女性恐怖症(トラウマ)を抱えてる男が着任したそうです。 (水源+α)
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プロローグ 警戒と叫喚

エイプリルフールなので投稿しました。続けるかは反響があれば


【長崎県 佐世保鎮守府 食堂】

 

「本日づけで総司令官を前任していた田代中尉が辞任し長らく空いていた提督の席に代理として、当鎮守府に着任した元大本営特務士官。位としては大尉の三浦(みうら) 清治(せいじ)です。よろしくお願いします」

 

 

 ──その男は突然現れた。

 

 朝礼以外で鎮守府の皆が集まる機会といえば朝食と夕食の時間帯だ。現在、私たちは任務の前に朝食を摂っていた。それぞれ最近の出来事や昨日の自由時間は何をしていたかなど他愛もない話に花を咲かせている。このささやかで穏やかな時間は戦時中の今、私たちにとってとても大切な時間なのだ。

 

 そんな時、いつも通り幸せな時間が流れていたこの食堂のドアを突然開けて入ってきたのは国防軍に所属している軍人の男だった。更に驚くことに、突拍子もなく被っていたその純白な制帽を取って頭を下げてきたのだ。

 

 大概、鎮守府に来る軍人というのは威厳を見せたいがために尊大な態度で声量を馬鹿みたいに大きめに話す。

 

 だがこの突然現れた軍人の挨拶は珍しく最後まで穏和な態度で、口調も丁寧なものだった。

 しかし妙にも思えてしまうことが一つ。それはあまりに抑揚のない声色だったのだ。確かに彼は微笑んでいるがそれは何処となくぎこちなく、緊張しているように見えた。

 

「「「……」」」

 

 そんな私の心中とは裏腹に、食堂という憩いの場に現れた突然の来訪者に、その場にいた艦娘たちは唖然としていた。

 当然だろう。何せ前任であった屑……もとい田代提督が今日からおよそ半年前に辞任したばかりであったためだ。

 

 それまで私たちへ起こしてきた数々の暴力や無理な指令による軍規違反と鎮守府の資金を横領したりなどの不正。それらがいつしか、佐世保鎮守府に訪問してきた元帥閣下の命によって、査問官の調査が行われて公然の下に晒された後、あの男は軍法裁判にかけられた。

 

 結果的に田代前提督は有罪判決を受け、即刻佐世保鎮守府の提督を辞任させられ、刑務所へ連行されたのだという。

 

 あの屑がここの鎮守府を辞めるまでの一年間。それはもう地獄のような日々だった。罵詈雑言はもちろんのこと、多くの暴力と理不尽な指令の毎日だった。補給こそさせてもらえたものの、それは月に二回大本営から送られてくる憲兵が鎮守府の資材が正しく消費されているかの査定しに来るため。

 

 つまり、まともに艦娘たちへ補給させてないとなると残っている資材量で直ぐにバレてしまう。言うなればボロが出ないようにしていただけであった。私たちのことなど何も考えず保身のために補給させていた、というわけだ。

 

 実際、連日の出撃と遠征と無理難題な指令をこなしていく艦娘たちの心身的な疲労は凄まじく、数々の作戦で失敗。私のような長らく佐世保に在籍し戦い慣れていた熟練艦たちはまだ良かった。だが抜錨してから日が浅く更に様々な面で未熟だった子たちが疲弊によって動きが鈍ってしまい次々と大破……轟沈していったのだ。

 

 押し寄せる敵艦たちを前に疲弊で満足に力を出せない仲間たちへ旗艦である私が取った行動は撤退だった。何回も作戦を遂行しようとしても、思うように身体に力が入らず精彩を欠いた戦闘と指揮をしてしまう。それはまた皆も同じようだった。私は戦闘と……なによりも旗艦としての指揮を間違い続けた結果、苦しくも何も成すことが出来ずに

 

 

 

 

 

 ……目前で当時、戦闘経験が未熟であった子達を失っていった。海中へと轟沈していき、やがて助けを乞うように海面から、敵弾によって容赦なく歪んでしまったその細い腕を伸ばしてくるのだ。

 

 ……旗艦であった私は大破や中破している他の仲間のことを考えても、轟沈していく仲間たちを背に、見届けることも出来ずに被害を増やさないためにも徹底して撤退することしか出来なかった。結局、あの男が就任していた地獄のような一年間で六人もの仲間を失ったのだ。

 

 流石に我慢の限界を超えた私たち熟練艦は抗議したが、上官相手に実力行使に出ないように建造時にフィルターが掛けられているらしく、その仕組みをより理解していた彼奴は嘲笑うばかりで挙句、口答えはするなとばかりに過剰な暴力までしてきた。もう、何を進言しても、行動しても裏目に出るばかり。それまで犬死にした仲間たちが繋いでくれた私たちの命も全ては無駄であった。

 

 そんな日々に突然──そうだ。今日、三浦 清治という男が食堂に突然現れて着任の挨拶をしにきたように、当時の佐世保に現れたのが大本営最高指揮官の元帥閣下だった。突然の訪問に当時の田代前提督は驚愕したが上手く隠蔽しようとしていた。しかし、閣下は一目で私たちの異常に気付き、その場にいた直属の部下たちに徹底的に調査させ、無事彼奴の今までに犯してきた罪が公になった。

 

 私を含め、佐世保で辛うじて耐え忍んでいた艦娘たちにとってとても胸の空く出来事であった。それまで抱えてきた不安や後悔、罪悪、悲哀、怒りの重荷の全てから脱却されたかのように、とても感動したのだ。

 

 憲兵によって荒々しく手錠を嵌められ護送車へ連行されていく田代前提督の背中を遠巻きに喜んでいる皆を尻目に、その時の私は唯一軍人で信頼できると思った元帥閣下へ内密にこう頼み込んだ。

 

 ──もう佐世保に提督は要らない。暫くは着任させないでください、と。

 

 すると、元帥はそんな鬼気迫る私の顔を見て微笑んだ後に一つ条件を追加してそれを了承してくれた。それからというもの、一番佐世保の中で歴が長い私が臨時的な司令として今まで半年という間でどうにか佐世保鎮守府の運営状況と在籍している艦娘たちの心身を長い時間をかけて一緒に修復することが出来た──のだが。

 

 

「……っ」

 

 あの閣下と約束したはずだ。提督はもういらないと。その筈なのに今私の目の前に立っている男は誰だ? ……着任と、この男はそう言ったのか? 

 

 第一印象としては別段特に整っている訳でも醜い訳でもない。身体つきの方は多少なりとも鍛えている、と言ったところか。何処となく恰幅で……悪い言い方をすれば少し肥満気味であった。肥満な男は嫌いだ。何故ならあの屑を思い出すからだ。

 しかし、先程も思ったが挨拶の内容からして見てもなんとも軍人にしては珍しく物腰が柔らかく、雰囲気も比較的穏やかな印象を受けた。

 

 ……が、彼は軍人だ。私は深海と同じくらいに信用出来ない人種なのだ。もう軍人で信用できるのもあの地獄のような日々を救い出してくれた元帥閣下しかいないというのに。

 

 散々経験してきた。散々思い知らされたのだ。このリミッターという代物がある限り、軍人との対等な対話なぞ無駄であるということをあの忌々しい男に……あの卑劣で最低な軍人によってッ! 

 

 現に私と同じように既に難色を示しつつある、私と同じ練度かそれ以上の素質を持つ陸奥。

 それに私とほぼ同時期に建造され、長らくこの佐世保の海の空を護り続けてきた加賀も、珍しくその感情を顔色に出していた。私を含め三人は皆、新しく着任してきた提督へ向ける目が鋭くなっている。

 

 それと現在、私たち以外に食堂で食事を摂っていた吹雪、夕立、島風、大井、北上、赤城は未だ状況を飲み込めずに困惑している様子だった。

 

「「「……」」」

 

「……えっと」

 

 依然として、挨拶に対して何も返さずにいる私たちの作り出したこの雰囲気に耐えきれなかったのだろうか。彼は困ったように苦笑したあと──

 

「──失礼、しました」

 

 と、そう言い残しただけで食堂から出て行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「──」」」

 

 私たちは当初、彼が突然食堂のドアを開けて挨拶し出したことに対して唖然としていた。

 

 されど今は彼が早々に立ち去ってしまったことに、全員が瞠目して呆気に取られている。

 

 もちろん。警戒していた長門こと私と陸奥、加賀もあまりの彼の突拍子さに溢れる一連の言動に呆気に取られてる最中であった。

 

 思わず陸奥、加賀と顔を見合わせて

 

「……はっ?」

「えっ……?」

「……はい?」

 

 と、素っ頓狂な声を出してしまうのであった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

「──失礼、しました」

 

(ッッ!!)

 

 俺は食堂のドアを忙しなく閉めたあと、執務室へと走り出していた。何故、俺が着任早々の挨拶半ばで中断して食堂から逃げ出してしまっているのか不思議だと思うだろう。

 

 着任早々仕事が立て込んでいたわけではない。何故なら、元帥閣下が気を利かせて直属の優秀な部下たちへある程度引き継ぎを終わらせてくれたからだ。

 

 そしてもちろん急用を思い出したとか、終始俺の挨拶に対して無言であった彼女たちの態度に対して気に障ったとかではない。何故なら、挨拶をしていた時の俺の心中はそれどころではなかったからだ。

 

「……無理。無理だ! やはり俺には!」

 

 俺はただ彼女たちが怖かった。彼女たちが向けてきたあの目が、怖かった。

 

 まあ恥ずかしさもあったのかもしれないが、やはり彼女たちが俺へ向ける目線への恐怖心が先立って堪らずにその場から逃げ出してしまったのだ。

 

「何故俺のような明らかに適正がない男に閣下は提督の任を任せたんだよ!」

 

 思わず、廊下を走りながら声を荒げてしまう。

 

 確かにある程度の能力はあると自負している。それほどまでの努力と実績を積み重ねてきた。実際、家名や後ろ盾もなしで25歳の時点で大尉まで成り上がってきた。士官学校時代はわずかに及ばずに次席だったが……その後の各作戦では艦娘が挙げてきた実績の次くらいには優秀な戦績を挙げてきたのだ。

 後方支援艦隊の総指揮を任され、深海が蔓延る危険な海を幾度も掻い潜って、無事に膨大な物資を積んだ船団を各鎮守府に送り届けてきたのだ。

 

 結果、一挙に膨大な物資を運び込める海運による大規模な輸送作戦によって、兵站が充実したのが功を奏してか長期間の侵攻作戦も成功し、鎮守府に帰れば必ず艤装のスペアがあったので万全な状態で戦えたためか生還した艦娘たちも多かったらしい。

 

 まあ作戦毎に変化していく海流の流れや地形、天候、艦隊編成を最大限考慮し航路を計算して万全な状態で挑んだのだ。それで成功しなきゃ運が悪いとしか言いようがなかったが、俺が指揮した船団での大規模輸送作戦は殆どが損害なしで成功したので、功績を讃えられて大尉に昇進したというわけであった。

 

 ……つまりだ。俺もある程度優秀なことは自負しているし自分の司令官としての能力にも自信がある。だが──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──女は無理なんだよぉ!!」

 

 

 執務室に駆け込んで、隣接している寝室のベッドの布団にくるまると、誰にも聞こえないことをいいことに俺はくぐもったその声でそう叫ぶのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 三浦 清治、25歳。若くして任された大規模な輸送作戦で卓越した頭脳と危機察知能力を活かし幾度も全国の鎮守府へ膨大な支援物資という名の希望を積載した船団を送り届けてきた。その功績を讃えられ、士官学校卒の少尉から大尉にまで引き上げられた。

 

 そんな軍人としては一人前でも、一人の男としてはダメダメであった。

 

 過去のトラウマがきっかけで女性恐怖症になっていたからだった。

 

 

 

 

 



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