能という事ですか、分かりました、これはこちらの方で検討していきます、ご苦労様でした」

 

 大鷹は3人に礼を言い、生徒会室を後にした。

 

「これで、第一段階は完了と言うわけだね」

「ああ、だが、ここからは夏合宿によって成長したウマ娘達の頑張りに掛かっている、私達も気を引き締めて支えていかなければならないな」

「忙しくなりますね…」

「うん、さて、私はこれからAUチャンピオンカップに備えた地方トレセンの生徒会長のオンライン会議があるから、二人は先に帰っていて良いよ」

「…では、お言葉に甘えさせてもらう、シュンラン、行こう」

「…は、はい!」

 

 エアコンボフェザーとハグロシュンランはエコーペルセウスを残し、生徒会室を後にした。

 

 

 

 二人は談笑しつつ、帰路についていた。

 

「日が落ちた後とはいえ暑いですね…」

「……そうだな…む…?花が咲いているな…」

「あそこですか……えーと…菊…ですね、本当は10月以降の花ですが…随分と早咲きで…………!!も、申し訳ありません、フェザーさん」

 

 自分が失言をしてしまったことを自覚したハグロシュンランは、エアコンボフェザーに謝った。

 

「…いや、良い、このままでいけば、私もいつかは過去と、そしてあいつと向き合う時が来るからな」

「……」

 

 その後、二人は会話を交わすことなく、寮へと戻っていった。

 

 

=============================

 

 

 私はあたりを見渡す、また、あの空間だ。

 

『────』

 

 そして、あの声も聞こえてくる。

 

「答えて!貴方は何者!?貴方は私の何!?」

 

 私は無駄であると分かっていてもそう叫んだ。

 

『…お前の事は、このワシが一番…………まあ良い、セントライト記念、そこでサラブレッド(ヤツら)を倒せ!お前はアングロアラブ(ワシら)の最高傑作、硝子(ガラス)の足共に劣るはずは無い!!サラブレッド(ヤツら)を打ち破り!その先へと進むのじゃ!!』

 

 えっ………会話が…成立した…!?

 それに…その先?

 

『…サラブレッド(ヤツら)アングロアラブ(ワシら)が存在していた故の、呪縛…それがこの世界には存在しておらん!!』

 

 呪縛…?

 

 どう言う事…?

 

「…貴方は…私に何を…させたいの?答えて!!」

 

 私はそう言いながら声の方向に向けて歩みを進めた。

 

『………』

 

 すると、その声の主の気配はだんだん遠ざかっていく、私は追いかける体制を取った。

 

「…待って!!」

 

バンッ!

 

「…………ハァ…ハァ…」

 

 本を床に叩きつけたような音で、私は目を覚ました。

 

 これまでの夢で、私は何となく思っていた。

 

 あの声が、私がここに生まれてきた鍵を握っているのではないかと。

 

 なら、出来る事は一つ…

 

「…勝ってやる…行けるところまで…行ってやる…」

 

 私は拳を握りしめた。

 

 

=============================

 

 

 時間が経つのは早い、今日はセントライト記念当日だ、いつものように、出バ表に目を通す。

 

1シンコウジンメル

2ロードレブリミット

3ヌーベルスペリアー

4オウカナミキング

5セイウンコクド

6テイオージャズ

7スノーボマー

8グランスクレーパー

9アラビアントレノ

10メジロランバート

11ステージハイヤー

12ネオリュウホウ

 

 

 他のウマ娘の強さは未知数、調整は万全、これ以上ないと言っても良いぐらいだ。

 

 しかも、今回はアラの気合いの乗りようが今までとは比較にならない、闘争心がオーラとなって出て来そうな感じがしている。

 

「アラ、そろそろ時間だ」

「……分かった………トレーナー、一つだけ聞いても良い?」

「…どうした?」

「…私がどんなウマ娘でも、トレーナーは応援してくれる?」

 

 アラはそう聞いてきた。

 

=============================

 

 私はトレーナーの目をまっすぐ見つめ、そう質問する。

 

「………ああ、家族を除けば、俺はお前さんの最初のファンで、ずっと消えることのないファンでもある、応援するさ、お前がどんなウマ娘であってもな」

 

 トレーナーは真っ直ぐに私を見返し、そう言った、おやじどのを思い出させる、懐かしい感覚だった。

 

「……そっか…なら良かった………トレーナー、観てて、私は勝って戻ってくるから」

 

 私はトレーナーにそう微笑みかけ、パドックへ急いだ。

 

 ……絶対に…勝つ……

 






お読みいただきありがとうございます。

新たにお気に入り登録をして下さった方々、ありがとうございます、感謝申し上げます。

今回はセントライト記念の史実での出馬表を載せておきます。

1.シンコウジングラー
2.ロードハイスピード
3.ダイワスペリアー
4.サクラナミキオー
5.セイウンエリア
6.テイオージャ
7.スノーボンバー
8.グランスクセー
9.ワールドカップ
10.メジロランバート
11.ステージマックス
12.レオリュウホウ

ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第27話 記憶


 UAが10000件を超えました!いつも拙作を読んでくださっている方々、心より感謝申し上げます。これからも拙作をよろしくお願い致します。


『7枠9番、アラビアントレノ、9番人気です』

『今回、中央のレース場は初めてですが、この歓声の中、平常心を保っているようですね』

 

「………問題は無しと………そんな事より……桐生院さん、来てよかったんですか?ミーク達のトレーニングもあるだろうに」

 

 観客席に上がったら、どういう訳か桐生院さんがいた。まあ、東京と千葉だから車の距離ではあるが…

 

「ミーク達のトレーニングは結さんに任せてありますから、大丈夫です!それに、今日は対戦相手の情報収集も兼ねていますから!」

 

 そう言って桐生院さんはビデオカメラを取り出した。

 

「そういえば桐生院さん、夏、ミークのローテについて考えていましたよね?あれってもう決まりました?」

「はい!秋のローテは…毎日王冠、菊花賞です!ミークはどの距離でもある程度走れてしまうので、慎重に判断しないといけませんから」

 

 凄いローテを考えるもんだ……

 

 …と言うか、さっきの発言からして桐生院さんはミークとアラがレースをすると踏んでいる……随分と高く評価してもらえてるもんだ、少々…鼻が高い。

 

 

=============================

 

 

 “今日は第4コーナーからV-SPTだ、タイミングを間違えんようにな”

 

 トレーナーの言葉を思い出し、私は深呼吸をした。

 

 中央で使っている赤い体操服も、悪くない、でも…なんで二種類あるのだろうか?これは本当に疑問に思う。

 

 一つはショートパンツだけど、もう片方なんてデザインが完全に下着のそれだ………最も、前世、サラブレッド達は産まれたままの姿の上にゼッケンだけだったけれど…

 

 駄目だ、駄目だ…気持ちを切替えよう。

 

 今日ここに来たのは、勝つためだ。

 

 そして、アレの正体を突き止めてやるためだ。

 

集中だ………

 

 私はターフを睨みつつ、ゲートインした。

 

「ヒぃッ!?」

 

 すると、隣のウマ娘が驚いたような声を上げる…私の様子に驚いたのだろうか?

 

 ウマ娘は人間よりメンタルはデリケートにできてるみたいだし、人によってはあるのかもしれない。

 

『休養中に乗り込んできたウマ娘、レースを経て来たウマ娘、地方からやって来たウマ娘、彼女たちはそれぞれで夏を積み上げて来ました、さあ!その成果を見せてもらいましょう!セントライト記念、菊花賞トライアル!』

 

ガッコン!

 

『今12人のウマ娘がスタートしました!日差しの照りつける芝コース良バ場2200m、12人の先行争いです!』

『やはり、飛ばしていく娘は居ませんね』

『最内にヌーベルスペリアー、そして外からはネオリュウホウ、押し出されるような形でアラビアントレノが後方寄りの外を進む、真ん中を突いていくのはオウカナミキング』

 

 …押し出されては無いんだけれど……とりあえず、中央の位置取り争いが未知数である以上、切り込むのは良くない。

 

 いくらパワーが上がったとはいえ、私、小さいからなぁ…

 

『1コーナーから2コーナーに入る所で先頭がネオリュウホウ、2番手が変わりまして、ヌーベルスペリアーからグランスクレーパーになりました!思い切って行ったぞ!その二人の後ろ、外を回っているメジロランバート、こちらもスピードを上げてきている、ヌーベルスペリアーの前へ』

『グランスクレーパーとメジロランバート、少しハイペース気味ではないでしょうか、表情も何だか落ち着きが見られないようです』

『ヌーベルスペリアーの後ろには内から並ぶ様にロードレブリミット、少し抑えるかオウカナミキング、そしてスノーボマー、後ろにセイウンコクド、その外を並ぶようにして走るアラビアントレノ、その二人を見るようにステージハイヤー、後方離れてシンコウジンメル、しんがりがテイオージャズです!!』

 

 ……確かに、春までの私なら、このスピードには対応出来なかっただろう、でも、今は違う…

 

 

────────────────────

 

 

((……あのウマ娘…何者…!?))

 

 前を走るグランスクレーパー、メジロランバートは後ろを気にしつつ、必死に逃げていた。

 

(…あのウマ娘に目をやった時…一瞬だけど……得体のしれないものを感じた……ライアンみたいな純粋な闘志じゃない………私達とは違う、異質な何か…)

 

 ゲートに入った時、メジロランバートはアラビアントレノを見て声をあげていた、それは彼女がアラビアントレノに対し、何かを感じていたからである。

 

『各ウマ娘、向正面へ、ここで中団に動きあり、アラビアントレノ、セイウンコクドの真後ろへ、暑さのせいか、全体のペースは控えめです』

『そうですね、第3第4コーナーでの動き、ここで勝負が決まりそうです』

 

(下りのストレート……ここはスリップストリームだ、コーナーに入る時は皆抑えるだろうから、私なら飛び出して外から並んでいけるはずだ)

 

 アラビアントレノはそう考え、仕掛けの準備に入っていった。

 

 

 

「………スリップストリームですか」

 

 桐生院はアラビアントレノを見つつ、隣にいる慈鳥にそう質問した。

 

「はい、アラは小さいですからね」

「ああやっているという事は、バ群に揉まれても抜ける自信がおありなのですね」 

「はい、ミーク達才能溢れる中央の生徒と共にトレーニングしたんです、アラならきっとやってくれます」

「私もそう思います」

 

 慈鳥と桐生院は夏合宿の成果を信じ、行方を見守った。

 

 

 

『先頭グランスクレーパー、その後ろにメジロランバート、3番手ネオリュウホウとは2バ身から3バ身差その後ろは若干絡まっている第3コーナーのカーブ、抑えて抑えて、ヌーベルスペリアー!その後ろからスノーボマー、おや、ちょっと下がっていくぞ、ヌーベルスペリアー!』

 

(………今だ!!)

 

 少し下がったヌーベルスペリアーに観客の注目が集まった瞬間、アラビアントレノのピッチとストライドが変わった。

 

『ネオリュウホウ押して行った!更には、オウカナミキングも続く!外からアラビアントレノぐんぐん上げる………えっ!?アラビアントレノ、上げている!大外からまくり上げて来るぞ!?』

 

ザワザワザワザワッ…!

 

 場内は騒然とした、しかし、実況の赤坂は何とか気持ちを立て直し、実況に戻った。

 

『ロードレブリミットもスパート体制、テイオージャズ、一瞬迷いスパートが遅れた!400の標識を通過!3着まで菊の舞台への夢!セントライト記念は最後の直線!』

 

(………まだ切り替えないほうが良いな、坂まではストライド走法のままで行こう)

 

『先頭争いはネオリュウホウとメジロランバート、いやグランスクレーパーもいる、外からアラビアントレノ!!激しい先頭争いをしつつも200の標識をパスし最後の急坂へ!』

 

 急坂へ差し掛かり、それぞれのウマ娘はピッチ走法へと変える体制を取った。

 

(………行ける、私の方が速い!)

 

 そして、一番速くそれを済ませたのはアラビアントレノだった。

 

(……………通させない!!)

 

 それを感じ取ったメジロランバートはすかさずブロックに入る。

 

(…………平地でやられてたら脅威だけど、坂だからね、遅い!!)

 

 しかし、平地でよりも速度が落ちる坂道では、ブロックの動きも当然鈍くなり、アラビアントレノは容易くそれを見切り…

 

(…………ヒッ!!…私…斬られた…!?)

 

 メジロランバートの側面ギリギリをパス、彼女に斬られた様な錯覚を与えて震え上がらせながら、ゴール板を目指して進んでいった

 

『アラビアントレノ、ブロックに入ったメジロランバートのギリギリ横を突き抜けてトップに躍り出た!!しかしそれを許したくないのか内側からヌーベルスペリアーがやってきたしかし逃げるぞ逃げるぞアラビアントレノ、逃げるアラビアントレノ、追うはヌーベルスペリアーとネオリュウホウ!しかし差は開く、シンコウジンメル突っ込んで来て3番手争い!!』 

 

(………あと…10m……!行けぇぇぇぇぇぇっ!)  

 

『ゴールイン!!勝ったのはアラビアントレノ!!中山の急坂を乗り越え、菊の舞台への切符を手に入れました!!』

 

「信じてたぞ!!」

「そのまま菊もとっちまえー!!」

 

 菊花賞のトライアル競争ということもあり、地方からわざわざ中山まで出向いていた地方のファンは多かった。 

 

 そして、そのファン達は、アラビアントレノに熱い声援を送っていた。

 

 

=============================

 

 

 勝った…私…勝ったんだ…

 

「信じてたぞ!!」

「そのまま菊もとっちまえー!!」

 

 私に向けて、声援が送られて来る

 

 観客達にむけて一礼した後、私は地下バ道に向けて戻っていった。

 

「アラ」

 

 トレーナーは地下バ道で私を待ってくれていた。

 

「特訓の成果が実ったな、勝ちたかったんだろ?」

「うん……凄い…嬉しい、ありがとう」

「ありがとう…?礼を言うのはまだまだ早いと俺は思うぞ?アラ…この先の…“菊花賞”に、桐生院さんとミークに…挑戦してみる気はないか?」

 

 トレーナーは私の肩に手を置き、私の目を見てそう言った。

 

「菊花賞に…ミークが?」

「ああ、向こうは俺達との対決を望んでる、アラ、お前が決めるんだ」

 

 菊花賞は、“最も強いウマ娘”を決める舞台、ミークと対決するには、この上なくベストな場所だ、そして、私はいつかはミークとレースをしたいと思っていた。

 

「…トレーナー、私、菊花賞に出る」

 

 私はトレーナーにそう言った。

 

 あの声の意思じゃない、これは紛れもない私の意志。

 

 サラブレッドもアングロアラブも関係無く、全力で競い合いたい相手と戦いたいという意志。

 

 そして、その意志は、このセントライト記念を勝った今、更に強くなっている。

 

“満たされる度に、渇きゆく”

 

 それが今の私の心だ。

 

 

 

────────────────────

 

 

 また、私は闇の中で目を覚ます。

 

 目を覚ましてすぐ、これが今までの夢とは違うものだということがすぐに分かった。

 

 私………いや、自分は、“4つの脚”で、その空間の中に立っていた。

 

 今までの夢とは明らかに違う状況、首を振るい、周りを見る。

 

カッポ…カッポ…カッポ…カッポ…

 

 後ろから、音が聞こえる、これは……馬の蹄の音。

 

「…!?」

 

 その音を出しているものの正体を掴むべく、振り返った。

 

「…よく来たな」

 

 間違い無い…この声、この毛色、あの馬だ、私の夢に何度も出てきた、あの馬だ。

 

「………」

 

 その馬は、警戒する私を気にする様子も無く、私の前に出る。

 

「セントライト記念に勝つとは、流石はワシの子孫の中の最高傑作……サラーム……いや、“セイユウユーノス”」

「…………!!」

 

 その瞬間、私の頭の中に色々な記憶が流れ込んで来た。

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

「この子が私の後輩のセイユウユーノスだ」

「ユーノ、堂々と振る舞うんだ」

 

 先輩との記憶。

 

「このお馬さん、白くてキレイ〜!」

「本当だね〜それに優しい顔だね〜」

「温厚で誰でも乗りこなせる…ホント、この子…セイユウユーノスは凄いですよ、誘導馬騎手達の中では神ホースだなんて呼ばれてますから……」

 

 大井での記憶。

 

「セイユウユーノス……つまり…この馬は、あの馬の子孫なのか?」

「ええ、父ビソウエルシド、母ユーノスプリンセス、つまり腹違いの兄はあの“益田の怪童”です」

「そうか……だから名前にユーノスが…」

「しかもこの子は幼名まで用意されてたらしいんです、結局、誘導馬にされてしまった訳ですけれど……神崎さん、どうしました?」

「いや、“ユーノス”…か……若い頃を思い出しただけだ………セイユウユーノス、よろしく頼むよ」

「────!」

 

 そして、おやじどのと初めて会ったときの記憶。

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 思い出した…自分の名前は“セイユウユーノス”小さい頃は“サラーム”と呼ばれていた。

 

「…じゃあ…あなたは…」

「……ワシの名前はセイユウ、お前と同じアングロアラブじゃ」

「自分と同じ…アングロアラブ…」

「そう、じゃが、お前は菊花賞に出ることが出来る、血の呪縛…人間共の勝手な決め事で、ワシの出る事のできなかった、あの…菊の……」

 

 声の正体、“セイユウ”の声は、段々と遠ざかっていった。

 

 

 

────────────────────

 

 

「…………!!!」

 

 目覚めた私は、前脚…いや、手がきちんとついているのか確認する、手はきちんとついている。

 

 “セイユウユーノス”

 

 それが私の、前世の名前。

 

 だけど、気になることが一つあった。

 

 セイユウは、人間たちの事を『人間共』と言っていた……そう、まるで人間たちの事を恨んでいるかのような口調だった。

 

 

=============================

 

 

地方トレセンの所属ウマ娘が、セントライト記念を征したという情報は、中央に激震を与えていた。

 

「押さないで!押さないで!商品は逃げませんよ!!」

 

 そして、ここ、福山レース場は、アラビアントレノがセントライト記念を勝利した事により注目され、所属ウマ娘達のグッズを買いに、全国からローカルシリーズのファンが訪れたのである。

 

 

 

「……凄い量」

「地元の福山以外からも来てるぞ」

 

 一方で、アラビアントレノと慈鳥は急増したファンレターに驚いていた。

 

「アラ、これ見ろ、北海道から届いている」

「ホントだ……トレーナー、それ貸して、見てみるから」

 

 アラビアントレノは慈鳥から北海道から届いた手紙を受け取り中身を見た。

 

「……『アラビアントレノさんへ、セントライト記念、見ていました、アラビアントレノさんみたいなウマ娘になれるようにがんばります…』……この娘…小学生だ…」

「本当かよ、文面からして、競争ウマ娘になりたいんだな」

「うん…どんな名前の娘なんだろう……えーと…『コスモバルク』良い名前…」

 

 アラビアントレノはそうつぶやき、手紙を便箋に丁寧にしまった。

 




 
 お読みいただきありがとうございます。
 
 文中に出てきたセイユウは、アングロアラブの中で唯一、サラブレッド系重賞を制した馬です。

 ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第28話 偵察と成長

 

 ある日の放課後、ワンダーグラッセ、セイランスカイハイは生徒会長のエコーペルセウスによって呼び出されていた。

 

「ワンダー、ランス、君たちは確か…交流重賞に出た経験は無かったよね?」

 

 エコーペルセウスは二人にそう質問した。

 

「はい」

「私も同じです、何か頼み事ですか?」

「うん、君たちには、今度の休み、シュンランとともに3人で東京…中央のファン感謝祭に行ってもらいたいんだ、旅費は私達の方で都合するからさ」

「……私達…がですか?トレーナーさんも無しに…ですか?」

 

 ワンダーグラッセは自分の胸に手を置き、エコーペルセウスに質問する。

 

「そう、君たちはまだ、中央のウマ娘達と走っていない、だから呼んだんだ。ランス、スピアフィッシングにはポイントの事前調査が必要不可欠だよね?」

「はい~」

「ワンダー、茶会をする時には、紅茶に合うお菓子を調べるよね?」

「はい」

「なら、話は早い、二人にやって欲しいのは、相手の偵察だよ。君たち二人のことを知っている娘は夏合宿組以外に居ないと思うから、偵察し放題だ、そしてトレーナー抜きでやる事で、自分で考える力もつけてもらうってことさ」

「ほぅ…なるほど…」

 

 セイランスカイハイは、興味深そうな顔をした。

 

「確かに魅力的ですね、観るのもトレーニングの一つですし」

 

 ワンダーグラッセも興味を示した。

 

「それなら決まりだね」

「あれ、でもそれならシュンラン副会長は…?」

 

 そう聞いたのはセイランスカイハイである。

 

「ああ、シュンランは夏合宿で見てきたウマ娘達を見たいだってさ、あと、オグリキャップにも会いたいらしい」

「なるほど〜確かに、シュンラン副会長、オグリキャップさんの大ファンですからね」

「ハハハ、“サインが欲しい”って言ってたのを覚えているよ」

 

 エコーペルセウスは笑ってそう言った。

 

 

 

────────────────────

 

 

 数日後、東京都のあるホテルの玄関に、ハグロシュンラン、ワンダーグラッセ、セイランスカイハイの姿があった

 

 ハグロシュンランは首からカメラを下げ、ワンダーグラッセは下ろしている髪をポニーテールに束ねて緑のカラーコンタクトをつけ、セイランスカイハイは帽子を被り、偵察のための装いは完璧といった様子だった。

 

「ランスさん、ワンダーさん、よく眠れましたか?」

「はい、もうそれはぐーっすりと」

「同じくです」

「それでは、今日の予定を確認しましょうか、私はこちらを担当しますから、お二人はこちらを」

 

 ハグロシュンランはファン感謝祭のパンフレットを開き、トレセン学園の敷地を半分ずつ指で囲んだ

 

「シュンラン副会長…一人でですか?」

「はい、心配は無用です、一人で歩くのは慣れていますし、きちんと白杖も持っていますから」

 

 片目しか見えない事を心配する二人に対し、ハグロシュンランは鞄の中から携帯式の白杖を取り出し、心配は無用であるという意思表示をした

 

「確か…お二人は“日本のレースに興味があるイギリス人と現地人のお友達”という形でしたね、よろしくお願い致します、向こうの皆さんには見かけても声をかけないようにして頂いていますから、たっぷり学び、たっぷり楽しむことに集中致しましょう」

 

 ハグロシュンランはそう言った。

 

 

 

────────────────────

 

 

「おぉ〜やっぱデカいもんだねえ」

「そうですね〜」

 

 バスに揺られ、数十分、三人はトレセン学園に辿り着いた。

 

「では、予定通りに行きましょうか」

「分かりました」

「承知致しました」

 

 ハグロシュンランの一声で、三人はそれぞれが見る場所へと向かっていった。

 

「えーと、まずは………」

「ランス、ここからは英語で行きましょう…Ok?」

Copy that(了解)…」

 

 ワンダーグラッセとセイランスカイハイは英語での会話に切り替え、トレセン学園内を進んでいった。

 

 

 

────────────────────

 

 

「スズカさん!今度はあっちに行きましょうよ!」

「ふふっ、スペちゃんは元気ね」

 

 一方、別の場所ではスペシャルウィークはサイレンスズカと共に会場を回っていた。

 

「置いていっちゃいますよー!スズカさん!」

 

 スペシャルウィークはサイレンスズカの先を進み、彼女の方に振り向き、振り向いてそう言う、サイレンスズカはそれを見ていたが…

 

「危ない!」

 

 スペシャルウィークの後ろから人が来るのに気づき、スペシャルウィークを止めようとした。

 

ドンッ!!

 

 しかし、スペシャルウィークはぶつかってしまった。

 

「………」

「す、すいません!大丈夫ですか?」

 

 スペシャルウィークはぶつかって尻餅をついた相手に近づき、手を差し伸べる。サイレンスズカも駆け寄った。

 

「I'm ok……How about you?」

「…え、英語!?…えーと…えーと…」

 

 スペシャルウィークがぶつかった相手は、ワンダーグラッセであった

 

「“私は大丈夫です、そちらは大丈夫ですか?”って言ってるんです」

 

 中々返答できなかったスペシャルウィークに、ワンダーグラッセの横にいたセイランスカイハイがそう言う、するとスペシャルウィークは…

 

「良かったぁ…」

 

 と言って胸を撫で下ろした。

 

「さっきはごめんなさい、えっと…そちらの方…Are you a tourist from abroad?」

 

 サイレンスズカはワンダーグラッセに対し、英語で質問した。

 

「……Yes, I'm from England.」

「Ok, thank you very much. スペちゃん、この人はイギリスからの観光客みたい、あれ…では、貴女は?」

「私はこの娘のサポート役ですね、通訳みたいな感じです、でも、私もここに来たのは初めてで、とりあえず手当たり次第回ってるって感じですね」

「そうでしたか、ここは初めての方…うーん」

 

 サイレンスズカは、顎に手を当て、考える。

 

「そうだ!スズカさん、エルちゃんとグラスちゃんに案内を頼むのはどうですか?あの二人は私よりも詳しいし、アメリカ出身ですから、英語も大丈夫ですよ!」

 

 スペシャルウィークは人差し指を立ててそう言った。

 

「確かに…あの二人なら……私達よりもうまく案内できるわね…分かったわ、スペちゃん、この二人をあの二人の所に案内しましょう」

「はい!フ、フォローミー、プリーズ!」

 

 こうして、スペシャルウィークの案内により、ワンダーグラッセとセイランスカイハイはグラスワンダーとエルコンドルパサーのもとに向かうこととなった。

 

 

 

────────────────────

 

 

「オグリさん、こちらの方は、オグリさんの大ファンのサポートウマ娘の方で、オグリさんに是非会いたいと思って、広島から来てくださったそうですよ」

「本当なのか…?」

「はい、長年応援させて頂いています」

 

 ハグロシュンランはそう言ってオグリキャップに向かって挨拶をした。

 

 先程まで彼女は白杖を使い、学園を回っていた、その時、たまたま通りがかかったメジロアルダンが心配して声をかけ、彼女をオグリキャップのところまで連れてきたのである。

 

「…そうか、応援してくれて、ありがとう」

「オグリン、せっかく遠くから遠路はるばる来てくれたんや、このウマ娘にウチらの事について教えへんか?」

「そうだな、タマ。キミ…少し長くなるけど、良いか?」

「もちろんです、あのオグリキャップさん達から直接お話しを聞けるなんて…光栄です!」

 

 ハグロシュンランは目を輝かせ、そう答えた。

 

 

 

────────────────────

 

 

『ここが……“伝説のレースのシアター”ですか』

『はい、歴代の先輩方や今年のレース映像を鑑賞できるようになっているんです』

『しかも、ワタシ達がついていますから、今回は解説付きデース!!イギリスの友だちに、日本のレースの凄さ、タップリ教えてあげて下サイ!!』

『はい、よろしくお願い致します』

 

 

(……うわぁ…これが海外のヒトのペースかぁ…)

 

 セイランスカイハイはそう思い、心のなかでため息をついた。

 

 スペシャルウィークとサイレンスズカの助けにより、グラスワンダーとエルコンドルパサーの案内を受ける事が出来たまでは良かったものの、三人が英語で話している際はそのスピードが速すぎ、会話の内容がほとんど分からなかったからである

 

『ここの末脚を発揮するタイミングが、このレースの注目点です』 

『なるほど、一瞬の判断が、勝負を分けている…とでも言うのでしょうか?』

 

(うーん、やっぱり分かんないや、まあ、ホテルでワンダーから聞けば良いし、私は私でじっくり見させて貰いますか)

 

 セイランスカイハイは理解することを諦め、視線を画面に移す。

 

(…やっぱり、天皇賞や有記念、とかのG1レースが多いなぁ…あれ、所々…抜けてる?…まあ、伝説のレースを集めてるって言ってるぐらいだし、見栄えの無い奴を弾いてるって事かな…?)

 

 セイランスカイハイは少し違和感を感じつつも、画面に視線を集中させた

 

 

────────────────────

 

 

「そこでオグリさんが最後の力を振り絞って抜け出したんです、圧倒されたのをよく覚えています……」

「同じくです」

「私もその映像はテレビで拝見していました、“オグリ一着、オグリ一着”と実況の方が叫んでいましたね、私はあの時のことを思い出すだけで涙が出てくるんです」

「信じるかどうかはキミの自由だがあの時、どういう訳か“お前はオグリキャップなんだ”という声が聞こえてきたような気がしたんだ、それのお陰かどうかは分からないが、私は力を振り絞り、勝つことができたんだ」

 

 一方、ハグロシュンラン達は、オグリキャップのトゥインクルシリーズ最後のレース、有記念について語り合っていた。

 

「凄いですね…!!」

「むぅ…こうも目を輝かせて言われると…恥ずかしいものがあるな…」

「オイオイオグリン、胸を張るんや、一般人のウマ娘まで、アンタの走りに涙しとるんやで?」

「ああ、ありがとう、シュンラン」

 

 ちなみに、オグリキャップはハグロシュンランの家、ハグロ家のことについては知らない、ハグロ家のウマ娘は園田より東には居ないからである。

 

「…それにしても……」

 

 タマモクロスはハグロシュンランとメジロアルダンの方を見た。

 

「アンタらふたり、よう似とるわ」

「顔つき…ですか?」

 

 メジロアルダンがそう聞き返す。

 

「ちゃうちゃう、何か雰囲気といい、話し方といい…ウチはアンタらが他人みたいな気がせえへんのや」

「確かに〜二人共、そういった面ではよく似ていますよ」

 

 スーパークリークも、タマモクロスの意見に賛同した。

 

「まあ、似ている人が世界に数人はいるとか言うしな、たまたま今日会うことができたって事じゃねぇか?」

 

 イナリワンがそれに続いて発言した、すると、それと同時に。

 

『十分後に、中等部のウマ娘達によるエキシビションレースを行います』

 

 とアナウンスがあった。

 

「あらあら、もうそんな時間ですか、私たちはレースを見に行きますが、シュンランさんもご一緒にどうですか?」

「是非!」

 

 メジロアルダンに誘われ、ハグロシュンランは彼女たちと共にレースコースに向かった。

 

 

 

────────────────────

 

 

『本日のエキシビションレースは、将来が楽しみな中等部のウマ娘達が、志願した各距離で競い合います!』

 

「短距離、マイル、中距離、長距離、どのレースもあるみたいだな」

「そのようですね、良かったですね、シュンランさん」

「はい、楽しみです」

 

『まずは短距離です!出走するウマ娘達は……』

 

 実況は出走するウマ娘達の名前を読み上げていった。

 

(ゲーさん…頑張って下さいね)

 

 その中には夏合宿に参加していたデナンゲートの姿もあった。

 

「オグリ、誰が勝つと思う?」

「先行争いが激しくなるだろうからな……ヒシアケボノが有利じゃないか?」

 

 オグリキャップ達はレースの予想を行なっている、ハグロシュンランは心の中で、デナンゲートの勝利を祈っていた。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了』

 

ガッコン

 

『スタートしました、注目の先行争い、やはり前に出てくるのはヒシアケボノ、そしてテイエムジーライン』

 

「やっぱり強いなぁ、ヒシアケボノは」

「短距離ですからね、しかもラストスパートは恐らくかなりバラけて差しが決まりにくいですから…」

 

 

 

 そして、レースはあっという間にラストスパートに入っていった。

 

『レースも終盤、ハナを進むはヒシアケボノ、おーっとここで、デナンゲートが上がってくる、ヒシアケボノ、ブロックに入って行く』

 

「アカン!!大怪我するで!」

「…残念だが、体格差がある…控えた方が良いかもしれないな」

 

『デナンゲート、避けないぞ!』

 

 デナンゲートは避けようとしなかった、そして、ヒシアケボノにブロックされるコースに入った。

 

ゴッ!

 

「へっ!?」

「…む!?」

「……まぁ…!」

 

『ヒシアケボノ、弾かれた!弾かれた!』

 

 弾き飛ばされたのはヒシアケボノの方であった。

 

 そして、動揺したヒシアケボノは大きく動きがヨレ、その体躯で後ろに控えていた他のウマ娘達の進路を塞いでしまった。

 

「ヒシアケボノは進路を塞いでるぜ!」

「まるでド素人じゃねぇか」

 

 観客達はそう言う。

 

「…あの子達はまだデビューしていませんから、仕方無いですね」

「ああ、レースを重ねれば、予想外の事態の対処も上手くなるからな」

 

(……やりましたね、ゲーさん)

 

 スーパークリークとオグリキャップの会話を聞きながら、ハグロシュンランは心のなかでそう呟いた。

 

 

 

────────────────────

 

 

『今日はありがとうございました、日本のレース、面白かったです』

『それは良かったデス、でも…今日のレース、勝つと踏んだ娘が殆ど負けちゃって予想外デース』

 

 エルコンドルパサーはそう言って首を横に振った。

 

 今日のレースには、将来有望と目されるウオッカやダイワスカーレットも出走していた、しかし、結果は。

 

短距離 デナンゲート

マイル デナンゾーン

中距離 スイープトウショウ

長距離 ゼンノロブロイ

ダート ハルウララ

 

 であった。

 

「グラスワンダーさん、そっちはどう思います?」

 

 セイランスカイハイはグラスワンダーに質問を振る。

 

「……正直、私も予想外でした、特にウオッカさんとスカーレットさんは現在絶好調のチームスピカのメンバー、勝つと踏んでいたのですが……」

「…そうですか」

 

 その後、セイランスカイハイとワンダーグラッセは二人に見送られ、トレセン学園を後にし、ハグロシュンランと合流した。

 

 

────────────────────

 

 

 後日、ハグロシュンランは生徒会室にて、偵察の成果を報告した。

 

「……以上で報告を終わります」

「ありがとう、お疲れ様、これはすぐにウマ娘達のトレーニングにフィードバックするよ」

「たしか、エキシビションレースをやっていたそうだな、どうだった?」

 

 エアコンボフェザーはハグロシュンランに質問した。

 

「皆さん、とても活躍しておられました、デビュー後も期待できます」

「それなら良かった、あのウマ娘達は……いや、良い、桐生院トレーナーと氷川トレーナーから連絡は?」

「二人からお礼の電話を頂きました、喜んでおられましたよ」

 

 ハグロシュンランがそう言うと、エアコンボフェザーは安心した様な顔をした。

 

「シュンラン、それで、オグリキャップには会えたのかい?」

「はい、色々なお話しを聞かせて頂きました」

「それは良かった、君はもう戻っても良いよ」

 

 ハグロシュンランがオグリキャップに会えた事を確認したエコーペルセウスは、彼女を先に帰した。

 

「…ファン感謝祭が終わり、次は…菊花賞…か…………」

 

 ハグロシュンランが去った後、エアコンボフェザーは耳飾りを触り、そう呟いた。

 

 

────────────────────

 

 

 一方、エコーペルセウスはパソコンを立ち上げ、AUチャンピオンカップに備えた会議を行っていた。そして、その会議が終了した後、話題は菊花賞へと移っていた。

 

「もうすぐ、菊花賞ですわね。アラビアントレノさんは我々地方の代表、我が妹を破った実力、ぜひとも菊の舞台で発揮してほしいものです。応援させて頂きますわ。」

「私ども船橋のマフムトさんから、“暴れてこい”と、応援の言葉を預かっています。ぜひとも、アラビアントレノさんに伝えていただきたく思います。」

 

 姫路の生徒会長、そして船橋の生徒会長が、エコーペルセウスにそう言う。そして、他の生徒会長もそれに続いた。

 

「うん、皆ありがとう、伝えておくよ」

「あたし達も続かねぇといけませんね!」

 

 エコーペルセウスの言葉に、盛岡の生徒会長が声を上げた。

 

「そうですね、最近はスカウトも減ってきていますし、どんどん強いウマ娘を育てていかなければ」

「まずは、地方主催の交流重賞、そこでURAのウマ娘達に勝つ事を目標にしねぇとな、千里の道も一歩から。コツコツやっていこうぜ」

 

 続いて、金沢、大井の生徒会長が続ける。

 

「その手伝い、私達福山がやらせてもらうよ、この間やった夏合宿のトレーニングの中で、効果的だったものをいくつか選んで、そのマニュアルを皆に送らせてもらうよ」

「いくつかって言っとるが、他にもあるんか?」

 

 エコーペルセウスに対し、園田の生徒会長が質問する。

 

「うん、あるにはあるけれど、試作段階のものとかも混じっているし、準備がかなり面倒で改良の余地があるものとかがあるから、そういうものはハネてるよ」

 

 エコーペルセウスはそう説明する、“試作段階のもの”とはV-SPT、“準備がかなり面倒”というのはばんえいのトレーニングである。

 

「そうか、ご苦労さんやな」

「夏合宿は中央の生徒も誘ったのでしょう?一部のものでも、かなりの効果が期待できるわね」

「そうですね……おっと、もうこんな時間ですか」

「ならそろそろ切り上げるか」

「そうですわね」

「なら、そろそろ切り上げようか、終了後すぐに、データを送らせてもらうよ」

「頼んだぞ」

「了解」

 

 そして、オンライン会議は終了した、エコーペルセウスは即座にファイルを他の生徒会長達に送信し、椅子にもたれかかる。

 

「さーて、今度は部屋で、今後の事を考えるとしますか!」

 

 エコーペルセウスはそう言って、鞄を持ち、生徒会長室を後にしたのだった。

 

 





 お読みいただきありがとうございます。
 
 誤字報告、お気に入り登録、ありがとうございます。感謝に堪えません!

 今回の模擬レースのシーンは、ガンダムF91の冒頭を少しだけ参考にしています。

 ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第29話 勝負服

 
 今回は拙い挿絵が入っています。


 

 

『サイレンススズカ!勝ちました!グランプリウマ娘の貫禄!2着はハッピーミーク!』

 

 サイレンススズカは、毎日王冠に勝利した、ハッピーミークはギリギリまで食いついたものの、最後に突き放され、敗北を喫したのであった。

 

 

────────────────────

 

 

「トレーナー、皆、ごめん……勝てなかった」

「……敗北から学びましょう、ミーク、貴女はもっと速くなれる」

 

 桐生院はそう言い、ハッピーミークの肩に手を置いた。

 

 

 

(スズカさんは…とんでもなく強かった…でも…どうして…どうしてハッピーミークに…ワタシ…は…)

 

 一方、エルコンドルパサーは、サイレンスズカだけでなく、ハッピーミークにも土をつけられた事にショックを受けていた。

 

(どうして…どうして……)

 

 エルコンドルパサーは当然、同学年の中でも、最も将来性があるウマ娘達が集められているクラスに在籍していた、しかし、トレーナー間で“パッとしない”つまり、光るものが無いと言われたハッピーミークに敗北したのである。そのショックは多大なものであった。

 

(……ノビが違った、つまり…パワーが…)

 

 そして、エルコンドルパサーは自分に“パワーが足りない”と思ってしまったのであった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 トレーナーが机に4つの写真を出す。

 

「右から、セイウンスカイ、キングヘイロー、スペシャルウィーク、そしてミークだ」

「うん」

「どの四人も甲乙つけがたいほど強い、そしてミークが一番恐ろしいのは事実だが……その次に恐ろしいのはコイツ、セイウンスカイだ」

 

 トレーナーは一番右の写真の芦毛のウマ娘、セイウンスカイを指す。

 

「ワンダー達が入手した情報によると、菊花賞でもあいつは逃げる、だが、気をつけることが一つある」

「気をつけること…?」

「途中でのレブ縛りだ」

 

 レブ縛り、確か…レース途中でペースを落とすテクニック…

 

「初めにハイペースで逃げ、途中でレブ縛りを行い、スタミナを回復させる、そして最後に再び加速する、スタミナに秀でてる相手だ、やって来る可能性は高い」

「じゃあ、もしそのパターンだったらどうするの?」

「目には目を、奇策には奇策をぶつける、ただでさえ意味不明なV-SPTと奇策、奇襲効果は十分だ」

「それで…その奇策って……」

「ああ、ワンダーとランスが手に入れて来た情報に転がってる」

 

 そして、トレーナーは私にその奇策について話してくれた。

 

 

=============================

 

 

 アラに菊花賞での作戦を話した後、俺は自分の私室に戻っていた。

 

 俺はアラの勝負服のイラストを見た。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 カラーリングはアラのパーソナルカラー体操服をモデルにした白黒ツートーン。

 

 それは、前世、大阪の環状でシビックに混じってたまに走っていたスプリンタートレノ(ハチロク)のカラーリングによく似ていた。

 

 カーレースでも、あの車は恐ろしかったのをよく覚えている。

 

 ドライバーにもよるが、コーナーで張り付いてくるのが、とにかく恐ろしかった。

 

 いかんいかん……アラのトレーニングについて…考えないと…

 

 アラはもし菊花賞で勝てたら、その二週間後の「秋の天皇賞」にも出たいと言っていた、俺は驚いたが、アラに押し切られる形でOKを出してしまった。

  

 だが…出ると決めたからには、勝つ。

 

「……なら、菊花の後は一度温泉地に連れて行った方が良いな……」

 

 俺はペンを取り、カレンダーとにらめっこしつつ、計画を立てていった。

 

 その後、俺はしばらく作業をした後に、眠りについた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 …まだ起きる時間では無いのに、目が覚めた、夢を見た、前世の思い出だった。

 

 相棒が泣いた時の夢だった

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 コンビを結成して数年後のある日、相棒はラジオで競馬の実況を聞いていた。

 

 丁度、今ぐらいだった様な気がする。

 

『菊──────!!────ラ!!───────です!』

 

 いつだったろうか?確か死ぬ10年以上前だった。

 

「やった…やってくれた!!やってくれたぞ!!」

「ん?どうした?」

「……いや、どうしても勝って欲しい馬がいてな……勝ってくれたんだよ!!」

「そうか、で、馬券は?」 

「当たった!でも、カネなんかどうでも良いさ!…ここから一度羽休めして、来年の春が楽しみだなぁ!!」

 

 相棒は男泣きしていた、泣くやつでは無かったのに…だ。

 

 そして2カ月ほど後、相棒はものすごく憤っていた。

 

「何で…何でだ!!なんでそうするんだ!!どうしてだ!!」

「お、おい!どうしたんだ!落ち着けよ!!」

 

 結局、その日相棒は車で飛び出していってしまったのをよく覚えている。

 

 

 それから数週間後、相棒はまた泣いていた。

 

「くっ…うぅ………何故…何故…どうしてだ!」

「……相棒…」

「……苦しめるだけだ!!馬は俺達人間とは違うんだぞ!!車ならエンジン載せ替えりゃ生き返る、だけど……馬は…生きてんだよ…」

 

 そして、4ヶ月ぐらい経ったろうか。

 

「俺達人間って……罪深いな」

 

 と、呟いていた。

 

 

 そして、時間は流れ、俺が死ぬ1年前、相棒はまた憤っていた。

 

「………ありゃあ…車で言えば、オーバレブのエンジンブローだ、いつか起こることだったんだ………レーサーは…いつ死ぬか分からない、レースに絶対は無いのに…」

「………」

「8歳で…無事に走り切っただけでも…認めてやっても良いじゃないか………」

 

 その頃からだったと思う、相棒がメカニックを退いた後の事について真剣に考え始めたのは。

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 相棒、俺が死んだ後、お前はどうしたんだ?まさか…?

 

 …いや、あいつは親友が死んだぐらいでへこたれる様なタマじゃない…きっと……俺なしでもうまくやっている筈だ

 

 

=============================

 

 

「どう……?」

 

 勝負服を着たアラが、こちらを向く。

 

「ああ、よく似合ってる」

 

 アラの勝負服はコートを羽織るような形で、小さい身体が大きく見えるようになっている。

 

 そして、そのデザインは奇しくもミークのそれにそっくりだった。断じてパクった訳ではない、どういう訳か似てしまった。

 

「トレーナー、行ってくる…そして…ミークに勝ってくる」

「ああ、共に練習した仲…存分に戦って来い!」

 

 アラはそう言って控室を出ていった、その後ろ姿からも、足取りからも、成長が感じられた。

 

 

────────────────────

 

 

 ウマ娘達がパドックで観客達に手を振る。

 

『3枠5番、セイウンスカイ、2番人気です』

 

 日本ダービーでは敗北を喫したものの…調子は好調だ、目は口より物を言う。

 

 そして…その目は、何か企んでいる、まだまだ子供だ、考えが目に出まくっている。

 

『3枠6番、アラビアントレノ、7番人気です』

 

 アラは観客に軽く手を振り、微笑む。

 

「アラビアントレノー!!やってくれ!!」

「応援してるぞ!!」

「アラちゃーん!!」

 

 福山からわざわざ駆けつけてくれたファンが、アラに声援を送る。

 

 ミークは芝とダートの両方、そして全距離を標準以上のタイムで走って見せるとんでもない才能を持つウマ娘…アラにとっては最強格のライバルの一人だ、だが、そういった相手と闘うための武器がV-SPTだ。

 

「ミーク!!」

「ミーク先輩!」

 

 マルシュ、ロブロイ達が声援を送っていた。

 

『5枠9番、キングヘイロー、3番人気です』

 

 距離適性は微妙だが、彼女の担当は、ヤコーファーのトレーナー……トレーニングの工夫に関しては定評があるらしい。

 

 

『7枠15番、ハッピーミーク、6番人気です』

 

 専用の勝負服で身を包んだミークの調子は良さそうで、体の仕上がりも良い。さすが桐生院さんだ。

 

『8枠17番、スペシャルウィーク、1番人気です!!』

 

「スペシャルウィーク、勝ってくれ!!」

 

 

 

 

「慈鳥トレーナー、いよいよ勝負ですね…貴方には負けません」

「それはこちらの台詞です、桐生院さん」

 

 俺達はお互いに宣戦布告をした。

 

俺は出走表を見た

 

1キンノガバナー

2シンボルオウカン

3ミツバリュウホウ

4セイウンスカイ

5コマンドスズヤ(取消)

6アラビアントレノ

7ヌーベルスペリアー

8ボルトエンペラー

9キングヘイロー

10シンコウジンメル

11メジロランバート

12テイオージャズ

13タンヤンアゲイン

14サンプラスワン

15ハッピーミーク

16エプソンダンディー

17スペシャルウィーク

18グリーンプレゼンツ

 

 一人取消、回避したということだ。

 

 そして、それはアラの横、天気は雨……

 

 これなら……

 

「貴方が、葵ちゃんがお世話になっているトレーナーさん?」

「…!?」

「せ、先輩!?」

 

 後ろから声をかけられ、俺は驚いて振り返る。

 

 そこには、50ぐらいの女性が立っていた。

 

「は、はい…俺が…桐生院さんと共に頑張らせて頂いている、地方のトレーナーです」

「そんなに緊張する必要なんて無いのよぉ?」

「は、はい…」

 

 この人…桐生院さんが先輩と呼んでいたという事は……この人、まさか、メイサの元メイントレーナー。

 

「…あの…メイサの元トレーナーの方…でしょうか?」

「そう、私がメイサの元トレーナー、伊勢よぉ、葵ちゃんとはあの娘がちっちゃい時からの知り合いなの、あっ…あの娘も呼ぶわぁ、ビーちゃん!!」

 

 伊勢さんがそう言うと、群衆をかき分け、あるウマ娘が姿を現した。

 

「…やぁ!君がミーク達を鍛えてくれたトレーナーさんかい?」

 

 長身、長髪、特徴的な耳飾り、その姿は、ウマ娘レースを知るものなら誰もが知っている。

 

「ミ…ミスターシービー……」

「そう、アタシはミスターシービー、チームメイサの元リーダーさ」

 

 高等部に一人いると桐生院さんは言っていたが、まさか…三冠ウマ娘だとは…

 

「先輩、どうしてここに?」

「しばらく地元でトレーニングしてたんだけどねぇ、ビーちゃんが菊花賞を見に行きたいって言うから、ここまで駆けつけて来たのよぉ」

「そ…そうなんですか…」

「私が見るに…ミークちゃん、ビーちゃんが三冠を取った時と変わらないぐらいの仕上がりよぉ、ね、ビーちゃん」

「うん、でも、凄いのはミークだけじゃない、あの娘、アラビアントレノもさ」

 

お世辞でも嬉しい言葉を、ミスターシービーが言ってくれる

 

そして、そんなやり取りをして居る間に、アラ達は、ゲートの方に向かって移動していた。

 

 

=============================

 

 

 歩いていて分かる、殆どのウマ娘が、私を見ている、つまり…マークされる可能性が高いって事だ。

 

 でも今日の作戦は「スリップストリームを使うな」だ。

 

 中央のウマ娘は強い、いくらV-SPTが使えたって、囲まれて通り道が塞がれたらどうしようもない、今日のレースは17人もいるから。

 

ゲートに入る前、隣のヌーベルスペリアーに睨まれた。

 

 睨むなら好きなだけ睨んでおけ、こっちは10年以上睨まれてきたんだ、それにそんな睨んでも私からは何も出ない、人間の身体で出せる眼力なんてたかが知れてる。

 

 私は深呼吸をした。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了、最強のウマ娘になるために気合いが入ってまいます17人、今…』

 

ガッコン!

 

『スタートしました!!さあ、勢いよく飛び出して行きましたセイウンスカイ!キングヘイローは先行組へスペシャルウィークは中団に構えた!さて、地方からのチャレンジャー、アラビアントレノは…あれ?』

 

 ヨコが空いてたから…助かった。

 

『アラビアントレノ、まさかの先行組!!』

 

 さて………

 

 行こう。

 

 

 




 
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第30話 雷鳴(トレノ)

 
 今回も拙い挿絵が入っています


『3コーナーカーブ、2番手ボルトエンペラー、3番手にヌーベルスペリアー、キングヘイロー、抑えましたか4番手、その内回って、ハッピーミークです。さて、そこから一バ身離れて外寄りを進むアラビアントレノ、その後ろにつけるメジロランバート、その後ろの内寄り、サンプラスワン、そして一番人気スペシャルウィークは中団より前!』

 

(さぁーて……最初の1000メートルは、ハイペースで…)

 

 セイウンスカイは、最初の1000メートルでハイペースに見せかけ、相手にいずれバテると予測させる作戦を取っていた。

 

 そしてセイウンスカイは一瞬後ろに目をやる。

 

(……よし、スペちゃんは控えてる、ダービーで逃げたキングも抑え気味…ハッピーミークさんは、ダービーと違って先行策、後はあのアラビアントレノ(おチビさん)だけど……あの娘は今までのレースからして、脚質は差しか追込、距離適性は2500mぐらいまでが限界だ、それに…今回は前に出過ぎてる、多分私に乗せられたのかな?なら、私のやるべきことは唯一つ………雨でも気にせず、このマージンをどんどん広げてやる…!)

 

 セイウンスカイは他のウマ娘達との距離を離しつつ、4コーナーの坂を下り、一度目のホームストレッチを駆け抜けていった。

 

『各ウマ娘、一度目のホームストレッチを通過、先頭セイウンスカイ、差を離し2番手ボルトエンペラーからは6バ身差、ボルトエンペラーの後ろにはヌーベルスペリアー、1バ身離れてキングヘイローとハッピーミーク、そしてアラビアントレノ、それを見るようにメジロランバート、1バ身後ろにサンプラスワン、そしてスペシャルウィークは後ろから6番目ぐらいの位置にいる!』

 

 

=============================

 

 

『各ウマ娘、一度目のホームストレッチを通過、先頭セイウンスカイ、差を離し2番手ボルトエンペラーからは6バ身差、ボルトエンペラーの後ろにはヌーベルスペリアー、1バ身離れてキングヘイローとハッピーミーク、そしてアラビアントレノ、それを見るようにメジロランバート、1バ身後ろにサンプラスワン、そしてスペシャルウィークは後ろから6番目ぐらいの位置にいる!』

 

 俺は先頭のセイウンスカイを見た。

 

 時々目線が内ラチ沿いに行っている、恐らく、見える景色で自分が走った距離を測っているんだろう。

 

 恐らくバレて無いだろうと思ってやっているのだろうが、相手が悪かったな。

 

 こっちは生憎お前らの3倍は長く生きてるんだ、それに、生身とマシンという違いがあるとはいえ、俺もレースで走った身、相手のレーサーの考える事を読むのには慣れている。

 

 そして、その走りを見るに、あれはレースを翻弄し、勝とうとしている。 

 

 だが…そんな事は…させるものかよ。   

 

 

=============================

 

 

(一応ミークは前に出しておいたけど…これで良かったのかな…?乗せられては…いないよね?)

 

 その一方で、桐生院は心配しつつハッピーミークの方を見た、ハッピーミークは夏合宿によりかなり素早く動ける様になっていたものの、今回のレースは、17人立ての大レースである。それ故、いくら動きが良くても差しで行くのには多大なリスクがあると判断したのであった。

 

(私達はあれからスタミナトレーニングを重ねてきた…それも全て、アラさんにあの人に…勝つために…)

 

 桐生院はハッピーミークの勝利を祈り、コースを見つめた。

 

 

『第1コーナーから第2コーナーへと入る所で、先頭はセイウンスカイ、リードは5バ身、2番手ボルトエンペラー、その後ろにヌーベルスペリアー、そしてハッピーミークとキングヘイロー 6番目には、アラビアントレノでその後ろにはメジロランバートがつけている』

 

(ペースダウン…一息つけてる…コーナーだからバレにくい)

 

 セイウンスカイは微妙にペースを緩めて逃げていた、ウマ娘は、コーナーを曲がる際は姿勢制御に意識を使うため、他への判断力が低下するのである。

 

 

(……セイウンスカイさん、ペースを緩めた…私の目は誤魔化せない)

 

 しかし、それはハッピーミークに既に見抜かれていた。

 

 夏合宿でのハードなトレーニングが、彼女に身体の持久力だけでなく、脳…つまり思考力の持久力も与えていたのである。

 

 

 

(やっぱり…そう来たかぁ…)

 

 そして、それはハッピーミークと共にトレーニングをして来たアラビアントレノも同様であった。

 

(今までは他の娘のコーナーリングスピードに合わせてきた………ここからは…普通のペースで行こう)

 

 そして、アラビアントレノはペースを上げた。

 

『ここでアラビアントレノ、ペースを上げてきた!!スルリとコーナーを抜けていく!』

 

 

(アラ…考える事は…同じ…)

 

『ハッピーミークも続いた、二人共上がって上がってヌーベルスペリアーの前へ!!』

 

 

 

(…ウソ……!?)

(何ですって…!?)

 

 そして、この動きに衝撃を受けたのはキングヘイローとメジロランバートである、キングヘイローはハッピーミーク、メジロランバートはアラビアントレノの近くにおり、その動きが最もよく見えたからである。

 

 

(コーナーで上げるなんて……それに雨なんだよ…?)

 

 セイウンスカイはあり得ないやり方をした二人に気味の悪さを抱いていた。

 

『各ウマ娘、第2コーナーを抜けてバックストレッチへ、先頭はセイウンスカイ、リードは3馬身、アラビアントレノとハッピーミークがペースを上げましたが、全体の展開としてはやや縦長といったところです。』

 

(詰められた…?あの間に…!?でも、釣りを思い出すんだ…慌てちゃ駄目だ、アラビアントレノ…あの娘のスタイルは………そう、スリップストリーム)

 

 セイウンスカイはアラビアントレノの武器がスリップストリームであるということを思い出した。

 

 

「セイウンスカイちゃん、少し踏み込みが強くなったわねぇ、まるで誰かを後ろに入れたくないみたい」

 

 伊勢は双眼鏡を除きながらそう言った。

 

「そうだね、トレーナーさん」

 

 同じくそれを見ていたミスターシービーもそう返す。

 

「アラさん…スリップストリームを使うつもりがないのですか?」

「はい、恐らく今までのレースから、予測されてる筈ですからね、現にセイウンスカイはああやってスリップストリーム出来ないようにしています………あんな事、雨の日にやるもんじゃないんですがね」

「……スタミナ…ですか?」

「…セイウンスカイなら走り切るだけのスタミナは残すでしょう、問題なのはこの天気です、雨なんですよ、今日は」

 

 慈鳥は空を指差し、そう言った。

 

 

────────────────────

 

 

『バックストレッチも後半、二度目の淀の坂まであと少し!先頭セイウンスカイ、リードは3バ身、2番手3番手、並ぶようにハッピーミークとアラビアントレノ、4番手ヌーベルスペリアー、その外にボルトエンペラー、6番目はキングヘイローいや、メジロランバートか、その後ろ、内からサンプラスワン、その外後ろにスペシャルウィーク!そしてミツバリュウホウ、エプソンダンディーが行く、後ろから行くのはシンコウジンメル、タンヤンアゲイン、テイオージャズ、しんがりグリーンプレゼンツ』

 

(淀の坂……普通は…抑えて上り、抑えて登る…だけど……!)

 

 アラビアントレノはピッチとストライドを変化させ、坂の前からロングスパートをかけた。新しい武器、V-SPTを使う時が来たのである。

 

『おっとここでアラビアントレノがペースを上げた!淀の坂を勢い良く登ってゆく!!セイウンスカイとの差がジリジリ迫って来るぞ!』

 

 

 

────────────────────

 

 

「アタシと同じ………ふふっ…面白いなぁ、あの娘は」

 

 ミスターシービーはそう呟いた。

 

 

(何で…さっきはもっと後ろに…いつの間に…!)

 

 そして、セイウンスカイはあっという間に距離を詰めてきたアラビアントレノに驚愕した。

 

『おっと、アラビアントレノに釣られたか、ハッピーミークとキングヘイローも上がってくる、スペシャルウィークも仕掛ける構え!』

 

(ここで行かなきゃ…アラとは戦えない…!)

(末脚はまだ残ってる…ここで行かないと…ダメね!)

(…坂は…根性…!!)

 

(ハッピーミークさんに…キング、スペちゃんまで…!?耐えないと……!)

 

 そこで、セイウンスカイは異変に気付いた。

 

(…踏ん張れない…)

 

 スタミナは残っているものの、彼女は踏ん張るための脚力を、アラビアントレノを後ろにつかせないために使ってしまったのである。

 

(駄目だ…突っ込めない…これ以上出すと…転ぶ…!)

 

 その結果、セイウンスカイはペースを上げられなかった。

 

 

 

『淀の坂も中盤!他のウマ娘達も動く、ハッピーミークがいち早く前の二人に追いついたぞ!スペシャルウィークも来た』

 

 観客達の注目は5人に集まる。

 

(さあ…アラ…その名の通り…雨の日に“雷鳴”を響かせてやれ…!)

 

 慈鳥は拳を握りしめ、セイウンスカイに迫りつつあるアラビアントレノを見た。

 

「何…あのコーナリング…スピード…」

 

 桐生院はV-SPTの効果を見て、目を丸くして驚いていた。

 

『ここでハッピーミーク、ペースを上げて一気に二人に迫る!』

 

 だがハッピーミークとて、ジムカーナで遠心力への耐性を鍛えた身である、彼女は一気にアラビアントレノの横に並び、内ラチ沿いを進んだ。

 

『外からはキングヘイローとスペシャルウィークが飛んでくるぞ、キングヘイロー、猛烈な追い上げ!セイウンスカイ、ペースが落ちてゆく、勝負は下りに入った!』

 

 5人の競り合いで、会場はとんでもない熱気に包まれていた。

 

 

=============================

 

 

 内にミーク、なら…外から!

 

 私は外からセイウンスカイを抜く体制に入った。

 

「行かせないわよ!」

「……!」

 

 すると、後ろからキングヘイローが飛んできた、ぶつかるコース…避けさせる気だ…でも、避けたらV-SPTが解除される…

 

 避けてほしい、だけど…相手は無理矢理飛び込んで来た。

 

「…な、何で!?」

 

ゴッ!

 

 ………パワーならこっちが上、悪く思わないでね、そりで鍛えられた私達に、そんなものは通用しない。

 

 ぶつかった反動を利用して……!

 

『キングヘイロー、アラビアントレノにぶつかって…逆に弾き飛ばされた!?アラビアントレノは……えっ……その反動で…内に入ったァ!!そしてセイウンスカイを交わしたぞハッピーミーク!スペシャルウィーク!ヨレたキングヘイローを避けて追いすがる!』

 

 ミーク……そっちには……

 

「負けない!!」

 

ドオン!!

 

『アラビアントレノ、ハッピーミークに並びかけてきた!!』

 

 

=============================

 

 

『キングヘイロー、アラビアントレノにぶつかって…弾き飛ばされた!?アラビアントレノは……えっ……その反動で…内に入ったァ!!そしてセイウンスカイを交わしたぞハッピーミーク!スペシャルウィーク!ヨレたキングヘイローを避けて追いすがる!』

 

 アラ…必ず来るはず…

 

タッタッタッタッタッタッ…!

 

『アラビアントレノ、ハッピーミークに並びかけてきたぞ!!』

 

 来てくれた……でも…負けない…!

 

 

=============================

 

 

「行けぇー!!アラ!」

「ちぎって!ミーク!!」

 

 慈鳥達は、アラビアントレノとハッピーミークに声援を送る。

 

『アラビアントレノか、ハッピーミークか!?二人共譲らないぞ!!』

 

((絶対に………勝つ!!))

 

 

【挿絵表示】

 

 

ドォン!

 

「「………!」」

 

 桐生院と慈鳥の目が丸くなる、ハッピーミークとアラビアントレノは、同時にセカンドスパートをかけていた。

 

『二人が並ぶようにしてゴールイン!!!』

 

「どっちだ!?」

「分かんないよ!!」

 

 ツルマルシュタルクとジハードインジエアは身を乗り出し、掲示板を見た。

 

 

────────────────────

 

 

長い沈黙が流れた後、掲示板には『6』の文字がくっきりと映し出された

 

『雨の菊の舞台に、雷鳴が轟きました!菊の季節に雷鳴が轟いた!!勝ったのはアラビアントレノ!アラビアントレノです!!』

 

 しかし…

 

「…セイウンスカイかスペシャルウィークの二冠…見たかったなぁ」

「……キングヘイローに勝ってほしかったよ…」

 

 その展開は、観客達にとってあまりにも予想外のものだった。

 

「おめでとうございます!!」

 

 だが、それを破るかの様に、あるウマ娘が声を張り上げた。ゼンノロブロイである。

 

「……ロブロイ…私達もやるぞ!おめでとう!」

「…おめでとう!!」

「よく頑張ったわ!!」

「やったな!!」

「凄かったぞ!!」

 

 ゼンノロブロイに続き、チームメイサのウマ娘、福山から駆けつけたファンも声援を贈る。

 

「慈鳥トレーナー…おめでとうございます…次は勝ちます…私達が…!」

「ありがとうございます…負けませんよ」

 

 桐生院は涙を堪え、慈鳥と握手をした。

 

「やったな…アラ……」

 

 慈鳥はハッピーミークと握手をするアラビアントレノを見て、そう呟いた。

 

「地方にも、物凄い娘が居るものねぇ!」

「………怪物、いや、“怪童”だね」

 

 そして、伊勢とともにレースを見届けたミスターシービーはアラビアントレノを見つめ、そう言った。

 

 

 

「悔しいけど…アラと勝負出来て良かった、強いね…アラ」

「いや…私の力だけじゃない…ミークがこのレースで、私と競り合ってくれたからだよ」

「そっか…次は…負けない…」

「こっちこそ…!」

 

 アラビアントレノとハッピーミークは再戦を誓った。

 

「何で……あんなパワーが…出るのよ…!」

「………二冠……取れなかった…」

「くっ…………クソっ…」

 

 一方で、敗北したスペシャルウィーク達はそれぞれ、悔しい思いを抱いていた。

 

 三人は同時に、何かを感じていた、しかし、その何かはすぐに敗北感に掻き消されていった。

 

 

=============================

 

 

 私…なれたんだ…“最も頑強(つよ)いウマ娘に…”

 

『…それで良い、お前は最強の馬、そして…』

 

 セイユウの声が、微かに聞こえた。

 

“セイユウ”…この菊の冠は私の願い、私の思いで取ったもの…貴方の意志は関係無い

 

 でも、この菊の冠で、貴方が喜ぶのならそれで良い。

 

 私は自分の走りを見てくれる皆を喜ばせる為に…走っているから。

 

 だけど…さっきの実況の声のリズムには、何だか聞き覚えがあった。おやじどのが似た言葉を繰り返し口ずさんでいたからだ。

 

 (サクラ)ほど綺麗じゃないかもしれない、でも、この雷鳴は、きっと、おやじどの耳に…届いていると信じたい。

 

 




 
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 挿絵についてですが、左がアラビアントレノ、右がハッピーミークです。

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今年のウマ娘レース界について語り合うスレ Part334

 二度目の掲示版形式です。苦手な方は飛ばしてくださって大丈夫です。


  

 

 アラビアントレノとハッピーミークが菊花賞でほぼ同時にゴールインし、掲示板を見上げていた頃、ネットの掲示板の住人たちもその結果が出るのを見守っていた。

 

 

 

343:名無しのレースファン ID:HaeZ2svmZ

ファッ!?

 

 

344:名無しのレースファン ID:9s6ioh2pD

アラビアントレノ勝ったな

 

 

345:名無しのレースファン ID:eWzTGlT8H

ええ…

 

 

346:名無しのレースファン ID:bymom1dCY

33-4

 

 

347:名無しのレースファン ID:dkEoOmF+M

地方所属が中央負かすとか…悪夢でも見てるのか…?

 

 

348:名無しのレースファン ID:Bp20N44Uy

アラビアントレノ、オグリキャップも超えるかもしれんな

 

 

349:名無しのレースファン ID:ixHIGYlBc

雨の日であのコーナーリングはおかしい

 

 

350:名無しのレースファン ID:Iqvc4hIHY

それならハッピーミークも頑張ってたぞ

 

 

351:名無しのレースファン ID:X9ZFJleWX

セイウンスカイは上手く逃げられなかったね、策士策に溺れるとはまさにこのこと

 

 

352:名無しのレースファン ID:D7YQals2H

>>351 は?

 

 

353:名無しのレースファン ID:Zrbupwpte

>>351 ちょっと表出ろ

 

 

354:名無しのレースファン ID:vQc5ru0xh

まあ、セイウンスカイに何らかの作戦があったのは確かやな

 

 

355:名無しのレースファン ID:2m3i+YTjx

キングヘイローは上手いこと出れんかったな

 

 

356:名無しのレースファン ID:IIeWNt/sk

アラビアントレノに逆に弾かれてたんだよなぁ…

 

 

357:名無しのレースファン ID:Ih+R2hIJF

ワイ、昼寝してたら菊花賞終わってた、現在結果に驚愕中

 

 

358:名無しのレースファン ID:SVP381dVs

 

 

359:名無しのレースファン ID:gRi3pAR7m

草ァ!

 

 

360:名無しのレースファン ID:sjl7kI0AJ

というかこれアラビアントレノに中央からスカウト来るんじゃね?

 

 

361:名無しのレースファン ID:w5xi48rxi

確かに

 

 

362:名無しのレースファン ID:IcczvJ6zU

地方からスターを取り上げるのはやめてくれよ…(絶望)

 

 

363:名無しのレースファン ID:E5C/ZB8m3

オグリの時は喜んでた人もいたけど、俺は悔しかったね

 

 

364:名無しのレースファン ID:qoQj3b8TE

わかる、東海ダービーでフジマサマーチと走って欲しかった

 

 

365:名無しのレースファン ID:D/ae8fV2s

いや、才能のあるウマ娘は中央で輝くべきでしょ

 

 

366:名無しのレースファン ID:oGF2ZSiYW

365に同意

 

 

367:名無しのレースファン ID:gr2EbCe3s

スターがいなくなると地方のレース場では客が減るんやぞ?365と366はそれが分かってんのか?

 

 

368:名無しのレースファン ID:oGF2ZSiYW

でも地方の方がウマ娘在籍数多いやん、スカウトで出ていくウマ娘より新しくデビューするウマ娘の方が多いし、問題ないやろ

 

 

369:名無しのレースファン ID:U+RkUSBfu

>>368 それ“兵士は畑から取れる”って言っとんのか?ウマ娘は消耗品やないんやぞ?

 

 

370:名無しのレースファン ID:Zsf4YxIkL

>>368 中央はそんなにスターが欲しいんか?地方から引き抜いてまで

 

 

371:名無しのレースファン ID:2j4a2j9sF

ちょっとこの話題はここまでにしておこうや、荒れるのが目に見えてる

 

 

372:名無しのレースファン ID:IATRAZQBy

同意

 

 

373:名無しのレースファン ID:TTQdlaXxh

おけ

 

 

374:名無しのレースファン ID:yfwNjpFfI

まあ、チャンピオンカップの前にファン同士が喧嘩なんてアカンからな

 

 

375:名無しのレースファン ID:Ul44IhvWT

なら、レースの話題に話を戻そうか、今回スペシャルウィークは調子良く無かったんかな?

 

 

376:名無しのレースファン ID:QsffSha59

ダービーが2400、菊は3000、単純に距離適性の問題じゃね?

 

 

377:名無しのレースファン ID:X70MWIJVv

そう考えるとキングヘイローは中々の好走ですねぇ…

 

 

378:名無しのレースファン ID:N/ge25lyV

それもそうやが、今回のレースでハッピーミークにステイヤー適正があるって分かったな

 

 

379:名無しのレースファン ID:FHGAEjoxl

も期待できそうかね

 

 

380:名無しのレースファン ID:QVcLyy+ce

いや、分からんぞ、グラスワンダーも出てくるだろうし

 

 

381:名無しのレースファン ID:4yY5NBdJo

そう言えば、地方のコースって長くても大体が2000ちょっとぐらいよな?

 

 

382:名無しのレースファン ID:rEKcywiK3

どうなんやろ

 

 

383:名無しのレースファン ID:nrod7NS8J

ワイ広島県民やけど、アラビアントレノは完全にステイヤーやと思うで

 

 

384:名無しのレースファン ID:jNgg49h6o

>>kwsk

 

 

385:名無しのレースファン ID:nrod7NS8J

まず、福山トレセン学園は、集客のために年末レース場借りてエキシビションレースしとるんやが、アラビアントレノはそこの2600mに出たんやで

 

 

386:名無しのレースファン ID:1HiEP8rXk

ええ…

 

 

387:名無しのレースファン ID:M6oPkzzY7

福山って確か…あのきついカーブの…

 

 

388:名無しのレースファン ID:qvDKo8n18

そうみたいやな、地元民は“弁当箱”とか呼んどるみたいや

 

 

389:名無しのレースファン ID:iA63BNR+A

>>388うまそう

 

 

390:名無しのレースファン ID:nyE3RurWs

>>これはオグリまっしぐら

 

 

391:名無しのレースファン ID:TXJJRVvDA

というか地方に長距離コースあったのか…

 

 

392:名無しのレースファン ID:6aJIWefUG

地方に長距離あるの知らないスレ民がいたのか…(困惑)

 

 

393:名無しのレースファン ID:SI0AkpN22

>>392知らなくてすまんな

 

 

394:名無しのレースファン ID:z2LtQFFlq

>>393 ええんやで

 

 

395:名無しのレースファン ID:kp0+FM4HT

最近の地方は強くなってんね

 

 

396:名無しのレースファン ID:7ayHBMb4v

トレーニングが常に改良されてる、門別とかわざわざ津軽海峡まで行って寒中水泳大会とかやっとるで

 

 

397:名無しのレースファン ID:9IxAUd2QY

>>396 さむそう

 

 

398:名無しのレースファン ID:yrba8fPRt3

南関東は学園を超えた交流模擬レースやってますねぇ!!

 

 

399:名無しのレースファン ID:bKnElMlQJ

はえー

 

 

400:名無しのレースファン ID:sZyCnOQZ4

中央は何かやっとんやろか?

 

 

401:名無しのレースファン ID:3t6kFnnYl

ワイ府中民、中央の生徒はよく多摩川沿い走ってるで

 

 

402:名無しのレースファン ID:SUw5Vtz+Y

イッヌの散歩してる時によく見るわ

 

 

403:名無しのレースファン ID:GEA7IVNns

夏合宿ではクソデカタイヤ引いてるで

 

 

404:名無しのレースファン ID:R8rlhSyGs

重量トレーニングは基本なんだよなぁ…

 

 

405:名無しのレースファン ID:S8H48f7ov

地方でもやっとんか?

 

 

406:名無しのレースファン ID:DsjzG4eeR

姫路は2Gトレーニングってのをやってるで

 

 

407:名無しのレースファン ID:BbPkayoKd

>>詳しく教えてクレメンス

 

 

408:名無しのレースファン ID:DsjzG4eeR

ワイらに普段かかっとる重力が1Gやろ?それで姫路のウマ娘はたまに自分と同じ重量の重りを背負ってトレーニングするんやで、そしたら理論上は常に身体に2倍の重力がかかっとる状態になるから2Gトレーニングって言うんや

 

 

409:名無しのレースファン ID:lCF7EjoN+

はえー

 

 

410:名無しのレースファン ID:aBX4r8tkO

すごE

 

 

411:名無しのレースファン ID:Yak2JPnDE

昔の孫悟空みたいやな

 

 

412:名無しのレースファン ID:cUSRQwa4w

福山はどんなトレーニングやっとんやろ、知っとるスレ民おらんか?

 

 

413:名無しのレースファン ID:y05hM9oa6

福山人だけど、トレーナーごとにバラバラな内容だから説明が不可能に近い

 

 

414:名無しのレースファン ID:0vjM00E8w

確かめたいならその目で見てみろってことか…

 

 

415:名無しのレースファン ID:WzxXadtAM

新幹線で行けるし、行けないことはない、なお仕事

 

 

416:名無しのレースファン ID:cjPFn2fyh

>>415 やめい

 

 

417:名無しのレースファン ID:M9/uSnNKb

>>415 ワイニート、低みの見物

 

 

418:名無しのレースファン ID:SSQbW2W3V

うーん、秋天はどうなるんですかねぇ…

 

 

419:名無しのレースファン ID:y2NHLE0VC

今年は菊から少し開いてるから、アラビアントレノ出てくるかも

 

 

420:名無しのレースファン ID:A2sNtM8TO

でも流石にサイレンススズカに勝てるわけ無いやろ

 

 

421:名無しのレースファン ID:dBythFBkX

秋天、個人的にはエルコンドルパサーに期待

 

 

422:名無しのレースファン ID:49bNlToZZ

でもあのウマ娘毎日王冠でハッピーミークに負けてたやん

 

 

423:名無しのレースファン ID:xLcrx+Znq

ハッピーミークも何か急に調子出てきたよな…

 

 

424:名無しのレースファン ID:4Xm36DMB4

確かに、菊花賞でもダービーみたいになるかと思っとったが、きっちり計算して走れてた

 

 

425:名無しのレースファン ID:ipWFLTXPj

そりゃ育成トレーナーがあの名門桐生院家のトレーナーだからな…

 

 

426:名無しのレースファン ID:sx74kktF+

確かに…

 

 

427:名無しのレースファン ID:rnfzRSxf5

それにあのミスターシービーが先輩だものな

 

 

428:名無しのレースファン ID:VwQQBHxGC

それならかなり将来は期待できるね。

 

 

429:名無しのレースファン ID:ZcAPD4GWp

天皇賞秋、面白そうなレースになりそうやな

 

 

430:名無しのレースファン ID:gl1kYcjTo

他にはどんなウマ娘が出るんだっけ?

 

 

431:名無しのレースファン ID:GSeVqh2JL

ナイスネイチャとかウイニングチケットがいるね

 

 

432:名無しのレースファン ID:oiorcm2n9

豪華メンバーですねぇ…

 

 

433:名無しのレースファン ID:ljXlqcyBM

俺個人としてはこの強敵の中、サイレンススズカに勝ってほしい

 

 

434:名無しのレースファン ID:PM6WBGEmQ

わかる、毎日王冠で見せてくれたような強い走りをもう一度見てたい

 

 

435:名無しのレースファン ID:CjkMhxNC1

サイレンススズカ、秋天終わったら海外遠征も視野に入れてるとの噂がある

 

 

436:名無しのレースファン ID:Ah/f7BI4A

ファッ!?

 

 

437:名無しのレースファン ID:KWT0reVuu

マジかよ

 

 

438:名無しのレースファン ID:HcVfYuK0E

最近の中央はやっぱ海外遠征強化してんのか

 

 

439:名無しのレースファン ID:P6sBD6xyj

そうみたいですな、才能のあるウマ娘も多いし、戦果も期待できそう

 

 

440:名無しのレースファン ID:cre7IpbEO

サイレンススズカの大逃げは絶対海外のウマ娘に通用する

 

 

441:名無しのレースファン ID:VEnbj1f+P

俺もそう思う

 

 

442:名無しのレースファン ID:qxhv/CmLL

ちょっと皆、菊花賞の話題に戻るんやがええか?

 

 

443:名無しのレースファン ID:ZcQQ/s6Yg

ええで

 

 

444:名無しのレースファン ID:dj0uua4fm

オッケー、どうしたんや?

 

 

445:名無しのレースファン ID:qxhv/CmLL

ちょっと実況に懐かしさを覚えてな

 

 

446:名無しのレースファン ID:ahz/e9vVv

懐かしさか…

 

 

447:名無しのレースファン ID:vkJgdGt2X

実況誰や?

 

 

448:名無しのレースファン ID:4HGjcBrdQ

今日は赤坂さんが不在だったな…

 

 

449:名無しのレースファン ID:k6BMNDIlo

杉本清之助だったはず

 

 

────────────────────

 

 そして、この後もスレは続いていったのである。

 

 




 お読みいただきありがとうございます。

 私事なのですが、火曜日に面倒事が発生し、その対処に追われておりました。申し訳ありません。

 ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第31話 会議

「表明ッ!!アラビアントレノ、彼女が菊の冠を取ったという事態に、我々は驚愕している!」

 

 トレセン学園の理事長であるやよいは菊花賞の結果に驚愕していた。

 

「たづな、学園の生徒はどういった反応を示している?」

「“驚いた”、という意見が有りますが…やはり、“ありえない”というのが大多数を占めています」

「憂慮ッ!!その“ありえない”という意見はローカルシリーズへの理解不足という何よりの証拠ッ!!オグリキャップを始めとしたローカルシリーズからの移籍者もおり、トラブルの原因となる可能性は否定出来ない!!」

「確かに…その意見も分かります…AUチャンピオンカップの事もありますし…」

 

 たづなは顎に手を当て、考え込んだ。

 

「そこで発案ッ!!現在控えられているローカルシリーズからのスカウトを行い、生徒に現在のローカルシリーズを知ってもらい、理解を深める事を行いたい!」

「ですが、URA本部はどう仰っているんです?」

「“方針に影響が出ない範囲”では可能であると言ってきた!心配は無用ッ!!これより理事会との調整に入るッ!!」

 

 やよいの言う、方針とは近年のURAの目標である、“海外遠征の強化”であった。

 

 そして、前理事長であるしわすはその海外遠征強化方針にのっとり、その土台をより盤石なものにするべく、海外に渡ったのである。

 

 ただし、海外遠征には多大なる資金が必要となる。そしてこれはここ数年、URAがローカルシリーズからのスカウトを控えてきた理由の“一つ”であった。

 

 生徒を増やすことにより各種費用の負担が増加する、たづなが気にかけていたのはここであった。

 

 

────────────────────

 

 

「まさか…菊花賞をローカルシリーズのウマ娘が取るとはな…」

「ああ、私も信じられない…」

「しかも、現在絶好調のヤコーファーのウマ娘、キングヘイローを逆に弾き飛ばすとは…」

「私が一番驚いたのはそれだ、“瀬戸内の怪童”……か…」

 

 やよいが理事会との調整に入って数日後、トレセン学園の生徒会室にてエアグルーヴ、ナリタブライアンは会話を交わしていた。

 

 二人の目の前には、新聞が広げられていた。

 

「それで、会長は広島県に向かったんだな?」

 

 エアグルーヴはナリタブライアンにそう確認する。

 

 当初の予定では、菊花賞の結果がどうであれ、トレセン学園はアラビアントレノをスカウトする方針であった、それ故、前もって生徒会のスカウト担当の生徒が福山トレセン学園に一番近い、広島のURA事務所に向かっていた。

 

 しかし、菊花賞でアラビアントレノが勝利した事により、そのスカウトをより確実なものにする為に、理事長であるやよいの願いを受け、急遽、シンボリルドルフが先に広島へ向かっていた者たちを追いかけ、直接スカウトへと向かったのである

 

 そして副会長、エアグルーヴはジャパンカップへの準備の為、ナリタブライアンはシンボリルドルフ不在時の学園運営のために、遠出ができないという事情があり、学園に残っていたのである。

 

「なあ、エアグルーヴ、あのウマ娘…いや、最近の地方は、なぜここまで強い?」

「私にもよく分からないな、だが地方の改革が進んでいることは知っている、それが関わっていることは確かなことだろう」

「そうか…高度な実力を身につけるためには、それなりの設備が必要だ、しかしらウチと地方とでは、その資金力に雲泥の差がある、それらをどうやってなんとかしているんだろうな」

「…分からない、だが、今の私達に出来ることは、目の前のレースに集中することだけだ」

 

 この二人は中央と地方の設備や資金力の違いを知ってはいたものの、その差を埋めるものが何なのかまではほとんど知らなかった。

 

 

=============================

 

 

『何故…私はあそこを通ろうとしたのでしょうか?』

『───……お前の判断は間違って無い、大丈夫だ、私がお前を守る』

『その気持ち、嬉しく思います、フェザー先輩…………でも、皆…皆、あのレースを見て言うのは、あの娘の事ばかり………フェザー先輩、私は…もう走りません、勝っても…嬉しくないですから』

 

 

ピリリリリ…!ピリリリリ…!

 

ガバッ!

 

「………!」

 

 夢…か…………何故…今になって…

 

 私は記憶のせいか、重い頭と身体を起こし、鳴っている携帯を手に取る。

 

「………ペルセウス」

『…フェザー!やっと繋がった……今日は大事な会議なんだから、早く身支度を整えて生徒会室に来て!』

「…わかった…すまない…」

 

 私は預かり物の耳飾りを付け、急いで身支度を整えた。

 

 

=============================

 

 

『では、これより、ローカルシリーズトレセン学園生徒会長会議を行います、皆さん、よろしくお願いします』

 

 エアコンボフェザーがエコーペルセウスに起こされて約一時間後、全国の地方トレセン学園のオンライン会議が行われた、まず挨拶をしたのは、サガトレセン学園の生徒会長である。

 

『それで、今日の議題は“声掛け事案の急増について”やったな』

 

 発言したのは園田トレセン学園の生徒会長である。

 

『うちの生徒にスカウトが来たよ』

『怪我の療養中の私のところのシャトーアマゾンにも』

『こっちにも』

 

 その議題が上がるのと同時に、各方面の生徒会長から声が上がった。

 

「まあまあまあまあ、落ち着こう落ち着こう、ごっちゃになって何もわからないから」

 

 エコーペルセウスは取り敢えず場を鎮めようとする。

 

『いやいやいやいや!!エコーペルセウス、アンタんとこが一番心配やで!!』

『そうだ!』

『それには激しく同意』

『君の所のアラビアントレノ、どうなっているんだい?』

 

 各トレセンの生徒会長からエコーペルセウスに質問が飛んだ。

 

「…恐らく今、彼女の担当トレーナーにURAからの使者が接触しているだろう、現在の状況は把握しようがない、とりあえず、各学園の現状報告を進めていこう」

 

 エコーペルセウスの代わりに、彼女の隣にいたエアコンボフェザーが質問に答え、会議を進めるように促した。

 

 

 

────────────────────

 

 

(わざわざ広島市内の事務所まで呼び出すとは…中央もやってくれる、ソアラの燃料代を都合してくれる訳では無いだろうに…まあ、新幹線使ってこっちまで来ることを考れば、適切なのかもしれんが)

 

 一歩その頃、慈鳥はそんなことを考えながら、部屋で待機していた。

 

「…おまたせ致しました、私はトレセン学園生徒会、スカウト部門のガルマと申します、この度は遠路はるばる、ご苦労さまでした」

 

 すると、ガルマと名乗る生徒会の生徒が入室して挨拶を行い、慈鳥と対面する。

 

「どうも…そっちこそご苦労さん」

 

 慈鳥は姿勢を強張らせることなく、返した。

 

「…それで、今日来ていただいた要件なのですが…」

「そちらの言いたいことは分かっている、“アラビアントレノを中央(トゥインクルシリーズ)にスカウトしたい”だろう?」

「は、はい!」

「でも、俺から見るに、そっちは誰かを待ってる、違うか?」

「は、はい…そうです」

「なら…一緒に待とうじゃないか」

 

 慈鳥はガルマをじっと見つめ、そう言った。

 

 

 

────────────────────

 

 

『……それでぇ…あの娘が中央に行ぐことが決まった後のクラスと来たら…それはもう…御通夜状態でぇ…グスッ…ユキちゃあ"あ"あ"あ"ん"!!』

『………』

 

 一方、オンライン会議では、盛岡トレセン学園の生徒会長が号泣していた。

 

「うんうん…つまり、あの娘はスターであれども、皆と共に歩む大切な存在であったという訳だね…」

 

 エコーペルセウスは口調を優しくしてそのウマ娘をなだめる。

 

『はいぃ…』

『なるほど…盛岡の生徒にとって、ユキノビジンはでかかったった存在やったちゅー事やな……よし…ここで、一旦これまでのウマ娘達についてまとめよか、船橋のサトミマフムトと門別のレジェンドキーロフが拒否、福山のアラビアントレノが交渉中、佐賀のエイシンコレッタ、ウチのロードトーネード、金沢のがスカウトに来る連絡が来た、そして了承したのが盛岡のユキノビジンと札幌のアローキャリアー、カサマツのオガワローマンか…せや、水沢を聞くのを忘れとったな、どうなんや?そっちの“真紅の稲妻”は?あの強さ、そしてあのサイレンススズカと同い年っちゅー将来性、中央のスカウトは見逃すはずは無いと思うんや』

『あの娘?かなーり強くスカウトされたわ、でも安心して、あの娘なら断ったわよ、“東京の水は合わない”って理由でね』

『流石は“真紅の稲妻”や、安心したで、胆力が違う』

 

 園田の生徒会長は胸を撫で下ろした。

 

『とりあえず、現状はこんな感じってことかぁ……はぁ…ヤになっちゃうなぁ…全国交流レースを増やしてトレーニングも研究して…やっと成果が出てきたってのに……無駄だと思っちゃうヨ…』

 

 そう言って溜息をついたのは札幌の生徒会長である。

 

『それには激しく同意ですわ、これから面白くなっていくであろうローカルシリーズ、いくらウマ娘達本人の意志を尊重するとはいえ…中央移籍という形でその担い手を奪われるというのは………憤りを隠せませんわ』

『それには私も同意です、ペルセウスさんから頂いたトレーニング方法を研究し、やっと実行段階に入ろうというのに…』

 

 姫路、そして金沢の生徒会長は耳を後ろに反らせ、声を絞り出した。

 

『オグリキャップの時はまだ、情状酌量の余地があるとは言えるが…』

「…うん、確かにそうなんだけど、ね?」

「…」

『…悪ィ…』

 

 エコーペルセウスは横にいるエアコンボフェザーの方に目をやり、大井の生徒会長の方に向き直る、それを見た彼女は頭を下げた。

 

 

 

────────────────────

 

 

コッ…コッ…コッ…

 

 一方、シンボリルドルフは広島のURA事務所まで到着していた。

 

「どうだ様子は?」

「会長!!」

 

 生徒会の生徒はシンボリルドルフを見て姿勢を正した。

 

「ガルマが話しているローカルシリーズのトレーナーはどこにいる?」

「は、はい!あちらの扉の中に」

「…ありがとう、ここからは私が行こう」

「会長自らが…?」

「この交渉、失敗する訳にはいかないのでね」

 

コッコッコッコッ…

 

 シンボリルドルフはガルマと慈鳥のいる部屋に入っていった。

 

 

 

「……失礼致します」

 

 ドアを開け、挨拶と共に入室したシンボリルドルフは少し驚いた、彼女の目にはどこか落ち着かない様子であるガルマ、それと腕を組んでガルマをずっと見ている慈鳥が映ったからである。

 

 

=============================

 

 

「ガルマ、ここからは私が代わろう、外で待っていてくれ」

 

 入ってきたウマ娘、シンボリルドルフは俺の前にいるウマ娘と交代し、席につく。

 

「お初にお目にかかります、トレセン学園の生徒会長の…」

「わかってるよシンボリルドルフ、自分だって、中央を“目指していた”人間だ、それで、今日はどういった要件でここへ?」

 

 俺はそう言ってシンボリルドルフに目をやった、返答は分かりきってはいるが、答えは聞いておく。

 

「分かった…単刀直入に言おう…アラビアントレノを中央(トゥインクルシリーズ)にスカウトしたい」

「ふむ…理由を聞かせてもらおうか」

「彼女はかつてのオグリキャップを彷彿とさせるような強さを持っているウマ娘、是非とも中央に移籍し、その強さを更に伸ばして欲しいと思っているからです。」

「ほう…納得がいく理由ではある……だが、そっちは絶対に思っているはずだ、“俺にウマ娘を任せるのは危険だ”とな」

 

 俺は相手の目を見て、そう言った、というのも、中央の面接試験の試験官にはベテランのトレーナーが居るからだ。

 

 それ故、俺が危険だとかいう情報は、必ず伝播している筈なのだ。

 

「…そっちがどう答えようと批判するつもりは無い、正直な回答を期待する」

「……否定はしません」

「なるほど」

「それよりも、貴方の気持ちをお聞かせ願いたい」

 

 シンボリルドルフはこちらを見つめ、そう聞いてきた。

 

「……正直な事を言うと、天皇賞秋直前というこのタイミングで声掛けをして欲しくなかった、単刀直入に言わせてもらう……“迷惑”だ」

「………!」

 

 相手は表情を強張らせる。

 

「……とまぁ、そうは言ったが、あくまで最優先するべきは本人の気持ちだと俺は思う。あの娘にとって何が一番良い選択なのか、それは、天皇賞秋を戦い、そんでもってあの娘と二人で考えさせて貰いたい、それならば、文句は無いだろう?」

「…我々はあくまで招請を乞う立場です、異存はありません、最後に一つお願いが、貴方には一番の選択を考えてあげて欲しい…彼女(アラビアントレノ)にとって、一番の選択を……よろしくお願い致します」

 

 そう言うと、シンボリルドルフは一礼をして部屋を出ていった。

 

 …アラにとっては…どちらが良いのか……

 

 だが、アラは俺に夢を与えてくれた、離れ離れになってしまうというのは…複雑なものがある。

 

 どういう訳なのか…あいつとの出会いは…偶然の気がしないからだ。

 

 

 

────────────────────

 

 

「……という訳です、大鷹校長」

 

 シンボリルドルフが帰った後、俺は話の内容について大鷹校長に話した。

 

『…ふむ…やはり、そうでしたか…先程ペルセウス君から報告があったのですが、他の学園でも同じ事が起きているとの事です。』

「…本当ですか!?」

『…はい、事実です………慈鳥君、これは私のトレーナーの端くれとしての意見なのですが、今のアラ君の移籍は、学園のウマ娘達にとって大きな損失になります…君の心を乱してしまう発言ではあると思います、ですが、どうかこの事は心に留めて頂きたい』

「…分かりました」

 

 電話は切られ、俺は携帯を閉じた。

 

 

=============================

 

 

 一週間後は秋の天皇賞だというのに、最近どうもトレーナーの様子がおかしい、だから、私は練習後にトレーナーを問い詰める事にした。

 

「それじゃあ、また明日」

「待って」

 

 私はトレーナーの腕を掴んだ。

 

「……どうした?」

「…トレーナー、私に何か隠してない…?」

 

 私は睨むようにトレーナーを見る。

 

「……分かった、話す…だから、その怖い顔をやめて、手を離してくれ」

「………分かった、ごめん」

 

 私は手を離す、トレーナーの手には紅葉のような跡がついていた。

 

「…良いかアラ、よく聞いてくれ、実は……」

 

 それから、トレーナーは全てを話してくれた、中央の生徒会長、シンボリルドルフが私をスカウトしに来た事、天皇賞秋の前というタイミングにトレーナーが不快感を示したこと、天皇賞秋を終えたら私と一緒に今後の進路を考えてくれるつもりだったこと……

 

「アラ、全部言ったこの際だ、聞いておく………中央に行きたいか?」

 

 トレーナーはそう言って、私の目を真っ直ぐ見た。

 

「……正直、分からない、確かにミーク達は良いライバルだと思ってる…でも私は福山(ここ)にいたから、トレーナーが担当してくれたから、ハリアー達ライバルや、フジマサマーチさんみたいな壁がいたから…強くなれた…そう思ってるから……」

「…そうか」

「でも…今は、そんな事は気にしてられない、目の前のレースに集中したい、結果はどうであれ、目の前の勝負に全力で挑まないのは、レーサーとして、失格だと思うから」

 

 私はトレーナーにそう言った

 

「…だな、よし…取りに行くぞ、秋の盾を…」

「…うん」

 

 私達は、秋の天皇賞に注力することにした。

 

 相手は、現役最強の大逃げウマ娘と呼ばれる、“サイレンススズカ”を始めとした強敵達。

 

……必ず…勝って見せる…

 

 




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第32話 異様(イレギュラー)

 今回も拙い挿絵が入っております。


「……よし!」

 

 トレーナーはコース図と携帯を見比べ、満足気に頷いた。

 

「上にいる桐生院さんがコースの画像を送ってくれた、これなら…最高の作戦が出来るぞ」

「トレーナー…作戦を教えて」

「…まず、この東京レース場には、大欅と呼ばれる榎の木がある、そして、今日のレースでは、昨日まで吹いていた風で、本来散る筈のない葉っぱがかなり散って、内ラチ沿いに落ちてきてる、今回はこれを利用する」

「葉っぱを…?」

「そうだ、芝の上に余計なモンがあるから、万が一のスリップとかを考えたんだろうが、今日のレースではウマ娘達はここを通ろうとしなかった、つまり、芝が殆ど剥がれてない、綺麗なバ場のままなんだ。今日のスタート策が上手く行けば、お前さんはサイレンススズカの後ろでスリップストリームが出来ているはず、お前はコーナーが得意なんだ、スリップストリームから抜け出して、並んでいけるだろう」

「……つまり…」

「ああ、サイレンススズカを、内側の綺麗な、そして硬いバ場へと誘導する、そうしたらあいつはスタミナを消耗しやすくなり…得意技、“逃げて差す”と呼ばれる最後の加速を不可能にできる」

「…もし、相手を誘導できなかったら?」

「そん時は、お前さんが内側に入ってパスしてしまえば良い、雨が降った直後のアスファルトを走りまくってるんだ、葉っぱが散らばってても問題はない」

 

 ………雨が降った直後のアスファルトは滑りやすい、トレーナーが教えてくれたことだ。

 

「アラ、レースに絶対は無い、それを証明して来るんだ、相手が1枠1番1番人気だからって、ビビる必要は全く無い、超えてやると思って走って来い」

「うん…ありがとう、緊張がほぐれた…行ってくる」

 

 私は控室の扉を開け、パドックへと急いだ。

 

 

=============================

 

 

「お疲れ様です、慈鳥トレーナー」

「ありがとうございます」

 

 桐生院さんが俺を出迎えてくれる、氷川さんが居ないのが、少し残念だ。

 

「アラ先輩、どうでしたか?」

 

 桐生院さん達メイサについてここまで来たベルが、俺にそう聞く。

 

「…調整は万全、精神面でも問題無し…大丈夫だ、ベル」

 

『1枠1番、そして1番人気、サイレンススズカ!!』

 

ワアァァァァァァァァ!!

 

「スズカー!」

「スズカさーん!!」

「勝てると信じてるぞ!!」

 

 嵐の様な歓声が巻き起こる、サイレンススズカの勝利を願う者が、それだけ多いという事を示しているのだろう。

 

『落ち着いたこの様子、体調は万全ですね、最内ということもありますから、どのような結果を見せてくれるのか、楽しみですね』

 

 おまけに解説役もサイレンススズカの勝利を願っているかのような声色をしている。

 

 だが、今回のレースは…

 

1サイレンススズカ

2メジロブライト

3ウイニングチケット

4アラビアントレノ

5ゴーイングスズヤ

6エルコンドルパサー

7エイシンフラッシュ

8ナイスネイチャ

9シードジャスティス

10キンイロリョテイ

11ヒシアマゾン

12グランフロンティア

 

 このように強敵揃い。

 

 だからこそ…燃えてくる。

 

 もう走る立場じゃないが、レーサーとしての血が騒ぐ。

 

『4番、アラビアントレノ、9番人気です』

 

「また雷鳴、響かせてくれよー!」

「期待してるぞー!」

 

 いつものファン達だ、福山から東京に来るのにはカネがかかるだろうに…

 

 とはいえ、有り難い。

 

「…評論家はこの出走に疑問を呈していましたが…私達はアラビアントレノさんを応援しますよ、慈鳥トレーナー、ですよね!?皆さん」

「もちろん」

「はい!」

「当然です」

「アラには…勝って欲しい」

「応援は任せて!」

「仲間ですから」

「はい!アラ先輩は…私達の目標なんです!!」

 

 桐生院さんの声に応え、メイサのメンバーとベルは口々にそう言ってくれた、この出走は日本ダービーの解説をしていた有名評論家をして“前例なし”と疑問を呈されたものの、そんなのは関係ない。

 

 トレーナーとして、勝利を信じるだけだ。

 

 

=============================

 

 

 本バ場入場を終え、私は準備運動をしつつ強敵達の様子を見た。

 

 

「ふぅーっ…!」

 

 メジロブライト、メジロランバートと同じメジロ家のウマ娘、普段のおっとりした様子だけど、レースでの姿はメジロ家の名に恥じぬものだそうだ。

 

 

「よっ…と…」

 

 ヒシアマゾン、闘争心溢れるウマ娘、スタミナも合わさり、怖い相手だ。

 

 

「ふっ…ふっ…」

 

 エイシンフラッシュ、フォームの美しさに定評のあるウマ娘、冷静なレース運びができるので、生半可な仕掛けでは怯まない。

 

 

「…よーしっ…」

 

 ウイニングチケット、緊張で体が痒くなる特徴あり、だけど、末脚は物凄く鋭い。

 

 

「…3……4……っと」

 

 ナイスネイチャ、安定した成績が特徴、それはつまり堅実な走りをするということ。

 

 

「スズカさん!私は同じ人に2度も負けません!今度こそスズカさんに勝って、堂々と凱旋門賞にチャレンジしマス!」

 

 エルコンドルパサー、脚質は先行型、スタミナ、そして闘争心溢れた性格……サラブレッドみたいだ…いや、サラブレッドだった。

 

 

「追いつけるかしら?」

 

 そして…サイレンススズカ、このレースの優勝候補、運、気力、身体能力、最強格の大逃げウマ娘………こんな沢山の情報を手に入れられたのは、シュンラン先輩、ワンダー、ランスのお陰だ。

 

「逃しませんよ!」

 

 エルコンドルパサーはサイレンススズカに向かってそう言う、私も同じ気持ちだ…私には、秘策がある。

 

『ロボットアニメは発進する時に、カタパルトに足を乗せるんだよね〜なんだかそれに似てるよ』

 

 これに備えて一緒にトレーニングしてくれたランスの言葉を思い出す。

 

 試しに地面を踏みつける…なるほど、こんな感じか。

 

スターターが旗を上げ、ファンファーレが鳴る、私達はゲートインする

 

『さぁ、12人のウマ娘がゲートに入ります!

エルコンドルパサー、ヒシアマゾン、ウィニングチケット、メジロライアン、ナイスネイチャ。はたしてサイレンススズカを捕まえる事は出来るか?』

 

「ふぅーっ…」

 

ガシン! ガシン!

 

 私はゲートインした直後、蹄鉄を地面にめり込ませ…かがみ…

 

 クラウチングスタートのポーズを取った。

 

「「……えっ!?」」

 

 隣の二人が、気の抜けた声を出す。

 

 私は気に留めず、目の前のコースを睨んだ。

 

 

『えっ………』

 

 一瞬、実況の声が動揺する…だけど、ゲート内のスタートフォームは自由なので、止められることは無い。

 

『じ、G1 天皇賞秋……今…!』

 

ガッコン!

 

 ゲートが開くのと同時に、私はスタートした、前には誰もいなかった。

 

 

=============================

 

 

『えっ………』

 

 アラは、クラウチングスタートの姿勢を取った。

 

「じ、慈鳥トレーナー!!あ、あれは…」

 

 桐生院さんが目を丸くしてこちらを見る。

 

「夏合宿の時、アラが4mほど飛んでみせたのを覚えていますか?あれをヒントにしたんです、アラはヨコに出る力は他のウマ娘と比べて劣る、でもタテに出る力は強い、だから、身体をナナメにして、タテの推進力を使えるようにするんですよ」

 

ガッコン!!

 

「ええっ…」

「ばかっぱや…」

 

『なんと!?ゲートが開いて真っ先に飛び出していったのはアラビアントレノ、つ、次にサイレンススズカ!!その次に行ったエルコンドルパサー!』

 

「よし…良いスタートだ」

 

『いや、サイレンススズカ、速い!すぐにハナを奪い返す、アラビアントレノ、その真後ろに入った!エルコンドルパサーも外から行く!』

 

「なるほど…最初にハナを奪ってから引き、混乱させておいてサイレンススズカさんの後ろに入り込み、スリップストリームを利用するという作戦なんですね!」

「一発で見抜かれるとは…凄いですね、桐生院さん…………さァ……サイレンススズカ…その精神状態で逃げられるものなら逃げてみろ」

 

 サイレンススズカの後ろで、プレッシャーと言う名の雷鳴は響く、響き続ける、それに奴が耐えきれるのか、否か、今日のレースの大切な点は、そこにある

 

 

────────────────────

 

 

『なんと!?ゲートが開いて真っ先に飛び出していったのはアラビアントレノ、つ、次にサイレンススズカ!!その次に行ったエルコンドルパサー!』

 

(嘘でしょ……前に…出られるなんて)

 

 桐生院の踏んだ通り、アラビアントレノのロケットスタートは、サイレンススズカに大きな動揺を与えていた。

 

スッ…

 

『いや、サイレンススズカ、速い!すぐにハナを奪い返す、アラビアントレノ、その真後ろに入った!エルコンドルパサーも外から行く!』

 

(それに…どうして…?どうして千切らず引いたの…?)

 

 サイレンススズカの脳内は、完全に混乱に支配されていた、そして、その混乱を抱いているのは、他のウマ娘も同様であり、アラビアントレノは楽にサイレンススズカの後ろに入ったのである。

 

(予想外だったケド………これはワタシにとってもチャンス!!)

 

 そして、エルコンドルパサーは比較的動揺が少なく、何とかサイレンススズカに食いつこうとしていた。

 

(……それでも…ジリジリ離されていってる…でも……どうして?どうしてあの娘はついて行けてるの?)

 

 しかし、サイレンススズカは後方との差を広げていった、そして、アラビアントレノはそれに追随していたのである。

 

(パワーは強化した…ワタシも!!)

 

 エルコンドルパサーは毎日王冠での戦訓から自主トレでパワーを強化しており、それを活かして二人に食いつくため、脚に力を込めたのだった。

 

 

 

(サイレンススズカ、やっぱり速い…!でも…その分、スリップストリームも凄い…!)

 

 アラビアントレノはサイレンススズカの後ろにつけ、スリップストリームの恩恵に預かる事に成功していた。

 

(…ブレないようについていく、チャンスは一度、見逃したら負ける)

 

 アラビアントレノはサイレンススズカの背中を睨み、集中力を高めた。

 

 

『1000メートルの通過タイム……57秒4!!』

 

「スズカが………追いかけ回されている…?」

 

 1000メートルの通過タイム、そして、サイレンススズカが追われているという事実に、リギルのトレーナーである東条は驚愕していた。

 

「嘘だろ…」

「あのウマ娘…離れない…ですわ…」

「スズカさん!逃げて!!」

 

「おいおいヤバいぜ!」

「サイレンススズカが追い回されてる!」

「“瀬戸内の怪童”は…メチャ速だ…」

 

 チームスピカのメンバーを始め、サイレンススズカを応援する者にとって、その光景は“異様(イレギュラー)”であり。

 

 

「アラ!!」

「そのまま抜いてしまいなさい!」

「行けー!」

 

「行けぇ!!アラビアントレノ!」

「コーナーがチャンスだ!!」

「そのまま行けるぞ!」

 

 一方で慈鳥やチームメイサ、そして福山から来たファンを始めとしたアラビアントレノを応援する者たちにとっては、その光景は“希望”であった。

 

 

 

(ウソ…振り切れない!)

 

 少しずつ差が開きつつあるものの、サイレンススズカは飛ばしても完全には振り切れないアラビアントレノに若干ではあるものの、恐怖を感じていた。

 

(…1000m通過…ここから…!!)

 

 1000mを通過したアラビアントレノはV-SPTを使う体制を整えた。

 

『ここでアラビアントレノ、外にヨレて…… これは2バ身ほど離れたサイレンススズカに並びかけようとする体勢か!?しかしここでエルコンドルパサー上がってくる!!』

 

(誘導馬としての…血が騒ぐ…さあ…サイレンススズカ…逃げられるものなら……逃げてみろ…)

 

 アラビアントレノの戦意は上がっていった。

 

 

(喰い付いて…見せる!!)

 

 そしてエルコンドルパサーがその二人に迫った、彼女のパワー強化が、良い方向に作用していたのである。

 

(一気に……!!)

 

 エルコンドルパサーは、思い切り踏み込み、外からアラビアントレノに並びかけようとした。

 

 

(エルコンドルパサー…上がってきた…でも…まだ脚は残してある……でも…どういう訳か…面白い…!)

 

 しかし、アラビアントレノはそういった状況にもたじろぐ事はなく、むしろ“面白い”と捉えていた。

 

 

 

(外から…一気に!)

 

エルコンドルパサーはアラビアントレノを抜くべく、持ち前のパワーを活かし、外から仕掛け、一瞬、前に出た

 

(レースは……そうこなくっちゃ…)

 

しかし、アラビアントレノはV-SPTを発動させて、再びエルコンドルパサーを抜く

 

(…これで…アラビアントレノは…………ヒッ!?)

 

 その時、エルコンドルパサーはアラビアントレノの笑みを見てしまった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

(………何…あれ……あれじゃ…まるで…狂戦士(バーサーカー)…ワタシ…)

 

 そして、それに限り無い恐怖を覚えたのである。

 

 

『エルコンドルパサー、失速!先頭サイレンススズカ、このまま千切れるか!すぐ後ろからアラビアントレノがぐんぐんと迫っているぞ…外から来た!!!大欅は目前だー!!』

 

(それでも…!私にできる事は……進む事だけ!!)

 

『おおっと!!更に加速した!!』

 

(まだ内には寄れる…寄って…このまま…………先へ……………)

 

ボギッ

 

(………!!)

 

 サイレンススズカに鈍い音が響いたのは、その時であった。

 

 

=============================

 

 

 突然の出来事に場内は静寂に包まれる。

 

「アラ!!外に逃げろ!!」

 

 そして、とっさに俺は叫んでいた。

 

『サイレンススズカ!サイレンススズカに故障発生!!何という事でしょう、これは大変な事になりました!!』

 

 俺はアラの方に目をやる、アラは急に回避を取ったことでフォームが崩れ、それによる転倒を回避するためにスピードを落とし、外で仰向けになって倒れ込んだ。

 

「「私が行きます!!」」

 

 アラの様子を確認する為に、ベルとロブロイが同時にコースに飛び出す。

 

「桐生院さん、ミーク達と一緒にここにいて下さい!!」

 

 桐生院さん達を残し、俺もそれに続いた。

 

 

=============================

 

 

 目を開ける…足は折れていない……多分アングロアラブだからだ。

 

 せめて…ゴールまでは…

 

「アラ先輩!!」

 

 身体を起こそうとした私に、ベルが駆け寄って来る。

 

「じっとしていて下さい!!」

 

 それでも身体を起こそうとしたした私を、ロブロイが押さえつけた。

 

 二人は私の足を入念に調べている。

 

「アラ!!」

 

 トレーナーがやってきて、私のそばにしゃがみこんだ。

 

「ベル、ロブロイ、アラの脚は?」

「触った感じでは、どこも痛がる様子はありません」

「でも、一度病院に行きましょう」

「アラ……無事で良かった…」

 

 トレーナーは私の手を握ってそう言った。

 

 同時に、走り切れなかったという悔しさが、込み上げてくる。

 

「ごめん……トレーナー……走り切れなかった」

「良いんだ……無事なら、それで…な…」

「サイレンススズカは…?」

「…分からん…どこにもぶつけてないことを祈ろう」

 

「ロブロイちゃん、足を支えて」

「はい!」

 

 すると、ロブロイとベルは、私を支えて持ち上げた。

 

「すまんな、二人共」

「大丈夫です、とりあえず速く救急車に!!」

 

 溢れる涙は、暫く抑えられそうに無かった。

 

 

=============================

 

 

 その後、骨折したサイレンススズカ、そしてそれを回避する形で競争を中止したアラビアントレノをかわしてレースに勝利したエルコンドルパサーは、インタビューを受けていた。

 

「エルコンドルパサーさん、今日のレースについて、お気持ちをお聞かせ願いたいのですが」

「…まず、スズカさんがどうなったのか…それが一番の気がかりデス」

「そうですか…心中、お察し致します。では、同じく競争を中止し、病院に搬送されたアラビアントレノさんについては……」

「………!」

 

 その名前を記者が口にした時、エルコンドルパサーはレース中の事を思い出し、震え上がった。

 

「エルコンドルパサーさん…?いかがなされましたか?」

「…………ただただ…恐ろしかったのを…覚えていマス…相手を喰いちぎらんとするような……そんなモノを…放っていましタ…」

 

 エルコンドルパサーはそう言った。記者たちのペンを進めるスピードは、上がっていった。

 

 




 
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第33話 自己喪失

今回も拙い挿絵が入っています。
また、今回の話はほんの一部ですが、掲示版形式を入れています。


「…むう…これまで多くのウマ娘を診てきましたが、こんなに頑丈な娘は初めてです」

 

 そう言うと、髪に白いものの交じる医者はアラに目をやった。

 

 アラは眠っている、あんな終わり方になってしまったとはいえ、あのレースは激戦の一言に尽きる、それ故、心身の消耗が激しかったのだろう。アラは精密検査の途中で眠ってしまった。

 

「骨に損傷は一切ありませんが、無茶な減速をしたんです、一週間程度は、絶対安静にして下さい」

「…分かりました」

「…良かったあ…」

 

 後ろに座っているベルとロブロイは安心した様な表情をした。

 

タッタッタッタッタッタ…

 

「せ、先生!大変です!報道陣が病院の外に」

 

 慌ててやって来た看護師はそう報告する。

 

「先生、すいません、迷惑をかけて、俺がすぐに対処します。」

 

 俺の対応に、医師は直ぐに頷き、壁掛けの内線電話を手に取った。

 

「私だ、裏口を開けてくれ、ああ、案内はさせる」

 

 そう言って医師は受話器を戻した。

 

「…ベルガシェルフさんと…ゼンノロブロイさん…だったかな?君ら二人は裏口から帰りなさい、そうすれば、報道陣達に絡まれる事なく、トレセン学園まで戻ることができるからね」

 

 医師はそう言い、看護師を呼んだ。

 

「…慈鳥トレーナー」

「気をつけてください」

 

 二人はそう言って先に出ていった。

 

「……じゃあ、俺は行きます」

「はい、気をつけて下さい、貴方が外に出ている間は、私達がアラビアントレノさんをしっかり見守っていますから、あと、取材を受ける前に、ボイスレコーダーを起動させておくことを強くおすすめします」 

「先生…ありがとうございます」

 

 俺は先生にお礼を言って、報道陣共への対応に向かった。

 

 

 

────────────────────

 

 

「出てきた!」

「あの!!」

 

 俺が出てきたのと同時に、フラッシュが焚かれまくる…車のパッシングとは違う、感情の無い、閃光の連鎖だ。俺はそれを腕で防ぎながら、ボイスレコーダーのスイッチを入れた。

 

「とりあえず、フラッシュを焚くのはやめましょう、通行人に迷惑ですし、何より病院の前です」

 

 とりあえず、俺は冷静に対処した、相手も状況が飲み込めたのか、フラッシュを焚くのを辞める。

 

「……それで、何をしにここへ?」 

 

 俺は記者たちを落ち着かせ、冷静に目的について聞いた。

 

「…貴方への取材です!!」

「今日のレースについて、思う所は無いんですか?」

 

 口々に、質問が飛ぶ。

 

「……とりあえず、声の音量は抑えて頂きたい、まず、今日のレースについてですが、他のウマ娘に被害が及ばなかったと聞き、安心しています」

「サイレンススズカに関してはどう思っていらっしゃるのですか!?」

「……バランスを崩した弾みで内ラチに激突しなかった事までは確認しています、無事なのかどうか、心配です」

 

 俺は冷静に対処をした、相手のペースに乗せられるのはゴメンだ。

 

「では、彼女の故障に関しては?それと、エルコンドルパサーはアラビアントレノに“喰われそう”と言っていましたが、それに関しては?」

「喰われそう……?それはレースにおける極度の緊張、興奮状態の結果だと思います。私は彼女本人ではないので分かりませんが、それだけ、彼女がレースに集中していたということではないかと、今日の担当についてですが、闘志に溢れていたと思います。サイレンススズカに関しては、無事を祈るばかりです」

「それだけなのですか?」

「故障についてもっと思う所は無いのですか?」

 

 記者たちは更に追求して来る、ここで黙ると…どんな事をされるのかは分からん。

 

 とにかく、アラにだけは、追及の手を伸ばさせる訳にはいかんな。

 

「……サイレンススズカの故障について、率直な意見を申し上げますと、彼女の故障は、ハイペースによるものなのでは無いかと、彼女は1000mを57秒という速さで駆け抜けました、私も今日の彼女の調子の良さは理解していましたから、恐らく毎日王冠の時と同じように、逃げて更に突き放すスタイルだったはずだと思います。そして、今日の場合は、そのスタイルに、足が耐えきれなかった………車のエンジンが回し過ぎで壊れてしまうように、彼女の走りと才能に…骨が耐え切れなかった………それが、今回の私の、サイレンススズカの故障に対しての気持ちです。」

「では、サイレンススズカの故障原因は、自爆とでも言うのですか?」

 

 ある記者から、怒りの声が混じった質問が飛ぶ。

 

「………私はそうは言っていません、ただ、これだけは理解して頂きたい。私は“絶対に勝つ”との思いでレースに挑んでいた、それはサイレンススズカのトレーナーも同様でしょう。しかし、不運にもその思いは実ることはありませんでした。“勝負事に絶対は無い”、これはウマ娘レースにもあり得ることだと、私は信じています」

「………ありがとうございます」

 

 その記者は、不服そうな顔をしながらも、メモを取っていた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 目を覚ます…空は明るい、検査を受けてからの記憶が無いということは…眠ってしまったって事だろう。

 

 昨日、サイレンススズカが目の前でよろめいた、トレーナーの声のお陰で、私はそれを交わすことが出来た。

 

 だけど…同時に…セイユウの『そのまま突き進め』という声が聞こえてきた。

 

……

 

 ふと、前世の記憶が思い出される。

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 誘導馬だった頃、大井競馬場で予後不良の馬が出て、その場で処置されたことがあった。

 

 私達は厩務員達の会話から、そのことを知った、すると、同僚のクォーターホースが。

 

「予後不良か…どうして予後不良は発生するんだろう?」

 

 と、厩務員達を見て呟いた。

 

 だから私は…

 

「速さを追求するあまり、犠牲になった肉体の強度…凄まじい速度による脚部の故障、走るダイヤモンドであるサラブレッドの、いわばツケだ」

 

 と返した、クォーターホースは…

 

「自分、サラブレッドに産まれてこなくて良かったかも…」

 

 と呟いていた。

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 ……だけど、今の私達はウマ娘、身体構造は、人間のそれとほぼ同じ、トレーナーの言ったことが本当であれば、頭を勢い良くぶつけてはいなかったはず、だから…サイレンススズカは、予後不良で“アレ”となることは無いだろう。

 

 私は横に目をやる、トレーナーは、椅子に座り込み、そのまま眠っていた。

 

 私はトレーナーを起こさないように目をやり、目の前のテレビの電源をつける。

 

『……では、そのトレーナーが、彼であったと?』

『はい、彼は面接時に異端な理論を提唱していました、私達はそれを危険視し、彼をハネた訳ですが……まさか地方のトレーナーとして戻って来たとは』

 

 番組の内容は、MCと声にモザイクがかけられた人間との電話を生中継するものだった。

 

 そして…電話の相手が言及しているのは…トレーナーだった。

 

『では、今回のレースに対しての気持ちを』

『心が痛むの一言に付きますね、恐らく、あのトレーナーは、担当ウマ娘を使い、自らをハネた中央に打撃を加えるつもりだったのでは無いでしょうか?』

『なるほど…エルコンドルパサーは“喰われるかと思った”と言っていましたが、それに関しては?』

『本当だと思います、この間のセントライト記念では“斬られた”と錯覚するウマ娘もいたとか…それで、私が言いたいのは、彼の担当と対決したウマ娘が感じていたプレッシャーの正体は即ち…彼の…』

 

ピッ

 

 私は怖くなって、テレビの電源を落とし、布団に潜り込んだ。

 

 …違う…トレーナーは、そんな人じゃない、常に私を労ってくれた、兄みたいな存在だ。

 

 ……彼は中央に落ちた事を気にしてはいたけれど、打撃を加えるために、地方のトレーナーになったんじゃない、自分の理論の行き着く先を、見てもらいたかっただけだ

 

 事実、私はそのトレーニングで強くなれた。

 

 それに…私は…レースを…他のウマ娘を追うことを…楽しんでいた…それだけだ…  

 

 …でも…私が……走ったせいで…トレーナー…を…

 

 

=============================

 

 

 一方その頃、トレセン学園のチームメイサの部室では、桐生院、氷川、彼女らの担当ウマ娘、そして、まだ担当を持たないベルガシェルフら数人のウマ娘が、ネット記事を表示したタブレット端末を囲んでいた。

 

「……これは…」

「あまりにも…」

 

 それを見て、ダギイルシュタインとエビルストリートは絶句した。

 

「『アラビアントレノのトレーナーは昨日のレースに対して“絶対に勝つ”と思っていたものの“不運だった”とコメント、彼にトレーナーの資格はあるのか』………これ、切り抜きです!」

 

 ゼンノロブロイはそう訴える、実は彼女は看護師によって裏口から送り出されたものの、心配になってベルガシェルフと共に影から様子を伺っていたのであった。

 

「あの時、慈鳥トレーナーは“避けろ”と叫んでいました…それなのに…」

 

 桐生院は拳を握り締める。

 

「……ッ!!」

「先輩っ!?何処へ?」

「……理事長と生徒会長の所です!!抗議しに行きます!!」

「駄目です!!」

 

 それを氷川は必死で引き止めた。

 

「サイレンススズカは、学園中にトレーナー、ウマ娘問わずファンがいるスターウマ娘、対して慈鳥トレーナーは理不尽な理由ですが学園の人からは危険視されている、そして…サイレンススズカはあのチームスピカのウマ娘です、そこの西崎トレーナー、いやスピカは今や最強クラスのチームの一角です!!先輩の気持ちは十分分かってます!でも…あの人を庇うような事をすると、学園全体が敵に回ります!!」

 

 日本ダービーでのスペシャルウィークの活躍、そしてサイレンススズカの宝塚記念と毎日王冠での圧勝ぶりは、チームスピカを学園内最強チームの一角と評価されるまでにしていたのであった。

 

 そして、氷川は政治家一族の出であり、多数の人間を敵に回す事の恐ろしさをよく理解していた。

 

「……ッ!!それでも!」

 

 桐生院はそれでも進もうとする、桐生院は人間の中でも身体能力は高い方なので、氷川は彼女に引きずられるような形となった。

 

ガシッ!

バッ!!

 

「……ミーク…皆さん…?」

 

 ハッピーミークは桐生院の腕を掴み、他の四人は前に立ち塞がる。

 

「……トレーナー…考えて下さい、今…感情のままに動いて、慈鳥トレーナーのために…なりますか?」

 

 ハッピーミークは落ち着いて桐生院に語り掛けた。

 

「………」

「トレーナー、落ち着いて、私達だって、同じ気持ちですから………今は…耐えましょう」

 

 ジハードインジエアもそれに続く。

 

「……ごめんなさい」

 

 桐生院はそうつぶやき、その場に座り込んだ。

 

「……でも、何もできない訳じゃないです、私達は、私達で、出来ることをやりましょう、今は見えなくとも、道標は必ず浮かんできます」

 

 氷川は桐生院に手を差し伸べた。

 

 

=============================

 

 

 何回目だろうか、私はまた、限りない闇の中にいた。

 

 ……セイユウの気配を感じる。

 

 そして、私の姿は、また元に戻っていた。

 

 そして…セイユウは…

 

「クックックックックック……」

「…何がおかしい…?」

 笑っていた

 

「アーッハッハッハッハッハッハ!!笑わずにはおられんわい!!」

「………」

「あのハッピーミークでさえ歯が立たなかったサイレンススズカを倒してしまうとな!!フハハッ!!笑いが止まらん!!」

「……気でも狂ったか?…もしサイレンススズカがこの身体なら、安楽死処分されてもおかしくないんだぞ!」

 

 相手の態度に、私の口調も、前世使っていたものへと戻ってゆく。

 

「フンッ!!確かにそうではあるな…じゃが……何故、貴様はワシの言う通りにしなかった?」

「……」

「……あの時、貴様の強さならばサイレンススズカを避けることが…いや、踏み越える事など造作も無かったはずじゃ」

「……」

「何故…何故貴様はワシの言うとおりにしなかった!ワシの言うとおりにしておれば、貴様はあらゆるサラブレッド共を薙ぎ倒す、最強の存在として覚醒していたと言うのに」

「薙ぎ倒す……?…違う!サラブレッドは…敵じゃ無い!」

「…まさか、貴様は自分の意志のみでこの世界に生まれてきたとでも思っておるのか?良いか?もう一度考え直してみろ…自分が一体、どういった存在であるのかな……」

「待て!逃げるのか!?」

「逃げはせん…待つのじゃ、お前がワシ等の願いと一つになる、その時をな………」

 

 セイユウは消えていった、同時に、私の身体も今の物へと戻ってゆく。

 

『…………ただただ…恐ろしかったのを…覚えていマス…相手を喰いちぎらんとするような……そんなモノを…放っていましタ…』

 

 エルコンドルパサーの顔が、頭に浮かぶ。

 

「あれが……本当の私なの…?……私の…本当の姿なの?」

 

 それに……私は…トレーナーまで…

 

「うわぁぁああああああ!!!私は……、私は!一体何の為に、生まれて来たんだぁぁあああああああああああああ!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 真っ暗な空間に、私の叫び声だけが、空しくこだましていた。

 

 

=============================

 

 

 一方その頃、エコーペルセウスはパソコンをつついていた。後ろにはエアコンボフェザーがおり、共にノートパソコンの画面を見つめていた。

 

────────────────────

 

 

115:名無しのレースファン ID:c/SJbBhgs

スズカ大丈夫やろうか…

 

 

116:名無しのレースファン ID:hiA/HsHgH

一応どこもぶつけては無いっぽいが…

 

 

117:名無しのレースファン ID:OxkutCADy

スズカも心配やがあの地方のトレーナー、許せんな、あのクラウチングスタート、絶対スズカ潰しの戦法やろ

 

 

118:名無しのレースファン ID:pw4mHyCtZ

>>117 別にスタート方法に規定は無いぞ、あの二人はルールの中でよく戦ったと思うよ

 

 

119:名無しのレースファン ID:69nolLwja

>>117 は?お前ちゃんとテレビ見たんか?

 

 

120:名無しのレースファン ID:pw4mHyCtZ

>>119 見たよ、でもテレビの発言は切り抜きの可能性だってあるじゃん、“歴史はスタジオで作られる”とかいう言葉もあるし

 

 

121:名無しのレースファン ID:oBVjxGTBq

120は地方の手先か何か?

 

 

122:名無しのレースファン ID:pw4mHyCtZ

>>121 違うけど、真実は分からないけどさ、レースに絶対なんて無いじゃん?

 

 

123:名無しのレースファン ID:5rckGQgH0

>>121 でも、あのトレーナーは危険な人物ってインタビューで言われてたぞ

 

 

124:名無しのレースファン ID:/YD2/LnHY

それにエルコンドルパサーも恐ろしげな顔をしてたし、クロでしょこれは

 

 

125:名無しのレースファン ID:0rdYSqPqp

いやさ、122の言う通り、盛者必衰、諸行無常やろ

 

 

126:名無しのレースファン ID:7tqT47JUp

アラビアントレノのトレーナーは面接で中央落とされて地方のトレーナーに身をやつしとったんやぞ?中央に恨み持っとってもおかしくないやろ?

 

 

────────────────────

 

 

「………」

 

 エコーペルセウスは無言でノートパソコンを閉じた。そして、エアコンボフェザーは目を閉じて、拳を握りしめ、辛そうな顔をしていた。

 

「…よし、私はやることができた、フェザー、少し仕事を任せたよ」

「ペルセウス…!」

 

 エアコンボフェザーがエコーペルセウスの顔を見て、引き留めようとしたものの、彼女はすぐに生徒会室を出ていってしまっていた。

 

「………行ってしまったか…」

 

 残されたエアコンボフェザーはそう言って、小さくため息をついた。

 

「フェザーさん…?」

 

 そして、生徒会室に入ってきたハグロシュンランは不安そうな顔をしてエアコンボフェザーの顔を見た。

 

「今、ペルセウス会長が“ちょっと用事ができた”と言って…出ていったのですが…」

「ああ…シュンラン、これを見ろ」

 

 エアコンボフェザーはノートパソコンを開き、ハグロシュンランに見せる。

 

「これは…酷い…」

 

 ハグロシュンランは口を手で抑えた。

 

「……」

「フェザーさん…ペルセウス会長はこれを見て…」

「ああ、シュンラン、ペルセウスが目を開いた時を、見たことがあるか?」

「いえ…」

「…ペルセウスは耳より目に感情が出るタイプでな、普通のウマ娘の耳が後ろに反る場面で、あいつは普段糸目の目を開くんだ、そして、さっき出ていった時、一瞬だが、あいつの目が開いたのを見た」

「それって…」

「ああ、あいつは怒っている、それも…かなりな」

 

 エアコンボフェザーは腕を組み、窓から曇天の空を眺めた。

 

 

 

 




 
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第34話 対面

 
今回も拙い挿絵が入っております。
 


 秋の天皇賞から2日後、俺はアラと共に福山トレセン学園まで戻って来ていた。

 

 だが、アラは…

 

「…ごめん…トレーナー……しばらく実家に…帰らせて…私がここにいたら、トレーナーを傷付けると思うから」

 

 と言い、すぐに実家に帰ってしまった。

 

 そして…俺は引き止めることが出来なかった。

 

 

 

────────────────────

 

 

「…一応、これが録音した全てです」

 

 その翌日早朝、俺は大鷹校長にインタビューの事を話した。

 

 録音のデータも渡した。

 

「…なるほど…どうやら、かなり発言を切り抜かれてしまったようですね、それで、君が中央の試験を受けた時の情報も漏れている…と」

「…申し訳ありません、大鷹校長」

 

 俺は大鷹校長に頭を下げた。

 

「……いえ、君はよく対応してくれました、きちんとサイレンススズカを心配する言葉を残しているのですから」

「……」

「…さらに、君はあえて、アラ君が責められないようにしたのでしょう?メディアの前に、敢えて堂々と姿を現す事で」

 

 大鷹校長はそう言ってこちらを見た。

 

「……はい、自分は個人的にメディアを信用していないので」

「そうですか……もうすぐすれば、取材陣がここの学園にやってくるでしょう、しかし、このインタビューのデータさえあれば、大丈夫です、これ以上君たちが攻撃される事はない。後は私と川蝉君が対応致しましょう」

「校長自らが…?」

「…顔を見れば分かります、君は殆ど寝ていないでしょう?それに精神的にも参ってきているはず、これからは、私共の出番です。ここは私共に任せて、一旦休み、アラ君の事を考えてあげて下さい」

「……分かりました」

 

 俺は校長室を出た。

 

 …今回の件でメディアの恐ろしさを改めて実感する事になった…いや、俺は、メディアの怖さが、分かっていなかったのかも知れん。

 

 前世、あんな事が…あったのに…

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 その時、俺は相棒と共に東京旅行をしていた。

 

「ふいーっ、東京はいつ来てもビルがスゲェなぁ、頭がクラクラしちまうよ」

 

 相棒はハイテンションだった。

 

「だが…車が多い!!ロードスターじゃなくてシビックで来たのは正解だったな……この混雑…チャリンコならスイスイ行けるのかもしれんが…」

「ハハハッ!馬なら飛び越えられるかもしれんぜ?」

「また馬かよ…なんか嬉しいことでもあったのか?」

「…ああ…なんと、昨日の報知杯4歳牝馬特別で笠松のライデンリーダーが勝ったんだよ!」

「えーと…それ、どこが凄いんだ?」

「桜花賞っていうG1レースの出走権が得られるんだよ、それに地方競馬の馬が出られるんだ!」

「…確か、中央と地方じゃレベルの差がえげつないんだったな?」

「ああ!!……しかし…オグリキャップ、オグリローマン…それに今回のライデンリーダー、笠松はやってくれるなあ!この調子で他の地方馬も…」

「あー…気分が上がるのは良いんだが、マシーンの整備費を競馬に注ぎ込むんじゃねぇぞ、もしやったらロープで結びつけて引き摺り回すからな?もみじおろしになるぞ?」

「やらないって!」

 

 そんな会話をしていた時だった…

 

ウーウーウー

 

 けたたましいサイレンが、俺達の会話を遮った。

 

『緊急車両通ります、緊急車両通ります、道を開けて下さい』

 

 俺達はすぐに避けた、そして、緊急車両はすぐ横を通り過ぎて行ったのだが…その量がえげつなかった、デパートでも燃えたのかというぐらいの台数の消防車が通り過ぎたのを、今でも覚えている。

 

 そして、俺達はある地下鉄駅の近くまで差し掛かった時、その光景に驚いた。

 

「は!?」

「なんちゅー消防隊員の数だよ…」

「…脱線事故でもあったのか?」

 

 多くの救急車、警官……阿鼻叫喚、まさにこの世の地獄のような光景が、目の前に広がっていた。

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 俺が前の世界で生きていた時…つまり70年代から90年代だ。

 

 その時、相棒は“競馬の人気が高まって嬉しい”と言っていた。もっとも…俺は車一筋で、競馬に興味はあまり無かったから殆ど分からなかったが。

 

 だが、一つ、仲間内で話題になっているものがあった、新興宗教だ。終末論が話題に上がっているような時代だったから、何かに救いを求めることが流行ったんだろう。

 

 まぁ…仲間たちも基本的に車に楽しく乗ってりゃそれで良いと言うような奴が多かったので、入る奴は居なかったが。

 

 そして、そういった宗教団体の中には俺達一般市民に危険視されているものもあった。

 

 だが…団体の力によるものなのか、視聴率を上げたいのか、テレビはそんな団体の指導者達をバラエティ番組とかに呼んだりして、“面白おかしい所”を扱い、楽しんでいた。

 

 世間の目は、疑惑ではなく、そういった“面白おかしい所”に向いていった。

 

 そして人々は、警戒心を解いていき………ここから先は、あまり思い出したくはない。

 

 とにかく、その一件とかがあったので、俺はメディアの“ネタになれば、面白ければ何でも取り上げる”という姿勢が気に食わなかった。

 

 だから俺は、アラにメディアの目が向かないようにしてきた…だが…これから…どうすれば…

 

 

=============================

 

 

 その頃、エコーペルセウスは東京にいた、彼女はエアコンボフェザーと電話をしていた。

 

『ペルセウス、本当に一人で良かったのか?』

「もちろん、今回はあくまでアラのスカウトに関する意志を聞くのが表向きの理由だからね、それに、シンボリルドルフ(学園のトップ)がわざわざこっちまでスカウトに来たんだから、こっちもトップである私が出向かないと、無礼でしょ?」

『………』

「フェザー、君が行きたい気持ちも分かる、でも、今回は私に任せて欲しいんだ」

『…分かった』

 

 エアコンボフェザーはそう言って電話を切った。

 

「さーてっ、じゃあ、中央トレセン学園に、行くとしますか」

 

 エコーペルセウスはそう呟き、歩みを進めたのであった。

 

 

────────────────────

 

 

「会長、お連れしました」

「ああ、もう下がっても良いぞ」

「はい…どうぞ」

「…お初にお目にかかります、福山トレセン学園、生徒会長のエコーペルセウスという者です」

 

 エコーペルセウスは挨拶を行い、シンボリルドルフの待つ部屋に入った。

 

 シンボリルドルフの後ろには、エアグルーヴ、ナリタブライアンが控えている。

 

「トレセン学園、生徒会長のシンボリルドルフです、かけて下さい」

「ありがとうございます、あ、いきなりですが一つ提案が……お互い、お硬い口調だと落ち着かないと思うしさ、普通の口調で喋るのはどうかな?」

「……了承した」

 

 それを聞いたエコーペルセウスは安心したかの様に頷き、席についた。

 

「さて…まず、ウチのアラビアントレノを、そっちにスカウトしに来た…それは事実だね?」

「……ああ」

「じゃあ、一応理由を聞かせてもらいたいんだけど…良いかな?」

「彼女は、オグリキャップを彷彿とさせるような強さを持っているウマ娘だ、そして、芝とダートを両方走れるということは、海外で活躍できる可能性もあるということだ。だから、是非ともこちらに移籍してもらい、その強さを伸ばしてほしいと思った。これが理由だ。」

「なるほどなるほど、ありがとう…じゃあ、今の気持ちを聞かせてもらいたいんだ、福山トレセン学園の代表としてね、アラビアントレノをスカウトする気は…ある?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 エコーペルセウスは机に両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に持ってくるポーズを取り、シンボリルドルフの目を見て、そう言った。

 

「……」

「……」

「……ごめんごめん、嫌な質問をしてしまったね、でも、そっちがどう答えていようが、私の答えは“彼女を中央に送り出す訳にはいかない”だよ、ここは危険すぎるからね」

「………貴様、口が過ぎるぞ…」

 

 そして、後ろの方で黙っていたエアグルーヴが口を開いた、エコーペルセウスはエアグルーヴの方を見る。

 

「まあまあまあ、そう、いきり立たないで欲しいな、じゃあ、質問を変えようか、確か…エアグルーヴ…だったっけ?君は、いや、君たちは何か対応をしてくれたのかな?」

「……」

「黙っているのならこちらから言おうか、エルコンドルパサーのあの発言と、慈鳥トレーナーが中央(ここ)のトレーナー試験を受けた事についての情報漏洩だよ」

「…前者に関しては、実際にエルコンドルパサー本人に事情を聞いた、彼女自身に嘘をついている兆候は見られなかった、後者に関しては我々生徒の管轄外で、理事会が目下調査中だ」

「ふぅん…情報漏洩は、きちんと調べてくれてるみたいだね、ならエルコンドルパサーにはどういった対応をしたのか教えて欲しいんだけど…」

「…それは学園としてではなく…チームリギル内の「エアグルーヴ」」

 

 シンボリルドルフはエアグルーヴの言葉を遮る。

 

「…彼女に関しては、寮の空き部屋に謹慎させている、何もしないというわけにはいかないのでね」

「………そっか……なるほど…でもね、私は思うんだ、君達はもっと今回の騒動に対応できたんじゃないかって、メディアやネットが勝手に騒ぎ立てる前に、サイレンススズカの走りに対する分析を述べたり、エルコンドルパサーに発言を撤回させたりさ」

「………」

「…否定しないってことは、そうなんだね、でも、私はその事で君たちを責めたてる事はしないよ、おっ…丁度良い時間だね、はい、これ」

 

 エコーペルセウスは懐からスマホを取り出し、シンボリルドルフに渡した。

 

『今日のレースについてですが、他のウマ娘に被害が及ばなかったと聞き、安心しています……………………サイレンススズカに関しては、無事を祈るばかりです……………………“勝負事に絶対は無い”、これはウマ娘レースにもあり得ることだと、私は信じています』

 

 その画面には、福山トレセン学園からの映像が中継されていたのである。

 

『以上が、慈鳥トレーナーがインタビューに答えた内容です。彼はレース中に故障したサイレンススズカを気遣うばかりではなく、他のウマ娘にまで気にかけています、つまり、彼はトレーナーとして、限りなく理想的な発言をしているのです。それを悪意を持って切り抜き、彼を脅かそうとしている一部の方々には、強い憤りを覚えます。今回の一件を通じ、彼及びアラビアントレノ君の名誉を毀損するような行為、傷付ける行為等については、我々は法的手段に訴えることも辞さないと言う姿勢を取らせて頂きたい所存ですので、特に報道関係の皆様、そしてこの中継を見ている方々はその事に留意して頂きたい。福山トレセン学園としての回答は以上になります。』

 

 インタビューが終わったのを確認すると、シンボリルドルフらはスマホからエコーペルセウスの方に視線を移した、そして…

 

「……!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 一瞬であるが、恐怖を感じた。

 

 平時のエコーペルセウスは目を閉じているか否か分からない、糸目のウマ娘である。

 

 そして、今開かれているその目は…

 

『次は無い』

 

 という明確な意思を3人に示すのには十分な程の眼力を放っていた。

 

「……」

「今見てもらった通り、この騒動に関してはもう対処出来た………………でも、この後どうなるのかは分からない、それだけは、理解して欲しいものだね」

「……君たちの学園には…申し訳ない事をしたと思っている」

「会長!?」

「いや…謝罪は求めてないんだけどなぁ………私はサイレンススズカが故障してしまった今、君たちがどんな事を考えているのか知りたいんだ……もしかしたら、また、“地方からスカウトする”なんてことを考えているんじゃないかなって……うーん…例を上げるとしたら、君たちが目を付けそうなのは…水沢の“真紅の稲妻”あたりかな?」

「…それは考えすぎだと言わせてもらおう」

「そっかそっか…私達の考えすぎだったみたいだね、でも、どうしても心配だったんだ、“国民的人気のスターウマ娘の後釜を地方から引き抜く”…それは、過去に一度、行われた事があるからね、それも行ったのは他ならぬ君だよ、シンボリルドルフ」

「……………」

 

 シンボリルドルフは沈黙した。

 

「あと、君たちは今回の騒動をサイレンススズカに伝えたのかな?私達の学園の慈鳥トレーナーはああ言っているけど、私達としては故障した本人の分析も知りたいんだ。」

「……まだだ」

「そう、まぁ、校長先生の言葉で、この騒動は収束に向かうだろうけど、伝えておいた方が、私達両方のためになると思うよ」

「……」

 

 シンボリルドルフが複雑な顔を浮かべたのを認めた後、エコーペルセウスは再び口を開く。

 

「最後に一つ、私個人としての意見を言わせてもらうよ、今の君たちは“宰相殿の空弁当”のような状況だと思うんだ、今後の行動、しっかりと見せてもらうからね」

 

 エコーペルセウスは、“大事なときに動かない”という意味の故事成語を使い、シンボリルドルフにそう言った。エアグルーヴは屈辱的な顔をしていたが、何も言わなかった。

 

 そして、エコーペルセウスはそう言ってドアの方に向かい

 

「今日は忙しいのに時間を割いてくれてありがとう、お見送りは良いよ」

 

 と言い、帰っていった。

 

 

────────────────────

 

 

 一方その頃、別室謹慎となったエルコンドルパサーはグラスワンダーと面会し、話していた。

 

「では、喰われそうと思ったのは、本当なのですね?」

「…本当デス……ワタシ、今までレースをしてきて、あんなに怖かったのは初めてデス、でも…そんなことより、ワタシ…とんでもないことを」

 

 エルコンドルパサーはここ数日の出来事を知り、後悔していたのである。

 

「…ルドルフ会長から聞いたのですが、今日、福山トレセン学園の方がこちらに来ているそうです。恐らく、アラビアントレノさんの代理でしょう、エル、事態というのは、どんどん前に進んでいくのです、貴女は自分を見つめ直し、今後の事を考えなさい、それが今出来ることだと、私は思います」

 

 グラスワンダーはエルコンドルパサーにそう諭し、部屋を出た。

 

 そしてグラスワンダーは他に誰もいないところを選び、スペシャルウィーク、セイウンスカイ、キングヘイローを呼んだ。

 

「グラスちゃん、エルちゃんは?」

「…あの様子なら、嘘は言っていません、発言のタイミングに関しては、エル自身も、後悔はしているようです」

 

「そっか…」

「…スペちゃん、セイちゃん、キングちゃん、三人は菊花賞でアラビアントレノさんと走ったと思いますが、その時の彼女はどうだったのですか?」

「恐ろしさを感じなかったと言えば、嘘になるわ、彼女は私をパワーで圧倒してみせたもの…」

 

 キングヘイローは拳を握りしめてそう答えた。

 

「それと……ゴールした後一瞬だったけど、ざわつき…いや、不安のようなものが浮かんできたのよ」

「それは私も」

「言いにくいけど、私も…」

 

 キングヘイローの言葉に、セイウンスカイ、スペシャルウィークも同意する。

 

(…あの時、アラビアントレノさんの救助に向かったのは、私達中央の未デビューの生徒だった、それはつまり、あの人の走りを見て、憧れているウマ娘が下級生達に居るということ……下級生達の中で何かが起きなければ良いのですが)

 

 そして、グラスワンダーは自分の頭の中の情報を整理し、今後の事について考えていた。

 

 

=============================

 

 

 あれから一日経った、大鷹校長が釘を刺してくれたおかげで、メディア、ネットはだいぶ大人しくなった、だが…俺の気持ちは収まらなかった。

 

 アラに連絡をしようにも繋がらない、メールも返信が来ない。

 

「……慈鳥、いるか?俺だ、少し上がらせてくれないか?」

「…雁山か……良いぞ、上がってくれ……」

「おう…じゃあ…失礼して…………ふっ!!」

 

バキッ!!

 

 雁山は、入ってくるや否や、俺に拳を喰らわせてきた。

 

「………」

「………お前…何やってんだよ!!」

「……」

「お前が居るべき場所はここじゃない!いつまでウジウジしてやがんだ!」

「……雁山…?」

「…慈鳥!!アラはお前の何なんだ!?」

 

 雁山は俺の襟首を掴み、普段は出さないような大きな声でそう言う。

 

「大切な……担当だ」

「そうだろ…そして…お前は俺達と同じで、担当と二人三脚なんだろう?」

「……」

「お前は…一頭のヤックルが真っ二つに分かれて生きていけるとでも思うのかよ?」

「…思わん」

「なら、お前のやるべきことは何だ!答えろ!」

「…アラの側にいる事だ…だが…」

「だがじゃない!!四の五の言わずに行け!!……それで…二人でこの学園に戻って来い!!…それまでは、校長にいくら言われようが、俺はお前をここに入れるつもりはない!!もし一人で帰ってきてみろ、殴り飛ばすからな!」

「雁山…」

「俺の顔を見る暇があったら、とっとと支度を整えろ!!」

「………」

 

 

 

「………行ってくる」

「良いか…絶対にアラを連れて帰って来い…お前とアラのコンビは…俺とワンダーいや…この福山トレセン学園に必要なんだ、それだけは忘れるな」

「分かった…」

 

 雁山から言葉を貰った後、俺は車の窓を閉めた。

 

 殴られた所はまだ熱を帯びている。

 

「アラ……待っててくれよ…!」

 

 俺はサイドブレーキを下ろし、ギアをローに入れ、車を急発進させた。

 

 

 




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また、宰相殿の空弁当というのは関ヶ原の戦いのあるエピソードからできた言葉になります。

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第35話 決意

「あなたが…アラのトレーナーさんですか」 「…はい、今回の事で…大変な…ご迷惑をおかけしました」

 

 俺は頭を下げた、その目の前には一人の老人が立っている…アラの育ての親だ。

 

「いえ、今回の件、あなたに責任はありませんよ、それに…あの娘はあなたにとても感謝しているんです」

「…俺に?」

「ええ、“トレーナーが私を強くしてくれた”、“走れて幸せだ”…こちらに電話して来る度に、あの娘はそう言っています、それに、あの娘は貴方のことを、兄のような存在と言っているんです」

「そうだったんですか…」

 

 アラがそう言ってくれていたとは…

 

「……アラは今、どうしていますか?」

「…疲れ果ててここに帰って来てからというもの、部屋にこもりっぱなしです、食事は受け付けてはいるんですが…」

「……」

「お願いです、トレーナーさん、あの娘を福山トレセン学園まで連れて帰ってください………あの娘は、良い娘なんです“年長の自分がしっかりしないと”と言って、いつも…我慢してきました…“レースに出たい”という、ウマ娘の走る事を愛する本能から来る願いさえもです。…去年やっと…その願いがかなったんです」

「……」

「私には分かります…あの娘の心の奥底には、“走りたい”という気持ちが残っているはずなんです、それを引き出せるのは…トレーナーさん、貴方しかいません」

 

 アラの親は、俺の手を取る。

 

「…分かりました…アラの所に、連れて行ってください」

 

 俺はそう言い、アラの親に案内を頼んだ。

 

────────────────────

 

 

「……ここです、あの娘を…お願いします」

「分かりました…待っていて下さい」

 

 俺はアラの部屋の前に案内された、俺はアラの親には戻ってもらい、一人になる。

 

コンコン

 

「…アラ、俺だ…」

 

……反応が無い

 

コンコンコン

 

「…アラ?」

 

 おかしい…

 

 俺はドアノブを回す…鍵はかかっていない。

 

ドンッ

 

 鈍い音…床を殴ったような音が聞こえる。

 

「………入るぞ」

 

ガチャ

 

 俺はドアを開け、アラの部屋へと入った。

 

「……………っ!!」

「アラ!」

 

 アラはベッドの上でうなされていた。

 

 歯を食いしばり、手足をばたつかせている。

 

「アラ…」

「……!」

 

 声をかけて、体を揺すっても、アラは起きず、身体の動きも止まらなかった。

 

「………それなら」

 

 俺はアラの片手を取り、力強く握った。

 

 

====================================

 

 そして、エコーペルセウスらは、再び会議を行っていた。

 

「以上が、私が中央の生徒会長に対して話してきた事だよ」

 

 エコーペルセウスは報告を終え、画面を見渡した。

 

『ユキちゃあん……大丈夫かなぁ…』

「トラブルの類は聞かなかったから、大丈夫だとは思うよ」

 

 エコーペルセウスは心配する盛岡の生徒会長に対してそう言う。

 

『…そう言えば、エルコンドルパサーは自室謹慎だそうですね、それはURA側の判断なのでしょうか…?』

 

 そう言って声を上げたのは、金沢の生徒会長である。

 

『それか、実は私も気になってるんだヨ』

『私も』

『ウチもや』

 

 門別、水沢、園田の生徒会長がそれに続く。

 

「いや、恐らく、トレセン学園かチームリギルとしての判断だろうね」

『そうですか…今まで集めた情報によりますと、URAの現在の方針は、海外遠征の強化…これと絡んでいる可能性が強いですね』

 

 金沢の生徒会長はそう言った。

 

『つまり……』

『エルコンドルパサーの海外遠征に影響が出えへんように』

『したという…ところかナ?』

「エルコンドルパサーは今後のトゥインクルシリーズを担ってゆくスターウマ娘、それに海外遠征の予定がある。まあ、彼女のメンタルに影響が出ない選択肢を取ったってことだね…これはあくまで予測に過ぎないけれど、可能性としては高いだろうね」

『では実質、“お咎めなし”ということですのね』

 

 姫路の生徒会長は目を閉じて腕を組み、そう言った。

 

『はぁ………』

 

 そしてその後、水沢の生徒会長はため息をついた。

 

『結局、中央は“絶対を見せるスターウマ娘”が欲しいだけ……ファンの皆は“トゥインクルシリーズは面白くなった”って言うけど……何も変わってないじゃない…』

 

 ローカルシリーズのコースはトゥインクルシリーズのそれよりも面積が小さく、コーナーがきつい。

 

 そして、最近はローカルシリーズのウマ娘達も全体的にスピードが上がってきており、いくら圧倒的一番人気のウマ娘と言えども、勝負は時の運と言う例が非常に多かった。

 

『……』

 

 そして、その場は沈黙に支配された。

 

「……その通りだ…」

 

 そして沈黙を破ったのはエコーペルセウスの横に控えているエアコンボフェザーだった。

 

「……スターウマ娘…それはウマ娘レースを盛り上げていくために、必要なものだろう……だが……“絶対”を体現するスターウマ娘になるよう周囲が過度に促すのは危険な行為だ…」

『エアコンボフェザー…』

 

 全員の注目がエアコンボフェザーに集まる。

 

「…皆、AUチャンピオンカップの理念を、思い出してほしい」

 

 会議に参加していた全員は、NUARのトレセン学園運営委員長、九重が語ったAUチャンピオンカップの理念、“日本のウマ娘レースに、新たな風を吹き込みたい”を思い浮かべた。

 

「…今の中央は“絶対を見せるスターウマ娘”を欲している、菊花賞後の声かけ事案の増加、サイレンススズカの故障による反応、エルコンドルパサーへの対応からして、その意志は明らかだ、だが、皆も知っているように、“絶対”を求めることは、時に悲劇を生む………私はその現場にいた、そして理解した…“内部改革だけではダメだ”と、だから皆、協力して欲しい」

『まさか………』

 

 大井の生徒会長が反応する。

 

「ああ、AUチャンピオンカップの理念を必ず実現させる、それにより、日本のウマ娘レース界そのものを、これから世界へと羽ばたいてゆくに相応しいものにするんだ」

 

 エアコンボフェザーの宣言に、エコーペルセウスを除く会議の参加者は目を丸くする。

 

『……私は協力します!!うちの生徒だけじゃなくて…中央に行ったユキちゃんに、幸せに走ってもらいてぇから!』

『私も微力ながら協力させて頂きますわ』

『…目的は分かった……大井も乗らせてもらう!!』

『ウチも手伝う、この大阪から世界を目指すウマ娘を…ウチは見たい』

 

 盛岡、姫路、大井、園田の生徒会長が、エアコンボフェザーの意見に賛同した。

 

『ウチも!』

『九重委員長の掲げた理念、実現させて見せる!!』

 

 他の学園の生徒会長も、それに続いた。

 

「皆、ありがとう」

 

 エアコンボフェザーが頭を下げた。

 

「皆、少し良いかい?私達は様々な人々のお陰で、中央の強豪たちとも渡り合うウマ娘を生み出すほどの改革ができた。」

 

 エコーペルセウスがそう言い、他のウマ娘達は同意する。

 

「そして、その改革は、中央が強かったからでもあると、私は思うんだ。歴史を振り返ってみて、時代は外からの刺激や新しいものの登場によって変わっていくもの、例えば、19世紀のヨーロッパは、ナポレオンの登場、そしてそれに対するヨーロッパ諸国の反応で変わった、日本では…黒船やアメリカとの戦いが、それにあたるだろうね。そして、私が言いたいのは、私達が変わることができたってことは、中央も変わることができるんじゃないかってことだよ」

『それって』

『つまり…』

『中央の改革を外部から促すという…事ですか?』

 

 金沢の生徒会長が、エコーペルセウスにそう問う。

 

「そういうことだよ、皆、私達が、黒船になるんだ、アメリカになるんだ、そして、日本中のウマ娘が、良きライバルとして走り、競い、ゴールを目指し合うだけじゃなくて、それを海外のウマ娘達とも出来るようにするんだ、そのためにもAUチャンピオンカップの理念は、実現されなければならない」

『確かにナ』

『おっしゃる通りですわ』

 

 札幌の生徒会長を皮切りに、次々と賛同の声が飛ぶ。

 

「じゃあ、皆、やろう!!」

『おおーっ!!』

 

 エコーペルセウスの発言を締めくくりに、各地方トレセン学園の生徒会長達は、AUチャンピオンカップの理念を実現する決意を固めたのであった。

 

 

====================================

 

 

ストッ…

 

「…高い所から落ちて来たはずなのに…死んで…無いだと…?」

 

 確か…アラは俺が手を握った後、またうなされて暴れだした。

 

 それで…足が鳩尾に当たって…

 

 意識が遠のいて…

 

 それで、目を覚ました時には、この空間に落ちて来る途中だった。

 

 かなりの距離を落ちたと思うのに、身体には傷一つ無い。

 

「夢の中とでも言うのか…?」

 

 俺はここから出る手がかりを求め、何も無い空間を進む事にした。

 

 

────────────────────

 

 

 この空間が、終わるような気がしない…暗い空間が…どこまでも続いてゆく。

 

『……来たか…』

 

…?

 

 声が聞こえた…?

 

『来たな、人間よ…』

 

 気のせいじゃない…誰かが俺を見ている。

 

「誰だ…?姿を見せろ!!」

 

 俺は声が聞こえてきた方向に向かって叫んだ。

 

『フハハハハッ!!驚いておるようじゃのう、人間よ!』

 

 すると、声の主は俺を嘲笑うかのような態度を取る。

 

「……出て来い…!」

『フッ…ハハハハハッ!!良かろう、人間よ、ワシの姿を見て驚くが良い!!』

 

 声の出た方向を睨み付けてそう言うと、相手は再び笑い、そう言った。

 

カッ!

 

「……!」

 

 すると、眩い光が俺の目を貫いた。

 

「……お前は…!」

 

 俺は驚愕した。

 

『……フハハハハハッ!!怖かろう!!見たことの無い存在が…目の前に立ち、心を通じて話し掛けているのじゃからな!!』

 

 目の前に立っているそれが……何らかの方法で、俺に話しかけているという事…そして…

 

 それが、鹿毛の『馬』だということに。

 

 だが…向こうは、自分が俺に未知の動物と認識されていると思っているようだ…だが……俺は相手が何であるのか知っている。

 

「………お前は“馬”か…?」

『……!?』

 

 驚いたのか、相手は首を少し仰け反らせる。

 

 そして、俺は何となく感じていた。

 

 …この馬と話さない限り…ここの変な空間からは出られないと。

 

 

====================================

 

 

『そうなのね……ごめんね葵ちゃん、全く力になれなくて』

「いえ…私達もあの人に対して今は何も出来ませんから」

 

 桐生院は伊勢と電話をしていた、伊勢とミスターシービーはレース研究のために海外におり、秋の天皇賞から始まった一連の騒ぎを少しばかり遅れて知ったのである。

 

『それで…エルコンドルパサーちゃんの謹慎処分はあくまでリギルとしてのもので、URAの指示があったりといった訳では無いのね?』

「はい、どうやらそのようです…」

 

 桐生院は人脈の広い氷川を通じ、エルコンドルパサーの処分がチームリギルとしての物であるという情報を掴んでいたのであった。

 

『URAは大丈夫なのかしら………“地位には義務と責任が伴う”…今のURAに、それが分からない人は居ないと思うのだけれど』

「ノブレス・オブリージュ…ですか…」

『そう、今回の件、どんな事情であれ、エルコンドルパサーの処分はURA公式の処分という形で下さないと、NUARの人達は、納得がいかないんじゃないかしら?』

「…私も同感です」

『AUチャンピオンカップ、心配になるわねぇ……あっ、ビーちゃんが戻ってきたみたいだから、切るわね』

 

 伊勢はそう言って電話を切った。

 

 

────────────────────

 

 

 福山トレセン学園は今回の騒動で可能な限りの対応を行っていた。トレーナーや職員には大鷹が、生徒達にはハグロシュンランが説明にあたり、アラビアントレノらに対する誤解が生まれないように、メディアに踊らされないようにしていたのである。

 

 しかしそれは、原因となった発言に対しての怒りを消すまでには至らなかった。エコーペルセウスが会議をしている丁度その時、寮の入り口で揉み合いが起きていた。

 

「ダメ!それを置いて部屋に戻りなさい!ランス!ワンダーから棒を取り上げて!」

「ワンダー、落ち着いて!」

 

 セイランスカイハイはそう叫び、ワンダーグラッセが持っている園芸用の支柱棒を取り上げる。

 

「とんでもない莫迦力ね…サカキ!アナタも手伝って!」

「う、うん!ワンダーちゃん!落ち着いて!」

 

ドンッ!!

 

 サカキムルマンスクは、持っている参考書の山を置き、2人に加わる、そして3人は協力してワンダーグラッセを床に倒すことに成功した。

 

「ハァ…ハァ…どきなさい!」

「絶対にどかないわよ!」

「私は…東京に行くんです…」

「ワンダーちゃん、落ち着いて!今何か騒ぎを起こしたら、また取材陣がこっちに来ちゃう、どうか落ち着いて!」

 

 サカキムルマンスクはそう言いつつも、腕の力を強める。 

 

 ワンダーグラッセがここまで怒っていたのには理由があった。

 

 今回の騒動でエルコンドルパサーが不用意な発言をしたことに対し、ワンダーグラッセは徹底的な処分が下されるべきであると考えていたのである

 

 しかし、その考えに反し、エルコンドルパサーに下された処分は、必要最低限のものであり、それもURA公式のものではなく、あくまでチームリギルとしてのものであった。

 

 そして、その処分内容も謹慎のみであり、発言の撤回は無かった。

 

 そして、ワンダーグラッセはそれをツルマルシュタルクから聞き、単身トレセン学園に乗り込むことを決意するほどの怒りを抱いたのである。

 

 普段ワンダーグラッセは怒ることのないウマ娘であり、キングチーハーらはまずいと感じて必死に止めていたのであった。

 

「…離し…なさい!!」

 

 ワンダーグラッセは目を見開き、三人を吹き飛ばそうとする。

 

「……コンドルを狩りにでも行く?」

 

 そこに現れたのはエアコンボハリアーだった。

 

「ハリアー…」

 

 ワンダーグラッセの力が緩む。

 

「…ワンダー、気持ちは分かる、でも、あのウマ娘を倒す役割は、あたしに任せてくれないかな?」

「ジャパンカップ…ですか?」

 

 エアコンボハリアーは盛岡で行われたジャパンカップトライアルに勝っており、ジャパンカップへの出走権を得ていたのである。

 

「そう、あたしはジャパンカップで、エルコンドルパサーに過ちを理解してもらう。でも、今のあたしじゃ、まだまだ力不足、だから力を貸して。」

 

 エアコンボハリアーはワンダーグラッセの前にしゃがみ込み、肩を持ってそう言った。その目には決意が宿っていた。





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第36話 アングロアラブ

 

『…何故だ…何故…ワシの事を…』

 

 相手は警戒しつつこちらの様子を伺っている。

 

「……そんな事はどうでも良いだろう、俺はただの人間だ……大事な担当が待っているんだ、ここから出してもらおうか」

『そういう訳にはいかんな、小僧』

「何っ……!?」

『何故ワシがお前をここに呼んだのか分かるか?』

「………分からん…」

『……奴が…ワシらの願いを実現する最強の存在として覚醒する為に……お前が邪魔だからじゃ!!』

 

 ……奴…?もしかして…アラか…?

 

「お前…アラに何かしたのか!?」

『フッ……人間よ…お前はさっき、ワシの事を…“馬”と呼んだ…つまり、お前は馬を知っておる…ならば…この世界にいる“ウマ娘”…それがどういった存在なのか…お前には分かるはずじゃ!!』

 

 相手は、俺の質問に答えず、俺の周りを歩いて周回しながらそう言った。

 

「……競走馬の代わりに…走っている存在だ」

『…その通り…この世界のウマ娘共は、競走馬であるサラブレッド共の魂が宿った存在じゃ』

 

 サラブレッド…共…?

 

「サラブレッド…共だと?お前もサラブレッ……!!」

『………』

 

 俺はそれ以上物が言えなかった、相手は一瞬で俺との距離を詰め、俺を睨んでいたからだ。

 

『……ワシも感情を持つ存在だ、これが現実の世界であれば、お前を倒し、踏み殺していたかもしれん………ワシはあの様な硝子の脚共とは違う』

「じゃあ…お前は何だ?」

『…ワシはアングロアラブ…サラブレッドよりも遥かに頑強(つよ)い存在じゃ…そして…ワシの名はセイユウ』

「……アングロ…アラブ…セイユウ…」

 

 確か…相棒が言っていた、昔はサラブレッド以外の競走馬も多かったと……コイツがアングロアラブなら…まさか……

 

「…アラも……」

『クククククッ、やっと飲み込めたようじゃのう、人間よ…そう、お前の育成しておるアラビアントレノ……サラブレッドではなく、アングロアラブの魂が宿りしウマ娘じゃ、その名はセイユウユーノス、幼名はサラーム』

「セイユウ…ユーノス…!?」

『…そう、それがこの世界でも人間共に翻弄されている、アラビアントレノの真の名前じゃ』

 

 この…世界でも?

 

「この世界でもとは…どう言う事だ?」 

『混乱しておるようじゃのう、人間よ…このワシが今から教えてやる、貴様ら人間共の愚かさをな!!』

 

カッ!!

 

 再び、眩い光が俺の目を貫く。

 

 

────────────────────

 

 

 目を開けると…

 

「何故です!!何故なのですか?」

 

 そこは執務室の様な部屋だった。

 一人の男が、対面する男に必死に訴えかけている。

 

 俺、そして俺の隣にはセイユウが居るが、俺達の姿は見えていない様だ。

 

「何故、これ以上国営(そちら)のアラブ平地競争に我々のアラブを移籍させられんのです!!」

「…我々のアラブは一部を除き基本的に抽せん馬限定、すなわち、基本的には規模も馬の能力も、地方(そちら)と比べれば小粒ですからな」

「………」

地方(そちら)から移籍してきたホウセントとフクパーク…いや、こちらではキノピヨでしたな…ともかく、その2頭が強すぎるのですよ」

「ならば、アラブ平地競走の抽せん馬制度を止めれば良いではありませんか!」

「抽せん馬制度は馬主と競走馬を増やすためのもの、このまま地方からの移籍が続けばこちらのアラブの馬主と競走馬は減り続ける一方です、戦後の復興には、多大なる資金が必要であり、サラブレッドと比べると安いアラブは馬主にとっても重要な存在、分かってください」

「………」

 

 つまり…地方から移籍してきたアラブが強すぎるから、中央の馬主を守り、戦後の復興の為の資金を確保するため…移籍を禁止したということか…?

 

『その様子ならば、これが何を意味するのか理解できたようじゃのう…じゃが、まだまだこんなものでは無い!!』

 

 

────────────────────

 

 

 場所は変わり、今度は会議室の様な所に飛ばされる。

 

「サラブレッドの生産、管理体制も整ってきた今、賞金も低く、競走能力に劣り、面白みに欠けるアングロアラブの競争は縮小、今後の方針はこれでよろしいか?」

「承知」

「異存無し」

 

 なるほど……だから俺が生きていた頃は…競馬と言えばサラブレッドだったのか…

 

「………」

『では、次に行くぞ』

 

 

────────────────────

 

 

「……」

 

 今度も会議室に飛ばされた、だが、先程見たそれよりも小さく、雰囲気は重苦しい。

 

「国際化にそぐわないとはいえ……中央がアラブの競争を廃止するとは」

「どうやら中央の馬主会がアラブの抽せん馬の引き受けを拒否したらしいんです、それが一番大きいのでしょう」

「我々も追随せねば…ならんのか…」

「どうやら大井はそうしているらしい」

「しかし、いくら技術が進歩したとはいえ、サラブレッドの維持はアラブと比べて難しく、それにかかる銭も多い、それにバブルも弾けたと来た、益田のような小規模場所は大打撃を食らうんじゃないか?」

「他所の心配してる場合じゃないでしょう、ウチがどうするのかを決めねばならんのです」

 

 …バブルが弾けたときは、俺達も大変だった、それは競馬もしかりだったのだろう、そして、地方競馬は中央の方針変更の煽りと共に…それを食らったということか…

 

「……」

『次じゃ』

 

 

────────────────────

 

 

 今度はある一室だ。

 

「こんな事が…あっても良いのか?」

「アラブの記録が…公式から抹消!?」

「じゃあ…サラブレッド相手に3馬身差で勝ったワシュウジョージのレコードが消えて、レコードタイムが変わるって事かよ!?」

「そりゃないぜ」

 

 この会話から察するに…ワシュウジョージはアングロアラブ、そして、アラブの記録が公式から抹消されるに伴い……レコードが消え、サラブレッドが繰り上げになり、レコードも変わった……という事か…

 

『…次で最後じゃ、目に焼き付けるが良い』

 

 

────────────────────

 

 

 今度は会議室じゃない、会社か何かの事務所…なのか?

 

「この子は絶対に競走馬になれます!!父ビソウエルシドの先祖はセイユウ、母ユーノスプリンセスもそれに劣らぬ名牝の血統です!“サラーム”という幼名だって決まっているんです!!」

「ダメだダメだダメだ、却下、アラブなんぞカネにならん」 

 

 サラーム…つまり…話題に上がっているのは…アラ…

 

「ですが、貴方の父はこれから産まれてくるあの子を、競走馬にする予定だったんですよ?」

「それは親父が勝手に言った事だ、アラブを一頭競走馬にするのに無駄金使うぐらいなら、サラブレッドの餌を買うのに回す」

「…しかし…」

「これは決定事項だ」

 

 

────────────────────

 

 

 そして、今度は藁のある建物、すなわち厩舎に飛ばされた。

 

「産まれたぞ!!」

「長かったなぁ!!」

 

 そこにいる人々の視線の先には…一頭の子馬がいた。

 

 …これが…アラ……

 

 そして、一人の女性がアラに歩み寄り、その頭に手を置き。

 

「ごめんね、もう少し早ければ……」

 

 と言った。

 

────────────────────

 

 そして俺たちは再び、あの暗い空間に戻って来た。

 

「…何故アラは…競走馬になれなかったんだ?」

『簡単な話じゃ、生産牧場の経営者が代替わりし、あいつを競走馬として育てる方針がひっくり返ったのじゃ………これでわかったろう?貴様ら人間共が、どれだけ愚かな存在であるのかがな、貴様ら人間はワシらアングロアラブを都合よく利用し、そして捨てた』

 

 セイユウはそう言い、こちらを見た。

 

「……だが、さっき見た光景の中に、お前はいなかった、セイユウ、お前は何故人間を憎む?」

『……』

「答えろ…」

『ワシは競走馬としてサラブレッド共と戦った、そして、貴様がセイユウユーノスと共に出た菊花賞のトライアル、セントライト記念に勝利した、じゃが…菊花賞に出る事は叶わなかった、“クラシックはサラブレッドのみ”貴様ら人間共の作り上げた勝手な規則、血の呪縛によってな』

「……」

『更にそれだけには留まらん!ワシは種牡馬となり、多くの子孫を残してきた、アングロアラブの復権を目指してな、じゃが、結果はさっき見たとおり、ワシらの子孫…いや、アングロアラブは競走の世界から消えていき、更には記録からも消されようとしておる!』

 

 時代が変われば、人も変わる、セイユウ…いやアングロアラブは……それに振り回された存在と言う事か。

 

 じゃあ、なぜアラはこの世界に?

 

「では、なぜアラはこの世界に居るんだ?」

『…あいつ自身の“サラブレッドと戦いたかった”という願い、そしてワシらアングロアラブの、人間共に翻弄され、歴史から消えざるをえなかったという無念の思い、そして、“サラブレッド共を倒す”という願いが、あいつをウマ娘として、この世界に生まれ変わらせた』

「では、お前はアラに何を求めている?」

『今のあいつは、倒すべき敵のサラブレッド共と馴れ合い、真の力に目覚めておらん、ワシらの願い…それをもってその力を呼び覚まし、最強の存在として覚醒させる!!』

「覚醒…」

『そうじゃ、じゃがあいつは“これ以上、トレーナーを不幸にしたくない”と言い、それを拒否している、つまり、貴様はあいつの覚醒への一番の障害じゃ』

 

 俺が…障害?

 

『人間よ、セイユウユーノスを、ワシらの手に委ねよ』

「……断ると言えば…?」

『ワシはある程度、セイユウユーノスの身体を動かすことができる、先程やって見せたようにな』

 

 じゃあ、鳩尾に一撃を食らわせたのは……セイユウがアラの身体を使ったということか…

 

『…分かったようじゃのう、つまり、貴様の首に手をかけ、絞め殺すなど赤子の手をひねるが如し…そして、ウマ娘の力は貴様ら人間より遥かに勝る、適当な人間を力で屈服させ、書面上だけのトレーナーとする事など容易い、悩みの原因である貴様さえいなければ、セイユウユーノスは迷うことをやめ、ワシらの願いと一つになる道を選ぶという訳じゃ』

「…お前達の…願い…?それは…お前の願いじゃないのか?セイユウ!それをあの娘に…アラに押し付けて、その人生を食い物にするつもりか!?」

 

 そう叫び、俺はセイユウを睨んだ。

 

『いかにも人間らしい手前勝手な考えじゃな、セイユウユーノスはワシの子孫じゃ、先祖の願いと共に生き、そしてそれを子孫に受けつぎ、死んでゆく…それがあいつの運命(さだめ)じゃ!』

 

 違う…

 

「あの娘を解き放て!!今のあの娘はアングロアラブ、セイユウの子孫でも、馬でも、俺達人間でもない……ウマ娘のアラビアントレノだ!!」

『黙れ人間!!お前にあいつの苦しみが分かるのか?愚かな人間共に振り回され、子孫をも残せず一生を終えるしか無かった芦毛の馬がセイユウユーノスだ!競走馬にはなれず、この世界に生まれ落ちた後も継承は受けられん、哀れで可愛い我が子孫だ!お前に何ができる?』

 

 その時、俺はある記憶を思い出した、なぜ、相棒が“俺達人間って……罪深いな”と言っていたのかを。

 

「……分からん…だが、これだけは言わせてもらう、お前の語っているものは願いなんかじゃない、呪いだ!」

『同じじゃ!託された願いを成すのは、親に血肉を与えられた子の血の役目じゃ!!』

「だが、お前がアラにやろうとしてる事は、俺達人間がやったこととそう変わらないんだよ」

『何っ!?』

「…お前の嫌いなサラブレッドに、ある馬がいる……安楽死処置を施されるほどの大怪我を負いながらも、4ヶ月も苦しめられた、悲劇の馬、俺に色々な物を見せたお前なら分かるだろう?」

『…………』

「あの馬は、人間たちの願いで苦しみ、死んでいった、そうじゃないのか?」

『…………』

「血の役目を果たさせるために、4ヶ月苦しめられた馬、しかも、その血の役目は、少なくとも外野…すなわち人間が無理矢理課したものだ」

『…………』

「もう一度言う、今のあの娘はウマ娘、アラビアントレノだ。馬でも、人間でもない、つまり、俺もお前も外野だ……生まれ変わり、別の存在になったとはいえ、少しでも子孫を可愛く思う心を残しているのならば、今すぐこんな事は止めろ!!」

『自らの子孫繁栄の願いが人間共の勝手な都合で打ち砕かれればこうもなろう!』

 

 セイユウの耳は完全に後ろに反っている。

 

「…ならば、お前は…アングロアラブは…人間に愛されていなかったのか?アラを…あの娘を愛した人間はいなかったのか?」

『……』

「…答えろ、セイユウ!」

『……一人…』

「一人…?」

『ワシらは人間共に翻弄されてきた……じゃが、晩年のセイユウユーノスを本気で可愛がり、家族の様に接していた人間が一人だけいた』

 

 カッ!!

 

 

────────────────────

 

 

 周りの景色が変わった…厩舎か…?

 

 目の前に、芦毛の馬がいる…そして、その馬は、髪に白いものが混じった一人の男に、ブラッシングをされていた

 

「気持ち良いか?ユーノス」

「──!」

「そうかそうか、よしよしよし」

 

 その後ろ姿と声は、どこか見覚えがあった。

 

────────────────────

 

 

 また景色が変わった、そこは厩舎ではあったが、少々広く、多くの人々が集まっていた。

 

「苦しくないか?」

 

 さっき、アラにブラッシングをしていたであろう男が、地に臥せっているアラの所にしゃがみ込み、そう声をかける。

 

「──!」

「……」

 

 アラは鳴き、その男はアラの頭を撫でる…

 

 そして、その男の肩が震える………

 

 そしてその男はこちらに振り向き、涙を浮かべた顔で首を横に振った。

 

 そして、俺は驚愕した。   

 

 

「相棒……!?」

『相棒…じゃと!?貴様はあの男を知っておるのか?』

 

 知っている…忘れるもんか…

 

「俺の唯一無二の親友だ」

『何っ…!?』

 

 周りの景色はいつの間にか元の物に戻っていく。

 

『…貴様が…あの男の…親友じゃと…!?』

「ああ…俺は死んで生まれ変わり、この世界に来た、嘘だと思うのなら、俺を蹴飛ばせ」

 

 俺はセイユウの目を見る。

 

『………どうやら嘘では無いようじゃな』

「セイユウ、これを知った今…アラをどうするつもりだ?」

『貴様が普通の人間で無かったのは……計算外の事、ここは一旦、引かせてもらおう』

「待て、逃げるのか?」

『逃げはせん…貴様をどう扱うか保留にするだけのこと…また会おう、だが忘れるでない、セイユウユーノスはワシらの願いにより最強の存在として覚醒する存在である事を…そして、貴様らの行動は常にワシに見られている事をな…』

 

 カッ!!

 

 光に包まれる…戻れるという事だろう。

 

 しかし…

 

 あいつ…俺が死んだ後でも…上手くやれてたか…よかっ…た…

 

 

====================================

 

 

「トレーナー!!」

 

ガバッ…

 

「………!」

 

 私はあたりを見回す…

 

 戻って…来れた…

 

『そこまでそのトレーナーとやらが心配か…ならば、貴様の言うトレーナーとやらを屈服させてくれるわ!!』

 

 セイユウの言葉が、まだ頭の中でこだましている……トレーナーを…守らないと…

 

 トレーナーは…いた!

 

 倒れてる…

 

「トレーナー!トレーナー!」

 

 私はトレーナーの身体を必死で揺さぶった。  

 

「…ぐ…くぅ……」

「トレーナー…大丈夫?」

 

 トレーナーは苦しそうな顔をしていたけれど、うっすらと目を開ける。

 

「ああ……大丈夫だ…」

「……」

「……良かった、いつものアラだな」

 

 トレーナーはこちらを見て、安心したような顔をしてそう言った。 

 

 いつもの…私…じゃあ…トレーナーは…

 

 聞くしかない。

 

「トレーナー…何だか…変な生き物が…トレーナーのところに来なかった?」

「………“セイユウ”…か?」

「…やっぱり…じゃあ…トレーナー…私がどんな存在なのかも……「良いんだ…」」

 

 トレーナーは、私の言葉を遮るかのように、私の頭に手を置いた。

 

「……昔の姿がどうであれ……アラはアラだ、俺は気にせんよ、それに…気にしてたら、あいつに怒られる」

「…あいつ…?」

「…お前を世話していた厩務員だ…あいつは俺の相棒だった」

 

 おやじどのが…トレーナーの…?

 

「えっ……」

「…どういう因果なのかは知らん、でも、俺も一度死んで生まれ変わった…つまり、お前と同じだ」

「じゃあ…おやじどのが言っていた…親友は…」

「ああ、多分俺の事だろうな」

 

 だからか…私がたまに…トレーナーにおやじどのに似たものを感じていたのは…

 

 でも、その時、セイユウの言っていた“覚醒”が頭をよぎった。

 

「…トレーナー……私…怖い…もし覚醒したら…私は、絶対に私じゃなくなる……」

「…俺はお前の担当トレーナーだ……楽しい事も、苦しいことも、ともに分かち合い、乗り越える存在だ…だから一人で悩むな、俺がついてる」

 

 トレーナーは置いた手を動かし、私の頭を撫でた。

 

「トレーナー…」

「…まだ、走りたいか?」

「……うん…」

「……そうか、なら行こう、皆が待ってる」

「…皆…?」

「お前の家族だけじゃない、福山トレセン学園の皆が、お前が戻って来るのを待ってるんだ、だから行こう、アラ」

 

 トレーナーは私に手を差し伸べた。

 

「……うん…!」

 

 私はトレーナーの手を取り、立ち上がった。

 

 

====================================

 

 

 俺はアラを、親のいるところにまで連れて戻って来た。

 

 アラは妹や弟達に抱きつかれ、連れて行かれてしまった。

 

 そして、俺はアラの親と二人きりになった。

 

「……トレーナーさん、ありがとうございます、あの娘は…大丈夫そうですか?」

「大丈夫…とは言い切れません、でも…俺がついてます、絆を信じて…苦しみも、悩みも…共に乗り越えます」

「………トレーナーさん…ありがとう…」

 

 アラの親は涙を流し、俺の手を握った。

 

 何が俺とアラとを引き合わせたのかは分からない、だが…セイユウと相棒、そのどちらもがいたから、俺はアラに出会うことができた、これは紛れも無い事実だ。

 

 その事だけは常に、心に留めておこう。

 

 

 

 

 

 




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第37話 情報収集

「エルコンドルパサー!!只今帰還しましターッ!!」

 

 トレセン学園のC-1クラス、すなわち“最も将来性あり”と目されている生徒たちの教室に、エルコンドルパサーの元気な声が響き渡った。

 

「エル!はしゃぎすぎですよ」

 

 グラスワンダーがエルコンドルパサーを諌めるものの、それ以上は言わなかった、彼女はエルコンドルパサーの感じたものが嘘ではないと信じていたからである。

 

「おかえりなさい、エルコンドルパサーさん今の気持ちは?」

「走りたくてウズウズしてマス!」

「でも、いきなり走りすぎてはダメよ、エルコンドルパサーさん、貴女はジャパンカップが控えてるんだから」

 

 キングヘイローはそうエルコンドルパサーに念を押した、謹慎期間中、エルコンドルパサーは寮の空き部屋で生活しており、走ることは疎か、食事や着替えを持っていくヒシアマゾンとグラスワンダー以外の同じ寮の生徒とも会えない日々が続いていたからである。

 

「あっ!エルちゃん!おかえり!」

「スペちゃーん!会いたかったデース!」

 

 そこに、遅れて教室に入ってきたスペシャルウィークがエルコンドルパサーに声を掛けた。

 

「皆、元気なことでー」

「あら、セイちゃんも喜んでいるのではないですか?」

「まあね〜」

 

 セイウンスカイとグラスワンダーはそんなことを言いながら、その光景を見ていた。

 

 

 

「……見ていてあまり気持ちの良いものじゃないわね…何か言ってやりたい気分」

「それはアタシも同感、でも、我慢するしか無いね、レースに勝てて来てるから、この勢いは殺したくない」

 

 サンバイザーとツルマルシュタルクはその光景を見てそう言った、そして、エルコンドルパサーに対しあまり良くない印象を抱いていた。

 

 だが、ツルマルシュタルクは逢坂山特別を勝っており、サンバイザーもオープン戦を制し、二人は着々と実力をつけてきている真っ最中と言った段階である。エルコンドルパサーらに絡んで争うのは避けた。

 

「それに、ここで喧嘩したって…アラ達は喜ばない」

「うわぁっ!?」

「ミ、ミーク、聞いてたの?」

「うん…気持ちは私も同じ、早く教室に行こう」

 

 こうして、サンバイザー、ツルマルシュタルクはハッピーミークと共に教室に向かったのであった。

 

 

=============================

 

 

「皆、ただいま」

 

 アラビアントレノは、寮の玄関に立ってそう言った。

 

「アラちゃん…帰ってきてくれたんだね」

 

 サカキムルマンスクらはそう言ってアラビアントレノの所に駆け寄った。

 

「皆、心配かけてごめん、もう大丈夫」

 

 アラビアントレノは仲間たちに囲まれている幸せを感じつつ、笑顔でそう言った。

 

「アレ…?ランス達は…?」

「東京、エルコンドルパサーさんの偵察に行ってるんだ」

「…!」

 

 アラビアントレノは、驚きのあまり、目を丸くした。

 

====================================

 

 

「皆…迷惑かけて悪かった!」

 

戻ってきて直ぐに、俺は皆に頭を下げた。

 

「…ったく、心配かけやがって」

「まっ、アラも復活したところだし、一件落着だな」

「でも、これから忙しくなる、一難去ってまた一難…だぞ」

 

皆、それぞれ声をかけてくれる

ただ、火喰がいない

 

「あれ?それより火喰は?」

「あいつなら今自室だよ」

「自室?」

「ああ、ハリアーをジャパンカップで勝たせるために、俺らの担当が東京まで偵察に行ったんだ、それで送られてきたデータをまとめてる。」

「なるほど……」

 

 どうやら、俺がいない間に、事態はどんどん動いているようだった。

 

 

====================================

 

 

 エルコンドルパサーが戻ってきた日の放課後、トレーニングの時刻となり、チームメイサのメンバーは部室に集まっていた。

 

「トレーナー、遅いね」

「いつもなら来ても良い時間帯ですけれど…何かあったのでしょうか」

「理事長に呼び出されたとか…」

「いや、最近うちのチームは調子良いし、流石にそれは無いでしょ」

「…じゃあ、先に着替えよう」

 

 メンバー達は桐生院がなかなか来ないことに違和感を感じつつも、制服から体操服へと着替えた。

 

 

 

ガチャ

 

「お、遅れて申し訳ありません、皆さん!」

 

 ハッピーミークらの着替えが終了したのとほぼ同時に、桐生院は部室に到着した。

 

「トレーナー…遅かったですね」

「どうかしたんですか?」

「は、はい!結さんと話していて…」

 

 ジハードインジエアの質問に、桐生院は返事をして、息を整えた。

 

「今年の有記念なのですが……船橋のサトミマフムトさん、結果がどうであれ、出走しない意向みたいなんです」

「ええっ!?」

「本当ですか?」

 

 メイサのメンバー全員は驚愕した。

 

 この世界では、有記念のファン投票対象ウマ娘は中央のウマ娘、もしくは中央開催の重賞レースに出走経験のある地方のウマ娘となっている。

 

 そしてその有記念のファン投票自体はまだ行われていないが、皐月賞、日本ダービーに出走したサトミマフムトは菊花賞を制したアラビアントレノと同等かそれ以上の知名度を誇っており、ファン投票でもかなりの票数が入ることが予想されていた。

 

 それ故、この発表を耳にした桐生院は驚いたのである。

 

 そして理由はもう一つ存在していた。

 

「でも…ファン投票はまだですよ?」

「なら…もしかして…これ」

「はい、結さんと話していたのはこのことなんです、これは事実上のボイコットではないかと……」

「…」

 

 桐生院と氷川の予測は当たっていた。

 

 URAや中央トレセン学園の対応に不満を抱いているのは、各学園の生徒会長だけでは無かった。サトミマフムトは同じローカルシリーズのウマ娘として彼女のことを尊敬し、ライバル視していた。そして、URAの判断に憤りを覚え、今回の決断に至ったのである。

 

「じゃあ、サトミマフムトは12月どうするんだろう?」

 

 ジハードインジエアはそう言って首をかしげた。

 

「……もしかしたらですが…」

 

 ゼンノロブロイはそれを聞き、しばらく考えた後、スマホを開いて検索をかけ始めた。

 

「これに出るのではないでしょうか…?」

「“名古屋グランプリ”……」

「距離は…えーと…ダート2500…」

「……有記念と…同じ…」

「皆さん、そこまでにしておきましょう、私達は私達で、今できることをやらなければならないのですから」

 

 桐生院はメイサのメンバーにそう言い、メイサのメンバー達もそれに従ってトレーニングの準備を始めたのだった。

 

 そしてその二日後、ゼンノロブロイの予測通り、サトミマフムトは名古屋グランプリへの出走を表明することになる

 

 

────────────────────

 

 

 桐生院達がシャトーアマゾンのニュースを知ってから二日後、エルコンドルパサーは生徒会室に呼び出されていた

 

「すまないな、休養日に呼び出して」

「い、いえ!」

「まあ、楽にしてくれ、エルコンドルパサー」

「はい!」

 

 エルコンドルパサーはシンボリルドルフに促され、生徒会室の椅子に腰掛けた。

 

「エルコンドルパサー、君はジャパンカップに向けて、しっかりトレーニングを重ねている、そうだな?」

「ハイ、常に明日にレースがあるという気持ちで毎日過ごしてマス」

「…気持ちは十分のようだな、ジャパンカップはスピカからスペシャルウィークが出る、だが、外からも強いウマ娘が来る、それは知っているな?」

「ワタシの目標は世界最強デス!!海外のウマ娘よりも早くゴールして見せマス!!」

「エルコンドルパサー、外からというのは、海外だけじゃない」

 

 シンボリルドルフは机から写真を取り出し、エルコンドルパサーに渡した。

 

「エルコンドルパサー、このウマ娘は誰なのかわかるか?」

「いえ…」

「このウマ娘の名はエアコンボハリアー、盛岡で行われたジャパンカップトライアルに勝ったウマ娘だ」

「つまり、その娘はジャパンカップに来る…ということデスか?」

「そうだ、所属は地方だが、油断してはならない…今回一番警戒しておいたほうが良いと言っても過言ではないだろう、起伏の激しい盛岡、そこの2400を勝ったという実績があるからな」

 

 シンボリルドルフはエルコンドルパサーにそう言った。

 

「分かりましタ」

 

 エルコンドルパサーはシンボリルドルフに対して頭を下げ、部屋を出ていった。

 

 

────────────────────

 

 

「皆、良い?ミークたちからの情報によればエルコンドルパサーはよくこの多摩川沿いで自主トレーニングを行っているわ、早朝、夜間、休日もね」

 

 都内のビジネスホテルの一室で、キングチーハーはノートを広げ、ワンダーグラッセとセイランスカイハイに見せ、そう言う。

 

「ワンダー、例のものは買ってきた?」

「はい、ここに」

 

 ワンダーグラッセは袋の中からジャージを取り出した。そのジャージは校章がついていない以外はトレセン学園で使われているものとほぼ同じであり、暗がりの中で見れば誰もがトレセン学園の生徒と同じと勘違いしてしまうようなデザインだった。

 

「うん、これなら大丈夫ね。ワンダー“ファンとしての接触”は任せたわよ」

「了解です〜」

「ランス、貴女は観察眼があるから、様子見役ね、指定したポイントでエルコンドルパサーの一挙一動、その目に焼き付けて、メモに記すこと。」

「ラジャラジャ」   

「そして夜目の効く私は走る役、トレーニングしているエルコンドルパサーに接近し、その動きを見る、皆、やるわよ」

 

 キングチーハーらはエルコンドルパサーに勝ちたいというエアコンボハリアーの願いを聞き入れ、協力することにした。その内容はエルコンドルパサーのことを細かく調べ上げるということである。

 

「ふふっ…まるでダブルオーセブンですね〜」

「いや〜そこはルパン三世のニクスでしょ」

「とにかく、これは大事な仕事よ、しっかりやるわよ」

 

 キングチーハーはパンと手を叩き、残り二人にそう言い聞かせた。

 

 

────────────────────

 

 

「エル、ちょうど良い頃合いです。そろそろ休憩しましょう」

「了解デス!」

 

 翌日、エルコンドルパサーは公園でグラスワンダーと共に自主トレを行っていた。

 

「フゥーッ!!ドリンクがカラダに染み渡りマース!!」

 

 エルコンドルパサーはドリンクを体に流し込み、声を上げる。

 

(……今ですね)

 

 そして、離れた所から様子を見ていたワンダーグラッセは行動を開始し、エルコンドルパサーとグラスワンダーに近づき…

 

「Hallo. Ms. El Condor Pasa.」

 

 声をかけた。

 

「あっ!!あの時の…」

「観光客さんではないですか…」

 

 エルコンドルパサーとグラスワンダーは驚いた。

 

「どうしてここに…?」

 

 エルコンドルパサーは英語でワンダーグラッセにそう問う。

 

「もちろん、ジャパンカップを観戦するためです。どの選手も魅力的な方々が多いですが、個人的にはファン感謝祭で良くしていただいた貴女の走りに、私は興味があるんです。ダービーの時のような、強い走りに」

「本当デスか…?」

「はい、世界のウマ娘が集う舞台のジャパンカップ、楽しみにしています。」

「グラス、聞きましたか!?」

「ええ、夢に向けて、また一歩前進しましたね」

「夢…?」

「ハイ!私の夢は、世界最強デス!!」

「世界最強…ですか、すごい夢ですね」

 

 ワンダーグラッセはエルコンドルパサーが喜ぶよう、言葉を紡いでいった。

 

「その夢を乗せた走りの行く先を、見てみたいですね」

「オオオッ!!やる気がどんどん湧いてきマース!!グラス!!トレーニングを再開しましょう!!」

「分かりました」

 

 ワンダーグラッセの言葉に、エルコンドルパサーのやる気は上がる。

 

(さて…うまく乗せることが出来ましたね、たっぷりと見せてもらいますよ)

 

 ワンダーグラッセは自主トレを再開する二人を見て微笑みを浮かべていた。

 

(しかし…本当に、ダブルオーセブンのようですね、まあ、残念ながら、例のライセンスは無いですが)

 

 そして、腹の中では別の考えを浮かべていた。

 

 

────────────────────

 

 

 そしてその夜、エルコンドルパサーは多摩川沿いの道を走っていた。

 

(ワタシに興味を持ってくれて応援をしてくれている人もいる…ジャパンカップ…負けられない!!)

 

 昼間の出来事もあってか、エルコンドルパサーの気合いは乗り、本番と同じような気持ちでトレーニングを行っていた。

 

(よし……今ね!!)

 

 キングチーハーはエルコンドルパサーが来たタイミングを見計らい、走り出してエルコンドルパサーの後ろ側についた。

 

(誰か来た…!?) 

 

 そして、エルコンドルパサーはそれにすぐ気がついた。

 

(体力はつけているし、私にはV-SPTもある、抜けなくとも、ランスのいる位置まで、なんとか食いつくことは出来るはずね)

 

 ジャージを身に纏ったキングチーハーはエルコンドルパサーの後ろに陣取り、プレッシャーをかける体勢に入った。

 

(あのジャージ、暗くてわかりにくいですけれど、トレセン学園の娘、でも、スペちゃんでも、キングちゃんでも、セイちゃんでも、グラスでもない……)

(なるほど…戸惑っているわね、こちらからジリジリ詰めさせてもらうわよ!!)

 

 キングチーハーはエルコンドルパサーの動揺を上手く利用し、距離をさらに詰めた。

 

(さあ、ここからお互いにきつくなるわね…!)

 

 そして、エルコンドルパサーに見せつけるように左右に若干蛇行した。抜きたいように見せかけるためである。

 

(何…抜きたいの…?でも、やらせない!!)

 

 エルコンドルパサーは闘争心の高いウマ娘である。彼女は進路を譲らず、直進した。

 

(ぐっ…やっぱり強いわね、でも、ランスの待機ポイントまでもう少し、そこまで耐えれば良い)

 

 

 

(さてさて…そろそろだねぇ)

 

 セイランスカイハイは、カメラ片手にエルコンドルパサーとキングチーハーが来るのを待っていた、彼女のいるポイントは街灯がおおく、夜でも撮影に十分な明るさだったのである。

 

「おおっ!!きたきた…なるべくバレないようにして…」

 

 セイランスカイハイは、ビデオカメラを構え、エルコンドルパサーを狙った。彼女にはキングチーハーが食いついていたので、分かりにくい場所にいるセイランスカイハイに気づくことは無かった。

 

(よし撮った!!) 

 

(ここまでのようね!)

 

 セイランスカイハイが撮影を終えた事を確認すると、キングチーハーは多摩川沿いの道から外れ、府中市内に姿を消したのだった。

 

 

────────────────────

 

 

 数日の後、エコーペルセウスはキングチーハーらから送られてきたエルコンドルパサーのデータを取りまとめていた。

 

「よし、こんなもんか、アラ!これをハリアーに届けてあげて」

「了解です」

 

 アラビアントレノはデータを持って部屋を出た、秋の天皇賞でエルコンドルパサーと走っており、その弱点を知っていると目され、エコーペルセウスに呼び出されていたのである。

 

「…かなりのデータが集まったようだな」

 

 エコーペルセウスに声をかけたのは、エアコンボフェザーである。

 

「うん、でもまだ足りない、あの娘は“情報を支配しろ”って言ってたからね」

「…あのジャパンカップを勝った、お前のホームステイ先の、あの寡黙なウマ娘か…」

 

 エアコンボフェザーはそう言って、エコーペルセウスの近くにある写真立てを見た、その写真には、エコーペルセウスと共に映る金髪のウマ娘が写っていた。

 

 ジャパンカップの日は、刻々と近づきつつあった。

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

新たにお気に入り登録、評価、誤字報告をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m

先日の昼、赤バーになっていたのですが、夜にバーが黄色に変わっており、少々驚きました(笑)また赤バー目指してコツコツ頑張っていきたいと思いますので、これからもよろしくお願い致します。

ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第38話 怪鳥(コンドル)vs宙飛(ハリアー)

今回も拙い挿絵が入っています。
また、アンケートを実施しています。ご協力のほどよろしくお願い致しますm(_ _)m



「頑張ってきてね」

「あのアメリカ人(ヤンキー)をちぎってやって下さいな」

「……強敵が多いわ、無理はしないようにね、身体は労りなさい」

「頑張れ」

 

 控室にて、エアコンボハリアーはアラビアントレノ、ワンダーグラッセ、キングチーハー、セイランスカイハイに、それぞれ応援の言葉をかけられた。

 

「…あたし、勝ってくるから…あと…アラ!」

「…これ、トレーナーに渡しといて」

 

 エアコンボハリアーは普段はつけているパイロットゴーグルを取り出し、アラビアントレノに渡した。

 

 

────────────────────

 

 

 そして、地下バ道では、エルコンドルパサーがシンボリルドルフに声をかけられていた。

 

「エルコンドルパサー」

「ルドルフ会長…」

「私から言えることは唯一つ…絶対を見せろ!」

「ハイ!勝ちます、絶対に、世界最強の為に!!」

 

 日本ダービーの時と同じようなやり取りを交わし、エルコンドルパサーはパドックへと向かっていった。

 

(とは言ったものの…結局…あの娘が誰だったのか分からなかった…グラスは“先輩のうちの一人でしょう”と言っていたけど)

 

 しかし、その心境は穏やかではなかった、エルコンドルパサーの心の中には、自主トレ中に、自分に何度も食いついてきた謎のウマ娘(キングチーハー)の存在があったからである。

 

(あの娘はいっつもいつの間にか居なくなってたけど、あのまま走り続けていれば、多分ワタシは抜かれていた…そして、今日の出走ウマ娘に、その娘は居ない)

 

「………」

 

 エルコンドルパサーは顔をブルブルと振って、歩みを再び進めたのだった。

 

 

────────────────────

 

 

 パドックでのお披露目が終わり、ウマ娘達はゲートの近くまで移動した、エルコンドルパサーはエアコンボハリアーのところまで行き、声をかけた。

 

「あの!!」 

「……あたし?…えーと…誰?」

「…ワタシはエルコンドルパサーデス!!」

 

 エルコンドルパサーは自分の名前が知られていると思っていたため、そう返されてあまり良い気分を抱かなかった。

 

「あたしはエアコンボハリアー、それで…中央の選手がどうかしたの?」

「アナタ、相当な実力者だと聞いています…今日は負けまセンよ!!」

 

 エルコンドルパサーはエアコンボハリアーに対し、宣戦布告をした。

 

「宣戦布告……驚いた、じゃああたしからも言っておこうかな………軽くひねってやる、今日の相手に、あたしの敵はいない…」

「………!!」

「それじゃあ」

 

 エアコンボハリアーはそう言って自分のゲートの前に移動した。

 

「…………」

 

 エルコンドルパサーは拳を固く握りしめた。しかし、周りのウマ娘らはどんどんゲートインしていく、エルコンドルパサーもそれに続いた。

 

『さあ、全てのウマ娘がゲートインしました、世界の強豪が集うG1、ジャパンカップ…』

 

ガッコン!

 

『ゲートが開いて今、スタートしました!!』

 

 曇天の空の下、ジャパンカップはスタートした。

 

 

=============================

 

 

『こちら第一コーナー前、エルコンドルパサー(ヤンキー)とハリアーがまもなく通過します!』

 

 電話の向こうから、別の場所で観戦しているワンダーの声が聞こえる。

 

「固まっているからこっちからじゃ状況が分からないの、どう?ハリアーは遅れてない?」

『いつものレースと比較すると少し遅くは感じます、ですが、十分食いつけてはいるかと』

「良かった、抑えつつも遅れない走りができているわね」

 

 火喰トレーナーはワンダーに状況を聞いている、ハリアーはいつも先行策を取るウマ娘だ、今回も例外じゃない、でも、今回は少し抑え気味のようだ。

 

『外からようやくサイレントハントがジワーッと出てきています、エルコンドルパサー、ウンガリオ、そしてエアコンボハリアーで二番手争い、そして後ろにエアグルーヴ、そしてキンイロリョテイとスペシャルウィーク、ラファイエットが外から行く!』

 

 私は空を見上げた……天気は…どうなるか…

 

 

====================================

 

 

『外からようやくサイレントハントがジワーッと出てきています、エルコンドルパサー、ウンガリオ、そしてエアコンボハリアーで二番手争い、そして後ろにエアグルーヴ、そしてキンイロリョテイとスペシャルウィーク、ラファイエットが外から行く!』

 

(流石はダービーウマ娘、あの程度の揺さぶりをレースまで引きずる程甘くはやらせてくれないか…)

 

 エアコンボハリアーはレース前、エルコンドルパサーの事を知らないといった態度で接していた、そしてレースが始まり、エルコンドルパサーの精神の乱れが消えたことを確認したのである。

 

(ワンダーが手に入れてきた自主トレメニューの情報から、ラストスパートでどのぐらいのノビがあるのかは予測できる。後は、それをどれだけ封じてやれるか…!)

 

 

 

(流石はルドルフ会長が警戒対象にしたウマ娘、手強い、整ったフォームをしてる…)

 

そして、エルコンドルパサーはスタートの時の事を思い出し、シンボリルドルフがエアコンボハリアーを警戒するよう言ったことに対し納得した。

 

 

((今日の勝負は…油断できない…だけど…))

 

(アラをぶち抜く前に…)

 

(世界一になる前に…)

 

((まずはそっちを…))

 

((ブッちぎる!!))

 

 二人は同じ様な事を考え、第一コーナーへと入っていった。

 

 

『レースは第一コーナーへ、サイレントハントを先頭にしてそこそこ縦長の展開、二番手ウンガリオ、そして3番手を積極果敢に進む

エルコンドルパサー、その内を並ぶように進むエアコンボハリアー、その後ろにはキンイロリョテイ、そしてスペシャルウィーク、その後ろ内からエアグルーヴ、後団は内からフェイスフルアトン、外からはゴーイングスズヤが上がっていく!』

 

(…手強い、エアコンボハリアーはコーナーが速い……一筋縄ではいかない強敵、目一杯の全力勝負に突っ込む……ついて来れマスか?)

 

 エルコンドルパサーは後ろの様子を伺いつつ、脚に力を込めた。

 

 

「夏合宿を経て得た最大の武器は、旋回スピードの高さ…それを忘れないでね、ハリアー、ストレートだけで勝負をしようとすれば負けるわよ、ローカルシリーズはコーナーリング命だから」

 

 火喰はレースを見て、そう言った。

 

 地方レース場は中央のそれと比べて狭く、コーナーがきつく、遠心力も大きい、夏合宿の成果もあり、エアコンボハリアーはいつもより速くコーナーを進むことができていた。

 

 

(チハの言ってた通り、相手の巡航速度は速め、そして似てるね、エルコンドルパサー、昔のあたしとそっくりなレース運び、闘争心剥き出しの攻撃的な走り…)

 

 一方でエアコンボハリアーはエルコンドルパサーの走りから溢れ出す闘争心を感じていた

 

(確かに強さは感じる、だけど、その走りは自分で思っているほど速くはない、闘争心に頼って走る事で得られる強さには限界がある、あたしはトレーナーと姉さんにそれを教えられた、それがあたしとあんたの…決定的な差だ…!!)

 

 エアコンボハリアーはエルコンドルパサーを睨みつけ…

 

(言ったはずだ、今日の相手にあたしの敵は居ないってね!!)

 

 と心の中で叫んだ、それほど彼女は理想的な 走りができていたのである、もちろん冷静さも忘れてはいない。

 

 

 

====================================

 

 

 ハリアー達が向正面へと入った

 

『レースは向正面へ、先頭サイレントハントその後ろ2番手ウンガリオ、そして3番手をゆくエルコンドルパサー、内にいるのはエアコンボハリアー、その後ろにはキンイロリョテイ、そしてスペシャルウィーク、その後ろ内からエアグルーヴ、2バ身差でカンダノが中団の位置、内にフェイスフルアトン、外にはラファイエットで中団グループを形成後団は更に2バ身離れシルクジャスティー、ゴーイングスズヤ、あるいはマックスジース、そしてチーフダイアベア、しんがりはユーセイトップスです』

 

ポッ…ポッ…

 

「あっ、降ってきた」

 

 ランスが空を見上げてそう言う。

 

サアァァァァァ…

 

「雨ぇー、これ、ヤバくない?」

「全力レースの真っ最中なのに…」

「よく言うじゃん?雨は降り始めた直後が一番怖いって」

「あっ分かるー私なんか、河川敷をランニングしてる途中でゲリラ豪雨に見舞われてさ、止まろうとしたらめっちゃ滑ったー」

「そうそう、私達、蹄鉄付けてるから一度滑ると上手く転ぶぐらいしかなくなるんだよねー、このレース、後半が荒れそうだね」

 

 私からさほど遠くないところに居る中央の生徒の会話が聞こえてくる、雨の降り始めは、芝に染み込んだ汚れとかが水で浮き上がって滑りやすくなる、そして、私達の靴は蹄鉄シューズ、人間達が野球やサッカーとかで使ってるスパイクとかと違ってとげは無い、つまり、アーチ型の鉄板がひっついているだけだ、だから物凄く滑りやすくなる。

 

「チハ、どうだ?」

「……ハリアーにペースを落とす素振りは見られないわ、かと言ってキレた走りをしてる訳じゃない、皆の情報をうまく使って、冷静に走れているわね」

 

 軽鴨トレーナーとチハがそう会話する、私はトレーナーの方を見る。

 

「…………」

 

 やっぱり、難しい気持ちなんだ。

 トレーナーはレーサーだった、「雨が降れば、芝もアスファルトも滑りやすくなる」…

そう言っていた。

 

 トレーナー自身は雨の日のレースが好きらしい、そしていつ雨が降っても良いようにと、雨でも外でトレーニングをする。

 

 でもトレーナーはその雨の日のレースで死んだ身でもある、だから複雑な気持ちなんだろう。

 

 

====================================

 

 

『レースは向正面へ、先頭サイレントハントその後ろ2番手ウンガリオ、そして3番手をゆくエルコンドルパサー、内にいるのはエアコンボハリアー、その後ろにはキンイロリョテイ、そしてスペシャルウィーク、その後ろ内からエアグルーヴ、2バ身差でカンダノが中団の位置、内にフェイスフルアトン、外にはラファイエットで中団グループを形成後団は更に2バ身離れシルクジャスティー、ゴーイングスズヤ、あるいはマックスジース、そしてチーフダイアベア、しんがりはユーセイトップスです』

 

ポッ…ポッ…

サアァァァァァ…

 

(…来た!!よし…雨の走り方は…アラが教えてくれてる…!!)

 

 地方所属のエアコンボハリアーは本来はダートウマ娘である。芝メインのエルコンドルパサーに対しては分が悪い。

 

 そして、東京レース場の向正面には登り坂がある。こちらは全ての出走ウマ娘に等しく襲いかかる傾斜であるが、日本ダービーに出走したエルコンドルパサーはもちろんそれを経験済みであった。

 

 それ故、エアコンボハリアーはV-SPTの応用で無駄なくストライドとピッチを切り替える事ができるとはいえ、かなり不利である。

 

 そのため、エアコンボハリアーは、火喰とエアコンボフェザーのアドバイス、そして同期の四人からもたらされた情報から、いつもより少し控え、先行しつつもスタミナと末脚を温存する作戦を立てていたのであった。

 

 そして、雨のため、バ場の状態は変化し、ウマ娘達もその走りのペースが変化する。しかし、エアコンボハリアーはアラビアントレノから雨の日の走り方を教えてもらっていた。すなわちエアコンボハリアーの作戦の効果が出やすくなったということである。

 

 

 

(…出来れば降ってほしくなかった)

 

 一方で、エルコンドルパサーは雨を嫌がった、ここから先の第3第4コーナーは下りであり、スピードを出しすぎると滑って事故になる恐れがあったからである。

 

『さあ、各ウマ娘、向正面を駆け抜け第3コーナーカーブへ入っていきます、サイレントハント、リードは3バ身、2番手はウンガリオ、そしてその次にはエルコンドルパサー、エアコンボハリアー、キンイロリョテイ、スペシャルウィーク、エアグルーヴと続く!』

 

(エアコンボハリアーなら、この雨、それに外からでもコーナーリングが速いはず…)

 

 エルコンドルパサーはエアコンボハリアーが外から差して来ると予想し、警戒した、そして日本ダービーの時とは異なり、少し外寄りを選択したのである。

 

 しかし、予想と現実は違っていた。

 

(さあ…勝負だ!!)

 

 エアコンボハリアーは内側を選択したのである。

 

(無茶、そんなスピードで行ける訳が無い!!地面か内ラチにドカンと行くのが分からないの!?)

 

 エルコンドルパサーは動揺し、エアコンボハリアーの方を見た。

 

(行ける、手応えはある、あたしが今まで積み上げてきたものが、行けると教えてくれてる!!)

 

 そして、エアコンボハリアーは内を取ってV-SPTを使い、更に身体を若干内ラチ沿いに傾けた変則的なフォームを取った。

 

(そして、チハとアラのおかげで分かったあんたの弱点は……“あり得ない”にメンタルがついていけない事だ!!)

 

『残り800m、サイレントハントが縦長の展開に持っていった、2番手ウンガリオ、3番手がエアコンボハリアー、そしてエルコンドルパサー、スペシャルウィークにキンイロリョテイ、エアグルーヴが内を回る!!大外からはチーフダイアベア!!』

 

 

「ハリアー、雨だってのに全くペースを落とすつもりが無いな!」

「しかも、身体を傾けて曲がるのに使ってやがる、勝ちに来てるってことか!!」

「すげぇ!」

 

 雁山、雀野、軽鴨は興奮気味にそう言った。

 

「見てるこっちがヒヤヒヤする、金縛りになっちゃいそうだよ!!」

 

 セイランスカイハイは隣りにいるキングチーハーの肩を叩きながらそう言った。

 

 エアコンボハリアーは身体を傾ける事で遠心力を軽減し、スタミナを更に温存していた。

 

 そして、その状態のまま最終直線へと入ってゆく。

 

「…勝ったな」

 

 サカキムルマンスクのトレーナーはそう呟いた。サカキムルマンスクは怪我の後にサポートウマ娘に転向しており、“ある目的”のために猛勉強をしていた。そして彼はそれを支えるため、彼女の代わりにジャパンカップの観戦を行っていたのである。

 

(コーナー出口の立ち上がり…行ける!!)

 

ドォン!

 

『第4コーナーを抜けてエアコンボハリアー、凄い脚だ!!まだこの脚を残していた!!400を切ってサイレントハントをやすやすとパスしてゴールへと駆けてゆく!それを追うエルコンドルパサー、間からエアグルーヴ、外からスペシャルウィーク!!』

 

(末脚はまだ残ってる、そしてこの雨…行ける!!)

 

ドォン!!

 

『先頭エアコンボハリアー、坂を登りきって後続を離してゆく!!エルコンドルパサーが2番手で猛追、エアグルーヴは3番手!!エアコンボハリアー、今、ゴールイン!!』

 

 エアコンボハリアーはエルコンドルパサーの猛追を振り切り、ハナ差でゴールした。

 

「エルが…」

「負けた…?」

「マジかよ!?」

「有り得ない…」

「……」

 

 そして、観戦していたチームリギルの面々は驚愕したが、シンボリルドルフとマルゼンスキーは複雑な表情をしていた。

 

「……彼女は“砂塵(ダート)の白い彗星”の妹、可能性としては…ありえることよ」

 

 東条はチームの面々を落ち着かせるためというよりは、自分に言い聞かせるようにそう言った。

 

 

────────────────────

 

 

「勝った…」

 

 着順が確定した後、エアコンボハリアーは掲示板を見てそう呟き、観客席のアラビアントレノらがいる方向に向け、サムズアップをした。

 

「うわあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 そして彼女は泣いていたスペシャルウィークの横を通り過ぎ、地下バ道へと向かった。

 

────────────────────

 

「エアコンボハリアー、待って下サイ」

「……」

 

 ウイニングライブ後、エルコンドルパサーはエアコンボハリアーを呼び止めた。

 

「……何か?」

「……何故…あんな無茶をしたんデスか?あんなスタンドプレー…スリップしたらアナタは間違い無く内ラチか地面に頭をぶつけてました」

 

 エアコンボハリアーはエルコンドルパサーを見た。

 

「違う」

「違う…?」

「無理だと思えば、あたしは行かないし、あんなのはスタンドプレーのうちに入らない、あの時は行けると分かってたから行った、もちろん、あのフォームにだって意味がある」

「…ッ!」

 

 エルコンドルパサーは悔しさを顔に浮かべ、耳を後ろに反らせた。

 

「それと…未熟者のあたしが言うのも何だけど、今日のあんたの走りは荒すぎる、最後のストレートは長いから、スタミナの勝負になることは読んでた、今日のレースは強敵揃い、そしてレース中の雨、精神面での負担も大きい、闘争心を出しすぎてスタミナの残量に気づかなかったんじゃないの?」

「…」

「今日みたいな状況でも、あたしはコーナーで踏ん張るためのパワーを維持しつつ、末脚を十分残しておく走りができる、つまり、あたしとあんたのトレーニングの差だよ」

「……ッ!」

「最後に…あんたは一つ大きな勘違いをしてる、あんたは自分や周りのウマ娘達が思っている以上にメンタルが弱い、それが今日、改めて浮き彫りになった」

「改めて…?」

「秋天、思い出してごらんよ」

 

 そう言って、エアコンボハリアーは歩き去っていった。

 

「……ワタシが…アラビアントレノを恐れたのはメンタルが足りなかった…そういうことデスか?…なら…ワタシは、自分の弱さのせいで…世の中を…動かしたってこと…?」

 

 一人残されたエルコンドルパサーはそうつぶやく。

 

「…でも…ワタシだけじゃない…バートだって、変なものを感じてた…」

 

 エルコンドルパサーはメジロランバートがセントライト記念にてアラビアントレノに恐怖を感じたことを思い出す。

 

「今のワタシ…いや、ワタシ達には…何が足りないの…?」

 

 エルコンドルパサーは天井を見てそう呟く。

 

「エル!」

 

 すると、グラスワンダーがやってきてエルコンドルパサーの肩を掴んだ。

 

「グラス…」

 

 エルコンドルパサーは力が抜けたようにグラスワンダーに寄りかかった、その目は赤くなっている。

 

「グラス…ワタシは…弱いですか?」

「……私は何も言えません、貴女が恐怖を感じた秋天でも、このジャパンカップでも走っていませんから」

「グラス…」

「エル、過ぎてしまった時間というのは、取り戻せません、そして…自分の純粋な気持ちとはいえ、世間を動かしてしまった貴女には、これから厳しい目が向くかもしれません。ですが、貴女にはまだこれからがあるではありませんか。エル、自分が弱いと感じるのならば、強くなりなさい、敗北を糧に、そして足りないものを見つけなさい」

 

 グラスワンダーはエルコンドルパサーにそう言い聞かせた。

 

 

=============================

 

 

 私達はライブを終えたハリアーを出迎えた。

 

 ハリアーの走りは、圧巻の一言だった。

 

 あんなに凄いものを見せつけられると、身体がムズムズして、じっとしていられなくなる。

 

「皆」

「…ハリアー?」

「ありがとう」

 

 ハリアーは私に頭を下げた

 ありがとう…何故…?

 

「えっ…?」

「アラに勝ちたかったから、あたしはエルコンドルパサーに勝てた。」

 

 ハリアーは私達を見てそう言った。

 

「ハリアーもたまにはそんなことを言うんだね〜」

 

 ランスがハリアーに対して、いたずらっぽくそういう。

 

「ランス、さっきのレースに一番大興奮してたのは、どこの誰かしら?」

「げっ…」

 

 そしてチハが突っ込みを入れた。

 

「まあ大興奮していたのは、私もそうだから、あまり人のことは言えないわね」

「私もです」

 

 チハにワンダーが続ける、つまり私と同じ物を、皆さっきのレースで感じていたってことだ。

 

「なら…私達はお互いに刺激し合える大切な存在って事かぁ、良いねぇ」

 

 ランスが嬉しそうな表情を浮かべ、そう言った、歩む道は違えど、私達は、互いに刺激し合える大切な存在…

 

 セイユウ、私は貴方の押し付ける強さより、仲間との関わりの中で得られる強さが欲しい。

 

 そして知ってもらいたい…この世界は、前世と違うということを。

 

 

=============================

 

 

 エアコンボハリアーは、多くの報道陣に囲まれ、インタビューを受けていた。そして、アラビアントレノらは、影からそれを見守っていた。

 

「エアコンボハリアーさん、今日の勝利に一番貢献したものとは何でしょうか?」

「…物凄くハードなトレーニング…と言いたいところですが、違います」

「違う…?どういうことでしょうか?」

「まず、私は今回のジャパンカップに望むにあたり、数年前に優勝したあるウマ娘のことを参考にし、とにかく情報収集を行いました」

「情報収集ですか」

「はい、ですが、私はそのウマ娘に比べると、まだまだ未熟者、情報収集を仲間達に手伝ってもらいました、今回の勝利は、その情報収集で対戦相手の弱点が分かったからこそ、掴み取ることが出来たものだとおもいます」

「なるほどなるほど…」

 

 エアコンボハリアーの言葉を聞き、記者たちはペンを進める。

 

「そして、この勝利は私一人のものではないと、私は思っています」

「それは…?」

「…皆、こっちに」

 

 記者の質問に対し、エアコンボハリアーはアラビアントレノらに対して手招きをして、共に並んで立つ。

 

「この4人は、福山トレセン学園の同期で、ライバルです、この4人が、今回の情報収集に全面的に協力してくれました、いや、それだけではありません、この4人は、いつも私と競いあってくれています。この4人に負けたくないという思いが、強豪たちを打ち破ることに繋がった一番の理由じゃないかと、私は思います」

「ふむ…そうですか」

 

 記者はメモを取って時間を確認し、もう時間が残り少ないことを悟り…

 

「では、〆に一言、お願いしたいのですが、良いですか?」

 

 と言った。エアコンボハリアーはアラビアントレノ達を見て、少し考える様子を見せ…

 

「今日掴んだ勝利は、ここにいる4人をはじめとした、多くの人々によって、得ることが出来たものです。私達は、ひとりでは強くなれません。」

 

 と言った。

 

 

────────────────────

 

 

『この4人が、今回の情報収集に全面的に協力してくれました』

 

 そして、インタビューの中継を見ていたエルコンドルパサーとグラスワンダーは、ある重大な事実に直面していた。

 

「まさか…あの二人が…」

 

 グラスワンダーは驚き、目を丸くする。何故なら、画面の向こうには、ファン感謝祭の時にエルコンドルパサーと共に案内して回った二人が映っていたからである。

 

「あの娘は…!」

 

 エルコンドルパサーは、自分を追いかけ回していた相手がキングチーハーであることに気づいた。

 

「………」

 

 そして、その様子を見ていたシンボリルドルフの脳内には、数年前、オグリキャップとタマモクロスが競い合ったジャパンカップでの苦い思い出が浮かんでいた。

 

「……!」

 

 そして彼女は、何かを察したかのような顔で、その場を後にした。

 

 




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今回はエアコンボハリアーの勝負服のデザインを載せておきます。イメージしたものは零戦や疾風などの戦闘機です。

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第39話 癌を取り除け

 
今回も拙い挿絵が入っています。


 東京から戻って来た翌日、俺は大鷹校長に呼び出された。

 

「慈鳥君、実は君に折り入って頼みがあるのです」

「…頼み…ですか?」

「はい、君の開発したV-SPTを始めとした夏合宿で実施したトレーニング、あれを正式にローカルシリーズ全体のレース教育の一つとして盛り込みたいのです」

「あれを…ですか?」

「はい、夏合宿に参加した生徒たちは皆、良い実績を残しています、そして、同時にローカルシリーズにも注目が集まりつつある、これが現在の状況です」

「なるほど…」

 

 大鷹校長の言っていることは事実だ、夏合宿に参加した生徒は皆、良い実績を残している。アラは菊花賞を取ったし、コンボはジャパンカップを取った。ワンダー、チハ、ランスも重賞を取っている。桐生院さんの育成しているミークも有馬記念への出走が決定した。氷川さんも、デビューしていないウマ娘達を校内戦で勝たせているらしい

 

 そして、ローカルシリーズに注目が集まりつつあるのもまた事実、最もこれは俺達の夏合宿の成果だけじゃなくて、全国交流レースを増やしているローカルシリーズの上の方の功績も有るのだろうが。

 

「そして、今後のローカルシリーズの為に君に協力して頂きたいのです。全国交流レースが増えている今、全国に強いライバルが居たほうが、レースもより良いものとなる、そうは思いませんか?」

「…同感です、一強体制は驕りを生みますから」

「君ならそう言ってくれると信じていました、そして君には東京のNUARの本部にて、説明会を開いていただきたいのです」

 

 大鷹校長はそう言って微笑んだ。

 

 しかし、俺には不安な要素が一つあった。

 

「ですが…どうすれば良いのでしょうか?説明会となると、多くの準備が必要なはずです。私はアラの福山大賞典がありますし、準備にはかなりの時間がかかるかと…」

「心配には及びません、校長の私が言ってしまうのも何ですが、我が校の生徒会のウマ娘達は優秀でしてな、ここに夏合宿のトレーニングを纏めたものがあります、どうぞ、ご覧になって下さい」

 

 大鷹校長はそう言ってファイルを取り出し、俺に渡した。

 

 俺はファイルを開き、見る。

 

そこには夏合宿の時に行ったトレーニングの全てが、写真、イラスト付きで分かりやすく解説されていた。こんなに上手くまとめられた資料は、そうそう見ることはできないだろう。

 

 こんなことまでやってくれていたとは…

 

 しかし、気になることが一つだけある…どうしてこんなことを思いついたのだろうか?まだ夏合宿が終わって3ヶ月ほどしか経っていないのに…急に思いつくことにしては、スケールがデカすぎるように感じる

 

「…大鷹校長、質問してもよろしいでしょうか?」

「ええ、良いですとも」

「…夏合宿が終わって、まだ3ヶ月程度しか経っていません、他の一部の地方トレセン学園と共有するのならまだしも、いきなり全国規模でというのは…いささか早すぎると私は思います…何が理由というものがあるのでしたら……教えていただきたいものです」

「……君には言っておくべきですね、では、お教えしましょう、ですが、これは秘密にしておくと約束して下さい、男の約束です」

「…分かりました」  

 

 理由…どんなものなんだ…?

 

「今回の夏合宿のトレーニングをローカルシリーズに普及させたい理由は、この国のウマ娘レース界のためなのです」

「この国の…ウマ娘レース界のため…?」

「現在、中央が海外遠征強化を推進しているのはご存知ですね」

「はい、エルコンドルパサー、それと、怪我で中止になってしまいましたがサイレンススズカもそうですね…ですが、それがどうかしたのですか?」

「その二人の共通点というものを、挙げてみてください」

 

 

 “異次元の逃亡者”と呼ばれるサイレンススズカ。

 “ターフを舞う怪鳥”と呼ばれるエルコンドルパサー。

 その二人の…共通点…?

 

「…強いという、事でしょうか…?」

「半分正解です」

「半分…?」

「あの二人は“絶対的な強さを持つ”巷ではそう言われています」

 

 確かに…秋の天皇賞の時は世の中はサイレンススズカ一色だったし、ジャパンカップもエルコンドルパサーが優勝候補として大々的に報道されていた。

 

「…確かに、そうですね…ですが、それに何かあるのですか?」

「はい、慈鳥君、先程私が言った“絶対的な強さ”この評価を最初に下したのはどこであるか分かりますか?」

 

 最初に…メディアか?

 

「…メディア…でしょうか?」

「これもまた、半分正解です、メディア、そして…URA」

「URAも…ですか?」

「はい、現在のURAは、“絶対”を体現するスターウマ娘を求めています、私達は日本のウマ娘レース界から、この“強いウマ娘に絶対を体現する存在となるよう促す”という癌を取り除きたいのです」

「癌…ですか?」

「はい、今のURAの方針では、いつか日本のウマ娘レースの権威は失墜し、ファンも離れていくでしょう」

 

 …レーサーとして、そればかりはあってほしくない、だが、大鷹校長が癌と言うぐらいなのだから、今までに何かがあったのだろう。

 

「…そうおっしゃられると言うことは、URA内で何かが起こったということですか?」

「はい、今からその出来事をお話しましょう」

 

────────────────────

 

 大鷹校長は、中央に起こったある出来事について話してくれた、俺はそれを断片的ではあるが知っていた。

 

 馬とウマ娘……種族が違うとはいえ、走るという役割は同じ…前世で起きたことと似たようなことが、この世界でも起きていた。

 

「……では、サイレンススズカの怪我の時に、もしかしたらそれが繰り返されてしまうかも知れなかったということですか?」 

「はい、そうです、そして、この騒動を受けたペルセウス君達はAUチャンピオンカップの理念を実現し、中央の改革を促すことを決めたのです。慈鳥君、協力して頂けないでしょうか」

「…ウマ娘達はどうするのですか?」

「ウマ娘達には、生徒会の皆さんから話してもらうようにします、今のローカルシリーズのウマ娘達は、高い志を持って走っている娘達が多い、必ずや協力を得ることができるはずです」

「分かりました、説明会を開く仕事…引き受けさせて頂きたく思います。ですが、アラと相談して了承をもらい、もう一度ここに来たいと思います」

「はい、よろしくお願いします」

「それでは失礼致します」

 

 俺は大鷹校長に挨拶をして、校長室を出た。

 

 その後、俺はアラに事情を話して了承を貰い、ローカルシリーズの本部に行くことが決まった。

 

 行くのは年始、福山大賞典の直後、旅費は出る。

 

 …大変な仕事を任されたモンだ。

 

 

====================================

 

 

 慈鳥が大鷹の頼みを受けて一ヶ月ほど経った後、地方トレセン学園の各校の生徒会長はNUARのトレセン学園運営委員長である九重を交えてオンラインの会議を行っていた。

 

「それで、提案というのは、どういったものなのですか?」

 

 九重がそう問いかける。

 

「私達ローカルシリーズのトレセン学園の生徒会長全て、そしてトレセン学園の運営委員長である九重委員長が署名し、中央にAUチャンピオンカップのプレ大会を開催するよう提案するというものですわ」

「今回のAUチャンピオンカップはこの国のウマ娘レースが始まって初めての大きな試み、観客の動員数や運営方法を確認しておくためにも、中央はプレ大会の開催を受け入れざるを得ないでしょう」

 

 姫路の生徒会長に水沢の生徒会長が続けた。

 

「なるほど…確かにこちらには大規模大会実行のノウハウは存在しない…これは行けそうですね、分かりました、協力致しましょう」

「ありがとうございます、九重委員長」

 

 カサマツの生徒会長に続き、全員が頭を下げた。

 

────────────────────

 

 そして、その後も会議は順調に進み、プレ大会の開催を提案する文書の草案が完成した。

 

「皆さん、今日はありがとうございました、この国のウマ娘レース界のため、これからも共に頑張って参りましょう」

 

 会議は無事に終了し、九重はそう言って退出した。

 

 その後は、残された生徒会長達が談話を行っていた。

 

「本格的な活動開始は、来年のアタマから…燃えてくるねぇ!」

「来年の頭といえば、福山の福山大賞典ですね、勝たせていただきますよ」

 

 そう高知の生徒会長に続けたのは名古屋の生徒会長である。

 

 福山大賞典はローカルシリーズの改革により全国交流競走となっており、出走ウマ娘の一部を他地域から募るようになっていたのである。

 

「ああ、そうか、名古屋からは確かキョクジツクリークが出るんだったね、面白い勝負になりそうだ」

 

 エコーペルセウスはそう言った、キョクジツクリークは過去、白梅賞にて、14番人気ながらもダービーウマ娘スペシャルウィークをハナ差で交わして勝利を収めたウマ娘である。彼女は中距離以上を走れるようにするべく、長い時間を肉体改造に費やし、そして福山大賞典への出走を決めたのだった。

 

「ああ…熱くなってるとこ悪ィけどよ…前の会議で決めてた地方トレセンの裏方のウマ娘達を集めて全国を回る教導隊を作る話を進めないか?」

 

 大井の生徒会長は話がこれ以上脱線するのを防ぐべくそう言った。この教導隊の計画というのは、ローカルシリーズのさらなるレベルアップを図るべく発案されたものであり、その内容とは各学園から一線を退いた実力あるウマ娘を募り、全国を回って未デビューウマ娘向けの講習会を開くといったものであった。

 

「ああ、ごめんごめん、ウチのフェザーとほか数名は協力できるってさ」

「姫路からも二、三人ほど出せますわ」

高知(ウチら)はマーチ達が協力をしてくれるって言ってくれたよ」

「すいません、盛岡はちょっと難しいです」

「ウチは……」

 

 こうして、各トレセン学園の生徒会長は自分達の学園から人を出すことができるか否かを話していった。

 

 そして、話が一段落ついたところで、ふと、金沢の生徒会長が。

 

「そう言えば、エアコンボフェザーさんはどこにいるのですか?」

 

 とエコーペルセウスに質問した、エコーペルセウスは一言。

 

「中山だよ」

 

 とだけ答えたのだった。

 

 

────────────────────

 

 

 丁度その頃、中山レース場では、有記念の決着がついていた。

 

『やはりジュニアチャンピオンはクラシック期でも強かった!!勝ったのはグラスワンダー!!』

 

 有馬記念に勝利したのはグラスワンダーであった、ハッピーミークは体調、調整ともに万全であったものの、それを警戒した多くのウマ娘達からマークを受け、良いポジションにつくことができなかった。

 

 しかし、その状況下でも5着と健闘していた。

 

「よし、これならば来年も期待が持てるな」

 

 グラスワンダーの勝利を見届けた東条はそう言った。

 

「グラス!ベリーベリーストロング!!」

「流石はグラスデース!!」

「…やるな」

 

 チームリギルの面々は皆、嬉しそうにしていたものの、シンボリルドルフは険しい顔をしていた。

 

「………」

「…ルドルフ?」

「…少し外します」

 

 シンボリルドルフは観客席を立った。

 

 

────────────────────

 

 

(ミークはV-SPTを持っていない、だが、身につけるとどうなる?マークされるような位置につくことは無くなるのでははないだろうか…?)

 

 エアコンボフェザーはレースの結果を振り返り、分析を行っていた。

 

「…やはり君も来ていたのか、フェザー」

「……ルドルフ…」

 

 エアコンボフェザーに声をかけたのは、シンボリルドルフだった。

 

「君は白毛だから、一目で気づいたよ」

「…そうか…何の用だ?」

「ジャパンカップの時に、君の妹が行っていた情報収集、あれは君の作戦だろう?」

「…そうだ」

 

 エアコンボフェザーは、誤魔化すこと無くそう答えた。分析が得意である彼女は、もちろん情報収集にも長けいたのである。そしてそれは中央にいた頃からのものであった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 エアコンボフェザーとシンボリルドルフは向き合い、互いの目を見る。エアコンボフェザーは耳をほぼ垂直に立てて獲物を射抜くような目をしており、シンボリルドルフは表情こそ感情を見せないものだったが、耳は若干前に傾いており、少し申し訳無さそうな様子が出ていた。

 

 その場はしばらく、沈黙に支配される。それを破るべく口を開いたのはシンボリルドルフだった。

 

「フェザー…今の中央は、今までに無かった偉業がなせるかもしれないんだ」

「……」

「君にすまないことをしたのは分かっている、だが…どうか…また私と共に…」

「……」

「フェザー…世間は偉業を望んでいる…頼む、君の力が必要なんだ」

 

 シンボリルドルフは言葉、そして目で訴えかけた。それを見ていたエアコンボフェザーは…

 

「ルドルフ…世間というのはお前じゃないか?」

 

 と言い、歩き去っていった。

 

「……」

 

 一人残されたシンボリルドルフは視線を地面に落とした。

 

「ルドルフ、探したのよ」

「マルゼンスキー…」

 

 ルドルフに声をかけたのはマルゼンスキーだった。

 

「……その顔、何かあったのね」

「…フェザーがいたんだ」

「………それで、何か話したの?」

「ああ、もう一度、トレセン学園に戻ってきてくれないか…とな」

「それで…どうなったの?…いや、その顔を見れば分かるわ、ノーだったんでしょう?」

「…貴方の気持ちも分かるわ、あの娘が抜けてから、トゥインクルシリーズのダート戦線は…いえ、学園だって、寂しくなったもの。それに…副会長の椅子だって、用意していたんでしょう?」

「……そうだな」

「……」

 

 シンボリルドルフはそう答えた、そしてマルゼンスキーはシンボリルドルフを見つめていた。

 

「…仕方がなかったんだ、人々が望む以上……私達はその期待に応えなければならないんだ」

 

 シンボリルドルフは、すでにいないエアコンボフェザーに語りかけるように、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

新たにお気に入り登録、評価、誤字報告をしていただいた方々、ありがとうございます、一日に20人以上もの方にお気に入り登録していただき、驚いています、ありがとうございますm(_ _)m

アンケートの締切は、明日の午前6時までとさせていただきます。

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登場人物・用語解説 #2

 アンケートへのご協力、ありがとうございます。
エアコンボハリアーの二つ名は「驚異の宙飛」に決定致しました。これからも拙作をよろしくお願い致します。


 

 

登場人物

 

 

アラビアントレノ

 身長:146cm

 体重:微減(代謝が良すぎる)

 愛称:アラ 

 

 アングロアラブのウマ娘、フジマサマーチとの対決や夏合宿を経て力をつけ、セントライト記念、菊花賞で勝利する。サイレンススズカが故障した秋の天皇賞では、エルコンドルパサーの発言と、トレーナーである慈鳥が責められた事、さらにセイユウの影響によって一時塞ぎ込んでしまうものの、慈鳥によって気力を取り戻す、その際に自らの出生の秘密を慈鳥に明かした。

 また、本来、アングロアラブはウマ娘として生まれる事は無いものの、アラビアントレノはセイユウらアングロアラブの人間に翻弄されたことへの無念と、前世の本人の願いが結びいたため、ウマ娘として生を受けている。

 

 

エアコンボハリアー 

 身長:161cm

 体重:全く問題なし

 愛称:コンボ

 

 アラビアントレノをライバル視するウマ娘、トライアルレースを勝ち抜きジャパンカップに出走、細かい情報収集とスタミナを温存する策をとってエルコンドルパサーに勝利する。

 

 

キングチーハー

 身長:160cm

 体重:変動なし

 愛称:チハ

 

 コーナーは苦手だが末脚の鋭い鹿毛のウマ娘、皐月賞に出走したものの、敗北を喫する秋の天皇賞の後ではエルコンドルパサーに対して怒るワンダーグラッセを必死で止めていた。情報収集ではリーダー的役割を努めた。

 

 

セイランスカイハイ

 身長:162cm

 体重:不明(忘れた)

 愛称:ランス

 

 どこかのほほんとした雰囲気を持つ芦毛のウマ娘、英語は苦手であり、銛をランスと読むと思い込んでいた。夏合宿の時はドチザメを捕獲するという活躍を見せる。トレセン学園のファン感謝祭の時はワンダーグラッセと共に偵察に赴いた。

 

 

ワンダーグラッセ

 身長:150cm

 体重:微増(ティータイムの影響)

 愛称:ワンダー

 

 イングランド人の栗毛のウマ娘、英国料理を作ることができる。ファン感謝祭の際は外国人観光客としてエルコンドルパサーとグラスワンダーに学園内を案内してもらっていた。普段怒ることは無いが、秋の天皇賞後の騒動に関してはトレセン学園に乗り込もうと考えるほどの怒りを表していた。

 

 

サトミマフムト

 身長:164cm

 体重:増減無し

 

船橋トレセン学園所属のウマ娘、セントライト記念トライアルのオパールカップにてアラビアントレノと対決し、敗北した。秋の天皇賞後の騒ぎに対しては有記念のボイコットという形で対処した。

 

 

サカキムルマンスク

 身長:155cm

 体重:微減

 愛称:サカキ

 

 アラビアントレノの友人の鹿毛のウマ娘、福山ダービーにて骨折し、その後はサポートウマ娘に転向、怒るワンダーグラッセを必死で抑えていた。目的あって猛勉強中。

 

 

ハグロシュンラン

 身長:162cm

 体重:競争ウマ娘ではないけれど秘密

 愛称:シュンラン

 

 美しいブルーの髪を持つ生徒会副会長、オグリキャップの大ファン、ファン感謝祭の際は白杖を使って一人で回っていたものの、それを見かけたメジロアルダンに声をかけられ、オグリキャップに会うことに成功する

 

 

エアコンボフェザー

 身長:175cm

 体重:微動だにせず

 愛称:フェザー

 

 エアコンボハリアーの姉であり、生徒会副会長、中央に居た際に、シンボリルドルフとは何らかの出来事があった模様。日本のウマ娘レース界を世界に羽ばたくにふさわしいものにするべく、各地方トレセン学園の生徒会長に協力を依頼した。情報収集に長けている。

 

 

エコーペルセウス

 身長:182cm

 体重:微減(激務のため)

 愛称:ペルセウス

 

 福山トレセン学園の生徒会長、芦毛で糸目だが。目を開くことは可能、ただしその際の威圧感は身長も相まってシンボリルドルフでも戦慄するものとなる。夏合宿を主導し、そして秋の天皇賞後の騒動の際は自らトレセン学園に赴き、シンボリルドルフと会談した。耳でなく、目に感情が出るタイプ。

 

 

フジマサマーチ

 身長:170cm

 体重:増減なし

 愛称:マーチ

 

 オグリキャップがカサマツに居た時のライバル。中央に移籍するも、勝てずに地方に戻ってきた。ベテランウマ娘としてアラビアントレノを打ち負かし、彼女の成長のきっかけとなった。

 

 

ノルンエース、ミニーザレディ、ルディレモーノ

 

 オグリキャップ、フジマサマーチの同期、すでに走りからは退いている。

 

 

ハッピーミーク

 身長:165cm

 体重:増減全くなし

 愛称:ミーク

 

 中央トレセン学園の生徒、チームメイサ所属、福山トレセン学園で行われた夏合宿に参加し、アラビアントレノら福山の生徒と交流を深める。菊花賞ではアラビアントレノと対決し2着に敗れるものの、再戦を誓った。

 

 

サンバイザー、ツルマルシュタルク、ジハードインジエア、ゼンノロブロイ

 

 ハッピーミークのチームメイト、夏合宿に参加し、レベルアップを果たす。因みに四人とも身長は150cm未満。

 

 

ミスターシービー

 身長:166cm

 体重:増減なし

 愛称:シービー、ビーちゃん

 

 チームメイサの元メンバー、菊花賞を見てアラビアントレノの事を気に入った。

秋の天皇賞の時はレースの勉強のため、海外へと飛んでいた。

 

 

ベルガシェルフ 

 身長:144cm

 体重:増減なし

 愛称:ベル

 

 中央トレセン学園の生徒、アラビアントレノの事を尊敬している。夏合宿に参加して実力を向上させるが、本格化の途中だったため夏明けに結成されたチームフロンティアに遅れて参加した。

 

 

デナンゾーン、デナンゲート、ダギイルシュタイン、エビルストリーム、スイープトウショウ、アドヴァンスザック

 

 夏合宿後に結成されたチームフロンティアのメンバー、小柄であるものの、素質は十分で、夏合宿で大幅なパワーアップを果たした。

 

 

エルコンドルパサー 

 身長:163cm

 体重:微増 

 愛称:エル

 

 トレセン学園チームリギルのメンバー、秋の天皇賞にてアラビアントレノに恐怖を感じ、その旨をマスコミに話してしまう。謹慎明けのジャパンカップではエアコンボハリアーに敗北し、自らのメンタルの弱さを悟り、足りないものを探すことを決心した。

 

 

グラスワンダー

 身長:152cm

 体重:増減なし

 愛称:グラス

 

 チームリギルのメンバー、エルコンドルパサーの親友であり抑え役、ジャパンカップに敗北したエルコンドルパサーを諭し、強くなるよう促した。

 

 

サイレンススズカ

 身長:161cm

 体重:増減なし

 愛称:スズカ

 

 チームスピカ所属のウマ娘、圧倒的な大逃げ が武器であり、多くの人々を魅了してきた。しかし、秋の天皇賞にてアラビアントレノの追走から逃れるためペースを上げた結果、骨が限界を迎え、骨折した。史実と異なり、生きている。

 

 

スペシャルウィーク、セイウンスカイ、キングヘイロー

 

 中央トレセン学園の生徒、3人揃って菊花賞に出走するも敗北する。謹慎を終えてエルコンドルパサーが戻ってきたときは喜んでいた。菊花賞では何かを感じていた。

 

 

オグリキャップ、メジロアルダン、スーパークリーク、タマモクロス、イナリワン

 

 ファン感謝祭でハグロシュンランが出会ったウマ娘達、遠方より訪れたハグロシュンランを歓待し、今まで戦ってきたレースについての思い出話を聞かせていた。

 

 

シンボリルドルフ

 

 身長:165cm

 体重:かなり理想的 

 愛称:ルドルフ

 

 トレセン学園の生徒会長であり、チームリギルのリーダー、アラビアントレノをスカウトするため、直々に広島に赴いたものの、秋の天皇賞後の騒動もあり、スカウトは叶わなかった。エアコンボフェザーとは何かがあった模様。

 

 

マルゼンスキー、エアグルーヴ、ナリタブライアン

 

 チームリギルのメンバー、シンボリルドルフを補佐を行っている。

 

 

学園関係者

 

 

慈鳥

 

 アラビアントレノの担当トレーナー、転生者、新たなトレーニング方法を考え、アラビアントレノを鍛えていく。

 秋の天皇賞の騒動の後、セイユウとの対話を経てアラビアントレノの過去を知ったものの、あくまで前世は前世であると捉え、一人のウマ娘としてアラビアントレノと接した。

 

 

軽鴨、火喰、雀野、雁山

 

 慈鳥の同期達、慈鳥と切磋琢磨しながら担当を鍛えている。

 

 

大鷹

 

 福山トレセン学園の校長、秋の天皇賞後のメディアへの対応や慈鳥への仕事の依頼等、ウマ娘やトレーナー達を支える縁の下の力持ち。中央の“強いウマ娘に絶対を体現する存在となるよう周りが促す”姿勢を癌であると捉えている。

 

 

桐生院 葵

 

 中央トレセン学園のチームメイサのトレーナー、慈鳥の誘いを受け、後輩の氷川と共に夏合宿に参加する。秋の天皇賞後の騒動では抗議しようとしていたが氷川やメイサのメンバーに止められた。

 

 

氷川 結

 

 中央トレセン学園チームフロンティアのトレーナー、政治家一族の出、桐生院の大学時代の数少ない友人の一人、好物は焼き鳥であり、夏合宿での焼き鳥屋での発言が、V-SPT完成のきっかけとなった。

 

 

伊勢

 

 チームメイサの元メイントレーナー、ドリームトロフィーリーグへ注力するべく、チームを桐生院に任せた。菊花賞を見て驚き、慈鳥やアラビアントレノに興味を示した。

 

 

秋川 しわす

 

 中央トレセン学園の理事長だったが、サイレンススズカの宝塚記念の後、海外に渡ってしまった。

 

 

秋川 やよい

 

 しわすの娘、しわすの後任としてトレセン学園理事長に立候補し、新たに着任した。ウマ娘達と変わらない年齢であるため、一部の生徒からは児童労働であると思われている。

学園の生徒の地方への理解を深めるべく、地方から一定数の生徒を一気にスカウトした。

 

 

九重

 

 NUARのトレセン学園運営委員長。エコーペルセウスらの考えに乗り、中央にAUチャンピオンカップのプレ大会の要請を行う計画を立てた。

 

 

 

その他

 

 

じいちゃん

 

 アラビアントレノの育ての親、塞ぎ込んでいるアラビアントレノにはまだ走りたいという心があることを見抜いており、その気持ちを引き出すことを慈鳥に依頼した。

 

 

セイユウユーノス

 

 アラビアントレノの前世、元々は競走馬となる予定ではあったものの。生産牧場のオーナーの代替わりにより、方針が変更、誘導馬となった。父はビソウエルシド、母はユーノスプリンセスである。書面上は兄弟ではないものの(競走馬は母親が同じでなければ兄弟とは認められない)、血縁的に見ればニホンカイユーノスの腹違いの弟であり、生年は1995年で史実の98世代と同じである。

 

 

セイユウ

 

 アラビアントレノの先祖、1954年生まれのアングロアラブ。アングロアラブで唯一中央競馬のサラブレッド系重賞であるセントライト記念に勝利した馬。異名はアラブの怪物であり、“怪物”と呼ばれたマルゼンスキーやハイセイコーより遥かに前に怪物と呼ばれた競走馬である。アラブ競争が人間の勝手な考えにより廃止されたことから人間を恨んでいる。慈鳥に担当を諦めさせ、アラビアントレノを最強のウマ娘として覚醒させようとするも、慈鳥も転生者であることを知り、一旦引き下がった。

 

 

神崎

 

 前世、牧場で余生を過ごしていたアラビアントレノの世話係であり、慈鳥の相棒のメカニックであった、慈鳥の記憶によれば、過去数回、競馬関連の事で泣いていた模様。

 

 

 

 

作中用語

 

 

V-SPT

 

 正式名称は“可変ストライド/ピッチタイミングコントロールテクニック”V-SPTはこれを英訳したものの略称である。コーナーの途中で脚の回転具合を変えることで、スタミナの消耗を抑えつつ、コーナーを素早く曲がることができる。福山トレセン学園の新しい武器となった。

 

 

夏合宿

 

 生徒らの実力向上を狙い、福山トレセン学園で実施されたもの、主にスタミナ、パワー、バランス感覚を鍛えており、その効果は上々だった。

 

 

 

 

 

 





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第三章 移りゆく時代の中で
第40話 再戦の誓い


「じゃあ、行ってくる」

「ああ、頑張ってな」

 

 俺はパドックに向かうアラを送り出した、今回は久しぶりのパーソナルカラー体操服となる。

 

 今年の年末は大変だった。年明けすぐに福山大賞典があるため、アラを実家に帰してやることができなかったからだ。

 

 俺は出走表を見た

 

1ミナミストリーム福山

2ホエーダイリン高知

3アラビアントレノ福山

4ベローウッド姫路

5アズマノサンサン福山

6ピープハンター福山

7キョクジツクリーク名古屋

8サンドボルシチ福山

9アサシオジューコフ門別

10トーセンイムホテプサガ

 

 7番のキョクジツクリークが怖い、チハ並の鋭い末脚を持つ彼女は、あのスペシャルウィークに一度勝っている。まあそれはアラも同じなのだが、それでも強敵であるという事実に変わりはない。

 

 そしてもう一つ、気をつけるべき事がある。

 

 マークだ、年末、エアコンボフェザーが有記念を見に行った際、ミークが多数のウマ娘から徹底マークを受けて敗北したという、ぶつけて無理矢理道を開くわけにはいかないし、これは難しい問題だ。

 

 一応ラストスパートでバ群はバラけるからその間に素早く動く方法は考えた…だが、ストレートの短い、地方のコースでなんとかなるかどうか…

 

────────────────────

 

『3番、アラビアントレノ、1番人気です』

 

「帰ってくるのを待ってたぞ!!」

「アラさーん!!」

 

『2ヶ月ぶりにレース場に戻ってきてくれましたね』

 

 ファンの皆は、アラの帰還を喜んでくれている。アラもその声援に応えるかのように、微笑んで手を振っている。

 

『7番、キョクジツクリーク、6番人気です』

 

 キョクジツクリークは6番人気、だが、油断はできない、白梅賞は14番人気で勝ってみせている。

 

 今回のアラの作戦は差し、キョクジツクリークは追込、奇しくも白梅賞と同じ構図となっている。そして、今回の距離は2600m、前走が2000mだったので、トレーニングはしっかりとやったが…それでも不安は残る。

 

 

====================================

 

 

 私はゲートに向けて歩いていた。歩みを進めるたびに、一年前、フェザー副会長と共に走った2600mの事が思い出される。

 

「アラビアントレノさん!」

「……?」

 

 後ろから声をかけられ、ふと振り返る。声の主は黒鹿毛の長髪、キョクジツクリークだ。

 

「キョクジツクリークさん、どうかしましたか?」

「今日はよろしくお願い致します」

 

 相手は手を差し出してきた、私はその手を握り、握手をする。

 

「こちらこそ」

 

 私は笑顔、向こうも笑顔、でも、その手の暖かさから伝わってくるのは、限り無い、勝利への情熱。

 

 それはこちらも同じだ。

 

 私は呼吸を整え、ゲートに入った。

 

『10人のウマ娘がゲートに入りました。年始に栄光のスタートを切るのはどのウマ娘か、福山大賞典』

 

ガッコン!

 

『ゲートが開いて今、スタートしました!まずはやはり前に出ます、4番ベローウッドと10番トーセンイムホテプ、そして1馬身はなれて6番のピープハンター、内にいるのは8番のサンドボルシチ、外を進むは2番のホエーダイリン、その後ろ、3番、アラビアントレノ、後ろに並んでいます、1番のミナミストリーム、5番のアズマノサンサン、9番アサシオジューコフ、しんがりは7番のキョクジツクリーク』

 

 4人から…マークされてる…

 

 しかも、結構近い。

 

====================================

 

『各ウマ娘、二度目のスタンド前に入っていきます、並ぶようにハナを進むのが4番ベローウッドと10番トーセンイムホテプ、3馬身後ろに6番のピープハンター、内にいるのは8番のサンドボルシチ、外には2番のホエーダイリン、その真後ろに3番アラビアントレノ、後ろには1番のミナミストリーム、5番のアズマノサンサン、9番アサシオジューコフ、しんがりは7番のキョクジツクリーク』

 

「あと一周だというのにスローペースだな…アラの後ろにいる奴らの動きが、どうも怪しい…囲まれるかもしれんな…」

 

慈鳥は難しい顔をして双眼鏡を覗き込んでいた。

 

 彼の言及していた通り、これまでのレース展開はスローペースであった、逃げの二人と後続との差が少し開いた以外は、殆どバ群がバラける事は無かった。 

 

 

(……あと一周…ここいらで一息入れておきましょう、アラビアントレノさん…いざ…勝負)

 

 キョクジツクリークは前方を伺いつつ、微笑みを浮かべて一息入れた。

 

 そして、同時に前を走るアサシオジューコフの後ろに入り、スリップストリームの体勢に入った。

 

 

『各ウマ娘、第一第二コーナーを抜けて向正面へ、4番ベローウッドと10番トーセンイムホテプ、先頭だが少し厳しいか?おっとここで1番ミナミストリーム、5番アズマノサンサン、9番アサシオジューコフ上がってきたぞ!』

 

(ここで来た…!でも、トレーナーから教わった対集団マーク戦法の方法を…)

 

『ここで3番アラビアントレノ、少し外側に出てきたぞ、外から上がってきた1番ミナミストリームの勢いが止まった!』

 

 アラビアントレノは上がってきたウマ娘と、ペースが落ちてきたウマ娘に挟まれ、囲まれるのを未然に防ぐべく、ジャパンカップでエアコンボハリアーが見せた走法…即ち、身体を少し傾ける走法を使い外へと出た。

 

 

(やはり、出てきましたか…さあ、参りましょう!)

 

 キョクジツクリークはアラビアントレノに並びかけた。

 

『第3第4コーナー直前、ここでしんがりを走っていた7番のキョクジツクリーク、上がっていって3番アラビアントレノに並びかけて来た!』

 

(ここで並びかけてきた…キョクジツクリーク、何を考えているの?)

 

(私の行為、貴女は疑問に思っているでしょう、そしてこの程度で貴女が動揺することが無いのは、勝手知ったる事……アラビアントレノさん、貴女には“名古屋の新しい武器”をもって…向かわせて頂きます)

 

 アラビアントレノ、キョクジツクリークは同時にロングスパートをかけた。

 

『第4コーナーカーブ、先頭入れ替わって8番サンドボルシチへ、内をついて上がって来るのは5番アズマノサンサンと9番アサシオジューコフ、外から3番アラビアントレノと7番キョクジツクリークが上がってくるぞ』

 

(やはり、アラビアントレノさんはコーナーが速いですね、一息入れて良かったものです)

 

 キョクジツクリークはV-SPTが行われている最中、何が起きているのかは良く分かっていない、しかし、アラビアントレノがコーナーに優れたウマ娘というのは、十分に理解していた。

 

 それ故、忍耐強く、ギリギリまでスタミナを温存するという、原始的かつ単純明快な方法を使っていたのであった。

 

 そして、ウマ娘達は第4コーナーを駆け抜ける、キョクジツクリークはアラビアントレノより、少し前に出た。

 

(……末脚を使うタイミングが速い…?)

 

チョン

 

(……えっ…)

 

 違和感を感じ、アラビアントレノの意識は一瞬そちらの方に移った

 

(反則行為の当て身では無い、尻尾を相手に触れさせ、一瞬意識をズラすだけ、たかが一瞬、されど一瞬…)

 

 キョクジツクリークは、自身の尻尾をアラビアントレノに触れさせ、一瞬であるが集中力を削いだのである。

 

ドォン!

 

 そして、その隙を突き、末脚を爆発させる。

 

(ッ!負けるもんか…!)

 

 しかし、アラビアントレノも負けてはいない、一瞬の遅れを取り戻すべく、先ほど包囲を防ぐのに使った走法を応用し、内を突いたのである。

 

『最終局面、最初に立ち上がったのは外から来た7番キョクジツクリーク!最後の直線は短いぞ!後ろのウマ娘達は間に合うか?』

 

(これで…!!)

 

(させないっ…!)

 

『ここで何と最内から飛び込んできたアラビアントレノ!!差を少しずつであるが詰める!先頭二人の競り合いだ!!』

 

 地方レース場の砂の深さは、内ラチ沿いが深くなっている、当然、沈み込みやすい。

 

 そのため、多くのウマ娘はそこを避けて進む、しかし、アラビアントレノはあえてそこに突っ込んだ。

 

 アラビアントレノは垂直方向への推進力が強いウマ娘である。それ故、砂の深い内ラチ沿いでも、力強く蹴り上げ、推進力を得ることができていた。

 

『並ぶようにゴールイン!!』

 

 そして二人は、並ぶようにゴールインした。

 

====================================

 

 俺は未だに表示の出ない掲示板を見る。

 

 正直なところ、アラはギリギリ喰いつけた感じなので、身長差で不利かもしれない。

 

 永遠にこれが続くのではないかというような沈黙が、場を支配する。

 

オオオオオッ!!

 

 そして、掲示板に表示されたのは『7』の文字だった。

 

 つまり…負け。

 

『勝ったのは7番、キョクジツクリーク!!』

 

 実況の声に、場は沸き立つ。

 

「悔しいが、面白いレースだったなぁ!」

「名古屋もやるなぁ!」

 

 …観客の言うとおりだ、強くなっているのは俺達だけじゃない、大鷹校長の言っていた“今の地方には志の高いウマ娘が多くいる”というのを、実感することができた。

 

====================================

 

「アラビアントレノさん、今日はありがとうございました」

「おめでとうございます、まさか…あんな技を持っているなんて」

 

 私はキョクジツクリークにそう返した。今回のレースは、負けた悔しさというよりも、あの技に驚いた。そういうレースだった。

 

「…いえ、私も秘策を持って臨んだのに、完璧には貴女を千切れませんでした……即座に立て直す貴女のメンタルには…脱帽です」

「…ありがとうございます」

 

 素早く立て直せるメンタルは、私の才能じゃない、私がサラブレッドじゃなくて、アングロアラブだからだ。

 

「アラビアントレノさん、またいつか、どこかで戦いましょう!」

「はい!」

 

 私達は再戦を誓い、握手をした。

 

====================================

 

 福山大賞典と同日、トレセン学園理事長である秋川やよいはURA本部での会議に出席していた。

 

「なるほど…AUチャンピオンカップ、プレ大会の開催要請…確かに、本番までおよそ一年…」

「…そして、書類に書いてある通り、NUARには、大規模大会の実行ノウハウがありませんからね…」

 

 会議ではプレ大会の開催についての是非が話し合われていた。

 

「私は賛成です」

「ですが、本来予定に無いレースを組み込むというのは、ウマ娘の故障を招きかねませんか?サイレンススズカのような事は、繰り返してはならない、彼女のような“絶対”を体現できるような唯一無二のウマ娘はそう多くない」

 

 この役員は、サイレンススズカのような“絶対”を体現する可能性のある才能あるウマ娘が故障することを恐れ、そう発言した。

 

「……」

 

 そして、やよいはやり取りの様子をじっと観察していた。

 

「…方々、少しよろしいですか?」

「秋川理事長、どうしました?」

 

 そして、タイミングを見計らい、その場にいた全員に呼びかけた。

 

「国体はプレ大会を開催し、運営が円滑に行う事ができるか確かめていると聞きます、今回のイベントは国体のような大規模なイベント、さらに会場となるレース場は全国に点在している、そして…」

 

 やよいは書類のある場所を見た、そこには、提案者としてNUARの理事長、トレセン学園運営委員長の九重、そしてエコーペルセウスを始めとしてNUARの全てのトレセン学園の生徒会長の名前が記載されていた。

 

「…NUAR(あちら)の上層部だけでなく、各トレセン学園の生徒会長までがこの提案に加わっています、これはあちらも今回のAUチャンピオンカップに対して熱意を持って取り組もうとしているということなのではないでしょうか?」

 

 やよいはそう全員に呼びかけた。

 

「………」

「………」

 

 その場に沈黙が走る。

 

「大会の主役はあくまでウマ娘達であると私は思います。そのウマ娘達の代表が、こういう風に提案しているのですから、開催すべきというのが私の意見です」

「…なるほど」

 

 その場にいた何人かは頷いた。

 

「…確かに、今回の主役はウマ娘達、秋川理事長、貴方はそのウマ娘達を一番近い所で見ておられますよね?」

 

 そして、やよいに質問が飛んだ。

 

「…?はい、そうです」

 

 やよいは唐突な質問に少し驚きながらも、そう答えた。

 

「皆さん、生徒たちを1番近い所で見ておられるトレセン学園の理事長がこう言っておられるのです、この意見を支持すべきではないでしょうか?」

「……確かに…」

「学園の理事長がそう言うのであれば…」

 

 各所で質問者の言葉に対する納得の声が上がる。

 

「それでは、皆さんに開催の是非を問いましょう」

 

 司会者がそう言い、多数決が始まった。

 

 やよいの発言と、国体などでもプレ大会が行われているという事実、それらによって多数決は賛成の圧倒的多数となり、プレ大会の開催が決定したのであった。

 

 





お読みいただきありがとうございます。

新たにお気に入り登録をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m

新章にはいり、オレンジバー目指して頑張っていく所存ですので、どうかよろしくお願い申し上げます。

ご意見、ご感想、評価等、お待ちしています。


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第41話 思い

 

「以上が、我が福山トレセン学園の夏合宿にて実施したトレーニングの内容です」

 

 説明を終え、俺は目の前にいる多くの人々に向けて礼をした。

 

「素晴らしい…」

「これが、福山の最近の快進撃の理由ですか…」

 

 色々と褒めてくれてはいるが、これは俺一人で出来たことではない、福山トレセン学園の全員、そして、桐生院さん、氷川さん達中央の人々の……すなわち、多くの人々の力、経験があってこそなのだ。

 

 そして、多少の質疑応答を終えた後、俺は司会者の所に行き、マイクを借りた。

 

「皆さん、実は我が福山トレセン学園では先ほど説明したウマ娘達のトレーニング以外にも、やっていることがありまして、それを今から皆さんにもやっていただきたいと思います」

 

 俺がそう言うとその場にいるほぼ全員が、なんだなんだという反応をした。

 

「これから、我が福山トレセン学園で行っている話し合いの形式、“ワイガヤ”を行ってみたいと思います。皆さん、つけている名札を一旦外して、今日お渡しした資料の封筒の中に入っている名札を取ってください、そして、そこに“フルネームのみ”書いて付けて下さい、そして、会話時、相手の名前を呼ぶときは、“トレーナー”、“教官”、などといった肩書きをつけず、必ず名札に書いてある名前にさんをつけ“〇〇さん”と呼ぶようにして下さい。」

「………?」

 

 皆、大小はあれど驚きと疑問の表情を顔に浮かべている。

 

「今、ここにいる皆さんは、私と同じ地方トレセン学園のトレーナー、教官、NUAR本部の方々……立場も違えば、年齢や経歴も千差万別、ですが、このワイガヤでは、そういった垣根を越え、お互いに接して頂きたいのです。議題は“今後のウマ娘レースについて”です。今日話したトレーニングでも良いし、AUチャンピオンカップの事でも、中央についての議論だって構いません、とにかく、今後のウマ娘レースを発展させていくために、意見交換をどんどんしていきましょう、聞きたいことがあれば、どんどん聞いていきましょう、皆さんの周りにいるのは、苦楽を共にする“同志”です!どんどん意見を突き合わせていこうではありませんか」

 

 俺はそう言って、マイクを置き、名札をつけ、段上からホールまで下りた。

 

 そして、壇上から一番近いところに座っている九重委員長の所に向かう。

 

「九重さん、九重さんは過去、船橋にてトレーナーをやっていたと聞きました、トレーナーとしての経験から、今回の説明会で説明した各種トレーニングに関しての意見をいただきたいのですが、宜しいでしょうか?」

「……!ええ、では意見を言わせて頂きましょう」

 

 九重委員長…いや、九重さんは微笑んでそう答えてくれた。

 

「トレーニング後のストレッチ方法についてなのですが、もっとしっかり、そして効率よく行った方が良いですね、南関東で使っているものがあります。それを導入してみてはいかがですか?あまり絵は得意で無いのですが…」

 

 九重さんはそう言ってメモ帳とペンを取り出し、簡単な図などをスラスラと描いていった。

 

「その話、私も加わって良いですか?」

「貴方は…!」

「水沢の(ぬえ)です」

 

 突然話しかけてきたのは、水沢のエース、“真紅の稲妻”のトレーナー、鵺さんだった。

 

「は…はい!ど、どうぞ!」

「よろしくお願い致します」

 

 俺達は鵺さんを受け入れ、話を続けた。

 

 そして、俺は少しの間、周りを見渡す、俺達が会話し始めた事を皮切りに、他の皆も会話し始めているようで…“ワイガヤ”の名の通り、会場は段々とワイワイガヤガヤしつつあった。

 

────────────────────

 

「今日はお疲れ様でした、ワイガヤ、楽しかったですよ、慈鳥さん」

「ありがとうございます、九重委員長」

「ハハハ、九重さんで結構ですよ、我々は同志ではありませんか」

 

 俺は九重さんと握手を交わした。そして、様々な人に見送られ、NUAR本部を後にした。

 

 日は傾き始めている…さて、これからどうしようか。

 

「行ってみるか…府中、電車で行けるし」

 

 俺が宿泊している場所からは遠いが、電車で行けないことはない。

 

 …学園では、ペルセウスがローカルシリーズの目的について話していることだろう。

 

────────────────────

 

 NUAR本部近くの赤羽橋駅から電車で揺られ、およそ一時間、府中駅にたどり着いた。

 

 駅を出て少しばかりくと、商店街に辿り着く。

 

 俺の故郷と違い、ここの商店街は賑わっている、近くにトレセン学園があり、そこのウマ娘達がよく訪れているからだろう、ジャージや制服を、ちらほらと見かける。

 

 …俺も前世は、よく世話になったもんだ、新聞配達のバイトを終えて、肉屋に向かう。

 

 そこで、熱々のコロッケを買い、ソースをかけてもらうわけだ、五臓六腑に染み渡る味だったのを、よく覚えている。

 

「ありがとうございましたー!って…うわぁっ!?」

「…!!」

 

ドサッ…

 

 過去の思い出に耽っていたところ、俺は店から出てきた誰かにぶつかりかけ、それを避けようとして尻もちをついてしまったようだ。

 

「…っ…たたた」

「だ、大丈夫ですか?」

 

 指先が見える、手を差し出してくれているのだろうか、声は若い、中高生ぐらいか。

 

「ああ、すまんな…よく避けてくれた」

 

 俺はその手を取り、立ち上がった。

 

 そして、相手の顔を見て、お互いに驚いたら。

 

「……スペ…!」

「…慈鳥…トレーナー」

「…久しぶり…だな、ここだと通行の邪魔だどうだ、少し歩かないか?」

 

 スペの目には少なくとも敵意は宿っていない。

 

「……」

「……はい、分かりました」

 

 スペはそう言って頷き、俺達は歩くことにした。

 

────────────────────

 

 俺はスペの持つビニール袋に目をやる、それには蜜柑や林檎などが入っている、一度ゼロからになったが、50年ほど生きてきた身だ、誰に渡すのかは、分かる。

 

「それは…サイレンススズカにか?」

「はい」

「彼女はどうしている?」

「ギプスが…取れました」

「そうか…良かったな…彼女はネットとかを見て、どんな反応をした?」

「…“信じてはいけない、あの時は私が走りすぎたから、こんなことになった”と皆に言ってくれています」

「そうか…良かった」

「あ、あの!」

 

 スペは少し声を大きくして俺を見た。

 

「…わ、私は慈鳥トレーナーが悪い人じゃないって、信じてますから!」

「……スペ…」

「…だから、私に教えて下さい!慈鳥トレーナーは…今、何を思って、トレーナーをやっているんですか?」

 

 スペの目は真っ直ぐ俺を見つめている。

 

「……俺は自分の考えが危険とされて、中央に落ちた、そのことについては、もう気にしていない。そして、俺はAUチャンピオンカップの開催をきっかけに、日本のウマ娘レース界に新たな風が吹くことを願っている。まず、お前さんにはこれを理解してもらいたい」

「…分かりました」

「そして俺は、その新しい風によって変わってゆく俺の担当を含めたウマ娘達…つまり、新しい時代を見てみたいんだ、そして、俺もそれを作っていく手伝いをしたいと思ってる……これが、今の俺の思いだ、スペ…どうだ、信じてくれるか?」

「…私は…信じます」

 

 スペはそう言った、目や言葉の様子から、嘘ではない、本心だ。

 

 …恐らくスペはこれからサイレンススズカのところにでも行くんだろう、なら、早く行かせてやるべきか。

 

「そうか、ありがとう、スペ……それじゃあ、俺は行くぞ」

「は…はいっ!」

「あ、最後に一つ……日本ダービー、見てたぞ、おめでとう」

「あ…ありがとうございます!!また…どこかでお会いしましょう!」

 

スペは走り去っていった

 

────────────────────

 

 俺はスペと別れた後、しばらく一人で歩いていた。

 

 思えば、説明会の時から立ってばっかだったので足はクタクタだ、腹も減ってきたのでどこかで食事をとることにしよう。

 

 そんな俺の目に入ったのは、居酒屋の看板だった。

 

 金は十分にある。

 

 今日頑張った自分へのご褒美として、ちょっとばかり贅沢をするのも良いだろうと思い、俺は扉に手を掛けた。

 

「へいらっしゃーい!!」

 

 扉を開けると陽気な声で迎えられた、店内は満席とはいかないものの、賑わっている。 

 

「じゃあ…とりあえず、これとこれを」

 

 俺は適当な席に座り、軟骨の唐揚げや土手焼きなどの小皿を注文した。

 

「へいらっしゃーい!!」

 

 注文を終えたのと同時に、また客が来たようで、店員が声を張り上げている……………は? 

 

俺は驚いた

 

「ええっ…じ、慈鳥トレーナー!」

 

 何故なら、入ってきたのは桐生院さんだったからだ。

 

「おっ!姉ちゃん、そこの人の知り合いさんかい、すまねぇな、客がこれからもっと来ると思うんで、良ければ一緒に座ってくれねぇか?」

 

 俺達の反応を見て、店員は俺達が知り合いであると判断したようで、桐生院さんに俺の前に座るように頼んだ、桐生院さんはこちらを見る、その顔は少し暗い。

 

「俺は良いですよ」

 

 俺がそう言うと彼女は…

 

「失礼致します…」

 

 と言って席に座った。

 

「あ、この人にもさっき頼んだのと同じやつを」

「かしこまりました」

「それで……どうしてここに?」

 

 桐生院さんの分の小鉢も頼み、俺は彼女にここに来た理由を聞くことにした。

 

「えっと…あの…」

「ああ…俺ですか?俺は出張でたまたまこっちの方に来ただけです」

「………っ…」

 

 …この顔…何かあるな…?

 

「……誰かと喧嘩でもしたんですか?」

「………」

 

 桐生院さんはこっちを見た後、目をそらして黙ってしまった…聞いてみるか…

 

「安心してください、俺は秘密は守ります、去年の夏は色々と助けてもらいましたから、今度はこっちの番です」

「………実は…」

 

────────────────────

 

「…というわけなんです…慈鳥トレーナー、貴方は…どう思いますか?」

「……難しい話です」

 

 話をまとめるとこうだ、桐生院さんは年末年始に帰省したらしい、そして、両親から色々と折檻を受けてしまったようだ。

 

 一年でチームを任されるのは当たり前で、浮かれていたのではないかと。

 

 G1レースを一つも取れないのはどういうことかと。

 

 そして、挙句の果てに、地方のウマ娘に菊花賞を取られてしまったのはどういうことかと。

 

 そして、年末の有記念での敗北はどういうことかと。

 

 桐生院さんの家は名門だ、一般家庭から出てる俺には分からんしきたりや、出来て当たり前のことがあるということだろう。

 

 そして俺は頼んだ料理をつつきながらも、見るときはしっかりと桐生院さんの目を見て話を聞いた。

 

 桐生院さんの方も、酒の力があったとはいえ、しっかりと話してくれていた。

 

「…では、メイサのサブトレーナーをやっていたのは…」

「はい、三冠ウマ娘であるミスターシービーさんを育成した伊勢先輩に師事すれば、家の願いを実現する近道になるかと思って…………貴方は…凄いですね…私なんて…桐生院家の出来損ないです」

 

 桐生院さんは顔を曇られせ、目を潤ませ、そう言った。

 

 片方がもう片方に、望みを実現するように求める……桐生院さんと家との関係は、アラとセイユウのそれに似ている。

 

 ならば、どうすれば良いだろう。

 

 …セイユウは人間を恨んでいる、俺はその理由…人間がアングロアラブに行った仕打ちを見せられた、恐らくセイユウが人間への恨みを忘れることは無いだろう。

 

 …桐生院さんの家は、由緒正しい名門の家、桐生院さんの大叔母に至ってはURAの重役を努めているらしい、いや、そんなことはどうでも良い、大事なのは、アラが俺と共にまた走ってくれる事を決めてくれたように、桐生院さん本人がどうするかだ。

 

 それに、桐生院さん自体は若さもあるだろうが、柔軟性に溢れた女性だ、トレーナーの名家という、おカタい場所だと思われるのに…だ。

 

 つまり、桐生院さんの家族にも、名門という肩書に縛られず、柔軟性を持って行動出来るモノがあるのではないかと言うのが、俺の推理だ。

 

「桐生院さん」

「は、はい…」

「貴女にとって大切なのはどちらなんです?実家の願いですか?それとも、ミーク、ハード、マルシュ、サンバ、ロブロイ達メイサのメンバーですか?」

「そ、それはもちろん、ミーク達メイサのメンバーです」

「なら、なぜ実家で折檻を受けたのをそこまで気にしているんです?」

「だって!」

 

ドン!

 

 桐生院さんは空のグラスを叩きつけた、しかし、すぐに不味いと気づき、申し訳無さそうな顔をした。

 

「…ごめんなさい、私は父も、母もトレーナーなんです。だから…家の言っていることが…正しく」

「…桐生院さん、貴方のあの言葉は何だったんですか?ダービーの日の“今のままではいけない”と言っていたじゃないですか」

「………」

「…家を、変えてやろうと思わないんですか?」

「…家…を…?」

「はい、家を変えるんです……桐生院さん、同い年の俺が言うのも何ですが、貴女は柔軟性があるじゃないですか、その柔軟性は天賦の才です。貴女の家族にも…備わっているはずです。貴女の両親は、貴女にトレーナーとして大成してほしいのでしょう、でも、それはおそらく、“名門桐生院家”のトレーナーとしての桐生院さんです。だから…桐生院さん、家を…“チームメイサ”のトレーナーとしての桐生院さんを応援してくれるように、変えてみましょうよ」

「私が…?」

「はい、貴女がです、そして、貴女にはチームのウマ娘、氷川さん、伊勢さん、夏合宿で出会った福山の皆…色んな仲間がいるんです、もし悩んだりしたら、迷わず頼るべきです」

 

 正直、桐生院さんはメンタルがあまり強い方ではないとは思う、だが、一人じゃない。

 

「慈鳥トレーナー、また、話に付き合ってくれませんか?」

 

 桐生院さんは優秀な人だ、きっと、今後の日本のウマ娘レースを牽引するような人物になる。

 

 そんな人が自分を責めて潰れてしまうのは正直言って見てられんモノがある。

 

 カーレースの世界でも、素質のあるドライバーが精神的に潰れることは、チームや業界、ライバル達にとってかなりの痛手となるからだ、だから俺は…

 

「…分かりました」

 

 とだけ言い、桐生院さんの話を聞くことにした。

 

────────────────────

 

「はい、ありがとう、それにしてもアンタ、重くないかい?」

「…大丈夫です」

 

 俺は今、桐生院さんをおぶっている。

 あの後、話を聞けたのは良かったのだが、予想以上に桐生院さんが酔ってしまった、氷川さんはどういうわけか電話が繋がらず、トレセン学園ももう電話のつながる時刻ではない。

 

 だから、俺はおぶってトレセン学園のトレーナー宿舎まで桐生院さんを連れて行くことにした。

 

ガラガラガラ…

 

〜♪

 

 店を出たのと同時に、携帯が鳴る…氷川さんからだら。

 

「氷川さん、慈鳥です、急にかけてすいません」

『こちらこそ出れなくて申し訳ありません、少々居眠りしていたみたいで…それで、何かご用でしょうか?』

「はい、実は…」

 

 俺は氷川さんに事情を説明した、氷川さんはすぐに車で来てくれる事になり、俺は近くの公園に移動してそれを待った。

 

────────────────────

 

「葵先輩!……これ、完全に酔っちゃってますね…」

「とりあえず、揺らさないようにして車まで移動します、吐くとまずい」

 

 飲んだ後は、吐瀉物(ゲロ)がいちばん怖い、俺が汚れるのは構わないが、食ったものにもよるが、胃から上がってきたやつが喉に詰まって死ぬこともある。

 

 だから俺は氷川さんの誘導に従い、桐生院さんを運んでいった。

 

────────────────────

 

「葵先輩、車に乗りますよ、もう、下りて良いですよ」

 

 氷川さんは落ち着いた口調で桐生院さんに話しかけた。

 

「…ぃ…嫌…いやぁ…」

 

ギュッ…

 

 しかし、桐生院さんは俺から離れようとしなかった、それに小柄な割にかなり力は強い。

 

「困りましたね……俺をぬいぐるみか大型犬かと勘違いしてるみたいです」

「…………………………………あ…じゃあなら一旦葵先輩だけ車内に入れるようにしてください、私が後ろから指を一本一本解いて、後席に横倒しになってもらいますから」

 

 氷川さんの返事が遅かったのが気になったものの、俺は氷川さんに、桐生院さんを預けることに成功したのだった。

 

====================================

 

 トレーナーが出張に行った日の放課後、ペルセウス会長が全校集会を開き、AUチャンピオンカップの開催にあたって、ペルセウス会長たちがどういった目的で動いているのかが伝えられた、その目的は…

 

 “AUチャンピオンカップの理念を実現し、今の日本のウマ娘レース界から、絶対を体現するウマ娘になるよう周りが促すという風習を取り除き、日本のウマ娘レースを、世界に羽ばたくのにふさわしいものとする”

 

 というものだった、サイレンススズカの件から日が浅いこともあり、私達はその目的に賛同した。そして、集会の中では、フェザー副会長が仕事のためしばらく学園を離れるということが発表された。

 

『皆、日本のウマ娘レース界に、新しい風を吹き込もう!』

 

 その言葉を締めくくりに、全校集会は幕を閉じた。

 

────────────────────

 

「終わらぬ夢轍に…君の…影…揺れた…」

「………」

「どうかな?」

 

 ランスが私達に向けてそう問いかける、寮に帰ってきた、私達はウイニングライブ用に使おうと思っている曲の発表会をやっていた、ここにいるメンバーは私、ワンダー、チハ、ランスだ。

 

「……全体的に悲しすぎるわね、もっと明るい曲は無いの?これじゃあ会場全体が重い空気になるわ」

「えぇ〜、でも、ユメヲカケルは大人数ライブ用だし、他の明るい曲も被っちゃうし…あと私、少し落ち着いた感じの曲が好きなんだ〜」

「ランスなら…えーと…」

 

 中央のウイニングライブはかなり動くダンスが多いけど、地方のウイニングライブはソロで歌うことが多いし、動きも少ない、なのでダンス用の曲でなくても、ほとんど問題はない。

 

 ワンダーはスマホの上で指を滑らせて曲を探している。

 

「…“いつか空に届いて”とか、どうです?」

「…聞いたことないわね、いつの曲?」

「1999年ですね…」

「かなり昔なのね…」

「あら、でも、チハだってこの前カラオケに行った時に、“ふりむかないで”を歌っていたではありませんか…あれは何年の曲ですか?」

「…1962年よ」

「まあまあ、ここまでにして、とりあえず再生してみるね」 

 

〜♪ 

 

コンコンコン

 

 ワンダーが音楽を再生してすぐ、部屋をノックする音が聞こえた。

 

「はい、どうぞ」

「ごめん、少し良い?」

「…え、ええ…」

 

 ワンダーが扉を開けると、そこに立っていたのはコンボとサカキだった、そして、その表情は真剣なものだった。

 

「大丈夫です」

「皆さん、失礼致しますね」

「シュンラン副会長…!」

 

 コンボに招かれ、入ってきたのはシュンラン副会長だった。

 

「皆さん、少しお時間よろしいですか?」

「はい…」

「大丈夫です」

「では…アラビアントレノさん、ワンダーグラッセさん、キングチーハーさん、セイランスカイハイさんさん、着いてきなさい」

「は…はい!」

 

 シュンラン副会長の言葉遣いが、いつもと違う、私達は顔に動揺の色を浮かべながらも、ついていった。

 

コンコンコン

 

「お連れしました…………どうぞ」

 

 私達は寮の応接室まで案内された、シュンラン副会長は扉を開け私達に中に入るように促す。

 

「…失礼します…………!」

「ふ、ペルセウス会長!」

「急に呼び出して悪かったね、さあ座って」

「は、はい…」

 

 私達は促されるままに、用意された席に座った。

 

「…あの…私達にどういったご要件なのですか?」

「今回、4人を呼び出したのは、あることを伝えるためなんだ」

 

 ワンダーの質問に、ペルセウス会長は答える。

 

「アラ、チハ、ランス、ワンダー、4人は、名実共にこの福山トレセン学園のエース、そしてこれからの皆は、全国的な活動だけでなく、中央の生徒とも競う機会がこれから更に増えていくことだろう、だから、話しておきたいんだ……君たちたちがここに来る数年前、中央で何があったのかをね」

「数年前…」

「そう、数年前だ、そして、これからの私の言葉は、今はここに来られないフェザーのものとして、受け取って欲しい」

 

 ペルセウス会長はそう言うと、横に置いてあった紅茶を一口飲み、こちらを向いた。

 

 

 




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第42話 月の闇に隠した夢

 
 今回は、史実を元に独自に考察した“ウマ娘 シンデレラグレイ”の前日譚となります。また、このタイトルは“時空のたもと”という曲を参考に作っています。


 

「そう、数年前だ、そして、これからの私の言葉は、今はここに来られないフェザーのものとして、受け取って欲しい」

 

 エアコンボフェザーはそう言って紅茶を一口飲み、アラビアントレノ達の方を向いた。

 

「まず、皆、シンボリルドルフは分かるね?」

「はい」

 

4人はそれぞれ頷いた

 

「…フェザーが中央に居た時…シンボリルドルフはトゥインクルシリーズを更に盛り上げるために、様々なことを考えていた、フェザーも、生徒会の一人として、当時あまり人気の無かったダートレースの人気を高めるべく働いていたんだ、シンボリルドルフの所属はリギル、フェザーはチームを抜けて様々なチームのトレーニングの助っ人…立場、やっていることは違えど、ウマ娘の幸福の為に、より良いウマ娘レースを作るために、二人は行動していた…あの二人は同志だった」

「…同志…」

「…トゥインクルシリーズは昔から人気だったわけだけど、数年前、その人気はさらに高まり、今のようになった…そのきっかけとなったウマ娘…それは皆、分かるだろう?」

「…は、はい!オグリキャップさん…ですよね?」

「うん」

 

 オグリキャップは地方から中央に移籍したウマ娘である、その活躍は、トゥインクルシリーズの人気を更に高めていたのであった。

 

「そして、オグリキャップが移籍してきたのと入れ替わりのような形で、フェザーはここに戻ってきたんだ」

 

エコーペルセウスはそう言うと、ポケットから一枚の写真を取り出した。

 

「皆…このウマ娘を知っているかい?」

「いえ…」

「私も…」

 

 エアコンボフェザーの質問に、アラビアントレノ達は首を横に振った。

 

「では、皆は“ヤシロ家”という家を知っているかい?」

「……」

「…申し訳ありません、知りません」

「…まあ、そうだろうね、ヤシロ家が有名だったのは丁度私やフェザーが生まれた頃、そしてこのウマ娘は、ヤシロ家最後の競争ウマ娘のヤシロデュレンだ」

 

(ヤシロ…?)

 

 アラビアントレノは首を傾げながらも、話を聞く。

 

「彼女はフェザーが中央にいた頃、一番目をかけていた後輩なんだ、フェザー曰く、努力家でおとなしいウマ娘だけど、勝負の時の精神力は、同期の誰よりも強かった、彼女はその努力と精神力、そしてフェザーと一緒に鍛えたマーク戦法で、菊花賞を取ってみせた、そしてこれがオグリキャップが中央に来る、二年前の出来事だよ」

「……」

「そして、月日は流れて、オグリキャップが来る一年前、あるウマ娘がクラシック期を迎えたんだ、そのウマ娘の名前は、サクラスターオー、二人の後輩で、チームは違うものの、彼女は二人によく懐いていた」

「……!」

 

 その時、アラビアントレノは目を少し開いた。

 

「アラ、どうかしたの?」

「…大丈夫、何でもないよ」

「…続けるよ、サクラスターオーは足があまり丈夫な方ではなかったウマ娘だったけど、素晴らしい才能を持っていた……もしかしたら、あのシンボリルドルフを超えるウマ娘になるのではないかと言われるほどに…ね…実際、彼女は強かった、皐月賞を制覇し、ダービーは回避したものの、ヤシロデュレンと同じ菊花賞を制覇した、彼女は2冠ウマ娘になったんだ」

 

(…菊の季節に…桜が満開…)

 

 アラビアントレノは、心の中でそう呟いた。

 

「そして、それより少し前にはなるが、フェザーの友人のあるウマ娘が引退した、ドリームトロフィーリーグに行くことなく…ね、そのウマ娘も、サクラスターオーと同じ2冠ウマ娘、そして、有名な五冠ウマ娘、シンザンの娘、ミホシンザン…通称ザーン。」

 

 シンザンは、シンボリルドルフやマルゼンスキーより前の時代に走っていたウマ娘である。その豪脚は『鉈の切れ味』と称され、語り継がれていた。

 

 シンザンがトゥインクルシリーズに刻んだ足跡はとても大きく、“シンザン記念”の名を持つレースが存在しているほどであった。

 

「ミホシンザンはファン投票一位で選ばれた宝塚記念を回避して引退した、会場は随分と寂しかったのが、印象的だったなあ…でも、宝塚記念の回避も、引退も、中央は撤回するように要請していたみたいだけど」

「あの…ペルセウス会長…どうして、ミホシンザンさんは、ドリームトロフィーリーグに移籍しなかったのですか?」

 

 ワンダーグラッセはそうエコーペルセウスに聞いた。

 

「ミホシンザンは走りすぎたんだ、マルゼンやシンボリルドルフが一線を退いてからというもの、トゥインクルシリーズはしばらく、“圧倒的スター”というものが居なかった。ミホシンザンはその血筋で周囲から大きな期待を受け、それに応えるべく走っていた、事実、ミホシンザンはシンザンやシンボリルドルフとまではいかないものの、スターウマ娘だったんだよ。だけど、彼女は期待に応えるため、心身の限界を超えて走っていたんだ。最後のレースは春の天皇賞、なんとか勝ったものの、彼女は心身共に疲労困憊状態だったんだ…ちょっとやそっとの静養で何とかなるものじゃなかった」

「……そう…だったのですね」

「そして、ミホシンザンの引退と、サクラスターオーの2冠の間に、一人のスターウマ娘が登場し、その担当トレーナーのもとに、ルドルフ自らが交渉に向かったんだ」

「それが…オグリキャップですか?」

「そうだよ、チハ、その時のURAはミホシンザンの後釜となる“絶対を体現する”スターウマ娘を欲しがっていたんだ、そしてその候補として白羽の矢が立ったのがサクラスターオーとオグリキャップ…だが、“この時の”メインはあくまでサクラスターオーだったんだ」

「…この時…?」

 

 キングチーハーはそう聞いた、一方でセイランスカイハイは顎に手を当て、あることを考えていた。

 

(この年…確か…あの時に抜けてた…)

 

 セイランスカイハイはワンダーグラッセと共にトレセン学園のファン感謝祭に行った際、エルコンドルパサーとグラスワンダーにより“伝説のレースのシアター”に案内され、そこで有名なG1レースの映像を見ていたのである。

 

 そして、そこでセイランスカイハイはある違和感を感じていた、それは“レースによって所々抜けている年がある”ということである。

 

(…思い出した…この年は…どういうわけか“有記念”が抜けてたんだ……ひょっとしたら…ペルセウス会長の言ってるサクラスターオーに関係があるのかも…)

 

「そして冬…ヤシロデュレンは有馬記念に出られるのならば出たいと言っていた。だからフェザーは後進のダートウマ娘達を鍛えながらも、そのトレーニングの手伝いをやっていたんだ。一方で、サクラスターオーは翌年春の天皇賞を取るために、菊花賞で酷使した足を休めていたんだ、そしてそんな中、ファン投票の結果が出た。」

「……」

「ヤシロデュレンは上位に入っていて、出走権利を手に入れる事ができた。そして…サクラスターオーは…」

「一位…だったんですか?」

 

 アラビアントレノはそう言ってエアコンボフェザーを見つめた。

 

「……うん、その通り。だけど、サクラスターオーは春の天皇賞まで休養するつもりで、正式には表明していなかったものの、有馬記念は回避するつもりだったんだ、彼女のトレーナーも、それを尊重していた………………」

 

 エコーペルセウスの目は少しずつ、開きつつあった。

 

「ごめん、あまり気にしないで、私は君たちに怒っているわけじゃないんだ。でも、当時の事…フェザーのことを思うと、虫酸が走るんだ。」

「分かりました…ペルセウス会長、私達、中央に偵察に行ったとき、伝説のレースの映像を見てきたんですけど、その中に、有るはずなのに抜けているレースが何個かあって、多分その一つが……サクラスターオーさんが2冠を取った年の有記念なんです…何かあったんですか?教えて下さい」

 

 セイランスカイハイは偵察で見てきたことについて、エコーペルセウスに聞いた。

 

「うん…ミホシンザンの回避した宝塚記念の惨状……あれを、繰り返させまいとしている人達がいたんだ。それがURAや、トレセン学園の前理事長の秋川しわすだ。彼女達は年末の大一番のグランプリ、有馬記念が夏の宝塚記念同様、寂しいレースになるのを恐れるのと同時に、2冠を取って有馬記念を制覇する“絶対を体現するスターウマ娘”を求めていたんだ。そしてURAは、サクラスターオー達に出走を求めた、その人々の中にはシンボリルドルフもいたんだ……もちろん、二人は拒否しようとしたし、フェザーは直接、抗議に赴いた…」

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 オグリキャップが中央にやって来る前年、エアコンボフェザーはURA本部の中央諮問委員会の委員長を訪ねていた……シンボリルドルフより前にである。

 

 その理由は、エアコンボフェザー本人の立場にあった、エアコンボフェザーはトレーニングの助っ人として活躍しており、ヤシロデュレンを始めとした一部のウマ娘やダートウマ娘達に強く慕われていたからである。エアコンボフェザーはシンボリルドルフを通じ、その状況を理解していた、それ故、多くの生徒の尊敬を集める生徒会長であるシンボリルドルフとトレーニングの助っ人として、同じく生徒から強く慕われている自分が直接対立することにより、学園でトラブルが発生することを避けたのである。

 

「お願いします、サクラスターオーへの有馬記念出走要請を…止めて下さい」

「……何故?」

「彼女の脚は、あまり強い方ではありません、それ故、菊花賞からのローテーションには余りにも無理があります。」

「ええ、分かっているわ」

「ならば…「フェザー」」

 

 委員長はエアコンボフェザーの言葉を遮った。

 

「…貴女ほどの聡明なウマ娘ならば、トゥインクルシリーズの現状が分かっているはずよ、ルドルフ、マルゼン、シービーのようなスターが一線を退き、今のトゥインクルシリーズはポッカリと穴が空いたようになっている……これは素早く埋めなければならない、それは貴女も、理解していることでしょう?」

「…ならばスターオーにそれを背負わせずとも我々ダートウマ娘が居るでは「フェザー」」

 

 委員長は再びエアコンボフェザーの言葉を遮る。

 

「…凱旋門賞、サンルイレイハンディキャップ、香港ヴァーズ、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス……これらは何のレース?」

「…芝です」

「そう、世界の主流はあくまでも芝、そして我々は将来的に海外遠征を強化する方針……後は言わなくても分かるはずよ」

 

 委員長は鋭い目で、エアコンボフェザーを見る。

 

「……」

「…あくまでも、口を開かないつもりね、ならば私の口から言わせてもらうわ、我々が世界に追いつき、追い越すためには、芝でルドルフのようなスターを生まなければならない…シリウスシンボリがどうしているのかは、あなたも知っているはずよ」

 

 この頃のURAは、海外遠征強化計画の実現の準備段階にあり、そして、シリウスシンボリはそのテストベッドのようなものであった。

 

「それに、ウマ娘レースは我々だけの物ではない、多くの企業、そしてファンの力によって運営されている…それは貴女も分かっているはずよ、それに貴女は正直に言ってしまえば、脚質自在の上、芝適正もあるのにダートしか走らなかった異端者、そんなウマ娘の意見を聞き入れ、有記念があの宝塚記念の二の舞いになれば……日本のウマ娘レースの評判は地に落ちる」

「はい、理解しています、そちらの考えも、自分が異端者であることも」

「…分からないわね…結局貴女は、理由をつけて自分の最も可愛がっている後輩を勝たせたいだけではなくて?」

「デュレンの事ですか?勿論、勝ってほしいとは思っています。しかしそれとこれとでは話は別です。私は真剣にスターオーのことを心配しています」

 

 エアコンボフェザーは委員長を睨みつけた。

 

「……なるほど…貴女の考えは、理解できたわ、ならばこれを見て頂戴…」

「……これは…」

「ファンの署名、5万人分、手書きでこれだけの数が集まったのよ、スターオーが出なければ、この5万人の期待を裏切る事になる、ファンはトゥインクルシリーズにとって無くてはならぬ大切な存在……フェザー、考え直しなさい」

 

 そう言って委員長はエアコンボフェザーに退出を促した。

 

 

 

 

 そして、この署名活動に影響されたある若い記者が、オグリキャップを日本ダービーに出すために奔走し、一万人もの署名を集めることになるが…それはまた別の話。

 

────────────────────

 

 翌日、エアコンボフェザーの姿は生徒会室にあった。

 

「ルドルフ、何故だ、何故お前までスターオーの出走を求めているんだ?」

「……フェザー、君は先に私に伝えることがあるのではないかな?委員長から話は聞いた、スターオーの件…抗議に行ったそうだな」

「耳に入っていたのか…なら…」

「フェザー…ファンの署名の話を聞かなかったか?」

「聞いた」

「…多くの人々が、彼女がスターとなる事を望んでいる……それは私も同じだ、今のトゥインクルシリーズには、彼女が必要なんだ、それに、私としては、彼女の意志を尊重したい」

「……スターオーの…意志…どういうことだ?」

「彼女は有記念への出走を決定した、私達トレセン学園は生徒の自主性を重んじる学校……一度決めた決定に干渉してはならない」

「………分かった…失礼する」

 

 そう言ってエアコンボフェザーは生徒会室を出た。

 

────────────────────

 

「スターオー…決めてしまったのなら、私にお前を引き止める権利は無い、だが…決めた理由を、私に教えてくれないか?」

「…私は、生まれた後すぐに、お母様が亡くなり、多くの人々の助力で、ここまで走ってきました。その多くの人々が、わざわざ署名活動まで行ってくれたのです、それに、ルドルフ会長も、直々に依頼の言葉をかけて下さいました。私はあの方に、運命的な何かを感じているんです…その期待には…応えるべきであると…信じていますから」

「そうか……」

「フェザー先輩、私のレース…ご覧になってくれますか?」

「…ああ、観に行く、絶対に」

 

 エアコンボフェザーはサクラスターオーに有記念を見に行く約束を行った。

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

「…それで、当日はどうなったんですか?」

 

 アラビアントレノはエコーペルセウスに質問をした。

 

「サクラスターオーは当然1番人気、デュレンは10番人気だった、スタート直後にその年のダービーウマ娘のメリービューティーが転倒した以外はレースは順調に進んでいた。ヤシロデュレンはスターオーを徹底マークし、後ろに張り付いていた、ラストスパートでのバラけを利用する作戦だったんだとおもう。だけど、第3コーナーから第4コーナーに入ったところで、スターオーは突如失速…すぐに原因は分かった、骨折だ、サクラスターオーは外にヨレ、倒れた。デュレンはそれによって空いたスペースを利用して、前に出て勝利したんだ」

「似てる……」

 

キングチーハーは思わずそう呟いた

 

 そして、そう思っていたのはここにいる全員である。圧倒的1番人気のウマ娘がゴール前故障するという展開は、秋の天皇賞とそっくりであった。

 

「それから…どうなったんですか?」

 

 アラビアントレノはそう追及する。

 

「…君の時と同じさ、アラ、世間の目はスターオーの故障のみに向き、ヤシロデュレンの勝利が讃えられることはほとんど無かった……いや、それだけじゃない、ヤシロデュレンに対して“徹底マークしなければ、サクラスターオーが故障することは無かったのではないか”という批判もあったって噂もある」

「…ひどいわ…」

 

 キングチーハーは拳を握り込み、言葉を絞り出す。

 

「それで…ヤシロデュレンさんはどうなったのですか?」

「…彼女は中央を去ったんだ」

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 有記念から数日後、エアコンボフェザーはヤシロデュレンが自主退学すると聞き、止めに向かっていた。

 

「何故…私はあそこを通ろうとしたのでしょうか?」

「デュレン……お前の判断は間違って無い、大丈夫だ、私がお前を守る」

「その気持ち、嬉しく思います、フェザー先輩…………でも、皆…皆、あのレースを見て言うのは、あの娘の事ばかり………フェザー先輩、私は…もう走りません、勝っても…嬉しくないですから」

「デュレン…」

「こうするのは…私の心が弱いからです。後輩の…最後のわがままを…聞いてくれませんか…?」

「ああ…」

 

 ヤシロデュレンはエアコンボフェザーに自らの使っていた鳥居形の耳飾りを渡す。

 

「……先輩は私に、どんな状況でもあきらめない事を教えてくれました。…私は出来損ないだったけど、先輩なら、私みたいなウマ娘を作らないようにできるって…信じてますから…先輩は、あきらめないでください。」

 

 エアコンボフェザーはヤシロデュレンの手を握った。そして程なくして、ヤシロデュレンは学園を去ったのであった。

 

────────────────────

 

 ヤシロデュレンが学園を去って数日後、エアコンボフェザーはある情報を入手していた。

 

「ルドルフ…答えてくれ、お前はオグリキャップを…ザーンとスターオーの後釜とするつもりか?」

 

 それは、シンボリルドルフとマルゼンスキーがオグリキャップのスカウトのため、再びカサマツに向かうという情報であった。

 

「……」

「…頼む、これは生徒会の一員としてではなく、ウマ娘の幸福を願う一人の同志、友としての質問だ」

「…今のトゥインクルシリーズには、トレセン学園には、スターが必要なんだ、学園のウマ娘達が“自分も!”と願い、目標とするような、そして、スターオーが欠けたことにより、冷めてしまった熱を…再び取り戻すようなスターが…分かってくれ…フェザー」

「…………」

 

 エアコンボフェザーは無言で生徒会室を去った。

 

 そして、シンボリルドルフはオグリキャップをスカウトするべく、ゴールドジュニアの開催される笠松に向かった、そしてトレセン学園に帰還した際、彼女はある知らせに驚愕することになる。

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

「じゃあ…シンボリルドルフにオグリキャップさんの事について聞いたあと…フェザー副会長は…」

 

アラビアントレノは、少し申し訳無さそうな表情を見せながらも質問する

 

「…うん、フェザーは中央を去った、内部改革だけでは、どうにもならないと悟ったんだろう。日本のウマ娘レースを、世界に羽ばたくにふさわしいものにするためにね」

「シンボリルドルフは…どう思ったのでしょうか?」

「…分からない、だけど、フェザーが学園を去る際、10人程のウマ娘がそれに殉じて学園を去ったんだ。中央では芝と比べ人気のないダートレース、そして、その担い手が多く抜けてしまったことは、中央にも、シンボリルドルフルドルフにとっても大きな打撃にはなっただろうね」

 

 エコーペルセウスの言うことは当たっていた、彼女らが出奔した影響で、トゥインクルシリーズのダート戦線は、しばらくの停滞を余儀なくされたからである。

 

「…恐らく、今のシンボリルドルフは、心のどこかで、自分の後継者を欲しがっているんだろうね」

「…サクラスターオーは、どうなったんです?」

「フェザーが見たのは、彼女が運ばれていくまでだ、どこの病院に運ばれたのかも分からずじまい…ただ、後から聞いた話によると、彼女のトレーナーは責任を取ってトレーナーを辞したらしいね……以上が、フェザーが中央に居た時に起こったことだよ」

「…………」

 

 

 全員、エアコンボフェザーの、そして中央の過去に、言葉を失っていた。

 

「……?」

 

 だが、アラビアントレノは、自分に起きたこと、エコーペルセウスから語られた事を繋ぎ合わせ、あることを頭に思い浮かべていた。

 

「ペルセウス会長、少し良いでしょうか」

「…アラ?」

「秋天の後の騒動の時、ネットもすぐに大人しくなったように感じたんです。それって…もしかして…」

 

 アラビアントレノは、秋の天皇賞の後、ネットがすぐに大人しくなったことに疑問を感じていたのである。

 

「うん、大鷹校長だけじゃなくて、フェザーも頑張ってくれたんだ。生徒会と大鷹校長達以外には、秘密にしてあるんだけど、生徒会はネット対策の役割も持っているんだ、フェザー達は、秋の天皇賞の時は、エルコンドルパサー、サイレンススズカのレース情報をできる限り集めて、中立的な視点から走りの分析を行なってたんだ。」

「分析を…!?」

「うん、そしてそれを大鷹校長のインタビューと同時に、他の地方トレセンの協力のもと、各方面にバラまいたんだ、でも、今回が始めての仕事だったから…完全な対応にはならなかった。君を戻す役割だって、慈鳥トレーナー頼みだった。ごめんね…アラ。」

 

 エコーペルセウスはアラビアントレノに頭を下げた。

 

「頭を上げてください会長、そんな事が起こってたなんて、私は知りませんでした。ありがとうございます。」

 

 アラビアントレノはエコーペルセウスに礼を言った。

 

「…フェザー副会長、副会長と共に中央を去ったウマ娘達は…どうなったのですか?」

 

 ワンダーグラッセがエアコンボフェザーに聞く

 

「…その時のローカルシリーズには、先進的なウマ娘が多くいたから、私達は各学園でそれを受け入れ、ウマ娘達のトレーニングの手伝いをやってもらったんだ。ローカルシリーズはダート主体だから、皆は快諾してくれた」

「だから…最近のローカルシリーズは、盛り上がってきているのですね」

「…うん」

「では…夏合宿は…」

 

 キングチーハーは夏合宿の事について質問を飛ばす。

 

「夏合宿には多くの意味があったんだ。一つ目ここのウマ娘達の実力向上を図るため、二つ目はここの皆に、中央のライバルを作るため、そして…三つ目は、これからのためだ」

「これからのため…」

「ああ………ここで、君たちの考えを聞かせてほしい、今の中央は“絶対を体現するウマ娘”を常に作り上げようとしている、そして…シンボリルドルフ自身も、心の底では…それを欲していると私達は思っている。そして私達は…日本のウマ娘レース界を“絶対を体現するウマ娘を求める”という癌から解放したいんだ。皆、協力してくれないかな?」

 

 エコーペルセウスは4人に向け、頭を下げた

 

「……協力します」

 

 最初に名乗りを上げたのは、アラビアントレノであった。

 

「…ペルセウス会長、中央にはミーク達、大切なライバルがいます、私は…私は…そんなライバル達と競い合っていきたいんです」

「…アラ…」

「私も協力させてもらいます、ペルセウス会長達が頑張ってくれたからこそ、今の私達がありますし」

「…同じくです」

「ランス、チハ…」

「…今の日本のウマ娘レース界のスタイルでは、いつか再び悲劇を招くと思います…それを、繰り返すわけにはいきません、私の力もお役立て下さい。」

「ワンダー、皆、ありがとう」

 

 エコーペルセウスは4人の手を取り、礼を言った。

 

「ありがとう、皆」

「ありがとう」

「…ハリアー、サカキ…!?」

 

 アラビアントレノ達は、驚き後ろを振り返る。そこにはエアコンボハリアーとサカキムルマンスクの姿があった。

 

「ああ、そうだった、実はこの二人は、もうすでにこのことを知っているんだよ。」

「ごめんね皆、黙ってて」

「…ごめん、でも、これからは、本当の意味で、一緒に頑張っていける」

 

  サカキムルマンスクとエアコンボハリアーは4人を見つめてそう言った。そして4人も頷き、それに応えたのだった。

 

====================================

 

 私達はフェザー副会長に礼を言われた後、部屋に戻った、話された内容が深刻すぎて、ウイニングライブの話の続きをやる気など、当然なかった。

 

 私は自室のベッドに仰向けになり、目を閉じて前世の記憶を呼び起こす。

 

 二冠…

 

『競馬の世界には、“二冠馬”って、三冠馬にはなれなかったけど、レースが物凄く強い馬が居たよな…そういうのって、結構な奴が、個人的には不幸だったんだよな』

『…不幸?』

『俺の世話役が言ってたぜ?どこに行ったのか分からなくなったり*1、破傷風で死んだり*2、スプリンター向きなのに三冠路線を行かされたり*3、予定外のレースを走らされて故障したり*4、地獄の苦しみの骨折を、現役中に4回経験したり*5、馬房内で立ち上がって頭をぶつけて死んだり*6…な、その点、俺達は平和に暮らせてるよな、人間たちを乗せるだけで良いんだから』

 

 前世、牧場でともに過ごしていたセルフランセ、ヴィルギットとのやり取りが、頭をよぎる。

 

 彼の世話役はもともと、競走馬の厩舎で働いていたから、彼は競走馬のことに詳しかった。

 

 そして、サクラスターオー…おやじどのが話していた、“悲劇の二冠馬”

 

 彼は、人間達に愛されていたけれど、同時に翻弄された馬だった。

 

 ミホシンザンの事は知らなかったけれど、恐らく、そうなのだろう。

 

 そしてそれは、私達アングロアラブも…同じだ。

 

 でも、前世は前世、この世界はこの世界、私達は馬じゃなくてウマ娘だ……ごっちゃにしてしまうと、セイユウの思う壺になってしまう…そんな気がする。

 

 そして…私達にこれを伝えたということは、トレーナーの耳にも入っているということだろう、トレーナーの事だ、絶対に協力すると言っているだろう。

 

 “AUチャンピオンカップの理念を実現し、日本のウマ娘レース界を、世界に羽ばたくにふさわしいものにする”

 

 私にどれだけのことが出来るかは分からない、でも、色々な所にいるライバルたちと、走り、競い、お互いの健闘を称え合って、ゴールを目指して進んでいく……この日常を守りたいという気持ちは本物だ。

*1
クモノハナ

*2
トキノミノル

*3
ミホノブルボン

*4
サクラスターオー

*5
トウカイテイオー

*6
セイウンスカイ




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今回のタイトルにある“月”はシンボリルドルフを表しています。また、今回のシンボリルドルフの描写は、ウマ娘シンデレラグレイを読んで筆者が“彼女は自らの後継者を求めている”と独自に考察したものです。

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第43話 勝利への願い

 

 

「…ん…いったたたた…」

「あっ!葵先輩!目が覚めたんですね!」

「ゆ…結さん…!?」

「覚えてますか?昨日、先輩寝ちゃったので、慈鳥トレーナーが私を電話で呼んで、ここまで運んできたんですよ、朝ごはん買ってきますから、待っててください!」

 

 部屋に一人残された桐生院は痛む頭を抑えつつ、昨日あったことを思い出し、それについて考えを巡らせた。

 

 

 彼は、どういうわけか、両親と喧嘩をしたことを一瞬で見抜いてきた、だが、不快感は抱かなかった。

 

 その他の人間…例えば同期のヤコーファーのトレーナーとで、同じような状況になった場合、そうなるだろうか?

 

 それだけでではない、自分の実力不足から両親に折檻を受けたことを話しても、一度ではあるが気持ちが昂り、グラスを叩きつけた姿を見ても、大学時代からの親しい仲である氷川でさえうんざりするであろう量の愚痴を聞かされても、彼は落ち着いていた、時に同情し、しっかりと反論をし、叱ってくれたのだ。

 

『はい、家を変えるんです……桐生院さん、同い年の俺が言うのも何ですが、貴女は柔軟性があるじゃないですか、その柔軟性は天賦の才です。貴女の家族にも…備わっているはずです。貴女の両親は、貴女にトレーナーとして大成してほしいのでしょう、でも、それはおそらく、“名門桐生院家”のトレーナーとしての桐生院さんです。だから…桐生院さん、家を…“チームメイサ”のトレーナーとしての桐生院さんを応援してくれるように、変えてみましょうよ』

 

 桐生院の脳内に慈鳥の言葉が何度も何度もこだまし、彼女は、チームメイサの桐生院葵としてでなく、名門桐生院家の桐生院葵として今までトレーナーをやっていたことを悔やんだ。

 

 そして、自分を『桐生院家のトレーナー』としてではなく『チームメイサのトレーナー』として見てくれていた慈鳥に、深い感謝を覚えるとともに、名門の名に縛られた自分を変える決意をしたのである。

 

「……ありがとう、慈鳥さん」

 

 桐生院は一人、そう呟いた。

 

「先輩、朝ごはんを買ってきましたよ」

 

 そして、呟いたすぐ後、氷川がおにぎりやサンドイッチ、カップサラダ等をいれたコンビニの袋を持ち、部屋に帰ってきた。

 

 氷川は素早くそれらを並べる。

 

「ありがとうございます、結さん」

「いえ、お礼なら慈鳥トレーナーに言ってください、あの人、酩酊した先輩をおぶって店から運び出してくれたんですよ」

「えっ……」

「先輩…ひょっとして…覚えていないんですか?」

 

 桐生院は驚いた、自分は慈鳥と氷川の二人によって店から運び出されたと思いこんでいたからである。

 

(でも……私…そういえば…)

 

 桐生院は再び記憶を呼び起こす。

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

「みんなぁ……ほんとうに…ごめんねぇ…」

 

 桐生院は慈鳥に対し、どんどん愚痴や相談をしていった、そして、同時にどんどん酒に呑まれていったのである。

 

「桐生院さん、そろそろ帰りましょうか」

「うう…ごめん…」

「…駄目だ…完全に酔ってる……取り敢えず……水だけでも飲んでもらうか……お冷を一つ!」

 

 慈鳥は水を受け取り、桐生院の方まで持っていく。

 

「桐生院さん、取ってください」

「では…しつれいして……」

 

 桐生院はグラスではなく、慈鳥の手を取った。

 

「おおきいてなんですねぇ…」

「……!」

「……」 

「はい、取るのはそっちじゃないですよ…失礼します……さあ、ごくっといってください」

 

 慈鳥は一瞬驚いた様子を見せたものの、桐生院の手を掴み、グラスを持たせ、水を飲むように促した。

 

「ふぅ……」

 

 水を飲み干し、桐生院は少し落ち着いた。そして、彼女の記憶はここで途切れていた。

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

「それで…あの後……私は…」

「なるほど…だから慈鳥トレーナー、先輩をおぶってたんですね」

 

 氷川は冷静にそう言うものの、桐生院の方は顔を真っ赤にしていた。

 

「結さん、わ、私…慈鳥トレーナーが来るまで、何かまずいことしちゃったとか…そんなのは無いでしょうか…」

「特に無いとは思いますよ、慈鳥トレーナー、ずーっと、先輩を落っことしたりしないように頑張ってたみたいですし」

「……」

「あっ、でも先輩、車に乗せるときに中々離れなかったんですよ…“嫌”って言ってて」

「えっ…」

 

 そう氷川に言われ、桐生院は頭の中をもう一度整理する。

 

 慈鳥の背中に揺られている間、桐生院は心地よくなっていた、他の人間とは異なる安心感を感じていたからである。

 

 桐生院は、自分が小さい頃よく、父親におんぶをしてもらっていたいた事を思い出した、その心地よさから、一分一秒でも長くおぶわれていたいと思い、下ろされる時に「嫌」と駄々をこねたことも──

 

「何で…あの人からは…そんな感じが…」

「…先輩、どうかしたんですか?」

「……!」

 

 自分の気持ちがこぼれていたことに、桐生院は驚いた。

 

「…ひょっとして、先輩、おぶわれていたとき、心地よくなってたりしてました?」

「え、ええっ!?な、なんで?」

「何となく、人の考えていること…分かっちゃうんですよ、子供の頃から、父や祖父に擦り寄る人達を見てきたので」

「あっ…」

 

 氷川は政治家一族の出であり、一族の者が様々な世界の人間と関わりを持っていたことを幼少期から見ていた、それゆえ、桐生院の思考を理解することは容易いことだった。

 

「……確かに、慈鳥トレーナーは普通の人とは違う何かを持ってるかなって思うときはあります、先輩…慈鳥トレーナーの事…どう思ってるんですか?」

「……変わった人ですけれど…安心して悩みを打ち明けることのできる優しい人だなって…」

「………なるほど、先輩、良い人に出会えましたね」

「はい!」

 

 桐生院の笑顔を見て、氷川は安心した。

 

 氷川は桐生院のことを尊敬していたが、同時に心配していた、桐生院は大学時代、親しい友人というものが、氷川以外に存在しなかったからである。

 

 いくら優秀な才能を持った人間であっても、人間関係に恵まれなければ大成することはない、それは政治家でも、トレーナーであっても変わらないと氷川は思っていた。

 

「……確かに、変わってますね、慈鳥トレーナーだけじゃない…福山トレセン学園も」

「そうですね…」

 

 夏合宿に参加した桐生院と氷川から見て、福山トレセン学園は良い意味で異質だった。

 

 まず、校訓の違いである

 

中央の校訓は「Eclipse first, the rest nowhere(唯一抜きん出て並ぶものなし)」である、一方、福山トレセン学園は「Run well(よく走り), learn well(よく学び), play well(よく遊び), eat well(よく食べ), rest well(よく休む) 」であり、その自由主義的文面は二人とその担当ウマ娘達を驚かせた

 

 また、中央は生徒の自主性を重んじてはいるものの、基本的にトレーニングは徹底管理主義が主流である、自由主義のトレーナーは非常に少なく、桐生院らの交友関係内であればそれは伊勢ぐらいのものであった。

 

 しかし、福山のトレーニング方針は、オーバーワークの防止や食事量など、必要最低限の管理は行っているものの、中央のそれに比べ遥かに自由主義的だった。

 

 生徒がトレーナーにトレーニングを改良するよう提案したり、意見を突き合わせることもあった。

 

 そして、そのトレーニングも変わったものが多かった。

 

 軽鴨とキングチーハーが行っている、瞬発力、とっさの判断力を鍛えるための千本ノック。

 

 火喰とエアコンボハリアーが行っている、バランス感覚を養わせるためのプールの上で行うバランストレーニング、通称鉄骨渡り

 

 雀野とセイランスカイハイが行っている、バ群を躱す技術を鍛えるためのボール回避。

 

 雁山とワンダーグラッセが行っている、長距離を走る精神力を身につけるための着衣水泳。

 

 慈鳥とアラビアントレノが行っている、瞬発力、踏ん張る力を鍛えるためのジムカーナ。

 

 これらのトレーニングは、桐生院らにとっては目を点にして驚くほど、見たことがないものであった。

 

 今までの桐生院は自らの家に代々受け継がれている秘伝の教本『トレーナー白書』に乗っ取り、ウマ娘を鍛えてきた。それ故、異質なトレーニングに、最初は密かに疑問を抱いていた。

 

 しかし、夏合宿によって、その疑問は一気に吹き飛んだ。

 

 そして、二人が一番驚かされたのが“ワイガヤ”である。中央において、全てのトレーナーが一堂に会し、平等な立場で議論する場など無かったからである。議論の場においては、実績のあるトレーナー、経験のあるトレーナー、それらが常に優位な立場にあるのが基本であった。

 

 そして、同時に桐生院には、ある別の気持ちが湧いてくるようになった。

 

「結さん……今、私達中央は“世界に羽ばたくウマ娘づくり”を進めていますよね?」

「はい、そうですね、エルコンドルパサーはフランスに飛びましたし、怪我でオジャンになりましたが、サイレンススズカにはアメリカ遠征の予定がありました、サイレンススズカと同世代だとシーキングザパールが海外に行ってましたね…それがどうかしましたか…?」

「今の中央に世界に羽ばたく資格は…あるのでしょうか?新感覚の独創的なトレーニングを異端といって危険視したり、海外遠征計画に影響が出てはいけないからといって騒動の原因に自ら処分を下さなかったり……私は中央の一員として…恥ずかしいです」

 

 桐生院は過度に150年もの歴史の上にあぐらをかき、保守的で、さらに、ノブレス・オブリージュすらも失われつつある自らの組織を恥ずかしく思っていた。

 

「……」

「結さん?」

「先輩、前に私が言ったこと、覚えてますか?“今は見えなくとも、道標は必ず浮かんでくる”…今、道標は浮かんでいるんじゃないかって、私、思いますよ」 

「……?」

 

 氷川の言葉に、桐生院はキョトンとした顔をした。

 

「4月になれば、新人のトレーナーや新入生達がやってきます、その人達の力を借りるんです」

「………!」

「…秋の天皇賞の時点では、私達は多勢に無勢でした、ですが、4月になれば、新しい人員を取り込むことができます……ここにはいませんが、伊勢先輩だって、今の中央に疑問を呈する人の一人です。そして…つい先日情報の入った3月のAUチャンピオンカップのプレ大会…あれで活躍して、私達は新人や新入生の目標になるんです、そうすれば…」 「私達の知名度は上がり、仲間も得やすくなる…ということでしょうか?」

「そうです、プレ大会、メディアも絶対に注目しているはず、そして私達はメディアの凄さを知っています、利用してやろうじゃないですか、日本のウマ娘達が海外へと羽ばたくために、それに、レースで活躍することが、今までお世話になった慈鳥トレーナー達への、恩返しになるじゃないですか」

 

 氷川は桐生院の両肩に手を置き、そう言った。

 

====================================

 

 

 俺は東京から帰ったあと、アラから俺がいない間、何が起きたのか聞かされていた。

 

「なるほど…やっぱり聞いたか、サクラスターオーとヤシロデュレンの事を……」

「うん」

「前の世界では…サクラスターオーはサクラチヨノオーが勝ったダービーの少し前に死んでる、この世界では…どうなんだろうな」

「分からない」

「でも…サイレンススズカが生きてるんだから、俺は彼女も助かってると信じたい」

「うん、あともう一つ、ヤシロデュレンって名前も、違和感がある。おやじどのは確か…メジロデュレンって言ってた」

「…つまり、前世通りなら、メジロ家のウマ娘が出てたってことか…メジロ…そういえばあいつ…メジロの牧場とか何とかって…言ってたな」

「メジロ牧場…」

「知ってるのか?」

「うん、私がおやじどのに世話されるようになってからのことだけど、障害競走でメジロの馬が最終障害で力尽きた*1って聞いたことがある。その時も…その馬は勝ってたって、皆言ってたらしい」

 

 俺が死んだ後の事だから、良くはわからないが…言えることは一つだ。

 

「この世界と同じだな、結局、勝負は最後までどうなるか分からないものなのに…〇〇なら絶対勝つなんて、退屈じゃないか」

「…そうだね……トレーナー…私、決めたんだ、日本のウマ娘レースを、ライバルたちと競い合えるこの日常を守るって、そのためにAUチャンピオンカップ…いや、まずはプレ大会に勝とう」

「そうだな…だが、いずれはセイユウとの決着もつけなければならんな」

「……」

 

 俺がそう言うと、アラは表情を少し曇らせ、耳をペタンとさせた。

 

「…」

「…前の世界のお前は…サラブレッドにどう思われてた?どういった印象を抱いてた?」

「……私は10年以上働いてきた…サラブレッドには、よく『チビ』、『のろま』って、バカにされてた…だから…同僚だった子たち以外に対してはあまり良い印象を持ってなかった」

「そうか、でも、この世界にいるウマ娘の恐らく全てはサラブレッド…そうだろ?」

「うん」

「……お前は凄いな」

「えっ…」

 

 アラは耳を立て、顔を上げた。

 

「過去を水に流すことは…そんなに簡単なことじゃない…だが、お前は、暮らす世界が違うとはいえ、サラブレッドと分かりあってみせた」

「トレーナー……それはつまり…セイユウとも…分かりあえるかもってこと?」

「そうだ……歪んだ形であるとはいえ…あいつの子孫を思う気持ちは本物だった、それは認めなくちゃならん、だが、自らの夢のために、他人を壊して良い訳じゃない、俺達は、走りを通して、それをセイユウに伝えていかなけれりゃならないんだ」

「………」

 

 不安なのか、アラは黙ってしまう、俺はアラの頭に手を置いた。

 

「……お前は、“小さいウマ娘は不利”、“地方は中央に劣る”…いろんな常識をその脚を使って変えてきた、今度は…その脚を…様々なものを繋ぐのに使っていこうじゃないか」

「トレーナー……うん…!」

 

 アラの目に、迷いは見られなかった。

 

====================================

 

 

 氷川と会話を交わしてから約一週間後後、桐生院は河川敷にて、新たなトレーニングを行っていた。

 

「わわっ、わわわっ!?」

 

 メガネを外し、ヘルメットとプロテクターをつけたゼンノロブロイはリヤカーの上で必死でバランスを取っていた。

 

「そこでカーブです、ロブロイさん、踏ん張り時ですよ!!サンバさん、倒れないように気を付けてください!!」

「は、はい!!」

「了解!!行くわよ!」

 

 桐生院はリアカーを引っ張るサンバイザー、荷台に乗るゼンノロブロイにメガホンで指示を送る。

 

ガラガラガラガラガラガラ!!

 

「…凄い」

 

ザッザッザッ…

 

 ハッピーミークはそれを見て、そう呟いた

そして、そこにやってきたのは伊勢である。

 

「葵ちゃん、頑張ってるみたいねぇ」

「伊勢トレーナー…いつの間に」

「さっき、ビーちゃんとのミーティングが終わったから、散歩してたのよぉ、あのトレーニング、面白そうねぇ」

「あれは…トレーナーが考えた“タチャンカ”っていうトレーニングです、ロシアのシシ(ぐるま)と、人力車にヒントを得て作った、タッグで行うトレーニングです。」

 

 慈鳥とアラビアントレノがいた世界と同様、この世界でも人力車が存在していた、そしてその車力は用途によって分けられており、観光のためにゆっくりとした運用が求められる場合は人間、荷物運びなど、速さとパワーが求められる場合はウマ娘と言う風になっていたのである。

 

 そして、“タチャンカ”とは、ロシアにて多く使われていた、シシ車…すなわちヤックルの引っ張るリヤカーの後部に機関銃を据え付けていた簡易的な兵器のことである。3、4頭のヤックルで引っ張られるシシ車の上に乗る兵士は、バランス感覚、そして度胸が求められた。

 

 そしてこのトレーニングは、荷台に乗る役のウマ娘は、振り落とされないためのバランス感覚、そして度胸を養い、車力役のウマ娘はパワー、スタミナ、そして荷台のウマ娘を落とさないようにする力の緩急をつけることを目的としたものであった。

 

「良いですね、二人はストレッチをして、休んでください、ミーク!引っ張って下さい!」

「分かりました、トレーナー…でも、私達のチーム…奇数だから…」

 

 ハッピーミークはそう言って息の上がっている残りの四人を指した。

 

「6人目がここにいるではありませんか、私が後ろに乗ります」

 

桐生院はそう言うと、鞄の中からプロテクターとヘルメットを取出し、装着する

 

「葵ちゃん…成長したわね…」

 

 伊勢は大切な後輩の成長に、思わず頬を緩めるのであった。

 

「…私にも、何かできることがあるかしらねぇ…?」

「…今度のプレ大会、私は出ないですけれど、長距離にロブロイが、中距離にハードが出ます…応援…してあげてください」

「…分かったわ、葵ちゃん…皆…頑張るのよ」

 

 伊勢は桐生院を見てそう言い、その場を去った。

 

 

────────────────────

 

 

 AUチャンピオンカップのプレ大会、福山トレセン学園からは、アラビアントレノとセイランスカイハイ、それと高等部から一名が出走することになっていた。

 

「……よし!そこでスパート!!」

「………!!」

「まだまだ抜けるな!限界までスリップストリームを行うんだ!!」

 

 そして、アラビアントレノは先輩のウマ娘を相手に併せを行っていた。

 

「よし!!タイムが良くなったぞ!!」

「……よしっ…!」

 

 アラビアントレノは滝のような汗を流しつつ、小さくガッツポーズをした。

 

「先輩、ありがとうございます」

「いやいや、強い後輩と併せをやれて、私も光栄だよ、確か、もう教導隊が活動を始めているんだっけ?今回のプレ大会、面白くなりそうだね」

「そうですね」

 

 エアコンボフェザーら教導隊は既に活動を開始しており、最初の仕事場である門別トレセン学園にて、ウマ娘達の指導に当たっていた。

 

「確かアラは長距離に出るんだっけ?頑張ってね」

「はい!」

 

 先輩の激励を受け、アラビアントレノは大きな声で返事をした。

 

────────────────────

 

「スペ!そこでペースを上げるんだ!!テイオー!スペに抜かれるんじゃないぞ!!」

「スペちゃん、ボクに追い付けるかな!?」

「抜いてみせます!!」

 

 そして、中央トレセン学園でも、プレ大会に備え準備が行われていた。 

 

 チームスピカのスペシャルウィークは、5月に開催される春の天皇賞のために、プレ大会の長距離部門に出走する事になっていたのである。

 

「うむ!気合十分、天晴ッ!!」

 

 その様子を見て、トレセン学園理事長のやよいは声を上げた。

 

「理事長!」

「スペシャルウィークの調整は上手く行っているようだな、西崎トレーナー!確か彼女は長距離で走るのだろう?」

「はい、実質、春の天皇賞の前哨戦になります」

「うむ!精一杯励んでくれたまえ!」

 

 AUチャンピオンカップのプレ大会は、本番同様、短距離、マイル、中距離、長距離、ダートのレースが行われる事になっていた。

 

 そして、集客状況や最適なレース場を調査するために、プレ大会は、それぞれの部門で2つの会場を使用し、春と夏に分けられていたのである。

 

────────────────────

 

 一方その頃、食堂ではオグリキャップ達が談笑していた。

 

「タマ、シチーから聞いたぞ、今度のプレ大会、長距離に志願したというのは本当か?」

「そうやで、ウチの走り、見てくれるか?」

「ああ、もちろんだ」

「確か…タマモクロスさんの出走する長距離部門のコースは、京都の3200mでしたね」

 

 ベルノライトがそう質問する、今回のプレ大会は、ドリームトロフィーリーグのウマ娘に対しても門戸が開かれており、タマモクロスは自ら志願したのである。

 

「せや、あの春天と同じや、よう知っとるコースとはいえ、気ィ引き締めて挑まんとな」

「すごい闘志ですね…そう言えば、今回のプレ大会、菊花賞ウマ娘のアラビアントレノさんが出られるのですね」

 

 メジロアルダンは出走表を眺めてそう言った。

 

「そう、ウチはアラビアントレノと闘いたいんや、同じ芦毛のウマ娘として、負けるわけにはいかんからな」

 

 タマモクロスはそう言って闘志を燃やす。彼女は自分と同じ芦毛のウマ娘であるアラビアントレノに、かつて自分がオグリキャップに感じた物と同じものを感じていたのである。

 

「ベルノ、一つ頼みがある、ウチはあのジャパンカップで、情報戦の大切さを思い知らされた…アラビアントレノの情報、集めてきてくれへんか?」

「えっ、は、はい!」

 

 タマモクロスはかつてのジャパンカップ前にベルノライトが行った偵察作戦を、今回のプレ大会においても依頼した。

 

(…タマがここまで備えを講じるとはな…私も一度…アラビアントレノと戦ってみたい…)

 

 オグリキャップは二人の会話を聞きながら、自分もいつかアラビアントレノと走りたいと考えていた。

 

「私達皆で、タマちゃんを応援に行きませんか〜?」

 

 そして、スーパークリークは、タマモクロスの応援に行くことを提案した。

 

「…行こう、タマがあそこまで言っているんだ、私もアラビアントレノの走りを見てみたい」

「オグリさんが行くのであれば私も…」

 

 オグリキャップに続けて、メジロアルダンが賛成した、他のウマ娘達も、賛成に回る。

 

 

 このように、中央でも、地方でも、AUチャンピオンカップのプレ大会に向け、様々な準備が行われていた。

 

 様々な場所の、様々なウマ娘とトレーナーが、それぞれの思いを胸に、プレ大会に挑もうとしていた。

 

 ある者は、恩に報いるため。

 

 またある者は、ウマ娘レースの将来のため。

 

 そしてある者は、強敵と闘うため。

 

 これらの者たちは、目的が違うとはいえ『勝ちたい』という勝利への願いは同じである、それを実現するためのプレ大会の日は、少しずつ近づきつつあった。

 

*1
2011年中山グランドジャンプ




お読みいただきありがとうございます。

新たにお気に入り登録、誤字報告をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m、心から感謝申し上げます。

スピカのトレーナーの名字ですが、初期設定に西崎とあるそうなので、この物語では西崎とさせていただきます。

ご意見、ご感想、評価等、お待ちしています。


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第44話 ベルノライトの偵察

  

 タマモクロスからの依頼を受け、ベルノライトは福山トレセン学園までやってきていた。

 

「見学の方ですね、ここに来るのは初めてですか?」

「は、はい!」

「では、説明しますので、よく聞いておいてください」

「わかりました!」

 

 ベルノライトは受付を担当する福山トレセン学園の生徒会のウマ娘から説明を受けた。

 

 現在の彼女は、ショルダーバッグに穴をあけて中に尻尾を入れ、ハンチング帽で耳を隠し、普通の人間に変装をしていた。

 

(見学者専用ゾーン…ここかな…うん、ここならよく見える)

 

 ベルノライトは双眼鏡を構え、アラビアントレノがどこに居るのかを探した。

 

「…いた、今やってるのは…ウッドチップの坂路か…」

 

 ベルノライトはアラビアントレノを発見し、そのトレーニングをどんどんメモしていった。

 

「よし…次は…?」

「珍しい…県外からの方ですか?」

「ふぇっ!?」

 

 急に話しかけられたベルノライトは驚いて変な声を上げた。

 

「すいません、驚かすつもりは無かったんです」

「いえ、大丈夫です」

「…そのカメラ…記者か何かの方ですか?」

 

 相手はベルノライトの持つカメラを指差し、質問する。

 

「いえ…私は記者ではないです。福山トレセン学園の生徒達を見に県外から来ました」

「そうでしたか、先程はご無礼を致しました、ここに来られる方は地域の皆様が多いので、つい…」

「そうなんですね、えーと…貴女は?」

 

 ベルノライトは相手に対して質問した。あいては制服を着ている。

 

「あっ、私はこの学園のサポートウマ娘、サカキムルマンスクって言います」

 

 サカキムルマンスクはベルノライトに対して、丁寧にお辞儀をした。

 

「私は生徒会長さんから案内役を仰せつかっています、興味のある生徒さんとかが居るのであれば、その方との交流の橋渡し役もなります。誰か興味のある生徒さんはいませんか?」

「あ、私はあそこにいるアラビアントレノさんのファンなんです」

 

 サカキムルマンスクにそう質問されたベルノライトは、変に誤魔化すのは怪しまれるかと思い、アラビアントレノを見に来たことを素直に言った。

 

「ああ…あそこの娘ですか、あの娘の予定はだいたい把握していますから、交渉してみましょう」

「ほ、本当ですか!?」

「はい、仕事ですから」

 

 サカキムルマンスクは礼を述べるベルノライトに微笑みかけた。

 

────────────────────

 

 そして、福山トレセン学園の生徒会室からは、ハグロシュンランとエコーペルセウスがそのその様子を眺めていた。

 

「ペルセウス会長、トレーニングを見学できるようにして良かったんですか?偵察の人が来るかもしれませんよ」

「うん、そこは問題ないよ、皆偵察が来るのは予想していると思うし、それにウチは自由主義の学園だ、トレーニングの数は千差万別、偵察に来た者はまず、どのトレーニングを見るのが良いのかに悩まされるはずだ、それに、うちのエース達のトレーニングは特殊なものが多いから、真似するのは難しいし、真似したところで上手く行かないか、最悪失敗して怪我をする」

「会長…そんなところまで考えておられるのですね…」

「私は競走ウマ娘じゃあなくて、サポートウマ娘、脚じゃなくて(ここ)で勝負する、脚では勝負にならないけれど、頭ではあの皇帝に負けてるとは思ったことは無いからね」

「………!」

「私は偵察に来るのなら、どんどん来いと思ってるんだ、もちろん、余裕をかましているわけじゃない……偵察に来た相手は、こちらの情報を持ち帰る、そうすると、向こうはこちらの強さの理由を知ることになる、ここまでは分かるかな?」

「は、はい…」

「…大切なのはそこからだ、私は偵察を通して、中央のウマ娘たちに、情報と一緒に“今のままでは駄目だ”という気持ちを持ち帰ってほしいんだよ、そして、そういった存在の受け皿となるのが、夏合宿に参加したチームメイサ、チームフロンティアのウマ娘達だ、彼女達は夏合宿を通して、次の時代を担うウマ娘達に進化を果たすきっかけを手に入れた。必ずや、中央を改革してくれる存在になる………良いかい、シュンラン、私達のやることは、いわば共同作戦だ、相手の内側にも味方を作り、外から、内から、日本のウマ娘レース界を変えていく」

「……!」

 

 ハグロシュンランは目を丸くした。

 

「そして、こちらからも偵察は送。、ん…?シュンラン、あのハンチング帽子の娘は、おそらく中央からの偵察だね」

 

 エコーペルセウスはベルノライトを見てそう言った、なお、ハグロシュンランはファン感謝祭の時に、オグリキャップに会うことが出来たものの、ベルノライトには会っていなかったので、二人に面識は無い。

 

「ですが…なぜそのようなことが分かるのですか?」

「ウチのウマ娘達、特にアラとハリアーが活躍してくれたお陰で、ウチへの注目度は上がっている、そして、プレ大会も開催されることになった……だから私は、年始めからトレーニングを見学出来るようにしたんだ、もちろん、一番の理由は、生徒を集めやすくする為だ、でも、もう一つの理由は偵察を釣るため、つまり、ここに用意してある見学しやすい環境は言わば餌だよ………プレ大会前の…このタイミング…偵察が来ても…おかしくない時期だと思わないかい?」

「はい」

「それに、ここに見学に来てくれてる人たちを、思い出してご覧よ、地域の人々は私達とは顔見知り、入学を考えている娘達は原則親同伴にしている、記者達は礼儀として名刺をくれる…」

「……なるほど…ここに見学に来てくださる方々は…それぞれに特徴があるということですね」

「うん、そうだよ、この特徴に当てはまらないものは…偵察と思っても良いんじゃいかな?」

「…なるほど…勉強になります」

「アハハ、それなら良かった、もちろん、偵察されっぱなしってわけにもいかない、シュンラン、見てご覧」

 

 エコーペルセウスはハグロシュンランに、見学スペースにて会話しているベルノライトとサカキムルマンスクを見るように促した。

 

「サカキさん、楽しそうに喋っておられますね」

「うん、あれなら“中央でもやっていけそうだ”」

 

 エコーペルセウスはサカキムルマンスクを見て、満足そうな表情を浮かべた。その時、ハグロシュンランの携帯が鳴った。

 

「はい………あれ…メール…お父様から…」

 

 ハグロシュンランはメールを見た後、残念そうな顔をした。

 

「どうしたの?」

「プレ大会の日…アラさんの応援に行くはずだったのですが…お父様がその日、“大事な用事があるので帰って来なさい”と…」

「あ…それは大変だね…」

 

 エコーペルセウスは苦い顔をして、そう答えた。

 

 

────────────────────

 

 

「ありがとうございました!!」

 

 ベルノライトは、慈鳥とアラビアントレノに対して礼を言い、サカキムルマンスクと共にほくほく顔で帰途についた。

 

「良かったですね、サインを頂けて」

「はい、トレーニングについての話も色々聞けたので、すごく有意義な時間を過ごせました、一緒に行ってくれてありがとうございました」

「いえ、お客さんは新入生を集めたい私達にとって、宣伝の力となってくれる大切な存在ですから」

 

 二人はこの数時間で仲良くなっていた、ベルノライトは、オグリキャップのチームのサポートを行うサポートウマ娘である、そして、サカキムルマンスクも、サポートウマ娘である。二人の距離が縮まるのに、そう時間はかからなかった。

 

 

────────────────────

 

 

 数日後、ベルノライトはカフェでタマモクロスらとともに、自らが入手したアラビアントレノの情報を見ていた。

 

「……これが…」

「アラビアントレノさんの…トレーニング…」

 

 オグリキャップ、メジロアルダンはアラビアントレノの行っていたトレーニングを見て、疑問を顔に浮かべていた。

 

「…坂路や併せなどは、私達のところでもやっていますが………寒い中川を渡るトレーニングや寒中水泳…なんと言うか…独創的なトレーニングが多いですね…」

 

 スーパークリークも苦笑いしてそれを眺めていた。

 

「…レースにおいて、重要なものは忍耐力、アラビアントレノさんはそれを重視しておられるのかもしれません、私も冬に滝行などもやっていましたので」

 

 しかし、ヤエノムテキはアラビアントレノの行うトレーニングに理解を示し、その意味を分析していた。

 

「だけど、ベルノ、よく一日でこんなにたくさんの情報を集めることができたな」

 

 そして、オグリキャップはベルノライトが多くの情報を持ち帰ったことに感心していた。

 

「あ、それはねオグリちゃん、たまたまそこの学園の人と仲良くなって、その人が良くしてくれたんだ」

「なるほど…その生徒には、感謝しないとな…タマ、どう思うんだ?」

 

 オグリキャップはタマモクロスに質問を振った。

 

「……アラビアントレノ…おもろいやん…!相手にとって不足はあらへん…久しぶりに熱く()りあえる相手と出会えた気がするで」

 

 タマモクロスは手のひらに拳を打ち付け、その場にいるウマ娘達にそう言った。

 

====================================

 

 トレーニングの日々はあっという間に過ぎ、ついにプレ大会の日がやってきた。

 

「ごめんサカキ、出走表取って」

「はい!アラちゃん」

 

 サカキは笑顔で私に出走表を手渡した。こうやって私達をサポートしてくれるサカキとも、4月からしばらくお別れとなる。

 

 サカキはとんでもない努力を重ねて、中央のサポートコースの転入試験に合格し、4月から中央に通うことになった。そしてこれはサカキ自身の意志でもあった。

 

 サカキの中央での役割は、ミーク達のチームに、鉄砲(V-SPT)を伝えること。そしてそれを通じて、改革の種をまくことだ。

 

 皆はそれに対して複雑な気持ちだったけど、最終的には、サカキの意志を尊重して送り出そうということで一致した。

 

 私は出走表を眺める。

 

1スペシャルウィーク中央:スピカ

2クラウゼヴィッツカサマツ

3ヌーベルスペリアー中央:アンタレス

4メジロランバート中央:デネブ

5トーセンイムホテプサガ

6ヘルゴラント名古屋

7シンボリマルモン中央:アグラブ

8アラビアントレノ福山

9トウショウメッサー水沢

10エリモコマンドー中央:アリオト

11マチカネグランザム大井

12キングヘイロー中央:ヤコーファー

13イスパニアカフェ金沢

14タマモクロス中央:ベガ

 

 今日は強敵揃い、しかもベテランが多いから、かなりマークされる可能性が高い。

 

「よし…!」

 

 私はパーソナルカラー体操服に袖を通した、今回は格付けとしてはG1相当で、本当は勝負服を着るレースだ。

 

 だけど、勝負服を作るのに時間が足りないウマ娘達がどうしても多く、今回、地方所属のウマ娘は全員、パーソナルカラー体操服で出走することになった、見栄えは劣るけれど、性能は同じ、そして何よりもこれは私達にとって立派な勝負服の一つ、胸を張ろう。

 

「アラちゃん、頑張ってね」

 

 サカキは私の手を握り、そう言う。

 

「うん、ありがとう」

 

 私は笑顔でそう返した。そしてサカキに見送られ、私はパドックに向かった。

 

====================================

 

 パドックでの紹介が終わった後、アラビアントレノは出走位置まで移動した、すると、共に走るスペシャルウィークが彼女に話しかけた。

 

「あの!アラビアントレノさんですよね?」

「…うん、私がアラビアントレノ、貴女は…スペシャルウィークさん…で合ってる?」

「はい、スペシャルウィークです!今日はよろしくお願いします!」

「……うん、よろしく、良いレースをしよう、スペシャルウィークさん」

 

 アラビアントレノとスペシャルウィークは握手を交わした。

 

『おーっと!!ここでスペシャルウィーク、アラビアントレノが握手をかわしたぞ!!』

 

ワァァァァァァァ!!

 

 注目株の二人の握手に、会場の熱気は高まる。

 

「…………」

「…もうすぐ始まるのね」

 

 シンボリルドルフ、マルゼンスキーはその様子を観客席から見守っていた。

 

 

「瀬戸内の怪童!!」

「!?」

 

 熱気の中、スペシャルウィークとの握手を終えたアラビアントレノに後ろから声をかけた者がいた。

 

「…タマモクロス…さん…」

「せや、ウチが“白い稲妻”タマモクロスや!!」

「……」

「ウチはアンタと本気で闘うために、ここに来た…“怪物”ならぬ…“怪童”のアンタの実力、見せてもらうで」

 

 タマモクロスの目は、アラビアントレノを狙っていた。

 

「…負けません、勝たせてもらいます」

「それはこっちの台詞や、稲妻が輝くか、雷鳴が響くか、白黒はっきりつけようや!!」

 

『続いてタマモクロスがアラビアントレノに宣戦布告!!』

 

オオオオオオツ!!

 

 タマモクロスのこの行動は、先程行われたアラビアントレノとスペシャルウィークのやり取りで高まった熱気を更に高め、最高潮のものにした。

 

「どうやら、役者は揃ったみたいだね……さァ…見せてもらうよ、アラビアントレノ」

 

 そして、シンボリルドルフらがいるのとは別の場所ではミスターシービーが一人、アラビアントレノら出走ウマ娘を眺めていた。

 

────────────────────

 

『最後に大外、タマモクロスがゲートインします、出走準備完了のようです』

 

 タマモクロスがゲートインし、他のウマ娘はそれぞれスタート体制を取った。

 

『第1回、AUCC(チャンピオンカップ)プレ大会、長距離第1レース…今…』

 

ガッコン!!

 

『スタートしました!!』

 

 雷鳴(トレノ)稲妻(レビン)の対決が、幕を開けた。

 

 




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第45話 雷鳴(トレノ)vs稲妻(レビン) 前編

 
今回は拙い挿絵が入っています。


『スタートしました、さて、まずは前に出るのはトーセンイムホテプ、続いてヌーベルスペリアー、そしてシンボリマルモンとマチカネグランザム、先行争いはこの4人、2バ身、3バ身とリードを広げていく、そして5番手を進むはヘルゴラント、その後ろ、タマモクロスとトウショウメッサー、その外を回るイスパニアカフェ、そしてアラビアントレノ、メジロランバート、キングヘイロー、スペシャルウィークと続いて中団グループを形成、殿は1人、エリモコマンドー』

『スペシャルウィーク、後ろに控えていますね、この判断は妙策かそれとも愚策となるか』

 

(ベルノの言った通り、中団からの差し戦法で来た……このレースはベテランも混じる中、2回も淀の坂を登る、更にアンタはかなりマークされとるやろう…ウチと競り合う前に大事な脚を潰すんやないで!)

 

 タマモクロスは後ろを走るアラビアントレノに向けて、心の中でそう呼びかけた。

 

 今回のバ場はかなり荒れており、特に内側はかなり走りづらい状態になっている。それ故、ウマ娘達は内を避けて走ることになる、そしてそれは、内だけでなく、外側のバ場も荒れることを示していた。

 

 

(絶対に千切ってみせるわ…アラビアントレノ)

(3度目の正直…メジロのウマ娘として…負けられない)

(……この位置からなら…冷静に行ける)

 

 タマモクロスの推測は当たっていた、アラビアントレノはキングヘイロー、メジロランバート、スペシャルウィークの3人にマークされていたのである、そして、マークする位置につけては居ないものの、アラビアントレノを注視するウマ娘もかなりいた。

 

『各ウマ娘、坂を登って第3第4コーナーを曲がります、先行争いを制し、ハナを進むのはシンボリマルモン、2番手ヌーベルスペリアーとは1バ身差、続いてトーセンイムホテプ、マチカネグランザム、中団グループとは5バ身差、そしてヘルゴラント、内からはトウショウメッサー、外寄りを回りますタマモクロスそしてイスパニアカフェ、2バ身離れてアラビアントレノ、メジロランバート、キングヘイロー、スペシャルウィーク、中団グループに特に変化はありません、そして控えているのはエリモコマンドー』

『やや縦長の展開ですね、タマモクロス、スペシャルウィークの動きが特に気になります』

 

(タマモクロス…)

 

 アラビアントレノは前を走るタマモクロスを睨みつけた、彼女は3人にマークされているという状況下でも、慌てることは無かった。

 

(後ろにいるのは3人、このぐらいどうってことはない)

 

 彼女は10年以上、誘導馬として働いてきた身である、出走するサラブレッド達から、数え切れないほど威嚇され、罵られてきた。その記憶、そして今までのウマ娘としての経験が彼女をあまりプレッシャーを感じない体質にしていたのであった。

 

────────────────────

 

「ふむふむ、やっぱり、マークされてるみたいだね、もちろん、予測済みだよね?」

「もちろんだ、特にキングヘイロー、スペシャルウィーク、この二人は絶対来ると踏んでた、だが、本来前寄りを走るメジロランバートまでアラをマークするとは思わなかった」

 

 ミスターシービーと慈鳥は、レースの展開について話していた、慈鳥はアラビアントレノを見送って客席に上がった際、偶然ミスターシービーに会い、彼女の誘いもあって共に見ることにしたのである。

 

『やや縦長の展開ですね、タマモクロス、スペシャルウィークの動きが特に気になります』

「タマモクロスは凄いよ、君なら知ってると思うけど、何たって、脚質はほぼ自在、逃げ以外ならどんな戦術だって取れてしまうんだ」

「ああ、分かってる、だが今回は先行で来る可能性が高いと予想してた、そしてそれは…見事に当たった…だが、当たったとしても、そう簡単には行かせてもらえんだろうなぁ」

「そうだね、レースに絶対は無いからね」

「……」

 

 ミスターシービーはそう言い、ターフを駆けるウマ娘達に目をやった。

 

────────────────────

 

(情報通りや、坂に差し掛かった時の動きの繋がりがええな…開始早々、おもろいやん……憎たらしいぐらい強いな、アンタ、こっちも遠慮なく行かせてもらうで!!)

 

 タマモクロスは、後方を伺いながらも、淀の坂を駆け上がった、その表情には真剣さもあったが、どこか嬉しそうな感情も孕まれていた。

 

(初めて()りおうた時のオグリと同じぐらい、いや、それ以上…とにかくえらいデカさのプレッシャーを感じるな…ターフを踏み込む脚が、今にも震えてしまいそうや…しびれまくるで、今のウチにはハッキリ分かる、理屈抜きに感じるものがあるんや、今のアンタからは……ほとぼしる闘志がハッキリ見える)

 

 タマモクロスは自らのテンションを上げて、第4コーナーを曲がり切り、淀の坂を駆け下りていった。

 

『各ウマ娘第4コーナーを曲がったところで、依然ハナを進むシンボリマルモン、差はそのまま、2番手ヌーベルスペリアーと続いてトーセンイムホテプとマチカネグランザム、そして少し位置を上げてきましたヘルゴラント、トウショウメッサー、外からはタマモクロスも続く、そしてイスパニアカフェ、アラビアントレノはメジロランバート、キングヘイロー、スペシャルウィークの3人にマークされている、エリモコマンドー外寄りから少し上げてきた』

 

(ランスから聞いてたけど…タマモクロス、私より立ち上がりのスピードが速い…!)

 

 タマモクロスの武器は、主に2つある。

 

 1つ目はスタミナ、彼女のアラビアントレノより華奢な肉体の中には、途方も無いスタミナが秘められていた、事実、彼女は小柄な身体の中に強い心臓を持っていたのである。

 

 2つ目は関節の柔らかさ、彼女はミスターシービーの言った通り、“逃げ”以外ならばどの位置からでもレースを運び、その爆発的な末脚を使うことができるウマ娘である。そしてそれを可能としているのは、関節の柔らかさであった。

 

 そして、ウマ娘は、コーナーから脱出するときに、身体を安定させて走るために強く踏み込む、当然、スタミナがあればあるほど、その踏み込みにあてることのできるパワーを増やすことができる、関節が柔軟であれば柔軟であるほど、バネが強くなる、結果的に、コーナーでの立ち上がりが速くなるということである。

 

 そして、アラビアントレノは今まで、タマモクロスのようなウマ娘と対戦したことはなかった、つまり、タマモクロスは彼女が今まで出会ったどのタイプのライバルとも違うタイプの凄みを持った強敵であった。

 

────────────────────

 

「レース展開、どうなるかしら?」

「ここからコースはあと一周ある、そしてバ場は見てわかるほどに荒れている」

 

 シンボリルドルフはウマ娘達が駆け下りた淀の坂を指差した。

 

「これじゃあまるで湿地帯ね」

 

 それに対し、マルゼンスキーはそう答えた、京都レース場の第4コーナーの終わり、つまり淀の坂の終着点には、外回りコースと内回りコースの合流点が存在し、そこの地点はラチが存在しない、つまり、多くのウマ娘がそこを通ると言うことである。

 

 そして、このプレ大会が開催される前日、少なくない量の雨が降っていた。水は高いところから低いところに流れるため、坂の下の合流地点には水分が多く染み込んでいた。

 

 マルゼンスキーが“湿地帯”と称したのは、このプレ大会前に行われた通常レースで走ったウマ娘達、そして、今向正面に入ろうとしているウマ娘達によって、その合流地点の芝が削られ、水を含んだ土が所々露出していたからである。

 

『各ウマ娘、向正面へと入っていきます、ここを過ぎればあと一周!!』

『ペースを緩めここで息を入れるのも、戦法の一つになりそうです、ここからウマ娘達がどのように動くのでしょうか?』

 

「………!」

 

 レースを見るシンボリルドルフの表情が動いたのは、その時だった。

 

『おーっと、ここでタマモクロス、まさかまさかの位置を下げてきた!メジロランバートの外側へ!』

 

────────────────────

 

(……ポジション…チェンジ…!?)

 

 タマモクロスが下がったのを見たアラビアントレノは動揺した、しかし、それを感じていたのは、彼女だけではない。

 

(何っ!?)

(…どういうことなの!?)

(…タマモクロス先輩…どうして…?)

 

 アラビアントレノを狙う三人…メジロランバート、キングヘイロー、そしてスペシャルウィークも、驚いていたのだった。

 

(……アンタは驚くやろうけど、こんぐらいで走りに影響の出るウマ娘じゃないってのは、ベルノの情報で重々承知や…)

 

 タマモクロスは少し周りを見回した。

 

(他の皆には悪いけど、ここはウチとアラビアントレノの対決の場にさせてもらうで)

 

 タマモクロスがアラビアントレノの後ろまで下がったのは、アラビアントレノを追い詰めるためではなく、他のウマ娘の動揺を誘うためであった。  

 

(ウチはアンタとガチンコの勝負がしたい、せやけど、周りにぎょうさんおったら、それもできひんやろ?こっから第2ラウンドや…そんでもって見せてもらうで、菊花賞ウマ娘の実力をな!!)

 

 タマモクロスの目からは、少しずつ、稲妻のようなものが出つつあった。

 

『各ウマ娘、シンボリマルモンを先頭にして第1コーナーのカーブに入っていきます』

『若干ですが、各ウマ娘のペースがバラつきはじめました、タマモクロスの動きが影響しているのでしょうか?』

 

(ここで慌てて前に出たら駄目だ、今までて走って来た中でもここは最長、無理してペースを上げたらちぎることはできない…だから、最後の坂道、死ぬ気で攻めることのできる体力を、残しておかないといけない…向こうの領域(ゾーン)が出たとき、どうなるかはわからないけれど)

 

 アラビアントレノはピッチとストライドを変化させ、V-SPTを使った。

 

────────────────────

 

『各ウマ娘、シンボリマルモンを先頭にして第1コーナーのカーブに入っていきます』

「そう言えばさ、福山トレセン学園のウマ娘達は、皆コーナーが上手いみたいだけど、何か秘密があるの?」

 

 双眼鏡を覗きながら、ミスターシービーはそう慈鳥に質問した。

 

「…一番大切なのはウマ娘本人のやる気や根性……だが、秘密はあるぞ」

「…ふむ、なるほどね」

「…“他のウマ娘が出来ないことができる”ことによって、ワンランク速いレベルの走りができるんだ、見とけよミスターシービー、マジでスゲえぞォ…」

「ふふっ…それなら、見せてもらうよ、ミスター・トレーナー」

 

 ミスターシービーはそう言って口角を釣り上げた。

 

────────────────────

 

『各ウマ娘、第2コーナーを抜けつつあります、逃げるシンボリマルモン、その次はヌーベルスペリアーいや、マチカネグランザム、トーセンイムホテプは少し控えた、すぐ後ろにはヘルゴラント、その内を回りトウショウメッサーも続く、外から外から、イスパニアカフェ、そしてアラビアントレノ、上げつつあります、スペシャルウィーク、メジロランバート、その外回ってタマモクロス、キングヘイローは最内、その真後ろに少し上げたかエリモコマンドー』

 

(後ろから見ると、改めてその凄さっちゅーモンがよく分かる、周りのペースの変化に乗せられず、丁寧に走りにくいバ場を捉えて走る、しびれまくるで…おもろいウマ娘が、世の中にはぎょうさんおる、けど、負けへんで、ハードなレースになりそうやな…!)

 

 タマモクロスは後ろからアラビアントレノの様子を伺い、闘志を更に高めた。

 

『縦長でしたが、段々と縮みつつあります、消耗してゆく心身で、ここからどう動くのでしょうか?』

 

(ここではインにもアウトにも寄せない、真ん中維持……)

 

 一方で、アラビアントレノはタマモクロスの予想通り、ペースを乱すことなく、頭の中で描いたコースを進んでいた。

 

(でも、後ろのタマモクロスから出てくるプレッシャーが段々と大きくなってる……つまり…領域が出てくる)

 

 アラビアントレノは集中力を高め、前方を睨みつけた、その走りは更に研ぎ澄まされていく。

 

『第2コーナーを抜けまして、各ウマ娘

向正面へ、先頭シンボリマルモンからしんがりまではおよそ10バ身の差といったところ』

 

(……ここからが、“瀬戸内の怪童”ちゅーワケか…こんな新鮮な刺激は久しぶり、ウチは最高にラッキーなウマ娘やな)

 

 アラビアントレノの研ぎ澄まされていく走りは、タマモクロスの目にしっかりと刻み込まれた。

 

(…相手にとって不足は無い、魂の震える最強の競争相手や…勝負決める第3ラウンド…)

 

 タマモクロスの目が、勝負への色に染まってゆく。その踏み込みは、更に鋭いものとなる。

 

「さァ!! ウチと()ろーや!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 白い稲妻が、その姿を見せる。

 




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第46話 雷鳴(トレノ)vs稲妻(レビン) 後編

 

「さァ…ウチと競ろーや!!」

 

『ここでタマモクロスが加速!ポジションを再び前の方に持ってきた!!』

 

 抜かれるとき、一瞬だけどタマモクロスから、白いオーラのようなものが出ているのが見えた、アレがおそらく…領域だ。

 

 さっき前を走ってた時とは、全然違う、別次元の走りになってる。

 

 とてつもなく速い、余裕なんか全く無い。

 

 でも、こうもされたら絶対に負けたくはない、何が何でも喰らいついていく…勝ちたい……でも、それをこんなに意識した事は初めてだ。

 

 同じ芦毛で、同じく小柄なウマ娘が相手だから…?

 

 いや…そんなの今は関係ない、とにかく絶対…この勝負で勝ちたいんだ!!

 

====================================

 

「タマモクロス…領域を出したか」

「そのようね」

 

 シンボリルドルフとマルゼンスキーは、タマモクロスから領域が出た事を認識していた。

 

「スペちゃん達も、出してくれると良いのだけれど」

「そうだな」

 

 マルゼンスキーは柵に寄りかかりながらそう言い、シンボリルドルフはそれに答えた。

 

 領域が出るのは、強いウマ娘の中でも極一部のみである、そして、最近は実力は十分有れども、領域を出すウマ娘が殆ど居らず、二人はそれを見たがっていたのであった

 

────────────────────

 

『ここでタマモクロスが加速!ポジションを再び前の方に持ってきた!!』

 

(これが…領域…)

 

 アラビアントレノだけでなく、スペシャルウィークもタマモクロスの領域を見ていた。

 

(……日本一のためには…私も、あんな風に…)

 

 スペシャルウィークはタマモクロスの走りを見て、走りへのモチベーションを上げていった。

 

『各ウマ娘、向正面を駆け抜けていく、もうすぐ2回目の淀の坂だ、先頭シンボリマルモン、、ヌーベルスペリアー、坂に備えて少し抑えた、マチカネグランザム、その内トーセンイムホテプはまだ控えている、トウショウメッサー、その外を行くヘルゴラントとクラウゼヴィッツも続く、上がってきたタマモクロス、それにピッタリと張り付くアラビアントレノ、上げつつあるのはスペシャルウィーク、メジロランバート、キングヘイローも追従の構え、しかし外からエリモコマンドーが様子を伺う』

『動きにばらつきが見られそうですね、目が離せません』

 

(アラビアントレノさん…今日は…私が!!)

(スペシャルウィークさん…)

(スペ…まさか)

 

 キングヘイロー、そしてメジロランバートは驚いた、スペシャルウィークの目からは、僅かに光が漏れつつあったからである。

 

『さて、坂に入り、ここで外からアラビアントレノが上げてきた!!』

 

(あのスムーズな繋がりよう…どうして?)

 

 キングヘイローは前を走るアラビアントレノが、流れるように走法を変化させるのを見て、頭に疑問を走らせた。

 

 

(まだまだまだまだ……)

 

 そして、アラビアントレノは、少しでも速いスピードでコーナーを曲がるべく、ブレーキをかけるタイミングを測っていた。

 

(抑えて登って曲がるところを、あえて仕掛けて突っ込んで登って曲がる…そんでもってコーナーのスピードと末脚を合わせて、ちぎるつもりやな?やけど…このまま走り続ければ、最後の直線、ウチはベストのルートで行ける…つまり、立ち上がりのスピードでは有利っちゅーことや)

 

 アラビアントレノとタマモクロスはどちらも身長が低めのウマ娘であり、コーナーでかかる遠心力は小さい、そして二人共スタミナに秀でている、この2つの点は同じである。

 

 しかし、二人の特性は全く別のものと言える存在であった。

 

 まず、アラビアントレノは、馬術競技にも使用される事があるアングロアラブのウマ娘故、横へ進む力が他のウマ娘より弱く、加速力においては他より劣るものの、縦に踏み込む力は強い、そのため、コーナーでバランスを崩さずに曲がることのできる速度では勝る、すなわち突っ込みに強い。

 

 その一方で、タマモクロスはサラブレッドのウマ娘である、横に進む力は強いが、踏み込む力は劣る、そのため、コーナーリングでは一歩譲るとしても、加速の鋭さでアラビアントレノを凌駕する、すなわち彼女は最終コーナーでの立ち上がり、そして最終直線での加速において強い。

 

 そして、二人は事前に集めた情報、そして今までのレース運びから、お互いの特性を理解しあっていた。

 

『各ウマ娘、坂の頂上へ、先頭シンボリマルモン、2番手ヌーベルスペリアー、ここで疲れの色が、マチカネグランザム、トーセンイムホテプに変わりましてトウショウメッサーあるいはヘルゴラント、クラウゼヴィッツそして、タマモクロス、外から並びかける、アラビアントレノ、スペシャルウィーク、メジロランバート、キングヘイローも迫る、エリモコマンドーも続いているぞ!』

 

(…速いペースで登ってきただけあって…ちょっとでも気を抜いたら、かなりヤバい、ただ負けるだけじゃ済みそうにないから…)

 

 アラビアントレノはこの長丁場で、かなりの消耗を強いられていた。

 

(…きっちり通らないと、転んだら無事では帰れないわね)

(荒れたバ場に追い詰められることだけは避けないと)

(外からなら…抜けられるかなぁ…)

 

 それは他のウマ娘も同様である。

 

(…ほとんどやったことのあらへん戦術取ったツケが回ってきおったか…やけど……末脚を使うタイミングを測る頭は残せとる……持ちこたえて見せるで…)

 

 そして、タマモクロスも例外ではなかった。

 

 ウマ娘達は周りの出走者だけでなく、疲弊していく自分とも戦いながら、淀の坂を駆け下りる体制を取っていった。

 

────────────────────

 

『各ウマ娘、坂の頂上へ、先頭シンボリマルモン、2番手ヌーベルスペリアー、ここで疲れの色が、マチカネグランザム、トーセンイムホテプに変わりましてトウショウメッサーあるいはヘルゴラント、クラウゼヴィッツ、いやタマモクロス、外から並びかける、アラビアントレノ、スペシャルウィーク、メジロランバート、キングヘイローも迫る、エリモコマンドーも続いているぞ!』

 

「このままじゃ、ちぎられちゃうよ?スペシャルウィーク達も上がってきてるし」

 

 ミスターシービーは疑問を持った顔をして慈鳥に聞いた。

 

「……アラにはこのコースがどういったコースなのか、一周目で把握してもらってる、だから信じてほしい」

 

 慈鳥は落ち着いた顔をして、そう答えた。

 

────────────────────

 

『各ウマ娘、坂を下っていきます!先頭変わってシンボリマルモンからヌーベルスペリアーへ、マチカネグランザム、トーセンイムホテプ、そしてタマモクロス上がってきた!トウショウメッサーとヘルゴラントにクラウゼヴィッツ、外からはスペシャルウィークとキングヘイローそしてメジロランバート、アラビアントレノは最内!エリモコマンドーは外からまくりの構え!』

 

(アラビアントレノ、前が詰まったわね、このコースの状態では、とてもじゃないけど抜け出すことはできないわ、あとはスペシャルウィークさんとタマモクロス先輩ね)

(アラビアントレノ破れたり、あとはタマモクロス先輩)

 

 キングヘイロー、メジロランバートはアラビアントレノをターゲットから外した。

 

(このまま…外から……!!)

 

 一方、スペシャルウィークは外からごぼう抜きをする準備を完了していた、彼女の全身は、ほのかにではあるものの、オーラに包まれつつあった。

 

(アラビアントレノ…長い戦いやったが、この勝負、ウチがもろたで、ねばってねばって…一着取らせてもらう!!)

 

 タマモクロスは末脚を使うために、脚に力を込める前、一瞬後ろを伺った、しかしその時。

 

彼女の視界に、なびく芦毛が現れた

 

====================================

 

『各ウマ娘、坂を下っていきます!先頭変わってシンボリマルモンからヌーベルスペリアーへ、マチカネグランザム、トーセンイムホテプ、そしてタマモクロス上がってきた!トウショウメッサーとヘルゴラントにクラウゼヴィッツ、外からはスペシャルウィークとキングヘイローそしてメジロランバート、アラビアントレノは最内!エリモコマンドーは外からまくりの構え!』

 

 外から差しに行く予定だったけど、上手く行かなかった。

 

 皆、内側のバ場を走ることを避けている

 

 デコボコだし、所々芝がはがれて濡れた土が露出していて、足が取られやすい

 

…………濡れた土…?

 

 こうなったら、一か八か、加速の悪さは、下り勾配で誤魔化せる、あの荒れたバ場は、雨の日の学園近くの走路と同じ…無理やり通って、最短ルートを行ってやる。

 

 …私は………勝つ…勝ってやる…!

 

====================================

 

(何ィ…!?)

 

『アラビアントレノが来た!アラビアントレノが内から飛んできた!!あのぬかるんだ内側を凄まじい速さで通って来た!!』

 

 

 更に、芝の下には、土が敷かれている。アラビアントレノは、雨の日も福山トレセン学園近くの走路を走りこんでいる。そして福山の走路は土である、故に彼女は、自然とぬかるみに適応した走りが身についていたのである。

 

 そして、アングロアラブのウマ娘であるアラビアントレノは、縦に踏み込む力が強い、そのことが、湿地と表現されるまでに荒れたバ場に脚を無理矢理突き刺して安定させ、踏み固めて蹴る走りを可能にしていた。

 

(……初っ端から最後まで、おもろいやん、ええで、こっからはガチンコの叩き合い、延長戦の第4ラウンドといこか!!心臓バックバク、アドレナリンどっぱどぱや!!)

 

 タマモクロスのモチベーションは、最高潮だった。

 

(えっ…!?)

 

 そして、スペシャルウィークは、驚愕のあまり、一瞬であるが隙が生まれてしまった、今回のレースは3200m、彼女が今までレースを行ってきた中でも最長の長丁場である。さらに、彼女は前走に2200mのレース、AJCC(アメリカジョッキークラブカップ)を選んでおり、中距離用に頭を使う調整を行った影響が、ほんの僅かであるが残っていた。そのため、一瞬思考が止まったのである、そして、それはスペシャルウィークだけではない。

 

(……何が…?)

(起きたの…!?)

 

 スペシャルウィークと同じく前走にAJCCを選んだメジロランバート、そして前走が東京新聞杯、即ち1600mのキングヘイローも、例外ではなかった。

 

(まだまだ…!!)

 

 それでもスペシャルウィークは負けじとスパートをかけ、前に出た。

 

『各ウマ娘第4コーナーを抜けて最後の勝負へ!状況は混戦状態!!シンボリマルモン、ヌベールスペリアー、マチカネグランザム、トーセンイムホテプの四人の間を真ん中から突き抜けて、タマモクロス上がってきた!最内からはアラビアントレノ!トウショウメッサーとヘルゴラントを抜いて外からはスペシャルウィーク、遅れてキングヘイローそしてメジロランバート、アラビアントレノは最内!エリモコマンドー大外から行った!』  

 

(アラビアントレノ、よう来たな…やけど…譲らへんで…!!)

「ウチが勝つ!!」

 

 タマモクロスの白いオーラはどんどんと高まっていく。

 

「……ッ!」

 

 スペシャルウィークは、疲労が限界を迎えつつも必死に追走していた。

 

(下りでスピードは乗った、あとはこのまま…行けぇっ!!)

 

 アラビアントレノも、残しておいた末脚を使い、スパートをかけた。

 

「………!!」

 

 そして、彼女は同時に、何かを感じていた、一つは、限界の走りをしているのに、まだノビがあるということ、そして、もう一つは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分と競り合っているタマモクロスから発せられている白いオーラが、何故か弾けて消えてしまったいうことであった。

 

 

「………何だと…!?」

「…信じられない…!」

 

 その光景を見たシンボリルドルフ、マルゼンスキーは驚愕した、二人の手は震えていた。

 

 

「…なるほど…こんなこともあるのかぁ…ハハハッ!!面白い、いいね、いいね!!」

 

 その一方で、ミスターシービーは目の前に現れた未知に面白さを感じ、純粋な興味を示し、若干興奮気味になるという、シンボリルドルフとマルゼンスキーとは正反対な反応を示していた。  

 

 

【挿絵表示】

 

 

(えっ……)

(タマモクロス先輩から…)

(光が…出なくなった)

 

 スペシャルウィークは、領域が出るのが止まっていた、キングヘイロー、メジロランバートもそれを見ていた。

 

 

(何ィ…!?領域が…なんちゅう事や!!他人の領域を吹っ飛ばしてまうとか、そういうんは…無しやろ!?)

 

 そして、タマモクロスも、アラビアントレノと競り合う中で自分の領域が消えてしまったことを確認していた。

 

(長いこと走っとるウチだって…そんなのは…見たことも…聞いたことも…)

 

『アラビアントレノだ、アラビアントレノが抜け出した!!』

 

(いや、諸行無常…こんなことも…あるっちゅーことやな)

 

 抜かれる瞬間、タマモクロスはニヤリと笑った。

 

『アラビアントレノ、ゴール前で差し切ってゴールイン!!3200でも強さを見てつけて勝利!!瀬戸内の怪童、ここでも雷鳴を響かせてくれました!!』

 

ワァァァァァァァ!!

 

「二人共すごい戦いだったぞ!!」

「雷鳴と稲妻、また見てみたいなぁ!!」

 

 観客たちは先程まで凄まじい競り合いを行なっていた二人に興奮していた。

 

「……領域が…」

「……凄かったですね」

「……こんな事が…」

「起こるなんて…」

「…すごいこともあるもんだな…」

「剛毅果断、そして領域を打ち消す走り…また見てみたいものです」

 

 タマモクロスの応援に来たベルノライト、メジロアルダン、オグリキャップ、スーパークリーク、イナリワン、ヤエノムテキはそれぞれ様々な反応を示していた。

 

────────────────────

 

 タマモクロスに勝った私は、どうやらラストスパートでかなり消耗したようで、少しふらつき、芝の上に仰向けになった。

 

 …なぜ、タマモクロスが発した領域のオーラは、消えてしまったんだろう。

 

 …よく考えてみれば、今回の競り合いは、まるで…誘導馬だったときの“放馬したサラブレッドの横に並びかけて、走りから意識を逸らせる”時の状況に、よく似ていた、たまたまその時と同じようになったのか…それか…

 

 セイユウの影響か

 

「オイ!アラビアントレノ、立てるんか?」

 

 考えを巡らせていた私の視界の中に、タマモクロスが現れ、手を差し伸べる。

 

「…はい、何…とか…」

「わわっ!?凄い汗やな、アンタ…こんなぎょうさん汗が出るんか?」

「ええ…まあ…」

 

 差し出された私の手を掴んだタマモクロスは私の発汗量に驚いていた。

 

 そして、立ち上がった私は、タマモクロスと向き合った。

 

「…アンタ、ホンマおもろいな」

「……私が…ですか?」

「ウチのゾーンを打ち消すなんて、想像できひんかった、こんなこと今まで無かったで」

「……」

 

バシン!

 

 どう返していいのか分からなかった私の肩を、タマモクロスが叩いた。

 

「そんな申し訳無さそうな顔、せえへんでええ!!プロセスはどうとはいえ、アンタはウチとガチンコの叩き合いをやって勝ったんや、この結果は変わらへん!!」

「タマモクロスさん…」

「これからは、アンタみたいな“周りを驚かせるウマ娘”が、時代を作ってくのかもしれへんな…」

「周りを驚かせるウマ娘…」

「せや!」

「…ライバル…」

「アラビアントレノ、レースで速いやつが、一番カッコええんや、そんなカッコええアンタと、また競り合いたいもんや、やけど、それまでは、アンタを応援するで、やから…」

 

 そう言うと、タマモクロスは私の手を取り…

 

「胸張って、頑張るんやで!」

 

 天高く突き上げた。

 

ワァァァァァァァァァ!!

 

 その光景を見た観客たちは、私達に声援を送っていた。

 

====================================

 

 観客席では、慈鳥とミスターシービーが声援を受ける二人を見ていた。

 

「…勝った…か」

「サイコーに面白いレースだったよ…おっ、トレーナーさんからだ、“もうすぐ中距離が始まる”だってさ」

「中距離か、なら、ランスとハードの対決になるな」

「そうだね、でも、同じグループにはリギルのグラスワンダーがいる、さてさて、どんな勝負になるんだろうね」

 

 ミスターシービーは、期待を込めた声でそう言った。

 

────────────────────

 

「………」

「………」

「………」

 

 一方で、敗北したスペシャルウィーク、キングヘイロー、メジロランバートは黙ってしまっていた。

 

「胸張って、頑張るんやで!」

 

ワァァァァァァァァ!!

 

 スペシャルウィークはタマモクロスと共に立つアラビアントレノの方を見た、しかしすぐに視線を下に落とした、その視界は、涙で揺らめいていた。

 

「スペシャルウィークさん…気持ちは私も同じよ、行きましょう…」

「うん、ありがとう、キングちゃん…」

 

 キングヘイローはスペシャルウィークの肩に手を置き、地下バ道へと入っていった。

 

────────────────────

 

 キングヘイローはスペシャルウィークをスピカのメンバーの所まで送り届けたあと、控室に戻っていた、そこではキングヘイローのトレーナーが、キングヘイローを待っていた。

 

「すまない、キング……またお前を勝たせてやれなかった」

 

 キングヘイローのトレーナーはキングヘイローに謝罪する。

 

「あなたは…ホント……おばかね」

 

 しかし、キングヘイローはそう言って笑った。

 

「…今回のレースは、今までで一番の長丁場だったわ、でも、掲示板の中に入ることはできた……あなたは私の気持ちを汲んで、あらゆる距離の重賞に挑戦させて、そして成長させてくれている、むしろ感謝してるのよ」

 

 キングヘイローはトレーナーの目を見た。

 

「キング…」

「トレーナー…私はもっと強くなってみせるわ」

「ああ……キングは更に強くなる、俺がそうして見せる…いや、違うな、チーム…俺達で強くなっていこう」

「…ええ!!」

 

バタン!!

 

 その時、扉が開け放たれた。

 

「ト、トレーナーさん!キングさん!大変です!」

 

 入ってきた生徒は、キングヘイローの取り巻きの一人であり、チームメンバーであった。

 

「長距離に出走していたライアン先輩が、負けました!!」

「なっ……」

「何ですって…ライアン先輩が…それで…誰に?」

「ゼンノロブロイさんです…」

 

 その生徒は声を絞り出した

 

「……」

「……」

 

 菊花賞の時と同様、キングヘイローは胸の奥に、ざわついた何かを感じていた、そしてそれは、自らの先輩が負けたから悔しいという思いとは別のものであると、彼女は何となくであるが気づいていた、しかしそれが何であるかまでは分からなかった。

 

 




お読みいただきありがとうございます。

新たにお気に入り登録、誤字報告をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m

作中、度々アラビアントレノの汗の描写が出てきていますが、これはアングロアラブがサラブレッドに比べ、発汗量の多い品種である事を元ネタとしています。

ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第47話 ターフの彼方に海原を見た

  

 アラビアントレノが京都レース場で長距離を走り終えた直後、ここ、阪神レース場では中距離に出走するウマ娘達がパドックへと出ようとしていた。

 

「グラス!」

「あっ、トレーナーさん、どうかされましたか?」

 

 リギルのトレーナーである東条ハナは、グラスワンダーに声をかけた。

 

「しっかりと走って、白星を取ってこい」

「分かりました、行って参ります」

 

 実はこの時、東条のもとにはスピカのトレーナーである西崎から「スペシャルウィークが敗北した」との知らせが届いていた、しかしそれをグラスワンダーに伝えると、彼女の士気に影響すると東条は予測し、あえて伏せたのであった。

 

────────────────────

 

「やあやあハード、久しぶり、調子はどう?」

 

 一方、出走するセイランスカイハイは、夏合宿が終わってから会っていなかったジハードインジエアと再会していた。

 

「万全!今日は負けないから!…あと…何でジャージ着てんの?」

「いやー、パドックでパフォーマンスしようと思ってさ、今日はファンの皆も来てくれてるし」

「あっ…なるほど、夏合宿の時のアレか」

「そうそう、そういうこと、まっ…今日は勝たせてもらうよ〜」

 

 セイランスカイハイがそう言うと、ジハードインジエアは歯を見せて笑い、先にパドックへと向かっていった。

 

「おうおう…元気良いねぇ、なら…私も行かせてもらいますか…」

「あの〜?」

 

 歩き出そうとしたセイランスカイハイに声をかけたのは。

 

「むむっ…あ~お久しぶりです、グラスワンダーさん」

 

 グラスワンダーであった、彼女は事前に見ておいた出走表の中からセイランスカイハイを見つけ出しており、声をかけようと考えていたのである。

 

「まさか、あのときにご案内した方が競走ウマ娘だったとは…思いもしませんでした、そして、もう一人のイギリス人の方も」

「もちろん、競走ウマ娘ですよ、ただ、あの娘はイギリス人ではなく、イングランド人ですからその点は気をつけて下さいな…あの時は、色々とお世話になりました」

「……!」

 

 グラスワンダーは相手があっさりと認めたことに対し目を丸くした、彼女は相手が上手くはぐらかそうとすると思っていたからである。

 

「あれ…どうしました?今日はよろしくお願いしますね」

「は、はい…全力で相手をさせていただきます」

 

 グラスワンダーはセイランスカイハイの手を取り、握手をした。

 

「それでは〜」

 

 その後、セイランスカイハイは走り去り、グラスワンダーは一人残されたのだった。

 

 

────────────────────

 

 

『5番、グラスワンダー、中央のリギル所属です』

 

ワァァァァァァァッ!!

 

『ものすごい声援ですね、この声援が、彼女の人気を象徴しているとも言えるでしょう』

 

 パドックでは、グラスワンダーが観客たちにお淑やかに手を振っていた。

 

「うーん…行けっかな〜」

 

そして、観客席ではセイランスカイハイの担当である雁山が出走表を眺め、唸っていた。

 

 

 

[ 出走表テンプレート ]

1ジハードインジエア中央:メイサ

2エコーロケーション金沢

3ニシノホーネットサガ

4サナダモンブラン園田

5グラスワンダー中央:リギル

6スティンガー中央:アルタイル

7オウカナミキング中央:ギエナー

8エイシンニコライ門別

9マリンヴィルヘルム名古屋

10タニノジェローム中央:ポリマ

11オガワローマン中央:ベガ

12オオルリピクトン姫路:H.M.S.(姫路選抜)

13カワカミプリンセス中央:アカマル

14セイランスカイハイ福山

 

「うわーっ…見事に強敵揃いなこって…」

「豪華メンバーね…」

 

 セイランスカイハイの応援に駆けつけていた軽鴨とキングチーハーは、出走表を見てそう言葉を発する。

 

「先行策の強力なハード、有記念覇者のグラスワンダー、中央の引き抜き作戦でカサマツから移籍したオガワローマン、あのオオルリ家のオオルリピクトン…他にもいっぱい…」

「この四人とその他大勢相手に、今回初めての“差し”のお披露目だろ?」

「ああ、俺、緊張して緊張して、昨日全然寝れんかったんだよな…」

 

 セイランスカイハイは、福山ダービーでの敗北から逃げ戦法を使うのをやめ、コツコツ差し戦法の練習をしてきたのである、そして、このプレ大会をそのお披露目の場にする予定であった、それ故数多くの強敵が出走することとなったこのレースに対し、雁山はかなり不安な感情を持っていたのである。

 

「おっ、ランスが出てきたぞ!」

 

『14番、セイランスカイハイ、所属は福山』

『何を考えているのでしょうか?』

 

 解説役は動揺した、セイランスカイハイはジャージに袖を通さず、ファスナーを開けて肩に引っ掛けてなびかせ、腕を組み、仁王立ちをしたポーズを取っていたからである。

 

「おおっ!!」

「セイランスカイハイ名物、“ガイナ立ち”!!」

 

 セイランスカイハイのファン達は、解説役の反応とは真逆の反応を示していた。

 

「なあ、雁山…“ガイナ立ち”って…何なんだ?」

「…ああ、ランス曰く、“ロボットアニメによく出てくるポーズ”*1らしいぞ」

「…そういえば、ランス、“エレベーターでせり上がってくるのができたら、もっと格好良いのにって言ってたわね”…」

 

 そんな会話をしながら、三人は再びセイランスカイハイの方に目をやった。

 

「…ランス、武者震いしてる…?」

「…ホントだ…」

「ターフと言う名の海原を前に、心が昂ってるってことか…よかった…」

 

 雁山は安心したように、そう言った。

 

 

────────────────────

 

「………」

「………」

 

 セイランスカイハイはゲートの前で、ジハードインジエアと目を合わせ、お互いに頷きあった。

 

(周りは強敵、枠は大外“天気晴朗ナレドモ波高シ”ってところかぁ…)

 

 セイランスカイハイは周りでゲートインの準備をするウマ娘たちを見て、そう思った。

 

(やっぱり…緊張するなぁ……いや、こんな時こそ冷静に、あのときの偵察で、基本的な事は分かってる…それに情報だって、しっかり集めた…ペルセウス会長の話を思い出せ…)

 

 セイランスカイハイはエコーペルセウスとのやりとりを思い出した。

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

それは、セイランスカイハイのプレ大会出走が決定した数日後の事である。

 

「なるほど…緊張してるってことかぁ…」

「はい、ペルセウス会長」

「ランス、君は確か、プレ大会で初めて“差し”を披露するんだったよね?」

「はい」

「……“勝負は時の運”と言うけれども、勝負において、絶対に裏切らないものがある、ランス、それが何だか分かるかい?」

「…“努力”でしょうか…?」

「…半分正解、あとの半分は分かるかな?」

「…いえ…」

 

 セイランスカイハイは顔を横に振った。

 

「正解は“情報”だよ」

「情報…」

「うん、厳島の戦いの時、毛利元就は自分より遥かに兵力の勝る陶晴賢に対して勝利した、これは情報の力によるものも大きい、そして、レースも戦と同じさ」

「レースも…」

「そう、何年か前、私は夏休みを使ってアメリカまで行ったことがあってね、ホームステイ先のウマ娘が、情報戦でジャパンカップに挑んだウマ娘だったのさ」

 

 エコーペルセウスは自分の部屋に置いてある写真立てを取り、そこに自分と共に写っている金髪の長身のウマ娘(オベイユアマスター)の写真を懐かしそうに眺めた。

 

「ランス、君は相手の情報を集めることに対して、同期の誰よりも努力していることを私は知っている、私はその努力も、集めた情報たちも、君を裏切ることは無いって思うよ」

「……努力も…情報も…私を…」

 

 セイランスカイハイは自分の手を見た。

 

「そう、裏切ることは無い、最後に、応援の言葉として、そのアメリカのウマ娘の言葉を借りようか、『敵の情報を徹底的に調べ尽くせ 逆にこちらの情報は徹底的に隠し通せ “仮面”を被れ 情報を支配しろ』」

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

(用意したのは、逃げという名の仮面……ターフという名のこの海で…それを脱ぎ捨てる時が来る)

 

 セイランスカイハイは緊張を振り切り、ゲートインした。

 

『最後に大外セイランスカイハイ、ゲートイン、各ウマ娘、スタート体制整いました!』

 

ガッコン!

 

『さあ今一斉にスタート!!まずは注目の先行争い、まず行ったのはタニノジェローム、続いてエイシンニコライ、先行争いはこの二人、後続との差を離していきます、3番手はニシノホーネット、あるいはオウカナミキング、その後ろ、外からはサナダモンブランとジハードインジエア、内にマリンヴィルヘルムとカワカミプリンセス、そして2バ身ほど離れ、内からスティンガーポスト、グラスワンダー、その後ろにセイランスカイハイ、さらには、オガワローマン、最後方にはオオルリピクトンとエコーロケーション』

『セイランスカイハイ、まさかの位置ですね、若干出遅れ気味で、先行争いに乗れなかったのでしょうか?』

 

(……まあ、勝手にいろいろ想像してくださいな、解説さん、出来るだけ大きな声で頼みますよ)

 

 広いウマ娘レース場に声を響かせるためには、マイク、スピーカーといった音響設備が必要不可欠である。さらに、レース場で使われているものは基本的に大型高性能なものなので、レース中のウマ娘にも、その情報が入ってくるのであった。

 

(セイランスカイハイ…彼女は、データによれば、セイちゃんやスズカさんと同じ逃げウマ娘…多少の出遅れでも、先行争いには加わろうとするはず、一体…何を…?)

(ランス、何か企んでる、間違いない、でも、観察しすぎると、こちらも危険だね、最後には坂があるし)

 

 今まで取ってきた戦法とは異なった戦法を取ったセイランスカイハイに対し、グラスワンダーは観察、ジハードインジエアは殆ど気にしないという、それぞれ真逆の対応を取った。

 

『各ウマ娘、長めの直線を抜けまして第1第2コーナーのカーブへ、先行争いを制したエイシンニコライ、差を広げていく、タニノジェローム、負けじと続く、先頭から最後方の娘まではおよそ9バ身の差!』

 

────────────────────

 

「オイオイ雁山、コーナーでV-SPTを使わないのかよ」

「ああ、V-SPTにも弱点があるからな、スパート用の余裕を少しでも残しておきたいんだ」

 

 一見すると、弱点の無いようなV-SPTであるが、一つ弱点が存在した。

 

 それは、頭を使うということである、V-SPTは、発動してしまえば大きな効果を発揮するが、その発動には、周囲の状況をよく確認して、タイミングを見極めることが必要であった。

 

 今回、セイランスカイハイは実戦で差し戦法を使う初めての機会のため、ラストスパートでの判断力を温存するため、あえて使わないという戦法を取ったのである。

 

「向正面…ここからはしばらく下り、最後のストレートは長いし、4コーナーが福山みたいにきついから、バ群を抜けるための備えってことね…」

 

 キングチーハーは二人の会話を聞いて状況を理解し、そう呟いた。

 

────────────────────

 

『向正面に入り、下り坂に入りました、エイシンニコライとタニノジェローム逃げる、ニシノホーネットに並びかけるようにオウカナミキング、その後ろ、内から少し上げたかジハードインジエア、そして、サナダモンブラン、マリンヴィルヘルムとカワカミプリンセスはタイミングを伺っている模様、1バ身ほど離れ内からスティンガーポスト、同じく1バ身離れ、グラスワンダー、まだ控えています、その後ろにセイランスカイハイ、オオルリピクトンとエコーロケーションは上げてきてオガワローマンに並びかける姿勢』

『固まりつつありますね、仕掛けどころを見計らっているのでしょうか』

『ここから第3第4コーナーのカーブに突入していきます、あーっとここでスティンガーポストが少し上げてきました、エコーロケーションも外に出ました』

『このコーナーで各ウマ娘の動きが分かれそうですね』

 

(…最後の直線は長い、ここで位置取りを押し上げておかねば…)

 

 グラスワンダーは少しスピードを上げ、差す為に前との距離を詰めた。

 

(…なるほど…そう来るのか…確か、ハードは足の骨が曲がってるから、末脚を使うのはストレート、フォームが綺麗だから無駄なくスピードが乗る、グラスワンダーはピッチ走法で加速が良い、でも、まだ動くときじゃない……)

 

 

 セイランスカイハイはラストスパートに備え、強敵達の特徴を思い浮かべた。

 

『各ウマ娘、第3コーナーカーブを抜けまして第4コーナーカーブに入っていきます!』

 

(よし…決めた、第4コーナーの半分を切ってから、V-SPTで仕掛ける!ミドルスパート……さあ…3…2…1…降ろし方…始め!!)

 

ドォン!

 

「エントリィィィィィィィィ!!」

 

 セイランスカイハイは目を見開き、叫び、勢いよく踏み込んだ。

 

『ここでセイランスカイハイ!早めに仕掛けた!!』

 

(…こんなタイミングで…姿勢も崩さず…丁寧に!?仕方がない…!)

 

『グラスワンダーも行った!!』

 

 ここでセイランスカイハイを前に出してしまえば、進路が塞がれ、前に出られなくなる、グラスワンダーはそれを防ぐべく、前に出たのである。

 

(挑発に乗っちゃだめだ、坂道までは、末脚を使わずに残しておかないといけない…まだ…まだ…)

 

 ジハードインジエアはじっと耐え、スパートのタイミングを伺った、彼女は脚部の一部の骨が反っているという生まれつきのハンデ故コーナーは苦手であるが、夏合宿での経験、それと桐生院が新たに開発したタチャンカのトレーニングにより、その技術は格段に向上していた。

 

(グラスワンダー…対応が早い…)

 

『ここで第4コーナーカーブを抜ける!各ウマ娘、バラけてきたぞ!』

 

(面白くなってきた…!)

 

 バラけたウマ娘達を見て、セイランスカイハイはニヤリとした。

 

────────────────────

 

「グラスワンダーの脚、やべぇぞ!前が詰まる!」

 

 観客席の軽鴨は、慌てて雁山を揺さぶった。  

 

「…いや、ランスなら行ける…よく見ろ…!」

 

 雁山はセイランスカイハイを指差した

 

『セイランスカイハイ、上手く避けて上がってくるぞ!』

 

「…避けてるなんてモノじゃないわ…」

「……ああ…他のウマ娘が動く方向を…“わかっているかのように”…前もって動いてやがる…」

「…それがランスの才能なんだ、コーナー技術は平凡、スタートダッシュもバラツキが多い、でも、勘の良さは、他のどのウマ娘よりも強い…それを日頃から行っている情報収集と合わせれば…鬼に金棒だ」

 

 雁山はそう言い、腕を組んでターフに目をやった。

 

────────────────────

 

『ストレートに入り、逃げていた二人のペースが落ちている、仁川の舞台にはこれから坂があるぞ!ここで外から凄い足でグラスワンダーが来た、ジハードインジエアも続く!これは二人の競り合いとなるか?いや、セイランスカイハイが来た!セイランスカイハイが来た!カワカミプリンセスを交わしてきた!』

 

(見えた!グラスワンダーとハードの間、一人分だけ空いてる…!)

 

『先頭ジハードインジエア、リードは1バ身と半分!グラスワンダー、追い上げてくる!』

 

(…少し怖がらせてあげたほうが有利になる……)

 

 セイランスカイハイはグラスワンダーを牽制し、末脚の勢いを一瞬弱めるため、ぶつかるか否かのギリギリの隙間を空け、差すことにした。

 

『ここでセイランスカイハイ、迫る迫る!!』

 

(爺ちゃんが言ってた、銛は獲物の目を覗き込めるくらい引き寄せてから、放てってね!!)

(こんなに…近くに!?)

 

 セイランスカイハイは、自らが思っていた通り、グラスワンダーの目を覗き込めるぐらいの距離まで接近し、彼女を差した。

 

『先頭ジハードインジエア、苦しいか!?』

 

(さあ…!!ハード、そっちも銛の餌食になってもらうよ!!)

(まずい…ペースを…!!)

 

 必死で走るジハードインジエアを、セイランスカイハイは猛追した。

 

(あとちょっと……ぐっ!?)

 

 その時、セイランスカイハイの右目に僅かな痛みが走った。

 

────────────────────

 

『ジハードインジエア一着!ジハードインジエア一着です!』

 

ワァァァァァァァァ!!

 

 不運の出来事であった、必死で逃げるジハードインジエアを追走していたセイランスカイハイは、たまたま蹴り上げられた土が右目に入り、一時的に集中力とスピードが落ちてしまったのである。

 

「はぁーっ…」

 

 セイランスカイハイは大の字になって、ターフに転がった。

 

「ランス!!」

 

 そこにジハードインジエアが駆けつけ、顔を覗き込む。

 

「ランス!どうかしたの?」

「土が少しばかり…右目に入っちゃって…ね、まっ…こんな時もあるから、気にしないでよ…レースに絶対は無いからね」

「…そっか…なら…私達の勝負は…お預けって事か」

「ハ…ハハ…ハ…その言葉…嬉しいかな…次は負けないから…」

「…それはこっちの台詞だよ」

 

 それを聞いたセイランスカイハイは涙をこらえながら、満足そうな表情を浮かべた、そして彼女は、ジハードインジエアに支えられながら、救護班の所へ向かっていった。

 

 そして、それを見ていたキングチーハーは…

 

「ランス…海は見えた?」

 

 と一言呟いた。

 

 

 一方、セイランスカイハイとジハードインジエアのやり取りを見ていたグラスワンダーの胸中は、驕りは無かった筈なのに、自分のほうが勝るはずの相手(ジハードインジエア)に敗北した悔しさよりも、本来面識などないはずのジハードインジエアとセイランスカイハイがどうして気の置けない仲間のような感じで話しているのかという疑問に支配されていた。

 

(あの二人は…同郷のウマ娘…?)

 

 しかし、グラスワンダーが答えにたどり着く事は無かった、トレセン学園の同学年とはいえども、彼女とはクラスが異っていたからである。しかも、ジハードインジエアのクラスのウマ娘達がグレードレースに出てくる事は極めて稀であり、交流自体も故郷が同じ生徒以外は殆ど無かったからである。

 

(…それに…何…この…ざわつきは…これが…スペちゃん達が感じていた………)

 

 そして、グラスワンダーは心の奥にざわついたものを感じ、手で胸を抑えたのであった。

*1
トップをねらえのガンバスター




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今回は作業用bgmとして、「進出ス」を聞きながら作業しておりました。

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第48話 過去と変化

 

 プレ大会の翌日、エコーペルセウスは慈鳥から受け取ったミスターシービーからのメールを受け取っていた、彼女は夏合宿前、ミスターシービーと電話で話し、意気投合していたのである。

 

「……♪」

 

 エコーペルセウスは良い気分だった、ミスターシービーから送られてきた手紙には、中央を変えたいという桐生院、氷川、伊勢、そしてミスターシービー自身の意志が記されていた、彼女は中央側に同志を得ることに成功していたのである。

 

 そしてそこをハグロシュンランが訪れた。

 

「シュンラン、今日は休んでもらうはずだったのにどうしたの?」

「…ペルセウス会長に、どうしても申し上げたいことがありまして」

 

 そう言ったハグロシュンランの目を見たエコーペルセウスは、何か重大なことであると感じ、仕事を他の生徒に頼んで、別室で二人きりになった。

 

「それで…話っていうのは、どういったものかな?」

「…私の生まれについてです」

「…生まれ…」

 

 エコーペルセウスはそう言い、表情を真面目なものにして傾聴の姿勢を取った。

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 プレ大会当日、ハグロシュンランは実家である屋敷まで帰ってきていた。

 

「お父様、シュンラン、参りました」

「入りなさい」

「只今」

 

 ハグロシュンランは父親の部屋に通される。

 

「まずは、急に呼び出して済まなかったね、シュンラン」

「いえ、お気になさらず、お父様が大事な用と言うのであれば、本当に大事なことなのでしょう」

 

 謝罪する父親に対し、ハグロシュンランは落ち着き払ってそう答え、湯気を立てている紅茶を飲んだ。

 

「ああ、どうしてもお前に話しておくべき事ができたからね」

「…それは…どのようなことでしょうか?」

「お前の生まれについてのことだよ」

「……!」

 

 ハグロシュンランはカップを持つ手を止めた。

 

「……」

「あれやこれやとごちゃごちゃ言わず、単刀直入に言うよシュンラン、いると言ってきたお前の生き別れの双子…それは、メジロアルダンだ」

「えっ…!」

 

 ハグロシュンランは目を見開き、驚愕した

 

「…私と…あの…メジロアルダンさんが…双子…なのですか?」

「そう、双子だ」

 

 その時、ハグロシュンランの脳内には、トレセン学園のファン感謝祭の時の記憶が呼び起こされていた。

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

「アンタらふたり、よう似とるわ」

「顔つき…ですか?」

「ちゃうちゃう、何か雰囲気といい、話し方といい…ウチはアンタらが他人みたいな気がせえへんのや」

「確かに〜二人共、そういった面ではよく似ていますよ」

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

「一体なぜ…そのようなことに…?」

 

 そのことを思い出したハグロシュンランの口からは思わず言葉が飛び出していた。

 

「……今のメジロ家には、メジロマックイーン、メジロライアン、メジロドーベルなどの、トゥインクルシリーズでの将来が期待されるウマ娘が多くいる、それは知っているかい?」

「…もちろんです」

「何年も前だったけれど、お前やメジロアルダンが生まれる前、メジロ家は将来を担うべき強さを持ったウマ娘と言うものがおらず、先行きが不透明だった、あのメジロラモーヌはその時は生まれていたけれど、あれはまだ幼かったからね」

「……」

 

 メジロラモーヌはメジロアルダン、ハグロシュンランの姉に当たる人物である、その強さは圧倒的であり、デビュー戦圧勝、トリプルティアラ達成などの多くの功績で、暗雲立ち込めるメジロ家に光をもたらしたのであった。

 

「…そして、その時に生を受けたのが、お前とメジロアルダンだ、お前達が双子であると分かった時、メジロ家は割れた、片方は二人共産むべきであると、そして、もう片方…当主達は“減数手術”をするべきであると、メジロ家以外の人間も、それを推した」

 

 減数手術というのは、双子などの多胎妊娠などの場合において、産まれるであろう胎児のうちの一部を死滅させるという処置のことである。そして、ウマ娘は双子は良くないものとされており、*1その出産は控えられてきたのである。

 

「しかし、お前の両親は、二人共産むことを選んだ、そして産まれてきたのが、お前達だ」

「……」

 

 ハグロシュンランは黙って頷きながら話を聞いていた。

 

「出産は大変だったが、お前達の母親は無事に二人共産んでみせた、そして、双子の片方つまりメジロアルダンは、身体が弱いことを除けば、身体に何ら異常は無かった、しかし、お前は…このことは、お前が一番わかっているね」

「ここ…でしょうか?」

 

 ハグロシュンランは自分の片目を抑えた。

 

「…そう、双子の片方、つまりお前は、生まれつき身体が弱いだけでなく、片目が機能していなかったんだ、そして、今後産まれるであろう新たなウマ娘達の事を考えると、お前達を二人共養う余裕は、時局も相まってあの時のメジロ家には無かったんだ」

 

  ハグロシュンランらが生まれた時、日本は経済危機のダメージからの回復の真最中であり、その経済危機の煽りを食らっていたメジロ家も例外ではなかった。

 

「だから、お前の本当の父親は、苦渋の決断を下したんだ、それが“信用できる人間に双子の片方を託すこと”だった」

「…その…信用できる人間…というのが…お父様とお母様だった…ということですか?」

「そういうことだよ、私とお前の本当の父親は、学生時代ともに競い合った仲だった、大学を出た後も、付き合いは続いていたんだ」

 

 ハグロシュンランの父親は、懐かしそうな表情を浮かべ、そう言った。

 

「…お父様は、その時、どう思ったのですか?」

「…その時かい?当然驚いたさ、呼び出されたかと思えば、急に“この娘を育てて欲しい、これができるのはお前しか居ない”なんて言われたからね」

「……」

「シュンラン、色々と思うところはあるだろうけど、お前の本当の両親は、お前を捨てたわけじゃない、それだけは分かって欲しい、耳飾りを外してご覧」

 

 ハグロシュンランは、父親の言うとおり、耳飾りを外し、机の上に置いた。

 

「私がこの耳飾りをお前にあげたのはいつか、覚えているかい?」

「はい、福山トレセン学園にサポートウマ娘として入学した時、お父様が記念にと」

「それは、お前の本当の両親がお前が無事に成長したことを祝い、私に送ってくれたものだ、色をよく見てご覧、何かを思い出さないかい?」

「………!」

 

 その時、ハグロシュンランはファン感謝祭の時に見た、日本ダービーの映像、そしてその中に写っていたメジロアルダンの勝負服を思い出していた。

 

 彼女の耳飾りの色は、青緑色である、そして、メジロアルダンの勝負服に配されている色も、青緑色であった。

 

「…どうやら、気づいたようだね、その色はメジロ家のウマ娘の勝負服に使われているメジロカラー、お前の本当の両親は…離れ離れになろうとも、お前を思ってくれているんだよ」

「お父様…」

「今まで黙っていて、済まなかった」

「いえ…ですが、何故、お父様は今まで伏せていらっしゃったのですか?」

「お前達のためだ、このことが外部に知られれば、“メジロ家は必要ないウマ娘を捨てた”と世の中に勘違いされかねない、そうなってしまえば、一番辛い思いをするのは、当事者であるお前達だからさ、今のメディアは恐ろしいからね、だから私達は、秘密を知る人間を最小限にしたんだ、メジロの当主でさえ、お前がここにいることは知らないはずだよ」

「そう…だったのですね…でも、なぜ…今日私に…?」

 

 ハグロシュンランは疑問を口にした。

 

「この前、グワンとバショウから、お前達が目指しているものが何なのか、聞かせてもらったんだよ」

 

 エコーペルセウスが生徒全員の前で発表した、“日本のウマ娘レースを世界に羽ばたくのにふさわしいものにする”という宣言は、当然、志を同じくした各地方トレセン学園の生徒会長によって発表されていたのであった。そして、ハグロ家の競走ウマ娘、ハグログワンバン、ハグロミズバショウからそのことを聞いた父親は、ハグロシュンランに出生の秘密を話すことを決意したのである 。

 

「AUチャンピオンカップがどういった形で終わるのかは、私には分からない、だが、ただ一つ分かることがある、それは我々地方とメジロ家のいる中央を繋ぐ事が必要になるということだ、それについて、お前はどう思う?」

「私もそう思います」

「…やはりか…二人の言っていた通り…今の中央は“絶対を体現するスターウマ娘を求める”という事を重視している……もちろん、メジロ家も例外では無いだろうね」

「…メジロ家も…?」

「そうだ、あそこは中央の上層部に影響力を持っているからね、でも、メジロ家すべてが、そうではない」

 

 メジロ家は、そのウマ娘全員が、ひとつ屋根の下に暮らしているというわけではない、メジロ家は、2つの屋敷を所有している、1つ目は当主やメジロマックイーン、メジロライアン、メジロドーベル、メジロランバートらが暮らしている屋敷、2つ目はメジロパーマー、そしてメジロアルダンらが暮らしている屋敷である。

 

「私は、なかなか子供ができなかった私達夫婦にお前というかけがえのない存在をもたらしてくれたお前の本当の父親に対しての大恩がある…そして…私はその恩返しをするべく、AUチャンピオンカップ後の地方と中央の橋渡し役となろうと思っている、シュンラン、この父を…手伝ってくれないか、頼む、この通りだ」

 

 ハグロシュンランの父親は、彼女に頭を下げた。

 

「お父様……」

 

(…あの時見た、アルダンさんやオグリキャップさん達は、本当に良いライバルだった、そし私は…地方と中央の生徒も、そのような関係になれる事を見てきた…さらに、お父様も、お母様も、他のハグロ家の方々も、養子である私を妹たち同様に、可愛がってくれた)

 

 ハグロシュンランは目を閉じ、考える。

 

「…お父様、私は決めました」

「…言いなさい、どんな答えでも、私は受け入れるよ」

「私はハグロ家の一員であり、お父様の娘、そして、福山トレセン学園の生徒会副会長、答えは決まっています、お父様を手伝い…いえ、自ら橋渡し役として、日本のウマ娘レースが世界に羽ばたくために力を尽くしたく思います」

「…ありがとう、シュンラン」

 

 ハグロシュンランの父親は、彼女の手を取った。

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

「といったことがあったのです…」

 

 ハグロシュンランは自分の身に起きたことをエコーペルセウスに全て話し、紅茶を一口飲んだ。

 

「まさか君があのメジロ家の血族だったとは…」

 

 エコーペルセウスは冷静を装っているものの、ハグロシュンランの出自にはかなり驚いていた。

 

「正直私も驚いています、ですが、出自がどうであれ、私はこの国のウマ娘レースの為に力を尽くす所存です」

「その言葉嬉しく思うよ、ありがとう、シュンラン」

 

 エコーペルセウスは笑顔でそう言った、その表情には、今後への期待が表れていた。

 

 こうして、エコーペルセウス達はその目的に向けて、大きく前進することに成功したのであった。

 

────────────────────

 

「じゃあ、プレ大会で大健闘した皆に……乾杯!!」

「かんぱーい!!」

 

 一方その頃、トレセン学園の食堂の一角では、ツルマルシュタルクが乾杯の音頭を取っていた、彼女の周囲には、チームメイサ、フロンティアだけでなく、少なくない数のウマ娘達が集まっていた。

 

「ロブロイちゃんもお疲れ〜!レース、どうだった?」

「一回ぶつかりましたけど…ふんばってみせました!」

「スイープちゃんお疲れ様!」

「ふふん!やってみせたわよ!一番小さいアタシが勝てたんだから、アンタ達も勝てるはずよ!」

「そうだね、私達も…!」

「アタシもできるか?」

「もちろんよ!ビコー!アンタにもできるはずよ!」

「おお!なら、今度のデビュー戦見ておけよ!圧勝してやる!」

 

 今回のプレ大会では、ジハードインジエア、ゼンノロブロイだけでなく、スイープトウショウも勝利していた、そして彼女は、わがままな部分はあるものの、自分の将来性を心配するウマ娘達を元気づける存在として成長していたのである。

 

「まさか、私達があんなに良い結果になるなんて…!」

「将来性なんて…他人が…自分のものさしで測っただけのこと……色んなトレーニングを試してみないといけない」

 

 あるウマ娘の言葉に、ハッピーミークはそう反応して、ニコリとした

 

「ミーク先輩は確か、春天狙ってるんですよね?」

「うん、どうしても…勝ちたい娘がいるから…その娘に勝つのに相応しい自分になるために…出る」

「どうしても勝ちたい娘…スペシャルウィーク先輩…それともエルコンドルパサー先輩…いや、グラスワンダー先輩かな?」

「違う…アラ…アラビアントレノ…」 

「あっ!あの菊花賞ウマ娘の…地方の…アラビアントレノさんですか?」

「…うん、アラは…いや、アラ達は…凄い」

「私も地方で走ってる友達が居るんですけど、そこの生徒会の皆が最近すごく頑張ってるって言ってました」

 

 ハッピーミークとそのウマ娘が話していると、そこにタマモクロスがやってきた。

 

「なんやなんや〜アラビアントレノの話をしとるんか?」

「タマモクロス先輩…!確か先輩は…」

「せや!この前のレースであいつと走った、ミーク、ウチも話に入れてくれへんか?」

「はい……皆、少し詰めよう」

 

 ハッピーミークはその場にいるウマ娘達に、タマモクロスが座るためのスペースを確保するよう促し、タマモクロスを座らせた。

 

「タマモクロス先輩!」

「皆!タマモクロス先輩がこの前のレースについて話してくれるって!」

「ホントに!?」

「おっと、その話、アタシにも聞かせてくれないかな?」

「シービー、アンタも聞きたいんか?」

「うん、私もあのレース、見ていたからね」

「わかったわかった!耳の穴かっぽじって聞くんやで、まず……」

 

 タマモクロスは集まったウマ娘達にプレ大会の時のレースについて話していった。

 

────────────────────

 

「それでウチは、アラビアントレノに『これからは、アンタみたいな“周りを驚かせるウマ娘”が、時代を作ってくのかもしれへんな…』って言ったんや、まぁ、それはあいつだけやない、アンタら全員、最近頑張っとんのはウチは知っとるさかい、アンタらはアラビアントレノと同じ、次の時代の担い手やとウチは思う、やから頑張るんやで!」

「はい!」

 

 タマモクロスは集まったウマ娘達を激励した。

 

「みんな、笑顔になってますね」

「はい、新入生達、そして新人トレーナーの皆さんが入ってくるときが楽しみです」

 

 話しているウマ娘達の様子を遠巻きに眺め、そう言っていたのは桐生院と氷川だった、彼女たちはトレセン学園に新しい風を吹き込むべく行動しており、現在のツルマルシュタルク達が行っている祝賀会も、メイサ、フロンティアの両チームが、クラスのメンバー、つまりは将来性が低いと予測されているウマ娘達に声を掛け、夏合宿で行ってきたトレーニングを教えたりなどして勇気づけ、ネットワークを広げていった結果であった。

 

「それに…あの娘達の中には、まだ未デビューの娘も少なくない」

 

 桐生院はそう呟いた。

 

 未デビューのウマ娘は、基本的に選抜レースで良い結果を残し、トレーナーのスカウトを受けるが、必ずしもそのプロセスを経ているわけではない、選抜レースを経ずにスカウトを受けるウマ娘も存在しているからである。

 

 そして、桐生院と氷川は、自分達が優秀な成績をレースで残し、チームの名を上げて新人トレーナー達に名の通った存在となることを思いついた。

 

 そして新人トレーナー達に接触し、未デビューのウマ娘を“斡旋”するのである、そして、ここにはいない伊勢が、慈鳥達によってもたらされたトレーニングを紹介したり、アドバイスを行うといったアフターケアを行うのである。

 

 そうすることで、開明的なトレーナー、ウマ娘を増やしていき、保守的な中央を変えていこうというのが、桐生院達の考えであった。

 

 

 

「……」

「…次の時代の担い手…かぁ…」

「……何だか…凄くざわつくんだよねぇ…」

「…これが…菊花賞の時に皆さんが感じていたものなのですね」

「………」

 

 そして、ハッピーミーク達を見ていたキングヘイロー、スペシャルウィーク、セイウンスカイ、グラスワンダー達、“将来性が高い”と予測されているクラスのウマ娘達は、ざわつきをもって、それを見ていた。

 

「……私達の方が、有利なはずなのに」

 

 そして、あるウマ娘がそう言った。

 

 

────────────────────

 

 

 その頃、別の場所では東条がプレ大会の結果を見て頭を抱えていた、今回、彼女のいるリギルからは、グラスワンダー一人しかウマ娘は出ていないものの、彼女にとって親しい仲であるスピカの西崎が育成するスペシャルウィークの敗北、そして自分が目をかけているヤコーファーのトレーナーも敗北したことにより、彼女、そしてリギルは衝撃を受けていたのである。

 

「何故だ…」

 

 東条の頭の中では、ジハードインジエア達は体格的にレースで不利であるとなっていた。そしてそれは殆どのトレーナー、ウマ娘に共有されているコモンセンスのようなものであった。

 

 しかし、ゼンノロブロイはかち合いに勝って見せ、間髪入れずにブロックに入ったメジロライアンを躱してゴールしたのである。

 

 そして、東条が一番理解に苦しんだのが、アラビアントレノがタマモクロスの領域を打ち消したということについてだった。

 

 

 

 そして、このプレ大会をきっかけに、トレセン学園内の人間関係に、ある変化が生じていた。

 

 それはトレーナー達においてである、東条や西崎といった実力派と目されていた者達が、桐生院や氷川といった新進気鋭の開明的な者達を強く警戒するようになったのである。それは「取って代わられるかもしれない」という小さな不安であった。

 

 もちろん、その感情はトレーナー達の間でとどまるような物ではない、少しずつ、だが確実に、ウマ娘達にも忍びよりつつあった。 

 

 

 

 新しい風に吹かれた者は、変化の兆しを好意的に捉えていた、その変化に夢中になり、今後の流れはどうなるのか考えることを楽しみにしていた。

 

 実力者であると目されていた者は変化の兆しに戸惑っていた、そしてそれが凶兆であるという予感を拭えずにいた。しかし、戸惑っている者たちは、どうあがいても今の自分達を変えることはできない。変化に適応できるだけのマージンが、今の彼女たちには無いのだ。

 

 

 感情が、何気ない不安を、複雑にする。

 

 

 

*1
第5話 夏を制するものは… 参照




お読みいただきありがとうございます。

新たにお気に入り登録をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m

史実、及びウマ娘では、メジロアルダンの双子の片割れは死んでいますが、この作品では身体能力にペナルティを抱えながらも生きているという設定です。

また、今回の最後のワンフレーズは、「負けない愛がきっとある」という曲を参考にしたものです。

ご意見、ご感想、評価等、お待ちしています。


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第49話 プラン

   

 

 プレ大会から数日後、トレセン学園理事長であるやよいは、URAの本部で行われる会議に出席していた。

 

「秋川理事長、この結果はどういうことですか?」

 

 役員の一人がやよいに対してそう質問する。

 

「…力不足を感じています」

「そうお思いですか、最近の地方の実力が向上しているのは分かっている事、そこに関しては何も言えません、むしろ我々が最も気にしている点は、スピカやリギル、ベガといった中央を代表するチームがことごとく敗北を喫していることです」

「………」

 

 別の役員の発言を聞き、やよいは苦しい顔をした、このプレ大会は、トレセン学園で有名なチームの殆どが参加していたものの、どのチームも活躍できたとは言い難い状態だったからである。

 

 役員の殆どは、サクラスターオーの一件から、エアコンボフェザーと数人の仲間が共に地方に下野したことにより、地方の実力が上がっていることを知っていた、しかし、そのことはひた隠しにされてきたので、やよいはそのことを知らない。

 

「そんなに落ち込まないで下さい、我々にも反省点はあります、秋川理事長、それは貴方へのバックアップが十分では無かったことです」

「…バックアップ…?」

 

 また別の役員の予想外の言葉に、やよいは目を丸くする。

 

「はい、要は、トレセン学園を支援するための用意が十分でなかったということ、そしてこれからは、その支援が可能となります」

「支援…ですか?」

「はい、最適なものを紹介しましょう、こちらをご覧下さい」

 

 役員の一人がそう言うと、今まで真っ黒だったスクリーンに照らされ、あるものが映し出された。

 

「…これは…!」

「トレセン学園のための、バックアッププランです。その名も、管理教育プログラム……これは、アメリカやフランスのウマ娘トレーニングにて多く採用されている“徹底管理主義”に基づいたものです、トレーニング内容のみにとどまらず、食事内容や私生活に至るまで、徹底的に管理し、才能の向上とケガの防止を目的としています」

「………」

「さらに、徹底した管理、記録で“トレセン学園のウマ娘達にとって理想的な形のトレーニング”を作り上げ、各チーム、各クラスにてそれを採用、より効率的に多くの生徒達を育て上げる事も同時に目的としています」

 

 つまり、これは、バラバラなトレーニング方式を廃してマニュアル化を行い、食事内容や私生活にも管理を導入することによって、効率化と怪我のリスク回避を両立し、ウマ娘達の能力向上につなげるための計画である。

 

「…秋川理事長、要は、そちらに所属している東条ハナトレーナーのトレーニング方式を、更に進化させたものだということです」

「…ですが、これでは生徒達が」

「秋川理事長」

 

 やよいの言葉を、ある役員が遮る。

 

「……あなたは、本来の理事長が戻ってくるまでの理事長です、それに、このプランはしわす元理事長の意志です」

「母上が…?」

「はい、まさか、従わないと言われるのですか?」

「い…いえ、私も、自分の立場は…理解しています」

「そうですか、申し訳ありません、少し熱が入ってしまったようだ、とにかく、この案をまずここで審査し、承認の後、理事会に提出願います」

「…分かりました」

 

 その後、樫本の提案した管理教育プログラムは、中央の役員たちによる審議が行われ、一部の者は棄権や反対票を投じたものの、賛成多数で、管理教育プログラムの理事会への提出が決まったのだった。

 

────────────────────

 

「では…承認という形で行きましょう」

 

 そしてそれは後日、トレセン学園の理事会でも可決された。

 

 そして、この極端とも言える管理教育プログラムがすんなりと通ったのには理由がある。

 

 まずは名家の存在である、トゥインクルシリーズの運営には、いくつかの名家が関わっている、そしてそういった名家のウマ娘は素質、体格共に、レースにて良い成績を残すことができると期待されている者ばかりであった。

 

 そして、トゥインクルシリーズは多くの企業や団体が運営に関わっている。そして、その中でも大きな割合を占めているのが、勝負服や体操服、シューズを作るスポーツ用品企業、ウイニングライブの踊りの振り付けや使用曲の作成やライブ映像の販売を行っている企業などである。

 

 URAの役員や理事会には、そういった企業に関わりのある人間が多く所属していた。

 

 そして、それらの企業に共通している考えが、“小さいウマ娘は望ましくない”というものであった、勝負服は、企業が作成したものをURAが購入する方式であり、大きければ大きいほど収益が見込め、それはウマ娘側が購入する体操服も同様である、そして、ウイニングライブの映像においては、低身長のウマ娘より、高身長、高頭身のウマ娘の映像が売れる傾向が表れていた、このように、企業の人々はトレセン学園の生徒達とはまた別の理由で、小柄なウマ娘達の活躍を面白く思っていなかったのである。

 

 また、管理教育プログラムは効率化と安全性を同時に求めているため、トレーニングの種類を絞っている、これは、トレーニングの効果を100パーセント発揮できないウマ娘が居ることを示している、そしてそれに当てはまるのが、少数派である小柄なウマ娘達である、しかしこれは少数派用のトレーニングを用意する事によって発生する現場の混乱を避けるためには仕方のないことである。

 

 極めつけは、中央で常識として定着してしまっている“小柄なウマ娘は不利”という一般論であった。

 

 つまり、アメリカやフランスの行っているやり方は、“絶対を体現するスターウマ娘”を作り出したい現在のURAの上層部にとって、都合良く利用できるものということであった。

 

 それらの理由があり、小柄なウマ娘の活躍を強く警戒した名家の上層部や、利権から外れることを恐れた企業が管理教育プログラムに賛同したのである。

 

「トレセン学園支援のためのプランができて安心ですね!」

「そうですね、さすがもと理事長、海外に行かれてもきちんと考えておられる。これでトゥインクルシリーズも安泰でありますなぁ!」

 

「……本当にこれで…良いんだろうか…?」

 

 理事会の面々をを見て、彼らの裏側の思惑を知らないやよいは一人、そう呟いた。

 

 

────────────────────

 

 数日後、中央トレセン学園では、集会が行われていた。

 

『注目ッ!!今日から我トレセン学園にて施行される新たな育成プランの説明がある、心して聞くように』

 

 やよいはそう言って降段し、URA本部の説明係の人間が登壇する。

 

『私は、今までのトレセン学園を見ていて感じているのは、どうしようもない…緩さ』 

「緩さ…?」

 

 その話を聞いていたベルガシェルフはそう呟く。

 

『例えば、危険なトレーニングの容認、開始時刻のバラつき、休憩時間中の雑談の許可、他にも様々です』

「………」

『そしてこれは生徒諸君の責任というよりも、トレセン学園の現状……最近浸透しつつある自由主義…いえ、怠慢が招いたもの、つきましては…私はここに、チームリギルなどの有力チームにて採用されている“徹底管理主義”を海外のウマ娘トレーニング方式を参考にして改良した“管理教育プログラム”を掲げます、これをチームのトレーニングや授業に採用し、トレーニング内容のみにとどまらず、食事内容や私生活に至るまで、徹底的に管理することで、才能の向上とケガの防止を目的としています』

「そんなの…トレセン学園じゃない…」

「……ザック…」

 

 声を上げたのは、最前列にいたアドヴァンスザックであった。

 

『…確かに、そのような声が上がるのは承知の上です、しかし、設立当初のトレセン学園は、管理主義の理念の下、ウマ娘達のトレーニングを行ってきました、それ故、この管理教育プログラムは、緩んでしまったトレセン学園を引き締めるためのものです、そしてこれは、海外のレベルに追いつき、追い越すためには必要不可欠なものです』

 

 説明係はアドヴァンスザックに向けてそう説明した。

 

 トレセン学園の歴史は約150年ほどであり、その設立は明治時代にまで遡る、その頃の日本は、欧米列強と肩を並べるべく、どんどん欧米の文化を取り入れている段階であり、国際的なスポーツであったウマ娘レースも例外ではなかった、そして、その頃のトレセン学園はアメリカやフランスに倣い、管理主義を掲げていたのである。

 

『お分かりいただけましたか?では、これより大まかな説明に入ります』

 

 そして、説明係は管理教育プログラムや海外のトレーニング方式の大まかな説明に入っていった。

 

 

────────────────────

 

 

 数日後、桐生院や氷川達は、管理教育プログラムに反対するウマ娘やトレーナー達と共に伊勢から話を聞いていた。

 

 伊勢は、管理教育プログラムに反対する者を代表し、学園の古参の一人として理事会に抗議をしに赴いたのである。

 

「それで、私が抗議した結果、“こちらにも準備期間が必要なのでいきなりの実行はしない”、“受け入れられない方々のためには何か考える”の2つを約束してくれたわぁ」

「でも、その何かというのが、引っかかりますね」

 

 伊勢の熱弁により、理事会は管理教育プログラムの実施についての考えを練り直さざるを得なくなった、トレセン学園内のトレーナーの中では、伊勢は自由主義、つまりは少数派である。しかし、ベテラントレーナーであり、三冠ウマ娘ミスターシービーを育て上げた伊勢の意見を、理事会は無視することはできなかった。

 

「まずは皆のやるべきことをやりましょうか、新入生をチームに迎えることも大事だけど…葵ちゃんはミークちゃんの春天に備えたトレーニング、結ちゃんはベルちゃんを皐月賞に備えて鍛えておくこと、それから…」

 

 そして、伊勢は自分に着いてきてくれているトレーナー達に、今後どういった行動を取るべきなのかを指導していった。

 

 

 

 管理教育プログラムが発表されてから一週間後、理事長であるやよいは全校集会を開いていた。

 

『注目ッ!!先日発表された管理教育プログラムについて、様々な意見を聞かせてもらった!我々理事会はそれらの意見を聞き入れ、実行についてのプランを決定したので今から発表させて貰うッ!』

「………」

 

 葵は胸に手を当て、やよいの方を見つめていた。

 

『先日発表された管理教育プログラムについてだが、これは“URAの特別推奨プラン”とすることになった!つまり、この管理教育プログラムを取り入れるか否かは自由だが、取り入れれば、URAの方からチームの活動支援が受けられる事となった!!』

 

ザワザワザワッ!!

 

 やよいのその言葉を聞き、会場はざわつきに包まれた。

 

 URAは、海外遠征強化計画の一貫で、有力チームに活動支援を行っており、それは遠征などの資金援助等に充てられている、そういったURAからの援助は他のチームから見れば羨望の的であった。

 

 URA上層部は、サイレンススズカの故障騒動の件などから、メディアの恐ろしさについて学んでいた。そして、管理教育プログラムを強制することは問題となる可能性が高いとうことを理解していた。

 

 そのため、チームの活動支援という方法を使うという選択肢を取ったのである。

 

 

『そして、スカウトを受けていないウマ娘達については、URAが管理教育プログラムを推奨していることからそれを応用し、体重、睡眠時間、間食内容等を記録する自己管理シートをつけてもらうことしたッ!!なお、これは真面目につけてもらわなければ困るので、よろしく頼むッ!!』

 

 つまり、URA上層部は、チームが管理教育プログラム取り入れるか否かは自由だという譲歩の点を見せながら、デビュー前のウマ娘達にはその基礎である自己管理シートつけさせることで管理教育に慣れさせ、管理教育プログラムを当たり前のものとすることで、反対派を自然消滅させるという策を取った。

 

 そして、最近の中央の勢いが弱まっていることもあり、少なくない数の生徒、トレーナーが、管理教育プログラムに賛成、或いは迎合の動きを見せたのである。

 

 この宣言を受け、トレーナー達は3つに分かれた。

 

 1つ目は、東条、ヤコーファーのトレーナーのように、URAの方針に乗っ取り管理教育プログラムを受け入れる者達…つまりは保守派、2つ目は、桐生院、氷川、伊勢のように管理教育プログラムを受け入れず、独自路線を取る者達…つまりは革新派、3つ目はスピカの西崎のように、情勢を見極めようとする者たち…つまりは保留派である。

 

 地方でも、中央でも、様々な者の思いが交錯し、ウマ娘達を取り巻く環境は変化を続けていく、走り、競い、ゴールを目指しているウマ娘達は、今後、どのような道を歩んでいくのか…その答えは、誰にも分からない。

 




お読みいただきありがとうございます。

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今回の話で、ストックは最後になりますが、なるべく早めのペースで投稿していきたいと思いますので、これからも拙作をよろしくお願い致します。

また、物語にほとんど出てくることはありませんが、中央と地方のスポンサー企業のロゴを作ってみたので載せておきます。より世界観を広げるお手伝いとなれば幸いです。


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第50話 厚遇

   

 

 管理教育プログラムの導入から数週間後、トレセン学園は新たに新入生を迎えていた。

 

「会長、お疲れさまでした」

「ありがとう」

 

 新入生歓迎の挨拶を終えたシンボリルドルフは生徒会室まで戻り、エアグルーヴがそれを迎える。

 

「会長はそろそろお休みください、あとは私がやっておきます」

「いや、まだ私にはやることがある、気持ちだけ有り難く受け取っておくよ」

 

 そう言うと、シンボリルドルフは生徒会室を出ていってしまった。

 

「…会長は…また出ていったのか…」

「ああ、恐らく例の転入生の所だろう」

「……会長があそこまでやりたがるのが、私にはよくわからない」

「愚痴はそこまでにしておけブライアン、会長のことだ、きっとしっかりと考えているんだろう」

 

 エアグルーヴは腕を組み、シンボリルドルフと入れ替わりで入ってきたナリタブライアンはため息をついていた。

 

 

 

 その頃、トレセン学園の面談室ではサカキムルマンスクが一人、椅子に座っていた。彼女は無事に転入試験に合格し、サポートウマ娘として中央に転入することになったのである。そして今日が初日であった。

 

「待たせたな、サカキムルマンスク」

「…い、いえ!」

 

 面談室に入ってきたのはシンボリルドルフだった。

 

「そう硬くならなくても良い、君は転入試験を好成績でパスした。優秀なサポートウマ娘になってくれるだろう。君を歓迎するよ、サカキムルマンスク」

「あ、ありがとうございます」

「さて、サカキムルマンスク、今日は暇かな?」

「………?」

「暇ならば、私にこの学園を案内させてほしい。君には一日でも早く、ここに慣れてほしいからね」

「…よ…よろしくお願いします」

 

 サカキムルマンスクは物腰柔らかな物言いをするシンボリルドルフを見て、恐る恐るそう言った。

 

 

────────────────────

 

 

「皆!大変!」

「サンバ、どうしたの?」

 

 一方、部室では、メイサのメンバーがトレーニングの準備を行っていた。そこに、慌てた様子でサンバイザーが駆け寄ってきた。

 

「ルドルフ会長が直々に、サカキを案内して回ってるわ!」 

「本当ですか!?」

「本当よ、さっき見たもの!」

 

 サンバイザーの言葉に、メイサの面々は驚く、シンボリルドルフが他の生徒に頼まず、学園の案内を行うのは、ほとんど例の無いことであったからである。

 

「もしかして…ルドルフ会長…」

「…ミーク…?」

「サカキを、リギルに入れようとしてるんじゃないかな…?」

「そうなりゃ、辻褄は合うな、福山は最近の地方でも勢いのある学園の一角、そしてそこのサポートウマ娘なら、知ってることも多いだろうし」

 

 ハッピーミークの予想に、ツルマルシュタルクは同意する。

 

「……トレーナーさん…遅いね…」

 

 そして、ジハードインジエアはまだ来ていない桐生院を気にかけていた。

 

ガチャ…

 

「すいません皆さん、遅れました」

「トレーナー……何か…あったんですか?」

 

 ハッピーミークらは桐生院に近づき、彼女の目を見る。

 

「新人さん達が喧嘩をしていて、その仲裁をしていたんです」

「…喧嘩?」

「皆さんを心配させたくないので、あまり言いたくは無いのですが、現在、私達トレーナーは、保守派、革新派に分かれてるんです」

「……派閥抗争…?」

 

 サンバイザーは腕を組み、そう言う。

 

「…言いにくいですが、そうなっていますね」

「それ…大丈夫なんですか…?」

「………理事会は“意見の突き合わせは大いに結構だが、熱を入れすぎてトレーニングに影響を出さないように”と言ってくれては居ます…ただ、心配です。この学園の全てのトレーナーが良い人物であるとは限りませんから」

「確かに…慈鳥トレーナーの面接のことを言った人も、いましたね…」

「はい…そういえば皆さん、先程までなにか話していたようですが、何を話していたのですか?」

 

 桐生院はハッピーミーク達にそう質問する。

 

「さっき、サンバがルドルフ会長に学園を案内されているサカキを見たらしいんです。それで、もしかしたらルドルフ会長は、サカキをリギルに迎える気何じゃないかって」

「サカキさんですか……まさかルドルフさんと一緒にいたとは…」

 

 桐生院はサカキムルマンスクが転入するという情報を慈鳥を通じて知っていた。それ故、彼女を探し出し、チームに引き入れる為にトレーニングを見てもらおうと思っていたのである。

 

(…サカキさんは、我々が変わるのに必要な存在…しかし彼女は福山の元生徒、リギルからすると、地方の秘密を知るために、どうしても確保したい人材のはず……そしてそれは…私も一緒…ならば…)

 

 桐生院は暫く考え込んでいた。

 

 

────────────────────

 

 

「これで、この学園の案内は終了だ、長い間付き合わせて済まなかったな、サカキムルマンスク」

「いえ、懇切丁寧に教えて頂き、ありがとうございます」

 

 シンボリルドルフはサカキムルマンスクに対して、なるべく丁寧に学園中を案内して回った。外部から見ると、異例の厚遇である。それには理由があった。それは、秋の天皇賞の後のエコーペルセウスとの対談が、シンボリルドルフの脳内に深く刻み込まれていたからである。あの時にエコーペルセウスが示した“次は無いぞ”という無言の意思は、シンボリルドルフにサカキムルマンスクに対して無下な扱いをしないようにさせていた。

 

 

「……それで、君は今後どうするつもりなんだ?君も知っていると思うが、この学園のウマ娘は基本的にチームに所属する。それらの点について、今のところ何か考えているかな?」

「暫く、学園の各チームを見て、決めようかと思っています」

「…そうか、だが、君ならチーム探しには困らないだろう。君のその性格、そして、転入試験を好成績でパスしたという実績は、多くのチームが欲しいと思っているはずだ、君の将来に、学園生徒を導く者の一人として、期待を寄せさせてもらうよ」

 

 そう言って、シンボリルドルフはサカキムルマンスクを寮に帰した。

 

「……ふぅ…」

 

 生徒会室に戻ったシンボリルドルフは、椅子に深く腰掛け、視線を外にやり…

 

「……分からない」

 

 とつぶやいた。

 

 まず、彼女は福山トレセン学園の行為が理解できなかった。秋の天皇賞の一件、そしてグラスワンダーの勝利した有記念の日でのエアコンボフェザーとのやりとりは、シンボリルドルフに“福山は中央にウマ娘を送るつもりは無い”と思わせるのに十分な出来事だった。

 

 そして、そんな状況の中、転入してきたのがサカキムルマンスクである。当然、シンボリルドルフは彼女を警戒した、彼女を福山トレセン学園から送られてきたスパイではないかと疑っていたのである。だが、同時にシンボリルドルフは彼女に興味を持っていた。それは彼女が福山トレセン学園のウマ娘であったからである。何故、アラビアントレノのような強いウマ娘を福山が作り上げることができたのか、シンボリルドルフはそれが純粋に気になっていた。しかし学園の案内をする中で、シンボリルドルフはサカキムルマンスクに福山トレセン学園のトレーニングを少しばかり聞き、その個性的さに理解がついていかなかった。

 

 そして、彼女の中では色々な考えや思いが混ざり合い、「分からない」という言葉として口に出たのである。

 

 

────────────────────

 

 

 一方その頃、福山トレセン学園では、エコーペルセウスがエアコンボフェザーと電話を行っていた。

 

「フェザー、サカキは無事に一日目を終えたみたいだよ」

『そうか、ルドルフがサカキをリギルに勧誘したということは…』

「無かったよ」

『フッ…そうだろうな』

 

 エアコンボフェザーは電話の向こうで表情をほころばせた。

 

「これで、第一関門は乗り越えたね」

『ああ、一応サカキには断り方も教えておいたが、使わなくて良かった……これからサカキには、苦労をかけるだろうな…』 

「大丈夫だよフェザー、サカキなら上手くやってくれるさ」

 

 サカキムルマンスクは、自分の志で中央に転入した。これは紛れもない事実である。そして、彼女はV-SPTをハッピーミーク達に伝えるなどの重要な役割を帯びていたのであった。

 

 

────────────────────

 

 

 中央に転入してから一週間後、サカキムルマンスクは食堂で飲み物を片手に自分で作った資料を見ていた。彼女はシンボリルドルフに言った通り、トレセン学園内部の様々なチームを見て回り、調べていたのである。

 

 そして彼女は、今の所、3つのチームから勧誘を受けていた。1つ目は、桐生院率いるチームメイサ、2つ目は、氷川率いるチームフロンティア、3つ目は、プレ大会でアラビアントレノとぶつかったタマモクロスの所属しているチームベガである。そして、この3つのチームはすべて革新派のチームだった。

 

(ペルセウス会長は、ミークちゃんたちだけでなく、中央の開明的なウマ娘達にも、V-SPTを教えることを許可してくれた。そして、この3つのチームは条件に合致してる…メイサとフロンティアは、みんなが友達だから、スムーズに教えることができるはず、でも、私が福山から来たことは、もうかなりの生徒に知れ渡っていると思うから…)

 

 サカキムルマンスクは迷っていた、彼女は本来は、協力者的存在であるメイサとフロンティアのどちらかを選ぶべきであると感じていた。しかし、その2つのチームは現在最も好調と言われている、新興勢力である。そしてそこに最近の地方の躍進の筆頭となりつつある福山出身の自分が加われば、更に警戒され、レースで勝ちづらくなることを彼女は理解していた。

 警戒はレースでどのようなことをされるかに繋がる。事実、ハッピーミークは菊花賞での大健闘から警戒され、有記念の際に多くのウマ娘からマークを受け、その結果敗北していた。

 様々な要素を頭の中に入れて考えた結果、彼女はメイサとフロンティア以外の選択肢も用意するべきだと判断したのである。

 

(…うーん…どうすれば…)

 

 彼女は資料を置き、飲み物を一口に口にした。

 

「やあ!」

「ミ…ミスターシービーさん!」

「シービーで良いよ、ここ、良いかな?」

「は、はい、どうぞ!!」

 

 彼女は、ミスターシービーが今回の協力者であることは知っていた。しかし、相手が三冠ウマ娘ということもあり、驚いていた。

 

「確か、転入生のサカキムルマンスクだったね?」

「は、はい!」

「さっきは何をしてたのかな?」 

「…スカウトされたチームの情報を見ていました」

「ふむ…どれどれ〜」

 

 サカキムルマンスクの返答を聞き、ミスターシービーは彼女の正面に座り、資料に目を通す。

 

「……」

「……」

 

 資料に目を通すミスターシービー、そしてそれを見るサカキムルマンスク、二人の間に、しばし沈黙が流れた。

 

「なるほどね、君がここまでやってきた理由が、良くわかったよ」

 

 ミスターシービーはそう言って笑顔で資料をサカキムルマンスクに返した。そして、サカキムルマンスクの目を見つめ…

 

「サカキムルマンスク…私のサポートウマ娘にならないかい?」

 

 と言ったのであった。




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この物語ですが、70話ほどでの完結を目指したいと思っています。

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第51話 ミスターシービーの決意

「シービーさんの…サポートウマ娘に…ですか?」

「うん、これから時間は空いてるかい?」

「は、はい!」

「なら、トレーナーさんも交えて話がしたいんだけど、良いかな?」

「大丈夫です!」

「なら、アタシについてきて」

 

 ミスターシービーはサカキムルマンスクが飲み物を飲み終えるのを確認した後、サカキムルマンスクを連れ添い、伊勢のもとに向かったのだった。

 

「トレーナーさん、連れてきたよ」

「ありがとうね、ビーちゃん…あなたがサカキムルマンスク、いや、サカキちゃんね、去年の夏は、葵ちゃん達がお世話になったわねぇ」

「い、いえ、こちらこそ」

 

 伊勢は、笑顔でサカキムルマンスクに語りかける。サカキムルマンスクは緊張気味に返事をした。

 

「トレーナーさん、挨拶は程々にしないと」

「そうね、サカキちゃん、単刀直入に言うわ、さっき、ビーちゃんから聞いたと思うんだけど、サカキちゃんには、サポートウマ娘として、ビーちゃんと私を支えてほしいの」

「私が…ですか…?」

 

 相手が三冠ウマ娘と、それを育て上げたトレーナーということもあり、サカキムルマンスクは恐る恐るそう言った。

 

「そう、葵ちゃんと結ちゃんはチーム、そして、あの娘達のチームは今、学園で一二を争う注目株、そして、あなたの出身校は福山トレセン学園、もし組めば、必ず警戒されるわ、ひょっとしたら、あなたを手に入れるためにチーム仲を引き裂こうとする人も出るかもしれない」

 

 伊勢は、サカキムルマンスクと同じ事、そしてさらに先を考えていた。

 

「トレーナーさんは学園の中でも実力者、だから他の人からも手を出しづらい。それにアタシはドリームトロフィーシリーズのウマ娘、レースは年に2度しか無いからね、だから、メイサやフロンティアの方に助っ人として行くこともできる」

 

 ミスターシービーがそう続ける。

 

「それに……」

「シービーさん…?」

「今のアタシは、何よりもルドルフに勝ちたいんだ、そして、フェザーと仲直りもしてもらいたいんだよ…また、楽しかったあの頃に、戻りたいからさ」

 

 ミスターシービーは、彼女なりに、現状をなんとかしようと考えていた。そのためにはまず、シンボリルドルフに勝つことが最重要であると考えていたのである。

 

「そのために…サカキ、君の力が必要なんだ、君もそのためにここに居るんだろう?」

「はい」

 

 サカキムルマンスクが中央に来たのは、エコーペルセウス達が進めている中央を変えるための計画の一環である。そして、エコーペルセウスにメールを送ったミスターシービーも当然そのことを知っていたのであった。

 

「…」

 

 サカキムルマンスクは目を閉じ、考えを巡らせる。

 

「シービーさん、伊勢トレーナー、私をスカウトしてください」

 

 こうして、サカキムルマンスクはミスターシービーのサポートウマ娘となったのであった。

 

────────────────────

 

 数週間後、この日は皐月賞当日である。

 

 クラシックレースに出走できる年齢となったベルガシェルフは、初のG1レースである皐月賞当日を迎えていた。彼女は右腕に槍が描かれた薄紫色の勝負服を身に纏っている。そのデザインはどこか古風だった。

 

 そして、ベルガシェルフの応援にはチームフロンティア、チームメイサ、その他友人たちが、応援に駆けつけており、パドックへ出る前の地下バ道に集まっていた。

 

「ベルちゃん、体調はどう?」

「体調は万全、だけど…緊張で……押しつぶされそう」

 

その言葉を聞き、ハッピーミークは出走表を見た。  

 

1ワンダーファングルアルタイル(取消)

2アドマイヤベガデネブ

3アドマイヤランプアルデバラン

4タイキヘラクロスポルックス

5マイネルトーキートリマン

6トウカイダイドーアターラ

7ヤマニンアクロマアルタイル

8ナリタトップロードエニフ

9オーガブライアンリゲル

10ニシノリュウオウアンカア

11オースミブースタージュバ

12テイエムオペラオーリギル

13ハタノデロイテル水沢

14カシマアーチテイルエニフ

15シルクガーターナオス

16メレーティルピッツ名古屋

17ベルガシェルフメイサ

18マイノープラチナムアルタイル

 

「…今回の相手は…強敵が多い…テイエムオペラオーさん、アドマイヤベガさん、ナリタトップロードさん…それに、地方からは名古屋と水沢の娘が出てきてる…でも、ベル…負けないで、ベルならできる…」

 

 ハッピーミークはベルガシェルフの両肩に手を置き、安心させようとした。

 彼女が言及したテイエムオペラオー、アドマイヤベガ、ナリタトップロードは最近の注目株のウマ娘であり、管理教育プログラムによって大きな力を得ていたのである。

 

「ミーク先輩……ありがとうございます」

 

 ベルガシェルフはそう言い、ハッピーミークに笑いかけるものの、その表情はまだプレッシャーを感じているようだった。

 

「ベル!レース前に気持ちで負けちゃ駄目よ!私がピーマンを食べられるようになった事を思い出しなさい!」

 

 スイープトウショウはベルガシェルフを叱咤激励する

 

「…スイープ…?」

「私達全員の、アンタに勝ってほしいっていう気持ちよ、ベル、アンタならやれるわ、目をつぶりなさい!」

 

 スイープトウショウはベルガシェルフの正面に立ち、そう言う、彼女は少々わがままさは残るものの、夏合宿を通じて仲間思いなウマ娘へと成長を遂げていたのであった。

 

「これは…アンタが勝てるようにするための魔法よ…ヴィオラ…ムスカリ…ゼラニウム!!」

 

 スイープトウショウはそう言って、ベルガシェルフの額に手を触れた。彼女の魔法の言葉は、花の名前が使われている「信頼」「明るい未来」「真の友情」の意味を持ったその言葉は、ベルガシェルフの目に、勝利への情熱の炎を燃やさせた。

 

「ありがとう、スイープ……皆…行ってきます!!」

 

 ベルガシェルフはそう言って、パドックへと向かっていった。

 

 

────────────────────

 

 

 一方、トレセン学園の近くの河原では、ミスターシービーがサカキムルマンスクと共に皐月賞のラジオ中継を聞いていた。ミスターシービーはV-SPTの習得をするべく、サカキムルマンスクと共にトレーニングを重ねていたのである。

 

『最終直線の坂!!大外からテイエムオペラオーが来たが、ここでベルガシェルフも後方から一気に抜け出てきた!!速い!中山の直線は短いぞ!かわせるか!?ベルガシェルフ来た、ベルガシェルフ来た!!テイエムオペラオー、ベルガシェルフ、もつれるようにゴールイン!!』

 

 激闘の皐月賞は、テイエムオペラオーとベルガシェルフがもつれてゴールインするという結果に終わった、そして…

 

『勝ったのはベルガシェルフ!!ベルガシェルフです!!』

 

 勝ったのはベルガシェルフであった。

 

「…ふふっ…ベルが勝ったようだね」

「そうですね」

「アタシも負けないようにしなくちゃね、時代の流れってのは、君の故郷のそばの瀬戸内海のように、激しい気がするんだ」

 

 そう言うとミスターシービーはドリンクを流し込み、シューズの紐を結び直した。その時…

 

『おや、掲示板の5着に審議のランプが灯っているようです』

 

「おや、珍しいね」

「そうですね」

 

『先着したのは名古屋のメレーティルピッツのようですが…何があったのでしょう?』

 

「ケータイで確認しよう」

 

 ミスターシービーは自らの携帯を取り、皐月賞のライブ配信を開いた。サカキムルマンスクもそれを覗き込む。

 

『記録を再生しています、最終コーナーになります、これは…尻尾で相手をつついて居ますね』

 

 そこに写っていたのは、キョクジツクリークと同じく、尻尾で相手をつつく技を使用するメレーティルピッツの姿だった。

 

「サカキ、この技は…?」

「名古屋トレセン学園の生徒が使っている、尻尾で相手に触れる技です、地方のルールも、中央と同じものを使っていますから、レースでは普通に使われています」

 

 ウマ娘レースでは、相手の姿勢を崩す行為は妨害行為の一つとされている。そして、この尻尾を相手に触れさせる技は、相手の姿勢を崩さず、隙を作り出すわざである。それ故、地方ではOKとされてきたのであった。

 

「ルール的には…全く問題は無さそうだね」

「はい、ですから審議は…」

 

『確定しました、5着はメレーティルピッツとなりました!』

 

「ふぅ…流石に審議はちゃんとしてたみたいだね」

 

 審議の結果を見て、ミスターシービーは安心する。

 

「驚かないんですね」

「まあ、アタシが見学してきた海外のレースは、ラフプレーが多かったからね」

 

 ミスターシービーは海外のレースを見た際に、ラフプレーを多く見てきた。それ故、メレーティルピッツの行為に対しては特に何も言わなかった。

 

『…ザワ…ザワ…』

 

 しかし、会場には、動揺が広がっていた。

 

 

=============================

 

 

「しつこい人も居るものね」

「あたしはこの人達全員に、アラの福山大賞典の映像を送りつけたい…」

 

 チハとハリアーは、タブレットの画面をしきりにつつく、皐月賞でベルが勝った、それは良い。だけど、話題になったのは、名古屋の生徒、キョクジツクリークの後輩、メレーティルピッツだった。

 

 彼女は尻尾で相手をつつく技を使い、審議になった、もちろんルールには反していなかったので、降着にはならなかった。

 でも、中央のレースでその技がお披露目されるのは初めてだった。だから、今までに無かった未知の技に、反感を抱く人もいたというわけだ。

 

 

────────────────────

 

 

 トレーニングの時間になり、私はトレーナーと一緒に次のレース、“オグリキャップ記念”に備えたミーティングを行なっていた。

 

「アラ、今回のレースは地方の全国交流、だから中央からウマ娘は出てこない、だけど、偵察は必ず来るはずだ」

「うん、分かってる」

「今回はオグリキャップが観戦に来る、つまり、皆例年以上に気合いを入れてくるっことだ。俺の言いたいことは分かるか…?」

「うん、悔いの残らない、良いレースをしろってことだよね?」

「そうだ、堂々と、自分の力を見せつけていけ」

「…うん」 

 

 ただ、心配なことがある、タマモクロスと走ったときに出てきた、あの力だ。他人の領域を打ち消す…あの力だ…

 

「……悩んでるな…タマモクロスのときに出た、あの力の事か?」

 

 どうやら、トレーナーはお見通しのようだ。

 

「……うん、私…あの力に呑まれそうな気がする…」

「お前には家族がいる、福山のライバルがいる、サトミマフムトやフジマサマーチ、キョクジツクリークにタマモクロスとかの遠くで頑張ってるライバルがいる。俺や…相棒だって、お前の事を見守ってる。お前が皆と共に有りたいと思えば、大丈夫だ」

 

 トレーナーはそう言って私の頭に手を置いた。おやじどのと似た力加減で、とても安心できる。

 

「…でも、お前がいくらメンタルが強いからって、無理はするんじゃないぞ」

「…うん、ありがとう」

「……よし、ならトレーニングに行くとするか」

「分かった」

 

 私達は部屋を出て、トレーナーと一緒にトレーニングに向かった。

 

 

 




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第52話 熱風!! 激走!! カサマツレース場!!

 

「…………はぁーっ……」

 

 俺は目を閉じて深呼吸をするアラを見る。強敵タマモクロスとの対決は、アラにさらなる成長のきっかけをもたらした。

 アラはさらなる集中力の強化を行うようになっており、その成果も少しずつであるが出始めていた。

 

 

1キョクジツクリーク名古屋

2セイウンバヤジット浦和

3サンドザラマンダーカサマツ

4アラビアントレノ福山

5ヒシヴェールヌイ門別

6オンワードケルンカサマツ

7オオルリロドネイ姫路

8ハンザフレンズカサマツ

9ロードトーネード園田

10トーセンドーラ.名古屋

 

 

 今日は年始めの福山大賞典で敗北した相手、キョクジツクリークとの二度目の対戦となる。彼女は名古屋所属のウマ娘だが、名古屋はカサマツとの交流が盛んなので、ここは向こうのホームグラウンドのようなものだ。つまり、福山大賞典のときと反対に、こちらから相手のところに殴り込む形となるということだ。

 

 

 

────────────────────

 

 

『1枠1番、キョクジツクリーク、一番人気です』

『これ以上無い仕上がりですね、肉体、気力ともに充実しているのが感じられます』

 

 キョクジツクリークはおしとやかに観客に手を振っている。名古屋は皐月賞のときに所属ウマ娘が披露した尻尾の技で、一部の人々から批判を受けた。たしか“名古屋走り”とか言われていたな。

 

 まあ、ルール上セーフなので、名古屋は堂々と振る舞っていたが。

 

『4枠4番、アラビアントレノ、3番人気です』

『前走の福山大賞典が2着でしたから、今回はキョクジツクリーク、オオルリロドネイに次ぐ3番人気です。しかし、仕上がりは十分のようですね』

 

 …今回の作戦は、相談の上、アラに一任している、俺は調整にのみ気を使った。よりレーサーとメカニックっぽくなったと思う。これがどう転ぶかどうか。

 

 

────────────────────

 

 

「まさか、こんな早く再戦の機会が訪れるなんて、思っていませんでした」

「それはこっちもです、キョクジツクリークさん」

 

 私はキョクジツクリークと言葉を交わす。相手のホームグラウンドに乗り込む形の今回のレース……今度は私が勝つ。

 

「見てください、アラビアントレノさん」

 

 キョクジツクリークが示す先にいたのは……遠くからでもわかる、特徴的な髪飾り、そして長髪。

 

 間違い無い、オグリキャップだ。

 

 前世、大井の皆や、おやじどのが言っていた、あのオグリキャップ。

 

 そしてこの世界では、あのタマモクロスと壮絶な叩き合いを演じた、あのオグリキャップ。

 

 そんな生ける伝説ともいえる“芦毛の怪物”が、観客席の特等席から、私達を見下ろしていた。横にいるのは…フジマサマーチさん。

 

「激闘を、あの方々に見せましょう」

「負けませんよ」

 

 私とキョクジツクリークは握手をして、それぞれのゲートに向かった。

 

 

 

「……すぅーっ…はぁっー……」

 

 私はレースの方に素早く気持ちを切り替え、深呼吸をしてゲートに入る。今回の作戦は、自分で立てることにしてある。

 

『さて、最後に大外のトーセンドーラがゲートに入りました』

 

 そして、その作戦は、基本に立ち返り、追込だ。先行有利のコースだけど、脚質に合わない走りをするより、こちらの方が遥かに良い。

 

『芦毛の怪物が見守る中、2500の激闘を耐え抜くのはどの娘なのか?オグリキャップ記念』

 

 ガッコン

 

『ゲートが開いて今スタート!!出遅れはない模様、注目の先行争い!最初に上手くスルリと出るのは6番のオンワードケルン、続くは10番のトーセンドーラ、2バ身離れて7番のオオルリロドネイ、そして5番ヒシヴェールヌイ、3番サンドザラマンダーは真ん中の位置取り、それに外から並びかける、9番ロードトーネード、そして1バ身半後ろ2番セイウンバヤジット、今回はいつもより少し前をゆく一番人気キョクジツクリーク、この判断は吉と出るか凶と出るか、2バ身差でしんがりは8番ハンザフレンズと4番アラビアントレノ、並ぶようになっています。』

 

 …キョクジツクリーク、追込のポジションじゃない…?ここは追込より差しの方が勝率が高い、そしてここは内が不利、だから少しでも前に行くという作戦だろうか…?

 

 

────────────────────

 

 

「…アラビアントレノ、戦法は追込か」

「そしてキョクジツクリークは差し、このコースの特徴からすれば、キョクジツクリークが有利だ……マーチはどう思うんだ?」

 

 特等席では、オグリキャップとフジマサマーチが二人でレースを観戦していた。フジマサマーチは教導隊のメンバーであるが、今回のレースのために駆けつけてきたのである。

 

「…オグリ、アラビアントレノは、不利なコースでも、状況でも結果を出し、私達を驚かせ続けてきた」

「じゃあ、マーチは、今回もそんな風になると思うということか?」

 

 

『第一コーナー、先頭6番のオンワードケルン、続くは10番のトーセンドーラ、2バ身離れて7番オオルリロドネイ、内から行くのは5番ヒシヴェールヌイ、そして3番サンドザラマンダーその外回って9番ロードトーネード、そして1バ身後ろ2番セイウンバヤジットと一番キョクジツクリーク、1バ身差で4番アラビアントレノ、しんがりは8番ハンザフレンズ』

『やや縦長となりましたね、逃げ、先行有利のこのコース、後方待機組の娘達の動きようが気になるところです』

 

 

「ああ」

 

 実況を聞き、フジマサマーチは腕を組んで眼前のコースを見つめていた。

 

 

────────────────────

 

 

(…あんまり乗れてない…初めてのコースで初めてのスタイルだから…怖いのなんのって…)

 

 アラビアントレノは今まで、大抵のウマ娘と同じように、トレーナーである慈鳥の作戦指示のもと走ってきた。しかし、今回は作戦は全て彼女がやることになっており、彼女の胸中は穏やかではなかった。

 

(得意な追込とはいえ、離されすぎたら絶対に追いつけない、堪えろ…!)

 

 彼女は離されないようにするために、必死で食いついてゆく。

 

(キョクジツクリークは…慣れてる様子だ。そして、他のウマ娘達も、私を警戒してるはず……集中力を切らしたら、他の娘にぶつかるか…転倒して砂の海行きだ)

 

 集中力を鍛えてきたトレーニングの成果を信じ彼女は地面を蹴り上げていった。

 

 

 

(流石はアラビアントレノさん、ここのコースの特徴を捉えて、食い付いて来ていますね)

 

 キョクジツクリークはチラリと後方確認を行い、アラビアントレノの様子を確認する。

 

(でも、勝負は長い、こちらも油断しないように…それでもって、熱く…)

 

 そして、静かに、闘志を燃やしていた。

 

 

=============================

 

 

『各ウマ娘、一度目の向正面へ、ここで先頭が変わって6番のオンワードケルンから10番のトーセンドーラへ、次に7番オオルリロドネイ少し外に膨らんだか、そして5番ヒシヴェールヌイ、中団には3番サンドザラマンダーと9番ロードトーネード、そして2番セイウンバヤジットは上げてロードトーネードの後に、そして1番キョクジツクリーク、半バ身差で4番アラビアントレノ、しんがりは8番ハンザフレンズ』

『逃げ先行の娘達は大丈夫そうですが、後段が少々ダンゴ気味ですね、状況変化によってはうまく走れない娘も出てくるかもしれません』

 

 アラ達は、一度目の向正面に入った。あそこは微妙ではあるが下り坂となっている。ここまでは良い、重要なのはこれが2500mのレースで、地方最長クラスであるということだ。一般的に、レースが長期戦になればなるほど、心身の消耗とは高まっていくもの、それは、カーレースでも、ウマ娘レースでも変わらない。

 

 アラ達はあそこをもう一度通る必要がある。つまり、今より遥かに消耗した状態であそこを通り、第3第4コーナーを抜けなければならない。各ウマ娘の動きは、必ず、ブレブレになってくるはずだ。

 

『各ウマ娘、向正面を走り抜け、第3コーナーへと入っていきます』

 

 第3コーナーは坂が終わってすぐ、少々怖い、二度目はさらに怖くなる。

 

『1番キョクジツクリーク、良い動きだ!』

 

 …確かに、良い動きだ、だが…二周目はどうかな…? 

 

 

=============================

 

 

「……生で見ると、違いがよく分かる」

 

 オグリキャップはレースを見て、そうつぶやいた。

 

「…そうだろう?このカサマツだけじゃない、今やローカルシリーズ全ての学園が、私達が競い合っていた頃とは別物になってきているんだ。」

 

 基本的に地方のウマ娘レースは、中央のそれに比べて、スピードで劣るとされてきた。しかし、エアコンボフェザーらの出奔以降、中央のトレーニング方法などを少しずつ取り入れながら成長してきた地方ウマ娘達のスピードは、オグリキャップが見て分かるほど向上していたのである。

 

「凄いな…でも、一体どうして…?」

「……話すと長くなる、アラビアントレノの為だ、今はレースに集中しよう、オグリ」

「…マーチの言う通りだな」

 

 フジマサマーチの言葉を受け、オグリキャップは再び目線をレース場の方に移したのだった。

 

 

 

────────────────────

 

 

『レースは一度目のスタンド前へ、ここで先頭6番のオンワードケルンからしんがりの8番ハンザフレンズまでは7バ身差、あと一周となります!』

 

(アラビアントレノさん…やはり強い、こちらのホームグラウンドだというのは関係無しに、食いついてくる…勝負は残り半分…他の娘の動きにも警戒しながら…)

 

 キョクジツクリークはアラビアントレノの走りを警戒しつつ、スタンド前を駆け抜けていく。

 

 

(……さっきのコーナー、キョクジツクリークの動きは良かった、多分、私達福山の練習法を、名古屋(あっち)でも導入したんだ…多分、二周目はもっと攻め込んでくるはず、初めてのコース、でも、相手が曲がれるのなら…私だって…)

 

 そして、アラビアントレノは最後のコーナーでのキョクジツクリークの動きを警戒し、考えを巡らせていた。

 

『各ウマ娘、二度目の第一第二コーナー、ここで6番のオンワードケルン、10番のトーセンドーラ、少し抑えの構え、内を付く7番オオルリロドネイに対し5番ヒシヴェールヌイは外を回る、3番サンドザラマンダーと9番ロードトーネード、2番セイウンバヤジットが詰めてきたぞ、そして1番キョクジツクリークも続く、そしてその真後ろに4番アラビアントレノ、8番ハンザフレンズはそれに外から並びかける』

 

(ごちゃごちゃになってきた…でも、後ろから見たお陰で、ここの走り方は分かってきた。そして…スパートの力の入れ方も…何となく……)

 

 アラビアントレノは、ここ、カサマツレース場を走るのは今回初めてとなる。基本に立ち返ったのはそこであった、彼女は追込戦法により、後ろから他のウマ娘の動き、特にキョクジツクリークの動きをよく観察し、ここ、カサマツレース場に合った走りを身に着けたのであった。

 

 

────────────────────

 

 

『各ウマ娘、第2コーナーを抜けて二度目の向正面へ、ここで少々集団がバラけてきたか?』

 

「アラビアントレノ、走りが良くなってるな…これが、瀬戸内の怪童の実力…」

「あれが…あらゆる強敵を倒してきた、“ねばり”だ。生で見ると、凄いものがあるだろう?実際にレースをしてみると、さらに凄い」

 

 耳をピコピコさせ、ガラスに片手を着けてレースを見るオグリキャップに、フジマサマーチは少し得意気にそう語る。

 

「でも、第3第4コーナーは遠心力がきつい、長距離の走りで消耗して、バランスを崩すウマ娘もいるはず、それにどう対処していくのか…」

 

 オグリキャップの脳裏には、デビュー戦の時に接触した時の記憶が浮かんでいた。

 

 

────────────────────

 

 

『向正面に入ってキョクジツクリーク、外からペースを上げてきた!』

 

(もうすぐ最後のコーナー、福山(そちら)からもたらされたコーナー攻略のテクニックが…活きてくるというもの…!!)

 

 キョクジツクリークは口角を上げ、コーナーを睨んだ彼女はV-SPTこそ習得していなかったが、福山からもたらされたコーナーリングの強化法を身に着けており、限界のスピードかつ最も理想的なルートでカサマツのコーナーを曲がることができるようになっていたのである。

 

 

(最終直線は短い、ここで置いてけぼりを食らうと、また負ける…!)

 

 アラビアントレノもペースを上げ、キョクジツクリークに追随する形を取った。

 

 そしてこれは、福山の年末エキシビションレースにて、エアコンボフェザーがアラビアントレノに対して行っていた、“後ろにつき、ラインをコピーする”というやり方と殆ど同じだった。

 

 むろん、彼女にはエアコンボフェザーのような戦法という概念は無く、“負けたくない”という単純な思いから出た行動であった。

 

 

「知らねぇぞ!クリークとおんなじスピードで突っ込むなんて、とんでもねぇバカ野郎だ!」

「クリークのコーナーリング技術を、まるでわかっちゃいねえ!!」

「いくら瀬戸内の怪童だからって、一発でクリアできるほど、クリークの攻め方は甘くねぇぞ!!」

  

 名古屋からやってきたキョクジツクリークのファン達はそう叫ぶ。彼らの言うことにも一理ある。いくら、コーナーがうまいと言っても初めての、しかも中央ではなくコーナーのきつい地方のコースで、キョクジツクリークのような実力者相手に、走るラインをコピーするというのは、とんでもなく危険な賭けであるからだ。

 

 

『各ウマ娘、コーナーに入るぞ!一番人気キョクジツクリークはどう動く?後ろにはアラビアントレノがいるぞ!』

 

(アラビアントレノさん…ついてきますか…ここは下り坂、スピードは落ちにくい。そうなってしまえば、もう誤魔化しは効きませんからね…真っ向勝負です)

 

 コーナーは、早く曲がれば曲がるほど、恐ろしいものとなっていく、入り口での僅かなラインの誤差、スピードの違いが、ウマ娘達の身体にかかる遠心力を変化させていくのである。

 

 

(速い…でも、あっちが曲がれるのなら…こっちだって…!!)

 

『1番キョクジツクリーク、4番アラビアントレノ、共に凄いスピードだ!6番オンワードケルン、10番トーセンドーラ逃げ切れるか?あーっとここで7番オオルリロドネイ慌てたか?膨らんでしまった、それを避けて3番サンドザラマンダーの動きが乱れる!!アオリを食らったのは2番セイウンバヤジット!!』

 

 キョクジツクリークと、アラビアントレノ。二人の走りは他のウマ娘の闘争本能を刺激した。当然出走ウマ娘の殆どは、コーナーに強くなっている。だが、二人ほどのレベルではなかった。

 

「「無理ぃ〜!!」」

 

『オンワードケルン!トーセンドーラ!逃げ切れない!ここで混乱をなんとか脱したハンザフレンズが来るが間に合うか?』 

 

(ここで…V-SPTを!!)

 

 アラビアントレノは温存しておいたV-SPTを使い、キョクジツクリークとの距離を詰める。

 

(アラビアントレノさんの…何かが変わった…恐らく、あのV-SPT……しかしこちらも体力を温存している)

 

 しかし、キョクジツクリークも対策をしっかりと考えていた。突っ込むための体力をしっかりと残していたのである。

 

(やっぱり、対策されてる、いや……このままのラインじゃなくて…こっちのほうが早く走れる!!)

 

『ここでアラビアントレノ!少しずつ前に出ていくぞ!!』

 

 走りというものは、ウマ娘の感情で変化していくものである。このときのキョクジツクリークの頭の中には“一番人気”、“リベンジマッチ”という2つの要素が、プレッシャーとして働いていた。そして、その2つは、サラブレッドのウマ娘であるキョクジツクリークのペースを、微々たるものであるが、変化させていた。

 

 そして、アラビアントレノはそれを見つけ、突きに行った。

 

(…負けたくない………あっ!!)

 

 ズリッ!!

 

 それに乗せられ、ペースを上げて進路を塞ごうとしたキョクジツクリークは、力の入れ過ぎで僅かに滑り、バランスを崩す。

 

(お願い……避けて!!)

 

(……一か八か!!)

 

 それを見たアラビアントレノは、僅かに残っていた内側のスペースに、ライバルであるエアコンボハリアーがジャパンカップで使った身体を傾ける技を使い、飛び込んだ。

 

『ここで4番アラビアントレノ!!うまく抜け出した!!』

 

 カサマツレース場の最後のストレートは、201mであり、短い。

 

 すなわち…

 

(ここで…スパート……!!!)

 

ズンッ…ドバァン!!

 

 一瞬の判断が…

 

『ゴールイン!!一着はアラビアントレノ、アラビアントレノです!!瀬戸内の怪童は、ここでも雷鳴を響かせました!!』

 

 勝負を分けるということである。

 

 

 

────────────────────

 

 

「どうだオグリ?これが今のローカルシリーズだ、凄いだろう?」

 

 フジマサマーチは、少々誇らしげに、オグリキャップにそう言った。

 

「ああ…凄く…懐かしい気持ちになった…マーチ…タマが…言っていたんだ“これからは周りを驚かせるウマ娘の時代だと”それが分かった気がする…マーチはどう思う?」

「…気持ちは同じだ」

「良かった、あと、私も少し、言いたい事ができた」

「…何だ?」

「……ふふっ…それは、表彰式までの秘密だ」

 

 オグリキャップは微笑み、そう答えた。その笑みは、イヌワシ賞の後にフジマサマーチが見せた笑みとそっくりだった。

 

 

────────────────────

 

 

 レースが終わり、表彰式やウイニングライブの準備が行われている間、コースの整備員達は、バ場を均す車などを使ってコースの整備を行っていた。

 

「先輩、これ見てくださいよ!!」

 

 一人の若い整備員が、あるものを見つけ、先輩の整備員を呼ぶ。

 

「凄いですよ!この抉れた跡!」

 

 若い整備員が見つけたのは、アラビアントレノのスパート跡だった。

 

「それは…さっきのレースで一着だった、アラビアントレノの足跡だな」

「…まるで、“怪物の足跡”ですね…」

「ハハハ、そうだな」

 

(怪物の足跡…か…懐かしいな…確か俺も、そう言ったっけ)

 

 未だ興奮の収まらない目をしている若い整備員をみて、先輩の整備員は過去を懐かしむ。

 

 この整備員は、オグリキャップのデビュー戦の際、コースを整備した整備員だった。

 

 





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今回の最後のやり取りは「ウマ娘 シンデレラグレイ」の第4R「今度は勝つ」をモチーフにしたものです。

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第53話 喜びと焦り


今回の描写は一部、読者様のコメントを参考にさせていただいています。


 

 

『アラビアントレノさん、登壇してください』

 

 私の名前が呼ばれる。こんなに緊張したのはいつぶりだろうか。キョクジツクリークの方に目をやる、相手は“今日の勝利を誇ってください”と言わんばかりに、ニコリとした。

 

 そんな彼女にアイコンタクトを取り、一歩一歩、歩みを進め、段を登り、目の前を見る。そして、また緊張が走る。

 

「………」

 

 私と対面した相手…オグリキャップは、私の目を見て、微笑んだ。私達はお互いに礼をする。

 

 今回のオグリキャップ記念は、翌年にAUチャンピオンカップを控えていることもあり、来賓としてオグリキャップを呼ぶという試みが行われていた。

 

「アラビアントレノ、キミの激闘を、この目でしっかり見せてもらった。ライバル、キョクジツクリークとの激闘は、私にここで走っていたときの記憶を思い出させてくれたよ。そんな君に、ここカサマツで走った全てのウマ娘を代表して、この優勝盾を贈らせて貰いたい」

 

 オグリキャップは盾を受け取り、私に手渡す。

 

 パチパチパチパチ!!

 

 私達には拍手が送られる。オグリキャップはマイクを持ち、拍手が収まるのを待っている。今回のオグリキャップ記念は、表彰だけじゃなく、オグリキャップが直接、優勝者であるウマ娘に激励の言葉をかけるというものも、用意されている。

 

「AUチャンピオンカップの開催まで、あと一年を切った。それで、これまで私は考えていたんだ。AUチャンピオンカップの理念である“新しい風”とは、どういったものなのかを」

 

 そう言って、オグリキャップは私に近づく。

 

「そして、このレースを見て、それに対する自分なりの答えが見えた。今まで私達ウマ娘は、主に自らの持つ圧倒的な走りの強さで、ファンを魅了し、世の中を沸かせてきた。私もそう称されていたようだし、ライバルであるタマ達もだ。でも、これからは違う、キミが勝利した菊花賞も、タマと対決したプレ大会も、そしてこのレースも、ファン達は強さよりも、キミとそのライバル達の戦いに、興奮し、声援を送ってきた。そう、これからは、その出自も、所属も関係なく、ライバルと競いあい、互いの健闘を称え合う。そんなウマ娘の姿がファンを魅了し、沸かせていくと思いたい。つまり、キミのようなウマ娘が今後の時代を作っていくと私は思うんだ。次の時代の担い手として、これからもライバル達と走り、競い合い、ゴールを目指していってほしい。」

 

 そして、オグリキャップは、タマモクロスと同じように私の手を取り、掲げた。

 

ワァァァァァァァ!!

 

 私はそれが何よりも嬉しかった。あのオグリキャップに認められたからだ。

 

 

=============================

 

 アラビアントレノがオグリキャップ記念を制してから3日後、ここ、京都レース場でも、オグリキャップの言う“次の時代の担い手”が誕生しようとしていた。

 

『最終コーナーが終わり、最初に駆け抜けてきたのはハッピーミークだ!!これは速い!!』

 

「ミイィィィィィィク!!」

「ミーク!!」

 

 桐生院、そしてメイサ、フロンティアのメンバーはハッピーミークを見て声援を送る。

 

『ゴォォォル!!ハッピーミーク、春の天皇賞を制しました!!』

 

 ハッピーミークは2番手のスペシャルウィークに2バ身の差をつけ、ゴールの板を駆け抜けた。

 

「アラ…皆…やったよ…!!」

 

 息も絶え絶えに、ハッピーミークはそう呟き、観客に礼をして地下バ道に入っていった。そして、彼女のもとにタマモクロスが駆け寄った。彼女は桐生院の依頼により、ハッピーミークが春の天皇賞に備えるのに協力していたのである。

 

「ミーク、ようやったな!!」

「タマモクロス先輩…ありがとうございます、先輩がトレーニングの相談に乗ってくれたおかげです」

「ちゃうちゃう、ウチの力なんて微々たるもんや、アンタが、いや、アンタらがアラビアントレノに負けとうないちゅー気持ちで、いろんなことを試してみた結果が実ったんやで」

 

 タマモクロスはそう言って、ハッピーミークの肩をバシンと叩いた。タマモクロスの後ろからは、桐生院達がやってきて、勝ったハッピーミークを迎える。

 

「やりましたね!ミーク!」

「よーし、アタシらも続くぞ!!」

 

 仲間たちに囲まれ、勝利の喜びを分かち合うハッピーミークの顔は、幸せに満ちていた。

 

 

────────────────────

 

 

「そうそう!そんな感じよ!!」

 

 それから数日後、伊勢は河原で声を張り上げていた。彼女のそばには、数人の新人トレーナーがおり、その指導方法を見てメモを取っていた。

 

 伊勢が指導しているのは、十数名程のウマ娘達である。彼女たちは管理教育プログラムに反対している、もしくはそれに従うのに疲れた…そんなウマ娘達であった。

 

「…いち…にい…さぁーん!!」

 

 伊勢は、そんなウマ娘達に声をかけ、“学校外で”トレーニングをつけていた。これは、チームでのトレーニングとも、自主トレとも言い切れない微妙なラインを突いたものであり、管理教育プログラムに縛られる事も無いと判断したのである。

 

「皆?しっかりメモは取ってるの?」

「は、はい!!」

「私は大丈夫です!!」

「なら、ウマ娘ちゃん達には、一旦休憩を取ってもらうから、終わったら私と交代で、皆でトレーニングを指揮してみて頂戴」

「えっ…」

「私どもが…ですか?」

「そうよ、大丈夫、サポートはしてあげるから安心して」

「「「は、はいっ!!」」」

 

(これも、全てウマ娘ちゃん達のため)

 

 伊勢は一人、心の中でそう呟いた。

 

 

────────────────────

 

 

「トレーナーさん!もう一本、もう一本お願いします!!」

「スペ、宝塚記念に向けて気持ちが整ってんのは分かる、だが無理は禁物だ、着替えてこい」

「はい…わかりました…」

 

 スペシャルウィークは残念そうな顔をして、トボトボと歩いていった。彼女は焦っていた。タマモクロス、そしてオグリキャップがアラビアントレノに対して行った激励は、彼女達に“置いてけぼりにされる”や“自分たちは時代の主役ではない”と感じさせるのには十分すぎるものだった。

 

「スペちゃん、大丈夫でしょうか…」

「……俺としては、自由を尊重してやりたいが、あそこまで熱が入ってるとなると、心配になる」

 

 サイレンススズカの言葉に、スピカのトレーナーである西崎はそう返す。彼の指導方針は、ウマ娘の自主性を重んじるものである。それ故、管理教育プログラムに従うことはしなかった。だが、リギルのトレーナーで親しい関係である東条への配慮から、彼は反対することも無かった。

 

「スペちゃん…」

 

 サイレンススズカは心配そうにスペシャルウィークを見る。春の天皇賞前、彼女はスペシャルウィークが自分の事を気にかけすぎ、レースに備える気持ちが弱くなっているのではないかということを心配していた。春の天皇賞での敗北でそれが無くなったのは良いのだが、今度はスペシャルウィークが頑張り過ぎているのではないかという思いに悩まされていたのである。

 

 

────────────────────
 

 

 

 春の天皇賞におけるハッピーミークの勝利は、トレセン学園にいくつかの変化をもたらしていた。そして、サカキムルマンスクは自由奔放なミスターシービーに時たま振り回されながらも、彼女と深い信頼関係を築いていっていた。

 

「むぅ~!!やっぱり5月の風は良いねぇ〜」

 

 ベンチに座ったミスターシービーは一人、伸びをし

 

「見上げる空は遠いけど…抱えきれない夢がある…」

 

 一人、歌を口ずさんでいた。

 

「シービー先輩、飲み物を買ってきましたよ」

「おおっ、ありがとうサカキ。じゃあ、一緒に飲もうか!」

「はい」

「うーん!やっぱり天気の良い日に外で飲むオレンジジュースは最高だね!」

 

 サカキムルマンスクはミスターシービーの横に座り、自らも飲み物を開けた。

 

「ふぅ……はぁーっ…」

 

 しかし、彼女は飲み物を口にした後、ため息をついた。

 

「んー?どうしたんだい、サカキ」

「実は、売店の近くでケンカに遭遇したんです」

「あぁ~増えてきてるよね、最近」

 

 ハッピーミークにより、トレセン学園にもたらされた変化、それは、“管理教育プログラムの優遇に対する不信”だった。ハッピーミークは、管理教育プログラムを採用していない、チームメイサ所属のウマ娘である。そんな彼女が、春の天皇賞に勝利したのである。その結果は、管理教育プログラムに賛同できないウマ娘──特に下の方のクラスのウマ娘達にとって、それに疑問を抱かせるのに十分だった。

 

 そして、そういったウマ娘達と、管理教育プログラムを支持するウマ娘達との間で、管理教育プログラムの是非を巡った言い争いが発生するようになったのである。

 

「それで、どうなってた?」

「スーパークリーク先輩が互いの話を聞いて、なだめてました」

「そっか、それなら良かったけど……なんだかね…」

「…シービー先輩?」

「…責任重大だなって思ってね、ホラ、アタシ、元とはいえ、メイサのリーダーだからさ、多分、管理教育プログラムの反対派筆頭って見られてるんだよね…まぁ、絶対反対ってわけじゃないけど、導入したチームを優遇する今のやり方は、容認できない」

「ですね…上の方は、管理教育プログラムの強制こそ撤回しましたけど、不十分すぎる対応なのは事実ですし」

「だね……トレーナーさんだけじゃない、桐生院トレーナーも、氷川トレーナーも、ミークやベル達も頑張ってる、私達も、頑張らないとね」

 

 ミスターシービーはそう言い、ペットボトルを少し強く握る。桐生院は春の天皇賞での勝利により、世間から注目されるトレーナーの一人となった。それ故、忙しい日々を送っていた。一方、氷川はベルガシェルフが皐月賞の後に軽く脚を痛めたため、ダービーを回避、静養とその後の調整の計画に多くの時間を注いでいた。

 

「サカキ、そういえば君は、今度大井まで偵察に行こうかって言ってたよね?」

「はい、アラちゃんは帝王賞を狙ってるはずですから、きっと、今度の大井2000のレースに出てくると思うんです。中央招待枠もありますし」

「出走表、持ってる?」

「簡単にメモしたものなら」

 

 サカキムルマンスクはメモ帳を開き、ミスターシービーにそれを見せた。

 

 

1ヴィルベルヴィント名古屋

2サナダハリボマー園田

3オールナイトフレア川崎

4マチカネフランツ大井

5メイショウサチワヌ中央

6マチカネグランザム大井

7コンスタンティニエ浦和

8アラビアントレノ福山

9クイーンベレー中央

10マリアアンソロジー大井

11ロイヤルクエスタ金沢

12グラステレジア大井

13セイウンスードリ中央

 

「ふーむ…うんうん、なるほどね」

 

 ミスターシービーは出走表を見渡し、中央からはあまり強力なウマ娘が出てはいないが、地方からは強豪が多く出ていることをすぐ見抜いた。

 

「中央はぼちぼちだけど、地方からはそれなりに強豪が出てきてるなぁ、よし!サカキ、偵察に行っておいで!その日アタシはトレーナーさんの手伝いをすることにするよ」

「わかりました!」

 

 サカキムルマンスクは敬礼をして、ミスターシービーにそう答えた。

 

 …ただ、彼女には、他の中央の同年齢のウマ娘と比べ、異なる点が一つある。それは、在籍期間だった。彼女は転入してきて日が浅い。つまり、同期の競走ウマ娘たちについて知らないこともあるということである。

 

 そして、ミスターシービーも、生徒全員の情報を知っているというシンボリルドルフのようなウマ娘では無かった。

 

 そして、彼女達は、出走表に登録されている中央所属のある一人のウマ娘に対しては、“芦毛で眼帯”程度しか情報を持っていなかった。つまり、彼女の経歴についてまでは知らないということである。

 




 

お読みいただきありがとうございます。

少し多忙で暫く投稿できていませんでした、ペースを上げていこうかなとは思っています

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第54話 Awakening of the phantom

 
前回の投稿後に体調を崩してしまい、さらにワクチンの3回目接種等もあり、執筆が大幅に遅れてしまいました。申し訳ありません。



 

『6枠8番、アラビアントレノ、一番人気です』

『気合い十分といった様子です。この大井の舞台は初めてですが、好走が期待できそうです』

 

 私はついに帰ってきた。仕事場であり、前世のおよそ半分を過ごした場所…

 

 何度、先輩達と共にここを歩いただろうか?

 

 何度、放馬したサラブレッド達を捕まえただろうか?

 

 何度、処置されるサラブレッド達を見てきただろうか?

 

 何度、パドックで紹介されるサラブレッド達を見てきただろうか?

 

 私は今、前世絶対に立つことの無かったこの大井のパドックに立ち、観客達の声援を受けている。

 

 私は手を振って声援に応え、待機位置に戻る。何故か変な視線を感じながら。

 

 

=============================

 

 

 アラビアントレノらがパドックで紹介されている頃、サカキムルマンスクはビデオカメラ片手に、ウマ娘達の仕上がりを確かめていた。

 

「やっぱり、アラちゃんはしっかり整えて来てるなぁ、それに仕上がりも良くなってる、タマモクロス先輩と走ったときよりも…」

 

 サカキムルマンスクはアラビアントレノの仕上がりが更に向上しているのを見て、すかさず、カメラを向ける。

 

「筋肉が増えてるけど…多分、関節の柔軟性を阻害するほどじゃない…絶妙なトレーニング加減…」

 

 彼女はズームインしてアラビアントレノの筋肉の付き方を確認し…

 

「福山で一緒に走ってた時は、頼りになるライバルで友達だったけど、対戦相手に回られると、こんなに怖いなんて…」

 

 その仕上がりに、凄さを感じていた。

 

『6枠9番、クイーンベレー』

 

 (この人は芝からダートに転向したそうだけど…あんまり戦績は振るって無いみたい…アラちゃんはスッと良い位置につけるかな)

 

 この時のサカキムルマンスクは知らなかったが、クイーンベレーはスペシャルウィークのデビュー戦にいたウマ娘だった。そして、

彼女はダートに転向して居たのだが、あまり成績は振るっていなかった。

 

 

────────────────────

 

 

「ペルセウス会長、お茶が入りましたよ」

 

 一方、レースの中継がつながれている福山トレセン学園の生徒会室では、ハグロシュンランがエコーペルセウスとともに観戦の準備をしていた。 

 

「うん、ありがとう。今回は、水沢の“真紅の稲妻”は居ないけど、メンバーは豪華、アラが帝王賞に出る為の、良い前哨戦になりそうだね」

「ええ、そうですね、それにアラさん、今日はいつも以上に張り切って居られるようですし」

 

 もちろん彼女たちは、アラビアントレノが転生者であるということは知らない。しかし、いつも以上に気が乗っているということだけは理解できていた。

 

 

=============================

 

 

 私達はパドックを出て、ゲートインの準備をする。

 

 ………

 

 僅かに、潮の香りが、鼻を突く。まだ、4つの足で走っていた時に感じていた、あの香りが。

 

 懐かしい、思わず頬が緩む。

 

「………何だ何だ、その顔はぁ…?“瀬戸内の怪童”様は、もう勝った気分でいるのか?」

「……?」

 

 芦毛の眼帯をしたウマ娘が、私に絡んでくる。私の隣の、クイーンベレーだ。

 

「………」

 

 私はそれを無視し、ゲートに入る。だけど、相手はそれが気に入らなかったようで、私を睨みつけてきた。私は構わず

 

「よし…」

 

 と言って、体制を整える。菊花賞でのヌーベルスペリアーの時もそうだったけど、(アングロアラブ)にそれは通用しない。私が前を見ていると

 

「……ぶっ潰す!!」

 

 と言われた、今は集中だ。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了、準備は整った様子』

 

 ガッコン!

 

 ゲートが開き、私は前に出た。

 

 

=============================

 

『さぁ、注目の先行争い、誰が行くのか?』 

 

「アラビアントレノ、スタートは上手く行った様子ですね」

 

『先行争いは5番メイショウサチワヌ、7番コンスタンティニエ、12番グラステレジア

、1番のヴィルベルヴィントそして、7番オールナイトフレアは今回少し控えめに行った、半バ身開き、続いて内を走るのは、13番のセイウンスードリ、外から並びかける、4番マチカネフランツ、続いて一番人気、8番アラビアントレノ!内には10番のマリアアンソロジー、アラビアントレノの後ろには9番のクイーンベレー、続いて2番のサナダハリボマー、6番のマチカネグランザム、殿は11番ロイヤルクエスタ!』

 

「なるほど…少し前よりからの差しですか、流石は慈鳥さんですね」

 

 …落ち着かない。

 

 その理由は、今、俺が観戦をともに行っている相手にある。

 

「おだてても何も出ませんよ、鵺さん」

 

 そう、俺の隣には、水沢のエースチーム“キマイラ”のトレーナー、鵺さんが立っている。説明会の時から、気さくな性格で、大胆な行動をする人物だと思っていたが。まさか、隣で観戦をしてくるとは思わなかった。

 

「ふむ…なるほど…」

 

 しかも、鵺さんが観察しているのは、アラの動きだけじゃない。トレーナーである俺の目線などの細かい動きまで、観察されている。

 

 恐らく、あちらも帝王賞に出すつもりなんだろう…“真紅の稲妻”を。

 

 

=============================

 

 

 一方、別の場所では、サカキムルマンスクがビデオカメラを回しつつ、アラビアントレノらの様子を確認していた。

 

 そして彼女は、ビデオカメラを通じてスタート前のクイーンベレーの行動を見ていた。

 

(アラちゃんは、私達ウマ娘の中でも、ストレス耐性が凄く高い娘だから、あの程度の挑発は…大丈夫…)

 

 サカキムルマンスクは、アラビアントレノを最もよく知る人物の一人である。それ故、クイーンベレーの挑発に対しては思うところはなかったものの…

 

(でも…なんだか…イヤな予感がする)

 

 妙なざわつきを感じずには居られなかったのであった。

 

『各ウマ娘、第一、第二コーナーへ、先頭は1番のヴィルベルヴィントそして、7番コンスタンティニエ、12番グラステレジア、1バ身離れて5番、メイショウサチワヌ、続いて7番オールナイトフレア、内からは13番のセイウンスードリ、外寄りを回ります4番マチカネフランツ、その真後ろには、8番アラビアントレノ!内には10番のマリアアンソロジー、アラビアントレノの後ろには9番のクイーンベレー、続いて2番のサナダハリボマー、6番のマチカネグランザム、最後に11番ロイヤルクエスタとなっております』

『ややまとまり気味のようですね、スパート時の周囲の状況把握が重要となりそうです』

 

(…!いけない…解説さんの言う通りだ、しっかり、把握しておかなくちゃ)

 

 サカキムルマンスクは気を取り直し、カメラをズームインさせるのだった。

 

 

────────────────────

 

 

『各ウマ娘、第二コーナーを抜けて向正面へ!!』

『向かい風となって居ますね、上手くスタミナのマネジメントをできるかどうか、注目していきましょう』

 

(…懐かしさからかな、身体が軽い、この状況、バ場の状態なら、第3コーナーからスパートすれば…)

 

 第2コーナーを曲がり終えたアラビアントレノは、向かい風の強さ、バ場の状態を素早く把握し、スパート地点を決めていた。

 

 

(…あの余裕そうな態度…気に入らねェ…)

 

 そして、それを見ていたクイーンベレーは、不快な気分になっていた。彼女は管理教育プログラムに賛成派のウマ娘であり、アラビアントレノがタマモクロスやオグリキャップとのやり取りを経て、反対派のウマ娘達に尊敬され始めているということを知っていた。そして、彼女は極めて一般的な思考──“小柄なウマ娘は不利”というものを持っているウマ娘でもあった。

 

 

(ここから少しスピードを上げると向かい風は……うん、大丈夫そうだ。)

 

 そして、アラビアントレノは、クイーンベレーのそんな思考を知る由もなく、走り続けていた。

 

 

────────────────────

 

 

「なるほど、アラビアントレノは小柄、しかしスタミナを温存させるために、他のウマ娘の後ろに隠れさせますか」

「…油断するわけには、いかないので」

 一方、慈鳥は鵺とのやり取りを続けながらも、レースの行く末を見守っていた。

 

(頭の回転は、こちらと互角ということか……)

 

 鵺は双眼鏡で慈鳥が見ていた方向であるアラビアントレノの方を向き、彼女が頭の回転に優れたウマ娘であると確信していた。

 

(彼女が帝王賞に出れば、面白くなりそうだな)

 

 鵺は双眼鏡をしまい、自分が本来居るはずの観戦場所へと戻っていった。

 

 

────────────────────

 

 

『向正面もそろそろ終わる!一部の娘はロングスパートに入ったぞ!!』

『ここから動きが分かれていきますね』

 

 実況、解説の言うとおり、ウマ娘はスパートをかけるもの、かけないものへと分かれた、クイーンベレーは前者側だった。

 

『ここで、7番オールナイトフレア動いた!5番のメイショウサチワヌ、13番セイウンスードリ、9番のクイーンベレー、続いて2番のサナダハリボマー、11番ロイヤルクエスタも行ったぞ!』

『どうやら、今回のロングスパート組はこの娘達のようですね』

 

(奴は…動かねぇ……)

 

 クイーンベレーは少々内へと切り込み、アラビアントレノを抜く。

 

 

(よし、先に動く人は動いた、行こう!!)

 

 アラビアントレノは、他のウマ娘達が動くのを待ってから、遅れてロングスパートをかける作戦を取っていた。初めてのコースで、ベストなラインで進むための作戦である。

 

『少し遅れてアラビアントレノも行った!!』

 

(もう少し前に出たら、イン側に切り込める、つまり…第3コーナー終わってから…V-SPT!!)

 

 アラビアントレノは、クイーンベレーとは違いアウト寄りを走っていった。

 

(…私らをバカにしやがって……)

 

 しかし、その行動は、クイーンベレーの神経を逆なでしていた。彼女は怒っていた。そして、彼女は…

 

 ゴッ!!

 

『第4コーナーに入るところでクイーンベレー、アラビアントレノに衝突してしまった!!』

 

 コーナーで流されたのを装って、アラビアントレノにぶつかったのである。そのタイミングはちょうどV-SPTの直前であり、一瞬であるが踏ん張る力が衰えるときだった。偶然の出来事に、アラビアントレノは姿勢を崩す。

 

(…まずい!!)

 

 アラビアントレノは、目を閉じた。

 

 

────────────────────

 

 

「違う…わざとだ……」

 

 慈鳥は、クイーンベレーの行為を、わざとのものであると見抜いていた。

 

「アラ!!」

 

 慈鳥はそう叫ぶ。

 

『アラビアントレノ、なんとか立て直した!!』

「よかった…」

 

 慈鳥は胸をなでおろす。しかし、安心したのもつかの間、今度は違う感情が、彼の脳内を駆け抜けた。

 

「何だよ…あの顔…」

 

 アラビアントレノは、彼が今まで見たことの無いような形相で走っていた。

 

『第4コーナーカーブの終わりはもうすぐそこだ!先頭争いは9番クイーンベレー、5番、メイショウサチワヌ2番のサナダハリボマー!ここで、アラビアントレノ!立て直してから凄い脚で上がってくるぞ!』

 

 芦毛の小柄な身体が、クイーンベレーに迫りつつある。

 

 

────────────────────

 

 

『第4コーナーカーブの終わりはもうすぐそこだ!先頭争いは9番クイーンベレー、5番、メイショウサチワヌ2番のサナダハリボマー!ここで、アラビアントレノ!立て直してから凄い脚で上がってくるぞ!』

 

(…ッ!!)

 

 クイーンベレーは恐怖を感じていた。その顔は、秋の天皇賞でエルコンドルパサーが見せたそれにそっくりだった。

 

(…………)

 

 一方、アラビアントレノの脳内には、心臓の鼓動のみが響いていた。彼女は、血走ったような目で、前を走るクイーンベレーを見る。

 

(……力が高まる…溢れる……)

 

 

 彼女の身体を流れる、ある血が沸き立つ。

彼女は足を地面へとめり込ませるように、踏み込む。そして…

 

(………サラ…ブレッ…ド…サラ…ブレッド…!!!)

 

 怪童の中で、怪物(セイユウ)が目覚める。

 

 

 

 




 

お読みいただきありがとうございます。

完全回復とまでは行きませんが、体調は戻りつつあるので、きちんと執筆速度を上げていきたいと思っています。

新たにお気に入り登録、評価をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m感謝申し上げます。

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第55話 皇帝の憂鬱

 

 

 (結構な勢いでぶつかったのに…持ち直しやがった)

 

 クイーンベレーは、恐怖を感じながら、怪物から逃げていた。

 

 (サラブレッド……!!)

 

 怪物は、獲物を見定めた動物のような形相で、砂塵(ダート)を踏みつけ、迫る。

 

『ゴールまでは残りわずか!!ここでアラビアントレノが抜け出した!!』

 

 

「えっ…!?」

 

 そして、その瞬間、サカキムルマンスクは自分の見たものを疑い、目をこすった。

 

 

=============================

 

 

『土壇場の大逆転!!アラビアントレノ!ゴールイン!!』

 

 あの芦毛のサラブレッドを蹴散らした。赤子の手をひねるが如くだった。

 

 走りきったというのに、体の底から、力が湧いてくる。まるで、燃え盛る炎のように。

 

 あのサラブレッドに目をやる、こちらを見ている。ペタリと座るそれは、私の目を見て震える。

 

「………」

 

 哀れなサラブレッドは、私の方を向き、震えた前脚を突き出し…

 

「バ…バケモノ…」

 

 と言う。

 

 変わらないこの芦毛、そしてこの力溢れる身体、どこがバケモノだというのだろうか?

 

 至って正常、本来の自分……

 

 私のことをバケモノと言うのは、お前だけだ、ここに来ている人間を見ろ。

 

「スゲー脚だよ!!」

「初めての場所なのに良くやった!!」

 

 そんなことは言っていないじゃない……

 

「………!」

 

 …トレーナー…?

 

 

=============================

 

 

 アラのあの顔、あの目には見覚えがあった。

 

『……ワシも感情を持つ存在だ、これが現実の世界であれば、お前を倒し、踏み殺していたかもしれん………ワシはあの様な硝子の脚共とは違う』

 

 あの時の、“セイユウ”と同じ目、怪物のような目だ。

 

 その瞬間、俺は足を動かして、人混みを掻き分けていた。

 

“間に合わなければアラは戻ってこなくなる”

 

 そう直感したからだ。見渡しの良い位置からコースのすぐそばの位置まで降りる。

 

「………」

 

 俺の目には、座ってアラを指差し、口をパクパクさせているクイーンベレー、そしてそれを無言で、冷たい目をして見つめているアラを見た。

 

 アラは口元に笑みを浮かべ、観客席の方…つまりこちらに振り返る。

 

 そして…俺と目が合った。アラの目は見開かれ、何となくだが、身に纏う殺気のようなものが消えていくように感じる。

 

 こちらに引き戻すのは、今しかない。俺は息を吸い込み…

 

「アラ!!」

 

 思い切り呼びかけた。

 

 

=============================

 

 

「アラ!!」

 

 声…

 

 私を呼ぶ声だ。別の場所から、引き戻されていくような感じがする。でも、嫌な感じはしない。

 

 その声は、ただの人間のものじゃない……トレーナー…トレーナーだ。

 

 客席のへりを掴み、こちらを見ている。私は視線を落とす。

 

 前脚…いや…違う、これは手だ。トレーナーと同じ、ヒトの手だ。

 

 私は目を閉じる。

 

『貴様はあらゆるサラブレッド共を薙ぎ倒す、最強の存在として覚醒していたと言うのに』

 

 セイユウの言葉が、頭の中で何度も響く。今の私を振り返る。目を開く。

 

 クイーンベレーは…怯えている。今の私は…あちら側…怨念の塊に、片足を突っ込んでいるんだ。

 

 さっき感じた、溢れるようなあの力は…本来の自分じゃない。私のいるべき場所は、あちら側じゃない。

 

『昔の姿がどうであれ……アラはアラだ』

 

 トレーナーや家族、みんながいる、こちら側だ。だから私は、クイーンベレーのところまで歩き…

 

「…私にぶつけた所、傷まない?」

 

 手を差し出した。傷つける意志が皆無なのを示すためだ。

 

「………ッ!!」

 

 手は弾かれてしまった、でも、これで良い。セイユウ、私はあなたの思い通りにはならない。

 

 私は観客達に頭を下げ、トレーナーに向けて微笑み、地下バ道へと向かった。

 

 

=============================

 

 

「…この本にも載ってない……うーん…」

 

 数日後、サカキムルマンスクは図書室にて大量の本を読んでいた。アラビアントレノが大井のレースにて見せた物を確かめる目的があったからである。外はもう日が沈みかかっている。

 

(オグリキャップ先輩やタマモクロス先輩は忙しいし、シービー先輩は“特訓に行ってくる!!”って言って留守にしてるし………となると…)

 

「…うん…ちょっと怖いけど、シービー先輩は“積極的に頼ると良い”って言ってるし…あの人に頼んでみるしかないかな…」

 

 サカキムルマンスクは本をパタリと閉じ、積み上げていた本も全て元の場所に戻し、図書室を出た。

 

 

────────────────────

 

 

 トレセン学園、その校舎には大きな鐘が配されている。そして、その真下の部屋である生徒会室、その小さなペントハウスのような空間で、生徒会長、シンボリルドルフは仕事をしているのであった。

 

「よし、今日はここまでだな」

 

 シンボリルドルフはそう言って、私物である月の刻印が施されたペンをしまい、帰り支度を行った。副会長であるエアグルーヴ、ナリタブライアンはすでに寮に戻っており、彼女は一人残っていたのである。

 

 彼女は戸締りを済ませ、生徒会室の扉を開け、部屋を出るために、ドアを開けた。

 

 ガチャ…

 

「うわわっ!?」

「…!!」

 

 シンボリルドルフは、目を見開き、驚きの表情を見せる。サカキムルマンスクが生徒会室の前にたどり着いたのと、シンボリルドルフが生徒会室を出たタイミングは同時であった。それ故、このような事態になったのである。

 

「サカキムルマンスク…どうした?何か相談事か?」

「は…はい!あの…もしかして…今、帰ろうとしていたところでしたか…?」

「ああ、だが、構わないよ。生徒会長たるもの、大切な生徒の相談に乗るのは義務だ、入ってくれ」

「ありがとうございます」

 

 シンボリルドルフは先程まで仕事をしていた生徒会室の電気を再びつけ、サカキムルマンスクを招き入れた。

 

 その時、サカキムルマンスクはシンボリルドルフがペンを落とした事に気づいていないことに気が付き、ペンを拾い上げた。

 

「ルドルフ会長、これ、落としましたよ?」

「…!済まない、助かるよ」

 

 シンボリルドルフはサカキムルマンスクからペンを受け取ると、壊れた箇所が無いかじっくり目を凝らせていた。

 

「…そのペン…絶版なんですか?」

「…いや、そうではない…大切なものなんだ、とにかく座ってくれ、話を聞こう。」

 

 シンボリルドルフはペンをしまい、椅子に腰掛けて、サカキムルマンスクにも着席を促した。

 

「それで、話というのは何かな?」

「は、はい…ルドルフ会長に領域(ゾーン)について教えて欲しいんです」

「領域か?それならば、図書室に資料は揃っている筈だが」

「はい、でも、完全に理解するためには、実際に領域を出した人の意見を聞くのが最適解だと思ったんです」

「そういうことか、なら、説明させてもらうよ」

「ありがとうございます」

 

 サカキムルマンスクの言葉にシンボリルドルフは頷くと、過去を懐かしむような顔をして、その口を開いた。

 

「領域、それは時代を創るウマ娘が必ず入ると言われている物だ。それは理論的に言えば、“フロー”や“ピークエクスペリエンス”と呼ばれる、超集中状態。一度それに至れば、感覚は研ぎ澄まされ、普段とは比較にならないほどのパフォーマンスを発揮できるようになる。そしてそれは、レースにて純粋な強さを望み、それを示したウマ娘のみがモノにしてきたものだ。」

「はい、じゃあ…ルドルフ会長は、領域に至った時、どのような感覚だったのですか?」

「……何も聞こえなくなった、まるで世界が自分一人になったかのような気持ちになったよ、自分の全感覚が、地面を蹴り、進む事のみ、つまりは走りのみに集中することができる状態となるということだ、どうやらこれ領域に至った時の共通事項のようでな、マルゼンやシービー、それにタマモクロスも、そのような気持ちになったと言っている」

「なるほど…それに至った時って、他の人からは、どう見えるんでしょうか?」

 

 サカキムルマンスクは自分の最も聞きたかったことを、シンボリルドルフに質問する。

 

「他人からか…?珍しい質問だな、領域に至ったウマ娘は、光…いや、オーラのような物を纏っているように見えるんだ」

「それだけ…ですか?」

「それだけ……?どういうことだ?」

 

 シンボリルドルフは怪訝な顔つきで、サカキムルマンスクにそう聞き返す。

 

「髪の色が、変化したりはしないんですか?」

「髪の色…?詳しく説明してくれないか?」

「はい、私、この前、アラビアントレノさん…いえ、アラちゃんの偵察をするため、大井までレースを見に行っていたんです」

 

(また…彼女か)

 

 シンボリルドルフは心のなかでそうつぶやきながらも、コクリと頷いて、傾聴の姿勢を見せる。

 

「その時、色々とあったんですけれど、アラちゃんの走りが、いつも以上に激しく、強いものになって…」

「なるほど、それで、まだ何かあるのか?」

「アラちゃんの芦毛の髪が、一瞬ですけれど、鹿毛になったように見えたんです、これも領域の一種なのでしょうか?」

「…一瞬だが…髪の色が変わった…!?」

「はい、こんなケースって、あるんでしょうか?」

「…オーラの色に、多少の差異はあるが、髪の色まで変化したという話は今まで一度も、聞いたことが無いな」

 

 シンボリルドルフは平静な顔をして、そう答えた。

 

「…そうですか…」

「気を落とす必要は無い、我々ウマ娘のことについては、まだ、良くわかっていないことも多い、それを明らかにしていくためにも、今回の報告はとても有り難いものだった、この件は私の方でも調べさせてもらうよ、ありがとう、サカキムルマンスク」

 

 シンボリルドルフはサカキムルマンスクの肩に手を置いた、そして…

 

「今日はもう遅い、門限ももうすぐの筈だろう、急いで帰り支度をしたほうが良いのではないかな?」

 

 と言い、サカキムルマンスクに帰るよう促した。

 

「分かりました、よろしくお願いします」

 

 サカキムルマンスクはシンボリルドルフに頭を下げ、帰っていった。

 

 

 

「………」

 

 サカキムルマンスクが階段を降りる音を聞いた後、シンボリルドルフは無言で窓を開け、夜風に当たる、先程は平静な様子をしていた彼女だが、その本心は、頭を抱えたいというものだった。

 

 エアコンボフェザーらの影響があったとはいえ、純粋な地方のウマ娘が最近見せつつある大活躍。

 

 それと同時に起きつつある、今まであまり注目されて来なかったクラスのウマ娘達の躍進と広がる動揺。

 

 URAが推奨しているプランである管理教育プログラムに関連するトレーナー、及び一部生徒たちの論争。

 

 アラビアントレノがプレ大会にて見せた、タマモクロスの領域を打ち消したという現象。

 

 そして、先程サカキムルマンスクによって伝えられた、領域のような何か。

 

 それらのことは、シンボリルドルフにとって全て、経験にない事態であった。いくら彼女が優秀なウマ娘とはいえ、一人で対処するのには、限界があった。

 

「………君さえ、君さえいてくれれば」

 

 星が降りしきる生徒会室(ペントハウス)で、皇帝が一人、弱音を吐いている。

 

 

────────────────────

 

 

「……」

 

カチッ

 

 それと時を同じくして、エアコンボフェザーは川崎トレセン学園の所有する、多摩川沿いのトレーニングコースにいた。彼女ら教導隊は現在、川崎トレセン学園に居るからである。しかし、彼女がタイムを測っている相手は、川崎トレセンの生徒ではない。

 

「夜にサングラスをつけて度胸を鍛えるなんて…ホンット…面白いトレーニングだね!!」

 

 そう言いながらサングラスを上げ、翡翠色の瞳をエアコンボフェザーに向けたのは、ミスターシービーであった。彼女は、サマードリームトロフィーで勝利を飾るため、エアコンボフェザーに頼み込み、特訓を依頼していたのである。

 

「タイムは……良い感じだ」

「ホント!?よし、更に頑張らないと…」

「待てシービー、少し目を休ませるんだ」

 

 良いタイムが出た事に気分を高揚させ、またスタートしようとするミスターシービーをエアコンボフェザーは止める。ミスターシービーはそれに素直に従うと、エアコンボフェザーの隣に座った。

 

 

「…しかし…本当に、面白いトレーニングを考えるもんだね」

「思いついたことは、何でも試す、地方(私達)はそうやって、成長してきた。あのサングラスのトレーニングを考えたのは、水沢だ。それと…サカキは元気にしているか?」

「もちろん、アタシのサポート、頑張ってくれてるよ………ふぅーっ…」

 

 ミスターシービーはそう言うと、空を見るように、仰向けに大の字になった。

 

「…シービー…?」

「……こんな風に夜風に当たって話してるとさ、川沿いで話してた昔を思い出すね、いつもはアタシとマルゼンがちょっと変わったことを言って、ルドルフとキミがソレを見て、またかって顔をする、でも、夢を語るときは、みんな目をキラキラさせていた…あの時をさ」

「……そうだな」

「キミだってさ、ルドルフとは、和解したいんだろう?」

「………」

「…いや…聞かなくても分かる、そのペンを使ってるっていうのが、何よりの証拠だからね」

 

 ミスターシービーはエアコンボフェザーの使っているペンを見る、そのペンはシンボリルドルフの使っているそれと、デザインはほぼ同じものだが、こちらには月ではなく、翼の刻印が入っていた。

 

「…フェザー、アタシは、ルドルフに勝つ、勝ってルドルフを、癌から解放してみせる」

「シービー…」

「アタシは…いや、アタシ達でルドルフに勝つんだ、ミーク達次の世代が、縛られることなく、走り続けるためにも、あの頃のアタシ達に戻るためにもね、フェザー、もっとアタシを鍛えて」

「厳しくなるぞ」

「望むところだよ」

 

 ミスターシービーの表情は、本気だった。

 

 

 





お読みいただきありがとうございます。

ペースを上げてはいきたいのですが、思うように執筆が進まず、ご迷惑をおかけしています。申し訳ありません。

次回は帝王賞に入っていきたいと思います。よろしくお願い致します。

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第56話 再会

 

 

 

「トレーナー、タイム!!」

「…最高記録から0.1秒遅れてるな、十分間休憩してもう一度だ」

「分かった!」

 

 あの後、アラは無事に、こちらに戻ってきてくれた。力に支配されず、誘惑をはねのけたのだ。

 

 

「よっし!!良いタイムだぞ、チハ!!」

「ええ!」

 

 向こうのほうでは、軽鴨とチハがトレーニングを行っている。あの二人も出る。俺達が狙っている……帝王賞に。

 

「アラー!!頑張れ!!」

「チハちゃんも頑張れ〜!!」

 

 そして、トレーニングを見に来ている地元ファン達は、声援を贈る。

 

 今度の帝王賞は地方、中央のウマ娘が集う、ダートグレードレース、であれば、地方のエース対中央のエースの戦いが、大きく注目される……はずなのだが…

 

「真紅の稲妻に負けるんじゃ無いぞー!!」

「福山の強さ、水沢に見せつけてねー!!」

 

 フェブラリーステークスの覇者である、水沢のエースチーム“キマイラ”のウマ娘、真紅の稲妻が出走するため、世間はそちらの方にも注目していた。

 

 そして、その流れに乗ったのがウチの生徒会長であるペルセウス、水沢の生徒会長カシヤマウィレムで、二人は帝王賞に向けての記者会見を豪華なモノとした。

 

 そのおかげもあって、今回の帝王賞は“水沢の真紅の稲妻とチャレンジャーである福山”の構図が広く浸透し、地方対中央はおまけのような感じとなっていた。

 

 当然、中央は良い気はしないだろう。だが、そうなることで当事者であるアラは気が引き締まる。

 

 そして、それは俺も同じだ。

 

 世間はウマ娘同士の対決に目を向けてしまいがちだが、そればかりでレースを見てしまうのは、少しもったいない。

 

 レースは、レーサー同士の戦いであると同時に、マシーンのチューニングを行うメカニック同士の戦いでもあるからだ。

 

 レースというのは、ドライバーのテクニックだけで勝つんじゃない、メカニックによるセッティングも大事になってくる。

 

 メカニックがヘマをすると、レーサーは敗北、いやそれ以上のこと…つまりは命を失うことだってある。

 

 そして、このウマ娘レースでは、トレーナーがメカニックの役割だ。だからレースに備える俺の気持ちはレーサー(アラ)と同じだ。

 

 その点を大鷹校長は考えてくれていた。あの人は、“水沢の真紅の稲妻とチャレンジャーである福山二人の対決”だけでなく“水沢のベテラントレーナーと新進気鋭のトレーナー”の対決という形でもアピールしてくれていた。燃えてくるものだ。

 

 

────────────────────

 

 

「夜道、気をつけろよ」

「うん」

 

 いつものように、アラを銭湯に送り届けた後、俺はカフェに入り、コーヒー片手に今回の帝王賞の一番の強敵、水沢の鵺さんの分析を行うことにした。

 

 俺は情報を纏めたファイルを開き、情報を眺める。

 

 まず、鵺さんを一言で言うと、異質な存在であるということだ。

 

 これは悪い意味じゃない、水沢トレセン学園のトレーナー、ウマ娘は全般的に武人肌の人物が多い傾向にあり、戦術も正攻法が多かった。しかし、鵺さんは気さくな人柄で、他のトレーナーとは違う雰囲気を外部に放っており、コミュニケーションの中で様々な情報を吸収し、教本にとらわれない策を考えていくタイプのトレーナーだった。

 

 だが、その異質さが、学園内の他のチームを刺激、水沢の強さの原動力を作っていた。

 

 そして、彼と共にレースに挑む真紅の稲妻、彼女自身は武人肌なものの、柔軟な思考を持ったウマ娘だ。

 

 この二人とはこれまで、一度も対戦した事は無いが、強敵であることは紛れもない事実、そのことを常に頭に置きつつ、俺はペンを走らせた。

 

 

=============================

 

 

 帝王賞も近づいたある日、中央トレセン学園の食堂ではあるウマ娘を祝うささやかなパーティーが催されていた。

 

「ハード!安田記念制覇、おめでとう!!」

 

 ジハードインジエアは、プレ大会での経験を活かし、作戦を先行から差しに変更し、一番人気のグラスワンダーをマークして捉える戦法で見事、一着を勝ち取ったのだった。

 

「あの脚は凄かった、凄い高度なトレーニングしたんだよね?」

「うん、トレーニング、新しいのに変えたんだ。でも、変わったのはトレーニングだけじゃない」

 

 ジハードインジエアは、得意気にそう言う。

 

「えっ!?」

「私、気になります!!」

 

 他のウマ娘達は、目をキラキラさせて、ジハードインジエアの方を向いた。

 

「変わったのは…勝負服……正確に言うと、そのメーカーなんだ」

 

 ジハードインジエアは、満を持して、そう答えた。

 

「メーカー…?」

「どういうことですか…?」

「ハード、選手交代、ここからは私が説明する」

 

 それを聞いたウマ娘達は、良くわからないといった顔をした。そして、ハッピーミークは、ジハードインジエアに代わり、説明役を買って出た。

 

「まず、私達の勝負服は、URAにデザイン申請して…許可を貰って作る…」

「うん、そうだね」

「それで、普通、トレーナー達は、アナハイムクローディングスっていう企業に、勝負服を注文する、でも、今回ハードの勝負服はユーナリィって企業に注文したもの…」

「勝負服は注文するのは知ってましたけど、企業名までは知りませんでした…でも、企業が違うと、何か変わる点でもあるんですか?」

「……うん」

 

 後輩のウマ娘の質問に、ハッピーミークはニコリとして答えた。

 

 

────────────────────

 

 

 

「…桐生院さんは、普通とは違うところに、勝負服を発注した…ということで良いんでしょうか?」

「はい、そうですが、どうかしましたか?」

 

 一方、廊下では、桐生院と彼女の同期であるキングヘイローのトレーナーが会話していた。

 

「自分たち中央のスポンサーは、アナハイムですよね?」

「はい」

「桐生院さん、貴女のやっている事は、スポンサーに対する侮辱なのではないのですか?」 

 

 桐生院の同期は、管理プログラムの導入により、チームの活動支援という恩恵を受けたものの一人である。それ故、アナハイム等のスポンサーがトレセン学園にとってどれだけ大事なものなのかを理解していた。彼の発言は、それを根底に置いたものだった。

 

「…そう思われてしまうのも、仕方がないことですね……確かに私が勝負服を注文した企業、ユーナリィは、地方のスポンサー企業です。その製品の殆どは、地方に供給されています。しかし、地方は私達と比べて、ウマ娘の数が多い…そしてその体格も千差万別です。ですから、私は、ユーナリィの方が、小柄なウマ娘に最適化された服を作るのに長けていると思ったんです」

「地方のスポンサー企業の製品を…?桐生院さん、背信行為ではないのですか?」

「背信行為…?…私はハードさんのために、理想と思ったメーカーを選んだだけです。私は今の中央に対して、ウマ娘のための理想的な環境づくりが出来ているとは思っていませんから」

「それは、そちらが上の推奨プランに従っていないからじゃ無いですか?」

 

 同期は桐生院に対し、そう追求する。

 

「私はその体制を疑問に思っているのです、私はこれからの時代は、出自、血統、体格、信条といった様々な要素にとらわれる事なく、様々なウマ娘が活躍していく時代だと思います…貴方はどう思うのですか?」

「俺は“長い物には巻かれろ”と思うんですけれどね」

 

 同期の言う事も、最もであった。彼は慈鳥が試験に落ちた理由を知っている。そしてその理由は、簡単に言えば“中央に合わない人物”というものであったからであり、彼に長い物には巻かれろといった思考をもたらすのには十分な材料だった。

 

「……そうですか」

 

 二人の間には、良いとは言い難い雰囲気が漂っている。だが、それは現在の中央で起きていることの、ほんの一部にすぎない。

 

 

────────────────────

 

 

「……ふっ…ふっ…ふっ……!!」

 

 一方、その頃、グラスワンダーは必死でトレーニングに励んでいた。彼女は安田記念で敗北してから、オーバーワークにならないギリギリのラインまで、トレーニングを増やしていたのである。

 

「グラスちゃん、無理は禁物だよ?」

「トレーナーさんから言い渡された限度は守っています、そういうセイちゃんだって、さっきまでペンチブレスをやっていたではありませんか、何故戻って来たのですか?」

「食堂……なんだか、物凄く居づらいんだよね、だから、こういうときはトレーニングしかないと思ってさ」

「そうですか……」

「そりゃあね………それと…なんかさ……勝ちたいんだ、とにかく勝ちたい、勝ちたい…最近、寝るとき以外は、その四文字が、頭の中で浮かんでるんだ」

「私も同じです……勝たないと…」

 

 この二人は、学園の上層部からも、URAからも、最も期待されたクラスのメンバーである。そして、その期待どおりに彼女達は走り、多くのファンを魅了し、栄光を手に入れてきた。つまり、彼女達は、他のウマ娘に比べ“つまづいた”経験が少ないウマ娘であった。

 

 それ故、彼女らの心の中には、その栄光を失うことをひどく恐れる意識があったのである。

 

 そして、その意識は、アラビアントレノ、ハッピーミークといった、“周囲を驚かせるウマ娘の台頭”をきっかけとして、まるで風船の様に、どんどん膨らんでいったのであった。

 

 そして、その感情は嫉妬へ、勝利への渇望へと変化していく。最も、これは二人に限った話では無かった。そして、台頭してきたウマ娘を「勝たせたくない」という思いを芽生えさせるウマ娘も、少なくは無かった。

 

 

 

=============================

 

 

 帝王賞当日、私は控室に入ろうとしていた。トレーナーは先に入っている

 

「あれは…」

 

 ふと、足を止める。その視線の先には、今日一番の強敵がいた。

 

 そして、向こうもこちらに気づいたようで、こちらに向けて歩いてくる。

 

「あなたがアラビアントレノか?」

「はい、そうです、“真紅の稲妻”…“メイセイオペラ”さんですね?」

 

 メイセイオペラ、栗毛の髪に、真紅のメンコをつけたウマ娘。彼…いや、彼女を見ると、懐かしい気持ちになる。姿は違えど、放つ風格は変わらない。

 

「ああ、私がメイセイオペラだ。水沢のウマ娘を代表して、全力でぶつからせてもらう、よろしく頼む」

「……!」

 

 私は一瞬固まってしまった。

 

『あなたのような馬がいるお陰で、出走馬達も安心して出走できる、出走馬を代表し、礼を言わせて貰いたい、ありがとう』

 

 彼女と彼が、重なって見えたからだ。

 

 ……放つ風格といい、この物言いといい、彼女には、彼の魂が宿っている。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします、こちらも福山の代表の一人として、全力で向かわせてもらいます」

 

 運命的な何かを感じながら、私は差し出された手を取った。

 

 

=============================

 

 

 アラビアントレノと握手を交わしてから控室に戻ったメイセイオペラは、出走準備を進めていた。

 

「…オペラ、どうかしたのか?いつものお前と違うように感じるが」

 

 しかし、メイセイオペラの様子がいつもと違うと鵺は気づき、そう聞く。

 

「トレーナー殿…私は先程、アラビアントレノに会い…握手を交わした、その時、不思議な気持ちになったんだ」

「…不思議な気持ち…?」

「…何だか、運命的な何かを感じる、懐かしいような、彼女とはどこかで会った事があるような…というものだ、こんな気持ちは初めてでな…」

「なるほど…」

 

 鵺はゆっくりと頷いた。

 

「オペラ、勝負への情熱は、変わらないだろう?」

「トレーナー殿…それはもちろんだ。期待薄の身から、ここまで育ててもらった恩を、私は忘れていない」

 

 メイセイオペラの言葉に対し、鵺は笑顔になって彼女の頭に手を置いた。

 

「そうか…なら、全力でぶつかって来い」

「無論…!私達ウマ娘の生は…何を成したかで決まる…」

 

 メイセイオペラはシューズの紐を締め、控室の扉を開け…

 

「見事、優勝トロフィーを持ち帰ってご覧にいれる」

 

 と言い、パドックへと向かっていった。

 

 

 





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メイセイオペラについてですが、ある二人のキャラクターをモチーフにしています。彼女のパーソナルカラー体操服はこのような感じです。


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第57話 震える大地

 
今回のレースの出走表です。本編では表示されないので、ここに載せておきます。

1ゴールドテレジア大井
2アラビアントレノ福山
3ラシアンカーベー門別
4オラニエチェイサー盛岡
5ネモーレブルワン中央
6タイキジャマイカン中央
7ナリタアルギザ中央
8トマゾセンゴクオー高知
9オオルリロドネイ姫路
10オースミハイアー中央
11キングチーハー福山
12リンドアルマダサガ
13メフメトサプライズ川崎
14メイセイオペラ水沢
15ハグロミズバショウ園田



 

 多くの観客が、帝王賞のスタートを今か今かと待っている。今まで対決することの無かった二人、メイセイオペラとアラビアントレノの対決を見るために…である。そのため、決して広いとは言えない大井レース場の観客席は、まるで箱寿司のような状態となっていた。

 

『岩手の雄、真紅の稲妻、メイセイオペラ、瀬戸内の怪童アラビアントレノ、豪脚加農、キングチーハー、15人の優駿たちが、それぞれゲートに入っていきます』

 

(トレーナー殿、ウィレム殿…私はやる…やって見せる…)

(感じる…あの時と同じだ、負けられない…)

(G11勝がかかってるんだから…)

 

 ウマ娘達は、様々なことを考え、ゲートへと入ってゆく。

 

『15人が揃いまして、ワク入り完了』

 

ガシャコン!!

 

『スタートしました、一斉に飛び出しました優駿たち、その数は15人、13番メフメトサプライズ、好スタートを切った。おっーと、14番メイセイオペラ、岩手の雄です、続いています。先行策でしょうか?内からは1番のゴールドテレジア、ハナを切りそうです。4番手はナリタアルギザ、メイセイオペラの真後ろです。5番手には2番のアラビアントレノ、今回は前寄りの位置です。その外から4番のオラニエチェイサー、2バ身ほど離れて3番のラシアンカーベーと12番のリンドアルマダ、続くのは6番のタイキジャマイカンと11番キングチーハー、1バ身離れて5番のネモーレブルワンと9番オオルリロドネイ、その内を回っている、15番ハグロミズバショウと、10番オースミハイアー、殿はトマゾセンゴクオーであります』

 

 15人のウマ娘が、一斉にスタートする。メイセイオペラは素早く作戦通りの位置につけ。その赤い瞳で自分以外の状況を確認するべく、周りを見渡した。

 

(逃げ1、先行3、差し7、追い込みが3……一人は真後ろか)

 

 メイセイオペラの武器は、その素早い思考速度にある。彼女は出走ウマ娘の誰よりも早く、周囲の状況を把握してみせた。

 

『メイセイオペラ、虎視眈々と狙って現在3番手、他の娘達はどう動く?』

 

(他の地方のウマ娘もそうだが、中央から来ているウマ娘もベテラン、ラストスパートでは、脅威となる)

 

『2番のアラビアントレノの内からは、4番のオラニエチェイサーが行く、3番ラシアンカーベーと12番のリンドアルマダは並ぶような状況に、そして6番タイキジャマイカンの外からは11番キングチーハー、もうすぐ第一コーナーカーブ!』

 

(…こんなにビリビリと闘志を感じるんだ、後ろにいるチハにも……届いているはず)

 

 アラビアントレノは、メイセイオペラの闘志、気迫を間近で感じており…

 

(あの気迫、後ろから見てもビリビリ感じるわ…全身の毛が逆立ちそう)

 

 それはキングチーハーにとっても同じであった。そして、二人は同じ事を思っていた。

 

((これが…エース……))

 

 地方の現役ウマ娘の中でも、最強クラスの実力を持つメイセイオペラ、その気迫は、二人だけでなく、この場にいる全員が感じているものだった。

 

『第2コーナーカーブ、ここで先頭から見てみましょう、ハナで逃げているのは、1番ゴールドテレジア、2バ身差で13番メフメトサプライズ、そして後方に14番メイセイオペラ、内を突くは4番オラニエチェイサー、その外回りまして2番アラビアントレノ、1バ身離れて6番のタイキジャマイカン、そして11番キングチーハーと7番ナリタアルギザ、インコースには5番のネモーレブルワンであります。そして次は12番リンドアルマダ、そして15番ハグロミズバショウ、1バ身離れ、9番オオルリロドネイ、10番オースミハイアー、次は3番のラシアンカーベー、少し離れてしんがりは8番トマゾセンゴクオー』

 

(この様子…控えていれば負ける……ここで少し揺さぶりをかけておかないと…マズイ…)

 

 そう考えたアラビアントレノは、メイセイオペラにプレッシャーをかけるべく自分の存在を見せつけるように、V-SPTでメイセイオペラとの距離を縮めていく。

 

(フッ、愉しませてくれる!!……だが、近づけさせんぞ!!) 

 

 メイセイオペラは、アラビアントレノの気配を察し、一瞬力をこめ、蹴り上げる砂の量を増やし、ブロックを行う。

 

(……ッ!!やっぱり、簡単にはいかないか…でも!!)

 

 ライトに照らされている砂上で、激しい攻

防が繰り広げられている。

 

 

────────────────────

 

 

『第2コーナーカーブ、ここで先頭から見てみましょう、ハナで逃げているのは、1番ゴールドテレジア、2バ身差で13番メフメトサプライズ、そして後方に14番メイセイオペラ、内を突くは4番オラニエチェイサー、その外回りまして2番アラビアントレノ、1バ身離れて6番のタイキジャマイカン、そして11番キングチーハーと7番ナリタアルギザ、インコースには5番のネモーレブルワンであります。そして次は12番リンドアルマダ、そして15番ハグロミズバショウ、1バ身離れ、9番オオルリロドネイ、10番オースミハイアー、次は3番のラシアンカーベー、少し離れてしんがりは8番トマゾセンゴクオー』

 

「………?」

 

 一方、慈鳥は違和感を感じながらも、メイセイオペラの様子を見ていた。そして、その横には鵺が立ち、その表情を見ている。

 

(メイセイオペラ…V-SPTは知っているはず、使ってくると思ったが…)

 

 今やV-SPTは、福山トレセン学園だけの物では無い。全国の地方トレセン学園が知っている。習得したウマ娘も少なくなかった。それ故、慈鳥はメイセイオペラはそれを習得し、使って来ると思っていたのである。

 

(自分で言うのもアレだが…V-SPTはアドバンテージの筈だ、鵺さん、何を考えている…?)

 

 以前、アラビアントレノがクイーンベレーに弾き飛ばされてしまった時の様に、V-SPTにはピッチとストライドを変える際に隙が生まれる。それをひどく嫌って、メイセイオペラはV-SPTを使わなかったのである。

 

(そうだ、それで良い。行け、オペラ…水沢のウマ娘の夜戦(ナイター)を…見せつけてやれ)

 

 鵺は口角を上げる。

 

 ウマ娘だけではなく、トレーナー同士でも、読み合いが繰り広げられている光景が、そこにあった。

 

 

────────────────────

 

 

(フッ…反射神経は十分なようだな…だが…これならばどうだ!!)

 

 メイセイオペラは、自分の横に来つつあるアラビアントレノを見る。そして、自らの尻尾を、イン側に大きく振るう。キョクジツクリークと戦い、彼女の尻尾技を受けたアラビアントレノの目には、それが自分に尻尾を打ち付ける予備動作のように見え、そちらに視線が誘導される。

 

(目の良さが命取りだ!!)

 

『第3コーナーまであと少々、先頭1番ゴールドテレジアから最後方8番トマゾセンゴクオーまではおよそ7バ身差、おーっとここで14番メイセイオペラ、ペースを上げた、ロングスパートか!?』

 

 メイセイオペラは、アラビアントレノが尻尾に視線をやった一瞬の隙を突き、ロングスパートをかける。  

 

(控えていた甲斐があったわ!!)

 

『ここで中団外寄りに待機していた11番キングチーハー、こちらも位置を上げてきている!!』

 

(やられた…でも…こっちも!!)

 

『2番アラビアントレノ、キングチーハーに負けじとこちらもスパート体制、さあ、他の娘達はどう動くのか?』

 

 メイセイオペラの素早い動きに対し、アングロアラブのメンタルで最低限のロスで対応したアラビアントレノも、負けじとスパートをかけた。

 

(アラビアントレノ…こんなに早く対応出来るとは…レース前に感じた感覚といい…面白い相手だ)

 

『第4コーナーカーブをもうすぐ抜ける、ここから最後の直線だ!!』

 

(だが……負けん!!)

 

 メイセイオペラは、足に思い切り力を込め、セカンドスパートをかけた。彼女の士気は最高潮に達し、この勝負をとても楽しんでいた。

 

『ここで14番メイセイオペラ、セカンドスパート!!突き放しにかかるか…?いや、2番のアラビアントレノと11番のキングチーハーが来ているぞ!』

 

(させないわよ!!)

(V-SPTで体力は残ってる…ここから…!!)

 

『外からも来ているぞ、10番オースミハイアー、15番のハグロミズバショウ!!』

 

(くっ……手強い…だが…)

 

 ピシッ…

 

 メイセイオペラの中にある何かに、ひびが入る…彼女の目から、光のようなものが漏れる。

 

(勝つのは…私だ!!)

 

パリィィィィン!!

 

 そして、その何かは、ボールが硝子を破るかのように、弾け飛んだ。

 

『内からも外からも来ている!14番……メイセイオペラ……あっと!!何とここで3回目のスパートだ!!3回目だ!!!』

 

(……何だ…これは……何も聞こえない…そして……全ての力が、脚に入る……そうか…これが…領域(ゾーン))

 

 領域へと至ったメイセイオペラは、3回目のスパートをかけていた。彼女は、まるで杭を打つかのように、足をコースにねじ込み、強く大地を踏みしめる。

 

(驚け…竦め……私の影を踏まないまま…置き去りにされてゆけ!!)

 

『これは強い!!大地に響かせて、大地を揺るがせて!!14番メイセイオペラ優勝ー!!』

 

 アラビアントレノ、キングチーハーらを突き放し、メイセイオペラはゴールの板を誰よりも早く駆け抜けたのだった。

 

 

=============================

 

 

ワァァァァァァァ!!

 

 あの時と同じ歓声に、場内は包まれる。メイセイオペラは観客に手を振り

 

「勝ったぞ!!」

 

 と叫んでいた。負けた……でも、清々しい気分だった。

 

「強かったわね…メイセイオペラさん…それに領域まで…私達も…どうやら…まだまだのようね」

 

 チハが、息も絶え絶えに、私に話しかけてくる。

 

「…うん…まだまだ…頑張らないと…」

 

 そんな会話をしていた私達に向けて、メイセイオペラは歩いてくる。そして、私達に微笑みかけた。

 

「…?」

「メイセイオペラ…さん…?」

「…今日、私が領域へと至ることが出来たのは、私自身の強さというよりは、君たち二人のお陰だと思っている。どういうわけかは分からない、だが、そんな気がしてならないんだ」

 

 相手の目に、嘘の色は見られない。

 

「だから、心より礼を言わせて貰いたい、ありがとう」

 

 メイセイオペラは、私達に向かって、深々と頭を下げた。

 

 

=============================

 

 

「負けました…完敗です…メイセイオペラ、圧倒されました」

「自分も、まさかオペラが領域を出すとは思っていませんでした…………ですが、これは慈鳥さん達のお陰です。断言します。」

「鵺さん…」

「……」

 

 鵺は慈鳥、そして後からやってきた軽鴨に手を差し出す。彼らはウマ娘達同様、握手を交わした。

 

────────────────────

 

 

 ウイニングライブの後、鵺、メイセイオペラはシワ一つないスーツを着た人物──中央のスカウトマンと話をしていた。

 

「なるほど…話を要約するとこうですか、つまりオペラを中央に迎え入れたいと」

「はい、その娘の才能は、中央でもきっと、通用するでしょう」

 

 中央のスカウトマンは、メイセイオペラを見る。

 

「……」

 

 しかし、メイセイオペラは、黙ってスカウトマンの目を見ていた。

 

「中央の環境は快適ですよ?」

 

 スカウトマンは、沈黙を破るべく、そう発言する。それを聞いたメイセイオペラの耳は、ピクリと動く。

 

「トレーナー殿、行こう」

「…了解、さあ、急ごう」

 

 メイセイオペラが身体を反対方向に向けると、鵺もそれに追随する。

 

「お、お待ちを!!」

 

 引き止めるスカウトマンに対し、メイセイオペラは…

 

「生憎、私はそちらの言う快適な環境と言うのが苦手ですので」

 

 と言い、歩き去って行った。

 





お読みいただきありがとうございます。そして、新たにお気に入り登録をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m

今回の結果は、史実通り、メイセイオペラの勝利とさせて頂きました。そして、次回は、宝塚記念の簡単な描写を行い、サマードリームトロフィーについても少し入っていこうかと思っています。よろしくお願い致します。

ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第58話 (みどり)の瞳に映るもの

 
今回は拙い挿絵が入っております。久しぶりに描いた+時間が無かったのでかなり雑になってしまいましたが、温かい目で見ていただけますと幸いです。


 

 帝王賞の翌日のことである。

 

「見えない見えない!」

「ちょっ!?ダギィ!!少しかがんで!!」

「スイープちゃん、帽子取って、見えないよ!!」

「もう一部買ってきたほうが良かったかな……」

 

 トレセン学園のAクラスのある教室で、ゼンノロブロイスイープトウショウらフロンティアのメンバーは、クラスメート達と共に一部の新聞を囲んでいた。あまりの人数の多さに、ウマ娘達はおしくらまんじゅうのような状態となっていたのである。

 

「これなら…私達にも…」

「チャンスが…」

「あるってことね!!」

 

 新聞記事を見たウマ娘達は、そう口々に呟く、その新聞はトゥインクルシリーズを取材したものではなく、ローカルシリーズを取材したものであり、デナンゾーンとデナンゲートがわざわざ学園の外のコンビニから買ってきたものだった。

 

「私達にも…領域が…!!」

 

 その新聞記事は、メイセイオペラが領域を出したことを大きく報道したものだった。久しぶりに現れた領域、それも、“初めはあまり期待されていなかったウマ娘”であるメイセイオペラがそれを出した事は、地方のウマ娘のみならず、中央の今まで注目されて来なかったウマ娘達にも希望を与えたのである。

 

 

────────────────────

 

 

 その頃、理事長室では、やよいとシンボリルドルフが話していた。

 

「確認ッ!!もう一度聞こう、帝王賞にて、メイセイオペラが出した領域、あれは本当なのか?」

「はい、映像を確認しましたが、間違い無く領域でした」

「そうか……うむ、分かった…そういえば…フランスにいるエルコンドルパサーはどうだ?」

「時差による健康への影響だけが唯一の心配でしたが、問題は殆ど無かったようです。安心しています。イスパーン賞では“一着”を取りましたから、このままの勢いで、凱旋門賞を迎えたいものです」

「…そうだな、凱旋門賞の制覇は、URAの夢。彼女には私から直接応援の言葉を送らせてもらうとしよう」

「分かりました、理事長、ご配慮感謝いたします」

「これも理事長の仕事だ。許可ッ……戻って良いぞ」

「………失礼致します」

 

 シンボリルドルフは、理事長室を去って行った。それと入れ替わり、たづなが理事長室に入る。

 

「お疲れ様です、理事長」

「ああ、ありがとう、なぁ、たづな」

「はい、どうかされましたか?」

 

 たづなはやよいを見る。

 

「領域について、どう思う?」

「……帝王賞のこと、気にしているんですね」

「…当たり前だ、“地方の環境は、こちらよりも良いとは言えないのに、メイセイオペラが領域へと至ったのはどういうことか”とURAの方で論争になっているからな」

「本部の方は、どういった状況なのですか?」

「管理主義に疑問を呈する者も、段々と増えてきつつある」

 

 やよいは目を伏せ、腕を組み、そう答える。

 

「そうですか……学園内で起きていることが…本部でも……理事長は、どう思っているのですか?」

「…管理教育プログラムについてか?」

「もちろんです」

「……困惑ッ…分からない、分からないんだ…アレが正しいのか、否なのか、成果を出し、素直にこちらに感謝の意を表してくれるチームもいれば、疑いを呈するチームもいるからな」

「…………」

「もちろん、上の方にも、その話は伝えてある。だが、帰ってくる答えは唯一つ…“これが世界に追いつき、追い越すための最も合理的な方法”というものだ、たづな、生徒やトレーナーたちは、どうなっている?」

「……改革派の生徒やトレーナーたちを、ベテランの伊勢トレーナーが上手くまとめて下さっています、ですが…」

「…いつ不満が爆発するか、わからないと言うことか」

「はい、良くない空気が、漂っています。今度の校内レース大会が…心配です」

 

 たづなとやよいは二人とも、頭を抱えていた。

 

 

────────────────────

 

 

 そして、迎えたレース大会当日、やよいとたづなの心配をよそに、とくに両派の対立なども発生せず、大会は予定通りに進んでいった。ウマ娘達が学園内のイベントでトラブルを起こすことは避けたからである。

 

『先頭ダイワスカーレット、そしてジェガンアールが逃げている、1バ身後ろにエビルストリーム!!良い位置で最後の末脚に賭けるかトウカイテイオー、後団の娘達は若干バラけ気味!!ここでウオッカを避けてデナンゾーンとデナンゲートうまく抜けて上がってくる!!』

 

「さあ!!末脚の発揮時ですよ!!」

 

 氷川は声を張り上げ、競り合う自チームのウマ娘達に声援を贈る。

 

『デナンゲート、ここでトウカイテイオーを容易に交わしてさらにはジェガンアールを交わした!ダイワスカーレットブロックを…いや!ヒラリと交わした!ヒラリと交わした!!デナンゲート!ダイワスカーレットを交わしてか半バ身差をつけて今、ゴールイン!!』

 

「「「やったぁぁぁぁ!!!」」」

「ゲートがスカーレットに勝ったわ!!」

 

 改革派のウマ娘達と、保守派のウマ娘達は互角の激闘を繰り広げた。スピカのウオッカ、ダイワスカーレットは、もちろんどちらにも属しては居なかったが、最近になって急に伸びてきた同期たちに、驚きや恐ろしさを感じてはいた。

 

 

────────────────────

 

 

 そして、放課後、ダイワスカーレット、ウオッカ、トウカイテイオーは、保守派の友人たちと共に、寮へ向かって歩いていた。

 

 すると、コース整備を終え、ジュース片手に立ち話をしている整備員達が、彼女らの目に入る。

 

 ウマ娘達は普通の人間より、聴覚が鋭い、ダイワスカーレットらの耳にも、自然と会話が入ってきた。

 

「今日のレース大会、どう思ったよ?」

「何たって、下級クラスのウマ娘らの奮闘が凄かったなぁ」

「ああ、デナンゲートのあれ、凄かったよな、あの娘、小柄なのに臆せず自分より大柄なダイワスカーレットやウオッカ、それにトウカイテイオーやジェガンアールに立ち向かっていって、見事に抜けてったんだぜ?」

 

 整備員達は、興奮気味に今日の感想を述べていく。そして…

 

「小柄な連中は速い、ダイワスカーレットみたいな大型タイプでは駄目だ」

 

 このような、極端な意見を言うものもいた。

 

「いや、でもハッピーミークとかが頑張ってるから、そうとも言い切れんだろうよ」

「なら、何があの娘らを分けてるって言うんだ?」

 

 その言葉に少しの間、沈黙が走る。

 

「あっ!それなら思い当たる節がある、管理教育プログラムが関係してるんじゃないか?」

「理事長さんがURAの推奨プランとか言ってたやつか、リギルとかが使ってるんだろ?」

「そうだな、正確に言うと“リギルのスタイルを改良したもの”らしいけどな」

「へぇー、まあ、細かいところは良いとして、反対するチームもいるそうだぜ、そして、最近調子の良いウマ娘達は、その殆どが反対派のチームにいるウマ娘だとか」

「オイオイ、URAの推奨プラン、ダメダメじゃねーかよ、管理主義、クソじゃねえか、理事会や生徒会は何も言わねーのか?」

「ああ、トレーナーのダチが言ってたんが、どうもダンマリらしいぜ」

「は?」

「おいおい…そりゃあないだろ?」

「無能なのか?」

 

 整備員達は、現在の学園の上層部に、批判的な考えを述べる。すると…

 

「ねぇ、今、カイチョー達の話、してなかった?」

 

 トウカイテイオーが整備員達に声をかけた。

 

「うわっ!?何だ…トウカイテイオーか…びっくりさせるなよ…してたさ、それがどうかしたのか?」

「どうかしたかじゃないよ!!キミ達は頑張ってるカイチョーのこと、信じられないっていうの?」

 

 トウカイテイオーは耳を後ろに反らせ、そう言う。整備員達は、何故そんなに怒るのかという顔をしていた、彼らは、整備員達の中でも、若い部類に入る、そして彼らが学園内に出入りすることは殆ど無い、それ故、トウカイテイオーがシンボリルドルフを深く尊敬しているということは知らなかった。

 

「信じられないまではいかねえが、疑ってはいるぜ」

「学園内にピリピリした空気が漂ってるって、俺達の間で噂になってる、対処法を考えない理事会、生徒会には、問題ありとするのが、一般的な意見じゃないのか?」

「うっ…でも、カイチョーはいつもカッコよくて、優しくて、皆を導いてくれてるんだ!!間違ってるなんて…思えないよ!!駄目なのは疑ってるそっちじゃないの!?」

 

 言い返すトウカイテイオーに対し、ウオッカとダイワスカーレットは、慌てながら様子を見ている。

 

「はいはい、そこまでよぉ」

 

 そして、その緊張状態の中に入る人物が現れた、伊勢である。

 

「伊勢トレーナー!」

 

 ベテラントレーナーの突然の登場に、ウマ娘、整備員たちは共に驚き、緊張状態は少しだが緩和される。

 

「まずは落ち着きなさい、あと、ウマ娘ちゃん達、そう警戒しないで、私は改革派だけど、貴女達を咎めたり、たづなさんにこのことを報告したりするつもりはまったくないから、まず、双方の言い分を聞きましょうか」

 

 こうして、伊勢は双方の言い分を聞いていった。

 

「なるほどねぇ…話は分かったわ、今度は私から、少し言わせて貰うわね」

「は、はい!」

「まず、管理主義、自由主義、どちらが優れているか決めるのはナンセンスよ、個人にはそれぞれ適性があるもの、ただ、現状は管理主義を極端に優遇している、それに対しては、私も思うことがあるわ、ただ、今の学園上層部には、管理主義を推し進めなければならない理由があるって思うのよ」

「それって…どんな理由なんですか?」

 

 ウオッカが伊勢に問う。

 

「今の学園上層部やURAには、ある目標があるのよ、一つは、凱旋門賞の制覇」

「一つは…?もう一つあるんですか?」

「もう一つは、ルドルフちゃんやマルゼンちゃん、私の担当のビーちゃんみたいなウマ娘を世に送り出すってことよ…まあ、そこまでは良しとしましょう、でも、その目標のために、急ぎすぎてるのよ、URAも、理事会も、ルドルフちゃんも」

「カイチョーも……?でも、なんでそんなことが言えるのさ!」

 

 トウカイテイオーは伊勢に食ってかかる。それに対して伊勢は…

 

「私も昔は、そちら側だったからよ」

 

 と答えた。

 

「どういうことなんですか?」

 

 ダイワスカーレットはそう聞く。

 

「かなり前の話になるわ、あるウマ娘ちゃんを有記念に出走させるために、署名活動が行われたことがあるの、多くの人が、それに署名したわ。そして私もその一人だった…」

 

 そして、伊勢は過去のこと*1を、トウカイテイオーら、そして整備員らに語り始めたのであった。

 

 

────────────────────

 

 

「…これが、過去に起こったことよ、だから私は、ビーちゃん、葵ちゃん、結ちゃん達と一緒に頑張っているの、もちろん、そんなことで私達の罪が消えるとは思っていないわ、でも、行動しないと、何も始まらないと思うのよ」

 

 全てを語り終えた伊勢は、一言そう言った。

 

「俺らがここに就職する前に…そんなことが…」

「ウソ……あの事故の裏で…そんなことが起きていたなんて…」

 

 驚かない者は、この場に居なかった。

 

「私達は、強欲で、傲慢だったのよ、それがほころびを生みだして、一人のウマ娘を利用して、その将来を潰してしまった。私は、そんなことを二度と繰り返したくないの」

 

 伊勢はその場にいる全員を見て、そう言った。

 

=============================

 

 

 私達は、ミークとハリアーの出る宝塚記念の観戦にやって来ていた。だけど…

 

『確定しました!一着グラスワンダー、ニ着スペシャルウィーク、三着はキングヘイロー、四着はセイウンスカイ、五着はキンイロリョテイ、ハッピーミークは六着!地方から来たエアコンボハリアーは七着となりました!!』

 

 ハリアーは、作戦通り、ミークをマークし、食いついた。だけど…ミークは、なかなか勝負をさせて貰えなかった。

 

 7,8人ぐらいのウマ娘が、ミークをマークしていた。いや、囲んでいたと言っても良いだろう。別に、談合したとかはないと思う。でも、ミークを勝たせたくないと思うウマ娘もいたんじゃないだろうか?

 

 結局、外側に控えていたハリアーが第四コーナーの途中で、マークを外し、“勝利ではなく勝負をとった”ことで、ミークは囲みを脱することが出来たけど、結果は掲示板の通り。

 

「……………」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 桐生院トレーナーに目をやる、彼女はとても悲しそうな目をしている。憤りのような感情も、混じっていた。

 

 

=============================

 

 

 ウイニングライブ、表彰式を終えたグラスワンダーは一人、通路を歩いていた。彼女の手には、テーピングが巻かれており、それには血が滲んでいた。これは、彼女が末脚を使ったとき、拳を握り込み、爪が手のひらに食い込み、そうなったのである。それほど彼女の勝利への執念は強かった。

 

「グラスちゃん」

 

 そして、そんなグラスワンダーに声をかけたのはスペシャルウィークである。彼女は、今回のレースで前寄りを走っており、ハッピーミークをマークしては居なかった。彼女はグラスワンダーとの末脚勝負で競り負け、ニ着に敗れていた。ただ、彼女にも少しばかり、ハッピーミークへの嫉妬はあった。

 

「スペちゃん…どうかしたのですか?」

「ちょっと、話したいことがあるんだ」

「………?」

「私、今日、グラスちゃんには負けちゃったけど、最近走った中では、一番良い走りができてたと思うんだ。でも…」

「でも?」 

「走ってて、全然楽しくなかったんだ……お母ちゃん、言ってたんだ、“強くなることも大切だけど、それと同じぐらいレースを楽しむことも大切だ”って……グラスちゃん、私達、ホントにこのままで良いのかな?」

「スペちゃん……」

 

 グラスワンダーはスペシャルウィークの目を見る。彼女の頭の中には、無我夢中で勝利のために走った今日のレースの記憶が、鮮明に蘇っていく。

 

(今日のレース…私は、自分が勝ちたい気持ちより、ハッピーミークさんに勝ってほしくない気持ちの方が強かった、そして、示し合わせた訳では無いとはいえ、ハッピーミークさんに“勝負をさせないレース”をさせてしまった……今日の勝利は…一体…)

 

 彼女は、先程まで血の滲む腕に抱きしめていた勝利を、儚い幻のように感じたのだった。

 

 

────────────────────

 

 

 その夜である、多摩川沿いのある練習場で、3人のウマ娘が、息を切らしていた。

 

「はぁーっ…はぁーっ…」

「……っ…フゥ…」

「…………」

 

 3人の額には、大粒の汗が浮かんでいる。

 

「シービー、流石に疲れたか?」

「当然じゃあ…ないか…キミ達2人と模擬レースをやったんだから…さぁ…!」

「さすが、中央の三冠ウマ娘さん…お強いですね…」

「そっちもね、南関東の駿

 

 ミスターシービーはエアコンボフェザーとは違うもうひとりのウマ娘に声をかける。

 

「レースから退いて指導役となったのです。その名前ではなく…アブクマポーロか…ポロとお呼び下さい」

  

 もう一人のウマ娘、アブクマポーロは息を整えながらそう答える。彼女はダイオライト記念にて、ワンダーグラッセに僅差で敗北。公式レースからは退き、指導役へと回ったのである。

 

「ハハハ、分かったよ、ポロ」

「…これで、決勝戦までの最終調整は終わりだ、苦労をかけたな、シービー」

「いやー…きついメニューには、慣れてたつもりなんだけどね、これをやりながら予選では追込で行けって言うんだから、流石に驚いたよ」

「お前を信じていたから、そうしたんだ」

 

 ミスターシービーは、これまで行われてきたドリームトロフィーリーグの予選で、彼女の代名詞とも言える追込の作戦で勝ち抜き、決勝へと駒を進めた。しかし、決勝戦では別の作戦を行う予定であり、トレーニングはそちらに備えたものを行っていたのである。

 

「……私は部外者の身ではありますが、応援させて頂きます」

 

 アブクマポーロは、ミスターシービーに応援の言葉を送る。 

 

「ありがとう、ポロ」 

 

 ミスターシービーは笑顔でそう返したのであった。

 

 

────────────────────

 

 

『さあ、サマードリームトロフィー、決勝戦のときがやってまいりました、今回のレースは長距離』

 

 

 そして、サマードリームトロフィーの決勝の当日、ハッピーミーク達は、アラビアントレノ達と共に、東京レース場の観戦席にいた。そして、そこにはエコーペルセウスもやってきていた。

 

 ハッピーミークらと共にいたアドヴァンスザックは、懐から出走表を取り出し、眺める。 

 

1シンボリルドルフ

2テイエムバーザム

3シンコウディアス○

4ゼークアインス

5メイショウムバラク○

6ムーンアイリッシュ○

7セイウンメロゥド

8ミスターシービー○

9ゼークヅヴァイス

10スーパークリーク△

11カレンエイノー

12エアガーウィッシュ○

13ダイワマラーサイ

14ニシノロマネスク△

15アレキサンドリアン

16オンワードカラバ○

17ゼークドライス

18タツハアーチェリー△

 

 彼女は、ウマ娘達の名前の横に、印をつけていた。○が改革派、△が中立、何もなしが保守派のウマ娘である。

 

「…………」

 

 それを見て、彼女は苦い顔をした。本来実力を競い合う場であるレースが、対立する2つの派閥の代理戦争のような様相を示していたからである。さらに、どの派閥のウマ娘達も、それがトレセン学園のためになると思って行動しているという事実が、彼女の心を痛めていた。

 

 

────────────────────

 

 

 一方、ミスターシービーは伊勢、サカキムルマンスクに手伝って貰いながら、出走の準備を進めていた。

 

「どう?トレーナーさん、サカキ」

「断言するわ、今までで最高の仕上がりよ」

「トレーナーさんと同じ意見です」

「……皆のお陰だよ」

 

 ミスターシービーはそう言う、一方、サカキムルマンスクは、カバンからスマートフォンを取り出し、アラビアントレノ達とは別の所でレースを見ているエアコンボフェザーにビデオ電話を繋いだ。

 

『シービー、調子はどうだ?』

「万全さ」

「フェザーちゃん、ありがとうね」

『……礼には及びません、伊勢トレーナー、協力、感謝いたします、ですが、レースはまだ始まっていません』

 

 伊勢の言葉に対し、エアコンボフェザーは頭を下げ、そう言う。

 

「そうね…」

 

『出走ウマ娘の皆さんはパドックへ上がって下さい』

 

 アナウンスの声が、ウマ娘達にパドックに行くよう促す。

 

「フェザーちゃん、ビーちゃんに一言、言ってもらっても良いかしら?」

『…分かりました、シービー、ルドルフは強い。だが、私達は、今日、ここで勝利するために、あらゆることをやってきた。少なくない人々が、お前の勝利を信じている、積み重ねを信じて走って来い』

「…分かったよ、フェザー、でも、一つ間違ってるよ」

『……?』

「走るのは、アタシだけじゃない、キミ達の想いも乗せて、アタシは走る。トレセン学園のために、新しい時代のためにね」

『……シービー…』

 

 ミスターシービーは、飲み物を少し口に含み、そのボトルを掲げ…

 

「新しい時代のために」

 

 と言った。そして

 

「行ってきます」

 

 と言い、パドックに向かっていった。

 

 

────────────────────

 

 

『さぁ、今年もいよいよその時がやってきました、サマードリームトロフィー、今年は長距離のレースとなります』

『この気温、そしてこの観客の数、ウマ娘達の真の実力が問われるのに相応しい舞台となりましたね』

 

 パドックの裏に、全てのウマ娘が出揃う。

 

『さて、まずはこのウマ娘、1枠1番、その圧倒的な実力はドリームトロフィーリーグでも健在です。シンボリルドルフ!!』

 

 ワァァァァァァァッ!!

 

 皇帝の登場に、場内は熱気に包まれる。

 

『去年のサマードリームトロフィー、今年のウィンタードリームトロフィー共に優勝していますから、今回のレースも、期待大です』

 

「……………真剣勝負だよ、ルドルフ」

 

 ミスターシービーは、そう呟く。その翠の瞳には、観客に向けて手を振る皇帝の姿が、くっきりと映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
第42話 月の闇に隠した夢 参照





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次回、ドリームトロフィー決勝戦です。

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第59話 Follow the light

 今回も拙い挿絵が入っております。


 

『4枠8番、ミスターシービー』

『これまでの予選では、強い追込で勝利を掴んで来た彼女、体力だけでなく精神力も試されるこの東京3400での活躍も、期待したいところですね』  

 

 ドリームトロフィーリーグ用の勝負服に身を包んだミスターシービーは、観客達に手を振る。

 

「ミスターシービー、予選での追込、凄かったよなあ」

「これなら、シンボリルドルフにも勝てるかもしれないぞ?」

「いや、シンボリルドルフは、冬より走りのキレが増してるんだぜ?今回も勝ってくれる筈だよ」

 

 観客達は、ミスターシービーを見て、シンボリルドルフとの比較をする。

 

 今回のサマードリームトロフィーで、東条率いるチームリギルは、シンボリルドルフのみを出走させていた。一人を集中して鍛え、確実に勝ちを取りに行き、トレセン学園内にはびこる管理教育プログラムへの疑念を払拭するためである。

 

 そして、シンボリルドルフも、今回のサマードリームトロフィーの構図…つまりは、代理戦争ということを理解していた。

 

 彼女自身は、管理主義のリギルのウマ娘であり、管理教育プログラムを推すURA上層部の考えは理解していた。そして、保守派の生徒たちから、その筆頭とみなされていた。

 

 そして、今日対戦するミスターシービーは、改革派の筆頭である。

 

 それ故、今回のレースは、ミスターシービーとシンボリルドルフの、さらには両派の、トレセン学園の在り方に対する信念、哲学のぶつかり合いでもあるということである。

 

 

────────────────────

 

 

「シービー」

 

 パドックでの紹介が終わったミスターシービーに、シンボリルドルフは声をかける。

 

「…今日はよろしく頼む」

「…全力でいかせてもらうよ、ルドルフ」

 

 対立する両派閥の筆頭とはいえ、彼女ら二人はライバル同士である。それ故、出走前の握手はきちんと行った。

 

『各ウマ娘が、次々とゲートインしていきます』

 

 

(…今回も…勝つ…)

 

(…ルドルフ…勝たせてもらうよ)

 

(…勝って、2つの派閥の争いを止めないと…)

 

(…今のままじゃあ駄目だ、変わらないと駄目なんだ)

 

(義は私達にある、上の指示に従わない娘達を打ち負かし、学園を取り戻す)

 

 ウマ娘達は、それぞれの思いを秘め、ゲートに入っていく、ただし、“勝ちたい”と“トレセン学園のために走る”の二つの想いは、どのウマ娘も共通して持っている物だった。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了、体勢整いました、東京レース場3400m、サマードリームトロフィー、決勝戦…』

 

ガッコン!!

 

『ゲートが開いて、今、スタート……えっ!?ミスターシービーが、ミスターシービーが前寄りに出ている!?』

 

 その光景は、出走ウマ娘、そして観る者のほぼ全てを驚愕させた。彼女は殆どの場合、積極的に最初の位置取り争いに参加せず、後方、もしくはしんがりを進んでいたからである。だが…

 

(……予想が出来ていたかといれば否だが…私は前例を知っている…!)

 

 シンボリルドルフは、動揺せず、しっかりと理想的なスタートをすることができていた。彼女は、アラビアントレノが出走した、秋の天皇賞を現地で見ていた一人である。つまり、『追込を使うウマ娘が前に出る』という事例を一番近いところで見ていたということである。

 

(君には通じないはず…さァ…勝負だよ、ルドルフ)

 

 ミスターシービーは心のなかで、そう呟く、彼女がこの作戦を取った理由…それは、他のウマ娘達の予測に反した行動を取ることで、本来の作戦を取らせづらくし、シンボリルドルフと確実に勝負をしに行くためであった。

 

 

────────────────────

 

 

(流石は皇帝…シンボリルドルフ会長、でも、今のシービー先輩なら…負けるはずがない…!)

 

 サカキムルマンスクはミスターシービーの勝利を信じ、コースの上を走る彼女に視線を贈る。

 

『先行争い、ハナを進むのはダイワマラーサイ、次にオンワードカラバとタツハアーチェリー、逃げるのはこの三人、その次に来たのはセイウンメロゥド、そして今回は何と前に出たミスターシービー、内を進みます、スーパークリーク、そして外からはシンボリルドルフ、その内にゼークアインス、エアガーウィッシュ、2バ身差で並ぶようにゼークドライスとメイショウムバラク、そして後方にムーンアイリッシュ、その外回ってテイエムバーザム、アレキサンドリアン、内にはシンコウディアス、1バ身離れ、カレンエイノー、最後尾はニシノロマネスクとゼークヅヴァイス』

 

 

「…!?どういうことだ?いつものシービー先輩なら、後ろに控えるはずなのに」

 

 ツルマルシュタルクはそう口にした。

 

「やっぱり、ドリームトロフィーリーグは…位置取り争いが凄い…」

 

 続いて、エビルストリームがそう口にする。すると、それを聞いていたエコーペルセウスは…

 

「ワクワクするようなレースだね」

 

 と言ったのである。それを聞き、ウマ娘達は振り返る。

 

「皆、分かるかな?シービーとシンボリルドルフの微妙な駆け引きが、実は、スタートダッシュでシンボリルドルフはシービーよりも良いスタートをしていたんだけど、抜けきらなかったんだ、そして、シンボリルドルフは少し引いた。いつもの彼女は先行型なのに……ね?、多分、スタートしてすぐに、シービーの目的を察して、スタート直後の激しい争いを避けて、彼女を追うベストの場所についたんだ、そして、もちろんそれはシービーも分かっているから、シンボリルドルフが引いた瞬間、それ以上ポジション争いに参加せずに、今のポジションについた……こんなレースが見られるなんて…わざわざここまで来た甲斐があったよ」

「そんなことが…あの瞬間に…そして見抜いたんですか?凄いですね…」

 

 改革派のウマ娘の一人は、そう呟く。

 

「どうだろうね?あくまでこれは私の考えに過ぎないから、合ってるかどうかは分からない、でも、このくらいの分析なら今の地方のサポートウマ娘達は、出来るんじゃないかな?」

 

 エコーペルセウスは笑顔でそう言った。その言葉に、周囲の中央のウマ娘達はその殆どが、目を丸くする。断片的ながらも今の地方のレベルを実感させられたのである。

 

「でも…驚くのは…まだ早い…ドリームトロフィーリーグは…普通のレースとは大違い…コーナーでも…行く人はポジションを取りに行く」

 

 ハッピーミークは、驚いているウマ娘達に一言、そう言った。

 

 

────────────────────

 

 

『各ウマ娘、第3コーナーへ、先頭ダイワマラーサイからやや固まっている状態で、先頭から殿まではおよそ8バ身の差』

『ミスターシービーの動きによって、他のウマ娘達のポジション取りに影響が出ましたからね、此処から先の展開に、注目していきたいところです』

  

(他のウマ娘達に、本来の動きをさせづらくする…さすがだな、シービー…だが…そのポジションは、本来は私のモノ、返してもらうぞ…!!)

 

 シンボリルドルフは、目をカッと見開き、少し外側に出て、ミスターシービーに被せるような形で、その距離を詰める。

 

(……………)

 

 ミスターシービーはそれを見ると、なるべく譲らないように、内寄りでも外寄りでもないラインを走る。

 

『シンボリルドルフ!外から仕掛けていくぞ!』

『思い切ってコーナーでポジションを奪いに行きましたね、ミスターシービーはこらえているようですが……』

 

(……よし…3…2…1…今…!!)

 

『ここでミスターシービー、内に引きました!!』

『シンボリルドルフにポジションを譲る形となりましたね、無駄な消耗を避けたのでしょうか?』

 

 ミスターシービーは内に引き、シンボリルドルフが先程までミスターシービーがいた位置に収まった。それは、彼女が一番力を発揮できるポジションにつくことができた事を意味していた。

 

 

────────────────────

 

『ここでミスターシービー、内に引きました!!』

『シンボリルドルフにポジションを譲る形となりましたね、無駄な消耗を避けたのでしょうか?』

 

 観客席は、ミスターシービーが抜かれた事で、ウマ娘達がざわついていた。

 

「抜かれた!!シービー先輩が抜かれた!!」

「そんな…」

 

(…………あそこで抜かれると…)

 

 アラビアントレノは、他のウマ娘達とは違い、声、表情にこそ感情を出して居なかったが、この状況はまずいのでは無いかと考えていた。

 

 彼女たちは、ミスターシービーが“先行策”でいくと踏んでおり、その策がうまく行かなかったと考えていたのである。

 

 

 

一方、エアコンボフェザーはシンボリルドルフの動きを観察していた。

 

「………」

 

(ルドルフの強豪との対戦経験、そして緻密な管理が行われたトレーニングによって作り上げられた肉体、そして、先行の適正、位置取りでは、慣れない作戦を取ったシービーは分が悪いのは否定できないな、だが、東京レース場(このステージ)ならば、つけ入る隙はある)

 

 そして…彼女は自身の記憶と、丁度コーナーを走っているシンボリルドルフの走りを照らし合わせた。

 

(やはりな…!)

 

 心の中でそうつぶやき、エアコンボフェザーは口角を上げた。

 

 

────────────────────

 

 

『各ウマ娘、一度目のスタンド前を駆け抜けていきます、第一コーナーは目前だ。先頭は入れ替わりまして、先頭がオンワードカラバ、タツハアーチェリーとダイワマラーサイは並ぶように走る、2バ身差でセイウンメロゥド、そしてシンボリルドルフ、スーパークリークは外寄りにライン変更、1バ身離れ、ゼークアインスさらにはエアガーウィッシュ、外からはゼークドライスとメイショウムバラク、そして後方にアレキサンドリアン、内にミスターシービー、ムーンアイリッシュ、いやテイエムバーザムか、内にはシンコウディアス、外寄りにカレンエイノー、最後尾はニシノロマネスクとゼークヅヴァイス』

『シンボリルドルフは良い位置をキープできていますね』

 

(ポジションを奪われたのに奪い返そうとしてこない…?何故だ、シービー…何もしてこない事がかえって不気味だ…投げたのか?)

 

 シンボリルドルフは、先程ポジションを奪われたミスターシービーが、それを奪い返すどころか、その準備の兆候すら見せないことに不気味さを感じていた。

 

(…いや、シービーならば、投げるはずはない、虎視眈々と、機会を伺っているはず…)

 

 彼女は、感じている不気味さを振り払うべく、走ることへ意識を注ぐ、だが…

 

(……どうもおかしい、つこうとしていたポジションにつくことのできたこちらが有利であるのは事実のはずだ)

 

 それは中々頭から離れなかった。しかし、シンボリルドルフは額に垂れ、目に入らんとする汗を拭うことで、半ば強制的に気持ちを切り替える。

 

(…何処からでも来るんだ、シービー、私はベストコンディションだ…!)

 

 シンボリルドルフは脚に力を込めた。

   

 

(手がつけられない程のレーステク…こうも堂々と見せつけられると、改めて舌を巻いてしまう、でも、それは今初めて分かったことじゃない、今までのレースでわかってることだからね)

 

 一方で、ミスターシービーは、そんなシンボリルドルフを見て、脚に力を込める。ただし、彼女はピッチとストライドを変化させていなかった。

 

 

『第2コーナー、先頭はオンワードカラバ、しかし、ダイワマラーサイが並びかけるように出てきたぞ、タツハアーチェリーは少し下がったか、3バ身差でセイウンメロゥド、そしてシンボリルドルフ、外からスーパークリーク追走、1バ身離れてエアガーウィッシュ、その後ろにゼークアインス、メイショウムバラク、ゼークドライスの前に出た。そして後方にアレキサンドリアン、2バ身差で内にミスターシービー、外からはテイエムバーザム、内にはシンコウディアス、外寄りにカレンエイノーとムーンアイリッシュ、そして、ゼークヅヴァイスしんがりはニシノロマネスク』

『おや、ミスターシービーに動きがありますね』

『ミスターシービー、ここで位置を上げようとしている!!ここでポジションを取り返す気なのか!?』

 

 

(ここで取り返しに来るのか…!?無理は禁物だが、ここでそちらの思い通りには…!!)

 

『第2コーナーを抜けて向正面へ、シンボリルドルフ、うまくブロックしてミスターシービーの思い通りにはさせない!!』

 

(良いね!良いね!実況さん、そのままルドルフ達を誘導して!!)

 

 ミスターシービーはシンボリルドルフのブロックを予想していた。彼女はブロックに苦戦するフリをしつつ、向正面へと入ってゆく。

 

(フフッ…)

 

 ミスターシービーは口角を上げ、息を入れた。

 

 

=============================

 

 

『シービーはしっかりと食いついとるで!!やけど…先行のルドルフが滅茶苦茶速い上に冷静にブロックしとる!!』

 

 別の所で観戦しているタマモクロスの声が聞こえる。彼女の言うとおりだ、このままだとマズイ。

 

「ヤバイ…シービー先輩、大苦戦……向正面を過ぎたら、今度はコーナーと坂だよ…」

「苦戦どころか…敗色濃厚ね…」

 

 ハード、サンバはそう言う。周りのウマ娘達にも、そんな雰囲気が漂っていた。すると…

 

「えっ…!?」

 

 双眼鏡を覗くロブロイが、驚いたような声を出す。

 

「ロブロイ、どうかしたの…?」

「シービー先輩が一瞬なんですけど、ニヤッとしたんです。ひょっとしたら、何か秘策があるのかもしれません…」

 

 私は目に神経を集中させ、ミスターシービーを見る。

 

 ……確かに、何かを企んでいるような…そんな表情をしている。多分、作戦があるんだ、ミスターシービーと、そのトレーナー、フェザー副会長、そして、サカキぐらいしか知らない……作戦が…

 

 

=============================

 

 

『第2コーナーを抜けて向正面へ、シンボリルドルフ、うまくブロックしてミスターシービーの思い通りにはさせない!!』

 

(やはり、そう来るだろうな……だが…ルドルフ、シービーの狙いは、ポジションを奪い返すことじゃない…真の目的は…)

 

 シンボリルドルフを見て、エアコンボフェザーはそう考える。彼女の脳内に、シンボリルドルフとのある記憶が思い出される。

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 シンボリルドルフとエアコンボフェザーがまだトゥインクルシリーズで走っていた頃である。

 

「お疲れ様でーす!!会長さん、フェザー先輩!!」

「今日も凄かったです!!」

 

 エアコンボフェザーとシンボリルドルフを見て、集まったウマ娘達が声援を贈る。

 

「ふぅ…私達二人で併せをやると、いつも人が集まってしまうな、調整のつもりが、ついつい本気の勝負のようになってしまうよ」

「そうだな、ルドルフ」

「フェザー、私の走りはどうだった?悪くはなかったと思うのだが…」

「…昨日と比べて、僅かながら体力、脚力共に浪費しているのを感じる…この前の秋の天皇賞を見て思ったんだ。お前はどういう訳か、“こちら側”が少々苦手で、それを身体能力で誤魔化しているな?」

 

 エアコンボフェザーは遠慮なく指摘する。その率直な指摘、観察眼、レースでの強さを、シンボリルドルフは高く評価していた。それ故、度々意見を求め、こうして併せを行っていたのである。

 

 

────────────────────

 

 

 それからしばらくしてからの事である。

 

「…ついてきては…くれないのだな…」

「仕方ないだろう、私は後輩たちの指導がある」

 

 二人は空港におり、会話を交わしていた。

 

「…そろそろ時間か…身体に気をつけろよ」

「分かっている、万全の体制でレースに臨むさ」

「その顔ならば、安心だな。アメリカでも暴れて来い、ルドルフ」

 

 二人は拳をコツンとぶつけ、別れたのだった。

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

(あの後に開催されたレース…サンルイレイハンディキャップを再現すること…)

 

「“Follow the light(月明かりを追え)”…シービー…行け…!!」

 

 エアコンボフェザーは一人、そう呟くのだった。

 

 

────────────────────

 

 

『向正面もそろそろ終了、ここからコーナーを通れば、ゴール前の直線へと差し掛かります』

『ゴール前の坂に、いかに備えるかが最重要課題となりますね』

 

(ゾクゾクするね…最高のレースだ、のるかそるかの、ワンチャンス…チラチラと見え隠れしてた、小さな突破口を突いて見せる…!!)

 

 ミスターシービーは、シンボリルドルフらの後ろに控えながら、仕掛ける用意をしていた。

 

『各ウマ娘、第3コーナーへと入っていくぞ、先頭オンワードカラバとしんがりゼークヅヴァイスまではおよそ20バ身の差、だがそれも少しずつ縮まりつつあるぞ!』

 

(これからだよね、フェザー…よし、皆…さぁ、一緒に戦おう…!!)

 

スウッ…

 

 ミスターシービーは、ピッチとストライドを変化させる。そして、シンボリルドルフとの距離を詰めていった。

 

『ここでミスターシービー動いた、シンボリルドルフとの距離をどんどん詰めていく、追突するかしないかの領域だ!!』

 

(何ッ……シービー…本当に、すぐ後ろに…!!)

 

 突然のスタントプレーに、シンボリルドルフは顔をぎょっとさせる。

 

 

 

 そして、それを見ていたエアコンボフェザーは、満足気に口元を緩める。   

 

(ルドルフ、さっきまでのコーナーリング、あまり内側を攻めず、予選の時よりも負担が少ないルートを走っていたな。それはやはり、左回り(こちら側)…だからだろう?)

 

 エアコンボフェザーは心のなかでシンボリルドルフにそう呼びかける。

 

(ルドルフ、完全無欠のお前にも、弱点はある、お前の弱点は、左コーナーで追い立てられることへの恐怖心を克服できていない事だ、はっきり言えば………)

 

 ミスターシービー、エアコンボフェザーはシンボリルドルフをその目に捉え…

 

((左回りがヘタクソだって事さ!!))

 

 同じ言葉を脳内で叫ぶ。

 

(……ッ!!)

 

 ペースを更に上げたミスターシービーに後ろから押されるように、シンボリルドルフはペースを上げる。

 

 彼女はトゥインクルシリーズでの公式レースにて、3度の敗北を喫している、その3度目の敗北は、彼女の脳に深く刻まれていた。

 

 サンルイレイハンディキャップはアメリカで行われるレースである。そこのコースは少々特殊であり、芝コースに一部ダートコースが交差するような部分が存在していた。シンボリルドルフは、後続のウマ娘の激しいマーク戦法で追い立てられ、その交差していたダートに足を取られ、そこで脚を痛め、敗北したのである。

 

 そのこともあって、シンボリルドルフは、左回りに若干の恐怖心が残っていた、今までは圧倒的な身体能力でごまかしていたものの、特殊なトレーニングを重ねたミスターシービーとの差は、殆ど無かった。

 

 シンボリルドルフが驚いているうちに、ミスターシービーは更にペースを上げ、シンボリルドルフに触れるか触れないかの距離感で並びかける。その顔は普段の彼女からは想像できないほど、真剣だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

(……ッ…膨らむスペースを潰された…これではコーナーリングでも、立ち上がりでも、パワーを発揮できない…!!)

 

(……!!)

(……ウソ…)

 

 周りのウマ娘は、そのギリギリの距離感に圧倒される。

 

 

 

「シービー先輩が、あんな走りをするなんて!!」

「並ぶっていうより…ぶつかる!!」

 

 そしてそれは、観戦しているウマ娘達も同様である。

 

「シービーが、シンボリルドルフの実力を信頼しているからこそできる抜き方だね」

 

 エコーペルセウスはそう呟く。

 

「凄い…会長、外からシービー先輩に張り付けられて、前に出られないんだ!!」

 

 ツルマルシュタルクは興奮気味にそう言う。

 

「凄い…シービー先輩が、会長さんのアタマを抑えたまま立ち上がってる!!」

「行ってください…シービー先輩、行け…行け…行けぇぇぇぇ!!」

 

 アドヴァンスザックの言葉に、感情が昂ぶったベルガシェルフはそう叫ぶ。

 

「行けー!!シービー!!」

「行ける!!行けるぞ!!」

 

 興奮したファン達も、声援を贈る。

 

 

(…………!!) 

 

 それに応えるかのように、ミスターシービーは更に脚に力を込める。彼女の目、身体からは、白い閃光が漏れる。

 

『ミスターシービー、コーナー出口でシンボリルドルフを抜いた!!勝負は最後の直線に持ち込まれたぞ!!』

 

(ここからは、集中…ゴールすることだけを、考えれば良い…!!)

 

 ミスターシービーはその剛脚で、前を走るウマ娘達を、どんどん抜いていく。

 

(やられた…あの時(サンルイレイ)と同じだ…)

 

 シンボリルドルフは追いすがるうちに気づいた。自らが策に嵌められていた事に。

 

『ミスターシービー、ごぼう抜きを見せて、今、ゴールイン!!サマードリームトロフィーの覇者が今ここに決定致しました!!』

 

 ワァァァァァァァァッ!!

 

 しかし、それはあまりにも遅かった。

 

 

────────────────────

 

 

「ハァ…ハァ…ハァ……」

 

 ゴールインしたミスターシービーは、歓声を聞く。

 

「は…ハハハッ…こんな大きい歓声…何時ぶりだろう?三冠を取ったとき以来…かな…」

 

 彼女は顔一杯に汗を浮かべ、そう呟く。

 

「悔しいですけど、圧巻の一言です」

 

 彼女に、共に走っていたスーパークリークが声をかける。

 

「ありがとう、スーパークリーク」

 

 彼女はスーパークリークに礼を言うと、伊勢とサカキムルマンスクのいる位置に手を振り、観客席のエアコンボフェザーが立っている箇所に向け、サムアップをする。

 

「シービー先輩、一体どこへサムアップを………!!」

 

 スーパークリークは視線をミスターシービーの目の先にやり、目を丸くした。

 

「シービー先輩、あの方に……」

 

ドサッ

 

 スーパークリークが視線を戻した瞬間、ミスターシービーはターフの上に大の字になる。シンボリルドルフに勝つため、数々のトレーニングを重ね、策を弄し、プレッシャーを背負いつつも3400mもの長距離を走りぬけた彼女、その疲労はかなりのものだった。

 

「シービー先輩!?」

「大丈夫、疲れがドッと来ただけさ…流石に…きつかった…でも、ルドルフに勝てて良かったなぁ」

 

 そう言って、ミスターシービーは満足そうな顔をして、気を失った。

 

 シンボリルドルフのファンから見れば、このレースは、シンボリルドルフの公式戦での4度目の黒星がついたレースという印象だろう。

 

 ミスターシービーのファンから見れば、このレースは、ミスターシービーが公式戦で、シンボリルドルフに対し、念願の勝利を収めたレースという印象だろう。

 

 だが、トレセン学園と、その生徒、関係者たちにとって、このレースは保守派と改革派の代理戦争、つまりは今後の学園を左右するかもしれないレースであった。

 

 ファン達の知らない所で起きていた小さな戦争は、このレースをきっかけに、ファン達が知らないまま、少しずつ、終わりへと向かってゆく。

 




 
 お読み頂きありがとうございます。

 新たにお気に入り登録をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m

 挿絵は一応ミスターシービーのつもりで書いております。また、シンボリルドルフが左回りが下手であるという表現は、あくまで右回りと比較してのことです。なお、この表現は史実のシンボリルドルフの敗北がすべて、左回りのレースであることを元にしたものです。

 ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第60話 後悔

 

 

 ドリームトロフィーリーグのウイニングライブ、それはソロライブの形式で行われるものである、そしてそのステージに、ミスターシービーは立っていた。

 

『繰り返す過ちがいつも 愚かないきものに変えてく…』

 

 ミスターシービーは今まで気を失っていた事を感じさせないような綺麗な歌声で、歌ってゆく。

 

『熱い瞳に焼きつけて……!!』

 

ワァァァァァァァァ!!

 

 最後のフレーズを歌い終わり、会場は歓声に包まれた。

 

 

「……これからが、正念場だな」

 

 それを見ていたエアコンボフェザーは、そう言って会場を出ていった。

 

 

────────────────────

 

 

 ウイニングライブ後はミスターシービーへの勝者インタビューの時間だった。多くの記者が、ミスターシービーと伊勢のもとに集まっている。

 

「ミスターシービーさん、今回の勝利に対して、どのような気持ちでしょうか?」

「うーん…いろんな気持ちで胸の中が一杯だけど、一番は“感謝”かな?今回の勝利には、いろんな人が協力してくれたからね」

「なるほどなるほど…それはどのような方なのですか?」

 

 記者は、メモを取りつつも更に質問を行う。

 

「うーん…トレーナーさんにはもちろん感謝してるよ、ありがとうね、トレーナーさん」

 

 ミスターシービーは、伊勢の方を見て、顔をほころばせる。伊勢はそれにサムアップで返す。

 

「あと…サカキ!こっちにおいで」

「えっ…あっ!は、はい!!」

 

 ミスターシービーは部屋の入口のところに立ち、会見の様子を見ていたサカキムルマンスクを呼び、自分の隣に立たせる。  

 

「この娘はサカキムルマンスク、アタシの専属サポートウマ娘、この娘が居なかったら、アタシは今日、ここに立てていなかったかな」

 

 三冠ウマ娘の口から出た意外な発言に、記者たちはざわつく。

 

「では、こちらのサカキムルマンスクさんが、どのようなサポートをしてくださったのか、教えて頂けないでしょうか?」

「うーん…そうだね……スゴイトレーニングを教えてもらったかな」

「凄い…トレーニング…ですか?ですが、ミスターシービーさんがこれまでにこなしてきたトレーニングも、かなりレベルの高いものであるとは思いますが…」

「ううん、彼女が地元から伝えてくれたトレーニングと比べると、アタシのなんてまだまだだよ」

「彼女…?地元…?」

 

 質問した記者を始め、多くの記者は、首を傾げる。

 

「断言するよ、今回のサマードリームトロフィーでのアタシの勝利は、この娘…サカキムルマンスクの地元、福山トレセン学園からもたらされたトレーニングが無ければ、達成できなかったモノだったってね」

「………!!」

 

ザワ…ザワ…

 

 ミスターシービーの口から突如として出た、地方の学園の名前、それは記者たちに驚きをもって受け止められた。記者たちは最近の地方の活躍は知っている。しかし、それがドリームトロフィーリーグにまで通用するものであったとは予想していなかったからである。

 

『会見終了、5分前です』

 

 制限時間がもうすぐそこまで来ているアナウンスが鳴る。しかし、記者たちはまだ、落ち着く様子を見せない。

 

「あのっ!!よろしいでしょうか?」

 

 すると、一人の若い、女性記者が歩み出て、ミスターシービーに聞く。

 

「うん、良いよ」

「では……ミスターシービーさんはトレーニングから、レース中の戦術まで、様々な方法を用い、今回の勝利を手にしました。ですが、私はその一連の行動に、何かメッセージ性が含まれているのではないかと思うのです。もしそうならば、そのメッセージをここで教えて頂きたいのですが」

「……!」

 

 その記者の洞察力に、ミスターシービーは目を丸くする。そして、伊勢とサカキムルマンスクとアイコンタクトを取り、記者を見る。

 

「よし、じゃあ、今回のレースで、アタシが一番伝えたかった事を、今から言うね。今回のレースで一番伝えたかった事はズバリ、“アタシ達は、変わらなければいけない”ってこと、今まで、アタシ達中央トレセンは、主に伝統に基づいて、トレーニングを行ってきた。でも、これからは、アタシがやってきたような地方のトレセン学園がやってるような、0から考えて、創り上げられた、一見すれば奇想天外、だけど、効果は物凄いトレーニングを、それに加えていかなないといけない時代だと思うんだよ。菊花賞を取ったアラビアントレノ(瀬戸内の怪童)、ジャパンカップを取ったエアコンボハリアー(驚異の宙飛)、フェブラリーステークスを取ったメイセイオペラ(真紅の稲妻)みたいなウマ娘達が、それを示しているんじゃ無いかな?」

「………」

 

 ミスターシービーの言葉に、記者たちは、何も返さない。ただ、質問をした記者は、ペンを進めている。

 

「じゃあ、最後に一つ、これからは、伝統や常識にとらわれないやり方も求められる、そんな時代だとアタシは思いたいかな、それで、そんな環境で育ったウマ娘達が活躍していく、面白くなると思わない?」

 

 ミスターシービーは、そう問いかける。

 

「………!」

 

 先程ミスターシービーに質問した記者は、プルプルと震えている。そして……

 

「…素晴らしいですっ!!」

 

 と、大きな声で、感服の気持ちを表したのだった。

 

 

────────────────────

 

 

 その翌日の事である、トレセン学園の生徒会室にはシンボリルドルフと、ミスターシービーの姿があった。周囲では人払いが行われ、ウマ娘はおろか、トレーナーや教師の姿も無い。

 

「ルドルフ、本題に入ろうか、どうしてアタシがここに来たのかは、分かるよね?」

「……管理教育プログラムの事だろう?」

「そう、生徒会の一員でもない、一生徒のアタシが言うのもなんだけど、あれの優遇を止めるよう、理事会に頼んでもらいたいんだ」

「………」

 

 シンボリルドルフは黙る。彼女は複雑な気持ちだった。彼女もやよい同様、管理教育プログラムの恩恵を受け、結果を出したチームを見てきたからである。

 

「ルドルフ、本当にこのままで良いと思ってるの?アタシやメイサの後輩たち、フロンティアの皆は、心配する必要は無いけれど、その他の後輩たちについては、行動は予測できないよ?」

 

 ミスターシービーは、遠回しに、事態を放っておくと近いうちに生徒達の不満が爆発する事を伝える。しばらくの間、緊張が走る。

 

「……このままで良いとは、思っていない、だが…一刻も早く世界一のウマ娘を出すためには、本部のやり方に、従う他無いんだ、それに、今フランスにいるエルコンドルパサーに、このことが知られでもしたら、彼女はレースどころではなくなってしまう」

 

 シンボリルドルフは、申し訳無さそうな顔をして、そう返す。ミスターシービーはそんな彼女を、普段の様子からは想像できないような鋭い目で見つめ…

 

「なるほど、ルドルフ、それは君自身の意志なのかい?アタシには、キミの言葉が他人から借りてきたものに思えて仕方がないんだ」

 

 と言った。彼女はさらに口を開く。

 

「…ルドルフ、凱旋門賞を取ることって、そんなに大事なのかな?」

 

 その言葉に、シンボリルドルフの耳は、ピクリと動く、そして、その耳は後ろへと反る。

 

「シービー…どういうことだ?今の我々は、海外に追いつき、追い越すウマ娘を育成するのが第一の目標だ、君はそれをナンセンスだとでも捉えているのか?」

「そういうわけじゃ無いんだ、アタシだって、後輩たちにそうなってほしいと思ってるよ、でもね、何だか急ぎすぎてる気がするし、もう一つ、目的があるんじゃないかって思ってるんだ。」

 

 ミスターシービーはそう言い、シンボリルドルフの目を見た。

 

「………」

 

 それからしばらく、ミスターシービーは説得にあたったものの、シンボリルドルフが彼女の願いを聞き入れることは無かった。そして、ついに、ミスターシービーは

 

「…なんでそんなに……急ぎすぎちゃうのさ」

 

 と言い、部屋を出ていった。

 

 

────────────────────

 

 

同じ頃、都内の料亭に、二人の中年男性の姿があった。

 

「じゃあ…ご当主を、説得してくれるということかい?」

「ああ、だが、お前も一緒だ、そして、娘達もな」

 

 そう語り合うこの二人の男性は、ハグロシュンランの父と、メジロアルダンの父であった。

 

「…ありがとう」

「…お前は、私のもう一人の娘を育て上げてくれた。今こそ、その恩に報いる時だと思ったからな」

 

 生き別れの双子の、再会の時が迫っている。

 

 

────────────────────

 

 

 ミスターシービーが帰った後、シンボリルドルフは一人、トレセン学園の敷地内を歩いていた。彼女は、トウカイテイオーが自分の前を歩いているのに気づき、声をかけた。

 

「テイオー、こんな時間まで残っていたのか」

「カイチョー…うん、今日はトレーニングが休みだったんだけど、他の子の勉強を教えてたんだよ」

「…?」

 

 シンボリルドルフは、トウカイテイオーの様子を見て、違和感を持つ。トウカイテイオーはどこかよそよそしい様子だったからである。

 

「どうした、テイオー?どこか様子がおかしいようだが…?」

「…カイチョーは凄いね、ちょっと、悩み事があるんだ」

「なら、そこのベンチで話を聞こうか」

 

 シンボリルドルフとトウカイテイオーは、共にベンチに座る。

 

「…それで、悩み事というのは、一体どういうことだ?チームの誰かや、クラスのメンバーと喧嘩でもしてしまったのか?」

 

 シンボリルドルフは、トウカイテイオーにそう優しく問いかける。

 

「いや、そういうわけじゃないんだ……ねぇ、カイチョー、一つ、聞いても良い?」

「…?ああ、もちろんだ」

「カイチョーはどうして、ボクに優しくしてくれるの?」

 

 トウカイテイオーは、シンボリルドルフにそう聞く、シンボリルドルフは、他のウマ娘と比べて、トウカイテイオーに対しては少しばかり甘かった。また、彼女ら二人は、とても仲の良い先輩と後輩として、学園内では周知されている、そして、少し外見が似ていることもあり、新入生や来客が、二人を姉妹なのかと見間違えることも少なくなかった。

 

「テイオーが、私のことを信頼し、努力してくれているから…だろうな、あの日、“強くてかっこいいウマ娘になります”と私の前で誓ってくれたことは、昨日の事のように思い出せる」

 

 シンボリルドルフとトウカイテイオーが、初めて会ったのは、シンボリルドルフが日本ダービーを制した後のことである。そして、月日が流れ、トウカイテイオーはトレセン学園に入学した。シンボリルドルフは一度見た相手の顔を忘れない、記憶力の高いウマ娘である。当然、トウカイテイオーの事は覚えていた。

 

「…そうなんだ、ねぇ、カイチョー、カイチョーは、ボクのこと、信頼してくれてるの?」

「もちろんだ」

「そっか…じゃあ、その“信頼”って、どんなものなの?ボクの性格?それとも実力?」

「……テイオー…?」

 

 シンボリルドルフは、トウカイテイオーの質問に対して、疑問符を顔に浮かべる。トウカイテイオーはそれに気づく。

 

「ごめんねカイチョー、困らせちゃった、今のは忘れて………ねぇ、カイチョー、カイチョーは、ボクのこと、どう思ってるの?」 

「………才能のある、将来有望なウマ娘だと、思っているよ、さらに、それに驕らず、いつも、私のようなウマ娘になりたいと、頑張ってくれているのは、嬉しく思っている。願わくば…その夢を、叶えてほしいものだな。」

 

 シンボリルドルフは、新入生だった頃のトウカイテイオーと、すぐに仲良くなった。その理由は、純粋に自分を慕い、努力している事が嬉しかった事と、その才能に惹かれたという事であった。

 

「そっか…じゃあ、カイチョーは“自分みたいなウマ娘が活躍していってほしい”って、思ってるんだね」

「そうだ、それがどうかしたのか?」

 

 そう言ったシンボリルドルフを、トウカイテイオーは真剣な目で見た。そして…

 

「うん…ねぇ、カイチョー、ボクは誰かの代わりなの?」

 

 と言ったのである。

 

「代わり…?テイオーが…?」

「…そう、カイチョー、ボクは、“サクラスターオー”って娘の、代わりなの?」

「何故……その…名前を…」

 

 シンボリルドルフの顔には、普段の彼女からは、想像できないほど、動揺が広がっていた。

 

「ボク、この前、整備員の皆と、喧嘩しちゃったんだ、それで仲裁に入った伊勢トレーナーから聞いたんだ、ボクが入学する前に、起きたことの裏側を」

「テ…テイオー……」

「今のカイチョーは、URAは、何をしようとしてるの?」

 

 トウカイテイオーは、瞳を潤ませ、シンボリルドルフに聞く。

 

「テイオー、今の私達は…」

 

 シンボリルドルフは、それ以上言葉が出せなかった。自分がいつしか、トウカイテイオーとサクラスターオーを重ね合わせるようになっていたのでは無いかと思ったからである。

 

 そして、シンボリルドルフの様子がおかしいことに、トウカイテイオーは気づく。

 

「ごめんねカイチョー、また、困らせちゃって……でも、ボクも、カイチョーに嘘ついてたんだ、ボク、勉強を教えてたんじゃない、カイチョー達のやり方について、マヤノと喧嘩しちゃってさ、戻りづらかったんだ。」

「テイオー……」

「ねぇ、カイチョー…カイチョーが頑張ってくれてるのは、誰のため?」

 

 その時、シンボリルドルフは気付く。今まで、自分が行った大きな動きは、自分のエゴも含まれていた事を、サクラスターオーの有記念出走に賛成した時も、オグリキャップをダービーに出そうとした時も、そして、管理教育プログラムの優遇に反対しなかった時も。

 

 今まで、自分を動かしてきたのは、『すべてのウマ娘の幸福』という理想よりも、『絶対を体現するウマ娘を作り上げたい』という、もう一つの理想であった事に、彼女は気づいたのである。

 

「……私は……私は…こうも傲慢だったのか…」

「カイチョー…」

 

 皇帝が、後悔の涙を流している。

 

 





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今年のウマ娘レース界について語り合うスレ Part301

3度目の掲示板型式となります。苦手な方は見なくても大丈夫です。


 

 

 ミスターシービーの記者会見から数時間後、掲示板ではサマードリームトロフィーに関しての議論がかわされ、スレッドも次々と更新されていった。ファン達はどんどん、書き込みを続けていく。

 

────────────────────

 

 

2:名無しのレースファン ID:v42ZXm+W3

スレ立て乙です、さて、どこまで話したかね

 

 

3:名無しのレースファン ID:6gU6Wl0fh

ミスターシービーの話題で止まってたはず

 

 

4:名無しのレースファン ID:H6nca6mCh

確か、シービーは地方のウマ娘のトレーニング方法を取り入れたんやっけ

 

 

5:名無しのレースファン ID:N2OuDPPw+

そうそう、それで、これからの時代は伝統や常識にとらわれない時代だって言ってたな

 

 

6:名無しのレースファン ID:7eUqc8K3P

それならば、地方との協力路線もありなんじゃね?

 

 

7:名無しのレースファン ID:mi853axdj

>>6 いやいや、流石に環境が違いすぎるだろ

 

 

8:名無しのレースファン ID:aQMkWMVDq

>>7 そろそろ認めんとあかんやろ、地方も中央に並ぶ選手が作れるようになったんやで?

 

 

9:名無しのレースファン ID:4EogOG7pp

確かに

 

 

10:名無しのレースファン ID:dyXKHcLwo

8に同意

 

 

11:名無しのレースファン ID:3kHerCIXQ

でも、今の中央はかなり伝統重んじているから、シービーの言うとおりになるのかどうかは疑問

 

 

12:名無しのレースファン ID:mkrhkUS/h

なるでしょ、最近、レースで不利だとされてきた小型ウマ娘が活躍してるし、地方も頑張ってるから

 

 

13:名無しのレースファン ID:k9IOvhKmu

小型ウマ娘が活躍してるのはたまたまだと思う

 

 

14:名無しのレースファン ID:pnSYIusQo

同じく

 

 

15:名無しのレースファン ID:OEqqq60tX

>>13

>>14

は?

 

 

16:名無しのレースファン ID:ru5nfk5ai

ワイの親戚にトレセン学園の生徒がおるが、この前の校内レース大会では小型ウマ娘が大活躍したらしいで、時代は小型化や!!

 

 

17:名無しのレースファン ID:KnyDPiQI1

>>16 オベイユアマスターが勝ったジャパンカップにいたあの超大型ウマ娘の前でそれ言えるか?

 

 

18:名無しのレースファン ID:oSb96urt8

確かに、海外のウマ娘の標準体型からすりゃ、日本のウマ娘は確かに小柄、それがさらに小さくなりゃ、かなり不利になるんじゃない?

 

 

19:名無しのレースファン ID:RPftevIm4

18に同意、凱旋門賞の出走が予想されてるブロワイエも、かなり大柄なウマ娘、日本から出るエルコンドルパサーも、同期のトレセン生徒の中では大柄な方や、だからURAは小型ウマ娘の活躍を見ても偶然だと思いこんでそう。

 

 

20:名無しのレースファン ID:kmmtzfTeS

>>18

>>19

カーレースの世界にはパワーウエイトレシオっていうのがあるで、小さく軽い車でも、パワーを強化したやつだったら、接触事故が起きたときに重い車の姿勢を崩すことだってあるんや、その論理に従えば、小柄なウマ娘でも道は開けるはずやで

 

 

21:名無しのレースファン ID:87pxLCMsr

>>20 そんな3流スポーツと国民的エンターテイメントを一緒にするな。

 

 

22:名無しのレースファン ID:h0f/rvd2W

>>20 ウマ娘と機械を同一視しないで

 

 

23:名無しのレースファン ID:kmmtzfTeS

ウマ娘と機械を同一視するつもりは無かったんや、すまんな、でも、個人的には小柄なウマ娘も活躍のチャンスがあると思うで。

 

 

 

24:名無しのレースファン ID:3ZS/C2+Se

小柄だとレースでの振る舞いも制限されるから、レースの動きの指導方法を新しく作らなあかんそう

 

 

25:名無しのレースファン ID:QjywUH6lD

手間がかかって面倒になるってことか…

 

 

26:名無しのレースファン ID:6id1NJZoK

今の中央は海外遠征強化中やろ?余計なことに力使っとるヒマ無いやろ、レースで大型が有利なのは歴史が証明済みやし、育成マニュアルは大型に準拠したやつで良いんじゃないかね

 

 

27:名無しのレースファン ID:zMoA68Rk2

>>26 今回の発言を見るに、ミスターシービーはそういった方針に疑問符を呈しとる、あの三冠ウマ娘がそう言っとんや、URAにも変革のときが来とる

 

 

28:名無しのレースファン ID:s/9PfkZru

でもそれで目標の海外遠征が失敗したらアカンでしょ

 

 

29:名無しのレースファン ID:+XGXi8U4/

>>28 でも最近地方に苦戦してるやん

 

 

30:名無しのレースファン ID:mInQCgyDG

>>29 は?

 

 

31:名無しのレースファン ID:cGowh1Xci

>>28 お、地方の手先か?

 

 

32:名無しのレースファン ID:zjgblCgnj

最近の中央はフェブラリーステークスも帝王賞も地方に負けとるんよなぁ…

 

 

33:名無しのレースファン ID:RlBIc4kLu

せやせや

 

 

34:名無しのレースファン ID:UbNGtUbtx

最初の方でそれっぽいこと言ってたけど、環境が雲泥の差でしょ

 

 

35:名無しのレースファン ID:aFYb66ItG

ワイ地方のファンやけど、地方も地方で頑張ってるで、ウチの地元の学園はスポンサー企業と協力して新しいトレーニング機器を開発しとるみたいやし

 

 

36:名無しのレースファン ID:foK/FQIST

>>どこや?

 

 

37:名無しのレースファン ID:aFYb66ItG

>>イナリワンの故郷や

 

 

38:名無しのレースファン ID:73H65cS1t

なら大井か

 

 

39:名無しのレースファン ID:u29Jxu6Az

最近は南関東が最強とも言えなくなってきたよな

 

 

40:名無しのレースファン ID:KeVaHwuez

>>39 これ、全国の地方トレセンがまんべんなく強くなってますわ

 

 

41:名無しのレースファン ID:tJqhOFSzI

オグリキャップのようなウマ娘を目指そうと努力してきた結果が実ってきたよね

 

 

42:名無しのレースファン ID:kYCfXX2Su

オグリキャップで思い出したが、彼女はプレ大会に出るのだろうか?

 

 

43:名無しのレースファン ID:GyodqDnnf

今年のサマードリームトロフィーには出て無かったからなぁ、可能性としては大アリ

 

 

44:名無しのレースファン ID:UxJbhqFSt

個人的にはアラビアントレノとやり合ってほしい

 

 

45:名無しのレースファン ID:9Zvl3zk+K

>>44 これ、芦毛対決を見てみたい。

 

 

46:名無しのレースファン ID:2YzOn7PvL

実現すれば、怪物と怪童の対決か…

 

 

47:名無しのレースファン ID:k60VZp5ZS 

オグリキャップとアラビアントレノ、距離適性は似てるっぽいから、ぶつかる可能性はあるな

 

 

48:名無しのレースファン ID:dRbzhr5TL

出走表の発表っていつ?

 

 

49:名無しのレースファン ID:CYx5PCZJz

明後日の15時30分やで

 

 

50:名無しのレースファン ID:Z9++n3fzr

バリバリ仕事時間で草

 

 

51:名無しのレースファン ID:/ZMtUMb8E

>>49 タイミング微妙過ぎィ!!

 

 

52:名無しのレースファン ID:w38yJ4A2f

プレ大会も気になるが、いまフランス遠征中のエルコンドルパサーも気になるな

 

 

53:名無しのレースファン ID:zC27ZBjk7

イスパーン賞、サンクルー大賞共に1着やったな

 

 

54:名無しのレースファン ID:MeZyvyT+B

好調やん

 

 

55:名無しのレースファン ID:dC46mm55z

ジャパンカップでエアコンボハリアーに負けたのが相当悔しかったんじゃないだろうか

 

 

56:名無しのレースファン ID:oxR3lPkJx

それはありそう

 

 

57:名無しのレースファン ID:/QZXWxup7

>>55 今でも負けたのが信じれんのや…

 

 

58:名無しのレースファン ID:lIyG4MOlh

>>57 いや、あれは多分相手が悪かったで

 

 

59:名無しのレースファン ID:+5SCl3aAH

>>58 どゆこと?

 

 

60:名無しのレースファン ID:aYy4bIOgo

>>58 kwsk

 

 

61:名無しのレースファン ID:lIyG4MOlh

皆、エアコンボフェザーて知らんか?

 

 

 

62:名無しのレースファン ID:uNp+h6L1V

知らんな

 

 

63:名無しのレースファン ID:R/qw0x3Cu

ダートは全然見んからよく分からんけど…彗星とかなんとかって聞いたことはある

 

 

64:名無しのレースファン ID:8P97X0LPl

>>61 久しぶりに聞いたなその名前、砂塵の白い彗星やな

 

 

 

65:名無しのレースファン ID:lIyG4MOlh

あんまり知っとる人おらんみたいやな、エアコンボフェザーは、ダートに注目が集まる前に走っとったウマ娘や、福山から中央に移籍したから、多分エアコンボハリアーの姉や

 

 

66:名無しのレースファン ID:81J5p8EHz

ほーん、それで?姉妹で競走ウマ娘ってのはよくあると思うが、結構強かったんか?

 

 

67:名無しのレースファン ID:lIyG4MOlh

少なくとも当時のダートでは最強格やったな。それで後輩の指導もめちゃくちゃ上手かった。

 

 

 

68:名無しのレースファン ID:qk9bbhc6i

>>67 後輩に有名なウマ娘おるんか?

 

 

69:名無しのレースファン ID:lIyG4MOlh

ヤシロデュレン

 

 

70:名無しのレースファン ID:0Ss5ioKQc

菊花賞ウマ娘か

 

 

71:名無しのレースファン ID:lKQHPwiuG

もう一つG1取ってたやろ

 

 

 

72:名無しのレースファン ID:cWvoHpv6q

あれは運が良かっただけや

 

 

73:名無しのレースファン ID:yff/s8aH+

72に同意、あのレースで何も起きてなかったらヤシロデュレンは勝ってない

 

 

74:名無しのレースファン ID:Mw5X2WBQH

まあ、ともかく、菊花賞ウマ娘を育て上げたウマ娘の妹なら、エルコンドルパサーの負けもしょうがないものなのかも

 

 

75:名無しのレースファン ID:TNHMmCbhM

だが、気になるな、何故エアコンボハリアーは中央に行かなかったんや?

 

 

76:名無しのレースファン ID:LUtOQ4AiV

確かに

 

 

77:名無しのレースファン ID:n2YrdVIWD

>>75

>>76

まあ、良いでしょ、俺は地方のファンやけど、エアコンボハリアーの今後、楽しみやで

 

 

78:名無しのレースファン ID:rBkUYDrXa

中央は何をしとるんやろ?そんな将来有望なウマ娘なら砂場で游ばせとかんと中央に引き抜くべき

 

 

79:名無しのレースファン ID:iwQ36/Nee

>>78 申し訳ないが荒れそうな発言はNG

 

 

80:名無しのレースファン ID:fO6IIDejc

話題変えよう、出走予想しよう

 

 

81:名無しのレースファン ID:EYPzP4oCu

おけ

 

 

82:名無しのレースファン ID:CRSIpr9/X

了解

 

 

83:名無しのレースファン ID:JrQzN1+LA

今回、誰が出ると思うよ?

 

 

84:名無しのレースファン ID:iZ7FxaPJf

ドリームトロフィーのウマ娘も出れるから、予想難しいな

 

 

85:名無しのレースファン ID:TwNaWzkFx

やはりここはオグリキャップに出てほしい

 

 

86:名無しのレースファン ID:LK9fH86DJ

わかる、そして次点でスペシャルウィークだな

 

 

87:名無しのレースファン ID:rNl0iiCMS

スペシャルウィークは今のところ、アラビアントレノに勝ててなかったね

 

 

88:名無しのレースファン ID:/VakkQ6s0

そうやな、あと、ハッピーミークにも出てほしいわ

 

 

89:名無しのレースファン ID:ICoFGGONO

ハッピーミーク最近調子良いな

 

 

90:名無しのレースファン ID:Y+vTLg0Ug

ハッピーミークだけじゃない、チームメンバー全員良いぞ

 

 

91:名無しのレースファン ID:TR5Gi9MHP

トレーナーが名門やからなぁ…

 

 

92:名無しのレースファン ID:k12j3aDnN

桐生院家の一人娘やったよな?

 

 

93:名無しのレースファン ID:mkjqzv31u

せやで

 

 

94:名無しのレースファン ID:AO8fjt4Cm

あと、そのトレーナーとよく一緒にいる、氷川っていうトレーナーも最近話題になってきてる

 

 

95:名無しのレースファン ID:KdQP/Iy/j

“もしダービーに参戦していれば”って特集されてたな

 

 

96:名無しのレースファン ID:vlVbRR36d

ワイらの仲間内では、リギルやスピカじゃなくて、その二人のチームのメイサとフロンティアが今後楽しみなチームとして話題に上っとるで

 

 

97:名無しのレースファン ID:hqO37zcd1

ヤコーファーはどうよ?

 

 

98:名無しのレースファン ID:kcUGb90sx

キングヘイローの居るところか

 

 

99:名無しのレースファン ID:21kQSQF8v

メイサとフロンティアの前は、あそこも勢いのあるチームやったな、今は若干不調だけど

 

 

100:名無しのレースファン ID:8AE0R4RaN

明後日まではまだまだある、中央、地方関係なく、有力なウマ娘を挙げていこうで

 

 

 

────────────────────
 

 

 

 世論という名の海に、大きなうねりが起きようとしている。

 





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登場人物・用語解説 #3

 
 次話より次章へと入っていきます。よろしくお願い致します。なお、この登場人物紹介回ですが、前章に出て本性に出てこなかったり、殆ど登場しないキャラ(クターアブクマポーロなど)に関しては書いておりません。ご了承下さい。


 

登場人物

 

 

アラビアントレノ

 身長:146cm

 体重:微減(代謝が良すぎる)

 愛称:アラ 

 

 アングロアラブのウマ娘、タマモクロスやキョクジツクリーク、メイセイオペラらライバルとの激闘を重ね、時折現れるセイユウの影に悩みながらも成長していく。領域を使うことはできないものの、対戦相手の出した領域を打ち消すことのできる能力を持っている。

 

 

エアコンボハリアー 

 身長:161cm

 体重:全く問題なし

 愛称:ハリアー

 

 アラビアントレノをライバル視するウマ娘、宝塚記念では囲まれたハッピーミークと対決するため、不利を承知でマークを外し、道を開けた。

 

 

キングチーハー

 身長:160cm

 体重:変動なし

 愛称:チハ

 

 コーナーは苦手だが末脚の鋭い鹿毛のウマ娘、アラビアントレノと共に帝王賞に出走するが、メイセイオペラの領域の前に敗れ去る。

 

 

セイランスカイハイ

 身長:162cm

 体重:不明(忘れた)

 愛称:ランス

 

 どこかのほほんとした雰囲気を持つ芦毛のウマ娘。祖父は銛で魚を捕るスピアフィッシングの名人だった。プレ大会にて他のウマ娘の動きを先読みするかのような驚異的な直感力を発揮し、2着の成績を残した。

 

 

ワンダーグラッセ

 身長:150cm

 体重:微増(ティータイムの影響)

 愛称:ワンダー

 

 イングランド人の栗毛のウマ娘、英国料理を作ることができる。ダイオライト記念にて、アブクマポーロに勝利している。

 

 

サカキムルマンスク

 身長:155cm

 体重:微減

 愛称:サカキ

 

 アラビアントレノの友人の鹿毛のウマ娘、転入試験に合格して中央に転入、ミスターシービーと伊勢にスカウトされ、彼女のサポートウマ娘となる。

 

 

ハグロシュンラン

 身長:162cm

 体重:競争ウマ娘ではないけれど秘密

 愛称:シュンラン

 

 美しいブルーの髪を持つ生徒会副会長、オグリキャップの大ファン、メジロアルダンとは生き別れの双子である(二卵性双生児なので髪色以外は似ていない)ものの、双子を苦しめることの無いよう、その秘密を知る者は少ない。

 

 

エアコンボフェザー

 身長:175cm

 体重:微動だにせず

 愛称:フェザー

 

 エアコンボハリアーの姉であり、生徒会副会長。元は中央の生徒だったものの、サクラスターオーの事故をきっかけに、URAを変えるために福山に戻ってきた。サマードリームトロフィーのため、ミスターシービーにトレーニングをつける。なお、彼女の使っているペンは、中央在籍時にシンボリルドルフから贈られたものであり、彼女自身もシンボリルドルフにペンを贈っている。

 

 

エコーペルセウス

 身長:182cm

 体重:微減(激務のため)

 愛称:ペルセウス

 

 福山トレセン学園の生徒会長、芦毛で糸目だが。目を開くことは可能。ミスターシービーら改革派と連携し、日本のウマ娘レースを世界に羽ばたくものにふさわしくするべく奔走する。

 

 

フジマサマーチ

 身長:170cm

 体重:増減なし

 愛称:マーチ

 

 オグリキャップがカサマツに居た時のライバル。オグリキャップと共に、オグリキャップ記念の観戦を行っていた。

 

 

 

ハッピーミーク

 身長:165cm

 体重:増減全くなし

 愛称:ミーク

 

 中央トレセン学園の生徒、春の天皇賞を制覇したものの、宝塚記念にて集団マークを受けて前に出るのが遅れ、敗北した。

 

 

サンバイザー、ツルマルシュタルク、ジハードインジエア、ゼンノロブロイ

 

 ハッピーミークのチームメイト、好調であり、好成績を重ねている。

 

 

ミスターシービー

 身長:166cm

 体重:増減なし

 愛称:シービー、ビーちゃん

 

 チームメイサの元メンバー、伊勢とともにサカキムルマンスクをスカウト、彼女からV-SPTを教わる。サマードリームトロフィーでは、様々な策を使い、シンボリルドルフに勝利した。

 

 

ベルガシェルフ 

 身長:144cm

 体重:増減なし

 愛称:ベル

 

 中央トレセン学園の生徒、アラビアントレノの事を尊敬している。皐月賞を勝つも足を痛めたため、ダービーを回避する。

 

 

デナンゾーン、デナンゲート、ダギイルシュタイン、エビルストリーム、スイープトウショウ、アドヴァンスザック

 

 夏合宿後に結成されたチームフロンティアのメンバー、こちらもチームメイサのメンバー同様好調である。

 

 

エルコンドルパサー 

 身長:163cm

 体重:微増 

 愛称:エル

 

 トレセン学園チームリギルのメンバー、フランス遠征中であり、史実で2着だったイスパーン賞で一着を取っている。

 

 

グラスワンダー

 身長:152cm

 体重:増減なし

 愛称:グラス

 

 チームリギルのメンバー、エルコンドルパサーの親友。プレ大会でジハードインジエアらに対してざわつきを感じていた。勝利への執念を募らせ、宝塚記念に勝利するものの、スペシャルウィークの言葉によりその勝利の価値に疑いの目を向ける。

 

 

サイレンススズカ

 身長:161cm

 体重:増減なし

 愛称:スズカ

 

 チームスピカ所属のウマ娘、スペシャルウィークが頑張りすぎているのではないかと心配していた。

 

 

スペシャルウィーク、セイウンスカイ、キングヘイロー

 

 中央トレセン学園の生徒、台頭し始めた改革派のウマ娘らについて、警戒、嫉妬といった複雑な感情を抱くようになる。

 

 

タマモクロス

 

 身長:140cm

 体重:測定不能

 愛称:タマ

 

 小柄な芦毛のウマ娘、アラビアントレノとレースをするために、プレ大会の長距離に志願する。敗北したものの、アラビアントレノの実力を認め、手を取って掲げる事で激励した。

 

 

オグリキャップ

 

 身長:167cm

 体重:微増

 愛称:オグリ

 

 タマモクロスのライバルのウマ娘、カサマツトレセン学園出身。オグリキャップ記念をフジマサマーチと共に観戦し、地方に所属していた時の事を思い出す。アラビアントレノの次の時代の担い手と認め、タマモクロス同様激励した。

 

 

シンボリルドルフ

 

 身長:165cm

 体重:かなり理想的 

 愛称:ルドルフ

 

 トレセン学園の生徒会長であり、チームリギルのリーダー。分裂しつつある生徒たちを見て悩んでいる。エアコンボフェザーとは親しい間柄であり、彼女を副会長として共に働くつもりでいたものの、オグリキャップが転入する前年の有記念での事故を切っ掛けに、袂を分かった。保守派と改革派の代理戦争となったサマードリームトロフィーにて、左回りへの苦手意識を突かれ、敗北する。

 

 

マルゼンスキー、エアグルーヴ、ナリタブライアン

 

 チームリギルのメンバー、シンボリルドルフの補佐を行っている。

 

 

ウオッカ、ダイワスカーレット、トウカイテイオー

 

 チームスピカのメンバー、伊勢からサクラスターオーのことを聞かされた。

 

 

メイセイオペラ

 

 水沢トレセン学園所属であり、水沢のエースと言われているウマ娘、“真紅の稲妻”の異名を持つ。帝王賞にて領域を出してアラビアントレノとキングチーハーに勝利し、周囲を驚愕させた。

 

 

キョクジツクリーク

 

 名古屋トレセン学園所属のウマ娘、追い込み戦法を得意としており、スペシャルウィークに一度勝ったことがある。福山大賞典でアラビアントレノに勝利するも、オグリキャップ記念で敗北した。尻尾を使い、対戦相手の注意を逸らす戦術を使う。

 

 

 

学園関係者

 

 

慈鳥

 

 アラビアントレノの担当トレーナー、転生者。セイユウの影に悩むアラビアントレノを支え、共にレースに挑んでいる。

 

 

軽鴨、火喰、雀野、雁山

 

 慈鳥の同期達、慈鳥と切磋琢磨しながら担当を鍛えている。

 

 

九重

 

 NUARのトレセン学園運営委員長。慈鳥のもたらしたV-SPTを高く評価していた。

 

 

 

 水沢トレセン学園のエースチーム“キマイラ”の担当トレーナー、ウマ娘、トレーナー共に武人肌が多い水沢トレセン学園の中では稀有な存在である気さくなトレーナー。実力は高く、V-SPTの弱点を見抜いていた。

 

 

桐生院 葵

 

 中央トレセン学園のチームメイサのトレーナー、前章では勝てないレースが続いていたものの、慈鳥の励ましを受け奮起、春の天皇賞を始めとしたレースで勝利を重ねる。URAを変えるべく、管理教育プログラムの優遇に反対し、自由なトレセン学園のために奮闘する。

 

 

氷川 結

 

 中央トレセン学園チームフロンティアのトレーナー、政治家一族の出。ベルガシェルフが足を少し痛めたため、皐月賞で勝利した後はダービーには行かず、彼女の調整に集中する。

 

 

伊勢

 

 チームメイサの元メイントレーナー、改革派の筆頭として、管理教育プログラムの優遇に反対するウマ娘、トレーナーをまとめ上げる。元々はサクラスターオーの有記念出走を求めたうちの一人だった。

 

 

桐生院の同期

 

 桐生院と同時期にトレセン学園に配属された男性トレーナーであり、チームヤコーファーのメイントレーナー。桐生院と同様、サブトレーナーからスタートしたが彼女よりメイントレーナーへの昇格は早かった。育成しているウマ娘はメジロライアン、キングヘイロー、ハルウララなどである。桐生院が管理教育プログラム優遇に反対することに対し、背信行為ではないのかと指摘した。

 

 

秋川 やよい

 

 トレセン学園理事長。プレ大会を開催するも、それをきっかけとした保守派と改革派の対立に悩まされることとなる。

 

 

東条 ハナ

 

 チームリギルのトレーナー、状況の変化に惑わされつつも、チームの指揮をしている。

 

 

西崎 リョウ

 

 チームスピカのトレーナー、東条とは親しい関係であり、管理教育プログラムの優遇に反対することはしなかった。

 

 

 

その他

 

 

セイユウ

 

 前世のアラビアントレノの先祖、1954年生まれのアングロアラブ。アラビアントレノがクイーンベレーに故意に衝突された際には、少しの間であるがセイユウの精神が宿っていた。

 

 

ハグロシュンランの父親

 

ハグロシュンランの父親、メジロアルダンの父親からハグロシュンランを育てることを任されていた。プレ大会と同時期に、ハグロシュンランにすべてを明かす。

 

 

サクラスターオー

 

 オグリキャップが中央に転入する前年にトゥインクルシリーズで走っていたウマ娘。皐月賞を制覇した後、ダービーを回避、そして菊花賞を制覇し、翌年の春の天皇賞を目指すが、URAやシンボリルドルフらの強い要望により、有記念に出走、骨折を起こし、競走を中止した。

 

 

ヤシロデュレン

 

 エアコンボフェザーが目をかけていたウマ娘、マーク戦法を使っていた。サクラスターオーの故障で空いた隙間を利用して有記念を制したが、勝利が喜ばれることはなく、精神を病み、学園を去った。

 

 

作中用語

 

 

V-SPT

 

 正式名称は“可変ストライド/ピッチタイミングコントロールテクニック”V-SPTはこれを英訳したものの略称である。完璧なものではなく、ピッチとストライドが入れ替わる瞬間、一瞬踏ん張りが弱くなる弱点が存在している。

 

 

管理教育プログラム

 

 プレ大会の結果を受けたURA上層部が、トレセン学園を支援するためのプランとして出してきたもの。東条ハナのトレーニングスタイルを参考に、アメリカやフランスのトレーニング方式を組み合わせて改良したもの。効率化をはかっているため、レース向きではないとされる小柄なウマ娘では、その効果を100%発揮できない。URAはこれを推奨プランとし、採用したチームへの資金援助を行った。その決断の裏側には、小柄なウマ娘の活躍を面白く思わない役員や、URAのスポンサーである勝負服制作企業やライブ映像の配信企業等が利権から外れることを恐れたという事実があった。

 

 

 

 





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今回は、アラビアントレノの現時点の所持スキルにを載せておきます。金スキルの名前が変化しているのは、サラブレッドとアングロアラブの差別化のためです。

烈風脚(全身全霊)
猛狼眼(八方にらみ)
飛燕動(円弧のマエストロ)
スタミナイーター
追い上げ
道悪◎
V-SPT

固有スキル Endurance

効果:最終局面で相手に並びかけ、激しく競り合うと、アングロアラブの頑強さを発揮し、競り合うためのスタミナを回復させ、速度が少し上がる。相手が領域を発動させていた場合、それを打ち消す。


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第四章 運命の歯車
第61話 よく似た境遇


 今回より新章スタートです。よろしくお願い致します。


 

『では、最後に全体の総括をお願い致します』

『……ウマ娘の体格は、千差万別、既存のトレーニングでは、効率化が行き届いていて、すウマ娘を十分に鍛え上げるのは難しいです、しかし、このトレーニングを行えば、体格に関係ないパワー、目にも留まらぬ機動力(スピード)を得ることが出来るでしょう、そのような力を誇示することで、ウマ娘達はレースをより盛り上げる、耀かしい存在となります。それを実現するのが、私の提案するこれらのトレーニングです。これを実行すれば、全てのウマ娘が、スターとなりうる。そう、信じています……以上です』

『……ふむ…どう思います?』

『…異端ですね、このようなトレーニングは見たことも聞いたこともない』

『…これを実行するのは、危険ですね』

『…………!!』

『……驚いているのかね?これが、我々の結論だ、君の案には、賛同しかねるということだ』

『…………』

 

 

────────────────────

 

 

「……随分と懐かしい夢を見たもんだ」

 

 見た夢の正体、それは中央に落ちた時の記憶だった。その時の俺は、ただただ、理不尽に感じていた。なぜ認められない、なぜ実践すら許されない…と……結局、俺とセイユウは似た者同士なのかもしれない。

 

 俺は、周囲を確認する、机の上には、切られた布に布切狭、刺繍糸に針山などの裁縫道具が散らばっている。俺達は今年になってトレーナー室が与えられ、ウマ娘達の為のものを保管しやすくなっていた。

 

「時間は……もうすぐ、トレーニングの開始時刻…早く片付けないとな…」

 

 今作っているものは、まだ、アラに知られるわけにはいかない。俺は急いで片付けを始めた。

 

 

────────────────────

 

 

「おう、お疲れさん」

「うん」

 

 しばらくすると、アラがトレーナー室に入ってくる。すでに体操服には着替え終えており、いつでもトレーニングは開始できるといった感じだ。俺は引き出しからストップウォッチを取るべく、身を低くした。

 

「……ぐおっ!?」

 

 鈍い痛みが、肩と首に走った。

 

「トレーナー?どうしたの?」

 

 アラは心配してくれているようで、こちらに歩いてくる。

 

「…さっきまで机で寝てたからな…肩と首が……」

「…トレーナー、座って」

 

 俺の言葉に対し、アラはトレーナー室に備え付けてある椅子ををポンポンと叩く。

 

「……?」

「…ほぐすから、座って、トレーニング中にそんなことになったら、トレーニングどころじゃないから」

「…お、おう…」

 

 俺は促されるままに、椅子に座る。

 

「じゃあ、行くよ」

 

 アラは指で俺の肩や首筋を触診した後、指でほぐしたり、拳で叩く。

 

「随分と慣れた手付きだな」

「じいちゃんの肩とか、叩いてあげてたからね、力加減には自信あるよ」

 

 硬直した筋肉がほぐれていくのと同時に、先程考えていたセイユウとのことが、再び頭に思い浮かぶ。

 

「なぁ、アラ」

「どうしたの?」

「迷わせるような事を言ってしまうが…セイユウとの事、どう思う?」

「……」

 

 アラは黙る。一度セイユウに呑まれかけた事もあるから、当然の反応だろう。

 

「……俺、思ったんだ。昔の俺と、セイユウは、似た者同士だってな」

「…似たもの…同士…?」

「ああ、“認めてもらいたい”という気持ちが、共通してるって思ってな」

「……そうだね…でも、今のセイユウは、間違ってる。認められなかったからって…自分の子孫繁栄の願いが絶たれたからって、サラブレッドを敵視していい理由にはならない」

「アラ…」

「トレーナー、私は、この世界に産まれてきて、前の世界では知らなかった色んな事を知ることが出来た。それで、判ったんだ。アングロアラブ(私達)が消えていった理由が」

「理由…?」

「うん、たぶん“進化と絶滅”みたいなものなんだと思う。恐竜、アンモナイト、巨大哺乳類…時代が進んでいくうちに、色んな生き物達が消えていったのは、周りの環境が変わっていったからだよね?」

「そうだな」

「サラブレッドとアングロアラブでも、似たことが起きてたんだと思う。昔は、サラブレッドを養うのに、お金も人手も多く必要だったけど、時代が進んでくうちに、技術が発展していって、サラブレッドも管理しやすくなっていったんだと思う。それで、人間たちの感性も、変わっていったんだと思う。」

「スピードを求めていったってことか?」

「……どうして分かったの…?」

 

 そう言って、アラは手を止める。

 

「…俺もあいつも、レースの世界に携わって来た、つまり、多くのマシンを見てきたって事だ。あの頃は、“リッター100馬力”だとか、“ハイパワーターボ”だとか…そういうのが叫ばれてた時代だったからな……」

「そうだったんだ……」

「ああ、圧倒的なパワー、目にも止まらぬスピード、ヒトって言うのは、そういう、自らの到底及ばぬ驚異の力を誇示する存在…まあ、ヒーローのようなものに、心惹かれるんだろうな」

「うん、だから、サラブレッドは、競走の世界でメジャーな存在になったんだと思う」

「……そうだな、アラ、お前の言う“進化と絶滅”の考え、よく分かるよ、だが、俺は思うんだ。俺達人間が、サラブレッドとアングロアラブが、人間とアングロアラブが、“共に歩む道”ってのを、示すことが出来ていれば…ってな」

「共に歩む…道…」

 

 アラは、俺が言ったのと同じ言葉を呟き、胸に手を当てた。そして、しばらく考え込んでいた。

 

「悩んでるか?」

「…うん…トレーナーは、セイユウと分かり会える可能性を示してた。*1…つまり、共に歩めるって思ってるんだよね?」

「ああ…」

「大井での事があるから…私は…まだ…答えが出せない」

「いいんだ、好きなだけ、悩めばいい、人間ってのは、そういうのの積み重ねで、成長していくんだ」

「…そうだね、ありがとう、私は考え続けてみるよ、セイユウの事も、私自身のことも、他の事も」

「その意気だ」

 

 俺はアラの頭を軽く撫でた。アラは微笑んでいた。

 

 セイユウ、お前の子孫を思う気持ちは本当の筈だ。だが、お前はお前で、アラはアラ、それだけは…肝に銘じておいてくれ。もう、アラは、お前の怨念を晴らすための道具ではないんだ。

 

 

=============================

 

 

 慈鳥とアラビアントレノのやり取りから数日後、ハグロシュンランは一人、仕事をしていた。エアコンボフェザーはまだ戻ってきておらず、エコーペルセウスは本部での会議で不在だったからである。

 

「………やはり、悩み事があれば、作業というのは進めづらいものですね」

 

 ハグロシュンランはそうつぶやく、彼女は、自らの父親からメジロアルダンとの再会の時が近いということを聞き、刻々と近づきつつあるその時を、複雑な感情で待っていたからである。

 

「……ふぅ…」

 

 ハグロシュンランは紅茶を飲み、息を漏らす。その時、生徒会室に備え付けてある、内線電話が鳴った。

 

「はい、生徒会室、ハグロシュンランです」

『シュンラン君、おられましたか』

「校長先生!?どうされたのですか?」

『実は先程、こちらにある電話がありましてな、君に少し手伝って欲しいのですよ』

 

 電話の相手は大鷹であった。彼はハグロシュンランに頼み事を行い、電話を切った。

 

 

────────────────────

 

 

「何故…校長先生は、このような場所に私を…」

 

 大鷹の頼みは、人を迎えに行って欲しいという内容だった。そして、そのためにハグロシュンランは、警察署の前に居たのである。彼女は、疑問符を頭の上に浮かべながらも、警察署の中に入っていった

 

「あの、福山トレセン学園のハグロシュンランと申します、ここに保護されている方をお迎えに上がりました、学園から連絡は届いていますでしょうか」

「はい、届いていますよ」

 

 窓口に立つ警察官は、笑顔で答えると、人を呼び出し「あの人をここに」と言い、ハグロシュンランに待っているよう促した。

 

「シュンラン…!!」

「貴女は……オグリ…キャップさん…?」

 

 保護されていた人物の正体は、オグリキャップであった。彼女はハグロシュンランを見ると、とても嬉しそうな顔をした。

 

 

────────────────────

 

 

 警察官らに礼を言い、二人は警察署を後にした、ハグロシュンランはオグリキャップを見て、口を開く。

 

「…それで、今日はどうして、こんなところに?」

「昨日、プレ大会の出走表が公開されただろう?」

「なるほど…そういうことですか」

 

 実はこの前日、プレ大会の出走表が公開されていたのである、その長距離部門に、オグリキャップは応募していた。

 

 そして、その結果、札幌レース場の2600mで、アラビアントレノと対決することとなったのである。

 

「ですが、何故警察署に保護されていたのですか?」

「ああ…少し、恥ずかしいのだが…私は少々方向音痴なんだ、それで道に迷わないよう、ベルノにルートを書いたメモを貰っていたんだ。でも、電車で寝て、本来の駅とは違う駅で降りてしまってな………悪い事に携帯の充電も切れてしまって、八方塞がりになってしまったんだ。だから、通りすがりの人に声をかけて、ここで保護して貰って、福山トレセン学園に連絡をつけてもらったんだ」

「そういうことだったのですか…では、今日はアラさんに会うために?」

「ああ、アラビアントレノとは、長い間、戦いたいと思っていた。だから、レース本番の前に一度顔を合わせ、挨拶をしておきたかったんだ」

「…ふふっ…そうだったのですね」

「…どうした?」

「…いえ、貴女のライバルのフジマサマーチさんも、アラさんとのレースの前、こちらに来てくださいましたから」

「マーチもそうしたのか……」

「ええ、では、急いで学園まで行きましょうか」

 

 ハグロシュンランはオグリキャップの前に出た。

 

「ちょっと待ってくれ、手を繋いでいこう」

「えっ…!?」

 

 オグリキャップの言葉に、ハグロシュンランは驚き、足を止める。

 

「キミは右目が見えないんだろう?なら、私の道案内をしている途中、何処かにぶつかる可能性も高いという事だ、でも、手を繋げれば、私がキミの右目代わりになる事ができる」

「オグリキャップさん…はい…!では、行きましょうか!」

 

 ハグロシュンランは、オグリキャップの優しさに感動を覚え、その手を取った。

 

 

────────────────────

 

 

(…私に来客…今日の分はやり終えたから、良いけれど…)

 

 それから数時間後、アラビアントレノは放送で応接室まで呼び出された。彼女は今までビデオを用いたラーニングを行っており、それを終わらせた矢先のことであった。

 

「アラビアントレノ、入ります」

 

 彼女はドアを開け、部屋に入る。

 

「久しぶりだな、アラビアントレノ」 

「オグリキャップ…さん…どうして…!?」

 

 彼女は自身の対戦相手が目の前に居ることに驚いた。

 

「…プレ大会の対戦相手であるキミに挨拶…いや、宣戦布告をしに来たんだ」

「私に…」

「そう、タマとの激闘、カサマツでのキョクジツクリークとの競り合い、それだけじゃない、兎に角、キミにはアツい勝負を見せてもらった。だから私は、ずっと思っていたんだ、次の時代の担い手であるキミと、戦いたいと」 

「…私にとって、オグリキャップさんは憧れでした、私も気持ちは同じです、胸を借りるつもりで、挑ませて貰います」

「望む所だ」

 

 アラビアントレノとオグリキャップ、怪童と怪物は、お互いに宣戦布告をし合ったのである。

 

 共に地方の片田舎出身であり、芦毛の競走ウマ娘という、よく似た境遇の二人、その戦いは、既に始まっている。

 

 そしてこの後、オグリキャップは客人として福山トレセン学園の寮に一晩宿泊した。多くのウマ娘達が、サインや握手を求めて駆け寄り、オグリキャップは笑顔でそれに答えていた。

 

 だが、寮の食堂で働く職員達は青い顔をしていたという。

 

 

────────────────────

 

 

 その翌日、エコーペルセウスら各地方トレセン学園の生徒会長は、会議を終え、バイキング形式の食事会を行っていた。

 

「ペルセウスさん、少しよろしくて?」

「もちろんだよ、ネルソン」

 

 エコーペルセウスは、姫路の生徒会長であるオオルリネルソンに呼び止められ、共に席につく。

 

「ペルセウスさん、あのソフトについて、どう思います?」

 

 オオルリネルソンは、会議で用いられた資料を取り出す。そこには、High-accuracy Analysis Racing Option-systemの文字があった。これは高精度分析レーシングオプションという、リアルタイムでのレース分析を可能としたソフトだった。

 

「いやー、まさか九重委員長達がこんなものまで用意してくれてるとは思わなかったよ」

「私も同感ですわ、我が姫路の精鋭たちが、これでさらに強くなると思うと、居ても立っても居られなくなります」

「うんうん、私もそう思うよ、ねえ、ネルソン、考えついちゃったんだ、このソフトを試す、最高の実験場(レースコース)

「まぁ、どこですの?」

「ふふっ…聞いて驚かないでね、それは…」

 

 エコーペルセウスは、オオルリネルソンに耳打ちをする。

 

「なるほど、面白そうですわね」

「うん、高精度分析レーシングオプションシステム、通称『HARO』、いきなり、大仕事をしてもらうことになりそうだね」

 

 エコーペルセウスはニコニコしながら、そう言った。

 

*1
第43話 勝利への願い 参照




 
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今回は一部、あるゲーム作品にヒントを得て執筆しています。

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第62話 熱意

 

 

「私…今度こそアラとレース出来るかと思って、応募したんです……でも……別の会場になっちゃいました」

 

 トレセン学園の食堂で、ハッピーミークは、目の前のウマ娘に対して、そう言った。

 

「その気持ち、私もよく分かります、私も不調だったときは、走りたくても同期の皆さんと走れない、悔しい時間を過ごしましたから、さあ、飲んでください」

 

 相手のウマ娘──スーパークリークは、お淑やかに笑いながら、ハッピーミークのコップに、ジュースを注ぐ。

 

「…ありがとうございます」

 

 ハッピーミークは微笑みつつそう言うものの、その耳はペタリとしており、アラビアントレノと共に走れない事に対して、落ち込んでいるということを示していた。

 

「もうすぐ合宿シーズンですから、落ち込んでいる暇は有りませんよ、メイサは何処へ?」

「…沖縄…です…」

「沖縄……随分遠い所へ行くんですね〜」

「去年、かなり暑いところに行きましたから、今年はもっと暑いところに行って、粘り強さを鍛える計画です」

「そうですか…頑張って下さい、タマちゃんが目をかけている皆さんなら、きっと成長できますよ」

 

 スーパークリークはそう言って、ハッピーミークの頭をなでる。

 

「あっ!!ミーク先輩それと…スーパークリーク先輩!お疲れさまです!!」

「ベル」

「あら〜ベルちゃん!!」

 

 二人のところにやって来たのは、ベルガシェルフだった。

 

「包帯、取れたんだ…」

「はい!これから秋に向けて再調整です!」

「良かったですねぇ〜」

「ありがとうございます、あの…スーパークリーク先輩、再調整、どのようにやれば良いでしょうか?」

「回復後のですか?」

「はい、トレーナーさんが“先輩達にアドバイスを貰ったほうがいい”と仰っていたので」

「そういうことですか、では、私よりもアルダンちゃんの方が、適切なアドバイスを提供できるかもしれませんね〜」

 

 スーパークリークは、食堂にかけてある時計を見る。

 

「この時間帯なら、アルダンちゃんは自室で勉強しているはずですから、電話をかけてみます〜」

「それって、大丈夫なんですか?」

「ええ、アルダンちゃんはトゥインクルシリーズから退いてからは、後輩の皆さんの相談役をやったり、脚部不安のあるウマ娘について勉強をすることに力を注いでいますから、きっと力になってくれるはずですよ」

 

 そして、携帯を取り出し、メジロアルダンに電話をかける…が…

 

「…おかしいですね……繋がりません…」

 

 その電話が、繋がることは無かった。それもそのはずである。メジロアルダンは、携帯とは別の場所に居て、そもそも寮の自室にすら居なかったからである。

 

 

────────────────────

 

 メジロ家の屋敷では、メジロアルダンの父親が、書斎にアルダンを呼び出し、話をしていた。

 

「…私が…双子…!?…本当…ですか…?」

「…ああ、今まで黙っていて…すまなかったな」

「…何故、黙って居たのですか?」

「……お前達二人を守るためだ…お前が産まれたときのメジロ家は、先行きが不透明な状態で双子を養う経済的な余裕は無かった、そんな中、双子の片方を別の家の養子に出せば、“名門メジロ家は口減らしをした”と言う人間も出る、そうすると、一番苦しむのは、当事者である双子…つまりはお前達だ、だから私は預けたんだ、お前の妹を、最も信頼できる人間に、そして、預けた先は、私達夫婦だけが、知っている。」

 

 メジロアルダンは、当時の自分の父親が、苦渋の決断を強いられたのだということを察した。

 

「………そういう……ことだったのですね…では…私の妹は何処に…?」 

「…今、ここに来ている、入りなさい」

「……!」

 

 メジロアルダンは、振り返り、目を丸くする。

 

「お久しぶりです、アルダンさん」

「…シュンラン…さん…?」

「はい、ファン感謝祭の時、助けて頂いた、ハグロシュンランです」

 

 メジロアルダンは、驚きのあまり、言葉が出ずにいる。

 

「…おじ様、しばらく、二人にしていただけますか?」

「……分かった」

 

 そして、ハグロシュンランに促され、メジロアルダンの父親は退出した。

 

「…シュンランさんが…私の…妹…」

 

 自分の父親の退出を見届けたメジロアルダンは、そうつぶやく。

 

「…私も、今年の春までは、知りませんでした」

「そうだったのですね…シュンランさんは、全てを知った時、どう思ったのですか?」

「……複雑な気持ちでした。恐らく、今のアルダンさんと同じ気持ちを抱いていた事でしょう。ですが、今の私は、おじ様とお父様の友情を信じています。」

「…友情…」

「アルダンさん、私は貴女のご両親には、大きな恩があるのです。…私を産んでくれたことに、こうして、ハグロ家の一員として、歩ませて貰ったことに、そして、アルダンさん、貴女に出会わせてくれたことに。そして、その恩を返すためには、地方と中央の合同大会、AUチャンピオンカップを成功させることが一番であると、私は思っています。アルダンさん、今の地方は、それに向けて、地道に、でも確実に、進んでいっています。中央はどうですか?」

「…学園内に、良くない雰囲気が漂っています…今のままでは…とても…」

 

 メジロアルダンは、目をそらしつつ、そう答える。

 

「アルダンさん、私が思うに、今回のプレ大会は、中央を動かし、チャンピオンカップを成功に導くことのできる、最後のチャンスの一つです…お願いです、協力して頂けませんか?」

「シュンランさん……」

 

 メジロアルダンの頭の中には、メジロ家の現状が浮かんだ。メジロ家は、競走ウマ娘の名門であるという性質上、多くの者が、URAと何らかの関係を持っている。メジロアルダンの父親もそうだった。そして、管理教育プログラムの優遇の是非を問う論争は、メジロ家にまでもその足を伸ばしていたのである。

 

「…シュンランさん、他のメジロのウマ娘に比べ非才な私に出来ることは、限られています。ですから、トゥインクルシリーズの舞台から降りて、自分の役割を探してきました……今、確信しました、貴女方と共に歩むことが、私の役割であると」

「アルダンさん…ありがとう」

 

 確かな熱意を持ち、メジロアルダンは、ハグロシュンランの手を取った。

 

 

────────────────────

 

 

 数十分後、メジロアルダンの父親は、ハグロシュンランの父親とともに話していた。

 

「……良い娘を持ったな」

 

 ハグロシュンランの父親は、メジロアルダンの父親にそう言う。

 

「…アルダンは私の誇りだ、シュンランは、お前に似て、頼りになる娘だな……ありがとう」

「私こそ、きみに礼を言いたい、ありがとう」

 

 二人は互いに礼を言う。

 

「…ここからが、正念場だな、きみの家のご当主と、シュンランを引き合わせ、プレ大会を見せ、地方の力を知ってもらうことにより、現状を理解してもらう…それで良いかい?」

「…我々メジロ家が賛成に回れば、URAも動かざるを得ないだろう、学園内の対立は、URAが、つまり我々大人が引き起こしたようなものだ…他に選択肢は無い」

 

 プレ大会の日は、刻一刻と迫っている。

 

 

────────────────────

 

 

 一方その頃、トレセン学園の生徒会室では、シンボリルドルフとやよいが対面していた。

 

「…それで、URAと理事会からの返答は……」

「“検討に入る”とのことだ、要は、時間をくれということだな」

 

 シンボリルドルフは、トウカイテイオーとの会話を通じて、心を突き動かされ、URAに対し、管理教育プログラム導入チームへの支援の撤回を意見具申した。

 

「……時間…」

「予測ッ……恐らく、URA内部でも、相当な論争となっているのだろう…校内はどうだ?」

「……喧嘩等は、ほとんど見られなくなりました…しかし、それは…平穏ではないと思います。表立っての争いが減っただけのことです。恐らく、睨み合いのまま、何もしない状態が、続いているのでしょう…動けないことを…不甲斐なく思います」

 

 サマードリームトロフィーの終了後、学園内での喧嘩などは、徐々に数を減らしていった。それは、保守派のウマ娘が、改革派からの攻撃を恐れ、目立った行動を控えるようになったからである。だが、それは、今までの表立っての争いの状態から、双方が睨み合う冷戦のような状態に移行したに過ぎなかった。そして、シンボリルドルフら生徒会は、保守派の生徒が多くを占めていた。そのため、生徒会が中立の立場であると自称し、この状態を仲裁することは、双方の反発を招いて新たな騒動を起こしかねないため不可能であり、上層部の判断を仰ぐしかない状況にあった。

 

 生徒会長が強力なリーダーシップを持ち、学園を牽引していくスタイルが、完全に裏目に出たのである。

 

 

────────────────────

 

 

 翌日のことである。

 

「──であるからして、管理教育プログラムの優遇は、不適切となる、お分かりか?」

「いや、東条トレーナーを見ろ、サマードリームトロフィーこそ惜敗してしまったが、彼女のチームのウマ娘は皆準決勝まで残っている」

 

 ここのところURA本部では、毎日のように管理教育プログラムについて、かなりの論争が繰り広げられている。さらに、今回は理事長が出席しての会議である。しかし、理事長は特に発言などをせず、傾聴の姿勢を取っていた。

 

「……」

 

 理事長は、しばらく話を聞いていた。そして、双方が疲弊し、論戦がある程度停滞してきたのを見て、それが発言のタイミングであると判断する。

 

“彼女は”眼鏡をクイと上げて立ち、その奥にある鋭い瞳を輝かせ、会議の出席者らを見る。

 

「皆さん、一つ忘れている事がありませんか?」

「…?」

「フランスにいる、エルコンドルパサーの事です、彼女はまだ知らないのです…しかし、知れば…その結果は」

 

 この一言が、会場の雰囲気を一転させた。

 

 現在フランスにいるエルコンドルパサーは、日本のレースの結果については知っているものの、学園内部の情勢に関しては疎い。それは、彼女の友人たちが、レースへの影響を懸念し、伝えることを控えていたからである。だが、フランスにいるエルコンドルパサーが、学園内の情報を聞き出す術は、友人らから聞く以外にも存在している。それは、フランスにてエルコンドルパサーを指導しているURAの指導教官からであった。海外遠征強化中のURAは、チームを持つトレーナーの負担を軽減するため、ウマ娘に海外遠征をさせる際は教官をつけて送り出すことも可能な制度を作り上げていたのである。

 

 保守派と改革派、思想は違えど、エルコンドルパサーの勝利を願う純粋な気持ち──つまり、世界への熱意は、同じであった。URAの理事長は、それを利用したのである。

 

 つまり、URAの理事長は、保守派の味方をしたのであった。

 

 

=============================

 

 

 休日の早朝、私はトレーナーに呼び出された。

 

「すまんな、朝早くに呼び出して」

「四時には起きてるから、大丈夫」

「良かった、なら、早速だが本題に入るぞ、今度のプレ大会の作戦についてだ」

 

 今度のプレ大会で、私はオグリキャップと当たることになる、向こうは相当の熱意で挑んでくるはず、もちろん私もそのつもりだ。

 

「作戦…どう行けば良いの?」

「…今回の作戦だが、アラ、俺は一つだけ言いたいことを言うだけで、後はお前に殆ど任せてみようと思う」

「えっ……!?」

「レースでは、何が起こるか分からない、想定外の事態ってのは、レーサーの判断力を鈍らせる、サイレンススズカだって、それがペースアップの原因になったし、ハリアーがエルコンドルパサーに勝てたのも、雨の中で突っ込んで相手を驚かせたのが大きいだろう。普段から作戦通りにやるやり方をやってるとそういう想定外の事態に弱くなる……昔の俺みたいに、最悪命に関わることにだってなるんだ」

「トレーナー……」

 

 トレーナーは、突然の雨でアクセルワークをミスした後続車に追突され、それが命を落とす原因になった、だから、その言葉には説得力があった。

 

「だから、そういった時に備えて、すぐに自分で考え、行動できるようにしておくのが、ベストってことだ、それに、レース中にまた、セイユウに呑まれそうになる可能性も、否定できないだろ?レース中は、俺は殆ど何もできん、その時は、お前自身で何とかするしかないんだ」

 

 トレーナーの言っていることは、理解できる。

 

 要は、自分で走りを組み立てることのできる精神力を身に着けて、セイユウの誘惑を払い除けるということだ……“対話”のために。

 

「……分かった…でも、1つだけって、何?」

「…良いかアラ、一度しか言わないぞ?“灯台下暗し”、突破口は、意外なところに隠れていることもある、これを頭に入れておいてくれ」

「…灯台…下暗し…」

 

 私は、その言葉を忘れないよう、しっかりと頭に刻み込んだ。

 

 

 

=============================

 

「ベルノ、タイムはどうだ?」

「うん、良い感じだよ!後もう少し、続けよう!!」

 

 一方、中央トレセン学園では、オグリキャップがプレ大会に備えたトレーニングを行っていた。

 

「……」

 

 そして、その様子を彼女のトレーナー──北原

譲は眺めていた。

 

「…えらく考えこんでるじゃねぇか、ジョー」

「ろ…ろっぺいさん…!?」

「…ったく…六平(むさか)だ」

「あっ…」

「ジョー、何を悩んでる?」

「……勝てるかどうかです」

「…アラビアントレノにか?」

「良くわかりますね…」

 

 そう答えた北原に対し、六平はため息をついた。

 

「ジョー、オグリとベルノを呼んでこい」

「…えっ…」

「速く呼べ、行っちまうぞ、こちとら教官になってから書類が激増してんだよ」

「はっ…はい!…オグリ!!ベルノ!!」

 

 北原は、オグリキャップとベルノライトを呼ぶ。3人は六平の前に立つ。

 

「お前ら3人、今度のプレ大会、勝ちたいか?」

 

 六平の質問に対し、3人は、真剣な目で頷く。

 

「じゃあ、勝つために大事なことを、一つだけ言う」

「…大事なこと…?ろっぺい、どういうことだ?」

 

 オグリキャップはそう聞き返す。

 

「…温故知新だ」

「温泉玉子…?」

「何でそうなるの!?」

 

 オグリキャップの言葉に対して、ベルノライトはツッコミを入れた。

 

「…まぁ、簡単に言えば、以前やってたことを振り返って、新しいことを導き出すってことだ、ベルノ、地方はどんどん新しいモノを採用していってるんだろ?」

「は、はいっ!!」

「地方は強くなった……オグリ、置いてきぼりを喰らいたくはないだろう?」

「もちろんだ、互いに宣戦布告もした。私は、アラビアントレノに勝ちたい」

「ジョー、お前は、アラビアントレノのトレーナーより年上だ。つまり、お前の武器は何になる?」

「経験です」

「そうだ、経験だ。いいか、お前ら、今まで積み重ねてきたことをフル活用して闘うんだ。出し惜しみはするんじゃねぇぞ」

 

 六平のサングラスの奥の瞳は、勝利への熱意に燃えている。それは、北原、ベルノライト、そして、オグリキャップも同じであった。

 





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URAの理事長についてですが、シンデレラグレイのある登場人物と、同一人物です。

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第63話 怪物と怪童(前編)

  
 今回は拙い挿絵が入っております。

また、今回は出走表が本文に出てきませんので、ここに載せておきます。


1キョクジツクリーク名古屋
2ダンシングジム中央
3ヒシジーライン中央
4オオルリロドネイ姫路
5マンハッタンカフェ中央
6アラビアントレノ福山
7ホクトアカゲルググ門別
8オグリキャップ中央
9リファインドーム園田
10ミドハトカフェ浦和
11サードジーエム中央
12サイレンスザニー中央
13カールグスタフ中央
14ザックアールエフ水沢



 

 

 プレ大会までの期間は、あっという間に過ぎていった。そして、プレ大会当日の早朝、つまり、メジロ家の当主と会うときがやってきたのである。まず、メジロアルダンが、当主にハグロシュンランのこれまでの簡単な説明を行い、メジロアルダンの父親が、ハグロシュンランを部屋に通した。

 

「……あの…片目の娘が…こんなに…」

「はい、この娘が、アルダンの双子の妹であり、私の親友の娘です」

「…初めまして、いえ…お久しぶり…なのでしょうか、アルダンさんのおばあ様。私がハグロシュンランと言うものです。今日は用件がありまして、このような形でそちらのもとを、訪れさせて頂きました、メジロ家の血族の一員としてではなく、競走ウマ娘を応援し、支えていく者の一人としてです。」

「………用件…ですか?」

「はい、私達は現在、管理教育プログラムの優遇撤回を求めるURAの改革派と、協力関係にあります、URA内での論争は、ご存知でしょうか?」

「……もちろんです」

 

 当主は、若干絞り出すような言葉でそう答える。

 

「…分かりました…用件についてなのですが、メジロ家に、改革側についてほしいと、私達は思っています。」

「……私達が…改革派に…?」

「はい、改革派にです」

「………」

 

 当主は黙る。彼女は管理教育プログラムの優遇を推進する勢力からも、改革派からも、ある程度の距離を置いていたものの、台頭してきた小柄なウマ娘達が、メジロ家に取って代わるのではないかと警戒していた一人ではあった。

 

「悩んでおられるのは、承知しています…今日、決めていただきたいのです。今日、ここで、共にプレ大会を見てです。事は急を要します。お願い致します」

「おばあ様、私からもお願いします…どうか」

 

 ハグロシュンラン、そして、その後ろに控えていたメジロアルダンが、ともに頭を下げた。

 

 

────────────────────
 

 

 

 それから数時間後、エコーペルセウスは、福山トレセン学園の生徒会室で、プレ大会の発走時刻を待っていた、パソコンの画面の向こうには、全国の地方トレセン学園の生徒会長の姿もあった。

 

『もうすぐだな』

『…いよいよ始まるのね』

『……これで、中央の意識を変えることが出来れば、良いんだケドな』

『オイオイ、弱気になったらあかんで、門別サン、うちらは今日のために、色々と頑張ってきたんやからな』

 

  各生徒会長は、解説によって、ウマ娘の情報が読み上げられていくのを画面越しに見ながら、発言していく。

 

『私達は、日本のウマ娘レースを世界に羽ばたくのに相応しいものとするため、歩んできました、そして、今日のレースは、それを一気に進めるためのもの、無事に良い結果で終わるのを、今は信じるのみです…』

 

 金沢の生徒会長(カガノフェルナンド)の発言を聞き、エコーペルセウスの耳が動く。

 

「結果って言うのは、黙ってればやって来るものじゃないからね、汗を、血を流し、呻きながら、そこまでの門を一つ一つ、こじ開けていく、それしかないと思う。私達はそれをやってきた、大丈夫だよ、皆、ウマ娘達は、結果を残してくれるはずだよ」

『…やけに自信が有りますのね』

 

 姫路の生徒会長(オオルリネルソン)が、エコーペルセウスの発言に反応する。

 

「私、個人的に、今回のプレ大会の構図を分析してみたんだよ」

『構図…ですか?』

「うん、今までの中央は、2つに分かれて争っていたような形だった。そして、中立を選んだウマ娘、トレーナー達以外は、その殆どが今までの争いに疲れてると思うんだよ、そして、今回は地方も参加するから、三極構造になる」

『まぁ…そうですわね』 

『理解できます』

「…そして、中央の現状を、出走ウマ娘達の殆どは、知っているんだよ。高嶺の花のようだった中央が、そんな風になってたら、“地方は中央の2軍”なんていう劣等感は、どうなると思う?」

『…あたしなら感じないです』

『私も同意するわ』

 

 その場にいる全員が、同様の意見を口にする。

 

「そう、劣等感を捨て去ることができるんだ、ありのままの、自分の走りができるんだよ…つまり…フフフフッ…」

 

 エコーペルセウスは、口角を上げる。興奮のあまり、その目は開く。

 

「思うように暴れられる」

 

 改革派、保守派、そして地方、三極構造となった今回のプレ大会が、幕を開けようとしていた。

 

 

────────────────────

 

 

 その頃、オグリキャップは勝負服に着替え終え、控室にてパドックに呼ばれるのを今か今かと待っていた。そして、北原とベルノライトは控室へと入室した。

 

「オグリ、どうだ?」

「北原!ベルノ!……ウズウズしてくる…早く…呼ばれないだろうか…」

「そうかそうか!」

「その様子なら、程よく緊張してるみたいだね、あの作戦も、大丈夫そう」

 

 北原とベルノライトは、オグリキャップの様子を見て、安心した。そして、立てていた作戦も実行出来るだろうと感じた。

 

「タマ達は?」

「もう、観客席に上がってるみたい、マーチは別の所で見るって」

「そうか……」

「…オグリ?どうかしたのか?」

 

 北原はオグリキャップの反応が少ないことに気づき、不思議に思って声をかけた。

 

「…ベルノ、ヘアゴムを持っているか?」

「う、うん…偵察に使ってるのなら…」

 

 オグリキャップの突然の言葉に、ベルノライトは少々驚きながらも、自分が偵察に行く際に使っているヘアゴムを出した。

 

「オグリ…まさか…」

「……」  

 

 北原の言葉に、無言で頷いたオグリキャップは、自らの髪にヘアゴムを通し、丁寧に束ねていく。

 

「……どうだろうか…?」

「ちょっと長いが…カサマツの頃そっくりだ」

「…何だか…懐かしいね…」 

 

 北原とベルノライトは懐かしさを覚える。オグリキャップは、自分の髪の毛を束ね、カサマツで走っていた頃のヘアスタイルに戻していたからである。

 

 

=============================

 

 

 パドックでの紹介が終えられ、私達はゲートの前へと移動する。そして、ストレッチ、キョクジツクリークとの挨拶を終えた私に、オグリキャップが声をかけてきた。

 

「…この日を待ち侘びていた、アラビアントレノ、今、ここで言うことはただ一つ。勝たせてもらうぞ、このレース」

「……こちらも、勝つつもりで、今日まで調整を続けてきました、真剣勝負ですね」

 

 会話は、それで十分だった。

 

 気持ちが、激しく昂ぶっていくのを感じる。私の心を熱くさせる。

 

 それはまるで…

 

 燃え上がる炎(Rising Flame)のように。

 

 

=============================

 

 

 会場は、まるで瀬戸内海のように、静まり返っている。

 

『いよいよやって参りました、第二回AUCCプレ大会、長距離部門、札幌2600、全国から14人の優駿達が集い、ここ、札幌の地でその脚をもってぶつかり合います。優勝するのは果たしてどの娘なのか、各ウマ娘、ゲートイン完了、出走準備は整った様子』

 

 ガッコン

 

『スタートしました!各ウマ娘、特に事故なくスタートを切った!!』

 

 

 

 

 観客席では、セイランスカイハイ、エアコンボハリアー、エアコンボフェザー、そしてフジマサマーチが、レースを見物していた。

 

「…あれ…他の中央のウマ娘達、ちょっとスタート時の加速が遅い…?」

 

 セイランスカイハイが、スタートの様子を見て、そう口にする。

 

「それは、ここのコースの芝が関係している、ここのコースは、洋芝が敷き詰められている。洋芝は、根の張り具合は野芝より弱い、だが、その分コース全体が柔らかいんだ」

 

 セイランスカイハイの言葉を聞き、フジマサマーチがそう解説する。

 

「マーチの言う通りだ、つまり、ここのコースは芝であっても、走る感覚、タイムはダートのそれに近くなる、だが、気になる点が一つある、オグリキャップは芝もダートも走ることのできるウマ娘、洋芝であれ、もっと勢いのあるスタートができるはずだ。だが、今回はそれが無かった。」

 

 エアコンボフェザーはそう言い、コースに目を戻した。

 

 

 

 

 

『各ウマ娘、それぞれの位置についた、先頭、ミドハトカフェ、続いてカールグスタフ、この二人が逃げている。続くのはサードジーエム、リファインドーム、ザックアールエフ、そしてホクトアカゲルググ、先行はここまでと言ったところか、ニバ身後ろ、内を突くのはオオルリロドネイ、さらにマンハッタンカフェ、外からはアラビアントレノ、オグリキャップはその後方、内寄りに控えた!その後ろの内は並ぶようにしてヒシジーラインと、サイレンスザニー、外からはダンシングジム、そして殿はキョクジツクリーク!!』

 

 

(オグリキャップ…私を…)

 

 アラビアントレノは、オグリキャップが自分をマークしているのを理解していた。

 

(でも、マークされる可能性は、頭に置いてた…ついたポジションは、ベスト…)

 

 彼女はマークされて居ても、気を散らさず、自分の走りが出来るよう、トレーニングを行ってきたのである。

 

 

(流石だな、アラビアントレノ……もちろん、私だって、キミがマーク程度では動かないことは知っている)

 

 一方のオグリキャップも、もちろんのこと、アラビアントレノがマーク程度は気にしないというのは予測済みである。

 

(だが…私と北原、ベルノ…皆とで考えた作戦で…キミをKOしてみせる……)

 

 だが、彼女には秘策があった。その秘策は、アラビアントレノを前に出して、初めて効果を見せる物である。

 

 怪物は、静かに、されど闘志を燃やしながら、タイミングを伺っている。

 

 

 

 

『現在、ウマ娘達は第3コーナーと第4コーナーの境界上を通過中、先頭ミドハトカフェが逃げ、展開はやや縦長となっています!!』

 

「オグリちゃん…良い位置についてますね」

「ああ、このままなら行ける、できるぞ、あの作戦が…!」

 

 ベルノライトと北原は、この日のために立てた作戦を実行可能な条件を、オグリキャップが満たしている事を確認した。

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 プレ大会前の平日の事である。中央は平日のレース開催を行っていないため、オグリキャップはレース場を使った調整、通称、「スクーリング」と呼ばれているものを行うことが可能だった。

 

「目隠し、取って良いよ!」

「これは…」

「実戦感覚トレーニングだよ!!」

 

 オグリキャップは、目の前の光景に圧倒された。

 

「オグリちゃん、今日は本気で行かせてもらいますよ〜」

「ヘンな走りしたら、承知しねぇぞ!!」

「全力で走らせてもらうさかい、覚悟しときや!!」

「クリーク、イナリ、タマ……」

 

 スーパークリーク、イナリワン、タマモクロス…それだけではなく…

 

「………皆……」

 

 メジロアルダン、ブラッキーエール、ディクタストライカ、サクラチヨノオー、ヤエノムテキ、ゴールドシチー、シリウスシンボリ、ロードロイヤル、メリービューティーなどなど…豪華絢爛たる13人のウマ娘が、札幌レース場に集まっていたのである。

 

「オグリ、最終調整として、ここにいる全員と、模擬レースをしてもらう、ゲートは使えないが、それ以外は実戦と同じだ。もちろん、ここにいる全員は、お前の作戦はまだ知らない」

 

 オグリキャップに向け、北原はそう言った。

 

 

────────────────────

 

 

「あれが…オグリちゃんの作戦…」

「スゲェ……」

「…奇想天外、しかし…効果絶大…」

 

 模擬レースを終えた後、参加したウマ娘達はオグリキャップの作戦の威力に舌を巻いた。

 

「オグリ、これを使うタイミングは、そっちに任せる。だが、使うまでには必ずイン寄りを走る…つまり、きちんとしたラインをたどるんだ、良いか?」

「あぁ、ありがとう…北原…みんな…」

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

『各ウマ娘、短いスタンド前から、順々に第1コーナーへ、まずはミドハトカフェ、カールグスタフ、2バ身差で続くのはサードジーエム、外からリファインドーム、ザックアールエフ、少し後ろ、内を行くのはホクトアカゲルググ、ニバ身後方、少し外寄りにポジションを変更したオオルリロドネイ、さらにマンハッタンカフェ、そしてアラビアントレノ、オグリキャップは内寄りを進んでいる、1バ身体差で、ヒシジーラインと、サイレンスザニー、外からはダンシングジム、キョクジツクリークは少し上げてその内にいるぞ!』

 

(コーナーはきつくない、でも、最後の直線は短いから、末脚のために、少しでも力を残す…V-SPTはあっても、無理にインベタは、狙わない、確実に行こう…)

 

 アラビアントレノは、他のウマ娘より、少々加速が遅い、それ故、最後の短い直線の末脚が遅れるのは、敗北に直結する。それ故、コーナーでの踏ん張りで体力を使いすぎないようにしたのである。

 

(…流石、アラビアントレノ、きちんと計算して、走っている……決めた、仕掛けるのは第2コーナー出口だ)

 

 しかし、その意図はオグリキャップに見抜かれていた。彼女は、温故知新の精神のもと開発した新たな技を使う決心をした。

 

 オグリキャップの目から、光が漏れ始める。

 

(…何が来る…嫌な感じがする……でも、自分の作戦を信じる…!)

 

 アラビアントレノは不安を振り払い、コーナーの出口を目指す。

 

(………ここだ…行くぞ!!)

 

 オグリキャップは姿勢を一瞬落とし、足に力を込めた。その身体はオーラに包まれている、つまり、領域を放っていた。

 

(………!?)

 

 そして、アラビアントレノは驚愕した。

 

 

 

 

『ここでオグリキャップ!!インベタを潜り抜けてアラビアントレノの前に出た!!』

 

「なっ!?」

「アラが抜かれた!!」

 

 驚愕するセイランスカイハイとエアコンボハリアーに対し…

 

「なるほど…そういうことか、オグリ」

 

 フジマサマーチは笑ってそう言った。彼女は、オグリキャップが、どういう行動に出たのか、大まかであるが理解できたのである。

 

 

 

 

 ここで、時間は数秒前に遡る。

 

(………ここだ…行くぞ!!)

 

 オグリキャップは姿勢を低くし、ただでさえ低姿勢の走りを、ダートを走っていた時のような、超前傾姿勢に変化させる。

 

 エアコンボフェザーが言及していたように、洋芝の走る感覚は、ダートに近い、芝の根の張り具合は弱く、オグリキャップは、地面に足を食い込ませ、足の裏で地面を掴み、泳ぐような走り──つまりは、カサマツで走っていたときのような走りが可能であった。

 

 ただし、2600mもの長距離を、超前傾姿勢で走り抜けると言うのは、体力的にリスクが高い。

 

 そこで、オグリキャップらが考えついたのは、抜く際の加速に、それを用いるという方法であった。それも、オグリキャップが多用していた外から抜く手法ではなく、内側を走るウマ娘の腕の下をすり抜けるような感覚である。

 

 イン側の更にインを突くという、カサマツでの経験を元に、作り上げた作戦。オグリキャップはアラビアントレノと、内ラチの間にある僅かな隙間を潜り抜け、アラビアントレノの前に出たのであった。

 

 

 

(悪く思わないでくれ、アラビアントレノ、これが、このコースで、このレースで…いや、キミに勝つために考えた戦術…洋芝という、この札幌レース場の特性、そして、北原、ベルノ、みんなと共に作り上げてきた私の走りが合わさり実現する、常識破りのショートカット…“地を這うライン”だ!!)

 

 オグリキャップの走りに、アラビアントレノだけでなく、ウマ娘達の目にも入る。

 

(この勝負…頂く…!!アラビアントレノ…お前には……)

 

 

 

 

 

「負けん!!」 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 芦毛の怪物の一撃、それは観客だけでなく、ウマ娘達にも、大きな衝撃を与えていた。





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今回の描写についてなのですが、オグリキャップはシンデレラグレイ劇中で、「中央に来てから走り方が変わった」と言及されており、また、別の巻には中山レース場を貸し切ってトレーニングを行うシーンがありますので、それを参考にしています。

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第64話 怪物と怪童(後編)

 

 

 

(オグリキャップさん…あんな奥の手を、隠し持っていたとは…)

 

 最後尾を走っているキョクジツクリークは、オグリキャップの見せた技に驚いていた。

 

(…しかし、ここで慌ててペースを上げるのは愚策、アラビアントレノさんが、対抗して何かをやるかもしれない…)

 

 キョクジツクリークは、この日の出走ウマ娘の中では、一番アラビアントレノを知り尽くしているウマ娘である。それ故、彼女が何らかの対応を行うことを予測していた。

 

(アラビアントレノさんが動けば、他のウマ娘も動く、私は、末脚をもってそこを突く)

 

 一度はスペシャルウィークに勝利したその剛脚、キョクジツクリークは、それに全てをかけた。

 

 

=============================

 

 

 負ける…このままだと…負ける…!!

 

『各ウマ娘、向正面へミドハトカフェ、カールグスタフ、1バ身離れサードジーエム、さらにリファインドーム、いやザックアールエフ、少し後ろにホクトアカゲルググ、1バ身後方、オオルリロドネイ、オグリキャップ、マンハッタンカフェ、そしてアラビアントレノ、1バ身差で、ヒシジーラインと、サイレンスザニー、外にダンシングジム、キョクジツクリークはその内!』

 

 まずい…どうすれば良い……

 

 いや…弱気になるな…まだ負けたわけじゃない、トレーナーの言葉を思い出せ…

 

『…良いかアラ、一度しか言わないぞ?“灯台下暗し”、突破口は、意外なところに隠れていることもある、これを頭に入れておいてくれ』

 

 突破口は…意外なところに……

 

 トレーナーの言葉を反復している間にも、レースはどんどん進んでいる。とにかく…次のコーナーで、オグリキャップに仕掛けないと駄目だ。

 

 

=============================

 

『各ウマ娘、向正面へミドハトカフェ、カールグスタフ、1バ身離れサードジーエム、さらにリファインドーム、いやザックアールエフ、少し後ろにホクトアカゲルググ、1バ身後方、オオルリロドネイ、オグリキャップ、マンハッタンカフェ、そしてアラビアントレノ、1バ身差で、ヒシジーラインと、サイレンスザニー、外にダンシングジム、キョクジツクリークはその内!』

 

「…ッ!!姉さん!アラは…このままだと…アラは…!!」

「落ち着け、ハリアー。最後のストレートは短いが、コーナーはまだ残っている…勝負はまだ、分からない。」

 

 アラビアントレノに負けてほしくないあまり、声を大きくしたエアコンボハリアーを、エアコンボフェザーが落ち着かせる。

 

「フェザー、そっちには悪いが、今のオグリの身体能力から計算すれば、アラビアントレノはノーチャンス、恐らくオグリは、次のコーナーでも、あの技を使うぞ?」

 

 フジマサマーチは、オグリキャップの勝利を信じ、そう口にする。こう思っているのは、彼女だけではない、あの光景を目にした観客の殆どが、オグリキャップの強い走りに魅せられ、彼女の勝利を確信していた。

 

「マーチ、確かに、現状はオグリキャップ有利だ。しかし、仕掛けるのが早すぎたとは思わないか?」

「……!」

「早すぎる仕掛けは、相手に精神的なダメージから立ち直る余裕を与える。そして、アラの武器は、そういったダメージから回復する速さ…つまりは粘り強さだ。それに…ハリアー、ランス、お前達二人なら、分かるだろう?アラの才能は、粘り強さ以外にも、あるということを」

 

 エアコンボフェザーはそう言った。事実、アラビアントレノは、オグリキャップの仕掛けをじっくりと観察できていたキョクジツクリークの次に、気持ちを整えていたのである。

 

 

 

(よし…一か八かだけど…こうなれば何でも、やってやる)

 

『各ウマ娘、向正面を駆け抜けてゆく、あと半分だ!!』

『段々と固まって来ましたね、それぞれのコース取りが、重要となりそうです』

 

(……よし…とにかく…オグリキャップの前へ…!)

 

 アラビアントレノは、外寄りにラインを変更し、ロングスパートをかけた。

 

『ここで、アラビアントレノ!代名詞のロングスパートをかけるか?』

『少々仕掛けが早すぎるのではないでしょうか?』

 

(体力は…多分ギリギリになる…とにかく…オグリキャップの斜め前へ!!)

 

 アラビアントレノは、ロングスパートをかけ、前進する。他のウマ娘達は、オグリキャップの先程の技の事もあり、アラビアントレノの進路に立ち塞がるようなことは無かった。

 

(アラビアントレノ…立て直してきたのか……!?流石、タマが認めただけある…でも、あの技は、一回きりの物じゃない、繰り返し使えるように、トレーニングを積み重ねてきた)

 

 オグリキャップは、アラビアントレノの立て直しに驚きつつも、技を再び使うべく、準備を行う。

 

『第3コーナーは目前!ここで、アラビアントレノ、かなり前まで出てきたぞ!マンハッタンカフェを抜いて、オグリキャップに並びかけるような形だ!!いや、オグリキャップもパスする構えだ!!』

 

(なるほど…私の進路を塞ぐつもりか…だが…私の脚は、キミの作戦をも打ち砕いて見せる…!!)

 

 オグリキャップは、再び技を使うべく、姿勢を低くする、その瞬間であった。

 

(来た…第3コーナーの入口……効果があるかどうかはわからないけど…行けぇっ!!)

 

 アラビアントレノは、少し姿勢を低くし、地面に脚をねじ込み、足の裏で地面を掴み……勢いをつけてコーナーに入った。

 

(何っ…!?)

 

 オグリキャップは、アラビアントレノが何をしたのか、一瞬で理解した。アラビアントレノは、オグリキャップの技を、再現したのである。とはいえ、筋肉の配列や身体の柔軟性等が異なるため、オグリキャップのように、極端な低姿勢とまではいかない。しかし、足の動きだけは、高精度で再現されていた。

 

 

 

「アラの脚の動き、オグリキャップさんと同じになってる!!」

 

 双眼鏡を覗くセイランスカイハイは、驚いてそう言う。

 

「あの短時間で…真似を…!?」

 

 フジマサマーチは、目を丸くする。

 

「マーチ、あれがアラの、もう一つの才能だ、頭の中に相手の動きを正確にインプットし、対応策を考える、場合によっては、その走りを再現する」

「……!」

 

 フジマサマーチの耳が、ピクリと動く、彼女は、オグリキャップ記念の時に、アラビアントレノが追込みの戦法を使い、レースの中でカサマツレース場に合った走りを身に着けて行くのを見ていたからである。

 

「思い当たる節があるようだな、マーチ。アラの学習能力は高い、まるで、AIの持つ、“ラーニングシステム”が付いているかのようにな」

「この勝負…どうなるんだろう…」

 

 エアコンボハリアーはそうつぶやき、レースの行方を見守るべく、視線をターフへと移した。

 

 

 

 

(……アラビアントレノ…)

 

 オグリキャップは、アラビアントレノの技術に感心するのと同時に、屈辱感を覚えていた。かなりの量のトレーニングを重ね、開発した技を、不完全な形とはいえ、模倣されたからである。彼女は、無意識にアラビアントレノを威圧していた。

 

(…………オグリキャップとはいえ、(サラブレッド)の特性には、抗えなかったってことか……それよりも…やっぱりあの技は凄い…ヘビみたいに…スッと行かれる)

 

 アラビアントレノはオグリキャップの技に苦戦しながらも、自分の行動に対するオグリキャップの反応を確かめていた。 

 

(……まだだ、あとひと押し、何かが足りない『灯台下暗し』…そうトレーナーは言ってた)

 

 ただ、彼女は自分の行動が、オグリキャップに与えた影響は十分だとは思っておらず、慈鳥の言葉を思い出しながら、次の一手を考えていた。

 

 その時、レースの状況はまた動きだす。

 

『ここでキョクジツクリーク!控えていたが内を突いて上がってきた!!』

  

(体力は温存しておきました…!この凸凹でも、問題はない位に…!!)

 

 ここまで様子をうかがっていたキョクジツクリークが、温存しておいた体力を使い、荒れた内側を駆け抜けてきたのである。

 

(キョクジツクリーク…内から…!?………そうか…!…分かった…!見落としてたんだ、ここ

は、芝じゃない、洋芝だ…なら…!!)

 

『第4コーナーカーブ!逃げている二人は苦しそうな顔をしているぞ!最初に立ち上がるのはどの娘だ?』

 

(もう一度…!!)

(私の技を…二度も…!!)

 

 アラビアントレノはもう一度、オグリキャップ技の模倣を行う、オグリキャップの感情は、激しさを増してゆく。

 

『内からオグリキャップが立ち上がってきたぞ凄い足だ!!少しばかり遅れたがアラビアントレノも来た!!しかし、キョクジツクリークやマンハッタンカフェも詰めてくる!!オオルリロドネイ、ヒシジーラインは外から行く!!』

 

(この後の直線で突き放す、勝たせてもらうぞ…アラビアントレノ!)

 

 オグリキャップは再び、脚に力を込める。

 

(今だ…!!)

 

 そして、アラビアントレノは、同じく脚に力を込め…

 

(何…!?こんなに近くに!?)

 

 オグリキャップの、すぐ横まで食いつく、そして、オグリキャップは、それを避けようとするものの…

 

(脚が…重い……)

(……灯台下暗し…答えは、バ場の状態…)

 

 札幌レース場のバ場を構成している芝は、洋芝であり、野芝より剥がれやすい。アラビアントレノはそれをうまく利用した。縦の方向への踏み込みが強いアラビアントレノ本人は、タマモクロスとのレースで示したように*1、荒れたバ場を苦手とはしていない。

 

 しかし、オグリキャップは別である。彼女はアラビアントレノに技を不完全な形とはいえ模倣された。それは予想外の出来事であった。それにより、屈辱感を感じた事で、視野が狭くなり、2周目で凸凹となった内側に追いやられていたのである。

 

 そして、そこを突き進んだ負担から、オグリキャップの技の勢いは、一度目、二度目と比較して、大きく落ち込み、アラビアントレノも何とか食いつくことが可能であった。

 

 

『勝負は最後の直線に持ち込まれた!アラビアントレノとオグリキャップ、激しいデッドヒート!抜け出すのはどちらだ!?』

 

(お前には…負けん…!!)

(私が…私が勝つ!!)

 

 アラビアントレノはオグリキャップに並びかける…そして……

 

(…ッ!?)

 

 

 

 

「北原さん!」

 

 観客席では、ベルノライトが北原の手を掴み、オグリキャップの方を指差していた。

 

「ああ、オグリの領域が…」

「消えてる…」

 

 オグリキャップの領域は、アラビアントレノによって掻き消されていた。

 

(しかも…一瞬だけど……いや、今はオグリちゃんの応援を…!)

 

「オグリちゃぁぁぁぁぁん!!負けないでぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 ベルノライトは、声を張り上げた。

 

 

 

「アラー!!」

「行けぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 一方、エアコンボハリアーとセイランスカイハイは、そんな光景を気にすることはなく、必死に応援を続けていた。

 

(くっ…このままでは、二人に…)

 

 キョクジツクリークは、激しく競り合う二人に何とか追いすがるものの、追いつくことは出来なかった。

 

(…くっ…力が…!)

(負けるものか…行けぇ!!)

 

 うまく勢いが乗らなかった事で、オグリキャップは、内を走らされた。つまり、自分が走って荒らしたバ場を進まされる事となったのである。そして、領域が消えた事で、彼女は集中力も落としていた。

 

((……前に…前に!!))

 

『二人もつれてゴールイン!!続いてキョクジツクリーク、少し遅れてマンハッタンカフェゴールイン!!』

 

 

=============================

 

 

「……」

「……」

 

 私とオグリキャップは、掲示板を見つめる。写し出されたのは…『6』

 

 つまり、私の番号だ。

 

「…おめでとう、アラビアントレノ、キミの実力は、本物だった」

「…ありがとうございます」

 

 私は、オグリキャップから差し出された手を取り、握手を行う。

 

 でも…この勝負、地力では、完全に相手のほうが上だった。私は、頭と小技を使い、勝ったに過ぎない。

 

 それに、また、あの力が、私を包み込もうとしていた。身を任せたくなる、あの力が…

 

 

=============================

 

 

 一方、その頃、メジロ家の屋敷では、当主がプレ大会の映像を見終わっていた。

 

「…………」

 

 当主は、結果を見て固まっている。

 

「まさか…ここまでとは…」

 

 そして、やっとのことで、言葉を絞り出した。中央が内部抗争で疲弊していたとはいえ、各会場で暴れ回り、良い結果を残していたローカルシリーズのウマ娘の成長に、驚いていたのである。

 

「これが、今の私達の実力です。私達は、技術革新そして改革を重ね、ここまで登ってきました。」

「……改革…」

「…おばあ様、今、求められているのは、内輪もめではなく、改革なのではないでしょうか?」

 

 ハグロシュンランは、当主の目を見て、そう言う。

 

「……そのようですね」

「…!では…」

「ええ、メジロ家の家内は、うまくまとめて見せましょう……ローカルシリーズが、あのような実力を身に着けた今、我々は、指をくわえてそれを見ているわけにはいきませんから」

 

 メジロ家の当主が、重い腰を上げた瞬間だった。

 

 

────────────────────

 

 

 ハグロシュンラン、メジロアルダンらが礼を言って帰っていった後、当主は空を見つめていた。そして…

 

「……これでは、海外など、夢のまた夢…」

 

 と呟いたのであった。

 

 

────────────────────

 

 

 それから数日後の事である。フランスのある公園では、ヨーロッパ最強と言われるウマ娘、ブロワイエがファンに囲まれていた。

 

 ブロワイエは、ファンにサインを書いたり、握手を交わしたりして、応対をしている。

 

「すみません、通して下サ…」

 

 そして、その人混みの中に、エルコンドルパサーの姿はあった。彼女はブロワイエに声をかけようと、人混みの中に入ったものの、中々ブロワイエに話しかけることが出来なかったのである。

 

ブロワイエさん、このウマ娘さんが、用があるようですよ

 

 しかし、エルコンドルパサーの隣に立っていたウマ娘が声をあげ、彼女を助けた。

 

おっと…これは失礼

 

 ブロワイエはその声により、エルコンドルパサーに気づくと、そちらに近寄る。

 

「ブロワイエさん!」

 

 彼女は、エルコンドルパサーの声を聞くと、彼女の持つメモ帳を受け取り、ペンを走らせ、返した。それを受け取ったエルコンドルパサーは、素早く人混みから離れ、自分を助けた声の主であるウマ娘に英語で声をかける

 

あの!先程はありがとうございました

 

 そのウマ娘は振り返り、笑顔で

 

「英語でなくとも大丈夫よ、エルコンドルパサーさん」

 

 と言った。エルコンドルパサーは驚いたもの、相手から日本語が出てきた事に対して、安心した。

 

「…あの、私を、知ってるんデスか?」

「ええ、エルコンドルパサーさん、あっ…こちらも名乗らなければ、失礼ね、ワタシの名前はセトメアメリ、スペインのウマ娘です」

 

 相手のウマ娘──セトメアメリは、笑顔でそう言った。

 

 

────────────────────

 

 

 その後、エルコンドルパサーとセトメアメリは、ベンチに座って会話を交わしていた。

 

「では…この意味って…“私はコンドルより速く飛べる”って言うことなのデスか?」

 

 エルコンドルパサーは驚く。彼女は、メモ帳にサインをされたと思いこんでいたからである。

 

「そうよ、キッチリ、ライバルとして認識されているということ、良かったわね」

「ハイ!」

「凱旋門賞、応援に行くから、頑張ってね、エルコンドルパサー」

「本当デスか!?」

 

 そう言った瞬間、エルコンドルパサーの携帯のアラームが鳴る

 

「ケ!?時間が!!すいません、セトメアメリさん、私は行きマス!!……日本の皆にも、貴女にも!世界最強のウマ娘となった私の姿、見せマスから!!今日はありがとうございました!!」

 

 そして、トレーニングの時間に遅れそうな事に気づいたエルコンドルパサーは、セトメアメリに礼を言って、走り去っていった。

 

 エルコンドルパサーを見送ったセトメアメリは、携帯を取り出し、電話をかける。

 

『私だ、もう会えたのか?』

「はい、フェザーさん、ブロワイエのいる場所を張っていたら」 

 

 電話の相手は、エアコンボフェザーであった。

 

『…それで、どう思う?』

「エルコンドルパサー、気合い十分、身体もレースに向けての調整は万全と言ったところです」

『成程…了解した』

「……例のレース分析ソフト*2、使うのには絶好の機会だと思います」

『ありがとう、アメリ、九重委員長にそう伝えておく』

「よろしくお願いします」

 

 セトメアメリは、電話を切った。エコーペルセウスが言った最高の実験場(レースコース)というのは、ロンシャンレース場の事であった。

 

 世界一のウマ娘を決めると言われている凱旋門賞、それに向け、地方でも準備が進められていた。

 

 

*1
第46話 雷鳴vs稲妻 後編 参照

*2
第61話 よく似た境遇 参照





お読みいただきありがとうございます。

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今回の外国語での台詞は、斜字を用いています。

ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第65話 凱旋門賞

 

 

 プレ大会が終わって数日後、ここのところトレーニング続きだったため、俺はアラを休ませていた。そして、休日明けの今日、アラはプレ大会での事を、俺に話したのだった。

 

「そうか…また、力に呑まれそうになったか」

「うん、トレーナー…あの時は抑えられたけど、やっぱり、私が私じゃなくなる時は…近いのかな…?」

 

 精神力の強い方であるアラが、弱音を吐く。トレーナーとして、言えることは…

 

「アラ、お前、最初のウイニングライブで歌った曲を覚えているか?」

「…最初の…ウイニングライブ?」

「…そうだ、あの曲の中にあった“凍りつくような強い風でさえ、その胸に輝く夢を消したり、そうよ消したりなんてできない”っていう部分…あれは、その通りだと俺は思ってる、アラ、今のお前の夢は何だ?」

「……強くなりたいのは、否定しない。でもそれはプロセスだから…もっと大きな夢…私の走り、それを通して色々な人と、喜びを分かち合うことのための」

「…なるほど……アラ、俺は思うんだ。誰だって、その夢を消したりなんて、出来やしないんだよ、だから、お前は自分の意志をしっかりと持って、走っていけば良い」

「…ありがとう」

 

 そう言って、着替えに行こうとしたアラを、俺は呼び止めた。

 

「実は、お前のために作ってみたのがあるんだ。ちょっと、つけてみてくれ。」

「………?」

 

 アラが振り返ったのを確認した俺は、机の中から箱を出し、アラに渡す。

 

「開けてみてくれ」

「う、うん…」

 

 アラは箱を開け、それを包んでいる包み紙を取っていく。そして、それを見た瞬間、目を丸くした。

 

=============================

 

 

「これは…」

 

 トレーナーが私にくれたのは、黒をベースに、耳の正面のくぼみに当たる部分に白が配されているメンコだった。

 

「見ての通り、メンコだ、縫い方は裁縫得意な火喰にとか、材料は兄がユーナリィの技術者の雀野に、とにかく色んな人に手伝ってもらって、作ったモンだ。つけてみてくれないか?」

「………」

 

 私は箱からメンコを出し、自らの両耳にはめる。それはすっぽりと収まり、元々私の一部であったかのような感覚を私に与えた。

 

「どう…?」

 

 私がそう聞くと、トレーナーは私の周囲を一回りし、頷く。

 

「よく似合ってる。アラ、鏡でメンコを見てくれないか?」

「……?」

 

 私は促されるままに、鏡の前に立つ。黒で縁取られた白が入っているメンコはすっぽりと耳を覆っている。

 

「実はそのメンコ、2つほど参考にしたものがあるんだ。一つは、前の世界で俺と相棒が好きだった、リトラクタブルヘッドライト…もう一つ、こっちのほうが大事なんだ。そのメンコ、正面から見ると、数字の『0』に見えないか?」

「…見える」

「お前に聞かせていたのかどうかは分からんが、相棒はいつも言ってたんだ。“『0』は無限の可能性を意味している”ってな、俺たちは、考え、行動する中で学び、スキルを身に着けていっている。要は人生足し算の積み重ねってことだ。そこはわかるな?」

「うん…そう言われれば…何だか…言ってたような気がする」

「そして、0は、何を足してもどんな数字にでも変化できる。それが、相棒の言うところの、“無限の可能性”というやつだ。お前は競走ウマ娘としては、完全に0からのスタートだった。でも、足し算を続け、スキルを身に着け、遂にタマモクロスやオグリキャップといったスターウマ娘達に、好敵手として認められる存在になった。その可能性を俺は、いや、俺達応援する者は、信じているからな」

「うん…ありがとう」

「そして、そのメンコは、お前と俺、そして相棒を繋ぐ絆の象徴とでも思ってくれ。アラ、もう一度言うぞ、誰だって、お前の夢を消したりなんて出来やしない。お前は無限の可能性を持っている、“サラブレッドとアングロアラブは共に歩むことはできない”という…運命に逆らう事だってな。」

「………」

 

 トレーナーは微笑むと、私の頭に手を置いた。私はメンコを触る。このメンコには、おやじどの、トレーナー、色んな人の思いが詰まっている。その想い応えて、喜びを分かち合うことが、私の夢…誰にも…誰にも邪魔させない。

 

 私は手を握り込み、決意を固めた。

 

 

=============================

 

 

 プレ大会からしばらく経ったある日、ここフランスは、凱旋門賞の当日を迎えていた。

 

「では、この3台のビデオカメラを、このノートパソコンに繋いでください」

 

 そして、ロンシャンレース場では、NUARのトレセン学園運営委員長である九重が、他の職員と共に、凱旋門賞の撮影を行う準備を進めていた。彼らが開発した、レース分析ソフトを使用するためである。

 

「ふう…これで、後は出走時刻を待つだけですな」

 

 全ての準備を終え、九重は額の汗を拭う。

 

「委員長、かなりお疲れのようですね、この程度の機器の設置なら、我々のみでも出来ました。わざわざ遠路はるばるここに来なくても良かったのではないですか?」

 

 若手の職員の一人は、九重に飲み物を渡しながら、そう質問する。

 

「いえいえ、今回の計画は、スピード勝負です。その責任者である私が、現地であるここに赴くのは当然のことです。それに、ある程度の立場にいる人間だからといって、オフィスに籠もり、離れたところから指示を飛ばしてばかりいると、見えてくるものも見えないと思いますから」

「…!べ、勉強になります!」

「そう思っていただけると、嬉しいです。今回の計画は、日本のウマ娘レース界を変えるために、必要不可欠なもの、気合を入れてまいりましょう」

 

 九重は連れてきた人々に向け、そう言った。

 

 

────────────────────

 

 

 一方、ゲートの前では、エルコンドルパサーが闘志を燃やしていた。

 

(私は、今の自分の強さを確かめたい…ブロワイエに勝って、自分が世界一だと、証明して見せる…)

 

 日本にいる仲間たちの思いを背負った彼女は、ブロワイエを一目見ると、ゲートインした。

 

(エルコンドルパサー、実力を見せてもらうぞ)

 

 ブロワイエは、エルコンドルパサーを完全にロックオンしており、こちらもエルコンドルパサーを一目見て、ゲートインした。  

 

(………このレース、エルコンドルパサーの取る選択肢は、恐らく一つ、集団に揉まれないよう、逃げること。本当は、無理矢理突破して行くという2つ目の選択肢もある……彼女側がそれを考えているとは、到底思えないけど)

 

 観客席では、セトメアメリが双眼鏡を覗きながら、エルコンドルパサーの取る策について、考えていた。

 

 

 

 

「………」

 

 遥か彼方の日本にいるスペシャルウィークらは、レースが始まるのを、今か今かと、見守っている

 

 

 ガッコン!

 

 

『スタートしました!エルコンドルパサー、好スタートです!!先頭に立ちました!!』

 

 エルコンドルパサーは好スタートで先頭に立つ。彼女は逃げの戦法を使っていた、前走のフォワ賞を逃げで勝ったこともあり、この日の作戦も同様の物としたのである。

 

『エルコンドルパサー飛ばす!先頭を走ります!リードは一バ身!!』

 

「エル、逃げてる!?」

「いつもは中団にいるのに!」

「…日本のレースとは違い、囲まれたら抜け出すのに一苦労だからな、良い作戦だ」

 

 グラスワンダーとサイレンススズカの反応に対し、シンボリルドルフはそう答えた。

 

「エルちゃん楽しそう!」

「そうね」

 

 スペシャルウィークは、エルコンドルパサーの様子を見て、緊張で萎縮していないことを確信した。

 

『第3コーナーカーブ、エルコンドルパサーのリードは3バ身!ブロワイエは中団に控える!』

 

 エルコンドルパサーは、リードを広げつつあった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 一方、別の場所では、数台のタブレット端末を使い、氷川や他のウマ娘達が凱旋門賞を観戦していた。

 

『エルコンドルパサー飛ばす!先頭を走ります!リードは一バ身!!』

 

「エルコンドルパサー先輩は、逃げのようです」

「そのようですね」

 

 ベルガシェルフの答えに、氷川はそう答える。

 

「なんで逃げるんだろ?」

「囲まれたら不味いからじゃないの?」

「そうかな?あの程度の体格差だったら、洋芝って要素込みでも抜け出せると思うけど…」

「まあ、そうよね、それにあの人はフォワ賞も逃げで行ったから、逃げで来るのは読まれてると思うわ」

 

 すぐ隣では、デナンゲートとスイープトウショウが、レースに対する分析を述べる。小柄な体格に見合わぬパワーで抜け出す戦法を確立していた二人にとっては、エルコンドルパサーの判断は、疑問符を浮かべざるを得なかったのである。

 

「これ、堂々と差しで勝負しに行った方が良いよね?」

「でも、あの人、サカキちゃんと伊勢トレーナーが教えてくれた踏ん張りや抜け出しの技術を持ってないから、これしか出来ないんだと思うよ」

 

 レースを見ているウマ娘達は、そう口にした。台頭し始めた新世代のウマ娘達は、シンボリルドルフらとは違う視点で、レースを捉えていたのである。

 

 

────────────────────

 

 

「エルコンドルパサー、口が開いてる。消耗してきたね」

「本来…あの人は…逃げウマ娘じゃない」

 

 そして、他の場所で観戦していたハッピーミークらは、エルコンドルパサーの戦法の有効性を疑問視していた。

 

「……!?ブ、ブロワイエさんが来ました!!」

「やっぱり来たか!!」

 

 そして、彼女たちの目には、ブロワイエがエルコンドルパサーに迫りつつある姿が映っていた。

 

「ブロワイエが来た!?」

「ヤバい!ドンドン迫って来てるよ!」

「エル先輩、間に合って!!」

 

 そして、すぐ近くでは、別のウマ娘グループが、エルコンドルパサーの勝利を祈り、叫んでいる。

 

「…………ま」

「駄目だよ、サンバ」

「…オッケー…」

 

 ボソリと何かを口にしようとしたサンバイザーを、ツルマルシュタルクが抑える。

 

(重いバ場に、凱旋門の舞台というプレッシャー、それにブロワイエ側は、しっかりと研究を重ねて、エルコンドルパサーさんをターゲットに絞ってた…だから…)

 

 彼女たちには、判っていた。すでに、エルコンドルパサーに逃げ切る体力は残っていなかった事に。

 

『ブロワイエがエルコンドルパサーを差してゴールイン!!エルコンドルパサーは2着!!本当に良く頑張りました!!』

 

 アナウンサーの声が、エルコンドルパサーの大健闘、そして、現在の日本の限界を示していた。

 

 

────────────────────

 

 

「九重委員長から、データが届きました!!」

「よし、直ぐに撮影所に送ろう」

「了解です!!」

 

 凱旋門賞の決着がついた直後、九重がレース分析システムを使って録画したデータはすぐにNUAR本部に送られ、そこでは、ある準備が急ピッチで進められていた。

 

「データです!」

「よし!撮影スタートします!」

 

 本部の会議室を転用して作られた急ごしらえの撮影所には、水沢の生徒会長(カシヤマウィレム)門別の生徒会長(エゾアレクサンドル)が並んで座っていた。

 

「日頃から、レースに関わるウマ娘達を応援してくださっている皆さん、こんばんは、我々ローカルシリーズは、現在、ウマ娘のトレーニングへと活用すべく、様々なレースの詳細な分析を目指しています。そしてつい先日、我々は、新たに分析システムを導入しました。そして、その記念すべき初仕事として、ウマ娘レースに関わる人々全てが知っている大舞台、凱旋門賞を取り上げ、その分析、解説を行わせていただきたく思います。解説役、右の方は、あの真紅の稲妻が所属する水沢トレセン学園生徒会長、カシヤマウィレムさん、左の方は、洋芝のトレーニング施設活用法を研究している門別トレセン学園生徒会長、エゾアレクサンドルさんです。本日はよろしくお願い致します」

「こちらこそ、よろしくお願いするわ」

「ああ、私も」

 

 二人は、司会役と共に、挨拶を行った。

 

 

────────────────────

 

 

 動画の撮影は、順調に進んでいた、分析には、出走ウマ娘達全体を映した視点、エルコンドルパサーに焦点を当てた視点、ブロワイエに焦点を当てた視点の3つが使われていた。

 

「では、次はここのフォルスストレートですね」

「ええ、ここでは、エルコンドルパサーは3バ身体ほどの差をつけているわね、でも、分析システムの判断によれば、ここは『もっと離すべき、最後の直線は長い』との結論が出ているわ、アレクサンドルさん、貴女はどう思うの?」

「……厶…確かに、私も同感だ、だが、現地はかなりの重バ場、それに洋芝、これじゃあまるで湿地帯だナ、そして、今回のエルコンドルパサーの走法は、ピッチ走法、重バ場との相性はよろしくない。それに、逃げというのは、かなりメンタルを消耗する。突き放そうと思っていたんだろうけど、難しかったというのが、私の分析だヨ、それに、ブロワイエは重バ場が得意だしナ」

「…ふむ…では、良バ場の場合は、どうだったと思うの?」

「難しいナ、今回、ペースメーカーと目されていた、フビライカンが逃げなかった、しかし、良馬場なら分からない、逃げて、エルコンドルパサーと潰し合うなんてケースも考えられる。」

 

 後ろのモニターに表示される、分析システムの表示をもとに、二人は今回のレースに対する分析を述べてゆく。

 

「なるほど…では、時間も押しているし、最後のストレートについて話して、総括に移って行きましょうか、最後のストレートで、エルコンドルパサーは口が空いていた、システムの結論通り、これはスタミナを消耗しているという証拠ね、一方、ブロワイエはそこを冷静に詰めて来ているわ、そして、最後にエルコンドルパサーを差してゴールイン、二人は後続をかなり離してのゴール、凄まじい勝負だったわね」

「そうだナ、そして、注目してほしいのはココだ、エルコンドルパサーは振り返って、ブロワイエを見ている。これで空気抵抗が増加して、少しばかり無駄が生まれたんだヨ」

「そのムダに、スタミナの消耗がのしかかったという訳ね」

「いかにも」 

 

 そして、後ろのモニターの電源は落とされ、撮影は総括へと入った。

 

「では、今回の凱旋門賞の総括へと移りましょう、フォワ賞と同様エルコンドルパサーは逃げの戦術、対してブロワイエは中団での控え、逃げるはずだったフビライカンが逃げなかった。エルコンドルパサーは先頭でレースを進めたものの、重バ場やメンタル、走法などの様々な要因あってスタミナを消耗、最後は冷静に詰めてきたブロワイエに抜かれてしまった、これが大まかな流れね。エルコンドルパサーの作戦は、読まれていたのかもしれないわ。最後に、これは一人の競走ウマ娘としての質問なのだけど、良いかしら?もし、今回の凱旋門賞のようなシチュエーションで、スタミナを浪費せず走るには、どのようなテクニックが求められるの?」

「難しい質問だナ………だが、私達地方ウマ娘が持っているテクニックを使ってみるのは、大ありかもしれないナ、“コーナーでピッチとストライドを変化させる”洋芝で

これができるようになれば、スタミナの消耗を抑えつつ、コーナーを曲がり、末脚を残すことができる…最も、例が殆ど無いから、参考になるかどうかは分からないケドな、私からは以上だ」

「では、今回の凱旋門賞の分析を、これにて終了させていただきます。カシヤマウィレムさん、エゾアレクサンドルさん、ありがとうございました」

 

 司会役は、二人のウマ娘に頭を下げた。

 

 

────────────────────

 

 

「編集完了しました!タップさえすれば、いつでも投稿できます!」

 

 それから数分で、動画は投稿可能な状態へと仕上げられた。

 

「では、やりましょうか、向上した私達の力を、より多くの人々に知ってもらうためにね、アレクサンドルさん、頼むわ」

「よし…私達の夢…受け取れぇ!!」

 

 エゾアレクサンドルは、勢いよく画面をタップした。

 

 

────────────────────

 

 

 それとほぼ同じタイミングで、中央でも、凱旋門賞の解説動画を投稿する準備が行われていた。 

 

「動画投稿はまだできないのかね?」

「あと7分、いえ、5分ください!!」

 

 様子を見ていた重役のうちの一人の言葉に対し、編集係はそう反応する。

 

「…!!こ、これは…」

 

 その様子を見ながら、携帯を使っていた一人の職員が、声を漏らす。

 

「…どうかしたのかね?」

 

 重役は、その職員に指摘する。

 

「ち…地方が、地方が凱旋門賞解説の動画を!!」

「…!?」

 

 それを聞いた重役は、素早く懐から携帯を出し、解説の動画を再生した。その動画は、URAが行った凱旋門賞の分析結果とほぼ同一の見識が示されており、さらにURAが触れていない箇所までも網羅していた。

 

「……小賢しいキツネ共め…奴らは宇宙人か何かか…!!」

 

 重役の眉間にシワが寄り、手は握り込まれる。

 

「……そろそろ、お認めになったらどうです?」

 

 改革派である別の重役が、彼に話しかける。タイミングもあり、保守派である彼は鬼の形相でそちらを睨んだ。

 

「……チャンピオンカップの開催が決定してからと言うもの、彼らは、様々な条件のレースで、我々を出し抜き、驚かせてきました。そして、その動画を見るに、彼らはピッチとストライドを変化させるという、我々にとって未知の技術を開発しています。そして、我々はそれに翻弄されてきたのです、我々はそれを…彼らの行動の成果を、認めるべきです」

「だが、今回のこれは間接的にエルコンドルパサーを下げる、つまりは我々に対する挑発行為だ、そうは思わんかね?」

「このタイミングでの出来事です。確かに、貴方と同様の意見を持つ方も、多くおりましょう、ですが、彼らの努力を挑発という言葉で片付けてしまうのは、あまりにも傲慢です。そういう傲慢な姿勢は、自らの首を絞めることとなります」

「………」

 

 保守派の重役は“それ以上言うな”という目をして、改革派の重役を見る。

 

「マンデナマニティ、グラスベッケナー、エアコンボフェザー、いえ、彼女たちだけではない…我々URAは、世界を目指していた。しかし、その過程で自らの手により、少なくない数のウマ娘を失った…それも、“出奔”という形で」

 

 改革派の重役は、エアコンボフェザーと、共に出奔したウマ娘達を挙げる。

 

「だからさ、もう少しぐらい…」

 

 我慢の限界を迎えた保守派の重役は、声を漏らす。それほど、今回の凱旋門賞は惜しい結果に終わったという印象を、観戦側に与えていたのである。

 

「いえ!だからこそです!我々は今回のレースで、世界の壁の高さを改めて知り、下であると思っていた地方が、自らの隣に立って居ることを、実感させられました、それに先程、“小賢しいキツネ”や“宇宙人”などとおっしゃいましたな?地方に対抗心を抱く気持ちはわかりますが、それにもルールはある…私は、そう思っております。」

 

 改革派の重役は、同志を連れて部屋を出ていった。それと同時に、保守派の重役の耳に

 

「動画を公開しましたが、勢いが完全に押し負けています!」

「ネットの反応に“薄い”、“地方のが凄い”との意見が溢れてます!!」

「オイどうするんだよこれ!?」

「………!」

 

 彼は目を開き、周りの職員たちが慌てるのを見ていた。やがて、彼は自嘲し…

 

「………間に合うものか…」

 

 と呟いたのであった。

 

 

 

 




 
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アラビアントレノのメンコのイメージを、拙いながらも挿入させていただきます。彼女は、これを両耳につけていると想像していただきますと幸いです。


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第66話 因縁

 

 

 福山トレセン学園の学生寮では、ハグロシュンランが寝込んでいた。彼女は、メジロ家との協力体制が成立してからというもの、自ら積極的に行動しており、それもあって体調を崩しており、凱旋門賞の中継時も熱を出して寝込んでいたのである。

 

「シュンラン、入るよ」

 

 そしてそこに入ってきたのはエコーペルセウスである。

 

「ペルセウス会長…大事な時に…倒れてしまって申し訳ありません」

「良いよ、君のことを考えていなかった私も、いけなかったからね…さっき、メジロ家の方から、連絡があった、“根回しをした重役たちとともに動く”だってさ」

「…では…凱旋門賞の結果は…エルコンドルパサーさんは…」

 

 ハグロシュンランは、凱旋門賞の結果を、エコーペルセウスに問う。

 

「…差されたよ、先行しすぎてね」

 

 エコーペルセウスは、冷徹にそう言ってのけた。

 

「……」

 

 メジロ家からの連絡、エコーペルセウスの発言により、ハグロシュンランは凱旋門賞の結果を容易に推察することができた。

 

「………今、ネットは大騒ぎさ、私達が計画していた、中央に先駆けて凱旋門賞の分析を行い、公開するっていう私達の作戦でね」

「これで…どうなるのでしょうか?」

「…少なくとも学園の生徒、ファンは、現状に大きな疑いを感じずにはいられないはずだよ」

「ですが、中央にはスポンサーがいます。メジロ家の方々や改革派の重役の方々が、説得、懐柔にあたって下さるとはいえ……力不足であるという思いが…私は拭えません。利権を得づらくなるのですから。」

「そうだね、シュンラン。だから、ウマ娘達の行動が大事になってくるんだ。なんたって、レースを創り上げるのはスポンサーでも、ファンでもない。ウマ娘達なんだから…もちろん、君もその一人、だから、今は身体を回復させることに専念するんだよ」

 

 エコーペルセウスは、ハグロシュンランに向け、優しくそう言い、部屋を出た。

 

 

 

「……」

 

 部屋を出て、エコーペルセウスを待っていたのはエアコンボフェザーだった。二人は部屋から離れ、外を見る。

 

「ペルセウス…あの冷徹な物言い…私情が混じったな?」

「……うん、少しばかり、私情が入った。私としたことが、とんだ失態だね。」

「…咎めるつもりは、無い…感情を優先したい時は、誰にでもある。エルコンドルパサーに対して、思うことが無いと言えば、嘘になるだろう?」

「…うん、でも、そんな感情は、しまい込まなければいけないね、あと少し…頑張れば…私達の理想が、日本のウマ娘レース界のあるべき姿が、実現するんだから」

「…そうだな、だが、油断はできない、中央にはまだ、トレセン学園の騒動を、他人事のように捉え、傍観している者が少なくない」

「……そうだね」

 

 二人は少し歩き、下の階を見る。下の階ではウマ娘達がレースについて語り合ったり、蹄鉄等の用具について相談したりしていた。

 

「…あの娘達のためにも、頑張らないとね」

「…ああ、新しい時代を創るのは、私達の様な老人(年長者)ではない、彼女たちの様な、新しい世代だ、支え続けていかなければならないな」

「うん、フェザー、そのためにも、私は必要だと思うな」

「何がだ…?」

「君が、皇帝(シンボリルドルフ)と和解する事だよ、今の彼女が、悩みながらも頑張ってるって事は、君も知ってるよね?」

「……ああ」

「私は、信じてるからね、君たち二人が、元通りの…『友達以上、仲間でライバル』の関係に戻る事を」

「…その言葉、有り難い」

 

 エアコンボフェザーが返事をしたのを認めると、エコーペルセウスは頷き、下の階へと降りていった。

 

 

────────────────────
 

 

 

 それと同時刻の事である。桐生院は自らの実家におり、URAの役員である実父の説得にあたっていた。

 

「お父様、凱旋門賞の結果は、ご覧になりましたか?」

「…ああ」

「では、何故動こうとはしないのですか!」

「……」

「私達は、世界の壁の高さを、凱旋門賞で知ったはずです。今までのやり方では、駄目な事ぐらい、お父様でも分かるはずです。」

「…では、お前はレースに不利な小柄のウマ娘を優遇することが、正しいとでも言うのか?予算は限られている。それならば、少しでも成果を得られる可能性がある物に、使うべきだろう」

 

 桐生院家は今回の分裂で、どちらにつくのか揺れていた。既得権益の保護も、新規分野の開拓も、どちらも桐生院家としては大事にしていきたかったからである。とはいえ、小柄なウマ娘が不利というのは、桐生院の父親にも定着していた。

 

「…その、成果を得られる可能性を図るものさしを、変えなければならないのではないですか?お父様達は、それが怖いのでは無いですか?それに、少数派とはいえ、小柄なウマ娘達も明確な夢を持ち、トレセン学園にやって来たのです。その夢は、どうなるのですか!?」

 

 桐生院の剣幕に、父親は黙る。

 

「……」

「……」

 

 両者の間には、良くない空気が漂いつつある。

 

「二人共、そこまでにしておきなさい」

「おば上…」

「大おば様…」

 

 その場に現れたのは、桐生院の大おばである。彼女はURAの重役を努めていた。

 

「二人共、落ち着きなさい。出口のない迷路をずっと歩き続けているようで、見ていられないわ」

「…わかりました」

「私も、頭を冷やします」

 

 大おばは桐生院とその父親を落ち着かせる。

 

「まず、あなた」

「は、はい!」

「今、我が桐生院家で、一番現場を知っているのは、葵よ、現場の意見を軽視するのは、桐生院家の人間としてでなく、URAのいち役員として、相応しくないわ」

「次に葵」

「はい…」

「さっきも言ったように、現場に一番近いのは貴女よ、私達に、何かをしてほしいのであれば、もっと詳しく説明しなさい、話はそれからよ」

 

 大おばは双方に意見を言い、座らせる。

 

「では…説明いたします。まず、今回の件、発端は、アラビアントレノさんの菊花賞制覇だと、大おば様方は思っておられるようですが、違います。もっと、もっと前に、きっかけはあったのです。そして、そのきっかけは、私がある方と出会ったことです……その方の名前は、慈鳥──」

 

 桐生院は、ここまでのいきさつをすべて話した。

 

「なるほど…話はすべて、理解したわ、貴女が誰に出会い、何を知ったか、そして……この騒動の発端の一部が、貴女であった事も…ね」

「…否定はしません、ですが、私は、自分のやっていることが、正しいことであると信じています、桐生院家のトレーナーとしてではなく、担当ウマ娘の将来を思う、チームメイサのトレーナーとしてです」

 

 桐生院は、かつて慈鳥に言われた言葉を思い出しながら、そう言った。

 

「…葵」

 

 桐生院の目に、父親は圧倒される。

 

「…桐生院家はURAの中核を成す存在の一つ、その行動には責任が伴うわ。だから、見極めさせて頂戴。貴女の覚悟を、決意を、成長を。今度の、京都大賞典で。」

 

 一方、桐生院の大おばは、桐生院の言葉を受け、京都大賞典で彼女の実力を確かめるという意思を示した。

 

「…分かりました、大おば様……お父様、お父様も、見ていてください。私は証明します。ウマ娘の体格差が、競走能力の決定的差では無いということを。我々中央は、改革なくして成長なしということを。」

 

 桐生院は、二人にそう言うと席を立ち、部屋を出ていった。

 

 

────────────────────

 

 

 それから少し経ち、京都レース場では、天皇賞秋のトライアル競走、京都大賞典が開催されていた。スペシャルウィークはエルコンドルパサーの敗北のこともあり、必ず勝つべくハードなトレーニングを重ねて臨んだものの…

 

(アタシは身体が強くない…カゲロウみたいに脆いけれど…G1を取るために…絶対に勝つ!!)

 

 ツルマルシュタルクもそれは同様である。G1出走・制覇のため、強いとは言えない身体を最大限まで強化し、このレースに臨んでいた。

 

(早く行かないと…!!)

 

 スペシャルウィークは前に出るべく、末脚を使う。

 

(こんなところで末脚なんか出すな!!抜かれたいのか!!)

 

 ツルマルシュタルクは、その判断が愚であることを理解していた。

 

『スペシャルウィーク動きが悪い!スペシャルウィーク動きが悪い!メジロブライトをかわして、ツルマルシュタルク今ゴールイン!!スペシャルウィークは、なんと7着です!!』

 

(…言わんこっちゃない)

 

 ツルマルシュタルクは勝利を手にしたものの、どこか満ち足りない様子であった。

 

(アタシは…スペシャルウィークと、ガチンコで勝負がしたかった……)

 

 ツルマルシュタルクは拳を握りしめ、掲示板を見つめていた。

 

 スペシャルウィークが不調だったとはいえ、ツルマルシュタルクが期待以上の走りを行ったのは事実であった。そして、本人もそうであるが、その走りを引き出したのは、桐生院本人である。

 

「葵…成長したわね」

 

 大おばは桐生院の実力、成長、そして、考えの正しさを認めたのだった。

 

 

────────────────────

 

 

 数日後、桐生院の大おばは、改革派に加わり、URAの本部にいた。彼女たちは同士をさらに増やすべく、日和見を決め込んでいる役員を独自に集め、演説にて説得を行ったのだった。

 

「日本のウマ娘レース創設1世紀を経た今日、URAの一部は、世界の制覇という目的を盾に、ウマ娘達にとって宝のような存在であるトレセン学園の内部分裂の一端を醸成するに至りました。そして、私どもはもはや小規模な働きかけは無理と判断し、このような大規模な動きを決したのです!私達はそのための尖兵にしか過ぎず、ウマ娘レースを支えてくださっている皆さんの力によって、日本のウマ娘レース界全体を改革し、守っていかねばならないのです!」

 

 桐生院の大おばは、改革派を代表し、演説を行う。

 

「スポンサーが離れていく可能性がある、あなた方は我々に路頭に迷えと申すのか!?」

 

 ある役員から、ヤジが飛ぶ。

 

「確かに、スポンサーが離れていく可能性は、否定致しません。しかし、このままで行きますとやがて、トレセン学園は、さらなる内部抗争に見舞われる事でしょう!だとすれば、どのような事が考えられるでしょうか?答えは簡単です。人材が流出するのです。過去にも起きたように……いえ、それだけではありません。こればかりは、言いたくはありませんが、事故でウマ娘を失うことも、考えられるでしょう。一度ならず、ニ度までも…我々に必要なのは、立ち止まり、一考することです。今の段階で、世界を目指すことはできるのか、ライバルとして、成長しつつある地方と、どう歩んでいけば良いのか、“強いウマ娘に絶対を体現する存在となるよう促す”……この思想は、本当に正しいのかを、見極める必要があるのです」

「……」

「私どもと、意見を異にする方々も、もちろんおられることでしょう、私どもに野次を飛ばし、反対されるのは、大いに結構です!私共は逃げも隠れも致しません。皆様方に、しっかりと、私どもの意見を発信していく所存であります!!」 

 

 桐生院の大おばは、その場にいる全員を見て、そう言った。

 

 その後、改革派はURAの会議にて、管理教育プログラムの優遇を停止する動議を提出したのであった。

 

 

=============================

 

 

「スペシャルウィーク…」

 

 私は町の書店でレースの情報誌を読み、スペシャルウィークが休養に入った事を知った。彼女のトレーナーは、京都大賞典での敗戦が、トレーニングのしすぎであると考えているらしい。確かに、彼女は悩んでいるだろう、それで、その悩みをトレーニングを続けることで、忘れようとしていたのかもしれない。

 

「天皇賞…」

 

 私は、天皇賞秋に出る。スペシャルウィークもそうするだろう、マルシュだって、ハードだって出てくるはずだ。

 

 …中央も、分裂のダメージから、凱旋門賞後の動画の件から、立て直しを図ろうとしている。大きな動きの一つは、メジロ家が中心となった働きかけによって、管理教育プログラムへの優遇が止まったことだろう。

 

 ただし中央の上層部は、保守派寄り、油断はできないだろう。

 

 でも、状況がどうであれ、私は走り続けなければならない。それが、自分の運命と向き合う、ただ一つの方法だからだ。

 

『そのまま突き進め』

 

 ふと、セイユウの言葉が、思い出される。

 

 あの時に私は、サイレンススズカを避け、外に逃げた。じゃあ、そのまま突き進んだとしたら……

 

 …私は、勝っていたのかもしれない。そして、セイユウが、私の勝ちを願っていたのは当然だろう。でも、あの時の事を他のレースと比べれば、どうだろう。

 

 セイユウは、私を覚醒へと誘うことはあったけれど、天皇賞のときみたいに、明確に呼びかけて来ることは無かった。

 

 恐らく、セイユウは、秋の天皇賞に対して、強い思い入れかトラウマ…つまりは、因縁があるんだ。

 

 だから、私を勝たせようとしたし、あの行動を責めた。

 

 つまり、次に彼が現れるのは…秋の天皇賞の前、もしくは本番の途中だ。

 

 タイミングはいつであれ、その念は、今までの比では無いだろう。

 

 

 





お読みいただきありがとうございます。

新たにお気に入り登録をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m

今回のセイユウのエピソードは、史実を参考にしております。次回は秋の天皇賞です。よろしくお願い致します。

ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第67話 因縁の場所で

 
 お気に入りが500を超えました。読者の皆様、応援ありがとうございます!完結目指して頑張っていきますので、これからもよろしくお願い申し上げます。


 

「……」

 

 天皇賞秋…前日は、何も起きなかった。不思議な程、グッスリと眠ることが出来た。

 

 そして…私達の因縁の場所、ここ、東京レース場に足を踏み入れた時も、何も起きなかった。

 

 嵐の前の静けさとは、こういうことを指すのだろうか?

 

 ほぼ着替え終えた私は、対戦相手達の最後の確認を行う。

 

1ジハードインジエア中央

2アンブローズモア中央

3オウカナミキング中央

4メジロブライト中央

5ヴェニスシスクード高知

6キンイロリョテイ中央

7セイウンスカイ中央

8ユーセイトップス中央

9スペシャルウィーク中央

10マツナガイェーガーカサマツ

11ロールアンクシャス中央

12ロトガーディアン中央

13ブレイブクリスタル中央

14アラビアントレノ福山

15メイショウワイブル中央

16キングヘイロー中央

17ツルマルシュタルク中央

 

 セイウンスカイ、キングヘイロー、スペシャルウィーク、そして私、こうやって私達が揃うのは、菊花賞以来となる。

 

 サカキからは、ある程度の情報を貰った。セイウンスカイは戦法を逃げから差しに、キングヘイローはトレーナーが改心してトレーニング方法を改善、末脚がより鋭くなっているそうだ。

 

 スペシャルウィークは、リフレッシュ明け。そして、ハードやマルシュも怖い。同じ地方のウマ娘…隻眼の荒波と呼ばれるヴェニスシスクード、白狼と呼ばれるマツナガイェーガー…この二人は、フェザー副会長達の活動によって実力をつけてきた注目株。経験量でこちらが勝るとはいえ、油断ならない。

 

「アラ、そろそろ時間だが大丈夫か?」

 

 トレーナーが、出走表を見ていた私に声をかける。

 

「うん、大丈夫、すぐ出るから」

 

 そう言って出走表を起き、立ち上がった私に、トレーナーは声をかける。

 

「俺は信じてるぞ、必ず“アラビアントレノ”として、戻ってきてくれ」

「…安心して、トレーナー、私は絶対に、走りきって、戻ってくるから」

 

 私は勝負服のコートを羽織り、控室の扉を開け、パドックへと向かった。

 

 

────────────────────

 

 

『あの悲劇から、一年が経ち、今年も秋の天皇賞がやってまいりました』

 

 悲劇…サイレンススズカのことか…彼女は、復帰レースが決まったらしい。だけど、かなり難しいレースになるだろう。

 

『チームスピカからは、スペシャルウィークが出走します。しかし、京都大賞典では7着という大敗ですから、今回は人気を落としていますね』

 

 ……

 

「アラビアントレノさん!」

「スペシャルウィーク……」

 

 解説役の声を聞いていた私に、スペシャルウィークは声をかけてきた。

 

「貴女とは、また一緒に走りたいと思っていました…今日は、よろしくお願いします!」

 

 スペシャルウィークは、こちらに手を差し出す。彼女は、うまくリフレッシュできたのだろうか?

 

「…負けないよ、よろしく」

 

『ここでスペシャルウィークとアラビアントレノが握手を交わしたぞ!!』

 

 私達の握手に、場内は沸いている。

 

「お二人さん、熱いところゴメンだけど」

「アタシらの事も、忘れないでおくれよ」

「…もちろん、二人にも、負けないから」

 

 ハードも、マルシュも、スペシャルウィークと同じぐらいのレベルの、強敵になっているに違いない。

 

 そして、私が対処するべき存在は、外だけじゃない、私の中にもいる。

 

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了、果たして、盾の栄誉は誰が得るのでしょうか?G1天皇賞秋…』

 

 ガッコン!

 

『スタートしました!!アンブローズモア、内から好スタート!!オウカナミキング、マツナガイェーガー、ブレイブクリスタル、先頭4人が固まっています。キングヘイロー、も行きました。そしてジハードインジエア、内目からキンイロリョテイ』

 

 先行が少し多い、後方組に被さらんとするバラけようだ。パドックで絶好調だとバレたかな…

 

『1バ身半離れてロールアンクシャス、セイウンスカイは控える、そしてヴェニスシスクード、ツルマルシュタルク、ロトガーディアン、ユーセイトップスは内を突く、スペシャルウィークはしんがりから4番手の位置に、そしてアラビアントレノ、メジロブライト、メイショウワイブルと続いています!』

 

 今日の戦法は、後方からの差し、中団だと大人数にマークされて動きづらい。そして、スペシャルウィークは奇しくも私と同じ戦法のようだ。

 

 つまり、最終局面での末脚勝負となる可能性がとても高い。

 

『先頭はすんなりと、アンブローズモア!アンブローズモア!』

 

 アンブローズモアは逃げている。だけど、去年のサイレンススズカの大逃げに比べれば、勢いは見劣りする。

 

 去年はあれについていこうとして後ろの動きはかなり乱れた。今年はそうじゃない、つまり、予測しやすくなるということだ。

 

 

=============================

 

(スペちゃんと、アラビアントレノは……後ろか、末脚は、きちんと残しておかないとね)

 

 セイウンスカイは後ろを少しだけ振り返り、スペシャルウィークとアラビアントレノの位置を確認する。

 

(だって、勝ちたいからね)

 

 無論、勝ちたいと思っているのは、セイウンスカイだけではない。

 

(G1初勝利を…ここで!)

 

 キングヘイローも。

 

(ランスとぶつかるマイルチャンピオンシップのためにも、ここで勝って勢いをつけて見せる!)

 

 ジハードインジエアも。

 

(どんなに強い相手だからって関係ない、アタシはこのレースに勝って、絶対に応援してくれてる皆のところに凱旋してやるんだ!)

 

 ツルマルシュタルクも。

 

 勝ちたいという強い想いを持って、レースに臨んでいた。

 

(皆が前にいる、勝ちたいって気持ちが、走りから伝わってくる、最後の直線で、一気に抜く…!)

 

 スペシャルウィークは目の前のウマ娘達を一通り確認し、自分の走りに集中力を注いだ。

 

『オウカナミキング2番手、マツナガイェーガー3番手、続いてブレイブクリスタル、そしてジハードインジエア、キングヘイロー、それから3バ身ほど開きキンイロリョテイ、後は内からロールアンクシャス上がってきました、セイウンスカイは相変わらず中団を走っています、そしてツルマルシュタルクがいて後はヴェニスシスクード、ロトガーディアン、ユーセイトップス、後方4番手スペシャルウィーク、続いてアラビアントレノ、メジロブライト、しんがりはメイショウワイブルといった展開です。』

 

(ここまでは作戦通り、二人共末脚は温存できている筈)

 

 観戦している桐生院は、ジハードインジエアとツルマルシュタルクの表情を見て、自分達の作戦が、うまく行っている事を確信した。

 

(メイサの二人も、スペシャルウィークさんも、他のウマ娘達も、作戦通りにいかなかった様子は見られない……もうちょっとで、あの大欅の所…アラちゃん……お願い…)

 

 そして、同じく観戦しているサカキムルマンスクは、アラビアントレノの勝利を祈り、手を組むのだった。

 

(あれ…?)

 

 そして、彼女は気づいた…

 

(領域とは違う…アレは…一体…)

 

 アラビアントレノの身体から、少しずつ、赤紫色のオーラのようなものが出つつあることに。

 

 

(…アラビアントレノさん…何だか…様子が…)

 

 そしてそれは、スペシャルウィークも感じていた。

 

=============================

 

 

 段々と、鼓動の音がが頭の中に響いてくる。大きくなっているのが判る。

 

 そして、サイレンススズカが故障したあの場所が近づいている。

 

 来たんだ…アラブの怪物(セイユウ)が…

 

『3コーナーから4コーナーへ、先頭はアンブローズモア、更には…』

 

 段々と、周りのペースが上がってゆく。私も脚に力を込める…

 

 …!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 踏み込むと、力が段々と高まって行くのを感じる。これまでの展開で、消耗はしたはずなのに。

 

(…さぁ…目覚めよ)

 

 見えるものから、鮮やかさが消えていく。

 

(そうじゃ…)

 

 身体が段々と熱くなってくる。

 

(それで良い、その湧き上がる力に、身を任せ…サラブレッド共を倒せ)

 

 そして、それは快感のように感じられる。

 

(ワシらの力と…一つになれ)

 

 そして、身体の末端──つまりは耳も、熱くなってくる。何故だろう、放熱する筈なのに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうか…メンコ……トレーナーがくれた、あのメンコ…

 

 違う…私が強くなりたいのは…こんな形でじゃない…

 

 視界が、元の色へと戻っていく。

 

(何故じゃ…なぜ拒む、貴様も強くなりたいのだろう!?)

 

 …セイユウ、悪いけど、私の力を引き出してくれるのは、あなたの執念じゃない。

 

(…貴様がこの世界に生まれ落ちた理由を忘れたのか!?ワシの存在がなければ、お前は存在しなかった!)

 

 分かってる…でも、今の私を強くするのは、家族や、トレーナー達、応援してくれる人、ハリアー、ミーク達ライバル……そんな……私の周りを取り囲む人たちとの、絆…!

 

 それを信じて……私は走る。勝つために、そして…その喜びを、みんなと分かち合うために!!

 

『さぁ、第4コーナーカーブからレースは最後の直線へ、各ウマ娘スパート、次々と仕掛けて行く!!』

 

 …他のウマ娘達が前に…走りづらい…でも、タイミングはここがベスト!!

 

『アラビアントレノ、ここで仕掛ける!!スペシャルウィークもだ!!同じタイミングでスパートをかけたぞ!!』

 

 外側のきれいなバ場がスペシャルウィークで塞がれた…それなら…

 

 もう一つ外から行ってやる…!!

 

 私はスペシャルウィークの真後ろに入る。

 

 スリップストリーム、トレーナーに、教えてもらった…最初の技。

 

 少しだけ、ほんの少しの間だけ、スペシャルウィークのスピードを利用する。

 

『スペシャルウィーク、上がっていくぞ!!アラビアントレノも続く!!』

 

 ここで…!!

 

『アラビアントレノ!スペシャルウィークに外から並びかけた!!二人してゴール目指して上がって行く!!』

 

 もっと…もっと前に!!

 

「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

『スペシャルウィークとアラビアントレノ、もつれてゴールイン!!』

 

 私達は、ゴールインし、共に芝の上に倒れ込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 限界を超えた全力疾走をしたからか、思うように、身体に力が入らない。

 

「……大丈夫?」 

 

 …私は引き起こされた。相手は…

 

「……セイウンスカイ…キングヘイロー……大丈夫…ありがとう」

 

 二人は、私の顔を見て…

 

「今度こそはって…思ってたけど……やっぱり強いね」

「…悔しいわね…でも…首を洗って待ってなさい、次こそは、貴女を…いえ、貴女がたと対戦するに相応しい実力を身につけて、戻ってくるわ」

 

 と言い、そばまで来ていたハードとマルシュに私を預ける。掲示板には、まだ着順が表示されていない。

 

「……アラ、物凄く強かったよ」

「負けたけど…アタシは誇りに思うよ、アンタとレースができたからね」

 

 二人からも、言葉をもらう。そして…

 

『一着は…アラビアントレノ!アラビアントレノです!!スペシャルウィークは惜しくも2着!!アラビアントレノ!無事完走し、見事勝利を手にしました!!』

 

 ワァァァァァァァァ!!

 

 私は多くの歓声に包まれた。そして、私は二人に支えてもらいながら、地下道へと入った。

 

 

 

 地下道に入って少しすると、足が動くようになってきた。だから私は二人に礼を言って、先に行ってもらった。

 

「アラビアントレノさん!」

 

 スペシャルウィークの声を聞き、私は振り返る。その顔は、涙で濡れていた。

 

「……優勝、おめでとうございます。そして…ありがとうございます」

 

 スペシャルウィークは、私に頭を下げた。

 

「お礼…?私は、あなたを負かしたのに…」

「私…分かったんです。あなた達に、嫉妬してたって。置いてけぼりされるのが、怖かったって。」

「……」

「それで、何とかして勝とうって…強くなろうって慌てて…悩んで…でも、それじゃあ駄目だって、レースには、一番大事なことがあるって、思い出せたんです」

「…一番…大事なこと…?」

「はい、それは…楽しむことです。今回のレース…最初のアラビアントレノさんは、何だか…変でした。どこか、悩んでるような…そんな感じがしました」

「うん…そっちの言うとおり」

「でも、最後のラストスパートの時は、そんな感じはしませんでした。楽しそうでした。その時に気づいたんです。躊躇いや悩みを飲み込んで、明日へのパワーにして、次のレースを楽しむために、走っていかないといけないって」

「……」

「…アラビアントレノさん、私、もっともっと強くなります。だから、約束してください。良いレースをしましょう!!」

「…うん!」

 

 私とスペシャルウィークは握手を交わした。

 

 

────────────────────

 

 

 ライブを終えた私は、控室に戻ってきた。控室では、いつものように、トレーナーが待ってくれていた。

 

「…アラ…やったな…走りきってくれるって…勝ってくれるって…信じてたぞ」

「……ありがとう、トレーナー、トレーナーが私にくれた、このメンコ…このお陰で、私は、戻ってこれた」

「そうか…本当に…良かった」

 

 トレーナーは、安堵の表情を浮かべる。でも…

 

「トレーナー…まだ、終わってない。セイユウは、私達の前に現れるはず。」

「……そうだな…」

「決着をつけよう、私達の手で、終わらせよう」

「…ああ」

 

 私がこの世界に生まれてきた理由の半分は、セイユウの願い。だけど、もう半分は私の願いだ。だから私の手で、清算しなければならない。

 

 因縁は、自分の手で断ち切る…!

 

 

 





お読みいただきありがとうございます。

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今回、アラビアントレノの視界から、鮮やかさが消えていくとありましたが、これは、人間の見る世界とは少し見える色が少ない、馬のものへと変化していったという描写となっております。

最近、執筆のペースが落ちてしまっているのですが、しっかり完結させますので、応援よろしくお願い致します。

ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第68話 理想の歯車

 

「…やっぱり、ここに飛ばされた」

 

 東京レース場からホテルへと戻った私は、寝支度を済ませて、素早くベッドへと潜り込んだ。

 

 そして…予測していた通り、この、暗い空間に飛ばされた。

 

「アラ!」

 

 後ろから、トレーナーが駆け寄ってくる。部屋は別だけど、ここまで飛ばされて来たようだ。

 

「トレーナー!ここまで…来たの?」

「ああ、念じてたら、ここまで飛ばされた。取り敢えず…行くぞ」

「……うん、トレーナー、こっち」

 

 私達は前へと、足を進めた。私はトレーナーの前に出て、先導をする。私の感覚が、どこへ行けば良いのか教えてくれているような気がするからだ。

 

 私達は、一歩一歩、歩みを進め、しばらく歩いた。すると…

 

 カッ!!

 

 まばゆい光が、私達を包んだ。

 

 来た…

 

 光が収まり、視界は戻っていく。

 

「……」

 

 先程まで、光が発せられていた場所には、鹿毛の馬体…セイユウが立っていた。

 

「……よく来たな、セイユウユーノス、人間」

 

 セイユウは、速歩で、こちらに近づく。私はトレーナーの前に立ち、両手を広げ、セイユウの目を見る。

 

「……」

 

 セイユウの動きは止まり、こちらを睨んでいる。

 

「…何故だ、なぜお前は、力を受け入れん、お前は強くなりたいのじゃろう?」

「…強くなりたいのは、本当の気持ち」

「ならば…!」

「でも!!」

 

 引き下がるものか。

 

「私の夢は、皆と、勝利の喜びを分かち合う事……もう一度言うよ、セイユウ……私が欲しいのは、あなたの執念で引き出される強さなんかじゃない、皆との絆で、引き出される強さ」

「………」

 

 セイユウと私は、一歩も譲らず、睨み合う。

 

「……セイユウ」

 

 沈黙の中、声を発したのは、トレーナーだった。

 

「お前の前に立つアラを見て、何か感じることは無いのか?」

「……フン、先祖不孝の出来損ないであるということ以外、何も感じんわい」

 

 トレーナーを見て、セイユウは私を嘲るような言葉を言う。すると、トレーナーは私の横まで歩み出た。

 

「今のアラは、夢を持って走ってる。だが、そのためには、強くなることは不可欠だ…お前が望んでる“最強の存在”だって、プロセスに過ぎん………それにアラは、自分で、悩み、考え、成長し、最強とは言えないが、強豪と呼ばれる状態になりつつある。たまにお前の力が介在したかもしれん、だが、ついていった実力は…そのほぼ百パーセントが、アラが自分で勝ち取り、身につけて行ったものだ」

「……」

「…悩み、考え、成長し、限界をたびたび越え、周りを驚愕させる力を示し、自分を取り巻くウマ娘(サラブレッド)達と渡り合い、競り勝ち、そして、家族や仲間たちと、勝利の喜びを分かち合う……アラ自身の夢、そしてお前の夢…それぞれの理想の歯車が噛み合った姿……それが、今のアラなんじゃないか?」

「……」

「…セイユウ、もう、ここらで、アラに任せる…いや、アラの夢を応援し、共に歩んでも、良いんじゃないか?」

「…黙れ!…顕彰馬という称号…甘い言葉…あらゆるもので誘っておきながら、平気で裏切る、それが人間じゃ」

「………」

 

 トレーナーは黙る。トレーナーも、色々経験して来たんだ。そうなってしまうのは、仕方がない。

 

 ここは…私が

 

 私はトレーナーの前に腕を出して、アイコンタクトを取った。

 

「…そうだね、セイユウ。確かに、人間は醜いところがある。でも、私が、ここまで来れたのは、多くの人間が応援してくれたからだよ。それは、あなたも知っているはず」

 

 私は、歩いてセイユウの所まで近寄る。

 

「……セイユウ、私は、競走馬じゃなかったけど、誘導馬として、多くのレースに触れてきた。生まれ変わった後も、私は、私なりの方法で、サラブレッドと、人間と、共に歩む道…いや、共に走る道を考えて、レースを経験してきた。その中で知ったのは、レースの怖さ、人間の身勝手さもそうだけど……人間と、私達との、絆もある。セイユウ、あなたも、昔はそうだったんじゃなかったの?人間と、深い絆で結ばれて、レースに勝っていったんじゃないの?」

「……」

 

 セイユウは、こちらを見る、私は瞳孔に映ってはいるけれど、セイユウ自身は、別の物を見ているように感じられた。

 

 トレーナーの認識が正しければ、トレーナーとセイユウは、似ている。二人は、世の中に認められなかった。そこまでは一緒だ。でも、それを受けて自分の活躍できる道を探し、見つけることができたトレーナーに対して、セイユウは周囲を恨んでしまった。 

 

 じゃあ、何故、この違いが生まれたのか……その答えは…

 

『──私…分かったんです。あなた達に、嫉妬してたって。置いてけぼりされるのが、怖かったって。』

 

 今日のレースで見えた。ありがとう、スペシャルウィーク。

 

 世の中から否定されたり、忘れ去られてゆくのは、耐え難い、怖い。そして、そこに浮かび上がる道は二つ。一つは恐れを捨て、考え方を変え、別の方向に進むこと、もう一つは、ズルズルと引きずってしまうこと。

 

「セイユウ、あなたは、怖かったんじゃないの?」

「……!」

 

 セイユウは、こちらを睨みつける。

 

「……私は、牧場にいたとき、よく、人間たちにサラブレッドに間違われてた。それで、思ってたんだ。アングロアラブ(わたしたち)は、どうして名の通った存在じゃないんだろうってね……だけど、トレーナーがあなたに見せられた光景を話してくれた。私達、アングロアラブが、どうして消えていったのかを…セイユウ、あなたは、自分たちの一族が、アングロアラブが、皆の中から、だんだんと忘れられていくのが…歴史の中で、ぽつんと置いていかれるのが、怖かったんだよね?」

「…!」

 

 セイユウは、目を見開く。恐らく図星だ。

 

「……レースのときにも伝えたように、私には私の夢がある、だから、あなたに従って、あなたと一つになることはできない。でも、私の夢は、皆と、勝利の喜びを分かち合う事……セイユウ、もちろんあなたもその一人、置いてけぼりにしない…絶対に」

「セイユウユーノス……」

「私は、あなたと喜びを分かち合うだけじゃない。しっかりと、歴史に足跡を刻めるように、走ってくる、私に強くあって欲しいという、あなたの理想とも、共に歩む。だから…観てて」

 

 私は、セイユウの目を見てそう言った。

 

「………分かった、認めよう、ワシの負けじゃ」

 

 長い沈黙の後、セイユウはそう言った。

 

「ワシはもう、貴様の邪魔はせん」

「……!」

「本当に…ワシを置いてけぼりにはしないのか?貴様を傷つけた、このワシを…」

「…もちろん、形は違ったとはいえ、あなたは、私が勝つことを、祈ってくれていたから」

「そうか…そうか…有り難い…」

 

 セイユウの目から、涙が溢れる。

 

「人間…」

「…!」

 

 セイユウは、トレーナーを見る。

 

「……ワシは、人間の行いを見てきた、それ故、人間を赦すことはできん」

「…」 

「じゃが、あの人間の友である貴様になら、我が子孫を任せる事が出来ると思っている」

「…」

「名を何という?」

「…慈鳥だ」

「…慈鳥、我が子孫を任せたぞ」

「…分かった」

 

 トレーナーは、静かに、でも、しっかりと、セイユウの言葉に答えていた。そして、セイユウは、再び、私の前に立つ。

 

「…もう、会うことはないじゃろう…じゃがお前達のことは、これからも見させてもらうぞ、成功を祈る………さらばじゃ慈鳥、そして…我が子孫………“アラビアントレノ”」

「セイユウ…ありがとう」  

 

 私はそう言い、トレーナーは頷く。

 

 セイユウの姿は段々と薄くなってゆく。それと同時に、真っ暗な空間にもひびが入り…

 

 やがて、ガラスが割れるかのように、砕け散った。

 

 

=============================

 

 

 秋の天皇賞が終わって翌日の事である。

 

「………!」

 

 スマホを持ったハッピーミークは、目を丸くした。そこには……

 

“ブロワイエ ジャパンカップに出走”

 

 の見出しがあったのだった。

 

 

────────────────────

 

 

 その翌日、シンボリルドルフは、雨の中、一人、川沿いを歩いていた。

 

(雨が振りそうだな…これだけは、濡らさないようにしなければな)

 

 彼女は鞄を気にしつつ、歩みを進める。そして、校門の前に辿り着いた。

 

「『福山トレセン学園』ここに…フェザーが…」

 

 彼女は、ある目的を帯び、福山トレセン学園までやってきたのである。

 

「受付は…こちらか…」

 

 シンボリルドルフは、案内板の指示に従い、受付まで歩く。他のウマ娘や教師とはすれ違わなかった。

 

 

 

 

「フェザー副会長、差し入れ、ありがとうございます!」

「……こうやって職務を全うしているお前たちがいるから、この学園は回っている。このぐらいは当然のことだ」

 

 受付のスペースでは、担当の生徒がエアコンボフェザーが差し入れた菓子を受け取っていた。

 

「…あれ…人…?」

 

 生徒はウマ娘の聴力で、足音を察知すると、エアコンボフェザーから視線を外し、外へと向ける。

 

「トレーニングの見学ですか?……え!?」

 

 受付の生徒は、やってきたのがシンボリルドルフであった事に驚いた。

 

「あ…あの…フ、フェザー副会長…」

「…私が応対する、仕事…しっかりと頼むぞ」

 

 エアコンボフェザーシンボリルドルフの前に歩み出る。

 

「……久しぶりだな、ルドルフ。」

「……君は…変わらないな、フェザー。」

 

 シンボリルドルフはエアコンボフェザーから傘を受け取り、福山トレセン学園の内部へと入っていった。

 

 

────────────────────

 

 

 シンボリルドルフと、エアコンボフェザーは長い長い廊下を歩いてゆく。

 

「…ありがとう、フェザー」

「…」

 

 シンボリルドルフは、エアコンボフェザーに対して礼を言う。秋の天皇賞が終わった後、彼女は福山トレセン学園に連絡をし、頼み事をした。それは、『エアコンボフェザーと話がしたい』というものであった。

 

 ポッ…ポッ…サァァァァァァァァァァ!!

 

 雨が振り始めたものの、グラウンドには、雨の中でも、少なくない数の生徒がトレーニングを行っていた。

 

「こんな雨の中でも、トレーニングをしているんだな」

「………ここには、室内のトレーニング設備が、殆どないからだ」

 

 返答を聞いたシンボリルドルフは、再びコースに目をやり、土のコースで併せをしている生徒を見つける、片方の生徒は福山トレセン学園のジャージを着ていなかった。シンボリルドルフは足を止める。

 

 

「雨天には強いはずなのに、動きが重い…彼女は何をやっている!!」

「ここのコースは砂ではなく土、雨ではぬかるみます!!彼女の蹄鉄は、砂のダート用です!!溺れているんです!!」

「溺れている…」

 

 

「あの生徒とトレーナー…片方は、ここの学園の所属ではないのか?」

「…ああ、あの二人は、他の学園から研修に来た」

「そんなことも…やっているんだな」

「ローカルシリーズが地域ごとのエンターテイメントと言うのは、過去の話だ、今のローカルシリーズは、JPNⅠからオープンに至るまで、全国交流レースを増やしている。噂話ではなく、レースで互いの実力を確かめ合う状況が生まれ、ローカルシリーズは各学園がしのぎを削りあう、戦国時代のような状態となっている。互いを好敵手として認識し、高め合う、そんな時代にな」

 

 エアコンボフェザーがそう言い、二人は再び足を進めた。

 

「……」

「……ここだ、入ってかけてくれ」

 

 エアコンボフェザーは、自らの仕事部屋の扉を開け、シンボリルドルフを招き入れた。そして、シンボリルドルフが座ったのを確認すると、自らもその対面に座る。

 

「……」

「……」

 

 袂を分かった二人の対話が、始まろうとしている。

 

 




 

お読みいただきありがとうございます。

新たにお気に入り登録、評価をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m

今回描写していた通り、史実において、セイユウはアングロアラブ唯一の顕彰馬となっています。ただし、その後のことを考えると、何だか悲しくなってしまいます。

ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第69話 共同戦線

  

  

「なぜ、ここに来た?」

 

 エアコンボフェザーは、シンボリルドルフに対し、率直な疑問をぶつける。

 

「“レースの世界は残酷だ。去る者と残る者に必ず分かれる。そして、残された者にはすることがある。それを行うことが去った者への手向けだ”……君が中央に居たときの言葉を思い出したんだ。だから…私はここに来た」

「……」

 

 エアコンボフェザーは、シンボリルドルフの目をじっと見る。彼女の耳も、動くことなく、シンボリルドルフの方に向けられている。

 

「フェザー…単刀直入に言わせてもらう。今度のジャパンカップ、私達(中央)との、共同戦線を張ってもらえないだろうか?頼む…この通りだ。」

 

 シンボリルドルフは、頭を下げた。

 

「……!」

 

 エアコンボフェザーは、驚きの表情を見せるものの、すぐに落ち着きを取り戻し…

 

「詳しく説明してもらうぞ」

 

 と言った。

 

「…共同戦線と言っても、もちろん、マークへの協力や談合と言った物ではない、トレセン学園の生徒たちのためのものだ。チャンピオンカップの開催決定以来、我々は多くのレースを見て、それに関連する多くの物事を経験して来た。それから導き出した答えは、我々はウマ娘レースというものについての見方を、見直す必要があるということだ。」

「……」

 

 エアコンボフェザーは、何も発することは無かったが、傾聴の姿勢を続けている。

 

「…私は…傲慢だった。それで、君達を苦しめた。まず、そのことについて、謝らせてほしい…」

「……」

 シンボリルドルフは、エアコンボフェザーに頭を下げる

 

「…海外で活躍できるような強いウマ娘を求める。その気持ちが膨らみ続け、やがては変質し『絶対を体現するウマ娘を作り上げる』ことを、ウマ娘レースに求めるようになり、それに私は動かされる様になっていた。スターオーの時だけではない、オグリキャップの時も、管理教育プログラムの時も、私はそれらのことに関わったウマ娘達に、絶対を体現する存在になって欲しいといった望みを…抱いていた……君は有記念の時、『世間というのはお前じゃないのか』と指摘してくれた…正しく、その通りだった。だが、それでは駄目だと気づいたんだ。このままでは、我々はウマ娘を使い潰していくだけの存在に成り果ててしまうのでは無いかと…な」

「……」

 

 シンボリルドルフの言葉を、エアコンボフェザーは頭の中でリピートしていく。そして、シンボリルドルフは再び口を開いた。

 

「……君は、そのことに気づいたから、そして、内部改革だけでは無理であると悟ったから中央を去ったんだろう?」

 

 シンボリルドルフは、申し訳無さそうな顔をして、そう聞いた。

 

「……そうだ、だが…ルドルフ、お前に聞きたい。ジャパンカップでの共同戦線の提案は、本当にウマ娘達のためを思ってのものなのか?お前の後輩である、エルコンドルパサーが負けたことに対する、リベンジを企んでいるからじゃないのか?」

「違う…!」

 

 シンボリルドルフは、静かに、気迫をもってエアコンボフェザーの言葉を否定する。

 

「今、URAでは、改革の気運が高まりつつある。しかし、URAの理事長やトップ層は、そのほとんどが保守派だ。彼女たちの意識改革を起こさない限り、次なる悲劇が起こってしまうかもしれない…それからでは…遅いんだ」

「…!」

 

 シンボリルドルフは涙を流しながらそう言う。

 

「この頼みは、URAの指揮監督とは関係無い、トレセン学園として独自の行動だ。理事長から、そちらへの親書も預かっている」

 

 シンボリルドルフは、鞄から何通かの手紙を取り出した。それは、福山トレセン学園の校長である大鷹、NUARの上層部などに宛てられたものだった。

 

「…頼む、フェザー、中央の上層部に、ウマ娘が、その出自関係なく、手を取り合い、高めあってゆく…そんな新しい、ウマ娘レースの姿を、新たな時代を!見せなければならないんだ。頼む…協力してくれないだろうか…?」

「…」

 

 シンボリルドルフは、再び頭を下げる。一方、エアコンボフェザーは、じっとそれを見つめていた。そして…

 

「……お前の決意は、分かった」

 

 と言ったのである

 

「…フェザー…!」

「ルドルフ……私は、何をすれば良い?」

 

 親書を受け取り、エアコンボフェザーは、シンボリルドルフにそう聞いた。

 

 

=============================

 

 

 セイユウとの問題が解決した…それはいい、だが、今の俺達には、やるべきことが満載だった。

 

「アラ、ビデオの研究は良いが、多少は目を休めろ、最近の根を詰めすぎだ今日はもう寮に戻るんだ」

「…そうだね」

 

 アラが見ていたのは、かなり前のジャパンカップの映像だった。この年の出走者は、この国からはオグリキャップ、タマモクロス、海外からはアメリカのミシェルマイベイビー、オベイユアマスター、イタリアのトニビアンカ、英国のムーンライトルナシー…とにかく超豪華メンバーであったということを記憶している。

 

 そんなことを思い出しながら、上に出す用の書類をまとめていると。

 

「トレーナー、領域って、どう思う?」

 

 アラは唐突に俺に聞いてきた。

 

「…レースで純粋な強さを望み、それを示したウマ娘が至るとされている領域……オグリキャップの頃より認知されてるのは、確かだな……人によって、それがどう目に映るのかは、違うらしいが……一応、お前は見たんだろう?」

「うん、帝王賞のとき、確かに見た。メイセイオペラから、閃光が出るところをね」

 

 もしかすると…アラは…

 

「……領域に至りたいと、思ってるのか?」

「…ううん、昨日、皆でサカキと電話したときに、領域の話題になっただけ。」

「…領域の話題?」

「うん、帝王賞の後、私とチハは、メイセイオペラに“私が領域へと至ることができたのは、二人のおかげだ”って言われたのは、知ってるよね?」

「もちろん」

「それで、それをかなり前に、サカキに話したんだ。サカキ、ずっとそのことが気になってて、色々と調べてたみたいなんだけど……仮説が浮かんできたって、言ってたんだ」

 

 ウマ娘の身体については、まだ、よく分かっていない事が多い。領域に関しては、その顕著な例だろう。調べるも何も、どう見えるかは個人個人で異なり、出したウマ娘の感じたことを元に、資料が作られていっているからだ。

 

「仮説?」

「うん、“領域を出すに至るウマ娘の定義が、変化して来たんじゃないか”って……自分の強さよりかは、ライバルに負けたくない、競い合いたいって気持ちが、領域に関わって来るんじゃないかって、それで、その変化に気づいたウマ娘が、領域を身につけることが、出来るんじゃないかって。」

「……!」

 

 確かに、その仮説ならば、ここ数年、領域が見られなくなったのも、納得がいく。

 

「…私は、領域を出せるのかどうかは、分からない。でも、その効果は知ってる。だから、それに対応できるように、自分の肉体を鍛え上げないといけないって思って、自主トレの量を増やしたんだ」

 

 アラの気持ちは、痛いほど理解できる…だが…

 

「無理は禁物だ、いくら身体が頑丈と言っても、故障しないわけじゃないんだ。俺たちは俺たちのペースで、レースに備えていこう」

「…うん、頭が冷えた。ありがとう、トレーナー」

 

 アラは、部屋を出ていった。

 

 サカキの仮説が本当であるとしたら。それはまさしく、新しい時代の象徴となるだろう。だが、ウマ娘やトレーナー達の反応が問題となる。“時代は変わった、オールドタイプは失せろ”と、元保守派を弾圧するような奴らが出てくる可能性は否定できない。保守派も、改革派も、トレセン学園のため、ウマ娘レースのためという行動原理は同じだった。

 

 大鷹校長から聞いた、共同戦線の話…今年のジャパンカップは、ウマ娘レースにとって、大きな意味を持つレースになるだろう。

 

 

=============================

 

 

 シンボリルドルフとエアコンボフェザーの対話から数日後、中央トレセン学園では、生徒集会が行われていた。

 

『皆、よく集まってくれた。我々生徒会は、昨今の情勢を鑑みて、ウマ娘達の指導役として、NUARと交渉し、短期間だが、指導役となるウマ娘を派遣して貰った。紹介しよう、エアコンボフェザーだ』

 

 シンボリルドルフに名前を呼ばれ、エアコンボフェザーは登壇する。生徒たち…特に、高等部の生徒たちはざわつく。エアコンボフェザーは、他の地方のウマ娘達の理解を得て、外部講師としてトレセン学園に戻って来たのである。

 

『…福山トレセン学園、生徒会副会長の、エアコンボフェザーだ。私を見て、色々と思うことはある生徒も、少なくない筈だ。だが、私は日本のウマ娘レースを、世界に羽ばたかせるに相応しいものとするため、ここに戻ってきた、短い間だが、よろしく頼む』

 

 エアコンボフェザーは、生徒たちに向かってそう挨拶をし、再びシンボリルドルフにマイクを手渡す。

 

『…彼女の件、色々と疑問を持っている生徒も、少なくないだろう。だが、聞いてほしい、我々は、変わらなければいけないんだ。皆に、AUチャンピオンカップの理念を、思い出してほしい。それは、日本のウマ娘レースに、新たな風を吹き込むというものだ。地方はその理念に則り、変わりつつある。例を上げるとすれば、小柄なウマ娘が不利という、ステレオタイプでさえ、あちらは打ち砕いて見せた。それは、今までのレースで、皆も感じてきた事だろう。だが、URAの上層部は、絶対を体現するウマ娘を作り上げることを優先し、悲劇や混乱を招いてきた。そして…私は皆に、謝りたい、私も、ついこの前までは、そちら側だった。だが、様々なウマ娘が、レースを通じ、様々なことを考え、成長していくのを見て、それは間違いであったと理解したんだ。だから皆…URAを変えるため、AUチャンピオンカップを成功させるため、もう少し力を貸してもらいたい。頼む…』

 

 シンボリルドルフは、頭を下げる。彼女は普段、謝罪の意味で、頭を下げるような状況に陥ることはない。そしてこの行動は、生徒たちに現状の理解をさせるには、十分な行動であった。生徒たちは、争っている場合ではないと思い始めた。

 

「ボクは…ボクはカイチョーを信じるよ!!」

 

 トウカイテイオーが、まっさきに声を上げる。

 

「皇帝サマと彗星サンの名コンビが復活か、最近、どうもつまらない日々が続くと思ってたが、粋なことしてくれるじゃねぇか、しょうがねぇ、ノッてやるよ、皇帝サマ、お前だけにいい思いはさせないぞ?」

 

 シリウスシンボリも、賛同の意を示す。

 

「テイオー、シリウス…」

 

「やりましょう!!」

「私も協力します!!」

 

 様々な所から声が上がり、シンボリルドルフは生徒らからの賛同を得ることに成功したのだった。

 

「…さて、これから忙しくなるな、たづな」

「はい、理事長」

「母上と対立してでも、私はやるぞ…ついてきてくれるか?」

「もちろんです」

 

 壇上の影からは、やよいとたづながその様子を見守り、決意を固めていた。

 

 

────────────────────

 

 

 それから数日後、シンボリルドルフはURAの本部に召喚されていた。

 

「なぜ、私はここに呼ばれたのですか?臨時予算等の申請は、行っていないはずですが?」

「とぼけないで、ルドルフ」

 

 URAの理事長は、一枚の写真を、シンボリルドルフに見せる。

 

「これは、学園を訪れた幹部の一人が撮影したもの…どういうことかしら?」

 

 その写真に写っていたのは、青いジャージを着てウマ娘達を指導する、エアコンボフェザーであった。

 

「外部講師の写真ですね、それがどうかしたのですか?」

「なぜ、あのウマ娘に再びトレセン学園の土を踏ませたの?」

 

 理事長は、鋭い目で指摘する。

 

「そうですか、私は、彼女については、トレセン学園の運営規則に書いてある、外部講師の対象外となる者にはならないと判断し、来てもらったのです。その判断に、何か問題がありますか?」

「…“出奔し、地方の所属と成り下がった生徒に、指導を仰ぐ”このような行為が世に知れ渡れば、URAの品格を損ね、その権威そのものが瓦解しかねない、それを分かっての行為なの?」

 

 シンボリルドルフの返答に対し、理事長はそれを咎めるような反応を示す。そして、それに対し、シンボリルドルフは、目を鋭くし…

 

「……理事長…URAにとって、最も大事なものとは、何ですか?スポンサーへの配慮でしょうか?功績でしょうか?品格や面子でしょうか?それとも…絶対を体現するウマ娘を、作り上げることですか?私はこれら全てを、断じて否であると思っています」

「………」

「…理事長、URAに必要なのは、常識や歴史に囚われず、時代の変化に対応してゆくことができる柔軟性、そして、傲慢さを捨て去るといったことです。それを“品格を損なうから”や“面子が潰れると”いったナンセンスな考えで、否定してしまうのであれば、それはあまりにも愚蒙な考えであると、私は思います」

 

 シンボリルドルフは、理事長が、“諮問委員会の委員長”であった時を思い出しつつ、そう言った。そして、更に続ける。

 

「…そして、柔軟性を生徒に示していくものとして、トレセン学園の生徒会長として、私は、彼女との協力を続け、ライバルとして、地方のやり方を、学ばせて頂こうかと思っています」

 

 そう言うと、シンボリルドルフは、頭を下げ、退出しようとする。

 

「……ルドルフ、考えを変える気はないの?」

「…私が言える立場ではありませんが、その言葉、そっくりそのまま、貴女方に、お返ししたいものです。……一度立ち止まる、それだけで、色々と見えるものがあります。」

 

 シンボリルドルフは、礼をして、理事長室を出ていった。

 

 

────────────────────

 

 一方トレセン学園では、エアコンボフェザーがスペシャルウィークにトレーニングをつけ、指導を行っていた。

 

「フェザーさん、さっきの私の併せ、どうでしたか?」

「スペシャルウィーク、お前はG1ウマ娘だろう?」

「は、はい…」

「ならばもっと大局的にレースを見ろ、今年のジャパンカップは、去年と比べ物にならないぞ、二手三手先を読むような思考を常にできるような余裕を持って置かなければ、ブロワイエにも、アラにも勝つことは出来ないぞ。」

「はい!!」

「お前のレース運びに余裕が出来たら、新しいテクニックを教える。全国の地方トレセンで使われている。ピッチとストライドを変化させるテクニックをな」

「分かりました!!」

 

 エアコンボフェザーは、未所属のウマ娘達のトレーニングだけでなく、ジャパンカップへの出走を予定しているウマ娘の中の希望者に対しても、トレーニングをつけていた。スペシャルウィークも、その一人であった。

 

「フェザー」

「シービー、どうした?」

「理事長さんが呼んでるよ」

「…分かった、すぐ行く、代わってくれ、シービー」

「合点承知」

 

 エアコンボフェザーは、理事長室へと走っていった。

 

 

────────────────────

 

 

「よく来てくれたな、エアコンボフェザー」

「失礼します」

 

 理事長室では、URA本部から戻ってきたシンボリルドルフがおり、やよいの前に立っていた隣にはたづなが控えている。やよいに促され二人は席へと座る。

 

「先ほど、母上から電話があった。」

「しわす元理事長から…ですか」

「それで、どうなったのですか?」

「…まず、我々の独自行動に関しては、かなりのお叱りを受けたと言っておく、理由も詰問された。ただ、たづなが私とともに説得に当たってくれたお陰で、外部講師の件は渋々であるが了承してもらえた」

「ありがとうございます」

「エアコンボフェザー、私は君の事については、よく分からない、だが、生徒によれば、ルドルフとは名コンビだったようだな」

「…はい」

「……まだ、複雑な気持ちであるというのは、重々承知だ。だが…私は君を、いや、君たちを信じている。不自由なこと、疑問に思うこと、何でも打ち明けてくれ。君の古巣の主として、しっかりとした対応を約束する」 

「…ご配慮、感謝いたします」

 

 やよいに礼を言い、エアコンボフェザーとシンボリルドルフは理事長室を後にした。

 

「…フェザー、何日か指導をしてみて、どう思った?君の率直な意見を聞きたい。」

 

 シンボリルドルフは、歩きながら、エアコンボフェザーに今の中央の現状について問う。

 

「素質があるウマ娘が揃っているのは、変わらないな……ただし、それをトレーニングする指揮力や統制力が、著しく減少している」

「…そうか、ありがとう、これを回復させるのは…長い道のりとなりそうだな……だが、人材は揃っている。君達からは、もっといろいろな事を、学ばなければならないと言うことだな」

 

 シンボリルドルフは、行き詰まりかけていたトレセン学園のこれからに、僅かな希望を見出したのであった。

 

 

=============================

 

 

 ジャパンカップの日は、段々と近づいている。つい先日は、ブロワイエが日本に来て、最終調整に入ったとの情報が入ってきた。

 

1レーヴェヒル

2アラビアントレノ福山

3アンブローズモア中央

4ロールアンクシャス中央

5カールグスタフ中央

6ラスカルスズカ中央

7ウィンダムジェナス

8ナリタラーグスタ中央

9グラスサダラーンサガ

10キンイロリョテイ中央

11ラブフロムフルーツ

12ハイライジング

13スペシャルウィーク中央

14ブロワイエ

15ボルジャーノン

 

 今回の出走ウマ娘の総数は15人と、秋の天皇賞より少ない。だが、ブロワイエを始めとした海外勢、そして、中央はエアコンボフェザーが出向、指導をしている。つまり、個々の質はこの前よりも上と言える。

 

 特に秋の天皇賞でぶつかったスペは、迷いを捨て、強くなっている。だが、こちらも負けては居られない。

 

 勝利の喜びを分かち合うという、アラの夢を、叶えるためにも。

 

 

 





お読みいただきありがとうございます。

描写はされていないのですが、エアコンボフェザーとシンボリルドルフが対話をしている際、エコーペルセウスは学園内には居ません。会議に出ていると補完していて頂けますと幸いです。

新たにお気に入り登録、評価をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m心より、感謝申し上げます。

次回はジャパンカップです。よろしくお願い致します。

ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第70話 一歩

 



 

 

「いろいろあって、あたししか来れなかったけど、あたしの応援は福山トレセン学園全員分の声として、アラに届くはずだから…好きなだけ暴れて来て、アラ」

「…うん、ありがとう、ハリアー」

 

 ハリアーは私に勝負服のコートを被せる。

 

「ブロワイエは強い、ワタシはこの目でそれを見た、でも、アナタはあの人と張り合える強さを持っている、応援してるわ、アラ」

 

 アメリさんは、わざわざ応援に駆けつけてくれた。電話でも、ブロワイエの走りについて、色々と教えてくれた。

 

 「時間はちょっと早いけど、パドックに上がるよ…二人共…行ってきます」

 

 全ての準備を終えた私は、ドアに手をかける。

 

キィ…

 

「うぉぉっ!?」

「きゃっ!?」

「わわっ!?」

 

 すると、3人のウマ娘が、倒れ込んできた。

 

「サトミマフムト、キョクジツクリークさん、サカキ!?」

 

 私が3人の名前を呼ぶと、3人は起き上がる。

 

「どうしてここに…?」

「何って…応援だよ、応援!」

「大事なライバルの晴れ舞台ですから」

「居ても立っても居られなくて」

 

 3人がそう言うのと同時に、ハリアー、アメリさんが出てくる。

 

「ふふっ、良かったじゃない、ワタシは先に上がっておくわ、頑張ってね、アラ、Adios amigo!」

 

 アメリさんは、手を振り、観客席の方へと歩いていった。私は、4人の方へと向き直る。

 

「…ありがとう、応援に来てくれて」

「礼を言うのは私達の方です」

「アラビアントレノ、お前がいなけりゃ、アタシは強くなれなかった」

「…あたしも同意見、アラ…今回のレースは、強敵の中に、一人飛び込む形になる。でも…あたし達は、アラの勝ちを信じてるから」

「私も!!」

 

 4人は、私を見る。思えば、私が強くなるのには、ライバルが不可欠だった。この4人だけじゃない、福山の皆、フジマサマーチ、ミーク達、タマモクロス、オグリキャップ…そんなライバルがいたから…

 

「…皆…ありがとう、行ってくる…!」

 

 私は、ここまで来ることが出来た。

 

 

=============================

 

 

 一方、スペシャルウィークの控室前では、エアコンボフェザー、マルゼンスキー、そして同期の4人とハルウララが、スペシャルウィークを見送っていた。

 

「それじゃあ、行ってくるね!!」

 

 ガッ!

 

「危ない…!」

 

 パドックへと向かおうとしたスペシャルウィークは、自らの脚に躓いて、盛大に転びかけた、しかし、エアコンボフェザーが腕を掴み、彼女は転ばずに済んだ。

 

「スペシャルウィーク、固くなりすぎだ」

 

 エアコンボフェザーはスペシャルウィークを元の体勢に戻しながら、そう言う。

 

「…スペシャルウィーク、ブロワイエは確かに強い、他の出走ウマ娘達もな。鯨のように強大な相手だ。だが、彼女たちがシロナガスなら、スペシャルウィーク、お前はシャチだ。どんな獲物にも食い付いていける柔軟性をお前は手に入れた、思う存分戦って…楽しんで来い。」

「…分かりました!!じゃあ…皆…行ってくるね!!」

 

 スペシャルウィークは歩いて、パドックへと向かっていった。

 

「頑張ってほしいですね」

「そうだね!」

「大丈夫かなぁ…」

「ブロワイエは強敵、今日も堂々の一番人気、ですけど…私はスペちゃんを信じマス」

「私達もスペシャルウィークさんも、やるべきことは全てやったわ、今できることは、その成果を信じることだけよ」

 

 グラスワンダー達は、スペシャルウィークの勝利を祈る。その間に、マルゼンスキーとエアコンボフェザーは少し離れた所に移動し、壁に寄りかかっていた。

 

「…良いわね、同期って」

「…ああ、良いな…」

 

 二人は、自分たちがトゥインクルシリーズで走っていた頃の事を思い出していた。

 

 

────────────────────

 

 

 ゲートの前に移動したスペシャルウィークは、アラビアントレノと、視線を交わす。

 

「……」

「……」

 

 二人は、言葉を交わす事なく別れた。だが、良いレースをしたいという気持ちは、同じであった。

 

「ブロワイエさん、ボンジュール」

 

 スペシャルウィークはブロワイエに声をかける。

 

こんにちは、お嬢さん

 

 ブロワイエはそう言って、スペシャルウィークに近づき、頬にキスをし…

 

ただの挨拶さ

 

 と言った。スペシャルウィークは、それに対し…

 

La victoire est à moi!!(調子に乗んな)

 

 と返す。ブロワイエは一瞬驚いたものの、挑戦と受け取り、スペシャルウィークと握手をした。そして、アラビアントレノと挨拶をし終えた他の二人の海外のウマ娘にも、同様の挨拶をしていった。

 

(…集中…集中…)

 

 一方、アラビアントレノは、一足先に、ゲートに入っていた。

 

 

────────────────────

 

 

『ジャパンカップ、いよいよスタートです!!』

 

 実況の声を合図に、ウマ娘達はスタート体制を取る。

 

「「We'll crush you!!(あんたは潰す!!)」」

 

 先程スペシャルウィークに挨拶をされた二人の海外ウマ娘は、スペシャルウィークを睨み、そう宣言した。

 

ガッコン!!

 

『スタートしました!!ウィンダムジェナス

、好スタート。内からはやはりアンブローズモアが飛ばします。』

 

(よし…ブロワイエの後ろに)

 

 アラビアントレノは、素早くブロワイエの後ろへと入り込む。

 

『スタンド前をウマ娘達がアンブローズモアを先頭にして通過していきます。ウィンダムジェナスは2番手、緩いペースで3番手はロールアンクシャス。4番手に内からレーヴェヒル、外からはキンイロリョテイ、間にカールグスタフと続きまして、その後ろからはハイライジング、内をゆくラブフロムフルーツ、間をぬってボルジャーノン、ラスカルスズカ、内からはナリタラーグスタ、そしてスペシャルウィーク、ブロワイエはアラビアントレノの前方で後方から3人目、殿はグラスサダラーンです』

 

 

「後ろには…“サガの女傑”、前には、“欧州の覇者”と“日本総大将”…か…」

 

 スタンド前を駆け抜けるウマ娘達を見ながら、サトミマフムトはそう呟く。

 

「アラビアントレノさんは小柄、前にも壁、後ろにも壁……一般的な見方をするのであれば、アレは抜け出し辛いですね」

 

 キョクジツクリークは、アラビアントレノの周りの状況を確認し、意見を述べる。

 

「でも!アラちゃんならきっと抜け出せるよ!!」

 

 サカキムルマンスクは、アラビアントレノの実力を最も理解している一人である。それ故、アラビアントレノが抜け出せると信じていた。

 

「でも、そのタイミングが問題、最後の急坂だと、多分グラスサダラーンの動きと被るから、ラインが乱れてスペシャルウィークに追いつけない。でも早すぎると、それはアラの脚質に合わない走りをすることになって、体力を浪費する。アラはベストポジションに付いてるけど、同時に状況は難しいものになってる」

 

 エアコンボハリアーは、この四人の中では、最も正確にアラビアントレノの置かれた状況を理解していた。アラビアントレノが末脚を発揮するべきタイミングは、かなりシビアなものになっていたのである。

 

 

「スペシャルウィークは、ブロワイエに完璧にマークされている。あそこまでの執拗なマークでは、追われる側の精神状態はかなり追い込まれるはず」

「それは、承知しています」

 

 一方、特等席では、シンボリルドルフとURA理事長が並んで座っていた。

 

「スペシャルウィークよりもわずかにスタミナで勝るエルコンドルパサーが耐えきれなかった、ブロワイエのあの追撃、スペシャルウィークが…貴女のやった共同戦線が耐えきれるのかは、疑問が浮かぶわね」

 

 理事長は、自分の経験則から出てくる意見を、淡々と述べていく。

 

「……」

 

 シンボリルドルフは、忍耐の表情を浮かべ、ターフを見つめた。

 

 

────────────────────

 

 

『各ウマ娘、第1コーナーを回ります。』

 

(後ろには、グラスサダラーン、前にはブロワイエとスペシャルウィーク……タイミングが難し過ぎる……ブロワイエが大柄だから、内を通っていくのはリスクが大きすぎる、察知されて塞がれる可能性が高い。ぶつけるわけにもいかないし)

 

 アラビアントレノは、エアコンボハリアーの感じていた通り、仕掛けるタイミングについて悩んでいた。

 

(…抜け出すなら、外寄りから行くしかない。でも、遅すぎたら、後ろのグラスサダラーンが飛んできて、競り合うか、進路が潰されるか。かと言って、仕掛けが早すぎたら、ロングスパートに慣れてると言っても、風の抵抗やら坂道やらで、成功確率は低くなる。)

 

 彼女は仕掛けどころについて考えながら、コーナーを駆け抜けていった。

 

 

 

『2コーナーに入りまして、先頭はアンブローズモア、1バ身リード、続いてロールアンクシャス、3番手には外からはウィンダムジェナス、1バ身差でレーヴェヒルが4番手、5番手はキンイロリョテイ、向正面はもうすぐだ、中段、カールグスタフ、外にはハイライジングがつけて、更に外からラブフロムフルーツ、あるいは内からはラスカルスズカ、それを見るようにナリタラーグスタ、ボルジャーノンは少し抑え気味、後方3番手スペシャルウィーク、それをマークして追走するのはブロワイエ、そしてアラビアントレノ、殿変わらずグラスサダラーンといった状況で、向正面を進んでいます。』

 

 

=============================

 

 

 色々考えてみたけれど…ロングスパートが最善策だ。ジリジリ上げて、最後まで持たせる。

 

 でも…ここからやったとしてスタミナが、持つかどうかは未知数、体力は限界になる。

 

 私は領域まで至ってない……じゃあ…どうすれば良い…?

 

 領域の特徴は、超集中状態で周囲の音が聞こえなくなって、脚に全ての力を回せること。だから限界を超えられる。

 

 周囲の音を絶つ………なら…!!

 

 これで…!!

 

 

=============================

 

 

『アラビアントレノ、少しずつ上げていく!!』

 

(周りの音が、聞こえにくくなった……真似事だけど…紛い物だけど……これで…!!)

 

「莫迦!!」

「早すぎる!!」

「慌ててはいけません!!」

「いや…大丈夫…だって、アラちゃんは…」

 

 サカキムルマンスクは気づいていた。

 

「領域を再現してるんだもの」

 

 サカキムルマンスクは、アラビアントレノの頭を見る。

 

「領域を…」

「再現…?」

「アラちゃんは…耳を限界まで絞ってる。つまり、音がなるべく聞こえないように…」

 

 ウマ娘は、感情が耳に出る生物である。怒りの状態になったときは、自然と耳が後ろに絞られ、髪と一体化したような状態となる。アラビアントレノは耳を自力で動かして行い、耳を塞いだような状態を作ることで、擬似的な領域を作り出していた。これは、前の世界で、そしてこの世界で…違う形でとはいえ、長い年月走ってきた彼女の経験則から生み出された小技であった。

 

 

 

「メチャクチャよ…あんなデタラメな戦法は…」

「いや…あれでいいんです。」

 

 別の場所で観戦していたシンボリルドルフは、アラビアントレノの戦法に疑問を呈した理事長に対し、反論した。

 

「ルドルフ…?」

「彼女たちは、傍から見るとデタラメとしか思えない何かを繰り返し、強さを手に入れました。今までの我々は、それを見て混乱するばかりでしたが…今の我々は違います。そういった技を受け入れ、認め…強くなります。」

「……」

 

 シンボリルドルフは、スペシャルウィークを見ながらそう言った。

 

 

 

(…アラビアントレノさん、そんな技を…?)

 

 スペシャルウィークは、アラビアントレノの技を見て、一瞬驚いた。だが…

 

(ここで思考をやめちゃダメ…フェザーさんが言ってた、柔軟性…柔軟性…)

 

 スペシャルウィークは、頭を冷やして一旦アラビアントレノから目を離し、ブロワイエの動きと自分の位置を確認する。

 

(ブロワイエさんは……少し距離を離してる、多分、アラビアントレノさんの方に、注意がそれたんだ。私の位置は…ちょうどいい…なら…ここで!!)

 

『ここでスペシャルウィークが仕掛けたぞ!!』

 

 そして、ピッチとストライドを変化させ、仕掛けたのだった。

 

(…ッ、スキを突かれたか、だが…ここで仕掛けるのは、想定の範囲内だ)

 

 ブロワイエはスペシャルウィークを追い、自らもペースを上げる。

 

『続いてブロワイエも上がっていく!!』

 

(…来たね、スペシャルウィーク)

 

 アラビアントレノはロングスパートをかけつつも、スペシャルウィークが自分との距離を詰めて来るのを確認していた。 

 

『第3コーナー!アラビアントレノ、スペシャルウィークは中団まで上げてきた、しかしブロワイエも迫ってきている、大欅はすぐそこだ!』

 

(スペシャルウィークだけじゃなく、ブロワイエも…どちらもここからの末脚が脅威だ、でも…)

 

 アラビアントレノは、十分な脚を残せていた。耳を絞ることによる、風が当たる面積の変化が、疲労の蓄積を少しであるが減少させていたのである。高速で走るウマ娘にとって、それは大きな意味を持っていた。

 

『4コーナーカーブ、アラビアントレノが外から攻めてくる、アンブローズモア先頭でリードは4バ身の差、残り600を切りました!後続一斉に広がりますが、2番手はレーヴェヒル、大外となりましたキンイロリョテイ……』

 

「ッ…!!」

 

 アラビアントレノからは少しずつではあるものの離され、ブロワイエからは距離を詰められ、スペシャルウィークは絶体絶命の状況に陥っていた。

 

(…負けたくないのに…負けたくないのに…アラビアントレノさんに強くなるって約束したのに…脚が…重い…)

 

 ブロワイエのマークの技術は、エルコンドルパサーの体力を削りきったほどである。

 

(グラスちゃん…セイちゃん…エルちゃん…キングちゃん………それに…スズカさん……ライバル…応援してくれる皆のためにも…負けたくないのに…!!)

 

 エアコンボフェザーの指導で強くなったとはいえ、スペシャルウィークもかなりの消耗を強いられていた。

 

 つまり、スペシャルウィークは、限界だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スペちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

 最大のライバル(サイレンススズカ)の声が、スペシャルウィークの脳内を駆け巡った。

 

(……私は、日本一になるためにも……一緒に走ってる、皆のためにも……二人のお母ちゃんのためにも……)

 

 スペシャルウィークは、前を向く。

 

(私は…私は………)

 

 

「負けられないんだあァァァァァァァァァァッ!!!」

 

 スペシャルウィークの身体から、白い閃光が発せられた。

 

『外からスペシャルウィークがやって来た!アラビアントレノに迫る!!坂を登りきった!!』

 

(スペシャルウィーク、領域を…!?でも…!!)

 

『スペシャルウィークとアラビアントレノ、二人で競り合っている!!』

 

「クッ…!」

 

 ブロワイエは、スペシャルウィークに突き放された。

 

『スペシャルウィークとアラビアントレノ、競り合っている!!ハイライジング、上がってきている!しかし二人との差は縮まらない!!』

 

「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

(………!!)

 

 その時、スペシャルウィークは、アラビアントレノより、一歩前に出た。

 

 ゴールまで、あと、10数メートルの地点であった。

 

『スペシャルウィークだ!!スペシャルウィーク、勝ちました!!』

 

 閃光を伴い、スペシャルウィークは、ゴールへと飛び込んだのであった。

 

 

=============================

 

 

 スペシャルウィークは、領域を出した。つまり、限界を超えた。

 

 それに私は、負けてしまった。

 

 悔しさが、こみ上げてくる…

 

「アラビアントレノさん!」

 

 スペシャルウィークが、私に声をかける。

 

「今日は…ありがとうございました!」

「スペシャルウィーク…今日は凄かった…おめでとう」

「ありがとうございます…でも、今日、私が身につけることが出来た領域…おそらく、あなたや皆なしだと、行くことができないステージでした。だから私は、もっとそんなレースがしたいです、あなたたちとレースを楽しんで、お母ちゃん達や皆を、喜ばせることができる、そんなレースを…だから、改めて約束してください!!」

 

 スペシャルウィークは、こちらに手を差し出す。私はその手を取る。

 

「…ありがとう、スペシャルウィーク。約束する。でも…次は勝つ。」

「望むところです!!」

 

 観客が、みんなが、握手をした私達を見守ってくれていた。

 

 

────────────────────

 

 

 スペシャルウィーク達と別れ、私は控室に戻った。控室には、トレーナーとアメリさん、そして、私を送ってくれた4人が待っていた。

 

「…惜しかったな、アラ…でも…よく頑張った、本当に、よく頑張った…」

「……大丈夫だよ、トレーナー」

 

 私が笑顔を作ってトレーナーにそう言うと、サカキが、私の前に立つ。

 

「アラちゃん…悔しかったら、泣いても良いんだよ?」

 

 そう言ってサカキは、腕を広げる。それと同時に、ダムが決壊したかのように、涙が溢れていた。

 

「…トレーナー、皆、ごめん…私……ほんとは…ほんとは…勝ち…たかった…ううっ…!」

 

 私はサカキにすがりつき、泣いた。ひたすら泣いた。

 

「…良いんだ、まだまだ勝負がついたってわけじゃない。次の機会に、勝てば良い。」

 

 トレーナーは私の肩を叩き、そう言った。トレーナーの声も、震えていた。

 

 

=============================

 

 

 ウイニングライブの時刻になり、シンボリルドルフは、理事長と共にライブを見ていた。

 

『You're lookin' for how they live 立ち止まるだけでいい  You're searchin' for you should be 何かを見つけるため…』

 

 ワァァァァァァァァァァ!!

 

 歓声が鳴り止まない中、シンボリルドルフは口を開く。

 

「理事長、理解していただけましたでしょうか?」

「…ええ、私達の負けよ。私達が作り上げようと、促そうとしなくても、ウマ娘達は互いをライバルとして走っていき、お互いに高め合う。当たり前のことのはずなのに、見えていなかったわ」

「それは…私も同じでした」

「今日のレースを見て、確信したわ…新しい時代が、やって来たと。変化を恐れず、対応する。私達も…変わらなければならないということね…」

「理解していただけると、信じていました」

 

 ほんの少しばかりのパワーバランスの変化がもたらした、一連の騒動、それはこのジャパンカップをもって、終結を見ることとなる。

 

 日本のウマ娘レースが、新しい時代を切り拓くべく、一歩を踏み出した瞬間だった。

 

 





お読みいただきありがとうございます。

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先日、評価が赤になったのと、評価ポイントが1000を超えました。拙作を読んでいただいている皆様に対し、深く感謝申し上げます。完結目指して頑張って参りますので、よろしくお願い申し上げます。

ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第71話 新たな決意

 

 ジャパンカップから、数日後、AUチャンピオンカップの出場メンバーが発表された。アラは長距離部門を選び、無事に、出場選手となったのだった。

 

 そして、その翌日、アラは俺にあることを言った。

 

「…有記念に出ない?」

「うん、ジャパンカップでのスペシャルウィークの走りはもの凄かった、それに、領域だって、出してみせた。今の私だと…勝てないと思う。」

「…」

「私は、チャンピオンカップで勝ちたい、優勝して、家族と、トレーナーと、皆と、それに、セイユウとも、勝利の喜びを分かち合いたい、だから、もっと私を鍛えて、強くして」

 

 アラは真っ直ぐ、俺の目を見ていた。

 

 

────────────────────

 

 

「…なるほど、事情は分かりました。確かに、高地トレーニングならば、身体能力の限界を、更に伸ばすことができる、その一方で、能力の上昇に、身体がついていけなくなるリスクもある…ですが、君ならば心配いらないでしょう」

 

 大鷹校長は、頷きつつ、そう言った。

 

俺達レーサーが車のパフォーマンスを向上させるために行うことは様々だ。その一つとして、「ボアアップ」という言葉がある。これは、エンジンのシリンダーを拡張し、馬力や冷却性能を高めるものだ。ウマ娘のトレーニングに当てはまるのならばどうだろうかと俺は考え、パフォーマンスを高めるために使われている高地トレーニングという結論に至ったというわけだ。しかし、パフォーマンスを向上させるということは、当然身体への負担も大きくなる。それ故、俺は大鷹校長に相談したのだった。

 

「高地トレーニングの場所は決めていますか?」

「いえ、いくらか候補地は選んだのですが…」

「ならば、シュンラン君の力をお借りしましょう、彼女ならば力となってくれるはずです」

「分かりました」

「それと、普段よりも細かく、アラ君の状態に気をつけてください」

「はい」

「それから―」

 

 こうして、俺は大鷹校長から有益な助言を数多くもらい、高地トレーニングへの準備を進めていった。

 

 

=============================

 

 

「…アラ…」

 

 アラビアントレノが有記念に出ないという情報は、稲妻のように全国をかけめぐった。

 

「ミーク、アラさんと慈鳥トレーナーのことです。きっと、ジャパンカップの時よりも、大幅なパワーアップをして、戻ってきます。だから、私たちも示しましょう、有記念で、ライバルここにありと」

 

 桐生院は残念そうな顔をするハッピーミークに、そう諭す。

 

「うん…そうだね…トレーナー、私…頑張ります」

「その意気です!」

 

 チームメイサの士気は、最高潮に達していた。

 

 

 一方、別の場所では…

 

「スペー!もっと縮められるはずだ!もう一本!」

「はい!」

 

 スペシャルウィークは気合いを入れて、坂路を駆け上がる。もちろん、彼女だけではない。

 

「キング、ここで力が入りすぎだ、ここはもう少し肩の力を抜いて見てくれ」

「ええ!分かったわ!」

 

「グラス、仕掛けのタイミングを、あと一秒早めにすることはできるか?」

「やって見せます」

 

「このバ場で、ベルさんの体重の場合は…こういうコーナリングのほうが適しているかもしれません」

「試しましょう!」

 

「タマ、久しぶりに模擬レースをやってみないか?」

「おっ!?それは、ウチにコテンパンにされてもええってことやな?」

「いや、私が勝つ」

 

「ビーちゃん、その調子よ、この調子で行けば、新しい戦法を身につける事が出来るはずよ。サカキちゃんは、どう思う?」

「天候に左右されないかどうかが気になります。明日は雨の予報ですから、明日も同じことをやりましょう」

「オッケー、雨に負けないぐらいの勢いで、走らないとね」

 

トレセン学園の生徒達はそれぞれの目標を胸に、トレーニングに明け暮れていた。それぞれ、改革派であったか、保守派であったかは関係なく、お互いにライバルとして認め合い、高めあっている。学園に、あるべき姿が、戻ってきたのである。

 

 

────────────────────

 

 

「学園の空気、良くなったわね」

「あぁ…これならば、無事にAUチャンピオンカップを迎えることが出来そうだ」

 

 生徒達を見て、シンボリルドルフとマルゼンスキーは安堵する

 

「ねぇ、ルドルフ、もし、私たちが、URAが変わろうとしなかったら、フェザーは、どうするつもりだったのかしら?」

「そのことに関しては、私も同じ質問をフェザーにしたよ、どんな答えが返って来たと思う?」

「…インパクトのあることを、考えてそうね」

「概ね正解だ…もし、私たち中央の問題が解決しなければ、フェザーはライブ配信でURAやトレセン学園の内情を公表するつもりだったらしい」

「それ…"ある日突然隕石が落ちて来る"ようなレベルよ、でも…そうなれば…」

「ああ、多くの人々から彼女は恨まれるだろうな…だが、私たちは傲慢の果てに、そうせざるを得ない状況にまで至っていたんだ」

 

 シンボリルドルフとマルゼンスキーは改めて、自分たちの傲慢さを感じる。

 

「フェザーには、感謝してもしきれない、彼女達が日本のウマ娘レースを変えたいと願い、行動してくれたお陰で、今のトレセン学園が、私たちがあるのだから」

「…そうね、AUチャンピオンカップ、絶対に成功させましょう」

 

 マルゼンスキーがそう言うのと同時に、生徒会室の扉を開け、エアグルーヴが入って来る。

 

「失礼いたします、各地方トレセン学園の情報のリスト、まとめ終えました」

「ありがとう、エアグルーヴ」

「いえ、副会長としては、当然のこと。では、私はトレーニングに行って参ります」

「ああ、気を付けてくれ」

 

 エアグルーヴはトレーニングへと向かっていった。シンボリルドルフとマルゼンスキーは、情報のリストに目を通していく。

 

「…こう見ていくと、各学園に、指導専門のウマ娘がいるのね」

「ああ、それについては、こちらでも導入した。ゼークアインスやオンワードカラバが中心となって、大所帯のチームを中心に、生徒達のサポートにあたって貰っている」

「校訓も、イロイロとあるのね」

「金沢の校訓は“蝶のように舞い 蜂のように刺す”か…そして、選抜チームの名前は“ヴェスパ”、スズメバチという意味だな」

「浦和は“臥薪嘗胆”のようね、オスマンクロウって娘が中心となって、生徒を鍛え上げているみたいよ」

「優秀なウマ娘に異名をつけ、士気の向上を図る学園もあるようだな、他の学園も、様々な工夫を凝らし、生徒の育成に励んでいるということだ。私たちも、こうしてはいられないな」

「そうね、行きましょうか」

 

 シンボリルドルフとマルゼンスキーは、生徒達の指導を行うべく、生徒会室を出ていった。

 

 

────────────────────

 

 

「終了ッ!これで配信体制の構築は出来た!」

「お疲れ様です」

 

 理事長室では、やよいがレース映像を配信する団体との調整を終え、一息ついていた。

 

「これで、全国の人々がどの部門のレースでも見ることが可能になりましたね」

「うむっ!たづな、一つ名案を思いついた」

「何でしょうか?」

「ここ、トレセン学園でも中継を見ることが出来るようにすれば良いのではないだろうか?」

「確かに、いいアイデアですね。」

「いや、待てよ…地方のトレセン学園でも、同様のことが出来ないか、確かめてみようじゃないか」

「各学園で設備の違いはありますから…難しいのではないでしょうか?ですが、やってみなければ分かりませんね、話だけでも、聞いてもらいましょう」

「うむ!」

 

 AUチャンピオンカップを成功させるという“新たな決意”を胸に再び一つとなった中央は、ウマ娘、トレーナー、職員が一丸となり、新しい時代を作り上げる準備を進めていた。そして…

 

 

────────────────────

 

(グラスちゃん)

(スぺちゃん)

((絶対に、勝つ!!))

 

 ガラス色の雪が降る中山レース場、スペシャルウィークとグラスワンダーは、激しい競り合いを繰り広げる。それはまるで、二つの炎が燃え上がっているかのようであった。そして、そんな二人に迫る、白い影があった。

 

(脚は…残してある)

 

 ハッピーミークである。

 

 『第4コーナーをカーブして、スペシャルウィークがグラスワンダーに迫る、いや、内を突っ切ってハッピーミークが来た!ハッピーミークが来た!』

 

(スペシャルウィークさん、グラスワンダーさん、私は、この二人を超えなくちゃいけない)

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」

 

『スペシャルウィーク、グラスワンダー、物凄い競り合いだ!譲らないぞ!!』

 

(…ッ!二人共、強い、でも…それでも、私は超えたい、勝ちたい、だから…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝負―――ッ!!」

 

 ハッピーミークは、領域へと至った。強く、そして速く、ターフを踏みしめ、彼女は進む。

 

『ハッピーミーク、差し切ってゴールイン!!年末の大一番に彼女が示したものは、異次元の末脚!!無限の可能性!!』

 

閃光を身に纏い、外側からスペシャルウィークとグラスワンダーを差し切り、ゴールインしたのであった。

 

 

=====================

 

 

『ハッピーミーク、差し切ってゴールイン!!年末の大一番に彼女が示したものは、異次元の末脚!!無限の可能性!!』

 

 携帯のスピーカーからは、音割れを起こさんばかりの音量で、ミークの勝利を示す実況の声が聞こえて来る。

 

「後で、“おめでとう”って、言ってあげないとね」

 

 それと同時に、アラがジムカーナを終えて戻って来る。気温と体温の差のせいか、その背中からは、蒸気が立ち上っている。

 

「そうだな、アラ、疲労度はどうだ?」

「大丈夫、休めば、回復出来る」

「…分かった、明日はこういうメニューで行こう」

「…なるほど、分かった」

 

 高地は、学園のある平野部と比べると、酸素が薄い、普通に生活するのならば問題無いが、トレーニングとなると話は変わって来る。要は疲れやすくなるのだ。しかし、それを克服すれば、アラは少なくないアドバンテージを得ることが出来る。

 

「トレーナー、提案があるんだけど」

「…どうした?」

「明日のトレーニングの後、問題無かったら、これ、使っていいかな?」

 

 そう言うと、アラは、ジャージの上着を取り出した。

 

「上着…?」

「手、放すよ」

「…ッ!?」

 

 その上着は、とんでもなく重かった。

 

「これは…?」

「自分で作った、特製の上着、姫路の2Gトレーニングを参考にしてみた。これを着れば、もっと身体を鍛えられる…どうかな?」

「分かった、段々と着る時間を長くしていく、それでいいな?」

「うん」

「よし…先に戻っててくれ、」

 

 アラに先に戻って貰い、俺はトレーニング計画を見直すため、ノートを開いた。

 

 

 

 その夜、俺は外に出て、星を眺めていた。前の世界とは似て非なるこの世界だが、星の美しさは変わらない。

 

「トレーナー、風邪ひくよ」

 

 俺が感傷に浸っていると、アラが後ろから声をかけて来る。

 

「星を見てた。すぐ戻るから、心配には及ばん」

「星…私も、よく見てたよ」

「…前の世界での話か?」

「うん、厩舎の窓からね、おやじどのが、気を利かせて窓を開けてくれたから」

 

 アラは懐かしそうにそう言う。細かいところにまで気配り上手な俺の相棒は、年を取ってもそうだったという事だろう。

 

「アラ」

「何?」

「相棒はお前と過ごせて、幸せだったんじゃないかと、俺は思う、だから礼を言わせてくれ、ありがとう」

「どういたしまして」

「あいつもきっと、お前のことを見たら、きっと応援してくれるはずだ、だから、絶対に勝とう」

「もちろん……トレーナー」

 

少しの沈黙の後、アラは俺をじっと見る。

 

「どうした?」

「私はもう、悩まない。勝ちたい相手がいる、支えてくれる皆がいる、だから、私は走る。勝つために、その喜びを、分かちあうために」

 

 アラは俺に、決意のようなものを伝える。かつてのアラは、自分がいてもいい存在なのか、悩んでいた。だが、今のアラは夢を持ち、それに向かって一歩一歩歩んでいる。そんなアラを、ウマ娘を見守るという三女神は、アラに継承を授けなかった三女神は、どのように見ているのだろうか。

 

 相棒はサラブレッドには何頭かの元となった馬がいたと言っていた。恐らく三女神はそれと何らかの関係があるのだろう。

 

 もしそうだとすれば、なぜ、三女神はアラに継承を授けなかった?やはり、アラがサラブレッドじゃないからか?

 

 だとすれば―三女神、お前たちはだいぶ身勝手な神様だよ。

 

 いや…そう言うのは、ナンセンスかもしれん。だが、見ていろよ、これからの時代は、血や常識で何でも決めつける時代じゃないんだ。もし、お前たちがそんな物にこだわっているのであれば、俺達が壊す。

 

 アングロアラブは、歴史の中に消えた戦士(ゴーストファイター)なんかじゃない。この世界で、サラブレッドと共に、確かに走っている。このウマ娘レースの世界に、厳然と存在している―――この歴史の真実は、何人たりとも、いや、神であっても消すことはできないのだから。




  
 お読みくださりありがとうございます。

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 掲示板回と登場人物紹介を挟んだ後、最終章へと移っていきます。よろしくお願いします。また、アンケートを実施していますので、ご協力よろしくお願いします。

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AUチャンピオンカップを楽しみに待つスレ part89

 
 最後の掲示板形式です。苦手な方は飛ばしてくださってくださって大丈夫です。


 

 

 AUチャンピオンカップの予選の使用コースが発表された。その発表により、世の中は沸き立ち、ネット上でもスレッド板がどんどん立てられていったのである。

 

 

────────────────────

 

22:名無しのウマ娘レースファン ID:e/o22wmfp

各部門予選のコース発表されたな、お前らどう?家に近いか?

 

 

 

23:名無しのウマ娘レースファン ID:ucocKgqWn

沖縄県民にそれを言うな

 

 

 

24:名無しのウマ娘レースファン ID:ozbTR81uv

近所のワイ、高みの見物

 

 

 

25:名無しのウマ娘レースファン ID:ga+MTSj8f

予選で結構な数のコース使うんやなぁ

 

 

 

26:名無しのウマ娘レースファン ID:uMfKVRBwl

これって運営大変じゃね?

 

 

 

27:名無しのウマ娘レースファン ID:cEzzcEEew

地方と一緒にやってるし、そこんとこは上手くやるでしょ

 

 

 

28:名無しのウマ娘レースファン ID:v31tROUxu

大会期間長スギィ!!

 

 

 

29:名無しのウマ娘レースファン ID:EtHcOv5N3

その分レースを楽しめるって事やで

 

 

 

30:名無しのウマ娘レースファン ID:BFT72Ni9J

短、マイル、中、長、ダートの5部門あるんやろ?

 

 

 

31:名無しのウマ娘レースファン ID:Lf4CbcPSi

>>30 せやで

 

 

32:名無しのウマ娘レースファン ID:bfoUDUtYc

どれ見よっか迷うな

 

 

33:名無しのウマ娘レースファン ID:DOdZEJIEY

中央は分かるんやが、地方は学園多いからどの学園からどんな選手が出てくるのか分からん…

 

 

 

34:名無しのウマ娘レースファン ID:/qFl9cwBB

地方の学園に詳しい住民おらんか?

 

 

 

35:名無しのウマ娘レースファン ID:ZnJEr+Tbf

上に同じ

 

 

36:名無しのウマ娘レースファン ID:8uob3/EA7

ダートは地方の得意分野やから上げてくとキリが無いから芝を上げてく、ちな短距離。

名古屋のシバタドラッツェ、盛岡のスヴェンドワッジ、福山のキングチーハー、サガのグラスグワリブとかが短距離では強い。ただ、今挙げた他にも強そうな選手はごまんといるとだけ言っとくわ。

 

 

 

37:名無しのウマ娘レースファン ID:uegaddve1

はえー

 

 

38:名無しのウマ娘レースファン ID:YTialKjiR

他の距離はどうや?

 

 

39:名無しのウマ娘レースファン ID:wHN5yDsJp

じゃあ、わしが中距離行きますわ。

西日本だとわしの地元サガのグラスサダラーン(36が挙げてたグラスグワリブの妹)と福山のエアコンボハリアー、高知のハグログワンバンあたりが有力。東日本は船橋のサトミマフムト、カサマツのマツナガイェーガー、金沢のイスパニアカフェ、水沢のライトニングユーマあたりが強いかな。

 

 

40:名無しのウマ娘レースファン ID:peJ9rqpt0

魔境で草

 

 

41:名無しのウマ娘レースファン ID:5zmhNql0+

マイルも凄いんだよなぁ…

福山所属のセイランスカイハイ、姫路所属のオオルリピクトン、川崎所属のロードジャジャ、名古屋所属のカモフテイオー、他にも魅力的なウマ娘が揃ってるぞ

 

 

42:名無しのウマ娘レースファン ID:JC7sRoz4v

カモフテイオーってあの娘か、勝負服にコウモリの絵が書かれてるトウカイテイオーに似てるウマ娘。

 

 

43:名無しのウマ娘レースファン ID:pXC0VVO4z

>>42 確かに似てるけど筋肉の付き方は全く違うんだよなぁ…

 

 

44:名無しのウマ娘レースファン ID:ozz0ElVNF

まあ、トウカイテイオーは適正は中距離って言われてるしね

 

 

45:名無しのウマ娘レースファン ID:8+gKZNxxq 

>>43 なんで知ってるんですかね…

 

 

46:名無しのウマ娘レースファン ID:uvStD3MwP

まあええ、ワイが長距離上げてくわ。

 

 

 

47:名無しのウマ娘レースファン ID:r4DHLHMjB

よろ

 

 

48:名無しのウマ娘レースファン ID:uvStD3MwP

ほい、まずは福山のアラビアントレノ、このウマ娘は絶対外せんな、それで名古屋のキョクジツクリーク、大井のマチカネグランザム、金沢のヒシアドラステア、門別のホクトアカゲルググが強い。

 

 

 

49:名無しのウマ娘レースファン ID:ywXmsUZjk

やっぱり最近の地方強い…強くない…?

 

 

 

50:名無しのウマ娘レースファン ID:wSy0qT/5R

3年前ぐらいから明らかになってることなんだよなぁ…

 

 

 

51:名無しのウマ娘レースファン ID:mTYgi5Ez8

宇宙人から技術もらってそう

 

 

 

52:名無しのウマ娘レースファン ID:iMxgxPX7X

ワイ盛岡の民やけど、その気持ちは分かる。なんでばんえいウマ娘のトレーニングやるんだろって思ったもん…

 

 

 

53:名無しのウマ娘レースファン ID:W/ga9AKQ6

ファッ!?

 

 

 

54:名無しのウマ娘レースファン ID:8fqEWI8Af

まぁ、それで強くなって大怪我の話も聞かないとなると、かなり有効だったのかもね。

 

 

 

55:名無しのウマ娘レースファン ID:XU8DZTLhH

せやな、というか、中央も色々と頭角を現してきたウマ娘がおるとかおらんとか

 

 

 

56:名無しのウマ娘レースファン ID:ZuKBObkH7

いるよ、シルエットエフジー、アルファファッツ、ネロトレイナー、ロードイクシス、ペールライダー、とかは最近の注目株で、四人ともチャンピオンカップに出てる。

 

 

 

57:名無しのウマ娘レースファン ID:UGvFxifFx

シンボリルドルフやマルゼンスキーは出んのか?

 

 

 

58:名無しのウマ娘レースファン ID:e+j/4XVMN

その二人は出ないみたい、だが、ミスターシービー、オグリキャップは出るぞ。

 

 

59:名無しのウマ娘レースファン ID:6gcLA/DgL

オグリキャップとアラビアントレノの芦毛対決また見たいわ

 

 

 

60:名無しのウマ娘レースファン ID:eIsIQl3U+

わかる、あれは凄かった

 

 

61:名無しのウマ娘レースファン ID:EV7lbnYb5

ワイはハッピーミークに期待しとるで、究極のウマ娘やと思っとる

 

 

 

62:名無しのウマ娘レースファン ID:QEpzsXTx9

あの末脚はやばかったな

 

 

 

63:名無しのウマ娘レースファン ID:U/Af3+yA1

実況も良かった

 

 

 

64:名無しのウマ娘レースファン ID:H3nZDJPik

ハッピーミークとアラビアントレノの対決が見てみたい。

 

 

 

65:名無しのウマ娘レースファン ID:jVLN0YK/U

確かにあの二人菊花賞以来やり合ってないよな…

 

 

 

66:名無しのウマ娘レースファン ID:FDOzgvQMd

ハッピーミークとアラビアントレノは俺も気になるんやが、他の黄金世代はどうなっとんや?

 

 

 

67:名無しのウマ娘レースファン ID:Iphi8D4AH

エルコンドルパサーはダート、キングヘイローが短距離、マイルがグラスワンダー、中距離がセイウンスカイ、長距離がスペシャルウィークになってる。

 

 

 

68:名無しのウマ娘レースファン ID:JpfAkNXZE

ほーん

 

 

69:名無しのウマ娘レースファン ID:gzsQRN7gY

>>67 見事に分散したな

 

 

70:名無しのウマ娘レースファン ID:2avcAHy1P

>>67 どの部門も面白くなりそうやなこれは

 

 

71:名無しのウマ娘レースファン ID:Js6hTzRq+

そういえば、サマードリームトロフィーの後、どっかのスレで今後のウマ娘レースについて論争になってたやろ?大型か小型かって、あれはどうなったんや?

 

 

72:名無しのウマ娘レースファン ID:eREZKSYur

あれは結局秋の重賞戦線でウマ娘がサイズ関係なく活躍したから自然消滅したで。

 

 

73:名無しのウマ娘レースファン ID:bEqGqAyBi

まあ、日本じゃ海外みたいにラフプレーせんからな。したとしても今の小型ウマ娘パワーあるから大したことはない。

 

 

74:名無しのウマ娘レースファン ID:y00K6Q4Cd 

今後は海外遠征どうなるんやろ

 

 

 

75:名無しのウマ娘レースファン ID:to2sT6yUT

チャンピオンカップの結果で決めそうな可能性もあるよな

 

 

76:名無しのウマ娘レースファン ID:DVWsoW2Cj

チャンピオンカップ、重要な大会になるなこれは

 

 

 

77:名無しのウマ娘レースファン ID:E0aJgCWTO

あっ、お前らチャンピオンカップの公式サイト確認しろ、各地方トレセンで中継流すらしいぞ

 

 

 

78:名無しのウマ娘レースファン ID:gPw5Ozi+W

ホンマやんけ!!

 

 

79:名無しのウマ娘レースファン ID:+Tp7iyhAW

見に行けん人らのための救済措置やな

 

 

80:名無しのウマ娘レースファン ID:jyLmTOIGp

プレ大会でレース場周辺の混み具合を体験してきたから行くの躊躇してた。これは助かる。

 

 

81:名無しのウマ娘レースファン ID:ze8RV/1MZ

確かに、ワイ電気自動車やから、プレ大会の時渋滞で電池切れにならんかヒヤヒヤしたで。

 

 

82:名無しのウマ娘レースファン ID:UlSgm7vog

>>81 草

 

 

83:名無しのウマ娘レースファン ID:Zr41duMIj

>>81 サウナになるやん…

 

 

84:名無しのウマ娘レースファン ID:sKbQEJTay

近所の電気屋のおっちゃんにテレビのデモンストレーションで映すやつをチャンピオンカップの中継にするよう頼んでみるか…

 

 

 

85:名無しのウマ娘レースファン ID:YvQxeGEWi

それええな、わしの地元でもやるか

 

 

 

86:名無しのウマ娘レースファン ID:580Jr7jgB

ワイは直接みたいから会場のチケット買うで。

 

 

87:名無しのウマ娘レースファン ID:0pyFqo9kz

ネズミーランドのチケットみたいにすぐ無くなりそう。

 

 

88:名無しのウマ娘レースファン ID:n5Ljsl89+

ダフ屋が出てくるかもな

 

 

89:名無しのウマ娘レースファン ID:5g/fIEIcP

わかる

 

 

90:名無しのウマ娘レースファン ID:WKzYfsQpP

これは徹夜してチケット販売開始からすぐ買えるようにせんとあかんな

 

 

91:名無しのウマ娘レースファン ID:mSKWg124y

自由席じゃあかんのか?

 

 

92:名無しのウマ娘レースファン ID:Fe4cmKDZj

>>91人の波でおしくらまんじゅう状態になると思うぞ

 

 

93:名無しのウマ娘レースファン ID:U2ZRIi8Es

あと、インフルの流行る季節やからな、感染対策のためにも予約席取っとった方がええ

 

 

94:名無しのウマ娘レースファン ID:ESHsShEC4

会場はかなり冷えるよな、地方による気温差もあるやろうし

 

 

95:名無しのウマ娘レースファン ID:rYRwhMrLa

ワイは布団でぬくぬくしながら見るで、会場に行く奴らはカイロ持っとったほうがええな

 

 

96:名無しのウマ娘レースファン ID:B5wKoZDZE

うーんこの

 

 

97:名無しのウマ娘レースファン ID:lpUbajpv9

まあ、冬やししゃーない

 

 

98:名無しのウマ娘レースファン ID:0slWBFrum

夏とかもっと地獄なんだよなぁ…

 

 

99:名無しのウマ娘レースファン ID:mbTZy7Ewi

プレ大会熱中症で倒れた人おったで

 

 

100:名無しのウマ娘レースファン ID:dR1KOV2py

まあ、人が集まったことによる影響とかを確かめるのもプレ大会の役割やからな

 

 

101:名無しのウマ娘レースファン ID:/qp7yTotl

これ人の流れが凄い子となって経済効果すごそう

 

 

 

102:名無しのウマ娘レースファン ID:vCype/DLp

レース場によってはご当地グルメを売る屋台が出るらしいぞ

 

 

 

103:名無しのウマ娘レースファン ID:hN/61NK/8

おっ!ええな!

 

 

104:名無しのウマ娘レースファン ID:IQKNGDzw4

ワイ、ホテルに電話したものの、予約いっぱいでむせび泣く

 

 

105:名無しのウマ娘レースファン ID:rMIrOMC6n

センター試験と一緒や、ホテルの予約は上手く逆算して考えんとあかん。

 

 

106:名無しのウマ娘レースファン ID:zW4ZH51ix

海外メディアはどう反応しとるんやろ?

 

 

107:名無しのウマ娘レースファン ID:cQ35FwdlT

海外から観客としてウマ娘招待する可能性もありそうよな

 

 

108:名無しのウマ娘レースファン ID:wjB/8ts//

そうなればある程度前線から離れてるウマ娘が来そう。

 

 

109:名無しのウマ娘レースファン ID:Xfgj0+1Z9

つまりムーンライトルナシーとかトニビアンカとかが来る可能性が微レ存…?

 

 

110:名無しのウマ娘レースファン ID:hljaYpDBx

オベイユアマスターを忘れちゃいかんぜよ

 

 

111:名無しのウマ娘レースファン ID:UqMA52mAD

ブロワイエは…流石に無理か

 

 

112:名無しのウマ娘レースファン ID:mWtRy/8YG

まあまあ、海外ウマ娘に関しては、あくまで“来てくれたらいいね”ぐらいのものやから

 

 

113:名無しのウマ娘レースファン ID:1yG1j3BVc

海外に日本の進化をアピールする上では外したくない要素やとは思うな、でもそこはお偉方がどう判断するか

 

 

114:名無しのウマ娘レースファン ID:j7Y3qV2Y5

地方のレース分析システムはたっぷりデータ取れそうやな。

 

 

115:名無しのウマ娘レースファン ID:j4EBi9nzY

>>114 あれ恐ろしすぎやろ…

 

 

116:名無しのウマ娘レースファン ID:YNnKllYV6

>>115 地方脅威のメカニズムでレースが分析できるようになっとんやろ

 

 

 

117:名無しのウマ娘レースファン ID:rgTdfDUWL

ホント、色々と新感覚の大会だから待ち遠しいわ、早く開催日になってくれ!!

 

 

118:名無しのウマ娘レースファン ID:g1sx6VLEK

ほんこれ、大会のスタートが楽しみやなぁ…

 

 

119:名無しのウマ娘レースファン ID:Vq6JX8m2n

ワイもや、長い間ウマ娘レース見てきたけど、こんなにワクワクするのはオグリの時以来やね

 

 

120:名無しのウマ娘レースファン ID:od3JnFsaE

オグリかぁ…何もかもが懐かしい

 

 

121:名無しのウマ娘レースファン ID:Kz/2yxQYu

オグリみたいなドリームトロフィーのウマ娘にも参加資格があるから、いろんな世代のウマ娘が揃う。良いね

 

 

122:名無しのウマ娘レースファン ID:9FOFYwCYm

中央はそんな感じなのね、地方のウマ娘はベテラン達が指導役に回ることが最近増えてきたからな、今回のチャンピオンカップの選手はそんなベテランが鍛えた新世代のウマ娘が出てきてる。

 

 

123:名無しのウマ娘レースファン ID:gXqvQvTbJ

>>122

指導役ってどんなのがいる?

 

 

124:名無しのウマ娘レースファン ID:t2Lqs1+eI

オグリキャップのカサマツ時代のライバルで今は高知にいるフジマサマーチ、福山のエアコンボフェザー、同じく福山のリックアポリー、シャトルロベルト、ルテナントボティ、南関東最強のアブクマポーロ、東海ダービー取ったヤマノサウザンとかかね。

 

 

125:名無しのウマ娘レースファン ID:zks4CXzZf

>>124はえー、ベテラン多いな。というかメイセイオペラって出るんか?

 

 

126:名無しのウマ娘レースファン ID:01wJvTNgp

出るよ、ダート部門や

 

 

127:名無しのウマ娘レースファン ID:mw6T0VrcF

ダートの距離って結局どうなるんやろ?

 

 

128:名無しのウマ娘レースファン ID:DWi8GyzD0

1600や1800のマイル中心じゃない?予選がそんぐらいやし

 

 

129:名無しのウマ娘レースファン ID:eLzSWyVrm

そうなる可能性濃厚よな

 

 

130:名無しのウマ娘レースファン ID:Jh8qasXod

よし、芝の予想もしていこう

 

 

131:名無しのウマ娘レースファン ID:luZci51Vd

おおー、ええやん、やろか

 

 

132:名無しのウマ娘レースファン ID:cVckop9P/

賛成

 

 

 

 

────────────────────

 

 こうして、ファン達の話題は予選以降のコース予想に移り、冬の寒さを吹き飛ばすかのような熱い議論が繰り広げられていったのであった。

 





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登場人物・用語解説 #4

 
 最後の登場人物と用語の解説です。


 

 

登場人物

 

 

アラビアントレノ

  

 アングロアラブのウマ娘、“応援してくれる人々と勝利の喜びを分かち合う”という夢を胸に懐き、様々なレースに挑む。天皇賞秋の後のスペシャルウィークの言葉からセイユウの気持ちに気づき、セイユウの想いと一つになることは否定しつつも自分の夢の仲間外れにしないと諭すことにより、彼と共に歩む道を提示し、前世からのしがらみから開放された。ジャパンカップではスペシャルウィークに敗北、悔しさから涙を流した。

 

 

 

エアコンボハリアー 

 アラビアントレノをライバル視するウマ娘、ジャパンカップでは応援に駆けつけた。

 

 

キングチーハー、セイランスカイハイ、ワンダーグラッセ

 

 アラビアントレノの同期達、AUチャンピオンカップへの出走が決まっている。

 

 

サカキムルマンスク

 

 アラビアントレノの友人の鹿毛のウマ娘、ジャパンカップではアラビアントレノを応援していた。領域に関して、「自分の強さよりも、ライバルに負けたくない、競い合いたいという気持ち」が発動に関わってくるように変わったのではないかという仮説を立てた。

 

 

ハグロシュンラン

 

 美しいブルーの髪を持つ生徒会副会長、オグリキャップの大ファン、生き別れの双子であるメジロアルダンと再開し、彼女らと共にメジロ家の当主に対して協力要請を行った。

 

 

エアコンボフェザー

 

 エアコンボハリアーの姉、生徒会副会長。シンボリルドルフの後悔や反省の言葉を聞きいれ、共同戦線の依頼を了承、スペシャルウィーク達にトレーニングをつけた。

 

 

エコーペルセウス

 

 福山トレセン学園の生徒会長、レース分析ソフトを凱旋門賞で使うと言う提案を行う、他の生徒会長と連携を強めるなど、日本のウマ娘レースのために奔走する。

 

 

フジマサマーチ

 

 オグリキャップがカサマツに居た時のライバル。プレ大会では観戦に赴いていた。

 

 

ハッピーミーク

 

 中央トレセン学園の生徒、ライバルに勝ちたいという思いから領域へと至り、有馬記念にてスペシャルウィークとグラスワンダーに勝利した。

 

 

サンバイザー、ツルマルシュタルク、ジハードインジエア、ゼンノロブロイ

 

 ハッピーミークのチームメイト、ツルマルシュタルクは京都大賞典を勝利、なお、サンバイザーは原作よりも強いのでオープンクラスを脱しており、サイレンススズカの復帰レースには出ていない。

 

 

ミスターシービー

 

 チームメイサの元メンバー、サマードリームトロフィーの覇者、AUチャンピオンカップに備え、トレーニングを重ねている。

 

 

ベルガシェルフ、デナンゾーン、デナンゲート、ダギイルシュタイン、エビルストリーム、スイープトウショウ、アドヴァンスザック

 

 夏合宿後に結成されたチームフロンティアのメンバー、平和が戻った学園で、トレーニングに明け暮れている。

 

 

エルコンドルパサー 

 

 トレセン学園チームリギルのメンバー、凱旋門賞でブロワイエに敗北した。そのレースは徹底的に分析され、地方の成長を示すための材料となった。

 

 

スペシャルウィーク

 

 トレセン学園チームスピカのメンバー、台頭し始めたウマ娘達に対する嫉妬の感情を自覚し、それを克服、エアコンボフェザーのトレーニングにより成長し、ブロワイエとアラビアントレノに勝利する。アラビアントレノに負けたくないという思いから領域へと至った。

 

グラスワンダー、セイウンスカイ、キングヘイロー、ハルウララ

 

 スペシャルウィークの友人達、ジャパンカップに出走するスペシャルウィークを応援するため、控室の前で待機していた。

 

 

オグリキャップ

 

 トレセン学園の生徒、担当である北原や相棒的存在のベルノライト、ライバルらの協力のもと、新たな技を生み出し、プレ大会にてアラビアントレノに対し使用。しかし、落ち着きを取り戻した彼女に不完全ながら技を模倣され、視野が狭くなった隙を突かれて敗北する。なお、アラビアントレノとの対決の際はカサマツにいたときのように髪を後ろで結んでいた。

 

 

ベルノライト

 

 オグリキャップの相棒的存在。アラビアントレノに勝つためにオグリキャップらと共に策を練り、プレ大会に備えていた。  

 

 

メジロアルダン

 

 オグリキャップの友人、ハグロシュンランとは双子、父親から全てを聞かされ、ハグロシュンランの頼みを受け、中央と地方をつなぐという役割を自覚、ハグロシュンランらに協力する意思を固めた。

 

 

シンボリルドルフ

 

 トレセン学園の生徒会長。自分の罪を自覚し中央を変えるために行動することを決意、URA理事長の説得を行ったり、エアコンボフェザーに対する共同戦線の依頼を行うなど、精力的に行動した。

 

 

マルゼンスキー

 

 トレセン学園の生徒、スペシャルウィークと友人達とのやり取りを見て羨ましがっていた。

 

 

トウカイテイオー、シリウスシンボリ

 

 トレセン学園の生徒、シンボリルドルフの行動に賛同、学園が再び一つとなるきっかけを作った。

 

 

キョクジツクリーク、サトミマフムト

 

 アラビアントレノのライバル、ジャパンカップでは応援に駆けつけ。アラビアントレノを送り出した。

 

 

セトメアメリ

 

 夏合宿の際、福山に指導役として来ていたばんえいウマ娘。一時的に故郷のスペインに戻っており、フランスにいるエルコンドルパサーと接触、凱旋門賞も観戦する。ジャパンカップに臨むアラビアントレノに対してはトレーニングをつけた。

 

 

生徒会長達

 

 他の地方トレセン学園の生徒会長、凱旋門賞の分析を行ったり、会議に出席したりと、その活動は多方面に及んでいる。

 

 

 

 

 

学園関係者

 

 

慈鳥

 

 アラビアントレノの担当トレーナー、転生者。自分とセイユウは似ていると気づき、アラビアントレノにセイユウとともに歩む道を提示した。

 

 

軽鴨、火喰、雀野、雁山

 

 慈鳥の同期達、トレーナー室が個室となってしまったため、あまり出てこない。

 

 

大鷹

 

 福山トレセン学園の校長、慈鳥の考えた校長トレーニングについて助言を与え、実施に向けて協力する。

 

 

九重

 

 NUARのトレセン学園運営委員長、かなりの立場にいるが現場主義であり、凱旋門賞の時は自ら現地に赴いた。

 

 

桐生院 葵

 

 中央トレセン学園のチームメイサのトレーナー、父親と大おばの説得に成功し、URAを改革するための協力を取り付けることに成功する。

 

 

氷川 結

 

 中央トレセン学園チームフロンティアのトレーナー。平和が戻ったトレセン学園で、ウマ娘達を鍛えている。

 

 

伊勢

 

 チームメイサの元メイントレーナー、ミスターシービー、サカキムルマンスクと共にAUチャンピオンカップに備えている。

 

 

北原 譲

 

 オグリキャップのトレーナー、六平の助言を受け、オグリキャップやベルノライトと共に新技、“地を這うライン”を開発した。

 

六平 銀次郎

 

 オグリキャップの元トレーナー、温故知新の精神のもと、経験を活かした作戦を立てるよう北原達にアドバイスを行った。

 

 

桐生院の同期

 

 桐生院と同時期にトレセン学園に配属された男性トレーナー、桐生院と対立していたが、改心した。

 

 

秋川 やよい

 

 トレセン学園理事長。シンボリルドルフらの行動に呼応し、URAの指示を受ける事なく独自に行動。上層部や母親と対立したものの、ジャパンカップの結果や、生徒やたづなの助力もあり、説得に成功する。

 

 

その他

 

 

セイユウ

 

 前世のアラビアントレノの先祖、1954年生まれのアングロアラブ。秋の天皇賞の後にアラビアントレノと対面、彼女から、自分の本心である“忘れ去られることが怖い”ということを見抜かれる。その後、アラビアントレノが提示した共に歩む道を受け入れ、慈鳥にアラビアントレノのことを任せて消えていった。

 

 

ハグロシュンランの父親

 

 ハグロシュンランの父親、メジロアルダンの父親と接触し、双子が再開する手筈を整えた。

 

 

メジロアルダンの父親

 

 メジロアルダンの父親、ハグロシュンランの父親の願いを受け、メジロアルダンに姉妹の真実を伝え、当主の説得にあたった。

 

 

メジロ家当主

 

 メジロ家の当主“おばあさま”と呼ばれている。改革派と保守派の間で揺れていたが、ハグロシュンランらの説得、プレ大会の結果を受け、改革派へと回る。

 

 

桐生院葵の家族

 

 この物語に出てくるのは父と大おば、京都大賞典を見て葵の成長を実感し、彼女に協力することとなる。

 

 

 

作中用語

 

 

管理教育プログラム

 

 プレ大会の結果を受けたURA上層部が、トレセン学園を支援するためのプランとして出してきたもの。シンボリルドルフらの活躍により、優遇は廃止となった。

 

 

地を這うライン

 

 オグリキャップが北原らと共に開発した新技、カサマツで行っていた超前傾姿勢を応用し、イン側をすり抜ける。アラビアントレノ、キョクジツクリーク以外のウマ娘には大きな効果があった。

 

 

レース分析システム

 

 NUARが開発したもの。愛称は“HARO”複数のカメラでレースを撮影し、AIによる分析を行う。ただしそれだけでは不完全なため、劇中、凱旋門賞の分析に使用された際はウマ娘による解説で補足が行われていた。

 

 





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次話より最終章に入っていきます。AUチャンピオンカップ予選となります。よろしくお願い申し上げます。

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最終章 二つの軌跡
第72話 成果



 今回より最終章です。よろしくお願い致します。


 

『ウマ娘、トレーナー、ファン…ウマ娘レースに関わる人々全ての努力により、この大会が日本のウマ娘レース界に新たな風をもたらすことを期待し、開会の挨拶とさせて頂くッ!!』

 

 実行委員代表として、中央トレセン学園の理事長、秋川やよいが開会の挨拶を述べる。これはオンライン中継されており、他の予選会場も、同じものを聞いているはずだ。

 

 大会は、どの部門も予選、準決勝、決勝に分かれている。長距離部門の場合は、予選14人、決勝16人だ。

 

 予選はここ、東京レース場の3400mで行われる。AUチャンピオンカップの特集番組では、これが決勝戦のコースであると予測されていたが、見事に違っていた。

 

 そして…その予選の相手は…  

 

1リンドハイヅッダサガ

2サイレンスザニー中央

3セイウンバヤジット浦和

4ペールライダー中央

5グンジョウウンメイ中央

6モスカウグロムリン門別

7スペシャルウィーク中央

8ロードイフリート船橋

9スーパークリーク中央

10カノンフタマルサン中央

11オースミガッシャ園田

12アラビアントレノ福山

13ベルサイユピクシー中央

14マゼラアインスカサマツ

 

 スペ……すなわち、一番当たりたくない相手に、当たってしまったのだ。

 

「……」

 

 当然、アラもこの状況が相当まずいという事を理解していた。だから、俺達は、現状で打てるものの中で、最もハイリスクハイリターンな選択をした。虎穴に入らずんば虎子を得ず…ということになる。

 

「アラ」

「大丈夫、もし、うまくいかなかったら、その時は自分で考えるから」

 

 アラは、今までのトレーニングを信じるように、そう答えた。

 

 

=============================

 

 

 ウマ娘達がゲートの前で準備をする中、ハグロシュンランは、メジロアルダンと共に観客席に座っていた。

 

「いよいよ、始まるのですね」

「はい、アルダンさんは…出なくても良かったのですか?」

「はい、今回は激しいレースとなるでしょう、私はこの体質ですから、強くなる皆様に、ついていけそうにありません、そのような不完全な状態でこの大会に出るのは、この場を用意して下さった多くの方々を、侮辱する行為であると思いますから」

「でも、応援ならば…ということでしょうか?」

「はい、オグリさんやクリークさんなどの同期のみなさんが、この大会で活躍し、大会を成功させたいという信念を持って、出ているのです、私は応援をもって、それに最大限、協力させて頂きたいと思っています。シュンランさんも、気持ちは同じ…そうですよね?」

「もちろんです」

 

 地方と中央、それぞれ違う場所で、同じ目的のために、奔走してきた双子は、大会成功を祈るギャラリーとして、ターフを見つめていた。

 

 

=============================

 

 

「アラビアントレノさん、お久しぶりです」

「スペシャルウィーク、久しぶり」 

 

 スペシャルウィークとは、あのジャパンカップから会っていない。でも、彼女の走りは、そして領域は、より研ぎ澄まされているに違いない。

 

「……偶然って、意地悪ですね」

 

 スペシャルウィークは、そう口にする。

 

「…私、決勝まで勝ち抜いて、アラビアントレノさんと戦いたかったです。でも、現実は予選で当たることになっちゃいました」

「……そうだね、でも、私は“負けたくない”って気持ちは変わってないよ、良いレースをしよう」

「はい!…私も…絶対に、負けませんから!」

 

 私達はお互いに宣戦布告し、握手をし、ゲートに入った。

 

『ウマ娘達が、その所属を問わず集う舞台、AUチャンピオンカップ、その予選が、今、幕を開けようとしています』

 

 トレーナーの言葉を思い出す。

 

『準決勝へコマを進めるのは、どのウマ娘なのか、AUチャンピオンカップ、予選、東京3400m…今…』

 

 ガッコン

 

『スタートしました!!』

 

=============================

 

 

『好スタートを見せたのはこの二人、ベルサイユピクシーとグンジョウウンメイ。続いてリンドハイヅッダ、外からはスーパークリーク、内を行きます、ペールライダー。1バ身離れてロードイフリート、それを見るようにサイレンスザニーとオースミガッシャ。半バ身後ろ、外からはアラビアントレノ、そしてスペシャルウィーク、今回はこの位置、セイウンバヤジット、2バ身差でモスカウグロムリン、殿はマゼラアインスです』

 

 今回、アラに行った指示は2つ。

 

 “手の内を見せるな”

 

 “向正面まで後ろは見るな”

 

 というものだ。

 

 アラは周囲を気にせずに、今の位置についた。そして、スペシャルウィークはアラをマークしている。

 

 条件は揃った。後はアラを信じるしかない。

 

 

=============================

 

 

(アラビアントレノさんは、今回の対戦相手の中で唯一、情報が分からなかった…)

 

 スペシャルウィークは、心の中で、そうつぶやく。

 

 ジャパンカップが終わってから、中央はすぐに地方トレセンの情報収集に乗り出していた。潤沢な人員によって成される技である。しかし、アラビアントレノは高地トレーニングに出ていたため、その情報収集の網に引っかからなかったのである。

 

(プレッシャーをかけて、弱点が出てくるようにするしかない………アラビアントレノさん、私は、貴女を信用していますから)

 

 スペシャルウィークはアラビアントレノにプレッシャーを与えるため、少しスピードを上げて、距離を詰めた。

 

 サマードリームトロフィーの際、ミスターシービーはシンボリルドルフの実力を信用し、彼女に触れるか触れないかの距離まで接近し、コーナーリングを行った。スペシャルウィークの行ったことは、ミスターシービーのように相手の実力を信頼してのことだったのである。

 

 

 

「スペシャルウィーク、アラビアントレノを徹底的にマークしてるぜ!」

「振る腕と振る腕がぶつかるぞ!まるで張り付いているみたいだな!」

 

 観客達は、いきなりの展開に興奮し、声援を送る。

 

『各ウマ娘、第3コーナーへ』

『ウマ娘達は、起伏の激しいここを、もう一度通る必要があります。忍耐力が求められるレースになりそうですね』

 

 東京レース場の3400mは、日本のウマ娘レースで現在使用されているコースの中では、最長クラスのものである、なおかつ、スタンド前最後の坂を、2度登らなければならないのである。

 

『各ウマ娘、ベルサイユピクシーを先頭に、一度目のスタンド前に入りつつあります。』

『長いストレートで、ここからのコース取りについて考える娘も出てきそうですね』

 

 

(アラビアントレノさん、ペースは予測してた通りのスピードだけど、マークへの耐性が、かなり上がってる。かなりやってる筈なのに、全然手応えが無い。ゴールドシップさんやテイオーさん、なら、マークされるのを嫌がって何かしらの反応を示してくるのに)

 

 スペシャルウィークは、アラビアントレノに対し、違和感を感じつつあった。

 

(後ろを振り返らなくったって、張り付かれてる事は分かる。背中から、プレッシャーを感じるから。でも、後ろを見ないと決めてかかれば、いい感じに集中力が乗る。トレーナーからの指示は2つ、それを絶対に守るだけだ。)

 

 一方、アラビアントレノはスペシャルウィークが真後ろに居ることを、何となく察知していた。しかし、振り返らず、ただひたすら前を見て進む。

 

 

 

「なるほど、そういうことですか」

 

 観客席にいるハグロシュンランは、アラビアントレノを見て、頷いた。

 

「シュンランさん、どうかしたのですか?」

 

 それを見ていたメジロアルダンは、ハグロシュンランに問う。

 

「アラさんの意図が分かりました、ふふっ…これは予想外です」

「…?」

「アルダンさん、ここのバ場について、どう思いますか?」

「……」

 

 メジロアルダンは、自分の記憶を呼び起こす。

 

「タイムが出る場所……同時に、ウマ娘の脚には、優しくない、硬い場所です」

 

 メジロアルダンは、かつて、日本ダービーで脚を痛めたウマ娘である。そして、その年のジャパンカップでは、イタリアから来たトニビアンカというウマ娘が骨折をしており、彼女の中での東京レース場の印象は、『バ場が硬く、脚部への負担が大きい』というものであった。

 

「そうですね、恐らく、アラさんは、それを利用しているのだと思われます」

「利用…ですか?」

「はい、このレース、後半になればなるほど、アラさんに有利になる…そんな気がします。」

「シュンランさん?」

 

 メジロアルダンは、ハグロシュンランを見つめていた。

 

 

 

 

『スタンド前を過ぎて、第一コーナーへ、先頭ベルサイユピクシーからしんがりモスカウグロムリンまでおよそ15バ身の差といったところ』

『残り一周、各ウマ娘の動きから目が離せません』

 

(……何で、動じないんだろう、有記念の時のグラスちゃんみたいに)

 

 スペシャルウィークは、アラビアントレノを監察、マークし続け、動じない彼女に対し、不気味さを抱く。スペシャルウィークは、前走の有記念で、グラスワンダーをマークする戦術を用いていた、グラスワンダーはそれに動揺し、冷静さを欠き、追い詰められた、そして、2着はかなり長い間、判定が行われていたのである。

 

(でも、ここで早めに前に出たら、アラビアントレノさんの思う壺、私がマークされて、どんどん体力を削られていくだけ、ここで冷静に運べば、脚を残せる、勝てるだけの!)

 

 しかし、スペシャルウィークが慌てることは無かった。彼女は冷静に自分が早めに仕掛けることのリスクを予想し、控えるという決断に至ったのである。

 

 

 

『1コーナーから2コーナーへ、ベルサイユピクシーとグンジョウウンメイ、レースを引っ張ります。リードは6バ身、続いてリンドハイヅッダ、少し内寄りになりましたスーパークリーク、ペールライダー。2バ身離れてロードイフリート、いやサイレンスザニーそしてオースミガッシャ。1バ身離れ、外からはアラビアントレノ、後ろにはスペシャルウィーク、セイウンバヤジット詰めてきた。3バ身差でマゼラアインス、殿はモスカウグロムリンです』

 

(スペシャルウィーク、慌てて仕掛けて来ないか。でも、大人しくしてくれてる方が、こっちもやりやすい。本当はもっと速いペースで巡航出来るんだけど、抑えなくちゃいけないからね、だから見ててよ、抑えたままの私を)

 

 アラビアントレノは、スペシャルウィークが仕掛けて来ないことに安心していた。

 

 

 

『レースは向正面へ、縦長の展開となっています』

 

(よーし…それで良い、手の内を見せないでいけ、レブ縛りだ)

 

 高地トレーニングは、酸素の薄いところでトレーニングし、そこの酸素濃度に身体を順応させることで、身体のパフォーマンスを向上させるものである。アラビアントレノは、トレーニングによって、巡航速度やピッチなど、レースでのパフォーマンスは向上していた。

 

 だが、慈鳥とアラビアントレノは、それを最初からお披露目しなかった、スペシャルウィークは必ず、アラビアントレノをマークすると予想していたからである。

 

 マークは、相手の隙を伺って仕掛けたり、プレッシャーを与え、末脚勝負を有利に持ち込むために行われる。その過程で、ウマ娘は、相手の動きを観察しているのだ、そして、その時自然と行っているのが、相手の能力の分析である。

 

 そして、アラビアントレノが後ろを向かなかったのは、スペシャルウィークからのプレッシャーで体力を浪費せず、集中力を維持し、高地トレーニングで向上させたパフォーマンスを最後の局面で発揮出来るようにするためのものであった。

 

 つまり、二人が行っているのは、スペシャルウィークに、アラビアントレノの実力を過小評価させ、最終直線で突然の高パフォーマンスを発揮し、スペシャルウィークを消耗させるという、撹乱作戦であった。

 

(アラ、今のお前はボアアップしてるんだ、それを直線で発揮して来い)

 

 慈鳥は、向正面を走るアラビアントレノを見つめ、そう言った。

 

 

『ベルサイユピクシー、グンジョウウンメイ。リード狭まって4バ身、続いてリンドハイヅッダ、ここでペールライダー、前に出る、こちらはまだ動かないスーパークリーク。1バ身離れてロードイフリート、サイレンスザニーは並びかけるように外から行く、内に入ったのはオースミガッシャ。1バ身離れ、外からはアラビアントレノ、後ろにはスペシャルウィーク、セイウンバヤジット詰めてきた。そのすぐ後ろ、マゼラアインス、内にはモスカウグロムリンです10の標識を今通過!』

 

(残り1000m…ここからペースアップ)

 

 アラビアントレノは、周りを確認し、下り勾配を利用し、ロングスパートの予備動作を見せ、ペースを上げる。しかし…

 

(タイミングは、同じだった…私も!!……あれ…アラビアントレノさん…大きく仕掛けない…)

 

 その勢いは、ジャパンカップと比べると、小さなものであった。そして、スペシャルウィークは、アラビアントレノの前に出る形となったのである。

 

(オーバーシュート、スペシャルウィーク、ここからは追いかけさせてもらうよ)

 

 アラビアントレノは、スペシャルウィークの後ろについた。

 

 

 

「シュンランさん、アラビアントレノさんが後半になればなるほど有利とは…どういうことなのですか?」

 

 メジロアルダンは、先程のことについて、ハグロシュンランに問う。

 

「簡単に言えば、アラさんとスペシャルウィークさんの違い…ですね」 

「違い…」 

「一つは、体重、少なくない体格差がありますから、もう一つは、脚部です」

「体重……確かに、圧力は面積と重量が大きく関係していますから、長距離戦の負担は、スペシャルウィークさんの方が大きいですね、ですが、脚部…脚質では無くて…ですか?」

「はい、アラさんの脚部は、頑丈なのです。それも、普通ではない……まるで、走るためでなく、重いものを運ぶために、生まれて来たかのように…です」

「そうなのですね、体重、脚部の頑丈さ、そして、このコースの硬いバ場…さらには激しいアップダウン……なるほど、納得致しました。ですが、スペシャルウィークさんは領域に至っています、この勝負、まだまだ、わかりませんね」

「………」

 

 メジロアルダンの返答に頷き、ハグロシュンランはアラビアントレノの勝利を祈っていた。 

 

 

 

(……振り切れない)

 

 スペシャルウィークは、後ろを見る、前半とは逆に、今度は彼女がアラビアントレノに張り付かれていた。

 

(前半、プレッシャーをかけてた筈なのに…向こうも…疲れてる筈なのに…!)

 

『第3コーナーを抜けて第4コーナーへ、各ウマ娘が次々と仕掛け準備、スペシャルウィークはどんどん上げてきている、アラビアントレノも追随の構えだ!!』

 

 アラビアントレノは、前半に後ろを見ず、プレッシャーによる消耗を抑えていたため、スペシャルウィークに容赦なく圧をかける。

 

(スペシャルウィーク疲れの色が見えてきた、でも、まだ脚は残してるはず、それに領域だって…でも、私だって、勝ちたくてトレーニングしてきたんだ。負けられない…!)

 

『第4コーナーをカーブして勝負は最後の直線へ、最初に駆け抜けて来たのはスーパークリーク!しかし後続も追いすがるぞ!!』

 

(負けられない…負けられない…負けられない!!!)

 

『ここでスペシャルウィークが外から攻めるぞ!!スーパークリークとはほぼ横並び!!』

 

 スペシャルウィークは、領域を出し、前へと進む、会場は凄まじい熱気に包まれている。

 

(末脚…でも…消耗で、グリップ力が落ちている、内に隙間が開いた…そう…この瞬間を待っていたんだ!!)

 

 アラビアントレノは、脚部の負担増加による疲労で、膨らみながら末脚を使った隙間に、素早く入り込んだ。

 

『アラビアントレノが来たぞ!!後ろからはセイウンバヤジット、最内からはペールライダー』

 

(アラビアントレノさん…やっぱり…!)

 

 スペシャルウィークはアラビアントレノが並びかけて来たことで、戦意が高揚する。

 

(スペシャルウィーク…凄い末脚…でも…私だって、トレーニングしてきた、強くなった、だから!!)

 

 アラビアントレノは、耳を絞り、高地トレーニングで強化したパフォーマンスの全てを発揮する。

 

 ドォン!!

 

(何…あの…ピッチ…)

 

 スペシャルウィークは、圧倒される。

 

 

「高地トレーニングにより、高まったピッチ、そしてパワー…それから絞り出されるのは…限りなく、鋭い末脚……アラ…行け!!」

 

 慈鳥は、熱い瞳でアラビアントレノを見て、そう言った。

 

『アラビアントレノがスペシャルウィークとの横並びの状態から脱した!!抜け出した!!そのままの勢いで坂を登りきり、今ゴールイン!!』

 

ワァァァァァァァァッ!!

 

『アラビアントレノ、準決勝へコマを勧めました!!』

 

 高地トレーニングの成果──純粋に強化した肉体が、領域に勝った瞬間であった。

 

 

=============================

 

 

…勝った…スペシャルウィークに…勝った。

 

「アラビアントレノさん」

「スペシャルウィーク」

「おめでとうございます…凄く、強かったです」

「ありがとう」

 

 スペシャルウィークは祝福してくれた。だけど、その目には涙が浮かんでいる。

 

「………ッ」

 

 彼女は、目をゴシゴシとこすり、涙を拭って、再び私の方を向いた。

 

「でも、私はまだまだ、貴女に挑戦し続けます。強くなります。だから……その時が来たら…また、私と走ってくれませんか?」

「スペシャルウィーク……もちろん」

 

 ガシッ

 

 私とスペシャルウィークは、握手を交わした。

 

 

=============================

 

 

 全ての予選は、予定通りに終了した。アラビアントレノが出ている長距離では、優勝を狙うハッピーミークが、阪神3000mの舞台でオグリキャップを撃破し、準決勝へと進んだのだった。

 

 

 

「…予選は互角の勝負……面白いわね」

 

 トレセン学園の生徒会室では、予選の結果を見て、マルゼンスキーはそうつぶやいていた。

 

「そうだな、準決勝も、無事に終わって欲しいものだ」

 

 シンボリルドルフが、それに続けて発言した。

 

 コンコン

 

 唐突に、ドアをノックする音が、その場に響く。

 

「このノックの仕方は…シービーか」

「御名答〜」

 

 入ってきたのはミスターシービーであった。

 

「どうしたの?」

 

 マルゼンスキーは、来た目的を、ミスターシービーに問う。

 

「さっき、トレーナーさんから準決勝の出走表を貰ってさ、早速それに備えて練習したいって思ってるんだ」

 

 ミスターシービーは、出走表を二人に手渡す。彼女は予選で新潟の3200mを勝っていた、それ故、練習相手を求めていたのである。

 

「福島の」

「2600なのね……」

「そう、それで、面白いのは対戦相手…手伝ってくれる?二人とも」

 

 ミスターシービーは、半ば興奮気味に、そう言った。

 

「好敵手として、やらせてもらうさ」

「スーパーカーに、付いてこられるかしら?」

 

 そして、二人は頼みを快諾した。そして、ミスターシービーは…

 

「やっと戦えるね、アラビアントレノ」

 

 と呟いた。

 

 三冠ウマ娘という大きな壁が、アラビアントレノに迫りつつある。

 





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アンケートへのご協力、ありがとうございました、最後の対戦相手は、ハッピーミークとさせていただきます。よろしくお願い致します。

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第73話 試練

 
 



1ミスターシービー中央

2オオルリドライセン姫路

3ノイエジーリアン名古屋

4ゼークドライス中央

5ネロトレイナー中央

6ミドハトカフェ浦和

7メジロライアン中央

8ホクトリーゲルグ門別

9ナンノヒカリ金沢

10ニシノアウドムラ中央

11アラビアントレノ福山

12タツハアーチェリー中央

13メイショウガディ中央

14シンボリマルモン中央
 

 

「隣、良いですか?」

 

 出走表を見ていた俺に声をかけたのは、サカキだった。

 

「サカキか、久しぶりだな、良いぞ」

「ありがとうございます、失礼しますね」

 

 俺が隣をトントンとやると、サカキはそちらに座る。

 

「ミスターシービー…勿論、お前もトレーニングをサポートしたんだろう?」

「はい、シービー先輩の最終調整には、かなり苦労しましたけど、ルドルフ会長やマルゼンスキー先輩の力も借りて、何とか」

「…形は違えど、やっぱりお前もアラのライバルの一人だな」

「はい、これは、シービー先輩とアラちゃんとの戦いですけど、私とアラちゃんとの戦いでもあるんです」

 

 サカキはそう言い、ターフに目をやる。アラたちはパドックでの紹介が終わり、ゲートの方へと向かっていた。

 

 相手は三冠ウマ娘とサカキ、そして、ベテラントレーナーの伊勢さん…

 

 これは試練だ。

 

 だが、負けるわけにはいかない。ここで勝ち、決勝への切符を手に入れる。

 

 

=============================

 

 

「アラビアントレノ、キミとは、ずーっと前から、レースをしたいと思っていたんだ。よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 ミスターシービーは、私と握手をする。

 

「…伝わってくるよ、キミの勝ちたいって気持ち、でも、勝つのはアタシ達…全力で行かせてもらうよ」

 

 ミスターシービーは、手を振って自分のゲートの方へと歩いていった。

 

 …握手をしたときに、ビリビリと感じた。これが、ミスターシービー、これが、三冠ウマ娘…

 

『AUチャンピオンカップ、準決勝、いよいよ始まります。ここで勝てば、決勝の舞台へと駒を進めることができます』

『ウマ娘達も、気が十分に乗っているようです。これは名勝負の予感がしますね』

『各ウマ娘、ゲートイン完了、発走準備が整いました。AUチャンピオンカップ、準決勝…今…』

 

 ガッコン!

 

『スタートしました!各ウマ娘、良好なスタートを切った、シンボリマルモン、今回も期待通りの好スタート、先頭を目指します。続きましてはノイエジーリアン、更にはナンノヒカリ、ネロトレイナーも続きます。先行争いはこの四人』

『逃げが決まりにくいとされているこのコースで、面白い賭けに出ましたね』

『先頭4人、2バ身3バ身と離してゆく、そして、内寄りを行くのはオオルリドライセンとタツハアーチェリー、それを見るように、ニシノアウドムラ、その後方にミドハトカフェとメジロライアン、少し後ろ、外からはゼークドライス、そしてアラビアントレノ、1バ身離れ、ホクトリーゲルグ、外からはミスターシービー、1バ身差、しんがりはメイショウガディ』

 

 予想通り、ミスターシービーは私の後ろについた。でも、スペシャルウィークの時みたいに、近くはない。 

 

 じゃあ、追込で来るんだろうか?

 

 ……そう来るとは、考えにくい。ここはスパイラルカーブで、ウマ娘がバラけやすいから。バラけたウマ娘を避けるのは、リスクが高すぎる。

 

 相手の思考が読めない、あの感じは、ペルセウス会長とそっくりだ……すごくいいい人で頼りになるけど、何を考えているのか分からない時もある………そういう人は敵に回すと、かなりの強敵になる。

 

 

=============================

 

 

「ミスターシービー…アラにつかず離れず…か…」

「今回、追込は使いません、シービー先輩は、大型タイプのウマ娘、スパイラルカーブでバラける対戦相手の皆さんを避けるには、リスクが大きすぎます。かと言って、アラちゃんに引っ付きすぎるのもリスクが大きいです。スペシャルウィークさんと対戦した時……アラちゃんは後ろを見なかった。アレをまた、使ってくると思いましたから」

 

 サカキムルマンスクは、アラビアントレノが予選で用いた策を見抜いていた。それ故、今回の位置につく作戦を、ミスターシービーと共に立てていたのである。

 

「そこまでバレてんのかよ…なら、アラの予選の上がり3ハロンのタイムの秘密も…」

「流石に、そこまでは分かりませんよ、でも、対処法は考えてます」

 

 サカキムルマンスクは、ウインクをして、第3コーナーに入ろうとするウマ娘達に目をやったのだった。

 

 

────────────────────

 

 

『各ウマ娘、第3コーナーへ、シンボリマルモンを先頭として、やや縦長気味の展開』

 

(アラビアントレノ、やっぱり、後ろを見ずに、集中力を高めてるね、末脚に余力を残せるように……でもね、そんなことしなくても)

 

 ミスターシービーは、口角を上げる。

 

(アタシが、自分から姿を見せてあげるよ)

 

『ここでミスターシービー、少しペースアップ!?』

『面白い策ですね、吉と出るか、はたまた凶と出るか』

 

 

(……ミスターシービー…!外から?)

 

 ミスターシービーは、スピードを上げ、アラビアントレノの視界に無理矢理映り込む。

 

(ここでもう、前に出る気…?)

 

(よし…まあ…こんなものかな)

 

(下がった…!?)

 

 アラビアントレノは、ミスターシービーの動きに疑問を抱く。彼女は外から抜くわけではなく、急に控えたのだ。

 

『第3コーナーから第4コーナーへ!』

『一度目のスパイラルカーブです、バラけ具合は控えめとなりますが、ここでポジションがずれるウマ娘も出てくるかもしれません』  

 

(そう、ここはスパイラルカーブ、皆バラける…だから…こうする!!)

 

『ミスターシービー、再びペースを上げた!!』  

 

 ミスターシービーは、ウマ娘達がスパイラルカーブでバラけたことでできる隙間を使い、今度は内からアラビアントレノを追い立てる。 

 

(今度は内から…!?)

 

(感謝するよ、ミスター・トレーナー、もしキミのあの言葉が無かったら、この戦術は、思いつかなかったんだからね)

 

 ミスターシービーは、アラビアントレノのメンタルを削りつつ、慈鳥とのやり取りを思い出していた。

 

 

────────────────────

 

 

 一方、観客席では慈鳥がミスターシービーの動きを注視していたところだった。

 

『第3コーナーから第4コーナーへ!』

『一度目のスパイラルカーブです、バラけ具合は控えめとなりますが、ここでポジションがずれるウマ娘も出てくるかもしれません』 

 

「…慈鳥トレーナー、シービー先輩が、今回のレースの戦術を考えついたきっかけって分かりますか?」

「……?」

「最初のプレ大会、タマモクロス先輩とアラちゃんが走った時のやり取り…それを思い出したんです」

「やり取り…?」

 

『ミスターシービー、再びペースを上げた!!』

 

(何っ…!?アレだとバラけたウマ娘にぶつかるぞ)

 

 レースの状況を見て、慈鳥はそう分析する、しかし、サカキムルマンスクは、その思考を遮るように続ける。

 

「他のウマ娘が出来ないことができることによって、ワンランク速いレベルの走りができる…慈鳥トレーナーが、シービー先輩に言ったことです。」

「……!」

 

 慈鳥は、ミスターシービーとのやり取りを思い出し、目を丸くする。

 

「…傍らから見ると、“フラフラ走っている”、“コースがブレている”、“仕掛けを躊躇している”、“コースの特徴が分かってない”…色々と思うところがある走りだと思います。でも、あの走りは、そんなのじゃない。あんな動きですが、シービー先輩は、遠心力やコースの傾斜を考慮して、脚部の負担を極力軽くしているんです。あれは…シービー先輩にしか、出来ない走りです。」

 

 サカキムルマンスクは、自信を持ってそう言った。

   

 

────────────────────

 

『レースは一度目のスタンド前へ、先頭シンボリマルモン、それに続きノイエジーリアン、リードは4バ身、ナンノヒカリ、ネロトレイナーは下がりました。1バ身差、内寄りを行くのはオオルリドライセン、タツハアーチェリーはスパイラルカーブで少し外側に、半バ身後方、ミドハトカフェ、その外回って、ニシノアウドムラ、いやメジロライアン、少し後ろ、外からはゼークドライス、そしてアラビアントレノ、ミスターシービーと続き、1バ身離れ、ホクトリーゲルグしんがりは変わらずメイショウガディ』

 

(予選はこれで上手く行ってたから…あまりにも予想外でっ…)

 

 アラビアントレノは、ミスターシービーの行動に、かなりメンタルをすり減らしていた。いつ襲いかかるか分からない恐怖、そして、シンボリルドルフをも打ち破った実力から来るプレッシャーは、メンタルの強い彼女とて、到底無視できるものでは無かったのである。

 

(……多分、前半であれをやって来たってことは、後半十分なスタミナを残せる確信があるからって事だ。なら、それを削り取るしかない。でも…このままじゃ、先に私が潰される。)

 

 アラビアントレノは、次の一手を打とうとする、しかし…

 

(多分、アラビアントレノは立て直しを図るはず、ならその傷を、コーナーで拡げに行こう)

 

 ミスターシービーもまた、次の一手を用意していたのである。

 

(ここのコーナーは、スパイラルカーブと通常の2つ、当然、ウマ娘はバラけるスパイラルカーブを警戒する。アタシだってそうだ…そこを突く)

 

『各ウマ娘、第一コーナーへ、すぐ降りてすぐ登るという起伏が、ウマ娘達を待ち受けています』

『冷静なレース運びが求められていますね』

 

(…燃えてきた)

 

 ミスターシービーから、白いオーラが発せられる。

 

(1コーナーの下りが終わって、上りが始まる、つまり、走り方を変えなくちゃならないところ…今…!!)

 

 シュン!!

 

『何ッ…!?ミスターシービー!ミスターシービー!ミスターシービーがなんとここでアラビアントレノの前に!』

『一瞬、思考を止めてしまうぐらいの、鮮やかな動きでしたね』

 

(……!!)

 

 ミスターシービーは、下り坂の終わり、つまり、スピードによって、どんなウマ娘でも少し膨らんでしまう隙間を縫い、アラビアントレノの前に出たのである。

 

 

────────────────────

 

 

「流石ね、ビーちゃん」

 

 伊勢はアラビアントレノを鮮やかに抜いたミスターシービーを見て、そう呟く。そして、さほど遠くない所で、目を見開いている慈鳥の方を向いた。

 

(がっかりすることは無いわ、決して、貴方達が下手っていうわけじゃない、それどころか、実戦経験の差から考えれば……貴方達は凄いわ、突出した才能を持ってる事に、疑う余地は無いもの)

 

 ここの時点で、アラビアントレノを抜き、位置を前にしておけば、彼女のメンタルの傷口を更に広げるだけでなく、ウマ娘達のスパートによりその牙を剥くスパイラルカーブの対策になる。それ故、ここで位置を上げておくことは、重要な意味を持っていた。

 

 

(…………何をすれば良いのか…全く…分からない…)

 

 アラビアントレノは、メンタル立て直しができる直前の奇襲、更には圧倒的なテクニックを見せつけられたことにより、思考停止の状態に陥っていた。

 

(ダメだ……走りが…)

 

 それにより、走りから覇気が消えていく。

  

 その時である。

 

(『堂々と振る舞うんだ』)

 

 アラビアントレノの最初の師である、クォーターホースの声が、彼女の頭に浮かんだ。

 

(そうだ…気持ちで負けてたら、打開策だって浮かんでこない)

 

 彼女が最初にサラブレッドに対面した時にしたこと、それは、堂々と振る舞う──つまりは、気持ちで負けないということである。

 

(スタミナは…まだ、余裕がある。…領域があるから足音じゃプレッシャーをかけにくい、なら…ギリギリまで近づいて、気配を示すしかない)

 

 アラビアントレノは削れたメンタルを立て直し、反撃の準備をした。

 

 

『各ウマ娘、第2コーナーを抜けて向正面へ、先頭変わらず、シンボリマルモン、1バ身差で、ノイエジーリアン少し脚をためているか、リードは3バ身、ナンノヒカリ、ネロトレイナー、詰めてきたのはオオルリドライセンとタツハアーチェリー、その後方にミドハトカフェ、メジロライアンは外から、並ぶようにミスターシービー、ニシノアウドムラ、ゼークドライス、アラビアントレノ、ホクトリーゲルグ、そしてメイショウガディ』

『段々と固まってきましたね、残りはおよそ1000m、各ウマ娘はどのように動くのでしょうか?』

 

(今…!!)

 

『ここでアラビアントレノ、ロングスパートに入ったぞ!』

 

(立て直すなんて…やっぱりキミは、面白い…!!)

 

『ミスターシービーもペースアップ!!』

 

 ミスターシービーは、勝負を心から楽しんでいた。

 

(やっぱり…乗ってきた、つまり、この人も、まだまだ余力を残してあるってことだ)

 

 アラビアントレノは、ミスターシービーの性格を利用していた、しかし、同時に相手も余力を残しているから乗って来たのだと理解していた。

 

(リスクはあるけど、やるしかない)

 

『各ウマ娘、向正面を向け第三コーナーへ!先頭から殿までは、7バ身の差があるぞ!』

 

(……こうすれば…!!)

 

 アラビアントレノは、ミスターシービーの真後ろについたまま、ペースを上げていく。

 

(今逃げたら、バラけるところでバランスを崩す、勢いを弱めたら、追突するし、しなかったとしても勝てない…なら…アタシはこれを続けるしかない)

 

 ミスターシービーは、今の状態…すなわち、アラビアントレノを後ろにつけたままの走りを余儀なくされたのだった。

 

『各ウマ娘、第4コーナーへ!徐々にペースアップ!コーナー終わりの最初に駆け抜けるのは誰になるのか?』

 

「くっ…!?」

「無理ー!!」

「ダメだっ!?」

 

 アラビアントレノとミスターシービー、この二人が連なったままペースを上げたことにより、それに置いていかれまいとしてペースを上げたウマ娘達、そして、その殆どは、レース前に立てていた作戦よりもスピードが速いものであった。

 

 結果、殆どのウマ娘が、スパイラルカーブの遠心力により、通るはずだったラインを乱していった。

 

(オオルリドライセンがズレた…今だ!!)

(……ッ!!)

 

 アラビアントレノ、自分の前を走っていたオオルリドライセンが外に追いやられた瞬間、ミスターシービーの後ろを抜けて、そこに入り込んだ。

 

『ここでミスターシービーとアラビアントレノが横並びに!第4コーナーを抜けていく、先頭、シンボリマルモン未だ維持しているが、ミスターシービーとアラビアントレノとの差が後わずか!メジロライアン、ホクトリーゲルグもなんとか追いすがる!』

 

(…荒れた内で…でも…負けるかぁ!!)

 

 荒た内側で消耗した脚に鞭を打ち、ミスターシービーは踏み込み、シンボリマルモンを追い越す。

 

(ここで…!!)

 

 しかし、アラビアントレノも負けてはいない、耳を絞り、音を断ってシンボリマルモンを抜き去る。

 

『勝負は最後のストレート!先頭争いはアラビアントレノとミスターシービー、お互いに譲らない!!』

 

((絶対に……勝つ!!))

 

『二人がほぼ同時にゴールイン!!』

 

 ミスターシービーとアラビアントレノは、ほぼ同時にゴールインした、どちらが体勢有利かも分からない、接戦のゴールであった。

 

 

=============================

 

 

 掲示板には、判定の文字が映し出されている。

 

 ミスターシービーの方を見る、彼女はメジロライアンに肩を借り、何とか立っていた。

 

 この場にいる全員が、結果が出るのを待っている。静まり返った会場、私の耳に入って来るのは、未だに静まらない鼓動の音。

 

『判定が出ました!!』

 

 私の目に飛び込んできたのは、11の文字。

 

 それと同時に、歓声が巻き起こる。

 

『アラビアントレノ!アラビアントレノが勝利しました、三冠ウマ娘を破り、決勝への切符を手に入れました!!』

 

 ミスターシービーに…勝った…私が…私が…

 

「…アタシ、負けちゃったか…」

 

 掲示板を見つめたままの私の後ろから、ミスターシービーの声が聞こえる。私は振り返る。

 

「キミは……本当に…つよ…」

「限界を超えた走りをやったんです。ムリしないでください」

 

 ミスターシービーは、喋ろうとするものの、メジロライアンに止められ、いったん呼吸を整える。

 

「…完敗だよ…」

「えっ…」

「結果はああなったけど、アタシは今こんな状態、でも、キミはフラフラにはなってない…多分、スパイラルカーブですごく消耗して…アタシは最後の最後で、自分の気付かないうちに、力尽きてたんだと思う」

「……」

「アラビアントレノ」

「…決勝、頑張ってきてね、アタシを打ち負かしたんだ。きっと、どんな相手とも、戦えるはずだから……」

 

 ミスターシービーは、私にそう言うと、メジロライアンに控室まで支えて欲しいと頼み、先に降りていった。私もそうしようとしたものの…

 

「サカキと顔を合わせてあげて」

 

 と言われ、私は一人で、控室までの道を歩いた。

 

 

────────────────────

 

 控室に入ると、サカキが待ってくれていた。トレーナーはまだ居なかった、多分、決勝のコースが伝えられているからだろう。

 

「サカキ…」

「アラちゃん……おめでとう」

「ありがとう」

「また…アラちゃんに負けちゃった」

「……」

「……でも、私は諦めない、アラちゃん達が、こんなに頑張ってるのに、悔しがってばかりじゃ、いられないから…私は、私のやり方で、これからもアラちゃん達ライバルに挑むよ、だから…」

「…分かってる、私もサカキのライバルに相応しいウマ娘だってことを証明するよ、決勝で…!!」

 

 私がそうサカキに誓うのと同時に、トレーナーは戻ってきた、しかも、かなり険しい顔をして。

 

「…慈鳥とトレーナー?」

「どうしたの…?」

「決勝のメンバーとコースを聞いてきた。まず…決勝には、ミークが出る」

 

 トレーナーは、そう言った。しかし、表情は険しいままだ。

 

「コースは、コースはどこでやるんですか?」

 

 サカキがそう言うと、トレーナーは深呼吸した。

 

「アラ、サカキ、決勝のコースは…中山の…」

 

 それを聞いた瞬間、私の頭に浮かんできたのは、有記念が行われる2500mだった。だけど、その考えは、一瞬でかき消された。

 

「“4000m”だ」

 

「…えっ…」

「…4000……メートル…?」

 

 最終決戦の舞台は、前代未聞のステージ、試練の場である事に、間違いはない。

 

 

 





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次回、決勝戦となります。分割しようと思っていますので、よろしくお願い致します。

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第74話 対決

 
決勝戦、前半です。出走表が本文中に出てきませんので、ここに掲載しておきます。



1ジャベリンユニット中央
2ホクトアカゲルググ門別
3マチカネグランザム大井
4ロードへビガン中央
5イナリワン中央
6アースクリーナー金沢
7ハッピーミーク中央
8ハーディガンシチー中央
9アラビアントレノ福山
10シュラクブラスターカサマツ
11ヒシアマゾン中央
12オリンポスカノーネ船橋
13ブルーハリソン中央
14クラウンコロニー姫路
15キンイロリョテイ中央
16ナリタトップロード中央



 

 

 中山レース場、4000m、かつて施行されていた、“日本最長距離ステークス”にて使用されていたコースである。

 

 中山レース場を2周する、この点において4000mは、ステイヤーズステークスにて使用される3600mと変わらない。

 

 しかし4000mは、3600mと異なり、距離の違いだけでなく、一周目は外側を走ることとなる。すなわち、3600mとは攻略法が異なるのだ。

 

 そして、現在、トレセン学園に所属しているどのウマ娘も、この4000メートルを走ったことは無い。そして、現在、ウマ娘を指導しているトレーナーも、このコースを攻略した経験が有る者は全くといいほど居なかった。

 

 すなわち、この決勝戦は、ただ優勝を決めるだけの物でなく、未知に対してどう立ち向かうのかを試される舞台であり、ウマ娘とトレーナーの強い絆を示すための舞台でもあった。

 

 

────────────────────

 

 

 福山トレセン学園では、エコーペルセウスが電話をしていた。URAの協力により、中継用の大型モニターが設置されたため、運用の指揮監督のため、彼女は残っていたのである。

 

「多くの人が来てくれてる、そっちは?」

『こちらもです』

 

 通話相手であるカサマツの生徒会長(イナバグナイゼナウ)は、そう反応する。

 

「私達が入学した頃は、こんな光景、想像できなかったからね」

『はい…』

 

 エコーペルセウス達は、過去を思い返していた。改革前の地方はレース場が満員になるほど賑わうレースは少なく、どこか活気が無い様子であったからであった。

 

『でも、この光景を見てると、地方が生まれ変わったんだって、実感できます。新たなる地方、ネオ・地方といったところでしょうか?』

「ふふっ、いい響きだね」

『あっ!?ヤマノサウザンさん?どうかしたの…?うん、分かった、すぐに行くから!』

「…?」

『すいません!誘導と案内を手伝ってきます!』

 

 カサマツの生徒会長は、電話を切った。

 

「ふふっ…大変みたいだね、私も、手伝いに行こうか」

 

 エコーペルセウスは、携帯をしまい、自らも生徒たちの手伝いをするため、人だかりの方へと向かっていった。

 

 

────────────────────

 

 

 観客席の一角では、シンボリルドルフとエアコンボフェザーが並んで座り、ウマ娘達が出てくるのを待っている。

 

「いよいよだな」

「…ああ」

「……なあ、フェザー」

 

 シンボリルドルフは、エアコンボフェザーの方を向き、その目を見る。

 

「…学園を去ったウマ娘達は、このレースを、新しい時代を、見ていてくれるだろうか?」

 

 シンボリルドルフはそう言う。

 

「……私はそう信じたい、トレセン学園の一員だった者として、お前の同志として」

 

 エアコンボフェザーは、シンボリルドルフにそう返したのだった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 控室ではアラビアントレノが、パドックへと出る最後の準備を進めている

 

「これで…」

 

 準備の殆どを終えた彼女は、最後に勝負服のコートを羽織る。

 

「…緊張するか?」

 

 慈鳥は、アラビアントレノが全ての準備を終えたことを確かめ、彼女に話しかけた。

 

「もちろん、でも、家族や、トレーナーだけじゃない。私は、応援してくれる人全てに、勝利の喜びを、届けてあげたいから。萎縮なんて、してられない」

「よし、じゃあ……行ってこい!」

「うん…行ってくる!」

 

 アラビアントレノは、笑顔で慈鳥にそう返し、控室を出ていった。

 

「待ってるぞ、俺達二人で」

 

 残された慈鳥は、一人、そう言った。

 

 

=============================

 

 

「アラ」

「…ミーク」

 

 本バ場に向かう私を呼び止めたのは、ミークだった。

 

「菊花賞ぶりだね」

「うん…」

「………」

「ミーク?」

「…ずっと待ってた…この時を…また、アラと走れるこの時を……」

 

 ミークは私に向け、そう言う。

 

「気持ちは同じ、その言葉を待ってた、私も、ずっとずっと、ミークとレースができる日を、心待ちにしてたから」

「アラ………行こう…!」

 

 ミークの声に、私は頷いて返答し、共に本バ場に入る。

 

『満を持してやってきました!!決勝戦で最も注目を浴びし二人!ハッピーミークと、アラビアントレノです!!』

 

 ワァァァァァァッ!!

 

 本バ場入場をした私達を、多くの声が出迎える。

 

『ハッピーミークは予選ではオグリキャップとキョクジツクリーク、準決勝ではサトミマフムトとテイエムオペラオーを破っています』

『有記念で見せた無限の可能性、究極とも言われるその力をこの大舞台で証明することが期待されていますね』

 

 今回は、強豪揃い、その中でもミークは、一番の強敵…

 

『アラビアントレノは、予選でスペシャルウィーク、準決勝でミスターシービーを破っています』

『こちらも、優勝候補級のウマ娘達を破る大活躍をしています。そして、ハッピーミークとは菊花賞以来の対決となりますね』

 

 このレースは、試練だ。距離という試練、強豪揃いという試練、ミークという試練、この3つを乗り越えて…私は夢を叶えなければならない。

 

 

『中山のファンファーレが、決勝の舞台に響き渡ります!16人の選ばれたウマ娘達が、ゲートへと入っていきます』

 

 ゲートに入り、深呼吸をして、スタート体制をとる。

 

『日が傾きつつある中山レース場で、優勝杯を掲げるのはどの娘になるのか?AUチャンピオンカップ、長距離部門、決勝戦……今……』

 

 ガッコン

 

『スタートしました!』

 

 

=============================

 

『おっと、ブルーハリソン出遅れた!』

 

『さあ、スタート直後の先行争い、最初に飛び出したのはこの娘です!ハーディガンシチー!続くのはシュラクブラスター!』

『今回のレースは超長距離、積極的に前に出る娘は少ないと思っていましたが、予測どおりとなりましたね』

『3番手はオリンポスカノーネ、そしてジャベリンユニット、内にはキンイロリョテイがいます。2バ身差で追走するのは、ロードへビガン、そしてアラビアントレノ、ハッピーミークと続きます。続くのは、マチカネグランザム、それに並びかけるのはアースクリーナー、内を突いてナリタトップロード、ホクトアカゲルググ、ここまでが中団です、後方グループ、まずはヒシアマゾン、外から行くのはイナリワンとクラウンコロニー、そしてしんがりはブルーハリソン』

 

 

「よーし!始まったー!!」

「行けー!ハッピーミーク!!」

 

(やはり…スローペースになったか……よし、アラは、いつもより前の方にいる)

 

 慈鳥は、観客たちの声援を聞きながら、状況を分析する。

 

(今回のコース、この場にいる全員にとって、初めてのコース…つまり、手探り状態で走るも同然…自然とスローペースになるし、脚の使い方をミスるウマ娘だって、出てくるはずだ、それに、菊花賞の時のセイウンスカイみたいに、ペースを変化させて逃げ切りを狙う奴だっているだろう、だから、前の動きを見逃さず、混戦になりそうな後ろを避ける、中段前寄りのあのポジション…あそこでレースを進める………それに、ミークのあの表情だと、このコースの攻略法も似てるっぽいな……) 

 

 慈鳥は、ハッピーミークの走りを見て、桐生院と自分たちの作戦には、似たものがあると感じ取っていた。

 

(フッ…考えることは同じ…か…)

 

「直接戦うことは少なかったが、共にトレーニングに励み…切磋琢磨してきたんだ…存分に戦え、アラ…!」

 

 慈鳥は笑みを浮かべ、アラビアントレノを見た。

 

 

 

 

 

 

 

(中山の坂の登り方…短い歩幅で、低い位置で腕のリズムを取る…そして…足首の柔軟性をうまく使う)

 

 ハッピーミークは、テンポよく、一度目の坂を駆け上っていく。

 

「ミークさん、しっかり坂を登ってますね」

「はい、オグリキャップさんには、感謝して頂かないと」

 

 氷川の言葉に、桐生院はそう答える。決勝戦のコースを知ったハッピーミークが一番に行ったこと、それは、オグリキャップに教えを請うことであった。

 

 中山で2度の有記念優勝を果たしたオグリキャップ、彼女は、相棒的存在であるベルノライトの協力により、中山の急坂の攻略法を知っていたのである。

 

 そして、ハッピーミークは、その才覚でそれをモノにしただけでなく、自分に合うよう、改良まで加えていたのであった。

 

(坂を登った…ミークのポジションは、あれがベスト…大丈夫…でも…)

 

「………まだ坂は2回残っています。安心してはいられません……このレース、私達は、このコースを3つに区切って、攻略のイメージを作りました、スタートから2コーナーまでの上り、向正面から2週目の1コーナーまでのアップダウン、そして、2コーナーから始まる、最後の1400m…」

「一つ目はパワーのある走りかつ、スタミナを無駄にしない走り、二つ目は坂でついた勢いを無駄にする事なく、上りに備える走り、そして最後は、末脚を使いながら、急坂で力尽きないようにする走り……という所でしょうか?」

「…その通りです。ですが、求められる走りが、違ってくるということは、慈鳥トレーナーと、アラさんは、知っているはず…」

「……じゃあ、このレースは、本当に、“真っ向勝負”なんですね」

「はい…………ミーク、貴女ならやれます、存分に戦って下さい…!」

 

 桐生院は拳を握りしめ、ハッピーミークを見てそう言った。

 

 

 

『各ウマ娘、第一コーナーへと入っていきます!先頭はハーディガンシチー、1バ身差で、シュラクブラスター、2バ身離れて、オリンポスカノーネ、いや、ジャベリンユニット、そしてキンイロリョテイ。先行組はこのあたりまで、それらに2バ身差で追走するのは、ロードへビガン、内にアラビアントレノ、ハッピーミークも続いています。半バ身差、マチカネグランザム、外から外から、アースクリーナー、少し下がりました、ナリタトップロード、ホクトアカゲルググは外寄りにポジションチェンジ、中団グループはここまで、そして後方にいるのはヒシアマゾン、外からはブルーハリソン、イナリワンとクラウンコロニーが並ぶように最後尾!』

 

(よし…!坂路は大丈夫…)

 

 アラビアントレノは、大した負担を感じず、登りをクリアしていた。彼女の故郷は、山に囲まれている、そこで走ってきた彼女は、自然と坂で燃費の良い走りをしていたのだった。

 

(アラ…やっぱり、坂は問題無いか…)

 

 もちろん、ハッピーミークもそれは同様である。

 

(ここからは下り坂、コーナーリングをしながら、勢いを殺さずに、走らないといけない…集中力を切らさず行こう…慌てず急いで…確実に)

 

 4000mもの長距離レース、一回のミスが末脚を殺すことに繋がりかねない、それはハッピーミーク以外も理解しており、スローペースでレースは進んでいく。

 

『ウマ娘達は現在、向正面を走っています。スローペースで縦長の展開、先頭から最後尾まで11バ身ほどあります』

『ここを抜ければ第3コーナーとなります。長い戦いですが、頑張って欲しいですね』

 

 

「……このコーナーを抜ければ、二周目…か…」

「ああ、だが、この時間帯となると、走り方だけでなく、他のことにも気をつけなければならないな」

 

 シンボリルドルフは、そう言い、ウマ娘達からスタンドの前に、視線を移す。

 

「なるほど、“西陽”…か…」

 

『各ウマ娘、第3コーナーへ』

 

 エアコンボフェザーは、納得した様子で頷いた。この時期の中山レース場の第3コーナーは、丁度西陽に照らされる位置にある。

 

 レース場を走るウマ娘達は、競走馬に騎乗する騎手とは異なり、ゴーグルなどはつけていない。それは当然、直射日光が目に当たるということを意味している。そして、それは、冬の控えめな日差しで、少しの間であれど、ウマ娘の周囲の状況を把握する能力を、一時的に低下させるのには十分であった。

 

「今はまだ、一周目だから、問題は無いだろう、だが、二周目のスパート時には、この日差しの影響も考慮しなくてはならないな」

 

 シンボリルドルフはそう言い、再びウマ娘達に目をやった。

 

 

(予想はしてたけど…やっぱり…日差しがキツイ、でも、対策はしてきてる)

 

 アラビアントレノは、一瞬右前方を見て、視線を戻した。幻惑の対策を行い、集中力が切れるのを未然に防いだのである。

 

(…ッ…)

 

 ハッピーミークも、額の汗を一瞬拭って影を作り、西陽に対処していた。

 

 

 

────────────────────

 

 

『各ウマ娘、第3コーナーへ』

 

 実況がそう言った瞬間、慈鳥は双眼鏡を覗き、アラビアントレノを見た。

 

(アラは……よし…日差しへの対処は出来てるな…そうだ、勢いを殺さず、走っていけ…、ここを抜け、第4コーナーと急坂を抜けると二周目に入る。まだまだ、勝負はこれからだ)

 

 無事に外回りを終えたウマ娘達には、二度目、三度目の坂が襲い来る。

 

 中山レース場、4000m、このコースは、最後の最後まで、ウマ娘達の体力、精神力を削りにかかる。

 

 慈鳥の言う通り、まだ、勝負はこれからなのだ。

 

 

 

 





お読みいただきありがとうございます。

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次回で決勝戦は終わりです。よろしくお願い致します。

ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第75話 BEYOND THE LIMIT



 レースは最後です。また、拙い挿絵が入っております。


 

『各ウマ娘、第4コーナーを抜けて二度目の坂へ!』

 

(これをあと…一回登るのか…!?)

(そんなレース…今までなかったから…)

(コレとの三連タイマンは…流石にキツイ…)

 

 二度目の坂を迎え、ウマ娘の中には三度目の最後の坂が不安になるものも現れてきた。

 

(スタミナ消費は…計算のうち、末脚は残せる)

(大丈夫、ミスは無し)

 

 そして、アラビアントレノとハッピーミーク…この二人は、出走ウマ娘達の中では、最も余力を残して、二度目の坂を登り終えた。

 

『各ウマ娘、スタンド前へ!ハナを維持していますハーディガンシチー、半バ身差で、シュラクブラスター、3バ身離れて、オリンポスカノーネ、後方にはキンイロリョテイ、そしてジャベリンユニット、2バ身差でロードへビガン、アラビアントレノ、ハッピーミークが固まる。1バ身差、マチカネグランザム、ナリタトップロード、あるいはアースクリーナー、それを見るようにホクトアカゲルググ、2バ身差で、ブルーハリソン、そしてヒシアマゾンとイナリワン、しんがりはクラウンコロニーです』

 

 

「この坂を登りきれば、下りですね」

「はい、でも、内回りの下りは、外よりも傾斜角がキツイですから、用心して下りないと、スタミナを浪費したり、コーナー出口で膨らみ過ぎます、ミークは大きいですから、ここは重要視しました」

 

 ウマ娘達を見ながら、氷川と桐生院は言葉を交わす。

 

「…準決勝までの走りから考えれば、ミークさんとアラさんのコーナーリング能力は互角…ミスをしないようにしている訳ですね」

「はい、4000メートルという、前代未聞の距離、勝負は、いかに末脚を残し、使うかにかかっています」

「末脚…そう言えば、スパートはどのタイミングで?」

「…向正面です。でも、タイミングはあの娘に任せてあります。」

 

 ウマ娘に、タイミングを任せる、これはハッピーミークと桐生院が深い絆で繋がっている証拠であった。

 

 

 

『各ウマ娘、ハーディガンシチーを先頭にして段々と第一コーナーへと入っていきます!』

『残りはおよそ1700mほどと言ったところでしょうか?』

 

「ここからはコーナーのきつい内回り、アマゾン達はどう動くのかが、気になるな」

 

 そう呟き、シンボリルドルフはエアコンボフェザーの方を向く、しかし、エアコンボフェザーは何も返さなかった。

 

「フェザー…?」 

「ルドルフ、よく見ておけ、アラは何かをやろうとしている……来るかもしれないな、アレが」

「アレ…?」

 

 シンボリルドルフは、疑問を浮かべながらも、コースに目をやった

 

 

=============================

 

 

『各ウマ娘、ハーディガンシチーを先頭にして段々と第一コーナーへと入っていきます!』

『残りはおよそ1700mほどと言ったところでしょうか?』

 

 ミークは私にピッタリとつけている。スタミナをきっちり管理できているってことだろう。力量は互角…

 

 ただし、それは領域を抜いての話だ。

 

 何処かで揺さぶりをかけて、アドバンテージを取るしかない。

 

 何か棒で小突くぐらいの、ちょっとした刺激でもいい……隙を見せる、きっかけをつくる。

 

 一旦、耳を絞る。

 

 前だけを見る、集中力を高める。

 

 タイミングは…コーナーの出口。

 

 

=============================

 

 

『各ウマ娘、第2コーナーのカーブへ!下りはまだまだ続いているぞ!』

『下りだからといってペースアップをすると、コーナー出口で姿勢制御をするのが難しくなります。行くのか、行かないのか。判断が分かれるところですね』

 

(まだ足は残っている、スタートに失敗して後ろを走らされてきたが、本来の仕掛け位置は更に前、行くぞ…!!)

 

『おーっと!!ここでブルーハリソンが坂道を使い上がってきたぞ!』

『出遅れからずっと後方を走らされてきましたから、ここがチャンスと見たようですね』

 

(…後ろから一人…大丈夫、ぶつかるようなコースじゃない)

 

 ハッピーミークは、ブルーハリソンの動きが自分の走りを妨害するようなことにならないかを分析し…

 

(………)

 

 アラビアントレノは、それを気にせず、集中し続けていた。

 

『各ウマ娘、2コーナーから向正面へ!先頭変わらず、ハーディガンシチー!!』

 

(……ここで…一瞬だけ抑えて──)

 

 その時である。ハッピーミークの眼の前で靡いていた筈のアラビアントレノの髪が、一瞬で消えたのであった。

 

『ここでアラビアントレノがロードヘビガンの前へ!!』

 

(何……あの…速さ……)

 

 ハッピーミークは、驚愕した。アラビアントレノは、膨らむことなく、一瞬だけスピードを上げ、コーナー出口の最も遠心力がかかる部分を曲がり切ったのである。

 

 

────────────────────

 

 

『ここでアラビアントレノがロードヘビガンの前へ!!』

 

「何だ…!?あの…コーナーリングは…」

 

 シンボリルドルフは驚愕のあまり、目を丸くする。

 

「アレが、アラの持つ力だ。最も、それは最近になって急に出てきたものじゃない。福山レース場で、私とやりあったときに、もう、きっかけのようなものは出ていたんだ…」

「アラビアントレノの…力…?」

「ああ、具体的に言うと、身体を使いこなす才能…それが、とても洗練されているんだ、湿地帯のようなデコボコの重バ場に物怖じせず、末脚を使いながら駆け抜けたり、曲がりきれない筈のスピードでコーナーを曲がり切る………その動きはとても安定しているんだ、数十年の修行を重ねた、職人のようにな、そして、これを見せつけられたショックは大きいだろう」

「…!だが、彼女は…」

「ああ、私達よりも年下だ。だが、アラは、獣が本能で狩りを行うときの様に、ほぼ完全に身体を使いこなしている…そして、その力がアラの強みである状況判断の上手さに、巧みにマッチしているんだ………この謎を解き明かすのには、まだまだ先が長そうだな」

「君がそんなことを言うのか…?」

「私達ウマ娘には、まだまだ謎が多い…セオリーだけで説明できないこともある、特に…アラに関してはな」

 

 エアコンボフェザーはそう言い、ターフに目を戻した。

 

 

────────────────────

 

 

『各ウマ娘、向正面に入ります!先頭ハーディガンシチーだが、シュラクブラスターが詰めてきている。リードは4バ身、オリンポスカノーネ、そしてキンイロリョテイ、ジャベリンユニット、1バ身差でアラビアントレノ!そしてまた1バ身離れ、ロードへビガン、そして、ブルーハリソン。後ろには、ナリタトップロード、マチカネグランザム、アースクリーナー、そしてハッピーミークとホクトアカゲルググそしてヒシアマゾンとイナリワン、しんがりはクラウンコロニーです』

『最後尾の娘達がだんだんとペースを上げていますね、混戦が予想されます!』

 

 

 

 アラビアントレノの走りを、真近で見せつけられた故に生まれた一瞬の隙、それを、他のウマ娘達は見逃さなかった。

 

 ハッピーミークは、何人かのウマ娘達に抜かれてしまったのである。

 

「…これは、現実だ、受け入れなくちゃいけない…」

 

 我に返ったハッピーミークは、素早く頭を冷やす。

 

(メンタルトレーニングは、積んできた。でも、私は、驚いてしまった。)

 

(私は…アラに一回負けてる。そのことが、まだトラウマみたいな感じで残っているんじゃないの?どこか萎縮してしまってるんじゃないの?ミスをしたくないことばかり考えて、どこか情けない走りをしているんじゃないの?)

 

 ハッピーミークは、自分自身に問いかける。

 

(……私は…何の為に、ここまで上がってきたの?)

 

 そして、もう一度ここに来た目的を見つめ直す。

 

(…そう、アラに勝つため、決着をつけるため。…私は…私は……ここにいる誰よりも…アラよりも速いと信じて……レースをやっているんだ!!)

 

 ハッピーミークから、閃光が漏れる。

 

『残り1000m地点、ここでハッピーミークが仕掛けたぞ!!』

 

(アラ…すぐに追いつくから)

 

 ハッピーミークは、足を一歩踏み出す。

 

(……!)

 

 そして、横にいたアースクリーナーは、ハッピーミークの気迫に、恐れおののく。

 

 走る気力を、奪ってしまうようなプレッシャーをハッピーミークは放っていた。

 

 

 

「あれは…!」 

 

 観客席にいるシンボリルドルフは、過去の事を思い出す。

 

 領域とは、超集中状態である。パフォーマンス向上のメリットは大きいものの、体力の消耗は激しい、しかし、タマモクロスなど、その領域を制御するウマ娘も、少数ながらいた。

 

「プレッシャーを放ち、かつ領域を制御する……まさか、ミークまでアレをやってのけるとはな…」

 

 エアコンボフェザーは、そう呟く。観客席にいる彼女達にも、プレッシャーを与えるほど、ハッピーミークの領域は、研ぎ澄まされ、強大だった。そして、それは青いオーラとして、二人の目に写っていた。

 

 

『各ウマ娘、第3コーナーに入っていきます、ハッピーミーク、凄まじい追い上げ!先程抜いていった娘達を次々と抜き返していく!!』

 

(…ミークの放つプレッシャー…ビリビリと来る、でも…私だって、勝つためにここにやってきた…だから…屈するわけには!)

 

 アラビアントレノは、他のウマ娘を喰うように襲い来るプレッシャーを跳ね除けた。

 

『アラビアントレノがここでスパート!!しかし後ろからハッピーミークが迫る!!』

 

 彼女は、ロングスパートをかけ、第3コーナーへと入る。

 

(……やっぱり…アラは凄い…でも、私は…アラを超えるために、ここまでやって来たんだ!!)

 

『ハッピーミーク!アラビアントレノを抜いた!アラビアントレノを抜いた!』

 

(…ッ、速い…!!)

 

 ハッピーミークは、プレッシャーで捻じ伏せる訳でもなく、ただ、純粋な走りの強さで、アラビアントレノを抜いてみせた。

 

(……!!)

 

 アラビアントレノは、気圧される。

 

 

 

「ミーク!行ってください!!」

 

 桐生院は声を張り上げ、ハッピーミークに声援を送る。

 

「他のウマ娘は、まだ怯んだままです!!」

 

 氷川もそれに続く、ここまでの消耗、ハッピーミークの放つプレッシャー、この二つの要素により、他のウマ娘達はその殆どが、まだ有効に動くことが出来ていない。

 

 決勝戦の舞台は、ハッピーミークとアラビアントレノ、この二人の戦いとなりつつあった。

 

 

「アラ!!」

 

 慈鳥は柵から身を乗り出すようにして、アラビアントレノを見る。レーサーであった彼には、アラビアントレノがかなり不利だと言うことが分かっていた。

 

「まだだ!諦めるな!!」

 

 それでも諦めずに、彼は声援を送る。

 

「………」

 

 そして、彼は大きく息を吸い込んだ

 

 

────────────────────

 

 

『ハッピーミーク!アラビアントレノを抜いた!アラビアントレノを抜いた!』

 

「……!」

 

 福山トレセン学園では、先程までアラビアントレノを応援していた人々が、ハッピーミークの走りに圧倒され、言葉を失っていた。

 

「皆、諦めないで!!」   

 

 しかし、その沈黙を破るかのように、エコーペルセウスが叫び、同時に映像が切り替わる。

 

「アラはまだ、諦めちゃいないんだよ!!」

 

 映像は、アラビアントレノのアップだった。人々の視線が、それに集まる。

 

「アラがこんなに踏ん張ってるのに、私達が応援しないでどうするの!!アラ!!諦めちゃいけない!!」

 

 エコーペルセウスは自分から率先して応援する。

 

「アラビアントレノ!やってくれ!!」

「アラ先輩!!」

「アラちゃん!!」

 

 それに呼応するかのように、人々の声援は、復活していく。

 

「「「お姉ちゃん!!」」」

「アラ、悔いのないように、頑張りなさい」

 

「あなた」

「ああ、応援しよう!!」

「ええ、もし…私達にウマ娘の子供ができたら、こんな強い娘に…育ってほしいから」

 

 アラビアントレノの家族や、その隣にいた夫婦も、それに加わる。

 

 

 

「見ろ!!まだだ…まだ終わっていない!!」

 

 高知トレセン学園では、フジマサマーチが、モニターを指差し、そう叫ぶ。

 

「そうだ……マーチの言うとおりだ、まだ、勝負が決まったわけじゃない」

「アラビアントレノ、行け!!」

 

 ここだけではない。

 

 

 

「アラビアントレノさん!頑張って、頑張って下さい!!」

「行けー!!」

 

 門別トレセン学園では、人々に混じって、小学生のウマ娘(コスモバルク)とその友人が、声援を送る。

 

 

 

「アラビアントレノ!また雷鳴を聞かせてくれよ!!」

「そうだ!行け!!」

 

 交差点のビジョンの前でも。

 

 

 

「諦めるな!!」

「アラビアントレノはどんな相手にだって勝ってきたんだ、ハッピーミークにだって!!」

 

 街の小さな電気屋でも。

 

 アラビアントレノの走りに魅力された多くの人々が、様々な場所で、声援を送っていたのである。

 

「……あれは…」

「凄い…」

 

 そして、ある場所でその光景を見ていた二人のウマ娘が、足を止めた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 息を吸い込んだ慈鳥は…

 

「アラ!行け!!お前は一人じゃないんだ!!俺達がついてる!!行け!!」

 

 と叫んだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

  

 

(トレーナー…)

 

 そして、その声は、アラビアントレノにもはっきりと届いていた。

 

(私は…一人じゃない)

 

 ハッピーミークに食い付きつつも、徐々に押されつつある彼女は、心の中でそう呟く。

 

(……そうだ…私が、ここまで来れたのは、皆のおかげ、皆が、私の勝利を祈ってくれているから、友達が、ライバルが、トレーナーが、家族が……そして…おやじどのが!!)

 

 ハッピーミークに圧倒されつつあったアラビアントレノは、再び勢いを取り戻していく。

 

『第4コーナー終わり!最初に駆け抜けて来たのはハッピーミーク!アラビアントレノ!追いすがる!!後続も来ているが二人は激しい競り合いだ!!』

 

(相手がサラブレッドだとか、私がアングロアラブだからとか、そんなのは…関係無い、私は、私の夢を叶えたい。皆と喜びを分かちあって、笑顔が見たい。それに、私はミークの悩んで、苦しんで来た姿を知ってるから、でも一緒に頑張ってきたから……私は…私はミークに……負けたくない!!)

 

(勝ちたい!!)

 

 その時であった。

 

(………!!)

 

 アラビアントレノは、閃光を放ち、赤いオーラに包まれた。

 

(……行こう!!)

 

 アラビアントレノは、領域へと至った。相手から領域を引き剥がすのではなく、自らも、同じ舞台へと立ったのである。そして、力強く踏みこむ。

 

『アラビアントレノ!!ペースを上げた!!外から来た!外から来た!』

 

(アラ…それでも!!)

 

 ハッピーミークは、負けじと最後の力を振り絞る。二人は閃光を放ちつつ、横並びとなった。

 

『二人はほぼ横並び!!中山の直線は短いぞ!後ろの娘達は間に合うか!?』

 

(…アラ)

(…ミーク)

((私が…))

 

「「勝つ!!」」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 そこにはもはや、サラブレッドとアングロアラブという違いは無く、二人のウマ娘が、夢のため、勝利のため、競い合う姿のみがあった。そして二人は、最後の坂に差し掛かる。

 

『グランプリウマ娘と菊花賞ウマ娘の壮絶なぶつかり合い!果たして勝つのはどちらだ!!』

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」

 

(坂は、ずっとずっと昔から走ってきたんだ…ここで…!!)

 

 ドォン!!

 

 アラビアントレノは、力強く踏み込む。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

『残り50m!!ここでアラビアントレノ、抜け出した!!抜け出した!!今一着でゴールイン!!アラビアントレノ!!この大舞台でも雷鳴を響かせ、次の時代の幕開けを幕開けを示す号令としました!!』

 

 最後に勝負を分けたもの、それは種の違いではなく、経験の差であった。

 

 アラビアントレノは、アングロアラブが元から持っているアドバンテージではなく、自分が積み重ねていった物で、ハッピーミークに勝利したのであった。

 

 こうして、後にウマ娘レース史上最大の領域のぶつかり合いと語られたレースは、幕を閉じた。

 

 

=============================

 

 

 ワァァァァァァッ!!

 

 私はターフの上に大の字になり、歓声を聞く。

 

 自分の勝利で、喜んでくれる人々が、こんなにもいる。

 

 幸せで…幸せでたまらない。

 

「……」

 

 ミークが、無言、だけど笑顔で手を差し出してくる。私はそれを掴み、立つ。

 

 スタンドの観客たちに手を振り、頭を下げる。トレーナーの方を見る、トレーナーは、泣いていた。

 

 そして、ミークの方に向き直る。

 

「おめでとう……でも、次は、勝つ」

「ありがとう…でも、次の勝ちも、私がもらう」

 

 私の返答を聞くと、ミークは満足気に微笑み、先に地下道へと入っていった。

 

 …家族の皆、おやじどの、トレーナー、セイユウ、福山の皆…

 

 私は勝ったよ。

 

 

────────────────────

 

 

 控室に入ると、トレーナーは微笑みながら私を迎えてくれた。

 

「アラ…凄かった…よく…頑張った」

「ううん、トレーナーの、あの応援のお陰だよ。“俺達がついてる”あの言葉が無かったら、私は多分、力尽きてたから」

「……!」

「…だから、ありがとう、トレーナー、でも、まだまだライブが残ってる。だから、行ってくる」

「…ああ、しっかりな!!」

 

 私はトレーナーに見送られ、ライブ会場へと向かった。

 

 

=============================

 

 

 ワァァァァァァッ!!

 

 ライブの一曲目「うまぴょい伝説」が終わり、歓声が巻き起こる。  

 

 今回のレース…一つ気になる事がある。アラは、領域に至ったと言っていた。だが…アラはサラブレッドではない。

 

 …俺達応援する人の意志が集まり、アラに力を与えたのだろうか?

 

〜♪

 

 そんなふうに考えていると、懐かしい、前奏が流れる。

 

 次は二曲目、アラのソロライブだ。

 

 考えるのはここまでにして、聞こう。

 

 俺もアラを支える者の一人なのだから。

 

『嵐の中で輝いてその夢を諦めないで』

 

 ああ…やっぱり、この曲は、アラにピッタリだ。

 

 アラは、どんなに傷つこうとも、悩もうとも、苦難に直面しようとも、諦めなかった。

 

『まだ遠い明日もきっと…迷わず…そうよ、迷わず超えてゆけるの』

 

 そう、そしてそれらを乗り越えてみせたのだ。

 

 今日の勝利は、その積み重ねの結果だ。

 

『傷ついたあなたの両手で、明日がほら生まれてゆく…輝いてゆく』

 

 俺の力なんて、アラのしてきたことと比べれば、ちっぽけなものだ。

 

『嵐の中で輝いてその夢を諦めないで』

 

 嵐の中で、一番目立つものは何だろうか?

 

 答えは簡単…雷だ。

 

 輝き、雷鳴を響かせ、あらゆる人々に、天気の変化を実感させる。

 

 それと同様、アラの走りは、多くの人々に、絶え間ない時代の変化を感じさせていくだろう。

 

 今までも、そしてこれからも。

 

 常識を超えて。

 

 時を超えて。

 





お読みいただきありがとうございます。

新たにお気に入り登録をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m

あと1、2話で、この物語は終わりです。最期まで、どうかお付き合い頂けますと幸いです。

ご意見、ご感想等、お待ちしています。


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第76話 THIS IS ONLY THE BEGINNING

 
 


 

 AUチャンピオンカップは、大成功で幕を閉じた。福山トレセン学園の生徒たちは、アラビアントレノの他に優勝した者はいなかったものの、どの生徒も素晴らしい結果を出したのであった。

 

 東京レース場で行われたダートの決勝では、メイセイオペラがワンダーグラッセら他の出走ウマ娘と壮絶なトップ争いを繰り広げ、優勝。

 

 短距離では、中央の選手にハナ差で負けたものの、キングチーハーは強い走りでその姿を観客の目に焼き付けた。

 

 マイルでは、セイランスカイハイ、ジハードインジエア、グラスワンダーの三つ巴の戦いとなり、グラスワンダーが粘り勝ちをした。

 

 中距離では、エアコンボハリアー、セイウンスカイの追走を振り切り、サイレンススズカが逃げ切り勝ち、アメリカ遠征を敢行することを決めた。

 

 そして長距離では、アラビアントレノとハッピーミークの壮絶な叩き合いが、観客達の記憶に深く残ったのである。

 

 中央と地方のウマ娘は、互角に戦い、互いの健闘を称え合った。

 

 そして、この大会で起きた最も大きな出来事は、全ての決勝で、領域が確認された事である。このことは、日本の競走ウマ娘達に新しい時代の訪れを、確信させるものであった。

 

「……私達のやるべきことは、まだまだ多いようだな」

 

 そう言って、AUチャンピオンカップの記録を見ていたシンボリルドルフは、それを閉じる。

 

「さて、行こうか」

 

 そして、彼女は生徒会室の扉を開けて、歩き出したのであった。

 

 

 

「理事長、福山トレセン学園の皆さんが到着されましたよ」

「承知ッ!!誘導を頼むよう、職員の皆につたえておいてくれ!これで最後だな!」 

 

 そして、中央トレセン学園では、理事長のやよいが、そのポケットマネーでAUチャンピオンカップ成功の祝賀会として、食事会を行うことを決定し、それに各地方トレセン学園の代表者達を招待していた。そして、福山トレセン学園は、アラビアントレノ達5人とそのトレーナー、それに、エアコンボフェザーとハグロシュンランを代表として送ったのである。

 

 

 アラビアントレノ達は体育館へと向かっている。

 

「おお~、近くで見ると、こんなに大きいとは」

 

 会場である体育館の大きさに、セイランスカイハイは思わず声を漏らす。

 

「広そう」

「そうね……外から見ただけでも、福山との違いがよく分かるわ」

「2000人以上収容できる体育館だからな」

 

 慈鳥らも、驚きを隠せていない。

 

「この大きさならシャトルランが出来そうですね」

「私達ウマ娘がやったら絶対床材がズタズタになるわよ…」

「あまりはしゃぐなよ、お前達」

 

 エアコンボフェザーは、テンションが上がる面々を落ち着かせ、体育館の扉を開ける。

 

「福山か!?おーい!こっちだ!こっち!!」

 

 いち早く気づいたのは、サトミマフムトである。彼女は手招きをして、アラビアントレノ達を呼んだ。

 

「……」

 

 アラビアントレノは、歩きながら周囲を見る。

 

 会場には、地方中央問わず生徒がいたものの、このような催しは初めてであり、主催者であるやよいも居なかった。それ故、集められた者の殆どが地方は地方、中央は中央の生徒、トレーナーで固まって待機していた。

 

 グググググ…

 

 アラビアントレノ達が、サトミマフムトのところまでたどり着いた瞬間、体育館のステージの上の幕が開いた。

 

 そして、中央トレセン学園の理事長であるやよいが姿を現す。

 

『歓迎ッ!!各地方トレセン学園のウマ娘及び、トレーナーの方々!まずは、私から、お礼を述べさせて貰いたい。方々の力添え無しでは、URAに蔓延っていた問題の解決、及びAUチャンピオンカップの成功は無かった!本当に…ありがとう!!』

 

 やよいは、丁寧に頭を下げる。

 

『そして、今日の祝賀会は、AUチャンピオンカップによって、我々中央、そして地方が、共に良き好敵手として競い合い、高め合うようになれたことを記念するものであるッ!!そして、この体育館は、生徒、トレーナーの交流の場!!見知らぬ者と話し、友情を築くも良し、ライバルとの再開を楽しむも良し、今後のウマ娘レースの展望を語り合うも良し!!互いの仲を深めて欲しいッ!!以上をもって、開会の挨拶とするッ!!』

 

 

 

 

 やよいがそう言うと、会場の照明が明るくなる。アラビアントレノら5人は互いに顔を見合わせる。

 

「…なるほど、開始の合図ということね」

「交流ですか」

「なら、予習済み」

「楽しんじゃおうか」

「だね、皆、行こう」

 

 アラビアントレノらは、そう言って、中央の生徒の方に歩き出す。

 

「私達も行きましょうか」

 

 それに続き、キョクジツクリークが歩き出す。

 

「ここで出遅れては、チームキマイラの名折れ」

 

 メイセイオペラが

 

「いっぺん中央の生徒とは、深く語り合いたかったんだ」

 

 サトミマフムトが続く。

 

 そして、多くの生徒が、それに続いたのだった。

 

 

────────────────────

 

 

 アラビアントレノらが動いてから、数十分もすると、体育館のどの場所でも、盛んに会話がかわされるようになっていた。

 

 そして、アラビアントレノはシンボリルドルフと話していた。

 

「さっきは後輩達と話してくれてありがとう、あの三人は、君に憧れていたんだ」

「いえ、お安い御用です」

「…君はこれから、どうするつもりなんだ?」

「まだ、決めていません」

「そうか、でも、迷った時は、いつでもトレーナーや友人を頼ると良い、私だって、そうしてきた」

 

 シンボリルドルフは、遠くで中央の生徒と話しているエアコンボフェザーを指さした。

 

「……知ってはいると思うが、彼女と私は、共に生徒会の仕事に励んでいたんだ。」

「…二人は同志だったと、聞いています」

「ああ、その通りだ。私達は、先代会長(スピードシンボリ)の下で、ウマ娘達の幸福という願いを持ち、ともに学び、歩んでいたんだ」

「シンボリルドルフさんが、会長となる前から…ですか」

「ああ、先代は、感情豊かかつ、あらゆる物事を試す、現場型のとても優れた人物でね。ある日“地方から来た無敗の白い彗星と、同じく、ジュニア無敗の私の二人に共に仕事をさせたら、どうなるのだろうか?”と思いつき、実行したんだ。それが、私達が同志となるきっかけだった。そして、それを見届け、卒業するなり、先代は世界を回る旅に出てしまったよ」

「…」

「…それからというもの、私の活躍の裏には、常に彼女がいたと言っても、過言では無いだろう。そして、彼女が抜けて顕在化してきたことなのだが…私は、腹を割って相談できる相手が少なすぎた。アラビアントレノ、君は、そうならないようにな…最も、君の場合は、心配いらないだろう」

 

 シンボリルドルフは、微笑んで、アラビアントレノの方に手を置き、別の所へと歩いていった。

 

 

────────────────────

 

 

 料理が運ばれて来ると、会話はさらに盛り上がりを見せていた。

 

「エルコンドルパサー、あんたはこれからどうするの?」

「凱旋門賞に再び…と行きたいところですが、まずはアナタへのリベンジマッチデース!!」

「…そう言って貰えると、嬉しい」

「…オオ!?なら、グラウンドでやりますカ?今から!」

「エル!貴女は食べたばかりでしょう!神聖なターフに吐瀉物をまき散らす気ですか!?」

 

 

 エルコンドルパサーはエアコンボハリアーにリベンジを誓い、グラスワンダーはやる気満々の彼女を抑える。

 

「魚を取るのはやっぱり釣り竿でグイッと行くのが一番だよ」

「いや、銛を持って海に飛び込むのが楽しいんだよ」

「駆け引きがある、釣り竿の方が楽しいよ〜」

「いやいや〜やっぱ銛だよ銛、エントリィィィィィィって叫びながら飛び込むと、嫌なことも吹っ飛ぶからね。」

 

「……スカイさんと貴女達の友達……二人とも、容姿はよく似てるのに、考えることはまるで違うのね」

「…誤算だったわ…魚のことで話が盛り上がる思ったのだけれど」

「私からすれば、どちらもフィッシングなのですが……」

「ちょっと頭が痛くなってきたわ…」

 

 セイウンスカイとセイランスカイハイは、どちらのフィッシングのスタイルが楽しいかを論議し、キングヘイロー、キングチーハー、ワンダーグラッセは、平行線をいく議論にうんざりしていた。

 

 

「ふふっ…今後のメジロ家のウマ娘は、レースを更に楽しいものにしてくれそうですね」

「はい、現在、メジロ家はダートの方にも挑戦しようかと思っていて、地方にウマ娘を入学させることができないか、模索中です」

「本当ですか?」

「はい、この娘…メジロホーネットというのですが……AUチャンピオンカップのお陰で、ダートに興味を持ったのです、オグリさんの協力のもと、カサマツトレセン学園に進学してもらう予定です」

「そうだったのですね、では…障害レースの方は?」

「……」

 

 ハグロシュンランがそう聞くと、メジロアルダンは苦しそうな顔をする。

 

「アルダンさん?」

「……実は、あまりそちらは話に出ないんです。というのも、私を含めた、メジロ家のメンバーの殆どが障害と聞くと、悲しいことが起こる気がするというか…悪い予感というか…メジロカラーが無くなってしまうというか…そういう、良くないことを何となくですが感じてしまうのです。パーマー達は、そうでもないようなのですが…」

「…申し訳ありません、変なことを、聞いてしまいました」

「いえいえ、良いんです……あっ…この場をお借りして、シュンランさんにメジロ家のメンバーを紹介致しますね」

 

 メジロアルダンはそう言うと、メジロ家のウマ娘達を呼ぶ。

 

「…左から、メジロランバート、メジロライアン、メジロドーベル、メジロパーマー、メジロマックイーン……この5人が、現在、トゥインクルシリーズで走っている、メジロのウマ娘です」

「皆様、はじめまして、ハグロシュンランと申します」

 

 ハグロシュンランは、メジロ家のウマ娘達に、挨拶をしたのだった。

 

 

「…スペシャルウィーク…ドリームトロフィーリーグに行くの?」

「はい!レベルの高いステージに上がって、もっともっと、強くなりたいですから!」

 

 スペシャルウィークは、アラビアントレノに、自らの決意を語る。

 

「そっか……次、走るときが楽しみになるね」

「はい!……あっ!追加の料理が…アラビアントレノさん!少しの間失礼します!」

 

 そう言うと、スペシャルウィークは、料理を取りに向かっていった。

 

「消えた……瞬間移動したみたいに」

「…スペシャルウィークさんも、食べるのは大好きだから…」

「ミーク」

「良ければ、スペシャルウィークさんが戻ってくるまで…こっちで話そう」

「うん、ありがとう」

 

 アラビアントレノは、ハッピーミークと共に歩いていった。

 

 

────────────────────

 

 

「……ふぅ…」

 

 体育館が賑やかになる中、慈鳥は、飲み物を持って外へ出た。

 

「相棒、俺達はやったぞ、お前が可愛がってたアラは…立派に成長した、夢に向かって、走り続けてるよ。俺も、あの娘にいっぱい感動させて貰ったよ。………ありがとな」

 

 慈鳥は、座り込み、夜空に向けてそう語りかける。そして、飲み物を掲げる。

 

「レースで勝った夜は、よく、こうしてたよな…………乾杯だ」

 

 慈鳥は、そう言って、飲み物を飲んだ。

 

「……慈鳥トレーナー…?」

「…!」

 

 そして、丁度そこにやってきた桐生院が、声をかける。

 

「…桐生院さん」

「………その…誰と祝杯を交わしていたのですか…?」

 

 慈鳥は、少し考え込む様子を見せた後、桐生院の方に向き直る。

 

「……遠い場所にいる、相棒ですよ、もっとも、もう会えないんですがね」

「……!し、失礼しました」 

 

 桐生院は、まずいといった顔をして、頭を下げる。

 

「いいんです、むしろ、一緒に乾杯をしてもらいたい気分です。ウマ娘達が、こうやって笑顔で夢を追い、走っていけるようになったんですから。祝う人数も多いほうが、あいつも喜びます」

「…分かりました…では…」

 

 桐生院も、飲み物を掲げ、口にする。

 

「……慈鳥トレーナー…その…これからは、どうするつもりなのですか?」

「………まだまだ、考えていませんね、とりあえず、アラにはゆっくりと休んでもらうつもりですから、少しの間は、手持ち無沙汰になりそうです、そちらは?」

「チームの次の計画を立てていたのですが……伊勢先輩から、“休みなさい”と怒られてしまいまして…」

「ハハ、桐生院さんらしいですね」

「でも…トレーナーになってからというもの、長い休みは取ったことがなくて…使い方というのが、よく分からないんです…慈鳥トレーナーは、どう過ごされますか?」

「………温泉にでも行って、美味い飯を楽しみながら、疲れを癒そうかと、まぁ、日本には温泉が星の数ほどあるので、決めきれて無いですが」

 

 慈鳥は、ため息を付きつつ、そう言った。それを見た桐生院は、少し悩んだが、やがて、意を決したような顔をして、慈鳥を見る

 

「あのっ…よよろしければ、私が、おすすめの所を…紹介しましょうか?私も暇が与えられている身ですから、あ、案内だって…」

「良いところ、知ってるんですか?」

「は、はいっ!中央のチームをお得意先にしてくれている温泉街がありまして、そこでよろしければ」

「じゃあ、そこでお願いします」

「は、はいっ!!」

 

 桐生院は、少し緊張しつつも、そう答えた。

 

 

────────────────────

 

 

 一方その頃、シンボリルドルフとエアコンボフェザーは、会場を離れ、生徒会室にいた。

 

「……何故、私をここへ?」

「見せたいもの、それと、頼みたいことがあってね」

 

 シンボリルドルフは、自分の執務机の引き出しの鍵を開け、中から書類を取り出す。

 

「私は、裏方として、今回の大会に携わらせて貰った。そして、今回の大会は、どの部門も大成功だった。これは君も、知っていることだろう?私達は、それだけに留まらず、プレ大会との比較も行ったんだ。そして、最も注目度の上昇を示したのが、ダートレースだった。」

「……本当か…?」

「それが、この書類に書いてある」

 

 シンボリルドルフは、エアコンボフェザーに書類を手渡す。エアコンボフェザーは書類を読み、それが事実であるのか確かめる。

 

「…どうやら、本当のようだな」

「ああ、そこで、君の力を、再び貸してもらいたいんだ」

「…?」

「URAでは、2年ほど前から、国際招待レースに、ダート部門も開拓してみようという動きがあってね、それが、AUチャンピオンカップをきっかけに高まっているんだ、仮称“ジャパンカップダート”……これの創設に、協力してもらいたい、中央、地方問わず、芝だけでなく、ダートウマ娘も強敵と戦えるような環境を作るために」

 

 シンボリルドルフは、手を差し出す。

 

「……ルドルフ、分かった、やらせてもらう」

 

 エアコンボフェザーは、微笑み、その手を取った。

 

 

 

「えぇ~、カイチョーにも、なくなっちゃう前に、デザート楽しんで欲しいのに〜」

「そうだよ!デザート、ほっぺが落ちそうなぐらい、美味しいんだよ!」

 

 生徒会室の近くの階段では、トウカイテイオーとマヤノトップガンが、マルゼンスキーに向かってそう訴えかけていた。

 

「あの二人は、やっと、友情を取り戻す事が出来たんだから、その邪魔をするのはナンセンスよ、気持ちは分かるけど、戻りなさい」

「はぁーい」

「ごめんなさい」

 

 マルゼンスキーは、諭すようにしながら、二人を追い返した。

 

 しかし、さらに階段を上がる音が聞こえ、マルゼンスキーは気配の方に声をかける。

 

「誰かしら?ごめんね、今はここは通行止めなの」

「マルゼンスキーさん、私です」

「たづなさん!?」

 

 意外な来客に、マルゼンスキーは驚愕した。

 

 

 

「…今回の大会、情報によれば、ムーンライトルナシー、トニビアンカが観戦していたそうだ、これは不確かだが、オベイユアマスターもいたという情報もある」

 

 シンボリルドルフと、エアコンボフェザーは話題を移し、話し続けている。

 

「オベイユアマスターか、彼女は見に来ていただろうな」

「何処かで見かけたのか、フェザー?」

「ウチの生徒会長が彼女と友人でな、電話して呼んでいた」

「……!ふふっ…やはり…そちらの生徒会長は…凄いな」

「…“走りのための遺伝子が、人脈作りに回ってるのかもね”と本人は言っていたぞ」

「ふふっ…そうか…さて、本題はここからだ…………今後、世界に挑んでいく上で、国内での競争やトレーニングをよりハイレベルなものにするのも重要だが、同時に、日本のウマ娘レースを、ウマ娘の強さ以外で、印象付けることが必要となるだろう。だが、強さのみに固執してしまった我々にはそのノウハウが殆どない。そこで、君の意見を聞きたいんだ」

 

 シンボリルドルフは、今後のための意見を、エアコンボフェザーに問う。

 

「……日本の文化と、結びつけてみるのはどうだ?」

「文化…詳しく聞かせてくれ」

「……毎年、普通の人間が年始めにやっている駅伝大会があるだろう?」

「箱根駅伝だな…まさか…?」

「ああ、駅伝は、海外でも“Ekiden”と綴ると聞く……つまり、日本のスポーツとして認知されているんだ。そんな駅伝を、ウマ娘とくっつけるんだ」

「なるほど…それならば、海外メディアにも、注目されるかもしれない」

 

コンコン

 

「楽しそうなところ、失礼するわね」  

 

 ドアを開け、マルゼンスキーが入ってくる。

 

「マルゼンか、どうした?」 

「…良いニュースと悪いニュースがあるわ、どちらから先に聞きたい?」

「後者の方から頼むよ」

 

 マルゼンスキーの質問に対し、シンボリルドルフはそう答える。

 

「貴方達の分のデザート、多分無くなっちゃったわよ」

「そうか、でも、問題は無い。今後の事について語るだけでも、十分に楽しいからな」

「で、良いニュースというのは?」

 

 エアコンボフェザーが、そう聞く。

 

「スターオーちゃんとデュレンちゃんから、連絡があったらしいわ、あなた達が仲直りした事を聞いて、本当に喜んだみたい、それで二人と話したいそうよ」

「……!」

「それは本当か…?」

「ホントよ」

 

 シンボリルドルフらの目は、輝きに満ちていた。

 

 

=============================

 

 

 デザートも食べ終わり、楽しかった食事会にも、そろそろお開きの時間が近づこうとしている。

 

 私はあたりを見回す。どのウマ娘達も、トレーナー達も、盛んに会話をして、盛り上がっているようだ。

 

 スッ…

 

 すると、少しだけ証明が薄暗くなり、ステージが照らされ、中央の理事長が出てくる。プロジェクターが動作しているけど、スクリーンは真っ暗だ

 

『皆ッ、食事会、楽しんでくれたようだな!ここで、最後に、ほんの少しの間だが、私の言葉を、聞いて頂きたい!』

 

 私達はステージに目を向ける。

 

『食事会の様子、見させて頂いたッ!ウマ娘も、トレーナーも、お互いにここまでの苦労やこれからの展望を語り合い、親睦を深めることが出来たようだな!今後も、このように、中央と地方が、共に歩む道を作っていこうと思っている!』

 

 共に歩む道…懐かしい言葉だ。

 

『AUチャンピオンカップは、今後も3年に一度の一大イベントとして、開催していくつもりだ!再び挑むもよし、後輩に夢を託すもよしだ。今日集まってもらった皆が、次回の大会でも、様々な形で活躍することを、私は期待するッ!!』

 

 …休養の間に、いろいろと、考えておこう。

 

『そして、これからも活躍していくであろう皆に、私から一つの言葉を送りたい。』

 

 中央の理事長が、扇子を振り上げると、スクリーンにある文字が現れる。

 

『“THIS IS ONLY THE BEGINNING ”…“これは始まりに過ぎない”という意味だ。AUチャンピオンカップの成功は、ウマ娘達が、その出身を問わず、互いをライバルと認め合い、走り、競い、ゴールを、夢を目指して走っていく、新しい時代の最初の一歩でしかない。だから、これからも、ライバルとして競い合い、苦難に直面したときは協力し合い、共に歩み、学び、励んで行こうではないか!!』

 

 オオオオオッ!

 

 中央の理事長の言葉に、会場中が沸き立った。

 

 “これは始まりに過ぎない”

 

 なんだかとても、良い響きだった。

 





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今回は少しばかり史実関連の要素を入れています。

次回、最終話です。よろしくお願い致します。

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最終話 アングロアラブ ウマ娘になる


 最終話です。


 

 

 

 AUチャンピオンカップが終わってから、私達ローカルシリーズは、再び戦国時代のような群雄割拠で競い合う状態へと突入した。

 

 そして、中央のウマ娘がそれに入ってくることが増えたことで、レースは今まで以上に盛り上がることとなった。この前のレースは、ハリアーにリベンジマッチをしにエルコンドルパサーが出てきたので、レース場がパンクするぐらいの観客量だった。

 

 中央と地方の関係に、ヒビが入るような事はなかった。むしろ、良い関係となってきている。親善レースも行われるようになった。ライブ曲の交換も行われた。こちらは「ユメヲカケル」を贈り、向こうからは「Special Record」という曲が贈られた。

 

 ミーク達のチームには、新入生が入り、その力は着実についてきているらしい。ミーク、ハード、はドリームトロフィーに移籍、マルシュとサンバは中央の生徒会に新しく設立された、地方中央交流促進のための部署に入った。ロブロイはトゥインクルシリーズで走っていて、第二回AUチャンピオンカップで長距離の優勝を果たした。

 

 ベル達のチームは、元々未デビューだったメンバーが満を持してデビュー、トウカイテイオーやメジロマックイーンに負けず劣らずの活躍をしている。

 

 サカキは、後輩たちから教えを請われる立場になったので、忙しくなったと電話口でぼやいていた。でも、達成感、満足感のある日々を過ごしているようだ。

 

 スペシャルウィークやその同期たち、いわゆる黄金世代は、ドリームトロフィーリーグに移籍した。

 

 そして、中央のそんなニュースが飛び交う中、私達福山トレセン学園には、大きな出来事が起きた。それは…

 

「次は君たちに任せるよ」

 

 と言って、ペルセウス会長、フェザー副会長が辞任し、裏方に回ってしまったことだった。

 

 でも、ペルセウス会長達が急に辞任の意を示したかというと、そうじゃない。もとから兆候みたいなものはあった。

 

 フェザー副会長が、積極的に座学を教えてくれるようになったし、ペルセウス会長は、シュンラン副会長を代理人に立てることが多くなり、それと並行して交渉術のイロハを教えるようになったからだ。

 

 そういう訳で、新体制への移行は、混乱を起こさずに行われた。

 

 そして、シュンラン副会長が、新しい生徒会長に、新しい副会長は、私とチハになった。

 

 ローカルシリーズでは、中央、世界等の高みに登るべく、選抜されたウマ娘に最新鋭のトレーニングを優先的に行う権利が与えられる『ローカルシリーズ強化指定ウマ娘制度』というものを整備し、そこを中心として、新世代のスターを送り出している。

 

 AUチャンピオンカップの第二回大会も、無事に行われ、大成功を収めた。私や同期たちは出なかったけど、その分、後輩たちの指導に力を注ぐことができた。新世代のウマ娘達の激闘は、多くのファンを湧かせた。

 

 だけど、その成功の裏側には、中央に、ウマ娘の指導役として戻ってきた、サクラスターオーとヤシロデュレンの活躍がある。これをおやじどのが見れば、どんなに喜ぶことだろう。

 

 そして、私はトレーナーとのコンビを継続しながらも、生徒会副会長として、活動している。

 

 

「アラ、今度のトレーニングだけどな、新しく考えた方式がある。それを試してみたい」

「うん、じゃあ、しっかりとデータは取ってね」

「もちろん」

 

ガラッ

 

「副会長さん!ちょっと手伝ってくれませんか?少しわかりにくい動きがあって…」

 

 入ってきた後輩は、申し訳無さそうな顔をしてそう言う。

 

「…いいぞ、行ってきて」

「うん、なら、なるべく早く戻るね」

「ああ」

「ありがとうございます!」

 

 忙しいながらも、充実した毎日だ。  

 

 

────────────────────

 

 

「うん、だいぶ動きが身についてきたね」

「ありがとうございます、あの…副会長さんのトレーナーさんって、もう一人スカウトしたりはしないんですか?」

「うん、今のところは、そのつもりはないみたい、でも、勉強はしてる、チームの運営方法は、中央の方が良いやり方が確立されてるのは、知ってるよね?」

「はい、向こうのほうがトレーナーに対するウマ娘の割合が多いみたいですから、必然的に専属ではなくチームになるんですよね?」

「そう、だから、中央のトレーナーの人や、その家族に、チームの運営方法について、たまに教えてもらってるんだ、将来的には、チームを持つことができるようにって」

「そうですか…チームを運営出来るような人が増えたら、地方ももっともっとウマ娘やレースが増えて、楽しくなると思います!」

「…そうだね、それじゃあ、私は行くよ」

「ありがとうございました!」

 

 後輩は、ペコリと頭を下げる。後輩に教える、簡単そうに見えるけど、これがかなり難しい、前世で教えたりはしていたけれど、それでも、まだまだフェザーさんやペルセウスさんには及ばない。

 

 トレーナーは、チームの運営方法を学んでいるから、最近は忙しくしている。桐生院トレーナーの実家に学びに行ったりもしたらしい。でも、私のトレーニングに手を抜いたりなんてことはしていない。

 

 トレーナーと桐生院トレーナーとの仲は深まっている、二人を見ていると、あちらはトレーナーに好意を持っているような素振りを見せることがある。でも…多分…トレーナーはそれに気付いていない。桐生院トレーナーの道は長そうだ。

 

 

────────────────────

 

 

 トレーニングを終えて、商店街を散歩していると、本屋にある月間トゥインクルが目に入った。表紙には、トウカイテイオーとメジロマックイーンが写っている。

 

 今の中央は、トウカイテイオー、メジロマックイーンなどの新世代のウマ娘達の活躍が、物凄く話題になっている。

 

 だけど、トウカイテイオーは2回目の骨折をして、かなりまずい状態だ。ウマ娘の骨折は馬と比べれば治りやすいものとはいえ、一回そうなってしまえば、サカキのようにレースから退くという選択肢を取るウマ娘だっている。そして、当のトウカイテイオーはまだ、現役続行の意志を示している。

 

 2冠で脚部不安という、フェザーさんにとっては、トラウマもののケース。当然、彼女はシンボリルドルフに直接、トウカイテイオーの今後について聞きに行った。

 

 それに対し、シンボリルドルフは、フェザーさんと気持ちは同じという意志を示しつつも、トウカイテイオーの意向は、誰かによって捻じ曲げられない限り、尊重しなければならないという答えを示した。

 

 その一方で、中央の理事長と共に、いざというときの為の対処法をまとめている。フェザーさん曰く「起こりうる最悪の事態」も想定されていたそうだ。

 

 

────────────────────

 

 

『WOE—10 YEARS AFTER 10年後のあなたをみつめてみたい』

 

『STAY TOGETHER その時』

 

『きっとそばで 微笑んでいたい』

 

 

 

「撮影終了、お疲れ様です!」

「ご協力ありがとうございました!」

 

 今日は、いつもの5人で、新しいライブ曲の撮影だった。最近はこんなふうに、ライブの映像を撮ることも増えてきている。

 

 今日のライブ曲は『10 YEARS AFTER』一人のウマ娘と、彼女の最初のファンの、運命の出会いをイメージしたものらしい。

 

「今日はトレーニングは無いし、久々に海まで走る?」

 

 撮影所を出ると、ハリアーがそう提案する。

 

「良いわね」

「ここのところ、5人で集まることが減りましたからね~」

「なら、走ろう」

「良いねぇ〜」

 

 私達は、身体をほぐし、走る体制に入る。

 

「用意…スタート!!」

 

 ハリアーの合図と共に、私達は走り出した。

 

 

────────────────────

 

  

 私達は、無事に海沿いの公園にたどり着いた。

 

「はーい、私が一着」

「道中…車と踏切で分断されましたから、引き分けですよ」

「ノーサイド?レフェリーはここにはいないよ〜?」

「ランス、私達は競走したつもりはないけど」

「冗談だよ、冗談」

 

 冗談を言うランスに、ワンダー、チハが突っ込みを入れる。

 

「ふぅ、やっぱり、潮風が気持ちいいね」

 

 ゴーグルを外し、ハリアーは風に当たりつつ、そう言う。

 

 こんな仲間たちと過ごせる事を、私は幸せに思う。一度は、自分の生まれに、疑問を持った。自分がいていいのか、不安になった。

 

 でも、私は…

 

 もう、悩まない。勝ちたい相手がいる、支えてくれる皆がいる、だから、私は走る。勝つために、その喜びを、分かちあうために。

 

「ねえ、今日の歌に、“10年後の私は、どうしているだろう”ってあって、それで思ったのだけど、10年後、いや、卒業した後、貴女達はどうするつもりなの?」

 

 ふと、チハが口にする。私達は、チハを見る。

 

「皆が、どうするのかは分からない、でも、私はNUARの本部で、働きたいと思っているわ、競走ウマ娘として培った経験を、ウマ娘を支える方向に活かしていこうと思ってね」

「リーダーシップのあるチハなら、やれそうですね」

 

 チハは、しっかり者かつ、まとめ役向きの性格をしている、偉くなっても、それは変わることは無いだろう。

 

「私は、チハと似てる、でも、私はしばらく勉強したら、教官もできる運営人員として、ここにまた戻って来ようかなって」

 

 次に、ハリアーがそう答える。

 

「ローカルシリーズは、元々もっと学園が多かった。でも、田舎の学園は、人員不足とか、生徒不足とか、色んな理由で、統廃合されていった。この学園は、今は大丈夫だと思う、でも、将来どうなるかは分からない。あたしはこの学園が好き、無くなって欲しく無い、だから、ここに戻ってくる」

「ハリアー…」

 

 地元思いで、仲間思い、そんなハリアーらしい意見だった。

 

「じゃあ、次は私」

 

 ランスが手を挙げる。

 

「私は、走ったり、運営したりっていうのからは距離を置こうかなって思ってる。やりたいことがあるんだ、仕事しながら、日本全国の素潜りの名所を回って、ブログでも書こうかなっていうね。でも、その過程で、レース場を走ってた時のことを、思い出話として、色んな場所の人に話して、レースに興味を持ってもらうつもり。福山のセイランスカイハイっていうネームバリューも活かしてね」

「ランスらしいね」

 

 ハリアーの言う通りだ。自分のプライベートを大切にしながらも、皆のためのこともコツコツとやっていくのは、何ともランスらしい。

 

「私は、一度イングランドに帰ろうかと思っています」

「どうして?」

「実は、最近、ムーンライトルナシーさんと、連絡を取り合っているんです。彼女は、いえ、英国のウマ娘レース界は、日本が強くなっていることを実感しています。“英国が負けるわけにはいかない”だから、日本と英国、その双方のレースを知っている人材を、集めているんです、その過程で、私にも彼女を通じて声がかかったというわけです、私は、この申し出を受けようと思います。違う形で、ライバルと闘いたいですから」

「そう…なら、やり合うときが楽しみになるわね」

 

 ワンダーはやっぱり、独自路線を行くようだ。でも、そこには信念がある、どんな形でも、強敵と戦いたいという、信念が。

 

「最後はアラだね。アラは…どうするの?」

 

 皆が、私を見る。今まで、色んな事があった。嬉しかったこと、辛かったこと、悩んだこと。それを活かすためには、どうしていけば良いのか。ずっと…ずっと…考えていた。それで、最近、自分のなりたいものが、見えてきた。

 

 人間は、自分を変えてくれたものに、憧れる。

 

 警察官に命を救われた子供が、警察官に憧れ、それを志すように。

 

 今の私は、この世界(ここ)で、幸せに暮らす事が出来ている。

 

 それは、トレーナーが、私とともに歩んでくれたから、私の悩みに、ともに立ち向かってくれたから、私を変えてくれたからだ。

 

 “サラブレッドと戦いたい”という、私の願いを、叶えてくれたからだ。

 

 そんなトレーナーの姿に、私は憧れていた。

 

「皆、私は、トレーナーの資格を取りたい。それで、ウマ娘の夢を、叶える手伝いをしたい…ウマ娘のトレーナーなんて、中々居ないけど、それでも、私はやりたい」

 

 私が言い終わった後、沈黙が走る。

 

「良いんじゃない?」

「ハリアー…!」

「だって、ウチの学園は、常に色んな事を試してきたから。それに、慈鳥トレーナーと、ずっと、二人三脚でやってきたアラの姿を、あたしは知ってるから、だよね、皆?」

 

 ハリアーの言葉に、他の3人も頷く。だから、私は、今までの感謝も含めて。

 

「皆、ありがとう」

 

 と言った。

 

 

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 5人が、それぞれの夢を、語り終えた、すぐ後の事である。

 

「あっ!アラビアントレノさんだ!おかあさん!アラビアントレノさんだよ!」

 

 一人の3歳ほどの子供のウマ娘が、母親を置いて、アラビアントレノの方に向かう。

 

「あっ!転ぶから行っちゃだめ!!」

 

 母親はそれを止めるものの…

 

「わっ!?」

 

 そのウマ娘は、アラビアントレノらの近くで転んでしまった。

 

「大丈夫!?」 

 

 アラビアントレノは、すぐそのウマ娘の所に行き、声をかけ、助け起こす。

 

「……うん、顔はケガしてないね、脚も…少し擦りむいたぐらいで、すぐに治るよ」

「この娘…泣かないのね」

 

 キングチーハーは、その子供のウマ娘が大泣きせず、耐えている事に驚いた。

 

「すみません、娘がご迷惑をおかけして」

「大丈夫ですよ、軽く擦っただけみたいですから、帰ったら消毒して、絆創膏をしてあげてください」

 

 アラビアントレノは、そう言いながら、子供のウマ娘を、母親のもとに返す。

 

「ありがとうございます。アラビアントレノさん、いつも、応援させて貰ってます、AUチャンピオンカップでの走りも、見てました。」

  

 母親は、子供を抱きかかえながら、笑顔でそう言う。彼女は、AUチャンピオンカップの際、アラビアントレノ声援を送っていたうちの一人──アラビアントレノの家族の隣で夫と共に応援をしていたウマ娘であった。

 

「私を…ですか?」

「はい!AUチャンピオンカップでの走り、見てたんです。感動しました!それに…この娘も、アラビアントレノさんに憧れていて、いつかは強いウマ娘になるんだって、いつも言ってるんです」

「さっき、この娘は、泣かなかったんです。ずっと、我慢してました。きっと、強いウマ娘になれますよ」

 

 アラビアントレノは、子供のウマ娘の頭を撫でながら、そう言う。

 

「やっぱり、そうだったんですね、この娘は、周りのウマ娘と違って、何だかすごく、我慢強いんです」

「そうですか…名前、何て言うんですか?」

 

 アラビアントレノが、そう聞くと、母親は子供のウマ娘の頭に手を置き…

 

「お姉さん達に名前、教えてあげなさい、挨拶なら、得意でしょう?」

 

 と言った。子供のウマ娘は、コクリと頷くと…

 

「わたしの名前は、モナクカバキチです!」

 

 と言った。

 

(モナク…カバキチ……何だか、物凄く、親近感が湧く名前……それに、さっきの泣かなかったのも………まさか…この娘は……)

 

 アラビアントレノは、吉兆を感じ、微笑む。そして、再び、モナクカバキチの頭に手を置き…

 

「モナクカバキチ、良い名前だね」

 

 と、言ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その種はアングロアラブより脆かった。

 

 その種はアングロアラブより繊細だった。

 

 だが、その種はアングロアラブよりはるかに疾かった。

 

 その種の名は──サラブレッド

 

 

 

 その種はサラブレッドより遅かった。

 

 その種はサラブレッドより小柄だった。

 

 だが、その種はサラブレッドよりはるかに頑強(つよ)かった。

 

 その種の名は──アングロアラブ

 

 

 アラビアントレノがモナクカバキチと出会って感じた吉兆は、嘘ではなかった。モナクカバキチは、アングロアラブの魂を持って産まれた存在だったからである。

 

 サラブレッドと、アングロアラブ、それは時代の流れに翻弄され、日本の歴史において、共に歩むことができなくなってしまった、二つの軌跡である。

 

 しかし、この二つの軌跡は、それぞれの長所を持ち、活かしながら、共に歩み続けていくだろう。

 

 片方が、もう片方を駆逐するといったことは、もはや起こらない。

 

 それは、ウマ娘達の活躍が物語っている。

 

 継承を受けられなかったものの、最後は、アングロアラブの長所に頼らず、自らの経験で積み重ねたもので、ハッピーミークに勝利したアラビアントレノ。

 

 素質が低いとされ、期待されていなかったものの、工夫されたトレーニングと、自らの努力により、才能に勝る相手に勝利してきたハッピーミークら中央のウマ娘。

 

 彼女たちを勝利に導いてきたのは、生まれや素質、血統、周囲からの評価などではない。ライバルに負けたくないという心とトレーナーとの絆である。

 

 これらがこの世界にあり続ける限り、サラブレッドも、アングロアラブも、「ウマ娘」として、共に走り、競い合い、ゴールを目指してゆくことが出来るだろう。

 

 つまり、アングロアラブは「ウマ娘」となったのである。

 

 ときに数奇で、輝かしい運命を辿ると言われているウマ娘…

 

 そんな彼女たちのレースの結果は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ、誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

fin.

 

 




 
お読みいただきありがとうございます。

ここまで読んでいただいた方々、ありがとうございます。

活動報告にあとがきを載せておきますので、ご覧下さい。

あとがき


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