世界の変化に追いつけない (ありくい)
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第一話

初投稿なので多分書き直します。


月明かりに照らされた道。コンビニ袋を片手にゆっくりと家へ帰っていると人影が目に入った。同じくらいの年だろうか。銀色の髪の少女が一人公園のベンチに腰掛けている。今は8時、真っ暗で街灯も少ないここでは、かなり危険だろう。

「あの、」

声をかけようとしたときだった。少女がこちらを振り返る。

声が出なかった。とても美しくまさに美少女とも言える外見をした少女はこちらへ目を向けると、歩み寄ってきた。

「え、あ、あ」

何も考えられず、情けない声を出してしまう。

彼女は歩みをとめることなく、俺の目の前にまでよってきた。そして手を伸ばすと、俺の顔を掴み、無理矢理目を合わせてきた。

グキッ

力つっよ。何かを考える前に赤い瞳に意識が吸い取られていく。

彼女は満足したように微笑み、そして━━━━━

 

 

何事もなく俺、深井 純はコンビニから帰ってきた。

「ただいまー」

「お帰り」

姉さん、深井 美香に迎えられる。

「遅かったわね。何かあったの?」

「えっ?」

家を出たときは8時近くだったはずの時計は、11時を指している。

「うわ、ほんとだ。ええ?」

「何があったのかは知らないけど、大丈夫?」

「うん。まあ大丈夫。多分お菓子の新しい味買おうか迷ってたからそのせいだと思う」

「1時間以上悩むとかやばいやつじゃない」

「いや、そうだけどそれ以外思いつかないし」

「ふーん」

そんな会話をしたあと、俺は自分の部屋へと戻り明日の予定を確認し、ベットに入った。瞼を閉じてしばらくすると、体に異変が起こった。

頭に、顔に、体に、腕に、足に。全身くまなく痛みが走る。だが、体は動かずのたうち回ることすらできない。耳は、肉のちぎれる音と骨が折れる音をひろう。

「あ、あ…」 

声にならない悲鳴が漏れる。

(痛い痛い痛い痛いイタいイタいイタいイタいいたいいたい)

痛みが頭を支配する。気付けばそれまでの痛みは嘘のように、痛みは消え去っていた。

目に浮かんだ涙をぬぐい、体を起こす。

「はぁ、何だこれ…」

妙に高い声が響く。

風邪かと思いながら、鏡に目をやり体を確認する。

「えっ」

その鏡には透き通るような青い目と銀色の髪を持つ美少女が立っていた。

「はあああああ?」

自分のとは思えない高い声が響く。するとどたばたと階段を駆け上がる音が響きドアが開く。

「純、大丈夫!?って誰?」

俺を見て姉さんは呆然とする。

「俺だよ。純だよ、多分」

呆然としている姉さんにとりあえず自分で言えることを告げる。どうなっているかわからないがこの美少女が俺であることは確かだろう。俺が動けば鏡の少女も動くのだ。

「多分って何よ!ってか何か証明できるのあるの?」

姉さんが聞いてきた。あるわけない。なんと言おうが俺が教えられたことだと言われれば何も言えない。それに、姉さんとは昔から仲良くはあるが秘密を共有したりとかはしていないのでそれも使えない。

「ないよ。だって何を言おうと純から教えてもらったんでしょとでも言われれば言い返せないし」

考えたことをそのまま告げる。

「うっ。確かにそうね」

どうやら納得してくれたようだ。

「じゃあ、純の出身学校、携帯の電話番号、パスワード、好きなもの、昨日の晩御飯を答えて?」

面接官のように聞いてくる。それにすぐさま答えると、

「あってるわね…。まあひとまずそういうことにしておくわ」

何とか俺が俺であることは伝わったようだ。ん?パスワード?まあいいか。

「で、原因は?何があったの?」

「分からん。なんか寝てたら体がめちゃくちゃ痛くなって起きたらこうなってた」

「今は痛くないの?」

「うん」

そういうと、姉さんは携帯を取り出して、

「うーん。まあぱっと見そんな事例はないわね。どうしよう。病院行く?」

「えー。明日遊ぶ予定あるんですけど」

「遊べるわけないでしょ。その体で」

そりゃそうだ。

「わかった、病院行こう。でも、大丈夫なの?保険証には俺男って書いてあるんでしょ?使えないならめっちゃ高くなるよ?お金ある?」

「ない」

「じゃあどうするんだよ」

「お母さんとお父さんに相談するの。っていうか一番初めにそうするべきだったわね」

そう言って姉さんは俺の写真を撮り、某有名チャットアプリの家族グループに送った。これ男に戻った時に黒歴史になりそう。ちなみに両親は絶賛海外旅行中である。なんでも姉さんがこれまでに育ててくれたお礼で海外旅行券を購入しプレゼントしたらしい。優しいけど、貴方まだ大学生ですよね?と問うとアルバイトとかえってきた。偉すぎ、ラノベ読んでごろごろしてる自分に嫌気がさすわ。

「それにしても可愛くなったわね。あんた」

姉さんが突然そういってきた。

「それな。アニメ見たいだよね。まじかわいい」

鏡を見てニヤける。

「なんでちょっと嬉しそうなの?」

だって夢見たいだし、仕方ないよね?

「そんなことより、これ戻らなかったらどうなるんだろう」

「諦めてその姿で生きれば?その姿なら皆ちやほやしてくれるでしょ」

「その前に不法入国罪とかにならないの?住民票も効かないし」

言ってて気づいたが、これ俺結構やばくね?

「その時は海外に逃げましょ。パスポートないけど」

「密出国ですかそうですか」

「鞄に入ればい「それはまずい」」

そんな話をしていると電話がかかってきた。父さんのようだ。

「もしもし」

『え、純か?』

「うん」

『マジか。テレビ通話にしていいか?』

「うん」

『あーなんだ。俺の名前わかるか?』

「深井 隆でしょ。母さんは深井 美月」

『うーん。まあ美香が嘘をつくとは思えないし』

「とりあえず俺は純だよ」

『分かった。とりあえずスマン』

「え」

『あとこの旅行一ヶ月くらいかかるから帰れないから、何も出来ん。スマン』

「あんた息子の非常事態に旅行優先ってマジで?」

『いやだって、今海の上だし空港まで最短20日はかかるしそこまで経つならもう最後までたのしもうかなって』

「死んだら覚えとけよ。」父さんへの尊敬の念が薄れていく。

『まあ安心しろ。一応後で知り合いのお医者さんに頼んでおくから』

「そんな人いるの?初耳何だけど」

「おう。医師免許はないけどな。借りはあるから明日にでも来てくれるよ」

「え、それって医者じゃなくね?」

『じゃあそういうことで』

電話が切れた。マジで何なの。育ててくれた恩がなければ決別してるよ。

「どうだった?」

「明日医師免許のない人が診てくれるって」

「何その怪しい人」

ほんとにその通りである。

「とりあえず私はネットで調べまくって見るわ」

「わかった。ありがとう」

とりあえずできることをしてくれる姉さんにめちゃくちゃ尊敬の念が沸き上がった。

 

 

〜朝〜

 

朝、姉さんがリビングにくる。

「何も分からなかったわ」

姉さんがそう言ってきた。まああるわけないよね。知ってた。

「どんぐらい調べたの?」

「さっきまでずっと」

マジかよ、いい人過ぎない?どっかの誰かとは大違いだ。

「ありがとね。姉さん」

「妹っていいわね」

しみじみと言われた。まあこの姿可愛いからな。癒されるのだろう。労いの意味も込めて、コーヒーとバタートーストを作って渡して上げた。

「ありがと」

「今日来る人ってどうなんだろうね」

「まあ、何もしないよりはましじゃない?手がかりも何もないし」

確かにそうだ。それに、あくまで両親と関わりがあるのだ。変な人ではないだろう。ないよね?

 

そうしているとチャイムがなった。

「何だろ、もうきたのかな」

「それはないでしょ。早すぎるし、まだ6時よ?」

「出てみるよ」

ドアを開けると、金髪の女の人が立っていた。彼女は微笑みながら、

「貴方が深井君であってますか?」

と尋ねてきた。

「えっと、はいそうですけど。もしかして父の言っていた方ですか?」

「はい。写真を送られていたのですぐわかりましたよ」

「早すぎませんか?」

「せっかくの機会ですしね」

「えっと、何のですか」

「未知の病気に会えるのと美少女に触れる機会ですね」

ん?美少女が何だって?聞き返そうとするが謎の圧があったため、

「そ、そうですか。とりあえず中にどうぞ」

そういって、招き入れた。

 

「自己紹介がまだでしたね。私の名前は香川 優といいます。優さんとでも呼んで下さい」

「深井 純です」

「深井 美香です」

優さんは父さんと母さんの古い友人らしい。連絡を受け、とっさに来てくれたようだ。昔は医者ではあったが、仕事でやらかし、剥奪されたという。なんか怖い。

「では、とりあえず診てみますね」

そういうとそれっぽい機器を取り出し、俺の体をくまなく調べてくれた。

「どうでした?」

思ったより本格的だったので期待して聞くと、

「わかりません。諦めてください」

すっぱりと言われた。

「体に異常はほとんどないですね。精密な検査をしても何もないでしょうね。ところで検査には全く関係ないのですが貴方を触ってもいいですか?」

「え、まぁ、はい」

よくわからずに承諾するとほんとに触ってきた。しかもほんとに体中触って来る。少しくすぐったい。

「いや何してるんですか!」

姉さんが声を上げる。

「いえ、興奮したので」

触りながら恥ずかしげもなくヤバいことを言う。少し気持ち良くなってきた。ってかこれって貞操の危機?

「やめてください!」

姉さんが強引に止めてくれた。危なかった。変な扉が開けそうだった。

姉さんに引っ張られ優さんから距離をとる。

「なんでとるんですか!」

「そりゃ遠ざけますよ。貴方純に何しようとしてたんですか!」

「触ってただけですよ!こんなに可愛いんだから!もとは男の子何だからいいじゃないですか。別に美人に触られるのは興奮するでしょ?」

「しねえよ!俺を変態にするな!」

ちょっとした。この人謎の包容力あるわ。逃れられない。あとめっちゃいい臭いだった。

「そんなことするために来たんなら帰ってください!」

「いや、でも君達の両親から帰ってくるまで世話をしろって言われているから」

「結構ですから!」

「じゃあ朝に料理3食分つくって帰るから!それだけはさせてくださいお願いします!せっかくの借りを返せる機会なんです!」

叫びながらそう言ってきた。姉さんはそれをみて

「まあ、それだけなら」

といった。一体この人と両親に何があったのだろう。気になったがこの人は明らかにヤバめの人っぽいので聞くのをやめた。

 

 

優さんとの話が一息つき、優さんが昼と夜の分のご飯を作りはじめた。それを横目に友達へ連絡を入れていく。地味に5人くらいと遊ぶ予定だったので面倒だ。メッセージを打ちつづけていると、

「きゃああああああああああああ」

と声が響いた。姉さんの声だ。

「どうした!姉さん!」

声をかけると

「あれが出たの!あれ!黒い虫!G!」

どうやらあの人類の敵のようだ。あの虫をいつも対処してきたのは俺だ。いつものように新聞紙を丸め姉さんのもとにいく。

「ん?」

しかしそこにいたのは、ゴキではなく、それに似てはいるが少し青い見た目だった。警戒を解かずにすこしずつ近づいていく。間合いに入った瞬間新聞紙の一撃━━━━綺麗にクリーンヒットしたがヤツはまだ生きていた。そこにすかさず一撃を入れ息の根をとめる。

「ほっ。何とか倒せた」

安堵していると脳内に声が響いた。

≪ゴキヤェロを討伐しました≫

≪道連れの呪いがかけられました≫

≪レベルが上がりました≫

≪新たな職業が追加されました≫

 

 

 

 

 



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第二話

「は?え、何?」

突然の声にあたふたしていると、姉さんが来て

「やったの?逃してないよね?ってどうしたの?」

と尋ねてきた。

「いや何でもない。ヤツは倒したよ」

とりあえずヤツをテイッシュにくるんで捨てた。リビングに戻ると、テレビが突然ついた。

『緊急速報です!こちらの虫に注意してください!』

そうして映し出された写真にはさっき倒したヤツと同じ見た目をしている虫が映し出されている。

『この虫はスプレーなどを使用せずに物理的な衝撃などで倒すと、その後死亡するようです!見つけた場合、倒そうとせず、その場を動かず通報してください!繰り返しますーー』

頭が真っ白になった。

「ねえあれってさっきの虫よね?」

姉さんが震えた声で尋ねて来る。

「何かあったんですか?」

優さんが料理の手を止めこちらへ来る。

「うわぁ、これは怖いですね。何かの菌が原因だったりするのでしょうか?。ってなぜそんなに青ざめているのですか?」

「いやさっきあれみたいな虫がいて、ゴキだと思って、純に殺して貰ったんですが…」

「え、それってもしかして、純さんは…」

優さんの顔も青ざめる。

その時、妙な声がしたことを思い出す。レベル、職業選択、そして道連れの呪い。まるでゲームのようだ。ラノベならスキルとかを使えば何か助かる手段があるのではないか。呪いなんだ。僧侶とか聖職者なら解呪的なものはないのだろうか。そう考えていると、頭に文字が浮かんできた。

(お?)

 

 

名前  深井 純

ステータス

レベル 10

攻撃  20(直接10 間接10)

素早さ 20

防御  20(直接 10 間接 10)

魔力 20

 

職業  なし

 

スキル なし 

 

状態異常 道連れの呪い

 

称号  ???? 解析度 1/10

 

「ねえ!純!大丈夫なの?死なないで!」

姉さんの声が聞こえるが一旦無視して文字に意識を向ける。

気になるところも多いがとりあえず道連れの呪いという明らかに何かに関わってそうな文字に意識を向けると、詳細が現れた。

 

≪道連れの呪い≫

ゴキヤェロを直接倒した時、倒した生物に付与される。ゴキヤェロの死因と同じ死に方をする。2分以内に解呪するか、ゴキヤェロの体を完全に無くせば消える。      

残り時間3秒

 

あ、終わった。

 

体に強い衝撃が走る。ベチっと地面に叩きつけられ、考える暇もなくもう一度体に衝撃が走った。体が潰れ、あたりに血が広がっていく。

 

どうやらこれでは死ねないようで、意識がまだ残っている。血の匂いと叫び声が響く中で痛みに苦しむ。

 

そして体が見えない何かに包まれ、潰された。

 

 

 

━━━━目が覚める。

体を起こし、生きていることを実感する。視界にはうずくまる姉さんと優さんが入ってきた。

「姉さん!どうしたの?」

まずはかけよってうずくまっている姉さんに声をかける。

「え、純?生ぎでるの?」

姉さんは目を赤く腫れた目を擦りながら俺に問い掛ける。

「うん」

「っ…良かった」

ひどく安堵したように息をはき、笑顔になる。だが、すぐに焦った顔になり、

「純!服に血がついているけどほんとに大丈夫なの?それに体戻っているわよ?」

姉さんに言われてとっさにスマホで確認する。そこには血だらけてしわくちゃの服をきたいつもの俺がいた。動かした感じ何か傷があるわけでもない。

「うん。大丈夫だよ」

ひとまず姉さんは大丈夫らしい。

次は優さんだ。さっきから何かぼそぼそと聞こえてくる。

「優さん。大丈夫?」

「嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々嫌いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ」

どう見ても大丈夫ではなかった。

「どうしたの!優さん!」

「イヤイヤイヤーーーー」

狂ったようにブツブツ言い続けている。何これ。怖い。

「姉さん!どうしよう!原因とかわかる?」

「これはあんたが潰れるのをみて、SAN値が削れたのね。めちゃくちゃグロかったから」

「SAN値って何!?」

「正気度のことよ」

 

そこで職業を思い出す。あの文字達はゲームに似ていた。何かあるかも知れない。脳内で職業について考えてみる。

 

 

≪次の職業につくことが出来ます≫

学生 害虫駆除業者 スパイ 

 

 

これどうしようもなくね?ってかスパイって何だよ。害虫も俺はゴキしか○してねえよ。どういう基準何だろうか。そんなことを言っている間に優さんの独り言は悪化していく。そんな中右隣でスマホをいじっている姉さんが目に入った。

「姉さん。一回職業って考えてみてよ」

「はぁ?何言っているの?」

「いいから。もしかしたら優さんを救えるかも知れないし」

「えー分かったわよ。うーん…あ、なんか浮かんできた」

「なんか選べない?」

「えっと、配信者、学生、ゲーマー、演者ってあるわね」

なんでそんなプロゲーマーみたいなラインナップ何だろうか。

「どうしよう。優さん戻せるかな?」

「そんなんするよりあんたが女の子の姿になればいいんじゃない?」

「無理だよ。気づいたら女の子になってて、そんで元に戻ったんだから。ん?」

少し思いついたことがあった。

「姉さん。演者ってのを取って小さい女の子とか演じれない?俺の方にはスパイってあるから変装とかないか調べてみるよ」

「分かったわ」 

俺はすぐにスパイを選択してみた。

 

≪スパイに職業を設定しました。≫

≪職業スキルが追加されました。≫

ステータス

名前  深井 純

レベル 10

攻撃  20(直接10 間接10)

素早さ 20

防御  20(直接 10 間接 10)

魔力 20

 

職業  スパイ

 

スキル 変装 隠密 

 

称号  ????解析度 5/10

 

「姉さん!≪変装≫あったよ!そっちはどうだった?」

「こっちには≪声真似≫と≪演技≫ってあったわ」

「じゃあ俺があの女の子の姿に変装するから、姉さんが声を当ててみてよ」

「それはいいわね!でもほんとにできるの?」

「やるしかないよ」

覚悟を決め、女の子の俺を思い浮かべながら変装を使ってみた。

「変装」

体が光に包まれる。妙に派手なエフェクトのあと、俺の姿はあの女の子の見た目へとかわっていた。

「行けた。姉さん!」

「分かったわ。任せなさい!≪声真似≫、≪演技≫!」

姉さんは深呼吸し、スキル名を叫ぶ。

「姉さん。いくよ!」

「優さん?大丈夫?」

姉さんの声とは全く違う、女の子の俺と同じ声が出る。

「どうしたの?いやことあったの?」

姉さんは何かになりきっているのか、俺の声で甘ったるい声を出す。何をイメージしているんだ?

「女の子…じゅるっ」

声はおさまり、優さんの目に光が戻る。ついでに口元が光っている。なんかやばそう。

「なんでもしてあげるよ。」

姉さんはさらに油を注ぐ。やり過ぎではないだろうか。

「姉さん!もういいと思っ」

 

ギュウウ~~~~~~~~~

 

めちゃくちゃ強く抱きしめられた。顔が胸に埋められて息ができない。そのまま体中をまさぐられる。完全に体をつかまれているので抵抗が出来ない。

「あっあ、、んっ」

姉さんが言う。ほんとに何のキャラを演じてるのだろうか。

「ハア、ハア」

荒い息が頭にかかる。恐怖を感じ暴れても効果はなく、息も限界がきて、俺の意識は落ちていった。

 

 

 




ゴキブリ怖い


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第三話

「純、純!」

姉さんの声で目が覚める。なんで俺は寝ているんだろうか。ゆっくりと体を起こすと土下座している優さんが目に入った。

「何してるんですか?」

そう尋ねると、優さんは姉さんの方をチラッと見て、

「理性がとんでて、、その、、襲ってしまってすいませんでした」

瞬間記憶が戻ってくる。優さんの柔らかい感触や匂いが鮮明に思い出される。今は男だからか、前よりも強く意識してしまい、顔が赤くなっていく。

「いや、その、まあ仕方ないですよ」

何とか言葉を返す。

変な雰囲気になっていると

「んん!ねぇ純あんたいつ戻るの?声が男のままだから違和感がすごいわ。もう一回スキル使えば元に戻れるから」

そこで体を見渡すと女の子のままであった。自動できれることはないようだ。

「≪変装≫」

いわれたとおりもう一度使い、元に戻る。

すると優さんが目を丸くしていた。えっ誰ですかと言わんばかりの顔だ。

「この姿でははじめましてですね。優さん。これが男の方の俺です」

「え、え?どういうことですか?もしかして女の子になったってそれのせいですか?」

「いや、それは違くて、その」

頭の中で言葉をまとめていると

「ねぇ一度まとめてみない?」

姉さんがそう提案した。確かに突然ファンタジーなことが起こったのだ。優さんへの説明にも使えるしちょうどいいな。そうして俺達はテーブルを囲い情報を話し合った。  

 

 

名前  深井 純

ステータス

レベル 10

攻撃  20(直接10 間接10)

素早さ 20

防御  20(直接 10 間接 10)

魔力 20

 

職業  スパイ1

 

スキル 変装1 隠密1 

 

称号  ???? 解析度 5/10

 

 

名前  深井 美香

ステータス

レベル 1

攻撃  2(直接1 間接1)

素早さ 2

防御  2(直接 1 間接 1)

魔力 2

 

職業  演者1

 

スキル 声真似1 演技1

 

称号  なし

 

名前  香川 優 

ステータス

レベル 1

攻撃  2(直接1間接1)

素早さ 2

防御  2(直接1間接 1)

魔力 2

 

職業  なし

 

スキル なし 

 

称号  なし

 

 

どうやらレベルが一つ上がると攻撃等ステータスが2ずつ上がるようだ。そして目を引くのが一つ。

「????って何よ?」

おそらくこの場の誰もが考えている疑問を姉さんが口に出す。

「うーん、どの職業がいいかなぁ?」

優さん以外が考えている疑問を口に出す。職業の話が出てからはずっとこうだ。

「わからないけど多分女の子になるのとか、今純が生きているのと関わって来るんじゃない?」

スキルは手に入れたタイミング的に関係ないとわかるのであとは称号の????しか他と違うところがないのだからきっとそうなのだろう。

「じゃあもしかするとこの5/10って言うのはわかるまでの時間ってことかしら?」

「多分そうだね。とりあえず置いておこう」

「決めました!私医師を選びます!」

優さんが叫び出す。

「医師って職業?他には何があったの?」

姉さんがそう尋ねると、優さんは突然大きな声を出して、

「おおっ!診察と治療ですか。いいですね~」

「優さん、他の職業は?」

「お?スキルの詳細が見れますね!お二人も見たらどうですか!?」

話題をずらそうとしているのか、大声を出しまくっている。ってか詳細?そんなん見れるのか?見れたわ。

 

≪変装≫生物に変身できる。レベル1 24時間以内に見た人

 

≪隠密≫隠れられる レベル1 10秒間周りに気付かれなくなる。

 

≪声真似≫声を真似る レベル1 24時間以内に聞いた人の声

 

≪演技≫人になりきる レベル1 思い込みの強い人になりきる。

 

≪診察≫症状を診る 状態異常、病気がわかる 

 

≪治療≫治療する レベル1 軽いケガを直す

 

「今分かってるのはこんな感じね」

「なんで診察だけレベルがないんだろ?」

姉さんにたずねると、

「多分、レベルを上げても変わらないんじゃない?他はなんか次がありそうじゃない」

なるほど、確かに診察でこれ以上分かったら診察ではなくなっていきそうだ。

「わからないことだらけですね。これからどうなって行くんでしょうか」

不安そうに優さんが言う。

そうだ。まだ俺が美少女になるのも、ゴキヤェロとか言う新種の生物も、そしてこのスキルや職業、ステータスもわからないことだらけだ。

「先のことなんてわからないわでもわかることはあるわ」

姉さんが言う。

「今、世界は変化しているわ。これからは何があってもおかしくないし、ゴキヤェロのような即死トラップがあるかぎりいつ命の危機になってもおかしくない。生き残れるかもわからない。だから、私たちは協力していかないといけないわ。生きて明日を迎えるために」

覚悟のきまった顔つきで姉さんはそういった。

 

 

 

 

 

 

 



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第四話

「そうは言いますけど何をするんですか?」

優さんが声を上げる。

「まずは情報収集よ。テレビ、ネットそして自分たちでもスキルやステータスを検証していってどうなっているか確かめましょう。そしてまた、あの虫のように私たちに危害を加える奴らが来るかも知れないから未知の生物には慎重に、そして見つけたらすぐ共有、これをやっていきましょう」

姉さんがキリッと決めるとぐぅぅぅと音がなった。

「「「……」」」

沈黙が辺りに満ちる。

「腹が減ってはなんとやらよ!ご飯食べましょう!」

やけくそ気味に姉さんは叫ぶように宣言した。

 

 

 

優さんが作ってくれたご飯はめちゃくちゃ美味しかった。うますぎて馬になったと言ったら滑った。それでもうますぎてやる気が上がったのでいろいろ検証を始める。

「じゃあまずはステータスね。純、これ持ってみて」

姉さんは水を半分くらい入れた水槽を指差す。零さないよう恐る恐る持ってみるとめっちゃ簡単に持ち上がった。

「かっる」 

そして姉さんはどんどん水を足していく。こぼれそうになるくらいまで入れたが全然持てる。

「どうやらステータスの20って結構大きいみたいね」

俺をみて姉さんはそう告げる。

「ちょっと持ってみてもいいですか?」

優さんがそういいながら持とうとする。

「ふっ、んっ!」

踏ん張っているがなかなか持ち上がらないようだ。

「あ、そうそう、職業ね。変更はしばらくできないみたい。さっき試してみたら職業レベルが不足していますって出たの」

優さんを横目に姉さんはそれを伝えて来る。

優さんは手を止め、

「えっ、変更できないと思っていました。っていうかその感じだと職業レベルには限界がありそうですね。」

「確かにそうね。でも上げ方がわからないわね」

「それならさ、スキル使いまくって見ない?それで上がるかもしれないよ。ラノベとかじゃそうだから」

「なるほど、それもそうね。やってみましょう」

そこから俺達はスキルを使いまくって見た。すると次のようなことが分かった。

1、スキルはものによって連続して使えないものがある。

2、変装した場合かさましされたところにも感覚がある。

3、変装しても診察を使うとわかる。

4、診察では名前や病気、ケガがわかるらしい。

5、演技、変装は魔力によって効果時間が変わる。2で10分ほど、       20だと1時間は持った。ちなみに効果が切れてももう一回かけ直せば同じ時間続いた。

こんなことをしていると時刻は6時を回っていた。

「ひとまずこんなところね、純、優さん。職業レベルはわからなかったけど、ステータスがわかったのはけっこう大きいわね。まとめたの送るから分かったことを友達とかにまわしていきましょう。ネットでは見た感じ数件しか報告が上がっていないわ。それにゴキヤェロ騒動のせいで埋もれてるから、多分みんな知らないでしょうしね」

 

そういわれて虫の話題がまだ尽きていないクラスの友達に回していく。

 

 

 

 

 

深井 純 なあ

     分かったことをがあるんだけどさ

桐谷 渚 なに?

友井 明子 どうしたの

深井 純 一回頭の中でステータスって考えてみてよ

桐谷 渚 はあ?頭大丈夫か?

深井 純 いいからやってみて  

友井 明子 何これ

桐谷 渚 え?え?

神崎 大悟 職業とかステータスとか浮かんでるわ。これみんなも?

桐谷 渚 おう

友井 明子 うん

深井 純 なんかね、姉さんがネットからそういう情報を見つけたみたい。姉さんがまとめたプリント送るね。まだ確定してることは少ないから鵜呑みにしないようにね。って姉さんが

友井 明子 ありがとう

桐谷 渚 マジで純ナイスーいろいろやってみるわ

神崎 大悟 すごいなお前の姉

深井 純 新しい情報でたら教えて、皆で共有していこう。

 

チャットはそれからも動き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第五話

そんなこんなで時刻は8時。俺達は3人で食卓を囲んでいた。ウメェ。

「とりあえず優さんは家に泊まるってことでいい?」

「はい。よろしくお願いしますね」

どうやら優さんは泊まるみたいだ。まあもともと世話しろって言われてたらしいからな。とりあえず自分の部屋には鍵をかけよう。

「そうだ。純。クラスの子達はどう?」

あれからいろいろな職業やスキルがクラスの友達とのチャット欄に飛び交っている。

「ぱっと見だと、ほとんどが学生だったよ。でも神社生まれの子には巫女とか、あとはお父さんが政治家の子はお父さんに政治家ってあったらしい」

「ふーん。まあ予想はできていたけど、職業はその人の生まれとか行動に左右されるのね」

「えっ、じゃあ俺のスパイとか姉さんのゲーマーとか演者とかは何なの?」

「あーなるほど!」

優さんが声を上げる。

「もしかして美香さん、家族に隠れてゲーム配信とかやっていたんじゃないんですか?配信でキャラを作っているとか」

「……当たりよ。なんでわかったの?」

「いえ、美月さんがまったく同じ事をしていたので」

「「まじで!?」」

姉さんと声がハモる。

子は親に似るってことか。ていうかキャラが気になるな。

「そして純さんはほら、見た目とか声を完全に変えられるからとかじゃないですか?」

「でもまた変われるかわからないよ?」

確かに自由に変えられたらスパイにピッタリかもしれない。声も見た目も変えられるから潜入調査もできるし、ばれたとしてももう一つの姿になれば日常生活だって送れる。だがそれは自由に変えられたらの話だ。しかも…

「それ、変装で良くね?って感じね。」

そう。変装があるのだ。声は変えられないが現代にはボイスチェンジャーというものがある。それと変装があれば誰でもスパイになれるだろう。つまり女の子になれなくても変装を使えば似たようなことができるのだ。

「まあ深く考えても仕方ないか。とにかく、明確な基準はわからないが、生まれや行動は関わってそうだね。」

「そうだ!美香さん、配信で今分かっている情報を広めたりしたらどうですか?新たな情報が入ってくるかもしれませんし」

「あーそうね。それもありかもね。明日にでもやろうかしら」

「今やらないの?」

「眠い」

そうだ、姉さんは俺のために昨日から寝てないんだった。ありがたや〜。

「ところで明日学校だけどどうしよう?」

「私の大学はなくなったわね。純の学校はまだそういう連絡はないし多分あるんじゃない?」

「えーだっる」

「なくならないんですね」

人が原因がわからず死ぬとか一大事件だろ。

話していると時計は11時を回る。深井家では寝る時間だ。

「そろそろ寝ようか」

「そうね」

「優さんはどうしますか?布団なら両親のを使ってくれればいいですけど」

「そうさせてもらいますね。私も眠いしもう寝ますね」

「それじゃあおやすみなさい」

そうして俺は歯を磨き、自分の部屋にはいった。

学校の用意を済ませベットに入るとすぐに眠気がやってきた。どうやらかなり疲れていたようだ。

今日一日を振り返る暇もなく俺は睡魔に襲われ目を閉じた。━━━━━

 

 

「…っ!」

激痛で意識が覚醒する。痛みが体を支配し、骨が、肉が、暴れ回る。体は動かず、意識も飛ばず、何とか目をあけ、周りを見渡す。かろうじて目に入った時計は12時を指していて、一秒一秒がひどく長い。秒針が1を指したとき、痛みが止んだ。

 

「何なんだ…これ…」

口から出た声は聴いたことのある高い声だ。

「もしかして…」

案の定、鏡には銀色の髪をもち、ひどく憔悴した少女がいた。

混乱する頭の中には声が響いていた。

 

 

 

≪称号の解析が終了しました≫

 

 

 

 

 

 

 



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第六話

「称号…?」

とりあえず確認してみる。

 

名前  深井 純

ステータス

レベル 10

攻撃  20(直接10 間接10)

素早さ 20

防御  20(直接 10 間接 10)

魔力 20

 

職業  スパイ1

 

スキル 変装1 隠密1 不死

 

称号  神の祝福

 

 

????が神の祝福にかわり、スキルが追加されている。

 

≪神の祝福≫

神が選んだ者に与えられる祝福。神は貴方を見続けている。スキル ≪不死≫を獲得する。

 

≪不死≫

死なない。負った傷は時間経過でもとに戻る

 

 

「ああ、なるほど。だから体が潰されても生きているのか。」

ゴキヤェロの道連れの呪い。発動し、体が潰されたのにも関わらず俺が生きている理由が分かった。このスキルが俺を助けてくれたのだろう。

「これ、めっちゃチートスキルだな」

死んでも大丈夫なのはありがたい。ゴキヤェロのような初見殺し要素を俺が率先して、実験するだけで誰も死なないで見つけることができるのだから。

ただ問題がある。

「結局、さっきの激痛と性転換はスキルや称号とは関係ないようだ」

スキルの説明にはこれまでのを見るに、細かいことは省かれていても、スキルのメインとなることはしっかりとかかれている。そんな中、激痛や性転換に説明がないということは、別の要因があるはずだ。

この二つについて今確定していることは、日付が変わるくらいに起こることと、激痛とともに女の子になってしまい死ぬと男に戻るということくらいである。

仮説はいくらでも立てられる。だが検証はできない。誰かを守ることに繋がるかもしれないが、死にたくない。ゴキヤェロの呪いの時は、まだすぐに意識が飛んだから、そこまで痛みは感じなかった。だが死に損ねて痛みがずっと続くとかはあるかもしれない。一日一回なら耐えられても2回3回は厳しい。

「よし。」

方針をきめた。これからも情報は集めるがこのことについては姉さん以外には隠しておこう。姉さんは優しいので俺をどうかしようとはならないはずだ。だが優さんは違う。ただの変態だと思っていたが、職業を隠したことも、彼女の過去も知らないことが多すぎる。適当に誤魔化しておこう。

 

さて、方針をきめたところで目先の問題について考えよう。それはずばり、

「学校どうしよう」

俺は今、美少女なのである。

世界は混乱している。ゴキヤェロのような呪いも、ステータスやスキルの出現も、明らかにこれまでにない未曾有の事態だ。おそらく男の俺が女の子になったといったら、それ相応の対応はしてくれると思う。妄言とは思わないだろう。正直いつ変わるかもわからないから、友達にも知っておいてもらいたい。変装では、声は隠せないからいずれぼろがでるだろうし、そうなったらもっと気まずい。

しかし、しかしだ。ぜっったいにからかわれる!!!!この体は人の目を集める。透き通るような銀髪に青く透き通った目で声もかわいい。そして、元男。何だこのネタの宝庫は。噂はすぐに広がり、別のクラスの友人にも弄られることは間違いない。それだけじゃない。今、不安を抱える子は多いはずなので、クラスを暗い雰囲気にするわけにはいかない。そんな中、いじりやすそうな俺がいるのだ。俺を出汁にして、笑いをとろうとするかもしれない。さすがに思春期の中学生にはキツすぎる。

 

学校に事前に言うのもありではあるが、そんなことをしても意味がない。連絡したって一日やそこらじひできないだろう。まあ一応体育やトイレの件もあり伝えるつもりではあるが。

 

いろいろと考えてはいるが休むことは考えていない。友達と話したいし、遊びたい。もともと昨日は遊ぶつもりだったのだ。それに、職業が気になる友達もいる。スマホがなく、気軽に連絡は取れない。学校しか会える場所がないのだ。

 

覚悟を決め、姉さんへチャットでスキルや称号、そして学校等必要なことを送り、眠りについた。

 

 

 

 

 

 



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第七話

「おはよう。はいこれ」

目が覚め、リビングで朝ごはんを食べながらテレビを見ていると、姉さんに服を渡される。女物の下着と制服だ。

「…え?」

「私のだから着けていきなさい」

突然そんなことを言われる。

「え、なんで」

「ないと痛いわよ」

姉さんが一点を見つめながら言う。いろいろと察した俺は、渋々了解した。

「あと、学校にも連絡は入れといたわ。今日というかしばらくはそっちの姿の時は、職員用トイレを使うのと、体育は保健室で着替えろって言われたわ。あとはじめに職員室にきてって」

「分かった。あとさ、これどうやってつけるの?」

そうして着替えを手伝ってもらい、学校へと向かった。

 

じー

視線を感じる。端を歩いているのに全員が見てくる。早くも後悔してきた。

幸いにも誰も話しかけに来ないので、全力の速歩きで学校へと向かった。

 

学校へ到着する。当然それでも止まらず、全力で職員室に駆け込んだ。いきなり開けてすぐ閉めたので先生達がすぐにこちらへと向く。

「お?もしかして深井か?」

息を整えている俺に、担任の梅田 幸一先生が話しかけてくる。

「はぃぃ。ぞうでずぅ。よぐわがりましだね」

「落ち着け。まあ、銀色の髪とかうちにはいないからな。それじゃあとりあえず決まったことを伝えるぞ」

そういいながらプリントを渡される。そこには俺への対応についてかかれていた。

「まず聞いていると思うが、トイレと着替えは、いつもと違う場所だ。そして、学校だが保健室登校もいいことになった。希望するなら言ってくれ。次に深井の事情についてだが、一年から三年まですべての生徒に先生から伝えることになった。理由としては、そうした方が生徒に釘をさせるのと、噂に尾が付かないようにするためだな。あと、クラスには先生と入ってもらう。だからしばらくここで待ってもらうぞ。さて、何か質問あるか?」

「なんて伝えるのですか?」

「ざっくり言うと、深井という生徒が原因はわからないが女の子になった。節度のある行動をしろ。他クラスには休み時間にそのクラス行くのは禁止。というぐらいだな」

どうやら危惧していた他クラスからの視線はかなり減りそうだ。

「ご配慮ありがとうございます」

お礼をいっておく。

「まあ、なんかあったらすぐいえよ。遠慮する必要はないからな」

梅田先生は、そういって締めくくった。

教師として当たり前の事かもしれないが、俺へ最大限の配慮をしてくれた先生に、

「ありがとうございます」

深く頭を下げ、お礼した。

ほんと、この先生が担任でよかった。そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

「…原因は分かっていないし、男に戻る時もあるようだ。深井のことを思いやって、行動するように。以上!」

そう言ってホームルームをおえ、梅田先生は、教室を出た。

当然のように、教室は騒ぎに包まれる。

次の授業まで5分ほどしかないのに我先にと、俺のところへよってくる。質問攻めにされ、頭がぐるぐるしてくると先生の怒号が響き渡り、静かになった。

 

昼休み、何とか仲の良い4人と屋上に集まることができた。俺は友達は多い方だが、遊ぶのはこの四人とばっかで他の友達より特に仲がよく、気軽に話せる。

「純~、お前さ、つらくねえの?」

茶髪で制服を着崩した桐谷 渚が声をかけてきた。

「そう。心配」

心配そうに少し小柄の眼鏡っ子、友井 明子が続けてそういう。

「ん~、つらいというほどではないかな」

実際、まだ日が浅いどころか丸一日女の子だった日はないので、何とも言えないが、今は得に不満はない。

「ほんとかい?無理したらダメだよ?」

クラス一のイケメンであり、親友の烈火 正義が頼ってくれてもいいといわんばかりの顔でいう。

「そうだよ?純くん、よく一人で抱え込んじゃうんだから」

優しそうな雰囲気全開の天童 香菜が優しい声で問い掛けて来る。

ちなみに渚と明子は、中学からで正義と香菜は保育園からの幼なじみだ。

「だから、大丈夫だって。普通で頼む」

気を使われるのは嫌なので普通に接してくれという。

「分かった。じゃあいつも通りを心掛けるよ」

正義がそういって、写真を撮った。

「え?」

明子と香菜は俺の後ろにまわり、どこからか道具を取りだし俺の髪をいじりはじめた。

渚は、

「あはははは!お前可愛くなりすぎだろ!」

溜まっていたものを吐き出すように笑い出した。

「声もさー、アニメみたいだし、なんでスカート履いてんだよ」

「え、いや。姉さんが渡してきたから」

「いや、普通着ないだろ。っていうか似合いすぎ。そっちの姿の方がいいだろ!」

「そんなこと言うなよ!だいたい―――」

「動かないで」

「動かないでね。純くん」

「あ、はい」

何か言おうとしたが即座に抑えられた。渚はお構いなしに言いたいことをいっていく。ステータス上がってるから殴ってやろうかなと友情崩壊間際の事を考えていると、

ピロン♪

チャットを開くと、めちゃめちゃにかわいく加工された俺がおくられてきた。贈り主は正義だ。

「はあああああああ?せ~い~ぎ~?」

「あはははは!」

「かわいい」

「純くん、かわいいね!」

元男なので全くうれしくない。笑われて、かわいがられて、何故か髪を結われて、今日はとことんからかってくるようだ。時計を見ると昼休みは残り15分という贅沢仕様となっている。

「うわあああああ」

「足はっや」

俺は四人から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




梅田幸一  うめだ こういち
桐谷 渚  きりたに なぎさ
友井 明子 ともい めいこ
烈火 正義 れっか せいぎ
天童 香菜 てんどう かな


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第八話

あのあと、校内を逃げ回り、何とか、あの四人から逃げられた。しっかりと授業開始直前に教室に入り追求もかわした。授業がはじまり眠気に耐えながらもくもくと受けていると、

ピンポンパンポン♪

授業の終わりではないチャイムがなる。

『緊急です。緊急です。すべての作業をやめ放送に集中してください』

何事かと騒ぐものもいるが大体は黙り、放送に耳を向ける。

『政府より、街中に人を襲う化け物が出現したと発表がありました。その化け物は、太い木の棒のようなものを所持しており、人を見るとなりふり構わず襲ってくるようです。外は危険により、自衛隊や警察が助けにくるまで学校で待機するように指示がありました』

教室は騒然とした。スキルやステータス、職業もあいまって、ゲームみたいだと目を輝かせるものもいれば、緊急事態に不安になるものもいる。

「静かに!」

先生が叫ぶ。

『生徒の皆さんは、教室から出ないようにし、各先生はいますぐ、職員室に集まって下さい』

先生が出ていくと、いつもの面々が集まってくる。

「もしかしてさ、今化け物倒せたら、スキルとか手にはいんねえかな!初回限定とかで!」

「いや、もしそうだとしてもステータスが出た日に一番初めに出たのはゴキヤェロとか言うやつだろ?あったとしても持ってる人死んでるよ」

渚と正義が話ながらくる。

「どう思うよ。純」

「まあ正義の言う通りじゃないか?なんであっても絶対に行くなよ!死ぬかもしれんからな!」

「純の言うとおり。そもそも危ない。だめ」

明子が援護射撃する。

「ちっ。んなのわかってる!」

「これはわかってなかったやつだね」

「そうだねー」

正義と香菜の言葉が止めとなり、渚がすねる。

「ところで皆職業どうだった?私は聖女と学生」

「俺は学生と遊び人と斧使いってあったぞ」

「僕は勇者と学生だね」

「学生と魔法使い」

「学生とスパイと害虫駆除業者」

沈黙が満ちる。

「純くんと正義くんと明子ちゃん、なんでそんな職業なの?」

香菜が恐る恐る聞いてきた。

「まあ、そうだな。俺は木こりの息子だし、香菜は親が教会の教祖だもんな。前の純の姉の仮説に当てはめられるけど、お前ら三人何なの?」

「わからないね」

「わからん」

「知らない」

「まあ、そうだよね」

「ってかやっぱり魔法あるんだな。ファンタジー感がいっそう強まったわ」

明子の職業的にほぼ確実にあるだろう。

「ってか、明子何でチャットで教えてくれなかったの?」

明子は目をそらしてスマホを手に取り

「打った。今」

「遅いよ!」

そんな会話をしていると、

「ねえ!外見て!」

突然香菜が叫ぶ。

窓からは、学校の校門近くにある住宅地を闊歩する、緑色の何かがいた。まるでゲームのゴブリンのようでそれは10体ほど固まっていた。中でも他より一回り大きい固体は何かを引きずっている。武器だろうか?

その声を聞いて、周囲の生徒が窓に集まる。

あれが人を襲う化け物なのだろうか。学校へとその集団は迷いなく近づいてくる。

近づくにつれ、容姿が鮮明に見えてくる。醜悪とも言える見た目をしていて、棍棒を持っている。そして、何よりももっと目を引くものがあった。

「おい、あれって」

ゴブリンが引きずっていたのは、人だった。

 

 

 

 

 



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第九話

第十二話

ゴブリン達は校門から堂々と入ってくる。手の棍棒は赤くなっていて、服にもところどころ血がついている。

「先生に知らせないと!」 

クラスの誰かが叫ぶ。

「でも、先生達は職員室に集まっているし、職員室は一階だぞ!誰がいくんだ?」

そう。職員室は一階にある。俺達は3階なので今よりもゴブリンに近づかないといけない。急げばゴブリンより先に職員室につける。しかしそれでも怖いものは怖いのだ。

「僕が行くよ」

覚悟を決めた顔つきで正義が言う。正義は昔からこういうのを進んで受けようとする。損な性分のやつだ。

「ダメだよ正義くん!」

「危ない。危険」

香菜と明子が止める。

だがそんなことを言っている場合ではない。刻一刻と俺達へゴブリンは近づいている。

「いや、俺が行く」

この中じゃ俺が一番適しているはずだ。スキル≪不死≫で捕まらない限り大丈夫だ。しかも≪隠密≫がある。それを見つかることすらないだろう。

「俺の職業のスパイには≪隠密≫っていうのがあるから、こんなかだったら一番適している。自分にしか効果はないから誰もくるなよ!」

そういって制止の声も聞かずに職員室へ向かった。時間が本当に厳しい。

 

 

二階まで降りてから≪隠密≫を使い駆け出す。今から使えばちょうど職員室前につくくらいで解除されるからだ。

一階には何もいない。ゴブリンはまだ入ってきていないようだ。職員室にたどり着き扉に手をかけると、

「ふざけるな!俺には子供がいるんだぞ!こんなところで死ねるか!」

怒号が響いていた。これは気づいているのか?まあどちらでもいい。

「先生!化け物っぽい生物が学校に入って来ました!」

腹の底から声を出して、伝える。

「深井!本当か!」

梅田先生がすぐにこちらへきて話を聞いてくる。

「はい。ゴブリン見たいな化け物が、10体ほど固まっています。人を引きずっていました」

とりあえず見たことを全部伝える。

「分かった。そこは危ないから深井は職員室の中に、校長先生、すぐに放送をして教室から出ないようにするのと、扉を机で防ぐようにいって下さい。他の先生は武器になるようなものを持って階段前に集まりましょう」

梅田先生は、的確に指示を出していく。校長先生は防音室へいきすぐに放送をはじめた。

「ふざけるな!」一人の先生が叫ぶ。

「俺は子供も妻もいるって言ってるだろう!命をはるなんてごめんだ!」

「なら、

梅田先生が何かを言おうとした時だった。

ガシャーン

窓が割られる音がする。割られた窓の奥にはゴブリンが9体ほどいた。

「化け物ォ!誰か!」

一匹ずつ職員室内へと入ってきては、襲い掛かってくるゴブリンに職員室は阿鼻叫喚となる。

「下がって!」

梅田先生が指示を出しとっさに箒で応戦する。

どうやら一体一体はそれほど強くないらしく、梅田先生一人で押さえている。そこに他の先生も参加し9体すべてを、倒せないが何とか抑えられているという状況だ。そんな中

グシャッと音がした。

音のした方を見ると、職員室の扉の前に立つ一回り大きいゴブリンが下がっていた一人の先生の頭を潰した。

「うわああああああああ」

腰を抜かす人や逃げ出す人が出てしまう。

9体のゴブリンは待ってましたといわんばかりの様子で一気にせめてくる。数が減り一気に劣勢になってくる。

「深井!逃げろ!」

梅田先生が自分が危ないというのに逃げろという。

状況は絶望的だ。大きいゴブリンはニタニタと笑いながらゆっくりと先生達を狙っている。このままじゃすぐに崩壊して先生達は全滅してしまう。そうなると上の生徒も危ない。

「やるしかない」

俺も戦おう。俺はおそらくこの中じゃ一番強い。昨日の検証のとき、俺以外はレベルが1なのに対し、俺はレベル10でステータスも10倍になっている。レベル1でもゴブリン相手には戦えているんだ。大きくてもさすがに10倍も強いということはないはずだ。いけるいける!恐怖の感情を抑え込んで全力で近くのパソコンのコードを引きちぎり、普通のゴブリンに全力で投げた。

 

 

 

 

 

 

 



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第十話

ゴブリンはパソコンに当たると吹っ飛び、動かなくなると、消えた。

何消えたのかは分からないが、考えるより先に大きいゴブリンにもぶん投げる。

大きいゴブリンは、パソコンに棍棒を当ててはじき飛ばした。パソコンは、轟音をたて、壁に埋まった。

(威力がかなり高い。近づくのは危険そうだ。)

距離を取りながらいろいろなものを投げる。パソコン、机、ファイルなど、とにかく投げる。パソコンや机は弾くがファイルや軽いものは防がないようだ。

それならばと、ボールペンを顔近くに投げまくる。大きいゴブリンの目に一本刺さり、ゴブリンは顔を押さえながらがむしゃらに棒を振り回す。

大きいゴブリンの棒は近くのファイルに当たり、先生の一人に当たった。先生は吹き飛び、壁にあたり動かなくなった。

これでは倒す前に跳ね返されたものだけで先生たちが倒されてしまう。

物を投げるのをやめ、標的を俺に絞らせるために近づいてひたすらにテーブルで殴る。

「グオオオオオオ」

ゴブリンは、雄叫びをあげながら俺に向かって棍棒を振り回す。当然近づいているので腹に当たる。

「かはっ」

血が口から出てくる。どこか骨が折れているがそれでも、スキル≪不死≫を信じて殴りつづける。痛みも深夜と比べればたえられる。

「ああああああああ!」

角で殴り、ゴブリンの頭が貫通した。すると大きいゴブリンは、消えた。

ついに倒せたようだ。脳内麻薬がおさまり折れた骨の痛みが主張しはじめるが無視して物を投げはじめる。パソコンはもうないのでテーブルを投げ、先生達と戦うゴブリンを減らしていく。

「死ね!」

先生が突き出した箒が止めとなり最後の一体が死んだ。

≪ホブゴブリン一体とゴブリン9体を討伐しました≫

≪レベルが上がりました≫

≪スキルを獲得しました≫

≪新たな職業が解放されました≫

≪職業レベルが一定に達したため職業を変更できます≫

頭にそんな声が響き、俺と先生は、ゴブリン達に勝利した。

 

職員室は散々な様子だった。パソコンは粉々、物は散らばり、机はボコボコだ。壁にはパソコンやファイルなど様々だ。ふと、赤黒い液体が見えた。その先を辿るとそこには頭の潰された女の先生が倒れている。他には二人の死体があった。ホブゴブリンによって2名、そしてゴブリンによって1人の合計3人もの人が死んでしまった。臭いが満ちて吐き気がする。周りを見ると、先生達は何故か窓を見て呆然としていた。俺も釣られて窓を見ると、さらに30体以上のゴブリンがこちらへ向かってきていた。

 

 

 

 

真っ先に気を取り直したのは、梅田先生だった。

「全員二階に引くぞ!」

その声で全員がはっとなり一目散に逃げはじめた。先生達は満身創痍で戦えないと判断したのだろう。

「深井!お前もはやく!」

叫ばれ、俺も梅田先生について行った。

 

二階につくと先生達は階段に向かって椅子やテーブルをひたすらに投げていった。そうやってのぼってこないようにするつもりだろう。

教室からは生徒達が出てきている。

「純!大丈夫か!」

渚が三階から降りてきて、駆け寄ってきた。後ろには、正義、香菜、明子もいる。

「おう、無傷だ」

≪不死≫によって傷はすでに消えているため、痛みもない。

「純くん。なんでこんな危ないことするの!」

「純、無茶はダメ」

「純、本当にやめてくれ」

四人に囲まれ、怒られる。

「深井。ちょっといいか」 

梅田先生が声をかけてきた。

「お前、なんであんなことができたんだ」

「あんなこととは何ですか?」

正義が尋ねると梅田先生は職員室での事を話しはじめる。

「純、どうなっているんだい?」

「女の子になったのに強くなっているだと?」

正義と渚からそういわれる。

「多分ステータスのおかげですね。先生、さっきレベルとか聞こえましたよね?頭に思い浮かべて見て下さい」

「お?何だこれは」

「今分かってることはここにかかれているので読んでください」 

そういってスマホで姉さんのサイトを開き、見せた。

待っている間、ステータスを確認しよう。

 

 

名前  深井 純

ステータス

レベル 15

攻撃  30(直接15 間接15)

素早さ 45

防御  30(直接 15 間接 15)

魔力 30

 

職業  スパイ5 転職 昇格 可能

 

スキル 変装1 隠密1 不死

 

称号  神の祝福

 

レベルが5上がりスパイも5上がったようだ。そして、転職と昇格。てか素早さだけ高くなってる。

 

≪転職≫

職業を変更できる。学生、害虫駆除業者、ゴブリンハンター

≪昇格≫

上位職になれる。 エージェント

 

(ゴブリンが大量に外にいる中では、ゴブリンハンターを選ぶべきか?いや、でもゴブリンハンターは先生達の方にもでているはず。それならば上位職を選ぶべきか。一先ず先生達に聞こう)

 

そう思い、先生達へ目を向けると、ちょうどサイトを読み終わったようで俺の方へスマホを渡してきていた。

「深井。大体は分かった。俺ははゴブリンハンターを選ぼうと思う。他の先生もだ。そして、ここの階段と向こうの二つに分かれて耐久する」

どうやら、職業だけでなく方針も決まったようだ。

「わかりました。俺も手伝います」

俺がそういうと、正義が声をあげる。

「僕も手伝います。職業で勇者と選択したら≪聖剣≫というスキルが手に入りました。これを使うと、手元に剣が出てくるようです」

そういいながら、正義の手元に剣が現れた。

「うおっ」

「これを使って戦います!」

正義の、その発言を皮切りに何人かの男子生徒が声をあげた。

梅田先生は少し考え、

「分かった。ただし前にでるのは先生達だ。武器のないやつは箒を持って武器のある奴らと一緒に先生の後ろからゴブリンを突け!」

といった。生徒達に戦わせたくない梅田先生に取っては、相当妥協したのだろう。

俺はその話を聞きながら、昇格を選択する。

≪スパイがエージェントとなりました≫

≪新たなスキルが追加されました≫

そうして追加されたのは、≪言語翻訳≫と≪鑑定≫だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十一話

 

鑑定といえばライトノベルでは、チートでお馴染みのスキルだ。相手のレベルやスキルがわかり、対策を講じたり、才能のあるものを見つけたりできる。これは強い(確信)

すぐに詳細を確認する。

≪鑑定≫ 触れている相手の能力がわかる。  レベル1 相手の名前がわかる。

これは弱い(確信)まだレベルが低いからわかることが少ないのはわかる。でも触らないと行けないって何?敵と戦う前にわからないと強さ半減どころじゃなくね?

とりあえず正義の肩に手を置き鑑定を発動する。特に何かあるわけでもなく少し光って名前が表示された。

 

鑑定結果 烈火 正義

 

手を放す。表示されなくなった。

「ねえなに!?突然光ったよ?!」

「ああ、気にしないで」

まじ?触っている間しか表示されないの?しかもやったかどうかは相手にばれると。うん、弱いね。

 

そうこうしていると、足音と物音が響いた。ゴブリンの集団だろう。ぐっちゃぐちゃに並べられた机と椅子の上を何とか来ているようでがたがたと音が響いている。

「よし、全員くるぞ!」

「おお!」

いい感じに机と椅子がゴブリン達を分断し、一体、たまに二体のペースで流れてくるゴブリンを先生達が押さえ後ろから突くなどして倒していく。さっきの戦いもそうだが経験値は最後に一気に入るようだ。あの謎の声は一切聞こえない。先生達の攻撃はかなり有効でゴブリンに2回攻撃が当たると消える。これがゴブリンハンターの力だろうか。十体ほど倒すと遂にまた、ホブゴブリンが出てきた。全員に緊張が走る。

「力が強いぞ!絶対に攻撃に当たるな!」

梅田先生が叫び、さすまたや箒など少しでも長いものを使って近づかないように攻める。そして、一番有効そうな正義の剣で突いた。抵抗なく、ホブゴブリンを貫き、ホブゴブリンを倒せた。

「いける!いけるぞ!」

一番の難所と思われたホブゴブリンも処理でき、希望が見えてくる。そこからさらに1時間ほど戦いは続いた。

ゴブリンは数を減らしていき、残りは外のホブゴブリン1体とゴブリン3体となった。

「よし、だいぶ減ってきたからしばらくは休めそうだ」

梅田先生がそういうと、その場の緊張が緩んだ。

「はあ。疲れた」

「ほんとにね」

「いやもうこれはきついわー」

三人で話していると、三階に避難していた明子と香菜が降りてきた。

「お疲れ」

「お疲れ様。正義くん、渚くん、純くん」

どうやら労いに来てくれたようだ。

「それにしても勇者サマの剣すげぇな!」

渚が正義の剣をほめる。確かにあれはやばかった。

「それな。これがっ勇者の力…!」

「やめろ純。お前の画像ネットに載せるぞ」

とんでもねえ脅しがとんできた。

「そんなにすごかったの?」

香菜が聞いてきた。

「おう!2メートルもあるでけえゴブリンを豆腐のようにサクッと一撃よ!」

意気揚々と、キラキラとした目で渚は語った。

「すごい…勇者!」

明子が渚のようなキラキラとした目になり、正義を見ている。

「やめてよ」

正義が恥ずかしそうに俯く。

くっ!からかいたいが拡散されても困るのでからかえない。

疲れも忘れ話していた時だった。

「グオオオオオオ!!!!」

さっき職員室でも聞いたホブゴブリンの雄叫び。何度も何度も叫び続けている。

「ひっ」

「な、何だ」

雄叫びに不安が煽られる。あれを止めないと恐ろしいことになりそうだと、勘が告げているが動けない。すると、変化が起きた。遠くから土煙が上がっている。それはこちらへと近づいてきていて、

「もしかして、」

俺が倒したホブゴブリンは殴られはじめると同じような雄叫びをあげた。そして、その後に新たにゴブリンの集団が来たのだ。つまりあれは…

 

 

煙の先頭には大量のゴブリンがこちらへと全力疾走していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十二話

まずい

すでに皆疲れきっている。経験値も外の三体が攻めてこないので入っていないから誰のレベルも上がっていない。周りを見ると、全員呆けている。

「はは、仲間を呼ぶってか」

渚が乾いた笑いと共に言葉を吐き出した。

状況が理解するにつれ混乱がひろがっていく。泣くもの、叫ぶものと様々だ。

「…」

梅田先生も何も言わない。ただ下を向いている。

そんなとき、希望とも言える音がなる。

全員が耳に意識を集中させて顔をあげ、空を見た。  

迷彩柄のテレビでしか見ることのないヘリコプターが空に浮かんでいる。

 

そう。この国の平和と独立を守る自衛隊が到着したのだ。

 

そこからは圧倒的だった。ゴブリンは全て自衛隊員によって倒された。またもや

≪ホブゴブリン五体とゴブリン32体を討伐しました≫

≪レベルが上がりました≫

と、声が響き、皆のレベルが上がった。生き残れた事を喜ぶものや、亡くなってしまった先生を想うもの。様々な感情がうずまき涙を流すものもいる中、ゴブリンを倒しきった自衛隊による説明が始まった。どうやら、町中のゴブリンはすべてここに集められたため倒せたという。また、ゴブリンは家を壊すほどの力はないため家にいれば安全らしい。そうして俺達は自衛隊の人に連れられ家へと帰った。

 

 

「ただいま」

「純!」

「お帰りなさい。無事で良かったです」

姉さんは俺に抱き着いてくる。よほど心配をかけてしまったようだ。

「純。ケガはない?」

「大丈夫だよ。いろいろ話すからとりあえずリビング行こうよ」

俺が死なないことを知っているはずなのに聞いてくる。

そうして、リビングで学校での事を俺が戦った当たりを少しぼかして話した。

「それにしてもスパイからエージェントって昇格なの?」

エージェントとは、味方側のスパイといった感じの職業だ。ほとんど意味は同じである。

「まあ、そんなの気にしたって仕方ないでしょ」

「そうですね。それより新しいスキルが気になりますね」

「≪言語翻訳≫ってどこまで分かるんだろ?」

「じゃあいろいろ試しましょう」

そういって姉さんはスマホを取りだし、画像を見せてきた。

「何ですか?これ」

優さんが尋ねる。画面には見たことのない文字が写っている。

「読めるよ」

どこにどれが対応しているかはわからないが意味がぼんやりと頭に浮かんでくるため、それを読む。

「ほんとに?これ、カードゲーム独自の文字何だけど、しかも意味はわかっても発音は決められてないっていう」

どうやら、発音すらわからない文字であっても読めるらしい。

「かなり便利ね。もしかすると言葉で連携を取る敵に有効かも。英語の授業も無敵になったわね」

それはいい。本当に英語は無理、むずすぎ。

「そうそう、話は変わるけど自衛隊の人やばかったよ」

そうして自衛隊の活躍を語った。自衛隊の攻撃はかなり強く、ホブゴブリンですらシャベルやナイフで一撃で、銃を使わないのに大量のゴブリンを圧倒していた。

「かなりレベルが高そうね。後ゴブリンハンターに就いている可能性もあるかもね」

ゴブリンハンターは、≪武器召喚≫と≪エンチャント ゴブリン特攻≫が与えられる。≪武器召喚≫では棍棒が出てくる。そしてエンチャントはその名の通り武器にゴブリン特攻が与えられるらしい。先生達はこれを箒にかけていた。ちなみに棍棒はリーチ的な問題で使わないことになった。聞いていないためわからないが、自衛隊の殲滅速度を見るとありえるかも知れない。

「私的には勇者が気になりますね。ファンタジー感満載でカッコイイですね~」

優さんがのんびりと言う。

勇者は、≪聖剣≫そして、≪成長促進≫というスキルが手に入るらしい。≪成長促進≫はやばい。その名の通りレベルアップに必要な経験値が減少するようだがまさかの今や17レベルとなった。俺と同レベルである。

「それにステータスの上昇幅も気になるわね」

そう。正義のステータスは次の通りだ。

 

 

ステータス

名前  烈火 正義

レベル 17

攻撃  66(直接46 間接20)

素早さ 66

防御  66(直接 33 間接 33)

魔力 66

 

職業  勇者  なし

 

スキル 聖剣1 成長促進 

 

称号  なし

 

 

何だこのチート。正義はレベルが上がるごとに全ステータスが4上がるらしい。比較として、俺のを載せよう。

 

 

名前  深井 純

ステータス

レベル 17

攻撃  34(直接17 間接17)

素早さ 53

防御  34(直接 17 間接 17)

魔力 34

 

職業  エージェント2 転職 昇格 可能

 

スキル 変装1 隠密1 不死

 

称号  神の祝福

 

ハハッ(絶望)

エージェントとなることで素早さは4ずつ上がるようになったものの、レベル1から勇者の正義には勝てない。

「もしかすると、職業なしだと全ステータス2ずつで職業によってステータスの上がり幅が変わるのかもね」

「だとしたら俺もう正義に勝てないんだけど」

「いいじゃない。守ってもらいなさいよ。勇者サマに」

姉さんは俺が女の子になっているのをからかっているのかニヤニヤしている。くっ!

「そういえば純さんってトイレとかお風呂はどうしているんですか?」

「諦めて普通に見てる」

はじめは少し抵抗があったがいざやってみると特に何も感じなかったので気にしないようにしている。

「ts物の展開はないんですね~。ちょっと残念です」

自分のことながらそれはちょっと思った。

そんな話をしていると腹の虫がなる。

「おや。そろそろご飯にしましょうか」

「そうね。そういえば今日国防省の記者会見があるから見ましょうか」

そうしてテレビをつけると、ちょうど記者会見が始まるところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十三話

『まず今回の騒動についてですが現在日本では死者はわかる範囲では数百人以上、負傷者は一万人以上との報告が上がっています。原因は解明中です。あの化け物はゴブリンというようで十体ほど捕獲し研究を進めています。判明したことはホームページに随時記載致しますのでご確認下さい。現在首相は各国と首脳会談中で、会見は明日になるようです』

テレビに映る偉そうな人はそこで話を切り、そこに自衛隊員が複数出てきてコンクリートの壁を持ってきた。

『今回の騒動とほぼ同時期にスキル、ステータス、職業というものが確認されました。恐らくすべての人が見ることができます。方法は頭に思い浮かべるだけです。まずステータスですが、自衛隊で検証したところはじめはすべて2で統一されており、ゴブリンを倒すことでレベルが上がるようです。また、こちらをご覧下さい』

そういうと、自衛隊員がコンクリートの壁を殴った。コンクリート壁は大きく凹み会場は騒ぎ出す。

『このようにステータスはかなり大きいです。スキル、職業にはわからないことが多く、まだ検証中です』

そこからは偉そうな人からスキル、ステータス、職業のことについて分かってることをつらつらとのべはじめた。

 

「新しい情報はあまりなかったわね」

「そうだね」

あまり新しい情報はなく、国も対応できていないようだ。

「それにしても自衛隊のレベルいくつなんでしょうね?」

「20はありそうだね。俺より力強いし」

「いや自衛隊っていう職業があるなら変わってくるかもしれないわ」

「なるほど。それなら自国のみステータスアップとかありそうですね!」

「レベルといえば何だけどこれ見てくれる?」

「ん?」

そういって姉さんが見せてきたのはある動画だった。

「配信でね、リスナーが回してくれたの」

動画の中では外国人が多数のゴブリンに対して圧倒的な速度で無双していた。

「うわ。この人強いですね」 

「それなんだけどね。この人戦闘経験ないし、筋トレとかもしてないのよ。ただ、レベルがすごく高くて40とかあるらしいわ。何かゴキヤェロをゴキジェットで倒しまくったんだって」

そういえば俺もゴキヤェロ一体で10レベルになった。

「ってことはゴキヤェロって経験値すごい?」

「そう。だからね、世界各国でゴキヤェロをゴキジェットで倒した人と軍隊がゴブリンを掃除している感じね」

「それってまずくないですか?」

「え?何で」

「その人達が経験値独占したら、ゴブリン倒していない人の立場がかなり悪くなりますよね?だってこんなにステータスって大きいんですから、これで暴れられれば誰も止められない。だからご機嫌はかってないといけないですし」

「そうね」

「後、これは仮定の話なんですが、ゴブリンみたいな化け物が世界の人の平均レベルを参照して強さが設定されていたら怖いですよね。そうなれば強い人にとっては楽でも弱い人からしたら脅威でしかないわけですし。それにどうやらゴブリンの上位のホブゴブリンがいるようですが、人を倒すことによって得られる経験値で進化しているなら、強い人がいなかったり武器がない所で進化し続けた化け物が現れる可能性がありますよね?そんな化け物を倒すには強い人が複数いりますけど弱い人が多ければその人達を守るために動けなくなって集まれないですよね?量より質とは言いますが一番いいのは質も量も高いことです。守る必要がある人がいないなら容赦なく強い個体に強い人を当てられます。まあ要するに個人ではなく全体をあげないと崩れやすいんですよ」

めっちゃ考察してる。

「優さん、すごい考えますね。じゃあおいてかれないように僕らもレベルあげしたほうがいいってことですか?」

「はい。ついでに友達も。あとゴキヤェロも見つけ次第倒したいのでゴキジェットを全員持ち歩きましょう」

「でも、買い物どうするの?」 

「純さん!頑張って下さい!」

「まあ純しかないよね」

「いやいやいや、レベルあげもかねて皆で行くべきでしょ」 

「まあそもそもスーパーもコンビニも空いてないからこの話は無意味ね。政府が配給するって」

もっと早く言ってほしかった。この時間無駄じゃん。

「じゃあ明日になったら朝から外に出てみましょうか」

「包丁とか持っていきますか?」

「いや、ゴブリンなら棒で突けば倒せるよ」

「じゃあ一応包丁と適当に棒を使いましょう」

そうして優さんのご飯を食べ、お風呂に入って寝た。お風呂はもうなんにも感じなかった。俺男に戻ったときどうなるんだろ?

 

 

 

そうしてベッドに行くと俺が映るようにスマホを立て録画を開始した。スキルではない以上恐らく外的要因だと思うのでそれを録画しておこうという考えだ。

12時

三度目の痛み。何故か動けず声も出ない。意識も飛ばないので耐えるしかない。しかし、馴れることはなく、思考が支配されていく。

 

「終わった…」

声的に次は男に戻ったようだ。スマホの撮影を止めてちょっとだけ気になったのでちょっとエッッッな画像を調べる。うーん。痛みのせいか。女の子になったせいか。

「さあどうなっているんだ?」

録画を確認した。

 

 



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第十四話

時間になると、体が沸騰するかのように細かく膨らみ始めた。肉が破裂し、そして再生していく。

「うっ」

かなりきつい。吐き気が込み上げてくるが何とか耐える。正義に見せてトラウマうえつけようかな。

それにしても、外から何かをされたようには見えなかった。不可視の何かならわからないがどちらかというと体の内部から出ているように感じた。何にせよよくわからなかった俺は落胆しながら眠りについた。

 

朝、朝食を取り、準備を整え三人で外に出た。外には散歩する人は一人もおらず、ところどころに警察がいるだけだった。

「普通の人いないね」

「そうね。まあ危険だしね」

すると警察が声をかけてきた。

「君達、外は危ないんだから出たらだめだよ」

「それは分かってるんですけどどうしても体が鈍ってしまうのであなた方の目の届く範囲ならいいかなと」

優さんが代表して答えた。

「うーん。まあ分かるけど…」

「あと僕レベルがそこそこありますよ。近くの中学校通っているので」

「ああ、あそこ!ならいいかな?一応上に運動の機会をと、掛け合うようにしておくよ。それじゃあ気をつけてね」

なかなか柔軟な人のようだ。

「はい。気をつけます」

そうして警察は巡回に戻った。

「緊張したー。警察怖いなー」

何もしてなくても警察は怖い。

「この感じだとレベル上げしようにも、すぐに倒されてしまいそうね」

あんなにも警察がいたのでゴブリンがどこにいてもすぐ倒されてしまいそうだ。

「諦めますか?私的にはもう少し粘りたいです」

「そうですね。まだ歩きましょうか」

町内をぐるっと回っていると警察が多いところと少ないところが確認できた。基本的に住宅地には多く、山の近くといった場所は少なかった。ふと路地裏が目に入った。

「あそこ行く?」

姉さんに聞いてみる。

「行ってみましょう」

俺を先頭にして進んで行った。

「ねえ、あれ」

路地裏にはゴブリンが一匹だけ確認できた。

「ラッキーですね。美香さん行きます?」

「いいの?ありがとう」

姉さんはゆっくりとゴブリンに近づいていく。見てるだけの俺が緊張してきた。

「ふっ!」

一気に棒を振り回しゴブリンにヒットする。ゴブリンは頭を抱えながらこちらへ向き、棍棒を手に持って走り出した。姉さんは動じずに包丁を取り出しながら棒でちくちくと攻撃する。ゴブリンは姉さんの棒をはじき、一気に詰めてきた。そのまま姉さんのナイフに刺されて消えた。

「お疲れ様、どう?」

「レベル上がったわね」

「じゃあこんな感じですこしずつ倒していこうか」

「うーん…」

優さんが考え込んでいる。

「優さんどうしたの?」

「いえ、ふと思ったのですがこの化け物が何もないところから突然出現するとしたら、ここ逃げ場がないなと」

確かに、壁側ならいいが化け物に道を塞がれて全滅もありえるのか。考えていると不安が襲ってくる。

「そんなフラグみたいなこと言わないで下さい。でも念のため出ましょうか」

そうしてきた方を向くと、

イノシシのような顔をした、2メートルほどの大男が立っていた。

 

フラグって本当に回収されるんだな。勉強になるわ。

 



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第十五話

 

「下がって!」

ひとまず二人を下がらせ前に出る。

 

前の大男は片手に出刃包丁のような物を持っている。そいつは俺を認識した瞬間すぐに襲いかかってきた。

 

「純!」

 

姉さんから包丁を渡され、そのまま大男を見る。速度は遅く、俺なら避けれるはずだ、が、避けてしまうと後ろに当たるかもしれない。

 

包丁を前に出し、少しでも勢いをなくすために突っ込む。たとえ死んでも生き返るんだ。相打ちならお釣りがくる。相手の刃物は俺の腹に深く刺さるが俺の刃物はうまく刺さっていないようだ。俺の傷は少しずつ塞がっていくが痛みがあることにかわりなく、追撃のパンチをろくに避けられずくらってしまう。視界が揺れ動けない。

 

「純さん包丁が!」

 

そのまま上から包丁で体を両断された。  

 

 

 

目が覚める。まだ大男は動いていないようだ。すぐに包丁を構えて目に向かって差し込む。

 

「ウガアアアアアアアア」

 

大男は叫びを上げ、振り回した腕が当たりまたまた吹き飛ばされる。またまた視界は暗転━━━━━目が覚める。

 

突っ込んで吹き飛ばされて、また、突っ込んで吹き飛ばされて、大男は弱っていき、体が鈍りはじめている。二発三発と一度に当たる攻撃が増えていく。

 

「純!あとすこしよ!」

 

はじめは悲鳴を上げていた姉さんも途中から状況報告をするようになった。視界が死ぬ度に暗転するので、とてもありがたい。

 

いける。そう思いながらまたもや吹き飛ばされ、死ぬ。そして目を開けると、大男の体から黒い霧が発生し、一瞬にして大男を飲み込んだ。

 

「何だ…?」

 

黒い霧はもぞもぞと動いている。

 

「逃げますよ!何も起こっていないうちに!」

 

優さんが叫び逃げようとすると霧が晴れた。そこにはさっきの大男をさらに一回り大きくしたような奴が立っていた。さっきまでの傷はすべて治り手の包丁は斧に変わっている。

 

「えっ?」

 

気づいたときには体は吹き飛んでいた。

 

大男は目に見えないほどの速さで接近し、俺を吹き飛ばしたのだ。地面に落ちて骨が折れ大男は俺の腹を踏み付け始める。体は砕かれ死んで体が一新されてもすぐに潰される。死ぬ

 

生き返る

 

死ぬ

 

生き返る

 

死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ生き返る死ぬ

 

 

 

姉さんと優さんに目もくれずひたすら俺を殺し続ける。何故かどんどん死ぬペースが加速していく。どうやっても抜け出せない。休息なんてあるわけもなくずっと体は潰される。誰か助け出してくれないだろうか。この痛みから逃げ出したい。そんな考えすら体とともに潰される。

 

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、死にたい



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第十六話

深井 美香(姉さん)視点


辺りは真っ赤に染まり、目の前では次から次へと赤い液体が生み出されている。聞き馴染みのない音が響き、音源では、純が潰され続けている。

「美香さん!」

呼ばれてハッとする。私は何をしているんだ。助けないと、何が何でも助けないといけない。

「優さん、何とかできませんか?!」

「いえ、逃げましょう」

「…」

「すぐにここを離れて自衛隊に純さんもろとも撃ってもらいましょう。よくわからないですがあそこまでされても純さんは見た目が変わり続けるだけで死なないみたいですし、あれは私たちにはどうすることもできません」

「本当に何もできないんですか?」

逃げたくない。純を残して逃げるなんて嫌だ。

「できる分けないですよね?速度も力も私たちよりはるかに高い純さんが何もできていないんですよ?それに明らかに力が上がっています。近づいたところであれにとってはただのハエのようなものでしょうし。」

たしかに先程から耳に届く衝撃音は大きくなり続けている。

「それにこれが一番速く、確実に助けられるはずです。自衛隊以上に頼りになる存在は今はいません。時間はかかりますが、これ以外はないでしょう。もし私達が死ねば純さんへ応援を呼べる人がいなくなるので純さんは確実に死ぬでしょう。いつまで耐えるかわからないですが特攻なんてしても意味がないので」

正論だ。しかし、しょうもない感情が、無理にでも助けたいという想いが私の足を止めてしまう。

「何しているんですか!美香さんが生きていないと、美月も陸も悲しむんですよ!たとえ純さんが死んだとしても貴方は生きないと!」

優さんは私の手を取り強引に引いてくる。

ああ、嫌だ。純がこんなにも苦しんでいるのに離れたくない。死なないとはいえ痛みはそのままだと純は言っていた。助けてあげたい。かわってあげたい。せめて少しでも時間を稼げば純は逃げられないだろうか。命をかければ一秒くらいなら…少しでも、和らげられたら…

そんなとき、音が止んだ。さっきまで鳴り響いていた純の音。純が踏み潰される音が止んだ。

「え…?」

純が起き上がっていた。さっきまでのは何だったのか、大男の足を押し返している。

優さんは目を白黒させる。

「あれ、純さんですか?」

「優さんは何を言っているの?女の子になっているけどあの純じゃない」

「目が赤いです……」

純は大男をはじき飛ばす。何かを呟くと、純は赤い何かを纏った。口から血を吐き出して、瞬間、純は消え、空中に浮かんでいた大男は地面に叩き込まれた。地面には大きな凹みが生まれ、大男は消えた。

純はその場に立ち尽くし、倒れ込んだ。

死んだときのように、銀色の髪は短く、黒に染まり、男の姿に戻っていった。

「純!」

私は純に駆け寄った。

 

 

 

 

 

 

どこまでも続くような真っ白な空間に一人、佇んでいる。

「はぁ~。こんなに速く出ることになるとは思わなかったな~。さすがにこのペースだともっと出ないといけないかな~。それはやだな~」

どこからかスナック菓子を取り出す。

「う~。まずぅ~。何これ~」

すぐさまスナック菓子は消え去り、またもや突然出現したベッドに腰掛ける。

「ここから出たくないし、仕方ないか~」

銀色の髪と人を引き込むような赤い目をした少女はベッドに潜り込んだ。

 



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第十七話

 

意識の覚醒とともに痛みに備えて、体を硬直させる。そこから一分二分と時間がたったが何も起こらなかった。

「あれ、痛くない?」

恐る恐る目を開けると俺を踏み潰していた大男はいなくなり、目に映る景色は路地裏の空から見覚えのある天井へと変わっていた。安堵の息が漏れる。

「起きましたね。大丈夫ですか?」

すぐそこで座っていた優さんが声をかけてきた。

「はい。ところであの大男はどうなったんですか?」

「純さんが倒したんですよ。やっぱり覚えていない感じですか?」

やっぱり?

「何でやっぱり何ですか?」

「あーそれはですね。純さんあの時、何か違う感じがしたので」

「詳しく教えてください」

優さんに説明を受けていると、姉さんがトイレから出てきた。いないと思ったらトイレに行っていたのか。

「純。起きたのね。ステータス見た?」

俺を見るなりそう尋ねてきた。

「何で?」

「純のあの状態はスキルのせいだと思うのよ。それ以外考えられないわ」

 

名前  深井 純

ステータス

レベル 30

攻撃  60(直接30 間接30)

素早さ 79

防御  60(直接 30 間接 30)

魔力 60

 

職業  エージェント5 転職 昇格 可能

 

スキル 変装1 隠密1  鑑定1 言語翻訳 不死 代償強化 

 

称号  神の祝福

 

≪代償強化≫

体の一部を消費し、ステータスに変換する。

 

 

レベルが上がり新しいスキルが手に入っている。代償強化とかいう不死をもつ俺にとってはデメリットがないようなものまで手に入っている。書いてあることは怖いが。

「代償強化っていうのが手に入っているのと、レベルが13上がってる」

「やっぱり、前のあの状態はスキルの力なのね」

目の赤い女の俺、何故かハッキリとイメージが浮かぶ。

「ところで純さん。何で死んでいないんですか?ゴキヤェロはまだしもこれは誤魔化せませんよ?」

ああ、大男との戦いで何度も死んだところを見られているのか。

「そうですね。実はスキルの解析というのが終わって不死ってスキルが出てきたんですよ」

「性別が変わるのは?」

「それについてはわからないです。スキルには死なないとしかかいてありませんでした」 

優さんはそれを聞いて納得したように手を合わせた。

「なるほど!謎がとけました。あの大男が回復したのも、大きくなったのもそれが原因何じゃないんですかね?!」 

優さんはやけに興奮して声を荒げる。

「はい?」

「だから、純さんが経験値になったんですよ!あの大男は純さんを何度も殺して経験値を稼ぎ、進化したんです!そして大男は進化して圧倒的な力を手に入れたので純さんを殺しつづけてもっともっとレベルをあげようとしたんですよ!」

なるほど。あれほど機械的に何度も何度も殺されたのはそういうことなら辻褄があう。

「そして、そうなるってことは私達が純さんを殺せばレベルアップが簡単になります!」

優さんは高らかに宣言した。

「………………………え?」

「優さん?何を言っているのですか?冗談でも度が過ぎていますよ?」

そういうと優さんは何でもないような顔で、

「何故ですか?今回の件で化け物は明らかに強くなっていました。世界の中ではそこまでとはいえ弱いとも言えない純さんを何度も殺したんです。つまり、私達ではどうすることもできません。このままだと、本当に手遅れになってしまいます。そこでこんな救済システムですよ!」

「やめてください!もう死ぬのは嫌なんです!」

何度も何度も感じた痛みが頭をよぎる。

「そんなことを言っていたら手遅れになりますよ!純さんはいいですけど、私達の命は一つしかないんです!速く強くなって一ヶ月後も生きていないと!」

優さんがヒートアップの声が大きくなっていく。

「別にまだゴブリンが新しくでている可能性があるでしょ!何でそんなに俺を殺そうとするんですか!」

「いたとして探している間にあの大男に見つかれば終わりですよ!そんなことするより純さんでレベルを上げるほうが安全です!」

正気か?そんなんで納得するわけがない。死ぬ痛みも何も知らない癖に。俺の頭もあったまり、手が出そうになる。

「ねえ」 

姉さんの一言で場が冷える。背筋はこおり、大男の比にならないくらいの圧が姉さんから放たれている。俺も優さんも一言も喋れなくなる。

「私何て言いました?言いましたよね?三人で協力しないといけないって。ねえ?」

圧を放ちながら優さんに問い掛ける。 

「はい」

優さんの体が震えだす。

「で?何で殺すほうにいくの?」

「その方が」ガタガタ

「安全だから?それとも効率がいいから?」

場がどんどん冷えていく。

「…」

「純が提案するならわかるよ?で、あなたは純の何なの?そんなことを決める権利があるの?」

余りの圧に俺の怒りはすべて恐怖に変わる。優さんは必死に周囲を見回す。

「 ど    こ    を    み    て     る     の     ?」

「ヒッ」

「純の命を何だと思っているの?それは純のことを考えたの?」

ガタガタ

「そのうえでまだ考えが変わらないなら」

姉さんは一拍おいて微笑み

「殺しますよ?」

優さんは気絶した。

 

 

 

 

 

 

 



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第十八話

姉さんは優さんの気絶を確認すると、こちらへ向き直った。あの圧は綺麗サッパリ消え去り体の硬直が溶けた。

「ごめんね」

「どうして?お礼は言っても文句は言わないよ?」

「純、人が怒られるのを見るのが苦手なのに見せつけちゃってごめんね」

そんなことで文句を言うわけがない。俺のために怒ってくれたのだから。

「大丈夫だよ。むしろすっきりした」

「そ」

姉んは優さんを軽く蹴った。

ヒッ

 

「そうだ。純、スキルの上げ方わかったわよ」

「え?本当?」

「ええ、使えば上がっていくようね。配信してたら演技のレベルが上がっていったわ」

突然の新情報。さっきの圧もその一つなのだろうか?

「なるほど。じゃあしばらくは隠密と変装と鑑定を使い続けて見るよ」

「あとね、ステータス何だけど…」

 

 

名前  深井 美香

ステータス

レベル 2

攻撃  4(直接2 間接2)

素早さ 4

防御  4(直接 2 間接 2)

魔力 5

 

職業  演者2

 

スキル 声真似1 演技5

 

称号  なし

 

演者は魔力が上がりやすいようだ。そして演技が5まで上がっている。

「やっぱり2ずつあがるっぽいね」

「そうね。職業レベルももしかするとレベルが上がる度に同じだけ上がるのかもね」

「じゃあ俺、部屋に戻るね」

「純。ちょっと聞いていい?」

優しく姉さんは問い掛けてくる。

「なに?」

「あの大男を純一人だったら倒せたと思う?」

何故そんなことを聞いてくるのだろう。第一俺は一体一でやられまくっているのに。

「あの時、後ろに私達がいたからあんなにばか見たいに突っ込んで行ったんじゃないの?少しも近づかせないために」

「…」

「もし一人なら攻撃を避けて刺してができたんじゃないの?」

どうなのだろうか。確かにあの大男への第一印象は遅いだった。武器も特にリーチが長いものでもない。攻撃だって少なくてもダメージは与えられていたのだ。進化され、一気に不利へとなったが、そうでなければいけたはずだ。

ああ、そっか。戦い方を間違えていたのか。

「いけると思う。遠距離攻撃があるなら確実に、なくても多分いける」

「そう」

姉さんはたっぷりと間をおいて、こう言った。

「一人でレベル上げにいってみたらどう?」

「一人で…?」

「そう。一人で」

「なんで?」

「純はさ、もうあんな思いしたくないのよね?」

「うん」

「なら、足手まといを連れていかなければそうなる前に逃げられるでしょ。純は素早さが高いんだから。遠距離攻撃だって硬貨を袋に纏めて投げるなら結構な威力が出るでしょうし、まだ昼前なんだから明日に備えるべきじゃない?レベルを上げていかないといつかまた同じ状況になるかも知れないからね」

姉さんはそう言った。

そうか、次か。化け物が怖い。あんな思いはしたくないし、戦うことすら避けたい。でも強くないと、同じような状況になりかねない。何故か助かったけど次もそうなるとは限らない。まだ3日だ。たった3日しかたっていない。ここで終わるわけがない。

やろう。やってやろう。

「わかった」

俺は震える心を押さえつけ決意した。再び、あの地獄に会わないようにするために。

 

 

 



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第十九話

一度部屋に戻った俺は支度を整えはじめた。500円貯金箱をたたき壊して袋に詰める。包丁も布でくるんで胸元に入れた。余り重さを感じないくらいで止め、リビングに下りた。

リビングでは優さんはまだ、床にはいつくばっていた。

「姉さん。行ってくるよ」

「ああ、そうだ。帰ってきたら優さんともう一度話してみて」

「なんで」

「純は喧嘩したからって家からは追い出そうとはしていないでしょ?険悪なまま、一緒に暮らすのは厳しいだろうし、せめて折り合いをつけて」

「まあ姉さんが言うなら」

「そもそも話をぶった切ったのは私なのにごめんね。いってらっしゃい」

そうして俺は戦いに向かった。

 

 

外には朝にいた警察はおらず、少し離れたところで怒号が響き渡っていた。おそらくあの大男に対応しているのだろう。

「あっちに警察が集まっているということはあそこには少なそうだな」

警察の負担になってもいけないので、警察とは反対の方向に足を進めた。

しばらくすると、公園のど真ん中にホブゴブリンが立っていた。すぐに袋を取りだし全力で投げつける。ホブゴブリンの頭は砕け、頭に声が響いた。

「これ、いいな」

ところどころの警察は隠密を使いスルー、変装を使い、男の姿にさらに男の姿を重ねる。スキルを上げるためだ。

どんどんと辺りをまわり、ゴブリン、ホブゴブリンを倒していった。合計20体を超えた辺りで大男を見つけた。すぐに隠密で身を隠す。そして後ろに回り込み、後頭部に硬貨の固まりを勢いをつけて振り下ろした。大男はかなりのダメージを負ったようだが死んではいない。距離を取り、もうちいど硬貨の固まりをぶん投げた。

さすがに堪えたのか、大男は消え、声が響いた。

≪オークを討伐しました≫

≪レベルが上がりました≫

「っし!耐えられて焦ったけど何とかなった」

大男はやはりオークだったようだ。ステータスを見たい衝動にかられるが、押さえ、周囲を見渡す。レベルはそこそこのペースで上がっていて、何レベルか家で確認するのが少し楽しみだ。

 

あれから二時間ほど周囲を狩り、レベルを上げまくった。そろそろ辺りも暗くなったので家へと帰ろうとすると、やけに違和感を感じた。とりあえず隠密を使って身を隠し、壁を背にして何があってもいいようにしてから考え、気づいた。

「警察がいない…?」

辺りには静寂に包まれていて、おそらくオークが出たからということもないはずだ。すぐに携帯を取り出し、確認しようとすると姉さんから連絡がきていた。ばれないようにマナーモードにしていたのが裏目に出たらしい。

『純!近くでオークっていうらしいあの大男の上位がでたから、警察が一旦引いたらしいわ。気をつけて!』

なるほど、なら、自衛隊でも来るのだろうか。

考えていると、足音が響いた。明らかに人ではない重厚感のある足音だ。

冷や汗が出てくる。気がつけばクールタイムが終わっている隠密を使い、音の方向を見る。

そこには見覚えのある一回り大きいオークがいた。

戦うか、逃げるか、しかし、俺が奴を倒したときに使ったであろうスキルを俺はまだ使っていない。ぶっつけ本番はまずい。名前からして、痛みを伴うのは確実で、その痛みが原因でまた、あの地獄が始まる可能性がある。

隠密が切れないうちに、俺は全力で逃げ出した。

 

 

かなり走って、民家の屋根にのぼり一息つく。オークもゴブリンも屋根にいたことは一度もない。安全地帯と言えるだろう。

どうせなら自衛隊を見ておきたいので姉さんに遅れると連絡を送ってから、ステータスを確認した。

 

名前  深井 純

ステータス

レベル 42

攻撃  84(直接42 間接42)

素早さ 127

防御  84(直接 42 間接 42)

魔力 84

 

職業  エージェント5 転職 昇格 可能

 

スキル 変装2  隠密8 不死 鑑定1 言語翻訳  代償強化 投石3

 

称号  神の祝福

 

 

まさかの職業以外のスキル追加である。ちなみに投石はこうだ。

≪投石≫

ものを投げるときの威力が上がる。   レベル3速度 威力が1.3 倍

なかなか悪くないな。そして隠密がかなり上がっていた。今だと効果時間が10分となり解除も可能。さらに自分を含め二人までかけれるようになった。それに比べ変装は1しか上がっていない。どうやら使う時間というより使う回数が大事になってくるようだ。しかも何も変わっていなかった。

しかし、職業を完全に忘れていた。もったいない。転職、昇格を確認すると次の通りだった。

 

≪転職≫

職業を変更できる。学生、害虫駆除業者、ゴブリンハンター オークハンター モンスターハンター

≪昇格≫

上位職になれる。 ベテランエージェント

 

名前…。モンスターハンターも気になるが上位のほうがステータス的にもおいしいと学んだのでベテランエージェントを選択する。 

 

≪職業がエージェントからベテランエージェントになりました≫

≪スキルが追加されました≫

 

追加されたスキルは≪武器召喚≫と≪収納術≫だった。

 

≪武器召喚≫

手元に銃を召喚する

≪収納術≫

空間に入るものの量を増やす

 

武器召喚はゴブリンハンターと同じ感じのようだ。ただ銃を使ったことがないし、絶対警察に見つかるので今は使えなさそうだ。そして、収納術はもっと投げものを増やせるのでありかもしれない。

スキルの使い方に思いをはせていると、エンジン音が響いた。

「車?」

そういえば車があったな。車なら安全に移動できそうだ。まあガソリンスタンドはあいていないが。

エンジン音はドンドンと近づいてきて、俺の前を通過した。

「どこへ行くんだ?」

あっちは大きなオークのいた場所だ。車は速度を緩めず、むしろ速度をまだまだ上げている。そして、

バアアアアアアン

大きな音がなり、明らかに人ではないものが吹き飛んだ。あれは………

「オーク?」

ひしゃげた車の先には大きなオークがぶっ飛んでいた。

 

 



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第二十話

ひしゃげた車のドアから出てきたのは自衛隊服を着た人だった。地面に落ちたオークが死ぬのを確認すると、車を片手で引きずって移動をはじめた。おそらく、あのオークを倒すために派遣された自衛隊員だろう。情報を得るために接触してみる。

「あの…何をしていたのですか?」

変装をして、女の子の姿で話しかける。声は裏声でカバーだ。初対面だし、大丈夫でしょ。

「君!こんな時間に何をしているのですか!」

どうやらこの自衛隊員は女の人だった。

「いや…、あの突然大きな音がなって…その」

「なるほど!音に驚いて外に出たと言うことですか!それでしたら見逃してあげましょう!ですが!それでも!外は危ないので次はないですよ!」

「ごめんなさい」

「何をしてたかですが、ハイオークと呼ばれる今日確認されはじめた化け物を倒していたのです!現在、自衛隊のほとんどは一箇所に集まっていますので、下っ端の私が出たわけです!」

聞いていないことまで話してくれる。もう少し聞いていみよう。

「えっと、どうして車なのですか?」

「あのハイオークはとても強いですが、攻撃を避けようとする意識が低いようなのです!私は自衛隊の中ではレベルが低いので車のほうが威力が出るんですよ!」

なるほど、一発目から最大火力というわけか。

「でもひしゃげてましたよね?」

「問題ありません!これでもレベルは50あるのです!車が潰れるくらいの火力がなら大丈夫です!」

50?下っ端で?自衛隊はそれに加えて武器も揃っている。いつでも革命が起こせそうだ。

「それで弱いほうなんですか?」

「はい!さあ、立ち話もここまでです!危ないので私が送りましょう!」

そう言うと、ひしゃげた車を端によせた。

「いや、一人でも」

ついて来られるのは困る。家から出てきたと言ったにしては、家から少し遠いことを不審がられてしまう。断ろうとすると、

「さあ、行きましょう!どこですか!」

「…」

ちなみにここから家まで徒歩10分だ。絶対不審がられる。うーん。はっ

「まあわかりました。でも先に家族に連絡してもいいですか?」

「どうぞ!」

 

 

歩いて2分くらいで着いた家には烈火という表札がかかっている。

ピンポーン

ピンポンを押すと背の高い男性が出てくる。

「はい」

「どうも!自衛隊です!お嬢さんが外にいたので送りに来ました!なるべく家から出ないように、出るとしても複数人で、警察の目の届くところにしてください!」

「これは、これは。すいませんでした。ありがとうございます」

「それでは!」

自衛隊のお姉さんは帰っていった。

「純、どうしたの突然。ありがとうねお父さん。対応してくれて」

「それはいいが、正義から話は聞いていた通りの姿だな。本当に純君なのか?」

「はい。清志さん。といってもこれは変装っていうスキルを使ってるだけです」

「うおっ。その姿でその声は笑えるな」

この人は正義の父親の烈火 清志さんだ。ちなみに普通のサラリーマンだ。

「で、純。なんで?」

「それがね~かくかくしかじか」

正義とは幼なじみであり、清志さんとも第二の親くらいには長い付き合いなので包み隠さず話そうと思ったが不死については濁す。こいつ、お人よし過ぎるので粘着されると吐いてしまう。悪いことをすると、だいたい正義が耐え切れず、バレて一緒に怒られていた。なので、これからのために~ゴキヤェロとか、ゴブリンでレベルも上がっていたので~と少し、想像で埋めながら話した。

「なるほど。そんなことが。大変だったな」

そういいながら頭を撫でてくる清志さん。正義がたまにクラスの女の子を落とすのはこの人の教えの賜物だろう。

「純。俺もついて行っていい?」

正義がそういってきた。

こいつはかなりのチート野郎だ。おそらくまだ、ゴブリン一体でもレベルが上がるんじゃないだろうか。それに馬鹿見たいにステータスが上がる。確かに一緒に行っても足手まとい所かむしろメインになりそうだ。

「俺はいいけど、清志さんは?」

許可は必要なのではないだろうか?と思い尋ねる。

「いいぞ。正義が行きたいならな」

まさかのオッケーがでた。

「なら、明日の朝そっちのここに迎えに行くから起きててくれ」

「わかった」

「じゃあ帰るわ」

「大丈夫か?」

「はい。見つからなくなるスキルがあるので」

「気をつけてね」

正義と清志さんに見送られ、俺は隠密を使いながら全力疾走で家に帰った。

 

 

 

 

 



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第二十一話

隠密の効果のおかげでほとんど減速せずに2分程度で家に着くことができた。

「ただいま」

「お帰り」

「お、お帰りなさい」

二人から声が帰ってきた。優さんは意識が戻ったようだ。荷物を部屋におき、リビングへ行く。

「どうだった?」

姉さんが縮こまる優さんを横目にといかけてくる。

「ゴブリン、オークは余裕だったよ。でもオークの進化系のハイオークは戦ってない。後、自衛隊の人がやばかった」

「へー。あれハイオークっていうのね。もしかしてその自衛隊の人がハイオーク倒したの?」

「うん。車で一撃だった」

「あー。ステータスで無理矢理耐えて車をスピードマックスで走らせるのね。なるほど、悪くないわね」

「えっと…。純さん、その、あの、予想より化け物が強くて、怖くなって、強くならないとと思って、それで、そのほんとにすいませんでした…」 

優さんは若干涙目になっている。だがよくよく考えれば優さんが俺を殺すなど不可能に近い。寝ている時にサクッといっても即死しなければ、ワンチャン不死で直る。そもそも部屋の鍵をかければ大丈夫だ。

「まぁ、心の底でどう思っているか知りませんけど、もともと俺を殺すなんて出来ないでしょうし、とりあえず許します。多分そう遠くないうちに一緒にレベル上げもできそうですし」 

正義がある程度育つならお互いにフォローしあえるため前のようなことにはなりにくいはずだ。そうなるなら他の人のレベル上げもできるだろう。

「それはありがたいわね。ところで純。なんで変装とかないの?」

ああ、忘れてた。

「ところで姉さん。今って自衛隊は何しているの?隊員の人がほとんどが出かけているって」

「それはね、オークやゴブリンが一箇所に集まったっていう情報がネットに流れてね、特に山の中とかにいるらしくて、家っぽいものを作ってるようなのよ。危ないからってのもあるけど、もしかすると会話できるだけの知性があるかも知れないから、一つ一つ調べているらしいわ。何かこの状況の解決のてががりをって必死見たいね」

村、ゴブリンの集団はよく見たがオークは一度も複数でいるところを見なかった。気をつける必要がありそうだ。

「あの、純さん。もし明日もレベル上げをするのであれば、ネットでもなんでもいいので、新しい化け物を調べるほうがいいと思いますよ?」

優さんがおずおずと発言する。

「なるほど。それもそうですね。そうします。ところで優さん。ご飯まだですか?」

優さんがとてもいずらそうだが、気にするなとは言えないので、少しでも家事で償ってもらおうと思う。

「はい!今すぐ!」

優さんはものすごい速さでご飯を作っていく。毒とか少し考えたが、配膳をするのは姉さんか俺なので大丈夫だろう。

「姉さん。テレビは見たの?」

今日は確か総理大臣の会見的なのがあったはずだ。諸外国とどうして行くのか話し合うみたいだ。

「ああ、それね。どうやら支援は厳しそうよ。まずね、米軍基地の軍隊はもうアメリカに帰ったみたい。一応、先進国は余裕があるなら周辺国、特に発展途上国へ手を貸すようにっていうのが決まったみたいだから、日本も近いうちにどっかに自衛隊が送りそうね」

「日本ってそんな余裕あるの?そんなことまだわからないよね?」

「いや下っ端でレベル50は充分でしょう。被害も結構出ていて、昨日の時点で死者が十万を超えるそうよ。特に発展途上国の割合が多いわね。負傷者はかなりいるけど、少なくとも日本の医療崩壊はなさそうな感じ。政府は食料は配給、水道管等ライフラインについては自衛隊がしっかりと警備するから大丈夫らしいわ。あと、自衛隊加入がかなり緩くなったわね。なりたいなら近くの自衛隊員に言うと、その地域の警備の手伝いをさせてくれるみたい。それである程度認められたら、正式に自衛隊加入となるらしいわ」

かなり多くのことが決まっていったらしい。自衛隊は無しではないが、別の地域を守るつもりはないのでやるとしても手伝い止まりだろう。

「後、食料ね。被害はそこそこ出ているし、貿易もできたもんじゃないんだけど、食料生産の職業が何かすごくて日本だけでも大丈夫という予測が建てられているらしいわ。最も、国民の買い占めを防ぐためとかあるかもしれないけれどね」

いくらなんでも3日でそこまで分かるのだろうかとも思ったがまあ考えても仕方ない。

「はい!出来ました!」

姉さんとそんなことを話していると、優さんはもう作り終わったようだ。サッサと配膳して食べ始めた。うますぎて馬になったわね。

 

 

 

食後、会話もそこそこに部屋に戻った。どうせ12時にはまたあの痛みがくるだろうし、寝たってほとんど意味がないだろう。なのでスキルを使ってみることにした。

「よし…」

部屋の鍵を閉め、カーテンも閉める。

「≪武器召喚≫」

手に現れたのはよくある、拳銃だった。重さは特に感じることはなく、とても手に馴染んでいる感じがする。一度消し、今度はスマホで適当に調べたタイプの銃をイメージする。だが出てきたのは拳銃だった。どうやら銃は固定のようだ。撃ってみたいが絶対面倒なことになることは目に見えている。何より銃にステータスが上乗せされたらとんでもないことになる。

じゃあ次だ。今日使ったリュックを取り出す。

「≪収納術≫」

見た目は変わらない。中身を覗くと底が見えなくなっていた。適当な物を入れまくる。二倍くらいの量が入ると、もう入らないのか、入れようとしても、跳ね返される。恐る恐る手を突っ込むと、頭に入っている物が浮かび、思い浮かべるとすぐに取り出すことができた。

「こんなものか。便利だけど、二倍までしか広がらないのか」

しかし、このスキル達はまだレベル1だ。将来が楽しみになってきた。二つの検証を終えると、深呼吸し、もう一度≪代償強化≫を確認する。

 

≪代償強化≫

体の一部を消費し、ステータスに変換する。

体の一部を消費、言いたいことは分かるが程度がわからない。姉さんが見たところによると、すぐに動けるようだがやってみないとわからない。暴れる心臓を右手で押さえ、

「≪代償強化≫」

胸のあたりの喪失感とともに口からは血が溢れ、意識が飛んだ。

 

 



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第二十二話

意識が戻り、体を確認すると、女の子になっていた。

「死んだ…?」

痛みを感じる隙もなく死んでいるのでどうやら即死のようだ。

「そうだ!ステータス!」

とりあえずステータスを確認してみることにした。

 

 

名前  深井 純

ステータス

レベル 42

攻撃  84(直接42 間接42)+500

素早さ 127+500

防御  84(直接 42 間接 42)+500

魔力 84+500

 

職業  エージェント5 転職 昇格 可能

 

スキル 変装2  隠密8 不死 鑑定1 言語翻訳  代償強化 投石3

 

 

称号  神の祝福

 

 

全ステータスが500上がっている。これは確かに強いが即死となると納得がいかない。考えていると結構はやく、ステータスは元に戻った。

「うおっ。消えた。はっや」

かなり速く代償強化がきれてしまった。効果時間や代償を知るためにもう一度使うことにする。まさかの即死で痛みを感じなかったからか恐怖はない。スマホを設置して、念のためさっきと同じポーズで使う。

「≪代償強化≫」

 

 

 

意識が戻り、録画を確認すると、スキルを使った瞬間、右腕が少し光り俺の心臓のあたりが消えていることがわかった。

「右腕が何かしているのか?」

今度は右手で左手の指を一本持ってみる。

「≪代償強化≫」

予想は見事的中したようで、俺の左の指は消えた。じんじんと痛みが主張をしてくるが、痛みに慣れたのか叫ぶことを我慢できるくらいにはましだ。指がはえてきて、痛みも引いたのでステータスを確認する。

 

 

名前  深井 純

ステータス

レベル 42

攻撃  84(直接42 間接42)+50

素早さ 120+50

防御  84(直接 42 間接 42)+50

魔力 84+50

 

職業  エージェント5 転職 昇格 可能

 

スキル 変装2  隠密8 不死 鑑定1 言語翻訳  代償強化 投石3

 

 

称号  神の祝福

 

どうやら使った体の部位によってステータスの上昇値が変わるようだ。その後、腕、足と試したが、どちらも500もあがった。ただ腕を失ったときは思ったより痛く、堪えるのが大変だった。効果時間も指一本で5秒。5本なら25秒。腕、足なら1分程と、部位によって変わっていった。

明らかに戦闘となると今使えるのが指のみだ。心臓、足は論外として脳内麻薬があれば別だが、腕は痛すぎる。だがいずれは慣れて使えるようになったほうがいいだろう。少しでも慣れるために今のうちに使おうと思ったら、

「…っ」

アラームとともにあの痛みが体を襲った。12時のアラームだ。これの原因も分かっていないし、もしかすると代償強化の時のあの人格が関わっているのかも知れない。たっぷりと苦しんで苦しんで苦しんだ。

痛みが消え、女の子になった姿を見下ろして、ため息をつき、寝た。

さすがにモチベが消え去った。

 

 



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第二十三話

朝、食事を済ませ、装備を整えたら、外に出て隠密を使い周囲を眺め始める。できたら正義を連れて行く前に様子を見たい。

この日もまだ、新しい化け物の情報がないらしく警察は警戒しながら辺りを巡回していた。

俺はちょくちょく、石を投げてゴブリンを倒したり、隠密で忍び寄ってオークを包丁で両断したりしてレベルを上げていた。

そろそろ昨日オークが出てきた時間になる。見落とさぬように屋根の上に移り、辺りを見回す。

時間になると、ゴブリン、オークがぽつぽつとわき出す。それを10分、20分と見続けるが結局新しい化け物は見つからなかった。インターネットでもそのような情報は一切出ていない。

今日は新たな化け物が出ない。そんなことがあるのだろうか?何となく信じられないまま正義の家へとむかった。

 

携帯で連絡をとると鍵は開いているから勝手に入れときたので容赦なく入っていく。

「正義~。おは~」

「やあ。純。おはよう」

「おお?今日は見た目と違和感がない声だな」

「あ、おはようございます。清志さん」

「おう。おはよう」

声をかけると、親子揃って挨拶してきた。

「あれ、そういえば正義のお母さんは?警察だから夜は分かるけど朝もいないの?」

そう、正義のお母さん烈火 朱里は警察だ。だから昨日はまだ良くても朝にいないことに疑問を覚え、質問する。

「ああ、朱里は警察で寝泊まりしてるんだよ。事態が事態だから出勤時間すら惜しいってさ」

うへぇ、ブラックだ。

「じゃあ純。行こうか」

「そうだな。じゃあ清志さん、行ってきます」

「気をつけろよ」

清志さんに見送られ、俺達は外に出た。

正義にも隠密をかける。ここで気づいたのだが隠密は俺が正義にかけているのに、俺は正義を認識出来なかった。ここで隠密先生の弱点発見。幸いにも触れていれば分かるのではぐれないためにも手をつなぎながら移動をする。

「正義。今日は新しく出る化け物についての情報が得られなかったから、警戒しろよ」

「了解」

これはからかえそうだ!

「ちなみに美少女と手をつなぐってどう?」

「画像晒すね」

「すんませんでした」

こいつの携帯壊さねぇとこいつに逆らえねぇ!

「まったく。まぁ緊張はほぐれたから許してあげるよ。そんなことより純、あれ」

正義の指の先には、オークがいた。

「正義、ほら。これ投げろ」 

硬貨の固まりを渡し、投げてもらおうとすると、押し返された。そして、

「≪聖剣≫」

剣を召喚すると、ぶん投げた。剣はオークをサクッと貫通する。

「おい!誰かに当たったら──「≪聖剣≫」

そのままどこまでも飛ぶかと思った剣は消え、正義の手元に戻っていた。

使い勝手良すぎだろ。

「ふふ、僕だって何もしていないわけじゃないんだよ?」

にやにやと、勝ち誇ったように俺のほうを見てくる。隠密解いてやろうか。

「あー、すごいすごい。ちなみにレベルはいくつ上がった?」

「あれで5上がって、22になったよ。ついでに投石とか言うスキルを覚えて、聖剣も2になったよ」

やばぁ。もしかしなくてもスキルのレベルも成長促進の効果あるのかも。

そこから、まだ未知の化け物を警戒しながらレベル上げを続けた。正義のレベルが40に近づいてきたころ、聞き覚えのある足音が響いた。ハイオークだ。逃げるか悩んだが正義のステータスはもう俺を超えているため、戦ってみることにする。

「正義。あれはハイオークというオークの上位種だ。逃げることも視野に入れて行くぞ」

「分かった」

そして、聖剣をぶん投げる。ハイオークの足を貫き、その場に食い止める。その間に俺は後ろから接近し、包丁を振り下ろす。頭の半分にまで入るがまだ死なないようで腕を振り回してきたので後ろに引く。

「≪代償強化≫」

左指を全て使い、ステータスを上げもう一度振り下ろす。今度は綺麗に両断できた。

≪ハイオークを討伐しました≫

≪レベルが上がりました≫

すぐに正義と合流すると、二人で屋根に登り一息ついた。

「ナイス!正義!」

一度はボッコボコにされた相手なので喜びもひとしおだ。

「お疲れ。なかなか疲れたね」

互いにステータスを確認することにする。

 

名前  深井 純

ステータス

レベル 50

攻撃  100(直接50 間接50)

素早さ 167

防御  100(直接 50 間接 50)

魔力 100

 

職業  ベテランエージェント5 転職 昇格 可能

 

スキル 変装2  隠密10 不死 鑑定1 言語翻訳  代償強化 投石5

 

 

称号  神の祝福

 

名前  烈火 正義

レベル 47

攻撃  186(直接128 間接58)

素早さ 186

防御  186(直接 93 間接 93)

魔力 186

 

職業  勇者  なし

 

スキル 聖剣10 成長促進 投石10  隠密1 

 

 

 

 

うん。何で隠密あるの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二十四話

 

「正義くんさぁ。何なの君。俺の努力をどこまで無下にするの?」

ほんとに意味わからない。ただでさえ全ステータス超えられたのに投石のレベルも10だし、隠密まで使えるってなんだよ。

「いや。成長促進がすごいというくらいしかわからないね」

「くそ、チート野郎が!」

ほんと、やばいなあのスキル。

「はあ、まあいい。ところで職業はどうなんだ?」

正義の職業は何故か二つ選べる。どこまでこいつを優遇しているのだろうか。

「いやぁ。学生って職業しかまだないからね。できたら違う職業がいいな」

まあ、こいつの勇者の補正はとんでもないから職業を選ばないくらいどうってことないだろう。むしろ選んだら化け物になっちゃう。

「ちなみに正義は自衛隊、どうするんだ?」

「あー、やらないよ。知らない人よりまず身内だし」

意外だ。なんだかんだやると思っていた。正義とか言う名前だし。

そのまま、屋根の上で軽食を済まし、レベル上げを再開する。警察にかなり倒されたのか、化け物は少なく、効率も悪くなっていた。

そんな中、ゴブリンの集団に接的する。特に苦戦することなく、さくさく倒していくと、最後の一体のゴブリンが溶けた。

「あれ?」

「正義!一旦下がるぞ!」

明らかにおかしな現象なのですぐに引く。ゴブリンだった何かは完全に液体となった後、新たな形を作っていく。足から体、腕と形作られ、最後に顔が浮かび上がる。それはどう見ても正義と同じだった。

───死ぬ─────

「≪代償強化≫」

左指すべてを対象に代償強化を発動する。瞬間、それは手に見覚えのある剣を召喚し、切りかかってきた。すぐさま、手元のナイフで応戦する。速度も力も正義とほとんど同じだ。強化が切れれば負ける。なんとか隙を見てかけ直すかそれまでに勝つか逃げないと行けない。

斜めに切りかかってきた剣をナイフで止める。ナイフにヒビが入ったためすぐに手放し後ろに引く。

「≪武器召喚≫」

銃を召喚する。召喚した武器はステータスが乗るのでナイフのようにはならない。そのまま引き金に手をかける。自衛隊の皆様が配慮して使わないようにしてくださっているが緊急事態なので許してほしい。

パアアアアン、と大きな銃声が響き渡るが、外れる。チャンスと見たのか相手は詰めて来る。突き出された剣を銃で受け、左手で腹を殴る。

ぐにゃり、とその拳は腹にめり込むが吹き飛ぶこともなく、何ともないようすで剣を切り上げてきた。頭への直撃は避けたが腕に深く剣がめり込む。骨で止まってくれたのはステータスのお陰だろうか。

「≪代償強化≫」

強化の養分として腕を消し、脳内麻薬の続いている内に地面を蹴り後ろに引く。腕が直るのを待たずにすぐさま詰めてきた相手は、俺の心臓に向かって剣を突き出す。二度の強化でかなり遅くみえる剣を横から弾き、顔に、銃を打ち込んだ。

激しい銃声とともに頭を貫通したはずが液体で埋め尽くされ、もとに戻った。

物理攻撃が無効なのか?なんであれ、これでは無理だ。

「正義!逃げるぞ!」

惚けている正義の手を握り駆け出す。強化が続いている間に距離をとり、ある程度のところで振り返った。

そこでは正義となっていた敵の体が崩れ、液体になっていた。そして、近くにゴブリンがよって来るとその姿へとなり、その群れの中へと入っていった。

一定範囲内の生き物の姿、スキル、ステータスをコピーする、そして物理攻撃無効。あれの能力はおそらくそんなところだろう。さて、

「お~い、正義。いつまでぼーっとしてんの?」

まだぼーっとしている正義に声をかける。スライムが正義に変身した瞬間から、俺を狙ったからいいものの正義を狙っていれば危なかったかも知れない。

「…ぁ、ごめん」

ハッと気づいたあと声がどんどん小さくなっている。明らかにしょぼんとしている。とりあえずパシャリと写真をとって、

「どうした?確かにさっきのはお前が手伝ってくれたら勝てたかもしれんが、初めて強敵とあったんだし仕方ないさ。気にするな」

「うん、ごめん」

「だから気にするな」

そして、姉さんに情報を回してから、何体かゴブリン、オークを倒していき、暗くなってきたので解散した。

 

あ、写真は消されました。ちくしょうが。

 



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第二十五話

「じゃあね。純」

正義が送るといってきたのでついてきてもらい、家の前で別れた。

「ただいま」

「お帰り。純」

「お帰りなさい。純さん。ご飯出来てますよ」

一応帰る時に連絡を入れていたので用意してくれたみたいだ。手を洗い、ペコペコな腹をおさめるために全力で腹へと物を入れていく。うまい!うまい!うm

「さて、今日わかったことなんだけど優さんも手伝ってくれたから楽だったわ」

いつも通り姉さんはテレビ、ネットの情報をまとめてくれたみたいだ。

「まず、あの正義君に変身したっていう奴。名前をスライムって言うらしいわ。倒し方は魔法のみ。それ以外はなんであっても意味がないらしいわ。少なくとも銃はだめね」

「魔法?あるのは知ってるけどどんなのがあるの?」

明子の職業には魔法使いというのがあったことを思い出す。

「魔法には、火、水、風とまあ分かっているのはそれだけですね。もっとあるかも知れないです。そして、スキルの一種のようでレベルごとに魔法が代わるみたいです。基本、魔力の多さによって威力、回数がかわります。そして、スライムはレベル1の魔法でワンパンできるようです」

「え、まず当たるの?」

正義に変身したように例えば自衛隊なら、ステータスで避けたっておかしくない。

「何かね。吸い込まれていくらしいわ。蛾みたいに」

ええ…

「次、犠牲者ね。今日はかなり多いわ。だいたいがスライムによるもので、死者はずっと増え続けているわね。特に自衛隊の被害がすごいわ。1000人以上死んでいる」

「やばくない?大丈夫なの?」

日本は自衛隊が食料の配布、化け物の討伐を担当している。1000だと回らなくなるんじゃないだろうか。

「やばいですね。なのでというかなんかすでに考えられていたみたいですけど、徴兵制度が作られました。対象は20歳以上の男女ランダムで選ばれて、特別な事情がないかぎり、強制っぽいです。ただし、代わりに別の人が入隊というのもありです。後、自衛隊と警察が統合されました。どうせ、やることは一緒だからだそうです」

サラっととんでもないこと言ってきた。

「姉さんと優さんはどうなの?」

「明日連絡が来るようなのでまだわかりません。ただ、お願いしたいのが一つ」

優さんは改まってこちらを向き、席を立った。そのまま俺の前で膝をつき、

「レベル上げ。させてください!」

ものすごい勢いで土下座した。あっ頭強打してる。痛そう。

今日、正義がかなり強くなった。自衛隊の人と同等かそれ以上だろう。

「わかりました」

正義と二人なら最悪俺が盾になり、正義が逃げ出せば被害は出ないはずだ。

「じゃあ、明日の正義とのレベル上げに連れていきます」 

「ありがとうございます!」

優さんがものすごい笑顔でそういった。ここはドキッとする場面だが何も感じない。

「ところで純、今日の成果は?」

姉さんが聞いてきたので教えることにする。

 

 

名前  深井 純

ステータス

レベル 55

攻撃  110(直接55  間接55)

素早さ 192

防御  110(直接 55 間接 55 )

魔力 110

 

職業  ベテランエージェント5 転職 昇格 可能

 

スキル 変装2  隠密10 不死 鑑定1 言語翻訳  代償強化 投石6

 

 

称号  神の祝福

 

名前  烈火 正義

レベル 60

攻撃  238(直接150 間接88)

素早さ 238

防御  238 (直接 119 間接 119)

魔力 283

 

職業  勇者  なし

 

スキル 聖剣10 成長促進 投石10  隠密10

 

 

はい。レベルすら抜かれました。本当にありがとうございました。

「ちなみに職業は見たの?」

「それなんだけどね」

ここで俺の職業を紹介しよう。まず、昇格。なんと、次、ありません!そのかわり職業枠追加となっております。やったね!次が問題の転職、まあ、おそらく枠追加してるから、転職というか就職になるが。

≪転職≫

職業を変更できる。学生、害虫駆除業者、ゴブリンハンター

 

「どれがいいと思う?ゴブリンハンターは個人的に無しかなとは思ってるんだけど」

ゴブリンはどうせワンパンだし、いらないかなと思うのだが、害虫駆除業者、学生どっちがいいのだろうか。

「害虫駆除業者でいいと思いますよ。学生の情報は出ているのですが、そこまで強いかというと微妙です。スキルは≪勉強≫のみで、簡単に言うと、選べる職業を増やせます。ただ、本を読むとか、大変らしいんですよね。」

姉さんが何も言わないところを見ると、姉さんも同意見のようだ。

うーむ。ただ、職業を増やせるというは魅力的ではある。そもそも害虫駆除業者はなんかやだ。ゴキヤェロ以外の虫はまだいないし、この年で業者はな~。

「聞いといてなんだけど学生にするよ」

「どうして?私としては害虫駆除業者で、私の視界からすべての虫を消して欲しいんだけど」

「いや、魔法でスライムを何とかしたい」

正直、不安要素を消したい。スライムは正義と俺でもどうしようもないだろう。魔法で倒したい。

「ああ、まあいいんじゃない?」

肯定されたので学生に就く。

≪職業を学生に設定しました≫

≪スキルが追加されました≫

言われた通り、勉強が追加された。

 

≪勉強≫

勉強することで転職先が増える。

 

「よし!≪勉強≫!」

 

≪なりたい職業に就いている人に会う≫

 

めんどくさ!

 

 

 

 



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第二十六話

俺は魔法を使うことのできそうな職業を持ってそうな人は一人しか知らない。そう明子である。

「もしもし、明子?」

『なに?』

「職業って決めた?」

『うん。魔法使い』

勝ったな。ふろ食ってくる。

「じゃあさ今からそっちいっていい?」

『何で?』

というわけで事情説明。

『わかった。そのかわりレベル上げ手伝って』

「了解」

テキパキと約束を取り付けられた。やっぱ持つべきものは友だよね!

「というわけで行ってきます!」

「明日じゃダメなの?もう夜遅いわよ?純は今女の子なんだから襲われるわよ?」

「いや、むしろ自衛隊のおかげで犯罪ないじゃん」

自衛隊が町を巡回するので犯罪係数はかなり減った。まあなくならないんだけどね。悲しいなぁ。

「今自衛隊少ないって言ったでしょ」

そういえばそうだった。まあ俺は強い方だし大丈夫でしょ。あと、できたら明日までに魔法使えるようになりたいし。

そうして俺は外に出た。外は静かで街灯の明かりのみが道を照らす。とりあえずの感覚で隠密を使って走り出した。もう隠密がないと、やってらんねえわ。

風を切る音が響く中、聞き慣れない音が耳に飛び込んできた。金属と金属がぶつかり合う音だ。ここらへんは住宅地で特に何もない。そして、警察もとい自衛隊はレベルが高く打ち合うことなく倒していっている。

俺と同じようにレベルが高く戦いあっているのだろうか。いや、とにかく一度確認してみよう。

屋根に飛び移り、その方向を見ると、ちょうど音が止み二人の人間がいた。一人は立ち、もう一人は倒れている。立っている人の手には武器のような物があり、何かが滴っていた。

目がなれてくると、立っている人の顔まで見ることが出来た。女のような顔をしたその人物は

 

 

 

 

俺の方を見ていた。

 

「っ…!」

飛び込んできた女の剣を銃で防ぐ。違う。これは刀だ。速度は正義とくらべると遅く、俺と同じくらいだ。女は刀を綺麗に振り、休む暇を与えてくれない。技術が高く正義をコピったスライムとは別の感じで辛い。このままではジリ貧になってしまう。

「なんだお前は!」

一度声をだし、会話によるリセットを期待するが無視される。肩、腕、足、胴、指、首狙う場所をことごとく変えて来るので防ぐことで精一杯だ。

「≪代償強化≫」

左腕への攻撃をわざとうけ、切り落とされる前に代償強化を使用する。腕を失う喪失感と痛みが脳を駆け巡り、思考が一旦とまる。女は一度目を見開いたが、すぐさま気を持ち直したのか、その隙を見て、女は首を狙ってきた。

何とか、三分の一程度で銃で止めることが間に合い、相手を蹴り飛ばす。ステータスが強化された蹴りはかなりの威力のようで、女は受け身をとることもできず、壁にたたき付けられた。死んだかと思ったがそういうわけではないようでピクッと腕が動いた。そして、視界から消えた。

「消えた?あ、違う。隠密だ」

すぐに女がいた場所を押さえると見事に捕まえることが出来た。抵抗する力がないのか何の抵抗もして来ない。そして、横にはさっきの倒れ込んでいる人がいて、それは肩からばっさりといかれた死体だった。

「うっ」

襲ってくる吐き気を全力でこらえる。

殺人だ。速く通報しないと。でも両手を離せない。とりあえず身元を調べて最悪逃してもいいように鑑定を使う。

 

鑑定結果 ブロックされました

 

「は?」 

名前だけでもと思ったがそれすらわからない。なら、押さえ付けて自衛隊を待たないと。そんなことを考えていると女は何かを呟いた。聞き取ろうと思ったが聞き取れず、代わりにズウゥゥンと聞いたことのない音が響き渡った。辺りを見回すと、空間にヒビが入り辺りに広がっていった。

俺は女を取り押さえるのをやめ、すぐに飛び去った。そして何とかその空間からは逃れられたが、女は見失ってしまった。

「はぁ、なんだ?今の?」

荒れ狂う心臓を押さえつけ、あたりを見回す。ヒビはもうなくなっていて、死体も消えていた。よくわからないがとりあえず死ななくて良かった。

一連の流れを姉さんに伝え、明子の家へと向かって行った。

 

今度は何事もなく到着。ピンポンを押す。

「ん。きた。純、いらっしゃい」

明子が笑顔で迎え入れてくれた。さっきまでの恐怖から一転和やかな雰囲気に心が休まる。中学生なのに明子は一人暮らしである。何故かは怖いので聞いていない。

「お邪魔しまーす」

と家に入ろうとするとピコーンとなり、

≪新たな課題が出題されました≫

と頭に響いた。

次の課題は、魔法を見る である。

これは簡単そうだなと思いながら家に入った。

「なんかあった?」

「え?まああったにはあったけど。顔に出てた?」

まだ死体を見たのを引きずってしまっているのか?顔をぺたぺた触っていると、

「いや、純のお姉さんから教えてもらった」

そういってスマホを見せてきた。そこには『純ちょっとショッキングなことがあったみたいだから優しくしてあげて』と姉さんのメッセージが乗っている。

「何で姉さんと連絡先交換してるの…」

「で、何があったの?」

軽くあのことを話してついでに外に出るなと脅しておいた。めっちゃビクビクしていた。

「じゃあ本題。明子先生お願いします!」

「うむ」

と偉そうに頷くと片手を上げた。魔法の実演である。

「≪火魔法≫」

明子の片手から光が出てきて球を形作っていく。そして、水をはった洗面台に打ち込んだ。

≪新たな課題が出題されました≫

とりあえず、

「「おおおおおおおおおおおおおお!」」

二人で初めての魔法にテンションが上がり騒ぎあった。

 



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第二十七話

さて、と落ち着いたところで新たな課題を確認する。

≪魔法を体で受けよう!≫

おっと、人によっては詰む奴きた。だが私には関係ない!

「明子カモン!」

「≪火魔法≫、あ、やば」

まるで狙ったかのように顔にクリーンヒット。

「あっづ」

もだえていると、ごめんと言いながら水を被せてきた。その水はなんと!火魔法を打ちまくった熱湯!

「ああああああああああああああああああ」

 

 

 

「ねえ、もう直ったけどさ、ふざけてる?」

これには仏のような俺の顔もまっかっかである。火だけに。

「ごめんなさい。出来ることならするから許して」

明子は俺に熱湯をぶっかけたあとずっと土下座している。動いたら状況がさらに悪化すると思ったらしい。でも苦しんでる友達放置はダメだよね?俺も悪化しそうだと思うけどさ。

「はぁ。まあ貸し1ね」

要求するものがないので未来の資産とする。気を取り直して次の課題だ。

≪免許皆伝のしるしをもらおう!≫

何これ?

「明子、免許皆伝のしるし頂戴」

「えー?」

「渋るなら貸し1使いまーす」

「やり方はわかるんだけど、あんまりやりたくない。恥ずかしい」

「使いまーす!」

なんか嫌そうなので腹いせもかねて催促する。まさかの貸しがこんなに速く使うことになるとは。

「うーわかった」 

そういって顔をズイッと近づけてくると、そのままちゅっと俺の頬に口づけをしてきた。

≪全ての課題をクリアしました!自動的に職業を魔法使いに変更します!≫

「……………………え?」

明子は無言で離れていき、俯いた。

「その、頭に、文字、浮かんで、キスしろって」

どんどんと恥ずかしさから弱々しくなっていく明子を見ていたたまれなくなったのでとりあえず謝る。 

「ごめんなさい」

「純、女の子だから大丈夫」

そうは言うが、明子は顔を真っ赤にしている。かくいう俺もかなり赤くなっているだろう。

「…」

「…」

「魔法使ってみよう!」

強引に流れを変えるために大声で叫ぶ。

「うん。そうしよ!」

向こうも乗ってくれるようだ。

「おー!俺も火魔法だ!≪火魔法≫!」

掲げた手に光が集まる。それは明子のより何倍も何倍も大きくなっていく。

「え…」

それは天井を飲み込み成長を止めない。

「キャンセル!キャンセル!」

叫んでいると、火の固まりが消え去った。

天井が消えるとかはなく、無傷のままだ。

「すごい」

「危なかった。そっか、魔力で火力が変わるって姉さんも言っていたっけ」

ほんとに危なかった。明子の家が消えるところだった。俺ですらこの威力なのだ。正義だといずれ太陽をつくれそうだ。

ともかく俺の目標は終えることが出来たのでそろそろお開きにしようと思っていると、明子が話しかけてきた。 

「家行ってもいい?」

「ん?何で?」

突然の提案で目を丸くしてしまう。年頃の女の子が男の家に泊まるなんて、まあ俺は今女だけど。

「最近、銃声なったりと一人が怖い。後、殺人鬼がいるのも」

納得の理由ではある。そもそもまだ中学生で一人暮らしの時点で危ういのにこのご時世だ。銃声に関してはごめんなさい。

「まあ、俺はいいけど大丈夫?」

「美香さんがいるし、純女の子だから襲えない」

一応明日には男になってるんだけどまあいいか。姉さんも多分止めないだろう。

「襲わないから、まぁいいよ」

「ありがと」

そういうわけで荷物をまとめた明子と一緒に家に帰った。今回は隠密プラスおんぶで運ぶ。なんか躊躇っていたが安全重視というと納得してくれた。ちなみに奇跡的に化け物を見ることもなかった。家まで一瞬でたどり着くと、すぐ入った。

「ただいま~」

「お邪魔します」

「お帰り、そして明子ちゃんいらっしゃい」

そんな明子はリビングにいる優さんを見るなり

「誰よその女!」

と叫ぶのであった。

 

 

 



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第二十八話

第三十二話

「こんばんわ。明子さん。私は香川 優といいます。純さんの両親が旅行から帰ってくるまでの保護者がわりです」

「あ、ご丁寧に。友井 明子と言います。しばらくお世話になります。香川さんよろしくお願いします」

いつも通りふざけた明子だが、優さんの大人の対応に真面目に返してしまう。それにしてもいつ保護者になったんだろう。俺の保護者はいつでも姉さんなのに。

「明子ちゃん。寝る場所どうする?空いてる部屋がないから、私の部屋で一緒に寝る?」

優さんが両親の部屋を使っているため空いている個室がない。そして、俺も優さんも年頃の女の子と一緒なのはまずいためそんな提案をする。

「あ、ありがとうございます」

明子は素直に受けとることにしたようだ。

そこから姉さんと優さんに先ほどあったことの説明を終えると、時計が11時を回ったため部屋に戻った。考えると怖いので限りなく視界に時計を入れずぼーっと窓から差し込む月の光を眺めていた。すると、ノックが響き渡った。そして返事を待たずに扉があいた。たまらずそちらを見ると、ちょうど時計が12時を指していた。

「バンッ。じゃーん」

俺はこの時間かなりキツくなる。

「こっち見るな」

何とか声を振り絞り、そして襲ってくる痛みをやり過ごす。明子は俺の姿を見て、顔を一瞬で青くすると、へたり込んだ。すぐに痛みが引いたので明子に駆け寄る。 

「大丈夫?」

「純?今のなにに?」

アワワと俺に尋ねてくる。明子にはそういえばこの体のことをちゃんと話していないことを思い出す。とりあえず落ち着かせるためにリビングに連れていった。話が長くなるだろうと、ホットミルクを作って上げた。

「ありがと」

と、いうわけで姉さんを横において話しはじめた。ふんふんと、真剣に話を聞く明子。

「この前の危険なこと、そのせいなんだね」

この前というのはゴブリンのときのことを言っているのだろう。

「うん。そうだよ。あの時はまだ死ぬ事があんなに恐ろしいことだとは思っていなかったから」

オークの事がなければ今もそう考えていたかもしれない。

「じゃあさっきのは?」

「分からないんだよ。何故か夜になると激しい痛みが襲ってきて死んじゃうんだ。性別が変わるのも何故かは分からないよ」

「なるほど。純、無理はしないで。私達を頼ってね」

「分かってるよ」

気遣う言葉に何とも言えない心地よさを感じながら、解散し、レベル上げに備えて眠りに着くのだった。

 

 

 

 

 

朝です。

とりあえず、正義に来てもらう。今では俺が行くとむしろ遅くなってしまうからだ。

「おはよう。純。ってあれ?明子。久しぶり。」 

「おひさ」

「ところで純。そちらの女性は?」

優さんを指す正義。そういえば優さんの事何も言ってねえわ。

かくかくしかじかと説明した後、一度正義と俺だけで外に出た。

「さ~て今日の新しい化け物は~?」

辺りを見回すと明らかに異常なゴブリン集団がいた。手には杖や弓、剣を持っていたりといろいろなタイプがいる。

「正義。頼む」

「了解」

そういうと盾を持ったゴブリンに向かって剣をぶん投げた。剣は余裕で盾を貫通して消えていった。これはそんなに強くなさそうだ。倒しすぎるのもなんなのでさっさと帰り、手始めに明子を連れ出した。

レベル上げは思ったよりスムーズに進んだ。1時間ごとに人を入れ替えていき、危なげなく全員が20を超えるまであげることができた。俺達のレベルも上がり、次のようなステータスとなっていった。

 

 

名前  深井 純

レベル 60

攻撃  120(直接60 間接60)

素早さ 212

防御  120(直接 60 間接 60)

魔力 125

 

職業  ベテランエージェント5 ベテラン魔法使い1 転職 昇格 可能

 

スキル 変装2  隠密10 不死 鑑定1 言語翻訳  代償強化 投石6  火魔法2

 

 

称号  神の祝福

 

ベテラン魔法使いは魔法使いの上位職である。ちなみに火魔法2は一秒だけ火を手から出せるというものだった。

 

 

名前  烈火 正義

レベル 65

攻撃  258(直接150 間接108)

素早さ 258

防御  258 (直接 129 間接 129)

魔力 258

 

職業  勇者  なし

 

スキル 聖剣10 成長促進 投石10  隠密10  火魔法1

 

はい。火魔法覚えやがりました!

 

 

名前  深井 美香

レベル 20

攻撃  40(直接2 間接2)

素早さ 40

防御  40(直接 2 間接 2)

魔力 62

 

職業  女優1

 

スキル 声真似1 演技5 場作り 

 

称号  なし

 

場作りとは、場の空気を変える魔法だ。どれだけワイワイしていても一瞬で静まらせることが出来る。魔法判定らしく、魔力消費によって範囲が変わるらしい。

 

 

 

名前  香川 優 

レベル 20

攻撃  40 (直接1間接39)

素早さ 40

防御  40(直接20間接20)

魔力 67

 

職業  名医師 5

 

スキル 診察 治療1 研究 

 

研究は時間はかかるが抗体を作ることが出来る。

 

 

名前  友井 明子 

レベル 20

攻撃  40 (直接1間接39)

素早さ 40

防御  40(直接20間接20)

魔力 67

 

職業  魔法少女 5

 

スキル 火魔法 変身

 

何故か明子が魔法少女になっちゃった☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二十九話

 

かなりのハイペースでレベルを上げることができた。夜になったので家に集まり、せっかくなので皆でご飯を食べることになった。

「明子ー変身使ってみたら?」

外では何があるか分からないということでまだ使っていない。スキルの把握は大事なことなので一度は使っておきたい。

「う…何処かに個室ない?アニメみたいなの無理」

その言葉を聞いた正義は携帯を取り出したが気付かないふりをする。

「あーじゃあ俺の部屋使えば?」

姉さんは多分配信かなんかしているだろうし、俺ぐらいしか空いていない。

「じゃあそうする」

そういって明子は俺の部屋に入って行った。

 

 

正義が作った画像で笑っていると、明子からメッセージが送られてきた。

「なんかメッセージきた。明子から」

「え?なにかあったのかな?」

とりあえずメッセージを確認する。そこには一言

『変身解除まで後24時間』

「……」

正義が無言でフリフリのたくさんついた黄色い服ワンピースを着せ、魔法が使えそうな杖を持たせた明子の写真(加工済み)を送った。俺の部屋からバタバタとした音が聞こえて来る。

『消せ』

『消せ』

『けs』

「明子も集まったんなら、渚と香菜も一緒に集まりたいね」

正義が鳴り響く携帯の電源を落として、そういってきた。こいつマジでやばい奴だ。何でモテるのだろうか。しかも今日俺部屋入れねぇじゃん。

「お前、最低だよ…まあ確かにそうだな。でも連絡出来る?メッセージのグループでも最近一言も喋ってないじゃん。あの二人」

「知らないの?二人のやってること。まず渚はね自衛隊に入ったんだって。そうは言ってもまだお手伝いレベルなんだけどね。そんで香菜は聖女だと親に言ったらレベル高い信者の人がレベル上げてくれてるらしいよ。何でも聖女の上位職が聖女よりさらに価値があると思ってくれるからだって」

俺何も言われてないんだが?

「もしかして俺だけはぶられてる?」

「そんなことはないんじゃない?渚は純を驚かせたいとかでしょ」

「じゃあいってやんなよ…。そして香菜はその理由でもないだろ」

ちなみに香菜は昔から正義が大好きである。だから忙しくて余裕がなくても正義にだけは送ると言ってもおかしくはない。

そんな話をしていると、優さんが料理を終えたようで俺達を読んでいる。姉さんも部屋から降りてきて

「あれ?明子ちゃんは?」

と、尋ねて来る。かくかくしかじかと事情を説明すると、笑いながら

「じゃあ私が持って行くわね」

といった。

明子の方は姉さんに任せるとして、俺達は優さんの作ってくれたご飯を食べはじめた。初めて食べるであろう正義は驚いたような顔をすると、一心不乱に食べはじめた。うんうん、わかるわかる。

明子はメッセージでものすごい長い長文で感想を伝えていた。

「こんなにも喜ばれるとうれしいですねぇ」

優さんはご満悦だった。

正義は家に帰り、食器の片付けも終わった頃、インターホンがなった。このご時世でこの時間、流石に怪し過ぎたのでのぞき穴から様子を見る。

ところが、そこには誰もいなかった。いたずら?こんな時期に?よく見ようと思い、じっくりとのぞき穴を覗いていると、ばっと突然のぞき穴に人の顔がうつった。

「うわわわわわ」

怖い怖い怖い。何今の。あまりにも怖かったので腰が抜けてしまった。

「純さん?どうしたんですか?」

「扉の前に突然人が」

「えー?」

優さんものぞき穴を覗いた。

「何もないですよーってきゃあああああああ」 

全力でバックしてきて俺の上にかぶさってくる。はながああああああああああ

「ななななな何ですかいまの!」

ここでもう一度インターホンがなった。俺と優さんは余りの恐怖にがくがくと震えていた。

「何してるの二人とも。騒いでちゃ近所迷惑よ?」

姉さんが来たのでとりあえず飛びつく。

「わっ、なに?え?のぞき穴に顔?」

何とか状況を説明しようとしていると、扉が動いた。あ、やばい。そういえば鍵閉めてなかった。

開いた扉の奥には一人の女の人が立っていた。見覚えがあるような気もするが思い出せない。

「昨日ぶりだね。深井 純君」

微笑みながらその人、昨日俺を襲ってきた女性がそういった。

 

 



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第三十話

一ヶ月坊主にならないようがんばります


 

「いやー、良い反応してくれるね」

けらけらと女は笑い出す。何のつもりなのだろうか

「何しに来た」

いつ来てもいいように指を消費する。

「謝りに来たんだよ。ゴメンね、びっくりしちゃってついね」

「はぁ?」

謝るとは思っていなかった。ただこいつは人を殺しているのだ。警戒を解くわけにはいかない。

「後ね、もう一つは聞きたいことがあってね。あなた、神の祝福持ち?」

神の祝福は俺に不死のスキルを与えた称号だ。何故知っているのか。

「そんなこと聞いて何がしたいんだ」

「え?私もそうだからだよ?あれ?もしかして知らない?」

不思議そうに尋ねて来る。どう答えるべきか考えていると、姉さんが口を開いた。

「あの、少しいいかしら?どうして純の居場所がわかったの?見た目も昨日とは違うはずだし」

そういえばそうだった。昨日の俺は女で今日は男だ。家を突き止めた件も気になる。

「それはね、昨日、スキルで居場所が分かるようにしてるからね。GPSみたいなもんだね」

ストーカーかよ。ふと、昨日の件を思い出した。押さえ付けた後、よくわからない何かで逃げられている。あの時、死体も消えていた。それを使われると全員が危なくなるかも知れない。なら、素直になっておくべきだ。というか色々ありすぎ。

「神の祝福はある」

「なら、使命は?」

「それは知らない」

それを聞くと、女は息を吐くと、携帯を取り出した。何が目的だ?

「ねえ。聞いてた話と違うんだけど、……え?来るの?じゃあ待ってるね」

「誰に電話したんだ?」

「私に神の祝福をくれた人だね。説明してもらうからしばらく待たせて貰うね。まあちょっと申し訳ないから、ででーん質問タイム~」

出来たら断りたいが、万が一を考えると出来ない。ちょうどいいので情報収集でも、と考えていると

バタン、と音がなって、男が入ってきた。金色の髪と青色の瞳でかなりのイケメンだ。

「お、ひーちゃんはやかったね」

その男はひーちゃんと呼ばれているようだ。ギャップありすぎる。ひーちゃんは俺へと距離を詰めながら、

「おい、深井 純、質問だ。お前は性別が変わったりするか?」

いきなりそんなことを聞いていた。剣幕がすごいのでコクコクと頷いてしまう。その反応を見たひーちゃんは、頭を抱えてしまった。

何があったのかというより、何か知っているのか?という期待が浮かび上がった。あの痛みも、性別が変わるのもまったく何も分かっていない。特に痛みは本当に辛い。なんとか痛みだけでも消したい。

「何か知っているのですか?!」

湧き上がった期待からそう質問した瞬間、ものすごい速度で空間にヒビが入りはじめた。昨日とは比べものにならない速さで、体を動かすひまもなく、全員飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開けると、そこにはあの場にいた全員がいた。辺りは真っ白で、何処までも続いているような感覚がした。女とひーちゃん以外が動揺していると、

「ここは、お前の心の中だ。俺の権能で勝手に入らせて貰った」

とんでもないことをひーちゃんは言ってきた。心の中ってなんだよ。そして、ここまで来た理由は何なのだろうか。

「じゃあ、行くぞ。質問は後だ」

そういうと、ひーちゃんは歩き出した。かなり速いので頑張ってついていく。

「心の中ですか。これはもともとあったものなんですかね?それともスキルによって生み出されたのか気になりますね」

「まあ、後でひーちゃんさんに聞きましょう」

優さんと、姉さんはそんな話をしていた。確かにそれは知りたい。特にもともと医者の優さんは気になるのだろう。

ちょくちょくしゃべりながら歩き続けていると、ひーちゃんは、止まった。なんだなんだと前を見ると、テレビでアニメを見ながらお菓子をベットの上で食べている人がいた。

「おい、レイ。何しているんだ」

「ん~?だれ~?」

女が振り向いたその瞬間、俺と姉さんと優さんが息を呑んだ。

そう、それは━━━━━

赤い目をした、女の俺だった。

 

 

 



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第三十一話

「ってひーちゃん?嫌だよ?働かないよ?もう疲れたし」

レイはそう言いきった。そうして俺を見つけると、あ、と声をこぼして布団に潜り込んだ。

「よーし、お前ら、特に深井 純。どういうことか説明してやる」

ひーちゃんは妙に大声で話しはじめた。

「まず、俺達の存在からだ。ひーちゃんこと俺の名前はヒカだ。そしてあいつはレイだ。俺達は神の使徒として、神が望む世界へと変わることをサポートするために来ている。サポートといっても具体的には一人、現地の協力者を見つけて、スキルと知識をあたえ、俺達の代わりにやってもらうだけだ。当然それをするなら、後は何をしてもいい」

一度言葉をきってレイを指差した。

「こいつと俺では使命が違う。こいつの使命はいわば保険だ。世界が今出現している化け物によって滅びそうになったときのためにな。だから、こいつは死なないようになっている。そうして、世界を滅ぼそうとしている奴をこいつが対応する。死なないからな、どれだけ強くても大丈夫ってわけだ」 

「あの、じゃあヒカさんの使命は?」

「俺のはとりあえず置いておけ。悪いものじゃないが、良いものでもないし、知られたら面倒だからな。話を戻すが、レイは協力者を作れない。なぜならこいつが与えられるスキルは存在しないからだ。ところで、深井 純、お前のスキルの中に代償強化と不死があるだろう?」

「え、あるけど」

「それはな、レイのスキルなんだ。本来与えられないはずのスキルを協力者に持たせる。それには、方法が一つだけある。そう、相手を自分にしてしまえばいいんだ。それか、自分を相手にしてしまうか。神の使徒にはそれが出来る。要するに深井 純。お前はレイに吸収されたんだよ」

場の空気が完全に凍った。それでもヒカは話を続ける。

「一つになることで不死でも何でも持たせることが出来る。ただし、体が二つの体に耐え切れなくなり、一定時間で弾けてしまう。それゆえ、神の使徒は死んでしまうから使わない。だが、不死を与えたなら話が別だ。弾けても元に戻ってしまう。確証はないが、見た目がレイと深井 純でかわってしまうのは不死が復活させる対象が二つだからだろう」

この話が本当だとすると、夜の激痛が治ることはないということだろうか?いや、吸収ができるなら、その逆も?

「ちなみに元に戻すことは出来ないぞ」

「仕方ないでしょ!」

布団の中から、レイが大声を出した。

「私だって、悪いとは思ってるよ!でも、この役割のせいでさ、何度も何度も死なないといけないんだよ!神様はさ、面白そうだからとか言って、痛みになれることがないとか言う意味わからない制約を儲けやがったしさ!いっつもいっつも、君達は死なずに私だけ死ぬ。もう嫌なんだよ!辞めたいんだよ、こんな役割!」

何かを吐き出すように、叫びつづける。

「あの時はもう限界だったんだよ…。前回の仕事では体に杭を打ち込まれたり、四肢をもがれたり、溶岩で体を溶かされたり、首を切られたり、胸を引き裂かれたり、拷問されたり、体をすり潰されたり、毒を飲まされたり、散々だったんだよ…」

どんどんと声が小さくなっていく。

「そんなときにさ、気づいたんだよ。これを使えば押し付けられるんじゃないかって。藁にもすがる思いで試したらあらびっくり、痛みを恐れることがなく、人の記憶を見ることで、暇も潰せる。お菓子も食べれる。そんな夢みたいな空間に入れたんだから」

突然声が明るくなった。思い出しているのだろう。

「そっからはもう最高だったよ。純が見た映画はおもしろかったし、お菓子は変なのが多いけどだいたい美味しかった。天国だとも思ったね」

そこで一度言葉を切った。そして布団から顔を出したレイはこちらを睨みつける。

「私はこの生活を手放したくない。どうせ、この世界が終われば私はまた、別の世界で死なないといけないんだからこのくらいは許して」

そう言われたヒカはこちらを見てきた。

「それを決めるのは俺ではない。深井 純だけ残す。存分に話し合え」

ヒカがそういうと、姉さん達の意見に耳を傾けずに姉さん達ごとすぐさま消えてしまった。

レイの気持ちはわからんでもない。おそらく俺がハイオークにやられた時のことを何度もやられているのだろう。それには同情してしまうし、俺は不死に何度か命を助けられている。どちらかというと譲歩してあげたいが、だからって毎日あの痛みは辛い。せめて二日に一回は変わってもらえないだろうか?

考えをまとめ終わり、レイの方向を見る。

 

「担当直入に言わせてもらう。頼むから、ずっとは辞めてくれ」そういって土下座した。

 



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第三十二話

 

「ええ…」

恥も何も投げ捨てた華麗なる土下座によってレイは引いていた。

「お願いします。一生これはきついので時々でいいので代わってください!」

そもそもレイの方が百パーセント悪いとは思うが、それを指摘して拗ねられたらおしまいなので触れずにひたすら意見を主張していく。

「とりあえず土下座は…」

「お願いします!お願いします!お願いします!お願いします!」

向こうの話を一切聞かずに頼み続ける。レイは、罪悪感を感じているようではあるので、何とか良心を引き出したい。10分ほど、それを繰り返し続けた。すると、レイは遂に折れてくれたのか

「わかった、わかったから!土下座辞めて!」

といってくれた。心の中で盛大にお祝いするが、顔には出さずに

「なら、二日に一回くらいは夜のを代わってほしいです!」

と言ってみる。

「え、無理」

ノータイムでそう返してきた。しかし、ここまでは想定内。どんどんとハードルを下げ、このくらいならと思わせるのだ!

「三日に一回!」

「無理」

「一週間に一回!」

「無理」

「二週間!」 

「無理」

「一ヶ月!」

「無理」

「二ヶ月!」

「無理」

「……………………」

「……………………」

「半年!」

「無理」

こいつぜんっぜん了承しねえ!わかったからって何だったの!うわあああああああん!

「い、一年」

「無理」

「ざけんじゃねえよおおおおおおおおおおおおおおおお!」

一年だぞ!一年。あまりのひどさに声を出してしまう。

「うわ、うるさ」

「何なの?どんくらいならいいの?」

「百年?」

いいわけねえだろ。

頭にどんどんと血が上っていっているのを感じる。こちとら今から一生土下座し続けてやろうか?

「さすがに冗談。なら、純の精神が限界になったときだけ手を貸してあげるってのはどう?」

百年と比べればなんと素晴らしい条件なんだろう。

「じゃあそれで!」

いやあ。素晴らしい話し合いだったなぁ。

「ちょっろ」

「え?何か言った?」

満足して頷いていると、レイが何かを言ったが聞き取れなかった。

「終わったから、アニメ見ていい?」

レイがリモコン片手に尋ねて来る。うーん美少女なのにベットのうえでお菓子片手に寝転びながらアニメ。もったいないなぁ。

「いや、そっちのことを教えてくれない?」

向こうは俺の記憶から映画やアニメを取り出すレベルには俺のことを知っているようだが、こっちは何も知らない。

「えー。要らないでしょ。どうせもうあわないんだから」

「え?何で?」 

「え?」

「ちょっとまって、もしかしてこっちからは会えない?ひーちゃんに頼んでも?」

「ひーちゃんに頼まなくても会えるには会えるけど、来るの?」

「いくいく全然いく。ほら、困ったときとかさ、アドバイスくれるくらいいいでしょ?」

本音を言うなら、正直レイの見た目が死ぬほど好みなので一緒にアニメ見たりしたい。でも気持ち悪がられたくないのでそれは隠すことにする。

「えー、じゃあ一応。私の名前はレイ。神の使徒で、かれこれ1000年以上は生きてる。あと、アドバイスを求めるなら、アニメをワンクール分たくさん見て更新してほしい」

「なら、俺に代われば良くない?そうすれば好きに見れるよ?」

「いや、それは流石に最低かなって」

結構手遅れでは?

「ちなみに代わったらどうなるの?」

俺も過去に食べたお菓子を無限に味わえるのだろうか?だとしたらあれ食べたいな~。

「ここに来るよ。記憶にあるものなら何でも体験できる。ちなみに視界を共有したりも出来る」

え、ほんとに夢みたいな空間じゃん

「なら、これからもよろしく!」

少なくとも以前よりは改善されたので笑顔で挨拶してでていった。出入りは思ったより簡単で、思い浮かべれば出来る。そうして出ていって話したことを皆に話したら何故か呆れられた。

 

あれれれれれ?

 

 

 

 



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第三十三話

 

どうやら、あの空間なら時間がとまるーとか都合のいいことはなく、時計の短針は12時をさそうとしていた。姉さんや優さんの精神を削らないように自分の部屋に向かう。ドアノブに手をかけるが、当然自分の部屋なので鍵はかかっていない。時間がないのでササッと入って、扉をしめた。

「あっ」

すぐさま痛みが主張し始めた。原因がわかったせいで、なおさら痛みを意識してしまって辛い。といっても5秒程なので気付けば痛みが消え、女の子になった。

しばらくボーッとしていると、後ろで物音がなった。ビクッとしながら振り向くと、ベットで思いっきり明子が寝ていた。

明子の服装は黄色のフリフリがたくさんついたワンピースと魔法のブローチ、傍らには魔法のステッキが置いてある。まさに魔法少女と言わんばかりの格好である。

もともと眼鏡っ子だった明子とはガラッと代わっていて、ガチで美少女となっている。いや、もともと可愛くはあったんだけど、好みに近づいちゃったていうかね。

とりあえず状況を把握した俺はばれないように物音を立てずに出ていこうとすると、何かに肩を捕まれた。 

ダラダラと冷や汗が湧き出てくる。俺の足を掴めると言うことは、起きているわけであって、つまり、俺が見ていたのがばれているというわけだ。

ゆっくりと後ろを振り返ると、明子が無表情でこちらに肩を置いていた。ステータスでは俺の方が圧倒的に上だがものすごい力が肩にかかっているのを感じる。

「どこに行く?」 

「グッスリトオヤスミニナラレテタノデ」

「どう思った?」

「え?」 

「ど う お も っ た ?」

「トッテモカワイライシトオモイマス」

そう言うと、圧が少し減った気がした。

「そう?ありがと。笑われたら殺してたかも」

「ヒッ」

恥ずかしそうに微笑みながら明子がそういった。月明かりに当てられた明子はとても美しく、絵画のようだった。

「それはともかく」

「え」

「忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ」

「ヒイイイイイ」

突然耳元で囁かれた。あまりの恐ろしさに精神ががりがりとけずられていく。囁かれた言葉は頭の中に響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて響いて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘でしょ?こんなに速く限界来るの!?」

私頭いい!これならまだまだサボれる!と爛々とアニメを見ていたレイは、大きくため息をはいた。

 




どれだけ忘れてほしいんでしょうね


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第三十四話

純が思ったより速く精神が壊れそうになったので仕方なく代わってやる。

「忘れろ忘れろ忘れろ」

「フンッ」

原因を腹パンして黙らせる。出来るだけサボりたいので、今のうちに対策を考えておかないといけない。

「≪鑑定≫」

能力値を確認すると、純の記憶にあるものとは大きく違っていた。

 

名前  友井 明子 

レベル 20

攻撃  40 (直接1間接39)+100

素早さ 40 +100

防御  40(直接20間接20)+100

魔力 67 +100

 

職業  魔法少女 5 

 

スキル 火魔法1 望みのために

 

全ステータスが上がることは私にとっては良くあることだが、望みのためにとは初めて見る。何の効果何だろう?さらに鑑定で詳細を見る。

 

≪望みのために≫

思いが強ければ強いほど、望みを叶えるために力が湧き、方法が示される。

 

とんでもないチートのような気がする。というか、これで私がサボれるようにしてほしい。

もし、このスキルを使い、あんな事になったとするならこの眼鏡っ子がやばい奴になるのでは?だって、魔法少女のコスチューム見られたくらいであそこまでの力でるって事は、そこまで忘れて欲しかったというわけでしょ?

試してみるか。

「≪代償強化≫≪身代わり≫」

「あれ、ここは?」

「明子」

「えっ、純」

「そのコスチューム、朝のアニメ見たいでかわいいね」

満面の笑みでそういった。

「忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ━━━」

「≪鑑定≫」

 

名前  友井 明子 

レベル 20

攻撃  40 (直接1間接39)+100

素早さ 40 +100

防御  40(直接20間接20)+100

魔力 67 +100 +1000

 

職業  魔法少女 5 

 

スキル 火魔法1 望みのために 精神魔法10

 

 

うわ、えっぐ。代償強化してなかったらやばかったじゃん。出し惜しみせずに内蔵全部やってよかった。

ともかくこれでだいたい分かったので、腹パンして黙らせた。

どうやら望みのためにで湧く力というのは魔法と魔力のようだ。ちなみに精神魔法というのは名前の通り精神へ攻撃する魔法で相手と自分の魔力の差で威力が変化する。場合によっては傀儡に出来るので、もし、あの勇者君が欲しいと願えば、今なら出来ちゃうだろう。

「流石に残したら何が起こるかわかんないかな。≪封印≫」

これで大丈夫だろうと、部屋を出てから私はあの空間に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前では、純がアニメを見ながらお菓子をバリバリ食べていた。見ているのは日常系のまったりとした奴だ。まああれの後だからね。

「純。終わったから代わって」

「後10分」

仕方ないので、私も横で見ることにした。ああー癒されるわ、この声優さん神。朝まで時間があるので次に次にと、見続けてしまい最終的にはワンクールまるまる見てしまった。

「じゃなくて純。もう終わり。そんなことより、眼鏡っ子のことを説明しまーす」

「眼鏡っ子って明子?何かあったの?」

こいつ、記憶が抜け落ちてやがる!あの方法でほんとに行けるんだね。

「あーじゃあいいや。なら、眼鏡っ子に明日の1時くらいに純の部屋に行けと言っておいて。話したいことがあるから」

「?分かった」

武士の情けじゃ。魔法少女のことは秘密にしてやろう。そう思っていたら、純が別のアニメを再生しようとした。え、私別の見たいのに

「さっさと戻れ!そんで見たことない奴見てきて!」  

そういって、追い出した後、戦闘系のアニメを見はじめた。

「あそこまで派手にしたら少しは楽しくなるのかな?」

そう思った。

 

 

 

 



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第三十五話

 

第三十九話

目を開けると、朝日が出始める時間帯だった。いつの間にかレイがリビングのソファへ行っていたようで、ソファの上にいた。速めにやらないと忘れそうなので個人チャットで明子にメッセージを送っておいた。

特にやることがないので、久しぶりに料理をしていると、優さんがやってきた。

「あら?純さん。おはようございます」

「おはようございます」

そういえば、ヒカさんの協力者であろうあの女はどうしたのだろうか?完全に聞きそびれていた。

「そういえば、あの女の人どうしたんですか?夜に押しかけていたあの」

「えと、純さんが部屋に行った後、ヒカさんと一緒に帰りましたよ。やることは全部済ませたからって。そんなことよりどうしてご飯作っているんですか?」

「いや、暇だったもので」

アニメもゲームもいいけど、こんな事態にやっているとあんまり楽しくなさそう何だよね。

「じゃあ手伝いますね」

「ありがとうございます」

適当に話ながら料理を作っていると、姉さんが急いだ様子で叫んだ。

「化け物が出なくなった地域があるらしいわ!」

「マジで?」

「ほんとですか?」

だとしたら大事だ。近場なら引っ越したいし、やり方が分かるならここでもやりたい。

「マジでほんとよ。場所は日本だったら北海道の札幌辺りで、海外でもアメリカのロサンゼルスとか、あと、中国だと3ヶ所もそうなってるらしいわ」

北海道は流石に遠い。でも思ったより対象地域が多いため、原因がわかっているかもしれない。

「原因は?」

「理由もわかっているわ」

「マジで!教えて!」

「ダンジョンを作るそうよ」

……ん?

「ダンジョンってゲームの?何で?」

「さあ…。結果として化け物が出なくなったと言うだけでそれ以外は調査中ね」

「どうやって作るの?」

「そういう職業がらしいわ。ダンジョンマスターとかいうもので、ある程度のレベルを捧げることでダンジョンを作ることが出来るそうよ」

レベルを捧げる?それってステータスが下がらなければむしろ良いのでは?

「ダンジョンマスターになるにはどうしたらいいの?」

「分かっていないわ。だからいつも通り私達はレベルを上げるしかないわね」

結局はそうなるらしい。ふーむ。平和はまだまだ先かな~。

 

 

 

 

ご飯を食べ終わりダラダラしていると、正義がやってきた。

さて、どこまで話すべきか。正直隠すのがめんどくさくなっているから不死についても教えたい。しかし、俺の不死とは対策をとろうと思えばとれる。オークのように体を固定してもいいし、海に沈められたらとか考えるのもおぞましい。

でも、レイという名の頼れる味方がいるのと、正義がそれを知っていても多分助けてくれるはず。きっと、メイビー。

話しちゃうか。

 

 

 

 

 

「~~なるほどね。まあ分かったけど、それを理由に見捨てるなんて事はしないから安心して」

うん。話が分かるいい奴だわ。

「じゃあ一段落したのでレベル上げ行くか」

そういって俺達は外に出た。

 



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第三十六話

今日の新規の化け物は既にネットで名前が回っていて、名をナイトという。ガシャガシャと鎧を全身に纏っていて中身は何もない。一番の特徴はまさかの魔法無効。

物理無効ではなく、魔法無効。なんでやねん。

足が遅いので逃げることも簡単なはずだ。なので正義が倒せなかったら逃げるということで、効率アップをするために姉さん優さん二人とも同時にあげている。正直スライムも覚えた魔法で余裕なので危険な要素がないのである。

「いや~もう楽勝だわ~」

「ダメだよ、純。そうやってゲームで不意つかれて負けてるでしょ。大会の時もあれなければ勝ってたんだからね」

正義と俺はネトゲでチーム組んでいて、そのゲーム内では結構有名だったりする。大会だって上位常連だ。

「そんなのやってみないとわからないじゃん。たらればやめて」

「開き直るな。あのあと大会のコメントで叩かれて拗ねてたくせに」

「あの。私達は普通に死ぬんですから、真面目にやってくれません?」

「「あ、ごめんなさい」」

優さんに怒られました。正義が悪いんです。

話していると、突如悲鳴が鳴り響いた。

「女の子の声!」

「俺が行く!正義、姉さん達は任せた!」

「分かった。すぐに追いつくよ!」

優さんが真っ先に反応した。が、速度的に代償強化含めれば俺が最速なのですぐさま向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬とも言える速さで悲鳴の元へたどり着くとそこでは、女の子が男に襲われていた。女の子の方は何かを抱き抱えていてうずくまっている。一瞬、人?と思ったが、スライムが擬態しているのだとあたりをつけて、男にたいして火魔法をぶつけた。

魔力が多くなっているため威力はかなり出るが、そこまでする必要はないのでせいぜい火の粉レベルだ。まっすぐ飛んで行った火魔法は綺麗にこめかみへと当たると、いつものように溶けるわけではなく、

「あっづ!」

男は熱がっていた。

え?マジで人?

「テメェ!このくそあまがぁ!殺す!」

男はものすごい形相で襲いかかってきた。速さは俺にとってはなんて事ないが、力はどうなのかわからない。だから、当たらないように攻撃を避けてから、女の子を拾って正義達の元へと直行した。

「アア''?待てやぁ!」

男は体中から闇を噴き出して明らかに上昇した速度で俺を追いかけてきた。だとしてもまだ俺の方が速いため追いつかれる事はない。

「あ、あの━━━━」

女の子が何か言っているが対人戦は流石に経験不足なので意識のほとんどを男に割いているため、聞き取ることは出来ない。

「純!」

正義の声が鳴り響く。すぐさまその方向へと向かった。

「純!どうしたの?」

「わかんないけど不審者!この子襲われてた!よろしく!」

とにかく時間がない。そして、少なくともここで戦うのは良くない。流れ弾には気をつけないといけないからな。

「頼んだぞ!」

正義に女の子を任せた後、男の視界に何とか入り込んでから別方向へと走り出した。さっきからどんどん男の噴き出す闇が増えていて圧が増している。

俺は最悪応戦するつもりではあるがなるべく、自衛隊に任せるために屋根に飛び移りながら━━━━━━━

「ちょこまかと、消し飛べやぁ!」

そうして男から生み出された闇は槍の形となって肥大していき、俺がさっきまで足場にしていた家の半分を消し飛ばした。

後、少し遅ければ当たっていたことを認識して、背中がひやりとした。しかし、これはまずい。このままでは被害が急増してしまう。最悪人が死ぬ。

そう判断した俺は、指だけを消し去って強化した後、最速で懐まで潜り込んでアッパーを決めた。

が、奴の体から出ている闇がそれを防いだ。

ならばと、次は火魔法を使用する。相手のステータスを信じて、手から出した火を男の顔面に押し付けた。

「あ''あ''あ''あ'あ''!」

 

叫んだ男は体中隙間なく闇を纏わせ忽然と消えうせた。

 

 

 



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第三十七話

 

「逃げた?」

最後に見た顔は焼け焦げていたため、逃げたのだろうか?だとしたらあの男は理性をもって戦っているのか?そんな疑問はさておき、正義の元に合流することにした。

 

「あれ?純。終わったの?」

既に近くまで来ていた正義がそう尋ねてきた。

「倒せてはないけど、顔にやけどを負わせたから逃げたと思う」

「思う?」

正義は何度か周囲を見回して最後に屋根に登り、辺りを見てから降りてきた。

「ほんとのようだね」

「少しは信じてくれない?」

「無理、見落とし多いし」

そうなんだけどさぁ。

「とにかく、無事なら良かったです。ところでこの女の子何ですが…」

優さんが女の子の背中を押すと、女の子はおずおずと口を開いた。

「わたし、かざみふうかっていいます。お姉さんたすけてくれてありがとうございます」

そういってペコリと頭を下げた。とてもしっかりとした子だった。

「いやいや君が無事で何よりだよ。ところでどうして外にいたの?」

今や自衛隊がかなり倒してくれてはいるが路地裏から出てきたり、自衛隊が見逃したりして、決して安全とはいえない。親がいるなら絶対に止めるはずだ。

「えっと。わたしのえあがかってにでていっちゃって」

そういって抱えていた犬を突き出した。

「この子がえあちゃん?ダメだよ、大事な家族なんだろうけど、お家の人がいなければ危ないからね」

「ぱぱもままもごぶりんにころされちゃった」

風花ちゃんは何かを思い出したかのように俯くがすぐに上を向いた。青い空が写る目の端では涙が溢れそうになっていた。

そんな風花ちゃんを見て、特に何も考えずに発言してしまった俺の口を恨んだ。

「辛いこと聞いてごめんね」

「一旦安全な場所に行きましょう」

謝りながら、ひとまず姉さんの言った通りに安全な我が家に行った。

 

 

 

 

 

家に帰り、優さんが作っていたお菓子を風花ちゃんが食べると、涙はひっこみ花咲くような笑顔を浮かべた。

少しは雰囲気が柔らかくなったことに安堵しながら、風花ちゃんについて考える。両親は死んでしまったようだが、それだと今日までどうしてきたのかという疑問が残る。姉さんと話し合ったが聞かないとわからないとお菓子を食べ終わるのを待ってから、話を切り出した。

「風花ちゃんは今日までどうしてきたの?」

お菓子の入っていたお皿をながめながら、

「おとなのひとがね、ごはんもってきてくれるの!おいしいんだよ!」

と言ってきた。

「その人って誰なの?」

もしかして親族だろうか?もしかしてさっきの男?

「うーんと、じえいたいっていってた!ままとぱぱのことをおしえてくれたひと!」

どうやら、助けてくれる人が一人いるみたいだ。良かった。

「そっか。ねえ風花ちゃん?その人に会えないかな?」

「えっとね、あさとよるに来てくれるよ!」

それを聞いて、俺達はその人達のもとまで風花ちゃんを送ることにした。

 

 



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第三十八話

 

あまり遅くならないように、夕方になると、風花ちゃんの案内のもと、風花ちゃんの家へと向かった。風花ちゃんの家の前につくと、そこには自衛隊の隊服を身に纏った人がピンポンを押しているところだった。

「あ、じえいたいさんだ。きょうもきてくれたの?」

風花ちゃんはその人を見るなり、笑顔で駆け寄った。風花ちゃんの声に釣られて振り返ったその人は以前、車で突っ込んでいった人だった。

「あ、風花ちゃん!どこにいってたんですか!心配しましたよ!」

自衛隊の人は安心したように風花ちゃんを抱きしめた。

「あのね、えあが出て行っちゃったからね。追いかけてたの!そしたらね、大きな人にぶつかっちゃっておこられたの。でもねでもね、そこのおねえちゃんがたすけてくれたの!」

今日あったことを楽しそうに話す風花ちゃん。親と遜色ないくらいにこの人に懐いているようだ。

「そうだったんですか!でも、もし次そうなったら、私に言ってくださいね!では、あなた方、風花を助けていただきありがとうございます!ってあら?あなた!この前の!」

お礼を言った後、自衛隊の人は俺に気づいたようだ。

「あ、どうも。この前はありがとうございます」

「いえ!ですが外は危ないので出ないでください!特に最近、怪しげな不審者が増えていますし、行方不明者もでています!一人男の子がいますが、だとしても危険です!」

この人は前と同じく注意してきた。そして、行方不明者にいたっては心当たりしかない。次にひーちゃん達とあったときには問い詰めよう。

「あはは、気をつけます。ところで、風花ちゃんは夜とか一人なんですか?事情は聞きましたがどうにも心配で」

正直、これだけが心配だった。自衛隊の人ということは夜でも出勤が必要になることがあるはずだから。

「今のところは大丈夫です!しかし、いつ出勤命令が下るかわかりません!そこで相談なのですが、そちらで引き取ってもらうことは可能でしょうか!」

さらっとすごいこと言ってきた。風花ちゃんはぽかんとしている。

「あの、少しいいですか?」

そこで、姉さんが声をあげた。

「はい!何でしょうか!というか自己紹介がまだでしたね!わたしの名前は旭川 遥といいます!見ての通り自衛隊です!」

「わたしの名前は深井 美香といいます。一応純の、あこちらの女の子の保護者ですのでそれについてはあなたとわたし、そして風花ちゃんの三人で話し合うことでいかがでしょうか?」

「なるほど!わかりました!それでは一旦こちらへどうぞ!」 

そういって俺達は家に招かれ、姉さん達は話し合いを始めた。

 

 

 

 

「なかなか勢いのある人だね…」

「ですね。喋れる暇が無かったです」

一応その場にいたのだが空気と化していた二人は小声で話しかけてきた。まあわからんでもない。

「それにしても、美香さんはよくもまあ物怖じせずに話せるね。警察の人ですら緊張するのに」

たしかに警察は何もしてなくても不思議な圧が出ているようで近寄りがたいし、怖い。

あまりにも暇なのでしりとりを始めて『る』攻めで正義に苦しめられていると、姉さんが話終わった用で声をかけてきた。

「終わったわよ。とりあえず家に来てもらうことになったけど、風花ちゃんはこの家に強い思い入れがあるみたいだから、一週間に一回くらいはこっちにいたいって」

「分かったよ。なら、その日は俺がついていくよ。正義を除いたら一番みんなを守れるしね」

少なくとも俺はかなり強い方だ。しかも、化け物からしたら美味しすぎる経験値の固まりなので一回倒されたら風花ちゃんにターゲットがうつることなくそのまま俺がリンチされるだけで済む。

「危なくなったらすぐに私達を頼るのよ」

「うん」

その一言がとても暖かく感じた。

 

 



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第三十九話

 

じゃあ今日は一旦帰ろうかということで俺達は家に帰った。ただ、風花ちゃんと旭川さんは最後にということで今日は風花ちゃんの家の方で過ごすらしい。

正義とも途中で別れて、家に着き、ご飯を食べていると、明子が降りてきた。なぜかこちらを恨めしそうに睨んでいるが心当たりがまったくない。

ただ、明子が来て、全員いるので、再度今日のまとめをした。

明子に風花ちゃんのことを話すと、私も行っていい?といってきたが、姉さん優さんのスライムへの対処が無理になるので、何とか守ってほしいと言うと、了承してもらえた。

今回のレベル上げは次のような成果だ。

 

名前  深井 純

レベル 63

攻撃 126(直接63 間接63)

素早さ 222

防御 120(直接63 間接63)

魔力  133

 

職業 ベテランエージェント5 ベテラン魔法使い4 転職 昇格 可能

 

スキル 変装3 隠密10 不死 鑑定1 言語翻訳 代償強化 投石6 火魔法3

 

称号    神の祝福

 

変化といえば変装がレベルアップして、魔物の姿に変われるようになったが、使い道があまりない。そして、火魔法3は、ちょっとした爆発物が使えるようだ。爆竹のようだったが、魔力が高いからか、オークがはじけ飛んだ。

 

名前 烈火 正義

レベル 70

攻撃 278 (直接165 間接113)

素早さ 278 

防御 278  (直接139間接139)

魔力 278

 

職業 勇者  なし

 

スキル 聖剣10 成長促進 投石10 隠密10 火魔法1

 

称号 なし

 

正義は魔法をなるべく撃たないようにしてもらっている。理由としては明らかに威力がおかしくて、ハイオークですら溶けるからだ。めっちゃグロかった。ちなみに聖剣はレベルが上がっても何がかわるか分からなかったのだがひとつ、聖剣を投げると、自動追尾となっていた。剣って投げるものだっけ?

 

名前 深井 美香

レベル 30

攻撃 60 (直接30 間接30)

素早さ 60

防御 60 (直接30 間接30)

魔力 97

 

職業 名女優5 配信者5

 

スキル 声真似1 演技10 場作り 注目 配信

 

称号 なし

 

配信とは、ただただ録画したり、場合によっては生放送もできる。どんなサイトからも閲覧可能でテレビでも自衛隊の人がこのスキルを持っていて、臨場感満載の戦闘シーンは家でごろごろするしかない人にとっては最高の娯楽となっている。注目はただ目を集めるだけでタンクでもない姉さんからしたら捨てスキルな気がする。

名前 香川 優

レベル 30

攻撃 60 (直接30 間接30)

素早さ 60

防御 60 (直接30 間接30)

魔力 97

 

 

職業 神医者5 

 

スキル 診察 治療1  研究 手術

 

称号 なし

 

この手術。かなりやばい。説明にはこう書かれていた。

≪手術≫

対象者の臓器を消したりつけたりできる。

ゴブリンの脳を指定し、発動すると、ゴブリンは即死した。そして、優さんが言うには、頭の中で、

≪脳が補填されました≫

≪脳の手術が可能です≫

と声が響いたらしい。手術をするには対象者に触れないといけないが、触れたら最後、俺でもないかぎり、即死する。どう考えても医者のやることではない。しかし、オーク、ゴブリンでも脳は脳であることに変わりはなく、ゴブリンの脳をオークに移して見ても、特に変化は無かった。

もしかすると、対象者によって臓器はその対象者にあったものへと変化するのかもしれない。

 

 

今回は風花ちゃんに出会ったのであまりレベル上げは出来なかった。ただ、我らが正義は常人の四倍ステータスが上がる。だから、一日二日、あまり影響はないだろう。

「なかなかよいものを手に入れたわね」

姉さんは配信というスキルにかなりの満足感を覚えたようで、いつもより楽しそうだ。

「姉さん。どんな配信をやってたの?」

正直、知ったのも最近だし、姉さんは話そうとしないので知りたい。

「秘密よ」

「そこを何とか!」

「ダメよ」

まあ教えてくれないよね。

「ご飯出来ましたよ~」 

優さんのその一言でこの攻防はおしまいになった。

 

 

 

食後、明子がこちらによってきた。

「ねぇ。覚えてる?」

「何が?」

何を言っているのだろうか?昨日はそもそも明子は魔法少女になって俺の部屋を占拠していたため話していないはずだ。

「いや、魔法少女の…」

「あー正義の奴?」

あの正義が作った魔法少女明子。フリフリのついた黄色い衣装を着ていて、魔法のステッキと魔法のブローチ…。あれ、ブローチなんて正義の奴にあったっけ?

「ならいい」

そこで、レイの言っていたことを思い出した。

「あ、じゃあ明子。一旦俺の部屋に来て」

「?分かった」

明子が俺の部屋に入ったのを確認してから、俺はレイとチェンジした。

 

さーって、アニメ見よ。

明子との会話も気になりはするが、今や録画を消してしまったアニメを見直すことができるのは今しかない!とアニメを見はじめた。

 



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第四十話

 

部屋に連れられた私の目の前で純が突然倒れた。 

「純!」

声をかけて、駆け寄ろうとすると、純はすぐに立ち上がった。彼、いや彼女の目は海のように透き通った青い瞳から、すべてを飲み込むような赤い瞳へと変化した。

「純?」

これは純なの?いや、何か違う気がする。目の色だけじゃなく、雰囲気もちょっとした仕草も違和感がすごい。

「あ、説明されてない?私レイ。わかる?」

彼女はレイと名乗った。この様子だと、他の人は知っているのだろうか?

「知らない」

「あーなら、―――」

そういって彼女は私に説明してきた。いわく、純はこのレイという人と合体していて、この女の子の姿はもともとレイの体だという。目の色が変わったのは混ざっちゃった弊害らしい。神の使徒がどうたらこうたらといっていたけど、それよりも大事なことがあった。

私の純に何をしているんだろう。

「この会話って純聞いてるの?」

「多分聞いていない。純、アニメでも見てると思うから」

アニメを見ているとはどうやってとも思ったが、どっちにしろ聞いていないならいい。

「純と貴方はどうやったら離れるの?」

「出来ない、というより私には出来ない」 

は?

「なら、誰ならできるの?」

「神様。まぁ面白そうだからとか言ってやってくれないだろうけどね」

え?

「じゃあどうすればいいの?」

「何が?」

「貴方を引き剥がすにはどうしたらいいの?」

「無理だけど。なんで?純のこと好きだったりする?なら、好きにしたら?邪魔はしないよ?」

「え?」

「そんなことより、伝えないといけないことを言っておくね。今、君のの魔法少女となった姿で使える≪望みのために≫は念の為≪封印≫させてもらったよ。純が危ない目にある可能性があるからね。封印を解く方法もないわけではないけど、教えない。絶対絶命にでもなったときに純に言えば私がその時だけ解除することにしたよ。分かった?」

たとえ純と一緒になれてもこいつがいるの?いやでも、それは贅沢だ。一緒にいられるだけでもいい。でも、普通、仕方ないとはいえ、ここまで自分に入り込む異物に心を許す?そんなわけがない。何処で何をしているかを常に見続けられるなんてたまったもんじゃないはず。じゃあなんで?純は、こいつを拒絶しない?私が同じ状況だとして誰なら許せる?どんな人物なら許せる?香菜?無理。正義?無理。渚?無理。純?純ならいいかな?なら、純は私の何?好きな人。大好きな人。

好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き大っ好き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ…そっか。純はコレが好きなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずるい、ずるい、ずるいずるいずるい。私の純を、私だけの純を。嫌だ。離れたくない。一緒にいたい。純の特別でありたい。

 

 

どうすれば――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

あ、

 

 

コイツを殺せばいいんだ。コイツだけを殺して純の中から消せばいいんだ。

コイツを殺すにはどうすればいい?純に何かがあってはいけないから物理的な手段はなしだ。何か、中身にだけ影響を与えられるようなものはあるの?

あった。精神魔法だ。じゃあそれを手に入れるには?望みのためにはダメ。だったら手当たり次第に化け物を殺して強くなり続ければ手にはいるかもしれない。そうやってこの子を純から消せば、

 

 

 

 

そしたら、実質純は私のものだよね♪

 

 

 

 

 

 

 



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第四十一話

 

第四十五話

「どうしよう」

めがねっ娘の質問に答えた結果、めがねっ娘は突然下を向いたかと思うと、笑顔になって部屋から出て行った。コワイ。さすがにほっておくのはかわいそうだけど、私が行くのも違うよな~だってあの子純のこと絶対好きだし。

うし、純に行かせるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然現れたレイに強引にアニメ観賞を中断させられ、明子を追えと言われた。何があったの?

 

目を開けると同時にドアが開く音がした。え、ほんとに出て行ったの?やばいって、姉さん達もなんでとめないの?

とりあえず明子を必死で追いかける。靴も後回しだ。裸足で出ていこうとした瞬間、

「ぐっ…」

痛みが俺の体を地面に縛り付ける。何十年とも感じるほどの五秒間の後、息を整え、すぐに後を追った。

「明子!」

視界にはいない。俺が住む家の周りは見通しがかなり悪いから、どこへ行ったのかがわからない。手遅れになる前に、速く、急がないと。

「おっと!ここは通行止めでーす!」

目の前を何かが塞いだ。それは、黒と黄色の服を着た犬だ。いや、犬ではない。一つであるはずの首は三つあり、めちゃくちゃかわいくデフォルメされている。そして、空を浮かび、くるくると回っている。まるで、魔法少女のマスコットみたいだ。

とはいえ、今は一刻を争う一大事。新たな現象だし、人の言葉を喋る人外というだけで初めての例だ。しかし、今は一刻を争う。

明子に何かあってからでは遅いのだ。

無視を決め込み、横を通り過ぎようとすると、足が何かに貫かれた。

「は?」

見ると、コンクリートだった地面からは、大量の針が生えていた。その一つに俺の踏み出した足は深々と刺さっている。

「通行止めって言ったじゃーん!聞いてないのー?」

貫かれた足の痛みが思考を邪魔し、考えられなくなる。抜きたいが左足以外はすべて針だらけだ。

「な、んで止めるんだ」

前のケルベロスはかわいらしさ全開で笑うと、

「このままだと予想も着かないことになりそうだから!楽しそう!」

子供のように言いきった。

「ふざ、けん、な」

何とか銃を召喚して銃口を向ける。

「おやおや~撃つの~?怖ーい」

キャハハと笑った奴へと、明確な殺意とともに引き金を引いた。

「ま、あたるわけないよね~」

余裕綽綽と、銃弾を避ける。何発も何発も撃ち続ける。がすべて外れてしまう。

「おっと!そろそろ離れすぎちゃうや。じっかん切れ〜じゃあかなりいたいですよ~っと」

その言葉とともに足の痛みが膨れ上がった。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「良い反応だね~。不死者でもそんなもんか。バイバイ~」

目の前からケルベロスが消え去る光景を最後に意識は暗闇へと染まった。

 

 



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第四十二話

 

あれを殺すのなら速ければ速いほど良い。純がまだ引き返せるうちに殺らないと純が自殺しちゃうかも。いや?自殺しようにも出来ないのでは?喪失感で何も出来なくなったらむしろほんとの意味で独占できるし。いや、でも贅沢を言うのなら愛されたい。愛されて、愛して、愛し合いたい。なら、できるだけ急ごう。もちろん純にばれないようにね。

なら、恥ずかしいとか言っていられない。純以外なら何と思われてもどうでもいいんだから。

「≪変身≫」

夜の町を駆け回る。鎧だけはどうしようもないため無視して、それ以外を殺しつづける。ゴブリンもオークもハイオークも殺し、ホブゴブリンは叫ばせて、仲間が来てから殺す。魔法少女となっていれば、魔法の火力が高い。だから手から出る火だけでゴブリン程度なら溶ける。そうして、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して適宜ステータスを確認して、職業を昇格、そして、転職し、また、殺す。使われていない建物も、河川敷も、地下水道も、山もすべてを回って殺しきる。そうして月すらも覆う真っ暗闇な雲に光が差し込みはじめた頃、純の元に帰った。

玄関を通ってリビングでテレビを流しながらステータスを確認する。

 

 

 

名前  友井 明子 

レベル 40

攻撃  80 (直接1間接79)

素早さ 80

防御  80(直接40間接40)

魔力 192 

 

職業  魔法少女5 魔女5

 

スキル 火魔法10 風魔法10 水魔法1  望みのために(封) 使い魔 闇魔法1 変身

 

称号 悪魔の呪い

 

≪悪魔の呪い≫

悪魔は貴方を気に入った。貴方を見続け、時に手を貸すだろう。スキル≪使い魔≫を獲得する。

 

≪使い魔≫

何でもしてくれる使い魔を召喚する

 

この称号は家を出るときにはすでに手に入れていた。何でとかはこの際どうでもいい。だが、この使い魔というものはなかなかに優秀だった。

「ベル」

「は~い。ベルちゃんで~す!」

このベルという使い魔であるデフォルメされたケルベロスのような物体は化け物を殺しつづけていると突然現れた。

 

 

 

 

「バーン!使い魔ちゃんだよー!」

倒したゴブリンが消え去ると同時に頭が三つある犬が現れてしゃべり出した。

「ボクは君の使い魔のケルベロスさ!召喚されないから出てきちゃった!」

三つの顔が一斉にぺろっと舌を出した。

「できる限りのことは何でもするよ!例えば!魔物を見つけてこいとかね!あと、姿を何とかしたいもできるよ!」 

つらつらと自分のアピールポイントを紹介していく使い魔。心を読んでいるかのように私の望むことを叶えようとしてくれる。ちょうどいい。

「本当なら、今言った二つをお願い」

「まかされた!」

そういってそのケルベロスは私に光をふりかけた。

「何をしたの?」

「変身を解除したのさ!」

「もしかして、貴方がいれば自由に解除できるの?」

「もっちろん。そして、魔物はここから1m先を右に回るとスライムだよ!」

変身の解除ができない。これは魔法少女の1番の欠点として考えていたものだ。気軽に変身することが出来ないから非常に面倒であったがこれで解決だ。そして、1m先を右に回ると、本当にスライムがいた。 

使える。この使い魔を多用すれば、魔物を狩る速度を上げることができる。

「どうどう?いーでしょ!使えるでしょ!役に立つから名前をちょーだい!!」

名前?私にとってはあった方が便利だし、別にいいや。

「ならベルで」

「ありがとう~!今日から私はベルでーっす!」

 

 

 

結果、ベルのおかげで効率は跳ね上がり、大量の化け物を狩ることが出来た。また、望みのためにをもう一度取得するために、もう一度魔法使いをとり、レベルを上げていると、今度は魔法少女ではなく、魔女となった。闇魔法というものが追加され、使ってみたがおそらくデバフだ。オークに使用すると目が見えないかのようにあたふたしていたから失明とかそんな感じだろう。

新たに分かったことがある。魔女となった後、火魔法がレベル10となると、風魔法、それが10となると水魔法が追加された。この調子ならいつか精神魔法へ辿り着けるはずだ。

「ベル。眠気はどうにかならない?」

「任せなさい!はっ!」

声とともに眠気は消し飛んだ。

「何をしたの?」

「眠気が来ないように回復させたんだよ!」

何で回復したら眠気が消えるのか分からなかったがまあ気にするほどでもないか。

「あ、ひときた!じゃね!」

ベルは足音がこちらに近づいて来ると消えた。足音の主は純だった。

「う…、あれ?めいこ?帰ってきてたの?」

私はいつもの笑顔を作って、

「どこにもいってない。ちょっとそとの空気を吸いに出てただけ」

嘘をついた。 

 

何度見てもかっこよくて、かわいくて、愛したくて、愛されたい、最愛の人を私のものにするために。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四十三話

 

目が覚めると、俺は姉さんの部屋にいた。

「起きた?大丈夫?」 

「う、うん。ちょっと頭が痛いだけ」

さっきから頭がずっとガンガンする。何か大事なことがあったはずだが、思い出すことが出来ない。

「そう、じゃあ何で玄関先で倒れていたか覚えてる?」

玄関先で倒れる?なんでだろ……?

「いや、ごめん」

「いいのよ。覚えていないなら仕方ないわ。まぁ死んではいないようだしなによりよ」

そういわれて体を見た。昨日は女だったから今日は男のはずだ。うん。1番付き合いの長い体だ。

「ほんとだね。う~ん、とりあえずリビングに行っておくね。姉さんの邪魔しちゃ悪いし」

「それはありがたいけど、大丈夫?」

「うん。何とかね」

そうしてリビングへと向かうと、明子がいた。

「う…、あれ?めいこ?帰ってきてたの?」

「どこにもいってない。ちょっとそとの空気を吸いに出てただけ」

そっか。ならいいや。

「それより、大丈夫?」

調子の悪さが伝わってしまったのか心配そうに尋ねられた。

「あ、うん。ちょっとずつマシになってきてるから」

「なら、ここで寝たら?」

そういって膝をぽんぽんと叩く明子。膝枕?そんなの恥ずかし…くはないや。頭痛いから枕が欲しかったところだし、ありがたく使わせてもらおう。

「ありがと」

そうして倒れ込むように明子の膝の上で眠った。優しく撫でる明子の手はとても気持ち良く、すぐさま眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お熱いねぇ!カーーッ」

気がつくと、俺は自分の精神の中にいて、目の前では子供ビールを浴びるように飲むレイの姿があった。

「なにしてんの……」

「いやさぁ。お二人さん熱いねぇ!私もそんな恋愛したかったよ!」

それはもう楽しそうに、手足をじたばたさせてはしゃいでいる。かわいい。

「で、なんでここに俺いるの?」

「聞きたかったからだよ。君達の関係をね!」

う~~ん?

「だ か ら 君とめがねっ娘のか ん け い!いつの間にか膝枕まで進展してもうラブラブじゃないですか!」

らぶらぶ?明子と?違うけど…。 

「ただの仲がいい友達だよ」

「そんなこと言ってぇ~実は何かあるんじゃないの~」

うっっっざ。酔ってんのかこいつ。よく見れば顔も赤いし、でも俺は子供ビールしか飲んだことないし、実際どう見ても子供ビールと書いてある。

「何もないよ。向こうだって友達としか思ってないよ」

瞬間、レイの赤かった顔が一気に覚めて目が死んだ。

「え、マジでそう思ってるの?鈍感系主人公気取りもたいがいにしろよ」

突然キレられた。何なの?なんでこんなうざいの?

「特にそれっぽいことされてないじゃん。それで断定なんてできるわけないよ」

「え、膝枕までされてこれ?ヤッッッッバ。頑張れめがねっ娘。私は応援してるぞ」

何かぼそぼそ言っているが無視して俺はこの空間から出て行った。

 

 

 

 

 

「おはよう」

目を開けるとそこには明子の顔が目前にあった。もしかしてずっとしてくれていたのか?

「うわ、ごめんね。足もしびれたでしょ」

「大丈夫だ。問題ない」

そうは言っていたがすぐに頭を起こした。明子の口から小さく「ぁぁ」と聞こえた気がしたが気のせいだろう。時計は6時を指していて既に全員がリビングに集合していた。

「あれ?姉さん早いね。いつも7時くらいなのに」 

「今日は風花ちゃんを迎えに行く日でしょ?純は行けないじゃない。今男だし」

あ、そっか。風花ちゃんは男の俺しか知らないもんね。なるほどなっとく。流石姉さん。さすねえ

「なるほどね。じゃあどうやって俺のこと説明するの?難しくない?」

そう言うと、姉さんは一台のパソコンの画面を俺に向けてきた。

「これ、俺が変わるときの録画?」

「そうよ。もちろん編集済みだけど」

そこでは、いつぞやにとった女から男に変わるときの録画を光らせてグロいところだけを見えなくするように編集されていた。

「流石に信じないんじゃないんですか?」

「その時は明日まで待ってもらいましょう。何日もたてば嫌でも分かるでしょ」

うーん。まぁそうするしかないのかな?

「えっと。純さんの代償強化で目の前で一度死ねば1番楽だと思いますけど…ア、ゴメンナサイ。ジョウダンデス」

そんなことを言った瞬間、全員から睨まれてすぐに撤回した。その後、俺と姉さんで風花ちゃんを迎えに行き、俺について理解してもらうまで1時間以上かかるのであった。

 

 

 



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第四十四話

 

「わたしもれべるあげいきたいです!」

正義と合流し、いつも通りレベルを上げに行こうとすると、風花ちゃんがそんなことを言った。

「いや~流石に…」

「危ないですよね~」

姉さんと優さんの言う通りでまだ小学一年生の風花ちゃんには危なすぎる。

「でもいきたいです!」

「ダメ。諦めて私と遊びなさい」

そう言って明子によって風花ちゃんはドナドナされていった。うん、素晴らしい判断だ。

「じゃあ行きますか。風花ちゃんのためにも速めに今日は帰ろうか」

「そうだね」

そうして俺達はレベル上げに向かった。

 

今日の新しい化け物は~~?わし~~!

はい。鷲です。たまに上から人を狙って来ます。サイズは普通の鷲と変わらないので見分けるのも難しいね!違いはこちらへ飛んで来るか来ないかだよ!

「正義、上」

「ほい」

頭上へほうりなげるようにぶん投げた聖剣は吸い寄せられるように鷲の羽にぶっささり、鷲は空という自身の絶対領域からたたき落とされた。

「「えい!」」

それを姉さんと優さんでめった刺しにする。このパターンが生み出されたおかげでただの経験値無料配布さんである。

サクサクと倒しつづけてはや夕方。さっさと帰ることにした。

「ただいま~」

「お帰り」

「おかえりなさい!」

明子と朝より上機嫌な風花ちゃんが出迎えてくれた。

「何もなかったかしら?」

「うん。いい子にしてたよ」

「いいこにしてた!」

「えらいですね~」

そういって風花ちゃんの頭を撫でる優さん。一瞬ビクッとした風花ちゃんだったがすぐに受け入れたようでニコニコしながら撫でられている。か~わ~い~い。

 

 

 

 

しばらくたって、ご飯の時間になり、皆がリビングに集まったタイミングで姉さんが話を切り出した。

「昨日はバタバタしていて社会の情勢については話せなかったから、今から話すわね」

おうおう、いつもの奴だ。

「まず、前話したダンジョンのことなのだけれど、軽い調査の結果、中に入ると、化け物がうじゃうじゃいる空間に出るらしいわ。構造は迷路だったり、平面だったりと様々なようで、宝箱とかそういうのはまだに見つかっていないみたいね。あるかは知らないけど。そして、ダンジョンマスターについてだけど、情報は秘匿されてるみたいでまったくもって進展はないわね。ただ、分かっているのが北海道の土地に次々とダンジョンが作られて、安全地帯が広がっているみたいだから何かはしているんでしょう」

北海道という自分達が住んでいる関東からかなり遠い位置ではあるが、それでも着々と安全地帯が広がるというのはよい話だ。

「あ、ちなみにちょっと怖い話何だけど、ヨーロッパのどこかでは自分がダンジョンマスターだと言って、政治的要求をする輩がいるみたいよ」

「うわー、やっぱり出てきますよねーそんな奴。今どの国でも喉から手が出るほど欲しい者ですからねー」

なるほど、政府はダンジョンマスターを見つけるだけでなく、それが本物かどうかも見極めないと行けないらしい。

「でもそんなことしている暇なくない?」

「いや、北海道に向ける人員が少し減ったから、その分の空きを使うんじゃないかしら」

そうか。安全地帯が増えると言うことは派遣する人員が減ることにつながるのか。

「なるほどね。そういうことなら、犠牲者も減りそうだね」

ちなみに現在鷲の化け物がかなりの犠牲者をだしている。原因としてはマンション住み等が油断して死傷するという事例が後を絶たないからだ。そのため、自衛隊は今でも空をヘリコプターによって飛び、打ち落としていた。その騒音はかなり大きく、それを防ぐために窓を閉める人多数なので結果オーライと言った感じだ。

「いやはや速くダンジョンマスターさんにきてほしいですね」

「めいこおねえちゃんだまんじょんますたーってどうかくの?」

「こう」

そういって明子は紙にダンジョンマスターとかいた。

それをじっと見つめた風花ちゃんは衝撃の一言を発した。

「わたし、だんじょんますたー!」



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第四十五話

 

「「「えええええええええええええええ?!」」」

嘘でしょ?え?

「風花ちゃんカタカナ読めないんだ。てっきり漢字が読めないから職業が分からないんだと思ってた」

「かたかな~?ひらがなならよめる!あとかんじも!ちょっとなら!」

「うむ。えらい」

そういって頭を撫でる明子。ぽかんと撫でる俺たち。風花ちゃんはむふーと嬉しそうだ。

「えっと?明子は知ってたの?」

「いや、職業を聞いてはみたけど何て言うのか分からないって」

あ、そっか。ていうかその話してたじゃん。馬鹿なの?俺。

姉さんはダッシュで部屋へと戻り、即座にメモ帳を持ってきた。

「ダンジョンマスターのスキルってわかる?この文字の横になんて書いてある?そのまま書いてくれればいいから」

どうやら情報を集めようとしているらしい。ちなみにカタカナが読めないと分かったので紙に大きく「スキル」とかいている。

「えっとね━━━━━━━━━━」

そうやって集まったのは次のような情報だ。

 

≪ダンジョン作成≫

全ステータスを一定以上消費することでダンジョンを作成する。消費した量に比例してダンジョンの規模が大きくなる。

 

≪ダンジョン管理≫

自身のダンジョンの管理または拡張ができる。

 

「あー。これは非常に面倒ですねー」

即座に安全地帯確保!とはいかないらしい。どれだけのステータスでどれほどのダンジョンが作れるのか分からないが、少なくとも2程度ではそこまでだろう。

「一応作っちゃって管理で伸ばすっていう方法があるみたいだから作っちゃっても良いかもね」

「いや、これなら何とかなるかもしれないわ」

姉さんがそういった。

「何がですか?」

「いえ、ステータスの問題は何とかなると思ってね」

「それはレベルを上げにいけばいいだけじゃないの?」

「それだと危険すぎるじゃない。小学一年生よ?だから、安全にステータスを上げられる方法があるのよ」

そんな方法が?だとしたらもっと速く使っているのでは?

そんな疑問を抱きながら姉さんを見つめていると、姉さんはにやりと笑いながら、

「配信者のスパチャよ!」

と言った。姉さん壊れた?

「ふふふ、配信者のスキルを使った動画ではね、スパチャが出来たりするのよ。お金だけじゃなく、ステータスや物品ですら!まぁちょっと怖いのが寿命も出来てしまうことね」

サラっととんでもないこと言ってる。寿命って何?あげれるものでもないでしょ。いや、ステータスもだけどさ。

「このスパチャは配信スキルを使っている人、映っている人で分配されるわ。だいたい映っている人の割合がちょっとだけ大きいのと、物品にいたっては投げた人がどっちに贈りたいかで決まるの。つまり、これを使えば、風花ちゃんにステータスをあげれるのよ!」

お、おう。何か熱量がすごい。こんな姉さんを初めて見るかもしれない。

「しかし、美香さんに流れる分はどうするのですか?」

「え?私が私の配信にスパチャするだけだけど?」

あーなるほどね。確かにそれなら何とかなりそう。ただし、分からないことが一つ。

「だいたいは分かったんだけど、どれくらいのステータスをあげるの?」

正直データが全くないからどれだけのステータスでどれくらいの規模のダンジョンが作れるのかが分からない。

「それは、そうね…。純のステータスには何もしないわ。純粋に最高戦力だからね。そして、私とあとは…優さん。お願い出来ますか?」

「それは良いですけど、それで足りるんですか?」

「大丈夫だと思います。初めのダンジョンマスターのレベルは高くて60当たりだと考えているので」

まだゴブリンが出てから10日程しかたっていない。戦う能力がないダンジョンマスターでレベルをそこまであげるのはかなり困難だろう。最も、正義のような奴がいたら別だが。

「あと、戦闘配信的なのができれば知らない人からもスパチャ貰えそうなんだけど、流石にそれは世界をなめてるからこれまでの世界のまとめとか、モンスター情報のまとめとか配信で紹介してお願いしてみようとは思っているわ。有用な情報ならワンチャンあるかもだから」

その言葉でふと思ったことがある。

「ねえ、姉さんって登録者とかどのくらいなの?」

「23万人よ」

「すっっご」

一万人くらいかなとか考えてた自分を殴りたくなってきた。

「すごいですね」

皆もびっくりだ。明子なんて言葉も出ないらしい。

「頑張ったからね。とりあえず、明日決行ということで、今日は解散しましょう。動画作ってくるわ」

「分かった。ところで風花ちゃんはどうするの?」

「めいこおねえちゃんとねる!」

「あーじゃあ俺の部屋使う?俺はリビングのソファで寝るからさ」

「あ、うん。そう…するかな」

そこからは各自自由に過ごした。そして、12時をやり過ごすとさっさとソファで爆睡した。12時の痛みは最近ちょっとだけ気持ちいと感じてる気がする。

こわい。

 

 

 

 

 



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第四十六話

 

最悪だ。ダンジョンができて化け物が近くに沸かなくなると、化け物のために最悪隣の県まで行かないと行けないかもしれない。幸いにもステータスをあげろとは言われなかったが、今日を逃すと効率がかなり悪くなってしまうことは明白だ。

「めいこおねえちゃん。いっしょにねよ」

風花ちゃんは今日一日中遊んであげただけなのにすごく懐いた。かわいいから純との養子にしちゃいたい。

「いいよ」

ただ、いくらかわいかろうと純との邪魔になるのはいただけない。さっさと寝てもらいたい。

ただでさえダンジョンの件で遅れてしまうのだ。一分一秒無駄には出来ない。そうでないと、

あの女を殺すのが遅れてしまう。

違う。引きはがすのが遅れてしまう。別に生死はどうでもいいんだから。

やさしく風花ちゃんを寝かしつけてからリビングにいる純に感づかれないよう窓から外に出た。部屋には鍵をかけておいたからばれることはないはずだ。

「ベル」

「りょーかーい」

ベルの索敵のもと、化け物を殺し続ける。自衛隊とはなるべく接触は避けたいので、屋根、路地裏、地下水道、様々な道順から町中を駆け回る。道中の鎧は無視して、それ以外は殺し尽くす。鷲も目立つ火魔法はひかえ、風魔法で命を刈り取り続ける。当然闇魔法無駄撃ちしてレベル上げも忘れない。新しく覚えた魔法の効果はベルが教えてくれるから本当に便利である。

1時間ほど化け物達を殺し続けていると、焦りからか、路地裏に逃げるのが遅れてしまい、自衛隊に気付かれてしまった。

「誰だ!そこにいる奴は!」

まずい。こんな夜中に魔法少女の格好は怪し過ぎる。いや、むしろこの格好だからこそ乗りきれるのではないだろうか。テレビでも奇抜な格好の人がいた。それに逃げようにもこいつらのレベルがおかしいことは分かっている。素早さに補正がないと苦しいだろう。まぁデバフを入れたら別だろうけど。

「何?私は化け物を殺しているだけ」

そういいながら、自衛隊の前に姿を現す。その瞬間、目を見開いてしまった。そこにいたのは自衛隊に入ったと聞いていた渚だった。何故ここにいるのか。というかこのままだとバレてしまう。

「化け物については自衛隊が対処する!安全のために家に帰れ!はぁ。テレビに触発されたのかは知らんが危ないからやめるんだな」

「…」

「だんまりか?まあいい。自衛隊として市民を守るのが役目だ。ついていってやるから安心しろ」

どうやら私を明子だと認識出来ていないらしい。純だと出来ていたから認識阻害とかはないはずだが、まぁいいや。時間がないんだから、どいてもらおう。近づいてきたところに

「≪火魔法≫」

明るさだけを追求した炎を作り上げ目の前へと投げつける。到底夜の闇になれた目ではその光に耐えられない。私はしっかりと目を瞑っているから大丈夫だ。

「ぐっ…!」

一応闇魔法でその上から視界を闇で包み込む。

これで何とかなる━━

咄嗟に体を曲げ飛んできた斧を避けた。 

失敗?いや、渚は目を閉じている。その上で斧を投げているようだ。次々と手から生み出された斧は私を正確に狙っていく。わけがわからない。私は魔法で軌道をずらしながら避けていく。

「そこにいるのは分かっている!今ならおとなしく投降すれば多少の弁明は聞いてやる!投降しろ!」

目を潰されながらそんなことを言ってくる。私には時間がないのに。今日が純に一気に追いつける最後のチャンスなのに。殺したいけど純の友達でもあるから殺せない。なら、

「投降します!」

そして投げて来る斧が止まった瞬間、全力で腹部に向かって拳を入れた。当然新しく覚えた闇魔法で防御も下げる。

「うっ!」 

苦しそうに声が漏れたのを確認して、逃げるついでに顔に蹴りを入れてから私は逃げ出した。走りながら、ベルに頼んで渚が近くにいないかだけを確認させる。そうして、だいたい30分程、道中の化け物を殺しながら逃げつづけてやっと追われなくなった。

「ハァ、クッソが!」

時間を無駄にしてしまいイライラする。でも、そこで万能アイテム純の写真。しっかりと香奈から幼少期の写真も集めておいたから、どの歳の純も揃っている。

かわいいくてかっこいい純のこれまでが私の手元にある。これからを手に入れるためと考えればモチベーションも上がるものだ。口惜しく、アルバムを閉じて、

「ベル。またお願い」

「あいあいさー」

そうして、狩りを再開させた。自衛隊は見つかったら大幅な時間ロスになってしまうため、10メートル以内に近づかないように徹底して、その日はもう見つかることはなかった。

朝日が昇るその時まで殺し続けて、家へと帰った。ちゃんと窓から入り、少しだけ純のベッドで風花ちゃんと寝た。

いつか横にいるのが純になればいいのにな。

 

 

 



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第四十七話

 

朝、正義を含め全員がリビングに集まった頃、姉さんは話を切り出した。

「では、今からやることの説明をするわ」

「「「「「はーい」」」」」

「まず、全体の流れを説明すると、配信スタート、スパチャ連打、終わり、とこんなものね。この行程はなるべく速く終わらせるわ。理由としてはこの配信ってね、限定公開とかは出来ないのよ。つまり、一時的とはいえ、世界に公開されてしまうの。時間は短い方がいいし、風花ちゃんには映りつづけて貰いたいから、これを被ってもらうわ」

そういって姉さんはお面を取り出した。

「うさぎさんだー。かわいい~」

風花ちゃんも気に入っているようだ。

「あとね、ちょっとさっき言ったことと繋がって来るんだけど、なるべく家ではやりたくないのよね。どうしてもダンジョンができれば一日も立てばどこなのかばれると思うのよね。そんな限定した範囲だと身バレにつながる可能性がぐんとあがるし、ダンジョンマスターの位置が世界レベルで広まるのはどう考えても良くないから。外でしたいわ」

「なるほど。確かにダンジョンマスターがいる国は限られてますし、日本政府としても北海道だけじゃ足りないですからねー」

現在、世界単位で見ても、まだダンジョンマスターは片手で数えられるくらいしかいないとテレビなどでは言われている。信憑性なんて微塵もないけどそんな中で風花ちゃんがそうだとばれてしまえばどうなるか分かったもんじゃない。

「それは分かったけどどこでするの?」

理由は分かったけどどうしても場所がない。そもそもこうしようと決めたのは風花ちゃんの安全のためだ。これで外に出るのは流石に本末転倒になってしまう。

「そのために正義君と純がいるのよ。場所としてはあまり入り組んでないない一方通行のとことするわ。だいたい目処はつけているから安心して。そうして、そこの入口のところに正義君。風花ちゃんの近くに純という形で行こうと思うわ」

「私は?」

明子がそう尋ねると、少し申し分けそうにしながら、

「あー仲間外れみたいで申し訳ないのだけれど、お留守番していて欲しいわ。優さんと一緒に」

「えー?めいこおねえちゃんこないのー?」

姉さんに明らかに不満そうな言葉を漏らすのは風花ちゃんだ。

「いや、純と正義君の守る対象を少しでも減らしたいからっていうのが理由なんだけど、確か、明子ちゃんまだレベル20よね?」

「はい」

そんな会話を聞いて納得する。そういえば昨日は明子が参加を拒否したからやらなかったんだっけ。

「そういえば昨日も、一昨日も行ってないもんね。今日速く終わったら正義も交えて三人でいく?」

「あ、い……やっぱいいや」

そんな提案は断られてしまった。何か理由があるんだろうが、もともと普段やるようなことでもないのだ。向こうから話してくれるまで気にしないようにしよう。

「そっか。じゃあ風花ちゃん。俺が行くから許してくれないかな?」

今日は女の子なので一筋の期待を胸にそう言ってみる。

「うー。わかった」

一応納得はしてもらえたようだ。よかった。

「それじゃあ善は急げよ!行きましょう!」

「「「おー」」」

今思ったが正義も風花ちゃんもノリが良すぎるな。

 

 

 

 

姉さんが場所として使うのは、オークとの死闘があったところだった。俺の血まみれとなっているかと思ったのだが、そうでもないようで、初めの状態となんら変わりない様子だった。それで思い出したのだが…

「ねえ。そういえば今日の化け物って何なの?」

そう。以前それを知らずに突然湧いたオークに殺され続けたのだ。この場所だとなおさら警戒してしまう。

「あれ?そういえば言ってなかったわね。聞かれないから既に知っているもんだと思っていたわ」

え、こっわ。聞いててよかった。

「で、何なんですか?」

正義がそう尋ねる。

「今回は、そこまで気にしなくてもいいわ。形状は魚で全長は2から3メートル程度で、ある程度の水がある場所じゃないとダメみたいなの。自衛隊が動画着きで公開していたから間違いないと思うわ」 

後から見たのだが、その動画というのは自衛隊のプールに大量の魚の化け物が飛び跳ねているというなかなかに気持ち悪い映像だった。魚はかなり獰猛な見た目をしていて近くにいた自衛隊へ飛びついていたのだが避けられ、陸の上で跳ねるとすぐに消えていった。とても、命のはかなさが伝わって来る動画でした。まる。

 

「それじゃあ始める前に、≪場作り≫」

姉さんがそう呟いた瞬間、張り詰められていた緊張の糸が切れたようなほんわかとした雰囲気に包まれた。

「え?何したの?」

「場作りで作ったのよ」

え?それってやりようによってはもっとやばいこと出来そう。それこそ、集団洗脳とか。

少し、恐ろしくなったが気にしないようにする。

「じゃあ風花ちゃん。ここに立って貰える?」

「はーい」

うさぎのお面をつけた風花ちゃんが意気揚々と指示された場所に出てくる。

「じゃあ純は適当な話題で風花ちゃんの相手をお願い。鷲への対処もよろしくね」

「分かったよ。姉さん」

そうして、配信が始まった。

 

 

 

 

配信は特に障害なく進み、順調にどんどん風花ちゃんにステータスが入っていく。その風花ちゃんは

「なんかちからがわきあがるー!」

ととても楽しそうにしている。どうやら優さんもしっかりと見ているようで、すぐさまたくさんのステータスがスパチャとして流れていた。姉さんは風花ちゃんだけを映しながら、ひたすら携帯を連打している。あの調子だと1となるまで結構時間がかかりそうだ。

そんな中、のんびりと風花ちゃんとお話していると、異変が起こった。

 

 

路地裏の影から闇が溢れ出たのだ。

 



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第四十八話

 

「風花ちゃん!こっち来て!」

溢れ出た闇は隙間という隙間へ入り込み、空の光を遮断する。目に涙を浮かべた風花ちゃんを抱えた俺は姉さんとの合流を一度諦め、一気に後ろへ飛んでから周囲を警戒する。

「風花ちゃん。大丈夫だから泣いちゃダメだよ」

できる限り小さく、かつ、優しい声をかける。物音を立てず、見つからないように、警戒し続ける。

警戒を続けていると、闇の中に光がともった。それはとても小さな赤い光でまるで目のようにこちらを見つめていた。

「≪火魔法≫」

すぐさまそこへ炎を投げつける。が、強烈な光を伴うこの炎は闇に塗り潰されてしまった。

「あ゛あ゛?なにすんだテメェ!」

一気に赤い光が、違う、人が襲いかかってきた。応戦したいが片手は風花ちゃんで埋まってしまっている。何とか代償強化で腕を強化して受け止める。

「おっも…!」

反撃に出たいが、両手が塞がってしまっているため難しい。逃げたいが周囲は闇で出口がどこかすら分からない。

「ア?お前、前の女じゃねぇか!この前は顔を焼きやがって!殺す!」

闇がさらに深くなり、男の力も上がっていく。もはや男の赤い目すら闇へと埋もれていて、男の腕しか見ることが出来ない。それゆえに飛んできた左腕への反応が遅れた。

「死ねヤァ!」

ゴキッと骨が軋む音がするほど強く殴り込まれる。歯は飛ぶどころか砕け散り、血が飛び散る。

「まだまだァ!」

二発、三発と顔に向かって拳が飛ぶ。俺はいっそそれを受け入れて、殴られた勢いのままバックステップして距離をとる。

「ゴメンね。風花ちゃん!」

風花ちゃんをその場へと降ろして男に迎え撃つ。両手が開いたからやっと反撃に出れる。飛んできた拳に対して、横から叩いて軌道をずらす。流れるように足で蹴りを入れた。

「っっっあ゛あ゛!いってえなこの野郎!」

またもや切れがさらに良くなった拳が飛んで来る。顔を傾けてすれすれで避けた俺は右手で殴りつける。皮膚が切れたが気にしないように、追撃をしかける。

「チッ!」

男は舌打ちの後、すぐに引いた。明らかに怒っているような言葉使いではあるが冷静ではあるようだ。引いたことにより、目の前の闇は消えさって見通しが良くなる。それにより、姉さんを見つけることが出来た。

「姉さん!」

「純!危ない!」

「分かってる!」

再度襲い掛かってきた男に勢いが存分に乗った拳をお見舞いする。腹へと埋まるように入っていた拳によって男は弾き飛ばされ、そのまま追撃の火魔法をぶち込む。

「姉さん!風花ちゃんをお願い!」

「分かっているわ。正義君も何とか呼ぶから!」

それはありがたい。正義がいればかなり楽になるはずだ。

「来た!」

メラメラと燃え上がる炎の中から、男がはい出てきた。

「糞があああああああ!死ねぇぇぇぇえ!」

その時ブワッと闇が膨れ上がり、バッカデカい大剣を形作った。

「はっ?」

大剣の重さを感じさせない速度でそれは振り下ろされて、俺の体は両断された。

 

 

 

 

「チッ!やっと死にやがったか!手間取らせやがって!」

男はこちらを見ることなく、イライラとした表情のまま風花ちゃんと姉さんの方へ向いた。

「お?いい女がいるじゃねえか!いいねぇ」

パッと明るくなった瞬間、辺りの闇が薄くなった。意識を取り戻した俺は倒れたまま隙を伺い続けていた。

ゆっくりと、姉さんと風花ちゃんの恐怖を煽るように一歩一歩歩みを進める。俺はその男の足に向かって銃弾を撃ち込んだ。パァァァンと音が鳴り響き、血飛沫が舞う。すぐさま立ち上がって押さえ付けようとすると、男の傷口から闇が溢れて傷を塞いだ。

あの闇は武器にもなって目くらましにもなる癖に、回復機能まであるのか?だとしたらどうすればいい?殺すしかないのか?いや、そんなこと考えてる場合じゃない!

せっかく薄くなった闇は再度濃くなっていき、その勢いは止まるところを知らずに、気付けば自分の体すら見えなくなっていた。

「俺の邪魔ばっかりしやがってぇ…!」

瞬間、代償強化の材料として左腕を全て使いそなえたが、先ほどまでのパンチより数倍重いパンチをくらう。頭への衝撃が強すぎて視界が二重にも三重にもぶれている。

「ガッ…!」

「ふざけんじゃねぇ!」

辺りを埋め尽くしていた闇が一カ所へと集まり、数えきれない程の針を作り上げていく。それは、避けることが不可能なくらい広範囲に及ぶ、巨大な針の雨のようだった。

俺は死ぬことがないが、姉さんと風花ちゃんは違う。何とかなることを期待して、降り注ぐまでの僅かな時間で代償強化を繰り返して、二人の壁となる。そんな努力も虚しく、俺の皮膚がぷつっと貫通したのを感じた。

死んでしまう。姉さんが、風花ちゃんが。絶望が心を満たしかけたその時、風花ちゃんが呟いた。

「≪ダンジョン作成≫!」

 

 

俺達は、いや、俺と姉さんは薄暗い洞窟の中にいた。そこに風花ちゃんは見当たらなかった。

 

 

 

 

 

 



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第四十九話

 

純達が路地裏へと入っていくのを確認して約二時間ほど。烈火正義はときおり来る化け物を剣で切り裂き続けていた。人も少しは通るが常に発動し続けている隠密を見破ることは出来ずに素通りしていっている。

「おっそいなぁ」

鷲に向かって剣をぶん投げながらそうつぶやく。そう、暇だ。暇つぶしに純と明子を弄るための画像作成は既に10枚を超えようとしていた。プリクラのような加工や、画像を付け足して、ネタ画像へとしたり等、見せるのが楽しみだ。

そんな中、空から降り注ぐ光が遮られた。不思議に思い、上を見上げると、大きな針が無数に形成されていた。

「やばい!純!」

すぐさま純のもとへ行こうとしたが、それは幼い悲鳴に止められた。すぐさま振り向くと、男の子が腰を抜かしたのか尻餅をついていた。何故ここにいるのか。近くに自衛隊はおらず、男の子だけが一人、孤立していた。どこかの下へ逃げる時間もなく、無慈悲に針は降り注ぐ。

「ああもう!純!信じてるぞ!」

男の子のもとへ駆け寄り、剣を振るう。息を吸う時間すらなく降り注ぐ針をステータスの力で切り伏せる。一分ほど降り続けると、突如針の雨は止まった。無事男の子は守れたようで、ホッと息をついた。

しかし、針の雨による被害は甚大だった。ビルのような建物は崩壊しており、所々、瓦礫から肌色の何かがはみ出ていた。

「うっ」

男の子はその様子を見て、吐き気を覚えたようだ。まあ、ネットの中にはいくらでも死体があったりするんだけどね。男の子には悪いが、早く純のもとへ向かわないといけない。

「ごめんね!」

美香さんと風花ちゃんの生存を祈りながら、路地裏へ、いや、路地裏だったところへ向かった。

 

 

現場に着くと目を疑った。周囲の建物だったであろう瓦礫の山の上の空間が歪んでいた。その周辺には女の子が一人、風花ちゃんが倒れていた。すぐさま駆け寄り、容態を確認する。怪我はなく、息もしていて命の危機ではないようだった。

「良かった…」

風花ちゃんがいる。ならば近くに純も美香さんもいるはずだ。瓦礫をどかし続けていると、声がした。

「風花ちゃん!起きた?何があったの?」

見つからない不安からまくし立ててしまう。

「えっと、こわいひとがきてね。じゅんがたたかったんだけどね。うまくいかなくってね。そしたらこわいひとがぶわってくろいものをだしてね。はりみたいなのをだしてふらせたの。じゅんがね。まえにでてくれたんだけど、こわくて」

一度言葉をきって、風花ちゃんはこう言った。

「じゅんとみかおねえちゃんをだんじょんのなかにいれちゃった」

 

待て、落ち着け。取り乱すな。どうすればいい?風花ちゃんは嘘は言っていない、と、思う。というより、嘘であることを考えないほうがいいだろう。二人を、特に、美香さんを生き残らせるために頭を巡らせろ。

「風花ちゃん。二人を出すことは出来る?」

「したいけどできない」

「なら、僕を二人のもとに連れていける?」

「そこがいりぐち。でもどこにつながるかわからない」

ならダメだ。それに、風花ちゃんは守ってあげないといけない。何か、せめて二人の場所が分かれば…!

「動画だ!」

すぐさま携帯を取り出す。≪配信≫による動画はまだそれほど数はない。まだ続いている動画を片っ端から開く。部屋、違う。ゲーム、違う。そんな中、洞窟が映る配信があった。それは、見覚えのある二人の姉弟が辺りを見回していた。

「いた…!」

二人は風花ちゃんを探しているようで、ひたすら走り回っている。何度もコメントを書き込んでいるが、気付かない。

「なら…!」

スパチャを投げる機能を利用し、未開封のペットボトルとともにメッセージを送り込んだ。気づいてくれたようで、風花ちゃんを連れて、一度家に戻るとのことを何となくぼかして伝えて、家に戻った。

 

「お帰りなさい。あら、他の皆さんは?」

純の家では、優さんが何かを作っている途中だった。

「今から話します。ところで明子はどこですか?というか、何があったんですか?」

よく見ると、家の家具が所々倒れている。椅子にいたってはいくつかスパッと切れていて壁に走っている傷も随分と新しい。

「何もなかったですよ。ところで明子?さんってどちら様ですか?」

「は?」

明らかに異常と言える彼女の答えはこれからの世界への大事件へと繋がる前兆だった。

 

 



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第五十話

 

純達が出ていって、私は優さんがいるから動こうにも動けないもどかしい時間を過ごしていた。こっそりと、純の部屋に忍び込むくらいしかやることがない。

「呼ばれず飛び出るじゃじゃじゃじゃーん!」

「ベル」

純のベッドでごろごろしていると、どこからかベルが出てきた。

「さぁーて明子よ。暇だろうから、精神魔法について教えてあげよう」

精神魔法。純の中にいるあれを消すために必要な魔法。万全を期すため、手に入れたらすぐに使うわけではないが、いちいちベルに聞くのももどかしい。

「じゃあ、お願い」

そこでベルの授業が始まった。精神魔法だけなはずが、話は闇魔法やまだ持っていない光魔法へとうつっていった。時間潰しのつもりが気がつけば1時間は経過して、かなり魔法への理解が深まった。

ピーンポーン

チャイムが鳴り響いた。

「ごめんなさ~い。ちょっと手が離せなくて、出てもらえますか~」

優さんの声だ。これで無視も不自然だろうし、出よう。

「え、どちら様?」

玄関にいたのは男女の二人組だった。男の方はかなりの美形だ。純の方がカッコイイけど。

「お前、悪魔を知らないか?」

突然そんなことを言われた。悪魔。思いつくのは称号の悪魔の呪い。しかし、何故そうなったと言われれば分からないし、向こうが望む答えが出来るとは思わない。と、いうより、出合い頭にそんなことを言う人間がまともな訳がない。少し警戒しながら、答えた。

「知らないです」

男の方はその答えに落胆したのか一度頭を掻きむしると、一言。

「やれ」

と呟いた。

「ごめんね。ひーちゃんがそう言うから仕方ないよね」

といって、突如手元に現れた刀を振りかぶってきた。警戒していただけに避けることは出来た。しかし、反撃することは叶わない。狭い空間、相手は武器を持っていて、こちらは持っていない、相手の技量もあいまって、どうしても避けることしか出来ないのだ。

「≪変身≫」

姿をかえ、ステータスをあげる。先ほどのよりかは、多少余裕が出来た。それでも劣勢なのは変わらない。容赦なく命を奪う一撃を放つ女の攻撃をかい潜り、魔法をうちこんだ。

「≪火魔法≫」

即興で生み出された炎は、私への攻撃のついでとばかりに切られた。

「え?」

「ごめんね。魔法は切れちゃうんだよね」

信頼していた魔法が切られる。それもあっさりと。ならばと、手数を増やして行く。炎、水、風、ひたすら下がりながら魔法を撃ち続ける。

それらは全て切られてしまって、でも、最後に放った盲目の闇魔法がヒットした。

いける。これなら…!しかし、女は以前変わらず私の方へと詰めてくる。

これは、当てたんじゃなくて、わざと受けた?

それに気づくいた頃には女の刀は私の首へと、吸い込まれるように降られて━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地面から生えてきた太い針がそれを防いだ。

「やらせませーん。せっかくの新しいパートナーなんだよ?」

人の前に出ることのないベルが現れて、そういった。

男は、整ったその顔を大きく歪めると

「悪魔が……!」

と憎々しげに呟いたのだった。

 

 



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第五十一話

 

「お~お~怖いねぇ怖い怖い」

おどけたような様子でベルは男へと声をかけた。

「今度は何だ。何をした」

「な~んにも。強いていうならちょこっと“想い”を強くしてあげただけだよ。僕ってえら〜い」

男はため息をつくと、女に命じた。

「やれ。あの犬を優先しろ」

そうして一息つくと、

「そっちがそうするならこっちだってやらせてもらう」

男がそう言うと、女の持つ刀が黒く光った。

「明子~これはね、何でも切れる剣だよ。あの神の使徒が手を貸すと何でも切れちゃうんだ。まるで豆腐のようにね。防ごうとか思っちゃダメだよ」

ベルは私に相手の行動について教えてくれる。切りかかってくる女を裁きながら、いや、少しずつ押されている。先程私への刀を防いだ針はスパッと切られ、役に立っていない。ふわふわと掴みどころのない動きで刀を避けているが、相手の目が慣れてきたのか浅く切られることが増えている。

「ベル!」

助けるため、魔法を撃ち込む。でもこっちを見ることなく、切られてしまう。ダメだ。気を逸らすことすら出来ない。

「ダメだよ~。ちゃんと隙を伺うんだ。例えばこっちの方に意識を向けていないところを狙うとかね」

やけに私へ授業をしてくる。そんな暇ないはずなのに。でも、

 

周囲を見回す。女の死角へ回るために、女が一番反応しづらい場所に。探すが、そんな場所はない。ベルと女はひたすら動きながら戦っているからだ。

どこか、どこか、はやくしないとベルが…!

あの、男は?ずっと動かない。いや、ベルと女の戦いを睨んでいる。女はやけに男のことを信じているような、いや、依存しているような感じがする。なら、

「≪火魔法≫」

そこで始めて女の隙が生じた。バッと後ろを振り向いて、男の方を見つめている。男に到達した火は燃え上がって男を飲み込んだ。

「いいね!よく出来ました!」

ベルが腕で女の頭をぶったたいた。鈍い音が鳴り響いて女はのけ反る。

「糞が…!悪魔も、お前も、今のうちに始末してやる!」

取り乱した様子の男が火の中からはい出てきた。服もなにもかも何もなかったかのように真新しい状態だ。女は安心したのかベルとの戦いを続ける。 

男はそれを一瞥すると、私の方へと手を突き出した。

ブワッと体が浮かび壁にたたき付けられる。肺が圧迫され、呼吸が苦しくなる。休む暇なくそれは繰り返され、いつしか口からは血が出てきて、赤い水溜りが出来た。

「それ以上はダメだよーっと!」

男の足元から針が突き出す。それが、足を貫くことは叶わなかった。しかし、それが頭に来たのか、男の攻撃対象はベルへ移った。

女の剣と、男の物を動かす力。それが、見事な連携でベルへと襲い掛かる。ふわふわと何度か避けていたベルだが、長くは持たず、男によって空中に縫い止められ、女の刀が胴体へ振り下ろされた。

「ベル!」

そんな叫びも虚しくベルの体は上下に分かたれた。

「ハッ!ザマァねぇな!」

「ふ、ふふ」

上半身となったベルがゆっくりと浮かび上がり、笑った。

「いいねいいね。明子!もうちょっと生きていたかったが仕方ない!君のそれを外してあげよう!」

そういうと、どんどんベルの体が薄くなっていった。既に下半身は消えている。

「これで君の封印は外れる!さあ!君は君自身の望みを叶えるためにそれに従うんだ!そうすれば!いづれ君の望みは叶えられる!」

封印?どこかで聞いた覚えのある言葉だ。でもそんなことよりベルが!

「最後に一つ!プレゼントだ!!」

その言葉を最後に、ベルは消えた。瞬間。私の頭に声が響いた。

≪スキル、≪望みのために≫の封印を解かれました。強制的に発動します≫

 

 

 

 

 

 



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第五十二話

 

体の奥から、何かが沸き上がってきた。

それはとどまることを知らず、押さえ込むことすら出来ず、溢れ出た。

「好き」

ベルを失った喪失感。目の前の男女への恐怖心。怒り。すべてがただ一つの“想い”に塗り変えられる。留まることを知らないそれは、

 

 

彼女が持つ理性すら、塗り変えた。

 

 

 

「好き」

無限の想いに呼応するようにスキルは発動して、ステータスを押し上げる。それすら、止まらない。

「逃げるぞ!これはどう考えてもレイ案件だ!」

ヒカは、正確に明子の状態を認識し、逃げることを判断する。

「好き」

人類の許容量を超えたそれは形となって表に出る。

彼女の周囲では絶え間無く、魔法が発動していた。火、風、水、闇、光、そして、精神。周囲の物は燃えて、濡れて、倒れて。

「好き」

さらに、精神は生き物へと働く。

隠れていたゴキヤェロも、近くにいたゴブリンも、巡回していた自衛隊も、そして、隠れていた優さんも。溢れ出る想いに押し潰された意識に代わって、スキルがその想いに、願いに、望みに、答えるために最適解を選び出す。

モンスターは魔法の渦へ飛び込み経験値へとなり、力ある物は従わせ、無い物には、自身を悟られぬよう記憶をいじる。

「好き」

「好き好き」

「好き好き好き」

一つの“想い”に動きだす彼女を尻目に神の使徒とその協力者は、逃げることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あははははは!ちょっと、ちょっと!面白すぎるでしょ!」

彼女の変化を見ていたベルは興奮したような様子だ。

ベルは始め、この世界の変化が始まったころ、面白い物を探していた。そして見つけたのが友井明子という少女だった。外見、思想といったものは普通の少女出会ったが、何よりも目を引いたのがスキルだった。そこから、ベルの行動は始まった。

まずは、こっそりと自身の権能である≪増幅≫を使用し、彼女の嫉妬や愛情など、適当に増やしてみた。そうしたら、よく分からないやばい人が出来てしまったことも、いっそうベルの興味を引き立てた。

最終的に彼女のスキルとして出現したベルは少しずつ、封印を弱め続けた。神の使徒の力と、悪魔の力はほとんど同格であり、封印くらいなら時間があれば、外せるのだ。しかし、なぜかうまくいかない。後、一つの大きなエネルギーが足りなかった。

神の使徒が気づいて近づいてきたため、負けないように情報を教え込む。そして、自身はわざとやられて、死の間際となった自身を素材として、封印を解除。最後にありったけの力をこめて、≪増幅≫を使用し、彼女の狂った原因でもある“想い”を増幅させた。

「まさか、こんなことになるとはねぇ~」

正直、ベルにとってはこの展開は想定外だった。理性は残ると考えていたから、彼女に授業のような物をしてスキルを解放した後、負けないようにしていたわけだし。力もあそこまで増大するとは思ってもみなかった。

「でも、面白いからこれでいい」

死ぬことであの世界にいられなくなったベルは世界の外から彼女を見て、笑っていた。

 



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第五十三話

 

ダンジョンに潜ってはや三日。出られそうな兆しはなく、今日もダンジョンをさ迷っていた。

「づかれたー」

「私だって疲れているわよ」

潜ってみて知ったが、ダンジョンというのはほんとにキツイ。洞窟のような形状なので、前に進めばどこかに繋がると思いきや、まさかのもといた場所に戻ってしまう。洞窟の壁には1、2、3、4といった感じで扉が設置してあり、そこのすべての扉の中でダンジョンが指定するミッションをクリアできれば、進むことが出来る。そして一番厄介なのが、化け物がどこにいても襲ってくるという点である。

「ん?ゴブリン1にオーク4、ヘビ1ね」

「じゃあオーク3とヘビはやるね」

ステータスをかなり減らした姉さんではあるが、三日も経つととレベルがかなり上がってきた。戦い方もなかなか様になっていて動画でも人気だ。ちなみにこの動画。俺達の生命線だったりする。この三日間ずっと配信をしていて、スパチャ機能で有志の方々からご飯を分けてもらってるのである。

「あら、エムさんと勇者がまたスパチャしてくれてるわ」

「ほんとありがたいね。ありがとうございます」

勇者というのは正義の今のネットでの名前だ。すぐにこの状況に気づいてくれて、定期的に食料等送ってくれている。こりゃ頭があがらねえな。そしてエムさんはなぜか俺のファンであり、俺にだけ異常なほど物資をくれる。ちょっと怖いけど助かっているのでお礼しか言えない。ちなみにすべての物資は好きというコメントと共におくられて来る。

「あ、ヘビ」

「じゃあ今日の新規はヘビかな?」

そして、このダンジョン。外と同じように毎日、出現する化け物が増える。これは、コメントからの情報なのだが、ダンジョンには化け物が出なくなった地域に沸くはずだった化け物が沸いている、とのことらしい。ちなみにこの三日で増えたのは蛙、鼬、そして今日のヘビである。

蛙、粘液的な物でこちらの装備を溶かしてくる。サイズはかなり小さいので不意をつかれることは多いが、攻撃を受けても即死ではないのですぐに踏み潰せばいい。ちなみに女の時にこれを俺が受けるとコメントとスパチャが増えた。服をくれた正義君好き。

鼬、めちゃくちゃすばしっこい。基本体当たりして避けるといういわゆるヒット&アウェイスタイルだ。こいつはマジで攻撃が当たらないので火魔法の火のサイズを最大まで大きくして範囲攻撃で攻めている。ちなみにミッション部屋の中には魔法無しでこいつを倒せとか言うのがあり、5時間くらいかかってしまった。終わったときにはお祭り状態だった。

ヘビ、先に見つけることができればいいのだが天井に張り付いてシュルッと服の中に入ってくる。何がやばいってこいつは全身に毒がある。幸いにも始めの被害者は俺であり、男であったので容赦なく服を脱ぎ捨てヘビを引っ張り出して踏み潰した。皮膚は紫色に変色してしまい、これのせいでリスナーに俺が回復能力があるとばれた。なお、性別が変わることは姉さんのチャンネルで既に言われており、受け入れられるのは速かった。tsキターとかもあったらしいが、だいたいは心配してくれたらしい。

「じゃあいくわよ」

ダンジョンに入って8個目のミッション部屋だ。ミッション部屋は入った瞬間、頭に声が響き、ミッションが伝えられる。化け物を倒す系のときは容赦なく襲い掛かってくるので、心の準備が必要である。

扉を開けると、視界が真っ黒になった。そして、ミッション内容はゴブリンを暗闇の中で倒せ!であった。

「姉さん!」

「純!」

声を出して互いの位置を確認し、合流する。すぐさま背中を合わせて耳を澄ます。ゴブリン程度であれば、姉さんだったとしても攻撃を何度かくらおうと打撲程度ですむ。とは言え一体とは限らないのでくらわないに越したことはない。

足音を耳が拾うが、すぐさま別の足音に意識が行ってしまい位置を把握できない。

「純。火魔法はどう?」

「≪火魔法≫」

火は見えるが、それで周囲も見えるというわけではなかった。作り出した火はとりあえず前に投げておいた。

「ギャ!」

「あ、当たった」 

ラッキー。しかし、足音が減った気はしない。

「なかなか多いわね。長期戦を覚悟する必要があるかも知れないわ」

「そうだね。じゃあ魔法をひたすら撃ってみるよ」

そういって火をどんどんぶん投げていく。ゴブリンも賢いのか、横から殴って来るがむしろ場所を教えてくれるので殴ってワンパンしていく。

かれこれ1時間程繰り返すと、ついに最後のゴブリンを倒すことが出来て、部屋が明るくなった。

「目がぁ。目がぁぁぁぁ」

これが一番つらい。

≪ダンジョンのすべてのミッションをクリアしました≫

≪ボスへ挑戦できるようになりました≫

部屋中に無機質な声が響き渡り、俺達は呆然とした。

 



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第五十四話

 

「ボスってなに!?教えて下さい!」

正気に戻った俺達が最初に取った行動は、情報を集めることだった。これも、配信であるからできることであり、視聴者がコメントで教えてくれるのだ。

このコメントはパソコンやスマホから送られているはずなのに圏外のダンジョン内まで届くのはさすが、スキルといったところだろう。

ちなみにコメントは視界内に入れるか、適当な端末から見るか選べるのだが、充電が持たないので視界に映るようにしている。感覚としては右下にボックス的なのがあって、そこにコメントが流れて来る感じだ。動画に出ている人にも共有できるので、俺も見れるというわけだ。

そんなこんなで、一件のコメントがきた。

 

『ボスには二種類ある。一つはダンジョンの一層一層ごとに配置されているボス。倒すことで次の階層に行くことができる。もう一つはダンジョンクリア目前に出るボスで、ダンジョンを作った人のステータスに近いものが出る』

 

「あら。ボスとかまさにファンタジーって感じね」

「この感じだととりあえずやり合うしかないのかな?」

今の目標はダンジョンを出ることなのでさっさとボスは倒したい。というか速くでないとどうなるか、最悪物資をくれる人もいなくなるかもしれない。目の前には明らかにボス部屋という雰囲気を醸し出す扉がある。

「そうね。行きましょう」

扉を開けて、中に入った。

 

「がああああああ!!!!」 

部屋に入った瞬間大声が響き渡った。うるさすぎて耳を塞いでしまう。

「ゅん…純!」

姉さんの声を何とか拾い、前を見ると唖然としてしまった。前にいるのはゴブリンだ。いつもの、片手間で倒せるゴブリンとほとんど同じだ。ただ一つ。大きさが比べものにならないことを除いたら。

そう。目の前には高さが10m程もあるゴブリンが大声をあげていたのだ。

「デっか…」

「≪場作り≫」

驚きとともに緩んでいた警戒が再び締め上げられたかのように上がる。おそらく姉さんのおかげだろう。ありがたい。

「フッ!」

全力で足を殴りつける。が、足は動かない。しかし、痛そうな叫びをあげるゴブリンを見るに、効いていないことは無いはずである。

「純!上!」

姉さんの声に反応してすぐに後ろに引く。すると、さっきまで俺がいたところにゴブリンの拳がめり込んでいた。

「うっわ。くらったらひとたまりもなさそう」

ちょうど手があるので、そこに火魔法をぶつけてみる。理想を言うならこれで火傷して使えなくなってほしい。

「ぐうううううう!!」

手に火が当たるとものすごい速さで手を引いた。余りの速度に火は鎮火してしまい、火傷も期待は出来なさそうだ。

しかし、攻撃は遠くから見ている姉さんのおかげで避けることができるため、そこからヒット&アウェイでゴブリンを攻めつづけた。ダメージはしっかりと蓄積しているようで、所々足の皮が裂けたりしている。

しばらく攻撃を続けていると、ゴブリンの手元が光った。

とりあえず離れて、様子を伺う。ゴブリンの手元に注目していると、そこからは杖が出てきた。

「純!こっちに来て!」

「わかった」

姉さんの指示に従い、近くに寄って様子を見ていると、火が飛んできた。もともとのゴブリンがかなりでかいだけに火魔法も大きくなっている。

「やっぱり!純。おそらく今のゴブリンは魔法使いよ!私にも飛んで来るはずだから指示が出来なくなるかも!」

「了解!できるだけこっち狙うようにするね!」

すぐに離れて俺は近寄り、姉さんは離れる。俺はできる限りゴブリンを見上げながら攻撃をして、注意を引き付ける。

「純!また光ってるわ!」

上を向くと、確かに手元の杖がなくなり、手元が光っている。

「殴れるだけ殴るから武器教えて!」

正直ゲームであれば守らず、攻撃もして来ないためチャンスタイムであるから無駄にしたくない。危険を承知で殴る。

「斧!」

斧?ということは近接か?だとしたらまずい。手元に銃を召喚しながら上を向く。案の定斧が俺に向かって振り下ろされていた。避けようにも間に合わないと判断し、銃で受け止める。

「ぐっ…!キッツいなこれ」

少しずつ押されてしまう。

「純。引き金引ける?足を撃ったら何とかなるかも知れないわ!」

それだ!と思いはするものの銃の反動が少し怖い。クッソでかい斧を目の前にしながら右腕に左手を少しずつ伸ばしていって強化を使う。何とか体制を崩さずにやり遂げると、少し楽になった。強化が切れないうちに引き金を引く。

銃口から発射された弾はきれいにゴブリンの足を打ち抜き、踏ん張りのきかなくなったゴブリンは

 

俺の方向に倒れてきた。

 

「え、え?」

やっばい!やっばい!全力で横に向かって走り出す。しかし、ぎりぎりで間に合いそうにない。潰されるのを覚悟したとき、目の前には姉さんの手があった。掴み、一気に引き寄せられる。おかげで何とか潰されるのを回避できた。

「ありがど~」

めっちゃ怖かったので泣きながらお礼を言う。

「まだよ。終わってないんだから━━」

≪ボスの討伐に成功しました≫

≪次の階層に移動します≫

どうやら、倒せていたみたいだ。

そして、一度視界が暗転し、次に目に入ったのは海であった。所々には船が浮かんでいる。

≪第二階層に移動しました≫

≪残り2階層です≫

まだまだ、ダンジョンは終わらないらしい。

 

 

 



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第五十五話

 

「後二層ってまだまだじゃん」

「そうね。まぁ今日は一旦休みましょう」

三日もかかったのに後二つって広いなぁ。ハハッ。

いつ来てもいいように、端っこに寄った俺達はご飯の用意を始めた。といっても、スパチャは贈られた人であればどこでも出せるので正義から贈られたバランス栄養食を食べるだけなのだが。

「じゃあ皆さん。もらってばっかで申し訳ないですが!外の状況を教えてください!」

俺達が休む時にはご飯を食べながら、視聴者に今の情勢を教えてもらっている。中にはガセネタがあったりもするが寝れるまで暇なのでちょうどいいと俺は思っている。ちなみに姉さんはいつ外に出ても大丈夫なようにという理由があるみたいだ。

『小国で革命発生』

『自衛隊員行方不明多数』

『化け物を倒しまくる魔法少女出現』

どんどんとコメントが送られて来る。というかものすごい心当たりがありそうな物が一つある。

「姉さん。これって…」

「そうだと思うわ。スルーしてあげましょう」

小声で話してから、俺は姉さんが何かいうのを端っこで見ている。中学生が難しいことにでしゃばっちゃダメだよね。

「うわぁ。物騒ですねー━━━━」

 

 

 

次の日。

「乗ってくださいと言わんばかりの船があるからそれに乗りましょう」

「だね」

海の上に浮かぶ船の中で唯一、陸に繋がっている船に乗り込む。幽霊船のような船だったり、豪華客船のような船があったりする中で、この船は海賊船!というような見た目であった。

船の上に乗った瞬間、水から何かが飛び出してきた。それは液体であり、俺達の姿へ変身していく。スライムのようだ。どうやら、海賊船だからなのか無数のスライムが変身した俺達は海賊みたいな服装をしていた。というか、

「キモイ!」

大量の同じ顔が並ぶ姿はほんとにキツイ。一斉にスライム達はこちらへと突っ込もうとしてくる。

「純!」

「わかってる!≪火魔法≫!」

生成した炎の中に大量の俺達が突っ込んでいった。

「……」

「………」

なんだろう。俺達の姿で火に飛び込むのやめてもらっていいですか?

地味な精神的ショックを受けた後、次の船までの橋が架かった。どうやらこの船はミッション部屋のような物でこのミッションはこれで終わりらしい。

「一番呆気なかったけど、何か嫌ね」

「…うん」

少しだけ重い足取りで橋を渡っていく。すると、ザッパァァンと魚が飛んできた。

「魚?」

こんなのいたっけ?

「あの男に襲われた日に出現した化け物よ!」

そういえば、そんなことを言っていた気がする。あの時は水場が近くにないからと気にしなかったがこんなところで遭遇するとは。

鋭い牙を持つ馬鹿でかい魚に対してとりあえず避ける。

ベチッ!ベチッ!

橋の上で必死に飛び跳ねている魚。

「………うん。もうちょっと待ってみましょう」

数秒後、魚は消えていった。なんて憐れなんだろう。

とりあえず前に進むことにした。もしかしてこの層はこういう方面で攻めているのかも知れないな。

新たに橋の上で飛び跳ねている魚を見続けながらそう考えていた。

 

 



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第五十六話

 

あれから様々な船でミッションをこなしていった。化け物を倒せ系が多くサクサクと進めることが出来ていた。ただ幽霊船の見た目をした船のミッションは他とは少し異色な物だった。

「うん?いつもと違って10分耐えろだって」

「化け物が無数に湧き出るのかしら?」

周囲を警戒して辺りを見回していると、海から大きな水柱が上がった。魚かスライムか、何にせよ火魔法を維持したままうしろに下がればどっちでも大丈夫だ。

案の定飛んできた魚であった。ベチッ!ベチッ!と跳ねて、最終的には消え失せる。ここまでならいつもと同じだ。

「純!上!」

姉さんの声に反応して上を見るとまた別の魚が海から飛んできた。それも二匹。ただ、それでも魚は魚であり、なにも出来ずに消えていく。三匹、四匹と数を重ねるごとに飛んで来る魚が増えていったところでやっとこの船の趣旨を理解した。

「ああ、耐えろってそういうことね」

この消耗品の如きの扱われ方をしている魚を避けろ。まあ増えるけどな。といった感じだろう。だから何だと俺は思った。なんせこの魚は前の魚が消えてから飛び込んで来るだけでなく、空中で突如軌道を変えることもないという超親切設計なのだ。代償強化すらいらない。

「姉さん。命って儚いんだね」

「ええ。この日を忘れられないでしょうね」

10分となる直前には魚の数はかなりの量となっており船の約半分を埋め尽くしていた。しかし悲しいかな。その大量の魚はなにもできず消えていくというのに。

≪ダンジョンのすべてのミッションをクリアしました≫

≪ボスへ挑戦できるようになりました≫

「ああ、これが最後なのね」

「やっぱりこの層は精神的ショックを狙っているんじゃない?」

「そんなことないと思うのだけれどねぇ…」

最終的にこの層は魚とスライムしか出なかった。別にオーク、ゴブリンもいてもよかったはずなのだが頑なに魚とスライムなので、そうとしか思えない。

「まぁ、行こうか」

「そうね」

そういって、俺達は最後の船へ向かった。

 

 

 

 

ビチッ!ビチッビチッ!

「もういいよ」

「何も感じなくなってきたわ」

ボス部屋?いやボス船の上には大きな水槽があり、中にはゴブリン同様馬鹿でかい魚がいる。そしてその水槽からはボスの攻撃なのか分からないがずっと魚が飛び込んで来る。

どれだけこれを擦るのだろう。もう飽きてきた。

「視聴者もそんな感じね」

姉さんは余りの退屈さにボスの目の前でコメントを読みはじめた。

「倒すか…」

時間がもったいないので倒そうとするとふと、気付いたことがあった。倒すべきボス魚は水槽に入っていて、その水槽の周りにはものすごい数の魚が飛び跳ねている。魚は時間が経てば消えるのだが、すぐに補充されているのだ。すなわち、

「どうやって近づけばいいの?」

これである。俺達はすべての魚を陸にあげて見殺しにしていたので奴らの攻撃力を知らない。当然防御力も攻撃手段も。ただ、遠距離ではないことはわかっている。

「銃撃ってみよ」 

近くの魚に銃を撃つとカキン!と弾かれた。そしてその魚は時間が来たようで消えた。

「わーお。かったーい」なら魔法、物理と近くの魚で実験するがどれも弾かれた。

「姉さん。どうしよ。やられないけど倒せない」

頭いい人の知恵を借りよう!

「?」

なぜか姉さんは不思議そうな顔をして、

「水槽に銃弾撃てば?」

「流石に防弾ガラスでしょ」

そうは言いつつ撃ってみた。パリーンと水槽は割れて中の水が溢れ出ている。

「…………」

≪ボスの討伐に成功しました≫

≪次の階層に移動します≫

「…………」

≪第三階層に移動しました≫

≪残り1階層です≫

ちょっと現実逃避したくて、レイに会いに行くと

「アッハッハッハ!!!」

足をバタバタさせながら、水槽の中で飛び跳ねているボス魚をテレビに移し、笑っていた。

 

二階層。何だったんだろう。

 

 




はじめは強敵にしようとしてたんですけどね。


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第五十七話

 

「じゃあ休みましょうか」

三階層に到着し、背中を守れる場所へ行くと姉さんがそういった。三階層は森である。周囲は山に囲まれていて中央にはめちゃくちゃでっかい木がある。絶対ボス関連でしょ。

「ういー。というか今日の化け物って何なの?海のとこでは魚とスライムしか出ないしさ」

「確かにそうねってあれじゃない?」

姉さんが見ている方向へ目を向けると蜂がいた。魚と同じくらいのサイズで木には地面に着くほどの大きさの蜂の巣が着いていた。

「うっわ。これっぽいね」

「海とは違って今回はいろんな化け物が出てきそうね」

「そうだね」

いつものようにコメントを読もうという時間になる。ちなみに今は女の子なので姉さんの横でゆったりしている。こっちの方が受けがいいのだ。

『安全地帯となったところで犯罪多数』

『魔法少女が本名発表』

「え?これ明子じゃないよね?」

明子ってそんな目立ちたがりだったっけ?

「流石に違いそうだけど。あのー結局魔法少女って誰だったんですか?」

『メイコ』

「え?マジ?」

「わぁ。これは驚いたわね」

一体外では何があったんだろうか?

「あら?正義君のスパチャに明子ちゃんじゃないって」

正義もとい勇者君のスパチャに付属したコメントには『メイコっていう魔法少女は見たこともない人だったよ』とかかれている。

これはどう見るべきなのだろう。偽物が現れたとかだろうか?

「考えたって外に出るまではお預けね」

それもそっか。

 

 

 

 

翌日

「ミッション部屋的なのってどれなのかな?」

森なだけあってこれまでとは違いわかりづらそうだ。

「あ、あれじゃない?」

姉さんが指を指した先には大きな穴が空いている木があった。貫通しているわけではないようだが、中は明るい。中に明かりでもあるのだろうか。

「それっぽいね。でも姉さん。一旦無視して蜂と戦わない?」

未知数の敵とは恐ろしい物である。ましてやミッションの中には敵を倒せという物もあるのだから。

「それもそうね」

姉さんも賛同してくれたので蜂と戦いに行く。場所は昨日発見した巣である。

ブウウウウンと羽を羽ばたかせる大量の蜂。それらは俺達が巣まで十メートルくらいまで近づいた途端一斉にこっちを振り向いた。

「やっば!」

できたら一体ずつ釣っていきたいと考えていたがまさか全員が同じタイミングで気づくとは。反省しながら蜂へと火魔法をぶつけていく。当たった蜂はぼとぼと落ちていくのだが、数はむしろ増えている気がする。

「純!この蜂、巣から無限に出ているわよ!」

うっそだろお前。それはダメだろ。そう思いつつも火魔法でひたすら数を削っていく。

しかし、このままではジリ貧だ。魔法は魔力の量によって威力と回数が変わるのだ。火魔法1でも使える魔法とは言え無数に来られてはどうしようもない。

「クッソ。一か八か!≪代償強化≫!」

強化をかけた事で魔法の上限は上がり、威力も馬鹿にならなくなる。

「≪火魔法≫!」

狙うは蜂の巣。どれだけ倒そうがこれがあったら意味がない。目の前の障害物である蜂をすべて貫通し、あそこまで届く炎をイメージする。次第に炎は細く鋭利な矢のような形となる。

「届け!」

飛ばした炎は蜂を貫き、貫いた所からは炎が上がる。結果蜂の巣にもそれは到達し、蜂の巣は火だるまとなってボトッと落ちた。

「よっしゃ!…あ」

ついでに奥にある木にもそれは到達し、燃え上がった。その奥もさらにその奥も、蜂の巣の延長線上にあった木々達はすべて炎に包まれた。当然、それで終わるわけもなく、燃え上がった炎は近くの木々へと住家を移しつづけていって………………………

 

辺りは緑あふれる森から、一面が真っ赤の火の海へと変わり果てた。

俺へ攻撃を仕掛けようとしていたはずの蜂達はその一部始終を見届けた後、怒り狂ったように襲い掛かってきた。といっても蜂は弱いので問題ない。それらを片付けて俺は言った。

「どうしようこれ」

「どうしようもないでしょ」

俺の頭の中にはただただこれを倒しただとかそんな声がずっと響き続けていた。

≪ミッションを達成できなくなったためボスへ挑戦できるようになりました≫

 

ダンジョン、森の層。たった二日で木々は炭へと変わり果て、残った緑は中央の馬鹿でかい木のみだった。

 




フィオナの森


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第五十八話

 

「じゃあ…行こうか!」

燃え上がるコメントを無視しながら姉さんにそう言った。いやもうすっごい燃えたね。

「まあ止めなかった私にも責任はあるわね。ごめんなさい」

何で謝るんだろう。ボクタチハテキヲタオシタダケダヨ?

中央の木に到着して入口を探していると声が響いた。

『罪人が。死ねばいいのに』

声のした方向には木の幹から浮かび上がる顔があった。それは心底不愉快そうにこちらを見下している。

「あのーボスですかー?」

機嫌が悪そうだが喋れるようなので確認する。

『ああ、その通りですわ。最も本当は違いましたけどね』

やけにひっかかる言い方をする木だな。というかお嬢様口調だ。

「えっと。それはどういう意味ですか?」 

姉さんが尋ねると木は呆れたように口?を開いた。

『貴方達が森を壊したからですよ。あの火のせいでボスまで焼けてしまいました』

それでいいのかボスよ。というかそれなら出れるんじゃ…。

『それは流石に良くないので私が間に入った所存です。少なくとも貴方は私の家族を皆殺しにしたわけですから相応の恨みがあります。ですので、』

言葉を一度切ってボスは頭をブルンと降った。数十枚の葉っぱが落ちて来ると同時に木から大量の枝が伸び出した。

 

『死んで頂きますわ』

 

そうして、大量の枝が引っ込んで、

「あれ?」

木々の根っこが俺の全身を貫いた。

「あぐっ!」

「純!」

『あはははは!馬鹿正直に正面から攻めるわけないでしょう!』

胸を貫いたのにも関わらず俺の体をボスは狙ってきて頭も体も穴だらけとなる。当然回復は間に合わずに死ぬが、すぐに意識を取り戻す。

『は?』 

知性があるだけに驚いてくれたので今のうちに炭となった木の上へと登っておく。というか姉さんはどこだろうか?

辺りを見渡しても見つからない。できたら姉さんの安全を確保してしまいたいが見つからないならしょうがない。

「≪代償強化≫」

時間はあるので腕を材料として強化をかけ、突っ込む。

『はやいですの!?』

そんな呟きを拾いながら、ドシンっと拳をぶちあてる。

『痛いですわ!』

もう一発と構えたところに影がさした。上を見ると大量のりんごが落ちて来る所だった。サイズは馬鹿にならず、雨のように降り注ぐ。人に当たったときには赤い水溜まりができること間違いなしだろう。

「カウンターもバッチリかよ!」

殴るのをやめて木に蹴りを入れながら後退する。上昇したステータスのお陰で範囲外までぎりぎり間に合った。

『もしや死なないのでは?』

ボスの言葉に冷や汗が出る。根っこという拘束手段を持つコイツにばれるのはまずい。あの生き地獄が再来してしまう。

考える時間を与えないように再び攻めはじめる。

『チッ、考えるのは後ですわね』

足元が盛り上がったのを確認して上に━━

上に枝があるのを確認して横へ飛ぶ。あっぶねぇ。すぐさま銃を召喚し幹に向かって撃ち込む。

『イッタいですわ!』

またもやりんごの雨が降る。いちいちこれで下がらないといけないのはめんどくさいが仕方ない。指を強化の素材とし、次の一撃の火力を高める。

最後のりんごが落ちきった瞬間地面をけり出す。さっきと同じように銃を幹に、いや、これ火魔法でよくね?威力も上がってるし。

「≪火魔法≫」

一度使った形状なのでため無しで撃ち込む。

『痛いですけど燃えることはありませんわ!』

宣言通り、上がった炎は鎮火された。でも休む暇なく銃を撃ち込む。

『イタイ…けど!油断しましたわね!』

突然そんなことを言い出すボス。すぐさま辺りを見回して自らの失態に気づく。既に逃げ道は根っこによって防がれてしまった。上からはまたもや降り注ぐ赤い雨。

いくつか銃で砕くことはできても、横から跳ねてきたりんごに体制を崩され、潰された。生き返った所でりんごの雨は振り続けるのですぐに潰された。

 

 

 

『これはこれは』

四肢を根っこによって固定され、吊るし上げられた俺の前でボスは嘲笑い、

『よい経験値となりそうですわね』

死刑宣告とも取れる言葉を放った。

 



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第五十九話

 

ただの、地獄であった。

 

心臓を貫くだけならまだいい。即死できるから一瞬の激痛ですむのだ。夜の方は五秒くらい継続して続く分、夜と比べればましではあるのだ。流石に繰り返されるのはあれだが。

それは喋れるくらいに知性があるからか、それとも怨みがあるからか。

『飽きてきましたわ』

目の前のボスは途中から効率を度外視して様々な殺し方をやってみせた。

大きなりんごで顔からゆっくりとすり潰したり、

首を絞めたり、

胴体を大きく反らして背骨を折ったり、

臓物を一つ一つ摘出したり、

小さな傷口をえぐり続けて広げたり、

手足には危害を加える事なく、右手が拘束されているため代償強化すら使えない。

頭のてっぺんからブチブチと潰されても、じっくりと枝がしなるように首に巻き付いても、骨が軋み折れる音が鳴り響いても、心臓と肝臓と腎臓と肺と胃と膵臓を血管で繋がれたまま引きずり出されても、回復するためなかなか死ねない穴を空けられても、どれだけ助けてと叫ぼうとも、どれだけ痛いと嘆こうとも、

 

結局は見ていることしかできない。

 

完全に詰みといえる状況であった。本当ならもう諦めている所だろう。死という平穏を望みはじめる所だろう。彼女に任せる所だろう。でも、

「丸投げはダメだろ…!」

こんな状況を作ってしまった癖に、それを一人の少女に丸投げしたとしてこれからどう彼女と接すればいいのだろうか?せめて、この状況だけは抜け出さないといけない。

「≪火魔法≫」

右腕から炎を作り出すものの強化の入っていない魔法ではたいした効果はない。そして頭を潰される。いたい。

ならばと力を入れて巻き付く枝をちぎろうとするも、

『その程度ですか?』

ちぎれる様子は全くなく、むしろ指すら動かないように枝に包まれてしまった。そして体を布のように平たく畳まれる。いたい。

せめて、代償強化が使えたら…。りんごが頭を押し潰す。いたい。いたい。いたい。

「純!ごめんね!」

姉さんの声がすぐ耳元で響く。ねえさんだ。ねえさんならたすけて━━━

俺の右の腕が根本から切断された。

「え?」

突然のことに頭が真っ白になる。ぷらぷらと肩から先をなくした腕が揺れ、不死の効果で切断面が塞がれ、新たな腕が生えはじめる。

どうして?うらぎり?でも、ねえさんはそうしてもはえることをしっているはず。きられたってすぐにはえる………。

「……!そういうことか!」

パッと明るくなった視界でまだ生えきっていない右腕で自身の左腕、両足を強化の材料とする。右腕以外の手足は消えて拘束から逃れた俺はボトッと落ちて姉さんに回収される。吹き出る赤で姉さんが染められる。

『逃がしませんわ!』

飛び出てくる根っこと枝。先は鋭く尖っている。

「…ねえざん!ぢょッどいだいげどごめんなざい」

消え去った部位の痛みに喘ぎ苦しみながら、されど力を振り絞り、姉さんの肩を掴んで襲い掛かってきた根っこと枝を盾として受け止める。代償強化は基本重複する。そして、三つの手足を使うことで上がるステータスは1500!

「ま"だま"だぁ!」

「純!?」

『ハァ?貫けないですの!?』

すべての攻撃をいなしきって、炭の木の裏へと回りすべての手足が生えそろうと緊張が途切れ、意識を失った。

 

 

 

 

 

 

「別によかったんだけどなぁ。いや、その行動はカッコイイけどさ」

目を覚ました少女は立ち上がり、大木を見上げる。

「ここまでやってくれたんだし、ちょっとくらいサービスしますか」

少女は構えをとり、息を大きく吸って、笑った。

「さぁ、倍返しだってね」

赤い光を纏った少女は大木に向かって拳をはなち、

 

手の形をした穴を空けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第六十話

 

『いったいですわ!』

空いた穴周りを枝と葉でふさぎながらりんごを落としはじめる。

「ところがどっこい!効きませんなぁ」

レイの頭に当たるとポコンと軽快な音をたてて跳ねていく。そしてそのまま幹に向かって回し蹴りをお見舞いすると幹が三分の一ほどへこんだ。

『ああああああああああ!』

痛みからか錯乱したように枝、根っこ、葉、りんごをすべてでレイに攻撃する。しかしそれも通らない。

『認めませんわああああああああああ!』

幾度も攻撃するがレイの位置も、様子も変わらない。

「まぁ時間かけるのも良くないか」

その言葉とともに彼女は地面を蹴って飛び上がった。木のてっぺんまで一瞬でたどり着くと太めの枝に着地。

『きゃあああああああ。何ですの!?』

幹の真上までいくと、両手で枝の付け根を触り、

『ななな何を…!』

枝を折りはじめた。

『ぎゃああああああああああ!』

ボキッといともたやすく普通の幹ほどもある野太い枝は幹と離れ離れになる。そして折れた枝は遥か遠くへとぶん投げられて見えなくなる。大木からの悲鳴が響く中彼女は折っていくのをやめない。そして大木からすべての枝が切り離されると一度降りてきた。

「うし。軽くなったね」

木の幹へと手をうずめ、ズボッと大木を引き抜いた。

『きゃああああああああ』

「なかなか感じることのできない感覚でしょ?浮遊感って言うんだって」

そうして、横倒しになった大木を端から砕きはじめた。

『いや!いや!いやあああああ!』

顔の部分が近づけば近づくほど悲鳴が大きくなる。それでも彼女は気にせずに拳でもって砕き続ける。そして顔の部分が砕け散ると、大木は消滅した。

≪ボスの討伐に成功しました≫

≪すべての層を攻略しました≫

≪最後のボスに挑戦できます≫

 

 

 

 

「あの、所で純はまだ?」

倒した後、森からは一瞬で追い出されボスがこの先いますよといわんばかりの扉の前につくと純の姉がそう問い掛けてきた。というか純は実質私だから私の姉でもあるのかな?

「まだ寝てるよ。というかダンジョン出るまでは私がやるよ」

これは純が起きててもそうするつもりではあった。

「貴方が?どうして?」

「多分だけど次のボスに勝てないからだよ。流石に今のより弱いってことないだろうし、どうせ私がやるんだったら最初からやっていた方が効率的だし」

それに、その……

 

罪悪感が……

 

アニメの片手間にいつも見てるけどこんなクズニートの為にあそこまで頑張られるとちょっと申し訳なくなったというか。いやそもそもこんな地獄にさせたのは私のせいだし純は何も悪いことしてないわけで純が責任を負う必要もないのにそれで苦しんでる様子をアニメ片手間に見てたら死にたくなったというか。そもそもこの程度なら私無傷で倒せるのに純が失神するまで放置はちょっとゴミ過ぎるというか。

 

うん。もうちょっとサービスしてあげないとね!

 

「じゃあ行こう!というより、さっき何処いたの?」

「あ、スキルで隠れたわ」

あれ?この子にそんなのあったっけ?

「ちょいと失礼。≪鑑定≫」

 

 

名前 深井 美香

レベル 70

攻撃 60 (直接30 間接30)

素早さ 60

防御 60(直接30 間接30)

魔力 457

 

職業 名女優5 有名配信者5

 

スキル 声真似10 演技10 場作り 注目 配信 事務所

 

称号 なし

 

ん?やっぱりなんもないよね。というかステータスおかしくない?

「え、純の鑑定じゃ名前しかわからないんじゃ?」

「ああ、そりゃあ私のステータスだから純のとは違うよ。というかステータス変じゃない?」

レベルにたいして魔力以外が釣り合っていない。

「いや、風花ちゃんに全部あげたので」

あ~納得~。というかサラっと追加された事務所は有名配信者に昇格したからかな?

「ところでほんとにどうやったの?」

「場作りでタイマンの雰囲気作ったうえで注目を純にかけたのよ。そして木の演技したらばれなかったわ」

あれ?最後のおかしくない?木の演技ってなに?流石に気づくでしょ。

「見てみる?」

「うん」

「じゃあ目をつぶって十秒たったら目を開けて」

そうして目を開けるとそれはそれは立派な木が佇んでいた。

マジかよ。

 

 

 




ステータス出さなさすぎてめっちゃ混乱してます


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第六十一話

 

「えっと、え?木じゃないよね?」

なんかの超常的なパワーで木の前に瞬間移動させられただけじゃないの?と、思ったのだが目の前ですぐに元に戻った。

「そんなわけないでしょ」

一瞬で木は純の姉へと戻った。え?怖くね?何処で見られてるのかわかったもんじゃないな。めっちゃ犯罪に悪用されそう。

ま、私には関係ないか。

「じゃあ行こうか」

「わかったわ」

そうして、私達は扉を開いた。

 

 

 

扉の奥は教会の内部のような造りだった。十列ほど並べられた長椅子と奥の壁にあるステンドガラス。そして、ある像の前に一人の少女が祈りを捧げていた。黒の像と光の少女。それはどちらも同じ顔をしていた。

「風花ちゃん?」

風花。確かダンジョンを作った奴だったか。その少女はこちらを振り返って、喋った。

『私達はボスです。倒すことでこのダンジョンのクリアとなります』

「喋った…!」

「さっきの木と同じだろ」

そんなことより、私達というのが気になる。向こうにはどう見ても白い少女一人しかいない。と、思いきや、後ろの像が動き出した。

ズズズと引きずるように台から黒の像、いやボスが降りてきて閉じられていた目を開いた。そして、目が光り━━━

「あぶない!」

純の姉の方にビームが放たれた。演出に目を奪われていたらこれだ。咄嗟に腕で受けるもののかなりの威力なようで骨にまでそれは届いた。

「チッ」

「大丈夫!?」

「気にするな」

久しぶりに感じた痛みに舌打ちしつつ、赤いオーラを纏ってから地面を蹴り上げる。遠距離は面倒なので先に黒い少女へ攻撃する。先ほど引きずっていたことから足が遅いのは分かっていたためなすすべなく攻撃をくらって砕けた。

「うっわ。びっくりした」

人が目の前で砕けるのは驚いたがそんなこと気にせずにもう一人も狙う。

『蘇生』

「は?」

もう一人が呟いたその言葉によって砕けた少女は破片が集まるようにして生き返った。これではいくら黒い少女を倒しても意味がないので白い少女へ接近した。接近された白い少女はこちらへと接近戦をしかけて来る。しかし、今のこちらは防御力も攻撃力も目の前より圧倒的に高いのでステータスの暴力で攻めると一瞬で砕けた。

『蘇生』

そして、黒い少女によって蘇生された。

「うわ、同時撃破系かよ」

これは純がやらなくて良かったなと自分の判断を褒めつつ、時折飛んで来るビームと突っ込んでくる白い少女を対処しながら対策を考える。

向こうは黒い少女が遠距離で鈍速で白い方が近距離で俊足。でも、白い少女は私より僅かに足が遅い。で、あるならば。

白い少女を一旦無視して黒い少女の方へ向かう。飛んで来るビームは流れ弾で隠れている純の姉に当たるのもなんなので全部受ける。でも、傷はつかない。

そして、黒い少女に接近したら壊さないように優しく体を抱き抱えて、白い少女に突っ込んでいった。

『…!』

白い少女はこっちの狙いに気づいたのか全力で逃げはじめる。黒い少女もビームをひたすら私に撃って逃げ出そうとする。

「ま、意味ないけどね」

どれだけ逃げようが、どれだけ足掻こうが速度も負け、火力の足りない二人ではどうしようもないのだ。

最終的に白い少女は追い付かれて、黒と同じく抱き抱えられる。

「まって、かわいい」

二人とも必死にもがく姿がものすごいかわいい。やばい、殺りづらくなる。いや、落ち着け、私。心を鬼にするのだ!

右手に白い少女、左手に黒い少女を持って、全力で地面にたたき付けた。そして、辺りに白と黒の破片が散らばった。

 

≪ボスを討伐しました≫

≪すべてのボスを討伐したので入口へと戻ります≫

 

 

 

 

 

 

 

気付けば、路地裏…純達がダンジョンに迷い込む前の所へ着いていた。瓦礫の山の上にまがまがしい裂け目がある。

「わ。戻ってきたのね」

「そうみたいだな。じゃあ私はもう純と代わるよ。ちょうど起きてるし」

そういうと白い髪の少女の赤い目が青くなった。

「お帰り。純」

「ただいま。それにしても久しぶりの外だーーー」

ぐっと伸びながら純はそう叫んだ。その様子に笑みを浮かべながら、

「じゃあこれで配信を終わりますね。ありがとうございました」

そういって配信を切った。そして、純へと手を伸ばし、言った。

「帰りましょうか」

「そうだね!」

 

 

 

笑顔で手を握った。そうして二人は路地裏から出るために歩き出した。

「ダンジョン。ほんと疲れた」

「お疲れ様」

「いやいや、姉さんもだよ。……?なんか賑やかだね」

「ああ、ダンジョンのせいで化け物が出ないからかしらね?」

「あー!なるほど!ということはお店なんかやってたりしてね!」

その言葉通り、路地裏から見える範囲でもお店が開店していて、人が賑わっていた。テンションが上がって純が通りに出た瞬間、辺りが静まった。

「…え?」

「どうしたの?じゅ…」

お店の前に立っていた店員も、仕事の電話をしていた男性も、遊んでいた子供でさえも、すべての人が行動をやめて、

 

 

 

 

 

 

 

 

無言で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無表情で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

純を見つめ続けていた。

 

 

 

 



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第六十二話

 

「あ…いや…」

怖い。背筋が凍って、冷や汗が背中を伝う。

「なん、で」

怖い。声が掠れて、まともに発声できているか分からない。

「なんでこっちみるんだよ……っ!」

こわい。こわい。こわ━━━━

 

「純♪」

パッと視界が遮られた。そして、世界に音が戻る。何事もなかったかのように人々は活動を再開する。

「久しぶり♪会いたかった」

安心から崩れ落ちそうになった体を黄色い服を来た少女に支えられる。

「…明子?」

「そうだよ。純♪」

これ以上のないほどの眩しい笑顔を浮かべた明子が目の前にいた。明子は俺の頬に手を当てて、じっとこちらを見つめている。

「大好き」

「!」

そして、唇を重ねてきた。

咄嗟の事で、すぐさま逃れようとする。でも、ものすごい力で固定されている俺は何にもできない。そして、そのまま押し倒された。

「っぷは、はぁむっ!」

足はからめとられて、身動きができない。そして、何度も何度も唇を重ねられる内に頭がボーッとしてくる。ぼんやりと景色が悪くなってきて、明子しかはっきりと目に映らない。

なんできすされてるの?なんでめいこはこすぷれしてるの?つうこうにんはどうしたの?ねえさんは?

様々な疑問が浮かび上がって来たはずが、端からどんどん薄くなっていく。

あれ?なにかんがえてたんだっけ。

「んんぅ。はぁっ」

えっと、えっと

「はぁむっ!」

きもちいしあったかいし、どうでもいっか。

 

 

 

 

 

「純!戻ってこおおおい!」

口元の感覚が消え去った。

「純!純!」

さびしい。こわい。

「クッソが!≪光魔法≫!」

ふわっと体が光に包まれた。そして、やけにぼんやりとしていた意識が浮き上がって来た。

「あれ?正義?」

目の前では正義が何故か、俺を守るように背中を向けて立っていた。その奥には明子が無表情で正義を見つめている。

「どうして邪魔するの?」

ゾッとした。心の底から軽蔑の意が込められているようなその物言いに寒気がした。

「いや、邪魔って訳じゃないよ。ただその前に世界を戻して貰えないかな?と思ってね」

さっきまでの焦りはなくなり、少し余裕があるかのように話す正義。ってかさっきからなにを話しているのだろうか?

「なぁ。何の話してるんだ?」

「純は気にしなくていいよ♪」

「後で話すから」

仲間外れだぁ。ひどいぃ。

そこでふと、姉さんの事を思い出した。今思えばさっきまでの状態はかなり異常であったと言える。姉さんが何も言わないのはおかしい。

「ねぇ、姉さん?」

「………」

横に突っ立ってる姉さんはボーッと虚空を見つめている。

「姉さん?」

「…………」

え?何が起こっているのだろうか?ここでやっと俺は危機感を覚えはじめた。

「流石に純も気づいたようだぞ?」

「そう。じゃあ、連れていかないとね?」

明子がそういった途端、通行人がまたもや立ち止まった。そして、俺の方に駆け寄ってきた。

「逃げろ!純!あとから避難場所教えるから!」

「え?え?わ、分かった!」

すぐさま足に力を入れて飛び上がる━━つもりが姉さんに腕を捕まれて飛び出せない。

「ちょ、何すん━━━」

姉さんは無表情で俺の腕を掴んでいた。無理矢理剥がすか?悩んでいる間にも、通行人達は俺の方へ近づいて来る。

「うぅ。ごめん!」

無理矢理引っぺがして路地裏の瓦礫伝いに高所へと逃げる。姉さんの肩とかに影響がないか不安ではあるが、なんとか屋根まで行けた。ここなら追ってこれる一般人はいないだろうと思っていると、ブウウンと音がしていた。

上を見ると迷彩柄の飛行機が俺の頭上を旋回している。おそらく自衛隊のものであろうそれが頭上にいる。それが助けだと頭をよぎったがその希望はすぐに打ち砕かれた。

ものすごい悪い予感に従って、通ってきた道を振り返る。すると、複数人の自衛隊がこちらへとよって来ていた。

「嘘でしょ…」

そして、これから行く方向にある民家からも何人もの人が家から出て自身の家の屋根に登りはじめる。

 

何処に行けばいいのか分からない、そして殆どの人間が敵である地獄のような逃亡生活が始まった。

 



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第六十三話

 

何処に行っても人、人、人。しかも全員こっちによって来る。しかもやけに統率が取れていて、挟み打ちは良くあることである。何処かに篭ったらその建物にただただ集まるだけじゃなくて遠くから監視したりとかとなりの建物にも入っていく始末で、油断ならない。

「う~魔法撃つな!」

飛んできた火魔法を避ける。避けた先にももう一発。それは同じく魔法をぶつけて打ち消す。助かることがあるとするなら、ダンジョンに長く潜っていたおかげでレベルがかなり上がっている。だから強化無しでも全然逃げれることだ。ちなみに火はすぐに別の魔法によって消化された。

 

名前  深井 純

レベル 94

攻撃 188(直接94 間接94)

素早さ 377

防御 188(直接94 間接94)

魔力  288

 

職業 ベテランエージェント5 ベテラン魔法使い5

 

スキル 変装3 隠密10 不死 鑑定8 言語翻訳 代償強化 投石10 火魔法10 水魔法3

 

称号    神の祝福

 

ダンジョンの中は暇な時間が多いから適当に鑑定で遊んでいたので、気付けばレベルが8だ。姉さんで試したけどレベル、ステータスしか分からなかった。水魔法は火魔法が10になったら覚えた。今では飲料水、シャワー、服に火が点いた時に鎮火と大活躍をしてくれてる。

 

さて、逃げながらステータスと睨めっこする。正直、火魔法で焼き払いたくなるが、おそらく、自衛隊以外全滅すると思う。そう思うのも訳があり、ここはまだダンジョンの効果で化け物が沸かないのだ。レベルがかなり差がついているであろうことは火を見るより明らかだ。

次は隠密。これは一部の人間には効果がある。でも自衛隊はなんか見破って来る。意味が分からない。それで一回致命傷をもらった。

「っとあぶねぇ!」

たまに頭上から銃弾が飛んで来る。もちろん自衛隊のせいである。上空から戦闘機またはヘリコプターで機関銃を打ち込んで来る。ちなみに一定感覚で交代しているので燃料切れも期待できない。これでどうすればいいんだよ!

路地裏、住宅地、たまに屋根を登って逃げて逃げて逃げつづける。日が沈みはじめた頃には後ろはものすごい人が集まっている。それでも、逃げることには支障はない。ただ一つ困るのは、休めないことだ。

体力も怪我も不死がすべてを解決してくれている。でも、精神はどうしようもない。一日中、数えきれない人の集団に視線を向けられるだけでストレスがすごい。怪我はすぐに直るのに、足が重く感じてしまう。

休みたい。どうすればいいだろうか。人はダメだ。すべての人間は俺を狩る狩人となっている。建物はダメだ。逃げ道をむしろ狭めてしまう。どうすれば…。

銃声。

すぐに横に転んだものの、銃弾が飛んできた様子はない。

「?」

上では、俺ではない方向に自衛隊は銃を向けていた。

「鷲だ…」

どうやら、化け物が出ない範囲を超えてしまったらしい。高いところから一瞬だけ見下ろせば、見える範囲でもかなりの化け物がいて、自衛隊が戦闘していた。

「それはダメだろ…」

明らかな戦力不足が見て取れる。各所で一体十ならいい方で悪ければ50体くらい密集している。どう考えても後ろにいる自衛隊共の職務怠慢が引き起こした現象だろう。

大量の化け物と大量の人間。頭にとある考えが過ぎった。

ぶつければいいんじゃね?

人間は所々レベルが低いのが混ざっている。それだけでも減らせるのではないだろうか?それだけではない。この数だ。強い奴らも少しは死ぬだろう。死ななくても重症か疲れるくらいはするはずだ。これなら、ただの自爆だし責任を感じる必要もないだろう。戦ってる間は休めるし。

「よし!」

少し孔明が見えた気がした。さぁ今の考えを現実にするにはどうすればいいだろうか?もう一度ステータスを確認する。

「変装…」

確か、このスキルは直近に見たものならなんでもなれる。体の形が違うなんて関係ない。これで人になったところで自衛隊は見破るだろう。では、化け物になって化け物の集団に混ざれば?もしかしたら気付かれるかも知れない。でも、捕まえるためには化け物を倒さないといけない。そして、化け物共が気付かないのは確認済みだ。

「やろう。≪変装≫」

体が光って、俺はスライムに変装した。おそらくだが変装は俺がスライムに見えるというだけであり、俺が人間であることは変わっていない。だから俺より狭い隙間にずるっと流れることはないし、視界が変わることもない。

このスライムにしたのも理由がある。それはこのスライムは集団行動をしないからだ。怪しまれることなく、化け物の密集地帯に入り込めるだろう。そして、俺は化け物の群れに飛び込んだ。

 

 

 

その数秒後、膨れ上がった化け物達と、目標に向かって突き進む人間の集団が衝突した。

 

 

 



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第六十四話

 

そこはまさに地獄であった。

人間の集団と化け物の群れがぶつかった時、初めは自衛隊によって化け物が殲滅されていた。当然だ。統率が取れていてステータスの高い自衛隊が連携なんて知らずに攻める化け物に遅れを取る訳がない。

でも、それは崩れてしまった。それも味方であるはずの物達によって。そう、一般人の介入によってだ。自衛隊から数分遅れて到着した彼らは化け物達の恰好の餌となった。自衛隊が化け物達を倒す速度以上に化け物は一般人を減らしていった。

もちろん、自衛隊も一般人を助けようとしていたのだが、大量の人を殺した化け物は普通の化け物のように簡単に倒せる訳ではないのだ。地面にひびが入る程の力で殴られれば自衛隊でも潰れてしまう。それだけじゃない。空や離れたところからの銃の攻撃は乱戦となっていたこの場では同士討ちを警戒して使えなかったのだ。

 

そんな中、阿鼻叫喚となった戦場を作った張本人である俺は非常にまったりとした時間を過ごしていた。化け物達が周りを囲んでいる建物の中で爆睡していた。

「スャァ」

「ほんとにそれでよかったの?」

気付けば真っ白で何処までも続きそうな空間にいた。

「何が?」

「いや、かなり外やばいことになってるんだけどね」

そうしてテレビをつけると俺が寝ていた建物から見える光景を見せてきた。真っ赤な液体が飛び散り、時折体と首がお別れしている。

「なんでそんなの見せるのさ」

不愉快な映像に思わず眉をひそめてしまう。

「純さ。ほんとに後悔しない?」

レイは何を言っているのか。向こうは俺の命を狙って来るんだ。慈悲などない。

「彼らが操られていても?」

だから何だというのだ。そもそも、あそこまで統率が取れていた集団が全員操られてるとかありえない。

「あの中に美香が入っているかも知れないのに?」

「………え?」

「だって、今や美香も敵でしょ?」

逃げることを妨害された事を思い出す。

「でも、姉さんは足がそんなに速くないから…」

「美香のことだし先回りとかしてそうだよね。特に化け物と挟まれる形になってくれるこの場所とかね」

いや、それはないだろうと思いつつ、それでも不安が心に深く絡み付いた。もしほんとに先回りしていたら?そして、自衛隊の攻撃に巻き込まれたら?生まれた不安はどんどんと膨らみ続ける。

「どうする?」

そう言われても何かできるはずがない。俺はどちらからも命を狙われる。

「そんなん言ったってもう手遅れだよ…!」

敵を一瞬で殲滅できれば、親しい人の位置が分かれば、時間を戻せれば、こんなたられば並べてもできないものは出来ないのだ。

「レイなら、どうにかできるのか?」

縋るようにそう尋ねる。彼女の答えは淡々としたもので

「無理だね」

絶望する俺を見ながら彼女は続ける。

「流石に乱戦の中で人以外だけ倒すのは時間がかかってしまうし、サーチなんて使えないし、時間だって戻せないよ」

心を読んだかのような例のあげ方だ。

「でも、方法がないわけではないよ?」

「え…」

絶望の闇の中に一筋の光が入ってきた気がした。彼女は何処か取り繕ったような笑みを浮かべて、こちらに歩み寄る。

 

 

 

「私と君を完全に混ぜてみないかい?」

 



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第六十五話

 

「混ぜる…?」

意味が分からない。そもそも今の状態は混ざっていると言っても過言ではないだろう。

「そう!今の私達はね、半分混ざって半分独立しているような状態なんだよ。同じ体なのにステータスが違うのはそういう理由があったりするよ」

「でも、完全に混ざるとどうなるの?」

「いいことづくめだよ!私達のステータスが統合されるだけじゃなく、これまで此処じゃないと話せなかったけど話せるようになるよ!それに、私への交代もスムーズになっちゃうんだ!どうだい?」

嬉々とした表情で、彼女は俺にそうアピールしている。話だけ聞くならとても魅力的なのだが、それがどう姉さんを助けることに繋がるのか分からない。

「あ、美香を助ける方法だね?魔法と私の血を使うんだ!」

魔法と血?

「私と混ざることで君はとんでもない量の魔力と≪命中≫というスキルが使える。この命中は魔力を消費して攻撃を対象に確実に当てるって効果なんだ。魔力と命中と君の魔法を合わせれば乱戦でも化け物だけ殲滅出来るよ。そして死んでいても私の血を与えれば生き返らせることが出来るんだ。あ、今だと純のが中途半端に混ざってるから無理なんだよね」

それまでの説明を聞いて、それはものすごい魅力的な提案に思えた。そして、同時に疑問も浮かび上がった。

「ね?やらない?」

「デメリットは何?」

レイはできれば俺だけで戦い等は済ませて欲しいと考えていたはずだ。だからこれはもっと速くやるべきだろう。やらないのには相応の理由があるはずだ。

「………」

一度彼女は深く目をつぶった。

「速くしないと美香も死ぬよ?」

「じゃあ速く教えてくれ」

「……」

「……」

互いに見つめ合う。そして、先に口を開いたのはレイの方だった。

「今ってね。純は寿命を迎えると死んでしまうんだ。そうなると私は純と離れてしまうんだ」

「短めでお願い」

ゆっくりと語り出そうとしていたので忠告しておく。

「……そうなればまた、私は一人で死にに行くことになる。だからもともとこうするつもりだったんだよ」

「それがこれ?」

「うん。こうすれば君は完全に神の使徒となる。離れることも完全になくなる。一つになるからね」

「じゃあなんで初めにしなかったの?」

「これには同意がいるからね。ちょうど精神的に参ってたから今かな~?ってね」

まあ出会って間もないのにそんな提案呑まないよな。呑まないよな?大丈夫か?俺?

まあ大体はわかった。信頼があっただけに騙されそうだったのはちょっと悲しいな。

「ゴメンね。裏切るような真似して。私のことチョットは信頼してたでしょ?」

さて、どうするか。といっても、もう決まってるんだよなぁ?

「じゃあ、どうすれば混ざれるの?」

「え?」

呆けたような顔をして、レイが俺を見てきた。

「いいの?」

「いいよ」

正直、断る理由がない。姉さんが危ないのは事実だろうし、全員を救うには力が足りていないのは事実だ。こんな強化イベントをみすみす逃すわけなくね?

「これから何度も死ぬかもしれないんだよ?」

「そんなときは二人で慰めあおうよ」

実際、精神的に苦しいときは他の人の存在がありがたかったりする。それに片方が辛くなっても、もう片方が何とかでできる、そうでなくても休憩にはなる。

「絶対後悔するよ?」

「まあそうなればそうなったときに考えようよ」

「信頼してる人を騙そうとするゴミと一緒なんて嫌でしょ?」

「とってもかわいい命の恩人でもあるけどね」

困惑顔から一転。レイは朗らかな笑みを浮かべた。

「なら、これから十年でも、百年でも、千年でも、一万年でも、永遠でも!ずっとずぅっーとよろしくね!」

レイは目から涙を零しながら、こちらに抱き着いてくる。そして、静かに唇を重ねてきた。そして、スキルが、ステータスが、記憶が、性格が、レイのすべてが流れ込んできた。

「ぷはっ。これで純と私は一心同体。逃がさないからね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地獄のような戦場に真っ赤な火柱が上がり一瞬にして化け物を燃やし尽くした。炎は一点へと集められ、その一点には灰色の髪をたなびかせる赤と青の目を持つ少女が佇んでいた。

 

 

 



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第六十六話

 

「すっご」

『何か…感動するね』

思ったより派手な演出となったので感動してしまった。

「ところで、倒したのはいいものの姉さんをどう探せばいいの?」

『地道に探すしかないね』

「まじか…」

と、言う訳で死んでいった死体一つ一つを確認していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、正義?どいてもらえる?」

「流石に純じゃ明子には追いつかれちゃうからね。僕が邪魔させて貰うよ」

苛立ちを見せる目の前の元友達の少女は今や世界の英雄であり、僕は世界の敵となってしまった。

 

 

純がダンジョンへと消えた日。明子がいなくなり、優さんが明子の存在を忘れた後、僕の目の前にヒカと女の人が現れた。

「烈火正義。深井純はどこにいる」

「今はダンジョンに巻き込まれているよ」

「あいつはこんな時まで!」

苛立った様子のヒカはしきりに周囲を見渡していた。

「何があったんですか?」

それを尋ねると、ヒカは信じられないかも知れないがと前置きして、こんなことを言ってきた。

曰く、明子が悪魔の手によって暴走し、化け物を殺して人を洗脳し、手駒としているらしい。当然、始めは信頼ならなかった。ただ、彼らは明子と接敵することを非常に恐れているようだったので風花ちゃんを彼らと優さんに預けて町を出歩いた。

「うーん。何か変わっているかな?」

外に出てみたが特に変化は見られなかった。ただ、化け物がいないため静かな町が広がっていた。

「うーん。あ、一度家に帰ろう」

順に対する物資を集めるのもかねて、家に帰った。

「ただいま」

シーンとする家の中。寝ているのかと思って俺は家の中を探していた。結果、

「何処にもいない…?」

まだ化け物が出なくなってから1時間も経っていない。流石に知っているのは不自然なはずだ。すぐに携帯を取り出して連絡を入れてみる。

『父さん。今何処?』

『ねえ?』

返信が来ない。いろいろな可能性が頭を過ぎり、不安が増大した。すぐに俺はある程度の食料を純に送り込んでから街中を駆け回ることにした。

「どこにいるんだよ…」

街中は全部探した。流石に人の家には入っていないがそれ以外はすべて見て回ったはずだ。そんなことを思っていると、空から影がさした。

「≪火魔法≫」

「っ!」

すぐさま後ろに跳ぶと、さっきまでいた場所に青い炎が落ちてきた。そして、その上には

「どういうつもりだ。明子!」

片手に父さんを抱える明子が浮かんでいた。

「≪風魔法≫」

竜巻のような暴風が発生する。そこらじゅうの家は破壊され破片がこちらにとんでくる。

「≪聖剣≫」

召喚した聖剣ですべてを切り払う。どうやら話し合いの余地はないようだった。

「それなら無力化するまで…!」

空を飛ぶ明子に向かって聖剣をぶん投げる。すると持っていた父さんを縦のように突き出した。

「そんなのありかよ!」

すぐさま再召喚で手元に引き寄せる。どうやら人質かと思いきや盾らしい。

「≪水魔法≫」

今度は雨が降り出した。それが肌に触れた瞬間、ジュッと肌が溶けた。

「酸性雨!?≪火魔法≫」

炎の壁を作り、何とかで酸の雨を防ぐ。でも、すぐに別の魔法をうってくるため防戦一方となる。それでも、

「今だ!」

すきを見て明子に接近して父さんを避けながら聖剣の刃のないところをぶちあてた。明子は吹き飛んだもののすぐさま暴風が彼女の体制を整えた。何にせよ、これで希望が持てた。どうやら父さんを抱えているため接近戦が弱くなっているようだ。

「これで無駄だってわかっただろ!父さんを離せ!」

少し厳しくなるかもしれないがそれでも父さんは大切な家族だ。助けないといけない。

「……」

明子は無言で父さんを離した。父さんはヨタヨタとこちらに近寄って来る。そして…

 

胸元からナイフを取り出しこちらに近寄ってきた。その目には明確に殺意がこもっていて、僕はやっとヒカの言っていることが正しいということを理解した。

 

 

 

 



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第六十七話

 

迫り来る父さんの左右に真っ赤な柱が建ち並ぶ。明らかに逃げ道をなくすためのものだった。頭が怒りに狂いそうになるものの、落ち着いて何とかする方法を思案する。

父さんはそれほどステータスが高くないのか遅い。取り押さえるのも容易なはずだ。しかし、周囲の炎の柱に当たらないようにしなければならない。

父さんのステータス程度ならナイフでもそこまで傷はつかないはずだ。なら、わざと受けるのもありだろう。

そこまで考えたときには、父さんは一メートル程の距離まで近づいていた。憎悪の表情を浮かべて近づいてくる。

「っ!」

突然の加速。見れば何かに押されたように父さんはナイフをこちらに構えたまま、吹き飛んでいる。

「風魔法か!」

咄嗟の判断で急所は避けたものの、ナイフが体に深く刺さってしまった。

「痛っ!」

感じることがあまりなかった痛みに思考が乱される。とりあえず目の前の父さんを軽く締めて気絶させたところ、父さんの背後が大きく光った。

「え?」

真っ赤な炎に父さん諸共飲み込まれた。

 

 

 

 

服は焼け焦げ、穴の空いた服から見える肌は真っ赤に腫れ上がってもなお、烈火正義は生きていた。おそらく、彼の最も身近にいた生物であろうものの灰が彼の前面には降りかかっている。

彼の目にはとどめを刺すために火、風、水の三色の魔法を準備する元友達が映っていた。こんなボロボロな体によくもまあそんなに念入りにとどめを刺そうとするものだと笑いが込み上げてきた。もう、怒りも憎悪も抱く余裕などない。

「なあ、なんで此処までするんだ?」

冥途の土産にでもするためにそんなことを聞いてみる。おそらく、時間稼ぎにもならないであろうその質問は当然のように無視された。雹と炎を纏う竜巻という何ともいえない幻想的な風景に正義は幼なじみである二人の親友と一人の自衛隊となった友達の無事を祈って目を閉じた。

 

 

 

 

 

「させない!≪全天≫≪聖域≫!」

 

耳に馴染んだ声に反応して目を見開く。すると、温かな光が体を包んだ。痛みを訴えていた肌や傷口が焼かれ塞がっていた腹部でさえも優しく直っていった。そして、幻想的とも言える竜巻は空まで伸びる虹色の壁によって阻まれた。

「正義君!大丈夫!?」

「か…な…?」

純ではない、もう一人の親友がそこにいた。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ…。終わった?」

竜巻が消え去って疲れ果てた様子の彼女はその場にへたり込んだ。すぐに聖剣を取り出して明子の追撃を警戒するが、徒労に終わった。

「逃げたのか?」

周りの家は瓦礫すら残らず破壊され平地となったそこには原因となる彼女はもういなかった。香菜のおかげで傷はすべて塞がって、万全の調子となっていたが、逃げられたらしい。

「香菜。ありがとう」

一応警戒は続けながらも深々と彼女に頭を下げた。

「いやいやいや!そんなのいいよ!」

焦ったように手をブンブンふる彼女は頭を上げるとふんわりと微笑んでから安堵したように

「正義君が無事でよかったよ」

と言った。

その微笑みに目を奪われじっと見つめてしまった。すると向こうもじっと見つめ返してきた。じっと目を反らせず、静寂が辺りを支配して、先に目を逸らしたのは僕だった。

「私の勝ちぃ~」

「勝ちって…。そんなことより香菜は無事なの?」

「あ、うん。私も家族も誰も洗脳されてないよ。信者さんは何人かされちゃったけど」

よかった。香菜が同じような目に会う可能性がなさそうで安心する。

「正義君はどうなの?」

聞き返された。

「いや、わからないよ」

父さんが亡くなってしまったがいちいち言って彼女に責任を感じさせるわけにはいかないと少しだけ嘘をついた。それを聞いた香菜は、

「そっか。ごめんね。でもそれならさ、家来ない?」

そんな事を言ってきた。

 

 



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第六十八話

 

「あれ?皆どうしたんだい?」

香菜に連れられて家に行くとかなりの人がいた。同じような服を着ているところからして、香菜の家の宗教の信者さんだろうと推測できるが、そのどれもが絶望したような顔をしていた。

「あ、これはね…」

「お!正義君じゃないか。久しぶりだね」

「香菜のお父さん。お久しぶりです」

人混みの中から香菜のお父さんが出てきた。明るい声ではあるのだが、やせ我慢のような感じがした。

「ああ、ごめんね。まあこの雰囲気は許してくれ。彼らの心の支えがなくなってしまったんだ」

 

 

二日前、聖女の役職を持つ香菜の成長に熱心になっていた彼らはついに神の声を聞ける称号を得ることに成功した。これは香菜だけでなく、レベル上げに参加したすべての人に配られたようで、はやる気持ちを抑えながら教会に集合して一斉に声を聞くことになった。

いざ、称号を手にした信者と香菜。そして得られなかったもの達も集まり、ついに使用することになった。神の声に感動して涙を流すもの、抱き合うもの、少なくともほとんどの人が喜びに溢れていた時に、唯一連日のレベル上げに疲れ果てていた香菜が質問をした。

なぜ、こんなことになったの、と。

その透き通るような高い声はその場にいた人の耳に入り、同時に同じような疑問が広まった。

そして、

 

 

その質問は“面白そうだから“の一言で返された。

 

 

神が私達を見守ってくれている。信じていれば助けてもらえる。そう信じ、心の支えとしてきたもの達はその一言で崩れ落ちた。家族を失っても、恋人がいなくなっても、仕事を失っても、神を信じて、心の拠り所として生きてきたもの達は絶望にのまれてしまったのだ。

もちろん。それを認めぬ者もいた。声を荒げ、邪神だと叫び、暴れ回った後、足元から全身にかけて光の粒となり消えていった。何よりも信じがたいのはその男は体が光の粒に変わりはじめると信じられないくらいに穏やかな顔をして消えて行ったことだった。

それは人々を畏怖させ、神であることに疑いを向けるものはなくなった。同時に、絶望から逃れるすべもなくなったのだ。

 

後に香菜のお父さんは信者達が自殺するのを防ぐため≪聖域≫を展開した。聖域は傷を癒すだけでなく、精神を癒す力もあるためだ。なんとか生きるように説得したものの傷は深く、気力がないまま生きているらしい。

「それは辛いですね…。でも、洗脳についていつ気づいたんですか?」

「それはね…今日のこと何だけど」

他よりも一層絶望していた三人の信者が突然元気になった。余りの豹変ぶりに不信に思った香菜のお父さんは念のため香菜にも聖域を展開させて効果をより一層強くした。すると、その信者達はは勢いを失い、地面に膝をついた。なんとか起こして話を聞くと見たこともない少女が頭から離れなくなって、何をしていたかの記憶が殆どなくなったらしい。頭に何かされたのだろうとあたりをつけ、わざと一人だけ聖域からだし、すぐに信者の一人の診察でしらべると、洗脳と出た。それで気づいたと言った。

 

「ねえ正義君。一緒に住まない?ここなら安心だから純も連れてこれるよ」

お父さんが信者さんに呼ばれて行くと、香菜にそういわれた。確かにここなら明子の洗脳に巻き込まれることはないだろう。風花ちゃんの安全も保障できる。だから、

「いいよ。これからよろしくね」

「うん!」

 

 

その後、風花ちゃんと神の使徒とその協力者、優さんを連れていき、そこに住まわせて貰うことになった。

 

優さんを見たときだけ香菜の顔が強張った気がした。

 



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第六十九話

 

「思い出しました!」

聖域に入った優さんはいろいろと思い出したようで何があったかを話しはじめた。突然玄関が騒がしくなったとおもいきや、家具はスパスパ切れるわで、隠れていたらしい。

「ヒカさん?後、そこの協力者さん?というか名前教えてくれません?」

この話からみるに悪いのこの人たちでは?突然押しかけてろくな説明もせず襲い掛かって返り討ち。

「仕方ないだろう。俺は心が読めるが悪魔を知らないかときいて知っているのに言わなかったんだ。庇っているとしか考えられなかった」

「え、心読めるの?」

香菜が反応する。

「そうだ。まあ人の気持ちを誰かに漏らすなんてことはしない。というかそんなことしてる時間はない」

「ちなみに私はひーちゃん神!でいいよ」

「良くないです」

「そいつの名前はマユだ」

「えーひーちゃん神!がいい~!」

なぜ、ネットみたいな名前を使うんだ?

「マユさん。改めてよろしくお願いしますね」

「マユさん。よろしくお願いします」

「マユさん。家具いつか弁償してくださいね」

とりあえず三人でごり押した。

「えーひー」

「ところで!香菜はなんで俺のところに来られたの?」

強引に話を逸らして香菜に話を振った。咄嗟の質問とはいえ気になっていたことではある。

「えっとね。正義君達レベル上げしてるって言ってたから探してたの。常に聖域は展開していたしもし洗脳されててもいいようにね」

「そうなんだ。ありがとうね」

「えへへー。助けられて良かったよ」

ほんと、香菜がいなかったらどうなっていたことか。俺も父さんと同じ運命を辿っていたのかな?アハハ…

「天童香菜。聖域を広げてやれ。烈火正義の精神が不安定になっているぞ」

「え!≪聖域≫」

「どうかしたんですか?」

ちょっとだけ心が温かくなった。でも、下手にそれを言って香菜が責任を感じるのは嫌だな。

「なんでもないよ。それより明子の対策をたてよう」

「……そうだな。なら全員のステータスを教えてくれ。頭に思い浮かべるだけでいいぞ」

 

名前 烈火 正義

レベル 70

攻撃 278 (直接165 間接113)

素早さ 278 

防御 278  (直接139間接139)

魔力 278

 

職業 勇者  なし

 

スキル 聖剣10 成長促進 投石10 隠密10 火魔法3

 

称号 なし

 

 

 

名前 香川 優

レベル 30

攻撃 1 (直接1 間接0)

素早さ 1

防御 1 (直接1 間接0)

魔力 1

 

 

職業 神医者5 

 

スキル 診察 治療1  研究 手術

 

称号 なし

 

 

 

 

名前 天童 香菜

レベル 80

攻撃 160 (直接30 間接30)

素早さ 160

防御 348 (直接174 間接174)

魔力 348

 

 

職業 大聖女 

 

スキル 全天10 聖域10 光魔法10 祈り

 

称号 信者

 

「なるほど。少し時間くれ」

思考の海に沈みはじめたヒカとそれにしな垂れかかるマユを横目に話す。

「香菜ものすごいレベル高いね」

「アハハ。ソリャマイニチナンジカンモレベルアゲテリャネ」

なんかすごい目が遠いところを見てる。成長促進がある僕より高いのだからものすごい努力の上に成り立っているのだろう。

「あの!スキルってどういう効果何ですか?」

話を変えるように優さんがそう尋ねた。

「全天は普通に攻撃を防げる壁を作れて聖域は心身ともに回復。光魔法はだいたい味方を強化したり悪い効果を打ち消したりできるんだ。祈りは綺麗な姿勢で祈れるってだけだよ」

ザ、後衛職って感じだな。それから適当に話しているとヒカが声を上げた。

「ふむ。だいたいは纏まったが確証が欲しいな。烈火正義。友井明子との戦闘の映像を見せてくれ」

「え、どういうこと?」

流石に撮影しながら戦っている等と考えないだろうし別の意味があるのか?

「は?…。ちょっと待て。聖剣ってどう使っている?」

「え、投げたり、斬ったりだけど…」

「ちょっと聖剣出してくれ」

「分かったけど…わっ!」

戸惑いながら俺は手元に剣を召喚する。手元に出た剣はなぜかめちゃくちゃ震えていた。

 



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第七十話

 

「えっと?」

ブルブルと震える聖剣を見つめる。見つめていると震えが止まり、ピカっと光った。

『申し訳ありませんでした』

機械音声のようで無機質な声が聖剣から出てきた。しかし、なぜか焦りが読み取れる。まあその前に。

「喋った!?」

「喋るのは聖剣のレベルが10になってからのはずだ。とっくの昔になっているはずだがなぜ持ち主が知らないんだ?」

ちょっとした圧をかけながらそう問い掛けるヒカ。まるでパワハラ上司のようだ。

『えー成長促進によるステータス上昇にこの聖剣自体が追い付けず、リソースを壊れないことに特化させていた結果、こんなにも遅れてしまいました』

「ふむ?もう少し分かりやすく頼む」

『承知しました』

そういって聖剣が話しはじめたのはこんな内容であった。

 

まず、聖剣等武器召喚による武器がステータス上昇に耐えきれるのは使用者と同じだけの経験値を武器召喚系スキルも得ることができるかららしい。それで使用者にあったステータスにするのだとか。

でも、成長促進のせいで使用者とスキルに入る経験値に差ができてしまった。おかげで普通の割り振りでは握るだけでひびが入る可能性があったとのこと。そのため防御力にだけ特化させ、それでも足りないのでその他の機能を後回しにしていたそうだ。

 

『ですので、今緊急で自動防御を消して会話機能のみ解除しましたが、他の機能は解除できていません』

「ということはあの戦闘もか?」

『いえ、戦闘に関しては持ち主の記憶から取り出せますので問題はありません。しかし、出力はリソースが足りません』

勝手に二人?だけで話しはじめて香菜も俺も優さんもおいてけぼりだ。

「あの。ちなみに聖剣はレベル毎に何ができるんですか?」

『1で手元に召喚。2で自動防御。3で録画、出力。4でアイテムボックス。5で自動攻撃。6で斬撃を飛ばす。7で独りで動ける。8で聖剣追加。9で限界突破。10で会話ができるといった感じです。限界突破とは、死にかけでも痛みを感じなくなり動ける状態にするというものです』

色々と強そうなのがたくさんある。というかアイテムボックスって剣の役割なの?

「聞くが、今のように必要に応じて一つの機能を消して別のを解除とは何度でもできるのか?」

『可能ですが、それには一回一回そこそこの時間を必要とします』

全部使えればかなりの強さになるだろうがそれは難しいようだ。

「ちなみに全部解放できたとして、維持コストを含めると防御が足りなくなるのか?」

『使えるようにするために割くリソースが馬鹿でかく、一つを消去しないと足りないというだけですので維持だけなら防御力上昇と並行して行えます』

つまり、何とかして一度この機能を解放できればいいと言う話だ。

「使用者に経験値が入らず武器にだけ経験値を入れる方法はあるのか?」

『はい。独りで動ける状態にすれば私だけで経験値を稼ぎに行けますのでそれで可能です』

おお!そんな方法が!あれ?それなら…

「あの。それならもっと早く教えてくれたら良かったのに」

さっさと会話機能でそれだけ教えてくれたら夜に経験値稼ぎに行けただろうに。そうすればこんなことには…

『召喚されていないと話せないのと、戦闘中は常に自動防御のみ使用していたためできませんでした』

あーそういえばそんなの言ってたな。

「ふむ。だいたい分かった。それなら今日のところは聖剣のレベル上げに徹底するぞ。天童香菜は烈火正義とその聖剣を守ってやってくれ。他は待機だ」

「「分かりました」」

その指示に従って僕と香菜はレベル上げに向かった。

 



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第七十一話

 

「うーんこれ私要らないよね?」

「何なら俺も要らないね」

目の前ではスパスパと化け物を切り捨てる聖剣があった。とりあえずダンジョンの効果範囲まで運んでやると勝手に動き出したのだ。

「これが独りで動けるなんだね」

「便利だな。それにしても随分と荒ぶってるな」

ゴブリンやオークを消えるまでめった刺しにする剣を見ながらそう言った。

「お菓子食べる?」

「ありがとう」

香菜がお煎餅を取り出したのでそれを貰った。なんで持ってきてるんだ。それも煎餅。待ってこの子お茶飲みはじめた。もうおばあちゃんみたいじゃん。

「正義君。今思ったことを正直に言って?」

「ナニモオモッテナイヨ」

流石に怒られることを察知したので誤魔化した。その間も聖剣は化け物を切り刻んでいた。

それから、これまでのことを話したりしていると声が響いた。

『とりあえず喋る機能は解放できました』

「お、だいたい2時間くらいだ」

「うーん。結構時間かかるね」

もう3時を越えそうになっている。後7つだから最低14時間くらい掛かるだろう。

『お願いがあるのですが、この聖剣を上に投げて、10秒程で再召喚してまた投げて召喚してというのを何度も繰り返して頂けますか?あ、効率重視のため、これが終われば喋りません』

「ん?分かったよ」

なぜ、と思ったがやることがないので何も言わずにやってやる。

「ほい!」

とりあえず20メートル程高く上げてみる。すると聖剣は二つに別れて別々の方向へ落ちていった。

「おー!これが増えるって奴か!どっちも勝手に動いてくれるんだな」

「すごいねー。…あ、10秒だよ!」

そういわれたので手元に引き寄せると一本だけ帰ってきた。そして上に投げるとまた二つに別れた。

「これカンって音して気持ちがいいね」

そう。この聖剣が二つに別れるときカンっと心地のいい音がするのだ。

「確かに。ずっとやっていられそう」

まぁ、4時間もやれば飽きるけどね。

 

 

 

 

 

 

 

時計が7時を回ったので一旦家に帰ることにした。聖剣を投げ続けてくたくたになった腕を香菜は持ち、隠密の効果に便乗している。

「ん。ここからだね。化け物が出なくなるの」

「そうだね。でも、今は普通の人すら信じにくいから隠密は解除せずに行こう」

明子の手によって自衛隊の人ですらどうなっているか分かったもんじゃない。

「分かった。ってあれ?」

香菜が不思議そうな声を出した。目線の先を追うと曲がり角でその先から僅かな光が漏れている。あそこは確か商店街ではあるものの化け物騒動のせいですべての店が閉じたはずだ。

「行ってみる?」

「…うん」

そうして、曲がり角を曲がった先にはいつもの風景があった。そう、いつものである。

充分に先が見通せる程の明かり、シャッターを上げた店の数々、買い物袋を片手に持った笑顔の人々。何度も見てきたその商店街はいつもの風景を取り戻していた。

「わあ。すごいね!」

「そう…だね」

「え、どうしたの?久しぶりにこんなの見れて私は嬉しいよ?」

少し目を輝かせる香菜を見ながら思う。

 

どれだけ賑わっていて、

 

どれだけ人々が楽しそうで、

 

どれだけ僕達が望んだ風景であっても、

 

 

 

 

僕は偽物としか思えなかった。

 

そうとしか見えなかった。

 

どこまでも、どこまでも、どこまでも

 

 

気持ち悪かった。

 

 

 



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第七十二話

 

「ただいまー」

「お帰りなさい。ご飯出来てますよ」

教会につくと優さんがご飯を信者のみんなに配っていた。泣きながらそれを掻き込む者もいて、食欲がぐっと沸いて来る。

「うわー、おいしそう。…はむっ。ウッッッマ」

香菜もちょっとテンションがおかしくなるくらいにはおいしいと思っているようだ。もちろん僕も。

「烈火正義。どこまでいけた?」

「えーと、今日で四つだから後四つですね」

効率が上がったおかげで明日には終われそうなくらいまで来ている。

「そうか。なら今出来るものから性能確認しておけよ。戦闘中に出くわすこともあるんだからな」

明子のことを言っているのだろう。確かに彼女は再度来ることはなかった。もしかして死んだと思われている?それならいいが。

その日は純の配信に物資を送り、ニュースを見て終わった。安全になったダンジョン周辺では犯罪が横行しているらしい。まあ他の人より強い力を持っていたら驕っちゃうよね。自衛隊にとめられてるけど。

 

 

 

 

 

 

「よし!今日もがんばろうね。正義君!」

朝8時に家を出て、香菜を抱えてダンジョン範囲外まで来た。昨日と同じく聖剣の化け物解体ショーを見ているだけだ。

『フゥゥゥゥゥウ!ゴミは伐採だ!』

「フフ…」

「くっ」

この聖剣君。独りで動くモードにして喋るようにすると化け物と接適するとすごい台詞を吐いてくれる。キラキラした剣からヤンキーのような台詞が流れる様子はなかなかに面白かった。ちなみに大袈裟にやったらキレる。

『ヒャッハーーー』

 

 

そろそろお昼時。屋根の上でおむすび片手に談笑する。ちなみに目の前では化け物の解体ショー中だ。

「本当に暇だね」

「見ているだけだからね」

ポカポカと体が暖まる日を浴びながら解体ショーを眺めている。

「あの蛙って女の子の敵だよね」

「いや男でも怖いよ?ってか純達に服送らないと」

今日新しく現れた蛙にスカートを少し溶かされた香菜はこの蛙に対してものすごい怒っている。肌がジュウジュウといくらしいので僕も怖い。

「ん。終わったね」

「僕等も動こうか」

聖剣がすべての化け物を切り刻んだのを見終えて動きはじめることにした。トンッと地面が足に着き、影が出来て、

「香菜!」

その影が膨らんだ。

香菜を抱えて飛び上がる。

「わっ!えっえ。≪全天≫!≪全天≫!≪全天≫!」

「ちょっ香菜!落ち着いて!」

膨らむ影に全天を合わせる香菜。余程慌てているのか何度も何度も重ねている。

ゆっくりと膨らむ影から一人の男がはい出てきた。

「ヒッ」

香菜が恐怖に怯えた顔をする。それもそのはず。はい出てきた男は激しく顔を歪めていてその目はこちらを捕らえていた。

「がああああああああああああああああ!!!!!!!」

叫び声を上げた男から闇があふれ辺りを包み込む。深い闇はどこかで見たことのある形を造った。

「あれは…」

真っ黒な太い針が僕と香菜を包み込むように広がっていく。どう見てもこの前空に浮かんでいたのと同じ物だ。

「なになになになに!怖いよ!」

「あああああああああああああああああああああ!!!!」

香菜が俺の腕をギュッと掴む。というか、針よりもこの男自体に恐怖を感じているようだ。針は僕達の逃げ道を完全に潰すと、こちらへと飛んできた。

カンっ

心地良い音と共に針は弾かれる。

「正義君!これなら大丈夫だよ!」

「それもそうだな」

そういいながら、聖剣を手元に召喚する。そして、聖剣をブルッと振った。聖剣から白い光が飛んで行き、全天の壁を通り抜けて男の元へと飛んでいく。

「ぐがあああああああああああああ!!!!!」

狂ったように叫び、裂けた傷口を闇で包む。闇が払われるとその傷口は塞がっていた。

「回復!?」

「なら手数で攻めるまで!」

向こうの攻撃は通らない。でも、こっちの攻撃は通る。どれだけ回復したとしても、痛みを受けたことは忘れない。それは確実に精神を削ると美香さんから教えられた。向こうは人殺しだ。躊躇するな。そう言い聞かせ斬撃を振るっていく。

「っ!」

剣が勝手に動いてある一方に振るわれる。それは全天の壁を一部砕いて目前にまで迫っていた炎を掻き消した。

「えっ…!≪聖域≫≪全天≫!」

「明子っ!」

アニメのような衣装には似合わない無表情の少女は空から僕達を見下していた。

 

 

 

 

 



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第七十三話

 

男からは闇の針、明子からは魔法が振るわれる。男の方は香菜で何とかなるのだが明子の方の魔法はやけに貫通力が高い。聖剣の自動防御がなければ危なかっただろう。

「うぇぇぇ。ぜんぜん防げないよぉ」

「大丈夫!香菜は男の方だけ集中してて!」

またもや全天を貫く炎を切り捨てる。流石に自動防御とは言え二方向から来るのは対処できない。だからこそ分担が必要になる。

「正義君!いくよ!≪光魔法≫」

体が少し軽くなり、力が沸いてくる。が、それもすぐに消え去った。そして、視界が黒に染まる。それでも聖剣は勝手に動いて近づいて来る炎を切り裂いていた。

「わぁっ!≪全天≫≪全天≫≪全天≫!」

「香菜!光魔法をお願い!デバフ解除のやつ!」

「≪光魔法≫!」

そして、ぱっと視界が明るくなった。やはり、今のは何かそういう魔法の効果だろう。男はさっきから狂ったように針を作り、それを全天にぶつけている。その全天はすぐに明子に割られてしまうので張りつづけないといけない。

このままじゃジリ貧だ。片方を何とかして剥がしたい。だから、聖剣を明子に向かって投擲した。同時に炎がこちらに飛んで来る。

「正義君!?」

「もう一本あるから大丈夫っと!」

炎を防いで投げた剣の行方を確認する。やはりそれはあたることはなく明子の横を通りすぎていった。そして、引き返して明子の足を貫いた。

「?」

初めて、明子の表情が変化する。不思議そうに刺さった剣と滴り落ちる血液を眺めている。

「今のうちに!」

斬撃ではなく石をぶん投げた。投石スキル、ステータスがあわさった石はなかなかに威力があるので明子を警戒しながらやるには隙の少ないこれが適している。

投げた石は男の腹部に深く深くめり込んで男は遂に気を失ったのか倒れ込んだ。

「よっし!これで後は明子一人だ!」

まだ放心状態なのかじっと足に刺さった剣を見つめる明子に同じように石を投げる。が、突風が吹き荒れて石は明後日の方向に飛んでいった。

「なら、近距離で挑むまで!」

足に力を入れて、急接近する。聖剣には自動防御と自動攻撃があるのでただただ距離を近づければ勝手に戦闘してくれる。

『ヒャッハー!!!』

足に突き刺さっていた聖剣が暴れて傷口を拡げはじめた。ボタボタと血が滴り落ちて、赤い水溜まりが生成されていく。これなら、無力化出来るんじゃないか?そんな期待が沸き上がったその瞬間。

「があああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

倒れていた男から町を埋め尽くすと言わんばかりの闇が溢れる。それは太陽を遮って世界に闇をもたらす。

「≪全天≫!」

香菜はすぐに全天を張って攻撃に備えているようだ。僕は自動防御があるから香菜の元に近づいて明子の炎を警戒する。もう一本の聖剣は今も明子と戦っているはずだ。

また、腕が勝手に動いて防御する。飛んできた何かはカキンと音を立てて聖剣に弾かれた。

「あれ?」

炎を切った時はシュボッという音がしていたがこんな金属音はなかったはずだ。その何かはひたすらこちらに攻撃をしているようで、何度も闇の中で金属音が響く。

「なになになに!?」

「わからないけど離れないでね!って、え?」

闇が晴れ、視界が明るくなった時、明子もあの男も既にいなくなっていた。それだけならまだ想定内ではある。でも、何よりもおかしかったのは、

「聖剣?」

『フゥゥゥゥゥウ!』

攻撃をしかけてきていたのは、明子の足に刺さっていたはずの聖剣であった。

 



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第七十四話

 

「ちょっ!聖剣!どういうこと!?」

『詳しくは分かりませんが何かに操られています。また、私の方との接続が切れてしまったので戻すことが出来ません』

淡々とそう告げて来る聖剣。

『因みに聖剣自体のスペックは同じです。そのため今の正義様の力では破壊することもされることもありません。そして、どちらも自動防御と自動攻撃がありますのでこのままではずっと戦い続けることになります』

何だこの剣。ハイスペック過ぎないか?

「じゃあこの状態で化け物を倒せば経験値は向こうに入るか?」

『入りません』

それを聞いてこれからの方針を決定する。香菜を片手で抱え込んで全力で逃げ出した。

『フゥゥゥゥゥウ!汚物は消毒じゃぁぁぁぁあ』

「どうしたの正義君!」

「とりあえず化け物を倒してレベルを上げてあれを壊す!」

どれくらい倒せばいいのかわからないがレベルが一上がるだけでもかなりのものだろう。

「えっ。それって≪光魔法≫じゃダメなの?」

「…」

マジじゃん。いやでもどれくらいだ?

「全ステータス10%アップだよ!」

「よっしゃお願い!」

「≪光魔法≫」

力が少し沸き上がり暴れる聖剣と対峙する。まあ、流石にステータス全部が上がっていることもあって全然押せている。そして、10分ほど剣を叩きつづけ、やっと砕けた。

『今のでまた分裂が可能になりました。おそらく同じような事になっているとは思えませんが念のため分裂しますか?』

そんなことを提案して来る。まあ分裂はめちゃくちゃ強力なので安心して使いたいのも事実だ。確認は大事だろう。

香菜に光魔法をかけてもらい、分裂させる。そして、片方を独りで動くようにした。

「ヒャッハーー!!」

そして、元気に化け物を狩りはじめた。よかった。

 

 

 

 

「ふむ。それはおそらく、精神魔法によるものだろう」

聖剣の機能の一つである録画、出力で戦闘の様子をヒカに見せるとそう言ってきた。

「精神魔法?」

「精神魔法は今、集団洗脳が起こっているように生物の内側に干渉する魔法だ。自分と相手の魔力の差で効き目が変わるが、やり方によってはその人物を記憶を持った完全な別人にすることも可能だ。これは推測でしかないがおそらく、神の使徒レベルの魔力がないと記憶が消えるくらいは出来るだろう」

何それ。というか怖すぎないか?というかその推測が正しいなら何でこれまでの戦いで使わないのだろうか?

「それは聖域のお陰だろう。あれは内側への干渉を全て弾くからな」

ちらっと香菜を見るとむふーとしていた。途中からずっと全天が破られていたから役にたったと実感できて嬉しかったのだろう。

「後は光魔法でも何とか出来るぞ。といってもさっき言った精神魔法を使う際の魔力の差くらいの魔力がないと効果がないがな」

そこまで説明すると、話を変えるようにパソコンを前に出してきた。

「これを見ろ」

「これは?」

そこには住宅地が映っていた。そして、明子が突っ立っている。そこに向かって大量の化け物が突っ込んで行って消えていっていた。

「これはここから10キロほど離れた住宅地の監視カメラだ。見たら分かると思うが友井明子のレベル上げの様子だな。おそらく化け物を操ってひたすらに自殺させているのだろう」

それは見たらだいたい分かる。それよりもこれがどうしたというのだろうか?

「これはネット上にアップされていて、ものすごい勢いで拡散されている。こんなもの今じゃありふれているというのにな」

確かに、自衛隊が化け物の討伐の様子を上げていたりする。これは化け物の脅威を知らせるとともに、安心させるためらしい。そんな中でちょっと珍しいってだけでここまで拡散されるのはなかなかない。一時間前なのに既にイイネは日本の人口を越えている。

「まぁなにが言いたいかと言うと、この映像越しに人々が洗脳されていると言うことだ。俺らは聖域内だから大丈夫ってだけでな」

 

 

 

え?

 



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第七十五話

 

「嘘でしょ」

流石にそれだけでそうとは分からないだろう。そのはずだ。そうであってほしい。

「いや、精神魔法が使えるなら出来てもおかしくない。そもそも魔法はレベル10までいくとかなりおかしくなるからな」

突然の新情報だ。

「何ですかそれ。詳しく教えてもらえますか?」

優さんが少し早口になって問い掛ける。焦るのも仕方ないと思うくらいこの情報は鍵になる気がする。

「そんなに難しく考えなくていい。火を地面から出したり龍みたいに固めたり檻を作ったりと、自由度が広がるんだ。精神魔法の場合、映像にそれをかければウイルスのようにどんどん広がっていく。まあ魔力次第で限界はあったりするがな」

「止める方法は」

「ない」

だとすると、どんなメディアも聖域内か近くに光魔法を使える仲間がいないと見ることに危険が伴うということだ。

「なら、外で安易にテレビとかスマホを見るべきじゃないってことですね」

「そういうことだ。後、まあ友井明子次第にはなるが、自衛隊も政府も陥落される恐れがあるということは知っておけ」

あぁ、そうか。

「そういう人たちは絶対メディア見ますもんね…あっ」

「正義君?」

そういって一つの可能性にたどり着いた。そういえば、俺の母さんは元警察で現自衛隊。最近自衛隊に入った渚。これが敵に回る恐れがあるということに。

「そういえばそうだったね…。でも、光魔法と聖域で何とかなるよ!正義君光魔法覚えたでしょ!」

一度下を向いた香菜であったが、すぐに光魔法のことを思い出して声を上げた。確かに、今回のレベル上げ(聖剣)で覚えることが出来たのでそれを使えばいいかと安心する。同時にもっと速く使えていればと後悔が襲ってくるが心に秘めて笑顔を作る。

「それもそうだね。なら大丈夫か」

「横に友井明子がいれば聖域じゃないと無理だと思うぞ?」

「え?」

突然そんなことを言われた。どういうことだ?

「すぐさまかけ直されるだろうし、烈火正義への対抗策とも言えるその二人に回す魔力のリソースはかなり多いだろう。光魔法で治せるかも怪しいぞ」

「魔力の話なら聖域でもダメなんじゃ?」

「聖域は魔法とは少し違うから大丈夫だ。魔力云々を無視するからな」

なんというか、香菜が明子キラー過ぎる。

「じゃあ私と正義君はずっと一緒にいなきゃだね!渚君や正義君のお母さんを守るためにも!」

「まあ、そうなるかな?」

香菜の父親でもいい気がしたのだが、全天のことも考えるとそうでもなさそうだし、何よりもここでそれを言うのはダメな気がするから黙っておいた。

「えっ。それ香菜さんのお父さんでもいi………」

ものすごい殺気が香菜から出てきた。ほんとこの人は…。

呆れた視線が優さんに突き刺さり、この話が終わった。

 

 

 

 

 

「ねえ、正義君」

寝る時間が近づいて来て、部屋の片隅に簡易的な寝る所を作っていると、香菜が話しかけてきた。

「どうしたの?」

「えっと、その。ごめんなさい」

そうして頭を深く下げる香菜。何なんだ?

「あのね、実はさ、一部の場所で雨が降ってたり、炎が燃えていたりね。遠くから見ていたんだ。そして、急いで助けにいこうとしてた」

何のことか分からなかったが、すぐに明子との初めての戦闘のことだと思い至った。そして、気づいた。

「頑張って走ったんだけど、間に合わなくてね、とっても大きな火の柱が上がったときに見えちゃったんだ」

やめてくれ。

「正義君のお父さんが正義君にナイフを向けているのを」

頑張って忘れようとしてたのに

「その後に…」

「もういいよ」

「…」

「そうだよ。父さんは死んだよ。だから何!?香菜には関係ないでしょ!」

声を荒げてしまう。何とか心に封じ込めていた悲しみか、怒りが、どんどんと沸き上がって来る。

「こっちは気を使って黙っててやってたのにさ!何でそっちから言うの!?」

「だって、正義君。ずっと悲しんでるから」

は?

「そうだよ。悲しいよ!でもさ、不幸自慢なんて意味ないでしょ?そんなの自己満足だし気を遣わせるだけで何の得もない。だから黙ってたんだよ!我慢してたんだよ!」

こんなの言ったって少し他人の気持ちが重くなるだけ。デメリットしかない。

「でも、見てて辛そうだったし」

「そりゃ辛いよ!当たり前でしょ!父さんは仕事が忙しい母さんに代わって僕を育ててくれた!大事な大事な家族なんだ!それがっ…」

視界がぼやける。ずっとせき止めていた何かが溢れ出そうとしていた。

「泣いてもいいよ」

「泣いたらっ」

「私はそれを知っているから、気にする必要はないんだよ」

ダメだ。止められない。

「ごめんなさい。私がもっと速く行ければ、助けられたと思う。だから悪いのは私だよ。正義君じゃない」

「そ、れは、」

「自分のせいにしないで、悪いのは全部私だから」

ちがう。そうと分かってる。でも…。

「そうだよ。香菜がもっと速く来てくれたら…」

言っちゃダメだ。

「助かったのに!」

助けられた分際で何を言っている。

「香菜が全部悪いんだ!」

ああ、もういいや。

「ごめんね」

そう謝り続ける香菜を前に、僕は泣くことしか出来なかった。

 

 

 

 



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第七十六話

 

嗚咽が響く。彼が泣き崩れている。私はそれを見て、罪悪感で胸がいっぱいになっていた。予想は出来ていたんだ。こうなることくらい。でも、そうしないといけないんだ。その想いを我慢して押さえ込むのはダメなんだ。だって、いつかそれは人を壊してしまうから。

 

 

 

 

本当に昔のことだ。お母さんが病気で入院した。命にかかわるような物ではないけど、治すのは難しい厄介な病気だ。私も、お父さんも、お母さんが大好きだったから頑張ってお母さんを元気にしようと頑張ったんだ。

私は毎日お見舞いに行った。

「お母さん!」

「香菜。今日も来てくれたのね」

毎日毎日通うもんだから、お母さんはいつも私に無理しなくていいとか、友達と遊びなさいとかよく言っていた。でも、

「お母さんのためなら、全然辛くないよ!」

「あらあら」

少し困ったように、だけど嬉しそうな笑顔を見たくて、毎日お見舞いに行ってお母さんのお世話をしていた。

お父さんは嵩む入院費をなんとかするために必死で働いていた。だけど、お母さんには秘密で。少しでも心配させたくなかったかららしい。

そんな日々が何年も何年も続いた。だけど、ある日を境にお母さんはどんどんとやつれていった。私を見ると笑ってくれるけど、それまではずっと下を向いたりしていた。

お医者さんにお願いして何度も検査をしてもらうけど、変わっていないと言われて、それでも心配だったから、いつもより速く病院に行ったその日のことだった。

「お母さん?」

お母さんがベッドの上に立っていた。いつも寝ているベッドでだ。これまで、そんなことは一度もなかったのにと不審に思ってカーテンを開けると

 

 

 

 

お母さんの足が中に浮いていた。

 

 

「お母さん!」

思わず叫び、辺りから人が集まってきた。

「天童さん!天童さん!」

看護師さんがお母さんの首元の縄を切って、運び出した。

私は見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

「こちら、天童さんの日記です」

お母さんの死亡が確認されて、病院の人から手渡されたお母さんの日記を読んだ。

私がしたこと、お父さんがしたことを嬉しそうなイラストと共に記録されていた。だけど、ある日、こんな一文があった。

 

私の入院だけで、こんなにもお金が必要らしい。

 

この一文から日記の内容ががらりと変わった。

 

香菜の元気がない。わたしのせい?

お父さんの目に隈が。わたしが負担になってしまっているから?

わたしはこのまま生きてていいの?愛する人と子供の負担となるだけの存在なんていらないよね?

 

嬉々としていた日記は見るのも辛くなるくらい、絶望の色に染まっていた。だけど、そうなりはじめたのは、お母さんがまだ元気な時だったんだ。やつれはじめたと感じた辺りの日記はとてもシンプルな物だった。

 

ごめんなさい。

 

毎日毎日ごめんなさいとしかかかれていなかった。いつしか、ごめんなさいは死にたいへと変わっていった。そして、最後の日の日記、いや、遺書にはこう書かれていた。

 

『ごめんなさい。わたしのせいで貴方達を苦しめてしまって。あの時、自分の入院費を見たとき、絶句しました。だって、お父さんの収入の半分近くあったのだから。多分香菜は遊ばないんじゃなくて遊べなかったんだよね。お父さんはわたしのせいでお金がなくなるから遅くまで働いていたんだよね。ごめんなさい。わたしはいないほうがいいよね。さようなら』

 

お母さんは不安だった。病気も、毎日来るわたしのことも、お金も、お父さんのことも。それが積み重なって、こんなことになってしまった。そうお医者さんに話されて、わたしは気づいたんだ。お母さんは一度もわたしの前で笑顔を絶やさなかった。それは我慢していたんだって。

 

 

 

我慢は良くない。我慢した感情は膨れ上がり、良くないことに繋がる。だから、吐き出させないといけないんだ。悲しみを、怒りを、溜め込まないようにしないといけないんだ。

「ごめんなさい」

泣いている彼にむけて、何度目かわからない謝罪を口にした。

 

 



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第七十七話

 

父さんが死んで、遺体も残らなくて、悲しくて、悔しくて、泣いた。ずっと泣きつづけて、涙が枯れた頃、やっと気持ちの整理がついた。

父さんの死を受け入れて、悲しみは涙に流して消して、自身がどうしたいかを必死に考えた。

守りたい。

僕の大切を、大切な人を失いたくない。

これ以上、父さんのような人を作りたくない。

そこまで考えて、僕は前を向いた。目に映る景色はより明瞭に見えて、心はやけにすっきりとしていた。

「あぁ」

窓の奥には光輝く月が浮かんでいた。

 

 

「香菜」

「グスッ。ごめんなさい」

「何で泣いてるの?」

うずくまっていた香菜に声をかけると、鼻声で謝られた。

「いや、何でもないよ」

香菜はふるふると力無く首を振って、腫れた目を細めて、笑顔を作った。その笑顔はとても優しげで、悲しげで、そして安堵しているようだった。

「心配かけてごめん。でも、もう、大丈夫だ」

一度、言葉を整理するため間を開ける。

「僕は皆を守りたい。もう何も失いたくない」

それは、勇者としてどれだけ情けないのだろう。

「だけど、僕一人じゃ絶対に取りこぼしてしまう。そしてそれは後から拾える物でもない」

皆を守ると豪語しているのに、どれだけ情けないのだろう。

「だから」

男として、どれだけ情けないのだろう。

「支えてほしい。助けてほしい。一人じゃ何もできない僕と一緒に皆を守ってほしい」

でも、父さんのような犠牲を出さない為にはこうするしかないんだ。

「お願いします」

頭を下げた。

 

 

 

 

 

「仲間のいない勇者なんてありえないよ」

香菜は僕の手を握り、微笑んだ。

 

僕の世界を救う活動は、今、始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。昨日あんなことを決めたはいいが、聖剣のレベルが上がらないと、どうしようもない。だから、今日もレベル上げに勤しんでいた。

「今日は鼬みたいだ」

「わっ。速いね~」

しゅびしゅび動き回る鼬。でも、

『フゥゥゥゥゥウ!』

聖剣の前では無意味だった。鼬は何度も何度も辺りを回った後、攻撃をしかけて来る。そして、飛び込んだ先の聖剣に斬られていた。

「これなら心配いらなそうだね」

「うん」

実際、どんな敵も聖剣が確実に倒してくれていたからほんとに僕等いる?と思ってしまう。

そんな時間が4時間ほど続いて、聖剣が声を上げた。

『終了しました。全ての機能が使用可能です』

「やったああ!」

「よっしゃ!」

長い長いレベル上げが終わって二人で喜び合う。必要な事とはいえ、暇だったのだから仕方ない。そして、近くにあった家の影から闇が溢れ出てきた。

「うわっ。ヒカさんが言っていた通りになったね。≪全天≫≪聖域≫」

「何回来るんだ…」

三度目の明子の襲撃であった。

 

闇が晴れ、目の前にはもう見慣れた魔法少女の服装を纏う明子がそこにいた。もう、無力化とかは考えない。全力で叩き潰さないとこっちがやられてしまう。

「≪聖剣≫」

召喚し、分裂させる。そうして準備を整えた僕達だったが結果から言えば、それは必要なかった。

「あれ?」

明子は何もしない。ただそこに立つ。動いているのは闇を放っている男だった。

その男の攻撃は≪全天≫を貫通しない。だから、一応香菜の近くにいながらも明子のみを警戒していた。

「待って正義君!周りが!」

そういわれて辺りを見渡すと、既に闇に包まれていた。

慎重に相手の出方を伺う。でも、結局何も来なくて、闇も晴れてきて、

「え?」

「あれ?」

僕達は、

「ここどこ…?」

どこかも分からない都市へと飛ばされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第七十八話

 

「ええ…」

いつもの戦闘を覚悟していた分、拍子抜け感がすごい。

「これって、あの男の人の闇に飛ばされたって感じだよね」

「うーん。まぁあの人いつも意味不明な所から出てきてたもんね。そういう力でもおかしくないのかな?」

今わかっているのはあの闇は攻撃にも、回復にも使えるということだ。そこに遠距離移動までつくとかあるのだろうか。

「まあともかく、ここがどこかだよね」

辺りにはビルや商店が建ち並んでいる。人の気配はあまりなく、自衛隊ぐらいだ。

「スマホで分かるかな?」

「分かると思うよ?インターネットもあるし天気予報もまだ出来てるんだから、GPSも死んでないと思う」

まあ試そうということで、スマホから現在地を確認する。GPSは生きていたようで現在地が表示された。え~どれどれ。北海道、札幌市ね。なるほどなるほど。

「どうだったの?」

首を傾げる香菜にスマホの画面を見せてあげた。

「……」

「……」

あっ香菜が息を吸った!せ~の!

「「えええええええええええええ!!!!!!!!!!」」

 

 

 

大声に寄ってきた自衛隊を誤魔化した後、適当な場所で話し合った。

「ねぇ。札幌って確かダンジョンで化け物が出なくなったんだよね?」

「うん。確かそうだったはず」

札幌は日本で初めてダンジョンが作られて安全が確保された場所だったはずだ。なら、幾分か人が外に出ていても良さそうなのだが、全然人の気配はない。

「これは後で聞いてみよっか。自衛隊さんに」

「そうだね。じゃあ次、この先どうするかだ。僕はかろうじて聖剣のアイテムボックスに適当なお菓子とお茶が入ってるから少しは持ちそうだよ」

「うーん。わたしはお菓子しかないなぁ。これならもっと食料入れておけば良かったね」

流石にこんなのは想定外だ。後悔したってしょうがない。

「じゃあなんとかしてご飯を手に入れて頑張って帰るって感じかなぁ」

「うーん」

余りにも現実味がない。そもそもご飯を何とかできてもどうやって帰るの?って話ではある。二人揃って頭を悩ませていると、スマホが震え出した。

「わっ!びっくりした~。んー。誰から?」

「えっと、非通知だね」

普段なら出るだろうけど、これが明子からだとすると少し躊躇してしまう。

「香菜。聖域お願い」

「≪聖域≫」

しっかりとそれを確認してから電話に出た。一応スピーカーもオンにしておく。

『烈火正義!今どこにいて何してる!』

少し、焦りを感じさせる口調だった。声からしてヒカだろう。ちょうどいいから質問しよう。

「今ですか?明子らに北海道まで飛ばされました。あの闇は人を転移させる力があるようです。ところでどうすればいいですかね?」

『何だと!クッソ。時間がないから手短に言うぞ!今友井明子がこっちに近づいて来ている。おそらく狙いは俺というより天童香菜の父親だろう。だから信者は見捨てて父親だけ連れて逃げさせてもらう。質問は後にしろ!』

そう言い残して電話は切れた。

「うそ…」

香菜の顔は青ざめていた。

 



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第七十九話

 

「どうしよう…」

香菜は青ざめた顔でうろうろとその場を動いていた。くそ。昨日あんなことを抜かしておいてこのザマか。

自身を責めるのも勿体ないのでとりあえず香菜の手を取った。

「え、どこ行くの?」

「自衛隊のとこ!一分一秒が惜しいからさっさと行くぞ!」

なかば強引に香菜を引き連れて自衛隊の所まで走る。本当に時間が惜しい。

「すいません!」

「どうしましたか!?」

さっき誤魔化したのと同じ人が対応してくれる。さっきとの違いが激しすぎてものすごい困惑顔だ。

「出来るだけ速く東京まで行くのにどうすればいいですか」

「は?」

なかなか教えてくれない。

「お願いします。教えてください!」

「その前に何かあったのか教えてくれませんか?」

ああ、くそ。まあ自衛隊だもんな。そう来るか。

「東京の家族から救援要請が来たんです!」

「はぁ。それならその地域の自衛隊に任せればいいのではないのですか?」

不思議そうに首を傾げながらそう言ってきた。まあ普通そうするけど、今は明子がいるからダメなんだよ…!どうせ信じてもらえないと思うけど…

「今東京では人を洗脳する魔女が暴れているんです!下手に要請したって意味ないんですよ!大丈夫かわからないから!」

それを聞いて、自衛隊の人は目を見開いた。そしてトランシーバーを取り出す。

「こちら札幌![魔女]を知っている人物が現れました。今すぐ本部に連れていきます」

そして、目の前の自衛隊員は手を差し出して

「その話、詳しく聞かせて貰います。そうしてくれるなら戦闘機でも何でも乗せて、連れていってあげましょう」

有無を言わせず、僕等は自衛隊に連れてかれた。

 

 

 

 

 

 

 

仮設テントのような物の中に案内され、かなり怖い顔のおじさんが僕等を出迎えた。

「よく来てくれた。さて、時間がそちらもないのだろう?さっさと用件を済ませるとしよう。これを見てくれ」

同時に自衛隊員が僕と香菜の腕の片方を手に取った。そして、怖い人が見せてきたのは昨日、見たばっかの動画だった。

「香菜!聖域!」

「えっ!≪聖域≫」

反射的に香菜に指示をする。香菜は下を向いていたため、まだ洗脳されない。だから≪聖域≫を使ってもらって、僕が洗脳されてもいいようにだ。

「あぁ、スマン。一応横に光魔法持ちを待機させてたんだが、杞憂に終わったようだな。では、質問だ。君達はこの少女を知っているか?いや、おそらく、我々よりも詳しく知っているだろう。それを教えてくれないか?」

期待を含んだ質問に自衛隊員全員が頭を下げる。僕は焦る気持ちを全力で押し止めて、こう言った。

「分かりました。でも、今日以内に東京に帰れるようにしてください」

「当然だ。何なら既に準備させている」

どうやら、ほんとのほんとに自衛隊は明子を追っているらしい。

 

 



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第八十話

 

自衛隊は明子の脅威を完全ではないが、分かっているようだった。どうやら、他国でそのような能力があることが分かり自衛隊に警戒が促されていたようだ。それを受けて全国の自衛隊では光魔法を常備することが義務化し念のための検診がされていたようだ。

洗脳と判断された自衛隊員の行動を洗って、絞り込まれたのがこの動画であり、実際に光魔法の使い手を近くにおいて実験もしたらしい。しかし、既に被害は計り知れずこれを公にするのも難しかったようだ。

「それで何を知りたいんですか?」

できる限り手短にするために先に条件を絞り込む。

「何でもいい。ただ最低でもこの人物の名前と今分かっている範囲でいいからスキルと被害を教えてほしい」

「分かりました」

出来るだけ手短に。でも聞き返されないようはっきりと。頭をフル回転させながら言葉を選び説明していく。それでも時間はかかってしまい気付けば日は暮れていた。

「もうそろそろどうですか…?」

疲れと焦りから苛立ちが滲むような声を出してしまう。やらかした。これで拗れたら面倒だ。

「すまない。こちらが不甲斐ないばっかりに…」

いいからはよ終われやぁ!と叫びたいのを我慢する。というか、香菜は聖域を張ってからまだ一度も喋っていない。

「ねぇ。正義君」

「何?香菜」

やっと口を開いた香菜に対してなるべく笑顔で相手をする。もちろん、不安を抱かせない為である。

「そんなに急がなくていいよ」

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

たっぷりと間を開けてしまうほど予想外の言葉だった。

「考えたんだ。もし今から行ったとしても既に明子ちゃんのやりようによっては手遅れだと思う。そして手遅れじゃないんだったら多分、今日どころか明日も明後日も生きれるはずだって。だって洗脳するだけなら多分私達に向けて使うと思うからね」

香菜の言うことはよくわかる。だけど、それを言う香菜の顔色がおかしい。台詞には似合わないほどに真っ青だ。

「いや、でも」

「いいから!無理しなくても大丈夫だから…!」

「えっと。これは…」

自衛隊の人も突然の展開に困惑顔だ。

「別に無理なんか…!」

「してるよ!だって正義君ものすごい手が熱いんだよ?頭だってクラクラするはずでしょ?聖域じゃどう頑張っても病気は治せないの!」

そう言われて、初めて体の不調を意識した。確かに頭はいたいかもしれない。でも、このくらいならたまにある程度だ。

「失礼!……すぐに安静に出来る場所を確保しろ!」

自衛隊の人が頭を触って来る。そしてすぐにそんなことを部下に指示した。

「別に体調がちょっと悪いだけだよ!こんなのたまにあるだろ!?」

周りの様子に少し不安を覚えてしまう。でも、そこまで不調ではないのは確かなのだ。

『いえ、現在限界突破を使用しています』

場が凍る。そして香菜が叫んだ。

「今すぐ解除して!」

『しかし、このままではすぐさま倒れてしまいます』

「うー!」

少しいらいらしたように地団駄を踏む。

「体温計です!」

自衛隊の人の部下さんが持ってきてくれた体温計を奪うように取った香菜は僕の口に全力で突っ込んできた。

「ほら!」

香菜が見せてきた体温計には40.5と表示されている。こんな数字初めて体温計で見たかもしれない。と呑気な事を考える。

「ベッドが用意できました!」

「運べ!」

「もう解除していいよ」

『そのようですね。承知しました』

一連の会話の流れを聞いて、ものすごいけだるさが体を、頭痛と吐き気が意識を蝕む。そして、視界は暗転した。

 



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第八十一話

 

冷たい感触を頭に感じながら目を開ける。

「あ、おはよう」

香菜がすぐさま気づき反応する。って俺は何を…。ああ、確か熱がでたんだっけ。よっこらしょっと体を起こすと、せき止めていた水が流れ出すように痛みが襲ってきた。

「うっ…」

「ああ!ダメだよ。安静にしなきゃ。もうすぐ薬が出来るみたいだからさ。まだ寝てよう?」

「くすり…?」

くすり、くすり…薬か。ただの解熱剤であるなら効くのに数時間といった所か。ああ、まだ東京まで時間がかかりそうだなぁ。

「あ、何か食べたいものある?」

何言ったってあるかわかんないのになーと思いつつ、一つお願いする。

「じゃあ純のとこにこれ送って」

そういって、手元に聖剣を召喚してアイテムをだす。これは、食料ではあるが、自衛隊の下にいるならそんなに必要ないと判断したうえでの行動だ。

「分かった」

そうしてしばらくすると視界の端にちらっと見えていた物が消え去り、香菜に感謝する。

「ありがとう」

「いいからいいから、さっさと寝なさい」

「はーい」

目をつむると、すぐに意識は沈んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家族が、信者さん達が危ないと知って恐怖で頭が真っ白になった。

お父さんはもうわたしに残された唯一の家族だし、信者さん達も古くからの付き合いでほとんど家族のような物だった。それが失われると思うと胸が痛くて仕方なかった。

そんな私を、正義君は引っ張って自衛隊と話しはじめた。ほとんど覚えていないが、頑張ってくれてたんだと思う。気づいたときには、この日のうちに帰れるように話を付けていた。

そこで、彼の顔を見た。ぱっと見、何の変哲もない顔であった。だけど、規則的な呼吸が乱れているのに目が行った。すぐに手を掴んで確信する。熱だ。それもかなり重症の。

彼は明らかに気づいていない様子だった。そこで私の中で葛藤が生まれた。

 

家族か彼か

 

だけど、結論が出るのにそうそう時間はかからなかった。すぐさま頭に浮かんだのは、私のために動いてくれる彼の顔。必死で、不調すら気にしないほどの激情で動いてくれた彼だった。

もちろん、それだけじゃない。明子ちゃんは正義君には明確な殺意を持っていた。でも、彼のお父さんへの殺意はなかったように思われる。ただ、正義君を殺すためだけの材料だといわんばかりだった。それなら、まだお父さんも信者さんも希望があるはずだ。それに、正義君は信者さんも含めて私の知っているかぎり一番強い。将来的に見ても彼を残すのが合理的だ。

言い訳を頭に浮かべながら、私は口を開いたんだ。

「ねぇ。正義君」

 

 

そんなことを思い出していると、自衛隊の人が一人の白衣を纏った女性を連れてきた。おそらく、彼女が薬を作ってくれる人だろう。来るのに半日かかったのだから、相当優秀なはずだ。

「まずは見ていきますね」

「はい。お願いします」

頭を下げながら、私は聖域を発動した。流石に光魔法は浴びてると思うが、念のためだ。

「はい。それでは━━━━」

ほんとに彼女は優秀なようでとんとん拍子に診察は済み、正義君に渡された薬を飲ませると、スキル産なのか即効性でみるみると顔色がよくなった。

「あ、痛くない」

正義君も驚いている。まあでも、副作用ですぐに眠ってしまったが。彼が倒れてから、既に一日が経過している。さっき確認した純君の配信では今日はヘビが追加されているらしい。

「この感じだと、帰れるのは明日か明後日かな?」

気持ち良さそうに眠る彼を見ながらそう呟いた。

 

チクリチクリと胸が痛んでいた。

 

 

 

 

 

 



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第八十二話

誤字報告あざますm(_ _)m


 

「うし。行こう」

テレビでしか見ることのない迷彩柄のヘリコプターを目の前にして、今一度気を入れ直した。熱も下がり、久しぶりの快眠で絶好調となった僕は無駄にした約二日を取り戻すためにやる気に満ちあふれていた。

「では、操縦は私が勤めさせていただきます」

自衛隊さんは一礼すると、操縦席に座った。ちなみにしっかりと聖域には通してあるので安全だ。

「いくつか、他の自衛隊基地へ燃料補給もかねて停まりますが、最終的に日が暮れるまでには到着できると思われます」

「「よろしくお願いします」」

二人で頭を下げて、乗り込んだ。

 

 

 

 

「正義君!こっち!鷲!」

香菜から知らされた方向へ斬撃を飛ばす。避けることも出来ずに、鷲は光となって消えた。

「うーん。結構多いねぇ」

「そうだね。この様子だと陸の方が良かったりするのかな?」

「いえ、やはりヘリコプター等の方が物資を送るのだと速いため何名かの自衛隊員によって銃殺しています」

雑談をしていると、たまに自衛隊の現状を教えてくれたりする。そんなんもあって、特に退屈することなく、一つ目の自衛隊基地へたどり着いた。

「では、私は燃料を取って来ますので着いてきてください」

「何故ついて行くんですか?」

待ってればいいのにと思ってしまう。

「いえ、私がいつ洗脳されるか分からないためです。本音を言うなら天童さんだけでも大丈夫なのですがそれだと不安でしょうし、烈火さんにも着いてきてください」

オオーッとばりばりの正論だぁ。疑ってごめんなさい!

 

 

 

何事もなく、補給は終わり、移動を再開する。

「すいません。後、どのくらい自衛隊基地に行くんですか?」スパ

「次で最後です」

思ったより補給は少なくすみそうな為、驚いてしまう。ヘリコプターってこんなにも速いのに燃費もなかなかいいようだ。いや?一日に二回は燃費が悪いのか?おっと鷲だ。スパ

「正義君。ご飯だよ」

「お、ありがとう」スパ

気付けば既にお昼時でゼリー飲料のみの食事をサクッと済ませる。こうでもしないとどんどん沸いて出てくる鷲に対応できない。ちなみに香菜は万が一の為、ずっと聖域を展開してもらっている。ってまたか。スパ

 

 

 

 

「はい。ここが最後の補給地点です」

そう言いながら眉をひそめる自衛隊さん。

「どうしました?」

「いえ、まだ日中なのですが少し静か過ぎる気がしまして」

確かに、前の所では響いていた訓練による怒号や悲鳴はここではめっきり無くなっていた。代わりにテレビの音声が聞こえて来る。

「待って、正義君。あのテレビ、今話題の魔法少女っていうテロップが付いているよ。気をつけてね」

サラっと香菜がとてつもないことを言ってのけた。

「マジか、気をつけよう」

多分見ただけで洗脳効果がありそうだ。というか、これってもしかして…。

「補給終わりました。では、行きましょ…」

自衛隊さんは目を見開いた。それにつられてその方向を見ると、

 

 

大勢の自衛隊と戦車がこちらに向かって行進していた。

 

 

 

 



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第八十三話

 

「あの、今日って軍事演習あったりします?」

「正義君!ふざけない!」

おこられた。でも、これは僕が悪いね。だって演習なわけないもんね。テレビに黄色い服着た人映ってるし。

瞬間、聖剣がひとりでに動く。そして、視認できない速度を出す砲弾を弾いた。

「え?はっや!」

「≪全天≫」

香菜はすぐさま全天を張って次に備える。

「香菜。どのくらい全天張れる?」

「いくらでもいけるよ!魔力はたっぷりとあるからね!」

その直後、砲弾が全天に弾かれた。

「自衛隊さん!今すぐ飛び立つ準備をしてください!それまでの時間は稼ぎますし飛んでからもなんとかできます!」

「…了解しました」

何か言いたいことはあるだろうが、何もいわずにやってくれる。

「?!≪全天≫≪全天≫≪全天≫!」

それを聞いて、すぐさま振り返る。そこでは何百人もの自衛隊が全天の壁に群がっていた。時折割れるがそのたびに張りなおしている。

のんびりとする時間はない。一歩踏み込んで聖剣をよこなぎにふるい、自衛隊をはじき飛ばした。が、何人かは空中で体制を整えてすぐさま距離を詰めて来る。受け身を失敗したものですら、起き上がる。

「頑強すぎるだろ…」

一人、二人が耐えるとは予想していたがまさか全員とは。全員の練度とステータスの高さが伺える。

「倒せなくても、時間は稼ぐ!」

聖剣のアイテムボックスから北海道で拾っておいた砂を取り出す。それらすべてに≪投石≫は適用されるのだ。振りかぶり、砂をばらまく。一部は地面をえぐり取り、砂煙を、そしてその他多くの砂粒が自衛隊の足を奪った。

「ちょ!正義君!何も見えないよ!」

「大丈夫。香菜はそのままね」

文句の声が上がるがこの聖剣は見えていないものですから防ぐ。それをヘリコプター近くにも置いてきたから攻撃が見えずに当たることはないはずだ。それに、

「集団行動は防げるはず…!」

まとめてかかって来ても、一度や二度ならなんとか出来るが、こちらの手札を見られたなら見事な連携力でそれらを無効化されるだろう。一人一人なら種が割れても大丈夫なはず。

そして、再度砂を出しタイミングを見計らう。そんな中、風が前から吹き荒れた。砂煙はこちらに流れ、大きな足音が響く。だけどそのくらい予想済み、再度砂を投擲した。先ほどの音声がリピートされる。一方こちらは全天を砂は貫通できない為、被害は無しだ。

「終わりました!乗ってください!」

その声を聞くや否や、香菜を抱えてヘリコプターに跳び乗……運転席の自衛隊さんを無理矢理引きずり出して跳びだした。直後、ヘリコプターがあった方向で凄まじい音が響く。

全速力でそこから距離を取って、砂煙が晴れるときを待った。いや、待つまでもなかった。だって余りにも大きく、真っ黒なハンマーが振るわれていたのだから。

それはすぐに蒸散して、一点に集まる。そして、その一点には、いつものといっていい、あの男がいた。

「またあいつか…!」

「あれ?明子ちゃんは?」

言われてみればどこにもいない。何故だ?ここしばらく、だいたい二人一緒に出て来ていたというのに。

「とはいえ、まずい」

逃げ出すための乗り物が壊れてしまった。そして、今の間で自衛隊員の傷はすべて治っているようだ。おそらく、回復出来るような人がいるのだろうが、厄介極まりない。

どうする。回復役がいるとするならそれから狙えばいいが生憎、四対四というわけでもない。おそらく、回復役を狙えるときには既に他を全滅させている。そうでないと、あの連携をくぐり抜けれるとは思えない。

一応、一撃で自衛隊の意識を奪えればなんとかなる。回復はあくまでも外だけだろうし。中まで治せないはずだ。だけどそれは、少しのミスで人が死ぬ。それはダメだ。

だから、

「逃げる!」

「分かった!」

僕と香菜は自衛隊さんを抱えながら町中の住宅街に逃げた。

 



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第八十四話

 

とにかく建物の影へと走る。後ろは香菜が全天をしてくれているので、戦車は恐るるに足らず!とは行かなかった。

「ってマジか!」

戦車の砲弾はブロック塀を、民家を、少しも減速せずに貫いて来る。当然、瓦礫も一緒に飛んで来るのでむしろ威力が上がっている。

「あ、正義君!これはちょっと厳しいかも!」

そう言いながら全天を二枚重ね、飛んできた砲弾と瓦礫をすべて弾く。できれば手助けしたいのだが、両手が塞がっている。あ、いや、聖剣あるじゃん。

「聖剣!分裂して香菜のカバーして!」

『『おうよ。まかせとけぇ!フゥゥゥゥゥ!』』

おおう。こんな時でもそんな口調なのか。

「ありがと!聖剣さん!」

かなり楽になったようで全天は一枚で済むようだ。

「私を下ろしてください!」 

必死に逃げつづけている中、香菜と同じく担がれている自衛隊さんは声を上げた。

「大丈夫何ですか?こんな状態ですけど」

僕は勇者という職業のおかげでレベルが10くらいの差ならステータスはむしろ勝っている。そんな僕ですら撒くことが出来ない。その理由となるのはやはり、前に飛び出る人、それも一般人の人の壁だった。

倒壊されていない家の中や瓦礫の影など様々な所から飛び出て来る。まあ反応は出来るし簡単に避けられるのだが、時間稼ぎにはなる。

と、まあ、こんな感じなのに北海道勤めで僕よりレベルが低いであろう自衛隊が何かできるのか、という話だ。

「走ることならできます!」

そんなことを言うので、全天があるうちに自衛隊さんを下ろした。なるほど、確かに速い。僕と同じかそれ以上だろう。さて、少し楽になったとはいえ、ジリ貧であることには変わりない。

「どうすればいいと思う?」

走りながら作戦会議だ。

「それでしたら、分かることがあります。あの戦車が壊しているものの近くには私達以外の人間はいません。何かは分かりませんが、何らかの連絡をとっていると考えてもよいでしょう。ですから…」

そうして前に出て来た人の一人を抱き抱えた。

「ついて来てください!」

自衛隊さんはその飛び出てきた人を頭の上で持ち、何かをアピールしている。そして、建物の影へと滑り込んだ。

「危ない!」

先ほどの砲弾が貫通した映像がフラッシュバックする。続いて警戒するが、いつまでたっても、それは来なかった。

「だから、いわば人質ですよ。こうすれば、「戦車」は攻撃出来ないでしょうし。まあ、自衛隊が何やってるんだって話ですがね」

ハハッと乾いた笑いをあげて、人質となった人を拘束した。ということは、さっきのアピールは敵に知らせるものだったのだろう。

とはいえ、せっかく出来た時間だ。何かこの状況をなんとか出来ないだろうか?

「ちょっと待ってね。≪聖域≫」

香菜が聖域を広げて、自衛隊さんのケガを治した。そして、

「あれ?ここは?」

拘束されていた人も洗脳が解けたらしく戸惑っていてキョロキョロと辺りを見回している。そういえばそんなんあったっけ。……!

「これだ!香菜!聖域と光魔法どっちも使って相手の洗脳を解こう!」

「え?」

「戦車が来ないのなら、防御を聖剣にまかせて、ひたすらきた人から魔法をかけて洗脳を解くんだ!こうすれば敵は減って味方が増えるからやればやるほど楽になるはず!」

「あ、なるほど。正義君光魔法あるもんね!」

「あ、あの。私は…」

「洗脳が解けた人に説明してください!」

と、言うわけで、僕らの反撃が始まった。

 

 



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第八十五話

 

「終わった?じゃあ投げるよ!」

逃げ込んだ先は路地裏で入口が一つしかないため≪光魔法≫→洗脳を解いた人を投げる→自衛隊さんが説明。というような方法で人々の洗脳を解いていく。ただ、一分ほど説明に時間がかかるので全天と聖剣で止めながら一人一人投げ込んでいる。やればやるほど人手は増えるから、いつかペースもあがるだろう。

そうして、二十人くらいの洗脳を解いた辺りで攻めて来る者はいなくなった。

「うーむ。余り減らせなかったなぁ」

いつか止まるとは思っていたが軽く四十くらいは超えてほしかった。

「まぁ仕方ないよ。むしろ二十人も助けられたんだから誇ろうよ」

「まぁそれは……」

視線の先で闇が膨れ上がる。

「あいつを倒してからだね」

聖剣を一本残して、距離を詰める。だけど闇には触れないように、包まれないように細心の注意をはらい、斬撃と火魔法で少しずつダメージを与えていく。

「ガァァァァァァア!」

もうこの叫びとともに広がる闇にも慣れた。すぐさま下がり、火魔法と聖剣で飛んで来る闇の針を捌いていく。そして、闇が晴れると無傷の男が立っていた。

今は、それでいい。ただただ、耐える。一番大事なのは僕が目立つことだ。全員の目に入ることだ。もし、彼等の、いや、明子の狙いが僕だとしたら……

隙を見て、辺りを見回す。案の定、さっきまで俺達を狙っていた自衛隊達も、一般人も、戦車もすべて俺を狙っている。もう、香菜への攻撃を仕掛けるやつはどこにもいない。

「よっし!」

狙いが全部僕に向いたので聖剣を手元に戻して一本浮かせた。そして、手に持った聖剣で飛び込んできた人の足を刺し、香菜の方向へぶん投げた。

そして、香菜は飛んできた人間を自衛隊さんが受けとり、出血した足を聖域で催眠と一緒に治療している様子が確認できた。これなら、さらに減らしていける。

聖剣を手元に呼び寄せ、同じことを繰り返す。足を貫くことに抵抗はあるし、飛び散る血でおかしくなりそうだが、耐える。ただひたすらに、僕は戦った。

 

 

 

十人ほど減らして行くと、さっきから闇でチクチク攻撃してきた男が動いた。

右手をあげる。それに沿う形で拡がっていた闇が男の右手に集約する。四方八方に闇は重なり男の右手は男の何十倍ものサイズにまで膨れ上がる。

どう考えても当たれば終わる。香菜が全天を何枚張っても耐えられるか分からない。しかも、男の正面は香菜の方向を向いているという状況だ。自衛隊達と違って仲間への配慮はゼロのようだ。だけど…

「闇がないなら、容赦はしない!」

全力で男の背後に回り込み、男の右腕を根本から切り落とした。

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」

右腕に集約していた闇はぱっと離れ消えていく。そしてそのまま、香菜の方向へぶん投げた。僕も香菜の所に向かった。

「香菜!聖域お願い!」

「もうしてるよ!」

見ると、男の腕から噴き出す血はおさまり、体から噴き出す闇も消えていた。

「えっと、生きてるよね?」

いくらステータスがあったとしても肩を切り飛ばされ、そのまま空中を舞い地面に軽くたたき付けられたのだ。生きているのか分からない。恐る恐る脈を測るとしっかりとあった。

「意識がないだけみたいだ」

いや、腕は聖域では治しきれないので“だけ”というのはおかしいか。とはいえ、これで男に施されていた洗脳は解けただろう。

「じゃあ、仕上げといきますか」

一番厄介な奴もやれたし、後はそんなに苦労することないだろうと思っていると、声をかけられた。

「私達も手伝わせてください」

それは、これまで洗脳を解いた自衛隊達だった。もちろん、足を貫いたりちょっとだけ打ち所が悪くて腰をやったような人は座っているが、無傷の人たちはそうやって頭を下げた。

「え、でもここで説明とかしてくれてるじゃないですか」

そういうことではないのは分かっている。でも、危険に晒すわけには…

「私達はもともと洗脳されていたから分かるのですが、何故かは分かりませんが、洗脳を受けた人間はすべて貴方に対して憎悪を抱き、攻撃してしまいます。その攻撃の隙を狙って捕まえるくらいはやらせて下さい」

だけど、やっぱり危ないし…

「正義君」

声をかけられ顔をあげる。

「無理はダメだよ。一人じゃ取りこぼしてしまうんでしょ?」

 

ああ、そうだった。

 

「分かりました。お願いします」

 

そして、太陽が沈む頃には、残りのすべての人の洗脳を解ききれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、時間もないが、自衛隊の人達に明子を知ってもらうため聖域の効果範囲内でネットで拡散されている今日のニュースを見てみた。

「だれ?」

香菜がそう声を漏らした。それもそのはず、テレビに映っていた少女は明子では無かったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第八十六話

 

「いやほんとだれ?」

まーじで見たことない。ただ、同性同名でどちらも魔法少女を名乗るとかあるのか?

「あれじゃない?気づいた人用のブラフとか」

「なるほど」

北海道の自衛隊のようにこの事態に気づいた勢力は他にもいるだろう。それ用の対策である可能性は十分にある。ネットに回っていた方の動画では明確に顔が分かったわけではないだろうからひっかかるのも出てくるだろう。

「とりあえず、写真は私達の携帯の奴使おっか」

「そうだね。ってか待って。偶然明子をからかうために作った画像とそっくりなんだけど。これで良くない?」

「え~?うわ。ほんとだね」

こんな偶然あるんだなと思いつつ、その写真を自衛隊さん達に送った。これで、テレビの少女が明子だと勘違いする人はかなり減るはずだ。

 

 

 

さて、一通りやることは終わったものの時刻は既に夜の9時を回っている。流石に今から再出発は視界不良なだけでなく、途中で日付が変わり新たな化け物が出ることもあり、無しということになった。純もまだ出れなさそうだしね。

と、いうわけで右腕を失いうなだれている闇を扱う男から話を聞くことにした。一応、念のために自衛隊さんに囲ってもらい、聖域も張っている。なぜか。こいつは風花ちゃんを襲っているからだ。危険人物には変わりない。そういえば風花ちゃんは大丈夫だろうか。まあ最悪ダンジョン内に入っているだろう。

「おい」

「ハイ」

相手が付け上がらないように一番がたいのいい自衛隊さんに尋問をお願いする。見事萎縮してくれている。

「貴様が友井明子について知っていることをすべて話せ」

「ワカリマシタ。ソレデハ」

「それはちょっと困るなぁ?」

男の背後から突如マスコットのような見た目をした鬼が出て来た。かわいらしい見た目とは裏腹に謎の威圧感を感じる。

「せっかく、あいつ……。確かベルがあんな面白いもの作ってくれたのに俺が台無しにしたらダメだよなぁ?」

その鬼は手に持った小さな金棒を振り上げて男に振り下ろした。

カァンと音がなり、ぎりぎり聖剣が間に合った。

「あっぶねぇ。ってかおっも…!」

体制が悪いのもあるがだとしてもあの小さな体からは考えられないほどの力を出している。というか、いったい何のつもりだ?

「ちっ。邪魔すんなよ。せっかく口封じしてやろうと思ってたのに」

「は、ハア?お、お前が俺をこんな風にしたくせに!」

「知るかよ。力を与えてやったのはそうだが、調子乗って見事に洗脳されたのはお前だろ」

どうやら仲間というわけではないらしい。しかし、力を与える?神の使徒のやっていることと似ている…?

「お前は神の使徒なのか?」

そう聞くと、一瞬ぽかんとしたあと、笑い出した。

「だははははは!!!!俺が神の使徒?違うわ!俺は悪魔だ」 

「悪魔…?」

「そう!今暴れている魔法少女をあんなのにした奴の仲間さ」

まるで劇の悪役のように芝居めいた口調で鬼はそう言った。なるほど。ヒカの言っていたとおり、悪魔とは人に害を及ぼすものらしい。とりあえず、僕は鬼に向かって聖剣を振った。が、避けられる。

「勇者との戦闘は無理だな…。じゃ、この闇。返してもらうぞ」

「あ、止めてくれ!」

そう言うと同時に男から鬼へ急速に闇が移動していく。邪魔しようにも聖剣はすべて弾かれてしまう。

「じゃあな」

男から完全に闇が抜かれると鬼は闇に包まれて消えていった。

 

 

 

 

 

 

翌日。完全に何も出来なくなった男は現地の自衛隊に丸投げして、僕らは新たに調達したヘリコプターで移動しはじめていた。

男からはあの闇の能力について聞き出すことが出来た。あの闇を出すスキルの名称は≪怒りの深淵≫。基本的にあの闇は攻撃、防御、回復、移動と何でも出来るのだが、怒れば怒るほどその出力は大きくなる。攻撃なら火力があがり、移動であればより遠くへいける。どうやら、明子には精神魔法でずっと怒り狂わされ、操られていたようだ。そして、何よりも恐ろしいのは、あのスキルは悪魔から与えられたものらしい。それが何を意味するのか。

 

 

いつ、同じような闇を使う人間が現れてもおかしくないというだけではない。

 

 

明子が同じ力を手に入れても、なんら不思議はないと言うことだ。

 

 



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第八十七話

 

「ちょっ!正義君!純君出ちゃった!」

暇つぶしに純の配信を見ていた香菜がそう言った。まだ、僕たちの町へはたどり着いていない。ただ見たことのある建物が並んでいるだけだ。

「マジか!流石に純が洗脳されたら終わる…!」

一応、ヘリコプターより僕が走る方が速い。といっても山とか建物とかを含めるとヘリコプターの方が速いから使っているわけだが。

「高度下げますか?」

「いや、いいです」

悩んでいる暇はない。幸い近くにはビルがあるからステータス含めて大丈夫なはずだ。

「香菜。光魔法お願い」

「うぇ?この高さでいくの?」

心配そうに首を傾げる。

「うん。とりあえず純だけは逃がすね。もし洗脳されたらお願い」

言いながら無責任だなーとは思う。とはいえ、ここで純が敵に回れば勝てない。聖剣がどれだけ強いといってもやはり勇者の強みはステータスのごり押しだ。純相手だとそれが出来ないし洗脳されてしまえばまさに無敵の兵隊となってしまう。だから、最悪僕が犠牲になってもそれは止めないといけない。香菜の光魔法という声が聞こえてから、一息吸って、飛び降りた。

 

 

 

「あっ!」

くっそ!ミスった!

思いっきり足を捻ってしまった。ビルへの着地の成功で完全に油断してしまった。だけど、早くしないと!

「聖剣!限界突破!」

『了解しました』

瞬間、足の痛みが消えた。後からこの分の痛みが襲いかかるだろうが、それは必要経費という奴だ。

時折、足を繰り返し捻って体制を崩しながら走った。最短距離で、速度を落とさずに、全力で。

すると、人混みが見えた。そこはダンジョンが出来た路地裏の入口だったはずだ。と、いうことは。

人混みを避けて、純を視認した。しかし、純は明子に覆いかぶさられていて、口元から怪しい音がする。どう見ても手遅れ。それでも、奇跡を信じて。

「純!戻ってこおおおい!」

 

 

 

 

 

なんか間に合った。

というか、薄々思っていたのだが、もしかすると明子は純に対して洗脳をしないのかも知れない。これまで、純や僕には洗脳するチャンスがいくらでもあったはずだ。僕は殺すつもりだったとかステータスの関係上無理とか考えられるが、純のは常にステータスをあげていたわけでもないからできないとは考えられない。

ま、考えるのは後かな。

 

目の前には明子がいる。当然、その目には明確な殺意がこもっている。それにしても、今日の明子はやけに良くしゃべる。これまで無言だったのに。

「なぁ。なんで僕には洗脳もかけず、そんな殺意しか向けて来ないんだ?」

純が逃げる時間稼ぎにでもと、会話をしてみる。ま、無言で魔法の準備されてるんだけどね。

「おおっと!ちょっと待った!」

何かが明子の背中から出て来た。あの鬼か?いやしかし、見た目が違う。首が三つある犬だ。

「僕の名前はベル!復活した魔法少女のパートナーさ!」

ベル。名前は初めて聞いたが、おそらくヒカの言っていた明子をこんなのにした悪魔のことだろう。

「いやはや、明子は純が近くにいないと理性が働かないからね。あっ!理性が働いた結果久しぶりの純の声に、匂いに反応してチューしたんだよ!」

最後の発言はどうでもいいが、理性がないというのは気になる。

「理性がないって何?」

「ハッハッハー。そんなかっかしないしない!教えてあげてもいいけど~、どうしよっかなぁ~?」

うし。殺すか。

聖剣を悪魔に向かって投擲する。当然、避けられるのは想定済みで戻って来る聖剣ともう一本の聖剣で悪魔を挟み込む。

「おお~。危ない危ない」

だが、戻ってきた聖剣は明子によって地面にたたき落とされ、僕の握っていた聖剣は地面から生えた針に防がれた。

「チッ!」

すぐにたたき落とされた聖剣を戻す。そして取り出して構える。

「む~。せっかちなのは好かないなぁ。まあいっか。ネタバレタ~イム」

ベルがくるくると回りだし、ベルの体から闇が溢れる。それはテーブルと椅子を作り出し、その上にベルと明子が座る。

「座らないかい?」

「座るわけないだろ」

多分、あの闇はあの男のものと同じだろう。あの鬼が使うことが出来たのだからあれが使えてもおかしくない。

「おっと。勘違いしてるとこ悪いけど、あの闇はあの鬼の権能だよ。全員にあるとは思わないことだね」

なら、何故使えるのか?

「いやね~。明子があの鬼すら洗脳してあの権能を元に僕を復活させてくれたんだよ。いやはや、いい子すぎて困っちゃう!」

「あの鬼は死んだのか?」

「いやいや~。立派な駒として働いてるよ。まさか、明子の力が悪魔にも及ぶとはね~」

こいつの物言いはかなりむかつく。情報をはかせるべきだとは分かっているが、手が出そうになる。

「おっと。そろそろ限界だね。じゃあ教えてあげよう。明子の今の状態をね」

やっと本題に入れた。

「明子はね。スキルに呑まれてるんだよ。明子がもともと持つスキルに≪望みのために≫というものがあるんだ。それはね、想いを叶えられる力が与えられるだけじゃなく、そのための道が示されるんだ。想いが強ければ与えられる力は大きくなるし、そのための道も容赦ないものへと洗練されていく」

明子のスキルについて明かされる。それを当の明子は何の反応もせず、ベルは意気揚々と話している。

「そこで僕が死んだときへ遡ろう。僕はね、死ぬときにとある権能を使ったんだ。≪増幅≫という権能さ。≪望みのために≫と明子の純への想いを増幅したんだ。そうしたら、なんか暴走しちゃった★」

キラッと黒色の星がベルのウインクした目から飛び出た。

「まさかね~。≪望みのために≫が力を与えるついでにその想いすらさらに増加させてたとは思いもしなかったよ。それも、増幅された後の想いを倍にさせるとはね。おかげで明子の想いはもともとの分に≪増幅≫と≪望みのために≫が足されて、理性をぶち壊しちゃったんだよね。おかげで明子は望みのためにが導く通りに行動する機械みたいになっちゃったんだよね」

明子がこうなったのは、父さんを容赦なく殺し、世界を洗脳したのはこのスキルが原因であるらしい。

「じゃあどうして純が近いと理性が保たれるんだ?」

純への想いが理性をぶち壊したのなら、むしろ暴走しそうなもんだが。

「明子の望みはね。純と二人きりになりたい。なんだよ」

「え?」

「だから、明子は純が目の前にいるとスキルの力が少し弱まるんだ」

「でもそんなものいくらでも…」 

純の家に居候していたのだ。いくらでも二人きりになれるはず。

「いんや、本当の意味で二人っきりにはなれないよね?」

そう言われて、思い浮かぶ者があった。

「そう。明子はね。純の中にいるレイを殺すために動いているんだ。君も知っているだろう?彼女が死なないことくらい」

当然だ。それに、レイという存在は純から離れられないんじゃなかったか?

「≪望みのために≫がどうやってレイを殺すのか。とっても面白そうだろう?」

ニッコリとベルは笑った。そして、テーブルや椅子が闇へと戻る。

「ああそうだ。この情報はもって帰ってもらった方が面白そうだから今日は退散かな?」

「…!待て!」

闇に包まれた彼女らはその場から消え去った。

 

 

 

 

 

 



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第八十八話

 

「これないよね?」

『んー。なさそうだね』

これが最後の死体だ。血を垂らして原型を留めていない程までにぐちゃぐちゃになった顔はみるみると元に戻っていく。

「まあ、明らかに男っぽい服装だっもんね」

分かってはいたが、残念だ。いや、姉さんが死んでいなくてよかったと思うべきだろう。

 

姉さんを探すついでに僕らはすべての死体に血を垂らしていった。明らかに違うとわかるものもあったのだが、化け物共にぶつけたのは俺だから助けてあげている。

「それにしても、やっぱりこの人ら俺のこと純ってわかんないのかな?」

さっきからこっちを凝視する人はちらほらいるのだが、襲い掛かってくる者は一人もいない。見た目がかわったとはいえ、自衛隊なら分かると思うんだけどね。

『いやいや、純は、いや、私達は神の使徒になったんだからこれまでとはまったくもって別人だよ?』

「そう言うもん?」

『そういうもん』

「あの…」

レイと話をしているとこっちを凝視していた内の一人が話しかけてきた。

「あなたは何物なんですか?」

その目には好奇心と明らかな恐怖の感情が浮かんでいた。というか、他の人、それも、僕達が生き返らせた人以外は同じような視線を向けてくる。ちなみに、生き返らせた人からはどこか信仰じみた視線を向けられる。

消えた方が良さそうかな。

『そだね』

口に出さなくても反応してくれるから、怪しまれずに方針を決められるのは便利だ。

『あ、そうそう。代償強化の部位指定は右手使わなくてもできるよ』

へ~。早速試してみよう。対象は~歯でいいかな?

「≪代償強化≫」

同時に地面を蹴ってその場から離脱した。痛かった。

 

 

 

 

とりあえず人目のつかないところまで行けたから携帯を確認した。

「ふむふむ。ここか~」

ちゃんと正義からは避難場所の位置が送られてきていた。んでその場所は……

「真反対…!」

『純ツイてないね』

うっせうっせ。

正義にちょい遅れるとメッセージを送り、隠密を発動させてから目的地へと走りはじめた。

「ねぇ。代わってくれたりとかしない?」

『今、いいとこ』

アニメ見てやがる…!

 

 

 

着いた。だいたい1時間くらい走ったと思う。正義から指定された住所には、警察署があった。

「え、ここ?」

大丈夫だとは思うが、さっきまで警察(現自衛隊)に追われていたから少し入るのに勇気がいる。

『だいじょ~ぶ。最悪全部燃やせばいいよ。純に仇なすものは皆殺しだ!』

「なんでそんな過激なの」

皆殺しはいかんでしょ。生き返らせることができるとはいえ、あの苦しみを自分から与えるのはなんか嫌だ。これこそ、死んだことがあるからこそ言える言葉である。

『いや、罪無き善良な私達を殺そうとしてるんだから容赦はいらないでしょ』

そうなのかなぁ?

納得できないまま警察署に入ろうとするとピタッと首筋に冷たいものが当てられた。

速い。強化無しじゃ視認すら不可能な速さだ。また生えてきた歯をいつでも代償強化に使えるように準備しておく。

「誰だ」

殺気の篭った、聞き慣れた声がする。

「正義?」

「は?」

「いやいや俺だよ!純!深井純だって!」  

「………」

沈黙が辺りを支配する。

「深井純は決してお前のような髪色をしていない。それに女だ。そんな男っぽい口調じゃないぞ」

「いやそれはちげぇよ!なら人違いだわ!」

不本意すぎてツッコンでしまった。

『今って女の子なのかな?男の子なのかな?』

あ、それは正直あれがないから大体は察してる。じゃなくて! 

どうしようか必死に考えていると、ふと空気が緩んだ。

「マジで純なの?」

首に添えた剣はそのままに正義はそう尋ねてきた。とりあえずブンブンと首を振る。 

「はぁ。なんでそうなったのかは知らないけど、確定するまで縛らせてもらっていい?」

良くねえよ!といいたいがこれで正義と殺し合いは勘弁なので俺は従うしかなかった。

 

 

 

 

 

 



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第八十九話

 

手を後ろで縛られながら、てくてくと正義の後を着いていく。傍目から見たらめちゃくちゃ正義が悪者に見えそう。

「えー、なんでそうなったか聞いていいか?」

こちらを振り返らずに正義がそういった。

「長くなるからある程度省くけど簡単に言うとレイと混ざった」

「はい?」

「いやだから、レイと混ざった」

「……」

「なんかね。まだ、俺とレイは中途半端に混ざってるって感じだったらしくて、もっと強くなるために完全に混ざったの。そしたら、目と髪がこんな感じに」

「……」

無言が怖い。理解出来ていないだけならいいけど怪しまれてたらどうしよう…

『皆殺しだー』

黙っててくんねぇかな。こいつ。

 

 

さてさて、その後は一言も喋らずに、人の声がする会議室的なところまで連れていかれた。正義が何も言わずに扉を開けた。

「あ、お帰り!正義君。どうだっ……誰その女」

「ヒェ」

香菜がものすごい暗い声で反応した。直前まで笑顔だっただけに恐さが増している。

「いや、外にいたんだけどものすごい速度でここに来た人がいたから話を聞いてみたら自分が純だと言うから連れてきた」

「純君…?こんな髪だっけ?目の色もなんか…」

「とりあえず聖域を頼む」

「ああ、そうだね≪聖域≫」

目の前でよくわからない事が次々と進められている。あ、なんかあったかい。

「じゃあ今は便宜上純と呼ぶけども。純?質問、答えてもらうね?」

 

 

 

 

 

あれやこれやといろいろ聞かれて、やっと自分が純だと信じてもらえた。ちなみに完全に混ざった事で姿が固定されることはなく、夜の激痛だけが消えるというとても理想的な状態になったから、死ぬのが一番手っ取り早いのだが、まぁ、そうならなくてよかった。

「ところで、なんでここなの?」

「それはねー。ヒカさんから指定された場所がここなんだよ」

「ヒカさんから?」

俺達がここにくるまで四時間くらいはかかっているから待ち合わせ場所だったとしても、もう合流してそうなもんだがと、思っていると

「ああ、ヒカさんは地下だよ」

地下?

「うん。今ねガレージにいるんだよ。マユさんーあ、あのヒカさんの横にいた人ね?の特訓をしてるらしくて下手したら斬られるからいけないんだよね」

え、あの人そんな名前だったのか。というか下手したら斬られるってなんだよ。

『ねぇ。めがねっ娘のこと聞かなくていいの?』

確かに。

「ところでさ、明子ってどうしちゃったの?突然キスされたりテレビに出てたりとか良くわかんないんだけど?」

そういった途端、空気が凍った。さっきまでのどこかにこやかな空気はもう、どこにもない。

「分かった。じゃあ話すね」

そうして、正義は語り始めた。そうしてー

 

 

 

 

『私を殺す、ねぇ』

無機質なレイの声が頭に響いた。

 



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第九十話

 

「レイ、大丈夫?」

『あーまぁ。なんというかその、純と一緒になってなかったら喜んでいたのかなって』

レイは様々な世界を生き、そして死んできた。多分、[レイ]として死なないのはこの世界が初めてなんじゃないだろうか。なんせ、すべての世界での人類滅亡の可能性を摘み取るための存在なのだ。あんなにも強いのに、逃げたいと考えるほどの怪物達と何度も何度も戦い続けているのだ。終わりを望むのも仕方ないのかもしれない。

『でも、今は死にたくないかな』

「そっか」

幸いにも彼女はこの世界で生に希望を抱けるようになったようだ。ただただアニメやお菓子を食べるだけでそれとはなんとも悲しくなってくる。

『それだけじゃないよ』

ほう?

『秘密だけど』

「えー?いつか教えてよ?」

『気が向いたらね』

「えっと…今はその、レイという奴と話してるのか?」

正義がそう尋ねてきた。そういえばレイの声は外には聞こえないんだっけ。じゃあ傍目から見たらやばい奴じゃん。

「そうだよ。決して幻覚を見ているわけじゃないからね!」

疑いはしっかり潰しておかないとね!

「あっうん。別に疑ってたわけじゃないんだけど。ってあれ?なあ純。ちょっといいか?今23時59分だぞ」

「へ?」

だからどうしたと言うのだろうか?別に日付が変わる瞬間というだけなのに。

「いや体」

あ、そういえばこの時間になると性別変わってたな。ダンジョンにいすぎて忘れてたわ。まあでも怖いものではない!

「ふっふっふ。なんとこの姿になったことで夜の激痛がなくなったのです!髪と目は今と同じだけど顔つきとかは元に戻るから見たら俺が純だって確信持てるよ!3、2、1、0!へぶっ!」

頭が何かに弾かれた。いたぁい。ものすごい安心しきってただけにほんとにいたぁい。

「やかましいぞ。レイ…ん?どっちだ?」

頭をさすりながら振り返ると頭を叩いたのはヒカだった。

 

 

「む。ふむ。そうか」

かくかくしかじかと今の状況をヒカに説明した。聞き終わってから数分。やっとこさ飲み込めたようで口を開いた。

「ふざけるなといいたいところだが、もう終わったことだからいいだろう。深井純。後悔するなよ」

真剣な口調でそう言われる。

「しませんよ」

しっかりと芯を持った声でそう返した。ヒカは満足そうにならいいと鼻を鳴らした。

「じゃあこれからの方針を話━━━」

「ひーちゃん。眠い……」

「マユさん!?」

マユさんがバサッとヒカの背中にしな垂れかかった。香菜が心配したような声をあげている。というかこの人はいまだに謎が多いな。まあヒカに信頼をおいているのは分かるのだが。

それにしてもかなり体を預けているようだが重くないのだろうか?刀とか重いと思うんだけど。

「じゃあこれからの方針を話すぞ」

あ、そのまま続けるのね。

 

 

 



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第九十一話

 

「まず、俺達が目指すのは早期決着だ」

「なんで早期決着なんですか?明子ちゃん強いんだからもっと強くならないといけないのに」

香菜が疑問を口にする。実際俺も同じ事を思った。明子は多分強化無しの俺より圧倒的にステータスが高い。なんなら正義よりも高い所もあるんじゃないだろうか?素早さがかなり高い俺でも捉えられず押し倒され何の抵抗も出来なかったのだ。それに正義だって一度負けている。どう考えても戦力不足としか思えない。

『いや、それは違うよ』

「いや、そうとは限らないよ?」

レイと正義の声が重なった。レイの声は皆には聞こえないから正義の方に集中させてもらおう。

『むぅ』

「どういうこと?」

「だって明子の一番の脅威は洗脳でしょ?正直インターネットに載ってるだけで億単位の人間はひっかかるし、最悪、ネットを使わないような人達でさえ洗脳された人がそれを広めにいくという可能性まであるんだよ?そうなったらもうおしまいでしょ」

言われて気づく。確かにそうだ。

「まぁ、そういうことだ。レイ達も友井明子の目的については聞かされているだろう?それのために人を洗脳しているわけだから友井明子の作戦の中には大量の人間を使うものが一つはあるはずだ。だから、その前に潰す」

大量の人を使う作戦とは何なんだろうか?数の力で捕まえるとか?いやでも、それなら逃げ切れる気がするな。

『いや逃げれるわけ無いでしょ。どこに行っても敵がいるんだよ?』

え、でも逃げれたじゃん。

『あれといっしょにしないの。あんなのたかが500人くらいだったよ?空も海も陸も全部敵で埋め尽くされるんだから』

えぇ。経験あるみたいに言うけどそれってどんくらい戦ったの?

『えっと、あんまおぼえてないけど一年では終わらなかったよ。流石に虫も魚も生き物であれば全部敵だったからね』

うわ。何その生き残ってもどうしようもなさそうな世界。

『まあそれはね。でも、純とならまたそうなっても頑張れるよ!』

そうならないのが一番いいけどね。

『あ、後ひーちゃん心読めるからそろそろなんかいってく━━』

「イチャイチャするな。聞け」

「ごめんさない」

ものすごい睨んできた。でも、イチャイチャはしてないと思うんだけど。

「早期決着の為にさっさと準備を進めるのは必要なんだが、流石に限度がある。だから、これからは準備を進めるついでに相手の妨害もしなければならない」

「妨害?」

「ネット上の動画をできる限り消す。洗脳されている人の洗脳を解除する等だ。ネットの方は任せろ。同時に作戦も練るからお前達には洗脳の解除等を頼みたい」

なかなかにヒカの負担が多そうな割り振りだ。

「ヒカさん。大丈夫なんですか?」

香菜が心配したように声をかける。

「ん?ああ、問題ない。それよりも明日から早速動いてくれ。そうだな…。ここから最寄りの空港まで行って、飛行機をすべて破壊してから戻ってこい。道中の人間は全員洗脳の解除頼むぞ」

 

「「「え?」」」

 

三人の声が重なった。

 



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第九十二話

 

「むっ!第一村人発見!」

「≪光魔法≫」

「今度は集団でいるよ!香菜!」

「オッケー。よっと≪聖域≫!」

近くの空港を目指しながら、人の洗脳を次々と解いていく。少人数なら光魔法、大人数なら聖域といった具合だ。

「まさか、中学上がって久しぶりの三人での遠出が犯罪旅行とはね~」

「いやまあやってることはテロリストだけどさ?必要な事なんだから」

「そうそう。香菜の気持ちは分かるけど実際納得はしたじゃん」

ヒカから詳細を聞くと、明子が海外へ出ないようにするためらしい。とりあえず日本に閉じ込めて置きたいようだ。それでも船とかは?と尋ねると飛行機の方が速く海外へ行けるから先に壊して後から船もやるらしい。

『ねぇねぇ純。これって傍目から見たら完全にテロリストだよね。飛行機とか壊すんだし。それにめがねっ娘の方は化け物を倒しまくる英雄みたいな扱いなんでしょ?これならめがねっ娘の方が洗脳あるなし関係なく、世論はめがねっ娘につきそうだけど』

まぁ~それは、そうだな~。

実際その通りだとは思うが、世論の元となる国民は洗脳されてる事に変わりないからなにやったって世論が味方にくることはないだろう。だから気にしない。

「正義ー?ここから空港までこのペースならどんくらい?」

「えっと、僕等は大体車以上だから…大体5~6時間!」

えっ。日帰りで12時間移動時間とかは笑える。

 

「……ん?正義ー?見たことない化け物二体いるー」

俺はダンジョンの最終日の分の化け物は知らないし、今日の分もダンジョンが増えたせいで情報がなかなか上がらず名前すら把握していない。

「じゃあ俺行くぞー」

「気をつけてね。一応≪光魔法≫!」

「ありがとう。香菜!」

化け物との距離をすこしずつ詰めていく。化け物は片方はゴリラのような見た目をしていて一歩一歩の動作が重く、ちょいちょい地面が振動している。もう一方はローブを被っていて、何なのかよくわからない。まあとにかく、その化けものに向かって、走り出した。

ゴリラの方がこちらを振り返った。瞬間、まだまだ離れているのに、まるで近くにいるかのように拳を構え、振りかぶった。

 

レイ。お願い。

『任せな!』

 

地面を蹴った瞬間、体に痛みが走る。しかし、その代償かと言わんばかりの凄まじい速度で化け物へと肉薄していく。

そして━━━

 

俺が当たった所は全てくり抜かれたように消失した。

そうしてゴリラは消えていった。

手順は簡単だ。地面を蹴る瞬間にレイが代償強化を発動する。ほんとに蹴る直前であるため、行動が止まらず、そのまま足は地面を蹴り、相手へ接近できる。これならどれだけ痛くても、最悪タックルという形で突っ込める。

この利点はどれだけ痛い代償を払っても一回分の攻撃は保証される。それに、突然加速されたら反応出来るものも少ないはずだ。速度だって地面の摩擦を受けないためものすごい速い。しかし、俺は現在、空中にいるのである。いや、正確には足が着いていないだけなのだが、すなわち、何が言いたいのかと言うと、加速した俺は、摩擦がないから簡単には止まれない☆

「うおおおおおおおお!!!とまれぇえええええ」

足を地面につけるとものすごい砂煙が上がり、地面をえぐりながらなおも進んでいく。幸いにも防御力は上がっているので痛みはない。

そして、一キロくらい離れた壁にぶつかり、ようやく止まれた。

この動きは昨日の夜、レイと考えたものだがこれは改良がいるな。威力だけなら申し分ないから後はどう止まれるかだ。

「うし、急いで戻るぞ!」

あのローブのやつまだ倒してねぇ!

すぐさま戻ったのだが、すでにあのローブは正義が処理していて、心配しただのなんだのめちゃくちゃ怒られた。

 

 

 

 

 

あのあとも何度か化け物との戦闘を経て、空港に着いた。何度か戦闘したおかげで新しい化け物についても大体分かった。まずゴリラ。こいつは力が強いだけの雑魚だ。なんか一回殴っただけでビルを半壊させていたが、余りにも遅く、多分レベル1でも何とかすれば避けられるといった感じであり強くはない。ちなみに名前はパワフルゴリラだ。……次ぃ!

あのローブは魔法使いだ。基本というか絶対別の化け物と一緒にいて、遠くからずっとペチペチしてくる。こいつはなかなかに厄介で≪闇魔法≫でサポートなど結構いろんな事をしてくる。今では魔法や石で遠いところからワンパンしている。お名前は魔法使いだ。

 

 

「よし、やるぞ」

空港の建物を目の前にひそひそとそう話す。隠密を使用してこっそりと内部に侵入すると……

「誰だ?」

一人の自衛隊員が見えないはず俺達を見て、そういった。

 

それはどこか聞き覚えのある声だった。

 

 

 



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第九十三話

 

辺りに静寂に満ちる。向こうもこちらが警戒しているのが伝わったのか声を和らげてきた。

「君達の名前は?どうしてこんな所に来たんだい?」

小さな子供へ問いかけるかのように明るい声でそう尋ねてくる。やっぱり聞き覚えがあるのだが、目の前の人間とあったことがあるかと言われると首を傾げざるを得ない。

「レイといいます」

とりあえず、俺なら素性がばれてももう一つの姿や変装があるからなんとでもなる。だから、俺だけ答えた。

「うん?後もう一人か二人いるよね?自己紹介してもらえるかな?」

この様子だと姿が見えているわけではないらしい。ならなんだ?どうしてこちらを認識出来たんだ?

「あの、そちらのお名前を先に教えてもらっていいですか?」

さっきから聞き覚えがある声だったので先にそれを解消しようと問いかける。

「ああ!そうだね。僕の名前は桐谷渚って言うんだ。最近自衛隊に入ったばっかりなんだよ」

え、嘘でしょ?

確かに渚が自衛隊に入るってのは知っていたけどこんなにも変わるの?もっとチャラチャラしてたのに。え?

ちょっと下がって作戦会議だ。

「ちょっと待って、渚君いつの間にあんなんになっちゃったの!?」

「いやそれはわかんないけど、どうする?」

「ん~。渚一人だし最悪洗脳されててもいいように代償強化しとくからさ、正体明かそうか」

ひそひそとそう話し合い、再度渚の方を向いた。

「久しぶりだね。僕の名前は正義。烈火正義だよ」

「えっと。香菜だよ。天童香菜!久しぶり!」

「あ~レイじゃなくて純だ。深井純。ちょっと嘘ついた。ごめん」

それを聞いて、渚は固まった。

「ん?聞き覚えがあると思ったらそういうことか!久しぶりだな。純、香菜、正義」

明るめの声を出しているのだが、なぜか向こうは警戒しているかのようにじりじりと距離を取っている。ただ、すぐに襲い掛かって来ないところをみるに洗脳はされていない…?

「どうしたんだ?渚?」

正義がそう問いかけながら一歩踏み出した瞬間だった。

「止まれ!」

空港内でその声は反響し、拒絶の意思が明確に伝わってきた。

「質問に答えろ。明子はどこにいる!んでなんでここに来た!」

その質問には恐怖だけじゃなく、憎悪の感情が載っていた。まぁ、洗脳されていないんならそうなってもおかしくないはずだ。

「明子の場所は分からないけど、仲間というわけではないよ?正義は殺されかけてるし、俺も襲われてるし」

「じゃあなんでここに来た?お前らの家からは相当離れているはずだろ?」

「あー、それは……」

言葉を濁してしまう。どこのどいつがこの状況で飛行機を壊しに来たと言えるのだ。いやまあ、言うしかないんだけど。

「飛行機を壊しに来ました」

「は?」

はい。デスヨネー。

 

 

なんとか渚の警戒を解いた用で、落ち着いて互いの状況を話すことが出来た。渚は自衛隊で活動をしていて、今日もここにいろと言われたからここにいると言っていた。

渚は自衛隊に新しく入っていた中ではかなり強かったらしく、すぐに偉い人のお気に入りとなり、各地を転々とさせてもらっていたらしい。そして━━━

「ちょっと前に親に会いに一回戻ってきたんだよ。んで、夜にパトロールしてたら変な格好の人を見つけてな。明子に似てるな~って思いながら家に帰るよう促したんだよ。そしたらなんか戦闘になって目を潰されるわ、腹殴られるわ。散々だった」

そういって大きくため息をついた。

「そっか。目は大丈夫なのか?」 

「あ、全然大丈夫じゃないぞ。実際まだ失明してる」

「ん?ちょっともっかい言って?」

「いやだから、失明してる」

え、隠密を見破ってしかも今だってこっち向いてるのに失明してる?確かに目の焦点があってないような気がしたけど…。

「え、じゃあなんで渚君私たちの事分かったの?」

「勘。明子に目潰された後も勘だけで戦ってたしな」

ええ……こっわ。多分スキルかなんかなんだろうな。というか、だから洗脳されてないのかな?動画見れないだろうし。

「まあともかくだ。俺はここを守っているから、上司の許可がないと流石に飛行機を壊すのをみすみす見逃せというのは無理だ」

渚にそう宣言されてしまう。

「そもそも、明子という脅威を日本に閉じ込めるというのがあんまり納得できん。確かに出来たら俺の手で目の仇を取りたいが、それよりも一般市民の安全優先だ。だから、日本から出てくれた方が個人的にはうれしい」

「だとしても、それは問題を先送りにしてるだけだし、もうほとんどの人が洗脳されてるんだよ?少しでも被害を抑えたいんだよ」

「いや、それでも……」

渚が悩むそぶりを見せたとき、ガタッと物音がした。そこに視線が集まる。

「先輩ですか?」

渚がそう尋ねた。確か他の自衛隊は近くのパトロールを交代でしているんだっけ。って事は渚との交代に来たのかな?

実際、立ち上がったその人は自衛隊の服を身に纏っている。そして、銃を構えた。

「≪全天≫!」

香菜が立ち上げた透明な壁に何発もの銃弾が跳ねる。咄嗟に、俺と正義は臨戦体制をとり、辺りを警戒する。

「どういうことですか!」

一拍遅れて渚も手元に斧を取りだし、叫んだ。そして、

 

 

 

突如あらわれた数十人もの自衛隊員が俺達を取り囲み、銃の引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 



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第九十四話

 

「─────」

「いや聞こえねぇ!」

銃声、そして銃弾が弾かれる音が空港の中で響き続けている。敵の攻撃はほとんど香菜で防げるのだが、リロードのタイミングを一人一人ずらしているため全天から出られない。

それに音も封じられているから作戦会議も出来ない。

なら、個人の判断で行動するしかない訳で、この中だと俺が一番適任だ。

「レイ。お願い。≪武器召喚≫≪命中≫」

すぐさま結構な激痛が体を走る。が、レイの調整は完璧で倒れるとこまではいかない。そして、全天から跳び出して銃を撃ち込んだ。

一人の人間の足が、頭が、胴体が吹き飛ぶ。当然、その人間はそのまま崩れ落ち、痛みに悶える。あるいは物言わぬ肉になる。そのまま、一発、二発と撃ち込んで次々と人が倒れ伏していく。

見れば、正義も聖剣を投げて似たようなことをしている。あれが自立して動く聖剣か。切れ味も良さそうだし、めちゃくちゃ小回りが利いた動きをしている。たまに銃弾が全天を突き抜けるのだが、正義は切り裂き、俺は当たるも傷は浅く一瞬で治り、渚はなぜかわかっていたように体を捻り回避していた。そうして、順調に数を減らして行った。

 

 

戦いが始まって数分、空港には血と火薬の匂いが充満し、真っ赤な地面の上には所々人の部位が落ちている。

まああれだ。一言で言うとグロい。

「うっ……ぇ……ぇおっ……ぇ」

一人、渚だけがこの匂いと音に吐き気を催し、苦しんでいる。そんな中、やっと最後の一人が倒れた。

「純。やり過ぎじゃないかい?」

「ん?大丈夫。ちょっと待ってろ」

この中で唯一死んだ人間に対し、血を一滴垂らす。その体の傷はみるみる塞がり胸が上下に動き出す。

「は………ぁ?」

「残りの負傷者は香菜に頼むよ」

「……分かった。純君、後で話をしようね。≪聖域≫」

静かに呟かれたその言葉を皮切りに負傷者達の体が白い光に包まれて、傷口を塞いでいった。そうして、真っ赤な水溜まりは、これ以上広がることはなくなった。

 

 

目が覚めた自衛隊員に事情を話し、渚が落ち着くまで慰めたりなんなりした後、彼らは本部に戻るといい、渚はそれについていくようだった。俺達はその場ではこっちも帰るといったものの隙をみて、飛行機等を破壊するつもりだ。彼らは普通に走って帰るらしいので間違えて自衛隊の飛行機を壊す心配がなくて何よりである。

今度は警戒されないように隠密は使わず、何なら5キロくらいは距離を取ってそこにあった公園に座った。

辺りはもう暗くなっていて、今日中に帰ることは無理そうだ。まあ、俺は配信のときのスパチャ食料があるし、正義も持ってきているということで、食事は心配しなくていいだろう。

「んー。何時間くらいここにいる?」

やることも特にないからそう尋ねた。

「いや、その前に一つ話さないか?」

「うん。私もそう思ってた」

そういった二人の顔は決して明るい物ではなく、空の月は雲に隠れようとしていた。

 

 

 

 

 

 



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第九十五話

 

「えっと、まず純は死んだ人を生き返らせることができるのか?」

「うん。レイの力だよ。死んでから余り時間が経ってなかったらそれで治せるんだ」

「そっか」

時折、何かの叫び声が耳に入る。まあ、あっちは正義の聖剣がぶっ飛んでいった先であるから、化け物の悲鳴だろう。誰も何も喋らない沈黙の中で、しょうもないことを考え低ると、やっと正義が口を開いた。

「純はこの前言ってたよね。もう何度も死ぬような地獄は味わいたくないって」

所々違う気がするがまあ意味的には同じだ。

「そうだな。一瞬で意識が遠退く感覚、ジワリジワリと視界が霞み大事な物が次々と流れ出る感覚。どれももううんざりだよ。自分も嫌だし、お前らがそうなるのも嫌だ」

「じゃあ聞くけど、どうして殺したんだい?」

ピリッと空気が変わった気がしたが、答えは特に何の変哲もないものだ。

「そうした方が逃げられないだろ?」

生き返らせることができるのだから、一時的に殺した方が逃げられないし確実だ。そもそも生き返ってるんだから何の問題もないはずだ。

「それは、君の言う地獄を相手に見せているのと同じじゃないのかな?というか、逃げることに何か問題でもあった?」

え、だって逃げたら‥?

「純はさ、これまで人と戦うとき、どんなときでも至近距離から銃で急所を抜くなんてことなかったよね」

確かにこれまでは足を撃ってたけど‥‥

「もう一度聞くよ。どうして、純は人を殺したんだい?」

 

 

言われてみて、考えて、気づく。どうしてこんなことをしているのかなって。二度とあのような思いをしたくなくて、させたくなくて今日まで戦い、生きてきたのに今度は自分がそれを相手にしようとしている。

明らかにおかしい。矛盾している。いや、思考と行動が矛盾するなんてそうそう珍しい物ではないが、こればかりは違う。

そもそも、俺にとって奴等が逃げても何の問題もない。情報がー、とかそんなもの既に手遅れだろう。気にしてすらいない。皆の命が、正義と香菜と渚が死ななければいいのだ。

逃げたければ逃げればいい。俺達が無事ならそれでいい。だというのに逃がしたくないから殺す。必要のない行動だ。

どうして、なんで、どうして、なんで、どうして、なんで、どうしてなんでどうしてなんでどうしてなんでどうしてなんでどうしてなんでどうしてなんでどうしてなんでどうしてなんでどうしてなんでどうしてなんでどうしてなんでどうしてなんでどうしてなんでどうしてなんでどうしてなんでどうしてなんでどうしてなんでどうしてなんでどうしてなんで━━━━━

一体いつからこうなってしまったのか?

 

まとまらない。今だ目の前でこちらを伺う二人の顔が気になってしまう。

「ごめん。ちょっと整理させて」

「うん。いくらでも待つよ」

「私も」

「ありがとう」

そうして、そのまま横になり、目を閉じた。ちょっと相談しようと思ったんだ。

場所は真っ白なあの世界で、相手は俺の片割れの少女で。

 

 



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第九十六話

 

「いらっしゃ~い」

「まあ、うん」

目を開けるとレイが笑顔でこちらを見ていた。散らばってるお菓子のゴミと手元に握られているリモコンに毒気を抜かれてしまう。

「さて、本日はどのようなご用件かな?」

分かっている癖に、おちゃらけたようにそう問いかけてくる。たっぷりと間を開けてから聞いた。

「この思考の変化は俺とレイのが混ざったのが原因か?」

「まあ、そうである、とも言えるかな?」

随分とはっきりしない言い方だ。時期から見ても、それが原因だとしか思えないのだが。

「理解不能って顔をしてるね。でも本当にそうなんだよ。そもそも僕等は神の使徒。人類が変化する世界に追いつけるように派遣されたってのは知ってるよね」

「あーうーん。知ってる。うん。知ってる」

ジトッとした目を向けられるが気にしない。

「はぁ。まあ私は他とはちょっと違うけどさ、そういう存在なんだから人類への愛着はあるんだよ?」

「ほほほんほほん」

「ふざけるなら話やめるよ?」

「ごめんなさい」

普段のちょっとした意趣返しの積もりだったが思ったよりキレられた。怖い。レイはコホンと咳を一つついて言った。

「ただ、純がもともとそういう思考だった訳でもない。それは保障してあげる」

「じゃあなんでこんなことになったんだ?」

俺も違う、レイも違う。じゃあなんでなんだ?

「もともとって言ったでしょ。純は明子の軍勢に追いかけられつづけた時どう思ってた?」

どう思ってた……?頭の中で感情を整理する。

 

追いかけ回される。これはただただうざかった。

最後はレイに丸投げしてたとはいえ、5~6日くらいは頑張っていた訳だしご褒美も無しにこれかとかなり苛立ってたように思う。

街が化け物であふれる。これにも苛立ちと多少の不満があった。

それは自衛隊に対して。彼等は人々を守ることを引き換えにゴブリン等くそ雑魚というような化け物でさえ、独占しているのだ。だというのに、職務を真っ当出来ていないとはどういうことだ、と。

そして、畏れられたこと。 これには怒りと不安があった。

全員を助けてやったのに感謝がないことへの不満、そして、人とは見られなくなったのかと不安だった。

 

思い返すといろいろな不満があったように思う。これが、原因なのか?

「レイは俺が心の奥底で自衛隊に恨みを持ってたからこうなったと言いたいのか?」

「まあそんなとこだよ。で━「違う!」

「その時そう思ったとしても!俺はそこまで落ちぶれてない!少なくとも殺したいなんて思わない!」

ありえない。たとえどれだけ不満があったとしても、そんなことしたっていいことなんてない。むしろ悪いことでしかない。

感情が高ぶって腹の奥底が暴れ出しそうになる。が、それもすぐに冷やされた。

「むぐっ!」

「人の話は最後まで聞きなさい」

押し倒されて、右手で口を塞がれる。

「今言ったのはあくまで原因の一つだよ。全てじゃない。始めに言ったように私と純が混ざったのも原因の一つと言えるよ」

赤い目が射抜くように俺を見つめる。

「私だって、いや、私の方が人への恨みはあるんだよ。愛着があるとはいえ、国総出で殺されたり、裏切られるなんてされたら、好きで居続けろってのも無理な話だ」

話ながら、レイの目には様々な感情が浮かんでは消えていった。

「■■■■■■。これ、意味わかる?」

レイが話したのは日本語ではない。だが、スキルで意味は理解できる。そうして、浮かんできた単語は見たことも聞いたこともない。だけど、それが何なのか、どういうものなのかというのが自然と分かってしまった。風景まで頭に浮かぶ。

「く…に…?」

「そう。私が一度行った国。この世界じゃなくて別の世界でね。こんな感じで君は僕の過去を知っている。だけど、意識しないと思い出すことは出来ない。頭がパンクしてしまうから、少しずつ、純の意識しないところから私の記憶は君に馴染んでいく」

「純は今、とっても不安定な状態なんだ。昔の私の価値観と今の純の価値観が喧嘩して、混ざって、訳がわからなくなっているんだ」

「じゃあ、どうすれば」

それは、どうしようもない気がする。どれだけ前の俺を意識したとしてもふと気がついた時には今に戻ってしまうと、そう勘が告げてくる。

「私も戦うよ」

力強い一言だった。

「ずっとずっと、純にまかせっきりだった。これまでのことを言い訳にしてずっと戦いから目を背けてきた。いざって時は助けに入ったけどそれも相手が弱かったから。明子みたいな化け物には怖くて、あの時も助けに行けなかったんだ」

あの時とは、ダンジョンから出てすぐのことだろう。

「こんな事になったのは私のせい。だから、私も手伝う。そんなんじゃなくて、ずっとずっと、君と居たいから。ずっとずっと、君の隣に居続けたいから」

それは一種の告白で

「純がおかしくなったら無理矢理にでも止めるし、辛くなったらいつでも相談に乗るし、なんだってする!だって私と純は━━」 

息を大きく吸って叫ぶ。

「一心同体だから!」

決意の表れであった。

 

 

 

 

 




要するにレイちゃんはニート辞めます宣言です。


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第九十七話

 

何を言えばいいのかわからない。レイが俺に告白どころかプロポーズ紛いのことをして、そして戦うと宣言して、意味は分かってもどうすればいいのか分からない。ただただ頬に熱が集まっていくだけである。

「む…。なんだよ純、押し黙って」

ズイッとレイが顔を近づけてくる。

「あ、え、あ」

どうすればいいのこういうとき!俺も好きだよ?絶対違う!よろしくね?なんか絶妙に言葉が足りない気がする!あ~っとえ~う~~~~~ん?????

 

プシュッ

 

「うあー」

「えッ、純?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

顔を赤くして、あたふたして、パタッと目をぐるぐるさせながら倒れた。

恥ずかしさを忍んで想いを伝えた結果これである。倒れたいのはこっちだよ!

「う~~~~」

まだまだ赤みが抜けない頬を触って整理する。

多分、純の精神は結構限界だったと思う。ダンジョンでも、外に出てからも、ずっと精神ブレイクイベントが続いていたんだからそうなって当然だし、ちょっとした休息でなんとか精神を繋いでいたんだろう。それがこの告白で決壊した。

「拒絶じゃない…よね?」

それはないと思いながらもつい口にしてしまう。多分、というか絶対純は私が好きだ。そうじゃないとおかしい。だから倒れたのも突然の告白に頭がパンクしたからのはず!

横目でチラッと純を見る。どうしようもなく好きになってしまった彼を見て、さらに顔が赤く染まる。

「あぁ、だめだめ!」

多分このままだと純は丸一日くらいは寝続けるだろう。それは仕方ないと思うと同時に一日のロスは今の状況だとまずいことも分かっている。だから…!

 

 

 

 

 

「あ、起きた?」

「純、大丈夫?」

目を開けると、心配そうにこちらを覗く純の友人の姿が目に入ってきた。体は女の子、月の位置もあいまって最低でも2時間は経過していると分かった。

「えっと」

どう切り出せばいいか分からない。向こうは私を純だと思って話しかけているのだ。どうすればいいかなんてわっかんないよ!

「待って香菜。これ純じゃない」

「あ、やっぱりそうだよね」

なんかしどろもどろになっていたら察してくれた。ちょうどいいから利用させてもらおう。

「あーえっとね。純はちょっと多大なるストレスで休眠中だよ。だから代わりに私が来たって感じ。よろしくね、二人とも。私の名前はレイ。純のパートナーだよ!」

「純は大丈夫何ですか!?」

「あーっとね。純は多分丸一日は起きないよ」

うんうん。私なんかより純を優先するのは当然だよね。別にいいし。純がいたらそれでいいし。

「じゃあどうすれば…」

「そのために私が来たんだよ。というか、純が起きてもちょくちょく私も出てくるからさ、これからよろしくね!二人とも!!!!!」

一回無視されたので少し強めに言う。

「「あ、はい!よろしくお願いします!」」

いい子…!

 

 

 

 

 

と、言うわけで、二人に今の純の状況を伝え、方針を説明すると、すんなりと納得してくれた。余りにも早い理解に驚いてしまったくらいである。

初仕事というか、お手伝いというか、まあそんな感じなので私にはモチベーションが余り余っている。それに、こうでもしないと頭の中に純が浮かんでくるからさっさとやろう!そうしよう!

「じゃあ行くよ」

この中で一番速度を出せるのは私だ。純のステータスはすばやさ特化だったし、私のステータスがいくら弱くたって長年付き合ってきた相棒があるからね!

両脇に二人を持ち上げて足に力を込める。

「≪代償強化≫」

砂煙が巻き上がり、音を置き去りにして一行はその場から消えた。

 

 

一瞬にして空港へたどり着き、飛行機を壊して、そのまま我が家に帰還した。

「はっや…」

「ふぇ?」

正義と香菜は呆然としていた。

 

 




レイちゃんの設定!
元のステータスは全部1だよ!そして、レベルが上がると1ずつステータスが上がっていくよ!レイちゃんも何体かこの世界に来て倒しているけどこの設定のせいでクソ雑魚だよ!ちなみにレベルは50だよ!
スキルは全部引き継げるからステータスがどうであれとっても強いよ!代償強化が数値をプラスするのはこのためだね!
矛盾があったら教えてね!


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第九十八話

 

「たっだいまー」

「ん?おお、良く帰ってきたな」

「おお香菜!心配したよ!」

パソコンとにらめっこしているひーちゃんとしらんおっさんが出迎えてきた。なお、マユは爆睡している。

え、誰これ?

「ただいま。お父さん」

「え?これ香菜のお父さん?いつから?」

少なくとも直近の純の記憶にはない。

「あ、言ってなかったですね。香菜のお父さんは香菜と同じく聖域が使えるのでヒカさんと一緒にお留守番ってことになってたんですよ」

じゃあ皆で話してたときどこにいたの…?

「ええっと、はじめまして、ですかね?香菜の父です。その様子だと前にもいたようですが生憎気絶してまして…目覚めた時には既に出発していらしたので顔を合わせることが出来ず、申し訳ありません」

ペコッと穏和そうなおじさんが頭を下げた。これはこっちも挨拶しないと…!

「え、えと、はじめまして。いや、はじめましてじゃない…?あ、まあこの姿だとはじめましてですね。レイ、もとい深井純です」

「純君!?あ~香菜から聞いていたけど本当に女の子になってるなんてね~」

驚いたように大きくのけ反った後、すぐに元に戻り、そんなことを言われる。

「あ、えっと、今は純じゃなくてレイです」

「ふむ?女の子の姿ではレイと名乗っているということかな?」

違う!でも何て言えば…

「あ~それはですね………」

 

 

 

 

 

 

 

 

正義君が全部説明してくれました!持つべきものは友だね!

説明した後、香菜のお父さんが作ってくれた料理を食べ、香菜と正義は眠りについた。私は寝る必要がない。なんなら純も実は寝なくていい。ただ、心を休めるのには眠るのが1番と言うだけなのだ。

「ねえひーちゃん」

「レイか。どうした」

暇なのでひーちゃんと話すことにした。

「あの計画はどうなったの?」

「あれか?結構進んではいるが、まだまだだな。友井明子の魔法を逆に利用したりしているが、やはり20日くらい外に出ないと厳しそうだ」

「あ~まあ進んでるならいいよ。20日程度ならそんな気にする必要もなさそうだし」

「突然どうした?」

「これまでは“後”なんてどうでもよかったけど今回は楽しそうだからね」

「そうか。ただそもそも今回のはどうなんだ?経験あったりするか?」

「いんや全然。といっても多分最後の展開だけは予想出来るよ」

「ほう?それは……ああ、なるほどな」

「ふふ。私を殺すなんて不可能だからね。これぐらいしかないんじゃない?純と二人きりになる方法」

「まあそこまで行ったらそれしかないか。まあなんにせよ、不意打ちくらって機能不全とかはやめてくれよ」

「そっちこそ、君の代わりはいないんだからね?死んだらダメだよ?」

私達は、互いに目を合わせて、笑った。

 

 

 



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第九十九話

 

朝、準備を終えた二人を引き連れて家を出ようとするとヒカに止められた。

「なにー?」

「レイ、いつまでその状態でいる?」

「純が起きるまでだよ」

まあ純が起きたとき精神が不安定だったりしたら代わらないけどね。

「なら、お前だけで行ってこい」

「え、どうしてですか?」

それな。人が多い方がいいでしょ。そもそも私じゃ洗脳解けないんだが?

「理由としては二つだ。一つはレイ一人で充分だと言うこと。もう一つは天童香菜、烈火正義には明日に備えてもらう」

その言葉である程度察した。

「あーハイハイ。明日明子を倒すのね。了解了解。んで、純は寝ているから作戦を私に話しても意味ないだろうってことね」

「そういうことだ。頼んだぞ」

「ういー」

と、言う訳で、一人寂しく破壊活動に向かった。

 

 

 

 

「≪代償強化≫≪命中≫≪火魔法≫」

手の平サイズの火の玉が海に浮かぶ船へと接触し、水ごと消した。

「もっかい!」

今度は赤い槍を地面から四方八方へ飛び出させる。残りの船と近づいてきた化け物達を貫き、炎に包まれて消えていった。

「たのしい…!」

こんなにも派手でカッコイイ攻撃をするなんて初めてだ。基本物理でぶん殴っていたし、そもそもそんなカッコイイ攻撃手段なかったから興奮が冷めない。

「確か水魔法もあったよね?威力が上がるとどうなるんだろ?」

同じような手順を踏んで、化け物を大きな水の玉に入れる。それだけなのだが、向こうはどう頑張ってもその中から逃げられない。そして、じっくりと一匹一匹化け物が光となって消えていった。

「ヒュ~ッ。溺死ってほんとに苦しいからこれは気をつけないとね~」

望みのためにがあの頃のままなら大丈夫だが、あれより大幅に魔力が上がっていたならワンチャン死にまくる可能性もある。警戒するに越したことはないだろう。

「じゃあ次は風だー!」

さっき水魔法がレベル10になったからか風魔法を手に入れた。検証をかねてまたもや遊びはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レイが出ていって。僕達はヒカの話を聞いていた。

「━━━ということだ」

説明が終わり、辺りが静寂に包まれた。僕は今回の作戦をじっくりと頭の中で整理して…。

「つまり、僕達は捨て駒というわけだね?」

「まあそうなるな。余りにも友井明子には不確定要素が多すぎる。だから深井純、もといレイへのバトンを繋ぐことがお前達の役割だ」

「なるほどね」

香菜を見るとやる気充分!のようすで握りこぶしを作っている。そんな様子を見て、軽く笑って

「それは少し納得できないかな?」

作戦を拒否した。

 

 

 

 



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第百話

 

「何故だ」

ヒカが平淡な声で尋ねてきた。

「そりゃあ、決まってるでしょ。犠牲者が出る前提だからだよ」

ヒカの作戦はこうだ。

1.純以外で明子を叩く。おそらく取り巻いているであろうベル、人間はマユ担当。

2.全員が力尽きる、または膠着状態に陥った時、純に全てを任せる

考えた割には何とも単純な作戦だ。ただ、最高戦力となる純に託すという点で見ればこれ以上はないだろう。

「別にそんなものは前提にしていない。お前達で倒せるならそれでいいし、無理なら深井純で確実にということだ。それともなんだ?初めから純を使うべきとでも言うのか?」

「別にそういう訳ではないよ。ただ、僕が1番言いたいのは操られている人への対応だよ」

この作戦で最も気に入らないのはこの部分だ。

「マユさん。貴方って峰打ちとか出来ますか?」

「ん~、あ、私に聞いてるのかな。一対一なら余裕、2人だとちょい厳しい。三人以上は…って感じかな。でも大丈夫だよ?当日は容赦なく殺すから」

「助けられるなら助けるとかないんですか?」

「ないかな。そんなもの言ってる暇あるくらい余裕ならひーちゃんがこんなにぴりぴりしないだろうし、私も生きていたいからね」

淡々とそう告げられる。これは充分予想できた答えであり、だからこそ、納得出来なかった。

明子を倒すまで、僕等がやるのはいわば時間稼ぎだ。明子の体力を削り、できる限りスキルを使わせ、そして、満を持して純がやる。時間がかからない訳がないだろうし、その間に遠くの人だって明子を助けにくるだろう。

決戦時の近くにいた人、数時間でここまで来れる人。数にすればとんでもないはずだ。それらを敵として殺していけば、どれほどの死体が積み上がるのだろうか。

「要するに犠牲者をゼロにしたいのか?それならレイがなんとかするだろう。胴体が二つになったくらいじゃ、レイで治せる。それともなんだ?殺すこと自体がダメなのか?ならどうするんだ?そう言うならなにか代案があるんだろうな?」

心を読んでいるのだろう。なにか言う前に言葉を被せられ、反論を潰していかれる。でも、話すタイミングは出来た。

「香菜の≪全天≫で僕と明子を閉じ込めてほしい」

 

 

 

 

「はぁ」

長い沈黙の後、心底呆れたような声がヒカから漏れた。

「俺の話を聞いていなかったようだな。俺は出来るだけ友井明子の隠している情報をなくしていくのが役割だと言ったよな?なんだ?自分一人で充分ですってか?自分一人に友井明子は全力をだしますってか?」

「そうだ」

「はっ!馬鹿言え。あれはどう考えても俺達、もとい神の使徒の役割の化け物だ。それとお前が同格?ハハハ!」

「それでもだ」

まっすぐと前を見る。口から出るのはいわばハッタリだ。それでも、皆を守ると決めたくせに、ここで動かないのはダメだ。

「………」

じっと相手の目に視線を合わせる。そして、チッと舌打ちの音がした。

「マユ」

「ほい」 

ヒカはマユから一本の剣をを貰うと切っ先をこちらへ向けた。

苛立ちをかくしきれていない表情で静かに言いきった。

「勝負だ」

 



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第百一話

 

無謀だと私は思った。

正義君が一人で明子ちゃんと対峙する。これ自体は正直何とも言えない。ただ、一つ言えるのはそれじゃ絶対に犠牲は抑えられないということ。明子ちゃんからしたら戦う数は多ければ多い方がよくて、それなら当然、全天をなんとかしようとするだろう。そして、明子ちゃんはあの、圧縮した魔法で簡単に全天を破れる。

正義君だってそれを分かっているから、たぶん戦いの中で弾こうと考えているんだろう。だけどそれには限度がある。明子ちゃんは複数の魔法を一度に使えるのだ。もし、全方位にでも撃たれたらそれだけで破綻する。

 

「止めないと」

武器を構え出した二人に向けて何かを言おうとしたその瞬間だった。

「っ!」

「チッ」

一斉に二人が飛びのく。そして、物の影から闇が飛び出した。どうやら、いろいろと作戦とかを考えていたのは徒労となってしまったようだ。ただ、これは正義君にとっては好都合のはずだ。なんせ、洗脳されてしまった人のいない場所が勝手に作られたのだから。

「≪全天≫≪聖域≫」

ともかく、私は自分の役割を果たすことにする。全天を皆の前に設置した。

「こ~んに~ちわ~」

ぴょこっと闇の中から犬が飛び出してきた。

「悪魔め…!」

ヒカさんの反応から見るに、これがベルなんだろう。ベルに続いて、明子ちゃんも闇から出てきて、その闇はベルに吸い込まれていった。

「いやはや、妨害工作、作戦会議。お疲れ様!でも、別れるのはまずかったね?」

そういわれて、理解する。明子ちゃんは純君を探してここに来た訳ではないということ。つまり、私達を潰しに来たのだ。

そして、赤い光が一瞬視界に映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「見捨てた」

真っ暗な空間に憎悪に満ちた声が響く。顔をあげて声の主を探そうとする。

「これまで何度も助けてあげたのに」

それは、よく見知った人たちの声で、今は安否の分からない人たち。

「そんな悪い子を生んだ覚えはないわ!」

それは、かつて大好きだった人の声で、もう会うことの叶わない人。

「どうして!皆よくしてくれていたのに!」

それは、誰よりも多く聞いた声で、だいっきらいな私。

覚悟の上で起こした行動。責められることを、嫌われることを分かっていて、でも、彼のために起こした行動。誰よりも彼を優先した故に起こした行動。

ずっと、ずっと、ずっとずっとずっと。憎悪が私を包み込んでいく。後悔という名の地面は私を縛って動けなくする。

私はもう、ずっと下を向くことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

香菜の体から赤い光が飛び出した。それは、いつの間にか香菜の後ろにあった闇を経由して香菜の体を貫き、こちらへ向かってくる。

「香菜!」

「≪聖域≫!」

すぐさま、香菜のお父さんの聖域によって、血が出ることなくその傷は塞がった。僅かに上下する体を見て、明子へと視線を戻し、香菜を背中に構える。

こちらへ魔法を撃とうとするその時、刀が明子へと振り下ろされた。それは、目で追うのもやっとな速度で誰もが殺ったと確信出来るほどの距離まで刃が振られている。

カァンとよく聞く音がした。心当たりなんて一つしかない。飛んできた魔法を捌いて一度香菜から離れた。

ゆっくりと立ち上がった香菜の表情はなく、目の光は失われていた。

 



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第百二話

 

「あ~なるほどねぇ~」

「≪光魔法≫!」

光魔法を使うが、香菜が正気を取り戻す様子はまだない。

「なんで!」

「いや、そもそも聖域内で解除されてないんだから光魔法でも無理ってわかるでしょ?」

確かに、その通りだ。香菜の傷が治ったことから聖域が発動していないというのはありえない。なのに、洗脳は解除されていない。

何故だと考えようとしたところで炎が目の前に迫ってくる。

避けるために足を動かそうとすると、見えない何かにぶつかった。

「…!」

咄嗟に、いや、聖剣の力で聖剣が目の前の炎を防ぐ盾に立ち塞がろうとした。それすらも、見えない何かに止められた。

もはや、なにも出来ずに目の前の炎を見つめることしか出来なかった。

 

「ふんっ!!!!」

人影が視界を塞ぐ。くるはずだった衝撃は目の前の人、香菜のお父さんが防いだ。

「…っ。済まないねぇ正義君。うちの香菜が邪魔をしてしまって…!」

明子は何ともない様子でさらに魔法を追加する。机や椅子などその場にあった物全てを破片とし迫りくる竜巻、先程より威力が上がったであろう火の玉。

「ぐああああああああ!!!、」

血が飛び散る。助けないと行けないのに見えない何かが腕を、足を、体を抑えその場から動けない。

「せ、聖剣!」

『『フゥゥゥゥゥゥウウ!』』

二本の聖剣が迫りくる魔法を捌きはじめる。しかし、すべての魔法は防ぎ切れずどうしても香菜のお父さんへと向かってしまう。

「思ったより粘るねぇ~」

それに加えて、ベルが闇のナイフを作りだし、香菜のお父さんへと飛ばしていく。が、弾かれた。

「マユ!とにかく犠牲を減らせ!時間を稼げ!」

見ると、マユさんが明らかに届いていないところから斬撃を飛ばしてナイフを弾いていた。当然、彼らにも魔法は飛んできているのだがヒカが対応していた。

明子はこのままだとダメだと判断したのか攻撃をやめた。すぐに飛び込まないと行けないのに見えない何か、いや、香菜の全天が俺の動きを制限する。

なら、魔法を使うまで!

「≪火魔法≫!!!!」

何もない空間に赤い炎が立ち上り、限りなく小さく、そして、これ以上ないほどの明るさを持った球を形作る。そして、それを自身に向かって打ち出した。

僕は知っている。全天は少しでも穴が空くなどすると、解除されてしまうことを。だから、自身に向かって打った。

炎は僕の胸を当然のように貫通する。しかし、それと同時に全天も破り、体が自由を得る。もちろん、ここで倒れて再び拘束されでもしたら笑い者だ。だけど、僕には、いや、聖剣には、あれがある!

「げん、かい、とっぱ!」

動けないはずの致命傷を負っても動ける様になる聖剣のスキルの一つ。後からの反動がどうなるかは分からないがもう傷は聖域で防がれた。

踏み込み、明子に急接近する。が無防備に魔法を溜めるその姿への攻撃はすべて全天が防いだ。それならばと、香菜に拘束されないよう動き回りながら威力を意識した炎を生成する。

だけど、

「はいっ!時間切れ~!」

 

町中を光が包み込んだ。

 

 



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百三話

 

何も、見えない。

でも、体は、動く。

「ぐっ……!」

突き出した剣に、何かを貫いたような感覚。後から聞こえる明子の声。

「明子っ!下がってて!治してあげるから!」

焦ったような悪魔の声、ということは、こっち!

「いいの?その先には君を守ってくれた人がいるよ?」

関係ない。聖剣は俺の意思に従って動くから、攻撃対象を見誤ることはないから。

「流石に二度目の死はごめんかな!香菜ちゃん!」

カァンと心地好い音が響く。香菜か?いや、でも、いける。

「ふっ!」

「は!?」

硬いものと何かを叩ききった感触がする。やった?

「ぐぅ…。明子が、いや、望みのためにがなんで君をあんなにも殺そうとしていたのか分かった気がするよ…!」

やってないみたいだ。耳を澄まそうとすると、聖剣が勝手に動いて何かからの攻撃を防いだ。なら、その先には敵がいる。

「…!止まれ!烈火正義!」

誰かが何かを叫んでいる。でも、聖剣はあれを敵だと言っている。であれば、止まる必要はない。

カァンとまた弾かれる。でも、さっきと同じで、もう一回振り下ろ━━━

「いいのか?!それは天童香菜だぞ!」

 

 

えっ

 

 

止まらない。聖剣は香菜を敵だと認識している。実際それは間違ってなくて、今は敵だ。だからこそ、この剣は止まらない。もう、自分の意思じゃどうにもならない。

ぐちゃりと、肉を裂いた音がした。

「あ、あぁ。あっあ”あ”あ”あ”あ”あ”」

香菜が死んだ。殺した。香菜が、香菜が、香菜が香菜が香菜が香菜が香菜が香菜が香菜が香菜が香菜が香菜が香菜が香菜が香菜が香菜が香菜が香菜が━━━━━━━━━

 

「くっそ…。なんてタイミングで強化切れるんだよ。じゃあ正義?ちょっと話そ…なんで香菜が殴ってくるの?いたくないよ?」

親友の、声がした。

「だめだよ?今の正義殴っちゃだめ。ねぇなんでそんなに無理矢理殴ろうとするの?通さないよ?」

どこか緊張感が抜けた声が今はとても頼もしい。

「ん~?香菜は洗脳されないんじゃ?というかここどこ?とりあえず中心地に来たけどこんな更地あった?」

親友は次々と疑問を吐き出す。だけど、誰からも答えが返されない。

「え?こんなかで洗脳されてないのは香菜以外?因みに正義は死にかけ?なんで見ただけで分かるんだよ。いやまあ死にかけてるのは見たら分かるけどね?」

そういいつつ、口元に何かが流し込まれた。

「正義。お前にはまだたっぷりと言いたいことがあるんだからな。死ぬなよ!」

不思議な安心感に包まれて、激痛の中、意識は沈んでいった。

 



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第百四話

 

「さてっと、じゃあ明子。って大丈夫?」

目の前では明子が腹部を押さえてうずくまっていた。患部は真っ黒な闇が覆っていて良く見えない。

「うーん。とりあえず」

体が半分程ちぎれかかっているベルにむけて、魔法を撃った。

「せ、めて、道連れに…」

不穏なことを言ったので正義を抱えて飛び出した。直後、地面から針が飛び出てきた。

ふむ。避けれたのはよかったんだけど着地どうしよう?

『さっさとあの犬を殺せばいいんだよ≪火魔法≫』

勝手に体から炎が飛び出て、ベルを焼き尽くした。

「おお~。そんなんも出来るのか!」

『ふっふっふ。あの聖剣程の安定感はないけど、似たようなことは出来るのだよ』

そんなこんなで、再び明子の方へと顔を向けると、すでに傷口は塞がっていて、横には香菜が並んで立っていた。

『仕掛けてみたら?』

いや、この二人に攻撃するのはな~。ちょっと様子見かな。

そう決めて、二人と睨み合う。正直、今は容赦なく二人を攻撃することは難しい。絶対にどこかで躊躇してしまうだろうし、そうなるなら交代かな~と考えていると明子が口を開いた。

「ねぇ純。それってどうなってるの?」

どこか震えた声でまるで答えてほしくないかのような表情をしながら問い掛けてきた。

話す、べきなのだろうか?話したところで何か不利益を被る訳でもない。とはいえ、絶対に話さないほうがいい気がする。

『黙ってるの?』

まあそんなとこと心の中で返しながら逆に問い掛けた。話を逸らす為でもあり、俺が一番気にしていたことでもある。

「姉さんはどこに?」

「答えたら教えてくれる?」

「考えておく」

適当に返して、向こうからの返答を待つ。

「…私の家。配信してる」

配信してる?そんなこと何のために……あ、もしかして。

「それって洗脳を広める━━」

その時、視界の端に刀を持った女性が見えた。香菜は反応して全天を展開していたが、それらは豆腐のように斬れていき、たいした減速すらしなかった。

そして、その刃は明子に片手で止められた。

「は?」

ヒカの素っ頓狂な声がその場に響いた。

「純。それでどうしたの?」

「あ、ああ、ごめん。考えた結果話さないわ」

自分でも嫌になるほど最低な発言だが、本能が話すなと脳に訴えかけている。

「香菜ちゃん。知ってる?」

「あ、まず━━━」

そういえば香菜は知ってるじゃないか。しかし、いますぐ行ったところで間に合わない。

「えっとね。合体したんだって!」

ドンと重りが頭に載ったかのように空気が重くなった。

「どういうこと?」

香菜が詳細を話すに連れてどんどんと空気が重くなる。

『あ、ああ。こっここわくないからな!いっいいざとととなったらまっまままままかせろろよ!』

ものすごいレイが震えている。

「ももももうかかかかかわわってもいい?」

「だっだだだだめめめ!!!

当然俺も震えている。レイがいなければ狂ってしまいそうだ。

話を聞き終わった明子の瞳には理性がなかった。何もいわずに片手を掲げる。

パチン。そんな音が響き渡って……。

数分経過すると、どこかのスピーカーから音が響いた。それは、どうしようもなく不安感を煽ってくる音で昔、どこかで聞いたことのある音だった。記憶を探る。あれは、確か……歴史で、近代史で‥

思い出してすぐ、顔を青くする。

「速報です!速報です!日本時間午後18時~午後━━━━━」

これは、確か、

 

 

 

 

 

「日本が世界各国から宣戦布告を受けました!」

戦争の始まりのリズムだ。

 

 




日本がアメリカに宣戦布告したときの音声を聞いたことがあるけどめっちゃ怖かったです。私はその日眠れなくなっちゃいましたね。


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第百五話

 

「どういうつもり!?」

あまりにも理解不能なその行動に叫びをあげてしまう。

『というか、いつの間に外国支配してたの?そんな時間あったかなぁ』

宣戦布告が突然くる。外国だってまだ、化け物がいるはずなのにどういうつもりなのだろうか。放送で繰り返される国名にはアメリカなど知っている物もあれば聞いたことのない国もあった。だけど、全ての国ではなかった。これは洗脳がまだ回っていない所があるのか。はたまは別の思惑があるのか。

「深井純!」

ヒカの声が響き渡った。

「何がなんでも!今のうちにそいつを殺せ!」

殺す?殺してしまえばもう、戦争は回避できないのでは?いやでも殺したら解除されるかも…。

『かわるよ。純』

ぱっと体の主導権がレイに移った。

「≪代償強化≫」

一気に即死しない程度の血と臓器が消え去った。

『ちょっとレイ!殺しちゃってもいいの?』

ここまでの強化は初めてだ。これは殺しにいくのだろうか。

「違うよ。無力化するんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確定したことがある。それは世界が混乱に包まれるということだ。ここから友井明子を殺そうとも、洗脳を解くように出来たとしても。ただでさえ国民を守りきれていないのに他国へ宣戦布告。国民の不満は確実に爆発する。それになによりも最悪のパターンは友井明子の指示で核を撒き散らされることだ。生物が住めなくなったら人類所ではない。

そう思っての指示だった。一瞬深井純が迷っていたが、予想通りすぐにレイが代わってくれた。なのに、レイは生かそうとしていた。

どう考えても、この存在を生かしておく訳にはいかない。静かに、マユに命令した。

「ひーちゃんが言うならそうするね」

この女はやけに俺に依存しているが、今はそれがありがたい。そっちは任せて、今回の宣戦布告の影響を少しでも減らすために動きはじめた。

まずは、この放送を流したテレビ局をハッキング。SNSで間違いだという報告と謝罪文を投稿させた。

次に自衛隊には全情報を共有。ある程度パイプを作っていたからスンナリと受け入れられた。

考えつく限り、この衝撃の緩衝材をばらまき続ける。海外はおそらく日本を攻める準備はしていない。だから、最低でも一日、長くて一ヶ月。手出しをしない国もあるはず。

とんとんと肩を叩かれた。

顔を上げる。マユはうまくやれただろうか?

「ごめん。逃がしちゃった」

………………抑えろ。今は時間を無駄に出来ない。戦力を無駄には出来ない。申し訳なさそうな顔をしたマユを軽く慰めながら、次を考える。

「自衛隊に行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あっぶないなぁ。明子を無事無力化させた瞬間、刃が明子の首を狙って飛んできた。すぐに明子を拾ってその場を離れたから良かったものの、当たってたらどうするつもりなのだろうか?

「いやまぁ、当てるつもりだったんだろうな」

『レイ。ほんとに大丈夫なの?』

純がそう尋ねてくるが、大丈夫なわけがない。一応、方法は考えてある。これなら、被害も少なく、何なら無かったことにできる。ただ、机上の空論である。そして、ミスれば終わる。この世界も、私達も。

「純。私を信じてくれる?」

『?なにをするかはしらないけど何とかしてくれるとは思ってるよ』

純からの信頼が私の背中を押した。

ゆっくりと明子の顔へ両手を添える。目で明子をじっと見つめる。そして、唇を重ねた。

 

 

 

 



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第百六話

 

ずっと、考えていた。

私を殺す方法とは何だろうと。

肉体はどうしようと破壊することは出来ない。昔の話になるが、星ごと破壊された時もあったが、普通に生き返って長い期間宇宙迷子となった。私の体は生き返る時万全の状態となっている。体温だってリセットされるので、溶岩に入れられても死んでるうちに冷えていく。リスキルされたとしても、休み無しで人を殺しつづけられる生き物なんていない。機械ですらいずれ錆びる。

神様に殺してくれと頼んだ時があった。初めは笑われたり誤魔化されたが頼んだ回数がざっと万を超えると僕にも無理だと返された。どうやら、私の不死は神でもどうしようもないらしい。

そうやって考えて、考えて、考えている内にそもそも私を殺すというのが間違っているんじゃないかと思った。あくまで彼女の望みは純と二人きりでいること。つまり、その場に私がいないこと。もしくは、私が彼等を認知出来ないこと。それなら、どうすればいいのだろうか?私の精神を壊す?出来るのならやってみて欲しい。長い間生きているせいで私のメンタルは凄まじい。というか、こんなに死んでいるのに狂ったことは一度もない。多分何らかの耐性がある。他には?悩んでいると、純がやってきた。

「レイ。大丈夫?」

「なにが?」

「いや、ほら、明子の…」

「ああ。私を殺すーってやつね。大丈夫大丈夫。というか、明日早いでしょ?寝なくていいの?」

「そうだね。じゃあここで寝ていい?」

「いいよ」

そしたら、グースか寝息をたてはじめた。呑気な顔だなと、寝顔を見つめながら笑った。

純もとい私の精神空間。

表に出ていない人格がここで時を過ごせる。だから、基本、ここには一人しかいない。一人ぼっちなのだ。

そこで、ふと、とある予感が頭をよぎった。

彼女の目的がここだとしたら?

私が表に出ていたら当然純はここで一人だ。その純は今のようになにか混ざっている訳でもなく、まるきりそのままの純なのだ。ここでなら、二人きりになれるはず。

ただ、この方法は現実味がない。なんせ、全て私と純のさじ加減。私を殺すのが不可能だとして、これはその次くらいに難しいだろう。

もし、私達が無理矢理明子を吸収するとしたらどんなときだろうか。まずは、前のように、精神メンタルがまずいとき。これは純といることで解決している。だとしたら……

明子のスキルが必要なとき。

いうなれば、明子の力がなければ、どうしようもないとき。

これは、今の状況に非常にあてはまっているのではないだろうか。

人類全てが洗脳され、それを人質とされれば、私達は抗えない。聖域や光魔法を私達が持てればいいけど、そうはうまくいかない。というか、持てたとしても限度がある。互いが互いに洗脳しあうようになれば、例え明子を殺しても、どうしようもなくなってしまう。

そうなれば、明子の力が必要となってしまう。

まぁ、ここまで考えておいてなんだが、正直何とも言えない。ただ、方法の一つとしてはありだと思う。純との間に人が入るのが嫌ではあるけど、それも少しの辛抱なのだ。だって、神の使徒ではない明子の精神は、世界を移動すれば消える。なら、それまでは広い心で許してやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、マジでやるとは…。

とりあえず、取り込み終わった。だけど、この状態だと、明子しか明子のスキルを使えない。だから、説得が必要になるかなと思いながら、精神世界へと向かった。

 



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第百七話

 

精神空間に着くと、そこでは明子と純が微妙な距離感で向かい合っていた。

「なにしてんの?」

正直、追いかけっこでもしてるかな~と思っていたのだが、そんなことは無かった。明子はすごい申し訳なさそうにこっちをチラチラ見てくるし、純の顔は見れていない様だ。

「いや、なんか明子がずっと押し黙ってて」

「…」

彼女は何を考えているのだろう。まぁ、とりあえずこっちの要求でもしてみようかな。

「多分そっちが望んでいたであろう事はやったはずだけど、どう?満足?それならさ、ちょっと働いてくれない?」

ブンブンと首を縦にふる明子。え、やけに素直。

「ちょいちょい純。こっち来て」

「あ、うん」

明子と距離をとって声をひそめて会話する。

「これってどうなってると思う?」

「う~ん。スキルがここじゃないからかな?」

あ、そういえば≪望みのために≫は思いを増幅させるんだっけ。だとしたら純に引っ付かないのは納得できる。でも、なんであんなに素直なんだろ?もしかして罪悪感とか?この子友達の親二人殺してるし、それが一番ありそうだな〜。

「まあ、言うこと聞いてくれるならそれでいいかな」

この様子なら、私が表に出る必要無くなるかもだし。この子がどう思っていてもどうでもいいかな。

「ねぇ、でもこれどうするの?洗脳解いたって宣戦布告が消えた訳じゃないよ?このままだと、第三次世界大戦もありえるし」

「ふっふっふ。安心なさい。ほとんどの国のトップはこの子の支配下なんだから、取り消させればいいの。後ね、ヒカの後始末があるんだよ」

「後始末?」

「うん。まあ純は気にしないでいいよ。でも、それで世界の混乱もおさまるはずだから無事解決だね!」

純が納得いかないというような表情をしているが、今はそれでいいのだ。終わってから教えよう。

「さて、明子?早速お願い出来るかな?あ、もしなんか変なことしようとしたら強引に主導権奪うからそこんとこよろしくね!」

「はい」

返事をした明子はなんの抵抗を見せることなく、素直に言った通りの事をしてくれた。打ち切り漫画見たいなサクサク感。最高だぜ!

さて、やることは終わった。後はヒカと合流すればいいだけだし、私が行きますかぁ!

「じゃあ純。ヒカと合流したいから私が表に出るね!」

そう言い残して私はヒカを探しに走り回った。

 

 

 

 

 

『ちょっ!やばいよ!レイ!』

なかなか見つからないヒカを探していると純が焦ったように話しかけてきた。

「どした?」

『明子が化け物の軍団と魔王はどうすればいい?って言ってる!』

ンー、クソ!

 

 



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第百八話

 

レイがいなくなって、明子と二人きりになってしまった。本当は正義のお父さん、清志さんのことで怒りに震える時もあったのだが、この様子を見ていると、そんな気力すらなくなった。

とはいえ、なにも話さないという訳にはいかない。明子については正義に一任するとして、後から使えるかもしれないから質問してみた。

「ねえ明子。明子はあの日から何をしてきたの?」

「……」

「黙り込んでないでさ。教えてよ」

明子は、少し目を伏せながらぽつぽつと語り出した。

「私は、もともと純が好きだった。それが、ベルが私の側についてからその思いは一層強くなった。思いはどんどん増していって、ヒカと戦ったときかな。もう、なにも考えられなくなるくらいだったんだ。でも、頭の中で、どうすればいいのかが自然と分かったんだ。それは私の意思では無かったけどこれに従えばいいって強く本能が訴えかけて来たんだよ。だから、ずっとそれに従って、私はここまで来ちゃったの」

「それで?どんなことをしたの?」

「まず、頭に浮かんできたのは勇者を倒せるほどに強くなること、そして、勇者を殺すことだった。あと、人をなるべく洗脳しちゃうってのもあったかな。だから、私はひたすらに化け物を殺しつづけたよ。時折倒せない奴もいたけど、適当な自衛隊を使えば良かったから、一日も経たずに十分なくらいレベルが上がったんだ。だからね。勇者を殺しに行くことにしたんだ。確実性を高めるために既に洗脳済みだった正義のお父さんを連れてね」

ここらへんで声が少し震えていた。でも、話すのをやめる気はないみたいだ。

「で、香菜ちゃんに邪魔されて、貴重な駒を一つ失って。また、レベル上げに戻ったんだ。そして、二回目。今度は新しい駒の中から一番もっと強力なのを連れていった。全天相手にも効くような魔法もあったし、終わらせようって感じだったんだ。でも、今度は正義が良くわかんないくらい強くなってて諦めた。で、そこで方針がちょっと変わったんだ。正義より先に周りを潰そうってね。だから三回目はあの闇の人を使って遠くに飛ばした。本当は香菜と分断させたかったけど失敗しちゃったから少しでも絶望させようと教会を狙った。ヒカや香菜のお父さんは逃したけど、信者は全員洗脳したし、向こうの方で香菜の心にちょっとした負い目が出来たのが分かったから十分だった」

「なんで正義相手に洗脳をしようと思わなかったんだ?」

「あの聖剣は持ち主を守る力があったようだからね。それも何となく分かったんだ」

ふーん。やっぱあの聖剣やばいんだな。

「で、本能に導かれるままに化け物を殺しつづけてると変な個体がいたんだ。見た目はよくわからない。まあ気持ち悪かったんだけど、私の魔法ををそこら辺の小石を蹴るように弾いて、なのになにもせず、私にただ、対話を求めてきたんだ。『我は魔王。勇者について話し合いたい』それを聞いて、私の本能は…いや、さっきから本能って言ってるけど要するにスキルだね。≪望みのために≫はうまくいったと喜んでいるようでそこからは≪望みのために≫に従って話し合ったんだ。曰く、魔王は本来、この世界に絶望をもたらすものだと。勇者以外は魔王を倒せず、そしてそれは、

 

 

神の使徒であっても同じだと言うこと」

 



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百九話

 

「え?」

やばくない?いやでも、今はとりあえず聞かないと。

 

「その魔王は勇者を殺すことが出来るのなら、どんな支援も厭わないと言っていたから≪望みのために≫はとある計画を持ちかけた。その計画っていうのはね、魔王が配下を増やす、その間、私が世界中で話題になり注目を集める、時が来たら、勇者を協力して殺す。とまあ簡単に言うとこんな感じ」

 

ん?この言い方だと明子は魔王と何かあの時協力していたのか?いや、でもあの場には俺達と明子とベルしかいなかったし、横槍の気配も無かった。なら、明子が先走った?

 

「だからね、いろんな手段を使って一般市民も、政府関係者も、軍人もみんなみんな私に注目するようにした。一般市民は英雄として、政府関係者や軍人からは希望、または強大な敵として。それは日本にも留まらず、世界にまで広がっていたんだ。だから、外に行っていた魔王は多分、動きやすかったと思うよ。魔王にも、洗脳は手伝ってもらっていたしね」

 

外に行った?それって外国?ということはあの宣戦布告騒動は魔王という協力者がいたから出来たことなのだろうか?

 

「まあ、日本の船や飛行機が壊されちゃって化け物を一気に輸送するのが大陸側次第になっちゃって少し予定より遅れたんだけど、合流は果たせたんだ。でね、魔王は勇者にしか倒せないとは言ったけども、ダメージを受けないという訳ではないんだ。だから、魔王って駒は慎重にきらないといけない。そう≪望みのために≫は判断したから、私とベルで勇者をはじめに攻めたんだ。勇者と香菜ちゃんだけでも辛いのに、ヒカやマユが追加されるから厳しいんだけど、香菜ちゃんはこっちに来させられるから勝算はあったんだよね」

 

「どうやって香菜を洗脳したんだ?あの場には聖域も光魔法もあったはずなのに」

 

「香菜ちゃんには家族を、信者を見捨てたという罪悪感が胸の内に秘めてあったんだよ。だから、精神魔法で新しい人格を作成、そして、香菜ちゃんの持った罪悪感をベルの力で増幅させて、本来の精神をひきこもらせたんだよ。だから、正確には洗脳ってわけじゃないんだよね。その新しい人格っていうのは、私達の命令には絶対服従、それ以外は特に決めていないから今は多分もとの場所でぼーっとしてるんじゃないかな」

 

あっ、そういえば香菜の存在を完璧に忘れていた。いやだって、あの場じゃ完全に空気だったんだもん。後で拾わないと。いや、もしかしたら正義と一緒にヒカが拾ってるかも?

 

「ねぇ、それって治せるよね?」

「うん。まだやってないけど出来るよ」 

「それならいいや」

「で、話を戻すけど、私達と勇者が戦って、弱ったところを魔王が襲撃って手筈だったからそろそろ始まってるんじゃない?どうする?」

「え?なにが?」

始まっている?話の流れ的に、もしかして…

「だから、勇者への魔王の襲撃が始まってると思うけど、どうしよう?」

え、やばいじゃん。えっ、え、どうしよう?と、とりあえずレイに教えなきゃ。

「明子が化け物の軍団と魔王はどうすればいい?って言ってる!」

 

 

 



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第百十話

 

「詳しく!」

純にそう指示しながらひーちゃんを探す。明子との戦闘地帯には既に誰もいなかったということは正義や香菜はひーちゃんが連れていって居るはずで、だとするならかなり目立つはずだ。最寄りのビルの屋上へ跳び空から探す。

そうしている内に魔王についての情報が入っていく。聞けば聞くほど、いますぐひーちゃんと合流しないと行けない。

「どこ、どこ?」

見えない。すぐに場所を移して再度探す。

「いた!」

魔王が居るとするならほぼ確実に正義もといひーちゃんを狙って来る。それはダメだ。正義もそうだけどひーちゃんもやられてはいけない。正義が死ねば魔王を止めるすべが無くなる。ひーちゃんが死ねば、戦争を止めるすべが無くなる。

「≪代償強化≫」

今回は足と胴体と顔と右腕以外を捧げる特別仕様だ。トップスピードでひーちゃん達に急接近する。

バシュ

音がなる。間に合わない。なら、

「≪命中≫≪風魔法≫」

馬鹿みたいに上がった魔力を余すことなく、ひーちゃんの回りに風の壁を張り巡らせる。すると、チラッとひーちゃんがこっちを向いた。そして、立ち止まった。

「よしっ。ってあ…」

頭から地面に着地して止まる様子を見せることなく地中を進み続ける。防御のおかげで痛みは少ない。だが、止まるまで10秒ほど時間を要した。

守らないと

強化されたステータスを再利用して、飛び跳ねる。今度は調整も忘れない。そして、地中から飛び出てひーちゃんを見つける。

「ひーちゃん!きんきゅ、ぐぇっ」 

頭にものすごい衝撃が響いた。いったぁ。むりぃ。パス。

『頑張る』

 

 

 

 

 

 

 

というわけで、レイに代わりまして純です。レイは気づいて無かったけど、なんか撃ってきた奴の見た目は分かった。レイが萎えてるから強化は内臓に留める。まあ痛いんだけど、まあまあ慣れてきた。

「レイ!どういうことだ!」

どうやらレイだと思っている様子。まあ指摘する時間もない。

「それは後で!正義たたき起こして!逃げるよ!」

と、目の前になにかが飛んで来る。風魔法を併用して受け止める。

「おっも…!」

これ正義でも怪しいでしょっ!なんか特別な特攻でもない限り!

視界にこの魔法を撃った奴が入り込む。キッモ。SAN値削られそう。

続けて二発、三発と魔法が飛んで来る。レイにも協力してもらってなんとか受け流す。

「まだ?」

「いや、起きた。起きたのはいいんだが…」 

「なに!」

こんな時に勿体振ってんじゃねえよ!ってあれ?なんか音がするぞ?何だろうなこれ。どっかで聞き覚えが…。

「化け物の大群がよってきてるぞ」

 



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第百十一話

 

統一性のない足音が響き、地面が唸りをあげている。さっきから魔王?が馬鹿にならない威力の魔法を撃ってくるせいで、目で確認することが出来ない。

「正義ぃ!起きたんだったら返事しろぉ!」

「あぁ?純…?」

なんでこんなうるさいのに寝ぼけてられるんだよ!まあ寝起きだもんね仕方ないね!

「せめて聖剣だけは出してっ!」

「≪聖剣≫」

よっしゃ!これで多少背中が安全になった。背中は任せて、反撃も入れていかないと。というわけで、レイ。

『≪命中≫≪火魔法≫≪風魔法≫』

魔王の足元に火柱が昇る。運ばれた風が赤い炎を青に染めていく。命中も兼ねているから避けることなんて叶わないはずだ。

魔王の足元が爆ぜた。

「え?」

魔法は跡形もなく消え、立ち上った砂煙が晴れた後には無傷の魔王がいた。

『そういえば明子でもダメだったんだから当然っちゃ当然なのかな?』

レイがそんなことを呟く。確か明子の魔力は代償強化込みでも俺より多いんだっけ。じゃあやばいな。

「やはり不愉快だ」

魔王が、しゃべった。

「殺したいくらい気持ち悪い、なぜ、貴様はこんなにも気持ちが悪いんだ」

「奇遇だね。僕もそう思うよ」

ぬっと正義が後ろから出てきた。なぜだろう。どこか殺気だっている。

「正義。行ける?」

「うん。というか手を出さないでね。絶対に僕が殺すから」

うっわ、こっわ。なに?嫌われた?

「あ、ああ。わ、分かったよ」

行けるらしいので、ここは任せてヒカのカバーに行くとしよう。ま、行くといってもすぐ後ろだけどね!

 

 

 

 

 

というわけで後ろを振り返ると、ぼーっとしている香菜と化け物を殺し続けるマユ、そして、なにか頭を捻っている様子のヒカがいた。

「ヒカ?なにしてるの?」

「この感じは…。深井純か。レイが念を送って来ていたからな。だいたい状況は把握した。というわけで、俺はいますぐ人間の方をなんとかする。俺を守ってくれ」

「なんとかするって…」

こんな場所で突然そんなことが出来るのだろうか?

『純。今は従ってあげて』

んー。やけになにをするのかを教えてくれないのは気になるけど聞いている時間はなさそうだな。さっきからマユの撃退ペースを超える速度で化け物が沸いている。

「≪代償強化≫」

今は守ることが優先だから前に出ずにこっちにくる奴から落としていく。しっかし、どれだけ溜め込んでいたのかは知らないが終わりが見えない。たまに空から降ってくるが、それはレイが魔法で勝手に殺してくれる。

「あれ?」

さっきまで一発で倒れていた敵が倒れない?すぐにもう一発追撃すると消えていく。しかし、他の化け物はこれまで通り一発で倒れていく。

気のせい?

とりあえずそう思うことにして、また倒しつづける。代償強化の切れ際にはレイが重ねがけしてくれるのだが、どうしても一瞬隙を見せてしまうからマユに守ってもらえるよう頼んでいる。そんなこんなで倒しつづけて、まだまだ終わりが見えない頃に…とある結論が出た。

「うん。ほぼ確実に強化入ってるね」 

そう言いながら、二発かけてゴブリンを倒した。

 

 

 

 

 



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第百十二話

 

「ヒカ!まだ!?」

強くなりはじめた化け物の大群を抑えることが難しくなってきた。最弱のゴブリンですら二発。幸いなのはゴキヤェロとか言う即死トラップがないことだ。マユにいたってはオークですら倒し切れていない。空にいる化け物は余り強さが変わらないためマユに対処してもらい、地上は全部俺が引き受けている。

「…、終わった。まだ完全には至ってないが今の状況だとこれが限界だ。だが少なくともこれで半年近くは人同士の争い、特に戦争は起こらないだろう」

ほんとになにをしたのだろうか?まあ、そんな疑問言っている暇なんてないんだけどね。

「よし!逃げるよ!」

今絶対に起こってはいけないのは正義の死だ。魔王相手にそこそこ戦えているようだが、後ろから化け物にちょっかいを出されたら溜まったもんじゃないだろう。かといって、流石に化け物が四方八方からくるので、そろそろ一、二匹逃がして仕舞いそうだ。だから、今は逃げたい。

「いや。無理だな」

「ど、うして!」

正義をコピーしたであろうスライムが飛び込んでくる。完全に不意をつかれたけど、俺にはレイがいる。火に包まれて消えた。

「烈火正義は現在、聖剣の影響か勇者という職業の影響かはしらんが、これまでにないくらいの殺意を魔王に覚えている。恐らくというか絶対に逃げろと言っても聞かないだろう」

「マジでっ?でも、そろそろキツイよ…あ」

一つ、水が丸を形作って正義の方へと飛んでいった。魔王と優位に戦えていた正義は、突然の水に肩を跳ねさせた。聖剣は正義を守ろうとしていたのだが、液体となった水は一本の聖剣じゃ止めきれなかったらしい。そうやって生まれた隙を逃すほど、魔王は甘くなかった。

「ぐっ…!」 

魔法が正義を狙う。聖剣で防ぐものの、衝撃を抑え切れず、後ろへ下がる。またまた隙が出来たからもう一発、またまたまたもう一発。

ちょっとずつ、こちらへよって来ている。これは好都合?いや、違うな。このままだと、正義も俺達も動きづらくなる。乱戦となったとき、一番の邪魔は味方なのだ。

『…純。代わるんだけどめちゃくちゃ痛いから耐えてね』

えっ

「ごっ、あぁ、あがっ」

痛い痛い痛いでも意識は保たないとひとつでも多く殺さないとばけものをなんかちからわくきがするしいけるぐぅあぁ

『ほんっとごめん!』

視界が変わるとともに痛みは消え去り、真っ白な空間に俺はいた。

精神空間…?どうして?えっと、痛い、じゃなくて何だっけ。

「純。落ち着いて」

落ち着いてる場合じゃなくて、その魔王がいて正義が起きて化け物の大群がいて、

「純。だから落ち着いて。レイさんから連絡があるから」

なんか強くておしきられそうで

「純!!」

顔をガシッと捕まれた。目の前には明子の顔がある。

「私のことわかる?」

「明子」

「話聞ける?」

なんかぎりぎりいってる!顔が!痛い!

「は、はい」 

「よろしい」

その言葉とともに手が緩められた。でも、まだ明子の手は俺の顔を挟んでいる。

「じゃあ言うね。まず、今外に出てるのはレイさん。純じゃない。おーけー?」 

「はい」

「で、さっきの痛みは代償強化を重ねがけしたから起こったの」

「?」

「あ、えっとね。体が材料に使われて強化がはいるでしょ?で、死んで体が再生した瞬間にまた材料に使われたんだよ。その痛みが一気に襲って来たってわけ」

なるほど、あの痛みはそれが原因か。それにしても痛かったぞ。

「いや、ほんとはレイさんが前に出ようとしたらしいけどレイさんの方が急に馬鹿上がりしたステータスに対応出来るしレイさんですらあの痛みには怯んじゃうから純に受けてもらったんだって」

んぅ。仕方なさそう。

「えっと。はい。蛇の抜け殻風味の塩クッキーだよ。好きでしょ?」 

「おお!え、まって、なんで知ってるの?」

マイナーにも程があるのに。

「もしかしてストーカー」

「……いや、見たから!記憶!見たから!」

あ~、なるほど見たなら仕方ないね。

 

 

 

 

 

 

 



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百十三話

 

━━━目を開く。

状況は特に変わっていない。後ろには正義と魔王。前には化け物の大群とマユ。横にはひーちゃんと香菜。

「≪火魔法≫」

命中なんて必要ない。炎の波が化け物共を食い散らかす。建造物は灰色の粉に変わり、その場は地獄へと早変わりした。

「レイか。まだまだいるが、もつか?」

その言葉通り、魔法の範囲外にいた化け物が流れ込み始める。ほんと、馬鹿見たいな物量だ。さっきのでも優に千は超えていたはずなのに。

「いや、ここは無理しないよ」

地面を蹴り、魔王の前へと降り立つ。

「なっ!」

「吹き飛べ」

蹴り上げて、化け物の集団の方へ飛ばす。そして、水魔法と風魔法で竜巻を作り上げる。灰を巻き上げながら意志を持つかのように執拗に化け物を削り出す。

「聖剣、これは敵対行為ではないからな」

最後に炎の壁を隔てて、正義と香菜にひーちゃんとマユを一気に担いで駆け出した。

 

 

 

 

走り出して、正義の呼吸が落ち着いてきたので降ろす。

場所は…この前荒らしたフェリー置場だ。海には廃材が浮かんでいる。

「正義。そろそろ落ち着いた?」

やっと衝動が収まったのか少ししおらしげな顔をしている。

「はい。ごめんなさい」

「多分職業かスキルの影響なんだから仕方ないよ。じゃあ早速で悪いけど香菜起こして。ひーちゃん、よろしく」

「え?」

「この場所は安全なのか?」

「私がいるんだから当然でしょ。ほら、さっさと行きなさい」

そして、二人ともその場で崩れ落ちた。ひーちゃんの権能で香菜の精神空間へ向かったのだろう。あれ?二人かと思ったら三人だ。なぜかマユが崩れ落ちている。

「ハァハァ。ひーちゃん。ひーちゃん!」

……綺麗な、海だなぁ。

 

 

 

 

 

ぱっと見た感じ、それ程純のものとはかわりない空間だった。でも、どっちが香菜?と聞かれれば間違いなく即答できる。なんせ、この空間には一人であるはずの香菜が二人いたからだ。

「ここまでか…なかなかに進行しているな」

ヒカがよくわからないことを言っているが、異常事態ということはわかる。

「香菜!」 

「せ、いぎくん?」

縛られている香菜が声を漏らした。そして、━━━━

香菜が目を伏せたと同時に大量の鎖が香菜に結び付いた。

「香菜!っ!ねぇきみ!どうにかできないの!?」

もう一人の香菜に問い掛ける。しかし、なんの反応も示さない。近づいて問い詰めようとすると肩を捕まれた。

「なに!」

ああ。声を荒げてしまう。この気持ちは…?

「そこの天童香菜は友井明子の操り人形だ。意味ないぞ」 

「っ!じゃあどうしたらいいの!」 

「話を聞け!烈火正義ならまだ天童香菜を救えるはずだ!」

 



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第百十四話

 

一人の少女が暗闇にうずくまっていた。

「知らない知らない知らない知らないしらないしらないしらないシラナイシラナイシラナイ━━━━」

彼女の周囲には何もなかった。濁りきった目をかっぴらいて、耳をふさぐ彼女はそれに気付かない。いや、気付けないのだ。ただひたすらにそう呟き続けてしまうから。

彼女の奥底に宿った小さな歪み。どこかの悪魔にそれは拡げられた。もともとじりじりと心を侵食していたそれはこれによって勢いを増した。気付けば歪みが正常となり、正常が歪みになっている。

 

そんな少女の前に、僕は立っていた。

「香菜?」

どう呼んだって彼女はこっちを向かない。むしろ、拒む力が強まる気がする。鎖がさらに増えて透明な壁が作られた。

目の前の壁に触れる。僕達を守り、時には僕達を追い詰めた虹色の壁はその大部分が黒に染まっている。まるで、ヒカに聞かされた香菜の状況のように。

この場では僕はスキルを使えない。だから聖剣も手元にない。香菜も例外ではないのだが、香菜の精神空間だからこんなことが起こってもおかしくはないそうだ。

「なにをすればいいんだろう?」

彼女に認識されることすら叶わないのに、なにが出来ると言うのだろうか。そして、こうなってしまった彼女をどうすれば救えると言うのだろうか?

「や、ダメだ。弱音を吐くな」

 

口が勝手に言葉を紡ぐ。

 

「烈火正義は勇者だ」

 

そうだ。僕は勇者で皆を守らないといけない。

 

「烈火正義は強い。なんせ、あの朱里の一人息子だ」

 

そうだ。僕は勇敢でかっこいい母さんの息子だ。なら、前を向かないと。

 

「正義!そして、お前は一人の男だ!好きな子ひとり助けられないと、男の名が廃るぞ!!」

 

一瞬、父さんが見えた気がした。

視線をさ迷わせた僕の手元になにかが握られた。

「聖、剣?」

どうして、いや、これはつまりそういうことだ。頭にイメージが沸いて来る。それに従って、剣を振り上げた。

「≪聖剣≫」

香菜と僕を隔てていた壁は砕け散った。その余波は鎖にも及び、何本もの鎖がサラサラと消失していった。

「香菜」

ゆっくりと、その場を動けない香菜に近づいていく。

「いや…いや!」 

鎖が増えて香菜を包み込もうとした。

「≪聖剣≫」

だから消した。そして、香菜の顔を無理矢理あげて視線を合わせる。

「っ…!」

怯えたような顔をして、鎖のついた腕で耳元に手を伸ばそうとした。

「ダメ」

押し倒すように腕を掴んで地面に固定した。

「教えて、香菜。香菜はどうしてそんなに逃げようとするの?」

「……私が、嫌いだから」

香菜の目が水を溜め込みはじめた。

「皆からたくさんもらった物を全部仇で返してしまう私が!力はあるのに、皆を守れない私が!お母さんの自慢になれない私が!だいっきらいだから!もう近寄らないでよ!私なんかに構わないで!私なんか生きる価値すらない!ねぇ!もう殺してよ!消えたいよ!」

懇願するようにそんなことを言う。

「ふざけるな!」

激情が溢れ出す。

「僕は君に何度も助けられた!熱を出したときも!父さんを失った時も!ずっとずっと、君は僕を助けてくれた!君の笑顔が!僕を前に向かせてくれた!」

息継ぎなんて後回しだ。

「死ぬなんて許さないからな!ちからづくでもやらせない!僕は君がいないとなんにも出来ないんだ!君が言ったんだろ!仲間のいない勇者なんてありえないって!!」

あの時を思い出す。思えば、この気持ちもあの時に生まれたのかもしれない。

「僕には君が必要だ!大好きな君が!僕には!!必要だ!!!」

 

 

鎖が、はじけ飛んだ。

 

 

 



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第百十五話

 

「お、終わったか」

「うん。でも、これどうするの?」

「私…?」

香菜を縛っていた鎖が消えて、いつも通りの香菜へと戻った。よかったとも思いつつ、もう一人の香菜が消えていない事に首をひねる。

「ああ、それはレイが何とかしてくれるから安心しろ。とりあえず出るぞ」

そういわれて、気がついた時には青い空が視界一杯に広がっていた。周りを見渡すと、もうすでに立ち上がっているヒカ、僕と同じように仰向けになっている香菜、そして、レイがいた。

「お、起きたみたいだね。じゃあ仕上げするけど…驚かないでね?」

ぴょんっと飛び上がって物陰に隠れたかと思うと、その物陰から明子が出て来た。

「明子っ!」

聖剣に手をかけて香菜を背中に回す。すると、なんでもないように手をひらひらとさせた。

「パス。言いたい事があるのは分かるけど、その前にね≪変身≫」

黄色いフリフリのついたThe・魔法少女見たいな見た目になる。その場で、手をクルンとすると、明子からなにかが出ていった。

「ぁ…」

「香菜!?大丈夫?」

明子をキッと睨みつける。それも意に返さない様子でサラっと流されてしまう。

「これで香菜2は消えた。もう大丈夫だよ。じゃあ、お話しよっ━━」

「時間がないから後でね」

「あ…」

なにか話そうとしていたようだが、明子の周りから火が出て来て、それが消えた頃にはレイが立っていた。

「それじゃあ、まだなにもしらない君達に今の状況を説明します」

そういって、レイは語りはじめた。

 

 

 

 

 

「~~とまあ、洗脳もすべてなくなったので正義のお母さんや渚等の自衛隊、純の姉さんや皆の記憶にもほぼないであろう優さん等の一般人は一転して味方になった。だから、私達は大事な人が敵に回る可能性が無くなりました。やったね。ぱちぱち」

それを聞いて、正義と香菜が安心したような顔をした。まあ大分気にしていたのだろう。

「えっと、じゃあその魔王討伐?はいつにするの?」

「それなんだけど…明日です」

「速くないか?」

ひーちゃんがそう尋ねて来る。多分、正義と香菜の消耗を気にしての事だろう。でも、時間をかけれない理由があるのだ。無言で正義とひーちゃんを掴んで高く高く跳躍した。

「えええええええええ!!!」

「うおっ!」

ひーちゃんの反応が大変つまらないが、二人が空から見た町の風景をしっかり目に焼き付け他のを確認して落ちた。

「はい。まあこういうことです」

そう、町は今化け物であふれている。実際、香菜が起きるまで何度か場所を変更しないといけなった。この場所もいずれ化け物が埋め尽くすだろう。種類は様々で中には見たことないのもいる。おそらく、今日出た化け物だろう。

「でも、こんな数を相手に…せめて自衛隊と合流してからの方が…」

香菜がそんなことを言っているが、そうは行かないのだ。

「えーっとね。化け物にもレベルアップがあってね?絶賛化け物達はレベリングしてるんだよ。だから、時間をかけるわけにはいかないんだ」

 



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第百十六話

 

「レベリング?」

「そう。これは明子から聞いたんだけど、化け物もダンジョンでレベル上げ出来るらしいんだよ。たしか、魔王の統率力かなんかで本来入れないダンジョンにも入れるようになってるらしい。化け物強くなっていたでしょ?あれは人間かダンジョンかでレベル上げをしたんだろうね」

「人間…。そういえば、魔王ってあの数の化け物を海外から連れて来たんですよね?だったらもう日本以外は…」

あ~そういえばそうか。

「いや、海外は何とかなってるぞ。少なくとも政府関係者は全滅していない」

「え、どうして分かるんですか?」

「友井明子の命令で宣戦布告してただろ。少なくともそれが出来る面子は揃ってるってことだ」

あ、軍隊とか関係なしに、そういう手続きが出来る人間はいるってことか。

「いや~ひーちゃんは頭いいねぇ。というわけで、今日は準備を整えて、明日から頑張ろう」

全員が頷いたのを確認して、各自、最後の戦いへの準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

『ねえレイ。やりたいことあるんだけど代わってもらっていい?』

純が突然そんなことを言ってきた。

「いいけど、どうしたの?」 

『いやね。姉さんの元に行きたくてさ』

たしか、明子の話では配信をしているんだったか。おかけで洗脳の感染も広まったのだろう。

「いいよ。じゃあ代わるね」

ぱっと視界が切り替わった。そして、あぁ、とため息を吐く明子がいた。正座なので何かの修業かな?

「なにしてるの?」

「純がどっかいっちゃった。さっきまで膝枕してたのに…」

「ちょっとどういうことかなぁ!?」

聞き捨てならない言葉について問い詰めるのであった。

 

 

 

 

 

 

「よし、ここだ」

明子から聞き出した住所にまで来た。結構頑丈そうでセキュリティもしっかりしてそうな家だ。傷もないので化け物も来ていないのだろう。

携帯を取り出して姉さんにメッセージを送る。既読がついて数分。やっと返信が来た。

『入ってきていいよ』

許可も貰ったので扉を開ける。ここまでしておいて別の家でしたとかだと恥ずかしいけど玄関の靴は紛れもなく姉さんのものだった。

「お邪魔しまーす」

純だよー、姉さん?といるであろう姉さんを呼びながら静かなこの家を探索する。

「じゅ、純…」

懐かしさすら覚えるその声の方向へ目を向けると部屋の片隅に姉さんがものすごい気まずそうな顔でこちらを見ていた。見た瞬間、いろいろな感情が浮かび上がってきたけど、とりあえず、

「姉さん!」

抱き着いた。

久しぶりの家族の感覚に涙が溢れた。

 



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第百十七話

 

「良かったよ~。もう会えないかと思ったぁ」

姉さんについては明子からの情報しかなく、嘘をつかれればお手上げといった状態であった。蘇生の手段があったとしても時間経過でそれは出来なくなってしまう。だから、そうそうに生きている姉さんと会えて心の底から安堵した。

「その、ごめんなさい」

こっちは歓喜の表情で涙まで浮かべているというのに、姉さんはしょんぼりとした表情を崩さない。

「む~。今は喜ぶ時でしょ?せっかく再開出来たんだからさぁ」

不満ありありといった様子でそう告げても、姉さんの表情は変わらない。

「あ~もう!わかったよ!話聞くから!」

仕方なく、本当に仕方なく、姉さんの話を聞くことにした。

 

 

 

 

テーブルにお茶とお菓子をセットして、準備を整えてから話しはじめることにした。といっても、

「ねえ、姉さん。どうせあれでしょ?わたしのせいで明子の洗脳が加速しちゃったとかでしょ?」

明子から姉さんの役目を聞いているのでだいたいは予測できる。

「うっ。そ、そうだけど…」

「やっぱり。そんなのもう終わっちゃったことなんだから気にしなくていいよ。それに、明子の洗脳は抵抗出来る人の方が少ないだろうし」

少なくとも俺は聖域なしだとそんなの知らない。しいていうなら、確証はないけど、正義には何かありそうだ。≪望みのために≫が洗脳という手段をとらなかったわけだし。

「分かってるけど、気にしないのは無理というか…」

「姉さんにはこれまで何度も助けられてるんだからこのくらいチャラにすらならないよ」

ほんとに、この騒動前にもどれだけ助けられたことか。父さんや母さんより親してるもん。

「でも…」

机の上にある煎餅を姉さんの口に突っ込んだ。

「いい!?き に し な い で !」

姉さんが煎餅をバリバリと食べて、口を開いた。

「分かったわよ。もう」

「よろしい」

満足そうに僕は頷いて、しばらくの間のんびりと雑談していた。空気を読んでなのか、レイも一度も話しかけて来なかったし、とても有意義な時間であった。

 

一、二時間ほど話してから、本題に入ることにした。

「さて、姉さん。俺の近況についてはもう分かってると思うけど、一番大事な話があります」

「?明日のこと?」

おっ!察しがいいなぁ

「うん。姉さんにはね、これから会いに行く優さんと一緒に自衛隊の避難所に行ってほしいんだ」

「ちょっ!どういうこと!?私だって行くわよ!」

まあ姉さんならそういうよね。でもさ、仕方ないことなんだよ。

「姉さんって今どのくらい弱いか分かる?多分だけどゴブリンの一体すら倒せないんだよ」

「そんなことっ!」 

「俺ですら二発かかるんだよ。代償強化をしたとしても」

忙しいから確認はしていないが、正義のステータスは馬鹿上がりしている事だろう。だから、代償強化したくらいのステータスじゃ肩を並べられるかも…?っていうレベルなので心配はしていない。香菜の聖域も、どちらかというと魔法や状態異常を防ぐ物であり、明子の普通の魔法を止められたのだから心配はいらない。自衛隊には連携と数があるからこれも心配していない。まあ要するに明日の戦うメンバーは何とか出来る算段はあるのだ。

でも、姉さんは違う。

姉さんは配信ばっかしているせいでレベルも低いし戦いに適したスキルもない。これではお荷物である。

「でもっ!」

それでも食い下がる姉さん。分かっていた。だからこそ、決めていた。

「さっきさ、何度も助けられたって言ったでしょ?だから恩返ししたいんだけど、今回だけは、また、恩をつくっちゃうね」

軽めの代償強化をして、姉さんの意識を落とした。

「ごめんなさい」

後に、軽く挨拶をするだけに留めた優さんと一緒に自衛隊に送り届けた。最後に、いつの間にか風花ちゃんを保護していた旭川さんに姉さんを見てもらうよう頼んでおいた。

 

さあ、明日は最終決戦だ。

 




ちなみに余談ですが本編では語らないのでここで一つ。
風花ちゃんは明子が魔王と話し合ったあと、ダンジョンをただ、ひたすら作らされています。ある程度行ったところで満足したのか、一応安全な洗脳済みの自衛隊の中において置かれていました。そのため、洗脳が解かれた瞬間保護されるといったことになりました。


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第百十八話

 

「よし。皆揃ったな」

ヒカが全員が揃ったのを確認して、そういった。

「今回は自衛隊の協力がある。魔王の監視は自衛隊が受け持ってくれたから、今どこにいるのかは分かっている」

「ヒカ。役割の配分は?」

「天童香菜と俺、マユは自衛隊とともに大群の方を相手する。深井純、もといレイと烈火正義は魔王担当だ」

「えっ!正義君と一緒に入れないの…?」

香菜が悲壮な表情を浮かべる。逆に正義はホッとしたような顔をして、自衛隊の代表の方に向き直った。

「仕方ないよ。適材適所って奴だからね。香菜の事よろしくお願いします」

「畏まりました」 

ピッと敬礼して、代表さんはそういった。

「じゃあ、そうだな。烈火正義。それっぽいのを頼む」

突然の無茶ぶりを振られた正義は堂々と声をあげた。

「えっ。無理ですよ…」

「いいからやれ」

「えっ。じ、じゃあ、が、がんばろー」

「「お、おー!!!!」」

「了解であります!」

「締まらないな」

「締まらないね」 

無茶ぶりしたというのに、なんとも理不尽なことである。

 

 

 

 

 

場所は明子によって更地にされた元警察署である。魔王は大量の化け物に囲まれて、中央に立っていた。うん。これどうするの?

「決まっているだろう。さっさと乗れ」

ヒカが指を指した先にいくつもヘリコプターがあった。

「ああ、なるほどね」

「あ、もしかして…」

正義と香菜はすぐになにをするかわかったらしい。え、なんでぇ?

ヘリコプターに乗り込み魔王が豆粒くらいに見えるまで上昇する。そして、一人の自衛隊が声を上げる。

「全員!耳を塞げ!!!!」

「えっなに!?」

よくわからないから耳を塞ぐ。すると、ものすごい爆音と閃光が目下で発生した。そして、とんっと背中を押された。

「はあああああああああ?????!!!!」

誰かと一緒に落ちている気がしたがどうでもよかった。とにかく、下から吹き上げる風が恐怖心を掻き立てた。

 

 

 

 

 

バフッ

何かを開く音とともに、下から吹き上げる風が弱まった。

「大丈夫か?」

「えっ。誰ですか?」

マジでしらん人だ。え?いや知ってたとしても顔にゴーグルつけてるから分からないんだけど。

「は?お前の教師だろうが!梅田先生だ。梅田先生」

さすがに分かるわけないやん。それで怒るのは理不尽やん。でもこの先生には恩があるからなにも言えんやん。

『やんの三段活用?』

へへへ。まあね。

「いや~わ、分かってましたよ。へへへ」

「おうわかった。とりあえずそういうことにしてやる。まあ分かると思うが爆弾で魔王の周りに空間を空けてそこに着地するって算段だ」

なるほどね。

 

うん。

 

  

わかるわけねぇだろ!

 




存在を忘れられてたであろうランキング上位の梅田幸一先生です。公務員なので国の命令で自衛隊に入りました。かわいそうですね。(忘れられて)


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第百十九話

 

この作戦。馬鹿見たいに穴だらけな気がするがなんか成功した。というか、今思うとこの戦法魔王の流れ玉大丈夫なのだろうか?そんなことを考えていると強い衝撃が俺を襲った。

『純!』

「ぐっ!ありがとう!」

レイがしてくれた強化のおかげでなんとか踏み止まった。正直、レイに全部任せたかったけど経験を積めるいい機会でしょと言われた。そうだけどさぁ。

「純!?お前ぇぇえええ!」

「ハッハッハ。いい君だな。勇者。ところで、心配している余裕はあるのか?」

魔王の体から大量の炎が飛び出した。

「はぁ?!この程度でよくそんなこと言えたな!」

聖剣が飛び回ってすべての炎が掻き消された。

それから、勇者と魔王の間で激しい交戦がかわされた。質も量も兼ね備えた魔法の数々を掻き消すなり避けるなりですべてをやり過ごす。そして、聖剣から飛び出る真っ白な光が魔王へ向かう。魔王自身は魔法で軽く体を飛ばして避けたものの背後の化け物共を巻き込んで爆発した。射線上には自衛隊も居たはずだが彼らは全くの無傷である。

とまあど派手な戦いを繰り広げているのだが‥

「ねえなんで君達そんな喧嘩腰なの?んでどうしてそんな無視するの?」

始めに貰った魔法以外なにも飛んで来ない。まさに蚊帳の外といった具合だ。

「レイ。もう少し強めにお願いできる?」

『了解』

痛みと一緒に力が沸き上がってきた。正義の動きも魔王の動きもさっきより鮮明に見えてくる。

「俺もいくぞ!」

多分連携なんて考えていない正義から目を離さずに飛びかかる。

「小癪な!」

突風が石を巻き上げながら飛んできた。やばい、避けれない。

「ぶっ!」

勢いがついた石が顔のパーツをグチャグチャと掻き回す。明子なんかと比べものにならないレベルの威力に頭が真っ白になる。

『ちょっ!やばいよっ』

瞬間、体が真っ二つに割れた気がした。ただ、なんだろ、最後の視界に映ってたの正義な気がしたな。

 

はい、コンテニュー。

リスキルされるかなと思いきや特になにもされなかった。

『ねえ純。さっき誰に殺されたか分かってる?』

え、魔王でしょ?

『いや、正義の聖剣がスパーンって真っ二つにしてきたよ』

……は?

『というわけで、正義は暴走してるから魔法で割り込むだけにしなさい。もし、近づかないといけない時は私が行くよ』

……よし。落ち着け、俺。正義に殺されたわけじゃない。そうだ。どうせ魔王に殺されそうだったんだから。気にするな。

『あれ?純?』

そうだ。落ち着け。あいつは今正気を失っているんだ。だから仕方ない。

『おーい。純?』

だから考えるな。仕返しなんて考えるな。やめろ。

『あ、これあれか。そういえば昔裏切られた時は荒れたな~』

落ち着いて、ターゲットを絞って…!

「ひま━━━がっ!」

『なんかごめんね。でも、止めるって約束したから』

つい最近感じた痛みとともに意識を強引に切られた。

 



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第百二十話

 

「ふぅむ」

魔王と勇者の力はかなり拮抗している。だから、何か相手の裏を突くような事をしないと、なかなか終わらないはずだ。だというのに、理性を完全に失っているのか互いに正面からぶつかる事しかしていない。

手伝おうにも、純が耐えられる程の痛みの強化ではいかんせん正義と魔王が強すぎたのだ。経験はまた別のところで積ませるべきだろう。

さっきから馬鹿の一つ覚えみたいに戦っている二人を見つめる。下手に突っ込んでしまうと、片方の攻撃を受け、もう片方も次いで攻撃しにきてしまう。だから、タイミングをしっかりと測らないといけない。とはいえ、今は正義も魔王も互いが互いに夢中であるから、先に周りを片付けるのも良いかもしれない。

というわけで、一先ず馬鹿共をほって置き、周りを見渡す。馬鹿みたいな数の化け物と自衛隊は一進一退の攻防を繰り広げている。所々抜かれる所はあっても空から降ってくる自衛隊が食い止めてくれている。倒れた自衛隊員は香菜によって起こされている。正直、手を出す方が駄目そうなくらいにはしっかりと連携が取れていた。

「やっぱり、こっちかなぁ」

もう一度馬鹿共の方を見る。

「オラァァァ!!!」

「効くわけないだろう」

「チッ!死ねやぁ!」

「貴様こそさっさと死ね!」

正義荒れてるなぁ。あの頃の優しさは……私そんなに正義のこと知らんじゃん。後で純の記憶漁っとこ。ま、それはそれとして

「≪火魔法≫」

正義が回避行動を取った瞬間に来るようにタイミングを調節する。まさにこれ以上ないタイミングで放たれた炎は……

もう一本の聖剣に防がれた。なんでだよ。

いや確かに隙を誤魔化すために聖剣がカバーしてるのは見てたけど魔王に当たるものすら防ぐのはダメだよ!今回はお試しみたいな感じで弱めだから良かったけど本気の奴だと溶けてたからね!?

『あぶねえだろうが!邪魔すんじゃねえぞ!』

聖剣から罵声が飛んできた。…すぅ〜。

うん。溶かしてもいっか。

「≪火魔法≫≪風魔法≫≪水魔法≫」

なんでかしらんけどものすごい威力をこめたくなっちゃった☆ちゃんと正義のいない時を見計らって。いっけえええ!!

「む!?」

『は?』

二つの声が上がり、次いで爆音が響き渡った。気持ちえええ!!

「やったか?」

結果は知っているからこそ、ここで言うしかないよね。

当然のごとく息はあるようで、煙が晴れるのを待たずに正義が突っ込んで行った。膨大な光を纏う聖剣を振り下ろし、煙全体を光が包み込んだ。

瞬間、光と相反するように真っ黒な闇が周囲の化け物を取り込んだ。

突然の事態に全員が固まる。そして、ドスンという音に全員が反応し、音の方向、魔王のいた場所を向いた。

光が収まって、その正体が明らかになる。

すべての化け物をミキサーにかけて、型に流し込んだような人型がそこにいた。その人型の頭のテッペンには角が一本生えていた。

 

 



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第百二十一話

 

「第二形態って感じかな」

前の魔王もかなり気持ち悪かったがこれもかなり気持ち悪い。一応人の形を保ってる癖に所どころ化け物の頭とか手とか飛び出ている。私でもきつい。

「はっ。僕はまた!」

おっ、正義が正気を取りもどした。あれ?魔王死んでなくね?え?これ第二形態じゃないの?

「フハハハハハハハハハハ。これは素晴らしい!思考にかかっていたモヤがようやく晴れた!力も沸き上がって来るわ!」

魔王もなんかおかしくね?いや、これが素…違うか。明子の話に出てきた魔王の口調とも違う。

「手始めに…そこのゴミ共からだ。≪火魔法≫」

「…っ!≪全天≫!!!!!!」

空に張られた全天を何もなかったかのように貫き、周りが炎に包まれた。

「え?」

「ぎゃあああああああ!!!」

炎に包まれ阿鼻叫喚の地獄絵図へと早変わりする。

「チッ!≪水魔法≫!」

すぐに消火したが、既に過半数が黒い塊となっていた。慌てて香菜が聖域を発動したが、もう戦える物はいなさそうだ。

「母さん…?」

正義がある一点を見つめている。発言からなにが起こっているのか容易に想像できるものの、そんなことをしている場合ではない。

「背中ががら空きだぞ。勇者よ」

「だろうね!」

正義に向かって伸ばされる手を弾く。放たれたら止められる人が一人もいないのだ。外させるしかない。

「ふむ。邪魔だな。ならば…」

魔王の発言に身構える。こういうとき、自分から攻めたとしても警戒されているため避けられる可能性が高い。だから、こちらも最大限警戒して、行動の後隙を狙う方がいい。

「新しく手に入れた力だ。存分に味わうといい」

魔王の体から闇が溢れ出す。そういえば角生えてるもんね!あの小鬼君可哀相だなぁ。じゃなくて!

転移機能があるあの闇に触れて遠くに飛ばされれば堪らない。あの闇は怒りによって威力が上がるらしいが、あの体に埋め込まれてる化け物とか全員怒ってそうだから威力だから触れただけで宇宙にまで飛ばされるかも知れない。

私の周りを囲うように闇が張り巡らされる。隙間を縫ってなんとか抜け出す。

「猪口才な。ならこれでどうだ」

私を捉えるのを諦めたのか今度は空に闇が広がる。

「なにを…!?」

水色の玉が闇から落ちてきた。あれは、スライム?

「ひま━━━チッ」

魔法を発動させまいと魔王の巨体が降って来る。スライムならいつでも魔法で消せる。なんなら正義がやってくれるはずだから今はこれを押さえないと…。

「って、あ。強化、切れた…!」

まさに振り下ろされる直前、体に満ちあふれていた力が抜ける。なんの抵抗もできずそのまま私は潰された。

 

 

 

 

 

「なに…これ…」

五秒程で生き返って、始めに目に入った光景に唖然とする。

「フハハハハハハ!!!!蘇るとは奇妙な奴だがその程度ではどうしようもできまい!」

 

何体もの魔王がこちらを見下ろしていた。

 



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百二十二話

 

落ち着け、私。あれはスライムだ。だから魔法を一度でも発動させれば…

「させるわけないだろう」

何体もの魔王が手を挙げる。次の瞬間には、体が燃え尽きていた。

視界に光が戻り、すぐにその光は消えてなくなる。代償強化したところで圧倒的な火力に押し潰される。ずっとずっと、無限に続く痛みが私を襲う。

ああ。何度目だろうか。この地獄を味わうのは。まだ正気を保っていられるが、いずれ、何も考えられなくなるはずだ。まだ純は寝ているし、そうさせたのは私だし、甘んじて受け入れるべきだろう。

とはいえ、抵抗は最後までやりたい。うまくいけば抜け出せる可能性があるかもしれない。

例えば、強化してから死んだとしても生き返った時にそれは引き継がれる。だから、何度か強化を繰り返せば耐えられるかもしれない。

一回目、死亡。二回目、死亡。三回目、死亡。四回目、死亡。五回目、死亡。六回目、七回目、八回目、九回目、十回目、十一回目、十二回目、十三回目……………五十回目。

やっと、耐えられた。でもすぐに別の魔王によって体を燃やされる。

しかし、一秒程は周囲に目を配る事ができた。やはり、まだスライムが全然減っていない。

何故だ?正義ならいつでも魔法で倒せるはずだ。死んだ?それなら積みだから、それはないと信じよう。

で、あるならば

正義が正気を失っている。それか、魔法を使えなくされている。どっちも考えられるな。おそらく、いや、確実に正義の母親はあの攻撃に巻き込まれている。だとするなら正義が復讐に燃えて馬鹿見たいに聖剣を振り回すのも想像にかたくない。もしかすると冷静な思考が残っているのかも知れないが、そうなった場合、ひーちゃんもいるはずだから魔法を撃たないという選択肢はない。だから、何か魔法を封じる何かが使われているのかも知れない。

つまり、私がやることは一つ。

 

正気を失ってでも魔法を使う事だ。

 

五十一回目、六十回目、八十回目、百回目、二百回目、三百回目、四百回目。一度耐えられたのを見られていたのか一度に飛んで来る魔法が増え、何も出来ずに死につづけていた。

でも、いける。さっきからごじゅっかいほど、たえたとしてもなにもせずにしんだふりをつづけている。たぶん、つぎはつぎのまほうかくるまでにつかえるはず。

よんひゃくいっかいめ。しかいにひかりがもどったとたん、まっかなほのおにからだをやかれる。デも、タっていられル。

「ヒまホう。アれ?」

ナニモ、デナイ?

「フハハハハ!教えてやろう!化け物の中に魔法を無効化する奴がいただろう?」

エ?アノキシミタイナヤツノコト?

「あれはな。あいつ専用の魔法によって塞いでいたに過ぎないんだ。そして、取り込んだ事によって私もそれが使える」

ツマリ?

「そのスライム達には魔法は効かないぞ?」

 



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第百二十三話

 

「フハハハハ!そもそも魔法を発動できてないがな!」

エ?ジャアモウドウシヨウモナイ?

「フハハハハ!言葉も出ないか!では、まだ寝ているといい」

愉快そうな声を最後に、視界が真っ暗になった。ツギハ…ハァ、ア、ア、ア、ア、ア、アアアアアアアアアア

『レイ!』

アアア、ア、ア?

『ごめんね!すぐに変わる…え?どうしたの明子?え?私が出る?いや別にってちょ!』

アれ?イたくない?

「あ〜もう。とりあえずレイっ!」

「じゅん?」

こころが、ぽかぽかする。

「ねぇ!大丈夫?もう安全だからね?よ〜しよ〜し」

あたたかなぬくもりをせなかでかんじる。

「うぇ。どうしたの?」

めのまえのぬくもりにとびつく。あったかい。

「も~。明子の為にもちょっとだけだよ?」

「……うん」 

「お、やっと喋った」

 

 

 

 

 

 

 

痛いなぁ。純の代わりに出てきたのはいいけど、これは辛いなぁ。

体が燃え尽きていく感覚は忘れられるようなもんじゃない。とはいえ、≪望みのために≫のおかげでなんとかなっている。

「よっと」

魔王というか、スライムの攻撃を避ける。さすがに一度死ねば死にたくないとは強く願える。ただ、このスキルも、この攻撃を耐えることは無理だと判断したのか、与えられたスキルは≪回避≫であった。

魔力を使えば使うほど、避けられる可能性が上がるとかいう、これまた都合のいいスキルである。

…魔法、ほんとに効かないのかな?

「≪火魔法≫……あれ?」

少し弱めの炎を当てる。が、ぱしゅんと当たる前に消えた。そう。当たる前に。

確か、あの鎧は当たってるけど効かない、というやつだったはず。少なくともこんな感じで消えている訳ではない。

「…チッ」

降って来る炎をスキルの効果で避け続ける。もっといろいろ試したいけど避けることしか出来ていない。ただ、活路は見えてきた気がする。

「ま、私には時間稼ぎしか出来ないな~」

この攻撃を避けられているのはスキルの力で、魔王には私の魔法も物理も何も効かないのだ。今はみっともなく、一度殺そうとしていた二人に頼るしかないのだ。

うーん、どれだけ耐えられるかなぁ。運がいいことにスライムの魔法は一回一回派手なおかげでまだ、魔王には避けていることを気付かれていない。多分、魔王に気付かれると終わるんだろうなぁ。

「…いった」

魔力足りないなぁ。後一、二回くらいかなぁ。魔力、死んでも復活しないからあれがずっと来るのかー。うーん。まあ、仕方ないか、罰だと思えばちょうどいいよね。

気付けば、目の前に炎が飛んできている。魔力はもう、底を尽きた。

こんなものは自己満足だし、許されることではないんだろうけど、正義に香菜。本当にごめんなさい。

私は、抵抗せずに、炎を甘んじて受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 




ち な み に 
レイちゃんは一人でこのような状況に陥ったとき、相手が寿命等で朽ち果てたりするまで狂います。といっても、大体は代償強化でなんとかなるし、ドMになることはないです。はい。


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第百二十四話

 

『ごめんね、明子。ありがとうね』

待ち侘びていた熱が、何処か遠くへ飛んでいった。そしてすぐに、何かに飛びつかれた。

「ひっ……え?」

「めいこ~じゅんだして~」

あうあうと体を揺さぶって来る白髪の少女。見たところ、まだ純がやばいと言っていたのは治っていないみたいだ。

「なんでだろ」

どうして私なんかの為に。もっとほって置いても誰も文句は言わないだろうし、むしろ見殺しにしてほしかった。

「めいこ~」

そもそもどうして私は生かされているんだろう。あの時、なんだかんだと言っていたけど、ほんとに私を生かしておく必要あったのかなぁ。

「ねえ~。むししないで~」

「あーはい。よしよし」

適当に頭を撫でてあやしておく。さて、出来るだけ見ないようにしてるけど正義も香菜も見る度に心が痛くなる。正直、辛い。こんなことなら、死んだ方が…。

あ、そっか。

これが…罰なんだ。

死にたくても、死ねないことが、罰なのかな。だとしたら、

 

相当、甘いなぁ。

 

こんな罰、罰になってないじゃん。私絶対忘れるもん、こんなくだらない罪の意識。

なんか笑えてくる。嬉しそうに目をつぶっているレイが可愛らしい。

あ~あ、まあいいや。忘れるまでは死にたがっておこう。で、忘れるときが来たらその時は…。

さて、純の為にレイを頑張って治しますか。

 

 

 

 

さぁ!明子とレイの為に耐えてやるわぁ!

そんな意気込みで明子と変わったのはいいものの避けようもなく体が焼けていく。

ただ、最近体を痛めることが多すぎてなんか余裕が出てきている。まあ、気合だけで体を保つことが出来るわけじゃないから、焼け死ぬまでの少しの時間だけちょっとずつ動かしているだけなんだけどね。

魔法の範囲は一定っぽいから運が良ければこの魔法から逃げ出せるかもしれない。ただ、それよりも優先すべきことがある。

あの、明子の感じた違和感。あれをどうしても解決したい。もしそれができればスライムを倒せるかもしれない。というか、それをしないと、正義が魔王に勝つ確率が圧倒的に下がる。

だから代償強化は死ぬ前にしっかりと済ませている。そうして、落ちてきたチャンスを拾い損ねることがないように気を配るのも忘れない。

正義が魔王に負けてしまえば香菜も姉さんも先生も優さんも、みんなみんな死んでしまう。だから、少しでも明子が作ってくれた糸口を広げて、このスライム共をなんとかしないと…。

ただ、5回死んでやっと一メートルだ。まだまだ先は長そうだけどレイと姉さんのためにも頑張らないと。

さて、後何回死ねばいいのかな?

 

 

 

 

 

 



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第百二十五話

明日は忙しすぎるので出せないかもです。(なんで夏休みなのにこんな忙しいんだろ?)


 

最終決戦前日、僕はヒカと香菜と一緒に自衛隊基地へ来ていた。ヒカの目的は自衛隊との作戦のすり合わせと言っていたけど、僕達の目的は違う。

「じゃあ、また後でね、ヒカさん」

「ああ。…あまり長居するなよ」

「分かってるよ」

目的はヒカには告げていないが、彼の心を読む力でばれているらしい。まあなんにせよ、今回の目的は母さんに会うことである。

 

 

「ここです。もうしばらくお待ちください」

「「ありがとうございます」」

自衛隊の人に連れられて、面会室までたどり着いた。この後、母さんを呼びにいってくれるらしい。

「うう。私きてもよかったのかな…」

いろいろ悩んだのだが、香菜にはこっちについて来てもらった。

「ごめん。やっぱり嫌だった?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど…」

そんな話をしていると、目の前のドアが勢いよく開かれた。

「正義っ!」

「ぐえっ」

母さんがものすごい速さで僕を抱きしめた。思わず唸ってしまったけど、勇者である僕のステータスじゃあ…く、苦しい。

ぱしぱしと母さんの腕を叩く。すると、少し力が弱まった。

「よかった。貴方が無事で、本当によかった…」

涙声でそんなことを言われたもんだから、僕の涙腺も震えはじめた。でも、言わないといけないことが…

「母さんっ!ごめんなさい。父さんがぁぁぁぁじんじゃっでぇ」

ダメだ。涙が溢れて声も震えてしまう。しっかりと伝えないとだめなのに。

「…そっか。やっぱり、死んじゃってたんだね」 

「ごめんなさい」

僕が守れなかったから、父さんが死んでしまった。一度香菜と一緒に整理したはずなのに、どんどん後悔が溢れ出てしまう。

「大丈夫、大丈夫だから。…あのね、正義。この前ね、お母さんの夢にお父さんが出てきたの」

「…え?」

「お父さんはね。明るくいろんな事を話していたんだ。あの時は楽しかったとか、お前が帰ってこなくて寂しかったぞーとかね。でも、最後にこう言ったんだ」

涙声から一変、芯のある、はっきりとした声へと変わった。

「置いていってごめん。正義にも謝っておいてくれって」

母さんは続ける。

「どういうことって言ったんだけど、次の瞬間にはもう目が覚めてた。だからね、正義。後できっちりとお父さんの最後を教えて。お父さんの言葉にはどんな意味があったのか一緒に考えて、その上でお父さんを見送ってあげよう」

「…うん」

「はい。じゃあそのためにも、明日頑張ろっか」

「うん!」

にこりと微笑む母さんにこれ以上ないほどの安心感を覚えていた。

 

 

 

その母さんが、倒れている。焼けただれた皮膚がこれ以上ないほどの

「母さん?」

呼びかけても、動かない。近寄って揺さぶってみても、動かない。

「ねぇ。どうして?一緒にお父さんを見送るって行ったじゃん」

「朱里さん!」

香菜が駆け寄ってくる。

「≪聖域≫」

暖かな光に母さんが包まれている。ぴくっと母さんが動いた気がした。

「正義くんっ!」

香菜が少しばかり喜の感情を混じらせ呼びかけて来る。

「香菜。なんとか出来そう?」

「うん。きっと…いや、絶対になんとかしてみせるよ!」

「分かった。お願いね」

聖剣を片手に振り返る。そこには、大量の魔王が立ち並んでいた。その大半が別の場所へと永続的に魔法を撃ちつづけている。

「おい!烈火正義!よく聞け!」

ヒカが叫び、今の状況を伝えてくれる。一度、魔法を繰り出してみるが、確かに効かなかった。

「勇者よ。どうだ?今の気持ちは」

その言葉と同時に莫大な魔力を伴う魔法が飛んでくる。

「最悪だよ」

黒が入り混じった光が聖剣から飛び出て、その魔法と相殺した。

 



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第百二十六話

いけたぜい


「ん?」

なんかいつもと違ったような…まあ、今はいいや。分裂させて、一本を投擲する。

「む?避けるまでもないな」

炎の壁に阻まれて、聖剣はそのまま焦げ落ちた。ま、そんなことは百も承知な訳で、何か喋りそうなタイミングでもう一本を投擲した。

「ふぐっ」

見事予想が当たったようで、喉にしっかりと突き刺さった。その聖剣を分裂させた物を手元に召喚する。そのまま、一度前に振るうと斬撃とともに聖剣から光が溢れ出した。

そして、飛んできた魔法と相殺した。

やっぱり、後ろに香菜と母さんがいる限り、聖剣を一本は守りに使ったほうが良さそうだ。さっきは一人だったから良かったけど…

魔王がいる方向とはまったくの別方向から魔王と同威力の魔法が飛んできた。

「これがあるよなぁ」

幸いにも、いや、純のおかげであの大量のスライムはこっちにヘイトを向けていない。数としては1,2体ほどがこっちに魔法を飛ばしてくる程度である。

やってみて思ったけど、魔王は俺だけでは倒せない。火力が足りない訳ではなさそうだけど、魔法で防がれてしまうからだ。

「なら、向こうからかな」

いつのまにやら魔王の喉から落ちていた聖剣を振るい、うじゃうじゃといるスライム共の方向へと聖剣の光を繰り出した。それは、一体のスライムを消し去った。

「お、よしよし」

幸いにもこれは魔法判定では無かったようだ。これなら、少しずつだけど減らしていける。とまあ呑気に喜んでいる暇はないようで。

「キサマァ。許さんぞ?」

怒り心頭で魔法を飛ばしてくるけど、威力は変わらず打ち消せる。一緒に真っ黒な闇が飛んできていたが、光になすすべなく消え去った。

時間はかかるが、これなら少しずつだけど有利になっていくだろう。そして、純が解放されたときにはもう、魔王は終わりだ。

ちびちびとスライムを削り続ける。時々魔王にも攻撃を繰り出して、スライムの増加を邪魔する。

「ぐっ。キサマァ!」

魔王には始めの余裕はどこえやら。顔を真っ赤にしてただただ魔法を撃ち続けている。

ほんとにありがたい。できればずっとそうして欲しいものである。

「香菜。どう?」

「大丈夫だよ。このままなら、いける」

母さんも大丈夫そうだ。そこからも、ちょくちょくスライムを削りながら、魔王に攻撃を続ける。

「こうなったら…」

「チッ」

行動パターンが変わりそうな発言に舌打ちを漏らしてしまう。

そして、魔王は突如ドタバタと気持ち悪い足を動かして、スライムの群れの中に入っていった。

「はああああああ?」

めんどくさっ!

 

 

 



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百二十七話

 

「ええ~。魔王ともあろうお方が部下の背中に隠れてこそこそと?それでいいんですかぁ~?」

「…」

「チッ」

なんとか釣れないかなぁと煽ってみるが効果は無かった。さっきまで顔真っ赤にしていた魔王はどこへ行ったのか。

「まあ攻撃が来なくなったわけだし、今なら一方的に数を減らせそうかな」 

聖剣を二本構えて、ほぼ機械的にスライムの数を減らしにかかる。だけどたまに現れる魔法の壁に阻まれてあんまり減らせる気がしていない。

「あっ…!」

またもや、闇からぽこぽこと水色の粒が落ちてきた。当然、それらは一匹残らず気持ちの悪い人型へと変化する。

うざったいなぁ。あんまり減らせてる気がしないし…。というか純の脱出がこれ以上ないくらい難しくなった気がする。

どうすればいいだろうか。もういっそ突っ込んで純を引っ張り出すか…?でも、まだ母さんが…。

「おい、烈火正義」 

「うわぁヒカとマユさん!?」

どこにいたの?確かにヘリコプターの所以来あんま見ないな〜とは思ってたけどさ!

「そんなことは後だ後。それより、行くのか?だとしたら、こいつらくらいなら守ってやれるぞ?」

自信ありげにそう告げてくる。

「え、ホントに?信頼していいの?」

香菜の全天思いっきり貫通されてたよ?無理じゃない?多分レイと違って戦闘向きじゃないんでしょ?

「何考えてるか分かってるんだぞ。まあ大丈夫だ。魔法ならもう切れるように調整終わったから」

「調整?」

なにそれ。始めて聞いた。時間はないが流石に香菜の安全を考えると聞いておきたい。

「あー…簡単に言うとマユの使う刀は俺の権能の一つでなんでも斬れるようにいじくってるんだ。流石に知らないものは無理だから新しい物がでるたびに設定し直しているんだ」

「ほー。なら化け物も、なんなら魔王も斬れるようになるんじゃ?」

「いや、確かに斬れるようにしたいんだが…とりあえず魔法優先でやったからまだ終わっていない。ただ、さっきも言ったように魔法ならいけるぞ。ほら」

飛んできた魔法をマユが両断する。斬られた魔法は二つに別れて後ろの地面を大きく削った。

「ふーん。確かにこれなら後ろは守れそうだね。じゃあ任せるよ」

「正義君、大丈夫なの?無理してない?」

心配そうに香菜がこちらを見ている。

「大丈夫だよ。無理する前に戻ってくるから」

少しでも安全させるために香菜に笑いかける。

「分かったよ。行ってらっしゃい」

「うん。行ってきます」

香菜に見送られながら聖剣を片手に気持ち悪い人型の群れに飛び込んだ。

 



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第百二十八話

 

この気持ち悪い人型になってから、一度も近づいていない。だから何が出来るのかとかそういった情報が足りないので警戒は怠る事は出来ない。

どんぱちと魔法が飛び交っているにはスライムの群れのちょうど中心辺りだ。ただ、その中央が大きく空いていて、スライムの懐に潜り込んだ僕に対して魔法が飛んで来ないのを見る限り、自身や仲間が撃った魔法でも体に近づくと消えてしまうと思って良さそうだ。

というわけで、僕は今、周りにいるスライム達からくそでかい足を突き出されている。

「クッソ…聖剣で斬ってもすぐ再生とかクソゲーが過ぎるよ…」

むしろ、斬った途端水となって一度飛び散るので斬らないほうがマシである。光をだせば倒せるが囲まれてるのにそんなことしたら一時的に目が使えないためそこを突かれてしまう。

それにしても、どうしようか…。うーん。同士討ちさせてみるか。

聖剣で斬るのではなく少し横に逸らしてみる。思い通り、それは他のスライムの足にぶち当たった。互いの足は大きく弾かれるものの、傷付いた様子はない。

「意味ないわけではないね。まあ囲まれてるのに変わりないし奥まで入り込んでみようかな」

あわよくば、純を引っ張り出したい。出来なくても、何匹かこっちに釣れれば万々歳だ。

「よし。行くか」

これをすると、一旦離脱が出来なくなる。集中力を高めて一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

だいたいわかったぞ…!

あれから何度死んだか忘れたけど、多分これ、めちゃくちゃ薄い闇が張られてる!

多分間違いない。一回だけ抜けられた時に魔法撃ったら一緒に小指飛んでったけどどっちも消えた!魔法の炎で目がくらんでただけだと思ってたけどちょっと暗いのもそのせいかも知れない。

で、それが分かったとしても…

どうするの?え、どうしようもないよね。むしろ絶望感増したよね。魔法無効かと思いきや物理も無効ですってか!いやスライムだから物理効かないのも知ってるけどさ!

いや、落ち着け。まだなんとかできるはず…。周りを見渡して、なんとか突破口を…!

ん?なんか正義いない?え、しかも聖剣でスライム斬ってない?再生されてるけどなんで刃届いてるの?

ん~。聖剣に闇を無効化する力でもあるのかな?なら、正義から一つ借りれないかな。レイなら上手く使えるはず。おーいレーイ、起きてるー?

『じゅん~』

だ め そ う

俺がやるしかないのかな。でも俺の出来る最大限の強化じゃ抜けられないから話にすらならない。

うん。正義に頼るしかないな。どうにかして気づいて貰えれば…!

とはいえ、アクションを起こせるのはまだまだ先だ。とりあえず今は正義の居場所を確認するくらいしかやることがない。

そう思って燃え盛る体に鞭を打ち、顔を上げる。

え…

目が合った。すぐにスライム達の体で塞がれたが、それでも一瞬、確実に目が合った。

その次も、さらにその次も。確実に向こうはこちらを認識している。それなら、口パクで伝わらないかな?

うん。どうせやれることも少ないのだ。やって見る価値はあるだろう。さて、なんて言おうかな?助けてでいっか。

「た」

「す」

「け」

「て」

辺りを莫大な光が包み込んだ。

 

 

 



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第百二十九話

 

やっぱ持つべきものは親友だね!まさか一回で助けてくれるとは。しかも運よく男の姿の為、髪の毛も邪魔にならない。

「純!大丈夫?」

「大丈夫!それより聖剣貸して!」

「え、あ、はい!」

正義がくれた聖剣を片手に、スライム達の周りを縦横無尽に走り回った。もともと、俺のステータスは素早さに特化しているから、正義より速く動ける。

出来るだけ身を屈めて、この闇を出している存在に気づかれないよう闇を払っていく。魔法は飛んで来なくなったし、蹴りでも避けれるから問題ない。

走れ!走れ!走れ!この闇の膜に少しでも隙間があれば、それだけでスライムは死んでいくんだ!だから、軽く擦るように、聖剣を当てていく。

「よっしゃあ!レイの仇!≪火魔法≫!」

ぽつりと生まれた小さな炎に、すべてのスライムは行動を止め、向かっていく。

一匹、また一匹と、とめどなくスライムの体は炎に包まれて光となっていく。

たった数秒。それだけで、あの化け物達は消え去った。残るのはただのオリジナル。

「純。喜ぶのは後にして、あれを倒さない?」

「当然!」

 

 

ぜんっぜん倒せねぇ!

こいつ、たまに攻撃するけど基本堅く立ち回ってるせいでまともなダメージを与えられない。

一応、攻撃自体は当たっているのだ。ただ、それが俺の攻撃で、たいした威力のない銃撃だ。正義を最大限警戒しているようで正義の攻撃が当たることはなく、泥沼の膠着状態となっている。

塵も積もればとは言うが、これでは山となるまでいくらかかるか分からない。レイに俺を犠牲にして代償強化入れればなんとかなるとは思うのだが、俺ではまだ、そこまで出来ない。だから、すこしずつ削っていくしかないのだ。

そんなとき、魔王の一部が少し削れた。

「「え?」」

何が起こった?ステータス強化入れた俺と同じくらいの火力を出せるのっていたっけ?

「深井純。烈火正義。治療が終わった。俺達も参加させてもらう」

そうして、マユが刀を振るった。ぱしゅっと魔王の体に切り傷が生まれる。

よし。これで塵を積もらせる人数が増えた。効率大アップだ。だとしても、魔王の体は馬鹿でかい。二倍になってもまだまだ先は長い。

「って、ん?」

「純?どうしたの?」

これは…!

周りを見渡す。どこだ?どこにいる?ここが見えて、なおかつ安全な場所…。いた。バッチリと目が合った。

「ごめん正義。抜けるね」 

「は!?どうしたの急に!」

「ごめん。時間がないから手短に。正義。絶対に死ぬな。生きてくれ。そうしたら、勝てる」

言いきってやった。確信したような俺を見て、正義は

「分かった。何をするか知らないけど、純に任せるよ」

信じて任せてくれた。

「ありがとう」

そして俺は、近くの自衛隊員と香菜を回収してある場所へと向かった。

 

 

「よし」

俺の周囲には自衛隊が大量にいる。そして、あの魔法で重症を受けた人を香菜が治療している。それを、眺める一人の女性がいた。

「これでいい?姉さん」

「ええ。後は私に任せて」

にやりと姉さんは笑った。

「配信者の力。見せてあげるわ」

 

 

 

 

 

 



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第百三十話

 

がやがやと賑やかな人の声で目を覚ました。首筋がひりひりと痛み、頭がぼんやりとする。

「あ…れ?純?」

「あ、おはようございます。美香さん」

優さんが話しかけてきた。

「あれ?優さん。どうしてここに?というかここはどこですか?」

いつのまにか洗脳されていた時に使っていた部屋からどこかの体育館に移っているし、純もいない。それに、なぜか沢山の人がいる。

「ここは純君達が通っていた中学校の体育館です。自衛隊員の方々が守っているので避難所としてここらへんの人達が集まっているんですよ」

……。

「純は?」

「純さんは別の所です。多分、正義さんとかと一緒の場所にいるんじゃないですかね」

外も暗いし、まだあの日じゃないということだろう。

「よかった。まだ間に合う」

純が何をしたのかは大体分かったしその目的も予想できる。でも、純の姉として見ているだけなんて自分が許さない。

「所で優さん。これ、外してもらえます?」 

手足が手錠で縛られている。私、何か悪いこと…。してるね。でもあれは洗脳されていたからだし、許してほしい。

「いや、ごめんなさい。純さんに外すなって言われてるんですよ」

え?

「姉さんは起きたらこっちに来そうだからって。まあどこにも行かないというか私から離れないならいいですよ」

ふーん。なるほどね。

「分かりました。じゃあ早速、純のところに行きたいので一緒に言ってくれませんか?」

「ダメです」

ニッコリと笑顔で断られた。

「じゃあトイレ行きたいです」

窓とかから出れないかな?

「仮設トイレに窓なんてないですよ」

読まれてる…。この人もっとポンコツじゃなかったっけ。

「はぁ。じゃあご飯ください。お腹空いたので」

「はい。保存食しかないのでこれで我慢してくださいね」

「流石に贅沢は言いませんよ」

さて、どうやって抜け出そうかな。

「先に言っておくと、私は徹夜慣れてますし、交代の人もいますし、それで純さん達の邪魔になるといけないのでなんと言おうと絶対に許しませんよ」

…難しそうだなぁ。うわ、この保存食おいしい。

 

 

 

 

よし、役にたてる方法は思いついた。後は抜け出すだけ。もう朝だし時間に余裕はない。

「ちょっ…!優さん!お腹痛いです!助けて…」

演技スキルと場作り、さらに注目で優さん以外の周りの人にも深刻そうな状況を伝えていく。

「ねえ…あの人大丈夫かしら」

「ね。助けてあげないとダメなんじゃないの?」

さらに!ここから一番近いトイレは窓つき!仮設じゃなくて学校のだから当然だね!

さぁ!諦めて私を逃がすんだな!はっはっは!

「え、大丈夫ですか!?すぐに連れていきますね」

よしよし。思った通りのトイレに行ってくれてる。個室も開けて、そのまま優さんと一緒に…ちょっと待って。

「ついて来なくていいですから!」

「いえ、尋常じゃない様子なのでちゃんと助けてあげますよ」

気づかれてる?違う…これただほんとに心配されてるだけだ!やり過ぎた!

ならBプランだ!

 

「弟を助けたいんです!」

「ちょっ!どうしたんですか美香さん!?」

避難所の中心でさっきと同じくスキルをフル活用して叫ぶ。当然、周囲の人の注目は私に集まる。

「今!弟が命懸けで戦ってるんです!」

どんなことを言っても場作りと演技の効果でそれっぽく聞こえる。おかげで思っていることをそのままこぼしても賛同する人が表れてくれる。そして、一人でもそういう人が出ると次々と同じような人が出てきてくれる。

「「行かせてあげろー!かわいそうだろー!」」

「え、どうしましょう…」

優さんが周りの人から追い詰められている。ククク、計算通り…。

上手く人の心を誘導出来た!これなら…!

「仕方ないかぁ。じゃあ良いですよ、行ってもらっても。でも、私もついて行きますからね」

勝った。

 

 

そうして、魔王が見える場所に潜み、配信を一瞬だけ使って純に気づいてもらった。一緒にメッセージも送ったから自衛隊員も連れて来てくれたし、明子の洗脳活動で増えた視聴者に事情も説明した。後はカメラアングルに気をつけて、正義だけを映す。

「スパチャの時間よ!」

 

 

 

 



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第百三十一話

 

姉さんがやろうとしているのは、以前風花ちゃんにやったように配信によって他の人のステータスを正義に移すことだが、それだけではない。

このスパチャ機能はなんでも送れる。物品という形あるものでも、寿命という形ないものでも。それを利用すれば、魔法やスキルをスパチャとして送ることが出来る。これの引き出しは本人の自由なので欲しいタイミングで使えるのだ。

「じゃあ俺は行くよ!」

「ちょっとだけ待って」

もうやることは終わったので正義の元に行こうと思ったのだが引き止められた。

「なんで?」

「どうしても純がカメラに映っちゃうだろうから魔法を撃つ程度ですませてくれない?」

「あ、そういえば撮っている人と映っている人でステータスは分配されるんだっけ」

前回は姉さん自身もスパチャをしてできる限り風花ちゃんに送っていたっけなぁ。

「後、純も送れる?」

「え?でも俺まだやるよ?」

流石にここで全部任せるなんてしたくない。助けてくれたってのもあるけどなによりも幼なじみであり親友をほっておくなんて嫌だ。

「純は代償強化でなんとか出来るでしょ?それに、ここなら香菜ちゃんがいるから純の再生力と香菜ちゃんの聖域で同じ部位を何度も材料に出来るわよ?」

おおう。でも姉さんや。俺の精神は結構きついんだぜ?動けなくなると意味ないだろ?

『純。ただいま』

レイ帰ってきちゃったー。うわー。精神の問題なんとかなっちゃったー。

「はぁ。分かった。やるよ。レイがいるし。それにしても、姉さんがそんなことを提案するとは思わなかったなー」

姉さんは優しいから、俺が苦しむようなことは言わないと思ってたんだけど。

「嫌ならステータス送ったらここにずっといて良いのよ?そうしない?そうしましょ?」

『うわ絶対にこっちが本心じゃん』

だよねー、でも。

「正義の為にも行くよ。中身はレイになっちゃうけどね」

「まあそれならいいわね」

『純!この人ひどい!私はどれだけ死んでも良いってことだよね!』

流石に冗談だよ…ね?

とまあ、そろそろ時間が迫っているからやってしまおう。全ステータスを正義に送る。少し怠いが気になる程でもなかった。

「香菜。お願い」

「無理しちゃダメだよ?」

温かな光が辺りに広がる。それと香菜、無理はします!

「≪代償強化≫≪代償強化≫≪代償強化≫≪代償………………………………………………」

なるべく重要で痛みの強い場所の方が効果時間も上昇値も高い。何度も、何度も、何度も何度も何度も。

そのまま、視界が暗くなるまで体を削り続けた。

 

 

 

 

 

 

突如、視界に変なものが映りこんだ。

「ちょっ!なにこれっ!」

大量の文字に視界を埋め尽くされる。

「見えない!消えて!」

そういうとその文字達は消えてくれた。と、思いきや視界の隅に箱が作られてその中に同じような文章が流れはじめた。

読んでみようと思ったけど、隙が生まれたと察知した魔王の魔法の連打によってそれは出来なくなった。

かなりギリギリだったので心臓がものすごく暴れている。原因は明らかに純だろうから。

「後で絞ってやる…」

ひそかな怒りを抱えながら、魔王の魔法に対処していった。

 

 

 

 

 

 




投稿時間ミスったので明日の分ということでお願いします。


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第百三十二話

 

純と入れ替わり体の調子を確認する。純が意識を失う直前に死ぬまで削ったようで私の体は女の子の方…つまり元々の姿になっている。

「おお、結構いいな」

かなりステータスが上がっている。半永久的にダメージを喰らいつづけることを除けば、なかなかにいい手段だ。私も回復魔法欲しいなぁ。いつか手に入れられれば良いんだけど。

「えっと、レイよね?」

「うん。この強化を活かしたいからすぐ行くね」

せっかく純が頑張ってくれたんだから、このステータスを活かしてあげたい。姉さんの返事を聞く前に、私は地面を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ…」

やはり一度守りに入ってしまうと、再び攻めに転じることが難しい。どこか時間稼ぎのように思える魔法を撃ってきているのだが、一発一発が手足が飛ぶほどの威力であるせいで油断ならない。

確実に一つ一つ対処していると、魔王に向かって、高速の何かが飛んできた。

「ぐわっ!」

魔王が大きくのけ反り、その飛んできた何かがこっちに向かってきた。

「お、純?いや、レイ?」

「レイだよ」

ほほーう。純じゃないなら絞ってやるのは後回しだな。

「正義、スパチャのこと気づいてる?」

「えーと…。この光魔法とか書いてある奴?」

魔王の攻撃を防いでいる途中、たまにカラフルな文字で良く目立つメッセージ的なのが飛んできていた。

「そうそう。それ使おうと思えば使えるよ。後ね、今たくさんの人が正義にステータスを正義に送ってくれてると思うんだけど、感じてる?」

ステータスを送ってくれてる…?うーん。もしかして体がちょっと熱くなってるのがそれなのかなー?

なにはともあれ、確認するのが先だろう。何度も確認したステータスをもう一度確認する。

「あ、上がってる」

戦ってる時には全然気づかなかったのだが、もう百以上上昇している。多分、魔法を防いでいる時は聖剣で斬っているだけなのでステータスの恩恵を感じずらかったのだろう。

「なら良いや。正義。私が魔王に隙を作るから確実に仕留めてね。2分後くらいだよ」

返事をする前にレイは行ってしまった。

魔王の方向を向けば高速で動くレイが魔王を圧倒していた。

「ステータスの上昇のおかげで多分助け無しでも魔王は倒せるだろうけど…。いや、いいや」

変なことを考える必要はない。確実に倒せるチャンスを無駄にするわけにはいかない。

「集中するだけじゃなくて、これも使おう」

スパチャとして送られてきた光魔法を使用する。僅かだが、力が増した。この調子で複数ある光魔法を使用していく。

「いける」

沸き立つ力に脳が興奮しているのを感じる。なにもかもがゆっくりに見え、レイの動きも目で追える。

レイが懐に潜り込み、魔王を浮かせた。

「今」

身動きの取れない魔王の体を莫大な光が包み込んだ。

 

 

 

 

 

「おつかれー」

「レイ。まだだよ」

なにもかも終わった感じで近づいてきたレイに正義は警告を促す。

「手応えはあったけど、死んでいる姿を確認しないわけには、安心出来ないよ」

「いや、流石にやったでしょ…。あれ、最大限に強化したとしても耐えれないもん」

そう言った途端、真っ暗な闇が光を塗りかえた。

「ユルサン!ユルサン!ユルサンゾ!」

闇が晴れ、ボロボロとなった魔王の体が現れる。

「え…。あれ耐えるの?でもあのくらいならさっとやれるでしょ。ね?正義」

レイが正義の方を振り返り、固まる。

「がはっ」

そこには、正義がとめどなく血を吐き出して倒れていた。

 

 

 



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百三十三話

 

「正義!大丈夫?」

「ごほっ。ま、あ、立てるくらいには」

そうは言ってもふらついていたので肩を貸して、ゆっくりと魔王の元へと近づく。魔王はどう見ても満身創痍だ。少し聖剣で小突けばもう死ぬはずだ…!

「血、飲む?」

私の血には死すら巻き戻す力がある。この傷の原因は分かってはいないが、大抵の怪我ならこの血でなんとかなる。

「う、うん。ケホッ」

「ムタダゾ!キサマハワタシトトモニシンデイクノダ!」

なんか言っているが無視して血を飲ませる。正義の顔色はみるみるうちに良くなっていき、そして、

「がはっ」

また、血を吐き出した。

なんで?この血の力は絶対なのに。たとえ神であっても覆せない絶対のはずなのに。

「魔王を殺すしかない?」

それで正義が治るかも分かっていないが今思いつくのはそれくらいだ。再び、魔王の元へと確実に近づいていく。そして、巨大な体によじ登り、胸の辺りまでやってきた。

「できる?」

「うん」

正義はゆっくりと聖剣に光を集めていく。魔王は諦めたのか抵抗の素振りを見せていない。

そして、聖剣が魔王の体に少しだけ入り込んだ瞬間、正義は、心臓部を押さえてうずくまった。

「正義!?どうしたの!?」

「なんか、胸が貫かれそうな気がして…」

それを聞いて、正義の手をゆっくりと剥がして胸の辺りを確認する。しかし、傷口のようなものは全く見つからなかった。

だとすれば…

「正義。ちょっと待ってて」

魔王の足まで行き、左指の一本を切り飛ばした。

「があっ!」

正義の叫び声が響く。どうやら、予想は当たっていそうだ。

「正義。今、どこが痛かった?」

「ひだ、りゆび」

そういいながらずっと指を押さえている。でも、取れている訳ではないみたいだ。

今、正義は魔王と感覚が共有されているのだろう。多分、喰らった感覚を正義に送るという形で、だから血を飲ませた時も一度治ったがすぐに血を吐き出したのだろう。

これは、大丈夫なのか?私がアシストして、正義が聖剣を深く胸に突き刺せたとしよう。その時、正義は生きているのか?

 

とにかく、正義と話してみよう。

 

「…という状態だと思う。その上で、正義はどうする?」

「……、レイはどう思う?」

自分の生死がかかっているのに人の意見を聞くのはあまり良くないと思うが、気になるなら教えてやろう。

「私としては、やってほしい。それが、一番確実に魔王を倒せるからね」

この魔王が、多分今いる人類を滅ぼせる最後の手段だ。だから、確実にここで倒したい。

「そっか…。ねえレイ。ここでこの魔王を倒さないと、まずいかな?」

「そうだね。せっかく倒した化け物達は数を戻すだろうし、なにより、この魔王がさらに強くなっていくだろうね。人類の中で勇者しか倒せないんだからレベル上げ放題だよ」

この世界にこの魔王とやり合える存在はどれだけいるのだろうか。いるとしたら、別の勇者くらいだろう。ま、それだと他の魔王もいる可能性が上がるので勘弁してもらいたいけど。

「じゃあさ。もし僕が死んだら香菜と母さんを守ってくれる?」

…へー。

「そのくらいは約束するけど、それでいいの?」

「だってその方が良いんでしょ?」

どこか諦めの混じった目をこちらへ向けて来る。自己犠牲の精神は素晴らしいけど、ほんとにいいのかな。

「そうだね。その方が私としては助かる。人類全体で見てもそういえる。でも、香菜は?正義のお母さんはいいの?」

正義が拳をギュッと握った。

「香菜のこと、好きなんでしょ?両思いみたいだし勿体ないよね。それに、お母さんと約束したんじゃないの?お母さん、香菜に起こされてから、ずっと心配してたよ?」

正義が拳を私に伸ばしてきた。まあ、避ける意味もないので、正直にもらう。

「じゃあなに?どうすればいいの!?これで僕が何もしなかったら皆死んじゃうんでしょ?じゃあ魔王倒すしかないじゃん!」

「あー。そうじゃなくてだね」

「は?」

「いや、魔王を倒すことを辞めてほしい訳じゃないんだけど、その、生きるのを諦めるの、辞めない?」

何と言うか、死ぬのを前提として欲しくない。

「…なにか、生き残る方法でもあるの?」

「いや、ないけど」

言いながら、無責任だなと思ってしまう。

「最悪を想定して動くことのなにがおかしいの?魔王を倒して僕が道連れになるかはまだ分からないけど、死ぬ可能性があるならそっちを考えるのは普通でしょ?」

「そう言ってるけど、死なないように少しでもなにかしようとは思わないの?」

「え?」

「さっきから、死んだ後のことは考えても、死なないようにすることは考えてないでしょ?」

「そんなの、考えたって分からないよ!」

「考えてもないのにそんなことが良く言えるね。誰かが言ってたけど、奇跡は諦めた人には起こらないんだよ」

「…」

「多分ちょっとは時間があるからじっくりと考えなよ。後、コメント見てみたら?助かる方法書いてあるかもね?」

そう言い残して、私は一度正義の元を離れた。

「じゃ、時間稼ぎと行きますか」

ダンジョンの入口から出てきた化け物をぶっとばした。

 

 

 



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第百三十四話

 

戦闘中は邪魔でしかなかったコメントに目を向ける。

『頑張れ』

『世界の命運は君に託された!』

他にも、たくさんの応援コメント的なのがあるが、どれもなにも感じなかった。

その中で一つ、異質なコメントがあった。

『お願い。生きて帰ってきて!逃げてもいいから!』

魔王云々より、僕の命を優先するそのコメントは他より、目立っているように見えた。

「母さんかな」

僕を魔王の生死より優先する人なんて中々いないだろう。口調的に母さんな気がする。

そこからどんどん遡って見たけど、特に香菜らしきものは見つからなかった。

肩を落としていると、後ろからトントンと肩を叩かれた。

「なに?」

どうせレイだろう。振り向くのも嫌だ。そう思っていると予想外の声が聞こえてきた。

「正義君」

「え…。香菜?」

びっくりして勢いよく振り向いてしまう。なんでここにという前に、香菜が答えを口にした。

「正義君と一緒に居たかったから、自衛隊の人にお願いしてここまで飛ばしてもらったんだ。なんかそういうスキルもあるみたいだよ?」

「そ、そうなんだ」

にこにこと話して来る香菜をちゃんと見れない。どこか、後ろめたい気持ちが胸で燻っている。

「ねぇ正義君。これってもう倒したの?」

「いや、まだだよ」

「じゃあどうして倒していないの?」

「それは…」

言っていいものなのだろうか。

「正義君。なにかあるなら教えて?難しいことがあるなら一緒に考えよ?私は正義君の仲間だよ?」

「実は…」

どうなるか分からないが、話してみることにした。

 

 

 

話を聞いた香菜が僕の聖剣を持っている方の腕を掴んできた。

「ねえ。正義君。一緒に逃げよう?」

「逃げたって仕方ないよ。結局、ここでやらないと皆死んじゃうんだから」

母さんは逃げていいとは言っていたけど、ここで逃げた所で寿命がちょっと伸びるだけだ。近いうちに、皆死んでしまう。それは、嫌だ。僕が死ぬより嫌だ。

「だから、僕はやるよ」

「━━だめ!」

香菜が叫ぶように止めて来る。

「そんなん言ったって…」

「別にいいよ!ちょっとでも寿命が伸びるんだったら選んだらいいじゃん!お願いだから逃げようよ!」

まくし立てるように香菜は叫ぶ。

「香菜。この前言ったよね。僕は皆を守りたい。なにも失いたくないって。僕にとってはこっちの方が命より大切なんだ」

「なんで…生きてよ!どうして皆私をおいていくの!?お母さんもお父さんも私になにも言わずどっか行っちゃったし、正義君も行っちゃうんでしょ?なんでよ!」

香菜は目に涙を浮かべて

「お願いだから私をおいてかないでよぉ」

泣きはじめた。

その姿を見て、父さんの言葉を思い出した。

 

『正義!そして、お前は一人の男だ!好きな子ひとり助けられないと、男の名が廃るぞ!!』

 

このままでいいのかな。もし、このまま魔王に止めを指して僕も死んでしまったら香菜はどうなるんだろう。

元気に、笑えるのかな。

 

よし。決めた。生き残ろう。ここでは死ねない。

「香菜。僕は死なない」

「…え」

「だから、助けてね」

「…うん。絶対助ける!」

頼もしい香菜に背を向けて、聖剣を魔王の胸に当てる。

「≪限界突破≫」

そのまま、聖剣を突き刺した。

 

 



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第百三十五話

 

さっきは聖剣が刺さった瞬間、痛みが発生して剣を落としてしまったが、その痛みは限界突破で感じないようにしているため止めずに差し込む。

「グオオオオオオオ!!!!!!」

ピクリとも動かなかった魔王が悲鳴を上げて大きく跳ねた。その衝撃で上に乗っていた僕と香菜は振り落とされる。しかし、僕も香菜も受け身は取れたようで深刻な怪我に繋がるとかはなさそうだ。

魔王は聖剣の刺さった場所を中心に、体が崩壊をはじめた。同時に、感じないはずの痛みが僕を襲った。

「ぐっ!!」

どうして…。限界突破は痛みを感じないようにするはずなのに…!

体が失われていくような空虚感とともに激しい激痛が体に走る。こんなにも痛いというのに、思考はやけにはっきりとしていて、じっくりと痛みを感じられる。

いつまでだ?これはいつまで続くんだ?魔王の体が崩壊した場所に合わせて痛みが走るので崩壊しきるまでといった所だろうか。

「正義君!≪聖域≫」

僕の様子を見て展開してくれた香菜の聖域の中には入り込んだけど、この激痛が和らぐ様子はない。

ああ、痛い。

どうしてこんなにも痛いのか。どうして僕がこんな思いをしないといけないのか。様々な感情が痛みに反応して生まれ、流されていく。

ダメだ。このままじゃ耐えきれる気がしない。なにか、どうにかこの痛みを…!

その時、視界の隅でなにかが動いている。これは…コメントか。

『魔王倒したぁぁ!!』

『うおおおおお!!!』

お祭りのように、高速でコメントが流れている。その中でも一際目立っているのが、スパチャだ。

『回復魔法』

回復魔法。そんなものがあるのか。なんにせよ、なにかに役立つか…?

即座にそれを使用する。しかし、特に効果はなさそうだ。あいもかわらず、ジリジリと激痛が体を蝕んでいく。

くそ、考えろ。限界突破の力で考えられているうちに、どうすれば生き残れるのか。もし、魔王の体が崩壊しきるまで、であるなら、それを加速させるというのはどうだろうか。

一本の聖剣は腰に付けているが、もう一本は魔王に刺さったままだ。いや、崩壊していっているから、既に地面に落ちているだろう。それに暴れさせてさらに細かく…。

しかし、そうすればこの痛みにその痛みが足されるんじゃないか?そうなったらおしまいだ。

でも、聖剣で何かをするというのは良いかもしれない。

聖剣は勇者という職業のメインとなるもののはずだ。限界突破の他に何かないのか。

目の前にいる香菜をみる。…香菜。

そういえば、香菜の精神世界で僕は聖剣を使うことができた。僕はそれで香菜と僕を隔てていた壁を斬った。

魔王との痛みの共有はいわば魔王の苦しみを逐一僕へと届けているようなものだ。なら、その痛みを共有する道を斬れないか?

これなら、ミスった所で弊害はない、はずだ。もしかすると、この配信の方が斬れるかもだが、別にそれは構わない。

弱々しく、腰の剣に手をかける。さて、どこを斬ればいいんだ?とりあえず我武者羅に魔王の方向へと剣を振るう。でも、それは空を斬るだけだ。

いや、ダメだ。よく考えろ。香菜の時はどういう状況だった?

父さんが出てきて、手元に聖剣が現れて、頭に出来るイメージが湧いていた。それに従って剣を振るうことで精神世界の全天を斬れた。

聖剣を見つめる。聖剣ならなんとか出来ると信じて。すると、カタカタと聖剣が勝手に動いた。もしかすると僕の腕が痙攣しただけかもしれないが、僕には聖剣が任せろと言っている気がした。

「≪聖剣≫」

だから、聖剣を勝手に動けるようにして、僕は、聖剣を掴んでいたその手を離した。

僕の手から離れた聖剣は一直線に…僕の頭へと突き刺さった。

 



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第百三十六話

 

「ええええええ????」

正義君の頭に剣が刺さってる!なんで?じゃなくて治療!

聖剣が刺さったままだと治るものも治らない。とりあえず引き抜かないと…

「んっ!ぬ、抜けない」

力が足りないのか引っ掛かってるのか分からないけど私じゃ抜けない。他の人じゃないと…!というか抜けたとしても聖域じゃ多分治しきれないから、レイさんを探さないと。

「レイさんー!」

「なにー?」

遠くから声が聞こえた。

「正義君を助けてください!とにかく来て!」

お腹からしっかりと声を出して、そう叫ぶ。

「待ってて!」

そう言われて十秒くらい、なんとかならないかとスパチャに贈られていた回復魔法を頭以外の傷を治しながら待っていると足音が聞こえてきた。その方向を見ると…レイが大量の化け物を連れてこっちに来ていた。

「助けるからこれ抑えておいて!」

地面が軽く揺れるくらいには大きな足音を響かせる化け物達を指しながらレイはこっちへ走ってくる。

怖いけど、正義君が助かるには必要なことだ。やるしかない。それに、魔王よりはマシだ。

「分かった」

レイとすれ違って化け物達の前に立つ。

「≪全天≫!」

私の全天に強い衝撃が伝わってきた。そして、ヒビがいくつも入る。

「嘘?…」

魔王の攻撃は確かに耐えきれなかったけども、その前の化け物達の攻撃は耐え切れた。ということはもしかして、強くなってる?

「≪全天≫!」

全天が割られて、そのまま押し切られるなんてことがあったらおしまいだ。だから、すぐに新しいものに作り替える。

「≪全天≫≪全天≫≪全天≫!」

やばい。後続から押し寄せて来る化け物が増えるに連れて全天が割られていくペースがどんどん速くなっている。

全天は魔力があればいくらでも張れるけど流石に朝からずっとやってきたからもたないっ!

「レイさん!後どのくらい?」

「三分!」

三分…厳しくない?だって魔力的に後20回くらいしか張れないのに今でさえ10秒に一回のペースで割れていくんだよ?

あっ、また割られた。

ほんとにやばいって。耐え切れないよ。ああ!また化け物増えた!

どうしよう。スパチャ見ても自分のスキル見てもなにか出来る気がしない。

特に≪祈り≫ってほんとになんなの?綺麗な姿勢で祈れるだけとかおかしいでしょ!せめて他の何かに変わってよ!

…でも、神はいるんだよね。面白いからとか抜かしてるけど、神であることに違いはないんだよね?

癪ではあるけど、いや、なんでもないです!

全天を張りなおして、落ち着いてから目を閉じる。

 

お願いです神様。どうか私に正義君を守る力を下さい。

━━代償は?

うぇ、え、代償?

━━そうだよ。神の力を借りたいんでしょ?それなら、何かないの?

えーと。あ、やばい後全天五枚くらいだ。えっと。もう。はい。なんでもいいから!いいです!

━━ほう?なるほどなるほど。面白いこと思いついた。じゃあ後で伝えるね!ほいっ!

気の抜けるようなその声と共に、何か力が沸き上がってきた。

 

これならいけそう。

「≪全天≫!」

ヒビが入る事もなく、しっかりと受け止められている。

━━ねえねえ。それだけじゃなくてさ。倒してみてよ!

倒す?私はそんなことできない…できるの?

━━当然!せっかくの神の力なんだからやっちゃえ!

「は、はい!」

でも、どうすれば…あ、この力を放っちゃえばいいんだ!

━━名前は何でもいいよ!

「え、えっと≪閃光≫」

目の前にあった全天から銀色の光が飛び出す。そして、化け物が消え去った。

「香菜!だいじょう……え?」

レイさんが正義と一緒にやってきた。

「あっ!正義君治ったんですか!?」

「あっ、うん。意識はまだ戻ってないけどね。でも、その…」

「よかった!ありがとうございます!」

喜びのあまり思わず、そのまま正義君に抱き着く。

剣が突き刺さった顔は傷一つないし、心臓もしっかりと動いている。

「本当に、ほんっとうにありがとうございます!」

私は今一度レイさんにお礼を述べた。

 

 

 

 



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第百三十七話

 

いや、えぇ…。なにあれ。こっわ。

正義の治療はそつなく終えた。多分、あの頭に刺さっていた聖剣が魔王との感覚を共有するパスみたいな奴を斬ったのだろう。いやはや、そんなことが出来るとはね。

おかげで血が力を発揮して、みるみるうちに傷が治っていった。場合によっては起こさないとなぁと思いつつ連れて来たのだが…

なんか香菜が化け物を一掃していた。

そんな香菜はまだ寝ている正義にうりうりと抱き着いている。まあともかく、この戦いは終わったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔王が倒されても、化け物か消えるわけでは無かった。毎日、様々な形の化け物が現れては、人々を襲った。

それでも、人類はそれに対処して、そして、復興していった。

完全に元通りとまではいかないが、ダンジョンによって安全が確立された地域では学校も再開されて、公園で遊ぶ子供達も見られている。

そして、化け物が生まれる地域では自衛隊等各地の国の軍隊が対処し、犠牲者も日に日に減っていっている。それも、殆どが軍隊で民間人の犠牲者はほぼゼロに近くなっている。

 

 

 

 

 

あの戦いが終わってから一週間ほど。まだ学校は再開しないが明子のあの洗脳のおかげで商店街等の施設は速くも活動の兆しを見せている。ただ、魔王との戦いのせいで交通網に大きなダメージが入り商品はまだ少ないのだが。

そんな中、俺の家には正義と正義のお母さん、香菜に優さん、俺と姉さんが集まっていた。

香菜は両親、正義はお父さん、そして、俺の父さんと母さんはまだ帰って来ていない。たまに、というか頻繁にあの魔王との戦いの動画を見ていた奴が来たりするので、安全を確保することもかねて、一緒に暮らしている。そんなとき、香菜が聞いてきた。

「ねえ純君。結局あの戦争云々はどうなったの?」

「ちょっと待って。えーっと、なんかヒカがなんとかしたらしいよ。でも、まだ詳しく教えて貰ってないからレイに代わるね」

そうして、レイが表に出て来る。

「あー。その。ちょっと納得できないことがあると思うんだけどいい?」

レイが確認するように正義と香菜の目を見る。それに対して、二人は佇まいを直し、頷く。

そうして、レイは話しはじめた。

 

「まあ、とりあえず簡潔に言うと、明子についての事件は殆どがないことになりました。犠牲者は全員不慮の事故として扱われます。そして、戦争…いや、宣戦布告だけど正義と香菜と純しか覚えてません!なにも無かった事になりました」

「「え?」」

正義と香菜がぽかんとレイを見つめている。

「まずね。ヒカの役割って言ってなかったよね。ヒカは簡単に言うと最後の仕上げというかなんというか、世界を整えるのが1番の役目なんだ」

「世界を整える?」

「うん。私達は一人一人色々な役割があるけど、それは全部神の望む世界へと変わることをサポートする為だって言ってたけど覚えてるかな?そのためにね、まず、私が人類が滅ばないようにしながら、化け物が出たりして世界が変わっていく。そうして安定…今みたいなね?そうなったら、ヒカがちょっと皆の記憶をいじって整えるんだ」

「そんなことできるの?」

「出来るよ。でも、明子とは違って制限があってね?一度会わないといけないんだ。たまにいないときあったでしょ?あの時は世界中を回っていたんだよ。一部の自衛隊員の協力の元でね。というわけで…」

 

 

 

 

むかーしむかし。この世界に変化が訪れました。今で言う魔物の出現とスキル、職業の誕生です。魔物は世界を次々と破壊していき、逆に新たな力を手に入れた人類はその力でそれに抗い、世界は混乱に包まれました。

そこで、魔物達の希望として魔王が。人類の希望として勇者が生まれました。

魔王はダンジョンを利用して部下となる魔物達を強化し、人類を滅ぼしにかかりました。

勇者は聖女と呼ばれる少女と共に人々をまとめあげました。そして、その人々の願いが神に届き、勇者と聖女に力を与えました。

聖女は傷付いた人々を癒し、時には死者すら蘇らせました。

勇者はそのあふれんばかりの力を人々を守るために魔王へと向けました。

勇者の力は魔王を圧倒し、魔王を倒すに至りました。

そうして、魔王という脅威が消え去り、希望となる勇者が残った事で人類は混乱から抜けだし、また、発展し始めました。

勇者と聖女はそれを見届けて、世界を去りました。

彼らは今も神の元で私達を見守っていることでしょう。

 

 

 

 

めでたしめでたし

 

 

 

 

 

 

 




はい。というわけで終わりです。書いてて楽しかったけど改行とか考えてなかったので読みづらかったと思います。申し訳ありません。次書くときは読みやすさも意識したいですね。というわけで、ここまで読んで下さりありがとうございました。後は感想でなんと言ってもらってもどんな評価つけられても構わないので好きにしてください!ばいばい!


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