褪せた黄金が征く外典 (シャブラレリ)
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①エルデの軍勢

 ……落ちた葉が伝えている

 

 

 褪せ人は、エルデの王となった

 

 霧の彼方、我らの故郷、狭間の地で

 

 その治世は、呼ばれるだろう――

 

 

 

 

 

 

 ――座り慣れた玉座に身を委ねる。

 

 四度の王位、一度の旅立ち、一度の狂い。

 見えた終わりの形は数多。

 その度に、多くの物を失くし、多くの者と別れ、切り捨て、時に裏切られた。

 悲劇は慣れている、と言えるほど心の頑強さに対して絶対の自信はない。

 だがここまで来ると、自信の有無を問うなど無意味だ。

 

 やらねばならぬ。

 ならば心を殺し、幾度も道を往き、切り拓くまで。

 これまでも、そしてこれからも。

 

 

「――ああ、だが……」

 

 

 ふと、思い出す。

 始まりの終焉――至った最初の律。

 冷たい夜の路を共に征かんと決めた、あの瞬間を。

 

 思い出す。

 世紀の奇人たる大学者が見出した、完全なる黄金の律を掲げた時を。

 

 思い出す。

 死に生きる者、その庇護者たる乙女の願いを果たすべく、死の回帰という昏き律を掲げた時を。

 

 思い出す。

 根源たる律を穢し、すべての穢れを穢れでなくさせる、絶望の祝福という律を掲げた時を。

 

 思い出す。

 欠けた根源の秘紋を補修することなく、いずれ崩れ終わることを理解したうえで迎えた、壊れかけの治世の時を。

 

 そして、思い出す。

 すべての思いに背を向けて、根源たる無に帰さんと火を宿した――あの時を。

 

 

 どれも正しく、けれど何かが欠けていた。

 各々の抱いた意志は、願いは、祈りはすべて正しい。

 だが『彼』が求める理想には程遠く、またその『彼』もまた、無意識に抱くその理想を真に理解していない。

 己がこの地に踏み入りし時、見えた虚ろな霧のように。

 ただただ無形で、朧げで、答えを得るなどまるで(それ)を掴むようなものだ。

 

 ――あるいは。

 

 霧の彼方、故郷ならざる地。

 はるか祖先が祝福を失い、追いやられた狭間の外に、その答えはあるのか。

 

 

「答えを――」

 

 

 虚ろに消えゆく意識の中で、燦然と輝く陽に右手を伸ばす。

 長き旅路、苛烈な戦いを共とした――恵みの雫が揺れる聖杯瓶を抱いて。

 

 

 

 

 

 

 聖杯戦争。

 万能の願望機『聖杯』を巡り、7人のマスター、7騎のサーヴァントが相争う闘争にして儀式。

 かつては極東の島国、そのさらに一地方でのみ行われていたこの戦儀は、だがとある戦争の最中、ある人物の謀略によって絶えることとなった。

 大聖杯の奪取――要となる聖杯を失った以上、儀式の続行は不可能であり、よって極東におけるかの儀式は終焉を迎えた。

 

 が、極東での戦いは絶えたが、新たな火種が生まれぬ道理はなかった。

 遠い土地、ルーマニアのトゥリファスにおいて、かの儀式はその規模を大きく拡大させ、再開することとなった。

 名を――『聖杯大戦』。

 

 7騎対7騎――計14騎をもって行われる、史上最大規模の聖杯戦争。

 “赤”と“黒”、2つの陣営に分かれて争い合う新たな戦儀の形は、これまでにない戦いの花を咲かせることとなるだろう。

 

 

 

 ――ここまでが従来の歴史の通り。

 枝分かれする樹木の先のように、僅かな差異によって道が変わり、進むべき未来もまた変わる。

 史上最大規模、その謳い文句に偽りはない。

 されどその数、14騎にあらず。

 そしてその質――比類なく。

 

 

「――かつて、失った祝福と同じ色の導きのままに、狭間の地を訪れた」

 

 

 荘厳な声が広間に満ち、そこに集う者共の耳に響く。

 かつて在りし頃より広大になれども、その姿形は不変。

 英雄たちの集う領域。王を目指した褪せ人たちの拠点たる『円卓』。

 されど、その領域を統べる者は二本指ではなく、そして集う者もまた、褪せ人だけではない。

 

 

「導きの示すままに進み、立ち塞がるすべてを斬り伏せ、貫いてきた」

 

 

 戦う者、癒す者、補う者、導く者――。

 人種も、種族も、何もかもが異なる彼ら。

 善も悪も、目指したものすら違う、統一性の欠片もない集団。

 けれど今、彼らは1人の王の下、ここに在る。

 

 

「だがそれは、命ぜられるがままにそうしたわけではない。導きを辿り、輝かしき黄金樹を目指したのも、すべては己が王と成らんがためのこと」

 

 

 我らは道具にあらず、傀儡にあらず。

 意志持ち、自我を持ち、確固たる願いを持つ存在であると主張する王に、会する皆々はそれぞれの形で肯定する。

 ならばこそ、と王はその先を続け、静かに――されど力強く謳いあげる。

 

 

「此度もまた同じこと。己が願いのため、進むべき道を往くために戦うのだ」

 

「新たなる導き――奇しくも同じ黄金たる杯によって、我らは此処にありえざる会合の機を得た」

 

「ならばこの奇跡、存分に使わせて貰うとしよう」

 

 

 剣士は静かに佇み、何を語ることもなく虚空を見上げるばかり。

 悍ましき槍兵は独り腰掛け、醜悪なその貌を笑みで歪め、槍で石床を叩く。

 強大なる騎兵はそんな2人とは対称に豪笑し、久方ぶりの戦の昂りに身を震わせていた。

 偉大な女王たる魔術師は、笑う騎兵の姿を見てつられて笑い、次いで自分たちの主君たる者の傍らにいる白魔女へと目を向け、同じように笑みを捧げる。

 みすぼらしい襤褸(ボロ)のマントを纏う暗殺者は、唯一大円卓を囲うことなく壁に背を預け、杖を片手にその場にいる皆を睨みつけている。

 最後の1騎、もっとも弱き狂戦士は己の弱さを噛み締めつつも、いつか必ずと剣士を、そして王を見据え、手にした斧の柄をあらん限りに握りしめる。

 

 主たる6騎、そして主君たる王。

 その他多くの戦士賢者たちをもって、かの陣営は成り立った。

 語られざる歴史、知られざる星の神話が一群。

 

 

「聖杯よ、語るがいい。この身を招きしその故を……」

 

 

 其は――

 

 

「我ら、狭間の地の軍勢――“黄金”の陣営を此処に名乗らん」

 

 

 今此処に、エルデの王が参戦の意を告げた――。

 

 



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②死神兵団

 轟音――。

 岩石の砕ける音、響き渡る発砲音、舞う血飛沫と石つぶて、そして絶叫。

 暗がりが包むミレニア城塞の南部街中にて行われるソレは、映画の撮影でもなんでもない、紛れもなき現実だった。

 

 ゴーレム、ホムンクルス。

 単体ならば然して脅威とは言い難い敵性体であるが、それが複数となれば話は別。

 加えて、ゴーレムに至っては当世の魔術師ではない、サーヴァントの手によって鋳造された逸品だ。

 如何に戦い慣れた熟練の魔術師と言えど、個人で相手取るにはあまりに戦力差が大きすぎる。

 

 では何故、そんな脅威たる敵性群が一方的とも呼べる惨状で敗れたのか。

 答えは至極簡単。敵対する相手が魔術師1人ではなく、そしてその相方が()()()()()()であったからだ。

 

 

「――強いな」

 

 

 その戦劇を、大円卓の真上に浮かぶ極小の月越しに眺めながら、褪せ人は短く感想を零した。

 静寂が満ちる広間の中で、彼が口にした言葉はよく響き、その様子を眺めていた他の一同も同様の反応を示した。

 そして彼らを代表する形で、映像を映す満月の主――キャスターが褪せ人に問うた。

 

 

「新王よ。あの騎士について、何かお分かりになったことはありますか?」

 

「……聖杯とやらに授けられた透視の技能によれば、あの重装騎士の身体能力(ステータス)は、一部を除けばBランク以上――かなりの高水準で保たれている」

 

「なんと!」

 

 

 褪せ人の発言にいち早く反応し、巨体の豪将が身を乗り出す。

 如何に他の面子に合わせて規模を巨大化したとはいえ、古の巨人族にも匹敵する巨躯の豪将にとっては大円卓も飯事道具同然で、巨体が乗る円卓の一部がミシミシとイヤな音を立てていた。

 

 

「あのような小躯にそれほどの力が宿っていようとは……うむ。外の英雄、相手にとって不足なし。

 であれば――新王よ! 一番槍はこの我に――」

 

「却下だ」

 

「むぅっ!?」

 

 

 勢いよく名乗りを上げ、そしてすげなく取り下げられてか、不満げな唸りを伴い、豪将の巨躯が顔面から円卓に落ちる。

 そのせいで円卓の一部がついに破損してしまったが、所詮は宝具による再現。魔力と時間を注げば直ると自分を納得させつつ、褪せ人がその理由を淡々と語り出す。

 

 

「まず第一に、これは初戦。短期決戦かつ、この一戦ですべてが決定する事態ならば、あの騎士以外にも敵が複数存在し、我らはそやつらの正体も、そして力量も知らぬ状態だ。初戦で切り札を出せば、相応の対策もされよう」

 

「む、むぅ……」

 

「そして第二に、あそこは市街地だ。貴公の巨躯と攻撃規模を考えれば、他を巻き込まぬ可能性は皆無も同然。

 如何にあそこに住まう者らが敵対陣営の庇護下にあるとはいえ、民草の平穏を蹂躙する権利は我々にはない。

 ……もっとも、その者らが黒、もしくは赤に与する戦士や魔術師の類ならば、話は別だが」

 

 

 最初の理由もそうだが、第二の理由の方にこそ、皆の多くが同意した。

 豪将の攻めは、その巨躯に違わぬ豪快かつ強大なものだ。

 地を這う小蟻のみを的確に仕留める小技などあるはずもなく、必然的に周囲一帯も巻き込んでしまう。

 

 偉大なる原初の秘紋、その破片を手にして狂った頃ならともかく、今ここに集う英雄たちはその多くが全盛期。

 肉体のみならず、その精神性すら全盛の頃にあり、ならばこそ地を治める君主としての矜持が、無辜の民草を巻き込むことを許さない。

 そしてそれを誰よりも理解し、己に課してきたのが、他ならぬ豪将なのだ。

 

 

「案ずるな、()()()()。貴公の初陣は近いうちに必ず設ける。

 最強たる双極のデミゴッド、その一極たる貴公を相手取るに相応しい敵が現れた時、思う存分に愛馬と戦場を駆けるがいい」

 

「……承知した、新王よ」

 

 

 戦の昂りを抱えつつも、王の言葉と自身の矜持によって己自身を納得させ、豪将――“黄金”のライダーは小さな椅子に腰掛けた。

 今にも砕けそうな小椅子に絶妙な力加減と、修めた重力魔術で座るライダーに、隣で座る“黄金”のキャスターが手を伸ばし、恥ずかしがる彼の頬を撫でる光景は珍妙なものだが、構わず褪せ人は円卓上に投影された映像を見続ける。

 

 各々に適した相手。敵の戦力と、狭間の外の英雄たちを知るべく、最低1度は本戦に向けて戦わせねばならない。

 この場合、あの重装騎士(セイバー)を相手取るに適した者は誰なのか――考えるべきはそこなのだ。

 

 セイバー――同じクラスの英霊同士で戦わせるのも良いが、ライダーと同様の理由からここで出すには惜しい。

 ランサー――悪くはないが、周囲への被害が甚大となる。昂れば暴走の可能性もある。

 キャスター――臨機応変で自由な戦闘のセイバーを相手取るには、純粋な魔術師である彼女では相性が悪い。

 

 であれば、残すはアサシンとバーサーカー。

 さらにあのセイバーを相手に、真夜中の街中で動きを制限されることなく、皆無とはいかずとも被害も軽微で済ませられる者となれば――

 

 

「――貴公だな」

 

 

 戦兜に秘された視線、その先には――1騎のサーヴァントの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 “赤”のセイバーたちの勝利は確定していた。

 無惨に砕けたゴーレムの残骸。

 血反吐を吐き、幾つかは身体の欠損さえあるホムンクルスの骸。

 この場に彼らと戦える者は存在せず、例え居たとしてもセイバー以上の戦闘力を有する者などそうそう居ない。

 

 

「なあ、マスター。オレの戦い振りはどうだった?」

 

 

 赤銀の大剣を肩に担ぎ、空いた手でマスター(獅子劫界離)の背を叩きながらセイバーが問う。

 そんな彼女に対し、獅子劫は口角を僅かに吊り上げ、我が子を褒める父親のように己がサーヴァントへ嘘偽りない感想を口にした。

 

 

「素晴らしい、という他ないな。俺は良いサーヴァントを引き当てたよ」

 

「当然だろ。……オレは、父上を超える唯一の騎士だからな」

 

 

 セイバーの父――すなわち、円卓の騎士たちの主君たる騎士王、アーサー・ペンドラゴン。

 父に認められるを欲し、だがすげなく否と断じられたセイバーにとって、かの騎士王は憎悪すべき相手であり、だが同時に超えるべき王姿、憧憬そのものなのだ。

 

 召喚の際に、父親への執着とどうしようもない感情を痛感した獅子劫は、その言葉に否定を示すことなく、フッと笑んで応じて見せる。

 ともあれ、ゴーレムたちの残骸より得るものはあった。

 数合とはいえ、サーヴァント相手に戦えるゴーレムなど現代の魔術師に鋳造することは不可能。

 ならば、相手方にゴーレム作成に秀でたサーヴァントがいることは確実だ。

 これだけでも充分な収穫で、ならばこれ以上の長居は無用と、セイバーと共に街を去ろうと歩み出し、

 

 

 

 

 

 

「――ほう。父を超える、か」

 

 

 

 

 

 

 声が、聞こえた。

 どこからともなく発せられたその声は、街中に反響し、山彦のように数度繰り返される。

 声を頼りに元を探るも、声の主らしき人物の姿はどこに見当たらない。

 ――いや、たった今()()()()()

 

 連なる住宅、その一角の屋根上に()はいた。

 黄金の輝きが集い、人像を浮かび上がらせながら顕現したその人物――いや、はたしてそれは人と呼べるモノなのか。

 

 小柄なセイバーはもとより、現代人としては比較的大柄な体躯の獅子劫の2倍はあろう巨躯。

 その巨躯を襤褸(ボロ)で拵えた外套(マント)に包み、毛深い腕の片方には長杖を携えている。

 だが、目を引くのはその顔と、外套の下部より出でるモノだ。

 老人の如き褪せた顔の右半分を、歪に捻じれた角が覆い、外套より覗くモノは、同じく角のようなものが生えた尾だ。

 

 異形としか言いようがないその姿に、獅子劫は故郷である日本に伝わる怪物『鬼』を連想したが、奇しくもそれは正解に近しい表現だった。

 

 

「盗み聞きとは良い趣味してんな。そのデカい図体、一体どこに隠してやがったんだ?」

 

「その問いに答える意味はない」

 

 

 跳躍――落下。

 石畳が砕けんばかりに踏みしめながら、巨体がセイバーと獅子劫の眼前に現れる。

 同じ大地に立つことで、より一層生物としての規格の違いを思い知らされるが、退くという選択肢はない。

 いや、この場合は――

 

 

(できない、ってのが正しいか)

 

 

 戦場に長く身を置いたからこそ分かる。……この鬼は、どこまでも追ってくる。

 目的を果たすまでどこまでも、それこそ千里万里の彼方に至るまで、追い続けてくるだろう。

 そして、小賢しくもこれまで身を潜め、今頃になって現れた敵を前に、撤退を決め込む自分のサーヴァント(セイバー)でもない。

 

 

「理由はどうあれ、姿を晒したことは認めてやる。テメェの素っ首を切り落として、この聖杯大戦最初の首級にしてやるよ」

 

「……残念だが、それは叶わぬ夢よ」

 

「あぁ?」

 

 

 兜越しでも分かる明瞭な苛立ち。

 暗にお前は自分に劣ると言われ、何も思わぬ者など英霊ではない。

 怒りの視線が注がれるのを感じつつも、鬼はただ目蓋を伏せ、冷静に言葉を並べ連ねる。

 

 

「父に対する何かしらの思い……それについてだけは共感しよう。

 私も、かつて偉大なる父と同じように、皆を守護する王たらんと努めた」

 

「へぇ……? 化生風情が王を気取るかよ」

 

「ああ。気取っていたとも。王を名乗りながらも、結局真に王たることができなかった。――故に」

 

 

 目蓋を開き、組んだ両腕を解いて鬼が戦の姿勢を見せる。

 異形の捻じれ角に覆われた右目、そして老いを刻んだ左目には、強い戦意と意思が垣間見えた。

 

 

「私は、かつて抱いた信念を貫き通す。我が父、我が民のため――例えあの褪せ人の軍門に降ろうともな……!」

 

 

 瞬間、鬼の巨体が宙を舞い、振りかぶられた長杖がセイバーに襲い掛かる。

 

 

「マスター、逃げろ!」

 

「セイッ、ぐぅお――ッ!?」

 

 

 身体を壊さないギリギリの加減で獅子劫を蹴り飛ばし、距離を取らせてからセイバーが大剣を振るう。

 剣と長杖がぶつかり、轟音を立てて生じた余波が周囲を襲う。

 巨躯に相応しい剛力で振るわれる一撃と、真正面から鍔迫り合うセイバーを称えるべきか。

 はたまた、最優と謳われるセイバー、それも円卓の騎士の1人を相手に真っ向から戦える鬼を称賛すべきか。

 どちらであれ、第三者からすれば共に等しく災害であり、振り撒かれる暴威の一欠片だけで人など容易く死ぬだろう。

 

 

「侮れぬな、外の英雄とやらも」

 

 

 鍔迫り合いの最中に、鬼がふとそんな言葉を漏らす。

 振るわれる力に加減はない。それは刃を重ねることで察せられた。

 だが言葉を紡ぐその声には落ち着きがあり、まるでまだ余裕を残していると敵に示しているようだった。

 その様子が、声音が、セイバーの苛立ちを増させた。

 

 

「余裕かました顔してんじゃねぇぞ、アサシンもどきが!」

 

「もどきではなく――アサシンだ」

 

 

 鍔迫り合いによる硬直を自ら解き、鬼――アサシンの身体が再び宙に跳ぶ。

 また跳躍切りかと舌打ちし、今度は迎え撃つのではなく自ら攻め込むためにセイバーは『魔力放出』の噴射(ジェット)で飛翔し、鮫のヒレの如く大剣をアサシンへ向かわせる。

 

 

「っ!?」

 

 

 だが、その刃が届くことはなく、すんでのところで軌道を変えてアサシンへの突貫を中止した。

 ゴォンッ! ――まるで鉄鎚を叩き込まれたような破砕音が鳴り響く。

 空より降り、着地して見たその光景と、それを作りだしたであろうアサシンに、セイバーは再び唸るような声を上げて彼を睨み据えた。

 

 

「テメェ、その武器は……」

 

 

 破砕の中心、そこに叩きつけられた得物は長杖ではない。

 より重く、鈍く、およそ鋭利とは程遠い重量任せの得物――大槌。

 黄金に輝く大槌を左手に持ち、無防備な佇まいでセイバーを睥睨するアサシンは、そこでようやく何かを理解したのか、再びその口を開いた。

 

 

「攻めは良し、防御よりも回避が主軸、そして優れた第六感……なるほど、最優に違わぬ戦才だな」

 

 

 その一言に、今度こそセイバーの苛立ちは怒りに変わった。

 このアサシンは、今まで本気では戦っていなかったのだ。

 否、殺すつもりすらなく、あくまでセイバーの能力を己自身で測っていたに過ぎなかった。

 聖杯大戦という前代未聞、空前絶後の大闘争において、敵を殺すのではなく、戦力分析のためだけに死闘を演じていただけ。

 それもセイバー――かの騎士王の後継にして、唯一彼を超えるに足る、このオレ(モードレッド)を……!

 

 

「ふ――っざけんじゃねぇッ!!」

 

 

 怒りを力に変え、赤雷を迸らせながらの魔力放出。

 放たれた弾丸のように真っ直ぐに、一直線に、ぶれることなく突き進む。

 防ぐことも、まして避けることも許さない迅雷の一撃。

 そんな代物を前にしてなお、アサシンは揺らぐことなく佇み、長杖で砕けた石畳を突きながら、彼女に向けて言い放った。

 

 

「……セイバーよ、今宵は良き夜だな。こんな暗く、冷たい夜には――」

 

 

 

 

 

 

「――『()()』が出るやもしれんな」

 

 

 

 

 

 

 “赤”の陣営のマスター、獅子劫界離は己が目を疑った。

 己の相棒からの突然の蹴撃。

 蹴り飛ばされ、肋骨に凄まじい激痛が走るも、感覚から骨折はしていないことを知って安堵はできた。

 が、その抱いた安堵はすぐさまかき消され、続く衝撃の光景に獅子劫は己が驚愕を隠すことができなかった。

 

 ――“黒”だ。

 

 黒だ。黒がいる。それも1つ2つなどではない。

 闇夜に溶けこむ漆黒の鎧。

 簡素な兜飾りだけを備えた黒塗りの兜。

 夜風にはためくボロボロの黒外套も合わさり、黒毛の騎馬に跨るその姿はさながら死神。

 本物の死神と明確な違いがあるとすれば、手にした得物が大鎌ではなく、重厚な斧槍(グレイブ)と、凶悪な棘球を備えた連接棍(フレイル)であるという点か。

 

 漆黒の騎兵――それが9()()

 例の鬼を守護する形で列する姿から、あのアサシンの宝具に由来する存在であることは間違いない。

 問題は、その騎兵たちの有する戦闘能力だった。

 

 

「あいつら、全員漏れなく()()()()()()だってのか……!」

 

 

 聖杯戦争に参加するマスター、その特権が1つ『ステータス透視能力』。

 幸か不幸か、その力が騎兵たちの正体を暴き立て、残酷な真実を獅子劫に突きつけた。

 筋力B、耐久B――総合的なステータスこそセイバーに劣るものの、それでも並みの英霊を凌駕している。

 加えて敏捷がA+――馬に騎乗している状態なら納得の表記だが、そうでもなくとも脅威であることに変わりない。

 

 

「ご、ぉ――」

 

「む――?」

 

 

 そんな獅子劫を余所に、突然騎兵の1騎が苦悶を漏らし、騎馬ごと地面に転倒した。

 倒れた騎兵の身体には、逆袈裟に刻まれた斬傷が見え、それが見事に霊核を捉えていた。

 魔力の粒子と変わり、消失する同胞を横目に、漆黒の騎兵たちは主たるアサシンに状況を報告した。

 

 

「申し訳ありません、陛下。1騎やられました」

 

「見れば分かる。他に損害は?」

 

「斧槍が1つ破損、フレイルの鉄球を2つ千切られましたが、依然戦闘は続行できます」

 

「そうか……ならばよい」

 

 

 1騎消失、武器が2つ破損。おそらく先程のセイバーの一撃に対し、防いだ代償なのだろう。

 これが通常のサーヴァント戦ならば、よくやったと喜ぶところであるが、倒したのは敵サーヴァントの喚び出した騎兵が1騎。

 武器が破損している個体が2騎いるとはいえ、それでも敵の数は8騎。

 如何に最優と言え、この数の敵を捌くことは不可能だ。

 

 

“セイバー、撤退するぞ!”

 

 

 例の8騎と向かい合う形で剣を構えるセイバーに、念話を通じて指示を飛ばす。

 

 

“おいマスター、オレの力が信用できねぇってのか!”

 

 

“お前さんの実力は分かってるし、信頼している。だが、流石にこの状況はヤバい”

 

 

 吼え立てて抗議したが、セイバー自身も戦況の不利は重々理解していた。

 一流サーヴァント級のステータスを持つ騎兵が8騎、さらに本体である角鬼のアサシン。

 先の魔術らしき大槌の存在も合わさり、アサシンがまだ手札を隠している可能性は充分にあり得る。

 宝具を発動すれば、形勢を変えることも不可能ではないが、現時点では勝ち目の薄い大博打でしかない。

 

 

“堪えろセイバー。聖杯大戦はまだ始まったばかりだ。逃げるは恥でも、あとで勝ちさえすりゃ帳消しだ”

 

“……っ”

 

 

 獅子劫の説得と、怒りが冷めて冷静さを取り戻したことにより、セイバーもようやく撤退を受け入れた。

 問題は、どうやってこの場を脱するかだが……

 

 

「逃げるならば逃げるがいい。追いはせん」

 

 

 その機は、あまりに意外な相手から与えられることとなった。

 騎兵たちの主、アサシン自らがセイバーの逃走を是とし、あまつさえ追撃はしないと言ったのだ。

 これには敵である獅子劫たちは当然、味方である騎兵たちすら驚きを隠せず、何故と口々に問い掛けた。

 

 

「テメェ……何のつもりだ!」

 

「言葉通りの意味だ。私はお前の逃走を阻まぬし、追撃の手を放つ気もない」

 

「……何を企んでやがる」

 

「企む、か……その企み自体が達成された故、こうして見逃すと言っているのだがな」

 

 

 アサシンの発言、その意味の深奥を理解することはセイバーも、そして獅子劫もできなかった。

 あの戦いは、セイバーの戦闘能力を知るために行われたもので、そのためだけに姿を現し、敗北のリスクも背負った上で行われたことは分かっている。

 だがどうにも今の発言は、戦力分析がその企みとやらだと思えない言い振りだった。

 

 

「……だが、忘れるな」

 

 

 刹那、その場の空気が凍えるように熱を失う。

 殺意とは異なる濃密な気迫を以て、アサシンは騎兵たちの囲いを抜け、セイバーの前へと歩み出る。

 

 

「お前たちの顔は覚えた。外なる英雄、野心ならざる火を持つ者よ。

 お前たちが我らの敵である限り、我ら“黄金”は必ずお前たちを討ち果たす」

 

 

 それははたして、セイバーたちだけに向けられた者なのか。

 ここに居る誰か、ここに在らざる誰か。

 あるいは敵と呼ぶべきすべてに向けて発せられた言葉は冷たく、重々しく、表わしようのない執念に染まっている。

 

 

「怯えるがよい、夜の闇に。――忌み鬼の手が、お前たちを逃しはしない……」

 

 

 その言葉を最後に残し、アサシンの肉体は現れた時同様、黄金の輝きに変わり、夜闇に消えゆく騎兵たちと共に宙空の彼方へと消え去った。

 

 



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③獅子が猛りて炎燃ゆる ―壱―

「ロード・エルメロイⅡ世――お主は、『世界五大奇神話』を知っているかね?」

 

 

 魔術師たちの総本山。世界中の優秀な魔術師たちが集い、励む最高学府『時計塔』。

 魔窟とも称されるその大学府の深部、そこに設立された地下講堂内にて、その2人は密かに言葉を交わしていた。

 1人は、召喚科学部長ロッコ・ベルフェバン。

 もう1人は、現代魔術科学部長ロード・エルメロイⅡ世。

 

 片や古参の老魔術師。片やロードの名を預かる若き重鎮。

 そんな2人が人気のない、それも結界が幾重にも張られた地下講堂で密談となれば、その内容の重さは測りしれない。

 

 

「無論です。世界各地で聖杯戦争が勃発しているこの時世において、知らぬ魔術師の方が少ないでしょう」

 

「そうじゃろうな。だが、それでも一応は確認しておきたかったのだよ」

 

 

 ひょひょひょ、と独特の笑いを上げて返すベルフェバンであるが、エルメロイⅡ世の方は彼がこれより、何を話したいのかが大方見えていた。

 『世界五大奇神話』。それは、この地球上に数多存在する神話の中で、一際特異で奇怪に満ちた神話群を指し示す名称。

 起源となる地域はバラバラ。存在したであろう年代も異なり、数々の神話に見られるお約束のようなものも見当たらない。

 ただ、他の神話には見られない逸話や伝説、武具や技術、概念などと、その神話独自の要素が存在し、それ故に少数ながらも古くより注目され、亜種聖杯戦争が多発する現代においては、優れた魔術師たちにとってある種の必須科目ともなっていた。

 

 始まりの異端『ボーレタリア神話』。

 最古の長篇古譚『火継ぎ物語』。

 禁忌への探求秘話『ヤーナム異界譚』。

 極東の神秘『葦名狼伝』。

 どれも一癖二癖あり、未だ全貌を解き明かすに至っていない難物揃い。

 だが、そんな奇怪神話群の中でも一際異彩を放ち、多くの謎に満ちている神話があった。

 

 

「――『エルデンリング』」

 

 

 老境の魔術師が口にした名前。それはとある神話の名であると共に、その神話の中核にして象徴たる秘紋を指し示す御名。

 他の四神話と共に永らく語られながら、しかし現代に至ってなお多くの謎と神秘を抱え持つ異色の伝説。

 

 

「聖杯大戦の開幕が告げられた直後、各国で不審人物たちの出現が確認されている。

 当初、ワシは聖杯大戦とは別の案件と分けていたのじゃが……」

 

「実際は、聖杯大戦と何らかの関係があったと?」

 

「そうじゃ。というより本人自らが現れて、ワシの前で白状したのだ」

 

「なに――?」

 

 

 それはどういう、とエルメロイⅡ世が続けようとしたと同時に、講堂内に2つの()()が灯った。

 ゆらゆらと揺れ、だが確実に2人に近づき、距離をつめて来ている。

 結界を潜り抜け、この距離に至るまで察知されない時点で、尋常のものではない。

 

 やれるか――その思考がどちらのものであったのかはさて置き、その後の展開は両者が思う凄惨なものへは至らなかった。

 

 

「――そこの爺さんには、同胞が先に告げているな」

 

 

 闇の中より現れたのは、赤の民族衣装を纏う痩躯の男。

 現代にはおよそ珍しい装いをしたその男は、1度ベルフェバンを見てからそう言うと、その黄色に爛々と輝く双眸をエルメロイⅡ世に移し、しゃがれた声で彼に告げた。

 

 

「取り上げられた黄金の祝福は還り、狭間には新たなる王が即位した。

 だが王は己の掲げる律を知らず、また迷っている。

 全を取るか、新たに生むか――この大戦は、その答えを得るためのものだ」

 

 

 託宣のように告げられる言葉の羅列。

 王とは誰のことなのか、律とは何を示しているのか。

 浮かぶ疑問を腹底に抑え、ただ聞きに徹していると、放浪の男は最後の言葉を紡ぎ出す。

 

 

「邪魔をするな、とは言わんよ。だがあの人の道を阻むのなら、俺たちはあんたらを敵とみなす。

 例え一族郎党再び生き埋めになろうとも、呪いとなってあんたらを取り殺そう――」

 

 

 静謐な空気と、火の如き熱を持つ狂気を孕んだ声音で告げ、ただ最後に一言を残して、放浪の男は再び闇へと溶けるように消えた。

 新たなる謎を残し、再び2人を思考の海に叩き落とす切っ掛けを作った闖入者。

 けれども、彼の来訪により1つだけはっきりしたことがある。

 黄金の祝福、狭間、律。そして王。

 単独では何も解き明かせない言葉でも、組み合わせれば見えてくるものがある。

 そして決定的なのは、あの放浪の男が最後に言い残した台詞――

 

 

 ――褪せた黄金、新たなるエルデンリングの祝福あれ。

 

 

 

 

 

 

 トランシルヴァニア高速道。

 トゥリファスへ繋がる唯一の道とも呼べる国道では今、激烈な死闘が繰り広げられていた。

 

 対するは2騎の英霊。

 片や、剣士――“黒”のセイバー。

 片や、槍兵――“赤”のランサー。

 双方の陣営における最高戦力とも呼ぶべき2騎の決闘は、ただの衝突だけで魔力爆発を起こし、周囲一帯を無残に吹き飛ばした。

 

 繰り出される高速の刺突と、剛柔織り交ぜた大剣の連撃。

 互いに傷を負い、負わせ、着実に削り合いを続けて戦いを激化させていく。

 その様子を少し離れた場所で2人――今聖杯大戦の裁定者(ルーラー)、ジャンヌ・ダルクと“黒”のセイバーのマスター、ゴルド・ムジーク・ユグドミレニアは、ただ彼らの戦いを見守り続けている。

 

 ――そして、そことは異なる領域にて同じくその戦いを観る者が、1人。

 

 

「――出番だ、ライダー」

 

「応とも!」

 

 

 大円卓上に映し出される映像より見極め、褪せ人が新たな指示を半神の英傑に飛ばす。

 ようやっと回ってきた戦闘命令に“黄金”のライダーは喜々とした様子で応え、その巨体を勢いよく立ち上がらせた。

 だが、彼の指示が意外に思ったのか、褪せ人の隣に立つ蒼肌の貴人――王女ラニは、不思議げな面持ちで彼に問うた。

 

 

「我が王よ、その命は些か早いのではないか?」

 

 

 王女ラニと“黄金”のライダーは、兄妹の関係にあった。

 母であるキャスターの性質が濃いのか、現在はいないもう1人の兄弟を含めても、互いの仲は良好で、それ故に個々の実力を理解していた。

 先の“赤”のセイバー戦前に褪せ人本人が言っていたが、ライダーはセイバーと並び、この“黄金”の陣営の切り札だ。

 圧倒的な個の武力と、高いカリスマ性と戦闘才能(センス)による軍団指揮、そして卓越した重力魔術。

 総合的なステータスを見れば、ライダーこそ最強の英霊であり、それゆえ聖杯大戦の序盤に出すには惜しい存在でもある。

 

 ラニの判断は間違ってはいない。が、正解かと問われればそうでもない。

 まして相手がこちら側の戦力と、真っ向から対することができる猛者ならば尚更だ。

 

 

「あの2騎は、互いに防御寄りのスキルか宝具を有している。

 映像越しでも分かるほどに2騎の戦闘力は絶大で、互いに攻撃のすべてを捌き切っている様子も見られん。

 となれば相応の手傷を負っているのが道理……だというのに、あの2騎にはそれがない」

 

「極めて優れた守りも兼ね備えている、そう言うのか。我が王よ?」

 

「その通り。ゆえに生半可な攻めでは、逆にこちらが返り討ちに遭おう。

 2騎を丸ごと相手取る可能性も考慮し、かつ彼奴らの守りを貫き、その攻めにも耐え得る豪傑となれば……」

 

「我が長兄――ライダーを措いて他に居ない、ということか」

 

 

 納得し、伴侶たるを誓った彼と共に、ラニは再びライダーの方を見る。

 けれどそこには、あの巨躯の武人の姿はすでに無く、空の小椅子が孤独に置き去りにされているのみ。

 “黄金”(こちら)のセイバーという例外を除けば、生涯常勝を貫いた万夫不当の大英雄。

 その力に疑いを持つつもりはないが――

 

 

「――母よ」

 

 

 気づけば、ラニはこの場にいるもう1人の家族の名を呼んでいた。

 そしてそれを耳にした彼女の母、“黄金”のキャスターは何を言うこともなく、ただ三日月のような柔らかい孤を口元に描き、彼女の呼び掛けに頷きを示した。

 

 

 ――そして、場所は再び高速道。かの2騎が対する戦場へと戻る。

 

 

 

 

 

 

「――っ!?」

 

 

 ルーラー、ジャンヌ・ダルクがそれを探知できたのはある種の奇跡だった。

 トゥリファス全土にも及ぶ驚異的な索敵能力を有する彼女だが、それでも()()()に拠点を構えるサーヴァントの探知は不可能だ。

 彼女がそれを探知できたのは、対象が別次元からこのトゥリファス領に姿を現したのが理由の1つ。

 そしてもう1つは、それが――飛来するサーヴァントの霊基が、あまりにも強大であったからだ。

 

 

「……っ!」

 

「――っ」

 

 

 飛来する赤い流星。

 朝日の光が山陰より覗き始めた頃より現れた赤き星は、ちょうど2騎の間に割り入る形で落下し、爆撃のような破砕音を轟かせた。

 漂う土煙。それはこれより現れるであろう闖入者のための控部屋。

 鬼が出るか、蛇が出るか、はたまた神仏魔性の類か――否。

 

 

「――双方、一度武器を収められよ!」

 

 

 轟くは咆哮。竜種の放つ息吹(ブレス)にも劣らぬ迫力を有する、猛き王者の一声。

 

 

「我こそは、此度の聖杯大戦において騎兵の名と共に招かれし者」

 

 

 鳴り響くは鋼の音色。薄暗闇の中にあってなお輝く、黄金の鎧兜。

 

 

「かつて我が身を破りし勇者の剣となり、矢となりて、貴公らと鎬削る業を課した者」

 

 

 靡く赤髪は獅子の鬣が如く。堂々たる屹立の様は、古き巨人の再来。

 

 

「名を“黄金”のライダー。神聖なる決闘の邪魔をした非礼、心より詫びよう。

 その上で、どうか我が身は、外の英雄たる貴公らに戦いを申し込みたい!」

 

 

 時が、止まった。

 一瞬、ほんの刹那であるが、時が止まった気がした。

 飛来した巨人の如き武人。

 自らを“黄金”のライダーと名乗ったサーヴァントに、その場にいた全員がそれぞれの理由で硬直し、再動に暫しの時間を要することとなった。

 

 セイバーは、突然の決闘の申し込みに驚愕し、ランサーは新手のサーヴァントが何者であるのかと思考しつつ、戦うならば倒すのみと静かに闘志を燃やしている。

 セイバーのマスターであるゴルドは、色々な意味で規格外のサーヴァントの登場に身動き一つできずに絶句している。

 そしてルーラーだが、この4人の中でもっとも大きい反応を示していたのは、実は彼女であった。

 

 

「“黄金”の、ライダー?」

 

 

 あり得ない。此度の聖杯大戦は、2つの陣営に分かれている。

 第三勢力など知らされていないと思ったその時――

 

 

 ――“黄金”の陣営、参戦。

 

 ――サーヴァント7騎、新たに追加。

 

 

 突然、情報が更新された。

 まるでこのタイミングを待っていたかのように、ルーラーたる彼女の脳に新たな情報が挿入(インストール)された。

 何故、どうしてこのタイミングなのか。

 新勢力が参加するのなら、もっと早くに情報が更新されてもおかしくないはず。

 何故、何故、何故――と。

 

 疑問の渦を巻かせるルーラーを余所に、他の3騎のサーヴァントは変わらず睨み合いを続けている。

 違いがあるとすれば、セイバーとランサーは警戒を滲ませた視線、残るライダーは期待を孕んだ視線で見合っている点だ。

 時間にしてほんの数秒。だがそれすらも永遠にも等しく感じてか、いよいよ静寂に耐えかねたライダーが口を開き、沈黙を破いた。

 

 

「どうした? そちらの返答を聞かせて貰いたいのだが」

 

「――ならば問うが、先の申し出はどちらに向けたものだ。

 よもやオレと、そこな“黒”のセイバーを共に相手取ろうとした上での発言ではあるまいな?」

 

「無論、そのつもりで言わせてもらった」

 

「なんだと?」

 

「……」

 

 

 “黒”のセイバーと“赤”のランサー。

 紛うことなき大英雄2騎を、こともあろうに同時に相手しようとしたライダーの言に、両者が明らかな驚愕を示した。

 そしてそれは彼らだけではなく、この場にいる唯一のマスターであるゴルドの耳にも届いていた。

 

 

「き――貴様! どこぞの英雄であるかは分からんが、サーヴァント2騎をまとめて相手するなど馬鹿にも程が――」

 

「真に馬鹿ならこのような申し出などせず、奇襲なり何なりと仕掛けて無駄に高笑っておるわ。

 レアルカリアの源流思想に染まり切った、頭でっかちの輝石頭共のようにな。

 ……それに――」

 

 

 黄金の獅子兜を揺らし、夜明けが迫る夜天を仰ぎ、ライダーが告げる。

 

 

「『赤獅子に惰弱なし』――我が戦友たちと共に掲げ、嘘偽りなしと体現し続けた、かの謳い言葉。

 我が父母、兄弟、宿敵たち――そして何より、今生において忠を捧げた、新しきエルデ王の名に懸けて、我が無双たるを証明せねばならん」

 

 

 赤獅子、エルデ王――聞き逃せない単語がいくつかありはしたが、それを今気にする両雄ではなかった。

 聞き手によっていっそ傲慢とさえ取れる言い様であるが、不思議と不快感は湧かない。

 この巨将は単純に、純粋に、今述べた言葉そのままに。

 己が誇りと思う全ての者たちに恥じぬ在り様(さいきょう)を、大英雄たる彼ら(じぶんたち)に示したいだけなのだ。

 

 ああ、ならばこそ――。

 そのような愚直で穢れを孕まぬ戦士の言に、返す言葉はただ一つ。

 

 

「――いいだろう。その挑戦、オレは受けよう」

 

「――同じく」

 

 

 鋭利な氷のように冷たく、けれど豪炎の如き熱を胸に抱き、ランサーとセイバーは承諾する。

 己のサーヴァントが自分の指示も仰がずに勝手な決め事をしたことに文句を述べようとゴルドが叫ぼうとしたが、直前にルーラーがそれを遮った。

 戦士のやり取りに水を差すのは無粋、というのに共感したわけではない。

 彼女がそうした理由は、ただ単に危機感知による未然防止ゆえの行動だった。

 

 ルーラークラスの探知・索敵能力を用いずとも分かる。

 ――今の“黄金”のライダーが、どうしようもなく昂っていることを。

 

 

「両雄、感謝する。――然らば!」

 

 

 吼えるように叫び上げ、ライダーの巨躯より迸る魔力が大気を震わせ、得物を具現させる。

 突き立つは黒鉄の双剣。恐ろしいまでに幅広い、気高き獅子の鬣があしらわれた二刀一対の大業物。

 組んだ腕をそのまま伸ばし、交差させて十字を描くと、まるで剣そのものが意思を持っているかのように地面ごと空を舞い、巨将の双腕に収まる。

 

 噛み合う牙の如き刀身が交わり、鈍い鋼の音色を奏でて火花を散らし、振り抜きと共に大地が鳴動した。

 戦の支度は整った。ならば残すはただ一つ。

 吹き起こした豪風で赤髪を靡かせ、黄金獅子の鎧纏う豪将が今――高らかに名乗りを上げる。

 

 

「我こそは、“黄金”の陣営が二極の片割れ、ライダー!

 英雄の子にして戦王の獅子――『星砕きの赤獅子』の名、その身にしかと刻むがいいッ!!」

 

 

 聖剣、神槍、剛剣――激突。

 星を砕いた獅子将軍を新たに交え、大英雄たちの第二戦が幕を上げた。

 

 

 

 

 

 

「――『星砕きの赤獅子』、ですか」

 

 

 未だ夜闇に閉ざされた教会内部。

 身廊を進んだ先、祭壇の前で傅く若年の神父――シロウ・コトミネに届いたのは、念話による自身のサーヴァントからの報告だった。

 対“黒”の陣営、そして大聖杯奪取のために必要な宝具構築のためにその場を離れている彼のサーヴァントは、使い魔として放った鳩を用い、広大な情報網を確立させ、このルーマニアにおける聖杯大戦の情報を収集していた。

 

 そして今手に入った情報とは、先ほど彼らが出撃させたランサーと、敵方のサーヴァントとの戦いに関するものだ。

 遠見の術までは備えていないゆえ、映像として見ることは叶わないが、得た情報から察するものは、少なからずシロウに衝撃を与える形となった。

 

 

「よもや、本当に現れるとは……」

 

 

 彼のサーヴァント、“赤”のアサシンにより収集した情報の中に、気になる報がいくつか存在した。

 この聖杯大戦が始まって以降、各地で奇妙な民族風衣装を纏う男たちが現れ、奇妙な忠告と共に消えるというもの。

 その男たちが残した言葉の中に混じっていた、聞き捨てならない単語の数々。

 

 狭間の地。黄金の祝福。新たなる王。そして――エルデンリング。

 永き時を重ねる人類史の英雄賢者たち。

 その彼らでさえ、英雄の座に至ることでようやく知ることの叶う、奇奇怪怪なる未知の神話。

 この世に5つ存在する、奇怪を極めた神話群の最後の一群――その勢力より、まさかよりにもよって最悪の1騎がこの場面で登場するなど、誰が予想できたか。

 

 『星砕きのラダーン』――ただ1騎にて宙空より迫る星に挑み、これを真正面から撃ち砕き、以来星の封として君臨した英雄。

 竜や魔性を討った英雄ならばよく聞くが、空より来たる星を迎え撃ち、単身で砕く英雄などはたしてどれほど居るものか。

 その伝説に偽りがなければ、間違いなくこの聖杯大戦において最強の座を争える一角となるだろう。

 考えたくはないが、最悪“赤”のランサー(カルナ)をこの序盤で失いかねない可能性がある。

 

 

「できればこんなに早く使いたくはなかったのですが……仕方ありません」

 

 

 片膝を突く姿勢から立ち上がり、瞑目と同時に“赤”のランサーの時同様、マスターを通してサーヴァントの1騎に命令を下す。

 一時の静寂――けれど程なくして、教会内に鋼の音色が鳴り響いた。

 がしゃり、がしゃりと鉄が擦れる音を鳴らし、重量感溢れる足取りでシロウの下に近づくと、その場で立ち止まり、彼の言葉を待つように沈黙した。

 

 

「聞いての通りです。どうかよろしくお願いしますね――()()()()()

 

 

 青年神父の見上げる先。

 穿たれた兜の覗き穴(スリット)の奥では、轟々と燃ゆる炎が覗き見えた――。

 

 

 



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④獅子が猛りて炎燃ゆる ―弐―

※書き忘れがあったので加筆&再投稿です。


 ――剛撃。

 

 ただそう表現する他ない凄絶な一撃が大地を割る。

 圧倒的な破壊の暴威。理不尽の嵐。滅尽の具現。

 凄まじくも流麗で、1つの絵画にも似た完成性を宿していたセイバーとランサーの戦いとは異なり、彼――“黄金”のライダーの戦いは、只々“暴”の一文字があった。

 

 

「ふはははははははっ!!」

 

 

 破壊、破壊、そして破壊。

 巨竜の爪にも劣らぬ大双剣が振るわれる度に大地が抉れ、土が舞い、豪風を巻き起こす。

 神秘の秘匿に真っ向から喧嘩を売るような戦いぶりは、けれどどこまでも純粋で、そこに不純は一切存在しない。

 

 

「――楽しそうだな」

 

 

 振るわれる双剣の一振りを槍の柄で受け止め、流しながら“赤”のランサーが言う。

 もう一振りを同様に受け止め、渾身の力で弾く“黒”のセイバーは変わらず無言だが、注ぐ視線がランサーと同じ問いを投げ掛けている。

 

 

「無論、楽しいとも!」

 

 

 その2人の問いに、ライダーは隠すことなく己の感情を曝け出す。

 戦に愉悦を見出すは、戦に狂った者の性。

 兵も、将も、戦士も、勇者も、戦に身を置く者は等しく殺戮者であり、さらにそこへ悦を見出す者など紛うことなき大狂人だろう。

 だが、それでもいいとライダーは謳う。

 

 

「血を連ねし義妹との戦いの果て、我が身を国ごと腐れで毒され、飢えた犬のように彷徨う日々!

 戦友であった骸を、敵であった骸を、喰らって永らえる在り様に絶望さえした――だが!」

 

 

 阻まれた(ふた)つ大剣を引き、翼のように両腕を広げる。

 

 

「我が友は、至高の勇者たちと共に我が最期を飾ってくれた!

 そしてその最たる勇者――我らが新王の下、再び戦の悦に浸れることのなんと喜ばしきことか!」

 

 

 ライダーの挙動に合わせ、大地が揺れ、崩れ、岩塊となって宙に舞う。

 

 

「だが足りぬ! この程度の熱では、まるで足りぬッ!

 我が最期を彩りし勇者たちのように、貴公らの熱と輝きで――我を魅せてくれッ!!」

 

 

 赤獅子咆哮――!

 浮遊する岩石が意志を宿したが如く、“黒”のセイバーと“赤”のランサーに向けて殺到する。

 統制の欠片もない、乱雑に放たれた岩塊群。

 ただ巨大なだけの大岩ならば、一騎当千の大英雄たる2騎にとって脅威足りえない。

 剣と槍を振るえば容易く砕け散るのみ――だが。

 

 

「――っ?」

 

 

 ランサーの一突き。それが岩塊に触れた瞬間、柄を通してありえざる感触がランサーの手に伝わった。

 そしてそれはセイバーも同じく。岩に食い込む互いの得物にさらなる力を注ぐことで砕き割るには至れたが、その鉄面の如き表情には、僅かな驚きが滲んでいる。

 

 一体(ライダー)は何をしたのか――。

 声なき疑問に答える者は無く、代わりに響き渡るのは――堂々たる赤獅子の咆哮だった。

 

 

「ウゥオオオオオオオオオオオオオオオオォッ!!」

 

 

 大気を震わす獅子の裂帛。

 猛々しい咆哮を伴い、いつの間にか地面に差し込まれた双大剣を地面ごと抉る形で引き抜く。

 引き抜かれたのは、もはや名匠の手による黒鉄の刃ではない。

 自然の中で鍛え抜かれた、ただ武骨に硬さを追求した岩の刃。

 切り裂くための武具ではない、ただ暴力のままに叩き潰す岩石剣。

 荒れ狂う魔力を漲らせながら、ライダーが猛進する。

 

 叩きつけ、薙ぎ払い、時に剣そのものを投擲さえする。

 型に嵌まらぬ自由な戦い。あるいは術理を知らぬ野蛮な闘争。

 だがそのどれもが必殺で、明確に敵を潰さんとする意思が垣間見えた。

 さらには、剣の一振りの際に伴われる紫電の如き衝撃波。

 空ならざる、確かな硬さと重みを持ったそれこそが、先程の浮遊する岩塊の硬さ、その故なのやもしれない。

 

 

「よく凌ぐ――ならばそろそろ頃合いか……!」

 

 

 それでもなお倒れることなく、剣と槍にて応じ、時に我が身に掠めさせる英雄たちを称賛しつつ、機は熟したと進撃を止める。

 踏み締めた両足で大地を砕き、そうして舞った岩や土が浮遊し、ライダーの周りで狂い踊る。

 巨躯を包むように迸る、紫電を模したる魔力奔流。

 刹那の内に2騎の体躯は引き寄せられ、抗おうにも見えざる()()が喰らいつくように2騎を離さない。

 

 

「いっ、いかん! ――セイバー!」

 

 

 最悪の結末を予想し、ゴルドの野太い声が上がるも、すでに遅い。

 紫電の魔力――重力領域に引き込まれ、掲げたライダーの双大剣が限界に達した時、さらなる裂帛を伴い――

 

 

「いざや新王よ、ご照覧あれ! 此れぞ我が剣の術理が秘奥、御身に捧ぐ新たな我が極地ッ!」

 

 

 此処に在らざる新たな君主へ向けての宣誓を経て、獅子将軍は高らかにその真名()を謳う。

 

 

「――『我吼ゆる、星呼びの牙剣』(ルギートゥス・デンスグラディウス)ッ!!

 

 

 真名解放――すなわち()()

 叩き込まれる超重力の奔流と、規格外の剛力を乗せた双大剣による大破壊。

 逃がさない。防がせない。抗う間もなく砕け散れ――。

 最強の武を体現する獅子将軍の極撃は、ただそれだけで雲を割り、地を砕き、星の核へと至る内層にまで衝撃を轟かせた。

 

 ――だが。

 

 

「……ほう」

 

 

 叩きつけた双大剣を戻し、見下ろした先には誰もおらず、何もない。

 だがそれは、2騎が抗う術なく無残に砕け散ったことの証明ではなく、異なる結末へ至ったが故である。

 

 顔を上げ、視線を周りに向けると、やはりそこにあるのは件の2騎の姿。

 セイバーはマスター(ゴルド)の前に位置し、彼を守る形で大剣を構え、警戒の眼差しを向けている。

 ランサーは正反対の方角で独り屹立している。

 表情こそ変わらぬ鉄面なれど、その身に受けた手傷は決して小さいものではなく、鎧に至ってはその()()が砕け、損傷している有り様だ。

 もっとも、その傷も破損も程なくして修復され、まるで何事もなかったかのように万全のランサーの姿が蘇っていた。

 

 

(ランサーは己が鎧で防いだか。そしてセイバーは……なるほど。魔力の流れから察するに、そこな魔術師が何かしたな?)

 

 

 飢えた獣のような目付きで、鮫のように凶悪な笑みと共にゴルドを見ると、ゴルドは視線に耐え切れず身震いし、少しでも姿を晒さぬようにセイバーの影に移動する。

 確か外の世界、それも当世の魔術師の練度は神代の頃と比べ、ひどく低いと聖杯より知らされている。

 一瞬の間に離れた場所への移動となれば、それはもはや魔術ならざる魔法の域。現代の魔術師では決して行使できない術技の筈。

 となれば、考え得るのは令呪行使――ならばこそ、この魔力の流れも頷ける。

 

 

「――見事」

 

 

 呟くような声で両雄を讃える。

 見事なり、“赤”のランサー。その鎧の守りこそは至極の堅牢と呼ぶに相応しい。

 見事なり、“黒”のセイバーとその主よ。よくぞ我が重剣より逃れて見せた。

 外の英雄、実に天晴れ。我が最後の宿敵たる義妹(マレニア)にも劣らぬ精強ぶりよ。

 

 

「ならば――()はどうかな?」

 

『――っ!?』

 

 

 “黄金”のライダーの放った一言と同時に、セイバー、ランサー、ゴルド、そしてルーラーの4人全員が空を見上げる。

 彼の言葉に誘導されて見上げたのではない。遥か頭上より感じた魔力、音――否、とてつもない力圧が彼らの意識を無理矢理空へ向けさせたのだ。

 

 

 ――『星』だ。

 明けゆく空、蒼黒の天海を引き裂いて飛来する赫赤(かくしゃく)火石(ほいし)

 それは時を経るごとに見る見る姿を大きくし、やがてその全容が見えた時、4人――いや、その闘争を見守っていた両陣営すべての者たちが、我が目を疑い驚愕を示した。

 

 

「“黄金”のライダー! 貴方は――この地(ルーマニア)に隕石を墜とすつもりですか!!」

 

「然り」

 

 

 聖杯大戦の裁定者たる聖女を前に、ライダーは変わらぬ仁王立ちで、偽ることなく肯定する。

 

 

「我が剣の秘奥、それ即ち空の彼方にあるという虚空の海、そこにて彷徨う星を呼ぶもの。

 生前にてこの身が撃ち砕いた空の厄災を、今生において我が兵器として用いるとは奇異にも程があるが……力を示す試練となれば、これより相応しいものなどそうはあるまい」

 

 

 試練――ライダーは確かにそう言った。

 目視できる隕石の大きさは相当なものだ。あれをどうにかして対処せねば、人的被害は莫大なものとなるだろう。

 それに――被る被害は1つではない。

 

 

「なっ、何が試練だ! あんなものを落とせばどうなるのか、貴様分かっているのか!?」

 

「民草の命が散る、と危惧しての言葉ではないな。

 確か……神秘の秘匿であったか? 人命ではなく術を優先するとは……どの世界の()()()()魔術師も、考えることは同じなのだな」

 

 

 呆れたような、失望したような嘆息を漏らすと、ライダーは再び空を見上げ、未だ宙空にある星を見据えた。

 天より降る星。それは遥か宙よりの厄災。それを人の身で対するなど、羽虫が巨人に挑むのと同じだ。

 幸いなるかな、今呼び寄せた星はかつて己が挑んだものと比べればまだ小さいが……はたして、外の英雄はどうあれを対処するのか。

 

 

(それができねば、我が再び『星砕き』を為すほかあるまい)

 

 

 さあ、どうする。狭間の外の英雄たちよ――。

 落下する隕石は当然の如く、時間経過に伴い衝撃を増させる。

 地表に衝突すれば凄絶な大爆発が起きるのは必定。されど低空で破壊しても同じ結果となる。

 即断と、莫大な火力が必要――となれば、繰り出すべきは必殺級の宝具のみ。

 

 

「オレたちを試すための厄災となれば――是非も無しか」

 

 

 先に歩み出たのは、“赤”のランサー。

 長大な黄金の槍を逆手に持ち直し、投擲の姿勢を取って天より来たる星を捉える。

 放つは秘奥。かの偉大なる梵天(ブラフマー)の名を冠した弓術の極意、その応用。

 太陽が如き灼熱を有する豪炎を纏い、黄金の神槍を構え、いざその穂先を天の火石に狙いを定め――

 

 

『梵天よ(ブラフマー)――」

 

 

 ――直後、全員の頭上を紅蓮が覆った。

 

 それは“赤”のランサーの手によるものではない。

 かと言って、“黒”のセイバーに炎を操る術も宝具も存在しない。

 では誰なのか――答えは至極単純。

 その場に、5()()()()()()()()()()が現れ、宝具を放ったのだ。

 

 

「なんと――っ!?」

 

 

 今度は“黄金”のライダーが目を見張る番だった。

 己が招来させた落星。それを呑み込む紅蓮の津波。

 かつての己を蝕み、骸を喰らう畜生に堕とした腐敗の朱花を想起させたが、今目にしているものは“朱”ではなく“紅”だ。

 炎――“赤”のランサーが操るものよりもなお熱く、より古い魔力を纏うもの。

 炎の巨顎は隕石を呑み込み、その全てを灰も残さず灼き尽し、やがてその全てが1つに集い、形を成していく。

 

 紅蓮が消え失せ、現れたるは焦鉄の巨人。

 ラダーンほどではないものの、セイバーやランサーの倍はあろう巨躯。

 されどそこに骨肉の類は見受けられず、あるのはただ焼け焦げ、炎熱に爛れた黒鉄のみ。

 爛れて歪み、形成された騎士兜は髑髏の如き形相。

 人の肋のような意匠の胴鎧、焼け褪せた襤褸の外套(マント)

 巨躯ではあれども細身で、けれどそこに内包する圧と存在感は、この場にいる誰よりも強大で、かつ異質を極めていた。

 

 

「まさかお前が出てくるとはな――キャスター」

 

「キャスター、だと……?」

 

 

 ランサーの発言にゴルドが思わず鉄巨人を見つめ、幾度も瞬きを繰り返しながら凝視した。

 彼だけではない。彼のサーヴァントであるセイバー、そして規格外たるライダーさえも、鉄巨人のクラスを耳にした途端、思わずその真偽を疑った。

 唯一、クラスの特権によって真名とクラスを把握できるルーラーだけは違い、他の者たちほどの反応は示さなかった。

 だが彼女は彼女で、別の理由で大きな衝撃を受ける形となっていた。

 

 

「燃え殻の、亡霊……!」

 

 

 燃え殻の亡霊――それは“赤”のキャスターを指し示す、数多にある異名の1つでしかない。

 火の守り手。救世主たちの代行者。火の炉の番人――。

 やがてその身は最後の薪の資格者によって討たれ、英霊と化して後はかの存在に統合され、彼の力となった。

 ならば全盛とまではいかずとも、熱を与えて火を熾せば、あの巨大な隕石を呑み込むことなどこの英霊にとっては造作もない。

 

 

「見事――と賛辞の言葉を贈りたいところだが……貴公、何者だ?」

 

 

 双大剣を再び手にし、今までにない警戒を露わにした表情で“黄金”のライダーがキャスターの下へ歩み寄る。

 

 

「英雄と呼ぶには重みがなく、されどその存在は何よりも巨大にして強大。

 狭間を支配した神たる女王すらも、貴公ほどの異質さは持つまい……」

 

 

 一定の距離にまで辿り着くと、そこから先は足を踏み出すことなく、ただ明確な敵意と疑念を向けて、臨戦態勢を整える。

 マレニアの時でさえ、これほどの緊張感は感じ得なかった。

 勝利を確信できぬ戦はあったが、敗北を予期させる戦などはただの1度もない。

 可能性があるとすれば、今生の主たる新王であろうが――その新王と仕合うよりも前に、まさかこれほどの傑物、否、異物と見えることになろうとは。

 そして肝心の問いに答える素振りもない様子。……ならば後は、武で語るのみ。

 

 

「構えよ。得物を持たぬ相手に戦いを挑むは戦士の恥。

 此処にて雌雄を決するつもりならば、貴公も己が得物(魔杖)を抜くがいい」

 

『――』

 

 

 異質ではあろうと、戦うならば正々堂々。

 あくまで戦士の姿勢を崩さぬラダーンの配慮に、だが“赤”のキャスターは何を答えるつもりもなく、そして彼の言葉に応じるつもりもない。

 暫くして、鉄と鉄とが擦れ合う音を鳴り響かせ、キャスターがその巨躯を揺らし、同属であるランサーの下へ歩み寄る。

 

 

『――ランサー、戻るぞ』

 

「それはお前のマスターからの命か?」

 

『否――だが、直に夜が明ける。これ以上の戦いは、人目につきやすい』

 

「成程……だが、お前はどうする? 戦いを申し込まれているように見えるが?」

 

『受ける道理は無し。それに……先ので()()()()。暫くは持つ』

 

 

 それ以上の言葉を発することなく、キャスターは姿を霊体化させ、夜明けの空に消えていった。

 残されたのは先と同じ4騎と1人。

 しかし、キャスターの言葉通りに陽が昇り始め、朝の訪れを告げようとしている。

 

 

「決着がつかぬまま終わるのは残念だが、これ以上の戦いはキャスターの言う通り人目につく。

 それは互いのマスターも良しはせぬだろう」

 

 

 ランサー自身、この結末に内心納得はしていないのだろうが、優先すべきはマスターの意思。

 例えそれは命じられたものでなくとも、大前提を覆していい理由にはならない。

 その彼の言葉に、セイバーはどうするかとゴルドに目を向け、視線で問うと、すぐに了承の首肯を受けて再びランサーに向き合い、この場で初めてその口を開いた。

 

 

「願わくば、次こそは貴公らと心ゆくまで戦いたいものだ」

 

「ああ。オレもそれには同意する。――“黒”のセイバー、そして“黄金”のライダーよ。

 いつか再び戦場にて見え、刃を交わそう」

 

 

 邂逅に対する感謝の言葉を口にし、ランサーもキャスター同様、霊体と化してその場を後にする。

 2騎が消え、いよいよ残るはセイバーとライダーの2騎のみ。

 二陣営同士の正常な闘争ならば介入はしないルーラーゆえ、これより先の戦闘は完全なる独力の衝突となる。

 ランサーと互角に競い合ったセイバーと、その2騎を同時に相手取ってなお優位を崩さなかったライダー。

 再び戦えば、勝敗の天秤がどちらに傾くのかは目に見えていた。

 

 

(どうすればいいと言うのだ……!)

 

 

 先の一撃の回避のため、既に令呪を一画使()()()()()()

 この場から自分を連れ、撤退するには再び令呪を行使するほかないが、はたしてあのライダーがそれを許すのか。

 仮に令呪での撤退が成功したとして、追跡してこない可能性がない筈もない。

 

 悩むゴルド、警戒するセイバー、傍観するルーラー。

 沈黙は永らく続き、いよいよ耐えかねたのかライダーが動き出し、手にした双剣ごと両腕を大きく広げ――

 

 

「――ふむ、ここまでか」

 

 

 双大剣を腰に仕舞い、剥き出しの戦意が収められた。

 先まであれほど戦う姿勢を見せつけていたライダーが、突然終戦を告げる言葉と共に剣を収めたことに、ゴルドは当然、沈黙を保つセイバーすらも瞠目する。

 一方のライダーは、帰り支度を整えつつ、別段おかしいことでもないと言いたげな声音で理由を語り出した。

 

 

「我は別に、貴公らをここで撃滅するために遣わされたのではない。

 貴公らの力、意思、そして外の英雄の在り様を見極めるために刃を交えたのだ」

 

 

 欲を言えば、あと少しばかりは戦いに興じていたかったが、こうも白けては面白みもなにもない。

 それに――此度の大戦において、“黒”のセイバーと縁を結んだのは、どうやら自分ではないらしい。

 仮にセイバーと本気の殺し合いを演じるのなら、そこにはやはり、あのランサーも居らねばならぬだろう。

 

 “黒”のセイバーと“赤”のランサー。双方が揃ってこそ真に価値があり、この“黄金”のライダー(星砕きのラダーン)が挑むに足り得る試練となるのだ――。

 

 

「だが、これで終わりではないぞ“黒”のセイバーよ。

 此度はここで終いとなるが、我らが共に生き延びる限り、再び戦場にて見える時は来よう。

 “赤”のランサーも同じく、もしもまた刃交える時が来れば――その時は我も、戦友たちと共に全霊をもって貴公らを打ち砕こう」

 

 

 砕けた大地、割れた道路を重力魔術で操作した土塊で埋め立て、舗装し終えると、最後に彼らへ向かい合い、別れの言葉を口にする。

 

 

「さらばだ、“黒”のセイバーとそのマスターよ。

 ……そしてルーラーよ。貴公の手による裁定が、どうか正しきものであることを祈――」

 

「――よくできましたね。流石はあの人と私の息子です」

 

 

 またもや虚空に声が響く。

 それはこれまでに発せられたことのない、どこか品を感じさせる女性の声。

 未だ残る暗がりより魔力が集い、満月の如き淡い輝きを放つと共に、それは人型を形成して彼らの前に姿を見せる。

 

 三日月の姿を模した頭冠。

 夜の闇と月の蒼、そして炎の赤を宿す肩掛け(ストール)を巧みに混ぜ合わせたローブ

 手には白銀の笏杖を携え、もう片方の手には魔女のような姿の白い人形を乗せている。

 

 

「は――母上っ!?」

 

「私もいるぞ、兄よ」

 

 

 母上――その単語を聞いた途端、セイバー、ゴルド、ルーラーは今度は別の意味で耳を疑った。

 ライダーが母と呼び、そしてライダーを兄と呼んだ人形。

 聖杯戦争において、血の繋がりがある英雄同士が喚ばれることは意外とある。

 けれども、実際に親子や兄弟の関係にある者同士が喚ばれるというのは滅多にない。

 

 

「月魔術の遠見でずっと見ていましたが、新王の言いつけを守り、なおかつ自分の後始末もしっかりできて偉いですね。

 母として、私も大変誇らしいですよ」

 

「だが流石に星を降らせるというのはどうなのだ、兄よ。

 大方、あのセイバーとランサーが砕けぬ時は自分で処理しようと考えた上での行動だろうが、それにしてもやり過ぎだと思うぞ」

 

「それは……我も、そう反省している。だが、全力は出せずとも大技の1つは見せねば戦士として無礼にあたろう――あ、母上! 撫でるのはおやめくだされ! もう子供ではないゆえ、人前で撫で回されるのは大変恥ずかしく――つま先立ちしても我の頭には届きませんぞ!?」

 

「……兄よ、とにかく帰るぞ。このままこの状況が続けば、“黒”の側に要らぬ情報が伝わってしまう。

 それに私も早く、王の下に帰りたい」

 

「お前はそれが本音であろう、ラニ!? ああっ、もう! 分かりました! 帰ったら何をしてもいいので、後生ですから今だけはおやめくだされ、母上!」

 

 

 ラニと呼ばれたしゃべる人形が、虚空に呪言を唱え、秘文字を刻むと同時に彼女を含む三者全員の姿が消失し、ついに残されたのはセイバーたちだけとなった。

 ルーラーのサーヴァントに対する奇襲。“赤”のランサーとの戦闘。“黄金”のライダーの乱入。そして不気味な“赤”のキャスター。

 幾度驚愕してもまるで足りない衝撃の連続であり、忘れたくとも忘れられない記憶の連なり。

 

 

 けれど、やはり一番鮮明に残ってしまったのは――母親に振りまわされる“黄金”のライダーの姿であった。

 

 

 

 

 

 

 ――暗がりの中で、独り待つ。

 

 周囲に人影は存在せず、人気もまた感じられない。

 されど、確かにこの身が、心が、魂が――我が存在のすべてが明瞭に感じ取れるものは存在する。

 

 おお、おお、おお――!

 そこに居たのか! そこに居たのか、怨敵よ! 打ち倒すべき加虐者よ!

 貴様がどこに隠れ潜もうとも、その()()()()王気(オーラ)だけは隠せまい。

 この世の最果てに在ろうとも、私は貴様たちを断じて逃しはしまい。

 今こそ進撃の時、叛逆の狼煙を上げよ! 即ち――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――筋肉(スパルタクス)、始動。

 

 

 

 



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間話 新王の三乙女

 一旦幕間、次へ繋げるための説明話のようなものです。


 トランシルヴァニア高速道における戦いは、勝者も敗者も存在しない、引き分けの形で終結した。

 “黒”のセイバーと“赤”のランサーの一騎討ちから始まり、“黄金”のライダーの乱入と、彼の手による決着を阻止すべく派遣された“赤”のキャスターによる抑止。

 結果、朝日の来訪による人目の増加を懸念し、神秘の秘匿に則って三陣営のサーヴァントたちは各々の拠点に舞い戻った。

 

 

「しかし、よもやあ奴を繰り出すとは……お主も思い切ったことをしたものよな、マスター」

 

 

 教会の長椅子に腰掛け、口元に妖しい笑みを浮かべて言うのは“赤”のアサシン、セミラミス。

 シロウ・コトミネ神父の召喚したサーヴァントであり、彼にとって現状、()()()()()()()()

 夜が明け、朝日を迎えることでようやく終わりを迎えた高速道の戦闘ではあるが、“赤”の陣営――厳密には、シロウの得たものはほぼ皆無という形となった。

 

 目的としていたルーラーの殺害は阻まれ、対したサーヴァントを討ち取ることも叶わなかった。

 だが、それはまだいい。問題なのは、これまでに全く情報がなかった第三勢力の判明と、切り札の1つであるキャスターの存在をこの序盤で知られてしまったことだ。

 

 

「私としても、苦肉の策でした。あのライダー――『星砕きのラダーン』を止めるためには、どうしても彼の力が必要だった。

 降る星を砕くというのは難行極まりますが、ランサーならば不可能ではないでしょう。

 ですが、その後にあのライダーがさらなる宝具を展開する可能性もあり、何かを切っ掛けに本気で討ち取りに掛かれば……ランサーと言えど、どうなっていたか想像するに難しくはありません」

 

「確かにな。……まあ、結果を見ればキャスターは見事に“黄金”のライダーの抑止を成し遂げ、戻ってきてからはまた己の固有結界に引き籠っておる。あの亡霊がこちらに興味を抱かずあのままであれば、今のところは安心と考えてよかろう」

 

「ええ。確かにその通りですが……」

 

 

 それでもシロウの懸念は拭えない。

 “赤”のキャスターは、精鋭揃いの“赤”の陣営にあってなお名を陰らせることなき大英雄。

 神話と英霊の座に語られる内容が真実であれば、この星が今の形を得るよりも遥か昔、前人類史とも呼ぶべき時代に君臨し、当時の世界の中核たる『最初の火』を継ぎ、その身を薪と焚べて世界を存続させた救世主たちの意思の具現。

 神の如き救世の王たちの意志を代弁し、その使命を代行すべく創造された爛れ鉄の巨人は、だが1つだけシロウにとって、極めて危うい要素を抱え持っているのだ。

 

 

「“不死の否定”――神王グウィンの後に火を継いだ旧人類最初の薪の王、絶望を焚べる者、そして火の無き灰。

 この3人の英雄の遺した意思――それがある限り、キャスターの擁する危険性を些事と切り捨てることはできません」

 

「本当に心配性よな、お主は。……だが、あの火炎の矛先がこちらに向けられては流石に敵わぬな」

 

「ええ。ですので、彼は今後も必要時以外は待機を。もしもまた“黄金”のライダー、あるいは彼以上のサーヴァントが出現しましたら、ソレを機に使い潰してしまう方がよいでしょう」

 

 

 原初の救世主を使い潰す。

 言葉のみなら極めて下策で、なんとも罰当たりな愚行と言わざるを得ないが、シロウの大願を考えればそれも仕方のないことだった。

 それにアサシンも同じ王、それも自らよりも遥かに格上の王と並んで事を進めれば、いずれ必ず衝突する。それだけは御免被りたい。

 ならばシロウの言う通り、どこかの場面で強力なサーヴァントと対峙した際、相討ちの形で使い潰した方がいいだろう。

 ――もっとも、“赤”のランサーすら優に上回る規格外の怪物と互角に渡り合える強敵(かいぶつ)が居ればの話だが。

 

 

「ところでマスター――バーサーカーは、如何とする?」

 

 

 アサシンの問いに、シロウは僅かばかりに眉をひそめた。

 キャスターが出撃して間もなく、“赤”の陣営よりサーヴァントが1騎、誰の指示もなく抜け出していた。

 それが“赤”のバーサーカー、真名をスパルタクス。

 トラキアの剣闘士にして反乱の英雄。

 虐げられる者たちにとっての希望の星であり、同時に傲慢なる強き者――圧制者に抗い、打ち砕くことを存在意義とする叛逆の狂戦士。

 

 生前の在り様と生涯、それにより彼が権力者や傲慢なる者に対して病的なまでの執着を抱くのは分かる。

 “赤”のキャスターなどはその最たる例であり、救世の王たちの意思、その化身たる存在なのだ。バーサーカーが何も思わぬわけがない。

 故にキャスターが固有結界に籠ってくれていたのは“赤”の陣営にとって二重の意味で都合がよく、ランサーへの助勢とはいえキャスターを出したのはある種の悪手でもあった。

 

 それでも標的にされていただろうキャスターはすでに戻り、再び固有結界に籠って沈黙している。

 ならばとバーサーカーにマスターを通じて呼び掛けたが――必然と言うべきか、バーサーカーは彼らの意に従わなかった。

 それはいい。何せあのサーヴァントの狂化スキルのランクは規格外(EX)。こうなる可能性は充分にあった。

 問題は、こちらの命令を退けた理由である。

 

 

「『彼方に在ろう圧制者の群れよ、いざ往かん』……彼は一体、何を感じたのでしょう」

 

 

 王性の究極たる化身の消失を以てもなお止まらぬ狂戦士。

 彼が新たに定めた獲物が何であるか、それを知るシロウたちではなく、そして知るための術もまた持ち合わせてはいない――。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 

 現世ならざる大円卓。

 狭間の英雄が集う拠点の中心は今、過去に例を見ないほどの沈黙に満ちていた。

 聖杯大戦中最上位の英雄たる“赤”のランサーと“黒”のセイバーの時でさえ、このような状況へは至らず、暫しの観察を経て褪せ人がデミゴッドたちの内のいずれかを出撃させるのが常だった。

 だが今回、彼の観察は異常に長く、それに伴い主戦力であるデミゴッドたちは当然、褪せ人の手により招かれた他の褪せ人や魔術師、異形たちさえも円卓に集まり、展開されている映像を眺めている。

 

 いや――この場合は、()()()()()()と言った方が正しいのだろう。

 

 

「……()()()()()

 

 

 そう、見ている。

 月魔術による遠地映像の投影。その投射先である満月に映し出されているのは、1騎のサーヴァント。

 しろがね人にも似た蒼白い肌と、その儚げな色合いとは対極に位置する重厚な大筋肉。

 そして絶えず浮かんでいる笑み――その笑顔が、時折こちらへ向けられているのだから、褪せ人がそう呟くのも致し方のないことだった。

 

 

「ラニ、お前はあの筋肉達磨が魔術に精通しているように見えるか?」

 

「いや、少なくともそうは見えないな」

 

 

 諸事情によりライダーと共に席を外しているキャスターに代わり、月魔術の投影を行っているラニに問うと、やはり彼が思う答えが返ってきた。

 キャスターの子が1人であり、魔術の才については最も色濃く受け継いでるであろうラニがそう断ずるなら、あの筋肉達磨(“赤”のバーサーカー)は少なくとも、魔術に関わりのある人間ではない。

 ならば何故、こうも幾度となくこちらに顔を向け、凝視してくるのか。

 まるでこちらの魔術を見抜き、その先にいる自分たちの存在を認知しているようにすら思える。

 

 あからさまに策謀や魔術に長ける相手ならば、同じ分野に秀でた者をぶつければそれで済む。

 だが、見掛けに反する術技を扱える輩は、何を繰り出してくるのか分からない。

 あのライダーも、彼のことを何も知らぬ者ならば剛力にしか能がないと判断するだろうが、実際は魔術にも優れ、それを応用した多彩な戦術を行使する武と智を両立させた名将だ。

 

 もしも映像に映る巨漢が同じタイプならば、下手をすれば最悪、出撃させたデミゴッドを失うかもしれない――。

 そうしてデミゴッド改め、サーヴァントたちを見回す。

 今回ばかりは、単なる試しではいけない。

 十分な戦力――サーヴァントたちが全員帰還できるだけの面子を揃え、向かわせるべきだ。

 となると今回出撃させるのは2騎が適切だろう。

 1騎は主力となり得る者。そしてもう1騎は敵の素性を暴く、あるいは意識を集中させる囮役。

 そして万が一、この2騎が窮地に陥った際、助勢として加わる『予備戦力』が必要だ。

 

 

「――ラニ。ベルナールとエドガーに出撃の指示を」

 

「他の者たちも出すのか? デミゴッドだけでは不足だと?」

 

「少し試したいこともある。それと――バーサーカー」

 

 

 円卓の間に褪せ人の呼び声が響く。

 仮の名を呼ばれ、のそりと歩み出たのは異形の巨体。

 襤褸の外套でその身を覆った老醜の狂戦士は、据えられたクラスに違わぬ爛々とした狂気を双眸に湛え、同時にそれ以上の密かな怒気を込めて、眼下の褪せ人(新王)を見下ろした。

 

 

「二本指の在った座――奥の間へ来い」

 

「……承知、致した」

 

 

 明らかな不服の声音で応じると、バーサーカーは褪せ人に連れられ、円卓の間より繋がる最奥――かつて二本指と呼ばれた使者の在った、最奥の間へと姿を消す。

 残された者たちは各々の声を上げ、反応を見せるも広間より出ることはない。

 そしてラニは、彼より受けた指示に従い、件の2人を呼ぶべく召集の声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 扉が閉ざされる。

 重々しい音色を奏で、閉じた空間に立つのは2人。

 褪せ人と、“黄金”のバーサーカー。

 かつては敵同士、今は同じ陣営に属す主君と従僕。

 立場、実力、共に以前とは逆転し、その差も大きく開かれた今、互いに抱く感情は決して穏やかなものではないだろう。

 それを踏まえた上で、褪せ人はバーサーカーと2人きりの状況を作るため、この最奥の間に場所を移したのだ。

 

 

「表面ばかりの敬語は不要。ここなら誰の耳にも入らん。己の言葉のみで話せ」

 

「ふん……偉くなったものよな」

 

 

 忌々し気に鼻を鳴らしつつ、仮初めの従僕としての体を脱ぎ捨て、言われた通りのありのままを晒すバーサーカー。

 サーヴァント(デミゴッド)の全てが褪せ人に好意的な感情を抱いているわけではないが、中でもそれが顕著なのがこのバーサーカーだ。

 かつて見下し、己を高める接ぎの贄に過ぎぬと侮った相手に従僕の鎖を繋がれ、望まぬ隷属を強いられているとなれば面白いわけがない。

 かと言って力でねじ伏せようにも、今や褪せ人の実力は自身はおろか、かつて怖れ、敗北したライダーやセイバーをも上回っている。

 どう足掻こうと、上下を逆転させる術も機もない。せいぜいこうして、悪態を吐く程度しかないのだ。

 

 

「力こそが王の故、なのでな」

 

「父祖ゴッドフレイの御言葉……そうか。貴様が討ち倒したのだったな。我らの始祖たるゴッドフレイ王を」

 

 

 崇拝するゴッドフレイの言葉をそのまま返しとして使われ、ますますバーサーカーの機嫌が悪くなる。

 無論、褪せ人はバーサーカーの苛立ちを誘って用いたわけでもなく、単にその返答に相応しいものとして言っただけだが。

 

 

「本題に入ろう――すでに察しているだろうが、此度は貴公に出て貰う」

 

「あの狂った剣奴と戦わせるためか。差し詰め我は、彼奴の素性を暴くための贄か」

 

「囮となるのは確実だが、贄と化すのは貴公の働き次第だ。俺としては、貴公にこのようなところで死んで欲しくはない」

 

「死んで欲しくはない、だと……? ――心にもないことを吐くでないわッ!」

 

 

 手にした王斧を翳し、威圧するように刃を剥きだす。

 この『大円卓』の原型たる円卓がそうであったように、この異空間には非戦の契りが布かれている。

 それは名だたる英雄たちは当然のこと、デミゴッドたちすら抗う術はなく、誰を害することも、弑することもできない。

 それを知ってなお無駄な威圧に出たのは、バーサーカーの内に溜まった怒気が限界に達したが故である。

 

 

「貴様は最初に言ったな、狂戦士の枠に据える者は別に我でなくとも良かったと。その上で、我を狂戦士として招き、この大戦の尖兵として用いるとも」

 

「否定はせん。別にデミゴッドたちだけで揃える理由もない。仮にそうだとしても、それならば貴公よりも強いライカードを召喚している」

 

「ぐィ……っ!」

 

 

 法務官ライカード。

 9人のデミゴッドのうちの1人で、あのラダーンやラニとも血を連ねるカーリア王家の一子。

 かつては慈悲なき裁判官として狭間の地の法を司り、後に黄金律の与える使命と祝福、それがもたらす力の奪い合いに憤り、冒涜をもって仇なすと反旗を翻した異端児。

 褪せ人が彼に会った時、その頃には神をも喰らう老蛇と一体化し、不死身の怪物と成り果てていたが、古い彼の部下が遺した大蛇殺しの大槍によって討ち果たされ、火山館勢力と共に王座を巡る戦いから退場した。

 

 老蛇に喰われ、その身を合一して貪食の化け物と成り果てた在り様は、多くの者の目には狂気と映ったことだろう。

 実際、かつての覇王たる在り様は微塵も見受けられず、ならばこそその状態でなら狂戦士としての召喚も不可能ではなかった。

 神喰らいの大蛇としてのライカードは、他のデミゴッドとは一線を画すほどの体力と耐久性に優れ、巨体を活かした重量攻撃のみならず、大剣とカーリア王家由来の才による溶岩魔術などと攻撃面にも優れている。

 

 はっきり言うと、単純に戦力のみを求めるならばライカードの方が適任で、デミゴッドという縛りを解けば狂戦士として据える英雄や怪物は他にも数多存在する。

 それを理解した上でなお、褪せ人はライカードではなく彼を召喚したのだ。

 だがそれは、最初に死合ったデミゴッド故に掛けた恩情によるものではなく、極めて冷酷な打算によるものだった。

 

 

「貴様をこの大舞台の一兵として招いたのは、かつての縁による恩情でもなければ、あの時受けた敗北の屈辱を晴らすためでもない。

 俺は俺の考えの下、より効果的に敵へ衝撃を与えるためだけに貴様を召喚したのだ。

 その理由がなんであるのか――それを明かすことも兼ねて、此度この場を設けたのだ」

 

「なに……?」

 

 

 聞き捨てならない台詞に顔を顰め、それを機と見て褪せ人が真の理由を語り出す。

 やがてすべてを終えた後、バーサーカーは一層不機嫌に王斧を床に突き立て咆哮するも、燃える怒気を晴らすことができぬまま、奥の間を後とした。

 独り取り残された褪せ人は、奥の間に設置された玉座に腰掛け、目を伏せる。

 我ながら酷い言い様だと自嘲しつつも、それに対して恥じる思いは微塵も抱かず、虚空を仰ぐ。

 

 

「――メリナ、居るか」

 

「――ええ、ここに」

 

 

 淡い魔力粒子が結集し、人型を取って現れたのは1人の女性。

 薄く、丈夫な布の旅装に身を包むその女性は、人間離れした体躯や見掛けのデミゴッドたちと比べると平凡な人間のそれだ。

 ただ、顔立ちは整っているが、左の瞼には奇妙な(あざ)が刻まれており、閉ざされたその左目が開かれたことは1度もない。

 そんなメリナと呼ばれた女は、少し離れた椅子に腰掛けると、感情の読み取れぬ顔を向け、問い掛けるように片目の視線を彼に注いだ。

 

 

「君は、あの巨人が操った炎について、どう思う?」

 

「“赤”のキャスターと呼ばれた、あの巨人の?」

 

「そうだ」

 

 

 褪せ人は、考えていた。あの炎の正体を。

 戦いの最中、ルーラーが巨人の正体らしき呼び名を口にし、それを聞き取ったライダーが彼に伝えて以降、ずっと思考を巡らせていた。

 

 燃え殻の化身。爛れ鉄の巨人。炎――。

 英霊の座に接続し、獲得した情報の中にそれらしい英霊が居ることは知っていたが、同時にその人物であることを認めたくないとも褪せ人は思っていた。

 もし、あのキャスターなる巨人がそうだとすれば、おそらくこの大戦において最大の障害となり得るのだから。

 

 

「あの炎は、ライダーの喚んだ降る星すらも呑み込み、灼き尽した。

 ライダーと渡り合ったランサーやセイバーも十分な強敵ではあるが、我らを阻むには及ばない」

 

「けど、あの巨人は違う……そう言いたいのね?」

 

「ああ。……俺の目と考察に誤りがなければ、あの炎はただ灼くだけのものではない。

 灼き尽した、と先は表現したが、あれは寧ろ『消失』だ。黒炭と化すまでの過程すら存在しない、尋常の外にあるものだ」

 

 

 人外魔境、超常が満ちる狭間の地においてなお、異質と呼べるものは存在していた。

 時の狭間に揺蕩う竜王。永遠に尽きることなく、燻り、燃え続ける巨人の滅びの火。

 そして、地の底に封じられし異端の御遣い――三本指の秘する狂い火。

 

 

「あの巨人が、再びあの火を振るうとなれば、おそらくデミゴッドたちでは太刀打ちできんだろう。

 かと言って、俺も素のままで挑めば敗北は必至……ならばこそ、彼奴の火に抗ずることのできる武器が必要だ」

 

「……狂い火を使うと言うの?」

 

 

 刹那の間、メリナの空気が一変する。

 目付きは鋭さを帯び、発する声には警戒の色が滲み出ている。

 感情を悟らせぬ彼女が、明確な意思を見せるのは極めて珍しい。

 まして怒りに属するものを露わとするのなら、それは狂い火をおいて他にない。

 そんな彼女の怒りを抑えるべく、褪せ人は「違う」と首を横に振り、ありのままを彼女に語る。

 

 

「狂い火を使うつもりはない。アレは君と、狭間の地に存在するすべての友と恩人たちに対する裏切りだ。

 例えこの身が八つに裂かれ、無上の苦悶に晒されようと、アレを解放するつもりはない」

 

「そう……なら、いい」

 

「――ああ、そうだ。私がさせないとも」

 

 

 2人だけの空間、そこに木霊する新たな声。

 メリナのものとは異なる魔力粒子。

 それが集い、褪せ人の隣で形を成すと、そこには新たな女性が1人立っていた。

 

 

「――ミリセント」

 

 

 赤髪の乙女、ミリセント。

 赤髪金眼と隻腕、身体の内に朱い腐敗を宿す女剣士は、自分の名を呼ぶメリナの方を向き、己の意思を伝えるべく口を開く。

 

 

「メリナ、あなたが狂い火を警戒する気持ちは理解できる。

 私も、マレニアより引き継いだこの宿痾に苛まれ、生前をひどく狂わされた」

 

 

 ミリセントは、マレニアの解放した朱い腐敗の大輪、その余波によって生じた腐れの沼より産まれた生命。

 姿形こそ人と同じだが、その本質はケイリッドを彷徨う魑魅魍魎と同様で、特に彼女を含む戦乙女の姉妹たちは、マレニアの複製とも呼ぶべき存在だった。

 それ故に、産まれた時より朱い腐敗を宿し、だがその宿痾を御することは叶わず、腐敗の痛苦があまりに片腕を切り落としたことさえある。

 鈍く輝く右腕――黄金の義手が何よりの証拠であり、その赤髪も相俟って、まるでマレニアの生き写しとさえ見れるほど彼女たちはよく似ていた。

 それこそ、内なる腐敗――外なる神の一柱に由来する宿痾に、生を狂わされた在り様までも。

 

 

「彼に狂い火は使わせない。例えそれが、かつての行いによって刻まれた軌跡の結晶であろうとも。

 そのために――私は彼の一部となったんだ」

 

「……貴方も、彼に尽すと決めた1人なのね」

 

「貴方やラニ王女と比べたら、私にできることなどたかが知れている。

 けれど……私を通じての縁でしか成し得なかったからこそ、私は彼の封たり得たんだ」

 

 

 メリナ、ラニ、ミリセント――共に彼と関わり、それぞれの役目を持ちし女たち。

 メリナは導き――彼が進むべき道を示す案内人にして共犯者。

 ラニは伴侶――傍らにて彼を支え、道を阻む者を屠る杖にして刃。

 ミリセントは封――かつて拝領した厄災の火種を抑えるべく、無垢の黄金が紡いだ針と合一化した守り手。

 

 彼女らの存在があって初めて、褪せ人は狭間の外に在ってなお王たり得る。

 王たり得るからこそ、数多の英雄豪傑、魑魅魍魎を束ね、その究極たるデミゴッドたちをも従えられるのだ。

 ならばこそ、その献身に応えねばならない。

 例え己でさえ測り切れぬ厄災が相手であろうとも、退くという選択肢だけは絶対にあり得ない。

 

 

「“赤”のキャスターが振るう火の対処法は、共にこれより考えよう。

 だから、メリナ、ミリセント……付いてきてくれるか?」

 

 

 言葉はない。ただ、無言の首肯だけが彼の言葉に対する彼女たちの意思の表われだ。

 ならばもはや、問い掛けはしまい。

 如何なる障害が立ち塞がろうと、迷うことなく粉砕するのみ。

 かの杯がこの身を招きしその理由――そして、我が身に秘された知らざる願いを知るために。

 

 

「共に征こう、朋輩(ともがら)よ。例え再びの大罪を犯そうとも、我らは――」

 

「――では早速、この閉じこもりの罪に対する理由を述べて貰えるかな。我が王よ」

 

 

 冷たい声が、聞こえた。

 比喩でもなんでもなく、カーリアの氷の魔術でも使ったかのような冷たさが奥の間に満ちる。

 出所を探り、視線を移せばそこには閉ざされた扉が開き、そこに生じた隙間から2つの人影が見えた。

 どちらともよく知った顔だ。特に片方なんて、ここ最近ずっと見ているのだから忘れるはずがない。

 

 

「「あ……」」

 

「ラニ。それにブライヴ……」

 

「あー……その、なんだ。ご愁傷さま、だ」

 

 

 ラニの義弟にして影従たる半狼の騎士は、故のわからぬ言葉と共に哀れみの視線を向けて来ている。

 一体何がご愁傷さまなのかと問おうとすると、もう片方――ラニから凄まじいほどに凍える視線を感じ、否が応にもそちらに意識を向けざるを得なかった。

 おかしい。物凄く冷たい筈なのに、彼女の視線の奥、その瞳には熱が垣間見える。

 それこそ滅びの火や狂い火にも劣らぬ灼熱が込められているような――

 

 

「我が王よ。自分でも言うのもなんだが、私は人としては寛容な方だ。

 セルブスの阿呆に唆され、薬を盛ろうとしたことは許そう。

 私が小人形に魂を移した際、スカートの中身を覗こうとしたことも、まあ許そう」

 

 

 横目で見れば、メリナとミリセントの様子もおかしい。

 傍らに立つミリセントは怯えたように身体を震わせ、隠れるように褪せ人の座る玉座の後ろに引っ込んでしまった。

 メリナはメリナで何故か笑みを湛えているが、心なしかこめかみ辺りに青筋が浮かび、メリメリと怒っているようにすら見える。

 

 

「だがこちらが母の暴走と、おくるみ姿で泣きついてくる兄の対処に追われている中で、呑気に3人でナニを語っていたのか……」

 

「……なあ、ラニ。1つ聞いていいか?」

 

「今は私が話しているのだが……いいだろう。特別に聞くとしよう」

 

「お前は一体、何故怒っているんだ?」

 

『――』

 

 

 それが決定的な引き金となった。

 灼熱を湛えたラニの瞳から感情が抜け落ち、不満げな表情が溶け、代わりに不気味なまでに美しい笑みが浮かべられる。

 なのに何故だろう。この冷たさが収まらないのは。

 ミリセントはますます怯えているし、メリナに至っては擬音が聞こえてきそうな程にメリメリ怒っている。

 確かに婚約相手を差し置いて、他の女性と密室で3人きりになっていたのはどうかと思うが、自分の伴侶はラニただ一人。他に契りを交わした相手など居な――

 

 

「――浮気だけは許せぬと言っているのが分からぬのか、下郎(我が王)

 

 

 この日、褪せ人は幾つかの誓約を立てた。

 メリナやミリセントと話し合う時、必ずラニも同席させること。

 そして彼女から見て浮気と取れる行動だけは絶対にしないということを。

 

 

 




「ラダちゃんどこなのー? お母様がよしよししてあげまちゅからでておいでー!」

「うわぁあああああ! 王よ、新王よ! どうか令呪の行使を! このままでは我が赤ちゃんにされてしまうッ!!」

「おお、哀れ哀れ。無双の将軍がなんたる無様か。そうは思いませぬか、兄上?」

「言うのは勝手だが、隙を見せれば我らもオギャられるぞ。モーグ」

「(ラダーンざまぁw)」

「(兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま兄さま――)」


 これを現実と取るか妄想と取るかは、あなた次第。


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⑤我ら、黄金の一族なり ―壱―

 ミレニア城塞内部・王の間。

 

 そこに集いしサーヴァント、およびマスターたちの視線は、七枝の燭台(メノラー)が映し出す城外の光景に注がれている。

 時に木々を薙ぎ倒し、時に大地を踏み砕きながら猛進するその姿は、もはや人の姿を模した獣か。

 蒼白い、隆々という表現すらも生温い筋肉の塊。

 衣服の類は一切見受けられず、ただ全身を締め付ける革帯(ベルト)小剣(グラディウス)のみを帯びて、絶え間なく進み続ける大男。

 異常極まる敵性体を凝視しつつ、まず初めに口を開いたのはダーニックだった。

 

 

「諸君、キャスターによれば、このサーヴァントは昼夜を問わず真っ直ぐ突き進み、このミレニア城塞に向かっている」

 

 

 彼らは知らないだろうが、実際の真相はそうではない。

 大男――“赤”のバーサーカーの狙う相手の気配が、たまたま彼らの居城たるミレニア城塞と同じ方角から漂ってきており、彼はそれを辿り、一心不乱に進撃しているに過ぎないのだ。

 とはいえ、真相はどうあれ、“黒”の陣営にとって打ち倒すべき敵の尖兵に変わりはない。

 

 

「この愚行も同然の単騎行動、私はこのサーヴァントを“赤”のバーサーカーであると睨んでいる。

 恐らく狂化ランクが高いせいだろう。彼は敵を求めて暴走状態に陥っているのだ」

 

「では、どうなさいます、おじ様?」

 

「無論、この機を逃す手はない。サーヴァントを3騎も出せば事足りるだろう。

 上手くゆけば、あの“赤”のバーサーカーを我らの手駒にできるやもしれない」

 

 

 だが、とそこにダーニックは言葉を区切る。

 慢心はなくとも余裕を感じさせていた表情が失せ、代わりに表出するのは警戒の貌。

 彼が言葉を途切らせたのは、“赤”の陣営ではない別の勢力の存在が故の行為であった。

 

 

「アーチャー、君は例の勢力が介入してくると思うか?」

 

 

 ダーニックが問いを投げたのは、フィオレのサーヴァントであるアーチャーだった。

 ギリシャに名高き大賢者である彼は戦にも精通し、故にこれまでの敵の動きからある程度の予想は立てられるだろうと判断しての問いかけであった。

 そんなダーニックに対し、アーチャーの返した答えは――無論、是である。

 

 

「ええ。間違いなく、彼らは次の一戦にも姿を現すでしょう。その目的が何であるのかは不明ですが」

 

「アーチャー。おじ様の仰られた勢力というのは、もしかして、あの……」

 

 

 フィオレだけでなく、他のマスターたちも同じ考えを抱いていた。

 先日城下町を訪れた“赤”のセイバーによる蹂躙劇。

 そしてトランシルヴァニア高速道にて行われた“黒”と“赤”の初戦。

 その二戦に介入してきた所属不明、否――“黄金”を名乗るサーヴァントたち。

 厳密にはその称号を名乗り出たのは、あの巨人の如きライダーだけであるが、“赤”のサーヴァントを襲い、“黒”の陣営を訪れぬことからその前に姿を見せたアサシンも同勢力と見て間違いないだろう。

 

 ならば、2度あれば3度目もある。

 次なる戦の火種を見出し、それが轟々と燃え盛ればそれを頼りに奴らは再び現れるのではないか?

 その疑問を知ってか知らずか、アーチャーは皆に語り聞かせるようにして話し出す。

 

 

「例の角鬼についてはあと少しばかりの思案材料が要りますが、先に現れた“黄金”のライダーにつきましては、既に真名に心当たりがあります」

 

「と言うよりも、奴自身が正体を晒してくれたからな」

 

領王(ロード)? ではあのサーヴァントめは一体……?」

 

「ダーニック殿。あのサーヴァントはおそらく、貴方がた現代の魔術師が知る存在ではありません。

 我々も、英霊の座に達することで初めてその名を知り得た英雄なのですから」

 

 

 王の間に動揺が生じる。

 当然だ。何せ自分たち現代の魔術師はおろか、あのギリシャの大賢者(ケイローン)すらも生前には知ることのなかった存在が居たのだから。

 それがあのライダーだというのなら、自分たちは全く未知の敵を相手取らなければならないという状況に立たされている。

 僅かながらも平静さを失うには十分な理由だ。

 そしてそれを倍増させる言葉が、アーチャーの口より紡がれることとなる。

 

 

「――『エルデンリング』」

 

 

 その名は、異端異質と名高き五大神話に連なる一神話。

 他の四神話と同じ異質さを持ち、中でも特にそれが顕著な謎多き古譚。

 多くを知られず、また多くを語られず、ただその話名ともなった秘紋(ルーン)の真名のみが伝わる幻の伝説。

 それが『エルデンリング』――第五の奇怪神話。

 

 

「『エルデンリング』は、この世とあの世、そのいずれにも存在し得ない『狭間の地』こそを起源としています。

 多くの神話や英雄譚が星の表層を舞台としているのに対し、かの神話だけは狭間なる未知の領域にのみ語られたからこそ、あらゆる時代において未知の神話と伝わっているのです。

 斯く言う私も、生前はその名こそ知ることはできましたが、それ以外の事柄を既知と成すことはできませんでした」

 

「ボクもボクも! なーんかたくさんの技術や道具とかが狭間ってとこからボクたちの生きた時代に流れてたり、逆にボクたちの物が狭間に流れたりしてるってことは、旅の最中に会った変な人たちから聞いたのは覚えてるんだけど、それ以外はさっぱり!」

 

「余は生前、ついぞその名を知ることはなかったが、どうにも正確な時代を特定できる神話ではないと座より知識を得ている」

 

 

 各々のサーヴァントが語る度、『エルデンリング』という神話の異質さがさらに濃度を増していく。

 存在時代不明、地域特定不可能、物品と技術の流出。

 知れば知るほど底が見えず、表わしようのない不安が内に生じるも、まだ本題は語られていない。

 あの巨躯の武人。『エルデンリング』に連なる英雄だというのなら、一体何者なのか。

 皆の心境を察してか、そろそろ頃合いとばかりにアーチャーは一同を見回し、彼らの意識が自身に集中したのを機にその真名を口にした。

 

 

「“黄金”のライダーを名乗りし者。かの英雄の名はラダーン。

 ただ1人にて宙より来たる星を砕き、星にまつわる全てを封じた半神半人。

 そしてかの神話の中にあって、最強の一角に名を連ねる星砕きの大英雄でもあります」

 

「な……っ!」

 

 

 はたしてその声は誰のものだったのか。

 あるいは、その事実を知った者すべての心の代弁であったのかは定かではない。

 ただ1つ言えるのは、あのサーヴァントが予想以上に強大な存在であったこと。

 竜や巨人を打ち倒した逸話持ちの英雄は数多くいるが、星という生命の規格を超えた存在を凌駕する英雄など聞いたことがない。

 だが同時に、それほどの英雄ならば“黒”のセイバーと“赤”のランサーを同時に相手取れるのも頷ける。

 

 

「今はまだ断言すべきではないと考えますが、もしも次の一戦にて現れた介入者がかの神話に連なる者であった場合、確信してもいいでしょう。

 “黄金”を名乗る者たちは、『エルデンリング』の勢力そのものであることを」

 

 

 半人半馬の大賢者の言葉の後、幾つかの言葉が交わされ、その日は解散となった。

 そして後日、件のバーサーカーがトゥリファスの東部・イデアル森林に足を踏み入れ、“黒”の陣営による捕縛作戦が決行されることとなった。

 アーチャーが予想し、密かに確信していた次なる戦の乱入者。

 “黄金”の陣営 ――そのサーヴァントたちの出現と共に。

 

 

 

 

 

 

 イデアル森林に現れた“赤”のバーサーカーは、暴虐の限りを尽くした。

 待ち構えていた戦闘用ホムンクルスとゴーレムの群れ。

 その波濤の如き連撃を一身に受け、それを凌駕する勢いと破壊力で彼らを無惨に蹴散らした。

 振るう小剣(グラディウス)の剣風で骨肉を切り裂き、隆々たる剛腕で岩塊の躯体を殴り砕く。

 

 虐げられたる弱者の星とはいえ、忌むべき圧制者の走狗と成り果てたのなら是非も無し。

 狗と成り果てた哀れな弱者よ、せめて我が剣と腕にて眠りなさい――。

 それこそが“赤”のバーサーカーが“黒”の陣営の尖兵たちにもたらした、唯一の慈悲であったのかもしれない。

 

 もっとも、その真偽の如何を問える相手でもなく、無惨にも散りゆく自陣の兵たちと、暴れ狂うバーサーカーの姿を見ながら、“黒”のライダーとアーチャーは冷静な声音で言葉を吐いた。

 

 

「あらら、ひどいこと。ボクやアーチャーのことも、同じように殺っちまうかな?」

 

「あの馬鹿げた力ならば、充分に有り得るでしょうね。直撃だけは避けなさい」

 

「へーい。頑張りまーす」

 

 

 一歩間違えれば、次にああなるのは自分である筈なのに、ライダーの返答はひどく気が抜けたものだった。

 大方の理由を察していたアーチャーは、その露骨な態度を正すかのように彼にひそりと耳打ちをした。 

 

 

「……気もそぞろという感じですが、ここで万が一にでも死んでしまえば、彼は助かりませんよ?

 君はこれより、おそらく一番危険な役割を果たすことになるのですから。気を引き締めるように」

 

「うっ……わ、分かってるってば!」

 

 

 現状、アーチャーのみが知るライダーに喝を入れる最適な方法。

 彼らのみが知る秘密――キャスターの工房より逃げ出したとある1体のホムンクルスを匿っているという事実は、ライダーを予想以上に奮い立たせ、緩んだ気を引き締めるよい気付けとなった。

 近づく哄笑を切っ掛けに、アーチャーも本来の持ち場である城壁上へと霊体化して戻り、その場に残されたライダーは独り嘆息し、迫り来る筋肉(きょうい)を待ち続けた。

 

 

「……あれ?」

 

 

 だが、待てども待てども狂戦士はやってこない。

 気配は感じる。声も聞こえる。

 けれども足音と鳴動は鳴り止み、奇妙な静寂がその場に満たされた。

 何かあったのか。そう考えたライダーは指定された場所を離れ、森林の奥へと足を進め、魔力と気配を頼りに行くと――そこに()()はいた。

 

 

「うわあぁ……」

 

 

 露骨に嫌そうな表情を見せるライダーだが、それも仕方のないことだ。

 彼の目に映るのは、向かい合う2騎のサーヴァント。

 片や筋骨隆々、骸も同然の蒼白さを湛える肌を惜しげもなく晒す巨漢。

 その顔にはこれ以上ないほどの狂笑が貼りつき、口角に至ってはあと少ししたら裂けてしまうのではないかと思うほどに吊り上げられている。

 これがライダーの表情変化の主たる原因であるが、その大本たるのはもう片方――ライダーに背を向ける形で“赤”のバーサーカーと対峙するサーヴァントであった。

 

 巨漢のバーサーカーをさらに凌駕する巨体。

 それを襤褸の外套で覆い隠し、その外套からは得物らしき黄金の大斧と銀の戦斧の二挺が覗いている。

 背を向けているので顔は見えないが、それにしても奇妙な体付きをしていた。

 巨体ではあるが人型のバランスが妙に歪で、胴と足らしき部位が不自然に太い。

 そんな彼にとっては珍しい思考を巡らせていると、“赤”のバーサーカーは再び哄笑し、明瞭な敵意と共に握る小剣の切っ先を突き出した。

 

 

「はははははははははッ! おお、圧制者よ! 隠匿の城より出で、遂にその姿を晒したか!

 ならばその傲慢、その不遜、今宵こそ蹴散らされる時である!」

 

 

 呵々大笑たる在り様の“赤”のバーサーカーとは対称に、もう片方のサーヴァントは忌まわしげに顔を歪め、抱いた悪感情を隠す素振りも見せずに舌打ちする。

 

 

「このような剣奴と同列に扱われようとは……所詮は薄血の黄金とでも言いたいのか、あの男も」

 

 

 その言葉は、この場にはいない仮初めの主に向けたもの。

 己の弱きを突きつけられ、使い捨ての駒も同然の扱いで放られた彼は、もはや怒りを通り越し、諦めにも似た感情でその言葉を呟いていた。

 だが、すぐ目の前で口喧しく吠え立てる剣奴(バーサーカー)に怒りを抱かぬわけではなく、今もなお続く言葉の羅列を遮るように、彼は力強く大地を踏みしめた。

 

 

「不遜だと……? ――不遜はそちらであろうが」

 

 

 巨体を覆う外套が外れ、その真体が晒される。

 肩から両の腕に至るまでに生えた、不揃いの歪な腕。

 無数の足を重ね、無理矢理に結合させたと思しき異形の両足。

 肉塊の如き分厚く、けれど醜悪さを醸し出す胴体より生える顔は不気味なまでに痩せこけ、老いを刻んだその瞳には、確かな狂気が垣間見えた。

 

 

「剣奴風情が口喧しく……分を弁えよ、下郎!」

 

 

 ガツン――ッ! と叩きつけた黄金の大斧で大地を砕き、陰鬱とした気を一変させ、再び吼える。

 

 

「地に伏せよ。我こそは戦王の末裔――黄金の君主なるぞ!!」

 

 

 突き立てた大斧を振りかぶり、彼――“黄金”のバーサーカーが駆け出す。

 討ち果たすべき怨敵。砕くに足る圧制者を前に、“赤”のバーサーカーも地を踏み、飛ぶが如く突き進む。

 互いに感情を剥き出し、狂戦士たる狂った戦意のままに刃を掲げ――

 

 

「はははははは――はあぁッ!!」

 

「ぬぅおおッ!!」

 

 

 此処に今、剣と斧が開戦の刻を告げる。

 

 

 

 

 

 

 “赤”と“黄金”のバーサーカーが開戦を告げた同じ刻。

 森林内の別所でも、異なる戦の火蓋が切られていた。

 

 “赤”のアーチャーとライダー。

 独自進撃を始めたバーサーカーの追跡、およびその援護のために派遣されたその2騎は、自分たちの存在を感知した“黒”のサーヴァントを迎え撃つ戦闘体勢を整え、それぞれの役割を全うすべく持ち場に就いた。

 援護を主とするアーチャーは後方の木々に身を潜め、前衛を務めるライダーは身を隠すことなく堂々と敵を待ち構える。

 そうしてようやく邂逅した敵の数は、()()()()2()()

 これが通常の聖杯戦争、かつ並みの英霊であるのなら危機的状況と呼ぶに足るものだろう。

 

 だが、これは聖杯大戦。複数の陣営による、多数対多数も前提として含まれる戦だ。

 ならば単騎対複数騎という構図が生まれても不思議ではなく、そしてこの“赤”のライダーは、多勢を相手にしてなお後れを取らぬ大英雄であった。

 

 

「せぃあッ!!」

 

 

 同時に振るわれる大剣と戦鎚。

 息を同じくした連携の双撃を槍で防ぎ、伝わる衝撃を逆に利用して蹴りを叩きこむ。

 頑強な“黒”のセイバーは顔を顰めつつもその場で留まり、一方“黒”のバーサーカーの痩躯は衝撃を殺し切れず、そのまま吹き飛ばされる。

 だが、致命的な隙を晒しはしない。人造ゆえの苦痛の操作により動きを鈍らせることなく、空中で体勢を整えてのち着地する。

 

 彼女が唸り、それと共に空間に奇妙な軋みが生じるが“赤”のライダーは構うことなく、再び攻め掛かってきた“黒”のセイバーと激突する。

 大剣の連撃。槍の連続刺突。互いに絶えず攻め続け、けれども共に目立った手傷はない。

 セイバーには竜血の鎧が、ライダーには神の手による不死の祝福がある。

 それぞれの絡繰りを理解しない限り、双方に傷を負わすことは優れた戦士であろうと困難と言える。

 

 それでも、片や一定以下の攻撃を無効化するのに対し、片や神の性質を持つ者以外の攻撃を無意味とする防御(まもり)

 相性の問題もあるので完全な上位互換と言えないだろうが、それでもどちらが優れた守りであるのかは、知る者の目から見れば明らかだ。

 

 

「どうした“黒”のセイバー! お前の力はその程度か!」

 

「……っ!」

 

 

 挑発じみた一声を上げ、槍の切り上げから石突きによる打撃に繋げる“赤”のライダー。

 一定の型に囚われない、戦場で磨き、最適化された戦士の戦闘技巧。

 セイバーの剣技も決して劣っているわけではない。積み重ねられた騎士の剣技と、竜殺しを主とする数々の戦いにより生み出された彼の剣は、まさしく大英雄たるに相応しい術技である。

 

 現に、手傷こそ負わせられないものの、彼の剣は確実に“赤”のライダーの身体を捉え、鋭き一閃を刻み続けている。

 が、それは“赤”のライダーの方も同じこと。

 斬撃刺突のみならず、打撃も織り交ぜての複合攻撃でセイバーを攻め立て、けれどやはり決め手に欠けていた。

 

 一向に優劣が決まらない状況。

 手詰まりとも呼べる現在に、1度仕切り直しと“赤”のライダーが後方に跳ぶ。

 距離を置かれ、再度の沈黙がその場を包むも“黒”のセイバーは気を緩めることなく剣を向け、バーサーカーも唸りを伴って構えた戦鎚を力強く握り直す。

 

 

「ふん、そっちも耐久力が自慢か。俺も人のことは言えんが、ここまで頑丈とは大したものだな」

 

 

 先とは変わって称賛の言葉が贈られるも、喜びを得る余裕はない。

 そもそも、戦闘の姿勢、言動、それらから滲み出る余裕から互いの間にある差が否が応にも突きつけられる。

 膂力、技巧に大きな開きはない。とすれば、決定的な差はやはり守りだろう。

 いっそ慢心とさえ取れるその余裕は、“赤”のライダーが有する防御の性能を故とするものであり、その絡繰りを解き明かし、突破できる手段を得ねばこの状況が優勢に傾くことは決してない。

 

 それは“黒”のセイバーとバーサーカー、双方の意思であり、変わらぬ鉄面と獣じみた唸りに飽き飽きした“赤”のライダーは、ここで初めて不快げな表情を作った。

 

 

「無愛想な奴め。戦場で笑わぬ者は、楽園(エリュシオン)で笑いを忘れてしまうぞ?

 ならば、散り様くらいは陽気にいこうぜ。そうは思わないか?」

 

「……」

 

 

 “黒”のセイバーは変わらず無言だ。

 だがそこには、明確な拒絶の意思が垣間見える。

 戦場における在り様は、戦士兵士の数だけ存在する。

 戦いにおける笑いを敵への侮蔑と捉えるセイバーと、この世は鬱屈し、腐り膿んでいるからこそ、せめて自分は明朗快活たらんとするライダーという対象の在り様があるように。

 

 人一人ごとに異なる考えを持つならば、異なる思考思想を受け入れざるのは寧ろ必然。

 主張の相違、そこから発展する形の1つが闘争であり、ならば今度こそ“赤”のライダーは諦めを含んだ笑みを湛え、軽く肩を竦めた。

 

 

「――ん?」

 

 

 ポツリ、と生温かい湿った感触が肌に伝わる。

 雨かなにかかと思い見上げるも、夜空に雲など欠片ほども見当たらない。

 ならば何かと感触のあった肌に指を這わせ、その正体を拭い取ると、“赤”のライダーの目が僅かに細められた。

 

 

「こいつは……血か?」

 

 

 生前において慣れ親しんだ、生と死の双方を告げる生命の原液。

 生ある者ならば必ずその身に流れる鮮やかな赤が籠手の生地に沁み込み、やがて僅かな赤色を残して同化する。

 

 

 ――3(トレース)

 

 

 夜闇に響く声が1つ。

 低く、重く、けれど明瞭に告げられる言葉と共に、妖しい真紅の輝きが闇の内に輝く。

 

 

 ――2(ドゥオ)

 

 

「……っ!?」

 

「ゥウ――ッ!」

 

 

 次に告げられる言葉の後に、“黒”のセイバーとバーサーカーから驚声が上がる。

 全力ではなかったとはいえ、“赤”のライダーの猛攻を受けてなお傷一つ負わなかった無敵の肉体に傷が生じ、そこより血潮が噴き上がったのだ。

 それは“黒”側の2騎のみならず、ライダーの方も同様であり、これまでには見せなかった驚愕の表情をその端正な顔に浮かべ、瞠目している。

 

 

 ――1(ウーヌス)

 

 

 ここでようやく、先より降り注ぐものが血潮であると判明し、3騎の視線が空へ向けられる。

 輝く真紅の根源は、夜闇満ちる空の内――そこに浮かび上がる紋様にこそあった。

 禍々しく真紅に輝くそれは、遥か淡き幻の王徴。

 ただ1人の忌み子が目指し、遂に実現することのなかった見果てぬ妄想の形。

 

 

 ――0(ニーヒル)

 

 

 数え上げられた呪言の末、夜天に刻まれた王徴が燦然たる輝きを放つ。

 注ぐ血雨は濁流の如く天より、真下に見えた3騎を諸共に呑み込み――そして。

 

 

「――!」

 

 

 彼らの視界が再び開けた時、そこにはもうあの森の姿はなかった。

 暗闇に彩られた深緑の風景は、禍々しく燃える炎と、無機質な石造りの宮殿へと置き換わっている。

 立ち尽くすその場は広く、全力で戦闘をして問題ないほどではあるが、周りにそびえ立つ石柱と壁の造りから、おそらく闘技場ということはあるまい。

 

 

「――ようこそお越しくださいました」

 

 

 声がした。

 誰もいるはずのない、寂れた宮殿のどこかより。

 視線を周囲に這わせるも誰もおらず、気配もやはり感じられない。

 けれど、刹那の間に濃密な血臭と存在感が3騎を刺激し、半ば強制的に彼らの意識をそこに引き寄せた。

 

 そこに、確かに居た――黒く巨大な影が。

 卵とも繭とも見える丸い何か(オブジェ)を背に佇む、異形の者が1人。

 

 黒布を主体に据え、豪奢な金意匠が施された祭司服。

 右手に持つのは、同じく黄金の装飾を持つ大振りの三叉槍。

 纏う装束、歪に飾られた得物からして戦士には到底見えない。

 だが、その印象を打ち砕くものが、それらを纏う本人にこそあった。

 

 

「招待状なしでのお招き、心よりお詫び申し上げます」

 

 

 恭しく頭を垂れ、再び上げられたその顔は、断じて人のものではない。

 醜悪と凶悪を併せ持つ、歪に曲がる角を生やした悪魔の如き魔貌。

 伸びた角により左目は潰れ、口元からは口内に収まり切らない牙の羅列が覗いている。

 

 魔性の類と言われても不思議ではない凶悪な面相に対し、だがその所作や言動は理性的で、それがより一層その異形の不気味さを際立たせていた。

 

 

「貴公らは、当世最初の我らが客人。如何に最後には戦となろうとも、その始めに礼儀を欠けば我ら王朝の品格を疑われましょう。

 例え我らが新王が些事と切り捨てようとも、他ならぬ私がそれを我慢なりません」

 

 

 故に、と付け加えて、異形はその凶悪な貌をさらに歪め、くつくつと笑声を漏らして両腕を大げさに広げる。

 

 

「まずはご紹介致しましょう。そして存分に知られませ。我らの素晴らしい王朝を!」

 

 

 異形の宣言に呼応して、宮殿内の各所に真紅の紋様が浮かび上がる。

 それはあの時、イデアル森林の空に浮かんでいたものと同じ紋様。

 今は異形の手にある三叉槍、その先端を模したらしき紅血の王徴紋。

 刻まれた紋様を門として、その場に新たな人姿が続々と現出していく。

 

 歪な捻れ短刀を携える黒布の貴族。

 鴉の黒羽を備えたローブを羽織る鉤爪の暗殺者。

 竜翼の被膜をそのまま外套と成した、双刃の薙刀を手にする女戦士。

 老人の顔を模した仮面で顔を覆う、東方の大剣客。

 そして無数に連なる白面の徒たち。

 

 それら全てが1つの意思の下にあるように左右に分かれて列を成し、その中央に出来た道を歩みながら、異形は改めて彼らを迎えた。

 

 

「ようこそ、我らが王朝モーグウィンへ。

 王朝開祖たる我が身、“黄金”のランサー。そして我が従僕と騎士たちで以て、貴公らを歓待しましょうぞ」

 

 

 “黄金”のランサー――血の君主たる忌み子の宣誓と共に、血の宴の開宴が告げられた。

 

 

 

 

 

 

「――ランサー様が宝具を使われたようだ」

 

「よもや3騎ごと引きずり込むとは……宝具の制限がされていないとはいえ、これほど早くに固有結界とやらを開帳したのはまずいのではないか?」

 

「使われた後となっては、それを考えても仕方あるまい。……それに、あの御方とてデミゴッドの御一人。血指共の王たるならば、勝算の有無を見極める目はあろう」

 

「それもそうか。では我らは、予定を変えてゴドリック様の助勢に向かうとしよう」

 

「バーサーカーだ。表では真名を口にするなと言われただろう、貴公」

 

「ああ、そうだったな……すまぬ」

 

「かつての主君とはいえ、今我々が主君と仰ぐ者はただ一人。それを忘れなさるな、エドガー殿」

 

「そうだな、ベルナール殿。――では、行こうか」

 

「うむ。――戦技兵、進軍せよ」

 

 

 



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⑥我ら、黄金の一族なり ―弐―

注意)スパさん不遇。それでも良い方だけでどうぞ。

今回はバーサーカー戦オンリーです。


 夜天に描かれた三叉槍紋。

 確立されることのなかった幻の王朝を示す徴より鮮血が溢れ、真下にいた3騎のサーヴァントを呑み込んだ光景は、先までの戦いを傍観していた全ての者が知ることとなった。

 離れにて援護射撃の準備にあった“赤”と“黒”のアーチャーたちは勿論、使い魔越しに戦況を見守っていた“黒”のマスターたちも大いに動揺し、決して小さくない波乱を各方に呼び起こしていた。

 

 逆に、その下手人の属する一派の者たちは極端なほどに冷静で、各々の思いを述べることはあれども、決して騒ぐことなく戦の準備に取り掛かっている。

 “黒”のセイバーたちがいた場所から大きく離れた位置、天然の隠れ蓑と化した木々の中に潜む()も、その内の1人である。

 

 

「ランサーめ、こんな序盤で使うか」

 

 

 音消し、姿隠しの護符(タリスマン)の効果によって極力存在を悟らせず、身体を屈ませて様子を窺っていた彼は独り呟く。

 “黄金”のランサーは、その実力こそ他のデミゴッドにも劣らぬものがあるが、昂れば何をしでかすか分からぬ危うさも秘めている。

 それは生来のものではなく、後天的に生じた性質。

 産まれて間もなく地下に幽閉され、汚濁の闇に押し込められた際に彼が触れ、見えたという一筋の導き。

 永遠の女王ならざる外部神性の一角――『真実の母』なる何者かより啓示じみたものを受け、ランサーは以降、異質な狂いを宿したのだ。

 

 それはサーヴァントとなって以降も変わることはなく、寧ろスキルという形で顕在し、彼の一部たるを確立させてしまったほどだ。

 だからこそ彼は、今日に至るまで彼の出陣を極力控え、周囲への人的被害が少なく、かつ力の制限がされないこの森林の戦いにのみランサーを投入したのだが、真っ先に宝具(固有結界)を使って敵戦力を引きずり込むとは流石に予想し得なかった。

 

 ――もっとも、そのおかげで現在“赤”と“黒”の面々は大いに動揺し、最適な瞬間を生んでくれたことだけは感謝したかった。

 

 

「――こちらもやるか」

 

 

 褪せた黄金の輝きを伴って、取り出したのは一粒の種子。

 眩く輝く種を、掘り穿った地面の窪みに置くと特別な細工を施すことなく埋める。

 たったこれだけの作業。だがこれだけで、彼の望むものを得るための工作は終了。あとは種子が根を張り、この表層の大地に根を巡らせるのを待つだけだ。

 

 ……あとは

 

 

「――状況はどうだ?」

 

『――バーサーカー様は“赤”のバーサーカーと交戦中。敵将が特殊な能力を発動する兆候もなく、表面上は現在互角といった様子です』

 

「他には?」

 

『そのバーサーカー様の周囲にサーヴァントが1騎。さらに離れに1騎、敵城塞の城壁上に1騎。

 ここより離れた森林内に、弓兵らしきサーヴァントの姿も見られます』

 

「総じて4騎か……まだこれだけのサーヴァントがいるとはな」

 

 

 音と姿隠しの護符によって感づかれることはほぼ皆無だろうが、ここまで来るともう1騎ぐらい潜んでいてもおかしくない。

 味方も多少なり居るとはいえ、この状況は四面楚歌――だがこれは、逆に利用できるやもしれない。

 多くの者の意思が、視線が、この戦場に集中しているというのなら、この場で起きること全てが真実と捉えられる。この機を逃す手はない。

 

 

「貴公はその森林内に潜む敵アーチャーの対処に回れ。だが無理に仕留める必要はない。万一こちらの存在に気付き、意識を向けられぬようかき乱すだけに留めろ」

 

『承りました。それで、王は如何なさるのですか?』

 

「俺は次の細工に移る。これだけの目と意識が集まる状況、大事を為すには絶好の機であろう」

 

『また危なげなことをなさるおつもりですか? ……姫様に怒られても知りませんよ?』

 

 

 姿なき同伴者が嘆息するのを察し、彼も、それはイヤだなと肩を竦めた。

 だが、ここで仕掛ければ両陣営に多大な衝撃を与えることができる。

 多くの目と意識、そして聖杯大戦の序盤。それらの要素が全て揃い、集うこの場こそ唯一無二の仕掛け処。

 例え後でどれだけ咎められようと、実行しないという選択肢は彼の中には無かった。 

 

 

「俺が儀を完了する直前に供給線(パス)を通じて合図する。

 巻き添えの可能性を見出したならば、戦況の優劣問わずにすぐ撤退せよ」

 

『御意にございます。我らが新王よ』

 

 

 霊体化した同伴者の気配が失せ、この場を離れたことを察すると再び黄金の輝きを放ち、内に秘めたる数々を展開する。

 武具、防具、戦灰、遺灰――実体として具現できない魔術や祈祷も含めれば、()()は幾らでもある。

 デミゴッドたちばかりが有名になっているが、狭間の地には彼ら以外にも、世を震わせるに足る英雄怪物の類は存在するのだ。

 

 

「――さて、どの一手を打とうか」

 

 

 

 

 

 

 戦いはまさに、鉄と血による1つの絵画だ。

 振るわれる黄金の王斧と鉄の小剣。

 重なり、喰らい合い、獣の如き野蛮さと共に2騎、否――2匹の狂獣が暴れ狂う。

 

 

「ははははははは! あいッ、あいッ、アイィッ!!」

 

 

 奇声のような雄叫びを上げ、豪風を伴う斬撃を繰り出す“赤”のバーサーカー。

 術技術理に依らぬ、ただ力に任せて無理矢理引き起こした真空刃は、遮る木々も肉壁も悉く斬断せしめる剛撃。

 だが此度、狂戦士の一撃を阻むのは同じく狂戦士、“黄金”のバーサーカー。

 振りかぶる王斧を力の限りに振り下ろし、大地ごと真空刃は叩き潰し、強烈な地震を周囲一帯に引き起こした。

 

 衝撃に砕け、数多の亀裂を生むイデアル森林の大地。

 隆起した地面はただそれだけでも十分な凶器になり得、さながらそれは地に潜む巨獣の牙だ。

 触れれば切れ、落ちれば貫かれる。

 そんな自然の暴威を前に、だが“赤”のバーサーカーは猛進を止めることなく、苦も無く踏み砕き、再び敵の下へ至った。

 

 

「ははははははは、圧制者よ! 我が剣と拳にて滅びるがいい!」

 

 

 再度、振り上げられる小剣。

 今一度あの剛剣が繰り出されるのは明白。

 王斧で迎え撃つのは可能だが、極限にまで鍛えられた筋力による一撃は、押し返しての反撃を許すほど甘くはない。

 先撃を取られ、

 力の押し合いは望むところであるが、それが勝利に繋がらぬのでは意味がない。

 故に、“黄金”のバーサーカーは王斧を振るうのではなく――

 

 

「接ぎの業――」

 

 

 異端の力を振るうこととした。

 

 

「――『百手剛腕』(ケントゥム・ブラキウム)!」

 

 

 真名開帳。

 解放される宝具と共に、“黄金”のバーサーカーの左腕が蠢動する。

 膨張と収縮と繰り返す左腕は、間もなくしてその異形をさらなる醜悪へと歪め、まるで1匹の蛇のように空を這い、小剣を振りかぶる“赤”のバーサーカーの右腕を捕えた。

 

 

「おぉ――!?」

 

 

 狂った笑みはそのままに、だが瞠目した顔で討つべき怨敵を凝視し――直後に視界が反転した。

 体躯を襲う衝撃と痛苦。規格外の頑丈さを持つバーサーカーにとって、なんら支障にもならない一撃であったが、彼の気を引くに足るものはあった。

 

 自身の右腕を掴み、地に叩きつけた左腕(モノ)の正体。

 それは手。無数に絡まり、折り重なり、1つの巨腕へと形成された“無数の手”。

 籠手を嵌めたままの手もあれば、戦に関わることのなかった平民の手もある。

 他にも人間のものかと疑うほどに真っ白い手や、明らかに人種のものではない獣じみた手まで混ざっている。

 

 醜悪な肉塊の巨腕を見て、高潔な英雄ならば憤りを禁じ得ないだろう。

 無論、弱き者の守護者たる“赤”のバーサーカーも、方向性は違えどその異形たる左腕に赫赤の感情を抱いた。

 弱者を虐げ、圧制を強いるのみならず、その血肉さえも喰らって己を膨れ上がらせるなどとは――!

 

 

「醜悪なり圧制者よ! 弱者を圧するのみならず、血肉の一片すらも喰らうとは!

 その傲慢、その愚行! 弱き者たちの思いを知り、そして果てるがいい!」

 

 

 極太の筋肉を限界まで隆起させ、己を捕える巨腕を逆に掴み、一本背負いの形で“黄金”のバーサーカーを叩きつけた。

 

 

「ごほぉッ!?」

 

 

 血反吐を吐き出し、なれどすぐさま体勢を立て直し、“赤”のバーサーカー目がけて突進する。

 技巧も何もない王斧による乱撃。

 ただ威力のみを追求した狂戦士の斧撃を、同じく狂戦士たる剣闘士も真正面から受け止め、斬撃と拳撃による返礼を見舞う。

 

 もはや周囲は血潮に塗れ、元の土色などほんの僅かしか見られない有り様。

 原初の闘争を思い出させる泥臭さに溢れた戦いの中、“黄金”のバーサーカーは募る激情を表わすように、何度目かの刃の交差の際に、その言葉を吐き出した。

 

 

「弱者の思いだと……? そんなもの、とうの昔に知っておるわッ!」

 

 

 “黄金”のバーサーカー――デミゴッドの一角と称される彼は、唯一人、直系の子ではない。

 血縁の末裔。劣化を重ねた薄血。故に弱きデミゴッド。

 神の血を引くとはいえ、代を重ねて薄まったその血による恩恵は些細なもので、世に産まれ落ちた時の彼の身体はひどく脆弱で、紛うことなき弱者だった。

 

 それでも、その血が。神の末裔にして、戦王を祖とする黄金の一族である血筋が、己の弱きたるを許容しなかった。

 故に求めた、比類なき力を。

 デミゴッドたるに相応しき力、黄金の君主を名乗るに足る強さを。

 例えそれが他者の一部を奪い、偽りの力として繋げる『接ぎ』であろうとも――。

 

 

「生まれが如何に貴かろうとも、力無くしては王たり得ぬ……!

 だから寄越せ、貴様の身体を。我を王として高めるためにッ!」

 

 

 百手が折り重なる巨腕が再び蠢き、肉の群を掻き分けて、新たな一部が顕現する。

 それはもはや、腕ではない。そもそも人体の一部ですらない。

 突き出た角、光の失われた眼窩、剥き出しの牙。

 それは頭。人の力の到底及ばぬ、紛れもなき“強き竜”の大顎(アギト)

 

 

「接ぎの業『飛竜の顎腕』(ドラコー・ブラキウム)――父祖よ、今一度ご照覧あれい!」

 

 

 “黄金”のバーサーカーの高らかな宣言と共に、接がれた竜頭に仮初めの生命が宿り、咆哮を轟かす。

 鳴り響く竜声。伴って放たれる竜炎。

 飛竜なれども竜種の末席。偽りなき竜の息吹(ドラゴンブレス)は空を巡り、地を這い、灼熱を以て周囲一帯を蹂躙する。

 その一撃を真正面から受けた“赤”のバーサーカーは、当然凄まじい有り様と化している。

 

 重厚な筋肉は外皮を灼かれたことによって繊維が剥き出しとなり、真っ先に火を浴びた右腕は小剣を残して炭化し、崩壊した。

 体内を巡る血は炎熱によって沸き、凄絶な激痛をバーサーカーへと絶えず与えている。

 回避を選ばず、ただ全ての攻撃を受け止める性質が仇となった現状。

 それでも“赤”のバーサーカーは哄笑し、肉の人形と化した姿でなおも前へ進まんと踏み出し、残された左手を拳の形に握りしめる。

 

 

「――圧制者ぁッ!!」

 

 

 猛々しく轟叫し、拳を叩き込まんと疵獣が迫る。

 一層苛烈さを増す竜炎に身を灼かれながらも意に介すことなく、ただその一撃を見舞わんと猛進し、遂に拳が届き得る距離にまで至り――そして。

 

 

「――『極刑王』(カズィクル・ベイ)

 

 

 その拳は、黒杭の前に阻まれた。

 

 突き出す剛拳。それを身体ごと貫き、地に縫い止める無数の杭。

 前触れもなく現出したそれは、この地を治める王が振るう断罪の槍。

 領土を侵す“赤”のバーサーカーは当然のこと、杭の刑罰に処された罪人はもう1騎いた。

 

 

「なにっ……!?」

 

 

 竜炎を吐き出す竜頭の左腕。

 接がれた飛竜の頭を、顎下から脳天を貫く形で杭が突き出し、縫い止めている。

 並ならざる痛苦を切っ掛けに聞こえた警鐘から、“黄金”のバーサーカーは咄嗟に左腕の竜頭を分離し、出来得る限りに後方へ跳んで距離を取った。

 

 開かれた距離、その先に“黄金”のバーサーカーが見たのは、先までは見られなかった第三者。

 夜闇に溶けこむほどの黒色で染められた貴族服。

 夜風に靡く無造作に伸ばされた白髪と、生気を感じさせない蒼白い肌。

 身形からして戦士や騎士には見えないが、右手に持つ奇妙な形状の槍から、少なくとも武に携わる者であることは窺えた。

 だが何より感じられるのは、静かながらも明瞭に発せられる、苛烈なる王者の気迫。

 

 

「――貴様は……」

 

「おお、おお――おおおおおおおおッ!!」

 

 

 “赤”と“黄金”、双方のバーサーカーが抱いた感情は対極。

 “赤”は新たなる宿敵の登場に歓喜し、“黄金”は己にはない王性を妬み、忌々しげに睨み据える。

 陣営とは即ち、軍であり国。1つの徒党を組む以上、それらを統べる統率者が現れるのは必然のこと。

 傑物中の傑物揃いである“赤”の陣営はさて置き、残る“黒”と“黄金”の陣営には、それぞれ『王』と呼ぶべき存在がいる。

 そしてその『王』こそが、今2騎の視界に映る黒衣の貴族に他ならない。

 

 

「“赤”のバーサーカー……そしてやはり現れたか、“黄金”の尖兵よ。

 こうまで重ねて乱入を果たしてくるとなれば、いよいよその企みが垣間見えてくるものだな」

 

「貴様……“黒”のサーヴァントか」

 

「如何にも。余こそ“黒”のランサー。そなたらが討ち果たさんと望む敵であり、この領土(くに)を統べる王である」

 

 

 堂々たる佇まい、そこに隙の類は一切見られない。

 先の杭も、間違いなく“黒”のランサーより放たれたものであり、その威力は先の通りだ。

 如何に死体と化し、生前ほどの強度を持たぬとはいえ竜は竜。

 その鱗と肉を貫いたとなれば、本体である“黄金”のバーサーカーを仕留めることもそう難しくはない。

 

 故に、下手な動きはできない。

 戦士としては半端者で、宿す力も接ぎによる借り物とはいえ、敗北を重ねることで得た危機を察する能力は本物だ。

 況して褪せ人というだけで己を降すには至らぬと侮り、結果死した過去がある以上、2度目の過ちは“黄金”の名に恥を塗る愚行であった。

 

 

「さて、我が領土を侵せし蛮族共には等しく極刑である。例えそれが叛逆者であろうと、秘境の出とする異人であろうと変わりはせぬ」

 

 

 その発言に、“黄金”のバーサーカーの顔に微かな驚愕が滲み出た。

 秘境を出とする異人。まるで己の故郷を知っているかのような言いぶりに反応したのだ。

 だがまさか、そんな筈はとその考えを否定するも、そうはさせまいと“黒”のランサーが続けた。

 

 

「その異形。生前にこそ目にすることはなかったが、英霊となった今ならば分かる。

 己の血肉ならざる他者の四肢を奪い、醜悪にも己の一部とする悪業。

 さながら弱き樹木を永らえさせる、接ぎ木の如きその在り様――これ程に目立った特徴を持つ輩など、英霊数多しと言えどそうは居まい」

 

 

 手にした杭槍を“黄金”のバーサーカーへと向け、その切っ先を鈍く輝かせる。

 蒼白の肌に浮かぶ黄金の双眸は、今や獲物を狙う猛獣さながらの光を宿していた。

 

 

「まずは、そこな“赤”のバーサーカー共々捕えよう。

 そして貴様が知り得る全てを吐き出させ、後の処遇を考えるものとする」

 

 

 ――極刑王(カズィクル・ベイ)

 

 真名を紡ぎ、再び黒杭の群が地上に現出する。

 身動きの取れない“赤”のバーサーカーは、その黒き軍勢に呑み込まれる形で完全に捕えられ、残された“黄金”のバーサーカーにも杭が猛烈な勢いで迫り来る。

 その数は、十や百の規模ではない。

 千にも及ぶ無数の杭が、灼かれた森林荒野を埋めながら、たった1騎の敵目掛けて放たれたのだ。

 

 黒き大海嘯を相手に、“黄金”のバーサーカーが出来得る対処など、現状皆無だ。

 逃げようにも優れた俊足を持たぬバーサーカーでは杭の群にすぐ追いつかれ、ならば杭全てを破壊しようにも優れた広範囲攻撃を彼は持たない。

 最大出力の竜炎ならばもしやと思ったが、その前に杭が自身の臓腑を貫くのが早いと既に察していた。

 

 

(ふざけるな……!)

 

 

 それでも、彼に諦めの二文字はない。

 例え逃れられぬ脅威であろうとも、最後の最後まで死を受け入れる気など彼にはなかった。

 それを為してしまえば、己は真の意味であの男に敗北することになる。

 みすぼらしい身形で己に挑み、打ち勝ち、遂には己では成し得なかった戴冠にまで至ったあの男()に――!

 

 

「うぅおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 そう思った瞬間、彼の足は地を蹴っていた。

 自殺にも等しい、考え得る限りで最悪の愚行であるのは理解している。

 だが、理性と本能とは別物で、さらにそこへ敗北を受け入れぬが故の狂気が入り交じり、暴走へと繋がった。

 もはや逃れられぬ。ならばせめて一矢報いる。

 例え落ちぶれ、血族の名を乏しめる汚点であろうとも、その勇猛すらも損なわれたなどとは断じて言わせない。故に叫ぶのだ。

 

 我こそは黄金の一族。我こそは黄金の君主。

 偉大なる祖王、戦王ゴッドフレイの末裔。

 黄金と獅子を冠する、最初の王の一族であると――。

 

 

「――『霜踏み』隊、放てぇッ!!」

 

 

 杭群とバーサーカーの距離が縮まる最中、突如上げられた号令の下、強烈な冷気が大地を走り、凍てつかせた。

 氷結晶を生み出し、地を這う冷気は杭と衝突するや一瞬の内にそれらを凍らせ、進攻を止めた。

 

 

「今だ、『地鳴らし』隊!」

 

 

 最初に上げられた一声とは異なる声音の指令が広まると、今度は重々しい地鳴りと共に、強烈な衝撃波が大地を揺らした。

 極小規模の地震により、氷結した杭群は脆く崩れ去り、続けて放たれる杭群も同じ要領で砕かれ、バーサーカーへの到達を阻まれ続けている。

 

 

「これは……」

 

「――バーサーカー様!」

 

 

 呆然とする“黄金”のバーサーカーの名を呼び、いち早く駆け寄ってきたのは、頭頂部に龍の飾りを冠した兜の騎士。

 顔こそ兜で見えないが、己の名を呼ぶその声には覚えがあった。

 

 

「お主、エドガーか?」

 

 

 かつて己が治めた領土において、数少ない真の臣として仕えていた人物の名を呼ぶと、肯定するように騎士は頷き、兵たちの戦闘を横目に彼へ告げた。

 

 

「バーサーカー様、此処は1度お退きください。敵戦力1騎との試戦が済んだ以上、此れより後の戦いは不要です。

 撤退までの時間は私たちが稼ぎますゆえ、どうか速やかなる撤退を」

 

「この我に、敗走の屈辱を再び味わえと言うのか……!」

 

 

 先まで玉砕覚悟で特攻を行っていた以上、背を向けての敗走は屈辱この上ない行為だ。

 加えて、“黄金”のバーサーカーは生前、女たちに紛れて敗走し、辺境に逃れた過去を持っている。

 自らが王器ならざると蔑まれる所以の1つであり、故に臣下よりの進言とはいえ、それを受け入れることは常の彼にはできなかった。

 だが、そんなかつての主君の圧に臆することなく、騎士エドガーはさらに言葉を重ねる。

 

 

「お忘れですか。我らのこれまでの戦いは、決戦のための備えに過ぎぬということを。

 万が一にここで命を落とされれば、それこそ御身の名に恥を上塗りするも同然の愚行です。

 何より、これ以上の戦闘続行は新王陛下も望まれませぬ」

 

「……っ」

 

 

 貴様もあの男の意思を優先するのか――。

 言葉には出さず、ただ不快げに顔を歪ませたバーサーカーは、これ以上の問答を重ねることを厭んでか、その巨体を霊体化させ、溶けるように虚空へと消えた。

 

 バーサーカーが消え、果たすべく任務を完了するとエドガーは兵たちの方へと向き直り、彼らが今対峙する敵の姿を捉えた。

 絶えず黒杭が繰り出す黒衣の王。その顔に疲労の様子はなく、だが獲物を逃した故の怒りが垣間見えている。

 今はどうにか『霜踏み』と『地鳴り』の破砕攻撃で拮抗できているが、あと僅かでも敵方のランサーが出力を上げれば、この戦列は容易に崩されるだろう。

 

 

(ベルナール殿と共に鍛えた戦技兵はまだ居るが、投入して敵方を刺激しては意味がない)

 

 

 数多の戦いを経験し、潜り抜け、一将として名を馳せた騎士は、この状況を打破すべく戦術思考を巡らせる。

 けれどもそれは、もう1人の助勢者の発言に掻き消されることとなった。

 彼と共に兵を率い、この戦いに派遣されたもう1人の騎士――ベルナールの言葉によって。

 

 

「エドガー殿、合図と共に戦技兵を後退させるぞ」

 

「ベルナール殿! 何故そのようなことを……?」

 

「たった今念話とやらを通して指示があった。バーサーカー様が無事撤退された以上、我々による殿も不要とのことだそうだ」

 

「だが、敵はまだ疲弊すらしていない。後退したところで、追撃されるのは目に見えているぞ!」

 

 

 エドガーの言葉は正しく、実際次手を打たずに後退すれば、“黒”のランサーの杭が背後より襲うのは明らかだ。

 それにあの杭の1つ1つも、今でこそ氷結で砕けているが有する威力は兵を複数まとめて貫けるに足る。

 仮に指示された後退を成功させるには、戦列を速やかに移動させつつ、彼らに代わる杭群を対処できる戦力が必要となってくる。

 それこそ、デミゴッドや彼らに迫る強力な戦力が。

 

 

「ああ。だからその殿()()よりの指令なのだ。後は自分たちが対処するゆえ、我々は円卓に帰還せよとな」

 

「何……?」

 

 

 一体それは誰なのか。

 その先を紡ぐよりも早く、答えの方から彼らの下へ飛来してきた。

 

 夜闇に塗りたくられた、竜炎によって灼かれた森林。

 そこに影を落とす巨大な姿。

 兵たちを、エドガーとベルナールを、そしてこれより対する“黒”のランサーを影で覆い隠し、空を舞う古き生命。

 ()()()()()1()()()()()を背に乗せて、赤白の雷を漲らせるその存在こそは――

 

 

「――(バラウル)……!」

 

 

 竜公(ドラクル)の名を継ぐ小さき竜公(ドラクレア)の前に、古の竜が一角――『古竜ランサクス』がその偉容を現した。

 

 

 

 

 

 

「上手くいったようだな」

 

 

 轟く竜吼を耳にして、召喚した新手が無事、味方の下に辿り着いたのを確認すると、安堵するように独り言葉を零した。

 1騎だけのつもりが、親和性もあって2騎召喚に変更してしまったが、その分彼らは、敵陣営に多大な衝撃を与えてくれるだろう。

 竜種というだけでも十分過ぎるのだ。それに加えて、狭間において最も王に近づいた歴戦の褪せ人が騎手を務めている。

 討伐を視野に入れてはいないが、上手くいけば尋常のサーヴァント1騎程度なら葬れるほどの戦力。敗戦は確実に回避できる筈だ。

 

 バーサーカーも無事撤退し、殿もそれに足る者を就かせた以上、残るはランサーだけとなった。

 固有結界に敵方の3騎を引きずり込み、戦闘を始めてそれなりの時間が経っている。

 そろそろ決着がついてもおかしくはない。そう思い始めた時、彼の意思に呼応するように、夜空に再びあの血紋が浮かび上がった。

 

 

「さて、どうなったかな……」

 

 

 夥しい量の血河が吐き出され、森林の大地を染め上げていく光景を目にしながら、褪せ人は間もなく露わとなる勝敗の結果を待ち続けた。

 

 

 




次回、ニーヒルタイム。


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⑦我ら、黄金の一族なり ―参―

 ――“黄金”のランサー、モーグは独り考えていた。

 

 自らの宝具である固有結界。地下世界に築いた王朝の再現たる大宮殿を戦場に据え、そこに招いた敵陣営のサーヴァントたちと自分の配下である『血の指』たちを戦わせているのが現状だ。

 戦況は優勢寄りの五分五分。数の有利を覆すのが英雄というものだが、相手が同格かそれに準ずる実力者ならばそう事は上手く運ばない。

 

 この固有結界内限定ではあるが、ランサーの配下である血の指たちは、聖杯戦争で正式に召喚されたサーヴァントと同等の霊基を獲得できる。

 ステータスは当然のこと、スキルや宝具すらも自在に行使でき、疑似マスターであるランサーからの魔力供給が続く限り、その刃が鈍ることはなく、苛烈なる血戦が止むことはない。

 

 

「ナーーーーーーーォォゥゥッ!!」

 

 

 偽りの夜天を頂く大気を、狂獣の咆哮が震わせる。

 大跳躍からの戦鎚による剛撃。

 狂戦士らしい術理技巧の見られない単純な打撃ではあるが、接触と同時に発動する放電が、彼女を囲う敵群を容赦なく灼いていく。

 数に任せた集団戦法を駆使していた名もなき白面たちは、“黒”のバーサーカーが放った雷撃によって灼かれ、黒焦げた骸を晒して消滅した。

 

 勝敗の結果に、ランサーは特に目立った反応を示すことなく、俯瞰を続けた。

 白面たちは血の指を名乗ることこそ許されているが、所詮は名無し。その実力は中位・上位陣と比較して大きく劣る。

 さらに、波濤の如く続々と攻撃を仕掛ける白面たちも、やはりバーサーカーの雷撃で同様の末路を辿り、無意味に消えていく。

 だが、おかげでランサーは“黒”のバーサーカーという英霊の特性を把握しつつあった。

 

 

(白面たちが消滅する際、周囲の魔力の流れが変化しているな……)

 

 

 ランサーのクラスに据えられているが、彼は槍兵であるのと同時に大司祭。すなわちキャスタークラスの資質も有している。

 自らの胎内も同然である固有結界内で起きる現象は、当然彼も把握可能。

 そこにキャスタークラスにも適合できる魔術師としての才から、導き出した答えは1つ――。

 

 

「――吸収、か」

 

 

 周囲に発生した残留魔力を、どういう理屈か“黒”のバーサーカーは吸収し、己の力に変換している。

 宝具には及ばずとも、あれだけの雷撃を連発するとなれば相応の魔力消費が強いられる筈。

 それを吸収した残留魔力で補い、雷撃発動のために充てている、もしくは電気そのものに変換し、即座に放出しているのだろう。

 純粋な魔力のみなのか、はたまた魔力を含んだものならば何でも吸収できるのかは定かではないが、対するための打つべき一手は定まった。

 

 

「凶手、そこのバーサーカーを相手せよ。魔力による攻撃は控え、純粋な物理攻撃でのみ攻め立てよ」

 

 

 王たるランサーの命令に、凶手と呼ばれた鉤爪使いは首肯し、飛び舞うようにバーサーカーの下へ向かった。

 続いて彼が目を向けたのは“黒”のセイバー。

 身の丈にも迫る大剣を自在に振るい、2騎の血の指を相手取ってなお臆することなく戦う姿は、まさに英雄と呼ぶに相応しいものだ。

 彼が相手取る血の指も、決して弱くはない。

 ネリウスとエレオノーラ――特にエレオノーラは、『翁』と並び称される最強の血の指。

 こと技量においては他の血の指の追随を許さない彼女の連撃を、対する“黒”のセイバーは苦も無く受け、その剛剣を変わらず振るい続けている。

 

 先のバーサーカーは、魔力に関する能力だったゆえ見抜くのは容易かったが、今回はそう上手くはいかない。

 戦闘の様子から見るに、あのセイバーはかなりの強者だ。

 身の丈ほどの大剣を自在に振るえる筋力と、決して力任せではない術理による剣技。

 力と技の両立。だが真に恐るべきはその肉体か。

 熟練の剣技に反して、防御の術理は呆れるほどに低い。

 いっそわざとそうしているのではないかと疑ってしまうほどではあるが、それが弱点に繋がっているのかと問われれば、答えは否だ。

 

 

「成程……硬さか」

 

 

 蒼褪めた空に舞う真紅の(みず)を、ランサーは見逃さなかった。

 それはエレオノーラの双薙刀によってつけられた傷。それより噴き出たほんの僅かな血飛沫。

 恐ろしく硬いが、切れぬわけではない。

 どうやら鎧や盾にも似た硬き守りの異能か、あるいは宝具を有していると見える。

 一見おざなりな受けや守りも、あの異常な堅牢さがあればこそのものと言えよう。

 防御に回す意識を、ただ攻撃にのみ注ぐことで得られる恩恵――成程、確かに理に適っている。

 

 となれば、こちらはこのままでも支障はないだろう。

 時間は掛かるだろうが、エレオノーラならばセイバーを傷つけられる。

 例えこの異界には存在しない、セイバーのマスターによる回復魔術で瞬時に傷を癒されようとも、蓄積された傷はやがて血の呪いを噴き出させる。

 

 

「問題は……」

 

 

 爛々と輝く右目を剥き、その視線を最後の1騎に移す。

 神速の騎兵――“赤”のライダー。

 おそらくこの場において、最も速きに秀でた英雄。

 槍術、体術、戦闘判断、全てにおいて高水準。

 間違いなくこの聖杯大戦内でも最上位に位置する強者と刃を交えるのは、同じく最強の名を冠する血の指『翁』。

 

 呪いの血刀を用いた超絶たる剣術。

 刀身より伸びる血の刃と、纏う呪血が起こす出血の痛苦により、数多の英雄怪物が翁によって討ち果たされてきた。

 当然、その刃はライダーの身にも届き、確実にその斬撃を浴びせ続けている。……筈なのだが。

 

 

「せぃああっ!!」

 

「――!」

 

 

 刃を幾度受けたにも関わらず、変わらぬ様子で槍を振るい、その穂先で翁を貫きに掛かる。

 愚直とさえ取れる真っ直ぐな刺突は翁の妖刀で弾かれるも、その隙を突いての蹴りで彼の体躯は吹き飛び、大宮殿の石壁へと叩きつけられた。

 大英雄の蹴撃は強烈なれど、翁もまた歴戦の剣豪。

 己の肉体が埋まる大宮殿の石壁を、その膂力で砕きながら再び地に立ち、より一層剣呑な気配を漂わせながら妖刀を構える。

 

 

「――そこまでだ、翁」

 

 

 けれど剣鬼の鬼気を抑えたのは、主君たる異形の一声。

 劣勢ではなく、寧ろこれからだという場面で遮られたが故か、翁面の大剣客はその怒気を隠す素振りも見せず、面越しに主を睨みつける。

 気弱な者ならばそれだけで殺せてしまえる剣鬼のそれに、ランサーは変わらず悠然とした様で石階段を下っていき、彼の傍らに歩み寄った。

 

 

「ここから先は私自らが相手取る。お前はネリウスと入れ替わり、セイバーの相手をせよ」

 

「……儂の獲物を横取る気か」

 

「確かに、お前個人と交わした約定には反するが、どう見てもお前の刃が通じぬ相手だ。

 何か奇異なる絡繰りがあるのは明白。ならば私が出張る他ないだろう」

 

「――承知した、君主」

 

 

 迸る怒気を一旦抑え、納刀の後にランサーの指示通り、翁は“黒”のセイバーの下へ向かう。

 そのやり取りを傍から見ていた“赤”のライダーは、去りゆく剣士を止めることなく、突然割り入ったランサーに不意打ちを掛けることもせぬまま、敵が己に向かい合うのを待ち続けていた。

 

 

「お待たせ致した、御客人。僭越ながら、此れよりはこのランサーが相手を務めましょう」

 

「そいつは別に構わねえが、良いのか? わざわざ王自らが出張って来てよ」

 

 

 “赤”のライダーにとって、王という存在は決して快いものではない。

 生前の経験、そして生来の気質ゆえか、彼はそういう存在に対してあまりいい感情は抱けず、特に玉座にてふんぞり返り、命令するだけ命令して、自分自身は何もしない性質の王君とは相性最悪だ。

 

 だから最初にこの場に引きずり込まれ、戦闘開始の際に参戦するでもなく、ただ独り傍観に徹していたランサーをその類であると見ていたが故に少しばかり驚き、らしくない発言をしてしまった。

 決して善意からとは言い難いライダーの言葉に、対してランサーは凶悪なその貌を笑みで歪め、再び恭しく頭を垂れて礼を取った。

 

 

「お気遣い、痛み入ります。ですが、王の在り様は人や鳥獣と同じく数多。

 自ら戦地に赴き、刃を携える王もあれば、自らは玉座にて待ち、臣下の武勇を信じて行く末を見守る王もある。

 私はどちらかと言えば後者に属しますが、かと言って自らの武を持たぬ軟弱者でもないのですぞ?」

 

「へえ? それじゃあその武ってのは、自分の部下を下がらせて、この俺と一対一(サシ)で戦り合えるだけのモンだって言うのか?」

 

「それは此れより己の目で確かめなされ」

 

 

 言って、ランサーはその槍を軽く一薙ぎし、豪風を巻き起こす。

 石床を突いてそびえ立つ一振りは、豪槍と呼ぶに相応しい大槍。

 拵えこそ戦向きではないものの、その重量と三叉の穂先は充分武器として成り立つ。

 

 交戦の意思を示され、ライダーもまた槍を構えて向かい立つ。

 ライダーとランサー。共に槍使い。されど在り様は、戦士と王。

 一瞬の静寂を経てどちらのものとも分からぬ足音を合図に、両騎の戦いが開幕する。

 

 

「むうんッ!」

 

 

 先制を仕掛けたのはランサー。

 空を引き裂く三叉槍を突き出し、その穂先で串刺しにせんと迫る。

 無論、開幕の一撃で仕留められるほど弱くはなく、その一突きを難なく躱し、返礼の形でライダーの刺突が放たれる。

 

 

「傷よ!」

 

 

 槍の穂先がランサーの巨躯に触れる直前、その軌道上に割り入った彼の左手が虚空を引き裂く動作を行うと、三筋の傷跡のようなものがその場に生じ、瞬間高熱を生み出しながら爆発した。

 零距離で発動した爆発。それによる爆風はライダーの槍を無理矢理押し返し、刹那にも満たない僅かな時を狙い、ランサーの三叉槍が再び振るわれた。

 

 襲い来る鉄柱の如き豪槍を、今度は避けるのではなく同じく槍で応じ、柄でその剛撃を受け止め、流しながらの薙ぎを見舞いながら後方へ下がり、距離を取る。

 再び開けた互いの距離。先とは違い、先に仕掛ける様子はなく、ただじっと見に徹している。

 されどそれは長くは続かず、先に静寂を破ったのは“赤”のライダーだった。

 

 

「身形からしてそんな気はしてたが、アンタやっぱり魔術師かよ」

 

「厳密には神官。大司祭を名乗らせて頂いております」

 

「そうかよ。んじゃあ、さっきの爆発もそちらさんなりの『神の御加護』ってやつなのかい? だとしたら大したモンだぜ」

 

 

 “赤”のライダーの右腕からは、少量ながら()が流れていた。

 それは先程受けた爆発。灼熱の一撃はライダーの槍を阻むだけでなく、彼の肉体に僅かながら傷を刻んだのだ。

 そう、傷だ。大英雄たる“黒”のセイバー、屈指の血指である翁、それぞれの猛攻を受けてなお、一切の傷を負うことのなかった彼の身に、傷が生じたのだ。

 

 普段ならばこれは、ライダーにとって歓喜の出来事である。

 無敵の肉体を傷つけるに足る者。血統と実力を併せ持つ、自身と伍する強者。

 そんな相手と戦えることは、戦いに生き、戦いに死したライダーにとって何よりも喜ばしいことなのだが、どうにも今回は素直に喜べない。

 

 それは剣や槍などの武具で付けられたものではなく、魔術などの直接ならざる術技によって与えられたが故なのか――否。

 彼が抱く疑念の根本は、もっと別のところに存在している。

 ただ、それを理解するには至らず、故に随喜の炎を盛らせることなく、燻る形に収まっているのが現状である。

 

 

「我が神への称賛の言葉、例え本心ならざるものであっても有り難く頂戴致します。

 ……そして貴公の絡繰り、僅かながら見えてきましたぞ」

 

 

 ランサーは嗤う。無敵の肉体、その堅牢を突き破る法を見出しかけたが故に。

 祈祷、傷、神の加護――ライダーが漏らした言葉を集め、己の放った技と組み合わせ、式を立てることでその答えが見えてきた。

 後は実践あるのみ。その末に少なくない手傷を負おうとも、それは必要な代償と割り切ることとしよう。

 

 

「であれば後は試すのみ。外の英雄の力、どうか存分に我が目に示しなされませ。

 その上で私は再び、貴公に傷を刻んで見せましょう」

 

「抜かしたな――槍兵!」

 

 

 明らかな挑発。それをライダーは望むところだと獰猛に笑んで応じる。

 疑念の正体が何であれ、その真実はおそらくこの一交にて明らかとなる。

 直感的にそう導き出したライダーは、一切の躊躇いなく地を蹴り、愚直に、真っ直ぐに、最短でランサーを目指した。

 

 突き出す槍、そこに籠る威力は必殺のもの。

 それを繰り出す担い手は人類最速の英雄。

 回避は当然、即席の防御術ならば容易く貫かれる。

 故に――

 

 

「おおぉッ!!」

 

 

 防ぐのではなく、攻める――それがランサーの繰り出した一手。

 最速の槍撃を左手で受け、腕を串刺しにされながら槍を捕える。

 まさかの判断に驚愕を示すも、それは一瞬。すぐにライダーは槍の柄から手を離し、相手の領域からの脱出を試みるが。

 

 

「……ィっ!?」

 

 

 突然の痛苦。左の脇腹を抉る形で、ランサーの三叉槍がライダーを襲う。

 魔術の類ではない、純粋な技のみで()()()()()()()

 もはや疑うようのない事実に、ライダーは目を見張り、ランサーは確信を得たと深く笑む。

 

 やり取りはそこまで。

 ライダーは腹の傷より流れる血を筋肉で無理矢理抑えると、ランサーの左手に突き刺さった愛槍を蹴り上げ、彼の骨肉を切り裂きながら宙に飛ばし、取り返す。

 対するランサーもこれ以上は求めないのか、今度は自分から跳んで距離を置く。

 

 片や腹を、片や左手を。

 負った手傷に差こそあれど、互いに得るものは確かにあった。

 ライダーは、今己が対峙する槍兵こそ、己と戦う資格を持つ者であることを。

 ランサーは、ライダーの有する無敵性の仕組み。少なくとも、自身の攻撃は通るという真実を。

 

 

「であれば、次だ」

 

 

 ならばこそ、ランサーは次なる行動に出た。

 唸りにも似た号令を上げると、それまでセイバーやバーサーカーと戦闘を繰り広げていた血の指たちが一斉にその動きを止め、霊体化して大宮殿より消失する。

 突然の現象に思わず目を丸くする2騎。

 そして唯一、敵対者が残るライダーは訝しげに目を細め、鋭い眼光を向けて凶貌の槍兵を睨み据える。

 

 

「てめぇ、何のつもりだ」

 

「ご覧の通り、配下を引き下げました」

 

 

 隠すつもりもなく、ありのままを口にする。

 これまでは配下が2騎の相手をし、残る1騎を彼自らが相手取ることで最良の戦闘環境を整えることができたのだ。

 それをどういう訳か、他ならぬランサー自身がその優位を放棄し、あろうことかこの固有結界内に存在する敵対サーヴァント全員を相手取る形に整え直した。

 

 まるで意味が分からない。わざわざ自分の優位性を捨て去るような真似をするなど。

 戦を知らぬ愚者ではない筈。ならばそうせざるを得ない何かを実行する腹積もりなのか。

 

 

「貴公らの特性は充分に理解した。無尽の魔力、鋼の如き堅牢、無敵の肉体――厄介ではあるが、攻略できぬ程でもない。

 外の英雄の力が如何ほどのものかと多少は期待していたが……これは拍子抜けだ」

 

「何だと……?」

 

 

 あからさまに見下すような言いぶりに、ライダーが怒りを乗せた声を上げる。

 彼だけではない。“黒”のセイバーとバーサーカー、彼もまた抱く思いは同じだ。

 彼らは英霊、歴史に名を刻まれし強者。

 英霊として昇華された由縁は様々なれど、少なくとも彼らは、その力もまた理由の1つとして召し上げられた存在。

 その力を、強さを、大したものではないと侮辱されれば当然怒りを抱き、殺気が満ちる。

 

 格の差こそあれ、3騎共に名高き英霊。

 そんな彼らの闘気殺気を一身に受けてなお、ランサーは自らの発言を取り消すことはせず、寧ろ一層見下すように彼らへと告げる。

 

 

「残る宝具の詳細も知っておくべきだろうが、この程度の地力ならば必要性に欠けてくるな。

 いや、もはや決戦を待つまでもない。この場で仕留めても問題なかろうよ」

 

「ゥゥゥ……!」

 

「言うじゃねぇか……だが、貴様にそれが本気で出来るってのか?」

 

「無論だとも。そして貴公らには、それを止めることは叶わない。

 私がこの領域に引きずり込んだ時点で、もはやそれからは逃れられん」

 

 

 もはや敵への興味が失せたのか、その言葉遣いすらも豹変し、ランサー本来の在り様が露わとなる。

 何をしてくるつもりなのか。それが何であれ、やらせはしない。

 その意を胸に3騎の内、“赤”のライダーが再び疾走し、今度は心臓――霊核を砕かんと槍を左胸目掛けて突き出す。

 

 

「無駄だと言っているのが分からんのか」

 

 

 裂けた左手を器用に動かし、虚空に三叉紋の召喚陣を描くと、そこから新たな尖兵を生み出す。

 現れたるは巨体の餓獣。血に濡れた巨犬と大鴉、その群れ。

 本来極めて凶暴な戦闘獣たちを、ただの肉壁としてのみ用いてライダーの一撃を阻み、その猛進を止める。

 大英雄の一撃は巨獣たちの身体をまとめて貫くも、彼らの主に届くことはなく、半ばで止まって彼に機を与えてしまった。

 

 

「――3(トレース)

 

 

 突き上げる三叉槍。

 三つ又の穂先が虚空を抉ると、夥しい量の鮮血が溢れ、彼の身を濡らす。

 

 

「――!?」

 

「ゥウ――ッ!!」

 

 

 瞬間、彼らの身を激痛が襲い、大量の血飛沫が噴き出す。

 流れ出る血の量に比例して、彼らの体躯から力が抜け、内より何かが消失する感覚を覚える。

 

 

「――2(ドゥオ)

 

 

 数え上げられる呪言。

 3騎が傷を負い、血を噴き出して衰弱するのとは反対に、ランサーの肉体は恐るべき速度で回復し、ライダーとの戦いで裂けた左手は今や完全に元の姿を取り戻している。

 “黒”のバーサーカーが行っていた残留魔力の吸収。今ランサーが行っている行為は、極めてそれに近しいものだった。

 

 

「――1(ウーヌス)

 

「させ、るか、よ――!」

 

 

 徐々に弱まる己の身体に鞭を打ち、ありったけを引き絞るように猛進を再開する。

 だがそれは、先ほどまでとは比べるべくもないほどに遅く、緩慢な進撃。

 セイバーとバーサーカーも、“赤”のライダーに続くべく攻勢に移るが、もはや何もかもが手遅れだ。

 

 

「無駄よ、無駄。血こそは生命の根源、命を支える紅き水。

 如何に強壮たる英雄と言えども、血を失えばまともに動けなくなるのは道理よ」

 

 

 そう、彼らは流血と共に魔力までもを漏出している。

 血の中に魔力を混じらせ、強制的に噴出させて弱体化させる。

 さらには噴き出た血を取り込み、内包する魔力を得ることで肉体を補強し、補修する。

 それこそがランサーの唱えた呪言による現象。悍ましき血啜りの宝具。

 使い方次第によっては大量殺戮も可能とするこの宝具、けれどその真髄は最後の呪言を唱え終えた先にこそある。

 

 

「顕現されよ、我らが大母! 御身を慕う哀れな仔らに、血と傷の祝福を!」

 

 

 ――0(ニーヒル)

 

 ――0(ニーヒル)

 

 繰り返される最後の呪言。一言唱えるその度に、これまで以上の出血と衰弱を強いられ、指先一つ動かすこともままならなくなる。

 いよいよ祈祷も大詰め。最後の呪言を紡ぐべき、一層高く槍を掲げ、見えざる真実の母に傷を捧ぐべく、渾身の一突きを虚空に放つ。

 

 

0(ニーヒ)――ッ!?」

 

 

 あと一言。

 あと一文字の詠唱を残し――ランサーの声が、不意に止まった。

 何が起きたのか、それは極限にまで衰弱したライダーやセイバーたちには分からない。

 サーヴァントとしての身を維持するのがやっとという体の彼らは、もはや五感すらもまともに機能せず、あらゆる事象を朧に捉えることしかできない。

 

 それでも、その現象はまさに奇跡的であり、同時に仕上げを邪魔されたランサーにとっては、何物にも耐え難い屈辱となった。

 たった()()。ただそれだけで、全てが瓦解した。

 身体を貫く灼熱の後、身体の隅々を蹂躙される形容し難き痛苦。

 魔力が暴走し、回路すらも狂わされて意識が維持できない。

 

 

(何者か……っ!)

 

 

 せめてその姿を収めんと目を剥くも、黄金の眼差しの先に誰かの姿はなく、偽りの夜空が在るのみだった。

 

 

 

 

 

 

「――何だと」

 

 

 その光景を目にして、褪せ人はこの聖杯大戦中初めて、驚愕の念を抱いた。

 三叉徴紋より流れ出た血河の果て。再び現世に舞い戻った彼らの姿は、勝敗以前の問題だった。

 共に倒れ伏し、微塵も動く様子が見えない。

 敵対勢力である3騎は束縛か、あるいは疲弊した末の姿なのか。

 どちらであろうと構わないが、寧ろ問題はもう1騎の方だ。

 

 自陣の1騎である“黄金”のランサー。

 戦王の直子の1人である彼が、苦悶の表情を湛えて横たわっていた。

 こちらもまだ息はあるが、状態としては敵の3騎よりもさらに酷い。

 内側から蹂躙されたのか、巨体のあちこちが破裂し、異形の骨肉を剥き出している。

 漏れ出る魔力もランサー自身のものとはかけ離れた、全く別種のものへと変わり果てている。

 

 身体を流れる血液と異なる型の血を巡らせば、拒絶反応を起こして最悪死に至らしめる。

 奇しくもランサーの状態はそれに近しく、己の身を流れる魔力(けつえき)を利用され、この有り様と化したのだ。

 血の君主が血によって殺されかけるというのは何とも皮肉な話ではあるが、かと言ってこのまま放っておくわけにもいかない。

 

 

「ローレッタ!」

 

 

 今は“赤”のアーチャーを抑えているだろう姿なき同伴者の名を呼ぶと、僅かな時を置いて後、蹄の音を伴いながら白銀の騎士が現出する。

 

 

「親衛騎士ローレッタ、御身の前に」

 

「ランサーがやられた。すまぬが彼を円卓まで運んでくれ。

 そして到着次第、魔術師たちを集めて早急に治療を」

 

 

 彼に請われ、ローレッタはすぐ横に転がる異形の巨体を馬上から見下ろす。

 兜で隠れて見えないが、きっとその顔は嫌悪で歪んでいるのだろう。

 ランサーは、ローレッタのもう1人の主君を攫い、彼女の願った未来を踏み躙った張本人。

 感情のままいけば、この手で殺してしまいたいと思っているのだろうが……

 

 

「……承知致しました。必ずや、彼を復活させるべく尽力致します」

 

 

 今この身は新王の騎士なり――己に定めた新たな在り様に従い、戦鎌の石突きをランサーの下に潜り込ませてから振り上げると、宙に舞ったランサーの巨体を受け止め、そのまま担いで夜天を駆けていった。

 白銀の騎士と共に消える漆黒の巨体を見届けると、褪せ人は誰の目を気にすることもなく、独り空を仰いだ。

 

 全ては順調。そう思われた矢先に立ち塞がる脅威。

 業火の巨鎧。そしてランサーを追いつめた正体不明の何か。

 万事が全て上手く運ぶわけがないのは、かつての旅で重々承知しているつもりであったが、この世は常に己の予想を上回る脅威を齎すものだと、改めて再認識した。

 

 ならばこそ、此れよりは念入りに下準備を整えねばならないだろう。

 となればここで下がるのは下策。もっと多く、より多くの種を蒔かねば――。

 

 

「貴様らには敗けぬ」

 

 

 此処には居ない、己が打ち倒すべき敵を思いながら、エルデの王は静かに必勝の決意を抱いた。

 

 

 

 

 

 

 ――仕留め損なった。

 

 直接その目で見たわけではないが、未だ漂う神気から結果を察するのは容易であった。

 元より超遠距離射撃。隔絶された世界に向けて一撃を放ち、霊核を撃ち抜くなどという芸当は極めて困難だ。

 もっとも、そこを考慮しての性質設計なのだが、どうやら敵も相当にタフらしく、アレに呼び掛けていた交信者は未だ存命している。

 

 腹立たしい……だがおそらく、己が喚ばれた理由は奴ではないのだろう。

 明確な根拠があるわけではない、単なる直感だ。

 だがそれ故に、その関係に対しては充分信ずるに能う理由だ。

 

 

「おとうさん」

 

 

 舌足らずな声が、当世における自身の仮称を呼ぶ。

 振り向けばそこには、幼くも愛らしい少女が、妖艶な雰囲気を纏う女性と共にやって来ていた。

 一直線に駆け寄ってくる少女を、伸ばした片手で軽く押さえ、目線を合わせる形でしゃがみ込む。

 

 

「こら、ジャック。お母さんと一緒に待ってなさいと言っただろうに」

 

「うん。分かってたけど、おとうさん全然戻ってこないから来ちゃった」

 

「来ちゃったって……君なぁ」

 

 

 幾らこの屋敷(ユメ)に入るための術を教え、門はいつでも入れるように開けっ放しにしているとはいえ、こうも簡単に入って来られては落ち落ち作業もできない。

 ましてこの領域は、人間はおろかサーヴァントですら長時間居続ければ精神に異常を来すというのに。

 

 

「ふふ、でも心配してたの本当なのよ? ジャックったら、あなたが突然お仕事に行くって居なくなってから落ち着かなくて、今までずっと待ってたんだから」

 

「まだ10分も離れてないだろう」

 

「子供にとっては充分長いのよ」

 

 

 薄っすらと優しく笑む女性とは対称に、男は困ったものだと肩を竦めて嘆息した。

 まあ仕事は丁度終えたところだ。ここで戻っても問題はあるまい。

 

 

「ねえねえ、おかあさん、おとうさん。わたしたち、ごはん食べたい」

 

「あら、もうそんな時間? それじゃあ今夜は何にしましょうか」

 

「えっとね……ハンバーグ!」

 

「一応聞いておくが、そのハンバーグには人の心臓を使っていないよな?」

 

 

 恐る恐ると尋ねて見ると、女性はにこやかな顔付きのまま、勿論と頷く。

 以前少女に頼まれて創作ハンバーグを出され、共に食う羽目になったのだが、無論男の理性と胃がそれを受け付ける筈もなく、盛大に嘔吐したのは嫌な思い出だ。

 少女の方は美味しそうに食べていたが、彼女にとって貴重な魔力供給源の1つでもある臓器の消費が多く、以来ゲテモノハンバーグの創作は控えさせている。

 

 

「ねえ、おとうさん。どうして普通の人の心臓は取っちゃダメなの?」

 

 

 少女の純粋な問いかけは、男が2人に課したある取り決めからくるものだった。

 一般人、特に聖杯大戦に関係のない者を害してはいけない。

 臓物を抜き取るのは勿論、叶うなら傷一つ付けるのも好ましくないと。

 男は2人に了承させ、その代わりとして彼らと行動を共にしている。

 

 おかげで戦力という面では若干不安が削がれ、魔力供給についても魂喰い以外に男が用意してくれた方法のおかげで、現界や戦闘に困ることはなくなった。

 だが、それでも疑問を抱いてしまうのは少女の幼さが故か。

 邪気の混じらない純粋な問いに、男はしゃがませていた体躯を立ち上がらせ、その長躯で少女と女性を見下ろしながら口元を覆う黒布越しに告げた。

 

 

「良いかい、ジャック。何もしてない人を傷つけることは、とっても悪いことなんだ。

 悪いことをしてしまえば、きっといつか自分に返ってくる。……それに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「問答無用で殺していいのは、言葉の通じない怪物共と――魔術師みたいな狂人共だけだよ」

 

 

 告げる男の左手には、未だ硝煙をのぼらせる古風な短銃が握られていた。

 

 

 



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英雄戦話:双弓、交わる

今回は本編続話ではなく、前回までの話で書くことのできなかった戦いのお話です。
もう1話の『英雄戦話:竜冠のファランクス』と合わせ、2話連続投稿しますのでよろしければそちらもどうぞ。


 “赤”のアーチャー、真名をアタランテ。

 

 ギリシャ神話屈指の女狩人と名高い彼女は、此度の聖杯大戦においてアーチャーのクラスを得て現界していた。

 世界規模で見ても彼女の俊足は英霊の中でも最上位に位置し、神域とさえ謳われる弓術も合わせれば、弓兵として彼女に迫る英霊などは片手で数えるほどしかいないだろう。

 弓兵である以上、視力の高さは言うまでもないが、故にその現象を誰よりもはっきりと見る形になった彼女は、木々の防壁の内にて明瞭な驚愕を見せていた。

 

 

「ライダーが消えた……?」

 

 

 突如、空より溢れ出たる血河。

 真紅の瀑布とも見れる大量の血が、彼女の仲間である“赤”のライダーを始め、“黒”のサーヴァント2騎も巻き込みながら呑み込み、跡形もなく消失したのだ。

 否、あれは消失ではない。あまりにも早すぎたのでそう見えただけだが、彼女の目は見逃さなかった。

 天に浮かぶ紋様。三つ又の徴が3騎を呑み込んだ血河を取り込み、諸共に消えたのだ。

 

 あれは一種の転移陣。魔術の類には本職ほど明るくはないが、あれだけ目立った使い方をされれば察するのは容易だ。

 問題は、どこに飛ばされたかだ。匂いを辿るのは当然、魔力を辿っていくことも不可能。 

 近くに術者は居ないか――そう考え、弓を引き絞りながら周囲に視線を這わせていくと……

 

 

「――っ!」

 

 

 一矢――。

 空を裂いて飛来する何かを、番えた矢で射ち落とす。

 そう遠くない距離で魔力の爆発が起きるのを見届けると、再び矢を番え、迫る新手の姿を確かめんと目を細め――その姿を捉えた。

 

 

「――“赤”のアーチャーとお見受けします」

 

 

 相手もまた、アーチャーの姿を捉えたのだろう。

 言葉を乗せた声は、殺伐とした戦場には相応しからぬ柔らかさを備えているが、醸し出す闘志と番えた矢に一切の柔らかみはない。

 

 騎士だ。騎馬に跨り、白銀の鎧を纏って弓を構える騎士がいる。

 今は騎馬の横に括り付けているが、白銀の盾とグレイブにも見える長物から騎兵とも、槍兵とも見て取れる。

 多彩な武装から見るに、騎兵かと思われたが、“赤”のアーチャーはそれを真っ先に否定する。

 これ程の精度の射撃、そしてこちらを視認できるほどの視力。騎兵で喚ばれた英霊では持ち得る筈がない。

 

 

「ならば――」

 

 

 問う言葉に対し、アーチャーは矢で以て応じた。

 先に放たれた一矢への返礼として、音速を超える黒矢を射ち放つ。

 夜戦用に黒く塗りつぶされたその矢は、なるほど同じ弓兵が相手では大した意味などないだろう。

 だがこの速度、果たしてその弓で応じられるか?

 まるで試すように風を裂き、空を切る狩人の一矢を、白銀の弓兵は確かにその目で捉え、右手を虚空に泳がせて、

 

 

「ハァ――ッ!」

 

 

 短い掛け声を上げ、騎馬と共に駆け出した。

 矢が来ることを承知の上で、白銀の弓兵は前進を選択したのだ。

 当然、矢は彼女の身を穿ち、少なくない損傷と苦痛をもたらす。

 だがまだだ、まだ動ける。

 巡る痛みを精神力で無理矢理堪え、騎馬の脇に括り付けていた長物――戦鎌(ウォーサイズ)を手に取り、残る左手にも銀の盾を持ち構える。

 

 接近戦に持ち込むつもりか――相手の動きを見て、その意図を察した“赤”のアーチャーはすぐさま手中に新たな矢を持つ。

 弓に矢を番えるのと同時に、魔力で生成された矢は4本に分かれ、射出と同時に豪速を以て弓兵に襲い掛かる。

 ギリシャ最高峰の狩人の手で放たれた四矢。それぞれが超絶した技量により、全く異なる方角より襲い掛かるよう飛ばされた矢に、果たして異端の弓兵は如何なる術で応じるのか。

 

 戦鎌か、盾か、それとも先と同じくその身で受けるか。

 多くの予想を巡らせる“赤”のアーチャー。

 しかし、当の白銀の弓兵が取った行動は、彼女の予想を裏切るものだった。

 確かに彼女は長柄も扱え、馬術にも長けている。

 多くの適性を有し、多彩な戦法を可能とする彼女であるが、やはり此度の戦における彼女は――

 

 

『白銀騎士の戦武術』(ローレッタ・アルテス・ベルリー)――」

 

 

 ()()なのだ。

 

 

「――『絶技』(ウルティマ・ラティオ)ッ!!」

 

 

 弓に見立てた戦鎌、そこに魔力を集中し、瞬時に弦と矢を形成。

 番えた大矢は4本。それを刹那の間に射ち放ち、己を狙う狩人の四矢を悉く射ち落とした。

 

 

「宝具か……!」

 

 

 ありえざる軌道を描き、神代の狩人の矢を射ち落とすなど並大抵の御業ではない。

 同等の技量、あるいは射撃系統に特化した宝具でもない限り、あの四矢を落とすことなどできない。

 さらには、アーチャークラスの矢と言えど、矢そのものが宝具化していない限り、先のような自動追尾性能、あるいは自動探知機能は備わらない。

 ならば正確な狙いをつけず、されど見事に射ち落としたとなれば、もはやアレは宝具と見て間違いない。

 そして――

 

 

「――『斬撃』(ラーミナ)!」

 

 

 純蒼の輝きを湛え、魔力の斬撃が周囲を薙ぎ払った。

 真横一閃に繰り出された魔刃は、“赤”のアーチャー本人こそ捉えることは叶わなかったが、木々や石岩などを切り砕き、彼女の射撃場所となり得るものを取り除いた。

 純粋な弓術の腕前では“赤”のアーチャーが上回ろうが、射ち合いのみならぬ複合戦闘となれば、結果の如何を予想するのは難しい。

 

 

「……ここまでか」

 

 

 ならば、“赤”のアーチャーは即座に撤退を選択した。

 この場で打ち倒せる相手ならまだしも、無闇に拘り、手痛い反撃を貰うとなっては割りに合わない。

 それに此度は前哨戦。獣にも似た察知によって、すでにこちら側のバーサーカーが戦闘不能になっているのを知った以上、余計な戦闘を重ねる理由はない。

 唯一、何者かの手によって姿を眩ました“赤”のライダーが気がかりだが、あの男のことだ。きっと単独でも戻って来れるだろう。

 

 

「勝負は預けた。次こそは決着をつけよう、白銀の弓兵よ」

 

 

 弓を背負い、射撃場としていた大木の枝から跳び下りて、女狩人は夜の闇へと消えていった。

 最速の英雄にも劣らぬと自負する俊足に偽りはなく、瞬く間に彼女の姿は夜闇に消え、魔力を頼りに気配を探知しても、すでに追いつけぬほど距離を離されているのを察し、白銀の弓兵はその場に立ち止まる。

 

 限定的ながら、主に与えられた魔力とルーンで霊基を補い、同等の格で競い合ったが、それでも分けるのが精々だった。

 弓の腕前に関しては、主君と仰いだ王女の兄――かの大将軍にも迫ると密かに自負していたが、上には上がいると思い知らされる形となった。

 

 

「願わくばもう1度競い、決着をつけたいものですね……」

 

 

 種族の存続を一心に考えてきた人造の騎士が、久方ぶりに抱いた個としての願いを零すのと、己の名を呼ぶ現在の主君(王女の伴侶)の声が聞こえたのは、ほぼ同じ刻のことだった。

 

 

 



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英雄戦話:竜冠のファランクス

今回は本編続話ではなく、前話までに書くことのできなかった戦いのお話です。
もう1話の『英雄戦話:双弓、交わる』と2話連続投稿となりますので、よろしければそちらもどうぞ。


 ――天を覆う大翼。

 

 ――堅牢の具現たる鱗。

 

 ――揺るぎなき強者の証明たる牙。

 

 ――王者を意味する冠が如き双角。

 

 

 全て、全て、全て、それら一切を兼ね備えるモノこそを、古来より人は“竜”と呼ぶ。

 されど、竜種の中にも格の上下は存在し、より古いものこそが強き竜を名乗れるのだ。

 そして彼女こそ、その強き竜が一翼。

 時の狭間に揺蕩う偉大なる竜王の眷属にして、英雄と竜が紡いだ信仰を支えた竜の司祭。

 

 其の名を『ランサクス』。古き竜の一角なり。

 

 

『――小さいな』

 

 

 人には聞き取れぬ竜の言語で紡がれる最初の感想。

 体躯が小さい。存在が小さい。力が小さい。

 かつてと同じありふれたもの。けれど英雄を名乗るからにはどれ程のものかと期待していたが、どうやら彼女の期待を上回るほどではなかったようだ。

 

 

「そう言いなさるな。貴女からして見れば、多くの命が小さく見えるのも仕方のないことだ」

 

 

 飛翔する竜の呟きを諫めたのは、彼女の背に跨る1人の騎士。

 大槍を携えたその騎士は、爛れ潰れた独特の鉄兜越しに地上の英雄――“黒”のランサーを見下ろしながら、彼の有する魔力、そして英雄としての力量を密かに感じ、評価の改めを促すように彼女へ向けて言った。

 

 

「おそらく彼は竜なき時代、我らが競った狭間とは大きく乖離した背景を舞台に生きた者なのだろう。

 強敵無くして人は英雄足りえぬ――そんな時代の中で英霊と成るに至るほどの猛者となれば、貴女が刃を振るうだけの価値はあると思われるが?」

 

『……そうだな。貴公が言うのならそうなのだろう。

 如何に脆弱とはいえ、あの戦王(ゴッドフレイ)の末裔を退けた者ならば、私と貴公が相手取るだけの意味はあるか』

 

「納得して頂けたかな? それは僥倖。……さて」

 

 

 再び眼下を見下ろすと、いよいよ談話も切り上げ時と槍騎士は悟った。

 黒みを湛えた黄金の双眸が、今にもこちらを貫き殺さんと睨み上げている。

 こちらのバーサーカー(ゴドリック)に撤退の一手を打たせざるを得ないほどの脅威。油断は許されない。

 そして――相手にとって不足無し。

 

 

「いざ行かん、我が友よ!」

 

『参ろうぞ、我が寵愛の騎士よ!』

 

 

 竜翼を一層大きく広げ、天を震わさんばかりの轟吼を上げる。

 それを敵の攻勢の合図と見た“黒”のランサーも、すぐさま迎撃態勢を取るべく大地より無数の黒杭を出現させる。

 地を埋め尽くさんばかりの黒杭。その数、およそ三千。

 1本1本が有する殺傷力は宝具未満のものやもしれぬが、束ね、重ねれば脆き半神すらも貫くに能う豪槍と化す。

 そうでなくとも、一面を埋め尽くす圧倒的多数という事実が、敵対者の精神を揺るがし、威圧する。

 

 

「半神の次は竜か。だが何者であれ、我が国土を侵す咎人には極刑あるのみだ」

 

 

 奇しくも、彼も同じく竜の別名を冠する英雄。

 父ヴラド二世が竜公(ドラクル)の名で知られたように、その子である“黒”のランサー(ヴラド三世)もまた小さき竜公(ドラクレア)の呼び名を得ている。

 そんな彼の前に、真正なる竜が現れ、敵として対峙する形となったのはある種運命めいたものすら感じられる。

 

 だが、どれほどに強大な敵であろうと臆することも、まして退くこともありはしない。

 愚かしき侵略者共よ。この杭で以て屍を晒すがいい――!

 

 

『極刑王』(カズィクル・ベイ)ッ!!」

 

 

 渦巻く魔力を杭に注ぎ、黒の波濤が荒れ狂う。

 群体から1つの巨大な生命へと変じたかのように空を行き、その先に座す太古の王種目がけて鋭利な先端を輝かせる。

 

 

『雷よ、在れ!』

 

 

 黒杭の波濤を前に、古竜は猛々しい咆哮と共に詠唱し、その力の一端を解き放つ。

 杭の来たる方角、そこに夥しい数の赤白雷を落とし、凌ぎ切る。

 防ぎつつも破壊する、攻防一体の雷盾を展開すると、古竜は再び飛翔し、今度は掲げた右手に雷を収束させて槍を形成する。

 

 尾が二又に分かれたそれこそは、真なる竜の振るう雷槍。

 人如きでは到達し得ない竜の剛力で以てそれは放たれ、なおも追い迫る黒杭の群を切り裂きながら、杭の主へと突き進む。

 爆音が鳴り響く。空爆を仕掛けられたかの如く、杭を貫いて眼下の森林の一部が吹き飛び、クレーターを生んでいるのが見える。

 仕留めたか――そんな思いが生じる前に、再び杭が群を成し、彼らを貫くべく蠢動を再開する。

 

 

『底なしか、この杭は。これでは埒が明かぬ』

 

「ならば竜よ、私をあの黒き王の下へ飛ばせまいか?」

 

 

 背に跨る騎士の問いに、古竜は唸りを漏らす。

 可能ではある。竜種としての剛力と、騎士の持つ肉体の頑丈さがあれば、ただ力に任せて投げるだけで敵の首魁の下へ辿り着くことは容易であろう。

 だが、それはその間に壁がなければの話だ。

 黒衣の王へと至る道、そこに立ち塞がるのは無数の杭。

 あそこに飛び込むような行いは、自ら巨大な猛獣の口に身を投げるも同然のこと。

 そんな愚行、認められるわけがない。だが――

 

 

「もしも私の身を案じているのならば、それは無用だ。我が身には、貴女より授かりし加護があるのだからな」

 

 

 胸板部分の板金を叩き、鎧を鳴らして騎士が答える。

 その言葉に胸を一瞬揺らがされるが、すぐさま崩れかかる理性を立て直し、思案する。

 

 

『――良いだろう。見事あの小さき者にその槍、届かせて見せよ』

 

「期待には必ず応えよう。貴女と、そして我らが新王陛下のためにも」

 

『……そこで男の名を出す阿呆がいるか、たわけめ』

 

 

 彼女らしからぬ暴言が口にされた気がしたが、それを問うよりも早く古竜は騎士の身体を掴み、投擲の姿勢を取って“黒”のランサーのいる方角を向く。

 既に杭の再生成は完了し、いつでもこちらへ喰らいつきに掛かるだろう。

 だがそうはさせぬと、振りかぶった右腕の筋肉を限界まで隆起させ、力を一点に集める。

 

 

『――ハァッ!!』

 

 

 短い裂帛を合図に、古竜は騎士を投擲する。

 脆弱な生命など一握りで弑する竜の腕力と、身を引き千切るような風圧の双方を受ければ、只人ならば肉片も残すことなく絶命するだろう。

 だが彼は――古竜の愛した槍の騎士は脆弱な身ではなく、そして只人などでは断じてなかった。

 

 

「竜雷よ、我が身を鎧え!」

 

 

 不滅の象徴たる古竜の鱗、さざれ石。

 それを基とした聖印を握りしめ、祈りと共に1つの祈祷を発動させる。

 黄金に輝く雷。虚空を引き裂き、現出する天威の具現が槍騎士の身に注ぎ、文字通り鎧となって彼を包む。

 『竜雷の加護』――本来は毒や腐敗、狂気などの状態異常に抗し、惰弱な攻撃を弾く守護の祈祷だが、纏う竜雷に偽りはない。

 迸る竜雷で殺到する黒杭を灼き、雷の守りを抜いた杭は大槍で対処し、先へ先へと突き進む。

 

 

(――見えた!)

 

 

 杭の槍衾。その先に屹立する黒衣の王、“黒”のランサー。

 油断を見せず、さりとて余裕を失わぬ微笑を湛え、侵略者を撃滅せんと望む串刺し公の姿を捉えた時、槍騎士は左手に握る聖印に異なる祈りを捧げ、さらなる祈祷を重ね紡ぐ。

 真に竜に愛されし者こそが紡ぎ、唱えることを可能とする祈り。

 彼が編み出したる唯一無二の祈祷。即ち――

 

 

「――『穿滅す赤き永遠』(ヴァイク・ルーフス・フルメン)ッ!」

 

 

 宝具。永遠不滅にして不朽を謳う古竜。古き絶対者たちより愛を受け、その中でも特にそれを一身に受けた者――かつて誰よりも王に近づき、しかし終に至れなかったとある騎士のみが有した、竜雷の祝福。

 先に纏った黄金の守りが守護に秀でたものならば、こちらの赤き竜雷は攻めに特化したもの。

 纏うという一点のみ共通し、真実彼の肉体のみならず、携える大槍にすら雷を帯びている。

 

 赤き雷は、永遠たる古竜の証左。

 彼らが唯一武器として振るい、矮小なる者を罰し、対峙する者を殲滅する力の具現。

 彼らの頂点たる竜王が振るうものは、下位の同族に対して極めて高い破壊力すら発揮するというが、無論かの存在以外の古竜にはそのような権能はない。

 それでも、竜ならざる小さき者、英雄と呼ばれようとも単なる人間如きならば、容易く弑するだけの威力はある。

 

 

「なに――!」

 

「“黒”のサーヴァント、覚悟!」

 

 

 一突き。

 赤雷を纏う大槍が、遂に“黒”のランサーの身体を捉える。

 纏う貴族服を切り裂き、その下に隠されていた肉を抉り、血飛沫を舞わせる。

 苦悶の声が耳に響く。絶命には至らずとも、少なくない痛苦は与えられた筈だ。

 

 だがそこまで――指先を虚空に泳がせ、“黒”のランサーが再び杭を召喚する。

 四方上下を杭で埋め尽くされ、逃げ場のない牢獄に閉じ込められる。

 牢獄であると同時に、巨大な獣の顎。

 ランサーが命じればすぐに顎は敵を噛み砕き、そしてランサー自身はすでにその気で、杭による槍騎士の串刺し刑を執行しようとしていた。

 

 

『させぬッ!!』

 

 

 無論、その惨行を許す古竜ではない。

 超重量の巨体と、その身を覆い纏う赤雷に任せて杭の壁を突き破る。

 瞬く間に距離を縮め、騎士とランサーの下に辿り着いた彼女はすれ違いざまに騎士の身体を口に咥え、迸る赤雷で追手代わりの杭を対処しながら夜天の果てへ飛翔していく。

 

 手を伸ばし、さらなる杭を召喚しようとすると、暫しの沈黙の後、ランサーは追撃の手を止めた。

 抉れた脇腹、少なくない魔力消費、そして離された距離。

 これらを合わせて思考し、これ以上の行動は無意味かつ余分なものと判断したのだ。

 敵への苛烈さで知られる串刺し公も、成果を望めないのであれば手も止める。

 国を護るために悪鬼の如き手を尽くした鬼将である前に、彼は一国の王。無駄な行為と分かってなお続行する愚は犯さない。

 

 

「しかし……今宵は得るものがあったな」

 

 

 多腕異形の半神半人。赤い雷を纏う竜と、その騎士。

 氷と地鳴りの技を用いる兵団は流石に分からなかったが、残る要素は、彼に1つの確信を抱かせるには十分過ぎる材料となった。

 此度はここまで。次の戦でこそ決着を着けん。

 その思い一つを抱き、今宵得たものを何度も繰り返しながら、彼は城塞へ戻るべく帰路に就いた。

 

 

 

 

 ――数時間の内に起きる事件。そのために動く小さな影たちの存在を知らぬまま。

 

 

 

 

 



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⑧語ろう友よ、海老蟹を交えて ―壱―

「道を空けろ! 急ぎ大広間へとお運びするのだ!」

 

 

 “黄金”の陣営の拠点『大円卓』内は今、かつてない動揺と喧騒に満ちていた。

 激しく行き交う人々。魔術師、祈祷師、果てはそれらに属さぬただの医療者すらも駆り出され、大円卓内バルコニーの下階『大広間』へと集められている。

 

 デミゴッドたちに合わせてサイズ調整を施した大円卓の中で、最も広大な領域。

 数多の者たちが集い、懸命に処置を施す患者こそ、この一大事の中心にして今回の試戦、その唯一の重傷者。

 忌み角に覆われ、それでもなお明瞭に浮かぶ苦悶の表情のまま倒れ伏す“黄金”のランサーを、彼と同じく忌み角を抱えて誕生した、今は唯一人の兄弟である“黄金”のアサシンが見下ろしていた。

 

 

「……モーグ」

 

 

 老いを刻んだ顔の左部分に、深く皺が刻まれる。

 ある日突然姿を晦まし、次に見えた時には奇妙な言葉を口にして、どこかへと消え去った兄弟。

 後に黄金樹を捨て、地下に潜み、姿なき母なる何者かを崇めて自らの国を興そうと暗躍していた。

 血の指を名乗る狂人たち、その首魁が実の弟であることを終に知ることはなかったが、全てを知った今となっては、その真実にも納得がいく。

 

 無論、容易く許されるような行いではない。

 当時生き残り、愚かにも戦争を引き起こしたデミゴッドたち全てを裏切り者と断じ、敵と見なしたアサシンにとっては、ランサーこそある種最も許すべからざる愚者なのだ。

 黄金樹の守り手として、王都の王としては決して見逃してはならぬ大逆者だが――1人の忌み子としては、唯一人残された直接の肉親なのだ。その身を案じぬ訳がなかった。

 

 

「アサシン様」

 

 

 不意に、思いに耽る彼の意識を現実に引き戻す声が響く。

 振り向いた先に居たのは、なんの特徴もない白面で顔を覆う、血濡れの白衣を纏った1人の医師。

 モーグウィン王朝に属する白面たちの存在は知っているが、その多くは血指の名乗りを許されただけの、呪血を受け入れることのできなかった失敗作だ。

 だが唯一例外が存在し、その名は狭間の地でも密かに知られていた。確かその名は……

 

 

「……白面のヴァレーか」

 

「見知りおき頂き光栄にございます。ですが今は一大事、歓談はまた後日と致しましょう」

 

 

 慇懃無礼な態度で接するヴァレーに同意し、アサシンは再びランサーを見やる。

 

 

「数多の魔術師、祈祷師、および我ら白面の医療者たちの調査と診断の結果、モーグ様の体内にて何らかの拒絶反応が発生し、それを原因とした体内破裂により現状に至ったと結論が出ました」

 

「拒絶反応だと?」

 

「はい。モーグ様の血を採取し調べたところ、モーグ様自身のものではない血液が混じり込んでいたことが判明しました。

 本来、血液とは生命維持のために極めて重要なものです。当然、異物や病原菌の混入を感知した際、それらを淘汰するべく抗体が働きます」

 

 

 問題は、と一旦話を区切ると、ヴァレーはその手で1つの小瓶を取った。

 中に入れられているのは、ごく少量の血液。赤く、けれどどこか()()が滲んだその色合いはひどく不気味で、神秘的な印象を与えた。

 

 

「この血は、モーグ様の体内より検出されたものです。本来輸血され、混ざれば血の色合いは変化するのですが、この血はおそらく、元の主に流れていた時と同様の色合いを保っています。血の君主たる御方に対し、血で以て制するとなれば、下手人は尋常の輩ではないでしょう」

 

「……呪いか。それも、外なる神か、それに極めて近しい者の」

 

「おそらくは」

 

「――その読みで間違いはないだろう」

 

 

 凛とした声が大広間に響くと、そこにいる誰もが驚愕し、声の主の方を向いた。

 倒れ伏す黒衣の異形のすぐ傍。アサシンとヴァレーの立つ反対側の位置で、ランサーを挟む形で屈んでいるのは、貧金の鎧纏う戦乙女。

 表情は窺えない。翼の意匠を備えた兜で覆い隠され、見えないからだ。

 だがきっと普段と変わらぬ無表情なのだと思いながら、皆は彼女――“黄金”のセイバーの次なる言葉を待った。

 

 

「ランサーの内に紛れていた血。これは私に宿る神性とは別の、だが狭間には存在しない神性のものだろう。

 かなり歪で、極めて高い毒性を有しているが、おそらく神かそれに近しき者でもない限りは無害だ」

 

「何故そう言い切れる、セイバー」

 

「生前ならばともかく、今は英霊として登録され、各自、己以外の全員の詳細を知り得ている筈だ。

 ならば貴公も、私の腐れの因を承知しているだろう?」

 

 

 セイバーの宿す病。朱い腐敗と呼ばれるものは、狭間の地にあって極めて有害な疫災である。

 生命が罹れば内側より腐り果て、苦悶の末に死に至るか、あるいは正気を失った怪物と成り果て、次なる犠牲者を生み出していく。

 たった1つの生物が罹っただけでその始末なのだ。その最たる例であるセイバーに至っては、大陸一つを丸ごと腐敗で蝕むほどの大災厄を具現して見せた程に凶悪だ。

 

 だが、この病は本来、デミゴッドに由来するものではない。

 遥か地下、腐れが満ちる地底湖に封印されたとある神性よりもたらされた災いであり、謂わば神の断片、権能の1つなのだ。

 その神の器として、奇しくも同じく神たる女王より産まれ落ちたセイバーは、デミゴッドの中でもある意味、肉体的に最も神に近しい存在。

 異なる神の残り香を見出すことも、そしてそれらが有する有害の度合を測ることも、大して難しくはないのだろう。

 ……いや、それ以上に。

 

 

「……意外でした。まさか、貴女様がモーグ様を助けるような真似をなさるとは」

 

 

 ランサーは、セイバーの兄、ミケラを誘拐した張本人だ。

 世間では密かに、ミケラの異能によって誘惑されて彼を攫ったという話も伝えられているが、真実は未だに不明だ。

 だが理由はなんであれ、ランサーがミケラを攫い、セイバーの生きる意味を取り上げたのは語るまでもない。

 そんな怨敵を、仮初めの生とはいえ救うような行為をするなど、普通ならば考えられない。

 だが――

 

 

「……兄さまならば、こうすると思っただけだ」

 

 

 それきりセイバーは何も語らず、立ち上がってその場を去った。

 そんな彼女と入れ替わる形でやってきたのは“黄金”のキャスター。

 6騎の正式サーヴァントの中でも、唯一神の血を引かざる英雄である彼女ならば、この毒血の影響を受けることなくランサーの回復を為せる。

 配下の魔術師、ならびに回復の祈祷が使える祈祷師たちを引き連れた彼女はすぐさま治療に取り掛かり、再び大広間に喧騒が満ちる。

 

 魔術師たちと入れ替わる形でランサーの下を離れたアサシン。

 もうこの場に用はないとその場を去ろうとする彼を、呼び止める声が2つあった。

 1つは巨影。巨人の如き赤獅子の武人。もう1つは人形。蒼白い、神としての肉体を捨て去った月の魔女。

 

 

「ラダーンと、ラニか……」

 

義兄上(あにうえ)殿、下義兄殿の一件、心中お察し致します」

 

 

 巨大な体躯を屈め、僅かな風圧を伴いながらライダーが彼に頭を垂れる。

 その頭には、普段着けている黄金獅子の兜はなく、父ラダゴン譲りの赤髪が露わとなっている。

 戦場においては常に身に着け、そうでない時でも常在戦場の心を忘れずと被り続けていた兜を外しているとなると、ライダーは本心からアサシンとランサーの兄弟を思い、彼の前に現れたのだろう。

 

 元より仲間意識が強く、家族や友人に対しても親愛、友愛に溢れた男だ。

 何せたった1匹の痩せ馬と共にあるために、わざわざ重力魔術を学び、自らの体重を軽くしたという逸話持ちの人物なのだ。このような行動に出てくるのも、想像するに難しくない。

 寧ろ、アサシンとしてはもう1人の方に驚きを隠せなかった。

 

 

「お前が私を訪ねてくるとはな」

 

「兄上1人で行かせるのも何だったのでな。それに、この采配は我が夫たる新王のものだ。

 新王不在の中、伴侶である私が謝罪の1つもあげぬわけにはいかぬだろう」

 

「そう言う割には、謝罪らしい行為は一切してこないようだがな」

 

「そうだったな。――すまない」

 

 

 述べた皮肉を知ってか知らずか、ラニはライダー同様に帽子を脱ぎ、兄に倣う形で頭を下げる。

 かなり複雑な経緯があるが、共に同じ血を分けた義兄弟。

 生前の頃は、あの愚かな戦争と狂行の末、裏切り者と断じ、交わることのなかった者たち。

 そんな彼らが今こうして、自分と弟のために頭を下げ、言葉を捧げてくれている。

 実現し得なかった現実を目の当たりにしながら、アサシンは「もうよい」とだけ言い、再び治療中のランサーの方を見た。

 

 

「奴も私も、偉大なる戦王の直子。どのような経緯があれ、戦場にて倒れるのは己の不足ゆえのことだ。モーグも、それは重々承知していよう」

 

「だがあれは、誰にも予想し得なかった。隔絶された世界を越え、デミゴッドに致命に近しい一撃を入れる者が現れるなど、一体誰が予想できたことか」

 

「我が妹の言う通りです。義兄上、戦で刻まれた傷に理由を付けるのは戦士の恥なれど、あれ程に故の分からぬ狙撃は、力不足の一言で片づけてよいものではないと判断します。

 酷なことを言うようですが、我ら一同、外の英雄を気づかぬうちに侮り過ぎていたのやもしれませぬ」

 

「……かもしれぬな」

 

 

 先のセイバーの言葉を信じるのなら、ランサーを撃った相手は外なる神にまつわる者。

 血を御するランサーに対し、彼の土俵である血で以て挑み、不意打ちとはいえ勝利を収めた相手ならば、それは最低でもデミゴッドに伍すると判断してもいい強敵だ。

 

 いや、その者だけではない。

 アサシンと競った“赤”のセイバー。ラダーンと互角の死闘を演じた“黒”のセイバーと、“赤”のランサー。

 最弱とはいえ、デミゴッドであるバーサーカーを撤退に追い込んだ“黒”のランサー。

 そして悪名高い血の指を相手に臆することなく戦った“黒”のバーサーカーと、文字通り傷一つ負うことなく圧倒した“赤”のライダー。

 

 皆が強者であり、英雄だった。

 そんな彼らを侮り、心のどこかで己よりも劣る弱者だと思っていた自分がいた。

 ランサーのこの有り様は、その真実を知る代償でもあり、彼らにとっては高すぎる授業料となった。

 

 あるいは、この事実を真に理解させるべく、新王はデミゴッドたちに試戦を経験させようとしたのか――。

 

 

「そう言えば……新王はどこにいる?」

 

 

 試戦の第三戦も終わり、デミゴッドを含め、参戦していた全員がここに帰還している。

 バーサーカーは再び何処かへと籠り、ランサーはこの有り様。

 助勢に入ったベルナール、エドガー率いる戦技兵団は再び練兵と戦技の鍛錬に戻り、ランサーを運んできたローレッタは霊体化し、次の出撃のために待機している。

 

 

『ま、待て、竜よ。一体どうして人の姿に……それにここはフィア殿の寝室だぞ』

 

『久方ぶりに喚び出された上、貴公と肩を並べて戦ったのだ。しかも首を取れずの不完全燃焼……この滾り、収める術など私は1つしか知らぬ』

 

『しかしこれは……待て、何故に脱ぐ。どうして私の鎧に手を掛ける!?』

 

『うるさい黙れ。あの時は巫女との旅立ちを見送ったが、此度はそういかぬ。……誰にも渡してなるものか。今宵こそ、貴公を手に入れる……!』

 

『い――いやぁああああああ!! 竜の女人に犯されるぅぅぅぅぅぅっ!?』

 

 

 ……一部とんでもないことをしでかし始める輩共が居るようだが。

 後で竜王に頼み、相応の罰を下して貰うとして、唯一新王だけが戻っていないのが気がかりだ。

 

 

「おそらくは単独で残り、仕掛けなり敵陣の動きを見たりと続けているのだろう。元来、座して待つ柄の男ではないからな」

 

「しかし、危険ではないかラニよ? 如何に陛下が我らの誰よりも剛強たるとはいえ、敵陣に独りで残るのは流石に……」

 

「我が王の内には、未だ姿を現さないエルデの民たちがいる。それに遺灰の者共も……念には念をと、ブライヴも彼の内に潜ませている。

 何かあれば、彼らが王を護るだろう。……それでも、あの英雄共の力を見た今となっては、その護りも完璧とは言い難くなったが」

 

「……ここで懸念を重ねたところで意味はない。ラダーン、ラニ、お前たちは今己に出来ることをせよ。

 ラダーンは練兵、ラニはレナラの補佐に就き、モーグの治療に当たれ。そして双方、他のデミゴッドたちにくれぐれもモーグの肉体に直接は触れるなとも伝えよ」

 

「承知致しました、義兄上」

 

「承った。……お前も、身体を崩さぬよう休むといい」

 

「フン……小娘に言われずとも、分かっている」

 

 

 アサシンの言葉を最後に、ライダー、ラニ、アサシンの3騎は解散し、2騎はアサシンの指示に従い、それぞれの仕事に取り掛かった。

 そして残るアサシンは大広間を抜け、そこを見下ろせるバルコニーのとある一箇所にて跪き、希う眼差しで正面に見える絵画に祈りを捧げる。

 

 

「父よ。どうか貴方の末子に、死の淵より逃れる御力をお与えください……」

 

 

 老いたる忌み子は唯一人、この場にはいない戦王(ちち)に縋った。

 

 

 

 

 

 

 褪せ人の姿は、未だトゥリファスにあった。

 イデアル森林での『種植え』を完了し、森を抜けた先にある草原でも同様のことを幾度も行い、ただそれだけを繰り返した。

 魔力の反応はない。やっていることは本当にただの種植えで、特別なことなど何一つ行う必要がないのだ。

 だがそれでも、これだけ開けた場所で堂々と姿を晒せば、弓兵でなくとも視力強化の魔術を行使すれば、現代の魔術師にすら見つかってしまう。

 無論、その対策を怠らぬ彼ではなく、森林の時同様、姿隠しと音消しのタリスマンを併用し、細心の注意を払って事に当たっていた。

 

 

「これで、終いか」

 

 

 草原に植える最後の種子を埋め終わると、褪せ人は出せる全力で草原を駆け、再び森林の闇へと潜り込んだ。

 道を遮る木々や枝葉を極力倒さず、折らずに進み、実体なき風のように早く、滑らかに先へと進み続ける。

 それでも所詮、元は只人。野生に生きた狩人でもなく、自然と共にある亜人でもない彼では限界があり、どうしても動きに支障が出てしまう。

 

 

「――大丈夫か」

 

 

 そんな彼の様子を察してか、ラニが密かに同行させていた人物が実体化する。

 褪せ人も薄々気付いていたのか、特にこれといった反応は示すことなく、隣に現れ疾走する獣人――『半狼のブライヴ』の呼び掛けに応じた。

 

 

「特に問題はないが、早いに越したことはない。……抱えて走れるか?」

 

「無論だ。イジ爺に比べれば、お前の重さなど野花も同然だ」

 

「では頼む」

 

 

 そう言うと、褪せ人はその場で軽く跳躍する。

 それを続くブライヴが横から抱きかかえ、着地と同時に凄まじい速さで森林内部を駆けていく。

 亜人、中でも狼の獣人は大いなる意志に由来する特別な存在。

 豪脚はたちまち森を駆け抜け、その先にある1つの丘へと辿り着くと、ようやくそこで褪せ人を下ろし、かつて見えた時と同じ構図で対峙した。

 

 

「ここまで来れば問題ないだろう」

 

「ああ。助かった、礼を言う」

 

「礼は不要だ。お前はラニの伴侶、ならば俺はお前の剣も同然。お前がラニを裏切らない限り、俺はお前に尽そう」

 

「そうか」

 

 

 真実心よりのブライヴの言葉に、褪せ人が返した答えは実に淡泊で、感情が読み取れない。

 それでも、兜越しでも滲み出るほど濃いものがあることは窺えた。

 

 

「お前……最近、まともに休みを取ってないだろ」

 

「サーヴァントに休息が必要か? それに、俺は他の皆と違って実際戦場で戦ってはいない。肉体の疲労度合など、比べるべくもない」

 

「身体の方ではなく、精神の方だ。一体何をしているんだ、お前は」

 

 

 返事はない。無言のまま、その場で立ち尽くすのみ。

 最初に出会った時は顔も露わで、自分の倍はあろう巨躯の獣人に驚愕を隠すこともなかった男だが、今の彼の反応は全くの対極。幽鬼を相手している方がまだ人間味が感じられた。

 それでも、そのまま放っておくほどブライヴは薄情な男ではなかった。

 

 

「――おい、誰か出られる奴はいるか」

 

 

 この場にはいない、誰かへの呼び掛け。

 特定の人物へのものではないその声に、幾つか応じる魔力反応があった。

 眩いルーンの輝きと、淡い魔力の光。

 2つが共に合わさると、そこに現出するのは2つの影。

 彼らがよく知り、見慣れた姿の男たちだった。

 

 

「戻っていたのか、カーレ」

 

「まあな。外のお偉いさん方には粗方注意して回った。あとはお呼びがあるまで待ってるつもりだったが、まさかあんたが呼び声を出すとはな、ブライヴ」

 

「……ビック・ボギー」

 

「ああ。ついに知られちまったか。……ま、お前ならいいか。

 最期はああなっちまったが、お前は最後まで俺と仲良くやってくれた。それに――」

 

『エビとカニ好きには、良い奴しかいねぇ』

 

 

 ビック・ボギーことならず者の話に合わせ、全く同じタイミングで褪せ人がハモらせる。

 そのやり取りに思わずブライヴとカーレが瞠目し、対してならず者は愉快そうに呵呵と笑った。

 笑い声が夜の闇に消え、沈黙が再び戻り始めた頃、本題に入ろうとブライヴがカーレに視線を送り、その意を悟ったカーレが褪せ人に問いを掛けた。

 

 

「なぁ、あんた。あんたのおかげで、俺たちはようやく真っ当な道を歩き出せたんだ。

 俺みたいな放浪の民も、罪犯しのならず者も、あんたのおかげで今此処に在れる。それは感謝してるさ。

 だが、当のあんたが何故、そこまで過剰に奔走する? 何を目指して、それ程に無理をするんだ」

 

 

 それは現状、この場にいる三者全員の総意でもあった。

 分からない。何故この男は、こうも独りで動くのか。

 戦力という面では他の面子が補い、敵陣の探りも秀でた者が担当している。それはいい。

 だがそれ以外の全て。武器も、魔力も、仕掛けも、その他にも多くの事柄を誰にも任せることなく、彼1人で賄っている。

 

 明らかに異常だ。まるで何かに憑りつかれているかのように。

 その真相と理由を知るべく問うも、やはり褪せ人は答えない。

 それきり誰も声を発しはせず、ただ無意味に時間だけが過ぎていく。

 

 

「……しゃあねぇなぁ」

 

 

 そんな沈黙に嫌気がさしたのか、突然ならず者がその場に座り込むと、ルーンと魔力を通して1つの道具を具現させる。

 黒く、頑丈な鍋だ。大の男5、6人分は賄えそうな量が作れる大鍋だった。

 セットとなっている炉に同じく具現させた薪を放り込み、大鍋に水を注ぐとすぐに火をつけ、熱し始める。

 一体何をしているのだこの男は、と褪せ人を含め、皆の視線が彼に集まるが、当の本人は場違いなことをしている意識はなく、寧ろこれこそ必要だと言わんばかりに堂々とし、着々と準備を進めていた。

 

 

「言いたくねぇならそれでもいい。だが、愚痴ぐらいは聞かせろよ。

 お前はエルデの王である前に、俺の友だちで、こいつらの仲間なんだ。男は互いの愚痴を聞いてなんぼだ」

 

 

 分厚い鉄仮面の下で精一杯の上品な笑みを浮かべながら、ならず者は手に取った海老という名のザリガニと、本物のカニを鍋に投げ入れ、本格的に調理を始める。

 

 

「座れよ。敵に気づかれ難いから、ここまでやってきたんだろ?

 野外飯の1つや2つは出来るだろ。全員座って、うまい飯でも食おうぜ」

 

 

 草の茂る地面を叩くと、その誘いに応じる形でブライヴ、カーレが座り込み、褪せ人も最後、2人の間に用意された空きに割り入る形で座る。

 

 

「……っ?」

 

 

 瞬間――大地を通して彼に1つの報が届く。

 報というよりも、大地を通じての魔力感知、あるいは魔力変化の察知だが、その現象が起きたことに彼は初めて、異国の地で喜びを見せた。

 これはつまり、先に植えた種が無事根を伸ばし、彼の領土を築き始めたことに他ならない。

 その果てに行き着くものが何であるのかは今は置いておくとして、その根により察知した内容がにわかには信じ難いものだった。

 

 

「……何だと。こんなにも早くに」

 

「どうした? 何かあったのか?」

 

 

 問うブライヴに、褪せ人はようやく反応らしい反応を見せ、彼の方を向く。

 そしてその場に集まる全員の意識を集めるように右手を伸ばし、その掌を上に向け――明かした。

 

 

「――サーヴァントが1騎、脱落した」

 

 

 黄金樹にも似た輝きの後、伸ばされた彼の掌中には――彼という樹に還った英雄、その()()が現れていた。

 

 

 



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⑨語ろう友よ、海老蟹を交えて ―弐―

気づけば4ヶ月、日を空けすぎて申し訳ないです。
あと、タイトルに海老蟹って入ってるのに結局全然出せなかった……


 ――身体から力が抜ける。

 

 霊核たる心臓を抉りだし、他者に与えたのだ。当然の代償だ。

 足元が金色の粒子と変わり、それは時を重ねるごとに膝、腿、腹にまで進行していく。

 霊体化に近しいが、真相は消滅。霊基の核を失った以上、サーヴァントがこの世に留まり続けることは不可能だった。

 

 

「セイバー……! 駄目だ! 行くな、行くなセイバー!!」

 

 

 ある種この原因を作った張本人である“黒”のライダーが、悲哀と怒りと疑念を混ぜ合わせた、ごちゃまぜな表情で泣きじゃくりながら叫ぶ。

 それは去りゆく者への呼び止めに近い行いであるが、消滅は止まることなく、“黒”のセイバーは確実に現世よりの退去を強いられている。

 それでも、彼に対して恨みはない。寧ろ、目指した己の姿をまた見失うところを、すんでのところで止め、見つめ直す機会を与えてくれた。

 感謝の念はあれども、罵り恨み言を遺す気は微塵もない。

 

 

「どうしてだよ……」

 

 

 力なさげな声音で問われる。

 知らぬうちにセイバーの口元には淡い笑みが浮かび、どこか心安らいでいるようにすら見えた。

 双方の意味で純真なライダーには理解できないのだろうが、この笑みには確かに理由があった。

 きっと口にすれば羞恥の念に駆られるゆえ言わないが、ただ密かに、心の底でセイバーは今一度確信する。

 

 

 ――ああ、これで良かったのだ

 

 

 誰に語ることもなく、1人の騎士が此処に消えた。

 この日、聖杯大戦開始以来、初の脱落者が生じ、各陣営を震わす切っ掛けとなった。

 

 

 

 

 

 

 ――光だ。

 

 暗闇の中に、幾度も幾度も繰り返す光が見える。

 眩い黄金。呪いを帯びず、ただ貴く在り続ける至高の輝き。

 されど黄金は陰り、輝きが没した後に新たなる色が見えた。

 

 月夜の如き冷たい蒼が見えた。

 先程以上に完全で、けれどどこか無機質な黄金が見えた。

 昏く、脆く、そしてどこか暖かい闇色が見えた。

 汚泥のように穢れ、呪いに塗れ、紛うことなき異端なる赤黒が見えた。

 そして最後に壊れかけ、先のそれより色合いの薄れた――褪せたる黄金が見えた。

 

 前述した四色は集い、混ざり合い、唯一つの混色となって最後の褪せたる黄金に取り込まれた。

 在りし日の栄光、すでにあらず。されどそれ故に、何物をも受け入れる。

 

 

 ――言祝げ、真なる律の誕生を。

 

 ――賛美せよ、真に相応しき王の戴冠を。

 

 

 誰のものかは分からぬ声が響き、やがて『彼』もまた、その輝きの中へと還っていった。

 

 

 

 

 ――褪せた黄金に祝福あれ。

 

 

 

 

『――っ!』

 

 

 目覚めた時、まず始めに彼は自己の存在を意識した。

 次いで彼の脳裏には、それ以前の出来事全てが繰り返された。

 まるで機械にデータを再挿入するかのような現象だが、その表現はあながち間違いではなかった。

 事実、彼本来の肉体はあの時――森林の中で、1人のホムンクルスに心臓を捧げる代償に消え、聖杯大戦から退場した筈だった。

 

 

(では、今の俺は……)

 

「――気分はどうかな、戦士よ」

 

 

 己に掛かる声が聞こえ、思わずそちらへ振り向いた。

 視線の先――供らしき3人を左右に侍らせ、丘の草原に腰掛け鎮座する、鎧姿の男。

 

 緻密な意匠細工が施され、だが動きやすさに重きを置いた胴鎧。

 対して足には装飾の類は見受けられず、軽い膝当てと頑丈な革靴のみで覆われている。

 だが最も目を引き付けるのは、その兜だろう。

 どこか北欧のバイキングにも似た造りの兜は、同時に獣らしさを感じさせ、後頭部からは獣のものらしき白灰の鬣が靡いている。

 戦意は感じられない。が、その代わりとして不気味なまでの空虚と、およそその身形からは信じられない存在感が滲み出ている。

 

 

「戸惑うのも無理はない。こうして我が下に召された時点で、貴公はおそらく死したのだろう。

 それが討ち死にであれ何であれ、死という形で終結した以上、その残滓が我が下に行き着くのは必然だ」

 

『何を……それに、貴公は一体……』

 

「ん? ……ああ。そう言えば、敵方である貴公らに姿を晒したのは、これが初めてとなるな。

 我が物となった以上、明かすことに躊躇いはないが……ここではいつ、どこで耳を立てられているか分からんからな」

 

 

 言うと、白狼兜の男は傍に控える3人に視線を配り、各々の意識を自分に集めた。

 

 

「食事は後回しだ。まずは新たなる英雄に、我らが何であるのかを知ってもらうとしよう」

 

 

 軽い指鳴りが響き、視界が揺らぐ。

 空間そのものを捻じ曲げているような現象に思わず眩暈を覚えるが、それは次に目にした光景の前に一瞬で掻き消えることとなった。

 

 

『――これは……』

 

 

 そこは、すでに丘の草原ではない。

 昏い月光に照らされた緑の丘ではなく、薄明るさで照らされた木造の空間。

 広く、されど華美に過ぎず、ただ開けた領域がそこに広がっていた。

 

 

「ラニは……いないか。ランサーの受けた手傷は、想像以上に深刻なものだったようだな」

 

 

 ここには居ない誰かの存在を思う言葉を独り零しながら、白狼兜の男は領域の最奥に設置された玉座に歩み寄り、慣れた動きでそこに腰掛け、“黒”のセイバーと向かい合った。

 

 

「では改めて――ようこそ、我が“黄金”の陣営の居城『大円卓』へ。

 精鋭たる“黄金”の英雄、および狭間の地の全存在を代表して、貴公を此処に迎え入れよう」

 

 

 形式ばった言いぶりで、男はセイバーを歓迎すると口にした。

 その真偽の如何はともかく、黄金の陣営、そして狭間の地という言葉が彼の口より語られたことで、セイバーは“黒”のアーチャーが口にしていた予想――“黄金”の陣営はエルデンリングの勢力そのものであることを、ようやく確信するに至った。

 

 ならば、その彼らを代表すると言った目の前の人物は何者なのか。

 『エルデンリング』における最高存在は、座より与えられた知識では女王マリカという一柱の神だ。

 女王の呼び名が示す通り、かの存在は女性であり、少なくとも目の前の人物が彼女と同性には見えない。

 となれば、かの女王に次ぐ格を持つサーヴァントなのか。“黒”の陣営(こちらがわ)のランサーと同じく、サーヴァントが主将を名乗り、陣営を仕切っているのならば頷けるが……あるいは。

 

 

『まさか、貴公が“黄金”の陣営のマスターなのか?』

 

 

 誰もが疑問に思い、だが今日に至るまで口にすることのなかった言葉。

 サーヴァントたちの正体を探るあまり、無意識に優先度を下げ、後回しとしてきた1つの謎に挑むようにセイバーは訊ねた。

 常ならば答える義理のない問い掛けに、男は特にこれといった反応を示すこともなく、感情を感じさせない声を再び発した。

 

 

「そうであるとも言えるし、そうでないとも言える。

 立ち位置的にはこれまでの聖杯戦争のマスターと変わらぬが、()()()()()()、すなわちサーヴァント。貴公と何ら変わらぬ、歴史に己が存在を刻んだ英雄よ」

 

 

 答えはするが、吐き出す言葉は明瞭な答えを示さない。

 見えるのは表面だけで、肝心な中核が不透明なままだ。

 武骨者の自分ではこれが限界かと思い知るセイバーに、白狼兜の男改め――褪せ人はさらなる言葉を重ねていく。

 

 

「まず始めに貴公自身のことだが……間違いなくこの世における霊基は滅び、2度目の死を迎えている。

 そうでなくば我が仕込みが機能し、貴公を遺灰として復活させるはずもないからな」

 

『仕込みに、遺灰……?』

 

「すでに明かした故、隠すつもりはないが、我らの根源である狭間の地には、還樹という概念が存在する。

 世界の中心たる黄金樹、その端末とも言える小黄金樹、それらの根に死したる者の骸を添え、かの神樹へと還す儀だ。

 還樹された魂は樹の内側に広がる輪廻に組み込まれ、記憶され、いつか新たなる肉体を依代に再誕する――これが狭間の地における生と死の仕組みだ」

 

 

 生死の中核を黄金樹が担い、かの樹によって組み立てられる輪廻転生。

 そこまでは分かる。だが、遺灰とやらとその形で以て復活した自分自身の現状の理解に至るには、関係要素がまるでないと思える。

 

 

「だが、樹に還ることのなかった生命は灰だけを遺し、永劫その地に在り続けるのみ。

 そのような遺灰たちは、特殊な霊喚びの術を以てすれば一時生前の在り様を取り戻し、召喚主の下でかつての戦いを再現することができる。

 ……俺の為した仕込みと、組み立て上げた機構はその良いとこ取りでな。死した英雄自身を遺灰として復活させ、その力は追憶という形で分離させ、我が物とする」

 

 

 褪せ人はそう言うと、肘掛けに置いていた右手を裏返し、開いた掌に淡い黄金光を生み出す。

 燦然と、しかし優しく、そしてどこか不思議な郷愁を覚える輝き。

 けれどそんな思いも束の間。すぐに彼はその光が何なのかを理解し、あらん限りに瞠目した。

 

 

『……()、なのか?』

 

「その通りだ。――エンヤ」

 

 

 褪せ人の口より紡がれる名。それに呼応する形で領域の端、ずっと設置されていた無人の長椅子に1人の老婆の姿が現出する。

 眼窩に空洞を湛えた襤褸の老婆は、玉座に腰掛ける褪せ人の存在を確かめると、どこか懐かしげな表情を浮かべた。

 

 

「久しぶりだね、あんた。こんな婆を呼び出すなんて、何かあったのかい?」

 

「久しいな、エンヤ婆。言葉を交わし合うのも一興ではあるが、今は貴公の力を借りたい」

 

「あんたが私の手を借りたいってことは、指様の御力が必要ってことだね。

 もう指様は居ないし、私も指様にとっての裏切り者みたいなもんだけど……あんたの望みに応えることはできそうだよ」

 

「では頼む」

 

 

 玉座より立ち上がり、エンヤと呼ばれた老婆の下にまで寄ると、褪せ人は右手の黄金光を彼女に託し、それを受け取った彼女は両手で握りしめ、見えざるものを読み解くように光――追憶の宿す力を見出す。

 

 

「宿す力は竜血の護りか、あるいは竜殺しの剣。

 あんたならどちらも使えそうだけど、さてどうする?」

 

「――剣を頼む」

 

「分かったよ」

 

 

 老婆が握りしめる光。それが老婆の紡ぐ言の葉の重なる度に歪み、固まり、形を成していく。

 眩い輝きは失せ、ついに無と消えた時、代わりに老婆の手に握られていたのは、およそ彼女では振るうことの叶わぬ一振りの大剣。

 大振りながらも無駄のない鋼の一振りをエンヤから受け取ると、軽く振るって感触を確かめながら、褪せ人は再び玉座に戻った。

 

 

「バルムンク――そういう銘らしいな、この剣は。外の英雄の知識は座とやらより獲得していたゆえ、その性質は一応知り得ているが……竜殺しの効力を孕んでいるのは真実のようだ」

 

 

 自らの身体に取り込んだ竜の心臓。

 内包する竜種たちの性質が、この黄昏の剣の持つ効力を拒んでいるのが分かる。

 無論、だからと言って振るうに支障があるわけではなく、褪せ人の能力を用いれば手足の如くに扱えるが、やはりその真髄を引き出せるのは元の主だけであろう。

 

 そう思い、剣より視線を外し、再び“黒”のセイバーに向ける。

 声こそ押し殺しているものの、驚愕を隠し切れず顔に出ている様子が笑いを誘うが、やはり口角一つ緩めることなく褪せ人は再度セイバーに問うた。

 

 

「“黒”のセイバー、竜殺しジークフリート。既にその身は我が所有物。この大戦においては紛うことなき敗北者だ。

 だが貴公が我が軍門に降り、我が剣となりて英雄たちの1人に列するを受け入れるのなら、この剣を貴公に返上しよう。

 敗者としての惨めな末路か、あるいは再び勝利者へと至る栄光の道筋を行き、願いを叶えるか――貴公の返答を聞かせてほしい」

 

 

 大剣の切っ先を向け、返答の如何を問う褪せ人。

 彼の言葉通り、既にセイバーは敗者。その事実に疑いの余地はない。

 本来なら死に、脱落したサーヴァントはそこで終いであり、再び開かれる聖杯戦争で招かれる時を待つのみだ。

 敗者復活戦などあろうはずもない――だが、眼前の人物はその機会を与えてくれている。

 

 要求するはただ一つ。

 頷き、頭を垂れ、かの存在の尖兵となるを誓うだけ。

 実に単純で簡単な行為だ。譲れぬ願いを抱く英雄ならば、如何なるものを引き換えとしても実行することだろう。

 1度は脱落し、聖杯を手にする資格を失った英霊にとって、彼の提案はそれほどに魅力的で、成し得るには容易いものだ。

 それを、彼は――

 

 

『――お断りする』

 

 

 当然の如く、否と切り捨てた。

 その返答に、これまでに沈黙を保っていた狼人(ブライヴ)商人(カーレ)罪人(ならず者)が初めて反応らしい反応を見せ、殺気を隠す素振りもなく滲ませる。

 

 

「理由を聞いても良いかね?」

 

 

 そんな彼を制し、その理由の如何を問う褪せ人。

 彼にとって返答の是非など重要ではない。寧ろ、そうした理由こそを知りたかった。

 従うというのならそれでいい。二心があるか確認のために訊ね、後に尖兵の1人として加えればいい。

 だが、拒否したというのならその理由と意思を見極めねばならない。

 敵中に身が在ろうとも味方に背かず、裏切らぬ英雄というのは、厄介な者であると知っているからだ。

 

 

「貴公とて聖杯を求め、この大戦に参じた身であろう。すでに失った機会を再び手にできるというのに、何故それを拒む? 叶えるべき願いはあるのではないか?」

 

『貴公の言葉に誤りはない。だが、俺は何も聖杯を求めて召喚に応じたわけではない』

 

「ほう? では何を理由に?」

 

『俺を求める誰かのために』

 

 

 実に理想の英雄らしい、模範的な回答だ。悪逆に生きる者ならば、吐き気すら覚えるほどに。

 だが逆に、そういう輩ほど懐柔は難しいものだ。

 単純に戦力を欲するだけならば、こういう輩はセルブスに任せ、傀儡化させてしまえばいいのだが、褪せ人はそのやり方を好まない。

 それに、この状況にいよいよ限界を迎えているらしく、ブライヴたち3人も密かに戦闘準備を進めている始末だ。

 

 

「……貴公ら、下がれ」

 

 

 故に、褪せ人は彼らに対し、退室の命を下す。

 一瞬彼らの意識が“黒”のセイバーより離れ、明瞭な驚愕と疑念を褪せ人に向けたが、その全てを今は否と彼は切り捨てる。

 その意思の硬さを知ってか、ブライヴたちは小さな嘆息の後に霊体化し、その場を後とする。

 彼らの退室を確認し終えると、次に先程現れたエンヤなる老婆に視線を移し、彼女もまた彼の意を察して、軽く会釈した後に消え去った。

 

 これで本当に2人きり。間に割り入る者など存在しない。

 世界より隔絶されたかの如き一室。満ちる沈黙を破る素振りを見せることなく、ただ無為に時間だけが過ぎていく。

 そして暫しの後、ようやく褪せ人の方が動きを見せ、玉座に腰掛けたまま再び問うた。

 

 

「今一度問う。貴公、我が下に降るつもりはないか?」

 

 

 半ば無意味な問い掛けだと悟りながらも、再び言葉を繰り返す。

 利を述べず、ただ是か否かのみを問う彼の言葉に対し、“黒”のセイバーが示した答えは一つ。

 首を左右に短く振り、だが明瞭な否定の意思を示すかの英雄に、今度こそ狭間の王は諦め、「そうか……」と冷たさを帯びた声音で呟きを零した。

 

 

「……ならば、此処においてこれ以上の問答は無用」

 

 

 片手を翳し、開いた掌を向けると途端に“黒”のセイバーの身が引きこまれる。

 

 

『……っ!』

 

 

 全力を以て留まらんとするも、抗ずるその様を無意味とばかりに距離を縮まり、遂にその身は灰と変わり、呑まれるようにその掌中へと消えていく。

 

 

「暫し他の遺灰共と混ざり、語らうといい。最後の問い掛けは、その後にするとしよう」

 

 

 新たに手にした大剣を虚空に還し、玉座より立ち上がり、扉を開け放つ。

 そして最奥の間に隣接する大円卓中央広間にいた全ての者が、既に帰還していた彼の登場に驚き、視線を注ぐ中、王たる褪せ人は僅かな溜めを経て、告げる。

 

 

サーヴァント(デミゴッド)たちを招集せよ。次の試戦の準備に取り掛かる」

 

 

 

 

 

 

 ――灰。

 

 その場全てを埋め尽くす灰。

 身体の感覚はない。が、視覚だけは極めて良好だ。

 ただ、唯一の色しか映らぬ光景を目にして、視覚の無事を喜ぶ気が起きるかどうかは別問題だが。

 

 

『……?』

 

 

 不意に感じる感覚。

 何か小さなものに触れられているような感覚により、自身の肉体の一部を自覚し、より鮮明に己を認識できていく。

 視線を下に移しかえると、見えたのは色素の抜けた三頭の狼。

 野生そのものたる3匹は、彼の足元をひとしきり回ると灰の埋め尽くす果てへと駆け、その姿を同じく灰に溶けこませてゆく。

 

 狼たちだけではない。

 鷹、クラゲ、ネズミ、人間――。

 果ては生物ならざる人形や、異形たる獣人、蟲、手足の生えた壺さえも、灰の大地を往き、そして灰と消えてゆく。

 

 繰り返すその光景を暫し眺めていると、どこからか1つの声が響き、彼へ呼び掛けてきた。

 

 

『陛下の招いた客人(まれびと)とは、貴方のことだな』

 

 

 誰だと問い掛けるも、彼の言葉に声の主は即座に応じはしない。

 声音からしておそらく女性のものだろう第一声の後、続いて発せられたのはひどくしゃがれた男性とも女性とも判別できない一声。

 

 

『外の、英雄……王の招きを、拒絶した、もの……』

 

 

 呆れ、失望を隠す気もない言葉の羅列。

 されども嫌悪の念だけは感じられず、そしてやはり、再び声音は入れ替わる。

 

 

『死して大樹に還らざる者は、遺灰となりて世に留まる』

 

『狭間の外にて布かれた仮初めの律の領域にあっても、それは然り』

 

 

 呼吸の合った双翼の騎士たちが語り。

 

 

『お前は、その始まりとなる1人……フフ、だから情けを貰ったのだな』

 

 

 英雄にも比する堕した調香の徒は、いやらしげな笑みを零し、ひそりと彼に囁き掛ける。

 

 

『今は知らなくともいい。過去の俺たち同様、お前もこれから知っていけばいいだけの話だ』

 

 

 戦場にその名を轟かせた名高き騎馬の民が、恥じではないと断言する。

 それからも多くの声が絶えることなく彼に呼び掛け、様々な思いと思惑を伝えていく。

 

 歓迎、期待、呆れ、懐疑、不安――抱くものは数あれど、等しくするものもまた彼らにはあった。

 人も、獣も、異形も、非生物も、誰もが外なる英雄(“黒”のセイバー)を受け入れていることだ。

 そうして長きに渡る交わりの果てに、最後に残った1人が幕を下ろす形で語り掛ける。

 

 

『我らは皆、陛下と共に在る者。誰よりも近く、傍らにて在り続けた過去の残滓。

 此れよりは貴公もその一部、ゆえに必ずあの御方の何たるかを知れるだろう』

 

 

 囁き紡ぐ言の葉は、昏く、そして暖かい。

 

 

『全て、あの御方に任せればよいのだ。全てを捧げ、尽し続ける限り、あの御方は我らの願いを叶えてくれる』

 

『完全不毀の黄金も』

 

『弱き者たちを包む暖かい昏がりも』

 

『穢れを転じさせる絶望の祝福も』

 

『冷たい夜が告げる、星の世紀も』

 

『まだ見ぬ未知の律も、世も、理も、あの御方は全て成し遂げ、手に入れられるだろう』

 

 

 ――何故、そう言い切れるのか。

 

 

『そういう御仁なのだ、あの御方は。それ故に惹かれ、招かれたのやもしれぬが』

 

 

 ――何に。

 

 

『全てを叶えるもの――つまりは、()()に、だ』

 

 

 覚醒した意識はそのままに、己が彼らと溶け合わさりゆく感覚を覚える。

 そう、この灰の大地こそが彼らそのもの。

 道半ばにして散った英雄豪傑、魑魅魍魎たちの残り滓。

 今そこに己も加わることで、彼らとの同化が始まったのだ。

 

 

『時はまだある。傍らにて見守り、ゆるりと考え直すがいい。

 さすればきっと、貴公も知ることができよう』

 

 

 

 

 ――あの御方の凄絶さ、何たるかを。

 

 

 

 




DLC情報は、まだか


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⑩人外の犇き、今宵獣狩りを再び ―壱―

注意)一部キャラの人物像が各々の解釈と異なる可能性があります。好まれない方は拝読をご遠慮ください。


「――今回の参戦者は、セイバーとキャスターだ」

 

 

 一部を除き、一同が集結した大円卓の間において、褪せ人は第一声として表明した。

 反論の声はない。寧ろ、この決定は容易に想像できたもの。

 今までに参戦したデミゴッドたちを除いていけば、消去法で残るのはこの2騎のみ。

 例え戦場、相手方との相性の良し悪しがあろうとも、彼女らの出陣はとうに確定していた。

 

 

「キャスター、予想される次の戦場は?」

 

「シギショアラと呼ばれる地域でしょう。現在、“赤”と“黒”のサーヴァントが1騎ずつ、この地域にて確認できています。

 少し前より、この街域は殺人事件で随分と騒がれていますが、おそらくはサーヴァント絡み。その確認と討伐を目的に集まっているものかと」

 

「その殺人事件の犯人がサーヴァント……姿は? 何者だ?」

 

「残念ながらそこまでは確認できませんでした。ですが、私の魔術でも捕捉できないとなると、クラスは大方予想できますが」

 

「アサシン……ということですか、母上」

 

 

 褪せ人の問いを引き継ぐ形と尋ねたライダーに、キャスターは首肯と共に肯定する。

 アサシンクラスのサーヴァントは、気配遮断のスキルの他に、身を隠す宝具や他のスキルを所有している可能性が高い。

 あるいは、“黄金”(こちら)側のアサシンのように魔術や祈祷を応用し、隠密能力を高めている可能性もある。

 そうでなくばキャスターの探知能力を掻い潜り、姿を隠し続けるなど不可能だ。

 

 

「事前に降りてあぶり出すか、それとも例の如く乱入の形で相対するか……」

 

「特に時間に余裕がないわけでもないですし、私は後者を推奨します。

 ランサー(モーグ)の時のように、突然の横やりを入れられる可能性もあります。姿を晒すのは、なるべく控えた方がよろしいかと」

 

「……そうだな」

 

 

 あれ以来、黄金陣営の魔術師、祈祷師を可能な限りに動員し、例の狙撃の出所を探っているが、進展は皆無のままだった。

 世界を跨ぎ、越えて放たれたが如き超狙撃。

 遠距離攻撃に優れた英雄は彼らの中にもいるのだが、あれほどの極撃を放てる者などは存在しない。

 それはつまり、半神すらも凌駕する射ち手が敵側に存在することを意味している。

 距離の概念すらも超越する、神域の、否――神越の射手とも言うべき傑物を。

 

 

「相分かった。キャスターの意見を尊重し、これまで通りの乱入の体で挑むものとする。

 ――良いな、セイバー?」

 

 

 言って褪せ人の、そして皆の視線が唯一人へと注がれる。

 セイバー――ミケラの刃、マレニア。

 “黄金”のライダー(星砕きのラダーン)と双璧を成し、異名の故を担う実兄ミケラと共に、もっとも神に近しい肉体を得て生まれた天賦の片翼。

 英雄が数多に集いたるこの大円卓に在ってなお、その孤高を保ち続ける女剣士は、明瞭な感情を見せることなく、静かな声音で短く応じるのみ。

 

 

「……私に異論はない。貴公が道を示すのなら、私はただ往き、刃を振るうのみだ」

 

 

 鉄の如き無機質な冷たさを帯びる一声は、ただ無心に王に尽すが故に出たものではない。

 人にもっとも遠き存在(デミゴッド)であっても、何物にも代え難い願いがあり、そのためにこそ彼女は動くのだ。

 それが例え、かつて己自身を討った敵の命であろうとも。

 

 

「貴公がかの杯を手にすれば、全てが叶うのだろう? ならば異論を挟み、無駄を重ねる必要はない筈だ」

 

「……だからと言って無心に従えばいいというものでもない。貴公らの大母マリカですら全能には及ばなかったように、ただ死に切れぬだけの人である褪せ人(おれ)の言の葉に、絶対はないのだ」

 

 

 王としてあるまじき発言ではあるが、ただ盲目的に従う臣を求めているわけではない。

 意思なき従属は思考を停止させ、そして思考なき戦士は容易に嵌められ、命を落とす。

 例えそれが半神であろうとも同じことと説くも、セイバーに話し合いの意思はなく、黙して戦の時を待つに徹していた。

 

 協調性を見せぬその在り様に、不満を抱かぬ者が居ないわけでもないが、出陣の是非を問う者も同時に存在しない。

 それほどに彼女の力が強大である証拠なのだが、どうにも不安が拭えない。

 どうしたものかと思い詰めていると――

 

 

「――なら、貴方が一緒に行けばいい。貴方が担う、もう1つの役割に徹すれば」

 

 

 思わぬ人物が彼の疑問に対して答えを出した。

 

 

 

 

 

 

 ルーマニア・シギショアラ。

 

 人口約3万人という小街都市は今、悪夢の如き混乱の中にある。

 連続殺人事件。フィクション世界ではよくありがちな出来事が、この小規模な街を舞台に発生していたのだ。

 表向きにはかのジャック・ザ・リッパーの再来とも例えられ、報道されているこの事件は、皮肉にもその伝説的殺人鬼の暗躍によってもたらされたものであった。

 

 有毒の霧。かの時代における倫敦を彷彿とさせる霧が立ちこめる街の中、刃が噛み合い、生じた音色が木霊している。

 剣戟の音ではない。そも、彼女たち2騎のそれぞれの性質を考慮すれば、真正面からの打ち合いに至ることはまずない。

 

 

「……チッ! ちまちまと!」

 

 

 四方八方。あらゆる方角より飛来する刃物の数々。

 重厚な鎧と超人的直感によって振るわれる大剣がそれらを阻むが、如何せんアサシン本体に攻撃を見舞えない。

 時たま接近し、直に切りかかることもあるが、セイバーの卓越した剣技を以てしても霧の中を駆けるアサシンを捉えるには至らず、空を切って翻弄されているのが現状だ。

 張りつくように耳に響くアサシンの笑い声も加わり、いよいよもってセイバーもこの現状に対する苛立ちを限界にまで募らせていた。

 

 

「舐めんなよ――アサシン風情がっ!」

 

 

 兜を鎧と一体化させる形で収納し、露わとなった素顔に鮫のような獰猛な笑みを浮かべ、大剣を天高らかに突き上げる。

 赤雷よ――その一言を合図に、漲る魔力を赤雷の形で放出し、周囲にたちこめる魔霧を一掃する。

 必然、その内に潜んでいた“黒”のアサシンの姿も露わとなり、彼女の環境的優勢を形成していた要素が欠け、戦況の優劣が傾き始める。

 

 

「終わりだ、アサシン。思う存分泣き叫ぶなら、今がチャンスだぞ。首を刎ねられりゃあ、悲鳴も上げられなくなるってもんだ」

 

「あはは――やだよ。まだお腹空いてるんだもん」

 

 

 無垢な少女の笑いから一瞬置いて、殺人鬼として冷笑を湛え、分厚い肉切り包丁を携え、疾走する。

 それに応じる形で“赤”のセイバーも地を蹴り、身体を弾丸に変えて突進。

 大剣を振り上げ、その身体ごと一刀両断。

 大技を誘い、隙を作ってからの急所(首筋)に一閃。

 互いに狙いを定め、いざその命を刈り取らんと間近に迫ったその時――

 

 

「セイバーッ!」

 

「……!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()の存在を探知したセイバーのマスター(獅子劫界離)が、ありったけの声量でセイバーに呼び掛け、瞬時に彼女の動きが停止する。

 マスターからの呼び声。短いながらも同じ時を過ごした彼が無意味に己を呼ぶなどありはしない。

 僅かに思考を巡らせて、直後に感じた刺さるような()()に身体が先に反応し、即座に跳んで後方へと退避する。

 

 その最中、視界に映る1つの光景。

 この街にて屹立する時計塔の頂にて、こちらに狙いを定める何者か。

 問うまでもなく、それは弓兵。即ちサーヴァント――!

 それに気づいて刹那の後、彼女とアサシンが衝突したであろう場所に1本の矢が放たれ、2騎へ爆音と豪風が叩き込まれた。

 

 

「チッ……クソがッ、あの野郎……!」

 

 

 舞う土煙を大剣の一薙ぎで吹き飛ばしつつ、“赤”のセイバーは怒気を孕んだ碧眼で時計塔にいる弓兵を睨み据える。

 アサシンはすでに居ない。あの射撃による爆風の中、まんまと逃げおおせたらしい。

 仕留められたはずの獲物を逃したとなれば、あり余る戦意と漲る怒りは当然、それを邪魔した敵へと向けられる。

 邪魔した報いは受けさせる。確たる意思を胸に、マスターである獅子劫へアーチャーを討つ意を伝えるべく彼の方を向く。

 

 

「マスター。逃げたアサシンとあそこにいるアーチャー、どっちを討つべきだ。オレとしてはあの――」

 

 

 剣を時計塔にいるであろうアーチャーの方角へと向け、言葉を連ねるセイバーだったが、それが最後まで言い切られることはなく、途中にて絶たれた。

 奇襲ではない。彼女の第六感(スキル)とも言うべきものが、さらなる脅威の存在を告げたのだ。

 獅子劫を背にし、彼を守る形で剣を正眼の形で待ち構える。

 

 夜闇の中をゆらりと進み、悠然たる在り様で月下に歩み出でたのは――新たなる2騎。

 片や、翼の意匠を備えた黄金の兜で目元を覆い、欠損した一部の四肢を同じく黄金の義手義足にて補う細身の女剣士。

 片や、月の如き曲線を描く形の冠を頭に戴き、赤の細布(ストール)と一体化した夜闇色のローブを纏う女魔術師。

 奇しくも、先のアサシンやセイバーと同じく、その性別は女性。

 常人を優に上回る巨体の女性が、現代に似合わぬ姿形で現れたとなれば、もはやその正体は疑う余地もない――サーヴァントだ。

 

 

「――あら、1人? 転移前に確認した時は2人いた筈なのだけれど」

 

「……大方、先の爆風の最中に撤退したのだろう。気配も感じられぬ、逃げたのはおそらくアサシンのサーヴァントだ」

 

「そうみたいね。でも、魔力痕もしっかり残っている。これなら探索は難しくないわ」

 

 

 “赤”のセイバーを目の前にして、その2騎は特に戦いの姿勢を見せることもなく、此処にはいないもう1騎(“黒”のアサシン)について探っている。

 一見すれば隙だらけだが、“赤”のセイバーが彼女たちに不意打ちの一撃を繰り出すことはない。

 今度は直感ではなく、戦士としての経験と感覚。

 数多の戦いを重ね、死闘を繰り広げてきたが故に培った全てが、彼女たちへの奇襲を思い止まらせたのだ。

 

 特にあの女剣士――あいつはまずい、と。

 

 

「それで、どうするの? 私は2対1でも全然問題はないけれど、貴女の意思はどうなのかしら?」

 

「陛下からの指示は、各々が敵と必ず交戦すること。だが、叶うのならば一騎討ちが好ましいとも言っていた。

 敵がどのような輩なのかを知るのもそうだが、何より我らが単騎で相手取れるか否かを確かめたいとも。

 ……私も、願わくば1人で戦いたいところだ」

 

「そう……それなら、あの子は貴女に譲るわ。私の方は、その逃げたサーヴァント(アサシン)を追うことにしましょう」

 

「……すまない。キャスター殿」

 

「構わないわ。――それでは、後はお任せしますわ」

 

 

 キャスターと呼ばれた女魔術師はそう言い切り、手にした王笏を掲げるのと同時に詠唱し、生じた魔力光をその身に浴びた後、透明化して再び夜の街へと消え去った。

 1人残された女剣士は、僅かな間キャスターが向かったであろう方角を見据えると、やがて再び“赤”のセイバーへと向かい合い、今度こそ明瞭な戦意を彼女へと露わにした。

 

 

「既にこちらの1騎と刃を交えたであろう貴公には不要なものだろうが、名乗らせて貰う。

 ――“黄金”の陣営が1騎、名をセイバー。王命により、貴公と刃を交えにきた」

 

「随分とご丁寧な名乗りだな。それに“黄金”ってか……マスターの知り合いだか何だかが連絡寄越した時に伝えてきた第三陣営ってやつかよ。あの殺人鬼が“黒”のアサシンだったから、あん時の角鬼はテメェらんとこのアサシンだったってわけだ」

 

「あの時はこちらのアサシンが世話になった。おかげで貴公らとの戦い、その良い幕開けとなった」

 

 

 彼女を知る者からすれば、いつになく饒舌だと驚かれるであろう状況だが、目的は語らいなどではない。

 右の義手と一体化した大太刀『義手刀』を腕ごと振るい、空を薙いで静寂を戻す。

 空気が張りつめ、漲る戦意が膨れ上がり、2騎を戦の舞台へと立たせる。

 もはや“赤”のセイバーの意識は時計塔のアーチャーから外れ、眼前の女剣士にのみ注がれる。

 対する女剣士、“黄金”のセイバーもまた他の誰にも意識を向けず、手にする刃と同じ冷鋭の双眸で彼女のみを捉える。

 

 

「往くぞ、“黄金”のセイバー……!」

 

「来るがいい……狭間の外の英雄よ」

 

 

 赤銀の騎士が風を巻き込み豪進し、黄金の剣士が水鳥の羽ばたきにも似た跳躍で舞う。

 “赤”と“黄金”、双方の剣士。

 最優の名を冠する英霊たちの剣戟、その幕が刃の音色と共に上がる。

 

 

 

 

 

 

 時計塔・中央尖塔。

 その最上部回廊のさらに上にある、足場とも呼べぬ場所を狙撃ポイントと定めていた“黒”のアーチャーと、そのマスターであるフィオレ。

 互いにそれぞれの方法でその場に陣取り、街中にて戦闘を行っていた“赤”のセイバーと“黒”のアサシンに狙いを定め、一矢放ったのだが、結果は芳しくはなかった。

 

 だがそれは、特に予想のできなかったものなどではない。

 セイバーの方はそのステータスの高さゆえ生存の可能性が高く、ほぼ確実に直接の戦闘になることを予想していた。

 直接こちらに向かってくるのも良し、何らかの手段を以て同じく遠距離での射ち合いになるならそれはそれで構わない。

 そう思い、十全の状態で彼女を迎え撃つ――その筈だったのだが。

 

 

「ぐぅ……っ!」

 

 

 待っていたのはそのどちらでもない、全く未知の()()()による奇襲であった。

 アーチャーもフィオレも、警戒を怠っていたわけではない。

 魔力も、気配も、己が及ぶ全てに注意を向け、この場に張っていたのだ。

 その上で、それら全てを掻い潜られ、不覚にも先手を打たれてしまったのがこの現状である。

 

 

「アーチャー!?」

 

 

 最優とまではいかずとも、“黒”の陣営内においても現状、一・二を争う実力者である自分のサーヴァントがこれ程明確な痛手を受けたことに驚愕を隠し切れず、悲鳴のような叫びを上げるフィオレ。

 受けた手傷は然程大きいものではないが、その箇所がある種致命的だった。

 左肩――左腕が動かせぬよう筋肉と骨を的確に撃ち抜き、必要分の機能簒奪を見事に成し遂げている。

 それが意味するものとはつまり、左腕の停止――アーチャーの武器である弓が使えないことだ。

 

 突然の窮地に焦りを抱くも、表立ってそれを露わにすることはせず、ただ冷徹に、冷静に状況を整理し、その敵の姿を逃すまいと視界に捉える。

 だが、そんな彼らに対して襲撃者は特に追撃を掛ける様子もなく、不気味なまでの静寂を保ったまま、彼らを見つめ返していた。

 

 

「――先程の一射は、貴様のもので間違いないな?」

 

 

 分かり切った事実をあえて問い掛けるのは、その裏に策を巡らせているからなのか。

 真意の分からぬ問いに応じることはなく、襲撃者もまたその反応を予想していたのか、特に激情など見せることもせず淡々と続けていく。

 

 

「奇襲云々をとやかく言うつもりはない。私も同じ立場ならそうしただろう。

 現にこうして、方法は違えど貴様らに襲撃を掛けたのだからな」

 

 

 硝煙の立ちのぼる短銃。それを持つ左手をぶらりと下げたまま、次いで視線を眼下の街へと移す。

 

 

「だがそれでも敢えて言わせて貰うのなら、あの子を傷つけられては困るんだよ。

 ちょっとやそっとの手傷ならばまだしも、あれだけ酷く負傷したとなれば、相応の回復手段を取る羽目になる。

 そうなれば、我が家の食事のメニューに決まってある一品が追加されるんだよ」

 

 

 そこでようやく、彼は感情らしい感情を露わにした。

 それは怒り。あらゆる生物が有するもっとも激しく、原始的な感情の1つ。

 

 

「貴様らに分かるか……? まだ少し原型が残ってる心臓が混ぜ合わさったハンバーグが出される気持ちを?

 回復のため仕方なくとはいえ、カニバリズムもどきに付き合わねばならぬ者の気持ち、それが貴様らに分かるか……!」

 

 

 予想していたものとは大きく外れた問い掛けに、窮地にありながら思わず思考を停止し、何を言っているのかと首を傾げる。

 彼らの反応を見てか否か、襲撃者の方も自分は何を言っているのかと感情を抑え、冷静さを取り戻す。

 

 

「……まぁ、冗談はさておき。仮とはいえご主人(マスター)の大事なサーヴァントを傷つけられたのだ。となれば、こちらも黙ってはいられまい。況して、実行者が人外――人の上位者を気取る連中の気配を漂わせた輩なら、な」

 

 

 再び籠る怒りの感情。されど、内包する熱量は先の比ではなく、憎悪とも取れる暗い灼熱が“黒”のアーチャーへ叩きつけられる。

 その一部を、彼のマスターであるフィオレにも注がれる形となったが、英霊ならざる彼女にとっては充分すぎるほどの脅威となった。

 

 

「姿形も知らぬ本命とは違うが、一応は私の狩猟対象だ。この世に残る神秘、未だ蔓延る狂人(魔術師)共々――」

 

 

 右手の武具――小炉を備えた巨大な鉄槌を高らかに振りかぶり、

 

 

「――くたばれ、人外(モンスター)

 

 

 鉄槌の衝突と同時に撃鉄が叩きつけられ、豪火を伴う爆発が時計塔を襲った。

 

 

 



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⑪人外の犇き、今宵獣狩りを再び ―弐―

 お 待 た せ で す
 待ってない人の方が多いかもしれませんが、9か月ぶりの更新です。


 夜を駆ける。

 “黒”のアーチャーによる射撃によって負傷した“黒”のアサシンは、早急に撤退を強いられた。

 右腕――序盤で“赤”のセイバーの斬撃を食らった上、そこにアーチャーの矢による爆撃を重ね受けた結果、凄惨たる有り様と化してしまったのだ。

 骨は断面が見え、筋繊維は見るも無惨に千切り断たれている。

 常人ならば片腕の損失にも等しい重傷のまま、彼女は夜闇を駆け抜け、一心にある場所へと向かって行く。

 

 

「痛、い、よぉ……」

 

 

 滲む苦痛を噛み締め、それでも堪えながら進む。

 もうすぐだ。もう少しで帰れる。

 産まれを拒絶された赤子、死へと追いやられた孤児たちの亡霊、その集合体。

 永遠の幼子とも言っていい彼女は、唯一この現世にて拠り所たるマスター(おかあさん)の下へ帰ろうと必死に進み、

 

 

「――捉えましたわ」

 

 

 だがその歩みは、あと一歩のところで阻まれる形となった。

 女性だ。女の人だ。どこかマスター(おかあさん)にも似た雰囲気を持った女の人が後ろ(そこ)にいる。

 アサシンはおろか、大柄な成人男性すらも優に二倍は上回ろう巨体を持つ女性。

 しかし不思議と、その姿に大柄さゆえの威圧感は存在しない。

 

 

「あなた……だれ?」

 

「まあ、こんな状況になっても私が何なのか分からないなんて。……いえ、もしかしたらその傷のせいで判断能力が鈍っているのかしら?」

 

 

 困ったわねぇ、と。独り呟く女性ではあるが、アサシンの方はだんだんと彼女が何者なのか理解が追いついていた。

 自分のような者を追いかけてきた、当世に在っては不似合いな装いの女性。

 滲む魔力も合わさり、彼女が人ではないことを証明している。

 

 

「あなた、サーヴァント……?」

 

 

 腕の苦痛に顔を歪ませながらも問うアサシンに、女性は柔らかに笑んで問いへの答えを口にする。

 

 

「如何にも。“黄金”の陣営が一騎、“黄金”のキャスター。我らが新王陛下の王命に従い、貴方がたの力を測りに参りました。

 ……と言っても、まさか貴女のような幼子が相手になるなんて、少し予想外だったわ」

 

 

 ローブの端を軽く摘み、恭しく礼をする“黄金”のキャスターはわざとらしげに言った。

 実際は月魔術による遠見でアサシンの姿は確認しており、“赤”のセイバーかアサシン、そのいずれかと対峙するだろうことは彼女自身、既に予想していた。

 別にセイバーが相手でも構わなかった。近接戦用の魔術は当然用意がある。そしてセイバークラスの特徴でもある『対魔力』、ある種のキャスター殺しとも呼べるそれを、彼女は打ち破る術を有している。

 故にどちらが相手であっても十分に対応できる自信はあったが――

 

 

「“赤”のセイバーみたいな子より、貴女のような未だ底が見えない子の方が相手する価値があるでしょうね」

 

「……!」

 

 

 口元に描かれる孤。三日月の笑みを湛えた魔術師。

 何気ないその在り様に、“黒”のアサシンは怖気にも似たものを抱き、一刻も早くその場から離脱せんと急ぐ。しかし――

 

 

「逃がさないわよ」

 

 

 魔杖たる王笏を薙ぎ払うように一振り。

 ただそれだけでキャスターの魔力が周囲一帯にばら撒かれ、巨大な法陣の如く起動する。

 

 

「空に夜、地に炎を」

 

 

 極小の詠唱を切っ掛けに満ちる魔力が一斉に活性化し、魔力光が彼女たちを飲み込む。

 蒼白い光が視界を埋め、やがて世界に色が戻り始めた時、“黒”のアサシンは思わず我が目を疑った。

 

 

「……お月さま」

 

 

 昏い夜と、水平線に半ば沈む満月。

 夜の色を取りこんだ湖海は静かにうねりを見せ、だが本来の海とは異なり、生者を深淵に引きずりこむことはない。

 ここは架空。ありえざる仮初めの世界。

 在るべき世界を塗り替えて、一時のみ顕現する個の箱庭。

 即ち――『固有結界』。

 

 

『常しえたれ夜と月の箱庭』(ルーナ・プレーナ・テルリトーリウム)――ようこそ私の庭へ」

 

 

 引きずり込まれた夜の世界。女王を象徴する気高き夜の在り様。

 招かれたる朧の盟友たちを侍らせながら、どこまでも美しく、そして冷酷に、昏き夜の女王は殺人鬼(おさなご)に微笑みかけた。

 

 

 

 

 

 

 ――火花。

 

 刃金と刃金、重なる剣身。

 互いの刃が噛み合う度に熱を生み、戦場を激化させていく。

 

 片や荒ぶる轟雷の如く。

 片や静謐なる流水の如く。

 対極の性質を有する二振りの剣は多大な余波を生みつつも、幾度も交わり、火花を散らす。

 

 

「おおおおおおおおおおぉッ!」

 

 

 荒ぶる魔力をその身に纏い、火薬代わりに炸裂させ、空を駆ける。

 銃弾突貫。スキル『魔力放出』による爆発的な推進力は、“赤”のセイバーの肉体を1つの銃弾の如くに変える。

 狙いは無論、“黄金”のセイバー。

 構えた大剣を力の限りに横へ薙ぎ払う。

 赤雷を纏う一閃は、ただそれだけで凶悪な竜の一噛みも同然。

 その一撃を翳した義手刀で一瞬受けると、身体に衝撃が駆け巡るのを感じつつも“黄金”のセイバーは苦悶の顔を見せることなく、刹那の後にそれを受け流す。

 

 喰らうべき獲物を失った“赤”のセイバーの猛進は、勢いのままに軌道上にあった家屋を破壊し、瓦礫の山と変える。

 だが、止まらない。

 まだ形を保っている瓦礫を踏み台代わりにし、蹴り上げと共に再び魔力放出による突貫を繰り出す。

 餓えた赤銀の刃は赤雷を帯び、もはや受け流しなど許さぬとばかりに満ち満ちている。

 着実に迫る剣刃に“黄金”のセイバーは先のような受け流しの姿勢を見せることなく、

 

 

 ――ただ()()()()()

 

 

「――!」

 

 

 何気ない、ただそれだけの行動に“赤”のセイバーの碧眼が見開かれる。

 魔力放出によって加速した己の一撃。それを間近で、特殊な手段を用いたわけでもなく回避された事実に驚愕したのだ。

 実際、“黄金”のセイバーは特異な能力の類を用いたわけではなかった。

 

 彼女が用いたのは何のことはない、ただの『サイドステップ』。

 相手の攻撃を躱すために用いる足運びの1つで、その歩法を彼女は極めて高練度で扱えるだけのこと。

 瞬間移動にも等しい回避にて“赤”のセイバーの一撃を避けた彼女は、片足を軸にして回転し、右腕と同じ黄金の義足で“赤”のセイバーを蹴り飛ばした。

 

 

「野郎……っ!」

 

 

 手にする大剣を逆手に持ち直して石床に突き立てる。

 宙空に舞いかけた身体を縫い止めるように大地に固定し、体勢を整えた後にすぐさま剣を引き抜き、切っ先を敵騎に向ける。

 一方、“黄金”のセイバーは切っ先こそ向けているものの動きはない。

 歩を踏み出すことも、戦意を漲らせることも、何なら兜に隠された双眸すらも明瞭に“赤”のセイバーを捉えていないと思えるほどに。

 

 

「テメェ――どこ見てやがる!」

 

 

 漲り、迸る。

 鎧の上に赤雷を重ねがける形で纏い、それら全てを大剣に収束させる。

 剣を振るって躱されるのなら、躱し切れぬほどの一撃を見舞うのみ。

 怒りと自信に満ちた表情のまま、“赤”のセイバーはマスター(獅子劫)に宝具開帳の許可を得るべく意識を向けた。

 

 

 

 

 

 

 眼前にて莫大な魔力が膨れ上がるのを感じつつも、“黄金”のセイバーの意識は敵サーヴァント(“赤”のセイバー)には向けられていなかった。

 “赤”のセイバーが有する第六感(スキル)によるものか、彼女は本当にセイバーの存在を視認しつつも、脅威としては捉えていなかった。

 別に彼女のことを侮っているわけではない。

 最優のクラスに据えられるだけのことはあり、“赤”のセイバーは充分英雄足るに相応しい強者だ。

 宝具による疑似召喚とはいえ、あの忌み王直属の夜の騎兵を1騎、一撃で仕留めたほどに。

 

 紛うことなき強者であり、明瞭なる敵。

 されども、何事にも順位優劣が存在するように、この場における“黄金”のセイバーにとって、もっとも注意を向けるべき相手は別に居たのだ。

 

 

(何なのだ、これは……)

 

 

 胸の内、心の臓、あるいは心の深奥――魂魄の奥底からか。

 “赤”のセイバーとの戦いを始めて暫く、妙なざわめきが生じ、胸中に満ちている。

 これは己のものではない。己とは別の、しかし存在の根幹に根付く()()かの鳴らす警鐘。

 その何者かが何であるのか――セイバーは唯一つ、心当たりがあった。

 

 

 ――『腐敗』

 

 

 それは永遠の女王を神と頂く狭間の地にて語られる、幾柱の蕃神のうちが一柱。

 単に腐敗とも、腐敗の女神とも語られるそれは、『朱い腐敗』と呼ばれる病魔の根源ともされ、その神体は未だ狭間の地の底にて封じられていると語られる。

 そんな古い神性であるが、その一端とも呼ぶべきものをセイバーはその身に宿している。

 否、一端どころの話ではない。産まれた頃より腐敗をその身に宿し、蝕み、苛まれ続けてきた。

 もっとも神聖なる神の器となるべき双子の片割れは、だがその誕生の瞬間より外来の神、その器として魅入られ、存在そのものを冒されてきたのだ。

 

 故に彼女の存在の根底には神の一端が在り、蝕む病の如くに時折、それは彼女に囁き掛けてくる。

 そんな厄介極まりない代物が、これまでにない反応を示している。

 

 

(一体なんだ? 何をこうもざわめいている……?)

 

 

 蕃神の欠片がこれ程に明確な反応を示したことなど、ただの1度もありはしない。

 あの強大な義兄、『星砕きのラダーン』が相手でも僅かな蠢きすら見せなかったのだ。

 その点を踏まえて考慮すると、力の強弱のみに反応しているのではないのかもしれない。

 それは一体何なのか――だが、今彼女に思考の時間を与えるほど現状に余裕はない。

 

 燻るざわめきを一旦奥底に押し込め、虚ろな視線と共に意識を現実へと戻す。

 見れば苛烈なまでの雷を束ね、“赤”のセイバーが大剣を構えてこちらを睨み捉えている。

 おそらくは宝具、ないしそれに準ずるほどの大威力を有する大技か。

 どちらであれ既に発動準備は整っている様子。高速移動で避けに動いても、負傷は免れまい。

 

 ――ならば。

 

 

「――『我が麗しき父への叛逆』(クラレント・ブラッドアーサー)!!」

 

 

 解き放たれる赤雷の奔流。

 激流の如き破滅の閃光が夜闇を暴き、食い破り、対する敵を滅さんと突き進む。

 此処に無き父王への憎悪を糧として放たれる真紅の雷閃は、逃すことなくその巨顎を開け――“黄金”のセイバーを呑み込む。

 

 

 

 

「――陛下(マスター)。我が身に課せられし縛鎖の解放を」

 

 

 

 

 

 

 同じ夜天を頂く街中で、その求めを確かに彼は耳にした。

 顕現する6騎のデミゴッド、および陣営の補佐兼予備戦力として召喚された狭間の地の英雄たちは、その全てが等しく、唯一人の褪せ人を大本として頂いている。

 狭間に生きる全ての生命が持つルーン、それらを全部合わせてもまだ足りぬほどの莫大なルーンを基に配分され、その力の強弱を調整されている。

 脆弱な者を強者に変え、強者をより強き存在へと昇華させることも不可能ではない。

 

 だが、それはあくまで基礎能力の向上に過ぎず、戦闘の才を持たぬ者を強くしたところで腕力と頑丈さが高いだけの木偶の坊が出来上がるだけだ。

 逆に、元より強大な存在にさらなる力を授けた場合、万が一に暴走した際に対処が困難となってしまう。

 故にこそ、褪せ人は自陣営に属する全ての者たちに対し、慎重かつ的確な量のルーンを授け、各々を現界させている。

 

 

「――良いだろう。その求めに応じよう」

 

 

 が、最初期の現界時のみにしかルーンを与えられないわけではない。

 要請があり、それを褪せ人が受諾した時のみ、彼らはさらなるルーンを授かることができる。

 当然相応の理由と、メリットとデメリットを秤にかけた上での判断にも依るが。

 

 

「一時だが力を還そう、セイバー。流水の剣、その冴えを見せるがいい」

 

 

 普段の戦鬼の装いとは違い、血濡れの白面医師の衣装を纏うその身。

 煤と塵芥に塗れた白の体躯が黄金を帯び、その黄金光は瞬く間に大地へ呑まれ、散っていく。

 向かう先は無論、求めを発した剣士の許。

 地を這い進むその在り様は、地の底に伸びる大樹の根の如く。

 

 

「ついでだ、シギショアラ(この街)にも()()()()()()()()()

 

 

 褪せ人の足底より伸びる黄金の筋は、彼の宣誓に伴い地の底深くへと下り降り、着実にその範囲を広げていく。

 魔力も気配も感じさせない、静かなる侵略が始まった。

 

 

 

 

 

 

「な――っ!」

 

 

 それに気づいたのは、宝具を放った直後のことだった。

 放出された赤雷。それに立ち向かう隻腕の剣士。

 避ける間もなく、防ぐ術なし。

 故の捨て身の特攻にも見られたその行動は、だが“赤”のセイバーが持つ直感によって否と断じられた。

 

 魔力の制御が利かなくなるのを承知で宝具を無理矢理止めるも、直後には赤雷の激流を突破して現れた女剣士の姿があった。

 褪赤の外套は半ば焼け千切れ、体躯にも酷い火傷の痕が見られる。

 決して浅くはない手傷。されどそれは、宝具を直に受けたにしては()()()()()()()

 

 

「貴様……!」

 

「――『水鳥乱舞』」

 

 

 水面を舞う鳥の如くに片足で宙へ舞い、一息の間を置いて義手刀が振るわれる。

 一閃。一閃――また一閃。

 繰り出される剣閃の数に限りはなく、無限無数にも思える斬撃の嵐が“赤”のセイバーの身に叩き込まれる。

 悲鳴など上げさせる余地も与えない。斬撃が遅れてやってくるほどの超高速の剣撃乱舞。

 魔剣にも等しい剣技の極点が一つ、その業が終わりに至った時、後に残ったのは血まみれの剣士が1騎だった。

 

 

「テ――テ、メェ……っ!」

 

「ほぉ……? まだ口が利ける程度には息があるか」

 

 

 殺さぬ程度に、しかし戦闘不能にさせるだけの力で切り裂いたにも関わらず口を利いてきたのは、“黄金”のセイバーにとっても予想外だったらしい。

 けれども、然したる問題はないと改める。

 剣は振るえよう。だが届く前にこちらの剣が腕ごと切り飛ばせる。

 足は使えよう。だが逃げ出すよりも早くに止めを刺せる。

 意思はまだ死んでいないようだが、意思力のみで形勢が逆転するほど戦場も、現実も甘くはない。

 

 だがその怒りを孕んだ視線に込められた言葉。

 『何故』という疑問の念を察してか、不意に“黄金”のセイバーは口を開いた。

 

 

「私が何故、貴公の宝具を受けてこの程度の手傷なのか……その因を探っているな」

 

 

 己の思考を読まれ、言い当てられたことにさらなる怒りで顔を歪める“赤”のセイバー。

 そんな彼女の様子を見つつ、“黄金”のセイバーは「特に大したことではない」と前置きし、語り出す。

 

 

「我らの全ては、陛下の意思によって形作られている。

 生前よりも強くなって現界した者も居れば、敢えて全盛よりも劣る身体で召喚された者もいる。

 私は諸事情により後者にならざるを得なかったそうだが、魔力供給――力の返還により全盛に近い身体と力を手にすることは可能なのだ」

 

 

 全盛に近づいた肉体だからこそ、あの宝具の奔流に耐えることができた。

 力が全盛に近づいたからこそ、赤雷の嵐を()()()()()()()()

 形無きものは切れぬと吐く者も居ようが、そんな常識は人域にのみ通用するもの。

 況して神にもっとも近しいデミゴッド、その片割れであるセイバー(マレニア)には形の有無など問題ではないなのだ。

 

 

「所詮宝具も細かに解けば魔力の塊。同じ魔力ならば、より強大な方が打ち勝つのは道理。

 詰まる所、貴公の切り札たる赤き雷は私の剣技に劣るということだ」

 

 

 言い切り、黄金の義足で倒れ伏す“赤”のセイバーを蹴り上げ、仰向けとなった彼女の腹目がけて片足を振り下ろす。

 

 

「ぐっ、がぁ――っ!」

 

「そう言えば、貴公のマスターはどこにいるのだろうな。此処に姿が見えぬとなると安全な場所に退避したか、あるいは……こちらの様子が窺える場所に身を潜めているか――」

 

 

 兜内に秘された双瞳で周囲を映し、わざとらしげに視線を撒く。

 建物や石壁、あるいは物陰に隠れているだろう者たちに、私はお前を見ているぞと伝えんばかりに。

 

 

「貴公がさらなる苦悶を晒せば、そちらのマスターは姿を見せるか?

 マスターの助力を得れば、より深き力を貴公は曝け出せるのか?

 ……ああ、出し惜しみは勧めないぞ。不利益になるだけだ。

 私にも――貴公の身にとっても、な」

 

 

 ゆらりと掲げた義手刀。

 天を衝かんばかりに伸びた切っ先が鋭い輝きを宿し、“赤”のセイバーの顔を照らした瞬間。

 

 

 ――令呪を以て命じる!

 

「……ッ!!」

 

 

 魔力の供給線を通じて紡がれる力ある言葉。

 瞬間的に魔力が膨れ上がると、その大半を“赤”のセイバーは大剣へと流し、石床へと突き立て注ぎ込む。

 荒れ狂う雷嵐。大地に巡らされたセイバーの赤雷は瞬く間に膨張し、連鎖爆発にも似た雷の爆弾で辺り一帯を蹂躙し尽す。

 

 剥がされた石板。崩壊した家屋。

 舞う土煙を“黄金”のセイバーは刃の一振りで薙ぎ払い、一帯に隈なく視線を這わせるも、すでにそこには敵の姿は見られない。

 

 

「逃げられたか……手荒だが、聡いやり方だ」

 

 

 周囲に満ちる高濃度の魔力によって探知が阻害されている。

 爆発で視界を塗りつぶし、その間に脱出すると同時に赤雷の残滓で魔力をばら撒き、追跡を阻止する。

 あの(“赤”の)セイバーが為したにしては小賢しい手だと感じつつも、すぐにこの一手を練り出した者が誰かを理解し、称賛の声を送る。

 

 

「マスターとやらの重要性を実感させられるものだな……」

 

 

 単なる魔力タンクとして扱っていては、このような窮地を脱することは出来なかっただろう。

 力という一点においては大きく劣るものの、戦術戦略の面で見れば魔術師(マスター)も侮れるものではない。

 守りのためとはいえ、あの“黄金”のライダー(ラダーン)と戦った“黒”のセイバーが無事生存できていたのも、そのマスターが打った咄嗟の一手によるものとも聞いている。

 もしも、その思考を攻めの手に用いれば、はたして如何なる結果を生むことか。

 

 

「だが手傷は負わせた。そう遠くまでは逃げられまい。この街にまだ身を潜めているのなら、片端から探し出すのみ」

 

 

 とはいえ、あれが力の底とは思えない。

 まだ秘された能力があるというのなら、それも暴いて引きずり出すだけ。

 敵の深奥を暴き立て、力の髄に至るまで知れば知るほど、目的の達成へと近づく。

 新王、かの褪せ人の目的達成に近づくほどに、彼女の願いにもまた一歩近づく――。

 

 

「今少しお待ちください、兄様。今度こそ、マレニアは兄様の――」

 

 

 カツン、と。

 黄金の義足で砕けた石床を踏みしめ、彼女は再び歩み出す。

 胸の深奥に宿る感覚、その蠢きを未だ感じながら。

 

 

 

 

 

 

 弾雨が注ぐ。

 狙いをつけずの無差別銃撃。

 放たれる銃弾の群は、真横に降り注ぐ雨のように苛烈に敵を攻め立て、どこだどこだと空を裂く。

 

 

「くぅ……っ!」

 

 

 迫る銃弾の雨を巧みに躱しつつ距離を取るも、それをみすみす許す相手でもない。

 “黒”のアーチャーが逃げれば逃げるほど、同様に敵対者も追い続け、情け容赦のない追撃を仕掛けてくる。

 

 

「アーチャー! 私を――」

 

「なりません、マスター!」

 

 

 脇に抱えるフィオレ(マスター)が言うよりも先に彼女の提案を否と断ずる。

 自分を置いて逃げて、とでも言おうとしたのだろう。だが、アーチャーは薄々察していた。

 先の言葉と、叩きつけられる殺気の矛先。

 凄まじさばかりに気を取られていたが、逃走の最中、徐々にその矛先が自分以外にも向けられていることを彼は感じていた。

 

 フィオレ――あの黒衣の襲撃者は、サーヴァントである自分だけでなく、マスターである彼女にも同等の殺意を向けている。

 だから一点にしか狙いを絞れない短銃ではなく、乱射可能かつ正確な狙いをつける必要のないガトリング銃を使っているのだ。

 無論、弾丸の消費量が桁違いという欠点が本来存在するのだろうが、そのデメリットすら考慮に入れて行動している節がある。

 

 

「どうした、逃げてばかりか人外」

 

 

 低く、されど明確な憎悪の込められた一声が掛けられる。

 

 

「私の弾丸を受けて以降、まともに身体を動かすことも困難か?」

 

「……っ」

 

 

 その通りだった。

 あの一発の銃弾。ただそれを受けて以降、アーチャーの身体機能は著しく低下している。

 身体の内部――血管や臓腑に至るまで、まるで未知の病に冒されているかのように苛まれ、苦痛が絶えず巡っている。

 だが彼は、これに似た感覚を生前(かこ)に体験している。

 

 

(毒の類、ですか……っ!)

 

「もしもそうだとしたのなら、その体たらくも納得というものだ。

 臆病者と責め立てはしない、好きなだけ逃げ回るがいい」

 

 

 言って右手に携えていた小炉付きの鉄鎚を魔力に還し、新たに分厚い鉈が握られる。

 

 

「――魔術師(マスター)共々、すぐに捕まえて殺すがな」

 

「――!」

 

 

 三日月――。

 口元を覆う黒マスク越しでもはっきりと見て取れる凶笑。

 病的なまでの凶念を孕んだその笑みと共に右手が振りかぶられ、瞬間に蛇腹と伸びた鉄鉈が襲い掛かる。

 

 牙剥く鉄鉈の一撃。それを身体に鞭打ち、一瞬横に跳ぶことで回避する。

 獲物を捉え損ねた鉄鉈は、その凶悪な牙刃で軌道上にあった家屋に喰らいつき、力任せに両断する。

 憎悪より生じる苛立ちはあるが、事を急くつもりはない。

 確実に、的確に、違うことなく仕留め切る。

 そのためならば如何なる手段を用いてでも追いつめ、止めを刺す。

 黒衣の襲撃者――狩人は、その判断ができる人物だった。

 

 

「そろそろ(どく)も十分に回ったか……なら――」

 

 

 徐々に遠ざかる“黒”のアーチャーの背を視界に捉えつつ、狩人は手にしていたガトリング銃と鉄鉈を放り投げ、虚空を通じて自身の領域(ユメ)に還す。

 その代わりとして具現したのは、これまた奇妙な得物。

 角のような、骨のようなものを削り束ねて出来たような何か。

 およそ武器と呼ぶには利便性が大きく欠けるそれを右手で握りしめると、それを合図に狩人は其の名を紡ぐ。

 

 

「――『冷たき月に吼ゆれ餓獣』(ハウリング・ウェアウルフ)

 

 

 宝具――真名解放。

 握りしめた未知の得物を起点に、狩人の全身が変化する。

 肉も、肌も、体毛も。

 骨格すらも変形させて、彼という存在が別の生命へと変じていく。

 元来有する霊基(クラス)、それすらも()()()()()()()()()()()

 

 

『――ウォオオオオオオオオオオオオオオオオゥッ!!』

 

 

 口元を覆う黒布(マスク)が下がり、牙を剥きだしにして餓獣が大顎を開ける。

 人狼。狼男。あるいは獣人。

 鋭き爪牙、硬き獣毛、嚙み砕く大顎。

 紛うことなき獣の特性を持ちながらも、その体格は獣のそれではなく、寧ろ人間のものに近しい。

 

 人と獣の要素を混ぜ合わせ、造り上げたが如き混成獣(キメラ)の容姿となった狩人は、獲得した獣由来の脚力に任せ、空を蹴る。

 驚異的な脚力は瞬く間に距離を詰め、逃げる“黒”のアーチャーを爪牙の射程範囲内にまで捉える。

 獣の唸りを伴わせ、振るう凶爪がアーチャーの背に四筋の斬傷を刻む。

 

 

「がぁ――ッ!?」

 

 

 灼けるような痛みが背中に生じ、爪の斬撃に伴う豪風によって体勢を崩し、石造りの大地にその身が叩きつけられる。

 

 

「アーチャーッ!?」

 

 

 引き裂くような悲鳴を上げ、フィオレが彼の名を呼ぶ。

 衝突の際、咄嗟に身体の向きを変えることでフィオレを守ることはできたが、その分アーチャーの受けた傷も痛苦も増している。

 背部の礼装を起動し、どうにか自力で起き上がったフィオレは、苦悶の声をあげるアーチャーをどうにか助けようと治癒の準備に入ろうとするが――

 

 

「もう終いか?」

 

 

 石畳を踏み砕き、2人の真後ろに現れる形で獣相の狩人(バケモノ)が降り立つ。

 爛々と輝く両の目には変わらず2人への殺意が満ちているも、あの悍ましいまでの狂念はすでに消え失せている。

 否、そもそも必要なくなったのだろう。何せすでに決着はついたも同然だった。

 

 逃げる獲物を追い、狩り殺すことこそ狩人の役目であり存在意義。

 そのためには尋常ならざる意志力が不可欠となり、ならばこそ絶対に狩り殺すという狂念だった。

 しかし、それも獲物が逃げるための足を失い、無防備に横たわった有り様となればそれ以上の狂気は不要のもの。

 

 目的の獲物(サーヴァント)は満身創痍。付属物(マスター)も大して脅威にはなりえない。

 だからと言って、ここで手を抜くなど狩人としては二流三流。

 確実に仕留めるためにも、狩人は変貌によって得た獣爪ではなく、常より扱う銃器、その内の一丁を己の領域(ユメのセカイ)より取り出し、手にする。

 

 

「なら――此処で死ね」

 

 

 古風な意匠が施された、特に血の質に威力を左右される古式短銃。

 鋭利な爪の生えた獣指を器用に引き金に掛け、狙いを定めつつ銃口を向ける。

 

 心臓か、あるいは脳か――銃身の奥深くにて凶弾が今か今かと放たれる時を待ち続けている。

 サーヴァントの次はマスターであり、一時の気まぐれによる慈悲などかけてやるつもりはない。

 時間にしておよそ3秒。刹那と呼ぶには微妙な時間を経て、ようやく引き金にかけた指が動き出し。

 

 高らかなる銃声と共に狩猟達成が成される――()()()()

 

 

「――()?」

 

 

 放たれる筈の銃弾はなく、響き渡る筈の銃声もなし。

 代わりに狼頭の口より漏れ出たのは、苛立たしさを隠しもしない狩人の一声。

 殺意の矛先がアーチャーとフィオレから外れ、彼らとは全く異なる方角へと視線と共に移し変えられる。

 

 夜の闇、うすらと残る土煙、温度差より生じる白煙。

 視界を遮る数多の色、その先にあろう果てにこそ――狩人の意識(さつい)を注ぐべき()()があった。

 

 

 

 

 

 

 “黄金”のセイバー、マレニアの内より生じたざわめきは、正しく真なる敵の存在を示していた。

 『腐敗の女神』の断片が告げたのか、あるいは彼女自身の腐敗そのものが生存本能から宿主であるマレニアに呼びかけたのか。

 真実はどうであれ、確かにソレはマレニアにとって天敵であることに違いはなかった。

 

 そしてもう1騎――狩人が悟った新たな獲物(てき)もまた、マレニアの感じた脅威たる輩と同一存在。

 夜闇の中に紛れてなお隠しきれぬ存在感。

 人外狩りの専門家である狩人をして、満身創痍の獲物を前に意識を向き直させる脅威性。

 不透明なる性質、強大なる力、あらゆるものを携えて――

 

 

『――!』

 

 

 世界を灼き焦がすほどの灼熱を纏い――火の炉の番人(“赤”のキャスター)が再び姿を現した。

 

 

 




 今さらながらご報告。
 D L C 情報がついに出た(もう半年経ってるけど)。
 ついでにアーマードコア新作も来月発売。DLCが実装されれば今年はフロム年間違いなしです。


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⑫人外の犇き、今宵獣狩りを再び ―参―

 今さらですがあえて言います。
 DLC発表、おめでとうございます。


 ――咆哮。

 

 肉持たぬ鉄の体躯が軋みを上げ、歓喜のままに身の内から灼熱があふれ出る。

 隔絶された領域。無人の孤島が如き固有結界内にて唯一存在する生命、“赤”のキャスターは言葉にならぬ歓喜の声を響かせていた。

 

 聖杯戦争改め、聖杯大戦に召喚されて以降、キャスターは明瞭な感情の発現を見せなかった。

 それはキャスター――否、火の炉の番人たる化身の()()()を考えれば当然のことであり、彼自身それを自覚し、極力表に出さぬよう抑え込んでいた。

 抑え込まねばあふれ出す。あふれ出せば容易には止められなくなる。

 そう理解し、こうして固有結界を常時展開してまで引きこもっていたのだが、現実は彼の思惑通りに事を進ませてはくれなかった。

 

 現世にて感知した反応――魔力ならざる強大な力。

 神に迫る、あるいは神霊と比較してなお変わらぬ極上の霊基(にえ)が今、現世のある一点(まち)に集中している。

 現界継続のための燃料(たきぎ)は少し前に得たばかりなのだが、悲願成就のためとあらば話は別だ。

 

 この聖杯大戦を勝ち抜き、かの杯に手を届かせるには力が要る。

 そして力を得るためには相応しい贄が必要だ。

 神の如きと称された者たちの、その集合思念とも言うべき強大なソウルが生み出した終末の番人。

 その躯体を補強し、さらなる位階へと昇華せしめるだけの――()()()()()()霊基(ソウル)が。

 

 

 

 

 

 

『――!!』

 

 

 咆哮を放ち、鋼の巨体が震える。

 赤熱を宿す焦鉄の鎧。人ならざる異形。

 新たに現出した敵の存在に、狩人は変貌させた獣面はそのままに、明確な敵意と警戒を向けながら問う。

 

 

「貴公……何者だ?」

 

 

 返答を待たず、握り持つ古式短銃(エヴェリン)の銃口を向け、引き金を引く。

 銃口から放たれた銀の銃弾は空を引き裂き、回転しながら牙剥く肉食獣のように巨人へと迫る。

 水銀の弾頭が触れ、朽ちた鋼の内部に隠れた本体を抉り、毒血を内部にばら撒けばそれで終わりだ。

 仮にそれで致死には至らずとも構わない。先の獲物(“黒”のアーチャー)ほどの効果は見込めずとも、そもそもこの血はこの地球(ほし)に由来する全ての生命にとっての猛毒なのだから。

 ()()()()がある限り、その毒性から逃れる術はない。

 

 

「――なに?」

 

 

 だが狩人の思惑とは裏腹に、銃弾は予想されていた結果を生み出さなかった。

 空を引き裂きながら駆ける銃弾は、確かに巨人の内部へと至ったが、それは巨人の(からだ)を貫いたわけではなかった。

 鎧の隙間に吸い込まれるようにして弾は呑まれ、数度甲高い鉄音を鳴らした後、何を起こすわけでもなく役目を終えてしまった。

 

 ならばとさらに数発乱れ撃ち、その内の半分が鎧に阻まれ、半分が先の一発同様鎧の内部に吸い込まれていく。

 しかし結果は変わらず、鉄音が鳴り響くのみ。

 そして銃弾数発と引き換えに得られた情報は狩人の獣面を歪ませるに足りるもので、軽い舌打ちと共に彼はぽつりと零した。

 

 

「チッ、肉無し(パール)と同じ類か……」

 

 

 かつて相対した白骨姿の獣を思い出しながら地面を蹴り上げ、その場から離脱する。

 建物の壁や屋根を足場にして跳ね飛びながら、獣化の宝具を解除して元の人型へと戻る。

 獣が火に弱く、恐れるように、獣化した狩人自身もその特性を有していた。

 火に対する脆弱性を有する獣の姿では勝ち目はないと判断し、能力的に劣ろうとも人の姿に戻る必要があったのだ。

 

 完全に獣化を解き、人型へと戻った狩人は後目で後方を見ると、やはりあの鉄巨人は狩人を追ってきていた。

 先に仕掛けた狩人を敵と見做したのか、はたまた狩人の中にある()()を求めてか、その鉄面の奥に見える双眸は炎のような荒ぶりを宿しながら、狩人の姿を捉えている。

 

 

「獲物を見つけた獣共と同じ目をしてるな、鉄屑め……!」

 

 

 吐き捨てるように言いながら、狩人は己の持つ他の武装を解禁し、逃走行を続けながら鉄巨人へ攻撃を開始した。

 斬撃、打撃、銃撃、刺突。

 毒や電撃、果ては神秘の秘術に至るまでのあらゆる技を繰り出すも、巨人の肉体に致命傷を与えるはおろか、その歩みを止めるにすら至らない。

 ヒット&アウェイを繰り返しながら有効打を探り続けるものの、判明していくのは狩人の手札では巨人を傷つけることはできないという現実のみ。

 

 血の通わぬ鉄の身体に、炎熱。

 これだけでも狩人にとって相性が悪いというのに、この短い攻防の中で巨人がまだ余力を大きく残していることを悟り、狩人は現状の危うさを本当の意味で理解し始めた。

 

 

(これは、まずいな……)

 

 

 手札の全てを出しきっているわけではなく、寧ろ()()()やそれに準ずるものはまだ残しておいてある。

 しかしそれを切るには早すぎる。戦いはまだ序盤、開帳するには敵の目があまりにも多すぎる。

 加えて言うのなら、この大戦における目的――狩人(じぶん)が招かれた真の理由(討つべき敵)を未だ見つけ出せていない。

 本命の姿すら拝むことなく退場など笑い話にもならない。ゆえに、勝算なき戦いから脱することを彼は恥とは思わなかった。

 

 

(……仕方あるまい)

 

 

 現実に要した時間は僅かながらも、その間に重ねた思考は幾重か、あるいは幾百か。

 軽い嘆息と共に彼は虚空を歪め、その内に在る自身の領域(ユメ)から1つのモノを取り出した。

 緻密な装飾が施された黄金の(ゴブレット)。王侯貴族が好みそうなその宝物は、だがその輝きとは反対に、悍ましい地の獄を顕現せし得る魔性の遺物。

 惜しみながらも杯に幾つかの触媒(儀式素材)を詰め込み、魔力を注いで新たな宝具展開に移ろうとしたその寸前――

 

 

「……っ!?」

 

 

 不意に石畳が割れ、周囲を、いや町全体を激しい揺れが襲った。

 雷鳴にも似た轟音を鳴り響かせて、そう遠くない場所から巨大な()()が突き出で、天を目指さん勢いで伸びあがる。

 狩人が“黒”のアーチャーたちを襲った場所である、都市随一の高さを誇る時計塔を超えてなおまだ伸びるソレは、生こそ宿すものの魔獣や聖獣の類などではなく、そもそも動物ですらない。

 夜の闇を照らし暴き、あらゆる黒の存在を認めぬと言わんばかりに輝きを放つソレは――

 

 

「――()……?」

 

 

 

 

 

 

 ――時は少しばかり遡る。

 

 “赤”のセイバー(モードレッド)“黄金”のセイバー(マレニア)の戦いが一旦の区切りをつき、両者が戦場となった広場を離れた頃。

 程なく別の場所にて、ある2人の邂逅が成されようとしていた。

 その片割れ、“赤”のセイバーのマスター、獅子劫界離は狭い路地の片隅に身を潜め、路地先にある小さな広場にいる()()を捉えていた。

 

 人払いの成された領域にあって、独り佇む奇妙な白影。

 血汚れが目立つ白装束は、一昔前の医療者を彷彿とさせたが、戦場、それも聖杯大戦という超常の戦いにただの医療関係者が居るはずもない。

 後ろ姿ゆえ顔は見えないが、角度を変えて覗き見てもその素顔を窺うことはできない。

 何か隠蔽の魔術を行使しているのかと考えた直後、その問いに答えるかのように白衣の人物が獅子劫のいる方へと振り向き、その全貌を晒した。

 

 

「そこにいるのだろう、魔術師(マスター)よ」

 

 

 露わとなったのは――白面。

 人肌を一切露わとせぬ、陶器にも似た真白い仮面。

 血汚れの白装束と合わせて見ても、とても一般人、いや現代の魔術師の姿には到底思えない。

 

 

(まさか、サーヴァントか?)

 

 

 もしもそうだとしたら、考え得る限りで最悪の状況だ。

 どれほど脆弱であろうとも英霊(サーヴァント)

 現代の魔術師では太刀打ちのできない存在であり、獅子劫自身、サーヴァントたちの戦いを見て彼我の差をイヤになるほど痛感していた。

 先ほど使ったばかりだが、さらに令呪を消費してセイバーを喚び戻すか?

 大戦を勝ち抜くための切り札ではあるが、この場で死んでは意味などない。

 

 

「案ずるな。そちらが妙な動きを見せぬ限り、こちらから攻める意思はない」

 

 

 だが獅子劫の予想に反して、告げられたのは思わぬ言葉だった。

 聖杯大戦、そしてその大本である聖杯戦争とは、何もサーヴァント同士の戦いが全てというわけではない。

 サーヴァントをこの世に留まらせる要石代わりのマスターを葬れば、必然サーヴァントの方もそう時を経たずして消滅する。

 敵方の戦力を削る上で、この上ない好機を手ずから捨てるなど普通ならばあり得ない。

 しかし本人の言葉に偽りがないように、白面の者からは敵意も戦意も感じられない。

 

 

「お前、サーヴァントか? それともマスターの方なのか?」

 

 

 ならばここは下手に挑発せず、情報を引き出すことを獅子劫は選んだ。

 言葉による騙し合いもまた戦場の駆け引きの1つではあるが、血統に誇りを持つ魔術師や、英雄らしい英雄ならば()()()を忌避するきらいがある。

 馬鹿正直に答えるならばそれで良し、逆に先の発言とは逆に攻撃を仕掛けて来ようならそれも良し。

 いつでもセイバーを喚び出せるように令呪に意識を割きつつ待つと、白面の方から答えが返された。

 

 

「サーヴァントであるとも言えるが、()()()()()()()()()()

 

「あ……?」

 

 

 サーヴァントである、というあたりでやはりかと呟きかけたが、続く言葉によってそれは掻き消された。

 まるでサーヴァントとマスターを兼ねているとも取れるし、あるいは()()()()と解釈もできる。

 情報を引き出そうという獅子劫の思惑を悟り、逆にそれを利用して情報混乱を招こうとしているのか。

 素顔を隠す白面によってそれが真実か否かは判断できないが、軽く切り捨てていい内容ではないことだけは理解できていた。

 

 

「……ん?」

 

 

 沈黙と会話を繰り返しているその時、不意に轟音が鳴り響き、遅れてやってきた熱風が2人を襲う。

 灼け焦げるようなことはなくとも、高熱を孕んだ風に撫でられれば痛みが生じ、動きも鈍る。

 たまらず付近にあった遮蔽物に身を潜める形で獅子劫は対処したが、一方白面は吹き荒ぶ熱風を防ぐでも避けるでもなく真正面から受けつつ、仮面の奥の双眸を熱風の出所――新たなる敵へと向けていた。

 

 

「この()()……()()()()が再び現れたか」

 

 

 仮面の内側から零れる言葉の端々からは、熱気の元凶たる何者かへの強い敵意と警戒が感じ取れた。

 この熱風を起こした元凶を知っているのかと問おうにも、自分の身を守るだけで精一杯の獅子劫にそれを訪ねる余裕はなく、ただ白面の独言を傍らで聞くことしかできない。

 

 

「……折角根も張り終えたというのに」

 

 

 仮面の内側で溜息が漏れると、その行為自体が切っ掛け(トリガー)となったのか、彼の足元を起点に黄金の筋が石床に生じる。

 葉脈にも似た筋は瞬く間に広がり、魔力を漲らせながら重ね連なり、噴出するように地上から突き出でた。

 黄金の魔力光を放ち、屹立したのは巨大な()()

 シギショアラの街において最も高い建造物である時計塔を超え、なお伸び続ける大樹。

 幹の成長が完了すると、樹冠の枝が伸び始め、天蓋の如く街を覆う。

 

 

「仕方あるまい。街ごと味方を灼かれて薪に変えられるぐらいなら、安い出費(ぎせい)か」

 

 

 街を覆う枝葉より生まれ、零れ落ちゆく雫。

 地に沈み、埋まる『黄金の種子』はやがて芽を出し、大本である黄金の大樹より注がれる魔力によって急速に成長を遂げるも、成り果てた姿は樹木らしからぬ異形――植物の竜とも呼ぶべき怪物だった。

 

 

「――征け」

 

 

 ごく単純な命が1つ。

 それを受けた木の異形たちは、悍ましい咆哮を上げながら地を這うように猛進し、ただ一点へと向かっていく。

 人ならざる異形が群れを成し、明瞭な敵意を剥き出しにして突き進む光景など、およそ現代においてはありえないものだ。

 まず間違いなく向かった先ではロクでもないことが起きると確信する獅子劫だった。

 

 

(そうだ、あいつは――)

 

 

 木竜たちに気が逸れてしまい、再び意識と視線を戻す。

 しかしその頃には件の白面の姿はなく、黄金の残光が微かに舞うのみだった。

 

 

 

 

 

 

 突如屹立した黄金の大樹。

 眩いばかりの光輝を湛え、それで以て街の夜闇を暴き照らすその存在は、まず間違いなく尋常の存在ではない。

 そんな見ればごく当然のことを改めて理解しつつ、狩人は輝きを放つ大樹を見上げ、その視線を樹の隅々にまで巡らせた。

 

 圧倒的偉容。魔力漲る黄金光。

 生前(かつて)狩人が踏破した呪われた古都(ヤーナム)のものとは異なるものの、あれなる大樹もやはり神秘の具現。

 だが猛毒の如き狂気をまき散らす古都とは異なり、あの黄金の大樹自体からは害ある効果(もの)は感じられない。

 強いて言うのなら、過剰なまでの聖性が感じられることぐらいか。

 聖性を弱点とする者共相手なら極めて高い特攻となり得るだろう。……それ以外には少々眩しすぎる程度でしかないだろうが。

 

 

「……待て。()()()()だと?」

 

 

 狩人は生前、とある時期以前の記憶を全て喪失している。

 その記憶喪失は英霊として座に刻まれて以降も続いていて、ゆえに彼はヤーナム以外に関する事柄、特に神話や伝承の類においては座や聖杯からの知識のみでしか知らない。

 与えられた神話や伝承、怪談、伝説。その中に『黄金の木』にまつわる神話は1つだけ――。

 だが彼がその真名を導き出すよりも早く、その解答を遮るようにして新たな地揺れ、そして新たな()()が姿を現した。

 

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!』

 

 

 言葉にならない絶叫じみた咆哮をあげて、がむしゃらに突き進んでくる複数の巨影。

 巨大な樹木、あるいは木の根に手足を生やし、ばっくりと開いた大口を持つ竜か大蛇にも似た異形。

 硬質な外皮で石床や建物を削り砕きながら襲来する木竜の群れは、だが出鱈目に動いているように見えて、その狙いははっきりとしていた。

 

 ()()()()()

 自らの存在を脅かす者への恐怖より起因するものか、はたまた植え付けられた類なのか。

 確かなことは木竜たちの狙いは炎の鉄巨人(“赤”のキャスター)のみであり、その間にいる狩人には目もくれていない。

 正純な英雄、高潔な騎士や誇り高い戦士ならば、路傍の石の如き扱いに怒りを覚えるのかもしれないが、少なくとも狩人という存在はそうではなかった。

 

 離脱の機と見た彼は迫る木竜たちの群れの中にあえて身を投げ、その隙間の中で1枚の呪符を切る。

 逆さ吊のルーンを刻んだ呪符を見つめ、脳内に刻んだ同じ徴を明瞭に浮かび上がらせると、まるで彼の存在自体が夢幻のように曖昧と化し、現実と夢の狭間に溶け始めた。

 

 

「ではな、鉄屑」

 

 

 捨て台詞を1つ残し、狩人の存在が現実より消失する。

 獲物を逃した事実への怒りに、鎧の内の炎が再燃を始めるも、それよりも早く木竜たちが鉄巨人へと殺到する。

 巨体による圧潰。聖性を帯びた黄金のブレス。そして巨体を起点とする大爆発。

 絶え間ない猛攻に身を苛まれながらも、その鉄の躯体と内なる炎が失われることはない。

 

 次こそは必ず捕らえる。そして必ず喰らって(くべて)みせる。

 より確かとなった決意(よくぼう)を胸に抱き、まずは邪魔な木竜(ぞうひょう)たちを灼くべく内なる炎――原初なる火に燃料(ソウル)を注いだ。

 

 

 




 現在一部内容の補足のため、間話を執筆中です。
 出来上がり次第投稿予定です。

 DLCでは新武器種が8つ追加予定とのことですが、何が出るのか今から楽しみです。
 細々ながら狭間の地で活動再開してますので、他の褪せ人の皆さんも縁がありましたらどこかでお会いしましょう。


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⑬人外の犇き、今宵獣狩りを再び ―肆―

 今回は早めに書き上げられました。
 シギショアラ戦編終了です。


 果てなき湖海、果てなき夜空。

 創り出された固有結界(せかい)の中を忙しなく駆け走る影が1つ。

 銀色の短髪を夜風に靡かせながら、“黒”のアサシン(ジャック・ザ・リッパー)は必死に()()から逃げ続けている。

 

 

『ヴォオオオオオオオオォアッ!!』

 

 

 大気を震わせるほどの咆哮を上げ、巨大な一撃がアサシンの目前に叩き込まれる。

 直撃はおろか掠りすらしていないのは幸いであったが、だからと言って彼女は気を緩めたりなどはしない。

 追撃者の存在は変わらず、そして今しがた一撃を繰り出してきたのは、敵が召喚した()()()()()に他ならないのだから。

 

 

「先ほどから逃げてばかりね。その腰の刃物(ナイフ)は飾りなのかしら?」

 

 

 緩やかに、けれど相手を嘲らぬ微笑を湛えたまま告げる“黄金”のキャスターは、王笏の先端でアサシンを示しながら、召喚した者たち全員に呼び掛ける。

 薄白い霊体の群れは、その全てがかつてレナラが盟約を交わした相手だ。

 数頭の狼もいれば、地を這う猟犬の如き異形の騎士もいる。

 キャスターと縁深い小巨人(トロル)も、そして強大なる飛竜さえも、今は彼女との盟約の下に一致団結し、ただ1騎の敵を追い続けている。

 

 手負いかつ魔力不足のアサシンと、自らの領域内にいる複数の味方を従えるキャスター。

 状況はアサシンの方が圧倒的不利だ。遮蔽物のない戦場というのもそうだが、敵方の固有結界内、さらには敵が単騎ではないというのが彼女の勝率を引き下げている。

 それでもマスター(おかあさん)の元に帰ろうという意思のみで、どうにか捕まることなく逃走劇を繰り広げているのだが、それでもいつまでも続けられるわけではない。

 

 

「せめて反撃の一手くらいは出してもらわないと、試しの意味がないでしょう」

 

 

 王笏をくるりと回し、先端から数発の魔力弾を放つ。

 『流星群』と名付けられたその魔術は、名が示す通り空から流れるようにしてアサシン目がけて飛んでいく。

 速さこそ大したものではないが、恐るべきその追尾性によってどこまでアサシンを追いつめ、彼女の僅かな余裕を削り取っていった。

 

 

「おかあ、さん……!」

 

 

 今にも泣きだしそうな顔でマスターを呼ぶも、応じる声などある筈もなし。

 代わってやってきたのは、獣の如き唸りと共に舞う曲剣。

 妖しい光を湛えて振るわれた一閃はアサシンの矮躯を切り裂き、その身に鋭い痛みを与えて、一瞬動きを止めさせた。

 

 その一瞬の間に、それまでアサシンを追い続けていた魔力弾は彼女に追いつき、待っていたとばかりに次々と着弾していく。

 対魔力を持たず、そして魔術的防御の術を持たないアサシンは諸にその威力を味わう形となり、吐血しながら湖面に倒れ伏した。

 だが今は戦闘の最中。当然敵はまだ残っており、召喚されていた数頭の狼が口を開き、彼女の四肢に食らいつく。

 器用にアサシンを引きずり、彼女をキャスターの前まで連れてくると狼たちは役目を終えたとばかりに姿を消し、彼らに続く形で他の霊体たちも消失する。

 

 これで状況は1対1。しかし戦況の優劣は以前として変わらず、どころか身体の状態から見て先ほど以上にアサシンが不利となっている。

 対するキャスターも警戒は怠ることはなく、けれど余裕に満ちた笑みのまま彼女を持ち上げ、ボロボロの顔を覗き込むようにして見上げた。

 

 

「これだけ追いつめても何一つしてこないだなんて。……困ったわねえ。陛下になんて御報せすればよろしいのかしら」

 

 

 短期で決着が戦いならばまだしも、長期が確定している聖杯大戦においては、序盤にて全力を開帳するのは愚行であると彼らの主(褪せ人)は言っていた。

 それゆえ戦闘を通して敵を知り、同時に自らの力が通用するのかを試すというのがこの『試し』の意味でもあるのだが、ここまで何も仕掛けてこないとなると意味も何も無くなる。

 外部から“視られている”という感覚はなく、よってこの固有結界内で倒せば“黒”のアサシンの脱落は確実なものとなる。

 しかし新王(褪せ人)の言葉を無視して、勝手な行動に出た場合に生じる損失(マイナス)の無視できない。

 

 どうしたものかと考え込むキャスターだったが、その苦悩からの解放は、予想外なほど早く訪れることとなった。

 

 

“――()()()()()

 

 

 経路(パス)を通じて届けられた呼び声に、“黄金”のキャスターの身体がぶるりと震える。

 念話の相手が誰なのか、今さら聞き返すことでもなかったが、念には念をと彼女はその名を口にした。

 

 

“新王陛下、如何なさいましたか?”

 

()()()()()()()()()。狙いは不明だが、今ここで標的と定められるわけにはいかぬ。全ての行動を中止し、即刻帰還せよ”

 

“承りましたが、陛下は? それに巨人の動きは……”

 

“案ずるな。奴の足止めのための一手はすでに打ってある。掛けた時間と種子が1つ無駄になったが……対価としては安いものだ”

 

“左様にございますか。では、すぐに円卓へと帰還いたします”

 

“ああ。俺もセイバー(マレニア)に呼び掛け次第、すぐに戻る”

 

 

 彼との念話が切れ、キャスターの意識が再び眼前のアサシンへと戻る。

 変わらずの満身創痍。何かを仕掛けてくる様子も、念話の間に罠を仕込んでいた気配も感じられなかった。

 ()()()()()()()()()()()()。それは先程キャスター自身が思った通りであり、事実アサシン自身にはこれ以上の抵抗はできない。

 

 ――だが、確実に敵を殺し得る機にこそ隙は生じる。

 それは如何に強大な英雄とて例外ではなく、この一瞬、キャスターのあらゆる警戒がほんの僅かに――()()()

 

 

「ぐぅ、う……っ!?」

 

 

 ()()()――と。

 銃声のような音色が響き、遅れてキャスターの体躯が崩れかける。

 完全に倒れることがなかったのは、緩みの直後に咄嗟に身体を横に避けた()()()()()によるもの。

 英雄としての全盛にある今、かつて黄金樹の勢力と戦った際の記憶と経験を彼女は存分に活かせる状態にある。

 本業の戦士や騎士などと比べれば大きく劣るものだろうが、今この瞬間だけは、その経験が彼女を()()()()

 

 

「ぐ、ご、ほぁ――っ!」

 

 

 口元から吐血し、身体を襲う異常に苛まれるも、彼女の精神は至って冷静だった。

 痛みはあるが、堪えきれないものではない。

 身体の内部を滅茶苦茶に掻き回されるような感覚ではあるが、おそらくこれは症状としては()()のもの。

 重度の症状を目のあたりにし、実際その治療に携われたことが幸いとなった。

 

 

「――()()()()()……!」

 

 

 傷だらけの顔を上げて、仮初めの夜空の果てに声を放つ。

 幼子の声が届いたのか、はたまた単なる偶然か。

 キャスターの展開した固有結界の一部が溶け出し、異なる()()と接合される。

 それはキャスターの生み出す夜の闇よりもなお黒く、なお暗い、宇宙的暗黒の底。

 人には聞こえぬ呼び声がその闇の内にはあるのか、“黒”のアサシンは痛みを忘れて無邪気に駆け走り、まるで子供が我が家に帰るように闇の中へと消えていった。

 

 夜空の湖海に残されたのは、“黄金”のキャスター1騎のみ。

 アサシンの戦力計測こそ果たせなかったが、思わぬ()()を得る形となった。

 戻り次第、すぐに知らせねばならないと思いも確かにあったが、

 

 

(これは、迷惑……かけてしまう……わ、ね……)

 

 

 自分の子供たち(ラニとライダー)に要らない心配をかけてしまうことへと思いが勝りながら、彼女は魔術を行使し、円卓へと帰還した。

 

 

 

 

 

 

 シギショアラの街は、今や地獄も斯くやと言わんばかりの有り様だった。

 倒壊した住宅。破砕された石床。スクラップと化した車。

 何より突如そびえ立った巨大な黄金の樹木が今、炎に包まれ燃えている。

 

 放たれた『爛れた樹霊』を文字通り燃やし尽くし、今その根源たる黄金の樹に喰らいつき、捕食する者こそは“赤”のキャスター。

 髑髏面の兜を上下二つに分かち、即席の歯を突き立て、灼きながら喰らう様は地獄の悪鬼も同然。

 膨大な聖性を帯びた神樹と言えども、迎撃の術を持たぬ以上は文字通り独活の大木だ。

 

 声なき悲鳴を上げながら、ゆっくりと喰われていく苦痛に枝葉を揺らす。

 そうして全てを炎に呑まれ、大樹の有する神性・聖性が全て平らげられた時、“赤”のキャスターは再び立ち上がって高らかに咆哮した。

 

 

『ガァアアアアアアアアァアアアアアッ!!!』

 

 

 巨大な鉄塊同士を打ち合わせたような轟音(ほうこう)

 人ならざる鉄の怪物が放つそれから人間性など欠片も感じられず、ただひたすらに獣性(よくぼう)が彼を支配していた。

 もっと神性を、もっと贄を、さらなる()()を!

 止め処なくあふれ、抑えきれぬ渇望がキャスターを染め上げ、その衝動のままに彼の巨体を動かす。

 手始めに残り香を辿り、直近の神性(かみ)を喰らう。

 喰らって蓄えた力を使えば、さらなる神性(かみ)をも喰らうことも難しくはない――

 

 

「――()()()()()()()()()()

 

 

 身を突き動かすに、待ったを掛けた声が1つ。

 氷を思わせる冷たさに染まる声の主は、だがその声音とは対極の太陽が如き灼熱を有している。

 それこそ熱量だけならば()()“赤”のキャスターにも劣らぬほどの、凄絶なる太陽の化身。

 

 “赤”のランサー――真名、カルナ。

 

 

『……、…ッ!』

 

 

 言葉にならぬ驚声が上がり、キャスターの巨体が一瞬後ろに揺れる。

 同僚からの制止が入ったためではない。居場所を突き止められ、所業を遮られたことにでもない。

 湧き上がる衝動と、鋼の内部に残された1つの理性(いし)が拮抗し、彼自身をそうさせたのだ。

 

 だがそれもほんの一瞬。鋼の巨体は再び鳴動し、金属音めいた咆哮と共に“赤”のランサーへと接近する。

 武器はなく、此度の本業(クラス)を示す魔杖もない。ただ炎を宿した両手があるのみ。

 同じく炎を宿すランサーにとって、本来ならば然したる脅威でも何でもないのだが、“赤”のキャスターの炎に限れば()()となる。

 

 伸ばした両手そのものがまるで巨獣の顎のように開き、その硬い両掌でランサーを握り潰さんと迫る――

 

 

『――!』

 

 

 ――寸前、その手が不意に止められた。

 

 ランサーの抵抗によるものではない。その手を止めたのは他でもないキャスター自身の意思だ。

 まるで彼の身体に()()()()()()()()()()()かのように、彼は鉄の顎から苦悶の悲鳴を上げながら、誰に向けてのものか分からぬ声を発し続けた。

 

 

『喰らう……(カミ)を、(ワタシ)は喰らわねば……()。喰らうはっ、我が、大願のため、……()()()()()のためなどでは、ない……!』

 

 

 自分で自分の喉元に手を伸ばし、絞め上げる。

 傍から見れば狂人の自殺行為に見えなくもないが、その狂行を目の当たりにしている“赤”のランサーには別のものに移っているのか、咎めることも止めることもしない。

 代わりに彼は、狂い叫ぶキャスターに向けて言葉を贈った。

 

 

「お前がオレを喰らいたくて仕方がないと欲するのなら、それを咎めるつもりはない。

 その渇きを癒してやることは容易かろうが、生憎此度は()()がある故、お前のその望みに応えてやるわけにはいかない」

 

 

 望みを否定はしないが、叶えもしない。

 残酷なその言葉をはたしてキャスターが耳にしているかどうかはさておき、ランサーは能面の如き変わらぬ無表情のまま、狂う巨人を見つめ続けた。

 

 

「その上で問おう、キャスター。始まりたる火の番人よ」

 

 

 

 

 

 

「――お前は()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

 

 “赤”のランサーの一言に、それまで狂い暴れていたキャスターが動きを止めた。

 鉄の髑髏面から零れる呻きこそあるが、先ほどまでの狂行が嘘のような鎮まりぶり。

 身を焦がす熱も、炎も落ち着き、目元に穿たれた覗き目(スリット)の奥では理性の灯し火が灯ったよう見えた。

 

 

『……ぜ…った…』

 

 

 灯る炎を目の代わりに、視界に捉えたランサーへ鉄腕が伸びる。

 零れる声は徐々に明瞭と化していき、その手があと少しでランサーの痩躯に触れようという距離でところで、言葉の全てが耳に響いた。

 

 

『何故、我ら(カミ)を……(ちち)を裏切ったのだ――()()()……!」

 

「……」

 

 

 言って、キャスターの身体から力が抜けるようにして、その場に倒れ込む。

 炎眼が何を幻視し、何を“赤”のランサー(カルナ)と重ねたのかは分からない。

 崩れ落ち、倒れ伏した鋼の躯体に聞こうにも、きっと答えてはくれまい。

 

 

「……オレはお前の子ではなく、お前の息子とやらにも見当はつかん。

 だがお前は、きっと――裏切られてなお、密かに息子を愛していたのだな」

 

 

 感情を読み取らせぬ顔つきはそのまま、嘘偽りない己が思いを口にして、ランサーのキャスターの巨体を背負い、シギショアラを後にした。

 

 

 

 

 

 

『――ランサーは無事、キャスターを回収できたようだ』

 

「……そうですか」

 

 

 “赤”のアサシン(セミラミス)からの報告を受け、シロウは教会の長椅子に腰掛けながら軽く安堵の息を吐いた。

 突如動き出したキャスター。市民の人除けが成されていたとはいえ、街に多大な被害を与えたのは事実。

 突然の狂行に最初報せを聞いた時はシロウも口が塞がらず、一瞬頭の中が真っ白になったが、すぐさまランサーを向かわせたのが功を奏したらしい。

 

 強大な炎の化身でもあるキャスターを止めるには、実力や性質から見ても“赤”の陣営にはランサー以外に適役がおらず、ゆえの一手ではあったが、幸いにも戦闘らしい戦闘にはならなかったそうだ。

 

 

「後処理は教会(こちら)でつけます。アサシン、他に何かありませんでしたか?」

 

使い魔(ハト)共を通して視た限りではあるが、やはり件の“黄金”が動いておったな。

 どちらも女、身形と得物からしておそらくは……剣士(セイバー)魔術師(キャスター)といったところか』

 

「セイバーに、キャスター……ライダーが交戦したという“黄金”のランサーや、アーチャーと競い合ったという弓兵も含め、これまでのサーヴァントたちも合わせれば丁度7騎。

 その全員が何らかの形で“赤”と“黒”、双方との戦闘を経験している……」

 

 

 戦闘そのものが目的なのか、それとも別に狙いがあるのか。

 “黄金”の陣営が『エルデンリング』の勢力そのものであるというのはほぼ確実であり、ならば各々の真名を絞るのは難しくない。

 そもそも、()()()()()()()“視る”だけでそのサーヴァントの真名を知ることができるのだが、相手が隠蔽系のスキルや宝具を持っていればその限りではなく、そもそもにおいてあまり姿を見られるわけにもいかないため、直接視ることは叶わない。

 

 しかし、“黄金”の陣営の正体がかの神話の勢力そのものだとしたなら、新たな謎が生じる。

 それは統率者――奇神話の1つに数えられる神話群の英雄たちを纏め上げるとなれば、それ相応のリーダーの存在が必要不可欠となる。

 現代に生きるマスターでは当然不可能なため、その統率役はサーヴァントの内の誰かに限られてくる。

 

 

『唸り声からまたも悩みに耽っているようだが、報せはこれで終わりではないぞ』

 

「聞かせて貰えますか?」

 

 

 続くアサシンの報告を受けて、シロウはさらに増えた問題に頭を悩ませることとなる。

 しかしその全てに対する最善手を講じるよりも早く日は過ぎて、決戦の日は刻一刻と迫っていった。

 

 

 

 

 

 

「おとうさん!」

 

 

 夢の庭の屋敷に戻った途端、“黒”のアサシンは助走をつけて狩人の背中に抱き着いた。

 一瞬くぐもった声を上げるも、狩人はすぐに体勢を元に戻して、背中にくっつく幼子の頭を手袋越しに軽く撫でた。

 

 その光景を傍らに見つめる玲霞(マスター)だが、2人の身体の具合を見逃したりなどはしていなかった。

 一部が焼け焦げた外套。傷だらけの素肌。

 狩人の方は目立った手傷こそ負っていないものの、相当の苦戦を強いられたのか、普段のような余裕は見られない。

 アサシンなどは何があったのかなど一目瞭然だ。おそらく戦いを継続していれば、最悪双方共に負けていた可能性も大いにある。

 

 

「さあジャック、お父さんが困っているからそろそろ離れましょう。今晩はジャックの好きなお料理を作ってあげるわ」

 

「ほんとう! わーい! わたしたち、ハンバーグがいい!」

 

「本当にジャックは好きねえ、ハンバーグ」

 

 

 スキップしながら屋敷の中へと戻るアサシンの後ろ姿を見送ると、玲霞は傍らに佇む狩人を見上げ、マスクに覆われたその顔を覗き込みながら訪ねた。

 

 

「今回の相手、そんなに強かったの?」

 

「最初の相手はそうではなかった。血さえ通えば、神であろうと私は殺せる」

 

「じゃあ、そうじゃない相手だったってこと?」

 

「……鉄鎧の巨人だ。炎を生み出し、それを放つ。力勝負に出ようにも、相性問題ゆえ獣の膂力は使えない。

 だがこのような序盤で切り札を出すわけにもいかなかった。あの妙な樹木の怪物たちが現れたおかげで、無駄に手札を切らずに済んだがな」

 

 

 とはいえ、おそらくあの巨人は健在のままだろう。

 木と火では相性ゆえに結果は見えている。それにあの巨人の凄まじい霊基規模と出力。間違いなく、この大戦におけるサーヴァントの中でもトップを争えるレベルだ。

 それほどの相手がたった一晩で脱落したとは到底思えない。

 

 

(それに、()()()……)

 

 

 彼の同僚――ヤーナムの狩人としてではない、“異なる所属”における同僚のものとどこか似ている。

 そう言えばあの髑髏面の鎧兜も、僅かにだが似ているような……。

 そんな考えを巡らせていると、不意に裾を引っ張られたことで意識が引き戻され、その目に再び玲霞の顔が映った。

 

 

「考え事もいいけれど、まずは食事にしましょう。あの子(ジャック)も待っているわ」

 

「あ、ああ。そうだな、そうしよう。……ところで玲霞、今日のハンバーグは()()……だよな?」

 

「うふふふふふふふふふ」

 

「その意味ありげな笑いはなんなのだね!?」

 

 

 後に振舞われた玲霞のハンバーグに狩人が危惧していた心臓(モノ)は入っておらず、アサシンと一緒に美味しく召し上がったそうな。

 

 

 



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間話 色褪の追憶

 前に書いた補足の話です。


 ――数多の結末(おわり)を目にした。

 

 

 灰となり、彼ら(遺灰)と混ざり合い1つとなった“黒”のセイバー(ジークフリート)は、彼らを通して『ある人物』の記憶を見せつけられていた。

 嵐の跡が残る礼拝堂。戦士たるを呼び起こす洞窟。

 緑の地平。蒼き巨大湖。朱い戦場。黄金の王域。

 数多の強敵。数多の出会い。

 師、従者、同志、協力者、そして伴侶。

 歩み進んだ道のりは遥か長く、その過程で結んだ縁も数知れず。

 多くによって形作られ、多くを成した末に完結した1つの物語(旅路)

 

 

『これが、“黄金”のマスター(かれ)の……』

 

『そうだ』

 

 

 是であると。

 短く断じたのは、尖がり頭巾が目立つ極めて大柄な体躯の魔術師。

 頭巾の下に素顔は見えず、ただ冷たい石によって造られた人頭の被り物があるのみだ。

 

 

『是なる記録は、我が王たる()()()がかつて歩みし旅の記憶。

 狭間に在って最も多くを成し、最も多くを屠り去った英雄の足跡』

 

 

 静かな口調で語りながらも、その荒ぶる気迫を隠しもしない猟犬の如き異形の騎士が、魔術師の言葉の先を継いだ。

 彼らもまた、“黒”のセイバーと混ざった遺灰たち。

 元は高名な、あるいは何らかの事情により世に名を馳せられなかった彼方の英雄たちは、セイバーの呟きに反応し、あるいは彼に仔細を説きながら共にその記憶を見続けている。

 

 

 

 “王となる”――課せられた使命のために黄泉の底から引き上げられ、再びの生を得て彼方の秘境を旅する“彼”。

 神話や伝説に語られる英雄豪傑(しゅじんこう)たちのような特別な生まれではなく、そして超常の力を身に宿すわけでもない。

 あるのはごくありふれた武具と、戦士の末裔というか細い縁のみ。

 広大なる狭間の秘境を旅するには、あまりにも心許ない備えと装い。

 しかし彼はその姿のままで旅を始め、立ちはだかる苦難と脅威を悉く乗り越えていった。

 

 足りない能力は異端の業(ルーン)で補い、武具の不足に悩まされれば敵からの略奪や骸からの剥ぎ取りすらも行う。

 各地で師を得て魔術を修め、祈祷を身に付け、時には触れざるべき禁忌にさえ手を出した。

 そうして手にした力は凄まじく、およそ狭間の地において“彼”に殺せぬものはいなくなった。

 

 人を、獣を、異形を、竜さえも。

 遥か古より生きる古き竜や、滅びの火の番人たる最後の巨人族すらも屠り去り。

 狭間の地を支配する神の子孫、デミゴッド。

 神の血を引く半神たちを人の身で降し、殺め、蹂躙した。

 その果てに待ち受ける最後の敵。神すらも超越する世界の理そのものを討ち果たし。

 そして“彼”は、遂に己が目指した王座へと至る。

 

 これが大まかな内容であり、要所だけを見れば殺戮の旅路としか言いようがない血濡れの英雄譚(ものがたり)だ。

 血と鉄で飾られた彼の旅は、だが決して()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

『……あれは……』

 

 

 ふとセイバーの目に映るのは、ある時軸における1つのやり取り。

 薄暗い洞窟の中で倒れ伏す若い獣人に、“彼”が『何か』を渡している様子だった。

 その『何か』を受け取った獣人は、倒れた姿勢のまま身体を丸めると、嗚咽を零しながら“彼”に感謝の言葉を述べ続けていた。

 

 獣人の彼だけではない。

 師と仰いだ女魔術師も、血狂いを狩る異邦の狩人も、自分を騙したハゲ頭も、生きた大壺の戦士も。

 人間、動物、獣人、異形、巨人種――。

 奪った命の数には到底及ばないものの、“彼”が繋いだ縁は確かに存在し、それが何かしらの形で彼らの救いとなり、希望となったのは紛うことなき事実だった。

 

 

『王は、決して善良とは言えぬ御方だ』

 

『無辜の民を目にし、直後何の理由もなく殺しにかかることもある……』

 

『ゆ、有名なのは、しろがね人の虐殺。お前たち(外の人間)で言うホムンクルスを、幾千幾万と……ヒヒッ、作業のように殺し続けたことだ……』

 

 

 長柄のノコギリを携えた、うす汚れた装いの小人たちがセイバーの足元をぐるぐると回りながら語る。

 1人は無感情に、1人は気だるげに、1人はいやらしげな笑みと共に、主君の性質とその所業を告げていく。

 まるで自分たちこそが、(“彼”)の悪性を知る語り部だと言わんばかりに。

 

 しかし程なく、王の悪性を語る小人たちから引き継ぐ形で、新たな語り部(遺灰)たちが姿を見せる。

 

 

『それでも、王さまはぼくたちを救ってくれた』

 

『うん。王さまはしろがね人(ぼくたち)の仲間をいっぱい殺したけど、最後までしろがね人(ぼくたち)生命(いきもの)として見てくれた』

 

 

 潰れたカエルのような顔を持つ奇妙な2人が、互いの言葉に頷き合いながら“救われた”という事実を示す。

 そして2人はそう言うと、途端に顔を曇らせて、悲しげにその場で俯いた。

 

 

『でも、()()()()()()()()()()()

 

『うん。王さまはたくさんがんばったのに、王さまの望む終わり(かたち)にはならなかった』

 

『望む、かたち……?』

 

 

 聞き返す“黒”のセイバーに、2人組は言葉の代わりに指で示した。

 指し示されたその先では、場面が変わって新たな過去(きおく)が映し出されていた。

 だがそこには、これまではとは明らかに異なる“違い”があった。

 

 

 

“お前が王になろうとも、私はお前の師だ。……お前は、私の可愛い弟子だ”

 

 

“このアレキサンダーは、最後まで戦士の壺であったぞ!”

 

 

“共に戦うとしよう、ラニのために”

 

 

 

 彼に感謝の言葉を捧げ、これからも共に在ろうと誓った者たち。

 しかし、その悉くが交わした誓いを守れず、何かしらの形で散り、あるいは無惨な最期を遂げていった。

 

 全ての者が救われるとは限らない。

 ならばせめて、自分に関わる者たちだけでも救いをと願い、行動した結果がこれだった。

 

 

『主は求めた。完全なる終わりを。誰もが報われる終末の形を』

 

『だ、が……そ、んな……もの、な、ど、は……なか、った……』

 

『だれ、も、が……救わ、れる、など……あり、えな、い』

 

 

 顔を隠した小柄な小姓。

 奇妙な大曲剣を背負う2人の獣人。

 彼らが互いに話を引き継ぎ、自分たちの王の求める理想がどれほどに高く、ゆえに実現不可能な代物なのかを語る。

 

 

『……それでも、あの人は諦めきれなかった』

 

 

 実現不可能と言われた理想を、それでも断念することはなかったと、白銀の女弓手は告げる。

 

 

『だから“彼”は求めたのだ。外なる世界。霧の彼方に在った、かつての“彼”が死に、最初の生を終えた場所に』

 

 

 “彼”が惹かれ、導かれたのか。

 ()()が彼を見出し、導いたのか。

 その真相を知る者はいない。おそらく、“彼”以外には。

 

 

『貴方が如何なる意思の下に“彼”の誘いを拒み続けるのか、それを問うつもりはない。

 だがせめて、知っておいてほしいのだ。彼が外の世界に手を伸ばしてまで欲した理想、その故の何たるかを』

 

 

 もはや遺灰たちの声に応じるための声を出すことはなく、“黒”のセイバーは沈黙の中で、流れ出る“色褪の追憶”を見続けた。

 

 

 




 ―おまけ―

『すまない、これは何を行っている光景なんだ?』

『これは王の伝説の1つ『カエル坂100万人狩り』の時のものですね』

『すまない、これは何をしているのだろうか?』

『これは王の伝説の1つ『啜り泣き浜辺の鳥脚狩り』ですね』

『……すまない。今、排泄物を拾って回収したように見えたのだが、見間違いでは――』

『見間違いに見えますか?』

『いずれ貴方も巻き込まれる』

『王さまの収集癖……こわい』

『うん。……王さまのポケットは魔窟』

『王さまの友だち(鉤指)のポケットの中身も……こわい』

『……なんかネチャネチャと音してたね』

『……その、イヤなことを思い出させて、すまない』

『先ほどからすまないしか言ってませんね、貴方は』


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間話 決戦へと向けて

 今年はすこぶる筆の調子がいい。これもDLC効果というものか……


 シギショアラでの戦闘においての脱落者は、三陣営共に皆無であった。

 軽重の差こそあれど、手傷を負ったサーヴァントはいたが、脱落者を出さずに終わったのは寧ろ奇跡と言ってよかった。

 

 アーサー王伝説における叛逆の騎士。霧の都の殺人鬼。

 ギリシャ神話に名高き大賢者。そして狭間の地の英雄たち。

 突如乱入してきた火の炉の番人(“赤”のキャスター)と、“黒”のアーチャーを急襲した黒衣の狩人というイレギュラーこそあったものの、この面子が揃った上で誰も敗死しなかったことは、紛れもなく奇跡であった。

 

 その稀なる幸運に救われた身で、ミレニア城塞に帰還したフィオレは、シギショアラで起きた全ての事象をダーニックに報告した。

 一方、“赤”のキャスターを連れて帰還した“赤”のランサーも、自らの耳目で得た情報――特にキャスターに関わる事柄を、出来得る限り細かくにシロウたちに伝えていた。

 両陣営共に得るものこそありはしたが、素直にそれを喜べないというのが双方共通の現状だ。

 

 “黒”の陣営は、謎の銃使いによって“黒”のアーチャーを負傷させられ、現在彼の治療に専念せざるを得なくなっている。

 “赤”の陣営は負傷者こそいないものの、“赤”のキャスターが内包する危険性と、その制御の難しさを思い知らされ、今後どう使うべきかと再考していた。

 

 実質休止状態に入ってしまった二陣営。

 そんな彼らとは異なり、残る最後の一陣営――“黄金”は一足先に次の戦いへの準備に取り掛かっていた。

 

 戦備の手配に奔走する者。最後の練兵へと向かう者。

 愛剣や鎧を鍛冶師に鍛え直してもらう者。少しでも多くの術を得るべく師に教えを乞う者。

 各々が自分にできる最良を選択し、それらに取り掛かっている。

 故にただでさえ忙しない円卓内は多くの人で満ち、結果過去最高の密度と熱気を生み出していた。

 

 しかし、そんな彼らでさえも唯一立ち入らぬ領域があった。

 円卓の名の由来ともなった『大円卓』。

 かの異空間の心臓部とも言える中央広間に、()()の姿はあった。

 

 

「――キャスター、傷の具合はどうだ?」

 

「ご心配なく、新王陛下。セイバー(マレニア)の読み通り、かの呪血は強烈な苦痛こそありましたが、ランサー(モーグ)ほどの手傷には至りませんでしたわ」

 

「そうか。……ではランサー、貴公はどうだ?」

 

「此方もすでに問題なく。以前と同じ壮健を取り戻してございます」

 

 

 決戦への参戦が危ぶまれていた2騎の返答に、褪せ人は短く言葉を返しながら頷く。

 方々の尽力と、何よりキャスター自身が呪弾を受けたことにより回復の手立てが見出され、重傷の身であったランサーはキャスターと共に復活を遂げていた。

 既にそこには物も言えぬ骸同然の忌み鬼の姿はなく、恐ろしくも威厳に満ちた“血の君主”の偉容があった。

 

 

「アサシン、宝具の()()()()に問題はないか?」

 

「……既に試したが、異常はない。条件と機が揃い次第、いつでも動かせる」

 

「ライダーは――」

 

「我が赤獅子軍全兵、一切の抜かりなし! いつでも出陣できますぞ、新王よ!」

 

「……そうか。とりあえず、手筈通りに頼むぞ」

 

「応とも!」

 

 

 相も変わらぬ仏頂面のアサシンと、彼とは対極にどこまで豪快に、高らかに応じるライダー。

 対軍戦の要とも呼べる宝具を有する2騎。

 彼らの宝具発動の有無次第で結果が変わると言っても過言ではないが、両者の反応からして起動は問題ないようだ。

 

 

「セイバー、そしてバーサーカー」

 

「問題ない。いつでも出られる」

 

「……同じく、だ」

 

 

 最後の2騎には、特に細かな問いはしない。

 万全に戦えるか、確かめるのはただそれのみ。

 彼らも褪せ人の意を汲み取っていたのか、片や簡素に、片や不満を隠しもしない様子で返した。

 

 人も、武具も、兵器も、策も、全てが整った。

 主力たるサーヴァント(デミゴッド)たちの意思は変わらず。各々に理由はあれど、決戦に臨む覚悟だけは等しく同じだ。

 問うまでもない問いを敢えて掛け、それでも彼らの意を確かめたかったのは、他ならぬ褪せ人自身が覚悟を決めるため。

 

 此れより後に成す()()に迷いがあってはならない。

 己が手に出来得る全ての終わりを迎えた上で、なおその終わりを認められなかったが故の答え。

 例え間違いだと指摘されようとも、許されざる悪行だと糾弾されようとも。

 何物にも動じない不退転の意思を得る必要がある。

 

 そしてそれを確実なものとするためには、まだ成すべきことが残っている。

 

 

「――よろしい。では各自、出陣の準備を整え次第待機せよ」

 

 

 最後のその言葉を切っ掛けに会合は終わりを告げ、集った六柱は最後の仕上げに掛かるべく各々の領域へと帰還する。

 

 

「いよいよにございますね、マレニア様」

 

「ああ。……此度の戦、必ず勝つぞ」

 

「……はっ」

 

 

 天賦の片翼を失った隻腕の剣士(セイバー)は、従える騎士たちと共に必勝を誓う。

 

 

「我らが望む理想、我らが在るべき楽土があと少しで……!

 今しばらくお待ちください。そして来る時、我らが王朝を開きましょうぞ、私のミケラ……!」

 

 

 地底の血沼を行き交う人獣化生を見下ろしながら、凶血の槍兵(ランサー)は伴侶の名と共に遥かなる妄想に想いを馳せる。

 

 

「我らは赤獅子!」

 

「「「敗れてなお屈さぬ獅子の群れなり!」」」

 

「我らは戦士なり!」

 

「「「鉄と炎を友とし、脅威に抗するがため剣を振るう者なり!」」」

 

「故に! 我ら赤獅子に!」

 

『一切の惰弱無しッ!!』

 

 

 終の戦場たる朱色の砂丘にて、強大なる騎兵(ライダー)は戦友たちと共に自らを鼓舞するが如く謳う。

 

 

「さあ、貴方たち。杖を手にし、剣を佩きましょう。我らが星、我らが運命は、新王陛下と共にあり」

 

「はっ!」

 

「レナラ女王陛下、そして新王陛下に栄光あれ!」

 

「「「女王陛下、新王陛下に栄光あれ!」」」

 

 

 城館に集いしカーリアの騎士たちの祝福を受けて、満月の魔術師(キャスター)は新たな王と運命を共にすることを宣言する。

 

 

「陛下……」

 

「何も言わずともよい。……奴が勝てば、それで全て報われる」

 

 

 黄金の一族最後の王たる英雄狩りの暗殺者(アサシン)は、己の不甲斐なさを嘆きながらも、愛した全ての命運をかつての敵に託す。

 

 

「まだだ、まだ……足り、ぬ……!」

 

「ゴ、ゴド、リック……さ、ま……?」

 

「……何をし、て、いる――次の、接ぎ贄を……持ってこぬかぁッ!!」

 

「ひ――ひィぁああっ!!?」

 

 

 ただ一人、自らの喚ばれた理由を明かされた老醜の狂戦士(バーサーカー)は、敷かれた運命に抗うかのように、その身をさらに異形へと接いでいく。

 

 渇望、熱情、期待、そして怒り。

 多くの願望と感情を混ぜ合わせながら、狭間の英雄たちは最後の決戦に備えた。

 

 

 

 

 

 

 6騎の半神、英雄たちがそれぞれ最後の支度に取り掛かっている同じ頃。

 陣営の盟主(マスター)、褪せ人の姿は王都の最奥にあった。

 黄金樹に最も近しき場所。この王都を、そしてこの狭間の地の全てを統べる者こそが座することを許される玉座。

 最も強き戦士の王が創り、赤髪の英雄が跡を継ぎ、そして他ならぬ褪せ人が力で以て簒奪せしめた座。

 

 しかし褪せ人はその玉座には座らない。

 否。すでに玉座には()()()()()()()()

 

 

「――()()()

 

 

 何者かが座す玉座からは目を離さずに、褪せ人は名だけを口にする。

 遮るもののない玉座の広場に、褪せ人の呼び声が木霊するが、応じる声は存在しない。

 しかし程なく、彼が立つ玉座前から少し離れた位置に、亡霊のように姿を浮かび上がらせる者が現れた。

 

 絵に描いたような長身痩躯。

 青白いどころか、青ざめたとさえ表現できる青灰色の肌をした細身に、最低限の衣服のみを纏っただけの奇妙な男だ。

 素顔は見えず、代わりに太陽とも向日葵とも見える黄金の輪を模した仮面を被り、自己を主張している。

 

 

()()()()()()

 

 

 同じように名を呼んで、またも同じく彼の周りに名の主たちの姿が浮かび上がる。

 黒の頭巾とローブで身体を覆う、儚げな印象の乙女。

 赤黒い、ゴツゴツとした腫瘍のような突起を持つ重甲冑の男。

 

 

()()()()、そして()()

 

 

 目元を粗布で覆い隠した盲目の巫女。

 そして円卓にいる時にもよく彼と共に居た、雪白色の魔女が彼の元へと参じた。

 

 

「いよいよだ。いよいよ俺は、かの杯へと手を伸ばす。

 奇異なる縁を結ばれ、祝福ならざる導きによって知った万能の願望機――俺はそれを手にする」

 

「……王よ」

 

 

 静かなる宣誓。その内に秘めた決意と、そこに至るまでの苦悶と苦悩を共有するラニは、無意識に彼の名を呼んだ。

 言葉を発し、感情を明らかとするラニとは対照に、呼び出された他の4人は沈黙したままだ。

 不気味なまでの静寂ぶり。だが彼らはかつての名の主たち、その幻影というわけではなく、紛れもなき本人たち。

 言葉は発さずとも意識はあり、意思があり、そして()()も確かに存在している。

 

 

「金仮面。言葉持たぬ解明者よ。

 何を語ることもなかった貴公が、その実もっとも重要な事柄を解き明かし、俺に示してくれたな。

 時の遥か先にて、その超越的視座の末路がどうなるのかは俺にも分からぬが……完全なる律を物とするためには、心なき機械の如き神こそが必要なのだろう」

 

 

 かつて黄金律の解明に挑み、自身の死の果てに1つの律を見出した大学者。

 神をも恐れぬその所業が暴いた真実は、黄金律の不完全性であり、不完全の根源たるは神にあると答えを出した。

 

 

「フィア。黄金に排斥され、存在を認められなかった者たちの庇護者よ。

 穢れと謗られ、それでもなお死に生きる者たちの在り様を守り、そのために全てを捧げた貴公の献身に、俺は敬意を表する。

 異端とは所詮、1つの視座より見た形の1つでしかない。世の全てに反するものでもない限り、異端と称される謂れはない筈だ」

 

 

 英雄たちより温もりを受け、宿した生の力を貴き者に与えることを自らの業と定めた死の聖女。

 死とは邪悪にあらず。穢れにあらず。排斥される者たち全てが純然たる悪ではないことを、彼女はその生涯を以て証明した。

 

 

「糞喰い。人の身と、人ならざる魂を持って生まれた呪われ人よ。

 貴公の呪詛を否定はしない。尋常(まとも)ならざる身で貴公を産み落とした黄金律を呪う意思は正当だ。

 全てが穢れで埋め尽くされれば、穢れは穢れでなくなる――極端な話ではあったが、大いに学ばせてもらったぞ」

 

 

 忌み子の心と、人の身を持って産み落とされた異端児。

 世の全てを呪わんとした稀代の殺人鬼が見据えた果ての姿は、歪ではあったが、確かな1つの理想郷であった。

 

 律を見出した3人。

 世界の理すらも捻じ曲げうるルーンを生み出し、褪せ人に後を託した彼らは、彼にとって紛れもない英雄だ。

 例え彼ら自身がそれを否定しようとも、既存世界を塗り替え、新世界を創造するほどの代物を生み出したという一点は偉業以外の何物でもない。

 故に彼は、彼らの生き様を、その苦難に満ちた道程こそを尊んだ。

 

 そして彼らとは異なる学びを授かり、この場に呼び寄せた者が――あと2人。

 

 

「ハイータ。彼方の灯火を追い求め、火に魅せられた巫女よ。

 貴公はきっと、俺を恨んでいるのだろう。俺の呼び掛けに応じて見せたのも、忠心ではなく怒りや憎しみを所以とする行為なのかもしれない」

 

 

 褪せ人の言葉を受けるハイータは、他の三者同様何も答えない。

 鎖した両目は当然、僅かな手の動きすら見せない以上、彼女の真意を窺い知ることはできない。

 あるいは語らず、示さずを貫き、彼を困惑させることこそが彼女の目的なのかもしれなかった。

 苦痛、絶望。呪いと、あらゆる罪苦からの解放を願い、しかし拒まれた彼女なりの――ささやかな復讐。

 

 

「だがそれでも、俺は()()()()だけは許容できない。

 一時は行き止まった道をこじ開けるべく、あえてその火に身を委ねたが、今の俺には()()が救いなどとは到底思えん。

 ……故に巫女よ。手を貸せなどとは言わぬ。ただ貴公が信ずる狂い火と、あのふざけた讒言者と共に事の成り行きを観ていろ。

 もしも俺がしくじった時――その時には、愚か者と嗤えばいい」

 

『……』

 

 

 一瞬、その顔がぴくりと動きを見せたが、褪せ人がその瞬間を捉えることはない。

 暫しの沈黙が包み込むも、やがてハイータの身体は最初の時と同様に薄れ、虚空に溶け込むようにして消えていく。

 語らうべきことなどはない――彼女の沈黙をそう解釈した褪せ人は、彼女の退去に対し、最後まで振り向くことはなかった。

 

 そして残るは、あと1人。

 無言を貫く彼らとは違い、ただ1人、彼に対して言葉を掛けた蒼の雪魔女。

 肉の身ならざる人形の体躯で彼の傍に歩み寄ると、そこで初めて彼は玉座より目を離し、その顔を彼女へと向けた。

 

 

「私の、王……」

 

「ラニ。聞いての通りだ。俺はこれより、聖杯を獲りに行く。

 試戦を重ね、デミゴッドたちは外の英雄たちを知るのと同時に、外の者たちもまた()()()()()()

 戦場への仕込みも、認識という仕掛けも施し終えた今、次の戦こそが最初で最後の好機となろう」

 

 

 言葉にせずとも、ラニは彼の言いたいことなど分かっていた。

 彼は決して無敵ではない。常勝無敗の、御伽噺や英雄譚に出てくるような完全無欠の英雄ではないのだ。

 完全ならざらからこそ事前に準備を整え、無欠ならざる身ゆえにあらゆる手段に手を伸ばす。

 

 その全てが完了し、決戦を宣言した以上、もはや後には退かない。

 何を言ったところで、彼は決して決定を覆さないだろう。

 ならば(ラニ)が贈る言葉は――

 

 

「今さら何を言おうとも、私の選択は変わらんぞ。

 あの時と同じように、私はお前と共に行くだけだ」

 

「……よいのだな」

 

「ああ。――()()()()()()()()()()()()()……私は永久に、お前の伴侶なのだからな」

 

 

 硬く冷たい四腕を伸ばし、凍えるような冷気と共に彼を抱き寄せ、包み込む。

 温もりを与えてやれないのが口惜しいが、代わりに突き刺すような氷の冷たさと共に、ラニは自分という存在を褪せ人の心身に刻み込む。

 

 

「勝つのだぞ――私の王」

 

 

 造り物の唇が触れそうな距離で、耳元にそっと囁く。

 返答はなく、代わりに一層強い抱擁を受けて、ラニは満足そうに彼からその腕を離す。

 

 今や玉座に彼ら以外の姿はなく、先に名を呼ばれた3人もすでに姿を消している。

 戦が近いと察し、名残惜しみながらもその場を去ろうとするラニ。

 しかしふと、思い出したように彼の方へと再び振り向くと、これまで密かに秘めていた1つの問いを彼に掛ける。

 

 

「そう言えば王、決戦に臨むのはいいとして、どのように振舞うつもりなのだ?」

 

「どのように、とは?」

 

「お前のことだ。ただ引きこもって悠然と戦いを眺めるつもりはないのだろう?

 陣営の主として堂々と姿を見せるのか、それともこれまで通りに裏で動き続けるのか……せめて私には先に教えては貰えないか?」

 

「ふむ……そうだな。伴侶たるを誓ってくれたお前に、いつまでも黙っておくのは不誠実であったな」

 

 

 どこかの巫女代わり(メリナ)赤髪の戦乙女(ミリセント)が聞けば、怖いくらいの笑顔で青筋を浮かばせそうな発言ではあったが、生憎とそこまで気を配れるほど褪せ人は乙女心というものを理解していない。

 後に自分がどんな目に遭うのかなど露ほども知らぬまま、彼は冷気で覆われた身体で再びラニと向かい合う。

 

 

「率直に言えば、俺の役割は()()だ。

 これまで姿を隠してきた以上、突然姿を現わせば敵も否が応にも意識を向ける。

 俺という存在に意識が向いている間、その隙を突いて敵の懐に潜り込む」

 

「それは……矛盾してはいないか?」

 

「しているな。だが()()()()()()()

 

 

 増々深まる彼への疑問に、ラニは一層頭を悩ませる。

 一方、既に自身の役割と策略、そのために必要な全てを揃えている彼は彼女の最初の疑問に答えるべく、再びその口を開いた。

 

 

「そして俺も、この戦においては王としての名を冠そう。

 統率者がいつまでも無名であっては指揮に影響しよう。それに初代王ゴッドフレイに続くエルデの王が、名すらも持たぬとあってはいい笑い物だ」

 

「大方前者が最たる理由なのだろうが……その口ぶりからして、既に名は考えているのだな?

 無論、それについても伴侶たるこの私に、一番に教えてくれるのだろう?」

 

「あ……ああ。無論、そのつもりだ」

 

 

 彼の言葉に対し、何故か満足そうに胸を張るラニ。

 造り物とはいえ、どうして然程……否、全くと言っていいほど無い平たい胸を突き出すように張るのか、その理由までは分からなかったが、特に気にすべきことでもないと褪せ人は判断した。

 

 そして期待の眼差しを向けてくる伴侶に応える形で、褪せ人は密かに考え、絞り出したいくつもの候補の内から選出した自らの“王名”を彼女に告げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 本来辿るべき道筋は逸れ、描かれたる『外典』(Apocrypha)の歴史は大きく歪められた。

 枝分かれた樹木の先はさらに複雑に分かたれて、誰もが予想のし得なかった結末(ミライ)を編み上げていく。

 

 分岐点(シギショアラ)を経て、()()()決戦を迎えるために要した時間は数日。

 “黒”、“赤”共に本来起こる筈のなかった支障が生まれ、解消するにはそれだけの時間が必要となった。故に必然として、ある筈のなかった時間の経過により本来の歴史からさらに乖離していく。

 それでも始まりの決戦という事象は確定しており、結果次第によっては本筋へと戻りかけるか、あるいは更なる歪みを得ることとなろう。

 

 だが当然、その事実を知る者などは存在しない。

 強大無比たる世界屈指の英雄たちを揃え、人類救済を願う少年(シロウ・コトミネ)によって率いられた“赤”の陣営も。

 一族の未来を懸け、後に“赤”の陣営の大願を阻止するべく奔走することとなる“黒”の陣営も。

 歪みと乖離の元凶たる“黄金”の陣営でさえも例外ではない。

 

 歪んだ道筋の行き着く先に待つのは破滅か、あるいはそれすらも超える悍ましい()()か。

 真実を知らない彼らは、ただ目の前の戦いにのみ徹し、歩みを止めることはない。

 その胸の内に抱く、それぞれの願い(よくぼう)がある限り――。

 

 

「――機は熟した」

 

 

 そして、物語(たたかい)は次の舞台へと移る。

 

 

“黄金の陣営”(エルデンリング)――出るぞ」

 

 

 もはや誰にも、それは止められない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、行きましょう――()()()()

 

 

 




 ―おまけ話『その後の三乙女』―

「自ら私を伴侶と認め、誰よりも先に王名についてを教えてくれた。これはもう私こそが本妻と言っても過言ではないだろうな!」

「まーた本妻マウント取ろうとしてるメリ、このお人形」

「体だけでなく気配すらも霊同然の巫女代わりが負け惜しみを言っているな」

「どうとでも言うといい。私は妻ではないけれど、彼の“唯一無二”の共犯者。
 この関係は誰にも代わりは務められない」

「ぐ……っ! だ、だが、真に親しき仲だからこその伴侶だ!
 数えられる程度の会話しか交わさなかったお前とは違うのだ!」

「過ごした時間の長さなら私の方が圧倒的に上。マウント取ろうとして逆に取られては世話ない」

「ぐ、ぬ、ぬぅ……この無個性!」

「情事すらまともにできない人形体」

「お前だって霊体だから似たようなものだろ、この実質無しの嘘乳!」

「本物の偽乳にだけは言われたくないメリ、このぺったんこ」

「ふ、二人とも、どうか落ち着いて……」

『引っ込んでて(いろ)この物理的腐女子!』

「ミリィ……」




 それはそれとして、ドグマ初めてやってみたけど視点といい街の複雑さといい目と頭がぐるぐるします。


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