Arco Iris (パワー系ゴリラ)
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序章・始まりの光
始まりは激流をもたらす


早朝。街に朝日が差し始めた頃、毎日の日課である新聞配達をこなす少女が居た。

彼女の名は神楽坂明日菜。今年16歳の花も恥じらう女子高生である。

親のいない彼女は高校生ながら、新聞配達のバイトで学費を支払っている苦学生でもある。

普段通りに仕事を進めていく明日菜。

新聞の入った鞄を抱え、オレンジ色のツインテールを揺らし、走りながら配達を行う。

本人は軽く流しているつもりだが、はたから見るとかなりの猛スピードで駆け抜けている。

他の配達員に比べいつもいち早く配達が終わるのは、彼女の常人離れした身体能力のためだろう。

最後の一つを配達し終えた彼女は朝食を取る為、自分たちが生活している寮へと足をすすめる。

すると寮の途中にある自動販売機の前で、腕を組んで立っている幼馴染の少年の姿があった。

明日菜はその少年に後ろから声をかけた。

 

「おっす、おはよー」

 

「ん?ああ、おはよう明日菜」

 

黒のTシャツに下はジャージというラフな格好で佇む少年。

 

「あんた今日はやけに早いのね」

 

「まあね、たまには早起きして散歩でもしてみるかなって思って」

 

「ふーん」

 

頭一つ以上身長の違う幼馴染を見上げる明日菜。小さい頃は大して身長は変わらなかったはずだが、いつの間にこんなでかくなったのかとふと思った。

 

「それより明日菜、少し困ったことになった」

 

「なにかあったの?」

 

「説明するより見てもらった方が早いか、これを見てくれ」

 

そう言うと少年は目の前の自動販売機を指差した。そしてその指先にある物を見て、

明日菜の顔が何とも言えない表情になる。

 

「…なにこれ」

 

「俺はこの自販機に500円玉を入れたんだ。そしてペプシを買おうとそのボタンを押した。

そうしたら取り出し口から大量にペプシがなだれ込んできた。まさに激流の如し」

 

「は、はぁ……」

 

「僕はね…どうしようかと思ったんだ、明らかに500円の量じゃない。だがこのまま放ってけば、ここを通り過ぎた奴にペプシが持っていかれるだろう。知らないやつに持っていかれるのは気に食わない。かといって全部持って行くのも気がひける。明日菜、俺はどうしたらいい?」

 

「……知らないわよ」

 

凄まじくどうでもいいことに明日菜はげんなりとするが、幼馴染のよしみでもう少し付き合ってやることにした。明日菜はガサツなところはあるが、その実面倒見のいい少女である。

 

「でもあんたはちゃんとお金入れて買ったんでしょ?」

 

「まあそうなんだけどな。でもほら、500円で買える本数なんて3本程度だろ?明らかに10本以上ある。これを取ったら俺は窃盗犯の仲間入りとなる可能性がある」

 

「うん、それはわかるわ」

 

「だからと言って、見ず知らずの奴に持っていかれるのもしこりが残る。

これってトリビアになりませんか?」

 

少年は何かよくわからないことを言ったが、明日菜はそこに触れないことにした。

 

「う~ん、気持ちは分からないでもないけど…これ全部飲みたい?」

 

「いや別に」

 

二人の間に沈黙が流れる。

 

「…明日菜」

 

「なに?」

 

「お前最近太ったろ」

 

「ぶん殴るわよ」

 

突然の話題転換に面食らったが、それよりも出してきた話題に明日菜は怒りを覚えた。

当然である。

 

「もし違ったのなら言ってくれ。その時は素直に謝るし、罵倒でも拳でも受け入れよう」

 

「…………」

 

「…………」

 

「確かに…ちょっと増えた…かも…」

 

彼女は嘘を付けないタイプの人間だった。きっとこれからもこの素直すぎる性格で苦労するだろう。そもそも仮に太っていなくとも、少年は失礼な発言をしたことに対して謝罪するべきである。

 

「やっぱりな、なんでまた増えたんだ?」

 

「しょ、しょうがないじゃない!うちにネギが来てから木乃香が今まで以上に張り切っちゃって料理が増えてるのよ!」

 

「なるほどなぁ、木乃香の料理美味いしなぁ。残すのも悪いし全部食べちゃうよな」

 

「そうなのよ、やんわりと多くない?とは言ってるんだけど、ネギも私たちも育ち盛りだからたくさん食べた方がいいって言って」

 

「それで体重が増えたと」

 

明日菜は少し顔を赤くしながら目線を逸らし、そうよと言った。

 

「なぁ、明日菜。言葉足らずだったが、俺はお前の体重が増えたことを悪く言うつもりはないんだ」

 

「えっ?」

 

「前々から思ってたんだが、お前らは少し細すぎる。もう少し肉付きが良くなった方がいいんじゃないかと考えてた」

 

「つまり?」

 

「つまりだな、是非とも俺としてはこのまま順調に明日菜には体重を増やしていってもらいたい」

 

「…なんでよ」

 

「いや待て、勘違いしないでくれ。別に太れとかデブになれと言っているわけじゃない。ただ俺は明日菜に健康的でいて欲しいんだ。そしてあわよくばそのまま俺好みの体型になってくれたらもう言うことはない」

 

「なんか今変なこと言わなかった!?」

 

「気のせいだよ」

 

「絶対に言った!!最後のが本音でしょ!」

 

「まぁ落ち着けって」

 

「誰のせいでこうなってると思てんの!」

 

「わかった認めよう、つい本音が漏れてしまった。私こそ本音を隠せない男、逢襍佗祐(あまたゆう)です」

 

「はぁ、もうなんなのよ…」

 

「もうお前とも長い間幼馴染やらせてもらってるが、昔から顔も性格もタイプだったんだ。

あとは体型までハマったらこれはもう、treasureだよ」

 

相変わらず自分の幼馴染はどこかおかしい。こうして自分達への好意を隠さず伝えてくるところも昔から変わっていない。そこだけは見習いたい気もしないでもない。

昔から変わっていない。そこだけは見習いたい気もしないでもない。

 

「はぁ…。はいはい、ありがとね」

 

「わかってくれたか」

 

「うん、まあね。あんたが変わり者だってことはよく知ってるし」

 

「俺自身変わり者とは思ってないけど、そこには目を瞑ってやろう」

 

「相変わらず自覚ないんだから…とりあえず私は朝ごはん食べに寮に帰るから」

 

「おう、気をつけて帰れよ」

 

「はいはーい」

 

そう言うと明日菜は自分の寮へと走っていった。祐はそれを手を振って見送る。

遠くなった距離で明日菜がこちらに振り返り、手を振って今度こそ走って帰っていった。

明日菜を見送った後、祐はペプシの件を思い出した。

 

「あ、こいつのこと忘れてた」

 

こちらもそろそろ帰って学校の支度などしなければならない。早々に決断しなければ。

 

「祐さん?どうかされたのですか?」

 

「お、茶々丸じゃないか」

 

「おはようございます」

 

後ろから現れたのは絡繰茶々丸。祐の同級生にしてガイノイドタイプのロボットである。

そう、ロボットである。所々球体関節が確認できる体に緑色の長髪、女性としてはかなり長身である。

 

「おはよう、どうしたんだこんな時間に。なんかあったのか?」

 

「私は普段からこの時間帯に猫に餌をあげておりますので」

 

茶々丸はその優しい性格から町で人助けや動物の餌やりなどを行っている。

その姿から今ではすっかり街の人気者となった。ちなみに猫はちゃんと去勢済みである。

 

「そうか、立派だな茶々丸は。未だに睡眠を貪ってるであろうどこかの誰かとは大違いだ」

 

「確かにマスターはまだ眠っておられますが、昨日は夜遅くまで研究をしておりましたので致し方ないかと」

 

「あ~、また夜更かしか。若くないんだからあまり無理しないで欲しいんだけどね」

 

「あまりご無理をなさらないで欲しいのは、私も同意見です」

 

「おい、それでは私が年寄りだと言っているように聞こえたが?」

 

話し込んでいる二人の背後からまた別の人物が声をかける。

 

「おっと師匠、今日はお早いようで。おはようございます」

 

「ふん、相変わらず調子のいい。まったく誰に似たんだか」

 

彼女はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。祐たちが話していた件の人物である。

腰より下まで伸びた金髪に碧眼、小柄な体系のかわいらしい少女だが、茶々丸のマスターにして祐の師匠、そして保護者でもあった人物である。彼女にはまだまだ秘密があるがそれはまた別の機会に紹介することになるだろう。

 

「何をおっしゃいますか、ここまで大きくなれたのは師匠のおかげですよ」

 

そう言われるとエヴァはどこで育て方を間違えたか…とひとり呟いた。親の心子知らずである。

 

「ところで師匠、こちらに500円玉を入れたら何故か大量に出てきたペプシがございまして、これに対しての師匠のご意見をいただきたいのですが」

 

「なに?…なんだそれは」

 

自販機を見たエヴァは何とも言えない表情をした。先ほどの明日菜と瓜二つである。

 

「言葉通りですよ師匠」

 

「ふむ、ボタンを押したらこの量が出てきたのか?」

 

「はい、それはもうドバッと」

 

「茶々丸」

 

「はいマスター」

 

名を呼ばれた茶々丸が前へと出てきた。そのまま目から緑色の光線が放たれ自販機を照らしていく。

 

「分析完了。どうやら中の機材の故障により、正しい量の排出ができなくなっているようです。詳しいことは分かりかねますが、外部から強い衝撃と電撃を浴びた形跡が見受けられます」

 

「なんとも野蛮なことする奴がいるもんだ」

 

「電撃というのが少し引っかかるが、まぁいいだろう。機械の故障というのならお前に非があるわけでもあるまい。好きにすればいいさ」

 

「師匠の後押しがあるなら持ってくしかねぇぜ。師匠もいります?」

 

言われた後の祐の行動は素早かった。おそらく最初から自分の行動の後押しが欲しかっただけだろう。

 

「そうだな……たまには飲むのも悪くないだろう。貰うとするよ」

 

祐はどこからか取り出したエコバッグにペプシを詰めていく。その途中で一本をエヴァに渡した。

 

「どうぞどうぞ。あっ、茶々丸もいる?これ」

 

「お気持ちはありがたいのですが、私は…その…少し炭酸飲料が苦手で」

 

「え?可愛い」

 

「えっ?」

 

手の動きを止め、祐が茶々丸の方を見る。当の本人は言われたことに驚いているようだ。

 

「おい馬鹿弟子。人の従者を口説こうとするな」

 

「そんなご無体な師匠。固いことをおっしゃらず茶々丸さんを僕にください」

 

「誰がやるか!間違ってもお前にだけはやらんわ!」

 

「そこをなんとか!この通りです!」

 

そう言いながらバッグを置き、エヴァの尻を触る祐。

 

「どういう通りだ⁉やめんかこの痴漢め!!」

 

顔を赤くしたエヴァのローキックが祐の右足に炸裂した

 

「YES!」

 

そのまま崩れ落ちる祐。蹴られた時のリアクションとしては発言がおかしい気もするがエヴァはスルーした。

 

「全く油断も隙もない…」

 

「茶々丸、俺はいつでも歓迎するからね」

 

右足を抱えて横向きに倒れたまま茶々丸に告げる祐。

 

「あっ、えっと…私はどうすれば、マスター…」

 

「ええい!こいつの話を真面目に受け取るな!話半分に聞いておけ!」

 

「なんとも高い壁だ…でも乗り越える壁は高い方が燃えますよね師匠」

 

「お前は少し黙っていろ!」

 

「すみません師匠!」

 

そう言ってまたエヴァの尻を触る。今度は両手でしっかりと掴んで揉んだ。

 

「きっ貴様ぁああ‼︎今度はゆるさんぞ!後悔させてやる‼︎」

 

「これが代償というのなら、受け入れましょう。俺を糧にして最近流行りの暴力系ヒロインとなってください」

 

「相変わらず訳が分からんなお前は!こんな子になってしまって私は悲しいぞ!」

 

「マスター、落ち着いて下さい。コーラがこぼれてしまいます」

 

早朝からなんとも騒がしい光景が広がっていた。

 

エヴァからの折檻を受けた祐はペプシを持って帰り、冷蔵庫で一旦冷やしてから一式を持って学校へと向かった。



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麻帆良の朝は熾烈を極める

麻帆良学園都市

 

それは埼玉県麻帆良市に存在する。

明治初期に創設されたこの学園は幼等部に始まり、果ては大学部までを網羅する一大学園都市である。すべての学術機関が一つの土地に集まっており、敷地内の面積は莫大な広さを誇る。多くの学生が在籍するこの学園は、朝の登校時に大混雑を起こし、一種の名物にさえなっているほどである。本日も遅刻をするまいと、大勢の生徒たちが通学ラッシュを乗り越えんとしていた。

 

そんな朝の風景を取材するべく、ニュース番組が麻帆良学園にやって来ていた。生放送のこの番組は間もなく中継が始まり、この麻帆良学園の通学ラッシュをお茶の間に届けることになっている。

 

「まもなく中継入ります!」

 

テレビスタッフの声が響く。レポーターの女性はマイクを持ちカメラの前に立つ。耳につけたイヤホンからスタジオの音が流れ、レポーターの女性の名を呼ぶ声が聞こえていた。

 

「はーい!こちら現場の中野です!私は今まさに通学ラッシュ中の麻帆良学園に来ています!ご覧ください、物凄い数の学生さんが学校を目指して駆けていきます!」

 

言葉と共にカメラの前を学生たちが通過する。一目散に駆けていく生徒もいれば、カメラに気付きピースサインを送る生徒もいる。

 

「噂には聞いていましたが、想像以上の光景です!通り過ぎていく生徒一人一人が活気に溢れています!私にもあんな時代がありました!」

 

レポーターの私情が挟まったような気もするが、中継は順調に進んでいく。

 

「出来ればどなたかにインタビュー出来ればいいのですが…」

 

レポーターが取材に応じてくれそうな学生を探し始めるが、怒涛の勢いで流れていく生徒たちはなかなか捕まらない。そんな中、カメラに気づかずに小走りで前を通り抜けようとした少女にレポーターは声をかける。

 

「すみませーん!今お時間よろしいですか?」

 

「はーい?なんですか?」

 

声をかけられ少女は足を止める。見るからに天真爛漫といった風貌で、オレンジ色の髪をツインテールにし、後ろを二本の三つ編みでまとめるといった特徴的な髪型をした少女だった。

 

「あれ、カメラ?あ〜!もしかして取材ですか!」

 

「そうなんです!現在生中継で麻帆良学園の通学ラッシュをレポートしているんです!」

 

「にゃはは〜、今日はいつも以上にセットに気合い入れといてよかった〜!」

 

声をかけた時から笑顔を絶やさず明るく答える少女。取材スタッフ、そしてテレビの前の男たちは瞬間恋に落ちた。いつの時代も男とは単純なものである。

 

「通学中にすみません、少しだけお時間よろしいですか?」

 

「もちろんですよ!あっ、自己紹介します!名前は椎名桜子!所属はチアリーディングとラクロス部で、もうすぐ16歳になりま〜す!」

 

右手を上げて元気よく自己紹介をする桜子。レポーターの女性は桜子のパワーに若干引いている。

 

「す、すごい元気な生徒さんですね…それでは早速なんですが、通学時に苦労したことなどありませんか?」

 

「う〜ん、そうですねぇ。ギリギリに行こうとすると今以上にブワ〜っと人が来るんで、そういう時は大変かなぁ」

 

「今以上にですか⁉︎それは凄そうですね」

 

[オッハー!オッハーー‼︎]

 

(…?)

 

なにやら少し遠くで背の高い男子学生を中心に騒いでいるが、これだけ学生がいればそういうこともあるだろうとレポーターは気にせず、インタビューを続けることにした。

 

「これだけ勢いがあると、お怪我などされないか心配になりますが」

 

「初めのうちは私もそう思ってたんですけど、なんだかんだみんな優しいので誰かが怪我をしたとかは聞いたことがないですね〜。実際私は一度も怪我をしてませんし!」

 

「なるほど。急いでいても、皆さんちゃんと思いやりを持った行動をされてるんですね!」

 

[ペプシだよ兄さん!そこの君も、どでかくいこうよペプシだよ!]

 

「通学中にありがとうございました!勉強頑張ってくださいね!」

 

「はーい!今日も一日頑張りまーす!」

 

「あっ、いたいた。やっと見つけたよ桜子」

 

「も〜、目離すとすぐどっか行くんだから」

 

そろそろ時間なのでインタビューを切り上げようとしたところ、後ろから2人の少女がやってくる。おそらく会話的に桜子の友人であろう。一人は黒髪に切り揃えられたショートヘアの少女、もう一人は紫がかったピンク色におでこを出したロングヘアーの少女だった。

 

「にゃはは、二人ともごめんごめん」

 

「まったく、ってなに!カメラ⁉︎」

 

「桜子!あんた取材受けてたの⁉︎」

 

「ふふーん、その通り!」

 

[ほら!テレビの前のペプシも歌えよ‼︎]

 

ドヤ顔で腰に手を当て胸を張る桜子。それを聞いた二人は急いでカメラの前に陣取る。

 

「はじめまして!私、釘宮円です!」

 

「どうもー!柿崎美砂でーす!」

 

「あの〜、もうすぐ中継終わるんですけど…」

 

レポーターが申し訳なさそうに声をかける。

 

「え〜!まだ自己紹介しかしてないのに!」

 

「えーと、何か言っときたいことは…」

 

[後ろの方!どうなんだよ人として‼︎]

 

「あ、あはは〜…ご覧のように麻帆良学園の生徒さんは元気いっぱいのようです」

 

なんとか締めに入ろうとするレポーター。

 

「やばっ!インタビュー終わっちゃうよ!」

 

「あっ!私たち、まほらチアリーディング部なんでよろしくお願いしまーす!」

 

「「「麻帆良学園でまってま〜す!」」」

 

[雪広あやか!雪広あやか見てるか‼︎小林さんありがとう!Flash‼︎]

 

「あえ」

 

何か言おうとしたレポーターの言葉が途切れ、なんとも締まらない形で生中継は終了した。後ろで騒いでいた背の高い男子学生はいつの間に消えていた。

 

 

―――――――――――――

 

 

一仕事終えたテレビスタッフ達は帰路についていた。ロケバス内でスタッフ達は今朝の出来事の話をする。

 

「いやぁ、それにしてもすごいパワーだったな」

 

「ほんとですねぇ、私圧倒されちゃいました」

 

レポーターとカメラマンの男が話していると、マイクを担当していた男が声をかける。

 

「でも今時の子達って言い方悪いかもしれませんけど、もっとすれてる印象でしたよ」

 

「確かにな、最初の子なんて妙に素直な子に見えたよ」

 

「まぁ、あれだけ数が多ければそういう子もいるんですかね?」

 

かもしれませんねと激動だったインタビュー中のことを思い出し、レポーターが苦笑いをする。

 

「あれだけいると有名人とかアイドルとかいそうだよな」

 

「あ〜、なんかいるらしいっすよ」

 

ふと漏らしたカメラマンの言葉にマイク担当が応える。

 

「なんだ、そうだったのか。ちなみに誰だ?」

 

「日本有数の財閥のお嬢様だったりご子息だったりその他諸々、アイドルの方は僕が聞いたのだと、まだ全然有名じゃない駆け出しの子ですけどね」

 

「なんだそうか」

 

まだ駆け出しと聞いて興味が薄れたのかカメラマンは缶コーヒーを口にする。

 

「なんて名前の子なんですか?」

 

レポーターは興味があるのかマイク担当に名前を聞く。

 

「なんて言ったっけな?え〜と、あ…あ〜」

 

「なんだ、あ~って?」

 

「いや、確か苗字が〔あ〕からだったんですよ。なんだっけな~」

 

「安達○実?」

 

「先輩古いっすね…てかその人は十分有名でしょ」

 

「古くねぇよ!それに子役の頃じゃなくて俺が安達○実を知ったのは忍ぺんまん丸でだよ‼︎」

 

「なんすか忍ペンまん丸って?」

 

「えっ……嘘だよね…?」

 

「いや、本当に知らないっすよ」

 

「な、中野ちゃんは…?」

 

縋るようにレポーターを見るカメラマン

 

「ごめんなさい、知りません…」

 

「そうか、そうか…」

 

自分がおじさんになっていくことを、まざまざと見せつけられた気がしたカメラマンであった。

 

その後しばらくカメラマンの口数は減った。

 

 

―――――――――――――

 

 

朝の通学ラッシュが最後の盛り上がりを見せる時間帯。

麻帆良学園高等部1年B組の窓から外の様子を眺める少年がいた。

 

「おはようございやす〜」

 

窓から視線を外し、声のした方に向けると親友の一人である逢襍佗祐がこちらにやって来た。

 

「おう祐、おはようさん」

 

「おはよう正吉。なんか見てたけどめずらしい物でもあった?」

 

「いんや、ただ通学ラッシュを見てただけだ」

 

そう言われ、祐は正吉の横から窓を覗く。

 

「おうおう相変わらずやってんな、有象無象どもが」

 

「お前口悪いな…」

 

どこか辛辣な親友の言葉に正吉がツッコむ。中学からの付き合いである親友のこの言動に特に意味がないのはわかっているが。

 

「そういや、さっきまでテレビの取材が来てたって話聞いたよ。なんでもこの朝の風景を撮りに来たんだとか」

 

「テレビの取材?あぁ、そういえばそんなことやってたような。騒いでたからよく分かんなかったけど」

 

「また朝から騒いでたのかよ」

 

「だるい朝こそ無理矢理にでもテンションあげていかないと。それにみんなノリがいいから、つい楽しくなっちゃうんだよね」

 

確かにこの麻帆良学園の生徒は異常なほどのノリの良さがある。校風なのか、たまたま集まってきた生徒がそういう連中だったのかはわからないが。正吉もこの学園のノリは嫌いではなかった。

 

「それにしても朝の風景を取材ね、世の中平和になったもんだ」

 

「確かにな。ここ数年は番組でそんなこと取り上げるなんてあまりなかったよな」

 

「ここ数年がおかしすぎたんだよきっと。まぁいろいろと騒がしすぎた。いいじゃない、地域の日常を取材する世の中。こうあるべきだと思うね俺は」

 

荷物を自分の机におきながら、祐がしみじみといった様子でつぶやく。

 

「なんだよ祐、年寄みたいだな」

 

「よせよ、花も恥じらう16歳だぞ」

 

「お前の16歳じゃ花は恥じらわないと思うぞ」

 

たわいない会話を続ける2人。他のクラスメイトも続々と教室に集まってくる。そんな中、祐がふと思い出したようにバックからペットボトルを取り出す。

 

「なんだそれ?」

 

「自販機で買ったら大量にもらったやつ。良かったらどうぞ」

 

「おお、わるいね、ありがたく頂戴するわ」

 

もらったという言葉が少々引っかかったが、祐から受け取る正吉。ペットボトルは程よく冷えていた。

 

「なぁ、もしかしてその自販機って、お前が前に突っ込んだことがある噴水公園のやつか」

 

「そうだけど、なんでわかった?」

 

ああやっぱりと声を出し、正吉は祐の質問に答える。

 

「あそこの自販機、壊れてるって噂になっててさ。それでこの前俺見ちゃったんだけど…」

 

「焦らすね、見ちゃったってなにをさ?」

 

もったいぶる正吉の言い方に興味を魅かれたのか、祐が続きを催促する。それに正吉はニヤッと口角を上げ、続きを口にする。

 

「お嬢様学校で有名な中等部の女の子が、その自販機にハイキックかましてるのを」

 

「えぇ…最近の中学生は物騒だな」

 

「ちなみにミニスカートだったんだが、下に短パン履いてた」

 

「最悪じゃん、そういうの良くないよ。スカートの下にズボン履くのは最悪だよ」

 

「お前ならそう言ってくれると思ってたぞ友よ!」

 

そう言って正吉は祐の肩に手をのせる。祐は当然だろといった表情をしている。アホである。

 

「でも驚きだ、リリアンの生徒ってそんなことするんだ」

 

「あー、違う違う。確かにお嬢様学校で一番有名なのはそこだけど、あそこの生徒じゃなかったよ。制服が違った」

 

「あっ、何だそうなの?あの膝下まで伸びてるスカートをミニまで折り曲げて、そんでハイキックしてるの想像してたわ」

 

「……」

 

「……」

 

「アリだな」

 

「だろう?」

 

二人はしばらくその話題で盛り上がった。



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変わった世界

朝のホームルームがまもなく始まろうとする時間。麻帆良学園高等部一年A組のクラスはいつも通り思い思いに過ごしていた。友人とのおしゃべりに興じるもの、読書を楽しむもの、にぎやかな空気に我関せずを決め込むものなど様々だ。

エスカレーター式である麻帆良学園は、中高と基本的にクラス替えが行われない。ここにいる一年A組も中学生時代を合わせれば、もう四年目の付き合いだ。勝手知ったるクラスメイト達に代わり映えを感じないが、どこかそれが心地よいと感じている。一部を除いてはだが。

 

和やかな空気が流れる教室で、一人真剣な顔で席に着く生徒がいた。このクラスの委員長にして財界を仕切る財閥の令嬢、雪広あやかその人だった。

 

「どうしたの委員長?そんな顔して」

 

あやかから見て左側の隣の席に座る朝倉和美が声をかける。視線は前に固定したまま、あやかは静かにつぶやいた。

 

「遅いのです…」

 

「えっ?」

 

「ネギ先生が!いつもより!到着が遅いのです!」

 

「あ~…」

 

藪蛇だったかと和美は声をかけたことを後悔した。どうせネギ先生の事だろうとは思っていたが、内容のしょうもなさに呆れた顔を隠そうともしていない。もとから少しぬけているところがあるが、我がクラスのおこちゃま先生が絡むと普段以上にポンコツになるのがあやかの難点であった。だか声をかけてしまった手前、ここで会話を断ち切るのもなんだか悪い気がしたので話を続けることにした。

 

「言ってもまだホームルームの時間になったばっかじゃん」

 

「ネギ先生はいつも5分前には教室についているではありませんか!」

 

「今までだって少し遅れたことはあったでしょ?なんで今回に限ってそんな心配してるのよ」

 

「いいんちょは過保護すぎるよね〜」

 

話を聞いていたのかあやかの右隣に座る桜子が話に入ってくる。

 

「何をおっしゃいます!先生と言えどネギ先生はまだ子供、ただでさえ明日菜さんをはじめとした問題児だらけのこのクラスを任されているのです。きっと毎日心労が絶えない事でしょう…あぁ!おいたわしやネギ先生!」

 

「悪かったわね問題児筆頭で…」

 

「まぁまぁ」

 

話に加わる気はないが聞き捨てならない言葉が聞こえて来たので、明日菜は小声で反応する。それを寮の同室にして隣の席の親友、近衛木乃香が宥める。

 

「確かにネギ君はまだまだ子供だけど、なんやかんやで半年ぐらい先生としてやってるでしょ。もう少し離れて見守ってあげてもいいんじゃない?」

 

「そ、それはそうですが…」

 

件のネギとはこのクラスの副担任のことである。本名はネギ・スプリングフィールド、イギリスのウェールズ出身の外国人。教育実習生としてこの学園に赴任し、今年の四月に晴れて正式に麻帆良学園高等部の英語科教員となった。ネギがこの学園にやって来たのは去年の九月。そこからこのクラスの副担任として、担任のタカミチ・T・高畑をはじめとした先生や生徒達に支えられ、紆余曲折ありながらも先生としての仕事をこなして来た。

 

ただし、先ほどから何度も話題に出て来ているように彼は子供である。そう、ネギは何を隠そう先月10歳になったばかりの子供先生なのだ。義務教育や労働基準法に真っ向から喧嘩を売るが如き所業なのだが、特定の人物以外からは驚かれこそすれ、特に問題視されていない。それでいいのか現代日本。

 

「そ〜そ〜、まだ頼りないところはあるけど、そこは年上の女性としてさりげな〜くフォローしてあげないと!」

 

今度はまた別のクラスメイト、鳴滝風香があやかに諭すように言う。言葉通り風香の方がネギより年上で間違いないのだが、彼女の見た目・普段の言動・性格から鑑みるにネギと同年代と言われてもなんら違和感がないため、背伸びをしている少女にしか見えない。

 

「確かにネギ先生は立派に先生としての業務をこなしています。それはこの雪広あやか、誰よりも理解しているつもりです」

 

「ならいいじゃない、委員長は過保護だったから、これからはもう少しネギ君を離れて見守るってことで。はい解決」

 

ぱんっ、と手を叩きこの話題を終わらせようとする和美。しかしそこにあやかが待ったをかけた。

 

「お待ちなさい朝倉さん!確かに少々私はネギ先生に対して気にかけすぎていたのかもしれません。ええ、少々!ですが」

 

少々どころの騒ぎではないと話を聞いていたクラスメイト全員が思ったが、皆口を噤んだ。よくできたクラスメイトである。

 

「なぜ私がそこまでネギ先生を気にかけるのか、それにはきちんとした理由があります」

 

「ショタコンだからでしょ」

 

「朝倉さんお黙りなさい」

 

話の腰を折られ、あやかがジト目で和美を見る。和美はハイハイと両手を上げて降参ポーズをとった。それを見て仕切り直しとばかりにあやかは咳払いをする。

 

「んん!…よろしいですか?そもそも今の世の中いつ何時何が起こるかわからないのです。10年ほど前ならいざ知らず、今の世界はそれほどまでに危ういものです」

 

和美達はあやかの言葉を黙って聞き始めた。気づけばクラスの大半があやかの話に耳を傾けている。

 

「超能力者に魔法使い、幽霊・妖怪・伝説上の生物、怪獣・怪人・宇宙人、挙句の果てには並行世界に多次元宇宙間での侵略戦争!夢物語のようなものばかりですが、全てこの10年に現実で起こったことです」

 

話の途中で和美は一瞬違和感を感じて隣の席に視線を向けるが、そこにはいつも通り誰も座っていない席があるだけだった。再び視線をあやかに戻す。

 

「でもでも、2年ぐらい前に大きな戦いが終わってからは、それまでずっと大きな事件は起こってないよね?」

 

「そもそもその2年前だって日本は比較的平和だったしね」

 

あやかの話に佐々木まき絵が質問を投げかけ、釘宮円が次いで補足を入れる。

 

「甘いですわよ二人とも!今日までが安全だったからと言って、明日も同じように安全とは限らないのです!10年前だって今世界がこんな形になっているなんて誰も想像していなかったはずですわ」

 

確かにと二人は納得した顔をした。

 

「でも頭じゃ理解してるけど、実際私たち直で体験したわけじゃないからやっぱり実感湧かないよね」

 

「私もそうかな〜。いるのは知ってるけど、実際この目で超能力者とか怪獣とか見たわけじゃないし。映像とかでなら見たことはあるけど」

 

「私も映像なら見たことあるよ。怖い怪物とかドラゴンとか」

 

美砂が素直に思ったことを口にすると、早乙女ハルナと鳴滝史伽がそれに続く。

 

「私も実際に見たことはありませんから実感がわかない気持ちもわかります。しかし、今はそういった世界で私たちは生きているのだということをしっかり理解しておく必要があります」

 

(少なくともこの教室に忍者とロボットはいるぞ。なんで誰も言わないんだ?つーか実際どうかはわからんが超能力者みたいな奴らこの街に結構いるだろ)

 

一人心の中でそうつぶやくのは長谷川千雨。彼女は幼少期から麻帆良学園に異常さを感じていたが、ここ以外でも世の中に超常現象が起こり始めた時を境に、深く考えるだけ無駄だと悟ってしまったある意味クラスで一番の達観者である。それでも彼女の性格故、クラスメイトにツッコむことはやめられないが。

 

「今委員長が言った事はごもっともだけど、それとネギ君に何の関係があるの?」

 

和美は一瞬なんの話をしてたのか忘れかけていたが、本題を思い出しあやかに疑問を問いかけた。

 

「つまりですね、今のこの世の中心配しすぎぐらいがちょうど良いと言うことです。少し前にも何やら物騒な事件がそう遠くない所で起こりましたから、ネギ先生に何かあったらと思うと心配で心配で…」

 

「つまり今ネギ君の心配をしてるのも、何か事件に巻き込まれたんじゃないかと心配してるからって事?」

 

「ええ、その通りです」

 

「いやぁ、いくらなんでもそれは…」

 

「委員長流石に心配しすぎやて。ウチ委員長の方が心配や」

 

和美がなんと言えばいいか悩んでいると、あやかの後ろの席に座る和泉亜子が本当に心配そうに声をかける。

 

「大丈夫よ亜子ちゃん。そいつそれっぽいこと言ってネギに近づく理由が欲しいだけだから」

 

「全く…お猿さんだとは思っていましたが、ここまで考え無しだとは。流石に驚きですわ」

 

亜子にそう声をかけた明日菜にあやかが噛み付く。幼馴染の関係である二人だが、幼少期から今まで長らく喧嘩ばかりである。もはやこのクラスの名物の一つとなっている。

 

「なんですって!実際そうでしょ!このショタコン女!」

 

「勘違いも甚だしいですわ!私はあなたと違って常日頃から頭を使って生活しているのです!お分かりになりましてこのオジコン女!」

 

「オジコンって言うんじゃねーー‼︎」

 

言い合いが瞬間湯沸かし器の如くヒートアップし、明日菜があやかに飛び掛かる。ここまでいつもの流れである。

 

「始まったぞ!」

 

「やれやれ〜!」

 

「さぁて今日はどっちが勝つかな?」

 

クラスメイト達が囃し立てる。心配してオロオロしているクラスメイトもいるが、大半は二人のキャットファイトを楽しんでいるようだ。

 

「あちゃ〜、始まってもうた。長いこと続くようなら祐くん呼ぶで〜」

 

「「呼ばなくていい!!」」

 

木乃香が二人に声をかけると、見事なハモリで返してくる。喧嘩するほど仲がいいと言うやつだろうか。

 

[エクスキューズミー‼︎]

 

すると隣のB組から負けず劣らずの騒がしい声が聞こえてくる。そのままB組の主に男子達の大合唱が聞こえて来た。

 

[天海!天海!天海!天海!]

 

「何これ、コール?」

 

「天海って誰だっけ?」

 

「ほらあの子だよ。B組の頭にリボンつけてる子」

 

「ああ、あのアイドルやってるって子だよね?」

 

B組の謎の天海コールに反応するA組の面々。明日菜とあやかも手を止めている。

 

「くそ〜、B組に負けてられないよ!ボク達も何か対抗しないと!」

 

(何と戦ってんだよこいつ…)

 

こちらもB組に謎の対抗意識を持った風香を千雨が冷ややかな目で見た。

 

「大丈夫だって、なんたってうちにはスーパーネットアイドル…『ちう様』がいるんだから!」

 

(明石テメーー‼︎)

 

突如千雨は右隣に座る伏兵、明石裕奈に不意打ちを受ける。実は千雨は日頃の鬱憤を晴らす為、ネットに自分のサイトを作り自らを『ちう』と名乗ってそこにコスプレ写真などをアップしているネット業界ではなかなかの有名人である。しかしとあることをきっかけにその事がクラスメイトにバレたのが運の尽き。その活動自体を揶揄われる事はなかったが、時たまこうやって騒動の中心に引っ張られることが増えた。

 

「そうだった!B組め〜、ボク達のちう様を舐めるなよ〜!」

 

「よーし!こっちもちう様コールだ‼︎」

 

「「「「ちう様っ!ちう様っ!ちう様っ!ちう様っ!」」」」

 

(もういっそ殺してくれ…)

 

千雨は羞恥心から頭を抱え机に伏してしまった。

 

「ちょ、ちょっと皆さん!静かになさい!」

 

「さっきまで取っ組み合いの喧嘩をしていた人がそれを言うのはなんとも滑稽です」

 

「うぐっ!」

 

今まで動向を静観していた綾瀬夕映がぐうの音も出ない正論であやかを殴る。

 

「もう、そんな事やってるとあいつこっちに来るわよ」

 

取っ組み合いで乱れた服を正しながら明日菜がみんなに声をかける。すると勢いよく教室のドアが開かれた。

 

「貴様達の言葉、宣戦布告とみなす」

 

「ほら来た…」

 

そこには額に天海春香と書かれた鉢巻をつけた幼馴染の少年が立っていた。



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彼女はきっと未来で輝く

麻帆良学園高等部一年B組の生徒が朝のホームルームを前に次々に教室に集まってくる。そんな中、頭にリボンをつけた少女が教室に入って来た。名前は天海春香。B組の生徒であり、駆け出しではあるもののアイドル事務所に所属する現役女子高生アイドルでもある。

 

自分の席に進む途中クラスメイト達に挨拶をしていく春香。誰とでも分け隔てなく接する彼女は男女共に友人が多く、クラスの人気者だった。

自分の席に着くと、鞄から荷物を出している隣の席の人物に声をかける。

 

「おっはよ〜う逢襍佗君!」

 

「おはよう天海さん。珍しいね、今日は少し遅めだ」

 

「あはは〜、実はいつも乗ってる電車を今日は逃しちゃって…」

 

「そっか、天海さん家遠いもんね。毎日大変だなぁ」

 

春香が住んでいる場所は神奈川県であり、埼玉県にあるこの麻帆良学園に通学するには一時間以上かかってしまうため、なかなか大変そうである。

 

「確かに楽ではないけど、私そんなに通学嫌じゃないよ」

 

「マジ?誰かに無理やり言わされてない?家族人質に取られてるとか?」

 

「言わされてないよ⁉︎家族も無事だから!」

 

なんだ良かったと言いながら祐は再び荷物を出し始める。いきなり物騒な事を言われて驚いたが、気を取り直して春香も席に座る。すると祐が春香にペットボトルを差し出す。

 

「ん?どうしたのこれ」

 

「大量にゲットしたから良かったらどうぞ」

 

「大量にって、くじでも当たったの?」

 

「まぁ、ある意味大当たりしたかな」

 

よくわからないがせっかく貰えるのなら貰おうと春香はペットボトルを受け取る。

 

「ありがとね」

 

「いえいえ、いつもお菓子貰ってることに比べたらお釣りが来まっせ」

 

お菓子作りが趣味である春香は時折学校に手作りのお菓子を持ってくる。友人達に配っていて、祐は春香が作るお菓子が好きだった。

 

「こちらこそ、いつも美味しそうに食べてくれて作った甲斐があるよ」

 

毎回お菓子を美味しそうに食べる祐を見ていると、なんだか餌付けしているように感じる事は黙っておこう思った。それからも二人で話していると、こちらに正吉がやって来た。

 

「妬けるねぇ祐。我らがマドンナ天海春香さんを独り占めするとは」

 

「おはよう梅原君!あと煽てたって今日はお菓子出ないよ?」

 

「おっと、そんなつもりはなかったんだが。まぁそう言うことにしておくか」

 

「正吉」

 

「なんだ?」

 

「悔しいのう」

 

「あっ、今俺すっげぇむかついた」

 

「ふふっ」

 

そのあと3人で少し話していると、正吉が本日提出する課題のやり残しを思い出して急いで自分の席に戻っていった。少ししてそちらを見てみると、祐のもう一人の親友兼幼馴染の少年に課題を見せてもらっているようだ。そこにいつの間にか肩ぐらいの長さで強めの癖毛を持ち、ワイシャツの上にカーディガンを着ている少女もちゃっかり課題を見せてもらっている。まぁ、それはいつものことなのでさして気にしないことにした。

 

「そう言えば、この間のデパートの仕事だっけ?あれどうだったの」

 

「うん、ばっちりこなしてきたよ!と言っても着ぐるみの人と一緒に風船配る仕事だったけどね…」

 

アイドル関係ないよねと自虐気味に春香は笑った。そう言われた祐は悩んだ様子で腕を組む。

 

「どうしたの?」

 

「あ〜、芸能界や社会のことなんて何も知らない俺がこんなこと言っても説得力ないか…いや、敢えて言おう。積み重ねだよ天海さん」

 

「積み重ね?」

 

「うん、昔イエローマンが言ってたんだ。小さい仕事ができないヤツに大きな仕事は頼まないもんだぜって」

 

(イエローマンって誰だろう…)

 

「それに今はまだそうじゃなくても、絶対天海さんはハイパーアイドル…だっけ?そんな感じのやつになるよ」

 

「それってトップアイドルのこと?」

 

「あぁ、それそれ」

 

適当だなぁと言いつつ、春香は笑った。そしてふと少し意地悪な質問をしたくなった。

 

「えぇ〜、なんか信じられないなぁ。どうして私がトップアイドルになれるって思うの?」

 

「そんなの決まってるじゃない。天海さんは輝いてるからだよ」

 

真っ直ぐに言われて春香は少しほうけてしまった。少しずつ思考が戻って来て祐に聞き返した。

 

「か、輝いてるの?私」

 

「輝いてるよ。あっ、物理的にじゃないからね?あともし別の言い方がいいなら煌めいてるでもいいよ?」

 

「そこにこだわりはないかな…」

 

輝いてるなんて初めて言われたかもしれない。まだ彼とは短い付き合いだが、彼は本当に思っている事を言ってる時とそうでない時であからさまに態度が違うのはクラス中が知っているぐらいわかりやすい。今の言葉は前者の方だろう事がわかった。普段何を考えているかは正直未だにわからない事が多いが。

 

「でも、私より綺麗で可愛い子なんていっぱいいるよ?」

 

「それもアイドルとしては重要なんだろうけど、俺の思う輝きの前ではおまけのようなもんだから。なんて言うか…そうだな…」

 

「俺には天海さんがどのアイドルよりも一番輝いて見えてる。一番眩しく見えたんだ。もう眩しくて薄汚れた俺じゃ直視できないレベルで。今は直視してるけどスルーしてね」

 

「だから天海さんはトップアイドルになれるって思ってるよ。ならなかったらそれはこの世界の方が悪い。そんな世界カスだよ」

 

そこまではっきり言われるとすごく照れる。顔が赤くなっていくのが自分でもわかった。

 

「それに心配せずとも天海さんは綺麗だし可愛いって」

 

「うっ…そ、そうかな」

 

「もちろん。みんな!天海さんは可愛いよな⁉︎」

 

「当たり前だよなぁ!」

 

「可愛いに決まっとろうが!」

 

「爆発しちゃうって‼︎」

 

「僕と付き合ってください」

 

「May I help you?」

 

「エクスキューズミー!」

 

いつから聞いていたのかクラスメイトの男子達が一斉に声を上げる。そしてそのまま女子も巻き込んでの天海コールが始まった。各々手を叩いたり拳を突き上げたりしている。

 

「「「「天海!天海!天海!天海!」」」」

 

怒涛の展開についていけず春香はもはやショート寸前である。しばらくコールが続いたそんな時、前のクラスであるA組から同じようにコールが聞こえてきた。

 

[ちう様っ!ちう様っ!ちう様っ!ちう様っ!]

 

「A組の奴らか⁉︎対抗して来やがったぞ!」

 

「なめやがって…カチコミ行ってくるわ」

 

そう言うと祐は鞄から鉢巻を取り出して額に結んだ。鉢巻には天海春香と書かれている。

 

「何その鉢巻⁉︎」

 

春香は思わず聞いてしまった。駆け出しである自分のグッズなんて発売されているわけがないので、あれは祐の自家製だろう。さすが自称ファン一号、ファンの鑑である。

 

「祐!かましてやれ!」

 

「きゃ〜!逢襍佗君ステキ〜!」

 

クラスメイトの悪ノリという名の声援を背中に受け、『漢』逢襍佗祐・出陣

 

「逢襍佗少尉、突貫します!」

 

やけに様になった敬礼を見せて祐がA組へと向かった。クラスメイトも祐に敬礼を返す。

 

「この間は二等兵だったからだいぶ昇進したんだな」

 

クラスの誰かがそう呟いた。

 

一人ぽかんとしている春香に、友人達が声をかける。

 

「いや〜春香、愛されてるねぇ」

 

「えっ!いやぁ、そうかなぁ…えへへ」

 

「多分あいつ半分以上は騒ぎたいだけでしょ…」

 

課題を写していた癖毛の強い少女がそう呟いた。

 

「あはは…まぁ祐ならそうかもね」

 

それに対して自分の課題を写させてあげていた少年が答える。それはこのクラスでは彼と一番付き合いの長い、幼馴染としての意見でもあった。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

「貴様達の言葉、宣戦布告とみなす」

 

「ほら来た…」

 

ところ変わって一年A組。祐がついに敵陣に突入した。A組の後ろのドアに一番近い席に座っていたエヴァは、ちう様コールがかかり始めた時に祐が来るだろうと見越して今は茶々丸を伴ってベランダで二度寝をしている。

 

「来たなーこの裏切り者!」

 

「私たちとは遊びだったのね!」

 

祐の登場に風香と桜子が早速反応する。

 

「何を言う、はなから俺はA組の味方などではないわ、この小娘どもが」

 

「あんた同い年でしょうが…」

 

祐の物言いに明日菜がツッコんだ。

 

「それで、我らがアイドル天海春香に喧嘩を売った命知らずはどこのどいつだ?」

 

「それはもちろん!こちらにおわすちう様だ!」

 

裕奈の声と共にA組の面々がさっと身を引き、未だに机に突っ伏している千雨が祐の視線に現れる。

 

「やはり貴女か長谷川さん、いよいよ現実世界侵略にも着手し始めたんだね…」

 

「私はそんなつもりは微塵もねぇ…」

 

(と言うか侵略とはなんでしょう)

 

紛う事なき彼女の本心であった。そして祐の言動に心で疑問を漏らした夕映。

 

「悲しいよ長谷川さん。確かに俺は天海春香ファン第一号だけど貴女のファンでもあるんだ」

 

「はぁ⁉︎まさかお前私のサイト見てたのか!」

 

突然の告白に千雨は思わず椅子から勢いよく立ち上がった。

 

「ずっと黙っていたけど白状するよ。見てるだけじゃなく、感想をよく書き込みしてる。ハンドルネームは虹を呼ぶ漢です」

 

「あれお前だったのかよ⁉︎」

 

ちうのサイトにはチャットルームや掲示板もあり、そこに毎回欠かさず衣装などの感想を書き込んでいる『虹を呼ぶ漢』という古参勢がいたのだが、それがまさかこんなに近くにいたとは。ちなみに最新の感想は「ちう様のバニー姿最高ナリ〜」である。

 

「し、死にたい…」

 

クラスメイトにばれたときもどうしようかとは思ったが、それでも同性ということ・クラス内だけで話が止まっているのもあって活動は続けていた。自分がちうであることを祐も知っているのは分かっていたが、まさかファンで尚且つ古参勢だったとは夢にも思わなかった。千雨は今人生で一番恥ずかしい気がした。

 

「ほんなら祐くんはどっちのほうが好きなん?」

 

「え?どっちも」

 

木乃香の質問に祐が答える。

 

「あ~!浮気はダメなんだよ!」

 

「そうよ!二股かける男とか本当最低なんだから!」

 

「さすが美砂、経験者が言うと説得力が違うよ」

 

「美空うっさい!」

 

祐のどちらも好き発言にまき絵が反応し、美砂がだいぶ感情のこもった発言をする。それを聞いて春日美空が茶化す。美砂は一年前に付き合っていた彼氏から二股をかけられていた経験があり、それからというものこの手の話題には敏感なのである。

 

「付き合うとかならまだしも、ただ好きなだけだ。そもそも一人しか愛しちゃいけないなんて誰が決めたんだ。俺はたくさんの人に愛を持って接しているだけだ…それの何が悪い!裸だったら何が悪い!」

 

そう言うと祐はその場で前転し始めた。「きゃー!」と悲鳴を上げながらA組がその場から離れていく。攻撃としては効果抜群のようだ。

 

「祐さんおやめなさい!幼馴染として恥ずかしいですわ!」

 

「うるせぇ!ババア!」

 

「誰がババアですか!!」

 

「アッス!!」

 

ババア発言が我慢ならなかったのかあやかがビンタをお見舞いする。どうも祐は攻撃を受けたときに少々おかしな発言をする癖があるようだ。

 

「うら若き乙女に向かってババアとは何ですか!ああもう…あなたといい明日菜さんといい、なんで私の幼馴染はこんなのばかりなんでしょう…」

 

「自分だけまともみたいな発言しないでくれる?」

 

「類は友を呼ぶんだぞあやか」

 

「おだまりなさいおバカ二人!」

 

あやかの発言に明日菜と祐がそう返す。さすが幼馴染と言ったコンビネーションだった。

 

「わかったよ、そんなに納得いかないってんならもう相撲で決着つけようぜ」

 

「意味が分かりませんわ…」

 

突拍子もない発言にあやかが呆れる。

 

「ビビってんの?」

 

「見くびらないでください!いいでしょう、吠え面かかせてさしあげますわ!」

 

あやかの煽り耐性はゼロであった。

 

「よ~し!行司は任せるアル!」

 

「VTR判定は任せるヨロシ」

 

「くーちゃんよく行司なんて知ってたね」

 

「ぎょうじってなに?」

 

「簡単に言うとお相撲の審判のことよ風香ちゃん」

 

勝負と聞いて古菲(クーフェイ)が行司を買って出る。それにどこから出したのかビデオカメラを構えた超鈴音(チャオリンシェン)が続く。行事という単語を知っていたことに感心した村上夏美。風香の質問に答えたのはこのクラスきっての常識人である那波千鶴である。

 

「みあってみあって~」

 

「ん?どうしたあやか?」

 

古菲の声に反応して祐が腰を下ろすが、あやかが何かに気づいたように顔を少し赤くさせた。

 

「いえその…今私スカートでして…」

 

「でしょうね」

 

「いいんちょは祐くんにパンツみられるのが恥ずかしいんだよ」

 

祐がだから何だという顔をしているとハルナがあやかの気持ちを代弁する。

 

「ああ、大丈夫大丈夫興味ないから」

 

「ふんっ!」

 

「アァッ!!」

 

あやかの音速のツッパリが祐に直撃して吹っ飛ぶ。

 

((((よわっ))))

 

ゴムボールのように吹っ飛んだ祐。180を超える身長の祐が一撃で沈めれられたのはあやかが強いのか、祐が弱いのか。

 

「負けた…宮崎さんになら勝てるのに…!」

 

「えっ⁉」

 

「あんた露骨にか弱そうなとこ狙うんじゃないわよ」

 

負け惜しみにすらなっていない発言に明日菜がツッコむ。突然名前を出された宮崎のどかは驚いていた。

 

「じゃあ今度は私と勝負だ!」

 

「よせよ椎名さん、ただじゃすまなくなるぞ」

 

「さっきの試合からなんでそんな発言が出せるんだ…」

 

「考えるだけ無駄だ」

 

桜子が次の対戦相手に名乗りを上げる。それに対する祐の発言に端のほうでその様子を見ていた桜咲刹那が疑問を浮かべた。横にいた龍宮真名は興味なさげにつぶやく。正解である。

 

「え~い!」

 

「アァッ!!」

 

((((やっぱよわっ))))

 

またも同じように負ける祐。さながらリプレイ映像である。

 

「なぜでしょう、普通に考えて逢襍佗さんの体格なら力負けするはずがないのですが」

 

「きっと遊びたいだけなんだと思う」

 

「相変わらず祐殿は相手を自分のペースにはめて転がすのがうまいでござるな」

 

「物理的には転がされていますがね」

 

負ける祐を不思議に思う葉加瀬聡美に大河内アキラはそう返す。祐の身の振り方を見て長瀬楓がそう零し、夕映が一言告げた。

そのままA組にかわるがわる転がされ続ける祐。祐はその後四葉五月に助けを求め、頭をなでられた。非常に情けない。

 

ちなみに最後に勝負した明日菜は祐が普通に投げ飛ばし、その後ビンタされた。

 



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Trigger

場所は麻帆良学園高等部の教員室。朝のホームルームを控えた時間帯に教員全員が収集された。生徒の数に比例して教員の数も多く三十人以上が教員室に集まっている。普段は一日の日程などを軽く確認する程度だが、今日に限っては教員室は少し緊張感がある。というのも突然学園長からの通達があるといわれたからである。

 

「急に学園長からのお話があるなんて珍しいですね」

 

「そうだな」

 

「最近越谷であった事件のことですかね?」

 

教員の一人である、いかにも人がよさそうな見た目をした瀬流彦(せるひこ)は周りの教員たちに声をかける。それにオールバック・サングラス・そして髭を生やしたダンディな男、神多羅木(かたらぎ)が言葉少なく答える。次いで答えたのは眼鏡をかけた黒人の男性ガンドルフィーニ。

 

「ふむ、あの市民館が爆破された事件か」

 

そう答えたのは高等部の学園広域生活指導員である新田。

 

一か月前、埼玉県越谷市の市民館が何者かによって爆破される事件が起こった。犯人はいまだ捕まっておらず、その市民館も大きめの龍の銅像が置かれている以外は特に何の変哲もない場所だったため動機もわかっていない。

 

「よくわからない事件でしたよね。なんであえてあそこを爆破したのか」

 

「あの銅像は結構有名でしたが、だからと言ってそれだけであそこを狙うっていうのも理由としては弱いですからね」

 

越谷市は数年前日本で初めて龍が目撃された場所だった。龍は人間に対して比較的攻撃的ではなかったこともあって、越谷市は龍の街として知られ数年で至る所に龍をあしらったものが置かれるようになる。その中でも特に有名だったものが爆破されてしまった大きな銅像だった。

 

「なにか龍に恨みでもあったんでしょうか?」

 

「市民館を爆破するようなやつよ?あたしらが考えたところで無駄だって」

 

英語科教員である眼鏡をかけた女性、源しずながそう言うと、彼女の友人であり体育科担当の二ノ宮が答える。

 

「どんな理由であれ爆破事件なんて許せません。軽いとはいえ怪我人だって出たんですから!」

 

「ほんまアホな事するわ。そう言えば小萌先生は銅像見に行きたいって言うてはりましたもんね」

 

「そうなんですよ!せっかく今度見に行こうと思ってたのに!」

 

「だからあの時やけに怒ってたのね」

 

「ち、違いますよ!それはおまけみたいなものです!」

 

事件に怒りを見せる心理学の専門家、月詠小萌に世界史担当の黒井ななこが反応する。二人の話を聞いていた日本史担当の高橋麻耶が合点がいったという様子で小萌に話しかける。三人とも大人の女性であるが、小萌の見た目は十代前半にしか見えずそれをネタによくからかわれたりしていた。今は本当の子供先生がいるが。

 

「……」

 

「どうされたんです高畑先生?」

 

「ん?いや、僕も何が目的だったのかなぁと考えていてさ」

 

瀬流彦に声をかけられたのは一年A組の担任である高畑・T・タカミチである。彼はこの話が始まってからというもの、ずっと考え事をしていたようだ。

 

「タカミチ、この事件のこと何か知ってるの?」

 

次に周りに聞こえないよう小声でタカミチに話しかけたのは、今最も麻帆良学園で話題と言ってもいい子供先生のネギだ。二人はネギが日本に来る前から知り合いであり、ネギにとってタカミチは教師内では一番信頼している相手だった。それと同時に二人はある理由から行動を共にすることも多い。

 

「いやこの件については何も。ただ…」

 

「ただ?」

 

「なにか嫌な予感がするんだ。うまく言葉にできないけどね」

 

「嫌な予感…」

 

タカミチの話を聞いてネギも考えるしぐさをとる。

 

「ふ~む、今日もネギ先生は悩める少年をやっておりますな」

 

「何言ってんのよ大河…」

 

それを離れたところで見ていた英語科教員の藤村大河の言葉に麻耶が反応する。

 

「藤村先生はやっと年下の先生が来てうれしいんやろ?」

 

「その通り!何を隠そうこの藤村大河、この高等部教員で最年少でしたから後輩ができてうれしいのであります!」

 

「その口調は何なんですか…」

 

ななこに対して元気よく答える大河。その高いテンションに小萌が困惑する。

 

「前から思ってたけど、大河のそういうところ逢襍佗君と似てるわよね」

 

話を聞いていた二ノ宮がふとそう口にした。

 

「あぁ、なんかわかる気がします」

 

「え~、そうですか?そんなこと思ったことないですよ」

 

瀬流彦は同意するが大河本人はいまいちピンと来ていないようだ。

 

「突拍子もないこと言うところとかそっくりよ」

 

「担任の先生が言うんだから間違いないですね」

 

祐の担任である麻耶がそう言うと、しずなが笑顔でそれに続く。

 

「そうかなぁ、ネギ先生はどう思う?」

 

「へっ?ぼ、僕ですか!?えーっと…なんとなくわかる気がします…」

 

「あれ?まさかの満場一致?」

 

いきなり大河に話を振られたネギは少し驚いて答える。それを聞いて周りを見回す大河だったが、どうやら反対意見はないようだ。そんな話をしていると教員室のドアが開く。入ってきた人物を見て全員が背筋を伸ばした。

 

入ってきたのはこの麻帆良学園都市のトップである『学園長』近衛近右衛門(このえもん)であった。近衛という名字からもわかるようにA組の近衛木乃香の祖父でもある。近右衛門は教員たちの前に立つと口を開いた。

 

「集まってもらってすまんの。それと少し遅れてしまって申し訳ない。ちょっと立て込んでしまってな」

 

そうあいさつするとコホンと咳ばらいをし、話を始める。

 

「では本題に入ろうかの。皆も知っての通り一か月前に越谷市で起きた爆破事件じゃが、先ほど別の場所でも同じような事件が起きた」

 

その言葉を聞いて教員達がざわめく。その反応は予想していたのか近右衛門はそのまま続きを述べる。

 

「場所は神奈川県にある博物館だそうじゃ。そこがどんな場所だったのか、同じ者たちの犯行なのかそれとも模倣犯なのか、そして怪我人などの詳しいことはまだ何もわかっておらん」

 

先ほどと違いしんと静まりかえる教員室。各々が苦い顔をする。

 

「前回起きた場所よりもここから離れたとはいえ、こうも立て続けに起こっては油断はできん。この後のホームルームで各自生徒たちにこの事を伝えてほしい。また、今後しばらくは先月と同じように登校時・下校時の見回りを行っていくつもりじゃ」

 

近右衛門は教員たちを見渡す。全員が真剣な顔つきで近右衛門を見ていた。

 

「二年前の多次元侵略戦争の終結から大きな事件は起きていなかったが、いまだ世界は不安定なままじゃ。今の平和がいつまでも続くとは限らん。各々それを心しておくようにの」

 

教員たちが近右衛門の言葉に頷く。

 

「それと、生徒たちには落ち着くまでは極力遠出を控えるようにも伝えてほしい。生徒たちや諸君らには負担をかけるが、これも生徒たちのため…よろしく頼む」

 

そう言うと近右衛門は頭を下げる。それを見て教員たちは『はいっ!』と強く返事をした。

 

「さて、長くなってしまったの。それでは諸君今日も一日よろしく頼むぞ」

 

それにまた教員たちは返事を返すと、担当を持つ教師たちは各教室に向かおうとする。そんな時上の階から騒がしい声が聞こえてくる。

 

「この声はA組か、それと…逢襍佗だな」

 

ベテラン学園広域生活指導員である新田が、眉間にしわを寄せながら騒ぎの人物たちに当たりをつける。

 

「「「毎度申し訳ございません…」」」

 

担任であるタカミチ・ネギ・麻耶が頭を下げる。

 

「フォフォフォ。なに、元気があって大変よろしい」

 

印象的な笑い声を出して近右衛門はそう言った。

 

「まったく能天気な子らやなぁ」

 

「ふふ、でも私は好きですよ。元気をもらえますから」

 

「少々元気すぎる気もしますけどね」

 

「若いんだから元気すぎるぐらいがちょうどいいですって!」

 

呆れたように言うななこに、笑顔で返すしずなと小萌。そしてこちらも笑顔で続く大河。

 

「藤村先生が言うと説得力がありますね」

 

「瀬流彦君、それは褒めているのか?」

 

「何とも微妙なところね」

 

「フッ」

 

瀬流彦の言動にガンドルフィーニが疑問を抱き、二ノ宮がそう言うと神多羅木がクールに笑う。

同僚たちの会話にタカミチは苦笑い、ネギは恥ずかしそうに顔を赤くし、麻耶はため息をついた。

 

それからタカミチ・ネギ・麻耶が教室の近くに着くと、そこには「勝った~!」と盛り上がるA組と五月に頭をなでられている祐の姿があった。よくわからない光景に三人は顔を見合わせて首をかしげるのだった。

 




平和を享受する者
心せよ
脅威は常に陰に潜む
揺れる世界
崩れる事はいとも容易い
温もりの日常は遥か彼方
今或るものは不確かな明日
争い呼び覚ますその弾丸
止めることは最早叶わぬ

引き金は既に引かれている


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着実に針は進む

「それでは今日はここまでとします」

 

「起立」

 

ネギがそう言うと学級委員長であるあやかが号令をかけ、それに従って生徒達が席を立つ。

 

「礼」

 

「「「「ありがとうございました」」」」

 

四時間目の授業が終わりを告げた。この後は昼休みとなるため普段であれば生徒達の表情は明るいのだが、今日に限っては少し違っていた。

 

「あ〜あ、事件のせいでまた窮屈になるよ」

 

「ほんとネ、また部活の時間が減ってしまうヨ」

 

裕奈と古菲が不満を口にする。朝のホームルームでタカミチ達から爆破事件がまた起きたと報告を受けた。それと同時に少なくとも一週間は部活動は中止で、学校が終わり次第そのまま下校すること・事態が落ち着くまではなるべく遠出をしない事も伝えられる。部活動を積極的に行なっている二人にとっては歯痒い話であった。

 

「越谷のがようやく落ち着いたって言うのに、また逆戻りだもんね」

 

「全くいい迷惑だわ、青春は有限だって言うのにさ」

 

「そうよ!青春にだって締め切りがあるんだから!」

 

「締め切りって…」

 

ハルナと美砂も爆破事件にはお冠のようだ。実際越谷での爆破事件の際も学園は今と同じ姿勢をとった。その状態がようやく落ち着き普段通りの生活に戻ったと思った直後にこれでは不満も出るのは当然だった。

 

「そんなこと言っても仕方ないでしょ?実際起こっちゃったんだから」

 

「そうだけどさぁ、明日菜だってムカつくでしょ?」

 

「そりゃ私だってムカついてるわよ」

 

「なんたって部活がないと高畑先生との甘い時間が過ごせないもんね」

 

「あんたねぇ…」

 

明日菜本人も憤りは感じている。全くもって余計なことしやがってと犯人がいたら飛び蹴りを喰らわせてやりたいところだ。しかし学園側は安全第一の姿勢を取るしかないことは理解している。なんせあの学園長のことだ、今回も生徒のために動いているに違いない。そう考えると思うところはあれど納得するしかなかった。

 

「でも参ったなぁ、今週はアウトレットに行くつもりやったのに」

 

「あ~、あの彩湖に出来たやつ?私まだ行ってないなぁ」

 

「私は出来てすぐに行ったけど、その時はかなり混んでたわ」

 

木乃香が言ったのは半年前に埼玉県の彩湖(さいこ)に出来た大型のショッピングセンターのことである。

水辺に面した自然豊かな場所としてオープン当時に比べれば多少落ち着いたものの、未だに客足は衰えていないらしい。

流行に敏感な美砂はオープン間もなくに行っていたが、ハルナはいつか行こうとは思っていたものの、まだ行ったことは無かった。

 

「ウチらも行ったことなかったから、ちょうど用事もあるし明日菜と行こうって話してたんよ」

 

「なるほどね、でも用事って何?桜子の誕生日プレゼントでも買うの?」

 

「それはもう用意してあるえ。行くのは」

 

「ちょっと木乃香!」

 

木乃香が続きを話そうとしたところ、明日菜が慌てて木乃香の口を手でふさぐ。

 

「あはは、ごめんごめん。そういえば内緒やったな」

 

「まったく、気を付けてよね」

 

「目の前でそんなことされるとすっごく気になるんだけど?」

 

「なになに?私の誕生日の話!?」

 

内容を聞こうとしたハルナたちのところに桜子が勢いよく入って来てそのまま美砂の膝の上に座る。美砂は多少よろめきながら仕方なさそうに桜子の腰に手を回した。

 

「はいはい、あんたの誕生日はちゃんとお祝いしてあげるから」

 

「やった~!期待してるからね!」

 

美砂の発言に桜子が嬉しそうに反応する。

 

「仕方ない、特別に桜子には私のパンツをあげる」

 

「え~!いらないよ!ばっちいもん」

 

「どういう意味よ!」

 

ハルナがふざけて言うと予想外に棘のある返答が帰って来て思わず桜子に詰め寄った。きゃ~、とどこか嬉しそうに逃げる桜子。対してハルナは割と本気で桜子を追っている。

 

「でもしばらく遠出は出来へんから、アウトレットに行く予定は変更やなぁ」

 

「言っても電車で二十分ぐらいでしょ?遠出には入んないって」

 

「う~ん、そうなんかなぁ」

 

「そうだって。最悪電車止まっても歩いて帰れる距離だし。私は歩いて帰るのは嫌だけど」

 

「無責任ねあんた…」

 

明日菜がそう言うが美砂は気にせず続ける。

 

「そもそもしばらく待ったところで今より状況が良くなるとは限らないんだしさ。行けるうちに行っちゃったら?」

 

美砂のいう事もわかる気がするので木乃香は人差し指をあごに当ててう~ん、と考える。

 

「明日菜はどう思う?」

 

「え~と、まぁいいんじゃない?用事を終えたらさっと帰ればいいんだし。ゆっくり見るのはまた今度にしてさ」

 

「そうそう。それに今まで事件が起きたところって小さい場所みたいだしさ。さすがにアウトレットは無いでしょ」

 

その後の続報で分かったことがある。爆破された博物館は、今までは空想上の存在と言われていた生物のミイラなどといった少し怪しげなものを展示していた個人経営の小さな博物館だという。幸いなことに観覧客はおらず経営者を含めけが人は出なかったそうだが、建物は半壊・展示物の大半は破壊されてしまった。

 

「責任もって私も付いて行ってあげるから」

 

「柿崎はただ行きたいだけでしょうが」

 

「私も行く~」

 

追いかけっこを終えてハルナに捕まった桜子が、後ろからハルナに手を回された状態でこちらに戻って来る。

 

「それじゃせっかくの機会だし私も」

 

桜子を美砂に渡したハルナが自分の席に座りながら言う。

 

「なんでハルナも来るのよ」

 

「行くなら大勢の方が安全でしょ!二人より三人、三人よりも大勢!」

 

もっともらしいことを言っているがハルナもただ行きたいだけだろうと明日菜は思った。

 

「夕映も行くわよね!」

 

ハルナは右隣の席の夕映にそう声をかける。

 

「私は部活があるので」

 

「少なくとも来週まで部活はお休みよ」

 

「……わかりましたです」

 

用意していた手札を速攻無効化され、行くと言わないと長くなると踏んだ為、ここはハルナに屈することにした。

 

「のどかもつれて来よ~っと」

 

「じゃあ私は円つれて来よ~っと」

 

ハルナと桜子はそれぞれのどかと円の席に行き、状況が分かっていない二人の手を引いてこちらに来る。

 

「ちょっと、なんか大所帯になっちゃったじゃない」

 

「大丈夫やて、しれ~っと買えばばれへんよ」

 

「もう、他人事だと思って…」

 

明日菜と木乃香が周りに聞こえぬよう小声で話す。明日菜たちの目的は何ら恥ずかしいことでは無いのだが、明日菜的には木乃香以外には知られたくない事だった。

 

「よし、これで全員揃ったわね」

 

「パル~、私何も聞いて無いんだけど…」

 

「私も何も聞いてない。誰か説明ちょうだい」

 

連れてきた二人にハルナが事の説明をする。

 

「えぇ~、行っても大丈夫なのかなぁ」

 

「私は別にいいよ。あそこ結構楽しかったし」

 

のどかと円がそれぞれ反応する。

 

「それじゃ心配性なのどかの為に護衛を付ける必要があるわね」

 

「護衛って?」

 

「出来れば男手が欲しいわね。イケメンならな尚良」

 

ハルナの提案に明日菜が質問すると、ハルナが希望を語った。

 

「お、男の人…」

 

「そんな都合のいい人いる?」

 

「そもそもウチら男の子の知り合いそんなおらんよ」

 

「ネギ君は?」

 

「ダメに決まってるでしょ、一応教員なんだから」

 

「というか年下の子に何求めてるのよ」

 

ネギにアウトレットへ買い物に行くことを言えば彼の立場的にも性格的にも間違いなく止めて来るだろうから明日菜に却下された。

 

「じゃあ美砂の元カレ!」

 

「却下」

 

「二股する男の子はちょっとなぁ…」

 

「桜子あんたぶん殴られたいの?」

 

桜子の発言を速攻却下する円に苦笑いを浮かべながら言う木乃香。美砂はマジギレ寸前である。

 

「逢襍佗さんでいいではありませんか」

 

今まで黙っていた夕映がそう口にする。

 

「逢襍佗さんならのどかも他の男性より話せますから適任かと」

 

「あ~、うっかりしとった。ウチも一緒に行くなら祐君がええな」

 

「でも逢襍佗君が護衛で大丈夫?明日菜以外に相撲負けてたよ?」

 

夕映の意見に木乃香は賛同するが、桜子が気になっていることを口にする。

 

「あんなの本気でやってるわけないでしょうが」

 

「そうよ、本気だったらのどかが勝って明日菜が負けるわけないじゃない」

 

「のどかのときはもはや触れた瞬間に吹き飛んでいましたからね」

 

「腕に少し触っただけですごい勢いで倒れちゃったからびっくりしちゃったよ…」

 

美砂・ハルナが桜子にそう返し、夕映とのどかはその時の出来事を思い出す。

 

「むしろ不意打ちとはいえ、明日菜のゴリラパワーに勝ったんだから結構すごいんじゃない?」

 

「ゴリラって言うな!」

 

円のあんまりな言い方に明日菜が反応する。時折A組は明日菜の身体能力の高さをゴリラと称するが本人にしてみれば全くもって不本意であった。

 

「えぇっ!あれって本気じゃなかったの!?もう一回勝負してくる!」

 

「やめなさい」

 

逢襍佗のところに行こうとする桜子の首根っこ部分の制服を美砂がつかんだ。ぐへっ、という声が聞こえるが大丈夫なのだろうか。

 

「そんじゃ護衛として連れて行くのは逢襍佗君ってことで。私からお願いしておくから」

 

「うん、了解」

 

ハルナがそう話を締めると円が返事をする。するとハルナがそういえばと言って明日菜と木乃香に質問する。

 

「いつ行くんだっけ?」

 

「そこが一番重要でしょうが」

 

「今週の土曜日やで」

 

「だそうです」

 

「「「「はーい」」」」

 

(行き当たりばったりです)

 

あきれ顔の明日菜とみんなで出かけるのが嬉しいのかニコニコな木乃香。夕映は計画性の無さに思うところはあったが、黙っておくことにした。

 

「でもさっきの話じゃないけど、逢襍佗君が誰かと戦うイメージ全くわかないわ」

 

「それ私も。喧嘩してるとこなんて見たことないし」

 

美砂の言ったことに円が同意する。実際彼は突然おかしなことを仕出かしたりはするが、本気で怒ったり喧嘩したりすることは無かった。

 

「背が高いし割とがっしりもしてるから力強そうだけどね」

 

「目つきも鋭いので黙っていると怖い人に見えるです」

 

「のどかなんて初めて会ったときはすっごく怖がってたもんね~」

 

「それを見て逢襍佗さんがとてつもなく落ち込んでたです」

 

「あう…だ、だって怖そうな人だなって思ったからぁ…」

 

初対面の際あからさまにのどかが祐にビビっていたので、祐は背を向け膝を抱えて落ち込んでしまった。そのあまりの沈みっぷりに、さすがに悪いことをしたと思い、のどかが恐る恐る祐に歩み寄ったのが彼らの始まりであった。まだ完全に打ち解けたとは言わないまでも、会話程度ならこなせるようにはなった。ちなみに男性恐怖症であるのどかが満足に話せる相手は、タカミチ・ネギ・祐ぐらいである。

 

「そこんところどうなの?明日菜と木乃香は逢襍佗君が怒ったり喧嘩したとこ見たことある?」

 

美砂が彼と付き合いの長い明日菜と木乃香に質問する。それに対し二人は顔を見合わせてから答えた。

 

「喧嘩も無ければ怒ったとこすら見たことないわ」

 

「ウチもや。祐君が怒ってるとこなんて想像もできへん」

 

ふざけて怒ったふりをしたり男友達の肩を叩いたりしているところは見たことがあるが、付き合いが長い二人も祐の誰かを殴ったり本気で怒った姿を見たことは無かった。

 

「明日菜たちでも見たことが無いとなると誰も見たことないんじゃない?」

 

「祐君はもしや博愛主義者だった!?」

 

「それは何というか、違うような…」

 

美砂がそう言うとハルナがわざとらしく芝居がかった言い方をする。それに対して円は違うとは思ったが、的確な言葉が見つからなかった。

 

「となると護衛としてはあんまり期待できないかな?」

 

「逢襍佗君が襲われたら私たちが助けてあげないとね!」

 

「趣旨が変わっちゃってるじゃないの」

 

桜子に美砂がツッコんだ。

 

それからも祐本人が居ない所で話は盛り上がっていく。やはり博愛主義者だとか、実は凄腕の殺し屋だとか、どこかの国のスパイだとか、大穴でどこかの国の王子とか、挙句の果てには宇宙人説まで飛び出した。

 

「……」

 

自分の席で本を読んでいたエヴァンジェリンは、一度明日菜たちの方に目を向けたが何も言わず、再び視線を本へと戻した。



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ごきげんよう 麻帆良の駅にて

土曜日。学校が休みである今日、明日菜達は予定通りアウトレットに向かう。女子寮に住んでいる明日菜と木乃香の部屋にはネギも一緒に暮らしているのだが、ネギは仕事で朝から学校に行っている。もちろんネギには今回のことは秘密にしてあるが、なんだか悪い気がしたのでお土産だけは買ってくるつもりだった。今日はみんなで学園都市内に出かけてくると言ってあるので、そこで買って来たといえば問題ないだろう。

女子寮内で一緒に行くメンバーと合流し、最寄り駅である麻帆良学園都市中央駅へと繰り出した。祐とは駅で待ち合わせをすることになっている。ハルナがラインで連絡したところ、【都合のいい男扱いしやがって!喜んでいかせていただきます!】と返信が返って来たらしい。その後【お泊りセットは要りますか?】との返信も来たが祐がなぜこれを聞いてきたのかハルナには分からなかった。

 

「いや~晴天晴天。こりゃ絶好のお出かけ日和だね」

 

「ちょっとパル、一応お忍びなんだからそこ忘れないでよ」

 

「わかってるわかってる」

 

ハルナに明日菜が注意を促す。学園側から遠出を控えるように言われている為明日菜たちはこっそり寮を出て来ていた。特にあやかに見つかると厄介なため、予定が決まってからはバレないよう細心の注意を払って過ごしてきたつもりである。

 

「でもみんなで出かけるのって久々やな。ウチ昨日からワクワクしてあまり寝られんかったわ」

 

恥ずかしそうに木乃香が言う。木乃香は京都出身のお嬢様で、小さい頃はあまり外に出ることが無かった。だからこそこの麻帆良学園に来て友人たちと出かけることに人一倍の喜びを感じている。そんな木乃香をほかのメンバーは温かい目で見ていた。

 

「あんまりはしゃぎすぎないでよ木乃香、用が終わったら今日はさっと帰るんだからね?」

 

「りょーかーい」

 

気の抜けた木乃香の返事に明日菜は大丈夫かなと不安になった。

 

「もう、明日菜心配し過ぎ。ちょっとぐらい大丈夫だって」

 

「そうそう、心配し過ぎると禿げちゃうよ?」

 

「禿げないわよ!」

 

明日菜に対して美砂と円が声をかける。桜子と木乃香は気が付くと両手をつないで楽しそうにくるくる回りながら前を歩いていた。

 

「幼稚園の遠足か…」

 

「いいじゃん、微笑ましくてさ」

 

二人の姿に明日菜は呆れるが美砂は微笑みながら言った。

 

「逢襍佗さんは今どのあたりなんでしょうか?」

 

「もう駅着いたって。さっき連絡きてた」

 

「お、早めに着いてるのはポイント高いよ」

 

「逢襍佗さんも楽しみだったのかな?」

 

「かもね」

 

夕映がそう聞くとハルナが答える。待ち合わせ時間より早めに着いたらしい祐は円的にポイントが高いようだ。のどかはどこか楽しそうに口にした。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

所変わって麻帆良学園都市中央駅。予定時間より早めに着いた祐は明日菜たちを待っていた。

 

「失礼。少し宜しいかしら?」

 

特に何も考えずぼーっとしていると声を掛けられ、祐は声のした方を見る。そこには前髪をヘアバンドで上げ、どこか和の雰囲気を感じさせる美少女が立っていた。

 

「はい、何か御用でしょうか?」

 

「変な質問でごめんなさい、今こちらにオコジョが来なかったかしら」

 

「えっ、オコジョですか?」

 

祐はまさかの質問に面食らった。オコジョと言えば昔に某しあわせソウなアニメで見たことがあるぐらいだが、彼女のペットであろうか。

 

「すみません、見かけてないですね。失礼ですがペットか何かで?」

 

「いいえ、このあたりを歩いていたら突然出くわしたの。一瞬だったからよく見たわけではないのだけど、真っ白だったしイタチのように見えたからオコジョだろうと思って」

 

「はえ〜、どこかから逃げてきたのかなぁ」

 

「かもしれないわね。その子手癖が悪くて、突然スカートに潜り込んできて下着を取られそうになってしまったの」

 

「なんて奴だ、けしからん」

 

どうやらとんでもないエロオコジョのようだ。かわいらしい見た目にかこつけてそんな非道なことをするとは。それに被害者がこんな見目麗しい女性となれば黙っているわけにはいかない。

 

「許せませんね、見つけ次第然るべき対処を取らせて頂きます」

 

「あら頼もしい。でもいじめないであげて?こんなところに出てきてしまって心細かったのかもしれないわ」

 

「なんとお優しい…もしかしてあだ名は女神様だったりしませんか?」

 

祐の言葉に目の前の女性はきょとんとした顔をしたが、やがてクスクスと笑い始めた。

 

「お上手ね。そんな風に言われたのは初めてよ」

 

「あれま、でもきっと周りの男性は口に出していないだけでそう思ってますよ」

 

「残念ながら周りに男性がいないの。私女子高だから」

 

「なるほど」

 

それを聞いて祐はどこか納得した。彼女の立ち振る舞いを見て、きっとどこかのお嬢様なのだろうと思っていた。おそらく名のあるお嬢様学校の生徒に違いない。

 

「あなたも麻帆良学園都市の生徒?」

 

「はい、僕は…」

 

女性の質問に祐が答えようとすると、彼女が何者かに肩を引かれた。強めに引かれたため女性はそのまま肩を引いた人物の胸の中に納まる。祐がその肩を引いた人物を見ると、そこにはヘアバンドを付けた女性とはまた別ベクトルの美女、ロングの金髪に堀の深い外国人のような女性が立っていた。彼女はそのきりっとした瞳で祐を睨んでいる。睨まれている理由が分からずその女性をぼけっと見つめ返す祐。何とも覇気のない表情に睨んでいた女性は訝しげな顔をした。

 

「あら?ああ、ちょっと待ってね」

 

そう祐に声をかけると、ヘアバンドの女性は金髪の女性の胸から抜け出して彼女と向き合った。

 

「彼はナンパじゃないわ。私からさっきのオコジョを見なかったかって声をかけたの。彼なかなか面白い子だったから、つい話し込んじゃってただけ」

 

事を説明すると金髪の女性から視線の鋭さは消えた。いまだに祐のことは警戒しているようだが。

 

「そう…ごめん」

 

短く謝罪を口にして金髪の女性は背を向けて歩いて行った。

 

「まったく、ごめんなさいね。彼女不愛想だから」

 

「いえ、気にしてません」

 

そこで祐は去っていった女性に一度視線を移し、再び目の前の女性に視線を戻した。

 

「愛されてますね」

 

「愛されてる?」

 

祐の言葉の意味が分からず疑問を浮かべるヘアバンドの女性。

 

「はい、あの人から睨まれてるとき怒りがひしひしと伝わってきましたから。どうでもいい人に対してあんな感情持てませんよ。ぶっちゃけめっちゃ怖かったっす…ゲロ吐きそう」

 

祐はげっそりした表情で膝に手をついた。

 

「ふふ、ただの腐れ縁だと思われてると思っていたけど、可愛いところあるのね」

 

ヘアバンドの女性は離れていく金髪の女性のほうを見ながら言った。

 

「それでもごめんなさい、私のせいで怖い思いさせちゃったかしら?」

 

すると女性は祐の隣にきて背中を撫でる。祐はそれだけで元気になった。単純である。

 

「大丈夫です。今元気になりました。睨まれた分含めてもお釣りきます」

 

「そう、それは良かったわ」

 

上品に笑うと彼女は祐の前に立った。

 

「それじゃ私も行くわね。短い時間だったけど楽しかったわ」

 

「こちらこそ、ご縁がありましたらまたお会いしましょう」

 

「ええ、ぜひ。それではごきげんよう」

 

そう言って彼女は先に行った女性を追いかけて小走りで離れていった。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

明日菜たちが集合時間の三分前に駅に着くと、祐が立っているのが見えた。祐は背が高く目立つのでこういう時に探すのが楽だなと思いながら明日菜たちが駆け寄る。

 

「おっす、お待たせ」

 

「おお、来たか。皆さんお揃いで」

 

「寂しくなかった?」

 

「きれいなお姉さんが相手してくれたから寂しくなかった」

 

「え、幻覚見てる?」

 

「違うわ」

 

明日菜が祐に声をかけ、続けて桜子が話しかける。それに対する祐の返答にハルナが祐の心配をする。主に頭の。

 

「本当にいたんだよ、ヘアバンドをつけたきれいな女性が。帰り際ごきげんようって言われたぞ」

 

「ごきげんようって、そんな挨拶する人実際いる?」

 

「あ~、学園都市にあるお嬢様学校はしてるらしいよ」

 

ごきげんように美砂が反応するが、円は聞いたことがあるらしい。

 

「なんでも上級生のこと様付で呼んだりお姉さまって呼んだりするんだって」

 

「ほんと?なんかコッテコテね」

 

「みんなあやかみたいな感じなのかなその学校」

 

「何その学校、絶対行きたくないわ」

 

「明日菜辛辣やな…」

 

明日菜はあやかだらけの学校を想像して思わずそんなことを口にした。

 

「でもお嬢様学校ってちょっとあこがれるかも」

 

「のどかが行ったらおもちゃにされそうです」

 

「えぇ!?」

 

のどかはメルヘン趣味があったりするのでお嬢様学校に密かに憧れていたのだが、夕映の発言にショックを受ける。ただここにいた全員夕映と同じ意見だった。

 

「まぁまぁ、それは一旦置いておいて早く目的地に行こう!」

 

「そうね、あんまりゆっくりしてる訳にもいかないし」

 

「よーし!それじゃ出発!」

 

「しゅっぱ~つ!」

 

ハルナがいったん話を占めると明日菜がそれに同意し桜子と木乃香が元気に音頭をとる。

 

「行きますわよ!」

 

「何よそれ…」

 

「お嬢様風に言ってみた」

 

「それもうやめて、気色悪いから」

 

「ひでぇ、幼馴染に対する発言かね」

 

「そうですわよ明日菜さん!」

 

「お行儀が悪いでございますよ!」

 

「これしばらく続きそうだわ…」

 

「ええやん、面白そうやえ?じゃなかった。面白そうですわよ?」

 

「無理にやんなくていいわよ…」

 

祐のおふざけに美砂とハルナ、木乃香がのってくる。これからしばらく聞かされる羽目になりそうで明日菜はげんなりした。



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斯くして幕は開かれた

電車に乗り目的地へと出発した祐達。ただ電車に乗ってるだけだが、それだけでも彼らのテンションは高かった。

 

「やべぇ、緊張して来た。俺電車乗るの初めてだから」

 

「なんですぐバレる嘘つくのよ…」

 

「嘘じゃないしん!」

 

「あっ、嘘だ」

 

祐のバレバレの嘘に明日菜が呆れ、語尾の『しん』を聞いて桜子が嘘認定をした。

その後も一行はたわいもない会話を続けていると、あっという間に目的地の最寄駅に着いた。電車に乗っていた乗客のほとんどがその駅で降りていく。駅の出口からアウトレットまでは直接つながっており、5分ほどで到着する事ができる。

 

「オープン当初ほどではないとはいえ、それでも人多いわね」

 

「確かに、まぁアクセスいいもんねここ」

 

オープ当初に来たことのある美砂と円がつぶやいた。

 

「まさに人の波と言うやつですね」

 

「ひゃ〜、ぼーっとしてると逸れちゃいそう…」

 

「手繋いでおこっか?」

 

「うん、お願い」

 

「はいはい。ほら、夕映も」

 

「まぁ、この方が確実ですか」

 

人の流れていく光景を見て夕映とのどかが感想をもらす。それを聞いてハルナがのどかに手を伸ばすと、のどかは迷わず手をとった。ハルナは夕映にも手を差し出すと、夕映もその手を握った。

 

「あらあら、見せつけてくれちゃって」

 

「これはチア部も負けてらんないね!」

 

「言うと思った」

 

そう言ってチア部の三人も手を繋ぐ。

 

「この流れはウチらも乗るべきやと思わへん?」

 

「いや、なんでよ」

 

「もう、そないなこと言わんと。なぁ〜祐君」

 

木乃香がそう言いながら祐の左手を握る。

 

「淑女にここまでされて黙っていては男が廃る。ほら明日菜」

 

そう言って祐が右手を明日菜に差し出すと、それを見て顔を赤くした明日菜が後ろに飛び退く。

 

「ちょ、ちょっと!私はいいわよ!」

 

「えっ、俺の手ってそんな汚い?」

 

「いや、そうじゃなくて…あ、あんたは恥ずかしくないわけ⁉︎」

 

「全然?」

 

なんて事ない顔で祐が言う。

 

「初等部の頃はよく手繋いで歩いとったやろー?」

 

「いつの頃の話してんのよ…」

 

確かにその頃は三人でよく手を繋いでいたが、それは小さい頃の話だ。今も変わらず手を繋げる木乃香と祐の方がおかしいと明日菜は思った。すると祐が右手を突き出しながら頭を下げた。

 

「お願いします!私めのことが嫌いでないのであれば繋いでください!」

 

「あんた何してんの!」

 

「明日菜、ウチらのこと嫌いになってしもうたん?」

 

「うっ…」

 

祐は綺麗に腰を90度に曲げてこちらに右手を伸ばし、木乃香は寂しそうな目でこちらを見てくる。恥ずかしさは多分にあるが二人の熱意に折れざるを得なかった。

 

「あーもう!わかったわよ!繋げばいいんでしょ!繋げば!」

 

そう言うと明日菜は祐の右手をとった。

 

「はい!無事トライアド成立です!」

 

「おめでとー三人とも!」

 

「式には呼んでね」

 

「式なんてあげるか!」

 

それを見ていたチア部の3人が祝福を述べる。

 

「僕達幸せになります」

 

「みんな〜暖かく見守ってなぁ」

 

「はぁ、ホントこの二人は…」

 

色々と言いたいことはあったが、明日菜は疲れたのでこれ以上ツッコむのはやめることにした。

 

「な、なんと言うラブ臭…これは使える!」

 

「パル、顔怖いよ?」

 

「青春ですね」

 

そのままアウトレットの入り口に着くまで三グループは手を繋いで歩いた。

 

程なくしてアウトレットへと着いた祐達。チア部の三人以外は初めて訪れる場所に興奮しているようだ。

 

「おー、どんなもんかと思ったけどなかなか良いじゃない」

 

「なんや遊園地みたいな見た目やな〜」

 

ハルナと木乃香が辺りを眺める。休日ということもあって大勢の人で溢れ、お祭りのように活気で溢れていた。

 

「それで、これからどうする?」

 

「各々見たいもの見て回るでいいんじゃない?時間決めといてさ」

 

「そうね、私と木乃香は用事済ませないといけないし」

 

美砂の問いかけに円が答え、明日菜がそれに同意した。

 

「私前に来た時に行ってないとこ行きたーい!」

 

「OK、じゃあ私たちはそうしよっか」

 

「異議なし」

 

どうやらチア部の三人は以前見れなかったところに行くようだ。ここはなかなかの広さを誇るので、隅から隅まで見ようとなるとそれなりの時間がかかる。

 

「そんじゃ私たちは初見だし、特に決めないでゆっくり見てこうか」

 

「うん、色々あってどれから見ていこうか迷っちゃうね」

 

「何か変わったジュースの専門店はないのでしょうか?」

 

ハルナ・のどか・夕映の三人は特に目的を決めず辺りを見渡すことに決めた。

 

「ウチらは行くとこ決まっとるけど、祐君はどないする?」

 

「よし、こういう時はあみだくじだ」

 

木乃香に聞かれた祐はスマホを取り出し、あみだくじのアプリを開いた。

 

「そんなの用意してんの?」

 

「何かと便利なんだよ」

 

祐の画面を覗く明日菜。手際よく設定していき、あみだくじを開始した。

 

「お、木乃香達のところだ。よろしくたのんます」

 

「はいな、一名様ごあんな〜い」

 

「お邪魔します」

 

そう言って頭を下げる祐。明日菜の用事は木乃香以外には話していないが、祐なら問題ないかと明日菜は思った。

 

「それじゃ二時間後にここで。くれぐれも遅れないように」

 

「「「「「はーい」」」」」

 

そう言うと祐達はそれぞれのグループに別れ、行動し始めた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「さーて、まだ見てないとこはどこだったかな〜」

 

そう言って桜子は設置されているマップを見る。

 

「あれ、前こんなのあったっけ?」

 

同じようにマップを見ていた円がある場所を指差した。

 

「ああ、それ?なんかちょっと前に新しいの建てたとか見た気がする」

 

そう言いながら美砂はスマホで調べ始める。

 

「あった、イベント用の会場だって。毎月色んなイベントをそこでやるらしいよ。場所は全部で二つあるみたいだけど、今はまだ見られるのは一つだってさ」

 

「ふーん、今何かやってるのかな?」

 

「あっ、これじゃない?」

 

桜子はマップの横に設置されていたチラシを手に取る。

 

「なになに?異世界生物博物館…何これ?」

 

「面白そう!ここ行こっ!」

 

「えっ、意外と食いついてる」

 

桜子としては非常に興味をそそられたようだ。天真爛漫な彼女はこの10年で世の中に知れ渡った異世界や幻の生物、魔法などに興味津々だった。

 

「いいんじゃない?つまんなかったら速攻別のところ行けばいいんだしさ」

 

「まぁ、それもそっか」

 

「では!いざ異世界生物博物館へ!」

 

美砂の後押しもあり、三人はイベント会場へと向かった。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

イベント会場として作られたフロアには現在、異世界生物博物館と称した展覧会が行われていた。現在稼働中のフロアは一つで、もう一つには展示品が置かれてはいるものの、まだ準備中で中を見ることはできない。そのイベント会場にはなかなかの数の観覧客が入っていた。

 

今の時代、かつてはおとぎ話や空想上のものでしか無かった幻の生物は10年前に起きた次元の変動と共にその姿を表し、滅多に見ることはできないものの一般的に知れ渡る事となった。これらの幻の生物は総称して幻想種と呼ばれる。

この会場にはそういった幻想種に関わるものを展示していた。ユニコーンの角やドラゴンの牙、妖精の写真、幻想種を捉えた映像が流され、その生物の生態などが掲載されている。

 

そんな会場で異様な雰囲気を漂わせる人物がいた。その人物は黒いライダースジャケットとズボン、顔にはフルフェイス型のホッケーマスクを付けていた。体格から見ておそらく男性であろうそれは、何も言わず黙ってこの展示会の目玉の一つである大型ドラゴンの頭蓋骨を見つめていた。その姿に気付いた一般の客はその人物を不審がり、マスクの男の周りだけは人が近寄らない状態であった。異様な人物に気付いた巡回中の警備員は見て見ぬ振りもできない為、致し方なくその男に声をかける。

 

「あの、お客さま。どうかされましたか?」

 

声をかけられたマスクの男は警備員の方に視線を向ける事なく、そのまま声を出した。

 

「なぁ、このイベントはなんのために開かれたんだ?」

 

いきなり質問された警備員は驚いたが、黙っているわけにもいかないので分かる範囲でその質問に答えることにした。

 

「ええっと、確か幻想種について詳しく知ってもらって、もっと身近に感じてもらおうといった経緯だったかと」

 

割と給料のいいバイトだったので日雇として働いているこの警備員は、詳しいことはわからないので流し読みしたパンフレットで覚えていた箇所をそのまま伝えた。

 

「身近に感じてどうなる?」

 

「は?」

 

「身近に感じたらあいつらは俺達に優しくしてくれるのか?」

 

警備員は男の言っていることがよくわからなかった。それよりも面倒な奴が来たなと声をかけたことを後悔していた。

 

「知ったところで何も変わらない。どうせここにいる奴らも本気で考えちゃいない。自分がいつこいつらに殺されてもおかしくないって言うのに…こんなものを見てヘラヘラしてる」

 

そう言うとマスクの男は頭蓋骨の一部に触れて、その部分を握りつぶした。

 

「ちょ、ちょっと!何やってるんだ⁉︎」

 

思わず警備員は男の肩を掴む。かなりの勢いで掴まれたにも関わらず男は微動だにしなかった。周りの客も声を聞き、一定の距離を置いてその様子を伺い始めた。

 

「いつまで平和ボケしてるつもりだ。もうこの世界は前の世界とは違う。大勢の人間が、一瞬で殺されてもおかしくない世界なんだぞ」

 

そう言うと男は警備員の方を向き、距離を詰めていく。それと比例するように警備員は後ずさる。その顔には恐怖が浮かんでいた。

 

「お、お前なんなんだよ!」

 

恐怖のあまり警備員が大声をあげる。その声を聞き、他の場所にいた警備員も集まってくる。

 

「幻想種だけじゃない、変な力を持った奴だって世の中に蔓延ってる。そいつらだっていつ暴走するのかわからない」

 

ついに警備員はその目に涙を浮かべ始めた。集まって来た他の警備員がその異様さに気が付き、男めがけて走ってくる。

 

「それを見ようともせずにヘラヘラしてる奴らがな、許せないんだよ。こんなところに来る奴も」

 

幻想種(こいつら)に生きる場所を奪われた奴だっているのに」

 

「ぐぁっ!」

 

男が警備員の首を左手で掴みそのまま持ち上げた。警備員は身長170前半の成人男性であり体は決して小さくはない。それを男はなんともないように軽く持ち上げたのだ。男の方も同じぐらいの身長である。走って来た他の警備員が男を取り押さえようとするが、まるで壁のようにびくともしない。大の大人が3人がかりでも、である。

 

「これからは、力が無い奴から殺されていく」

 

男は左手に力を込める。首を掴まれた警備員は白目になり泡を吹いている。

 

そしてその瞬間、何かが折れる音がした。やけに響いたその音は、会場を異常なまでの静寂に包む。男を必死で止めようとしていた警備員達も思わず男から手を離す。男は手の力を緩めると、そこから重力に従ってするりと警備員が地面に落ちた。その首はあらぬ方向へと曲がっていた。

 

瞬間、静寂を引き裂くように悲鳴が上がる。その悲鳴に恐怖を煽られた観覧客が一斉に出口へと走る。パニック状態となった会場では男が他の警備員の一人を投げ飛ばした。片手で投げられたのにも関わらず、警備員は数メートルほど飛ばされ、展示物に突っ込み、崩れた展示物の下敷きになる。

残り二人の警備員はその場から逃げ出そうと背を向けるが、頭を掴まれ、そのまま地面に顔から叩きつけられた。左側の警備員はその衝撃で頭が割れたのかその時点で絶命した。右側の警備員は絶命こそしなかったものの、意識は朦朧としており、もはやその命は風前の灯であった。

 

まだ僅かに息のある警備員の後頭部を掴んだまま男は歩き出す。

 

「俺たちは警告した。だが誰もそれに耳を傾けようとしなかった。だからこそ聞かせる必要がある。聞こうとしない、耳を塞いでいる奴にさえ聞こえるやり方で」

 

そう言うと掴んでいた警備員をドラゴンの頭蓋骨に向けて放り投げる。

 

「世界は変わった。だから俺達も…変わらなきゃいけない」

 

投げられた警備員はドラゴンの頭蓋骨に付いていた牙に腹部を貫かれる形で息絶えた。

 

それは宛ら、ドラゴンに捕食された犠牲者に見えた。



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同じ気持ちで

明日菜と木乃香について行くことになった祐は、二人に行き先を尋ねる。

 

「それで、今から行くとこはどんなとこなの?」

 

一歩前を歩く木乃香が祐の方を向いて答える。

 

「オリジナルのペンダントを作ってくれるとこやえ。自分で好きな色の石を選んで、そこから形を選べるんやて」

 

「はへ〜、でもそれすぐ出来るもん?」

 

「確か二十分から三十分くらいで出来上がるらしいえ」

 

「そりゃ凄い。最近の技術は大したもんだな」

 

現代の技術に祐は感心した。そしてその流れで一番気になっていたことを明日菜に聞く。

 

「あやかの誕生日プレゼントだろ?」

 

「…やっぱわかってたか」

 

明日菜はチラッと祐を見た後、再び視線を前に戻しながら言った。

 

「祐君も聞いとったん?」

 

「いや、この間あやかの誕生日について明日菜と話したからさ。たぶんそうかなって」

 

少し前に祐と明日菜が話している時、あやかの誕生日についての話になった。たまにはプレゼントでも送ってみるのはどうかと言う祐に、その時は考えておくぐらいに言っていた明日菜だったが、木乃香にも相談してたまにはいいかとプレゼントを贈ることにしたのだ。

 

「まぁ、あんなんだけど一応付き合いも長いしね。一回ぐらいはいいかなって思っただけ」

 

「変なとこで明日菜は素直やないなぁ」

 

「…そんな事ないわよ」

 

そう言う明日菜の顔は照れくささからか少し赤かった。

 

「きっとあやか喜ぶよ。なんせ明日菜から貰えるんだから」

 

「だといいけど」

 

少し早歩きになった明日菜を見て、祐と木乃香は顔を見合わせて笑った。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

目的の店に着いた明日菜達は早速カウンターに向かった。

 

「お洒落な店やな〜」

 

「一人だったら絶対入らないわこんな感じの店」

 

「こう言っちゃなんだけど、めちゃくちゃ浮いてるわねあんた」

 

「失礼な。自分で言うのはいいが、人から言われるのは気に食わんぞ」

 

「めんどくさっ」

 

そんな話をしていると受付の店員から声をかけられる。三人は店の説明を受け、店員の案内のもと早速石の色を選び始めた。

 

「まずは色からね」

 

「何色がええかな〜」

 

カタログを見ながら各々あやかに合う色を考える。

 

「あっ、これいい気がする。あやかの髪の色に似てる」

 

そう言って祐が差した色は、確かにあやかの美しい髪の色に似ていた。

 

「お〜、ピッタリやない?」

 

「そうね、色はこれが良いかな」

 

意見を出し合いながらペンダントを決めていく三人。勝手知ったる関係ということもあってか、あやかに送るプレゼントが完成するのはそう時間がかからなかった。

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

上品な店員の挨拶を送られ、店を出る三人。明日菜の手には綺麗に梱包された小さな箱があった。

 

「思ってたよりもスッと決まったわね」

 

「俺達の中でのあやかのイメージが似てたんだろうな」

 

「せやね。さっ、後は当日に渡すだけやな」

 

「気持ちを伝える時くらいは変な意地張んないようにな」

 

「う、うるさいわね。わかってるわよ」

 

「なんか心配だなぁ」

 

実際に渡すときのことを考えながら三人は歩いて行く。明日菜と木乃香が隣り合って歩き、その二人の真ん中の一歩後ろを祐が歩く。初等部の時は手を繋ぎ、横に並んで歩いていたが、大きくなってからは今の形に落ち着いた。高学年になった際に祐がこの方が色々と都合がいいと言ったからだ。

 

「集合の時間までまだ少しあるんやし、あそこで何か食べて行かへん?」

 

そう言いながら木乃香が指差したのは二階建てのフードコートだった。一階には様々な飲食店と食事用の席、二階は軽食や飲み物の店と席がありバルコニーもついている仕様のようだ。

 

「そうね、私も少しお腹空いたわ」

 

「よし。吐くほど食ってやるぜ」

 

「やめなさい」

 

三人はそこで食べ物などを注文し、どうせなら二階に行きたいと祐が言ったので二階で食事をとった。今日は風が少し強いので食事は室内で取ることにした。二階は全面ガラス張りで、室内からでも外の風景を楽しめるように作られている。

 

「うおっ、シェイクであの値段とかふざけてんのか」

 

食事が終わりのんびりしていると、ふと視線に入った店の商品の値段を見て祐が言った。

 

「こういうとこ来てそういうこと言わないの。気持ちはわかるけど」

 

「観光地価格って言うんやったっけ?」

 

「なめやがって…買ってくるわ」

 

「買うんかい」

 

思わず明日菜がツッコんだ。

 

「だって気になるし。二人もいる?買ってくるよ」

 

「へっ?いや悪いわよ」

 

祐の申し出に明日菜は遠慮する。祐は普段生活必需品や食費以外で金を使う事があまりないが、誰かと遊びに出かける時などは羽振りが良くなるタイプだった。

 

「金ならあるから心配ない。それに今更遠慮なんかするなって。一緒に風呂入った仲じゃないか」

 

「ふ、風呂って!あんたバカじゃないの⁉︎」

 

「まぁまぁ明日菜」

 

思わず恥ずかしさから大きな声を出してしまう明日菜。幸い周りもそれなりに賑やかだったのでさほど目立つことはなかった。ちなみに言っておくと当然三人が一緒に風呂に入ったのは初等部の時である。

 

「まぁ、冗談は置いておいて。今回誘ってくれたお礼だと思ってくれれば。やっぱりみんなとどこかに行くの、俺楽しくて好きだ」

 

そう言われるとなんとも言えない気持ちになり、明日菜は頭をかいた。木乃香はニコニコしている。

 

「わかった…じゃあお言葉に甘えるわ」

 

「ウチも〜!おおきにな祐君」

 

「おばんどす〜」

 

「それ『どういたしまして』やのうて『こんばんわ』って意味やえ」

 

木乃香は苦笑いを浮かべて祐にそう教える。

 

「あっ、間違えた。んじゃ行ってくる。チョイスは任せろ」

 

「変なのは無しだからね?」

 

「おばんどす〜」

 

「あんたわざとやってんでしょ」

 

 

 

 

祐は明日菜達に背を向けて、お目当てのものを買いに向かった。明日菜はその後ろ姿を頬杖をついて眺めている。

 

「まったく…身体はでっかくなったくせに、こういうところは変わらないんだから」

 

「そこがええんやないの。ウチは祐君のああいうとこ好きやえ」

 

「木乃香も変わってないけどね」

 

そういえば変わらないことでいったら、今目の前にいる幼馴染も同類だったと明日菜は少し笑いながら言った。

 

「それを言うなら、明日菜だって変わってへんよ?」

 

「私が?」

 

「せや。頑固で意地っ張りなとことか」

 

「悪かったわね…頑固で意地っ張りで…」

 

明日菜は木乃香をジト目で見た。

 

「んふふ、それと実は友達思いで面倒見が良くて優しいとこもな」

 

そう言われて一瞬惚けた顔をするが、言われたことを理解して顔が見る見る赤くなる。

 

「ちょっと、何よ急に」

 

「ウチな、明日菜と祐君には感謝してるんよ。麻帆良に来て友達もまだ誰もおらんかった時、一番最初に声かけてくれたやろ?」

 

昔を懐かしむように木乃香は言う。

 

「じいちゃんがおるっていっても、やっぱり寂しかったんよ。せやから友達になろうって言ってくれてほんま嬉しかった。それからいろんなとこ連れて行ってくれて、今もこうして一緒にいてくれる」

 

「ウチ、明日菜や祐君とずっと一緒にいたい。それが叶うかどうかはわからんけど、そうなったらええなって本気で思っとるんよ」

 

やはり明日菜は自分の幼馴染二人が羨ましいと思った。自分の本心を、恥ずかしがらずまっすぐ相手に伝える事ができる幼馴染が。自分ももう少し素直に気持ちを伝えられたら…

 

『気持ちを伝える時くらいは変な意地張んないようにな』

 

その時、ふと先ほど言われた言葉を思い出す。あの幼馴染の言葉に教わるのは癪だが、今がその時かもしれない。そう思った明日菜は口を開いた。視線は明後日の方向に向けた状態でだが。

 

「…私も」

 

「え?」

 

「私も…木乃香達と一緒にいられたら良いなって…思ってる…」

 

顔が熱い、今はまともに木乃香の顔が見れない。きっと今自分はひどい顔をしているはずだ。こんなにも恥ずかしいなら言わなければよかった。そう思っていると木乃香の座っていた椅子から音がした。そちらに顔は向かられないが、どうやら木乃香が立ち上がったようだ。

 

「明日菜…」

 

突如木乃香に名前を呼ばれる。何事かと思い恥ずかしさはまだあるが恐る恐る木乃香を見る。

 

「げっ!」

 

そこにはかつて無いほどだらしなく頬を緩ませた木乃香がいた。先ほどの言葉が嬉しくて仕方がないようだ。そのまま感極まったのか、木乃香は明日菜の首に手を回し抱きつく。

 

「明日菜ーー!ウチほんま嬉しいっ‼︎」

 

「ちょっ、ちょっと木乃香⁉︎苦しいって!」

 

明日菜は持ち前の身体能力を発揮し、抱きつかれた衝撃で倒れそうになるのをなんとか持ち堪えた。

 

「明日菜もおんなじように思っとってくれたんやね!よう絶対離したれへんからな〜!」

 

「わかったから少し落ち着いて!流石に目立つって!」

 

先程はそうでもなかったが、今はチラホラと明日菜達に視線が集まり始めていた。そんな中買い物を終えた祐が戻ってくる。

 

「祐!木乃香何とかして!」

 

「なんだこの状況は…俺は仲間はずれか⁉︎」

 

「こっちもダメだった!」

 

そんなに期待はしていなかったが、やっぱりこっちの幼馴染もダメだった。

 

「祐君!ウチら相思相愛なんよ!明日菜もウチや祐君とずっと一緒にいたいねんて!」

 

抱きついた姿勢のままで顔だけ祐に向けて話す木乃香。それを聞いた祐は。

 

「まさか俺本人がいない時に俺への愛の告白をするとは…新しいとは思うけど、告白ならちゃんと本人がいる時に言った方がいいぞ」

 

「だー!もう!落ち着けバカ二人!」

 

思わず以前あやかに言われたようなことを明日菜が言う。周りの客は三人を興味深げに眺めていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「もう、そこまでの距離じゃないのに何でここまで時間かかるのよ」

 

「ごめんごめん、色々目移りしちゃって」

 

「ほんと桜子って気まぐれよね。猫みたい」

 

「いや〜、照れますなぁ」

 

「別に褒めてないっての…」

 

「円、桜子にとって猫みたいは褒め言葉よ」

 

異世界生物博物館を目指していたチア部の三人は、主に桜子が目に入った気になるもの全てに反応したため、当初の予定より大幅に遅れて移動していた。

 

「あっ、あれじゃない?結構人いるみたいだね」

 

円がイベント会場らしきものを発見する。それと同時にハルナ・のどか・夕映を見つけた。

 

「あれ、図書館探検部もいるじゃん」

 

「みんなも見に来たのかな?」

 

「かもね、おーい」

 

他の二人もハルナ達を見つけ、美砂が声をかけた。

 

「ん?あぁ、美砂か。みんなもこっちに来てたんだ」

 

「ハルナ達も博物館見に来たの?」

 

声をかけられたハルナ達が美砂達に近寄り六人が集まる。

 

「うん、さっきチラシを見てね。でもなんか変にザワザワしてるんだよねこの辺」

 

ハルナがそう言うので美砂は少し離れたイベント会場方面を見てみると、確かに何やら様子がおかしい。

 

「とても楽しそうな雰囲気には見えないけど、何かあったのかな?」

 

「私たちもさっき来たばかりだから、なんにもわからないのよね」

 

どこか不穏な空気にのどかは心配そうな顔で周りを見ている。

 

「大丈夫かな?中で誰か怪我したのかも」

 

「博物館の中で怪我をするとなると何をしたんでしょうか?」

 

のどかと夕映が話していると周りが騒がしくなり始めた。

 

「ちょっと、今度は何?」

 

ハルナが騒がしくなった方を見てみると、イベント会場の出入り口から、中を観覧していたであろう人たちが必死の形相で我先にと走り出してきていた。それはまるで何かから逃げているように見えた。

 

「うわ、何あれ」

 

「う〜ん、なんかいやな感じ」

 

同じように見ていた円と桜子もその様子によくない何かを感じていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「まったく酷い目にあったわよ」

 

「かんにんや明日菜〜。ウチが悪かったって」

 

あの後明日菜からデコピンを受けた木乃香は少し赤くなったおでこをさすりながら祐が買ってきたシェイクを飲んでいる。

 

「まさか木乃香って暴走するとあんなになるなんて知らなかったわ」

 

「新しい一面が知れてよかったな明日菜」

 

「うっさい」

 

横で何事もなかったようにシェイクを飲んでいる祐の肩を軽くはたく。当の木乃香は恥ずかしそうに頭をかいている。

 

「なんや明日菜からそういうこと言ってくたん初めてやったからうれしゅうて、つい…」

 

自分が言ったことを思い出し明日菜の頬がほんのり赤くなる。その事を忘れるため強めに頭を振る。

 

「あーはいはい、この話はもうやめ。なんか変な空気になるわ」

 

その場の空気を払うように両手を交差して振る。

 

「そこまでとは行かないまでも、普段からもう少し素直に気持ちを伝えられたら明日菜はもっと伸びると思うぞ」

 

「伸びるってなにがよ?」

 

「えっ?女子力?」

 

「何で疑問系なのよ…」

 

話しているうちにシェイクを飲み終え、改めて2人は祐にお礼を言った。今回はどういたしまして、と答えた祐。その後三人は席を立ち、空き容器を指定のゴミ箱へと入れる。

 

「なかなか美味かった。いかにも体に悪そうな感じがしたし」

 

「その感想はどうなの?」

 

「身体に悪いものって大概美味いからさ。逆に言うと身体に悪いってのは美味い証拠って言える気がしない?」

 

「う〜ん、ウチもそれ、わからんでもないかも」

 

「で、とりあえずこの後どうする?」

 

「集合時間まで後少しだったよな?」

 

「あと三十分くらいやね」

 

スマホの画面を見ながら木乃香が答える。

 

「じゃあそんな遠くにも行けないし、集合場所に向かいながら周り見ていきましょ」

 

「さんせ〜い」

 

「右に同じ」

 

明日菜の提案に二人が同意し三人で歩き始める。

 

「あっ、忘れてた」

 

「何忘れたのよ?」

 

「ストロー二つ挿して、二人で飲むやつやりたかった」

 

「やんないわよ!」

 

「えぇ…冷たい…木乃香は頼めばやってくれた?」

 

「ウチ?全然ええよ?」

 

「あ~やらかした。逢襍佗祐、一生の不覚」

 

「大袈裟すぎでしょ…」

 

「また機会あるて」

 

そんな話をしていると、祐が突然立ち止まる。前を歩いていた二人はそれに気がつき振り返る。

 

「どうしたのよ?」

 

「祐君?どないしたん?」

 

二人が祐を見ると、その顔は普段の表情からは想像できない鋭い顔つきだった。しばらくして鋭い視線を右に左に這わせ始める。何かを探しているのだろうか。何となくだが二人には祐が何かを感じ取ろうとしているように見えた。急な彼の変化に声をかけられずにいると、祐が勢いよく後ろに振り向いた。

 

それとわずかに遅れたタイミングで耳を劈く爆音が響き、強い揺れが明日菜達を襲った。

 

「きゃっ!」

 

「な、なに!」

 

突然のことに明日菜と木乃香含めた周囲の人々は驚きの声をあげる。木乃香は急な揺れに対応できず、そのままお尻から倒れてしまう。それを見て明日菜は慌てて駆け寄り、膝をついてこのかの肩を支える。

 

「木乃香!大丈夫⁉︎」

 

「う、うん。平気やえ。尻もちついてもうただけやから」

 

揺れはほんの一瞬だった。周囲が落ち着きを取り戻し始めた頃、誰かが口にした。

 

「おい…あれ見ろよ」

 

その声につられた人々がガラスの窓から外を見る。そこには外の建物が崩れ、崩れた場所から炎と煙が巻き上がる光景が広がっていた。その光景に再び不安を掻き立てられた人々はざわめき始め、さまざまな声が上がっていく。

 

「なぁ、これって…」

 

「爆破テロ…だよな…」

 

「嘘でしょ…」

 

「こんな場所で…」

 

「何でよりによって今日起こるんだよ!」

 

すると至る所に設置されているスピーカーからアナウンス音が流れ始める。

 

[只今、当施設内で事故が発生いたしました。お客様の皆様は慌てず、係員の指示に従って速やかに避難してください。繰り返しお知らせいたします。只今、当施設内で]

 

それからしばらくして係員の誘導のもと、一般客の避難が開始される。気づけば明日菜と木乃香はお互いの手を握っていた。未だ状況をよく飲み込めておらず放心状態に近かい二人。そんな中、明日菜がふと周りを見る。

 

「…祐?」

 

明日菜がいくら周囲を見渡しても、そこに幼馴染の少年の姿はなかった。



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放つ者

「いくら何でも、こんな事ってある…?」

 

爆発から十数分後、警察・救急隊・消防隊が到着し被害のあった事故現場に突入していく。その姿を離れた場所で見つめていた美砂が思わずそうこぼした。美砂達六人は現場から少し離れていたため、直接的な被害は受けず怪我もせずにすんでいた。

 

「よりにもよって今日この日でしかも今の時間帯とは…さすがにお祓いでもした方がいいかも」

 

同じようにそちらを見ていたハルナが言った。

 

「時間通りに行ってたら私たちもやばかったかもね。今回ばかりは桜子に感謝しないと」

 

そう二人に話した円は横に視線を移す。そこには桜子・のどか・夕映がこの騒動で親とはぐれてしまった女の子の相手をしている。不安そうに何かを探す女の子を見つけた桜子が女の子に話しかけ、親とはぐれてしまったことを聞いた六人はお母さんが見つけやすいようにここで待っていようと女の子を説得して、避難者たちが集まっているこの場所で待機していた。

 

はじめは今にも泣きだしそうな女の子だったが、桜子たちの頑張りもあって今は幾分か落ち着いている。とは言えやはり不安はぬぐえないだろう。すると一人の女性がこちらにめがけて走ってくる。途端に少女の顔が明るくなるところを見るに、彼女が母親のようだ。勢いよく駆け出し女性に抱き着く女の子。それを見て一安心のハルナたちは頃合いを見て母親に事情を説明した。母親は何度も頭を下げ、女の子はハルナたち一人ずつにお礼を言っていく。それに笑顔で答えていると自分たちを呼ぶ声がした。

 

「みんな!良かった。けがはないみたいね…」

 

「明日菜!木乃香!」

 

唯一合流していなかった明日菜達と合流し、ハルナたちも笑顔になるが、桜子が明日菜達に声をかける。

 

「あれ?逢襍佗君は?」

 

すると二人は不安そうな顔をする。それを見た桜子たちは嫌な予感がした。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

時間は少し遡り、爆発直後。現場から少し離れた場所、崩壊した建物を見て騒然とする人ごみの中でマスクの男がその光景を見つめていた。やがて視線を移し、近くにあるフードコートの建物を見つめる。間もなくこちらも手筈道理になる、男はその時を今か今かと待っていた。しかし男が待っていた光景は一向に訪れず、不審に思いながらも次の予定のため男はその場から移動した。

 

 

 

 

男が進んだ場所は現在は観覧ができないことになっている、準備中のイベント会場のB館。そこにも先ほど爆破したA番館のように幻想種の展示品などが飾られていた。明かりは点いておらず、ガラスから差し込む外の光のみが中を照らす会場を歩きながら男は考えていた。

 

(どういう事だ、手筈通りならもうとっくに爆発してるはずだ。まさかミスったのか?)

 

そう考えに耽っていると男の横を大きな物体が流れていった。流れていった物体は男の少し前の床に落ちる。男がそれを確認するため視線を向けると、そこにいたのはマスクの男と全く同じ姿をして同じマスクをかぶった人物だった。

 

男がゆっくり後ろを振り向くと、そこには外からの光に照らされ、逆光により顔が見え辛いが体格からして男であろう人物が立っていた。その人物がゆっくりこちらに歩いてくる。少しづつ見えてきた顔は鋭い目つきをしていたがまだ若く、おそらく十代であろうことが分かった。その人物は紛れもなく逢襍佗祐だった。

 

「お前の仲間だろ?恰好が同じだからすぐにわかったよ」

 

「なんだお前?」

 

男の質問に答えず祐は歩みを止め、左手に持っている物を男に放り投げた。反射的に男が投げられたものを掴む。掴んだものを見てみるとそれは爆発物のリモコンであった。

 

「返すよ」

 

渡されたリモコンは電源が入っていないのか、何度か押してもまったく反応を示さなかった。

 

「お前どうやって」

 

「フードコートに仕掛けてた爆弾なら、もう無い」

 

男の言葉を遮るように祐が言った。

 

「…なに?」

 

祐の発言に男が聞き返すが、祐は何も答えなかった。

 

「ヒーローごっこのつもりか?そんなもんに付き合ってる暇はない。俺達にはまだやらなきゃならないことがある」

 

男はリモコンを放り投げ、祐に向かって歩みを進める。

 

「邪魔するならお前も」

 

そう言うと右腕を振りかぶり祐の顔めがけて振りぬいた。しかし男の右腕はある一定のところから動かなくなる。なぜなら祐の顔の少し前の距離に拳がある位置で、前腕が祐の左手に掴まれたからだ。これには男も動揺を隠せなかった。押すも引くもできず、ひたすらもがくが一向に手を振りほどくことができない。そのまま前腕を外側に捻られる男。その苦痛でマスクの下の表情が歪んだ。

 

「普通の人間の力じゃないな。だけど魔力や気の流れも感じない。身体改造でも受けたか?」

 

表情を変えることなく男に聞く祐。男は苦痛に耐えながら今度は左手を振りかぶった。しかし左手が祐に届くよりも早く、祐の右手で放たれた正拳突きが鳩尾に突き刺さり、男が倒れる。背中から地面に倒れ、与えられた勢いを殺すことができず数メートル引きずられる。男は急いで立ち上がるが殴られた衝撃が想像以上に重く、うまく呼吸ができない。何とか呼吸を繰り返し、祐を睨む。

 

「お前超能力者か…!それとも魔法使いか!」

 

相変わらず祐は男の質問に答える気が無いようで、黙って鋭い目つきで男を見つめる。

 

「ようやく力を手に入れたんだ…これから俺たちはやらなきゃならないことがある。でないとこの世界は化け物どもに奪われる!」

 

そう言うと男は祐目掛けて走り出す。もはや男に余裕はなかった。

 

再び祐の顔を目掛けて右の拳を繰り出す。祐は左足を前に出し斜め前に倒れるように重心をずらすと、男の拳を避けその勢いのまま男の腹部に右の拳をたたきつけた。完全に腹部を撃ち抜かれた男は思わず膝をつく。前のめりに膝をついた男の後頭部を目掛け左フックを放つ。脳に激しい衝撃を受け意識が遠のく。

 

今度は右足を60度ほどの角度で振りぬき蹴り上げる。あまりの威力に男の体は宙に浮く。浮いた男の右足首を右手で掴み、そのまま鞭のように男を地面へと叩きつけた。叩きつけられた床には小さなクレーターができた。

 

掴んでいた足を放り、男を見下ろす祐。男の体は限界を迎えており、立ち上がることはおろか手足に力を入れることさえ今は容易ではなかった。

 

「ば、化け物が…お前らみたいな奴がいるから…世界はおかしくなったんだ…」

 

何とか意識だけは手放さなかった男は、祐を憎しみを籠めて睨みつけた。

 

「化け物が…来さえしなければ…俺たちは…普通に暮らせてたんだ…」

 

そこまで言うと男は不敵な笑みを浮かべる。

 

「最後に教えてやる…爆弾はもう一つある…どこにあると思う?」

 

男は最後の力を振り絞りポケットに手を伸ばす。そこから取り出した物は先ほどとは別のリモコンだった。

 

「お前の…後ろだ…!」

 

そう言うと男は勢いよくボタンを押す。それを止める仕草も見せず祐は黙って見ていた。やがて後ろの方で起動音のようなものが流れ、祐はゆっくりと後ろを振り向いた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「「「「「「はぐれた~!?」」」」」」

 

祐の所在を明日菜と木乃香に聞いたハルナたちは一斉に声を上げる。避難してきた客や現場を見るために集まっていた弥次馬たちも思わずビクッと肩を震わせてしまう。

 

「爆発がするまでは一緒にいたんだけど、気が付いたらどこにもいなくて…」

 

「ウチらびっくりしてもうてて、それから何回も連絡してるんやけど…」

 

「まだ連絡が取れないってわけね…」

 

明日菜達の話を聞き美砂が最後に付け足した。美砂たちも祐を心配しているが、彼の幼馴染二人の表情を見てまずこちらを何とかしなくてはと思った。

 

「とりあえず、今はここで待とう?下手に動くと逆に会えなくなっちゃうかもしれないから」

 

そう言いながら明日菜の肩に両手を置く美砂。続いて円が、俯きスカートの裾をぎゅっとつかむ木乃香の両手を包む。

 

「あの逢襍佗君だよ?大丈夫だって」

 

「そうだよ!今まで何かあっても怪我一つなかったし!俺はすごく頑丈だからって言ってたもん!」

 

「私も何度か見たことありますが、彼のタフさは折り紙付きです」

 

桜子と夕映も二人を励ます。

 

「心配で仕方ないと思いますけど、今は信じて待ちましょう?」

 

最後にのどかがしっかりと二人の目を見て声をかけた。

 

「うん、ごめんねみんな…」

 

「ウチも。心配かけてもうたな」

 

「何言ってんの!こんな時はしょうがないって!」

 

ハルナが二人の頭を乱暴に撫でる。

 

「ちょ、ちょっとパル!」

 

「頭グラグラする~!」

 

完全にとはいかないが二人は少し落ち着いたようだ。それを見てハルナたちも一息つく。

 

「こんな可愛い幼馴染や私達を心配させて…帰ってきたら説教だね」

 

「間違いない」

 

ハルナの言葉に美砂が同意する。こんな状況でも明日菜達を置いて一人で逃げたと思われていないところは日ごろの付き合いの賜物か、彼女たちが優しいのか。おそらくどちらもだろう。そんな少女たちを少し離れた人込みから、剣道で使う刀袋をもった小柄な少女が見つめていた。そんな中再びアウトレットから爆音が響いてきた。

 

「うそっ!二発目!?」

 

そういって其処に居た全員が音のした方を見る。大騒ぎになると思われたがその光景を見たものは皆一様に声を上げなかった。なぜならそこには本来見えるはずの無いものが映っていたからだ。

 

「あれって…」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

二発目の爆発から数分後、怪我人を連れて救急隊がアウトレットの外に出てくる。救急隊は負傷者を運びだす組と二発目に向かう組で別れ行動していた。ふとハルナがその救急隊に視線を向けるとそこに見知った人物を見つけた。そこには負傷者を運び出す手伝いをしている祐の姿があった。

 

「あ~~!いた~~~!!」

 

またもや回りがビクッと肩を震わせる。ハルナの声を聞いてほかの面々がハルナの視線の先を追うと、同じように「いた~~~!!」と声を上げた。搬送を終えて周りの協力者や救急隊と何か話している祐。するとハルナたちの声に気が付いたのか祐がそちらを向く。いの一番にハルナが祐に向かって駆け出す。

 

「ハルナさん、無事でよかっ」

 

「ばっきゃろーーー!!」

 

「うぶっ!!」

 

走ってきた勢いのままハルナは思い切り祐にビンタした。祐と一緒に負傷者を運び出していた人たちも思わず何事かとハルナを見る。

 

「まったく心配させて!今まで何してたのよ!?」

 

「み、見ての通りです…」

 

祐は横になったままハルナの質問に答えた。ほかのメンバーも集まってくる。

 

「祐君!よかった!ほんまよかった!」

 

上半身だけ起き上がらせた祐に木乃香が抱き着く。祐は一瞬驚いた顔をするが、すぐに木乃香の背中に手をまわした。

 

「ごめん、何も言わないで。爆発を見てたらいてもたってもいられなくなって」

 

「あまりその子を責めないでやってくれ」

 

声をかけてきたのは救急隊の男だった。

 

「さっき手伝ってくれた人達に聞いたよ。その子のおかげで瓦礫に挟まれていた人を素早く救助できたそうだ。彼すごいな、とんでもなく力持ちだったらしいぞ。そのあと急いで避難したようだが、生憎二発目で人員が割れたからまたこうやって手伝ってくれてたんだ」

 

救急隊の男が祐の頭に手をのせる。

 

「助かったのは間違いないが、今度からは勝手に突っ走らないように。君が危険を冒す必要はない。君が傷ついたら悲しむ人がいるんだ。まずは身近な人を守ってやれ」

 

「はい、すみませんでした」

 

「分かればいい。じゃあ失礼する」

 

そう言って救急隊の男は離れていった。木乃香と一緒に立ち上がる祐。木乃香はまだ少し不安なのか祐の服の裾を握っている。

 

「みんな、心配かけてほんとごめん。それと二人を置いて行ってごめん。今度から何かやるときはちゃんと声をかけて、みんなの安全が確認できてからにする」

 

祐は深く頭を下げた。

 

「その今度がないことを祈ってるけど、いいんじゃない?みんな無事だったし反省してるみたいだし」

 

「ほんと、もうこういうのは懲り懲りって感じ」

 

「罰として逢襍佗君は私たちに何か奢るよ~に!」

 

「まぁ、私は一発入れたし言いたいことも言えたし」

 

「あんな見事なビンタ、そうそうお目にかかれませんね」

 

「とにかく、無事でよかったです」

 

本気で謝罪をする祐をハルナたちは許すことにしたようだ。そんな中ずっと黙っていた明日菜が気になり、祐が近づく。

 

「明日菜」

 

「……あんた何やってんのよ」

 

俯いてしまっているため明日菜の表情は見ることができない。すると明日菜が祐の服の胸の部分を両手でつかむ。

 

「木乃香を置いて行って!勝手にいなくなって!電話にも出ないで!」

 

「明日菜、祐君は」

 

見かねて声をかけようとした木乃香を美砂が肩に手を添えて止める。

 

「木乃香や私が!どんだけ心配したと思ってるのよ!!」

 

「さっきはあんなこと言っておいて!なんであの時っ!……」

 

そこまで言って明日菜は続きを話すのをやめた。その瞳からは涙がこぼれ落ちている。

 

「ごめん明日菜。あの時、二人から離れるべきじゃなかった。ごめん」

 

明日菜は押すように祐を離すと、そのまま走り出してしまった。

 

「ちょっと明日菜!」

 

ハルナが明日菜を追う。木乃香達も行こうとするが足を止め、祐の方を向く。

 

「祐君…ウチ…」

 

「今は明日菜について行ってあげて欲しい。その間に俺は頭冷やしとくよ」

 

そう言って祐は苦笑いした。

 

「木乃香、行こう?」

 

そっと円が木乃香の背中を押し、木乃香達は明日菜とハルナを追った。それを見つめていた小柄な少女もいつの間にかその場から消えている。

 

祐はしばし明日菜達の背中を見つめた後、爆発により瓦礫と化した建物に視線を移した。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

事件発生から数時間後、細心の注意の元現場検証が行われた。一発目の爆破が行われた現場に一人の刑事がやってくる。太田源八、この道二十年のベテラン刑事だ。情熱と信念をもって仕事にあたる彼は周りからゲンさんと呼ばれ、上司・部下を問わず慕われている。

 

「ゲンさん、お疲れ様です」

 

先に現場に着いていた若い新米刑事が挨拶してくる。

 

「おう、どうだ状況は」

 

「ひどいもんですよ、負傷者は数十人、意識不明者もいます。それと死者が四人」

 

「いよいよ規模がデカくなってきやがったな」

 

人づてに状況は聞いてはいたが、実際に現場をこの目で見ると怒りがわいてくる。何の罪もない人たちの平和を脅かすなど、源八は許せなかった。

 

「爆発が起きたのは二か所なんだよな?」

 

「それが、少々不可解なところがありまして…」

 

新米の歯切れの悪い返答に、源八が訝しげな顔をする。

 

「なんかあったのか?」

 

「実際に見ていただいた方が早いかと」

 

そう言われ、二人はまずフードコートに来た。

 

「この場所は爆破された箇所じゃないだろ」

 

「それが、容疑者が二人捕まったというのはご存じですよね?」

 

「ああ、そう聞いてる」

 

「ここは倉庫が二階にあるんですが、そこで仕事をしていた従業員がそのうちの一人に襲われたそうなんです」

 

「幸い命に別状は無いそうですが、重症のようです。まだ様態が安定していないので詳しいことは聞けていないんですが、救急隊に発見された際そう言っていたそうです」

 

「ふむ、それで?」

 

「意識を失う際、何かを壁に取り付けているのを見たそうなんです」

 

「なんだと?」

 

二人は倉庫に行き、実際にその現場を見る。

 

「なんだこりゃ」

 

そこには爆弾が取り付けられたであろう壁から、半径三メートルほどが黒く焼かれ崩れているのに対し、あるところを境に一切の破壊の跡が見られなかったのだ。

 

「御覧の通り破壊の跡はここだけです。この爆弾だけ威力の低いものだったという可能性も無くは無いですが、可能性は低いかと」

 

確かに言われたとおりここだけ爆発する理由がない。少し近くであれだけ巨大な爆発を起こしたのだから余計にである。

 

「にしても何だ。まるで底の深い皿か何かで抑え込んだみてぇじゃねぇか」

 

「それと関係しているのかはわかりませんが…」

 

新米は源八に写真を見せる。それをのぞき込む源八。

 

「これは?」

 

「この後実際に見てもらいますが、二つ目の爆発個所の写真です」

 

そこには同じように爆発で崩壊している部屋が映っていた。しかしそれだけではない。

 

「こいつもか」

 

「はい。形は違いますが、これもある個所を境に爆破の跡がないんです」

 

今度はまるでその場に大きな壁でもあったかのような形で、爆発の跡が途絶えていた。

 

「二発目の爆発は一発目から少し経った後に行われました。避難が大方終了した後だったそうなので目撃者も大勢います」

 

「そして目撃者の意見に共通していることがあるんです」

 

「共通していること?何だそれは」

 

新米は悩んだような表情をした後、その口を開いた。

 

「全員、その瞬間に虹を見たと…」

 

源八は声には出さなかったが『は?』といった顔をする。

 

「虹って、あの虹か?あの空にかかるやつ?」

 

「はい、その虹です。形は我々のイメージしている物とは違ったらしいですが…目撃者の中にはその虹が爆発を抑え込んでいたように見えたと言っている人もいます」

 

「はぁ~、また超常現象の類か…」

 

源八は頭をかく。ここ十年で増えてきたことだが、源八としてはいまだにこの手の類には苦手意識があった。

 

「虹ねぇ…」

 

源八はそう呟いて再び視線を写真に戻した。




一目でわかる祐の事件時の行動

1.フードコートで違和感を感じ、その元を探る。

2.違和感の元を発見・一発目の爆発が起こるがそちらは無視して倉庫に直行する

3.犯人を発見・焦った犯人は爆弾を起爆・何らかの方法でそれを止める

4.犯人をのして、明日菜達をチラッと確認した後一発目の方に行く

5.瓦礫に埋まっている人を見つけ
 助けようとしていた人達と協力して瓦礫を取り除く

6.僕も避難しますと協力した人たちにぱちこいて、
 もう一つの悪意を感じ取り犯人のところに戻る
 
7.悪意を目印に何らかの方法で犯人を持ってその場に向かう

8.二人目発見・のした後爆弾を起爆されるが何らかの方法で(以下略

9.避難した人たちが集まっているところにしれっと行き
 そこで明日菜達全員の安否を確認

10.先ほどの協力者たちが救助者を運んでいるのを見て手伝う

11.ハルナにビンタされる


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事件はまだ終わらない

事件から数時間が経ち、時刻は18時。

今ネットやテレビはアウトレット爆破事件で持ち切りだった。今までも負傷者は出ていたが、今回はその被害の大きさ、そして何より死者が出ていた事と容疑者と思われる男が二人確保された事がさらにこの事件の注目度を高めていた。容疑者二人の取り調べが始まりさえすれば、より多くの情報が開示されるであろうことから、日本中の国民がその時を待ち望んでいた。

無論麻帆良学園もこの事件一色。今日明日は休日だが、明後日の月曜日からの事をどうするかと学園長をはじめとした教員たちが頭を悩ませていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「………」

 

「………」

 

(な、なんか気まずい…)

 

ここは女子寮643号室。明日菜・木乃香・そしてネギが暮らしている部屋。いつも通りの時間帯に夕食をとる三人だが、雰囲気はいつも通りではなかった。

もう少し情報が出てから今後のことを決めるべきだとの学園長の決断がなされ、ネギは学校から帰宅。部屋を開けた時から感じた違和感。今日は皆んなで学園都市内をお出かけだと大層楽しそうに話していた木乃香を始め、明日菜もどこか心ここに在らずといった状態だった。流石に何かがあったことはわかるので、明日菜や木乃香に理由を聞いてみても「まぁ、色々あった」と言うなんとも抽象的な返答しか返ってこなかった。気にはなるがあまりしつこく聞くのもどうかと思ったネギは、それ以上そのことに触れないことにした。

いつもは会話の絶えないこの部屋だが、今は誰一人として口を開かない。普段と違い過ぎる空気にネギが息苦しさを感じていると、木乃香が何かを思い出したのか「あっ」と声を出した。

 

「木乃香さん、どうかしました?」

 

「ネギ君にお土産買ってきてたんやけど、渡すの忘れてたわ。ちょっと待っててな?」

 

席から立ち、お土産をとりに行く木乃香。これはこの空気を払拭する絶好のチャンスかもしれないとも思ったが、自分のためにお土産を買ってきてくれたことは素直に嬉しかった。

 

しばらくして木乃香が食卓に戻ってくると、手には小さめの紙袋が二つ握られていた。

 

「何がええかみんなと相談したんやけど、中々一つに絞り切れんくてなぁ。せっかくやから二つ買うてきたえ」

 

「えっ!二つもですか!?なんか申し訳ないです」

 

「気にせんといてぇな。日頃からお世話になってるネギ君へのささやかなお返しや」

 

そう言ってもらえて悪い気はしない。木乃香達の心遣いにネギは感激で泣きそうであった。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとうございます!木乃香さん!明日菜さん!」

 

お土産を手渡され満面の笑みで二人に感謝するネギ。それを見て木乃香も明日菜も笑ってくれた。

 

「開けても良いですか?」

 

「もちろん」

 

「そういうところは見た目のまんまね」

 

意図せず普段の空気に戻っていくネギ達。逸る気持ちを抑えつつ丁寧に紙袋を開けた。

 

「これは…ヘアゴムですか?」

 

「そうやえ。なんやネギ君、一つしか持っとらへんみたいやったから」

 

まず一つ目はオレンジ色の小さなガラス玉が付いたヘアゴム。いつもネギは後ろ髪をヘアゴムで縛っているのだが、木乃香の言う通りヘアゴムは一つしか持っていなかった。

 

「交互にでも付けた方が長持ちすると思うから。そんな感じで使って」

 

「はい!大事にしますね!」

 

そう言って今付いているヘアゴムを外し、もらったヘアゴムを付ける。

 

「ど、どうですか?」

 

「うん、とっても似合ってるえネギ君」

 

「すぐ壊すんじゃないわよ?」

 

次にもう一つの紙袋を開ける。すると中から出てきたのはストラップだった。

 

「これは…なんですか…?」

 

そのストラップは野菜の葱に目と口が付いており、表情は正に迫真といった顔。「入れぇ!!」という吹き出しが付いているという代物だった。何が「入れぇ!!」なのかは分からない。

 

「あれ、ネギ君知らんの?最近流行ってる『叫ぶ野菜シリーズ』やで」

 

「へ、へぇ~…」

 

叫ぶ野菜シリーズとは、目と口が付いた野菜が何かを叫んでいるキーホルダーであり、巷の女子高生を中心に話題の商品である。

 

「ほら、ウチも持っとるよ」

 

そういって木乃香は自分のスマホをネギに見せる。確かにそこにはジャガイモが「なんでぇー!!」と叫んでいるストラップが付いていた。

 

「本当だ…明日菜さんも持ってるんですか?」

 

「私はそんな変なの持ってないわよ」

 

「変やないって。明日菜かて中学ん頃はチュパカブラのストラップ付けとったやないの」

 

「ちょっと!それは言わないでよ!」

 

(チュパカブラって確か未確認生物だよね…明日菜さん好きなのかな?)

 

その後も三人は楽しく会話を重ね、夕食を終える。

 

「「ごちそうさまでした。」」

 

「は~い、よろしゅうおあがりやした」

 

食器を片付けていくネギと明日菜。いつも木乃香に料理を作ってもらっているので片付けは二人が行っている。

 

「さ~て、あとはお風呂に入るだけやな。明日菜も大浴場いく?」

 

「あー、私は今日はいいや。ちょっと疲れたし部屋のシャワーで済ます」

 

「うん、りょーかい」

 

女子寮の部屋にはシャワールームは付いているものの、バスルームは付いていない。その代わり、寮内には百人以上が同時に入れるほどの大浴場が設置されている。この女子寮自慢の設備の一つである。

 

「ほんなら遅くならんうちに行ってくるわ。片付けよろしゅうな」

 

「「はーい」」

 

そう言って必要なものを持って木乃香は一人大浴場へと向かった。ネギと明日菜は隣り合って食器を洗っていく。

 

「ごめんね、ネギ」

 

「えっ、どうしたんですか?」

 

突然の明日菜の謝罪にネギが驚く。

 

「帰って来た時から変に気を遣わせちゃったでしょ?だからごめん」

 

「いえ!そんなことは…もう大丈夫なんですか?」

 

「うん、もう平気。別に大したことじゃないし」

 

最後の食器を片付け終えて手をふく二人。

 

「よし、終わり!私先にシャワー使わせてもらうわね」

 

「はい、わかりました」

 

「あんたもちゃんとシャワー浴びなさいよ?」

 

「は、はい…」

 

お風呂嫌いのネギに釘を刺し、着替えなどを持って明日菜はシャワールームに向かった。

 

(ああは言ってたけど、明日菜さん大丈夫かな?)

 

明日菜のことがまだ少し心配なネギは、かといってどうしたものかと思いながらリビングに向かった。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

女子寮の大浴場『涼風』には、多くの女子生徒たちが今日も集まっている。その中に今、日本中で最も話題の事件を直接体験したハルナ達もいた。

 

「は~、ほんと今日はえらい目に合ったよ」

 

「ほんとほんと、まさかドンピシャで当たるとはねぇ」

 

買い物に参加したメンバーが集まって今日のことを思い返していた。

 

「あ、みんなもう来とったんか」

 

「ああ、木乃香。あれ、明日菜は?」

 

いつもは一緒に来る明日菜が居ないことに気づいた美砂が木乃香に聞く。

 

「今日はちょっと疲れたからシャワーで済ますって」

 

「あの、明日菜さん大丈夫ですか…?」

 

のどかが心配そうに聞いてくると、木乃香は少し笑って答える。

 

「今は大分落ち着いとると思うえ。ネギ君のお土産渡したときには自然と笑っとったし。あ、お土産ネギ君すっごい喜んどったよ」

 

「それは良かった。って、あのストラップも喜んでたの?」

 

「もちろん!」

 

「ほんとかよ…」

 

円のストラップに関する質問に木乃香は自信満々に答え、ハルナがそれを疑った。あのストラップに至っては木乃香の熱い猛プッシュに回りが押されて買ったもので、ほぼほぼ木乃香の独断であった。

 

「それより木乃香、あんたは大丈夫なの?」

 

「ウチは…うん、大丈夫や。でも、やっぱり二人がギクシャクしてるんは…悲しいかな…」

 

ハルナが聞くと木乃香が寂しそうに答える。それを見て桜子が木乃香の隣により頭を撫でた。

 

「明日菜さん、よっぽど逢襍佗さんのことが心配だったのでしょうか?」

 

「それも勿論あると思うけど、少しショックだったんじゃないかな」

 

「ショックですか?」

 

夕映の疑問に美砂が答えると、その内容が気になったのか夕映が聞き返す。

 

「うん。あの爆発が起きた後、逢襍佗君って急いで爆発が起こった方に行ったんでしょ?」

 

「そのようですが、それが何か?」

 

「あーっと…ごめんね木乃香。言い方悪くなっちゃうけど、それって明日菜と木乃香を置いてそっちの方に行っちゃったってことでしょ」

 

「自分達よりも爆発した方を優先したって見えちゃうよね。それだと…」

 

美砂が木乃香に断りを入れてから話すと、ハルナがそれを補足した。

 

「で、でも…逢襍佗君が急いでそっちに行ったから助かった人もいたんでしょ?」

 

「勿論、逢襍佗君がやったことが悪いって言うつもりはないわよ。でも爆発が起きた時って私達すごく不安になったでしょ?」

 

「う、うん」

 

桜子が祐のことを庇おうとすると、あくまで美砂は冷静に続きを話した。

 

「周りも同じ、みんな不安になってた。たらればの話になっちゃうけどさ、周りの人たちがパニックになっちゃってそれが原因で別の被害が起きちゃうかもしれないでしょ?」

 

「そんな状況だったら、何よりそばにいて欲しいって思うのはしょうがない事だと思うの」

 

美砂の言葉を聞いていた全員が黙ってしまう。実際に事件の現場を見て一番に感じたのは不安だ。仲のいい友人たちがそばにいたから、美砂達はパニックにならずに済んだ部分が大きいと思っている。そんな中、自分の大事な人が突然何も言わず姿を消してしまってはさらに不安になるのは当然であった。

 

「明日菜だってきっとわかってるよ。逢襍佗君が良い事をしたってことは」

 

円がその話の続きを引き継ぐ。

 

「だからきっと、逢襍佗君に怒った時に最後まで言わなかったんだと思う」

 

「自分が思わず逢襍佗君を責めちゃったことも、明日菜が泣いちゃった原因じゃないかな」

 

再び静かになるハルナ達。木乃香は今にも泣きそうな顔をしていたが、大浴場に立ち込めていた湯気がそれを周りから隠してくれていた。木乃香は今だけはこの立ち込める湯気に感謝していた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

シャワーを浴びる明日菜。目を閉じると思い浮かぶのはやはり今日のことだった。

 

『僕達幸せになります』

 

『やっぱりみんなとどこかに行くの、俺楽しくて好きだ』

 

爆発が起こり、周りに彼が居ないと分かった時、明日菜はひどく不安になった。長い付き合いで彼が自分たちを置いて逃げる様な人間でないことは自分が一番わかっているつもりだ。だからこそ不安になった。どこに行ってしまったのか、まさか別の何かに巻き込まれたのか。思い浮かぶものは全て悪い予想ばかり。そばに木乃香が居たこと、そしてすぐ他のメンバーと出会えたこともあって多少は落ち着いたものの、時間が経つほど不安は大きくなった。

 

許されるなら今すぐにでも彼を探して回りたかった。しかしそんなことをしては周りにも迷惑をかけてしまう。どうすることも出来ずただただ悔しさと不安が募っていた時、二発目が起きた。その時に見たオーロラのような虹。爆発を抑え込んでいたように見えたその虹を見てどこか安心を感じていたのには明日菜本人は気づけなかったが。

 

やがて負傷者を運んでいる人たちの手伝いをしている彼を見つける。その瞬間募っていた不安は消し飛んだ。

 

良かった、彼が無事で。

 

良かった、生きていてくれて。

 

しかし彼が爆破の瞬間に自分達の元を離れ、現場に向かったと知ったと同時に別の感情が自分の中に生まれていること気づく。

 

なんで何も言わなかったの?

 

なんで私達を置いてそっちに行ったの?

 

そう思うと自分の中の黒い感情が激しく渦巻き始める。ハルナ達と話す彼を見てその感情が強くなる。彼がこちらに向かって来た時、抑えるべきだと思った。だが思いに蓋をする事が出来なかった。

 

『木乃香を置いて行って!勝手にいなくなって!電話にも出ないで!』

 

『木乃香や私が!どんだけ心配したと思ってるのよ!!』

 

『さっきはあんなこと言っておいて!なんであの時っ!……』

 

「そばにいてくれなかったのよ…」

 

シャワーの音にかき消されるほど小さな声で明日菜はつぶやいた。それと同時に激しい自己嫌悪に陥る。馬鹿らしい、何様のつもりだ。彼はただの幼馴染で自分の恋人でも親でもボディーガードでもない。ただの幼馴染なのだ。そんな彼は自分たちを守る義務などない。それに彼は今にも消えそうな命を優先しただけだ。それが間違っているはずがない。実際自分たちは何ともなかった。ならそちらを優先した彼は何も間違ってはいないではないか。

 

それなのに、自分は自分達より見知らぬ人たちを優先されたと彼に嫉妬している。なんで傍に居てくれなかったんだと彼を責めてしまった。あの時の辛そうな幼馴染の顔は久しぶりに見た。以前見た時、こんな顔の彼は見たくないと思ったはずなのに、自分がそんな顔をさせてしまった。

 

「私…すっごくひどい奴だ…」

 

シャワーから出でいるお湯とは違う、熱いものが明日菜の瞳から零れ落ちていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「あ~~~~~~~~…やっちまったぁ」

 

学園都市と外部を繋ぐ大きな橋の上に祐はいた。日はすっかり落ち、月の明かりと街灯だけがあたりを照らしている。

 

あれからしばらくして麻帆良学園に帰ってきた。祐は寮ではなく学園都市内にぽつんと立っている1LDKの一軒家に一人暮らしをしている。そこに戻り荷物を置いた後ここに来た。小さい頃から何かあるとここに来るのが祐のお決まりだった。橋の下から川を覗く。

 

「あんなんじゃ見捨てられたと思われて当然か…」

 

明日菜から言われたこと、なかなかに効いている。

 

あの時フードコートで違和感を感じ、その元を探ると違和感の元は二つあった。一つは近くにある建物。もう一つはこの建物であることが分かった瞬間その場に直行した。そこには如何にもな服装をした人物と、如何にもな形をした爆弾。フードコートに潜んでいた爆弾と犯人を急いで対処した後、明日菜達が居た場所に戻ってみると避難を開始していた。その光景を見て安心して、急いでもう一つの違和感の元に向かったのが間違いだった。少なくともそこで彼女達に一言声をかけるべきだったのだ。おそらくもう一つの爆弾があったであろう場所に向かうことを優先してしまった結果がこれだ。一度これだと決めるとそればかりに集中して周りが見えなくなるとは小さい頃からエヴァに言われていたことだ。

 

「成長してないな。あの頃からなにも…」

 

あんなにも幼馴染達を悲しませてしまった。明日菜が悲しくて泣いているところなど何年ぶりに見ただろうか。

 

 

「本当のことを言った方がいいのか?いやでも処理した後に声を掛けなかったことは変わらないし、何より言ったら『コレ』のことも言わなきゃならなくなるし…普通に謝るしかないよなぁ」

 

祐は頭を掻いて手すりに体を預けた。自信があることと言えば戦う事だけの自分が嫌に情けなく思えた。

答えはいまだ出ないが今はやるべきことがある。まずはそれを片付けてからだと体を起こすと、ふいに声を掛けられた。

 

「やぁ、祐君。探したよ」

 

「タカミチ先生…」

 

声をかけてきたのはタカミチであった。先生と生徒の関係である二人だが、エヴァを通して知り合った二人は付き合いもそれなりに長い。

 

「連絡くれれば、僕から行きますって」

 

「いやぁ、いいんだよ。最近運動不足でね。こういった機会にでも動いておかないと」

 

「またまた、何をおっしゃいます」

 

気心が知れた仲のように会話をする二人。いくつか言葉を交わした後、祐の表情が真剣なものになる。

 

「僕も、今からタカミチさん達に会いに行こうと思ってたんです」

 

「爆破事件のことだね?」

 

祐は少しだけ目を見開いた後、鼻から深く息を吐いた。

 

「お見通しでしたか…」

 

「長年の勘ってやつさ。と言いたいところだけど、残念ながらそれだけじゃないんだ」

 

「というと?」

 

「今世間は今日の爆破事件で持ち切りだ。ただ、テレビなどのニュースでは取り上げられてはいないが、ネットで気になることが書かれていてね」

 

祐はそれを聞いて何となく察しがついた。

 

「おそらく現場を目撃した人たちが書いたんだろう。皆んな決まって同じことを書いていた」

 

「まぁ、そうなりますよね」

 

先ほどまではにこやかな笑顔だったタカミチも真剣な顔つきになる。

 

「あの場にいたんだね?」

 

「はい、実際に犯人とも戦闘を行いました」

 

タカミチを見つめ返し、祐はそう答えた。それを聞いてタカミチは目を閉じ、二回小さくうなずく。

 

「ここではなんだ、場所を変えよう。学園長もお待ちだしね」

 

再び笑顔に戻ると、タカミチは背を向けて歩き出しそれに祐も付いていく。

 

(はぁ、気が重い…)

 

祐の足取りはなんとも重い物だった。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

麻帆良学園都市の中にある森の中に、立派なログハウスが立っている。このログハウスこそエヴァンジェリンの住む家である。この家で茶々丸と一緒に暮らしているエヴァは、今は夕食を終えてリビングで日課であるネットサーフィンをしていた。電子機器には弱いエヴァだが、「これからはネットの時代ですよ師匠」と言って祐がノートパソコンをプレゼントしてくれたことをきっかけに、ノートパソコンに関してはそれなりに使う事ができる。茶々丸はリビングに置いてあるテレビでお笑い番組を何やら熱心に視聴していた。

 

エヴァは興味本位で爆破事件のことを調べていると、気になる記事や投稿をいくつか見つける。

 

「なぁ、茶々丸」

 

「はい、なんでしょうマスター」

 

双方画面から相手に視線を移す。エヴァの呼びかけに茶々丸が答えた。

 

「その、なんだ…祐から何か連絡は来てないか?」

 

「?いえ、本日祐さんからは連絡はいただいておりませんが」

 

「そうか…いや、ならいい」

 

そう言ってパソコンに視線を戻すエヴァ。なにやら連絡がないと聞いたあたりからムスッとした表情をエヴァは浮かべている。茶々丸は不思議そうな顔でエヴァを見て首を傾げた。

 

「全く…あの馬鹿者め」

 

エヴァが見ている画面には、『被害者多数の爆破事件。その瞬間に虹を見た⁉︎』と書かれたネットニュースが映されていた。



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未だ見えず

タカミチと祐は学園長室の扉の前にいる。祐にとっては幾度となく訪れた場所だが、今は事が事なので少し緊張した面持ちであった。タカミチが扉をノックし、声をかける。

 

「学園長、祐君を連れて来ました」

 

「うむ、入ってくれ」

 

扉の奥から声が聞こえたことを合図にタカミチが扉を開ける。するとそこには椅子に座り、机の上の資料を見ている近右衛門の姿があった。

 

「おお、祐君。こんな時間にすまんな。タカミチ君もご苦労じゃった」

 

「いえ、とんでもないです」

 

祐はそう答え、タカミチは頭を下げた。

 

「立ち話もなんじゃ。ソファにかけてくれ」

 

言われた通り来客用のソファに座る祐。相変わらず深く沈むな、とどうでもいいことを祐は考えていた。祐のテーブルを挟んで向かいの席に近右衛門とタカミチが座る。

 

「さて、さっそくで申し訳ないが、ここに呼ばれた理由はタカミチ君から聞いておるかね?」

 

「はい、こちらに来る前に。今日起きた爆発事件に関してですよね」

 

「うむ、その通りじゃ」

 

近右衛門はソファに座り直し、少し前かがみになった。

 

「今日の爆破事件、君は実際にあの現場にいたという事で間違いないな?」

 

「はい、間違いありません。あの場に居合わせて、犯人とも戦闘を行いました」

 

祐はタカミチに先ほど伝えたことを近右衛門にも伝えた。学園長は目を閉じ、「ふむ」と一言つぶやいた。

 

「なるべく遠出は控えるようにと伝えた件についてはまた追って話があるとして、事件のことについて聞かせてもらえるかの?」

 

「はい」

 

それから祐は事件のことを学園長たちに詳しく話した。

 

 

 

 

「なるほどの。同じ黒い服装にホッケーマスクをかぶった者達とな」

 

「犯人たちと深く話したわけではないので分かったことは少ないですが、幻想種などに強い恨みを持っているという事は間違いないかと」

 

「『化け物が来さえしなければ普通に暮らせていた』か…」

 

「それと顔は直接見ていませんが、声からして年齢は若かったと思います」

 

祐の話を聞いて、二人はその内容を自分の中でまとめる。

 

「彼らの犯行理由も気になりますが、異様な身体能力を持っていたことも気になります」

 

「その者達は魔法も気も使っていなかったと言っておったな」

 

「はい。明らかに常人の力ではありませんでしたが、魔力や気、それ以外の特殊な力の流れも感じられませんでした」

 

祐は犯人たちと対峙して感じたことを話し始める。

 

「やっと力を手に入れたと言っていた事、実際に戦闘して戦い慣れているようには見えなかったことから先天的なものではないと考えます」

 

「目的の為に、何らかの方法で力を手に入れた」

 

「おそらく」

 

タカミチの言葉に祐が同意した。三人はしばらく沈黙する。

 

「やれやれ…多少情報が出たとはいえ、まだまだ分からぬことだらけじゃな」

 

「すみません、もう少し引き出せていたら…」

 

「何を言う、それは祐君が気にすることではない。君が無事だというだけで十分じゃ。君は他でもない一高校生なんじゃからな」

 

そう言って祐の肩に手を置く近右衛門。祐はその手から暖かさを感じて自然と笑みが溢れた。

 

「ただし先ほども言ったが、遠出をしたことに関しては後ほど話があるからの」

 

笑顔のまま伝えられた学園長の言葉に祐は何とも言えない顔になる。

 

「はい…返す言葉もございません…」

 

対して近右衛門とタカミチはとてもいい笑顔だった。

 

 

 

 

その後情報の擦り合わせを終えた三人。祐は学園長室から帰宅することにした。

 

「それでは失礼します」

 

「うむ、こんな時間まで付き合わせてしまってすまなかったの」

 

「いえ、むしろ久しぶりにちゃんと話せてよかったです」

 

「ならわしとしては、もう少し頻繁に顔を見せてほしいんじゃがの」

 

「肝に銘じておきます」

 

祐は笑って答えた。

 

「それじゃ祐君、気を付けてね」

 

「はい。おやすみなさい学園長、タカミチ先生」

 

扉を閉じて祐は帰っていった。残った近右衛門とタカミチは共にため息をつく。近右衛門は自分の席に戻り、タカミチは机の横に立った。

 

「どう思うタカミチ君」

 

「これで終わりではないでしょう。おそらくまだ仲間はいると思います」

 

「そうであろうな」

 

お互い確証はないが確信はあった。きっとこの事件はここでは終わらない。長年修羅場を潜り抜けてきた二人の直感ともいえるものは同じ答えを導き出していた。

 

「奴らの目的ははっきりせんが、事によっては我々(魔法使い)も動く必要があるやもしれん」

 

「同感です。僕の方でも本腰を入れて調べてみることにします」

 

ただの犯罪であればこちらとしても積極的に介入するわけにはいかないが、相手が超能力者の系統であるならばその限りではない。魔法が世の中に知れ渡って早10年が経とうとしている。未だ魔法使いは次元侵略戦争以降表立って動くことはないが、一般人と協力していくつかの問題を共に片付けた事もある。今回もおそらく、こちらの介入が必要となる案件になるであろうと近右衛門は踏んでいる。出来る事ならここで終わりという事になってほしいが、叶わぬ願いであろうとも思っていた。

 

「ようやく訪れた平穏。しかし以前に比べ世界は大きく変わった。そう易々と長く続く平和が訪れるはずもないか…」

 

何ともやるせないといった風に近右衛門は口にした。タカミチは真剣な表情で窓から外の景色を見ている。

 

「学園長、彼の事は…どうお考えですか?」

 

タカミチが近右衛門に視線を向けてそう聞いた。

 

「あの子はもう充分戦った。出来る事なら戦いからは遠ざけてやりたい。じゃが…」

 

近右衛門がタカミチを見る。

 

「世界がそれを許すか、何よりあの子自身がそれを許せるのか」

 

「わしがしてやれる事は少な過ぎる。何とも…情けない話じゃ」

 

深く息をして、近右衛門は感情を噛みしめるように目を閉じた。

 

それを見て再び外に視線を戻すタカミチ。そこには自宅へと帰宅している祐の後ろ姿があった。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

女子寮の一室。その部屋には二人の少女が暮らしている。一人は一年A組出席番号18番、龍宮真名。女子高生とは思えぬグラマラスな体系に184cmという身長を持つ、ストレートの黒髪を腰より下に伸ばした褐色肌の少女である。もう一人の住人である少女は真名に反して151cmと小柄で色白。黒い髪をサイドテールに纏めている。出席番号15番、桜咲刹那である。

 

「それで刹那、お姫様とのお出かけはどうだった?」

 

ソファに座りからかう様に声をかけてきた真名に、自分の机の椅子に座っていた刹那は鋭い視線を向ける。

 

「茶化すな真名。死人が出ているんだぞ」

 

「そうだったな、これは失礼」

 

謝罪する真名だったが、心が籠っていないことは丸わかりだった。それに対して何か言おうとした刹那だったが、飄々とかわされるだけだろうと思いやめた。

 

「それにしてもまさかショッピングモールを爆破とは。相手は余程の過激派と見える」

 

真名は付けていたテレビを見ながら言う。今だテレビのニュースは爆破事件の事を扱っている。新しい情報が入ったわけでもあるまいによくやると、どこか冷めた目で見ていた。

 

「奴等がなんの目的でこんなことをしたかは見当がつかないが、どんな理由であれ許されるものではない」

 

刹那がテレビに視線を移し、その目つきをさらに鋭くする。あの時、現場で少し離れた位置から木乃香達を見つめていた小柄な少女こそ刹那であった。彼女はある理由から木乃香を常に監視している。その為今回の事件にも居合わせた。木乃香から離れず監視していたので実際にこの目で爆破の瞬間を見たわけではないが、怪我をして搬送されていた人々は見た。本人であれその友人や家族であれ、皆一様に暗い表情。中には泣いている者もいた。正義感の強い彼女がそんなことを許せるはずもない。

 

「流石に事が大きくなり過ぎたな。もうただの悪戯では済まないが、余程何かに強い憎しみでもあるのか、ただアホなだけか…どちらにしても厄介なことは変わりないな」

 

あくまで真名は一歩引いた様な物言いをした。

 

「まぁ、何はともあれクラスメイト達が無事でよかったよ」

 

「知ってたのか」

 

「なにもいいのは目だけじゃないんだ」

 

真名は得意げに笑った。刹那はアウトレットへ出かける木乃香の監視をすると言うことしか真名には告げていない。興味自体は無かったであろうが、木乃香達が教室で例の場所に行こうと計画していた会話自体は聞いていたのだろう。相変わらず抜けめないルームメイトだと思った。

 

「刹那。これは友人としての忠告だが、そろそろお前も腹を括ったほうがいい」

 

先ほどの態度から一転して、真剣な表情を真名が見せた。それに勘付いた刹那も気を引き締める。

 

「どういう事だ?」

 

「もう遠くで見ていては、守りきれなくなるかもしれないという事だ」

 

真名の言葉に刹那の表情が曇った。それを横目で見つつ真名が続ける。

 

「お前達の関係をどうこう言うつもりはないが、恐らくこれから一波くる。一つ起きれば、波というものは続けて起きるものだ。きっと世界は騒がしくなる」

 

刹那からの反応はないが、真名は構わず続ける。

 

「後悔先に立たずと言うやつだ。どれだけ手を伸ばしても、その手が届かなくなるというのは、なかなかに堪えるぞ?」

 

「ああ…肝に銘じておこう」

 

そうは言ったものの、刹那はすぐに答えを出すことができなかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

時刻は23時を回り、女子寮もすっかり静かになった。明かりの消えた部屋で明日菜は二段ベットの上の階で目を閉じている。夢と現実を行ったり来たりしている状態の明日菜にふと声がかかる。

 

「明日菜、まだ起きとる?」

 

「んぇ?なに木乃香?」

 

寝ぼけていた明日菜は少しだけ驚きながら返事をした。しかし木乃香からの返事はなく、代わりに物音が聞こえる。

 

「ごめんやすー」

 

「えっ?なに?」

 

気がつくと木乃香がこちらのベットに登ってきていた。突然の事に頭の回転が追いつかず、ぼけっとしている間に木乃香は明日菜の隣で横になった。

 

「うーん、ちょっとだけ狭いかも知れへんな」

 

「ちょっと、どうしたのよ急に?」

 

ようやく状況を理解し始めた明日菜が疑問を投げかけた。

 

「今日はそういう気分なんよ。あかん?」

 

「いや、だめってことはないけど…」

 

そんな風に上目遣いで頼まれては折れるしかない。本人は認めないだろうが、明日菜は木乃香のお願いにはめっぽう弱かった。明日菜は少し左に寄って木乃香のスペースを空けた。

 

「ふふ、なんや明日菜とこうやって寝るんは久しぶりやね」

 

「そりゃあ、もうお互い高校生だしね」

 

お互い仰向けの状態で横になる。一人で寝るには十分な大きさだが、流石に二人で仰向けになると少し狭い為、肩は常に触れている形になる。

 

「祐君のこと、まだ怒っとる?」

 

目線は二人とも天井を見つめたまま、木乃香が明日菜に聞いた。

 

「ううん、もう怒ってないわ。むしろ自分が嫌になるっていうか」

 

「なんでなん?」

 

「あいつは死んじゃいそうになってる人を助けるために動いてた。それは絶対悪いことなんかじゃない。それが分かってるのに私は…祐を責めちゃった…」

 

普段の明日菜ならこんなに自分の気持ちを曝け出すことはなかっただろう。それが今こうなっているのは、この状況がそうさせるのか、それとも他の理由があるのか。それは明日菜本人にも分からなかった。

 

「急にいなくなって心配になったのは本当。勿論それも怒った理由だけど、それだけじゃない。私、祐が私達を置いて別の人のところに行っちゃったのが寂しかった」

 

自分の思いを口にするたび、また自己嫌悪に陥る。

 

「なんの怪我もしてない人と、今にも死んじゃうかも知れない人。どっちを優先するべきかなんて考えるまでもないのに」

 

「明日菜」

 

名前を呼ばれそちらを向くと、明日菜はこちらを向いた木乃香に優しく引き寄せられた。それにより向かい合った状態で頭を木乃香の胸に抱えられる。それに少し驚くが、そこから抜け出そうとは思わなかった。

 

「明日菜はなんも悪くあらへんよ?祐君も悪くあらへん。今日の事は二人とも悪くあらへんて」

 

そう言われて明日菜は目を見開いた。胸に抱えられている為その表情は誰にも見えてはいない。木乃香は優しく言い聞かせる様に続ける。

 

「ウチかて祐君が急におらんくなってすっごく不安になったし、寂しい気持ちになったえ。大浴場で会った時に美砂も言うとったんや、そう思ってもしゃあないって」

 

気づけば明日菜は木乃香の背中に腕を回していた。木乃香と同じ様に優しく抱きしめ返す。

 

「でも祐君も悪くない。きっと祐君は、もう誰かが自分の目の前で死んでまうのは見たくないんよ。だって祐君優しいもん」

 

彼の優しさは、幼馴染である二人はよく知っている。誰かが危険な目にあっていたら黙っていられない性格なのも。

 

「明日菜も祐君も悪くあらへん。今日の事はたまたま上手く噛み合わなかっただけや。だから明日菜、そない自分を責めんであげて?辛そうな明日菜見とったら、ウチもみんなも、祐君も悲しくなってまうよ」

 

明日菜は一度抱きしめる力を強めた。しばらくして顔を上げて木乃香を見る。

 

「木乃香…私、祐になんて言えばいいのかな?」

 

「特別なことなんて言わんでええんよ。この前は少し言い過ぎてごめんって言えば。祐君もきっと、はよう明日菜と仲直りしたいって思ってるはずやもん」

 

「頑張ってみる…」

 

「うん、ウチも協力するえ」

 

木乃香の笑顔を見て明日菜も笑顔を見せた。

 

「木乃香」

 

「なに?」

 

「ありがとね」

 

「おばんどす〜」

 

明日菜は一瞬ぽかんとした後、ふふっと笑った。

 

「それ、使い方間違えてるんじゃなかった?」

 

「えへへ、祐君のまね〜」

 

二人はそれから少し話をして、気付けばどちらとも眠りに落ちていた。二人の手はしっかりと握られたまま。



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目的

事件から翌日。昼の12時を回った現在も未だ事件の新しい情報は開示されておらず、ニュースも昨日と変わらずといった状態である。

事件の事や明日菜達との事、色々とやらねばならぬ事が山積みの祐は、追って伝えられるであろう遠出をした事への罰に戦々恐々としながらも、まずは腹が減ってはという事で行きつけの店に繰り出していた。目指す先は麻帆良学園の超人気店、中華料理屋台『超包子(チャオパオズ)』である。

 

祐が目的の場所、学園都市の広場に着くとそこは既に多くの人で賑わっていた。超包子は路面電車二台を屋台とし、不定期で営業が行われている。営業予定日などはSNSで発信しているようだ。

 

「あれま、まぁこの時間帯じゃしょうがないか」

 

そう言ってなんとか空いている席を探し出した祐はその席へと座る。するとそれを待っていたかの様に一人の人物が話しかけてきた。

 

「やあやあ祐サン。毎度ご贔屓にどうもネ」

 

「こんにちは超さん。今日も繁盛している様で」

 

「勿論ネ。我が超包子は麻帆良1ヨ」

 

話しかけてきた少女はこの超包子のオーナーにして麻帆良が誇る世紀の大天才こと一年A組出席番号19番、超鈴音である。

 

「そりゃ間違いない。では今日もその味を堪能させていただきます」

 

「任せるネ!ご注文はいつものでよろしいカ?」

 

「お願いします」

 

「かしこまりネ」

 

常連であり顔馴染みの祐はこの店でいつも同じものを頼む。超を始めとした従業員達はそのことを周知である。従業員の中には他のA組の生徒も何人かいる。その中でも特に重要なのはこの店の料理長を任されている四葉五月だ。今もこの大忙しの中その腕を奮っている事だろう。

 

オーダーを取り屋台に戻ろうとしていた超は一度立ち止まり、祐の方に振り向いた。

 

「そうだ祐サン。食事が終わったら私のところに寄ってほしいネ。少しお伝えしたい事があるヨ」

 

「え?あぁ、了解」

 

「お願いネ」

 

(伝えたいことってなんだ?)

 

疑問に思いながら料理が運ばれてくるのを待つ。ほどなくして従業員が料理を運んで来た。

 

「こんにちは祐さん。お料理お待たせしました」

 

「おお、こんにちは茶々丸。料理どうも」

 

料理を運んできたのは茶々丸であった。彼女も従業員としてこの店で働いている看板娘の一人だ。

 

「今日は手伝いの日だったんだ。いいねその服、相変わらず似合ってる」

 

「あ…ありがとうございます」

 

従業員の制服であるチャイナドレスを褒めと料理をテーブルに置きつつ茶々丸が答える。それが終わると祐の顔をじっと見つめ始めた。

 

「えっと、どうかした?」

 

「いえ…あの、祐さん。マスターが…」

 

「師匠がどうかしたの?」

 

「いえ、やはりなんでもありません。すみません、忘れてください」

 

「えぇ…このタイミングで切る…?」

 

ごめんなさい、と言って茶々丸は屋台に戻っていった。なんとも気になるところなので、後でエヴァに連絡してみようと思いつつ祐は料理に手を伸ばした。

 

 

 

 

「美味かった…五臓六腑に染み渡った…」

 

料理をすべて完食し、料金を屋台に払いに行くと古菲がレジにいた。

 

「ごちそうさまでした。クーさんお会計お願い」

 

「おぉ祐。毎度どうもアルヨ」

 

手慣れた様子で仕事をこなしていく古菲。

 

「さっき超さんに話があるって言われたんだけど、今屋台の方にいる?」

 

「事務所の方の屋台にいるはずアル。話って何アルか?」

 

この質問が来るということは、今から聞かされる話は超以外は誰も知らないという事だろう。

 

「俺もわかんない。皆目見当もつきません」

 

「もしかして祐、告白されるんじゃないアルか?」

 

古菲がおどけた様に言った。しかしそれを聞いた祐は真剣な表情になる。

 

「マジかよ、ついに来たか…ごめん俺一回風呂入ってくるわ」

 

「自分で言っておいて申し訳ないアルが、たぶん違うから入らなくていいと思うアル…」

 

そもそもなぜ風呂に入る必要があるのかは古菲は聞かなかった。古菲の発言を聞いた祐は「なんだよ!冷やかしかよ!そういうのはよそでやっておくんなまし!」と言って超の待つ屋台に走って行ってしまった。

 

 

 

 

「超さんいらっしゃいますか?」

 

事務所兼倉庫として使っている二両目の屋台のドアをノックして声をかける祐。するとすぐに返事が返ってきた。

 

「ハーイ。どうぞ、空いてるネ」

 

それを聞いてドアを開け中に入る祐。そこには机の上にノートパソコンを置いて何やら作業を行っている超がいた。

 

「わざわざご足労かけて申し訳ないネ」

 

「いえいえ、とんでもない」

 

「さぁ、こちらに掛けてくれたまえ」

 

自分の隣にパイプ椅子を置く超。失礼します、と祐はその椅子に座った。パソコンから祐に体の向きを変え、二人は向かい合う形になる。

 

「さて、さっそくではあるがまずは用件を伝えることにするヨ」

 

「お願いします」

 

なんでかわからないが、そうした方がいい気がしたので祐は姿勢を正した。

 

「用件とは他でもない。昨日の爆破事件のことネ」

 

それを聞いた祐はわからないといった顔をした。

 

「昨日の爆破事件は俺も知ってるけど、なんでその話を俺に?」

 

「それはもちろん、貴方が事件の当事者の一人だからヨ、祐サン」

 

ニヤリと笑って超はそう言った。対して祐は困ったような顔をした。

 

「明日菜達から話を聞いたの?」

 

「祐サン達があの日アウトレットに行くことはたまたま教室で小耳にはさんだネ。でも私は祐サンが爆破の現場にいて、犯人と戦闘したってことも知ってるネ」

 

「だから被害者ではなく当事者と言ったヨ」

 

祐の表情が真剣なものへと変わった。

 

「どうしてそこまで知ってるか聞いても?」

 

超はフフン、と鼻を鳴らすと得意げに答えた。

 

「祐サン、今あなたが持っているスマホはだれが作ったものカナ?」

 

「えっ、超さんだけど…ちょっと待って!?これに何かついてんの!?」

 

そう言って急いでポケットからスマホを取り出す。祐の使っているスマホは超がお近づきの印にとくれたお手製のスマホだった。

 

「そのスマホには一定以上の衝撃や周波数が観測されると、自動で私に祐サンの今いる場所が伝えられるようになってるネ」

 

「俺のプライベートは…いったい…」

 

「普通に生活している分には作動しないヨ。今回は爆発音がそれに該当した感じネ」

 

しかしそこで祐に疑問が浮かぶ。

 

「でもいた場所が分かっても、俺が何をしていたかまではわからないはずじゃ」

 

「そこは私物の人工衛星をもってすれば、どうとでもなるヨ」

 

「あれ、もしかして犯罪者の方ですか?」

 

「何を言うカ、これも祐サンを心配すればこそネ」

 

「俺は息子か何かか」

 

「まだ私はそんな歳じゃないネ」

 

「そういう事じゃないよ…」

 

祐はため息をついた後、改めて超を見た。

 

「まぁ、俺のプライベートの件は良い」

 

「良いのカ?」

 

「いや間違えた。良くないけど、いったん置いとく。それより本題に移ろう」

 

手を組み、前かがみの姿勢になって超を見つめる祐。超はそれに応えるように見つめ返した。

 

「俺に伝えたいことっていうのは何?」

 

「うむ、まずはこれを見てほしいネ」

 

超はパソコンを操作し画面を変えると自分の椅子を横に引いた。それに合わせて祐も椅子を引き、超の横に詰める。画面には試験管のような物に青い液体が入っている画像が写されていた。

 

「実は越谷で事件が起きてから、私はずっとこの件について独自に知らべていたネ」

 

「どうして?」

 

「ただの爆破事件とは思えなかったからヨ。強いて言うなら女の勘というやつネ」

 

「そりゃまた…」

 

超の回答に何とも言えない顔をする。超は話を進める。

 

「お気づきかもしれないが、犯人は一人二人ではなく集団ネ。正確な人数は掴めていないが、20人前後と私は踏んでいるネ」

 

「何か理由が?」

 

「彼らの隠れ家を見つけたからヨ。今はもう破壊した上で移動してしまっているから其処にはいないがネ」

 

流石にこれには祐が驚く。

 

「場所を見つけたってどうやって…まだあいつらが何なのかも分かってないってのに」

 

「そこは私が天才と呼ばれる所以と思ってほしいネ」

 

そこで祐はジト目を向ける。

 

「詳しくは企業秘密ってことか…」

 

「話が早くて助かるヨ」

 

そこで超が画面を指さす。

 

「そこで発見したのがこれネ」

 

「青い液体ってことしかわからんな」

 

「これが彼らの力の源と言ったら、どう思うネ?」

 

祐が画面から超に視線を向ける。その視線を受けて超は一度笑ってから説明に入った。

 

「実際に戦った祐サンならわかっているとは思うガ、彼らの身体能力の高さは常人のそれではなかったはずネ」

 

「仰る通りで。なのに奴らから特殊な力は感じなかった」

 

「それもそのはず。彼らの力は科学の結晶だからネ」

 

「科学の結晶?」

 

椅子に座り直し、足を組んで超が話す。

 

「この液体を体に投与するとあら不思議、姿形は変わらぬままで常人が到達しうる極限の身体能力が手に入るという代物ヨ」

 

「私は便宜上この液体のことを『超人血清』と呼んでいるネ」

 

「超人血清…」

 

「効果は先ほど言った通り、体内に投与すればたちまち超人の出来上がりヨ。彼らの会話を盗聴してたガ、この血清の説明と効果を事細かく語ってくれて非常に助かったネ」

 

「盗聴もしてたんかい」

 

「おっと、これはオフレコでお願いネ」

 

人差し指を立て、唇の前に持ってくる超。祐は今さらかと思いそれ以上触れるのはやめた。

 

「でも盗聴できてたんなら、あいつらの目的や狙う場所なんかも分かったりは」

 

「残念ながらそこまで口は軽くなかったネ。その二つは私にも分からないヨ」

 

確かに残念だ。それが分かればこれから先手を打つこともできただろうが、相手もそこまでおしゃべりとはいかなかった。

 

「まぁ、そこら辺は犯人を捕まえた警察あたりに任せるとして。重要な事がまだあるネ」

 

「どうやってこれを手に入れたのか、だよね」

 

「その通り」

 

正解、と言うように祐を指さした超は再びパソコンに視線を戻す。

 

「このような物を開発するには昨日今日とはいかないネ。それに年月だけでなく非常に高度な頭脳が必要となる」

 

「それが今まで影さえ見せず一切世に出ていなかったこと。トップシークレットとして厳重に秘蔵され続けたという線もあるガ、手にした者たちがテロリストとは言え少数の名も無い集団だと考えると、ほぼほぼこれは『次元漂流物』と見て間違いないと思うヨ」

 

彼らに超人血清(これ)を渡した裏で手を引いている者もいるだろうけどネ、と超は言った。

 

この世界が異世界、別次元と繋がるようになってから、時折別世界の物が流れ着くことがある。それを総称して次元漂流物と呼ぶ。

 

「こんなもんどこの次元が作ったんだ」

 

「次元は無数に存在するネ。どこから流れてきた物なのかを特定するのはまず不可能ヨ」

 

「ま、そりゃそうだわなぁ」

 

祐は腕を組み深く息を吐いた。

 

「これがあの集団全員に行き渡ってるのか、まだまだ数があるのかはわからないけど。次元漂流物が関わってるとなると一般人が対処できる問題じゃ無くなったと見ていいな」

 

「この情報は麻帆良学園の魔法使いの皆さんにも先ほど送ったヨ。もちろん匿名でネ」

 

「前から思ってたけど、何で自分の事隠すんだ?」

 

「その方が都合がいいからヨ。じゃないと今のように自由に動けなくなるネ」

 

「自由ねぇ」

 

胡散臭いといった視線を祐から受けるが、超はどこ吹く風だ。

 

「もし私の事がばれたら祐サンも同罪ネ。私達は最早一心同体ヨ」

 

「いよいよ脅してきやがったなこのチャイナ娘」

 

「貴方にはそれなりの物を渡してるつもりヨ。信用もネ」

 

「いつも世話になってるのは間違いないけど、ほんとに信用されてるのかね」

 

疑いの気持ちを口から出すと、超がそれに反応する。

 

「むっ、さすがに聞き捨てならないネ。私の祐サンへの信頼は本物ヨ。現にこうやって唯一顔を合わせて情報を渡してるではないカ」

 

「いや、まぁ…そうなんだけど、超さん自分の事あんまり話さないからさ」

 

「それを貴方が言うのはどうかと思うネ」

 

「俺はほら、聞かれなかっただけだから」

 

「私も聞かれてないだけネ」

 

「聞いたら教えてくれる?」

 

「内容によるネ。祐サンなら特別に下着の色までならOKヨ」

 

二人を沈黙が包む。祐の顔は何時になく真剣だ。

 

「……何色ですか」

 

「今日はピンクネ」

 

そう言って超は着ていたチャイナドレスのスカートを少し捲り、下着を祐にわずかに見せる。

 

「信用します。そしてあなたに忠誠を誓います」

 

椅子から立ち上がり超の前に跪く祐。悲しいかな祐は思春期真っただ中の高校男子だった。エヴァが見たらさぞ悲しむだろう。

 

「信用してもらえたようで何よりネ」

 

座ったまま祐の前に手を差し出し、祐がそれを取って立ち上がり元の椅子に座る。

 

「まじめな話、祐さんとはこれからも仲良くしていきたいと思っているネ。だからこれはその為の投資のような物ヨ」

 

「投資なんかしてもらわなくても、俺も超さんとは仲良くしたいと思ってるよ?」

 

まっすぐな視線で超にそういう祐。超はそれを見て優しく笑った。

 

「それは嬉しいネ。でもこれは私がやりたくてやっている事。気にしなくていいヨ」

 

「そっか、じゃあこれからもよろしくお願い致します」

 

「こちらこそネ」

 

そう言って互いに頭を下げた。

 

「さて、話は以上って感じかな?」

 

「そうネ、今私が持っている情報は…」

 

そう言ってパソコンを操作する超。途中指が止まり、そのまましばらく固まる。祐が不審に思い声をかける。

 

「超さん?どうかした?」

 

「思っていたよりも早く動いたネ。彼らどうやら本格的に動き始めるようだヨ」

 

祐が事態を把握できずにいると超が口を開いた。

 

「彼らがネットに動画をアップしたネ」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

何もない部屋に数人の人物が並んで立っている。全員が黒いライダースジャケットに黒いズボン、そしてフルフェイス型のホッケーマスクを着けている。其処に居る人物たちの中には何人か女性も交じっている。中央に立つ人物もおそらく体形から女性であろうことが見て取れた。

 

「皆さん、我々は前日のアウトレットを爆破した者たちの仲間です」

 

中央に立っていた人物がしゃべり始める。音声は加工してあるようだ。

 

「そして越谷の市民館、神奈川の博物館を爆破したのも我々です」

 

 

 

 

なぜ我々がそのような行動に出たのか、それはまず我々の経緯を語る必要があります。

 

皆さんもご存じの通り今から八年前の2014年、日本の静岡県伊豆市に次元変動の影響で二つの別次元の生命体がやって来ました。

 

彼ら二つの生命体は戦争中であり、その最中にこの世界にやってきたのです。

 

そして悲劇が起こりました。あろうことかその生命体達はその場で戦闘を始めたのです。

 

何の罪もない人々が大勢その戦闘の犠牲となりました。

 

我々はその事件の生き残りです。

 

我々はその場で愛する家族を、友人を、隣人を失いました。

 

それから日本では直接的被害はその一度だけではあったものの、世界中で次元同士の戦闘が起こり、2018年には多次元侵略戦争がはじまります。

 

いくつもの次元を巻き込んだこの戦争は二年前に一応の決着を見せました。

 

皆さんはこの世界が平和になったと思っているのでしょうか。

 

それは間違いです。別次元はいまだ無数に存在します。

 

それどころか今この世界に別次元の者達が住んでいます。我々の世界に我が物顔で暮らしているのです。

 

彼らが直接戦争に参加したわけではないとしても、彼らと同じ次元の住人が戦争を行っていました。

 

いつ新たな次元が現れるか、今隣で暮らしている別次元の住人が牙をむくのかわからないのです。

 

それなのにこの世界の多くの人々は別次元の者達を受け入れ、共に暮らしていこうとしています。

 

そんな者たちに問いたい。貴方は自分の大切な人が彼らに殺されても今と同じことができるのかと。

 

受け入れる事、認めることは美しいことでしょう。しかし、すべての物を受け入れ認めることはできません。

 

自分を、大切なものを守るために拒み、認めないことも必要なはずです。

 

我々は別次元の住人たちを認めない。許しはしない。そして、それに協力する者達も。

 

今までの爆破はその意思表示にして、そういった者達への警告です。

 

過激だと、人殺しだと言う者もいるでしょう。しかし世界が変わるためには生半可な事では意味がない。祈るだけでは、待っているだけでは世界は変わりはしません。

 

我々はこれより別次元の者、それに協力する人々を敵と認定し攻撃を仕掛けていくとここに宣言します。

 

正直に言えば我々は少数であり、力も強大ではありません。我々がこの戦い勝つことは難しいでしょう。

 

しかし、我々が戦うことによって我々の遺志を継いで戦う者達が生まれてくるはずです。

 

そして何時しかこの世界に真の平和をもたらすと信じています。

 

それこそが我々の目指す勝利なのです。

 

我々の敵は別次元の住人とそれに属する者、そしてそれに肯定的もしくは協力的な者のみです。

 

そうでない人々には手を出すつもりはありません。

 

これを見た皆さんがこの世界のために立ち上がってくれることを願っています。

 

全ては正常な世界の為に

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「我々は『トゥテラリィ』真の平和を望む者」

 

その言葉とともに動画が終了した。共にそれを見ていた祐と超は黙ったままだ。

 

「トゥテラリィ…ドイツ語で守護者を意味する言葉カ。大きく出たネ」

 

そう言った超は祐を見る。真剣な表情をしていたものの、その表情からは感情が読み取れなかった。

 

「祐サン、これは思ったよりも悠長にはしていられないかもしれないヨ」

 

「ああ…間違いないね」

 

そんな中祐のスマホの着信音が鳴った。

 

「タカミチ先生からだ」

 

「おや、さっそくお呼びがかかったネ」

 

「超さん、俺行ってくる」

 

スマホをしまい祐が椅子から立ち上がる。超はそれにうなずく。

 

「いってらっしゃい祐サン。何か新しいことが分かればまた連絡するネ」

 

「ありがとう、それじゃまた」

 

そう言って駆け足で進み、ドアを開けたところでこちらに振り向く。

 

「料理ごちそうさま。今日もおいしかったって五月さんに伝えておいて」

 

知道了(ヂー ダオ ラ)。しっかり伝えておくヨ」

 

頼んだ、と言って祐はドアを閉めその場を離れていった。そのドアをしばらく見つめる超。

 

加油(ジャヨウ)祐サン。貴方の活躍を大いに期待しているネ」



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同じ始まり

超包子を後にした祐はタカミチからの連絡を受け、学園長室に向かっていた。すれ違う人々も先ほどの映像を見たのだろう。どこかその表情には不安や困惑が見える。都市全体がざわめいているのを感じながら、祐は目的地へと急いだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

学園長室に着いた祐はドアをノックする。すぐに返事が返ってきた為、祐はドアを開けた。

 

「失礼します」

 

「二日続けて呼び出してすまんな祐君」

 

「気にしないでください、こんな状況なんですし」

 

そう返し部屋を少し見渡すと、そこには学園長、タカミチ、そしてスーツを着た知らない男性がソファに座っていた。

年齢は40代前半ぐらいだろうか、どこか貫禄を感じさせる男性だ。

 

「祐君、紹介するよ。彼は太田源八さん。今回の爆破事件を担当している刑事さんだ」

 

タカミチが紹介してくれた男性がこちらを見て会釈をした。それに初めましてと返す祐。源八は何で今ここに学生がといった顔をしていた。

 

「太田さん、彼は逢襍佗祐君。麻帆良学園の高校一年生です」

 

「ああどうも、太田源八と申します。えーと、高畑先生?なぜ今学生さんを?」

 

そう言われたタカミチは祐を自分の横に座らせて、祐の肩に手を置いた。

 

「彼は学生ではありますが、裏の世界にも深く関わっている子です。今後顔を合わせる機会も増えるかも知れないので、ご紹介をと思いまして」

 

「と言うと魔法使いさんで?」

 

「いいえ。厳密には違いますが、彼は超能力者という事になっています」

 

二人の話を黙って聞いていた祐は頃合いを見計らって声をかける。

 

「タカミチ先生、太田さんは魔法関係者の方なんですか?」

 

「いや、彼は一般の方だよ。ただ警察と我々(魔法使い)の橋渡しをしてくれているんだ」

 

「俺としちゃあ魔法とか超能力とかってのはからっきしなんだが、何の縁かそういうポジションになってる」

 

タカミチの紹介に源八は頭を掻いた。それを聞いて祐は納得する。前にタカミチが所属している魔法使いの団体『悠久の風』と警察が協力して事件の解決に当たったという話は何度か聞いた事がある。おそらくその時からの縁なのだろう。

 

「えっと、そちらのアマタ君だっけ?この子はどんな魔法…では無かったか。どんな力を使うのか聞いても?」

 

「そうですね。祐君、良いかい?」

 

タカミチに「はい」と答えた祐は源八の方を見て口を開いた。

 

「虹を出せます」

 

「「「………」」」

 

学園長室に沈黙が訪れた。呆れた顔をしていた源八だが、その表情がだんだん変化していく。

 

「いや待て、虹って言ったか…虹…まさか君が」

 

「太田君、あの日犯人達を捕らえ、爆発を抑え込んだのは他でもない彼じゃよ」

 

虹という単語に心当たりがあった源八がまさかと声をあげると、近右衛門が詳しく説明した。源八は額に手を当てる。

 

「はぁ〜、噂の虹の正体がまさかこの子だったとは…」

 

「どうもその節はお騒がせしまして」

 

頭を下げる祐に源八は顔の前で手を振った。

 

「いや良いんだ。確かに騒ぎにはなったが、君があの爆発を何とかしてくれたんだろ?てことはフードコートのあれも…」

 

「はい、何とか間に合ったんで僕が抑えました」

 

「やっぱりか…でもどうやったんだ?同じ爆弾ならなかなかの威力だったはずだが」

 

「こう、丸めてギュッとしました」

 

「そ、そうか…」

 

抽象的すぎる言い方に源八はまたも呆れ顔であった。

 

「アバウトな説明で申し訳ないんですけど、如何せん僕自身もこの力が何なのかわかってない事の方が多いもんで」

 

「わかってない?」

 

「彼の力は今までに前例的なものが無いんです。虹色の光が出せる事、その光を様々な形に変換して物体にもエネルギーにも出来る事以外は、我々も把握していない状態です」

 

タカミチが話の補足に入る。

祐の力、虹色の光はこの世界の長い歴史の中でも前例が無い。未だ解明には至っておらず、魔法でもない事から括り的には一応超能力という事になっている。

 

「そりゃなんとも…まぁ、色々出来るってことで間違ってないか?」

 

「その認識で問題無いでしょう」

 

「さて、顔合わせも済んだところで本題に移ろうかの」

 

源八の質問にタカミチが答え、一段落したところで近右衛門が声を掛けた。

 

「本題ですか?」

 

「うむ。今日は今後の事を話し合うため太田君に来てもらったんじゃが、先ほどの動画のことで話が大きく動くことになっての」

 

先ほどの動画とは間違いなくアップされた犯人たちの犯行声明の事だろう。

 

「あやつらの目的が判明した今、無視できない問題が間近に迫っておる」

 

「今日から四日後の六月九日、東京都内でこちらの世界と別次元の政府間での会合が行われる予定なんだ」

 

近右衛門の話をタカミチが継いで話す。

 

頻繁に別次元と繋がるようになり、優れた文明を持つ次元であれば次元の行き来すら可能となった今の世界では、時折こうした別次元同士での会合などが行われる。それが運悪く四日後に迫っているというのだ。

 

「そんなの間違いなくあいつらは仕掛けて来ますよ?」

 

「だからこちらとしては中止なり延期なりしてほしいんだが、上の連中ってのはどうも能天気でな…」

 

祐が当然のことのように言うと源八は苦い表情を作って言う。

 

「もしかするとテロリスト風情には屈さないだとか余計な対抗意識を燃やして強行しかねねぇ」

 

「僕たちも掛け合ってみるつもりだけど、どうなるかは正直分からない状況なんだ」

 

「なんでそこで変な意地張るかなぁ…」

 

源八とタカミチがそう答えると、祐は呆れたように言った。

 

「実際に戦闘を体験していないからこその楽観主義というべきか…なんとも情けない話じゃ」

 

近右衛門はこの状況に頭を悩ませる。戦争終結後、大きな事件が起こっていなかったことも今回の件に悪い意味で影響を及ぼしているのは間違いなかった。

 

「学園長、タカミチ先生、太田さん。あいつら…確かトゥテラリィでしたっけ?それに関してなんですが」

 

「もともと顔合わせとして祐君を呼ぶつもりではあったが、呼び出したのはそちらの要件もある。いや、出来たというべきか。どうやら奴らは次元漂流物で超人的な身体能力を身に付けておるそうじゃ」

 

源八はまだその話を聞いていなかったのか驚いた顔をする。祐としてはすでに知っている話ではあるが、知っていたらおかしな事になるので少し驚いた表情を作った。

 

「例の匿名からの情報だよ。ご丁寧に彼らの会話を盗聴した音声まで送ってきた。この匿名の人物に思うところはあるけど、今はこの情報を使わせてもらうしかない。今までの事からも情報が信用に値するとは思うからね」

 

話を聞いていて何のことか分からないといった顔の源八に、近右衛門とタカミチが件の匿名で情報を送ってくる人物についての説明を始める。

 

匿名の人物、祐は知っている。その人物『超鈴音』は今までもその能力をいかんなく発揮し、麻帆良学園に所属する魔法使いたちを陰ながら支援してきた。勿論はじめのうちは信用されていなかったが、今ではその正確性、スピードが確かなものであるという実績が数多くある為、無視できないものとなっている。未だその実態を掴めていないので危険視自体はされているが。毎回この話題が出て来る度に祐は内心穏やかとはいかないので何とかならないものかと思っている。

 

「なるほど、今までの事からもその情報は信用に値すると?」

 

「実際何度かこの人物の情報に助けられたのは事実です。情けない話ですが」

 

タカミチ達の話を聞き、一応の納得を見せる源八。仮にそれが本当だとするならばいよいよ彼ら(魔法使い)の力を借りる必要がある。

 

「奴らの件、あの動画を見たのならば祐君にとっては何より無視できない事もあったじゃろう」

 

「はい、まさかこんな事であの件に触れる事になるとは思ってもいませんでしたよ」

 

「無視できない事?」

 

源八がそう聞くと、近右衛門もタカミチも暗い表情をしていた。祐は少し考えるそぶりをしてから源八の方を向いた。

 

「あいつらは静岡県で起きた事件の生き残りだと言っていました」

 

「ああ、確かにそう言ってた」

 

「僕は生まれも育ちもここ埼玉県麻帆良市です。でも僕も、あの事件に関しては他人事ではないんです」

 

「それは、つまり…」

 

その話の続きを予想して、源八の表情も曇りを見せる。

 

「ここにいる皆さんに、一つお願いがあるんです」

 

三人を見つめ、決意したような表情で祐は切り出した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「なぁ、明日菜~。まだ終わらんの?」

 

「ちょっと待ってよ、もう少しだから」

 

女子寮、明日菜達の部屋。明日菜は自分の机で一心不乱に紙に文章を書いており、木乃香はそんな明日菜を見て呆れ顔だった。ネギはそんな二人を苦笑いを浮かべながら見ている。

 

「特別なことは言わんでええって言うたやん」

 

「そうだけど…いざって時に何言うか忘れちゃったら困るでしょ!」

 

「ごめんって言うだけやんか」

 

「わ、分かってるわよ…これは、そう!その後の会話のデッキを作ってるのよ!」

 

「初対面やないんやから…」

 

あれから気を持ち直した明日菜は祐に謝罪をするべく祐に会いに行くと思いきや、準備が必要だと昼食を食べ終えてから机に向かい、文章を書き始めた。かれこれ二時間ほど経過しており、さすがに木乃香も痺れを切らせ始めた。

 

ネギとしては朝に明日菜から昨日は祐と喧嘩をしてしまって落ち込んでいたと聞かされたため、どういう状況なのか分かってはいる。しかし明日菜が机に向かってからてんで動かない為、苦笑いといった状態だ。

 

「もう、勇気がいるのはわかるけど、先送りにしとったらもっと言いづらくなるえ」

 

「明日菜さん頑張ってください!勇気を出すときですよ!」

 

木乃香からは正論を、ネギからは励ましを受けた明日菜はペンを置いて深呼吸する。

 

「わかった、よし!今から祐に謝りに行く!」

 

「その意気やで明日菜!」

 

「応援してます!」

 

こぶしを握り気合を入れる明日菜。それを見た二人も何故かこぶしを握って気合を入れる。

 

「じゃあちょっとお手洗いに…」

 

そそくさとトイレに向かおうとした明日菜に二人はずっこけた。

 

「明日菜~!往生際が悪いわ!」

 

「絶対今行くところだったじゃないですか!」

 

「なによ!ちょっとお手洗いに行こうとしただけでしょ!」

 

騒ぐ三人の部屋にこれまた騒がしい足音が近づいて来る。その足音は明日菜たちの部屋の前で止まると激しくドアをノックした。

 

「たく、なによ騒がしいわね」

 

そういって明日菜がドアスコープから外を覗くとそこにいたのは昨日一緒に出掛けた六人だった。ただしその表情は焦っているように見える。さすがに不思議に思いドアを開けると、六人が部屋に流れ込んでくる。下敷きになったハルナが「ぐえっ‼」と声を出した。

 

「うわっ!」

 

「え~!なんや!?」

 

「皆さんどうしたんですか!?」

 

驚いた明日菜達が声を掛けると比較的上の方にいた美砂が声を上げる。

 

「明日菜木乃香!あんた達動画見た!?」

 

「動画?何の話よ?」

 

「今すぐ見て!昨日の爆発の犯人の仲間が動画アップしたの!」

 

円の言葉に明日菜達は、部屋に六人がなだれ込んできた時以上に驚いた顔をした。

 

 

 

 

「我々は『トゥテラリィ』真の平和を望む者」

 

ハルナのスマホで動画を視聴し終えた明日菜達。皆一様に表情は暗いが、特に明日菜と木乃香の表情は暗かった。

 

「彼らの目的は別次元に関係していたんですね…」

 

「だからそれに関するものを展示していた博物館やイベント会場を爆破したようです」

 

「でも、あそこにいた人たちは何の関係もないのに…」

 

ネギのこぼした言葉に夕映が答える。のどかはただその場にいただけで何の罪もない人達が傷ついたことに心を痛めているようだった。そんな中黙ったままの二人にハルナが声を掛ける。

 

「二人とも?大丈夫?」

 

「そんな…あの事件の生き残りって…」

 

明日菜は放心状態の様に小さくつぶやいた。周りもそれに気づき二人を心配する。

 

「ちょっと二人とも、どうしたのよ?」

 

「おんなじや…祐君と…」

 

「え?」

 

木乃香の言葉に美砂が反応すると、再び足音が近づいてきた。それに全員が気付くと、程なくしてドアが勢いよく開かれる。

 

「明日菜さん!木乃香さん!」

 

「あ、いいんちょだ」

 

桜子が何とも気の抜けた声でそう言う。そこにいたのはあやかだった。ずいぶん急いできたのだろう。息を切らし、額には汗がにじんでいる。すると明日菜があやかの方を向く。

 

「委員長…」

 

「その様子ですと、例の動画はもう見たようですわね」

 

あやかの表情も明日菜と木乃香同様、ひどく暗いものだった。



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仲直りはお早めに

第一印象は『変なやつ』だった。

 

何考えてるか分からないし、よく分からないことも言う。

 

ぼーっとしているような時もあれば、一生懸命な時もある。

 

何でもないことで笑って、何でもないことで悲しんで。

 

気づいたら一緒にいる事が増えた。

 

きっかけは正直覚えてない。

 

委員長と喧嘩をしている時に間に入ってきた時だった気もするし、そうじゃ無かったような気もする。

 

ただ一緒にいて楽しかった。

 

その後に木乃香が来て、私達は3人一緒の時間が増えた。

 

そこにたまに委員長もいて、4人で遊ぶことも少なくなかった。

 

私達が8歳の時、あいつは家族で旅行に出かけた。

 

そこで事件に巻き込まれた。

 

それを聞いた時は不安で仕方がなかった。もしかしたら死んじゃったんじゃないかと思うと体が震えた。

 

木乃香も委員長も同じだった。でも、その時の担任の先生や高畑先生からあいつが無事だって聞いた。

 

私達は安心して喜んだ。これでまた皆んなと一緒に遊べる、一緒にいられると思ったから。

 

でも事件から一週間経ってもあいつには会えなかった。

 

どうして学校に来ないのか先生に聞いても、もう少ししたら会えるよとしか教えてくれなかった。

 

事件から二週間後、あいつが学校に来た。

 

久しぶりに会えたあいつは

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

女子寮の入り口のすぐ近くの広場に、明日菜、木乃香、あやかが向かい合って立っている。

 

あやかが部屋にやってきたあの後、少し三人で話をしたいとあやかは明日菜達二人を連れて外に来ていた。あまり周りには聞かれたくない話だったからだ。

 

「さて、この辺りでいいでしょう。あまり皆さんに聞かせる話でもありませんから」

 

「そうやね」

 

「さっきの動画の…静岡の事件のことよね?」

 

明日菜があやかに聞くと、あやかは静かに頷いた。

 

「ええ、その通りです。まさかこんな形でまたあの事件に触れる事になるとは思ってもみませんでした」

 

「私達もよ。ほんと…よりにもよってね」

 

「爆破事件を起こした人達が、祐君とおんなじ境遇の人達やったなんてな…」

 

2014年10月。日本に二つの別次元の生命体が飛来し、戦闘を行なった結果、多くの犠牲者が出た痛ましい事件。その場に祐はいた。家族旅行で静岡県伊豆市に出かけていた祐は、何の不幸かその戦闘に巻き込まれてしまった。祐は命に別状はなく、奇跡的に軽傷で助かった。

 

家族を失って。

 

その後の祐がどうなったか、三人はよく知っている。忘れることもできない。祐は、必死で無理をしていた。友人達に声をかけられ、心配していたと伝えられた時にごめん、ありがとうと笑っていた。ただその笑顔は本物ではなかった。

 

無理矢理笑顔を作っているのが明日菜達はすぐにわかった。辛くて悲しくて堪らないのを必死に笑顔で覆い隠している彼の顔は、今でも脳裏に焼き付いている。その頃から祐の口癖は「大丈夫」になった。三人はそれを見て、自分達に出来ることを必死で探してそれをしようとした。何かしてほしいことはないかと聞けば返ってきたのは、今までみたいに一緒にいてくれればいいというものだった。

 

三人はそれを実行した。どんな時も祐から離れず、彼に寂しい思いをさせまいと常に祐のそばにいた。彼女達以外の祐の幼馴染も友達も、祐のそばに居続けた。

 

11月半ばごろから祐は変わり始めた。どこか今までずっと続けていた無理を、少しずつしなくなっていったのだ。これには明日菜達三人をはじめ、友人や周りの大人達も安心した。祐はみんなのおかげと言っていた。

 

祐の言っていることはもちろん嘘ではなく本心だということはわかっている。しかし、祐が憑き物が落ちた様になったのは、自分達以外の何かが一番の要因だと三人は感じた。確証は勿論無かったが、確信はあった。そしてそれは明日菜達はまだ知り得ていないが、実際その通りであった。恐ろしきは女の勘であろうか。祐が元気になりはじめたことは純粋に喜びつつ、一番の要因が自分達でなかったことはなんだか悔しく感じた。

 

「あれから八年経ったとはいえ、このことを聞けば嫌でも祐さんはあの時のことを思い出すはずです。おそらくこれだけの騒ぎであれば、祐さんの耳にも間違いなく入るでしょう。いえ、もう入っているのかもしれません」

 

あやかの言葉に明日菜と木乃香は祐のことを思い、表情を暗くする。しかし、明日菜は何かを決めたのか顔を上げた。

 

「祐がこのことを聞いて、あの時のことを思い出してまた辛い気持ちになってるなら、それで誰かにそばにいてほしいって思ってくれるなら、私は前と同じようにする」

 

そう言った明日菜を見て、木乃香は笑顔を見せて明日菜に続いた。

 

「そや、前みたいに…ううん、前以上に祐君のそばにずっとおる。そんで寂しいなんて思わんくてええぐらい、いっぱいお話するえ」

 

あやかは二人の発言に若干驚いた顔を見せた。だがすぐに優しい笑みへと変わる。

 

「あなた方二人がどうしようか迷っている様なら、背中を叩いて差し上げようと思っていましたが…どうやらその必要はなさそうですわね」

 

そう言うあやかはどこか嬉しそうだった。

 

「そう言うあんたこそ、私達に背中押して欲しかったんじゃないの?」

 

明日菜が少しにやけながらあやかを疑う。

 

「明日菜も委員長も素直やないからなぁ」

 

「「一緒にすな‼︎」」

 

「ほらそっくり」

 

木乃香はクスクスと笑い出した。それを見て明日菜とあやかは罰の悪そうな顔をする。何とか流れを変えようとあやかは咳払いをした。

 

「んんっ!とにかく今後の方針が決まったところで今祐さんがどうしているのか確認しませんと」

 

「そうやな、明日菜も言わなあかんこともあるし」

 

「さすがにこの状況で渋るつもりは無いわ」

 

「うん、それがええって」

 

二人の会話がわからずあやかは疑問を浮かべた。

 

「じゃあとりあえず祐君に連絡を…」

 

「呼んだ?」

 

「「「うひゃあ⁉︎」」」

 

突然声をかけられ驚く三人。思わず三人で抱き合った姿勢になってしまった。その姿勢のまま声のした方を向くと、そこには件の祐が立っていた。

 

「ゆ、祐さん⁉︎貴方何故こちらに⁉︎」

 

「さっきまで学園長室で話してたんだ。そっから帰ってたら遠くから三人が見えたんで声かけようと思って。にしても君ら仲良いな」

 

そう言われて今の姿勢を確認した三人。明日菜とあやかが急いでその姿勢を解いた。間に挟まれていた木乃香は特に変化なしである。

 

「祐君、実はさっきな…」

 

「犯人の仲間の動画のことでしょ?」

 

木乃香が恐る恐ると言った感じで口を開くと、話題を見越していたのか祐がそう言った。

 

「もう知ってたのね…」

 

「うん、むしろすぐ見たよ。たまたまね」

 

それを聞いた三人は心配そうな顔になる。それを見て祐は困った顔をした。

 

「あ〜、さっきまで他の人らからも連絡が来てたからもしかしたらって思ってたけど、まさかここまで心配してくれてたとは。その割に本人がこんなんで逆に申し訳ないな」

 

「祐君無理しとらん?」

 

心配した表情のまま木乃香が聞いてくる。祐は頭を掻いた後、木乃香達を見た。

 

「勿論思うところがないわけじゃ無いよ。実際あのことを思い出したし、俺も一歩間違えてたらああなってたのかなとも思った」

 

心配そうな顔がさらに強くなる。祐はそれを見た後しっかり三人を見つめて言った。

 

「だからこそ自分がどれだけ恵まれているか再認識したよ。それに俺の中ではとっくに決着ついてる話だ」

 

「これは強がりで言ってるんじゃなくて本当にそう思ってる」

 

三人はその表情に嘘は見えなかった気がした。少しずつ三人の表情も明るくなる。

 

「と、まぁそんなことはいいんだ」

 

「いやそんなことって…」

 

本当になんともなさそうな祐を見て若干明日菜達は拍子抜けした。そこまで落ち込んでないのならそれに越したことは無いが。

 

「明日菜、昨日のことだけど」

 

「ちょっと待って!ストップ!」

 

祐が言おうとしたのを明日菜は急いで止めた。それに祐は驚いた顔をしている。

 

「もうあんたは謝ったでしょ?だから今度は私の番」

 

目を閉じ、自分の胸に手を置いて深呼吸をした明日菜は祐の目に視線をしっかりと向けた。

 

「昨日はごめん。私言い過ぎた」

 

祐も木乃香達も明日菜の話を黙って聞くことにしたようだ。

 

「あんなことがあって、不安になってた。あんたがまた何か危ない目に合ったんじゃないかって」

 

「でもそれだけじゃない。私、祐が直ぐに別の人たちを助けに行ったことに寂しくなってた」

 

「祐があの状況で、危ない目に合ってる人を見捨てられないのはわかってたはずなのに…」

 

「だからごめん!祐に私ひどいこと言っちゃった!」

 

そう言って頭を下げる明日菜。その姿勢のまま固まっている為祐の表情は見えない。

 

「明日菜」

 

名前を呼ばれゆっくりと頭を上げて祐を見る。その表情は優しいものだった。

 

「明日菜は何にも悪くないよ。不安になって、寂しくなって当然。明日菜が思ったことは何にも間違ってない」

 

「祐…」

 

「むしろあの時俺が…いや、もうやめよっか。お互いいつまでも謝り続けそうだし」

 

祐は苦笑いをしながらそう言った。

 

「だから、はい!俺もごめんなさい!仲直りしてください!それと良かったら、これからも俺の幼馴染でいて下さい!」

 

祐は明日菜に右手を差し出す。それを見て明日菜は少し目に涙をためながら笑った。

 

「やめようたってやめられないでしょ?幼馴染って」

 

明日菜が祐の手を取る。お互い優しく、かつ力ずよく手を握った。

 

「やめるつもりもないけどね。まぁ、一応これからもよろしく」

 

お互いの顔を見て笑う二人。それを見ていた木乃香も少し涙目だ。

 

「良かった~二人が仲直り出来て~。明日菜、仲直りの印にギュってしてあげたらええんとちゃうかな」

 

木乃香の発言に勢いよく明日菜が振り返る。

 

「なんでよ!?この握手がその印でしょ!」

 

祐はすっと明日菜の手を放す。

 

「さぁ、明日菜!来い!!」

 

「行かないわよ!」

 

全くこの二人は、集まるとたまにこうやって悪ノリをするんだからと少し呆れていると木乃香が後ろから走って来る。

 

「そんなこと言わんと。ウチも手伝ったるから。ほ~ら、ギュ~!」

 

背中から木乃香に抱き着かれ、そのまま祐のところまで押される。抵抗しようとするが無理やり振りほどく訳にもいかず、ズルズルと押され続ける。

 

「ならば…こちらからも!」

 

両手を広げ待っていた祐も動き出し、明日菜を木乃香と挟み撃ちにする。やがて距離が近づき、明日菜は祐と木乃香にサンドイッチにされた。

 

「あーもう!ほんと何なのよあんたら!」

 

「ええやん明日菜!仲直りのギュ~!」

 

「あれ明日菜、少し背伸びた?大きくなったんだなぁ…」

 

「あんたの方がでかくなってんでしょ!」

 

今までずっと黙っていたあやかは、しばらくぼーっとその光景を眺めていたが、はっとして祐達に詰め寄る。

 

「ちょ、ちょっと皆さん何をしているのですか!と言うかさっきから何の話をしてますの!?」

 

「なんや、いんちょも混ざりたかったんやな」

 

「そうならそうと言ってくれればよかったのに。ほら」

 

「何を言って…!ちょっと祐さん!?」

 

祐は右手であやかを掴み明日菜の隣に寄せた。突然のことに反応できず、すっとそこに収まってしまう。

 

「なんであんたまで来んのよ!」

 

「私の意志ではありませんわ!それに誰が好き好んで貴女の隣になんか!」

 

「なんですって!」

 

「こら二人とも~、今日ぐらい喧嘩せんと仲良うせな」

 

「「誰のせいだ!!」」

 

「ちょっと待って二人とも、俺方面に向いてる腕だけ暴れさせないで…さっきから肘がボディに入ってるから!」

 

昨日のことが嘘のように騒ぐ四人。そこには小学生のころから変わらない、幼馴染達の姿があった。

 

 

 

 

「なにあれ…」

 

「離れてたから会話は良く聞こえなかったけど、無事仲直り出来たんじゃない?」

 

「仲良しなのが一番だよね!」

 

四人から少し離れた物陰。そこから先ほど明日菜達の部屋にいた面々が覗いている。あやかが二人を連れだしたあたりからこっそりと後をつけて来ていた。距離が多少あったため会話の内容まではわからなかったが、なんだか丸く収まったようだ。

 

「み、みなさ~ん。やっぱりのぞき見は良くないですよ」

 

「何言ってんのネギ君、ネギ君だってずっとここから覗いてたじゃない」

 

「そ、それは…」

 

美砂の言葉にネギがたじろぐ。いけない事とはわかってはいたが、三人が心配なためその気持ちが勝ってしまった。

 

「雨降って地固まる、というやつですね」

 

「明日菜さんも木乃香さんも楽しそう。逢襍佗さんといいんちょさんも」

 

四人の姿を見て夕映とのどかは笑っている。昨日の二人の落ち込み具合を見ているからこそ安心したのだろう。

 

「な、なんて香ばしい…こんなことが現実にあっていいの…?」

 

「ちょっと早乙女、何ぶつぶつ言ってんの?」

 

「あんなもの見せつけられて、黙っていられないでしょクギミン!」

 

「クギミン言うな」

 

ハルナの呼び方に円が釘をさす。ハルナは俯いてわなわなと震えると、我慢の限界だったのか勢いよく物陰から飛び出した。

 

「くぉら~!真昼間っから見せつけてくれちゃって!私も混ぜろ~!!」

 

「ハルナさん!?貴方ついて来てたんですの!?」

 

「問答無用!」

 

あやかの質問に答えずハルナはそのまま混ざり始めた。

 

「なんか楽しそう!私もい~れ~て~!」

 

「ちょっと桜子!?」

 

「これは私達も乗るしかないか!」

 

「うえええ!なんで僕まで引っ張るんですか!?」

 

「み、みなさ~ん!みんな行っちゃった…」

 

「アホばっかです」

 

騒ぎは広がり、他の女子寮の生徒も窓からその姿を眺め始めていた。

 

「随分と楽しそうじゃないか、今混ざってくればお姫様と触れ合えるんじゃないか?」

 

「ふん」

 

窓からその様子を眺めていた真名が横にいる刹那にそう言うと、刹那は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 

「やれやれ」

 

真名がそれを見て肩をすくめる。刹那は楽しそうにはしゃぐ木乃香を見た後、同じように楽しそうにしている祐に視線を向けた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

話し合いが終わり、近右衛門のみが残っている学園長室に足音が近づいてくる。その人物は扉の前に着くとノックもせずに扉を開けた。

 

「なんじゃエヴァンジェリン、ノックもせんで。囲碁でもしに来たのかの?」

 

扉を開けたエヴァはいかにも不機嫌といった様子であった。

 

「今日の要件はそれではない。ジジイ、祐から何か話は聞いていないか?」

 

「祐君から?というと爆破事件の?」

 

「こいつには話していたのか…」

 

近右衛門の発言を聞いてエヴァはより機嫌が悪くなったようだ。

 

「なんじゃ、お主は聞いておらんかったのか」

 

「聞いてないどころか連絡の一つも寄こさん!にもかかわらず、お前には話しているとはあいつは何を考えている!」

 

「これこれ、わしに当たるでない。とりあえず落ち着いたらどうじゃ」

 

「ふんっ」

 

不機嫌なことを隠そうともせずエヴァはソファにドカッと座った。やれやれと近右衛門は思ったが、可愛い孫のような存在である祐の為に一肌脱ごうと向かいのソファに腰かけた。

 

「あの子にも何か考えがあるんじゃろう。前にも言ったが、祐君はエヴァに頼ってばかりではいられんと思っとるんじゃよ」

 

「確かに私をすぐに頼るなとは教えた。だが連絡もするなとは言っていない」

 

「心配ならばお主から連絡すればよいじゃろ」

 

「私から連絡したらこちらだけが心配しているようで負けた気がするだろうが!普通こういう時はあいつから私に連絡するものだ!」

 

(な、なんと面倒な…)

 

思わずそう口に出かかったが、近右衛門は何とか心の中に留めた。

 

「それにしてもエヴァンジェリン。お主も変わったのう」

 

「なんだ藪から棒に」

 

エヴァは訝しげな顔をした。

 

「10年ほど前はナギ君にぞっこんだったというに。今では祐君が心配でしょうがないとは」

 

「細切れにされたいのかジジイ!」

 

エヴァが立ち上がり、爪を伸ばして威嚇すると近右衛門は両手を上げる。

 

「フォフォフォ、老い先短い老人にそんなもの向けるもんではないぞ」

 

「よく言う、この妖怪ジジイめ」

 

爪をしまい再びソファに座るエヴァ。

 

「あいつには三年前に約束は果たさせた。今更未練も何もない。そもそも私は妻子持ちに手を出すほど落ちぶれてはおらん」

 

「そうじゃったな。晴れてお主は今や高校生となったわけじゃ」

 

「15年も中学生をさせられたがな!」

 

忌々しそうにエヴァは言った。彼女はとある理由からネギの実の父であるナギに、『登校地獄』なる呪いを掛けられ、長い間中学生として生活を続けてきた。それが三年前学園にナギが訪れたことにより、(でたらめな詠唱のせいで一週間ほどの時間を要したものの)呪いが解かれ無事に中学を卒業。今年から高等部へと進学した。

 

「エヴァ、わしはお主と祐君が出会ったのは運命だと思っておる」

 

「急にロマンチストでも気取りだしたか?」

 

「茶化すでない。お主ら二人には、お主らであったからこそ解決できた問題があった。違うか?」

 

エヴァはその質問には答えなかったが、否定もしなかった。

 

「あとわしは生まれながらのロマンチストじゃ」

 

「やかましい」

 

近右衛門は一息つくとエヴァを見て話し始めた。

 

「お主には感謝しておる。この学園に残ってくれた事、そして何より彼を気にかけてくれたこと。きっと真の意味で彼に手を差し伸べられたのはお主だけじゃ」

 

「祐君はお主の事を間違いなく大切に思っておる。だからこそお主の手をなるべく借りずに事態を収めたいと思っておるんじゃろうて」

 

エヴァは横目で近右衛門を見た後、大きくため息をついた。

 

「普段は寂しがり屋の甘えん坊のくせに、こういう時だけ格好つけおって…」

 

「フォフォフォ、家族は似るもんじゃな」

 

「……」

 

「すまんて…」

 

エヴァの鋭い視線を受け、近右衛門は即座に謝罪した。それを冷めた目で見つつエヴァはソファから立ち上がった。

 

「もうよいのか?」

 

「聞きたいことは聞けた。それにどうやら忙しいようだしな」

 

「それなりにの」

 

そう答えた後、近右衛門は改めてエヴァに声をかける。

 

「エヴァンジェリン、おそらく彼はこれから」

 

エヴァが手で制し、近右衛門に待ったをかけた。

 

「あいつ自身が決めたことなのだろう?なら私から言うことは無い」

 

「あいつはまだ子供とはいえ16歳だ。そろそろ自分の事は自分で決め始めてもいいだろう。必要以上に縛るつもりはない」

 

近右衛門は真剣な表情でエヴァを見つめる。

 

「全力で事に当たればいい。そうする為にあいつにはいろいろと教えた。まだまだ未熟だがな」

 

「手厳しいのう」

 

「当然のことだ。あいつはこれから幾多の事を選択し、幾多の事を間違うだろう。だがそれでいい。そうやって強くなる。そうしなければ祐は生きていけない」

 

エヴァはニッと笑った。

 

「どうしようもない壁にぶち当たった時は、私がほんの少しだけ助けてやるさ」

 

「それは何とも、頼もしい事じゃ」

 

「当然だ」

 

エヴァは笑顔で背を向け扉を開ける。そのまま歩みを進めるが、立ち止まって近右衛門に振り向き指をさす。

 

「言っておくが、私がお前に祐の事を聞きに来たと本人に言うなよ。言ったら本当に細切れにするからな」

 

「心得ておるよ」

 

それを聞くとエヴァは今度こそ学園長室を後にした。近右衛門は自分の机の椅子に座り、大きく息を吐いた。

 

「ふぅ、頼もしいが気難しい姉を持ったのう祐君」

 

「事件が終わっても、また別の問題で振り回される事になりそうじゃぞ」

 

そう言った近右衛門はどこか楽しそうであった。



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大事な用事

6月6日。事件から二日が経ち、昨日の動画の件から大きく事が動き出した。新たに世に発信された情報は、世間の事件への関心をより高めた。それと同時に別次元のことに関わらなければ安全と、どこか安心を感じているものも少なく無かった。

 

麻帆良学園都市もトゥテラリィの攻撃対象が別次元のものと判明した為、防犯面の強化は行いつつも通常の日程に戻す方針を固めた。

 

4時限目の授業が終了し、各々が昼食の準備を始める。話題に上がるのはやはりトゥテラリィの事。今日一日生徒達の話題はこの一つで埋め尽くされていた。

 

「いやはや全く、結構な大事になっちまったなぁ」

 

「ほんとよ…あいつらが何を狙ってるかはわかったけど、迂闊に出歩けたもんじゃないわ。最近はいろんなところに別次元に関するものがあるし」

 

一年B組の教室で、四人の男女が机を合わせて昼食を取っている。正吉の発言に反応したのは癖の強い髪を肩まで伸ばした少女、棚町薫。残りの二人は祐と彼の同性の幼馴染の一人、橘純一であった。

 

「一応学校は普通の状態に戻ったけど、もし出歩くならちゃんと行く場所を調べないといけないね」

 

純一は少し暗い表情で言った。彼も祐の幼少期の事件を知る人物の一人。昨日あの動画を見て慌てて祐に電話をした。その時の通話でも今日直接会った時も、本人はいたって何ともない様子だったので安心はしたが、やはり話題に出すのは少し忍びなく思っていた。祐本人が事件のことを周りに言わないので純一もその件は黙っている。

 

「部活は再開するみたいだけど、我らの梅原正吉君は今日は剣道部に行くのかね?」

 

「祐、お前わかってて言ってるだろ…」

 

「えっ!行かないんですか⁉︎」

 

「うるせぇよ!」

 

正吉は憧れの先輩がいるという理由で剣道部に入ったが、思った以上に部活がきつかった。入部した理由も理由なので最近はサボり気味の幽霊部員と化している。

 

「まったく、不純な動機で入るからそんなことになんのよ」

 

「ぐっ、棚町まで…だが正論だから言い返せない!」

 

「竹刀でマグロでも叩いとけよ」

 

「お前喧嘩売ってんだろ⁉︎」

 

正吉の実家が寿司屋ということでそれに関するイジリを祐はした。薫は大爆笑である。純一としては普段通りの祐を見てあらためて一安心といった様子だった。

 

「いいんだよ!剣道部には期待のホープ、桜咲さんがいるんだから!剣道部は彼女に託した」

 

「託したって…」

 

正吉の発言に純一は呆れ顔である。

 

「桜咲さんって?」

 

「A組の剣道部の人」

 

「強いの?」

 

「めっちゃ強い。直接試合したことはないけど、俺でも見ただけでわかったレベル」

 

「ふーん」

 

正吉が説明すると薫は気の抜けた返事をした。そして祐と純一に視線を向ける。

 

「あんたら二人はA組に幼馴染何人かいるんでしょ?知り合い?」

 

「知ってはいるけど、ちゃんと話したことないな」

 

「僕も。あまり自分から喋るタイプの人じゃなさそうって感じかな」

 

祐と純一の解答はどちらも同じものだった。祐としては刹那はよく木乃香を見ている印象がある。何か訳ありなのかもしれないが、木乃香から特に何も言われていない為あまり首を突っ込まない様にしている。

 

「逢襍佗君いらっしゃいますか〜」

 

そんな話をしていると教室の外から声が聞こえてくる。祐達がそちらに視線を向けるとA組のチア部三人が立っていた。

 

「ごめん、ちょっと行ってくる」

 

「いってら〜」

 

「お前また呼び出されて、モテモテかよ」

 

「すまんな正吉」

 

そう言って立ち上がり正吉の肩に手をおく祐。正吉はペシっと祐の背中を叩いた。祐はそれに笑って三人の元に向かった。

 

「どうしたの?皆さんお揃いで」

 

教室のドアの前で待つ三人に声をかける祐。

 

「実はですね、私!なんと三日後の9日に誕生日なのです!」

 

「あ、そうなんだ。おめでとう」

 

胸を張って言う桜子に祐は祝いの言葉をかけた。

 

「それだけじゃわかんないでしょうが」

 

「学校が終わった後みんなでちょっとした誕生日会やるんだけど、せっかくだから逢襍佗君もどうかなって」

 

円と美砂が話の補足に入った。

 

「いいね、行っていいなら是非行かせてもら……ちなみにいつ?」

 

「9日だけど」

 

「ごめん行けない…」

 

最初は行く気満々だった祐だが、日にちを聞いて一気にテンションが急降下した。

 

「え〜!なんでぇ〜⁉︎」

 

「いや、ごめん。明日と明明後日は予定が入ってて…それに9日の予定は何時に終わるかわからないんだよね」

 

それを聞いて桜子は不満顔。対して美砂と円は急に色めき出した。

 

「ちょっとちょっと!予定って何?」

 

「もしかしてコレ?」

 

円は小指を立ててハンドサインを見せる。

 

「………まぁね?」

 

「今の間は絶対嘘のやつじゃん」

 

「声裏返ってるし」

 

妙な見栄を張ったが二人には速攻で見破られた。

 

「その予定って私の誕生日よりも大事な用事なの?」

 

「椎名さん、今とんでもなく意地悪な質問してる自覚ある?」

 

祐は困った顔で頭を掻いた。

 

「俺だって誕生日会行きたいよ?せっかく誘ってもらったんだし。言っとくけど用事って楽しいことじゃないからね!でもしょうがないじゃん!先にそっちに行くって言っちゃったんだから!だったら行くしかないでしょうが!あまりパパを困らせないでくれ!」

 

「ふ〜んだ!パパなんか大っ嫌い!べ〜!」

 

「親に向かって何だその口の聞き方は‼︎」

 

誕生日会に行けないことが悔しいのか、祐が途中から逆ギレをしだして最後にはいつの間にかパパになっていた。それに桜子がのってしまった為、話はおかしな方向へと向かう。

 

「ママ!もうパパと一緒に洗濯物洗わないで!」

 

「誰がママよ…」

 

「貴様!誰の給料で生活できてると思ってるんだ!」

 

「ねぇパパ?私欲しい服があるんだけどなぁ?」

 

「あまり高いものは駄目だぞ!」

 

桜子的にはママは円の様だ。美砂はしれっと娘として欲しいものをおねだりしている。

 

「あそこは何の話してんの…」

 

「さ、さぁ…」

 

四人の方を見ていた薫の疑問に、純一は答えられなかった。

 

 

 

 

「ふぃ〜、全く困ったもんだよ」

 

「お前が言うな」

 

話が終わり席に戻ってきた祐に正吉がツッコむ。

 

「でも珍しいわね、あんたが誘い断るなんて。何の用事?」

 

「うん?まぁ、家庭の事情で」

 

「なんかサボる奴の常套手段みたいだな」

 

「今日もそう言うのか正吉」

 

「うるせ」

 

祐と正吉、薫が笑い合う。純一は祐の発言が気になったのか、祐の方を少し見つめていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「あっ、帰ってきた」

 

「どうやった?」

 

チア部の三人がA組の教室へと帰ってきたので、明日菜と木乃香が声をかけた。

 

「来れないってさ。なんか用事あるみたい」

 

「本人は来れないのすごく悔しがってたけどね」

 

「あ〜あ、残念。せっかくこの間のやつ奢ってもらおうと思ってたのに」

 

「あんたそれが狙いだったのね…」

 

美砂と円が答えると桜子が残念そうに呟いた。桜子の一番の狙いはこの前の爆破事件の時に言っていた、祐に何か奢ってもらうことだった様だ。

 

「そうなん?残念やなぁ」

 

「用事って何て言ってた?」

 

「あっ、聞き忘れてた」

 

「あっそう…」

 

明日菜は呆れた様に言った後、少し考える様な顔をした。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「明日菜ちゃーん」

 

昼食が終わり、明日菜がお手洗いから教室に戻ろうとしていると後ろから声をかけられた。

 

「ん?ああ梨穂子。どうしたの?」

 

明日菜に声をかけた少女は桜井梨穂子。明日菜達とは初等部からの幼馴染である。彼女は一年C組な為会う機会は少ないが、今でも頻繁に連絡は取り合っている。

 

「祐の事なんだけど、どんな感じか知ってる?昨日連絡してみた時は大丈夫そうだったけど…」

 

彼女にとっても祐は幼馴染の一人であり、祐と純一とは幼稚園からの付き合いと一番祐との関係が長い人物の一人である。その為祐の家族のことも知っていた。

 

「あー、昨日たまたま会ってその時に聞いたんだけどさ、本当に大丈夫みたい。無理してる感じもなかったし、私達拍子抜けしちゃったぐらいよ」

 

「そうなんだ、よかったぁ~」

 

梨穂子は安心したのかほっと胸をなでおろした。

 

「純一もリトも大丈夫そうだったって言ってたけど、やっぱり心配で…祐の大丈夫って当てにならないんだもん」

 

「それは良くわかるわ…」

 

祐の口癖である『大丈夫』は、明日菜も梨穂子も好きではなかった。理由は単純で大丈夫ではない時もそう言って無理をするからだ。

 

「これから直接聞きに行こうかなって思ってたけど、明日菜ちゃんのお墨付きなら信用できるね!」

 

「ふふっ」

 

「どうしたの?」

 

明日菜が急に笑ったので梨穂子が聞いてくる。

 

「昨日祐が言ってたの。自分が恵まれてるって再認識したって。そう思ったのも、きっと梨穂子達が連絡してくれたからなんだろうなって思ってさ」

 

「そうなんだ…う~ん、連絡くらいならいくらでもするのにね」

 

「そうね」

 

当たり前のことのように梨穂子が言ったことに、少し笑いながら明日菜も同意する。

 

「じゃあ私祐に声かけてくる。呼び止めちゃってごめんね?」

 

「気にしないで。落ち着いたらさ、また一緒にどっか行こうよ」

 

「うん!行こう行こう!はぁ~、明日には落ち着いてくれないかなぁ」

 

「気が早いって梨穂子」

 

「えへへ、ごめんごめん。だって最近明日菜ちゃん達と連絡は取ってても、一緒に出かけてなかったから」

 

遊びに誘ったことに嬉しそうに反応してくれる梨穂子に、見ていた明日菜の方も嬉しくなる。

 

「それじゃまた連絡するから。あいつのとこに行ってあげて」

 

「うん、またね~!」

 

手を振って祐のところに向かう梨穂子。途中で転びそうになる梨穂子を見ながら明日菜は笑っていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

夕方。部活動に所属していない純一は、結局今日も部活に参加しなかった正吉と共に下校した。正吉と途中で別れ、自宅へと着いた純一は鍵を開けて中へと入る。

 

「ただいま~」

 

「おかえりにぃに。祐ちゃんどうだった?」

 

玄関で靴を脱いでいると先に帰宅していた妹、美也が声をかけてくる。彼女も祐のことが気がかりだったようだ。

 

「うん、本当に大丈夫そうだったよ。無理してるわけでもなさそうだった」

 

「そっか~、よかった。祐ちゃんの大丈夫って当てになんないんだもん」

 

「だね」

 

祐の大丈夫に対する幼馴染たちの反応は、満場一致で信用ならないものと思われているようだ。

自業自得だが。

 

二人でそのままリビングに向かうと美也が見ていたのかテレビがついており、ニュースが流れている。

そこに映るアナウンサーに純一が反応する。

 

(おっ、川島瑞樹だ。相変わらず美人だなぁ…)

 

「にぃに、鼻の下伸びてる…」

 

そんな純一を美也が冷ややかな目で見ている。

 

「なっ、そ…そんなことないぞ!」

 

「うそ、絶対この人美人だなぁって思ってたでしょ」

 

何でこうもピンポイントで当ててくるのか。妹はいつの間にか超能力者になったのかと純一は思った。

 

[続いてのニュースです。先月から予告されていた政府間で行われる別次元との会合ですが、先ほど両者同意の下、6月9日に予定通り行われると正式に発表されました]

 

「うは~、結局やることにしたんだ。大丈夫なのかなぁ」

 

読み上げたニュースの内容に二人の視線がテレビに集まり、思わず美也がそう呟いた。

 

[先日の連続爆破事件の犯人達による犯行声明の動画がアップロードされた事により、開催が疑問視されていた今回の会合ですが、十分な安全対策を行ったうえで開催されるとの事です]

 

[今回会合が行われる別次元『ミッドチルダ』は、非常に高い技術力を持った次元として知られており]

 

祐の用事、今回の会合、そしてトゥテラリィの目的。ニュースを見ながら純一は言い様のない不安を感じていた。



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忘れられない事 忘れられないからこそ

早朝。祐は電車に揺られ、ある場所を目指していた。今日は平日の火曜日なので学校があるのだが、日曜日に近右衛門に直接お願いをして特別に休みをもらっている。担任である麻耶には家庭の事情という説明をした。

 

目指す場所は静岡県伊豆市。祐にとってすべてを失い、すべてが始まった場所でもある。

 

電車に揺られ田京駅に着いた祐はそこで電車を降りて、目的の場所へと歩みを進める。歩いて30分ほどの場所に目的の場所があった。そこには何もない更地に石碑が置かれている。

 

八年前の事件の中心地となった場所だ。当時は高い山があったものの、別次元同士の激しい戦闘の結果、今ではそれは見る影もなくなってしまっていた。街自体はあれから復興したものの、かつての風景を完全に取り戻すことはできない。

 

その戦闘に巻き込まれ亡くなった人々の為、この場所に事件の翌年に慰霊碑が建てられた。

 

祐がその場に着くと、既に何人かの人が慰霊碑の前で手を合わせている。祐もそこに並んで同じように手を合わせ、深く瞼を閉じた。

 

「ねぇ、あなたこの町の人?」

 

合掌を済ませ、慰霊碑から少し離れた場所で手を合わせる人々を見つめていると、後ろから声をかけられる。振り向いてみると若い女性がこちらを見ていた。

 

歳は同じくらいだろうか、服装は私服だが高校生のように見えた。

 

「いえ、僕はここ出身じゃありません。ここには昔来たことがあって」

 

「やっぱり。ここには最近決まった人しか来ないから珍しいなって。特に若い人はあまり来ないし」

 

「そうだったんですね。でも貴女も若いように見えますけど」

 

「まぁ、私は毎月一回はここに来てるから。あなたはいくつ?」

 

「16歳ですね」

 

「私も16。同い年ね」

 

少女は笑って言った。祐にはその表情がどこか儚げでもあったように見えた。

 

「一ヶ月に一回ですか。凄いですね」

 

「なんせ地元だから。家も結構近いからね」

 

二人は慰霊碑に視線を移した。しばらくお互い慰霊碑を眺めていると少女が口を開いた。

 

「私、あの事件で家族を亡くしたの」

 

少女に視線を移すと、少女はどこか遠くを見つめていた。

 

「いつも通りに起きて、いつも通りに友達と遊びに出かけて、そして事件が起きた」

 

「私以外の家族はね、家にいたの。そして戦いに巻き込まれて全員…」

 

少女はそこで黙ってしまう。祐は何も言わず慰霊碑を見つめる。

 

「私はたまたま助かったの。でも、みんないなくなっちゃった」

 

少女は自嘲気味に笑う。それは祐にとって見覚えのある表情だった。

 

「こんなこと言うとさ、罰当たりかもしれないけどずっと思ってたの。なんで私だけ助かっちゃったんだろうって。こんなに辛いなら私も一緒に連れてってほしかったって」

 

「僕もです」

 

少女は祐を見る。少し驚いたような表情だった。

 

「僕は家族でここに旅行に来ていたんです。僕が行ってみたいって言って」

 

「そしてここを通った時に、突然空からって感じで」

 

祐も少女に視線を向ける。

 

「僕だけ奇跡的に助かりました。その後は、貴女と同じです。自分をとにかく責めました」

 

「俺が行きたいなんて言わなければ、なんで俺だけが助かったんだって」

 

「そっか…君もなんだ」

 

そこで祐は少し笑った。

 

「家族を亡くして、散々幼馴染や友達、周りの人たちに心配や迷惑をかけました。でも、みんな見捨てずにずっとそばにいてくれたんです。おかげで今もみんなと楽しくやれています」

 

少女は祐の顔を見て同じように少し笑った。

 

「素敵な人達がたくさんいてくれたんだね」

 

「ええ、僕の宝物です」

 

少しずつ慰霊碑から人々が去っていく。気が付けば周りには祐と少女の二人しか残っていなかった。

 

「ねぇ、君はさ…事件のことを忘れられた?」

 

「いいえ、忘れられませんでした。今でもふと思い出しますよ。あの時の光景は」

 

普段は隠している本心を祐は少女に語った。きっと、彼女も同じだから。

 

「忘れられるわけがない。今でも目に焼き付いてます。忘れるつもりもないですけどね」

 

「うん、やっぱり…そうだよね」

 

少女は後ろで組んでいた手をほどき、前で手を組みなおした。

 

「この間のニュースは見た?」

 

「…トゥテラリィの事ですか?」

 

「うん」

 

少女は少し緊張しているように見える。

 

「君は、あの人達の事、どう思う?」

 

祐は視線を落とし、悩んでいるような表情をした。少女はそんな祐を見つめている。

 

「僕は…あの人達の気持ち、わかるような気がします」

 

「僕も前は別次元全部を憎んでましたから。全部、消してやりたいって思ってました」

 

「今は、違うの?」

 

祐は落としていた視線を少女に戻した。

 

「ここで戦闘を起こした別次元は、その後の侵略戦争で両方とも消滅しました」

 

「あの次元が消えたときに僕の中の何かが終わったんです。うまく言葉にできませんけど」

 

「きっと僕の復讐はあの時終わったんです。だから…僕にはもう、恨みをぶつける相手がいない」

 

視線だけでなく身体も少女に向けて、祐は聞いた。

 

「貴女には、まだいるんですか?その相手が」

 

少女は祐から一度視線を外した。その表情は辛そうにしている。

 

「いるよ。だって、今のままじゃきっと…前と同じことが起きる。また…同じことが」

 

「全部が憎いですか?僕たちの次元以外のすべてが…憎いですか?」

 

「憎いんじゃ…ない。怖いんだ私は。また同じ事が起きるのが」

 

祐は少女と同じぐらい悲しい顔をしていた。

 

「だから、別次元と生きていくことが認められない」

 

「うん、認められない。信用なんてできない。安心なんてできない。だって私の家族は別次元(それ)に殺されたんだから」

 

見つめあっている二人の瞳には、お互いに悲しい表情が映っていた。

 

「ごめんね、こんな話いきなりして。迷惑だったよね」

 

「そんなことないです。同じ境遇の人の気持ちが聞けて、良かったって思ってます」

 

少女は必死で笑顔を取り繕った。祐もそれに倣うが、うまく出来ている自信は、まったくなかった。

 

「私、そろそろ行かなくちゃ。話に付き合ってくれてありがとうね」

 

「いえ、こちらこそ」

 

少女は背を向けて歩き出した。しかし立ち止まり、祐の方に振り返る。

 

「ねぇ、良かったら…君の名前教えて?」

 

「逢襍佗、逢襍佗祐です」

 

「アマタユウくん。私はね、葛城碧(かつらぎあおい)。またねユウくん。また、来てね」

 

「はい、必ずまた来ます。碧さん」

 

碧は笑って小さく手を振ると、離れていった。その背中を見つめ続ける祐。

 

「信用なんて、簡単にできるはずがない。それが知らない相手なら尚更だ」

 

「だから、怖くなって相手を攻撃する。自分の大事なものを守る為に」

 

「碧さん、あの戦争もそうやって始まったんですよ」

 

祐の声は碧に届くことはなかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

薄暗い地下室。そこには数人の若者が集まっていた。皆一様に表情は暗い。そんな部屋に女性が入ってくる。その女性に部屋の椅子に座っていた男性が声をかける。

 

「どこ行ってたんだ?」

 

「いつもの場所」

 

「ああ、そうか」

 

「何か新しいことはあった?」

 

その一言で納得したようにうなずいた男性。女性は周りに声をかける。

 

「いや、だけどこっちの準備はできてるよ。何時でも行ける」

 

「結局、あいつらは考えを改める気はなかったってことかよ。まぁ、わかってたけどな」

 

別の女性がそう言うと、壁に寄りかかっていた男性が苛立ちながらそうこぼした。

 

「だから私達がやる必要がある。またあんなことになる前に。それが生きている私達の役目なんだ」

 

「そうだな」

 

「ええ」

 

先ほど部屋に入ってきた女性の発言に周りにいた者たちが同意する。

 

「行こう、この世界の為に」

 

決意した表情でその女性、葛城碧はそう言った。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

別次元ミッドチルダ。高度な技術力を持つこの次元の最大の特徴は、魔法文化が広く浸透していることである。そんな次元の首都クラナガンに一隻の艦船が停船していた。

 

その名は『クラウディア』。この次元世界における司法機関、『時空管理局』が誇る次元空間航行艦船である。

 

そんなクラウディアの廊下にて、話し合う人物がいた。一人はこの艦の艦長である若い男性。もう一人は彼の持つ通信機の液晶モニターに映る美しい女性。どこか顔立ちが似ている二人は二日後に行われる別次元との会合についての話をしていた。

 

「そう、それじゃあ護衛として付くのはあなた達に正式に決まったのね」

 

「はい」

 

「随分納得がいってないようね」

 

「…そう見えますか?」

 

「ええ、顔に書いてあるわ」

 

言われた男性は恥ずかしさを感じつつ、いくつになってもやはり敵わないなと思った。

 

「正直、今会合を強行することに疑問を感じています。おそらく大規模な組織ではないとは言え、あの集団(トゥテラリィ)は危険です」

 

「確かに、彼らの行動は向こう見ずな部分が感じられるからこそ、巨大組織とはまた違った危うさを感じるわ」

 

頬に手を当て困り顔で女性はそう言った。

 

「だからこそあなた達を指名したのでしょうけど」

 

「もちろん任務には全力を尽くしますが、そこまで時機を焦る必要があるとは思えません」

 

「こちらの次元の政府がテロリストに屈さないという姿勢を別次元にアピールした事で、管理局としてはこちらが及び腰では面子が立たないといったところかしらね」

 

それを聞いた男性は思わずため息とともに額に手を当てた。

 

「戦争が終結した今、そんな意地の張り合いを次元同士でしている場合ではないというのに…」

 

「それについては同感ね。何時だって現場の危機感と言うものは上に伝わらない。悩ましい問題だわ」

 

今度は二人して改めてため息をついた。

 

「でも、何も悪いことばかりじゃないわ」

 

「と言うと?」

 

「不謹慎かもしれないけれど、今回の事があったからこそ久しぶりに直接顔を出してくれるんでしょう?」

 

そう言われた男性は困ったように頭を掻いた。

 

「それはそうですが…」

 

「正直に言うと、あなたに会えるのをエイミィもカレルとリエラも楽しみにしてるわ。もちろん私とアルフもね」

 

「はい、僕も楽しみにしています」

 

そう言われた男性は少し微笑んだ。

 

「それではこの辺で。何かあればまた連絡します」

 

「ええ、気を付けてねクロノ」

 

「はい、母さん」

 

そう言って通信を切り、艦のブリッジに足を進める。

 

クロノと呼ばれた男性は会合を行う政府の要人の護衛の為、愛する家族が住んでいる、そして少年期の頃から何かと縁のある別次元に存在する惑星・地球の島国『日本』へと向かう。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

用事を終え、麻帆良学園へと戻る祐。電車の窓から流れる景色を眺めながら、今日のことを思い出していた。

 

(関係の無い人達を巻き込んだあの行動が正しい事のはずがない)

 

あの爆破事件は、どんな理由があったところで許されるものではない。あの事件で亡くなった人、怪我を負った人はこの次元を脅かしたわけでもなければ、あの戦争の発端となった侵略軍に協力したわけでもない。何の罪も無い人達だ。

 

トゥテラリィを名乗ったあの集団を肯定する気など微塵もない。だが、未だあの事件を忘れられず別次元に恐怖を持ち続ける人達は間違っているのだろうか。

 

家族を、友人を失った者が、別次元と共に生きていく。簡単な事ではない。今いる別次元の存在はあの時とは無関係だと頭では理解していても、納得などそう出来るものでは無いはずだ。

 

(俺は、俺が出来る事…俺がやるべき事は…)

 

『憎いんじゃ…ない。怖いんだ私は』

 

彼女のその言葉が祐の頭から離れなかった。



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Attack

『桜子!誕生日おめでとー‼︎』

 

「イェーイ!みんなありがとー‼︎」

 

6月9日の放課後。A組は桜子の誕生日会を開いていた。皆食べ物や飲み物を持ち寄り、机を一つにまとめてそこに置いている。

 

「いや〜、こんな楽しいなら誕生日会毎回開く?」

 

「次誰だっけ?」

 

「確か委員長じゃない?」

 

「おっ、いいね!委員長の誕生日会なら豪華な食事できそう!」

 

「てことで委員長よろしくね〜!」

 

「なぜ自分の誕生日に皆さんに振る舞わなければならないんですか!」

 

ここのところ立て続けに事件が起きて学校生活も窮屈なものとなっていた。もともとお祭りごとが好きなA組だったが、その溜まった鬱憤を晴らすかのような盛り上がりを見せている。今回は珍しくA組全員が集まっていた。

 

「エヴァちゃんも千雨ちゃんも来てくれてありがとー!」

 

「ええい!抱きつくな暑苦しい!」

 

(来なきゃよかった…)

 

普段こういったことにあまり参加しないエヴァと千雨に桜子が抱きつく。二人ともたまには顔を出してやるかと気まぐれに思ったことを若干後悔していた。鬱陶しそうにされても桜子はどこ吹く風である。

 

「なんかやけにテンション高いわね」

 

「そうかな、いつもと変わらなくない?」

 

「普段はもうちょっとだけ大人しいやろ。たぶん…」

 

その姿を見ていた明日菜、まき絵、亜子がそれぞれ口にする。気づけば桜子は次の目標として刹那と真名に絡みに行った様だ。二人とも抱きつかれて苦笑いをしている。

 

「まぁ、誕生日ぐらい浮かれてもバチは当たらないか」

 

そんなことを思いながら明日菜は机に置かれたお菓子を取りに向かった。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

都内某社。これから日本とミッドチルダの間で行われる会合の開催地であるビルは機動隊の厳重な警備で覆われ、緊張感で包まれていた。

 

そんな中、今回も出動を命じられた源八は警備を行う上でミッドチルダ側の警備責任者に挨拶に向かっていた。

 

「たく、別次元の話になったらとりあえず俺を出すのは何なんだ」

 

「それだけ信用されていると言うことですよ。何せ一番こういったことに経験がおありでしょう?それに、所属している部署が部署ですからね」

 

「ええ、まぁ…おっしゃる通りで…」

 

源八の横を歩くのは今回の件で魔法使い側の警備員として派遣されたタカミチだった。タカミチ以外にも彼が所属している団体のメンバーが数人参加している。

 

やがて二人は責任者がいるであろう部屋の前に着く。源八が服装を直してからドアをノックすると、男性の声が返ってきた。源八とタカミチはアイコンタクトを取ると、失礼しますと声をかけてから扉を開ける。部屋の中には同じ制服を着用した人物が数名いた。その中の一人だけ服装の違う男性がこちらに歩いてくる。

 

「はじめまして。あなた方がこちらの次元の防衛責任者の方達ということでよろしいでしょうか?」

 

「ええ、そう思っていただいて問題ないかと。警察庁超常犯罪対策部、太田源八警部であります」

 

「時空管理局提督、クロノ・ハラオウンです」

 

源八が敬礼しながら自己紹介をすると、クロノも敬礼を返した。時空管理局が何なのかはかじった程度にしか知らないが、提督という役職を聞いて源八は内心冷や汗をかいた。

 

「超常犯罪対策部ですか。この次元にもそういった部署が出来たんですね」

 

「ここ10年は何かとそっち関係が騒がしかったですからねぇ。えーと、ハラオウン提督はこちらの次元にお詳しいので?」

 

不思議に思い源八が尋ねると、クロノは懐かしむように言った。

 

「ええ、14の頃から何かとこの次元、もっと言えば日本には縁がありまして」

 

「なるほど…14…失礼ですが今おいくつで?」

 

「今年で29になります」

 

「29!?」

 

第一印象から若いなとは思っていたが、まさかの二十台だったことに思わず驚愕の声を上げてしまった。間違いない、この青年はエリートだ。時空管理局の提督がどれほど偉いのかは未だわからないが、それだけは確かだと源八は思った。そもそも見るからにエリートらしい見た目をしている。

 

「ず、随分とお若いのに貫禄がありますな…」

 

源八の態度にクロノが苦笑いを見せた。そしてクロノの視線は横に立っていたタカミチに向けられる。それに気づいたタカミチは一歩前に出た。

 

「申し遅れました。私は今回こちらの次元の魔法使いの団体組織である悠久の風から派遣された、高畑・T・タカミチと申します」

 

頭を下げるタカミチ。魔法使いと聞いてクロノの表情が変わった。

 

「なるほど。只者ではないと思っていましたが、こちらの次元の魔法使いの方でしたか。私も魔導師として、そちらの魔法には興味があります」

 

「私もです。ミッドチルダ発祥の魔法、実に興味深い」

 

二人は握手を交わす。共に戦場に身を置いてきた者同士、何か通ずるものがあったのだろう。握手の後、互いに見つめ合っている。そんな二人を見て一瞬あっけにとられていた源八は頭を搔いた。

 

「あの、お二人とも。申し訳ないんですがそろそろよろしいですかな…」

 

「おっと、これは失礼致しました」

 

源八からの声掛けに、クロノとタカミチは握手を解いた。

 

「高畑さん、ボウズの事は?」

 

「そうでしたね」

 

二人の会話にクロノが首をかしげると、タカミチが改めてクロノに話しかける。

 

「これから打ち合わせを行う前に、もう一人ご紹介したい人物がいるのですが」

 

「ええ、構いませんが」

 

「ありがとございます。実は」

 

 

 

 

 

時刻は17時を回り、いよいよ会合が始まった。会合が行われるビルの前には機動隊以外にも大勢の一般人、マスコミが集まっている。関係者以外はビルから大分離れたところまでしか行けないが、皆一様にビルに視線を集めている。

 

そんな中そのビルをめがけて一台の大型トラックが猛スピードで突き進んでくる。周りの人々はそれに気づくと一目散にその場から離れ始めた。トラックは勢いを落とすことなく柵やバリケードを薙ぎ倒しながらビルへと向かっていく。

 

機動隊は動揺しながらも入り口に集まる。しかしトラックはそれすらも意に介さずビルの入口へと進む。誰もが悲惨な光景を想像したとき、トラックの前に魔法陣が現れ、それに接触したトラックは壁に激突したかのようにフロントをへこませ、そのまま横転した。

 

騒然となる現場。機動隊の何人かがトラックに近づく。するとトラックの荷台を突き破り、十数人の黒いライダースジャケットとマスクをつけた集団トゥテラリィが飛び出してきた。

 

慌てて機動隊が押さえつけようとするが、トゥテラリィはその力で機動隊を投げ飛ばし始めた。

 

 

 

 

「提督!例の連中が来ました!現在ビルの入口付近で機動隊と交戦中です!」

 

「わかった。入口付近の第一部隊はそのまま機動隊の援護!魔法は非殺傷設定で行うことを忘れるな!」

 

『了解!』

 

会議室で待機していたクロノ達は急いで部隊を現場に向かわせた。同じ部屋で待機していた源八も立ち上がる。

 

「結局こうなるのか…やっぱり」

 

「源八さん、僕は指定の位置に向かいます」

 

「ええ、頼みますよ高畑さん」

 

「お任せを」

 

源八は現場へ、タカミチは自分の持ち場へと向かった。クロノは会議室で状況の確認を行う。

 

「会合に参加していた人物は既に別動隊が保護しています。現在避難中とのこと」

 

「よし、敵の別動隊が他ルートからの侵入を狙っている可能性もある。内部の部隊も警戒を怠るな」

 

 

 

 

ビルの入口付近ではトゥテラリィとクロノの部隊が戦闘を開始していた。超人血清により身体を強化しているトゥテラリィだったが、戦闘経験がほぼない事、そして初めて相対する魔法に対処しきれず劣勢となっていた。

 

「くそっ!こんなに魔法使いがいたのかよ!」

 

「あきらめんな!ここまで来たら後には引けねぇ!」

 

何とか戦意を失わない様己を含めて鼓舞するが、その戦力差は歴然であった。

 

「ここで全員捉えて、クロノ提督をさっさと家族の所に行かせるぞ!」

 

『了解‼』

 

クロノの部下たちがさらに勢いを増す。そこに源八が到着し、ビームやら何やらが飛び交う戦場となった現場を目撃した。

 

「これが現実だってんだから、時代は変わったな…ってんなこと言ってる場合じゃね!」

 

源八は自分と同じようにどこか遠い目をしていた機動隊達に声をかける。

 

「おら!犯人逮捕は俺達の仕事だ!倒れてるやつから確保しろ!」

 

源八を先頭に機動隊が倒れているトゥテラリィ達を拘束し始めた。

 

「ゲンさん!この光の輪っかが付いてるやつはどうしたらいい!?」

 

「と、とりあえず手錠掛けとけ!」

 

 

 

 

「やばい…こんなに一瞬で押されるなんて…」

 

「あれが魔法…あんなのずるいじゃん!」

 

少し離れたビルの屋上から戦場を見ていたトゥテラリィの別動隊が嘆くように言った。

 

超人血清を手に入れどこか舞い上がっていた。戦う力を手に入れ、今なら自分たちは世界を変えられるかもしれないと。しかし改めてこの光景を見せつけられ、頭に冷水をかけられた気分だった。そんな中、先頭に立っていた碧が声を上げる。

 

「だからって今更やめられない…ここまで来たんだ!今動かないでどうするの!?」

 

「碧…」

 

「こっちは元から玉砕覚悟で来てるんだ。最後までやってやる!」

 

そう言って歩みを進める碧。他の者達も何とか震える足を押さえつけそれに続いた。

 

「みんな、準備はいい?いくよ!」

 

碧の号令を合図に一斉に走り出す。常人のスピードではないそれは屋上の端ま行くと、思いきり跳躍した。そのまま隣のビルへと飛び移り、それを繰り返す。やがて隣に会合が行われていたビルが来ると、その屋上に向かって勢いよく飛び出した。

 

全員が目的のビルの屋上に着くと下の階へと続くドアを蹴破り、下の階へと向かってく。やがて碧達は広い廊下に出る。気が付くと少し先に数人の男性が立っているのが見えた。それに気づき全員足を止める。

 

「やぁ、はじめまして。トゥテラリィの皆さん…で、いいのかな?」

 

にこやかな笑みを浮かべ、タバコを吸うタカミチが彼らの前に出た。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「よーし!桜子の誕生日を祝して文字通り一肌脱いでやる!」

 

「いよっ!ハルナ太っ腹!あれ本当に太っ腹になった?」

 

「なってないわ!」

 

妙なテンションになったハルナが服を脱ぎはじめ、そのお腹を見て桜子が脇腹のあたりを摘みそう言うと、ハルナがその手をはたいた。

 

「ちょっとパル⁉︎ネギもいるのよ!」

 

明日菜がハルナの投げ捨てた服を持って着せようとする。件のネギは顔を真っ赤にして手で顔を覆っていた。

 

「何言ってんのよ明日菜!せっかくの誕生日会なんだから服の一枚や二枚脱がないでどうすんの!」

 

「私の知ってる誕生日会は服脱いだりしないんだけど⁉︎」

 

「ネギ君赤くなってる〜!かわい〜!」

 

「も、もう!揶揄わないでください!」

 

美砂がネギの頬を指でつつきながら揶揄うと、ネギはさらに顔を赤くした。

 

「ハルナさん!ネギ先生の前でなんと破廉恥な!許せませんわ!」

 

「なんだいいんちょ!やるか〜!お前も脱げ!」

 

「きゃー‼︎何をなさるんですか⁉︎」

 

ネギの危機に現れたあやかだったが、逆にハルナの餌食となってしまう。それを見て周りがさらに盛り上がった。

 

「いいぞーパルー!せっかくだから明日菜も脱がせちゃえ!」

 

「なんでよ⁉︎ちょっ、ふーちゃん!やめっ」

 

音頭を取った風香を先頭に悪ノリしたクラスメイト達があやかと明日菜を脱がしにかかった。まさに世紀末も真っ青な無法地帯である。

 

「むしろネギ君も脱がせるべきでは⁉︎」

 

「間違いない!」

 

「ひっ!や、やめてくださーい!」

 

逃げようとしたが時すでに遅し。囲まれ、退路を塞がれ、ネギすらもその毒牙にかかってしまった。

 

「あれ、超さん?どこか行かれるんですか?」

 

離れた箇所でそれを見ていた聡美が、スッと席を立った超に声をかける。

 

「ん?なに、ちょっとお手洗いネ」

 

超はふと教室の端の方に目をやる。そこではザジがどこからか取り出した帽子から鳩を出し、見ていたクラスメイトから拍手を送られていた。

 

 

 

 

女子トイレの個室に入り、便座に腰掛けた超は持っていた端末を起動すると空中に映像が浮かび上がる。そこには現在戦闘が行われているビルの映像が映し出されていた。

 

「さて、そろそろかネ。お手並み拝見といこうカ?」

 

不敵な笑み浮かべ、超は映像を眺め始めた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「はぁ…はぁ…そんな…」

 

あれから数分、戦闘を開始したトゥテラリィとタカミチ達。全力で突破を試みたトゥテラリィだったが、一人また一人と拘束され、既に制圧は時間の問題となっていた。

 

なぜだ、自分達は常人が到達するであろう極限の身体能力を手に入れたはずだ。なのにそれがこんなにもあっさり。特にあの眼鏡をかけた白髪の男、あれは化け物だ。自分達がわからないだけで魔法を使っているのかもしれないが、体術のみでこちらを圧倒している様に見えた。

 

ポケットに手を入れてそこから拳を放っている様だが、今の自分達は動体視力も常人のものではないはずなのにそれでも目で追うのがやっとだった。理不尽だ。こっちは苦労してようやく力を手に入れたのに。こいつらはそれをなんてことない様に軽く捻り潰してくる。

 

これでは何も変わっていない、ただ見ていることしかできなかったあの時と…

 

碧がそう思っていると気がつけば立っているのは自分一人となっていた。新たなタバコに火を付け、タカミチが近づいてくる。

 

「もうこの辺にしないかい?君達の外の仲間も、おそらく既に拘束されているだろう」

 

碧はマスク越しにタカミチを睨みつける。

 

「そんな力があって、なんで別次元の味方をするの」

 

「別次元のすべてが敵ではないからね。少なくともミッドチルダは敵じゃない」

 

「そんなのわからない!本当は何を考えているかなんて!」

 

「だから、攻撃するのかい?相手の事を知ろうとする前に」

 

「そんな事をしてる間に奪われるぐらいなら!私達は…!」

 

タカミチはタバコを手に取って、息を吐いた。

 

「君達の気持ちが全く理解できないとは言わない。だけど賛同はできない。君達のやり方では無駄に敵を作るだけだ」

 

「お説教なんて今更聞きたくない…そもそもあんたみたいなのには分からない…大切な人が理不尽に殺されるのを見ていることしかできなかった人の気持ちなんて」

 

再びタバコを咥えてタカミチが碧を見る。

 

「これでも、誰よりもわかってるつもりだけどね」

 

碧はその言葉の意味を一瞬考えようとするがすぐに頭を振ってその考えを飛ばす。

 

「悪いけど、私達は途中で止めるつもりなんてない。私は!死ぬまで戦うって決めたんだ!いつか!この世界を別次元の脅威がない世界にする為に!」

 

「残念だよ」

 

タカミチの言葉を皮切りに、碧がタカミチ目掛けて走る。それに動じる事なくタカミチは待ち構えた。

 

二人の距離が間もなく人一人分の隙間程度になろうとしたその時、何かがガラスを突き破った。そして突如碧は虹色の光に包まれる。まるでその光は嵐の様に巻き起こると、碧を連れ去り外へと向かった。

 

それを見つめるタカミチ。制圧を終えた悠久の風のメンバーがタカミチに近寄る。

 

「タカミチさん」

 

「みんなは太田さんやハラオウン提督と連絡をとって状況を確認してほしい。僕は屋上に行く」

 

「わかりました」

 

メンバー達は一斉に動き始めた。タカミチはゆっくりと屋上を目指して歩き出す。

 

 

 

 

「提督、先程突如外から虹色の高エネルギー体がビルに接近。犯人の一人を連れて飛び立ち、今は屋上にいるとの事です」

 

隊員から送られてきた情報をオペレーターがクロノに伝える。それを聞いたクロノは顎に手を当てた。

 

「虹色の…例の彼か」

 

 

 

 

虹色の光は屋上へと向かうと連れていた碧をそこに下ろす。突然のことに理解が追いつかず碧はただ唖然とその光を目で追っていると、空中で一回転した後屋上へと降りた。やがて光が徐々に消え始め男性のシルエットが浮かび上がる。その人物はしゃがんだ状態から立ち上がると、葵に視線を向けた。碧は驚きのあまり思わず目を見開く。

 

「ユウ君…」

 

「こんばんわ。碧さん」



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始まりの光

「一昨日ぶり、ですね」

 

「ユウ君、なんで…」

 

ビルの屋上で二人は相対する。碧は何とか今の状況を把握しようとするが、すぐには冷静になれそうになかった。

 

「貴女を止めに来ました」

 

その言葉を聞いて戸惑っていた碧の意識は一瞬で強い怒りに支配された。立ち上がり祐に怒りの視線を向ける。

 

「君まで邪魔するんだ、私達と同じ目に遭ったのに」

 

「同じ目に遭ったから止めに来たんです」

 

碧は言葉に詰まる。次に言うつもりだった言葉も忘れてしまったが、鋭い視線だけは反らさずにいた。

 

「別動隊も既に捕まってます。地上と屋上の騒ぎに紛れて侵入しようとした連中も、今さっき制圧されました」

 

それを聞いて驚いた顔をしたが、少しずつその表情を険しくしていく。

 

「君がやったの…?」

 

「僕一人ではありませんでしたけど、そうですね」

 

視線を落とす碧。拳を強く握ると祐に向かって走り出した。そのまま右の拳を左胸に向かって突き出す。鈍い音を鳴らし、拳が当たったことを知らせる。しかし祐の姿勢は変わらず、表情もまた変わらなかった。

 

「うそ…」

 

まったくダメージを感じさせない祐に恐怖を感じつつも、それを無理やり振り払う様に再び拳を繰り出す。感情のこもった拳を何度も受け、さすがに祐の身体ものけぞりを起こす。

 

「なんで邪魔するの!私達は自分の世界を守りたいだけなのに!」

 

殴り続けられていた祐が碧の手首を掴む。振りほどこうとするが、いくら碧が力を入れてもその手を振りほどくことは出来なかった。

 

「このやり方は、作らなくていい敵を作るだけです」

 

「じゃあ何か別の方法があるの!?否定ばかりして代案も出さないで!結局世の中はいつだって何もせずに流れに身を任せてるだけだったじゃない!」

 

「私達が間違ってるって言うなら!何が正しいのか言ってみてよ!!」

 

世界を変えるにはこれしかないと思った。たとえどれだけ長く厳しい戦いであろうとも、いずれこの世界を平和に出来るならそれでいい。

 

あの事件以降、別次元の存在は危険だとずっと言い続けてきた。だから戦争が終わった今からでもこの世界から追い出すべきだと。しかし殆どの人は自分達に賛同してくれない。彼ら自身は侵略を行った者達とは関係無い。彼らは何もしていない。それは差別だと言われた。

 

なぜ信用できるのかわからなかった。何も相手の事などわからないのに。一瞬で大勢の命が奪われたあの光景を見たのなら、それを引き起こした者と同じ存在に恐怖や怒りを抱いて当然なはずだ。奴らは何もしていないのでは無い。『今は』何もしていないだけだ。

 

そもそもこの次元に来る必要がない。自分の次元で生きていけばいい。もともとこの世界で生まれ暮らし、大切なものを奪われた自分達は、別次元の為にいつまた侵略が始まるのか怯えて暮らし続けろと言うのか。

 

別次元の存在をこの次元から追い出す。平和のためにはそれが一番の筈だ。そうでないと言うのなら、どうすればいいのか教えてほしい。そう聞いても解決策は出さず、何もしない連中は否定だけをしてくる。

 

もう周りに期待するのはやめた。自分達が動かなければ。だから犠牲を払ってでも行動を起こすと決めた。すべてはこの世界に潜む異分子に怯える事の無い世界の為に。なのに行動を起こせば自分達以上に力を持つ者に妨害され、あまつさえ自分と同じ境遇の祐にさえ否定された。碧はもう何が正しく、何が間違いなのか分からなくなっていた。

 

「碧さん達の思想が長い目で見た時、間違ってるかどうかはわからない」

 

祐が碧の手首を離すと、碧の腕が力なく落ちる。

 

「貴女の言う通りです。俺に代案なんてない。どうすれば本当に世界が平和になるのか、俺はわからない」

 

「貴女達を納得させられる解決策を、俺は持ってない」

 

碧が思わず祐の胸ぐらを掴む。

 

「じゃあなんで邪魔するの!?私達はこれが正しいと思って動いてる!代わりの答えがないんなら…せめて私達の邪魔はしないで‼」

 

祐は少しの間瞼を閉じると、やがてゆっくり開ける。

 

「理由は二つあります。一つは同じような目に遭った者として、これ以上自棄になっている貴女達を見てられなかった。誰が死んでも、自分が死んでも構わないからって考えで起こす行動は、破滅しか呼ばない。そう言う人を見たことがあります」

 

「もう一つは、貴女達をそのままにしておけば俺の大事なものに、今危害が及ぶからです」

 

碧が祐を見つめる。

 

「碧さん達のやり方は間違いなく新しい敵を作る。それは俺の大事なものを壊すんです」

 

「だから…私達の邪魔をするの…?」

 

「俺は、全部は守れない。今の俺じゃ自分の大切なものを守るために動くので精一杯です」

 

碧が祐を突き飛ばし、自身もよろめきながら後ろに下がった。その視線は先程よりも激しい怒りを感じる。

 

「結局自分さえよければ良いって事…今さえよければ良いって事…」

 

その問いかけに祐は答えなかった。それがさらに碧の怒りの火に油を注いだ。

 

「うわああああ‼‼」

 

感情が爆発した碧が祐に向かって走り出す。ただ目の前の男を殴ることしか考えていない。そんながむしゃらな勢いだった。

 

瞬時に祐は碧に右手をかざす。すると碧は虹色の光の球体に包まれた。急に動きを封じられた碧は周囲を見渡す。正面に目を向けると、こちらに向かって跳躍し、光を纏った右手を振りかぶっている祐がその瞳に映った。

 

 

 

 

屋上の破壊されたドアからタカミチが出てくる。あたりを見渡すとそこには倒れている少女と、それを見て立ち尽くしている祐がいた。

 

タカミチはゆっくりとした足取りで祐の隣に進んだ。そして倒れている少女に視線を向ける。気を失っているようだが、命に別状はなさそうだった。

 

「終わったようだね」

 

「はい」

 

倒れた碧から視線をそらさない祐。タカミチはそんな祐の肩に手を置く。

 

「彼女を運ぼう、祐君」

 

祐はタカミチに小さくうなずいた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

時刻は19時。騒ぎに騒いだ誕生日会が終わりそれぞれが寮へと帰宅した。散々いじられたネギをはじめ、明日菜と木乃香も帰宅と同時に力尽き、そのままリビングで眠ってしまった。

 

そんな中、明日菜が目を覚ます。辺りを見渡し同じように寝ていた木乃香とネギに毛布を掛けてやると、ふと用事の為誕生日会に来れなかった祐の事を思い出した。何と無しに今彼がどうしているのか気になった明日菜はラインを送ることにした。

 

[よっ。今何してる?]と送り画面から視線を外そうとした瞬間、着信音が鳴り響いた。

 

「うわっ!」

 

突然のことにスマホを放り投げてしまうも、なんとか空中でキャッチして画面を見る。画面には逢襍佗祐と出ていた。そのまま通話に出る。

 

『あ、どうも逢襍佗ですけれども』

 

「知ってるわよ…てか反応早すぎない?着信鳴ってびっくりしちゃったわ」

 

『あ~すまん、たまたまスマホ見てたから』

 

「まぁ、いいけど。それで?今何してんの?」

 

明日菜の問いに祐がしばらく黙ってしまう。不審に思った明日菜は改めて声をかけようとするが、それよりも先に祐が口を開いた。

 

『えーと、なぁ明日菜。今からちょっと外出れるか?』

 

「今から?別にいいけど、どうしたの?」

 

『話したいことがあるんだけど、出来れば直接会って話したいんだ。言葉だけだとうまく伝える自信がなくてさ。実際見てもらった方がわかりやすいと思うから』

 

どう言うことなのかよくわからなかったが、祐がこんなことを言うのも珍しいので素直に従うことにした。

 

「…わかった。どこに行けばいい?」

 

『10分後ぐらいに女子寮の前に来てくれ。俺がそっちに行くから』

 

「10分?結構近くにいるのね」

 

『まぁね、たぶんそれくらいには着けると思うから』

 

「うん、それじゃまた」

 

『おう、頼むな』

 

通話を切った明日菜は身だしなみを整える為洗面台に向かった。

 

 

 

 

先程の通話から10分ほど後、動きやすい部屋着に着替えた明日菜は女子寮の入口を出て辺りを見渡す。今日は雲もなく、空を見ると月が良く見えた。

 

「明日菜」

 

月を見ていると声をかけられたのでそちらに視線を向ける。そこには茂みの中から顔だけを出した祐がこちらを見ていた。

 

「あんた何やってんの…」

 

「ほら、こんな時間に女子寮の前にいるのが見つかったら良くないだろ?」

 

「いやまぁ、そうだけど」

 

「少し付き合ってくれ。あっちに座れるところがあったはずだから」

 

そう言うと祐は目的地へと歩き始めた。なんだか少しいつもと雰囲気が違うと感じながら、明日菜は後に続いた。

 

 

 

 

少し歩くと小さな広場に着いた。そこの木で出来た椅子に腰を下ろす祐。明日菜もそれに倣って祐の隣に座った。

 

「わざわざこんなとこまで来て話って何よ?しょうもない事じゃないでしょうね」

 

「いや、なかなか重要な事だ。それこそ人生の転換期になりうるぐらい」

 

「随分大きく出たわね」

 

明日菜は祐を横目で見る。よく見ると祐はどこか緊張した面持ちだった。それに気づくとなんだか明日菜の方まで緊張してきた。一度祐は大きく深呼吸すると明日菜の方を向いた。明日菜もつられて祐の方を向く。

 

「明日菜」

 

「な、なに?」

 

「まず初めに謝っとく。今まですみませんでした」

 

突然頭を下げて謝罪する祐に明日菜は面食らった。

 

「いや、なによ急に…」

 

「実は…俺ずっと明日菜達に隠してたことがあるんだ」

 

「隠してたこと?何を?」

 

もう一度祐は深呼吸をすると手首を回して掌を上に向け、明日菜に見せた。その意図がわからず明日菜は祐の顔を見てから掌へと視線を移す。すると祐の掌の上に虹色に輝く光が現れた。

 

「へ?なに…これ…」

 

祐は手を振って光を消すと、椅子から立ち上がり両手を広げた。すると今度は目の前にオーロラのような物が現れる。明日菜は目を見開いた。そのオーロラは大きさこそ違えど、あの日爆発が起こっていた場所で見た物と同じだったからだ。

 

「まさか、これって…」

 

明日菜は思わず祐を見ると、祐は両手を下ろし明日菜に向き直る。オーロラはすでに消えていた。

 

「さっきの虹の光は俺が出したもんだ。俺の、特殊能力ってやつだな」

 

「じゃあ、この間のやつは」

 

「俺がやった。爆破犯と戦った後に、起爆された爆弾を抑え込む為に」

 

「戦ったって…」

 

あまりの情報量に明日菜の脳はパンク寸前だった。いろいろと聞きたいことは出てくるがうまく言葉にできない。今はただ唖然とした表情で祐を見る事しかできそうになかった。

 

「8歳の頃、あの事件に巻き込まれた時にこの力が使えるようになった。なんで使えるようになったのかはわからないし、これが何なのかもよくわかってない」

 

あの時の祐は無理をしているのと同時にどこか影があった。明日菜達はきっと家族を失ったことが余程ショックだったのだろうと思っていた。それも理由の一つだが、自分によくわからない力が芽生えたこともきっと関係していたのであろうと今明日菜はどこか納得していた。

 

「この力のせいなのか、単に俺の運が悪いのか。どっちかはわからないけど、それからずっと厄介事の連続だったよ。まぁ、自分で首突っ込んだのもあるけど」

 

祐は苦笑いを見せた。

 

「今日まで黙ってたのは、下手に心配かけたくなかったから。今までそれで上手くやれてたから、この事はずっと隠しておこうと思ってた」

 

「そう、なんだ…」

 

人には隠しておきたい事の一つや二つはある。秘密にされていた事は寂しくはあるが、事が事だけにそれを責める気にはならなかった。彼の先ほどの緊張した様子を見るにかなり勇気が必要だったのだろう。考えてみれば祐の緊張した姿など初めて見たかもしれない。しかしなぜそれを今になって伝える気になったのか疑問に思った。

 

「気軽に話せる事じゃないだろうから、秘密にしてたことに関しては、まぁ大目に見てあげる。きっとあんたも悩んでただろうからさ。でも、何で今それを教えてくれたの?」

 

祐は視線を下に向け、少し考える様な表情になる。やがて答えが纏まったのか視線を明日菜へ戻した。

 

「この前の爆破事件の事、その後にあった事。色々考えさせられてさ。それで今までの考えを改めるべきだって思ったんだ。もう、この力の事を明日菜達に隠すのはやめようって」

 

祐は改めて明日菜の隣に座って、目を見つめる。

 

「明日菜。多分だけど、これからこの世界で沢山の事件が起きる。そう思う理由は俺の勘でしか無いけど、結構よく当たるんだ俺の勘。特に悪い事は」

 

「今まで以上に俺は厄介事に首を突っ込むし、巻き込まれることになると思う。心配してくれる皆んなには申し訳ないけど、俺はそういう生き方しかできない。じゃないと…耐えられないんだ、俺が」

 

祐は申し訳なさからなのか、それとも別の理由からなのか辛そうな表情をした。明日菜はその顔を見て自然と祐の手に自分の手を重ねていた。

 

「危ない事もするし、怪我もすると思う。心配も沢山かける。でも、これだけは約束する」

 

「どんなことがあっても、俺は絶対死なない。だから…だから明日菜達には信じて欲しい。何があっても大丈夫、必ず帰ってくるって」

 

祐は懇願している様に見えた。そしてどこか、許しを請う様にも。 

 

明日菜は迷っていた。出来ることなら祐には危険なことなどして欲しくはない。でもきっと、何もしないと言う選択肢を取る事は出来ないだろう。彼が言っていた様に、そうすれば祐自身が自分を責めてしまう。何もしなかった自分を。

 

 

 

きっとあの時、家族を失ってしまったその瞬間にそれは深く刻みつけられたのだろう。一種の呪いと言ってもいいかもしれない。どれだけ自分は悪くない、関係ないと思おうとしても、どこかから聞こえてくる。力があるのに何で何もしないんだと。何かできたんじゃないのかと。

 

だから祐は力以外のものを持っていなくても、動かずにはいられない。動いても動かなくても辛いのなら、動けば何かをいい方向に変えられるかもしれないから。そう自分に言い聞かせている。

 

 

 

 

祐がそう思っている事までは知らないが、見て見ぬ振りが出来ない何かを抱えている事には気づいた。明日菜は表情を引き締めると結構な力を込めた両手で祐の顔を挟み込んだ。

 

「ぶぃっ!」

 

予想すらしていなかった攻撃を受け、それに対応できず祐は口の中の空気を噴き出した。明日菜は祐の顔を挟んだまま、自分の方に向け、そこで固定した。

 

「本当は危ない事なんてして欲しくない。怪我も、辛い事も。でも、動かなかったら祐は苦しいんだよね?」

 

「ふぁい…(はい)」

 

挟まれた状態のまま何とか返事をする。

 

「今すぐその考えを変えろって言っても無理だと思う。出来るならもうとっくにやってるだろうし…それは追々治していくとして、信じてあげるには条件があるから」

 

祐は何も言わず明日菜を見る。明日菜は一度目を閉じると大きく息を吸う。十分空気を溜めると、目を開けて言った。

 

「ダメな時に『大丈夫』って言わない事!辛い時は辛いって言って!言っておくけど私達、祐の言う大丈夫は誰一人信用してないから!」

 

「えぇ…」

 

祐は少なからずショックを受けたが、そうなっても仕方ないと思う事に心当たりがありすぎるので黙っておく事にした。

 

「全部一人で何とかしようと思わない事!何でも一人で背負い込まない。祐の周りには頼りになる人達が沢山いるでしょ?」

 

それに対して祐は迷いなく頷いた。

 

「後これが最後。さっき自分でも言ってたけど、必ず帰ってくる事!少なくともこの三つは守るなら、あんたの事信じてあげる」

 

祐は顔を挟んでいた明日菜の両手に自分の手を重ねると、その手を優しく握り下に下ろす。

 

「わかった、必ず守る。絶対に。死んでも守る」

 

「死ぬなって言ってんのよ…」

 

呆れた視線を向けるが、ふっと笑って祐と視線を合わせる。

 

「約束だからね。どれか一つでも破ったら私達であんたをボコボコにしてやるんだから」

 

「最高の幼馴染を持てて幸せだよ」

 

二人は笑い合った。この約束は祐にとって最も重く、何としても守るべき物になった。

 

「でも、まさかあんたにそんな秘密があったなんてね。何で今まで気づかなかったのかしら?」

 

「これでも気を遣ってたんだよ。バレない様にって」

 

「まったく、変なとこは器用なんだから。ネギも見習って欲しいわ」

 

「と言うと?」

 

「ほら、あいつ魔法使いって事隠そうとしてるくせに、テンパっちゃうと口が滑るから」

 

「え?」

 

「え?」

 

二人は口を開けたままお互いを見つめる。暫くそうしていると明日菜が冷や汗をかき始める。先に我に帰った祐が慌てて声をあげた。

 

「お前ネギが魔法使いだって知ってたのか⁉︎」

 

「しまった!私が口滑らせた!…って!あんたも知ってたの⁉︎」

 

二人とも椅子から勢いよく立ち上がり向かい合う。

 

「知ってた。最初から」

 

「じゃあ…あんたも魔法使い?」

 

「いや違う。俺は魔法使いじゃない」

 

「じゃあ何なの?」

 

「……さぁ?」

 

「何でわかんないのよ!」

 

「しょうがないだろ!さっきも言ったけど、この力が何なのかわかんないんだから!とりあえずこれは魔法じゃ無いんだってさ。形式上は超能力者ってことになってる」

 

「……」

 

「……」

 

「「はぁ…」」

 

二人は同時にため息をつくと、力なく再び椅子に座り直した。

 

「いつから知ってたんだ?ネギが魔法使いだって」

 

「あいつが来た初日…偶然魔法使ってるとこを見たの」

 

「早すぎんだろ…」

 

自分の想像よりも遥かに早い段階で魔法バレを起こしていて、祐は何とも言えない気持ちになった。別にバレたらどうと言う事はないが、魔法使いというのは基本的には正体をあまり明かそうとはしない体質だ。そちらの方が都合のいい事もあるのだろうと、祐はあまりその辺りを詳しく考えた事はなかった。

 

「木乃香は?ネギのこと知ってるの?」

 

「ううん、木乃香は知らないわ。多分知ってるのはクラスで私だけだと思う」

 

「あ〜、そうか。なるほどね」

 

「なによ?」

 

「いや、ただ納得しただけ」

 

今の会話から察するに、知っているのはネギが魔法使いと言うことぐらいで、こちらの世界に足を踏み入れたわけではない様だ。でなければエヴァの名前は少なからず出てくるはずである。エヴァ以外にもそこそこ魔法関係者がA組にはいるのだが、本人達が言っていないのなら自分が言うべきではないと思い、それらしく誤魔化した。

 

「この事、木乃香にも伝えるの?」

 

「伝えたいとは思ってる。けど先に学園長に話通さないとな」

 

「なんでよ、保護者だから?」

 

「そんなところ」

 

祐は一息つくと、椅子から立ち上がり大きく伸びをする。

 

「まだ色々聞きたいことあるかもしれないけど、今日はここら辺にしとこう。あんまり遅くなっても悪いし」

 

「そうね、びっくりすることばっかで私も少し疲れたわ」

 

明日菜も立ち上がり腰に手を当てる。

 

「わざわざ呼び出して悪かった。寮の入口まで送ってくよ。行こう」

 

歩き出そうとするが明日菜が動く気配がないので、不思議に思い顔を覗く。

 

「どうした?」

 

「あっと、え〜と…」

 

何か言い淀んでいるが、何が言いたいのか全く予想がつかないので、祐は黙って見ている事にした。

 

「はいっ!」

 

「ん?」

 

右手を差し出す明日菜。祐はその右手を見て固まっている。

 

「握手ですか?」

 

「そうじゃなくて…ほら、送ってくれるんでしょ!だから…はい!」

 

さらに右手を突き出す。手を繋げという事だとは思うが、明日菜からこんな事をしてくるのは初等部の時以来だった為祐は困惑した。

 

「どうした急に」

 

「き、気分よ気分!今はなんかそういう気分なの!」

 

「そ、そうか…」

 

よくわからないがそういう気分ならばそうなのだろう。それ以上考えるのはやめて差し出された右手を左手で握る。

 

「言っとくけど!勘違いしないでよね!私には高畑先生っていう心に決めた相手が」

 

「わかったわかった、もうそれ散々聞いたよ。何年言ってんだそれ」

 

「いいでしょ別に!恋っていうのはゆっくり育んでいく物なのよ!」

 

「片腹いてぇな」

 

「うっさい!」

 

月明かりだけが二人を照らす。

二人は寮を目指し歩いていく。

お互いの体温をその手に感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

消された歴史 隠された真実

 

その果てに生まれたもの 混ざりあった世界

 

そこに生きる少年 光を放つ

 

その光 イリスの光

 

進め戦士 痛みを背負って

 

光が導く心のままに




これにてArco Irisの序章、プロローグは終了となります。
プロローグが終わったので活動報告を書かせていただきました。
宜しければご覧ください。


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師匠はご機嫌ナナメ

「おい小僧。こんなところで何をしている」

 

月明かりと街灯のみがあたりを照らす時間。学園と外を繋ぐ橋の上で、一人の少年がどこか遠くを眺めていた。

 

「お姉さんは?」

 

「質問に質問で返すとはなってないな。人に聞くならまず答えてからだ」

 

「ごめんなさい」

 

少年はそう言うとまた遠くを見つめ出した。

 

「何もしてないよ。何したらいいのかわかんないから」

 

「なに?」

 

「色々考えなきゃって思ってたんだけど、もうわかんなくなっちゃった」

 

「もう、わかんない」

 

少年は今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

「ん…」

 

カーテンから薄くさす陽の光を浴び、エヴァは目を覚ました。目を擦りながらゆっくりと上体を起こす。

 

「久しぶりに見たな…」

 

まだ寝惚けた状態のエヴァは、その姿勢で船を漕ぎ始めた。すると近くに置いてあったスマホから着信音が鳴る。手を伸ばし画面を見ると、ここ数日の不機嫌の原因である人物の名前が表示されていた。画面にジト目を向けつつ、通話のマークを押す。

 

「なんだ…」

 

『うわ、機嫌わるっ』

 

「今ので余計悪くなったわ」

 

一言目に何を言うかと思えば、何とも失礼な事を言う。そもそも誰のせいでこうなったと思っているのかと、エヴァは朝から機嫌が急降下した。

 

『あー、それは失礼致しました。もしかして…寝起きですか?』

 

「休日の10時だぞ?当たり前だろうが」

 

『当たり前では…いえ、何でもないっす』

 

平日ならまだしも、休日の朝10時などエヴァにとっては早朝に等しかった。

 

「それで?散々連絡も寄越さなかった不孝者が何の用だ?」

 

『……えっ、なんか怒ってます?』

 

「どうだろうな」

 

すると通話相手はしばらく無言になる。エヴァの方は多少眠気が収まった様で瞼の開き具合が上がっていた。

 

『あの〜、本日そちらに伺いたいんですが…』

 

「何しに来るつもりだ」

 

『いや何ってわけじゃないんですけど、その…師匠に会いたいなと…』

 

「……好きにしろ」

 

『あ、ありがとうございます。何時頃がよろしいでしょうかね…』

 

「昼食前に来い。茶々丸にはお前が来る事を伝えておく」

 

『ごちになります』

 

「ふん」

 

電話を切るとエヴァは着替えを始めた。馬鹿な弟子を迎える為に。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「何で怒ってるんだ…。連絡しなかったからか?いやでも簡単に頼るなって言ったのは師匠だし…。やばい、わからん」

 

先程の通話を思い出しながら、祐はエヴァの自宅に向けて歩いていた。

 

昨日トゥテラリィの襲撃を制圧し、明日菜に力の事を明かした。ここの所色々あったのと、以前超包子で茶々丸がエヴァに関して何か言おうとしていた事を思い出した祐は、報告も兼ねてエヴァに顔を見せようと思っていた。

 

未だ師匠がお冠な理由はわからないが、とりあえず行けばわかると少しだけ速度を速めた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

祐がエヴァの家の前に着くとそこには既に茶々丸がおり、周りの掃き掃除をしていた。祐の存在に気がつくと茶々丸が声をかけてくる。

 

「おはようございます祐さん。お待ちしておりました」

 

「おはよう茶々丸。今日はお邪魔するね」

 

「ここは祐さんのお家でもあります。気になさる必要はないかと」

 

不思議そうな顔をして茶々丸が言った。それを聞いた祐は少し固まるが、すぐに気を取り直し笑った。

 

「そっか、そうだね。じゃあただいまって言わないとか」

 

「はい、お帰りなさい祐さん」

 

優しい笑みを浮かべる茶々丸。今でも感情の起伏は少ないが、出会った時に比べれば随分と表情豊かになったものだと思う。妹の様な存在の成長を感じつつ、二人は家の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

「ヨウ」

 

ドアを開けると目の前に、祐の膝辺りの大きさの人形が立ってこちらを見上げている。声の主は間違いなくその人形だった。

 

祐はしゃがみ込んでその人形の腋に手を入れて持ち上げた。

 

「久しぶりゼロ姉さん。元気?」

 

「マァマァダナ。オマエガモット力ヲクレレバ、モット元気ニナルゼ」

 

「あんまりあげすぎると俺が師匠に怒られるから勘弁して」

 

「マァ、自力デ歩ケル様ニナッタダケデモヨシトシテヤルヨ。寛大ナ姉ニ感謝シロ」

 

「ゼロ姉さんにはいつも感謝してるよ」 

 

彼女の名前はチャチャゼロ。エヴァの古くからの相棒であり、意思を持つ人形である。茶々丸とは血のつながらない姉妹のようなもので、祐にとっては姉の様な存在でもある。彼女はエヴァから供給される魔力で動くが、現在エヴァは有事の時以外は学園にセーフティをかけられており、大幅にその力を抑えられている。

 

その為、チャチャゼロは満足に動くことが出来なかったが、祐の力を流し込まれた事により、自力で動き回る程度のことは可能になった。

 

「来たか、家主に挨拶も無しとは偉くなったな祐」

 

声と共にエヴァが二階から降りてくる。祐はチャチャゼロを左手で抱えると、立ち上がった。

 

「おはようございます師匠。ただいま戻りました」

 

そう言われたエヴァが一瞬、少しだけ驚いた様な顔をするが、すぐに不機嫌そうな顔に戻る。

 

「ふん、まぁいい。茶々丸、食事の準備は出来ているか?」

 

「今すぐご用意致しますマスター。5分程お待ち下さい」

 

「ああ。……」

 

答えるとエヴァは祐達を見てそのまま固まる。

 

「マスター?どうかされましたか?」

 

「いや、お前らそうしていると何と言うか、家族の様だな…」

 

祐がチャチャゼロを左に抱え、チャチャゼロは完全に身を任せており、祐の左隣に茶々丸がいるという立ち位置。確かにどこか夫婦とその子供に見えなくもない。

 

祐と茶々丸は顔を見合わせ、同時にエヴァの方を向く。

 

「様も何も、俺達家族でしょ?」

 

「はい」

 

「そういう事では…はぁ、いやいい」

 

「ケケケ。ホラパパ、運ンデクレ」

 

「へっ?」

 

どうやらチャチャゼロだけはエヴァが言わんとしている事がわかった様だ。

 

 

 

 

 

テーブルに移動した一行は、それぞれの席へと着く。エヴァの隣に祐が座り、料理を運んできた茶々丸がエヴァの向かいに座った。チャチャゼロは祐の膝の上にいる。

 

「あー、人が作った料理って何でこんな良いもんなんだ」

 

「茶々丸ガ愛ヲ込メテ作ッタモンダ。シッカリ味ワエヨ」

 

「確かに。皿まで舐めなきゃ!」

 

「キメェナ」

 

「振っておいてそりゃないでしょゼロ姉さん」

 

「お前らもう少し静かにせんか」

 

いつもはエヴァだけが食事をとるが、今日は茶々丸も席につき自分が作った料理を食べている。茶々丸は味覚機能が付いており、食べる事自体も可能だが、食事からエネルギーを取る機能は付いていない。

 

なので食事の必要はないのだが、祐が以前嫌ではないのなら一緒に食べてほしいと言ったことがあった為、祐がいる時には同じように食事を取ることにしている。

 

チャチャゼロも出来るが、彼女はもっぱらアルコール飲料ぐらいしか口にしない。今も祐の膝の上で日本酒を飲んでいる。

 

「まったく、お前が来ると騒がしくなる」

 

「そんなこと言って師匠。日頃からちゃんと人と話してますか?」

 

「必要があれば話してるわ!人をコミュ症みたいに言うな!」

 

「師匠からそんな言葉が出てくるとは…ネットに毒されてないか心配だ…」

 

「何目線なんだお前は…」

 

「いや、師匠にパソコンを渡したのは俺ですから。その責任があるかなって」

 

普段はあまり会話が多いとは言えないエヴァの家だが、祐が来ると賑やかになる。いつもの落ち着いた時間が流れる家も好きだが、今の様に賑やかな光景も茶々丸は好きだった。

 

「マスターは休日の際に、パソコンの前に居る時間が一番長い時もあります」

 

「何見てるんですか?」

 

「……色々だ」

 

「これはエッチなものを見てるな、間違いない」

 

「見るか!」

 

するとエヴァは突然ニッと歯を見せ、悪い笑顔を浮かべた。

 

「そう言っているが祐。先程からチラチラと私の脚を見ている事、気づかれていないとでも思ったか?」

 

「………さて何のことだか…」

 

祐はそう言ったが明らかに目が泳いでいる。

 

「今更隠すなよ、私とお前の仲だ。お前の好みはよ〜く知っている。せっかくお前のために着替えてやったんだ」

 

今のエヴァの服装は、黒いミニスカートに白いハイソックスを履いているというもの。祐に見せつける様に脚を組んだ。

 

「お前は脚が好きで、白いハイソックスも好きだものなぁ?刺激が強すぎたか?」

 

言いながら組んでいた上の脚の先で祐の脛を摩り始める。祐は爆発寸前だったが、茶々丸がいる手前、何とか自分の色欲を抑え込んでいた。

 

「ちょっとやめてください!茶々丸の前で!教育に悪いですよ‼︎」

 

「いえ、その…私の事はお気になさらず…」

 

「待って…待ってくれ茶々丸。俺をそんな目で見ないでくれ…!」

 

「何ダ何ダ?真昼間ッカラオッパジメル気カ?」

 

祐を掌で転がすことが出来て、エヴァは心底愉快そうに笑った。

 

 

 

 

 

騒がしかった昼食も終わり、皿洗いをしている茶々丸と祐。テーブルから二人の背中を見ていたエヴァが声をかける。

 

「祐。明日何か予定はあるのか?」

 

祐は振り返り、エヴァに答える。

 

「明日ですか?いえ、特に何も」

 

「なら今日は泊まっていけ。聞きたい事は山ほどある。お前も言いたい事があって来たのだろう?」

 

「わかりました。なら今日はお世話になります」

 

祐は苦笑いを浮かべた。

 

「バレてましたか」

 

「それぐらいわかる」

 

エヴァが視線を外した事で、祐も姿勢を戻す。隣の茶々丸は祐を見ていた。

 

「ん?どうかした?」

 

「いえ、何でもありません」

 

視線を手元に移し、皿洗いを続ける茶々丸。それを見た祐も皿洗いに戻る。

 

「茶々丸」

 

「はい」

 

「料理ありがとう。美味かった」

 

「いえ、お口に合ったのなら良かったです」

 

お互い視線は手元のままそう交わした。エヴァはそちらに一度視線を向け、その後チャチャゼロを見る。

 

「飲み過ぎだぞ」

 

「固イコト言ウナヨ御主人。アンタト同ジデ今ハ機嫌ガイイノサ」

 

「別に良くなど無い」

 

「ソウカイ」

 

 

 

 

 

あの後二階へと上がり、祐はエヴァに今回の事件での事、そして明日菜を始めとした今まで力を隠していた幼馴染達に秘密を打ち明ける事に決めたとの話をした。茶々丸とチャチャゼロは一階にいる。

 

「そうか。まぁ、お前がその力の事を幼馴染達に伝えるのにどうこう言うつもりはない。考えた上でそうしたいのならばそうすれば良いさ」

 

「はい」

 

「他の奴らには言わんのか?」

 

「必要以上に隠すつもりはありませんけど、言いふらす事でも無いかなって」

 

「ふむ」

 

エヴァは腕を組み目を閉じた。祐は頭を掻いた後、口を開く。

 

「あの、師匠…」

 

「なんだ?」

 

「何で朝機嫌悪かったんですか?」

 

エヴァの顔が朝の様に不機嫌なものになっていく。結局あれから答えはわからず、気になったから聞いたものの、祐は墓穴を掘ったなと後悔した。

 

「…わからんのか?」

 

「…もしかしてですけど、連絡しなかったからですか?」

 

エヴァは答えないが、それが正解だと言う事はわかった。

 

「でも師匠、すぐに私を頼るなって言ってたじゃ無いですか…」

 

「確かに言った。だが何があったのかの報告をするなとは言っていない」

 

「えぇ…」

 

「そもそもお前、ジジイには報告したそうじゃないか」

 

「何で知ってるんですか?」

 

「そんな事今はどうでもいい」

 

「理不尽だよ…」

 

祐は困った顔をして首の後ろを摩った。

 

「学園長には何かあったら相談する様にって言われてたもんですから…」

 

「ああ、そうかそうか。ジジイの方が私より献身的だものな」

 

そっぽを向くエヴァ。間違いない、確実に拗ねている。簡単に頼るなとは言ったが報告すらされず、尚且つ別の人物にはしているのは、それはそれで気に食わないのだろう。

 

下手に取り繕った事を言っても逆効果になりそうなので、祐は正直に自分の気持ちを伝える事にした。

 

「連絡しなかった事はすみませんでした。全部終わってから連絡した方がいいのかなと思ってて。それともう一つ」

 

エヴァは顔の向きは祐から逸らしたままだが、視線だけは祐に向けた。

 

「もし師匠に話したら無意識に頼ってしまうかもって思ったんです。ずっと貴女には頼ってばかりだったから」

 

「だからこの件は自分で解決して、少しは成長したってところを見せたかったんです。結果は…お世辞にも良かったとは言えませんけど」

 

一瞬祐は暗い表情を見せたが、すぐに切り替える。

 

「言い訳になりますが久しぶりの事件だったのもあって、色々と急ぎ過ぎました。面目ありません」

 

祐は頭を下げた。それを暫く見つめたエヴァはため息をつくと、祐の方を向いた。

 

「今回は私も少し大人気なかった。それに、少し言葉足らずだったかもな」

 

「改めて言い直す。私に頼らず自分で何とかしようとするのは結構だが、報告だけはしろ。まぁ、時間がなければ事後報告でも構わん。いいな?」

 

「しかと心得ました」

 

やはりまだまだ未熟な所が見受けられる。だが、早く自分に認めて貰おうと手探りでも一生懸命に進む姿は愛おしかった。真っ直ぐに気持ちを伝えられ、エヴァの頬が緩む。

 

「そんなに私に認めてほしいか?」

 

必死で抑えているが、エヴァの顔は少しニヤついていた。

 

「そりゃもう、だって約束したじゃないですか。いつか守ってもらうんじゃなく、隣に立てる男になるって。俺は早くそうなりたいんです」

 

「フッ、いつになるやら」

 

「今すぐってのは無理でしょうけど、必ずなってみせます。何たって師匠との約束ですから」

 

「その師匠との一番大事な約束をあの時破ろうとしたがな。忘れたとは言わせんぞ」

 

「結果的には破ってないんで…セーフという事になりませんか…?」

 

「ならんわ!」

 

椅子に深く座り直したエヴァは、今度はどこか優しい笑顔を浮かべた。

 

「功を焦るなよ祐。私にもお前にも時間はあるんだからな」

 

「はい」

 

 

 

 

 

時刻は24時を回り、日付が変わった頃。エヴァと茶々丸は自室で寝ている。祐は和室に用意して貰った布団から抜け出し、リビングのソファに座っていた。

 

辺りは静けさに包まれ、時折風に吹かれた木々の音が聞こえるだけだった。祐はぼんやりと下を向いている。

 

「人には早寝早起きをして欲しいと言っておきながら、こんな時間まで起きてる悪い子は誰だ?」

 

「おっと、見つかっちゃいましたね」

 

二階から降りてきたエヴァがそう言った。祐は姿勢を変えぬまま答える。階段から降りたエヴァは祐の隣に座る。お互いの肩が触れる距離だった。

 

「眠る事ができないのは、相変わらずか」

 

「最後にちゃんと寝たのはいつだったか、もう覚えてません。支障はないから別にいいんですけどね」

 

暫く無言になる二人。するとエヴァが席を立ち祐の正面に来る。祐が顔を上げると、エヴァが向かい合う形で祐の膝の上に座った。

 

祐の首に腕を回し、瞳を見つめる。

 

「何を悔んでいる?…あの集団のことか?」

 

「師匠って心読める能力ありましたっけ?」

 

「お前が分かり易すぎるんだよ、馬鹿者」

 

祐はエヴァの腰に腕を回した。

 

「止められませんでした。あの人達を」

 

「止めただろう。奴らに別次元の者を殺させなかった」

 

「それをした事は後悔してません。でも、説得じゃなく力で押さえつける事しかできなかった」

 

エヴァが祐の額に自分の額をつける。

 

「良くも悪くも振り切れた連中は他人の声に耳は貸さないものだ。これ以上被害を出さないという事を最優先するなら、お前の行動は間違いではない」

 

祐は腰に回していた腕を背中の方に上げ、エヴァを抱きしめる。それに抵抗することなくエヴァは密着し、祐の首元に顔をうずめた。

 

「珍しい、お前が素直に弱音を吐くとは。心境の変化でもあったか?」

 

「約束したんです。辛いときは辛いって言うって」

 

「約束の相手は…神楽坂明日菜か」

 

「ご明察です」

 

そう聞いたエヴァが何も言わなくなったので、不思議に思っていると首筋に僅かな痛みを感じた。

 

「なんでいきなり噛みつくんですか…」

 

「うるさい」

 

首筋から血を吸われる違和感は感じるものの、それ以上に祐は安らぎを感じていた。小さいころから自分が何か悩んでいるとエヴァはこうして抱きしめてくれた。

 

「あ~、落ち着く。マイナスイオンでも出てるんですかね」

 

「そんなわけないだろうが。クク、寂しがり屋で甘えん坊な所も変わらんか」

 

「独り立ちする為に師匠の抱き枕でも作ろうかな…アルさんなら協力してくれそう」

 

「おい、やめろよ?振りじゃないからな?やったらお前ごと八つ裂きにするからな」

 

良い案だと思ったのだが八つ裂きにはされたくないので、諦める事にした。

 

「まったく、図体は随分でかくなりおって。昔はさほど変わらなかったというに」

 

「会った時から俺の方が大分でかかったですよ」

 

「いや、さほど変わらなかった!」

 

「なんでそこでムキになるんですか…」

 

しばらくされるがままにしていると、エヴァが首筋から顔を離した。見せつけるように舌で口元を舐める。その姿は幼い容姿に似合わぬ色気を漂わせていた。

 

「ふぅ、悪くなかったぞ」

 

「あんだけ吸っといて…普通の人だったら干からびてますよ」

 

「お前は大丈夫だからいいんだよ」

 

「暴君だよこの人…」

 

「ところで祐」

 

「はい?」

 

「この手はなんだ?」

 

そう言われて視線を下げると、いつの間にか祐の手は下に降りており、エヴァの臀部を鷲掴みにしていた。まったくの無意識であった。祐は己に戦慄した。

 

「なんて、恐ろしい…。師匠、僕は無意識だったんです。気が付いたら手が勝手に!たぶんこの力のせいです!そういう事にしときましょう!」

 

「都合が悪くなったら力のせいにするのはやめんか!」

 

頭をはたかれる祐。しかし手の位置は変わらなかった。祐はとりあえずそれも自身に宿る力のせいにしておいた。

 

「油断も隙も無い…。はぁ、眠気も冷めたわ」

 

祐の頬を両手で包むと、挑発するような笑顔を見せる。

 

「仕方がない。努力はしている弟子に、たまには褒美をやるか」

 

「えっ…マジっすか」

 

「せっかく私がその気になってやったんだ。がっかりさせるなよ?」

 

「わかりました。ベストを尽くします」

 

「ソリャイイガ、ヤルンナラ別荘デヤレヨ?特ニ御主人ノ声ハデケェカラナ」

 

二人は同時に声のした方に勢いよく視線を向ける。そこには飾られているぬいぐるみに寄りかかっているチャチャゼロがいた。

 

「チャチャゼロ…貴様いつからそこにいた…」

 

「祐ガ降リテキタ時カラダナ」

 

「声かけてよ…」

 

「カケヨウト思ッタラ御主人ガ来タンダヨ。デモカケナクテ良カッタゼ。オカゲデ面白イモンガ見レタ」

 

エヴァの顔は羞恥心から真っ赤になっている。それを見てチャチャゼロはさらに楽しそうにした。

 

「ソレジャ邪魔者ハ退散スルゼ。ゴユックリ。ケケケ」

 

チャチャゼロは別の部屋へと向かっていった。祐とエヴァだけが同じ姿勢のままその場に残る。

 

「……」

 

「師匠」

 

「……なんだ」

 

「早速別荘行きましょうか」

 

「お前は…いや、何でもない」

 

そうして祐はエヴァを横に抱え、通称お姫様抱っこをすると『別荘』へと向かった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

次の日の朝。朝食を食べ終わり祐が玄関から出ると、それに続いて茶々丸とエヴァが見送りに来る。チャチャゼロは茶々丸の頭の上に乗っていた。

 

「じゃあ、行くね。お世話になりました」

 

「いえ、またお待ちしております」

 

「次ハナルベク日ヲ空ケズニ来イ。オ前ガ来ルト酒ヲ飲ンデモ御主人ガアマリ文句ヲ言ワナイカラナ」

 

「ひでぇ、出しにしか思われてない」

 

そう言った祐は笑顔だった。腕を組んで黙っていたエヴァが祐に声をかける。

 

「祐。私との約束、違えるなよ?」

 

「もちろんです」

 

二人は笑い合うと、祐が背を向けて歩き出した。少し進んだところで祐が振り向く。

 

「じゃ、また。『行ってきます、エヴァ姉さん』」

 

予想外の発言にエヴァが驚いた表情になる。祐は返答を待たず歩き出した。エヴァはやがてフッと笑うと、祐には聞こえない大きさで答えた。

 

「ああ、行ってこい。この愚弟め」

 

「マスター。凄く嬉しそうです」

 

「なんのことだかわらんな。戻るぞ茶々丸」

 

「はいマスター」

 

歩き出したエヴァだが、どうも先程から歩き方に違和感がある。茶々丸は不思議に思いエヴァに聞いた。

 

「マスター。先程から足腰がふらついているように見えるのですが…」

 

「き、気にするな。少し痺れただけだ」

 

「ハッスルシ過ギタナ御主人。昨夜ハオ楽シミダッタッテカ?」

 

「やかましい!それ以上言うようならまた自力で歩けない状態にするぞ!!」

 

「オオ、怖イ怖イ。ケケケ」

 

茶々丸は二人の会話の意味が分からず首を傾げた。



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幽霊と妖怪と幼馴染と
妖怪・悪霊にご用心


女子寮の一室、21時過ぎにまき絵と亜子はテレビを見ていた。

 

「ふぁ~」

 

「そろそろ寝よか。明日も学校あることやし」

 

「そうだね〜。…あっ」

 

「どしたん?」

 

何かを思い出したまき絵がスッと立ち上がる。

 

「洗濯物出しっぱなしだった」

 

「も~不用心やで」

 

「えへへ、面目ない」

 

笑いながらベランダへと向かうまき絵。亜子はテレビを消して伸びをした。

 

「でもここ女子寮だし、出しておいても大丈夫じゃないかな?」

 

「そういう問題ちゃうと思うけど…」

 

扉を開け洗濯物を手に取ると、その姿勢でまき絵が固まる。

 

「まき絵?どないしたん?」

 

「ない…」

 

「へ?」

 

「私のパンツがな~い!!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

『下着泥棒!?』

 

「ちょ、ちょっとみんな、声大きいって…」

 

翌朝、A組の教室で大きな声が上がり、それを亜子が宥める。

 

昨日の夜、まき絵が洗濯物を取り込もうとした際にそれは発覚した。どういうわけか干していたまき絵の下着が無くなっていたのである。

 

「落としたとかじゃなくて?」

 

「一回外見てみたけど見つからなかったんよ。そもそも他の洗濯物はそのままやったし」

 

「パンツだけが無くなっていたと…」

 

聞いていたハルナが顎に手を当てる。

 

「ひどいよ!お気に入りのパンツだったのに!」

 

当のまき絵は怒り心頭といった具合である。クラスメイト達は各々意見を出す。

 

「間違いなく下着泥棒の仕業だよ!」

 

「でもどうやって盗ったんだろう?まき絵達の部屋って六階だよ」

 

「確かに…」

 

「女子寮の誰かがやったのかな」

 

「何の為に?」

 

「さぁ?」

 

真面目に考える気があるのかないのか、意見が飛躍していく。

 

「六階となると、巨人とか?」

 

「いやバッタ男かも!」

 

「何よバッタ男って」

 

「さぁ?」

 

「桜子さっきから適当過ぎ」

 

「バッタ男と言えば仮面ライダーでしょ」

 

「仮面ライダーってバッタなの?」

 

「噓でしょ⁉︎そこから!?」

 

「逆になんでハルナは知ってんのよ」

 

ああでもない、こうでもないと話が盛り上がる。下着が無くなった件でこうも盛り上がれるのは彼女達が逞しいからなのか、それとも能天気だからなのか。気づけばまき絵もその話に加わっていた。ショックを受けて落ち込むよりはいいが、亜子は何とも言えない気持ちになった。

 

「もしかして幽霊の仕業だったりして」

 

「「ゆっ、幽霊!」」

 

美砂がそう言うと鳴滝姉妹が反応する。スマホのライトで自分の顔を下から照らし、続きを話し始めた。

 

「そう、夜な夜な女性のパンツを求めて女子寮を徘徊する悪霊。もしパンツを盗る瞬間を目撃してしまったら…」

 

「「しまったら…」」

 

「その悪霊はこう言うの…お前のパンツもよこせーー!!」

 

「「きゃーーーー!!!!」」

 

(く、くだらねぇ…)

 

千雨は心の中でそう漏らした。対して鳴滝姉妹には効果絶大だったようである。髪を前に下ろした美砂が逃げ回る鳴滝姉妹を追いかけている。

 

その姿を見ていた夏美はふと斜め前の席に座る和美を見る。普段であればこういった話題に食いつくはずの彼女は何か考え事をしているように見えた。

 

「朝倉、どうしたの?こういう事に反応しないなんて珍しいじゃん」

 

「えっ?ああ、まぁね」

 

声をかけられた和美は少し視線を下げた後、口を開いた。

 

「実はさ、今の悪霊ってのが関係あるのか無いのかわからないけど…最近なんか違和感を感じるのよね」

 

「違和感?なんの?」

 

「なんのって言うと難しいんだけど、場所的にはここから…」

 

そう言って和美は自分の隣の席を指さした。夏美がそちらに視線を向けると、そこには誰も座っていない席があった。

 

「ちょっと前からさ、この席から気配を感じるというか…視線を感じると言うか…」

 

「ちょ、ちょっと…冗談やめてよ…」

 

夏美は少し顔を青くする。和美の表情を見るにどうもふざけているわけではなさそうだった。

 

「中等部の頃から私の隣の席って空席だったじゃない?その時から少し前までは何も感じないどころか気にもしてなかったんだけど…」

 

和美と夏美は件の席に視線を向ける。暫く見つめていると僅かに机がガタっと揺れた。

 

「「きゃーーー!!!!」」

 

思わず悲鳴をあげた二人は、一番近くの席にいる楓の後ろに隠れた。

 

「何ですか二人とも⁉︎いきなり大きな声を出して!」

 

和美の横にいたあやかを始め、クラスメイトの視線が集まる。

 

「そこの机が一人でに動いたのでござるよ」

 

「いや冷静!」

 

「ほんと⁉︎」

 

クラス全体の視線がその机に集中する。皆が息を潜めて机を見つめるが、いくら経っても動きは見られなかった。

 

「動かないじゃん」

 

「いや本当に動いたんだって!」

 

「夢でも見たんじゃないの?」

 

「朝倉!お前は一週間の謹慎だ!」

 

「何でよ!」

 

「パルの口調は何なのよ…」

 

「なんかの台詞やない?」

 

確かに机が動いたのを見た二人は、同じ様に見たであろう楓に助けを求めた。

 

「楓も見たでしょ⁉︎」

 

「動いたよね⁉︎」

 

「確かに動いた様に見えたでござる」

 

「「ほら!」」

 

味方が増えたことで和美と夏美は自信ありげにクラスメイトに向き直る。

 

「でも楓バカブルーだからなぁ」

 

「それは関係ないでしょ!」

 

「はっはっは。これは一本取られたでござるな」

 

「本人が納得すんな‼︎」

 

味方の頼りなさに二人は肩を落とした。そんな中、ずっと熱心に本を読んでいた夕映にハルナが気づく。

 

「ちょっと夕映、さっきから何読んでるの?」

 

「妖怪大図鑑です」

 

「妖怪大図鑑?」

 

夕映は読んでいた本の表紙をハルナに見せる。そこには格調高い表紙にでかでかと妖怪大図鑑と書かれていた。

 

「何これ?」

 

「読んで字の如くです」

 

「最近夕映こればっかり読んでるよね」

 

「非常に興味深いので」

 

読書仲間でもあるのどかもこの本のことを知っていた様だ。確かにいつも変なジュースを飲むか本を読んでいるかの二択な夕映だが、今はこんな本を読んでいたのかとハルナは思った。

 

「妖怪か〜。あっ、じゃあさ!その本にパンツを盗む妖怪とか載ってないかな!」

 

話を聞いていた裕奈が夕映にそう質問する。ハルナは呆れ顔だった。

 

「そんなピンポイントな奴いるわけないでしょ?」

 

「いますよ」

 

『えっ?』

 

話に参加していた全員が反応する。夕映はページを捲ると、クラスメイトに向けてそれを見せた。全員が本を覗き込む。

 

「妖怪『エロ河童』です」

 

そこにはいかにもな嫌らしい表情を浮かべ、女性用下着を掴んでいる河童の絵が描かれていた。説明文には[女性の下着(主にショーツ)を狙う]と書かれている。

 

『………』

 

クラスがしんと静まり返った。見ていた全員が何とも言えない顔をする。

 

「夕映…ふざけてる?」

 

「失礼な、私は大真面目です。なにせこのエロ河童は全国で多数の目撃情報があります」

 

「え〜」

 

「おっと、早速ヒットしたネ」

 

いまいちな反応をするハルナ。他のクラスメイトも同じ様な反応の中、超がそう言った。

 

「何アルか?」

 

「妖怪エロ河童の事ヨ。調べてみたら色々とあるみたいネ」

 

今度は超がいつの間にか開いていたノートパソコンに視線を移す。少しブレているが、パンツを掴んで全力疾走しているであろうエロ河童の写真などが出てきた。

 

「本当だ…」

 

「こいつのこの顔腹立つわね」

 

「くだらないですわ。そんな物、合成か何かでしょう」

 

「おや、以前委員長さんが言ったのではありませんか。十数年前ならいざ知らず、今の世界では何が起こっても不思議ではないと。実際妖怪の存在も少なからず確認されています」

 

「それはそうですが、下着を専門的に狙う妖怪なんて…」

 

「今の世界は可能性に満ち溢れています。絶対など無いのです」

 

「夕映、なんかかっこいい」

 

「これで話し合ってる事がエロ河童の事じゃ無ければね…」

 

親友のいつになく真剣な姿にのどかとハルナはそう思った。

 

「もし犯人がエロ河童なら、捕まえたら一攫千金も夢じゃないかも!」

 

「捕まえるったってどうするのよ?」

 

「あんたまさか…」

 

桜子の発言に美砂が尋ねる。円は嫌な予感がした。

 

「勿論パンツを囮にするんだよ!」

 

「やっぱり…」

 

予想通りの回答に円は頭を抱えた。しかしクラスは再び盛り上がりを見せる。

 

「いいね!エロ河童捕獲作戦だ!」

 

「あら?風香ちゃん、妖怪は怖くないの?」

 

「何言ってんの千鶴!幽霊と妖怪は全然違うよ!」

 

「お姉ちゃんのセーフラインがわからないです…」

 

「史香でもわかんないなら、誰にもわかんないって」

 

姉の謎の線引きは史香にもわからない様だ。美空は史香の肩に手を置いた。

 

「そんなはしたない真似はおよしなさい!」

 

「え〜!いいんちょつまんな〜い!」

 

「そんなこと言ってるといんちょ、妖怪ガミガミおばばになっちゃうよ!」

 

「誰が妖怪ガミガミおばばですか‼︎」

 

「「でた〜‼︎」」

 

怒ったあやかが桜子と風香を追いかけ始めた。

 

「ウチらもやってみる?」

 

「勘弁してよ…」

 

「明日菜のくまパンじゃ釣られてくれないでしょ」

 

「もう履いてないわよ!」

 

明日菜が中学生の時までは履いていた熊がプリントされたパンツは、今はもう押し入れで眠っている。

 

妖怪の話で盛り上がるクラスをよそに、刹那が静かに真名に近寄った。

 

「真名、休み時間に話がある」

 

「ん?ああ、わかったよ」

 

そう短く交わすと、刹那は自分の席に戻っていった。

 

「ところでお嬢ちゃん…お嬢ちゃんはどんなパンツ履いてるんだい?」

 

「ちょっと、ここにエロ親父がいるわよ」

 

いつもの様にぼーっと外を見ていたザジにハルナがセクハラを仕掛ける。そんなハルナに対して美砂はエロ親父認定をした。

 

ザジはスッとハルナの方を向くと、口を開く。

 

「黒のTバック」

 

「「マジッ!!?」」

 

ハルナと美砂は心からシンクロする。

 

この下着泥棒騒ぎはネギが教室にやってくるまで続いた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

1時間目の授業が終わった後、刹那は真名を連れて屋上へとやって来た。もともとこの時間にここに来る者は滅多にいないが、刹那は念の為人払いの結界を張る。

 

「随分と念入りだな。それで、話というのは?」

 

「先ほどのクラスでの話のことだ」

 

「エロ河童の事か?」

 

「……真名」

 

「悪かったよ、下着泥棒の事か?」

 

避難する様な視線に真名は肩をすくめた。刹那は一度ため息をつくと話を再開する。

 

「ただの人間である可能性もあるが、悪霊や妖怪の類という可能性も十分あると考えている。真名はどうだ?」

 

「少し前に学園の結界を越えて何かが侵入したと小耳に挟んだ。それから音沙汰は無かったはずだが、何か関係しているかもな」

 

「結界を…」

 

「ここの結界はなかなかの物だが万能というわけでもない。紛れ込んだ魑魅魍魎が今回の犯人という事もあるだろう。エロ河童かは知らんがな」

 

刹那はその言葉に小さく頷いた。

 

「しかしやけに気にするな。たかだか下着が盗まれただけだぞ」

 

「それはそうだが…」

 

刹那が言い淀むと、真名はニヤッと笑う。

 

「そんなに近衛木乃香の下着が心配か?」

 

「ま、真名!」

 

顔を真っ赤にして反応する刹那。本当にこのルームメイトはいじり甲斐があると真名は思った。

 

「そう照れるな。それと、いい機会だ。ここらで近衛の好感度を稼いでおかないと、彼に追い越されるかもしれんぞ?」

 

「な、何の話だ…」

 

「さてな。まぁ、下着泥棒の件は仕事としてなら協力しよう。学園の警備に含まれるだろうからな。そのかわり、学園側にこれは弾んでもらうが」

 

真名は親指と人差し指で丸を作る。

 

「お前という奴は…」

 

「追加報酬という奴だ。生憎タダ働きはしない主義でね」

 

そう言って真名は教室に戻っていく。刹那はその背中を見送った。

 

『ここらで近衛の好感度を稼いでおかないと、彼に追い越されるかもしれんぞ?』

 

先ほどの真名の発言を思い出す。しかしすぐそれをかき消す様に頭を軽く振った。

 

「何を馬鹿な。私は、お嬢様をお守り出来ればそれで…」

 

自分にそう言い聞かせる様に呟く。しかしその脳裏には、先日寮の前で楽しそうに抱き合っていた木乃香と祐の姿が焼き付いていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ハーショイッ‼︎」

 

「うおっ、びっくりした」

 

「風邪?」

 

次の授業を前に、純一と正吉の三人で話していた祐が大きなくしゃみをした。

 

「いや、この感じは誰かに噂されてたな」

 

「何でわかるんだよ…」

 

「噂じゃなくて悪口じゃないか?」

 

正吉がニヤつきながら言う。

 

「えっ?僕の様な子の悪口を言う人がいるんですか⁉︎」

 

「お前おめでてぇな」

 

「あれ?いるって想像したらめっちゃ腹立ってきた…。誰だ悪口言った奴!」

 

「情緒不安定かお前」

 

「俺…その人の事、なんにも知らない…!」

 

「こいつ何言ってんだ…」

 

「わかんない…」

 

正吉と純一は祐の言動に対して深く考えるのをやめた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「くしゅんっ!……私も戻らないと」



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やって来た友人と影

「う~ん…」

 

放課後、今日は早めに仕事を終えたネギは明日菜と共に帰宅していた。木乃香は近右衛門から話があると言われ、学園長室に向かっている。

 

「まだ下着泥棒の事考えてんの?」

 

ネギは今日一日ずっと悩んでいた。その理由は朝に聞いた下着泥棒の件だった。

 

「はい、確かに人間ではない者の仕業と言うのも十分考えられますから」

 

「…ねぇ、あんたって妖怪とか見たことあるの?」

 

「いえ、妖怪は実際に見たことはないです。でも確かに存在しているのは間違いありません」

 

ネギにそう言われ明日菜も考える。朝の夕映ではないが、確かに今の世界は何が起こっても不思議ではない。何せ別の世界が存在し、空想上の存在であった生き物が姿を現し、何より目の前の同居人兼教師の子供は魔法使いで幼馴染は超能力者?だったのだ。妖怪や幽霊がいたとして何らおかしな事ではない。

 

日本に初めてドラゴンが現れた映像を明日菜も見たことがあるが、当時はどこか他人事のようにそれを見ていた。しかし、最近身近に超常現象が起こりそれを目撃する場面が増えた為、いよいよもって自分の中でも現実味を帯びてきていた。

 

「はぁ…わかってるつもりではいたけど本当にそんなのがいるのよね、今の世界って」

 

「そう考えてしまうのもしょうがないと思います。月日が経ったとはいえ、世界の形はあまりにも変わりすぎましたから」

 

そう話している中、明日菜はそう言えば先ほども話題に出た幼馴染の彼の事についてネギにはまだ聞いていなかったと思い出し、聞いてみる事にした。

 

「話は少し変わるんだけどいい?祐の事なんだけどさ」

 

「祐さんですか?」

 

「あんた、あいつの事どれくらい知ってるの?」

 

「へっ?どれくらいって…」

 

言葉の意味を考えているようなネギだったが、ハッとした顔をするとぎこちない笑みを浮かべた。

 

「あ、明日菜さん達の幼馴染で、優しい人だってことぐらいしか知りませんよ?あはは…」

 

「嘘下手すぎんでしょ…」

 

明らかに様子のおかしいネギに呆れた視線を向ける。ネギは冷や汗をかき始めた。

 

「嘘じゃないですよ!他に何かって言われても…」

 

「あ~、ごめん。さっきの聞き方は意地悪だったかも。私ちょっと前に祐から聞いたのよ。色々と」

 

「えっ、でも祐さん明日菜さん達には秘密にしてるって…。あっ」

 

急いで自分の口を手で押さえるネギ。明日菜はやっぱり知っていたかと思いつつも、嘘のつけないネギに笑った。

 

「大丈夫よ、色々聞いたのは本当だから。ネギも知ってたのね」

 

「…はい。赴任してから少しした後に学園長から紹介してもらったんです」

 

「なるほどね」

 

ネギが魔法使いだと知ったあの日、学園長も魔法関係者であることを明日菜は学園長本人から聞いた。そして木乃香には彼女の親の判断で魔法関係者とは話していない事も。木乃香に秘密を打ち明ける事に関して祐が学園長の名前を出したことからも、学園長は以前から祐の力の事を知っていたのだろうと思っている。

 

「でも、どうして祐さんは明日菜さん達に話す事にしたんでしょうか?」

 

「最近色々考えさせられる事があったからって言ってた。そこはまだ詳しく聞いてないけど、あいつの事だから本当に色々あったんでしょうね」

 

どこか遠くを見て話す明日菜の横顔をネギは黙って見つめた。

 

「そう言えばあいつは妖怪とか見たことあるのかな?」

 

「そこまでは僕にも」

 

「ふ~ん、後で聞いてみるか」

 

その後電車に揺られ、駅から女子寮を目指す二人。会話の中で明日菜は気になっている事がもう一つあった。

 

「そう言えばあんたと祐ってどの程度の知り合いなの」

 

「そうですね…。祐さん、会うといつも今日はどうだったとか、何か困ったことはないかって聞いてくれるんです。何もなくても声かけてくれって言ってくれたり」

 

ネギはどこか照れくさそうに話した。それを聞いて明日菜は納得する。

 

「あいつ、あんな見た目のわりに年下とかちっちゃい子に甘いところあるからね」

 

「あんな見た目って…確かに初めて会ったときはクールそうな見た目の人だなって思いましたけど」

 

ネギものどかと同じく祐の第一印象は怖そうな人だった。話してみれば印象とは真逆の人だとすぐにわかったが。自己紹介の後の第一声で「第一印象から決めてました。僕の弟になってください」と言われたときは、呆気にとられすぎて反応できなかった。

 

「あと、父さんと知り合いみたいです。僕は祐さんとはここに来てから初めて会いましたけど」

 

「ネギのお父さんと?なんでまた」

 

「ただ偶然知り合っただけって言ってました。父さんはいつも世界中を飛び回ってますから」

 

「お父さんも魔法使いなのよね?そう言えば聞いてなかったけど、どんな人なの?」

 

「何というか、台風みたいな人ですかね…」

 

「よくわかんないんだけど…」

 

ネギは困ったように頭を掻いた。

 

「説明するのは難しいんですよ…」

 

「でも、強くてかっこよくて。僕の憧れの人です」

 

誇らしげに話すネギを見て明日菜は微笑んだ。

 

「そっか…。素敵な人なのね」

 

「はい。父さんも母さんも僕の自慢の両親です」

 

「自慢の両親か…。お母さんはどんな人?」

 

「とても優しい人です。怒ると途轍もなく怖いですけど…。父さんも母さんだけには頭が上がらないみたいで」

 

二人の顔がどんな顔か明日菜が想像していると、ネギがこちらを見つめていた。

 

「なに?」

 

「いえ。今ふと思ったんですけど、なんか母さんと明日菜さんて雰囲気似てるなって…」

 

呆けた表情になった明日菜だったが、すぐに笑顔を見せた。

 

「いつか会ってみたいわ。ネギのお父さんとお母さんに」

 

「是非!明日菜さん達の事を話したら、父さんも母さんもきっと会いたがると思います!」

 

「うん、楽しみにしとく」

 

二人は笑いあった。その後も会話を続けていると寮に着く。自分達の部屋に入ると手洗いうがいを行い、明日菜はシャワーでも浴びようかと思い、着替えを出す為タンスを開けると目を見開いた。

 

「うぇっ!なんで!?」

 

「どうかしたんですか?」

 

「パンツが無くなってる…」

 

「ええっ!?」

 

いつも下着が入っている棚の中身がきれいに無くなっている。当然動かした記憶はない。まさか、いよいよ下着泥棒が室内に侵入してきたのだろうか。

 

「あ、明日菜さん…」

 

「な、なに?」

 

「あれ…」

 

ネギが指さした方に視線を向けると、別の押し入れの閉じたふすまに下着と思われる布が挟まっていた。ネギと明日菜は顔を青くする。

 

「も、もしかしてまだそこに…」

 

明日菜が一歩後ろに足を引くと、ネギが杖を取り出し前に出た。

 

「ネギ!?」

 

「大丈夫です!僕は魔法使いで先生なんですから!先生として、生徒の下着を盗む泥棒を見過ごすわけにはいきません!」

 

少しづつ押し入れに近づいていくネギ。明日菜はネギの肩に手を置きながら共に進んだ。

 

「あ、開けますよ?」

 

「うん…!」

 

呼吸を整えて、勢いよくふすまを開ける。ネギが素早く杖を突きだすと、そこには下着に包まった真っ白なオコジョがいた。突然扉を開けたことでオコジョも驚いたのか、こちらを唖然と見つめている。

 

お互いしばらく固まっていると、オコジョが右の前足をスッと上げた。

 

「どうも」

 

「しゃべった~~!!」

 

「カモ君!?」

 

「へっ?カモ君?」

 

ネギに振り向く明日菜。オコジョは下着の山から出てくるとネギに飛びついた。

 

「ネギの兄貴~!会いたかったぜ~!」

 

「カモ君!」

 

カモと呼ばれたオコジョを優しく抱きしめるネギ。明日菜は状況が掴めていない。

 

「ちょっとネギ!何なのよこいつ!?」

 

「おっと俺っちとしたことが申し遅れたな」

 

そう言ってネギの掌の上に座り、明日菜の方を向く。

 

「初めましてお嬢さん。俺っちはアルベール・カモミール。ネギの兄貴の舎弟にして、由緒正しきオコジョ妖精さ」

 

 

 

 

 

「つまり何?こいつは妖精で、昔助けてくれたネギに恩を返すためにわざわざ海を渡ってここに来たって事?」

 

「その通りでさぁ。いやぁ、日本まで遠かったぜ…」

 

「よく一人で来れたねカモ君。母さん達に言えば手配してくれたかもしれないのに」

 

「いや、いいんだよ兄貴。これは言ってしまえば兄貴に恩を返したい俺っちのわがまま…。兄貴のご両親の手を煩わせるわけにはいかねぇってもんよ」

 

「カ、カモ君…そこまでして僕の事…」

 

ネギは目に涙を浮かべながらカモを見る。カモはどこから取り出したのかタバコに火を点け吸い始めた。

 

「何言ってんだよ兄貴。あの日、兄貴が助けてくれたからこそ今の俺っちがあるんだ。これぐらいお安い御用さ」

 

「カモ君!」

 

「兄貴!」

 

抱き合う二人。ちなみに出したタバコは明日菜に速攻鎮火されていた。呆れ顔でネギ達を見る明日菜。

 

「感動の再開をしてるとこ悪いけど、あんたさっさとまきちゃんのパンツ返しなさいよ」

 

「まきちゃんのパンツ?(あね)さんのパンツの事ですかい?」

 

「違うわよ。昨日盗んだんでしょ?別の部屋から干してあったパンツを」

 

「おいおい待ってくれ。確かに俺っちは少し前から麻帆良に来ちゃいたが、下着泥棒なんてしちゃいねぇぜ」

 

「さっきしてたでしょうが…」

 

「あれはたった一人での長旅で人肌が恋しくなっちまってつい…とにかく、その下着泥棒とやらは俺っちじゃありやせんぜ姐さん」

 

「誰が姐さんよ…」

 

「カモ君、本当にやってないの?」

 

「兄貴まで…。信じてくだせぇ。このカモミール、森の妖精の名に誓ってこの地ではまだ下着泥棒は致しておりません」

 

「それじゃあ、いったい誰が…」

 

「今こいつ『この地では』とか『まだ』とか言ってなかった?」

 

明日菜の疑いの目を受けるカモ。そんな時ドアが開かれる。

 

「ただいま~。遅くなってもうた~」

 

「木乃香、お帰り」

 

「お帰りなさい木乃香さん」

 

「うん、ただいま~。二人ともお腹空いとるやろ?すぐにごはん作る…」

 

途中で木乃香の視線にカモが入った。暫く見つめあう木乃香とカモ。

 

「あ~木乃香、こいつは」

 

「や~ん!かわえ~!」

 

カモを優しく抱き上げると頬ずりをする木乃香。当のカモはどこか嬉しそうにそれを受け入れている。

 

「なぁなぁ、この子どうしたん?もしかしてネギ君のペット?」

 

「えっ!…は、はい!実はそうなんです!日本の親戚に預けてたんですけどついてきちゃったみたいで…」

 

「そうなんか。そっか、この子寂しかったんやね」

 

優しくカモを撫でる木乃香。カモは夢心地であった。

 

「ちょっとネギ、あんなこと言って言いわけ?」

 

「で、でも木乃香さんはまだ魔法のこと知らないし…」

 

木乃香に聞こえないよう小声で話す二人。木乃香はカモに夢中で気づいていない。

 

「そうやね、大切な人と離れ離れになるんは寂しいもんな…」

 

「木乃香?」

 

「ううん、なんでもあらへんよ。そうやネギ君、ウチの寮はペット問題無しやから一緒に暮らしてあげたらええんやないかな」

 

「本当ですか!?」

 

「え~、木乃香本気?」

 

ネギとしてはカモと一緒に暮らせるのならそれに越したことはない。皆優しいとはいえ、昔からの知り合いがタカミチ以外にいないネギにとってありがたい申し出だった。

 

「ええやないの明日菜。この子もその為にせっかく来たんやから」

 

ほら、と明日菜に抱いたカモを見せる木乃香。先ほど会話をしたからか、明日菜としてはどうもこのオコジョは信用ならなかった。しかしネギと友人だったというのは本当だろうし、さすがに追い出すのも気が引けた。

 

「はぁ、わかったわよ。面倒はしっかり見なさいよね」

 

「はい!ありがとうございます明日菜さん!木乃香さん!良かったねカモ君!」

 

カモは木乃香の腕からネギの肩に飛び移った。嬉しそうにするネギを見て木乃香は優しく微笑む。しかし、明日菜はその顔はどこか寂しそうにも見えた気がした。すぐにぱっと表情を明るくすると木乃香は胸の前で手を合わせた。

 

「ほんならせっかくやし、寮の皆にも紹介してげよっか!」

 

「はい!そうですね!」

 

「善は急げや!みんな~!ネギ君のペットがきたで~!」

 

足早に外へ飛び出した木乃香とネギ。二人の背中を見送ながら、明日菜は腕を組んだ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「はひゃ~。一番風呂は最高だにゃ~」

 

「うん、たまには早く入るのも悪くないね」

 

裕奈とアキラが大浴場でくつろいでいる。いつもより早めに来たことにより、今は二人しかいない。

 

「今は誰もいないし、せっかくだから競争でもする?」

 

「裕奈、お風呂で泳ぐのはマナー違反」

 

「お堅いなぁアキラは~」

 

言いながらスーッとアキラに近寄ると、胸をつつきだした。

 

「こっちは柔らかいけど」

 

「こら」

 

ぺしっと優しくはたくアキラ。裕奈は悪びれずに笑った。

 

「ひゃっ!」

 

突然裕奈が声を上げた事で、アキラがそちらを見る。

 

「裕奈?」

 

「おのれ~、やったなアキラ~」

 

「何の話?」

 

「惚けようたってそうはいかな、きゃっ!」

 

一人で何をやっているんだろうといった視線を向けると裕奈が少し顔を赤くして近づいてきた。

 

「ちょっと!しゃべってる途中に攻撃するのは反則でしょ!」

 

「私何もしてないけど…」

 

「そんな訳な、ひゃん!…わかったよ、そっちがその気ならやってやろうじゃん!」

 

「えっ?ゆ、裕奈!?」

 

「おりゃー!」

 

アキラへと飛びかかる裕奈。そのまま二人は大浴場でくんずほぐれつを始めた。

 

「な、何やってんだあいつら…」

 

たまたま同じように早めに来ていた千雨が脱衣所のドアを開くとその光景を目撃する。喧嘩をしているわけではなさそうだが、離れたところから見ていると何というか乳繰り合っているようにしか見えなかった。

 

「これ、見ちゃいけない感じのやつか…?いやでもここ公共の場だし…」

 

「あらあら、これはお邪魔しちゃいけないわね」

 

「うおっ!」

 

「えっ、なになに?何かあったの?」

 

気が付くといつの間にか千鶴が横から同じようにその光景を見ていた。その後ろで夏美が飛び跳ねながら中を見ようとしている。

 

「千雨さん、この事は私達の心の中だけに留めておきましょう」

 

「お、おう…」

 

どこか輝いた眼で千雨の両手を包み、千鶴は言う。千雨はとりあえず頷いておくことにした。

 

そんなすれ違いが発生している中、大浴場から僅かに顔を出し、じゃれ合う二人を見つめる影がいたことに気づく者は誰もいなかった。



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見えてきたモノ

「あんた妖怪って見た事ある?」

 

『どうした明日菜、大丈夫か?』

 

ネギと木乃香がカモをみんなに見せに行った事で手持ち無沙汰になった明日菜は、気になっていた事を聞く為祐に電話をした。

 

挨拶もそこそこにそう聞いた明日菜を色んな意味で心配する祐。流石にいきなり過ぎたかと思い、今日あった下着泥棒の話をした。

 

『下着泥棒とは、許せんな…。言っておくが俺じゃないぞ』

 

「疑ってないけどそれ言うと逆に怪しくなるわよ」

 

『まぁ、冗談は置いておいて。妖怪か、見た事あるぞ』

 

「うそっ!あるの⁉︎」

 

まさかとは思ったが本当に見た事があるとは。明日菜は思わず大きな声を出してしまった。

 

『見たどころか話した事もあるし、色々と世話になった事もある』

 

「あんた一体何したのよ…」

 

『ほら、あれだよ。厄介ごとには事欠かなかったってやつ。そのうちの一つだよ』

 

確かにあの時そう言っていたのは覚えている。自分が知らないたくさんの経験を祐がしている事を実感して、明日菜は自分でも気づかないレベルではあるがどこか寂しさを感じた。

 

「本当にいるのね妖怪って。ちなみにどんな妖怪を見たの?河童とかいた?」

 

『いたよ、河童』

 

「どんな奴だった?やらしい顔してたとか」

 

『やけにピンポイントに聞いてくるな。何だよやらしい顔って…』

 

そこで明日菜は夕映が言っていたエロ河童の事を祐に伝えた。

 

『そんな奴いんのか…少なくとも俺が会った河童はやらしい顔の奴では無かったな』

 

「そうなんだ」

 

『まぁ、一口に妖怪と言っても色んな奴がいるからね。エロ河童ってのもいるかもしれん。ちなみに俺の会った河童は見た目人間と変わらなかったよ』

 

「えっ、そうなの?頭にお皿が乗ってる緑色のやつじゃなくて?」

 

「いや全然、見た目は本当ただの人間だった。あと手先が器用だったなぁ」

 

言いながらその河童の事を思ってなのか、祐はしみじみといった感じだった。

 

「なんかだいぶイメージと違うのね」

 

『俺たちが想像してるタイプの妖怪もいれば、そうじゃないタイプの妖怪もいるってことだと思う。専門家ってわけじゃないから詳しい事はわからないけど』

 

「なるほどね」

 

『とりあえず、その下着泥棒が何もんなのか俺も少し調べてみる。なんかわかったら連絡するから、そっちも頼むね』

 

「心配しすぎじゃない?」

 

『今の世の中心配しすぎがちょうどいいってね』

 

「委員長と同じ事言ってるわよ」

 

『そうなのか。なんか恥ずかしいですわ』

 

「やめてよ気色悪い」

 

『ひでぇ。まぁ、こんなとこかな。他に何か聞きたい事ある?』

 

「ううん、ありがとう。助かったわ」

 

『お安い御用で。じゃ、また』

 

「うん、おやすみ」

 

通話を終えるとちょうどネギと木乃香が帰ってきた。カモは散々触られたのか若干毛並みがボサっとしている。

 

「顔見せは終わった?」

 

「はい!皆さんも快く受け入れてくれたみたいで良かったです!」

 

「よかったな~カモ君」

 

人差し指でカモの頭を撫でる木乃香。もともと可愛い物好きな木乃香だが、随分とカモの事が気に入ったようだった。

 

「あっ、夕飯の事忘れとったわ。すぐ作るから待っててな」

 

「私も手伝おうか?」

 

「明日菜さんはやめておいた方が…」

 

「どういう意味かしらね…」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

女子寮から少し離れた場所に一人の少女がいた。黒いセーラー服に真っ白な長髪の儚げな少女。一つ変わったところがあるとすれば、彼女の足元が透けているという事だろう。

 

彼女の名は相坂さよ。この麻帆良の地で六十数年地縛霊をしているれっきとした幽霊である。そして一年A組出席番号1番の生徒でもあった。

 

何を隠そう今朝あの机を動かしたのは他でもない彼女だった。和美と夏美に自分の存在を伝える為、緊張しつつも力を使って自分の机を揺らしたのだ。

 

一度動かした後にクラス中の視線が向けられた事にさらに緊張してしまい、縮こまってしまったのでその後は何もできなかったが。

 

幽霊の中でも特に存在感が薄く、長いこと誰にも気付かれる事はなかった。しかしどういう訳か最近彼女の存在感が強くなり始め、それと比例して幽霊としての力も増し始めていた。

 

「やりました!遂に…遂に女子寮の前にまで来れるようになりました!」

 

地縛霊故学校からそう遠くには出ることができなかったが、最近になってその活動範囲が広まり、ようやく本日晴れてクラスメイト達が住む寮へと辿り着く事が出来た。

 

「今までずっと夜にはコンビニの前に居ましたが、これからは皆さんと同じように登下校ができます!」

 

長年の夢が叶い、うれし涙を流す。幽霊ながら怖がりな彼女も、今の気分なら同じような気配を感じ、怖くて近づく事の出来なかった旧校舎にも笑顔で乗り込めるかもと思った。

 

そんな笑顔のさよだったが、ふと朝の事を思い出す。

 

「そう言えば、下着泥棒が出たって言ってたよね。うぅ…会っちゃったらどうしよう…」

 

しなくてもいいような心配をしつつ、念願の女子寮に逸る気持ちを抑えられず進む。まず中に入る前に周りを見回してみようと思い、一周回ることにした。

 

「は~、結構大きいんですねぇ。ん?」

 

女子寮の大きさに感心していると少し先に気配を感じた。薄暗かった為人影らしき事以外は今の距離ではよくわからず、恐怖心もあったが今はそれに勝る好奇心に任せて進んで行く。

 

近づいたことで人影の全貌がわかった。緑色の水気を感じる濡れた肌。頭の上に皿を乗せており、口元には黄色いくちばし。何よりも目に映るのはそのお手本のようないやらしい顔つきだった。さよはそれを目の当たりにして確信した。

 

「エ、エロ河童ですーーーーー!!!!」

 

何と其処に居たのは朝夕映が言っていたエロ河童そのものだった。初めて見た妖怪に驚きの声を上げる。それに気付き急いで自分の口を手で押さえる。しかしどうやら妖怪にもさよの声は届いていないようだった。妖怪にさえ気づかれない事に悲しめばいいのか喜んだ方がいいのかわからないさよ。そんなことを考えていると物音がしてエロ河童に視線を向ける。

 

エロ河童は顔を上に向け何かを見ていた。釣られて同じ方向に視線を向けるとそこには誰が干した洗濯物があった。跳躍する為なのか姿勢を低くする。さよは犯行の現場を目撃してしまい大いに焦った。

 

(ど、どうしよう!あの人絶対パンツ盗む気です!でも私何もできないし…)

 

悩んでいるとエロ河童がより重心を低くし、今にも飛び出そうとしている。それを見てさよは無駄だとしても黙っていることはできず、勇気を振り絞って声を出した。

 

「だっ、駄目ですーーー‼」

 

「っ!?何奴!?」

 

エロ河童がこちらに振り向く。声が届いたことに肩をビクッと震わせる。しかしその後河童はあたりを見渡す。

 

「気配も人影も見当たらぬ…確かに声がこちらから聞こえたはずだが」

 

こちらを見ているものの、さよの事は視界に映っていないようだ。すると勢いよく別の方向を向く。

 

「何者かがこちらに向かってきている…仕方ない、ここは一旦引くとしよう」

 

常人には到底出せないスピードで林の中へと消えていくエロ河童。さよは緊張が切れその場に座り込んだ。その数秒後、二つの人影がどこからか飛んできた。

 

(ひえっ!誰か来た!……あれ、刹那さんに真名さん?)

 

「…逃げたな」

 

「ふむ、一足遅かったか」

 

刹那は長い日本刀を、真名の方は小型の拳銃を両手に持っているという何とも物騒な出で立ちだった。

 

(な、なんでこんなもの持ってるんでしょう…)

 

「だが確かに妖気を感じた。間違いない、犯人は妖怪の類だ」

 

「妖怪ね、噂のあいつじゃないだろうな」

 

「まだあの妖怪だとは…真名、これを」

 

刹那に呼ばれ近づく真名。さよもそちらに近づく。そこにあったのは先ほどのエロ河童の足跡だった。

 

「水気がある、まだ新しいな。先ほどここにいた者の足跡と見て間違いないだろう」

 

「この足跡の形は」

 

「やれやれ、これは本格的に河童の線が出てきたな。まだ追えるか?」

 

「いや、ここに来た時から近くに妖気を感じられない。意図的に抑える事が出来るのかもしれん。足跡から見るに林の中へ向かったはずだ。探索してみよう」

 

「了解」

 

そう言うと二人は林の中へと消えて行く。先ほどの河童に勝るとも劣らないスピードだった。

 

「行っちゃった…刹那さんも真名さんも、何者なんでしょうか…」

 

暫く二人が消えて行った方向を見つめる。次第に先ほどの事を思い出しはっとする。

 

「私が唯一の目撃者ってことですよね…でも、皆さんにどうやって伝えれば…」

 

困った顔をするさよだったが、両手を胸の前で力強く握る。

 

「諦めちゃ駄目。せっかく存在感も力も強くなってきたんだから、ここで頑張らないと。皆さんにこの事を伝えなきゃ!もしかしたら皆さんとお友達になれるかもしれないし!」

 

気合を入れ直し、決意を固める。この日さよは勇気の一歩を踏み出すことに決めた。

 

「と、取り敢えず今は女子寮にお邪魔しましょう…」

 

本来こちらに来た目的を達成するため、さよは寮へと向かった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

普段より少し遅めの夕食を済ませ、明日菜と木乃香は大浴場へと向かった。ネギとカモはリビングで寛いでいる。

 

「いや~兄貴、何ともここは良いとこじゃないっすか」

 

「うん、皆優しいし僕もここが好きだよ」

 

ネギは心からの笑顔を見せた。カモも釣られて笑う。

 

「ところで兄貴、話は変わるんですがね?どうやらあっちの方は全然進んでないみたいじゃないっすか」

 

「あっちの方?」

 

「パートナー探しっすよパートナー探し!兄貴は立派な魔法使い(マギステル・マギ)を目指してるんすから、パートナーが必要になるでしょ?」

 

「パ、パートナー!?そんな、早すぎじゃないかな…」

 

ネギは困惑気味に言ったが、カモは尻尾を何度も床にたたきつけ熱を見せる。

 

「何言ってんすか兄貴!確かに兄貴はまだ若い。しかし!だからこそ当たって砕けろで色んな事にチャレンジできるんすよ!」

 

「それはそうかもしれないけど…」

 

「なに、いきなり本契約しろとは言わねぇさ。まずは仮契約して試してみるってのはどうです?」

 

「仮契約って確か…お試し期間みたいなものだったよね?」

 

「その通り。本契約ともなれば原則一人かつ一生分のもの。そんな大事なものを今すぐ決められないのは俺っちも重々承知でさぁ。だからこそ、仮契約があるんすよ」

 

どこから取り出したのかカモはホワイトボードと指し棒を使ってネギに説明する。

 

「本契約に比べて力の制限こそ付きますが、何人とでも出来るっていう利点がある。取り敢えず仮契約して、その中でいずれ将来の従者を決めればいいってわけよ」

 

「な、なるほど…」

 

ネギはカモの講義にふんふんと頷く。バレない様悪い笑みを浮かべたカモはもう一押しだなと思った。

 

「兄貴達が属している側の魔法使いは、従者がいて初めて本領を発揮できると言っていい。お隣さん側の『魔術師』や『真の魔法使い』ってんなら話は別だがね」

 

「それに今はこんなご時世だ。戦う力を持っておくってのも十分必要だと俺っちは思うぜ?」

 

「戦う力…」

 

ネギはそれを聞いて深く考え込んだ。確かにいつ何が起こるかわからないこの世界で、自分の大切なものを守る為の力は必要だ。ネギが目指している物の事も考えれば尚更。

 

あの冬の日、自分はただ見ている事しか出来なかった。ナギが助けに駆けつけてくれなければすべて奪われていたかもしれない。愛する母も、血の繋がらない姉も、村の人々も。

 

「戦う力…大切な物を守る為の力…」

 

ネギが立派な魔法使いを目指したきっかけ。大切な物を守れる人間になる事。そうなる為には何にも増して力が要求される。ネギは今一度、力を持つ意味を考え始めた。

 

しかしそれは、僅か10歳の少年が考えるには余りにも重すぎる問題でもあった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

大浴場で明日菜と木乃香は今日の事について話していた。

 

「学園長からの話って何だったの?」

 

「ま~たお見合い関係の話やったわ。おじーちゃんほんま懲りひんのやから」

 

「そりゃご愁傷様…」

 

木乃香の祖父である学園長、近右衛門は良く木乃香にお見合いの話を持ってくる。木乃香本人としてはまったくその気はない様だが。

 

「次の休みの日に新しいお見合い用の写真撮らされる事になりそうなんよ。あと、なんや祐君の事も聞かれたわ」

 

「祐の事?」

 

「うん、最近祐君とはどうかって。なんやったんやろ?」

 

明日菜は恐らく祐の力を木乃香に明かす事に関係しているであろうとは思ったが、今は知らないふりをしておくことにした。

 

「さぁ?私にもわかんないわ」

 

「そらそうか。う~ん…あっ!もしかして次のお見合い相手祐君だったり!」

 

「はぁ!?」

 

まさかの発言に明日菜が湯船から立ち上がる。

 

「あちゃ~参ったわ~。もしそうならウチどないしよ〜」

 

言葉とは裏腹にどこか嬉しそうに言う木乃香。顔が少しにやけている。

 

「い、いや!さすがにそんなわけないでしょ!」

 

「そうけ?今までの倍くらい歳離れてる人より、よっぽど現実的だと思わへん?」

 

「そりゃ…そうかもしれないけど…」

 

「木乃香!今の話本当⁉︎」

 

いつの間にか近くにいたハルナが木乃香に聞いてくる。気づけば夕映とのどかも近くに来ていた。

 

「もしかしたらの話やで。決まったわけちゃうよ」

 

「どへーーー!!マジっすか!?」

 

「何よどへーって…」

 

「どうしたの?」

 

「何の話?」

 

ハルナの大声に、周りにいたクラスメイト達が反応し近くに寄ってくる。

 

「木乃香さんのお見合いの話です」

 

「木乃香さん、またお見合いするんですね」

 

「今度はどんな人?年上?」

 

「イケメン?」

 

「お金持ち?」

 

夕映とのどかがそう言うと次から次へと質問が飛んでくる。多感な時期の彼女達にとって恋愛関係の話題は特に興味の対象だった。

 

「それがなんと!今回のお相手は祐君かもしれないんだって!」

 

『え〜〜‼︎』

 

それを聞いた全員が驚愕の声を漏らす。明日菜は面倒な事になったと頭を抱えたくなった。

 

「木乃香と逢襍佗君がお見合い⁉︎」

 

「木乃香!どうするの⁉︎」

 

「受けちゃう⁉︎」

 

「断っちゃう⁉︎」

 

「ちょっと明日菜さん!それは本当なんですか⁉︎私聞いてませんわよ!」

 

「私だって知らないっての!」

 

まさかのお見合い相手に色めき立つA組。ここの所一番の盛り上がりと言っても良かった。

 

「ま、まだ可能性の話やって」

 

「でもさ、もし本当にそうなったら木乃香はどうするの?」

 

「え〜と…ど、どないしよっか」

 

美砂の質問に困ったように木乃香が答えると、周りが一層歓声を上げる。

 

「おーっと!これは脈アリか⁉︎」

 

「キース!キース!キース!」

 

「ぬーげ!ぬーげ!ぬーげ!」

 

「色々すっ飛ばし過ぎでしょ…」

 

異様な盛り上がりに明日菜は若干引いていた。

 

「逢襍佗君か〜。一緒にいると毎日楽しそうだよね」

 

「たまに何言ってるかわからない事あるけどね」

 

「いいんじゃない?退屈しなそうだしさ」

 

「でも浮気されちゃうかもよ?色んな人に愛を持って接してるって言ってなかったっけ?」

 

「浮気はダメ。ゼッタイ」

 

「それキャッチコピーかなんか?」

 

チア部の三人がそう言うと周りも祐の事を話し始める。

 

「祐は子供っぽいとこあるからねぇ。まぁ、それはそれで可愛いんだけどさ」

 

(確か前に祐さんもお姉ちゃんに対して同じこと言ってた様な…)

 

「おや、風香はすっかり大人の女性でござるな」

 

「この前公園でちっちゃい子と一緒に遊んであげてたし、いいお父さんになるかもね」

 

「あ〜、あったなぁ。でもかけっこの時全力で走っとらんかった?」

 

「走ってた走ってた。すんごく早かったよね」

 

「大笑いしながら走っとったからめっちゃ怖かったわあれ」

 

「何してんのあいつ…」

 

公園で見かけた祐の話をまき絵と亜子がすると、明日菜が呆れる。しかし悲しいかな明日菜はその光景を容易に想像出来てしまった。

 

それからも暫くお見合いの話題は続いた。



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友達

麻帆良学園の名物である朝の通学ラッシュが始まる少し前の時間。

 

部活の朝練や早めに登校をしている生徒が各々の教室へと向かい始めていた。一人教室へと向かうあやかに後ろから声が掛かる。

 

「おっはよーいんちょ」

 

「おはよう」

 

「いいんちょ、おはー」

 

「あら皆さん、おはようございます」

 

朝練終わりに合流したのか、裕奈・アキラ・まき絵があやかと挨拶を交わす。四人は世間話をしながらA組の教室へと向かった。

 

「よし、一番乗りは貰った!」

 

「あっ、ずるい!私だって!」

 

「お二人とも!廊下を走るんじゃありません!」

 

「ふふっ」

 

朝から何とも元気な彼女達は教室に着くと、各々の席に鞄を置く。そこから取り出した荷物を教室の後ろのロッカーに入れていると、アキラが黒板の方を見つめているのに裕奈が気づいた。

 

「アキラ?どうかした?」

 

「あれ…」

 

アキラが指さした方向に視線を向ける三人。そこには黒板にチョークで[おはようございます]と書かれていた。

 

「あれいいんちょが書いたの?」

 

「いえ、私は書いてませんが」

 

「じゃあ誰が…」

 

そうしている間に四人は見てしまった。黒板の前に浮かんでいるチョークを。

 

「…あれ浮いてない?」

 

「そ、そんなはず…誰かのいたずらですわ!」

 

「でも私達しかいないよ!?」

 

「待って、何か書いてる」

 

アキラの言葉通りチョークは新たな文字を黒板に書き始めた。身を寄せ合いながらそれを見つめる四人。

 

[はじめまして]

 

『いやーーーー!!!』

 

アキラ以外の三人が悲鳴を上げる。

 

「幽霊だ!幽霊が出た!」

 

「やだー!いいんちょなんとかして!」

 

「無茶言わないでください!私だって幽霊は苦手なんです!」

 

「み、みんな少し落ち着いて…」

 

パニック状態の三人を何とか落ち着かせようとするアキラ。すると黒板にまた別の文字が書かれていた。

 

[ともだち]

 

『いやーーーー!!!』

 

「連れてかれる~!」

 

「早く逃げよう!」

 

「戦略的撤退ですわ!」

 

「し、仕方ないかな」

 

急いで教室から出ていく四人。教室には宙に浮いているチョークだけが残された。

 

 

 

 

 

「今日はいつもより早く着いたわね」

 

「いつもこれくらいに来れればええんやけど」

 

途中でネギと分かれた明日菜達は普段よりも少し早めに校内へと着いた。いつものように教室に向かうと、A組の教室の前にクラスメイト達が屯していた。

 

「何あれ?」

 

「何でみんな廊下におるんやろ?」

 

二人はそこに近づくと、後ろの方にいたあやかに声を掛けた。

 

「ちょっと委員長、何やってんのよ?」

 

「明日菜さん!大変です!教室に幽霊が!」

 

「はぁ?」

 

突拍子もない発言に首をかしげると、裕奈達も明日菜に詰め寄った。

 

「本当なんだよ明日菜!幽霊が出たんだって!」

 

「私達チョークが宙に浮いて文字書くの見たんだから!」

 

「えっ、それ本当?」

 

「うん、確かに見た」

 

比較的冷静なアキラの言葉を聞いて、明日菜もどうやら勘違いという訳では無さそうだと認識を改めた。

 

「だから言ったでしょ!やっぱり昨日のあれも幽霊だったんだって!」

 

「遂に私も大スクープを収める瞬間が来たのね!」

 

昨日の机が揺れた件について夏美がそう言う。対して和美は今の状況に興奮気味だった。

 

「そんな…非科学的すぎます幽霊なんて!科学者としてそう簡単に認めるわけにはいきません!」

 

「でも実際出てるよハカセ?」

 

「ならば私がいないという事を証明して見せましょう!」

 

「おお!ハカセが行った!」

 

「さすがマッドサイエンテイスト!」

 

「サイエンティストでしょ」

 

科学を至高とする聡美が制服を腕まくりして教室へと向かう。教室の中心に立つと腕を組んで仁王立ちした。

 

「さぁ!幽霊さん!居ると言うなら私に姿を見せてください!」

 

暫くするとチョークが浮き出し、黒板に文字を書き始める。

 

[ここにいます]

 

『やっぱ出た~~~!!!!』

 

目撃したクラスメイト全員が驚愕する。さすがに疑心的な視線を向けていた者も認めざる得なくなった。

 

「なんと!?いや、まだです!きっとチョークに何かしら…!」

 

聡美が動いたチョークに向けて走り出す。

 

「ハカセが走り出した!?」

 

「幽霊に乗っ取られた~!」

 

「みんな!ハカセを連れ戻さないと!」

 

すぐさま古菲と茶々丸が聡美を後ろから抱きしめて止める。

 

「ハカセ!正気に戻るアル!」

 

「なっ!?離して二人とも!きっとあのチョークに秘密があるはず!」

 

「落ち着いて下さいハカセ。今近寄るのは危険です」

 

暴れる聡美を何とか引きずり教室から連れ出す二人。それを見たクラスメイトは阿鼻叫喚と化した。

 

「お願いハカセ!戻ってきて!」

 

「まず悪霊を追い出さないと!」

 

「目を覚ませっ!」

 

「あいたっ!?何するんですか!」

 

「いや~!乗り移られる~!」

 

ハルナが聡美にビンタし、お返しとばかりに聡美がハルナのスカートを引っ張る。それを止める一同。地獄絵図である。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「なんかいつもに増して騒がしいなA組」

 

「何かあったのかな?」

 

「純一、あんた見てきなさいよ」

 

「えぇ…なんで僕が」

 

B組の教室では何時もより騒がしいA組について純一達が話していた。

 

「こういう時いの一番に乗り込む祐はどこ行ったんだ?」

 

「逢襍佗君ならちょっと前にお手洗いに行ったよ」

 

祐の隣の席の春香が答える。

 

「あ、そうなんだ」

 

「さすがにちょっと賑やか過ぎるかな。注意してこようかしら」

 

B組のクラス委員長の絢辻詞が席を立ち、A組に向かおうとすると純一が少し慌てて止める。

 

「いやいや!絢辻さんが行くことないよ!A組には何人か幼馴染がいるし、僕が行ってくるから!」

 

「そう?」

 

「うん、任せて」

 

自分の席に戻った詞を見てほっとする純一。それを見ていた正吉が純一に声を掛ける。

 

「急にどうしたんだ橘?」

 

「いや、絢辻さんが行くより僕が行った方がまだギクシャクしないかなって」

 

「なるほどな」

 

「んじゃ後で報告宜しく~」

 

「他人事だと思って…」

 

「あはは…頑張って橘君」

 

薫の言葉に純一が肩を落とすと春香がねぎらいの言葉を掛ける。

 

「ありがとう天海さん…悪いけど祐が教室に戻ったらA組に来てって伝えておいて」

 

「うん、わかった」

 

「はぁ、行くか…」

 

重い足を引きずり純一はA組へと向かった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

純一が教室から出るとその場は想像以上に混沌を極めていた。

 

「またなんか書いてるよ!」

 

[ごかいです]

 

「五回DEATH!?」

 

「こ、殺される…」

 

「美空!なんとかしてぇな!シスターやろ!?」

 

「シスターはエクソシストじゃないんだけど!?」

 

「何の為のシスターですか美空さん!今行かないでいつ行くんです!」

 

「だからエクソシストじゃ…ちょっと!いいんちょ押さないで!」

 

「これは!これは大スクープよ!」

 

「な、なにやってるんだこれ…」

 

何が起きているのかまったくわからないが、ただ事では無いことはわかる。何やらチョークが一人でに動いて文字を書いているようにも見えた。呆気にとられていると幼馴染の姿が目に入る。

 

「明日菜!木乃香!」

 

「へ?純一?」

 

「お~純一君。久しぶりやな~」

 

「うん、久しぶり。じゃなくて!何の騒ぎなんだこれ!?」

 

変わらぬ幼馴染の反応にペースを取られそうになったが、気を取り直して状況を確認する。

 

「いや、なんて言えばいいか…」

 

「ウチらの教室に幽霊が出たんよ」

 

「ゆ、幽霊!?」

 

再度教室を見てみると机や椅子が宙を舞っていた。それを見て周りから「ポルターガイストだー!」と声が上がっている。あまりの光景に純一は眩暈がしそうだった。

 

 

 

 

 

(あばばば…なんでこんな事に…)

 

当の本人であるさよは今の状況に困惑していた。昨日の河童の事をクラスメイトに伝える為、チョークを使っての交信を試みた。おかしな事は書いていないはずだが巡り巡って大事になってしまった。

 

挙句の果てには何とか自分の思いを伝えようとした結果、力が暴走して机や椅子が飛び回る始末。さよ自身もこの状況をどう納めればいいのかわからなくなっていた。

 

(ああ…せっかく皆さんと友達になれる機会だったのに…)

 

そう思っていると教室に二人の生徒が入ってくる。昨日あの場にいた刹那と真名だった。

 

「クラスメイトの前で仕事をするのは気が乗らんが、さすがに見過ごすわけにもいかんな」

 

真名がそう話すと横にいる刹那が鋭い眼光を飛ばしてくる。思わずさよの肩が跳ねた。

 

「そこだっ!」

 

「ひっ!」

 

真名がどこから取り出したのか小型ナイフを投げつける。間一髪かわせたさよはたまらず教室から逃げ出した。

 

「追うぞ」

 

「ああ…!」

 

さよを追って駆け出す真名と刹那。教室から出ると自分を見る木乃香の姿が刹那の目に留まった。

 

「せっちゃん…」

 

「お、お嬢様…」

 

「刹那!何をしている!」

 

「っ!失礼!」

 

「あっ…」

 

真名から声を掛けられ刹那は視線を切って走り出す。思わず右手を伸ばす木乃香。それに気づかずクラスメイトは二人に声援を送る。そのまま固まってしまう木乃香を明日菜と純一は心配そうに見つめていた。

 

 

 

 

 

「ひえー!助けてくださーい!」

 

二人から追われ、必死で逃げ回るさよだったが二人を振り切れずにいた。

 

「ターゲットの姿がいまいち捉えきれない…!」

 

「相当な隠密性を持っているのは間違いない。だが、一度姿を現したのが間違いだったな」

 

真名の瞳が薄く光りだす。

 

「逃げられると思うなよ」

 

そう言うと両手に持ったマシンガンが火を噴いた。

 

「なんでそんなの持ってるんですかーーー!?」

 

避けながらもっともな事を聞くさよ。しかしその声は二人には届いていなかった。

 

「刹那!あそこだ!」

 

「ああ!悪霊…退散!」

 

「いや~ん!何でこんな目に~!」

 

長い日本刀から斬撃を飛ばす刹那。当たりはしなかったものの、その凄まじい風圧にさよは吹き飛ばされる。

 

「消えた!?」

 

「下の階だ。問題無い、まだ捉えている」

 

「急ごう」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…何とか逃げられた…」

 

さよは命からがら下の階に逃げ込み、廊下の奥でへたり込む。

 

(せっかく…せっかく友達になれると思ったのに…)

 

目に涙を溜め、静かに膝を抱え込んだ。長年幽霊をやってはきたが、人に追われるのは初めての経験だった。

 

(私がダメダメなせいで、みんなを怖がらせちゃった…)

 

(もう、どうしたら…)

 

深く落ち込んでしまい、遂に涙がこぼれる。それが情けなくて、よりさよを悲しくさせた。

 

(もういっそ、私なんて成仏した方が…)

 

「あの~、大丈夫ですか?」

 

「えっ?」

 

顔を上げるとそこにはさよが何度も見たことのある人物がいた。その人物はしっかりとこちらを見ている。

 

「えっ…あ、逢襍佗さん?」

 

「はいどうも、逢襍佗です。立てますか?」

 

差し伸べられた手にさよは自分の手を重ねる。祐はそれを優しく掴むとさよを立ち上がらせた。

 

「えーと、初対面でいいんですよね僕ら。忘れてたらすみません」

 

「い、いえ。こうして顔を合わせたのは初めてで…えっ!?私が見えるんですか!?というか触れてる!!?」

 

あたふたし始めるさよを不思議そうに見ている祐。やがて納得したような顔をする。

 

「ああ、幽霊の方でしたか」

 

「っ!…わかるんですか?」

 

「はい、勘はいいんで」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

ネギとタカミチが教室の階に着くと、生徒達が廊下に出ている光景が映る。

 

「皆さん?どうかしたんですか?」

 

「あっ!ネギ先生!」

 

いち早く気が付いたあやかがネギに近づく。

 

「聞いて下さいネギ先生!先程」

 

「ネギ君ネギ君!これ見てよ!」

 

「おぶっ!」

 

興奮した様子の和美があやかを押しのけて、ネギにカメラを見せる。

 

「さっき教室に現れた悪霊をばっちり激写したよ!」

 

「えぇ!悪霊が!?」

 

ネギより少し遅れて教室に近づいたタカミチが、それを聞いて表情を鋭くする。

 

「はぁ、鋭い表情も素敵…」

 

「出たよ明日菜のおじさん趣味…あたっ!」

 

輝いた眼でタカミチを見る明日菜に美空がそう言うと、視線と表情は変えないまま美空を明日菜がはたいた。

 

「私もまだ確認してないんだけど、間違いなく撮れてるはず!それじゃ行くよ?世紀の大スクープをご覧あれ!」

 

和美がカメラの画像を出すと、全員の視線が集まる。そこには涙を流し、怯えた表情をした可愛らしい少女が映っていた。

 

「あれ?なんか可愛い」

 

「ほえ~、髪の毛真っ白や」

 

「この子泣いてない?」

 

先程の騒ぎの正体とは思えない見た目に困惑する一同。そんな中ネギが何かを思い出したようにクラス名簿を開く。

 

「どうしたのネギ君?」

 

「この人確か…やっぱり!これ見て下さい!」

 

今度はクラス名簿に視線が集まる。ネギが指さした場所には出席番号一番・相坂さよと書かれた上に先ほど写っていた少女の写真が載っていた。

 

「あっ、おんなじ顔」

 

「じゃあ、さっきの幽霊の正体って…」

 

ネギは教室に目を向けると、散乱した机と椅子、そして文字が書かれた黒板が見えた。その文字をよく見る。

 

「相坂さんは今どこにいるんですか?」

 

ネギが聞くと全員顔が青ざめる。ネギとタカミチが不思議に思っていると、明日菜が口を開いた。

 

「たぶん、教室から出て行ったのを桜咲さんと龍宮さんが追っかけて行っちゃったけど…」

 

「ネギ君、これは急いだほうがいいかもね…」

 

「うん!どちらに行ったかわかりますか!?」

 

「えっと、あっちに」

 

明日菜が指さすと二人は急いでそちらに向かった。暫く唖然としていたA組だが、次第に顔を合わせ始める。

 

「やばくない?」

 

「龍宮さん達に成仏させられちゃうかも!?」

 

「さすがにそれは寝覚め悪いって!」

 

A組は全員さよを追って走り出した。

 

「これ、僕どうしよう…」

 

一人その場に残った純一は、人知れずそう零した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「は~、そんな事が…」

 

「私…皆さんとお友達になりたいだけなんです」

 

あれから祐はさよの話を聞いてその内容に同情を禁じえなかった。長年誰にも気づいてもらえず、やっとのチャンスで失敗してしまったとなればこの落ち込み様も当然である。

 

「災難でしたね…」

 

そう言ってさよの背中を摩る祐。さよは久しぶりに感じる温もりに心が温かくなるのを感じた。

 

「わかりました。そういう事ならこの逢襍佗祐にお任せください」

 

「え?」

 

「僕が相坂さんとA組の架け橋となりましょう。大丈夫、相坂さんならA組のみんなと友達になれますって!たぶん!きっと!うん!駄目だったら僕が責任取ります!」

 

「協力してくれるんですか?私なんかの為に…」

 

「何言ってるんですか、こうして会ったのも何かの縁。一緒に頑張りましょう!」

 

改めて右手を差し出す祐。さよは再び涙目になりながらその手を握った。

 

「見つけたぞ」

 

後ろからの声に祐が振り向くと立っていたのは真名と刹那だった。

 

「龍宮さんに、桜咲さん?」

 

「さっき見た時より鮮明に見えるぞ?」

 

「どう言う訳か、先程よりも存在感が増した様だな」

 

「ひいっ!」

 

二人を見た事でさよが祐の背中に隠れる。祐はそれでなんとなく状況を察する事が出来た。

 

「逢襍佗、悪いが私達は仕事中なんだ。その後ろの幽霊を成仏させる」

 

その言葉を聞いてさよが祐の服を掴む。掴まれた所から震えているのがわかった。

 

祐はまず両手を上げてから真名達に話し掛ける。

 

「まぁ、待ってよ龍宮さん。まず相坂さんとみんなの前には解かなきゃならない誤解があるんだ」

 

「相坂?その幽霊の事か?」

 

真名が訝しげな視線を祐に向ける。刹那はそれを黙って見ている。

 

「そう、相坂さよさん。彼女は一年A組の」

 

言葉の途中で真名が銃を向けた。

 

「真名⁉︎」

 

刹那が焦ったように声を出すが、真名は気にせず祐を見る。

 

「言ったろう逢襍佗、仕事中だ。どかないなら知り合いでもそれなりの対処はさせてもらうぞ」

 

「ここでどれだけ撃たれても、俺は戦いませんよ」

 

「なに?」

 

迷いなく即座にそう答えた祐に思わず聞き返す真名。すると真名達の後ろから声がした。

 

「龍宮さん!桜咲さん!待ってください!」

 

「ネギ先生」

 

こちらに走ってきながら二人を止めるネギ。真名と刹那が振り向くとネギだけでなく、タカミチと他のクラスメイトもこちらに向かってきていた。

 

「相坂さんは悪い幽霊じゃないんです!だから除霊は待ってあげてくれませんか!」

 

「僕からも頼むよ二人とも」

 

ネギとタカミチに頭を下げられ、真名は無言でそれを見る。刹那は困惑気味といった様子だった。A組のクラスメイトも続々と集まって来た。

 

「あれ?逢襍佗君?」

 

「なんで逢襍佗君がここに?」

 

「おっ、皆さんお揃いで。ちょうど良かった」

 

そう言うと祐は後ろを向き、さよの両手を握った。

 

「あ、逢襍佗さん?」

 

「心配しないで。なんか、いける気がするから」

 

周りから見えないように、祐の腕からさよに虹色の光が流れて行く。それをぼーっと見つめるさよ。やがて祐が手を離し、振り返る。

 

「ご紹介致しましょう。一年A組、出席番号1番」

 

祐はスッと横にずれると、右手でさよの背中を優しく押して一歩前に進ませた。

 

「相坂さよさんです」

 

さよが困惑した顔で周りを見渡す。何か違和感がするが、その正体はすぐにわかった。ここにいる人達全員が自分を見ていたのだ。

 

「あー!さっきの写真の子!」

 

「何で今は見えるの?」

 

「確かに、さっきまでは全然見えなかったのに」

 

皆さよを見て驚きの声と視線を向ける。

 

「み、皆さん…私が見えるんですか?」

 

「うん」

 

「そりゃもうばっちり」

 

「わっ!幽霊って本当に足元透けてるんだ!」

 

クラスメイトがさよに駆け寄る。さよは先ほどまでとは別の理由で困惑し始めた。

 

「すご〜い!本物だ!」

 

「髪真っ白!めっちゃ綺麗じゃん!」

 

「ありゃ、見えるようにはなったけど触れないんだ」

 

みんなに囲まれるさよは、未だにこの光景が信じられなかった。そんな中、一番最初にさよに接触した裕奈達四人が前に出てくる。

 

「えっと…相坂さん、さっきはごめんね。私達怖がってちゃんと話聞いてあげられなかった」

 

「ショックだったよね、ごめんなさい!」

 

「ごめん相坂さん。失礼な事して」

 

「いくら心霊現象が苦手とは言え、最初から私が耳を傾けていれば…雪広家末代までの恥!どうかお許しください相坂さん」

 

「このまま行くと委員長が末代になりそうだけどね」

 

「余計なお世話です!」

 

少し放心状態だったさよは、我に帰ると急いで首を振った。

 

「そ、そんな!皆さんは悪くありません!私がダメダメだったから…皆さんを怖がらせてしまって…」

 

「でも、もうみんな怖がってないよ。こうやって話もできたし」

 

和美がそう言ってさよに近寄る。

 

「ごめんね、隣の席だったのに気づいてあげられなくてさ。代わりにって訳じゃないけど、これからは仲良くしてね」

 

「そうです!相坂さんも僕の生徒さんなんですから!仲良くしましょう!」

 

ネギが嬉しそうに言う。それに釣られてか他のクラスメイト達もさよによろしくと声を掛ける。

 

「これ、夢じゃないですよね…私六十余年ずっと幽霊で…ずっとずっとお友達が欲しくて…でも、誰にも気付かれなくて…」

 

「大丈夫ですよ、相坂さん。これからは僕達が友達です!」

 

その言葉が最後のきっかけとなった。さよは何年振りかもわからない、大声で泣き始めた。

 

「あ〜!ネギ君泣かせた〜!」

 

「えぇ⁉︎ご、ごめんなさい相坂さん!僕何か失礼な事言っちゃいましたか⁉︎」

 

「違うんです〜!私…嬉しくて〜!」

 

みんなでさよを囲んで慰め始める。その枠から外れた場所に真名と刹那はいた。

 

「やれやれ、これでは私達が悪者だな」

 

「大丈夫でござるよ真名。真名達はみんなを守る為にそうした。みんなもそれはちゃんとわかってるでござる」

 

「そうヨ、心配しなくとも龍宮サンも刹那サンも私達の友達ネ」

 

「そうかい、それは嬉しいな。相坂だったか?すまなかった」

 

楓と超に真名はそう返し、さよの方を向いて謝罪した。刹那が頭を下げる。

 

「こちらこそ~!!」

 

泣きながらさよが答えると真名は苦笑いした。そんな中、刹那は真名を見る。

 

「真名。どうしてあの時彼に銃を向けた?」

 

聞かれた真名は刹那を横目で見て、その後視線を遠くに飛ばした。

 

「なに、私は彼の事をよく知らないからな。どんな人間か興味があったんだ。だから少しちょっかいをかけてみただけだよ。見事にかわされたがな」

 

「……そうか」

 

真名を見ていた刹那はさよ達に視線を向ける。その光景を見ていた刹那の心は、一言では表せないほど複雑なものだった。

 

「せ、せっちゃん」

 

声のした方に刹那が振り向くと、どこか緊張した面持ちの木乃香が立っていた。

 

「木乃香お嬢様…」

 

気まずそうにお互いを見る二人。意を決して木乃香が口を開く。

 

「す、すっごい走るの速いんやねせっちゃん。ウチびっくりしてもうたわ」

 

「あ、あの…私は、その…」

 

視線を泳がせる刹那はやがて目を伏せる。

 

「失礼します…」

 

お辞儀をして足速に去って行く。

 

その背中を悲しそうに見つめる木乃香。それを見ていた真名はため息を漏らす。

 

「近衛、あまり気にするな。刹那には私から言っておく。緊張するのは仕方ないが、もう少しちゃんと話せとな」

 

「あはは…おおきにな、真名ちゃん」

 

真名は木乃香の肩に手を置くと、刹那を追って行った。

 

「木乃香」

 

一部始終を見ていた明日菜が木乃香を呼んだ。

 

「明日菜…あかんなぁウチ、フラれてもうたわ」

 

明日菜は黙って木乃香の頭を撫でる。

 

「明日菜ずっこいわ。今優しくされたら好きになってまうやん?」

 

「何アホなこと言ってんのよ、まったく」

 

「えへへ」

 

明日菜と木乃香が笑い合った。それをいつの間にか周りから離れた場所に移動していた祐が見ている。そこから視線を移し、刹那とそれを追う真名の背中を見つめた。

 

「また厄介ごとに首を突っ込む気か?」

 

「師匠、いきなり後ろから話しかけないで下さい。心臓に悪いです」

 

いつの間にか祐の後ろにいたエヴァに祐は視線を変えぬまま言った。

 

「気配でわかるだろう」

 

「いやまぁ、そうですけど…」

 

祐の隣に立つエヴァ。祐は腕を組んで壁に寄りかかる。

 

「木乃香から何か言われるまでは、首突っ込まないようにしようと思ってました。でも、あんな顔されたらね…」

 

「ふん、甘ちゃんめ」

 

エヴァはさよの方を見る。

 

「誰一人教室にいないと思ったらこんな事になっていたのか」

 

「師匠、もしかして遅刻しました?」

 

「そう言うお前はホームルームのサボりか?」

 

「……。やってもうた…」

 

今がホームルームの時間だという事を完全に忘れていた。この後担任の麻耶からの有難いお話は避けられないだろう。

 

「相坂さよか…。ようやく周りの奴らも認識し始めたか」

 

「師匠、相坂さんの事気づいてたんですか?」

 

「二週間前ぐらいに認識し始めたな」

 

「気づいてたんなら声かけてあげればよかったのに」

 

「いきなり何もないところに声を掛けたら、やばい奴だと思われるだろうが」

 

「何を今更…オフッ!」

 

エヴァの拳が腹部に突き刺さり、祐が膝から崩れ落ちる。

 

「今の攻撃には愛がなかった…」

 

「愛があるからこそ痛いんだよ」

 

祐は腹部を摩りながら起き上がると、今もクラスメイトに囲まれているさよを見る。

 

「お前はいつ気が付いた」

 

「さっきですよ。トイレにいたら声が聞こえたんで、そこから気配を感じて彼女を見つけました。それ以前は何も感じ取れませんでした」

 

「ふむ」

 

「先程彼女と話していた時、ここ数年で少しずつ存在感や力が強くなっていったと言ってました。なにか理由があるのかもしれません」

 

それを聞いたエヴァが顎に手を当てる。暫くそうしていると祐に視線を向けた。

 

「これはあくまで私の仮説だが、この世界の神秘が増している事が原因かもしれん」

 

「神秘がですか?」

 

エヴァは頷くと、視線をさよ達に戻す。

 

「お前には以前話したが、文明や科学が発展するに連れてこの世界の神秘は薄れていった。理解できる事が増えたからな」

 

「しかし今の世界はどうだ。未だその全容が知れない存在で世界は溢れ出した。祐、お前の力もな」

 

言われた祐は自分の手を見つめる。薄く光を纏うと手を振り払い、光を消した。

 

「そうなれば世界は再び神秘で満ちる。緩やかなスピードではあるが、世界は神代に近づいているのかもな」

 

「神代って、そりゃまたなんとも…」

 

事の大きさに祐は苦い顔をして頭を掻いた。

 

「だから相坂さんのような存在の力が増した」

 

「あくまで可能性の話だ。多少の信憑性はあると思うがな」

 

「神秘が増したとなれば、魔術師どもが喜びそうな話だ。確かあれは九年前だったか?またアホな事を仕出かさなければいいがな」

 

エヴァが吐き捨てるように言う。彼女が魔術師にあまり良い印象は持っていない事は祐は知っていたので、それについては何も言わなかった。

 

「アホな事、ね…」



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報・連・相

あの騒ぎからひと段落し、教室へと戻ったA組。戻る最中から始まったさよに対しての質問大会は 、1時間目の授業が始まる直前の今も続いていた。

 

「じゃあ、去年まではずっと中等部にいたんだ」

 

「はい、でも何でか今年は高等部に席が移ってて。だけど私嬉しかったです!初めての高校生だし、皆さんのクラス賑やかで楽しいから」

 

「こうやって見ると、足元が透けてる以外幽霊って感じ全然しないわね」

 

「ほんまやね、さよちゃん元気いっぱいやからかな」

 

「これでも死んで60年以上経ってますけどね」

 

後頭部を摩りながら控えめに笑ってさよは言った。自分が亡くなった明確な年、亡くなった理由は思い出せないらしいが、本人はあまりその事を気にしていないようだった。今のこの翳りのない表情を見れば、無理をしていると言うわけでもないのだろう。

 

「でもどうして急に見えるようになったのかな?教室に着いた時は全然見えなかったのに」

 

「うん、あの時はチョークが浮いてるのしかわからなかったよ」

 

「私も詳しいことはわかりませんが、きっと逢襍…」

 

まき絵と裕奈が気になっていた事を話すと、さよがそれに答えようとするが途中で止まる。おそらく祐が自分の手を握った時に流れてきた光が関係しているであろうとは思っていたが、それを口に出して良いものかの判断がつかなかった。

 

(あま)?さよちゃん以外と乱暴な口調なんだね」

 

「いや、違うでしょ」

 

「もしかして逢襍佗君?」

 

「そう言えばあの時一緒にいたよね。何してたの?」

 

さよが若干目を泳がせる。A組の教室に度々やってくる祐は見ていたが、あんな特殊な力を使っているところは見た事がない。本人も多分周りに言っていないだろうと思ったので、どう誤魔化そうかと頭をフル回転させていた。

 

「あ〜、えっとですね…それは…」

 

「もしかして… 逢襍佗君って霊能力者⁉︎」

 

桜子がそう言うと、周りがそれに反応する。

 

「実際さよちゃんのこと見えてたみたいだし、可能性あるかも」

 

「もしや逢襍佗君自体が幽霊なのでは⁉︎」

 

「それは無いでしょ」

 

そこからいつもの様に話が飛躍して行く。さよは話がそれた事にほっとしていると、同じ様にどこか安心している様子の明日菜が視線に入った。不思議に思い明日菜を見ていると、教室のドアが開いた。

 

「ほらお前ら席つけ〜。授業始めるで〜」

 

1時間目の授業、世界史の担当黒井ななこが教室に入ってくる。それを合図に各々の席へ戻る。ななこが教壇に立つと、あやかの号令で全員が起立した。

 

「ん?…え、どちらさんや?」

 

ななこがさよを見て目を丸くする。

 

「あ〜、黒井先生ひど〜い。うちのクラスメイトの事気付いてなかったんだ〜」

 

「私達は4年間気付いてなかっけどね」

 

風香の発言に対して円がもっともな事を言った。

 

「いやホンマすまん。なんでやろ、今まで気付かんかった…」

 

「だ、大丈夫です!正確に皆さんの前に出てきたのは今日が初めてですから!」

 

焦ってさよがフォローを入れると、ななこは首を傾げた。

 

「出てきたのは初めて?」

 

「黒井先生!さよちゃんは幽霊なんだよ!」

 

「どないしたん佐々木。頭でも打ったんか?」

 

「ひどい⁉︎」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「それで?さっきまで何してたんだよ」

 

「除霊されそうになってる幽霊の少女を助けてました」

 

「何言ってんだお前」

 

「嘘じゃないぞ。あ、違う。嘘じゃないしん!」

 

「信じて欲しいならまず語尾にしんを付けるな」

 

あの後一人教室に戻った祐は麻耶から「後で話があります」との宣告を受け、席に着いた。その後正吉・純一・薫からの質問に答えている。

 

「あんたの態度的に嘘言ってる時のじゃないけど、如何せん内容がねぇ」

 

「信じてくれ薫!お金あげるから!」

 

「なにその嫌な信用のさせ方」

 

「じゃあアレだ。嘘じゃなかったら今日の昼飯奢ってもらうぞ」

 

「嘘だったらそっちが奢り?」

 

「勿論」

 

「OK!乗ったわ!今日何にしようかな〜」

 

「こやつ、勝ちを確信しておるわ」

 

「まぁ、見てないならそりゃあね…」

 

一部真相を知っている純一は苦笑いを浮かべそう言った。

 

「愚かなり、棚町薫。今この瞬間に貴公の敗北は決まった」

 

「何だよその口調…」

 

「皆さん!おはようございます!」

 

B組の教室に元気の良い挨拶と共にネギが入ってくる。

 

「おっと、授業の時間か」

 

「祐、後でやっぱ嘘は無しだからね!」

 

「あたぼうよ」

 

それぞれの席につき、詞が号令をかける。授業前の挨拶が終わると、祐が右手を挙げた。

 

「祐さん、どうかしましたか?」

 

「ネギ先生、私めは先程除霊されそうになっている幽霊の少女を助けた事に間違いは無いですよね?」

 

「え?…はい、間違いないと思いますが」

 

「うそぉ⁉︎」

 

自分の席から薫が思わず声を上げる。声こそ出さなかったが正吉も驚いた顔をしている。二人だけでなくクラス全体がざわざわとし始める。

 

「ほれ見てみぃ!ワイの勝ちや!ワイが猿や!プロゴルファー猿や‼︎」

 

「意味わからないよ逢襍佗君…」

 

横の春香は祐の意味不明な発言に律儀にツッコミを入れた。

 

「ちょっとネギ先生!まさか祐とぐる⁉︎」

 

「えっ⁉︎何の話ですか⁉︎」

 

「認めろ薫、君の負けだ。なんならその子、後で紹介するよ」

 

幽霊の少女がいるかいないかは置いておいて、取り敢えず薫は祐の勝ち誇った顔が異様なまでに癇に障った。

 

「幽霊って…本当か?私見た事ないぞ」

 

「私も学園内だと見た事ないなぁ」

 

「由紀香でさえ見た事が無いとなると些か信憑性に欠けるが、あの感じだと逢襍佗が嘘をついているとは考え難い」

 

「逢襍佗が嘘をついた時って態度で速攻わかるからなぁ」

 

「聞こえてるぞ薪寺さん。お前も蝋人形にしてやろうか?」

 

「急に聖飢魔IIになったぞあいつ⁉︎」

 

B組の陸上部三人娘の会話に祐が反応する。そんな中、黒いリボンを着けたツーサイドアップの少女がクラス内で唯一、祐の事を真剣な表情で見つめていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

午前の授業が終わり、昼休みの時間。A組の教室で昼食を取るクラスメイトを楽しそうにさよが見ている。

 

「さよちゃん…私達が食べてるところ見て楽しい?」

 

「はい!以前と違ってちゃんと目と目が合いますから!」

 

隣の席でもある和美が聞くと、これまた楽しそうに返事が返ってきた。

 

「でも食べられないのは少し残念だね」

 

「そうですねぇ、幽霊なんでお腹は空かないですけど。久し振りに食べてみたい気持ちもないわけじゃないって感じでしょうか」

 

夏美の言った事に対してあまり考えた事がなかったのか、さよは人差し指を顎に当て、視線を上に向けながら何となく答えた。

 

「でも見える様になったんだし、これから食べられる様にもなるかもしれないよね」

 

「そうなったら素敵ですねぇ。あぁ、勇気を出して本当に良かったです。きっかけはあんな事でしたけど、あれがあったからこそ…」

 

笑顔のさよがその表情のまま突然固まった。周りもそれに気付き不思議に思って彼女を見る。

 

「さよちゃん?」

 

和美が声を掛けると、表情はそのままみるみる顔が青ざめて行くさよ。

 

「あーーー‼︎忘れてました!皆さんとお話出来るのが楽しくてつい!」

 

「な、何を忘れてたの…?」

 

あまりの絶叫ぶりに若干引きながら夏美が聞く。他のクラスメイト達も視線をさよに向けた。

 

「私、皆さんにお伝えしなければならない事があって、頑張ってたんです!」

 

「昨日の夜、女子寮の裏手にエロ河童がいるのを見たんです!」

 

『……』

 

クラスメイト全員がさよの言ったことを聞いて口を開けたまま黙る。その状況に不安になって周りの顔を見回すさよだったが、反応は一瞬遅れて返ってきた。

 

『えぇ〜〜〜!!!!』

 

反応のあまりの勢いに、さよは吹き飛ばされるかと思った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「はぁ…まぁどうやら幽霊の子がいたのは本当の様だし、内容が内容だけに今回は不問とします」

 

「寛大な御心遣い、感謝致します高橋先生。逢襍佗祐は世界中の誰よりも、高橋麻耶を愛しています」

 

「ブフォッ‼︎」

 

「きゃー!顔に掛かったぁ!」

 

「馬鹿な事言わないの逢襍佗君…」

 

朝の件で教員室に呼び出しをくらった祐は、そこで麻耶に朝何があったかの説明をした。ネギやタカミチ、そしてななこからの証言により実際に除霊されそうになっていた幽霊がいた事、そしてそれがA組の生徒だったという事を麻耶は知った。

 

その結果先の発言に繋がるのだが、祐が某国民的野球漫画の台詞を放った事により、水を飲んでいたななこが噴き出し、隣の小萌の顔面に直撃した。

 

「す、すまん小萌先生… 逢襍佗!お前急にぶっ込んでくんなや!」

 

自分のハンカチで小萌の顔を拭きながら祐に言うななこ。小萌は黙って顔を拭かれている。

 

「すみません、和ませようと思って…」

 

「せんでええわ!」

 

聞いていた瀬流彦もツボに入ったが、今笑ったらこちらに白羽の矢が立ちそうなので机に伏せて堪えている。

 

一連の流れを苦笑いで見ていたタカミチは、タイミングを見計らって祐に声を掛けた。

 

「祐君、それとは別件になるけど学園長から話があるそうだよ。放課後来て欲しいそうだ」

 

「学園長がですか?何かありましたっけ?」

 

「前の遠出をした件の処遇についてだね」

 

「忘れた頃にやってきますね。もしや…それが狙いなのか?」

 

「いやぁ、そんなつもりはないんじゃないかな…」

 

そう言われてみれば、アウトレットに行った際の処遇は追って通達すると言われていた。すっかり忘れていたが。

 

「今回の事は良いとして、逢襍佗君はもう少し落ち着きを持って生活する様に。いいわね?」

 

「善処致します。はい…」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

職員室から教室に戻る祐は、途中でスマホがなっている事に気が付く。取り出してみると明日菜からの連絡だった。

 

「はい、もしもし?」

 

『ああ、祐。今どこ?』

 

「職員室から教室に戻ってるとこだけど、なんかあった?」

 

『それが、下着泥棒の件で進展があってさ…』

 

「ほう、ちなみにどんな?」

 

『後で詳しく話すけど、昨日の夜さよちゃんが犯人を見たらしいの』

 

「マジかよ、相坂さんお手柄だな」

 

『そうなんだけど、その犯人が問題なのよ』

 

明日菜の発言に祐が首をかしげる。

 

「と言うと?」

 

『さよちゃん曰く、エロ河童だったらしいわ…』

 

「本当にいんのか…」

 

その後、屋上で待ち合わせをする事に決めた祐は通話を切り、足早に屋上へと向かった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

祐が屋上に着くと、既に明日菜とさよがそこにいた。

 

「祐、こっちこっち」

 

手を振る明日菜に駆け寄る祐。さよは祐に対してお辞儀をした。

 

「どうも相坂さん。今朝ぶり」

 

「あの逢襍佗さん、お礼が遅れてしまってすみません。本当ならすぐにでも言うべきなのに…」

 

「いいのいいの、気にしないで。無事友達は沢山出来たみたいだね」

 

「はい!おかげさまで!」

 

満面の笑みでさよは答えた。それを見て祐も優しく微笑む。

 

「ちゃんと見てないけど、あんたあの時さよちゃんになんかした?」

 

「みんなに見えやすいように相坂さんに俺の力を流し込んでみた。それがうまくいったって感じかな」

 

「あの虹みたいなのってそんな事も出来るんだ」

 

「いけそうな気がしたからやってみた」

 

「あんたねぇ…」

 

少し呆れた顔をする明日菜。それに祐は笑うと、少し真面目な表情を取った。

 

「それで、例の下着泥棒の件だけど」

 

「あっ、そうだった。さよちゃん、お願いできる?」

 

「はい、あれは昨日の夜なんですが」

 

 

 

 

 

「なるほど、そこまでしっかり見たんならまず間違いないか」

 

「着ぐるみとかではなかったと思います。走るのも普通の人では到底無理な速さでしたし」

 

「A組のみんなはこの事を全員知ってるでいいんだよね」

 

「教室にいたみんなは聞いてたはず。いなかった人にも話が行くのは時間の問題でしょうけど」

 

「だよね。なら早いうちに事態を収めたいけど」

 

「ならその話、私達も混ぜてくれないか?」

 

祐達が話をしていると、後ろから声が掛かった。

 

「龍宮さんに桜咲さん?」

 

明日菜が二人の名前を呼ぶ。そこにいたのは真名と刹那だった。刹那は祐達に軽くお辞儀をすると、三人に近づいた。

 

「突然すいません。詳しい説明は省かせてもらいますが、我々二人は学園から正式に警備の仕事を依頼されています。信用できないようであれば、学園長に確認していただいても構いません」

 

「昨日も私達は寮の周辺を警備していてな。何者かがいるのはわかったんだが、逃してしまった。犯人を見たのなら、私達も見たのだろう?相坂」

 

真名が視線をさよに向けると、さよは少し緊張しながら頷いた。

 

「はい、確かに河童さんがいた場所にお二人が来たのを見ました」

 

「と言う事だ。我々も出来る限り早くこの事態を収拾したいと思っていてね。どうだろう、ここは一つ同級生として協力するというのは」

 

「えっと…二人は何者なの?」

 

明日菜がそう聞くと真名がフッと笑った。

 

「魔法関係者だよ、神楽坂。ネギ先生の事も知っている。彼は私達の事は知らないだろうがね」

 

そう言われた明日菜と祐は顔を見合わせる。さよは一人ぽかんとしていた。

 

「えっ?…ネギ先生って魔法使いだったんですか!?」

 

「あっ、そうか。さよちゃん知らなかったんだ」

 

「今時幽霊の方が珍しいから大丈夫だよ相坂さん」

 

「何が大丈夫なのよ…」



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迷い・悩み

「ふむふむ、なるほどな。中学生も悪くない…」

 

夕方、本日ネギと別行動を取っていたカモは、下校中の女子生徒達を双眼鏡で観察していた。

 

「奥手な兄貴の事だ、きっとまだ踏ん切りは着いてないだろう。ここは今の内から兄貴の使い魔(予定)として、いいパートナーに目星を付けておかねぇとな」

 

そんな事を考えながら辺りをくまなく観察していると、カモの目に一人の少女が止まった。

 

「おおっ!俺っちのセンサーにビンビンくるぜ!ありゃきっと上玉だ!」

 

視線の先の人物は肩までの髪に、ミニスカートの制服を着ている少女だった。

 

(スタイルの方は…まぁ今後に期待するとして、顔は間違いねぇ。性格は…見た感じきつそうだな。姐さん(明日菜)と似た感じがするぜ)

 

カモはあくどい顔になると、双眼鏡を置いた。

 

(だが少しくらいきつい性格の方が兄貴との相性は良いと見た。兄貴には引っ張ってくれる様なパートナーが必要だ。取り敢えず、試験開始と行こう)

 

カモは茂みから飛び出し、少女に向けて走り出した。目指すは少女のスカートの下である。何の試験だろうか。

 

前を歩く生徒達を華麗にかわしながら少女へと向かう。無駄に軽やかな動きで目的地へと到着し、視線を上へと向けた。その瞬間カモの表情は驚愕に染まる。

 

(たっ、短パンだと!?)

 

望んでいた物とは違う景色にカモが打ちひしがれていると、何者かに体を掴まれた。

 

(ぐへっ!)

 

「この淫獣!かわいらしい見た目なのを良い事に、お姉さまの神聖な下着を覗こうなどと!例え神が許しても、このわたくしが許しません!」

 

(な、なんだこいつ!?俺っちとした事が不覚を取るとは!)

 

印象的な口調のツインテール少女に掴まれたカモは、この状況に動揺しつつもどう切り抜けるかと思考を加速させた。

 

「ちょっと黒子、そんな乱暴に掴んじゃ可哀想でしょ?」

 

するとターゲットの少女が、ツインテールの少女にそう言った。

 

「しかしお姉さま!この淫獣はあろう事かお姉さまの下着を覗こっ!」

 

顔を赤くした少女は、黒子と呼ばれた少女の口を急いで塞いだ。

 

「さっきからでかい声で下着下着言うんじゃないわよ!変な目で見られるでしょうが!」

 

「もうひはへほはいはへん(申し訳ございません)」

 

取り敢えず黒子を静かにさせた少女はその手を離す。

 

「はっ!しまった!せっかくお姉さまがわたくしの口元にお手を置いてくださったというのに一舐めする事すらできないとは…!白井黒子、一生の不覚‼」

 

「あんた本当に黙らせてやろうか?」

 

少女が圧を飛ばすと黒子は冷や汗をかいた。

 

「じょ、冗談ですわお姉さま。ですからどうか怒りをお納めくださいな…」

 

「たく…」

 

未だ黒子に掴まれているカモに少女が視線を移した。

 

「か、可愛い…」

 

その発言を聞いた黒子は呆れた顔をする。

 

「出ましたわ、お姉さまの可愛い物好きが…」

 

目を輝かせた少女はカモに恐る恐る指を近づける。

 

「うわぁ、真っ白でふかふか…それにつぶらな瞳…」

 

(ん?なんかこの姉ちゃんビリビリすんな)

 

触られたカモは奇妙な感覚を覚えた。

 

「あら珍しい、お姉さまに近づかれて動物が逃げ出そうとしないなんて」

 

「その言い方傷つくんだけど…」

 

「これは失礼いたしました」

 

暫くそうしていると、少女が僅かに頬を染めて黒子を見た。

 

「ね、ねぇ…その子、私に抱っこせてくれない?」

 

黒子が急に眼を見開く。

 

「正気ですかお姉さま!この淫獣が仕出かした事をお忘れで!?」

 

「飛び出してきただけでしょうが…。あんたこそ何ムキになってんのよ」

 

「グギギ…!」

 

歯を強く嚙み締め、如何にも悔しそうな表情をする黒子。しかし少女の期待した目を見て、それを無碍にするわけにもいかず苦渋の思いでカモを渡した。

 

「よーしよし、怖かったわねぇ。もう大丈夫だからね」

 

カモを優しく抱きしめる少女。何か違和感は感じるものの、カモは少女に身体を擦り付ける。黒子の視線が一層鋭くなった。

 

(何故でしょう、どうもこの動物信用なりませんわ…)

 

「わっ、すり寄ってきた…ふふ、可愛い」

 

思わず少女は頬を緩ませる。

 

(今だっ!)

 

「あっ!」

 

隙をついて腕の中から飛び出したカモは、勢いそのままに茂みの中へと入っていった。

 

「行っちゃった…」

 

「まぁ、お姉さま。そう気を落とさず。わたくしなら何時でもウェルカムですわよ」

 

「チェンジで」

 

「お姉さま!?」

 

 

 

 

 

「ふぅ、あぶねぇあぶねぇ…何とか逃げ出せたぜ…」

 

何とか危機を脱したカモは汗を払った。

 

「俺っちとした事が、少々油断しすぎた様だ。気合い入れ直さねぇとな」

 

再び双眼鏡を取り出し、先ほどの少女を見る。

 

「しかしなかなかの逸材だったぜ。チェックは付けとくか」

 

取り出したメモ帳に何かを書き込む。

 

「さて、もういい時間だし今日はこんなとこにしとくか。こりゃあこれから忙しくなるな!」

 

そう言うとカモは女子寮を目指し、走り出した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「それじゃ明日菜さん木乃香さん、僕は見回りに行ってきますね」

 

「うん、気つけてなネギ君」

 

「…」

 

あれから明日菜達にエロ河童の事を聞いたネギは、夜の見回りの為に外に出るところだった。玄関には既に支度を済ませた真名がネギを待っている。

 

先程既にネギと真名・刹那の改めての顔合わせは済んでいる。真名と刹那が魔法関係者だと本人達から伝えられた時、ネギはかなり驚いていたが。

 

「明日菜さん、どうかしたんですか?」

 

「えっ?ああ、うん…何でもない。気を付けてねネギ。龍宮さん、ネギをよろしく」

 

「ああ、任された」

 

「では、行ってきます」

 

ネギと真名が見回りに向かい、部屋には明日菜と木乃香だけが残った。

 

「それにしても驚いたなぁ、真名ちゃんが警備員の仕事しとったなんて」

 

「うん、そうね」

 

「明日菜?さっきからなんか変やで」

 

「ネギのやつがちょっと心配なだけよ。またドジしないかってね」

 

「真名ちゃんもついとるし大丈夫やって」

 

そう言うと二人はリビングに移動してカーペットに座る。

 

「ねぇ、木乃香」

 

「ん?なんや?」

 

「今日のさ、桜咲さんの事なんだけど…」

 

少し言いにくそうな明日菜に、木乃香は苦笑いをした。

 

「そう言えば、明日菜にはちゃんと言うてなかったもんな。ウチ、ここに引っ越してくる前は京都に住んどったやろ?」

 

「うん」

 

「ちっちゃい頃はいっつも家の敷地におったから、友達もおらんくて」

 

昔を思い出しながら木乃香は続けた。

 

「ある時な、同い年の子が家に来たんよ」

 

「もしかして、それって」

 

「うん、それがせっちゃん。ウチら…実は幼馴染なんよ」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

女子寮の外。茂みの中から顔を出す二人の男女がいた。

 

「あの、逢襍佗さん…なぜ顔だけ出すんですか…」

 

「何言ってるんですか桜咲さん。張り込みですよ?隠れてなんぼでしょ」

 

「は、はぁ…」

 

警備として今回はネギと真名が敷地内を。祐と刹那が外を担当する事になった。

 

「しかし、下着を盗む専門の妖怪がいるとは…世も末だな」

 

「ここ数年、至る所で悪霊や妖怪などの動きが活発になっていると聞きます。今回の件もそれと関係しているのかもしれません」

 

(神秘が増した影響か…)

 

「逢襍佗さん?」

 

「いや、失礼。何でもありません」

 

茂みから顔を引き、別の場所へと移動する二人。

 

「どうです?何か妖気みたいなの感じますか?」

 

「いえ、今のところ特には。しかし昨日もそうでしたが、奴は行動を起こす時以外妖気を意図的に抑える事ができる可能性があります。油断はできません」

 

「なるほど、そんな事ができるのか」

 

「逢襍佗さんは、気配の探知など可能ですか?」

 

「そうですねぇ。何と言うか違和感を感じたり、特殊な力の流れを感じたりとか…。まぁ、そんな感じです。それが妖気なのか、はたまた誰かの悪意なのかとかの区別はあまり付けられませんけど」

 

「あの…貴方は人間ですか?」

 

「桜咲さん凄い事聞きますね」

 

「す、すみません!決して悪く言うつもりでは!そういう意味ではなくて…」

 

焦って刹那が手を忙しなく動かしながら弁明した。祐はそれを見て少し笑ってから答える。

 

「生まれは間違いなく人間です。親族も特殊な力なんて持ってませんでしたから。今はどうか知りませんけど」

 

「どう言うことです?」

 

「正直、今自分が人間という枠にカテゴライズされるのかはわかりません。見た目は変わってませんけど、力が使えるようになってから身体の中は色々変わってるでしょうしね」

 

そう聞いた刹那は何か言おうか言わまいか悩んでいるようだったので、祐はこちらから助け舟を出す事にした。

 

「こうして一緒に警備をしてるのも何かの縁。せっかくだし、聞きたい事があるなら遠慮なくどうぞ?気になるのは俺の体重ですか?」

 

「いえ、それはあまり…」

 

また悩む表情に戻ると、その表情のまま口を開いた。

 

「怖くないんですか?その、自分の身体が他の人と違う…変わって行くのは」

 

祐は視線を上げ、考える。少しして刹那を見た。

 

「実は、この力が何なのかとかそういった事をちゃんと考え始めたのって最近なんですよね。力が使えるようになってから中学の時までは色々と忙しくてそれどころじゃなかったって言うか」

 

「だから、よくわからないって感じですかね。すみません、大した回答じゃなくて」

 

苦笑いを浮かべならがそう言った。

 

「いえ、こちらこそすみません。変なことを聞いて…」

 

「お気になさらず。じゃあ、俺からも一つ良いですか?」

 

「えっ?…はい、どうぞ」

 

「桜咲さんは、よく木乃香の事を見てますよね?二人はもしかして知り合いですか?」

 

聞かれた刹那は僅かに眉間に皺を寄せた。それと同時に答えることに躊躇しているようだった。祐は少々強引だとは思いつつも、何を言わず彼女の返答を待った。

 

「逢襍佗さんは、木乃香お嬢様の事をどれほどご存知ですか?」

 

「木乃香の家の事も、木乃香自身が持っている物の事も聞いています。そして、本人がそれを知らない事も。俺が聞いたのは全て学園長から、ですが」

 

「そうですか…そこまで」

 

「それなりに信用してもらってると、勝手ながら思ってます」

 

刹那は深く目を閉じると、一呼吸する。やがて目を開け、祐を見た。

 

「私と木乃香お嬢様は、言わば幼馴染と呼ばれる関係でした」

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

「その頃からせっちゃんはずっとウチと遊んでくれてな。どんな時もそばに居てくれたんよ。怪我しそうな時とか危ない時はいっつも助けてくれた」

 

「二人って、そんなに仲良かったのね」

 

「うん。でもな、ウチが川で溺れた事があって。そこからなんて言うか…せっちゃんがよそよそしくなってしもうて」

 

木乃香の表情は寂しそうなものへと変わる。明日菜は今は何も言わず、続きを聞くことにした。

 

「ウチが麻帆良に引っ越す頃にはせっちゃんは剣道の稽古が忙しくなってもうてて、ちゃんと話せないままだったんよ」

 

「でもウチらが中学に上がった時に、せっちゃんもこっちに来て。また仲良くできるって思っとったんやけど…」

 

「だからあの時、少し元気なかったのね」

 

中学一学期の数日ほどだが、木乃香が落ち込んでるような事があった。木乃香自身があまり詳しく話そうとしなかったので、何かを察して明日菜も必要以上に聞こうとは思わなかった。

 

「声かけても困った顔されてもうて。せやからあまり話しかけんほうがええんかなって…。昨日久しぶりに話しかけたんやけど、やっぱり上手くいかんかったわ」

 

寂しさを隠すように木乃香は笑った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「あの時、自分の力の無さを痛感しました。それから私は、お嬢様を守れる力を身に付ける事に集中すると決めたんです」

 

「今も離れた所から木乃香を見ているのも、それが理由ですか?」

 

「全てはいつ如何なる時もお嬢様をお守りする為です。近くに寄り過ぎれば油断が生まれます。その結果、あの時お嬢様を危険に晒してしまった」

 

その時の光景を思い出したのか、刹那は拳を強く握った。

 

「私はお嬢様をお守りできればそれで良い。それに、今のお嬢様には沢山のご友人がいます。あの頃とは違う…私一人がいなくても、お嬢様は寂しくなんかない筈です」

 

「それは…寂しくないって、木乃香がそう言ったんですか?」

 

目を見てそう聞かれた刹那は、祐から視線を逸らせた。

 

「桜咲さんが木乃香から距離を置いたのは、貴方のその力も関係ありますか?」

 

そう言われた瞬間目を見開く。すぐに表情を取り繕い、伏せていた視線を祐に向けた。

 

「何の事です…」

 

「貴方の中にあるそれが何かまではわかりません。でも、何かを持っているのはわかります」

 

言いようの無い焦りを感じ目つきを鋭くした刹那は、思わず持っていた日本刀『夕凪』に右手を添えてしまう。表情は変えぬまま祐は両手を上げた。

 

「誓って言いますが、誰かに聞いた訳でも、調べた訳でもありません。ただそう感じたってだけです。過信してるつもりはありませんが、それでもこの力が使えるようになってから、この感覚はそれなりに信用してます。実際これで何度も助かりましたから」

 

「超感覚、それも貴方の能力…アルコ・イリスの力の一つですか…」

 

「おっと、名前まで知ってたんですか」

 

「噂程度です。詳しい事は知りません」

 

「俺の尊敬する人が付けてくれた名前です。ただの虹じゃ格好つかないだろうって。いろんな意味があるらしいですけど、そこら辺は俺も詳しく聞いてません。でも結構気に入ってます」

 

夕凪から右手を離すと、刹那は気まずそうな顔をした。

 

「すみません、取り乱しました…」

 

「いえ、此方こそ。こんな簡単に聞いて良い事ではありませんでした。すみません」

 

そう言って頭を下げる祐。暫くして頭を上げた。

 

「ただ、余計なお世話かもしれませんがこれだけは言わせてください。木乃香は間違いなく寂しいと感じています」

 

「それも、そう感じたのも貴方の能力ですか…?」

 

「いいえ、能力は関係ありません。使わなくても、わかりました」

 

刹那は何も言わなかった。ただ、その拳は再び強く握られていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

シャワールームへと向かった木乃香を見送り、明日菜は一人テーブルにうつ伏せになった。

 

思った以上に木乃香と刹那の間には面倒なものがある様だ。木乃香の寂しそうな顔など見たくは無い。しかし自分がどれほど踏み込んで良いかもわからなかった。

 

ふと今警備をしているネギと祐を思った。二人ならこれを聞いた時どうするだろう。そもそも、自分は二人に協力しなくて良いのだろうか。

 

とは言え自分が行った所で戦う力など無いのだから、おとなしくしているべきだと理解はしているがそれでもそう思わずにはいられなかった。

 

以前祐が言っていた、何かしないと自分が許せないと言う気持ちがほんの少しだけわかった様な気がした。本当にほんの少しだが。

 

「よう姐さん、浮かない顔してるじゃないの」

 

「へ?…ってカモじゃない。あんた今までどこ行ってたのよ?」

 

「なぁに、ちょっと麻帆良を偵察してたのさ。これからは俺っちもここに根を下ろす訳だからな」

 

いつの間にか帰ってきていたカモがテーブルの上に座っていた。うつ伏せの姿勢から顔を上げた明日菜は、カモに疑いの目を向ける。

 

「そんなこと言って、変な事してたんじゃないでしょうね?」

 

「ひでぇな姐さん。俺っちはいつだって兄貴のことを思って行動してるってのに」

 

「どうだか…」

 

テーブルの上に置いた腕に顎を乗せる明日菜。視線は下に向け、口を開く。

 

「あんたはさ、悩んでたり困ったりしてる友達がいたらどうする?」

 

「ん?どうしたんすか急に」

 

「別に、ただ何となく聞いただけ。で?どうなのよ?」

 

「そんなの決まってまさぁ。相手が大事な友達なら、自分ができる事をやりますぜ」

 

「それがその友達にとって、あまり触れて欲しくない事だとしても?」

 

「えらく具体的っすね。まぁ、例えそれでも困ってるんなら、俺っちならやるね」

 

「でもそれって、ありがた迷惑だったりしない?」

 

カモはタバコに火を点け、深く吸った。

 

「姐さん、気持ちはわからんでもないが俺っち達は神様じゃねぇ。何でもかんでも相手の望み通りに動いてやる事なんざできねぇよ」

 

明日菜は視線を上げ、カモを見た。

 

「良かれと思ってやった事が相手を傷つけたり、怒らせたりする事だってあるさ。でもよ、それって悪かい?」

 

「どっちに転んだとしても、その行動の根っこにあるのはそいつの為に何かしてやりたいって気持ちだろ?もちろん限度ってもんはあるだろうが、上手くいかず失敗した事を責める事はあってもよ、その気持ちを誰が否定できるよ?」

 

「そりゃ、そうだけど…」

 

「波風立てず、穏やかに暮らして行けるならそれが一番さ。でも、世の中そんな簡単じゃねぇ。時には一か八かで勝負をかけなきゃならない時は必ずある」

 

「そんな時に、失敗したくないから何もしないって方法も一つの手段だ。悪い事じゃねぇ。ただデメリットもある」

 

「何よ、そのデメリットって」

 

「何もしなかった結果。悪い方向に物事が進んだ場合、かなり後悔する」

 

明日菜は視線を下げ、頬を前腕に乗せた。

 

「まぁ、逆も然りだ。動いた結果、悪い方向に物事が進んだ場合もかなり後悔する」

 

「どっちにしろ後悔するんじゃない」

 

「そこだよ姐さん、どっちにしろ後悔すんのさ。動いたか動かなかったかじゃない。悪い方向に行けば後悔する」

 

「でもあんたは動くんでしょ?結局どっちが正しいと思ってんのよ」

 

「どっちが正しいか正しくないかは終わってみないとわからないって事よ。よっぽどの事じゃない限り、答えは先に出ちゃくれない」

 

「だからこそ俺っちは動くぜ。取り返しのつかない間違いじゃない限り、何度だってチャレンジしてやる。そうしていずれ、常に俺っちが動いた方が上手くいく様にしてみせる。そうやって生きていくと決めてんだ」

 

「あんた自分勝手って言われない?」

 

「姐さん、人の事を考えるのは立派だとは思うが、それで自分の心にずっと蓋をするのは俺っちは正しいとは思ってない。たまにゃ自分の意思を優先するってのも大事だ。まぁ、これをどう思うかはそいつ次第さ」

 

明日菜は答えが出ず、困った顔をした。

 

「悩めば良いさ姐さん。姐さんはまだわけぇ、時間は山ほどあんだからよ」

 

「あんたいくつよ…」

 

「野暮なこと聞くもんじゃねぇよ」

 

「てか禁煙!」

 

「あぁっ!ご無体な!」

 

タバコを奪い取った明日菜はキッチンで消化した後、ゴミ箱に捨てた。それが終わると元の位置に戻る。

 

「ところで姐さん、悩んでいるのは友達の事だけじゃねぇな?」

 

「なっ、何の事よ…」

 

露骨に動揺する明日菜。カモの目がきらりと光る。

 

「他の奴らは誤魔化せても、俺っちは誤魔化されないぜ?」

 

自信ありげなカモに、明日菜は少し身を引く。

 

「そんなにネギの兄貴が心配かい?いや、それだけじゃねぇ…何か他の理由もあるな…」

 

「うっ…」

 

やけに勘が鋭い。もしかするとカモは心を読む系統の魔法が使えるのかと明日菜は思った。

 

「他の理由が何なのかまではわからねぇが、ズバリ!姐さんが欲しいのは戦える力だな?」

 

「あんた、なんか私に変な事して無いでしょうね…」

 

「オコジョ妖精は何でもお見通しでさぁ」

 

得意げにそういうカモに、明日菜は少しイラッときた。

 

「そんな姐さんに耳寄りの情報があるんだが…」

 

そうカモが言うと、少し遠くからドアを開ける音がした。

 

「おっと、今はここまでか。じゃあ姐さん、この話はまた今度って事で」

 

「あっ、ちょっと!」

 

テーブルから飛び出し、音のした方へと走るカモ。

 

「明日菜ー、シャワーでたでー。あ〜カモくん!帰ってきてたんやねぇ」

 

「ったくあいつ…調子いいんだから」

 

すっかり木乃香に懐いたカモは出てきた木乃香に抱えられ、ご満悦な表情だった。

 

「戦える力…」

 

「明日菜?なんか言うた?」

 

「ううん、何でもない。あと木乃香、あんまりそいつ信用しちゃダメよ」

 

カモを指差しそう言う明日菜に、木乃香はキョトンとした。

 

「どしたん?明日菜、そないな事言うて。あっ、もしかしてカモくんに構ってばっかやからヤキモチ妬いとるん?」

 

「んな訳ないでしょうが!」

 

「んも〜、そんならそうと言うてくれればええのに〜」

 

木乃香が明日菜に正面から抱きついた。

 

「あいつもいないのに悪ノリしないでよ!」

 

「祐君にもして欲しいなんて、明日菜欲しがり屋さんやなぁ」

 

「違うっての!」

 

いつも通りの二人。しかし、何かが変わり始めようとしていた。

 

そしてその日、妖怪は姿を現す事は無かった。



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囮大作戦

翌朝、A組の教室では再び妖怪について話し合っていた。

 

「結局昨日は出てこなかったんだね」

 

「らしいね、何でだろ」

 

警備の結果、エロ河童は最後まで姿を現さなかった。そう真名から伝えられたクラスメイト達はその事を不思議に思っていた。

 

「警備してた事に気づいたのかな?」

 

「どうだろうな、此方としては隠密を心掛けたつもりだが」

 

クラスの話し合いに珍しく真名が参加している。四年の付き合いだが、ほぼ初めてと思えるこの光景にどこかクラスはそわそわしていた。

 

「どうかしたか明石?」

 

「な、なんか龍宮さんが話し合いに参加してると緊張する…」

 

「ちょっとわかるかも。なんやかんやちゃんと話したのって今回が初めてじゃない?」

 

真名が横にいた裕奈に声を掛けると、言葉の通り緊張気味に裕奈が言った。それに美砂が同意する。

 

「何を今更、もう四年の付き合いだろう?」

 

「真名は老け顔でござるからな。威圧感もあって緊張してしまうのも無理はないでござるよ」

 

「余計なお世話だ楓。そもそもお前だって高校生には見えないぞ」

 

「何を言う。拙者も背は高いが、顔は至って若々しいでござるよ」

 

「楓姉と真名って仲良かったんだ」

 

「なんか意外な様な、わかる様な」

 

親しそうに話す真名と楓を見て鳴滝姉妹がそう言った。

 

「やっぱりパンツが必要なんじゃない?」

 

「あんたまだそれ言ってるの?」

 

「え~、だって昨日は誰も洗濯物外に干してなかったんでしょ?それが原因なんじゃないかなぁ」

 

円は呆れ顔だったが、桜子は真面目にそう思った。

 

「ふむ、あながち間違いでも無いかも知れんな」

 

「た、龍宮さんまで…」

 

まさかの援護射撃に円が驚いた。

 

「なんせ相手は下着を専門で狙う妖怪だ。試してみる価値はあるかもな」

 

「でしょ~!マナマナわかってる~!」

 

「マ、マナマナ…」

 

「随分可愛いニックネームアルね、マナマナ」

 

「よせ古。鳥肌が立つ」

 

「え~、良いと思うけどなぁマナマナ」

 

本人には不評の様で桜子は残念そうだった。

 

「でもどうするの?また外に干すって事?」

 

「適当に干すんじゃなくてさ、予め干す場所を決めてそこにおびき出した方がいいんじゃない?」

 

「いいね!パンツ囮大作戦だ!」

 

(アホだこいつら…)

 

何でこんなことで盛り上がれるのか、千雨は心底理解できなかった。

 

「肝心の囮パンツは誰のにするの?」

 

「奴の好みはわからない。したがってタイプ分けをした方がいいだろう」

 

(真面目に話していますが、龍宮さんは意外と天然なのでしょうか?)

 

真名はいたって真剣だが、如何せん話している内容が内容なので夕映には酷く歪に見えた。

 

「タイプ分け?」

 

「なるほど、即ち『普通』『アダルト』『子供向け』と言った所でしょうか」

 

「おお!さすがハカセ!頭良い!」

 

「いえ、それほどでも」

 

「ハカセはそれでええの…?」

 

少し得意げな聡美に亜子は困惑の視線を向けた。

 

「子供向けと普通は良いとして、アダルトって言うと誰?」

 

美砂がそう言うと、大半の視線が一人に集中した。

 

「…?。あらあら、もしかして私?」

 

視線を受け、戸惑い気味に千鶴が自分を指さした。

 

「お願い千鶴!力を貸して!」

 

「A組のアダルトと言えば千鶴しかいない!」

 

「確かにちづ姉のパンツは凄いよ」

 

「夏美ちゃん?」

 

「あっはい、すみません…」

 

千鶴が発した笑顔の圧に夏美は耐えられなかった。

 

「仕方ない、那波一人に恥を掻かせる訳にもいかん。私も協力するよ」

 

「ヒュー!マナマナおっとな~!」

 

「次言ったら怒るぞ?」

 

言いだした手前、真名も囮用に自分の下着を出す事に決めた。それと同時に今回の仕事料は何時もより多めに頂く事も決めた。

 

「わ、私も協力します!」

 

「さよちゃん服とか脱げるの?」

 

「試した事ないです…」

 

「ちょっと皆さん!本当にそんな事をなさるおつもりですか!?」

 

「いいんちょのはおばさんっぽそうだから気にしなくて良いよ!」

 

「どういう意味ですか!」

 

桜子の心無い発言に、あやかは怒り心頭である。盛り上がるクラスを明日菜が呆れた目で見ていた。

 

「まぁた変な方向に盛り上がるんだからこのクラスは」

 

「何言ってんの明日菜、あんたも協力するんだからね?」

 

美砂が明日菜の肩に手を置いてそう言うと、明日菜がぎょっとした。

 

「えっ!?何でよ!?」

 

「決まってんでしょ?あんたのくまパンが日の目を見る時が来たのよ」

 

「蒸し返すな!」

 

「ええやんか明日菜、早く捕まえる為や。ウチも一緒に協力したるから」

 

「そういう問題じゃ…」

 

言葉の途中で勢いよく立ち上がる音がした。そちらを向くと、顔を赤くした刹那がこちらを見ている。

 

「あれ?桜咲さんどうしたの?」

 

「あっ、いえ…その…」

 

それを見ていた真名がにやりと笑う。

 

「刹那もぜひ協力したいそうだ。有難く頂こうじゃないか」

 

「真名!お前っ!」

 

「これだけみんなが協力してくれると言ってるんだ。警備を担当する者として、それなりの誠意は見せねばな?」

 

「くっ!尤もらしい事を…!」

 

「ならば拙者は褌を」

 

「マニアック!?」

 

「待ってみんな!アダルトさだったらうちの子も負けてないんだから!」

 

「いつの間にあんたの子になったのよ」

 

意気揚々とハルナは隣の席のザジを連れて来る。

 

「えっ!ザジさんってそうなの?」

 

「なんか意外」

 

「さぁ、ザジさん!いつも履いてる下着を言ってあげて!むしろ今日履いてる下着でもいいわよ!」

 

全員が固唾を呑んで見守る中、渦中のザジは相変わらずクールに答えた。

 

「今日はなにも履いてない」

 

「おい!どこまで私を魅了する気だ‼」

 

「お、落ち着いてハルナ…!」

 

「いつもに増してテンションがおかしいです!」

 

ザジに近づこうとするハルナをのどかと夕映が取り押さえた。

 

「なんかパルの言動が祐みたいになってるんだけど…」

 

「あ~、なんかわかる気するわ」

 

「悪い冗談はよしてください。あんな人は一人で十分ですわ」

 

「それに関しては委員長に同意」

 

幼馴染からの評価は一人を除いて散々だった。

 

「そう言えば綾瀬。お前の持っていた妖怪大図鑑だが、今も持っているか?」

 

「は、はい。ここに…あっ!」

 

「「あたっ!」」

 

何かを思い出した夕映が押さえていたハルナからぱっと手を離す。急に押さえが無くなった為、ハルナとのどかが倒れた。

 

「私としたことが忘れていました!これ!ここを見てください!」

 

夕映が指さした場所はエロ河童のページだった。そこにはエロ河童の生態に関する追記が書かれていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「以上の点を踏まえて、下着というものは女性が着用して初めて価値のある物となる。と俺は思う」

 

「なるほど」

 

「概ね同意だ」

 

「興味深い」

 

B組の教室の隅で純一・正吉、その友人であるマサ・ケンの四人が猥談をしていた。

 

「しかし待って欲しい。確かに着用した方が魅力的なのは認めるが、だからと言って下着事態に魅力が無いと考えるのは早計だと思わないか?」

 

「どう言う事だケン?」

 

顎が特徴的な少年であるケンに、先程自分の意見を力説していた見た目は爽やかそうな少年であるマサが聞いた。

 

「例えばの話だが、自分の机の上に女性の下着が置いてあったとしよう。お前らどう思う?」

 

「「「ドキドキする」」」

 

「そう、ドキドキするんだ。何故だ?様々な要因はあるだろうが、それは下着そのものに魅力を感じているからに他ならないからじゃないのか?」

 

「なるほど」

 

「概ね同意だ」

 

「興味深いな」

 

教室の隅で周りに聞こえぬよう小声で肩を寄せ合い話す四人。そんな四人を薫が見ていた。

 

「あいつら固まって何の話してるのかしら」

 

「どうせしょうもない話だろ。ほんと男って子供だよな」

 

「薪ちゃん厳しいね…」

 

「薪の字に子供と評されるのは、彼らとて不本意だろう」

 

「どういう意味だよ…」

 

「まぁまぁ」

 

薫と世間話をしていたのは同じクラスの蒔寺楓(まきでらかえで)三枝由紀香(さえぐさゆきか)氷室鐘(ひむろかね)と春香だった。

 

「ったく…そうだ、春香は特に男に近づくときは気を付けろよ。お前は人を疑うって事を知らないからな」

 

「え~?そんな事ないよ」

 

「そんな事あるだろ」

 

「確かに天海嬢は人が良すぎる故、そう思ってしまっても致し方ないやもしれん」

 

「ひ、氷室ちゃんまで…」

 

「春香はアイドルやってるんだから気を付けなさいよ?」

 

「何かあったら言ってね!出来る限りの事はするよ!」

 

「あはは…ありがとうみんな」

 

春香は自分が周りにどう思われているのか聞きたいような聞きたくないような気がした。そんな中薫が辺りを見渡す。

 

「あれ?祐の奴また居ない」

 

三人も釣られて周りを探すが、祐は見当たらなかった。

 

「なんか逢襍佗の奴、最近ふらっといなくなること多くないか?」

 

「確かに。最初から何処かつかみどころのない人物だとは思っていたが、最近それに磨きがかかってきているように思う」

 

「不思議な人だよね逢襍佗君って」

 

祐のイメージはBクラスの女子生徒内だと変わった人でよくわからない人という事になっているようだ。

 

「なぁ、春香。お前逢襍佗の隣の席なんだから、なんかあいつの知ってる事ないか?」

 

「知ってる事?う~ん…」

 

楓にそう聞かれた春香は腕を組んで唸る。

 

「えーと、優しい人…かな」

 

「なんか普通だな」

 

「そんなこと言われても…」

 

「たぶん顔広いよね逢襍佗君。知り合い沢山いるイメージ」

 

「ああ、確かにね。それも変わった知り合いが」

 

「変わった知り合いとはどんな」

 

「すまない、少し良いか?」

 

薫の発言に鐘が疑問を投げかけている途中、横から声を掛けられた。四人がそちらを向くと立っていたのは真名だった。

 

遠目で見た事はあるので全員A組の生徒だとは知っていたが、180を超える身長に鋭い目つきをした真名に突然声を掛けられ、四人は身構えてしまう。

 

「は、はい…何でしょうか…?」

 

思わず敬語で答えてしまう春香。一瞬不思議そうに春香を見たが、すぐに切り替えて真名が質問した。

 

「逢襍佗に話があるんだが、今どこにいるか知っているか?」

 

「いや、我々も逢襍佗の所在は知らない」

 

緊張気味の春香に代わって鐘が返事をする。それに真名は一度頷いた。

 

「そうか、邪魔をした」

 

スッと去っていく真名。四人はその背中を見つめた。

 

「あんな感じの知り合い…」

 

「なるほど、よくわかった」

 

薫の返答に鐘は納得した。呆気に取られていた楓が何かに気づいたのか周りを見る。

 

「薪ちゃんどうしたの?」

 

「いや、そう言えば遠坂もいないなって」

 

「え?…ほんとだ」

 

由季香も教室を見渡すが、件の人物は見つけられなかった。

 

「まさか逢襍佗と一緒か?」

 

「それはないでしょ、あの二人接点ほぼないわよ?」

 

「まぁ、そっか」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

『ざっと調べたところ、出てきた情報はこんな物でしょうか』

 

「助かりました。ありがとうございますアルさん」

 

屋上で祐は知人に電話を掛けていた。知識が豊富な彼なら何かを知っているかもと思ったのだ。

 

「すみません、いきなりこんな事調べてもらって」

 

『いえ、実に興味深い話でした。結果を楽しみにしていますよ』

 

「はい、また連絡させてもらいますね」

 

『ええ、お待ちしてます』

 

通話を切った祐は一息つく。そのままなんとなしに景色を眺めた。

 

「なるほど、同じ妖怪でも色々ってわけか…」

 

「あの、逢襍佗君」

 

名前を呼ばれ振り返る。そこにはクラスメイトの少女が立っていた。

 

「ん?遠坂さん?」

 

立っていたのは同じクラスの少女、遠坂凛だった。

 

性格良し・見た目良し・頭脳良し・運動神経良しの完璧超人として、一年生ながら既に学園にその名が知れ渡っている有名人である。

 

お互い面識はあるものの、こんな風に話し掛けられるのは初めてだったので祐は不思議そうに凛を見た。

 

「えっと、俺に何か?」

 

「ごめんなさい、いきなり声掛けて。実は逢襍佗君に折り入ってお願いがあるの…」

 

「はぁ」

 

凛からのお願いとなると全く想像がつかない。そもそも挨拶程度でしか言葉を交わしていなかったのだから、想像もつかないのは当然だった。

 

「昨日、幽霊の子を助けたって話してたでしょ?出来れば、その子を紹介して欲しいなって」

 

胸の前で指を絡ませ、遠慮気味にいう凛。そんな彼女に祐は意外そうな顔をした。

 

「それは問題ないけど、遠坂さんって幽霊とかに興味がある人?」

 

「ええ、実は昔からそういった事に興味があって。是非その子とお話しできればと思ってるの」

 

「そうなんだ、うんわかった。相坂さんもきっと喜ぶよ」

 

「相坂さん?その子の名前かしら」

 

「そう、相坂さよさん。ずっと友達を募集してたみたいだから、きっと仲良くなれると思う」

 

「そ、そう。友達を募集…」

 

どこか凛は引きつった顔をした気がした。

 

「ところで話は変わるのだけど、逢襍佗君は霊感があるの?」

 

「まぁ、嗜む程度には」

 

「そうなんだ、それは昔から?」

 

「八年前って昔って言っていいと思う?」

 

「え?うーん、いいんじゃないかしら」

 

「じゃあ昔から」

 

僅かだが凛から呆れを感じる。しかしそういう事もあるだろうと祐はあまり気にしなかった。祐は呆れられるのに慣れている男である。全く自慢にならないが。

 

「前から思ってたけど、逢襍佗君って色々とミステリアスよね」

 

「そうかな?俺ほどわかりやすい人間いないと思ってたけど」

 

「私達には大分解釈の違いがあるみたいね…」

 

凛は苦笑いだった。祐の顔を見るに本人は本気でそう思っているようだ。

 

「色々と秘密がありそうって言うか、ひょっとすると逢襍佗君魔法使いだったりして」

 

「俺が?まさか、御覧の通りの一般人だよ」

 

「一般人ではないような…」

 

「逢襍佗、ここにいたか。探したぞ」

 

凛の後ろからの声に、二人がそちらを向く。

 

「あれ?龍宮さん。どったの?」

 

祐に近づきながら凛に視線を移す真名。凛は会釈をし、真名もそれに会釈を返す。

 

「少し話があってな…邪魔したか?」

 

「あ~っと」

 

「私は大丈夫よ逢襍佗君。聞きたい事は一応聞けたから。また教室でね」

 

「うん、それじゃまた」

 

もう一度真名に会釈をして凛は教室へと戻っていった。その背中を見つめる二人。

 

「人払いの結界…魔術だな」

 

「龍宮さんよく来れたね」

 

「敢えてそうしたんだろうが簡易的な物だったからな。これでもそれなりに場数は踏んでいるつもりだ」

 

「なんと頼もしい」

 

「そうだろう?お前が取って食われているんじゃないかとわざわざ割って入ってやったんだ」

 

「怪物じゃないんだから…」

 

真名は再び凛が帰っていった方向を見つめる。

 

「どうかな。逢襍佗、彼女の事は詳しく知らんし、何を探ろうとしていたのかもわからんが用心しておけ。怪物ではなくともあれは恐らく相当な傑物だぞ」

 

「悪い人じゃ無いと思うよ?」

 

「その心は?」

 

「勘」

 

大きなため息をつく真名。呆れているのを隠そうともしていなかった。

 

「なんて大きなため息だ…。それで、何か話があるのは本当?俺からも耳に入れておきたい話があるんだ」

 

「ほう、では私から行こう。今日の夜、奴をおびき出す作戦を取ろうと思っていてな」

 

「作戦とはまた。いったいどんな作戦か聞いても?」

 

「ああ。色々と言いたい事が出るかもしれんが、取り合えず最後まで聞いて欲しい」

 

「へい、姉御」

 

「同い年だ」

 

(やけに圧があるな…)

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

時刻は19時。女子寮の近くを流れる川から顔を出す者がいた。エロ河童である。

 

「感じる、感じるぞ…下着の気配だ…」

 

河童は陸に上がると、女子寮の方向を見た。

 

「昨日は外に一枚も出ていなかった。それが今日はどういう訳か大量と見える…罠か」

 

表情はいやらしいが目つきは鋭かった。なんともアンバランスである。

 

「しかし、たとえ罠だとわかっていても漢ならば行かねばならない時もある」

 

「それが…今だ…」

 

「多分違うと思うぞ」

 

「何奴っ!?」

 

河童が振り返るとそこには二人の少年が立っていた。

 

「人間か…」

 

「ほ、本当に河童ですね…」

 

「ああ、しかもなんていやらしい顔してやがる…」

 

大きな杖を持ったネギと手ぶらの祐が河童の前に立った。

 

「初対面の相手の顔をどうこう言うんじゃない!失礼だろ!」

 

「下着泥棒が説教垂れてんじゃねぇ!」

 

「祐さん落ち着いて…」

 

河童の発言につい祐は何時もより乱暴な口調で返してしまった。

 

「そっちの小僧は…男か…。まぁ、それでも良いだろう」

 

ネギを見た河童は意味深な発言をする。

 

「な、なにが良いんですか!」

 

「小僧、恨むのなら己の端正な顔立ちを恨むのだな。実に…良い顔だ…」

 

「ひっ!」

 

河童の発言と目つきに言い様の無い何かを感じ、ネギが小さく悲鳴を上げた。

 

「気を付けろネギ、こいつ思った以上の上級者だ…」

 

「なんですか上級者って!?」

 

「本戦の前の肩慣らしだ…。命は取らん。小僧、貴様の下着…貰い受ける!」

 

「こ、この妖怪変態です‼」

 

「うん、知ってた」

 

緊張感に欠ける戦いの火ぶたが切って落とされた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

同時刻、女子寮の大浴場に二人の少女がいた。それを覗く一つの影。

 

やがてその影は水面に姿を消すと、透明になり二人に近づく。その体に触れようと手を伸ばした瞬間、激しい水しぶきが上がる。

 

「ぐおっ!」

 

影は浴槽からたたき出され、地面に激突する。透明化が解かれ、姿を現したのはエロ河童だった。

 

「まさか本当にもう一体がいたとは」

 

「図鑑というのもなかなか役に立つ物だな」

 

大浴場にいた二人、真名と刹那がそれぞれの武器を手に浴槽から出てくる。

 

夕映の持つ妖怪大図鑑のエロ河童の追記部分にはこう書かれていた。

 

[エロ河童の中には水の中から人にいたずらをする通常の河童に近い性質を持つ者もいる]

 

[二体で動く者もいる]

 

「しかし逢襍佗さんもこの事を知っていたらしいが、どこからこの情報を仕入れたんだ?」

 

「さぁな、こいつを捕まえた後に聞くとしよう」

 

真名と刹那は身に着けていたバスタオルを取る。その下はスクール水着だった。

 

「水着だったか…。なるほど、悪くない」

 

「真名、報酬は私からも出す。だからこいつの相手は任せていいか…?」

 

「つれない事を言うな刹那。お前からの報酬はいらん。お前も道連れだ」

 

そう言いつつ、二人は構えた。



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もう一度、ここから

「ラス・テル マ・スキル マギステル」

 

呪文の始動キーを唱えるネギ。

 

光の精霊11柱!(ウンデキム・スピーリトウス・ルーキス)   集い来たりて(コエウンテース)   敵を射て!(サギテント・イニミクム)

 

魔法の射手!(サギタ・マギカ)

 

「むっ!」

 

飛んでくる光の矢に河童は後ろへ下がる。地面に着弾して辺りに立ち込めた煙を手で振り払うと、いつの間にか祐が目の前に現れていた。

 

光を纏った拳を河童の腹部目掛けて叩き付ける。僅かにガードが間に合わず、鳩尾に突き刺さった。

 

「ぐふっ!」

 

凄まじいスピードで吹き飛ぶ河童。途中で何とか体勢を立て直し、祐とネギを見る。

 

「この力、ただの人間ではなかったか…人がこれほどの力を持つとは、時代も変わったな」

 

「下着泥棒のくせに台詞回しが格好いい雰囲気なのが腹立つな…」

 

冷めた視線を送る祐。それを受け、河童はフッと笑った。

 

「下着泥棒のくせにか…人間よ、下着泥棒とは悪か?」

 

「悪でしょ」

 

「犯罪ですよ」

 

矢継ぎ早にそう言われた河童は再び力なく笑った。

 

「悪か、時代も変わったな」

 

「昔は許されてたみたいに言ってるぞこいつ」

 

「昔から悪い事ですよ」

 

祐は頭を掻くと河童に提案する。

 

「あの、下着泥棒は犯罪なんで大人しく捕まってくれませんかね?」

 

「俺に…死ねと申すか…」

 

「いや、流石に下着泥棒ってだけで殺しませんよ」

 

「そうです、罰は勿論ありますが殺したりなんてしません」

 

「そうではない。下着を盗ることが出来ない事…即ちそれは死を意味するのだ」

 

それを聞いたネギがはっとする。

 

「もしかして、そうしないと生きていけない理由が…?」

 

「いや、そういうのは無い」

 

「なんだこいつ…」

 

「祐さん、僕この妖怪苦手です…」

 

嫌いと言わないネギに祐は優しさを感じた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

大浴場でも同様に戦闘が行われていた。刹那が前衛を務め、真名が後衛となる。

 

刹那が振るう夕凪に対して何とか背中の甲羅を合わせる事で致命傷は防いでいるものの、隙を作ろうにもそれを真名が射撃で潰してくる。息の合った連携に河童は劣勢であった。

 

「隙の無い攻撃だ…やりおるわ。胸はそこまでだが」

 

「余計なお世話だ!」

 

刹那は薙ぎ払いを行い、その衝撃で河童は後ろに吹き飛ぶ。

 

「案ずるな剣の少女よ、お前の様な体型が好みな者も必ずいる」

 

「こいつ!さっきからよく喋る!」

 

「落ち着け刹那、実力的にはそれほどでも無い。熱くなってはいらん隙を突かれるぞ」

 

「…わかっている」

 

「そちらの女性は剣の少女の保護者か?似てはいないが」

 

「……」

 

「真名、落ち着け」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

ネギから放たれる魔法を何とか避け、ネギに近づこうとするも祐が前に現れそれを阻止する。河童は常人では太刀打ち出来ない腕力を誇っているのだが、祐に肉弾戦を挑んでも一撃すら与えられず此方ばかりがダメージを負わされていた。

 

「腕力だけでは無い…!技量もあるとは厄介な奴よ!」

 

「こちとら伊達に怖い姉さん達に虐められてないぞ」

 

河童の放つ右ストレートを左手で逸らし、右足を前に出した勢いと共に右肘を相手の胸に突き出す。鈍い音を鳴らしてその衝撃を知覚的にも伝えた。

 

膝をつく河童。息つく暇も無く祐が飛び膝蹴りを放ち、その左膝が顔面に突き刺さった。

 

勢いを殺す事なく後ろへと倒れる。祐は河童を上から見下ろした。

 

「もう抵抗はやめて、投降しろ」

 

「フフ…青年、戦いはまだ終わってはいない」

 

河童が仰向けの姿勢から足払いを仕掛ける。後方に飛んだ事によりそれを避け、ネギの横に着地した。

 

「これでも100年を生きた妖怪。そう易々と負けを認めるわけにはいかん。我が秘伝の力を見よ!」

 

右手を真上に突き出すと、どこからか水が集まり出し形を作る。槍の様な形になったそれを掴み、両手で構えた。

 

「河童三叉槍(トライデント)‼︎」

 

「「……」」

 

祐とネギは武器の名前を聞いて黙ってしまった。

 

「何で河童がトライデント持ってんだ…?」

 

「ポセイドンが持っていたと言われていますから、水が関係してると言う事でしょうか?」

 

「河童も多様性の時代よ。いざっ!」

 

構えた姿勢から祐達に向けて走り出す。ネギから再び放たれた光の矢をトライデントを高速で回す事により防ぎながらも足は止めない。少し前に出た祐。やがてその距離はトライデントの間合いに入った。

 

「殺しはしないが、行動不能になってもらう!」

 

河童が祐に向けてトライデントを突き出す。すると硬い物同士がぶつかった様な音が響いた。目の前の光景を見て河童が冷や汗を流す。

 

「何とも奇異な力だとは思っていたが、斯様な芸当も出来るとは…」

 

祐の手には虹色に輝く光の剣が握られ、トライデントの攻撃を防いでいた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「このままではじり貧か…。仕方あるまい!」

 

追い詰められた河童は背中の甲羅を取り外し、右手に付けた。

 

「河童シールド‼︎」

 

「それ取り外せたのか」

 

思わず真名が聞いてしまった。直ぐに気を取り直し射撃を行うが、甲羅を破る事は出来ない。

 

「ふむ、今の私の装備では破壊は厳しいか。刹那、頼むぞ」

 

「ああ」

 

刹那が夕凪を構える。河童もそれを見て甲羅を前に出す。

 

「なかなかの刀の様だが、そう簡単に破れんぞ」

 

「どうなるかは直ぐにわかる」

 

そう言った刹那が河童目掛けて飛び出す。河童は甲羅で刹那を押し返すつもりの様だ。

 

「神鳴流奥義…」

 

横に構えた夕凪を横一線に振る。

 

「斬岩剣!」

 

「なんとぉ⁉︎」

 

甲羅はまるで紙の様に切れ、横に真っ二つとなる。大きな隙を晒した河童に追撃を仕掛けんとする刹那。

 

「河童緊急脱出‼︎」

 

紐に引っ張られる様に斜め後方に吹き飛ぶ河童。大浴場のガラスを突き破り外へと逃げる。

 

「逃すかっ!」

 

二人はスクール水着のまま同じ様に飛び出した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

武器での打ち合いを続ける祐と河童だったが、河童の体力は限界を迎えつつあった。

 

薙ぎ払いを狙ったトライデントを遠心力がつく前に剣を叩きつけ、よろけた瞬間を逃さず瞬時に左フックを放つ。顔面にクリーンヒットした河童は思わずよろけながらもトライデントを突き出す。

 

それを空中に飛び、横向きに回転しながら逸らせると、回転の勢いを使って右足を河童目掛けて繰り出しす。胸に蹴りが突き刺さり河童は吹き飛んだ。

 

吹き飛んだ後、トライデントを杖の様に使い何とか起き上がる河童。祐達を視界に収めようとするが、既に目の焦点は合っていなかった。

 

祐が河童に向けて走り出す。残る力を振り絞り、トライデントを構える。そんな時、祐の後ろから姿を出したネギが視界に入る。

 

風花 武装解除!(フランス・エクサルマティオー)

 

詠唱と共に風が巻き起こり、掴んでいたトライデントが手から吹き飛ぶ。それを見た祐は走るスピードはそのままに光の剣を消し、両手に光を集めた。

 

動揺をしていた河童の懐に祐が滑り込む。左足を前に出し、右足で踏み込む。右手を上に、左手を下にした状態で同時に突き出した。

 

河童はその瞬間、最早回避はおろか防御すら手遅れな事を悟った。

 

「見事…」

 

祐の技の一つ。両拳が河童の胴体に接触すると、まるで爆発したかの様に眩い光が発生する。その名を『眩耀(げんよう)

 

光が消えるとそのままの状態で立つ二人が見えた。ゆっくりと、体から力が抜けた様に河童が仰向けに倒れる。

 

祐は腕を回し残心の構えを取ると、ゆっくりと構えを解いた。ネギが歩いて祐に近づく。

 

「終わったんですね」

 

「ああ、気絶はしてるけど命に別状はないよ」

 

そう言いながら手をかざすと、光の輪が河童の手足に現れ拘束した。

 

ネギがふぅーと息を吐く。すると祐がネギの頭に手を乗せ、そのまま撫で始めた。

 

「お疲れネギ、助かったよ。特に最後はよく合わせてくれた」

 

ネギに笑いかける祐。ネギは少し頬を赤らめて恥ずかしそうにした。

 

「い、いえ…祐さんのおかげです。常に前に立ってくれたおかげで、魔法に集中できました」

 

「結構良いコンビかもね、俺達」

 

「はい!」

 

お互い笑い合うと、祐が遠くを見つめた。

 

「もう一体は…外に出たか。行こうネギ」

 

「わかりました」

 

祐を先頭に、二人はもう一体を目指して駆け出した。そんな二人を離れた場所から双眼鏡で覗くカモ。

 

「驚いたな、あんなのがいたとは…。何モンだありゃあ…」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「なんや今大きな音せんかった?」

 

「え?そう?」

 

カーペットに座り、テレビを見ていた木乃香と明日菜。こちらから連絡があるまでは部屋から出ない様にと真名達から言われている為、寮の生徒達は部屋で大人しくしていた。

 

「もう河童さんは捕まったんかな?」

 

「どうだろ、そもそも河童って強いのかな」

 

「うーん、どうなんやろ?」

 

そう言って締めていたカーテンを開けて、木乃香は外を見ようとした。

 

「窓は開けちゃダメだからね?」

 

「もちろん。大丈夫やて」

 

笑ってそう言うと、カーテンを開ける。するとそこにはエロ河童が窓に張り付いていた。

 

「あっ、どうもこんばんわ」

 

「……」

 

「ちょっと木乃香?どうし…」

 

3人の目が合う。そのまま固まる明日菜と木乃香。

 

「夜分にすまないお嬢さん方。いきなりで申し訳ないが良ければ下着などを見せていただけると」

 

「お嬢様に手を出すな‼︎」

 

声のした方を河童が向くと、鬼気迫る表情の刹那の飛び蹴りが顔面に直撃した。それを驚いた顔で見る二人。

 

河童はそのまま地面に落下すると、刹那は一度木乃香達を見てから河童に向かった。

 

「せっちゃん!」

 

窓を開けて外を見る木乃香。明日菜も横からそれを見た。

 

「なんでスクール水着…?」

 

明日菜の素朴な疑問だった。

 

 

 

 

 

「なんとも、良い蹴りだ…。惚れ惚れする…」

 

「黙れ変態め!」

 

「いちいち締まらん奴だな」

 

刹那の隣に真名が着地する。二人は武器を構え、河童を見る。

 

「刹那、そろそろ決めるぞ」

 

「わかった」

 

刹那が真っ直ぐ駆け出し、河童目掛けて大振りの攻撃を仕掛けた。先程までの攻撃よりも僅かに遅い速度に、甲羅を無くした河童は勝負を仕掛けた。

 

「河童真剣白刃取り‼︎」

 

真っ直ぐ振り下ろされた夕凪を間一髪両手で挟み込んだ。しかし刹那の表情は変わらない。それを不審に感じていると、刹那越しにマナの姿が見えた。

 

その光景に目を見開く。真名は既にこちらに標準を合わせ、引き金を引く寸前だった。

 

()まいだ」

 

「あっぱれ…」

 

放たれた特殊な弾丸が河童の額に突き刺さり、河童は全身を脱力させて倒れた。

 

「龍宮さん!桜咲さん!」

 

「おや、ネギ先生。そちらも片付いたか」

 

ネギが二人に向かって走ってやってくると、倒れている河童に視線を送った。

 

「心配するな、特殊な麻酔弾だ。この弾に殺傷能力はない。少し痛いがな」

 

「な、なるほど…」

 

ネギはどこか真名に恐ろしいものを感じた気がした。

 

「二体とも捉えたのならば、こいつらを早く学園に引き渡そう」

 

「確かにな。だがその前に、お前にはやる事がありそうだぞ刹那?」

 

「一体何を…」

 

「せっちゃん!」

 

声のした方を向くと、部屋の窓からこちらを見ている木乃香と明日菜が見えた。

 

「ちょ、ちょっと待っててな?今そっちに」

 

「待った待った!どう降りてくつもりよ!」

 

刹那が行ってしまう前に何とか下に降りようと、窓から乗り出し始める木乃香とそれを止める明日菜。

 

「わわ!木乃香さん!危ないですよ!」

 

「お、お嬢様!」

 

「やれやれ…。ん?」

 

下にいる三人がそれぞれの反応を示す中、真名がある方向を見る。

 

「へっ?」

 

「これって…」

 

そんな時、窓の前の二人に光が現れる。その光は段々と窓から緩やかな坂を作り、地上へと伸びた。両端に小さな壁を作り、横に落ちない様にしている。

 

「あれは…」

 

「虹の光の滑り台か。何ともメルヘンだな」

 

「わ〜、綺麗ですねぇ」

 

刹那はその光景をただ見つめる。真名は少し笑いながらそう言い、ネギは素直に感想を述べた。

 

「この虹ってあん時の…」

 

かつての景色を思い出し、ぼーっと見ている木乃香。同じ様に見ていた明日菜は、木乃香より先に我に帰ると木乃香の手を握った。

 

「木乃香!行こう!」

 

「えっ?でもこれ…」

 

「大丈夫!私が保証する!この光は絶対大丈夫だから!」

 

真剣な目で木乃香を見て、自分の思いを伝える。やがて木乃香は強く頷き、手を握り返した。

 

二人で光を触ると、しっかりとした板の様な感触が伝わった。それと同時に何処か温かさも感じた。光に乗り、地上へ向けて滑り降りてくる二人。

 

刹那は視線を逸らし、辛そうな表情をしながら二人に背を向けた。足を一歩出してここから離れようとした時、脳裏に昨日の出来事が浮かび上がった。それは祐から木乃香は寂しさを感じていると言われた後の事である。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

拳を握りしめる刹那を見た祐は、ゆっくりと刹那に語り掛けた。

 

「桜咲さん。俺は…人は大切な人と出会うと、その人の為のスペースを心の中に作ると思ってます」

 

下げていた視線を、刹那は祐に向けた。

 

「その大切な人が居なくなったり、離れたりすると、そこには穴が出来る」

 

「貴女が木乃香から離れた事で木乃香の心に出来た穴は、俺達じゃ埋められない。埋められるとしたら、それは貴方だけです」

 

「そんな、そんな事は…」

 

「だってそうでしょ?誰が見てもわかります、俺と貴方は違う人間だ。明日菜だってそうです。他のみんなも。貴女の形に嵌まるのは貴女しかいない。俺達は形が違いすぎる」

 

「確かに木乃香は友達が多いです。あの子は凄く優しいから。…でも、数の問題じゃ無いんですよ桜咲さん。木乃香は今、貴女と話がしたいんです。桜咲さんはどうなんですか?木乃香と、話したく無いんですか?」

 

刹那が再び目を伏せた。

 

「そんなわけないでしょう…。誰よりも、誰よりもお嬢様を大切に思っています…。彼女の為なら、この命を散らせたって構わない…!彼女が幸せに暮らせるならそれで良い!だから!だから私は!」

 

「木乃香が幸せに暮らす為には、貴女がそばにいる必要があるって、何で貴女は思ってくれないんですか…」

 

悲しそうに祐が言ったその言葉が、刹那にはすぐ理解できなかった。何を言ってるんだろうとさえ思った。木乃香の幸せの為に、自分という存在が彼女のそばにいる必要があるなんて、考えもしなかった。自分は木乃香を守る為の存在だ。彼女を守る事が全てだと、そう思っていたのだから。

 

「貴女が木乃香に背を向けた時、木乃香はいつも悲しそうな顔をしてるんです。木乃香が演技でそんな事をする子じゃ無いのは、桜咲さんだってわかるでしょ?」

 

「木乃香には…木乃香が心から笑う為には、貴女が必要です桜咲さん!貴女が訳も言わず木乃香から遠ざかる限り、木乃香は心から笑えない!」

 

刹那は思わず祐に掴みかかった。こんな事はただの八つ当たりだとわかっていながらも、気持ちを抑える事は出来なかった。

 

「知った様な口を聞くな!お嬢様の事も、私の事もよく知らない奴が!私の中の力に気が付いて、私を理解したつもりか⁉︎汚れた血を持つ、私の心を理解したつもりか‼︎」

 

憎い相手を見る様に祐を睨みつけた。祐は何も言葉は発さなかったが、視線は刹那の目から逸らさなかった。

 

「何度も言おうと思った!私の事を!でも言えば、私はお嬢様から離れなければならない!それに何より!言ってお嬢様に恐れられるのが…軽蔑されるかもしれないのが、何よりも怖くて仕方ない…」

 

掴みかかっていた右手の力が弱くなる。それと同じ様に言葉自体も弱々しいものへと変わっていった。

 

「魔法使いや超能力者が認知されたとは言え、未だ人では無い存在を見る目はさほど以前と変わらない。奇妙な物や、異物を恐れる目だ」

 

「むしろ存在する事が確定された、今のこの不安定な世界だからこそ、その視線は強くなった。人と…人で無い物との間の壁は、そんな簡単に取り払える物じゃ無い」

 

完全に右手を離し、力無く項垂れる。刹那から強い後悔と罪悪感を感じた。間違いなく、彼女は今苦しんでいる。

 

「自分の正体を隠したままお嬢様のそばにいれば、それはお嬢様を騙している事になる気がした。そんな状態でお嬢様のそばにいるのは、苦しい…苦しいんだ…」

 

自分の力を、自分の存在を憎んだ事は一度や二度ではない。常にそれは刹那の生きる道に付いて回った。決して切り離すことの出来ないそれのせいで、かつて自分の居場所さえ奪われた過去が、彼女の心に深い傷を作っていた。

 

「こんな化け物じゃなく…普通の、普通の人間にさえ生まれて来れたら…。私は、こんな苦しまずに済んだのか…?」

 

何処か縋る様な目で祐を見た。その瞳からは涙が流れていた。

 

祐は右手を横に上げた。すると瞬時に光の剣が現れる。刹那は訳がわからずそれを見ていると、祐が両腕で剣を逆手に持つ。

 

すると突然思い切り自分の胸に剣を突き刺した。

 

「なっ⁉︎ば、馬鹿!何をしている⁉︎」

 

胸から血が流れる祐に急いで駆け寄ると、祐は左手で刹那を制した。剣を抜き、それを消すと胸の血を払った。

 

「傷が…無い…?」

 

「いいえ、治ったんです。剣を抜いた瞬間に」

 

唖然とした。血は付いているものの、その胸には傷跡すら既に残っていなかった。祐は平然とした表情をしている。

 

「どうです?なかなかの化け物具合でしょ。どう思いました?」

 

「何を言って…」

 

「お前みたいな化け物が、木乃香に近づくなって思いました?」

 

その言葉に目を見開く。祐は一歩前に出た。

 

「隠しておきたい事の一つや二つ、誰にだってあります。自分の事を全部話してる人の方がきっと少ないですよ」

 

二人の距離は、人一人が間に入れない程度の物になった。身長の関係で刹那は祐を少し見上げる形になる。

 

「小さい秘密であれ、大きな秘密であれ、誰にでも秘密はあります。全部を話さなきゃ友達になっちゃいけないなんて、そんな決まりありませんよ。自分の秘密は話したくなったら話せば良い」

 

「勿論知っている人もいますが、俺はずっとこの力の事を木乃香達に隠してきました。そしてこの間、明日菜には打ち明けました」

 

再び驚いた様子の刹那に、祐は少し笑うと続きを話す。

 

「そろそろ、木乃香にも伝えるつもりです。これは俺がそうしたいなって思ったからです。だから桜咲さんも秘密を打ち明けてって事じゃありません。さっき言った通り、言いたくなったら言えば良いって思います」

 

「伝える事が、怖くは無いんですか…?」

 

「正直言うと怖いです。否定されたらどうしようって。明日菜に言った時も、不安で死ぬかと思いました」

 

苦笑いをして頭を掻いた祐は、表情を真剣な物にした。

 

「でも決めたんです。後悔しない為には、これがきっと最善だと思ったから」

 

「後悔しない為…」

 

刹那はそう言いながら、自分の胸の部分の服を握った。

 

「桜咲さん、人は死にます。必ず。悲しいけど、いつか必ず別れの時は来ます」

 

「大切な人が、もう会えない人なら…いつか心にできた穴には折り合いを付けなきゃなりません。でも、貴女は違うでしょ?」

 

少ししゃがんで刹那との目線を合わせた。

 

「貴女の声はまだ届くし、手だって掴める。木乃香は貴女の声を聴きたがってるし、手だって貴女に伸ばしてます」

 

「もう、時間が経ち過ぎました…今更合わせる顔など」

 

祐が刹那の肩に両手を置いた。刹那の目をしっかりと見つめる。

 

「何言ってるんですか桜咲さん!俺達まだ16歳ですよ!遅くなんて無い、まだ始まったばっかりじゃないですか!」

 

「これから離れていた分を取り返せば良い。いつか死んで別れるなら、せめて生きてる間ぐらいは大切な人と一緒に居ませんか?それが一番です、きっと」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「私は…」

 

目を閉じ、そう溢した刹那の腕を誰かが強く握って引っ張った。身体ごとそちらに振られると、その相手が見えた。

 

決意した表情の明日菜が、刹那を逃さんとその腕を掴んでいた。

 

「桜咲さん。私は部外者だし二人の関係の事も碌に知らない人間だけど、桜咲さんには年月で負けるけど!それでも私は木乃香の幼馴染で親友だから!出過ぎた真似かもしれないけどお願い!木乃香の話をちゃんと聞いてあげて!」

 

「神楽坂さん…」

 

「せっちゃん」

 

明日菜から目を離せずにいると、木乃香の声がした。緊張からか木乃香は両手を組んで強く握っている。すると、今度は軽く背中を押される。押された事で自然と前に一歩出た刹那が振り向くと、押したのは真名だった。

 

「年貢の納め時だ。今しかないぞ」

 

そう言われ、木乃香を見る刹那。視線を合わせるとお互いの緊張が伝わってくる様だった。

 

「せっちゃん…ウチの話、聞いてくれる?」

 

弱々しくだが、刹那は頷いた。

 

「ウチな…中等部に上がった時、せっちゃんに会えてすっごく嬉しかった。また、せっちゃんと一緒にいられるって思ったから」

 

「でも、声掛けたらせっちゃん…困った様な顔してしもうて。何や避けられてるみたいやったから、ウチは話しかけん方がいいのかなって思ってん」

 

刹那の表情が険しくなる。彼女にこんな寂しい顔をさせている自分が、何よりそれを見てもどうも出来ない自分が許せなかった。

 

「けどやっぱり無理やった。だって、せっちゃんはウチの大切な人やもん!ウチがなんかしたんなら謝る!ウチの事が嫌いになったんやったらそう言って!理由がわからん内は諦められんよ!」

 

それは紛れもない、木乃香の本心だった。

 

「嫌いになんて…嫌いになんてなるはずがありません!貴女は、貴女は何よりも大切な人です!」

 

「せっちゃん…。じゃあなんで、なんでウチの事避けてたん…」

 

木乃香と刹那の瞳には、涙が滲んでいた。

 

「貴女の近くは温かすぎるんです…貴女の近くでは剣士ではいられなくなる!それでは貴女を守れない!また貴女を守れない!」

 

「それに私はずっとお嬢様に隠し事をしてきました!こんな状況になってもそれを明かせない!弱虫な奴なんです!」

 

刹那の言葉に木乃香は走り出した。叩かれるのを覚悟した刹那はぎゅっと目を閉じる。やってきた衝撃は想像のものとは違い、優しく体を包んだ。木乃香は刹那を抱きしめていた。

 

「お嬢様…」

 

「ちゃう…ちゃうよせっちゃん!ウチはせっちゃんに守って欲しいんやない!そばにいて欲しい!」

 

金槌で頭部を殴られたかの様な衝撃を受けた。刹那はその場に立ち尽くした。

 

「ウチが頼りないから、せっちゃんが頑張らなあかんかったんよね?ごめん…ごめんなせっちゃん」

 

抱きしめた状態で木乃香は大粒の涙を流す。

 

「違う…違います…ちゃうよこのちゃん!このちゃんは頼りなくなんかない!私に優しくしてくれた初めての友達や!このちゃんがいたから私は生きてこられた!このちゃんのおかげなんよ!」

 

刹那が木乃香を抱きしめ返す。刹那も木乃香に負けないぐらいの涙を流した。

 

「なぁせっちゃん。ウチの事、嫌いやない?」

 

「嫌いな訳あらへん、大好きや」

 

「なら、一緒に頑張らせて?」

 

「え…?」

 

体を少し離し、木乃香は刹那の顔を見た。

 

「ウチも強くなれる様頑張る。だからせっちゃんもウチの隣におって?そしたらきっと、一人の時よりももっと頑張れるから」

 

「このちゃん、ええの?だって私はこのちゃんに隠し事を」

 

刹那の頬に両手を添えて、困った様に笑った。

 

「もう、秘密の一つや二つ誰にだってあるやろ?それがどんなに大きな事でも、そんなんで嫌いになったりせんよ。いつか話したいって思ってくれたら、それはそん時に聞かせてな?」

 

「このちゃん…」

 

刹那の涙が更に強く流れた。

 

「せっちゃん、改めて聞かせて?ウチのそばに居てくれる?」

 

「おる!どんな時もそばにおる!私なんかでええならずっと!」

 

「何言うとるん?ウチは、せっちゃんがええんよ」

 

「このちゃん!」

 

再度強く抱きしめ合う二人。周りを気にせず二人は大声で泣いた。

 

 

 

 

 

「何とかなったみたいね」

 

「う〜!よくわからないですけど二人とも良かったです〜‼︎」

 

「あんた泣きすぎ」

 

「明日菜さんだって泣いてるじゃないですか〜!」

 

それを見ていたネギと明日菜も涙を流した。ネギは正確には号泣だが。真名は静かに笑っていたが、その顔は嬉しそうだった。そんな時、薄い光が周囲を覆っていることに気がつく。真名はそれに触れた。

 

「なるほど、原理はわからんが防音対策という事か。まったく…大した力だよ、お前の力は」

 

そう言って女子寮の屋根に視線を向けた。

 

泣きながら抱きしめ合う二人。もう決して離れないよう強くお互いに回された腕は、簡単な事では解く事は出来ないだろう。

 

屋根の上でしゃがみながら、大切な幼馴染の新たな出発を見届けて、祐は優しく笑った。



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幽霊と妖怪と幼馴染と

「と、言う訳で今日から正式にこちらの寮でお世話になる事になりました!」

 

そう嬉しそうに言うのは、晴れて寮生活を送ることになったさよだ。隣の席という事もあり、部屋は和美と同室となった。因みにもう一人の同室は美空である。

 

現在は和美・美空と共に寮生に挨拶回りをしているところであった。

 

「うん、よろしくねさよちゃん」

 

「これからお願いします!」

 

「うちにも遊びに来てな~」

 

部屋に挨拶に来たさよにそう返した明日菜達。河童騒動が決着を見たのは昨日とは思えないほど、寮には平和な時間が流れていた。

 

「ところで御三方、昨日の河童事件について何か知ってる事ない?」

 

さよの横にいた和美がメモ帳とペンを持ってスッと前に出てきた。美空は呆れ顔である。

 

「朝倉、それ全員にやる気?」

 

「あたりまえでしょうが!結局見る事すら出来なかったんだから!くそ~!せっかくのスクープだったのに!」

 

悔しそうに言う和美に、周りは苦笑いだ。

 

「それならやっぱり私が見に行った方が良かったんじゃ」

 

「それはダメ。幽霊とは言え、私が行かずにさよちゃんだけに危険な事させるなんて。ジャーナリストとしてのプライドが許さないわ」

 

「変なところは頑固なんだからこの人は…」

 

「そんな事言う美空が行ってくれれば止めなかったのになぁ」

 

「おい、何だその扱いの違いは」

 

美空が軽く肩をはたいた。

 

「河童の事なら私達も知らないわよ」

 

「ウチらも部屋の中におったしな」

 

「まぁ、そりゃそっか。でもネギ君は見回りに出てたんでしょ?どうなの!?」

 

ぐっとネギに顔を寄せる。当然の事にネギが顔を赤くした。

 

「えっ!えっと…見ました。あの図鑑の通りの見た目で、図鑑の通りの変態さんでした…」

 

「そ、そう…」

 

段々とテンションが下がっていくネギに、あまり深く突っ込まない方がいいような気がしてそれ以上追及するのはやめた。

 

「ほらほら、まだ挨拶回りは残ってるんだから早く行こ」

 

「う~ん、こりゃ龍宮さん達にインタビューするしか…」

 

「あはは…。それではネギ先生、明日菜さん、木乃香さん、失礼します!」

 

美空が和美を引きずり、さよが一礼して次の部屋へと向かった。それを三人が手を振って見送る。

 

「朝倉は相変わらずね」

 

「でもよかったなぁさよちゃん。これでもう寂しくあらへんもんね」

 

「はい!さよさん、とっても嬉しそうでした」

 

「確かに寂しくないわね。木乃香も」

 

明日菜が茶化すように木乃香を見た。

 

「あ、明日菜!ウチの事はええやろ!」

 

「はいはい、ごめんごめん」

 

「も~、あんまからかわんといてぇな」

 

恥ずかしそうに赤く染めた頬に両手を当てる木乃香を見て、明日菜とネギが目を合わせて笑う。明日菜としては珍しく木乃香をからかえて新鮮な気分だった。

 

「あ、そろそろ行かな。はぁ…面倒やなぁ」

 

「ああ、あれって今日だったっけ?」

 

「うん、支度してくるわ」

 

そう言って着替えに向かう木乃香。その後姿を見たネギは明日菜に聞いた。

 

「木乃香さん、何か用事があるんですか?」

 

「まぁね。お見合い用の写真を撮りに行くんだって」

 

「へ~お見合い用の写真ですか。お見合いって何ですか?」

 

「そっからか…」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

あれか暫くして目的地に向かった木乃香。寮のロビーに着いた所で歩いていた刹那に出くわした。

 

「あっ、せっちゃん!」

 

「ど、どうもお嬢様」

 

「ややわぁせっちゃん、せっかくまた仲良くなれたんやから名前で呼んでぇな」

 

「す、すみません!いつもの癖で…」

 

「え~、ウチ寂しいわ~」

 

そう言って刹那の腕に、自分の腕を絡めた。見る見る刹那の顔が赤くなる。

 

「お、お嬢様!こまっ…困ります!こんな事されては!」

 

「ええやんか~ええやんか~」

 

「酔ってらっしゃいますかお嬢様!?」

 

目に見えて動揺する刹那を見て木乃香はにっこり笑うと、その手を離した。

 

「すまんすまん、つい嬉しくなってもうて。こんなに近くにせっちゃんがおるの久しぶりやったから」

 

「お嬢様…」

 

「おっと、あんまりゆっくりばっかしてられんかったわ。それじゃせっちゃん、またな~」

 

ロビーにあった時計を見て木乃香は小走りで玄関に向かう。

 

「お嬢様!」

 

「ん?」

 

刹那に呼び止められ振り向く。刹那は一度深呼吸をすると柔らかい笑みを浮かべた。

 

「いってらっしゃいませ木乃香お嬢様。お気をつけて」

 

「うん!行ってきます!せっちゃん!」

 

花が咲くような笑顔を返し、木乃香は今度こそ玄関に向かった。それを笑顔で見送る刹那。

 

「なんかいい雰囲気だね刹那さん」

 

「もしかしてお二人は、その…お付き合いを?」

 

「はっ!?風香さん史伽さん!?」

 

後ろを振り向くと鳴滝姉妹が興味津々な顔で刹那を見ていた。

 

「み、見ていたんですか!?」

 

「うん、ばっちり」

 

「あの!私は応援しますから!」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!お嬢様とはそういう訳では!」

 

「「お嬢様!?」」

 

突然驚いたように反復した鳴滝姉妹に、刹那がビクッと肩を震わせた。

 

「なになに!お嬢様って!」

 

「二人はどういった関係なんですか!?」

 

「あ、その……。失礼します!」

 

「逃げた!?」

 

「待ってください刹那さーん!」

 

急いでその場から逃げ出す刹那を、二人は追いかけた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

驚くほどの速さで自室に戻った刹那は鍵をかけて身を隠した。

 

「はぁ…はぁ…。何とか撒いたか」

 

「朝から随分と騒がしいな刹那。そんなにお嬢様と仲直り出来たのが嬉しいのか」

 

「ま、真名…すまん、起こしてしまったか」

 

Tシャツにショーツだけという何ともラフな格好の真名が気だるげに歩いてくる。

 

「いや、起きてはいたよ。はしゃぐなとは言わんが、やりすぎるなよ。友人として恥をかきたくない」

 

「う、うるさい!」

 

意に介さず真名は冷蔵庫を開けると、ペットボトルの水を飲んだ。

 

「それにしても昨日は凄かったな。お前のあんな顔はもう一生見られないかも知れん」

 

ニヤリと笑って刹那を見ると、恥ずかしさやら何やらで涙目になり、恨めしそうに真名を睨んでいた。そのまま走ってベットに向かうと布団に包まる。宛ら芋虫である。

 

真名はそれを見てため息をつくとベットに向かった。

 

「悪かった、おちょくり過ぎた。だから出て来い。幼児かお前は」

 

「……」

 

どうやらこの芋虫は無視を決め込むつもりの様だ。真名はベットに腰掛け、そこそこの勢いで刹那を背もたれにした。

 

「ぐふっ!何をする!」

 

「おっと失礼、丁度いい高さだったんでな」

 

布団を投げ捨て刹那が出てくるが、真名は相変わらず飄々としていた。

 

「先に言っておくが、今から言う事はおちょくっている訳ではないぞ。刹那、昨日はよく勇気を出した」

 

「な、なんだ急に…」

 

優しい笑顔を向けてきた真名に、刹那は動揺する。

 

「中学の頃からお前らの関係には思う所はあった。敢えて首は突っ込まなかったがな」

 

「…すまない。お前には迷惑をかけた」

 

「まぁ、終わり良ければ総て良しだ。その事は水に流してやろう。これでお前との仕事が前より楽になりそうだしな」

 

「どういう事だ?」

 

「刹那、お前はきっとこれから前より強くなる。心境の変化というのは、なかなか馬鹿に出来ない物だからな」

 

「真名…」

 

「せいぜい強くなって、私に楽をさせてくれよ?」

 

「そう言う事ならお断りだ」

 

二人は互いの顔を見て笑った。

 

「しかし神楽坂達が下りて来た時、何時ものように逃げ出すかと思ったが立ち止まったな。何か心境の変化でもあったのか?」

 

「別に…。ただ、お節介な人の言葉がふと頭を掠めただけだ」

 

「逢襍佗か」

 

「……」

 

「沈黙は肯定を意味するとはよく言ったものだな」

 

そう言った真名は再び笑って刹那を見た。

 

「な、なんだ…」

 

「奴に惚れたか?」

 

「なっ!?ばっ!馬鹿を言うな!」

 

先程とは別の理由で刹那の顔が赤くなる。

 

「その感じだと、脈なしという訳でも無さそうだな」

 

「何を言っている!そもそも私と逢襍佗さんは碌に話した事も無いんだぞ!」

 

「大方一昨日の警備中に何か言われたんだろう?それで心を掴まれた訳か」

 

「だから違うと言ってるだろうが!」

 

真名の肩を掴み、前後に勢い良く揺らす。真名は涼しい顔をして笑っていた。

 

「これもまた友人としての忠告だが、刹那。あの男には気をつけろよ。あれは天然且つ天性の人誑しだ。お前の様な初心な奴は用心しておかないとコロッといかれるぞ?」

 

「うっ…。そ、そう言うお前はどうなんだ!そっちだって浮いた話の一つも聞いた事が無いぞ!お前こそ逢襍佗さんには注意した方がいいんじゃないのか!?」

 

「安心しろ。とっくに私は逢襍佗に注意しているよ」

 

「それは…どういう意味だ?」

 

「さてな。お子様にはまだ早かったかな」

 

その発言が、刹那の怒りの炎に更に油を注いだ。

 

「悪かったな子供っぽくて!私は童顔だから仕方ないな!隣の芝生は青く見えると言うしな‼」

 

「おい刹那、それは何だ?私に対する当てつけか?当てつけだな?そうなんだな?面白い、そっちがその気なら付き合ってやろうじゃないか!」

 

そう争う二人は傍から見れば、双方立派な子供だった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

黒いスーツを着てサングラスを掛けた男達が誰かを探すように辺りを見渡している。すると同じ服装の男が走ってきた。

 

「どうだ?」

 

「いや、見つからなかった」

 

「まったく困ったものだ…。別の場所を探そう」

 

「わかった」

 

そう言って別の場所に走っていく男達。それを物陰から覗き見ている着物を着た少女がいた。

 

「ふ~、何とかなったわぁ」

 

普段と違う髪型で、着物姿にリュックを背負うという何ともアンバランスな姿をしているのは木乃香だった。

 

「はぁ…。せっかくのお休みの日やのについとらんわ」

 

最初のうちは大人しく写真を撮っていたが、周りが目を離した隙に荷物を持って抜け出してきてしまった。木乃香は周辺の楽しそうな家族や友人と遊ぶ者、そしてカップルを見て羨ましそうな顔をした。

 

「ヘイ彼女、暇なら俺とお茶しない?」

 

「ほえ?」

 

後ろから声を掛けられ振り返ると、そこには祐がいた。木乃香はぱっと表情を明るくする。

 

「あー!祐君!なんや誰かと思ってびっくりしたわぁ」

 

嬉しそうに祐に小走りで近づくと、祐が木乃香に手を振る。

 

「ごめんごめん、それにしても随分気合入った格好だな。もしかしてデート?」

 

「ちゃうちゃう、お見合い用の写真撮る為や」

 

「あ~、なるほどね」

 

木乃香は祐に全身を見せる為、その場でくるっと回った。

 

「どうや、祐君。ウチの着物姿」

 

「すっごい奇麗。だけど、その服装にリュックはなかなかロックだね」

 

そう言われて自分の背中を見る。

 

「ありゃ、そうやった」

 

「あっ、木乃香。この感じは抜け出してきたな?」

 

祐は少し笑いながら木乃香を見た。木乃香は頬を掻く。

 

「あはは…バレてもうた」

 

「そんな悪い少女は、俺みたいな悪い男に捕まっちゃうぞ?」

 

それを聞いて木乃香が満面の笑みを浮かべた。

 

「あちゃ~。ウチは戻ろうと思っとったんやけど、祐君に連れ去られてもうたら、これはしゃあないなぁ」

 

「嬉しそうに人のせいにするとは、なんて奴だ…」

 

変わらず笑顔の木乃香を見て、祐は優しく笑った。

 

「取り敢えず、出掛けるなら勿体ないけど服着替えないとね。さすがに動きにくいでしょ?」

 

「はいな!ちゃーんと着替えは入っとるよ」

 

体を捻って祐に背中のリュックを見せた。

 

「用意周到な…。流石だ、抜け出してきた経験が違う」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

着替える為、近くの多目的トイレに向かった二人。

 

「祐君、覗いたらあかんよ」

 

「そこまで言われたら仕方ない。お邪魔します」

 

「ややわぁ祐君」

 

「イッス‼」

 

一緒にトイレに入ろうとする祐の脳天に金槌が炸裂した。そそくさとトイレに入る木乃香。

 

「久々に食らったわあれ」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「お~、今日は天気もええからよう見えるわ」

 

「相変わらずここは良いとこだ」

 

着替えを終えた木乃香と共に、祐は展望台に来た。麻帆良学園都市全体を見渡せる場所で、祐の好きな場所の一つだった。

 

「祐君とここに来るんも、随分久しぶりやね」

 

「そう言われれば確かに。初等部の時はなにかっちゃあここに来たがってたからね俺。あの時は随分遠く感じたけど、俺達も成長したって事か」

 

「ウチは中等部の頃もたまに来とったけど、あん時はまだ共学や無かったし、祐君も用事かなんかで全然会えんかったもんな」

 

「中等部の時は色々忙しかったからねぇ。二年前の二月からは学校にもほとんど行けてなかったし」

 

二人は景色を眺めながら昔話を始めた。暫くして近くのベンチに座る。

 

「あっ、そうや祐君。ちょっと手見せてぇな」

 

「手?どうぞ」

 

右隣に座る木乃香に右手を差し出すと、木乃香が両手で掌を掴み熱心に見始めた。

 

(手相占いか何かかな)

 

木乃香は占い研究部に所属している事から祐はそう思った。すると木乃香の両手が祐の手をぎゅっと握った。木乃香を見ると真剣な顔で祐を見ていた。

 

「祐君、昨日の…あの時の虹の光も、祐君やろ?」

 

そう言われた祐は僅かに目を見開くと、木乃香を見つめ返した。

 

「どうしてわかったの?」

 

「昨日、あの光に触った時な…なんやあったく感じたんよ。それと、どこか懐かしい感じ」

 

「そん時はわからんかったけど、あの後もしかしたらって思って。今祐君に触って、はっきりしたわ。あれは祐君やって」

 

「そっか…。凄いな木乃香は。俺なんかよりよっぽど鋭いよ」

 

「えへへ、それ程でも」

 

祐は一度目を閉じると、握られていた木乃香の手を握り返す。

 

「先にばれちゃったけど、木乃香に話したい事があって今日は付き合ってもらったんだ。今からでも聞いてもらえるか?」

 

「うん、聞かせて。祐君の話したい事」

 

 

 

 

 

「まぁ、何と言うか…現状こんな感じになってます」

 

「この事、他に知ってる子はおるん?」

 

「幼馴染の男連中は前から知ってた。あとは一、二週間前に明日菜に」

 

それを聞いた木乃香が頬を膨らませた。

 

「え…。なんか気に入らなかった?」

 

「ウチ、結構後回しにされとるんやもん」

 

「ちょっと待って、違う違う、そうじゃない。いや違わないか…確かに遅くなっちゃったけど、後回しにしてた訳じゃないんだ。流れってものがあってね?いや駄目だ…何言っても言い訳になるわ。すみませんでした!」

 

勢いよく頭を下げる祐。暫くそれを見ていた木乃香は吹き出した。

 

「すまんすまん祐君、ちょっと意地悪してもうた」

 

「勘弁してつかぁさいよ木乃香さん…」

 

「ふふ、でもそうなると…後伝えるんは梨穂子ちゃんといんちょか」

 

「ラスボスが怖くて仕方ないよ…」

 

「ラスボスっていんちょの事やろ?確かに梨穂子ちゃんより手強そうやねぇ」

 

「それなりに覚悟しておく」

 

心地いい風が通り抜けた。祐は改めて木乃香を見る。

 

「木乃香」

 

「ん?なぁに?」

 

「こんな事聞れても困るかもしれないけど、どう思った?この力」

 

木乃香は少しの間視線を上に向け考えると、視線を祐に戻した。

 

「綺麗やなって思ったかな。それに、ウチは好きやで。祐君のピカピカ」

 

木乃香は再度祐の手を取る。

 

「せやから心配せんで。祐君への気持ちは、何も変わらへんよ」

 

「それと遅れてもうだけど、ありがとう。あん時ウチを、せっちゃんの所に連れてってくれて」

 

そう言われた祐は木乃香の反対方向を向いた。急に顔を逸らせた事に、木乃香は不思議そうにそれ見ていると、少しして祐がこちらに向き直った。

 

「お礼を言うのは俺の方。木乃香、ありがとう。やっぱり俺は幸せ者だ。こんな優しい幼馴染に囲まれてるんだから」

 

「ウチも。優しい幼馴染がそばにおってくれて幸せや」

 

やがて二人はお互い笑った。すると木乃香が両手を合わせる。

 

「そや!せっかくやし今日は久しぶりにウチの料理食べてかへん?ご馳走するえ」

 

「そりゃ是非ともご馳走になりたいけど、何処で?」

 

「う〜ん、ウチの寮か祐君の家やね」

 

「俺の家に連れ込むのは色々とまずい気がするな…。かと言って女子寮に行くのも駄目だろうし」

 

「こっそり来ればバレへんて。祐君なら簡単やろ?」

 

「まぁ、出来はするけども…。いや、せっかくの機会だ。お邪魔致します」

 

木乃香は嬉しそうにベンチから立ち上がった。

 

「決まりやね!ほんなら早速帰って準備せんと」

 

「木乃香の料理食べるのも久しぶりだ」

 

「今日はいつも以上に気合い入れて作るから、楽しみにしててな」

 

「いいね、今から武者震いが止まんないっす」

 

すると何かを思いついたのか、木乃香が笑顔で祐を見る。

 

「どうかした?」

 

「久しぶりついでに、帰りは祐君におんぶしてもらおうかな」

 

「おんぶ?あ〜、そんなの昔やったっけね。いいだろう、来るがいい」

 

祐はしゃがんで体制を作ると、木乃香がゆっくりと背中に乗った。乗ったのを確認すると、難なく立ち上がる。

 

「重いって思っても、ストレートには言わんでな?」

 

「全然、むしろ軽すぎて驚いてるよ。ちゃんと食べてる?」

 

「ちゃーんと食べとるよ。…祐君、ほんま大きくなったなぁ」

 

「身長に関してはね。他は変わってないってよく言われるけど」

 

「ふふ」

 

「それでは発車しまーす」

 

「はーい、出発進行〜!」

 

祐が歩き出すと、木乃香は肩に乗せていた手を首に回した。

 

すっかり赤く染まった空の下、二人は女子寮へと向かう。

 

「なぁ、祐君」

 

「ん〜?」

 

「祐君は、どっか行ったりせんよね?」

 

木乃香は、気付けばそう口にしていた。ほぼ無心の行動だった。

 

「急に遠くに行ってもうて、会えなくなったりせんよね」

 

そう言った後、木乃香がはっとした顔をする。

 

「ご、ごめんな…いきなりこんな事聞いて!ウチ何言うとるんやろ!」

 

早口でそう言う木乃香は、焦っている様に見えた。

 

「大丈夫だよ木乃香」

 

祐の声が聞こえた。視線は前を向いたままだか、その声は確かに木乃香に向けられていた。

 

「木乃香が俺に飽きるまでは、俺は木乃香の近くにいるよ」

 

木乃香は呆けた顔をした。やがて優しく微笑むと、首に回した腕の力をほんの少しだけ強めて、より背中に密着した。

 

「そんなら、ウチらずっと一緒やね」

 

「いいのか〜そんなこと言って?後で飽きても知らないよ?クーリング・オフの期間はそんなに長くありませんので御注意を」

 

「あ〜、信用しとらんね?大丈夫やもん。ウチ飽きっぽく無いし」

 

「こりゃ申し訳ない、許してくれ。ほらこの通り」

 

その場でくるくると回り出すと、木乃香は楽しそうに祐にしがみ付いた。

 

木乃香の言葉に嘘は無い。彼女は一度好きになったものは、余程の事がない限りずっと好きでいるタイプである。

 

二人は終始楽しそうに帰路に着く。

 

お互い素直に伝えた相手への想いは、お互いの心へまっすぐと届いた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「明日菜〜、ネギく〜ん。ただいま〜」

 

「お帰りなさい木乃香さん。あれ?祐さんこんばんわ」

 

「あんたら何してんの?」

 

「こんばんわネギ、明日菜。という訳で、今日は御馳走になります」

 

「いや、どういう訳よ」

 

玄関からの声を聞きつけ、出迎えに向かったネギと明日菜。来て早々木乃香をおぶったまま祐が言った事に、明日菜は当然の如くそう聞いた。



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たとえ世界が変わっても
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『そう言えば、その後の進捗はどんな感じなんだ?』

 

「先週木乃香に話して、昨日梨穂子に伝えたってとこ」

 

時刻は8時30分。学園都市内を歩きながら、祐は同性の幼馴染と電話をしていた。

 

『二人はなんて?』

 

「二人とも変わらず接してくれたよ。そんな事で関係は変わらないって言ってくれた」

 

『そっか…。うん、良かったな』

 

「正直ほっとしたよ。ただ…」

 

『ただ?』

 

「その、伝えた時に梨穂子に泣かれたのは…結構堪えた」

 

『あ~…。なるほど』

 

その時の事を思い出し、祐が苦い顔で頭を掻いた。

 

「今まで色々と危ない事やってて、これからもそうなるって話したら、ね…」

 

『心配で思わずって事か…』

 

「もう、本当情けない…梨穂子泣かせるなんて」

 

『でも、ちゃんと話してわかって貰えたんだろ?』

 

「うん、明日菜ともした約束の事伝えたら何とか」

 

立ち止まり、小さな橋から流れている川を見る。

 

『そうなると、残ってるのはあやかだけか…』

 

「来週会う約束しといた。そん時に伝えるつもり」

 

『その、なんだ…。健闘を祈る』

 

「なんか不吉な物言いだな。大丈夫だろ、きっと…。うん、死にはしない…」

 

『そっちの方が不吉だな』

 

周りにはランニングや散歩をする人、ラジオ体操をする人などが見える。祐が来ていたのは例の壊れた自販機がある公園だった。

 

『今日は何か用事があるのか?』

 

「実はこの後川掃除をね」

 

『川掃除?なんでまた』

 

「ちょっと数週間前にやらかしまして、それの罪滅ぼしを命じられました」

 

『なにしたんだよ…』

 

きっと電話の相手は呆れた表情になっている事だろう。その顔が目に浮かんだ。

 

『まぁ、取り合えず川掃除頑張ってな。あっ、あと暇な時あったら教えてくれよ。久し振りにうち来て遊ばないか?』

 

「行くわ、今から」

 

『川掃除はどうした川掃除は…』

 

「今ほど過去の自分を憎んだ事は無い。せっかく美柑ちゃんに会えると思ったのに…」

 

『やっぱ無しにしようかな…』

 

「そりゃ無いよ義兄さん」

 

『ちょっと待った!その兄さんてどういう意味だ⁉︎』

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「…たく、あいつは」

 

通話を終え、ソファにもたれ掛る。そのままテレビを見ていると後ろから声を掛けられた。

 

「リト、話終わった?朝ごはん出来たよ」

 

「ああ、ありがと美柑」

 

先程まで祐と通話をしていた、もう一人の同性の幼馴染。結城梨斗が妹である結城美柑に呼ばれ、テーブルに着く。二人で手を合わせ、食事の前の挨拶を終えると朝食を食べ始めた。

 

「さっきの電話、祐さん?」

 

「そうだけど、なんでわかったんだ?」

 

「リトがあんな風に話す相手なんてあんまいないから。そうかなって思っただけ」

 

相変わらず鋭い妹だと思った。実際は美柑が鋭いだけでなく、リトがわかりやすいタイプというのもある。因みにリト本人はそんな事は微塵も思っていない。

 

「何の話してたの?」

 

「最近遊んでなかったなぁって思ってさ。暇な時あったら、うち来て遊ぼうぜって言っておいた」

 

「ふ~ん」

 

そう言うと美柑は食事を再開する。リトもそれに倣って食べ始めた。

 

「来る日が決まったら、前もって教えて」

 

「いいけど、何で?」

 

「どうせ夕飯食べてく事になるでしょ?何時もより多めに買い物する必要あるから」

 

「なるほどな。わかった、決まったら教えるよ」

 

「うん」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

祐は集合場所に着くと、係の人らしき人物に声を掛けた。

 

「あの~、すみません。本日川清掃のボランティアで来た者なんですが」

 

「ん?ああ、学園の生徒さんね。時間になったらまた声掛けるから、あそこらへんで待機しておいて」

 

「わかりました」

 

祐は言われた通りに移動する。既にそこにはボランティア参加者が何人か集まっていた。

 

「あれ?祐じゃないか」

 

「へ?お~士郎、何してんだこんな所で」

 

祐に声を掛けたのは同級生の少年であり、中学の頃は同じクラスだった衛宮士郎だった。現在はリトと同じ、隣のクラスの1年C組である。

 

「お前こそ、まさか川掃除に来たのか?」

 

「如何にも。士郎は誰かに押し付けられたの?」

 

「違うって。そういうのがあるって聞いたから参加しに来たんだよ」

 

「マジかよ、自らボランティアしに来たのか…」

 

「お前は何しに来たんだよ…」

 

 

 

 

 

「それではグループごとに別れて作業をお願いしまーす」

 

係の人物がそう言うと、参加者たちが担当場所に移動して行く。祐と士郎は同じグループだった為、荷物を置いて用意された装備に身を包み、一緒に移動を開始した。

 

「来る時は何とも思ってなかったけど、今はワクワクが止まらない…。全ての水草を刈り取ってやる」

 

「相変わらずテンションの上がるポイントが掴めない奴だな…」

 

刈り取る用の鎌を持ち、目を輝かせる祐。そんな姿を見て、この友人は何も変わってない事を士郎は実感した。

 

「行こう士郎、川が泣いている」

 

「はいはい」

 

二人は川に足を入れると、さっそく祐が足を踏み外し、盛大に転倒した。

 

「オアー!」

 

「祐!?大丈夫か!」

 

「わぁ~」

 

「なんか楽しそうだなお前!?」

 

抵抗する素振りすら見せず、川の流れに身を任せて遠ざかっていく祐。士郎が祐を起こそうと手を掴む。祐は士郎の腕を掴み返すと、士郎を引っ張った。明らかに士郎を巻き添えにしようとしている。

 

「うおっ!何で起き上がらないんだよ!」

 

「違う!僕じゃない!妖怪の仕業だ!」

 

「嘘つけ!」

 

何とか抵抗しようと踏ん張る士郎だが、じわじわと祐に引かれていく。

 

「落ちろ!落ちろ士郎!」

 

「やっぱりお前の意思じゃないか!」

 

結局士郎も祐のせいで川にダイブした。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「まったく、おかげでびしょ濡れじゃないか」

 

「楽しかったね!」

 

「こいつ…」

 

あの後、二人共ずぶ濡れのまま作業を始めた。祐がたまに刈り取った水草を士郎に投げつける以外は順調に進み、昼前には作業は終了した。今はそれぞれ荷物を持って帰り支度をしているところだった。

 

「けど士郎の事だから、もしもの時用に着替え持ってきてるんでしょ?」

 

「まぁ、持ってきてるけどさ」

 

「流石おかん」

 

「誰がおかんだ」

 

士郎はその面倒見の良さから、中学時代から祐に時折おかんと呼ばれていた。周りも納得していたが、士郎本人としてはいまいち納得していない様子である。因みにだが、当然祐は着替えなど持っていない。

 

「助けてくれたお礼に飲み物でも奢るよ。喉乾いたでしょ」

 

「助けたって…。いや悪いよ、奢って貰うのは」

 

「そんな事気にしてんなよ!俺の酒が飲めねぇってか!?」

 

「酔っ払いかよ…」

 

遠慮する士郎を強引に勢いで押して、例の自販機へと向かう。進んでいくと、自販機の前に制服を着た少女が立っていた。

 

何気なくそれを見る二人。すると少女は何度か軽い跳躍を繰り返すと、その場で回転し、凄まじいハイキックを自販機に放った。祐には一瞬、少女の足に稲妻のような物が見えた。しかしそれよりもスカートの下から見えた短パンの方が気になっていた。そちらに目が行ってしまうのは、悲しき男のサガである。

 

「なにしてるんだあれ?」

 

「……あっ」

 

その瞬間、祐の脳内にかつての記憶が蘇った。

 

『どうやら中の機材の故障により、正しい量の排出ができなくなっているようです。詳しいことは分かりかねますが、外部から強い衝撃と電撃を浴びた形跡が見受けられます』

 

『お嬢様学校で有名な中等部の女の子が、その自販機にハイキックかましてるのを』

 

『ちなみにミニスカートだったんだが、下に短パン履いてた』

 

「奴が犯人か!」

 

「は?」

 

「そこの不良少女止まりなさーい!」

 

「お、おい祐!」

 

自販機から飲み物を取り出している少女に向かって、祐が走り出した。

 

声のした方向を少女が見ると、長身で全身水浸しの男がこちらに全力疾走してくるのが目に映る。軽くホラーである。思わず驚いた表情で祐を見た。

 

「な、何よあんた…」

 

「僕は警察だ!器物破損の罪で現行犯逮捕ですぞ!」

 

「絶対警察じゃないでしょ!」

 

「その通りだ!」

 

「何こいつ!?」

 

少女が祐の勢いに押されていると、士郎が慌てた様子で走ってきた。

 

「ちょっと落ち着けよ祐!いきなりどうしたんだ!?」

 

「見つけたんだよ士郎!この自動販売機をおかしくしてしまった犯人を!」

 

「は、犯人…?」

 

士郎が話が掴めず、困惑の表情を浮かべていると、少女が割って入ってきた。

 

「ちょっと待ちなさいよ!私だってこの自動販売機の被害者なのよ!」

 

「犯人はみんなそう言うんだよね」

 

「祐、ちょっと静かに」

 

士郎は素早く祐の口を手で塞いだ。祐はスッと大人しくなる。

 

「え~っと、よく状況がわからないんだけど…どういう事なんだ?」

 

少女は腕を組むと、不機嫌そうに話した。

 

「少し前にこの自販機で飲み物買おうと思って一万円札入れたら、まんまとこいつに食われたのよ」

 

「そりゃまた…災難だったな」

 

「ほんとよ…ムカついたからひと蹴りしてみたら、こんな感じで一本出てきたってわけ」

 

「マジか?俺この間500円入れたらペプシ大量に出てきたよ」

 

「うそっ!?…それこそ本当?」

 

「論より証拠だな。しばし待たれよ」

 

持ってきていた肩掛けカバンの中から財布を取り出す祐。そのまま自販機の前に移動する。

 

「あ、そうだ。君名前は?私は逢襍佗祐と申します」

 

「何で名前聞くのよ…?」

 

少女は少し祐に警戒の視線を送った。

 

「そうか、今は迂闊に名前を聞くのもコンプライアンスに引っかかるのか…。世知辛いな士郎」

 

「えっ?あ、ああ。そうだな」

 

振られると思っていなかった士郎は生返事をした。

 

「じゃあ君は『で○こちゃん』だ。よろしくで○こちゃん」

 

「誰がでん○ちゃんよ!」

 

「これも駄目なのか!?わがままだな!電気と仲良くね!東○電力!」

 

「あんたほんと何なの!?」

 

「まぁまぁ…」

 

祐のペースに振り回される少女に少し同情しつつ、士郎が宥めた。

 

「まぁ、それは置いといて。そんじゃいくぞ?フェードイーン!」

 

そう言って500円玉を自販機に投入した。しかし、自販機は500円玉を取り入れたものの、まったく反応を示さなかった。

 

静まり返る三人。祐は無言でボタンを押したり、お釣りの返却レバーを下ろしたりしたが、変わらず何も起こらなかった。

 

「「「……」」」

 

「でいっ‼」

 

祐のボディ(?)ブローが自販機にさく裂した。すると自販機の警報機が鳴り響く。

 

「ちょ、ちょっと!なんか鳴ってるんだけど!?」

 

「この程度で音を上げるとは、この軟弱物めが!」

 

「言ってる場合か!」

 

「よし、逃げよう」

 

「あっ、おい!」

 

祐は士郎の手を取り走り出す。ふと横を見ると少女もついて来ていた。

 

「あれで○こちゃん、どうしたの?」

 

「で○こちゃん言うな!私だけ残ってたら私が犯人扱いされるでしょうが!」

 

「今までの事考えると、実質犯人なとこあるよね」

 

「止め刺したのはあんたでしょ!」

 

「士郎はどっちが悪いと思う?」

 

「どっちも」

 

「「…はい」」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

そのまま走っていた三人は、少し離れた芝生が広がっている場所に着くと倒れこむように寝転がった。

 

「あ~、久々にこんな走ったかも。なかなかやるなお二人さん」

 

「そりゃどうも…」

 

「まったく…。なんで休日に全力疾走なんてしなきゃいけないのよ」

 

三人とも仰向けになり、視線は空に向けて会話をした。暫くそうしていると少女が立ち上がる。

 

「ねぇ、あんたアマタって言ったっけ。どこの学校?」

 

「麻帆良学園高等部、1年B組。宜しくどうぞ」

 

「ふーん、あんたは?」

 

そう言うと士郎に視線を向ける。士郎は上半身を起き上がらせた。

 

「同じく高等部、1年C組だ。名前は衛宮士郎」

 

「わかった、覚えとく。特にあんたは絶対忘れないわ」

 

少女は未だ仰向けの祐を見て言った。

 

「やべぇ、覚えられた。後で何されるかわからん…」

 

「何もしないわよ!つかあんたから名乗ったんでしょ!」

 

ため息をつくと少女は歩き出す。二人はその背中を見ていると、少女がこちらに僅かに振り返った。

 

「常盤台中学、御坂美琴。それじゃ」

 

改めて歩き出した少女。祐も起き上がり、士郎を見た。

 

「どうした?」

 

「ミサカミコトって何?」

 

「あの子の名前だろ…」

 

「あ〜」

 

「変なところで鈍いよな、祐って」

 

「変なとこは鋭いから、バランス取れてるよきっと」

 

「それ自分で言うか?」

 

再び寝転がり、空を見る祐。士郎は手をついて同じように空を見た。

 

「なぁ、士郎」

 

「なんだ?」

 

「俺は今日、数週間前にやらかした罰としてボランティアに行けと言われて来たんだ」

 

「何したんだよ…」

 

「ちょっとね。それで今日、自主的に参加している士郎を見て思ったんだ」

 

「人に言われて参加した俺は、真のボランティアじゃない」

 

真のボランティアとは何だと思ったが、今は黙って話を聞く事にした。

 

「自ら進んで参加しなければ、真のボランティアとは呼べない。これじゃ映画シン・ボランティアが公開どころか制作すら出来ない」

 

話を聞きながら、祐は何を言っているんだろうと士郎は考えていた。彼は真面目な性格故、適当に聞き流すという事をしなかった。他の友人なら間違いなく適当に聞き流している。

 

「だから俺はまたボランティアに参加するよ。今度は、俺自身の意思で」

 

「そ、そうか…。うん、いいんじゃないか…?」

 

えらく大層な物言いだが、別に大したことは言っていない為、士郎は当たり障りのない事しか言えなかった。

 

「愛してるぞ士郎!」

 

「なんでさ⁉︎」

 

いきなり熱い抱擁をしてきた祐に、思わず士郎はそう叫んだ。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「と言う訳で今度は自分の意思でボランティアに参加します」

 

『いや、どう言う訳じゃ』

 

祐からの電話を取った近右衛門は、開口一番の発言にそう言わざるを得なかった。



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知らない事

早朝三時。目覚ましのアラームが鳴り響くと明日菜は目を覚ました。

 

バイトである新聞配達を行う為、一人静かに支度を始める。

 

「よう姐さん、まだ日も登ってないってのに大変だなぁ」

 

「カモ?ごめん、起こしちゃった?」

 

ネギと木乃香に作ってもらった専用のベットから明日菜の元へやってくるカモ。

 

「いや、気にしないでくれ。ふと目が覚めただけでさぁ」

 

「そう。まぁ、楽じゃないけどもう慣れちゃったわ」

 

「涙ぐましいねぇ、姐さんってもしかして以外と尽くすタイプかい?」

 

「何の話よ…」

 

話もそこそこに、支度を終えた明日菜が玄関へと向かう。

 

「それじゃ私行ってくるから」

 

「行ってらっしゃいませ姐さん。あっと、一ついいですかい?」

 

ドアを開けたところでカモに呼び止められ、進む勢いを殺して振り向く。

 

「何よ、あんまり時間ないんだけど?」

 

「なに、ちょっと話したい事があるんすよ。今日暇な時に少し時間をくれねぇか?」

 

「話?まぁ、いいけど…」

 

「感謝するぜ姐さん。そんじゃ、俺っちは二度寝と洒落込むかな」

 

「はいはい」

 

ドアを開け、外に出ると辺りはまだ暗い。カモの言う話の事を頭の片隅に置きつつ、バイトへと向かった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「そんな感じで、最近の逢襍佗はどうも怪しいと思うんだ」

 

「う〜ん…確かに少し前はどこか行っちゃう事多かったけど、休み時間とかだけだし、最近は別におかしくないんじゃ」

 

「それにしたって毎回どこ行ってるのかって話だよ。クラス以外に友達は結構いるみたいだけど、そいつらと会ってるって訳でも無いみたいだし」

 

「私としては、何故蒔の字がそんな事まで知っているのかの方が気になるが」

 

「私は気になった事はとことん知りたいタイプなんだよ」

 

午前の体育の授業中、クラスメイトの試合を見ながら蒔寺楓が由紀香と鐘と話していた。内容は最近の祐についての事である。

 

現在女子は体育館でバスケットボールを行なっている。体育は男子と女子に別れ、女子に関してはA組とB組は合同で行うこともある。

 

今回はバスケットボールでクラス対決といった具合であった。

 

「裕奈ー!いけー!」

 

「バスケ部の意地を見せろー!」

 

「バスケ部弱いけどー!」

 

「ほっとけ!」

 

ボールを手にした裕奈が、クラスからの声援なのか罵倒なのかよくわからないものを受ける。事実麻帆良学園高等部の女子バスケットボール部は強豪とは言えなかった。

 

「相変わらず賑やかだなぁ、A組は」

 

「しかし、なかなかの強者揃いだ。特にあの鈴の髪飾りをつけた少女…。遠坂嬢と互角だぞ」

 

「遠坂さんも凄いけど、あの子も凄いね」

 

視線の先にいたのは明日菜だ。先程から目を見張る動きを繰り返していた為、B組の注目を特に集めていた。

 

「明日菜ファイトー!」

 

「行け行けゴリラー!」

 

「繰り出せ馬鹿力ー!」

 

「あんたら貶してんでしょ!」 

 

一連の流れに楓は呆れ顔、由紀香は苦笑いである。鐘はいつも通り無表情だった。

 

「お嬢さん方、うちの明日菜に目をつけるとはお目が高いね」

 

「あんたは…A組の人か?」

 

「どうもどうも。私は朝倉和美、報道部やってます。よろしく」

 

「あっ、どうも」

 

横で同じ様に試合を見学していた和美が三人に話し掛けた。何故か首からカメラをかけている和美を楓と由紀香が不思議に思っていると、鐘が何か考える様な仕草をした。

 

「朝倉和美…聞いた事があるな。確か麻帆良のパパラッチと呼ばれているのは貴女だったか?」

 

「おっと、そこまで知ってて貰えてるなんて光栄だね」

 

「パパラッチ?」

 

「あ〜、だからカメラ持ってるんですね」

 

楓はパパラッチの意味がよくわからなかったのか首を傾げ、対して由紀香はどこか納得した様だった。

 

「うん、何時いかなる時もスクープを逃さない為にね。普段はもう少し小さいカメラなんだけど」

 

そう言ってカメラを手に取り、コートをレンズ越しに覗く。

 

するとコートではボールを渡された春香が何も無いところで躓き、盛大に転倒した。

 

「ちょっと春香⁉︎あんた大丈夫?」

 

「あう〜…大丈夫だけどごめんなさい…」

 

同じく試合に出ていた薫が春香に駆け寄る。怪我はない様だが、恥ずかしさで春香の顔は赤かった。

 

「なるほど、あの子が天海春香。あれを天然でやる辺り、駆け出しとは言え流石はアイドルってとこ?」

 

写真を撮る和美を楓はどこか疑いの目で見ていた。

 

「それ、ネットにばら撒いたりしないよな?」

 

「まさか。これでもちゃんと信念を持ってやってきてるつもりよ。私はただ真実が見たいだけ。誰かを貶めたりするのは主義に反するわ」

 

「なら良いけど…」

 

「ところで、貴女達に少し聞きたい事があるんだけど…いい?」

 

「聞きたい事?」

 

コートから三人に視線を移し、和美が聞いてきた。

 

「うん。私実はさ… 逢襍佗君の事を取材したいの」

 

「逢襍佗の事を取材?」

 

「何でまた?」

 

その質問に待ってましたとばかりに笑顔を見せる。

 

「私もそれなりに話した事はあるけどさ、実際彼のこと何も知らないのよ。わからない事が沢山あるって言うべきかな。とにかく、逢襍佗君って意外と謎な部分が多いと思うの」

 

和美の言う通り、祐は謎な部分が多い。彼は普段からちゃらんぽらんで自由人だが、自分の事をあまり話さない。その為、彼の事で知っている事はあまり多くない。何となくわかってくる事を強いて挙げるならば、悪い奴ではないという事ぐらいだろうか。

 

「だから取材!まずはその第一歩として、同じクラスの貴女達から何か知ってる事があれば教えて欲しいんだけど、どうかな?」

 

三人は顔を見合わせると、直ぐに和美に視線を戻した。

 

「その、朝倉だっけ?悪いんだけど…」

 

「我々も逢襍佗の事は碌に知らないんだ」

 

「ちょっと前に、不思議な人だねって話してたくらいだし」

 

楓・鐘・由紀香がそう言うと、和美は顎に手を当てた。

 

「なるほど…。これは思った以上に手強い相手かも」

 

「ところで朝倉嬢、こちらからもいいか?」

 

「え?ああ、どうぞ?」

 

鐘が和美の後方を指差す。そこには少し宙に浮いて、元気いっぱいにクラスメイトを応援するさよがいた。

 

「彼女が例の幽霊の少女という事で間違いないか?」

 

「あっ、本当だ」

 

「自然と溶け込んでたから気付かなかった…本物じゃん…」

 

「うん、そうだよ。相坂さよちゃんね。紹介するよ、おーいさよちゃん!」

 

「はーい?」

 

呼ばれたさよは和美の隣に飛んでやってくる。

 

非現実的な光景に元から心霊系が苦手な事も手伝って、楓は何とも言えない顔をしていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

同時刻のグラウンドでは、男子達がドッジボールに興じていた。

 

「死にやがれー!」

 

「ホオォッ!?」

 

「ケーーーン‼︎」

 

クラスメイトの凶弾を腹部に受け、ケンが崩れ落ちる。純一が駆け寄って抱き起こした。

 

「き、気絶してる…」

 

「いかん…早く保健室に!」

 

「落ち着けみんな、ここは俺に任せろ。俺が責任を持ってケンを保健室に連れて行く」

 

祐が前に出て、ケンを保健室に運ぼうとする。しかし他の男子が待ったを掛けた。

 

「待て祐!お前は残れ…俺が行く」

 

「おいおい、馬鹿言うなよ。ここは俺の出番だろ?」

 

「僕に任せてくれ、こんな時の為に力をセーブしておいたんだ」

 

「下がれ君達!君達はどうせ御門先生か天原先生に会いたいだけなんだろう⁉︎恥ずかしくないのか!」

 

祐はそう言って名乗りを上げた者達を非難した。

 

「お前だってそうだろ」

 

「俺はこんな事でもない限り保健室に行く理由が無いからいいんだよ!」

 

「なんだお前⁉︎」

 

「みんな落ち着いてよ、ここは僕が行くよ」

 

『黙ってろマル○メ‼︎』

 

「ひ、酷い…」

 

マ○コメと呼ばれた坊主頭の少年が膝をつく。彼はクラスメイトからマル○メと呼ばれている。理由は単純でマル○メ君に似ているからだ。因みに彼本人は寺の子でもなければ運動部でもない。ただ坊主なだけである。

 

「天原先生好きは童貞。間違いない」

 

「おい、ちょっとこっち来いよ。今の発言は、戦争だぜ…?」

 

「御門先生好きな奴は脳が下半身にあるんだろ」

 

「誰の頭がチ○コだ!ああ⁉︎」

 

「ふゆきたんかわよ」

 

「おんどれ如きが天原先生の名を呼ぶ事、片腹痛し!」

 

クラスメイト達によるバトルロワイヤルが勃発する。血で血を洗う惨劇が繰り広げられる中、言い合いがヒートアップし始めた頃から祐はしれっとケンを抱え、保健室へと向かっていた。

 

用事で少し外していた体育担当の黄泉川愛穂が戻ってくるまで、勝者なき戦いは続いたのだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「あー、結局決着つかなかったよ。不完全燃焼だ」

 

「綾子を本気にするなんて、A組って意外とやるわね」

 

「よく言うよ、アンタだって最後らへん本気だっただろ?」

 

「さぁ、どうかしらね」

 

あの後同点のまま授業は終わり、両者引き分けという形で幕を閉じた。若干の悔しさを浮かべるのはB組の美綴綾子だった。

 

「それにしても、あの鈴が付いたリボンの子…。ありゃなかなかの逸材だわ」

 

「そうね、何かやってる子かしら?」

 

「どうだろ。無所属なら是非うちに欲しいところだけど…。あっ、今思い出したけど多分あの子って逢襍佗の幼馴染の子じゃないかな」

 

「逢襍佗君の?」

 

「そう。A組に何人か幼馴染がいるって言ってたし、鈴が頭に付いてるって言ってた気がする」

 

「へぇ」

 

凛は少し真剣な顔つきになったが、綾子はそれに気付かなかった。

 

「あの子、なんか遠坂に似てるよな。素の遠坂と、ね」

 

「ちょっと、余計な事言わないで貰える?」

 

「悪い悪い」

 

笑って謝る綾子に凛はジト目を向けた。

 

「ねぇ、綾子は逢襍佗君の事どれくらい知ってるの?」

 

「逢襍佗の事?う〜ん、それこそ話はするけど詳しい事はなんにも。そう言われてみれば身の上話とかした事ないな」

 

「なるほどね」

 

「なんだ遠坂?もしかして逢襍佗の事気になってるのか?」

 

「この前の幽霊の件といい、謎すぎるからね彼。そう言う意味では気になってるわ」

 

「なんだ、そう言う感じか」

 

「悪かったわね、ご期待に添えるようなものじゃなくて」

 

二人はその後も会話を続けながら、教室へと戻っていった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「祐の事?どうしたのよ急に」

 

「それがさ、意外と逢襍佗君って謎な部分が多いでしょ?だから、少し取材がしたいと思ったの」

 

体育の授業を終え、教室で着替えをしている際に明日菜は和美にそう言われた。

 

「さっきB組の子達にも聞いてみたんだけど、あまり芳しくなくてさ。ここはやっぱり幼馴染の明日菜達に聞くのが一番かなと思ってね」

 

「そうは言ったって、そもそも何が知りたいのよ?」

 

「そうね。例えば…彼女がいるかとか!」

 

「いるわけないでしょ」

 

「即答⁉︎」

 

一瞬の考える素振りすら見せなかった事に流石に和美は驚いた。

 

「逆にいると思ったの?あいつが変人って事は朝倉だって知ってるでしょ?」

 

「まぁ、確かに個性的だとは思うけど…。それでも顔だって悪くないし、いたっておかしくはないんじゃない?」

 

「少なくとも、私は祐が誰かとそういう関係になってる姿は想像できないわ」

 

「甘い、甘いよ明日菜!」

 

話を聞いていたハルナが二人に割って入ってくる。こういう事に関しては、相変わらずの地獄耳である。

 

「甘いって、何がよ?」

 

「男子、三日会わざれば刮目して見よって言うでしょ。それは祐君だって例外じゃないって事よ」

 

「何それ、ことわざ?」

 

「パル、明日菜はバカレットなんだから、もう少し解りやすく言ってあげないと」

 

「そうだった、ごめんね明日菜」

 

「ねぇ、マジに謝らないでくれる?普通に言われるよりムカつくんだけど」

 

運動神経は抜群な明日菜だが、学力に関してはお世辞にも良いとは言えず、全校生徒の中でも下から数えた方が早いレベルであった。A組では学業ワースト5の事をバカレンジャーと呼び、明日菜は赤担当である。

 

「あぁ、やめてっ!暴力だけは!」

 

「しないわよ!」

 

「締め切りギリギリだけは勘弁してください!」

 

「それはあんたが勝手にやってるだけでしょ!」

 

「まぁまぁ、明日菜。さっきのは簡単に言うと、時間が経てば人は変わるから三日も合わなかったら注意して見なさいって事よ」

 

「そう言う事。明日菜達は祐君とは長い付き合いだから想像しにくいかもだけど、祐君だっていつまでも小さい頃のままじゃないと思うよ」

 

「う~ん」

 

確かに人というものは大なり小なり変わっていくものだ。それが長い月日が経てば尚の事。それは明日菜も理解しているが、祐がそうかと言われるといまいちピンとこなかった。

 

「祐君は確かにおっきくなったもんな~。今はちょっと上向かな顔見えんもん」

 

「木乃香、たぶんそう言う事じゃないと思う…」

 

横からひょっこり顔を出した木乃香が言った事は、恐らく意味が違うと明日菜もわかった。

 

「木乃香から見た祐君はどうなの?昔から変わった事とかさ」

 

ハルナにそう聞かれ、木乃香が顎に指をあてて上を向き考える。やがてハルナを見て答えた。

 

「変わっとらんよ。祐君はなんも変わっとらん」

 

「それって成長してないって事?」

 

和美が何気なくそう聞くと、木乃香は首を横に振った。

 

「そうやないよ、祐君は成長しとると思う。でもウチはそれって変わるって事とは違うと思うんよ」

 

三人は黙って木乃香を見る。

 

「祐君の大事なところはきっと変わっとらん。変わらないで欲しいところ、ウチが好きなところは昔も今もずっとおんなじやから」

 

「「ぐわああああ!!」」

 

木乃香がそう言うと和美とハルナが同時に倒れだした。

 

「ちょっと何よ!?」

 

「眩しい!眩しすぎる!」

 

「今の私達じゃ、木乃香を直視できない!」

 

「これが、幼馴染の余裕ってやつなの!?」

 

「こんな恐ろしい子だったとは…私の目を以てしても見抜く事ができなかったわ!」

 

明日菜には二人が何を言っているのか全くわからなかった。しかし今回の原因は、自分が勉強が出来ない事とは一切関係ない事はなんとなくわかった。

 

「これでもウチ、伊達に祐君の幼馴染やっとらんよ」

 

得意げに胸を張り、腰に手を当ててフンスと言わんばかりの表情を浮かべる木乃香。

 

「「おみそれしました」」

 

和美とハルナが頭を下げる。明日菜はそれを呆れた顔で見ていた。

 

「随分楽しそうね。あやかは参加しなくていいの?」

 

「なぜ私が参加しなければなりませんの?」

 

少し離れた場所で四人の話を聞いていた千鶴が、横にいたあやかに声を掛けた。

 

「だって、あやかも逢襍佗君の幼馴染でしょ?あやかから見た逢襍佗君の事、私少し気になるわ」

 

「これと言って特にありませんわ。木乃香さんの言う通り、良くも悪くも出会った時から何も変わっておりません。本当良くも悪くも、です」

 

「あらあら、手厳しいわね。ふふっ」

 

「な、なんです千鶴さん…」

 

自分を見て笑った千鶴に、少し頬を染めてあやかは聞いた。

 

「あやか、逢襍佗君の事になると子供っぽくなるから。明日菜さんの時とはまた違った感じでね」

 

気恥ずかしさからあやかの頬がさらに赤みを増した。

 

「な、何をおっしゃるかと思えば!気のせいですわ千鶴さん!逆に私は、何時まで経っても子供な祐さんに頭を悩ませているくらいです!」

 

焦ったように捲し立てるあやかに、千鶴はより笑みを浮かべた。

 

「大体!祐さんと言い明日菜さんと言い、高校生としての自覚が足りません!曲がりなりにもこの私、雪広あやかの幼馴染として恥の無い生活をですね!」

 

「あんたに恥とか言われたくないわよ!このショタコン女!そっちの方がよっぽど恥ずかしいっての!」

 

あやかの声が聞こえていた明日菜が、聞き捨てならない事を言ったあやかに食って掛かった。

 

「なんですって!ご自身の事は棚に上げて、よりによって私を恥と言うなんて!もう少し客観的になられる事をお勧めいたしますわ!まぁ、貴女に言っても無駄でしょうけど!」

 

「だからあんたにだけは言われたくないわ!」

 

久し振りの明日菜とあやかの言い合いに、クラスが盛り上がり始めた。

 

「久々に始まるか!明日菜に一票!」

 

「なら私は委員長だ!」

 

「ファイッ!」

 

桜子が自分の机からゴングを取り出し、木槌で叩いて開戦を宣言した。

 

なぜか律儀にそれに倣って取っ組み合いを始める明日菜とあやか。クラスメイト達は二人を中心に集まり始めた。

 

「あんた何でそんなもん持ってるのよ…」

 

「この前逢襍佗君が誕生日プレゼントにくれたの!必要な時に使ってって!」

 

「あっそう…」

 

貰った本人が喜んでいるようなので、円はそれ以上ツッコむのはやめた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「結局保健室には誰がいたんだ?」

 

バトルロワイヤルには参加しなかった事で説教を免れた正吉と純一が、ケンを送り届けてきた祐にそう聞いた。

 

「天原先生だった。なんか俺の名前憶えててくれててさ。いやぁ、そこそこ目立つ見た目しててよかったよ」

 

「目立ってるのは見た目だけじゃ無いと思うよ…」

 

純一の言った事は真理だった。



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欲した訳は

放課後、部室で絵を描いている明日菜。

 

明日菜は美術部に所属しており、今日は夕刊のバイトも無い為久しぶりに部活へと参加している。

 

所属の理由は顧問がタカミチだったからと言う正吉並の不純な動機だったが、活動自体は真面目に行っていたのでなかなか上達している。他の部員曰く、『当初の落書きレベルの物から驚きの進化。これは現代の恐竜的進化だ』とのこと。

 

ふとキャンパスから視線を外し、窓を見るとこちらを見ているカモが視界に映った。

 

「おっす、姐さん。随分と集中してんな」

 

「は?…ちょっとあんたこんなとこで!」

 

声を掛けてきたカモに動揺し、立ち上がって周りを見渡す。しかしそこには明日菜以外の生徒はいなかった。

 

「あ、あれ?みんなは…」

 

「他の生徒さんなら少し前に帰ったぜ。姐さんが集中してたから、みんな気を使って声を掛けなかったんだよ」

 

「そうなんだ。てか、どうしたのよ学校まで来て」

 

「今朝言ったじゃないっすか、話したい事があるって。その為ですぜ」

 

そう言ってカモが窓から明日菜の書いていたキャンパスの前にやって来る。

 

「おお、どんな感じの絵を描いてるかと思ったが、こりゃ風景画ってやつですかい。なかなか上手いじゃないの」

 

「どうも。まぁ、それなりにやってきたしね。頻繁に来れてるわけじゃないけど」

 

キャンパスには川と青空、その上に架かる虹が描かれていた。

 

「虹か、虹ねぇ…」

 

「なによ?」

 

「いいや、なんでもねぇ。それより本題に入らせてもらっても?」

 

「へ?ああ、うん」

 

明日菜は椅子に座り、カモは近くの机に飛び乗った。

 

「話ってのは他でもねぇ。この間話した、戦う為の力に関してさ」

 

それは少し前の河童事件の際にカモから聞かされた事だ。あの時は木乃香がシャワールームから出て来た為に途中で話が終わってしまったが、それの続きだろう。

 

「そう言えばそんなこと言ってたわね」

 

「そんで、姐さんとしてはどうなんです?戦う為の力…手に入れたいとは思いませんか?」

 

明日菜は視線を落とし、一人思考の海に沈んだ。

 

あの時何が起こっているのか知っていながら、自分は黙って事件が終息するのを見ている事しか出来なかった。何も思わなかったと言えば噓になる。

 

ネギは幼いながらも教師として、魔法使いとして前に出ていた。そして…

 

「その顔、やっぱり兄貴達が心配なんすね」

 

「そりゃ心配に決まってるじゃない。ネギはまだガキなんだし…。ん?達?」

 

「あの虹の光を出す旦那の事っすよ。あの人が何もんかは俺っちは良く知らねぇが、姐さんにとって大事な人って事はわかってますぜ」

 

明日菜は顔を赤くした。

 

「べ、別にそんなんじゃないから!あいつはただの幼馴染ってだけ!ただ、あいつはバカだから…危ない事してるだろうし、無茶もするから心配になんのよ」

 

「なるほどね、大体わかったぜ」

 

「本当にわかってんでしょうね…」

 

疑いの視線をカモに向けるが、カモはわかっていると言うような表情を返してきた。

 

「兄貴もその旦那も無茶をするから心配になる。だけど自分が近くに行ったところで戦う力が無いから足手纏いになる。だから悩んでる、ってとこじゃないっすか?」

 

明日菜は静かに頷いた。

 

「わかる、わかるぜ姐さんの気持ち。痛いほどな」

 

「わかるって、あんたが?」

 

「もちろんでさぁ、見ての通り俺っちはオコジョ妖精。兄貴達みたいに戦えるわけじゃねぇからな。俺っちにも自分に何が出来るのかと悩んだ時期もあったのさ」

 

遠い目をして語るカモ。言った事全て信用するつもりはないが、この事に関しては嘘をついているようには見えなかった。

 

「世の中努力で大抵の事は何とかなるかもしれねぇが、どうにもならない事もある。俺っちがどれだけ努力しようと、残念ながら兄貴みたいに戦う事は出来ねぇ」

 

「だが、姐さんには出来る可能性がある」

 

視線を向けられた明日菜が、少し驚いた顔をする。

 

「どういう事よ。私に魔法の修行しろって事?」

 

「まぁ、それも悪くはないかもしれないが…。実はもっと簡単で手っ取り早い方法があんのさ。俺っちが伝えたい事はその事だ」

 

「なんか怪しいわね…。本当にそんな都合の良い方法があるの?」

 

カモは自慢げに笑うと、指し棒を取り出した。

 

「あるぜ、姐さん。それはずばり…『仮契約』だ」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

残りの仕事を片付けるべく教員室へと向かうネギ。部活も終わった時間帯の為、校内に残っている生徒は見当たらない。

 

そうしていると、明日菜が壁に寄りかかっているのが見えた。気になったネギは声を掛ける事にした。

 

「明日菜さーん!」

 

「ネギ…」

 

真剣な顔をした明日菜がこちらを見る。その顔はどこか悩んでいるようにも見えた。ネギは駆け足で近づき、顔を覗いた。

 

「明日菜さん、どうかしたんですか?」

 

「うん…まぁ、ちょっとね」

 

ネギに視線を合わせるとすぐにその視線を外す。一度深く呼吸をすると再度ネギを見た。

 

「えっと…明日菜さん?」

 

「ねぇ、ネギ。あんたは仮契約って知ってるの?」

 

「え?仮契約って、誰からそれを…?」

 

「カモのやつから聞いたの。その仮契約ってのをすれば、戦う力を身に付けられるって」

 

明日菜が一歩前に出る。緊張からか胸の前で右手を強く握っていた。

 

「それに、仮契約したらあんたも魔法使いとして一つ成長出来るんでしょ?なら…」

 

「なら、私としてくれない?その…仮契約」

 

「明日菜さん…」

 

はっとした明日菜は急に慌てた様子になる。

 

「あっ!言っとくけど方法はキスじゃないやつね!カモのやつそれが一番簡単とか言ってたけど、ちゃんと呪文を唱えればそんな事しなくても契約出来るって事らしいし!それならお互い問題なく」

 

「明日菜さん。明日菜さんは…どうして仮契約をしたいと思ったんですか?」

 

そう聞かれた明日菜はバツの悪い顔をした。

 

「理由は大体二つ。まず一つは、悔しかった。河童の事知ってたのに、見てる事しか出来なかったから…。ネギと、桜咲さんや龍宮さんが何かしてる時に何も出来ないのが」

 

「あの時直接は見てないけど、たぶん祐もいたんでしょ?あいつも、戦ってたのよね?」

 

ネギは素直に頷いた。今は隠すべきではないと思ったからだ。

 

「もう一つは、あんた達が心配だから。近くにいて、無茶しようとしたら引っ叩いて止めたいけど…今の私が行ったって止められないし、足手まといになるだけ」

 

「だから、私も何かできる力が欲しい。自分からやたらと危険に飛び込むつもりはないけど、あんた達が何かしてる時に力を貸してやれるぐらいにはなりたいの!その為に仮契約をするのは、ネギを利用してるみたいで、どうなんだろうって思ったけど…」

 

明日菜が先ほどからどこか申し訳なさそうにしている原因はこれだとネギは思った。きっと明日菜はどんな理由であれ、力を手に入れる為にネギと仮契約を結ぶという事は、ネギを利用している事になると思っている。

 

彼女は少々乱暴なところはあるが、面倒見が良く本当は優しい人物である事はネギも知っている。そして、見ている事しか出来ないという事の辛さも。

 

彼女が自分と仮契約してくれるなら、むしろネギとしては心強い。半年以上一緒に暮らし、多少なりとも人となりをお互い理解しているつもりだ。だがだからこそ、今ここで答えを出す事は出来そうになかった。

 

ネギは申し訳なさそうな顔をして明日菜を見る。

 

「少し、少しだけ時間を頂けませんか?あまり長い時間は掛けません、必ず答えを出しますから…」

 

明日菜は頷く。その顔はネギと同じように申し訳なさで暗いものになっていた。

 

「うん、こっちこそごめん。いきなりこんなこと言ってさ…。困らせちゃったわよね」

 

「い、いえ!そんな事は…」

 

明日菜は一歩近づくとネギの頭に手を置いた。

 

「ごめんね、ネギ。すぐじゃなくていいからさ!どちらにしろ、決まったら教えてね!」

 

「はい。必ずお伝えします」

 

お互い何とか笑顔を作る。しかし、その笑顔は双方心からのものでは無かった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

ネギと明日菜の仮契約の話から三日が経過した。

 

学園から自宅へ帰宅していた祐は、途中で前を通り過ぎた変わった虫を何となしに付け回していた。その虫が木に止まると、観察をする。

 

「なんだこの虫?キモイな」

 

その感想は見た目からではなく、その虫が纏っている雰囲気からきた物だった。すると虫が祐の顔めがけて飛んでくる。それをなんて事もなさそうにデコピンの要領で弾き飛ばと、虫は若干ふらつきながら祐から離れていった。

 

その姿を眺めていると、スマホが着信を知らせる。画面を見ると、そこには神楽坂明日菜と表示されていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「うーん…ようやく終わったぁ。ちょっと遅くなっちゃったな」

 

教員室にて今日の仕事を終え、自身の席で伸びをするネギ。今日はやけにやることが多く、普段よりも遅い時間になってしまった。一応今日は遅くなると明日菜達には連絡してある。

 

そろそろ帰ろうと支度をしていると、背中をパンっと優しく叩かれた。

 

「ネギ先生!お疲れ様でーす!」

 

「あっ、藤村先生!お疲れ様です」

 

振り向くとそこにいたのは、未だ気力が有り余っている様に見える藤村大河だった。

 

「今日は珍しいですね、この時間まで残ってるなんて」

 

「あはは…今日は少しやらなきゃならない事が多くって」

 

「なるほど、この歳で自分の職務に責任をもっているなんて…。教育者の鑑ね、ネギ先生!」

 

「い、いやぁ…そんな事ありませんよ」

 

いつもの調子の大河にネギは苦笑いで答えた。

 

「それに、僕はまだまだ頼りないし…未だに皆さんには助けられてばかりで」

 

少し表情を暗くしていうネギに、再度大河は優しく背中を叩いた。

 

「何言ってるのネギ先生!それでいいんですって!」

 

先程よりも若干威力が増したことにより、少しふらつくネギ。姿勢を直すと、大河は優しい笑顔を向けていた。

 

「周りに助けて貰うって事は、そんな悪い事じゃないですよ」

 

「え?」

 

「周りの人がネギ先生を助けてくれるのは、周りの人達が心からネギ先生を助けたいと思ってるからなんです。そう思われるって、とっても素敵な事だと思いませんか?」

 

「藤村先生…」

 

「ネギ先生が一番しないといけない事は、それを申し訳なく思う事じゃなくて、それを誇りに思ってそのまま努力を続けることだと私は思います」

 

「感謝の気持ちを忘れないって事に関しては、ネギ先生は言わなくても十分わかってるみたいですからね」

 

ネギは何も言わず大河を見つめた。大河は再び笑ってネギの肩に手を乗せる。

 

「頑張れ少年!少年少女の仕事は、たまに悩んでたまに頑張って、ご飯を食べてしっかり寝て、楽しく過ごす事!」

 

ネギは柔らかく笑った。

 

「ありがとうございます、藤村先生」

 

「なぁに!教師の先輩として、人生の先輩としてのちょっとしたおせっかいみたいなもんです!」

 

「何か困ったことがあったら何時でも頼ってくださいよ!」

 

そう言ってネギの肩をバシバシと叩く大河。抑えてはいるようだがそれでもそこそこの力にネギはなんとか笑顔を保った。そんな中、先ほどの言葉からある人物に言われたことを思い出す。

 

『何か困った事があったら…いや、なんも無くても声かけて下さいね。いつでも待ってます!お便りはこちらから!』

 

(何かあったら、何もなくても…)

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

学園から出ると明日菜達にもう少しだけ遅れると連絡し、ネギは一人ある場所を目指していた。

 

学園都市の住宅地を抜けると、周りが芝で覆われた場所にポツンと小さな一軒家が建っている。表札を確認した後、チャイムを鳴らす。

 

「ふぇ~い」

 

中から気の抜けた返事が返ってくると、程なくして玄関の扉が開いた。

 

「はいはい。おっ、珍しいお客さんだ」

 

「こんばんは祐さん、夜分にすみません」

 

お辞儀をするネギに祐は笑って答えた。

 

「いいのいいの、気にしないで。むしろ来てくれて嬉しいよ。せっかくだし、上がってってくださいな」

 

「は、はい!失礼します!」

 

どこか緊張した面持ちのネギに祐は笑うと、中へと招き入れた。

 

 

 

 

 

 

「結構広いんですね、1LDKですか?」

 

「そうだね。一人で暮らすには広すぎるような気もするけど、大は小を兼ねるとも言うし結構気に入ってるよ」

 

フローリングを抜けて祐の部屋へと進む二人。ネギ用の座布団を出すとテーブルを挟んで祐が座った。お礼を言ってから座布団に座るネギ。珍しそうに辺りを見渡していると祐が何かに気づき立ち上がる。

 

「何か飲み物でも出すよ。あ、駄目だ。水しかねぇや。水でいい?」

 

「あ、すみません。わざわざ」

 

「ネギはお客さんなんだから気にしない気にしない。まぁ、出せる飲み物が水しかないんですけどね!ハハハハハハハハ!」

 

何が面白いのか爆笑しながらコップを取りに行く祐。その背中を困惑しながら見ていると棚の上に幾つか飾られている写真立てが目に入ってきた。思わず写真立てに近づき写真を見る。

 

そこには幼い祐と明日菜達の写真などが飾られていた。

 

「お待たせ。ん?ああ、その写真か」

 

「ご、ごめんなさい!勝手に見ちゃって!」

 

「別に見られて困るもんは無いから問題ないよ。残念ながらうちにエッチな物はございません。はい、誓ってございません」

 

「エッチな物って…」

 

「期待してたとこ申し訳ない…」

 

「期待してませんよ!?」

 

二人は先ほどの場所に座りなおした。ネギは一口水を飲むと、真剣な表情になる。

 

「祐さん、実は…今日は聞いて頂きたい事があってお邪魔させてもらったんです」

 

「そっか、じゃあ良ければさっそくその話を聞かせて貰おうかな?」

 

ネギは頷き、ぼんやりとテーブルを見ながらぽつぽつと話し始めた。

 

「魔法使いの仮契約についてはご存じですよね?」

 

「うん、まぁね」

 

ネギは頷くと話を続ける。

 

「三日前の放課後、明日菜さんに仮契約をして欲しいって頼まれたんです」

 

「明日菜さんが仮契約を望んだ理由は二つあって…一つは僕達が何か大変な時、少しでも力になりたいからその為の力が欲しいと言う物でした。それを聞いた時、正直僕は嬉しかったんです」

 

祐は黙ってネギの話を聞いていた。

 

「明日菜さんがパートナーになってくれるなら、すごく心強いなって思って。でも…」

 

「でもそれは、明日菜さんを僕ら魔法使いの世界に…戦いに必然的に巻き込む事になるって…」

 

ネギは膝の上に乗せていた両手を強く握った。

 

「教師として、明日菜さんには危険だからと断るべきとも思いました。でも…言えませんでした」

 

「もう一つの理由で、明日菜さんは見ている事しか出来なかったのが悔しかったって言ってました。それが、僕と同じだと思ったから」

 

「前に言ってた、雪の日の事か」

 

「はい…」

 

ネギが三歳の頃、ネギの住んでいた村が突如悪魔達に襲われる事件が起こった。突然の襲撃に村人たちは大勢が傷つく事となるが、多次元の脅威から世界を守る為に世界中を駆け回っていたナギが運よく帰ってきた事で最悪の事態は免れた。だがその事件は幼いネギの心に大きな傷を残した。

 

「僕が立派な魔法使いを目指したのも、大切な物を守れる人になりたいからなんです。だから、明日菜さんの気持ち…わかる気がして」

 

「明日菜さん、この話をしている時すごく申し訳なさそうでした。力の為に僕を利用してるみたいだって言って」

 

気付くとネギは目に涙を溜めていた。

 

「本当なら、僕一人で解決しなきゃいけないのはわかってるんです…。でも、どうするのが正解なのか、僕…わからなくて…」

 

「そんな時祐さんが何かあったら声を掛けてくれって言ってくれた事を思い出して、それで僕」

 

先程、人に助けてもらう事は悪い事ではないと教えて貰った。しかし壁に当たった時に、自ら誰かに助けを求めている自分が情けなく思えてきてしまった。それが、ネギは悔しくもあった。

 

「ネギ」

 

名前を呼ばれ、そちらを向くと祐が立ち上がった。そのままネギの隣まで来ると膝をついて、ネギの頭を撫でた。

 

「ありがとう、話してくれて。沢山悩んだんだな」

 

優しい声にネギは涙がこぼれそうになったが、何とか押しとどめた。

 

「俺の身勝手な意見を言わせて貰うなら、明日菜には危険な事をして欲しくない。それはネギ、お前にもだ」

 

予想していなかった後半の発言に、ネギは少し驚いた顔で祐を見た。

 

「少なくとも俺が大切に思ってる人は、何にも苦しまずに幸せに暮らしてほしい。でも、そんなのは土台無理な話って事もわかってる」

 

頭から手を離し、ネギの両肩に手を置く。

 

「それに、俺自身が周りに無理言って好き放題やってるんだ。なのに他の人には危険な事して欲しくないなんて、そんな都合の良い事言う権利俺には無い」

 

「俺は魔法使いじゃないから、ネギの代わりに仮契約してやる事も出来ない。この問題は、俺がどうこうしろって言うべき事じゃないんだろうな。確かにこれは、ネギと明日菜で決めるべき問題だ。ただ…」

 

ネギの顔をのぞき込み、目と目を合わせた。

 

「ネギと明日菜の決めた事なら、俺はその答えを尊重する。どちらを選んでもね」

 

「俺は二人を信じてるよ。だから二人が決めた事ならそれを応援したい」

 

祐はネギの目を見て、何か気付いたような顔をした。

 

「もし違うんならそれでいいんだけど…ネギ、自分から誰かの手を借りようとする事は情けないんじゃないかって思ってない?」

 

「えっ?何でわかったんですか!?」

 

祐は苦笑いを浮かべながら自分の頭を掻いた。

 

「いやぁ、なんせ俺も前に同じ事言われてさ。だからまぁ、よくわかるよネギの気持ち」

 

「ただそん時に言われたんだ、本当に勇気のある人は自分が辛い時にはちゃんと助けを求めるって。助けを求めるのって、案外すごく勇気のいる事だと思うんだ」

 

「だからネギは凄いよ。俺はそれが出来るようになってきたの、つい最近なのに。大したもんだ!」

 

それを聞いてネギの目から遂に涙がこぼれ落ちた。慌てて眼鏡を外し、涙を乱暴に拭う。祐はネギをゆっくり抱き寄せると背中に手を回し、背中をトントンと優しく叩いた。

 

「俺も、見てる事しか出来ない事の歯痒さは、それなりにわかってるつもりだ」

 

ネギも祐の背中に腕を回すと、思い切り抱き着いて顔を祐の胸に擦り付けた。

 

「難しいよな。どれだけ悩んで出した答えだって見方を変えたり、見る位置が違えば正解なんて変わるんだから。ちょっと前の俺も、何が正しいのか答えが出せなかった。結局捻り出したのは、到底相手を納得させられる様な物じゃなかった」

 

「どうするべきかわからない事だらけだよ。それでも、答えを出すとしたら…たぶん自分を信じるしかないと思うんだ。出した答えがあんまりにもアホな答えだったら、きっと自分の大切な人達がぶん殴ってでも止めてくれるよ」

 

「大丈夫だよネギなら、だってこんなに優しいんだから。お前は自分を信じていい」

 

泣きながら小さく頷いたネギ。祐は抱きしめる力を少しだけ強めた。

 

 

 

 

 

 

「あの…すみません、お恥ずかしいところを…」

 

あれから暫くして落ち着いたネギは恥ずかしさからか、座布団の上で正座をしながらこれでもかと言うくらい縮こまっていた。

 

「気にする事ないって、泣く事って恥ずかしい事じゃないからさ。不謹慎かもしれないけど、そういう姿を見せてくれたのはちょっと嬉しかったよ。心を許してくれてる気がして」

 

笑って再びネギの頭を撫でる。ネギの顔は赤みを増した。

 

「なぁ、ネギ。良かったらさ…明日学校休みだし、今日泊まってかないか?」

 

「えっ?でも、いきなり迷惑じゃないですか?」

 

「全然?むしろお願いしたいぐらい。人肌恋しい季節だからね」

 

後半はよくわからなかったが、祐は本心でそう言っている様に感じる。それにネギとしても、今はもう少し祐と一緒にいたい気持ちがあった。

 

「えっと、その…。お、お世話になります」

 

「おっしゃ、任せろ。まずは保護者に連絡だな。ネギは先に風呂入っときな。その間に色々やっとくから」

 

「そんな、それくらい僕が」

 

「今日くらい諸々俺に任せてくれ、悪いようにはしないから。シャッチョサン、二万デドウ」

 

「しゃっちょさん?」

 

「いや、何でもない。忘れてくれ」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「明日菜〜、祐君からの連絡見た?」

 

「あ〜うん、さっき見た。ネギが泊まってくらしいから着替えとか貰いにくるってやつでしょ?」

 

二人に来た連絡の文章には[今夜は寂しさに震えそうなのでネギに頼んでうちに泊まってもらう事になりましたで候。私奴が取りに向かわせていただきますので、お手数ではございますがお泊まりに必要な物を見繕っていただきたいでふ。でふって何だよ?]と書かれていた。

 

「うん。取り敢えず用意しといたんやけど、今夜の分だけでええよね?」

 

「たぶん二日分必要ならそう言うと思うわよ」

 

紙袋にお泊まりセットを入れた木乃香が中身を確認しながら言う。

 

「ええなぁネギ君。ウチも祐君のお家泊まりに行ってみたいわ」

 

「さ、流石にそれは不味いんじゃない…?」

 

「え〜、何でなん?」

 

「何でって、それは…」

 

明日菜が言い淀んでいると、二人のスマホが同時に鳴った。通知を見ると[窓のカーテンを開けてご覧ください。そこには俺の姿が]と出ていた。窓に行き、明日菜は閉めていたカーテンを開けた。

 

「どうも、こんばんみ」

 

「こんばんわ〜」

 

「何でそんなとこから来んのよ」

 

そこにはいつの間にかベランダに寄り掛かっている祐がいた。明日菜は呆れた視線を向ける。

 

「玄関から来たら他の人に見つかっちゃうかもしれないからさ。自分から来といてなんだけど、見つかったらやべぇ事になる」

 

「ここから来るのもどうかと思うけど…」

 

そう話していると木乃香が紙袋を手渡す。

 

「はいこれ、ネギ君のお泊まりセット。今夜分だけでええんよね?」

 

「ありがとう木乃香。うん、大丈夫。拉致するのは今のところ今日だけだから」

 

「いや、言い方」

 

「あっ」

 

木乃香が何かを思い出し、パンっと両手を合わせる。

 

「歯磨き粉入れるの忘れとった。ちょっと待っててな」

 

そう言って洗面台へと向かう。残された二人はその背中を見ていると、祐が明日菜を見た。

 

「明日菜、ネギも話してくれたよ。仮契約の事」

 

「そう…」

 

「俺からは自分を信じて決めてみなって言っておいた。後は、どっちを選んでも俺は二人の出した答えならそれを尊重するって」

 

明日菜は落としていた視線を祐に向ける。祐は明日菜に左手を差し出すと、明日菜は静かにその手をとった。

 

「答えは人の数だけあるからさ、全員を納得させられる答えなんてないのかも。だからこそ、最後に決める要因は自分自身になると思う」

 

明日菜は少し力を強めて祐の手を握る。

 

「あの子はきっと自分の答えを出すよ。いや、もう出してるかもね。だから明日菜も自分と、自分の大切なものを信じてみて。そうすればきっと答えが出るよ、明日菜の答えが」

 

「うん、ありがと祐」

 

明日菜が少し笑う。祐はそれに笑顔で返した。

 

「大丈夫、明日菜がアホな事したら俺がちゃんとアホだなって言うから」

 

「それあんたにだけは絶対言われたくない」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

あの後自宅に戻り、ネギに荷物一式を渡した。晩御飯は祐が普段食べているオートミールにプロテインをかけた物とゆで卵にブロッコリーを出すと、ネギは若干引いていた。

 

現在は布団を敷いているところである。

 

「敷布団って言うんでしたっけ?何枚かあるんですね」

 

「たまに友達とかが泊まりに来るからね。その時用だよ」

 

隣り合わせに布団を敷くと、お互いの布団に座る。

 

「さて、そろそろ寝ますか。オートミール美味かったでしょ?美味かったと言いなさい」

 

「お、美味しかったです…」

 

「いいだろう」

 

「何がですか…」

 

電気を消し、布団に入る二人。

 

「んじゃ、おやすみネギ。良い夢見ろよ!あばよ!」

 

「えっ!?は、はい…おやすみなさい祐さん」

 

 

 

 

 

 

辺りは静まり返り、聞こえてくるのは外の風の音だけ。ネギは寝返りを打つと、隣の仰向けになり目を閉じている祐を見た。

 

「祐さん、起きてますか?」

 

「うん」

 

「あ、起きてた」

 

祐が目を開けてネギに視線を向けると、どこか緊張しているように見えた。

 

「どったの?」

 

「あの…その~…」

 

祐は身体を横向きにしてネギの言葉を待った。

 

「よかったら、そっちの布団に行っても良いですか?」

 

「……」

 

祐は黙ってネギを見る。なんだか恥ずかしくなって、ネギは毛布で顔を目の下まで隠した。

 

「あぶねぇ…落とされるとこだった…」

 

「落とされる?」

 

ネギが疑問を浮かべていると、祐が毛布を広げた。

 

「こんなとこでいいなら、いくらでもどうぞ」

 

「は、はい…。お、お邪魔します…」

 

すすっと祐の胸元に近寄りそこに収まった。それを確認すると祐は毛布を掛ける。

 

「狭くない?」

 

「はい、大丈夫です。それに、なんだかとっても安心できて…」

 

そこで言葉が止まり、祐がネギの顔を覗くと小さな寝息を立てている事に気づく。優しく笑うとネギの頭をそっと撫でた。

 

「言うは易く行うは難し…自分だって碌に出来て無いくせにな。随分偉そうなこと言っちまった」

 

「都合良いよな、ほんと」

 

体勢を仰向けに戻すと祐は目を閉じる。気付くと自身に抱き着いて眠っているネギの温かさを感じた。

 

たとえ眠る事は出来ずとも、今夜は何時もより安らぎを感じられた気がした。

 

 

 

 

 

 

翌朝。ネギは昨夜の事を思い出し、起床時は祐に対して若干ぎこちなかったが、その表情は憑き物が落ちた様に見えた。

 

ネギと共に朝食をとる祐。出した物は昨晩と全く同じ物だった。ネギは引いていた。

 

「美味しいと言いなさい」

 

「美味しいです…」

 

「いいだろう」

 

(何だろうこの一連の流れ…)

 

別に不味い事はないのだが、何とも淡白な食事に見えるのは普段から木乃香が作ってくれる食事を食べているからだろうか。そもそも祐は毎日これを食べているのかと気になったが、何だか聞かないほうがいい気がして、結局聞く事はなかった。

 

時間が10時頃になるとネギが荷物を持ち、玄関から外へ出る。祐も一緒に出て家の前で向き合った。

 

「祐さん、今回はありがとうございました」

 

「いや、なんもしてあげられなくてごめんね。嫌じゃなかったらまたいつでもおいで。また一緒に寝ような!一晩中抱きついてくれよ!」

 

「ゆっ、祐さん!」

 

顔を赤くしてアワアワとし出すネギを見て笑うと、頭を撫でた。

 

「覚えといて。いつもそばにいるわけじゃないけど、いつだって出来る限り力になるよ。ネギが困った時もそうじゃない時も、俺は待ってるから」

 

そう言われたネギは、僅かに不安な表情を浮かべた。

 

「祐さんは、どうして僕にそこまでしてくれるんですか…?僕は祐さんに、何も出来てないのに…」

 

弱々しく言うネギを見て、しゃがんで視線を合わせる。

 

「俺は無条件で人を好きになったりしない。博愛主義者でもなければ、無性の愛を持ってる様なタイプでもない」

 

「ネギの力になりたいと思ったのは、お前が悩みながらでも前に進む事をやめようとしないからだ」

 

ネギも祐の目をしっかりと見返した。

 

「悩むのが辛くて、悩む事をやめる人が大半な中で、お前は悩むのをやめない。だから力になりたいと思った。俺にそう思わせたのは、ネギ…お前自身だ。一生懸命な人は、応援したくなるもんさ」

 

立ち上がり両手をネギの肩に乗せると、くるっと半回転させる。背中を優しく押して、ネギを一歩進ませた。

 

「行ってこいネギ。俺だけじゃない、沢山の人がお前の力になりたいと思ってるぞ」

 

ネギは振り向き、改めて深く頭を下げる。少しして頭を上げると、その顔に不安はなかった。

 

「祐さん…出ました、答えが。今の僕の答えが」

 

祐は頷く。

 

「伝えてあげな。ネギの答えを」

 

「はい!」

 

前を向き、駆け足で進むネギ。途中で走りながら振り返ると大きく手を振った。

 

「祐さん!またお泊まりさせてください!今度は、何もない時に来ます!」

 

祐は笑って手を振り返す。

 

「おう!待ってるよ!今度はいつものじゃなくて、ちゃんと飲食系は用意しとく!」

 

遠ざかるネギを見送り、腕を組んで一息つく。

 

「別に悩むのをやめる必要はない。悩み続けたって、最後に少し前に進めたんならそれでいい、だったっけか」

 

「ナギさん、貴方の息子は強い子ですね」

 

祐のこぼした独り言は、誰にも聞こえる事はなかった。



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再認識

「ただいま戻りました!」

 

「おかえりネギ君。祐君ちのお泊りどうやった?」

 

「なんと言うか、行って良かったです」

 

11時頃、ネギが祐の家から帰ってきた。その表情は気持ちいつもより明るく見える。

 

「ええなぁ~。ウチも今度お願いしてみようかな?」

 

「ちなみに何食べたの?まさかオート何とかみたいなそんなやつ?」

 

「明日菜さん知ってたんですか…」

 

「あいつ…」

 

祐は一人暮らしを始めてからというもの、基本ネギに出したような食事しかしていない。出かけた際などは食べたいものを食べるが、それ以外では食べるものは変わらない。詳しく言うと昼はオートミールが白米に変わる。

 

明日菜は一度どんなものを食べているのか見せてもらった事があるが、その時の感想は正直言って『なんかの餌』と言うものだった。

 

「祐君相変わらずあれ食べとるんか。でも栄養的にはなんも問題あらへんもんなぁ」

 

「むしろ俺は健康的だ!って言ってたっけ」

 

ネギはその光景が容易く目に浮かんだ。そこも詳しく言うと、「むしろ俺は健康的だ!証拠は…これや!」と言って上着を脱ぎだし明日菜にビンタされた。

 

「そろそろお昼の時間やし支度するわ。オートミールには負けへんよ~!」

 

「何の対抗意識よそれ…」

 

謎のやる気を出しキッチンへと向かう木乃香を見送る二人。ネギは少し小さい声で明日菜に声を掛けた。

 

「明日菜さん、お昼ご飯を食べ終わったら少し時間を頂けませんか?」

 

「決まりました。僕の答え」

 

「……うん、わかった」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

昼食を食べ終わりそれぞれ別々に外へと出たネギと明日菜は、祐が明日菜に力の事を明かしたあの広場に来ていた。

 

「それでは、その…僕の答えを伝えさせて頂きます」

 

向かい合う二人。明日菜は大きく頷いた。

 

「僕が明日菜さんから仮契約の事を伝えられた時、一番最初に感じたことは嬉しさでした」

 

「明日菜さんが仮契約してくれるなら、心強いなって思ったからです」

 

「でも、そうなれば明日菜さんは僕ら魔法使いの問題に巻き込まれる事になります」

 

明日菜は何も言わないが、視線はネギから離さなかった。

 

「こんなでも僕は教師です。先生として、生徒さんを危険な目に遭わせるのは間違ってるとも思いました」

 

「だけど、よくわかるんです。明日菜さんの見ている事しか出来ないのが悔しいってい気持ち」

 

「ネギ…」

 

「先に伝えておきます、僕の事。僕が立派な魔法使いを目指すきっかけの事を」

 

 

 

 

 

 

「そうなんだ。それがきっかけで」

 

「僕も同じです。見ている事しか出来なかった自分を変えたかったんです」

 

暗い顔をする明日菜。ネギは一度深く呼吸をすると覚悟を決めた。

 

「明日菜さん、僕からお願いがあります。僕と仮契約して頂けませんか!」

 

そう言われた明日菜は驚いた顔をした。

 

「色々考えました。これが間違いだって思う人もいるかもしれませんし、結果そうなる可能性は否定できません…。でも、僕の心はこれが最善だって言ってます!」

 

「今は!心に従う事にします!」

 

強く両手を握りしめ、ネギは自分の思いを口にした。

 

「僕はまだまだ未熟です。沢山の人に助けられてます。だから今はまだ頼りなくも、いつか必ず強くなってみせます!明日菜さんにはそれを手伝って貰いたいんです!」

 

「いつか強くなって、大切な人を守れるようになって…父さんや…祐さんの隣に立てるように!一緒に戦って下さい!」

 

深く頭を下げるネギ。それを見ていた明日菜も両手を強く握り、一歩前に出た。

 

「私からも改めてお願い。ネギや祐が困ってる時に力を貸せて、バカな事しそうになってたら引っ叩ける様に!ネギも私も強くなれる様に!私も協力したい!私も一緒に戦わせて!」

 

同じように勢いよく頭を下げる明日菜。二人は暫くその格好で固まる。少しして双方姿勢はそのままに、視線を上げチラチラとお互いを確認しだす。

 

「…明日菜さん、頭あげました?」

 

「…まだ。あんたが先にあげて、私が後だったし」

 

「3、2、1であげましょうか」

 

「わかった」

 

「いきますよ?3、2、1」

 

二人はほぼ同時に頭をあげた。何とも言えない空気が流れるが、それを払拭する様にネギが頭を振って表情を引き締めた。

 

「僕から頼んでおいて今更ですが、本当に良いんですか?きっと、危険な事も沢山起きます」

 

「ほんとに今更ね…覚悟はしてる、って言っても口では何とでも言えるわよね」

 

「でも、私も自分を信じて選んだから。後悔しない為に」

 

「明日菜さん…。はい!わかりました!」

 

ネギは右手を出す。

 

「これから、改めてよろしくお願いします明日菜さん!一緒に強くなっていきましょう!」

 

明日菜がネギの手を力強く握る。

 

「よろしくね、ネギ。必ず強くなって、あんた達をとっちめてやるんだから」

 

「明日菜さん、僕らの事敵か何かだと思ってませんか…?」

 

ネギが少し怯えた様子でそう言うと小さい拍手の音が聞こえてきた。

 

「いや~感動的っすね兄貴、姐さん。良いもん見せてもらいやした」

 

「カモ君!?何時からいたの!?」

 

「最初からいましたぜ兄貴、お二人共真剣だったから声は掛けなかったっすけど」

 

カモはネギの肩に飛び乗り、笑顔を見せた。

 

「一時はどうなる事かと思ったが、無事パートナー成立っすね!良かった良かった…」

 

「たく、調子いいんだから。あんたのせいで私もネギも散々悩んだんだからね」

 

「そりゃないっすよ姐さん、俺っちは良かれと思って提案しただけじゃないっすか」

 

「どうだか…」

 

疑いの目を向ける明日菜。カモはその視線をスルーして本題に入った。

 

「さて御二方。仮契約をする事が決まったところで、さっさとしちまいましょうや」

 

「あ、そうだったね。それで、僕達はどうすればいいの?」

 

「そりゃもう軽くぶちゅっと」

 

言葉の途中で明日菜がカモを握りしめる。

 

「ちゃんと呪文の方でやりなさい!」

 

「じょ、冗談っすよ姐さん…あ、待って待って…!出る!中身が出ちゃう!」

 

「あ、明日菜さん…その辺で…」

 

明日菜が手を離すとカモは陸に打ち上げられた魚のようにビクビクしていた。

 

「す、すげぇパワーだ…。兄貴、良いパートナーを見つけましたね…」

 

「いいから、ほら!さっさと何すればいいのか教えなさいよ!」

 

「わかってますって姐さん。こちらをどうぞ」

 

カモはメモを取り出し、二人に渡す。

 

「今から俺っちが魔法陣を書くから、その中に入って書いてある事を読んでくれればOKっす」

 

「へ〜、こんな感じなんだね」

 

「随分長ったらしい台詞ねこれ」

 

「ちゃんとしたもんすからね。ささ、始めやしょう」

 

そう言って魔法陣を書き始めるカモ。ネギは改めて明日菜を見た。

 

「明日菜さん、僕頑張ります。立派な魔法使いになれるように」

 

「私も強くなれるように頑張る。いろんな意味でね」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「なるほど、二人が仮契約をしたカ。そこは他とは変わらないようネ」

 

とある薄暗い部屋で一人そうこぼした超は、座っていた椅子の背もたれに寄りかかる。目の前に置かれたモニターには今まさに台詞を読んでいる二人が映っていた。

 

「しかし参ったネ、全く先が読めないヨ。ここでは私の先に関する知識がまるで役に立たない」

 

頬杖を突く超は言葉とは裏腹に、その表情は楽しそうに笑みを浮かべていた。

 

「それもこれも彼のせいネ。ほんと、困ったちゃんヨ」

 

ここにはいない人物を思い浮かべ、超は笑みを深くした。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「はい感じました。今僕は噂をされています」

 

横になりながら家でぼーっとしていた祐は誰に聞かせるでもなくそう言った。

 

「最近多いな、俗に言うモテ期ってやつか?参ったな…。トイレ行こ」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

呪文の詠唱も終わり、正式に仮契約を交わしたネギと明日菜。今日は取り合えず帰ろうとなったが、カモがすっと離れていくのが見えた。怪しく感じた明日菜はちょっと用事があると言ってネギと別れると、一人カモの後をつけた。

 

「あれ、ここって祐の家じゃない」

 

カモを少し離れた位置から尾行し、着いたのは祐の自宅だった。それを不審に思いながらバレない様に少しづつ距離を詰める。

 

 

 

 

 

 

トイレから出てきた祐は家のポストを確認する為外へと出る。

 

「ん?新聞が入ってる…。なんでだ?契約してないぞ」

 

ポストを開けると契約していないはずの麻帆良新聞が投函されていた。開いて新聞を確認する。すると一つの見出しが目に入った。そこには『柳洞寺の敷地内にて日本刀を発見。安土桃山時代から江戸時代の物か』と書かれていた。柳洞寺と言えば祐の友人である同級生の実家である。

 

「えっ、マジか。一成に電話してみるかな」

 

「旦那、その前に少しいいですかい?」

 

件の友人に連絡を取ろうとすると後ろから声が掛かる。振り向くとそこにはカモがポストの上に座っていた。

 

「…妖精か」

 

「おっと、俺っちの様な奴をご覧になった事がおありで?」

 

「どうだったかな。でも取り敢えず妖精で合ってるみたいだね」

 

カモは姿勢を正すと頭を下げる。

 

「初めまして旦那、俺っちはアルベール・カモミール。オコジョ妖精であり、ネギの兄貴の使い魔さ。旦那は逢襍佗祐で間違いないっすよね?」

 

「初めましてカモミール。その通り、逢襍佗祐です」

 

同じ様に頭を下げる。感情の読み取れない顔でカモを見た。

 

「ネギの使い魔ね。…なるほど、色々と事が動いたのは君が理由か」

 

「大したもんです旦那。そこまでお見通しとは…」

 

表情には出さないが、カモは内心冷や汗を流していた。

 

「当てずっぽで言っただけだし大丈夫、取って食ったりしないよ。俺は所詮そこらのガキだからね」

 

こんなそこらのガキがいるものかと思ったが口には出さなかった。それなりの覚悟をしてきたとは言え、出来る事なら穏便に済ませたい。

 

「それでカモミール、俺に何か用かな?」

 

「どうか俺っちの事はカモとお呼び下さい旦那。今日来たのは他でもありやせん、遅ればせながらのご挨拶と幾つかの報告があって参った次第です」

 

祐は黙ってカモを見る。カモは素早く脈打つ心臓をそのままに、祐に告げた。

 

「先程、ネギの兄貴と明日菜の姐さんが正式に仮契約を行いました」

 

「それと、旦那のおっしゃる通り、仮契約を二人に薦めたのはこのカモで御座います」

 

「そっか。まぁ、そうなるよね。一つわからないのは、何でそれをわざわざ君が報告してくれたかだけど」

 

「俺っちの存在を隠したところで、遅かれ早かれ旦那にはバレると思ったもんで。それに何より、今のうちに旦那の立ち位置を知っておきたかった」

 

カモが何時になく真剣な表情をとる。それだけカモは今この瞬間に勝負を掛けていた。ここの対応次第で自分の、延いてはネギの今後の置かれる状況が変わるとカモは踏んでいる。

 

「俺の立ち位置…俺の立ち位置ときたか」

 

「旦那、自分で言うのも何だが俺っちは口が回る。色々と信用ならねぇとは思うがこれだけは言える。俺っちはネギの兄貴の味方だ」

 

「兄貴に汚いと思われる手も薦める事だってあるでしょう、だがそれも全て兄貴の為だ。兄貴が目指す場所へ辿り着くのに必要だと判断すればこそっす」

 

祐を見ながらカモは話すが、祐の表情は変わらず感情が読み取れない。ネギや明日菜達と話す姿は何度か観察していだが、その時はよく笑う感情豊かな人物だった。それが今ではまるで機械かと思うほど、感情の起伏を感じられなかった。

 

「そこで旦那に聞かせてほしい。旦那、貴方は何者です?兄貴の味方なんですかい?」

 

祐は暫くカモを見つめると話し始める。

 

「味方だよ、俺はネギの。俺が何者かって事に関しては…麻帆良学園の高校生としか言えない。変な力は持ってるけどね」

 

「兄貴の味方なのは、兄貴が姐さんと仲が良いからで?」

 

「それはあまり関係無いかな。俺はネギと触れ合って、ちゃんとネギ自身を好きになったから」

 

「なるほどね…。それを聞けて一安心でさぁ」

 

深く息を吐くと、今度は深く息を吸い自身に気合を入れる。カモとしてはこれから聞く事の方が不安しかない事だったからだ。

 

「旦那としては、二人に仮契約を薦めた俺っちは悪く映りますかい?」

 

「何も思わない事はないけど、怒りの感情とかはないよ。そもそも明日菜が力を手に入れたいと思うのは、俺の力の事を伝えた時点で予想してた。こうなるだろうからずっと明日菜達には隠してた」

 

カモからすれば、その回答はなかなかの予想外だった。

 

「隠してた理由はそれだけじゃないし、心境の変化もあって力の事は明かしたけど、明日菜をそう思わせたのは自惚れじゃなければ俺も要因の一つだ。あの子も優しい子だから、きっと自分も何かしたいと思わせてしまった」

 

「だから、確かに仮契約を薦めたのは君だ。でも元を正せば明日菜がそれを選ぶきっかけを作ったは俺だ。俺が君に文句を言うのは筋が通らない」

 

「それに、明日菜が力を持とうが持たなかろうが、俺のやる事は変わらない」

 

「何です?旦那のやる事ってのは」 

 

「俺は俺の大切なものを守る。その為にこの力を使う」

 

二人はお互いを見つめたまま口を閉ざす。先にカモが重い口を開いた。

 

「その大切なものってのが姐さんって事で?」

 

「勿論、ただ明日菜だけじゃない。木乃香もネギも…全員言うと長くなるからそれ以外にも結構沢山。人だけじゃないし、自分のものも含まれてる」

 

「それは…姐さん達が旦那以外の誰かと結ばれても変わらないもんですかい…?」

 

再び沈黙が訪れる。祐は相変わらず無表情で、それがカモには恐ろしいものに見えて仕方がなかった。だが、ここまで来たのならば言わねばなるまいと自身に喝を入れた。

 

「正直に白状すると、俺っちは兄貴の仮契約の相手を増やしていきたいと思ってる。その中には木乃香の姉さんも含まれてるし、それ以外にも大勢候補がいるって状態っす」

 

「今はまだ勿論違うが、仮契約を行った上で心身共にパートナーになっていく事は十分考えられる。そうなった時、旦那にとってその人達は」

 

言葉の途中で、祐が初めて表情を浮かべる。カモは思わず言葉を止めてそれを見た。祐はフッと笑ったのだ。

 

「違うよカモ、そもそも前提が間違ってる。俺はみんなが俺の事を好きだから好きになったんじゃない。俺がみんなの事を好きになったから好きなんだ。ん?日本語おかしいか…?まぁ、いいや。なんとなく言いたい事はわかるでしょ?」

 

「は、はぁ…」

 

カモは困惑気味に頷く。困惑の理由はその返答もそうだが、先程までとは打って変わって祐が普段通りの雰囲気に戻ったからだ。

 

「そりゃ明日菜達に彼氏が出来て、今までみたいに気軽に遊べなくなったり会話が出来なくなったら寂しいよ?でも、それで俺の大切なものから外れるなんて事になる訳がない。俺は自分の物にしたいから明日菜達と仲良くなったんじゃない」

 

「周りの環境や人間関係がどれだけ変わろうが、俺が好きになった人が…その人がその人のままなら、それは俺の大切なもののままだ」

 

「その人が変わらない限り、大切だって思いに変わりはないよ」

 

それを聞いたカモは力無く笑う。

 

「はは…こりゃ驚いた…。只モンじゃないとは思っていたが、まさかここまで『いっちまってる』とは…」

 

「失礼な。寂しいとは思うし、相手がよくわかんねぇ変な奴とかだったらそれなりにショックは受けるぞ」

 

「明日菜の事だってそうだ。きっとこれから明日菜は俺の知らない所で色んな出会いをして、色んな経験をする。それは明日菜がどこか遠くに行ってしまうみたいで寂しいと思う」

 

「けど、きっと明日菜が俺の力の事を聞いた時も同じ様に思っただろうから、おあいこだな」

 

「例え明日菜が遠くに行っても、俺なんかの事を忘れたとしても、明日菜が明日菜であるなら俺の大切な人の一人だ」

 

祐はそう言って笑う。その顔は普段周りによく見せる表情だった。

 

「そんな訳で、無理矢理じゃなく双方納得してるなら俺は仮契約の邪魔はしないし止めないよ。無理矢理じゃなく双方納得してるなら!ってとこを忘れない様にね?まぁ、ネギなら大丈夫か」

 

「そこに関しては約束しますぜ。無理強いなんざさせやせんって」

 

「君をネギの使い魔として信じさせて貰う。裏切らないでくれる事を祈ってるよ」

 

「ネギの兄貴に誓って約束致します」

 

祐は納得した様に頷く。

 

「そうだカモ。一つ聞きたいんだけど」

 

「何でしょう祐の旦那」

 

「お前ちょっと前にヘアバンド付けてる美人さんの下着盗もうとしただろ?」

 

「……。何故それを…」

 

「やっぱりお前か!この…うんこ野郎が!」

 

「ゆ、許してくだせぇ旦那!あの時の俺っちは国を渡った一人旅で人肌恋しい状態だったんでさぁ!」

 

「何が人肌恋しいだ!人肌恋しいとか馬鹿みてぇな事言いやがって!」

 

「見ただけ!結果見ただけです!何ならここで何色かお伝えします!」

 

瞬間祐は右手でカモを制した。

 

「俺を見くびるなカモ。間接パンチラなどとふざけた事をしてくれるなよ?」

 

「間接パンチラ…」

 

「すけべってのは自分で行動して掴み取るもんだ。与えられるすけべなんぞに用はない。お呼びじゃねぇぜ」

 

「だ、旦那…」

 

(この漢…出来る!)

 

カモは強い衝撃を受けた。まさかこちら方面でも只者では無いとは…。改めてこの男、もといこの漢の事を再評価せねばなるまい。

 

「旦那、あんたは大した漢だぜ…。このカモミール、感服致しました」

 

「ふっ、よせよ」

 

祐はこれでもかと言うくらいに得意げに笑った。

 

「いやはや、最悪攻撃されるんじゃ無いかと思ったが…杞憂に終わってくれてほっとしてますぜ」

 

「カモって心配性なのか?それとも俺ってそんなバイオレンスな奴に見えたのか?」

 

「いやいやそうじゃないっすけど、旦那無表情になるとおっかねぇですからね」

 

「マジか、じゃあ基本笑っとくよ」

 

「それはそれでどうかと思いますぜ…」 

 

カモは少し呆れて言うと、祐はそれに笑った。先程まで話していた相手と同一人物とは思えない柔らかい印象にカモは先程までの事が幻の様に思えた。

 

「とにかくよかった、旦那が敵じゃなくて。今日は美味い酒が飲めそうっすよ」

 

「プリン体には気をつけようね」

 

「へ、へぇ…。それじゃ旦那、俺っちは今日の所はこれにて失礼しますぜ。またお会いしましょう」

 

「うん、またねカモ。プリン体に負けんなよ」

 

カモは一礼して離れていった。祐は腕を組んで一息つく。

 

「これから色々と変わってくんだろうな。…そりゃそうか」

 

「祐」

 

名前を呼ばれそちらに振り向こうとするが、後ろから両肩を掴まれ止められる。姿は見なくとも声で明日菜だと言うことはわかった。

 

止められた理由はわからないが、祐は取り敢えず振り返らずに会話をする事にした。

 

「どうした?いきなり来るなんて珍しいね」

 

「カモがどこか行くのが見えたからつけてたの。そしたら、ここに来た」

 

「そっか、尾行もできる様になったんだな。成長を感じるよ」

 

しみじみと言う祐。明日菜はそれに反応しなかった。

 

「あれ、明日菜…もしかして」

 

「変わらないから…私は」

 

言葉の途中で明日菜が被せる様に言った。

 

「あんたと一緒、どこに行く事になっても必ず帰ってくる。辛い時は辛いって言うし、困った時は周りに頼る」

 

勢いよく明日菜は祐の背中に抱きついた。変わらず祐から明日菜の表情は見れない。

 

「私も大事なものを守れる様になるから。その中にはあんたも…祐も入ってるから」

 

祐から離れると、すぐに後ろを向く。

 

「そう言う事だから…じゃ、またね」

 

走ってその場から離れる明日菜。今まで黙っていた祐が振り向き、声を出した。

 

「明日菜!」

 

明日菜は立ち止まるが、前を向いたままだった。そのままで祐は続ける。

 

「やっぱりお前は俺の大切な人だ!このままだとお前が嫌だって言ってもお前の事大切な人と思い続けて俺は生きて行くからな!気をつけろよ!」

 

そこで明日菜は振り向くと、真っ赤に染まった顔でぎゅっと目をつぶり思い切り舌を出す。再び後ろを向いて先程とは比べ物にならない速さで明日菜は走り去って行った。

 

その背中を祐は見送る。苦笑いを浮かべながら。

 

「どうすっかな…。このままだと死ぬのが怖くなりそうだ」

 

そう口に出して、祐は少し喜びを感じてた。

 

別に死ぬつもりも無ければ、死んでも良いと思っている訳でもない。だが命の取り合いをしている。自分が死ぬ覚悟はしてきているつもりだ。

 

それでも死を恐れる事が出来るほど、今を生きたいと思えるなら

 

きっと、それは素晴らしい事だ。



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たとえ世界が変わっても

時は遡り、二週間前。

 

祐と士郎が川掃除を行った前日の夕方。あやかは自室で一人考え事をしていた。

 

あやかの住む場所は明日菜達と同じ寮だが、ポケットマネーでリフォームを行い個別に部屋がついている。同室は千鶴と夏美である。

 

あやかは思っていた。最近どうも自分の幼馴染達が変だと。

 

祐は元から変だがそう言った事ではなく、特に明日菜と木乃香は何かが変わった。その何かの正体はわからないが、心境の変化の様なものがあったのは間違いないと思っている。

 

それともう一つ確信している事がある。それは恐らく祐絡みだと言う事だ。

 

特に確証がある訳では無いが、あの二人からほぼ同時期に変化を感じた事、三週間ほど前の女子寮前でのやり取りから察してそうだろうと踏んでいた。

 

「明日菜さんも木乃香さんも、どうも妙です。何か、こう…余裕が生まれた様な…一つ大人になった様な…」

 

そこまで考えて頭を振った。

 

「わかりませんわ…。木乃香さんならまだしも、明日菜さんがどこか成長した様に見えるなんて…。祐さんが関係しているのは間違いないとは思いますが、一体何を…」

 

あやかがある予想に辿り着き、机を叩いて勢いよく立ち上がる。

 

「まっ、まさか…祐さんと明日菜さんと木乃香さんが⁉︎いえ、でも三人ですし…そのまさかの三人でお付き合いを⁉︎」

 

何を馬鹿な事をと思ったが可能性はゼロではない。何せあの三人は小さい頃から取り分け一緒に過ごす時間が長かった。今でこそそんな事はもうしないが、一緒にいれば必ずあの三人は手を繋いでいたくらいだ。

 

「そ、そんな…私の知らぬ間にそこまで進展していたなんて…」

 

頭を抱えて項垂れた様に机に伏す。しかし次第に全身をワナワナと振るわせ始めた。

 

「納得いきませんわ!仮にそういう関係になるのなら、なるかもしれない時点でまず私に話を通すのが筋と言うもの!そもそも祐さん達にそう言った事は早過ぎます!」

 

誰に説明しているのか、あやかは部屋を忙しなく歩き回りながら言った。

 

「特に祐さんは小さい頃から何一つ変わっていないのですから、恋愛と言うものをよくわかっていない可能性があります!そんな状態でお付き合いなどよろしくありません!」

 

「ここは幼馴染代表として、祐さんにはしっかり恋愛とは何であるかを」

 

一人力説をしている時、あやかのスマホが着信を知らせる。画面を覗くと祐からの連絡だった。

 

思わず声が出そうになるが何とか抑え、一度深呼吸をすると通話ボタンを押した。

 

「も、もしもし?」

 

『こんばんは、俺は逢襍佗祐って言います』

 

「知ってます…。何か御用ですか?」

 

相変わらず過ぎる祐に呆れる事で、あやかは少し冷静になった。

 

『来週か…まぁ、再来週でもいつでも良いんだけど、あやかの暇な日を教えて欲しいんだ』 

 

「私の?何かなさるのですか?」

 

珍しい事もあるものだと思った。祐の方から自分の予定を聞かれるなど、初めの事かもしれない。

 

『あやかに話したい事があるんだ。暇な日があるなら、俺に付き合ってほしい』

 

「⁉︎」

 

間違いない。これは先程自分が考えていた事を報告しようとしている。

 

(やはり三人は付き合っている⁉︎まだ決まった訳ではありませんが、このタイミングとなると疑わざるを得ません…。はっ!)

 

そこであやかは祐の目的を予想して一つの答えに辿り着く。そう…これは自分に明日菜と木乃香の二人と付き合っている事を明かし、自分もその中に入る様言うつもりではないのかと。

 

自分とて祐の幼馴染、彼にとって一番身近な異性の一人だ。自慢ではないが容姿端麗、成績優秀、品行方正を地で行く自分を祐がそういう目で見たとて何らおかしな話ではない。と思いつつ、正直言って彼がそういう目で人を見ているのは想像できないが、それは今は置いておく事にした。

 

(明日菜さんと木乃香さんだけでは飽き足らず、この雪広あやかまでモノにするおつもりですか⁉︎なんて事…貴方はいつの間にそんなケダモノになってしまわれたのです!)

 

当たり前だがここまで全てあやかの想像であり、実際祐はそんな事は微塵も思っていない。

 

(しかし何とお答えすれば……って!何を考えているんですあやか!私にはネギ先生という心に決めたお相手がいるではありませんか!キッパリ断る以外あり得ませんわ!それを何故祐さんの様な方に)

 

そこであやかの目に、机に飾ってある写真が映る。それは祐の家にもあった幼い日に幼馴染達で撮った写真である。そこに映る彼の笑顔は今になっても変わらないもの。あやかは祐の笑った顔が嫌いではなかった。

 

『おーいあやか?どうした、死んだのか?』

 

「縁起でも無い事仰らないで頂けますか⁉︎少しぼーっとしていただけです!」

 

「ぼーっとしてる時間長くね?そんなに俺の話はつまらねぇってか!?」

 

「い、いえ…そう言う訳では…」

 

『まぁ、無事ならいいや。んで、暇な日ってある?』

 

「そうですね、少々お待ちください」

 

通話しながら卓上に置いてある愛用の手帳を開く。

 

「来週の日曜日でしたら。いかがですか?」

 

『おし、じゃあその日で。場所はそうだな…麻帆良湖に行きたい』

 

祐の好きな場所、学園都市と外を繋ぐ大橋・展望台・そして今回の湖。あやかも他の幼馴染の例に漏れず、よく祐に付き合わされた場所だ。

 

それを聞いて、気付けばあやかは笑っていた。

 

「相変わらずですね。図書館島ではなく、その湖に行きたがるのは貴方ぐらいですわ」

 

『そうか?あそこいいとこだろ、水も綺麗だし。都会と違って水が死んでない』

 

「死んでない…仰りたい事はわかりますけど…」

 

『ではそういう事で、来週の日曜日な。女子寮の近くの公園で待ち合わせって事で。時間は10時でどうっすか?』

 

「ええ、かしこまりました」

 

『よし、首洗って待っとく』

 

「物騒ですわね」

 

『なんせ相手があやかだからなぁ』

 

「おかしな事が聞こえた様な気がしましたが、聞き間違いでしょうか?」

 

『あっ、バイトの時間だ。失礼』

 

そう言ってこちらの返事を待たず通話を切った。まったくもって勝手な人だと思う。そもそもバイトなんてしていないだろうに。

 

「ふふっ」

 

良くも悪くも変わらない祐にあやかは笑った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

そして約束の日当日。いつもより少し早めに起きたあやかは支度を始めた。

 

「あら?どうしたのあやか、いつもより早いわね」

 

「おはようございます千鶴さん。本日は少し用事がございまして」

 

部屋から出てきた千鶴と挨拶を交わす。夏美はまだ夢の中である。

 

「そうなの。誰かと出かけるのかしら」

 

「ええ、まぁ…」

 

「彼氏、だったりして」

 

勢いよく立ち上がり、千鶴と向き合う。

 

「そんな訳ありませんわ!た・だ・の!お友達です!」

 

「あらあら、ごめんなさい?一緒に行くのは逢襍佗君なのね」

 

「な、何故それを…」

 

千鶴は両手を合わせ、にっこりと笑った。

 

「さっきの反応からもしかしたらと思ったけど、やっぱり逢襍佗君だったのね」

 

「千鶴さん!嵌めましたね!?」

 

「隠さなくてもいいじゃないあやか。幼馴染なんですもの、楽しんでらっしゃいな」

 

「ぐっ…」

 

出会った時からそうだったが、千鶴にはまだまだ敵わなそうだと改めて思ったあやかだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

集合時間より少し早めに公園に着いたあやかは、既に到着している祐の背中を見つけた。近寄ると声を掛ける。

 

「祐さん、お待たせしました」

 

「おっすあやか。早いね」

 

「貴方は少なくとも集合時間の10分前には来ますから。何故かそこだけはしっかりしてますものね」

 

「何を言うか、他もそれなりにしっかりしてるよ」

 

「もう少し客観的な視野を持った方がよろしいかと…」

 

「あやか、何時からそんなブーメラン投げるの上手くなったの?」

 

「どういう意味ですか!」

 

「あっ、もしかして今かぶってる白い帽子は投擲武器か!?お前スピードワゴンだったのか!?」

 

「そんな訳ないでしょう!」

 

スピードワゴンが何なのかはわからなかったが、この帽子は投擲武器ではないので否定しておいた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

それから二人は麻帆良湖を目指し、途中で昼食を取りながらゆっくりと進む。

 

「あやかも明後日には誕生日か、今年の誕生日は楽しみにしといて損はないと思うよ」

 

「気になる言い方ですわ…変な事企んでいるのではないでしょうね?」

 

「大丈夫大丈夫!たぶん驚くけど、きっと良い事があるはずだから」

 

そう笑う祐からそれが本心だという事が分かった。あやかは少し恥ずかしくなり、それをごまかす様に言葉を並べた。

 

「だといいのですけど。くれぐれも私の誕生日におかしな事はしないで頂きたいですわ」

 

「わかった、取り敢えずA組の教室を前日の夜から風船で埋め尽くしておくよ」

 

「やったら張っ倒しますからね」

 

「バイオレンスだよこの人…そう思いませんか?」

 

「えっ?」

 

「人を巻き込むのはおやめなさい!」

 

たまたま隣を歩いていた男性に話しかける祐。当然男性は困惑し、あやかがそれを叱る。さながら親子の様だった。

 

その後もとりとめのない話をしながら歩く二人。どちらも意識する事なく待ち合わせ場所からここまで会話が止まずにいるのは、やはり二人が気心の知れた仲だからに他ならないのだろう。

 

それなりの距離があったものの、気づけば目的地が見えてきた。

 

「お、見えてきた見えてきた。相変わらずでけぇな図書館島」

 

目的地である麻帆良湖の中心には『図書館島』と呼ばれる図書館が存在する。その名の通り浮かんでいる島全体が図書館であり、その大きさは図書館としては世界最大級を誇る。

 

また蔵書の増加に伴った増改築が地下に向かって繰り返された結果、最早その全貌を知る者はいないとさえ言われている。その為図書館島を探索する図書館探検部と言う部活が存在する程である。

 

二人は砂浜に向かうと祐がどこからかレジャーシートを取り出した。

 

「どうぞお嬢さん」

 

「今どこから取り出したんですか…?」

 

「そこからは企業秘密となります」

 

「はぁ…取り敢えずありがとうございます」

 

呆れながらシートに座って帽子をとり、自分の左側に置く。それを見から祐は右隣に座り、暫く二人は湖を眺めた。

 

「変わりませんわね、ここは」

 

「うん。好きな場所だから、ここはあまり変わってほしくないなぁ」

 

どこか遠くを見てそう言った祐をあやかは横眼で見た。

 

「そんじゃ、あやか。本題に入るとするよ」

 

正直言うと、あやかはすっかりその事を忘れていた。久し振りに二人で出かけるという事が先行し過ぎて本来の目的はどこかへ行ってしまっていたのだ。

 

そうだ、自分は爛れた関係となっている幼馴染達を何とかしなければならない。あやかは祐が何か言う前に祐の方を向き、両手をついて前のめりになった。

 

「祐さん!」

 

「えっ、なに?」

 

驚いた顔であやかを見る。まさか今このタイミングで声を掛けられるとは思っていなかった。

 

「人様の恋愛事情にとやかく言うのは褒められた事ではないかもしれませんが、あなた方は私の幼馴染!浅からぬ関係だと自負しております!」

 

「お、おう…そうだね…」

 

「だからこそ言わせて頂きます!祐さん!流石にいきなり二人同時にお付き合いを始めるのはやり過ぎです!」

 

「………ん!?」

 

祐は困惑の表情をより強くした。しかしあやかは止まらない。

 

「確かに、貴方にとって明日菜さんと木乃香さんは比べる事が出来ないほど大切な存在なのかもしれません…。しかしだからと言って一遍になんて!あまつさえその…わ、私まで手に入れようなどと!破廉恥ですわ‼」

 

「お前何言ってんの!?」

 

普段よく言われるこの台詞を、まさかあやかに言う時が来るとは祐は思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

「そ、そうですか。祐さん達は付き合ってるわけではなかったのですね…」

 

その後何とかあやかを落ち着かせ、三人が付き合っているという誤解を解く事には成功した。

 

「逆に何でそう思ったんだよ…」

 

「それは、その…。何やら最近お二人の様子が変わったように思えて」

 

「明日菜と木乃香がか?」

 

「はい、どこか…ほんの少しだけ大人びた様に見えたんです」

 

「なるほどな…」

 

祐はそれを聞いて納得したような顔をした。あやかはその顔を見て確信する。

 

「やはり、貴方は何か知っているんですね」

 

「うん、たぶんあやかに話そうと思ってた事も関係がある」

 

祐はあやかを見る。その表情は真剣で、滅多に見ない表情にあやかは緊張した。

 

「まず、あやかやみんなに隠してた事がある。俺の事だ」

 

「8歳の時、あの事件に巻き込まれた時に…俺は変な力が使えるようになった」

 

右手をかざし、湖へと向ける。掌に虹色の光が集まると、それは光弾となり湖へと飛んでいく。水面を突き抜け大きな水しぶきを上げた。その光景をあやかは黙って見つめている。

 

「これが何かは未だにわかってない。この力でどんなことが出来るのかも手探り状態だ。色んな事が出来るって事はなんとなくわかってるけどね」

 

「これが俺の隠してた事。あやかに話したかったのはこれだ」

 

そこで祐は湖に向けていた視線をあやかに向けると、呆気にとられた顔をした。あやかがこちらを感極まった様な眼差しで見つめていたからだ。

 

「あやか?」

 

思わず祐が名を呼ぶとあやかの右手が祐の頬に触れた。

 

「やっと…やっと話してくださいましたね」

 

あやかは優しく微笑む。頬に触れたその手から温もりを感じる。

 

「貴方が、祐さんが私達に何かを隠している事は…いいえ、何か問題を抱え込んでいる事はわかっていました」

 

次に祐の表情は困惑に染まった。これでも隠す事は、悟られない事にはそれなりに自信があったからだ。

 

「私から聞こうとしなかったのは…きっと、きっと祐さんが私達に話さないのには理由があると思ったからです。本当はすぐにでも聞きたかった。貴方が抱えている物を、少しでも一緒に抱えてあげたかった」

 

「でも、待つ事にしました。いつか時が来たら、私がそれを聞くに値する人物と思って頂けたなら…貴方から聞かせてくれる筈だと」

 

「やっと、そう思って頂けたのですね」

 

祐は表情を暗くした。彼女にこんな風に思わせていた自分の不甲斐なさに耐えられなかったからである。

 

「ごめん、ごめんあやか…。俺が悪いんだ、俺が弱かったからみんなに話せなかった。話すのが怖かった。それ以外の理由もある。でもきっと一番の理由はそれなんだ」

 

不意に今度は身体に温もりを感じる。それはあやかが自分を抱きしめたからだと気付くには、少し時間が掛かった。大分思考が遅れているなと祐は他人事のように思った。

 

「いいえ、貴方は弱くなんかありません。これを伝えるのが簡単な事ではないというくらいは、私にもわかります。それを伝えてくれた貴方は決して弱くありません」

 

僅かにあやかの抱きしめる力が強くなる。その力以上の強い思いをあやかから感じた。自分の身では有り余ると思うほどの強い思いだった。

 

いつだって自分が敏感に感じ取れるのは、基本的に悪意と違和感と自分に害をなす危機感の様な物だけだ。それ以外の物は意識を集中させなければなかなか感じ取れない。

 

それが今、触れ合っているからとはいえ集中せずともこんなに温かい思いを感じる事が出来る。きっと自分がもう少しでも心がまともだったのなら涙を流す事が出来ただろう。

 

涙で心情を現す事が出来ない歯痒さを押しつぶし、あやかを抱きしめ返した。

 

「大丈夫です。祐さんの気持ちは、しっかり私に届いていますよ」

 

祐は今日ほど涙を流せなくなった事を悔やんだ日は無い。どういった意図であやかがそう言ったのかはわからない。それでも、そのあやかの言葉に祐は確かに救われた。

 

「ありがとう、あやか」

 

「今更ですわ」

 

お互いもう一度力を強めると、相手に回していた腕を離して距離を開ける。

 

「なるほど。明日菜さん達に変化があったのは、この事を伝えたからなのですね」

 

「だと思う。これ以外にもあるし、俺の考えが自惚じゃなければ、だけど」

 

「自惚れの心配はないでしょう。それにしても、私があのお二人より後なのは些か納得出来ませんわね」

 

祐が顔を顰めて頭を搔く。

 

「それに関しては申し訳ない…。言い訳に聞こえるだろうけど、本当に順番に意図は無いんだ。ここの所色々と立て込んでて、そのタイミングでこうなったと言うか」

 

「まさか、爆破テロや河童の件ですか?」

 

「ご名答」

 

あやかは片手で頭を抱えた。

 

「はぁ…厄介事に縁のある方だとは思っていましたが、まさかそこまでとは…。そちらの事は話して頂けるのですか?」

 

「聞きたいならいくらでも。…あやか、俺は」

 

「これからも厄介な事に関わる、ですか?」

 

祐は堪らず苦笑いを浮かべた。

 

「参ったな…あやかには俺の事何でもお見通しか」

 

「もう10年ほどの付き合いになります。それに、祐さんはわかりやすいですからね」

 

「こりゃ敵わんわ」

 

「あら、それこそ今更ですわ」

 

祐の手に自分の手を重ねると、その瞳を覗き込む。

 

「何をしても、どこへ行っても、最後には必ず戻って来てくださいますね?」

 

「戻るよ、必ず。絶対に」

 

少しの間見つめ合うとあやかが微笑んだ。

 

「そこまで言うのなら、貴方を信じますわ祐さん。決してそれだけは破らないでくださいね」

 

「約束する。比喩でも何でもなく、命を懸けて」

 

祐はしっかりと頷いた。それを見てあやかも満足げに頷く。

 

すると突然強めの風が吹き、あやかの横に置いていた帽子が湖へと飛んでいく。

 

「まぁ⁉︎帽子が!」

 

「ワイに任しぃ!あやか!これ持っといて!」

 

そう言って祐は肩がけカバンやスマホをあやかに渡すと、湖へと走り出した。

 

「ダァー‼︎」

 

「祐さん⁉︎」

 

上着を脱ぎ、ウルトラマンが飛びかかる時の様な声を出して湖へとダイブする祐。泳ぎ始めると、まだそう遠くへは行っていない帽子を目指した。

 

あやかは驚きつつも、先程の虹色の光を使って何とか出来ないものなのかとどこか冷静に思っていた。

 

一心不乱に帽子を追う祐は遂に帽子を掴んだ。

 

「おっしゃ!獲ったぞあやか!あやか見てるか⁉︎」

 

こちらに向かって大きく手を振る祐。あやかはそれに対して思わず笑ってしまった。

 

(本当、おばかな人)

 

手を振り返し、あやかも湖に近づく。

 

(祐さん。きっとこれから貴方や私の周りで、この世界で沢山の事が起きて、色々な事が変わっていくのでしょうね)

 

 

 

それは人であったり、世の中だったり、世界そのものだったりするのかもしれません

 

変化とは悪い事ばかりではありません。でも、変わらないで欲しいものもあります

 

きっと、誰にでもあるはずです。勿論、私にもあります

 

祐さん、一つだけ…もう一つだけ貴方にお願いがあります

 

たとえ世の中が変わろうとも…たとえ、世界が変わっても

 

どうか貴方だけは、変わらないでいて下さいね

 

 

 

砂浜まで戻ってきた祐は帽子に光を纏わせ一振りすると、あやかに手渡した。

 

「乾いてる…?今のは?」

 

「水分だけ飛ばした。便利だねこれ」

 

「本当ですわね。早くご自分も乾かした方がいいのでは?」

 

「ダァー‼︎」

 

あやかにそう言われた祐は何故かそのまま湖に走って行き、再び湖に飛び込む。

 

「何をしてらっしゃるんですか!?」

 

暫く泳いで満足したのか、陸に上がると光で水分を飛ばして笑顔であやかの元へと帰ってくる。その時だけあやかは祐が大型犬か何かに見えた。

 

「どうしようもない人ですね貴方は…」

 

「それこそ今更、でしょ?」

 

「ええ、まったくもってその通りですわね」

 

きっと彼は変わらない。だからこそ信じられる。

 

決して短くない年月彼を近くで見てきた。だからこそ、あやかは自分のその考えに確かな自信があった。

 

彼はこれからも、自分にとって大切な人だ。そんな事、絶対に本人には言わないが。



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消された一日
突然の交流会


薄暗い蔵の中、一人の少女が生気の感じられぬ顔で立ち尽くしていた。さらに異様なのはその少女が服を一枚も着ていない事と、少女の周辺に異様な姿をした蟲がいる事だ。

 

「魔術師である衛宮の小倅が何の知識も無いとは考えられん。それをお前には探って欲しいのだ」

 

その蔵に老人の声が響く。暗闇で姿はよく見えないが、その声は聞く者の心情を底冷えさせるような冷たさを有していた。

 

「大した才能は感じられんが、用心に越したことはない。なに、異常なまでに人が好いあの小僧の事だ。一人暮らしの手伝をしたい当言っておけば、無碍にはされんだろう。良いな?」

 

「はい、お爺様」

 

その表情に違わぬ感情の無い声で少女は静かに答えた。

 

「それと…もう一人。こちらはそこまで重要ではないが、少し気になる小僧がおる」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「えっ?刹那さんってボーリングやった事ないの?」

 

「はい、お恥ずかしながらやってきた事と言えば剣術ぐらいのものでして」

 

A組の教室で明日菜と木乃香、そして刹那が会話をしていた。木乃香を通じて話す機会が増えた二人は、お互いを名前で呼び合うぐらいの仲になった。

 

「それだけやのうて、ゲームセンターとか遊園地とかも行ったことないんやて」

 

「なるほどねぇ。まぁ、刹那さんて真面目そうだしわからないでもないかも」

 

「せやからウチらでせっちゃんを遊びに連れてこうって話や」

 

「私は構わないけど、刹那さんはいいの?」

 

明日菜がそう聞くと刹那は照れたように笑った。

 

「お二人さえよければ、ぜひお願いします」

 

「オッケー。それじゃさっそく今日の放課後なんてどう?私もバイトないし、水曜だから部活もないでしょ」

 

「私は問題ありません」

 

「ウチも。や~ん、せっちゃんと遊びに行くなんて何年振りやろ」

 

嬉しそうに笑う木乃香を見て二人も笑った。

 

「じゃあ放課後そのままボーリングいこっか」

 

「…ちょっと、なんで美砂が行くことになってんの?」

 

いつの間にか横にいた美砂が当然のように話に入ってきた。

 

「堅い事言わないでよ明日菜」

 

「そ~そ~。私達の仲でしょ~」

 

これまたいつの間に来たのか円と桜子も参入してくる。桜子は明日菜にタコの様に巻き付いた。

 

「大人数になるから今から予約しておくわ」

 

「サンキューハルナ」

 

「ちょっとちょっと!なんか増えてるんだけど!」

 

「明日菜達だけずるいわよ?私達だって桜咲さんと仲良くなりたいんだから。てことでいいでしょ桜咲さん?」

 

「え、ええ…」

 

ハルナが刹那の肩に手を回してそう言うと、刹那は苦笑いしながら答えた。

 

「ええやんか明日菜。大勢の方が賑やかやろ?」

 

「木乃香が良いって言うんだから問題ないね!」

 

「はい、じゃあ集計とるよ~。今日放課後ボーリング行く人~!」

 

『はーい‼』

 

当人達を置いてきぼりにしてどんどん参加者が増えていく。A組は本日も通常運行である。

 

「なんかごめんね…?」

 

「いえ、賑やかなのがこのクラスの良い所ですから」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「なぁ祐、今日暇か?」

 

「なんだ正吉、俺を狙ってるのか?」

 

「お前だけは死んでも嫌だ」

 

「それが親友に言う言葉かね」

 

休み時間。自分の席でぼーっとしていると、正吉が声を掛けてくる。いつもの調子で祐が発言すると、あんまりな返答が正吉から返ってきた。

 

「逆の立場なら何て言うよ」

 

「正吉に俺を狙ってるのかって聞かれたらって事?」

 

「そう」

 

「嫌って言うに決まってんだろ馬鹿かよ」

 

「なんだとテメェ!」

 

「やんのかこの野郎!」

 

二人は取っ組み合いを始めるが、祐が速攻で投げ飛ばされる。と言うより祐が自ら飛んでいった。

 

「こいつ、つえぇ…」

 

「あんたら何してんのよ…」

 

うつ伏せに倒れる祐の背中からしゃがんだ薫が聞いてきた。

 

「母さん…俺悔しいよ…」

 

「誰が母さんよ」

 

「棚町、息子の躾はちゃんとしてもらわないと困るぞ」

 

「こんな馬鹿な子知りません」

 

「君らさっきから酷くない?」

 

仮にB組にクラスカーストが存在するのなら、祐は間違いなく一番下だろう。

 

「んで、今日なんかあんの?俺は暇だ」

 

「それなんだけどさ、私らトゥテラリィだったっけ?そいつらが色々してた時期から全然遊べてなかったじゃない?だらか久々に遊びに行こうってわけ」

 

「そう言う事。だから祐にも声を掛けたんだよ」

 

「なるほどね」

 

あの事件から早一ヶ月が経とうとしている。あれだけ騒がれていた彼らも今ではすっかり過去の存在となっていた。表情にこそ出さないが、祐としてはそれが悲しい事に思えた。

 

「わかった、俺も行かせてもらうよ。純一も来るとしてあとは誰が来るの?」

 

「僕それ今聞いたんだけど…」

 

自分の席から歩いてきた純一がそう言う。

 

「でも来るでしょ?」

 

「行きます」

 

祐がそう聞くと瞬時に答えた。

 

「せっかくだからクラスのみんなに片っ端から声掛けるつもり」

 

「思い切ったね薫」

 

「せっかくだから、ね。どうせ呼ぶだけタダよ」

 

「流石妖怪コミュ力女」

 

「それなんか嫌」

 

「よし、なら早速やっていくか。まずは天海さんに」

 

「あー、春香は来れないって。今日は事務所に行かなきゃならないから」

 

「じゃあ俺も帰るわ…」

 

「うわ露骨」

 

祐は仰向けになると手足を投げ出した。

 

「天海さんがいないB組の魅力って何だ?」

 

「「………」」

 

「そこで黙るなあんたら!」

 

祐の問いに純一と正吉は答える事が出来なかった。

 

「ほら、少なくともここに花がいるでしょ?」

 

「……そうだね!」

 

「何今の間?ムカつくんだけど」

 

「怒んないでよワカメ母さん」

 

「誰がワカメ母さんよ!」

 

「ぐへっ!」

 

怒った薫が祐にチョークスリーパーを掛ける。通常なら背の高さ的に厳しいのだが、祐が地面に寝そべっていた事が仇となった。

 

「まぁまぁ…それより、声掛けるなら早めのほうがいいんじゃないかな?」

 

「そうだな、んじゃ俺らは男連中に声掛けてくるわ」

 

「りょーかい」

 

「薫さん…そろそろ技解いて頂けませんか…」

 

腕をタップすると、薫が腕の力を緩めた。

 

「危ない…全部出でるとこだった」

 

「全部って何よ。アホな事言ってないでほら、手伝って」

 

「ふぇ〜い」

 

差し出された手を取り、祐が立ち上がる。

 

「まずどこから攻めようか?」

 

「私は楓達から攻めるわ」

 

「よし、じゃあ俺は遠坂さんを攻める」

 

薫が少し驚いた様な顔をする。

 

「マジ?いきなり最高難易度いくの?」

 

「え、何で?全員に声掛けるんでしょ?」

 

「いや逢襍佗、無駄だと思うぞ」

 

後ろから声を掛けてきたのは楓だった。横には由紀香と鐘もいる。

 

「何でや蒔寺氏」

 

「蒔寺氏?まぁ、いいや…遠坂は誰かと遊びに行くって事を滅多にしないんだよ。私は!遊んだ事あるけどな!」

 

どこか自慢げに語る楓を由紀香は苦笑いで見ていた。

 

「蒔寺さんが良いなら誰でも良さそうだけどなぁ」

 

「逢襍佗、表出ろ」

 

「それは置いておいて、実際遠坂嬢が難攻不落なのは有名な話だ」

 

「そうなんだ、燃えてきたな…」

 

「やっぱこいつ頭おかしいだろ」

 

「蒔ちゃん流石に失礼だよ…」

 

何故か闘志を燃やし始めた祐は、勇み足で綾子と話している凛の所へ向かった。それを見送り、薫が三人を見る。

 

「因みに三人は今日暇?良かったらパーっと遊ばない?」

 

「いいぞ」

 

「うん、私も」

 

「ふむ、たまには良いか」

 

「よーし、女子三人確保!」

 

薫による三人娘の勧誘はすんなり成功した。純一と正吉に遊びに誘われた男子達は、少なくとも女子が四人来る事が確定しガッツポーズをした。

 

「失礼御二方、今よろしいですか?」

 

「どうした逢襍佗?そっちから話し掛けて来るなんて珍しい」

 

綾子が反応すると、凛も祐を見る。その視線は僅かにだがこちらを警戒している様に感じた。

 

「なんか今日みんなで遊ぶって事になったんだけど、お二人もどうですか?宜しければぜひ」

 

「ふーん…まぁ、私は良いけど。遠坂はどうする?」

 

聞かれた凛は、振られた話題とは裏腹に真剣な表情で考え始める。それを見ていた祐はすげぇ悩んでんなぐらいに思っていた。

 

やがて視線を祐に向けると、にこやかに笑いかけた。

 

「皆さんさえ良ければ、ご一緒しようかしら」

 

「「マジっ⁉︎」」

 

後ろで一連の流れを見ていた薫と楓が声を揃えて叫んだ。男子は拳を天に掲げた。

 

「ほんと?やったー!勝ったぜ!イェェェェェイ‼︎」

 

そう言って祐は走って教室から出て行く。クラスメイト達は困惑した顔でその背中を見送った。彼は何に勝ったのだろうか。

 

「驚いた、遠坂が行くって言うなんて」

 

「私だってたまには良いかなって思う事ぐらいあるわよ」

 

綾子と凛が小声で話す。凛が誘いに乗った事に楓は何故か不満げだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

一年C組の教室でリトは机を挟んで友人の猿山と世間話をしていると、ドアから祐がこちらに走って向かってくるのが見えた。その姿を目で追っていると祐が目の前にくる。

 

「やったよリト、俺勝ったよ」

 

「いや何にだよ」

 

「世の中の風潮に?」

 

「何でお前が疑問系なんだよ…」

 

「おっ、猿山久し振りだね。元気?」

 

「お、おう…元気でやってるよ」

 

「そりゃ良かった。あっ、梨穂子。俺勝ったよ」

 

「あれ、祐?…何に?」

 

忙しなく今度は梨穂子に近寄った祐の背中を先ほどのB組と同じ困惑した目で見つめるリトと猿山。

 

「あいつ相変わらずだな…」

 

「ああ…」

 

気付けば先程の事は何処へやら、祐と梨穂子は既に別の話題で楽しそうに話している。それに対して近くにいた梨穂子の友人が呆れた顔をしていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

放課後、予定通りA組は学園都市内のボーリング場へと向かう。三人で話していた事が、最終的にはクラスの半数以上が参加する形となっていた。

 

「あれ?いいんちょネックレス着けてる。珍しいね」

 

「え、ええ。誕生日に頂いたものですわ。学園にいる際には着けていませんが、それ以外では着けてみようかと」

 

あやかの首元に掛けられていた物にまき絵が反応する。そこにはあやかの髪と同じ色をした花のネックレスが着けられていた。

 

「へぇ〜、かわいいねそれ。誰から貰ったの?」

 

「えっ⁉︎いやそれは…」

 

「あっ、いんちょそれ着けてるんか。良かったなぁあす」

 

「だあ〜〜‼︎ストップ!ストップ!」

 

横から顔を出した木乃香が何かを言いかけた瞬間、明日菜が素早く木乃香の口を手で塞いだ。

 

「ど、どうしたの明日菜…?」

 

「な、何でもないわよ?気にしないで!アハハハ!」

 

その光景にまき絵は首を傾げる。その後あやかの方を向くと、いつの間にか集団の先頭に出て早歩きで進んでいた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「おっしゃ〜!今日は腕が千切れるまで投げまくるわよ!」

 

『おー!』 

 

「そこまで追い込むものなのですか?」

 

「刹那さん、基本的にうちのクラスの言う事は話半分に聞く方針でいこう?」

 

ボーリング場へと着いた一行は手続きを済ませ、エスカレーターで指定された階に向かう。

 

「あの…私はお金払わなくていいんでしょうか?」

 

「幽霊価格って事でいいんじゃないかな?」

 

「風香と史香は大丈夫?重いボール投げられる?」

 

「馬鹿にすんな!」

 

「パルは私達の事なんだと思ってるですか…」

 

「幼稚園児」

 

「「ひどい!?」」

 

風香と史香は中等部の時から多少背は伸びたが、未だに高校生はおろか中学生にも見えるか微妙なラインだった。本人達からすれば誠に遺憾である。

 

「ボールに振り回されて、自分ごとレーンに行かない様にね」

 

「美空まで!?」

 

「行くわけないだろ!」

 

そんな話をしながら目的地に着くと既に先客がボーリングを行なっていた。

 

「必殺!逢襍佗ボンバー‼︎」

 

「自分ごとレーンに突っ込んだぞ!?」

 

「何やってんのよ!あの馬鹿!」

 

「アイツやっぱり頭おかしいって!」

 

「お客様!困ります!」

 

A組の全員がその光景を黙って見つめていた。あやかに至っては頭を抱えている。

 

明日菜も呆れてその光景を見ていると、飲み物を取りに行っていたのか、コップを持ちこちらの近くで同じ様に呆れた視線で見ている凛と目があった。

 

「あら?貴女確かA組の…」

 

「あ、どうも」

 

「逢襍佗ボンバー!リターンズ!」

 

「お客様⁉︎」

 

気づくとあやかは猛スピードで祐に向けて走り出している。祐がシバかれるまで残り2秒の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

あの後A組とB組が顔を合わせ、あれよあれよと言う間にクラス同士での交流会が行われる事となった。

 

何故そんなものを持っていたのかは分からないが、グループ分けアプリなるものをインストール済みだった桜子主導の元グループ分けが行われた。祐は隅でボロ雑巾の様に捨てられている。

 

祐と同じ班になった夏美が恐る恐る祐に近づき、同様に同じ班の美空も近寄る。

 

「あ、あの… 逢襍佗君、大丈夫?」

 

「うん大丈夫。村上さんと春日さんが同じグループか、よろしくね!」

 

「よ、よろしく」

 

「逞しいね逢襍佗君…」

 

しっかり話す事が初めてなのもあり、夏美は緊張した様子で美空はいつも通りであった。

 

 

 

 

 

 

「えっと、よろしくお願いします。神楽坂明日菜です」

 

「こちらこそよろしくね神楽坂さん。遠坂凛です」

 

凛・薫と同じグループになった明日菜が緊張気味に挨拶すると、凛がにこやかに返す。

 

「私は棚町薫、よろしくね!いきなりだけどさ、神楽坂さんて祐達の幼馴染の人?」

 

明日菜と凛達は体育の授業で一緒にはなるものの、話す機会も無かった為殆ど初対面と大差ない状態だった。

 

「あれ?何でそれを?」

 

「祐と純一がね、A組に何人か幼馴染がいるって言っててさ。一人はリボンと鈴が目印だって」

 

「なるほど…はい、幼馴染の一人です。純一は大丈夫だと思うけど、祐のやつはクラスで変な事してませんか?いやしてるか…」

 

そう聞く明日菜を見て薫は笑った。

 

「何言ってるかわからない事も多いし突拍子もない事よくやるけど、それでもいつも笑わせてもらってるわ」

 

「ねぇ、神楽坂さん。神楽坂さんから見て逢襍佗君ってどんな人?」

 

「私から…ですか?」 

 

凛からの質問に明日菜は呆けたような顔をする。

 

「ええ、逢襍佗君って結構謎な所が多いから。幼馴染の貴女から見た印象を知りたいなって」

 

「あ〜、それ私も気になるかも」

 

二人からの質問に明日菜は腕を組んで頭を捻る。

 

「見たまんまですよ。馬鹿な事やる時も多いですけど、決して悪いやつじゃないんで。まぁ、その…よければ見捨てないでやってください…」

 

「まさか、安心して。あんな面白いやつ見捨てたりしないわ」

 

「そう言って貰えると助かります」

 

「それと、私ら同い年なんだし敬語なんていらないって。私の事は好きに呼んで?」

 

明日菜は一瞬不思議そうに薫を見ると、やがて柔らかく笑った。

 

「うん、よろしくね薫。私は明日菜って呼んで」

 

「オッケー!よろしく明日菜!う~ん…な~んか明日菜からは苦労人の気配を感じるわ」

 

「そんな事は…どうだろう…」

 

ものの数分ですっかり打ち解けた二人。凛はそれをお淑やかに笑いながら見る傍ら、周りに悟られぬ様明日菜を注意深く観察していた。

 

 

 

 

 

 

「なんかごめんね逢襍佗君、せっかくの班分けの相手がA組の地味な子で」

 

「ちょっと待って、それって私も含まれてる?うちの濃いのに比べたら地味なの否定はしないけど」

 

瞬時に復活した祐は夏美・美空と席に着いてゲームのセッティングを行っていた。画面を操作していた祐が振り向いて夏美を見る。

 

「そんな寂しいこと言わないでよ村上さん。あんなに面白い話書けるんだからもっと自信持って」

 

「面白い話?」

 

「逢襍佗君、私村上〇樹じゃないよ…」

 

「凄いよ村上さん!欲しかった返しだよ!瞬時に持ってきてくれた村上さんから類稀なる才能を感じる。きっと貴女とはいい会話が出来る」

 

「あ、ありがとう?」

 

「じゃあ逢襍佗君、私は?」

 

「その髪型素敵。あと春日さんは健康的でセクシーだよね」

 

「お、おう…」

 

「ちょっとちょっとお兄さん、ウチのクラスメイトナンパするなら私を通してもらわないと」

 

「あらあら夏美ちゃん、妬けちゃうわね」

 

「逢襍佗はそういうタイプだったとは、少々意外だな」

 

「おいおい逢襍佗、あまり感心しないなぁ」

 

話を聞いていた隣のレーンから和美・千鶴・鐘・綾子が声を掛けてきた。

 

「ち、ちづ姉!揶揄わないでよ!」

 

「いかんな、このままでは軽薄な男と思われてしまう。ちゃんと責任感を持っている男だと証明する必要があるな…。という訳で、結婚しましょう那波さん」

 

「今千鶴は関係なかったでしょ!」

 

「困ったわ、あやかに何て言おうかしら?」

 

「乗るな乗るな!」

 

「那波嬢は意外と冗談を言うタイプか」

 

「うーん、氷室さん冷静!」

 

和美はツッコミに大忙しになった。

 

 

 

 

 

 

「あちゃ~、二本残ってもうた」

 

「気にしない気にしない!切り替えてこう!」

 

「力加減が難しいですね…」

 

「桜咲さんて結構力持ちなんだね」

 

「え、ええ。昔から剣道を嗜んでいましたので」

 

木乃香・刹那・楓・由紀香の四人は真っ当にボーリングを楽しんでいた。

 

「おっしゃー、近衛の仇を取ってやる!見といて!」

 

「蒔寺ちゃん頼むで~」

 

意気揚々とレーンに立つ楓。慣れた様子でボールを投げると、見事に全てのピンを倒す。

 

「へへ~ん!どうよ!」

 

「お~、ストライクや」

 

「お見事です」

 

満面の笑みで木乃香達とハイタッチをしていく楓。相当ご機嫌なようである。

 

「蒔ちゃん凄いね」

 

「なぁに、ようやく体が温まってきたところよ!なんせ私は『麻帆良の黒豹』だからね!」

 

「それ気に入ってるんだ…」

 

因みに麻帆良の黒豹は自称であり、まだ誰にも呼ばれてはいない。すると横の方から歓声が上がる。四人がそちらの方を向くと、歓声の元は明日菜達のレーンのようだった。

 

「すごっ!あの二人今のところ全部ストライクじゃん!」

 

「さっすが明日菜!運動神経だけは抜群だね」

 

「頑張れ明日菜ー!ここで負けたらなんも勝てないぞー!」

 

「せめて!せめてスポーツだけは!」

 

「うるさいわよ!」

 

「私こんな二人に挟まれてすっごくやりにくいんだけど…」

 

「ご、ごめんね薫…」

 

二人の異常なスコアに思わずそう言った薫に明日菜が苦笑交じりに声を掛けた。

 

「おっ、これは面白いものが見れるかも」

 

「美綴さん、どういう事?」

 

同じ様にその光景を見ていた綾子に和美が聞く。

 

「いやね、あの子に当てられて遠坂の目がマジになってるからさ」

 

そう言われて和美も凛を見る。確かにその顔は真剣そのものだった。

 

明日菜の番が終わり凛に回ってくる。ボールを取りに向かいながらふと明日菜と視線が合うと凛が口を開いた。

 

「本気でいきましょう。手加減は無しね」

 

一瞬キョトンとした明日菜だったが、すぐさまニッと笑う。

 

「もちろん!」

 

 

 

 

 

 

「はぁ、勝負事になるとすぐ熱くなるんですから」

 

「それは委員長も同じと思うネ」

 

「あら超さん、私はもう少し冷静でしてよ?」

 

「まぁ、そう言う事にしておくヨ」

 

飲み物を取る為、少し離れた場所からあやかが明日菜達を見ていると超が同じようにコップを持ってやって来る。

 

「それにしても、良いペンダントネ。素敵な誕生日プレゼントを貰ったようで羨ましいヨ」

 

「え、ええ。そうですわね…」

 

「明日菜サン達もいいセンスしてるネ」

 

「確かに少し意外で…超さん!?なぜそれを!?」

 

あやかが一瞬で顔を赤くする。

 

「なに、私の情報網を以てすれば大抵の事はお見通しネ。心配せずとも誰かにばらしたりはしないヨ」

 

「本当に侮れませんわね貴女は…」

 

超はにっこり笑うとペンダントを見る。

 

「その花はジャスミンカナ?委員長の髪と同じで黄色、黄色のジャスミンの花言葉は『優美』と『優雅』。そして委員長の名前…なるほどネ」

 

そう言ってあやかの顔を覗く。

 

「な、何ですか?」

 

「委員長、愛されてるネ」

 

「超さん!」

 

さらに赤みを増してあやかが叫ぶと超は愉快そうに笑った。

 

そんな中超がある方向に視線を向ける。釣られてあやかもそちらに視線を向けると、そこは祐達のレーンだった。

 

「周りが注目してない今こそ絶好のチャンスだよ村上さん!今ならばれないって!殻を破っていこう!」

 

「やっちゃえやっちゃえ夏美!」

 

「む、村上ボンバー!」

 

おかしな格好でボールを投げる夏美。祐と美空は大盛り上がりである。

 

「良い!良いよ村上さん!新しい村上さんの誕生だ!ハッピーバースデー村上さん!」

 

「アッハッハッハッ!夏美最高!」

 

あやかが急いで祐達の所に走っていく。

 

「祐さん!うちの夏美さんに変な事を教えないでください!」

 

「はっ!?ばれてる!」

 

焦る祐にあやかが掴みかかり拘束すると、そのまま流れるようにコブラツイストを決める。

 

「アーー‼」

 

「ギブ?逢襍佗君ギブ!?」

 

「しない!ノーギブ!いや!Never give up!」

 

レフェリーとなった美空に祐が首を横に振る。

 

「うむうむ、仲良き事は美しき哉。なんてネ」

 

因みに明日菜と凛の勝負は双方パーフェクトを達成し、引き分けとなった。



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消された一日(前編)

時刻は22時。家々の明かりも消え始めた時間に仕事帰りの男性が自宅へと向かっていた。

 

普段通りの帰り道を歩いていると、ふと夜空を見上げる。そこには星の光に紛れて移動する赤い光が見えた。飛行機か何かだと思いつつ、歩きながら見つめていると少しづつその光が近づいてきている事に気が付く。

 

足を止めてその光を注意深く見つめると全貌が見える。それは正にUFOと呼んで差し支えない物であった。唖然としていると男性は眩い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

ふと気が付くと男性は自宅の部屋に立っていた。先ほど何かを見ていた気がするがよく思い出せない。辺りを見渡しながら、疲れているのかと目を擦っているとスマホが着信を知らせる。画面を覗くと同僚からの連絡だった。不思議に思いつつ電話に出る。

 

「もしもし?」

 

『やっと出たか!お前今日何してたんだよ!ちょっとした騒ぎだったぞ!』

 

男性は同僚の言ってる事がわからず首を傾げる。

 

「何言ってんだ?さっきまで一緒に仕事してたろ」

 

『はぁ!?今日はお前会社来なかっただろ!朝から電話したのに出なくて何かあったと思ったぞ!』

 

益々同僚の言っている事が理解できない男性。しかしこの同僚はこんな嘘を言うタイプの人間ではない。それに雰囲気からして冗談を言っているようにも聞こえない。男性は恐る恐る聞いた。

 

「…なぁ、今日って何日だ…?」

 

『7月7日だけど…お前大丈夫なのか?』

 

男性は画面を切り替える。そこには覚えのない大量の着信履歴と未読の文章が表示された。男性は腰を抜かし尻もちをつく。

 

『おい、もしもし?もしもし!?』

 

男性は冷や汗を流す。そもそも自分の勘違いでなければ、今日は間違いなく7月6日のはずだ。会社の同僚達と明日は七夕だと話していた。しかし表示は7月7日と出ており、無かったはずの連絡も確認できた。だとすると自分は7月7日に一体どこで何をしていたのだろうか。男性は暫く放心状態となっていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「何か最近怪しい話が出始めてますよね?」

 

「ん?怪しい話って?」

 

「それってあれですか?一日だけ行方不明になるって言う」

 

麻帆良学園高等部の職員室。小萌の言った事に麻耶が聞き返すと、同じく聞いていたしずなが小萌に聞く。

 

「そうです!ここの所頻発していて、行方不明になった全員が同じ事を言ってるというものです!」

 

「同じ事?」

 

「はい。一人で夜道を歩いていて、気が付いたら24時間経っていたと言う証言をしているんです」

 

「つまり一日ぼーっとしてたって事?」

 

「それが、その日一日行方不明になった人物を目撃した人がいないそうなんです。しかも本人は一日経っていた事に自分では気づいていないので、原因は未だ不明なんです」

 

それを聞いて麻耶は疑うような顔をした。

 

「それってただ嘘をついていたって事はないの?」

 

「まぁ、その可能性はありますね」

 

小萌の言葉にしずなは苦笑いしながら自分の意見を言う。

 

「でも場所や人も一貫性が無いらしいので、何とも言えませんね」

 

麻耶はため息をつくと、疲れた顔で眉間を揉み始めた。

 

「十数年前なら何言ってるので済ませたけど、今の世の中の事考えるとそうも言えないのが面倒ね…」

 

「怪獣が出たとか、怪人を見たとか言っても嘘と断言出来ないですからね。どちらも実際いますし」

 

「逆にそれをいい事に嘘をつく輩も出るし、難しい問題じゃん?」

 

麻耶の背中を優しく摩りながら黄泉川愛穂が話に入ってきた。

 

「愛穂先生はどう思われます?この話」

 

しずなにそう聞かれた愛穂は腕を組んで視線を上に向けた。

 

「宇宙人の仕業、だったりして」

 

「可能性はあるからリアクションに困りますよ…」

 

麻耶はより疲れた顔をした。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「一日行方不明?」

 

「そう、今ネットを中心に話題になってるの。その感じだと逢襍佗君はよく知らないみたいね」

 

昼休みに外のテラスで昼食を取っていた祐。するとやって来た和美が向かいに座り、挨拶もそこそこに先程の話をした。祐の反応を見て、和美は更に詳しくその内容を語る。

 

「つまり一日だけ行方不明になって、その後本人は何事もなく帰ってくると」

 

「それだけでもおかしな話なんだけど、何より一番気になるのは本人がその行方不明中の事を何も覚えてないって事なのよ」

 

「なるほど…」

 

食事を終え、手を合わせると祐は腕を組んで少し考え始めた。

 

「確かに不思議で興味深い話ではあるけど、どうして朝倉さんはこの話を俺に?」

 

そう言われた和美は笑って祐を見る。

 

「もしかしたら逢襍佗君、この事件に関わるかもしれないからさ」

 

「何でよ…起きてるのは学園外での話でしょ?もしかして片っ端から事件に首突っ込んでると思われてる俺?」

 

「首を突っ込んでるのか巻き込まれてるのか、もしくはその両方かって考えてるけど、どう?」

 

試す様な視線を受けて祐は頭を掻いた。

 

「いやどうって言われても、普通に暮らしてるだけだよ俺は」

 

「ふ〜ん」

 

「おうおう、信じてないのが伝わってくるよ朝倉さん」

 

和美は改めて笑うと席を立つ。

 

「まっ、この場はそれで収めてあげる。またね逢襍佗君」

 

「あ〜い」

 

背中を向けて歩き出す和美。祐がその背中を見ていると立ち止まり、こちらに振り向いた。

 

「そうそう、行方不明者は場所も性別も年齢もバラバラだけど唯一の共通点があるの」

 

祐は視線で続きを促した。それを和美が受け取り、続きを話す。

 

「行方不明者は全員一人暮らし。これがどう意味があるのかはわからないけど、何の関係もないとは思えないわ。じゃあね」

 

小さく手を振り、今度こそ和美は教室へと戻って行った。祐は少しの間遠くをぼんやり眺めると、荷物を持って席を立った。

 

 

 

 

 

 

祐も教室へと戻っていると見知った顔を見つける。

 

「やぁやぁ、慎二君じゃないか」

 

「げっ、逢襍佗…」

 

呼ばれた少年『間桐慎二』は祐の顔を見て面倒臭そうな顔をした。

 

「げっ、とは何だね慎二君。君と僕の仲じゃないか」

 

「自然と肩を組むな!」

 

スッと肩を組むと、瞬時に払い除けられてしまう。

 

「相変わらず尖ってんねぇ、そんなとこも嫌いじゃないぞ」

 

「お前、少し見ない間に厄介度が増してないか…」

 

「俺も日々進化しているんだよ慎二。いずれ第二形態に移行する予定だよ」

 

「頼むから第一形態のまま消滅してくれ」

 

「そうなったらお前を巻き込んで自爆してやるからな!」

 

「傍迷惑すぎるなお前!」

 

少々乱暴に頭を掻くと慎二は祐を見た。

 

「逢襍佗、僕はこれでも忙しいんだ。何せうちのDクラスはA組に勝るとも劣らない問題児だらけだからな。僕がしっかり纏めないと成り立たないんだよ」

 

「問題児?ああ、当麻とかだろ?困ったもんだね」

 

「そうだけどお前が言うな問題児」

 

「何言ってるかわかんないわ」

 

祐は首を傾げる。慎二の言ったことを理解出来ないといった顔で、慎二はこめかみに青筋を立てた。

 

「自覚が無いところが更に厄介だな!」

 

「愛してるぞ慎二!」

 

「うるさい馬鹿!」

 

慎二は祐に背を向けると歩き出す。

 

「あれ?もう行くのか?」

 

「言ったろ、僕は忙しいんだ。それにお前に関わってると碌な目に合わない」

 

「そんな事ないだろ、中一の時の山登りの遠足とか最高だったじゃん」

 

「それが最たる例だろ!あれのせいで僕の人生観は変わったんだからな⁉︎」

 

思わず振り返り、祐を指差した。怒り心頭といった具合である。

 

「どんな風に変わったのよ?」

 

慎二はどこか遠い目をして語り出した。

 

「僕が一番に求める物が平穏になったんだよ。劇的な事なんて起こらなくていい、ただ静穏に暮らせていればそれで十分と思える様になったんだ」

 

「ジジイみたいだな」

 

「誰のせいだ!誰の!」

 

大きくため息をつくと、再度祐を指差した。

 

「言っておくけど逢襍佗、僕はもうあんな大怪獣バトルに巻き込まれるのはごめんだからな!頼むから僕に面倒事を持ってくるなよ!」

 

「わかったよ慎二。ところで最近起こってる行方不明の事件なんだけど」

 

慎二は脇目も振らず全力疾走で祐から離れていく。それを見た祐は楽しそうな笑顔を浮かべた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

19時を過ぎた頃、本日の仕事を終えた愛穂としずなが教員室から出てくる。

 

「は〜、今日も一日終わった終わった」

 

「新学期が始まってもう三ヶ月ですね。早かった様な長かった様な…」

 

「私はあっという間だったかな。色々と騒がしかったからね」

 

「ええ、本当…この三ヶ月だけでも色々ありましたからねぇ」

 

疲れた様に言うしずなに愛穂は笑うと、やがてその表情をつまらなそうに変えた。

 

「でもうちのクラス、良い子ちゃんばっかりで張り合いがないんだ。若いんだからもっとやらかしてくれてもいいじゃん?」

 

愛穂が担当する2年E組は他の濃いクラスに比べれば確かに地味かもしれないが、至って普通のクラスである。

 

「良い子なのが一番だと思いますが…」

 

「え〜、そうかぁ?」

 

苦笑いで返すしずなと変わらずつまらなそうな愛穂。

 

「その点一年のA組とD組は面白いじゃん、高畑先生とネギ先生、小萌先生が羨ましいじゃんよ」

 

「まぁ、賑やかな子達ですからね」

 

「あとB組!女子も男子もなかなか面白い連中じゃん?特に、逢襍佗には結構期待してるじゃん」

 

「ああ、逢襍佗君ですか。確かに何かと話題に事欠かない子ですね」

 

「除霊されそうになってる幽霊の女の子を助ける為に朝のホームルームを欠席するとか流石に笑ったじゃん」

 

「あれは私も驚きましたよ。実際幽霊を初めて見ましたし」

 

しずなも祐の話はよく聞く。主な情報源は担任の麻耶で特にA組所属の幽霊少女、つまりさよの一件が起こった当初などは職員室もそれで話題が持ちきりだっだ。

 

そんな話をしながら、二人はそれぞれの帰路に別れる。

 

「それでは愛穂先生、明日もよろしくお願いします」

 

「おーう、お疲れじゃんしずな先生。帰り道気をつけてな」

 

「はい、愛穂先生も」

 

「私は心配ご無用じゃん」

 

「ふふ、そうかもしれませんね」

 

しずなは笑うと会釈をして帰っていった。暫くその背中を見送り、愛穂も歩き出す。

 

 

 

 

 

 

車で通勤をしている愛穂はマンションの駐車場に車を停め、自宅へと向かう。その途中空を見上げると赤く点滅する光が遠くに見えた。その光が地上に近づいているように見えた愛穂は妙な胸騒ぎを感じ、駆け足で光を追いかけた。

 

段々と近づく赤い光、その正体が飛行物体であると確認できる距離まで近づいた。走るスピードを上げつつ見失わない様視線は逸らさない。すると少し先に、一人の女性が光を見て立ち止まっているのが見えた。

 

愛穂が女性に声を掛けようとしたその瞬間、飛行物体から光が放たれ女性を包む。すると女性が光を渡って飛行物体へと吸い込まれていく。

 

「おいおい…ちょっと待つじゃん!」

 

走って何とか女性を掴もうとするも距離がありすぎた。女性は完全に姿を消し、飛行物体(UFO)は上昇を始める。空に飛ばれたのでは手が出せない。証拠だけでもとスマホを構えるも、どういった訳か画面にノイズが走り反応しない。

 

「まさか、電波障害か…!」

 

悔しさからUFOを睨みつける。それを嘲笑うかのようにUFOは夜空へと消えていった。

 

拳を握り締めるとスマホが機能を取り戻す。愛穂は無駄かもしれないとは思いながらも、警察へと連絡した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

翌朝。何時ものように学園へと登校中の祐の耳に周りの会話が入ってくる。

 

「ねぇねぇ見た?今朝のニュース」

 

「見た見た!また行方不明者が出たんでしょ」

 

「しかも今回はここからそんな遠くない所だし」

 

「マジやばいよね」

 

自宅にテレビを置いていない事と、スマホを必要な時以外あまり触らない祐にとってその話は初耳であった。これからはもう少し情報にアンテナを張るべきかと考えていると別の方からも同じ話題が聞こえてくる。

 

「なんか今回は目撃者がいたんだろ?」

 

「らしいね、でもUFOが来て人をさらって行ったって話でしょ?」

 

「どこまで信じていいかわかんないよなぁ」

 

「同感、あり得る話だけど証拠がないとね」

 

そんな会話をする生徒達を横目で見つつ、祐は教室へと向かった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

職員室にて自分の席に座りながら、眠そう且つ不機嫌そうな愛穂が腕を組んで机の上のノートパソコンを睨みつけていた。

 

「よ、黄泉川先生…機嫌が悪そうです…」

 

「まぁ、しゃあないわ。なんせ証言したのに反応が悪かったんやろ?」

 

「彼女の人となりを知ってるなら疑わないでしょうけど、なんせUFOですからね」

 

少し離れた場所で小萌・ななこ・瀬流彦が小声で話す。

 

昨夜警察に連絡した愛穂はそのまま事情聴取を受けた。彼女が教員である事、そして超能力者事件などを管轄する政府公認の組織である警備員(アンチスキル)であった事から無下にはされなかったものの、担当した警官からの反応は芳しくなかった。

 

存在は確認されているものの、宇宙人が表立ってこの地球で事件を起こした事は今のところ無かった故の反応だったのかもしれない。もし愛穂の言う事が本当なら、この事件は超常犯罪対策部が担当する事になるだろうと言われ、一先ず自宅へと帰された。

 

同じ体育担当な事から仲のいい二ノ宮が愛穂の肩に手を置く。

 

「愛穂、あんまり寝れてないんでしょ?無理しないでよ?」

 

「大丈夫じゃん、と言うかイライラして寝れなかった…」

 

「どうどう」

 

そう言って背中を摩る。二ノ宮としては愛穂を信じてはいるが、懐疑的な態度だった警官達の気持ちもわからないでもなかった。

 

「ネギ先生はどう思います?UFOの話」

 

それを少し心配そうに見るネギ、すると横から声を掛けられる。養護教員の一人である御門涼子だった。

 

「御門先生、そうですね…僕は信じます黄泉川先生の事」

 

「それは何でか聞いても?」

 

「まず大前提に黄泉川先生は噓をつく人じゃありませんから。それについ最近幽霊も妖怪もこの目で見ましたし、UFOが何かしていてもおかしくないですよ」

 

「あら、意外と経験豊富なのねネギ先生」

 

そう言って笑い掛ける涼子。本人にそのつもりはないのだが、それでも溢れ出る大人の女性の魅力にネギは顔を赤くした。離れた場所から見ていた他の男性教員も顔を赤くした。

 

「ところでネギ先生、その肩に乗っているオコジョは何なのかしら?」

 

「えっ?ああ!この子は僕のペットのカモミールって言うんです!カモ君って読んであげてください!」

 

焦ったように早口で説明するネギ。涼子は突然のネギのテンションに困惑する。

 

「普段は寮にいるんですけど、今日は何でか付いて来ちゃって!一応学園長の許可は頂いていますし、普段はとってもいい子なんですけどねぇ!あははは!」

 

「そ、そう…」

 

涼子はカモに視線を向ける。何故かはわからないがカモから熱い視線が返ってきた気がした。

 

「もし体調が優れないようでしたら保健室に来てくださいね」

 

「ありがとうじゃん天原先生」

 

「そりゃいい。黄泉川先生が来てくれたら、ふゆきや御門先生目当てで保健室に来る輩が減るかもな」

 

「もう、桜庭先生はまたそんな事を言って」

 

もう一人の養護教員である天原ふゆきが愛穂に声を掛けると、同僚でありふゆきとは学生時代からの付き合いである生物担当の桜庭ひかるが気だるげに言った。

 

その後教員達に学園長から余計な混乱は避ける為、愛穂が事件の目撃者である事は伏せる様にとの通達があった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「すぐそこに…すぐそこにスクープがあるのに…自らの目で確かめられないのがもどかしい…!」

 

「か、和美さん…元気出してください」

 

連日の怪事件を前に、何もできない事の悔しさから和美が机に伏せる。隣の席のさよは何とか元気づけようと声を掛けた。

 

「まったく相変わらずね…」

 

「如何にも和美ちゃんって感じやな」

 

明日菜と木乃香の二人は苦笑いで見ていた。

 

「でも行方不明がUFOの仕業やなんて、えらいSFやねぇ」

 

「まだ決まった訳じゃないけどね。でも最近の傾向からUFOなんじゃないかって私も思ってるわ…」

 

やれやれといった様子の明日菜に木乃香が小声で耳打ちをする。

 

「この事、祐君はどう思っとるんやろ?」

 

「どうって…あ~、どうなんだろ…。取り合えず後で連絡でも何でもして聞いてみましょ」

 

「そやね」

 

「そうですわね、それが一番でしょう」

 

「委員長何時からいたのよ…」

 

いつの間にか二人の後ろに立っていたあやかが顔を近づけ小声で話し掛けた。

 

「何をおっしゃいます明日菜さん、私達は祐さんの秘密を知る数少ないメンバー。情報の共有はするべきでしてよ」

 

「はいはい…」

 

「なんや秘密の会みたいでワクワクするなぁ」

 

「能天気なんだからあんたは…」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

昼休みの時間帯、祐がトイレを済ませて歩いているとスマホに連絡が入る。メッセージを確認すると祐はある場所へと向かった。

 

目的地は生物工学研究会の部室。ノックをすると返事が返ってきた為部室へと入る。

 

「お早い到着ネ、待ってたヨ祐サン」

 

「どうも超さん、何かこうやって話すのも久し振りだね」

 

「何せ祐サンがここのところ引っ張りだこだったからネ」

 

「ほんと、忙しかったよ…」

 

ここ一カ月の出来事を思い出し、疲れたように言う。超はそれを笑うと、自分が座っている隣の椅子をトントンと叩いた。それを見てその椅子に腰かけると向かい合う。

 

「このタイミングで呼び出しが掛かるって事は、例の行方不明事件だよね?」

 

「うむ、その通りネ。と言っても犯人が何者なのかといった話では無いヨ」

 

「そうなの?」

 

「何せこの件はノーマークだったのと、時間もそう経っていない。故に私も犯人の目星は付いていないネ」

 

「なるほど、となると話って言うのは」

 

「祐サンは今回の件、UFOの仕業だと思うカ?」

 

「十分あると思ってるよ。むしろ、そっちの方が色々と納得できる」

 

それに頷くと、超は身を乗り出し祐に顔を近づける。それを祐が不思議そうに見ていると口を開いた。

 

「その事件の、UFOの唯一の目撃者は…他でもない黄泉川先生ネ」

 

「どこでそれをって聞くのは、無しだったね」

 

超はにっこりと笑う。それが肯定を意味している事は祐もわかった。

 

「先ほど言った通り、黄泉川先生が唯一の目撃者となる。ここが重要ネ」

 

「犯人が何者であれ、目撃者を放置しておきたくないのは誰でも同じはず。それが人間でも、宇宙人でも…ネ」

 

「黄泉川先生が狙われる可能性が高い」

 

「そうなるネ」

 

祐は視線を落とし、何かを考えると超に視線を戻した。

 

「ありがとう超さん、お陰でやる事が決まったよ」

 

「なによりネ、今回も期待してるヨ」

 

「期待?何を?」

 

「決まってるネ、貴方の活躍をヨ」

 

一瞬祐は真顔で固まると、徐々に困惑した表情になった。

 

「期待して貰えるほど良いもんじゃないよ?」

 

「私はそうは思ってないネ」

 

「お〜、信頼が重い」

 

 

 

 

 

 

話が終わると二人は部室を出て廊下を並んで歩く。

 

「毎回助かるよ。超さんには足向けて寝られないね」

 

「気にする事ないヨ、私と祐サンの仲ではないカ」

 

「それでもさ、超さんの情報には助けられてばかりだから…たまには何か返せればいいんだけど」

 

すると超は祐の腕に自分の腕を絡ませる。

 

「祐サンは私を都合のいい女とでも思ってくれれば良いネ。それに、お返しなら貰っているヨ」

 

「超さん…その言い方は危険過ぎる!危うく失神しかけた…」

 

「ほほう、これは思ったより効果がある様だネ」

 

したり顔で超は祐の顔を覗き込む。

 

「おのれ…弄びおって…。なら俺は超さんの都合のいい男になる」

 

「言ったネ祐サン?取り消しは出来ないヨ?」 

 

「命だけは勘弁して下さい…」

 

「私を何だと思ってるネ…」

 

二人以外誰もいない廊下を、超は暫く腕を組んだまま歩く。しかし、そんな二人を背後から見つめる一つの影があった。

 

「気分転換に適当に歩いてたら、とんでもない現場を目撃してしまったわ…」

 

影の正体、和美は柱から僅かに顔を出しながら二人の背中を観察する。距離の関係で何を話しているのかまで聞く事は出来なかったが、少なくともあの姿はただの知り合い程度の仲と言う事はないだろう。

 

「遠くのスクープに囚われ過ぎて、近くのスクープに気付けていなかったとは…私もまだまだね。灯台下暗しってやつ?」

 

二人の姿をちゃっかり写真に収めると、その瞳がやる気で満ちる。

 

「逢襍佗祐…彼という存在の解明に、これは大きな一歩だわ!」



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消された一日(中編)

「本当に大丈夫なんですか愛穂先生?私心配です」

 

「心配ないじゃん、それに他の人がいると例のやつが来ない可能性もあるし」

 

「そちらの方がいいと思うんですが…」

 

放課後、しずなは今日も一人で帰ると言う愛穂にそう言った。

 

「あの時、目の前で人が攫われていながら何も出来なかった。このまま終われないじゃんよ」

 

教師としても警備員(アンチスキル)としても、そして何より愛穂自身の正義感からこのまま引き下がるという考えは無かった。危険だとは重々承知だが、だからこそこの件を見過ごせないのが黄泉川愛穂という人間だった。

 

「仮に私に何かあったとしたら警備員が動けるように手配してもらってる。スマホはたぶん電波障害で使えなかったから、私の持ってるスマホに異常があったらその時もね」

 

変わらず心配そうにこちらを見るしずなに、愛穂は微笑んで肩に手を置く。

 

「他の人が被害に遭うより、それなりに対策してる私に来てくれた方がよっぽどいいじゃん?事件の解決にも繋がるだろうしさ!」

 

そう笑う愛穂を見て、しずなは無理やり納得した。彼女の固い意志は、少なくとも短い時間では変える事は出来ない。しずなでなくとも今彼女を止めるのは説得では不可能であった。かと言って彼女に至っては物理的にも難しいのだがそれは余談かもしれない。

 

少し離れた場所でそれを隠れて見ていた瀬流彦とタカミチ。瀬流彦は難しい顔でタカミチを見た。

 

「どうします?」

 

「あの感じだと説得は難しいだろうね…。距離を置いて護衛するしかないかな」

 

「そうなりますよねぇ…」

 

困った顔でため息をつく瀬流彦。タカミチも顔にこそ出さないが気持ちは同じだった。

 

早期解決を狙うならこの方法が一番だとは思う。しかしいくら警備員であり、有事に慣れている愛穂とは言え相手は未知の存在だ。出来れば危険な橋は渡ってほしくはないが、かと言ってそれに代わる策は無いといった状態である。

 

「厄介だね、これは…」

 

タカミチは思わずそう漏らした。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

『私にいい考えがある!』

 

「なんでだろう…すっごい不安なんだけど…」

 

「私もですわ明日菜さん…」

 

同時刻、校舎裏で行方不明事件をどう考えているのかと祐に連絡を入れると自信ありげな返答が返ってきた。現在明日菜のスマホをスピーカー設定にして木乃香とあやかもそれを囲んで話している。

 

「でも祐君もどんなんが犯人なんか知らんのやろ?どないするん?」

 

『犯人はわからないけど、信頼出来る情報筋から有力な情報を貰ったんだ。それを使って事に当たるつもりであります!』

 

三人は顔を見合わせると、明日菜が一番気になる事を聞いた。

 

「戦う事になるの?」

 

『それはわからん。こっちとしては穏便に済んでほしいけど、相手の出方次第としか言えない。やってる事から思うに望み薄だろうけどね』

 

それを聞いた明日菜の顔が若干曇る。それは他の二人も同じだった。それを感じ取ったのかはわからないが祐が明るく声を掛けた。

 

『大丈夫だよ御三方、約束したでしょ?何があっても必ず帰るって。仮にやばくなったら俺の持つ社会的な尊厳全てを犠牲にしてでも逃げるから』

 

「なるべくそれは犠牲にしないところで帰って来て頂けると…」

 

あやかが遠慮気味に言う。これまた他の二人も同じ気持ちだった。

 

『心配しないでとは言えないか。逆の立場だったらそうは思えないもんね。でも、改めて宣言させてもらおうかな』

 

一呼吸おいて祐は三人に言った。

 

『出来ない約束はしない、だからこそした約束は必ず守る。三人とした約束は俺の一番大切な約束だ。何が何でもそれを優先するよ』

 

三人は再び顔を見合わせると真剣な表情になった。

 

「忘れてないわよね?破った瞬間ボコボコにするからね」

 

「そんならウチは祐君と暫くお話しせんよ」

 

「少々きつめな折檻は当然ですわね」

 

『絶対破らない…やばい、想像しただけで吐きそう…』

 

祐の返答に打って変わって笑顔になる三人。次に祐に掛ける声は優しいものだった。

 

「いってらっしゃい、祐」

 

「気をつけてな祐君」

 

「無事のお帰りをお待ちしておりますわ祐さん」

 

『ありがとう明日菜、木乃香、あやか。よし!いってきます!』

 

通話を終えるとあやかがため息をついた。

 

「はぁ、毎回何かある度に心配を掛けられると思うと…本当困った方ですわ」

 

「そこはもう諦めるしかないわよ、あいつの事だし。少なくとも今は見て見ぬふりは出来ないから」

 

「仕方あらへんよね。あれや、惚れた弱みって言う」

 

「「惚れてない」」

 

言葉を遮りながら凄みを効かせて木乃香を見る二人。対して木乃香は相変わらずニコニコしていた。そんな中、木乃香の視線にある人物が映る。

 

「あれ、せっちゃん?」

 

明日菜とあやかが振り返ると、柱からこちらを窺っていた刹那が一礼して遠慮気味に出てくる。三人が不思議そうに刹那を見た。

 

「桜咲さん?どうかされたんですの?」

 

「あっ…さっきの話聞いてた…?」

 

「すみません、盗み聞きするつもりはなかったのですが…」

 

瞬間明日菜とあやかの顔が青くなる。

 

「貴女の声が大きいからですわよ明日菜さん!」

 

「はぁ!?委員長だって声デカかったでしょ!」

 

言い合いを始めそうな二人を見て慌てて刹那が間に入る。

 

「だ、大丈夫です!逢襍佗さんの力の事は、私も知っています…」

 

「え?そうなの?」

 

「はい。河童事件の際に一緒に警備をしたのですが、その時に」

 

「そ、そうでしたの…。焦りましたわ」

 

「せっちゃんも知っとたんか、ほんならウチらの仲間やね!」

 

刹那の手を取り嬉しそうにする木乃香。それに笑顔を向けると刹那は明日菜達を見た。

 

「彼は、行方不明事件に関わるのですね」

 

「ええ、何分じっとしている事が出来ない方ですから…」

 

「そのようですね」

 

刹那が考え込んだような顔になる。木乃香はそれを見てパンっと両手を合わせた。

 

「そや!せっかくやから、せっちゃんも祐君を見張ってもらえんかな!」

 

「見張る…ですか?」

 

「せっちゃんは祐君と一緒に警備?の仕事したんやろ?ウチらはそん時たぶん一緒におらんから、一緒になったら祐君が無茶せんように見張っててほしいんよ」

 

そこで刹那は警備の夜の事を思い返す。恐らく自分を説得する為に剣を自ら胸に突き刺した祐の姿を思い出した刹那は、木乃香達の気持ちを何となく理解した。彼は間違いなく無茶をする人間で、何を仕出かすかわからないタイプでもあるだろう。

 

「わかりました、私も微力ながら協力させて頂きます」

 

「よかった~!せっちゃんよろしゅうな!」

 

「お願いしますわ桜咲さん、祐さんは強敵ですから」

 

「きょ、強敵ですか…」

 

「色々巻き込んでごめんね刹那さん」

 

「いえ…確かに彼は、危なっかしい人ですから」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

夜になり、人がいない道を敢えて歩く愛穂。こちらの方が姿を現しやすいだろうと踏んでの行動だった。

 

暫く歩いていると空に赤い光が見える。それを確認し鋭い笑みを浮かべた。

 

「早速お出ましじゃん」

 

その場から光を目で追っていると、こちらに近づいてくる。間違いなく、昨日見たUFOであった。

 

「上等…!」

 

その場に佇み、UFOを睨みつける。するとUFOが光を放ち愛穂を包んだ。身体が浮き上がり、無重力のような状態になる。それに驚きつつも特に抵抗することなく身を任せ、眩い光に目を覆った。

 

 

 

 

 

 

愛穂がゆっくりと瞼を開けると、そこは見るからにハイテクと思われる機械が並んでいる管制室のような場所だった。あのUFOの中と思って間違いないだろう。

 

「ようこそ、サンプル11号。君を歓迎しよう」

 

どこか感情が希薄に感じる声に振り向くと、思わず愛穂は目を見開いた。

 

そこに立っていたのは黒みがかった赤色と白色のツートンカラー・肩と頭部からアンテナのようなものを生やし、白く光る眼を持った凡そ地球上の生物とは思えない人型の生き物が立っていた。

 

「お前…本物の宇宙人じゃん?」

 

「君達の視点で言えばその通りだ。君達は確か自らを地球人、ないしは人間と呼んでいるのだったな」

 

一歩距離を詰める宇宙人。それに合わせて愛穂は一歩下がった。

 

「それに倣えば私はエクレル星人となる」

 

愛穂はエクレル星人から視線を離さず、体制を整える。

 

「さっき言ってたサンプル11号ってのは…」

 

「言葉通り、君が地球人11番目のサンプルだからだ。私は少し前からこの星を調べる為、様々な生命体を捕獲しその生態を調査していた」

 

「しかし、それも今日で最後となる。凡そこの星の事は理解した。取り合えず、君はこのまま連行させてもらう」

 

そう言って愛穂に手を伸ばすエクレル星人。その瞬間エクレル星人の腹部に衝撃が走る。その正体は愛穂が放った鋭い蹴りだった。

 

「はいわかりましたって、素直に従う訳ないじゃん?」

 

手足を使わず、エクレル星人は重力に逆らう様に起き上がる。それを見た愛穂はげんなりした。

 

「起き上がる時ぐらい手足使ったらどうじゃん…」

 

「その必要がない。それと、無駄な抵抗はしない方がいい。でなければ無事では済まない」

 

「一方的に誘拐するやつの言う事なんか聞けないな」

 

「愚かだ」

 

両手を構えると白く光る眼から光線が発射される。愛穂は瞬時に横に飛ぶことでそれを回避した。

 

「目から光線とか、如何にも子供が好きそうな宇宙人って感じじゃん」

 

冷や汗を流しつつ、懐から警棒を取り出して構える。

 

「君の身体能力が高いのは認める。しかし君の戦闘能力では私には勝てない」

 

「だからって黙ってやられる理由にはならないじゃんよ」

 

構える両者。お互いがお互いの出方を窺っていると、UFOを衝撃が襲った。卒然の揺れにバランスを崩すエクレル星人と愛穂。

 

愛穂は壁に手をつき、何とか立ち上がる。すると同じように体勢を立て直したエクレル星人の背後の壁が吹き飛び、煙が舞い上がる。腕で顔を庇いつつ目を凝らすと人影が見えた。どこか見覚えのあるシルエットを見つめていると、その人影が手を振るう。それと同時に煙が晴れ、人影の正体が現れる。

 

「入口がわからなかったから、適当に入らせてもらったぞ」

 

「逢襍佗!?」

 

「こんばんは黄泉川先生。ご無事ですか?」

 

「お前、なんで…」

 

状況が呑み込めず、唖然とする愛穂。エクレル星人が祐の前に出た。

 

「君も人間の様だが、どうやって入って来た?」

 

「勿論、飛んできた」

 

「なるほど、特殊な力を持っている個体か」

 

祐はエクレル星人を見つめる。愛穂にとってその表情は、新学期が始まったこの三カ月間で一度も見た事のない鋭い表情だった。

 

「単調直入に聞く。何が目的だ」

 

「私はエクレル星から偵察の任務を請け負っている。これまでも様々な星々を調査してきた。そして、この地球が回ってきた」

 

「何の為の調査だ」

 

言いながら祐は場所を移しエクレル星人と愛穂の間に立つ。すかさず愛穂は祐の隣に並んだ。

 

「今宇宙はデビルーク星の王位継承問題と言う爆弾を抱えている。戦いの火種はあらゆる惑星に生まれた。この特大の爆弾に火が付く前に、我々は他の惑星を知っておく必要がある」

 

「王位継承だと?」

 

「そしてこの惑星、地球は危険だと判断した。この星は高い次元での戦争能力を有している。多様性に含んだ種族、一貫性の無い特殊な力の数々、君のような存在。野放しにしておくにはあまりにも危険だ。早急に対策をとる必要がある」

 

「俺が知らないだけか?いつの間に地球は宇宙に喧嘩売ったんだ」

 

「まだ武力抗争は起きていない。だからこそ、早いうちに地球に牽制をかける必要がある。争いの火種は早急に摘むべきだ」

 

「今争いの火種になってるのはお前だろ」

 

「これは必要な事だ」

 

そこで会話が途切れる。お互いを見る双方の感情は側からは読み取れなかった。

 

「まずは話し合いなりなんなりするべきじゃん?何で端から戦う前提なんだ」

 

話を聞いていた愛穂がエクレル星人にそう言った。

 

「信用できない。君らが我々に協力的だと示さない限りは」

 

「誘拐しておいて随分勝手な言い種じゃん」

 

少し怒りを込めて愛穂が言うが、エクレル星人は特に反応を見せる事はなかった。

 

「時間はあまり無い。今から君達人間のサンプルを何体か確保し、私はエクレル星に戻る」

 

祐が手を上げる。

 

「身の安全を保障してくれるんなら、サンプルとして俺を連れてってくれてもいいぞ。これでも変わった力には自信がある」

 

「逢襍佗!何言ってんだ!?」

 

そう言って肩を掴んで揺らすが、祐は視線をエクレル星人から逸らさなかった。

 

「その代わり、地球への牽制どうこうは無しにしてもらいたい。俺は自分の力の正体を知りたい。あんたらの持ってる科学力で何かわかるんなら行く価値がある」

 

エクレル星人が祐を見つめる。

 

「いいだろう、君に危害を加えない。地球の事も約束する」

 

祐はエクレル星人を見つめ返すと口を開いた。

 

「あんたから感じた。嘘の感覚だ」

 

「やはり君は危険だ」

 

再び両手を構えて光線を発射する。それよりも一瞬早く祐が手を払うと、その空間に虹色の光が残る。祐を目掛けて発射された光線がその光に触れると、光線が反射してエクレル星人へと直撃する。

 

光線を受けて吹き飛び、機械に背中から突っ込むエクレル星人。祐は前方に向かって跳ぶと飛び蹴りを胴体に見舞う。そのまま両拳で相手のあらゆる箇所を連続で打ち抜くとエクレル星人は機械にどんどん埋もれていく。

 

埋もれたエクレル星人を両足で踏みつけるとその勢いで後方に跳躍し、着地すると拳を握りながら両手を内側に振って交差させる。

 

立ち上がろうとするエクレル星人の身体に光の輪が出現し動きを封じる。それを確認し、祐は振り向いて一連の流れを見て呆気に取られていた愛穂を見た。

 

「黄泉川先生!スカイダイビングの経験ありますか!」

 

「は?いや無いけど…」

 

「じゃあ初挑戦ですね!」

 

「おい!ちょっ…!」

 

愛穂を両手で抱えると虹の光を纏い、踏み込んで凄まじい勢いで飛び上がる。目の前の壁を突き破り二人は外、即ち空中へと飛び出した。

 

どうやら連れ去られた後UFOは空高く飛んでいた様で、今愛穂の視界には街全体の夜景が映った。どこか幻想的な出来事と景色に放心に近い状態になっていると、我に返って慌てて祐を見る。

 

「何考えてるじゃん逢襍佗!このままじゃ!」

 

続きを言おうとして愛穂は気付く、自分達が落下していない事に。見れば祐の身体を虹色の光が包んでいる。そもそも先程から現れるこの光はなんなのかと思っていると、祐が声を掛けてきた。

 

「言ったじゃないですか、飛んで来たって」

 

「お前…飛べたのか…」

 

「少しだけなら、なんせそれなりに疲れるんで。んじゃ、下に参りまーす!」

 

「うおおお⁉︎」

 

斜め下に向かって飛び始めると、程なくして地面が見えてくる。勢いを弱め、緩やかなスピードになると軽やかに地面へと祐が着地した。どうやらここは河川敷の様だ。

 

愛穂は優しく下ろされると、ふらつきつつもなんとか地面に立った。

 

「ご利用ありがとうございました」

 

「思ったより運転荒いじゃん…」

 

「当社は基本スピード重視ですから」

 

そう言って祐は未だ宙に浮いているUFOを見た。

 

「それでは一旦失礼」

 

「おい逢襍佗!」

 

祐は再び飛び立ち、一人UFOへと向かう。愛穂はただその後ろ姿を見つめた。

 

するとスマホが着信を知らせる。画面を見ると警備員の後輩からだった。

 

「もしもし!」

 

『よ、黄泉川先生ですか⁉︎良かった、やっと繋がった!』

 

「今どこじゃん!」

 

『へ?…えっと、先ほど黄泉川先生の所在が途絶えた箇所に向かっています』

 

「今私がいる所に来てくれ!犯人はこっちにいる!」

 

『えっ⁉︎どう言う状況なんですか⁉︎』

 

「後で説明する!早く頼むじゃんよ!」

 

『わ、わかりました!』

 

通話を切るとUFOに近づく光に目を向ける。

 

「逢襍佗…」

 

 

 

 

 

 

再度UFOへと乗り込んだ祐は、光の輪による拘束から抜け出そうとするエクレル星人を見つける。手をかざし、輪を消すとエクレル星人に近づく。

 

「最後通告だ。この星から手を引いて、金輪際地球に関わるな」

 

エクレル星人がよろめきながら立ち上がる。

 

「わかった、我々はもうこの星には関わらない」

 

「……残念だよ」

 

祐は外に出るとUFOに両手で触れる。

 

「何をするつもりだ」

 

「振り落とされたく無いなら、何か掴んでたほうがいいぞ」

 

するとUFOを押して先ほどの様に地上へと向かう。中にいるエクレル星人は言われた通り柱に掴まって、祐が開けた穴から投げ出されない様必死だった。

 

地面に近づくと祐は自分を支点にUFOを振り回し、ハンマー投げの様に河川敷の川へと放り投げる。とてつもない勢いで祐から離れたUFOは見事に川へと墜落した。

 

「あいつ無茶苦茶じゃん…」

 

祐も地面へと着地すると愛穂が走って隣に来る。二人でUFOを見ていると中からエクレル星人が出てくるが、最早歩くのも限界と言った様子だった。

 

「言っておくが、これは始まりだ。この星に目を付けていたのは我々だけでは無い。これから地球は多くの異星人に狙われる事になる」

 

祐と愛穂は黙ってエクレル星人を見つめる。

 

「君達の存在が、この宇宙に新たな戦火を呼ぶのだ。君の様な危険な存在が」

 

エクレル星人は祐を見る。

 

「君の存在こそが、争いを呼ぶ火種だ。君そのものが禍なのだ。君の様な者は、存在するべきでは無い」

 

その言葉を最後に倒れる。死んではいないが暫くは起き上がれないだろう。祐は何も言わずに倒れたエクレル星人を見続けていると、遠くに視線を移した。

 

「誰か来ますね、人間みたいですが」

 

「あ、ああ…たぶん警備員じゃんよ。さっき連絡が取れて私が呼んだんだ」

 

「そうですか。…黄泉川先生」

 

「なんだ逢襍佗?」

 

「一つ、お願いがあるんです」

 

人差し指を立て、申し訳なさそうに笑いながら祐が言った。



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消された一日(後半)

「黄泉川先生!黄泉川先生〜!あだっ!」

 

黄泉川を見つけ、装甲車から降りて道路と河川敷を繋ぐ草の生い茂る坂を走ると勢い余って盛大に転ぶ。相変わらずの後輩『鉄装綴里』に愛穂は苦笑いをした。

 

「無事で良かったです〜‼︎」

 

「はいはい。どうもじゃん」

 

立ち上がり愛穂に泣きながら抱きつく綴里。愛穂は呆れつつも優しく背中を叩いた。他の警備員達もこちらに向かってくる。

 

「あっ!忘れてました!黄泉川先生!犯人はどこに⁉︎」

 

ばっと離れた綴里がそう聞くと、親指で後ろを指す。それに従って視線を向けると、そこには川に墜落しているボロボロのUFOと仰向けに倒れている宇宙人がいた。

 

「うそっ⁉︎本物⁉︎」

 

「正真正銘、本物のUFOと宇宙人じゃん」

 

それを見ていた他の警備員達もざわつく。全員愛穂の事を信じていたとは言え、それと実際目にした驚きとは話が別だった。

 

「まさか、隊長がこれを…?」

 

他の男性警備員がそう聞くと、頭を掻きながら答える。

 

「殴って倒したわけじゃ無い。連れ去られてUFOの中に入った時に周りの機械適当に動かして川に墜落させたじゃん」

 

「な、なるほど…。よくご無事で…」

 

警備員達が装備を構えつつUFOに近づき、エクレル星人を拘束し始める。それを見つつ、愛穂は眉間に皺を寄せた。

 

「黄泉川先生?どうかなされたんですか?」

 

「…いや、なんでもないじゃん」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ねぇねぇ見た⁉︎今朝のニュース!」

 

「見た見た!犯人本当に宇宙人だったんでしょ!」

 

「しかも捕まえたの黄泉川先生だって!」

 

「マジやばいよね!」

 

翌朝、学園は衝撃のニュースでいつも以上に騒がしい。多発していた一日行方不明事件の犯人は宇宙人であり、何よりその犯人を捕まえたのが我が校の体育教師である黄泉川愛穂となれば当然の反応であった。

 

「黄泉川先生半端ねぇよな」

 

「やっぱりおっぱいなのかな?」

 

「いや何がだよ」

 

「俺黄泉川先生に告白しようと思う」

 

「絶対無理だからやめとけ」

 

この騒ぎは当人が学園に出勤してきた事で更に大きくなった。

 

「こらお前たち!さっさと教室に行かんか!」

 

職員室に群がる学生達に新田が喝を飛ばしたが、学生達の勢いは止まる事は無かった。

 

「黄泉川先生ー!こっち向いて〜!」

 

「宇宙人はどんな奴だったんですか⁉︎」

 

「今彼氏はいらっしゃるんですか?」

 

「スリーサイズの方はどうなんですか⁉︎答えて下さい!」

 

「今の質問した奴誰だ⁉︎」

 

次々に飛んでくる質問に、自分の席に着いていた愛穂は額に青筋を浮かべていく。怒りのマグマは噴火寸前と言った状態である。近くにいた教員達は音もなく噴火地帯から離れた。

 

「そんなに私と遊びたいのか…付き合ってやろうじゃん!」

 

席から立つと走って学生達のところへ向かう。先ほどまでの熱は何処へやら、屯していた学生達は即座に逃げ出した。

 

「相変わらず怒ると恐ろしいです…」

 

「いやーでも良かった良かった!犯人も捕まって黄泉川先生も無事で言う事無しですね!」

 

「黄泉川先生がご無事で何よりです!」

 

「ホンマそれに関してはそうやけど、暫く黄泉川先生は大変そうやな」

 

小萌・大河・ネギ・ななこが愛穂の背中を見送りながら言う。学園の教員達はひとまず彼女の無事と事件の解決を喜んでいた。

 

「黄泉川先生用のベットは一つ開けておいた方がいいでしょうか?」

 

「そうね、それが良いかも」

 

「大丈夫じゃないですか?見ての通り、愛穂はタフですからね」

 

「でも出来ればこういった危険な事はもう無しにして貰いたいですね…。心臓がいくつあっても足りないです」

 

養護教員の二人に二ノ宮としずなが反応する。しずなに関しては昨日の夜心配の連絡を入れると、犯人は捕まえたとの愛穂からの返事に白目を剥いた程であった。

 

「しかし今回も彼に頼る形になってしまいましたね…」

 

「うん。正直、教師として情けないよ」

 

「我々が動くとなると、色々と柵も出てくるからとは言え…やり切れません」

 

「組織として仕方のない事だとわかってはいてもね」

 

瀬流彦とタカミチは昨日の事件の真相を知る人物でもある。タカミチは祐から事前に連絡を受けていたのだ。

 

不足の事態を考慮し離れた場所で事態を見守りながら待機していたが、結局祐が宇宙人を鎮圧した為出番は回って来なかった。

 

祐には平和に暮らして貰いたいとは思いつつも、彼に戦いをさせている事実にタカミチは人知れず自分を責めていた。

 

因みに教員室の前にいた学生達は一人残らず愛穂に捕まった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「なるほどのう…異星からの脅威ときたか…」

 

「デビルークが銀河を統一してから惑星同士でのいざこざは無くなり、少なからず平穏が保たれていると思っていましだが、その考えは改めなければならないかも知れません」

 

学園長室にて祐は近右衛門に今回の事件でエクレル星人から語られた事を伝えていた。

 

「デビルーク星の王位継承問題とは、即ちこの銀河全体を巻き込んだ問題と言える。これまたスケールの大きい問題じゃ」

 

「何も脅威は別次元だけでは無い…忘れがちですが、この次元にも脅威は山ほどあるって事を改めて思い知らされました」

 

「うむ、その通りじゃな」

 

二人は真剣な顔でこの世界の置かれている状況を再認識した。

 

「それはそうと祐君、今回もご苦労じゃった。君のおかげで犯人は捕まり、黄泉川君も無事に帰ってくることが出来た。改めて礼を言わせてくれ」

 

頭を下げる近右衛門。祐は苦笑いを浮かべた。

 

「よして下さいよ学園長、むしろ好き放題やった後始末を丸投げして申し訳ないぐらいなんですから…」

 

「なに、これぐらいどうという事ないわい。後始末は上に立つ者の仕事じゃ。気にせんでええ」

 

「本当、ありがとうございます学園長」

 

今度は祐が頭を下げる。それを見て学園長が笑った。

 

「フォフォフォ、素直に育ってくれてわしとしても嬉しい事じゃ。まったく、少しはエヴァンジェリンも見習って欲しいもんだわい…」

 

「師匠はあれでいいんですよ、だからこそ安心出来ます」

 

「参った参った、君ら姉弟には敵わんな」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「にしもマジでビックリだわ、本当に宇宙人の仕業なんて」

 

「いよいよ世の中何が起きても不思議では無いが現実味を増してきましたね」

 

「ちょっと怖いかも…」

 

A組の教室も例に漏れず、宇宙人の話で盛り上がっていた。ハルナ・夕映・のどかがそれぞれ感想を述べる。

 

「前とか今回みたいに厄介なのはゴメンだけど、ロマンはあるわよね」

 

「気持ちはわからないでも無いけど基本厄介事ばっかじゃない?」

 

「偶には楽しい事件とか起きてほしいよね!」

 

「何よ楽しい事件って…」

 

チア部の三人もそう言うと、周りもそれぞれ意見を出し始めた。それを教室の隅から明日菜達が眺めている。

 

「今回も一応無事に終わって良かったなぁ」

 

「まぁ、そうね」

 

「後で何をしたのか、詳しく聞かねばなりませんわね」

 

(ネギ先生にだけでなく、雪広さんは逢襍佗さんに対しても随分と心配性なんだな)

 

昨日無事に怪我なく事は終わったと連絡は受けたが、詳しい話はまだ聞いていない。あやかの祐に対する姿勢に刹那は少し意外そうだった。

 

「朝倉は黄泉川先生の取材には行かないの?」

 

「今行っても碌にインタビュー出来ないだろうからね。それより今は別の件を追っておくわ」

 

「別の件?」

 

夏美が和美にそう聞くと、自分の席から振り返り答えた。

 

「そう!まだ世には出さないつもりだけど、かなりのスクープが掴めそうなのよ!」

 

「そんな言い方されたら凄く気になるんだけど」

 

「まぁまぁ、もう少し待っててよ。もっと情報を集めてから」

 

そう語る和美のポケットから僅かに出ていた写真を忍び寄っていた風香が抜き取る。

 

「忍法!写真抜きの術!」

 

「ただスっただけじゃん…」

 

「あっ!ちょっとこら!その写真はまだ世に出すには!」

 

「おや風香、なかなか筋が良くなったでござるな」

 

「あんたの入れ知恵かい!」

 

「へへ〜ん!かえで姉から教わった忍術は伊達じゃな…」

 

そう言って写真を見た風香が固まる。それを見て急いで和美が写真を取り戻そうとすると、リボンが巻き付き写真が風香の手から離れた。

 

「なっ⁉︎まき絵!」

 

「なになに!一体どんな写真が」

 

器用に新体操で使うリボンを要いて写真を取ったまき絵がそれを見ると、同様に固まる。

 

「どれどれ、私にも見せるアル」

 

「私もはいけーん!」

 

近くにいた古非と裕奈も写真を見ると、石のように固まった。

 

「まったく、さっきからなんですの?」

 

それを見ていたあやかがまき絵達に近寄ると明日菜達も釣られてやって来る。和美は露骨に慌て出した。

 

「あーー‼︎ダメ!委員長達にはまだ早過ぎる!」

 

「何を仰っているんですか…」

 

そう言って写真を見るあやか達。そこには

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

祐が学園長室から出て教室に戻っていると、疲れた顔の愛穂と出会う。

 

「あっ、おはようございます黄泉川先生」

 

「逢襍佗…」

 

愛穂は表情を僅かに険しくした。

 

「ちょっと、話せるか?」

 

「…はい、お供します」

 

 

 

 

 

 

二人は校舎を出て中庭にやってくる。愛穂は振り返り祐を見た。

 

「言うのが遅れて申し訳ない、昨日は助かったじゃん。ありがとう」

 

「とんでもない。こちらこそありがとうございました。話を合わせてもらって」

 

愛穂は難しい顔をすると、重い口を開く。

 

「逢襍佗…お前は、なんなんだ?」

 

「僕は、現状解明されていない力を持ってるだけの高校生です。好き放題やってるだけの」

 

愛穂は何と言っていいかわからず、口を閉ざした。

 

「僕は魔法使いでもなければ、どこかの団体に所属している訳でもありません。肩書は本当にただの高校生なんです」

 

「なら、あんな危険な事はもう」

 

「ただの高校生だから好き勝手出来るんです。どこかに所属したり、特別な肩書を持てば、僕は今のように自由に動けなくなる」

 

「責任を持とうとしない狡い奴とも言えるでしょう。百も承知です」

 

畳みかけるように話す祐は、愛穂に言葉の続きを言わせない様にしているとも見れた。

 

「それでも柵が生まれて、自分が動くべきと思った時に動けなくなるぐらいなら、僕は無責任な奴でいます」

 

「もし僕が危険な奴と思ったのなら、その時は殴ってでも止めて頂いて構いません。今僕の力の事を知っている人達を僕は信じてます」

 

「お前、それがどういう意味かわかってるじゃん?」

 

一歩前に出た祐を愛穂は鋭い目で見た。

 

「僕は悩みっぱなしですが、それでも自分なりに正しいと思った事をやっているつもりです。でも僕は小僧です。所詮まだ16年しか生きていない若造です」

 

「そのうち絶対に間違うし、間違った行動を押し通そうとする時も来るかも。そうなった時、僕が大切に思っている人達がきっと僕を倒してくれる。必ず僕を止めてくれる。だからそれまでは自分を信じて動くと決めました。他力本願過ぎるかもしれませんけど」

 

「黄泉川先生、先生の事も信頼してます。きっと先生なら間違った僕を殴ってくれる。勝手にそう思ってます」

 

愛穂は表情を引き締めると祐に向けて歩き出した。祐は黙ってそれを見つめる。愛穂は拳を握ると思い切り振りかぶる。そのまま祐の頬を狙って拳を放った。

 

しかし祐に当たる直前で拳が止まる。この間祐は瞬き一つしていない。

 

「クソッ…強情なタイプか、時間が掛かるな」

 

少しの間その状態で止まっていると愛穂が大きなため息をついて拳を下ろした。

 

「逢襍佗…お前、まさかそこまで自分勝手な奴だとは思わなかったじゃん」

 

「それに関しては自覚があります。すみませんとしか」

 

愛穂は腰に手を当てる。

 

「言っとくが逢襍佗、私は厳しいぞ?もしお前が言う通りお前の事をそう思ったら、今度は容赦無くぶん殴るからな」

 

「お願いします黄泉川先生。先生達の判断なら、信じられます」

 

僅かに目を見開くと、今度は呆れた顔をした。

 

「私もいろんな奴を見て来たけど、お前はその中でも特に変わってるじゃん」

 

「よく言われますが、そこに関しての自覚は一切ございません。これからもそこは納得しないで生きてやろうと思ってます」

 

「そういうとこじゃんよ…」

 

一度目を閉じると今度は苦笑いを浮かべて祐の肩に手を置く。

 

「お前は危なっかしい。何するか予想も出来ない。だから私がしっかり目を光らせといてやる。それと」

 

次に浮かべた表情は慈愛に満ちてるように見えた。

 

「お前は禍なんかじゃない。存在しちゃいけないなんて事は絶対にない。それだけは絶対に私は認めない。まだ付き合いは短いが断言するじゃん」

 

祐は愛穂の瞳を見つめると、やがて心からの笑みを浮かべた。

 

「ずっとそう思って貰える様、期待に応えて見せます」

 

「よろしい!お前には色んな意味で大いに期待してるじゃん!」

 

バシンッと強めに肩を叩かれる。それが祐にはどこか心地よく感じた。

 

「おー祐サン!ちょうど良かったネ!」

 

二人共声のした方を向く。そこには息を切らし気味に走って来る超がいた。祐と愛穂は不思議そうに顔を見合わせる。二人の元に着くと膝に手を当て肩で息をした。

 

「やぁやぁ祐サン、黄泉川先生…ごきげんよう…」

 

「どうしたじゃん超?」

 

「そんな走って珍しい。何かあったの?」

 

超は息を整えると、祐達を見た。

 

「それがネ、少々大変な事になったヨ」

 

「大変な事?」

 

超が祐の耳に口を寄せようとしたので、しゃがんで高さを合わせる。

 

「昨日の帰り際に腕を組んだダロウ?その場面を朝倉に写真を撮られてたネ」

 

「はえ~。…ん?待って?超さんがこうやって走ってきたと言う事は…」

 

目の前で小声で話し始める二人に愛穂が訝しげな顔をすると、大勢の足音が聞こえてきた。

 

「あ~!超りんいた~!」

 

「あれ!?逢襍佗君もいるじゃん!」

 

「やっぱりそう言う事!?」

 

祐の悪い予想が濃厚になってきたので、冷や汗を流すとA組の大半が走ってきていた。その中にいる明日菜とあやかを見た瞬間祐は死期を悟った。怒ってますと顔に書いてあったからだ。

 

「ちょうど良かったわ祐…これがどういう事か説明して貰いましょうか?」

 

明日菜が手に持った写真を見せつける。祐はこれを穏便に済ませるのは昨日の事件以上に望み薄だとは思いながらも、一握りの希望に賭けた。

 

「ちょっと待ってみんな!まずは落ち着こう!」

 

「これが落ち着いていられますか!」

 

「人が凄く心配してたってのに!いくら何でもタイミングってもんがあんでしょ!」

 

「……」

 

どういった関係どうこうは置いておいて、明日菜の言った事は尤もな気がしてぐうの音も出ない祐だった。

 

「え~…皆さん仰りたい事はあるでしょうが、まず聞いてください。我々お付き合いはしておりません」

 

「そうネ!まだそこまでは行ってないヨ!」

 

『まだ!?』

 

「超さんはちょっと静かにしてようか…!」

 

幼馴染二人の体が小刻みに揺れているのがわかる。爆発まで幾ばくも無いだろう。木乃香は少し後ろの方で心配そうに見守っている。またなぜだかわからないが、刹那がやけに冷めた目でこちらを見ている気がした。

 

祐は覚悟を決めた。悪い方向に。

 

「よし、逃げよう」

 

「異議なしネ!」

 

祐と超は背中を向け、一目散に駆け出した。

 

「逃がすか!」

 

「お待ちなさい!」

 

「追え追え~!」

 

「これが愛の逃避行ってやつ!?」

 

明日菜とあやかを先頭に祐と超対A組の追いかけっこが始まった。

 

「やばい事になっちゃった…。取り敢えず写真撮っとこ…」

 

「朝倉ぁ!テメェ呑気に写真撮ってんじゃねぇ‼」

 

「ごめーん逢襍佗君!わざとじゃないの!写真を風香に盗まれちゃって!」

 

「風香ーーー‼今度憶えとけよ‼」

 

「やばいよ!僕も狙われてる~!」

 

「違うわ!」

 

「この浮気男!」

 

「なんで柿崎さんがキレるかね⁉︎」

 

「こんな幼子にまで!?見境なしですか!見損ないましたわ!」

 

「僕ら同い年なんだけど!?」

 

状況に慌ててか普段より口調が荒くなる祐。何を言っても今は逆効果だと悟った。と言うか美砂は私怨からの逆恨みな気がしてならない。

 

校内の教師や生徒達も外の騒ぎに気が付き、窓から中庭を見る。

 

「祐じゃん。あいつ何やってんだ?」

 

「おいおいアマやんの奴、少し会わない内に俺達に内緒で随分な事やってるようだにゃ~」

 

「んおお!?鳴滝姉妹がおるやん!?可愛い幼馴染が何人もいながらアマやん…!なんて鬼畜な男なんや!少しくらいボクにおこぼれくれてもええやないか!」

 

「お前は何言ってんだ…」

 

「ったくあの馬鹿!やっぱり碌な奴じゃない…!」

 

「お~い間桐!我らの親友アマやんが現役JKを何人も侍らせてるぜい?」

 

「勝手に親友にするな!」

 

 

 

 

 

 

「ふむ、逢襍佗はやはり女の敵か?」

 

「なんだよあれ!見損なったぞ!」

 

「なんか蒔ちゃん凄い怒ってない…?」

 

「別にっ!」

 

「怒ってるよ…」

 

「はぁ…馬鹿みたい」

 

「遠坂、素が出てるぞ?」

 

 

 

 

 

 

「何やっとるんだあいつらは!」

 

「まぁまぁ新田先生、落ち着いて…」

 

「これは…参ったね」

 

「皆さん何やってるんですか…」

 

(祐の旦那か…こりゃ今後荒れそうだな)

 

「あれ?追いかけられてるの逢襍佗君じゃない?」

 

「ホンマか藤村先生?……ホンマや…」

 

「頭痛がしてきた…」

 

「高橋先生大丈夫ですか…?」

 

 

 

 

 

 

暫く停止していた愛穂は我に返ると、祐と追いかけるA組を見て微笑んだ。

 

「ほんと、期待の新人じゃん」

 

右拳を左の掌に当てると歯を見せて笑う。

 

「私の前でいい度胸じゃん!オラお前ら!全員止まるじゃんよ!」

 

そう言うと恐ろしいスピードで愛穂が走って来る。

 

「おかしくない!?俺なんもしてないんだけど!」

 

「やはり私達は運命共同体ネ、祐サン」

 

「わぁ~すごい良い笑顔!好きになっちゃう!アホかっ!」

 

A組の教室からそれを見ていたエヴァが冷めた視線を祐に送っている。

 

「アホが…」

 

「……」

 

窓際の席に座るザジが少し微笑んだ。

 

残念ながらそれを見た者はいない。



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心証

祐・超とA組の追いかけっこから遡る事数時間前の早朝。

 

バイトの新聞配達を行う明日菜は、六月の連続爆破事件からなる最近の騒動について考えていた。

 

(あの事件から、色々な事が立て続けに起きてる。河童だったり宇宙人だったり…)

 

この仕事も慣れたもので、考え事をしていても自然と身体が動く。明日菜からすればこの時間はジョギングをしながら、一人物事に考えを巡らせる時間であった。

 

(あの時祐が言ってたっけ、これからきっと色んな事が起こるって)

 

(なら今はまだ、始まったばっかりなのかな?)

 

最後の配達場所を回り、そのまま女子寮の前の芝生広場へと向かう。今までであれば自室へと向かっていたのだが、最近になって新たな日課が増えた。

 

芝生広場に着くと、既に目的の人物は到着済みだった。

 

「おはよう刹那さん!お待たせ」

 

「おはようございます明日菜さん。今日も朝からご苦労様です」

 

「全然。寧ろ一人で考える時間が出来て良いかなって思ってるし」

 

「なるほど、私も見習わねばなりませんね」

 

新たな日課、それは刹那に剣術の指南を受ける事だった。なぜ明日菜が刹那に剣術を習うのか、それには明日菜がネギと仮契約を行った事により生まれた力が関係していた。

 

「よし…来たれ(アデアット)

 

カードを取り出し、そう唱えた明日菜の手に光が発生すると『ハリセン』が現れる。明日菜はそれを見て不満げな顔をした。

 

「はぁ、なんでハリセンなんだろ…」

 

それに対して刹那は苦笑いをする。

 

魔法使いと仮契約を行うと、そのパートナー専用のアイテム『アーティファクト』が使用可能になる。仮契約の証であるカードにはちゃんとした大剣が描かれているのだが、同じなのはグリップ部分のみで剣身の部分はどう見てもハリセンであった。カモからしても理由は不明との事。

 

「まぁいいや、ごめん刹那さん。今日もよろしく!」

 

「はい!それでは始めましょう」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「それでは只今より『逢襍佗祐は女の敵なのか』の裁判を始めたいと思う」

 

件の騒動の後。B組の教室にて机をそれらしい形に並べ、祐の裁判が行われる。裁判長役は鐘の様で裁判長と書かれた襷を掛けている。

 

「僕は女性の敵ではありません、むしろ味方です。いやむしろ僕は女性かもしれません」

 

「被告人はくだらない発言をしない様に」

 

「ウィットに富んだジョークじゃないっすか裁判長、楽しく行きましょうや」

 

「ならばノリと勢いに任せて逢襍佗は有罪という事に」

 

「真面目に行きましょう裁判長、おふざけは大概にするべきですよね」

 

「次は無いぞ」

 

あくまで淡々と発言する鐘。一応検察側と言う事になるのか、楓が罪状を読み上げる。

 

「え~被告人である逢襍佗祐は複数の女性をその毒牙にかけ、何人もの女性を傷物にしたとされています」

 

「誰だそんな事言った奴は、ここに連れて来なさい。そいつを傷物にしてやる」

 

「被告人は静粛に」

 

「裁判長、こいつもう有罪でよくないか?」

 

「異議あり!」

 

「それは被告人の台詞ではない」

 

弁護士側には何故か絢辻詞が宛がわれている。本人としても面倒事に巻き込まれたとは思いつつ、ただ負けるのも気に食わないので真面目にやるつもりの様だ。そう思うのは彼女が真面目だからなのか、はたまた負けず嫌いだからなのかはわからない。

 

「弁護士側の意見は」

 

詞が席から立ち、発言する。

 

「そもそも逢襍佗君は誰とも付き合ってはおらず、女性のお友達が多いだけです。そこに悪意等は無いと考えます」

 

「聞いたかマキジ!絢辻さんがこう言ってんだから間違いないよ!」

 

「次マキジって言ったら殴るぞ」

 

「裁判長、検察側が僕に暴力を振るおうとしています」

 

「……」

 

「裁判長!?」

 

呼ばれても裁判長は遠くを見つめたまま一切反応しなかった。

 

「では何故先程A組の生徒達に追われていたのか!何かやったから追われていたんだろう!」

 

「正吉貴様…裏切りおったな…」

 

傍聴席から正吉が声を上げる。基本的にB組男子は祐の敵と言うよりただこの場を引っ掻き回したいだけであった。

 

「お前は良いよな!ただでさえ可愛い幼馴染が何人もいて!」

 

「僕も…僕も幼馴染として生まれていれば…!」

 

「木乃香ちゃん!俺は君の事…」

 

「やめとけ!その道は修羅の道だ!」

 

「橘、お前も裁判受けろ」

 

「何で⁉︎」

 

「裁判長、外野を静かにさせてください」

 

「……」

 

「裁判長!!」

 

その後、結果は詞の有力な弁護もあり祐側の勝訴に終わった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「超…今一度聞くアル。祐とは付き合ってないアルね?」

 

「付き合ってないネ。誓って嘘は言ってないヨ」

 

A組の教室では超と古菲が向かい合って会話をしていた。古菲は暫く超の目を見つめると、やがて頷く。

 

「ふむ、私の勘が言っているアル。超は嘘は言ってないアルよ」

 

それを聞いてクラス全体がホッとした表情をした。

 

「なんだぁ、遂にうちのクラスにも春が来たのかと思って焦ったよ」

 

「超りんてそう言うイメージ無かったもんね」

 

「ハカセとおんなじで科学に魂を売った人だと思ってた」

 

「まるで私に人の心がないみたいな言い方ですね…」

 

「ハカセって感動とかで泣いた事あるの?」

 

「ありますよ!失礼ですね!さらばハネジローは大泣きしましたよ!」

 

「ハネジロー?」

 

「朝倉さんハネジロー知らないんですか!?もう話し掛けないでください…」

 

「そこまで!?」

 

いつもの様子のA組。そんな中ハルナが明日菜と木乃香の肩に手を置く。

 

「良かったねお二人さん?祐君が取られなくてさ」

 

「何でそれを私達に言うのよ…?」

 

「よく言うよ、委員長といの一番に詰め寄ってたくせに」

 

「あ、あれは別の事情があんのよ!」

 

「別の事情って?」

 

「それは…」

 

ハルナが疑問を投げる。しかし明日菜は祐を心配していた理由を言う訳にもいかないので、何と答えれば良いかわからず黙ってしまう。

 

「まぁまぁハルナ、ウチも明日菜もいんちょも突然の事やったからびっくりしてもうたんよ」

 

木乃香が助け船を出すとハルナは何となく納得したようだった。

 

「確かにねぇ…男子三日会わざればとは言ったものの、私もかなりびっくりしたし」

 

「しかし逢襍佗さんもれっきとした高校男子。そう言う事に興味の一つもあるのでは?」

 

「あんまりイメージ湧かないかも」

 

夕映が言った事に、のどかとしてはいまいちピンと来なかったようだ。

 

「何言ってんの、高校男子なんだから寧ろそこが一番興味ある事でしょ」

 

椅子に逆座りしながら美空がそう言うと、千鶴がそれに反応した。

 

「そうねぇ、美空さんもボーリング場で逢襍佗君にナンパされてたものね」

 

「ちょ、ちょっと!あれは違うでしょ!」

 

珍しく顔を赤くして慌てる美空。あれは身構えてなかったが故に反応が出来なかったのだと美空は思っている。決して照れていた訳では無いと誰に当ててかわからない弁明を心の中でした。

 

「それを言うんなら千鶴だって結婚してくださいって言われてたじゃん!」

 

「あらあら、それを言われると困っちゃうわね」

 

「あいつとは一回ちゃんと話した方が良いかもね…」

 

「明日菜明日菜、顔怖くなっとるよ」

 

黙って周りの話を聞いていたエヴァは呆れつつも眉間に皺を寄せた。

 

「どうされましたマスター。ヤキモチですか?」

 

「茶々丸、お前最近イジってくる様になったな…。あいつか?あいつの影響なのか?」

 

「いつもこの様にお二人は会話されてますので、私も真似してみたのですが。お気に召しませんでしたでしょうか…」

 

「やはりあいつの影響か!いいか茶々丸、前にも似たような事を言ったがあいつの言っている事は基本無視しておけ。あと真似するな!」

 

「そんなマスター、祐さんを無視するなど…私には…」

 

茶々丸は心底困った顔でおろおろとしだした。エヴァは頭を抱える。

 

「やはり三年程度とは言え一緒に生活をさせるべきではなかった…あいつと関わらせるのは教育に悪い。あの頃はまだまともだったが…」

 

「なになにエヴァちん、何の話してるの?」

 

茶々丸の隣の席である裕奈が、自分の席から身を乗り出してエヴァの方を向く。

 

「何だそのふざけた呼び方は。お前には関係無い」

 

「あーん!相変わらず冷たい!そんな事言わないでよ〜」

 

「ひっつくな暑苦しい!」

 

いつも通りのエヴァからの冷たい対応に、裕奈はいつもより一歩踏み込んだ。抱きつくのは踏み込む一歩としては大きすぎる気もしないでもないが、この四年間で最も関係の変化が見られない相手という事もあり、少々強引に踏み込んだ様だ。

 

「たまにはいいじゃんエヴァちん!少しくらい私達と触れ合おうよ!」

 

「なんでお前らみたいなガキと触れ合わなければならんのだ!」

 

抱きつく裕奈とそこから逃れようとするエヴァ。2人の攻防は次第にクラスの目を引き始める。

 

「なんか珍しい組み合わせね」

 

「みんな!もう少しでエヴァちんの牙城を崩せそうなの!協力して!」

 

「崩れんわ!」

 

「任せて!うお〜!」

 

桜子が裕奈に加勢する形でエヴァに抱きつく。実際これが本当に加勢になっているのかはわからない。

 

「しょうがないわね、私の母性を発揮する時が来たか」

 

「感じた事ありませんが…」

 

ハルナもやれやれと言った感じでエヴァの元へと向かう。夕映の言葉はハルナには届かなかった。

 

続々と集まってくるクラスメイト達。有事の時以外力をセーブされている今のエヴァは、見た目通り幼い少女の力しか持たない。その気になれば多少の力の解放は可能だが、今ここでそれをするほどエヴァは子供ではなかった。

 

「うわ、肌ツルツル」

 

「髪の毛もツヤツヤだ!」

 

「お前ら私をおもちゃにするな!」

 

「ああ、マスターがクラスの皆さんとあんなに楽しそうに…。これを知ればきっと祐さんも喜ばれます」

 

「ええい!このボケロボ!アホなこと言ってないで早く助けんか!」

 

その光景を呆れた視線で見つつ、明日菜は茶々丸の発言が引っ掛かっていた。

 

「どないしたん明日菜?」

 

「え?ああ、うん。茶々丸さんさっき祐が喜ぶって言ってたでしょ?それがちょっと気になってね」

 

「言われてみればそうやな、祐君がエヴァちゃんと話してるの見た事あらへんし。でもウチらが知らんかっただけで、実は仲良しさんだったんやない?」

 

「まぁ…そうかもね」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「修行を?」

 

「うん。最近何かと事件が起きてるし、これから起きる事に備えるって意味でも僕には必要かなって」

 

そう校舎裏で会話をしているのはネギとタカミチである。ネギとしても度重なる事件の発生に思うところがあった。仮契約の相手である明日菜が刹那から指南を受けている事もあり、自身も本格的に修行を行おうと考えていたのだ。

 

「確かに、ここの所事件が連鎖的に起きている。力を付ける事は必要かもね」

 

「そこでなんだけど、僕に修業を付けてくれる人に心当たりはない?」

 

そう聞かれたタカミチは顎を摩りながら考える。

 

「僕が教えてあげられるのは接近戦での戦いぐらいだし、学園長も忙しい身だ。なかなか難しい問題だね」

 

するとネギは指と指を合わせながら、遠慮気味に聞いた。

 

「あの、例えばなんだけど…祐さんとかは…」

 

タカミチはさらに難しい顔をすると、それに対してネギは首を傾げた。

 

「祐君の実力は僕も良く知っているつもりだ。彼は確かに強い。ただね…」

 

「ただ?」

 

「彼の場合、持っている力も戦い方も特殊過ぎるんだ。初めて戦い方を教わろうとするなら、おすすめはし辛いかな」

 

ネギは祐の力を何度か見せて貰った事はあるが、実戦を見たのは河童戦の一度だけだった。その際は肉弾戦主体で、言ってしまえばわかりやすいものだったように思う。

 

「祐さんの戦闘スタイルって接近戦が主体だと思ってたけど」

 

「基本的にはそれで間違いないよ。だけどそれが全てじゃ無い。彼の真価は、引き出しの多さにある。簡単に言えば、何でもやるし何でも出来るって所かな」

 

「何でもやるし、何でも出来る…」

 

反復するネギの肩にタカミチは笑って手を置いた。

 

「初めのうちはあらゆるモノに手を伸ばしがちになる。それが悪い事とは言わないけど、まずはモノを載せる為のしっかりとした土台が必要だ。僕も祐君も、まずその土台を作ってからモノを積み上げていった」

 

「ネギ君、君にまず必要なものはきっとその土台だ。君の持つ類稀なる才能を載せる為の強固たる土台がね」

 

ネギは力強く頷くと、タカミチも満足そうに頷いた。

 

「そう考えれば適任がいたよ。僕も世話になったし、何より祐君を育て上げた人物がね」

 

「えっ?タカミチや祐さんの師匠って事!?誰なの!」

 

目を輝かせるネギにタカミチは再度笑うと、ネギの耳に顔を近づけその名を口にする。

 

その名を聞いたネギは、恐らく麻帆良に来てから一番驚いた顔をしていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「起立、礼」

 

『ありがとうございました』

 

六時限目の授業が終わり挨拶を済ませるA組。教壇に立つネギは教室の一番後ろの席に目を向けるとエヴァを見る。

 

(あのエヴァンジェリンさんが魔法使いで真祖の吸血鬼で、その上祐さんの師匠だなんて…。言われてもいまいち実感がわかないなぁ)

 

頬杖を付いてどこか遠くを見ていたエヴァが視線に気づきネギと目を合わせる。ネギはぼーっとエヴァを見つめ、エヴァはそれに怪訝な面持ちで視線を返した。

 

「あの、ネギ先生?どうかされましたか?」

 

「へっ?あっ、すみません!少しぼーっとしてて…」

 

その場から動かないネギにあやかが声を掛けると我に返る。

 

「あれ~、もしかしてネギ君…エヴァちんの事見つめてなかった?」

 

「なっ!何でそれを!?…あっ」

 

裕奈の発言に思わずそうこぼしてしまったネギにクラスが沸き立つ。

 

「ちょっとちょっと!どういう事!?」

 

「ネギ君がエヴァちゃんに見惚れてただって!?」

 

「そこまでは言うてへんやろ…」

 

ネギが騒ぐA組の勢いに飲まれていると、あやかが立ち上がる。

 

「なぜですネギ先生⁉︎どうせ見つめるのならこの私を見つめてください!」

 

「いいんちょ、邪魔になるから座らなきゃだめだよ?」

 

「邪魔とは何ですか邪魔とは!」

 

「雪広引っ込め~」

 

「誰が引っ込むもので…誰です!今引っ込めと言ったのは!」

 

クラスメイト達も辺りを見回す。全員不思議そうな顔をしている事から罪の押し付け合いをしている様にも見えなかった。そもそも声が女性の声ではなく、男性が無理矢理発した高い声だった気がする。

 

窓際の席に座るザジと真名だけはベランダから人知れず発言して去って行った祐の姿を目撃していた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「まったく、今日はえらい目に遭った…」

 

「ご愁傷様ですマスター」

 

「他人事みたいに言うな!」

 

放課後、帰宅するエヴァと茶々丸。本日はやけにクラスメイト達に振り回されてエヴァは疲れ気味だった。

 

「エヴァンジェリンさん!茶々丸さん!」

 

声を掛けられたエヴァと茶々丸が振り向くと、後ろから肩にカモを乗せたネギが走ってくる。

 

「なんだネギ先生、今日は誰かさん達のせいで疲れているんだ。用があるなら手短にしろ」

 

「あ…先ほどはすみませんでした…」

 

そう言って頭を下げるネギ。エヴァはそれを横目で見ると腕を組んだ。

 

「ふん、それで?要件は何だ」

 

「はい、それなんですが…少しお願い事がございまして」

 

「お願い事?」

 

予想がつかず不思議そうな顔でネギを見ると、ネギは少し小声で答えた

 

「エヴァンジェリンさんを、祐さんの師匠とお見受けしてのお願いです」

 

それを聞いた瞬間、エヴァの表情が真剣なものへと変わった。ネギが変化を感じ取ると冷や汗を流す。今のエヴァの視線にはそれだけのものがあった。

 

「場所を変えよう、ついて来いぼうや」

 

エヴァが先導して歩き出すと、茶々丸はお辞儀をしてそれに続く。ネギはカモと目を合わせると、表情を引き締めて後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

ネギ達の背中を屋上から眺める祐とタカミチ。祐はどこか感心した様な顔をした。

 

「思い立ったらすぐ行動。若さってやつですかね?」

 

「祐君だって十分若いと思うけどね…」

 

タカミチはフェンスに近づくと改めてネギ達を見た。

 

「エヴァへの弟子入りを進言したのは僕だけど、祐君はどう思う?」

 

「良いと思いますよ」

 

瞬時に迷いなく答える祐にタカミチは少し驚いた顔をした。

 

「ネギが目指すものは高潔なものですから。なら、教えを乞う相手もそれに適した人でないと」

 

「色々な事を加味しても、師匠は間違いなく適任です。僕がネギに聞かれても、きっと同じことを言ってました」

 

「信頼してるんだね、エヴァの事」

 

「勿論です、なんせ師匠ですから」

 

屈託のない笑顔だった。それに対し、タカミチも笑顔で返した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

あれからネギはエヴァの自宅へとやって来た。想像していたよりも随分と可愛らしい内装に目を向けつつも、現在はソファーに案内され、そこでエヴァに修業を付けてほしいと頼んだところである。

 

「なるほど、タカミチからそう言われたのか。あいつめ…余計な事を言いおって」

 

「それでエヴァンジェリンさん…僕に修業を付けて頂けませんでしょうか…?」

 

「断る」

 

「ええ!?」

 

エヴァは腕を組んでソファに深くもたれ掛かった。

 

「お前を弟子に取る理由がない。そもそも私は悪の魔法使いだぞ?お前のような立派な魔法使いを目指している者とは本来相容れない存在だ」

 

「でもタカミチや祐さんの稽古は付けてたって…」

 

「祐は魔法使いではない。タカミチは…まぁ、あれだ。元同級生の好と言うやつだ」

 

「同級生?タカミチとですか?」

 

「ああそうか…お前にはまずそこから話さねばならんのか」

 

エヴァは人差し指で額を摩ると、ネギを見る。

 

「ぼうや、お前は先程からよく祐の名前を出すが…お前はあいつの事をどう思っている?」

 

「え?どうって…」

 

「難しく考えんでいい。今お前が持っている祐の印象をそのまま口にしろ」

 

ネギは自分の中で考えを整理しながらゆっくりと話し始めた。

 

「最初は不思議な人だって思ってました。今は優しくって頼りになって、何と言うかその…お兄ちゃんみたいな人だなって…」

 

エヴァが目を閉じて俯く。ネギはその姿を不思議そうに見た。

 

「今の内に言っておくぞ。祐はお前が思っているような奴ではない。お前は少しあいつに心酔気味だ」

 

「…どういう事ですか?」

 

「はっきり言えば、あいつはお前達が思っている以上に脆く、不安定で危険な存在だ」

 

ネギの表情が険しくなる。エヴァはそれを見て足を組んだ。

 

「お前は確か、神楽坂明日菜と仮契約をしたのだったな」

 

「どうしてそれを…」

 

「祐から聞いた」

 

エヴァはソファから立ち上がり、背中を向けて階段に向かうとネギに振り返る。

 

「今から神楽坂明日菜を連れてこい。今後の事も含めて、お前達とは擦り合わせをしておきたい」

 

ネギは暫くエヴァを見つめて動けずにいた。

 

エヴァから一歩引いた位置で会話を聞いていた茶々丸の表情は不安気だった様に見えた。



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いるべき場所

「まったく急すぎるでしょ!木乃香に言い訳するネタ毎回変えるのも手間なんだから!」

 

「す、すみません…。でも今から連れて来いって言われたので…」

 

明日菜とネギがそう会話をしながら駆け足でエヴァの家へと向かう。木乃香にはどうしてもアイスが食べたいのでコンビニに行ってくると言ったが、木乃香はあまり細かい事は気にしないので問題ないだろうと思った。

 

「それにしても本当なの?エヴァちゃんが魔法使いで、その上吸血鬼で祐の師匠だなんて…。信じられないわ」

 

「いや姐さん、おそらく嘘じゃねぇ。まだ詳しくは知らねぇがあの女の目はマジモンだった…」

 

「なによマジモンって…」

 

ネギの肩に乗っていたカモがそう言う。先程エヴァの自宅にいた時は一言も喋らなかったが、エヴァは間違いなくこちらの正体に気が付いていた。時折見せる鋭い視線にカモの毛は何度か逆立だった程である。

 

(なるほど、あの威圧感…旦那の師匠ってのも頷ける。旦那の無表情とはまた別モンだったが)

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

エヴァの家に着くとネギがチャイムを鳴らす。すると程なくして扉が開く。

 

「ようこそネギ先生、明日菜さん。お待ちしておりました」

 

「茶々丸さん?なんで?」

 

出迎えた茶々丸に明日菜は目を丸くすると、茶々丸はお辞儀をする。

 

「私はマスター、エヴァンジェリン様の従者ですので。どうぞ、ご案内致します」

 

「明日菜さん、行きましょう」

 

「…うん」

 

先導する茶々丸について行くと、丁度エヴァが二階から降りてくるところだった。

 

「来たか」

 

「エヴァちゃん…」

 

「こうして面と向かって話すのは…恐らく初めてだな、神楽坂明日菜」

 

当然姿は変わらないが、普段と纏っている雰囲気の違いに明日菜は困惑気味だった。ソファに座ると二人に顎で着席を促す。二人は素直にそれに従った。

 

「神楽坂明日菜、お前はぼーやから私の事は聞いたな?」

 

「う、うん」

 

「なら良い」

 

頷いたエヴァはソファに寄り掛かる。対して二人は緊張してか、背筋を伸ばした状態であった。

 

「さて、早速だが呼び出したのは他でも無い。祐に近しいお前達と今後の事について少し話しておきたいと思ってな」

 

「今後の事って?」

 

「お前達も知っての通り、ここの所世の中が騒がしい。あいつが言うには暫くはそれが続くと思う、との事だ」

 

あいつと言うのは祐の事だろうとネギも明日菜もわかった。彼の勘の鋭さは二人も周知だったからである。

 

「その辺の奴が言った事なら然程気にも留めんが、あいつが言うならそうもいかない。あの第六感とも言うべき感覚は無視できん。特に悪い予想程当たるからな」

 

「それは私もそう思ってるけど…それについての話って事?」

 

明日菜が遠慮気味にそう聞くと、エヴァは姿勢を正して明日菜を見た。

 

「神楽坂明日菜。お前達が祐の事を気に掛けているのは知っている」

 

少し顔が赤くなるが、今は否定する場面では無い気がして明日菜は口を開かなかった。

 

「単刀直入に言う。現在の様に平和な生活を続けたいのなら、今からでも遅くは無い。祐から手を引け」

 

そう言われて明日菜は思わず表情が険しくなる。

 

「何よ、それ」

 

「言い方が悪かったな、これ以上深く祐に関わろうとしなければ良い。つまり、少なくともこれまでの関係のままでいておけと言う事だ」

 

「これまでの関係って…どう言う事?」

 

「私が祐の幼馴染でお前だけを呼び出したのは、ぼーやと仮契約をした結果、祐の力を知っている幼馴染連中でお前が一番戦いに近い場所に身を置いているからだ」

 

「そしてお前は、祐の力を持つ者としての部分に触れようとしている。あいつがお前達には見せていなかった部分にな」

 

明日菜は両手を強く握る。ネギとカモは何も言わないが、その目からは心配が読み取れた。

 

「本人からも聞いただろうが、あの力は未知の物だ。この星が生まれてから一つとして前例が無いほどのな。そんな物を持っていれば否が応でも戦いに巻き込まれる。下手をすればあの力そのものが戦いの元になってもおかしくは無い」

 

「それに加え本人のあの性格だ。あいつは力を隠し、厄介事に対して見て見ぬ振りをするという事が出来ない。そうしてしまえばあのバカは罪悪感で自分を押し潰すからだ」

 

そう言うエヴァの姿は、ネギ達には少し怒っている様に見えた。目を閉じて一旦大きく息を吐くと、その表情はどこか愁いを帯びていた。

 

「あんな力など持たなければ、あいつはもっと平和に暮らせたろうにな」

 

明日菜は暗い考えに支配されそうになった頭を振ると、エヴァを見た。

 

「祐に近づき過ぎると、その戦いに巻き込まれるから…だからこれ以上踏み込むなって事…?」

 

「平和に暮らしたいのならな。今時、魔法使いのパートナーになったからと言って生活は劇的には変わらん。多少のトラブルはあるだろうが、それは好きにすれば良いさ。だか、あいつと肩を並べて戦うつもりなら話は別だ」

 

明日菜とネギに向けた視線は、二人を試している様にも、見定めようとしている様に見えた。

 

「私が祐に戦い方を教えたのは、祐がその生き方を続けても生きていける様にだ。私は奴の生き方に思う所はあれど、変えようとは思っていない」

 

「なんで…なんで変えようと思わないのよ…。そこにもう少し折り合いを付けられたらあいつは」

 

「祐が変わっても世界は変わらんからだ。例え祐が逃げても、世界は祐を逃がさない。あいつの力を許すほど、世界は優しく無い」

 

冷たく返され、明日菜は言葉に詰まってしまう。今まで黙っていたネギがそこで口を開く。

 

「祐さんから行かなくても、問題が祐さんに向かってやってくる…。そう言う事ですか?」

 

「相対する数は減るだろうが、微々たる物だ。なら、祐に力と経験を積ませる方が良いと考えた。少なくとも私はな」

 

「今はまだいいが、あいつの関わる問題はそう遠くない未来、世界を巻き込むレベルの物が来るかもしれん。あいつは自分が思う様にやっている手前、お前達には甘い。まぁ、それを差し引いても甘いと思うが…」

 

テーブルに手を置き、前のめりになると視線を鋭くした。

 

「祐の師匠として、保護者として私が聞こう。お前達は世界がどうこうなるといった問題に、踏み込む覚悟はあるのか?」

 

「それでも私は、祐と一緒にいたい」

「それでも僕は、祐さんと一緒にいたいです」

 

示し合わせたかの様な同じタイミングでソファから立ち上がり、同時に発言する。その場にいる全員が固まると、辺りを沈黙が支配した。気まずい空気が流れるのを感じ、エヴァが手を叩いた。

 

「よし、二人とも座れ。じゃあぼーや、まずお前からだ」

 

「は、はい」

 

指で差されてネギが姿勢を整えた。

 

「世界を巻き込んだ問題という物を、僕はこの身で体験した事はありません。だから、覚悟はあるって言ってもそこに説得力は無いと思います」

 

「でも…巻き込まれるのが怖いから祐さんと距離を取るなんて、それはなんて言うか…凄く嫌です」

 

「さっきも言ったが、祐はお前が思っている様な人間ではないぞ」

 

力強い目でネギはエヴァを見た。

 

「それでも、祐さんに頭を撫でてもらった時、抱きしめてもらった時に感じた温かさは絶対に気のせいじゃありませんでした」

 

「僕は祐さんが好きです。だから、僕は強くなって祐さんと同じ場所にいれる様になりたいです」

 

エヴァはネギを難しい顔で見た後、腕を組んで唸り始めた。

 

「あ〜…他人の嗜好にどうこう言うのはナンセンスだとは思うが、ぼーやはそちらの気があるのか…?」

 

「え?……ち、違いますよ!そう言う意味じゃありません!」

 

「そもそも抱きしめられたって何したのよ…?」

 

「別におかしな事じゃないですよ!外国じゃ挨拶みたいな物ですから!」

 

祐の家に泊まった時の事は恥ずかしいので、出来れば鮮明には話したくない。それ故ネギは少し苦しい言い訳をした。

 

「まぁ、取り敢えずそれは置いておく。次、神楽坂明日菜」

 

「えっ…わ、私もおんなじ感じで…」

 

「ふざけた事を抜かすな、この期に及んで何を恥ずかしがっている。その程度の想いなら、やはり祐から手を引いた方が身の為だぞ」

 

エヴァの挑発とも取れる発言にムッとした顔をすると、少し乱暴に頭を掻いてソファから立ち上がる。

 

「私は!祐に死んでもらっちゃ困るの!それに、あいつにはきっと…何か仕出かしそうになったら手を引っ張って止めてくれる人が必要だと思う。じゃないとあいつはきっと遠くに行っちゃうから」

 

次第に勢いが弱くなったのは、自分の口から出た言葉に不安になったからだ。思った事を言ったが、それを想像してしまうと不安が募った。止まる事をせず、どこまでも突き進む祐が容易に想像出来てしまった。

 

「祐は何があっても絶対に帰ってくるって約束した。私は祐を信じてる、信じてるけど…心配にならないわけじゃない」

 

「今まで誰かと戦うなんてした事ないし、今は何も出来ないかもしれないけど…あいつの近くにいる為に力が必要なら、なんとかして強くなる。元々それが仮契約をした理由の一つだし」

 

エヴァに見つめられ、緊張気味に明日菜は見つめ返した。エヴァに対して先程から何故こんなにも緊張しているのかは自分でもわからない。ただどうも彼女に対して引っ掛かりの様なものを覚えていた。

 

「お前達のその発言、若さの勢いに任せた物ではない事を祈っているよ。正直、然程期待はしていないが」

 

そう言って腕を組み、再びソファにもたれ掛かる。

 

「いいだろう。ぼーや、お前を試してやる。明日またここに来い」

 

「えっ…それって…」

 

「稽古をつけてやる。お前が口だけではないという事を私に見せてみろ」

 

瞬間ネギは満面の笑みを浮かべると勢いよく立ち上がり、頭を下げた。

 

「ありがとうございます!よろしくお願いしますエヴァンジェリンさん!」

 

エヴァは先程とはまた違った笑みを浮かべる。それを見た明日菜は不審に思った。

 

「ではまず誠意を見せてもらおうか?」

 

「誠意…ですか?」

 

するとエヴァがネギに向けて右足を上げる。

 

「跪いて私の足を舐めろ、そして私に永遠の服従を誓え」

 

「アホかーー‼︎」

 

「あうっ!何をする⁉︎」

 

見ていた明日菜が思わずエヴァの頭部をはたく。はたかれた箇所を摩りながら明日菜を睨むが、先程までの威圧感はかけらも無かった。

 

「子供に何させようとしてんのよ!この変態!」

 

「誰が変態だ!と言うか貴様!私の魔法障壁を破ったな!」

 

明日菜はわからないといった顔をする。

 

「魔法障壁?何よそれ…て言うか、あんた祐にもこんな事させたんじゃないでしょうね⁉︎」

 

「あいつは言わんでも向こうから喜んでするわ!」

 

「なっ⁉︎あ、あんたらいつも何してんのよ!」

 

「おっと、まだうぶなお前にこう言った話は早かったな。失礼した」

 

明日菜は顔を赤くしてワナワナと震え出すと、エヴァを勢いよく指差した。

 

「なによ!エヴァちゃんだってお子ちゃま体型のくせに!」

 

「体型は関係ないだろ!見た目で判断するとは浅はかな!滲み出る大人の色気に気づけんとはな!」

 

「お、お二人とも落ち着いて…」

 

「待て兄貴、ここは様子を見ようぜ。こりゃ行っても藪蛇だ」

 

2人を止めに入ろうとしたネギをカモが止める。実際行けば被害が増えるので正解である。

 

「そもそもさっきからなんか引っ掛かってたのよ!祐の事一番わかってるみたいな感じ出してきて!」

 

「みたいな感じではなく事実だ!私ほど祐の事を理解している者はおらん!お前こそ、あいつの幼馴染だか何だか知らんが、それだけで私に対抗しようなどとは数百年早いわ!出直してこい小娘!」

 

「何が小娘よ!同い年でしょ!」

 

「私は真祖の吸血鬼だぞ!600年は有に生きている!」

 

「メチャクチャお婆ちゃんじゃない‼︎」

 

「貴様ぁ‼︎」

 

いよいよ取っ組み合いへと発展する二人。困惑しながらネギが見ていると、ふと茶々丸が視界に入る。

 

優しく微笑んでエヴァ達を見るその姿にネギは少し見惚れた。

 

「随分騒ガシイナ、何ハシャイデンダ御主人」

 

階段の手すりから身を乗り出し、顔を覗かせたのはチャチャゼロだった。エヴァと茶々丸以外が驚いた顔をする。

 

「えっ…に、人形?」

 

「凄い、自立型の人形ですか?」

 

「ナンダナンダ、見ネェ顔ダナ」

 

「チャチャゼロ、お前は降りてくるなと言っただろ」

 

「コンダケ騒イドイテソリャ無イゼ御主人。心配デ見ニ来テヤッタッテノニ」

 

「よく言うわ…」

 

エヴァは乱れた服を整えて立ち上がる。明日菜も同様に立ち上がった。

 

「紹介しておこう、チャチャゼロだ。私の古くからの相方だと思ってくれればいい」

 

「ケケケ、ヨロシクナガキ共」

 

「「ど、どうも…」」

 

手をひらひらと振るチャチャゼロ。ネギ達は彼女から僅かに感じる言い様の無い感覚に、若干顔を引きつらせて挨拶を返した。

 

するとチャチャゼロはネギを見る。それに気付いてネギが恐る恐る聞いた。

 

「えっと、チャチャゼロさん?何か…?」

 

「新シイオモチャカ、セイゼイ楽シマセテクレヨ?ソコノ白イノモ、遊ビガイアリソウダ」

 

「「ひぃっ!」」

 

抱きしめ合うネギとカモ。明日菜は細目でエヴァを見た。

 

「この人形大丈夫なんでしょうね…」

 

「流石に加減は弁えている、問題ない。多分な」

 

「ちょっと⁉︎」

 

咳払いをすると、エヴァは締めにかかった。

 

「お前達から聞きたい事は聞けた、もう今日は帰っていい。神楽坂明日菜、明日はお前もぼーやと一緒に来い」

 

「私も?」

 

「ついでだ。魔法のまの字も知らんお前に基礎的な事を教えてやる」

 

「…それって難しい話?」

 

「お前にとっては基本なんでもそうだろう」

 

「悪かったわね!」

 

 

 

 

 

 

茶々丸がネギ達を家の外まで見送りに行き、エヴァは再びソファに腰掛けた。

 

「ドウイウ風ノ吹キ回シダ御主人?アノガキヲ弟子ニ取ルナンザ」

 

聞いてきたチャチャゼロに視線だけ向けた後、ネギ達が去って行った方向に目を向けた。

 

「あのぼーやはナギの息子だ、その才能を見てみるのも悪くない…と言うのが取り敢えずの建前だ」

 

「マァ、ソウダロウナ」

 

「あのぼーやと神楽坂明日菜を始めとした幼馴染連中は、上手く扱えれば祐への鎖になり得る」

 

チャチャゼロはテーブルに飛び乗り、気だるげに座る。

 

「ケケケ、祐ヘノ鎖トキタカ」

 

「もしもの時、あいつを繋ぎ止める鎖は多いに越した事はない。最後の決断であいつに二の足を踏ませる為にもな」

 

「ナルホドナ…ケケケ、イイナ御主人、気ニ入ッタゼ」

 

「それに実際ぼーやと話して、祐が何故ぼーやを気に掛けているのかも大体予想がついた」

 

「アノガキガ真ッ直グダカラダロ?」

 

少しエヴァは意外そうな顔をした。

 

「なんだ、わかったのか」

 

「見ルカラニアイツノ好キソウナタイプジャネェカ」

 

「そうだな、あの小僧は穢れがない。だが穢れた物を知らん訳ではない。それを知って尚、理想を諦めんタイプだ。だからぼーやを助けたいんだろう」

 

ふっと笑うエヴァは寂しげだった。

 

「いつだって人は無い物ねだりをする。お前は…ぼーやが眩しく見えて仕方ないんだな」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

ネギ達が出掛けて少し、木乃香は一人テレビを見ている。

 

木乃香は明日菜が最近何か始めた事に気付いていた。何かまではわからないが明日菜の性格上、祐が一人危険な事をしているのを黙って見ている事は出来ないだろうと思っていたし、きっと明日菜がやろうとしている事も安全な事ではないのだろう。

 

そう思うと自分も何かするべきなのではないかと考える。しかし自分が出来る事とは何なのか、少なくとも祐と一緒に戦うなど出来るとは思えない。祐に何をしてあげられるのか、木乃香にはわからなかった。

 

そんな時、ふと自分と同じ様に祐の秘密を知るあやかが思い浮かぶ。彼女はどう考えているのか気になったので、スマホに手を伸ばす。

 

電話帳から彼女を探し、電話を掛ける。少しすると反応があった。

 

『もしもし?』

 

「どうも、近衛木乃香です〜」

 

『知ってますわ…木乃香さんまで祐さんみたいなこと言わないでください…』

 

「お〜、流石いんちょやな。伝わってよかったわぁ」

 

『それ程でも。まったく嬉しくありませんが…』

 

祐を真似てみたが、どうやらしっかりあやかには伝わった様だ。木乃香は満足げに笑った。

 

「なぁいんちょ、今少しええ?」

 

『大丈夫ですが、何だか珍しいですわね』

 

「うん、ウチもそう思っとった」

 

テーブルにうつ伏せになると、一息ついてから話し始める。

 

「なぁいんちょ、ウチらが祐君にしてあげられる事ってなんなんやろ?」

 

『してあげられる事…ですか』

 

「明日菜がな、新しい事を始めたんよ。何をしてるかまではわからんけど…きっと祐君の為に何かしようとしとる」

 

 

 

 

 

 

「なるほど、明日菜さんであればそうするでしょうね。あの人もじっとしているのは苦手ですから」

 

自室の椅子に座り、机の写真を見ながらあやかは言った。よく明日菜は祐の事を落ち着きがないと言っているが、明日菜も負けず劣らずだと幼馴染達は思っている。心配度で言えば祐の勝ちだが。

 

『せやからウチも何か出来ればええんやけど、明日菜みたいに運動神経ええ訳でもあらへんし…』

 

あやかは少し真剣な表情になる。祐のやっている事は危険な事だ。トゥテラリィ然り河童然り宇宙人然り、詳しく聞いてみれば全てにおいて祐は戦ったと言っていた。怪我の一つもなく帰って来ているのでそれは良いが、言ってしまえば死んでもおかしくない事だ。木乃香を始め、それを知っている人達が自分に何か出来る事はないかと思うのは当然の事だった。

 

「お気持ちはわかります。私も、自身に何が出来るのかと最近ふと考える事がありますから」

 

『やっぱ、いんちょもそう思っとったんやね』

 

「でも同時に思うんです。祐さんは、私達に何かして欲しいから秘密を明かした訳ではないんじゃないかと」

 

あやかは見ていた写真立てを手に取って眺める。

 

「きっと自分の秘密を知ってほしかっただけなんでしょう。寧ろ、自分の様に危険な事はしないで貰いたいと思っているかもしれませんわね」

 

『……』

 

「自分が戦っている手前、そうは言わない…言えないと思っているんでしょう。変な所は気にする方ですから」

 

『うん…そうやね』

 

 

 

 

 

 

 

『少なくとも今のところは、私は変わらずいようと思いますわ』

 

「変わらず?」

 

『ええ、今まで通り。変わらずここで、彼の幼馴染でいます』

 

木乃香は自分の机に向かうと、写真立てを手に取る。それはあやかが今手に持っている写真と同じ物だった。

 

『力になりたいのは私も同じです。でも、彼の隣で一緒に戦う事だけが彼の力になる方法では無いと思うんです』

 

『彼がいるべき場所はきっと麻帆良(ここ)です。彼の帰りたいと思う、帰るべき場所で彼の帰りを待つ事も彼の力になると思いませんか?』

 

「ウチらが待っとったら、祐君は帰って来たいって思ってくれるやろか」

 

『きっと、そう思ってくださってますわ。なにせ!この雪広あやかが待っているのですから!』

 

そう言ったあやかに木乃香は笑いつつ、彼女に確かな強さを感じた。

 

『それに祐さんが木乃香さんの手料理が好きなのは、木乃香さんもよくご存じでしょう?この前祐さんと麻帆良湖に行った際も、嬉しそうに話してましたわ。久し振りに食べられたと』

 

木乃香は写真を胸に抱いた。

 

「そっか…なら、また作ってあげんとな」

 

『かと言って、あまり甘やかしすぎてはいけませんわ。木乃香さんと梨穂子さんは祐さんに甘すぎるところがあります!』

 

「え~、いんちょ厳しいなぁ」

 

木乃香が笑って言うと、あやかも優しく笑った。

 

『ところで木乃香さん』

 

「なぁに?」

 

『祐さんはいったい何処で木乃香さんの手料理を食べたのでしょうか』

 

「夜にごめんないんちょ!おやすみ!」

 

『木乃香さん!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

孤高の少女は少年の中に光を見る

 

そしてその光に未来を見た

 

少女は光に名前を付ける

 

自らの想いを乗せて

 

今や一度失った少年の光は輝きを増しつつある

 

それは多くの者の目に留まり始めていた



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悪魔よふたたび
古代からの贈り物


晴天に恵まれた天候の中、麻帆良学園に生徒達が登校してくる。いつも通りに教室に着いた千雨は周りに目もくれずにノートパソコンを開いた。

 

ふと視界に入ってきたネットニュースを見るとただでさえ低いテンションがさらに低くなる。ここの所テロリストだの妖怪だの宇宙人だのと事件の連続だ。

 

別次元がこの世界に現れてから諦めてはいたが、いよいよもってこの世界はおかしくなってしまったと実感した。元々こう言った超常現象に苦手意識があった千雨にとって、今の世界はまるで笑えない冗談だった。

 

(この事件からだ、色々とうるさくなったのは)

 

千雨が見ている記事は、爆破によって被害を受けたアウトレットに再開の目処が立ったとの記事だった。

 

犯人は人間であり爆弾を使った犯行で、言ってしまえば起きてもおかしくはない事件だ。しかしこの事件にもおかしな点がある。記事も僅かにだがその事に触れていた。

 

(何だよ虹色の光って…しかもそれが被害を抑えただぁ?超能力だとして、使ってるやつはメルヘン野郎なのか?)

 

事件が起きた日、千雨もこの事件のニュースを漁った。虹色の光に関してテレビ等には取り上げられていなかったが、ネットにおいてはちらほらと話題に上がっていた。それも犯人達が早々に犯行声明を行った事でそちらに話は流れて行ったが。

 

「その記事に何か気になる事があるのですか?」

 

「⁉︎」

 

突然声を掛けられ驚いて隣の席を見ると、その正体は夕映だった。普段は話しかけてくる事など無い筈だが、彼女も何かこの件に興味があるのだろうかと千雨は思った。

 

「別に…。ただ、この虹色の光ってのが引っ掛かったと言うか…」

 

余り人と話す事が得意では無い千雨は、緊張も相まってぶっきらぼうにそう答えた。

 

「これは大きな声では言えないのですが…私はその現場を目撃してます」

 

「…マジか?」

 

小声で話す夕映に釣られる形で小声で聞く。夕映は小さく頷いた。

 

「もう時効という事で話しますが、何の因果かその日その時にアウトレットに行きましたので」

 

「そりゃまた…なんて言うか、ついてなかったな」

 

「まったくです」

 

夕映はその時の光景を思い出したのか、少し疲れた顔をした。

 

「一発目の爆発が起きて避難を開始したのですが、それから暫く経って二発目が起きました。そしてその瞬間、我々は見たのです…爆破したビルの中から虹色の光が現れ、爆発を抑え込んだのを」

 

「お、おう…」

 

後半に進むにつれ熱が篭っていく夕映に若干気圧される。妖怪の時もそうだったが、どうもこの隣の席のクラスメイトはオカルト系に興味がある様だ。自分とは相容れないなと思いつつ、内容自体は気になった。 

 

「その…どんな感じだったんだ?例の光ってやつは」

 

「爆発と同時に現れて、大きな壁を作っていた様に見えました。爆発をそこから先に通さない為と思われます。あと…」

 

「あと?」

 

「とても綺麗でした」

 

「…そうか」

 

幼児並みの感想に少し呆れていると、いつの間にかハルナもパソコンの画面を覗いていた。

 

「へ~、あのアウトレット再開するんだ。あれからもう一ヶ月ちょっと経ったのかぁ…早いようなそうでもないような」

 

「しれっと覗くなよ…」

 

「因みにハルナもあの光を見てるです」

 

そう言えばのどかも含めたこの三人は特に仲が良かった筈なので、大方三人で買い物に出掛けた際に事件に巻き込まれたのだろう。無事なのは良いとして、随分とついてないなとあくまで千雨は他人事として片付けた。

 

「あの光って?」

 

「私達が見た虹の光ですよ」

 

「……あー!あれか!そう言えばすっかり忘れてたわ!」

 

なんとも大きな声でリアクションするハルナ。この様子だと本当に忘れていたのだろう。

 

「能天気なやつ」

 

「いや~、なんせその後色々と大変だったからさぁ。明日菜なんかもう」

 

「やめろー!何言う気よ!」

 

話を聞いていたのか目にも留まらぬ速さで明日菜がハルナの口を塞いだ。

 

「まさか神楽坂も行ったのか?」

 

「総勢で…9人ですね」

 

指で数えながら夕映が答えた。

 

「大所帯だな…。因みに誰だ?」

 

夕映が一人一人名前を挙げていくと、最後の一人で意外な人物が出てきた。

 

「逢襍佗?なんであいつが?」

 

「男手が欲しいという事だったので。のどかと普通に話せる男性として白羽の矢が立ったです」

 

「は~ん」

 

名前を聞いた事で、最近ちうのホームページに祐のコメントが付いてない事を思い出す。

 

(前までは必ずってほどコメントを投稿してたのに…)

 

そこまで考えて頭を振る。だから何だという事でもない、それなりにいるファンの一人がコメントをしなくなっただけだ。以前B組のアイドルにお熱だと言っていたし、どうせそっちに行ったのだろう。そう思っていると祐のハンドルネームが頭を過る。

 

(アホらし…んな事あるかよ)

 

思いついた事に自らツッコミを入れた。漫画やアニメの見過ぎか、このクラスの連中の影響を受けたか。どちらにせよもうこの事を考えるのはよそうと思っていると周りが騒がしくなっていた。

 

「明日菜達あの現場にいたの!?」

 

「インタビュー!是非インタビューを!」

 

「この不良娘共め!服を脱ぎなさい!」

 

「意味わかんないだけど!?」

 

「そんなに見たいんなら見せてやるわよ!」

 

「なんであんたはすぐ脱ぐのよ!」

 

千雨が思考に耽っている間にクラス中に話が漏れたようで、現場にいた8人が囲まれている。ハルナはノリノリで服を脱ぎ始めた。

 

「全員脱がせ~!」

 

「身ぐるみ剥いでやれ!」

 

「きゃー!」

 

「せっちゃん助けて~!」

 

「お嬢様!」

 

衣類に手を伸ばされた木乃香が刹那に助けを求めると急いで刹那がやってくる。

 

「助けようとしたな!貴様も脱ぐがいい!」

 

「なんでですか!?」

 

裕奈に道を塞がれ、哀れ刹那も飲み込まれてしまう。何かにつけては脱がしにかかるクラスメイトにため息をついて、千雨は再びノートパソコンに視線を戻した。

 

その目に映った新しい記事には『工事現場で謎のカプセルが発掘。超古代のオーパーツか』と書かれていた。

 

またこの手の類かと千雨はため息をつくと、開いていたブラウザをそっと閉じた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

都内某所。日本でも有数の科学者が集まる研究施設にて、偶然発掘された人一人程の巨大なカプセルが台の上に置かれている。周りにいるのは白衣を着た科学者達だった。

 

「素晴らしいですね、ほぼ劣化が見られない。数万年前の物とは思えません」

 

「ええ、これ程までの古代遺物…そうそうお目に掛かれるものじゃないわ」

 

皆一様に掘り起こされたカプセルに目を輝かせる。まだ詳しい事はわかっていないが、このカプセルは数万年前の物であり、歴史的価値が非常に高い物であるだろう事は判明していた。

 

「表面に刻まれているのは古代文字でしょうか?」

 

 

「その可能性はあります。早速分析を始めてもらっていますよ」

 

そんな中、周りと同じ様に白衣を着た女性がカプセルを見つめる。ただ周りと違うのは、その瞳はそれ程興味を示していなかった事だ。

 

「もう、芳川さん。折角の古代遺物なんですよ?」

 

「そうは言ってもねぇ、私考古学系は専門外だし」

 

呼ばれた女性『芳川桔梗』は正直に答えた。カプセルが運び込まれた研究施設で仕事中だった桔梗は、同僚に声を掛けられふらっとこの場に立ち寄ったのだ。

 

「遺伝子学が専門とは言え、科学者ならこう…なんて言うか…興奮しませんか⁉︎」

 

「まぁ、なんか凄そうよね」

 

「何ですかその感想…」

 

若い後輩が興奮気味にそう聞いても、やはり彼女にはいまいちだった様だ。

 

「そもそも何なのこれ?タイムカプセル?」

 

「それをこれから調べるんですよ。ただ仮にタイムカプセルであるなら、数万年前からの贈り物という事になりますね」

 

「あら、そう聞くと少し素敵かもね」

 

角張った長方形、そして謎の金属で出来た銀色の巨大なカプセル。数万年の時を経て掘り起こされたそれの正体は、今はまだ誰も知らない。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「嫌な予感しかしねぇ~」

 

「何でだよ?ただのカプセルだろ」

 

「まぁ、最近色々起きてるし…そう思ってもしょうがないかもね」

 

B組の教室にて祐達が発掘されたカプセルについて話していた。正吉がそれを話題に出すと、祐は頬杖をつきながらめんどくさそうに言う。

 

「もう何が起こってもまず厄介事だと思ってしまいます。これってトリビアになりませんか?」

 

「知らねぇよ」

 

「でもすっごく昔の物なんでしょ?ロマンがあるよねぇ」

 

「確かに!これはロマンの塊だね!」

 

「なんて素早い掌返し…」

 

「お前の手はドリルか」

 

祐は基本春香に関してはイエスマンであった。というよりB組男子は基本そうである。

 

「それにしたってここの所忙しすぎんよ。やりたい事も満足に出来ないから参っちゃうぜほんと」

 

「忙しいって、あんた何かやってるの?」

 

「いや別に」

 

「なにこいつ…」

 

祐のいい加減な発言に薫は白い目を向ける。そんな話を聞き流しつつ、凛は昨日の夜の事を思い出していた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「はぐれ魔術師ですって?」

 

昨晩、自宅の固定電話の受話器を持ちながら通話相手に聞き返した。

 

『十数年前、目的の為であれば神秘の漏洩すら厭わぬ過激な集団としてその身を追われていた連中だ。ほぼ全員拘束された後処分されたが、まだ一人だけ捕まっていない』

 

電話の相手は男性で声はかなり低く、またその声から感情の起伏はあまり感じ取れない。

 

「その最後の一人が日本に来たっての?」

 

『聖堂教会からその可能性が高いとの連絡だった。お前の耳にも一応入れておこうと思ってな』

 

凛は壁に寄り掛かり、真剣な表情を浮かべた。

 

「わざわざ日本に来るぐらいだから、何か理由があると思うべきか…」

 

『奴らの目的から想像するに、近頃頻繁に超常的な事件が起きているのをどこかで聞きつけ、この地に来た可能性が高いだろう』

 

「そのはぐれ魔術師の目的って?」

 

『簡単に言えば、地球のバランスを保つ事だ』

 

「バランスを保つ?」

 

『表向きには地球の生物界の頂点に立っているのは人間だ。生物として一個体の力はそれほどでなくとも、実質地球を支配している事からもそう考えられる。私自身、この考えには思う所はあるが今は置いておこう』

 

凛としても引っ掛かる事はあるが、今は続きを聞くべきと考え口は開かなかった。

 

『自然界にはその生物に対して必ず天敵と言うものが存在する。それにより自然界、延いては地球はバランスを保っていると言っていい』

 

『奴らは人間に表立った天敵がいない事を、地球のバランスを崩す要因だと考えていた』

 

「って事は…そいつらがやろうとした事って」

 

『人類の天敵を裏の世界だけでなく、表の世界にも呼び出す事。そして地球に人類の天敵を溢れさせ、バランスを保とうとしていたそうだ』

 

凛は思わずため息を吐いて頭を抱えた。

 

「余計な事を…」

 

『最後の一人が明確な目的があった上で日本に来たのか、それとも可能性を求めて日本に来たのかは定かではない。だが奴にとって今の世界、そして今の日本は願ってもない場所なのだろう』

 

この10年で様変わりした世界。この不安定な世界を望み、更に揺らそうと考える人間もいる。一筋縄ではいかない事など百も承知だったが、それでも凛は苦い顔をせずにはいられなかった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「祐」

 

「へい?」

 

帰宅中、後ろからの声に振り返ると立っていたのは明日菜だった。少し走って明日菜は祐の隣に来る。

 

「帰りに会うのは…何か久々だな」

 

「確かに、言われてみればそうね」

 

「木乃香は?」

 

「学園長の所行ってる。なんか話があるんだって」

 

「またお見合いの話かな」

 

「う~ん、どうだろ」

 

並んで歩く二人。明日菜は祐が先程一人で歩いている時より歩く速度が遅くなっているように感じた。こちらに合わせてくれているのだろうか、普段は無神経なくせに相変わらず変な所で気を利かせるなと思った。

 

「最近どうよ?あのハリセンは」

 

「ハリセンって言うな。ハリセンだけど…」

 

「いいじゃんあれ、俺は好きだな。明日菜に似合ってるよ」

 

「なによ似合ってるって」

 

「明日菜はボケじゃなくてツッコミでしょ?テストの回答はボケ連発だけど」

 

「余計なお世話よ!」

 

明日菜の反応に祐は笑っている。こうやって日常を過ごしていると忘れそうになるが、祐は正体不明な力を持っていて、その力を使って戦ってきた。きっとまだまだ知らない事があるのだろうとエヴァとの会話を通じて感じていた。

 

「ネギは師匠の弟子になったらしいけど、明日菜はどうするの?」

 

「私は…どうなんだろ、剣術に関しては刹那さんに教えてもらってるけど」

 

「桜咲さんにか。いいね、仲良さそうで何より」

 

「まあね、いつも早朝に付き合ってもらってるんだ」

 

満足そうに祐が頷く。

 

「師匠はツンツンしてるとこあるけど、あれでも優しい人だから。まぁ、気長に付き合ってみてよ」

 

「優しいねぇ…」

 

明日菜が疑うような顔をする。それを見た祐は苦笑いをした。

 

「ネギと一緒に師匠の家に行った時になんかあったね、それは」

 

「べつにぃ」

 

わかりやす過ぎる態度の明日菜。エヴァと明日菜の二人からその日の事は聞いていたが、双方相手の事に関しては特に何も言わなかった。ネギからは些細な喧嘩らしきものをしていたと聞いたが、意外と相性が悪いのだろうか。祐的にはそうは思えなかったが。

 

「まっ、別に急ぐ事でもないしゆっくりやってけばいいさ。俺も何かあれば協力するよ。出来る事があればね」

 

「期待しないで待っとく」

 

「ひでぇ、そりゃないよゴリ…明日菜」

 

「ちょっと!今のゴリって何よ!なんて言おうとした!」

 

「どうした明日菜!幻聴でも聞こえたのか!?」

 

「確かに言った!ゴリラって言うつもりだったんでしょ!」

 

「そんなわけ無いだろゴリラ!」

 

「おい!」

 

祐は走って逃げようとするが、数秒も持たずに捕まった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

数日後の研究所。カプセルの前で研究員達が話し込んでいた。

 

「しかし大丈夫なんですか?まだこれが何かもわかっていないのに…」

 

「上からの指示なんだからしょうがない。色んな所から圧が掛かってるみたいだしな」

 

納得がいかない様に会話をする研究員達。と言うのも二日後からこのカプセルを近くの博物館で展示する事になったからだ。研究は継続しつつ、展示も行うとの事だった。

 

「研究自体は続けられるし、有害な物質も検知されなかった。厳重な保管と十分な距離を取って展示されるそうだ」

 

「はぁ…」

 

 

 

 

 

 

「聞きました芳川さん?例のカプセル、もう博物館に展示されるらしいですよ」

 

「ええ、聞いたわ」

 

隣のデスクからの声に、パソコンを見ながら桔梗が答える。

 

「どう思います?」

 

「どうって、いいんじゃないかしら」

 

「え~、まだ早すぎると思いませんか?」

 

同僚の不満を隠そうとしない態度に少し笑うと、コーヒーカップに手を伸ばす。

 

「ここに置いてたからって安全という訳でもないでしょ?」

 

「そうですけど…ほら!目につく場所に置いておくと誰かが狙ってきたり」

 

「もうみんな知ってるでしょ。それに今時無理やり手に入れようとする輩は、どこに置いてたって力尽くで奪っていくわよ」

 

「そんな元も子もない…」

 

「ふふ、でも実際そうでしょ?」

 

同僚は何か言いたかったが、返す言葉が見つからずため息をつく事しか出来なかった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

夜の繁華街の路地裏で汚れたローブをかぶり、行きかう人々を見つめる男がいた。どこからどう見ても場違いな服装の男は、暫く周りを眺めると裏路地の暗闇に消えていく。

 

「あれほどの事が起きても、自身が被害を受けなければやはりこんなものか…」

 

落胆した様に呟きながら歩く。今をのうのうと生きる人間に期待など端からしていなかったが、それでもこの現状を見て何も思わないという事は無かった。

 

世界をより良い方向に進ませる為人生を費やした魔術の世界も、誰も彼もが『根源』しか見ておらず、今の世界の事など気にしていなかった。遥か先の事ばかりに目を向け、足元すら見ていない者達に嫌気がさして飛び出したのはもう何年前だったか。

 

それから多くのものを失いながら進んできた。そして、世界に変化が起きた。

 

「これは好機だ、間違いなく。俺達の目的は夢物語なんかじゃない。あと少しで手が届く」

 

笑みを浮かべながら完全にその姿を闇へと溶かす。男が望む物、それは紛れもなく調和の取れた世界だった。そしてそこに、平穏は必要ない。



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百聞は一見に如かず

展示される事が決まった古代のカプセル。研究から凡そ四万年前の物である事が発覚し、これが更に注目度を上げた。

 

今や展示される博物館のチケットが売れに売れ、暫くは気軽に見に行く事は出来そうになかった。

 

「カプセルの人気凄いねぇ」

 

「ホントにね、世の中ってそんなに昔の物に興味あったっけ?」

 

「旬な時期ってのもあるし、気軽に見れないって言われると余計見たくなるってやつもあるでしょうね」

 

「あ~、なるほど」

 

教室でそう話す桜子・美砂・円。世の中が謎めいた物に対する関心を高めている時期に発見された古代遺産という事も、今回の件に大きく作用しているだろう。

 

「私も特別興味があるわけじゃないけど見たいもん」

 

「ハルナは漫画のネタが欲しいだけでは?」

 

「ダメかね?」

 

「ダメではないですが…」

 

「私も見てみたいなぁ」

 

「本屋ちゃんこういうの好きそ~」

 

桜子にそう言われのどかは少し恥ずかしそうにした。

 

「いかにもお淑やかな文学少女って感じ。ハルナも見習ったら?」

 

「ダメかね?」

 

「ダメじゃないけど…」

 

「それ気に入ったの?」

 

そんな話をしているとハルナ達の前にあやかがやってくる。

 

「ありゃ、どうしたのいいんちょ?まだそんなに騒いでないよ?」

 

「私を何だと思ってらっしゃるんですか…。別に注意しに来たのではありません」

 

そう言ってあやかは鞄から何かを取り出す。それを見たハルナ達は驚きの声を上げた。

 

「ちょっ!これあの博物館のチケットじゃん!しかも二枚!」

 

「いいんちょこれどうしたの!?」

 

あまりの盛り上がりに少し驚いた後、あやかは話し始める。

 

「お世話になっている方から頂いた物です。二枚あるので本当はネギ先生をお誘いしようと思っていたのですが…」

 

あたかも当然の様にネギと二人きりで向かおうとしていた事は無視して、話の続きを待った。さすが四年の付き合い、あやかの扱いはお手の物である。

 

「このチケットは日付指定の物でそれが明日なのですが、生憎私は既に予定が入っておりまして。せっかくですからどなたかにお譲りしようかと」

 

「ありがとうございます」

 

「おぉい!何しれっと貰ってんの!?」

 

すぐさまチケットを受け取ったハルナの手を美砂が掴んだ。

 

「二枚しかないんだからそのままハルナが貰うのはおかしいでしょ!」

 

「ダメかね?」

 

「ダメだよ!」

 

お約束とは言え、流石にここはそのまま流すわけにはいかなかった。

 

「私達も見たいんだから公平に決めなきゃ!」

 

「じゃあどうやって決めるのよ」

 

「くじ引き!」

 

「あんた絶対勝つじゃない」

 

桜子の強運は一種の絶対的な物という認識がクラスにはあった。彼女はそれだけ運が良く、運が関わる勝負ではほぼ間違いなく桜子には勝てない。

 

「じゃあジャンケンで決めようよ」

 

「望むところよ!後まきちゃんしれっと入ってくるわね!」

 

まき絵の提案に乗るハルナ。気付けばクラスメイトの大半が参加の意思を見せていた。

 

「て言うかジャンケンも運じゃないの?」

 

「甘いわね!ジャンケンは運勝負じゃないわ!それを見せてあげる!」

 

「勝つ気満々だね」

 

「どこからその自信が湧いてくるのか不思議でなりません…」

 

一連の流れを見ていた木乃香と明日菜。すると木乃香がうずうずしだした。

 

「ウチもやってこようかなぁ」

 

「こういうの興味あったっけ?」

 

「楽しそうやんジャンケン大会」

 

「あっそう…」

 

「すまんな木乃香、チケットは俺が貰う」

 

「……なんであんたがいんのよ…」

 

いつの間にか明日菜達の後ろにいた祐が話に入ってくる。

 

「俺も見たいからだ。いや、むしろ俺こそが見るべきだ」

 

「まぁ、そう思うのは自由よね…」

 

明日菜は面倒くさくなったのか無理やり納得した。

 

「あやか!俺も参加するぞ!いいか!?」

 

「え、ええ…私は構いませんが…」

 

「あれ?逢襍佗君だ。逢襍佗君もやるの?」

 

「その通りです佐々木さん、僕にやらせてくださいと言わせてください!」

 

「…どうぞ」

 

「やらせてください!」

 

「……どうぞ」

 

意気揚々と勝負に臨む祐。何故こんなにもやる気になっているのかはわからないが、凄まじいやる気がある事だけは見て取れた。

 

A班・B班に別れてジャンケントーナメントが始まる。盛り上がりを見せる中、勝負は早々についた。

 

「勝ち申した」

 

「あ〜ん、負けてもうたぁ」

 

A班の決勝戦、祐と木乃香による勝負は祐の勝利で幕を閉じた。

 

「いい勝負だった、ありがとう木乃香」

 

祐が右手を差し出すと、木乃香も同様に差し出し握手をする。

 

「じゃあついでに勝利の抱擁も」

 

「当クラスはお触りは禁止です!」

 

「お下がりください!お客様!」

 

どさくさに紛れて木乃香を抱きしめようする祐に美砂と和美が割って入る。

 

「今時抱擁もやってないのかこのクラスは!」

 

「裏オプションとして有料になりますが」

 

「いくらだね?」

 

「やめい!」

 

怪しい方向に話が進みそうになったので明日菜が止めに入る。

 

「明日菜相変わらずこっち系のネタ苦手だねぇ」

 

ニヤニヤと笑う和美に明日菜は顔を赤くした。

 

「ど、どうでもいいでしょ!て言うか木乃香もなんか言いなさいよ!」

 

「ん〜?ハグくらいええよ?」

 

「それでは失礼しまして」

 

「待て待て!」

 

「いよっしゃ〜!見たかぁ!」

 

気付けばB班も勝負が付いた様だ。そちらの方を向くと拳を天に突き上げているハルナが見えた。

 

「本当に勝ってる…」

 

「どうよ!これがハルナ様の実力だ!」

 

「素晴らしい有言実行ですね。勝負の内容はしょうもないですが」

 

もう一つのチケットはハルナが手に入れた。夕映の冷静な発言はスルーしてハルナがチケットを受け取る。

 

「そっちで勝ったのは、祐君か!あれ?…って事は」

 

ハルナは祐の隣に来ると自分の腕を絡めた。

 

「そんじゃ明日は博物館デートに行ってきま〜す!」

 

「あ〜!なんかずるい!」

 

「なんか負けた気がする!」

 

「なんか悔しい!」

 

「なんかって何よ…」

 

「ハルナの分際で!」

 

「それはどういう意味だ!」

 

デートという単語に反応するクラスメイト達。謎の敗北感を感じたのは、浮いた話が今まで一切無かったハルナが言ったというのも関係しているかもしれない。

 

「これは…いよいよ俺もホテル帰りか⁉︎」

 

「うわ!スケベだ!」

 

「当たり前だろ明石さん!思春期男子だぞ僕は!」

 

「それよりもデートが大事でしょ!」

 

裕奈と円にダメ出しをくらうが祐は納得しなかった。

 

「デートなんか前座みたいなもんだろ!」

 

「サイテー!」

 

「女の敵だ!」

 

「この色欲魔人!」

 

「どうも色欲魔人です」

 

「なんでノリノリなの⁉︎」

 

「魔人を倒せー!」

 

風香の掛け声と共に、裕奈達が祐へとなだれ込む。いつかと同じ様に祐は投げ飛ばされ始めた。

 

「てな訳で明日は楽しんでくるわ。逐一報告するからそちらもお楽しみにね」

 

「大丈夫だとは思うけど、あいつが変な事しないかちゃんと見といてよ」

 

「そんな明日菜、祐君も小学生じゃないんだから」

 

「小学生よりもタチ悪いわよ…」

 

「私不安になってきましたわ…」

 

「ええなぁ、ハルナ」

 

祐を転がす方に参加していた和美は、ハルナ達を見ると不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「表面に刻まれてたのは結局文字だったのか?」

 

「それが今まで見たことのない物らしくて、解析は進んでないみたいですね」

 

研究施設のデスクで研究員達が話している。年代と中身はわかったものの、それ以外の事に関してはこれと言った進展がない状態だった。

 

「ただの落書きって訳でもないだろうし、書かれている物の内容がわかれば大分進むと思うんだがなぁ」

 

「覆っている金属も謎。取り出し口の様な物もないし、とても強固ときてる。何か特殊な開け方があるかもしれませんね」

 

「そもそも中には液体が入ってるんだろ?」

 

「はい。ただこれも何なのかまでは」

 

「まさに未知のオーパーツって事か」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

時刻は19時。自宅で祐が寛いでいるとスマホが着信を知らせる。画面を確認し電話に出た。

 

「はい、あなたの逢襍佗祐です」

 

『いちいち小ボケを入れんと電話に出れんのかお前は…』

 

電話の相手であるエヴァの呆れ顔が浮かんでくる。少し前はスマホを使った電話のかけ方もよく分かっていなかったエヴァがこうして電話をかけてきている事に祐は少し嬉しくなった。

 

「どうしました師匠?」

 

『なに、お前があのカプセルに随分と興味があった様だからな』

 

『あれから何かを感じたか』

 

そう言われた祐は少し考える様な顔をした。

 

「正式には、確かめに行きたいんです。何を感じるのか」

 

『ほう?』

 

「今のところちょっと気になるなぁぐらいの気持ちです。あれ自体にはまだ何も。直接見て見ない事にはわかりませんね」

 

エヴァは一瞬無言になる。祐も何も言わず次の言葉を待った。

 

『祐、この件が終わったら一度家に来い』

 

「喜んで。でも何かあるんですか?」

 

『私も気になる事があるんだ。直接見ないとわからなくてな』

 

「エッチですね」

 

『アホか貴様』

 

エヴァの辛辣な返答も祐は笑っていた。面倒そうでも反応をしてくれる人が祐は好きだからだ。

 

「あっ、そうだ師匠。俺からも一つ聞きたい事が」

 

『なんだ?』

 

「この間ネギと明日菜が家に行った時、明日菜と何かありました?」

 

『知らん』

 

言葉と被せ気味に通話を切られた。明日菜に勝るとも劣らないわかりやすい態度に苦笑いを浮かべた。

 

「やっぱ似てるんだよなぁ、あの二人」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

同時刻、凛は机で送ってもらった資料を読み漁っていた。内容は昨日のはぐれ魔術師の件である。資料の送り主である昨日の電話の相手から、メールぐらいは使える様になれとのお小言も一緒に頂いた。何を隠そう凛は極度の機械音痴であった。

 

わかった事は目的・身元・経歴・そして得意分野。その得意分野と言うのが考古学であった。特に古代の遺物に関して積極的に研究を行っていたそうだ。魔術という技術も相まって、研究成果は表の世界よりも数歩先を行っていたとの事。

 

その研究に打ち込む理由が、人類の天敵を世に現す事というのが歯痒く感じた。もう少し考えが違っていれば、世の中の進歩の役にでも立っただろうに。

 

そう考えていると、ある事を思い出す。少し前に発見された古代のカプセルの事だ。はぐれ魔術師が来たタイミング・見つかった未だ正体不明の古代カプセル・彼の得意分野にその目的。

 

(最悪…予想通りだとしたら、何か手を打たないと)

 

凛は読んでいた資料もそのままに、固定電話へと急いだ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

丘の上に居を構える教会。その礼拝堂で一人の男が祭壇の前に立ち、もう一人の男性が椅子に腰掛けている。

 

「どうした言峰?随分と楽しそうではないか」

 

椅子に座り、黒いライダースジャケットを着た男性が尋ねる。その男性は見る者誰もを魅了する程の美形であり、同時に神々しさの様なものを全身から溢れさせていた。

 

呼ばれた男、『言峰綺礼』は振り返る事なく答える。その顔は僅かに笑みを浮かべていた。

 

「また世の中を騒がせる事態が起きそうなのでな。今回は少し、被害が大きくなるやもしれん」

 

「ここの所事件の連続だが、それよりもか?」

 

「場合によっては、だがな」

 

「ほう」

 

男性は椅子に背を預けた姿勢から前屈みになる。

 

「どういう訳か今回も先が霞みがかっている。近頃起きた二つの事件と今回の事だけは見通せん。我の目を持ってしてもだ」

 

それを聞いた綺礼はその笑みを深くした。

 

「この我の視界を曇らせるとは気に入らん。気に入らんが、面白い」

 

男も笑みを浮かべる。その表情は無垢な様にも、獰猛な様にも見えた。

 

「この9年間、実に退屈しなかった。別次元の存在に溢れ出した幻想種達、そして高まり続ける神秘。二年前に戦争が終結を見せ、動乱が鳴りを潜めたと思ったが…ここに来て再び世界は揺れ始めている」

 

「この世界、まだまだ捨てたのもではないのかも知れんな」

 

綺礼は振り返り、男を見る。

 

「お前の視界を曇らせるモノ。想像も出来んな」

 

「特定の事の先を見ようとすれば、眩い光が我の視界に入り込む。不敬極まりないその光のせいなのは間違いない」

 

「眩い光…か」

 

「ああ、虹色の光だ」

 

綺礼の自室から電話を知らせる音が鳴り響く。それに気付きながらも、綺礼はその電話を取る事はなかった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

翌日、A組の教室で帰り支度をするハルナ。鼻歌を歌いながら手際よく荷物をしまっていると夕映が声を掛ける。

 

「一度寮に戻るのでしたっけ?」

 

「うん。そんな遠くでもないし、着替えてから駅で合流する予定」

 

「いいな〜。私もカプセル見たかったよぉ」

 

「真剣勝負の結果よ、悪く思わないでね」

 

「まぁ、もう少し落ち着いたら見れる様になるでしょう」

 

羨ましげな桜子にハルナと夕映がそう言った。そんな会話を聞きつつ、明日菜は上の空だった。

 

「明日菜?どうしたん、ぼーっとして」

 

「う〜ん、あのさ木乃香」

 

「なに?」

 

「あのカプセル、悪いもんじゃないわよね?」

 

木乃香は首を傾げた。明日菜としても上手く言葉に出来ず顔を顰める。

 

「なんて言うかさ、こういう話に最近良いイメージがなくって」

 

「あ〜、そうやなぁ」

 

明日菜の言いたい事がなんとなく理解出来た。そう言われると確かに少し怪しく思えてしまう。

 

「祐君はどんな物か見たいからって言うとったけど、悪いもんかどうかはまだわからんとも言うとったよ」

 

「祐が?」

 

「うん。昨日の夜な、ラインしてたんやけどそん時に」

 

明日菜は腕を組んで背もたれに寄り掛かった。

 

「ちなみになんでラインしたの?」

 

「なんか食べたい物とかある?って聞いたんよ」

 

「なんでまた急に」

 

「祐君にもっと帰って来たいって思ってもらう為にやね」

 

明日菜は意味がよくわからず、不思議そうな顔で首を傾げた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

眉間に皺を寄せて廊下を歩く凛。考える事は例のカプセルの事だ。

 

(カプセルとはぐれ魔術師が無関係とは思えない。何とかしなきゃならないんだけど…)

 

凛の予想ははぐれ魔術師がカプセルを狙っているというもの。魔術師がカプセルの中身を知っているのかまではわからないが、狙いがそれである事はほぼ確信していた。

 

(乗り込んで奪取する訳にもいかないし…取り敢えず魔術協会に連絡はしたけど…もう!なんで肝心な時に電話に出ないのよ!)

 

電話の相手である綺礼は結局昨日電話に出なかった。今から直接乗り込むつもりだが、その時どんな恨みつらみを述べてやろうかと考えていると誰かに正面から肩を掴まれた。

 

「はえ?」

 

「おっと失礼、前方不注意だねこれは」

 

「逢襍佗君?あっ、ごめんなさい!私ぼーっとしてて」

 

「いやいや、俺もちゃんと見てなかったよ。失礼しました」

 

祐は優しく肩から手を離し、スッと距離を取った。

 

「珍しいね遠坂さんがぼーっとしてるなんて。今日一日何か考え事してたみたいだったけど」

 

「え、ええ…ちょっとね」

 

すると祐が腕時計を確認した。

 

「さて、俺は準備をしないと。それじゃ!またね遠坂さん!」

 

「あっ、うん」

 

忙しなくその場を後にする祐。暫しその背中を見つめると、ハッとして頭を振る。

 

(考え込み過ぎた。しっかりしないと)

 

凛も教会へ向かう為、その場を後にする。

 

振り向く事なく歩く祐。その顔は先程までとは違い、真剣なものに変化していた。

 

(強い不安…原因はカプセル。魔術師が絡んでる線もあるのか)

 

心の中でそう呟いて、そのまま自宅へと向かった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

支度を終え、集合場所の駅に向かうと既に祐の姿があった。

 

「おまたせ祐君、相変わらず早いね」

 

「どうもハルナさん、いいねその服。服のセンスとか俺よくわかんないけど」

 

「う〜ん、最後のが余計」

 

二人は並んで改札へと向かう。駅の混雑具合は朝に比べてそれなりと言ったところか。歩きながらハルナは祐の顔を窺う。

 

「二人っきりで出かけるの初めてだよね?どう、ドキドキする?」

 

「するする」

 

「少しは取り繕え」

 

いつもと変わらぬ祐の態度に拍子抜けするが、それも祐らしいと思った。数名で集まって出掛けた事などは何度かあったが、異性と二人でというのはハルナは初めてであった。

 

「くっそ〜、祐君なんか手慣れた感じがする」

 

「明日菜達と出かける事も多かったからね」

 

「ほんと仲良いよね、君ら。異性の幼馴染ってのがいなかったからなぁ私。イメージ湧かないかも」

 

「俺が、もう少し早く出会えていれば…!」

 

「なんで祐君が悔しそうなの…」

 

祐は強く拳を握り、ハルナに身体を向けた。

 

「いや、諦めるのはまだ早い!今日から幼馴染になればいい!」

 

「それって今からなれるもんだっけ?」

 

「なれる!俺が決めた」

 

「あらやだ漢らしい」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

超常犯罪対策部の太田源八はとある留置所に来ていた。目的はつい先日捕まった、誘拐犯である宇宙人と面会をする為だ。

 

(宇宙人と何話せってんだ…大方事情は判明してるだろうに)

 

心の中で上層部への愚痴を言いながら看守について行く。そもそも宇宙人にこの国の法律は通用するのだろうかと考えていると目的の場所に着いた。

 

「こちらになります」

 

「ああ、どうも」

 

看守がドアを開けると、それに続いて中は入る。源八はげんなりとした顔をしてしまった。特殊なガラスを隔てて、見るからに宇宙人という存在が目の前にいたからだ。

 

「太田源八警部。貴方を待っていた。」

 

瞬時に源八は表情を鋭くする。

 

「誰に聞いた?」

 

「我々の種族は身体から発する特殊な電磁波で情報を収集する事が出来る。この地球は様々な情報が飛び交っている。この星を理解するのに大いに役立った」

 

「大抵の事は筒抜けって訳か」

 

「その通りだ」

 

この情報社会において、この宇宙人は相当厄介だ。こうして身柄を拘束出来ただけでも幸いだったかもしれない。源八は後頭部を掻くと、席に着いて肘をテーブルに置いた。

 

「お前らが大したもんだって事はよくわかったよ。それで…え〜っと」

 

「エクレル星人だ。そう呼ぶといい」

 

「…エクレル星人ね。今回俺が来たのは」

 

「その前に太田警部、貴方達に伝えておきたい事がある」

 

話の腰を折られ、思わず白い目を向ける。言いたい事はあったが源八は言葉を飲み込んだ。

 

「なんだよ」

 

「例のカプセルだが、あれは早々に隔離したほうがいいだろう」

 

「それも知ってんのか」

 

カプセルの話は源八の耳にも入っている。だが危険な物質が検知されていない事や、そもそも発掘されただけの正体不明の古代遺物に対して源八達が今出来る事はなく、話を聞く程度で止まっている。

 

「あのカプセルの何を知ってる?」

 

「知っていると言うより、わかった事がある。と言うのが正しいだろう」

 

源八は何も言わず、早く話せと言う様に目で続きを促した。

 

「あのカプセルの表面に描かれているのは文字だ。君達はそれを古代文字と呼ぶのだったか。あれは現在失われている物の様だ」

 

「だからこそ君達は解読出来ていないのだろうが、私は既に読み取ることが出来た」

 

「それは本当だろうな」

 

源八は睨む様にエクレル星人を見る。それに対しての感情を返すことなく、エクレル星人は淡々と続けた。

 

「嘘か本当か、判断は君達に委ねよう」



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悪魔よふたたび

「お~、結構いるねぇ」

 

「流行り物に集りやがって!恥ずかしいと思わないのか!」

 

「祐君、私達何しに来たか覚えてる?」

 

最寄りの駅から歩くこと十数分、祐達は博物館へと到着した。閉館時間まであと二時間程にも関わらず、人の量は多く見えた。

 

「あっ、そうだ。みんなに写真送っとこ」

 

「いいでしょう」

 

ハルナがスマホを構えると祐を手招きした。

 

「せっかくだからツーショットにしようよ」

 

祐は素直にハルナの横に来ると構えられた画面を見た。

 

「これが噂の自撮りってやつか…。初めて見た」

 

「んな事ないでしょ…。てか祐君屈んで!顔入ってないから!」

 

「こっちの方が新しくない?」

 

「今新しさはいらないかなぁ」

 

「ハルナさんもう少し胴体伸ばして」

 

「出来るか!」

 

少しの会話の後、祐がしゃがんでハルナと高さを合わせた。するとハルナが祐と腕を組んで身を寄せる。

 

「めっちゃ近いけど大丈夫?」

 

「こっちの方が映えるでしょ!ほら笑って笑って!」

 

そういうものかと祐は深く考えず、言われた通り笑顔で画面を見つめた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「む、ハルナからです」

 

「もう着いたのかな?」

 

寮の部屋で寛いでいた夕映とのどかのスマホにハルナからのラインが届く。夕映がそれを見ると、のどかも何故か夕映の画面を覗いた。自分のスマホを見ればいいのではないだろうかと思いつつ、そのままラインを開く。

 

「はわ~、二人とも楽しそうだね」

 

「少々近すぎる気もしますが」

 

画面には博物館をバックに、お互い満面の笑みを見せる祐とハルナが映っていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

博物館に入った祐達は周りを散策しながら最奥にあるカプセルへと進む。

 

「恐竜の化石とかちっちゃい頃に見てた時は、こんなのが動いて回ってたなんて想像出来なかったけど、今はもっと変な生き物がいるし人生わかんないもんねぇ」

 

「だね。それこそ恐竜とかまだ生きてても驚かない自身あるよ」

 

「なんせ怪獣はいるからね」

 

「ウルトラマンとかもいてくれたらなぁ」

 

「どっちも好きだけど、私は等身大の方が好みかな。仮面ライダーとか」

 

「そうなの?因みに一番好きなライダー何?」

 

「う~ん…ゼクロスかなぁ」

 

「渋っ」

 

展示物を見ながらそう話す二人。するとカプセルに続く列が見えてきた。

 

「まさに長蛇の列って感じね」

 

「ここをどれだけ楽しめるかで真価が決まると言ってもいいかもしれない」

 

「どゆこと?」

 

「待ち時間をどれだけ退屈せずに過ごせるか。それこそ腕の見せ所だと思うんだ」

 

「なるほどね」

 

ハルナが納得したように頷く。確か付き合う事になったらまず混んでいる場所か、旅行に行った方が良いと何かの雑誌で見た気がする。そこで色々見えてくるものがあるとかないとか。

 

「ハルナさん、今スマホの充電どのくらい?」

 

「へ?充電?…こんなもんだけど」

 

ハルナは自分が見た後祐に画面を見せる。バッテリー残量は96%と出ていた。

 

「よし!その充電の数値をなるべく落とさない様、ハルナさんを楽しませて見せましょう。帰りの充電の数値が楽しんだ数値とかってしゃらくせぇ事聞いた気がするから」

 

一瞬ハルナはぽかんとするが、すぐに笑った。

 

「そりゃ楽しみね、お手並み拝見と行こうじゃないの!」

 

「任せろ!まず上腕三頭筋の長頭って部分があるんだけどね」

 

「早くも数値落ちそうだけど大丈夫?」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

教会の礼拝堂にいつもの様に佇む綺礼。そんな時、礼拝堂の扉が開いた。

 

「いた!ちょっと!何で電話に出ないのよ!」

 

来て早々怒りをぶつけてくる凛に、フッと笑った後振り向いた。

 

「私とて、用事で電話に出られぬ時もある。それぐらいは許して貰いたいものだがな」

 

「用事って…ったく」

 

納得していない顔で凛は歩みを進める。近くに来ると凛と綺礼は向かい合った。

 

「例のはぐれ魔術師の事だけど、あいつは最近発掘されたカプセルを狙ってる可能性が高いわ」

 

凛の言葉に思うところがあったのか、悟られぬように綺礼は心の中でほくそ笑んだ。

 

「話を聞こう」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「えっ!?プロテインて筋肉増強剤じゃなかったの!?」

 

「なんて事だ…日本のボディメイク知識はここまで…」

 

思いの外話が弾んでいた二人は、気が付くとカプセルの展示場所まで間もなくと言ったところだった。

 

「いよいよご対面ね」

 

「見てやろうじゃないかこの野郎」

 

列が進み、祐達がその流れに乗るとカプセルがその視界に映った。少し距離は離れているものの、その姿はしっかりと確認できた。

 

「銀一色って感じね。錆びてもいないし、これが四万年前の物なんだ。なんかロマンを感じるわ」

 

ハルナは興味深そうに写真を撮り始めた。様々なアングルから撮ろうと場所を移動する。一方祐は黙ってカプセルを見つめると、誰にも聞こえない程小さい声でぼそっと呟いた。

 

「これはダメだな」

 

「それはどうして?」

 

祐は左を向くと、一人の女性が笑ってこちらを見ていた。

 

「あ、失礼しました。声大きかったですかね?」

 

「いいえ、そんな事なかったわ。こちらこそ急にごめんね」

 

人が好さそうな笑顔だった。よく相手を見るとくすんだ赤色の髪をポニーテールで纏め、眼鏡をかけたスーツ姿の美女だ。

 

「それで、さっきの続きだけど…どうしてこれはダメなのかな?」

 

楽しそうに女性が聞いてくる。如何にも興味津々といった具合で。祐は少しの間女性を見るとカプセルに視線を移した。

 

「この中にはよくないものが入ってます。少なくともこれは、大勢の人の目に触れるべき物じゃない」

 

「そう思った理由、聞いてもいい?」

 

祐は改めて女性を見た。

 

「勘です」

 

女性は暫く祐を見つめると再び笑顔を見せた。

 

「そっか、じゃあきっとそうね」

 

その笑顔に祐も笑って返す。女性は暫しカプセルを見ると祐に手を振ってその場を離れた。去っていく女性の背中を見つめていると、離れていたハルナが戻って来る。

 

「いやぁごめんごめん、写真撮るのに夢中になってた。…祐君?どうかした?」

 

「いや、なんでもない。それよりどう?いい資料は撮れた?」

 

「うん!もうばっちり!おかげで創作意欲がどんどん湧いてくるわ!」

 

「そりゃ良かった。来た甲斐があったね」

 

 

 

 

 

 

間もなく閉館時間となる博物館から出ると、二人は少しして駅前へと着く。

 

「いや~お目当てのカプセルも見れたし、それ以外も結構面白かったわ」

 

「博物館てのも中々いいもんだね」

 

「でもまだ夜は始まったばかり!一応麻帆良には戻るけど、この後どう?明日は休みだし、とことん遊んじゃおうよ!」

 

「あ~、それなんだけどハルナさん…俺この後ここの近くで用事があるんだよね…」

 

申し訳なさそうに言う祐に、ハルナが驚きの声を上げる。

 

「え~!まさかの現地解散!?ギャルゲじゃないんだから!」

 

「いやごめん、俺としてもぜひハルナさんと遊びたいんだけど…なんせここの近くに住んでる友達と会う事になっててさ」

 

「そんなぁ…せっかく良さそうなとこピックアップしてたのに…」

 

視線を落として残念そうにするハルナに祐は優しく笑ってから、屈んでハルナの目線に高さを合わせた。

 

「ごめんね、先に伝えておくべきだった。もし嫌じゃなければまた二人でどっか行こうよ。そのピックアップしてくれた所、俺気になるからさ」

 

ハルナは落とした視線を上げて、上目遣いで祐を見た。

 

「ほんと?」

 

「勿論!埋め合わせって訳じゃなく、ハルナさんさえ良ければ喜んでご一緒させてもらうよ!」

 

そう言う祐を見てハルナは笑うと小指を出す。

 

「わかった、それじゃ今度付き合ってもらうからね?はい、約束」

 

「承りました」

 

ハルナと小指を絡め、指切りをする。

 

「約束破ったら祐君とネギ君で同人誌書くわよ?」

 

「なんだそれは…恐ろしい…」

 

指を離すとハルナは手を後ろに組んだ。

 

「駅はもうそこだし、お見送りはここまででいいよ」

 

「いや、せめて改札まで」

 

「大丈夫!ほら、お友達待ってるんでしょ?行ってあげて」

 

祐は少しハルナを見つめ、すぐに明るい表情を浮かべた。

 

「わかった。それじゃハルナさん、帰りは気を付けてね」

 

「うん。祐君も」

 

するとお互い相手を見て動かない。先に痺れを切らした祐が声を掛けた。

 

「あれ?行かないの?」

 

「祐君こそ」

 

「いや、改札行くまでまで見とこうかなって」

 

「いや!ここは私に見送らせて!そっちの方が良い女っぽいから!」

 

「えぇ…」

 

祐としては気乗りしなかったが、ここで押し問答をしても仕方ないと先に折れる事にした。

 

「じゃあ行くけど…いいの?」

 

「いいのいいの。ほら、私に良い女やらせて!」

 

祐は困った顔をすると頭を掻いて歩き出した。

 

「それじゃ、また」

 

「は~い、そんじゃまたね!」

 

背を向け離れていく祐を見つめるハルナ。暫くそうしてから改札に向かう為、後ろを向くと正面に人が立っていた。

 

「なにさパル、そんないじらしいとこもあんのね」

 

「は?あっ、朝倉!?あんたなんでグムッ!」

 

「はいはい、大きな声出さない」

 

突然目の前に現れた和美に驚いたハルナの口を素早く手で塞ぐ。

 

「取り敢えず落ち着いた?」

 

ハルナが頷くとそっと手を離す。

 

「んじゃ早速行きますか」

 

「行くってどこに?」

 

ハルナは様々な感情の籠った視線を向けると、和美は笑って答えた。

 

「決まってんでしょ?逢襍佗君の後をつけによ」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

留置所で源八はエクレル星人から話の続きを聞くところだった。

 

「じゃあ聞かせて貰おうか、あのカプセルにはなんて書いてあったんだ?」

 

「いいだろう、あのカプセルにはこう書かれていた」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

閉館時間を迎え、明かりの落とされた博物館にどこからともなくローブを着た男が現れる。そのすぐ近くの地面には巡回中だった警備員が倒れていた。

 

男はフードの部分を下げると、現れた顔は傷だらけだった。カプセルに近づき、男はその表情を凶器の笑みで染める。

 

「やはり運はこちらの味方だったようだな。この巡り会わせはそうとしか言えない」

 

男はカプセルの表面に刻まれている古代文字に視線を向けて、その文字を読み始めた。

 

「我々は多くの犠牲を払いながら、遂にこの悪魔を封印する事に成功した」

 

 

 

 

 

 

この悪魔の怪獣『グルードン』により、我々の国は壊滅に追い込まれた。最後の生き残りである我々もそう長くはないだろう

 

我々は持てる魔力の全てを使い、グルードンを液体に変えこの檻へと封じた

 

奴は何度死のうとも蘇った。最後まで我々には奴の息の根を止める事は叶わなかった

 

未来を生きる者達よ、どうか我々を許してほしい

 

負の遺産を未来へと残してしまう我々を

 

そして、決してこの檻を開ける事なかれ

 

開ければ最後、この悪魔は暴れだし、再び多くの犠牲を払う事になるだろう

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「以上が、カプセルに書かれていた事だ」

 

源八は冷や汗を流しながら眉間に皺を寄せる。

 

「本当なのか、それは…」

 

「先ほども言ったが、その判断は君達に委ねる。だが言わせてもらうなら、その怪獣が目覚めるのは私とて望むところではない。そんなものと事を構えるのは御免蒙る」

 

源八は椅子から立ち上がると電話をかける。

 

「くそっ!知ってたんならもっと早く教えろよ!」

 

「これでも最善を尽くしたと思うがね」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

異変に気が付いた警備員達が集まってくると、ガラスを突き破りカプセルに触れている傷だらけの男が見えた。

 

「お前!何をしてる!それから離れろ!」

 

走って向かってくる警備員達。すると男がかざした手から紫色の光線の様な物が発射され、警備員の一人を貫いた。口から血を吐き倒れる警備員。

 

「何も恐れず、ただただ生を貪る愚か者どもが…遂に、遂に時は来たぞ!」

 

男は笑いながら、光線を乱射する。武器も持たぬ警備員達は近寄る事も出来ず、物陰に隠れるしかなかった。

 

「ようやく我らの悲願、達成の時だ。これまでの同志の犠牲が無駄ではなかった証明の為に!この星のバランスを保つ為に!」

 

男の体が光りだす。ローブを脱ぎ捨てると、身に着けていた衣類に無数の宝石が張り付けられていた。その一つ一つが輝きを放つ。

 

「人類が作り出したこの秩序を破壊する為!来たれ混沌!悪魔よ…再びこの大地に甦れ!!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ちょっと朝倉、なんで祐君の後つけるのよ」

 

「だって気になるじゃん?逢襍佗君の事。それにパルだってちゃっかりついて来てるじゃない」

 

そういう二人は祐から離れた場所で身を隠しながら後を追っていた。

 

「これは違うから、朝倉を監視してるだけだから。言っとくけど祐君はこれから友達に会うってだけよ?」

 

「それ、本気でそう思ってる?」

 

和美にそう返され、ハルナは訝しげな顔をする。

 

「どう言う意味?」

 

「多分だけど、それ嘘よ」

 

「なんでわかるのよ?」

 

「そうねぇ…強いて言うなら記者の勘ってやつかな」

 

得意げに答える和美に反して、ハルナは冷めた目で返した。

 

「信用できねぇ〜」

 

「何よ!これでも勘には自信があるんだから!」

 

「そうは言っても所詮朝倉でしょ?」

 

「失礼ね!あんただってパルの分際で今日は色気付いちゃって!乙女なのは苗字だけにしときなって!」

 

「私は元から乙女だわい!」

 

「よく言うわ!」

 

二人はヒートアップしつつも小声で言い合いをするという器用な事をしていた。

 

「とにかく!逢襍佗君が友達に会うってのはきっと嘘!それと私達に何かを隠してる!重大な事をね!」

 

「何よ重大な事って?」

 

「それを解き明かす為にこうやって…あっ、見失った…」

 

二人はその場で立ち尽くすと、ハルナが和美の肩を掴んで揺らした。

 

「何やってんのよ!このへっぽこパパラッチ!」

 

「うるせー!あんたが余計なこと言うからでしょうが!エロ同人作家!」

 

「エロだけじゃないです〜!全年齢対象も書いてます〜!」

 

「どっちにしろ書いてるなら変わんないわよ!」

 

 

 

 

 

 

二人から少し離れた場所で祐は今後の事を考えていた。

 

(取り敢えず学園長に電話か)

 

そうしてスマホに手を伸ばし画面を開こうとした瞬間、祐は博物館の方向に勢いよく視線を向けた。

 

「遅かった」

 

走り出す祐。少し遅れて大きな音が夜の街に響いた。

 

 

 

 

 

 

十数年間魔力を貯め続けた大量の宝石を触媒として起こされた解放の魔術に耐え切れず、身体がバラバラとなった男は、薄れゆく意識の中で形を変えたカプセルを見た。

 

(これで…世界は…)

 

この先の世界に真の秩序がもたらされる事を疑いもせず、男はその生涯の幕を閉じた。

 

カプセルが変形した事により外へと飛び出した液体はとてつもなく黒く、暗闇を連想させた。

 

やがて液体に稲妻の様なものが走ると爆発が起きる。大規模な爆発が建物を破壊すると、辺りに煙が立ち込めた。

 

爆発が起きた事で近くにいた人々は博物館から距離を取りつつ、スマホを構えている。巨大な煙が次第に晴れてくると、人々は己の目を疑った。そこには身長凡そ40メートル程の漆黒の怪獣、グルードンが立っていたからである。

 

二足歩行ではある様だが姿勢はやや前傾であり、太く長い尻尾があるという何処となくティラノサウルスを思わせる容姿をしていた。大きく異なる点は体の大きさと、額から生える角の存在であろうか。夜の暗闇の中、赤く光る目を動かし辺りを見渡している様だった。

 

その姿に呆然としつつもスマホでグルードンを撮り続ける人々。するとグルードンが口を大きく開ける。そこに赤い光が収縮していくと巨大な光弾を作った。そしてグルードンは光弾を口から向かいのビルへと発射する。

 

爆発を起こし、崩れ落ちるビル。そこでやっと人々は悲鳴を上げながら逃げ出し始めた。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、嘘でしょ…あれって怪獣⁉︎」

 

「スクープは望んでたけど、これはちょっとノーサンキューかな!」

 

グルードンの巨大さ故、離れた場所にいた二人もその存在を確認出来た。どうやらグルードンは周りを破壊しながら暴れ回っている様だ。

 

「これはやばいって!パル!もう少し離れるわよ!」

 

「わ、わかった!」

 

和美に続いて走り出そうとしたハルナが足を止める。和美は振り返ってハルナの肩を揺らした。

 

「何止まってんの⁉︎」

 

「その〜…祐君てあっちの方向に行かなかった…?」

 

冷や汗を流しながらグルードンのいる方向を指差し呟いたハルナを見て、和美も同様の表情になるがすぐに頭を振る。

 

「今は走る!まずはそれから!」

 

「だぁ〜!仕方ない!」

 

目を合わせてそう言うと、ハルナは頭を抱えてから覚悟を決めたのか頷く。和美も頷き返すと二人で走り出した。

 

暫く走っているとハルナのスマホが鳴る。走りつつも画面を見ると祐からの連絡だった。急いで通話のボタンを押す。

 

「祐君⁉︎」

 

『ハルナさん、良かった…怪我してない?』

 

「私は大丈夫!祐君は今どこ⁉︎」

 

『落ち着いてハルナさん、俺も大丈夫。あのデカいのから離れた所にいるし、怪我もないよ』

 

「そっか、良かったぁ」

 

立ち止まり、膝に手をつくと呼吸を整える。声が聞けた事で少し不安は解消された。ハルナの言葉から察したのか和美も遠くに見えるグルードンに気を向けつつ立ち止まって呼吸を整えた。

 

『ハルナさんは今どこに?』

 

「駅の正面から向かって左側に走って離れてるところ。だいぶ怪獣から距離は取れたと思う」

 

『わかった。俺は逆方向に向かって離れてたからすぐに合流は難しいけど、取り敢えずそのままお互いあれから離れよう』

 

「うん、こっちには朝倉もいるから。私の事は心配しないで」

 

『え?朝倉さんいんの?なんで?』

 

返答に困っていると和美がスマホのスピーカーのマークをタッチする。

 

「やっほー逢襍佗君、ちょっと野暮用で駅にいたらたまたまパルと会ったの。逢襍佗君も無事なんだよね?」

 

『おお、朝倉さん。うん、俺は大丈夫だよ。ごめん、一旦切るけどさっきも言った通りあいつからなるべく離れて。また連絡する』

 

「わかった、また後で」

 

『二人も気をつけてね』

 

通話を切ると二人は目を合わせる。

 

「取り敢えず、もうひとっ走り行きますか…」

 

「こんな真夏に…ついてないわ…」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

通話が切れたことを確認した祐はグルードンに向けて再び走り出した。グルードンから離れる為走っていく人々の間をすり抜けつつ、逃げ遅れた人がいないか確認する。

 

すると瓦礫と化した建物の周りに数人の人がいるのが見えた。迷わずそちらに向かう。

 

「どうかしましたか?」

 

「瓦礫に足が挟まって動けない人がいる!」

 

「持ち上げようとしたんだけど重たくて無理なんだ!」

 

続けてそう叫ぶ人達から視線を移すと、倒れている男性を見つけた。祐はその瓦礫を掴む。

 

「お、おい君…」

 

瞬間祐は自分の倍以上ある瓦礫を持ち上げた。唖然とする人達に祐は声を掛ける。

 

「その人を動かしてもらっていいですか?」

 

「あ、ああ!」

 

周りの男達が急いで倒れていた男性を安全な場所へと運ぶ。それを確認すると祐は静かに瓦礫を下ろして男性の元へ向かい、彼に触れる。

 

「気は失ってますが息はあります。奇跡的に擦り傷程度で済んでいますから、このまま皆さんで運んであげてください」

 

そう言うと祐は再び走り出す。男達は慌てて祐に声を掛ける。

 

「君!そっちは危険だぞ!」

 

「ご心配なく!こう見えてこう言った有事には慣れてますので!皆さんは気にせず行ってください!」

 

それを最後に振り返ることなく祐は走る。あっという間にその姿は見えなくなった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

目に見える建物を破壊し続けるグルードン。そこに知性はなく、あるのはただ破壊衝動のみであった。

 

周りに人の姿は無いが、そんな事は関係なく破壊を行う。新たに建物を破壊する為尻尾を振り回そうとするが、どういう訳か何かに尻尾が掴まれ動かすことが出来なかった。

 

後ろを振り向くグルードン。そこにいたのはグルードンからすればとてつもなく小さな生物、人間であった。

 

尻尾を掴んでいるのは紛れもなくその人間、逢襍佗祐である。祐は掴んだ尻尾を使い、なんとグルードンを振り回し始めた。

 

対応出来ずにそのまま振り回され続けるグルードン。祐は回したまま跳躍すると、グルードンを地面に叩きつけた。

 

40メートル程の巨体が勢いよく叩きつけられ、地震と見紛う程の揺れが起こる。グルードンは叩きつけられた事と振り回された影響で上手く起き上がれずにいた。

 

祐は歩いてグルードンに近づく。グルードンの視界に映っているのは己より遥かに弱い生物であり、脅威の対象などでは無い筈だった。しかし生物としての本能がそうさせるのか、近寄ってくる生物に脅威を覚えてしまった。

 

近づく祐の姿が視覚からの情報と反して大きく感じる。

 

その己を貫く鋭い視線が、悪魔の怪獣に恐怖という感情を自覚させていた。



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未知は不死をも殺す

倒れていたグルードンは立ち上がり、威嚇も籠めた咆哮を上げた。夜の街にその雄叫びが響き渡る。祐は立ち止まりそれを見上げていた。

 

グルードンは再び光弾を作り、祐に向けて発射する。迫りくる赤く巨大な光弾を祐は右足で蹴り返した。

 

発射の時以上の速さで返された光弾がグルードンの腹部に当たる。思わず前のめりになり頭を下げると、高く飛んだ祐が右手に光を纏い外鼻孔と思われる部分を殴りつけた。

 

その威力に後ろに倒れるグルードン。40メートル並の怪獣が一人の人間に殴り倒されるという、信じ難い光景がそこには広がっていた。

 

 

 

 

 

 

「なんかあの怪獣倒れたんだけど!?」

 

「ていうか口から出たの跳ね返ってなかった!?」

 

あれから更に離れた場所に来たハルナと和美はその光景を見ていた。

 

「どうなってんの…」

 

「くそ~、ここからじゃ離れすぎててあの怪獣しか見えないよ」

 

今いる高台の様な場所からでは何が起こっているのか詳しく確認する事は出来ず、和美は歯痒い思いだった。

 

「こんな事ならもっとズームできるやつ持って来るんだったわ」

 

「まさかあそこに行くとか言わないわよね…?」

 

「何事も命あっての物種でしょ?情報を持ち帰るまでが記者の仕事よ、引き際は見極めてるつもり」

 

「良かった、そこの常識はあったか」

 

「おう、どういう意味だ」

 

そこで大きな音が響く。そちらを見るとグルードンが再び雄叫びを上げていた。

 

「あれってもしかして怒ってる?」

 

「怒ってるんじゃない?たぶんね…」

 

 

 

 

 

 

雄叫びと共に起き上がり、祐を踏みつけようと右足を上げる。祐はそれを理解するがその場から動こうとはしなかった。驚異的な風圧を起こしながら振り下ろされる右足。叩きつけられたアスファルトは容易に形を変え、見るも無残な姿へと変貌した。

 

足を動かし、敵の姿を確認する。しかしその場には亡骸どころか、血痕さえ残されていなかった。

 

「スピードは見た目通りってところだな」

 

真後ろから音がする。グルードンは振り向くと、そこには踏み潰すべき敵の姿があった。祐は腕を組み、グルードンを見据えている。

 

「無駄だと思うが一応確認しておく、俺の言葉はわかるか?」

 

それに対しグルードンは怒りの咆哮で答えた。

 

「駄目だなこりゃ」

 

尻尾を振り回し、祐を振り払おうとする。尻尾もその体格に見合った巨大なものだ。到底人間の跳躍力では避ける事は適わない筈だが、祐はそれを跳躍する事で避けた。その跳躍の高さが10メートル以上ともなれば例に漏れるだろう。

 

振り回した勢いを使い振り返ったグルードンは口から光弾を発射する。先程より小さく威力は低いが、その代わり連射が利く様で、祐に向かって赤い光弾を放ち続ける。

 

全身に光を纏って走り出す祐。その光が残像の様に残りながら縦横無尽に駆け回り、光弾を避けてグルードンに向かう。

 

やがて足元まで辿り着くとスライディングで横薙ぎされた尻尾を避け、勢いそのままに飛び上がる。空中で体を捻り、グルードンの方を向くと両腕を胸の前で交差した。両腕に一層強い光が現れそれを水平に開くと、光の刃が放たれる。

 

放たれた光の刃は尻尾に触れると、そこに物体など無かったかのように通過し、グルードンの尻尾を切り落とした。祐は地面に着地するとこちらに振り向いたグルードンに間髪入れずに両手で作り出した光弾を同時に放つ。

 

祐の手から放たれた光弾は空中で合わさると威力と大きさを増して、グルードンの顔に着弾した。受けた衝撃で顎が上がるが、首を振って体制を立て直す。目を開くと祐が頭上に現れていた。

 

組んだ両手を振りかぶり、グルードンの脳天に思い切り振り落とす。鈍い音を響かせて頭から地面に叩きつけられると、辺りを砕かれたアスファルトや崩れた建物の粉塵が包む。周囲は最早瓦礫の山と化していた。

 

 

 

 

 

 

[番組の途中ですがここで速報です。只今、先日発見された古代のカプセルが展示されている事で有名な博物館から巨大な怪獣と思われる生物が出現し、付近で暴れているとの事です。詳しい情報はまだわかっていませんが、近隣の住民の方々は直ちに避難を]

 

「「……」」

 

夕食を食べながらドラマを見ていた夕映とのどかは、突如切り替わった画面からの情報に持っていた箸を落とした。

 

「どっ、どうしよう夕映!これってハルナ達が行ってる博物館だよ⁉︎」

 

「おおお落ち着いてくださいのどか!まぐ…ではなくまず電話をかけてみるです!」

 

 

 

「やっぱり碌なもんじゃなかったじゃないの〜!」

 

同じ様にニュースを見ていた明日菜が頭を抱えながら悶えている。

 

「明日菜さん落ち着いてください!」

 

「祐君とハルナ大丈夫やろか…」

 

 

 

「ただいま戻りました」

 

「あやか!」

「いいんちょ!」

 

「な、なんです二人して⁉︎」

 

用事を終え、寮へと帰宅したあやかの前に千鶴と夏美が飛び出してくる。

 

「取り敢えずこっち来て!」

 

「ちょ、ちょっと夏美さん⁉︎」

 

夏美が手を引き、リビングまで連れてくる。そこにはテレビから怪獣の出現を伝えるニュースが流れていた。遅れてついてきた千鶴があやかの顔を覗くと、あやかは画面を見つめて動かない。暫く見ていると反応のない事に気づいた夏美もあやかを見る。

 

「いいんちょ?…気絶してる〜‼︎」

 

「あやか⁉︎しっかり!」

 

 

 

 

 

 

「また倒れたんだけど…」

 

「もう訳がわからん…」

 

ハルナと和美からは祐の姿は見えず、グルードンが光弾を出したり暴れたりしている傍ら、吹っ飛んだり倒れたりしている様にしか見えなかった。

 

そこでハルナは自分のスマホが鳴っている事に気がつく。画面を見ると夕映からで、急いで通話のボタンを押す。

 

「もしもし?」

 

『ハルナですか⁉︎よかった!繋がりました!』

 

この電話がくるという事はあの怪獣の存在が世の中にも伝わり出したと言う事だろうとハルナは察した。

 

「あ〜ごめんね夕映、連絡するの忘れてたよ」

 

『それよりも無事ですか⁉︎怪我などは⁉︎』

 

「心配しないで、私は大丈夫。別れた後だけど、祐君も無事だって連絡がきたよ」

 

『よ、よかったです』

 

声から夕映が脱力したのが想像できた。通話側から物音がするともう一人の声が聞こえてきた。スピーカーに設定を替えたのだろう。

 

『ハルナ!大丈夫なんだよね⁉︎』

 

普段ののどかからは想像出来ないぐらいの大きな声だった。こうまで心配してもらえるとは、不謹慎かもしれないがハルナは嬉しかった。

 

「大丈夫よのどか、怪我一つないから」

 

『そっちは今どうなってるですか?』

 

「えっと、こっちは…」

 

ハルナは和美と目を合わせると、グルードンの方向を見た。

 

「遠くで怪獣がどったんばったんしてる…いや、されてる?ごめんわかんない」

 

『ハルナ、本当に大丈夫ですか…?』

 

 

 

 

 

 

付近で仕事中だったテレビ局のスタッフ達は慌てて眺めの良い場所へと移動していた。

 

「おいおいおい!まさかこんな事になるとはな!」

 

「ヤバイっすよ先輩!マジの怪獣っすよ!」

 

「ああ!こりゃとんでもない映像が撮れるぞ!中野ちゃん!もう少しだけ走れるかい!」

 

「はい!これでも学生時代は運動部でしたから!」

 

以前麻帆良学園の通学ラッシュを取材していたアナウンサーとスタッフが長い階段を駆け上る。息を切らしながらも登り切ると、その光景に思わず目を見開いた。

 

「すげぇ…なんてデカさだ…」

 

「あれが怪獣なんですね…」

 

「ここからじゃ怪獣ぐらいしか映らないが十分だ!準備するぞ!」

 

「「はい!」」

 

スタッフ達が機材を構え、レポーターが乱れた服や髪を整える。

 

「中継繋げそうです!」

 

「おし!中野ちゃん、いいか⁉︎」

 

「大丈夫です!」

 

 

 

 

 

 

ふらつく身体をなんとか立て直し、グルードンは起き上がる。グルードンの脅威となる部分はその巨体、口から吐く破壊光弾、そして何よりその回復力にあった。

 

古代人達が殺しても蘇ると記していた事もこれに当たる。その恐ろしい程の回復力は致命的な攻撃を受けても瞬時に回復する。身体を切り取られようとも瞬時に生えてくる程の治癒の速さがグルードンを不死身の悪魔たらしめていた。

 

しかしどういう訳か、切られた尻尾を始め先程から受けたダメージは一向に回復する気配を見せない。それは悪魔と称された怪獣にとって未知の経験であった。

 

「長い眠りから覚めた所悪いが、死んでもらう」

 

グルードンに祐の言葉は理解出来ない。しかし本能に従い己の持つ力を振り絞って、破壊光弾を作り出す。今までよりも巨大な赤い光がその威力を物語っていた。

 

収縮するエネルギーが球体からレーザーの様に溢れ出し、辺りを破壊し始めると祐は構えを取った。

 

肘を曲げた右腕を前に出し、背屈させた右の掌に虹色の光が現れる。その掌を中心に光が渦巻き、暴風を発生させて周囲を揺らした。

 

輝きと規模を増す光の渦。灯りの消えた夜の街を照らすその姿は、どこか燦爛たるものに見えた。

 

 

 

 

 

 

[ご覧下さい!私の後ろに見えるあの生物が突如出現した怪獣と思われます!ここからでもわかるほどの大きさです!]

 

「ほ、本物の怪獣だ〜!」

 

「ちょっと!画面見えないでしょ!」

 

「と言うか自分達の部屋で見てください!」

 

「一秒でも見逃す訳にいかないから!」

 

テレビを見てハルナ達の事が心配になったクラスメイトが駆け込んで来た夕映達の部屋。ちょうどハルナと通話中であり、彼女達が無事とわかると安心も束の間、現在はテレビの前でグルードンの様子を見ている。

 

「あんなのどうするの…」

 

「いくらなんでもデカ過ぎでしょ…」

 

[何やら赤い光が見えます!そこから溢れている光で周りが破壊されている様です!あれを撃つつもりなのでしょうか⁉︎]

 

テレビには巨大な破壊光弾を放とうとするグルードンが映っている。部屋にいる者全員が手に汗を握ってそれを見ていた。

 

「うわっ!何よこの人の数⁉︎」

 

「え、えらいぎゅうぎゅうやね…」

 

「中が見えません…」

 

同じ様に部屋に来た明日菜達が中の様子を目にして言った。明日菜が顔を覗かせると夕映とのどかが三人に気が付く。

 

「三人とも!先程ハルナから連絡がありました!ハルナも逢襍佗さんも無事との事です!」

 

「本当⁉︎」

 

明日菜がクラスメイト達をなんとかかき分けて部屋に入る。木乃香とネギは人の波に飲まれていた。

 

「もう別れた後だったらしいので、近くにはいないらしいんですけど、ハルナに逢襍佗さんから無事だって連絡があったって言ってました」

 

「取り敢えず一安心ね…」

 

のどかの説明に明日菜は肩の力を抜く。祐の力を知っている事から簡単にどうこうなるとは思ってはいないが、それでも改めて無事だと知れて少し安心した。

 

 

 

 

 

 

レポートを続けるテレビスタッフ達。そんな時、新たに見えた光景に全員が目を奪われた。

 

「なんだありゃ…」

 

カメラマンが思わず声を漏らす。放心状態だったレポーターが我に返り、慌てて声を出した。

 

「物凄い勢いで謎の光が渦巻いています!あれは怪獣の物とは別の物なのでしょうか⁉︎」

 

「なんと称すればいいのでしょう⁉︎宛ら虹の光の嵐です!」

 

 

 

 

 

 

「マジっ⁉︎あれって噂の虹の光ってやつじゃないの⁉︎」

 

和美はその光景に高台の手すりから身を乗り出してカメラを構えた。和美達の場所からでもその光は目視できる程の輝きを放っている。

 

「ちょっとハルナ!あの光って」

 

写真を撮りつつ和美はハルナの方へ振り返る。そこには静かにその光景を見つめるハルナがいた。

 

「おんなじだ…あの時の光…」

 

 

 

 

 

 

『なんか出た〜‼︎』

 

テレビに映し出された光の嵐にクラスメイト達も反応する。

 

「何あれ⁉︎」

 

「すっごい光ってる!」

 

興奮気味に風香と裕奈が目を輝かせる。

 

「ねぇ…これって…」

 

「うん…一緒だよ、あの時と…」

 

「あの時の虹だ!」

 

美砂達がそう言うと、それを聞いたまき絵が近くにいたのどか達を見る。

 

「ねぇ、あの光って本屋ちゃん達が見たやつなの?」

 

「は、はい。たぶん…」

 

「姿形は違いますが、恐らく同じものです…」

 

のどかと夕映はこの光景に驚いている様だった。二人だけでなくあの日アウトレットで虹色の光を見たメンバーは総じて似た様な表情をしている。

 

明日菜は気が付けば複雑な表情で拳を握っていた。木乃香は心配そうに胸の前で手を組み、ネギは真剣な眼差しで映像を見る。その光景を一瞬たりとも見逃さない様にと。

 

 

 

 

 

 

あやかが目を覚まし、三人でテレビを見ていると同様に虹の光が映った。

 

「わわ!あれって明日菜達が見たのと同じじゃない!?」

 

「あらあら…随分とピカピカしてるのね…」

 

あやかは祈る様に胸に両手を置く。何よりも二人の安全を願って。

 

 

 

 

 

 

溢れ出し続けるレーザーと吹き飛ぶ瓦礫を気にも留めず、祐は光を溜め続ける。首を空に向けて破壊光弾を作り出していたグルードンが遂に祐に狙いを定め、とどめの一撃を放った。その瞬間、祐の瞳が虹色に強く光る。

 

爆風と共に発射された破壊光弾はその圧で文字通り周りを破壊しながら進む。それに合わせて祐は掌に収縮した光をアンダースローで投げつけた。お互いに向かって放たれた二つの光、その大きさは比べるまでもなく破壊光弾が圧倒的に巨大だった。

 

サッカーボール程の大きさしかない祐の光が触れたその時、破壊光弾は粒子となって四散した。衝突の衝撃すら起こさず、勢いそのままに進み続ける光はグルードンの身体に接触すると体内へと消えた。

 

まるで時が止まったかの様にグルードンは光が接触した際の姿勢で固まる。すると体内から光の球体が現れ、その巨体を全て覆った。少しずつ地面から浮き始める球体。中にいるグルードンは動かぬままだ。投げの姿勢を解くと、左腕を下からすくい上げる様に顔の高さまで上げた。瞬間グルードンを包んだ光の球体は空へと向かって上昇する。その巨体が出すとは思えぬ速さで夜空を切り裂きながら、何処までも高く舞い上がり続けていった。

 

 

 

 

 

 

「「なんか飛んでる~~~!!!!」」

 

写真を撮っていた和美は元より、光を見つめていたハルナもこれには大声を上げざるを得なかった。

 

「つかそもそもあの光ってなんなのよ!?」

 

「わかんないけどあの怪獣を何とかしようとしてるんじゃない!?わかんないけど!」

 

「じゃあいいやつ!?」

 

「そうじゃない!?わかんないけど!」

 

「あんた思考放棄してない!?」

 

先程からの出来事にどちらも頭が追い付いていなかった。和美は振り返り、再びその光景を見ると体が小刻みに震えた。

 

「パル!私を羽交い絞めにして!」

 

「何言ってんの!?あんた遂にいっちゃった!?」

 

「いっちゃってないわ!と言うか遂にって何よ!」

 

和美のいきなりのお願いにハルナは遂におかしくなったかと思ったがそうではないらしい。和美はハルナの両肩を掴んだ。

 

「誰かが止めてくれないと、私はあそこに向かって走り出しそうなの!あそこに光の正体がいるのよ!確かめに行くなって方が無理でしょ!」

 

「引き際は見極めてるんじゃなかったっけか!?」

 

そう言いつつも背を向けて今にも走り出しそうになっている和美に腕を回して拘束する。

 

「ほら!これでいいんでしょ!」

 

「離してパル!あそこに真実があるの!」

 

「どっちだよ!!」

 

そうしている内に光は更に上空へと進んで行くのを和美を取り押さえつつハルナは見た。同様に和美も目を向ける。

 

「どこまで行くのかしら、あれ…」

 

「まさか、宇宙とか…?」

 

 

 

 

 

 

浮上し続けるグルードンは瞬く間に成層圏を超え、宇宙へと飛び出していた。夜空に虹色の光が僅かに輝いている。祐は右手をゆっくりと上げ、その光を掌に乗せる様に掲げる。再び瞳が輝きだすと、夜空に浮かぶ光を握りつぶす様に拳を強く握った。

 

宇宙では光の球体が中にいるグルードンごと手のひらサイズまで縮小し、瞬時に巨大な爆発へとその姿を変える。その大きさは地上からでも確認出来る程であった。グルードンの消滅を感じ取り、脱力して祐は腕を下ろした。

 

命中した時点で最早逃げる事も足掻く事も出来ない。その光に触れた瞬間、その対象は消滅が確定する。それがこの技『イネヴィタブル・アナイアレイション』である。

 

 

 

 

 

 

[み、皆様もご覧になられたでしょうか?怪獣は光の玉と共に浮かび上がり、空高くへと消えた後爆発が起こりました。あの怪獣は消滅したという事なのでしょうか…]

 

先程までとは打って変わり、静まり返る室内。映像を見ていた誰もが口を開けたまま黙っている。あの光の正体を知っている明日菜達でさえそれは変わらなかった。しかしそれは嵐の前の静けさで、やがて大きな歓声が上がった。

 

「すげー!!何だ今の!」

 

「必殺技!必殺技だよきっと!」

 

「凄い技アル!是非もう一度よく見てみたいアルヨ!」

 

「いやはや…世の中まだまだとんでもない者がいるのでござるな」

 

興奮覚めやらぬクラスメイト達が矢継ぎ早に感想を口にする。木乃香は自分と同じ様に呆けている明日菜の袖を摘まんだ。

 

「明日菜…ウチ頭パンクしそうや…」

 

「私も…聞いてないわよこんなの…」

 

(これが…祐さんの力…)

 

黙って画面を見つめるネギ。その瞳に込められた感情に目を向けるものはこの部屋にはいなかった。

 

 

 

 

 

 

「なんだよ…なんなんだよこれ~~!!」

 

自室でその映像を見ていた千雨はそう叫ばずにはいられなかった。

 

「河童の次は宇宙人で、その次は怪獣で!挙句の果てには怪獣を空の彼方にぶっ飛ばす虹色の光だと!?マジで最近どうなってんだ!」

 

頭を乱暴に掻きながら悶える千雨。今まで何とか我慢してきたがいよいよそれも限界の様だ。そこで気配を感じると、いつの間にか自分の真横にモニターを覗いている同居人がいた。

 

「うおっ!?ザ、ザジ…いつからいた…」

 

「ちょっと前から」

 

ザジは千雨の方を向くと表情を変えず答えた。千雨の同居人であるザジは異様に謎が多く、寮に帰って来ない時もあれば今の様に気付いたら部屋にいる事もある。こちらに対してほぼ接触して来ない事は千雨としてはありがたかったが、同じ部屋で暮らして四年目になるにも関わらず彼女の事は何一つ知らなかった。

 

「……」

 

ジッと画面を見つめるザジを千雨は不思議そうに見た。彼女が何かにここまで興味を示すなど初めて見た気がする。

 

「虹。虹の光。イリスの光」

 

「お前…」

 

千雨は目を丸くした。理由は単純、ザジが画面を見つめたままそう言うと笑顔を浮かべたからだ。ザジはその場を離れシャワールームへと消えた。着替えは持たなくていいのかと思いつつ、視線をモニターに戻した。

 

(待てよ…アウトレットの時もそうだ、あいつがいた。今回も確か早乙女と博物館に行ってるはずだ…)

 

頭に浮かんだ事を否定しようとするも、昨日の様に馬鹿馬鹿しいと吐き捨てる事がどうにも出来なかった。

 

(なぁ逢襍佗。お前に聞いたら、お前はなんて答えるんだ?)

 

そんな訳ないでしょと言ってくれれば、少し恥は掻く事になるがそれだけだ。笑い話で済む。でも仮にそうではなかった場合、自分はどんな顔をすればいいのかわからない。

 

口は禍の元だ。こんな事は黙って忘れてしまおう、そう自分に言い聞かせる。問題ない、自分の本音を口にしない事など、自分にとっては造作も無い事なのだから。

 

 

 

 

 

 

「驚いたな…まさかこんなものを見れるとは、とんだ幸運だ。今日はツイてるな」

 

ビルの屋上から双眼鏡の様な物で祐とグルードンの戦いを見ていた人物がいる。先程博物館で祐と話していた赤い髪のスーツの女性だ。今は眼鏡を外し、その纏っている雰囲気も先程の物とはだいぶ違うようだった。

 

彼女『蒼崎橙子』は楽しそうに祐を見ている。その表情は新しいおもちゃを手に入れた子供と言っても差し支えないかもしれない。

 

興味本位でカプセルを見に来たが、思わぬ掘り出し物を見つける事が出来た。あれは魔術でもなければ、『お隣』が使っている魔法でもない。全く未知のものだ。あんなものに興味を持たないはずがない。

 

「虹色の光…良い、実に良いぞ」

 

上機嫌で煙草を取り出し口に銜える。改めて双眼鏡を使い、煙草を吸う為に外していた視線を祐に戻すと目を見張った。祐がこちらを見ていたからである。ここから祐までの距離は数キロはある。周りに遮るものが無いとは言え、気付けるはずがない。まさかあの少年はこちらに最初から気付いていたのか?

 

驚きで銜えていた煙草を落とす。祐とは完全に目が合っているが、やがて祐は視線を外し、背を向けてどこかへ歩いて行った。

 

暫くその背中を眺める橙子。すると額に手を当て、小さな声で笑い出した。

 

 

 

 

 

「ハハハハハ!見たか茶々丸!どうするかと思えば怪獣に宇宙旅行をさせるとはな!これは傑作だ!流石我が弟子!」

 

「相変ワラズ面白レェナ、アイツノ技ハ」

 

テレビの前で大笑いをするエヴァ。茶々丸は戦いが終わった事にほっとしている様だった。

 

「祐さん、怪我などはされていないでしょうか?」

 

「怪我をしても祐は即座に治るだろう、お前は心配し過ぎだ。それにこの程度でどうにかなる様ならあいつはとっくにこの世にいない」

 

「それはそうですが…」

 

「ケケケ、祐ノヤツ久々ニ殺セル敵ニ当タッタナ。アイツソウイウ敵ニシカデカイ技使ワネェカラ勿体ネェゼ」

 

「今の時代ではそうなるさ。なにせ殺した後の方が厄介だからな」

 

「ツマンネェナァ」

 

エヴァは満足そうに画面を見ると妖艶な表情で自らの身体を指でなぞった。

 

「あぁ…感じるぞ祐、お前の力を。やはりお前はそうでなくては、お前はこの私に見た事の無いものを見せてくれる。お前だけが私を満たしてくれる」

 

祐の持つ力は誰も見た事のない場所へと導く光だ。例えそこに何が待っていようと、あるものが地獄であっても共にそこに行くと決めている。祐が自分に死を齎すのなら、喜んでそれを受け入れる覚悟がエヴァにはあった。

 

むしろ望んでいると言ってもいい。このエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルに死を齎すのは、他の誰でもない逢襍佗祐である事を。

 

 

 

 

 

 

「もう怪獣いないから!もう危険じゃないから!だから離して!真実が逃げちゃう!」

 

「いや!離さない!私は約束を守る女よ!」

 

「だからもういいって!なんで意地になってんのよ!」

 

夜空に爆発が起き、静けさを取り戻した街で和美は現場に向かおうとしたが、ハルナがそれを阻止していた。

 

「いや~!また何も掴めないままスクープを逃がしちゃう~!最近不調続きなんだから!」

 

「大丈夫よ朝倉!初めから好調だった時なんてないじゃない!」

 

「なんだと!」

 

向きを変えてハルナの頬を引っ張る和美と、それに対抗して引っ張り返すハルナ。お互い一進一退の攻防を続けているとハルナのスマホが鳴る。双方少し強めに手を離すと、ハルナが画面を確認する。祐からとわかると通話のボタンを押した。

 

「もしもし祐君?」

 

『遅くなってごめんハルナさん。今どこにいるかわかる?』

 

「えーっと、どこだろここ…朝倉、地図出して」

 

「はいはい」

 

言われた和美はマップのアプリを開くと場所を確認する。

 

「これ逢襍佗君に送ればいいのね?」

 

「よろしく。祐君、今朝倉が地図送ってくれたから」

 

『了解、ちょっと見てみる。……なんてこった、さっきからがむしゃらに走ってたけど、もうすぐそこに着きそうだわ』

 

「えっ、ほんと?」

 

『うん、もう少しで着くから待ってて。待ってろ朝倉!覚悟しとけ!』

 

そう言って通話を切る祐。ポケットにスマホをしまうと、腕を組んだ和美が聞いてくる。

 

「逢襍佗君なんだって?」

 

「たまたまこっちに走って来てたから近くにいるらしいわ。あと朝倉覚悟しとけって言ってた」

 

「なんでよ…」

 

「さぁ?」

 

少しの間待っていると、こちらを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「おーい!ハルナさ~ん!朝倉さ~ん!」

 

手を大きく振ってこちらに走って来る祐。その姿を見て二人は笑うと、ハルナが走り出した。

 

「祐君!」

 

そのまま距離が近づくと、ハルナが祐に飛びついた。それに少し驚くがしっかりとハルナを抱きとめ、クルクルと回ってからゆっくりと地面に下した。

 

「よかった、今回はビンタされなくて」

 

「する理由がないでしょ」

 

「確かに」

 

そう言って祐は笑う。それに釣られてハルナは優しく微笑んだ。

 

「お二人さん、私の事忘れてない?」

 

苦笑交じりに和美が二人に歩いて近づく。祐は体を傾けてハルナ越しに和美を見た。

 

「こんばんわ朝倉さん。災難だったね」

 

「まったくよ、今回もスクープ見逃すし…」

 

「スクープ?ああ、あのでっかいのと虹色の光の事?」

 

「それ。逢襍佗君も見たでしょ?あの光」

 

「見た見た、なんか凄かったよね」

 

「いや、まぁ…そうなんだけどさ…」

 

抽象的過ぎる祐の感想に和美は少し呆れつつ、二人を見る。

 

「取り敢えずいつまで手握ってんの?」

 

そう言われて二人は地面に降りた時からずっと手を繋いでいる事に気付いた。

 

「あ、気が付かなかった」

 

「なに朝倉?仲間外れにされて妬いてんの?」

 

「違うわ」

 

祐はスッと手を離すと二人を見る。

 

「取り敢えず、二人とも無事で良かったよ」

 

「祐君もね。…あれ、祐君服汚れてない?」

 

確かによく見てみると祐の服は所々汚れがついていた。祐は自分の服を確認する。

 

「走ってる時にスライディングとかしたから、たぶんその所為じゃないかな?」

 

「何やってんの…」

 

「だってほら、街を全力疾走する事なんてないからつい」

 

頭を掻いて笑う祐に、和美は仕方なさそうに笑った。そこで祐は腕を組んで一息つく。

 

「取り敢えず下に降りてみよう。帰る手段を探さないと」

 

「うわっ、そうだった…。どうせ電車も止まってるだろうしなぁ」

 

「歩いて帰るのは流石に勘弁だわ…」

 

和美とハルナはげんなりとした顔をする。

 

「捕まえられたらタクシーで帰ろうか」

 

「ごっつぁんです」

 

「逢襍佗君太っ腹だね」

 

「少しぐらいは自分も出す意思を見せたらどうかね?」

 

三人は下へと向かって歩き出す。そんな中ハルナが足を止めた。

 

「祐君」

 

「ん?どうしたのハルナさん?」

 

呼び止められた祐も足を止めて、振り返る。ハルナは祐の顔を見つめ、祐は黙ってハルナの言葉を待った。

 

「…ううん、ごめん!なんでもない!」

 

「……そっか」

 

ハルナは笑ってそう言った。祐もそれに笑顔で返す。

 

「ちょっと~?何してんの~?」

 

少し先を歩いていた和美が二人に声を掛ける。

 

「行こう、ハルナさん」

 

「うん」

 

二人は少し駆け足で和美の元へ向かう。夜空には先程の影響で、一部だけ雲が無くなっている。そこから見える月は美しく輝いていた。



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言葉はなくとも

「な、なによこれ…こんな光見た事も聞いた事もないわよ!」

 

テレビで中継されていた映像をスマホで視聴する凛。教会で綺礼と話している途中綾子から連絡を受け、グルードンの存在を知った。

 

その頃には既にグルードンは消滅しており、現在動画サイトに転載されている中継映像を見ていた。因みに使用しているのは凛のスマホだが、操作をしたのは綺礼である。その時向けられた憐みの目がどうにも鼻に付いたのは余談かもしれない。

 

「アウトレットの爆発時にも虹色の光が現れたとまことしやかに囁かれていたが、これを見るにただの虚言という訳でもなさそうだな」

 

凛の持つスマホを高い位置から見下ろしていた綺礼が興味深そうに呟いた。

 

「魔術?それともあっちの魔法?」

 

「超能力という線もある。ただし、こんな力は私も聞いた事が無いがな」

 

そう言って笑う綺礼に一度白い目を向け、画面に視線を戻す。

 

「こんなデカいのをはるか彼方に吹っ飛ばした。ただの一般人ってのは考えられないわ」

 

「そもそもどこかに所属し、これ程の力を持っているならば噂話の一つでも聞こえてきておかしくはない」

 

「近頃になって力に目覚めたか、それとも丁寧に隠されてきたか。どちらにせよ現時点では何一つわからんな」

 

そう話しつつ、綺礼は先日の会話を思い出す。

 

(奴の目をも曇らせる虹色の光…あれがその正体であるならば、私にも拝める機会はあるやもしれん)

 

「ちょっと、どうしたのよ?」

 

黙って遠くを見ていた綺礼に凛は声を掛けた。特に取り繕う事もせず、淡々と述べる。

 

「いやなに、出来る事なら私も一度この目で拝見してみたいと思っただけだ」

 

再び笑う綺礼。一時停止した映像を見て凛は眉間に皺を寄せる。それは巨大な光が渦巻いている瞬間が映されたもの。その心中は一言では言い表せない程様々な感情が沸き起こっていた。

 

 

 

 

 

 

グルードンの消滅から二時間程後、無事タクシーを捕まえる事が出来たハルナ達は麻帆良に少し遅めの帰宅をした。因みに料金は祐持ちであるが本人たっての希望である。祐曰く、ここで出さなきゃ漢が廃るとの事らしい。

 

祐が二人を女子寮まで送っていると、入り口の前でハルナの帰りを待っていたのかクラスメイト達が見えた。

 

「お迎えが沢山いるね」

 

「こりゃまた手厚い歓迎だわ」

 

「私の人徳が出ちゃったかな?」

 

「ほとんどは感想聞きたいだけな気もするけどね」

 

ハルナの発言に和美がそう返していると、待っていたクラスメイト達がハルナ達に気が付く。

 

「あっ!帰ってきた!」

 

「「ハルナ!」」

 

そこから夕映とのどかが飛び出してくる。走る二人を見てハルナは両手を広げた。

 

「よし来い二人共!ハルナさんの胸に飛び込んできなさい!」

 

その言葉通り二人はハルナに飛びつく。想像以上の衝撃に顔を青くするが、なんとか根性で持ちこたえた。

 

「こ、腰がやられるところだったわ…これが愛の重さなのね…」

 

「ハルナ、無事でよかったです!」

 

「心配したよぉ」

 

涙目で抱き着く二人を見て苦笑すると、ハルナも二人を抱きしめ返す。

 

「ほら大丈夫だから、この通りピンピンしてるでしょ」

 

後ろでそれを見ていた祐が満足そうに笑う。他のクラスメイトもハルナに近づいた。

 

「おかえりパル!心配したよ!で怪獣と虹の光はどうだった?」

 

「無事で何よりだね!ところでさっきの怪獣と光なんだけど」

 

「おおい!私の心配がついでになってんじゃん!」

 

いつも通りの雰囲気に全員が笑っている。ハルナと和美はそれを感じて無事に帰ってきた事を改めて実感した。

 

「あっ、逢襍佗君。逢襍佗君も大変だったね。あれ?なんで朝倉もいるの?」

 

祐に気が付いたまき絵が横にいる和美を不思議そうに見た。

 

「ちょっと野暮用で私もあそこの近くにいたのよ。生憎決定的な瞬間は逃がしたけどね」

 

「用事って聞いてたけど、あんたよりにもよってそこにいたの?」

 

「お、お怪我はありませんか!?」

 

和美と同室の美空とさよが前に出てくる。和美は不満そうに腕を組んだ。

 

「右に同じ、怪我は無いわ。スクープも無いけど…」

 

「ご無事でしたらそれが一番ですよ!」

 

「そうそう、スクープ無いのはいつもの事だし」

 

「ありがとうさよちゃん」

 

「あだだだだ!朝倉!ストップ!ストップ!」

 

さよにお礼を言いながら美空にヘッドロックを掛ける。祐がそれも笑顔で見ていると腕を引かれた。

 

「ちょっと祐!何よあれ!」

 

「おう明日菜。あれって何?」

 

「あれはあれよ!あんなのが出来るなんて聞いてないわよ!」

 

小声で叫ぶという高等技術を見せる明日菜。最初は何の事かわからなかったが、グルードンに向けて放った技の事だろうと察した。

 

「あ~、あれテレビか何かに映ってた?参ったね!へへへへへ!」

 

「何笑ってんのこの馬鹿!」

 

「あ、明日菜さん…もう少し声を抑えないと…」

 

「まぁまぁ明日菜。祐君自体は映っとらんかったんやし、ええやないの」

 

ネギと木乃香が明日菜を宥めつつ、木乃香は祐の前に来て全身を隈なく見始めた。

 

「服とかがちょっと汚れとるけど、怪我はしてへんみたいやね」

 

砂埃が付いた祐の髪や服を優しく払うと後ろで手を組み、祐の顔を見つめた。

 

「おかえり、祐君」

 

そう言われた祐は少しの間固まったが、やがて嬉しそうに微笑んだ。

 

「ただいま、木乃香」

 

「うん!ようやくちゃんと言えたわぁ」

 

同様に嬉しそうに笑う木乃香。それを見た後、祐は明日菜とネギの方を向いた。

 

「明日菜とネギも、ただいま」

 

「おかえりなさい!祐さん!」

 

ネギは笑顔で返すが、明日菜は少し顔を赤くして腕を組み目線を逸らす。一度大きく息を吐くと少し笑って祐を見た。

 

「おかえり祐。取り敢えず、今のところは約束破ってないわね」

 

「勿論!任せとけ、ちゃんと帰って来るよ」

 

「当たり前でしょ。私達との約束なんだから」

 

 

 

 

夕映・のどかとの抱擁を終えたハルナの元にあやかがやって来る。その顔は申し訳なさそうだった。

 

「ハルナさん、この度は申し訳ございません。私がチケットを渡したばかりに…」

 

「何言ってんのいいんちょ!いいんちょは何にも悪くないでしょ?だからほら!そんな顔しないで!」

 

「あいた!」

 

ハルナは強めにあやかの背中を叩く。思わぬ衝撃に背中を摩るあやかの肩に手を回した。

 

「それに!見たいものは見れたし、予想外の収穫もあったからさ」

 

「収穫…ですか?」

 

「そう、とっても価値のある収穫がね」

 

それに対して不思議そうな顔をあやかはした。対してハルナはなんともいい笑顔である。そこであやかの視線に祐が映った。また何か変な事でも言ったのか、明日菜に頭をはたかれている。ハルナはその視線に気が付いてあやかの背中を押した。

 

「ハ、ハルナさん?」

 

「私はもう大丈夫だから、祐君にも声掛けてあげて」

 

「…はい」

 

緊張気味に祐の元へ進むあやか。その背中をハルナは見守った。夕映とのどかが隣に来る。

 

「ねぇ、二人共」

 

「はい?」

 

「どうしたの?」

 

ハルナは腕を組み、どこか遠くを見て決め顔になった。

 

「私、今めっちゃいい女ね…」

 

「自分で言わないでください」

 

「台無しだよハルナ…」

 

 

 

明日菜・木乃香・ネギと話していた祐の元にあやかが来る。その表情は先程と同様に緊張気味であった。

 

「あの、祐さん…この度は」

 

「あやか!ただいまー!」

 

祐は素早く前に出ると、あやかの腰に手を当てて持ち上げた。

 

「ちょ、ちょっと祐さん!?何をなさるんですか!」

 

「ほ~らあやか!童心を思い出せ!」

 

「意味がわかりませんわ!」

 

小さい子供へやる様にその場でくるくると回る祐。あやかの顔は真っ赤に染まる。

 

「あはは!何あれ!」

 

「いんちょが回ってる~!」

 

周りから笑いが起こる。あやかは更に恥ずかしくなるが、祐はお構いなしだった。

 

「さっきまで暗い顔してたけど、いいんちょ良かったね」

 

「ふふ、そうね」

 

それを見ていた夏美と千鶴も笑顔を見せる。

 

「ほんと、あやかは逢襍佗君には敵わないみたいね」

 

 

 

 

 

 

「そんじゃ、俺はそろそろ帰るとするよ」

 

「もういい時間だし、私らも戻ろうか」

 

「はーい」

 

それから暫くして、祐が自宅に帰ろうとするのを合図に他の面々も寮へと戻っていく。祐の頬には赤い手形が綺麗に付いているが、誰が付けたものかは言うまでもないだろう。

 

寮に背を向け、自宅へ向かう祐。その背中にハルナが声を掛ける。

 

「祐君」

 

祐が振り向くと、ハルナはこちらを見ていた。

 

「ありがとね」

 

短い言葉だったが、その一言に込めたハルナの想いは祐には充分伝わった様である。

 

「とんでもない。おやすみなさい、ハルナさん」

 

返ってきた声は優しいものだった。祐は今度こそ自宅に戻っていく。少しの間それを見つめ、ハルナも寮に戻ると同じ様に戻っていた明日菜と隣り合う。

 

「明日菜」

 

「なにパル?」

 

「前から薄々思ってたけど…祐君て、結構いい男ね」

 

「へ?」

 

「そんじゃおやすみ〜」

 

ハルナは小走りで夕映とのどかの元に向かった。明日菜は呆気に取られた顔でそれを見送る。

 

「……。まさかね…」

 

 

 

 

 

 

翌朝。学校自体は休みだが、祐は学園長室にて昨日の事を詳しく伝える為登校していた。

 

話し合いを終え、古代カプセルの件がひと段落したので約束通りエヴァの家に向かう事にする。その途中、廊下を歩いていると物陰から手が伸びて祐の首に腕を回す。そのまま何者かに引き寄せられた。

 

「ぐへっ!」

 

「よ〜う逢襍佗、おはようじゃん」

 

「おはようございます黄泉川先生。朝から情熱的ですね…」

 

その人物とは愛穂で、祐は彼女に首元を脇で抱えられる姿勢になった。

 

「朝は一日の始まり、だから気合入れていかないとじゃん?」

 

「いやぁ、仰る通りですな」

 

愛穂が祐を解放すると二人は向き合う形になる。

 

「また昨日は派手にやったな」

 

「あれぐらいやらないと、あいつは消し飛ばせなかったもんで」

 

後頭部に手を当てながら苦笑いをする祐。愛穂は呆れる様に笑った。

 

「あの中継にお前は映ってなかったが、映ってたらどうするつもりだったんだ?」

 

「そん時はそん時ですよ。僕はこんなんですし、何よりこんな世界です。いつまでも隠し通せるとは思ってません」

 

愛穂は祐を真剣な表情で見つめる。対して祐はいつも通りの雰囲気だった。

 

「その時が来るまでは、楽しく過ごさせて貰います。今みたいに」

 

愛穂は一度視線を落としてから祐を見た。

 

「戦わないって選択肢は無いのか?」

 

「選べないでしょうね、少なくとも今の僕には」

 

どこか諦めた様に言う祐に、愛穂はため息をつかずにはいられなかった。

 

「お前はほんと…手の掛かる奴だなぁ」

 

「こんな面倒くさい奴を気に掛けてくれるなんて、先生も好きですねぇ」

 

「アホ」

 

愛穂は祐の額をぴしゃりと叩いた。

 

 

 

 

 

 

それからエヴァの家へとやって来た祐は挨拶もそこそこに、エヴァに連れられソファに座る。現在は一つのソファに向かい合って座り、祐の両手を掴んでエヴァは目を閉じていた。

 

暫くしてゆっくりと目を開いたエヴァが納得した様な顔をする。

 

「やはり…思った通りだな」

 

「やっぱり来てますか…俺のモテ期が…」

 

「馬鹿も休み休み言え」

 

「辛辣過ぎやしませんか?」

 

手を離し、腕を組むと祐を見た。

 

「お前が一番わかっているだろう?増しているぞ、お前の力」

 

祐は自分の両手を一度見てからエヴァに視線を向けた。

 

「最近使う機会が増えたからですかね、そんな気はしてました」

 

「増していると言えばいいのか、戻ってきていると言った方がいいのか…。まぁ、どちらにせよ同じ事か」

 

エヴァは呆れた顔をする。

 

「かつてあれだけの事をしておいて、まだ底を突かないとは。つくづくお前の光はわからんな」

 

「一時期はうんともすんとも言わなかったのに、時間が経てばこの通りですからね。困ったもんですよ」

 

「まったくだ…。だが」

 

そこでエヴァは前のめりなると右手で祐の頬に触れた。

 

「それでいい。お前はそのまま私を楽しませろ」

 

「こりゃ力が無くなった時、捨てられない様にする為の対策練っとくべきですね」

 

おどけた様に言うと、エヴァが鋭い視線で頬を抓ってきた。

 

「師匠痛いっす」

 

「その冗談はつまらん。今までのやつよりも特にな」

 

手を離すと腕を組んで背を向けてしまう。祐は地雷を踏んだと額に手を当てた。

 

「あ~師匠、今のは確かにつまんなかったっすね。反省します」

 

「お前の冗談がつまらんのは今に始まった事でもない。別に気にしてないさ」

 

そうは言うものの、変わらず背を向けたままである。祐はこの状況をどう打破しようかと考えた末、力技で押す事にした。

 

背中からエヴァを抱きしめる。体格の違いから腕の中にすっぽりとおさまった。

 

「姉さん、ここはひとつ機嫌直してくれない?」

 

「こんな事でご機嫌取りが出来ると思っているのか?甘く見られたものだな」

 

言葉とは裏腹にその状態から逃れようとはせず、体重を預けてきた事からこれでいけると祐は踏んだ。

 

(後はこのまま押すだけだ。我、勝機を得たり)

 

「メンドクセェ女ダナ」

 

柱の陰から顔を出したチャチャゼロが開口一番にそう言った。

 

「ちょっとゼロ姉さん!あと少しで落ちるところなんだから静かにしてて!」

 

「お前ら纏めて凍らせてやろうか?」

 

「皆さん、昼食の準備が整いましたが」

 

階段から上がってきた茶々丸が祐達に声を掛ける。

 

「待ってました、タイミング完璧。さぁ師匠!参りましょう!」

 

エヴァを両手に抱えて一階へと走る。そこにチャチャゼロが飛び乗り、祐の頭に着地した。一階のテーブルに着くとエヴァを彼女の席へと降ろし、振り返って茶々丸の肩に手を置いて言う。

 

「茶々丸、素晴らしい妹を持ててお兄ちゃんは幸せだよ」

 

「よくわかりませんが、ありがとうございます」

 

首を傾げた後、取り合えずそう答える。何故そう言われたのかは不明でも、祐に褒められて悪い気などしなかった。

 

「やりたい放題な姉と兄のせいで苦労を掛けるな茶々丸。せめてお前だけでもまともでいてくれ」

 

エヴァがささやかな願いを伝えると、祐がチャチャゼロを頭に乗せたまま胸を張った。

 

「俺達がこうなったのは全部師匠のおかげですよ!ありがとう師匠!」

 

「嫌味か貴様!」

 

「オイバアチャン、酒クレヨ」

 

「殺すぞ!」

 

話の流れとは関係なく、祐は茶々丸を抱きしめた。

 

「愛しているぞ妹よ!」

 

「どさくさに紛れて人の従者に手を出すな!」

 

「……」

 

抱きしめられた状態で動かなくなる茶々丸。それに気付いた祐は腕を解いて顔を覗く。

 

「あれ?茶々丸どうかし…熱っ!やべぇ!なんか沸騰したやかんみたいになっとる⁉︎」

 

「ケケケ、オーバーヒートシテラァ」

 

「何をしとるんだ貴様は!」

 

背中からエヴァの飛び蹴りを食らい、床へとダイブする。チャチャゼロは祐の頭を掴んで楽しそうであった。

 

その後、オーバーヒートを検知した聡美からエヴァの自宅電話に電話が掛かってくる。電話に出た祐が事情を伝えると、なかなかの強さで怒られた。

 

 

 

 

 

 

同時刻、自室でのどかと夕映がテレビから流れるワイドショーを見ている。流れているものは怪獣関連の事であった。

 

「ふむ、やはりあのカプセルが怪獣を閉じ込めていたのでしょうか?」

 

「そうなるとあんなに大きな生き物を液体に変えて閉じ込めておいたって事だよね、どうやってやったんだろう?」

 

カプセルの中に入っていた物が液体である事は少し前から報じられていた。現場の検証で新たにわかった事はカプセルが形状を変え、開いた形で発見されたという事。現在ワイドショーではそこからその液体と怪獣は関連性があるのではないかとの話が繰り広げられていた。

 

「それも非常に興味深いですが、何より驚くべきはあの光です」

 

「まさかまた見る事なるなんてね」

 

「アウトレットの一件といい、謎だらけです…」

 

そこで何かを思いついた夕映はテーブルに手を置いて勢いよく膝立ちになった。突然の行動にのどかの肩がビクッと震える。

 

「あれが人の出した物だと仮定するならば、あの時あの場所にその人物が居たという事になります!私達はもしかするとその人物とすれ違っているかもしれません!」

 

「可能性はあるけど沢山人が居たし、結局何もわからない事に変わりはないんじゃ…」

 

「何を言うですかのどか、一見何でもないような事から思わぬ事に繋がったりするものです。私達が見逃しているだけで正体を掴むヒントは隠されているのかもしれません」

 

あの虹色の光に対して自分の親友は心躍らせているようだ。出会った当初は何にも興味を示さない様な目をしていた夕映がこうして目を輝かせているのは、のどかとしては微笑ましいものだった。

 

「今度は危ない事件じゃなくて、平和にあの光が見れたらいいね」

 

「確かにそれが一番ですが、出てくるのがいつも事件の時ですからね。悩ましいです」

 

腕を組んで頭を悩ませる夕映を見てクスッと笑うと、ハルナが机で熱心にノートに何かを書いているのに気が付いた。

 

「ハルナ~、何書いてるの?」

 

「新作のアイディアよ!もう溢れ出して止まらないわ!」

 

「何とも逞しいですね…」

 

昨日の騒動も制作に対する情熱に変えるハルナを、呆れ半分尊敬半分の目で見る夕映。そこでのどかが時計を見ると既に12時を回っていることに気が付いた。

 

「そろそろお昼食べよっか」

 

「今日はどうするですか?」

 

「そういえば今日超包子がやるとか言われてた気がするわ」

 

「見てみるです」

 

作業を続けつつハルナがそう言うと、夕映が超包子の公式SNSを確認する。

 

「確かにやってますね、行ってみますか?」

 

「うん、三人で超包子に行くの久しぶりだね」

 

「そうですね、他の皆さんも来ているかもしれません」

 

支度をするべく、テレビを消して二人は立ち上がった。

 

「ハルナ、行くですよ」

 

「は~い」

 

伸びをしてペンを置くハルナ。のどかと夕映が支度の為それぞれその場から離れるとハルナも席を立った。

 

新作のアイディアが書き連ねられたページとは別のページを開く。その絵を見て優しく微笑むとノートを閉じて机の鍵付きの棚へとしまい、支度へ向かった。

 

「よ~し!今日はたらふく食べるわよ!」

 

「ほ、ほどほどにね…」

 

「また太りますよ」

 

「太ってないわ!て言うかあんた達が食べなさ過ぎなのよ。その証拠にほら、私は栄養が行き届いてるでしょ」

 

ハルナは自分の胸を両手で下から持ち上げて見せつける。

 

「「うぐっ」」

 

のどかと夕映は思わずハルナと同じポーズをとるも、結果まで同じとはいかなかった。

 

「ちゃんと食べてると思うんだけどなぁ…」

 

「セ、セクハラですよハルナ!」

 

「なにぃ?まったく、近頃の子は直ぐ何でもかんでもセクハラセクハラって。セクハラってのはね…こういうのを言うのよ!」

 

そう言って二人の胸を鷲掴みする。一瞬で二人は顔を赤くした。

 

「セクハラですっ‼」

 

「ブハッ!」

 

夕映のビンタが炸裂し、ハルナは崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

しまわれたノートのそのページに描かれていたものは祐だった。

 

詳しく記すなら描かれたのは笑顔を向ける祐の姿。そしてその背後は虹色で彩色を施されていた。



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去り行く一学期

「今週が終われば夏休みかぁ。この一週間が長いんだよなぁ」

 

「なんかわかる気がする。楽しみな事が前にあると長く感じるよね」

 

「相対性理論と言うやつだな」

 

月曜日のB組にて楓・由紀香・鐘のいつもの三人が話していた。7月と共に一学期が終わり、学生としては待ちに待った夏休みが始まる。学園の生徒は間もなくやってくる素晴らしき日々に思いを馳せていた。

 

「今まで生きてきた中で今回の一学期が一番騒がしかった気がする」

 

「五月頃から色々あったからねぇ」

 

トゥテラリィの爆破テロから始まり、A組の幽霊少女・宇宙人による誘拐事件。そしてつい先週の金曜日に起きた怪獣騒動。三ヵ月という期間内でよくもまぁこれだけの事が起きるものだと楓は思った。

 

因みに幽霊少女の件と同時に妖怪による下着泥棒も起きているのだが、これを知るのは一部だけなので仕方がない。

 

「せっかく高等部初めての夏休みなんだ。せめてその間だけでも平和に終わってほしいもんだよ」

 

「蒔の字、人それをフラグを立てると言うらしいぞ」

 

「怖いこと言うなよ…」

 

そんな話をする三人を遠目で見ながら、凛は心ここにあらずと言った調子だった。

 

「なんだ遠坂、悩み事か?」

 

「悩み事と言えばそうかもね。でもいくら悩んだってしょうがない事だってのも理解してるわ」

 

声を掛けてきた綾子に疲れた様にそう返す。

 

「悩んだってしょうがないんなら悩まなきゃいいだろ」

 

「それが出来たら苦労しないわよ…」

 

 

 

 

「もうすぐ夏休みだね、逢襍佗君は何か予定とかあるの?」

 

「……。あれ…無い…」

 

「えっ?」

 

「いやね、今考えてみたんだけど何の予定もないんだこれが。それがわかって自分に戦慄してるとこだよ」

 

「そ、そうなんだ…」

 

春香は別の話題を振るべきであったと安易な自分の選択を恥じた。そう思うのは彼女の優しさ故である。当たり前だが彼女は何も悪くない。

 

「まぁ、俺の渇いた学生生活の事なんて放っておいて、天海さんは何かあるの?」

 

「えっと…私は家族でおばあちゃんの家に行くの。旅行も兼ねた感じかな」

 

「いいね、素敵じゃない。おばあさんは遠くに住んでるの?」

 

「うん。それにすっごく田舎でね、田んぼとか山に囲まれててビルとかもないとこなんだ」

 

「最高じゃん。住むならそういうとこに住みたいなぁ」

 

「そうなの?逢襍佗君田舎の方が好きなんだ」

 

春香は少し意外そうな顔をする。だが考えてみると、田んぼをはしゃぎながら駆け回っている祐の姿が驚くほど簡単に想像できた。

 

「好きだね、人間は本来自然に囲まれて生きるべきだと思うんだ。家でぼーっとしてたら、見た事もねぇデカい虫が前を通り過ぎてびびる生活をすべきだと」

 

「なんか凄く具体的だね…」

 

そう話していると春香が指先を合わせてもじもじとしだす。

 

「どうかした?」

 

「えっとね…実は夏休みの予定がもう一つあって…」

 

恥ずかしそうにチラチラと祐を見ると、緊張気味に口を開いた。

 

「8月にライブする事になったの。ライブって言ってもショッピングモールで30分ぐらいのやつだけど…」

 

「マジっ!?やばい!吐きそう!」

 

「ええ!?だ、大丈夫!?」

 

「うん大丈夫。さぁ、続きをどうぞ」

 

急に冷静になった祐に頭の回転が追い付かないでいたが、何とか立て直して続きを話す。

 

「うちの事務所全員でやるの。13人だけど私も含めてみんなすっごく張り切ってるんだ。だからその…よかったら見に来て欲しいなぁ…なんて…」

 

おもむろに祐は席から立ち上がると拳を天に突き上げた。

 

「行かせて頂きます‼」

 

大きな声にクラスの視線が祐に集まる。

 

「天海春香ファン第一号(自称)として!行かないという選択肢は無い!」

 

祐は熱い眼差しを春香に向けると春香の手を取った。

 

「ありがとう天海さん、夏休みの大切な予定が出来たよ。いや!むしろ俺の夏休みはこの為にあったんだ!遂に我らの天海さんが世にその存在を知らしめる時が来たんだね!天海春香の初ライブ…これぞ正に日本の夜明けだ!」

 

力強く宣言する祐。すると話を聞いていた周りのクラスメイト達が春香に近寄る。薫が祐をはたいて手を離させた後、春香の机に身を乗り出した。

 

「なに春香!あんたライブやるの!?もっと早く言ってよ!危うく予定入れるとこだったじゃない!」

 

「ご、ごめんね…なんせ急に決まったから」

 

「まぁ、いいわ。それで、いつやるの?絶対見に行くから」

 

「ほ、ほんと?」

 

薫は春香の肩に手を乗せる。

 

「あったりまえじゃない!友達のせっかくの晴れ舞台なんだから!」

 

「思いっきり応援するからな!」

 

「蒔が暴走しない様、私達がしっかりと見張っておくから天海嬢は安心して臨んでくれ」

 

「あたしを何だと思ってんだ!」

 

「私も見に行くよ!頑張ってね春香ちゃん!」

 

次々に応援の言葉を受け、春香は目頭が熱くなる。

 

「ありがと~みんな~!」

 

一番近くにいた薫に抱きつく。薫は笑ってしっかりと受け止めた。

 

輪から外れた場所で祐は薫に対して消しカスを投げつけている。それに気付いた薫から即座にラリアットを食らった。

 

「たまにはあんな感じで思うままに生きてみるのもアリなんじゃないか?」

 

「私には程遠い生き方な気がする。否定するつもりはないけどね」

 

楽しそうにそれを見ている綾子と呆れ顔の凛。ダウンした所を更なるプロレス技で追い打ちを掛けられている彼を見た。常に明るく能天気で、気の向くままに生きている様に見える祐。

 

凛は自分の家系、そして生き方にそれなりの誇りを持っていた。『常に優雅たれ』この家訓に違わぬよう努力を惜しまず続けてきたつもりである。きっとそれはこれからも変わらないだろう。その点で言えば祐という人間は自分とは相容れない存在と言っていいのかもしれない。

 

しかし、近頃彼の姿を目で追っている機会が増えている。そこには魔術師として彼の存在に疑いの目を向けているという一番の理由はあれど、凛個人として彼自身の存在に興味を持ち始めているのもまた事実であった。

 

 

 

 

 

 

「この一週間を乗り切ったらいよいよ夏休みだぜ~!イエ~イ!」

 

『イエ~イ!』

 

A組も他の生徒達の例に漏れず、目前に迫っている夏休みに向けて盛り上がっていた。現在は裕奈が先頭に立ち、夏休みへの士気を高めている。

 

「夏休みと言えばイベントが盛りだくさん。海に山に祭りに花火!全部謳歌してやるぞ~!」

 

『お~!』

 

「ゆーなは何が一番やりたいの~!」

 

桜子が大きな声で質問すると、待ってましたとばかりに胸を張った。

 

「そんなの決まってるでしょ!お父さんとデートよ!」

 

「でた~!ゆーなのファザコンアタック!」

 

「お父さんが好きで悪いか!」

 

「逆ギレ!?」

 

裕奈は大学部の教授である自身の父を愛しており、その愛情は常に写真を持ち歩き未だ父との結婚を夢見ているという少し危険かもしれない程のものであった。因みに裕奈の父は至って常識人且つ紳士である為、間違いが起こる事は無い。

 

「今年の夏休みは何があるやろな~」

 

「今の所不安しかないわ…」

 

「え~、なんでなん?」

 

楽しそうな様子の木乃香に反して明日菜の気は重かった。

 

「だって絶対一回は何か起きるわよ、断言してもいいわ」

 

「もう明日菜、気持ちはわかるけど今は楽しんどこうや」

 

「そりゃ私だってそうしたいけど…」

 

「木乃香サンの言う通りヨ明日菜サン。未来を憂いていても何も始まらないネ」

 

「超さんまで」

 

いまいち気乗りしない明日菜に前の席の超が振り向いて声を掛けてきた。何度も世間話等はしているが、こうして会話に入ってくるのは珍しいような気がする。

 

「むしろこれからこの世界で何が起きるのか楽しむぐらいでないとネ」

 

「そ~そ~。どんだけ考えたってなる様にしかならないんだから」

 

「超さんと違って美空が言うとただの能天気な奴にしか見えないのはなんでだろう…」

 

「明日菜、私達しっかりと話し合う必要があると思わない?」

 

美空の表情はにこやかだったが、その額には青筋が浮かんでいた。

 

「私は今回の夏休みでビームが打てるようになりたいアル!」

 

「くーふぇ、あの虹の光が相当気に入ったんだね」

 

「わかるよくーふぇ。僕もあんな感じで光の嵐を巻き起こしてみたいもん!」

 

古菲と鳴滝姉妹が虹の光について話し始める。あの映像を見てからというもの、古菲は更なる高みを目指して一段と修行に励んでいた。

 

「かえで姉、ビームとか出せる忍法ない?」

 

「いやぁ、拙者にはその心得は無いでござるな」

 

「くーちゃんはまだわかるけど、風香は何を目指しとるん…?」

 

ビームを出す事に熱心な風香に投げかけた亜子の疑問は至極真っ当なものだった。

 

「え~?亜子にもあるでしょ?ビームとか出してみたいと思った事」

 

「まぁ、かめはめ波とスーパーサイヤ人になる練習は誰しも通る道よね」

 

「ハルナ、今後の為に今言っておきますがそれは間違いです」

 

「じゃあ夕映は魔貫光殺砲派?意外と渋いのね」

 

「ハルナは何の話してんの?」

 

「私に聞かないでよ」

 

ハルナと夕映の会話はかめはめ波という言葉を聞いた事があるレベルの漫画やアニメに疎い美砂と明日菜にはわからなかった。

 

「たぶん男子の会話でしょそれ」

 

「私も全然わかんない」

 

円とまき絵もその会話についていけなかった様だ。会話を聞き逃しつつパソコンを操作していた千雨はその現状を憂いた。

 

(今時の奴はドラゴンボールも知らねぇのか。私もそっち系は専門じゃないがこれぐらい常識だろ)

 

これが今時のJKかと思いながら自身のサイトをチェックする。新しくアップしたコスプレ写真の伸びはなかなか好調であった。それに気を良くしつつ続けてコメント欄を確認する。

 

(こいつ最近よくコメントしてくるな)

 

それは祐のコメントが付かなくなってから変わるように入ってきた新参の事である。ハンドルネームは『永劫のとっちゃん坊や』と言う。

 

「はぁー!」

 

「ダメダメ!もっと激しい怒りを込めないとスーパーサイヤ人にはなれないわよ!見てなさい!ハァーーー!!」

 

「す、凄い怒りを感じるよパル!」

 

「ふむ、肌にピリピリくるアル。ハルナ…侮れないアルね」

 

「何が締め切りだこのやろーーー‼︎」

 

「怒りの理由がしょうもなさ過ぎる…」

 

風香にお手本を見せるハルナ。千雨は小学生低学年並みの彼女達に頭痛がした。

 

「ハルナさん!もう少し静かになさい!」

 

「「うわっ!スーパーサイヤ人3だ!?」」

 

「なんですかそれは!」

 

「助けて魔人ブウ!」

 

「だから私もわかんないってば!」

 

迫ってきたあやかから逃げる様にまき絵の背中に隠れる。あやかもまき絵も何の事かさっぱりである。

 

「ピンクってだけだろ」

 

ハルナがまき絵を魔人ブウ呼びした理由がわかったのは、思わずツッコんでしまった千雨を始め数人しかいなかった。

 

明日菜達との話を終えた超は席で本を読んでいる聡美に近寄る。

 

「ハカセ、今日も放課後ラボに集合ネ」

 

「わかりました。あれの作業でいいんですよね?」

 

「うむ、それで問題無いヨ」

 

本を閉じ、聡美は体の向きを超へと変えた。

 

「最近あれの作業中心ですけど、何かあるんですか?」

 

「これまでの流れを鑑みて、あのプレゼントは出来る限り早めにあげるべきだと思ったヨ。知れ渡ってからでは意味が無くなってしまうからネ」

 

「確かに…この前のも一つ違えば、あれは無用な物になっていましたからね」

 

二人は根本的な部分をぼかしながら会話を続ける。別の話題で盛り上がるクラスで二人の話を聞いている者はいなかったが念の為だ。それに聞かれたとて、また二人が変な発明をしようとしているぐらいにしか思われないだろう。

 

「思ったよりも事がコンスタントに起きてるネ。使うも使わないも彼次第だが、選択肢は多いに越した事はないヨ」

 

「間違いないです」

 

 

 

 

 

 

職員室では学園長からの朝の挨拶が行われていた。

 

「さて諸君、一学期も残すところあと一週間となった。生徒達も浮かれ気味になるであろうから、この一週間は特に気を引き締めていってほしい」

 

それに頷く教員達。この麻帆良学園で教員をしている者なら学園長が言わんとしている事はよくわかっていた。何せなによりもイベント事が好きな生徒達である。普段から高いテンションが更に高くなっているのは朝の様子からでも感じられた。

 

「またこれは直接は関係ないが、先週の金曜日に怪獣の騒動があった事は諸君らも知っての通りじゃ」

 

「この数か月超常的な事件が相次いでおる。生徒達は勿論の事、諸君らも充分注意してくれ。とは言え注意したとてどうしょうもない事もあるがの」

 

元も子もない様に聞こえる学園長の一言に教員達は苦笑いをする。しかし宇宙人然り怪獣然り、まさに注意したところでどうしようもない事が起きている為誰もそれに異は唱えなかった。

 

 

 

 

 

 

夏休み前の最後の一週間。生徒達の浮ついた雰囲気は多分にあったものの、大きな事件・事故も無く比較的平和に日々は過ぎて行った。

 

一学期最終日、放課後を迎えた麻帆良学園の生徒達はお祭り騒ぎで教室を後にしていく。教員達は特に何も起こらなかった事に胸を撫で下ろした様子であった。

 

 

 

 

 

 

「んお、今日超包子やってんだ。一学期も終わった事だし行っとくか」

 

送られてきた通知を確認すると、それは超包子の特別営業の知らせだった。最後に行けたのは六月だった事もあり、祐は屋台がある広場へと向かう為自宅を出る。

 

広場へ着くとそこには相変わらずの繁盛を見せる超包子の姿があった。今日は学生だけでなく教員達の姿も見える。いつも以上の賑わいを眺めつつ、空いている端の方の席に座った。

 

いつもの様に同じ物を注文しようと考えているとテーブルに料理が載った皿が置かれる。その手に沿って視線を上げていくと、皿を置いた人物である五月が笑顔で会釈をした。

 

「あれ五月さん?こんばんわ。珍しいねこっちに出てくるのは」

 

「こんばんわ祐さん。こちらを直接渡したかったので」

 

にこやかな表情で話す五月。そこで祐は再び料理に視線を戻す。

 

「これシュウマイだよね?どうして?」

 

「これはまだお店には出してない試作品なんです。でも安心してください、結構な自信作なんですよ。こちらからのサービスですから、宜しければどうぞ」

 

「こんな幸せな事があっていいのか…。勿論いただきます!でもなんか悪いね」

 

そう言って笑う祐に五月は首を横に振った。

 

「最近、祐さんが頑張ってると超さんが言ってました。今日は祐さんが来てくださると思って用意したんですが、当たって良かった。丁度作りたてです」

 

「何を頑張っているかまでは言っていませんでしたが、それはみんなの助けになってると言ってました。祐さんの事、私も応援します。でもあまり無理しないでくださいね」

 

五月がくれたものは、その料理だけではなかった様だ。祐は席から立って五月と向かい合う。

 

「ありがとう五月さん。まだ食べてないけど、たぶんこれから食べるこのシュウマイが俺の人生で一番おいしいシュウマイになるよ」

 

「ならそれを更新できるのは私だけですね。腕がなります」

 

袖を捲り、右腕を掲げてみせた。祐はそれに対して微笑む。

 

「楽しみ過ぎるねそれは。生きる理由が増えたよ」

 

五月も笑顔で返す。あまり言葉数は多くない彼女だが、だからこそ伝わる物もあるのかもしれない。

 

「さぁ、冷めないうちにどうぞ。それと、注文はいつも通りで大丈夫ですか?」

 

「それでよろしく。いただきます、五月さん」

 

お辞儀をすると、五月は屋台に戻っていった。それを見送り、箸を取ってシュウマイを食す。

 

「すげぇ美味いな、やっぱり」

 

「まさかあの四葉にまで粉をかけているとは、恐れ入ったよ色男」

 

「いきなり人聞きの悪い事言わないでよ龍宮さん」

 

背後からの声にそちらを見ずに答える。笑いながら真名が正面へとやってくると、横には刹那もいた。

 

「相席いいか?」

 

「喜んで。どうも桜咲さん、ご無沙汰です」

 

「ど、どうも」

 

いつもの調子で向かいの席に座る真名と、どこか緊張気味に真名の横に座る刹那。言葉通り、しっかりと話すのは河童事件以来であった。

 

「あの…逢襍佗さん、あの件では大変お世話になりました。挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません」

 

「すべり台だけでそこまで言って貰えるんなら、何時でも出しますよ」

 

「えっと…そういう訳では…」

 

「刹那、逢襍佗はわかってやっているぞ」

 

真名を見てから祐を見るとその顔は笑っていた。刹那はムスッとした表情をする。

 

「人が悪いですよ、逢襍佗さん」

 

「すみません、どうも純粋な人にはちょっかいを掛けたくなる悪癖がありまして」

 

「ひどい奴だな」

 

「お前が言うな真名」

 

それに対して真名は肩をすくめた。刹那からの冷ややかな視線を感じつつ、テーブルに右肘を置く。

 

「それにしても逢襍佗、この間のはテレビで見ていたが流石に笑ったぞ。あんな芸当も出来たとはな」

 

「お褒め頂いて光栄です。でもあれに関しては頻繁に出したくないかな、目立ち過ぎるからね」

 

会話を挟みながらシュウマイを食べる祐。刹那はそれを見て随分と美味しそうに食べるなと思った。以前木乃香と話していた時、祐は美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があると言っていたがそれがわかった気がした。

 

「お前の力の事は噂程度に聞いてはいたが、まだ実際に戦っている所は見れていない。是非とも見てみたいものだ」

 

「運が悪ければその内見れると思うよ。龍宮さん悪運は強い方?」

 

「それなりにな」

 

「じゃあ大丈夫だ、そん時は色々と助けてね」

 

「それはお前次第だな。報酬を期待しているよ」

 

「俺の笑顔で手を打ちませんか?」

 

「そうなったらお前の敵が一人増えるかもな」

 

「こわっ」

 

最後の一つを食べ終え、手を合わせると刹那に話を振った。

 

「明日菜から聞いたよ、最近剣術を教えてくれてるんだってね。どう?明日菜は」

 

「まだ始めたばかりですが、一言で言えば素晴らしいものを持っています。とても素人とは思えません」

 

「それに、明日菜さんと鍛錬をしていると私自身気付かされる事が多くあります。私としてもあの時間はとても有益で」

 

そこまで話して祐が優しく微笑んでいるのに気付くと、刹那は少し顔を赤くした。

 

「な、何ですか…」

 

「なんかいいなぁと思ってね。俺がこんな事言うのは烏滸がましいけど、明日菜をよろしくね桜咲さん。貴女ならきっと大丈夫って今わかったよ」

 

屈託のない笑みを向けられ、刹那は思わず視線を逸らせた。

 

「おい逢襍佗、あまり同居人を攻めてくれるな。刹那は初心なんだ」

 

「う、うるさい!」

 

席から立って真名に詰め寄る。祐は顎に手を当てた。

 

「この時代にこんな擦れてない人は珍しい。桜咲さん…貴女は天然記念物だ、保護しなければならない。遵って僕の隣の席に座って頂けませんか?」

 

「何を言っているんですか!?」

 

そんな祐の肩に誰かが手を回す。

 

「おお~い逢襍佗!なんや桜咲口説いとんのかいな!生意気なやっちゃな~!」

 

「黒井先生…めっちゃ出来上がってますね…」

 

とんでもなくご機嫌のななこが回した手で肩をバシバシと叩いてくる。顔の赤さといい、足取りの覚束なさといい完全に酔っ払っていた。

 

「逢襍佗!私の前で不純異性交遊とはいい度胸じゃんよ!」

 

「うわこっちも出来上がってる!」

 

「逢襍佗君!あなたって子は騒動ばかり起こして!先生は悲しいわ!」

 

「高橋先生…貴女もか…」

 

ななこに負けず劣らずの完成度で乱入してくる愛穂と麻耶。三人から挟まれ祐に逃げ場は無かった。

 

「ごめんなさい逢襍佗ちゃん、以外と三人とも回るのが早くて」

 

「三人が早のもそうですけど、小萌先生が強過ぎるんですよ…」

 

「小萌先生見はた目にそぐわぬ酒豪ですからねぇ」

 

「見た目の事は言わないでください!」

 

三人に絡まれる祐を見て小萌としずなが酔っ払いの回収にやってくる。小萌はまったく酔っていないが飲んでいる量は二人よりも多かった。

 

「ほら三人とも、席に戻りますよ」

 

「堅い事言わんといてぇなしずな先生、逢襍佗のナンパしずな先生も気になるやろ~」

 

「あら逢襍佗君、ほどほどにね?」

 

「待ってくださいしずな先生!誓ってナンパはしていません!ところでよかったら一緒にお食事どうですか?」

 

「逢襍佗ちゃん、話がややこしくなりますよ…」

 

「やっぱりお前とはしっかり話しとくべきだ!来い逢襍佗!」

 

それを聞いていた愛穂が祐を拘束して自分たちの席に引っ張っていく。刹那は少々呆気にとられた表情でその光景を見ていた。

 

「あいつの周りはいつも賑やかだな、今の内に慣れておけよ刹那」

 

「…どういう意味だ?」

 

「あいつと関わるなら、あの輪に巻き込まれる可能性が高くなる。ああいう場の上手い躱し方でも教えておいてやろうか?」

 

「考えておく…」

 

気が付くと連行された祐は教員達が集まっている席で盛り上がっている。刹那と真名はその姿を目で追っていた。

 

「あいつは他と関わる事を楽しんでいるんだろう。それが出来る事を心からな」

 

「だがあいつから近付くのはある一定の所までだ。そこから先、あいつは距離を縮めるつもりが無い様に私には見える」

 

刹那は黙って真名を見る。真名は依然祐を見つめていた。

 

「理由はわからん。何かを恐れているのか、考えがあるのか」

 

刹那からしてもその理由はわからない。そもそも真名の勘違いと言う事も充分にある。だがその話は刹那には勘違いとは思えず、また他人事とも思えなかった。それは同様に真名にも当てはまる事でもあった。

 

 

 

 

「ん~?なんや今日はいつも以上に盛り上がっとるね~」

 

「明日から夏休みだからじゃない?先生達もいるみたいだし」

 

「うわ~、なんか良いですね!賑やかな夜の広場って!」

 

超包子にやってきた明日菜達は、その繁盛ぶりを目にした。周りを見ていると刹那達が目に留まる。

 

「あ~!せっちゃん!真名ちゃんも!」

 

「こんばんわ、お嬢様」

 

「近衛か、となると」

 

走って木乃香が刹那の座っている席に向かうと、椅子から立って刹那がお辞儀をした。遅れて明日菜達が席に来る。

 

「こんばんわ刹那さん、龍宮さん。二人も来てたのね」

 

「やぁ神楽坂、ネギ先生も。せっかくの夏休み前日だからな」

 

そう言いつつ真名が着席を手で促した。それに従って明日菜達が席に着く。

 

「ああ、そうだ。あっちには逢襍佗がいるぞ」

 

「祐が?…なんで先生達と?」

 

真名が指さした方向を見ると祐が楽しそうに教員達と食事をしていた。

 

「人気者だなお前達の幼馴染は。幼馴染としては気が気でないんじゃないか?」

 

「な、何言ってんの龍宮さん?ぜ、全然わけわかんないわ」

 

「そうか、それは失礼した」

 

「おい、真名」

 

「あはは、明日菜慌てすぎや」

 

顔を赤くする明日菜をネギは不思議そうに見ていた。すると祐が三人に気付く。

 

「あれ?おー三人ともお揃いで!」

 

こちらに向かってくるとネギの手を取った。

 

「ネギ!せっかくだから他の先生達と親睦を深めようじゃないか!少し借りてくな!カモ!お前も来い!」

 

「え?ゆ、祐さん!?」

 

(ああ!色白&褐色美少女が!…いや、あちらのお姉さん方もなかなか…)

 

カモが乗ったネギを小脇に抱えて席に戻っていく。明日菜と木乃香はその背中を暫く見つめて苦笑いした。

 

「あらら、ネギ君盗られてもうた」

 

「たく、突拍子もないんだから」

 

ネギを連れてきた事により、教員達の席がワッと盛り上がった。ネギは恥ずかしそうにしながらも席に着く。明日菜達はそれを笑顔で見つつ、料理を注文した。

 

 

 

 

様々な事が起こり、変わり始めた騒がしい一学期は終わりを迎えた。

 

そして、夏休みが始まる。



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眠りの街
始まる夏休み


晴れ渡る青空、辺りに建造物などは見えず澄んだ海が一面に広がっている。陽の光が降り注ぐ広場にネギは立っていた。その視線の先にいるのは茶々丸である。少し離れた場所にはエヴァとチャチャゼロ、そしてカモがいた。

 

「始めろ」

 

エヴァの号令と共に茶々丸の目からレーザーが発射される。ネギは横に転がる事でそれを避けつつ、視線は茶々丸から外さない。

 

「ラス・テル マ・スキル マギステル」

 

戦いの歌(カントゥス ベラークス)!」

 

ネギは体に魔力を纏い、続けて放たれるレーザーを回避していく。

 

「兄貴のやつ、呪文を唱えながらの動きがなかなかスムーズになってきたな」

 

「流石ハアイツノガキッテトコカ?」

 

エヴァは特に表情を変える事なくネギ達を見ている。

 

「確かにぼーやの潜在能力は大したものだ、間違いなく天才の部類だろう。だがそれだけだな」

 

「どう言う事っすかエヴァの姉御?」

 

カモを一度横目で見てから、ネギ達に視線を戻す。

 

「言葉通りの意味だ。今ぼーやにあるのは才能だけ、経験から何から全てが足りん。とは言え10歳の小僧、それは詮無き事か」

 

広場では茶々丸が動き出し、空中を飛びながらレーザーに加えてロケットパンチを放っている所だった。

 

「祐に付いて行けば嫌でも経験は積める。ついでにぼーやの覚悟に関してもどれ程のものか見れるだろう」

 

「覚悟って…」

 

「あいつの隣に立って戦うならそれ相応の覚悟は必要という事だ。別にぼーやにそんな義理はない、とっとと考え直した方が身の為だと思うがな」

 

カモは腕を組んでから頭を捻る。

 

「なぁ姉御、あんたはダンナの師匠で保護者なんだろ?」

 

「それがどうした」

 

「どうも兄貴を始め、姐さん達をダンナから遠ざけようとしてる様に見えるんだが…俺っちの勘違いですかい?」

 

「さてな。ただ、そう思って貰っても一向に構わん」

 

食えないなと思う。相手は600年を生きる真祖の吸血鬼だ、そう簡単に考えが掴めるなどとは思ってはいなかったがそれにしても読めない。

 

エヴァと祐の間には確かに強い繋がりがあるのは間違いない。だから祐を独占したいと思っているのかとも考えたが、その考えはどうもしっくりこなかった。

 

「ブフゥ!」

 

気が付くとロケットパンチがネギの頬に直撃した。それを合図にエヴァが手を叩き終了を知らせる。茶々丸はネギに駆け寄った。

 

「すみませんネギ先生、大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈夫ですよ茶々丸さん。なんせ修行ですから、むしろお付き合い頂いて感謝してます」

 

「いえ、それこそお気になさらず」

 

差し出された手を取り、ネギが立ち上がる。エヴァが腕を組んだまま歩いてきた。

 

「まだ短いが、当初に比べれば多少は逃げられる様になったか。次の段階に進んでもいいだろう」

 

この茶々丸からの攻撃に反撃せず逃げ続けるという修行は、始めた頃には数十秒と保たなかったが今では多少時間を稼げる様になった。まだ一ヶ月も経っていないがその成長速度は常人のものではない。

 

「本当ですかエヴァンジェリンさん!」

 

「言っておくがまだスタート地点にも立てていないぞ、ぬか喜びするな」

 

「は、はい。すみません…」

 

ネギは一瞬で肩を窄める。見かねたカモは声を掛けた。

 

「姉御、兄貴は充分やってるじゃないっすか。まだ始めたばっかっすよ?」

 

「私に口答えする様ならチャチャゼロのおもちゃにするぞ」

 

「オッ、ナンダカモミール。オレト遊ビテェノカ?」

 

宙に浮いた状態でスッと近寄ると、自身の身長より僅かに大きなナイフを出現させ両手に持った。

 

「いやぁ!やめて!狩られたくないっ!」

 

全力でチャチャゼロから離れてネギの肩に飛び乗る。ネギは苦笑いだ。そんな時、チャチャゼロの持つナイフは僅かにだが光を纏っているのをネギが気付く。その光は間違いなく虹色の光だった。

 

「チャチャゼロさん、その光って…」

 

「チャチャゼロは魔力によって動くが、私が力を抑えられている影響でここ以外では満足に動けなかった。それを見て祐が勝手にこいつに力を流したのさ。この光はその影響だろう」

 

「オモシレェダロコレ?アイツミタイニ光ヲドウコウッテノハデキネェガナ」

 

言いながらナイフを回すとそれに沿って光が残像を作る。ネギとカモはそれを感心した様に見つめた。

 

「そんな事も出来るんですねぇ」

 

「ほんとだぜ、あの光は逆に何が出来ねぇんだ?」

 

「それがわかったら苦労せん。あいつが勝手な事をしたお陰で、こいつは常時動き回るわ飛び回るわでこちらとしてはいい迷惑だ」

 

「妬クナヨ御主人」

 

「妬いとらんわ!」

 

 

 

 

 

 

「一旦休憩にしましょう」

 

「了解。ふ〜、にしてあっついわねぇ」

 

「夏本番ですからね」

 

女子寮の前の芝生広場で打ち合いをしていた明日菜と刹那が木陰へと向かう。向かう先でそれを見ていた木乃香が二人にタオルを差し出した。

 

「はいどうぞ〜」

 

「ありがと木乃香」

 

「ありがとうございますお嬢様」

 

昨日の超包子にて、剣術の指南を刹那から受けている事を木乃香に話した。魔法の事は言えずとも、それぐらいは問題ないだろう思ったからだ。

 

「にしても凄いなぁ二人とも。ウチには絶対無理や」

 

「木乃香は私に出来ない事沢山出来るじゃない、これぐらいは私に勝ち譲ってよ」

 

「明日菜は運動神経以外だと…うん!人それぞれやもんな!」

 

「なんだとこいつ〜!」

 

「きゃ〜」

 

大袈裟に構えて追いかけると楽しそうに木乃香が走っていく。刹那はそんな二人を微笑んで見つめた。

 

(しかし、明日菜さんは本当に目を見張るものがある。今まで一度も戦闘経験がない一般人とは思えない程の。何か理由があるのか?)

 

「せっちゃ〜ん助けて〜」

 

「えっ?」

 

明日菜から逃げる木乃香が刹那の背中に隠れる。一人考え事をしていた刹那はすぐに反応できなかった。

 

「木乃香、刹那さんに頼るの反則!」

 

「そこまで言われちゃしゃあない!相撲で決着つけよか!」

 

少し腰を落として気合充分に構える木乃香を見て、明日菜は何とも言えない顔をした。

 

「木乃香…最近あいつの影響強く受けてきてない…?」

 

「それは由々しき事態です。お嬢様、少しお話をしましょう」

 

刹那の目は真剣そのものだった。彼の事は好ましく思っている部分もあるが、木乃香が彼から受けている影響はとてもでは無いが好ましいものとは言いづらい。取り返しが付かなくなる前にしっかりと話し合うべきだろう。

 

「のこったのこった〜」

 

「お嬢様⁉︎」

 

「話を聞きなさい話を」

 

突如刹那の腰に腕を回して距離を詰める木乃香。相撲と言うよりただじゃれついているだけだが、早くも押し出しによる決着がつきそうである。そんな二人を明日菜は少し呆れた目で見た。

 

 

 

 

 

 

所変わって麻帆良市の外れにある山寺『柳洞寺』に祐は来ていた。というのも少し前にここで発見された日本刀を見る為だ。現在は寺の中で丁寧に保管されている日本刀を、この寺を実家に持つ友人である柳洞一成付き添いの元鑑賞させて貰っている。

 

「は~、どんなもんかと思ったが随分長いなこりゃ」

 

「長さは約1.5メートルだ。日本刀は数あれど、こんな長さのものはそう無いらしい」

 

興味深そうに刀を見つめる祐は一成には少し意外に映った。

 

「少々意外だな、逢襍佗がこういった物に興味があるとは」

 

「日本刀マニアって訳じゃないけど、なんだかすごく気になってね。せっかくだから友人のコネを使って見せて貰おうと思ってさ」

 

「まぁ、別に見せるぐらいはかまわんが」

 

「長い日本刀ってのは武器としてはどうなんだろうな?」

 

「鑑定に来た人物からすれば、誰にでも扱える代物ではないと言っていた。持っていたのは余程の物好きか、常軌を逸した達人かの二択ともな」

 

腕を組んで少し考える顔になると、一成に視線を向ける。

 

「一成はどっちだと思う?」

 

「ここで発見されたとなると、持ち主は柳洞寺と何かしら縁がある人物という事も考えられる。従って俺個人の望みとしては達人であってほしいな」

 

「なるほど…うん、俺も達人の方がいいな。そっちの方がロマンがあるし」

 

そう言って笑顔を見せた後再び視線を刀に移し、様々な方向から眺める祐。その後ろ姿を見ながら一成は少々遠慮気味に口を開いた。

 

「その、逢襍佗…どうだ最近」

 

「どうした一成?何話していいかわからない父親みたいなこと言って」

 

一成はメガネの位置を直しつつ答える。

 

「ここ最近の多発した事件、トラブル体質のお前が巻き込まれてやしないかと気になってな」

 

祐は屈んだ姿勢から立ち上がると、一成と向き合う。

 

「いくら何でも心配し過ぎだよ、何かあるのは基本学園の外でしょ?」

 

悩ましい顔をする一成。自分でも何と言えばいいのか今一わからないといった雰囲気に見える。

 

「俺自身上手く言葉に出来ないんだが、お前は…放っておくと何処かにふらっと消えそうな危うさがある」

 

「他の人にも言われたけど、俺ってそんなに危なっかしいかな?」

 

「あの衛宮も言っていたぐらいだ」

 

「嘘だろ…それを士郎に言われるとか俺終わってんな…」

 

「あんまりな言い方だな、気持ちはわからんでもないが」

 

祐は苦笑いを浮かべる。自分の力を明かしたあの日、木乃香は急に自分が居なくなるのを心配していた様子だった。他の友人にも思われていたとは少々自分を見つめ直すべきかと考える。

 

「もう少しみんなに安心してもらえる様に頑張るわ」

 

「何を頑張るかは敢えて聞かんでおこう」

 

 

 

 

 

 

それから二人はその場を後にし、街へと続く長い階段の前にいた。

 

「付き合ってもらって悪かったね。おかげで良いもの見れたよ」

 

「それは何よりだ」

 

「ありがとな、一成」

 

一呼吸置いてからの一言に、一成は祐の顔を見た。

 

「なんだ改まって」

 

「心配してくれてたみたいだからさ。悪いとは思うけど、心配してもらえるってのは嬉しいもんだ」

 

笑顔を向ける祐に一成は軽く笑った。

 

「お前は問題児だが悪い奴ではない。友人として心配ぐらいする」

 

「俺は問題児ではない」

 

「そこを頑なに認めないのは相変わらずか…」

 

呆れた顔をする一成。少し合わない内に多少雰囲気が変わった様な気がしたが、大本は変わっていないという事がわかった。それが良いのか悪いのかは置いておく事にしようと思う。兎にも角にも我が友人は相変わらずだ。

 

「それじゃ、また来るよ」

 

「ああ、大したもてなしは出来んがな」

 

「そんなのいいさ、俺は一成に会いに来てるんだから」

 

「今の言葉、言ったのがお前でない、もしくは言われたのが俺でなければもう少し華やかだったろうな」

 

「キュンときたろ?照れんなよ」

 

「逢襍佗。この階段、転がった方が早いと思わんか?」

 

 

 

 

 

 

一成と別れ、しっかりと歩いて階段を下りる祐。すると少し先に男性が登ってくるのが見える。相手は祐もよく知る人物だった。

 

「葛木先生、こんにちは」

 

「逢襍佗か」

 

彼は学園の教員である『葛木宗一郎』、現代社会と倫理を担当している。二年ほど前から柳洞寺に客分として居候している。寡黙を絵にかいたような男性で、口数は少なくお世辞にも愛想が良いとは言えないが生徒や同僚からの評価はそれなりに高かった。

 

「何か用事か?」

 

「一成に頼んで例の日本刀を見せてもらってたんです」

 

「そうか」

 

彼が必要以上に話そうとしない人物である事は祐も重々承知している。お辞儀をすると祐は階段を降りていった。

 

「逢襍佗」

 

「はい?」

 

後からの声に振り向く。宗一郎は感情の読み取れない目で祐を見ていた。

 

「夏休みだからと言って、あまり遅くまで出歩かないようにな」

 

「お任せください、何せ僕は優等生ですからね!」

 

「……気をつけて帰れ」

 

言われた宗一郎は祐から目線を逸らし、喉まで出かかった言葉を飲み込んでからそう告げて歩き出した。

 

(もしかして葛木先生にも問題児だと思われてるのか…?)

 

そう思ったがその背中に声を掛ける事はしなかった。

 

 

 

 

 

 

夕刊の配達を終え、自室へと帰ってきた明日菜。キッチンを見ると何やらご機嫌の木乃香が夕食を作り始めている。テーブルにはネギとカモ、そして刹那の姿が見えた。

 

「あっ、おかえりなさい明日菜さん!」

 

「おかえりなさい明日菜さん。お邪魔してます」

 

「うん、ただいま。いらっしゃい刹那さん、どうしたの?」

 

「本日、お嬢様に招待頂いたので」

 

そこで明日菜に気が付いた木乃香がこちらに来る。

 

「おかえり明日菜~。もうすぐ祐君も来るから支度してな~」

 

「へ?なんて?」

 

「あれ?言うてへんかったっけ?今日祐君うちに食べに来るって」

 

瞬間明日菜が慌てだす。

 

「聞いてないわよ!そういう事は前もってちゃんと言ってよね!」

 

「すまんすまん、でも前も来た事あったやろ?」

 

「そうじゃなくて!夏で汗だって沢山かいてるし!と、取り合えずシャワー浴びてくる!」

 

着替えからその他諸々を抱え込んでシャワールームへと消えていった。

 

「明日菜さんどうかしたんですか?」

 

「急いでいる様でしたが、私にも詳しくは。夕食の前にシャワーを浴びたかったのでしょうか?」

 

(だめだこりゃ…)

 

この部屋で明日菜の乙女心を理解しているのはカモだけだった。

 

 

 

 

 

 

怒涛の速さでシャワーを終えた明日菜が髪を乾かしながらネギに聞く。

 

「そう言えば今日もエヴァちゃんのとこ行ってたんでしょ?なんか変な事されてないでしょうね」

 

「されてませんよ…。明日菜さんエヴァンジェリンさんの事どう思ってるんですか?」

 

「どうって…」

 

そう聞かれると明日菜自身も答えられない事に気が付いた。勿論嫌いという事は無いが、それでも形容しがたいものがあった。それ自体を言語化する術を明日菜は持っていない。頭を悩ませていると刹那が明日菜に耳打ちをする。

 

「ネギ先生はエヴァンジェリンさんの元で魔法の修業を?」

 

「うん、でもまだ基礎の事しかやってないって言ってた」

 

「なるほど…」

 

そこでふとベランダを見ると、何やら肘をついて決めポーズを取りながらこちらを見ている祐が目に入った。冷めた目を向けつつ、窓を開ける。

 

「来たんなら言いなさいよ」

 

「気が付かれるのを待ってた。そっちの方が面白いと思ったから」

 

「どんぐらい待ってたのよ…」

 

「10分ちょっと」

 

「馬鹿じゃないの?」

 

「辛辣だな明日菜、でも嫌いじゃないぞ」

 

「あっそ…」

 

ベランダから入り、ネギ達と挨拶を交わす。

 

「祐君いらっしゃ~い」

 

「お呼び頂いて感謝致します。早速ですが本日は何ですか?」

 

「今日は~…ハンバーグや!」

 

「やったーーー!キモチィィィィ!!」

 

「うるさいわ!周りにバレるでしょ!」

 

「一気に賑やかになりましたね…」

 

「まぁ、祐さんですから」

 

 

 

 

 

 

料理を並べ、全員がテーブルに着いて手を合わせてから食事を開始する。祐は黙々と料理を平らげていく。

 

「ほんとあんたよく食べるわね」

 

「美味しそうに食べてくれるから見てて楽しいわ」

 

「食べ盛りですから。そもそも美味いしな、木乃香の料理」

 

「嬉しいわぁ祐君。超包子とどっちが好き?」

 

「…ネギ、ちゃんと食ってるか?成長期なんだからしっかり食べなきゃだめだぞ」

 

「は、はい…」

 

「露骨に話題を逸らしましたね」

 

「桜咲さん、木乃香と明日菜どっちが好き?」

 

「…お嬢様、この料理大変おいしいです」

 

「ねぇ、ギスギスするのやめてくれる?」

 

 

 

 

 

 

食事を終え、今は自ら買って出た祐とネギが皿洗いを隣り合ってしていた。明日菜達はテーブルで話しながらテレビを見ている。

 

「どうだいネギ、修行の方は」

 

「大変なのは間違いないですけど、それ以上に充実してます。とは言ってもまだスタート地点にすら立ててないって言われちゃいましたけど」

 

苦笑交じりに言うネギを見て祐は笑った。

 

「気持ちは逸るものだからね、焦るのも無理ないよ。俺も修行を始めた頃は焦りまくりだった」

 

「祐さんもですか?」

 

「勿論、落ち着きが無さ過ぎるってよく怒られたよ。急ぎ過ぎて今が何も見えてないって」

 

ネギは祐を見つめる。祐は手元に目線を置き、作業を止めず続けた。

 

「俺は未だに視野が狭いからさ、広く見るって事が苦手なんだ。その点、ネギは俺よりよっぽど利口だし飲み込みも早い。ぼーっとしてるとすぐ抜かされちゃうな」

 

「そんな…僕なんかまだまだで…」

 

そこでお互い皿洗いが終わった。祐は手を拭いてネギの頭を撫でる。大きな手だ、そこから伝わるものにネギは安心を覚えた。

 

「おまけに謙虚ときた。俺はネギと兄弟弟子になれて嬉しいよ」

 

ネギは顔を赤くする。むず痒いが決して嫌な感覚ではなかった。

 

「僕も、その…祐さんと兄弟弟子になれて嬉しいです」

 

「かわいい奴だなお前は!」

 

「えぇ!?」

 

唐突にネギを抱きしめるとネギはどうしていいかわからず、あたふたし始めた。

 

「仲ええなぁ」

 

「何やってんのよあいつは…」

 

三人がその姿を見ているとチャイムが鳴った。

 

「ん?誰やろ」

 

「私が出ます」

 

刹那が立ち上がり、玄関に来ると覗き窓から外を確認する。いたのはハルナ・のどか・夕映の三人だった。不思議に思っていると隣に明日菜が来ていた。

 

「だれ?」

 

「ハルナさん達です。何か用事でしょうか?」

 

明日菜も首を傾げる。祐は中にいるがそのままにしておく訳にもいかないのでチェーンを付けた状態でドアを開けた。

 

「みんなしてどうしたの?」

 

「おっす明日菜。さっきからラブ臭が漂ってるんだけど、この部屋からな気がするから開けて?」

 

「何言ってんの!?」

 

まったく要領を得ない発言にそう返すとハルナがドアの隙間に足を入れる。宛ら悪徳セールスである。

 

「このチェーンは何かな明日菜?見られて困るものであるのかなぁ?」

 

「何という悪人の面構えなんだ…」

 

クラスメイトの見せる表情に刹那は戦慄した。この顔はやろうと思っても出来るものではない。

 

「べ、べつに?…あっ!ほら、今日は刹那さんがいるしそれじゃないかな!何てったって木乃香とラブラブだし!」

 

「明日菜さん⁉︎」

 

「いや違う。もっとこう攻めと受けがはっきりしてた」

 

「何よ攻めと受けって!」

 

「知りたい?」

 

「…やめとく」

 

本能的に回避した明日菜の選択は間違いではない。何せ明日菜はこういった系統の話が苦手であった。

 

「ハ、ハルナ…そろそろ戻ろう?」

 

「何言ってんの!今は夏休みよ⁉︎ここで諦められないでしょ!」

 

「……わかんないよぉ」

 

ハルナの言った事を何とか読み取ろうと思考を巡らせるが、のどかには理解不能だった。そもそも言っている本人もよくわかっていない。

 

「明日菜さん、こうなったハルナは気絶でもしない限り止まりません。扉を開けるかしばくかの二択です」

 

「夕映ちゃん意外とバイオレンスね…」

 

この業況をどうしたものかと考えていると、その原因とも言える祐が玄関に来ていた。

 

「どうも皆さん、こんばんわ」

 

「あっ!ちょっと!」

 

ハルナ達三人が呆けた顔をする。女子寮の一室から祐が出てくれば当然の反応ではあった。

 

「明日菜…あんた達そこまで進んでたの…」

 

「これは流石に予想外です」

 

「あの、この事は秘密にしておきますから…」

 

「違う違う!よくわかんないけど絶対勘違いしてる!」

 

「立ち話もなんだし上がってってよ」

 

「ここ私達の部屋なんだけど⁉︎」

 

「木乃香〜?いいよね?」

 

「ええよ〜」

 

「…」

 

「てな訳でどうぞ」

 

チェーンを外し、ハルナ達を招き入れる。

 

「それじゃお邪魔しま〜す!」

 

「「すみません…うちのハルナが…」」

 

リビングへと向かうハルナ達を見送ってから、明日菜が祐に視線を移す。

 

「なんで出てきちゃったのよ…」

 

「そっちの方がいいかなって思って。それに、心配ないよハルナさん達なら」

 

そう言った祐は冗談で言っている様には見えない。明日菜はそれが気になった。

 

「何かやけに信用してない?パル達のこと。またいつもの勘ってやつ?」

 

「それもあるけど、ハルナさんに関しては根拠的なものもあるからね」

 

「根拠?何よそれ」

 

祐は明日菜と刹那に近寄ると小声で話す。

 

「たぶん、ハルナさんは俺の力の事気づいてる」

 

驚いて声を上げそうになる明日菜を口を、同様に驚きつつも刹那が手で塞ぐ。

 

「何故です?」

 

明日菜の代わりに刹那が質問した。それに同意する様に口を塞がれた明日菜は首を縦に振っている。

 

「見られた訳でもないし、直接聞かれた訳でも言った訳でもない。でもあの後話してて感じたんだ、恐らく感づいてるだろうなぁって」

 

確信めいてそう話す祐に二人は何も言わなかった。

 

「でも周りにその事を言ってないみたいだし、俺は何も聞かれてない。だから大丈夫だよ」

 

もう問題ないだろうと刹那が手を離すと、明日菜が口を開く。

 

「言い触らされてたらどうするつもりだったのよ…?」

 

「そん時はそん時さ。この事を知ってどうするか、どう思うかはその人に任せる。俺はそれを受け入れるよ、どんな結果になってもね」

 

笑顔で言っているが、きっとこれは昨日今日決めた事では無いのだろう。もしかすると明日菜に明かしたその日から決めていたのかもしれない。少なくとも二人にはそう感じられた。

 

「さっ!堅っ苦しい話はここまでにして、俺は女子会に紛れ込んで世の男性達を嫉妬で狂わせてくるぜ」

 

そう言ってリビングに向かう祐。明日菜は黙ってその姿を見つめた。

 

「何となく、明日菜さん達の気持ちがわかってきた様な気がします」

 

隣の刹那に視線を向けると、刹那も同様に祐を見ていた。やがて刹那が明日菜の方を向く。

 

「あの人は放っておけない。力が強いとか弱いとかそういう事ではなく、とても心配になる人です」

 

明日菜はそれに笑顔を見せた。

 

「刹那さん、それ正解」

 

返された言葉に刹那も笑う。また一つ二人の仲が深まった瞬間だった。

 

「木乃香~、あんたも隅に置けないわねぇ。男子二人を侍らせるなんて」

 

「ややわぁハルナ、人聞きが悪い事言わんといてぇな。ネギ君はいつも一緒に暮らしとるし、祐君とは昔からの幼馴染やから」

 

「おのれ!勝ち誇った顔を…!」

 

「強者の余裕というやつですかね」

 

「何に対しての強者なのかな…」

 

「木乃香は強いよ、俺も頭上がらんし」

 

「逢襍佗さんは基本誰にでもそうでは?」

 

「なかなか言うじゃないか、ゆえきっちゃん」

 

「何ですかその呼び方は…」

 

楽しそうに会話をする祐達を見て明日菜は呆れつつも表情は柔らかいものだった。

 

「私達も行こっか」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

「そんでみんな寝ると」

 

「皆さんはしゃいでましたから」

 

あれからテーブルを囲んで話し込み、現在時刻は3時を回っていた。祐と刹那以外の全員は力尽きてそのまま雑魚寝している。

 

「みんな無防備だな、ネギはともかく俺もいるのに」

 

「信頼されているんですよ、きっと」

 

「ではその信頼を利用させて頂いて」

 

「逢襍佗さん、斬りますよ?」

 

明らかに目が本気だったので素直に座り直した。いくら何でもここで刀の錆にはなりたくない。

 

「桜咲さん、一ついい?」

 

「何でしょうか?」

 

「俺ってさ、危なっかしいかな?」

 

祐からの質問に少し目を見開く。

 

「自覚があったんですか?」

 

「いや、まったく。てかそう言うって事は桜咲さんにもそう思われてたのか…」

 

うなだれた様に肩を落とす。その状態で頭を掻くと寝ている木乃香を見た。

 

「前に木乃香に聞かれたんだ、どこかに急に居なくなったりしないよねって。今日会った男の友達にもふらっと消えそうな危うさがあるって言われた」

 

「別に俺はどこかに行くつもりなんてないんだけど、どうしたもんかなぁと思ってさ」

 

手持ち無沙汰になったのか、祐は横で寝ているネギの頭を優しく撫でる。撫でられたネギはどことなく心地よさそうに見えた。

 

「逢襍佗さんは…もしそういう状況になったら、みんなから離れる選択を取りますか?」

 

自分でも余りに突拍子もない質問だと思う。言葉が足りなさ過ぎる気もするが、すっと口から出てしまった。

 

祐は刹那から視線を外し、少し考える。暫くして答えが出ると、思わず自分で苦笑してしまった。

 

「取るだろうね、離れるって選択を」

 

祐をまねた様に、刹那は横で眠る木乃香の頬にそっと触れた。

 

「もしかすると…どこかでそれに感づいているのかもしれません。お嬢様だけでなく、明日菜さんも雪広さんも」

 

「だから、きっと心配なんです。貴方の事が」

 

刹那の視線を受け、祐は寝ている明日菜達を見る。

 

「…みんな鋭いからなぁ。俺なんかよりずっと色んなものが見えてる」

 

明日菜達を見ている様で、その瞳は別のものを見ている様に刹那には感じられた。それが何かまでは、到底わからないが。

 

「私は、お嬢様達に一つ頼み事をされています」

 

刹那の言葉に祐は視線を向ける。刹那はそれに真っすぐ見返した。

 

「貴方が無茶しないかどうか、私にも見張っていて欲しいとの事でした。何せお嬢様達ての頼みです、無論私はそれをお受けしました」

 

「逢襍佗さん、貴方の事は私も見ています。貴方には監視の目が多い方がきっといい。そうすれば、貴方はもしもの時に立ち止まる時間が長くなる。その隙に私達が貴方を取り押さえてしまえばいい」

 

祐は暫く刹那を見つめると、周りを起こさない様に声を殺して笑い出した。余程愉快だったのか肩が上下に揺れている。

 

「参ったなこりゃ、逃げたくても逃げられそうにない」

 

額を手で覆いつつ笑う。少し落ち着くと胡坐をかいた両ひざに手を置いて頭を下げた。

 

「それじゃ頼むよ桜咲さん。俺の監視、貴女にも任せた」

 

「委細承知しました」

 

刹那は姿勢を正し、その依頼を受けた。祐は顔を上げると人差し指を上に向けて刹那に見せた。

 

「一つ、こちらからもお伝えしておきます。刹那さん、これからは俺も貴女を見ます」

 

その言葉に、今度は大きく目を開いた。それだけ予想外だったからだ。

 

「木乃香とは幼馴染ではありますが、貴女達二人の関係に関しては出過ぎた真似はしないよう心がけていました。でも、貴女が俺の世話を焼いてくれるのなら話は変わります」

 

「例え貴女が木乃香達から離れようとしても、俺が貴女を逃がしません。世界中のどこへ行っても必ず見つけ出して連れて帰ります」

 

唖然とした顔をする刹那。少しして整理が追いついたのか、徐々に困った様な表情を浮かべた。

 

「それは…困りましたね。まさか逃げ道を断たれるとは…」

 

「折角です、持ちつ持たれつで行きましょう」

 

そう言って普段通りの笑顔を見せる祐。釘を刺しておくつもりが同じ様に刺されてしまうとはまさかだった。それでも嫌悪感は無い。それもどこか刹那には不思議だった。

 

「ま、俺がどうこうしなくても木乃香達で何とかするでしょうけどね」

 

改めて横にいる木乃香を見る刹那。木乃香へと向けたその表情は祐に途轍もなく美しく映った。

 

「う~ん…ラブ臭が…渋滞してる…」

 

思わず刹那の肩が跳ね上がる。声の主は寝返りを打ったハルナだった。本人は未だ夢の中だが大きく跳ねた二本のアホ毛が忙しなく動いている。

 

「どうやって動いてんだこのアホ毛?」

 

「そもそも彼女は超感覚でも保持しているのでしょうか…」

 

 

 

 

 

 

「…ん?う~ん…」

 

時刻は6時。寝ていた木乃香が目を覚ました。辺りを見渡すとまだ他のメンバーは眠っている。

 

「お嬢様、おはようございます」

 

「あ、せっちゃん。おはよ~」

 

横に座る刹那が木乃香に声を掛ける。目を擦りながら体を起こすと、祐の姿が無い事に気が付く。

 

「あれ、祐君は?」

 

「少し前に帰られました。改めて直接言うとは言っていましたが伝言を頼まれています。『料理美味しかった。ありがとう』と。…それともう一つ」

 

木乃香は首を傾げる。刹那はその姿に少し微笑んで続きを話した。

 

「『ちゃんとここに帰ってきたいと思ってる。ここが俺の居場所だから』だそうです」

 

木乃香は少しの間固まると、僅かに目を潤ませた。

 

「なんや、祐君にはお見通しかぁ」

 

嬉しそうな表情を浮かべ、木乃香は刹那の膝に頭を乗せる。それに驚きながらも、今は大人しくそのまま木乃香の頭を撫でた。

 

(安請け合いをし過ぎたかもしれません。これは簡単な依頼ではありませんね)

 

そう思う刹那だったが、その言葉に反して表情は晴れやかだった。



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熱戦・タライ流し祭り

「まき絵〜そろそろ起きぃな」

 

「まだ寝るぅ」

 

時刻は8時。夏休みには入ったが、亜子は生活サイクルを変えず規則正しい生活を送っていた。しかし同室のまき絵はそうはいかず、部活動がある時以外は自堕落な生活を満喫している。

 

「もう、夏休みやからってだらけ過ぎてたらあかんよ?」

 

「私は今しか出来ない事をしてるんだよ。そうだよ、私は何も間違ってないよ」

 

「あかんわこれ…」

 

再びベットに体を預け、至福の表情を浮かべる。この顔を見ていると甘やかしてやりたい気持ちになるが、甘やかすだけが愛ではない。とは言え武力で訴え掛けるのは亜子が最も苦手とする事だ。従ってエサで釣る事にした。

 

「なぁまき絵、今日は予定ないやろ?ちょっと外に遊びに行かへん?」

 

「いく!」

 

「ほんなら起きて朝ごはん食べなあかんな」

 

「は〜い!」

 

素早く体を起こすとベットから出て洗面台へと向かう。その背中を眺めつつ、亜子は少し親友の今後が心配になった。

 

 

 

 

 

 

朝食を食べ終え、支度を済ませた二人は街へと繰り出す。特に予定は決めておらず、取り敢えず外に出た形であった。

 

「裕奈もアキラも部活なの残念だね〜」

 

「まぁ、しゃあないよ。突発やったし」

 

会話をしながら歩く二人は、通りがかった公園に人だかりができているのを見る。

 

「人多いな、なんやろ?」

 

「行ってみようよ」

 

人だかりに少し近づくとそこには掲示板があり、周りにいる人達は貼ってあるポスターを見ている様だった。その少し先にテントがあり、何やら受付をしている。ポスターを詳しく見ようと歩みを進めると、周りから頭ひとつ抜けて背の高い知り合いを見つけた。

 

「あっ、逢襍佗君だ」

 

「ほんまや」

 

まき絵は後ろから駆け寄ると、少し背伸びをして祐の肩をトントンと叩いた。

 

「やっほ〜逢襍佗君」

 

「ん?おお、佐々木さん。和泉さんもどうも」

 

「こんちわ逢襍佗君。何見とったん?」

 

聞かれた祐は貼ってあるポスターより少し小さなチラシを二人に見せた。

 

「「タライ流し祭り?」」

 

「うん、なんか今から大きなタライに乗ってそこの川を下るんだって。レースらしくてさ、一位になったら麻帆良市で使える商品券が貰えるとの事です」

 

チラシを見ながら祐から説明を受ける二人。亜子がまき絵を見ると、その目は輝いていた。

 

「面白そう!私やりたい!」

 

「やっぱり…」

 

思った通りの反応だった。そして次の流れも大方予想できる。

 

「亜子もやろう!」

 

ここまで全て予想通りだ。こんな話を聞いたらまき絵なら食いつくに決まっている。そして自分が巻き込まれる事も。

 

「う、ウチはええよ…」

 

「え〜、そんな事言わずにやろうよ〜」

 

「あっ、ほら!参加人数は三人て書いとるし」

 

「お願いね逢襍佗君!」

 

「当たり前だよなぁ!」

 

「……」

 

亜子はそこで色々と諦めた。

 

 

 

 

 

 

テントで参加手続きを終えた祐達は参加者達が集まる広場に来た。

 

「只今より開会式を始めますので参加者の方は集まってくださーい」

 

係員の声に多くの人が集まってくる。想像よりもその数は多かった。

 

「結構参加する人いるんだね」

 

「賞品あるからやろか?」

 

「それに加えてみんなイベント事好きだからね」

 

三人が話しているとレースの説明が行われる。内容は至ってシンプルであり、川を下りゴールを目指すと言うもの。参加者同士の妨害行為は禁止だが運営側が用意したトラップや障害はある為、それらをくぐり抜けながらのレースとなるそうだ。落ちても復帰は可能で、三人一緒でなければゴール扱いにはならない。

 

「トラップ…なんか嫌な予感…」

 

「お祭りなんだから大丈夫だって!」

 

「なんかあっても安心して!死ぬ時は一緒だ!」

 

「そこは嘘でも守るって言って欲しかったわ」

 

「それでは続きまして、タライ流し祭り会長にして前回優勝者の多良井紀夫からのご挨拶です」

 

その紹介と共に一人の中年男性が舞台に上がった。

 

「え~先程ご紹介に預かりました、多良井(たらい)紀夫(のりお)です」

 

(たらいのりおって…)

 

(まんまやん…)

 

(名前に人生縛られてそうだな)

 

名前を聞いた全員が同じ様な事を思っていた。話に耳を傾けつつ名前負けをしない為に努力を続けたであろう彼の心情を想像し、祐は少し切なくなった。

 

「それと私事でございますが今年ヘルニアを患いまして、レースに参加は出来ませんが皆さんの熱いレースを期待しております」

 

(切実や…)

 

 

 

 

 

 

 

開会式が終わると荷物などを係員達に預け、参加者達が川に浮かべられた木製のたらいへと向かう。

 

「おっきいね」

 

「三人乗りやからなぁ」

 

「アアッ!」

 

「「なんで⁉︎」」

 

たらいに乗ろうとした祐が足を踏み外して川へと飛び込んだ。川に落下した速さは間違いなく一位である。

 

「早速トラップかよ…こんなのってないよ!」

 

「ちゃうやろ…」

 

「も〜何やってるの逢襍佗君」

 

手を差し伸べるまき絵。しかし足を滑らせ祐に飛び掛かる形で川へと向かった。

 

「や〜ん!」

 

「ぐわぁぁ!」

 

まき絵を受け止めはしたものの、背中から倒れて二人仲良く水没する。

 

「なんて大胆なんだ佐々木さん!公共の場で押し倒すなんて!受けて立つぞ!」

 

「違うよ!そんなつもりじゃないもん!」

 

「弄ばれた…許せねぇな」

 

「えぇ…」

 

そんな事を言いつつ抱き合ったまま川に浮かぶ二人に亜子は白い目を向けていた。

 

「もう嫌やこのチーム」

 

 

 

 

 

 

多少のアクシデントはあったが、何とかタライに乗りスタート地点に着いた。

 

「もうずぶ濡れだし、怖いもの無しだよ!」

 

「この時点で濡れてるの二人だけやもんな」

 

「和泉さんなんで濡れてねぇの?」

 

「それが普通なんよ」

 

少し先の橋の上から係員が合図用のスターターピストルを掲げた。

 

「いよいよだね」

 

「見てやがれ…どんな卑怯な手を使ってでも、俺一人だけでもゴールしてやる…」

 

「逢襍佗君、説明聞いとった?」

 

係員が引き金を引き、乾いた音が響き渡る。それを合図に一斉にタライが進み始めた。

 

「うわっ!みんな速い!」

 

「結構マジやな…」

 

参加者達は懸命に櫂でタライを漕いでいる。数名は既にだいぶ先へと進んでいた。

 

「道中にはトラップもあるんだし、まずは俺達のペースで行こう」

 

「オッケー!」

 

祐達は周りに流される事なく、堅実に進む事にした。すると先頭を進んでいたタライが下から噴き上がる水に押されてひっくり返った。

 

「「「オアーー‼︎」」」

 

屈強な男達が断末魔を上げながら川へと落ちていく。対して観客は歓声を上げた。

 

「なんやあれ⁉︎」

 

「トラップってあんなのもあるの⁉︎」

 

「手が込んでんなぁ」

 

前を進んでいた者達が軒並み転覆していくのを尻目に、後ろから来た参加者達は噴出した場所を冷静に見極めて進んでいく。すると第一のトラップから少し先で、大砲の様な物がその発射口を川へと向けていた。

 

「えらい物騒なのが見えるんやけど…」

 

亜子がそう呟いた瞬間、大砲からバレーボールが発射される。無差別に発射されたバレーボールは一直線に飛び、水飛沫を上げる物もあれば参加者に直接襲いかかる物もあった。

 

「ギエー!」

 

「アーー‼︎」

 

レース場は一瞬にして死屍累々たる様へと変化し、観客達は盛り上がっている。見る方はいいが当事者からすれば堪ったものではない。

 

「やり過ぎだよ!」

 

「まともにゴールさせる気ないやん!」

 

「落ち着いて二人とも、確かに威力はそれなりだけど当たらなければどうって事ないよ!ブエアッ!」

 

「きゃー!」

 

「逢襍佗君⁉︎」

 

祐を先頭とした三角の形でタライに乗っていた結果、祐の顔面にバレーボールが直撃し再び川へと落ちた。二人はタライから身を乗り出して祐の安否を確認しようとする。

 

「逢襍佗君大丈夫⁉︎」

 

「どうって事ないぜ」

 

「逞しいな逢襍佗君…」

 

なんて事もなさそうに即座に水面から顔を出した祐。見渡すと周りも転落の連続で思う様に先に進めないでいた。

 

「仕方ない…ここは俺が囮になる。俺に構わず二人は先へ行ってくれ!」

 

「だから三人じゃないとゴール扱いにならないんだってば!」

 

「折角だから言ってみたかった」

 

「ええからはよ上がっといで」

 

「へーい」

 

タライの縁に手を掛けて乗り上がろうとすると、その勢いに負けてタライが傾き、乗っていた二人が川へと投げ出された。和泉亜子、遂に本日初めての着水である。

 

「あっ、やべ…」

 

二人は勢いよく立ち上がると頭を振って水を飛ばした。

 

「なにしとんねん!」

 

「いやごめん…まさか二人乗っててひっくり返るとは…」

 

「あんな勢いよくしたらひっくり返るよ!」

 

「ごめんやねんやで」

 

「逢襍佗君馬鹿にしとるやろ」

 

もう一度丁寧に謝り直し、祐が断りを入れてから一人ずつ両腕に抱えてタライに乗せる。乗せ終わると今度は全身を這わせてタライに乗った。その効果音をつけるなら『ぬるっ』といった感じである。

 

「なんかその乗り方気持ち悪い…」

 

「文句ばっか言ってこの子は!そんな事言ってるとバカピンクって呼ばれちゃうぞ!」

 

「もう呼ばれとるよ」

 

「亜子⁉︎」

 

タライに乗り直し、先へと進む。飛んでくるバレーボールは祐が壁になることでやけくそ気味に突破した。

 

「狂祭やこんなん…」

 

「これ考えた奴一発ぶん殴ってもいいと思うんだ」

 

「見て!あれゴールじゃない!?」

 

まき絵の言う通り、少し先にゴールテープが見える。現在祐達が先頭であり優勝の可能性は充分にある。

 

「これはもらいましたな」

 

「ガンガン行っちゃおう!」

 

「やっと終わりや…」

 

勢いづく祐達。そんな時、コースの中央に人二人が乗れるほどの台が迫り上がってくる。

 

「また何か出てきたよ!」

 

「今度は何でしょな」

 

台が完全に上がりきると、どこからか二つの影が飛来する。台の上に立ったのは二人の少女だった。

 

「くーちゃんに楓!?」

 

「なんで二人が!?」

 

「何でチャイナドレスなんだ?てか役員の方、もっと下から風吹いてもらえませんか?」

 

後ろの二人から視線を感じるが、祐は一切そちらを見ない様にした。

 

「にょほほ!私達が最後の刺客アルヨ!」

 

「ここから先は簡単には通れないでござるよ」

 

このレース最後の難関、チャイナドレスに身を包んだ古菲と楓が立ちはだかる。観客の興奮は最高潮に達していた。

 

「早速いくアル!」

 

古菲が水面を殴りつけると、火のついた導火線の様に波が一直線に向かってきた。

 

「あ~…これ避けた方がいいかも」

 

「左!左に避けるで!」

 

「がってん!」

 

三人は急いで左に逸れる事で間一髪波を避ける。後ろから向かってきていた別のタライに接触すると波が高く舞い上がって転覆させた。

 

「波紋の使い手かな?」

 

「あんなの反則だよ!」

 

その隙をついてゴールへと進もうとする参加者の前に楓が現れる。

 

「然うは問屋が卸さない、でござる」

 

クナイを取り出し水面へと投げる。その場所から水が勢いよく噴き出してタライはバランスを崩した。

 

「何でクナイであんな事できるの~!」

 

「てか楓水面に立っとるやん!」

 

「汚ねぇぞ忍者!」

 

「はて、何の話でござるかな?」

 

仕組みはわからないが手元に戻って来るクナイを掴みながら口笛を吹いて恍ける楓。本人的に忍者である事は秘密にしているようである。秘密に出来てはいないが。

 

「ホラホラ!よそ見してると危ないアルヨ!」

 

「あぶねぇ!?」

 

再び飛んでく波を避ける。いつの間にやら三人はタライを使いこなしていた。レースは先程以上に混沌を極めている。最早タライ流し祭りとは何なのか。

 

「なんてこった、あの二人が出てくるとは…」

 

「ど、どうしよう…」

 

「普通に進もうとしても駄目だろうね」

 

「なんかないやろか…」

 

祐達は少し爆心地から距離を置いて作戦を立てる事にした。参加者たちは次々に敗れ去っている。

 

「もうこれしかない。俺が何とかあの二人を抑えるから、その隙に二人で進んでくれ」

 

「でもそれじゃ…」

 

「ゴール手前になったら急いでそっちに行く。そこで合流して三人でゴールだ」

 

「大丈夫なん逢襍佗君?」

 

「やるしかない。俺は勝つまで負けない!」

 

「…どういう意味?」

 

「取り敢えず負けないって事ちゃう…?」

 

「そんな感じ!いざっ!」

 

話を終えると祐が川に飛び込み、潜って台へと接近する。まき絵と亜子はそれを見守った。

 

古菲が気配を感じて振り返ると、台に祐が上がってきた。相対する二人、お互い目には相手しか映っていなかった。

 

「祐、私と勝負する気アルか?」

 

「その通りさクーさん。貴女達は俺が引き受ける」

 

「その意気や良し!楽しませてほしいアル!」

 

「上等だ!」

 

「フンッ」

 

「ぐわぁぁぁぁ!」

 

「「負けたーー!?」」

 

向かってきた祐に対して右手を突き出しその身体に触れると一瞬で吹き飛ばす。しかしすぐに復帰すると同じ様に向かって行き、同じ様に吹き飛ばされる。

 

まき絵と亜子がその姿を見ていると、祐が親指を立てて進めと合図しているのに気が付く。二人は顔を見合わせて頷くとタライを前に進ませた。

 

「む?まき絵達が動いたか、行かせないアルヨ」

 

阻止しようとする古菲の前に祐が水面から飛び出してくる。

 

「言ったじゃないっすか、引き受けるって」

 

「なかなかのしぶとさアルネ」

 

「頑丈さが売りです」

 

古菲を祐が抑える事で僅かに隙が出来た。この瞬間を逃すまいと参加者達が一斉に前に出る。楓はそれを確認するとため息をついた。

 

「やれやれ…古め、拙者にその他大勢を押し付ける気でござるな。仕方あるまい」

 

楓は一度呼吸を整えると、その姿を十人に増やした。詰まる所分身である。

 

観客達が歓声を上げ、参加者達は悲鳴を上げた。楓達は跳躍するとその物量で進もうとしているタライを制圧し始める。レースは再び戦場と化した。

 

「ひえ~ん!楓ちんマジだよ~!」

 

「せっかく逢襍佗君がくーちゃんを抑えてくれてるんや!ウチらは進むしかあらへん!」

 

猛攻を掻い潜り、前進し続けるまき絵と亜子。周りの空気に当てられたのか、亜子もすっかりノリノリである。

 

「ぐわぁぁぁぁ!」

 

何度目かわからない落下をして祐が古菲の視界から消えた。しかし数秒後にはまた目の前に現れる。

 

「お、恐ろしい程の耐久力アル…」

 

「勝つまで負けないのさ俺は。それに、何度でも這い上がる価値がある」

 

「価値?」

 

古菲が首を傾げると祐は静かに笑った。

 

「そうさクーさん、その服装が仇になったね。おかげでさっきから何度も拝ませて貰ってるよ」

 

「おがむ?いったい何を…」

 

訝しげな目を向けると、ある答えが浮かび上がり古菲の顔が少し赤くなった。

 

「今だぁ!」

 

その瞬間を見逃さず、祐は古菲に飛びかかると自分ごと川へと落下した。空中で向きを変えて自分が下敷きになる様に着水するとすぐさま古菲を離し、泳いで自分のタライへ向かう。

 

「やられた!逃がさないアル!」

 

急いで体勢を立て直し祐を追うが、泳ぐスピードは祐の方が上の様で思うように追い付けずにいた。

 

「亜子!逢襍佗君が来たよ!」

 

「ホンマ!?逢襍佗君!」

 

驚異の速さでこちらに向かってくる祐と追う古菲。祐は泳ぎながら器用にハンドサインで前に進むよう合図を送った。それを読み取りまき絵と亜子もタライを進めると、楓がそれに気付きこちらに向かってくる。祐はタライに追いつき、先程の様に乗り込んだ。

 

「お待たせ」

 

「ナイスファイト!」

 

「逢襍佗君!楓ちんもこっちに来てる!」

 

後ろを確認すると水面を走ってくる楓が見える。

 

「楓さんも来たか。しかし!こっちにはさっき見つけた秘策がある!風は完全にこっちに吹いてるぞ!」

 

「何かあるの!?」

 

「うん、とっておきがね。ただ、一発勝負だ。タライは任せた!」

 

タライの上で片膝立ちになり、楓を見据える祐。

 

「祐殿、悪いがここで止まってもらうでござるよ」

 

「そいつは出来ない相談だよ楓さん」

 

まき絵達がタライを懸命に漕ぐが水面を走る楓には敵わない。祐は心を落ち着かせ、勝負の時を待った。

 

「追いつかれる~!」

 

「逢襍佗君!まだ!?」

 

「もう少し!」

 

やがて目と鼻の先となった楓がクナイを構えた。それを見て祐が服の中に手を入れると、その瞬間「ゲコ」という声が聞こえる。楓がその声に反応すると、祐は笑みを浮かべた。

 

「頼むぞ!さっき拾った蛙!」

 

取り出した蛙を優しく楓の肩に乗せると、一気に顔を青くした楓が水面に倒れる様に沈んでいく。泳いでこちらに来ていた古菲もそれに巻き込まれ、止まらざるを得なかった。

 

「何してるアル楓!しっかりするアルヨ!」

 

「蛙は…拙者蛙だけは駄目でござる!」

 

その場で止まる二人を確認し祐はどこかやり遂げた顔をする。

 

「やはりこの手に限る」

 

「せ、せこい…」

 

「まぁまぁ!これで後はゴールするだけだよ!」

 

しかし障害が無くなった事で後続も追いすがって来る。油断を許さない状況であった。

 

「ここで負けられるか!エンジン全開!」

 

「よーし!任せて!」

 

「こんだけやったら狙うは優勝や!」

 

力を振り絞り、三人は全力でラストスパートをかける。白熱する会場、そして遂に祐達がゴールテープを切った。ゴールを知らせる空砲が鳴り響き、今日一の歓声と共に拍手が巻き起こる。

 

「見たか!これが俺達の実力だ!」

 

「やった~!優勝だよ!」

 

「ウチらの勝ちや~!」

 

感極まって祐の背中に飛びつく二人。予想もしていなかったので祐は体勢を崩し、三人はタライから落ちた。会場からは笑いが起きつつも、三人に惜しみない拍手を送る。最初は乗る気でなかった事などすっかり忘れて、亜子も二人と同じ様に水面から顔を出すと心から笑っていた。

 

 

 

 

 

 

部活を終え、裕奈とアキラは寮のロビーにあるソファに座っていた。

 

「まき絵と亜子、今頃何してるかな?」

 

「まだ遊んでるようならこれから合流してみる?」

 

「いいね!んじゃ早速連絡を」

 

裕奈が連絡を取ろうとするとロビーに入って来る二人が見えた。

 

「ありゃ、帰ってきた」

 

「みたいだね。ん?」

 

「どしたのアキラ?って…」

 

何やら色々と手に抱えて楽しそうに帰って来る二人。しかしどういう訳か頭から足の先まで全身びしょ濡れであった。裕奈とアキラは急いで二人に近寄る。

 

「あっ、二人とも部活終わったんか」

 

「お疲れ様~」

 

「そんな事よりどうしたのそのかっこ!?」

 

「何かあったの?」

 

聞かれた二人は目を合わせると、どちらともなく笑い出す。裕奈とアキラは益々疑問が浮かんだ。

 

「ウチら優勝したんよ!」

 

「じゃ~ん!見て見て!優勝トロフィーと賞品だよ!」

 

「ゆ、優勝…?」

 

「事故とかじゃないみたいだけど、取り敢えずお風呂入って着替えた方が良いんじゃないかな?」

 

 

 

 

 

 

「まき絵~、まだ寝とるんか?」

 

「うへへ…優勝だ~…」

 

「見事に寝ぼけとるな…」

 

昨日のタライ流し祭りから夜が明けて翌日、相変わらずまき絵はだらけている。亜子は腰に手を当て、ため息をついた。そこでふとまき絵の机を見ると昨日の優勝トロフィーが大事そうに飾ってある。そしてもう一つ増えた物があった。それは自分の机の上にも、加えて祐の家にも同様の物がある。

 

そこには大会優勝のトロフィーを掲げ満面の笑みを浮かべる亜子とまき絵、そして祐の写真が飾られていた。



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夢見る景色

ぼやけた視線の中、辺りを見回す。そうしていると、これは夢の中だと薄々思い始めた。

 

この場所はよく知っている。なにせ前に暮らしていた家だからだ。見慣れた景色、そしてキッチンに立つ女性の後ろ姿。その背中も自分はよく知っていた。

 

「おかーさん!今日のごはんな〜に?」

 

小さい女の子が女性に抱きつきながら聞く。振り向いた女性は優しい笑みを浮かべていた。

 

「さーて何でしょう。これ見てわかるかなぁ?」

 

女性が女の子を抱えて調理中の食材を見せる。

 

「お肉!」

 

「正解だけどもっと絞ってほしいかな…」

 

この幸せな光景を出来る事ならずっと見ていたい。しかしそれがもうすぐ終わる事を感じて少し寂しくなった。

 

 

 

 

 

 

「…ん」

 

目を開けると見慣れた天井が映った。そして夢が終わり、現実で目覚めたと実感する。ベットから起き上がり、同じ様に起き上がっていたアキラと朝の挨拶を交わす。自身の机に置かれた写真立てを見ながら裕奈は微笑んだ。

 

「おはよう、お母さん」

 

 

 

 

 

 

「今日ね、すっごくいい夢見たんだぁ。新体操の大会で私が優勝する夢!」

 

裕奈とアキラの部屋にまき絵・亜子を呼んで四人で話していると、まき絵が今朝見た夢を話題に出した。それに対してアキラは少し驚いた表情をする。

 

「まき絵も?」

 

「え?もってどういう事?」

 

「私も見たんだ、大会で優勝する夢」

 

「そうなの?じゃあおんなじだね!」

 

嬉しそうなまき絵にアキラも笑う。亜子は少し考える様な顔をした。

 

「ウチは普段夢とか覚えとらんのやけど、今日は覚えてたわ」

 

「因みにどんな夢?」

 

「へっ?え〜と…それは内緒で…」

 

「え〜!そんな言い方されたら気になるよ〜」

 

「これは…エッチな夢でも見たのかにゃ〜?」

 

にやついた顔で裕奈が言うと、亜子は顔を赤くした。

 

「そ、そんな訳ないやん!もう…すぐそっちに持ってこうとするんやから」

 

「ごめんごめん」

 

「でもさ、どうせ見るんならやっぱり楽しい夢がいいよね」

 

まき絵の言葉に全員が頷く。

 

「確かにね、誰かに追いかけられたりする夢とか凄く怖いし」

 

「あ〜、それ私もたまにある。そういうのに限って早く走れなくてさ」

 

「あはは!わかるわかる!」

 

 

 

 

 

 

その日の夜、再び夢の中で見たのは小さい頃よく歩いた川の土手。夕陽に照らされた道を親子三人が歩いていく。右手を母親、左手を父親と繋いだ幼い裕奈は楽しそうに二人と会話していた。

 

「ねぇ裕奈。裕奈は大きくなったら何になりたい?」

 

「お父さんのおよめさん!」

 

「それは駄目!却下!」

 

「え〜!」

 

「こらこら…本気にならないの」

 

裕奈の父が苦笑いを浮かべて裕奈の母を宥める。

 

「何で駄目なの〜?」

 

「だってお父さんは私と結婚してるから」

 

「じゃあお母さんも私と結婚すればいいよ!」

 

二人は驚いた顔をすると、やがて笑い出した。

 

「予想外だわ、まさか私が裕奈にプロポーズされるなんて」

 

「これは将来大物になるね」

 

両親が言っている事はその時の裕奈にはよくわからなかったが、二人の笑顔を見て裕奈は嬉しくなる。理由はわからずとも、二人が笑っていてくれればそれで幸せだった。それは両親からしても同じ事である。裕奈が笑っていてくれれば二人はそれだけで幸せだった。

 

 

 

 

 

 

「…またお母さんの夢だ」

 

静かに目を開ける裕奈。前から母の夢は何度も見たが、二日連続で見た事などあっただろうかと思う。怖かったり嫌な夢に比べれば何倍もいいが、それでも目覚めた後にどうしても寂しさが募った。

 

現実では、もう母に会えない事を再認識させられるからだ。

 

 

 

 

 

 

部活を終え、寮へと帰ってくる裕奈。ロビーにはクラスメイト達が何人か集まって話をしていた。

 

「ちわ〜みんな」

 

「あら裕奈さん。部活終わりですか?」

 

「うん、何の話してたの?」

 

話していたのはあやかとチア部の三人。裕奈の質問に待ってましたとばかりにあやかが答える。

 

「それがですね!二日連続でネギ先生とお出掛けする夢を見たのです!これはきっとネギ先生とお出掛けするべきという天からのお告げでしょう!」

 

声に出してはいるがこちらに聞かせているのか、自分に言い聞かせているのか判断に困るが、本人が嬉しそうな事だけは嫌というほど伝わった。裕奈を始め、美砂達も若干呆れた顔をしている。

 

「私はケーキを沢山食べる夢を見たよ!食べても食べても無限に出てきて食べきれないの!」

 

「可愛らしい夢だねぇ。いんちょも見習ったら?」

 

「どういう意味でしょうか…?」

 

「私は好きな服買いまくる夢。ここからここまで全部くださいってやつ」

 

「これまた美砂らしい。くぎみーは?」

 

「くぎみー言うな。私はまぁ…普通よ普通」

 

それを聞いた裕奈は昨日と同じくにやけた顔になる。

 

「亜子もそうだったけど、こういう事言うのって絶対恥ずかしい夢見た人なんだよねぇ」

 

「決めつけるなコラ」

 

「そうなの?円スケベなんだね!」

 

「それもむっつりね」

 

「勝手な事言わないでくれる⁉︎」

 

桜子と美砂が裕奈の言った事に乗る。面倒な事になったと円は頭を抱えたくなった。

 

「まったく、はしたないですわよ皆さん。もっと淑女としての嗜みをですね」

 

「よく言うわよこのドスケベ委員長」

 

「誰がドスケベですか!」

 

「や〜い!いいんちょのドスケベ〜!」

 

「が、我慢なりませんわ!撤回なさい!」

 

逃げる桜子と美砂を追い掛けるあやか。裕奈はそれを笑って見送り、円はため息をつく。円がふと裕奈を見ると、裕奈はどこか遠くを見つめてぼーっとしていた。

 

「裕奈?どうかした?」

 

「へっ?ううん、なんでもない!さーて!部活終わりだし大浴場でも行こ!」

 

円に別れを告げると裕奈は走って部屋へと向かう。その背中を見ていた円は首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

それから翌日、夕方の大浴場は今日も賑わっていた。

 

「今日はせっちゃんと一緒に実家に帰る夢見たわ。近いうちに行こうな〜」

 

「そうですね、お嬢様が帰って来れば長…お父様も喜ばれるでしょうし」

 

「木乃香も夢見たんだ。な〜んか最近よく夢見るのよね」

 

「木乃香さんだけでなく、どうやらここ数日皆さん見た夢を覚えているそうです」

 

「え、そうなの?のどかも?」

 

「うん、覚えてるよ。一日中本を読んでる夢だった」

 

「現実と変わんないじゃない」

 

話題は三日程前から夢をよく見る様になったと言うもの。ハルナは伸びをすると体を脱力させた。

 

「明日菜も見た?」

 

「まぁ、見たけど」

 

「どんなの?」

 

「どんなのって…みんなでご飯食べてる夢」

 

「う〜ん普通」

 

「別にいいでしょ…」

 

何を期待していたのかはわからないが、がっかりした様な態度を取られる謂れはないだろうと明日菜は思った。

 

「そう言うパルはどうだったのよ?」

 

「私?私はね、え〜っと…ペンを買い替えた夢」

 

「ハルナ、それは現実です」

 

「あれ?そうだったっけ?」

 

目線を斜め上に向けて気の抜けた返事をする。

 

「しっかりしなさいよ、もう夏休みぼけ?」

 

「いや〜なんせ部屋から出ないもんで」

 

「でもこんな毎日夢見た事あったかな?」

 

「人間夢というのは毎日見ています。ただ毎日その内容を覚えているとなると、眠りが浅いか自律神経の乱れがあるかもしれません」

 

夏美の呟いた言葉に聡美が詳しく解説を入れる。全員が感心した様な顔をした。

 

「ん?それって私達疲れてるって事?」

 

「そんな気全然せぇへんけど…」

 

まき絵と亜子もこの数日夢を見ているが体の不調は感じていない。それはここにいる全員に当てはまる事だった。不規則な生活を爆進中の千雨を除いて。

 

「まぁでもいいんじゃない?夢見るぐらい。今の所見る夢いいものばっかりだし」

 

「よっ!美空の能天気!」

 

「じゃかしいわ」

 

楽しそうに話すクラスメイトの輪にあって、裕奈は心ここに在らずといった状態だった。それに気付いたアキラが声を掛ける。

 

「裕奈?」

 

「え?何?」

 

「なんか、ぼーっとしてたから」

 

「ああ、ごめんごめん。何でもないよ」

 

「そう…裕奈は夢見た?」

 

「うん!見たよ!今日はお父さんとデートに行く夢!」

 

「そ、そう…良かったね…」

 

「まぁね、でも行くなら実際行きたいなぁ」

 

いつもの調子で答える裕奈を見て、気にし過ぎだろうかとアキラは考えた。

 

 

 

 

 

 

「やべっ…寝落ちしてた」

 

薄暗い部屋でモニターの明かりに照らされた千雨は、机に突っ伏した状態から背中を反らせて伸びをする。

 

「つか何してたんだっけか…。え〜と、ネトゲした後サイト見て…その後ネットアイドルの頂点になってて……ん?なってたか?」

 

寝惚けた頭で考えていると目の前に誰かの手が現れ、パンっと両手を強く合わせて音を鳴らした。

 

「うわぁ‼︎」

 

突然の事に椅子から転げ落ちそうになるも、机に掴まって何とか耐える。その姿勢のまま手の正体を確認すると、ザジが両手を合わせた状態でこちらを見つめていた。

 

「ザジかよ…脅かすなって」

 

「……」

 

ザジは何も言わず千雨を見つめ続け、気まずさに千雨は目を逸らした。

 

「な、なんだよジロジロ見て」

 

「夢、見てた?」

 

いくらなんでも脈略が無さ過ぎではないかと感じつつも、彼女に関しては今更かとも思った。

 

「見てたけど…」

 

「どんな?」

 

言葉に出しそうになるが寸前で口を噤む。ネットアイドルの頂点に立ち、浮かれて大笑いしていた夢など説明したくない。

 

「何でもいいだろ」

 

「楽しい夢?それとも怖い夢?」

 

やけに今日はつっこんでくるなと思う。そんなに人の夢が気になるタイプだっただろうかと考えたが、取り敢えずその程度の事なら答えてもいいだろう。

 

「まぁ、楽しかったよ」

 

「そう」

 

顔を離しそれから特に何も言わなくなった。よくわからないが満足したのだろう。千雨は一度顔を洗うため洗面台へと向かう。

 

「千雨さん」

 

呼ばれて思わず勢いよく振り返る。ザジに名前を呼ばれた事など初めてだった。そもそも誰かの名前を読んだ場面さえ見た事がないかもしれない。

 

「夢の景色を覚えているのなら、それが夢だという事もお忘れなきよう」

 

「…そこまで現実逃避してねぇよ」

 

そう言って歩いていく千雨。ザジはそれを見送った後、何処かへと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

朝の麻帆良学園室内プールで部活動を行うアキラは現在プールサイドで休憩していた。

 

「アキラ、どう?調子の方は」

 

「はい、調子はいいと思います」

 

アキラの一年先輩である『塚原響』から声を掛けられ、それに答える。響はアキラの顔を少し見つめた。

 

「塚原先輩?」

 

「ああ、ごめん。なんか含みがあるなって思ったから」

 

「顔に出てました?」

 

「何となくね」

 

出会ってまだ半年も経っていないが、彼女の人となりはそれなりに理解しているつもりだ。彼女は面倒見がよく、それでいて周りをよく見ている。きっと自分の様子から何かを感じて声を掛けてくれたのだろう。

 

「その、塚原先輩。先輩は夢ってよく見る方ですか?」

 

「夢?夢って寝てる時に見るあれ?」

 

アキラは頷くと、響は顎に手を当てて考え出した。

 

「そうね、覚えてる時の方が少ない…かな。でもそれがどうかしたの?」

 

「最近、私だけじゃなくて寮のみんなも毎日夢を覚えてるんです」

 

「毎日?どんな夢とかってあるの?」

 

「楽しい夢です。私が大会で優勝したり、みんなで遊びに行ったり」

 

「それだけなら問題なさそうだけど、というか少し羨ましいわね」

 

「少し気にはなりますけど、私もそこに関してはあまり。ただ…よく夢を見るようになってから、友達の一人がぼーっとしてる時間が多くなって」

 

アキラの言う友達とは裕奈の事だ。様子は普段通りだが、ふとした瞬間に遠くを見ている事が多くなった様に思える。それがアキラには気掛かりだった。

 

「なるほどね。その子はどんな夢を見てるのかしら」

 

「えっと…詳しい説明は省きますが、楽しい夢みたいです」

 

裕奈から聞いた内容をそのまま響に伝えるのもどうかと思ったので、その部分はぼかして伝える。

 

「う~ん、これはあくまで私の予想だけど…その子、夢と現実とでギャップがあったりするんじゃないのかしら」

 

「現実とのギャップ…ですか?」

 

「ええ。楽しい夢から覚めた後って、何と言うか残念な気持ちにならない?なんだ夢かって」

 

「わかる気がします」

 

確かに響の言う事は尤もだ。大会に優勝した夢を見た後、起きて感じたのは残念な気持ちだったように思う。と言ってもその瞬間だけで、引きずる様な事は無かったが。

 

しかし裕奈に関してだが、それほど頻繁ではないとはいえ父親と出掛ける事もそう少なくはない。残念に思うにしてもあれ程になるとは考えられなかった。

 

「まぁ、取り合えず本人に聞いてみるのが一番ね。どこまで行っても私達じゃ予想しかできないわ」

 

「そうですね、そうしてみます」

 

響は笑うとアキラの頭を撫でた。

 

「ほんと、よくできた子ね貴女は。はるかにも見習ってほしいわ」

 

「はるかって…森島先輩の事ですか?」

 

撫でられた事に照れつつ、アキラは聞いた。響は頷くと困った様な顔をする。

 

「正解。あの子ったら出会った時から何にも変わってないんだから…。良い所ではあるんだけど、あの自由人加減は少し心配になるわ」

 

響の言う『森島はるか』とは彼女の同級生であり、その類稀なる容姿とスタイルから男子の憧れの的にして、振ってきた男子の数の多さから男殺しの天然女王という二つ名を持っている。本人的にはこの二つ名は(特に天然の部分が)不服らしい。

 

麻帆良の有名人の一人でアキラも存在は知っていたのに加え、響からの紹介で会話自体もした事がある。その時の響曰く、たぶん気に入られたから気を付けろとの事だった。

 

話を聞いていたアキラが少し笑うと、響はそれに対して首を傾げた。

 

「すみません、私の周りにも同じ様な事言ってる子がいて。心配だって言われてる子は男の子なんですけど、何となく自由人って所は森島先輩と似てるかもしれません」

 

「はるかと似てる子ねぇ…。きっと心配してる子は気苦労が絶えないんじゃないかしら」

 

誰かはわからないが、響はその気苦労が絶えないであろう人物に親近感を抱いた。

 

「でもきっと放っておけないんだと思います。森島先輩に対する塚原先輩と同じで」

 

「あら、言う様になったじゃないアキラ」

 

明るい表情を浮かべるアキラを見て、響は心の中で取り合えず一安心した。

 

 

 

 

 

 

その日の夜、いつもの就寝時間が近づくと裕奈はあくびをした。

 

「そろそろ寝よっか」

 

「だね~」

 

同意して寝る準備を始める裕奈。アキラはその背中を見て若干躊躇しながらも裕奈に聞く事にした。

 

「ねぇ、裕奈」

 

「なに~?」

 

「その、最近ぼーっとしてる事が増えた様に思ったんだけど…何かあった?」

 

「ん~…」

 

動きを止め、裕奈は何か考え始めた。アキラは何も言わず、返答を待っている。

 

「久しぶりにね、お母さんの夢を見たの。だから、ちょっとお母さんの事考えてた」

 

アキラを始め、仲のいい友達には話している。自分の母『明石夕子』は既に事故で亡くなっている事を。裕奈の返答を聞いたアキラは表情を暗くした。

 

「ごめん…裕奈」

 

「も~、なんで謝るの?アキラは何にも悪くないでしょ」

 

「でも…」

 

「はいはい!この話はこれでおしまい!アキラは悪くないし私も気にしてない!次謝ったらおっぱい揉むからね!」

 

「その脅し方はどうかと思う…」

 

アキラの言葉に笑顔を浮かべる裕奈を見て、アキラも少し表情を明るくした。

 

「そんじゃ寝よ?よ~し!今日もお父さんとデートの夢見てやる!」

 

「そんなにやる気出したら眠れないよ?」

 

「大丈夫、私寝つきいいから!」

 

そう言ってベットに入る裕奈。アキラも電気を消してから遅れて自分のベットに入った。

 

「アキラ」

 

「なに?」

 

「心配してくれてありがとね」

 

「ううん、何かあったらいつでも言って?私に出来る事があれば協力するから」

 

「そうする。おやすみ」

 

「おやすみ」

 

 

 

 

 

 

就寝の準備を始める刹那はソファに座り、腕を組んで目を閉じている真名を見た。

 

「真名、どうかしたのか?」

 

「お前はどう思う。ここ数日の夢について」

 

刹那は一度視線を下げた後、真名に戻す。

 

「正直言ってわからない。確かに大勢が見た夢を毎日覚えているのは少しおかしい気もするが…」

 

「それも決まって己に都合のいい夢だ。何とも、気に食わん」

 

苛立たし気に話す真名に疑問を持つ。確かに気になる事ではあるが、そこまで苛立つ事だろうか。

 

「何がそんなに気に食わないんだ?」

 

「仮に誰かが意図的に行っているとするなら、私達はそいつに都合のいい夢を見させられていると言う事だ。頼んでもいないのにな」

 

「土足で人の中に踏み込んでくる事も、夢を誰かに見させられているのも私は気に食わない」

 

そう言われるとわからなくもない。夢は自分の深層心理からも影響を受けていると聞いた事がある。寝ている時に見る夢と言うものについてはまだわからない事だらけらしいが、仮に自分の感情に結びついているものならば好き勝手に操られてはいい気分はしないだろう。

 

「それにな、いい夢ばかり見させられてもそれはそれで気が滅入る」

 

「失くしたものを取り戻した夢や欲しかったものを掴んだ夢を見た所で、現実で失くした事も掴んでいない事も変わらないんだからな」

 

刹那は再び視線を落とすと、少し表情を険しくして応えた。

 

「ああ、その通りだな」

 

 

 

 

「今日こそは気合いで高畑先生とデートする夢見てやるんだから!」

 

「夢って気合いでどうこう出来るものじゃないと思いますけど…」

 

「今夜はどんな夢やろな〜」

 

(さぁて、俺っちもさっさと寝てウハウハな夢を見るとするか)

 

 

 

 

「さぁ!就寝の時間です!夢の中で待っていてくださいネギ先生!」

 

「あらあやか、昨日は逢襍佗君が出てきたんでしょう?今日はいいの?」

 

「現実で散々苦労を掛けられているんです!夢の中でくらい平和に過ごさせてください!」

 

「これから寝るんだから落ち着いていいんちょ…」

 

 

 

 

「昨日はいい所で目が覚めちゃったから、昨日の続きが見たいなぁ」

 

「お姉ちゃん、アニメじゃないんだから…」

 

「さぁ二人とも、電気を消すでござるよ」

 

 

 

 

建物の明かりがほとんど消えて学園都市が眠りにつく頃、麻帆良の展望台から街を見渡す人物がいる。赤い長髪で瞳の色もそれと同様であり、整った容姿を持つ青年だった。

 

青年はその目に映る街全体を包むように両腕を広げた。その瞬間、青年の瞳が輝き始める。

 

「おやすみなさい、麻帆良の皆さん。どうか今宵も良い夢を」

 

その声はどこまでも優しい。しかし、浮かべた表情はどこか冷たさを感じる笑顔だった。



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夢と現実

「おまたせー!ふぃ~、今日もちかれたちかれた」

 

「お疲れさん裕奈」

 

「裕奈も来たし、帰ろっか」

 

「うん」

 

それぞれの部活を終え、待ち合わせの場所から帰宅を始める裕奈達。照り付ける太陽から夏を感じつつ、通いなれた道を歩く。

 

「裕奈、なんかご機嫌だね」

 

「あ~、やっぱりわかっちゃう?」

 

まき絵の言った事に裕奈が嬉しそうに反応した。

 

「今日久し振りにお父さんお母さんとご飯食べるんだ!」

 

「あれ?夕子さん帰って来てたん?」

 

「うん、少し前にね。今日はおふくろの味を堪能してくるよ」

 

「おふくろて…」

 

「ふふ、よかったね裕奈」

 

少しして三人と別れると、裕奈は両親が住む教員住宅へと向かった。逸る気持ちから歩く速度も上がり、気が付けば階段を駆け上がっていた。扉の前に着くと勢いよくドアを開ける。

 

「たっだいま~!」

 

すると中からエプロンを付けた夕子が笑って裕奈を出迎えた。

 

「おかえり裕奈。部活お疲れ様」

 

「うん!お母さん、私すっごくお腹すいた!」

 

「はいはい、お父さんももうじき帰ってくるから先にお風呂入っちゃいなさい」

 

「は~い!」

 

 

 

 

 

 

「……」

 

目を開けるとその景色は消えている。代わりに見えてくるのは女子寮の天井だけ。スマホで時間を確認するとまだ時刻は5時だった。

 

アキラを見ると彼女はまだ寝ている。裕奈はアキラを起こさぬ様、一人静かに膝を抱えた。

 

 

 

 

 

 

「超さん…」

 

「何かなハカセ…」

 

「そろそろ睡眠とりませんか…?」

 

「そうした方が良さそうネ…」

 

学園都市にあるラボにて聡美と超が向かい合った机越しに会話をしている。どちらも疲れているのか瞼は下がり、頭がふらふらと揺れている。

 

「タイマー掛けました…」

 

「助かるヨ…」

 

「では、また四時間後…」

 

「うむ、良い眠りを…」

 

その言葉を最後に二人は糸の切れた人形の様に机に突っ伏した。少ししてから扉を開けて茶々丸が入ってくる。二人の状態を確認すると、畳んで置いてあった薄手の毛布を二人にそっとかけた。

 

「お疲れ様です、お二人とも」

 

夏休みが始まってから超と聡美の二人は基本的にラボにこもり、寮に風呂に入る、又は寝に帰るか力尽きてラボで寝るかの生活を続けていた。これもひとえに完成間近の発明品を仕上げる為である。怪獣騒動以降これと言った事件は起きてはいないが、だからこそ今仕上げる必要があった。茶々丸はそんな二人を見かねて、出来る限り二人の身の回りの世話を行っている。

 

眠る二人の顔を興味深げに見つめた。茶々丸もスリープモードと呼ばれる状態になると、名前の通り眠った様な状態になるが夢を見る事は無い。夢と呼ばれるものがどんなものなのかエヴァに聞いた事があるが、彼女が言うには碌なものじゃないとのことだ。

 

自分が経験していないからだろうか、それでも夢を見られる事が茶々丸には少し羨ましく思えた。

 

 

 

 

 

 

昼時の学園都市を、赤い髪の青年が興味深そうに辺りを見回しながら歩いている。青年にとって目に映るもの全てが興味を引く対象だった。

 

「面白いですね、住む世界が違えばこうも生活は変わるものなのか」

 

独り言を呟きながら散策をする。人の多い通りに出ると立ち止まり、より深く観察を始めた。

 

(夜まで待つのもいいが、そろそろ局地的に始めてもいいでしょう…)

 

青年は高く跳び上がる。二階建ての建物の屋根に登るほどの跳躍力を見せるも、周りの人達はそれに一切反応しない。端から青年の事が見えていないかの様に。

 

「皆さん見たい夢を見れて良い気分でしょう?」

 

「ずっと見ていたいぐらいにね」

 

人々を屋根から見下ろし、その赤い瞳を輝かせた。

 

「ソニューム」

 

後ろから声を掛けられ、目の光を消してそちらに振り向く。呼ばれたのは自分の名前だ。

 

「おや、どなたかと思えばまさか姫様とは。お久し振りで御座います」

 

音もなく後ろに立っていたのはザジだった。青年『ソニューム』は頭を垂れる。

 

「人間界にいらっしゃるとは聞いておりましたが、まさかこんな所におられるとは」

 

「最近、この街の夢を操っているのは貴方ですね」

 

ザジは普段の様に無表情だが、その口数は普段通りではなかった。ソニュームは静かに笑う。

 

「操ると言うと少し語弊がありますね。私は彼らが一番見たいものを繰り上げて見せているだけです」

 

「それは何の為ですか?」

 

「理由はただ一つ、夢をよく知る為です」

 

立ち上がり、ザジと向き合うと自分の胸に手を添えた。

 

「姫様もご存知の通り、私は気になった事はとことん調べ尽くさねば気が済まないタチでして」

 

「人間の見る夢は多種多様で我々とは一味違います。まぁ、少々我が種族は血生臭い所がありますからね」

 

何か返答や表情を返す事なくザジはただ相手を見つめ、ソニュームは気にする事なく続ける。

 

「夢、そして眠りとは身近にありながら未だ解明されていないもの。それを紐解く事によって、心の存在の証明に繋がると私は考えています」

 

「心、ですか」

 

笑みを深くすると両手を広げ芝居がかった様に語り始めた。

 

「その通りです姫様!私は心臓にもなければ脳にもない、第三魔法によって存在が確定した魂でもない!心の存在を証明したいのです!」

 

「その為には多くの判断材料が必要になります。幸いこの街は優良な素材で溢れている。何の力も持たない人間から特殊な力を持つ人間、そして人間でないものまで!」

 

「こんな特殊で魅力的な場所、見過ごす訳にはいきません」

 

興奮によるものか、彼の瞳は再び赤く光り始める。恍惚となるその表情を受けて尚、ザジが表情を変える事はなかった。

 

「貴方の目的はわかりました。では私からの通告です」

 

「ソニューム。今すぐこの街から手を引きなさい」

 

瞳から徐々に光が消え、ソニュームの表情は不服を隠そうともしていない。

 

「何故です姫様?いくら貴女といえど、納得のいく説明をして頂けない事には承諾しかねます」

 

「この街に、ここに住む者達に軽はずみな行動を取るのは得策ではない。貴方も言った通り、この街は特殊です。中には手を出すべきではない相手もいる」

 

ザジは一歩前に出てソニュームの瞳を見つめた。

 

「これは貴方の為でもある。貴方の賢明な判断に期待します」

 

ソニュームは目を閉じ、片膝をついて頭を下げた。

 

「素直に従えぬ思いは多分にありますが、仕方ありません。いくら私とて、貴女と事を構える程身の程知らずではありませんからね」

 

取った姿勢を続けるソニュームを見下ろした。その目からは何も感じ取れない。

 

「その言葉、嘘ではないと思わせてもらいます」

 

「誓って」

 

顔を上げると既にザジの姿はなかった。ゆっくりと立ち上がり深く息を吐く。

 

「姿は同じでも、甘いですね妹君は」

 

ソニュームは遠くを見つめると、そちらに向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

自室で昼食の準備を始める木乃香を見て明日菜が声を掛けた。

 

「あれ?木乃香、今日は刹那さんとご飯食べに行くんじゃなかったっけ?」

 

「ほえ?そんな事ウチ言うたっけ?」

 

「だって今朝…あ、ごめん…これ夢の話だったわ」

 

少し恥ずかしそうにする明日菜を見て木乃香は笑った。

 

「も~、それじゃ明日菜もハルナの事言えんよ~」

 

頭を掻く明日菜。木乃香は準備に戻りながら続ける。

 

「この後みんなと遊びに行くんやからしっかりせな」

 

「みんなと?そんな話私聞いてないけど」

 

「だって昨日…あれ?昨日みんなとロビーで話したやんな?」

 

明日菜は首を横に振る。木乃香は悩むような顔をするとハッとした。

 

「あはは…これも夢の話やった」

 

お互い口を閉ざすと気まずい空気が流れた。

 

「私達相当ぼけてるわね…」

 

「すこ~し気抜け過ぎとったかもな…」

 

二人の姿を見たネギは肩にいるカモに小声で話し掛けた。

 

「カモ君…これって」

 

「ああ、どうもきな臭くなってきやがった。なぁ兄貴、一応確認なんだが…」

 

「なに?」

 

「麻帆良に混浴温泉が出来たのって夢じゃねぇよな?」

 

「夢だと思うよカモ君…」

 

「クソがっ!!」

 

「ひゃっ!ネギ君、どうしたん?」

 

悔しさから声を荒げてしまったカモの声を聞いて、その正体を知らない木乃香がネギの出した声だと勘違いする。

 

「あっ!いや…スマホに通知が来たみたいです!新しい通知音にしてみたんですけど、これは変えた方が良いですね!あははは…」

 

「なんやぁ、急にネギ君が怒ってもうたんかと思ったわ」

 

「す、すみません…」

 

明日菜がカモを睨むと、カモは必死で明日菜から視線を逸らし続けた。

 

明日菜と木乃香に起きた事は何も二人だけに限った事ではなく、この町に暮らす者達のほとんどに起こり始めていた。夢と現実、その境界線が不確かになり始めていたのだ。

 

 

 

 

 

 

昼過ぎの時間帯。裕奈は一人土手の芝生に座り、川の流れを眺めていた。

 

(はぁ、ほんと最近どうしたんだろ私。こんなにお母さんの夢を見るなんて…)

 

母である夕子が事故で無くなってからもう今年で11年になる。夕子が亡くなった当初にあれだけ周りに心配を掛けたのだ、今更この事で周りに心配させたくなかった。

 

(お母さんがいなくなって、私はもう沢山泣いたんだ。いつまでも引きずる訳にはいかないよね)

 

周りの友人達に、そして愛する父に今の裕奈の悩みを打ち明ける事は出来ない。苦しいのは自分だけではない、そう思うからこそ弱音が出せなかった。

 

「現実というのは残酷ですね。辛い事、見たくない事、それを見なければ先に進む事すら許されないとは」

 

「え?」

 

突然の声に振り向くと、知らない赤い髪の青年がすぐ隣にいた。その声、そしてその表情は柔らかい物の様に感じる。

 

「あの、どちら様で…」

 

「貴女が見ている夢さえ、現実は否定してきます。それは、とても酷い事だと思いませんか?」

 

こちらに語り掛けながら青年、ソニュームは裕奈の瞳を覗く。裕奈はその光る瞳から目を逸らせなかった。

 

 

 

 

 

 

気が付くと空は赤く染まり、夕日が川を照らしていた。目を擦り、体を伸ばして仰向けになる。先程まで何かしていた様な気がするがよく思い出せない。どこか憂鬱な気分を感じつつ、上体を起こした。

 

「ふぁ~、結構長い時間居眠りしちゃった。そろそろ帰ろ」

 

あまり連絡もなく帰りが遅くなればアキラ達も心配するだろうし、特にその事が母に伝わったら雷を落とされるかもしれない。それは堪らないので早く寮に戻る事にした。少し駆け足で進み出した所でその足を止める。

 

「私…今何考えて…」

 

焦点が定まらない瞳で遠くを見る。覚束ない足取りでフラフラと進み出した。

 

「あれ?…お母さんって、今どこにいるんだっけ?」

 

足が縺れ、身体が前に倒れる。どこかそれを他人事の様に感じながら、少しずつ地面が近づいた。

 

そんな時、後ろから手を優しく掴まれ身体を支えられる。自分が倒れそうになっていた事に今気が付いたかの如く息をのんだ裕奈。先程と違い意識がはっきりとした状態で後ろを振り向くと、よく知る青年が自分を支えてくれていた。

 

「逢襍佗君…?」

 

「間一髪ってやつだね。足元注意だよ明石さん」

 

優しい表情を向ける祐。暫くその顔を見つめていると今の状況を思い出し、体勢を立て直した。

 

「ご、ごめんね!なんかぼーっとしてて!」

 

「お気になさらず、怪我しなくてよかったよ」

 

掴んでいた手をそっと放し、裕奈の顔を覗き込む。

 

「大丈夫?まだ寝ぼけてたりしない?」

 

「うん、もう大丈夫、って…もしかして寝てたとこ見られた?」

 

「歩いてたら明石さんらしき人が見えたから挨拶でもしようと思って来たんだけど、やっぱあれ寝てたんだ」

 

少しずつ顔が赤くなる裕奈を見て祐は少し笑った。

 

「人間は寝るもんだよ明石さん。別に恥ずかしい事じゃないって」

 

「それはそうだけど!そう言う事じゃないよ!」

 

「なら俺も今から寝るから明石さんが起こしてくれ。それで解決だな」

 

「ごめん、理屈がわかんない…」

 

再び祐は笑うと、裕奈の隣に進んだ。

 

「これから寮に帰るのかな?もしよければ送っていくよ」

 

「えっ、でも…」

 

「俺もそっちの方面に用事があるからさ。あっ…あれか、俺が信用出来ない様なら友達と通話しながらでもいいよ」

 

「そんな事ないけど…でもどうして?」

 

「目の前で倒れそうだった知り合いがいたら心配になるでしょ?また倒れちゃったら危ないし」

 

特別親しい訳ではないが、祐の事は見ていたし明日菜達を通してどんな人かも知っている。それなりに信用はしているが自分に付き合わせるのは悪い気がした。それに恐らく用事があるというのも嘘だろう。

 

しかし本音を言えば裕奈は今、誰かに隣にいてほしかった。何故かわからないが、先程までひどく心細かった気がする。だからこそ、祐の申し出は有難かった。

 

「え~と…じゃあ、お願いしよっかにゃ~…」

 

「お任せください!その代わり、俺が倒れそうになったら何としても助けてね」

 

「逢襍佗君を支えられる自信はないかなぁ…」

 

隣り合って進み始める二人。少しして裕奈は祐に質問をした。

 

「ねぇ逢襍佗君。逢襍佗君ってさ、夢って見る方?」

 

「全然」

 

素早く帰ってきた返答に少し面食らう。少しも考える素振りが無かった。

 

「そ、即答だね」

 

「まぁね、きっと眠りが深いんじゃないかな?わかんないけど」

 

適当な発言に少し呆れていると、今度は祐から質問がきた。

 

「明石さんは?」

 

「私は…最近ね、すっごく見るんだ。それと何を見たかまでよく覚えてる」

 

そう話す裕奈を見て、祐は少ししてから口を開いた。

 

「よかったらさ、その話詳しく聞かせてくれない?」

 

「え?」

 

「なんか悩んでそうだったからさ。お節介だとは思うけど、これも何かの縁だと思ってくれないかな?それにこんな事言うのもなんだけど、深い仲じゃないからこそ話せる事ってあると思わない?」

 

「…いいの?」

 

「勿論、寧ろお願いするよ」

 

それから裕奈は自分の母が既に亡くなっている事、そしてここ数日の夢の内容を話した。周りに心配を掛けたくないからと黙っていた事も、話し始めてしまうと自分でも驚くほど口から零れていった。この状況がそうさせるのか、それとも相手が祐だからなのか、理由は本人でさえよくわからない。

 

「なるほどね…」

 

「ごめんね、こんな暗い話しちゃって」

 

「いや、そんな事ないよ。話してくれた事、感謝してる。ありがとう明石さん」

 

それから何か考え始めた祐の顔は裕奈からすれば初めて見る真剣な表情で、そんな顔もするんだと少し意外に思った。

 

「ん?どうかした?」

 

「あ、いえ…なんでもないです…」

 

見つめていた事に気付かれたのが少し恥ずかしく、思わす敬語になった裕奈は顔を正面に向ける。その恥ずかしさをごまかす様に自嘲した。

 

「だめだよね私。あれからもう10年ちょっと経ってるのに、未だに引きずっててさ」

 

「う~ん、俺はそうは思わないよ」

 

返ってきた言葉に反応して祐を見る。対して祐は正面を向いたままだった。

 

「だって大切な人が亡くなったんだよ?何年経とうが悲しいものは悲しいって」

 

「例えば俺はじいちゃんを病気で亡くした。これも10年ぐらい前の話だけど、今だって思い出すと寂しくなるし」

 

裕奈は視線を少し落とした。そうだ、自分だけが大切な人を亡くした訳ではない。みんな何かしら抱えて生きている。だから自分だけ悲しむ訳にはいかないと思っていたのだ。

 

「きっと自分よりも辛い目にあっている人、悲しい思いをしてる人は沢山いる。でも、それとこれとは話が別だと思うんだよね」

 

「大事なのは自分が辛いかどうかだよ。自分より辛い人がいるからって、自分の辛さが軽くなる訳じゃない。あの人よりは辛くないから大丈夫なんて考え方、悲しいよ」

 

歩みを止めて祐は裕奈に体を向けると、裕奈も同じように止まって向き合った。

 

「明石さんは今、辛い?」

 

直ぐに答えられず、裕奈は迷う。ここで正直に言ってしまっていいものかと思ってしまうのだ。祐はそれを見て少し屈むと目線を合わせた。

 

「おし、んじゃ立場を変えて考えてみよう。そうしたらイメージしやすいかも」

 

裕奈は言われた事に困惑の表情を浮かべると、祐は人差し指を立てた。

 

「明石さんの大切な人が同じ様に悩んでいたとしたら、明石さんはその人に何て言って欲しい?自分は大丈夫だって言って欲しい?」

 

それに対して裕奈は首を横に振った。祐は頷いてもう一度聞いた。

 

「明石さん、今辛い?」

 

裕奈はそこでゆっくりだが頷いた。それに対して祐は微笑むと立ち上がり腕を組んだ。

 

「それじゃ、大切な人にそれをちゃんと伝えないとね。今頃待っててくれてるんじゃないかな?そんな気がする」

 

首を傾げる裕奈。祐はどこか自信ありげだった。

 

「きっと直ぐにわかるよ」

 

 

 

 

 

 

女子寮が近づくと祐は足を止めた。

 

「それじゃ俺はこの辺で。またね明石さん」

 

「ありがと、逢襍佗君。わざわざ送ってくれて」

 

「とんでもない。あ、あと一つ」

 

「大丈夫って言葉、使い過ぎない方がいいみたい。信用してもらえなくなるからね、経験者からのアドバイス」

 

裕奈は少し笑うと頷いた。

 

「了解!気を付けとく!」

 

手を軽く上げてから背を向け去っていく祐。その背中を見送り、裕奈は寮へと戻った。自室の前に着くと、一度深呼吸をしてから扉を開けた。

 

「ただいま」

 

明けた瞬間破裂する様な音が鳴り、紙吹雪を正面から被る。

 

「へっ!?な、なに!?」

 

顔に張り付いた紙吹雪を急いで外すと、目の前にはアキラ・まき絵・亜子・美砂・円・桜子がクラッカーを裕奈に向けて立っていた。

 

『おかえり裕奈!』

 

声を合わせて言うアキラ達に唖然としていると、桜子が腕を絡めてきた。

 

「さぁ裕奈!はやくはやく!」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

腕を引かれリビングに連れていかれると、テーブルの上にはたくさんの食べ物と飲み物が用意されている。そして立てられていたプラカードには『ゆーなを元気づける会』と書かれていた。

 

「最近あんた元気がないっぽいからみんな心配してたんだよ?」

 

「なんか悩みがあるんならお姉さんに話してみなさい」

 

円と美砂がそう言いながらリビングへとやって来る。

 

「本当はもっと呼びたかったんだけど、この人数でも部屋ギリギリだからねぇ」

 

「堪忍な裕奈」

 

「今日は楽しくやろうよ」

 

まき絵・亜子・アキラも裕奈に声を掛けた。裕奈は震えると、勢いよくアキラ達に抱き着く。

 

「あ~もう!みんな大好き!愛してる!」

 

「俺も愛してるぜ裕奈」

 

「なにその声…」

 

「彼氏役やろうかなって」

 

「なんか嫌…」

 

「え~!」

 

桜子の彼氏の演技はどうやらお気に召さなかった様だ。

 

 

 

 

 

 

帰り道を歩く祐は、不意に立ち止まった。

 

「どうもザジさん、何か御用ですか?」

 

正面を向いたまま言う祐の後ろからザジが現れる。振り向くとザジがお辞儀をした。

 

「どうも逢襍佗さん。突然で申し訳ありませんが、少し聞いて頂きたい事があります」

 

こちらに視線を向けるザジを見つめ返し、祐は答えた。

 

「喜んで」

 

 

 

 

 

 

「そんな過去があったなんて!ゆーな!今日は私が一緒に寝てあげる!」

 

「ぐえっ!ちょ!ギブギブ!」

 

「桜子、技決まっちゃってるから」

 

裕奈の母について知らなかったチア部三人に対してその事を話し、最近元気がなかった理由も話すと桜子が泣きながら裕奈に抱き着く。想像以上の力に裕奈は顔を青くした。いったいこの細い体のどこにこんな力があるのだろうか。

 

解放されると少し息を整えてから、裕奈は周りを見渡した。

 

「心配掛けちゃってごめんね、これからは何か困った事あったらちゃんと言う様にするから」

 

笑顔で頷く一同。すると今度は裕奈が円に抱き着いた。

 

「えっ!?なんで私!?」

 

「どうかその豊満な胸で私を温めて…」

 

「あんたの方がおっきいでしょうが!」

 

「気にしないで、円の方がまき絵と亜子より大きいよ」

 

「「ひどい」」

 

楽しそうにする裕奈達。昨日までより笑顔に無理が見えなくなったのを感じ、アキラは優しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

自宅へと着いた祐は先程のザジとの会話を思い出していた。

 

「その男が夢を?」

 

「ええ、どうやら彼は夢に対して随分執着している様です。警告はしましたが、安心は出来ません」

 

「夢に執着する理由はなんです?」

 

「彼が言うには、夢を紐解く事は心の証明に繋がると話していました。彼の真の狙いは心が存在していると証明し、それを解明する事」

 

「心…」

 

祐はその表情を険しくする。

 

「彼の力は夢を操り、その夢に潜り込むもの。そして厄介なのは、その力を受け続けた者はいずれ夢と現実があやふやになる事です」

 

「それは起きた事が夢でなのか現実でなのかのわからなくなるって事ですか?」

 

「その通りです」

 

 

 

 

 

 

床に仰向けに寝転がると天井を見つめる。

 

「まさか、眠れないのが困る出来事に当たるとはな」

 

そしてもう一つ気がかりな事、それはザジが終わり際に言っていた事だ。

 

 

 

 

 

 

「夢が優しく、現実がただ悲しいものなら、やがて現実を拒み始める。拒んで眠りを選んだら、そこに目覚めは訪れない」

 

 

 

 

 

 

そして今日も夜が来る。眠りを受け入れたのならば、夢から逃れる術はない。



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眠りの街

「ん~…あれ、ここって…」

 

目を覚ました裕奈が辺りを見回す。自分達の部屋であることは間違いなく、普段と違う所は自分を含めアキラ以外にもまき絵達が床にそのまま寝ている事だ。

 

「あ~、昨日そのまま寝ちゃったのか」

 

そう言って隣のまき絵の頬を優しく指でつつく。

 

「お~いまき絵~、朝ごはんだよ~」

 

「ふぇ?もう?」

 

寝ぼけまなこで答えるまき絵。まさかこれで本当に起きるとはと裕奈は少し驚いた。

 

「おはよう、まき絵」

 

「裕奈?あ、そっか。昨日こっちで寝たんだったね」

 

上体を起こし、伸びをするまき絵を見て裕奈も伸びをすると立ち上がった。

 

「取り敢えずみんな起こそっか」

 

「そうだね」

 

 

 

 

 

 

「明日菜~、朝ごはんそろそろ出来るよ~」

 

「は~い」

 

木乃香からの声に反応してベットから体を起こす。横を見るとカモが下着に包まれて寝ている。

 

「うごっ!」

 

明日菜は下着を取るとカモの体を掴んで下に降りた。

 

「おはようございます明日菜さん」

 

「あんたねぇ、こいつ一応あんたのペットでしょ!手綱ぐらい握っときなさい!」

 

掴んだカモを既に起きていたネギの目の前に突き出すと、その姿にネギは少し怯えながらカモを受け取った。

 

「は、はい…気を付けます…」

 

「ったく」

 

(うごご…朝っぱらからハードだぜ…)

 

「可愛いもんやん、そないムキにならんでも」

 

料理の載った皿をテーブルに置きながら木乃香が言うと、明日菜は不満そうな顔をした。

 

「木乃香は少し甘すぎんのよ。そもそもあんた周りに対しても無防備な所あるし、もうちょっと気を付けなさいよ?」

 

「え~、そないな事あらへんよ」

 

「よく言うわよ、祐と距離近い時とかこっちはハラハラしてるんだから。あんなんでもあいつ一応男なんだからね?」

 

「ウチかて人は選んどるよ、近いのは祐君やからや」

 

「うっ…」

 

素直に告げる木乃香に明日菜は何も言えなくなってしまう。

 

「ほらほら、まずはごはん食べよ~」

 

言いながらテーブルの前に座る木乃香。カモは明日菜の肩に乗り、小声で喋る。

 

「こりゃ木乃香姉さんには敵わないっすね」

 

「うっさい」

 

 

 

 

 

 

「朝ごはん食べたら今日は何しよっか?」

 

「今日誰か部活とか予定ある人〜」

 

桜子の発言に合わせ、美砂が問いかけると全員が手を上げなかった。

 

「シャワー浴びたら取り敢えず外出てみる?」

 

「外出たら何かあるのがこの街だからねぇ」

 

「最近何かとおかしな事ばっかり起きてるけどね!」

 

「ちょっと桜子、縁起でもない事言わないでよ」

 

「またタライ流し祭りやってたりして」

 

「少なくとも一ヶ月に何度もやらんやろ…」

 

「それって二人が逢襍佗君と出たやつだっけ?次やるなら私も出てみようかな。アキラもやろうよ」

 

「そうだね、ちょっと興味ある」

 

裕奈がそう言うとまき絵が得意げに胸を張った。

 

「甘いよ二人とも、あの祭りはそんな簡単なものじゃないんだから」

 

「そうなの?」

 

「立ち塞がる困難を抜群のチームワークで突破する必要があるからね!」

 

「言うて殆ど逢襍佗君が何とかしてくれたんやけどな」

 

「じゃあ逢襍佗君は次こっちが貰うから」

 

「だ、ダメだよ!私達の特攻隊長なんだから!」

 

「物騒やな…いや、そもそもあの祭りが物騒やったわ…」

 

タライ流し祭りの話題で盛り上がるまき絵達に対して、事情を知らない美砂達は不思議そうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

それぞれ支度を終え寮のロビーに行くと、和美とあやかが話しているのが目に入った。

 

「二人ともおはよ〜!」

 

「おっす、運動部組がお揃いで」

 

「おはようございます皆さん」

 

桜子が駆け寄って挨拶をすると二人が振り向いてそう返した。

 

「ちょうど良かったわ。ねぇ、暇ならこれから下見に付き合ってくれない?」

 

「下見?なんの?」

 

和美からのお願いに円が質問すると、あやかが呆れた様に言った。

 

「もう…お忘れになったのですか?本日私達で納涼会を行うと決めていたではありませんか」

 

円達は顔を見合わせると、少しして全員が「あ〜」と声を出した。

 

「ごめん、すっかり忘れてたわ」

 

「今会えて幸運でしたわ…。これは他の皆さんにも声を掛けた方が良さそうですわね」

 

「そっちは委員長に任せるわ。で、どうみんな?場所は芝生広場にするつもりだけど、付き合ってくれる?」

 

「ま、特に予定ないし良いんじゃない?」

 

「意義なし」

 

「それじゃ早速しゅっぱ〜つ!」

 

先頭になって進む桜子に続いて美砂達も歩き出す。

 

「それじゃ委員長、そっちはよろしくね」

 

「ええ、朝倉さんもお願いします」

 

「はいよ〜」

 

外に向かった和美を見届け、あやかはクラスメイト達に声を掛けに向かった。

 

 

 

 

 

 

「納涼会?そんな話してたっけ?」

 

「はぁ…貴女もですか明日菜さん。一人目がこれでは先が思いやられますわ」

 

あやかはまずネギのいる明日菜達の部屋に向かうと、返ってきたのは何ともこれからが不安になる返事だった。

 

「あれだけ楽しみにしていたのに、そんな事では困りますわよ」

 

「あ〜、なんか言われてみればそんな気がしてきた…かも」

 

あやかはため息をついた。

 

「とにかく、確かに伝えましたからね?それで、ネギ先生はどちらに?」

 

急にソワソワとしだしたあやかに白い目を向けると、奥からネギが顔を出した。

 

「委員長さん?呼びましたか?」

 

あやかはネギを見ると明日菜を押し退け部屋へと入っていった。

 

「まぁネギ先生!おはようございます!本日もお変わりなく、実に愛らしいお姿ですわ!」

 

「ど、どうも…」

 

「今日はネギ先生も楽しみになさっていた納涼会でイタッ!何をするんですか!」

 

ネギの両手を取り上機嫌で話すあやかの後頭部を明日菜がはたいた事により、あやかが振り返りながら睨みつけた。

 

「対応してた人を押しのけて侵入してきた奴をはたいて何が悪いのよ!」

 

「相変わらず野蛮な!ネギ先生、やはりここにいては危険です。今からでも私の部屋へ」

 

「一番危険な場所に行かせられるか!」

 

「お二人とも落ち着いてください〜!」

 

騒がしくなった明日菜達を部屋の中から笑って見ていた木乃香は、スマホを開いて祐に納涼会の事を伝えようと電話を掛けた。しかし暫く掛けても繋がらない。

 

「ありゃ?いつもはすぐ出てくれるんやけどなぁ。まぁ、また掛け直せばええか」

 

 

 

 

 

 

芝生広場で場所決めを行っていた和美達。大体の話が纏まった時、和美のスマホが着信を知らせる。

 

「委員長からだ。もしもし?」

 

『失礼、和美さん。少しお聞きしたい事が』

 

「なに?」

 

『部屋に伺ったのですが、超さんとハカセさんがいらっしゃらない様なので。何かご存じではありませんか?』

 

「ああ、超りんとハカセね。なんか最近二人でラボにこもってるみたい。今日もそこなんじゃないかな?」

 

『なるほど、ありがとうございます。寮の確認が全て終わりましたらお二人に連絡してみますわ』

 

「了解、ならエヴァちゃんの方は私が行くよ」

 

『お願い致しますね』

 

通話を終えると桜子達がこちらを見ていた。

 

「超りんとハカセがどうかしたの?」

 

「部屋にいなかったんだってさ、だからたぶんラボにいるんじゃないかって話」

 

「あの二人また何か作ってるのかな?」

 

「今日見せてくれたりして!」

 

「また変な物じゃなきゃいいけど…」

 

桜子達が超とハカセの発明品の事で話していると、和美が手を叩いて音を鳴らした。

 

「はい注目。今から私はエヴァちゃんの家に行って声掛けてくるけど、みんなはどうする?」

 

「エヴァちんの家⁉︎私気になる!」

 

「私も見てみたい」

 

「オッケー、それじゃみんなで」

 

言葉の途中で和美はある方向を見ると途中で話を止めた。全員がそれに疑問を浮かべると、和美は笑って裕奈を見る。

 

「裕奈、待ち人が来たわよ」

 

「へ?」

 

和美が指差した方向を向くと、そこには女性が立っていた。瞬間、裕奈は満面の笑みを浮かべて駆け出す。

 

「お母さん!」

 

立っていた女性、夕子も笑って両腕を広げて迎える。裕奈は飛び付いてその胸に顔を埋めた。

 

「おかえりお母さん!」

 

「ただいま裕奈、ちょっと早く着きすぎちゃった」

 

二人の元にアキラ達もやって来る。

 

「お久しぶりです夕子さん」

 

「あら!久しぶりねアキラちゃん!大きくなって、良い女になったわね!」

 

「夕子さん!私は〜?」

 

「まき絵ちゃんも成長したわね〜、昔はこんなんだったのに」

 

「そこまで小さくないよ!」

 

笑顔で会話する夕子とアキラ達。そんな姿を眺めつつ、和美が声を掛けた。

 

「ほらほら、今は親子水入らずで過ごさせてあげなきゃ。夕子さんも納涼会に来てくれるんだし、私らはその時にね」

 

「あら、ごめんなさいね」

 

「いえいえ。それじゃ裕奈、ごゆっくり」

 

「ありがと朝倉」

 

エヴァの家へと向かった和美達を見送り、夕子は優しく微笑んだ。

 

「良い友達が沢山ね裕奈」

 

「うん、みんな大切な友達」

 

抱き合った状態から少し離れると、裕奈は夕子の両手を握った。

 

「私の部屋に行こ!話したい事沢山あるんだ!」

 

「そうね、色々聞かせて」

 

裕奈は夕子の手を引いて自身の部屋に向かう。その幸せそうな姿を少し離れた場所でザジが見つめていた。

 

 

 

 

 

 

朝食を終えた祐は家から出て歩いていると、何かを感じて立ち止まった。

 

(何だこの感じ…何かがおかしい。周りから意識を感じない)

 

そう思った祐は普段から人が集まる場所を目指して駆け出す。

 

 

 

 

 

 

街の広場に着くと違和感の正体はハッキリとする。

 

(静か過ぎる。それにここまで来るのに誰ともすれ違わなかった)

 

人一人歩いていない街を見渡し、祐はその表情を引き締める。原因は恐らく昨日聞いた夢を操る存在だろう。まさかそいつは街に住む人々をその手中に収めたとでも言うのか。だが仮にそうならこの状況にも納得がいく。

 

そう考えていると物音が聞こえる。祐がそちらに向かうと、その正体と直ぐに鉢合わせた。

 

「茶々丸?」

 

「祐さん…」

 

音の正体は一人歩いていた茶々丸だった。なぜ彼女がと思ったが、答えは即座に浮かんだ。彼女は夢を見る事がないからだ。だから異変を感じて街に出たのだろう。

 

茶々丸はゆっくりと祐に近づくと、恐る恐る手を伸ばす。祐はその手を優しく取った。茶々丸は強くその手を握り返すと緊張から解放された様に見える。

 

「よかった…祐さん、貴方に会えて」

 

「俺もだよ茶々丸。無事で何よりだ」

 

茶々丸の肩に手を置いてその瞳を見つめる。

 

「師匠とゼロ姉さんは、眠ってるんだな?」

 

「はい、何度呼び掛けても目を覚ましませんでした」

 

祐は浅く頷くと、再度茶々丸と目を合わせた。

 

「行こう、師匠の家に」

 

 

 

 

 

 

エヴァの家に着くと、寝ているエヴァとチャチャゼロが確認できた。チャチャゼロに関してはきっと茶々丸が運んだのだろう、静かにベットに近寄ると二人の頬に触れた。

 

「二人とも本当に眠ってるだけだ。でも、意識がどこにいるのか掴めない」

 

二人から手を離し、その姿を見つめる。

 

「夢の世界に囚われてるって事なのか」

 

一歩後ろで祐の背中とエヴァ達を見ている茶々丸は、その表情を不安で染めていた。その時、祐のスマホが着信を知らせる。相手と通話した後、エヴァ達にもう一度触れてから茶々丸と共に相手が待つ場所へと向かった。

 

 

 

 

 

和美達はエヴァの家に着くと、興味深く外観を眺めている。

 

「は〜、お洒落な家」

 

「ログハウスって言うんだっけ?」

 

「いいな〜、ちょっと憧れちゃうわ」

 

暫く観察して満足したのか和美はチャイムを鳴らした。少ししてドアが僅かに開く。

 

「誰かと思えばお前達か。何の様だ?」

 

「おはよーエヴァちゃん。納涼会のお誘いに来たよ」

 

「納涼会だと?」

 

疑う様な視線を和美に向けるエヴァを見て桜子が反応する。

 

「あ!この感じ…エヴァちゃん納涼会の事忘れてたでしょ!」

 

「私達も忘れてたけどね」

 

円の冷静なツッコミが入ると、桜子は人差し指を口元に当てて静かにとジェスチャーをした。

 

「…因みにその話が出たのはいつだ?」

 

「いつってそりゃあ…いつだっけ?」

 

「さぁ?」

 

「一週間ぐらい前?」

 

「夏休み前だった様な…」

 

和美達の反応にエヴァは顎に手を当てた。そうしていると今度は何故か己の頬にそっと手を添える。何かを感じているかの様に瞳を閉じると、フッと笑った。

 

「いいだろう。その納涼会とやら、付き合ってやる」

 

「あれま、こりゃ珍しい」

 

「誘いに来たのはお前達だろうが…」

 

エヴァは髪をかきあげ、和美達を見回す。

 

「なるほどな、大体わかった」

 

「何の話?」

 

「気にするな。それで、場所はどこだ?」

 

 

 

 

 

 

この後の納涼会に合わせ和美達は帰って行くと、エヴァは家の中に戻った。テーブルに座ったチャチャゼロがこちらを見ている。

 

「オウ御主人、呑気ニアイツラト遊ンデテイイノカ?」

 

「馬鹿者、そんなつもりはない。お前も感じたろう?」

 

エヴァはチャチャゼロに見せる様に自分の頬を人差し指で叩いた。

 

「アア、タブンアッチデ祐ガオレ達二触ッタンダロウナ」

 

「やはりここは夢の中だ、それで茶々丸がいないのも説明がつく。祐もな」

 

「チョットヤル気出セバ御主人ハ脱出デキンダロ、ヤラネェノカ?」

 

その質問にエヴァは笑った後答える。

 

「私を閉じ込めるなど気に食わんが、こちらで待っていた方が面白いものが見れる。だから暫く付き合ってやるのさ」

 

「オモシレェモノ?」

 

エヴァはテーブルに手をついて前のめりになると、チャチャゼロに顔を近づけた。

 

「方法は予測できんが、祐は必ずこっちに来るぞ。あいつの働き、久し振りにこの目で直接見てやりたいと思わんか?」

 

言われたチャチャゼロは口角を上げた。

 

「ケケケ!ソリャイイ。オイ御主人、オレモ行クゾ」

 

「まぁいいだろう。お前の事は超鈴音とハカセの発明とでも言っておけば、あいつらなら納得する」

 

「能天気ナ奴ラデ助カルゼ」

 

「数年一緒の身からすればうんざりするがな」

 

階段を登るエヴァの足取りはどこか軽い。

 

「支度だ。祐が来る前にぼーや達が事態を収めるならばそれも良し。どちらに転んでも楽しめそうだな」

 

「祐ハ敵ヲ殺スカネ?」

 

「相手による。そこに関してはあまり期待はするな」

 

「ソリャソウカ」

 

 

 

 

 

 

祐と茶々丸が向かった先は麻帆良大学工学部。そこには関係者以外立ち入る事が出来ない研究室が存在し、そこに目的の人物がいる。

 

厳重に閉鎖された扉の前に二人が立つと壁から赤外線が照射され、二人を照らしていく。やがて扉が解錠し、中へと続く道が開く。

 

研究室に入るとそこには力尽きた様に机でうつ伏せに眠る聡美と舟を漕いでいる超がいた。祐が急いで超の元に向かう。

 

「超さん!来たよ!」

 

「おお、祐サン…ギリギリ間に合ったネ」

 

肩に手を置いて超の体を自身に向ける。眠気のピークなのかその瞼は今にも閉じようとしていた。

 

「ハカセさんは寝てるか、何でこんな状態に…」

 

「夏休みに入ってから発明品を完成させる為に、限界まで作業を続けては寝るを繰り返していたネ」

 

「えぇ…」

 

超のなりふり構わぬ科学者ぶりに少し引いていると超がある物を指さした。祐はそちらに視線を向ける。

 

そこには白いバンドの中央に透明な宝石の様な物をあしらったレザーブレスレットが、ガラスケースの中に置かれていた。

 

「あれは…?」

 

「私達から祐サンへのプレゼントヨ。使用方法は茶々丸が知ってるネ」

 

「まだ100%の完成度とはいかなかったガ、必要な機能は備わっていル。ぜひ有効活用してほしい」

 

祐が顔を向けると茶々丸が頷く。

 

「さて祐サン。私もそろそろ限界だが、何やら大変な事になっている様だネ?」

 

「あ~超さん、今寝ちゃうのはちょっと拙いかも…」

 

「すまないが天才も眠気には勝てないヨ。後は任せたネ、祐サン」

 

超は遂に瞼を閉じて祐の胸に体を預けた。顔を覗くと幸せそうに寝息をたてている。そっと両腕に抱えると、近くのソファに寝かせた。同じ様に聡美もソファに寝かせてブレスレットへと向かう。

 

「茶々丸、これは何なんだ?」

 

「はい。このブレスレットは超とハカセによって共同開発された、祐さん専用の装備です」

 

「俺専用の装備…」

 

 

 

 

 

 

「よしよし、ちゃんと部屋の片づけは出来てるみたいね」

 

「も~お母さん、私もう16歳なんだからそれぐらい出来るって!料理だって上手くなったんだよ!」

 

「あら、それは食べるのが楽しみね」

 

寮の部屋で会話する裕奈と夕子。二人の表情は幸せに満ちていた。

 

「少し心配してたけど、大丈夫そうね。いい友達にも恵まれてるみたいだし」

 

「うん、私みんなの事大好き。勿論お母さんとお父さんもね」

 

夕子は微笑んだ後、ニヤリした表情に変わる。

 

「お父さんが好きなのは相変わらずっぽいけど、彼氏の方はいつ紹介してくれるのかしらね?」

 

「か、彼氏!?何言ってるのお母さん!」

 

「だって裕奈、仲のいい男の子の友達すらいないじゃない。母親としては少し心配だわ」

 

「そんな事ないし!この間なんて二人で夕暮れの川沿いの道を歩いて帰ったんだから!」

 

勢いでそう言うと夕子は目を輝かせた。

 

「あら!裕奈にもそんな子が出来たの!?どんな子!?」

 

「え、えっと…言っとくけどそういう関係じゃないからね!私が好きなのはお父さんで」

 

「いいからいいから!何て名前の子なのよ」

 

口を滑らせてしまったと思いつつも、この話題は流せそうにないので正直に言う事にした。

 

「その、名前は逢襍佗君って言って…同じ学年の隣のクラスの子…」

 

「ほうほう。その逢襍佗君って子が裕奈と二人で帰った子なのね」

 

「確かに一緒に帰ったけど!あの時はただ!……」

 

その瞬間、赤くなっていた裕奈の表情が一気に曇り始めた。

 

「裕奈?」

 

「あの時…私は…」

 

あの時の事を思い出す。自分は転びそうになったのを祐に助けてもらった。そしてその後、祐に悩みを相談しながら寮へと帰ったはずだ。ではその悩みとは何か、どこかでそれを思い出すなと言う声が聞こえてくる。しかし、その時の光景が次々と蘇り、気が付けば裕奈の体は震えていた。

 

「お母さんが…帰って来る夢…なんで…お母さんはここにいるのに…」

 

「あまりその先を考えるのはおすすめしませんよ?」

 

後ろから聞こえてきた声に振り返る。そこにいたのはどこかで見た事がある様な赤い髪の青年だった。

 

「貴方…誰…?」

 

ソニュームは裕奈の顔を見つめると考える様な仕草を取った。

 

「ふむ…原因はわかりませんが、何かがトリガーになって夢と現実の境界が出来始めたのか。麻帆良の人間はほぼ眠ってこちら側にいる筈ですが…」

 

「何を言って…」

 

裕奈は後ずさりながは夕子を見ると、夕子はまるで時間が止まったかの様に停止していた。

 

「困りましたね、貴女の様な異分子がいるとこの夢に歪が出来てしまう」

 

裕奈の背中が壁に当たる。もう後ろに下がる事は出来ない。ソニュームは右手を上げ、裕奈に近づいた。

 

「手荒な真似をするつもりはありません。もう一段、深い眠りに落ちてもらうだけです」

 

その手が触れそうになる瞬間、二人の間に魔法陣が現れ、それが裕奈を包み込むと裕奈ごとこの場から消えた。

 

ソニュームは右手を下ろすとその表情を冷たいものに変える。

 

「姫様か…やはり一筋縄ではいきませんね」

 

 

 

 

 

 

裕奈が目を開けると、そこは寮の前の芝生広場だった。辺りを見渡すが先程の男の姿はない。それと同時に裕奈はどこかで確信した。今見ているこの世界は現実ではないのだと。

 

「あれ?裕奈?」

 

エヴァの家から戻り、納涼会の準備を始めていたアキラがやって来る。他のクラスメイトは近くにいない様だった。

 

「どうしたの?夕子さんと」

 

言葉の途中で裕奈が胸に飛び込んできたので、慌ててなんとか抱き留める。不思議に思っていると裕奈が涙を流しているのが見えた。

 

「…裕奈?」

 

「アキラ…私…どうしたらいいかわかんないよ…」

 

当然アキラにはその言葉だけでは何もわからない。しかし裕奈が今悲しんでいるのは間違いなく、なら今自分がやるべき事は彼女のそばにいて安心させてあげる事だ。アキラは強く裕奈を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

「おっしゃ、こいつの事は大体わかった。後は向こうに行く方法だ」

 

「いったいどうしたら…」

 

「出来れば向こうにいる誰かと話せればいいんだけど…。取り敢えず、ここにいる超さんとハカセさんから」

 

(逢襍佗さん、聞こえますか?)

 

祐が振り向くがここには眠っている二人を除けば茶々丸しかいない。しかし先程の声は茶々丸のものではなかった。

 

「茶々丸、今声聞こえた?」

 

「いいえ、私には何も」

 

(私の声は貴方にしか聞こえていません。これでも結構頑張ってます)

 

「…ザジさんか?」

 

(正解です逢襍佗さん。現在夢の世界から交信中です)

 

「茶々丸、ちょっと待ってて!」

 

「は、はい」

 

茶々丸に断りを入れてから祐は目を閉じて意識を集中させた。

 

(駄目だ、小さすぎる。まだそこを見つけられない)

 

(やはり私一人では目印にはなりませんでしたか。しかしここは彼のテリトリーです。こうして話せる時間もそう長くありません)

 

(わかった、今そっちの人達はどうなってる?)

 

(皆さん同じ夢の世界にいます。夢の世界だと気づいているのは私も含めて恐らく数名だけでしょう)

 

祐は腕を組んで考える。

 

(そっちの人達にここは夢の世界だって事を自覚させる事は出来そう?)

 

(やってみましょう、ただし全員は難しい。どなたかリクエストなどありますか?)

 

(今から言う人を優先で頼む。その人達がそこが夢だって事を自覚したら、伝言を伝えて欲しい)

 

 

 

 

 

 

茶々丸は黙って目を閉じている祐を見つめる。やがて祐がその目を開けた。

 

「祐さん」

 

「茶々丸、突破口が開けそうだ」

 

「我々はどうすれば?」

 

「方法は一つ。みんなを信じて、その時を座して待つ」

 

 

 

 

 

 

明日菜達は納涼会の準備の為、部屋から出てロビーに向かう。すると目の前に魔法陣が現れ、明日菜達を包んだ。

 

「は?ちょっと!」

 

「転移の魔法陣!?」

 

「あらまぁ」

 

目を開けるとそこは寮の屋上。周りには明日菜達以外にも何人かいた。あやか・刹那・真名・さよ・そしてハルナの五人だ。

 

「明日菜さん!貴女達もここに!?」

 

「お嬢様!」

 

「やっほ~せっちゃん」

 

「神楽坂達も来たか。わからんな、何の面子だ?」

 

「ちょっと想像つきませんね」

 

「なんか私、すっごい場違いな気がするんだけど…」

 

ハルナが若干の気まずさを感じていると、先程の魔法陣が現れ中から人が出てくる。

 

「え…ザジさん!?」

 

「急展開過ぎて私気絶しそう」

 

「気絶するなよ早乙女。後が面倒だ」

 

「龍宮さんが冷たい」

 

ザジは明日菜達に近づくと頭を下げた。

 

「突然のご無礼お許しを。しかし、如何せん緊急事態ですから」

 

((((((((喋った…))))))))

 

満場一致で同じ事を考えていると、ザジが続きを話し始める。

 

「さて皆さん、時間がありません。いきなりですが皆さんにはやって頂きたい事があります」

 

「やってほしい事…ですか?」

 

代表してネギが聞くと、ザジは頷いた。

 

「この夢から目覚める為には、皆さんの協力が必要不可欠です」



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「ごめんアキラ、いきなり泣いたりして…」

 

「ううん、気にしないで。…何があったか、聞かせてくれる?」

 

少し落ち着いた裕奈に優しく語りかけるアキラ。話しても信じてもらえないかもしれない事だが、今は正直に全てを伝えるべきだと裕奈は思った。

 

「たぶん…今から私とんでもない事言うと思う。でも、取り敢えず最後まで聞いてほしいの…」

 

「わかった」

 

そして裕奈はアキラに伝える。母である夕子は既に亡くなっている事、そして今見ているこの景色は夢である事を。

 

「そんな…夕子さんもこれも夢って事…?」

 

アキラは裕奈の言った事に困惑を隠せないでいる。確かに夕子は目の前にいたし、クラスメイト達も普段と変わらずそこにいた。何より今も自分の意識はハッキリとしている。

 

「そう簡単に信じられる事じゃないのはわかってる…でも…でもお母さんはもう亡くなってるの!11年前に事故で!」

 

裕奈は自分で言った事に胸が締めつけられる。わかっていてもこんな事を改めて口になどしたくはなかった。しかし伝えなければならない。先程の赤髪の青年といい、きっと自分達は危険な状況にいる。目に涙を溜める裕奈を見て、アキラは両手で裕奈の肩に触れた。

 

「アキラ?」

 

「正直に言うと今一信じきれてない。これが夢だって実感もない。でも、裕奈がこんな嘘つかないって事はわかるよ」

 

アキラが再び裕奈を抱きしめる。抱きしめられた裕奈は驚きつつも、その腕をアキラの背中に回した。

 

「こんなに辛そうな裕奈を見ちゃったらね…私は信じるよ、裕奈の事」

 

顔は見えていないが裕奈が今どんな表情でいるかを感じ取り、アキラは裕奈の背中を優しく撫でた。

 

「やれやれ、歪みが大きくなってきましたね」

 

その声に二人が反応する。そこにはこちらに向かってゆっくりと歩いてくるソニュームがいた。

 

「さっきの…」

 

裕奈の怯えた表情に、アキラは目つきを鋭くして目の前の青年を見た。

 

「誰ですか…?」

 

「私の事はお気になさらず、貴女達は素直に夢を見ていてください」

 

その赤い目を輝かせて近づくソニューム。それに対して後ずさると、光の矢が二人の頭上を通り過ぎる。それに気付いたソニュームが後ろに飛び退くと、裕奈とアキラの前に二つの人影が現れた。その背中を驚いた表情で見つめる。

 

「明日菜⁉︎ネギ君⁉︎」

 

「なに、その杖と…ハリセン?」

 

ネギと並び立って構えていた明日菜が肩を落とす。

 

「やっぱハリセンじゃ格好つかないか…」

 

杖を構えるネギと肩に乗るカモは少し同情の目を明日菜に向けた後、視線はソニュームに向けたまま裕奈達に話し掛けた。

 

「お二人とも!あの人は僕達に任せて、ここから離れてください!」

 

「えっ、でも…」

 

「大丈夫!時間ぐらい稼いでみせるから!」

 

ネギと明日菜にそう言われ、裕奈は困った顔をする。アキラも同様だったが明日菜達の顔を見て聞き返す。

 

「大丈夫なんだよね?」

 

「勿論!」

 

「大丈夫です!」

 

アキラは裕奈の手を取ると寮に向かって走り出した。

 

「アキラ⁉︎」

 

「信じよう、今は二人を!」

 

力強く手を握るアキラに連れられ、後ろ髪を引かれる思いを抱いて裕奈も走る。

 

「どうやらあなた達もこの世界を夢と認識しているようですね。しかしその自覚は薄い…姫様の入れ知恵か」

 

品定めをする様に二人を見た後、明日菜とネギ越しに裕奈達の背中を眺めた。

 

「先の彼女が歪みの一番の原因、逃すのはよろしくありませんね」

 

指を鳴らすとソニュームの周りに影が生まれる。その影が一つ一つ別れていき、人型になるとその姿が浮かび上がる。形こそ人型ではあるが、その姿は人間とは程遠いものだった。

 

「何こいつら…まるで悪魔ね…」

 

「まぁ、そんな認識でいいでしょう。あなた方が思う悪魔とは正確には違うのでしょうが、重要な事ではありませんからね」

 

「魔族を召喚出来るんですか…?」

 

鋭い視線のネギに笑って答える。

 

「ええ。何せ私、こう見えてそれなりに上の方ですから」

 

「上級魔族…」

 

ソニュームが手を前にかざすと、召喚された魔族達がネギ達を見た。

 

「お願いしますよ皆さん」

 

その言葉を合図に魔族の一体がネギ達に向かってくる。

 

「明日菜さん!」

 

「オッケー!」

 

ネギから魔力を受け取った明日菜が迎え撃つ様に走り出す。目の前の敵をアーティファクトで叩きつけると、敵は粒子の様に消えた。

 

「なんと、これは恐ろしいお嬢さんですね」

 

(やっぱり姐さんのハリセ…アーティファクトには魔法系統に特攻の様なものが付いてるな)

 

前に出てきた一体を排除し、二人はソニュームに対して構えを取る。

 

「子供だからって舐めないでよね!ゆーな達に言った通り、時間稼ぎぐらいしてやるんだから!」

 

「なるほど、それは困りましたね」

 

再度指を鳴らすと魔族が召喚される。

 

「取り敢えず数を増やしますか」

 

「…」

 

「姐さん…」

 

それを見たネギとカモが明日菜を横目で見ると、明日菜がばつの悪そうな顔をした。

 

「余計な事言わなきゃよかったかも…」

 

 

 

 

 

 

裕奈とアキラは寮のロビーに駆け込むと、一旦後ろを見てから膝に手をついて荒くなった呼吸を整える。すると納涼会の準備を行なっていた和美達が二人の様子を見て近寄ってきた。

 

「どうしたの二人とも、そんな急いで?」

 

「なんて言うか…変な人に裕奈が狙われてる」

 

まき絵の問いになんとか伝わる様に色々と簡略化してアキラが答えると、全員が驚いた顔をする。

 

「どう言う事⁉︎」

 

「まさか変質者?」

 

「変質者と言えば変質者かな…」

 

「裕奈、大丈夫なんか…?」

 

「うん、なんとか…」

 

背中を摩る亜子に呼吸が落ち着いた裕奈が顔を向ける。その目が少し充血し潤んでいるのを見て、亜子はその表情を険しくした。

 

「取り合えず警察に電話して」

 

話ながら美砂がスマホを開こうとした瞬間、少し離れた場所に影が生まれる。それは先程と同じ様に人型になるとその姿を現した。

 

「えっと…なにあれ…?」

 

「よくわかんないけど、たぶんいい奴じゃなさそう…」

 

魔族達は裕奈とアキラを見つけるとそちらに向かっていく。

 

「こっち来たよ!?」

 

「遂にスクープじゃい!」

 

「言ってる場合か!」

 

走ってその場から離れる裕奈達。迫る魔族の一体の頭部に何かが当たり、その魔族は倒れて消滅する。それと同時に刹那が裕奈達の間を駆け抜け、残りの数体を夕凪で切り伏せた。

 

「桜咲!?」

 

「あれってマジの日本刀?」

 

「探索は後だ、私達の後ろにいろ」

 

二挺の拳銃を持ち、背中にスナイパーライフルを担いだ真名が歩いて前に出る。

 

「今度は拳銃だ…」

 

「それもマジ物…?」

 

「モデルガンだよ。ただの、な」

 

(あ、たぶん嘘だ)

 

桜子はそう思ったが空気を読んで黙った。

 

 

 

 

 

 

部屋でパソコンの前に座る千雨は、イヤホンをしているにも拘わらず聞こえてくる外からの喧騒に青筋を立てていた。

 

(まだ昼前だからって騒ぎ過ぎだろ!そんなに納涼会が楽しみなのかあいつらは!)

 

先程わざわざ部屋に来たあやかに声を掛けられ顔を一瞬出せばいいだろうと思っていたが、それすらも面倒になってきた。黙って部屋にこもってやろうかと考えていると、今度はドアを強く叩く音がする。さすがに我慢の限界だと机から立ち上がり、大股で床を踏みしめながら玄関へと向かう。

 

勢いよくドアを開けるとそこには鳴滝姉妹・夏美・千鶴・美空・五月がいた。所々あまり一緒にいるイメージがないメンツに面食らっていると、風香と史伽が千雨の手を取る。

 

「お、おい!何だよ!?」

 

「いいからこっち来て!」

 

「大事件です!」

 

二人に引っ張られ外に出されると、寮内の芝生広場が確認出来る場所まで連れていかれる。そこには古菲と楓が既におり、芝生広場を見ていた。訳もわからず取り合えず二人の視線を追うと、そこには更に訳のわからない光景が広がっていた。

 

「なんだありゃ…」

 

自分の見間違いでなければ何やら長い杖とハリセンを持ったネギと明日菜が、赤い髪の男の周りに立つ人ならざる者と戦っている様に見えた。瞬間千雨は目眩がする。

 

「あれって何やってるのかな…?」

 

「喧嘩かしら?もしそうなら止めないと」

 

「ここからだとよくわからないアル」

 

「ふむ、取り合えず他のみんなとも合流するでござるよ」

 

「勘弁してくれ…」

 

「あ~、私もちょっとお腹の調子が…」

 

千雨が頭を抱え、美空がその場から離れようとするが風香が千雨を、古菲が美空の腕を掴んで引きずっていく。

 

「ほら行くよ千雨!」

 

「なんでだよ!?てか意外と力つえーな!」

 

「こういう時に単独行動は危険アル!」

 

「いやぁ~!厄介事に巻き込まれるぅ~!」

 

 

 

 

 

 

「との事でした」

 

「いや雑」

 

ザジから伝えられた祐からの伝言は、現実世界にいる祐に対して、今自分達がいる場所を伝えてほしいというものだった。それだけ言われてもハルナ達はどうすればいいのかまるでわからない。

 

「そもそもザジさんに集められたこのメンバーはなんなのよ?」

 

「確かに、私達に一貫性がある様には…」

 

「逢襍佗さんからのご指名です。自分の力を知っている人達で固めたのでしょう」

 

なんて事も無さそうに放ったザジの発言に、聞いていた全員が固まる。一番先に再起動したのはあやかだった。

 

「ザジさん!貴女祐さんの力の事を知っていたんですか⁉︎と言うかハルナさんも⁉︎」

 

「あ〜…力って虹色の光の事だよね?直接使った所を見た訳でもないし、ストレートに聞いた訳でもないけど、そうなんだろうなぁとは思ってた。てかみんなこそ知ってたの⁉︎」

 

「まぁ、私は祐さんから直接話して頂いたので」

 

「何かなその得意げな感じは?」

 

「私は助けてもらった時に見ました!」

 

「マウント取ってんのかこのヤロー!」

 

「ひぃ⁉︎ごめんなさい!そんなつもりでは!」

 

「まぁまぁハルナ」

 

謎の敗北感を味わい、怒り出すハルナを抑える木乃香。ひと段落ついたのを確認して、ザジは全員に声を掛けた。

 

「さぁ、それでは皆さんお願いします」

 

「いや、お願いしますって言われても…」

 

「どないすればええんやろか?」

 

「私も、出来る事と言えば物を動かすくらいで…」

 

「祐さんは他に何か仰っていませんでしたか?」

 

「『俺に伝えるつもりで、自分はここだ!と強く心の中で念じてくれればいい』との事でした。『必ずそれを見つけるから』とも言っていましたね」

 

「それを早く仰ってください!」

 

重要な事を言っていなかったザジにあやかが詰め寄る。それを眺めながら、そうは言ってもとハルナは思った。

 

「念じるったって、ここ夢の中なんでしょ?それだけで伝わるもんなの…ってもうやってる!?」

 

横を見ると既に木乃香とさよは、祈りを捧げるシスターの様に胸の前で手を組んで目を閉じていた。

 

「大丈夫やってハルナ」

 

目を閉じたまま木乃香が言う。

 

「祐君なら、きっと見つけてくれる」

 

「はい!逢襍佗さんなら大丈夫な気がします!」

 

迷いなく言ってのける二人にハルナは乱暴に頭を掻いて身体をうねらせた。

 

「くっそ~!このピュア少女共め!上等よ!駄目で元々…届け!私の想い!」

 

「仕方ありませんわね、雪広あやか!参ります!」

 

同じポーズで祐に念を送るハルナ達。それをザジが黙って見つめるという何とも奇妙な光景が生まれた。

 

 

 

 

 

 

「つまりなんだ?今私たちのいる世界は夢の世界で、外で神楽坂達と戦ってる赤い髪の奴が黒幕と」

 

「たぶん…そういう事なんだと思うけど」

 

「マジで笑えねぇ…」

 

下に降りる途中、同じ様に下に向かっていた夕映とのどか、そしてロビーで裕奈達と出くわした千雨達はアキラから現状の説明を受ける。現実味の欠片もない話だが、先程の光景・そして少し先で人外の者を退治している刹那と真名、それに混ざった古菲と楓を見て千雨はまだこれが夢の世界と思った方が精神衛生上マシな気がした。

 

「こんなに意識がしっかりしてるのに夢なのね」

 

「ちづ姉落ち着いてない?」

 

「こんな時こそ落ち着かないとね」

 

「目の前のあれ見て落ち着けるの素直にすごいと思うよ…」

 

千鶴と夏美の視線の先には魔族に対して大立ち回りを繰り広げる刹那達の姿がある。千雨程ではなくとも、その光景に何も思えずにはいられなかった。

 

「そもそも何でレッドマンはゆーなを狙ってるの?」

 

「お姉ちゃん、レッドマンって誰?」

 

「あの外の人」

 

「そ、そっか…」

 

「たぶんだけど、私がこれを夢だって気付いたからだと思う。それがわかると困るみたいな事言ってたし」

 

「なるほどね。でもよく気付いたね、これが夢だって。なんかあったの?」

 

「それは…」

 

美空に聞かれた裕奈は少し辛そうな顔をする。

 

「あ~…私もしかしていらん事聞いた?」

 

「美空さんデリカシーが無いです」

 

「悪かったな…」

 

夕映に言い返したい気持ちもあったが、美空はそれ以上何も言えなかった。

 

「ううん、大丈夫。私が夢だって気付けたのは」

 

首を横に振ってから裕奈が答えようとすると外で大きな音が鳴り、その後強い光がガラスから漏れ出した。

 

「今度はなんだよ!?」

 

「もしかして明日菜達?」

 

「そうだった!外で戦ってるんだった!」

 

和美達は刹那達から適度に距離を保ちつつ、ガラス越しに外を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)光の3矢(セリエス・ルーキス)!」

 

ネギから放たれる光の矢はソニュームへと向かう。壁になろうとする魔族を明日菜が消し、光の矢は止まる事無く対象を捉えた。障壁を張り攻撃を防ぐが、ソニューム側は先程から防戦が続いている。

 

「経験は浅い様ですが才能を感じます。どちらも若い事を加味すれば充分過ぎるでしょう」

 

「けっ、随分と余裕そうじゃねぇか」

 

服の埃を払いつつ、ソニュームはカモを見た。

 

「そうでもありませんよオコジョ君。私は確かに上位魔族ではありますが戦闘は好きではなくてね。正直もうやめたいぐらいです」

 

「だったら今すぐ皆さんを開放してください!それで問題は解決します!」

 

「すみませんね少年、そういう訳にもいかないのです」

 

「なんなのよあんた!そもそも何がしたいわけ!?」

 

ネギの横に立った明日菜がハマノツルギをソニュームに向けて突きつける。それに対して笑顔を見せた。

 

「私の望みはただ一つ。心の存在の証明です」

 

「心?」

 

「夢は心を映す。夢とは心から生まれくるもの。その因果関係を解明する事が、心を紐解く近道だと私は考えています」

 

「え~っと…つまりどういう事?」

 

「要するに、心に関する謎が解けるまであなた達には眠っていて欲しいのですよ。何年掛かるかは断言出来ませんが」

 

「はぁ⁉︎そんなのお断りよ!」

 

「この夢の世界は現実と密接に繋がっています。ここで生きれば現実でも生きる。逆も然りですがそこは私が安全を保証しましょう、皆さんは貴重な素材ですからね。あなた達はただ見たい夢を見続けてくれればいい」

 

そこまで言って、ソニュームは不満そうな顔をする。

 

「なのに現実に戻りたいと思うのは何故です?それほど現実の方が楽しいものだとは到底思えませんが」

 

「そこにあるのは幻だからです。どんなに素敵な夢でも、それは本物じゃない」

 

明日菜に変わってネギが答える。しかしソニュームは納得出来ていない様子だった。

 

「本物かそうでないか、そこまで重要な事でしょうか。本人が幸せを感じられればそれで良いとは思いませんか?現実に戻った所で、待っているのは辛い事で溢れている日々ですよ」

 

一度ネギは目線を落とすが、直ぐに強い意志のこもった目で見返した。

 

「夢に生きるか現実に生きるか、それを決めるのは生きているその人です。少なくとも僕は…強制的に夢の世界で生かせようとする貴方には協力出来ません」

 

「そうですか…」

 

心底残念そうに肩を落とす。やがてその目を光らせると両手を前に突き出し、魔法陣が現れ光の球体を作る。

 

「力尽くは趣味ではないのですがね!」

 

それを見て構えるネギと明日菜。

 

「兄貴!強力な魔力の流れだ!撃ってくるぞ!」

 

「ラス・テル マ・スキル マギステル!」

 

詠唱を始めると、ネギの身体を魔力の光が包む。それを阻止せんと迫ってくる魔族の前に明日菜が立ち塞がった。

 

「行かせるかぁ!」

 

横一線に薙ぎ払いを行うと、その風圧で辺り一帯の敵を吹き飛ばす。

 

「ナイスだ姐さん!」

 

闇夜切り裂く(ウーヌス・フルゴル) 一条の光(コンキデンス・ノクテム)

 

我が手に宿りて(イン・メア・マヌー・エンス) 敵を喰らえ(イニミークム・エダット)

 

白き雷!!(フルグラティオー・アルビカンス)

 

左手から稲妻を放出するネギ。迎え撃つようにソニュームの作り出した球体が変化し、レーザーの様に発射された。ぶつかり合う二つの光、その衝撃波で周囲を激しく揺らした。

 

「くっ!」

 

「ここが正念場だ兄貴!気張れ!」

 

「ネギ!」

 

双方から放たれた光は拮抗し、ネギは何とか歯を食いしばって衝撃に耐える。

 

「大したものです少年。戦闘向きではないとは言え、私はこれでも君の倍以上の経験と生を送ったというのに」

 

笑顔を見せるソニューム。決して余裕などは無いが、それでも彼は笑って見せた。

 

「しかしこんな機会をみすみす逃す訳にもいきません。年甲斐もなく張り切らせてもらいましょう!」

 

勢いを増す攻撃に、ネギの身体が少し後ろに下がり始めた。しかし闘志は衰えていない。全身に力を入れ、大地を踏み締める。

 

(こんな所で膝をついてられない!そんな事したらエヴァンジェリンさんにも、父さんにも笑われちゃう!)

 

ネギの脳内に浮かび上がるのは師であるエヴァと父であるナギの顔。そして、もう一人。

 

(あの人はきっとここで負けても僕を励ましてくれる。でも、それじゃ駄目だ!)

 

(それじゃあの人の隣に行けない!同じ所に立てない!)

 

エヴァから言われていた。それ相応の覚悟がないなら距離を置けと。血の繋がりもなければ、出会ってまだ一年も経っていない。目指すものも違う。そんな相手の為に困難を共にする必要があるのかと。

 

その言葉に思う所が無い訳ではない。しかし、だから彼と距離を置くという選択肢は自分の中には生まれなかった。

 

きっと彼に関して知らない事の方が沢山ある。それこそ自分はまだ何も知らないのかもしれない。それでも、彼の近くに居たいと思ったこの気持ちに嘘はない。

 

少しずつネギの魔力が増幅していく。辺りを揺らす暴風に押されながら明日菜はその光景を見つめ続けた。

 

『ネギくーん!』

 

『ネギ先生!』

 

少し先からの声に目を向ける。そこでは自分の生徒達がこちらを見ていた。

 

「よくわかんないけど頑張れネギ君!」

 

「よくわかんないけどやったれ~!」

 

「よくわかんないけどレッドマンなんかに負けるなー!」

 

「お前らよくわかんない言うの禁止だ!」

 

周りの発言に千雨はツッコみを入れながら、その目はネギに向けられていた。

 

「根性見せるアルヨネギ坊主!」

 

「この感じ…助太刀は無粋でござるな」

 

「頼むぞネギ先生、ここで仕事が終われば私が楽になる」

 

「真名…」

 

屋上で祈り続けるあやか達にも、戦闘の余波が伝わっていた。

 

「何ですの!この揺れは!?」

 

「なんかバチバチ言ってるんだけど!?」

 

「大丈夫ですよ、皆さんは集中してください」

 

「この子すっごい簡単に言う!」

 

「う〜ん…集中、集中…」

 

(祐君、ウチらはここにおるよ)

 

状況をあまり認識出来ていない者が大半だろうが、それでも自分を応援してくれているのに変わりはない。そこでネギはかつて掛けられた言葉を思い出す。

 

『一生懸命な人は、応援したくなるもんさ』

 

『行ってこいネギ。俺だけじゃない、沢山の人がお前の力になりたいと思ってるぞ』

 

その瞬間、ネギがその目を見開く。

 

 

 

 

 

 

超と聡美が寝ているソファの近くで祐は胡座をかいて地面に座り、腕を組んで目を閉じていた。茶々丸はその隣で正座をしている。

 

すると祐が目を開ける。確かに聞こえた、自分に向けて送り届けられた声が。

 

もう何も問題はない。充分過ぎるくらいだ。届いた想いは、何処とも知れない夢の世界への確かな道標となった。

 

「見つけた」

 

 

 

 

 

 

「なんと…!」

 

ネギから放出されていた稲妻が二倍の大きさになり、赤い光を押し返し始める。

 

「はは…ハハハ、素晴らしい!想いの力、心の力とでも言うのか!」

 

ゆっくりと近づくネギの稲妻、その光景にソニュームは笑わずにはいられなかった。

 

心配そうにネギを見ていた裕奈が拳を握り、思い切り叫ぶ。

 

「ネギ君‼」

 

「だぁーーー!!!」

 

「やはり存在する!間違いなく!」

 

その言葉の直後、ソニュームは光に呑まれた。



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呼び起こせ光

周囲を包み込んだ青白い光が晴れたその場に、ソニュームが仰向けに倒れている。全員がその光景を放心した様に見つめていると、我に返った明日菜がネギへと駆け寄った。

 

「ネギ!」

 

よろめきながらもなんとか立っているネギを急いで支える。

 

「よくやった兄貴!惚れ直したぜ!」

 

「やるじゃない!あんた勝ったのよ!」

 

「あ、頭がグラグラします…」

 

気の抜けたネギの返答に明日菜とカモは笑顔を見せた。

 

「あれって倒したんだよね?」

 

「そうじゃないかな?」

 

「ネギ君大勝利だ~!」

 

見ていた桜子達もネギへと向けて走っていく。ネギは直ぐに周りを囲まれた。

 

「凄いよネギ君!」

 

「そもそもさっきのバリバリ何なの!?」

 

「えっ!?いやそれは…」

 

「み、みんな自覚ないかもしれないけどここ夢の中だから!そんな事も出来るわよ!だって夢だし!私も、ほら見て!」

 

そう言ってハマノツルギを出したり消したりする明日菜。それを見ていたクラスメイトは目を輝かせた。

 

「すごっ!私もやりたい!」

 

「うお~!光出ろ~!」

 

(これで納得するのか…)

 

(やっぱこいつらダメだ…)

 

こちらとしてはありがたいが、それでいいのかと思わずにはいられないカモと、やはりこのクラスはまともでない事を改めて実感した千雨だった。

 

「ほんとに光出た~!」

 

「マジ!?」

 

夢の世界の影響で掌から光を出す風香。ただし本当にただの光が出ただけである。

 

「やるでござるなネギ坊主、驚いたでござるよ」

 

「何とも将来有望だな」

 

「ああ、これから先が楽しみだ」

 

桜子達と共に走り出した古菲を除いて、見ていた場所に留まっていた楓達もネギの活躍に笑顔を向けた。

 

 

 

 

 

 

ネギ達から少し離れた場所。日傘をさし、白いゴスロリの服装をしたエヴァとチャチャゼロがその姿を観察していた。

 

「オウオウ、押シ切リヤガッタゼ」

 

「負けでもしたらどうしてやろうかと思ったが…まぁ、及第点だな」

 

すると後ろから超と聡美が走ってくる。超の方はまだ余裕がありそうだが、聡美は息も絶え絶えの状態だった。

 

「やぁやぁエヴァにゃん、チャチャゼロさん。こんな所で会うとは珍しい」

 

「ハァハァ…おえっ」

 

「超鈴音か。ハカセは大丈夫か…」

 

「走ってきたものだから息切れしてるだけネ」

 

聡美は芝生へ項垂れた様に座り込み、エヴァ達にサムズアップを向けた。

 

「事が終わる前にと急いで来たガ、もう終わってしまったカナ?」

 

「お前、夢の世界だと自覚があるのか?」

 

エヴァが少し意外そうに超を見ると、それに超は笑顔を向けた。

 

「そうネ、自覚はあるヨ。寝る直前まで祐サンがいたのが関係しているかもネ」

 

「…そうか」

 

エヴァはネギ達に視線を戻すと超もそちらを見た。

 

「ネギ坊主がやったとは、成長している様だネ」

 

「まだまだひよっこが少しマシになった程度だ」

 

「これは手厳しい」

 

笑う超にエヴァはフンと鼻を鳴らした。そんな時、倒れていたソニュームを見ていたチャチャゼロが笑いだす。

 

「ケケケ。ナンダアリャ、セコイ奴ダナ」

 

 

 

 

 

 

刹那がソニュームに視線を向けると、彼の身体が黒い影に包まれていた。同様に見ていた真名と楓と共に急いで駆け出す。

 

「皆さん!下がって!」

 

クラスメイトとソニュームの間に入る刹那達。影がソニュームの全身を包むと、その中から無傷のソニュームが姿を現した。

 

「あんた…やられたんじゃ!?」

 

「ええ、間違いなくやられました。見事でしたよ少年。ですが、ここは夢の中なのでね」

 

驚愕の表情を浮かべる明日菜に、にこやかに返すソニューム。周りは不安そうにそれを見る。

 

「この夢は現実と密接に繋がってんじゃねぇのかよ!」

 

「一つ説明が漏れていましたね。私に関しては例外でして、夢の世界で私は倒せません」

 

カモの質問に答える。オコジョが喋っている事に数名が驚くが、夢だからしょうがないと今は流した。

 

「なによそれ!インチキじゃない!」

 

「それを言われると返す言葉もございませんね、しかしこれが私の能力ですから。夢の世界に入った時点で、あなた方は既に手詰まりだったと言う事で」

 

「そんな…」

 

表情を暗くする裕奈を視界に収めると、ソニュームは左手をゆっくりと振った。

 

「なので諦めてこの世界で夢を見続けて下さい。彼女と共に」

 

影が現れると人の形になっていく。先程の魔族とは違い、しっかりと人間の姿に。その姿が完全に浮かび上がると、裕奈は思わず声を漏らした。

 

「お母さん…」

 

ソニュームの横に立つのは、間違いなく夕子だった。

 

「貴様…ふざけた真似を…!」

 

刹那が夕凪を向ける。それと同時に真名・楓・古菲が構えを取った。

 

「戦うのは自由ですが、無駄な事ですよ?諦めて夢の世界で生きた方がいいと思いますが」

 

「裕奈、お母さんとは一緒に居たくないの?」

 

夕子から発せられた一言に、裕奈の頭は殴りつけられた様な衝撃を受けた。思わず耳を塞いで俯く。

 

「違う、違う…私は…」

 

「裕奈!しっかりして!」

 

「あれは夢やろ!本物ちゃうで!」

 

近くにいたまき絵達が裕奈に必死で呼び掛ける。アキラはソニュームを睨んだ。

 

「ひどい…なんでこんな事!」

 

「現実では二度と会えない相手に会えるのがですか?私はあなた達が一番見たいと望んでいる夢を見せているだけですよ」

 

「それは…余計なお世話なんです…」

 

身体を明日菜に支えられたネギが声を出す。身体は疲弊しているものの、その目には未だ力を宿していた。

 

「夢を否定するつもりはありません。でも!ゆーなさんも皆さんも今を歩いているんです!前に進もうと頑張ってるんです!」

 

「貴方のやっている事は、前に進もうとしている人の邪魔をしてる…。それをやめるつもりがないのなら、僕は絶対に貴方を止めます!」

 

ネギを支えていた明日菜がハマノツルギを取り出し、ソニュームに向けた。

 

「何回でも蘇るって言うんなら、上等よ!何回だって倒してやるんだから!諦めてあんたの言いなりになるなんてまっぴらごめんよ!」

 

「残念だったな赤いの、うちのクラスは一筋縄ではいかないぞ?」

 

「左様、ネギ坊主と明日菜殿にこうまで啖呵を切られては、拙者も黙っていられないでござる」

 

「貴様の気が済むまで刀の錆にしてやろう」

 

「難しい事はわからないアルが、取り合えずゆーなを泣かした事は後悔させるアルヨ」

 

前に立つ刹那達からも諦めは見て取れない。桜子達も裕奈を庇う様に前に出る。

 

「私達は戦えないけど、みんなの事いっぱい応援するんだから!」

 

「こんな事して女の子泣かせるとか最低!」

 

「ちょっと顔がいいからって!どうせあんたも二股とかしてるんでしょ!」

 

「美砂…締まんないんだけど…」

 

少し考えた後ソニュームが答える。

 

「我々の種族はあなた達の言う一夫一妻制ではないので。私の考えとしても、生物として子孫を残すだけでそこに愛はありませんね」

 

『サイテー!!!!』

 

(団結するタイミングここかよ…)

 

(何とも言えませんね…)

 

ほぼ全員が裕奈の前に出る。タイミング事態に思う所はあったが、目の前の男に腹を立てているのは千雨と夕映も同じだった。

 

「みんな…」

 

「大丈夫だよ裕奈!」

 

「大して力になれへんけど、ウチらも一緒や!」

 

「裕奈にひどい事する人なんて、絶対に許さないから」

 

自分を庇う様に立つクラスメイト、そしてまき絵・亜子・アキラからの言葉を受け、裕奈の目から涙が溢れる。

 

「ネギせんせー、みんながゆーなを泣かせてまーす」

 

「ええ!?皆さん駄目ですよ!」

 

「そうじゃないでしょうが!」

 

ふざけて言った風香の言葉を信じてしまったネギを明日菜が叩いた。クラスメイト達に笑いが起きる。

 

「まったく、締まりのない…」

 

「それでこそA組でござるよ」

 

呆れた様子の真名と楽しそうに笑う楓。すると立っていた夕子が一歩前に出てくる。

 

「裕奈」

 

それに思わず目を逸らしそうになる裕奈。そんな時、裕奈の頭の中に声が響いてきた。

 

(大丈夫、目の前に居るのは本物じゃない。感じてみて、貴女のお母さんとの本当の繋がりを)

 

(えっ?)

 

男性の声だという事はわかるが、思考に靄の様なものが掛かり、正確に認識が出来ない。しかしその声はどこか裕奈を安心させた。

 

(目で見ようとせず、貴女の心で感じればいい。そうすれば、きっと直ぐにわかる)

 

(心で、感じる…)

 

裕奈は一度深呼吸をすると、目を閉じて右手を胸の前で強く握る。

 

「裕奈?」

 

その姿にアキラが声を掛けるが、裕奈は目を閉じたまま深く呼吸を繰り返していた。そうしていると何かを感じる。

 

心臓でも脳でもなく、何処で感じたのかはわからないが、確かに内から温かなものを感じられた。やがて裕奈がゆっくりと目を開けると一歩前に出る。

 

「ゆーなさん…」

 

「心配しないで!わかったんだ、お母さんの居場所」

 

心配そうなネギに笑顔を見せる裕奈。その表情は無理に作られたものでは決してなかった。

 

「裕奈、お母さんと一緒に帰りましょう」

 

腕を広げ裕奈を待つ夕子に対して首を横に振った。そしてその目でしっかりと見つめ返す。

 

「違う、お母さんはそこにはいない」

 

「確かにこれは夢ですが、現実にも彼女はいませんよ」

 

横やりを入れて来るソニュームに対しても、怯む事なく裕奈はその目を向けた。

 

「夢とか現実とか関係ない。だって、いつも繋がってるから」

 

「うっかりしてた。こんなに近くに感じられるなんて…私、気付けなかった」

 

そう言って裕奈は自分の胸に手を置く。

 

「お母さんは…ここにいる」

 

すると次の瞬間、裕奈の胸に虹色の光が灯る。その光は裕奈から離れ、夢の存在である夕子に当たるとそれを霧の様に消し去った。

 

「なに!?」

 

「あの光は…」

 

流石のソニュームもその光景に驚きを隠せない。飛び出した虹色の光に見覚えのあるネギ達も呆然と見つめていると、光がやがて人型になる。

 

そのシルエットから女性である事が見て取れた。光はソニュームに近づくと、彼に右手で強烈な平手打ちを見舞った。

 

「グフッ!」

 

突然の攻撃を受け後ろに倒れこむソニューム。光は地面に着地すると、身に纏っていた光を晴らして姿を現す。その後ろ姿をみて誰もが口を開ける。それは裕奈であっても同じだった。

 

「お母さん…?」

 

「よっ!久し振り!」

 

振り向いて笑顔を向ける夕子。一同その光景に驚きを隠せない。

 

『ええ~~~!!!!!』

 

「どういう事!?」

 

「さっき消えたよね!?」

 

「訳わからん!」

 

「お、落ち着こうみんな!まず素数を数えよう!1!」

 

「いきなり素数じゃない!?」

 

てんやわんやのA組。裕奈は恐る恐る夕子に近づく。

 

「お母さん…なの…?」

 

「まぁ、さっきまでの事考えれば当然よねぇ…」

 

困った様に笑みを浮かべた夕子は裕奈にゆっくりと歩み寄る。

 

「なんて言ったらいいかなぁ…私もまさかの経験だからさ」

 

「簡単に言うと、さっきの光が手伝ってくれたの。私一人じゃ夢の中とは言え、直接干渉は出来ないからね」

 

さっきの光とは自身の胸に灯った虹色の光の事だろう。母は心の中にいる。そう言ったのは自分だが、まさか物理的にそこから出てくるとは思ってもみなかった。

 

二人は向かい合うと、夕子が力強く裕奈の両肩に手を置いた。

 

「とはいえあんまり時間ないから!パパっと伝えるわよ!」

 

「急すぎるって…」

 

何とも押しの強い夕子に困惑しつつも、同時に裕奈は確信した。この人は間違いなく、本物の母だ。根拠も何も無い、しかし確かにそうと感じる何かがあった。

 

「一時はどうなる事かと思ったけど、よく頑張った!さっすが私の娘!やっぱり裕奈は強い子ね!」

 

掛けられる言葉、向けられる表情、その全てが裕奈を優しく包み込んでいく。そして笑顔から一転、夕子はその表情を申し訳なさそうにした。

 

「それと、ごめんね…いきなり居なくなっちゃって。裕奈には沢山寂しい思いさせちゃったよね?」

 

そう言いながら優しく裕奈を抱きしめる。裕奈は心の奥底に仕舞い込んでいた感情が溢れ出しそうになるのを感じた。

 

「もっと傍に居てあげたかった。裕奈の成長する姿、ちゃんと隣で見てなきゃいけなかったのに…本当にごめん」

 

母と会えなくなってから、この想いには蓋をして生きていくつもりだった。でないといつまでも先に進む事が出来ない様な気がしたから。いつまでも沈んでいたら父も、そして天国の母もきっと安心出来ない。

 

成長した自分を見せて少しでも両親に安心してほしかった。大丈夫だと感じてほしかった。そうすればきっと、自分も周りも笑っていられるから。

 

自分には大切な人達が大勢いる。だから寂しさなど感じる必要なんかないんだと言い聞かせてきた。

 

しかし今、11年振りに感じるその温もりに耐え切れず、想いは蓋を吹き飛ばした。もはやその想いを堰き止める物はない。長く抑えつけてきた感情は、大粒の涙となって流れ出した。

 

「お母さん…お母さん!会いたかった!ずっとずっと!ずっと会いたかった!」

 

「うん…私も会いたかった」

 

「寂しかった!お母さんがいなくなって!もう会えないと思うと凄く寂しかった!」

 

「うん…」

 

泣きながら思いの丈をぶつける裕奈。夕子はただ静かに頷きながら抱きしめる。

 

「いつまでも泣いてちゃダメだって、しっかりしなきゃって思ってたのに…お父さんと天国のお母さんを安心させなきゃって思ってたのに!本当は結局落ち込んだままで!少しも前に進めてなくて!ごめんお母さん!」

 

縋り付き、謝るその姿は胸を締めつけられる光景だった。アキラを始め、クラスのほとんども涙を流している。

 

裕奈からの想いを感じ、夕子は抱きしめる力を強めた。

 

「謝らないで裕奈、心配するのは親の大事な役目だもの。それに裕奈はなんにも悪くない、むしろ凄いわよ。逆の立場だったら…私はきっと耐えられなかった」

 

「裕奈が生まれた時、この子を失う事になったらなんて考えるだけでも凄く怖かったのに。こんな気持ちを私は裕奈にさせちゃって…ごめんね裕奈」

 

顔を夕子の胸に埋めたまま裕奈は首を横に振る。健気な姿を見せる娘の頭を撫でた。

 

「私、今日改めて裕奈を見て安心した」

 

裕奈は埋めていたその顔を上げる。その目元は既に涙の影響で腫れていた。夕子は涙で濡れた裕奈の顔を優しく拭って頬に触れる。

 

「大事な友達に囲まれてる。あなたは周りを愛して、そして周りはあなたを愛してる。それは何よりも素敵な事だってお母さん思うの」

 

A組の面々を見渡す夕子。その表情は裕奈に向けているもの同様、慈愛に満ちていた。

 

「裕奈、泣いたっていい。落ち込んだって塞ぎ込んだっていいの。最後に笑えたら、それでいいんだから!」

 

「あなたが持ってる前に進もうとする気持ち。それさえあればきっと大丈夫」

 

拭いきれない涙をそのままに頷く裕奈。そしてそこで気付く、夕子の身体がだんだんと光の粒子になって消え始めている事に。

 

「あちゃ〜…そろそろ時間かな。いや、寧ろ長すぎるくらい保たせてくれたわ」

 

「お母さん…」

 

夕子は笑い掛けると、再びA組に視線を向けた。

 

「みんな、裕奈をよろしくね。今日のを見たら大丈夫だとは思うけど、これからも仲良くしてあげて」

 

「任せてください!」

 

「ウチらずっと裕奈の親友です!」

 

「私も、ずっとずっと親友でいたいって思ってます!」

 

まき絵・亜子・アキラを筆頭に涙ながらに返事をする。笑って頷くと、裕奈の瞳を見つめた。

 

「裕奈、落ち込むのも悲しむのも悪い事なんかじゃないわ。元気でいる、元気になる為にはきっとその反対の感情もないといけない。辛いと感じる、悲しいと感じる。どんな物事にも何かを感じるから。感じる気持ちを、その心を止めないでね」

 

「思いっきり泣いてすっきりしたら、その後に裕奈の中にある元気を思い出してあげて。覚えてる?私が前に言ってた事」

 

未だ涙は止まらないが、裕奈は笑顔で頷いた。

 

「それじゃ、確認。元気は?」

 

「最強!」

 

笑い合う二人、夕子の想いは確かに裕奈へと受け継がれた。

 

「私は遠い所で待ってるけど…なるべくゆっくり来なさい」

 

「うん、待ってて。ビックリするぐらい沢山の思い出作って持ってくから」

 

「楽しみにしてる。それと、お父さん以外の好きな人ちゃんと作りなさいよ?裕奈はもう高校生なんだから」

 

「最後にそれ言う⁉︎」

 

少し怒った様に言う裕奈を見て、夕子は声を出して笑った。

 

「いい子なら近くにいるじゃない。裕奈達の為にこんなにがんば…おっと、これは言ったらダメなんだったわね」

 

裕奈はその言葉に首を傾げる。夕子は裕奈の胸にそっと触れた。

 

「忘れないで裕奈。いつだって、繋がってるからね」

 

「忘れないよ、絶対に」

 

満足そうに頷く夕子。例えこの別れが二回目のものでも、お互い悲しくない筈がない。それでも、心に生まれた感情は悲しみだけではなかった。

 

「元気でね。裕奈」

 

最後に一番の笑顔を見せると、夕子は光になって消えていく。

 

「さよなら、お母さん」

 

両手を胸に当て笑顔で見送る裕奈。その瞳から静かに涙が流れる。アキラ達が裕奈に近寄りその身体を抱き締め、裕奈はそっと体重をアキラ達に預けた。

 

 

 

 

 

 

「泣いてるのカナ?」

 

「泣いとらんわ、おかしな事を言うな」

 

「こりゃまた失敬」

 

エヴァ達もその光景をしっかりと見つめていた。

 

「あいつめ、手の込んだ事を…」

 

「霊体に力を与えるのはさよサンにもやっていたガ、こんな事も出来るとはネ」

 

「はぁ…今起きた出来事、私は何一つ説明出来ません…」

 

「落ち込む事はないよハカセ、あれは誰にもわからないネ」

 

「シンミリシテンノハ別ニイイガ、アノヤロウガ動キダシタゾ」

 

「問題ない。もう来てるんだからな」

 

「ケケケ、ソウダッタナ」

 

エヴァは顔を上げると、晴れ渡る青空に向かって微笑み掛ける。

 

「さぁ、久し振りに見せてくれ。あんなものを見せられたら、お前も大暴れしたいだろう?」

 

その後ろに立つ超は、一人静かに笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

「なんと素晴らしい、流石に驚きを隠せません」

 

起き上がったソニュームが裕奈達に近寄る。直ぐさま刹那達が前に出て、クラスメイトも裕奈の前に出た。

 

「この説明不可能な現象、心と関係あるに違いない…益々あなた達を見過ごせなくなった」

 

「せっかくいい感じだったのに邪魔すんじゃないわよ!」

 

「そーだ!そーだ!」

 

「空気読めてないぞ!」

 

明日菜達が怒りを露わにするが、ソニュームはどこ吹く風だった。

 

「心苦しくはありますが、私も命を懸けていますのでね」

 

言いながら先程よりも多くの魔族を召喚する。刹那達が構え、ネギも杖を構える。

 

「ネギ、あんたいけるの?」

 

「まだちょっとフラフラしますけど、やらない訳にはいきません」

 

「あれを見たら、そりゃそうなるわよね!」

 

明日菜も気合を入れ直す。ここにいる全員の想いは一つである。そんなA組の頭上の少し先に魔法陣が現れると、ザジと屋上組がそこから降りてくる。ザジ以外は着地に失敗して尻餅をついた。

 

「あだっ!」

 

「また尻餅ついてもうた…」

 

「うう、私幽霊なのに…」

 

「ザジさん!もう少し丁寧に運んでください!」

 

「おっと、失礼しました」

 

その光景にクラスが反応する。

 

「空から出てきた⁉︎」

 

「というか今ザジさん普通に喋ってなかった?」

 

「大丈夫ハルナ?」

 

「こんな時に何やってたのですか?」

 

「えっ?あ〜…光にお祈り?」

 

「「えぇ…」」

 

ハルナ達が手をとって起き上がらせて貰う。するとあやかは裕奈に近づいて両手を握った。

 

「裕奈さん!先程の事、私も屋上で見ていました…美しき親子の愛!感激致しましたわ!」

 

「ど、どうも…」

 

圧に押される裕奈。明日菜が二人の間に割って入る。

 

「はいはい、それはいいから。そっちはちゃんと何とかなったんでしょうね?」

 

「愚問ですわ明日菜さん。私を誰だと思っておりますの?」

 

「聞く相手を間違えたわ…」

 

そこでザジが一歩前に出た。

 

「ソニューム、貴方はもう負けました。潔く敗北を認めなさい」

 

「何を仰るかと思えば…姫様、ここは夢の世界。私が負ける事はないと姫様もご存知でしょう?」

 

「ここにいるクラスメイトの方達は、どうなっても貴方の思い通りにはなりませんよ」

 

(((((めっちゃ普通に喋ってる…)))))

 

今まで見た事がない程話すザジに、叫びはしないが魔族と夕子を見た時と負けず劣らずのレベルでクラスメイト達は驚いていた。

 

「ならばそちらが折れるまで、永遠に繰り返すだけです」

 

「そうですか、話し合いで解決は出来ない様ですね」

 

「皆さんが素直に眠りについて頂けないのなら、そうなりますね」

 

魔族達が蠢きだすと、明日菜達も戦闘態勢を取る。ザジは一度目を閉じてから、ゆっくりと目を開いた。

 

「貴方にとっては残念でしょうが、もう時間切れです」

 

「なんの話ですか?」

 

思わず怪訝な表情を浮かべるソニュームに、ザジはその瞳を向ける。

 

「貴方も見たでしょう?先程の光を」

 

彼に見せる様にザジは空を指さす。

 

「イリスの光は、既に貴方を捉えています」

 

「…いったい何を」

 

ザジの指に沿って視線を上げると、遥か上空から虹色の光弾が飛来していた。目を見開き、急いで障壁を張る。しかし光弾は容易く障壁を打ち破り、周りの魔族ごとソニュームを後方に吹き飛ばした。

 

「ま、また何か来た⁉︎」

 

「夢ってこんな無法地帯だったっけ…」

 

「熱出した時の夢の方がまだマシだぞ…」

 

ざわめき始めるクラスメイト達を他所に、明日菜達は笑顔を見せた。

 

「来た…!」

 

続いて空から光が強烈な勢いで降り注ぐ。光の柱に見えるそれは地上に衝突すると爆風を巻き起こした。

 

「本当に届いたよ…」

 

「なぁ〜、ちゃんと見つけてくれたやろ?」

 

「大成功!ですね!」

 

「まったく…少し遅いのではなくて?」

 

眩い光に思わず目を瞑る。少しずつ光が晴れる事により、全員がその光景を視界に収めた。

 

「これってもしかして…」

 

「虹色の…光?」

 

光の柱が弾け飛ぶ。より一層強い風を発生させ、一人の人物が姿を現した。

 

そこに立つのは体格から背の高い男性だろう。

 

目に映るのは風にたなびく印象的な襟の高い白のロングコート。その下には白のインナースーツを着用し、コートとインナースーツ共に全身に行き渡る様に施されたラインには虹の光が通っている。

 

胸部を始め、腕や足・肘や膝には装甲を纏っている。ヘルメットの様な装甲はなく髪が見えており、顔面と前頭部・頭頂部以外に装着された装甲より顎から下瞼までを覆うマスクを展開、更にそこから展開しているツインアイが光を発していた。

 

「な…」

 

「なっ!…」

 

「なによそれ〜〜〜!!?」

「なんじゃありゃ〜〜〜!!?」

 

現れた待ち人の想像もしていなかった姿に対して、明日菜とハルナの叫びが響き渡る。声こそ出していないが、あやか達もその姿に驚いていた。

 

イリスの光が呼び起こす、目覚めの時はもう近い。



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Finem somnium

「なによそれ〜〜〜!!?」

「なんじゃありゃ〜〜〜!!?」

 

明日菜とハルナの声が響いた時、少し離れた場所にいるエヴァは現れた祐を口を開けて見ていた。対して後ろの超と聡美は大喜びである。

 

「やったー!使ってくれてますよ!」

 

「うむ!本人の判断に任せたが、使ってくれてほっとしたヨ!」

 

「ケケケ!随分ナカッコジャネェカ」

 

「な、何だあの格好は…お前達の仕業か!?」

 

エヴァが二人に詰め寄ると、超と聡美はどこか誇らしげに答える。

 

「その通り!私達から祐サンへの贈り物ヨ!」

 

「逢襍佗さんが今後活動しやすい様にと用意したんです!ヘルメット部分は時間が無くてまだ完成していませんが…」

 

「しかしこうやって見てみると、髪が見えるあの姿も悪くないネ」

 

エヴァは超達の言った事に反応する。

 

「活動しやすい様にだと?」

 

「祐サンはこれからその力で多くの者と戦い、それは結果的に沢山の人達を救う。でもそうすればする程、彼の平和な生活は消えていく。それも承知の上で彼は戦うのをやめないダロウ」

 

「あれは、そんな祐サンに贈る我々の気持ちネ」

 

エヴァが超の目を見つめる。それはそこにある真意を探ろうとしている様だった。

 

「例えあれがいずれ来る瞬間をほんの少し先延ばしにする事しか出来ない物であっても、贈るべきと思ったネ。私の気持ちまで伝わったかは定かではないガ」

 

「お前の気持ちときたか」

 

「私だって、彼には出来るだけ長くここに居てほしいと思っていると言う事ヨ」

 

「フン…まぁ、今はそういう事にしておいてやる」

 

「おや、信じていないネ?」

 

「どうだろうな」

 

言いながら振り返り、祐に視線を移す。超は変わらず、その表情は笑顔のままだった。

 

 

 

 

 

 

「ど、どうしたのよ二人して…?」

 

異様な程と言える驚きのリアクションをした明日菜とハルナに美砂が聞くと、二人はどこか慌てた様に反応する。

 

「えっ!?…だ、だって美砂も思わない!?なによそれって!」

 

「いやまぁ、思うけど…」

 

「何て言うかその…みんなの二倍驚く要素があったと言うか、そんな感じ?」

 

「いや私に聞かれても…」

 

明日菜とハルナのよくわからない返答に美砂は逆に困惑した。

 

「それにしても変わった格好ねぇ」

 

「よく知らないけど、なんかヒーローっぽい?」

 

「あ〜、わかる様な…」

 

(コスプレにしちゃ出来過ぎてるな)

 

いつの間にか調子を取り戻したハルナがノートを取り出し、祐の姿をスケッチしだした。

 

「白いロングコートと戦闘用スーツに所々は堅い様に見える装甲。顔を覆うマスクとツインアイ…」

 

「ハ、ハルナ?」

 

「全身に駆け巡るラインを伝う虹色の光!そしてあえて髪を出すこのデザイン…イカしてる!その姿をわかり易く例えるなら、そう!」

 

「ガンダムのカメラアイが付いて、マントの様なロングコートを身に着けた…ヘルメットをかぶってない実写版キャシャーン!!」

 

『……』

 

ハルナ以外の全員が黙り込む。それがわかっていないのか、それとも無視しているのかハルナは鼻息荒くガッツポーズをしている。

 

「わかんないの私だけ…?」

 

「たぶんみんなわかっとらんと思う。勿論ウチも」

 

(やべぇ…わかってんの私だけか…)

 

明日菜の疑問に木乃香が答える。ハルナの例えは千雨には伝わっていた。

 

「ねぇねぇ、さっきの虹色の光ってあの人が出したのかな?」

 

呆れた顔をしていた円に、横にいた桜子が聞いてくる。

 

「え?見た感じそうだと思うけど…」

 

瞬間桜子の目が輝き始めた。

 

「じゃあさ!あの人が今までの虹色の光の正体って事だよね!」

 

その発言に周りもハッとし始めた。

 

「確かに…ではアウトレットの爆発を止めたのも」

 

「怪獣を倒したのもあの人!?」

 

「裕奈のお母さんもあの人が呼んでくれたのかな?」

 

「確かに…最初に飛んでた時、光は虹色やったもんな…」

 

まき絵と亜子がそう言った事で、裕奈が意を決した様に前に出た。少し怯えながら男に話し掛ける。

 

「あの!えっと…貴方ですか?お母さんを呼んでくれたのは」

 

祐は振り返ると、マスクとツインアイで包まれた顔を裕奈に向ける。威圧感のあるその姿に、正体を知らぬ裕奈達は少し身体が震えた。

 

「呼んだのは君だ。俺は君と、君のお母さんに協力しただけだよ」

 

その声が男性のものと言う事以外は聞いていた裕奈達には何故か認識出来なかった。そして髪も何色で、髪型もどんな物かぼやけているが、それはこの装備の効果である。しかし、裕奈にはその声に聞き覚えがあった。

 

「さっき、聞こえた声だ…」

 

頭に響いた声と同じだとは理解できた。先程の虹色の光といい、彼がその正体で間違いないだろう。

 

「こうしちゃいられない!ちょっとインタビューを!」

 

「アホか!こんな時に何考えてんのよ!」

 

走り出そうとする和美を羽交い絞めにして止める明日菜。それを見ていた祐は振り返り背中を見せる。

 

その視線の先には魔の軍勢を従えたソニュームがいた。

 

「先程の攻撃で召喚していたのが大方やられましたよ。何とも恐ろしい人だ。召喚するのは無尽蔵とはいかないのですがね」

 

「あんた…まだ…」

 

「死にはしませんが痛覚はあるので周りを盾にしました。それでもかなりのダメージを受けましたがね」

 

ソニュームは祐をその目に収める。表情は窺い知る事は出来ないが、こちらを見ている事は感じられた。

 

「貴方、どこから来たのですか?貴方の様な存在はこちらの世界にはいなかったはずですが…」

 

「想いを道標にして、現実から来た」

 

その言葉にソニュームが目を見開く。次第にその顔を冷たさを感じる笑顔で染めた。

 

「素晴らしい…それが本当なら貴方はとんでもない逸材だ。是非とも研究したい」

 

そこで祐はザジを見る。視線を感じたザジが見つめ返すと、口を開く。

 

「ふむ、何とお呼びしましょうか。そうですね…」

 

考える仕草を取ったザジは、暫くして祐に視線を戻した。

 

「ここはお願いします。ヌンティウス・イリディス」

 

「お任せを」

 

祐はソニュームに向き直る。それと同時にザジが指を鳴らすと、周りのクラスメイト全員を自分も含めて転移させた。

 

 

 

 

 

 

明日菜達は気が付くと先程いた場所から離れた位置に移動している。突然の事に動揺していると、先程までは居なかった人物がそこにいた。

 

「エヴァちゃん?超さんにハカセも!あっ…チャチャゼロさん…」

 

「なんだ、こっちに来たのか」

 

「ヨウ」

 

「やぁ、諸君。大変だったみたいだネ」

 

「これでもラボから走ってきたので許してくださいね」

 

エヴァ達がここにいた事、そして人形が喋った事など色々とツッコミ所は多いが、既に感覚が麻痺しているのかその事については誰も触れなかった。

 

辺りを見渡していた裕奈が祐を見つけると僅かにそちらに近寄る。それに釣られる様に他のクラスメイトも移動した。

 

「あの人…大丈夫なのかな…」

 

心配そうに見つめる裕奈。真名は静かにクラスメイト達から少し距離を取って観察を始めた。

 

(さぁ、お手並み拝見だ。少しは手の内を明かしてもらうぞ)

 

裕奈達から少し後ろにいたネギにエヴァが近寄る。

 

「ぼーや。さっきの戦闘、見ていたぞ」

 

「えっ!?見てたんですか…」

 

「ああ。お前に多少なりとも根性があるとわかっただけでも、あのソニュームとか言う奴には感謝せねばな」

 

「エヴァンジェリンさん」

 

「これからは私の事を師匠(マスター)と呼べ。いいな?」

 

呼び方一つではあるが、どこかそれが少しだけエヴァに弟子である事を認めてもらった気がしてネギは嬉しかった。

 

「はい、マスター!」

 

エヴァは小さく笑うと顎に手を当てる。

 

「せっかくだ。祐は師匠(ししょう)と呼ぶが、今後は別の呼び方にさせるか」

 

「別の呼び方、ですか?」

 

「まぁ、そこは追々考えておくとして…願ってもない機会だ。ソニュームにはもう一つ感謝してもいい」

 

首を傾げるネギに、エヴァは祐の方を指さした。

 

「しっかり見ておけ、お前の兄弟子の戦いだ」

 

その言葉の意味を理解し、頷いた後ネギは表情を引き締めてそちらを見た。

 

「オイソコノデケェノ、頭ニ乗セロ。眺メガヨサソウダ」

 

チャチャゼロが浮いて楓の頭に乗る。

 

「飛べるならば、ここでなくともよいでござろう」

 

「コッチノ方ガ楽ナンダヨ」

 

「あ~!ずるいです!」

 

「楓姉の横取りだ!」

 

「ワリィナガキ共、早イモン勝チダゼ」

 

「やれやれ…態度の大きなご婦人でござる」

 

あやか・明日菜・木乃香・刹那の順で横に並び祐を見守る。力の事は知っていても、祐が戦う姿を見るのは初めてだ。気付けば幼馴染三人の手は緊張から少し震えていた。木乃香の手を刹那がそっと握る。

 

「せっちゃん」

 

「信じましょうお嬢様。世界の壁を突き破って来た人ですよ、きっと大丈夫です」

 

「うん」

 

頷き木乃香は反対の手で明日菜の手を握ると、素直に握り返してきた。明日菜が横目でちらちらとあやかを確認すると、あやかも同様にこちらをちらちらと見ていた。

 

「…なによ?」

 

「…そちらこそなにか?」

 

暫くジト目でお互いを見ている明日菜とあやか。埒が明かないと思ったのか双方乱暴に相手の手を握った。

 

「貸し1よ」

 

「こちらの台詞です」

 

 

 

 

 

 

全員が見守る中、ソニュームが動きを見せた。

 

「行ってください」

 

今までより遥かに多い数を召喚して向かわせる。雪崩れ込んでくる魔族に対して祐はその目を強く発光させると、全身に光を纏い走り出した。

 

「え?」

 

「はっや…」

 

誰が言ったか、その言葉通り一瞬で距離を詰めた。高く飛びあがると急降下して地面を殴りつける。するとその場にドーム状の衝撃波が生まれ、辺り一面を吹き飛ばした。

 

爆心地の近くにいた魔族は消し飛ばされる。休む事なくそこから飛び出して、目の前の一体をその勢いを載せた拳で打ち抜く。殴られた魔族が一直線に進み、その直線状にいた者も巻き込んで飛んでいった。

 

それに目もくれず周囲の敵に攻撃を加える。殴打と蹴りを叩きこみ、時には敵からの攻撃をいなし、次々に消滅させていく。

 

攻撃を避けられた魔族がよろめくと、後頭部を掴み地面に叩きつける。その勢いにバウンドした敵を飛び回し蹴りで距離のあるソニュームへと送り返す。周りにいる魔族達がそれの盾になる為正面に移動した。

 

周囲を掃討し、上げた両腕を空間を捻る様に回すとその場に円盤状の回転する光が生まれる。掌の上で回転し続けるそれを、空中で横回転を行い勢いをつけて投擲した。

 

投げつけられた円盤に敵が触れると、触れた部分をまるで紙の様に切り裂きながら突き進む。その先に何体居ようとも速度も切れ味も落とす事なく進み続け、それを見て防ごうとするのは悪手と考えたソニュームはその攻撃を間一髪で避ける。進み続けた円盤はやがて後ろの女子寮を切り裂いた。

 

「あ~~!!女子寮が~~!!」

 

「夢だから大丈夫…だよね…?」

 

「ど、どうやろ…」

 

まき絵の叫びに希望的観測を言うアキラと今一自信のない亜子。実際現実と密接に繋がっているのは意識を持ったものだけなので問題ないが、それを説明してくれる者はいない。

 

祐は身体からオーラを放出させ拳を握る。握った拳に光が集まると、両掌を前に突き出した。そこから光弾が連続で発射される。ガトリングかと思える程止め処なく放たれ続けるエネルギーは、大量に呼び寄せられた魔族達を一網打尽にしていく。

 

避けられぬ弾幕に障壁を張るも、耐えきれずソニュームも攻撃を受け始める。そして後ろの女子寮も攻撃を受ける。

 

「あ~~!!女子寮が~~!!」

 

「これはもうだめかも…」

 

「あ~ん!宿無しは嫌や~!」

 

「今日はキャンプだね!」

 

「楽しそうにすな!」

 

「なら、ベテラン経験者である拙者の出番でござるな」

 

「食材さえあるなら、食事は任せてください」

 

「今だけはこいつらの能天気さが羨ましい…」

 

「夏だしシャワーぐらいは浴びたいわねぇ」

 

「…そこ?」

 

A組はその光景に最早諦めを感じていた。そんな周りと違い、大興奮でカメラのシャッターを押す和美。

 

「こりゃ凄い!これぞ世紀の大スクープ!こんな特ダネを誰よりも早く掴めるなんて…あぁ!夢ならどうか覚めないで!」

 

「覚めねぇと困んだよ」

 

本末転倒な発言に、千雨は思わずそう言わずにいられなかった。

 

「怪獣の時も思ったけど…こんなの聞いてないわよ…」

 

「む、無茶苦茶だ…」

 

明日菜は呆れにも似た感情を、刹那は祐のあまりのアクセル全開っぷりに引いている。あやかと木乃香は心配のベクトルが変わりつつあった。因みに祐の破壊活動にチャチャゼロはご満悦である。

 

ネギだけはその真剣な表情を崩さず、拳を握り締めて目を離さないでいた。それを横目で確認しつつ、エヴァは微笑む。

 

攻撃がやむと、そこに存在しているのはソニュームただ一人。数えるのも億劫になる程存在していた魔族達は、今やその影すらなかった。ふらつく足で立ち上がると力のない笑みで祐を見る。

 

「驚きましたね、こんな存在がいたとは…姫様が言っていた事が今はわかる気がしますよ」

 

「しかし、残念ですが夢の世界で私を倒す事は出来ません。精神的に貴方の相手はしたくありませんが、貴方とて生物。その力も無限ではないのなら、いつかは決着がつくでしょう」

 

「決着なら今からつく」

 

佇んだ状態でソニュームを見る祐。感情が読み取れないのは彼が顔を隠しているからだろうか、どうもそれだけが理由ではない様な気がソニュームにはしていた。

 

「ほう、どう決着をつけるか聞いても?」

 

「この世界では倒せないとお前は言ったが、俺はそうは思ってない」

 

「…どういう事です?」

 

「お前をここで倒せないなら、俺の力がお前より下と言う事。この光の程度もわかる」

 

瞬間その身から放たれる圧が増したのを感じる。

 

「力比べだ」

 

指を折り曲げて開いた掌を胸の前で向き合わせた。するとその間に稲妻の様な光が発生する。次第にその大きさを増す光に手の間隔を広げると、宛ら雷となって無軌道に掌の間で暴れ回っていく。

 

大気を揺らして周囲に光が飛び散り、祐の周辺の景色が歪み始める。

 

「なにあれ…?周りがぐにゃぐにゃしてる?」

 

「アソコニ集マッテル光ニ空間ガ耐エラレナクナッテンダ、亜空間ニ近ヅイテンダナ」

 

「亜空間って…なんすか…?」

 

美空が呟いた事にチャチャゼロが状況を説明する。そこで出てきた何やら聞きなれない単語に嫌な予感がした。聞いていた聡美が解説に入る。

 

「簡単に言えばこの世の物理法則が通用しないと言われる空間です。SFなどで使われる、あくまで空想上の物ではありますが…」

 

「そりゃなんとも…」

 

なんとなく凄いぐらいにしか理解出来ていないが、それ以上深く考えたくないと美空は思考を放棄した。

 

(何でも知ればいいってもんじゃないよね…知らない方がいい事もあるってもんよ)

 

なるべく波風立てずに人生を過ごしたい美空からすれば、あの仮面の男は特級の危険物に見える。助けてくれるのは大変ありがたいが、お近づきにはなりたくはなかった。

 

「これはいけませんね…死なないとは言え、食らいたくはない」

 

両手を広げるソニューム。すると彼の周りの空間が歪み、そこには離れた場所でこちらを見ているA組の姿が映った。

 

「あれ私達!?どうなってんの!」

 

「大方あそことこちらの空間でも繋いだんダロウ、中々姑息な手を使う」

 

「空間を繋いだって…それってつまり…」

 

「私の予想では、普通に攻撃を放てばこちらに飛んでくるネ!」

 

「なんで笑顔なの!?」

 

「あんなの食らったら私達即死だよ!」

 

「と、取り敢えずこの場から離れてみよう!」

 

その場から走って移動するA組だが、ソニュームの前に映る映像は依然A組を映している。

 

「追っかけてきてるよ~!」

 

「ふざけんな~!許可なく撮るのは盗撮なんだからね!」

 

「聞いてるか朝倉!」

 

「うるせぇ!」

 

「てかあの虹の人撃つ気満々じゃない!?」

 

美砂の言う通り、祐の光は更に威力を増している。物言わず構えを取り続けるその姿に動揺は見られない。

 

「うお~い!見境なしか~!」

 

「大義の為の犠牲になれってか!?」

 

(喧しいなコイツら…)

 

エヴァは鬱陶しそうな目を向けるが、彼女達が騒ぐのも無理はない。周りが半ばパニックに陥る中、ネギが映像の全面に自分が映る位置に立って両手を広げた。

 

「ネギ君!?」

 

「何やってるの!?」

 

ネギは顔だけ振り向いて答える。

 

「あの人の正体は知りませんが、僕は何度かあの人に助けてもらった事があるんです!」

 

明日菜達がそれに声は出さずに反応した。ネギの発言に他のクラスメイトが驚く。

 

「そうなの!?」

 

「話した事もあります!あの人はとても優しい人です、皆さんを犠牲にする様な人じゃありません!」

 

「でも、だからって…」

 

「直ぐに信じる何て無理だと思います。だから!僕がそれを証明します!」

 

一層腕を広げて自分を映像に大きく映そうとするネギ。周りがそれに困惑しているとネギの横に何人かが集まって来た。

 

「明日菜!?木乃香達まで!」

 

「何考えてるですか!?」

 

明日菜・木乃香・あやか・刹那・さよ・ハルナがネギと同じ様に両腕を広げる。

 

「こいつ一人じゃ壁として小さいからね!私も付き合ってやるわよ!」

 

「ウチも!たまには身体張らんと!」

 

「お嬢様が行かれるなら、私が行かない訳にはいきません!」

 

「ネギ先生一人を危険な目に合わせるなど、この雪広あやか!看過出来ませんわ!」

 

「幽霊だから意味あるかわかりませんけど…私も!」

 

「女は度胸!一か八かは嫌いじゃないわ!」

 

するとザジもその中に加わる。

 

「ザジさん…」

 

「私が入らないのは筋が通りませんから」

 

それを見ていた裕奈は、強く拳を握ると走り出して腕を広げた。

 

「裕奈!?」

 

「危ないて裕奈!」

 

裕奈はそのままネギを見る。

 

「ネギ君、あの人の事…信じていいんだよね?」

 

「はい!絶対に!」

 

それに対して裕奈は頷き、祐の方を見た。その時、手を誰かに握られる。

 

「え…?」

 

「裕奈が信じるなら、私も信じるよ。私は裕奈を信じてるから」

 

「アキラ…」

 

「……私も!」

 

「こうなったら自棄です!」

 

「負けてられるか~!」

 

「ここで逃げたら女が腐るアル!」

 

「『廃る』ね!」

 

少しずつクラスメイトが集まり、隣と手を繋いでいく。ソニュームはそれに驚いた顔を向けた。

 

「いったい何を考えているんです…?得体の知れない人物に対して…」

 

「違いますよソニューム、彼女達は友を信じているんです」

 

ザジの声がソニュームに届き、彼は言葉が詰まる。

 

「ほら真名、そんな所にいないでこっちに来るでござるよ」

 

「私まで心中させるつもりか?」

 

「あの御仁は信じられなくとも、ここにいる誰か一人くらいは信じられるでござろう?」

 

真名は大きなため息をつくと、楓の隣についた。

 

「生きていたらこれは貸しにするからな」

 

「おや、それは困ったでござるな」

 

(お前もだぞ、逢襍佗)

 

「さて、私達も行くとしようかネ」

 

「わかりました!」

 

「おい放せ!なんで私までこんな恥ずかしい事に付き合わねばならんのだ!」

 

超と聡美にそれぞれ手を握られ、エヴァも連行される。超は途中で千雨も確保した。

 

「お、おい!」

 

「千雨サン、人柄など信じなくていい。私の頭脳を信じて欲しいネ。あれは間違いなく大丈夫ヨ」

 

「お前、なんでそこまで…」

 

「貴女も人が悪いネ千雨サン。本当はどこかで気づいてるんじゃないカナ?」

 

千雨は僅かに目を見開いた後、超から視線を逸らせた。

 

「何言ってるかわからねぇ」

 

「ふふ。因みに駄目でも大丈夫、あれだけのエネルギーならきっと痛みを感じる暇もないネ」

 

「お前なぁ…」

 

クラスメイト全員が手を繋ぎその場に立った。その表情は様々だが、皆一様に祐を見つめている。そこで祐の周囲に大きな光の稲妻が走る。それは攻撃開始の合図に見えた。

 

「本気で撃つおつもりですか?撃っても彼女達に当たり、どうにかして私に当たった所で倒せないと言うのに」

 

「やってみせる」

 

ツインアイが強く光を放つと、裕奈達が繋いだ手を強く握る。そして全員の頭の中に声が響いた。

 

(君達は絶対無事に現実に返す)

 

「今のって…」

 

「あの人の声?」

 

ソニュームは何故か自分が焦りを感じている事に気が付く。空間を繋ぎ、こちらに攻撃は届かない。仮に届いた所で自分が倒される事はない。それがわかっていながら、その焦りを消し去る事が出来なかった。

 

「夢から覚める程、キツイの行くぞ」

 

暴れる光の稲妻を振りかぶってソニュームに放つ。空気を切り裂き、音を置き去りにして一瞬で飛来する。A組が映る空間の目前に来ると、そのまま映像をすり抜けソニュームに直撃した。

 

「よしっ!」

 

「やった!!」

 

「助かった~!」

 

ソニュームの体中を稲妻が駆け巡り、全身が感電したかの様に震えだして思わず膝をつく。

 

「馬鹿なっ!?」

 

祐はそれを見ると遥上空へと垂直に飛んだ。最高地点に到達すると、右足を突き出しソニューム目掛けて突撃する。

 

右足に纏う光はどんどん膨れ上がり、やがて祐の身体全体を覆った。膝をついたソニュームは未だ動く事は出来ない。

 

「こんな力は…聞いた事もない!未知の力…!この力は!」

 

「いっけーーー!!」

 

「やったれ~~!!」

 

「ケケケ、終ワッタナ」

 

目の前に迫った虹色の光に目を剥く。その瞬間、ソニュームはこの夢の終わりを悟った。『クー・ド・レヴェイユ』が炸裂し、眩い光を発生させてその衝撃を伝えると強大なエネルギーに思わず意識を手放す。

 

纏った光を全て打ち付ける様に踏み込んで飛び退くと、空中できりもみ回転して着地する。そして光はソニュームを中心に収縮し、大爆発を起こした。

 

裕奈達がその眩しさに目を瞑る。広がる光は辺り一帯を飲み込んで、激しく照らした。

 

 

 

 

 

 

光が晴れると、全員が爆心地を見る。そこには倒れているソニュームとその前に立つ祐がいた。

 

「どうなったの…?」

 

「あいつは倒れてるみたいだけど…」

 

ザジはゆっくりとそちらに向かうと、祐の隣に立ってソニュームを見つめた。

 

「ギリギリ生きてますよ。彼は」

 

ザジが祐を見ると祐も顔の向きをザジに向けた。

 

「俺の役目はこの夢を終わらせる事。彼の処遇は貴女に任せます」

 

「寛大な心遣い、感謝します」

 

頭を下げるザジ。祐はそれに頷いて答えた。

 

「これ、終わったって事でいいのかな?」

 

「なんか起き上がらないし」

 

「あの人も、終わった感じ出してるよね」

 

二人の声は聞こえず状況がよくわからないまま会話を続けていると、周りの景色が砂のように消えていくのに気が付く。

 

「今度はなんか消えてきてるよ!?」

 

「まだ何かあるの!?」

 

「いや、夢の世界が消えるんだ」

 

声のした方を向くと祐がこちらに向かってきていた。

 

「虹の人…」

 

裕奈がそう呟く。そんな中、アキラやまき絵が急に目を閉じてゆっくりと地面に寝そべった。それに連なる様に周りも地面に横になる。

 

「みんな!?」

 

「大丈夫。夢が終わって、現実で目覚めるだけだ」

 

その声は何処か優しく感じる。気が付けば裕奈も少しずつ瞼が落ちてきていた。

 

「夢は必ず終わる。例えそれがどんな夢でも」

 

「夢が終われば、残る物もあれば消える物もある」

 

「でも…貴女が繋いだものは、貴女が消さない限り決して消えない」

 

裕奈は自分の胸にそっと手を当てた。そして両手を握る、その内にある物を抱きしめる様に。

 

「うん、大丈夫。ちゃんと持っていく。これからもずっと…」

 

彼は頷く。勿論目では見えないが、何故か裕奈には彼が笑っている様な気がした。そこで裕奈も地面に横たわる。

 

薄れゆく意識の中、裕奈が最後に見たのはこちらに小さく手を振る仮面の男の姿だった。

 

 

 

 

 

 

横たわった裕奈達も景色と同じ様に消えていく。その光景を見届けて、祐は振り返る。そこに立っていたのはザジだった。

 

祐はザジ以外が居ないのを確認し、バイザーとツインアイを収納した。

 

「ありがとうございます逢襍佗さん。大きな借りが出来ました」

 

少しずつ消えていくザジに祐は笑顔を向けた。

 

「どういたしまして。また現実で会いましょう、ザジさん」

 

「はい」

 

そう言って笑顔を浮かべたザジ。完全に夢の世界から消えると、祐は消えゆく女子寮の屋根を見た。何故かそこの一箇所にだけ花が咲き誇っており、違和感を醸し出している。

 

祐はその花を少し見つめて、視線を外した。

 

「はぁ、いい趣味してるよ…」

 

身体を光が包むと再び光の柱が現れ、祐は彼方へと消えていく。

 

全てのものが砂のように消え、女子寮と共に花も消える。そこには何もない真っ白な空間だけが残った。

 

夢が終わり、麻帆良の街に目覚めが訪れる。



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いつか逢えたら

薄く目を開ける、そこに広がるのは見慣れた自室の天井。上半身をゆっくりと起こし、辺りを見渡しても目に映るものはいつも通りの景色だ。時計を確認すると時刻は13時を示している。

 

「帰って来れたの…?」

 

ベットから出た裕奈はアキラの元へ向かう。見るとアキラは目を開ける瞬間だった。小走りで近寄るとその顔を覗き込む。

 

「ん…裕奈?」

 

「アキラ」

 

起き上がるとアキラも周囲を見渡す。暫くして裕奈に顔を向けた。

 

「ここって現実…だよね?」

 

「…たぶん」

 

意識もしっかりしていれば、目に見える景色も普段のものだがそれは先程に関しても同じ事。しかし裕奈には夢が終わったと思える要素があった。

 

「お母さんの事、今はちゃんとわかる。きっと…終わったんだね」

 

浮かべた笑顔に儚さを感じた。アキラは静かに裕奈を抱きしめると、裕奈も抱きしめ返す。胸に残る切なさは間違いなくある。だが、同時に悲しみすらも包み込む温かさが胸に灯っているのも間違いない。裕奈はアキラを抱きしめながら、その温もりを心の中で優しく抱きしめた。

 

すると足音が近づいてくる。二人が音のする方向を見ると、玄関からクラスメイト達がなだれ込んできた。

 

「裕奈!アキラ!起きてる!?」

 

「よかった!起きてる!」

 

「もう夢ちゃうよね!?」

 

「さっきの事覚えてる!?」

 

「あの虹の光がこう…上からドバー!っと来たやつ!」

 

「最後は雷バリバリーって!」

 

「あんたら落ち着きなさい!」

 

全員が一斉に入ってきた事により下敷きになった何人かは苦しそうだが、それでも全員が興奮気味に話し続ける。裕奈とアキラはお互いの顔を見つめると、柔らかく笑った。

 

「だぁ〜〜‼︎やっぱり写真撮れてない〜〜‼︎」

 

「最近の朝倉少し不憫かも…」

 

学園都市が夢から解き放たれ、街に住む全員がその目を覚ます。今日予定のある者は時間を見て驚愕し、いつもと同じように過ごしていた日常が夢だとわかると急いで準備を始める。街全体を巻き込んだ今回の事件は知らぬ間に起こり、知らぬ間に解決された。

 

その夢を創り出した者、そしてその夢を終わらせた者の事は彼女達しか知らない。

 

 

 

 

 

 

研究室のソファーにて、超と聡美は目を覚ました。自分達の寝ている場所、掛けられた毛布を確認していると茶々丸が声を掛けてきた。

 

「お目覚めですか、お二人とも」

 

「お~茶々丸、毛布は君カナ?ありがとうネ」

 

「お気になさらず。それと、そこまで運んでくださったのは祐さんです」

 

茶々丸が後ろを見ると二人もそちらに目を向ける。そこには机に寄りかかってこちらを見ている祐がいた。

 

「おはようでいいのかな?取り合えず、調子はどう?お二人さん」

 

「うむ、中々いい夢だったネ」

 

「久し振りに寝起きが気持ちいい気がします」

 

二人の返答に祐は少し笑う。聡美は祐の手首に自分達が送ったブレスレットが付けられているのを確認した。

 

「私達からのプレゼント、気に入って頂けましたか?」

 

「凄く助かったよ。いつも服が汚れたりボロボロになるから大変だったんだ。それに俺の正体に関しても、ね。便利な物をありがとう、超さん、葉加瀬さん」

 

祐は言いながらブレスレットに触れる。その姿に二人もご満悦の様だった。

 

「気に入ってもらえた様でなによりネ。作った甲斐があったヨ」

 

「まだまだ調整したい所はあるので、定期的に来てくださいね」

 

「喜んで。お世話になるよ」

 

そう言うと祐はブレスレットを興味深そうに見つめた。

 

「それにしても凄いねこれ。効果とかは茶々丸に聞いたけど、いったいどんな仕組みなんだかさっぱりだ」

 

祐の発言に聡美が嬉しそうに立ち上がった。

 

「そういう事ならお任せ下さい!今からご説明致しましょう!」

 

聡美が祐の手を引いてホワイトボードまで連れて行く。苦笑い気味な祐と満面の笑みの聡美を見て、超と茶々丸は笑顔を浮かべた。

 

「おやおや、祐サンが藪をつついて蛇を出したカナ?」

 

「私は飲み物をご用意致します」

 

超が二人の元へ、茶々丸は飲み物を取りに向かった。

 

「聡美博士!これの説明を受ける前にお聞きしたい事があります!」

 

「はい、なんでしょう逢襍佗君!」

 

手を上げる祐に、ノリノリな聡美が指をさした。

 

「聡美博士は保健体育に関してはどれ程の知識をお持ちでしょうか!もし宜しければ私と実技試験でも」

 

「大変ダ、まさかここにもエロ河童がいたとはネ」

 

 

 

 

 

 

「え?この後に納涼会の準備?」

 

取り合えず一旦各々の部屋に戻った明日菜達。部屋で遅めの昼食を食べていると、桜子から電話が掛かってきた。

 

『せっかくやる気になってたのに、お流れになるのはなんか悔しいもん!』

 

「言いたい事は分かるけど、あんな大変な事があった後にまだ騒ぐの…?」

 

『わかってないな~明日菜!あんな事があったからこそだよ!』

 

桜子の気持ちは理解できるが、それでもこうして直ぐ行動に移せる彼女の逞しさに尊敬と呆れを同時に感じた。

 

「…わかった。木乃香達にも言っておく。どうせやりたいって言うだろうしね」

 

『オッケー!夕方にかけて準備しよ!ご飯食べ終わったらまた電話するね~!』

 

「了解」

 

通話を終えて、仕方なさそうに笑う明日菜。横を見ると木乃香とネギがこちらを期待した目で見ていた。

 

「なぁなぁ明日菜、今納涼会がどうとか言うとらんかった?」

 

「もしかして、この後やるんですか?」

 

「ほんと逞しいわねあんた達…」

 

 

 

 

 

 

クラスの全員に連絡が伝わり、納涼会の準備を行うA組。夢の中でとはいえ予定は全て決めていたので、後は実際に必要なものを用意するだけだった。

 

「せっかくだし、花火でもやらない?」

 

「お~!いいね!」

 

「買い出し組に頼む?」

 

昼に行われる予定だったのもが夕方にずれ込んだ事もあり、当初は予定の無かった花火の案が上がる。既に買い出しに出ていたグループに追加でお願いをしようとしていたところで、芝生広場で準備していた裕奈が手を上げた。

 

「あ、ならそれ私に任せてくれない?」

 

「裕奈さん?よろしいのですか?」

 

少し心配気味に聞くあやかに裕奈は笑って答える。

 

「任せなさい!なんせ私、麻帆良のロケット花火と呼ばれた女だよ!」

 

「何ですかそれは…」

 

「それに、今回みんなには沢山助けてもらったし…ちょっとくらい何かしないとね!」

 

「裕奈さん…」

 

笑ってそう言う裕奈の顔を見て、あやかは優しく微笑んだ。

 

「わかりました、それではお願い致します。ではあともう一人」

 

言葉の途中で手が上がる。全員がそちらを見ると、手を上げていたのはザジだった。

 

「ザジさんが一緒に行ってくれるの?」

 

「…」

 

(((((元に戻ってる…)))))

 

夢の世界の時とは違い、裕奈の言葉に無言で頷くザジ。あれは夢の世界だからああだったのだろうかと、ここにいる誰もが疑問に思った。

 

「えっと…じゃあ、よろしくね?」

 

「よろしく」

 

(大丈夫かな…)

 

普段通りのザジに、アキラを始め周りはそう思わずにいられなかった。

 

 

 

 

 

 

その後二人で花火を買いに行く裕奈とザジ。隣だって歩くが、二人にこれといった会話は無かった。

 

(ど、どうしよう…考えてみたらザジさんと話した事なんて無かったかも…。まず何を話せば)

 

「裕奈さん」

 

そんな事を考えていると、まさかのザジから声を掛けられた。心臓が跳ねるが、なんとかそれを落ち着かせて返事をする。

 

「な、なにかな?」

 

「この度は、私の知り合いがご迷惑お掛けしました」

 

そう言って頭を下げる。それを見て裕奈は色々と驚いた。

 

「そんな、ザジさんは別に!…って知り合い!?」

 

顔を上げると、ザジは裕奈を見て話し始める。

 

「彼とはこちらに引っ越してくる前の知り合いでした。特別近しい関係という訳ではありませんが、それなりに長い付き合いと言えます」

 

「そ、そうなんだ…」

 

確かに夢の中でも二人は顔見知りの様に話していた気がする。段々とあの時起きた細かい事がぼやけてきている気がするが、印象的な事はよく覚えていた。

 

「彼は昔から変わった力を持っていて、そして何より異常なまでに知識に取り憑かれていました」

 

「知識に取り憑かれる?」

 

変わった力というのは実際にこの目で見たから理解は出来る。しかしその後の事はよくわからなかった。

 

「気になった事はとことん調べ尽くすと言った具合です。対象のものが理解できるまでは絶対に他の事をしなくなるぐらいの」

 

「そりゃまた…大変だね…」

 

それ以外の言葉が思いつかなかった。ある意味そういう人物の事も変態と言うのだろうか。

 

「彼が次に目を付けたのは、生物に宿ると言われている心でした。夢と心は密接に繋がっている。そう考えた彼は自身の能力を最大限使用し、今回の事件を起こしたようです」

 

裕奈は視線を落とす。夢と心、少し前までは分からなかっただろうが、先程の事件を終えて裕奈には夢と心に繋がりがある事を理解できた。他ならぬ自身の心で。

 

「この街の中でも裕奈さんに目を付けたのは、きっと貴女の夢が他の人達よりも価値があるものだと結論付けたからでしょう。あくまで私の予想ですが」

 

裕奈に様々な疑問が生まれる。一つ一つ聞くには時間が掛かり過ぎる程の。その中でも特に気になっている事は…

 

「あの人は、どうなったの?」

 

「彼は自分の国に強制送還されました。そこで今回の罰を受けるでしょう。決して軽くはない罰を」

 

「そうなんだ…」

 

ザジは裕奈を見つめ、改めて頭を下げる。

 

「この街の皆さんに、特に裕奈さんには大変な事を彼はしました。同郷の者として、改めて謝らせて下さい」

 

裕奈はその姿を見て、一歩進むとザジの両肩を掴んで起き上がらせた。

 

「確かにすっごい大変だった。悲しくて沢山泣いた。あの人の事は嫌い。でも、ザジさんの事は好き」

 

その言葉にザジは何も言わず裕奈を見つめた。

 

「よく分かんないけどさ、ザジさん…私達を助けてくれたでしょ?」

 

「直接的な事は何も出来ませんでしたが」

 

「それでも、助けてくれてた事に変わりはないよ。だから、ありがとうザジさん。私やみんなを助けてくれて」

 

今度は裕奈が頭を下げる。ザジは先程の裕奈の様に両肩を掴んで起き上がらせた。

 

「ではここら辺で手打ちにしましょう。終わりが見えませんからね」

 

「賛成!」

 

笑顔を浮かべると裕奈はザジの手を取って歩き出す。

 

「さぁ!私達の仕事は花火を買ってくる事!しっかりその役目を果たそうじゃないの!」

 

頷いたザジは裕奈に歩幅を合わせて歩き始める。

 

(やはり、人間はいい。彼女達の営みは愛おしいく思える。その時は、そう遠くないのかもしれませんね)

 

口には出さず、心の中でそう呟く。今すぐとはいかずとも、自らが望む瞬間はきっと訪れると思えた。

 

そこから少し離れた屋根の上。手を繋いで歩き出した二人の背中を祐が見送っている。

 

「これも立派な覗き見か、人の事言えないな」

 

 

 

 

 

 

「それでは!現実世界へ無事帰還を果たした事を祝しまして!かんぱ~い!」

 

『かんぱ~い!!!!』

 

日が暮れ始めた頃、芝生広場にて納涼会が行われた。それぞれが飲み物や食べ物を持ち、賑やかに過ごしている。

 

「ネギ君!また手から変なの出して~!」

 

「む、無理ですよ!あれは夢の中限定なんですから!」

 

「そんな事言って~。ネギ君ほんとは魔法使いとかなんじゃないの~」

 

「そんな訳ないじゃないですか!やだな~もう、あはははは…」

 

桜子達に詰め寄られているネギはタジタジである。

 

「あくまでしらを切るつもりね…それならこっちにも考えがあるわよ!」

 

「な、なんですか…?」

 

「なにって…ねぇ?」

 

「これしかないでしょ!」

 

「わ~ん!やっぱり~!」

 

ネギを囲んで服を脱がせ始める美砂達。回数を重ねる度その手際が良くなっているのは悲しいかな、まったく自慢出来ない。

 

「ほんと、何やってんだか…」

 

「ネギ君大変やな~」

 

「大変で済むのでしょうか…」

 

明日菜・木乃香・刹那がその姿を見ていると、明日菜が思い出した様に木乃香に聞く。

 

「そう言えば祐は?連絡したんでしょ?」

 

「それがな~、今回は遠慮しとくって。今日は頑張ったみんなで楽しんでおいで言うてた」

 

少し残念そうに言う木乃香。明日菜は眉をひそめた。

 

「頑張ったみんなでって…あいつだって」

 

「祐がそう言ったのなら好きにさせておけ」

 

言葉の途中で割り込んだのはエヴァだった。手にはイカ焼きを持ち、隣には茶々丸がいる。

 

「エヴァちゃん」

 

「大方、今回表向きには何もしていない自分が行ったら邪魔だと考えているんだろう」

 

「そんな、ウチら誰もそないな事気にせんのに…」

 

エヴァは木乃香に目を向けると、ため息をついた。

 

「あいつは時々かっこつけたがる。今回も恐らくそんなとこだ。気にする様な事でもない」

 

「祐のことを思うなら、精々楽しめ。その方があいつも喜ぶだろうさ」

 

それだけ言うと、エヴァはその場から離れる。茶々丸はお辞儀をしてから後についていった。

 

「明日菜…」

 

「なに木乃香?」

 

「なんやエヴァちゃん、祐君に詳しない?」

 

「あ~、どこから話せばいいやら…」

 

言われてみれば木乃香はエヴァの正体も知らなければ、祐との関係も知らなかった。言葉通り、どこから話したものかと明日菜は頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

 

「さぁさぁみんな!そろそろ花火タイムといこうじゃないか!」

 

『イエーイ‼』

 

(こいつら体力底なしかよ…)

 

それから少しして、裕奈とザジが買いに行った花火を取り出し始める。全員がそれぞれ花火を持つと、火をつけた。

 

「花火とか久し振りかも」

 

「あは~、なんか夏って感じ」

 

「ノスタルジーだね!ノスタルジー!」

 

「言いたいだけでしょ」

 

ザジは黙って袋に入った花火を見ていると、それに気が付いた超が話し掛ける。

 

「やぁザジサン。どれか良さそうな物はあるカナ?」

 

「これ」

 

そう言って指さしたのは線香花火だった。

 

「ほうほう…ザジサン、中々渋いネ」

 

派手な花火が終わると、他のクラスメイトも線香花火に手を伸ばした。先程とは打って変わって、静かにその光を眺めている。

 

裕奈と隣り合ったアキラは、線香花火に目を向けつつ裕奈を見た。その顔に憂いは無く、純粋に微笑んでいる様に感じられる。その事にアキラは一安心した。

 

「アキラ~、そんな見つめられたら照れるにゃ~。私に見惚れちゃった?」

 

気が付くとニヤニヤしながら裕奈がこちらを見返している。隙を見せてしまったと思いながら、普段通りのやり取りが心地よかった。

 

「ふ~ん…もう大丈夫そうだね、暫くは心配しなくていいかも」

 

「ああん、ごめんてアキラ!」

 

冷たい様な態度を取って少し笑うと、裕奈も笑って返す。

 

「ありがとう、アキラ」

 

聞こえてきた声にアキラは裕奈を見た。

 

「今もね…寂しい気持ちはあるし、悲しいって気持ちもある」

 

「だけど、昨日より少し進めそうなんだ。そんな気がする」

 

「裕奈…」

 

お互いが持つ線香花火が二人の顔を照らす。僅かな灯りでも、すっかり日の落ちた今では充分だった。

 

「教えてもらったから、そういう気持ちも持ってて良いんだって。だから、寂しいも悲しいも全部持って歩いてく。そして、いつか思いっきり笑ってやるんだ!」

 

その裕奈の顔を見て、アキラは微笑む。

 

「大丈夫だよ、裕奈なら。私達も一緒」

 

「うん!みんなも居てくれるんなら、きっと大丈夫!」

 

そう言って笑顔を見せた後、何かに気づいたような顔をした。

 

「どうしたの?」

 

「昨日ね、逢襍佗君が言ってたんだ。あんまり大丈夫って言い過ぎない方がいいって。信用してもらえなくなるんだって」

 

「ふふ、そうなんだ」

 

直接見た事はないが、それでもアキラは祐の大丈夫発言を疑う明日菜達を容易に想像できた。

 

「でも、今はいいよね!だって本当に大丈夫だし!」

 

「そうだね、本当に大丈夫ならいいと思う」

 

線香花火が落ち、かすかな灯りが消える。周りも同じように終わりを迎えた頃、超が立ち上がった。

 

「よ~し皆の者!今日は特別な物をハカセと用意したネ!茶々丸!例の物を!」

 

「はい」

 

茶々丸も立ち上がり、対象の物を取りに向かう。

 

「なになに!」

 

「また変な発明?」

 

「変な発明は嫌アル…」

 

「変なとは失礼な!私達はいつだって真剣ですよ!」

 

周りが集まってくると、茶々丸はどこから取り出したのか巨大なバズーカを構えた。

 

「なんですかその物騒な物は!?」

 

「名付けて!『レインボーファイヤーワークス』ネ!」

 

「それ危ない物じゃないわよね…」

 

「人に向けて撃たなければ無問題ヨ」

 

「それは大前提でしょ」

 

 

 

 

 

 

一人自宅で横になっている祐。何もせずにぼーっとしていると家のチャイムが鳴る。玄関に向かい、ドアを開けると立っていたのはチャチャゼロだった。

 

「ゼロ姉さん?どうしたの、一人で来るなんて珍しい」

 

「御主人モ茶々丸モ出払ッチマッテルカラナ、付キ合エ」

 

そう言って一升瓶を見せるチャチャゼロに、祐は苦笑いした。

 

「ゼロ姉さん、俺一応未成年だよ」

 

「今更何言ッテンダ、ソモソモオマエ酔ワネェダロ」

 

「そういう事ではないぞ姉さん」

 

そう言いつつも、付き合うのが祐という人間である。

 

「部屋でいい?」

 

「セッカクダ、上デ飲モウゼ」

 

「かしこまりました」

 

部屋からレジャーシートと自分の飲み物を持ってくると、チャチャゼロを肩に乗せて近くの高いビルの屋上へと飛んだ。

 

一瞬で屋上へと着いた二人は持ってきたシートの上に座って、お互いの飲み物を軽くぶつける。

 

「ナンダコーラカヨ、相変ワラズ子供舌ダナ」

 

「いいじゃないの、だって酒は美味いと思えないんだから」

 

「修行ガ足ンネェゾ」

 

チャチャゼロの発言に祐は笑う。二人は下に見える街並みを暫く眺めていた。

 

「オマエ、家族ニ会イタクナッタンジャネェカ?」

 

隣に座る祐を横目で見ながら聞いた。祐は正面を向いて街を見たまま答える。

 

「そんなのずっとだよ、今に始まった事じゃない」

 

「ナラ会エバイイジャネェカ、今日ヤッタミタク出来ンダロ?」

 

「もう一回会ってるから。あの時にね」

 

「他の人がやるのは別にいいけど、俺が何回も会おうとするのは…少し狡いよ」

 

「ソリャ誰ノ為ニシテル我慢ナンダ?」

 

「勿論俺の為だよ、他の誰でもない」

 

そこでお互い口を閉ざす。少ししてチャチャゼロは立ち上がると、祐の目の前に来た。

 

「オイ、頭下ゲロ」

 

「……えっ、なんで?」

 

「早クシロヨ、ブッ飛バスゾ」

 

「怖いよこの人…」

 

怯えながら祐は観念し、背中を丸めて頭を下げる。そうするとチャチャゼロは力強めに祐の髪の毛をかき乱し始めた。

 

「いでででで!」

 

「テメェハマッタク、メンドクセェンダヨコノ野郎」

 

「あ~!ちょっと!強い強い!禿げる!」

 

それが終わった頃には祐の髪は台風に煽られたかの様に無造作に飛び跳ねていた。それなりに満足したのか、チャチャゼロは一升瓶を持って胡坐をかいている祐の上に座る。

 

「毛根が死ぬとこだった…」

 

「殺シテネェンダカラ感謝シロ」

 

「禿げたら責任取ってくれんのか!」

 

「禿ゲテモ愛シテヤルヨ」

 

「なにこの姉さん、格好いいんだけど」

 

祐はチャチャゼロに後ろから腕を回した。

 

「ありがとね、わざわざ見に来てくれて」

 

「今日ハ面白レェモノガ見レタ、ソレデチャラダ」

 

そんな時、遠くから大きな音が鳴ったかと思うと、空に鮮やかな花火が打ちあがった。

 

「アン?花火カ」

 

「あっちの方向は…ああ、みんなだな?」

 

打ち上げられている方向から、誰によるものか察した祐は笑いながら言った。。連続で夜空に現れる花火に祐達の顔も照らされる。

 

「ケケケ、オアツラエ向キニ虹色ジャネェカ。礼ノツモリカモナ」

 

チャチャゼロの予想は当たっている。この花火は超と聡美が祐の虹の光をイメージして作ったものだ。祐は静かに花火を見つめる。

 

「泣イテモイイゼ?」

 

「ゼロ姉さんが来てくれた時点で泣いてるよ。涙が出てないだけでね」

 

 

 

 

 

 

「連発も可能ヨ!茶々丸!空になるまで撃ち続けるネ!」

 

「承知しました」

 

「これだけ撃てばきっと気が付きますよ!」

 

「いいぞ~!」

 

「やれやれ~!」

 

「ちょっと!流石に撃ち過ぎじゃない!?」

 

「そんじゃそこらの花火大会より球数多いよ!」

 

「てか無許可でこんなの打ち上げていいのかよ!?」

 

「いくらなんでも苦情が来ますわ!」

 

バズーカから連続で放たれる花火に喜ぶ者、焦る者、その反応は様々だった。裕奈とアキラも花火を見上げている。

 

「また逢えるかな、あの人に」

 

ふとそう呟いた裕奈を見た後、花火に視線を戻しながらアキラは答える。

 

「また逢えるよ、きっと。そんな気がする」

 

「逢えたら…今度はちゃんとお礼言わなきゃね」

 

「うん」

 

現れては消える虹色の花火。それは真夏の夜空と街、そしてそれを見る人達を鮮やかに照らした。



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旧友からの言葉
夏休みのあれこれ(前編)


時刻は午前8時。服を着替えた裕奈は鏡でその姿を確認する。

 

「うん、今日もいい感じ」

 

今裕奈が居るのは女子寮ではなく父が住んでいる教員住宅であった。長期休みに入ると、裕奈は父の部屋で寝泊まりする事がある。そして今回は一つ目的もあった。

 

「おとーさん、準備できた?」

 

父の部屋のドアをノックして確認を取ると、少ししてドアが開き父が顔を出した。

 

「はーい。ごめん、おまたせ裕奈」

 

「も〜、服の襟よれてるよ?」

 

そう言いながら手際よく整える裕奈。裕奈の父は仕事はしっかりこなすが、日常生活はだらしないところがある。

 

「これでよし!久し振りに行くんだからしっかりしてよね」

 

「いやはや、返す言葉もございません」

 

頭を下げる姿を見て、裕奈は笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

二人は学園都市から出て目的地に向かった。裕奈達の目的、それは夕子の墓参りである。

 

「それにしても急にどうしたんだい?お墓参りに行きたいなんて」

 

「ん〜?ちょっとね」

 

隣り合って歩く裕奈に聞くと、裕奈は僅かに下げていた視線を上げた。

 

「考えてみたら私、ちゃんとお礼言えてなかったなぁって思って。だから、それを言いに行きたいんだ」

 

どこか遠くを見ながらそう話す裕奈の顔は、少し大人びて見えた。

 

「…そっか」

 

言いながら裕奈に優しい笑顔を向ける。何があったのかはわからない。しかし、裕奈に何か心境の変化があったのは間違いないと感じた。笑顔を浮かべたのは見えたその表情から、起きた変化はきっといい物だと思えたからだ。

 

(参ったなぁ…ちょっと見ない内にまた大人になってる。子供の成長は早いとは聞いてたけど、ぼーっとしてられないな)

 

そうしている間に二人は墓の前に着く。見ると夕子の墓には既に線香が添えられていた。

 

「あれ?線香がある」

 

「本当だ、誰か来てくれたのかな?」

 

煙が出ている事からまだ新しい事がわかる。誰による物か不思議に思いつつ、二人も持ってきた線香に火をつけた。

 

線香を添え、手を合わせる。目を閉じながら裕奈は心の中で夕子に伝えた。

 

(ありがとう、お母さん)

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、この後俺も行くから」

 

『うん、わかった』

 

祐は純一と通話をしながら一人街を歩く。今日は男の幼馴染で久し振りに会おうと決めていたのだ。集まる場所はリトの家である。

 

『それにしても、朝早くから何の用事?』

 

「この間知り合った素敵な女性に挨拶してきた」

 

『…詳しく聞こうじゃないか』

 

予想していた返答に、祐は笑いながら話す。

 

「言うと思った。先に言っておくけど、旦那さんとお子さんがいる人だよ。残念ながらそういった関係にはなれないな」

 

『なんだ、びっくりしたよ』

 

「素敵な家族だよ、本当に」

 

『…祐がそこまで言うなら、間違いないね』

 

暫く会話をしていると、純一が思い出した様に言った。

 

『そう言えば今日の事美也に話したら、自分も行きたいって言い出してさ』

 

「いいね、俺も久し振りに美也ちゃんに会いたい」

 

『即答か…相変わらず甘いんだから』

 

「いやいや、ただ俺が会いたいだけだよ」

 

 

 

 

 

 

修行を一旦終え、休憩に入って建物から海を眺めるネギの隣に明日菜がやってくる。

 

「よっ、おつかれ」

 

「明日菜さん」

 

手すりに寄りかかり、明日菜も海を眺めた。

 

「いいわねぇここ。景色も良いし時間も気にしなくていいなんて」

 

ネギと明日菜が今居るのはエヴァの別荘。またの名を『エヴァンジェリンズ・リゾート』

 

その正体はエヴァのログハウスにある地下室に置かれた、エヴァ自身が制作した魔法道具である。外からの見た目は丸いガラス瓶の中にミニチュアの様な物が入っているだけだが、中は実際に南国を思わせる空間が広がっており、そこで生活する事ができる。

 

そして最大の特徴は、ここで過ごした1日は現実の世界では1時間にしかならない事だ。

 

「まったく、勝手に来て図々しい奴だ」

 

後ろから頭にチャチャゼロを乗せた茶々丸を伴って来たエヴァが明日菜に目を向けた。

 

「いいじゃない、別に減るもんじゃないんだし」

 

「言っておくがここで過ごした時間は外では1時間でも、実際に歳はとるからな。使い過ぎればそれだけ老けるぞ」

 

「げっ…それはちょっと…」

 

「まぁ、私は別にお前が年老いたところで困りはしないがな」

 

それを聞いた明日菜は少し考える顔をする。

 

「ねぇ、祐はここをよく使ってたの?」

 

「勿論使った。だが祐に関しては色々と特殊だ、あいつが老ける等の心配はしなくていい」

 

「特殊?」

 

「ああ、そうだ。それに最近は使う事も少ない。ここは外の世界よりも魔力が濃いが、あいつには利点にならんしな」

 

「そういえば言ってたわね、あの光は魔法じゃないって」

 

そういった意味でもこの別荘は魔法使いであるネギの修行にうってつけの場所と言える。しかし、魔力を必要としない祐にとってはその面での恩恵はない。

 

「あいつの光が何なのか分からないってのは理解してるけど、何か一つでもない訳?分かってはいる事とか」

 

「…強いて言えば、祐に魔法は使えない事は分かっている」

 

それに対して明日菜は意外そうな顔をした。

 

「え、そうなの?なんか何でも出来そうな感じしてたけど」

 

「あの光で同じ様な現象を起こす事は出来る。詳しく説明するなら、あの光は魔法の術式には適用出来ない」

 

「お前も知っているだろう、ぼーや」

 

そう言ってネギを見るエヴァ。頷くネギを見て明日菜は疑問を持った。

 

「あんた何か知ってるの?」

 

「えっと…実は僕、出会って少しした後祐さんにパートナーになってほしいってお願いした事があって」

 

「は!?聞いてないんだけど!」

 

「聞かれてませんでしたので…」

 

詰め寄る明日菜から視線を逸らせて、ネギは気まずそうにした。

 

「だけど兄貴、ダンナとは仮契約してないんだろ?」

 

ネギの肩に乗って話を聞いていたカモが質問すると、ネギは当時を思い出しながら答える。

 

「うん、してあげたいけど出来ないんだって祐さんは言ってた。自分が関わるとその魔法は発動しなくなるって」

 

「かつて私が仮契約を試した時にそれが判明した。それから祐に魔法を試させてみたが、うんともすんとも言わない」

 

かつて試したという発言に明日菜は若干の引っ掛かりを覚えたが、今はそれを置いておくことにした。

 

「つまりあの光は魔力の代わりにはならない。って事っすか?」

 

「他人が既に発動した後の魔法であれば受ける事も跳ね返す事も出来るが、自分が発する・自分が魔法発動の根本に関わるとなるとそれは出来ない様だ」

 

「とは言え、当たり前だが魔法とは魔力を使って行う事を大前提として作られた物。何なのかも分かっていないあの光では代用出来ないのも、あの力が邪魔をして術式から弾かれるのも一応納得は出来る。何せあの光は未知のものだからな」

 

そこでカモが待ったを掛ける。以前聞いた事とどうも矛盾している様に感じたからだ。

 

「でも待ってくれ、確かチャチャゼロの姉貴に力を流して動けるようにしたんだろ?チャチャゼロの姉貴は魔力によって動くんなら、それは魔力の代わりになってるって事じゃねぇのか?」

 

それも初耳な明日菜は次から次へと出てくる新事実に、まだとんでもない何かがあるのではないかとほんの少し戦々恐々とした。

 

カモの発言にエヴァは顎に手を当てると、少しして答える。

 

「これはあくまで私の考えだが…それに関しては魔力の代わりをしているのではなく、チャチャゼロの動こうとする意思に力を与えたのではないかと思っている」

 

「意思に力を…ですか?」

 

「そうだ。明石裕奈の母親の件といい、相坂さよの件といい、あいつの光は姿の無い何かに対しても干渉が出来ると思える」

 

「あのソニュームとか言う奴ではないが、あの光は意思に…『心』に何か関係があるのかもな」

 

随分と哲学的な話になってきた気がする。あの光に対して何か知れればと思ったが、話を聞いた結果余計分からなくなった様に思えてきた。

 

「まぁ、実際心と関係があったとしてもその心が何なのか分からなければ、結局何も進展はしない話だ」

 

「オレハ動ケンナラ、ナンデモイイケドナ」

 

そう言ってチャチャゼロは笑った。彼女自身はあの光が何なのかに関してはそれほど興味はない様だ。

 

別にあの力がどんな物でも構わない。大事なのは祐の力が自分に流れ、その結果自由に動けるという事。それだけだ。

 

 

 

 

 

 

リトの家に向かう為街を歩く祐は、街頭ビジョンから流れるニュースに足を止める。

 

『現在度重なる超常現象及び事件の多発を受け、政府はこれまでの事件の関係性を調べると共に、対策について勘案する必要があると会見で述べました』

 

『それに伴い多次元侵略戦争の際に協力体制を取った別次元を始め、確認されている様々な別次元とも今後は積極的に意見を交換する機会が必要であるとして』

 

一人静かに流れる映像を見つめていると、服の袖を誰かに引かれる。その方向に顔を向けると、そこには恐らく小学生と思われる少女が祐の袖を掴んでこちらを見ていた。白みがかった薄い紫の髪と美しい青い瞳が特徴的な、何処か神秘性を感じる姿の少女だ。

 

「えっと、どうかしたのかな?」

 

無論初対面である祐はなるべく優しく話し掛ける。すると少女は祐の顔を見つめて口を開いた。

 

「あなた、人間?」

 

「……。生まれは人間ですけど…」

 

そう聞かれた祐はなんとも言えない顔になる。なにせ幼い外見の少女に開口一番そんな事を聞かれるとは思ってもみなかった。

 

「そう言えば前にもそんな事聞かれたな…ねぇ、俺ってそんなに変な奴に見える?」

 

深くしゃがんで少女と高さを合わせながら聞く。

 

「へん」

 

「何という火の玉ストレート」

 

「他の人間はそんなへんな感じしない。だからへん」

 

眠たげな印象を受ける表情と喋り方だが、少し好奇心も感じる。言われた事に対して祐は少し笑った。

 

「それを言われちゃったら言い返せないな。でも、それはお互い様でしょ?」

 

祐の言葉に少女は少し驚いた顔をした。同時に僅かではあるが警戒心が芽生えた様だ。まだ踏み込むには早かったかと祐は反省した。

 

「あなたやっぱりへん」

 

「ごめん、少し急だったね。俺は逢襍佗祐って言います。はいこれ、正真正銘の高校生」

 

取り出した財布から学生証を出して少女に見せると、それを少女はまじまじと見つめる。

 

「ここなんて読むの?」

 

指さした場所を確認すると、そこは学園の名前が書かれた場所だった。

 

「これはね、まほらがくえんって読むんだよ」

 

「まほらがくえん…聞いた事ある」

 

「お、知ってるんだ」

 

「うん。凄く大きな学校で人が沢山居て、変人も多いって小林が言ってた」

 

(…おのれ、否定したいけど出来ねぇ)

 

そこだけ聞くと何とも失礼な発言だが、事実なので何も言えなかった。誰かは知らないがその小林という人は間違ってはいない。

 

「あまたも変人?」

 

「いや、俺は変人じゃない。絶対に違う。変わったものは持ってるけど変人ではない」

 

断固として自分が変人である事を認めない祐。今までの人生の中で己を変人、もしくは問題児と思った事は一度もない。勘違いここに極まれりである。

 

「じゃあ、そのへんなのはなに?」

 

「それがさ、俺もわからないんだ…これが何なのか。逆に知ってる人を紹介してほしいくらいでね」

 

暫く少女は祐の顔を見つめると、少し警戒が薄れた気がする。

 

「よくわからないけど、あまた大変そう」

 

「わかってくれるか少女よ。そうなの、俺って結構大変なの」

 

「あっ!カンナ!ここにいましたか!」

 

少女の後ろから何故かメイド服を着た金髪ツインテールの女性が駆け足でやって来る。それも充分目立つが、何より祐の目を引いたのは頭部にある二本の角の様な物だ。

 

(この人も同じか)

 

目の前にいる少女と同様のものを感じたが、その事は口に出さなかった。先程の事もあるが、何よりこちらに来る女性からは友好的な感情をあまり感じなかったからだ。

 

「まったく、勝手にどこか行ったかと思えばこんな所に…どちら様ですか?」

 

少女に話し掛けている途中でこちらに目を向けた女性に対して、立ち上がると学生証を見せながら頭を下げる。

 

「こういう者です。この子にぼーっとしてた所を声を掛けて貰ったんで話してたんですが、保護者の方ですか?」

 

「麻帆良学園高等部…学生の方ですか。ええ、まぁ…一応そんな所です」

 

「トール様、あまたはへんだけど悪い人じゃない」

 

「この子本当に直球だな。正直な事ばっかり言ってると周りから煙たがられちゃうよ?出る釘は打たれるってやつだね、気を付けよう!」

 

「なんとなくカンナが言いたい事がわかりました…」

 

呆れた様な目で見られたが、敵意があった先程の目よりはいいだろう。しかし次第にメイド服の女性『トール』の顔が訝しむものに変化した。

 

「…貴方人間ですか?」

 

「揃いも揃ってなんだ君達は」

 

そう聞いてくる理由は大体予想は付くが、それにしてももう少しオブラートに包むという事が出来ないものだろうかと祐は思う。

 

「もう少し聞き方あるでしょ!俺が繊細な人間だったらどうするんですか!」

 

「繊細なんですか?」

 

「いいえ」

 

「何ですかこいつ…」

 

「あまたゆうって言ってた」

 

「はじめまして、逢襍佗祐です」

 

(関わっちゃいけないタイプだ)

 

何故か敬礼をしてくる祐を見てトールは確信した。この人間?は力がどうこう以前に面倒なタイプであると。気にはなるが周りに害を及ぼす様には見えない。取り敢えず一旦ここは帰る事にしようと、少女の手を握る。

 

「この子の事、面倒を見ていてくれた様でありがとうございました。それでは、私達はこれで」

 

そう言ってその場を離れるトール達。祐は何も言わずその背中を眺めていると、少女が振り返り手を振ってきた。それに笑って手を振り返す。

 

やがて帰っていく二人から視線を外し、再びリトの家へと向かって歩き出した。

 

「カンナ、やたらと知らない人について行っちゃいけないって言いましたよね?」

 

「ごめんなさい」

 

手を繋いで家へと帰る『カンナ』はトールからのお説教に素直に謝った。

 

「でもトール様、あまたはへん。あんなの見た事ない」

 

それに対してトールは眉間に皺を寄せる。

 

「それはわかってます。なんなのかはわかりませんが、特殊な力は感じました」

 

「あんなもの…私達の世界にだって無かった」

 

トールとカンナは人間ではない。更に言えばこの世界出身でもない。そんな彼女達からしても祐の持つ力は未知の物であった。

 

(害のあるタイプでは無さそうでしたが、少し探った方がいいかもしれませんね)

 

祐の持つ虹の光。その正体・それが意味するもの、それを知る者は誰一人として存在しない。それはこの次元のみならず、別次元においても変わらない事であった。

 

 

 

 

 

 

結城家のリビングでテレビを見ているリトと美柑。流れているのは近頃起こった事件をおさらいする内容の番組だ。そんな時、来客を知らせるチャイムが鳴った。

 

「おっ、来たかな」

 

ソファから立って二人で玄関へ向かいドアを開けると、幼馴染の兄妹が立っていた。

 

「おはようリト、美柑ちゃん」

 

「おはようリトちゃん美柑ちゃん!ひっさしぶり~!」

 

純一の横で挨拶もそこそこに美柑へと抱き着く美也。驚きつつも美柑は笑顔を見せた。

 

「うん、久し振り美也さん」

 

「も~、さん呼びは無しだよ美柑ちゃん」

 

「えっと、美也お姉ちゃん?」

 

「よろしい!」

 

「こら美也、ごめんね美柑ちゃん」

 

「いえ、純一さんもお久し振りです」

 

「久し振り、ほんと落ち着いてるなぁ美柑ちゃんは。美也にも見習ってほしいよ」

 

「そんな事言うなら、にぃにもリトちゃんの事見習ったら?にぃにはスケベだからね」

 

「おい美也!」

 

「にしし!行こっ!美柑ちゃん!おじゃましま~す!」

 

靴を脱いで美柑の手を取り、家の中へと駆けていく美也。純一はため息をついて、リトは苦笑気味だ。

 

「相変わらず元気だな美也は」

 

「困ったもんだよほんと…」

 

純一も靴を脱いで家へと上がる。

 

「おじゃまします。なんか久々だね、こうやって話すのも」

 

「だな、ここんところ色々騒がしかったし」

 

向かい合ってそう話す純一とリト。長い付き合いだが、久し振りの状況にお互い感慨深いものを感じていた。

 

「その騒動の渦中にいた人がもうすぐ来るよ」

 

「なら、しんみり出来るのは今の内だな」

 

これから来るもう一人の幼馴染を思い浮かべて、二人は笑った。

 

 

 

 

 

 

リトと純一がリビングに着くと美也と美柑はテレビから流れる話題について話していた。

 

「最近ほんとに色々あったよねぇ。美柑ちゃんは何ともなかった?」

 

「私は別に変わった事はなかったかな。美也さ…美也お姉ちゃんは?」

 

「みゃーも何にも…あっ!でもあの怪獣はテレビで見たよ!」

 

「私も見た。流石にあれはびっくりしたよ」

 

「ねー!あと虹色の光がバーってやつ!にぃになんてずーっと口開けて見てたもんね?」

 

「純一さんも?リトもそんな感じだった」

 

「あれは…まぁ、致し方ないと言うか…」

 

「うん、あれはそうなるよな…」

 

何せ二人はあの光の正体を知っている。この目で見た事もあるが、あんな大規模なものは見た事が無かった。妹達はそれを知らないから仕方ないが、知っていたら間違いなく同じ顔をしていたに違いない。

 

「どうしたの?二人とも遠い目して」

 

「え!?いや別に…うおっ!?」

 

焦った様に目を泳がせていたリトが庭に続く窓を見て突然驚きだした。それに驚きながら三人も窓を見ると、その原因が直ぐに分かった。窓に張り付くようにしてこちらを見ている祐がいたのだ。

 

「何してるんだよ…」

 

「逸る気持ちを抑えきれなくて。どうも皆さん、お久し振りです」

 

窓越しに挨拶をすると呆れながらリトがカギを開ける。靴を脱いで上がると美也が勢いよく抱き着いてきた。

 

「祐ちゃん!」

 

「お~美也ちゃん!久し振りだなぁ!大きくなっちゃって!」

 

軽く抱き上げてその場で回転する。この光景も昔から変わらないものだ。

 

「へへ~ん、なんたってみゃーは来年高校生だからね!」

 

「そっか、来年高校生か…本当に大きくなったね」

 

優しく微笑んで美也の頭を撫でる。そうしていると、今度はこちらを見ている美柑に視線を向けた。

 

「美柑ちゃん!久し振り!元気だった?」

 

「お久し振りです祐さん、元気ですよ」

 

「それは何よりだ!さぁ」

 

そう言って両腕を広げる祐。美柑はそれが意味する事を理解して顔を赤くした。

 

「わ、私はいいです!」

 

「おいマジかよ…難しいお年頃か…」

 

目に見えて落ち込んだ祐は純一とリトの元へと向かう。

 

「じゃあ純一とリトで」

 

「何で…?ぐえっ!」

 

「力強いな相変わらず!」

 

強い力で抱きしめられた二人は少し顔を青くした。後ろから美也がそれを見て笑っている。

 

「よかった、祐ちゃん全然変わってなくて!」

 

顔の赤みがとれてくると、美柑はため息をついてから少し微笑んだ。

 

「ほんと、何にも変わってないんだから」

 

祐の大切な幼馴染、それは明日菜達だけではない。日頃顔を合わせる機会は少なくとも、彼らも祐にとってかけがえのない存在である。



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夏休みのあれこれ(後編)

「代行者を派遣ですって⁉︎」

 

『そういった話が出始めたというだけだ。まだな』

 

祐がリトの家に着いた頃と同時刻、凛は自宅で綺礼から連絡を受けていた。

 

『度重なる超常現象に加え、あの光だ。あれだけ大々的に報道されれば聖堂協会の目にも当然留まる。どうやら協会は今のこの現状をあまり快く思っていない様だな』

 

凛が属する魔術協会と今話題に出た綺礼の属する聖堂協会。この二つの組織はお世辞にも仲が良いとは言えず、むしろ犬猿の仲と言ってもいい。(因みにネギ達の所属する魔法協会も当然の様にこの二つと仲が悪い)

 

この二つの組織はかつて全面的に敵対関係にあったが、現在は一応協定を結び、有事の際は協力体制を取っている。あくまで表向きにではあるが。

 

しかしどちらも神秘は秘匿すべきという点においては同意見ではある。魔法や超能力という存在が大々的に知れ渡っている今の世の中で何を今更と思うかもしれないが、彼らからすれば自分達が使用する力は世間一般に浸透している魔法等とは違うものという考えがあるので、そう簡単な話でもない様だ。

 

『理由としては所謂現地調査というやつだろう。例え原因を見つけられる可能性が低くとも、静観を続けるわけにもいかないといったところか』

 

「はぁ…まぁ、分からないでもないわ」

 

あちらもそれなりに大きな組織だ、面子というものもあるだろう。それだけであれば大きな問題は無いのだが、それだけで終わらないから困ったものである。

 

「こっちはこっちで執行者が派遣されるって話が出てるんだけど…」

 

『どちらも考える事は同じという訳か、精々鉢合わせなければいいがな』

 

「ちょっと、他人事みたいに言わないでくれる?場合によってはめちゃくちゃ大問題になるかもしれないのよ?」

 

綺礼が鼻で笑ったのが受話器越しから聞こえ、凛はイラっときた。

 

「あんたねぇ…」

 

『なに、双方まだ話に上がっただけという段階だ。何事もなくうまく流れる可能性もあるかもしれん』

 

「…本気でそう思ってる?」

 

『可能性は0ではない。期待するだけ無駄だろうがな』

 

「でしょうね…」

 

そう遠くない未来、凛の人生を懸けた戦いが始まる予定だ。自分はそれを目指しここまで精進してきた。それが起こる前に別の大事件など起きてほしくはないのだが、今の世界を鑑みるに綺礼の言う通りそれは期待するだけ無駄なのかもしれない。

 

何処にぶつけていいものか分からない感情は、鬱憤として凛の中に溜まっていくだけであった。

 

 

 

 

 

 

学園都市にあるデパートに来ていた風香と史伽は一緒に来ていた楓と一旦別れ、特に目的地を決めずに中を見て周っていた。

 

「何かそこらへんに面白そうな事落ちてないかな~」

 

「面白そうな事って落ちてるものなのかな…」

 

周りに目を光らせる風香とその後ろを付いていく史伽、その時史伽の目にある物が留まる。

 

「あれ?これって…」

 

「ん?どしたの史伽」

 

立ち止まり商品棚を覗く史伽の視線を追うと、そこにはいくつかのキーホルダーが売られていた。

 

「キーホルダー?何か気になるのでもあった?この叫んでる野菜のやつ?」

 

「違うよ…それ叫ぶ野菜シリーズでしょ、木乃香が持ってた」

 

「木乃香趣味悪いな」

 

木乃香の感性をバッサリ切っていると、史伽が指をさす。

 

「これこれ、こっち」

 

「なにこれ?カエル?」

 

「お姉ちゃん知らないの?ゲコ太って言うんだよ」

 

そう言って手に取ると眺め始める史伽。

 

「そんなの好きだったっけ?」

 

「ううん、嫌い」

 

「えぇ…」

 

まさかの返答に風香は思わず困惑の声が出てしまった。

 

「だってゲコ太郎の方が可愛いもん」

 

「ゲコ太郎って…」

 

横を見ると確かに似たような見た目のどっせいゲコ太郎という商品が置いてある。更にその隣にはゲブ太なる商品も。風香は混乱し始めた。

 

「名前が違うだけじゃん」

 

「何言ってるのお姉ちゃん!全然違うよ!」

 

急に熱くなりだした史伽が三つのストラップを手に取って風香の顔の前に持ってくる。

 

「この一番かわいいのがゲコ太郎で、こっちの不細工なのがゲブ太!そしてこの媚びた目をしてるのがゲコ太だよ!」

 

「ゲコ太に対する言葉が強い」

 

史伽は見た目通り普段はおとなしく苦労人気質だが、ひとたび変なスイッチが入ると暴走気味になるところがあった。基本暴走している風香の双子なだけはある。

 

「お姉ちゃんもわかるでしょ!この如何にも自分が可愛いって事を理解して武器にしてる感じ!」

 

「史伽って想像力豊かだったんだね、知らなかったよ」

 

こうなったら落ち着くまでそっとしておくのが吉と知っている風香は聞き流しながら返事をしていた。そんな時後ろから足音がする。振り向くと中学生だろうか、夏休みにも関わらず制服を着ている少女がにこやかな顔でこちらに向かってきていた。

 

風香達は知る由もないが、彼女は以前祐と自動販売機の一件で知り合った少女、御坂美琴その人である。

 

「ねぇお嬢さん、もしかして今ゲコ太の話してなかった?」

 

少女の顔をよく見てみると、笑顔ではあるが口元がひくついている。もしかするとゲコ太のファンなのかもしれない。

 

「はい、してましたよ。もしかしてですけど…ゲコ太のファンだったりします?」

 

「ええ、もちろん」

 

その瞬間、史伽は呆れた顔をして鼻で笑った。

 

「ちょっと!何よ今の馬鹿にした笑い!」

 

「だってねぇ…まんまとこの顔に騙されている人がいるんだなって思うと」

 

「はぁ!?騙されてるって何!ゲコ太はそんなんじゃないんだけど!」

 

突然始まった戦いを風香は取り合えず見守る事にした。理由は勿論面白そうだからである。

 

史伽と美琴はお互いに詰め寄った。

 

「見てください!この顔は自分に貢いでくれる人に媚びている顔です!それに引き換えこのゲコ太郎の顔!一切取り繕わず、ありのままの自分を見てくれと言わんばかりです!」

 

「ただ不細工なだけでしょ!それにゲコ太郎ってゲコ太の偽物じゃない!パチモンよパチモン!」

 

「先に世に出たからって本物面しないでください!」

 

「実際そうでしょうが!」

 

双方一切引く気がないのか、二人の顔の距離は拳1つ程の間もない。周りの目が向き始めた頃、誰かが美琴の肩を掴む。

 

「声が聞こえて来てみれば、何をしてらっしゃいますのお姉様。人前ではしたない」

 

「黒子…いやちょっと待って!これは譲れないのよ!」

 

黒子が美琴を宥めようとするも、美琴は収まりが付かない様だった。

 

「こちらも譲る気はありません!ゲコ太郎の為にも!」

 

「こっちだってゲコ太の為に偽物なんかには負けられないわ!」

 

「また偽物と言いましたね!」

 

「理由の余りのくだらなさに、わたくし驚きを隠せませんの…」

 

「「くだらなくない!」」

 

二人がこうも熱くなっている理由は他人には理解されない。人の趣味などそんなものである。

 

「お姉さまがそのカエルを好きなのは重々承知しております。だからと言って年下の少女と言い合いなど」

 

「あっ!思い出した!その服常盤台だ!」

 

今まで黙っていた風香が突然声を上げる。美琴を見た時からどこかで見た服だと思っていたが、やっと答えが出た。常盤台と言えばこの学園都市でも屈指のお嬢様学校の一つであり、その存在は風香も知っていた。

 

「何ですか!私達の方が年上ですよ!」

 

「年上って…」

 

「大目に見ても中学一年生ですの」

 

「おやおや、信じてないね?なら…これが目に入らぬか!」

 

そう言って胸元から学生証を取り出し、美琴達に見せつけた。日頃から年齢詐称を疑われる鳴滝姉妹、その一連の動きは慣れたものである。余談だがたまに若くみられるのを都合よく利用する事もある。

 

出された学生証を覗くと、美琴と黒子は驚愕の表情を浮かべる。

 

「「高校一年生!?」」

 

「どうよ!恐れ入ったか!」

 

「生命の神秘だわ…」

 

胸を張る風香と目の前の史伽を見て、美琴は神秘とは間近にあるものなのかと感じていた。そしてその学園の名を見て思い出すことがある。

 

「麻帆良学園て…確かあいつらも…」

 

「ん?君は麻帆良学園を知ってるのかな~?」

 

「何せ有名ですからね。奇人変人の大型百貨店だと」

 

どこか得意げな風香に黒子の発言が突き刺さる。学園都市にしろ世間一般にしろ、麻帆良学園の印象は大差ない様だ。

 

「なんだと!」

 

「そこに関しては言い逃れ出来ません…」

 

「史伽!負けを認めるな!」

 

ゲコ太郎の件とは打って変わって、史伽は自分達の負けを素直に認めた。

 

「よーく分かったわ、麻帆良学園が変わり者が多いって話は本当なのね。そりゃゲコ太郎を好きな人もいるか…」

 

「あ、憐みの目…くっ、屈辱です!」

 

先程までの敵意はどこへやら、美琴が史伽を見る目は憐みで染まっていた。

 

「くそ~…僕達を舐めてるな?こうなったら勝負だ!」

 

「ゲコ太郎の名誉の為にやってやります!」

 

(この方達本当に高校生でしょうか…)

 

学生証を見た上で、見た目も然る事ながらその言動を見て黒子はそう思わざるを得なかった。

 

「勝負?何するつもりよ?」

 

「こういう時は取り合えず応援に祐でも呼んで」

 

(ゆう…?)

 

風香の出した名前と麻帆良学園高等部であること、どうにも気になった美琴は二人に聞こうとする。

 

「ねぇ、もしかして」

 

「これこれ二人とも。何やら人だかりが出来ていると思って来てみれば何の騒ぎでござるか?」

 

突然いつの間にかその場にいた楓が風香達の後ろから声を掛ける。

 

((でか…))

 

180を超える身長の楓を見て、美琴と黒子はシンクロした。たった今まで小学生でも通用する二人を見ていたからだろうか、その姿が余計に大きく見える。

 

「かえで姉!」

 

「ちょうどよかった!力を貸して!今から勝負するんだ!」

 

「勝負?こんな場所で穏やかではないでござるな」

 

(ござる?)

 

(武士?)

 

風香達とはまた違った特殊な人物に対して様々な疑問が沸き上がるが、取り合えず黒子が楓に話し掛ける。

 

「失礼、このお二人の保護者の方でしょうか?」

 

「保護者などと大層なものではござらんよ、拙者はただのクラスメイトでござる」

 

「クラスメイト?……同級生ですの…?」

 

「いかにも、同級生のクラスメイトでござる」

 

((大型百貨店だ…))

 

二人は再びシンクロした。

 

 

 

 

 

 

「あっ、骨折した。入院だわ」

 

「事故合いすぎじゃない?」

 

「見舞金よろしくリト君」

 

「またかよ…」

 

祐達は現在人生ゲームで遊んでいた。祐はこれで三回目の入院である。

 

「この程度で情けない…ゲームの俺打たれ弱すぎだろ。現実でこれならとっくに死んでるぞ」

 

「祐ちゃん頑丈だもんね」

 

その発言に美也は笑っているが、純一とリトはリアクションに困った。祐の場合恐らく色々と冗談ではないだろうからだ。

 

次いで美柑が駒を進めると、止まったマス目の内容を読み上げる。

 

「あっ、私彼氏できたって」

 

「連れてきなさい、殺してやるから」

 

「物騒だな」

 

「祐さん、ゲームの話だから」

 

返ってきた反応に笑ってから、祐は腕を組むと美柑と美也を見た。

 

「まぁそれは冗談だけどさ、二人は彼氏とかどうなの?」

 

「親戚のおじさんか?」

 

「いや気になるじゃん、純一も兄として気になるだろ」

 

「そりゃあ…何とも言い難い…」

 

祐と同じ様に腕を組んで頭を捻る。美也はなんて事もなさそうに答えた。

 

「みゃーはいないよ。特に欲しいとも思ってないし」

 

「私も。と言うか同級生の子って子供っぽすぎて」

 

「あ〜分かる。変にちょっかい掛けてきたりね」

 

「そうそう、そこら辺子供だなって思う」

 

美也と美柑には通ずるものがあった様でそこに関して話が進む。祐は苦笑いをした。

 

「女の子は成長が早いからねぇ。男子なんてそんなもんさ、好きな子にはちょっかい出しちゃうんだよ」

 

「祐ちゃんもそうだったの?」

 

「いや、俺の場合自分から話し掛けないのが格好いいと思ってた。今考えるとイテェな…」

 

「自爆するなよ」

 

「でも二人にもいずれそういう人が出来るんだろうな…成長が嬉しい様な寂しい様な」

 

そこで美也が祐の肩に手を回す。

 

「仕方ないなぁ!祐ちゃん一人じゃ可哀想だから、みゃーがもらってあげるよ!」

 

「マジか⁉︎将来決まったな!お世話になります純一義兄さん!」

 

「美也、世の中って思ってる以上に広いんだぞ?きっともっと良い人はいる」

 

「言ってくれるじゃねぇかこの野郎」

 

目を合わせて真剣な顔でそう言った純一は、美也を思い直させたい一心だった。

 

「美柑は大丈夫だよな?頼むから早まるなよ」

 

「おう、こっちは先制攻撃か?」

 

リトに祐がそう返していると、美柑は何やら考えている様子だった。

 

「誰かと付き合うとか、まだよく分かんないかも…どんな感じなんだろ?」

 

「ならば…僕に任せてみませんか?」

 

「おい!こいつ取り押さえろ!」

 

「美柑ちゃんにはもっとふさわしい相手がいるはずだ!お呼びじゃないぞ!」

 

リトと純一が祐に覆いかぶさって取り押さえる。

 

「離してくれ義兄さん達!」

 

「「義兄さんと呼ぶな‼︎」」

 

小競り合いを始める三人を見ながら、美也は美柑の耳元に顔を近づけ小声で話し始めた。

 

「実際祐ちゃんと一緒にいたら、毎日楽しそうだよね」

 

「まぁ、賑やかなのは間違いないと思うかな」

 

 

 

 

 

 

「……そもそも蛙を模したものが好きという時点で拙者は理解出来ないでござる」

 

「かえで姉の裏切り者!」

 

「私だってリアルな蛙は好きじゃないけど、ゲコ太は別でしょ!」

 

言い争いが起こった理由を聞いた楓は素直に自分の意見を述べる。しかしそれに対しての反応は散々なものだった。

 

「何やら酷い言われ様でござるな…」

 

「良さが分からないという点ではわたくしも同意見ですの」

 

「ここにも敵がいましたね!」

 

「黒子!あんたこんだけ私の近くにいてまだ良さに気づかないの⁉︎」

 

「わたくしが好きなのはお姉様ですので」

 

「ゲコ太の良さって、まだまだ世に伝わってないのね…悲しいわ」

 

「お姉様?露骨に無視しないでいただけます?」

 

「そもそもよくこんなのでそこまで争えるよね」

 

「「こんなの⁉︎」」

 

風香は急に冷静になったかと思えば、ジャックナイフ並みの鋭さを持った言葉で美琴と史伽に無邪気故の攻撃を与える。

 

この程度の事で争いが起きるくらいだ。まだまだ世界が平和になる日は遠いなと、随分スケールの大きい感想を風香は抱いたのだった。

 

「因みにどれがどれでござるか?」

 

「たしかこちらがゲコ太で、こちらがゲコ太郎ですわね」

 

手に取ったキーホルダーを楓に見せる黒子。楓は双方を見比べた。

 

「キモいでごさる」

 

「「キモい⁉︎」」

 

 

 

 

 

 

「私が、ナンバーワンだ」

 

「あ〜越されちゃった。結構いい線いってたと思うんだけどなぁ」

 

「あんだけ入院しといて何で一位になれるんだよ…」

 

「後半の追い上げ凄かったからね」

 

「僕借金地獄なんだけど…」

 

一位でゴールした祐は拳を突き上げる。美柑の言う通り、後半に怒涛の追い上げを見せて見事四人抜きを果たしたのだ。

 

「このゲームみたいに俺も人生勝ち組になりたい…」

 

「急に悲しい事言うなよ…」

 

「祐ちゃんの思う勝ち組ってどんなの?」

 

不意にきた美也からの質問に祐は視線を上に向ける。

 

「そうだなぁ…うん、考えてみたら俺勝ち組だったわ」

 

「なんだそりゃ」

 

「君らのおかげだよ」

 

リト達を見て笑う祐に、四人は首を傾げた。祐の思う勝ち組、それは大切な人達に囲まれて毎日楽しく過ごせている者である。

 

そんな中、純一が時計を見ると17時を指していた。

 

「もうこんな時間か」

 

「ん?ああ、本当だ。なんかあっという間だな」

 

「キリもいいし、ここらでお暇しますかね」

 

そう言って祐が立ち上がると、純一と美也もそれに倣う。

 

「あっ、祐さん。純一さんも美也お姉ちゃんも。よかったらさ、ご飯食べていかない…?」

 

遠慮気味に声を掛けてくる美柑に祐達が動きを止めた。美也は目を輝かせている。

 

「いいの!?まだまだ遊び足りないって思ってたんだよね~!」

 

「ありがたいけど、大変じゃない?三人も増えたら」

 

美也は既にその気だが純一は純粋に美柑達の負担を心配した。

 

「そこに関しては気にしないでくれ、俺も手伝うし。それに、初めからそのつもりで美柑も買い物に」

 

「リト…」

 

「はい、何でもないです…」

 

美柑から鋭い視線を向けられ、即座に口を閉じた。それを見て祐達三人は顔を見合わせると、同時に笑う。

 

「そういう事なら是非ともごちそうになろうかな。俺も出来る事あれば手伝わせて」

 

「みゃーも手伝うよ!」

 

「美也は手伝わない方が早く終わるんじゃないかな?」

 

「にぃにうるさい!」

 

「さぁ、そんじゃ早速準備しよう。とその前に…美柑ちゃん!やっぱり君は優しい子だ!」

 

「ちょ、ちょっと祐さん!?」

 

そう言って先程美也にした様に、美柑を持ち上げてその場で回る。リトと純一は仕方なさそうにその姿を見ていた。

 

「祐ちゃん!みゃーにも抱っこさせて!」

 

「よし、選手交代だ」

 

「も、もう勘弁して…」

 

いずれこの大切な物を手放さなければならない時は来るだろう、今の生き方を続けていれば。どちらを選ぶのか、その選択の時は必ず訪れる。

 

嘗てと同じ道を行くのか、それとも別の道を選ぶのか、今それは祐自身にも答えの出せない事だった。

 

あの頃以上に大切な物が増え過ぎた。悩ましくはある、しかしそれ以上にその事に幸福を感じられた。祐は今、間違いなく幸せであった。

 

 

 

 

 

 

「ただいま~」

 

とあるマンションの一室に、眼鏡を掛けて髪を後ろで結んだ女性が帰って来る。仕事終わりだからか、その表情には少し疲労が見えた。

 

「小林さん!おかえりなさい!」

 

「おかえり小林」

 

『小林』を出迎えたのは、昼前に街で祐と出会ったトールとカンナだった。この三人は色々と事情があって一緒に暮らしている。

 

「ただいま二人とも。お~、すっごくいい匂いがする」

 

「もう少しで夕飯出来上がりますから、待っててくださいね!」

 

笑顔を見せるトール。前まで実家を離れ一人暮らしをしていた小林にとって、帰りを誰かに迎えられる事はそれだけで嬉しいものがあった。

 

「うん。あ~、お腹すいた」

 

「私もお腹すいた」

 

同時にお腹を鳴らすカンナの頭を撫でて、家の中に上がる。三人でリビングに着くと小林は取り敢えず荷物を置いてソファに座った。

 

「今日は予定通り早く終わって良かったですね」

 

「ほんとだよ、というか本来はこれが定時のはずなんだけどね」

 

支度を進めるトールと会話をしていると、カンナがこちらを見ている事に気が付いた。

 

「カンナ?どうかしたの?」

 

「小林、今日私あまたに会った」

 

「あまた?えっと、誰それ…」

 

出された名前にまったく心当たりのない小林は当然そう聞き返した。

 

「あまたはまほらがくえんの高校生で、へんな人」

 

「変な人って…」

 

確かに麻帆良学園に変人が多いと話したのは自分だが、まさか自分の身内がそれを体験するとは。

 

「その人に何かされたとかは」

 

カンナは首を横に振る。

 

「へんだけど悪い人じゃない。あと色々大変そうだった。たぶん苦労してる」

 

「へ、へぇ…」

 

先程からそのあまたという人物がまったく掴めない。悪い人ではないと言うのでそこは良いが、如何せん説明不足過ぎて何と言えばいいか分からなかった。

 

キッチンから二人の会話を聞きつつ、トールは悩ましげな表情を浮かべた。



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待ち焦がれたミニライブ

八月も半分以上を過ぎた頃。都内のビルに小さな事務所があり、現在そこには10人以上の若い女性が集まっている。

 

全員がホワイトボードの前に待機している中、そのボードに予定を書いていた女性の一人が振り返った。

 

「これでよし。みんな!改めて明日の予定を確認するわよ!」

 

声を掛けたのはこの一室に事務所を構えるアイドルプロダクション『765プロ』のアイドルの一人、『秋月律子』である。

 

アイドルではあるものの、人手不足なこの事務所において彼女はアイドル兼事務員の様な立ち位置にいた。何せ彼女を含めて所属しているアイドルは13人、それ以外は事務員一名・プロデューサー一名・社長一名というよく言えば少数精鋭の事務所だからだ。

 

「いよいよ明日かぁ…ちょっと緊張してきた…」

 

この事務所の所属アイドルの一人である春香は、明日に迫った初めての事務所全体の仕事に少し浮足立っていた。

 

「わ、私も…男の人も居るだろうし…大丈夫かな…」

 

春香の横にいた『萩原雪歩』は誰が見てもわかる程不安な表情を浮かべていた。そんな雪歩の肩に『菊地真』が手を乗せる。

 

「大丈夫だって雪歩!あれだけみんなで練習したんだから!それに、お客さんとはそれなりに距離があるみたいだしね」

 

「真ちゃん…うん、そうだよね。あれだけやったんだから、頑張らないと!」

 

「うむうむ、ゆきぴょんも日々成長してるんだなぁ」

 

「真美達の男性克服作戦は役に立った様だぜ」

 

「あれは余計酷くしただけな気がするぞ…」

 

気合を入れる雪歩を見て、双子のアイドル『双海亜美』『双海真美』が腕を組んで決め顔をしている。雪歩は極度の男性恐怖症の為、それの改善を狙って二人が作戦を実行したのだが、穴のあり過ぎる作戦だったので実際は成功とはいかなかった。

 

しかし当事者二人はそう思ってない様なので、聞いていた『我那覇響』が遠回しに伝えた。

 

「はいはい!おしゃべりは一旦終了!今から明日の流れを再確認するから、よく聞いときなさい!」

 

『はい!』

 

全員が返事をすると、律子は頷いてから明日のデパートで行われるミニライブについて、同様にホワイトボードにスケジュールを書き込んでいた正規の事務員である『音無小鳥』と共に話し始めた。

 

「ではまず、明日の集合時間だけど」

 

律子と小鳥の話を聞きながら、春香はその表情を引き締めた。

 

 

 

 

 

 

その日の夕方。エヴァの自宅のリビングでノートパソコンを使い、祐がにやけながら何かを見ている。向かいに座っていたエヴァはそれに冷めた目を向けていた。

 

「にやけるな気色悪い」

 

「あ、すんません。何せ明日が楽しみで」

 

口では謝っているが、その表情は改善の兆しが無かった。

 

「もう待ちきれないっすよ、楽しみ過ぎて夜も眠れん!元から眠れなかったわ!ハハハハハ!」

 

「喧しいわ!」

 

絵に描いたような上機嫌を見せる祐。楽しみにしていた明日の春香のライブに向けて、逸る気持ちを抑えきれていなかった。

 

「まったく…」

 

「オマエノオ気ニ入リハドイツナンダ?」

 

祐の膝の上に座って画面を見ていたチャチャゼロが聞く。祐は765プロの公式ホームページを閲覧していた。

 

「この人だよ、天海春香さん。何を隠そう俺の隣の席の方です!俺、麻帆良学園の学生でよかった…」

 

「ナンカ普通ダナ」

 

「そこがいいんだよ!そこが!いいんだよ!」

 

「二回言うな」

 

春香に関しては前々から祐の口から何度も出てきていたのでエヴァも存在は知っている。詳しく調べようとまでは思わなかったが。

 

「コイツナンテ面白ソウジャネェカ?普通ジャナサソウダ」

 

そう言ってチャチャゼロが指さしたのは銀髪の髪が印象的な女性だった。

 

「なになに?四条貴音…凄いな、銀髪だよ。地毛かな?」

 

すると料理の準備がひと段落した茶々丸が横に来たので、祐は茶々丸に画面を見せた。

 

「茶々丸、どう?この中だと第一印象でどの人がお気に入り?」

 

祐の横から画面に顔を近づける茶々丸。暫く所属アイドル一覧を見つめてから指をさした。

 

「この方、でしょうか」

 

「え〜っと高槻やよい、なんか以外だな。どこら辺が茶々丸のセンサーに引っかかったの?」

 

「何と言いますか、愛らしく守ってあげたくなる様な気がして」

 

「もしかしてカテゴリー近所の猫と一緒か?」

 

思いの外盛り上がる三人。何となく気になったのでエヴァも祐の隣に来る。

 

「ささ、師匠の推しは誰ですか?」

 

「そんなものはない」

 

エヴァが画面を覗く。意外とその表情は真剣に見える。

 

(真剣だな)

 

(真剣ですね)

 

(ツカナゲェナ)

 

やがて画面から顔を離すと指をさした。

 

「強いて言うならこいつだな」

 

指した人物は如月千早と書かれた少女。エヴァ以外の三人は顔を見合わせてからエヴァを見た。

 

「その心は?」

 

「幸薄そうだからだ」

 

「なんだその選び方…」

 

一番好きだと言われてもそんな理由では喜べないだろうと祐は思っていると、エヴァが隣に座りながら聞いてくる。

 

「お前、この小娘どもに詳しいわけでは無いのか?」

 

「天海さん経由でチラッと調べた事ありますけど、正直ちゃんとは知らなかったんで。明日の為にもこれを機にしっかり知っておこうかなと思った次第です」

 

「ご苦労な事だ」

 

呆れが混じった言葉を掛けた後、エヴァはある事を思い出した。

 

「そうだ祐、ぼーやには私をマスターと呼ぶ事を許可した」

 

「おー、いいですね。これで本格的にネギも弟子入りってわけだ」

 

嬉しそうな表情を浮かべる祐。それを横目で確認しながらエヴァはニヤリとした。

 

「そこでだ、お前は私の事を師匠と呼ぶが…これだと少々紛らわしいとは思わんか?」

 

「いや、特には」

 

エヴァは椅子から転げ落ちそうになるが、何とか持ち堪えて体制を立て直すと祐に詰め寄った。

 

「ええい!変なところで鈍い奴め!お前に特別な名前で呼ぶ事を許可してやろうと言っているのだ!」

 

「あ〜なんだそういう事ですか、そうならそうって言ってくれないと。俺エスパーじゃないんですから」

 

「よく言うわ、この不可思議生命体が」

 

「なんて事言うんですかロリバ…いやなんでもないっす」

 

「途中で止めただけ良しとしてやる。但し次はない」

 

「暴力的だなぁ、DVは良くないですよ」

 

「今ニ始マッタ事デモネェダロ」

 

腕を組んで椅子にもたれ掛かると鼻を鳴らす。

 

「それで、お前は私をなんと呼ぶんだ?」

 

「え?俺が考えるんですか?」

 

「当たり前だろうが」

 

そう言われて祐は頭を捻る。

 

「なんかないんですか?こう呼ばれたいとか」

 

「…どうせなら、他の奴とは違う呼び方が望ましいな」

 

「じゃあエヴァちんは駄目か」

 

「お前がそう呼ぶと気持ち悪いな…」

 

「…そもそも師匠とかエヴァ姉さんじゃ駄目なんですか?」

 

「駄目ではないが今一面白みがない」

 

「文句ばっか言うじゃんこの人!もういいよエ婆さんで!」

 

「誰が婆さんだ!」

 

祐は無言でエヴァを指さすと、無言の拳が飛んできた。

 

 

 

 

 

 

同時刻。千雨が寮のポストに入っていたチラシを流し見していると、一つのチラシが目に留まる。それはデパートで行われるイベントについて書かれていた。

 

「あん?こいつって確か…」

 

そこには項目の一つであるミニライブに出演するアイドル達の顔写真が載っている。その一人は自分の思い違いでなければ、隣のクラスの少女だった筈だ。

 

「ミニライブ…ミニライブねぇ」

 

一人そう呟くと気配を感じて横を見る、予想はしていたが立っていたのはザジである。千雨は大きくため息をついた。

 

「あのなぁ…物音立てずに横に立つな、心臓に悪い」

 

「失礼、癖なもので」

 

「暗殺者かお前は」

 

あの夢の世界での一件から以前より少し口数が多くなった気がするザジに思うところはあるが、厄介な匂いを感じてそこには触れずにいた。そんなザジはチラシを見つめている。

 

「もしかして、興味あるのか?」

 

それに無言で頷く。ここのところどうも意外な一面ばかり見ている気がする。とはいえ彼女に対して何一つ分からないところは変わりないが。

 

「この人、逢襍佗さんが気に入ってる人」

 

「ああ、そうだったな」

 

ザジが指さしたのはチラシに載っている春香の写真で、千雨もなんとなくその写真を見た。

 

「明日、行く」

 

「行くって…これ見にか?」

 

再び無言で頷くと、千雨と目を合わせる。千雨としては人と目を合わせるのはあまり得意ではないので居心地が悪い。

 

「千雨さんも一緒」

 

「は?なんで私が…」

 

「気になってる、この人の事。千雨さんも」

 

正直な話、確かに気になっている。言ってしまえば自分の古参を一人掻っ攫った相手だ、どんなものかと見てみるのも無駄ではないよう気がする。しかしわざわざ人の集まる所に行きたくもないというのも、また事実であった。

 

「それじゃ決まり」

 

「あっ、おい!」

 

そう言ってその場から去っていくザジ。千雨は後に続く言葉を発せず、その背中を見送った。

 

「強引なやつ…」

 

しかしこうでもしないと中々踏ん切りがつかなかっただろう。どうせ予定があるわけでもない、明日は駆け出しアイドルの姿でも拝んでやろうと思う事にした千雨だった。

 

 

 

 

 

 

翌日。いよいよミニライブ本番当日となり、何の意味があるのかは分からないが、祐は精神統一を行ってから自宅を出る。賑わう駅前に着くと後ろから声を掛けられた。

 

「お~うアマやん!久しぶりだにゃ~」

 

「ん?おお元春!なんか懐かしいな!」

 

声の正体は『土御門元春』。1年D組に所属する祐の同級生にして、中学からの知り合いでもある。逆立った金髪にサングラス、アロハシャツを着用する何とも派手な容姿の人物だ。

 

「まったくぜよ、高等部に上がった途端会う機会が減っちまった。俺達に飽きたのかアマやん?」

 

「何言ってんだよ、そんな訳ないだろ?ただちょっと可愛い女の子と会う機会が増えただけだよ」

 

「凄いな、この僅かな間に俺の怒りのボルテージは急上昇だぜい」

 

気心が知れたように軽口をたたき合う二人。こうして顔を合わせるのは久々でも、お互いに変わりはなかった。

 

「それで色男、これからどこに行くんだ?」

 

「実はこれから色男である僕はイベントを見に行くんだ」

 

「本気になるなよアマやん、恥ずかしいぞ」

 

「あ!?」

 

「悪かった悪かった。それで?何なんだそのイベントってのは?」

 

急にキレだした祐の肩を笑いながら叩くと、話を元に戻す。祐は楽しそうに質問に答えた。

 

「それがさ、我がクラスのアイドル天海春香さんのミニライブがあるんだよ。是非ともその姿を拝見しようと思ってね」

 

「天海春香…ああ、あのアイドルやってるっていう」

 

「デパートでやるんだけど、俺達のクラスで応援しに行くことになっててさ。まぁ?俺は直接天海さんに誘われたけども?」

 

「お手本のような得意げな顔だ、腹立ってしょうがないぜよ」

 

腕を組んで何かを考え始めた元春。やがて笑顔を見せて祐に言った。

 

「面白そうだ、俺も行っていいか?」

 

「勿論、観客は多いに越したことないよ。天海さんの晴れ舞台を一緒に盛り上げようじゃないか!盛り上がらなかったらぶっ飛ばすからな」

 

「お前さては厄介勢だな?」

 

そうして目的地に向かう事にした二人。B組のほとんどが見に来ることになっており、デパートのロビーで待ち合わせる予定である。

 

二人が到着すると、そこには既に薫の姿があった。

 

「えっ、もう居る…お~い薫」

 

「おっす祐!一番乗りは頂いたわ!」

 

「負けたわ…絶対俺が一番だと思ってたのに…」

 

「へへ~ん。あんたいつも早いから、たまには私の方が先に来てやろうと思ってね」

 

ショックを受けたような顔をする祐を見て満足げに笑うと、隣にいる元春に気が付いた。

 

「あれ?土御門じゃない、どうしたのよ」

 

「ようよう棚町、実は駅前でアマやんに会ってな。面白そうなんで俺も付いてきた」

 

同様の中学だった為、元春と薫も顔なじみである。

 

「なるほどね、そういう事ならあんたも春香の晴れ舞台を盛り上げてよ?盛り上がらなかったらぶっ飛ばすからね」

 

「このクラスは厄介勢しかいないのか…」

 

過激な思考を持つ人物達の集まりの可能性があるB組に、元春は戦慄した。

 

暫くすると次々にB組が集まってくる。本日集まれた人数が全員来たことを確認すると、会場へと進み始めた。

 

 

 

 

 

 

会場の舞台裏からこそこそと客席を覗く亜美と真美。会場は駆け出しのアイドルとしてはかなり多くの人で溢れていた。

 

「ありゃ~、思った以上にいるね~」

 

「こいつは下手なこと出来ませんな~」

 

この声に他のメンバーも集まってくる。

 

「この伊織ちゃんのライブとしては物足りないけど、あまり贅沢は言ってられないわね」

 

「あらあら、伊織ちゃん自信満々ね」

 

「ふふ。その姿勢、誠頼もしいですね」

 

強気な『水瀬伊織』の発言に、メンバーの中では年が上である『三浦あずさ』と『四条貴音』が優しい目を向ける。

 

「あそこの方、若い人達が結構いますね」

 

「そうね、高校生くらいかしら?」

 

ある場所を指す『高槻やよい』に、そこを見ながら『如月千早』が頷く。ショッピングモールということもあり家族連れが大半だが、ステージから向かって右側の最前列付近は高校生ぐらいと思われる男女が固まっていた。

 

「あ、あの男の人…凄い目力でステージ見てるよ…」

 

「え、どれ?ほんとだ…」

 

雪歩と真が見たのは腕を組み、睨みつけるようにステージを凝視する男。そう、逢襍佗祐である。

 

「すっごく怖い顔してるの。お腹空いてるのかな?」

 

「怒ってる感じじゃなさそうだけど、誰かの知り合いか?」

 

どこかずれている予想を立てた『星井美希』。響は周りに聞くが全員が首を横に振った。そんな中、遅れてその輪に加わった春香が嬉しそうに言う。

 

「あっ!逢襍佗君だ!みんなもちゃんと来てくれてる!」

 

「何よ春香、あの背が高いの春香の知り合い?」

 

「うん、あそこにいる人達私のクラスメイト!あの男の人は逢襍佗君だよ!ほら、前に話した隣の席の」

 

「ああ…あの変人ね…」

 

春香の返答に伊織が納得したような顔をする。想像していた見た目と違っていたが、何度か聞いていた話からあれがその変人というのは不思議と腑に落ちた。

 

「も~伊織、またそんなこと言って。逢襍佗君は変人じゃないよ?ちょっとユニークなだけ」

 

「あんたのしてた話が本当なら充分変人でしょ」

 

「ほらほらあんた達、そろそろ準備しなさい」

 

一歩引いていた律子からの声に全員が返事をすると、その場から離れていく。春香は今一度祐達の場所に目を向けてから、両手を握り気合を入れた。

 

「逢襍佗、お前でかいんだから後ろの方行ったらどうだ?」

 

「そんな不条理があってたまるか!屈むから許してくださいマキジさん!それとも抱っこしてほしいのか!」

 

「マキジって言うんじゃねぇ!あと絶対抱っこすんなよ!」

 

「二人とも落ち着いて…」

 

「あまり騒ぐと警備員に締め出されてしまうぞ」

 

来る途中で祐達を見つけ、バレない様に距離を取っていた千雨は、ここからでもわかる祐の相変わらずさに呆れている。横にいるザジは無表情でステージを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

麻帆良学園の学園長室にて、近右衛門とタカミチが話し合っている。今話題に上がっているのはネギがエヴァの正式な弟子となった件だ。

 

「ふぉふぉふぉ、ネギ君もエヴァンジェリンの弟子となったか。これも色々と祐君の影響かのう」

 

「それだけが理由ではないとはいえ、割合の大半は占めているでしょうね」

 

「気難しい所はあるが、実力は間違いない。きっとネギ君を導いてくれるじゃろうて」

 

満足そうに髭を撫でる近右衛門。タカミチも笑顔を浮かべると、机の上に山積みになっている書類が目に留まった。

 

「学園長、その書類は?」

 

「おお、これか。学園交流の資料じゃよ」

 

「今回は実施されるんですね」

 

「これから何事も無ければの」

 

都市内に幾つもの学校を有する麻帆良学園都市では、一年に一度他校間での交流が行われている。去年・一昨年は諸事情により実施されなかったが、今年度は三年ぶりに実施される方向で話が進んでいた。

 

「もう相手は決まっているんですか?」

 

「いやぁ、時期も含めてまだまだじゃよ。候補は何校か挙がっとるが」

 

そう言って候補となる学園の名前が記載された書類をタカミチに渡す。それに目を通していると意外そうな顔をした。

 

「リリアン女学院ですか?何と言うか…意外なところが来ましたね」

 

「何でも向こうがうちを希望校の一つに挙げたらしい。厳格な校風で有名なとこじゃが、だからこそうちを選んだのかもしれんな」

 

「というと?」

 

「どうせ交流するならまったく違う雰囲気のところの方が面白いじゃろ」

 

「は、はぁ…」

 

確かに麻帆良学園とリリアン女学院の雰囲気はまったく違うだろう。あそこは上流階級という言葉がぴったり当てはまる生徒達で構成されていると言ってもいい。

 

仮にうちと交流することになったとして、綺麗に纏まる光景がタカミチにはまったくと言っていいほど浮かばなかった。

 

「とはいえそれより先に幾つか行事もある。特に10月には学園祭が控えておるし、まずはそちらを無事に終えてからじゃな」

 

「確かに、仰る通りですね」

 

二学期が始まれば、様々な行事が待っている。間違いなく色んな意味で多忙になるであろうことを予想し、思わず二人は同時にため息をついてしまった。

 

 

 

 

 

 

場所は戻ってデパートとのイベント会場。765プロのアイドル達が簡単な自己紹介を終えた後に一曲を披露すると、辺りは主に男連中の歓声で揺れていた。

 

「天海さ~ん!もう君しか見えな~い!!」

 

「感謝するぜアマやん、今日俺を三人の天使とめぐり合わせてくれたことに…」

 

「梅原…女神っているんだな…。しかも名前はあずささんって言うんだ…」

 

「橘、俺は確信したぜ…俺が生まれてきたのは!四条貴音さんと出逢う為だったんだ!」

 

「美希ちゃ~ん!好きだーーーー!!」

 

「律子さんと愛し合いたい」

 

「今からでも菊地真さんと幼馴染になれませんか?」

 

「雪歩ちゃんは僕が守る!」

 

「セイレーンだ…セイレーンは実在したんだ!」

 

「水瀬伊織様は女王様ですね、間違いない」

 

「僕は沖縄に移住して、響さんのご家族に挨拶に行ってきます」

 

元春が言う天使三人とはやよい・亜美・真美である。何を隠そう、元春はロリコンであった。因みに他の男子が言ったセイレーンは千早のことだ。

 

「馬鹿じゃないのこいつら」

 

「うちの男子って揃いも揃ってアレだったんだな」

 

薫と楓が祐達を冷めた目で見る。通常であれば凍えるような冷たさだが、今の祐達の放つ熱には効果を示さなかった。会場全体で盛り上がってはいるものの、ここだけ異様に温度が急上昇している。

 

「でも、菊地真さんってかっこいいかも…」

 

「由紀香が既に惚の字だぞ」

 

「三枝って意外と面食いなのか?」

 

「えっ!?そ、そんなことないと思うけど…」

 

綾子の質問に由紀香は焦ったように答えた。

 

「今俺のこと見たぞ!」

 

「ちげーよバカ!俺だろ!」

 

「俺なんだよなぁ」

 

「ミキ達はちゃんとみんな見てるよ。だから喧嘩はめっ!なの」

 

「「「あぁ〜…」」」

 

会場の男性達に美希が声を掛けると、その者達は一瞬で鎮まった。中には拝みだした者もいる。

 

「…アホ」

 

後ろの席で呟いた千雨にザジが無言で頷いた。



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理想の姿と懸念

「それではここで私達とゲームをしましょう!」

 

『やりまーす!』

 

春香が会場に呼びかけるとレスポンスが子供向けショーかと思うほど元気よく返ってくる。違いは返事をした者が幼児ではないことくらいだろう。

 

「今から皆さんにはあずささんとじゃんけんをしてもらいます!」

 

春香の横に立つあずさが手を上げると、それだけで男性は盛り上がる。

 

「最後まで勝った人は、私達の誰か一人と写真撮影が出来ますよ!」

 

言い終わる前に男性陣は拳を突き上げていた。既にじゃんけんの準備は万端である。

 

「みなさ~ん、ズルは無しですからね~」

 

『しませーん!』

 

あずさの言葉にも即座に返す。本人達は楽しくてしょうがないが、傍から見れば何とも異様な光景であった。

 

「それじゃあ、いきますよ~?最初はぐー!じゃんけん」

 

 

 

 

 

 

「あの光に関して知ってること?」

 

「うん、パルは前にも何回かあの光見た事あるでしょ?ネギ君にも聞いてみたけど、正体は知らないって言ってたから」

 

女子寮のロビーにて裕奈にそう聞かれたハルナは頭を掻いて困った顔をする。

 

「そうは言ってもねぇ…確かに見た回数は多いけど、遠目から光を見ただけだし…姿を見たのは私も夢の中が初めてだから」

 

嘘は言っていないが、正直に言えば正体も知っている。しかし祐は基本的には正体を隠していると見ていいだろう。だからこそ本当のことは伝えられないが、裕奈が単に興味本位で聞いてきているわけではないこともわかっていた。

 

「会いたいの?あの人に」

 

「まぁね。なんせちゃんとお礼も言えなかったから」

 

これは困った。ただ何となく聞いてきたぐらいであれば知りませんでいいが、こうも純粋な思いを見せられては適当に煙に巻くのは良心が痛む。かといって正体は逢襍佗祐君ですなどと言うわけにもいかない。

 

「んぐあ~~、何とかしてあげたいけど…」

 

「凄い声出たけど大丈夫?」

 

どうしたものかと考えるハルナを見て、裕奈は笑った。

 

「ごめんごめん、困らせちゃって。そりゃパルもわからないよね」

 

「あ~うん、そう言ってもらえると助かるわ」

 

「じゃあさ!パルはあの人はどんな人だと思う?」

 

空気を変える為か、明るくそう聞いてくる裕奈。その質問にハルナは困惑した。

 

「どゆこと?」

 

「そのまんまだよ。私はね、冷静な人だと思うな。戦ってる時とか正にそんな感じだったし!」

 

 

 

 

 

 

「は〜い、負けちゃった人とあいこの人は座ってくださいね〜」

 

「んおおお!負けたぁーーー‼︎」

 

「なんてこった…一発目だったのに半分が消えたぞ!」

 

「生き残ってるのは…祐と純一か…」

 

「土御門も残ってるぞ!」

 

元春はサングラスで隠れているものの、その目つきを鋭くしている。対して祐は不敵な笑みを浮かべていた。

 

「大丈夫があいつ⁉︎笑ってるぞ!」

 

「この状況に頭やられちまったのか⁉︎」

 

「元からだろ」

 

楓の辛辣な発言も意に返さず祐は笑う。

 

「おい祐!落ち着け!冷静になるんだ!負けちまうぞ!」

 

「これが落ち着いてられるか!勝負にじゃんけんを選んだ時点で俺の勝ちは決まったんだよ…もう誰にも俺を止められねぇぞ!愛も止まらねぇぞ!」

 

「こいつ…勝ちを確信してやがる…!」

 

 

 

 

 

 

「あ〜…まぁ、戦ってる時ほぼ喋ってなかったしねぇ」

 

「でしょ?たぶんどんな時も落ち着いて対処する人なんだよ!」

 

確かにあの時の祐は別人かと思う程、無口で感情を表に出していなかった。仮面で顔を隠していたのもあるだろうが、それでも先に祐の力のことを確信していなければあれが祐とは到底思えない。

 

「やっほーお二人さん。何の話してるの?」

 

ロビーにふらっとやってきた桜子が二人に話し掛けてきた。

 

「この前の虹の人、どんな人なのかなって話!」

 

「お〜!なんか面白そう!う〜ん、私はねぇ…」

 

腕を組んで頭を捻る桜子。少しして自分の予想が出たようで、自信ありげに答えた。

 

「優しい人だと思うな!なんたって夢の時とかみんなを助けてくれたんだから!」

 

 

 

 

 

 

「純一も負けた!」

 

「抜け殻みたいになってるぞ⁉︎」

 

「燃えたよ…燃え尽きた…真っ白にな…」

 

「ジョー⁉︎」

 

二回戦目も勝ち残った祐の肩をクラスメイトが掴んだ。

 

「頼む祐!譲ってくれ!お前はいつも天海さんの隣に座れて、可愛い幼馴染もいるだろ!」

 

「アホ言ってんじゃねぇ間抜けが!負け犬は座ってろ!」

 

「あぁ!祐くん無慈悲!」

 

 

 

 

 

 

「私はクールな人って感じたかな。感情は隠して、目的を達成する…仕事人ってやつ?」

 

「寡黙な感じだよね、必要以上のことは喋らないっていうか」

 

いつの間にやらロビーに集まってきたA組の面々が自分の想像する仮面の男の話をする。

 

「武術の達人なのは間違いないアル!あの身のこなしは簡単に出来るものではないアルヨ!」

 

「きっといつもキリッとしてるんだよ!でもたまに優しくフッて笑ったりして!」

 

「ギャップにやられちゃうやつね!」

 

「あはは…」

 

ほぼ願望発言大会になっている現状を見ながら、ハルナは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

いよいよ残った者は片手で数えるほどになったジャンケン大会。相変わらず生き残っている祐は、信じて疑わない勝利が近づいていることに興奮を隠さず両手をひたすら縦向きに叩いている。

 

「チンパンジーみたいになってる…」

 

「野生に帰ったのかな?」

 

そんな祐の横に立つ生き残りの一人、元春はニヤリと笑ってみせた。

 

「おそらく次で勝負が決まるぜい?アマやん、どっちが勝っても恨みっこなしだ」

 

祐は両手を叩きながら何度も頷く。

 

「ついに言葉も失ったか…」

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ!明日菜はどんな人だと思う?」

 

少し遅れてやってきた明日菜と木乃香がその輪に入ってみると、話しているのは何ともリアクションのし辛い話題だった。

 

「どんな人、どんな人って…ねぇ?」

 

横の木乃香を見ると、何故かニコニコと笑っている。明日菜が何と言うのか期待しているのだろう。それに変なプレッシャーを感じながら、当たり障りのないように答えることにした。

 

「まぁ、その…なに?いい人だったら、いいわよね…」

 

「つまんない、30点」

 

「何でよ⁉︎別に悪くないでしょ!」

 

美砂の辛口評価に食ってかかるが、そんな明日菜の背中を美空が優しく叩いた。

 

「やったじゃん明日菜!普段のテストよりよっぽど点数高いよ!」

 

「余計なお世話よ!」

 

 

 

 

 

 

「見事勝ち残ったのは〜…そこの兄ちゃんだ!」

 

「おめでとうラッキーボーイ!」

 

亜美と真美が本当に勝ち残った祐を指さす。周りから拍手が起こり、本人は相変わらず手を叩いてチンパンジーのままだ。

 

「では舞台にどうぞなの」

 

美希に手招きされると、一瞬で凛とした佇まいになって舞台に上がる。負けた元春を始め、同級生の男子達は血涙を流していた。

 

「お名前をお伺いしてよろしいでしょうか?」

 

「逢襍佗祐と申します。高校一年生の16歳であります」

 

貴音からの質問に堅苦しく答える。薫達は祐が何か馬鹿なことを言わないか内心ハラハラしていた。

 

「それではアマタ殿、共に写真を撮影する私達のどなたか一人を選んでください」

 

「天海春香さんで」

 

「うえっ!私⁉︎」

 

完全に気を抜いていた春香は、即答で答えた祐のまさかの回答に驚いてしまう。それを周りが不思議がっているのに気が付き、愛想笑いで誤魔化しながら祐の隣に来る。

 

「あ、逢襍佗君…私でいいの?学校で毎日会ってるのに」

 

「何を仰る天海さん、アイドルの天海さんと俺は初対面だから。是非とも記念に一枚お願いします」

 

小声で話し掛けると、これまた予想外の答えが返ってきた。その言葉に目を丸くすると、暫くして春香は優しく笑った。

 

「うん、私でよければぜひ!」

 

ここからでは何を話しているのかわからないが、春香が嬉しそうな顔をしているので問題ないだろう。おかしなことを仕出かさなかった祐に一安心していた薫は、前の席の元春が何やらぶつぶつと呟いていることに気がついた。

 

「土御門?何ぶつぶつ言ってんのよ」

 

「いや、ちょっとアマやんに呪いをかけてやろうと」

 

「あんた恨みっこなしって言ってなかったっけ…?」

 

一連の流れを見ていた千雨は呆れながらも、祐の異様なジャンケンの強さに疑問を持っていた。

 

「逢襍佗の奴、異様にジャンケン強くないか?博物館の時も勝ってたろ」

 

「相手が手を出す際の動きを見て判断してから、素早く勝つ択を出してるのでしょう。普通の人ではまず勝てませんね」

 

「…いや、そんなことできるもんなのか?」

 

「実際彼はやってますから」

 

舞台上で楽しそうに春香と写真を撮っている祐を見て、千雨は眉間に皺を寄せた。

 

 

 

 

 

 

「あ〜、生きててよかった…新しい写真立て買わなきゃ」

 

ミニライブが終わり、全員が帰り支度をし始めた頃。尿意が迫っていた為に向かったデパートのトイレから祐が出てくる。

 

「逢襍佗さん」

 

名前を呼ばれ、振り返ると立っていたのはザジだった。祐は少し驚いた顔をする。

 

「ザジさん?奇遇だね、こんな所で」

 

「私も、彼女に少し興味があったもので」

 

「彼女…天海さんに?」

 

頷くと祐との距離を少し縮めた。

 

「改めてお礼を言わせてください。先日はありがとうございました」

 

「いえいえ、俺としてもみんなには起きてもらわないと寂しいからね」

 

笑って答える祐を見つめ、少し間を開けてザジが話し始める。

 

「受けた恩は返すのが筋というもの。逢襍佗さん、何か私にしてほしいことはありませんか?」

 

「してほしいこと?う〜ん、そう言われても…」

 

「私にできることなら何でも構いませんよ。身体がお望みでもお応えしましょう」

 

瞬間、祐の顔つきが変わった。

 

「……マジっすか…?」

 

「ええ。私の身体でよければ、ですが」

 

すると何やら祐は全身に力を入れて激しく力んでいる。恐らく己の煩悩と戦っているのだろう。小刻みに全身が震える状態が暫く続くと全身を脱力させ、大きく息を吐いた。

 

そうしてザジに一歩近づくと両肩に手を置いて目を合わせる。

 

「ザジさん、貴女の提案は魅力的だ…そりゃもうヤバイくらい。でも、俺は一つ決めていることがある」

 

「俺は、相手もノリノリじゃない限り手は出さない」

 

祐を見つめ返しながら、ザジは首を傾げた。

 

「私は嫌ではありませんが?」

 

「いや、そうじゃないんだ。ザジさんはあくまでお礼として、してもいいって言ってくれたんだよね?」

 

ザジがそれに頷くことで答えると、祐はザジから視線を外して納得したように小さく何度か頷いた。

 

「なんて言うか、その…お礼とかそういったのは抜きにして、単純に俺としたいって思ってくれたらその時にまた声をかけて。全力でお相手させていただきます」

 

「あ〜…でも勿体ねぇなぁ…!絶対後悔するなぁこれ!」

 

頭を抱えて悶える祐をザジは不思議そうに見ていた。そんな時、同様にトイレに向かっていた千雨が出てくる。

 

「悪いザジ、待たせた…って、逢襍佗…」

 

「あれ、長谷川さんまで。もしかして二人できたの?」

 

悶えた姿勢のまま聞くと、ザジが頷く。祐の奇妙な体勢に困惑しながらも、千雨は気まずそうな顔をした。

 

「長谷川さんも天海さんを見にきた、ってことでいいのかな?」

 

「えっ、あっと…ま、まぁな。なんせ私のファンだった奴が離れていったくらいだ。どれほどのもんか見ておこうと思ってな」

 

気まずさもそうだが、今の千雨の感情は自分でもよく分からないものだった。

 

久し振りに祐と面と向かって会ったからか、春香に浮かれている姿を見たからか、それとも祐があの仮面の正体だと何処かで疑っているからなのか。

 

考えられる要素はいくつもあって、それでいて何故こんなに自分がモヤモヤとしているのかは当たりが付けられなかった。

 

だからだろうか、何となく言葉に棘のようなものが生まれてしまったのは。しかしそれと同時に八つ当たりのような感情を抱いている自分に対してあまり良い印象は持てなかった。

 

千雨の言ったことに祐は首を傾げる。

 

「ファンが離れたってのは…どういうこと?」

 

「なっ!お前だよお前!最近はめっきりコメントもしなくなって!完全にあいつを推すことにしたんだろ!」

 

まるで分かっていない様子の祐に少しカチンときたのか、言葉の勢いが強くなった。恥ずかしさもあって顔を赤くしながら祐を指さす。

 

「……あー!そういうことか!」

 

ようやく何のことを言っているのか分かった祐は苦笑いを浮かべた。

 

「ハンドルネーム変えたんだよね、あの怪獣の件から虹の光ってちょっと騒がれたでしょ?だからそれになぞったミーハーって思われるの癪だから、まったく関係のない名前にしようと思って」

 

「は?じゃあ今のネームって…」

 

「どうも、永劫のとっちゃん坊やです」

 

「お前かい‼︎」

 

てっきり変わるように入ってきた新参だと思ったら最古参だった。まさに擬態の新人である。

 

「やめるわけないじゃない、これでもそれなりにファンだよ俺。一昨日のスク水は良かったね!靴下を履いてるところが最高でした」

 

「直接伝えんなバカ!」

 

先程よりも赤みを増した顔になる千雨。画面越しならまだしも、直接あの姿を褒められるのは祐にその気はなくてもこちらからすればとんだ罰ゲームだ。

 

「なんだよ、たく…私が馬鹿みたいじゃないか…」

 

「コメントで伝えるのはどんだけ周知してほしいんだよこいつって気がしたからさ。直接言うタイミングもなくてすっかり忘れてた」

 

一度祐の顔を見て、千雨は大きくため息をついた。

 

「そんで、どっちが好きなんだよ…」

 

「え?」

 

「天海春香とちう。どっちが好きなんだよ」

 

そう聞かれた祐はこの世の終わりのような顔する。

 

「どうしても、決めなければいけませんか…?」

 

その顔を見ていると自分が意地悪をしている気がして、千雨は手を軽く振った。

 

「あ〜やめやめ…悪い、アホなこと聞いた。一番を決めろとか、そこはお前の自由だよな」

 

「すみませんが、そうしてください…」

 

綺麗な姿勢で頭を下げる祐を見て、千雨は頭を掻いた。それと同時に、自分の中にあることが浮かんでくる。それは他でもない、あの虹の光の事だ。

 

聞くべきではないと思っていた、だがはっきり言って気になってしょうがない。しかし仮に祐がそれを認めた場合、自分はどうすればいいのだろう。はい、そうですかで終わっていい問題ではないような気がする。

 

悩みながら表情を険しくする。だが少しずつその口は開いていった。

 

「なぁ、逢襍佗…お前さ…」

 

その声に下げていた頭を上げて千雨を見ると、千雨からは強い緊張を感じる。

 

「その…なんだ、もしかしてなんだけど…」

 

思うように言葉が出ずに視線を祐から逸らして横を見ると、千雨を凝視しているザジと目が合う。その瞬間千雨は一瞬で体の熱が冷めたのを感じた。

 

彼女が居たことをすっかり忘れていた。ましてやここは多くの人で賑わうデパートだ、いくらなんでもこんな所で聞く話ではない。

 

そもそも祐との会話をザジに聞かれたことも、よく考えればとんでもなく恥ずかしいことではないだろうか。冷めていた体が再び熱を持つと、ザジの手を掴んで祐に背を向けた。

 

「やっぱなんでもねぇ!忘れてくれ!じゃあな!」

 

早歩きでその場から離れる千雨だが、途中で振り返り祐に指をさす。

 

「あ、あと!感想を直接言うのは金輪際禁止だ!分かったな!」

 

「えっ…あ、うん」

 

祐の返事もそこそこにスピードを上げて去っていく千雨。ザジは無表情で手を引かれていった。

 

呆気に取られた顔で二人の背中を見送り、少しして祐は困ったように笑う。

 

「どんだけ長いトイレかと思ってきてみれば、少し見ないうちに悪い男になっちまったか?」

 

「さっき言ってた色男って話、あながち冗談じゃないかもって思ったんじゃない?」

 

「それはどうだかにゃ〜」

 

後ろから祐の隣にきた元春。会話をするが二人とも視線は前を歩く千雨とザジに向けられていた。

 

「アマやん、これからどうするつもりだ?」

 

先程とは打って変わって、元春の表情は真剣そのものだった。

 

「お前が一番分かってるだろうが、このまま行けば今以上に忙しくなるぞ。奇跡的に保たれてた世界だってぐらつき始めてる」

 

「だろうね」

 

祐は腕を組む。その視線は千雨達に向いているようで、別の何かを見ているようにも見えた。大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。

 

「生きていくよ」

 

「なに?」

 

思わず元春は祐を見る。相変わらず祐は遠くを見たままだ。

 

「生きていく、これからも。それが俺の一番やらなきゃいけないことだから」

 

そう言って笑いながら元春と視線を合わせる。暫くお互いを見つめ合う時間が続いて、先に視線を外したのは元春だった。

 

「答えになってないぜよ」

 

「あれ、ダメだった?結構決まったと思ったんだけどな」

 

「何が言いたいのかさっぱりだ。意味深なこと言いたがりかアマやん?」

 

「そういうお年頃ですから」

 

「抜かせ」

 

弱めに背中を叩かれ、それに対して祐は軽く笑った。

 

「まぁ、いいさ。友人として温かい目で見てやろう。でもカッコつけも程々にしといたほうがいいぞ?」

 

「妬くなよ、俺がかっこいいからって…」

 

今度は割と強めに背中を叩かれた。先程と違い、祐は叩かれた部分を摩る。

 

「今のは愛がない」

 

「はじめっからねぇよそんなもん」

 

「は〜、冷たい奴。夏なのに凍えるわ」

 

そこで祐のスマホが振動する。確認すると薫からのラインで、『はよ』と短く送られてきた。

 

「いかんいかん、これ以上ゆっくりしてたら薫にしぼられる」 

 

「そりゃまずいぜよ、さっさと戻るか」

 

二人は少し早歩きで薫達の元へ向かう。道の途中、表情には出さなかったが元春は先程祐が言ったことの意味を何となく考え始める。

 

ただそれが祐の意味深な発言にまんまと嵌ったようで、少し負けた気がした。

 

 

 

 

 

 

地球から遥か彼方の宇宙に浮かぶ惑星。そこにこれでもかと存在感を示す巨大な城があった。その内部の長い廊下を、騎士のような鎧と長いマントを身につけた薄い黄緑色の髪を持つ男性が歩いている。

 

身体に一切の乱れがなく、本人の雰囲気もあってただ歩く姿でさえ凛々しく見えた。しかしそんな一枚絵のようなその光景に似つかわしくない、慌てた様子のスーツにサングラスをかけた男性二人が走って向かってくる。

 

「ザスティン隊長!」

 

「大変ですザスティン隊長!」

 

「何だ騒々しい、取り敢えず落ち着いて話せ」

 

焦りを隠そうともしない部下の『ブワッツ』『マウル』に諭すように言う『ザスティン』。しかし二人は落ち着く様子もない。

 

「それが!とんでもないことになりました!」

 

「どうか落ち着いて聞いてください!」

 

「お前達が落ち着かんか…」

 

呆れた視線を向けるザスティンに、二人が詰め寄って言った。

 

「ララ様が!家出なされました!」

 

「はぁ、またか…。それで?今度はどの辺りに行ったのだ?」

 

「今回はただの家出ではないのです!たった今、この星から一隻の宇宙船が飛び立ちました!予定にないフライトのものです!」

 

なんてことなさそうに答えていたザスティンの表情がそこで固まる。その顔は少しずつ血の気が引いているようだった。

 

「……まさか…」

 

「その宇宙船に乗っているのはララ様です!」

 

「ついにララ様が!この星から出て行ってしまわれたのです!」

 

腹の中の息を全て吐き出したのではないかと思うほど声を出したブワッツとマウル。対してザスティンからは一切の反応がなかった。

 

「た、隊長…?」

 

「…き、気絶してる…」



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探究心は指し示す

昼前の晴天が広がる日。八月も終わりが近づいたものの気温はまだ高く、蝉の声も聞こえている。ここは静岡県伊豆市、6月にも来た慰霊碑が立っている場所だ。

 

再びここに来た祐は慰霊碑の前で手を合わせている。すると同様に慰霊碑の前にやってきた男性が祐の横で手を合わせた後、話し掛けてきた。

 

「失礼、この辺りの方でしょうか?」

 

年齢としては60代だろうか、白髪の物腰柔らかな男性だった。

 

「いえ、生まれも育ちも埼玉です。ただ、家族がここで亡くなったものですから」

 

「あぁ、それはお気の毒に…」

 

聞いてきた男性は痛ましい顔をした。心底そう思っているのだろう。

 

「私はここ出身の者ですが、娘を亡くしましてね」

 

「まだ20歳でした。彼氏もいたようです、父親としては何とも言えない気持ちでしたが」

 

そう言って笑う男性を見て、祐も少し笑った。今も彼の中に娘を大事に思う気持ちが見えたからだ。

 

「最近…例の事件があってから、ここに来る人の数は減ったように思います」

 

例の事件とは間違いなくトゥテラリィの事だろう。確かに以前来た時より、人の数は少ないと感じた。あの時も大勢という事はなかったが、それでも今よりは間違いなく居たはずだ。

 

「何せ犯人がこの事件の被害者達だ。そういった意味で、ここが近寄りがたくなったのかもしれません」

 

「悲しいですね、それは」

 

「まったくです。世間には、別に同情してほしいわけじゃない。ただ…ここで起きた事を忘れて欲しくないですね」

 

二人は視線を石碑に移す。その石碑を見ていると何故かあの時の光景が浮かんでくる気が祐にはしていた。それはもしかすると隣の男性も同じなのかもしれない。

 

「こんなことを言うべきではないんでしょうが…私はね、彼らが絶対的に間違っているとは思えないんです」

 

男性は暗い表情でそう言った。祐の表情は変わらず、石碑を見たままだ。

 

「やったことは過激でしょう。関係ない人を巻き込んで、あまつさえ死人も出してしまった」

 

「それでも彼らの気持ちを分かってしまうんです。別次元の存在がすぐそばにいるこの状況に恐怖を感じてしまって、それに対抗しようとする気持ちが。他人事のようにしている世間に憤る気持ちが」

 

大切なものを奪った者達がいるのなら、黙っていられないのは当然だ。誰よりもその気持ちはわかる、その者達と事を構えようとするのもまた当然だと。何せ自分は実際に行動に移したのだから。

 

「彼らが目指した事、それ自体が悪だとは僕も思いません」

 

男性が祐を見る。祐の表情は真剣なのは間違いないが、その奥の何かは感じ取ることが出来なかった。

 

「きっとやり方が悪すぎたんですよ。だから、止めようとする人が沢山居て…そして止められた」

 

「…かもしれませんね」

 

苦虫を嚙み潰したような表情を男性は浮かべた。頭では分かっていてもやりきれない事もあるとは正にこの事だろう。

 

「彼らは誰よりもこの世界を憂いていて、変わらない世の中へと攻撃を仕掛けてしまった」

 

「彼らがいたこと、しようとしたことは…少なくとも僕は絶対に忘れません」

 

祐がそこで男性を見る。

 

「忘れようと思っても忘れられませんけどね。ここで起きた事と、同じですよ」

 

続けてこの街を見渡した。広がるのは完全とはいかないまでも、復興を果たした街の姿だ。

 

「忘れるつもりもありませんけど」

 

 

 

 

 

 

「はい、というわけで本日はお集まりいただき誠にありがとうございます」

 

「ここ私達の部屋だけどね」

 

現在女子寮の明日菜達の部屋には明日菜と木乃香、そしてあやか・さよ・ハルナが机を囲んで座っていた。このメンバーを招集したのはハルナである。

 

通信機器を持っていないさよは偶然ハルナが部屋を出ているのを見つけて連れてきた。因みにネギは学園長に呼ばれてこの場には居ない。

 

「集まってもらったのは他でもないわ。議題は祐君の正体についてよ」

 

「祐さんの…ですか?」

 

「そう。明日菜と木乃香は知ってるだろうけど、この間ロビーで某虹の人がどんな人かって話で盛り上がってたでしょ?」

 

それに対して二人は頷く。その話を知らなかったあやかとさよは首を傾げた。

 

「まぁ、そこに関しては別にいいの。ただその前にね、裕奈に聞かれたのよ。何か知ってる事ないかって」

 

ハルナ以外のメンバーが顔を見合わせる。全員を代表してさよが聞いた。

 

「えっと、それがどうかしたんですか?」

 

「裕奈は例のあの人にちゃんとお礼を言えてないから、会ってお礼を言いたいらしいの」

 

「「「「あ~…」」」」

 

言いたいことが何となく分かった四人は同時に声を出した。

 

「まぁ、流石に正体知ってますなんて言えないから特に何も知らないとは言ったんだけど…何とかしてあげたいなぁとも思ってさ」

 

「とは言っても、私達がしてあげられる事って何かある?」

 

「それを考える為にみんなを呼んだんでしょうが」

 

「あ、そっか」

 

明日菜の疑問に尤もな返しをするハルナ。あやかは小さくため息をついた。

 

「しかし困りましたわね…裕奈さんの気持ちはよく分かりますが、祐さんの正体を私達がお伝えするわけにもいきませんし」

 

そこでさよが遠慮気味に挙手をした。そんなさよを指さすハルナ。

 

「はい、さよちゃん」

 

「あの〜、そもそも逢襍佗さんはなんで力の事を隠しているんですか?」

 

「なんでってそりゃあ…なんで?」

 

ハルナから説明を求められた明日菜達三人はガクッと体勢を崩した。

 

「二人も見たでしょ?あの力。あんな力持ってますって大々的に言えるわけないじゃない」

 

「ウチに教えてくれた時も、凄く緊張しとった。あんな祐君初めて見たわ」

 

「祐さんはあの力を伝える事で、私達に避けられる覚悟もしていたと仰ってました。本人からすれば自分の力を伝えるのはとても勇気のいる事だったのでしょう」

 

「う~む、なるほどねぇ…」

 

「避けられるって…逢襍佗さんは優しい人なのに、なんで避けられる事になっちゃうんでしょう」

 

純粋な疑問なのだろう。心底不思議そうなさよを見てあやかは少し悲しそうに笑った。

 

「全員がさよさんのようにその人の本質を見てくれる方ならその心配はないのでしょうが、残念ながらそうともいきませんからね」

 

「力を持っていることをみんながみんな好意的に受け取ってくれるわけじゃないか…仕方ない、のかなぁ…」

 

その言葉に全員が暗い顔をする。自分達は祐という人物がどんな人なのか良く知っている。だからこそあの力を見ても変わらず接するのは当然だったが、よく知らない相手があの力の持ち主だとして同じように出来ていたかと聞かれれば、自信を持って答えることは出来ないかもしれない。

 

「あの光、祐自身も何なのか分からないんだって」

 

「えっ、そうなの?あれって魔法とか超能力じゃなくて?」

 

「括り的には超能力って事になってるけど、結局何かは誰にも分かってないらしいわ」

 

「は~、まさに未知の力ってやつか」

 

感心したようにハルナが腕を組むと、木乃香が恐る恐る口を開く。

 

「なぁなぁ、もしかしてやけど…祐君あの光のこと怖いんかな?」

 

全員が一瞬固まる。どういう事かと理解するのに少し時間が掛かったからだ。

 

「何なのか誰にも分からんもんが自分の中にあるって気持ち、ウチには分からんけど…全然気にならんってことないやろうし」

 

言われてみて初めて気が付いた。祐が自分の力をどう思っているのか知らない事を。木乃香が言ったことは充分考えられる。仮に祐自身があの光を怖いと思っているのなら、それを支えてあげたいと思えるのが彼女達という人間だった。

 

「ねぇ、今から会いに行かない?」

 

「祐さんにですか?」

 

明日菜が呟くように言った言葉にあやかが反応する。明日菜はゆっくり頷いた。

 

「あいつの事だもん、直接行って直接聞こう?これからどうすればいいか、みんなで考えようよ」

 

木乃香は優しく笑うと頷き返す。

 

「そやね、ちゃんと顔見て話さな。あとなんやろ、なんや祐君に会いたくなったわ」

 

「はい!私も逢襍佗さんに会いたいです!夢の時もちゃんとお話しできませんでしたから!」

 

木乃香とさよを何とも言えない顔で見る明日菜とあやか。ハルナは二人の肩に後ろから手を乗せた。

 

「純情少女達はいいわよねぇ…まっすぐ気持ちが言えて。私達も見習うべきかもね?」

 

「…なにが?」

 

「よく分かりませんわね…」

 

「ベタに恍けちゃってまぁ」

 

 

 

 

 

 

電話を掛けたが祐はどうやら現在留守番電話にしているようで、出鼻をくじかれた明日菜達。

 

その際祐が一人暮らしをしていると木乃香が言ったのをきっかけに、行動あるのみと言ったハルナ主体の元、祐の自宅に向かう事になった。今は五人で寮から祐の自宅へと歩いている。

 

「ところでさ、祐君のこと知ってる人って私達以外に誰がいるの?あの時確か桜咲さんと龍宮さんも居たわよね?あとザジさんもか」

 

「えっと…私達以外の幼馴染も知ってて、あと…」

 

「あと?」

 

思い出しながら話す明日菜がそこで言い淀んだ。ハルナが目を向けると明日菜は少し不満そうな表情を浮かべている。

 

「…エヴァちゃん」

 

それを聞いてハルナ・あやか・さよが驚きの声を上げる。何せ祐とエヴァの二人にこれといった接点が感じられなかったからだ。

 

「まさかのエヴァちん!?」

 

「私も初耳ですわよ!」

 

「あのお二人って仲良かったんですか!?」

 

「そりゃびっくりするよなぁ、ウチも聞いた時びっくりしたもん」

 

納涼会の日にその事を聞いていた木乃香は苦笑いを浮かべる。ハルナ達は明日菜と木乃香に詰め寄った。

 

「なんでエヴァちんなの!?」

 

「お二人はいったいどういった関係なんですか!?」

 

「私も気になります!」

 

「あ~、えっと…話すと長くなるんだけど…」

 

「簡単に言うと、エヴァちゃんは祐君のお師匠さんなんやて」

 

「「「お師匠さん!?」」」

 

なんだかややこしくなってきた気がする明日菜。そんな時、気が付けば祐の家の前に着いていた。

 

「さっきも言ったけど長くなるから、今はいったん置いておいていい?」

 

「まぁ、仕方ない…」

 

「あとでちゃんと説明してもらいますわよ?」

 

「それは祐に任せるわ…」

 

色々と祐に丸投げしつつ、明日菜はチャイムを鳴らした。四人は少し後ろで待機している。

 

「一軒家に住んでたんだ、知らなかったわ」

 

「高等部から一人暮らし始めたんよ」

 

「ほ~、こりゃ入り浸るのもありかも」

 

「ハルナさん!?そんなことは許しませんわよ!」

 

「え~なんでよ?別に家に入るぐらいよくない?まったくこのドスケベ委員長は…」

 

「誰がドスケベですか!」

 

暫く待っても反応が無い。もう一度チャイムを押そうとしたところで後ろから声が掛かる。

 

「あれ?みんなして何やってんの?」

 

全員が振り向くと、そこには新聞を持った和美がいた。

 

「いや、朝倉こそ何してんのよ?」

 

「私?私はこれをお届けに来たの」

 

そう言って手元の新聞を見せる和美。その新聞は主に地域の情報を伝える麻帆良新聞であった。

 

「新聞?和美さん新聞配達なんてしてましたっけ?」

 

「してるって言えばしてるかな、逢襍佗君限定でね」

 

「どういうこと?」

 

和美は祐の家のポストに新聞を入れながら話す。

 

「逢襍佗君って新聞取ってないみたいだったからね、こうして麻帆良新聞の記者でもある私が届けてあげてるのよ」

 

「意外ですわね、祐さんがそんなお願いをするなんて」

 

「いんや、私が勝手に黙ってポストに入れてるだけ」

 

「なんだそりゃ…」

 

ハルナがそう言うと和美は笑った。

 

「何をするにも情報は多い方がいいでしょ?これも逢襍佗君の為を思っての事よ」

 

和美以外の全員が頭にはてなマークを浮かべる。

 

「彼ってたぶんトラブル体質だと思うの。だから、情報はあった方がいいってね」

 

ポストに肘を置き、和美は明日菜達を見回した。

 

「さ、私のことは話したわよ。次はそっちの番、みんなで何しに来たの?」

 

明日菜達は顔を見合わせる。すると木乃香が笑顔を浮かべた。

 

「みんなで話してたら祐君に会いたくなってな?だからみんなで会いに来たんよ」

 

「わお、すっごいストレート」

 

少し驚いた顔をする和美。明日菜とあやかは顔を赤くしている。

 

「くそっ!出遅れた!私だって会いたいから会いに来たんですけど!」

 

「よく分かんないけどパルは何で張り合ってんの…?」

 

困惑した後頬を掻いて気を取り直すと、和美は祐の家に視線を向けた。

 

「そんで、件の逢襍佗君は不在と」

 

「まぁ、そうみたいね」

 

明日菜が玄関から離れて腕を組み、あやかは顎に手を当てて考え始める。

 

「電話にも出ず、家にも不在となると…一旦寮に戻った方が良さそうですわね」

 

「そうですねぇ、何処にいるかも検討が付きませんし」

 

そこで何か思いついたのかハルナが手を叩く。

 

「そんじゃあさ、エヴァちんの所行ってみない?」

 

「エヴァちゃんの?…なんで?」

 

「フッフッフッ、朝倉遅れてるねぇ?祐君とエヴァちんはかなりの仲良しらしいよ」

 

得意げに話すハルナを明日菜とあやかが急いで引き寄せ、和美に聞こえないよう声の大きさは下げつつも焦りながら言う。

 

「アホか!何で言っちゃうのよ!」

 

「朝倉さんは祐さんの事を知らないんですのよ!」

 

「……ハッ!!」

 

自分が仕出かしたことに気が付き白目をむくハルナ。さよと木乃香は苦笑いである。

 

「ほほぉ、そりゃまたいい事聞いたわ。んじゃ早速行きますか」

 

「あっ!ちょっと朝倉!」

 

夢の世界でとはいえ一度行ったことがあるからか、迷いなくエヴァの家を目指して進み始める和美。一人で向かわせるわけにも行かないので明日菜達も後を追う。

 

「たく…終わったら憶えときなさいよ」

 

「お仕置きが必要ですわ」

 

「うぅ、ごめんなさい…あんまり痛くしないで…」

 

「な、なんだか不憫です…」

 

「まぁまぁ、ウチらとエヴァちゃんが祐君の事言わなければいいだけやから」

 

 

 

 

 

 

まっすぐにエヴァの家へと辿り着いた一行は、家の周りを掃き掃除している茶々丸と出会した。

 

「あれ、茶々丸?こんなとこで掃き掃除なんかしてどうしたの?」

 

「朝倉さん、それに皆さんも」

 

茶々丸は会釈をすると、質問に答える。

 

「私はここでエヴァンジェリン様と一緒に暮らしていますので。身の回りのお世話は私の役目です」

 

「そういえば茶々丸って寮で暮らしてなかったわね」

 

胸元から取り出したメモ帳に何かを描き始める和美。恐らく新しい情報を書き込んでいるのだろう。

 

「てか今エヴァンジェリン様って言ってなかった?」

 

「エヴァンジェリンさんって実は身分の高い方なんでしょうか?」

 

ハルナとさよが小声で話していると、今度は茶々丸が聞いてくる。

 

「皆さんは何か御用がおありですか?」

 

「それなんだけどね、エヴァちゃんて居る?実は逢襍佗君に関して幾つか聞きたいことがあってね」

 

「祐さんに関してですか」

 

茶々丸は視線を落とし、何かを考え始める。和美を含め、全員が黙ってそれを見ていると暫くして視線を和美に戻した。

 

「少々お待ちください、只今許可を取ってまいります」

 

頭を下げ、家の中へと入っていった茶々丸。和美はそれを見て笑みを浮かべた。

 

「ふ〜ん、こりゃ確かに訳ありそうだわ」

 

明日菜としてはあのエヴァが下手なことを言うとは思っていないが、それでもなんとも言えぬ不安のようなものが払えずにいた。

 

それは少し前に発覚したネギが実は祐に仮契約を申し込んでいたといった事から始まる、祐に関して自分が知らないことがまた出てくるのではないかという予感がしたからだ。

 

するとドアが開いて茶々丸が出てくる。

 

「お待たせしました。どうぞ、中へお入りください」

 

「どもども、お邪魔しま〜す」

 

楽しそうに家の中に入る和美を先頭に、明日菜達も続く。明日菜以外は初めて入るエヴァの家に興味津々といった具合である。

 

「なかなかお洒落なログハウスですわね」

 

「ひゃ〜、お人形さんがいっぱいや」

 

「コレクターなのかね?」

 

「可愛らしい内装です〜」

 

茶々丸に案内され、ソファへと腰掛ける一同。そのソファの感触を味わっていると、階段からエヴァが降りてきた。

 

「こんちはエヴァちゃん、お邪魔してます」

 

エヴァは座っている全員を見回すと、鼻を鳴らしてから向かいのソファに座った。

 

「なんでも私に聞きたいことがあるそうだな?質問があるのはどいつだ?」

 

「はいはい、私です」

 

手を上げた後、すぐさまペンと手帳を取り出す。

 

「実はエヴァちゃんと逢襍佗君が仲がいいとの噂を聞きつけましてね?是非ともそのことに関してお話を伺えればなと」

 

「ほう」

 

エヴァは和美以外の顔を見る。あやか・さよ・木乃香はいかにも自分も知りたいですといった顔で、明日菜とハルナは気まずそうな顔をしており、そこで大体の予想ができた。

 

「範囲が狭いと行き渡るのも早いというやつか、まぁいいだろう」

 

足を組むと体重をソファに預ける。そして笑顔を浮かべると口を開いた。

 

「祐と仲がいいか…だったな?無論仲はいいさ。何せ少し前まで一緒に暮らしていたからな」

 

エヴァはなんてこともなさそうに出してきた話だったが、聞いていた者たちの度肝を抜くには充分過ぎる話だった。全員が口を開けて固まっている。

 

唖然としていた和美だったが、頭を振ると前のめりになった。

 

「一緒に暮らしてた⁉︎…っていうと、どのくらい?」

 

「出会ったのは確か祐が8歳の11月、暮らし始めたのは12月ごろだったはずだ。それから高等部に上がるまで、大体7年と少しか」

 

「ちょ、ちょっと!そんな話聞いてないんだけど⁉︎私達が聞いた時は親戚の世話になってるって!」

 

「私から周りには黙っておくように言っていた。そちらの方が都合がいいからな」

 

明日菜にだいぶ温度差のある態度で返答をする。明日菜の嫌な予感が的中した形である。とんだ爆弾を隠し持たれていた。

 

「逢襍佗君と親戚…てなわけじゃないよね?」

 

「ないな」

 

「じゃあ何でまた…」

 

「私からは巡り合わせとだけ言っておこう。そこのあたりをどうしても聞きたいのなら祐に直接聞け。何せあいつの身の上話に繋がるからな」

 

そこで引っ掛かりを覚えたのは祐の家族のことを知る明日菜達だ。8歳の時に何があったのか、そこで祐の家族がどうなったか。

 

ある時を境に憑き物が落ちたようになった祐、あれは確か冬の時期だった。様々な要素が一気に噛み合ったような気がした。

 

「貴女だったんですね…祐さんの支えになっていたのは…」

 

「どうだろうな?ただ、勘のいい奴は嫌いじゃないぞ。雪広あやか」

 

二人の視線が交差する。あやかはエヴァに品定めをされているように感じていた。

 

「ただ、私一人で何とかしてやったなどと自惚れるつもりはない。お前達の存在も重要だったさ、私からも礼を言うよ」

 

どこか含みのある笑みを向けられ、あやかは少し表情を険しくする。事情を知らないハルナ達は置いてきぼり状態だ。

 

「エヴァちゃんて、そんな時から祐君と知り合いやったんやね」

 

「それなりの年月を過ごしてきた自負はある」

 

そこでエヴァは視線を和美に戻す。

 

「さて…お前の質問が祐個人に関する事なら、私から多くを語るつもりはない。先程も言ったようにそれは祐に聞くんだな」

 

教室では見たことのない彼女の鋭い視線に晒され、和美は唾を飲み込んだ。

 

「とはいえ、何も質問するなと言うわけでもない。するならその辺りよく考えてしてみろ。ものによっては答えてやらんでもない」

 

これは試されているのか、それとも挑発されているのか。どちらにせよ、和美的には今後の記者人生の為にもこの挑戦を受けて立つ他ない。

 

「オッケー…望むところよ」

 

こちらを見るエヴァに対して何故か冷や汗が流れる。理由の分からない緊張感に包まれながら、ここで臆するものかと自身に気合を入れた。

 

「じゃあまず、一つ目の質問」

 

悟られぬよう深めの呼吸をして焦りを消そうとする。完璧とは言えないが、少しはマシになった気がした。

 

「エヴァちゃん、貴女…何者?」

 

明日菜達はいきなりぶっ込んできたなと思った。確かにこの質問は祐のことではないが、それにしたって一発目に持ってくるのは飛ばし過ぎだろうと。

 

「クッ、ククク…まぁいい。見所もないつまらん奴というわけでもないか」

 

堪えるように笑いながらそう呟くエヴァを見て、よく分からないがハズレの選択を引いたわけでもなさそうだと和美は感じていた。

 

「別に義理もないが、一応4年間同じクラスの好だ。それくらいは答えてやろう」

 

「よく聞け小娘ども。特別に、改めて自己紹介してやる」

 

腕を組み、笑みを浮かべながら答えて見せるその姿は見た目とは裏腹に、和美達の目には大きく映ったような気がした。

 

「我が名はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。600年を生きる真祖の吸血鬼にして、闇の魔法使いだ」



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知ることは

「真祖の吸血鬼…」

 

「闇の…魔法使い…」

 

ハルナと和美がどうリアクションしていいか分からず、困惑しながら呟く。困惑しているのは明日菜達も同様だ。しかし明日菜に至っては困惑している理由が違う。

 

明日菜はエヴァが自分の正体を明かした事に困惑している。何故今ここにいるクラスメイト達にそれを告げたのか、まるで答えが見つからなかった。

 

「一応聞くけど、冗談じゃないよね…?」

 

「まぁ、こんな世の中とはいえ言葉だけでは信用する事も出来んだろう」

 

そう言ってエヴァは指を鳴らす。それをぼーっと見つめていた和美が右手から違和感を感じて視線を向けた。

 

「冷たっ!」

 

持っていたペンから指を放し、テーブルの上へと落ちる。見てみれば冷凍庫に入れていたかのようにペンが凍っていた。

 

「こ、凍ってる…」

 

続けて掌を上に向けると、その場に氷の結晶が生まれる。全員がその結晶に釘付けになっているのを確認し、手を振り払うと結晶は砕けて消えた。

 

「取り合えず魔法使いというのはこれでいいか?何せ家の中だ、あまり派手な事はしたくない。片付けが面倒だからな」

 

「因みに片付けるのは私です」

 

「静かにしていろ茶々丸…」

 

茶々丸が言ったことに部屋の中の空気が微妙なものとなる。気を取り直す為エヴァは咳払いをした。

 

「さて、吸血鬼という事に関してだが…吸ってほしいなら吸ってやるぞ?お前ら生きは良さそうだからな」

 

『いえ、結構です…』

 

全員が声を揃えて言い、エヴァは満足げに頷く。

 

「魔法使い…初めて見た…」

 

「まさかこんな近くにいたなんて…流石に驚きだわ…」

 

この家に来てから驚かされてばかりだが、そうなると気になることが出てきた。

 

「待ってよ、エヴァちゃんが吸血鬼で魔法使いなら…もしかして逢襍佗君も!」

 

「吸血鬼でもなければ魔法使いでもないな」

 

思わず和美はソファから崩れ落ちる。この流れなら間違いないだろうと思ったうえでの発言だったので、正直恥ずかしかった。

 

「違うんかい!」

 

「お前が勝手に早とちりしただけだろうが…」

 

体を起こしてエヴァの肩を掴むと、鬱陶しそうな表情を返された。

 

「今の流れは正解の流れだったでしょ!じゃあ逢襍佗君て何なのよ!」

 

「人間なんじゃないか?」

 

「まさかの疑問形!?」

 

会話しつつメモを取ろうとした和美だったが、ペンが凍っているのを思い出し、激しく両手で擦って溶かそうとする。本人は至って真面目だが、傍から見れば何とも滑稽な姿に映った。

 

「うおおお!全然溶けない~!これ早く元に戻してくんない!?」

 

「火属性も解除系の魔法も専門外だ」

 

「ちくしょうっ!」

 

「か、和美さん…落ち着いて」

 

「朝倉さん、私に貸して頂けますか?」

 

「え、ああ…うん」

 

茶々丸が和美のペンを受け取ると、前腕部分が開いて勢いのある熱風を発生させた。すると付いていた氷は見る見る溶けて元通りとなる。

 

「す、凄い…」

 

「よっぽど凄い…」

 

「何と比べてよっぽどなんだ?ん?」

 

ハルナのよっぽど発言に青筋を浮かべると、そこで更にエヴァは不満げな顔をする。

 

「そもそも貴様ら、目の前にいるのは魔法使い以前に吸血鬼だぞ?もう少し怖がったらどうなんだ」

 

明日菜達は顔を見合わせると、苦笑いをした。

 

「だって、エヴァちゃんはエヴァちゃんだし…」

 

「それに祐君と一緒に暮らしてたんやろ?なら悪い人やないよ」

 

「あまり深い付き合いは無かったとはいえ、私達は四年間学園生活を共にしたクラスメイト。種族と言っていいのか分かりませんが、そこの違いは判断材料になりませんわ」

 

「見た目で判断するべきじゃないんだろうけど、あの怪獣より凶暴には見えないよねぇ」

 

「むしろもっと詳しく話聞きたくなったわ」

 

「えーっと、そもそも私幽霊ですし…怖がりですけど…」

 

明日菜達の発言に呆れた顔をする。エヴァは多くの人間を見てきたことから、人を見る目は確かだ。だからこそ、明日菜達が本心からそう言っていることがわかって呆れているのだ。

 

「今のこの世界がそうさせるのか、こいつらが単に底抜けの能天気だからなのか…どちらもか」

 

「ねぇ、もしかして私達馬鹿にされてない?」

 

「心外ですわ、バカレンジャーは明日菜さんだけですわよ」

 

「おい」

 

あらぬ方向で戦いが始まりそうになっているが、そちらは放っておいて和美は話を進める。

 

「さっき600年を生きてるって言ってたけど、本当?」

 

「ああ、ただもう正確な年数など忘れた。600年を超えていることは間違いないがな」

 

「すっご、歴史の生き証人じゃん」

 

「本物のロリババアだ…」

 

「口を慎め色ボケ眼鏡」

 

「色ボケ眼鏡!?」

 

酷いニックネームにショックを受けるハルナに悪いとは思うので、明日菜はなんとか笑いを堪えていた。

 

「このことって逢襍佗君は知ってるの?」

 

「勿論だ。私も祐も、お互い知らないことの方が少ない」

 

その発言にピクリと反応したのは幼馴染三人だ。木乃香はそうでもないが、明日菜とあやかはエヴァの発言の節々から『私はお前達より頭一つ抜けている』という余裕のようなものを見せつけられている気がしていた。

 

「ず、随分と自信がお有りなんですねエヴァンジェリンさん…」

 

「今やっと分かったわ、何でエヴァちゃんにモヤモヤすることがあったのか」

 

「ふっ、一丁前に私とやり合うつもりか?お前達小娘では勝機はないと思うがな」

 

幻覚かもしれないが間違いなく三人の間には火花が散っていて、少なくともここにいる全員にそれは知覚できていた。

 

「一緒に暮らしていたのは驚きですが、私の方が付き合いは長いですわ」

 

「しかし報告されたのは一番後らしいな」

 

「くっ!人が気にしていることを!」

 

「昔も今も学校ではほとんど関わってないでしょ。私達の方が同じ時間過ごしてるんじゃない?」

 

「学校以外では常に共にいた。何よりお前達が中等部で男女別れた際も、毎日一緒に居させてもらったよ」

 

「……なによ!バーカ!」

 

「言い返せないにしても、もう少しまともなことが言えんのか!」

 

まさに売り言葉に買い言葉、残念ながらそのレベルは高いとは言えない。

 

「おっと、これはこれは…」

 

「久々に私のラブ臭センサーにビンビンきてるわ。そして!私も!」

 

にやける和美とアホ毛が揺れるハルナ。そして対抗意識を燃やしたハルナもエヴァに鋭い視線を送る。所謂メンチを切るというやつだ。

 

「さっきから何であんたはそう張り合うのよ…って二人とも、何その顔?」

 

その発言の理由は木乃香とさよだ。エヴァ達がこうなっている理由はよく分かっていないのだろうが、取り敢えず自分達も参加しようと周りの真似をしている。

 

しかしこの二人はそういった表情に慣れていないので、言ってしまえば変顔をしているようにしか見えず、威圧感の欠片もない。

 

「せっかくやからウチらもやっとこう思って」

 

「どうですか?」

 

「睨むの下手くそか」

 

二人の顔と会話に戦意を削がれ、明日菜達は呆れた顔で二人を見たことで戦いは終了した。

 

「これだから天然は苦手なんだ…」

 

疲れたように人差し指で額を擦るエヴァに、茶々丸が横から話し掛ける。

 

「マスター、先程の一連の流れはしっかりと録画しておきました」

 

「余計なことをするな!」

 

やはり最近どうも祐に似てきた気がする。何とも由々しき自体だ、一刻も早く矯正しなければ取り返しのつかないことになる。

 

まだ間に合う筈だ。いや、頼むから間に合ってくれと心の中で懇願した。頭を悩ませる要因は祐とチャチャゼロだけで充分すぎる。

 

「えっと、一緒に暮らしてたってことは…茶々丸さんも祐と一緒に暮らしてたのよね?」

 

「はい。私は起動したのが2019年なので、期間は3年ほどですが」

 

「大丈夫だった?なんか変なことされてない?」

 

「変なこととは?」

 

「あ〜、いやぁ…なんていうか、あいつあんなんだから苦労かけられたんじゃないかと」

 

明日菜がふと気になったことを茶々丸に聞く。おそらく茶々丸は面倒見のいい性格だと思うので、祐に色々と振り回されたのではないかと思った。

 

「いいえ、祐さんから苦労を掛けられた記憶はありません。いつもお優しい方で、私達の大事な家族です」

 

「そ、そうなんだ」

 

珍しく笑顔を見せる茶々丸に少し驚く。笑顔もそうだが、その表情が一目で分かるほど柔らかいものだったからだ。

 

「祐君下の子には特に優しいもんなぁ、茶々丸さんのこと妹みたいに思っとるのかも」

 

木乃香の言うことに納得する。ネギを始め、祐は年下に甘い。茶々丸を年下の括りに入れていいのかどうかは疑問が残るが。

 

「本人はこう言っているが、最近あいつに影響され始めている。私の目下一番の悩みと言っていい」

 

「ダメじゃん、めちゃくちゃ迷惑掛かってるわ…」

 

「お察しします…」

 

明日菜とあやかはそこで初めてエヴァに同情する。当の茶々丸本人はよく分かっていないのか首を傾げており、その姿を見てエヴァはため息をつくしかなかった。

 

その間、和美は一人思考に耽っていた。知らなかった情報が次々に舞い込んできて、それに関しては大いに結構だ。しかし逢襍佗祐、彼に関しては謎が謎を呼んでいる状態であり、正直ここまでくると絶対に何かあると確信めいた考えが浮かばざるを得ない。

 

吸血鬼であり魔法使いであるエヴァと7年ちょっとも暮らしていたのだ。何の変哲もないただの一般人である筈がない。

 

「エヴァちゃん、逢襍佗君は」

 

「言ったはずだぞ朝倉和美、祐のことは祐に聞け」

 

遮るように告げられた言葉に、和美はその後に続く言葉を先読みされた気がした。

 

「お前の知らないものを知ろうとする探求心はそれなりに買っているよ。だが覚えておけ、必ずしも知ることが正解などではない」

 

「知った結果、お前も探られた相手も破滅の道を進むことは充分に有り得る。それを肝に銘じておくんだな。私からはそれだけだ」

 

先程までの空気から一変して、どこか重苦しい空気が部屋の中を包んだ気がした。エヴァが言わんとしたこと、祐の秘密を知っている明日菜達だからこそ、その言葉の意味を深く受け止めたのかもしれない。

 

「私としては充分過ぎる程話してやったぞ、用が済んだのならとっとと帰れ」

 

「…ご忠告どうも。確と受け止めたわ」

 

「ならいい」

 

「お邪魔しました、それじゃまた」

 

そう言ってソファを立った和美は玄関へと向かうとあやか達も立ち上がり、それぞれが挨拶をするとそれに続く。

 

最後に残った明日菜が扉の前で振り返ると、エヴァは明日菜に目を向けた。

 

「まだ何かあるのか?」

 

「なんでみんなに言ったの?自分は吸血鬼で魔法使いだって」

 

「そうした方が得だと思ったからだ」

 

「得?」

 

分からないといった顔をする明日菜に対して、エヴァは笑みを浮かべる。

 

「私は私でお前達を利用させてもらう、精々上手く働いてくれよ」

 

「利用って…朝倉にああ言ったのも関係あるの?」

 

「あいつも良い駒になると踏んだ、とだけ言っておこう。早く行け、あまり長居していると怪しまれるぞ」

 

「…なんか、悪だくみしてる人みたいよ」

 

「そういえば言ってなかったな」

 

そこでエヴァは浮かべていた笑みをさらに深くする。その笑みは明日菜には冷たく感じられた。

 

「私はな、吸血鬼にして闇の魔法使い」

 

「そして…悪なんだよ、神楽坂明日菜」

 

 

 

 

 

 

明日菜もエヴァの自宅を出ると、茶々丸が見送りに出てきた。

 

「それでは皆様、気を付けてお帰り下さい」

 

「うん、ありがとう茶々丸さん。お邪魔しました」

 

深くお辞儀をする茶々丸に手を振り、その場を後にする明日菜達。あの話をしてから和美はずっと何かを考えているようだった。

 

「朝倉、あんた大丈夫?」

 

「ん?何が?」

 

ハルナが少し心配そうに声を掛けると、何とも抜けた返事が返ってきた。

 

「何がって…さっきエヴァちんに言われたこと、気にしてたんじゃないの?」

 

「ああ、それ?いや、気にしてはいるよ?ただ、落ち込んでるとかじゃないのよ」

 

「でしたら何が気になってるんですか?」

 

さよがそう聞くと、和美は相変わらず考えながら答え始めた。

 

「何て言うかねぇ…あれは間違いなく忠告ではあったけど、同時に発破かけられた気がするんだよねぇ」

 

「葉っぱかけられた?」

 

「恐らくですが貴女が想像しているその葉っぱではありませんわ」

 

言葉では分かりずらい明日菜の天然ボケも、あやかには直ぐに分かった。双方とも嬉しくはないだろうが。

 

「エヴァちゃんの話から逢襍佗君に何かあるのはもう間違いない。私にはね… 逢襍佗君は特大の何かを持ってるから知りたきゃ聞いてみろ、でも面白半分で聞くなら後悔するぞって感じに聞こえたのよ」

 

「単純に聞くなって事じゃなくて?」

 

「それなら自分のことも隠すか直接そう言わない?あんな思わせぶりなこと言われて勘ぐるなって方が無理でしょ」

 

そう言われるとハルナも何とも言えなくなる。確かに和美の言う通り、祐のことを隠しておきたいなら一緒に暮らしていたことや自分の正体など明かさないだろう。そんなことを言えば祐にも何かあると思われて当然だ。

 

それに何より、エヴァは祐のことを探索するなとは一言も言っていなかった。ハルナからしてもエヴァが何を考えているのか、見当もつかない。

 

「和美ちゃんは、どうするん?」

 

木乃香が聞いたことは、ここにいる和美以外の全員が気になっていたことだ。全員がそう思いつつも言い出せなかったのは、どうすればいいのか迷っていたからだろう。

 

「会いに行くわ、逢襍佗君に」

 

迷いなく言ってのけた和美に、木乃香達は黙ってしまう。少し表情を険しくしながらも、一番最初に口を開いたのはあやかだった。

 

「聞きに行くおつもりですか?色々と…」

 

「うん、決めた。前々からいつかはって思ってたけど、間違いなく行くなら今」

 

あやかと似た表情で明日菜も続く。

 

「聞いて、その後どうするのよ?もしやばい事だったら」

 

「笑えるような話なら、笑って話のネタにする。笑えない話なら…最後まで付き合うし、場合によっては墓まで持ってく。聞いた結果逢襍佗君を傷つけることになったら、償いながら生きていくわ」

 

まっすぐ見つめて答える和美。彼女の言葉には口先だけでないと思わせる確かなものがあったが、だからこそ明日菜は不思議でしょうがなかった。

 

「何があんたをそこまで動かすわけ?」

 

「私は真実が知りたいの、物心ついた時からずっとね。でも真実にはいつだってリスクが伴う。それはよ〜く分かってるつもり」

 

「リスクを冒す覚悟ならずっと前から決めてたわ。自分の生まれ持った感性に気づいたのは、昨日今日じゃないからね」

 

それを止める、ましてや否定する言葉を明日菜は持っていなかった。それは明日菜に限った話では無い。彼女の覚悟を止められる程の言葉を持った人物は、この場には居ないのだ。

 

その時、明日菜のスマホが着信を知らせる。迷いながら手に取り画面を見つめた。ある意味絶妙と言っていいタイミングに、思わず文句の一つでも言いたくなる。

 

着信の相手は祐だった。

 

 

 

 

 

 

『もしもし』

 

「おう、悪いな明日菜。ちょっと用事があって留守電にしてた。何かあったか?」

 

目的を終え、明日菜からの着信に折り返す。それと、明日菜の第一声から何かがあったのは感じとれた。そのあったことが良いことなのか悪いことなのか、その判断はまだつかない。

 

『えっと、ちょっと色々あってさ…』

 

「…みたいだな、聞かせてくれるか?」

 

『取り敢えず要点だけ話すわ。さっきまでエヴァちゃんの家に行ってたの、みんなで』

 

「そのみんなは?」

 

『木乃香・委員長・パル・さよちゃん。あと、朝倉』

 

「そりゃ結構大勢だな」

 

少しの間、スマホからは明日菜の呼吸だけが聞こえてくる。きっとどう言おうかと整理しているのだろう。急かす必要はない、祐は静かにその時を待った。

 

『エヴァちゃんが言ったの、自分は吸血鬼で魔法使いで…祐と暮らしてたって』

 

「そっか、師匠がそう言ったのか」

 

『それで、祐に話を聞きたがってる。朝倉が』

 

祐の表情は真剣だ。しかし、その顔に焦りは無かった。

 

「そこに朝倉さんは居る?」

 

『うん』

 

「悪い明日菜、ちょっと代わってくれるか?」

 

『…わかった』

 

 

 

 

 

 

明日菜は耳からスマホを離すと、和美に視線を向ける。黙って見ていた和美も明日菜を見つめ返した。

 

「祐が朝倉に変わってって」

 

明日菜がスマホを差し出し、和美はゆっくりと受け取って耳に当てる。

 

「もしもし、逢襍佗君?」

 

『どうも、朝倉さん。今掻い摘んでだけど、明日菜から聞いたよ。なんでも俺にインタビューをご所望とか』

 

「うん、前から考えてはいたんだけど…きっと今日がその時だって思ったの。逢襍佗君、改めて私からお願いさせてもらうわ」

 

和美は一度目を閉じ、深い呼吸を行なってから口を開いた。

 

「逢襍佗祐君。エヴァちゃんとのこと、そして何より…貴方のこと、詳しく聞かせてほしいの」

 

風が吹いた。周りにいる誰もが音を立てず、それ故揺れる木々の音がやけに響く。

 

『お望みなら、お応えしますよ朝倉和美さん。貴女からの質問、お受けしましょう』

 

「ありがとう、嬉しいわ」

 

『とんでもない、お安い御用ですとも』

 

和美は薄く笑う。山場を越えた気になってしまうが、それは違う。やっとスタートラインに立てたのだと、己の考えを即座に改めた。

 

『今出先なんでね、これから帰るよ。待ち合わせ場所だけど…』

 

「それならさ、逢襍佗君の家でお願いできない?明日菜達ともそこで会ったんだけど、みんな入りそびれちゃったからさ」

 

『了解、ならそこで待ってて。幼馴染には合鍵渡してあるし、入ってもらって構わないよ。今持ってればの話だけど。無かったら相坂さんに頑張ってもらって。たぶん相坂さんなら開けられるんじゃないかな?』

 

「分かった、確認してみる。それじゃ、おかえりお待ちしてるわ」

 

『あまり待たせないようにするよ、では後で』

 

「よろしくね」

 

通話が終了したのを確認し、和美はスマホを明日菜に返した。

 

「さて…大体分かったと思うけど、逢襍佗君の家で待つことになったわ。幼馴染さん達、合鍵は持ってる?」

 

明日菜・木乃香・あやかは顔を見合わせる。木乃香はいち早くポケットの財布を探り、明日菜とあやかはため息をつきながらポケットに手を入れた。

 

そして三人同時に手を上げると、その手には鍵が握られている。

 

それを確認し、和美は満足げに笑った。

 

 

 

 

 

 

通話を終えた祐はスマホをしまい、遠くを見る。

 

「さてと、行きますかぁ」

 

伸びをしながら歩き出す。ふと目に留まった近くの山に登ってみようと思ったのは正解だった。幸い周りに気配も視線も感じない。

 

「帰りの交通費が空いたな」

 

普段は可能な限り交通機関を使おうと考えているが、今は待ち人をあまり待たせるわけにもいかない。さっさと麻帆良に戻って彼女達に会うとしよう。

 

そうして祐は空から現れた虹色の光の柱に包まれ、遥か上空へと消えていく。その光の柱は、かつて夢の世界にも降り注いだものと同じだった。

 

 

 

 

 

 

その昔。北欧にて語られた神話では、神々は地上から自らの住む王国へと虹色の橋をかけ、その橋を渡り王国に戻って行ったという。

 

その虹の橋は『ビフレスト』と呼ばれた。

 

 

 

 

 

 

同時刻、裕奈は自室で電話を掛ける。横にいるアキラは少し不安げな表情を浮かべていた。

 

『はい』

 

「やっほーザジさん、今大丈夫?」

 

『大丈夫ですよ、どうかしましたか?』

 

「いやぁそれが、事件ってわけじゃないんだけど…ちょっと変わったことがあったから、ザジさん何か知ってるかなって思ってさ」

 

『それはそれは。取り敢えず、お聞かせ願いましょう』

 

「うん、実は今日夢の中でね…」



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目は口程に物を言う

合鍵を使い、祐の家の中へと入る明日菜達。和美を始め、ハルナとさよも周りを興味深そうに見ている。

 

「ここが逢襍佗君の家か、結構綺麗じゃん」

 

「同級生の男子の家に入るなんてシチュエーションが、まさか私に起こるとは…」

 

ハルナとしてはこれから起こるであろうことさえなければもっと喜べたのだが、如何せんきっかけは自分が口を滑らせてしまったからなので何も言えなかった。

 

「皆さんはこちらに来たことはあるんですか?」

 

辺りを眺めながらさよは明日菜達三人に聞く。

 

「引越し初日にね。お祝いってことで幼馴染全員が集まったのよ」

 

「確か今年の三月やったっけ?それぶりやね」

 

「いくら幼馴染とはいえ、うら若き男女がそう頻繁に一つ屋根の下で過ごすわけにも行きませんもの」

 

「いんちょ硬いな〜」

 

「木乃香さんが無防備すぎるんです」

 

話しながら部屋に入ると、明日菜は飾られていた写真立てを手に取る。引越し初日はまだ荷物も碌に配置していなかったので、その時に見た記憶はない。その写真は祐達の幼かった頃の集合写真である。

 

自分達の部屋にも同じものが飾ってあるが、祐も同じように飾ってあるのが少し嬉しかった。

 

「これ昔の写真?当たり前だけどみんなちっこいわね」

 

「そりゃそうでしょ、小学生の時なんだから」

 

和美達も手に取った写真を覗く。木乃香は少し笑いながらある人物を指さした。

 

「こん時の明日菜、やっぱりツンとした顔しとるよね」

 

「本当、この無愛想な子がどうやったらこんな子になるのやら」

 

「あ〜うるさいうるさい…言っとくけどあんたらのせいだからね」

 

恥ずかしさを誤魔化すためにぶっきらぼうに返す。幼少期のことは自分でも恥ずかしいのだ、あまりつつかれたくない。

 

「最近の写真もあるわね、まきちゃんと亜子じゃん。一緒にトロフィー持ってるけど、何これ?」

 

「これは隣のクラスの子でしたっけ?可愛い衣装ですね〜」

 

それぞれが写真立てを見始める。そこで明日菜がふと後ろを見ると、和美が棚を念入りに調べていた。

 

「ちょっと朝倉、何してんのよ?」

 

「ん?エロ本探し」

 

「エっ!ば、馬鹿じゃないの⁉︎」

 

明日菜は一瞬で顔を赤くするが、和美は構わず調べ続ける。

 

「16歳の思春期男子なんだからエッチな物の一つや二つあるでしょ」

 

「だからと言って何故探すのですか⁉︎」

 

明日菜だけでなくあやかもこの手の話題は得意ではない。気が付けばしれっとハルナも参加している。明日菜とあやかは思わず後ろからハルナと和美を羽交締めにした。

 

「やめなさいっての!」

 

「いいの明日菜⁉︎もしかしたら祐君の性癖を知ることができるかもしれないのよ⁉︎」

 

「知りたくないわ!」

 

「言ったでしょ委員長!私は真実を探らずにはいられないのよ!」

 

「取り敢えず真実と言っておけばいいと思ってませんか⁉︎」

 

特に参加しているわけではないが、木乃香とさよは少し興味ありげに和美達の調べている棚を後ろから覗いている。

 

そんな調子でドタバタとしている中、ドアが開いた音がする。全員がそちらに目を向けると、待ち人である祐が部屋に入ってきた。

 

「随分賑やかだね、いつも一人の部屋だから不思議な気分だ」

 

どこか嬉しそうに言って笑う祐。明日菜とあやかは和美達からすっと手を離した。

 

「祐…」

 

「おっす明日菜、それにみんなも。すぐに電話に出れなくて悪かったね」

 

声を掛けながら荷物を下ろし、今いる面々と顔を合わせる。そしてその視線は和美で止まった。

 

「私がおかえりって言うのも変な感じだけど、おかえり逢襍佗君。待ってたわ」

 

「ただいま朝倉さん。そして我が家にようこそ皆さん、歓迎するよ」

 

「まぁ、もてなせるものは何もないけどね」

 

 

 

 

 

 

現在明日菜達はテーブルを囲んで座っている。祐はコップに水を汲んでいるところだ。

 

「おまたせ。ただの水だけど無いよりはいいでしょ?コップが足りてよかったよ」

 

コップを載せたトレーをテーブルに置く。

 

「あっ、相坂さんって飲めるのかな?」

 

「食べたり飲んだりはできないので、お気になさらないでください」

 

「そっか、なるほどね…」

 

何かを考えるように腕を組むと、空いている場所に座った。両隣には明日菜とあやか、テーブルを挟んで向かいには和美がペンとメモ帳を既に構えて座っていた。

 

「さて…いきなりで申し訳ないけど逢襍佗君、早速インタビューの方いいかしら?」

 

「どうぞ、答えられる限りは正直に答えるよ」

 

その言葉に部屋の緊張感が増した気がする。平気そうな顔をしているのは祐だけだった。

 

「それじゃあまず…逢襍佗君、貴方はエヴァちゃんと7年ちょっと一緒に暮らしていた。これに間違いない?」

 

「そうだね、間違いないよ。俺は8歳の12月から今年の3月、ここで一人暮らしを始めるまではエヴァ姉さんと一緒に暮らしてた」

 

「そうやって呼ぶんだね、エヴァちゃんのこと」

 

「俺にとっては保護者で姉さんだからね。まったく頭が上がらない人だよ」

 

頷きながらメモをとる和美。明日菜からしてもその呼び方は初めて聞いた。いつも基本的に祐がエヴァを呼ぶ時は師匠と言っていたからだ。

 

今そう言わなかったのは自分の師匠であることを隠す為か、はたまた別の意味合いがあるのか、それは祐以外には分からない。

 

「じゃあ次。私達は今日、エヴァちゃんから自分は吸血鬼であること、そして魔法使いだってことを聞いたの。エヴァちゃんは逢襍佗君はそのどちらでもないって言ってた。それに関しては?」

 

「エヴァ姉さんは嘘は言ってない、俺はどちらでもないから」

 

「じゃあ、普通の人間?」

 

「人間だよ、恐らくね」

 

全員が祐の顔をみる。今の発言はどう考えても含みがあって、和美としてもそこを流すわけにはいかない。

 

「恐らく…ね。逢襍佗君、貴方は私達に隠してることはある?」

 

「ある、それも沢山。正直言って隠し事だらけだ」

 

和美は僅かに目を見開く。こうも迷いなく答えるとは流石に思っていなかった。何故か祐より自分の方が緊張していて、それは自分の心臓が素早く脈を打っていることからも容易に分かった。

 

気付けば呼吸は浅くなり、気持ちは今にも自分の思考を置き去りにしそうである。真実は、もう目の前にあった。

 

「その隠してることって…」

 

少し早口になっているのを感じながらも、ゆっくり話すことなどできない。遂に掴めるかもしれないのだ、彼を紐解く何かが。

 

和美と祐以外の全員が不安でその表情を染める中、祐が口を開いた。

 

「どうして朝倉さんはそれを聞きたいと思ったのか、悪いけどそれを先に教えてほしい」

 

祐から投げかけられた質問に、和美は素直に答えることにした。例えそれで掴み損なったとしても、今ここで自分が嘘をついては意味がないのだ。彼の誠意に応えなければ、それは記者の誇りを失ったも同然なのだから。

 

「私は知りたいの、隠されている真実を。それで声明を得たいわけでも、注目されたいわけでもない。その真実も隠された理由も知りたい。私はただ、知りたいだけ」

 

真っ直ぐ見つめてくる和美の視線を、祐も決して逸らさず見つめ返す。一瞬のような、それでいて永遠のような沈黙は、祐の一言によって破られた。

 

「朝倉さんも見たあの仮面の男、そしてあの虹の光の正体は俺だ」

 

「祐⁉︎」

「祐さん⁉︎」

 

明日菜とあやかは思わず前のめりになって祐に近づく。和美はペンとメモを落として呆然と祐を見つめていた。

 

「朝倉さんから嘘は感じなかった。言ったことも、持ってる覚悟にも」

 

「貴女に賭けるよ朝倉さん。仮にもしそれで俺が破滅するなら、俺の目が節穴だったってだけのことだ」

 

笑ってそう言いのけた祐を、周りは複雑な顔で見つめるしかなかった。和美は少しずつ我に帰ると、辿々しくも言葉を発する。

 

「あ、その…何か、見せてもらえない?証拠というか…」

 

祐は掌を上に向けて和美の前に持ってくる。そこに視線を向けると、その場に光が現れた。

 

忘れるはずもない。怪獣の時も、そして夢の時にも見た。間違いなく、それは虹の光だ。

 

ゆっくりと拳を握ると光は静かに消えていく。手を下ろし、祐は和美の顔を見た。

 

「どう?信じてもらえた?」

 

「は、ははは…こりゃ、本当にとんでもない何かだったわ」

 

未だ驚愕の表情のまま力無く笑う。何かあるのは確信していた、しかしこの展開は正直言って予想外だった。

 

アウトレットの爆発を止め、怪獣を消し去り、夢の世界から自分達を助け出した虹の光を纏う仮面の男。その正体が彼、逢襍佗祐であるとは。

 

「なんなの、その光って?」

 

「生憎俺にも分からない。これがなんなのか、なんで使えるようになったのか。8歳の時に急に使えるようになったってこと以外はまるで分かってない」

 

「俺が今まで会ってきた人も、誰も分からなかった」

 

和美は左手を額に当てる。未だ明かされた情報に戸惑い、思考が追いついていない。しかし大事なことはしっかりと押さえられた。謎に包まれた虹の光の正体は彼で、彼本人にもそれがなんなのか分かっていない。これだけ知れれば充分だ。むしろ充分すぎると言っていい。

 

まだまだ聞きたい事はあるが、少し落ち着く必要がある。何せこの数時間は情報過多だ、冷静に今日判明した事実を纏めたい。それに伴い、和美は一旦最後の質問をすることにした。それは尤も聞いておきたい事の一つでもあった。

 

「聞きたい事は山ほどあるんだけど、取り敢えず一旦これで最後。逢襍佗君、貴方はその力を使って何をするの?」

 

少し祐の表情は真剣さを増した気がする。彼の見せる初めての表情を意外に思いながら、答えを待った。

 

「自分の大事なものを守る。それを壊そうとするものを潰す。少なくとも、俺にとってはこの力はその為のものだ。本来これがなんであろうとね」

 

「…なるほどね」

 

和美は大きく息を吐いて、メモとペンを置くとテーブルにうつ伏せになる。

 

「はぁ~参った参った…人生で一番疲れたかも…」

 

「俺も緊張したよ、なんせインタビューされたの初めてだったから」

 

普段通りの笑顔を見せる祐。先程とは打って変わった表情に引っ掛かりを覚えるが、その表情がどこか和美を安心させた。

 

「よく言うわよ、平気な顔してたくせに」

 

「いやいや、緊張して表情が固まってただけだよ」

 

「どうだか…」

 

少し笑って和美は上体を起こす。すると祐の横に座っていた明日菜が不安げな目を自分に向けている事に気が付いた。

 

「明日菜、何か気になることでもあった?」

 

「いくらでもあるわよ、でもまず…朝倉、この後あんたどうするの?」

 

大体予想通りの事を聞かれる。まぁ、彼女達が一番気になるのはそこだろうなとは思っていた。明日菜だけでなく、ここにいる祐以外の全員が多少の差はあれど同じ表情をしている。

 

「明日菜達が心配しているようなことにはならないわ。この話を周りに言いふらす…なんてことはしないから安心して」

 

明日菜達が驚いたような顔をする。はっきり言って最悪世間にバラされるのではないかと思っていたからだ。

 

「ぶっちゃけ意外だわ…てっきりスクープだ!って言って大喜びで公表するもんだと思ってた…」

 

「ええ、スクープに魂を売った方だと…」

 

「貴様らそれが四年間同じクラスの友人にかける言葉か」

 

ハルナとあやかの発言に青筋を浮かべるのは仕方のないことだろう。確かにスクープは優先すべき事だが、それをその後どうするかは場合による。

 

「あのねぇ…私にも良心ぐらいあるわ。この話は面白半分で扱うべき物じゃないってことくらいの分別はついてるっての」

 

「和美さん、あれだけスクープを追いかけていたのに…私尊敬します!」

 

両手を組んでまっすぐ見つめてくるさよに、流石にそこまで言わなくてもと和美は苦笑いをした。それを笑顔で見ている祐を見て、こちらも気になることが出てきた。

 

「そんなわけで言いふらすつもりはないけどさ、逢襍佗君はどう思ってたわけ?私が聞いてきた時」

 

「俺は朝倉さんがこの事を周りに言っても言わなくても、どうこうしようとは思ってなかったよ」

 

「へ?だって正体隠してるんでしょ?」

 

「自分で周りに言うことでもないし、黙ってた方が今の生活続けられる期間は長くなるだろうからね」

 

「いや、だったら」

 

どうも要領を得ない発言に困惑していると、祐が続きを話す。

 

「俺は今凄く幸せだ。大切なものに囲まれて、最近は色々騒がしいけどそれでも毎日楽しく過ごせてる。今この瞬間が俺にとっては奇跡みたいなもんで、言ってしまえば夢みたいなもんなんだ」

 

微笑む祐は、その幸せを噛み締めているようにも見えた。

 

「だからこそ、今の生活がずっと続くだなんて思ってない。世の中そんな上手いこといかないからねぇ。いつかは分からないけど、その時は必ず来るよ」

 

再び雰囲気が暗いものになる。和美はそれに居心地の悪さを感じていた。するとずっと静かだった木乃香が祐に聞く。

 

「祐君は、これからどうなると思っとるん?」

 

それは様々な意味が含まれた質問だろう。これからとはこの世界のことでもあり、祐自身のことでもあった。

 

「まず世界はまだまだ落ち着かないだろうね。脅したいわけじゃないけど、まだ本番は来てないと思うよ」

 

「それって、これからもっと大きな事件が起きるってこと?」

 

「恐らくね」

 

次いで聞いてきたハルナに迷いなく答える。エヴァも言っていたし何より明日菜も身をもって知っている、祐の予感はよく当たる。それも悪い予感ほど。その事を思い出し、明日菜は眉間に皺をよせた。

 

「それと俺のことだけど、いつ頃この生活が終わるかってのは流石に予想できないな」

 

苦笑いを浮かべながら頭を掻く祐。正直和美にはその姿が痛々しいものに映った。

 

「いつかは必ず正体がバレるから、そうなったらしょうがないって思ってるの?」

 

「仰る通り。バレたのなら、その時が来たってことなんだろうなって」

 

「だからその時が来るまでは、楽しく過ごさせてもらうよ。全力でさ」

 

そう言って笑顔を見せる祐の顔に悲壮感などなく、強がりなどではないと思えた。だからこそ、より悲しく感じるのかもしれない。

 

和美は視線を落とし、思考を巡らせる。暫くして視線を上げて祐を見た。

 

「大体わかったわ。それじゃあ逢襍佗君、今後ともよろしくね」

 

「は?どういうこと?」

 

突然のことに思わず明日菜がそう聞くと、和美は笑って答える。

 

「逢襍佗君の家に来る前に言ったでしょ?笑えない話なら最後まで付き合うって。だから、これからもよろしくねって言ったの」

 

祐はその話を知らないので首を傾げていると、和美は再度祐の方を見た。

 

「私これでも結構尽くすタイプだから力になれると思うのよね、主に情報面で。それに、こんな秘密を聞いたんなら最後まで見届ける義務ってもんがある。逢襍佗君、貴方がこれからどんな道を行くのか…私はそれを見届けさせてもらうわ」

 

和美を見つめ返す祐は、静かに口を開いた。

 

「そう言ってもらえるのは正直すごく嬉しい。でも、俺と深く関わると面倒なことに巻き込まれるかもよ?俺はそういうのに事欠かないし、何より偶に自分から行くし」

 

「偶にではないでしょう…」

 

「いや偶にだって。それに関しても俺の近くで起きる事件の方が悪い」

 

あやかの否定に即座に反応する。二人の姿を見て和美は呆れたように笑った。

 

「面倒事、厄介事、どっちもどんと来いよ。そこに隠された真実があるなら、そこが私の行くべき場所。これが口だけじゃないってこと、これから行動でもって証明してみせるわ」

 

祐は腕を組むと、納得したように頷く。

 

「なるほど、朝倉さんは結構頑固なんだね。苦労しない?」

 

「あんたが言うな」

 

「何言ってんだよ明日菜もだろ」

 

「うるさい」

 

明日菜が祐の肩を叩く。先程の会話で明日菜は若干不機嫌になっていた。祐のどこか自分の生き方に対して達観しているような姿が、明日菜は好きではなかったからだ。

 

「いてっ!何で叩くんだよ!?」

 

「あんたが相変わらずだからよ!この…!石頭!」

 

「確かに頑丈さには自信があります」

 

「そういうことじゃないわよ!バカ!」

 

「いや、めっちゃ怒ってるじゃん…なんで…?」

 

「祐君変なとこは鈍いなぁ」

 

明日菜の気持ちを理解している木乃香は苦笑いを浮かべながら言った。

 

祐は鋭い。しかしそれは自分に向けられる悪意や危険に対して強く発揮されるもので、それ以外となるとそうもいかないものだった。他の事を読み取るには、対象のものに意識を集中させなければ難しい。

 

「このままでは終われない…明日菜、じっとしてろ」

 

気持ちを読み取る為、明日菜の顔を両手で包んで固定し瞳を覗く。真っ赤になった明日菜は恥ずかしさから祐の顔に自分の手を正面から押し付けた。

 

「ぶおっ」

 

「み、見ないで!」

 

「いや見せろ!お前の瞳を覗かせろ!」

 

「覗くな!」

 

急に始まった押し問答に和美はいったい何を見させられているのかと冷めた視線を送っていると、動きが止まっていたあやかが後ろから祐を引き剥がしにかかる。

 

「何をしているんですかこんな時に!」

 

「お前も邪魔をするのか!ならお前の瞳を覗いてやるぞ!」

 

顔の向きを変え今度はあやかに顔を近づけると、同じように手で顔を押し返された。

 

「ぐへっ」

 

「かっ、顔を近づけないでください!」

 

「何故だ…何故目を合わせてくれないんだ!?幼馴染だろ!そんなに嫌か!」

 

「嫌というか…そもそも何故目を合わせる必要があるのですか!?」

 

「そうして意識を集中させれば何となく考えてることが感じられるからだ!俺にお前の心を感じさせろ!」

 

「余計に合わせるわけにはいきませんわ!」

 

前に強制的に向けられると、今度は明日菜に押し返される。

 

「だからってこっち向くな!」

 

前からは明日菜に、後ろからはあやかに押し返され、祐は横を向くしかなかった。

 

「何て冷たい奴らだ…これが幼馴染に対する仕打ちなのか!目を合わせることすら許されないとは!」

 

そんな事をしていると、木乃香が笑顔で立ち上がって祐に顔を近づけた。

 

「ほんならウチの目見てええよ」

 

「やめなさい木乃香!覗かれるわよ!」

 

「人を覗き魔みたいに言うんじゃないよ!」

 

明日菜は急いで木乃香の目を手で覆う。祐としては誠に遺憾であった。

 

「ほ~ら祐君、ここにフリーの瞳があるわよ」

 

「是非とも拝見させてください」

 

「おやめなさい!ハルナさんも近づいてはいけません!」

 

ハルナも祐に顔を寄せるが、あやかによって阻止される。

 

「大丈夫だから!少し見るぐらいじゃよっぽど思いが強くない限り中々読み取れないから!」

 

「…駄目です!少なくとも今は覗かれるわけにはいきませんわ!」

 

「何でだよ!」

 

顔を向ける場所を探してふと上を向くと、浮いてこちらを見ているさよと目が合った。

 

「あ、えっと…私でよかったらどうぞ?」

 

「天使かな?」

 

「いえ、幽霊です…」

 

「些細なことだな!」

 

「だから覗くな!」

 

「なにこれ?」

 

和美は遂にその言葉を口から出してしまった。

 

 

 

 

 

 

それから暫く騒ぎは続き、事態は何とか終息した。目を合わせ続けようとした祐は二人からの攻撃を受けて横になって倒れている。そこでハルナが時間を確認すると、気が付けばもう13時を過ぎていた。

 

「あれま、もうこんな時間か」

 

「いやぁ、何とも濃密な時間だったわ」

 

「びっくりさせられっぱなしでした」

 

周りが話を纏め始めていると、木乃香がそもそも祐の家に来ることになった理由を思い出した。

 

「そう言えば、祐君ちに来たのって今後のこと話し合う為やなかった?」

 

『あ、忘れてた…』

 

そのことがすっかり抜け落ちていた明日菜達。それが分からない和美と祐は不思議そうな顔をした。

 

「なによ?今後のことって」

 

そこで和美と祐に説明する。裕奈がお礼を言いたがっている事、そして祐が自分の力をどう思っているのかという事を。祐はそれを聞いて頭を捻る。

 

「う~ん、明石さんに関しては…どうすっかね?別にお礼とかはいいんだけど」

 

「そりゃあんたは良くても裕奈はすっきりしないでしょ」

 

「でもそれで正体明かすかって言うと…ねぇ?今更な気がするけど」

 

「まぁ、確かにね…」

 

祐の正体を知る人物が随分と増えたのは間違いない。だからと言って、もう気にせず明かしていいかといえばそれは違う気がする。

 

「それも問題だけどさ、祐君はどう思ってるの?その…虹の光のこと」

 

ハルナが言い難そうにしながらも聞いた。祐は自分の掌を見つめる。

 

「どうだろうね、そもそもこれが何か分からないからなぁ。まぁ不安が無いって言ったら嘘になるよ」

 

心配そうな表情を浮かべるハルナ達の顔を見て、祐は少し笑った。

 

「でも、それ以上に良かったって思ってるかも。これがあったおかげで出来たことは沢山あるからね、これからも精々都合よく使わせてもらうよ。そんぐらいしたって罰は当たらないでしょ!」

 

その笑顔に勿論思う所はある、しかし今はそれを飲み込んだ。きっとこれは、今すぐになんとか出来ることではない。ゆっくりと、それでいてしっかりと寄り添っていくべきことだ。

 

これから長い年月を掛けても構わない。それこそ、ここにいる彼女達にはその心構えは出来ていた。

 

そんな時、あやかのスマホが鳴る。画面を見るとある人物からの連絡だった。

 

「誰から?」

 

「ザジさんからですわね」

 

「これまた意外な人物」

 

和美が言葉通り意外そうな顔をする。別に持っていてもおかしくはないが、彼女が通信機器を持っていた事も少し驚きだ。

 

「すみません、少し失礼しますわ」

 

部屋から出て廊下で通話を始めるあやか。ザジの名前を聞いて思い出したことがあったさよが祐の横に来る。

 

「今思い出したんですけど、ザジさんも祐さんの光のこと知ってましたよね?」

 

「ん?ああ、そうだね。初対面の時に言われたんだ、変わったものを持ってますねって」

 

「ええ…」

 

「ザジさんって何者なの…?」

 

「さぁ?本人に聞いたら教えてくれるかもね」

 

そんな事を話していると、あやかが何とも言えない顔で部屋に戻ってくる。それを見て、和美が代表して声を掛けた。

 

「何の電話だったか聞いてもいい?」

 

「ええ…寧ろ聞いて頂きたいですわ」

 

その言葉に全員が首を傾げる。あやかは自分でもよく理解できていないのか、整理しながら話し始めた。

 

「今受けた電話は、裕奈さんに関する事でした」

 

「裕奈に?」

 

「はい。正確には裕奈さんがザジさんに相談したことを、こちらに報告してくれたと言いますか…」

 

なにやら嫌な予感がしないでもないが、取り敢えず祐達は最後まで聞くことにした。

 

「それで、その内容なんですが…」

 

「うん」

 

「その、裕奈さんが夢の中で…花の魔術師を名乗る不審人物に出くわしたと…」

 

『……は?』

 

祐以外の全員の声が重なる。対して祐は苦笑いを浮かべていた。



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旧友からの言葉

目を開けると、そこは花が咲き誇る場所だった。色とりどりの花がどこか温かく、そして優しい風に吹かれて揺れている。

 

身体を起こした裕奈はここが何処なのか分からないまま、幻想的な空間を眺めていた。そうしていると後ろから声を掛けられる。

 

「やぁやぁお嬢さん、突然呼び出してしまってすまないね」

 

振り向くとそこには、この風景に負けずとも劣らない幻想的な雰囲気を醸し出している人物が立っていた。

 

薄い紫色の長髪に、印象的な服装。そして大きな杖を持ち、柔らかい笑みをこちらに向けている。

 

「あの、どちら様ですか…?」

 

裕奈が警戒心を抱くのも仕方のないことだろう。何せ一度裕奈は似たような雰囲気の相手に多大な迷惑をかけられたのだ。纏っている雰囲気は目の前の人物の方が柔らかいとはいえ、それだけで安心は出来なかった。

 

「そうだね、私は…花の魔術師さ!」

 

「は、花の魔術師…?」

 

そう名乗るのは美しい容姿の男性だ。自己紹介通り周りに咲く花も相まって、彼からは花を連想させられた。

 

「とは言ったものの、あんなことがあった後だ。君が私を警戒するのも無理はない」

 

「あんなことって…もしかして夢の中でのことを知ってるんですか?」

 

「勿論だとも、何せ私も夢に関しては深い繋がりがあるからね。実際あの場で君達の活躍を見学させてもらっていたよ。いやぁ、実に素晴らしかった!」

 

無邪気というか人が良さそうというか、柔らかい表情を浮かべる彼は悪人には見えない。しかしすぐに信用するわけにもいかないだろう。それを感じ取ってなのか、男は手を自分の胸に当てた。

 

「君に安心して私と話してもらう為にも改めて自己紹介をしよう。私は魔術師マーリン。魔術師さんでも、マーリンお兄さんでも好きに呼んでくれたまえ」

 

「はぁ…」

 

裕奈は目の前の相手である『マーリン』の掴みどころのない雰囲気に押されていた。僅かにだが警戒心が薄れた様子の裕奈にマーリンは満足げである。

 

「さぁ、お嬢さん。私が君の夢の中にお邪魔したのは他でもない、私の話を聞いてほしかったからだ」

 

そう言いながらその場に座り込むマーリン。裕奈もなんとなくそれに倣ってその場に座った。

 

「話って、私にですか?…ていうかまた夢の中なの⁉︎」

 

重要なことに気が付いた裕奈が前のめりになると、マーリンは笑う。

 

「いやぁ、申し訳ない。何せ私は現実世界でとなると、あまり自由に動けないんだ。君にとってはいい気分はしないだろうが、そこはどうか大目に見てほしい」

 

頭を下げるマーリンを見て色々と思うところはあるが、取り敢えず今は話を聞くしかないかと自分を納得させた。

 

「しかしだ、これから君に話すことはきっと君にも有益なことだと約束しよう」

 

「まぁ、分かりました…。どうぞ」

 

手で続きを促すと、マーリンは話し始める。

 

「話の内容は至って単純。例の虹の光を持つ人物のことさ」

 

その発言に裕奈は目を見開く。今裕奈が最も気になっていることと言っても過言ではない。

 

「知ってるんですか⁉︎あの人のこと⁉︎」

 

「よーく知っているとも。何せ私と彼は共に大仕事を成し遂げた仲だ、旧友というやつかな?」

 

「旧友…」

 

「まぁ、私が出会った時はあんなカラフルな光の色ではなかったけど…そこは置いておこう」

 

「あの、あの人のことを知ってるなら誰なのかっていうのは」

 

「そう!そこだよ明石裕奈ちゃん、そこが私の話したかったことさ」

 

勢いよく指をさされ、思わず驚いた表情を浮かべる裕奈。そしてその後マーリンに疑いの目を向けた。

 

「しれっと私の名前呼びませんでした?」

 

「君達のことは色々と見せてもらったからね、名前ぐらい知ってるさ。これでも私はそれなりに名のある魔術師なんだ」

 

誇らしげな顔をするマーリン。正直言って胡散臭いが、彼の態度を見ているとどうも毒気を抜かれる。

 

「話を戻そうか、私は彼のことを知っているし正体も知っている。ただ、どうやら今の彼は一応正体を隠して生きているようなんだ」

 

それはなんとなく予想はしていた。あの仮面、そしてよく認識できない声。どれを取っても自身の正体を明かさないようにしていると考えるのが自然だ。

 

「君が彼の正体を知って周りに言いふらすような子ではないとは思っているが、問題はそれだけではなくてね」

 

「なんですか、問題って?」

 

「何せ難しい問題だ。彼の正体を知る人物が多くなれば多くなるほど、彼は平和には生きられなくなる。何故そうなるのかの詳しい説明は訳あって省略させてもらうけど、これに関しては間違いない」

 

それを聞いて裕奈は表情を暗くする。

 

自分は彼にお礼を言いたい。そして知れるならその正体も知りたい。しかしそれが彼の生活を脅かすのなら、そんなことは望むところではない。

 

「あの人の正体が周りに知られると、あの人は…平和に暮らせなくなるんですか?」

 

「元も子もないことを言うと、正直時間の問題ではあるんだ」

 

「えっ?」

 

「君も知っているだろう?彼はあの夢の一件以外でも既に数多くの事件を対処している」

 

恐らくアウトレットの爆発、そして怪獣事件のことを言っているのだろう。どれも虹の光が関係していた。

 

「あの虹の光に目を付け始めた連中は、少しずつだがその的を絞ってきている。彼の情報に関しては嘗て私や私達の友人が色々と頑張ったんだが、限度ってものがある」

 

「何より問題は彼の性格だ。そうすれば奇跡的に手に入れられた平和な生活を手放すと分かっていながら、この世界で起きる問題に見て見ぬ振りが出来ない。それに正体を隠そうとはしているが、最優先の項目にはしていない。恐らくもう本人は諦めているんだろうね」

 

「自分が、平和に生きることを…ですか?」

 

「その通り」

 

裕奈はそこで悲しい顔をした。正体も知らなければ、顔すら分からない。まったく知らない人物でも、彼は自分達の恩人だ。そんな彼が厄介なものを背負っているのは、裕奈としても悲しいことだった。

 

「実際、彼がいないと如何ともし難い問題はこれからも山積みだろう。なんせこんな世界だからね」

 

「遅かれ早かれではあるけれど、出来ることならもう少しぐらい彼には思い思いに生活してほしいと私は思っているんだ。それぐらいやってもバチは当たらない」

 

「だから、彼にお礼を言うことに関しては私に任せてもらいたい。なに、決して悪いようにはしないさ」

 

裕奈は少し悩んだものの、直ぐにマーリンに顔を向けた。

 

「分かりました…お礼のこと、お願いします」

 

「任せてくれたまえ!話が早くて助かるよ!どうも私の周りには話を聞かない相手が多くてねぇ…君みたいな素直な子は久し振りだ」

 

その誰かを思い浮かべているのか、マーリンの表情には疲れが見える。飄飄としている様に見えるが、これでも意外と苦労人なのだろうかと裕奈は思った。

 

「というわけで私からは以上だ、付き合ってくれてありがとう明石裕奈ちゃん。また会う時を楽しみにしているよ!」

 

挨拶も早々に花弁が舞い、景色が薄れていく。

 

「えっ!いきなり終わり!?せめてもう少しくらい貴方のこと教えてくれても!」

 

「それはまたの機会にでも、それでは良い目覚めを~」

 

「ちょっと~!」

 

 

 

 

 

 

「てなことがありまして…」

 

『……』

 

現在ザジからの連絡を受けたあやか達は、裕奈とアキラの部屋で裕奈本人から話を聞いていた。流石に祐も一緒に聞くわけにもいかないので、祐は明日菜達の部屋で待機している。

 

「え~っと…もしかして信じられない感じ?」

 

「いえ…そういう訳ではないのですが…」

 

「その話に関しては信じてるわ。ただ…ねぇ?」

 

明日菜はそう言いながら周りに視線を向けると、全員が同じ表情をしていた。

 

「取り合えず要約すると、その魔術師…マーリンさんだっけ?その人はあの虹の人と知り合いで、お礼とかその他もろもろは任せてくれていいよ。ってことよね?」

 

「そういうことだと思う。たぶん…」

 

和美が話をまとめると裕奈は自信無さげではあるが頷く。

 

「そもそもその人って本当に友達なのかね?」

 

「でもそんな嘘つく必要ある?裕奈はそれ以外特になんも言われてないんでしょ?」

 

「うん。もっといろいろ聞きたかったけど、その話が終わったらいきなりさよならって感じだったし」

 

「う~ん…」

 

全員が頭を捻る。明日菜達からしてもその人物が何者なのかの判断は付かない。一旦持ち帰って祐に確認する必要があるだろう。ただ花の魔術師と聞いた瞬間の祐の反応を見れば、少なくとも知り合いなのは間違いないだろう。

 

「とにかく、話してくれてありがとうね。また何かあったら私達にも教えて」

 

「そうする。こっちこそありがとうね、みんな」

 

答えは出ないが、今はそれも仕方ない。それぞれ挨拶を交わすと、明日菜達は部屋から退出した。それを見送った裕奈とアキラはどちらともなく顔を見合わせる。

 

「裕奈、大丈夫?」

 

「私は大丈夫だよ。少なくとも話してた時はマーリンさんに嫌な感じはしなかったし」

 

「でも、何か引っかかってるでしょ?」

 

「まぁね…」

 

「あの人って、私が想像してた以上に大変なんだなって思ってさ」

 

そう呟いた裕奈に対して、アキラは掛ける言葉が見つからなかった。

 

 

 

 

 

 

「やっぱりマーリンさんだったか…確かに知り合いだよ、少し前にお世話になった」

 

その後明日菜達は帰って来たネギと談笑していた祐に先ほどの話をしてみると、大方予想通りの回答が返ってきた。

 

「やっぱりって、予想はしてたん?」

 

「花の魔術師なんて名乗る人は限られるし、何より夢の世界でマーリンさんの花を見たからね。こんな形で接触してくるとは思ってなかったけど」

 

「マーリンさんの花とは?」

 

「なんでかは知らないけど、あの人の周りって花が咲くんだよ。その花と同じのが夢の世界の女子寮の屋根に咲いてたから、見られてんなぁと」

 

祐からマーリンの話を聞いている最中、ネギはずっと考え込んでいるようだった。

 

「ネギ先生?どうかしたんですか?」

 

「その、気になったんですけど…祐さんの言うマーリンさんって、あのマーリンさんなんですか?」

 

「え、なに?ネギ君も知ってんの?」

 

意外そうな和美の質問にネギは答える。

 

「だってマーリンと言えばブリタニア列王史に登場する伝説の魔術師ですよ?有名どころの話じゃありませんよ」

 

「ブリタニア列王史?」

 

「なにそれ?」

 

「ちょっとわからないですね…」

 

明日菜達の反応にネギはショックを受けたような顔をする。

 

「ええ!皆さん知らないんですか!?日本だとそんなに有名じゃないのかなぁ…」

 

「今思い出したけどマーリンてあれじゃなかったっけ?アーサー王伝説に出てくる人」

 

「あ~、そうやった。なんか聞いたことあるな~思っとったけどそれやわ」

 

ハルナと木乃香がそう言うと、ネギは一瞬で目を輝かせた。知っている人が見つかって嬉しかったのだろう。

 

「そうです!マーリンはかのアーサー王を導いたと言われる凄い魔術師なんです!」

 

「アーサー王ってのは何となく聞いた事あるような…」

 

アーサー王という名前が出てきても、明日菜達の反応は著しくなかった。如何せん彼女達はそちらに関しての興味を持ってこなかったので致し方ない。

 

「俺もその話には詳しくないから下手なこと言えないけど、たぶんそのマーリンさんでいいと思う。これでも結構長生きしてるって言ってた気がするし、何より強かったよ」

 

「す、凄い!そもそも実在してたんですね!ということはアーサー王も!?」

 

「いたんじゃね?知らんけど」

 

「だとするとエクスカリバーも!?」

 

「あったんじゃね?知らんけど」

 

「投げやりすぎるでしょ」

 

普段はしっかり者のネギも、衝撃の事実に年相応の顔を見せる。その顔を見て恍惚の表情を浮かべるあやかを、明日菜は冷ややかな目で見ていた。

 

「そんな人に世話になったとか友達とか、あんたいったい何したのよ?」

 

それを聞かれた祐は困った顔をして頭を掻く。

 

「いや~、そのことなんだけど…簡単には話せない、すまん」

 

「いやいや、ここまで来てそれは無いでしょ!」

 

メモを取る気が満々だった和美が祐に詰め寄る。詰め寄ってこそいないが、その気持ちは周りも同じだった。

 

「悪いとは思うんだけど、何せこれは俺個人の話じゃなくなってくるんだ。いろんな人が関係してる話だから…どうか勘弁してくれ」

 

申し訳なさそうな表情で頭を下げる祐。真剣にそう言われてしまうと、周りも何とも言えなかった。

 

「まだ全部を話してくれる訳じゃないってことね」

 

「ほんとごめん。あっ、この話は師匠に聞いみてください。師匠が話すんなら俺も話すわ」

 

「丸投げしたわよこいつ」

 

「師匠って誰?」

 

「エヴァンジェリンさんのことだと思います。逢襍佗さんのお師匠さんなんだとか」

 

「はい新事実」

 

メモを取る和美。今日は何とも手が忙しい。

 

「てかエヴァちんは知ってるんだ」

 

「師匠も関係者だからね。…ああ!もう駄目だ!このままだとズルズルいきそう!勘弁してください!代わりに身体で払いますから!」

 

「いらんわ!」

 

「あと脱ごうとしないでください!」

 

再び明日菜とあやかの攻撃を受けて祐は沈んだ。苦笑いを浮かべつつ、木乃香はふと思いつく。

 

「今日裕奈にそう言ったんなら、今夜祐君の夢にマーリンさんが来るかもしれんね」

 

「…かもね、準備だけはしておくよ」

 

 

 

 

 

 

「あ、祐君」

 

その後一旦解散となった祐達。それぞれが自分の部屋に戻り、祐は見つからないよう女子寮から抜け出そうとしていると、後ろにいたハルナが遠慮気味に話し掛けてきた。

 

「どったの?」

 

「その、今日はごめん…実は私が祐君とエヴァちんの仲がいいって口滑らせちゃったから、朝倉に正体がバレちゃって…」

 

頭を下げるハルナに祐は微笑んだ後、肩を優しく叩く。

 

「気にしないでよ、俺は気にしてないから。それに、朝倉さんだったら多分遅かれ早かれ気づいてたと思う」

 

「何より、俺これでも結構A組の人達のこと信用してるんだ。俺の正体が知られて、その結果どうなっても、俺はそれがみんなの決めた事なら受け入れられる自信があるよ」

 

まっすぐ目を見てそう話す祐に、ハルナは浮かんだ疑問を思わず聞いた。

 

「何でそこまで信用してくれるの?私達のこと」

 

「なんでだろうね」

 

「そこ重要なとこでしょ…」

 

呆れた顔になるハルナに祐は笑う。正直自分でも上手く言葉にできる自信がない。何せ理屈ではないのだから。だからこそ、感じたままのことを伝えるしかない。

 

「確かなのは、俺がハルナさん達を信じたいって思ったってこと。答えになってないかもしれないけど、俺の心は確かにそう言ってるんだ、ハルナさん達を信じるって」

 

ハルナは祐から視線を逸らせて頭を掻く。確かに質問の答えとしては余りにも頼りなく、根拠の欠片もないと言っていい。それでも、その答えを聞いて一番強く感じたのは嬉しさだった。ちょろいなぁと自分のことながら思ってしまう。しかしそう感じてしまったのだから仕方がない。他ならぬ、ハルナの心でそう感じてしまったのだから。

 

「そんな答えでも納得しちゃいそう。我ながら能天気ね」

 

「いやいや、ハルナさんは自分を信じていいと思うよ。心がそう言ってるなら、心のままに信じてみて」

 

そう言われ、ハルナの顔は次第に笑みを浮かべる。

 

「意外とロマンチスト?次の作品に使わせてもらおうかな」

 

「クッソ恥ずかしいねそれ、使っても俺にはそのこと言わないでね」

 

「考えとく」

 

笑うハルナに祐も笑顔で返し、寮の塀から身を乗り出す。

 

「それじゃ行くね、おやすみなさいハルナさん」

 

「うん、おやすみ祐君」

 

手を軽く上げた後、その場から跳躍して祐は遠くへと消えていった。その姿を暫く見つめる。

 

「やられたわ…なかなか効いたぞ、この色男」

 

 

 

 

 

 

エヴァがその瞼を開けると、視界に入ってきたのは花が咲き誇る美しい光景だった。しかしそれに反して、エヴァは不機嫌そうな顔である。

 

「おのれ…忌々しい」

 

「開口一番に言うじゃないかエヴァンジェリン。久し振りの友人との再会だっていうのに」

 

後ろから声が掛かる。エヴァからすれば振り向かなくとも誰かは分かった。

 

「誰が友人だ誰が。勝手に友人認定するな」

 

面倒くさそうに後ろを振り向く。そこには想像通りの笑顔を見せるマーリンの姿があった。

 

「寂しいねぇ、あれだけ一緒に頑張ったことは忘れてしまったのかい?」

 

「お前も私もお互い自分の目的の為に動いていただけだろうが」

 

「確かに私達の関係は利害の一致から始まったけど、それは今でも継続中なんじゃないかな」

 

マーリンの言葉にエヴァは眉を顰める。

 

「どういうことだ」

 

「そのままの意味さ。君も私も、お互いの目的は同じ」

 

「いつお前の目的が祐になった」

 

「知らなかったのかい?私はとっくに彼のファンだよ」

 

暫くマーリンを見つめた後、エヴァは鼻を鳴らして横を向いた。

 

「ふん、それで?何の用だ」

 

「久し振りに挨拶に来た。という冗談はさて置いて、祐君を呼んでくれないかい?面倒なら今は伝言だけでもいい」

 

「呼ぶだと?」

 

「彼の夢に入ることは出来ないけど、彼は夢の世界でも座標さえあれば来れるだろう?君が呼べば直ぐにでも来てくれるんじゃないかと思うんだ」

 

「貴様見ていたのか」

 

「当然じゃないか、何せ夢の中での出来事だ。夢は私の専売特許だよ」

 

相変わらず食えない相手だ。それに常時笑みを絶やさないところも変わっていない。胡散臭さが服を着て歩いているとはエヴァのマーリンへの印象だ。

 

「お前の言うことを聞くのは癪だが、仕方ない。しょうもない事ならただでは置かんからな」

 

「そう怒らないでくれたまえ。大丈夫、彼の為を思ってのことだよ」

 

横目でマーリンを見た後、エヴァは目を閉じる。

 

「お前と話しているとあの古本を思い出す…」

 

「古本…ああ!アルビレオのことか!どうだい彼は、元気にしているかな?」

 

「どうせ元気だろう、殺したって死ななそうな奴だ」

 

「相変わらず辛辣だねぇ」

 

そんな話をしていると、エヴァの横に光の柱(ビフレスト)が現れる。

 

「流石だエヴァンジェリン。想いの強さというやつかな?」

 

「黙ってろ」

 

ビフレストが晴れるとその場に立っていたのは勿論祐だった。エヴァを見た後、マーリンに視線を向ける。

 

「お久し振りですねマーリンさん。大体二年ぶりぐらいでしたっけ?」

 

「そんなところかな。また会えてうれしいよ祐君。随分と明るくなったね、私としても喜ばしいことだ」

 

「皆さんのおかげです。というかこっちが素なんですけどね。あの頃は…ほら、尖ってましたから」

 

苦笑いを浮かべる祐。その姿を見て改めて思う、よくぞここまで回復したものだと。

 

「私としては君達ともっと色々と語り合いたいところなんだけど、生憎あまり時間がなくてね。早速用件を伝えさせてもらうよ」

 

「塔の上で寝ているだけだろうが」

 

「最近は忙しいの!私は穀潰しじゃないんだぞ」

 

「それは知らなかったな」

 

「まぁまぁ師匠」

 

祐がエヴァを宥めると渋々大人しくなる。エヴァの扱いを心得ているなと思いつつ、マーリンは続きを話す。

 

「要件は二つ。まずは明石裕奈ちゃんのことだけど、これは改めて私から言わなくても大丈夫かな?」

 

「はい。直接じゃなくても、感謝の気持ちはしっかり頂きました」

 

「それは結構」

 

満足げに頷くマーリン。そしてこれから話すことが本題と言っていい。

 

「では二つ目。そう遠くない未来で、私の教え子が君達と出逢う事になるだろう。先んじて出来ればその子と仲良くしてほしいと言いたくてね」

 

「教え子…ですか?」

 

「そうとも、何せ君が本格的に関わるとその現状は見渡せなくなる。まだ微かに見える今の内に伝えておきたかったのさ」

 

祐は腕を組んで考え始める。エヴァは一応話は聞いているが、余り興味はなさそうだった。

 

「その教え子っていうのは…」

 

「そこは楽しみにとっておこうか。なに、きっと直ぐに分かるよ」

 

「あ、そうですか…」

 

「またいつものやつか…」

 

祐とエヴァは同じような表情になる。マーリンが核心をぼかして話すのは今に始まったことでもない。

 

「すこ~し頭が固くて気難しい所もあるけど、とてもいい子だ。まぁ、エヴァンジェリンと仲良くなれる君なら心配はいらないだろうけどね」

 

「いちいち癇に障る奴だな貴様!」

 

「ステイステイ!いい子だから!後でビーフジャーキーあげるから!」

 

「犬扱いするな!」

 

マーリンに向かって走り出そうとしたエヴァを祐が後ろから抱きしめて止める。普段はエヴァが祐のストッパー役だが、時偶それは入れ替わったりもする。今は一言余計ではあったが。

 

「はっはっは!いや良い、実に良いよ祐君!出会った時の君も好きだけど、今の君の方が私は好きだな」

 

「告白されてしまった…」

 

「ツッコまんぞ」

 

二人の会話に再び笑った後、マーリンの周りに花弁が舞い始めた。

 

「名残惜しいけど、そろそろ行かなくては」

 

マーリンはそこで祐を見る。

 

「祐君。君の生き方は難儀なものだとは思うけど、僕はその生き方を止めはしないよ。そこに関しては君や他の人達に任せる。僕の役目は君の行く末を見守ることだからね」

 

「精々飽きられないように、これからも全力で生きていきますんで」

 

「楽しみにさせてもらうよ」

 

花弁が吹き荒れ、マーリンの姿が薄れていく。

 

「それではまた会おう。その時までどうか健やかに、友よ」

 

その言葉を最後に姿を消すマーリン。祐は彼に向けて笑顔で手を振った。

 

「厄介な奴に目を付けられたものだ」

 

「そんなことないですよ。あの人も、俺の大事な恩人です」

 

エヴァは祐を見ると、祐もこちらを見ていた。暫く二人は見つめ合う。

 

「…なんだ?」

 

「いえ、ただちょっと…嬉しくなっちゃって」

 

笑顔を見せる祐を不思議そうに見たエヴァ。すると祐が何かを思い出した。

 

「そうだ、あの特別な呼び方って話ですけどね?エヴィ姉さんなんてどうでしょう。調べたらそう呼んでもおかしくないみたいだし、それにこの呼び方は誰もしてませんからね」

 

エヴァは少し驚いた表情を浮かべた後、次第にその表情を笑顔に変えた。

 

「取り敢えずは及第点だな」

 

「え~厳しい。これでもちゃんと調べたんですよ?」

 

「どう調べたんだ?」

 

「ネットで『エヴァンジェリン・愛称』で調べました」

 

「片手間で出来るではないか!」

 

「調べたことには変わりないでしょうが!」

 

「だとしても少しは取り繕わんか!」

 

「嘘はよくないっすよ!」

 

「抜かせ!」

 

二人の言い合いは、エヴァが夢から覚めるまで続いた。



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夏の終わり

時刻は朝の10時を回り、外からも生活の音が聞こえてくる。明日菜は水を飲みながら、今ではすっかりネギの居住スペースとなっているロフトに目を向けた。

 

そこにはカモを肩に乗せ、机に向かっているネギがいる。その後ろ姿から察するに、何かを見ているようだ。

 

「ネギ、何か見てるの?」

 

「はい、ネカネお姉ちゃんからの手紙を」

 

振り向いたネギは手に持っていた手紙を見せる。そこには文章の上に立体映像が浮かび上がっていた。

 

「手紙ねぇ…てか映像も出るんだ。これも魔法?」

 

「そうですね。今では科学でも同じことは出来るみたいですけど」

 

明日菜は相槌を打ちながらリビングに目を向ける。現在木乃香は学園長に呼ばれ、この場に居ない。話の内容は木乃香も知らないそうだが、今回はお見合いの話ではないらしい。そのことから明日菜は先日ネギも同様に学園長に呼び出されていたことを思い出した。

 

「そういえばこの間あんたも学園長に呼ばれてたわよね?何話してたの?」

 

「あっ、そういえば伝えてませんでしたね。明日菜さん、実は木乃香さんに関することなんですが」

 

ネギが話している途中でドアが開く。二人が目を向けると、そこに立っていたのは木乃香と刹那だった。

 

「あれ木乃香、もう終わったの?それに刹那さんまで」

 

すると木乃香は無言で明日菜達に近づく。それを不思議に思いながら見ていると、木乃香は目の前で立ち止まった。

 

「木乃香?」

 

「明日菜、ネギ君」

 

俯いていた木乃香は勢いよく顔を上げる。その顔は満面の笑みだった。

 

「ウチ、実は魔法少女だったらしいわ!」

 

「「……え?」」

 

 

 

 

 

 

「えっと…つまり何?木乃香の実家は魔法使いの中でも有名なところで、木乃香にはとんでもない才能がある。ってことでいいのよね?」

 

「大方それで間違いはないかと…」

 

突然何を言い出したかと色んな意味で心配したが、要約すると話はこうだ。

 

木乃香の実家は日本きっての魔法協会の一つ、京都にその門を構える関西呪術協会の総本山であり、彼の父である近衛詠春(えいしゅん)はその長であった。

 

それに何より木乃香本人は常人ならざる魔力量をその身に宿しており、その量はネギはおろかその父である英雄『サウザンドマスター』と名高いナギをも超える代物だった。

 

しかし木乃香には平和な生活を送ってほしいと願う詠春の考えにより、本人には家のことも含めてそのことは隠されていた。

 

だが近頃の度重なる超常現象、怪事件を鑑みて詠春と祖父である近右衛門は幾度の話し合いの末、一つの決断をした。

 

それこそが木乃香に自身の秘密、そして実家の真の姿を明かすことだった。

 

「もう、お父様もじいちゃんもほんまにいけずやわ。こないなことウチにずっと秘密にしとったなんて」

 

頬を膨らませて拗ねているのを隠そうともしない木乃香に明日菜達は苦笑いだ。

 

「そう仰らないでくださいお嬢様、長としてもお嬢様の為を思ってのことなので」

 

「む~、それはそうやけど…」

 

「じゃあさっきネギが言おうとしたことって」

 

「はい、副担任として先に伝えられたんです」

 

そこで明日菜がネギに耳打ちをする。

 

「じゃあ、あんたの正体は?」

 

「伝えることになりました。その方が色々と都合がいいだろうと学園長も仰っていたので」

 

「なるほどね」

 

「二人とも~、内緒話しとるん?」

 

二人に声を掛ける木乃香。二人は再び苦笑いを浮かべつつ、ネギが魔法使いであることを木乃香に話し始める。

 

それは同時に、木乃香が更に頬を膨らませてしまうことも意味していた。

 

 

 

 

 

 

夏休みも残すところあと二日、それを憂いている者・終わらぬ宿題に焦りを見せる者・全てを受け入れ賢者的思考に達してしまった者など様々だ。

 

そんな学生達で溢れる麻帆良の街。現在祐は終わりの気配を見せる夏を感じながら、自宅で何をするでもなく黄昏ていた。

 

そんな時スマホが着信を知らせる。画面を確認すると、相手は木乃香だった。

 

「あい、もしもし」

 

『祐君!みんな酷いと思わん!?』

 

「うん、思うよ。因みに何が?」

 

木乃香には特にイエスマンになる祐は、取り合えず同意してから詳細を聞いた。拗ねている訳は木乃香自身のことを秘密にされていた件、そしてここにきてネギが実は魔法使いで更に明日菜はそのことを知っていて、更に更に仮契約なるものまでしているというものだった。

 

「…それは酷いな!」

 

『せやろ!』

 

一応言っておくと祐もそれを全て知っているし、木乃香に話していなかった者の一人である。しかし今それを言ってしまうと更に木乃香を不機嫌にさせてしまうので、少なくとも電話越して話すのは憚れた。

 

(これは伝家の宝刀、直接会って誠心誠意の土下座しかないな。今直ぐ会おう、そうしよう)

 

一瞬で決断した祐の行動は早かった。

 

「木乃香!この後予定とかあるか!」

 

『へ?何もあらへんけど』

 

「今から会いに行くから!いま、会いにゆきます!」

 

『何で二回言うたん…?』

 

「ぶっ飛ばしていくんで!よろしく!」

 

『う、うん』

 

通話を終えると、碌に支度もせずに祐は家を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

「通話切れてもうた…」

 

「何してんのよ…」

 

実のところ、木乃香はそれほど拗ねていない。まったく何も思わなかったと言えば嘘になるが、それでも全員が自分の為を思って黙っていたのだと分かっている。

 

今の通話は祐もネギ達の秘密を知っていたと聞いた木乃香が、どんな反応をするのかと悪戯で知らないふりをして電話を掛けたのだ。しかし祐には思った以上に効果があったようで、慌てた様子で通話を切られてしまった。

 

先程の言葉通りなら祐はこちらに向かってきているのだろう。それなら時間的にも昼食を一緒に取ろうかと考えていると、横の刹那が何かを察知した。

 

「せっちゃん?」

 

「何やら騒がしい音が聞こえた気がしたのですが…」

 

「まさかあいつがもう来たとかじゃないわよね?」

 

「可能性はあるぜ?なんせダンナのことだからな」

 

「せやねぇ。…今喋ったん誰?」

 

木乃香が周りを見回すと、明日菜達の視線はネギの肩にいるカモに注がれていた。それに倣って木乃香もカモを見る。

 

「どうも木乃香の姉さん、ようやく話せて嬉しいぜ」

 

「カモ君が喋った〜!」

 

「なんかこの反応久し振り」

 

「ですね…」

 

 

 

 

 

 

一方その頃女子寮のロビー。ポストからチラシなどを取り出していたあやかは、同じくポストを開けにきた真名に挨拶をした。

 

「あら龍宮さん、おはようございます」

 

「ああ雪広、おはよう」

 

真名もチラシを取り出していると、あやかからの視線を感じる。

 

「なんだ?私に何か聞きたいことでもあるのか?」

 

ビクッと肩が跳ね上がった後、周りに視線を向けて近くに人がいないのを確認すると、あやかは真名の耳元に口を寄せて小声で話し始めた。

 

「その…龍宮さんも、祐さんのことはご存知なのですよね?」

 

「逢襍佗のこと?ああ、虹の光の…」

 

「ええ、その通りです」

 

「私は学園の警備も担当している。その関係で学園長から話を聞いた」

 

「だから知ってはいるが、詳しくはない。直接見たのも夢の世界が初めてだ。刹那もそんなところだろう」

 

「なるほど、そうでしたか。そもそも学園長もご存じで…」

 

「逢襍佗は随分と学園長に世話になっているそうだ。私が話を聞いたのも逢襍佗と話し合って決めたことらしい。ところで、それを聞いてくるとなると何かあったようだな」

 

真名からの質問に、あやかは困った顔をした。

 

「ここのところ、祐さんの秘密を知っている方が少し増えたので…」

 

「そのようだな。相坂と早乙女以外にも?」

 

「ええ。もう一人、朝倉さんです」

 

「なに?それで問題はなかったのか」

 

「私も心配だったのですが、朝倉さんはこのことを公表するつもりはないそうです。寧ろ協力すると」

 

そこで真名は顎に手を当てた。

 

「ふむ…確かに朝倉は記者としてはかなり良心的な奴ではある。驚きはしたが、まぁ納得はできるな」

 

「ええ、暴走気味になることは多々ありますが…本人の話を聞くにそのようですわね」

 

話の通り和美はスクープを求めてはいるが、それを手に入れた後の行動は慎重だ。何が何でも世に明かしてやろうという心持ちではない。

 

話の途中何かを感じた真名がふと外を見ると、少し驚いた表情で二度見をする。釣られてあやかもそちらを見ると同様に二度見をした。祐が必死の形相で女子寮に向けて全力疾走していたのだ。

 

「何か来たぞ…」

 

「何をしているですかあの人は…」

 

二人がその姿を眺めていると、祐は当然のように鍵がかかっているはずの女子寮の扉を開けてロビーに入ってきた。すかさず二人は祐を止めにかかる。

 

「祐さん!何をしれっと入ってきているのですか⁉︎」

 

「流石に見過ごせんぞ逢襍佗」

 

「あ、どうも。失礼しますね」

 

目の前に現れた二人を見て、軽く会釈をするとスッとその場を離れようとする。当然見逃されるはずもなく肩を掴まれた。

 

「ちょっと!何なんですか⁉︎」

 

「こちらの台詞ですわ!」

 

「あっ、言ってなかったか。これから木乃香に会いに行くんすよ、それでは」

 

「いや、分かりましたとはなりませんわよ」

 

「何故それで通れると思ったんだ…」

 

普段は周りにバレないように人知れず部屋に向かう祐だが、何故か今日に限っては正面から突破を試みていた。理由は不明である。

 

「会いに来ただけですよ⁉︎それも駄目なんですか!」

 

「あの、祐さん…ここは女子寮なので基本的に男性は出入り禁止です」

 

「……嘘だろ…?」

 

「初めて知ったみたいな反応をするな」

 

先程の態度とは打って変わって、祐は急に腰が低くなる。

 

「あ〜、それじゃいけませんね。すみません失礼しました」

 

そう言って二人に背を向けると、瞬時に切り返しを行い二人の間を走り抜けた。

 

「あっ!こら!お待ちなさい!」

 

「何をムキになっているんだあいつは…」

 

急いで追いかけるあやか。祐ならばバレずに入る方法など幾らでもあるだろうにと真名はその背中を見送った。

 

 

 

 

 

 

「待ってろ木乃香!今行くぞ!」

 

「会うのは構いませんが白昼堂々と女子寮に侵入するんじゃありません!」

 

一直線に木乃香達の部屋へ向かう祐とそれを追うあやか。あやかは勉学だけでなく運動能力も非常に高いのだが、それでも祐に近づくことができない。

 

「何という速さ…!身体能力だけは一人前なんですから!」

 

「これが、想いの力だ」

 

「片腹痛いですわ!」

 

あっという間に目的地に辿り着いた祐は、嫌がらせかと思うほどチャイムを高速で連打する。追いついたあやかが祐の腕を掴んだと同時にドアが勢いよく開かれた。

 

「うっさいわね!誰よ!」

 

「俺だ」

 

「普通に玄関からきた⁉︎」

 

それが本来当然ではあるのだが、祐に関しては初めてのことだったので明日菜は驚く。

 

「おじゃましマンボウ」

 

「しょうもなっ⁉︎」

 

「くっ!まったくびくともしません!」

 

腕を掴んでいたあやかをそのまま引きずって、説明もせず中へと入っていく。リビングに着くとこちらを驚いた表情で見ている木乃香達が目に留まった。

 

「木乃香、どうもすみませんでした」

 

「きゅ、急やね…」

 

「逢襍佗さん、取り敢えず色々と説明してください…」

 

刹那の言ったことは尤もであった。

 

 

 

 

 

 

「悪戯だったのか⁉︎許せねぇな…」

 

「ごめんて祐君、このとおり」

 

「…しょうがねぇ」

 

「ちょろっ」

 

「聞こえてるぞ明日菜」

 

手を合わせ、ウィンクをしながら舌を出す木乃香。それを見て一瞬で許す祐を見て明日菜が呆れながら言った。

 

何の話をしているのか分かっていなかったあやかにも、木乃香から自身の秘密を語られた。あやかは少し驚くが、その程度で済んだのは色々と感覚が麻痺している気もする。

 

「それにしても木乃香さんも特殊なものをお持ちだったのですね」

 

「まぁ、ウチの場合は祐君と違って何かは分かっとるけどね」

 

そこであやかは明日菜を見ると、それを感じて明日菜も視線を向けた。

 

「なによ?」

 

「貴女も何か特殊なものを持っていたりしませんか?」

 

「少なくとも身に覚えはないわ…」

 

言葉通りまったく身に覚えはないが、それでもこうも周りに特殊な力を持った人物達がいると自信を持って発言することは出来なかった。

 

「明日菜オッドアイやから、目になんか力あったりしてな」

 

「ただ色が違うってだけよ、たぶん…」

 

「魔眼ってやつか、明日菜がパッパラパーなのはそれが原因だったのか…」

 

「ふんっ!」

 

「オウッ⁉︎」

 

腹部に拳を叩き込まれ、祐が膝から崩れ落ちる。なかなか筋の良い一撃だったが、祐なら大丈夫だろうと周りは思った。

 

 

 

 

 

 

その後ちゃっかり木乃香の作った昼食を頂いた祐は、長居するのも悪いと思ったので帰宅することにした。正直今更過ぎる話である。

 

「そんじゃ俺はこれで。木乃香、ご馳走様でした」

 

「はいな、また来てな〜」

 

「勿論さ!」

 

「もうすっかり当たり前になってるわね、こいつが来るの」

 

「そうですね、お馴染みの光景って感じです」

 

「皆さん忘れているかも知れませんが、男性は基本出入り禁止ですからね?ネギ先生は例外ですが」

 

「あやかも木乃香の飯食ったんだから、少なくとも後一回は見逃せ」

 

「そこは結びつかないのでは…?」

 

「心配しないでよ桜咲さん。俺は木乃香と桜咲さんの間には入らないようにするからさ」

 

「な、何の話をしているんですか!」

 

投げれば必ず返ってくる刹那は、祐にとって会話をしていて楽しい相手である。刹那からすれば気苦労が増えただろう。

 

「ではお邪魔しました〜」

 

「だから何で今日は玄関からなのよ⁉︎」

 

祐がドアを開けると、たまたま前を通りかかっていたまき絵と目が合う。まき絵は祐の姿を見て固まった。

 

「あ、どうも佐々木さん。お元気ですか?」

 

「えっ?あ、うん」

 

「そりゃ良かった。それではこれで」

 

なんてこともなさそうに歩き出した祐。暫く黙ってそれを見ていたが、我に帰ると急いでその手を掴んだ。

 

「待って待って!何で逢襍佗君がいるの⁉︎」

 

「いては、いけないのかい?」

 

「……いけないよ!ここ女子寮だよ⁉︎」

 

「男女の壁とかくだらないと思わない?僕と佐々木さんでそんな壁取っ払って、新たなエデンを作ろうよ」

 

「ごめん、何言ってるか全然わかんない…」

 

「今は分からなくても大丈夫。これから一緒に理解していこう」

 

「あ、逢襍佗君…?ちょっと近いかなぁって」

 

祐はまき絵の両手を握って目を合わせる。まき絵は戸惑ってはいるが、その手を振り解く気配はない。恥ずかしそうに祐に視線を向けては逸らしてを繰り返している。

 

「エデンを作る為には、まず僕達がアダムとイヴになって」

 

「何やってんのよこの変態!」

 

「ウッス!」

 

何やら怪しいことを口走ろうとしたところで明日菜の張り手が飛んできた。祐はゴムボールのように吹っ飛ぶ。

 

「まきちゃん!大丈夫⁉︎」

 

「明日菜…う、うん。大丈夫」

 

明日菜が顔を覗くとまき絵は僅かに頬を赤く染めている。それを見て明日菜は少し白い目を向けた。

 

「まきちゃん今絶対祐君に見惚れてたやろ〜」

 

ドアから少し顔を出していた木乃香が揶揄うように笑っている。刹那も若干顔を赤くし、あやかは教育に悪いものを見せない為、ネギの目を自分の手で覆っていた。

 

「ち、違うよ!何言ってるか分からなかっただけだもん!」

 

そこで祐の方を見ると、既に何事もなかったかのように立ち上がっていた。相変わらずの鬼耐久である。すると今度は別の部屋のドアから桜子が顔を出す。

 

「何の音〜?あれ、逢襍佗君だ」

 

「おお、椎名さん久し振り。宿題終わった?」

 

「久し振り〜!それがまだなんだよねぇ、円は答え見せてくれないし」

 

「あれま、そりゃ大変だ」

 

普通に世間話をしていると部屋の中から円がやってくる。

 

「桜子?あんた誰と話して… 逢襍佗君⁉︎」

 

「釘宮さん、椎名さんに宿題の答えを見せてあげることは出来ませんかね?」

 

「ダメダメ、この子すぐに答え見せてもらおうとするんだから…じゃなくて!何でいるの⁉︎」

 

「いたら、いけないのかい?」

 

「さっき見たわ!」

 

少し離れたところから明日菜のツッコミが飛んでくる。そうしている内に次は美砂が出てきた。

 

「あら、本当に逢襍佗君じゃん。なに〜?忍び込んできちゃったの?」

 

「そうです、柿崎さんに会いたくて」

 

「あちゃ〜、逢襍佗君には私の色気が毒になっちゃったか〜」

 

またおかしな方向に話が進んでいくと、次から次へとA組のクラスメイトがその場に顔を出す。

 

「あ!祐だ!不法侵入か⁉︎」

 

「違うぞ風香ちゃん。俺はちゃんとロビーから入ったよ」

 

「あ、そうなんだ」

 

「納得しちゃ駄目でしょ!」

 

「不純異性交遊の気配!」

 

「いや、これはラブ臭よ!」

 

和美が興奮気味にカメラを持ってやってくれば、ハルナはノートとペンを持ってやってくる。その後ろにはのどかと夕映もいた。

 

「ってなんだ、逢襍佗君か」

 

「お〜、いらっしゃい祐君」

 

「どうもお二人さん、宮崎さんと綾瀬さんは久し振りだね。髪切った?」

 

「タ○さんですか貴方は」

 

「お、お久し振りです」

 

「あれ、宮崎さんなんかぎこちなくない?」

 

「きっとのどかは逢襍佗さんと、というより久々に男性に会うので緊張してるです」

 

確かにのどかはどこか緊張気味である。その姿に祐は暫く会わないと顔を忘れて誰だお前はと言わんばかりの猫を幻視した。

 

「そりゃいかんね…朝倉さん、ちょうどいいから写真撮って。俺が人畜無害ってことを思い出してもらおう」

 

「どう繋がるのかさっぱりだけど、取り敢えず撮ればいいのね?」

 

「お願いします。さぁ、宮崎さんは此方にどうぞ」

 

手で促されて、のどかはおっかなびっくりその場に歩いてくる。

 

「まだぎこちないな、ハルナさんと綾瀬さんも此方にお願いします。ネギも!こっち来てくれ!お前がいた方が写真に嫌らしさが無くなる」

 

「はいは〜い」

 

「私もなぜ写真を撮るのかよく分からないのですが…」

 

「写真に嫌らしさって何ですか…?」

 

ハルナ以外は困惑しているが、五人は横並びになってカメラに視線を向ける。

 

「ほらほら、もうちょっと近寄って。端っこ見切れてるわよ」

 

「近寄ってしまっていいんですか⁉︎」

 

「逢襍佗さん、やり辛いです」

 

「さーせん」

 

「んじゃくっついちゃお」

 

「わっ!ハルナ、大胆…」

 

ハルナが押すように祐と腕を組んだのを見てのどかが少し赤くなる。しかしそれをきっかけに、五人はその距離を縮めた。

 

「んじゃ俺はネギとくっつくか」

 

「ゆ、祐さん!流石に近過ぎません⁉︎」

 

祐は屈んでネギの頬に自分の頬を当てる程近寄る。まさにその距離はゼロだった。和美が合図を出すと、まだ少し硬いがのどかも笑顔を浮かべる。

 

「なんかいいな〜。ねぇ、私達も撮ろ?」

 

「言うと思った…」

 

「いいわね、夏休み最後の思い出ってことで」

 

見ていた桜子達も写真を撮る為にその場へ向かう。気が付けば来ていたクラスメイト全員が列を作っていた。それを見て明日菜とあやかは呆れ顔である。

 

「祐がいるの普通に受け入れてるし…」

 

「皆さん危機感が足りませんわ…」

 

「ええやん、みんな安心してるんは祐君やからやって」

 

「いやいや…みんな知り合いってだけで、祐のことはそんなに」

 

言いながら明日菜が木乃香を見ると、木乃香は祐達の姿を愛おしそうに見つめていた。

 

「木乃香…?」

 

「明日菜。やっぱりウチ、みんながいる今が好き」

 

「祐君は、いつかきっとその時は来るって言うとったけど…ウチは諦めへんよ」

 

その言葉は明日菜だけでなく、あやかと刹那にも届いていた。

 

「もしウチらの前から居なくなろうとしてたら、ウチしがみついてでも離さんもん」

 

「祐君になら、それぐらいしてもええよね?」

 

そう言って笑顔を明日菜達に向ける。明日菜達はその笑顔の奥に確かな強い意志を感じた気がした。

 

「…そうね。あいつは好き勝手やってるんだから、私達だってそうしてもいいはずよね」

 

明日菜も笑顔を浮かべると、楽しそうにしている祐を見る。

 

「それじゃ、私はぶっ叩いて引きずり戻してやるわ」

 

「一人で何処かへ行くなど、そんなこと考えないようにきつく言っておく必要がありますわ。まったく…幼児ではないのですから、それぐらい分かっていてほしいものですが」

 

「これから忙しくなりますね。今まで以上に、目を光らせておかなければなりません」

 

明日菜達は改めて決意する。普段は能天気で自由人で、それでいて目を離せば何処かへ消えてしまいそうで、平和な生活を手放す覚悟をしている祐を放ってはおかないと。

 

今回の事、祐としても正直予想外だった。女子寮に入ったことは、もっと責められると思っていたからだ。それが実際はそれなりに驚かれはすれど、直ぐに受け入れてくれるとは。はっきり言って祐の読みは外れた。

 

自分から手放すことをしなくても、今まで以上に自分という人間を曝け出せばいい。そうすれば後は自然と離れていくだろうと思っていたが、それは少し彼女達を甘く見ていたようだ。

 

深入りすればするほど、その時が辛くなる。それをよく分かっていながら今この瞬間、目の前にある温かなものに触れずにはいられなかった。

 

彼女達の存在、彼女達といる時間。そのどれもが、祐にとっては麻薬の如き魅惑で意志に揺さぶりをかけていた。だが、まだその意志を変えるには至らない。しかしそれは確実に大きさを増し、祐の心の空間を埋め始めていた。

 

夏休みが終わり、新学期が訪れる二日前。エヴァンジェリンの目論見は、彼女の予想以上に順調であった。



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漢の喧嘩
彼の距離


宇宙に浮かぶ一隻の宇宙船。そのブリッジに座る男に船員が報告を行なっていた。

 

「以上のことから、プリンセスは行方不明となっているとのことです」

 

「なるほどな…まぁ、プリンセスとはいえまだ子供。向こう見ずな行動も若気の至りってやつか」

 

堂々とシートに座る男と、背筋を伸ばして立つ側近と思われる船員。その光景だけでも上下関係が窺えた。

 

「如何致しましょうか」

 

男は深く腰掛け、思考を巡らせる。まだ大々的に広まってはいないものの、この話が宇宙全体に知れ渡るのは時間の問題だろう。そんな中で逸早くこの話を知れたのは幸運だったかもしれない。

 

「特に大きな予定があるわけでもない、俺達も探索に参加してみるか。仮に見つけられればプリンセスと結婚とまではいかなくとも、デビルークに大きな借りを作ることは出来る。それなりの謝礼ぐらいは与えられるだろうよ」

 

「かしこまりました。して、まず何処から?」

 

「そういえば、少し前にエクレル星人が捕まったという惑星があったよな?あれは何処だったか…」

 

そこで側近がコンピューターのような機材の前に座る船員に視線を向けると、その船員がこちらに振り向く。

 

「出ました、太陽系第三惑星。名称は地球だそうです」

 

「地球か、ならそこにするか」

 

「何かお考えが?」

 

そこで男は笑顔を浮かべる。

 

「文字通り候補なんざ星の数ほどある。何処にするかのきっかけが欲しかっただけだ」

 

「それに、その地球という星にもそれなりに興味がある」

 

シートから立ち上がると、男は目の前を指さした。

 

「というわけだ。これより目的地は地球、発進しろ」

 

「ハラート様の仰せの通りに」

 

 

 

 

 

 

夏休みも終わりを迎え、新学期がやってきた麻帆良学園。9月になったことで僅かにではあるが気温も落ち着き始めていた。とは言ったものの、やはり長期休暇明け。生徒たちの顔は憂鬱そうであった。

 

「あぁ~…いよいよ終わっちゃったなぁ夏休み」

 

「蒔ちゃん、昨日も同じようなこと言ってたよ」

 

新学期初日の1年B組で机にうつ伏せになりながら呟く楓を見て、横にいた由紀香は苦笑いを浮かべる。夏休み最終日にいつもの三人で遊びに行ったのだが、そこでも楓は終わる夏休みを憂いていた。

 

「だってさぁ…この夏休みは特に事件も起こんなかったし、平和だったから余計になぁ」

 

「確かにこの期間大きな事件は起きなかったな。蒔の字がフラグを立てていたから、何か起きると思っていたんだが」

 

「私の発言一つでそんなことになってたまるか」

 

実際は麻帆良学園都市全体を巻き込んだ大事件が起きてはいたのだが、A組以外はその事を知らず、そもそも彼女達は学園都市内ではなく実家暮らしの為知らないのは当然であった。

 

「このまま何にも起きなきゃいいんだけど」

 

「今のは間違いなくフラグだぞ」

 

「だから怖い事言うなって…」

 

そんな話をしていると教室に祐が入ってくる。由紀香がそれに気が付くと挨拶をした。

 

「あ、逢襍佗君。おはよう」

 

「おはよう三枝さん。蒔寺さんと氷室さんも」

 

「おっす逢襍佗」

 

「ああ、おはよう」

 

挨拶を返しながら荷物を自分の机に置いた祐に、由紀香が続けて質問をする。

 

「逢襍佗君は夏休みどうだった?」

 

「いやぁ、忙しかったっていうか大変だったね色々と」

 

「なんかあったのか?」

 

「あったね」

 

「…何があったんだよ」

 

「そいつは教えられねぇな」

 

「何でだよ!」

 

相変わらずの二人のやり取りに、由紀香と鐘は学校が始まったんだなと感じていた。

 

「そんなに俺のことが知りたいのか蒔寺さん。じゃあ今日この後二人でどこか行きませんか?」

 

「は!?い、行くかバカ!絶対変なことする気だろ!」

 

「まぁ、あわよくばとは思いますよね?」

 

「お前最低だな!」

 

そこで今度は教室に春香がやってくる。祐がそちらに視線を向けているのを見て、楓は嫌な予感がした。

 

「あ、天海さんだ。よし、天海さんを誘うか」

 

「行かせるかこの性犯罪者!」

 

「今の会話を聞いていたら誘わせるわけにはいかんな」

 

「知らないのか?俺は障害は多い方が燃えるんだぜ?」

 

「こいつ夏休み中にパワーアップしてないか?」

 

次に教室に入ってきた凛は、楓と鐘に技を掛けられている祐を見てため息をつきながら席に着いた。

 

 

 

 

 

 

「さて、夏休みが終わって新学期が始まったわけだけど…」

 

「10月の終わりには学園祭があるのよね」

 

「戦争が始まるわけだ…」

 

A組の教室ではカーテンを閉めて電気を消し、暗くした状態でシリアスな雰囲気を作っていた。それに乗る者とまた始まったと呆れる者、我関せずの者といつもの3パターンに別れている。

 

「今年の出し物は何にするか。それが一番の問題ね」

 

「メイド喫茶は一昨年やっちゃったし」

 

「そして去年はお化け屋敷」

 

「う~ん、なかなか難しい問題だ」

 

一応は真剣に悩んではいるようだが、そんな大した問題だろうかと思えなくもない。

 

「学園祭か、もうそんな時期なのね」

 

「特におっきな行事やからねぇ。ウチも楽しみや」

 

麻帆良学園都市で行われる学園祭は他の学校とは一線を画した規模で行われる、文字通りのお祭りだ。三日間行われるこの行事は麻帆良を代表するイベントと言っても過言ではない。

 

「そもそも開催できるのかしら…」

 

「あはは…なんやかんやで夏休みも事件あったもんなぁ」

 

明日菜がそう心配するのも仕方がない。何せ祐が言ったのだ、まだまだ世界は落ち着かないと。

 

「まぁ、気持ちは分からないでもないけどさ。だからって学園生活を楽しめないってのは寂しいと思わない?」

 

明日菜達にそう言った和美は、楽しそうに会議を進めるA組の写真を撮っている。

 

「私的には学園生活も事件の方も、どっちも全力で臨んでいくつもりだけどね」

 

「逞しいわねあんた…」

 

「見習ってもいいわよ?」

 

「…考えとくわ」

 

そう言う明日菜ではあったが、少なからず和美のその考えは見習ってもいいかもしれないとは思っていた。和美本人にそう言えば調子に乗りそうなので口にはしないが、以前超にも言われた『この世界ではこれから何が起こるのか楽しむぐらいでなければ』という言葉に思うところがあったからだ。

 

「取り敢えず今日は学校午前までだし、この後カラオケで話し合おうか」

 

「そうだね」

 

「行きたいだけでしょ…」

 

話し合っていたハルナの発言に裕奈も賛成する。見習うとは言ったが、こうなれる自信は明日菜にはなかった。

 

「カラオケ、ちづ姉はどうする?」

 

「行きたいんだけど、今日は保育園のお手伝いがあるのよ」

 

「え、新学期初日から?」

 

夏美にそう答えた千鶴。彼女は日頃から保母のボランティアをしている。他人の世話をすることが好きで、年下の面倒を見るのもお手の物。まさに母性の塊と言っていいだろう。

 

「保育士さんが一人風邪をひいちゃったみたいでね?午前中までだしお手伝いしようと思って」

 

「は~、流石ちづ姉。頑張るねぇ」

 

「ふふ、私がやりたくてやってることだから」

 

人から見れば立派なことでも、千鶴からすればそれは自分が望んでしていること。決して楽ではないが、それ以上に彼女には得るものがあった。

 

 

 

 

 

 

新学期初日が終わり、千鶴はそのまま保育園へと向かう。入口に着くと園長が千鶴を笑顔で迎えた。

 

「こんにちは千鶴ちゃん。悪いわねぇ、新学期初日なのに」

 

「いえ、とんでもありません。困ったときはお互い様ですから」

 

「助かるわ、ほんと…千鶴ちゃんみたいな子がうちのをもらってくれればいいんだけど」

 

「もう園長先生、私まだ高校生ですよ?結婚とかまだまだ先の話です」

 

「あら、ごめんなさいね」

 

少し拗ねたような表情を浮かべる千鶴に園長は笑う。落ち着いた性格と大人びた容姿を持つ千鶴はある意味それがコンプレックスでもあり、実年齢より年上に見えることを気にしていた。

 

「でも千鶴ちゃん優しくてきれいなんだから、彼氏くらいいるでしょ?」

 

「いませんよ。というか、いたこともありません」

 

「え~、周りの子達がよっぽど見る目がないのね」

 

何と返せばいいか分からず、千鶴は苦笑いを浮かべながら園長と保育園内に向かった。

 

制服から着替えた千鶴は園児たちの元へ向かう。すると千鶴を見つけた園児たちは彼女の元へと走って向かった。

 

「あ、千鶴先生だ!」

 

「お姉ちゃ~ん!」

 

「は~い、みんなこんにちわ」

 

笑顔で園児達を迎える千鶴。慈愛に満ちたその表情を世の男性が見ていれば、目を奪われていたに違いない。

 

「今日はなんで早いの~?」

 

「え~っとね、みんなに会いたくて早く来ちゃった」

 

「ほんと!?じゃあこれから毎日早く来て!」

 

「学校も行かなきゃならないから、ちょっと難しいかな…」

 

それから園児達と会話を続けていると、一人の園児が夏の思い出を話し始める。

 

「千鶴お姉ちゃん。この前ね、私帽子を川に落としちゃったの」

 

「あら大変、その後どうしたの?」

 

「なんかね、横からおっきなお兄ちゃんが走ってきて、川に入って帽子取ってくれたの」

 

「おっきなお兄ちゃん?」

 

「うん!凄いんだよそのお兄ちゃん!お洋服着たままビューンって泳いで帽子取ってくれたの!」

 

何故かはわからないが、その話から千鶴の脳内にはそのおっきなお兄ちゃんがある人物の姿で出てきた。まさかと思いながらも聞いてみる。

 

「ねぇ、そのお兄ちゃんてどんな人だった?」

 

「ん~とね…おっきくてお顔はおっかなかったけど、優しかったよ。帽子渡してくれた時もニコニコしてた」

 

聞けば聞くほど自分の知っている人物と被る。彼も背が高く、顔は怖めだがいつも笑顔で優しい人物だ。

 

「そのお兄ちゃんと何かお話しした?」

 

「ちょっとだけ。ありがとうって言ったらどういたしましてって言って、泳ぐの早いねって言ったら、えっと…なんだっけ?」

 

当時のことを思い出しているのだろう。頭を捻りながら体を揺らしている。

 

「思い出した!この程度の川の流れに負ける俺じゃねぇぜって言ってた!」

 

その言葉でほぼほぼ自分の予想は当たっているだろうと思えた。判断する要素として数は少ないが、自分のイメージとぴったり当てはまっている。

 

「そうなんだ、優しいお兄ちゃんでよかったね」

 

「うん!でもね、その後お兄ちゃんもう帽子ないのにまた川に入って泳いでたの。なんでかな?」

 

「な、なんでだろうね…?」

 

今ので確信した、そのお兄ちゃんは間違いなく逢襍佗祐だ。実際千鶴は正解である。

 

余談だが二度目の水泳を行っている際は「流せるもんなら流してみやがれ!」と言いながら川の流れに逆らって泳いでいた。何故また川に入ったのかは分からない。そもそも理由などないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「千鶴ちゃん、どうもありがとうね」

 

「いえ、それではまたお願いします」

 

「は~い。気を付けて帰ってね」

 

それから保育園でのボランティアを終え、千鶴は寮へと帰っていく。夕日が辺りを照らす時間帯、街の景色を眺めながらゆっくりと歩みを進めた。

 

並木道を通っていると、何やら猫の声が聞こえてくる。気になって声のする方に向かうと、そこには多くの猫に囲まれた状態でしゃがんでいる祐がいた。

 

どうやら猫たちにエサを与えているようだ。その姿に千鶴は微笑むと、静かに近づいた。

 

「こんにちは、逢襍佗君」

 

「んあ?おお、那波さんじゃないっすか!どうもどうも」

 

振り向いた祐は千鶴に笑顔を見せる。千鶴はそっと祐の横にしゃがんだ。

 

「この子達にいつもエサをあげてるの?」

 

「いや、偶にだよ。いつもは茶々丸がやってるんだけど、今日みたいに用事がある時とかは俺が代わってるんだ」

 

本日茶々丸は超と聡美による定期健診の日であった。それ以外にも祐の気まぐれで代わることもある。

 

「すっごく懐かれてるみたいね」

 

「エサ持ってるからじゃないかな?偶にしか来ないからね、久々に来ると誰だお前みたいな顔されるんだよ。あれ結構ショックなんだよね」

 

そう言って近くの猫に触る祐。そんな姿に千鶴は再び笑った。

 

「ねぇ、逢襍佗君。もしかしてなんだけど、この前小さい子の川に落ちた帽子を取ってあげたりした?」

 

「帽子?ああ、そんなことあったわ。俺が川に勝ったやつだ」

 

川に勝ったというのはよく分からないが、その返答に間違いないなと思った。やはり園児が話していたのは祐のことだ。

 

「今日ね、いつもお手伝いに行ってる保育園の子が話してくれたの。おっきなお兄ちゃんに帽子を取ってもらったって」

 

「そうなの?世間は狭いなぁ」

 

しみじみといったように呟いた祐は、猫たちがエサを食べ終えたのを確認して片付けを始めた。

 

「つか那波さん保育園の手伝いやってんの?凄いね」

 

「そんなことないわ、私小さい子の面倒見るの好きだもの」

 

「それが凄いんだよ。俺は誰にでも出来ることじゃないと思うな」

 

「そうかしら?」

 

エサを食べ終えたことで思い思いの行動をとる猫たちを眺めながら祐は答える。

 

「難しいよ、誰かの面倒を見るなんて。少なくとも俺は自分のことで手一杯だから」

 

千鶴は祐の顔を見つめる。祐は猫に視線を向けたままだ。

 

「自分で言うことじゃないけど、俺は自分勝手で自分が一番の人間なもんでね。誰かの為に何かをできる人って素直に凄いなって」

 

「逢襍佗君は優しいじゃない。この子達に対しても、帽子を取ってあげたのだってそうでしょ?」

 

「あれは見過ごしたら寝覚めが悪いからね。それに自分には無理そうだなって思ったら何もしないよ」

 

「この子達にエサをやってるのだって、ただ単に茶々丸に対していい恰好したいだけなのかも。動物は純粋に好きだけどね」

 

そこまで言って祐は立ち上がる。千鶴も同様に立ち上がると祐が視線をこちらに向けた。

 

「あ~ごめんね、こんなしょうもない話。笑えない自虐は人にするもんじゃないよね」

 

苦笑いを浮かべて頭を掻く祐。それはどこか反省しているようにも見えた。

 

「格好つけるのは程々にしておけって友達にも言われたし、気を付けないと」

 

千鶴は黙って祐を見つめる。そうした方が今はいい気がしたのだ。

 

「それじゃまたね那波さん。道中お気をつけて」

 

「ええ、ありがとう。逢襍佗君もね」

 

祐は笑うと、手を軽く上げて去っていく。千鶴は暫くその背中を見送った。

 

あやかを通じて祐という人物を見てきた。そんな千鶴は祐に対して感じていることがある。彼は誰にでも分け隔てなく接しているように見えて、ある一定のラインまでしか踏み込んでこないと。

 

あやかを始めとする幼馴染達にはそれをあまり感じない。当然と言えば当然のことなのかもしれないが、どうにも千鶴にはそれが気掛かりだった。

 

祐は確固たる自分のペースというものを持っている。それは良くも悪くも周りに影響を及ぼす。気が付けば彼を中心とした波が出来上がるのだ。

 

それは偏に彼の人柄がそうさせるのだろうと思ている。あやかも明日菜も、そしてA組のクラスメイトもなんだかんだ言いつつ彼という人物に惹かれているのだ。惹かれているというのは何も恋愛に限った話ではなく、一緒にいて楽しいと感じるものだったりもする。

 

だからこそ気になってしまう。なぜ祐が一歩周りと距離を置いているのか。自分の考え過ぎ、思い違いという事はあるかもしれない。だが千鶴にはどうもそうは思えなかった。

 

千鶴の好きなものはスローライフ・他人の世話・みんなといること。そして嫌いなものは孤独と、距離を置いた人間関係であった。

 

「くだらないことベラベラ喋り過ぎたな。那波さんの母性にでもやられたか?しょうもねぇ」

 

一人歩く祐は誰にも聞こえない声でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

18時の大浴場には今日も多くの寮生達で溢れていた。その中には勿論A組もいる。

 

「は~…別になにしたってわけじゃないけど、やっぱり学校始まると疲れたって感じするわね」

 

「わかるわぁ、夏休みも後半は平和でのんびりやったもんねぇ」

 

「まったく、長期休みだからといってだらけ過ぎては後が大変だと言ったではありませんか」

 

洗い場で明日菜達幼馴染三人が隣り合って座っている。明日菜だけでなく、休み明けということもあってクラスメイト達の表情にも疲れが見えた気がした。

 

「はいはい、そうだったわね」

 

「明日菜~、お母さんの言うことはちゃんと聞かなあかんえ」

 

「誰がお母さんですか…」

 

木乃香は笑うとあることを思い立つ。

 

「いんちょがお母さんなら、ウチはお姉ちゃんで明日菜は妹やね」

 

「別になんでもいいけど何で私が妹なのよ…」

 

「明日菜が長女って言うのはなんかしっくりこんくて」

 

「木乃香が長女なのもしっくりこないわよ」

 

「じゃあ梨穂子ちゃんが長女やろか?」

 

「…それもしっくりこないわね」

 

木乃香に負けず劣らずのほんわか天然な梨穂子も長女というイメージは湧かなかった。それからいつの間にか幼馴染で誰がどのポジションかの話になる。

 

「一番上は純一君で次男がリト君って感じやね」

 

「それは何か分かる気がするわ。間違いなく純一は長男ね、実際そうだし」

 

「そうなると祐君はどこやろ?」

 

「祐?そうねぇ…どこだろ?」

 

「自由人ですからただの居候でいいのではないですか?」

 

「……しっくりきちゃったわ」

 

「なんや可愛そうやないかな…」

 

「あやかがお母さんなら逢襍佗君はお父さんじゃないかしら」

 

いきなり後ろからそう言ったのは千鶴で、その表情は何とも良い笑顔だった。

 

「千鶴さん!冗談はよしてください!祐さんと結婚なんて天地がひっくり返ってもあり得ませんわ!」

 

「あらそう?逢襍佗君といたら毎日楽しそうじゃないかしら」

 

「千鶴さんは祐のこと美化しすぎだって。祐って思ってる以上にまともじゃないんだから」

 

「明日菜さん、辛辣ね…」

 

幼馴染だからこその遠慮のなさといえばそれまでだが、それにしたってあんまりな発言に千鶴は苦笑した。

 

「いやいや明日菜、女ってのはまともじゃない、もしくは危険な男に惹かれるもんなのよ」

 

「それはあんたの好みでしょ」

 

会話に入ってきたハルナにそう返す。人の趣味にどうこう言うつもりはないが、明日菜の好きなタイプは渋いおじさまなので分かり合えそうになかった。すると今度は和美が参加してくる。

 

「でも私は分かるな。どこかミステリアスで底の知れない感じとか結構惹かれるわ」

 

「パルもそうだけど、朝倉も特殊なのよ」

 

「「明日菜には言われたくない」」

 

「悪かったわね!」

 

「先に言っておくけど委員長もだからね」

 

「何故ですか!」

 

本人達はそうは思っていないだろうが、明日菜もあやかも好みのタイプがとても一般的とは言えないので致し方ない。

 

「木乃香さんはどうなの?好みの男性のタイプとか」

 

「ウチ?う~ん…考えたことないかも」

 

千鶴に聞かれた木乃香は視線を上に向けて考え始める。周りは気付いていないが刹那がこっそり聞き耳を立てており、真名はいじりはしなかったが呆れてはいた。

 

「じゃあ逢襍佗君はどうなのかしら」

 

「祐君?ウチ祐君は好きやで?」

 

何気なく放った一言は、先程まで賑やかだった大浴場を一瞬で静寂に包む。不思議に思って木乃香が辺りを見回すと、大浴場にいるA組の全員が木乃香を見ていた。

 

「あれ、みんなどうしたん?」

 

「ちょっとちょっと木乃香!あんたまさか!」

 

「敵襲!敵襲よ~!」

 

「何がですか…」

 

あれよあれよという間に木乃香が囲まれる。全員が鼻息荒く詰め寄るので木乃香は若干恐怖を感じていた。

 

「木乃香は逢襍佗君が好きなの!?」

 

「え?うん、明日菜もいんちょも祐君好きやろ?」

 

『マジっ!?』

 

超ド級の流れ弾が飛んできて明日菜とあやかは思わず白目をむいてしまった。

 

「なんてこった!これはとんでもないことよ!」

 

「修羅場だ!修羅場がきた!」

 

「まさかの四角関係!?」

 

意識を取り戻した明日菜とあやかが急いで訂正に入る。

 

「んなわけないでしょ!誰が好きになるか!」

 

「とんでもない濡れ衣ですわ!」

 

「言い訳するなって!素直になれよ!神は見ています!」

 

「美空うるさい!てか前もこんなことなかったっけ⁉︎」

 

一瞬でお祭り騒ぎになる大浴場。話題が話題なので半ば狂乱と化している。

 

「木乃香が言ってる好きも人としてってことでしょ!そうよね!?」

 

「え?…あっ、そういうことかぁ」

 

そこで木乃香は自分が言ったことを周りがどう受け取ったのか気が付いて顔を赤くした。

 

「お、お嬢様!まだ私達は高校生です!将来の相手を決めるのは些か早計ではないかと!」

 

「桜咲さんが暴走してる!?」

 

「面白そうネ!私も参加させてもらおうカ!」

 

「頭のいいバカがきた!?」

 

「上等じゃない!私だってやってやるわよ!」

 

「なんでハルナまで…」

 

「この場とお湯の熱にやられたのではないでしょうか…」

 

「出席番号17番!椎名桜子!せっかくだから参加します!」

 

「せっかくとは」

 

「拙者は出席番号20番!長瀬楓でござる!」

 

「ただの自己紹介じゃねぇか!」

 

「好きな技は鉄山靠(てつざんこう)アル!」

 

「聞いとらんわ!」

 

そのまま騒動は暫く収まることなく続く。悪いことをしてしまったと思う反面、これだけ周りに想われていながら、周りと距離を取っているように感じる祐が千鶴は気になっていた。



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逢襍佗祐は面倒くさい

時刻は21時を回り、女子寮内も眠りにつき始める頃。自分もそろそろ就寝しようかと思っていたあやかは、自室から出てきた千鶴に声を掛けられた。

 

「ねぇあやか、ちょっといいかしら?」

 

「ええ、構いませんが」

 

リビングのテーブルを挟んで向かいに座る千鶴。あやかはいったい何の話だろうかと考えていた。

 

「少し聞きたいことがあって、逢襍佗君のことなんだけど」

 

そこであやかは千鶴にジト目を向ける。

 

「祐さんが何でしょう…」

 

「あ〜…違うのよあやか、揶揄うつもりじゃなくて。実はずっと気になっていることがあってね?」

 

先程の大浴場のこともあり、いじられるのかと思ったがそうではないらしい。そのことに安心しつつ、あやかは続きを待った。

 

「その、聞きにくいことではあるんだけど… 逢襍佗君って、どこか私達と距離を置いてる感じがするの」

 

「距離を?…祐さんがですか?」

 

あやかはそう言われてもまったくピンときていない様子である。

 

「とても私にはそう思えませんが…頻繁にA組にも顔を出しますし、ついこの間も寮に不法侵入してきたではありませんか」

 

「確かにそうなんだけど、何というか…逢襍佗君が来るのは一定のところまでで、そこから先には意図的に距離を詰めないようにしている気がして」

 

その言葉に何か感じることがあったのだろうか、あやかは少しだけ表情を変えた。

 

「今でも正直皆さんとの距離が近いのではないかと私は考えていますが、彼からそうしているのであれば寧ろ良いことではありませんか。あんなんでも男性なのですから、最低限の線引きは必要では?」

 

「そう言われてしまうと、何も言えないわね」

 

確かにあやかの言うことは尤もだ。異性との距離感、もっと言えば人との距離には適切なものがある。近ければいいというものではないのは千鶴も重々承知していた。

 

「でも、無理してそうしているとしたら?」

 

「…どういうことですか?」

 

「私の思い違いならいいの、逢襍佗君がそうしたくて人との距離を保とうとしてるならそれで。ただ、私にはそうしないといけないんだって自分に言い聞かせてるみたいに思えたのよ」

 

「彼ね、本当に偶にだけど…私達と話している時に急に話を止める時があるの」

 

「自分のことの話とか、自分の気持ちを話している時に途中で切り上げるってことがあったのは一度や二度じゃないわ。気になって見てたから、これは確かだと思う」

 

あやかは一度千鶴から視線を外して下に落とした。その表情からは何かを考えていることぐらいしかわからない。

 

「彼はあまり身の上話をしないようにしているようです。自ら自分のことを語らないのが格好いいと思っていると前に話していました」

 

「それくらいの理由ですわ千鶴さん。貴女は優しい方ですから、きっと少し考え過ぎてしまっているんです。彼は見た目通りの単純な方ですのよ」

 

笑顔でそう言ったあやかを、千鶴は暫く黙って見つめた。やがて目を閉じて優しく笑う。

 

「そうね、少し考え過ぎてたかも。裏を読み取ろうとしすぎるのも考えものかもね」

 

「お気持ちは分かりますわ。私も千鶴さんも、家柄そういった場によく連れて行かれていましたから」

 

「困ったわ、だから年より上に見られるのかしら?」

 

「かもしれませんわね」

 

二人は笑い合うと、千鶴が席を立った。

 

「ごめんなさいね話し込んじゃって。おやすみ、あやか」

 

「いえ、おやすみなさい千鶴さん」

 

部屋へと戻る千鶴を見送った後、ドアが閉まったのを確認してあやかはため息をついた。

 

「ほんと、よく見ていますね…末恐ろしいですわ」

 

すると今度は寝惚けた様子の夏美が部屋から出てくる。

 

「あれ、いいんちょまだ寝てなかったの?」

 

「これからそうしようと思っていたところですわ」

 

「そっか〜、トイレトイレ…」

 

完全に気の抜けている夏美の姿を見てあやかは小さく笑う。

 

「夏美さんはそのままでいてくださいね」

 

「んえ?」

 

 

 

 

 

 

次の日、一時限目の世界史担当であるななこがA組に入ってくる。

 

「おはよーさん、んじゃ今日も始めるで〜」

 

授業開始の挨拶を終えて着席する一同。ななこが教科書を開いていると風香が話し掛けてきた。

 

「ねぇねぇ黒井先生、世界史の授業で多次元侵略戦争のことってやらないの?」

 

「なんや急に、鳴滝は興味あるんか?」

 

「特別ってわけじゃないけど、ちょっと気になっただけ」

 

ななこは腕を組んで難しい顔をした。

 

「いずれはやるんと違うか?なんせ全部の次元巻き込んだ話やからな」

 

「いずれっていつ?」

 

「知らん」

 

「えぇ…」

 

投げやりとも思える回答に風香は困惑した。ななこは頭を掻いて理由を説明する。

 

「お前らも知っとると思うけど、如何せん情報が少なすぎんねん。分かってないことだらけやし、特に侵略次元との戦争…もっというと『地獄戦線』なんてほぼ不詳や」

 

ここで出た侵略次元とは次元侵略戦争の原因でもあり、文字通りあらゆる次元に対して侵略行為を行った次元のことである。正式には第9次元と呼ばれており、最終決戦にて次元ごと消滅したと伝えられていた。

 

「地獄戦線って侵略戦争でも一番酷かったって言われてるやつだよね?」

 

「一説にはその戦場を生き残っただけでも英雄扱いされる程のものだとか」

 

ハルナの質問に夕映が答える。地獄戦線に関してはあったことは間違いないのだが、名前だけが独り歩きしている状態であり、その全貌は今のところ確認されていない。

 

「何でもこの地獄戦線っちゅうのが戦争終結の鍵になったって話やけど、現状ほとんどなんも分かっとらん。これに限らずもうちょっと解明されん限り、授業の題材には出来んやろな」

 

「へ~なるほどねぇ」

 

ひと段落ついたところで、今度はななこが風香に聞く。

 

「なんでまたそんなこと聞いたんや?」

 

「世間話すれば授業の時間短くなるかなって!」

 

「はっはっは!こりゃ上手いこと乗せられたわ!後で職員室来いや」

 

「え~~!?横暴だよ!」

 

「横暴ちゃうわ!」

 

「黒井先生、今日って涼しくて過ごしやすくないですか?」

 

「もうええわ!」

 

 

 

 

 

 

昼休みの時間を迎えた学園内のテラスで、祐は相変わらずの食事をとっていた。

 

そうしていると後ろから誰かが近づいてくるのを感じる。それに気付くも悪意は感じないので、祐はそのまま食事を続けた。

 

「逢襍佗君、こんにちは」

 

「こんちは那波さん、どったの?」

 

視界に映った千鶴は笑顔を浮かべていた。そうして手に持っていた弁当箱を祐に見せる。

 

「偶には外で食べてみようかなって思ってたら、逢襍佗君を見つけて。ご一緒していいかしら?」

 

「僕なんかで良ければ喜んで」

 

浮かべていた笑顔を更に深くすると、軽い足取りで向かいの席に座る。祐はその姿を目で追いかけた。

 

「ありがとう!よかったわ、断られなくて」

 

「断るなんてまさか、那波さんの誘いを断る男なんていないでしょ」

 

「ふふ、上手ね逢襍佗君」

 

「本心ですって。…まさかですけど、美人局ではないですよね…?」

 

「美人局?」

 

「何でもないです、忘れましょう。いや~!いい天気ですね!」

 

「そ、そうね…」

 

美人局が何なのかは分からないが、急に話題を変えたのであまり触れない方がいいのだろう。そう考えて千鶴は弁当箱を広げた。

 

「もしかしてお手製?どこまで女子力が高いんだ…」

 

「そんな大したものじゃないわ、毎日ってわけでもないし。それをいうなら逢襍佗君だってお弁当を…」

 

そこで祐の食べているものを見ると、千鶴は何とも言えない顔になる。そこにあるのは白米・ブロッコリー・茹でた鳥の胸肉だった。

 

「健康的なのね…」

 

「そうです、僕は誰よりも健康です。噓ではありません」

 

芯の通った目で見つめられ、千鶴は思わず視線を逸らした。照れたからではない、気まずいからだ。取り敢えず話を変えようと千鶴は舵を切った。

 

「いつもここで食べてるの?」

 

「いや、偶にですね。普段は友達と食べる事が多いです。気まぐれってやつですよ。那波さんは?」

 

「私もおんなじ。普段は夏美ちゃん達と食べることが多いかな」

 

「村上さんか、そういえば同室だったっけ?」

 

「ええ、私と夏美ちゃんとあやかの三人でね」

 

祐は一旦手を止めて千鶴を見た。浮かべている表情は優しいものだ。

 

「どう、あやかは。寮でどんな感じか、少し気になるな」

 

「あら、いけないわ逢襍佗君。幼馴染とはいえ、女の子のプライベートを簡単に聞くなんて」

 

少しからかう様にそういうと、祐は苦笑いをした。

 

「やっちまいましたな、こりゃ返す言葉もございません。因みに那波さんは体を洗う時はどこから」

 

「逢襍佗君?」

 

「今日はいい天気ですね!」

 

「それは流石に苦しいんじゃないかしら…」

 

その後も取り留めのない会話を続ける二人。どちらも必死に会話を繋げようなどとは思っていなかったが、自然と途切れることはなかった。

 

「考えてみれば、こうして二人だけで話したのって初めてじゃないかしら」

 

「かもね。話すとしたらA組の教室だし、それ以外でも誰かしら居た気がする」

 

「もしよかったら、またご一緒していいかしら?」

 

「断る理由がありませんな。ただ、おすすめはしないけど」

 

「どうして?」

 

「この前みたいに、みんなに追っかけられることになるかも」

 

「それは困ったわね」

 

そこで笑い合う二人。この昼休みの時間は楽しい時間だったと素直に言える。お互い本音は隠したままでも、それが楽しいかそうでないかには影響しないのだから。

 

「…ふ~ん」

 

物陰から顔を出し、和美は静かにその光景を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

放課後。祐がいつもの帰り道を歩いていると、少し先で木に寄りかかっている和美が目に留まる。和美もこちらに気が付くと手を振ってきたので手を振り返すと、小走りで近寄ってくる。

 

「どもども逢襍佗君、待ってたわ」

 

「待ってた?何かあったの?」

 

「今日千鶴と二人でお昼食べてたでしょ、何話してたの?」

 

「こやつ…目敏い…」

 

別に見られて困るようなことではないのでいいのだが、和美への警戒レベルを少し上げた方がいいのかもしれないと祐は薄っすら思った。しかし家に着く頃には忘れているだろう。かなり重要な事以外は基本祐は鳥頭である。

 

「ごめんごめん。覗き見するつもりはなかったんだけどさ、偶々目に留まっちゃって」

 

「まぁ、別にいいんだけども。大したことは話してないよ、ただの世間話」

 

「一応聞いておくけど、千鶴は知ってるの?」

 

「いや、知らないよ。あやかも話してないだろうし、知ってる感じもしなかった」

 

「なるほど…」

 

手を顎に当てる和美を見て、祐は首を傾げた。

 

「何か気になる感じ?」

 

「う~ん、特別おかしなことではないんだけど…なんで千鶴が急に逢襍佗君に話し掛けたのかなって」

 

そう言われて祐も視線を上に向けて考え始めた。話したことは何度もあるが、一人の時に千鶴の方から話し掛けてくることなどなかった。気まぐれといえばそれで終わりだが、そうではないんだろうと感じてはいた。

 

「俺のこと、探ってる感じはあったよ。たださっきも言ったけど、力の事で疑ってる感じじゃなかった気がする」

 

「あれってそんなことまで分かるの?」

 

「何となくね。自分で言うのもなんだけど、この直感は結構信用してる」

 

「は~…」

 

どこか感心したように声を漏らす。するとパンッと両手を合わせて鳴らした。

 

「強い想いなら、目を見て集中すれば分かるんじゃなかったっけ?それで見れば」

 

「え~…なんかやだ」

 

言葉通り嫌そうな顔を浮かべる祐。和美はそれを見てこけそうになる。

 

「なんでよ!?」

 

「だって人の心を好き勝手覗くのなんてダメでしょ」

 

「あの時やろうとしてたでしょうが」

 

「時と場合によるってやつだよ。那波さんが悪だくみしてるとも思えないし、下手に探ろうとしなくてよくないっすか?」

 

「でも千鶴は逢襍佗君の何かを探ってたんでしょ?気にならないの?」

 

「気にならないのかって聞かれたら、そりゃあ…別に」

 

「気にならんのかい!」

 

「朝倉さんて思った以上にツッコミ属性なんだね」

 

「誰のせいだ誰の…」

 

疲れた顔を浮かべる和美は、頭を掻いて気を取り直す。

 

「結局千鶴は何が気になってたんだろ」

 

「さぁね、俺があやかに近い人間だから気になったんじゃない?」

 

「そんな単純な話かね?」

 

「俺はそうであってほしいけどね。そっちの方が気が楽だし」

 

和美は祐を見る。今の言葉に引っ掛かりを覚えたからだ。

 

「…なんで?」

 

「あんまり深くまで探られると、すぐに襤褸が出るから。実は大したことない人間だってのがバレる」

 

祐の正体を知る前から和美目線で明日菜・木乃香・あやかを見ていて思ったのは、祐のことを心配し過ぎではないだろうかということだった。三人からは祐に対して一種の信頼のようなものを感じはするが、信用は薄いと感じたのだ。正直幼い子供じゃないんだからと思っていたが、こういうことかと三人の態度が腑に落ちた。

 

戦いのことなどまったくと言っていいほど分からない和美でも、実際に目にして、尚且つやってきた事を考えれば分かる。祐は強い。だが、完璧超人などではない。

 

こうして話してみれば分かった、幼馴染が彼を心配に思うのも無理はない。彼は自分という人間を軽視している。そう思うと彼の言動の節々からもそれは感じられるような気がしてきた。

 

和美は大きなため息をついた。そして祐の肩に手を乗せる。

 

「なるほどねぇ…よ~く分かったわ。逢襍佗君、あんたすっごく面倒くさいのね」

 

「急にディスってくるじゃん。しかし、よく気付いたねと言っておこう」

 

その言葉を受けて、和美は祐の顔を覗き込む。

 

「俺は面倒くさい。だから深く関わるのはやめた方がいいとか言うのは無しだからね?」

 

「まだ何も言ってないんだけど…」

 

「前もって予防線張っといたの」

 

腰に手を当てるとニッと笑う。それを見る祐は少し不思議そうだった。

 

「お生憎さま、私って面倒くさい人嫌いじゃないから。これからも近くでしっかり見届けさせてもらうわよ」

 

祐が今度は驚いた顔をした。その表情を見て和美はしてやったりといった具合である。

 

「告白ですか?」

 

「違うわ」

 

「弄ばないでくれませんか!」

 

「じゃあ試しに付き合ってみる?」

 

「ノリノリじゃないのはちょっと…」

 

「めんどくさっ!」

 

「でも嫌いじゃないんだろう?」

 

「ウザイ人は嫌い」

 

「言い返せねぇぜ!」

 

「はぁ…」

 

逢襍佗祐は面倒な性格をしてる。それに気付くことが出来た和美は、祐を知る上で大きな一歩を踏み出したと言っていい。それが分かった状態で祐の近くで彼の取る行動を見ていれば、自ずと知っていくことになるだろう。彼という人間が、どういった人間なのかを。

 

 

 

 

 

 

 

夜の女子寮。夏美が部屋からリビングに出ると、ベランダに千鶴がいるのに気が付く。望遠鏡を覗いていることから、きっと星を見ているのだろう。千鶴は保母のボランティアをしているのと同時に、天文部に所属している。

 

「ちづ姉、今日は何か見える?」

 

「あら夏美、そうね…今日は星もだけど、月がよく見えるわ」

 

「月かぁ、考えてみると月ってどんなのか詳しく知らないや」

 

千鶴の隣に来た夏美も夜空を見上げた。今日は雲もなく、月や星がきれいに見える。

 

「地球に一番近い衛星で、神話とかだとよく神格化されてるみたいね。神話に関してはあまり詳しくないけど」

 

「私も神話とかはさっぱり」

 

ベランダの柵に両肘を置いて、月に視線を向ける。頻繁に見る事が出来る惑星だが、改めて見てみると何とも幻想的に映った。

 

「火星には人が住んでるけど、月には住んでないよね。一番近いのに、なんでだろ?」

 

「う~ん…色々と問題があるんじゃないかしら?もう誰か住んでたりとか」

 

「居ても不思議じゃないか。なんせ宇宙人はいるんだもんね」

 

「もしかすると、月の神様が許してくれてないのかも」

 

望遠鏡から顔を離し、笑って夏美を見る千鶴。それに思わず夏美も笑った。

 

「え~、神様って本当にいるのかなぁ」

 

「どうかしら、宇宙人とか幻想種とはまた違うものね」

 

空想上の生物、そして別次元が観測された現在でも神の存在は証明されていない。この世界において未だその姿を見たものはいないと言われているからだ。

 

「ねぇ、ちづ姉は宇宙に行けるならどこに行ってみたい?」

 

「宇宙に…夏美はどこか行きたいところはあるの?」

 

「私はやっぱり火星かな!一度くらいはネオ・ヴェネツィアに行ってみたいんだ」

 

「映像でしか見たことないけど、確かにきれいな所だものね」

 

「修学旅行で行けたりしないかな?」

 

「学園長にお願いしてみる?」

 

「う~ん…まず木乃香さんあたりから攻めてみて…」

 

「意外と強かね夏美…」

 

真剣に考えだした夏美に苦笑いを浮かべる。いきなり学園長ではなく、その孫である木乃香から狙うあたり彼女の本気度合いが窺えた。

 

「まぁ、それは置いておいて。ちづ姉はどこに行きたいの」

 

「そうねぇ」

 

頬に手を添えて悩み始める千鶴。その仕草だけでも絵になる彼女を夏美は羨ましく思う。同室の千鶴・あやかは同性の自分から見ても美しく、そして強い女性だ。そんな二人に挟まれて誇らしい反面、多くのコンプレックスを抱える夏美には思うところがあった。

 

しかし、それ以上に彼女達と一緒に暮らせることに喜びを感じる。それは偏に、二人が人間として魅力的であるからに他ならなかった。だが二人に対して心からそう思えるのは、夏美自身も美しい心を持っているからだということに、残念ながら本人は気づけていない。

 

「ふふ、秘密」

 

「ちょっと!そりゃないよ!」

 

「近いうちに教えてあげる」

 

「いや、今教えてよ!」

 

「ベランダで何をしているんですか二人とも…」

 

詰め寄る夏美と、それを軽くいなす千鶴。そんな二人を見て、あやかは首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

「見えました。あれが第三惑星、地球です」

 

宇宙船のブリッジから、青く輝く惑星が見える。それは他ならぬ地球であった。

 

「小耳に挟んだ程度だったが、美しい星というのはあながち嘘でもないようだな」

 

初めて見る地球にそう呟いたハラートは船員に声を掛ける。

 

「どれ程のレベルなんだ、この星は」

 

「科学レベルは中程度とのことです。戦闘能力に関しては、一般的には低いようですが…」

 

「含みのある言い方だな」

 

「なんでも特殊な能力を持った個体も少なくないとの情報もあります。多次元侵略戦争に参加した者もいるようなので、油断は禁物かと」

 

ハラートが多次元侵略戦争という単語を聞いて嫌な顔をした。

 

「あの戦争に参加した奴がいるのか?余程自信があったのか、ただの死にたがりか…」

 

ハラートの星は侵略戦争には参加していない。寧ろあんな馬鹿げた戦争に参加する方がどうかしている。あの戦争に関してはあまり情報は残されていないが、多くの次元を巻き込んだ戦争故その悲惨さだけは有名な話だ。

 

あの戦争のせいで消滅した次元も一つや二つではないと聞く。第9次元の消滅と共に終結を見たらしいが、どうやってそうなったのかは未だ明かされていない。それ以外にも不明な点だらけとくれば、この騒乱が曰く付きであることは想像に難しくない。

 

(銀河でそれ程名前の挙がらない星だが、だからこそ掘り出し物が見つかることもあるか…)

 

「早々に俺達の存在を認知されると厄介かもな。艦の迷彩は解くなよ、一先ずは観察するとしよう。地球というやつをな」

 

「かしこまりました」

 

そうして宇宙船は針路をとる。彼らにとっては未知の惑星である地球へ。



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知らないところで話は進む

光学迷彩機能によりその姿を隠す宇宙船のブリッジで、地球人の様子を観察する船員達。そんな中に、シートに頬杖をついて退屈そうな表情を浮かべるハラートがいた。

 

「どんな星かと大事を取って行動したはいいが、何とも退屈な星じゃないか」

 

まだ観察を始めて数日ほどだが、一向に大事件が起きる気配もなければ戦闘が起こる気配もない。一応今いる所とは別の場所では戦闘が起きている様だが、地球人同士が低い技術で作り上げたのであろう武器を使って撃ちあいをしているという何の興味も湧かないものだった。

 

「あらゆる場所を観察対象として設定していますが、特別ご報告するような事は起こっておりません」

 

「はぁ…外見は悪くないが、中までそうとはいかないようだな」

 

騒ぎを起こしたいわけでも巻き込まれたいわけでもないが、それにしたって平和すぎる。起きる事件もこちら目線で言えば小競り合い程度のものだ。この惑星に住む者があの戦争に参加したなど、とてもではないが想像できない。

 

「ハラート様」

 

「なんだ?」

 

「先程、巨大な都市を発見しました。周りと見比べてこの場所だけ建造物などの雰囲気が違って見えます」

 

オペレーターからの報告を受けるが、あまり惹かれるような話ではなかった。しかしここで代り映えのしない地球人の日常を見ていても、それこそ何も始まりはしない。

 

「駄目で元々だ、そこに移るぞ。そこも暇つぶしにならなければ、この星からは移動だな」

 

「かしこまりました」

 

そもそも本命のプリンセスも見つからない。外れを引いたかと思いながら次の目的地に向かう。その目的地こそが麻帆良学園都市であった。

 

 

 

 

 

 

「ちづ姉、お昼どうする?」

 

昼休みになり、千鶴に声を掛ける夏美。千鶴は鞄から弁当箱を取り出しながら考え始めた。

 

「そうだ、テラスに行かない?」

 

「テラス?別にいいけど、何かあるの?」

 

「この間ふらっと行き着いてそこで食べたんだけどね、なかなか良い所だったのよ」

 

「ふ~ん、じゃあそこにしよっか」

 

千鶴と夏美は荷物を持って教室を出る。その後ろ姿を和美は席に座りながら横目で見ていた。

 

「和美さん?どうかしたんですか?」

 

「いんや、なんでも。さ、私もお昼食べよっと」

 

さよにそう返すと和美は休み時間中に買っておいた購買のパンを取り出す。するとさよがそわそわとしだした。

 

「なにさよちゃん、トイレ?」

 

「ち、違いますよ!…和美さん、実は私…凄いことが起きたんです」

 

「凄いこと?」

 

「はい!申し訳ないんですけど、そのパンを一切れ貰ってもよろしいでしょうか!」

 

「ど、どうぞ…」

 

触れるかと思うほど顔を近づけてきたさよに押されながら、パンをちぎって手渡そうとする。そこまでしてそのまま渡しても落ちるのではと思った矢先、さよの手が確かに和美に触れた。

 

「へ?」

 

さよはしっかりと和美からちぎったパンを受け取ると、大きく口を開けてパンを口の中に入れた。和美は思わず目を見開いてさよを見つめる。

 

「どうですか!」

 

「さ、さよちゃんが食べた!?」

 

大声を出したことによりクラス中の視線がそちらに向けられる。何人かが和美達の周りに集まってきた。

 

「なによ朝倉、大声出して」

 

「明日菜!凄いよ!さよちゃんが食べた!」

 

「落ち着きなさいよ…」

 

「食べたって、さよちゃんなにしたん?」

 

「聞いてください木乃香さん!私、ごはんを食べられるようになったんです!それに…ほら!」

 

そう言って木乃香の手を取るさよ。その光景に明日菜と木乃香も驚くが、木乃香は直ぐに笑顔で手を握り返した。

 

「よかったなぁさよちゃん!これで一緒にごはん食べられるえ!」

 

「はい!何故か出来るようになってました!」

 

それを聞いていたクラスメイト達がさよになだれ込んでくる。

 

「おめでとうさよちゃん!」

 

「これからあげ!食べて!」

 

「触れるようにもなってる!?触らせなさい!」

 

「変態がいるわよ」

 

一気にお祭り騒ぎになるA組。さよも満面の笑みを浮かべていた。

 

「喜ばしいことですが、どうして急に?」

 

「大方逢襍佗が何かしたんじゃないのか?」

 

その輪から少し外れた所にいたあやかの独り言に真名がそう返した。そうかもしれないと納得していると、今度は席に座ったままのエヴァが珍しく口を開く。

 

「いや、祐は何もしていない」

 

「エヴァンジェリンさん?えっと、では何故?」

 

「相坂さよ自身の力が増したのさ。世界の影響かもな」

 

「世界の何かが変わったというのか」

 

真名の問いにエヴァは表情を変えることなく答える。

 

「変わったというより、取り戻し始めている…と言った方が正しいかもな。神秘というのは厄介なものだ」

 

「神秘…」

 

呟いたあやかとエヴァを見る真名。それから特に何も語ることなく席を立ったエヴァを見送って、真名はその視線をさよに向けた。

 

 

 

 

 

 

「なんかの間違いで四条貴音さんと知り合いになれねぇかな?」

 

「なぁ正吉。何思ってもいいけど、不可能なこと言ってても辛くなるだけじゃないか?」

 

「うるせぇ!お前に俺の気持ちなんてわかるか!」

 

そう言って机に突っ伏してしまう正吉。祐と純一は思わず憐みの目で見てしまった。口には出さないが、今の正吉はとんでもなく惨めである。

 

「どう見たって俺達とは住む世界が違うじゃないか。それに俺達のような有象無象は天海さんとクラスメイトってだけでも、生まれてきたことに感謝しなければならないレベルなんだぞ」

 

「生まれてきて申しわけねぇ!」

 

「懺悔しろとは言ってないぞ梅原」

 

祐の発言は尤もであると理解しているからこそ正吉は辛かった。純一は言いながら肩に手を乗せるが、それ以上に掛ける言葉が見つからない。

 

「ああ…生まれ変わったら四条貴音さんと結婚できる人間になりたい…」

 

「重症だなこれ…」

 

「そもそも結婚願望があったことに驚きだわ」

 

「俺だっていつか結婚して家庭を持ちたいと思っとるわ!」

 

「ならもっとすべき事があるのではないかね?」

 

「やめろ!それ以上正論で俺を殴るな!」

 

「おらっ!」

 

「いてぇ⁉︎物理的にも殴るな!」

 

二人を見て苦笑いを浮かべつつ、純一は一人自分の将来を薄らと考え始めた。

 

「橘が未来に想いを馳せてるぞ」

 

「どんなこと想像してるか知らんけど、多分それ叶わないよ」

 

「決めつけないでくれるかな!」

 

失礼すぎる発言にカチンときた純一は祐に質問する。

 

「そう言うけど、祐はどうなんだよ!将来のこと考えてるのか⁉︎」

 

「考えてるさ!考えてるさ‼︎」

 

「強調すんな」

 

「じゃあ結婚とかは?」

 

「結婚はしない。そういう相手も作らない」

 

即答した祐に純一と正吉は顔を見合わせた後、視線を祐に戻した。

 

「「なんで?」」

 

「相手を幸せにできる自信が皆無だからだ!」

 

「「意外と重い⁉︎」」

 

 

 

 

 

 

テラスに着いた千鶴と夏美。ふと夏美が横を見ると、千鶴は辺りを見回していた。席は充分に空いていているので、別の何かを探しているのだろうか。

 

「ちづ姉、何探してるの?」

 

「うん?今日は居ないのかなぁって」

 

「居ない?誰が?」

 

「秘密」

 

「ちょっと!それ多くない⁉︎」

 

その頃麻帆良学園都市から少し離れた場所に到着したハラートの宇宙船は、早速都市の観察を始めた。

 

「おいおいなんだ?子供ばかりじゃないか」

 

「同じ服装の人物も多いことから、恐らくここは学園なのではないかと」

 

「ただ建物が変わっている学校ときたか…決まりだな、この星からは」

 

心底がっかりした様子から一転、ハラートは目を見開いてシートから勢いよく立ち上がった。

 

「ハ、ハラート様…どうされました?」

 

「ズームだ!この箇所をズームしろ!」

 

モニターを指さすハラートに困惑しながら、オペレーターは言われた通りその付近を拡大する。そこに映っているのはテラスで食事をとる千鶴と夏美だった。

 

「彼女達が何か?」

 

「美しい…」

 

その発言に、その場にいる乗組員全員がハラートの方を向く。

 

「なんと美しい…この長い髪、慈愛に満ちたような顔、そしてその身から溢れる気品さ…素晴らしいぞ!遂に見つけた!」

 

モニターを覗き込み言葉を紡ぐ度に熱さを増すハラートに比例して、船員達の困惑具合も増していく。嫌な予感がするがそれでも聞かないわけにはいかないので、側近が代表して声を掛ける。

 

「お聞かせ願いたいのですが、何を見つけられたのでしょうか…?」

 

上体を素早く起こすと、親指を立てて自分に向けた。

 

「決まっているだろう!俺の運命の相手…俺の花嫁だ!」

 

『花嫁⁉︎』

 

ハラートを除いた全員の声が重なる。あまりに唐突すぎる出来事に、ついていけている者は一人としていない。そしてハラートの言う運命の相手である千鶴本人が知らないところで、物事は大きく動き出した。

 

 

 

 

 

 

部活を終えて寮へと帰宅していた裕奈は、何となく通り道にある大きな公園を歩いていた。普段は通らないが、なかなか整理されていて綺麗な公園だと思う。今後はここを通り道にしても良いかもしれない。

 

視線を至る所に向けながら歩いていると見知った大きな背中が見えた。間違いなくそれは祐だが、どうも花壇の世話をしているようである。何故こんなところでと思い、祐に駆け寄った。

 

「逢襍佗君?何してるの?」

 

「おっと、どうも明石さん。見ての通り、花壇の世話だよ」

 

「何でまた花壇の世話?」

 

「ちょっと前に川掃除のボランティアをやったんだけどね?その時思うところがあって、再度ボランティアをやらなければと決意した次第です。はい」

 

「な、なるほどね…」

 

よく分からないが率先してボランティア活動を行なっているようだ。何はともあれそれは立派なことだろう。そう考えていると祐が裕奈を見つめていた。

 

「逢襍佗君?」

 

「ああ、ごめんごめん。最近教室以外でよくA組の人に会うなぁと思ってね」

 

「よく会う?」

 

「うん、長谷川さんとかザジさんとか…少し前は那波さんにも会ったよ」

 

「へぇ〜、そうなんだ」

 

祐は雑草が入ったビニール袋を持つと、何かを思い出したような表情を浮かべ裕奈に話し掛けた。

 

「そういえば明日菜達から聞いたよ。夏休み中、随分大変だったみたいだね」

 

その発言を受けて裕奈のボルテージが急上昇する。なんとか無事に終わった話とはいえ、その苦労は昨日のことのように思い出せる。

 

「もうほんと大変だったよ!夢の世界とかに閉じ込められちゃうし、偽物のお母さんは出てくるし!」

 

「改めて聞くとすげぇ話だ…」

 

気が付けば裕奈は自分の体験したことを事細かく話していた。それに時に相槌を打ちながら、祐は興味深そうに話を聞く。

 

「それでね、今度は本物のお母さんが出てきたの!私の中からバーって!」

 

「躍動感あるね」

 

そのまま続きを話していると、例の仮面の人物の話になる。そこで裕奈は僅かに表情を暗くした。

 

「最後はその虹の人があいつをやっつけて、私達を助けてくれたの」

 

「そりゃ大活躍だ。明石さん達を助けてくれたんなら、俺も感謝しないとね」

 

「詳しいことはわからないけど、きっとあの人がお母さんにも会わせてくれた。だから、本当は直接会ってお礼を言いたいんだけど…」

 

「それは難しいって感じだね」

 

「うん。実はね、その後虹の人の友達に会ったの。その人が言うには、虹の人は色々あって正体を隠しているから、お礼とかは伝えておくって」

 

それだけであれば良かったねと言ってもいいのかもしれないが、裕奈の表情から察するに、そう言うのは適していないのだろう。

 

「納得できない?」

 

「ううん、そうじゃないの。ただ…あの人は私達を助けてくれたのに、私は何にもしてあげられないのがさ…ちょっと悔しくて」

 

困ったような顔で裕奈は笑った。助けてくれた彼に何かを返したいが、自分に出来ることはないと感じている。それをどうしても歯痒いと感じてしまうのだ。

 

「これは所詮俺の想像でしかないけどさ、その人は明石さん達を助けたことに関して…きっと見返りは求めてないんじゃないかな?」

 

裕奈が視線をこちらに向ける。その目は続きを促していると感じ、祐は続けた。

 

「明石さん達が無事に現実に戻ってこれたこと、それが一番大事だとその人は考えてると思う。その人のことは勿論知らないけど、どんな人でも大切じゃないものの為には頑張れないよ」

 

「大切…私達が?」

 

「大切じゃなかったらそこまでしないでしょ、普通の人なら」

 

「あの人、私達が知ってる人なのかな?」

 

「わかんね。ただノリで助けただけかもしれんし」

 

「もう!適当だなぁ!」

 

「ぐはぁ!」

 

思わず祐の肩を軽く叩くと、大袈裟なリアクションと共に祐が背中から倒れた。

 

「そんな強く叩いてないでしょ!」

 

「気を付けてくれよ、俺は虚弱なんだから」

 

「嘘つけ」

 

砂埃を払いながら立ち上がると祐は空を見た。もうじき日が暮れるだろう。

 

「8月に比べて暗くなるのが早くなってきたね。ささ、お嬢さん。まだ明るい内に気を付けてお帰りください」

 

祐の芝居がかった口調に裕奈は少し笑った。

 

「なにそれ」

 

「紳士を気取りました。今一だなこれ」

 

「かもね。じゃっ、言われた通り帰ろうかな。またね逢襍佗君!」

 

「うっす。また学校で」

 

こちらに手を振って歩いていく裕奈に手を振りかえし、その姿を見送る。裕奈が前を向いて離れていくと、その背中に小さく呟いた。

 

「みんなが無事なら、それでいいさ」

 

 

 

 

 

 

自室の机で和美はメモに何かを書き込んでいた。それを見てさよが近づいてくる。

 

「何か新しい取材ですか?」

 

「ん〜、ちょっと気になることが出てきてね」

 

「何か聞いても?」

 

和美が部屋を見渡すと、シスターの仕事で少し帰宅が遅くなった美空は現在大浴場にいる。少しくらいなら大丈夫だろうと和美は話し始めた。

 

「最近、どうも千鶴が逢襍佗君を探ってるみたいなのよ」

 

「えっ?それってもしかして…」

 

「逢襍佗君が言うには力のことを疑ってるわけじゃないらしいわ。そうなると何を探ってるのかって話だけど、そこが分かんなくてね」

 

「う〜ん…単純に逢襍佗さんのことが気になってるのではないでしょうか?」

 

「気になる?千鶴が逢襍佗君を?」

 

「はい。和美さんも逢襍佗さんのこと、気になってたから調べてたんですよね?それと一緒じゃないかなって」

 

今でこそ和美は祐の正体を知っているが、そうでない時でも祐には何処かミステリアスな印象を受けていた。だからこそ気になっていたのだが、千鶴も同じように思っているのだろうか。

 

千鶴と祐に接点が余りないことから、恋愛感情を抱いているとは考え辛い。となればさよの言うことは可能性として高いかもしれない。千鶴は普段から一歩引いたところで周りを見守っている立場だが、それでいて人をよく見ている。自分と同じように祐が実は自身のことを人に余り話していないのに気付き、そこに興味を持ったという線は充分考えられた。

 

「なるほどね、千鶴も侮れない人だからなぁ」

 

「高校生とは思えない大人っぽさがありますよねぇ。少し憧れちゃいます」

 

さよの発言に笑いながら、和美は暫く千鶴に目を光らせておくことに決めた。最後まで祐に付き合うと決めたのだ。彼のバックアップも和美の中では重要な役目となっていた。共に戦場に立つだけが、彼の力になるということではないのだ。

 

 

 

 

 

 

時刻は2時、千鶴はふと自室のベットで目を開ける。特に何がというわけではないが目が覚めてしまった。喉が渇いているので水でも飲もうとベットから起き上がると、目の前に何やら光が降り注いだ。

 

突然のことに声こそ出なかったが、驚いた表情でその光景を見つめる。夢の世界の時のものだろうかと一瞬思ったが、色は緑一色であり光の感じも何となく違うように見えた。やがて光が晴れると一人の男が姿を現す。

 

肩までの黒い髪に、どこぞの王族衣装のような出立をした男だ。片膝を立てた状態で顔を下げ、何故だか手には変わった花を持っていた。男は顔を上げると千鶴を見る。やけに熱のこもった目だと千鶴は他人事のように考えていた。

 

「突然の無礼、許してほしい。御婦人の寝室に無許可ではいるなど紳士のすることではない。しかし、この想いを止めることができなかった…」

 

急に喋り始める男。相変わらず千鶴は置いてきぼりだ。

 

「遠い宇宙の彼方からこの星に舞い降り、そして今日君を見つけた。これを運命と言わずして何と言おうか!」

 

「あの、近所迷惑なのでもう少しお静かに…」

 

こちらの声が聞こえていないのか無視しているのか、特に反応を返さず持っていた花を千鶴に渡す。

 

「失礼、今回はこれで退場するとしよう。また必ず君の元へ現れる…俺の名はハラート。再会の時まで、さらばだ運命の人!」

 

盛大にキメ顔を見せつけると再び緑色の光がハラートを包み込み、その姿を消した。嵐のように過ぎ去ったことと寝起きだったことも相まって、千鶴は今起きたことが夢なのか現実なのか上手く判断がつかなかった。

 

しかし、その手には勝手に渡された花が確かに握られていた。

 

 

 

 

 

 

宇宙船のブリッジに先ほどの緑色の光が現れると、徐々に薄れてハラートが出てくる。

 

「転送完了です」

 

「お疲れ様でしたハラート様」

 

「ああ」

 

「如何でしたか、彼女の様子は?」

 

悠々とした足取りで指定のシートに座ると、ハラートは脚を組んで体重を預けた。

 

「突然のことに驚いてはいたようだが、上々だろう。何せ初対面のインパクトは重要だからな」

 

「それは何よりです」

 

誰が見ても分かる程、彼の表情は自信に満ちていた。それが良いのか悪いのかは別として、少なくとも千鶴にインパクトを残せたことは間違いない。

 

「明日はもう少し大々的に会いにいく予定だ。お前達もそれに備えて休憩を回しておけよ?」

 

「かしこまりました」

 

頭を下げる側近に満足げに頷くと立ち上がる。

 

「では俺は寝る、何かあれば知らせろ」

 

「仰せのままに」

 

背を向けてその場から離れるハラート。船員達がそれを見送った後、オペレーターは顔を見合わせた。

 

「どう思う?」

 

「さぁ?地球人どころか、女の落とし方なんて知らないし」

 

「そりゃそうか」

 

ここにいる全員がそういった経験がない為、ハラートの取った行動が正解かの判断がつかない。そもそも地球人に自分達の文化が通用するのかも分からなかった。

 

「まっ、なるようになるさ」

 

「違いない」

 

その会話を最後に作業に戻る。明日は明日で盛大にアタックを仕掛けるようだし、それに合わせて自分達も休憩を回さなければ。

 

例え文化の違いはあれど、ハラートが取る行動にさして変わりはないだろう。欲しいものは勝ち取る。それが自分達の、ブライト星の常識なのだから。



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厄介な告白

宇宙船のデッキにて多くの船員が整列している。その服装は制服から戦闘服のようなものまで様々だった。

 

彼らの目線は正面の台に向けられており、そこに向けてハラートが歩いてくる。数段の階段を登って台の上に立つと、船員達が敬礼をした。軽く敬礼を返すとハラートは口を開く。

 

「さて諸君。昨日伝えた通り、俺は本日彼女に思いの丈をぶつける」

 

ハラートの後ろの空間に大きな画像が浮かび上がる。写っているのは千鶴の写真だ。

 

「とはいえ突然のことだ、彼女にも考える時間は必要だろう。今日は本格的に俺のこと、そして俺の気持ちを知ってもらう程度で済ませるつもりではある」

 

「今後のことだが、俺の想いに応えてくれるならばそれで良し。応えてくれないのならば、応えてくれるようにするまで。もしもの事態が起こる可能性もある、諸君らもその心持ちでいてくれ。以上だ」

 

再び敬礼をする船員にハラートは頷くと台を降りる。その顔は決意で満ちていた。

 

 

 

 

 

 

早朝の時間帯に目を覚ました夏美は、ベットから起き上がりリビングへと向かう。いつもであればそこには朝食を用意している千鶴がいるのだが、今日は見当たらない。珍しいこともあるものだと思いながら、顔を洗う為に洗面台へと進んだ。

 

洗面台から戻ると、そこにはあやかと少し慌て気味の千鶴がいた。

 

「おはよう二人とも」

 

「おはようございます夏美さん」

 

「おはよう夏美ちゃん、朝ごはん少し待ってて」

 

登校時間までは充分時間があるので問題ないが、いつもより起きる時間が遅かったことが気になった夏美はそのことを聞く。

 

「ちづ姉今日はちょっと遅かったよね、どうかしたの?」

 

聞かれた千鶴は悩んでいるように見えた。正確には言おうか言わまいか迷っていると言ったところか。それにあやかも気付いた。

 

「千鶴さん、もしかして何かあったのですか?」

 

「あったと思うんだけど、なんて言ったらいいのかしら…」

 

「まさか、また夢でどうこうとかじゃ…」

 

「夢ではないと思うわ。ただ、余りにも突拍子もないことだったから」

 

「…話していただけませんか?そのこと」

 

「あやか?」

 

真剣な表情を向けられ、千鶴は不思議に思った。

 

「どんな小さなことでも、気になったことがあるのなら話してくださいな。近頃、何が起こっても不思議ではありませんもの」

 

先程とは違い、優しい表情になるあやか。それを見て千鶴は夜に起きたことを話すことにした。

 

「…そうね、正確な時間はわからないんだけど」

 

 

 

 

 

 

「おいっす祐、早いな」

 

「おう、正吉。なんか今日はそんな気分でね」

 

生徒達が教室へと集まり始めるB組で、既に席に着いていた祐に挨拶をする。正吉が窓から外を見ると、今日も今日とて麻帆良学園は賑やかだった。

 

「相変わらずここは朝から賑やかだねぇ」

 

「良いことじゃない、朝から元気なのはさ」

 

「まぁ、違いねぇな」

 

その後も世間話を続けていると、気が付けばクラスの大半が集まっていた。今日も一日学園生活が始まる。しかし、今日に限ってはいつも通りのとはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

明日菜達が教室に着くと、クラスメイトが一箇所に固まっている。気になってそちらに向かうと、中心にいたのは千鶴だった。意外な人物に首を傾げながら、近くにいた美砂に話し掛ける。

 

「おはよ美砂。何かあったの?」

 

「ああ、おはよう明日菜。それがさ…千鶴が不思議体験したらしいのよ」

 

「不思議体験?」

 

正直言ってそれだけで嫌な予感がするが、だからこそ続きを聞く必要がある。明日菜が話を聞こうとすると、風香が千鶴と話しているところだった。

 

「じゃあ千鶴の部屋にいきなり出てきたってこと?その変なのは」

 

「ええ。緑色の光が見えたと思ったら急にそこから出てきて…」

 

「そんで花を渡されたと」

 

「そうね」

 

「ヤバイやつじゃん」

 

「お姉ちゃん、はっきり言い過ぎだよ…」

 

そこだけ聞いても内容はまるでわからないが、厄介事だというのは理解できてしまう。それが明日菜をなんとも言えない気持ちにさせた。

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、出席取るわよ」

 

朝の挨拶を終え、麻耶が出席を取り始める。出席番号が最初の方の祐と春香は、名前を呼ばれた後に小声で世間話をしていた。

 

「今日はちょっと涼しいよね」

 

「だね。これからどんどん寒くなっていくと思うと心が躍るよ」

 

「逢襍佗君、寒いの好きって言ってたもんね」

 

「そうなんすよ。やっぱり冬こそ至高の季節だと思うんだ」

 

楽しそうに語る祐に春香は笑った。

 

「じゃあ12月のスキースノボー教室は楽しみだね!」

 

「勿論!早く雪まみれになりたい」

 

「あれって雪まみれになるスポーツだったっけ…?」

 

春香が疑問を浮かべていると、祐が窓の方を向いていることに気が付く。そちらをじっと見つめる祐を不思議に思い、小さく声を掛けた。

 

「逢襍佗君?」

 

(敵意は無いのか…何の用だ)

 

変わらず外を見つめたままの祐の顔を覗き込もうとすると、窓際の席にいる正吉が声を出した。

 

「は?なんだあれ…」

 

 

 

 

 

 

同時刻のA組。タカミチは別件で少し遅れている為、ネギが出席を取ろうとクラス名簿を開く。まず出席番号一番のさよの名前を呼んだ。

 

「相坂さよさん」

 

「……あの、ネギ先生」

 

「はい、どうかしましたか?」

 

名簿からさよに視線を向けると、さよの視線は外に向けられていた。それにネギが首を傾げていると、さよがゆっくりと外を指さす。

 

「私が知らないだけかもしれないんですけど、あれって麻帆良のものだったりしますか?」

 

その発言に逸早く反応した隣の席の和美がさよの指をなぞって外を見ると、その表情を驚きで染めた。

 

「うおっ!なにあれ!?」

 

和美のリアクションにA組のほとんどが窓に寄って外を見ると、驚きの声を上げる。そこには上空に浮かぶ、大型の船と思われる物体が現れていた。

 

 

 

 

 

 

「いや、なんだよあれ!?」

 

B組でも正吉の発言から生徒達が視線を向けると同じように空飛ぶ船が目に留まる。窓から上半身をのり出している楓が思わず大きな声を出した。それは周りだけでなく、この学園で同じ光景を見ている全員の総意であった。

 

「何ということだ。ここに来て蒔がフラグを回収してしまうとは」

 

「私か!?私のせいなのか!?」

 

「船が空飛んでる…」

 

外見から何処か近未来的な雰囲気を醸し出す船は、音もなくその場で留まり続けていた。学園全体がその存在に気付いたのか、教室外からも声が聞こえ始めている。純一がそこで祐に視線を向けると、窓から少し離れたところで腕を組み、じっと船を見つめていた。静かに祐に近寄ると耳元で話し掛ける。

 

「祐、あれって…」

 

「たぶんだけどこの星のやつじゃない。別次元かどうかまでは分からないけど…宇宙から来たな」

 

「宇宙からって…じゃあ、あれは宇宙船ってこと?」

 

「そんな気がする」

 

「まさか侵略に来たんじゃ」

 

「敵意はまだ感じない。迂闊なことは出来ないな」

 

 

 

 

 

 

「よし、どうやら掴みは悪くないみたいだな」

 

「はい。あの場所にいる全員がこちらに釘付けかと」

 

ブリッジから自身の宇宙船を驚愕の表情で見つめる地球人の姿に気を良くしつつ、ハラートは気合を入れ直す。

 

「さて、それではそろそろ行くか。彼女の元へ」

 

マントを翻し、デッキに向かうハラート。彼がその場に着くと、既に大勢の船員が列を作って待機していた。

 

 

 

 

 

 

職員達が動き始めた頃、宇宙船も動きを見せる。宇宙船の丁度下に位置するグラウンドに緑の光が船から発射された。それを見ていた千鶴が反応する。

 

「あの光…」

 

「緑色の光って、まさか…」

 

話を聞いていたA組も、もしやと考える。そうしていると光が晴れ、その場には軍人のような恰好をした団体が整列していた。その姿にざわめき始める学園。すると少し遅れて再び緑色の光が現れる。

 

その場に現れた人物を見て千鶴が目を見開く。自分の記憶違いでなければ、その人物は昨日花を突然渡してきた人物だった。

 

「千鶴さんがその反応をするってことは…」

 

「あれが噂の男ってことね」

 

千鶴の表情を見た明日菜と美砂が、言いながら現れた男に視線を戻す。少し離れているので詳しいことはわからないが、その姿は随分と堂々としているように感じられた。

 

ハラートは辺りを見渡すと、校舎に向けて歩き出す。すると少し先から何人かがこちらに向かってくるのが見えた。それはタカミチを始めとした麻帆良学園の魔法教師達である。

 

「失礼、そこで止まってくれるかな?」

 

タカミチからの言葉にハラートは素直に従う。取り敢えず言葉は通じるようだと判断し、そのまま会話をすることにした。

 

「いきなりだけど、この場所は関係者以外立ち入り禁止なんだ。まずそれを理解してもらいたい」

 

「なるほど、そうだったか。それは失礼した、無礼を詫びよう」

 

軽く頭を下げるハラート。想像とは違った対応に、他の魔法教師達は困惑していた。その中でタカミチはあくまで冷静に続ける。

 

「質問ばかりで申し訳ないけど、君達が何者で何の為にこの場に来たのか聞かせてもらいたい」

 

「ああ、いいだろう」

 

タカミチ達に笑顔を見せ、ハラートは話し始める。その姿に一切の緊張は見て取れなかった。

 

「俺の名はハラート。この星、地球から遠く離れたブライト星の王子だ」

 

ハラートの発言に、誰が発したのか息を吞む音が聞こえる。タカミチの顔つきは僅かにだが変わった。

 

「この星からすれば、君達は宇宙人…ということだね?」

 

「そうなるな。そして俺達…いや、俺の目的だが。この星と事を構えるなどといったものではない。言ってしまえば、超個人的な目的だ」

 

目的が物騒なものでないのならそれに越したことはないが、ではその目的とは何なのか。それを聞こうとしたところで、その内容はハラート自身から語られた。

 

「俺の目的はただ一つ。それは、運命の相手に俺の想いを伝えることだ!」

 

熱意のこもった言葉だったが、聞いていたタカミチ達は思わず固まってしまう。いくら何でもこれは想定外すぎた。

 

「う、運命の相手かい…?」

 

「その通りだ。俺は彼女の名前も知らなければどんな人物かも知らない。知っているのは顔だけだが、それだけでもわかっていることがある。彼女こそ、俺の運命の相手だということだ」

 

熱く語りだしたハラート。どうもこちらに話しているようで、自分の世界に浸っているのではないかと感じてしまう。

 

「今日俺は彼女に想いを伝えに来た。ここにその彼女がいるのは間違いない。画像を見せよう」

 

ハラートが指を鳴らすと宇宙船から画像が映し出される。それを見てタカミチは頭を抱えたくなった。何せ映し出されたのは自分の受け持つ生徒、那波千鶴だったからである。

 

「でっかい千鶴の写真だ!?」

 

「なんてシュールな光景…」

 

その光景を見ていたA組も反応せざるを得ない。何故画像が出たのかは教室にいる生徒達には分からないが、千鶴は妙に恥ずかしく、赤くした顔を手で覆ってしまった。

 

「ちづ姉がやられた!」

 

「こりゃレアだね」

 

「言ってる場合か!」

 

A組だけでなく、他のクラスも先程とは別の理由で騒がしくなる。

 

「あれってA組の子だよね…?」

 

「ああ…関係者なのか?」

 

「会話までは聞こえないから、まるで話が見えんな」

 

「何が目的なんだあいつ?ん、遠坂どうした?」

 

「はぁ…もうイヤ…」

 

由紀香達が話している後ろで祐は頭を掻いていた。能力を使用して会話を聞いていたが、何とも面倒なことになった。質が悪いと言うべきだろうか、正直今はまだどうしていいか判断がつかない。これでも歳の割には色々な事を経験してきた自負はあるが、こんなことは初めてだ。

 

周りの困惑もなんのその。ハラートは再び指を鳴らす。するとどういう仕組みかは分からないが、スピーカーを通した様にハラートの声が学園内に響き渡った。

 

「運命の人よ!約束通り俺は会いに来た!この声が聞こえているのなら、俺にその姿を見せてくれ!」

 

『運命の人!?』

 

学園中から驚きの声が上がる。千鶴は生まれてきて、今が一番恥ずかしかった。その羞恥心に押しつぶされるかの如く、身体を縮こませる。

 

「ああ!ちづ姉がどんどん小さくなっていく!」

 

「千鶴さん!お気を確かに!お気持ちはお察ししますが…」

 

「でもやっぱり目的は千鶴ってことよね」

 

「こんだけ大々的にしてたらそうでしょうね」

 

美砂に和美が同意する。しかし困った。このままあの男を放置するわけにもいかないが、千鶴はここに居ますよなどと言うわけにもいかない。全員が頭を悩ませていると、決意をした表情で千鶴が立ち上がった。顔は赤いままだが。

 

「ちづ姉?」

 

「大丈夫よ夏美ちゃん。ちょっと行ってくるわ」

 

「ま、待ってください那波さん!」

 

教室から出ていこうとする千鶴の前にネギが立ちふさがった。

 

「何を仰るかと思えば!危険ですわ!」

 

「そうだよ!あの人危ない人かもしれないんだよ!?」

 

あやかと夏美も必死で千鶴を止めようとする。それは他のクラスメイトも同様だった。今千鶴をあの男の前に行かせるのはいい案とは思えない。

 

「あの人が来た目的は私のようだし、このままずっと隠れているわけにはいかないわ。それに今日だけ凌いだって意味ないもの」

 

「それはそうかもしれないけど…」

 

「行かせてやれ、このままにしていても埒が明かん」

 

「そんな、龍宮さんまで!?」

 

夏美が真名に詰め寄るが、真名は冷静に返す。

 

「那波の言う通りだ。今あいつを帰せてもそれで諦めるとは思えん。寧ろ監視の目がある今の内に話を付けるべきだと思うが?」

 

反論したいが上手く言葉が出ず、夏美は強く拳を握る。真名はため息をつくと夏美の肩に手を置いて、千鶴を見た。

 

「那波、行くなら私も同行しよう。それなりに護衛の役目は果たせるつもりだ。刹那」

 

真名が呼ぶと、刹那は頷きながら応える。

 

「ああ、無論だ。私も同行します、那波さん」

 

「真名さん、刹那さん」

 

「僕も行きます!教師として、生徒を守る責任があります!」

 

「ネギ先生まで…」

 

悩んでいる顔をするが、少しして意思は決まったようだ。

 

「ええ、ありがとうみんな。それじゃ、お願いしようかしら」

 

それを見て明日菜も同行する為名乗り出ようとするが、楓が明日菜の肩に手を置いた。

 

「明日菜殿、気持ちはわかるが最初から大勢で行くのも得策とは言えぬ。我々はいざとなれば出陣するでござるよ」

 

「楓ちゃん…でも…」

 

「心配召されるな、真名も刹那もプロでござる。それに、あの場には高畑先生もいるではござらんか」

 

完全に納得したわけではないが、明日菜は渋々頷く。楓は笑顔で頷き返した。

 

「ちづ姉…」

 

「心配しないで夏美。危ないことするつもりなら、深夜会った時に出来たはずよ。あの人が話したいと思ってるなら、まずはちゃんと話してみないと」

 

表情を暗くする夏美の頬に両手で触れる。夏美が千鶴を見ると、その表情は優しく微笑んでいた。

 

「何かあったらみんなが守ってくれるみたいだし、大船に乗ったつもりで行ってくるわ」

 

「…分かった。気を付けてね…」

 

頷く千鶴。あやかは真名と刹那、そしてネギを見た。

 

「千鶴さんをお願いしますわ。皆さんもどうかお気を付けて」

 

「お任せを」

 

「那波の無事は約束しよう」

 

「はい、絶対に那波さんに怪我はさせませんから!」

 

三人が囲む形で千鶴は教室を後にする。その背中を見送りながら、まき絵が思い出した様に呟いた。

 

「龍宮さんと桜咲さんは強いの知ってるけど、ネギ君は大丈夫なのかな?」

 

「大丈夫だよ!だって夢の中で戦ってたし!」

 

桜子がそう返すが、円が微妙な顔をする。

 

「でもあれ、夢の中だからって言ってなかった?」

 

静まり返る教室。一目散に駆け出したあやかを偶然にも祐の秘密を知るメンバーが間一髪で止める。

 

「離してください!ネギ先生を連れて帰らねば!」

 

「刹那さん達もいるから大丈夫だって!」

 

「今行くとややこしくなりそうやし、いんちょは大人しくしとこうな?」

 

「そうよいいんちょ!行っても邪魔だから!」

 

「誰が邪魔ですか!」

 

「パル!余計なこと言わない!事実だけど!」

 

「聞こえてますわよ朝倉さん!」

 

「委員長さん!深呼吸ですよ!ヒッ・ヒッ・フー!」

 

「それはラマーズ法です!」

 

「なんかあのメンバー前より仲良くなってない?」

 

「そう?前からあんなもんだったでしょ」

 

 

 

 

 

 

困惑の感情は未だ消えないが、タカミチは何とか気を取り直してハラートに話し掛ける。

 

「え~っと、その子に想いを伝えるっていうのはいったい…」

 

「そのままの意味だ。この俺の滾る想いを彼女に伝える、その為に俺は来たのだ。俗にいう愛の告白というやつだ」

 

今まで対処してきた事件とは別の方向で厄介だとタカミチは頭を悩ませた。あちら側が一応話し合いを求めている以上、こちら側から手を出すようなことをしていい筈がない。かと言って千鶴を出す訳にもいかない。

 

何とか案を出そうとしていると足音が聞こえてきた。そちらに目を向けると流石にタカミチも驚く。ネギ・刹那・真名が庇う様に歩く一歩後ろに千鶴がいたからだ。

 

「千鶴君…」

 

「すみません高畑先生。でも、こうしないと話が進まないと思いまして」

 

申し訳なさそうに口にする千鶴。タカミチはその姿に頭を掻いた。対して遂に待ち人に出会えたハラートは喜び一色である。

 

「おお…やっと出会えたな」

 

一歩前に出る千鶴。ネギ達は双方の目線は遮らずとも、千鶴の前からは移動しなかった。

 

「どうも。私に用事があるようですが」

 

「ああ、そうとも。俺は君に会いに来たんだ、伝えたいことがあってな。改めて自己紹介しよう、俺はハラート。ブライト星人にしてブライト星の王子だ」

 

ハラート達の声は学園中に響いたままなので、学園からどよめきが起こる。その容姿は人間と違いが無いように見えるが、目の前の船といいその印象的な服装といい、宇宙人であってもおかしくはないと思えた。

 

「おいおい…あいつ宇宙人なのかよ…」

 

「本物初めて見たわ…」

 

教室から覗く正吉と薫が呆気に取られながら口にする。祐は黙って見つめており、純一はそれを見て一人ハラハラしていた。もしかすると場合によっては祐が動くのではないかと気が気でないのだ。

 

「是非、君の名前を教えて欲しい」

 

「那波千鶴と申します」

 

「ナバチヅルか…素晴らしい名前だ」

 

「ありがとうございます」

 

当たり障りのない会話をする二人に反して、周りの緊張感は次第に高まっていく。何かあればすぐに動けるようにと、身体は準備を終わらせていた。

 

「それでハラートさん、私にお話とはなんでしょう?」

 

「おっと、そうだった。俺としたことが忘れていたよ。では、ナバチズル…君に伝えよう」

 

ハラートのその一言に学園中が固唾を呑んだ。辺りを包む緊張感は最大限に達したと言っていいだろう。

 

「君に惚れた。俺の嫁になってくれ!」

 

ハラートが思いの丈をぶつけても、変わらず静寂が続いていた。それは単純に聞いていた者達が、今の状況についていけていなかったからだ。しかし時が止まったかのような状況は、やがて大きく変化する。

 

『ええ~~~!!!!』

 

一帯を揺らすように声が響き渡る。長い歴史の中で、これほどまでに麻帆良学園全体がシンクロしたことはないだろう。

 

「まさかのプロポーズかよ!?」

 

「星を超えた恋ってか!?」

 

「てかあの人誰なんだよ!」

 

「どっかの星の王子って言ってたろ」

 

「そういうことじゃねぇんだよ!」

 

至る所から驚愕の声が聞こえてくる。渦中にいる千鶴も当然驚きの表情だ。何せハラートとは碌な面識もない。

 

「あの…私が忘れていたら申し訳ないのですが、以前どこかでお会いしたことがありましたでしょうか?」

 

「いや、ない。昨日の夜が初対面だ」

 

平然と言ってのけるハラートに更に困惑する。ほぼ初対面の相手に結婚を申し込まれれば、誰でもそうなるだろう。

 

「会ったばかりの相手に結婚を申し込んだのかこいつは…」

 

「出会った月日など関係ない。確かに感じたのさ、チヅルこそ俺の運命の相手だと…それが全てだ」

 

呆れた表情の真名にも悠然とした態度を崩さないハラート。なるほど、星の王子を名乗るだけのことはある。確かに大物だ、面倒なことこの上ないと真名は思った。

 

「それにしたって少し急すぎませんか…?」

 

「思ったら即行動に移す、ブライト星の教えの一つだ。そうやって今まで生きてきた」

 

愛や恋はまだよく分からないネギだが、そんな風に即決するものではないことはなんとなく分かる。従ってそう聞いても返ってくるのは一切の迷いのない回答だった。

 

「チヅル。いきなりのことで困惑しているだろうが、どうしても俺の想いを伝えたかった。今直ぐにとは言わん、君にも考える時間が必要だろう」

 

一歩前に出るハラート。ネギ達が僅かに姿勢を低くするが、ハラートは笑みを浮かべて千鶴を見るだけだ。

 

「だが、先にこれも伝えておこう。俺は諦めが悪い、ちょっとやそっとのことでは手を引くことなどしない」

 

「それはどういう意味だ」

 

先の発言で鋭くなった視線を向ける刹那。ハラートは一度ふっと笑うと背中を向けて歩き出した。そのまま少し進むと、振り向いて口を開く。

 

「手に入れたいものは何としても必ず勝ち取る。これもブライト星の教えでね」

 

思わせぶりな発言に一層目つきが鋭くなる。刹那からすれば、今の発言は武力行使も辞さないという風にしか聞こえなかった。

 

「お騒がせしたな。また会おうチズル、また直ぐにな」

 

軽く手を上げると緑の光に包まれ、宇宙船へと消えていく。周りにいた兵士達も同様に艦内へ戻ると、宇宙船は空高くへと消えていった。

 

再び辺りを沈黙が支配する。ただ先程とは違い、その空気は重苦しいものに変化していた。暗い表情で視線を落とす千鶴。ネギ達はそれを心配に思いながら、上手く言葉を掛けることが出来なかった。タカミチは優しく千鶴の肩に手を乗せる。

 

「取り敢えず教室に戻ろう。千鶴君も疲れたろ?」

 

「…はい」

 

校内へと戻っていく千鶴達。その姿を眺めながら夏美は両手を強く組んだ。

 

「ちづ姉…」

 

「こりゃまた、面倒なことになったわね」

 

和美が呟いたことは、A組全員が思っていた事だった。

 

 

 

 

 

 

「なんか雲行き怪しくなってないか…?」

 

「あいつ…なんか気に食わないわ」

 

見ていた正吉がそう言うと、薫は少し機嫌が悪そうだった。純一は小声で薫に声を掛ける。

 

「薫?」

 

「自分の言いたいことだけ言って、あの子の気持ちはまるで聞いてなかったじゃない。好きなのは噓じゃないかもしれないけど、独りよがり過ぎるわよ」

 

それを聞いて純一は表情を険しくした。周りが暗い空気に包まれて息苦しさを感じていた春香は、そこでふと祐を見る。その時見た祐の表情は、今まで見たことがない程冷たく感じた。



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集まる似た者同士

あの騒動の後、教室に戻って来た千鶴達。クラスメイトから向けられる心配そうな視線を感じて、千鶴は笑顔を見せた。

 

「ごめんなさいねみんな、随分お騒がせしちゃって」

 

「いやいや、千鶴が謝んないでよ」

 

「そうだよ、寧ろ一番大変だったでしょ」

 

「千鶴ちゃん、大丈夫?」

 

声を掛けてくれたチア部三人以外も、千鶴のことを気にかけている。それが千鶴には嬉しいと同時に、心配を掛けたくないという気持ちを強くした。

 

「私は大丈夫よ、ちょっと驚いちゃったけどね。あんなこと言われたの初めてだったから」

 

「そりゃそうだ…」

 

「にしても最後のあれなんなの!なんかやな感じ!」

 

最後のハラートの発言に嫌悪感を感じたのは薫だけではなかった。脅しのような一言に、まき絵は怒り心頭といった具合である。

 

「落ち着きいなまき絵、気持ちは分かるけど…」

 

「え~、亜子だってそう思ったでしょ?」

 

「そりゃウチかて感じ悪いな~思ったけど」

 

それからまき絵の火が移ったのか、周りも先程のことに関して文句を言い始め、千鶴はそれに苦笑いを浮かべる。

 

「……」

 

そんな千鶴を、夏美は黙って見つめていた。

 

 

 

 

 

 

一応騒ぎが終息したので、学園中の生徒達も窓から離れて周りと話始める。様々な意見が飛び交う中、祐は先程からずっと黙ったままだった。それがどうにも心配で、春香は恐る恐る祐に話し掛ける。

 

「あの…逢襍佗君?どうかしたの?」

 

「え?ああ、ちょっとね。なんだかなぁと思ってさ」

 

いざ話し掛けてみると普段通りの祐である。そのことに一安心しつつ、春香は先程の祐の冷たい表情が頭から離れなかった。まるで感情が消えたかのような顔つきで、いつもの祐からは想像もつかない。

 

普段怒らない人が怒ると怖いとはよく聞く。実際祐が怒っていたのかどうかは分からないが、これもそういうことなのだろうかと春香は一人考えた。

 

そんな時、教室のドアから一人の男子生徒が室内を覗いている。恐らく別クラスの生徒だろう、黒髪にツンツンと尖った髪型が印象的な少年だった。その少年は教室を少し見渡すと、こちらに目を向ける。探していたものがあったのか、そのまま近寄ってきた。少年が目の前までくると、祐がそこで少年の存在に気付いて目を向ける。

 

「おう、当麻。なんか会うのは久し振りだな」

 

「ああ、久し振り。俺は祐が女子に追っかけられてたの、教室から見てたけどな」

 

「昔のことは忘れました」

 

「そんな前のことでもないだろ…」

 

仲が良さそうに話す二人を不思議そうに見ていると、それに気付いた祐が春香に紹介する。

 

「天海さん、紹介するよ。『上条当麻』君だ、俺の中学からの友達。当麻、こちらは俺の隣の席のマドンナ、天海春香さんだ」

 

「マドンナって…あ、どうも初めまして。上条当麻です」

 

「こ、こちらこそ!天海春香です!」

 

ぼーっと見ていた影響で焦ったように挨拶を返す春香に当麻は首を傾げた後、視線を祐に戻す。

 

「…せっかくだ当麻、久々に一緒にトイレでも行くか」

 

「だな。男は一緒にトイレに行けば大抵オッケーだ」

 

春香はその会話がよく分からなかったが、男子的にはそんなものなのかと納得した。

 

「てなわけで天海さん。悪いけどもし高橋先生が来たら、俺はトイレに行ってるって言っといて」

 

「え…うん、分かった」

 

「助かります。んじゃついでに」

 

何か言いかけたところで祐が教室のドアを見た。するとまた別の男子生徒が教室を覗いている。祐と当麻は顔を見合わせると、少し笑ってそちらに向かった。

 

「ういっす士郎、来ると思ったよ」

 

「ああ、祐。なんだ、当麻もいたのか」

 

「よう士郎。ご無沙汰」

 

「それでは久々の再会を祝してトイレに行きますか」

 

「…よしきた、任せろ」

 

挨拶もそこそこに教室から出ていく三人。それを見つめていた春香に薫が気づいた。

 

「春香、どうしたのよ?」

 

「ねぇ薫ちゃん、男の子にとってトイレって特別な場所なのかな?」

 

「それなんの話?」

 

 

 

 

 

 

「さぁて、面倒なことになったな」

 

祐達三人はトイレには向かわず、教室から屋上へと来ていた。初めからトイレに行くつもりはなく、ただの理由付けだ。

 

「にしても宇宙人か…現実離れしてる、ってわけでもないのか今だと」

 

「UFOの人攫い事件があったもんな」

 

当麻が呟いたことに士郎が反応する。宇宙人絡みのことは今年に入って二回目だが、やはりどうにも最近宇宙の方面も騒がしい。今回の件が当てはまるのかは分からないが、エクレル星人が言っていたデビルークの王位継承問題が絡んでいるのだろうかと祐は考えていた。

 

「そっちの方がまだ対応は楽だった。犯人ぶっ飛ばしたらそれで終わりだったからな」

 

「あれやっぱり祐だったのか」

 

「だと思った」

 

「熱い信頼を感じるよ二人とも。でもお前らにその顔されるとめっちゃ腹立つな」

 

薄々そうだろうなとは思っていたが、やはりあの事件に祐は絡んでいた。予想通りの結果に士郎と当麻は呆れたような視線を祐に向ける。祐としては、この二人にだけはこういった関係のことで呆れられたくはなかった。

 

「自ら厄介事に首突っ込むアホ筆頭二人に呆れられるのが、どれだけ屈辱かわかるか!」

 

「アホ筆頭の一人はここにいる人なのは分かる。ただもう一人が誰なのか、上条さんには見当もつきませんね」

 

「自覚を持てウニ野郎!」

 

「当麻がそう言われるのは仕方ないけど、少なくとも祐には言われたくないだろ」

 

「なに涼しい顔してんだ!お前もだよブラウニー!」

 

「なんだよブラウニーって…」

 

「えっ、知らないのか?お前麻帆良のブラウニーって呼ばれてるらしいぞ」

 

「なんだそりゃ⁉︎」

 

「それ俺も聞いたことある」

 

士郎は頼まれたことを断らない。自分に関係のない事であってもそれは変わらず、それを当然のようにこなすことからついたあだ名は『麻帆良のブラウニー』だった。ちなみにブラウニーとはアイルランドの妖精で、家事や雑務をしてくれると言われており、何ともぴったりなあだ名である。それ以外にも士郎には幾つかあだ名があるが、ここでは割愛する。

 

「初耳なんだが…」

 

「これからはブラウニーの自覚を持って生きなさい」

 

「嫌だよ…」

 

「なぁ、不毛だからこの話はここでやめないか…?」

 

そこで全員が口を閉ざす。少しして祐は恨めしそうな視線を向けた。

 

「……命拾いしたな」

 

「ちょっと見ない間に凶悪になってるなお前」

 

当麻が言ったことは尤もなので言い返せず、それが悔しくて捨て台詞をはく祐。当麻から見て、自分が会った時より祐は少し変わって見えるようだ。

 

「それで話を戻すけど、祐は何かするつもりなのか?」

 

「いや、しない。というかまだ何も出来ない」

 

その発言に二人は少し驚いた顔をした。

 

「マジか…てっきり今からぶっ飛ばしにでも行くのかと」

 

「んなわけないだろ。そんなことしたらもっとややこしくなる」

 

「中等部時代は暴れ回ってた祐が…成長したんだな」

 

「やめろ、蒸し返すな。思春期だったんだ」

 

中等部時代のことは祐本人からすれば黒歴史的なものだった。余りその辺りのことは振り返りたくはない。少々乱暴に頭を掻くと、腕を組んでため息をついた。

 

「あのハラートとかいう奴は気に食わねぇけど、まだ何かを仕出かしたわけじゃない。今迂闊なことしたら10対0でこっちが悪者だ」

 

「まだ何も出来ないってのはそういうことか」

 

「まぁ、脅しのようなことは言ってたけど…それだけじゃあな」

 

先程言った通りハラートは学園に不法侵入こそしたが、重大な何かをしたわけではない。今直ぐ事を構えるには余りにも理由が足りなかった。

 

「歯痒いけど、今は静観するしかない。今はな」

 

三人の表情は優れない。全員が見ていることしかできない状況に納得は出来ていないが、今はそれを飲み込む以外になかった。

 

「いざその時になったら、どうする?」

 

「そん時はやるさ、勿論な」

 

「だよな」

 

分かってはいたが一応当麻は祐に確認する。予想通りの返答だったが、それは同時に当麻が欲しかった返答でもあった。それに続けて士郎が祐に聞く。

 

「また派手にやるのか?」

 

「穏便に済ませられるなら、なるべくそうしたい」

 

「…それ冗談じゃないよな?」

 

「あのなぁ、俺は戦闘狂じゃないんだぞ」

 

「それは知ってるけど、穏便に済んだことあったか?」

 

「あ⁉︎ねぇよ!」

 

「逆ギレするなって…」

 

中等部からの付き合いである三人には共通点があった。それは何か問題が起きたのなら、それを見て見ぬ振りが出来ないということだ。それぞれ明確にはタイプの違いはあれど、彼らを知る共通の友人からすれば、なんとも似た者同士な三人ということになっている。

 

「そもそも中等部の遠足に関しては、士郎が首突っ込んだのが原因だったぞ」

 

「いや待て、あんな話聞いたら知らない顔できないだろ。それを言うならきっかけは当麻が近所の人から聞いた話を俺達に話したからで」

 

「人のせいにし始めましたよこの人!?話したのは俺だけど実際動いたのは士郎だったろ!」

 

「一番最初だっただけだ!俺が行かなかったら絶対どっちかが行ってただろ!」

 

「「…いや、そんなことはない」」

 

「自信があるなら俺の目を見て言ってみろ」

 

口ではそう言った祐と当麻だが、決して士郎とは目を合わせようとしない。それは自信がないことを肯定しているようなものだった。

 

「ん?…そうなるときっかけを作ったわけでもない、最初に首を突っ込んだわけでもない俺はこの件に関しては被害者なのでは?」

 

「よく言うよ、山一つ消し飛ばしたくせに」

 

「どでかい被害を出したのは間違いなく祐だよな」

 

「それはちゃんと俺を見てなかったお前たちが悪い!」

 

「俺達はお前の保護者か」

 

「私目の手には負えないので、もっといい人を探してください」

 

「育児放棄は重罪だぞ」

 

「まぁ、祐の保護者のことは置いておいて…取り敢えず今は下手に動かない方がいいってことだよな?」

 

おかしな方向に話が進み始めたところで、士郎が軌道修正をする。三人の中では比較的冷静な士郎がこの役割を担うことが多い。

 

「そういうこと。このまま何事もなく終わることはないだろうから、その時を待つ。那波さんの周辺には目を光らせておく必要があるけど、それには当てがあるから心配ない」

 

「あの人ナバさんっていうのか。因みに当てって、どんなだ?」

 

「俺の幼馴染が彼女と同室でね。その子は俺の力のことを知ってるから話を通しやすいし、何より自分も何とかしたいと思ってる筈だ」

 

「なるほど、そりゃ頼もしい」

 

「そもそも話したのか、意外だな」

 

中等部時代には力のことは今以上に秘密にしていた。何かと騒動に一緒に巻き込まれることが多かった二人には知る機会があったが、幼馴染に伝えたと聞いた士郎が言葉通り意外そうな顔をする。それに祐は少し笑顔を見せてから続きを話し始めた。

 

「高等部に入ってから色々あってお仲間が増えてな。情報通な人もいるから、その人も頼らせてもらう気でいる」

 

そう言った祐を見てどこか士郎と当麻は嬉しそうな顔をする。持っている芯の部分は変わらずとも、ちゃんとこの友人は変わっていた。それも好ましいと思える方向に。

 

「そっか…祐、お前少し変わったな」

 

「ほんと、中等部のお前に今の姿を見せてやりたいよ」

 

「これは士郎と当麻にはまだ出来てないことだよな。一足先に行かせてもらったぜ?」

 

得意げというか勝ち誇ったような顔をする祐に対して、先程とは一変して二人は白い目を向けた。

 

「そういうところは悪化してるな」

 

「だよな。中等部の頃はもう少しまともだった」

 

「俺の成長が悔しいんだろ?分かるよ…」

 

「こいつマジで一発入れてやろうか?」

 

「やめとけ当麻、お前のあれでも祐のは消せないんだから」

 

「それやっぱ不公平だろ!俺の唯一の特技が通じないなんて!」

 

頭を抱える当麻の肩に祐が手を乗せる。その眼差しは温かい。

 

「唯一なんてそんなこと言うな当麻、お前にはいいところが沢山あるじゃないか」

 

「ちなみにどこか聞いてもよろしいでしょうか?」

 

「みんなの不幸の避雷針になってるとこ」

 

「ちくしょう!やっぱ不幸だ~!」

 

遂には蹲ってしまう当麻の背中を祐は優しく摩った。

 

「なのに何で俺の不幸は肩代わりしてくれないんだ?もっと頑張れよ」

 

「おい祐、それが本音か?」

 

祐は立ち上がると笑顔を見せる。二人と久し振りにじっくりと話せて嬉しいのだ。同性の友人の中でも特に荒事を共にしたことから、幼馴染である純一達とはまた違った形で二人は特別な人達である。

 

「てなわけで…今回の件に関しては二人にも協力してもらうかもれないから、そうなったら頼むな」

 

「俺は初めからそのつもりだったよ」

 

士郎が平然とそう答えると、何とか持ち直した当麻も立ち上がって答える。

 

「逆にここまできて今更一人でやるって方が無しだろ」

 

二人からの返答に祐は笑った。先程とは違う、喜びのようなものを噛み締めながら。最近、改めて自分が周りに恵まれていることを実感する。それが堪らなく嬉しかった。帰って来て、生きていてよかったと心から思えるから。

 

「最高だよ、兄弟」

 

 

 

 

 

 

「え~っと…まぁ、みんな気になることはあるでしょうけど授業始めるわよ?」

 

あれから教室に戻ってきた麻耶は困惑しながらではあるが授業を始めようとする。その姿にB組は同情をせずにはいられなかった。額を摩りながら教科書をめくっていると、祐がいないことに気が付く。

 

「あれ?天海さん、逢襍佗君はどうしたか知ってる?」

 

「あ、はい。お手洗いに行ってます」

 

「まったくあの子は…分かりました、ありがとうね」

 

再び視線を教科書に戻す麻耶。春香は空いている隣の席を見つめ、それと同じように凛もその席を見つめていた。ある確信を持ちながら。

 

 

 

 

 

 

昼休みになると騒ぎはあっても腹は減るものである。それが育ち盛りの高校生ともなれば尚の事。授業の間の小休憩の際など他クラスの生徒から視線は感じたものの、皆気を使ってか話し掛けられることはなかった。悪く言えば腫物のような扱いではあるが、千鶴からすればありがたかったかもしれない。

 

そんな千鶴は現在教室の真ん中の席に座り、昼食をとっている。それ自体はおかしなところはないが、周りがそうとはいかなかった。A組のクラスメイトが千鶴を包囲するように座り、千鶴を凝視しながら食事をしていたのだ。左右は夏美とあやかが固め、その周りをA組が囲んでいるといった具合である。

 

「あの~みんな?流石にそんな見つめられると気になっちゃうわ」

 

「いえ、お構いなく」

 

「私達は居ないもんだと思ってくれていいから」

 

「ちょっと難しいかな…」

 

苦笑いを浮かべる千鶴。自分を心配してくれてのことなのでそれは嬉しいが、それとこれとは話が別というやつだ。

 

「あのハラートって人は遠くから千鶴を見てたんでしょ?今も見られてるかもしれないじゃない」

 

「つまり、私達が壁になって千鶴を盗撮から守る必要があるわけよ」

 

「私達に任せてよ!」

 

いい笑顔でそう言う桜子を始め、周りのクラスメイトの意思はなかなかに固そうだ。高等部に上がってから色々とあったが、こうして自分が騒動の中心になるのは初めてのことである。みんなが嫌な顔一つせず自分の為に何かをしてくれるのは本当にうれしい。しかしどうにも申し訳なさが勝ってしまう。

 

「えっと…夏美ちゃん」

 

「ダメだよちづ姉。この話が落ち着くまではみんなの言う通り、私達が見張ってるから」

 

助けを求めようとしたが速攻潰されてしまった。それにどことなく夏美の機嫌は悪いように見える。

 

「もしかして、怒ってる?」

 

「ううん、別に」

 

言葉とは裏腹に態度はわかり易いものだった。どう見ても怒っている。だが何に対してなのか千鶴は分からなかった。ハラートに対しても間違いなく夏美は怒っているが、それが一番の理由ではないように感じる。

 

「千鶴さん、息苦しく感じるとは思いますが皆さん千鶴さんが心配なんです。少しの間我慢してくださいな」

 

「あやかまで」

 

どうやらこの状況から脱するのはかなり難易度が高いようだ。そのことに千鶴は思わず頬に手を当て、困った顔をした。

 

「でもどうすんだ?ずっとこんなことしてるわけにもいかないだろ」

 

「そうですね、根本的な解決にはなりません」

 

周りと違い自分の席に座って食事をしている千雨が独り言を呟くと、それにいつの間にか近くにいたザジが反応する。最近おなじみになりつつあるこの一連の流れに千雨は眉間に皺をよせた。

 

「次音もなく後ろに立ってたら怒るからな」

 

「それはいけませんね、以後気を付けましょう」

 

しれっと隣の席に座るザジを呆れた目で見る。以前と比べてこの同居人とは随分と話すようになったと思う。嫌ではないが今一慣れていない自分がいた。だが間違いなくザジと一番喋っているのは自分だし、自分と一番話しているのはザジだ。まるで友達のようだとらしくないことも考える程に。

 

「今日現れた彼は今のところ何を仕出かしたということもありません。取れる行動は限られてきます」

 

「まぁ、そりゃそうだろうな…」

 

千雨は頬杖をつきながら千鶴に視線を向ける。珍しく困っている彼女を見ながら、またぽろっと独り言を呟いた。

 

「逢襍佗はどうすんだろうな?」

 

「はて、何故そこで逢襍佗さんが出てくるのでしょうか?」

 

そこで勢いよく千雨がザジに顔を向ける。その顔はしまったと出ていた。

 

「えっ!?あ…いや!だってあいつもあれ見てただろうし、今頃騒いでんじゃないかなって!」

 

「なるほど、それはそうかもしれませんね」

 

納得したのか千雨から視線を外して鞄を漁り始める。一旦はやり過ごせたようなので安堵のため息をついた。その後横目でザジを確認すると鞄から昼食を取り出していたのだが、そこから出てきた物が問題だった。

 

「なんだそれ…」

 

「昼食です。もっと詳しく言うのなら麻婆豆腐です」

 

「お前っていつもそんなの食ってたっけ…?」

 

「いえ、ですが最近ハマってるんです」

 

「あっそう…」

 

「ある中華飯店をまねて作ってみました。食べてみますか?」

 

「いやいい。やばそうな色してるし」

 

その色からはどう見ても優しさを感じない。食べ物に優しさという言い方は正しくないのかもしれないが、そう思ってしまった。その麻婆豆腐自体が、覚悟もなく食せばどうなるか分からんぞとでも言っているようだ。

 

ザジとは話すようにはなったが未だに彼女という人間を掴めない。というかそもそも掴める時は来るのだろうかと千雨は思った。

 

「あれ、ザジさん。それは何ですか?」

 

ふらっとやってきたさよは、ザジが涼しい顔で食べている物に興味津々だった。食べれるようになったことで興味の対象が広がったのだ。

 

「私が作った麻婆豆腐です。最近よく作っています」

 

「マーボードウフ…ですか?変わったお料理ですね!」

 

「宜しければ一口如何ですか?」

 

「あ、ごめんなさい…催促したみたいで…」

 

「お気になさらず。私としても自分以外の意見が欲しいところなので」

 

そう言ってタッパーとスプーンを差し出すザジに、さよは笑顔を浮かべた。

 

「ありがとうございます!では、一口」

 

「やめたほうがいいんじゃ…」

 

千雨が遠慮気味に声を掛けるが時すでに遅し、さよはそれを口に入れる。その瞬間、笑顔のままさよは倒れた。

 

「ほら見ろ!言わんこっちゃない!」

 

「おかしいですね、これでもあの味にはまだ足りないと思っていたのですが」

 

「おかしいのはお前だ!」

 

後ろから聞こえてきた大きな声にクラスの視線が集まる。そこには笑顔で倒れているさよと慌てた様子の千雨、首を傾げるザジがいた。

 

「さ、さよちゃんが倒れてる!」

 

「なに!?もしかして敵襲!?」

 

「前から思っていたのですが敵襲とはなんですか…」

 

一斉に集まると楓がさよを抱き起す。

 

「いかん、気絶しているでござる」

 

「そんな!?さよちゃんが死んじゃう!」

 

「もう死んでんだよ」

 

その言葉に風香が反応した。

 

「あ!千雨!不謹慎だぞ!」

 

「……すまん」

 

色々と思うところはあったが、千雨はぐっとそれを飲みこんだ。



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牽制が足掛かり

放課後を迎えた麻帆良学園。本日は水曜日の為部活動はなく、生徒達はそのまま下校を始めていた。A組もその例に漏れず下校をしているが、寮住みではないエヴァと茶々丸を除いたクラス全員で寮へと向かっていた。理由は勿論千鶴関係である。

 

「あの、流石にここまでしなくても…」

 

「何言ってんの千鶴!いつどこで千鶴に魔の手が迫るか分からないんだよ!」

 

「いきなり襲われるとは思えないけど…」

 

風香からそう言われ、困った顔というより申し訳なさそうな顔をしている千鶴。その肩にハルナが手を乗せた。

 

「まぁまぁ。どうせ帰る場所は同じなんだし、たまにはみんなで帰るのもいいでしょ」

 

「なんか遠足みたいで楽しいよね!」

 

「ほんとあんたは能天気なんだから」

 

言葉通り楽しそうな桜子を始め、周りはなんとも賑やかだ。恐らく何人かは本来の目的を忘れているのではないだろうかと、夕映は一人思っていた。

 

「実際人の目は多いに越したことはないでしょ?あれに効果があるかは…正直微妙だけど」

 

美砂の意見は尤もである。何せ相手は敢えて全校生徒の前で告白をかました宇宙人だ。そんなものは関係ないとばかりにやって来るかもしれないが、それでも人が少ないよりはいいだろう。

 

「でも、みんなに面倒をかけるのは悪いわ」

 

「寂しいこと言わないでよ、困った時はお互い様。千鶴さんも夢の中で私のこと庇ってくれたじゃん」

 

「そうそう、ウチらもう長い付き合いやろ?」

 

「言ってしまえば私達の仲は結婚秒読みレベルだよ」

 

「それは違うと思う」

 

裕奈達にそう言われると何も言えなくなる。あの時周りと同様、裕奈を庇うように千鶴も前に立っていた。持ちつ持たれつということなのだろう。しかし千鶴本人は、じゃあいいかとは簡単に思えなかった。

 

そんな団体の一歩後ろを歩いていた明日菜は、これからどうしたものかと考える。

 

「う〜ん…あいつはどうせまた来るだろうけど、じゃあどうするかってのも決められないし…」

 

「奴が取る行動に対して後手に回ってしまうのは歯痒くはありますが、そこは仕方ありませんね」

 

今までと違い、取り敢えず戦って押し返すという選択肢は取れない。今のところ、こちら側は受け身でいるしかない現状だということは明日菜も刹那も認識していた。

 

「下手なことはできないし…あ〜、私こういうの苦手」

 

「お恥ずかしながら、私も余り得意な方では…」

 

頭を悩ませる二人を横目で確認し、木乃香は小声で横を歩くあやかに話し掛ける。

 

「なぁ、いんちょ。さっき電話してたみたいやけど、もしかして祐君?」

 

「ええ、お察しの通りですわ」

 

下校の少し前、あかやが通話を受けて席を外していたのを木乃香は見ていた。通話の相手は予想通りである。

 

「祐君はなんて?」

 

「なるべく千鶴さんのそばにいて、見ていてあげてほしいと。祐さんもまだ直ぐには動けないからと仰っていました」

 

「そっか、ウチも出来ることあったら協力するえ」

 

「お願い致します、木乃香さん」

 

気合いを入れた表情で拳を握る木乃香が微笑ましくて、あやかは少し笑った。

 

 

 

 

 

 

「こんにちわ〜」

 

「あら逢襍佗君、こんにちは」

 

学校終わりに公園に寄った祐は、ゴミ拾いをしている高齢の女性に挨拶をした。彼女とはボランティアで知り合った顔見知りである。

 

「今日はボランティアの日だったっけ?」

 

「いえ、ただ何となく花の様子が気になりまして」

 

そう言って花壇を見つめる祐に女性は笑顔を浮かべた。

 

「なんだか逢襍佗君がお世話をするようになってからここにあるお花、前より元気になった気がするわ」

 

「本当ですか?じゃあやっぱりあれが効いたんだなぁ」

 

嬉しそうな顔をする祐に女性は首を傾げた。

 

「あれって?なにか使ったの?」

 

「僕の愛をこの花達に伝えたんです。溢れんばかりの愛でもって接しています」

 

「いやだわ逢襍佗君、情熱的なのね」

 

「そうですとも!やっぱり愛ですよ愛!それに人間と違って花は嘘つきませんからね!ハハハハハ!」

 

「それ深く触れた方がいいのかしら…」

 

冗談なのかそれとも過去に何かあったのか、女性には判断がつかなかった。そんなことを考えていると、祐は少し離れた場所に鞄を置いてこちらに来る。

 

「せっかくなんでお手伝いさせてください。何かやることありますか?」

 

「あら、いいの?悪いわね」

 

「任せてくださいよ!体力が有り余ってるのだけが取り柄ですから!」

 

「何言ってるの、元気なのが一番よ」

 

それから落ち葉の掃き掃除を任された祐は、時折箒で謎の全力フルスイングを挟みながら掃除を行う。側から見れば完全に危ない人物である。

 

すると祐は視線を感じてそちらに目を向ける。制服を着ており恐らく中学生辺りか、紫色の長い髪にリボンをつけた少女がこちらを見ていた。

 

祐がその少女から受けた印象は虚無だ。彼女自身は何も感じていない、ないしは感じようとしていないという印象を受ける。それを示すかのように少女の目には光が灯っていなかった。

 

暫く二人は見つめ合う。どちらも相手を見ながら固まっていると、最初に動いたのは祐だった。

 

ゆっくりと少女に近寄ると、目線を合わせる為に少し屈む。少女の表情に変化はないが、今の状況を僅かにだが不思議に思っているのを感じとれたので、それが祐は少し嬉しかった。どうやら彼女の心は完全に死んでいるわけではないようだからだ。

 

「こんにちは、よかったら見ていってよ。結構自慢の花壇なんだ」

 

祐は身体を逸らせて花壇を見せる。少女の視線は祐から花へと移った。少ししてゆっくりと花壇に近寄ると、咲いている花を眺め始める。その後ろ姿を見た後、近づき過ぎず離れ過ぎずな距離で掃き掃除を始めた。

 

やがて一通り見終わったのか、花壇から離れて祐の元とへとやってくる。何も言葉を発することはない少女だが、祐は彼女を見て笑った。

 

「また気が向いたら見にきてね。もっと周りを綺麗にしておくよ」

 

少女は祐を見つめた後、頭を下げて一礼するとその場から離れていく。祐もそれ以外に何かを言うことはなく、箒を片付ける為に歩き出した。

 

 

 

 

 

 

A組が帰路についていると、裕奈がふと足を止めた。それにアキラが反応する。

 

「裕奈?」

 

「ん?ああ、ごめん」

 

少し早歩きで合流した裕奈を不思議に思い、アキラが尋ねる。近くにいたまき絵と亜子も裕奈を見ていたようだ。

 

「何かあったの?」

 

「この前ここの公園通ってみたら、逢襍佗君がボランティアしててね。それ思い出してた」

 

「逢襍佗君、ボランティアしてるんだ」

 

「なんか意外なような、そうでもないような…」

 

「ボランティアって何してたん?」

 

「花壇の世話」

 

それを聞いたアキラ達は微妙な顔をする。一同の顔を見回した後、裕奈が真剣な表情を浮かべた。

 

「今似合わないと思った者は正直に挙手しなさい」

 

すると言い出した裕奈を含めた4人が手を挙げる。

 

「ひどいみんな!逢襍佗君が可哀想だよ!」

 

「裕奈も手挙げてるじゃん!」

 

「ほら、逢襍佗君優しいけど黙ってると怖めやから…」

 

「亜子、たぶんそれフォローになってない」

 

「なになに、何の話?」

 

四人の声を聞きつけた桜子が顔を出す。他の何人かもこちらに視線を向けていた。

 

「この公園の花壇を逢襍佗君がお世話しとるんやって」

 

「へ~、似合わないね!」

 

「こら!失礼でしょ!」

 

「だから裕奈も思ってたでしょ!」

 

それは一瞬で周りに伝わり、光の速さで件の花壇を見に行くことに決まった。

 

「やはり皆さん当初の目的を忘れているのでは?」

 

「あはは…でも一応帰り道だし」

 

のどかが苦笑いで答えると、視線を下に向けている千鶴が目に留まった。

 

「あの…那波さん?」

 

「学校終わったばかりだし、逢襍佗君は居ないわよね?」

 

「え~っと、たぶん」

 

「下校と同時に走って向かうなどしない限り、まだ居ないと思われますが」

 

「そうよね」

 

千鶴がいったい何を気にしているのか、のどかと夕映はわからず首を傾げる。

 

(はぁ…早く帰りてぇ…)

 

当然のように巻き込まれていた千雨は、心の中で独りごちた。

 

「もしかして祐がいたりして!」

 

「まっさかぁ!そんな都合よくいないでしょ!」

 

 

 

 

 

 

「いたわ」

 

A組が公園の中央に向かうと、そこには花壇に水を与える祐の姿があった。見るからにご機嫌な様子で、口笛を吹きながらホースを持っている。

 

「めっちゃ機嫌よさそうね」

 

「あんな楽しそうに水やりしてる人初めて見た」

 

スッとその場から風香が走り出すと、祐の背中を叩いた。

 

「おーっす祐!」

 

「お、今度は風香ちゃんか。…いや多いな」

 

風香一人だと思っていた祐は、振り向くとまさかのほぼ全員集合に驚いた様子だった。遅れて明日菜達がやってくる。

 

「あんたほんとにボランティアやってたのね」

 

「おいおい、嘘だと思ってたのか?俺は隠し事はするけど、嘘は余りつかないぞ」

 

「それもどうなのよ…」

 

「にしても寮生全員で下校とは、相変わらず仲がよろしいな」

 

「まぁ、あんなこともあったしなぁ」

 

小声で木乃香が答えると、祐は気まずそうな顔をしている千鶴に目を向けた。

 

「どうも那波さん。今日は災難だったね」

 

「そうね、ほんと…困っちゃったわ」

 

そこで会話が途切れてしまう。祐は普段通りなのだが、祐と会ってからどうも千鶴の様子がおかしい。違和感を覚えて夏美は祐と千鶴を交互に見ていた。

 

(…な、何か気まずくない?)

 

(確かに…何だろう、この息苦しさは…)

 

美砂と円が小声で話し始める。二人に限らず周りも謎の気まずさを感じていた。

 

(ちょっと風香、いつもみたいに騒いでこの空気何とかしてよ)

 

(無茶言うなよ!僕だってこの重い空気ぐらいわかるんだからな!)

 

美空が耳打ちで風香に何かさせようとするが、流石の風香も普段と違う空気感を認識しているようだ。

 

「せっかく来たんならこちらにどうぞ」

 

この空気を感じた上でそうしているのか、祐はそっと千鶴の手を引いて花壇へと連れていく。その行動に驚きはしたが、千鶴は抵抗はしなかった。進む途中で一度止まると、振り返って近くにいた夏美の手も取る。

 

「はえ?逢襍佗君?」

 

「村上さんも。こういう時は自然と触れ合うのが一番だよ」

 

言われるがまま祐に連れられる二人。着いた場所にあるのはそれほど大きな花壇ではなく、これと言って特別な所もない。それでも二人にはその場に咲く花がとても美しく映った。

 

「どう?奇麗でしょ。嘘でも奇麗って言ってください…」

 

「奇麗よ、とっても。嘘なんかじゃないわ」

 

咲いている花を見つめ、千鶴はそこでようやく笑顔を見せる。夏美も同様に笑みを浮かべると、枝に小さなオレンジ色の花をたくさんつけたものが目に留まった。近づいて気付いたが、この花から優しく甘い香りがしている。

 

「この花いい匂いするね、何て名前の花?」

 

「しらねぇ」

 

「ええ!?ダメじゃん!お世話してるんでしょ!?」

 

祐の投げやりな返答に夏美は思わずそう言ってしまった。対して祐は逆ギレする。

 

「いいんだよ名前なんか知らなくても!愛があれば万事解決だ!」

 

「あ、愛?」

 

「そう、俺はこの花達に愛を持って世話してる。そして花はそれに応えて元気に育ってくれてる。これだけで充分なんだ」

 

「……逢襍佗君何言ってるの?」

 

「何言ってるのとはなんだ貴様!」

 

会話を聞いていた美空と風香が顔を見合わせて笑うと、祐に向かって茶化すように声を出した。

 

「それっぽく言ってるけど決まってないぞ~逢襍佗君!」

 

「ダサいぞ祐~!」

 

「ああ!?」

 

「「きゃ~!」」

 

とてつもないスピードで二人に向かって走り出した祐と、楽しそうに走って逃げる二人。周りはそれに呆れながらも笑って見ている。先程までのどこか重苦しい雰囲気はすっかり無くなっていた。

 

あっという間に捕まえた二人をそれぞれ脇に抱えた状態で、祐が花壇に戻ってくる。美空と風香は完全に力を抜いてぶら下がっていた。

 

「逢襍佗君力持ちなのね…」

 

「いやいや、二人が軽いんですよ。ほら、紳士的な発言だろ。顔を赤くしろ小娘ども」

 

「わーほれちゃう」

 

「かっこいいー」

 

脇に抱えた二人にそう言うと、返ってきたのはまったく感情のこもっていない発言だった。

 

「明日お前らの上履きに画鋲入れてやるからな」

 

「「陰湿!?」」

 

その三人の姿に千鶴はすっかり笑顔だ。それを見てあやかは一安心していた。

 

それから祐の手伝いをすると数名が言い出し、結局全員で公園で作業を始める。少し離れていた場所から戻ってきたボランティアの女性はその光景に驚いた顔をしていた。

 

「いきなり女の子がたくさんいるからびっくりしたわ。逢襍佗君やるわね~」

 

「それ程でもありません。僕の魅力がなせる業ですな」

 

「謙遜をしなさい謙遜を」

 

横で祐と同じように掃き掃除をしていたあやかが白い目を向ける。女性はあやかを興味深そうに見ていた。

 

「もしかして逢襍佗君の幼馴染の子?」

 

「え、ええ。そうですが…何故それを?」

 

「やっぱり!逢襍佗君に聞いてたのよ、女の子の幼馴染が何人かいるって。貴女がそうなのね」

 

「そういえば話してましたね、この場に後二人いますよ。明日菜!木乃香!」

 

呼ばれた二人がやって来ると、手招きして三人を横一列に整列させた。

 

「彼女達が僕の幼馴染です。女の子の幼馴染はもう一人いるんですが、その子は別のクラスの実家暮らしなんで」

 

「ど、どうも」

 

「こんにちは~」

 

明日菜は少し恥ずかしそうに、木乃香は笑顔で挨拶をする。それに笑って女性も挨拶を返すと、祐の肩を軽く叩いた。

 

「やだわぁこの子ったら!本当に隅に置けないんだから!幼馴染だけじゃなくて、たくさんの女の子達と仲いいなんて!」

 

「あはは、もっと言ってくれていいんですよ?」

 

「調子に乗るなっての」

 

少し赤い顔で明日菜が肘で祐を小突く。それに笑顔を浮かべつつ、祐が木乃香の両肩に手を乗せる。

 

「ちなみにこの中で一番優しいのはこの子です」

 

「ややわぁ祐君、ウチ照れてまうわ」

 

頬に手を添えて満更でもなさそうに木乃香は微笑んだ。

 

「他二人はどちらかというと野蛮です」

 

「「誰が野蛮だ!」」

 

「こ、こういうとこ…」

 

明日菜とあやかに胸ぐらを掴まれて青い顔をする祐を見て、女性は声を出して笑った。

 

 

 

 

 

 

急激に人数が増えたので、作業はあっという間に終わろうとしていた。最後にもう一度花壇を見ていた祐の隣に千鶴がやってくる。

 

「逢襍佗君、ありがとうね」

 

「え?それはこちらの台詞ですよ那波さん」

 

首を横に振ると祐の顔を見つめた。

 

「気を使ってくれたんでしょ?みんなも私の為に色々とやってくれて、本当…申し訳ないわ」

 

言葉通りの表情を浮かべる千鶴を見て、祐は頭を掻いた後身体の向きを花壇から千鶴に変えた。

 

「それだけ那波さんがみんなに大切だと思われてるんですよ。貴女もみんなも、双方相手のことを大切だと思ってる。素敵じゃないですか、とっても」

 

そう言われても余り表情の変わらない千鶴を見て苦笑いをする。正直彼女の気持ちは痛いほどわかる、だから自分でも碌に出来ていないことを言うのは何様だと自己嫌悪になるが、伝えるべきだろうと思った。

 

「那波さん、本当に相手のことを大切だと思うなら…自分が相手に世話を焼かれることも受け入れてあげてください」

 

「那波さんもよく知ってると思うけど、ここにいるみんなは凄く優しい子達だから。もらいっぱなしじゃなくて、あげたいって思う子達なんですよ」

 

「もらってあげてを繰り返して、きっとみんな那波さんと対等な関係でいたいんじゃないかな?」

 

千鶴は祐と見つめ合うと、暫くそのまま動かなくなる。祐は不思議そうに千鶴の顔を見ていると、パッと空を見上げた。釣られて千鶴もその方向を見るが、何もない空しか映らない。しかし祐にはそうではなかったようだ。

 

「お早いご登場だな」

 

千鶴にも聞こえない程の小声でそう呟くと、千鶴の肩に手を置いて自分の少し後ろに優しく誘導した。直後、二人の少し前に緑色の光が現れると、それに明日菜達も反応する。

 

「ちょっとこれって!」

 

「マジ!?早過ぎでしょ!」

 

走って祐達の元に向かい、全員がその場に着いて光を見つめた。

 

「また直ぐにと言ったろう?言ったことは実行する、それが俺だ」

 

声と共に光が晴れると、立っていたのはやはりハラートだ。一歩前に出ると千鶴を見る。

 

「やぁ、チヅル。また会えたな」

 

「ハラートさん…」

 

「さっきはああ言ったが、流石にこんな直後に会いにくる予定はなかった。だが、どうしても聞きたいことが出来てしまってな?」

 

ハラートの目線は千鶴から祐へと移る。その目は千鶴に向けていたものとは比べ物にならない程鋭いものだった。

 

「お前は、誰だ?」

 

「麻帆良学園高等部、一年B組逢襍佗祐です」

 

普通の自己紹介を返すが、ハラートの目は変わらない。それが緊張感で辺りを包んでいた。

 

「そうか…ではアマタユウ、お前はチヅルの何なんだ?」

 

「同級生です。最近よく話すようになったかもしれませんけど」

 

ハラートがさらに一歩前に出ると、刹那を始めとした数人が動こうとする。しかし祐が手をあげてそれを制した。

 

「お前もあの学園の生徒か?」

 

「はい」

 

「ではお前も見ていただろう?俺は彼女に告白をした」

 

「ええ、見てました」

 

千鶴はその光景に思わず二人の間に入ろうとするが、真名が肩を掴んで止める。

 

「よせ那波。今は大人しくしていろ」

 

「真名さん…でも」

 

「言いたいことはあるだろうが、今は私に従ってもらう」

 

有無を言わさぬ真名に、千鶴は唇をかみしめる。後ろの方にいる千雨は面倒事に巻き込まれたと思いつつ、祐とハラートを見て周りとは少し違う緊張感を味わっていた。

 

(おいおい、どうすんだよこれ…まさか逢襍佗のやつ、ここでおっぱじめるんじゃないだろうな…)

 

「俺は彼女を愛している。そんな相手に自分以外の男が近づいていたらいい気分がしないのは、分かってもらえるよな?」

 

「まぁ、わからないでもないですかね」

 

更に近づくハラート。拳一つほどの距離となった祐と視線を合わせ続ける。ハラートの鋭い視線とは裏腹に祐の目からは何も感じられなかった。

 

「忠告しておく、彼女に必要以上に近づかないことだ。俺に敵認定されたくはないだろ?」

 

「無理に近づくつもりはありませんけど、那波さんが誰と接するのか決めていいのは那波さんだけじゃないっすか?」

 

そこで少しの沈黙が訪れる。こういったことに慣れていない大半のA組生徒は冷や汗が止まらない状態だった。

 

「それは俺の忠告を聞かないってことか?」

 

「那波さんの意思は那波さんだけのものだってことです」

 

「…見たところお前はただの地球人のようだが、戦闘の経験は?」

 

「戦闘どころか喧嘩すら碌にしたことありません」

 

「ハッ、それはそれは」

 

ハラートの目が鋭いものから別のものに変わった。

 

「ガタイはいいが覇気も無ければ喧嘩すらしたこともないとは。俺の質問にちゃんと答えられたことだけは褒めてやるよ。まぁ、こんだけ女性のギャラリーがいれば情けないところは見せたくないもんな。よく頑張った」

 

軽く祐の肩を叩くと背中を向けて歩き出す。最早祐は気にする相手ではなくなったということなのだろう。

 

「なにそれ…」

 

夏美の口から思わずこの言葉がこぼれた。ハラートの態度から祐を馬鹿にしていると感じ、何人かの表情が険しくなる。

 

「だがこんな世界だ。そんなことじゃ大切なものは守れないぜ?お前も男なら少しは戦うってこともした方がいいんじゃないか。相手は選ぶべきだがな」

 

「ちょっとあんた」

 

明日菜は額に青筋を浮かべてハラートに詰め寄ろうとするが、祐が明日菜の手を握った。明日菜が振り向いて顔を見ると、祐は真剣な表情で首を横に振る。

 

「ハラートさん」

 

千鶴からの声に、ハラートは前を向いたまま歩みを止める。千鶴の表情は間違いなく怒気を含んでいた。

 

「彼は私の大切な友人です。もう二度と、彼に失礼な発言はしないでください」

 

僅かに顔だけ振り向くと、直ぐに正面に向き直る。

 

「すまない、俺としたことが冷静ではなかった。邪魔したな、どうぞ花の世話を続けてくれ」

 

結局こちらに振り返ることなく、手を軽く上げて光と共にハラートは消えていった。ハラートは去ったものの、その場の重い空気は変わらない。祐は握っていた明日菜の手を引いて顔をこちらに向けるさせると、悔しさを隠そうともしない表情の明日菜が見える。祐は微笑んで明日菜の頭をそっと撫でた。

 

「ありがとな、明日菜」

 

「…別に」

 

ふてくされたような明日菜に苦笑いを見せる。次にすっかり暗い顔になってしまった千鶴に近寄ると、屈んで目線を合わせた。

 

「ごねんね、気まずくさせちゃって。ボキャブラリーが足りなかったよ、もっと本読まなきゃだな」

 

「逢襍佗君…ごめんなさい、私のせ」

 

続きを止めるように祐は千鶴の両肩に手を乗せる。

 

「那波さん、それだけは言っちゃだめだ。貴女が責任を感じる必要なんてない、いいね?」

 

納得などしていないだろう。それでも何とか千鶴は頷いた。例え形だけの物でも、今は多くを望むべきではない。

 

「みんなも、今日は手伝ってくれてありがとう。学校終わりで疲れたでしょ?助かったよ」

 

「そうね、慣れない仕事でちょっと疲れたかも」

 

「んじゃ、私達は帰ろっか」

 

即座に反応した和美とハルナが周りに声を掛けて帰宅を促す。祐は二人に小さくごめんとジェスチャーを送ると、二人はそれぞれウィンクとサムズアップを返した。

 

「さぁ、千鶴さん。帰りましょう?」

 

「…ええ」

 

あやかが千鶴をそっと連れて離れていくと、全員がそれに倣って祐に挨拶を告げて帰っていった。一息ついて、自分が使っていた器具の片付けを始めようとする。すると一部始終を見ていた女性が祐の背中をトンと叩いた。

 

「やるじゃない逢襍佗君。大したもんだったわ」

 

「いやぁ、駄目駄目ですよ。緊張して全然上手いこと言えませんでした」

 

女性は柔らかい表情で、祐の背中を摩る。

 

「本当は今直ぐにでも殴ってやりたかったでしょうに、よく我慢したわね」

 

祐が驚いた表情を浮かべると、女性は得意げに笑った。

 

「気付いてたわよ。逢襍佗君、まだボケてない年寄りには気を付けなさい」

 

「肝に銘じておきます」

 

女性に深く頭を下げて、祐は畏敬の念を示す。それと同時にこれから起こるであろうことを予想し、例のメンバーと話を進めておくことを決めたのだった。

 

何となくではあるが、取るべき行動が見えてきた気がする。



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言えないのは大切だから

「えっ!あの人また来たんですか⁉︎」

 

学園から帰宅したネギは、明日菜と木乃香から下校中に起きたことを聞いた。想像以上に行動が早いと考えながら、明日菜を横目で確認する。その様子は誰がどう見ても機嫌が悪いと分かるものだった。

 

「なぁ、姐さん…何でまたそんなご機嫌斜めなんだ?」

 

「あいつ、祐のこと馬鹿にしたのよ。祐が喧嘩も碌にしたことないって言った瞬間急に態度変えて!祐もその後何も言い返さないし!」

 

その時のことを思い出して怒りのゲージが一段階上がる明日菜。カモは墓穴を掘ったかと思いながら、明日菜を宥めようとする。

 

「ダンナは手の内を明かさない為にそう言ったんだろうな。下手に熱くなって口が軽くならない辺り、流石っすよ」

 

「そうかもしれないけど…だぁ~!イライラする!」

 

「ほらほら明日菜、落ち着き?」

 

「こりゃ相当頭にきてるみたいっすね…」

 

木乃香が明日菜の背中を摩る姿を見て、後は木乃香に任せることにした。普段は色々と言っているが、いざ祐が悪く言われた際にここまで怒るのはきっと愛されている証拠なのだろう。

 

「でも困りましたね。そうなるとあの人は、これからも千鶴さんの前に頻繁に現れるでしょうし…」

 

「確かにな。そこらへんダンナは何か言ってたりしたんすか?」

 

「いんちょには千鶴ちゃんを近くで見ててって言うたみたい。まだ直ぐには動けんからって」

 

「ふ~む…まだ動くには要素が足りなすぎるってとこか」

 

カモはネギの肩からテーブルに飛び移ると、三人を見回した。

 

「取り敢えず、俺っち達も千鶴の姉さんの周りに気を張っていくしかねぇな。生憎奴はどこから来るのか分からねぇ…何かあったらすぐに対処できるようにしとくのが一番だぜ」

 

「うん、そうだね」

 

「なんなら千鶴ちゃんの部屋に交代でお泊りでも行く?」

 

「それ、お泊りしたいだけじゃないわよね?」

 

「千鶴ちゃんにお泊りしてもらうでもええよ」

 

「そういうことじゃないわよ…」

 

 

 

 

 

 

それから少し経った大浴場の洗い場で、ハルナと和美が隣り合って座っていた。

 

「くっそ~、なんか悔しいわね…祐君のこと好き勝手言ってくれちゃって」

 

「まぁ、気持ちは分かるけど仕方ないわよ。あそこでドンパチ始めるわけにもいかないし」

 

あの状況を快く思っていないのは明日菜だけではない。ハルナや和美もそうであれば、宥める側にいる木乃香もあまり表には出していないが同じであった。

 

「あの舐めた態度!あいつなんて祐君がその気になったら一発よ!一発!」

 

「なんであんたがそんなキレてんのよ…」

 

考えてみれば、最近何かとハルナは祐に関して熱くなっているきらいがある。その場の雰囲気やいつものノリでそうしているのかと思っていたが、もしや別の何かがあるのだろうか。

 

「ねぇ、パル。あんた最近逢襍佗君に随分とお熱じゃない?」

 

「…朝倉には言われたくないんだけど」

 

「へ?なんで私?」

 

ハルナがやれやれといった様子のリアクションを取る。和美はその仕草にイラっときたが、今は次の発言を待つことにした。

 

「祐君にお熱なのはあんただっておんなじでしょうが。なんか最近の朝倉、尽くす女って感じが滲み出てきてるわよ?」

 

「…そりゃあ、最後まで付き合うって言ったし?遊び半分でやってるって逢襍佗君に思われたくないし」

 

「少なくともそれって、どうでもいい相手には思えないでしょ。無意識に惚れてんじゃないの?」

 

「まさか、馬鹿言わないでよ。そこまでちょろくないっての」

 

「どうだかねぇ…最後まで付き合うってのも、聞き様によっては一生傍に居るって告白ともとれるけど」

 

「……ないない、好きになるほど逢襍佗君のことまだ知らないし。取り敢えず、惚れてるとかそういうのじゃないから」

 

「まぁ、私はいいけどぉ~?朝倉の心は本当はなんて言ってるのかなぁ~?」

 

おちょくるような物言いに、遂に和美はカチンときた。

 

「ああっ!手が勝手に!」

 

「ギャーーー‼」

 

ハルナの使用している蛇口のハンドルを勢いよく捻り、シャワーから高出力の冷水がハルナに突き刺さる。深く考えるまでもなく、攻撃として効果は抜群だ。

 

「なにすんのよ!?」

 

「手が勝手に動いたのよ」

 

「……あ~!手が勝手に!」

 

反撃になるのかは強く疑問だが、ハルナが和美の胸を鷲掴む。和美は即座にその手を振り払った。

 

「揉むんじゃねぇ!エロオヤジ!」

 

「揉ませなさいよ!何の為のデカチチだ!」

 

「少なくともあんたに揉ませる為じゃないわ!」

 

再度揉もうとするハルナとその手を掴む和美。その姿は他のクラスメイト達の目にも留まり始めた。

 

「朝もそうだったけど、やっぱり早乙女達仲良くなってない?」

 

「前も学園祭の出し物決める時とか、一緒になって騒いでたでしょ」

 

「あ~、確かに」

 

円からの質問に答えながら、美砂は湯船から立ち上がった。

 

「もう出るの?」

 

「いや、私も揉んでくる」

 

「アホか…」

 

円からの言葉は流して、美砂は宣言通り二人の元へ向かった。

 

「おらっ!A組のエロ番長を差し置いて乳繰り合いやがって!両方揉ませろ!」

 

「上等よ!代わりにお前のも揉むがな!」

 

「もうあんたら二人でやってなさいよ!」

 

 

 

 

 

 

「お二人とも、そろそろ行きますわよ」

 

「はいは~い」

 

あやか達も大浴場に向かう為、荷物を持って部屋から出ようとしていた。しかし千鶴は先程のこともあってか、心ここにあらずといった状態である。

 

「千鶴さん。先程のことは祐さんも仰っていましたが、貴女が気に病むことはないんですのよ」

 

「ええ、そうよね…いつまでもこのままじゃ、余計みんなに心配かけちゃうもの。お風呂に入ってさっぱりしましょうか!」

 

「ち、千鶴さん!?何も走っていかなくても!」

 

笑顔を浮かべて駆けていく千鶴を慌てて追いかけるあやか。その後ろ姿を見つめ、夏美は少し強めに拳を握った。

 

「そうじゃないよ、ちづ姉」

 

夏美の声は届かず、その真意は誰も知らない。そして千鶴がどこかぼーっとしていた原因は、帰宅した後自室の机に置かれていた手紙が関係していることも誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

次の日、昼休みの屋上にて祐は士郎と当麻の二人を召集していた。理由は昨日起こったことから、今後の方針を固めたと伝える為だ。

 

「てことで、あいつが行動に出たら俺はこの方向で行こうと思う」

 

「なんか回りくどくないか?」

 

「そもそもその括りは必要ないような」

 

「じゃがしいわ!これでいいんだよ!」

 

この感じは何を言っても聞かなそうだと思った二人は、仕方ないので納得することにした。

 

「どんな屁理屈だろうが、理屈があればあとはひたすらゴリ押しで持っていける。なにか言われても安心だ!」

 

「結局いつも通り、勢い任せの力技と…」

 

「パワー!」

 

「うるせぇよ!」

 

拳を握り、全力でポーズを決める祐とツッコむ当麻。士郎は頭が痛くなった。

 

「なぁ…協力は勿論するけど、その親衛隊って俺達も入らなきゃ駄目なのか?」

 

「何言ってんだ。じゃなきゃ締まり悪いだろ」

 

「はぁ、バレたら藤ねえに何か言われそうだ…」

 

「藤村先生かぁ、そういや最近会えてないな」

 

「あれ、祐のクラスは担当してないんだっけ?」

 

「そうなんだよ、こんな悲しいことあっていいのか?」

 

「いや、知らないけど…」

 

士郎の言う藤ねえとは教員の藤村大河のことで、士郎と大河は昔からの知り合いである。士郎を介して祐達も大河とは高等部に上がる前から面識があった。

 

「それで思い出したわ。タカミチ先生に話しとかないと」

 

「このことをか?」

 

「話通しておいた方が何かとスムーズだろ」

 

「仰る通りで」

 

 

 

 

 

 

二人と別れると、祐はその足で職員室へと向かう。ドアから中を覗くと、タカミチの姿を見つけた。

 

「失礼します。タカミチせ…高畑先生、今お時間宜しいでしょうか?」

 

普段はタカミチを名前で呼ぶのだが、誰か周りに教員がいる際はなるべく名字の方で呼ぶようにしていた。しかし余り深く考えての行動ではない為、気を抜いていると今のようになる。

 

「うん?ああ、祐君か。いいよ、どうかしたのかな?」

 

「実は折り入ってご相談がありまして、少しご足労願えませんか?」

 

「わかった。移動しようか」

 

何となく察したタカミチは席を立つと祐と共に教員室を出ようとする。その時祐がこちらを見ていた大河と目が合い、タカミチに断りを入れてからそちらに小走りで向かった。大河は笑顔で祐に手を振る。

 

「やっほ~逢襍佗君。顔合わせるのは久し振りね」

 

「お久し振りです藤村先生。従って今度腰を据えてお話しませんか」

 

「えっと…どうしたの逢襍佗君?」

 

「逢襍佗…またナンパか…?」

 

机越しから愛穂の眼光が飛んできたので、祐は走って教員室を後にした。

 

 

 

 

 

 

放課後、保育園でボランティアを行う千鶴。周りにはボランティアが終わり次第、部活終わりのクラスメイトと帰ることを約束に何とか納得してもらった。現在は子供たちと園内の広場で遊んでいるところである。

 

「ごめんねみんな、ちょっとお手洗いに行ってくるわ」

 

『はーい』

 

元気な返事が返ってくると、別の保育士にこの場を任せて離れる。少しして人気のない場所まで辿り着くと、辺りを見回してから深い呼吸をした。

 

「ハラートさん、どうぞ」

 

そう言った瞬間、千鶴の前に緑色の光が現れる。昨日机の上に置かれていた手紙はハラートからの物だった。内容を簡潔に言うなら、二人だけで話がしたいというものだ。

 

「すまないなチヅル、手間を掛けさせた」

 

「いえ。それで、お話というのは?」

 

ハラートは真剣な表情を浮かべる。どこかそれは焦っている様にも見えた。

 

「それがな…色々あって、俺達は故郷の星に帰らなければいけなくなった」

 

「それは…随分突然ですわね」

 

思っていたことと違い、少し千鶴は肩透かしを食らった気分だった。

 

「なるべくここを早く立たなきゃならない。それに伴ってなんだが、チヅルも一緒に来てもらいたい」

 

一瞬で驚いた顔になる千鶴。出会ってから何から何まで急な相手である。

 

「恥ずかしながら俺は父親から結婚をせっつかれていてな…チヅルのことを伝えたら今直ぐ連れて来いと言われたんだ」

 

「そんなことを急に仰られても困ります。そもそも私達は顔見知りなだけで」

 

「本当であれば俺もゆっくりと時間をかけていきたかったんだが、そういう訳にもいかない」

 

遮るように言われ、ハラートは改めて千鶴を見つめた。

 

「チヅル、今一度伝える。俺は君が好きだ、俺と一緒にブライト星に来てほしい」

 

千鶴はゆっくりと目を閉じると、強い意志でハラートを見つめ返した。

 

「申し訳ございませんが、お断りさせて頂きます」

 

「…何故だ?」

 

「先程も申しましたが、私達は顔見知りなだけです。それなのにハラートさんのご両親にご挨拶なんて、おかしな話だとは思いませんか?」

 

ハラートは黙ってこちらを見ている。千鶴は今日、自分の想いを正直に伝えると決めていた。

 

「私は貴方のことを何も知りません。それは貴方だって同じで、私のことを何も知らない」

 

「だからこそ、これからお互いを知っていって」

 

「仮に貴方とその星に行ったとして、ご両親と会えば私を地球に返してくれますか?」

 

ハラートは答えない。ただ返すと言わないことからも、答えは出ているようなものだった。

 

「幸運なことに、私には一緒に居たいと思える人達がたくさんいます。この星にです」

 

「その人達と離れてまで貴方と一緒に居たいとは、少なくとも今はとても思えません」

 

迷いなく言い放つ。今回の件で再認識した、自分はみんなと一緒に居たい、まだまだこの学園で生活したいと。大好きな相手となら、共に行くという選択肢もあったかもしれない。だがハラートと自分の大切なものを天秤にかけた時、どちらに傾くかなど考える必要もなかった。

 

「ですので、私のことはどうか」

 

「そうか…そうなってしまったか…」

 

ハラートは視線を落とすと、独り言のように呟いた。千鶴が訝し気にそれを見る。

 

「俺としてもこうはしたくなかったんだが…仕方ない」

 

「どういうことでしょうか?」

 

「言ったろう?俺の星では欲しいものか勝ち取るのが常識なんだ。そうさせてもらうのさ」

 

千鶴の表情が険しくなると、その目は少し鋭くなった。

 

「無理やり連れていくつもりですか」

 

「出来れば手荒なことはしたくはない。実力行使は辞さないが、蛮族にはなりたくないからな」

 

一歩近寄ると千鶴の肩に手を乗せる。今は下手に刺激与えるべきではないと、その手を払いのけることはしなかった。

 

「取引しよう。チヅルが大人しく俺と来てくれれば、チヅルの友人には手を出さないと約束する」

 

そこで千鶴は目を見開いた。自分一人ならまだよかった、だがこれは千鶴にとっては最悪の流れだ。

 

「みんなを…人質に…」

 

「この星と事を構える気はない。ただ数人が軽傷…程度であれば、それほど大事にもならないだろう?」

 

千鶴の体が震える。自分の責任で、大切な友人達が傷つく姿を想像してしまった。千鶴にとって、これ程恐ろしいことはない。

 

「決断は早めで頼む。そうだな…今日から二日後の朝、この星を立つことにしよう」

 

余りにも早すぎる。そんな僅かな間では碌に気持ちに整理などつく筈もないが、それでも千鶴の中で答えは大方決まっていた。その選択を取らなければ、自分の大切な人達が傷つくなら、他の選択肢など無かった。

 

「どうやら、答えは決まっているようだな」

 

暗い表情で視線を落とす千鶴。ハラートは自身の勝利を確信し、笑みを浮かべた。

 

「二日後の早朝、迎えに行く。それまでに別れを済ませるもよし、黙っているのもいい。そこはチヅルに任せよう」

 

肩から手を離すと、背を向けてその場から離れる。千鶴の視線は下を向いたままだ。

 

「ではなチヅル。当日を楽しみにしているよ」

 

そう言ってハラ―トは宇宙船へと戻っていった。千鶴はその場にしゃがみ込む。

 

「みんなとお別れか…思ってたより、ずっと寂しいのね…」

 

俯いて自分の身体をきつく抱きしめた、不安と寂しさで震える身体を落ち着かせるように。もうそろそろ子供達のところへ戻らなければならない、それでも今直ぐにとはいかなかった。今の顔を見せてしまえばみんなを不安にしてしまうから。しかし千鶴の想いとは裏腹に、その表情を明るくすることは簡単には出来そうもない。

 

千鶴は一人覚悟を決める。それが大勢を悲しませることになるとは分かっていても、周りを危険に晒すという選択を彼女が取れる筈もない。本人以外は誰も知らぬ内に話は決まり、唐突過ぎる別れは目前に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

「物事が思うように進んでご満悦、といったところか?」

 

「まぁ、そうは問屋が卸さないんだけどね」

 

千鶴のいる場所から遠く離れた大きな木の上で、和美・真名・茶々丸がその光景を見つめていた。本日朝方に嫌な予感がするからと祐に言われ、信じて見張っておいて正解だった。彼の直感を少し怖ろしく思いながらも、和美は静かに双眼鏡を下ろす。

 

「さぁて茶々丸、しっかり撮れた?」

 

「はい。音声、映像共に問題ありません」

 

「よっしゃ、ばっちりね」

 

「いったん引くぞ刹那。あと夕凪は抜くなよ」

 

耳に付けた機材で、実は身を隠しながら千鶴の近くにいた刹那に通話を行う真名。すると刹那から不機嫌そうな声が返ってくる。

 

『馬鹿を言うな、子供のようにかっとなって暴れたりなどしない』

 

「それは良かった、いつ斬りかかるのかとひやひやしたぞ」

 

『真名…』

 

「はいはい、一旦そこまで。まずは報告ね」

 

和美が纏めると全員が動き出す。理由は充分だろう、これでようやく彼が動ける。

 

「お待たせ逢襍佗君、ネタは掴んだわよ」

 

 

 

 

 

 

その日の夕方、あやか達は普段通り千鶴の作った夕食を食べていた。特に変わりはない、普段通りの風景だ。だからこそ、千鶴は悲しくて堪らなかった。この生活も明日には終わりを迎える、永遠に続くとは思っていなかったが、こんなにも早く終わるなどとは当然だが想像もしていなかった。

 

千鶴の口から今日のことが語られることはない。言ってしまえば彼女達はきっと自分を止める、そうして危険な目に遭う。それだけは何としても阻止しなければならなかった。自分自身と自分の大切なもの、これはその大切なものに天秤が傾いた結果だ。

 

そう思っていつもと変わらぬ態度をとる千鶴。そんな時、夏美が静かに箸を置いた。

 

「夏美ちゃん?どうかしたの?」

 

「ねぇ、ちづ姉…今日何かあったでしょ?」

 

夏美は和美達から話を聞いたわけではない。それでも気付けたのだ、彼女に何かあったと。

 

「今日?いいえ、今日は特に何も」

 

「嘘だよ、じゃあなんでそんな悲しそうなの?」

 

千鶴は思わず驚きが顔に出そうになる。危なかった、あと少しで言い訳も出来なくなるところだったが、寸前でなんとか堪えた。あやかは何も言わず、黙って二人を見ている。

 

「そんなこと言われても…今日は本当に」

 

「じゃあちゃんと目を合わせて言ってみて、何にもなかったって」

 

そう言われては仕方がない。深呼吸をしてから千鶴は夏美の目を見つめる。

 

「今日は何もなかったわ、本当よ」

 

自分では完璧だと思った。身体も震えていなければ、表情だって問題ない。しかし夏美の顔は悲しさで歪んでいた。

 

「やっぱり、何かあったんだね」

 

「……」

 

ここで黙ってしまうのは悪手だとは分かっている。それでも上手く言葉が紡げない。こういったことは得意だと思っていたが、案外自分の事となるとそうではなかったんだなと他人事のように思った。

 

「何で言ってくれないの?ずっと」

 

「私達に迷惑が掛かるから?心配掛けたくないから?」

 

視線を下げていく千鶴に、夏美はその場から勢いよく立ち上がった。

 

「ちづ姉が優しいのは知ってる!責任感が強いのも!でも今一番大変なのはちづ姉でしょ!」

 

そこで顔を上げて千鶴は夏美の顔を見る。彼女の目が潤んでいるのが分かって、それが千鶴の心をきつく締めつけた。

 

「そんなに私が頼りない!?何か悩んでたら相談も出来ないぐらい信用ないの!?」

 

「夏美ちゃん…」

 

「そりゃ私には特別なものなんてなんにもないし!あの人を押し返す力もないけど!それでも!」

 

強く力を入れた全身から徐々に力が抜ける。情けない、勢いよく言ったものの、自分に出来る事など碌にないのに。

 

「それでも…ちづ姉が困ってるなら、何かしたいよ…」

 

潤んでいた瞳から涙が溢れ出す。千鶴が何も言ってくれないこと、そして何より自分が何もしてあげられないことが夏美は悔しくて仕方がなかった。その時、辛そうな表情を浮かべる千鶴が目に留まる。それが更に悔しくて、夏美は部屋を飛び出した。

 

「夏美!」

 

手を伸ばすがその手は届くことはなく、ドアが閉まる音が聞こえた。宙に浮いた手を力なく下ろし、脱力したように座ると身体を優しく包まれるのを感じた。それはあやかが抱きしめてくれたのだと直ぐに理解する。

 

「あやか…」

 

呟く千鶴に何も言わず、只々抱きしめ続けるあやか。その静かな優しさが千鶴の胸に届く。あやかを抱きしめ返すと、静かに涙を流した。

 

 

 

 

 

 

部屋から飛び出した夏美は、当てもなく走り続ける。やがて息が切れてその場に座り込むと、近くから川の音が聞こえた。それに誘われるように近づくと、流れる奇麗な水に泣いている自分の顔が映った。

 

「最悪だよ私…一番大変なのはちづ姉だって、自分で言ったくせに…」

 

あの時の千鶴の辛そうな顔が脳裏に焼き付いている。そんな顔をさせたこと、そして無力な自分に激しい怒りが湧いた。

 

「何にも出来ないくせに…言いたいことだけ言って…そのくせ自分だけ泣いて!」

 

自分の映る水面を思いきり叩く。しかしそうしても少しすれば、また泣いている自分の顔が映った。その光景を強く睨むと、今度は直接自分の顔を叩こうとする。そうして手を振り上げて勢いよく振りぬこうとすると、その手は何者かに掴まれた。突然のことに理解が追い付かず、呆然とした表情でゆっくりとそちらを向く。相手の姿は夜であるにも関わらず、夏美には何故かしっかりと見えた気がした。

 

「逢襍佗君…」

 

「こんばんは、村上さん」



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肝胆相照らす

「どうして…?」

 

「散歩が趣味でさ。最近涼しくなってきたから、当てもなく出歩いてるんだ」

 

困惑したままの夏美に優しく微笑むと、ゆっくりと振り上げていた腕を下ろさせる。そっと手を離すと夏美の目を見た。

 

「那波さんのことで何かあったんだね」

 

祐から目を逸らす。しかしこの状況で何を言っても誤魔化すことは出来ないだろうと、夏美は力無く頷いた。祐は暫く夏美を見つめると、隣に座り込む。それを夏美が不思議そうに見た。

 

「こっち側にはあまり来たことないんだけど、ここも中々いいね。あっ、邪魔なら直ぐ退散しますんで」

 

「えっと…邪魔なんかじゃないけど…」

 

「あざます」

 

そう言うと祐は黙って流れる川を見つめる。夏美も何となくそれに倣って座り、視線を川へと向けた。お互いそうしていると、どうにも気まずくなって夏美は祐を何度も横目で確認する。だが当の祐はまったく気にしていない様子で川を眺めていた。

 

「あの…逢襍佗君?」

 

「へい」

 

「聞かないの?何があったかとか…」

 

「ぶっちゃけ言うとめちゃくちゃ気になってるよ。でも、言いたくないことだったら悪いし。ただ…聞いてもいいなら、聞かせてほしい」

 

夏美としては先程までのことは恥ずべきことで、おいそれと話せるようなことではない。それでも自分が千鶴にどうして欲しかったのかを考えると、祐に話すべきだろうとは思った。軽蔑されるかもしれないが、それも仕方ない。それだけのことをしてしまったのだから。寧ろ責められるのなら、それもそれでいいかもしれないと考えていた。

 

「私ね、ちづ姉に辛い思いさせちゃった。ちづ姉が一番大変なの分かってて…それなのに酷いこと言った…」

 

それから寮を飛び出してしまった時のこと、そして自分の気持ちを全て話した。千鶴がハラートに告白されてから、周りに一つも弱音を吐かなかったこと・千鶴が自身の心配ではなく、ずっと周りに申し訳ないと思っている姿が悲しかった。それと同時に自分では彼女を支えてあげられない。いつも助けてもらっている相手に、お返しをすることさえ出来ないのだと、どうしようもなく自分が惨めだった。

 

「ちづ姉、凄く辛そうな顔してた…私がそんな顔させちゃった…傷つけちゃった…!」

 

その時のことを思い出し、再び涙が流れる。その涙が余計に夏美は惨めに感じた。悪循環に囚われた状態だ、何を思っても最終的に自分を責めるところに行き着いてしまう。祐は一瞬触れていいものかと上げていた手を止めるが、駄目なら払い除けられるだろうと思い、泣いている夏美の背中を摩った。

 

「俺は村上さんが酷い人だとは思えないな。那波さんにそう言ったのも、那波さんが大切だったからでしょ?」

 

泣きながらではあるが頷く夏美。祐にとって二人の気持ちはどちらも理解出来るもだった。

 

「村上さんの周りに頼ってほしかったって気持ちも、那波さんの大切だからこそ言えなかったって気持ちも…きっと間違いじゃない。だから難しいんだけどさ」

 

「大切だから…言えない…」

 

背中を摩っても嫌がられなかったことに人知れず安心しつつ、ゆっくりと続けた。

 

「その人のことが大切だと、何かあってもなんとかして自分で片付けようって思っちゃうんだよ。自分のことでその人に心配や迷惑を掛けたくないから」

 

「でも実際そうすると、大概は余計に心配させちゃうんだよね」

 

苦笑いを受けべて話す祐は、まるで自分のことを話しているようだった。恐らくこれは経験談なのだろう。今祐が言った話は今回のケースにも当てはまるものだ。決して千鶴の優しさは間違いなどではない。しかし彼女の強い責任感と周りに対する優しさ、それがあったからこそ夏美の千鶴に対する心配と不安が募っていったのも事実であった。

 

「お互いに相手のことを思うあまりに起きるすれ違いってやつなのかな。難しいよ、ほんと」

 

「私、ちづ姉にどうしてあげるべきだったのかな」

 

縋るような目だった。この一件が起きてから、それは夏美の中で常にあった疑問だ。自分の気持ちを正直に言えば、こちらの迷惑など気にせず困っていると言ってほしかった。大変だということは見れば分かることでも、直接千鶴の口から聞きたいことである。だがその結果として千鶴を追い詰めてしまった、この想いは言ってしまえば独りよがりなものだったのだろうか。

 

「ここまで言っておいて情けないんだけど…俺も分からないんだ」

 

夏美は花の名前を聞いた時と違い、祐に詰め寄ることはなかった。そんな空気ではないのは勿論だが、祐の表情が真剣なものだったからだ。祐も心から悩んでいる、そう見えたのだ。

 

「相手の気持ちを汲んで静観することが正解なのか、例え相手の気持ちを押しきってでも行動するべきなのか。それなりの期間考えてるんだけど、未だに答えが分からない」

 

「きっと…これはずっと悩みながら生きていくしかないんだろうなって、最近は思ってる」

 

夏美の背中から手を離すと、祐は両手を強く組んだ。言葉とは裏腹に、たった今浮かべた表情に迷いはないように見える。

 

「村上さんも那波さんも、相手が大切だからこそがんじがらめになってる。優しい人ってのはそうなりやすい、柵が多くなっちゃうんだよ。色んな気持ちが行きかうから」

 

祐は優しい表情で夏美の肩に手を乗せる。少し肌寒い9月の夜にあって、その手は温かく感じた。

 

「だからこそ!そんな時には優しくない、自分勝手な奴の出番だ」

 

夏美は困惑に染めた瞳で祐を見る。その視線を受け、祐は笑った。

 

「どう?村上さん。この一件、自分本位で好き放題やってる俺に任せてみない?」

 

「任せてって…逢襍佗君、どうするの?」

 

「これからそれを少しお話ししましょう。取り敢えず、絶対悪いようにはしないよ」

 

祐は少し顔を近づけて、夏美の瞳を覗く。藁にも縋る思いだっただからだろうか、夏美は祐のことを信じてみたいと思っていた。

 

「村上さんにとっても、那波さんにとっても…ね」

 

 

 

 

 

 

夏美が飛び出してから暫く経った千鶴達の部屋。なんとか気持ちを落ち着かせた千鶴は、まだ少し赤い目と鼻をそのままにリビングを忙しなく歩き回っていた。

 

「千鶴さん、お気持ちはわかりますが少し落ち着いてください」

 

「でも心配だわ。どこか知らないところまで行ってないかしら…だけど闇雲に探しても、そもそも私が行っても駄目かもしれないし」

 

普段の姿はどこへやら。あわあわとしている千鶴の姿はなんとも新鮮だが、このまま眺めているわけにもいかないだろう。あやかは千鶴の肩に手を乗せた。

 

「私から電話をしてみますから、一旦座りましょう?」

 

渋々といった様子で頷いたのを確認すると、早速夏美に連絡を入れようとする。その瞬間、ドアが開く音がした。その音を聞きつけて千鶴が駆け足で向かう。そこには期待通りの人物である夏美が立っていた。

 

「夏美…」

 

気まずい顔をしている夏美だが、黙っていても仕方がない。そもそもここに来るまでに一言謝ろうと決めていたのだ。意を決して口を開く。

 

「ちづ姉…さっきはごめ」

 

言葉の途中で千鶴が思いきり夏美を抱き締める。驚いて千鶴の顔を確認しようとすると、その身体が震えているのに気付く。

 

「ごめんね夏美…私、みんなのこと何も考えられてなかった…」

 

その一言に夏美の中で様々な感情が生まれる。だが今はそれを言葉として発するよりも先に、抱きしめ返すことを優先した。

 

「私こそごめん。ごめんね、ちづ姉」

 

言葉は少ないが、今はそれで充分なのだろう。二人の姿をあやかは優しい眼差しで見守っていた。

 

 

 

 

 

 

それから暫くして、千鶴は遂に二人に対して今日起こった出来事を話した。話を聞いて当然と言ってはなんだが、二人は憤怒寸前である。実のところ、あやかは和美達から報告を受けた祐を通して大まかに話は聞いていた。だが何度聞いても気分の良いものなどではない。

 

「最悪…完全に脅迫じゃん!」

 

「随分と卑劣なやり方ですね。流石に度が過ぎています」

 

「みんなを危険な目に合わせることになると思うと言い出せなくて…ごめんなさい…」

 

「ちづ姉が謝ることじゃないよ。そんなこと、簡単には言い出せないよね…こっちこそごめん」

 

理由を聞く事で夏美の中の申し訳なさが増した。自分が千鶴の立場であれば周りに言えただろうかと考えると、それは簡単ではないだろう。

 

千鶴は夏美からの謝罪に首を横に振る、彼女のことを悪くなど思える筈がない。それと千鶴には二人に一番伝えておきたいことがあった。

 

「二人に話しておいてなんだけど…みんなには危険なことをしてほしくないの。私のせいで怪我したりなんて、とても耐えられないわ」

 

なんとなく想像はしていたが、あやかは難し顔をした。気持ちは分かるが、流石に納得するわけにはいかない。

 

「そうは仰いましても…黙って見ているわけにはいきませんわ。そのままにしておけば、明後日の朝には千鶴さんは連れ去られてしまうのでしょう?」

 

「それは…そうなんだけど…」

 

二人の会話を聞きながら、夏美が遠慮気味に手を挙げた。二人が夏美に視線を向ける。

 

「え~っと、それに関してなんだけど…もうある人達が動いてるみたいで…」

 

「ある人?誰のこと?」

 

千鶴が聞くと、たどたどしく答える。その様子を見るに夏美本人も困惑しているようだった。

 

「親衛隊の人達が、だそうです…」

 

「「……親衛隊?」」

 

 

 

 

 

 

自室から管制室に戻ったハラートは、オペレーター達がざわついているのに気が付いた。

 

「どうした?何かあったのか」

 

「はい、それが…あるモニターだけ先程から機能しなくなりまして」

 

「モニターが?」

 

そう言ってスクリーンに目を向けると、地上を監視しているモニターの内、確かに一つだけ消えているものがあった。

 

「故障か何かではないのか」

 

「たった今係りの者が確認に向かったのですが、機材に故障は見られないとのことです」

 

全員が頭を悩ませていると、突然そのモニターに光が戻る。映像を確認してみると、映った光景に目を奪われた。何せそこには誰もいない広場でプラカードを掲げている祐がいたのだ。まるでこちらを認識しているかのようにプラカードを見せつけている。ありえない話だ、ここから地上の距離は視力が良い程度では済まない程離れているというのに。

 

プラカードに書かれているのは恐らくこの星の文字なのだろう。ハラートは映った祐に対して眉間に皺を寄せると、周りに聞いた。

 

「あそこには何と書かれているんだ?」

 

「解読終わりました。あの…これは…」

 

如何にも言いにくそうな船員にハラートは視線を向けた。

 

「言ってみろ」

 

「その…『話があるから降りてこい』と…」

 

静まり返る船内。ハラートはその表情を更に鋭くした。

 

「面白い…」

 

 

 

 

 

 

「おっせーな、もう見えてんだから早く来なさいよ」

 

一人愚痴をこぼす祐の前に、ほどなくして緑色の光が現れた。やっとかと掲げていたプラカードを肩に担ぐ。

 

「この俺に命令するとは大きく出たな地球人、今日のことがそれほど悔しかったのか?」

 

現れて開口一番そう告げるハラート。機嫌は良くないようだが、そこは祐にとってどうでもいいことだった。

 

「ご足労かけて申し訳ございませんな王子様。何分急いでお伝えしたいことがございまして」

 

「伝えたいことだと?お前が俺にか」

 

「ええ、その通りです。単刀直入に申しますと、私目と一つ勝負をして頂きたいのです」

 

祐にハラートは目を見開いた。正直言って、余りに予想外な発言だ。

 

「戦うこともしろと言ったのは俺だが、相手は選べとも言った筈だがな」

 

「貴方の言う通りにしたまでですよ、王子。貴方だから勝負を挑むんです」

 

「どういう意味だ」

 

会話を重ねる毎にハラートの機嫌は悪くなる。それに対して何のリアクションも返さず、祐は告げた。

 

「さっきは本人もいる手前正体は明かしませんでしたが、俺には隠していることがありましてね」

 

そう言うと羽織っていた上着を脱いだ。そこから現れた白いTシャツには、これでもかというくらいでかでかと千鶴親衛隊と書かれていた。当然ハラートにはなんと書いてあるのか分からないので、固まってしまう。

 

「…なんと書いてあるんだそれは?」

 

「お教えしましょう、千鶴親衛隊です」

 

「チヅル…親衛隊…」

 

オウム返しをするハラートに笑うと、祐は自分を親指でさした。

 

「俺は…那波千鶴親衛隊隊長!逢襍佗祐だ!」

 

祐の声が夜空に響き渡る。この状況をツッコむ人物はここにはいない。ハラートは今のこの状況を真剣に受け止めていた。

 

「チヅルの親衛隊隊長だと!?」

 

「そうとも。那波さん本人には隠しているが、俺達は本人の知らないところで彼女を見守ってきたのさ」

 

「俺達…どれ程の組織なんだ」

 

「俺含めて三人くらです」

 

「…少なくないか?」

 

「地球じゃそんなもんっすよ」

 

祐は当たり前のように嘘を言った。しかしハラートにはそうだと分からないので、話はそのまま進んでいく。

 

「その親衛隊隊長である俺が言わせてもらう。ハラート、あんたは那波さんに相応しくない」

 

「貴様…いくら寛大な俺でも我慢の限界はあるぞ?」

 

睨みつけるハラートに逸らすことなく視線を返すと、ポケットから機材を取り出した。ボタンを押すとそこから音声が流れる。その音声は他でもない、ハラートが友人を人質に千鶴を脅迫しているところのものであった。そこでハラートは祐に警戒心を抱く。

 

「聞いていたのか…いったいどこで」

 

「重要なのはそこじゃない。重要なのは、あんたが那波さんを脅迫したってことだ」

 

僅かに祐の纏っている雰囲気が変わったような気がする。同時に身体の内が冷えた感覚を覚えたが、気のせいだとその考えを振り払った。

 

「彼女が幸せなら宇宙人だろうがなんだろうが、相手が何者だろうと祝福しよう。だがあんたは駄目だ、今のあんたじゃどうやったって彼女を幸せになんざできない」

 

「吠えるじゃねぇか、喧嘩すらしたことがない奴が」

 

「そんな奴が喧嘩しようって言ってるんすよ、受けないわけないですよね?」

 

なにか策があるのかもしれないが、そんな小細工程度で敗れる筈がない。少なくともこちらはそれなりに戦闘経験があるのだ。戦いというものを何も知らない小僧に現実を教えてやろうと考えているハラートは、正直言って冷静ではなかった。

 

「いいだろう、受けてやる。その喧嘩とやらをな」

 

「そいつはよかった。実はこの国には、勝負を決める神聖な競技があるんですよ。それで勝負するとしましょう」

 

「乗ってやるよ、どんな勝負だろうと俺が勝つんだからな」

 

「なら一つ、約束して頂きましょうかね」

 

祐が人差し指を立てる。ハラ―トは視線で続きを促した。

 

「俺が勝ったら、那波さんから手を引いてとっとと自分の星に帰ってもらう」

 

祐からそのように告げられてもハラートの余裕は変わらない。その表情から自分が負けることなど微塵も考えていないのが伝わってくる。それでいい、下手に警戒されるよりも余程やりやすいというものだ。

 

「なけなしの勇気を出したんだろうから、その心意気を汲んでやる。そうなったら大人しく帰ってやるよ。お前が勝てたら、だけどな」

 

「言質は取りましたよ、王子様」

 

ハラートは祐を嘲笑う。だが祐としては今の発言を引き出せた時点で充分ではあった。

 

「それで?お前の言う神聖な競技ってのはなんなんだ?」

 

ようやくきた質問に祐は静かに笑うと、先程のように平然と嘘をつき始める。

 

「王子様。棒倒しってご存知ですか?」

 

 

 

 

 

 

「那波千鶴親衛隊…」

 

「なんですかそれは…」

 

「わ、私もよく分からないけど…そう名乗る人からさっき話し掛けられて…」

 

夏美が祐から聞かされたのは那波千鶴親衛隊なるものが秘密裏に結成されていて、その親衛隊がハラートをなんとかするつもりらしいというもの。自分もそれに少なからず関わっていて、恐らく今日中には作戦を開始するらしい。

 

また親衛隊のことは話してもいいが、自分が関わっていることは秘密にしてほしいと頼まれた。よって二人には外に出た時に、その親衛隊の一人に話し掛けられたのだと説明した。

 

「あ、怪しすぎますわ…」

 

「その通りではあるんだけど、凄い熱弁されたの。あれはたぶん嘘じゃなかったと思うんだ」

 

「熱弁って、いったい何を?」

 

「…ちづ姉がどれだけ素晴らしい人で、あのハラートって人がちづ姉には相応しくないってこと」

 

千鶴とあやかが何とも言えない顔をするのは仕方のないことである。夏美は帰ってくる際に祐がいい加減に決めた嘘の話を、自分の中で再構築しながら話していく。演劇部なのが関係しているのかは分からないが、夏美は意外と演技派であった。

 

「本人が心に決めた相手ならどんな人でも祝福するけど、あんな人には任せられないって」

 

「何目線なんですかその人達は」

 

ご尤もなことを言われるが、ここで折れるわけにはいかない。屁理屈でも押し通せばなんとかなると祐は言っていたが、ちゃんと話し合って決めなかったことを夏美は今になって後悔していた。

 

「でも気持ちは分かるでしょ?私だっておんなじ。あんな人にちづ姉を連れて行かせたくなんかない」

 

「それは私も同じ気持ちではありますが…」

 

そこであやかはもしやと考える。その親衛隊はひょっとすると祐が考えたでっち上げの話ではないかと。祐がこの件で動くのは確定してる。本人から親衛隊関連の話は聞いていないが、そう考えると自分でも驚くほど腑に落ちた。

 

「夏美さん、ちょっとこちらへ」

 

「え?いいんちょ!?」

 

突然夏美の手を引いて、千鶴から離れていくあやか。千鶴は困惑しながら二人を見ていた。距離を取ったところであやかが千鶴に聞こえないように小声で話し始める。

 

「その親衛隊というのは、祐さんが関わっているのではありませんか?」

 

心臓を掴まれたような錯覚を起こすが、夏美の表情はぶれなかった。今この瞬間、夏美は間違いなく名女優であった。

 

「逢襍佗君が?なんで?」

 

一度あやかはため息をついた。それは夏美に対してではなく、自分の予想が当たっていたと確信したことに対してである。

 

「安心してくださいな、私は祐さんから千鶴さんの件で既に話をされています。親衛隊という話は聞いていませんでしたが…彼が動いているのは知っていますから」

 

夏美はとてもではないが、祐のことを詳しく知らない。しかし今のあやかを見ていると、よく祐という人間を理解しているんだろうと思った。そもそも夏美自体、あやかのことを信頼している。彼女の言葉は信じていいだろう。

 

「…うん。さっき逢襍佗君に会って、その話をされた」

 

「やはりそうでしたか。分かりました、なら私も口裏を合わせると致しましょう」

 

二人は頷き合うと千鶴の元へと戻っていく。千鶴は相変わらず状況に戸惑っていた。

 

「二人とも、どうしたの?」

 

それぞれが指定の席に着くと、一度咳払いをしてからあやかは千鶴に視線を向けた。

 

「千鶴さん、その親衛隊に関してですが…信じてみてもよろしいかと」

 

「えぇ…」

 

先程とは打って変わったあやかの態度に、千鶴の戸惑いは更に強くなった。

 

「先程夏美さんと話して思い出したのですが、私達A組の誰かにファンクラブのようなものが存在しているとは以前から実しやかに囁かれていました」

 

「初耳なんだけれど…」

 

「なんでもその集団は、その人の幸せを何よりも望んでいるとのことでした。表立って行動はせず、人知れず対象を見守っていると」

 

「それってストーカあふん!」

 

思わずそう呟いてしまった夏美の後頭部を素早くはたくあやか。はたかれたことに思うところはあったが、口を滑られてしまったのは確かではあるので夏美は何も言わなかった。

 

「その対象の人物が千鶴さんだったのは驚きですが、これはありがたいことかもしれません。何せその集団は無駄な争いはしないまでも、かなりの実力者が集まっているらしいですから」

 

「ず、随分詳しいのね…」

 

(ちょっといいんちょ、そんなこと言って大丈夫なの?)

 

(いいんです!少しくらい話を盛らなければ、千鶴さんを渋々でも納得させることは出来ませんわよ!)

 

耳打ちをしてくる夏美にあやかが強く言う。このごり押し具合は奇しくも祐と通ずるものがあった。幼馴染だからといってそこは似るものなのだろうか。だが今一番大事なのは、千鶴をハラ―トに連れて行かせないことで、それには周りを頼ることが必要不可欠だ。周りに助けを求める、千鶴にはそれを納得してもらう必要がある。

 

「千鶴さん、貴女のお気持ちも分かります。友人が危険な目に遭うのは、辛いことです。ですが私は、危険な目に遭ってでも貴女を行かせたくはありません」

 

「あやか…」

 

「確かに危ないことは怖いけど…それよりもちづ姉が居なくなっちゃう方がもっと怖いよ。それに、このまま黙ってちづ姉を行かせたら…きっとこの先、笑って生きていけない」

 

二人からそう言われ、千鶴は黙ってしまう。間違いなく揺らいでいる、あと一押しだ。

 

「話は聞かせてもらったわ!」

 

突然ノックもせずに和美が部屋に入ってくる。三人が驚いた顔でそれを見ると、勢いを弱めない為に間髪入れずに口を開く。

 

「千鶴。悪いけどあの瞬間の映像と音声、しっかり撮らせてもらってたわよ」

 

その言葉に驚愕の表情を浮かべる千鶴。夏美は少し呆れた目を向けた。

 

「抜け目ないんだから…」

 

「今回はいいでしょ!これは決定的な証拠になるわよ、あの人が千鶴を脅して無理やり連れ去ろうとしたって証拠にね」

 

「確かに…それがあればあちらの非道を証明できます。偶には善行をしますわね和美さん!」

 

「さっきからなんなのあんたら!?」

 

もう少し夏美達に問い詰めたいが、それは一旦置いておいて話を進める。

 

「桜咲も龍宮もこの件に協力済みよ。千鶴、もう観念して周りを頼りなさい」

 

和美達三人からの視線を受け、千鶴は力なく笑った。もうここまで話が広まったとなっては、黙っておくことなどできないだろう。

 

「困ったわね…そこまで話が進んでたなんて…でも、どうしてそこまでしてくれるの?」

 

千鶴が発した疑問に三人は顔を見合わせると、代表して夏美が答える。

 

「知らないの?みんなちづ姉が思ってる以上に、ちづ姉のこと大切なんだよ」

 

千鶴は静かに俯く。両手で顔を覆うと、それが涙を流しているのだと周りが気付いた。夏美とあやかはそっと千鶴に近づき、彼女を抱きしめる。一つ目の山場を越えたのを確認して、和美は腕を組んでから深く息を吐いた。

 

(こっちは一先ず成功か。後はお任せするしかないわね)

 

 

 

 

 

 

「と、いうことで!これから勝負することになりました!」

 

『いや急だな⁉︎』

 

ハラ―トとの話を付けた祐は、グループ通話で当麻と士郎に報告を行っていた。

 

『これからって…何時からだ?』

 

「決戦は24時です」

 

『深夜だな…』

 

『良い子は寝る時間だぞ』

 

「お前ら良い子じゃないんだからいいだろ」

 

『『……』』

 

それに関する返答はなく、ため息の後に質問がくる。

 

『それで、どこに行けばいいんだ?』

 

「麻帆良の第二グラウンドだ。そこでケリつける」

 

『因みに勝負の内容ってのは』

 

「棒倒し」

 

三人に沈黙が訪れる。聞きたいことは幾らでもあるが、取り合え一つずつ消化していくことにした。

 

『あの…私目の記憶だと、こっちは三人しかいないんですが…』

 

「心配するな、3対3の棒倒しだ」

 

『棒倒しってそんなルールあったっけか?』

 

「いや、俺のオリジナル。双方の陣地に棒立てて、それを先に倒した方が勝ち。シンプルだなぁ、シンプル・イズ・ベスト」

 

『…とにかくそっち行くわ』

 

「飯食ってからでいいぞ。あと士郎は俺が迎えに行くよ」

 

『はいよ』

 

諸々のことを決めて通話を終了すると、一度夜空を見上げてから歩き出した。

 

「やろうぜハラート、漢の喧嘩だ」



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漢の喧嘩

時刻は間もなく24時になろうとしている。静まりかえる麻帆良の第二グラウンドの中央に三人の男達がいた。その正体は祐・士郎・当麻である。

 

「もう直ぐ時間だな」

 

「なぁ…この服着る必要ってあったのか?」

 

士郎が自分の服を見ながら聞く。その服とは祐がハラ―トに見せた親衛隊Tシャツのことである。律儀に士郎と当麻の分も作っていたのだ。

 

「超さんがものの数分で作ってくれた物だぞ!着れることに感謝せえ!」

 

「これどのタイミングで着ればいいんだよ…」

 

「部屋着でもここぞの勝負服でも使えばいいじゃない」

 

「使えるか!」

 

士郎の反応とは違い、当麻としては部屋着ぐらいならいいかと思っていた。それに今は服のことより気になることがある。

 

「それより今からくる奴らってどれぐらい強いんだ?宇宙人ってことしか知らないんだけど」

 

当麻からの質問に、祐は手を顎に当てた。

 

「そうだなぁ…身体能力は人並み以上って感じだと思うけど」

 

「能力とかは?」

 

「あいつらと対峙した時に危機感は覚えなかったな。だからその程度だよ」

 

「お前の危機感の幅は俺達とは違うんだぞ…」

 

「なんか出してきたら当麻に任しちまおうぜ?」

 

「人柱にしないでいただけますかね?」

 

緊張感のない会話をしていると三人の前に緑色の光が現れた。しゃがんでいた状態から立ち上がると、首を鳴らす。

 

「さて、王子様のご登場だ」

 

光が晴れるとハラ―トを中心に、左右を戦闘服と思われる服装をした二人の男が囲んでいる。

 

「怖気づかなかったことは褒めてやるよ」

 

「夜分遅くにどうも王子様、お褒めに預かり光栄です」

 

ハラ―トは祐から士郎と当麻に視線を移す。

 

「お前達が他のチヅル親衛隊か」

 

気乗りしているわけではないが、ここまできたら乗り掛かった船だ。二人は口裏を合わせることにした。

 

「ああ、親衛隊その1だ」

 

「同じくその2」

 

三人を見回してハラ―トは鼻で笑った。

 

「どんな奴らかと思ったが、ただのガキの集まりとは。しかも本当に三人か」

 

「少数精鋭なもので」

 

目に見えた挑発に反応することなく祐達は横に並んだ。

 

「約束通り、俺達はこの三人で勝負してやる。謝罪をすれば今ならまだ許してやらんこともないぞ?」

 

「お気遣い痛み入ります王子。しかしご心配なく、覚悟はしていますので」

 

頭を下げるとグラウンドの奥にそれぞれ立っている棒を指さした。

 

「ルールは至って単純です、それぞれの陣地に立っている棒を先に倒した方の勝ち。妨害は可能ですが、急所への攻撃は反則です」

 

「いいだろう。それと俺達ブライト星人は大気中に溢れるエネルギー、フォトンと呼ばれるものを操ることが出来るんだが…」

 

ハラ―トはその口元を釣り上げる。

 

「それは使わないでいてやる」

 

「わざわざハンデくれていいのか?」

 

士郎がそう聞くとハラ―トは笑う。

 

「ハンデではない、これはお前達に完全な敗北を与える為だ。あんな能力を使われたから勝てなかったという言い訳を潰す為のな」

 

「それはありがたいこって」

 

呆れたように言う当麻を見るハラート。そんな当麻の肩に祐が手を乗せた。

 

「こっちからすれば得しかない話だ、頂戴しようや」

 

「ああ」

 

それから白線で引かれたスタート位置に着く両者はお互いを視界に捉える。勝負の時は目前であった。

 

「力は使うのか?」

 

「あっちがその気ならこっちも使わない。身体一つでいく」

 

「了解」

 

士郎に祐がそう返すと、当麻はため息をついた。

 

「使えば楽なのに」

 

「カッコつけさせてくれ、こういうの好きなんだ」

 

「知ってるよ」

 

 

 

 

 

 

同時刻。千鶴の部屋に夏美が枕を持って静かにやってきた。

 

「ちづ姉、まだ起きてる…?」

 

「ん…夏美ちゃん?」

 

少し上体を起こすと、恐る恐る夏美が近づいてくる。どこか緊張している様子を不思議に思っていると、夏美は口を開いた。

 

「あの、よかったらご一緒してもよろしいでしょうか…」

 

枕で顔を半分隠しながら聞いてくる夏美に千鶴は小さく笑った後、奥に寄ってスペースを開ける。

 

「どうぞ、狭いですけど」

 

「お、おじゃまします」

 

縮こまってベットに入る夏美は、まるで借りてきた猫のようだ。夏美が入ったのを確認して、千鶴は毛布をかけた。二人とも仰向けで天井を見つめている。

 

「ちづ姉」

 

「なに?」

 

「絶対大丈夫だよ、ちづ姉は連れていかれたりなんかしない。みんなが協力してくれるんだもん」

 

「…ええ、ありがとう」

 

「おやすみちづ姉」

 

「おやすみ、夏美ちゃん」

 

普段より温度が高いベットの中。9月の夜には少し暑い気もするが、それでも二人には心地よかった。

 

 

 

 

 

 

「よーいどんで試合開始と行きましょう。準備の方は?」

 

「いつでも来い」

 

スタートラインに立った全員が腰を低くした。深夜故、周りからの音は聞こえない。

 

「よーい…」

 

「どん」

 

合図とほぼ同時に飛び出したハラートは祐に向けて一直線に進んでくる。常人では出すことが不可能な速さで目の前に迫ると、顔面を狙って腕を振り上げた。

 

「手加減はなしだ!」

 

強く握られた拳が迫り、風を切り裂く音が鳴る。しかしハラートが突き出した拳が届くよりも早く、祐の拳がハラートの腹部を貫いた。身体をくの字に曲げて後方に吹き飛ぶハラート。左右にいた部下は、思わず吹き飛んだ方向を見つめる。

 

祐は殴った状態を解くと、ハラートに向けて走り出した。

 

「取り巻き頼む!王子様は俺がとる!」

 

「よっしゃ!」

 

「任された!」

 

続けて当麻と士郎もそれぞれの相手に向けて走り出す。部下達の反応が遅れて祐は既にハラートに迫りつつある。急いで止めに入ろうとするが、向かってきた二人が正面に立って行手を遮った。頭を振るってなんとか立ち上がったハラートは、こちらに迫る祐に視線を向ける。

 

(なんだ今のは…まぐれ当たりだっていうのか⁉︎)

 

今の一撃は決して軽いものではなかった。地球人の戦闘能力は低いはずで、ましてや祐は喧嘩の一つもしたことがないと言っていた筈だ。実際祐から覇気のようなものは感じなかった。だからこそ話を信じていたが、まさか一杯食わされたのか。

 

「ふざけやがって…!」

 

祐を睨みつけて走り出す。その距離が近づくと、互いの拳を突き出してぶつけ合った。衝突した拳から生まれた衝撃の余波が周囲を揺らす。歯を食いしばるハラートに反して、祐は鋭い表情を浮かべてはいるものの、そこに必死さは見られなかった。

 

(なんだその目は…!会った時のこいつはこんな目はしていなかった!)

 

拳で押し合いながら両者とも視線は相手から外さない。祐から向けられる視線を、この状況にあってハラートは無視することができなかった。

 

(戦いどころか喧嘩すらしたことがない一般人が見せる目じゃねぇ!俺はこの目を見たことがある…!この目はまるで戦士の)

 

瞬間、祐の右拳がハラートの拳を押し返す。押された反動で自分の腕に振られるかのようにハラートが体勢を崩すと、押し切った勢いを利用して回転を行い、左の手の甲を頬に叩き込む。

 

裏拳打ちが直撃し、脳を激しく揺さぶられる。一瞬真っ白になった意識の中、気がつけば視界が反転していた。祐は手の甲を振り抜いた動きさえ利用し、視界の定まらないハラートの胸ぐらを右手一本で掴んで背負い投げをしたのだ。少しして背中から地面に落ちる、強く打ち付けたことで体内の空気が意図せず口から吐き出された。

 

「ハラート様!おのれ…!」

 

倒れたハラートを見た部下が相対していた当麻に拳を振ると、放たれた攻撃を顔を庇うように上げた左腕でなんとか防ぐ。勢いを殺すために横に逸れたのを見計らい、部下が祐に向かおうとする。しかし当麻が背を向けて走り出した部下の右足に飛びつくと、それにより部下は転倒した。

 

同じ瞬間士郎と対峙している部下は何発か攻撃を当てるも、士郎の動きが鈍っていかないことに違和感を覚えていた。

 

(何度か当たってる筈だ…なんだこいつの打たれ強さは⁉︎)

 

弱る様子を見せない士郎に対して焦りが生まれる。その焦りは動きに隙を生んだ。士郎は大きく踏み込むと、相手の懐に入る。まずいと思い身体を引こうとした部下の顎を士郎の拳が捉え、鋭い拳に首をもっていかれた部下の足腰がぐらつき、即座に背後に回った士郎は後ろから羽交締めにして動きを封じた。

 

それを見た当麻が立ち上がり、うつ伏せに倒れた部下の背中を踏んで走り出す。

 

「ぐえっ!」

 

「士郎!そのまま!」

 

「善処する!」

 

士郎を振り解こうとするが、上手く剥がすことはできない。音が聞こえて目の前を向くと、どうやら間に合わなかったようだ。

 

「歯食いしばれ!」

 

跳躍した当麻は勢いを乗せた右腕を振りかぶる。向かってくる右腕を前に、言われた通り歯を食いしばることしかできない。渾身の右ストレートが炸裂し、部下は膝をついてそのまま倒れた。

 

起き上がるハラートは、今自分の目に映る光景を信じたくはなかった。こちらは僅かな間にこれほどのダメージを負っているにも関わらず、祐に関しては無傷である。少し先を見ると部下の一人は倒れ、もう一人は親衛隊の二人に関節技を掛けられている。舐めきっていた相手にここまでされては、冷静な判断は難しかった。

 

「お前、本当は何者なんだ…ただの地球人じゃねぇだろ!」

 

「かもな。ただ生憎自分でも自分が分からなくてね」

 

無機質な返答だ。自分のことであるはずなのに、どこまでも他人事のようである。自分のことさえよく分かってない子供に対してこの体たらくとは、ハラートのプライドは大いに傷つけられた。

 

「俺はブライト星の王子として相応しい相手を見つけた、みすみす逃すつもりはねぇ!」

 

「さっきも言っただろ、お前は那波さんに相応しくない」

 

「相応しくないだと?俺は一惑星の王子だぞ!」

 

その言葉を受けてか先程とは違う冷めた視線を送り、ゆっくりと歩みを進める。

 

「あの子は優しい子だ、優しすぎるくらいにな。だからあの子の隣に立つ奴は同等か、それ以上の優しさを持ってないと吊り合わない」

 

「何が優しさだ!その相手がお前だとでも言うのか!」

 

祐は心底呆れたように笑った。余りに的外れな意見だ、笑わずにはいられない。そんなわけがあるはずがないのに。

 

「馬鹿言うな、俺もお前も予選落ちだ」

 

嘲笑う祐にハラートは強く拳を握る。全身が震える程の力を込めて怒りを表した身体から力の流れを感じた。

 

「使ったな」

 

右手をかざすとそこに緑色の光が収縮し始める。どうやらこれがブライト星人が操ることのできると言っていたフォトンなのだろう。少し期待をしていたが自分と同じ力ではないと分かり、僅かに落胆した。

 

「俺は立場ってものがある…お前のような訳の分からない相手に負けるなどあってはならない!」

 

今のハラートには祐の存在しか見えていない。狙いを付けられているにも関わらず、何の反応も見せないことにさえ疑問を持つことはなく捲し立てた。

 

「この場所を貴様ごと吹き飛ばしてやるぞ!それでこの下らん遊びも終わりだ!」

 

最大まで溜めたフォトンを放出しようとした瞬間、突然体から力が抜けるような感覚と共にフォトンが消えた。

 

「は?」

 

呆気に取られて思わず口からそうこぼれた。そこで気付いたが、左腕に違和感を覚える。少しずつ視線を向けると、左腕が当麻の右手によって掴まれていた。

 

「お前…何をした…?」

 

「見て分かんねぇのか?右手で掴んでんだよ」

 

「何を言って」

 

言葉の途中で物音が聞こえる。今度はそちらを見ると、どこから取り出したのだろう。虹色に光る槍を祐が手に持っていた。

 

「先に使ったのはそっちだからな、文句は無しだ。それと…」

 

「自分で言ったことは守るべきだったな、ハラート」

 

祐が鋭い眼光を飛ばす。目が虹色に輝くとそれを直視したハラートは何故か身体が硬直し、自分の意思で指の一本も動かすことができなくなった。

 

(動かねぇ…!なんなんだこれは!?)

 

「士郎」

 

名前を呼ぶと同時に槍を士郎に軽く投げて渡し、それを士郎が掴むと祐を見た。

 

「槍投げは専門外だぞ」

 

「物は何でもいいだろ、お前なら当てられる」

 

祐に視線を向けられながら言われると、士郎はそれから何も言わず構えを取る。その目は既に標的を捉えていた。一切のブレもない動作で光の槍を投げると、放たれた槍は一直線にハラート側の棒を射貫き、地面へと突き刺す。呆気に取られているハラートに祐は声を掛ける。

 

「ルールは説明しただろ。これは棒倒しだ、殺し合いじゃない」

 

勝敗が決した瞬間は、槍が風を切り裂く音以外は何も聞こえぬ程静かだった。

 

「勝負あったな」

 

一瞬で目の前に祐が現れた瞬間、ハラートの意識は闇へと落ちた。

 

 

 

 

 

 

ハラートが目を覚まして周囲を見回す。そこは自分の船の医療室で、身体を起こすと壁に寄り掛かっている祐が見えた。

 

「てめぇ!なんでここに!」

 

「ハラート様⁉︎落ち着いてください!」

 

横にいた医療スタッフ達がハラートを抑えつけると、祐は壁から離れてハラート達に近寄る。

 

「お迎えが来たと思ったら、あんたの残りの部下が攻撃仕掛けてきたんでな。何人かぶっ飛ばして大人しくしてもらったところでお邪魔してる。なんせ夜中だ、周りに人は住んでないとはいえ静かにしないと迷惑だからな」

 

「なんだと…」

 

「ハラート様…この者が言っていることは本当です…」

 

「この艦の戦闘部隊は、半数以上が今現在も気を失っている状態です」

 

部下達の暗い表情を見て、ハラートは身体から力が抜けてベットに座り込む。

 

「さて、約束通りあんたらにはとっとと自分の星に帰ってもらいたいんだが…その前に一つ」

 

「こんな辺境の星の、それも一般人のガキに負けたとあったらあんたの面目も立たないだろ。だからこうしよう」

 

ハラートの視線がこちらに向いたのを確認して、祐は本題に入る。

 

「あんたはこの星で素敵な女性を見つけた。だが相手の気持ちを無視したやり方で彼女を手に入れようとしてしまった。そんな中で彼女を大切に思う人達を見たり、親衛隊を名乗る奴らからの強烈な説得を受けて、自分では彼女を幸せにできないと気付いたあんたは自ら身を引いて星へと帰る決断をした…ってな」

 

「何故そんなことを…」

 

「紛いなりにも惚れた相手だ。もう二度と会うことはないとしても、最悪の印象のまま終わりたかないだろ?これでいい印象に変わるなんてことはないが、今より少しはマシにはなる」

 

「俺としてもそうしてくれた方が色々と都合がいいんだ。あんたも俺もどっちも損をしない、悪い話じゃないだろ」

 

ハラートも部下達も何も言葉を返さず、全員が顔を下に向けたままだ。ハラートは生きてきた中で初めての敗北を味わったこと、部下達は自分達が目の前の相手に手も足も出なかった現実にショックを受けていた。それは感じ取りつつも、そこまで面倒を見るつもりはないと祐はポケットからメモ帳を取り出してハラートに投げ渡す。

 

「それを読んでもらうぞ」

 

そう言うとハラートを映す為、持ち込んでいたビデオカメラを設置し始める。

 

「要点を纏めてあるから、それを元に彼女に謝ってもらう。映像として残すのは、直接会わなくてもいいようにだ」

 

ハラートは拳を強く握る。形はどうあれ千鶴が好きだという思いに関しては本物であり、はい諦めますと直ぐに言えるほど軽いものではなかった。

 

「俺は…俺は千鶴を本気で」

 

「それは知ってる。でも間違い過ぎた」

 

下げていた視線を祐に向ける。セッティングを続けながら、ハラートを見ることなく祐は言った。

 

「顔合わせてたんだから分かるだろ。あんたと話してる時のあの子、どんな顔してたよ?」

 

自分と会っていた時の千鶴の顔を思い出す。覚えていないなどとは言えない、ハラートは千鶴しか見ていなかったのだから。だがどんな表情だったかは口に出したくなかった。

 

「那波さんに惚れたあんたの目は間違ってないよ。でも取る行動全部が間違い過ぎて、地雷しか踏んでない。あんた自分で自分の可能性を潰しちまったんだよ。彼女は生まれや種族なんて関係なく、相手のことをちゃんと見てくれる子だったのに」

 

いつものようにそんなことはない、知ったことかと言えればよかった。俺の選択は間違ってなどいないと。しかしハラートからその言葉が出てくることはなかった。

 

「相手の意思なんて関係ないって考えてる奴を、きっと彼女は好きになってくれないよ」

 

言い返してやりたい、黙らせてやりたいと思っても今の自分では叶わない。言葉でも力でもそれは同じで、だからこそどうしようもなく自分に惨めさを感じた。

 

「彼女のことを本気で好きなら、これが最善だ。さっさと始めよう、あの子を早く安心させてやれ」

 

その時のハラートは初めて相手にではなく、自分に対して怒りを覚えていた。

 

 

 

 

 

 

「ん…」

 

カーテン越しに差し込む朝の光を浴びて、千鶴が目を開ける。横にはまるで離さぬようにと千鶴の手を握る夏美がいた。優しく握り返し、そっと夏美の髪を撫でる。くすぐったそうに身を捩る姿に思わず笑みがこぼれた。ふと置いてあるスマホに手を伸ばすと、画面はメールが来ていることを知らせている。見てみると差出人不明のメールには、どうやら動画が添付されているようだ。

 

非常に気になるが、ハラートの問題もある。従って千鶴一人で見ることはせずに、二人が起きてから確認することにした。

 

 

 

 

 

 

「じゃ、じゃあ再生するよ?」

 

「はい」

 

「ええ、お願い」

 

夏美達が起きたのち、メールのことを話した。これを無視できるわけもなく3人が横並びに席に着くと、何故か再生担当に任命された夏美が緊張の面持ちで画面に触った。動画が再生されると映ったのはやはりというかハラートだ。

 

「うわ!出た!」

 

「夏美ちゃん、当たりが強いわね」

 

「まぁ、そこは仕方ありませんわ」

 

しかしどういうわけか動画のハラートは雰囲気が違う。千鶴達が見てきた自信しか持ち合わせていないような態度は形を潜め、言ってしまえば意気消沈したような姿だ。違和感を抱えたまま動画は進んでいく。

 

『あーチヅル…俺だ。実は君に伝えたいことがあって、この映像を送った。直接ではないのは許して欲しいが、その方がお互いに良いと思ったんだ』

 

やはりいつもの様子ではない。3人は一度顔を見合わせていると、再びハラートは話し出した。

 

『実は先程、チヅルの親衛隊を名乗る集団が接触してきてな。平和的とまではいかずとも…まぁ、色々と話し合った』

 

先が読めず、黙って動画を視聴する3人。ただ、時折まるで何かを確認しているように視線を落とすハラートの姿に僅かな違和感を覚えた。

 

『自分の気持ちだけを優先し、相手のことを思いやれない方法では君を幸せには決してできないと言われた。それはもう、さまざまな意味で強烈にな。正直、かなりのダメージを受けた』

 

そこで言葉が詰まったハラートの表情は、一言では言い表せない感情が浮かんでいた。

 

『言われたこと全てに納得したわけじゃないが、思うところもなかったわけじゃない。そして改めて、友人に囲まれている君を見返して分かった』

 

『俺は、一度も君を笑顔にできていなかった。この数回の間に、俺が見た君の表情は暗いものだった』

 

いよいよ話が分からなくなってきて夏美は困惑した。千鶴は真剣な顔で映像を見続ける。

 

『俺が、君をそうさせてしまった。君の意志など関係ないと、俺のものにすることしか考えていなかった』

 

『俺は…俺は急ぎ過ぎて、間違い過ぎたのか?生まれてきてから、好きになった人にどう接するべきかなど…誰も教えてはくれなかった。欲しいものは勝ち取るということしか、俺は知らない』

 

当然その質問に答える者はいない。虚しさのようなものを感じながら、3人は何も言うことはなかった。

 

『俺は、星に帰ることにする。今の俺では、君には相応しくないという言葉に…もう言い返せない』

 

恐らく彼は悔しいのだろう、それがありありと伝わってきた。それが自分に対してなのか、別の何かに対してなのか、それともその両方か。そこまでの判断は付かなかった。

 

『ただ、これだけはどうしても伝えておきたい。君を好きだと言った俺の気持ちは…嘘なんかじゃないんだ。それだけは、どうか覚えていてほしい』

 

『最後になるが…さよならチヅル、今まですまなかった。この星で君に出会えたことは…いや、やめよう。幸せに暮らしてくれ』

 

頭を下げたところで映像は終了した。終わった後、誰も口を開かない時間がしばらく続く。一番最初に沈黙を破ったのはあやかだった。

 

「終わった…ということでいいのでしょうか?」

 

「よく分かんない。なんか…もやもやする…」

 

正直すっきりとしない終わり方に、夏美は眉をひそめた。いなくなるにしても、最後まであの態度でいてくれれば憎まれ口でも叩けたものを。何があったかは知らないが、酷くショックを受けた様子だった。だからといってハラートを許すつもりなど無いが、それでも夏美は何か言う気になれなかった。それが余計に腹立たしくも感じる。

 

あやかは夏美を見た後、千鶴の様子を確認する。映像を見ていた時と同様、千鶴は黙って終わった映像を見つめていた。あやかが立ち上がり、二人の肩に手を置いた。

 

「一先ず、支度を致しましょう。今日も学校はあるのですから」

 

「そうね、朝食も作らないと」

 

千鶴も立ち上がると、あやかと夏美の手を取った。

 

「ねぇあやか、夏美ちゃん。せっかくだから、今日は二人も手伝ってくれない?」

 

「ええ、喜んで」

 

「…うん、偶には私も頑張ってみようかな」

 

三人は手を繋いでキッチンへと向かう。やるべきことを手近なところから片付けるのは、日常生活を行う上で大切なことだ。今日も日常が始まる、それは何より三人が求めていた事だった。

 

 

 

 

 

 

『千鶴サン達は映像を見たようネ。これにて一件落着でよろしいカ?』

 

「そうだね、ありがとう超さん」

 

『これぐらいどうってことないネ』

 

差出人不明のメールの送り主は超で、これも祐が手を回していた事だった。今はスマホで連絡をしているところである。

 

『彼はもう帰ったのカナ?』

 

「うん、あの後直ぐに星に帰っていったよ」

 

『それはそれは。後で一応こちらでも確認してみるネ』

 

祐は一人空を見ながら超に返事をする。静かな朝だ、まだ麻帆良が賑やかになるには少し早い。

 

『祐サン、私は貴方の行動に感謝してるヨ』

 

祐は空を見上げたまま、反応を返さなかった。それを予想していたのか、超は気にせず続ける。

 

『あのまま行っていれば、間違いなく彼は千鶴サンを連れ去ろうとしていた。当然みんなは止めに入る、そうすればもっと大事になっていたネ』

 

『例え屁理屈でも男と男の勝負に落とし込んだこのやり方は、中々悪くないやり方だと思うヨ。言ってしまえば平和的な解決ネ』

 

「そうだと嬉しいな」

 

祐は小さく笑う。また彼女に気を使わせてしまった。天才であり洞察力の高い超に甘える形を常に取っている気がするのは、きっと気のせいではないのだろうと思う。

 

『千鶴サンの友人の一人として、ありがとう祐サン』

 

「超さんにそう言ってもらえるなら、やった甲斐があったよ。それに天才のお墨付きなら、安心できるね」

 

『うむ、天才である私が保証しよう』

 

慣れているかどうかは置いておけば、こんなのはいつものことだ。やっている時は迷わず走れるが、いざ終わった後にこの考えはいつもついて回る。意志が弱いのかなんなのか、面倒なことこの上ない。自分でもそう思っている。

 

だが自分の取った行動に対して自信しかなく、疑問も持たないのは違う気がする。明確な答えなどないのだから、そこら辺は都合のいいように解釈すればいいのにと心の中で自分に言った。面倒な性格なのは間違いないが、何よりただ不器用なだけではないのかと、最近はそう思えてならなかった。

 

ただ一番重要なのは、これで千鶴がみんなと一緒に生活を続けられるということ。それが達成されたことに関しては、絶対に間違いではないと言えた。だからきっと、これでいい筈なのだ。



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この初めての感情に

千鶴達が寮のロビーに着くと、そこには部活の朝練がある者以外全員が集まっていた。その光景に驚いた顔をする千鶴。

 

「おっはよ~三人とも!今日も一緒に行こうじゃないか!」

 

風香が元気に声を掛けてくる。周りも千鶴達に挨拶をすると、これから色々と説明しなければと千鶴達は苦笑いをした。

 

 

 

 

 

 

「う~ん…これ信じて大丈夫なの?」

 

あれから起きたことを説明した千鶴達はそのまま登校し、現在教室で例の動画を全員で見ている。仕方のないことだが、美砂は疑いの目を向けていた。それは他のクラスメイトも同じようだ。

 

「演技には見えないけど実際分からないよね。ほっとしたところを狙うってのも考えられるし」

 

「取り敢えず、暫く護衛は続けておく。那波もそのつもりでな」

 

「ええ、よろしくね真名さん」

 

笑顔で返事をする千鶴を見て、真名は少し不思議に思った。それを感じて嬉しそうに千鶴が話す。

 

「一人で抱え込んでいると怒られちゃうから。嬉しい悩みね」

 

「ああ、大体分かった」

 

真名が横目で確認すると、夏美の顔が少し赤くなっている。それを見て深くは聞かないであげることにした。

 

「そのことなんだガ、実は今日の4時過ぎにあの宇宙船は地球から離れていったネ。私が確認済みヨ」

 

突然超が言ったことに周りは首を傾げた。

 

「確認て…どうやって?」

 

「自前の衛星を使ったネ」

 

「なんだ自前の衛星って!?」

 

「そもそも衛星って一個人で持てるものなの?」

 

「てか知ってたんなら先に言ってよ!」

 

「教室に着いてから言おうと思っていたネ」

 

「天才に凡人の心は分からないのか!」

 

「は~!これだから天才ってやつは!」

 

バッシングを受け始めた超が珍しくムッとした顔になる。

 

「何故そこまで言われなければならないのカ!もう怒ったヨ!実家に帰らせてもらうネ!」

 

教室から出ていこうとする超を周囲が急いで止めにかかった。

 

「ああ!待って超りん!」

 

「お願い!見捨てないで!」

 

「超りんがいなくなったら、このクラスの偏差値が更に下がっちゃう!」

 

「今更でござるよ?」

 

「お前が言うな!」

 

「せめて頭脳だけでも置いていって!」

 

「欲しいのは私の頭脳だけとは!なんて人達ネ!」

 

「そもそも実家って何処よ?」

 

「中国でしょ」

 

騒がしいクラスの様子に笑う千鶴。その姿を見て、夏美は優しい表情を浮かべた。

 

「良かったですね、村上さん」

 

「うひゃあ!さ、桜咲さん…脅かさないでよ…」

 

「す、すみません!そんなつもりでは…」

 

突然後ろから声を掛けられて思わず大声を出してしまった。刹那は随分と申し訳なさそうにしている。

 

「あ~ごめんね、びっくりしちゃって。でも…うん、本当に良かった」

 

微笑む夏美に刹那も笑顔になる。大切な友人が危険な目に合うことの辛さはよく分かるつもりだ。だから夏美のことを気に掛けていたが、どうやらこちらも大丈夫のようで安心した。

 

「あっ、そうだ。桜咲さんもちづ姉の護衛だったよね、親衛隊のことについては知ってる?」

 

「親衛隊?…ああ、例の親衛隊のことならば少しは」

 

「誰がメンバーとかって話は?」

 

「いえ、そこまでは私も」

 

本当は祐が作ったものだということも知ってはいるが、そこに関しては他言無用だと言われた為知らないふりをする。

 

「そっか~、逢襍佗君に聞いたら教えてくれるかな?」

 

小声で呟きながら考える仕草を取る夏美に対して、しっかりと言ったことが聞こえていた刹那は苦笑いをした。

 

 

 

 

 

 

「え~、というわけで…遅ればせながら今回はお疲れ様でした」

 

「「お疲れ様でした」」

 

人気のない中庭で祐が士郎と当麻に頭を下げると、二人も同じように頭を下げた。

 

「奴はあの後自分の星へ帰り、那波さんも無事日常を取り戻しました。我々に大きな怪我もなく、大成功と言っても差し支えないのではないでしょうか。僕はそう思います」

 

「まぁ、実際目的は達成できたしいいんじゃないか?俺は何発かもらったけど…」

 

「右に同じ。それよか第二グラウンドがボッコボコになってるって少し騒ぎになってたんですが…」

 

「事前にタカミチ先生に言ってあったので、そこは無問題だ。後で整備に行きはするけど」

 

タカミチにはあの時、何をするつもりなのかの説明とグラウンドが少し荒れるかもしれないと伝えていた。結果は少しなんてものではないが、そこは大目に見てもらうしかない。

 

「仕方ない、俺もやるよ。関係者だし」

 

「大半は祐のせいとはいえ、流石に一人でやらせるのはな」

 

二人の発言に祐は感動したように肩を組んだ。

 

「心の友よ…なんて素敵な友人達なんだ…!すげぇ嫌だけど今日の昼めし奢ってやるよ。すげぇ嫌だけど」

 

「二回言うな」

 

「嫌ならなんで言ったんだよ…」

 

昼食の約束をしたところで、士郎は少し気になっていたことを祐に聞く。

 

「なぁ、なんで今回は回りくどいことしたんだ?」

 

「ん?ああ、それか。本当は那波さんに脅しをかけた時点で、宇宙船ごとどっかにぶっ飛ばしてやろうかと思ったんだけどさ。やめたんだ」

 

「やろうとしてたことは置いておいて…やめた理由ってのは?」

 

「誰かを助けようとする人ってのは、自分が助けられることに慣れてない。那波さんは正にそれだったからさ、自分が誰かに助けてもらうことってのはそんな悪いもんじゃないって思ってほしかった。これからの世界のことも鑑みて、たぶん必要なことだ」

 

祐が真剣な顔でそう言うと、二人の表情も真剣みを帯びた。

 

「これからの世界…か」

 

「簡単に言うと、この先も事件だらけってことでいいんだよな?それ」

 

「だな。だから困った時には素直に周りに頼ってもいいってのを那波さんだけじゃなく、A組のみんなにも浸透させられたらなって。ついでに那波さんには、自分がどれだけ周りに大切だと思われてるのか知れる、言葉は適切じゃないかもしれないがいい機会だと思ったんだ」

 

「親衛隊ってのもその一環か?」

 

「それに関しては俺が関わる為の理由付けと隠れ蓑の為だな。俺がなんかしたって知られたら、那波さんにいらん気を遣わせちゃうし。正体不明の親衛隊がやりましたってなればお茶を濁せる」

 

「力を隠す為じゃないんだな」

 

「結果としてみんなに力がバレるのは仕方ないと思ってるけど、変に恩を感じられるのは望むところじゃない。那波さんは特に気にしちゃいそうだからね、だから今回は黙ってる」

 

「なるほどな」

 

「俺のことを黙っててくれるなら、二人は親衛隊だって言ってもいいぞ」

 

「いや、言わねぇよ」

 

「言ったら色々と面倒な気がするし」

 

分かってはいたが、予想通り過ぎる二人の返答に祐は少し笑う。

 

「取り敢えず、納得してもらえたかな?」

 

「大体は」

 

「ならばよし!昼休みまで一旦解散!」

 

そうして各々の教室に戻る為動き出す三人。その時二人の背中に祐が言った。

 

「困った時は頼っていいってのは、お前らにも当てはまることだからな。俺は今回二人を頼ったんだ、だから少なくともそれぞれ一回ずつは何かあったら俺に話せよ?」

 

二人は顔を見合わせると、今度は祐に向けた。

 

「分かったよ」

 

「困ったことがあったら相談する」

 

「うそくせ~」

 

「「なんでだよ!」」

 

噛みつく二人に祐は鼻をほじりながら、覇気のない顔をした。

 

「だってねぇ?君らだし」

 

「極めて心外だぞ!」

 

「誰にも相談せずにずっとアホな修行やってた奴は誰かなぁ!」

 

「……」

 

「士郎関しては分かる、アホだ」

 

「誰がアホだ!街でばったり会うよりも、病院に見舞いに行く機会の方が多いのは誰だっけか!?」

 

「……」

 

「お前らやっぱまともじゃねぇな」

 

「「お前にだけは言われたくない‼」」

 

 

 

 

 

 

昼休みになった学園は、朝に負けず劣らずの活気を見せる。約束通り二人に奢る為、集合場所の食堂に向かおうとする祐。

 

「あっ、いたいた。逢襍佗君!」

 

後ろを振り向くと来ていたのは夏美である。少し新鮮な気分を感じつつ、軽く手を振った。

 

「どもども村上さん、何か御用で?」

 

「えっと…ここじゃ話しにくいことなんだけど、今大丈夫?」

 

「そうだね、ちょっとなら。腹を空かせた奴らに餌付けしないといけないからさ」

 

「よく分かんないけど…あんまり時間はかからないと思う。こっち来て?」

 

少しくらいならば大丈夫だろうと、遅れる連絡を入れてから夏美についていく。校内で人影もまばらな場所に着くと、夏美は祐に向き直った。

 

「ここら辺でいいかな?それじゃ逢襍佗君、話っていうのなんだけど」

 

「告白ですね、俺も覚悟を決めたよ。村上さん、必ず一緒に幸せな家庭を」

 

「違う違う!告白じゃないから!」

 

急に何を言い出すかと思えばとんでもないことを口走る祐に、両手を大きく振って否定した。

 

「えっ、そうなの?参りましたなぁ…」

 

「逢襍佗君わざとやってるでしょ」

 

少し恨めしそうな視線を送る夏美が微笑ましくて、祐は思わず笑顔を浮かべてしまった。

 

「ごめんごめん、邪魔しちゃって。それで、話ってのは?」

 

「まったくもう…実はね、今朝あのハラートって人から動画が送られてきたの。簡単に言うと、ちづ姉を諦めて帰るってものだったんだけど」

 

「なるほど。まぁ、それについては俺も親衛隊の人から話は聞いたよ」

 

「そうなんだ。あっ、実際あの人は本当に帰ったみたい。地球からあの宇宙船が飛んで行ったのを超さんが確認したって言ってた」

 

「ほうほう、それは何より」

 

相槌を打つ祐。超の話はきっと衛星で確認したのだろうと当たりを付けた。

 

「あの人が言うには、親衛隊の人達に説得されたみたいな感じだった」

 

「らしいね、結構激しい説得だったみたいだけど」

 

「ねぇ、逢襍佗君。その親衛隊の人達は」

 

「ごめん村上さん、それについては話せない。彼らとの約束なんだ」

 

呼び止められた時から大方予想はしていた。彼女が何を知りたがっているのかを。

 

「…どうして?」

 

「あの人達は自分の存在が表に出て感謝されるのを望んでない、那波さんが幸せであればそれでいいそうなんだ。これからも陰ながら見守っていくって。勿論、法律の範囲内でとも言ってた」

 

「逢襍佗君は、その人達の知り合いなんだよね?」

 

「うん」

 

「じゃあ、絶対に伝えて。あの人を説得してくれてありがとうって。私だけじゃない、ちづ姉も本当に感謝してるって」

 

「必ず伝えておくよ。望んでないとはいっても、それを聞いたらあの人達絶対喜ぶと思う」

 

夏美は自分の中にある様々な感情を飲み込んだ。その親衛隊の人達が望んだことならば、こちらは納得するしかない。彼らには大きな恩があるのだから。

 

「ごめんね、呼び止めちゃって」

 

「いえいえ、とんでもない。俺でよければまたお待ちしております。それではまた」

 

「うん、またね逢襍佗君」

 

その場から離れていく祐の背中を見つめ、夏美はため息をついた。

 

「やっぱり教えてくれなかったかぁ…ほんと誰なんだろ?親衛隊の人って」

 

残念に思いながら、千鶴達の待つ教室に戻る為に歩き出した。

 

「ひょっとしてあの虹の人だったりして。…そんなわけないか」

 

一人呟きながらその場を後にする夏美の姿を、少し離れた物陰から和美とさよが見ていた。

 

「やっぱり本当のことは言わなかったか」

 

「逢襍佗さんが色々と難しい立場なのは聞きましたけど、それでもちょっとモヤモヤしちゃいます。いつも頑張ってるのに、それを知られることがないなんて…」

 

祐には祐の考えがあり、望んで自らがしたことを周りに黙っている。それはさよも知っているが、やっていることを考えればもっと祐は周りから感謝されてもいい筈だと思っていた。

 

「まぁ、なんせ持ってるものが持ってるものだからねぇ…それには逢襍佗は感謝される気なんかないみたいだし」

 

何より祐は現状に満足している。彼は今の生活が奇跡のようなものだと言っていた、だからそれ以上のものなど欲してはいないのだろう。和美からすれば、それは酷く欲がないように見えた。まだ高校生の若者が、平和な暮らしを噛み締め多くを望まない。聞こえは良いが随分と達観していると思うのは、自分があれこれ欲しがり過ぎているからだろうか。

 

「逢襍佗さんが頑張っていることを私達がお話しするわけにも行きませんし…う〜ん、もどかしいです…」

 

悩むさよの肩に手を置いて、和美は笑いかけた。

 

「だからこそ、知ってる私達が彼にちゃんと言ってあげなきゃね。ありがとうって」

 

和美の言葉を受け、さよの表情がパッと明るくなる。

 

「確かに仰る通りです!こうしてはいられません!早速逢襍佗さんに伝えてきます!」

 

「ちょっとさよちゃん⁉︎」

 

その場から飛び出したさよは祐の背中を追った。暫くして祐に追いつくと、立ちはだかるように前に出て祐の手を両手で握る。

 

「逢襍佗さん!いつもありがとうございます!」

 

「いいんだよ相坂さん、なんのことかは分かんねぇけど」

 

「そりゃ分かんないでしょうね…」

 

こちらの心配をよそに当の本人は能天気な態度である。呆れながら和美もそちらに移動する。さよもさよで純粋無垢だが少し抜けている、なんとも心配になる同居人だ。

 

 

 

 

 

 

「あらあら、今日のお迎えは刹那さんなのね」

 

保育園のボランティアが終わり園内を出ると、立っていたのは刹那だった。先日決まった落ち着くまで千鶴は一人で登下校してはいけないという決まりは、一応まだ続いている。

 

「はい、今回は僭越ながら私が護衛につきます」

 

「うふふ、よろしくね刹那さん。刹那さんとはちゃんとお話ししたことが余りないから、楽しみね」

 

「お、お手柔らかにお願いします…」

 

二人は会話をしながら歩く。千鶴からの質問の嵐に、刹那はたじたじであった。しかし彼女の人柄がそうさせるのか、ついつい色々な話をしてしまう。

 

(いけないな…彼女と話していると口が軽くなる。ある意味恐ろしい人だ)

 

心の中で一目置いていると、千鶴が遠くを見ているのに気が付く。刹那達のいる場所は例の公園の近くだ。それで何となく察した刹那は、珍しく自分から切り出した。

 

「見に行ってみますか?あの花壇」

 

「え?」

 

「気になっているようだったので。かく言う私も、少し気になっています」

 

刹那がそう言うと、千鶴は頬に手を当てて考え始めた。

 

「そうね、せっかくだから行きましょうか。寄り道したのはみんなに内緒ね」

 

「かしこまりました。内緒ですね」

 

「みんなに内緒で寄り道なんて初めてかも。ふふ、なんだか楽しいわ」

 

笑顔を浮かべる千鶴は、子供らしく見えた。普段は忘れがちになるが、彼女は立派な同い年の少女だ。寧ろ子供らしくて当然だろう。

 

「刹那さん?もしかしてだけど…私が同い年だってこと忘れてなかった?」

 

「いえ、とんでもありません」

 

見た目は同じ笑顔なのだが、受ける感覚は天と地ほどの差がある。笑顔とは本来威嚇の意味があると聞いたことがあるが、これを見ると納得である。

 

(な、なんという圧だ…真名といい、年に関することはそれほどデリケートなことなのか…?)

 

刹那としては何とも思わないことだが、千鶴と真名はどうやら違うようだ。そう思うのは刹那の顔つきが幼いからなのかは分からない。

 

二人が花壇の近くに行くと、前回と同じく大きな背中が見える。千鶴はその光景を見て無意識に笑っていた。もしかすると、こうなることを期待していたのかもしれない。それを見ていた刹那が足を止めた。

 

「刹那さん?」

 

「どうぞ、私はこちらにいますので。逢襍佗さんも那波さんのことを気に掛けていたようです。明日菜さん達に既に聞いているかもしれませんが、直接言って安心させてあげてください」

 

「…ありがとう、ちょっと待っててね」

 

「ごゆっくり」

 

千鶴はバレないようにゆっくりと進むと、祐の横からすっと顔を出した。

 

「こんにちは、逢襍佗君」

 

「えっ?……あ、那波さんか。びびった、突然天国に召されたのかと思った」

 

「どういうこと?」

 

「いや…なんでもない、忘れて。とんでもなくキモイ台詞が口から出かけたわ」

 

焦った様子の祐を不思議に思いつつ、隣に立った。二人とも花壇の花に目をやる。

 

「明日菜達から聞いた話によると、一応ひと段落ついたみたいだね」

 

「そうみたい。知らない間に始まって、知らない間に終わってたって感じかな。正直まだ混乱してるかも」

 

「無理もないよ、なんせ色々と急過ぎだったからね」

 

千鶴の言うことに苦笑いを浮かべる。彼女のことを思うとなかなかに不憫だ、随分と振り回されたのだから。

 

「なんだかよく分かんないけど、兎にも角にもみんな無事でよかったよ」

 

「ええ、ほんと。みんな無事でよかった」

 

千鶴の表情からほんの少し影を感じた。なんとなく、その理由は察しがついている。

 

「ねぇ、逢襍佗君。もっと私がちゃんとしてればって思っちゃうのは、思い上がりなのかな」

 

やはりなと思った。彼女は優しすぎる、それは時に周りを救うが同時に彼女自身を苦しめることにもなる。現に今もそうだ。

 

「あの人から映像が送られてきたの、そこで謝罪を受けたわ。説得されて色々と気付いて、諦めることにしたって言ってたけど…凄く辛そうな顔をしてた」

 

「みんなを人質に取ろうとしたのは絶対に許せない。傷つけようとしたことも。でも…もう少しちゃんと話し合えていればって考えてしまうの」

 

「那波さんは充分に相手の話を聞いてたよ、それと相手のこともしっかり見てた。今回のは単に、あいつが選択を間違いまくっただけ。悪いのはあいつだ」

 

祐が言ったことは紛れもない本心だ。相手のことなど何も考えていないと断言されても言い訳できない程に、独りよがりの過ぎる行動だった。

 

「でも、那波さんの気持ちは分かるよ。そう思う気持ちが」

 

花から祐に視線を移す。祐も同じように千鶴を見た。

 

「信じてもらえないかもしれないけど、俺って実は気にしいなんだ。だから事が終わった後にいつも思う、これで良かったのか、もっといい方法があったんじゃないかって」

 

「全部が終わった後だからさ、そりゃいくらでも言えるよね。結果を知ってるんだから。でも当たり前の話、やってる時はどうなるかなんて分からない。精々できて予想ぐらい。どれだけ考えても常に最善の選択なんてできるもんじゃないのは重々承知なんだけど、分かってても納得できないこともあるよ」

 

祐からの言葉は、千鶴を慰める為の取り繕った何かは感じない。全て彼の本心のように思えた。もしこれが本心でなく演技だったとしたら、大した役者だろう。だが千鶴は祐のことをそうだとは思わない。その理由は説明できないが。

 

「終わった後でも悩みはするし、後悔だってする。だけど一番大事だったことがなんとかなったかどうか、それが大切だってことを忘れちゃいけないのかも」

 

「一番大事だったこと?」

 

「那波さんにとって、今回のことで一番大事だったことって何?」

 

千鶴は目を閉じて考える。自分にとって一番大事だったこと、一番望んでいたこと、それは間違いなく

 

「みんな無事に、一緒にいること…」

 

「なんとかなった?それは」

 

目を開け、両手を胸の前で強く握る。今目の前にあるものを確かに感じる為に。

 

「なったわ。みんな無事で…一緒にいられてる」

 

「なら、きっと上出来だよ。それがなんとかならなかったら、そんな悲しいことってないから」

 

祐は少し屈むと、千鶴と目線を合わせる。

 

「いきなり全部は無理だよ、難しすぎることだからね。だからどんな時も必ず一番大事なことだけはなんとかして、少しずつなんとかできることを増やしていけたら…それで充分じゃないかな、きっと」

 

祐からすれば、それは千鶴に言っているようで自分に言い聞かせてもいた。正確には違うが似たようなことで悩んでいる者として、または反面教師として、彼女が悩みの突破口を見つける手がかり程度にはなれたらいいと思う。例え長いこと悩み続けているのを棚に上げて、諭すようなことを言う自分を酷く滑稽に感じたとしても。

 

「できることを増やしていけるように俺も頑張る、一人でじゃなく周りに助けてもらながら。幸い俺も那波さんも、頼りになる人達が周りにいてくれてる。だから最大限お世話になってやろうじゃないの」

 

祐は優しく笑った。その笑顔を見ていると、自然と信じたくなる。彼の言ったこと、彼自身のことを。そう千鶴に思わせることができたのは、虹の光の力は関係がなかった。

 

「頑張る、私も。みんなと一緒に。逢襍佗君も一緒よね?」

 

「お望みとあらば、喜んで」

 

自分が入っていたことは少々意外だったが、千鶴の今の表情に満足する。その時祐はあることを思い出した。

 

「そういえばなんですがね?この村上さんが名前聞いてきた花。名前が分かったよ」

 

しゃがんで指をさすと、千鶴も同じようにしゃがんで花を見た。

 

「あら、何ていうのかしら?」

 

金木犀(きんもくせい)だそうです。名前は聞いたことあったけど、これがそうだとは知らなかった」

 

「金木犀…逢襍佗君、勉強熱心なのね」

 

「実はそうなんです、日々進化する男なので」

 

誇らしげな祐に笑うと、隣の花を指さした。

 

「こっちの花はなんていうのかしら?」

 

「……」

 

「あっ」

 

真顔で固まってしまった祐を見て、千鶴は察した。

 

「俺は…自分が情けねぇ…」

 

「あ、逢襍佗君…落ち込まないで」

 

「あいつは底の浅いカッコつけの馬鹿だと広められてしまう…」

 

「逢襍佗君の中の私ってどんな人なの?」

 

もしかしたら性格の悪い人だと思われているのだろうか。そんなことを考えていると祐は立ち上がっていた。

 

「さて、俺はそろそろ帰ろうかな。千鶴さんも気を付けて…って思ったけど大丈夫か、頼りになる護衛さんがいるみたいだし」

 

祐は少し離れて立っている刹那を見た。視線に気が付いた刹那が軽く会釈をすると、それに祐は手を振って返す。

 

「それじゃ那波さん、また」

 

背を向けてその場を離れようとすると手を掴まれた。足を止めて後ろを確認すると、当たり前だが掴んでいたのは千鶴だ。だが止められた理由はまったく分からない。

 

「え~っと、どうかした?」

 

実のところ、なぜ掴んで引き留めたのか千鶴本人も分からない。祐の去っていく姿を見ていたら、無意識の内に手が伸びていたのだ。お互いが黙ってしまうが、このままでいるわけにもいかない。千鶴はなんとか言葉を紡ごうとした。

 

「あの…そうだ!逢襍佗君も一緒に帰りましょう!」

 

「……え?」

 

再び二人の間に沈黙が訪れる。祐は現状の解決策を探して視線を四方八方に向けると、不思議そうにこちらを見ていた刹那と目が合った。

 

「桜咲さん!助けてください!」

 

「なにからですか!?」

 

 

 

 

 

 

あれから結局三人で帰ることになり、今は女子寮に向かっている。先程までの沈黙とは打って変わって、下校中の会話は途切れることなく進む。会話をしながら、千鶴はあることに気が付く。祐と会話をしている際、自分はいつも笑っているということだ。

 

普段から彼は時折失礼なことを敢えて発言し、周りから少し激しめのツッコミを受けている場面をよく見る。しかし最後には必ず周りは笑っていた。恐らくそれは偏に彼の人柄が成していることなのだろう。正直、彼のことはまだよく分かっていない。彼が本心ではいつも何を考えているのか、どんなものを抱えているのか、そしてなぜ隠し事が多いのか。

 

きっと彼は自分達に多くのことを隠している。今回のこともそうだ、本人は何も言わないが千鶴は祐が何かしら関わっていたのではないかと思えて仕方がなかった。確固たる証拠などないし、自分が勝手にそう思っているだけで的外れなことを考えている可能性は大いにある。もしかするとただ期待しているだけなのかもしれない。祐が何かしてくれたのかもと。だが節々で見た祐の言動には、上手く言葉では言い表せないが『そう思わせるような何か』があった気がする。そこまで考えて何故自分がそんな期待を彼に向けているのかと疑問に思ったが、それすら分からなかった。

 

分からないことだらけだ。彼のことも、この彼に向ける感情も。自分にとっては未知のことばかりで考えは堂々巡りをしてる。しかし決して嫌な気分はしない。彼を見ていると知らないことに触れられる、新しい何かを知ることができる。そんな気がして、そしてそれはもっと彼を知りたいという感情に繋がった。

 

「お、見えてきましたよ。乙女の園が」

 

「なんというか、逢襍佗さんが言うと変な意味に聞こえますね…」

 

「おう、どういう意味だ」

 

気が付けばもう女子寮は目の前だ。一人考え事をしていたせいで、何を話したのか碌に覚えていない。変なことを言っていなければいいが。

 

「それじゃ俺はこの辺で。また入ってるのバレたらあやかに絞られそうだし」

 

「一応そのような考えはあったのですね、今更ですが」

 

「桜咲さんは今夜枕元に気を付けておいてね」

 

「何をする気ですか!」

 

「ねぇ、逢襍佗君」

 

二人の視線が千鶴に向かった。彼女からの言葉を待っていると目が合い、その瞳から強い意志を感じる。はっきり言ってこの目は苦手だ、絆されそうになるから。

 

「前に逢襍佗君言ってたでしょ?俺は自分勝手な人間だって」

 

「…うん、言ったね」

 

何故今その話をとは聞かなかった。今重要なのはそこではないのだろう。

 

「残念だけど、それを自信を持って否定できるほど私は逢襍佗君を知らない。だから、逢襍佗君が本当に自分勝手な人だとして」

 

「自分勝手だからその人は優しくないなんて、必ずしも繋がらないって思うの」

 

猫にエサを与えていた時、千鶴は祐を優しい人だと言った。祐は否定の意味を込めて、己は自分勝手な人間だと返した。これはそれに対する千鶴の答えなのだろうか。

 

「あやか達には負けるわ…貴方のこと、知らないことだらけだもの。でも自信を持って言えることもある、逢襍佗君は優しい人よ」

 

祐は困惑していた。どうしてそこまで自分のことを良く言ってくれるのか理解できないからだ。

 

「いったい、なんで…」

 

「だってそう思ってしまったんだもの。貴方と話して、貴方を見て、私は確かにそう思ったの」

 

「そう思っちゃったら、もうしょうがないでしょ?」

 

見惚れるような笑顔だった、否定する言葉も出てこない程に。祐は困ったように力なく笑った。

 

「そうだね…そう思っちゃったら、しょうがないかも」

 

千鶴は場所を移動して、祐と正面から向かい合う形になる。

 

「貴方には秘密がいっぱいで、それを無理矢理聞き出そうなんてするつもりはないわ。きっと逢襍佗君の考えがあると思うから」

 

「でも逢襍佗君のことは知りたい。私は隠してる秘密が知りたいんじゃなくて、逢襍佗君ていう人のことを知りたいって思ってるの。だから、これから色々聞いたりすると思うけど…それは許してね?答えたくないことはそう言ってくれていいから」

 

「は、はぁ…」

 

先程よりも祐の困惑度合いは強くなる。千鶴から感じる気持ちに、自分と虹の力の結び付きを疑うものはまったく含まれていない。そうなると彼女は自分という人間に興味があるということでいいのだろうか、だとすればいったい自分のどこが彼女の興味を誘ったのか。頭を捻っても答えは一向に出てこなかった。そこで千鶴は随分と祐を付き合わせてしまっていたことに気が付く。

 

「あら、ごめんなさい。一緒に帰ってもらった上にまた引き止めちゃって」

 

「あ~…いえ、そこは別に」

 

完全に祐は千鶴に押されている。これは余り見られる光景ではないかもしれない。

 

「それじゃあ、今日はありがとう。偶にはまたお昼ご一緒させてね?」

 

「あっ、へい。かしこまりやした」

 

所々おかしな返事をしてしまう。千鶴は満足げに頷いて寮へと向かっていくが、途中で振り返ると笑顔を見せた。

 

「またね、祐君。気を付けて帰ってね」

 

今度こそ寮へと帰っていった千鶴の背中を、ただただ黙って見つめるしかない祐。呆然と立ち尽くしていると、横から視線を感じた。余り気は進まないが無視もできないのでそちらに目を向けると、非難するような眼をした刹那が黙ってこちらを見ていた。

 

「逢襍佗さん」

 

「…はい」

 

「斬ってもいいですか?」

 

「なんで!?」

 

 

 

 

 

 

その週の土曜日、平和な休みを堪能するあやか達。夏美がリビングで微睡んでいる中、千鶴はスマホを熱心に見ていた。

 

「ちづ姉、何見てるの?」

 

「ちょっとお花をね」

 

「お花?」

 

「あら、これは花壇にあった花ではないですか?」

 

横にいたあやかが画面を覗くと、そこに映っていたのは花壇に咲いていた例の花だった。

 

「どれどれ?あ~、このいい匂いがしたお花か~」

 

「ええ、金木犀って言うんですって」

 

「へ~、金木犀ってこの花のことだったんだ。育てるの?」

 

「そうねぇ…一応鉢植えでも育てられるみたいだけど」

 

それから話題を膨らませる三人。話の途中で夏美はふと気になった。

 

「でもなんでまた急に?逢襍佗君がお世話してるの見て影響されたとか?」

 

「かもしれないわね、やってみるのも楽しそうかなって」

 

「育てる花はお決まりですか?」

 

「今のところ、このお花がいいかなって思ってるの」

 

続いて見せられたのは先程の金木犀とほぼ同じに見える花だった。

 

「ん?色違い?」

 

「名前は銀木犀、金木犀はこのお花の変種とも言われてるんですって」

 

「はへ~」

 

「こちらの方がお好みなんですね」

 

その質問を受け、千鶴は何かを考え始めた。

 

「まだはっきりとはしないんだけど…もしかしたらこのお花、今の私に合ってるかもしれないのよ」

 

「合ってる?どゆこと?」

 

「私に聞かれましても…」

 

何故か自分に聞いてくる夏美に困惑するあやか。すると夏美はその理由を説明するより実際に見せることにした。

 

「それじゃちづ姉、それってどういうこと?」

 

「ふふ、秘密」

 

「ほらぁ!」

 

思った通りの返答に大きなリアクションを取る夏美と楽しそうな千鶴。二人に呆れつつも、一度は失いかけたこの光景をあやかは大切に視界に収めた。

 

 

 

 

 

 

花言葉というものは、一つの花に幾つか付けられているものである。銀木犀の花言葉は「高潔」ともう一つ。そのもう一つの花言葉が、もしかすると今の千鶴が抱いている感情なのかもしれない。それが合っているのかどうか、それはこれからゆっくりと確かめていければいいと千鶴は密かに楽しみにしていた。



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生まれた繋がり
まるで進まない準備


9月も半分を過ぎ、気温も少しずつ低くなっていると感じる機会が増えた。朝のB組教室内でいつものように祐・純一・正吉が会話をしている。

 

「そういえば、あの宇宙人はどうなったんだ?あれからまったく話聞かないけど」

 

「なんやかんやで諦めて帰ったんだと。A組の人が言ってた」

 

「なんだよ、なんやかんやって…」

 

「なんやかんやはなんやかんやだよ」

 

学園の敷地内に突然やってきたのを最後に、あの宇宙船が現れることはなかった。出てきた宇宙人を見るに平和的な印象は受けなかったが、何事もなく終わったのならそれが一番ではある。なんやかんやの内容は大いに気になるが、野次馬根性を出してA組に聞きに行こうとまではするつもりのない正吉だった。

 

「でも良かったよ、大きな事件にならなくて。見てて気が気じゃなかったんだから」

 

「きな臭い感じはしたけど、そこまでか?」

 

「だってあの時…いや、最近のこと考えるとそう思っても仕方なくないかな」

 

「まぁ、分からんでもないが」

 

言いかけた言葉を飲み込んで、それらしく誤魔化した。本当のことを言うと、純一がそこまで心配していたのは祐が飛び出していくんじゃないかと思っていたからだ。実際そんなことはなかったが、もし例の宇宙人があの場で何か仕出かそうものなら間違いなくこの幼馴染は彼らに向かっていっただろう。

 

自分を始めとした幼馴染は彼の力を知っているし、それが学園中に広まったところで関係を改めるなど絶対にしない。しかし周りがどういった反応をするかはまでは正直分からないことだ。彼が周囲から距離を置かれるようなことは、当事者でなくとも望むところではない。祐にはこのまま平和に学園生活を続けてほしいが、それが少しずつ難しくなっているような気がして純一は不安だった。

 

「なんか自分勝手な感じだったしね、あいつ。諦めたんなら良かったわ」

 

いつの間にか登校していた薫がそのまま会話に入ってくる。祐は机に頬杖をつきながら笑った。

 

「残念ながら、薫先生の御眼鏡にも適わなかったか」

 

「あったりまえでしょ、やっぱり優しさがなきゃ」

 

「そんなこと言って!顔が良ければ大抵のことはいいんだろ!」

 

「なんで急にキレてんのよ!」

 

豹変とも言える態度の切り替えにも、薫は負けじと対抗する。

 

「そりゃ良いに越したことはないけど、それは二の次よ!」

 

「言葉ではなんとでも言えるぞ、証明してみなさい」

 

「証明ったって、どうしろってのよ?」

 

「証明したければ俺と結婚しろ」

 

「馬鹿じゃないの⁉︎」

 

繋がりがまったく見えないのもそうだが、その言葉はこんなタイミングで言われたくなかったと薫は思った。

 

「やはり駄目か!俺の何が不満だ!」

 

「…エッチなところ」

 

「そこは許せよ!」

 

「そうだよ薫!あんまりじゃないか!」

 

「見損なったぞ棚町!」

 

「急に団結すんな!」

 

黙って聞いていた純一と正吉もその一言で祐の側についた。美しくない漢の友情である。そんな時、教室に春香がやってきた。

 

「おはよーみんな!朝から楽しそうだね、なんの話?」

 

「おはよう天海さん。すっげえしょうもない話だから気にしないで」

 

「天海さんはもっと綺麗なところに行くべきだ」

 

「こっちは汚いからね」

 

「ねぇ、それだと私はいいって聞こえるんだけど?」

 

またもや急に態度を変える三人。薫は冷めた目で祐達を見た。

 

「それだけの仲ってことだよ薫!一緒にヨゴレとして生きていこうな!」

 

「誰がヨゴレよ!」

 

遂に行動に出た薫は祐にヘッドロックを掛ける。すぐさま純一と正吉はセコンドについた。

 

「祐!耐えろ!祐なら大丈夫だ!」

 

「タオルは投げねぇ!信じてるからな!」

 

体勢的に顔は見えないが、代わりに祐はサムズアップで答えた。それを春香が羨ましげに見つめる。

 

「いいなぁみんな…仲良くて楽しそう」

 

「春香、間違ってもあの輪に入ろうなんて思うなよ?」

 

近くにいた楓が春香の肩に手を乗せる。どうも最近春香が祐と距離が近くなっているような気がして、それが楓の不安の種になりつつあった。因みに騒ぎは見かねた詞が注意に入るまで続いた。

 

 

 

 

 

 

「というわけで、そろそろ学園祭で行う出し物を決めようと思うのですが…先ずは皆さんに案を出してもらおうと思います」

 

開催の迫る学園祭の為、クラスの出し物を決めることになったA組。教壇に立つネギがそう言うと、皆頭を悩ませる。

 

「いい加減決めなきゃまずいんだけど…ねぇ?」

 

「これって言うのはやってきちゃったし」

 

「う〜ん」

 

中等部から数えればこのクラスでの学園祭は今年で4回目。パッと思いつくものはこの三年間で行ってきたので、中々難しい問題だった。

 

「ここはやはり封印されてきたエロスを解禁する時では?」

 

「一理ある」

 

「まず何故封印されたのかを考えてください」

 

早速雲行きが怪しくなった話を早い内から元に戻そうとあやかが動いた。

 

「も〜いいんちょ、私達もう高校生なんだよ?そろそろこのボデェを武器にしたって良いじゃん」

 

「良いわけないでしょう!あとボデェと言うのはやめてください、癪に触ります」

 

「ちょっとくらいセクスィーな方が売上良くなるでしょ?だったらやらない手はないわよね」

 

「こんな時代だからこそエキサイティンに攻めなきゃ!エキサイティンに!」

 

「さっきから言い方!」

 

なんとなく予想はしていたが、やはりこうなってしまうかと明日菜は呆れた。この三年間も出し物を決める時は苦労したものだ。

 

「え〜っと…皆さん?よく分かりませんが学校の行事ですから、過激なのは駄目ですよ?」

 

「ネギ君も弱腰かぁ、そんなんじゃ勝てないよ!」

 

「何にですか…」

 

「過激なのじゃないにしても、ちょっと服の露出増やせばそれだけで一発よ。なんせうちのクラス見た目はいいのが揃ってるんだし」

 

「見た目は、という部分で色々と察せますね」

 

ハルナの言う通り内面の変人度合いを置いておけばの話になるが、 A組は見目麗しい少女達の集まりだ。この学園での人気も実のところは高かったりする。

 

「同じやつをやっちゃいけないなんて決まりはないし、2年前のメイド喫茶を更に強化したセクシーメイド喫茶でどうだ!」

 

『異議なし!』

 

「あるわ!」

 

流石に黙っていられなくなった明日菜は待ったを掛けると同時に、過半数が乗る気なことに戦慄した。

 

「何が不満なのよ?」

 

「不満しかないわよ!何よセクシーメイド喫茶って!」

 

「セクシーなメイド喫茶に決まってんだろ!」

 

「逆ギレ⁉︎」

 

明日菜とハルナがそんな会話をしていると、美砂が指でフレームを作ってそこに明日菜の顔を収める。

 

「明日菜だって見た目はいいんだから、もっと売っていかないと宝の持ち腐れよ?内面がゴリラでもぱっと見は分かんないんだから」

 

「ゴリラじゃないわよ!」

 

「え、何?ウホウホ?」

 

「ごめん、私達ゴリラ語はちょっと…」

 

「あんたら一発入れてやろうか?」

 

横の木乃香は苦笑いをしつつ、相手が祐なら既に数発は入れていたであろうと思っていた。

 

「皆さん何を考えてらっしゃるんですか!神聖な学舎でセクシーなどと!」

 

「だってこれが手っ取り早く人気取れるし」

 

「委員長達がやれば、少なくとも逢襍佗君は破産レベルでお金使ってくれるんじゃない?」

 

和美は笑って言っているが、幼馴染組はその光景を容易に想像できた。祐は普段碌に金を使うことはないが、変なところで出すことに躊躇がなかった。そこに関しては楽しければそれでいいといった具合である。

 

「祐なんて僕が仕掛けたらコロっといっちゃうよ!」

 

「逢襍佗君てロリコンだったっけ?」

 

「僕はロリじゃない!」

 

「ははは…」

 

「愛想笑いされた⁉︎」

 

都合のいい時は最大限利用するが、日常生活で幼く見られることは良しとしない。風香の乙女心は複雑であった。そこで話を聞いていた千鶴が前の席の円に小声で話し掛ける。

 

「ねぇ円さん、祐君ってどちらかと言うと幼げな容姿が好みだったりするのかしら?」

 

「え、私に聞く?…まぁ好みのタイプって話は分からないけど、傍から見るに逢襍佗君って風香に甘いところあるのは間違いないかな。史香にもだけど」

 

「でしょ!たぶん僕の魅力を無視できなんだろうねぇ」

 

「確かに優しいけど、お姉ちゃんの言ってるのは違うんじゃないかな…」

 

「祐君下の子には特に優しいから、きっとそれやね」

 

「同い年だよ!」

「同い年です!」

 

(ん?てか今千鶴、逢襍佗君のこと名前で呼んでた?)

 

祐が鳴滝姉妹に優しいのは下心ではなく、単に年下の相手に接するそれだった。彼の中では未だに二人を同年代とは信じていない。それと円は話している時には流したが、千鶴が祐のことを名前呼びしていたのが気になった。

 

「千鶴って逢襍佗君のこと名前で呼んでたっけ?」

 

「最近そう呼ぶことにしたの。そっちの方が仲良くなれるかなって」

 

「はぁ」

 

別におかしなことはないが、何故今になってと思わなくもない。最近色々と大変だった彼女の中で、何か彼に対する心境の変化でもあったのだろうか。

 

「よ~し!それなら私達のお色気で逢襍佗君のお金を全部頂いちゃおう!逢襍佗君誘惑大作戦だ!」

 

「乗った!」

 

「乗るな!」

 

「ウチも偶には参加してみようかなぁ。明日菜もやらん?」

 

「木乃香まで乗っかんないでよ!」

 

まさかの木乃香も乗る気な様子に明日菜が焦る。木乃香の妙なところで思い切りがいいのは良いのか悪いのか、少なくとも今に限っては悪い方向に行っているのは間違いないだろう。

 

「やはり私達はしっかり話し合うべきか…お嬢様の肌を晒させるわけには…しかしなんと切り出せば…」

 

「なんか桜咲さんがぶつぶつ言ってるんだけど…」

 

「桜咲さんも参加したいんじゃない?」

 

「んなことはないでしょ…」

 

隣の席の刹那が小声で独り言を呟いている姿に、僅かだが恐怖を感じる円。前の席のまき絵はなんとも能天気である。最近は以前より話す機会は増えたが、それでも円の中で刹那は依然生真面目で寡黙な少女なのだ。そんな人物のこのような姿を見れば、恐怖を感じるのも致し方ないかもしれない。

 

「逢襍佗君を落とすなら、まずは彼の性癖を知る必要があるわね」

 

「男子なんてパンツ見せればイチコロよ!」

 

「亜子!頼んだ!」

 

「なんでや!?」

 

「パンツといえば、以前古が見られていたでござるな」

 

「なんだって!?」

 

「その話詳しく!」

 

「楓!なんで今その話したアル!」

 

「逢襍佗君もエロ河童だったのか!?」

 

「み、皆さん!これ学園祭の出し物の話ですから!祐さんは関係ありませんよ!?」

 

「見事に主題が変わってますね、今更ですが」

 

「決める気ねぇだろこいつら」

 

いつの間にやらどう祐のツボを押さえて金を出させようかの話になっており、ネギがもっともなことを言う。騒がしいクラスを一歩引いたところで眺めながら、これはまだまだ決まらなそうだと夕映と千雨は思った。

 

 

 

 

 

 

「ってことがあったんだけど、逢襍佗君のせーへきって何?」

 

「この子は他クラスの教室で何を聞いとるんだ」

 

休み時間。B組の祐の元へやってきたかと思えば、朝起きたことを大まかに話した後に先の質問をした桜子。祐の隣の春香は若干引いている。

 

「椎名さん、取り合えず性癖って何か知ってる?」

 

「よく分かんないけど、好きなもののことなんでしょ?美砂が言ってた」

 

「いやまぁ、間違ってはないけど」

 

「じゃあ教えて!逢襍佗君のせーへき!」

 

「やめろやめろ!そんなこと大声で聞くんじゃない!俺が周りに変な目で見られるでしょ!」

 

「今更だろ」

 

近くにいた正吉が切って捨てる。祐は意地でもそこには触れないと決めた。

 

「なんと言うか、説明しにくいんだけど…世間一般的に性癖ってのはいやらしい意味とも捉えられることがありまして、従って大声で話すことではございません」

 

「どうしたのその口調…」

 

「触れてくれるな天海さん。今必死で優しい言葉を探してるんだ」

 

「ふ~ん、じゃあ逢襍佗君の好きなエッチなものって何?」

 

「話聞いてたかお前!?」

 

祐の努力を一瞬で跡形もなく消し去った目の前の少女に畏怖の念を抱く。なんという相手だ、こんな恐ろしい相手はそういない。この可愛らしい笑顔の下にはとんでもない裏の顔を隠し持っているのではと感じる程である。

 

「教室で性癖を暴露させられるとかどんな罰ゲームだ…まさか、それが狙いか!?クソッ!こいつは手強いぜ!」

 

「ノリノリじゃねぇか」

 

「椎名さん、手始めにここにいる正吉が性癖を教えてくれるそうだよ」

 

「そうなの?じゃあ参考までに教えて」

 

「言えるか!」

 

「この根性無しが!」

 

「お前が言うんじゃねぇ!」

 

「仕方ねぇ、じゃあ因みにそこにいるマサの性癖は」

 

「祐!てめぇ何考えてんだ!」

 

「うるせぇ!こうなったらこのクラスの男子共の性癖を俺が暴露してやるよ!」

 

それを聞いていたB組男子は当然無視できない。祐を野放しにしたら最後、自分達に対する社会的ダメージは計り知れない。なんとしてでもこの男を止めなければ。

 

「ふざけんな!」

 

「お前はテロリストだ!生かしてはおけない!」

 

「違う、俺は革命家だ」

 

「どうでもいいわ!」

 

祐に雪崩れ込むB組男子。今、全員の心はひとつだった。きっかけを作ったとも取れる桜子は、今の状況をまったく理解していない様子である。

 

「みんな急にどうしたの?」

 

「えっ!?あの~、えっと…と、取り合えず一旦避難しようか…」

 

兎にも角にもこの場から離れた方が賢明だと、春香は桜子の手を取ってA組に向かった。

 

 

 

 

 

 

「し、失礼しま~す」

 

勢いに任せてA組に来たはいいが、特別知り合いもいないことに今気が付いた。ボーリングに参加できていればまだ話は違っただろうが、春香は急に心細くなりながらも桜子を連れて教室に縮こまって入る。桜子を連れてきた手前、教室に入る前にじゃあさよならと言えないのが春香という少女だった。

 

後のドアから入った関係で、一番最初に目に入ったのはエヴァンジェリンだ。その姿に思わず目を奪われていると、視線に気が付いたエヴァと目が合う。瞬間春香の肩はビクッと跳ねた。

 

「ん?貴様は確か…」

 

「あ…ど、どうもこんにちは…」

 

春香を見た後、目線を隣の桜子に移す。見える表情は春香と打って変わって、相変わらず平常運転の笑顔だ。

 

「お前ら友人だったのか?」

 

「今さっき友達になりました!えっと、天海春香さんだから…よろしくハルちゃん!」

 

「よ、よろしく…えっと、ごめんね?お名前は…」

 

「椎名桜子だよ!桜子って呼んで!」

 

「う、うん。分かった」

 

「ん?考えてみれば桜と春って相性いいよね!これは運命かも!」

 

「そ、そうかも…」

 

教室に現れてから彼女には圧倒されっぱなしだ。ただ彼女の自由奔放さは、何処か同じ事務所の星井美希を彷彿とさせる気がした。桜子の言動に呆れたのか、エヴァは既に手に持った本に視線を戻している。そうしているとクラスメイトが春香の存在に気が付き始めた。

 

「あんれ?隣のクラスの…天海さん?どうかしたの?」

 

近くにいた裕奈が声を掛けてくる。エヴァには失礼かもしれないが、彼女よりも話しやすそうな相手が来てくれて春香は内心ほっとしていた。

 

「逢襍佗君にせーへきを聞きに行ったら、よく分かんないけどB組の男の子達が盛り上がっちゃって。そしたらハルちゃんが避難しようって連れて来てくれたの」

 

「あんた何しに行ってんの!?」

 

やけにB組が騒がしいと思ったら原因はクラスメイトだった。そもそもなんてことを聞きに行っているんだといったその反応に春香は安心する。

 

「…で、逢襍佗君はなんて言ってた?」

 

前言撤回、安心できなかった。

 

「あんたらなんの話してんのよ…」

 

今度は呆れた表情で明日菜がやってくる。ちゃんと顔を合わせるのは初めてでも彼女のことは知っていた。体育の授業でいつも活躍を目にしているのもあれば、祐との会話でよく出てくる幼馴染の一人だった筈だ。

 

「明日菜~、逢襍佗君せいへき教えてくれなかったよ~」

 

「あんた何しに行ってんの!?」

 

台詞から何まで完全にデジャブである。反応としては当然だ。

 

「そもそも明日菜、幼馴染でしょ?性癖の一つや二つ知っといてよ」

 

「知ってるわけないでしょ!知りたくもないわ!」

 

桜子に乗った裕奈にそう返す明日菜を見て、春香はこの人は安心できるかもと感じた。

 

「あ~天海さん…だよね?ごめんね、うちのクラスメイトが面倒掛けて」

 

「ううん!そんなことないよ!ちょっとびっくりはしたけど…」

 

申し訳なさそうな明日菜に、大きく手を振って見せる春香。ここで起きた一連の流れで明日菜が苦労人気質であることがなんとなく分かった。一見ゴリラのような恐ろしさを持ち合わせているが、実は面倒見がよく優しいとは祐の言葉である。たぶん褒めてはいるのだろうが、このことは口にしない方が絶対にいいと春香は思った。実際聞いたら間違いなく明日菜は怒るので正解である。

 

「おうおう!B組のカワイコちゃんが何の用だ!」

 

「カチコミ?カチコミなのね!」

 

「何故嬉しそうなんですか…」

 

「こりゃいかん…ちう様!ちう様を呼んで!」

 

「巻き込むんじゃねぇ!」

 

「皆さん!他クラスの生徒さんに喧嘩を売るんじゃありません!」

 

「ほら~、みんなが騒がしいから妖怪ガミガミおばばが出ちゃったじゃない」

 

「その呼び名は即刻おやめなさい!」

 

一気に春香の周りに集まったかと思うと台風のような荒れ具合だ。噂や傍目から見たことはあるが実際その渦中に投げ込まれた今、彼女達のパワーに圧倒される。自身の事務所も賑やかだが、何せこちらは数が多い。

 

「みんな落ち着いて!ハルちゃんは私の友達なの!」

 

「もう絆されおって!この軟弱者が!」

 

「エロ同人作家様がお怒りだぞ!」

 

「貶してんのかてめぇ!」

 

あちらこちらで戦いが勃発しそうな勢いである。春香がおろおろとしていると、木乃香が笑顔で目の前に現れた。

 

「こんちは~、近衛木乃香言います。祐君の幼馴染です~」

 

「あ、どうもご丁寧に。天海春香です、噂は逢襍佗君から常々」

 

「そうなん?どんなこと言われとるかちょっと心配やなぁ」

 

周りの喧騒もなんのその。流石に慣れているのか木乃香は優しく春香に挨拶すると、釣られて春香も返した。これも彼女の纏う穏やかな雰囲気の賜物なのだろうか。

 

「すっごく優しくてお料理上手だって逢襍佗君が」

 

「ほんならよかったわぁ、一安心や」

 

「よくこの状況で世間話できるわね…」

 

 

 

 

 

 

暫くして春香がB組の教室に戻ると、室内は幾多の屍が散乱していた。そんな中祐は髪や服装こそ乱れているものの、何食わぬ顔で自分の席に座っている。

 

「あ、おかえり天海さん。A組に行ってたの?」

 

「ただいま。うん、ちょっとね…みんな大丈夫なの?」

 

「大丈夫大丈夫、全員怪我一つしてないから」

 

「そ、そっか」

 

周囲の惨事などまるで無いかのような態度である。春香は辺り一面に転がる争いの残骸という名のクラスメイトを踏まないように注意しながら席へと着いた。

 

「大丈夫?あの子らに何かされてない?警察呼ぼうか?」

 

「されてないよ⁉凄いパワフルではあったけど、みんな優しかったから!」

 

勢いに圧倒されはしたが、話してみると人当たりのいい人物ばかりだった。何人かは輪に加わってくることはなかったが、それも含めクラスとして奇麗に纏まっている印象を受ける。きっとその数名は冷静な人物達なのだろうと思った。

 

「ちょっとだけど、A組の人達と初めてちゃんと話したよ。色んなタイプの人がいて楽しいクラスだね」

 

「それは間違いないね、作ろうと思ってもあんな面白クラス作れないよ」

 

「それって褒めてるよね…?」

 

「勿論っすよ」

 

薄々感じてはいたが、自分たちに対してよりもA組に対しての方が遠慮のないように見える。そしてそれはA組から祐に対しても言えることだった。

 

「逢襍佗君のことも沢山聞かれたよ、クラスではどんな感じとか」

 

「どうせ奴らは悪口ばかり言ってたんでしょ!知ってんだよ!」

 

「急にどうしたの⁉」

 

うちのクラスでこんなことをしていた、街で見かけたときはこうだったと話すA組は楽しそうで、彼女達からは一種の信頼のようなものが所々感じられた気がした。クラスや性別は違えど良好な関係を築いているようで、言ってしまえばそれは傍から見ると奇妙な関係に映るだろう。しかし例え歪に見えても、春香は少しその関係が羨ましかった。



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再会への糸口

麻帆良学園都市には幾つもの学校が存在している。その中でも有名どころの一つ、リリアン女学園は幼稚園から大学まで存在する女子校である。その名は麻帆良に限らず、女子校といえば常盤台と並んで必ず挙がる程のものだった。

 

全寮制ではないが遠方からの入学希望者も多い為、麻帆良学園程ではなくとも広大な敷地内に寮は存在する。その寮の一室に二人の少女がいた。その内の一人、長い黒髪に青い瞳を持つスタイルのいい少女が本日配られたプリントに目を通している。

 

「地域のボランティアに参加しろ〜なんて、ボランティアって強制参加させられるものじゃないでしょ」

 

「まぁ、そうでもしないとやる人少ないだろうしねぇ」

 

不満そうに呟く少女『黒桐鮮花』の同室であり親友でもある『瀬尾静音』が苦笑いを浮かべる。

 

「そりゃ好き好んでやる人の方が少ないでしょ、若者なら尚更ね」

 

「若者って…」

 

内容的には地域への貢献として行うとのことだ。学園は世間体やイメージでも気にしているのかとも思ったが、そこまでは口に出さなかった。

 

「何個か候補があるけど、鮮花ちゃんはどれにするか決めた?」

 

「どれも一緒な気がするし、なんでもいいけど…静音は?」

 

「実はね、一つ気になってるのがあるんだ」

 

何かを期待したようにソワソワとしだす静音に首を傾げる。プリントに書かれていた候補の中にそれ程面白そうなものがあったとは思えない。

 

「これ、公園の清掃と花壇のお世話」

 

「…これのどこに惹かれたわけ?」

 

「これだけ見えないんだ、なんにも。他の候補だとそんなことないんだけど」

 

静音の言葉に眉を顰める。知らない者からすれば何を言っているのかさっぱりだろうが、鮮花はそうではない。親友として彼女のことはよく知っている、彼女の持っているものも含めて。

 

「見えないって…これだけ?他のものは見えるのに?」

 

「うん、他はいつも通り。普段は勝手に見えちゃうのに、変だよね」

 

困ったように笑う静音だが、同時に少し嬉しそうでもあった。彼女の持っているものは自分にはないものだ。だからその苦労を完全に理解してあげることはできないが、色々と思うところはあるのだろうと想像できる。見えないものが見えるというのは、決していいことばかりではない。

 

「だったらそれはやめた方がいいんじゃない?それが悪いことかは判断できないけど、何かしら理由があるのは間違いないんだから」

 

「確かにそうなんだけど…」

 

その先の言葉はなくとも見れば分かる、この顔は納得していない。気になっていると言っていたが、もうその段階はとっくに終わって答えは決まっているのだろう。

 

「まぁ、無理か。気になるよね」

 

「うん。何か理由があるなら、それを見てみたい。こんなこと今までなかったから」

 

普段は怖がりな筈なのに、ここぞの時に思い切りがいいところがある。正直その性格は心配になるが、気持ちは理解できた。人生で初めてのことが起きたのだ、気にせずそこから遠ざかれと言うのは酷だろう。それが生まれた時からついて回ったことに関連するものならば尚更だ。

 

「分かった、じゃあ私もそれにする」

 

「ごめんね、催促させちゃって」

 

申し訳なさそうな表情になる静音。今に限らず普段の姿を見ていると、やはり彼女を動物に例えるなら子犬だろうなと思った。

 

「気にしないで、どれかはやらなきゃいけないんだし。決める理由として充分よ」

 

「ありがと、鮮花ちゃん」

 

先のことは分からないもので、時に人を不安にする。それは当然のことだ。しかし、先が分かっていれば全ていいのかは判断が難しい。ただ少なくとも今、静音は先の見えない未来に僅かな不安と大きな期待を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

それから2日後の休日。ボランティアの為に目的の公園に向かう鮮花と静音。休みの日に駆り出されることを不服に感じている鮮花と違い、静音の足取りは軽くいつもより歩く速度が速かった。

 

「遠足じゃないんだから」

 

「え?…あ〜、あはは。ごめんごめん」

 

何に対して言われているのか気が付いた静音は少し顔を赤くした。

 

「それで、どう?まだなんにも見えない感じ?」

 

「うん、全然。これは絶対何かあるよ!それが何かは分からないけど!」

 

「そ、そう…」

 

公園に近づくにつれて興奮気味になる静音。これから起こることが分からないということにそこまでテンションが上がる人は、このおかしな世界でもそういないのではないだろうか。彼女の持つ能力のことを考えれば致し方ないのかもしれないが、逆に鮮花は不安になってきた。事件が起こるとは思えないが、一応心構えはしておくことにする。

 

目的地に着いた二人は、既に作業を行なっている係の人物に声を掛ける。その女性は高齢には見えるが、表情や身体には気力が溢れていた。

 

「あの、おはようございます」

 

「はいはい。あら、もしかして今日来るって言ってたリリアンの子達かしら?」

 

「はい。本日参加させていただきます、黒桐鮮花と」

 

「おはようございます!瀬尾静音です」

 

美しい姿勢で挨拶をする鮮花と明るく挨拶をする静音。二人の姿に女性は笑って挨拶を返すと、少し会話を交えながら公園を案内した。

 

「それじゃ、まず二人には落ち葉を掃いてもらおうかしら。そこの倉庫に箒と塵取りがあるから、それを使ってちょうだいね」

 

「「はい」」

 

言われた通り、二人は掃除用具を持って早速取り掛かる。黙々と行う鮮花だが、静音は箒で掃きつつ周囲に視線を巡らせていた。

 

「いくらなんでもキョロキョロしすぎ。周りに見られるわよ?」

 

「あっ、いかんいかん…集中集中…」

 

「極端か」

 

忙しない静音の姿に呆れた様子の鮮花。そんな時、ふと花壇に水を与えている人物が目に留まる。後ろ姿なので詳しいところまでは分からないが、歳は若いように見える。背は高く、言ってしまえばこの場所には浮いている人物だ。暫く見つめていると今度は静音がそれに気が付いた。

 

「あの人、若い人だよね?学生かな」

 

「たぶん…顔見えないからなんとも言えないけど」

 

二人で話しながら見ていると、先程の女性が彼に声を掛けた。振り返ったことで見えたその顔は、目つきが鋭く冷たい印象を受ける。かと思えば柔らかい笑顔を見せ、女性と楽しそうに会話を始めた。ギャップというやつだろうか、二人はその姿を意外に感じた。

 

そうしていると女性がこちらを見て何か話した後、青年と共にやってくる。見た目からか近寄ってくる姿に二人は少しだけ身構えた。

 

「二人とも、年も近いだろうし折角だから紹介するわ。こちら逢襍佗君、いつもボランティアに来てくれる子よ。何か分からないことがあったら彼にも聞いてみて」

 

「どうも初めまして、逢襍佗祐と申します。麻帆良学園高等部の16歳です」

 

人の良さそうな笑顔で二人に挨拶をする。鮮花はまだ若干警戒しているが、静音は警戒を解いている様子だった。

 

「初めまして!瀬尾静音です。16歳なんだ、背高いね」

 

「僕の数少ないアピールポイントです。父さん母さんありがとう」

 

鮮花の祐に対する感情は、今の一言で警戒から呆れに変わりつつあった。悪い人間ではなさそうだが変人の部類だろう、まだ出会って数十秒だがそれは確信した。

 

「ほら、鮮花ちゃんも」

 

「あ、失礼しました。黒桐鮮花です」

 

「どうも、逢襍佗祐です」

 

「…さっき聞きました」

 

「おっとそうでしたね、逢襍佗祐です」

 

「……はい」

 

「僕が逢襍佗祐ですけども」

 

「知ってるわよ!」

 

祐に対して思わず素で反応した鮮花はしまったといった顔をする。一応これでも普段は品の良いお嬢様で通っているのだ、それをこんなに早くボロを出してしまうとは不覚である。しかし何故か祐の表情は嬉しそうだった。

 

「素晴らしい反応ですね、天性の才能を感じざるを得ません。もっとふざけていいですか?」

 

「なんなのこの子…」

 

「見た目怖かったけど、面白い子だね!」

 

小声で話し掛けてくる静音に、鮮花はため息をついた。

 

 

 

 

 

 

「あ、一年先輩なんですね。これはたまげましたな」

 

「別にそんな驚くことじゃないでしょ」

 

「それって若く見えるってことかな?」

 

「勿論ですよ、よくしゃべる赤ちゃんだなって思ってました」

 

「そこまで!?」

 

その後三人で落ち葉の入った袋をゴミ収集の場所へと持っていきながら会話をする。祐と静音はもうすっかり打ち解けたのか、楽しそうに話していた。彼女のこういった部分を鮮花は素直に尊敬している。

 

「いつも来てるってさっき言ってたけど、元々ボランティアとかやってたの?」

 

「いえ、始めたのはつい最近です。ちょっとした思い付きで始めました。ただ花の世話は前にも別の場所で手伝いしてましたね」

 

「そうなんだ。あの花壇奇麗だったよ」

 

「ありがとうございます!いやぁ、可愛い奴らなんですよ!話し掛けても返事すらしねぇけど」

 

「当たり前でしょうが…」

 

会話の中で時折彼は冗談を言う。実際冗談なのか本気で言っているのかの判断はつかないが、やはり変わった人物であることは間違いないだろう。彼の言動を見ていると警戒しているのが馬鹿らしくなってきた。

 

「まぁでも元気に育ってくれればそれでいいです。これが親心ってやつなんですかねぇ」

 

まるでペットを溺愛する飼い主のようだ。これが演技であるならば末恐ろしいなと思った鮮花は、同時に疑いの目で見ていることに少し罪悪感を感じた。しかし横にいる親友は人に対して不用心なところがある。自分が少しくらい疑り深い方が丁度いいだろう。

 

「こっちの方はあまり来る機会ないし、せっかくだからあとで写真撮っておこうかな」

 

「てことはこの区域の学校じゃないんですね、どこか聞いても?」

 

「いいよ~、私達リリアン女学園の生徒なんだ」

 

一瞬止めようかとも思ったが彼の身元も大方割れている上、学校名ぐらいは別にいいだろうと鮮花は何も言わなかった。

 

「まさかのリリアンとは、かなりの有名どころじゃないですか」

 

「だね、女子校としては特に」

 

「女子校ですか、僕には一生縁がないとこですね。えっと、なんだっけな…あれだ、挨拶はごきげんようとか言ったりします?」

 

「あれ?それも知ってるんだ」

 

「本当に言うのか…」

 

半分冗談だったが、どうやら事実らしい。それを聞いた祐は何かを思い出したのか、腕を組んで目線を上に向けた。

 

「……もしかしてですけど、そこになんというかヘアバンド付けた和風の美人さんっていますか?」

 

「ヘアバンドの和風美人?」

 

たったそれだけでは分かるわけがないと言いたいところだが、いる。リリアン女学園に間違いなく。祐の言っている人物と同一かは定かでないが、ヘアバンドが目立つ和風美人は確かにいた。何故知っているのかと聞かれれば、彼女は自分達と同級生且つ生徒会に所属する才色兼備の生徒でリリアンでは全生徒憧れの存在の一人だからだ。

 

「えっと…」

 

「あ~大丈夫です、その人のこと教えてくださいってわけじゃないんで」

 

なんと答えようか悩んでいた静音に祐が苦笑いをする。自己紹介をしたとはいえ、自分は他校の男子生徒だ。そう易々とここにいない人物のことなど口にできないだろう。

 

「ただ、もし知り合いでしたらその人に伝言をお願いしたいんです」

 

「因みに伝言って?」

 

鮮花に聞かれて祐は少し笑った。

 

「仮にその人が本人でも覚えてるかどうかわからないんですが、一応伝えておこうと思って」

 

鮮花と静音は顔を見合わせた後、祐にその視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとうね、二人も若い子が来てくれて助かったわ。また気が向いたら来てちょうだい」

 

「はい、ありがとうございました」

 

「また来ます!」

 

高齢の女性に挨拶を告げ、帰り支度をする二人。すると静音がスマホを取り出した。

 

「鮮花ちゃん、写真撮ろうよ」

 

「さっき言ってたの?ていうか撮る程珍しいものないでしょ」

 

「もう、こういうのは気持ちだからいいの!記念だよ記念!」

 

「記念って…初ボランティア記念?」

 

「そんなとこ!」

 

「はいはい」

 

そう言って花壇に向かったところで、静音は少し離れた場所にいた祐に声を掛ける。

 

「アマタ君!写真撮ってもらっていい?」

 

「んえ?はいはい、かしこまりました」

 

小走りで来ると静音からスマホを受け取る。そうして静音が鮮花と腕を組んで身を寄せたのを確認し、花壇を背景にした二人にスマホを構えた。

 

「それじゃ3・2・1で撮りますからね」

 

「は~い」

 

やれやれと思いつつ、どうせ撮るならと鮮花も笑顔を浮かべる。

 

「いきますよ~。3・2・1…オッケーイ!」

 

「なんで自分を撮るのよ!」

 

カウントした後にレンズを自分に向けて写真を撮る祐。当然鮮花はキレた。

 

「必要かなと思って…」

 

「いらないわ!」

 

「いらないとか酷いっすよオッケーイ!」

 

「だから撮るな!」

 

その場から走って祐のもとへ向かう鮮花。そんな姿を見て静音は笑った。

 

 

 

 

 

 

「まったく、変なやつ。やっぱり麻帆良学園に変人が多いのは本当の話ね」

 

寮へと戻る二人は、今日のことを話しながら街を歩く。疲れた様子の鮮花に反して静音は楽しそうである。

 

「でも面白い子だったよね、今まで会ったことないタイプかも」

 

「あんなのが世の中溢れかえってたら堪んないわよ」

 

「あっ、さっきの写真送ってなかった。今から送るね」

 

静音はスマホを取り出して鮮花に先程の写真を送信する。一応確認すると何枚か送られてきていた。

 

「所々余計なものが入ってるみたいだけど…」

 

「記念だよ、記念!」

 

二人で撮った写真と共に、祐も交えた三人での写真やそれぞれと撮った写真もそこにあった。すると少し遅れてまた写真が送られてくる。それは祐がふざけて自撮りしたものだ。

 

「ちょっと!これは本当に余計なんだけど!」

 

「ほら、せっかくだから」

 

「何よせっかくって⁉︎」

 

鮮花の反応を見て笑う静音。そこで鮮花はあることを思い出した。

 

「ていうかなんにもおかしなこと起きなかったし、関係ありそうなものも無かったわよね?」

 

「え?……あっ、すっかり忘れてた…」

 

祐と会ってから話に夢中になって、そのことがすっかり頭から抜け落ちていた。今思い返してみても特に変わったことは無かった筈だ。何かあったとすれば、それは祐と会ったことだけである。

 

「偶々なのかなぁ…でも今までこんなこと無かったし」

 

「理由らしい理由が見当たらないとなると、そうなるわよね」

 

そう思うと残念な気持ちが湧く。何かこうなった理由やきっかけが知れればと思っていたのだが、そう思えるものは終始見つけられなかった。

 

「残念だとは思うけど、そんな気を落とさないで。こういうことも起こるって知れたのは、それはそれで収穫じゃない?」

 

「鮮花ちゃん…うん、そうだね。まだまだ分からないことが多いなぁ」

 

苦笑いを浮かべる静音の背中を優しく摩った。鮮花は気の利いたことなど言わない。それは同じものを持たない自分が言ったところで、所詮安い慰めにしかならないだろうから。

 

「もしかして…アマタ君が居たからだったりしないかな?」

 

「あの子が?」

 

呟くように言った静音の言葉に、訝しげな顔をする。

 

「変わったことがあったとしたら、アマタ君に会ったことぐらいだから」

 

「まぁ、ないとは言い切れないけど…」

 

かと言って可能性が高いかと言えばそうではないだろう。静音の能力に影響を及ぼす程のものをあの青年が持っているとは、正直想像できない。

 

「また会えたら何か分かるかも!あの公園に行けば会えるかな?」

 

突然明るくなるとそんなことを言い出した。過保護になるつもりはないのだが、その行動は余りお勧めできない気がする。

 

「わざわざ会いに行くの?変に気にかけると勘違いされて、何されるか分からないわよ?」

 

「え〜、そんな子じゃないと思うけどなぁ」

 

「静音は警戒心なさすぎなのよ」

 

可能性が0というわけではない以上、確かめてみたくなるのは仕方がないだろう。それを止めるつもりはないが、会いに行くというのなら自分も必ず同行しようと決めた鮮花だった。

 

 

 

 

 

 

それから数日後。廊下を歩く静音の向かいからある人物が歩いてきた。それこそ他でもない、ヘアバンドをつけた和風美人その人だ。ここで会ったのも何かの縁だと、静音は一度深呼吸をしてから声を掛けた。

 

「ごきげんよう、江利子さん。今大丈夫?」

 

「あら、ごきげんよう静音さん。貴女から話し掛けてくれるなんて珍しいわね」

 

同級生でもあり何度か話したことはあるものの、彼女『鳥居江利子』はリリアン屈指の有名人の一人だ。彼女から溢れ出るオーラも相まって静音としては気軽に話し掛ける相手ではなかったが、せっかくの機会である。

 

「違ったらごめんね?3ヶ月くらい前、駅前で背が高くて目つきの鋭い男の子に会わなかった?」

 

「駅前で…」

 

頬に手を添えて考える仕草をとる江利子は、それだけで美しい一枚絵のようだった。

 

「ええ、会ったわ。背の高くて目つきの鋭い、面白い子になら」

 

その言葉で確信した。祐が言っていた相手は江利子で間違いなさそうだ。勇気を出して声を掛けたことが骨折り損にならなくてほっとした。

 

「でも、それがどうかしたのかしら?」

 

「実はこの前ボランティア活動でその子に会ったんだ。話をしてたらもしかしてって聞かれたの」

 

「あら、そうなの。縁ってあるものなのね」

 

その時のことを思い出しているのか、浮かべた表情は柔らかいものだ。

 

「私達の一年後輩だったよ、あとその子からの伝言があってね」

 

「伝言?」

 

「あのオコジョは無事に飼い主のところに戻れましたって。これだけしか言ってなかったけど、分かる?」

 

少しだけキョトンとした顔をした後、どこか上品に笑い出す。

 

「うふふ。ええ、よく分かったわ。ありがとう、静音さん」

 

「い、いえいえ…とんでもございません」

 

緊張しながらそう返す。やはり彼女達『山百合会』の生徒と話す時は無駄に力が入ってしまう。彼女達が威圧的ということは決してないのだが、それでも違う世界の住人のような気がしてしまうのだ。

 

「ねぇ?その子の名前とかは聞いた?どこの学校とか」

 

少し考えたが、彼女がその情報を聞いて悪用するとも思えない。そもそも本人は名乗っていたので伝えても問題ないだろう。

 

「えっと、名前はアマタユウ君。学校は麻帆良学園高等部だって」

 

「そう、アマタユウ君ね。それと麻帆良学園」

 

呟くように反復すると、再び笑顔を浮かべた。

 

「改めてありがとう静音さん。とても貴重な情報を貰えたわ」

 

「へ?」

 

つい気の抜けた返事が出てしまう。どういうことかと思っていると、江利子は軽い足取りで歩き始めていた。

 

「それでは、ごきげんよう」

 

「あ、うん…ごきげんよう」

 

上機嫌でその場から離れていく江利子を見送り、静音は暫くその場に留まった。

 

 

 

 

 

 

廊下を進む江利子の姿を教室から出てきた一人の生徒が見つけた。その生徒も江利子に負けず劣らずの美人であり、またその姿は気品で溢れている。珍しく機嫌がいい様子を不思議に思い、声を掛けた。

 

「江利子、どうしたの?随分上機嫌に見えるけど」

 

「ふふ、ねぇ蓉子…やっぱり私、交流相手は麻帆良学園がいいと思うわ」

 

「学園交流会のこと?なんでまた急に」

 

『水野蓉子』は首を傾げる。前から候補の一つとして名前は挙がっていたが、その時はそこまで推しているわけでもなかったはずだ。しかし今はその案以外無いぐらいの勢いである。昨日も特にその話題にはならなかったので、いったい何が彼女をそうさせたのか見当も付かなかった。

 

「だってあの学校、とても楽しそうなんですもの。それに間違いなく一人、面白い子がいるわ」

 

「面白い子って、貴女麻帆良学園に知り合いなんていた?」

 

「知り合いと言う程ではないわね。でも、そうなれたら素敵だとは思ってるわ」

 

楽しそうな笑顔を見せ、江利子はその場から離れていった。彼女の反応から察するに何か珍しいものでも見つけたのか、今までの経験上ああなったら満足するまで止まらないことは想像に難しくない。その面白い子が面倒な子でなければいいがと思いながら、蓉子はため息をつかずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

「要するに、その少年が関係してるかも知れないと?」

 

「静音はそう思ってるみたいです。私はただの変人じゃないかって思ってますけど」

 

あるビルの一室。そこの事務所で鮮花はある女性に先日の話をしていた。椅子に腰掛けながらタバコを咥えて話を聞いているのは蒼崎橙子である。

 

「ただの変人ね。鮮花が急に異性の話をしだすから驚いたけど、期待した話じゃなかったか」

 

「いったい何を期待してたんですか…」

 

「ん〜?遂に鮮花にも春が来たのかと思ってね」

 

それを聞いた瞬間座っていたソファから飛び出して、橙子の机に身を乗り出した。

 

「そんなわけないじゃないですか!あんな兄さんと似ても似つかないような変人に!」

 

「お前…まだ諦めてなかったのか…」

 

心底呆れた様子の橙子。鮮花は何を当たり前なと腕を組んだ。

 

「当然です。だからこうやって橙子さんのところに来てるんじゃないですか」

 

「はいはい、そうだな」

 

思うところは幾らでもあるが、突いたところで碌な結果にはならないだろうと橙子は納得したふりをする。もう今更あの二人の中に割って入ろうなど無駄だと言うのに。

 

「まぁ、それはいいとして。どんな子なんだ?その少年というのは」

 

「どうって…さっきも言った通り変人ですよ。よく分からないっていうか、掴みどころがないというか」

 

「いくらなんでも抽象的すぎる…何か特徴とかはないのか?身体的なものでも」

 

鮮花は頭を捻って考える。祐の内面的なものは出会って数時間しか経っていないのもそうだが、言葉で説明するにはなんとも難しかった。だが外見の説明ならばできるだろう。

 

「えっと…背はけっこう高くて、あと目つきが鋭いから喋らなければ近寄り難い雰囲気かも。顔は…まぁ、若いなって感じです」

 

その言葉を聞いて、先程まではにこやかな表情だった橙子から笑顔が消えた。

 

「燈子さん?」

 

「他に何かないか、どんなことでもいい。写真は?」

 

急に態度が変わったことに困惑しつつ、静音から送られてきた余計な写真を表示して見せる。すると目を見開き、眼鏡を外して今度は橙子が机から身を乗り出す。その行動に鮮花はビクッと肩を揺らした。触れそうな程スマホの画面に顔を近づけるその表情は驚愕しているようにも、歓喜に満ちているようにも見えた。

 

「見つけたぞ…こんな所にいたか…」

 

「あの…どうかしたんですか?」

 

恐る恐る声を掛けると、思い切り橙子に抱きしめられた。急すぎる展開に、鮮花はまったくついていけない。

 

「よくやった!でかしたぞ鮮花!今日ほどお前を弟子にとって良かったと思った日はない!」

 

そのまま乱暴に頭を撫でられる。既に鮮花の髪は強風に煽られたかのような状態になっていた。

 

「なんなんですかいったい⁉︎あと髪ボサボサにしないでください!」

 

橙子がパッと手を離したことで、よろけながら離れる鮮花。未だグラグラとする頭を振ると、いつの間にかスマホは橙子の手に渡っていた。

 

「こんな巡り合わせがあるとは…今すぐにでも!いや待て、いくら学園と言ってもあそこは関東魔法協会の総本山…私が大手を振っていくわけには」

 

大きな声で喋り始めたかと思えば、急に小声で呟き始める。いったい何が彼女をこうも興奮させるのか分からない。まさかこの少年のことを知っているのか。

 

「橙子さん、もしかしてこの子のこと知ってるんですか?」

 

「一度だけ会ったことはあるが何も知らない。名前も含めてな」

 

まさかと思ったが会ったことがあるとは、自分で言ったことだが鮮花は驚いた顔をした。しかし一度会っただけで何も知らない人間に対してこんな態度にはならないだろう。

 

「じゃあ…いったいどうして」

 

「分からないことだらけだが、分かるものもある。断言してもいい、お友達が未来を見れなかった原因が外部にあるとすれば…それは間違いなく彼だよ」

 

そう言い切られても困惑が強くなるだけだ。何も知らないと言いながら、静音の『未来視』に影響を与えたのは祐だと言ったのだから。

 

「こう言えば多少は納得できるかもな。以前話題になった虹の光、その正体はこの少年だ」

 

「うそ⁉︎」

 

虹の光のことなら鮮花も知っている、寧ろ知らない者の方が少ないだろう。超巨大な怪獣が宇宙まで吹っ飛ばされた瞬間は日本に、延いては全世界に流れた。

 

「あの子があれをやったって言うんですか…?」

 

「間違いない、何せその瞬間をこの目で見たからな。それからずっと手掛かりを探していたが、結果は芳しくなかった」

 

先程から驚愕の事実ばかりで眩暈がする。橙子があの場いたことも驚きだが、何にも増して祐があの虹の光の正体だということに未だ理解が追いついていない。そこで何かを思い出した橙子がまた表情を明るくする。

 

「そういえば、もうすぐ学園祭じゃなかったか?」

 

「えっ?いや、まぁ…そうですけど」

 

「その日は一般開放されるが警備は厳しくなるだろう。…確かリリアン女学園に関しては、入るのに生徒からの招待状が必要と言っていたよな⁉︎」

 

「言いましたけど…」

 

両肩を掴まれ、興奮気味に聞かれて困惑しながらも答える。短い付き合いではないのだが、こんなにもテンションの高い橙子は初めて見た。

 

「何から何までありがたい!それがあれば当日学園内で動きやすくなる!鮮花!招待状をくれ!」

 

「ええ⁉︎この前聞いた時は興味なさそうじゃなかったですか!」

 

「事象が変わった!そこに未知の存在がいるんだぞ!行かない理由がない!」

 

「一応聞いときますけど、騒ぎは起こしませんよね…?」

 

「勿論だ。なに、彼に会いに行くだけさ」

 

正直言って不安はまったく拭えないが、橙子には随分と世話になっている。いくら彼女でも流石に他人の庭で暴れることはないだろうと思う。たぶん…

 

「はぁ…分かりました。今度来るときに持ってきます」

 

「すまないな鮮花!恩に着るよ!私はいい弟子を持てて幸せだ!」

 

「すっごい複雑…」

 

再度頭を撫でられる鮮花の表情は実に不満げであった。



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友人なのは間違いない

良く晴れた休日、朝食を作る木乃香が冷蔵庫を見て呟いた。

 

「ん~、今日辺りにでも買い出し行かなあかんかも」

 

「買い物?それならこの後私が行ってこようか?」

 

「急にどうしたんすか姐さん?普段家事をしないことが後ろめたくなったんすか?」

 

「失礼なこと言うんじゃないわよ!私だって、偶には手伝おうかなって思っただけ」

 

「気にせんでええのに。でも、そう言ってくれるんなら今日はお言葉に甘えようかな」

 

木乃香は笑って朝食作りを再開する。明日菜の後ろにいたネギも顔を出した。

 

「なら僕も行きますよ」

 

「あんた、今日までにやっておかなきゃならない仕事があるって言ってなかった?」

 

「ちょ、ちょっとくらいなら大丈夫ですよ…」

 

少し自信がなさげなネギの額を明日菜が軽く突いた。

 

「たく、おこちゃまが変な気を遣うんじゃないわよ。別に持てない程の荷物が出るわけじゃないし、ここは私に任せなさい」

 

そう言われたネギは明日菜に少し尊敬のこもった眼差しを向ける。

 

「明日菜さん、年上のお姉さんみたいですね!」

 

「みたいじゃなくてそうなんだけど」

 

「荷物に関しても、魔法使ってない兄貴より姐さんの方が腕力あるだろうしな」

 

「はじめてのおつかいやね!頑張ってなぁ明日菜。ウチ泣いてまうかも」

 

「ねぇ、もしかして馬鹿にしてる?」

 

 

 

 

 

 

朝食を食べ終えた和美はスクープを求めて外へと繰り出した。街は賑やかで平和な光景で溢れている。これを見ていると騒がしい事件のことなど忘れてしまいそうになるが、すぐ隣に事件や問題は潜んでいるのだとここ最近嫌でも意識させられていた。和美からすればそれは望むところなのだが、そう思う者はごく少数だろう。

 

このまま当てもなく歩くのも悪くはないが、何かが起こる可能性が高いところに行くのが一番である。であるならば行くべき場所は決まっているので、和美は迷わず祐の自宅に向かった。例え事件は起きなくとも、彼の近くにいれば何か必ず起こるだろうからだ。

 

 

少しして祐の家が見えてきた。中に入ったのは一度だけだが、新聞を届けに何度もここには来ている。その為か勝手知ったる場所の如く、慣れた様子でチャイムを鳴らした。すると直ぐに扉が開く。

 

「へ~い…うおっ、何しに来やがった」

 

「ちょっとちょっと、せっかく休日に女子がお家に来たんだから。もっと嬉しい反応してほしいんだけど?」

 

顔を見た瞬間、随分な挨拶をする祐。和美とて流石にその態度は不満である。

 

「どうせ何か起きないかなと思って俺のとこ来たんでしょ」

 

「……そんなことないわよ」

 

「朝倉さん、俺の目を見て言ってみ?」

 

「あっ!私の(なか)を覗くつもりでしょ!スケベ!」

 

効果は恐らくないだろうが、自分を抱くように身体を隠す和美。謂れのない罪に祐は怒りを覚えた。

 

「言うに事欠いてスケベだとこの悪女めが!うちは悪女お断りだよ!」

 

扉を閉めようとした祐の手を急いで掴む。大した距離ではないにしろ、これだけで帰るのは御免被りたい。

 

「ごめんごめん!嘘だから!門前払いは勘弁して!」

 

「許してほしければゆるしてにゃんと言え」

 

「なんだそれ!?言うわけないでしょ!そんなこっぱずかしい台詞!」

 

「君とはここまでのようだ」

 

「あ~!ちょっと閉めないで!」

 

「ならば、することは分かるよね?」

 

何かを求めてやってきたとは言え、これといった用事もないのだから帰ればいいものを和美も変に意地になっていた。このまま帰っては記者の名折れだ、多少の恥など捨てろと自分に言い聞かせる。言っておくがまったくもって捨てる必要はない。

 

「ゆ…ゆるしてにゃん…」

 

「本当に言う奴がいるか」

 

「表出ろ」

 

 

 

 

 

 

それからひと悶着あったものの、祐と和美は都市部へとやってきた。

 

「んで来ましたけど、何か考えはおありで?」

 

「いんや、なんにも」

 

「帰っていい…?」

 

「取り敢えず!片っ端から気になるものを見ていくわよ。何処にスクープがあるのか分からないんだから」

 

(それはただ遊んでるだけではないのだろうか)

 

歩き出す和美にそう思うが、ご機嫌な表情を見ていると水を差すのは憚れた。特に予定があるわけでもない、彼女の気が済むまで付き合うことにしようと決めた祐だった。

 

 

 

 

 

 

「唐揚げうめぇ」

 

「凄いわねそれ、脂質の塊って感じ」

 

「唐揚げうめぇっす」

 

「わかったわかった」

 

言葉通り、とにかく気になったものに手を出していく。そうしている内に和美が本来の目的を忘れるのは然程時間が掛からなかった。

 

「千円払ってこれ⁉︎」

 

次に千円ガチャなる真っ黒な自販機に千円を投入した和美。そんな彼女が手に入れた物は、サムズアップをした手のイラストのストラップであった。因みに紐の部分は赤色である。

 

「なんなのかはよく分かんねぇけど、千円の価値は間違いなく無い」

 

「逢襍佗君もやってよ」

 

「絶対被害者増やそうとしてるでしょ。まぁやりますけど」

 

続いて祐が千円を入れると、出てきたのは同じサムズアップのストラップだった。一応紐は青色という違いはある。

 

「これしか出てこねぇじゃねぇか!」

 

「ぷふっ!や、やったじゃん。私達お揃いだよ」

 

「何笑ってんだてめぇ」

 

そうやって暫く二人は街を散策していくが、やはりどう見てもその姿は遊んでいるだけにしか見えない。だが本人は楽しそうなので問題ないのだろう。そうしていると、二人の目に一人歩く明日菜が留まった。

 

「あれ明日菜じゃね?」

 

「あれま、ほんとだ。一人っぽいけど、何してるんだろ?」

 

どうやら手にはエコバックを持っているようだ。普通に考えれば買い物なのだろうが、どうもそれが明日菜となると想像がつかない。

 

「買い物…あの明日菜が一人で?妙だな…」

 

「結構失礼なこと言ってるわよね、気持ちは分かるけど」

 

「仮に買い物だとすれば、一人で出来るか心配だ。ついていこう」

 

「逢襍佗君の中で明日菜って幼稚園児だったりする?」

 

明日菜達は祐に対して過保護気味だと思っていたが、それはどうやら片方側だけということでもなさそうだ。ただそうは言っても少し面白そうなので、和美も明日菜の後をつけるのに反対しなかった。

 

 

 

 

 

 

「え~っと、このスーパーよね」

 

機会は多くないが、一人で買い物する程度の経験は幾らでもある。ラインで送ってもらった買い物メモに目を通しながら、明日菜は店内に入っていった。

 

「マジで買い物なのか…気でも狂ったか!?」

 

「流石に言いすぎでしょ…」

 

心底驚いた様子の祐に呆れた顔をする和美。明日菜に家庭的な印象など無いが、そこまで驚くことではない。

 

「そりゃ明日菜も偶には買い物ぐらいするって」

 

「そうか、明日菜だっていつまでも子供じゃない。あの不愛想だった幼少期を過ぎたかと思えば、気付くと力で全てをねじ伏せるようになっていた明日菜が一人で買い物か。当たり前だけど、ちゃんと成長したんだな」

 

「何目線だ」

 

言っていることは失礼極まりないが、横目で見るとその表情は嬉しそうだった。本当におかしな幼馴染連中だと思う。言えば明日菜やあやかは否定するだろうが、続くべくして続いた関係性だと和美は感じていた。

 

「見てくれ朝倉さん。恐らく木乃香を真似たんだろう。キャベツを二つ取って見比べているが、あれはその実何が違うのかまったく分かってない顔だ」

 

「悲しいかな、頭の上にクエスチョンマークを浮かべているのが私にも見えるわ」

 

「今度はもやしを見たぞ、一瞬目を見開いたな。たぶん思ったよりもやしが安いことを知って驚いたんだ」

 

「農家の皆さん、いつもありがとうございます」

 

「次は何を手に取ったんだ?…チョコ〇ッグだ!チョコ〇ッグを取ったぞ!」

 

「未確認生物のチョコ〇ッグだわ!チュパカブラがいるのね!でも駄目よ明日菜!間違いなくそれは買う予定なかったでしょ!」

 

明日菜の行動を逐一観察する二人。異様なその姿に周りは少し距離を取っていた。

 

「やっぱりエロい足してんな」

 

「どこ見てんの!?」

 

「あっやべ、口が滑った。もういいや、ミニスカート穿いてる方が悪い。舐め回すように見たろ」

 

「よせよせ!…ふむ、確かになかなか」

 

 

 

 

 

 

それから暫くして買い物も終わりに近づいてくる。変わらず明日菜を観察し続けていると、和美にふと気になることが生まれた。

 

「ねぇ、逢襍佗君」

 

「なんざんしょ」

 

「もし明日菜達がさ、誰かと付き合うってことになったら…逢襍佗君どうする?」

 

「どうって…どうもしないけど」

 

「…それってなんか冷めてない?」

 

何か期待していた返答があったわけではない。しかしこの回答は和美的には冷たく感じた。

 

「そうは言ってもねぇ…幼馴染だし明日菜達のことは大切だけど、そこは個人の自由でしょ」

 

「それはそうだけど…」

 

「あの子達が優しいのは間違いないけど、人を見る目はあるよ。だから変な相手には引っかからないと思う。明日菜達が決めた相手なら心から祝福するよ、寂しい気持ちは勿論あるけどね」

 

和美は一度祐から視線を外し、明日菜を見た。スマホを指さしていることから、買い忘れがないか確認しているのだろう。今自分の中に生まれた想いは正直言って余計なお世話な気がする。それこそ何目線だと言われそうなものだが、それでも和美の口からその言葉は出た。

 

「自分が相手になろうとは、思わないんだ」

 

「朝倉さんも知ってるでしょ、俺のこと。こんな奴に、平和で幸せな家庭は荷が重すぎるよ」

 

それに返す言葉を和美は出せなかった。そんなことはないと、そう言えたのならよかったかもしれない。だが軽々しく口にしていいとは思えなかった。ここにいる誰よりも、そういったことについて考えていたのは他ならぬ祐だろうから。

 

「俺自身が好き勝手やってるから、人に対してあれはしないでほしいとかってのは言えない。だけど本音を言えば、俺に良くしてくれた人達には危険なことからは遠ざかって平和に暮らしてほしいんだ。なら、そもそもお前は人に近づくなって話なんだけど…それはごめん。みんなといるのが楽しいから、つい甘えてる。そこに関しては、言い訳のしようもない」

 

頭を下げる祐から視線を逸らしたくなる。その姿を見ていると、何故だか胸が締め付けられた。こんな感情を和美は知らない。

 

「…謝んないでよ。悪く言うつもりなんて、ないのに」

 

「あ~…直ぐ謝るってのも考えものか。よし!この話は終わりにしよう!こんなこと休日に話すこっちゃないよ」

 

重くなってしまった空気を振り払うように言う。強引すぎる気もしないでもないが、それが今はありがたく感じた。

 

 

 

 

 

 

「さてと。買い忘れもないし、帰りますか」

 

「明日菜」

 

「え?ああ、祐…朝倉も?なんで?」

 

荷物を持って歩き出そうとする明日菜に声が掛かる。振り向くと祐と和美が立っていた。何故二人がと疑問に思っていると、祐が近づいて明日菜の手に何かを渡した。それを見ると、渡されたのは例のお菓子だ。

 

「あの明日菜が一人で買い物とは…感動したよ。それは俺からの気持ちとして受け取ってくれ」

 

「あんた何言って…ちょっと!もしかしてあんた達見てたの!?」

 

「ええ、偶々明日菜が歩いてるの見つけてね。エコバック持ってるから気になってつけさせてもらったわ」

 

「別にいいでしょバック持ってたって!てか私って周りにどんな風に思われてるのよ!」

 

木乃香達といい祐達といい、自分が周りからどのように見られているのか不安になってきた。

 

「明日菜の確かな成長を感じたぜ。見事だった」

 

「因みに逢襍佗君、明日菜の足も褒めてたわよ」

 

「あし…?」

 

初めは意味が分からなかったが自分の服装を思い出し、余り意味は無いが明日菜は赤い顔でスカートを抑えた。

 

「どこ見てんのよ!」

 

「見事だった」

 

「うるさい変態!」

 

「スケベだの変態だの散々言ってくれるじゃねぇか!そこにある、目に映るものを見て何がいかんのじゃい!」

 

「開き直るな!」

 

買い物荷物がある手前、いつものように激しい動きをするわけにはいかない明日菜は祐に攻撃できなかった。

 

「寧ろ触ってないだけありがたく思えんのか!」

 

「なんであんたがキレてんのよ!?」

 

最近よく見る光景に和美は笑う。しかし先程祐が言ったことは消えず、頭の中に残っていた。

 

 

 

 

 

 

その後明日菜を女子寮まで送ろうとしていた祐と別れ、和美は一人街を歩いていた。正直言うと一人になれてよかったと思う。先程の話からどうも思考に靄がかかってすっきりしない。祐の考えに何かを感じているのは間違いないのだが、その何かがよく分からず堂々巡りしていた。

 

祐が苦笑混じりに話していた姿を思い出すと少し寂しいような、または悲しいような気分になる。純粋に友人が色々と抱えているからこう思うのだろうか。様々な柵に囚われている友人というのはそういるものではなく、少なくとも己が深く関わった友人で言えばそういった人物は祐が初めてかもしれない。だからこそなんと言えばいいのか、今自分が抱いている感情はなんなのかを上手く表すのは簡単ではなかった。

 

頭の中で考えを巡らせながら歩いていると、ふと立ち止まって辺りを見回した。そこは普段余り来ない場所で、麻帆良湖に続いている川が柵越しに確認できる。近くにある建物を見るにこれは教会だろう。少し教会を眺めた後に手すりへと体重を預けて遠くを見つめた。

 

「あれ?朝倉じゃん。何してんの?」

 

声のした方を向くと、そこにはシスターの姿をした美空が立っていた。横には同様に修道服を着た幼い少女もいる。和美は美空の頭から足先まで一通り確認すると不思議そうな顔をした。

 

「コスプレ趣味なんてあった?」

 

「コスプレじゃねぇわ」

 

 

 

 

 

 

「あ〜そう言えばシスターだったわね。その印象薄いからすっかり忘れてた」

 

「腹立たしい、何より言い返せないのが腹立たしい。ココネ、慰めて」

 

「美空、影薄い」

 

「追い討ちかけてとは言ってない」

 

現在三人は川を眺めながら話をしていた。話題は美空がシスター見習いであったことから始まり、そして横にいる少女はココネという名前で美空と同じシスター見習いだそうだ。無表情と言えばいいのだろうか、静かで明るい性格には思えないが、かと言って暗いというわけでもないようだ。美空に対する発言でなんとなくそれは分かる。

 

「それにしても、どしたの朝倉」

 

「何が?」

 

「何がって…さっき黄昏てたでしょ。らしくもない」

 

「私だって黄昏る時ぐらいあるわよ」

 

「今まで見たことないけど?」

 

一度美空を見てから川に視線を戻し、ため息をついた。らしくないのは自分でも分かっている。

 

「な~んかね。深く考えずにやりたいように生きるってこと、結構難しいのかなって」

 

「ほんとにどうした…」

 

ふざけて言っているようには見えず美空は困惑した。軽い気持ちで声を掛けたが、思った以上に悩んでいるのだろうか。もしかしなくても迂闊だったかもしれないという考えが頭を過った。

 

「私の友達がさ、なんて言えばいいんだろ…簡単に言うと、色々と諦めてるっていうか達観してるっていうか…そんな感じなのよ」

 

「はぁ、その友達ってA組じゃなくて?」

 

「うん、別のところ」

 

A組の過半数が賑やかなのは間違いないが、その中にも達観しているようなクラスメイトは何人か思い当たる。だが和美の言う友人はA組ではないそうだ。その人物が誰なのか気にはなるが、名前を出さないということはそういうことなのだろうと流すことにした。

 

「よく分かんないけど人生諦めが肝心とも言うし、達観してるのって悪いことかな」

 

「悪いってことはないだろうけど…寂しくない?自分も周りも全部は無理だから、だったら自分のことは諦めるなんて」

 

「今の言い方だと、その人は自分のことよりも周りを優先してるってわけ?」

 

「たぶん。どっちかだけって状況なら間違いなく周りを選ぶと思う」

 

「随分殊勝な心掛けの人っすね」

 

「何その反応…」

 

「いやだって、私にゃその考え理解できないし」

 

「美空は自分勝手だから」

 

「さっきからめっちゃ刺してくるじゃん」

 

はっきりと言い切る美空にこれまたはっきりと言うココネ。少しではあるが、二人の関係性が見えてきた気がする。

 

話を戻すが和美とて周りを大切だと思う気持ちは理解できるし、周りの為に動く姿は尊いものだとも思う。だが自分自身のことも多少は大切にしてほしいと思うのは友人として当然な筈だ。付き合いが始まってそう経ってはいないし、深い仲とも言い難い。それでも彼の人となりはそれなりに快く思っている。そんな人物が自らを蔑ろにしているように見えるのは、きっと悲しいことだ。

 

「周りを大切に思うのは勿論いい、でも自分のこともちょっとくらい考えてほしいのよ。うん、間違いない。もやもやの原因はそれだわ」

 

「…じゃあ、そう言ったらいいんじゃない?」

 

「いや、それは…言ったら面倒くさい奴だって思われそうだし」

 

「うわ…めんどくさ」

 

「言いやがったな!人の心は無いの!?シスターのくせに!」

 

「相手にとって都合のいいことを言って聞かせるのがシスターではございません」

 

「コスプレシスターの分際で尤もらしいこと言っちゃって!」

 

「断じてコスプレではない!」

 

そのままレベルの低い言い合いに発展する二人をココネは変わらず無表情で見つめているが、その目はどこか呆れているようにも映った。

 

「なんでそんな感じにくすぶってるのか知らないけど、せっかくだから懺悔室でも行ってみたら?今ならシスターシャークティがいるし」

 

「その人って美空の教育係の人だっけ?」

 

「まぁ、そんなとこ」

 

確か学園の教師であり、教会のシスターだと美空から聞いたことがある。少し考える仕草を取った後、和美は首を横に振った。

 

「やめとく。懺悔室ってなんかちょっと堅苦しそうだし」

 

「気持ちは分かる、なんせ懺悔って言葉が付いてるしね。でも緩いお悩み相談みたいなもんよ、シスターの性格はきついけど」

 

「誰の性格がきついんですか?」

 

「誰って、そりゃシスターシャークティに決まって」

 

「美空…後ろ」

 

ココネが自分の後ろを指していて、今の質問の声が和美でないことにも気が付く。後ろの人物が誰かはほぼ分かっているが、どうか違ってくれと願いながら後ろを振り向く。残念ながら願いは届かなかった。

 

「なかなか戻ってこないと思えば、やはり油を売っていましたか」

 

予想通りそこにはシスターシャークティが立っていた。笑顔だがこめかみに青筋が浮かんでいるのは美空が掃除をサボっていたからか、性格がきついと言われていたからかは定かではない。

 

「ああ!待ってください!悩める同居人がいたので相談に乗ってたんです!」

 

「悩める同居人?あら、貴女は」

 

視線がこちらに移ったのを認識し、和美は軽く会釈をした。彼女のことは話には聞いていたが直接顔を合わせるのは初めてである。見た目は美空から聞いてた9割愚痴に近い話からは結び付かない、凛々しくも可愛らしい大人の女性といった印象だ。

 

「こんにちは、朝倉和美です。美空のクラスメイトで同室やってます」

 

「なるほど、貴女が朝倉さんね。私はシャークティーと申します。貴方達のことは美空から聞いていたわ、同室のもう一人は…確か幽霊の子だったかしら」

 

「あはは、仰る通りです」

 

シャークティも自分と同様に名前だけは知っていたようだ。さよのことも知っているようなので、美空が色々と話しているのだろう。

 

「悩み事というのは本当かしら?」

 

「えっと…まぁ、一応。でも、そんな大したことではないんで」

 

苦笑いを浮かべる和美を少しだけ見つめて、シャークティは笑顔を浮かべた。

 

「無理にとは言わないけど、少しでも気になったら是非うちに来てね。教会はいつでも貴女を歓迎するわ」

 

「…はい、ありがとうございます」

 

釣られて和美も笑顔になる。これが包み込むような優しさというものなのだろう、真のシスターを見た気がした。見習いとはいえ美空とは大違いである。シャークティは和美に頷いた後、改めて美空の方を向いた。

 

「嘘ではないようですから、これ以上は何も言いません。あまり遅くならないうちに戻るように。ココネも、いいですね?」

 

「あ、はい。かしこまりました」

 

頭が上がらないといった具合の美空と素直に頷くココネ。三人の上下関係はしっかりとしているようだ。そして気のせいでなければ、カースト最下位は美空であろうと和美は思った。

 

「もうじき言峰神父がいらっしゃいますから、私は教会に戻ります」

 

「あれ、来るの今日でしたっけ?」

 

「だから貴女達に掃除を早く終えるようにと言ったでしょう」

 

完全に忘れていた様子の美空にため息が漏れると、出てきた名前に和美は首を傾げた。

 

「言峰神父って?」

 

「隣の冬木市にある教会の神父さん。随分熱心な人でさ、定期的に周辺の教会を周ってるみたい」

 

「周ってるって、なんでまた」

 

「他所の教会とか街を見て、より良い教会を作る参考にしたいんだって。うちにも何回か来てるよ」

 

「そりゃ真面目だ」

 

感心したように呟いていると、目を引くほど背の高い男性がこちらに向かって来ているのが見えた。その背はかなりの高身長である真名や楓よりも大きく、もしかすると祐よりも高いかもしれない。和美の視線を追って、美空達もその存在に気が付いた。

 

「あら、言峰神父。申し訳ありません、教会を空けてしまって」

 

「いや、気にしないでくれたまえ。教会に行く前に、少し周辺を見て周っていたらここに着いた」

 

どうやら彼が例の神父のようだ。服装などはそうではないが、世間が思う神父の一般的なイメージとはかけ離れた姿と言っていいだろう。体格の良さもさることながら、その纏う雰囲気はお世辞にも近寄りやすいとは言えず、何より和美が気になったのはその目だ。失礼な言い方だがはっきり言って目が死んでいる。

 

シャークティ達と挨拶を交わしていると、言峰神父の視線が和美で止まった。それに気が付いたシャークティが間を取り持つ。

 

「言峰神父、彼女は美空のクラスメイトの子です。先程まで美空達と話していたそうで」

 

「なるほど。では自己紹介をしよう、私は言峰綺礼。冬木市にある教会で神父をしている者だ」

 

「どうも、朝倉和美です」

 

ほぼ反射的に自己紹介を返す。話を聞いていたからいいが、知らなければとても神父とは思えないだろう。それこそコスプレと言われた方がまだしっくりくるかもしれない。ただしその場合、人としての危険度は上がる。

 

「立ち話もなんですから教会にどうぞ。朝倉さんもよければ」

 

「ああ、いえ。せっかくですけど私は」

 

「そうですか、それでは私達はこれで。行きましょうか言峰神父」

 

「承知した」

 

綺礼はそこで一度和美を見ると声を掛けた。

 

「少女よ、もし何か困ったことがあれば私の教会にも立ち寄ってくれ。立地やアクセスが良いとは言えないが、出来る限りのことはすると約束しよう」

 

「え?あ、はい。その時はお世話になります」

 

「美空、話が終わったらちゃんと戻って続きをしてくださいね」

 

「は~い」

 

美空に釘を刺しつつ、シャークティは綺礼と共に教会に向かっていった。

 

「じゃあ、私もこれで。ま、一応付き合ってくれてありがとね」

 

「いやいや、いい休憩になったよ」

 

「言うほど掃除してない」

 

「それは言わないお約束」

 

そう言うと美空とココネは手を繋いで和美を見た。

 

「そんじゃまた寮でね、考え事して事故に合わないように」

 

「そこまでぼーっとはしないって」

 

「ならよし。行こっかココネ」

 

頷いたのを見て、教会へと足を進める。するとココネが途中で振り返り、和美に手を振った。

 

「カズミ、またね」

 

「うん。またね、ココネちゃん」

 

その姿だけでも思わず頬が緩む。なんとも愛らしい子だ、彼女に会う為に教会に行ってもいいかもしれない。そんなに子供が好きだったかなと思いながら、寮に帰ることにする。

 

祐に対するこのもやもやの理由は、もう少し自分のことも大切にしてほしいから。きっとそう思うのは友人だからだ。それは間違いない筈なのに、どうもしっくりこない部分がある。親しい異性の友人は祐が初めてで、だからこうも同性に対するものとは色々と勝手が違うのだろうか。答えを知りたいところだが、一人で考えていると行き詰まる。かと言ってクラスメイト達に相談するのは何故だか気が引けた。

 

場合によってはよく知らない人物に対しての方が話しやすいことはある。先程言っていた綺礼の教会に行ってみるのも悪くないかもしれないと、和美は冗談半分に思い始めていた。

 

 

 

 

 

 

「聞いたか?例の逃亡中の犯人、潜伏先が判明したらしいぞ」

 

「本当か?で、どこに?」

 

別次元ミッドチルダの首都クラナガン。そこに存在する時空管理局の地上本部の廊下で二人の局員がコーヒーを片手に話し合っていた。

 

「それが、なんと地球だってよ」

 

「地球って、あの次元最近事件起きすぎだろ…」

 

かねてより度々話題に挙がっていた次元ではあるが、最近やたらと無視できない事件が連発している。あの次元には何かあるのではと思っていしまっても仕方がない程だ。

 

「確かその犯人って『ジェイル・スカリエッティ』の教え子みたいなもんなんだろ?」

 

「ああ、学生時代によく研究室を出入りしてたそうだが…それだけでも何仕出かすか分かったもんじゃない」

 

今出た名前は時空管理局としても非常に苦い思い出のある人物の名前だ。決して良い方面にではないが、歴史に名を遺す程のことをした人物である。

 

「見つけたってことはもう追ってるのか?」

 

そう聞かれた局員は、一度周りを確認してから耳を近づけるように合図を送った。不思議に思いながらも指示通り耳を近づける。

 

「まだ正式に発表されてないから大きな声じゃ言えないんだが、どうやら執務官の一人が向かったらしい」

 

「執務官が?言っちゃあなんだけど、大丈夫なのか?基本内勤ばっかだろあそこ」

 

「大抵はそうだろうけど、中には進んで現場に出る執務官もいるんだよ。今は違うけど、クロノ提督とかがそうだった」

 

「ああ、なるほど。んでその執務官てのは」

 

「残念ながらそこまでは俺にも分らん」

 

「まぁ、仕方ないか」

 

「そのうち分かるさ。なんせそもそもの数が多くないし、最終的には正式に発表されるだろうしな」

 

「違いない」



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僅かでも大事な第一歩

出勤前の朝、小林はいつものようにトールが用意してくれた朝食を食べる。その隣には小学校に登校する準備を終えたカンナがおり、同じように食事を取っていた。

 

なんら変わりのない日常の中で、カンナが熱心にテレビを見ているに気が付く。一緒に暮らすようになった初期の頃に比べて最近は見なくなったその姿に小林は少し懐かしくなったのと同時に、何に興味が惹かれたのかと釣られてテレビに視線を向ける。

 

[遂に開催まで1ヶ月を切った麻帆良祭に向けて、既に学園都市全体が盛り上がりを見せています!]

 

そう言えばもうそんな季節だったかと思う。麻帆良学園祭となれば、あの巨大な都市全体がいつも以上に賑やかになる。かつて一度だけ行ったことがあるが、まさに人の波と呼ぶに相応しい程の光景が生まれる恐ろしい集客力だった。

 

[一般客を最初に迎える大きな門が確認できます。今年の麻帆良祭はどんなものを見せてくれるのでしょうか]

 

「お〜」

 

いくらあの学園都市が巨大だからと言って、この規模はやはり普通ではない。まるで大金を掛けた超大型テーマパークだ。カンナはそんな映像に興味津々である。

 

「なんですかこれ?凄い気合入ってますね」

 

「まぁ、あそこで一番大きな行事だからねぇ。みんな張り切ってるんだよ」

 

「この世界の学校っていうのはどこもこうなんですか?」

 

「ううん、こんなのは麻帆良だけだよ。私達から見ても異様なレベル」

 

トールからの質問に答えていると、カンナの目は輝きを増していた。すると視線が画面からこちらに移る。その期待するような目に、なんと言われるかの予想は大方ついた。

 

「小林、これ行きたい」

 

「やっぱり」

 

まさに予想通りだったがその気持ちは分かる。画面からも伝わる熱気には、見ている者の興味を引くに充分なものがあった。ましてや普段から様々なことに興味を抱くカンナならそれは尚更だろう。

 

「凄く楽しそう。それにもしかしたら、あまたもいるかも」

 

「あまた?…ああ、前に会ったって言ってた子だっけ」

 

特に後ろめたいことなどないが、なんとなく小声で聞こうとした小林はトールの耳に顔を寄せる。しかし何を勘違いしたか、目を瞑って唇を突き出すトールに冷めた視線を送ってから額を軽く叩いた。

 

「あたっ」

 

「キスじゃない。聞きたいことがあったの」

 

「もう、紛らわしいですね」

 

「寧ろなんでそうだと思ったのか分からん…」

 

心底残念といった様子で耳を近づけるトール。好意を持ってくれているのは素直に嬉しいが、生憎恋愛対象としては見ていない。

 

「その、アマタ君だっけ?カンナちゃんはなんでその子のこと気にしてるか分かる?」

 

「あ〜…恐らく彼が持っているものが気になってるんじゃないかと」

 

「持っているものって、何を?」

 

「…私にも詳しくは分かりません。ただ間違いなく、普通の人間にはない特殊な力を持っています。彼から感じる…感覚と言ったらいいんでしょうか、余りにも周りと違い過ぎて人間かどうかも怪しいです」

 

「えっと…よく分かんないけどそれって大丈夫なの?」

 

「周りに害を与えるような印象は受けませんでしたが、正直私は厄介な存在なんじゃないかと思ってます。彼の人間性がどうこうと言うより、あれを持っていることで騒動を呼び寄せると言いますか…そんな感じです」

 

二人でヒソヒソと話すが、カンナの興味は既にテレビで流れる麻帆良学園の中継に移っている。トールからの印象を聞いた小林は頭を捻った。

 

「う〜ん…その子自体が悪い子じゃないなら、無理に遠ざけるようなことはしたくないけど」

 

「まぁ、小林さんならそう言うと思ってました」

 

何せ自分達の正体を知った上で一緒に暮らしてくれている人だ。相手に対して色眼鏡をかけることなく、その者がどんな相手なのかをしっかりと見た上で判断する。だからこそ彼女に惹かれたのだが、厄介事に巻き込まれてほしくはない。というのを自分が言うのはなんだが、それはこの際一旦置いておく。

 

「私はお勧めしませんけどね。この国のことわざにもあるじゃないですか、触らぬ神に祟りなしって」

 

「そんな疫病神みたいに言わなくても…」

 

「その可能性があるから言ってるんです。自慢じゃないですけど、これでも色々なものを見てきました。そんな私でもあの力は未知のものです。よく分からないものに無闇矢鱈と近づくのは得策ではありません」

 

「……改めて聞くけど、トールから見てその子はどうだったの?」

 

「どうって、それは…」

 

小林から真剣な眼差しを向けられ、無意識にトールは目を逸らした。彼女に対して嘘は言いたくないが、あの青年に感じた本心を言うのはなんだか分からないが気が乗らなかったからだ。

 

「まぁ、悪人ではないとは思いますけど…」

 

「そっか。うん、分かった」

 

微笑んだ小林は横のカンナに顔を向けた。

 

「それじゃ、開催期間中のどこかで行こっか」

 

「うん、楽しみ」

 

言葉だけ聞くとあまり変化はないように感じるが、表情や両手を高く上げる仕草からはその日が待ち遠しいと思っているのが分かる。カンナの頭を優しく撫でる小林を、トールは少し不満げに見た。

 

「いいんですか小林さん?悪人ではなくても、あれはきっと面倒な類です。自分達からわざわざリスクを犯すようなものですよ」

 

「そうかもね。でも、知りたいって気持ちはなるべく大切にしてあげたいって思うんだ。いつもその気持ちがいい方向に向かわせてくれるだなんて言わないけどさ」

 

頭を撫でていた状態から、今度は頬を軽く突きながら言葉を続ける。当のカンナはされるがままだ。

 

「知らない人も知らないことも、理解しようとするのが分かり合う一歩目でしょ?私達もそうだったんだから」

 

そう言われてしまうとトールは返す言葉がない。この世界に居続けているのは小林のそばに居たいからだ。それは彼女が好きだからに他ならないのだが、その想いの中にはもっと相手を知りたいという気持ちが多分にある。トール自身はあまり認めたがらないが、知りたいという感情は小林だけでなくその他大勢にも、詳しく言えばこの世界で生きる人々にも向けられているものだった。

 

知らないこととはある意味知りたいことで、よく分からないからこそ理解したいと思う。その気持ちを否定することなど、少なくとも今のトールには出来ない。

 

「それに、二人がそんなに興味が湧いた子なら私もちょっと会ってみたいしね。まぁとんでもなく人は多いし、名前しか知らないとなると会えない可能性の方が高いだろうけど」

 

「別に私は興味なんてありません。寧ろ距離を置きたいぐらいです」

 

「こらこら…」

 

拗ねたような顔を見せるトールに苦笑いを浮かべる。彼女が身内以外に対してツンツンしているのはいつものことだ。しかし口ではこう言っているが、きっとトールも少なからず気にはなっているのだろう。本当に興味がないのなら、彼女はそれに対して基本無関心を取る。先程の会話の通り会えない可能性が極めて高いだろうが、そこは運が良ければ程度に思っておこう。久々に訪れることになる麻帆良祭は、二人がいればきっと前よりも楽しめるだろうと少し期待を膨らませる小林であった。

 

 

 

 

 

 

「さて、色々と決まったところで実際の準備に移りましょう」

 

決定事項などを黒板に書いたネギがクラスに向けて話すと、A組生徒達大半の熱気が上がった。

 

「おっしゃー!やったるぞー!」

 

「二年前の自分達を超えてやろうじゃないの!」

 

「セクシー!」

 

「だからセクシーは禁止です!」

 

しれっとセクシーメイド喫茶にしようとするのをあやかが窘める。決定に難航を極めた出し物だったが、なんとかセクシー等は禁止の上でメイド喫茶に決まったのだ。教壇に立つネギとタカミチは苦笑いをする。あくまで優しく宥めるようにタカミチが話し始めた。

 

「楽しむのはいいんだけどやり過ぎは駄目だぞ~。何せうちは既に色んな所から目を付けられてるからね」

 

「もう戦いは始まってるんだね!」

 

「他クラスに会ったら敵だと思え!」

 

「残念ながら目を付けてるのは他クラスじゃなくて教員のみんなからなんだ」

 

「この学園に自由はないのか!?」

 

「我々に表現の自由を!」

 

「自由は大切だけど、流石に無法地帯にはできないなぁ」

 

慣れた様子でA組との会話をこなしていくタカミチ。担任歴4年は伊達ではない。常人ならとっくに胃に穴が開いている事だろう。

 

「ほらほら決まったんなら動かないと。もうそんな時間もないし」

 

「こりゃ忙しくなるねぇ」

 

何をするかは決まったものの、やることは山積みである。それに何も学園祭のことだけをやればいいというわけでもない。きっとこれから暫くは、普段以上に忙しない日々が続くのだろう。

 

 

 

 

 

 

「メイド服は全員統一するって決まったけど、それ以外はどうする?」

 

「あ~、そこで個性出してもいいかもね」

 

それぞれが班に別れて準備を進めていく中、衣装班が細かい部分を煮詰めていく。クラス内でもファッションに明るい美砂と円、家事が得意で裁縫もその例に漏れない千鶴と天才故衣装作りも出来る超、そしてエヴァが衣装班のメンバーだ。

 

美砂と円が話し合っているのを横目で見ながら、エヴァが興味なさげにあくびをした。夢の世界で見たエヴァの私服がおしゃれだったので、クラスの意見でこちらの班に入れられたようである。

 

「ちょいちょいエヴァちゃん、あくびしてないで何か意見出してよ」

 

「何故私がそんなことを…各々好き勝手にやればいいだろう」

 

「んじゃエヴァちゃんはスクール水着ね」

 

「アホか!意味が分からんわ!」

 

「嫌ならちゃんと意見を出すように」

 

「チッ!面倒な…」

 

苛立たし気なエヴァに、千鶴は屈んで目線を合わせた。

 

「エヴァンジェリンさん、舌打ちなんていけませんよ」

 

「おい那波千鶴、お前私を子ども扱いしているだろ」

 

「これで同い年だって言うんだから、見た目って当てになんないわよね」

 

「うふふ、円さん。この後少しお話に付き合ってもらえないかしら?」

 

「あ~ヤバ~、地雷踏んだ~」

 

特に深く考えず発言してしまったことを円が後悔している中、超はタブレットを操作していた。

 

「あまり変えすぎても統一感が薄れるネ。形は同じにして、ソックスやリボンの色を変えるのはどうカナ?」

 

そう言いながら液晶画面を見せる。そこには予定されているメイド服を着た明日菜の画像が映っていた。

 

「え、なにこれ?CG?」

 

「その通り。こんなこともあろうかとA組全員分のモデルを用意してあるネ」

 

「またよく分からないもの作ってる…」

 

さらに操作を行うとモデル選択の画面が現れ、説明通りA組全員が選べるようだった。

 

「へ~すご。これって着せ替えとかできるの?」

 

「無論ネ」

 

美砂が画面を操作してモデルを円に変えると、まず始めに服を脱がした。

 

「ちょっと!何してんの⁉」

 

「あはは!ちゃんと下着まで用意してある!」

 

「作り込みに妥協はないヨ。なんなら下着の脱着まで可能ネ」

 

「これはプライバシーの侵害だ!」

 

美砂からタブレットを取り上げようとするが、巧みに躱されるのでなかなか上手くいかない。横の千鶴もタブレットの画面を興味深そうに覗き込んでおり、エヴァも一歩引いてはいるがその視線は画面に向けられていた。

 

「ただのCGじゃない円、それにお互い裸なんて見慣れてるでしょ?」

 

「それとこれとは話が別!」

 

「どれどれ…おお、胸の形もそっくり」

 

「やめて~!」

 

悶える円を余所に美砂のエンジンが悪い方向に掛かる。

 

「この状態で何か着せてみよ。あっ、エプロンあるじゃん」

 

「あらあら、これはちょっと危険ね」

 

「イヤ~~!!」

 

別に学園祭がどうなろうと知ったことではないが、こんな調子だから一向に事が進まないのではないかとエヴァは他人事のように考えていた。

 

別の場所では聡美が当日使用する道具や内装のデータに目を通している。そんな聡美の見ているものを後ろから覗いていた裕奈は、詳しく見ていても何が何だか分からないので話し掛ける方向に転換した。

 

「ねぇハカセ、今年は大学の方で何かやるの?」

 

「今年は軽いお手伝い程度ですね、イベントで使用するロボットの調整とかそのくらいですよ。去年の学園祭後で大学部にはシステム関連に優秀な臨時講師の方が入りましたから、今年はこちらに集中できそうです」

 

「お~それはよかった。あ、因みにロボットってどんな?」

 

「人型のロボットですよ。どういったイベントなのかに関しては私も詳しく聞いてません、なんでも当日までのお楽しみとか」

 

「へぇ~。去年の鬼ごっこみたいなことするのかな」

 

「去年以上に大量の数を用意しているみたいですし、体感型のイベントになるとは言ってました」

 

「なるほど、こりゃ楽しみ」

 

去年の麻帆良学園祭で行われた大学部主催の鬼ごっこ大会は用意されたロボット達から麻帆良学園都市全体をステージとして、時に隠れ時に逃げながら言い渡された任務を遂行するというイベントだった。そのイベントに参加した裕奈は様々な活躍をした為、MVPとして表彰されたのだ。

 

「まぁどんなイベントであれ、今年のMVPもこの裕奈様が頂くけどね!」

 

「その前に自分達のクラスの準備をしっかりしてください」

 

いつの間にか後ろにいたあやかが裕奈を引きずっていく。決して余裕はない状況なので、準備は進める内に進めておかなければならない。

 

「あ~ん!私MVPなのに!」

 

「それはうちとは何も関係ありません!」

 

苦笑いを浮かべながら二人の姿を見送った後、聡美はデータを確認する作業に戻った。

 

 

 

 

 

 

昼休みに祐は気の向くままテラスへとやって来ていた。口笛を吹きながら空いている席に着くと弁当を置く。食事の内容は相変わらずだが、これでも本人からすれば楽しみな時間の一つであった。そのままテーブルに容器を並べていると、横から顔を覗かせる人物が現れる。

 

「祐君、こんにちは」

 

「おお、どうも那波さん。こんちは」

 

軽い挨拶を終えると千鶴は祐の前にやってきて、胸の前に弁当箱を持っ

て見せるようにした。

 

「ご一緒していいかしら?」

 

「勿論すよ、どうぞどうぞ」

 

「ありがと」

 

笑顔を浮かべた千鶴は同じ席の向かいに座った。思えばあの一件からこうして話すのは初めてかもしれない。そしてやはり気のせいではなく名前呼びになっている。そのことに関して千鶴本人に聞いた方がいいのかやめた方がいいのか、今一祐は判断できなかった。

 

「あら、やっぱり食べてるものは変わらないのね」

 

「もう習慣みたいなもんですから。あと楽ですし」

 

「飽きたりしない?」

 

「まったく、同じもの食べるのは苦じゃないもんで。那波さんの方は相変わらず華やかですな」

 

「簡単なものしか入ってないけどね。そうだ祐君」

 

「はい」

 

なんとも眩しい笑顔を向けられる。今の会話の中にそこまで笑顔になることなどあっただろうかと不思議に思った。

 

「祐君は基本的に周りの人を苗字で呼ぶわよね?」

 

「まぁ、そうですね」

 

「でも、名前で呼ぶ人もいる。あやか達には勿論だし、ぱっと思いつくところだとハルナさんと風香ちゃん史香ちゃんもそうよね」

 

「俺のことを名前で呼んでくれる人には、こっちも名前で呼ばせてもらおうかなって〜…」

 

言いながら何故千鶴が笑顔でこちらを見ているのかなんとなく察しが付き始める。仮にこの予想が違ったのならこんなに恥ずかしいことはないが、今更その程度の恥は気にするものでもない。

 

「…思ってるんですよ千鶴さん」

 

「そうなのね、いいと思うわ祐君」

 

先程よりも柔らかな笑顔が見れたということは、予想は外れではないようだ。一先ず安心したのと同時に、本当に安心していいのかどうかの思考は一旦放棄する。

 

「取り敢えず、一歩前進ね」

 

「というと?」

 

「私達、顔見知りから友達ぐらいにはなれたかなって」

 

「あれ、俺達友達じゃなかったんですか」

 

「逢襍佗君はそう思ってくれてた?」

 

そう返された祐は思わず苦笑いを浮かべてしまう。痛いところを突かれた。ここで誤魔化しても無駄だろう、彼女には見透かされているようだ。

 

「参った、お手上げです」

 

祐は両手を上げる。最初に苦笑いをしてしまった時点でどうやっても完敗だ。

 

「では、今から改めて俺達は友人ということで」

 

「お手柔らかにね」

 

「そりゃこっちの台詞ですよ…」

 

祐が右手を差し出すと千鶴も手を出して握手を交わす。他の同級生のようにはいかない、周りの中でも彼女は特に手強い子だ。分かっていたつもりだったが再認識させられた。そんな千鶴は手を離して食事を取ろうとした矢先、何かに気付いた様子である。

 

「あら、私ったら飲み物忘れちゃった。ちょっと買ってくるわね」

 

「了解っす」

 

近くの自動販売機に向かった千鶴の後ろ姿を見つめた後、ため息をついてからまるで洗顔をするように両手で顔を擦った。

 

「何やってんだ、しっかりしろよ俺…」

 

近頃のことを鑑みて、自分は隠し事が得意だというのは考え直さなければならないかもと祐は一人頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

 

麻帆良学園大学部の研究室で多くの学生達がパソコンの前で麻帆良祭に向けた作業をしている。その部屋の奥で同じように作業を行う女性に女学生が話し掛けた。

 

「モデナ先生、少し宜しいですか?」

 

呼ばれた女性モデナ・ロマーニは眼鏡の位置を直しながら学生に柔らかな表情を向ける。

 

「何かな?」

 

「すみません、ちょっと見てもらいたい部分がありまして」

 

「構わないよ。どれ、拝見しようか」

 

学生の使っていたパソコンの前に進むモデナの後ろ姿を二人の男子学生が見つめている。

 

「はぁ、やっぱいいよなモデナ先生」

 

「臨時講師と言わず、ずっといて欲しい」

 

聡美が話していた優秀な臨時講師とはモデナのことである。科学一辺倒で服装や髪形などに興味がなくいつも同じ格好の彼女だが、物腰柔らかな性格と整った容姿で直ぐに人気を得た。それと同時に海外の有名大学を卒業したという経歴に違わぬ優秀さに学生達は強い信頼を置いている。

 

「うん、悪くない。だがこうした方がもっと手間が省けるよ」

 

「なるほど」

 

プログラムのデータ内で学生の気になっていた部分へと即座に解決策を見せる。モデナの持っているものは、今までこの業界にて名前が挙がらなかったのが不思議なぐらいの才能だった。

 

「やっぱり凄いですね先生は」

 

「ありがとう、だが君達の熱心な姿勢も素晴らしいものだ。設備もそこにいる学生諸君も大変優秀。もっと早くここに来たかったよ」

 

モデナから見てもこの麻帆良学園は恵まれた場所だった。紆余曲折ありながらも、ここに来れたことは素直に幸運だったと言っていい。

 

「先生にそう言っていただけて光栄です。私達も、もっと早く先生に会えていたらと思ってましたから」

 

少し照れながら話す学生の肩に手を置いて優しい笑顔を浮かべる。彼女と接する学生達は、この表情に男女問わず魅力を感じていた。

 

「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。私としてもこんなに毎日が有意義なのは学生の頃以来だよ」

 

「先生の学生時代ですか…どんな感じだったか聞いても?」

 

「ん〜そうだね…」

 

当時を思い出すように目を閉じた後、少し笑ってから答える。

 

「優秀な恩師に出会えた、人生の転換期だね」

 

「先生の恩師となると、とても優秀な方なんでしょうね」

 

「ああ、勿論。そう…とてつもなくね」



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優秀な人

放課後の麻帆良学園にて部活動のある生徒がそれぞれの練習に打ち込んでいる中、手が空いている者は絶賛麻帆良祭の準備を進めている。

 

クラスの出し物が早い段階から焼き鳥屋に決まったB組ではあるが、未だに味付けがタレなのか塩なのか決着せず、準備を進めながらそちらの戦いも同時進行で行われていた。どうしても選べと言われればタレが好き程度の祐はこの戦いには参加せず、足りなくなったガムテープなどの用具を買いに出ているところだ。

 

近くの生活用品店までやってきた祐は必要なものをかごに入れていく。時折余計なものに目を奪われながらも買い物をしていると、同様にかごを持っている同級生に出くわした。

 

「おや、祐殿ではござらんか。奇遇でござるな」

 

「おいっす楓さん。楓さんも買い出しかな?」

 

「然様。何分手が込んでいる故、すぐに無くなるのでござるよ」

 

「あのメンバーじゃ色々とこだわりが強いだろうからねぇ」

 

明日菜達からA組がメイド喫茶をすることは聞いていた。良くも悪くもA組のことだ、あれこれとアイディアがあって普通の出し物には落ち着かないだろうと想像できる。二人はそのままどちらが切り出したわけでもなく、なんとなく買い物を一緒にしながら会話を続けた。

 

「みんながどんなものを見せてくれるのか楽しみにしてるよ」

 

「そう期待されたのならば応えたくなるというもの。今回我がクラスのやる気は例年以上、きっと期待に沿えるものになるでござるよ」

 

「おっしゃ、何があっても絶対行くわ」

 

元から楽しみにはしていたが、楓の自信ありげな発言により期待値が上がった。麻帆良祭にしっかりと参加できるのは初等部の頃以来なのもあって、その日が非常に待ち遠しくある。そんなことを考えていると楓が祐の耳元に顔を寄せていた。

 

「これは余談でござるが、皆祐殿に随分とお金を落とさせる気がある様子。財布の紐はきつめに締めておいた方がいいやもしれぬ」

 

「なんだそれ…急に恐ろしいこと言うじゃん」

 

そう言ったのも束の間、祐は顎に手を当て少しの間考える仕草を取った。

 

「まさか裏オプションがあるのか…貯金取り崩さなきゃ」

 

「お手本のようなスケベでござるな」

 

「覚悟しろ、貴様を指名してやる」

 

「こんな脅し文句は初めてでござるよ」

 

 

 

 

 

 

所変わってA組の教室、現在千雨によってメイド服を着た数名が研修を受けている。普段は輪に入りたがらない千雨だが、一昨年のメイド達の姿に思うところがあった。なので出し物がメイド喫茶だと決まった瞬間、今年は徹底監修をすると心に誓っていたのだ。

 

「いいか、必要なのは何より猫かぶりだ。あとそんなことは微塵も思ってなくても相手に気があるような素振りを心掛けろ、これは絶対だ」

 

「変なお店やないんやから…」

 

困惑気味にそう言った亜子は、未だ衣装に恥ずかしさを感じているのかほんのり顔が赤い。するとその横にいる桜子が手を上げた。

 

「先生!猫かぶりはどうやってやればいいんですか?」

 

「言い方を変えるなら猫かぶりとはぶりっ子だ。徹底的にかまととぶってかわい子ぶれ!恥なんか捨てて全力だ!」

 

「口調が乱暴」

 

「人が変わったようです」

 

「なんかちょっと怖い…」

 

同じように研修を受けているアキラ・夕映・のどかが呟く。いつもとは違い、鬼気迫る表情の千雨はやる気に満ち溢れていた。

 

「例えばこのペットボトル!宮崎、これ開けてみろ」

 

「は、はい」

 

千雨からペットボトルを渡されたのどかがキャップを捻る。しかし思ったように開かず、顔を赤くしながら力を入れても結果は変わらずだった。

 

「んう~!開かない~!」

 

「これだ!キャップを開ける動作一つでも非力な女をアピールできる!合格だ宮崎!」

 

「おお!本屋ちゃん強かだね!」

 

「本当に開かないんです…」

 

二人に褒められても内容が内容なのでまったく嬉しくないのどか。実際開かないのは演技ではない。

 

「よし次!椎名、思いっきりかわい子ぶって配膳をしてみろ」

 

「オッケー!」

 

ノリノリでトレーに空のコップを載せて歩く桜子。客として座る千雨のテーブルに着くとわざとらしく転んだ。倒れた際に無駄に大きく足を上げたのでスカートの中が丸見えである。

 

「いや~ん!ころんじゃった~!」

 

『……』

 

「いっけな〜い!拾わなきゃ〜」

 

その後コップを拾う為千雨に対して背中を向けると、これまたわざとらしく屈んで下着を見せつけた。

 

「違う!うちはハプニングバーじゃねぇ!あと全体的になんか古い!やり直し!」

 

「え~、先生厳しい。これで許して~ん!」

 

「だから違う!」

 

今度は自らスカートをめくる桜子に怒る千雨。二人の間にはメイド喫茶に対する大きな認識の違いがあるようだ。

 

「ハプニングバーってなに…?」

 

「ウチかて知らんよ…」

 

「聞いた話によると、ハプニングバーとは集まった男女が突発的な」

 

「夕映!?」

 

 

 

 

 

 

それから生徒達が寮や自宅へと帰っていく中、祐は超と聡美から連絡を受けて二人のラボに来ていた。内容は以前もらった戦闘服の定期検査である。

 

「細部にも問題は見られませんね、異常なしです」

 

「それは良かった。毎度どうも」

 

「いえいえ」

 

聡美から検査の終わったブレスレットを受け取る。腕に付け直した後その部分を見つめる祐に気が付き、聡美が首を傾げた。

 

「逢襍佗さん?何か違和感でもありましたか?」

 

「ん?ああ、いや…特に違和感はないよ。ただ、せっかくもらったのにまだ一回しか使ってないのが申し訳ないなと」

 

それを聞いて、デスクに座っている超が笑ってモニターから顔を覗かせた。

 

「使う機会が少ないならそれに越したことはないネ。その気持ちだけで充分ヨ」

 

「そうです。もともと逢襍佗さんの正体を隠すための物なんですから、これでいいんですよ」

 

「ありがとう、二人とも」

 

二人に笑顔を浮かべる祐。夢の世界での一件を経てから、この戦闘服は使用していない。受け取った後にハラートとの勝負はあったが、あれに関しては逢襍佗祐という一学生に負けたことを相手に見せつける必要があった。贈り物なのでもっと使いたいという思いはあるが、二人の言う通り使うことがないのならそれが一番なのは間違いない。

 

「しかしどうしたものカ…頭部の装甲を付けるかどうかの判断が未だに下せないヨ」

 

「当初は付ける予定でしたけど、髪が見えるあの姿もなかなか乙なものでしたからね。悩ましいところです」

 

自分の身に着けるものに対してこうも真剣に悩んでくれているのだ。装甲があってもなくても効果に差はないのならどちらでもいいのではないかなどとは決して言うまい。

 

「マスク部分みたいに開閉可能にしたらいいんじゃないかな?開けるか閉めるかは…まぁ、その時の気分次第ってことで」

 

祐にとっては深く考えたわけでもない発言だったが、どうやら二人は納得している様子だった。

 

「ふむ、確かにあって困るものでもない。早速その案でいくとしようカ」

 

「了解です!もう完成データはありますからあっという間ですよ!」

 

「二人とも連日麻帆良祭の準備だってあったでしょうに。疲れてない?」

 

「これぐらいどうってことはないネ。それに思い立ったが吉日ヨ」

 

「明日は休日ですし、心置きなく完成までいっちゃいましょう!」

 

今回に限らず超と聡美は働き過ぎな気がしている。これを受け取った夏休みのことからも、二人は休みというものを碌に取っていないのではないかと思うのも当然であった。しかし本人達は今すぐにと既に作業を始めている。これは止めるのは野暮かと苦笑して、二人に何か飲み物でも買ってこようと要望を聞いてから自販機に向かった。

 

 

 

 

 

 

建物の中にある自動販売機の前で飲み物を買っていると、後ろから人の気配を感じる。どうやらこちらに向かってきているようだった。

 

「失礼、ちょっといいかな?」

 

「はい、なんでしょうか」

 

取り出し口から飲み物を取って振り向くと、眼鏡をかけた女性が立っている。服装は地味だが奇麗な顔立ちだ、見覚えはないので恐らく初対面だろう。

 

「私はここで臨時講師をしているモデナ・ロマーニという者だ。すまないが君は?見ない顔だ」

 

「初めまして、麻帆良学園高等部の逢襍佗祐と申します」

 

「どうもアマタ君、突然声を掛けて申し訳ない」

 

お辞儀をするとモデナも返してくれた。しかしこちらに対する疑問は未だにあるようだ。

 

「私も飲み物を買おうと思って来たんだが、君が超君達の研究室から出てきたように見えた。彼女達とは研究仲間だったりするのかな?」

 

「いえ、僕はそっちに関してはからっきしでして。ただの同級生兼友人です」

 

「そうか、彼女達の研究室には特定の人物しか入れないことで有名なんだが…君は相当信頼されているようだね」

 

「そう思ってもらえてるなら、ありがたいですね」

 

少しうれしそうな祐を見てモデナが笑顔を浮かべた。人当たりのいい人物のようだ、彼女からは柔らかい印象を受ける。

 

「超君や葉加瀬君は素晴らしい才能の持ち主だ。彼女達ともっと親睦を深めたいのだが、如何せん私は大学部を担当しているのもあってあまり機会に恵まれなくてね」

 

「なるほど。でも科学が好きであれば、きっと二人とはすぐに仲良くなれると思いますよ」

 

「本当かい?彼女達が明るい性格なのは間違いないが、それでいて警戒心は強い部類だと思っていた。勿論私は二人に詳しいわけではないから、勘違いということもあるだろうがね」

 

祐からすれば二人にそういった印象を感じたことはない。しかし自分は明日菜達を通してクラスメイトの幼馴染という立場から関係が始まった。それが多少なりともアドバンテージになっていた可能性もある。

 

「まぁ僕も所詮二人のことは学校での姿しか知りませんから、その場によって色々と違うのかもしれませんね」

 

「確かに、人は場所や状況によってその態度を変えるものだ。それに誰もが一つでなく、幾つもの顔を持っている」

 

「…間違いないっすね!」

 

なんだか話が小難しくなってきた気がする。恐らく簡単に言うなら人にはいろんな側面があるということだろうと祐は話を簡略化して自分の中に落とし込んだ。

 

「おっとすまない、長いこと呼び止めてしまったね。私も飲み物を買って戻るとするよ」

 

「いえ、とんでもないです。それではこれで」

 

「付き合ってくれてありがとう。…そうだアマタ君」

 

歩き出そうとしたところに声が掛かり、祐は振り向く。対するモデナは揶揄うような表情だった。

 

「君達はまだ若い。誰も部屋に来ないからといって、変なことをしないようにね」

 

「ロマーニさん…つまりそれはやれってことですね?」

 

「いやフリではないよ、日本語って難しいね」

 

 

 

 

 

 

祐が厳重なセキュリティを通過してラボに戻ると、二人は相変わらずモニターに齧り付いていた。集中するとこうなるのは知っているので、邪魔にならないようにと静かに飲み物を近くのデスクに置く。

 

「おかえり祐サン、飲み物ありがとう」

 

「ただいま、お気付きでしたか」

 

視線はモニターに固定したまま超が手を振る。祐は超から少し離れた斜め後ろの位置に椅子を引いて座った。聡美は祐に気が付いていないようだ。

 

「少し長かったように思えるガ、何かあったのカナ?」

 

「自販機のところで話し掛けられてね。モデナさんって人なんだけど」

 

「何度か話したことがあるヨ、とても優秀な人ネ」

 

「ロマーニさんも二人のこと、とても優秀だって言ってたよ。親睦を深めたいけどなかなか機会がないとも」

 

「それは光栄ネ」

 

室内にはキーボードを叩く音と電子機器の稼働音が響いている。この部屋が防音使用であり、日もすっかり暮れているのもあって随分と静かな気がした。

 

「他にはどんなことを話したか聞いても?」

 

「他?そうだなぁ…人にはいろんな顔があるよねみたいな話」

 

「ほう、興味深いネ」

 

作業を中断し、超は椅子を回転させて祐に振り返った。キャスター付きであることを利用し、デスクを押して座った状態のまま祐の隣までやってくる。進んできた椅子を接触目前で祐がそっと止めると、超は背もたれに深く寄り掛かった。

 

「どういった経由でそんな話になったのカナ」

 

超からの質問に先程のことを思い出しながら答える。掻い摘んで伝えると、その表情は納得した様子だった。

 

「なるほど…まぁ、確かに出合い頭の彼女に対しては少し警戒していたかもネ」

 

「あ、そうなの。なんで?」

 

「よくない癖かもしれないガ、私は頭のいい人や優秀な人をすぐには信用できないネ」

 

「……超さんは俺のこと信用してる?」

 

「勿論してるヨ」

 

「俺は馬鹿で劣等生ってか!」

 

「待った待った、私達はそれなりの付き合いがあるではないカ。これは経験に基づいた信用ネ」

 

「とは言っても関わり始めてから期間的には大体一年程度じゃね?」

 

「長さなど関係がなくなる程濃密な付き合いだったということヨ」

 

正直この件に関しては深堀したいが、あまり話の腰を折り過ぎてもと思って今追及するのはやめることにした。

 

「そういった人達の発言や態度には常に隠れた本音や裏があると思って接してしまうネ。実際、そうしたことで危機を回避したのは一度や二度ではない。最早これは染みついてしまったモノ、今更どうにかするのは難しいヨ」

 

手を伸ばして買ってきてもらった飲み物を取り、一口飲んでから再び椅子に体重を預けると祐を見つめた。

 

「信頼して裏切られるというのは、きっと辛いことヨ。数を重ねてもなかなか慣れてくれない、身近な相手が亡くなるのと同じように」

 

祐は合わせていた視線を下に向けて逸らせた後、もう一度合わせ直して口を開いた。

 

「慣れるべきじゃないよ。慣れてもそれはそれで碌な結果にならない…たぶんね」

 

その言葉に対してなのかは分からないが、超は僅かに笑顔を見せた。そして椅子から立ち上がり、少し強引に祐の膝の上に座る。突然の行動に面食らったが既に身体は動いており、背中に腕を回して彼女を支えているのに気付くと自分のことながら如何なものかと思った。

 

「あまり外には出さないようにしているからそのイメージはないかもしれないガ、私はとっても臆病ネ」

 

「それは仕方ないって、相手が何を考えてるかなんて普通は分からないんだから」

 

「祐サンは強い想いであれば見ることができる。でも、滅多にそうしようとしない。何故カナ?」

 

「あんま好きじゃないんだ、勝手に覗くのは。ふざけて見るふりとかはしてるけどね」

 

迫られた状況でないのならそれはしたくない。祐にとって自分の都合で強制的に覗くことはどうしても罪悪感が拭えない行為だ。そしてそう思っていながら、話していると無意識に相手の瞳を見つめている己に浅ましさを感じて嫌気がさす。

 

「自分の持っているものを使うのは、私は狡いと思わないネ。他の人にできないことをするからと言って、それ自体は悪ではないはずヨ」

 

「どうなんだろうね。でも、勝手に見られるのはいい気がしないでしょ?」

 

「時と場合、何よりも相手によるネ」

 

超の両手が包むように頬に触れた。祐の顔を自分に向けさせると、少し身を乗り出して瞳を近づける。

 

「私は貴方に覗かれても、嫌な気はしないかもしれないヨ」

 

「…それって冗談?」

 

「確かめてみて、そうしたら分かるネ」

 

ゆっくりと距離が近くなる。お互いの瞳には相手の顔しか映っていないのが分かる程、その隙間はなくなりつつあった。

 

「気が付かなかった私にも落ち度はありますが、お二人も私がいることを忘れてませんか」

 

目の前の相手ではない声が届き、時が止まったように全身が硬直する。祐が少しずつ声のした方向を見ると、非難するような視線をこちらに送る聡美と目があった。

 

「……いや、違うんすよ」

 

「何に対して違うと言っているのか分かりかねますが、失礼しました。邪魔者は席を外しますので」

 

背を向けてこの場から立ち去ろうとする聡美を見て、祐は膝の上の超を優しく下ろしてから早歩きで追いかけた。

 

「いや葉加瀬さん、違うんすよ」

 

「だから何が違うんですか…大丈夫です。このことは誰にも言いませんし、私が周りの方達と違って魅力がないのは承知してますので」

 

拗ねた様子の聡美に珍しさを感じながら、祐は彼女をこの場に留まらせる為肩に手を乗せる。

 

「何言ってんすかゼロ姉さん。やべ、違う間違えた」

 

「誰ですかゼロ姉さんって!?あっ、チャチャゼロさんのことですか!一文字も被ってないのに!」

 

このタイミングで痛恨のミスを犯してしまった。ハプニングに弱い男である。

 

「ちょっと前にも似たようなことがあったんですけど、その時見てたのがゼロ姉さんだったもんで…」

 

「前にもあったんですか、流石逢襍佗さんです。モテる人は違いますね」

 

「俺がモテる?もしそれが本当なら葉加瀬さんも俺を好きになってください」

 

「何言ってるんですか⁉︎」

 

そうなるだろうとは思っていたが、やはりおかしな方向に話が進み出している。超はまるで他人事のようにその様子を楽しそうに眺めていた。

 

「俺はモテるんだろ!?だったら責任持って好きになってくれよ!」

 

「支離滅裂過ぎます!あとそんなこと言われたら100年の恋も冷めますよ!」

 

聡美はこちらの両肩を掴んで懇願する祐の姿に押されている。もうこの場は完全に祐のペースだ。

 

「大体私なんかに好きと言われても嬉しくないでしょう!いつも可愛い人達に囲まれてるんですから!」

 

「そんなことはない!現に俺はこの状況に興奮している!」

 

「へ、変態です!」

 

「これは私が退出した方がいいのカナ?」

 

結局この話題のせいで作業は暫く中断になり、戦闘服の完成は予想より少し遅れた。

 

 

 

 

 

 

同時刻、源八が自分のデスクで新聞に目を通していた。その新聞には麻帆良祭のことが大きく取り上げられている。

 

「麻帆良祭か、あのボウズは元気でやってんのかね」

 

「ゲンさん、そろそろいらっしゃいますよ」

 

以前の連続爆破事件からその存在を知ることになった祐のことを考えていると、後輩の刑事から声を掛けられる。

 

「もうそんな時間か。お~う、今行くわ」

 

椅子から立ち上がり、腰を数回叩いてから歩き出す。その姿を見て後輩は苦笑いをした。

 

「ゲンさん、年寄みたいですよ」

 

「うるせぇ、40超えると色々とガタが来るんだよ」

 

「そういうもんなんですか?」

 

「お前もすぐに分かるよ」

 

「怖いこと言わないでくださいよ」

 

軽い調子で会話をしながら廊下を進む二人。彼らの目的は間もなく訪れることになっている人物の出迎えだ。

 

先日、これまた爆破事件で知り合った時空管理局のクロノから超常犯罪対策部宛てに連絡が入った。内容はこちらが行方を追っていた犯罪者の潜伏先が判明し、それが地球の日本であること。そしてその犯人を追って時空管理局の局員が日本に向かうことになったというものだった。

 

どうやら担当になった局員というのがクロノの知り合いらしい。それに伴い様々なことを考慮して、源八達にその担当局員の助力をお願いしたいとの申し出をしたようだ。断る理由もない源八は二つ返事で承諾した。

 

「今回来る人はどんな人なんですかね?」

 

「送られてきた資料にさっき目を通したが、見た目は若い嬢ちゃんだったよ」

 

「えっ!マジっすか!?」

 

急に高揚しだした後輩刑事にため息が出る。ただ何せうちの部署は女っ気というものがない。自分としてはあまり気を使わなくて済むので仕事がしやすいが、若い連中としては面白くないのだろう。そこに関しては一定の理解はしているつもりだ。源八は頭を掻いて続きを話した。

 

「ただ若くてもかなり優秀って話だ。まぁ事件を任されるぐらいなんだし、そういうことなんだろうよ」

 

「なるほど…ゲンさん、俺めっちゃやる気出てきました」

 

「そいつは結構だ…」

 

自分も若い時はこんなものだっただろうかと過去を振り返っているとロビーに着いた。すると案内係が見慣れない人物と会話をしている。送られてきた写真と照らし合わせて彼女が例の人物で間違いないだろう。こちらの視線に気が付いたのか、案内係が女性を連れてやってくる。源八と後輩は少し服装と姿勢を正した。

 

「太田さん、件の時空管理局の方です」

 

「おう、ご苦労さん。遅れて申し訳ない、俺…じゃなかった私は警視庁超常犯罪対策部の太田源八警部であります」

 

敬礼をする源八に対して、少女と言っても通用しそうな女性が敬礼を返す。恐らく時空管理局の制服と思われる黒を基調とした服装に、印象的なオレンジ色の髪を腰近くまで伸ばしている。

 

「とんでもございません、お忙しいところお出迎えいただき恐縮です。申し遅れました、私は時空管理局執務官『ティアナ・ランスター』です」

 

まだ若いながらも凛としているその姿に、クロノといい彼女といい時空管理局というのは若く優秀な人材が多いのだろうかと源八は思った。そこでふと横目を使って後輩を確認すると、分かりやすい程彼の目はティアナに釘付けになっていた。

 

「かわいい…いてっ!」

 

思わずそう呟いた後輩の背中を、ティアナからは見えないよう器用に源八が叩く。後輩の言ったことが聞こえておらず、突然痛がり出した姿を見て首を傾げるティアナに源八と案内係は愛想笑いでごまかした。



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歪と欠落

軽い挨拶を終えた後、容疑者の詳しい話を聞く為にティアナを部署へと案内した。移動中何かと話題を振る後輩刑事に笑顔で答えるティアナを見て、申し訳ないと思いつつも彼女の社交性の高さがありがたい源八であった。

 

「さてランスター執務官。早速で悪いんだが、例の容疑者について教えてほしい。資料で確認はしたが、実際に担当者からの言葉で聞きたくてね。自分でも時代遅れとは思っちゃいるが、何分昔気質なもんで」

 

「よろこんで。私達が協力していただく立場ですから、どうかお気になさらず」

 

「そう言ってもらえると助かります」

 

テーブルを挟んでソファに向かい合って座る源八とティアナ。源八の横に座る後輩刑事もその表情を引き締めている。この部署の刑事は総じて女性に弱い部分があるが、締めるところは締める連中なのでそこは信頼していた。

 

「まず私が追っている人物の名前はムティナ・アーリア。出身は私達と同じ次元、ミッドチルダです」

 

小さなタブレットのようなものを取り出したかと思えば、そこから立体映像が浮かび上がる。そこには例の人物であるムティナ・アーリアの画像が映し出されていた。ティアナからすればこれは当然なのかもしれないが、源八にとっては見たこともない代物なので表情が引きつっている。しかし目新しいもの全てに反応していては一向に話が進まない為、それはなんですかという言葉を飲み込んだ。

 

「三年前、突如工業用のロボットが暴走して破壊活動を行うといった事件が立て続けに起きました。調査の結果、理由は何者かがシステムにハッキングしてプログラムを書き換えたからだと判明します」

 

「それを行ったのがこの女性だと」

 

「そう思われます」

 

「思われる…とは?」

 

源八の言葉にティアナは頷くと別の画像を見せた。

 

「ロボットが暴走した後、そのプログラムを解析するとそこには必ず謎のメッセージが残されていました。これはその一部です」

 

映し出されたメッセージは日本語に翻訳されている。恐らくティアナがそうしてくれたのだろう。

 

「これは始まり。捨てられ、葬られたことへの復讐」

 

源八は声に出しながら文章を読んでいく。映されたものは一つ一つがどれも短い文章で、それだけでは到底このメッセージの真意に辿り着けそうにはなかった。

 

 

 

 

 

 

なかったことにされた。一つだった筈なのに

 

お前だけが幸せに生きるなど許さない

 

私がしたことはお前がしたこと

 

私は罪を犯し続ける。全てお前が原因だ

 

 

 

 

 

 

「なんなんだこれ…気味が悪いですね」

 

後輩刑事が思わずそう言う。口には出さなかったが源八とてそれは同じ気持ちであった。何を言いたいのかはさっぱりだが、どうにもこの文章には強い憎しみが込められているようだ。

 

「しかし、これだけ見ても言葉に困りますな」

 

「今のメッセージは最初の頃のものです。そして犯行を重ねるにつれて、内容は誰かに宛てたようなものから変化していったんです」

 

「変化ですか?」

 

再び映像を変え、新たな文章が出てくるとそれを見る源八達。確かに言われた通り、そのメッセージは先程見たものから性質が変わっていた。

 

「なんか、急に自分のことを言うようになってますね」

 

「ご丁寧に私がムティナだって書いてるくらいだしな」

 

誰かに対する恨み言から自分の名を明かして管理局を挑発するような文章になっていっているように思える。ただ何故そのような変化に至ったのかは到底知る由もない。

 

「でもこれだけだとなんとも言えなくないですか?このムティナって人に濡れ衣着せてるとも思えますし」

 

「最初は私達もその線で考えていました。ですが調べるとかつての同級生から普段は人当たりのいい性格ながら時折凶暴性を見せることもあったとの証言、その学生時代に科学者であり次元犯罪者の人物と親しい関係だったということが分かりました」

 

腕を組む源八。自身の中で様々な思いが生まれるが、口には出さずにティアナの話を最後まで聞くことにした。

 

「今話題に出た次元犯罪者は既に捕まっているのですが、その人物曰く彼女は教え子のようなものだったと。それ以外の詳しいことは聞き出せませんでしたが、以上のことから私達は彼女が少なくとも無関係ではないとの判断に至りました」

 

「あ~…そりゃまた」

 

「他には?」

 

「それ以外にも彼女が多分野で優秀な科学者であること、数年前に突如行方をくらましたこと、何より先日送られてきたこの画像が証拠になりました」

 

出された画像には邪悪さが滲み出ていると思えてしまう笑みを浮かべ、煙の上がる建物を背景に自撮りをしたのであろうムティナが写っている。そして源八達にはどうしても無視できない部分がその画像にはあった。

 

「ゲンさん…これ…」

 

「ああ、あのアウトレットだ」

 

後ろに映っている建物は忘れもしない、トゥテラリィによって爆破されたアウトレットのイベント会場だ。これだけではムティナがトゥテラリィもしくはこの事件に関係あるのかまでは判断ができないが、彼女の経歴を聞くに二つを結び付けてしまうのは致し方ないのかもしれない。

 

「画像の解析を行いましたが、加工された形跡はないとのことです」

 

「色々ときな臭いところだらけだが、とにかく彼女を見つけられれば分かる話か」

 

「はい、その為にも皆さんのご協力をお願いしたいんです」

 

「勿論です、全力で協力しますとも」

 

改めてティアナに協力の意を示す源八は、続けてムティナの画像を見直した。源八は知る由もないが、眼鏡を掛けていないという違いはあれど彼女の顔は麻帆良学園に勤務しているモデナそのものだった。彼女を知る者なら到底想像できないような凶悪な笑みを浮かべているその画像にもメッセージが付属していた。

 

 

 

 

 

 

私は地球、日本にいる。見つけろ、捕まえろ、そして大切なものを奪え。それで全てが終わる

 

 

 

 

 

 

「焼き鳥は塩なんだよ!どうして分かってくれないんだ!」

 

「そっちこそ!変に通ぶってないで折れなさいよ!高級店やるわけじゃないんだから!」

 

麻帆良祭も一週間前だというのにB組の味付けはまだ決まっていない。その他の準備はもう済んでいるのでまだなんとかはなるが、いい加減に決めなければ支障が出てしまう。タレ派塩派それぞれの先頭に立つ薫と正吉が何度目になるか分からない言い合いを始めた。

 

「タレつけたらタレの味しかしなくなるだろ!」

 

「おいみんな!蒔寺がなんか寝言言ってるぞ!」

 

「寝言じゃねぇ!」

 

「三枝さん!言ってやってくれ!」

 

「え!?わ、私はタレが好きかな~…」

 

「僕もだよ三枝さん!」

 

「う、うん」

 

「なんだよそのやりとり!?」

 

「微塵の価値もない会話だったな」

 

クラスが大きく二つの勢力に別れている中、中立の立場にいる春香・凛・詞が成り行きを見守っている。

 

「まさかここまで長引くなんて思わなかったよ…」

 

「それ程譲れないものなのかしら、私にはちょっと分からないかな」

 

春香と凛が話していると、詞は耐え切れずため息をついてしまった。今までは特に口を出さずにいたが、このままいっても話は進まない。少し強引でも今決めてしまうのが最善だろうと手を叩いて周囲の注目を集め、全員に聞こえるように話し始めた。

 

「はいはい、みんな落ち着いて。もうこの件で時間を取られるのも勿体ないわ。話を続けても平行線でしょうし、あみだくじで決めましょう」

 

「…仕方ないわね」

 

「絢辻さんが言うなら…」

 

渋々といった様子ではあるが引き下がった薫と正吉を見てもっと早くにこうしておくべきだったかと反省しつつ、この争いに終止符を打つため詞はあみだくじを作り始めた。そんな朝の光景に祐の姿はない、というのも現在彼は近右衛門に呼ばれてそちらに向かっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

「いよいよ麻帆良祭じゃが、祐君としてはどうじゃ?」

 

「興奮で常時パキってます」

 

「なんじゃそれは…」

 

学園長室にて話している祐と近右衛門。言葉の意味は分からず、俗に言ういっちゃってる目をして答える祐に不安を覚えた。取り敢えず楽しみにしているということでいいのだろうか。

 

「まぁ、祐君にとっては初等部以来の麻帆良祭じゃ。わしとしても存分に楽しんでほしいと思っておる」

 

「ありがとうございます学園長。そんな、いいですよお金なんて」

 

「誰もお小遣いをあげるとは言っとらんぞ」

 

言葉とは裏腹に受けとる気満々で手を差し出すも、どうやらそういうことではないらしい。別に金に困ってなどいないが、祐は貰えるものは基本貰うスタンスである。

 

「あ、そうなんですか。となると呼ばれた用件とはなんでしょう」

 

「そうじゃな、それでは本題に入るとしよう。その前に手を下ろさんか、あげんと言うとるじゃろ」

 

「じゃあ木乃香をください」

 

「じゃあとはなんじゃ!じゃあとは!そんな物のついでみたいに言うでない!そもそもそれを言うからには、木乃香を幸せにする自信はあるんじゃな⁉︎」

 

「あるわけないでしょ!何言ってるんですか!」

 

「何言ってるんですかはこっちの台詞じゃ!」

 

久し振りの二人でのやり取りに祐は居心地の良さを感じていた。長年の付き合いも相まって、近右衛門としても祐の対応には慣れたものである。

 

「まぁ一旦その話は置いておいて、ソファに掛けて楽にしてくれ」

 

「失礼します」

 

言われた祐はソファに横になった。

 

「楽にしすぎじゃ、せめて座らんか」

 

「いやもう、流石ですね学園長」

 

「老いぼれの頭を変なところに使わせるでない。老人虐待じゃぞ」

 

近右衛門の返しに嬉しそうな顔をして座る姿勢に移行する。素早いボケとツッコミの応酬に疲れはするが、この顔を見ているとつい甘くなってしまう。まるで孫に甘い祖父である。

 

「それで本題じゃが…祐君も知っての通り、麻帆良祭の期間中は例外の場所はあれど一般開放を行う」

 

「そうでしたね」

 

「その為学園内の警備は普段以上に厳重にするつもりじゃ」

 

近右衛門の話に黙って頷く祐。ふざける時とそうでない時の切り替えが早いのは彼の良いところと言えるかもしれない。

 

「だから祐君、今回の麻帆良祭中は余計なことを考えず楽しむことだけを考えなさい」

 

掛けられた言葉が想像していたものと違い、祐は少し惚けた表情をしていた。その顔を見て近右衛門は笑う。

 

「ふぉふぉふぉ、大方警備の仕事を頼まれると思っておったんじゃろ」

 

「ええ、まぁ…仰る通りで」

 

「先程も言ったがお主にとって久し振りの麻帆良祭じゃ。それに、最近祐君は幾つもの事件に対処してきてくれた。偶には面倒事には関わらず、学生らしく羽目を外してほしいんじゃよ」

 

「学園長…」

 

「言っておくが、羽目を外すと言っても限度はあるからの」

 

おどけたように言う近右衛門。祐が次に浮かべた表情はとても柔らかい笑顔だった。

 

「これは、自分も協力させてくださいって言うのはナンセンスですね」

 

「分かっているならよし」

 

「分かりました。不肖逢襍佗祐、全力で麻帆良祭を楽しませていただきます!」

 

「うむ、全力でな」

 

その言葉に対して満足げに長い髭を撫でる近右衛門。祐は頭を深く下げた。

 

「ありがとうございます学園長。俺はここに居られて、本当に幸せです」

 

「これこれよさんか、学園生活を楽しむのは学生として当然の権利じゃ」

 

「では当日に関して多少の情事は大目に見ていただいて」

 

「そこは絶対に認めんぞ」

 

「学生ならば力を入れるべきなのはそこじゃないんですか!」

 

「違うわい!」

 

 

 

 

 

 

放課後。夕日が都市全体を赤く照らしている中、詞主導の元綿密なスケジュールで準備を行なっていたB組は本日の作業を終えて下校をした。

 

一緒に帰っていた純一達と別れ、祐は大勢が今も準備を行なっている広場を高台から眺めていた。ここからでも分かる程学生達の熱意が伝わってくる。皆が時間も忘れて作業に打ち込む姿に自然と笑みがこぼれた。

 

「アマタ君かい?」

 

後ろからの声に振り向くと、そこにはモデナが立っていた。少し意外な人物の登場に祐は不思議そうな顔をする。

 

「あれ、ロマーニさん?」

 

「やはりアマタ君だったか、君は目立つから待ち合わせなどでも困らなそうだね」

 

手を軽く振りながら隣へとやってくる。祐は軽く会釈をした。

 

「今日はこちら方面に用事ですか?」

 

「ああ、大学部が行うイベントで使用するロボットの設置と調整さ。イベントの会場は学園都市全体になるからね」

 

そう話すモデナの視線を追っていくと、そこには大学部の生徒達がロボットを運搬しているのが見えた。

 

「人型以外もいるんですね」

 

「四足歩行のものからキャタピラ式のものまで、バラエティ豊かだ」

 

「あれらはロマーニさんが?」

 

「いや、全て生徒達のアイディアさ。私はちょっとしたアドバイスとお手伝いだけ。あのロボット達は言わば、生徒諸君の汗と涙の結晶といったところかな」

 

「おお、そりゃ凄い」

 

「そうだろう?彼らの熱意には目を見張るものがあるよ」

 

そう話すモデナは楽しそうなのと同時にどこか誇らしげであった。

 

「この学園は本当に素晴らしい。皆がそれぞれ目標を持ち、それを周りがしっかりとサポートする。様々な点から見ても、ここは恵まれた環境だよ」

 

「ロマーニさんは好きですか?この学園のこと」

 

「勿論、ここに来れて本当に良かったと思っているよ。君はどうかな」

 

聞いてくる祐にモデナは微笑んで返す。そこには間違いなく、嘘偽りはなかった。

 

「僕も好きです。この場所とここに居る人達が」

 

「そうか、もしかすると私達は気が合うのかもしれないね」

 

「そうなら嬉しいですね」

 

二人はそこで少し笑いあった。共通の趣味を見つけたかのように、お互い僅かにではあるが親近感が湧いたのかもしれない。

 

「さて、私も作業に戻らないと。運ばなければならない物も沢山あるからね」

 

無意識にモデナは少々疲労気味な表情を浮かべると、祐は右手を上げた。

 

「荷物持ちであれば、お力になれますよ」

 

「本当かい?それはありがた…いやいや、君だってクラスの準備で疲れているだろう。流石に悪いよ」

 

祐の申し出に一瞬嬉しそうな顔を見せるも、すぐに頭を振って考えを変えた。どうやらこの様子から察するに、モデナは力仕事があまり得意ではないようだがそうとなれば黙っているわけにはいかない。力仕事が得意なのは、実のところ自己評価が低い祐にとって数少ない自慢できる部分だ。それに何よりモデナは美人で性格もいい、これだけで助ける理由は充分だ。思春期男子は女性の前では格好をつけたくなるものである。

 

「ロマーニさん、何を隠そう僕は体力だけには自信があるんです。寧ろそれしかないと言っても過言ではありません」

 

「そ、そんなことはないんじゃないかな…」

 

それしか取り柄がないようには思えないが、まだ祐のことなど碌に知らないのでモデナはやんわりと否定する事しかできなかった。

 

「それに男子高校生という生き物は女性に対していい格好をしたいものなんです。どうかここはひとつ、僕のちっぽけな自尊心を満たさせていただけませんか?」

 

モデナとしても手伝ってもらえるのならありがたい。何故ここまで押してくるのかは分からないが、本人がこう言ってくれるのなら断る理由などなかった。

 

「ありがとうアマタ君。これは断る方が失礼だね、それでは是非君の力で私を助けてくれたまえ」

 

「任せてください!どんな物でも運んでみせますよ!まずはロマーニさんを運びましょうか!?」

 

「それは恥ずかしいから勘弁してほしいな」

 

その後学生たちと合流して必要なものを運んでいく。言葉に違わず祐の働きは大したものだった。その体格から力はあるのだろうとは予想していたが、それにしてもかなり重たい荷物を軽々と持ち上げる姿には目を見張るものがある。女性の前ではいい格好をしたいと言いながら、男子生徒しかいない場面でも笑顔で仕事を手伝う祐をモデナは離れた場所から自分の仕事をこなしつつ観察していた。

 

 

 

 

 

 

本日分の作業がひと段落つき、生徒達が帰っていく。作業中にすっかり打ち解けたのか、祐は大学生から次も頼むよ等の声を掛けられていた。

 

「よろこんで!代わりに合コン連れてってくださいね!」

 

「オッケーオッケー!」

 

笑って別れる祐と大学生達。すると横にモデナがやって来た。

 

「助かったよアマタ君。素晴らしい働きぶりだった」

 

「ご満足いただけましたか?」

 

「これ以上ないくらいにね。お礼としては安くて申し訳ないが、飲み物でもどうだい?」

 

「飲み物!?いいんですか!」

 

「その反応は普段の生活が心配になるぞ」

 

近くの自販機で飲み物を買ってもらった祐はお礼を言って受け取った。次に自分の分を買ったモデナがベンチを指さす。

 

「そこで一息つこうじゃないか」

 

「皆さんと一緒に帰らなくて大丈夫なんですか?」

 

「今日の作業は終わったし、皆には先に帰っていてくれと言っておいた。それとも迷惑だったかな」

 

「んなわけないじゃないっすか!さぁ行きましょう!今すぐに!」

 

「ふふっ、君は面白いね」

 

ベンチに座った二人はそれから色々なことを話す。なんてことはない世間話から学園生活のことなど、それ以外にも質問などに祐は答える。その話をモデナは楽しそうに聞いていた。

 

「なるほど、なかなか愉快な幼馴染が大勢いるんだね」

 

「はい。みんな一癖ありますけど、凄く優しいんです」

 

「そんな顔で言われたら疑いようがない。それと、君が異性に慣れているように感じたのはそれが要因かな」

 

「え、そんな感じします?」

 

「私の主観だけどね。なんとなくそんな気がしたんだ」

 

「まずいな…それだと純情な青年には見えませんよね」

 

「いったい何を気にしているんだ君は…」

 

買った紅茶を一口飲んで喉を潤すと、モデナは手元を見つめる。祐がそれを横目で確認すると、なんとなくそこで会話が止まった。

 

「アマタ君、君は…生きづらいと思ったことはあるかな?」

 

思わず口に出てしまったのだろう。モデナがはっとした顔をすると、祐からの言葉を待たず即座に慌てた様子で取り繕った。

 

「あはは、すまない。いきなりこんなこと聞かれても困ってしまうよね。お酒を飲んだわけでもないのに酔ってしまったみたいだ」

 

「ありますよ、生きづらいって思ったこと」

 

自分で聞いたことだが、返答が来るとは思わずモデナは驚いた顔で祐の方を向く。そうするとこちらを見ている彼と目があった。

 

「変なこだわりとか、気にしいなところとか。理想なんて面倒なものは捨てちゃえばもっと楽だって分かってはいるんですけど、それができなくて。なんでこんな要領の悪いやつなんだろう、こんな性格じゃなければなって自分で思ってます。僕は…まぁ、こんな感じですかね」

 

苦笑いを浮かべながら語る姿は酷く脆いように見えた。彼の表面から想像できる人物像とはかけ離れていると感じるそれに、モデナはきっとこちらが本当のものなのだろうと思ったと同時により祐に親近感を抱くことができた。彼は自分と同じなのだ。

 

「君は私と同じだね、随分と着込んでいる。そうしないとすぐに綻びが出てしまうからかな」

 

「ガチガチに固めておかないと、あっという間にダメになっちゃいますから。なんとか形にしてはいると思ってるんですけど」

 

「上出来だよ、君がそう答えてくれた今この瞬間まで確信が持てなかった。自慢ではないが私はある理由から科学と同等に心理学というものにもかなりの時間を費やしてきたんだ。そして私は種類は違えど君と同類、なのにそれを感じさせないとは大したものだ。普通の人ではまず気が付けないだろうね」

 

「お墨付きをいただけて安心しました。最近どうも襤褸が出やすくなってる気がして自信なくなりそうだったんです」

 

「ふむ…先程の話から察するに、君の周りにいる人達は相手を深く見ようとしている可能性があるな。それとも特別鋭いタイプなのか」

 

「どちらにせよ気が抜けませんな」

 

「間違いないね」

 

軽い調子に戻ったモデナは幾分か明るくなったようだった。祐があまり取り繕う必要のない人物だと分かって気が楽になったのかもしれない。

 

「ロマーニさんはどうですか?無いなら無いで苦労とかは」

 

「私の場合、ずっと嫌いに思っていた部分を捨てたんだ。でも捨てた後、これは卑怯なんじゃないかと思った。だから私のは勝手な自己嫌悪だよ、自ら望んで捨てたくせにね」

 

「いったいどうやって?」

 

「それは…」

 

「あっと、僕の良くないところが出ちゃいました。今言ったのは忘れてください」

 

「すまない、助かるよ。あまり気分のいい話ではないからね」

 

脆く歪な者と欠如している者。なぜそうなったのかの理由や経緯は違うが二人は括りとしては同じだ。

 

「というか、私は同類とだけしか話していない。しかし君は私の無い部分に気付いているんだね。なんてことはなさそうに言うから流してしまうところだったよ」

 

「あれ、そうでしたっけ?やっちゃいましたね」

 

「いや、それはわざとだろう。上手いねアマタ君、君はやはり大したやつだ」

 

「あら~…ロマーニさんてばやり手ですね」

 

「君程ではない。そうやって隙があるように見せて、相手の油断を誘っているんじゃないかな?だからと言って全てが演技というわけでもない。本当…手強いよ」

 

尊敬と呆れが半々の目を向けられた。多くの部分を見透かされている、ここまで自分の常套手段が通じないのはエヴァぐらいなものだ。仮に彼女と敵対関係になったとしたら、最大限の警戒をもって臨まねばならないだろう。だがそれはモデナとて同じこと、お互い相手が敵になるのは御免だった。

 

「隙ができるのはロマーニさんが奇麗だからということで」

 

「その軽薄な感じも半分以上は演技か、自分に踏み込んできそうな人物を篩に掛けている。有効な手かもしれないが、君に強い興味を持っている相手にはあまり通用しないだろう。従って私にも通用はしない」

 

その言葉を聞いて、千鶴にここのところ負け越しているのはそれが原因かと頭を抱えたくなった。今までは大抵これでなんとかなってきたからと甘く見ていたのは否めない。

 

「奇麗だと思っているのは本当ですよ」

 

「ありがとう。私が君に強い興味を持っているのも本当だ」

 

祐は腕を組んで考え込む仕種を取る。モデナはその意図が分からず首を傾げた。

 

「そんなこと言われるとテンション上がっちゃうんですけど」

 

「どうやらそれは本心みたいだね…」

 

 

 

 

 

 

それから数時間後、大学部の廊下をあくびをしながら歩く学生が少し先でロボットを見つめている人物に気が付いた。

 

「あれ、モデナ先生じゃないですか。まだいらっしゃったんですか?」

 

「ん?ああ、ちょっとね。君こそどうしたんだ?随分眠そうだが」

 

自分の大きなあくびを見られていたかもしれないと、学生は恥ずかしさで頭を掻いた。

 

「できれば今日中に仕上げておきたい項目がありまして…」

 

「そうか。熱心なのは君達のいいところだが本番前だ、無理をして体調を崩さないようにね」

 

肩を軽く叩かれた学生の顔は少しにやけていた。些細なボディタッチだが、それでもうれしさを感じるには充分だったのだろう。

 

「大丈夫です!よし、もうひと頑張りしてきます!」

 

「ほどほどにね」

 

眠気など遥か彼方に飛んでいった様子で研究室へと戻る学生。その背中を見送り、姿が小さくなると冷たく笑った。

 

「幸せなんだろうな、慕ってくれる者がいる暖かい場所で過ごせて。それももうすぐ終わるけど、さて誰のせいかな」



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祭りは目前

暗闇が広がる巨大な倉庫の中。デスクライトが置かれた簡素な机の前で女性が目の前に広がる紙を眺めている。少しずつこちらに近づく足音に気付きながらも視線はそちらに向くことはなかった。来ることは分かっていた、それを気に留める必要もない。打つべき手は既に打っているのだから。

 

「ムティナ・アーリアね」

 

「そうとも。そういう君は、時空管理局かな」

 

紙を畳んで懐にしまうと後からの声に笑いながら振り向く。見えた顔は若いが強い力を宿した目をしていた。この人物は知っている、あの事件に関りがある者だからだ。

 

「誰が追ってくるかと思えばティアナ・ランスター執務官とは、お会いできて光栄だ」

 

「私のことを知ってるみたいね」

 

「勿論だとも、若くして執務官となった有名人だ。そして何より…」

 

「私の恩師が随分と世話になったようだからね」

 

先程から笑みを絶やさないムティナだが、その笑顔は見ている者の不安を掻き立てる程獰猛だ。暖かさなど微塵も感じさせない。

 

「そうね、確かに随分と迷惑を掛けられたわ。それはそれとして、貴女の身柄を拘束させてもらいます」

 

「これはこれは、穏やかじゃないね」

 

「呼んだのは貴女でしょうが」

 

「仰る通りだ」

 

大げさなリアクションを取ると机に寄り掛かる。今自分が置かれた状況が分かっていないわけでもないだろうに、その顔に焦りはなかった。ティアナは向けていた視線を鋭くする。

 

「大人しく来てもらえると助かるんだけど」

 

「喜んで…と言いたいところだが、今はその時じゃない」

 

「…どういう意味?」

 

「この瞬間、この場所はそうなるに相応しくないということさ。私を取り囲んでいるところ申し訳ないがね」

 

やはりムティナは周囲に待機している警官達に気が付いている。機材により二人の会話を聞きながら、突入の時は今か今かと待っていた源八達は緊張から冷や汗を流した。

 

「せっかく来てくれたんだ。どうだろう、物のついでに少し私に付き合ってくれないかな?」

 

そう言ったと同時に倉庫の屋根を突き破り、幾つもの物体が飛来した。粉塵が巻き上がる中、警官達も倉庫に突入していく。そこに見えるのは変わらぬ体勢のムティナと、明かりの無い室内を各部のパーツから放たれる赤い光で照らす数体のロボットだった。

 

「なかなかの出来だろう?兵器として作られた訳ではないから、内蔵されている武器が無いのは残念だがね」

 

「どっから飛んで来たんだよ…」

 

げんなりとした顔をする源八へ楽しそうにムティナは答えた。

 

「それはまだ教えられないな。もうすぐ大きなお祭りが始まる、そこに行けば面白いことが沢山分かるだろう」

 

「大きな祭りだと?」

 

「楽しい楽しいとても盛大な祭りだよ、そこにいる元凶を調べればいい。そうすれば無責任に自分のものを捨て、一人幸せにのうのうと生きようとする卑怯な人間が見えてくる。そんな奴は報いを受けるべきだ。君達が私の人生を終わらせてくれることを切に願っているよ」

 

思わせぶりなことを言っているが意味までは理解できない。自分達から逃げようとしていながら、まるで捕まることを望んでいるような口振りだ。

 

「そう簡単にはいかないか…」

 

予想はしていたがこうなってしまったことに若干気落ちはする。しかしやるべきことは変わらない、表情を引き締めると彼女の身体が光に包まれた。一瞬で光が晴れたかと思うと、そこには白と黒を基調とした魔力によって形成される戦闘服『バリアジャケット』に身を包んだティアナが拳銃型インテリジェントデバイス『クロスミラージュ』を構えていた。

 

「さぁ、教え子達の自信作で本番前の予行演習といこうじゃないか」

 

 

 

 

 

 

「うおおおお!前夜祭だからってセーブなんかしねぇ!今この瞬間で燃え尽きてやるぜ!まずはこのコーラを一気飲みだ!」

 

「「「流石弄光先輩だぜ‼︎」」」

 

いよいよ明日に迫る麻帆良祭。その前日は学園関係者限定で前夜祭が行われるのも恒例のことだった。現在広場は本番かと見まごう程の熱気で満ち溢れている。飛ばし過ぎて当日に響かないか心配になるが、この学園の生徒達は多くの意味で逞しいので問題ないかもしれない。

 

「お〜、早速やってるねぇ」

 

「これも含めて麻帆良祭が始まるって感じするわね」

 

A組も例に漏れず前夜祭に参加している。既にお祭り騒ぎな側から見れば少し異常と感じるかもしれないこの状況も、彼女達にとっては見慣れた光景であった。そこでハルナと共に周りを観察していた美砂が明日菜達の姿が見当たらないのに気が付いた。

 

「あれ?明日菜達は?」

 

「さっき飲み物買ってくるって言ってたよ」

 

「あ、そうなの?じゃあ私の分も頼もっと」

 

「ちゃっかりしてるんだから…」

 

近くにいた円からの返答に美砂がスマホを取り出しながら言った。恐らくラインでお願いの文章を送っているのだろう。

 

「オブフォ‼︎」

 

「「「弄光先輩の鼻からコーラが‼︎」」」

 

「「アッハッハッハ‼︎」」

 

「あんたらよくあれで爆笑できるわね」

 

指をさして大笑いするハルナと美砂に反して円の反応は冷たかった。

 

 

 

 

 

 

盛り上がりを見せる広場から少し離れた場所、祐はそこで一人賑やかな光景を眺めている。見守るような表情で見つめながら、頭の中で考え事をしていた。数日前のモデナとの会話は祐にとって強く印象に残るものだった。彼女は彼女で難儀なものを抱えているようで、はっきり言って心配になる。だからとこの問題に立ち入るのはまだ時期尚早な気がしていた。何せまだ出会った回数で言えば二回だ。お互いの話をして少なからず親近感はあるものの、どこまで踏み込んでいいものかは事が事だけに非常に悩ましい。

 

「思った通りですわね、逆に探すのが楽ですけど」

 

随分と集中していたからか、それとも周りに気を張っていなかったからか。後ろから人が近づいていることにまったく気が付かなかった。少し驚いて振り向くと、呆れた顔のあやかが視界に映った。

 

「あやか…?どしたの、こんなとこ来て」

 

不思議そうな顔で聞いてくる祐に一度ため息をつくとゆっくりと近づいてくる。

 

「もしかしたらと思って少し周辺を回っていたんです。貴方は昔からこういった状況になるとふらっと何処かへ行ってしまいますからね」

 

「そうだったかな」

 

惚ける祐に不満そうな目を向けてから横に並んだ。お互い少し先の広場を見つめる。

 

「普段はあれだけ騒がしいのに、賑やかになるとその場から居なくなるって知ってますのよ」

 

「その場が温まったら、次の場所に笑顔を届けに行ってるんだよ」

 

「荒らすだけ荒らして去っていくとは質の悪い…台風のような人ですわね」

 

「もっと俺に優しくしてくれても罰は当たらないぞ?」

 

「優しくしてほしいのなら、普段の生活態度を改めてください」

 

「チッ…」

 

「なに舌打ちしているんですか!」

 

広場に向けていた視線を身体ごと祐に移すと服を掴んで詰め寄る。祐は両手を上げて無抵抗の意思を示した。

 

「違う!ただのリップ音が鳴っただけだ!…地獄耳ババアが」

 

「誰が地獄耳ババアですって!」

 

「聞き間違いだって!綺麗だなぁって言ったんだよ!」

 

「嘘おっしゃい!」

 

聞き取れないように小声且つ早口で言ったがしっかり聞こえているようだ。言い訳をしてみてもあまりに苦しいので騙されてはくれないだろう。

 

「分かった!ちゃんと言うから!……綺麗だ」

 

「き、気色悪いですわ…」

 

「なんだてめぇ!」

 

無抵抗でいようと思ったが、そう返されては黙っておけないとあやかの肩を掴んでこちらも詰め寄った。意図せず距離は近くなり、二人は見つめ合う形になる。その状況に気が付いたのか、あやかは急に何も言わなくなった。祐は祐で視線が合うことに思うところがあったのでその目を逸らす。だがその行為があやかは気に入らなかったようだ。

 

「…どうして逸らすんですか?」

 

「いや、どうしてって…気まずいから」

 

「何を今更、あの時は無理に合わせようとしていたではありませんか」

 

「それを言うならそっちは合わせようとしなかったろ、ならこれで問題ない」

 

肩から手を放し、腕を組んで再び広場に視線を向ける。これで一旦仕切り直しと思ったが、あやかの目は未だ祐を見ている。何故だかそれが非難されているような気がして祐は頭を掻いた。

 

「なんか悪いことした?」

 

「いいえ。ただ、何かあったことを隠しているのではないかと疑っているのです」

 

「勘弁してくれ…」

 

祐は掌で自分の額を叩くとしゃがみ込んだ。それに倣ったのかあやかもしゃがむ。

 

「そりゃ色々あるよ、多感な時期なんだから」

 

「困ったり辛いことがあったらちゃんと言ってくれると私達と約束したでしょう」

 

「したけどさ…本当に困ったこととか辛いことは言うよ。でもまだそうじゃない、最初らへんは少しくらい自分でなんとかしようと思ってもいいでしょ?」

 

「それは…そうですが」

 

「ここぞの時まで取っておきたいんだよその択は。俺にとってあやか達は最終兵器なんだ」

 

しゃがんだ状態から芝生に腰を下ろした。この話は今しっかりとしておいた方がいいだろう、きっと今後に関わる重要な話だ。同じように座ったあやかに身体の向きを変えた。

 

「俺はこれまで数えきれないくらいあやか達を始め、周りの人達に助けてもらった。だからいい加減、受けた恩を返していけるようにならないといけない。その為には俺自身が成長していく必要があるわけだ」

 

「助けたと仰いますが、私達がしたことと言えば祐さんの近くに居たことぐらいですよ?」

 

「それがあの時の俺には一番必要で、何にも増して助けられたことだ。あやかが思ってる以上に、俺は感謝してる」

 

先程とは違い、真剣な表情で伝えられると何も言えなかった。普段の様子が大概だからだろうか、真面目な態度の祐にあやかは弱かった。

 

「だからこそ、俺は自分で出来ることを増やしていきたい。全部を自分一人でなんとかできるなんて思ってない、でもやれることを増やす努力は必要だ。俺はその為に頑張る、今はその最中ってところ」

 

気付けば俯き気味になっているあやかの両手を取る。心配そうな顔をさせてしまっていることに罪悪感が湧くが、自分の考えをしっかりと言うべきだ。

 

「心配掛けてる自覚はある、俺が頼りないのは重々承知だ。その上であやか達には信じてほしい、本当にやばかったらちゃんとみんなに話すから」

 

落としていた視線を上げて祐を見る。この幼馴染は悪い男だ、わざとかは判断できないがこれでは否と言えない。それがなんだか悔しくて、触れている手をぐっと力を込めて握り返した。

 

「信じてほしいという言い方はずるいです…そんな言い方をされては、拒否などできなくなるではありませんか」

 

「確かに、卑怯な言い方だったかもね」

 

今は冗談を言える雰囲気ではなく、だから貴方を信用しませんとは言えなかった。それすら狙っていたのならとんだ悪党だ。

 

「あとこれは前から思ってたけど、あやか達は俺に優しすぎ。もう少し厳しくていい」

 

「ついさっき優しくしてほしいと言ったのはどなただったかしら」

 

「時と場合によるってやつだ」

 

「便利な言葉ですこと」

 

少しだけ笑ってくれたあやかに安心してその手を放した。この話はあやかだけでなく、その他の親しい人物達にも伝えておいた方がいいかもしれない。心配ばかりをさせてなんとも情けなく気が重いが身から出た錆だ、自分の考えを伝える義務は果たさねばなるまい。そう考えていると複数の足音が聞こえてくる。少しして現れたのはこれまた見知った人物達であった。

 

「ほら、やっぱり変なとこにいた…って、なんで委員長が一緒なのよ!」

 

「委員長さんもご一緒だったんですね!あ、祐さんこんばんは」

 

「ありゃ、先越されてもうた」

 

「少し前から姿が見えないと思っていましたが、雪広さんもお嬢様達と同じ考えだったのですね」

 

茂みから顔を覗かせた明日菜からネギ・木乃香・刹那が順に現れた。座っている二人を確認すると、木乃香が笑いながらあやかとは反対側の祐の隣に腰を下ろした。

 

「ウチらに黙って抜け駆けするなんて、いんちょも隅に置けんな~」

 

「な!?人聞きの悪いことを言わないでください!ネギ先生!これは違うんです!私はネギ先生一筋で」

 

「い、委員長さん…よく分からないですけど落ち着いて…」

 

急いで立ち上がるとネギに力説するあやか。その姿に呆れながら明日菜が空いた場所に座った。

 

「皆様お揃いでどうしたんだ?」

 

「祐君こういう時どっか行ってまうやろ?せやから見に来たんよ」

 

「あ~…そっか…」

 

あやかとまったく同じことを思われていて祐はなんとも言えない顔をした。悪いことをしているつもりはないが妙に後ろめたく感じるのは何故だろうか。

 

「ったく、もしかしてと思ったけど想像通りだったわ。そういうところも変わってないのね」

 

「やめろよ、なんか恥ずかしいだろ」

 

「なんでよ?」

 

「俺達通じ合ってるって感じがして」

 

「キモい」

 

「うっわ直球!」

 

冷たくあしらわれるがこちらの方が性に合っている。馬鹿なことを言ってそれに反応してもらっている時が一番気楽でいい。余計なことを考えずに済む。

 

「木乃香はもとより桜咲さんだってそんな酷いこと言わないぞ!」

 

「今みたいなこと言われたら誰だってそう言うでしょ!」

 

「なんだと!見てろ、桜咲さん!」

 

「な、なんでしょう…」

 

「桜咲さんて肌白くて舐めたくなるね!」

 

「……」

 

「ほら見ろ!酷いこと言わないだろ!」

 

「あまりにキモくて絶句してんのよ!」

 

「祐君、ウチにはなんか言うてくれへんの?」

 

「木乃香にキモいって言われたら俺立ち直れん」

 

「なんか贔屓を感じるわ」

 

あやかと二人の時にあった空気を吹き飛ばすかのように騒がしくなり、もうすっかり真面目な雰囲気は消失していた。その横でなんとかあやかを落ち着かせたネギが祐に聞いてくる。

 

「さっきまでお二人で何かされてたんですか?」

 

「ん?大事な話を手を握って見つめ合いながらしてました」

 

「祐さん!!」

 

あやかが止めようとするが時すでに遅し。顔を赤くした明日菜は祐に掴みかかった。

 

「あんたら何やってんのよ!せっかく人が心配して見に来てやったのに!」

 

「しまった!余計なこと言ったか!ネギ…やってくれたな!」

 

「えっ⁉」

 

 

 

 

 

 

倉庫ではあれから激しい戦闘が行われていた。しかしムティナの言う通りロボットに武器が搭載されておらず、何よりティアナの活躍もあってロボットは瞬く間にその数を減らしている。源八達はなるべくティアナの邪魔をしないよう立ち回っており、少々肩身が狭かった。

 

「いやはや大したのもだ。執務官は内勤ばかりのなまった連中が多いと聞いていたが、君には当てはまらないようだね」

 

「それはどうも。もう諦めなさい、このロボットが後何体来ても同じよ」

 

銃口を向けられるムティナ。状況は明らかに劣勢だが、冷めた笑顔が消えることはなかった。

 

「ふむ…確かにそうだろうね、このロボット達では君は止められない。でも目的は君の排除ではない、そしてもう予行演習は充分だ」

 

周囲から訝しむ視線を受けると懐から何かを取り出した。全員の視線がそこに集中すると、ムティナは見せつけるように手に持ったそれを掲げる。

 

「さて、今取り出したこれだが…なんだと思う?」

 

「碌なものじゃないのは間違いなさそうね」

 

「酷いことを言うね、私が作ったものに対して。これに関しては君よりも地球人の皆さんの方が馴染み深いかもしれないな」

 

周りの警官達も黙って見つめる中、ムティナは楽しそうに話し始めたた。

 

「これは少し前にアウトレットを破壊した爆弾と同じものだ。形や使用方法は少し違うがね」

 

その言葉にどよめきが起こる。口を閉じていた源八はその顔を険しくした。

 

「お前なのか、あいつらに爆弾を渡したのは」

 

「おや、彼らを知っているようだね。この世界の未来を憂いていた幼気で無知な子供達のことを」

 

返ってきたのは質問に対しての明確な答えではなかったが、今の言葉だけで充分だ。間違いなく彼女は関係がある。同じくその事件現場を見ていた他の刑事も浮かべる表情は険しい。

 

「まさかあんたが焚きつけたんじゃないだろうな」

 

「私達が彼らの存在を見つけた時には、既に導火線に火はついていたよ。私達はあくまで彼らに道具を提供しただけだ。それが無くても、あの様子なら事を起こしていただろうさ」

 

「若さだね、お手本のような向こう見ずさだった。本気で世界が変えられえると思っていたんだから」

 

心底愉快だと言うかのようなムティナに怒りを覚えるのは仕方がないだろう。彼女の態度は彼らのことなど微塵も気にかけておらず、どこまでも他人事だった。

 

「話を戻そうか、ここにある爆弾の威力は事件で使われたものと同等だ」

 

「自爆するつもり?」

 

「まさか、そんなつまらないことはしない。私は自棄になってなどいないよ」

 

クロスミラージュを向けたまま、ティアナはムティナの一挙手一投足に目を光らせていた。何をするか予想の付かない相手には一瞬の油断が命取りになる。

 

「これは時限式でね、ここがゼロになったら爆発するんだ。なんとも分かりやすいだろう?」

 

爆弾の向きを変えると、電子時計のように数字が浮かび上がっている部分が見える。そして既にカウントは始まっていた。

 

「なっ!?」

 

「残り時間は三分を切った、あとはこれを…」

 

すると半壊して倒れていた数体のロボットが起き上がり、搭載されているブースターを吹かして飛び上がった。即座に動いたティアナがロボット達を撃ち抜いていく。しかしムティナに近づいた一体を守るように残りが身を挺して盾となる動きを取り始めた。

 

「惜しい、あと少しだった」

 

その一体に爆弾を投げ渡すと、爆弾を受け取ったロボットが屋根を突き破って夜空に飛んでいく。

 

「てめぇ!どういうつもりだ!」

 

「さっき飛んでいったのは方向からして街の方じゃないかな?このままいったら死人が出るだろうね」

 

警官からの怒号も気にすることなく軽く返してくる。自分のしたことをなんとも思っていない姿に周りは怒りを通り越して恐怖すら感じていた。

 

「被害を出したくないなら追いかけたるべきだ。まぁ、飛行能力がある者でない限り追っても無意味だろうけど」

 

「くっ!太田さん!」

 

「行ってくれ!ここはなんとかする!」

 

短いやり取りを終えるとティアナが爆弾を追って飛翔する。思い通りに事が運び、ムティナは笑みを深くした。

 

「いい子だ」

 

爆弾をティアナに任せ、源八達はムティナを取り囲む。用意していたロボットは全て破壊されており、彼女に打つ手はない。

 

「ムティナ・アーリア。一緒に来てもらうぞ」

 

「その時じゃないと言ったろう」

 

次の瞬間源八から少し離れた場所にいた警官が吹き飛んだ。理解が追い付かず目で音のした方を追うと、そこには掌打を放ったムティナの姿があった。

 

「まずっ!」

 

言葉を発していた途中でその警官も同じように吹き飛ばされる。細い身体から放たれる打撃の威力も大人の男性を掴んで投げ飛ばす腕力も、どう考えても常人の力ではない。それを見た源八はトゥテラリィに道具を提供したという話から一つの考えが浮かんだ。

 

「まさか…超人血清とかってやつか⁉︎」

 

「悪くない推理だね。でも残念、外れだ」

 

投げ飛ばされうずくまっていた後輩刑事が拳銃を構え、ムティナの足を狙って引き金を引く。しかしそれが分かっていたかのようにその場から飛び退くと、一瞬で距離を詰めて後輩刑事を蹴り飛ばした。

 

「おい!ぐっ!」

 

壁に衝突した後輩刑事の元に駆け寄ろうとするが、その隙を突かれた源八は片手で首を絞められながら持ち上げられる。

 

「私は捨てられた。だが、その代わりに手に入れたものもある。この器はその一つだ」

 

「何を…言って…」

 

暗くなりつつある視界の中で源八の瞳に映るのは、怒りとも取れる笑みを浮かべたムティナだった。

 

「嘗てとは比べ物にならない強靭な器、今の私は戦闘機人だ!」

 

 

 

 

 

 

時限爆弾を抱えて飛行するロボットは、先の戦闘により半壊していることからその進行が不安定であった。そんなロボットを追ってティアナがやってくる。

 

「もうっ!空戦は得意じゃないのに!」

 

彼女は空を飛ぶこと自体は可能だが、ミッドチルダで言うところの高速飛行魔法は得意ではなかった。今はもう吹っ切れてはいるが、過去にこのことがコンプレックスだったこともある。そのせいなのか前を飛行するロボットに半ば八つ当たり気味な苛立ちを向けていた。

 

(街はまだ少し先にある、高度・射程・射角的にも問題ない。あとは…)

 

「クロスミラージュ!爆発規模を予測!」

 

『yes, start predicting』

 

ティアナの呼びかけにクロスミラージュが応えると、即座に予測を終えてデータが送られてきた。

 

「爆発させるのにそれほど火力はいらない。なら!」

 

確認を終えてその場に滞空してティアナはクロスミラージュを構える。一度大きく息を吸うと、銃口に光が集まりだした。

 

「ここで撃ち落とす!ちょっと強めの…バレットシュート!」

 

集まっていた光が放たれ一直線に飛んでいく。光弾はロボットを貫き、見事爆弾に命中した。そして着弾と同時、夜空に爆発が巻き起こる。少しして辺りを照らした爆発が晴れ、残骸の落下もないことを確認するとゆっくりと息を吐いた。すると謎の相手から通信が飛んでくる。嫌な予感はするがティアナはそれに対応した。

 

『お見事だよランスター執務官。流石は元機動六課と言ったところかな』

 

映像にはロボットに抱えられ、空を飛んでいると思われるムティナが写っていた。逃走用に一体は残していたのだろう。

 

「あんた…まさか太田さん達を」

 

『安心したまえよ、死んではいない。まぁ、多分ね』

 

無意識に画面越しのムティナを睨みつけていた。見て分かる程、彼女に罪悪感など無い。

 

『来たるべき時がきたら喜んで捕まるさ。準備が済み次第私の居場所は君達に伝える、観客は多い方がいいからね』

 

「貴女…何が望みなの」

 

『そんなものは決まってる。私自身の破滅、それこそが私の望みだ』

 

心からその瞬間を焦がれているムティナは明らかに正気ではない。彼女は壊れてしまっている、そう感じざるを得なかった。

 

『急いだ方がいいんじゃないかな?今は大丈夫でも、長いこと放っておくと何人かは死ぬ。いや、もう無理だったりしてね』

 

そう言うと通話は切られた。先程とは打って変わって夜の静寂が辺りを包む空で、ティアナは拳を強く握る。激しい怒りが込み上げるが、今はその感情に支配されている場合ではない。険しい表情はそのままに、少しでも早くと風を切って倉庫へと向かった。



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初日とダークホース

指定の位置に移動を終えたロボットへ本番前の最終調整を行なっている学生達と、そんな彼らの姿を後ろで見守るモデナ。そんな中、端の方で困惑したような表情で通話をしている学生がいた。それに気付いたモデナはその学生に声を掛ける。

 

「どうかしたのかい?」

 

「それが…ロボットの数が合わないと連絡がありまして」

 

「数が?」

 

「はい。なんでも予備としてラボに用意しておいた数体が無くなってるらしいんです」

 

話を聞いてモデナは首を傾げた。あのラボには関係者しか入れない筈であり、ラボから予備のロボットを移動させるといった話も聞いていない。だからと言って独りでに動くわけもないので、誰かが動かしたのは間違いないだろう。

 

「分かった、そちらは私が見てこよう。君は引き続き準備を進めてくれ。イベント自体は最終日だが開場は間もなくだからね」

 

「はい、お願いします先生」

 

学生に微笑んで頷くとモデナはその場を後にする。色々と謎だらけだが、ラボに行けば何かしらは分かるだろう。忙しそうな学生達に衝突しないよう間をすり抜けながら目的地に向かった。避けている最中に何度か躓きそうになるがなんとか耐える。昔から運動は得意ではなかったが、最近はいよいよ無視できないレベルで運動不足を感じている。麻帆良祭が終わったら少し運動でもしようと一人思うモデナであった。

 

 

 

 

 

 

『皆さま、大変長らくお待たせいたしました。只今より第79回麻帆良祭を開催いたします』

 

学園都市全体に開催のアナウンスが流れると同時に花火が打ち上がり、歓声と共に入場ゲートから数えきれない来場者達が歩いてくる。

 

「いや〜ついに始まったな」

 

「毎年思うけど、やっぱり凄い人の数だね」

 

一般客が入場してくる光景を少し高い場所から確認して正吉と純一が呟いた。元々有名な麻帆良祭だが、年々その来場者数は増加しているそうだ。括りとしては学園祭ではあるが、その規模は他に類を見ないものであることからもこの人気は当然と言えるかもしれない。二人の横で同じように見ていた祐の表情は非常に興味深そうだった。

 

「どうしたんだよ祐、えらく熱心に見てるな」

 

「いや、麻帆良祭ちゃんと見るのって久々だからさ。こんな感じだったかなと思って」

 

そこで正吉は昔を思い出すように腕を組むと視線を上に向けた。

 

「あ〜そういやお前、中等部の時は学校に来ないことが頻繁にあったもんな。あれ?今思い返してみると…中等部時代の麻帆良祭参加のご経験は?」

 

「ございません」

 

「この不良め」

 

「やめろよ、俺が札付きのワルってばらすのは」

 

「いやダサッ」

 

ふざけた様子で戯れ合う二人を見て純一は笑う。正吉の言う通り祐は中等部時代には学校をよく休んでいた。特に2020年の2月からはめっきり顔を見せなくなり、連絡さえ碌につかない程であった。

 

そんな状況が半年以上続くとあれは確か10月頃だったか、その日を境にふらっと戻ってきたのを覚えている。いなくなる前から親戚関係で色々あり、所謂家庭の事情というやつだと祐は周りに話していた。それ以上本人の口から詳しく語られることはなく、純一達もその様子から深く聞くことはしなかった。その後も度々いなくなることはあったが、長くとも1週間程度になっていたと思う。

 

「さ〜て高等部一発目、そんでもって初日だ。気合い入れていこうぜ!」

 

「ちゃんと上手く握ってくれよ正吉。お前が頼りなんだから」

 

「うちの出し物は寿司屋じゃないぞ…」

 

正吉の肩を叩く祐に純一は呆れながら言った。気にならないと言えば嘘になる。しかし大事なのは祐が無事に戻ってきたこと。本人が話さないと言うことはそれなりに理由があるのだろうと純一を始めとした友人達は祐を何も言わずに迎えてくれた。こうした優しい友人達に囲まれたことが、中等部時代の祐にとって何よりも幸運なことだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

一般客が入場してから暫く経つと、各々が思い思いに麻帆良学園都市を観光していく。この都市の建物や景色は印象的なものが多く、それだけでも来場者の目を惹くのに充分であった。そうしていくと各クラスが行う出し物へと人が流れていく。来場者の数が多いのもあってどのクラスも大忙しだが、その中でも一際繁盛している場所があった。

 

「いらっしゃいませー!」

 

『1年A組!メイド喫茶へようこそ!』

 

笑顔と元気な声で来場者を迎えるA組。興味本位で教室を覗けば、なんとも見目麗しい少女達が可愛らしい服装で接客を行なっている。その姿に男性は勿論のこと女性も集まっており、あっという間に長蛇の列を作ったようだ。

 

「ご新規2名様で〜す!」

 

「へい、らっしゃい」

 

「ザジさん!挨拶が違う!」

 

「ご注文は何にしやしょう?」

 

「そのままいった⁉︎」

 

見た目が可愛らしい以外にも、まるでコントのようなやり取りが好評のようだ。因みにだが本人達にそんなつもりはない。

 

「うひゃ〜、いきなり凄い人数やねぇ」

 

「思った以上の反響ね。これは歴代最高売り上げも夢じゃないわ」

 

配膳を終えた木乃香と和美が装飾以外にも様々な改装が行われた教室を見ながら言った。この調子なら暫くは忙しい時間が続くだろうと考えていると、接客を行なっている真名と刹那に視線が止まる。対応されている女性客は二人に見惚れているようで、それを確認した和美がニヤリと笑った。

 

「なるほど、そっちのやり方もアリか」

 

「ん?どしたん?」

 

「ちょっとね。更なる顧客アップを狙えるかもしれない方法が浮かんだのよ」

 

「お〜、なんや面白そうやね」

 

「せっかくなんとか纏まったんだから、変なことしないでよ?」

 

同じく一仕事終えた明日菜が戻ってくると、不安になる会話を聞いて釘を刺した。今明日菜達がいる部分はバックヤードとして使われている。喫茶店となったA組の教室はどう見ても普段の教室には見えない内装で、リフォームしたと言われた方が納得できる程の変貌である。

 

もっと言うと室内の広さも明らかに変わっており、そこに関しては超達が何かしたという大変大雑把な説明しかされていない。しかしそこはA組、大半のクラスメイトは凄いな〜程度にしか感じていない。千雨のストレスメーターは振り切れまっしぐらである。

 

「つまんないこと言わないでよ明日菜、高等部一回目なのよ?色々とチャレンジしたいじゃない」

 

「おかしなことやりそうだから言ってんの」

 

「信用ないな〜、そんなこと言うと明日菜を売り上げアップの人柱にするわよ」

 

「どういう脅し方よ…」

 

するといい案を思いついたのか、和美が人差し指をぴんと伸ばした。

 

「取り敢えず一万以上使ったお客さんには明日菜の下着一枚プレゼントしよっか」

 

「嫌に決まってんでしょ!」

 

「大変や、急いで寮から持ってこな」

 

「やめろ!」

 

会話の途中で手を叩く音がした。三人がそちらを向くと、完成した料理を持った千鶴が厨房から出てくる。

 

「料理ができましたよ!さあ皆さん、お願いね」

 

「は~い」

 

「ごめんね那波さん。朝倉、アホなことは無しだからね」

 

「私は折れない女よ!」

 

「こいつしぶとい!」

 

料理を運んでいった三人を見送ると厨房に戻る千鶴。この時間帯の料理班が忙しなく動いている中、特にこの班の要である五月がその腕を振るっていた。

 

「流石ね五月さん、見惚れちゃうわ」

 

「恐縮です。でも好きなことですから」

 

笑顔で返しつつも作業の手が止まることはない。人気店である超包子の料理長を任されている五月にとってこの状況は慣れたものだ。

 

「私も微力ながら頑張らないと」

 

「微力なんてとんでもない。千鶴さんも素晴らしいものをお持ちです」

 

「あら、五月さんにそう言われると自信ついちゃうわ」

 

横に並ぶと千鶴も作業を始める。暫くそうしていると、珍しく五月の方から話し掛けてきた。

 

「千鶴さんは手先の器用さもありますが、何より相手に対する愛情がありますから。きっと手料理を振舞われる方は幸せだと思います」

 

それを聞いた千鶴は少しの間固まったが、すぐに笑顔になる。

 

「ありがとう五月さん。良いこと聞いちゃった」

 

そう言った後フロアに目をやると、ちょうど明日菜が料理を届けるところだった。

 

「お料理お待たせしました!」

 

「デスソースかけましょうか?」

 

「ザジ!余計なことすんな!」

 

今日はやけにボケをかますザジを横から来た千雨が引きずっていく光景を見て千鶴は苦笑い、五月は微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

一方焼き鳥を販売しているB組は教室ではなく、野外にテントを立ててその場で作業を行っていた。教室に換気扇はなく煙が立ち込めるので外でやるのは当然だが、A組には聡美が作った換気扇やダクトがあるので例外である。

 

メイド喫茶程の大混雑を起こしているわけではないが、それでもこちらも充分に忙しそうであった。現在表で作業をしている班の中に祐はいた。二人一組で同じ網を使っており、相方は楓だ。楓本人は認めないだろうが、B組内では祐と相性が良い人物の括りに入れられてしまっているのでこうなった。

 

「すみません、つくね二本ください」

 

「ありがとうございます!あったかいのと冷たいのありますけど」

 

「あったかいのしか出さねぇよバカ!蕎麦屋じゃないんだぞ!」

 

来場者にも普段の調子で対応する祐に世話を焼かされ、楓の仕事量は周りより多い。強めのツッコミは飛びつつも、律儀に反応してくれるのは彼女がなんだかんだで面倒見がいいからなのだろう。そのせいで祐が楓のことを気に入っているのはなんとも皮肉な話である。

 

しっかりと焼いてあるつくねを渡し、作業を再開する二人。横目で見ると、ふざけてはいても祐の手際はなかなかよかった。楓からすれば意外なことである。

 

「逢襍佗って普段料理とかするのか?」

 

「全然。でもまぁ、簡単な物ならできなくはないよ」

 

「ふ~ん。そういや毎日同じもん食べてるもんな」

 

「よく見てるね」

 

「毎日同じなら流石に気付くわ」

 

「これはお恥ずかしい」

 

「思ってないだろ」

 

かく言う楓もがさつそうに見られるかもしれないが、何を隠そう実家が呉服屋で礼儀作法がしっかりしている。それ以外にも和食限定ではあるが料理・裁縫などが得意な一面があった。

 

「話には聞いてたけど、蒔寺さんって器用だね。俺もういなくていいんじゃないかな?」

 

「さぼろうったってそうはいかないからな」

 

「下手に出たらこれか!」

 

「お前が勝手にやってんだろ!」

 

相変わらずの二人だが、やることはしっかりやっているのでなんとかなるだろうと周りは放置していた。そんな二人の少し先に一人の少女がやってくる。その少女はこちらに視線を向けると笑顔で手を振り駆け寄ってきた。愛嬌のある可愛らしい少女だ。麻帆良学園の制服は着ているが楓は初めて見る顔なので横の祐を確認する。少女に気付いた祐が笑顔を浮かべたことからやはり彼の知り合いなのだろう。

 

「祐!おつかれ~!」

 

「いらっしゃい梨穂子。幼馴染一番乗りだな」

 

「ほんと?やった~」

 

本当に嬉しそうな顔をする梨穂子。先程の会話からA組以外にも異性の幼馴染がいたのかと楓は無意識に彼女の顔をまじまじと見つめる。それに気が付いた梨穂子は慌てた様子で頭を下げた。

 

「あっ、初めまして!一年C組の桜井梨穂子って言います!祐とはあの、幼馴染でして!」

 

「あ、ああ…どうも。蒔寺楓です」

 

緊張しているのか早口で自己紹介をする梨穂子に呆気にとられた。その様子を祐は優しい顔で見ている。

 

「落ち着け落ち着け、蒔寺さんは梨穂子を取って食ったりしないよ」

 

「当たり前だろ!」

 

ふと見ると祐と楓のやり取りに梨穂子は笑っている。なんとも棘がない、人畜無害をその身で表しているような子だと楓は思った。

 

「楽しそうでよかった。それじゃ、焼き鳥くださいな!」

 

「今ここにある全部だろ?ちょっと待っててな」

 

「そんなに食べられないよ⁉」

 

「遠慮するなよ、初対面の人がいるからって」

 

「遠慮じゃないよ~!」

 

「気にしなくて良いんだぞ、梨穂子はそのままで。梨穂子の体型、ナイスだと思う」

 

「も~、またそんなこと言って」

 

如何にも仲の良さそな雰囲気を醸し出す祐と梨穂子。異性のどころか幼馴染というものがいない楓にとって一般的な幼馴染の距離など分からないが、それにしても二人の距離は近いものに見えた。祐のと言うことは純一の幼馴染でもあるのだろうが、彼もこんな感じになるのだろうか。なんと言うか、とても空気が甘ったるい。

 

(な、なんだこの空気…口から砂糖吐きそう…つか逢襍佗のやつ私達への対応となんか違くないか)

 

言ってしまうとカップルのいちゃつきを見せつけられているような気分だ。二人がそういった関係かの判断はできないが、少なくともお互い相手を憎からず思っていることだけは分かる。正直何故だか面白くない。

 

「うおっ!どうしたの蒔寺さん⁉チベットスナギツネみたいな顔してるよ!」

 

「なんだよそれ!分かりづらいな!」

 

梨穂子から楓に目を向けると、今までに見たこともない表情をしていたので祐が驚いた声を上げる。チベットスナギツネは伝わらなかったようだが、楓はいつもの調子に戻ったのでいいだろう。

 

「はい、お買い上げありがとう。よく噛むんだぞ、いつも呑み込むの早いからな」

 

「それはちっちゃい頃の話でしょ。今はちゃんとゆっくり食べてます」

 

「ならばよし。ではまた会おう」

 

「はい教官!」

 

楓がよく言えば味のある表情をしている間に買い物は終わっていたようだ。祐が敬礼をすると梨穂子もビシッと敬礼を返した。慣れた様子だが二人の間では恒例のものなのだろうか。そこで何かを思いついたのか、梨穂子は敬礼を解いて話し始める。

 

「あっ、そうだ。祐は今日ってこの後予定ある?」

 

「いや、午前の担当が終わったら今日はない。なんかあるの?」

 

「なら今日は私と麻帆良祭見て回ろうよ!祐は初等部以来でしょ?私が案内してしんぜよう」

 

胸を張って自信を見せる梨穂子に祐は驚愕していた。

 

「こんな慣れた感じで男を誘うなんて…いつからそんなはしたない子になったんだ!俺は嬉しいぞ!」

 

「ただ見て回ろうって誘っただけでしょ⁉︎」

 

「嬉しいのかよ」

 

先程と同じ顔になっている楓。ツッコミが飛ぶあたり話はしっかりと聞いているようだ。

 

「俺はありがたいけど、梨穂子はいいのか?クラスの仕事もあるだろ」

 

「今日1日は何もないんだ〜。だから大丈夫!」

 

そうなれば祐としては断る理由がない。実際麻帆良祭がどんなものなのかあまり覚えていないのに加え、梨穂子と何かするのも久し振りだ。従って願ってもないお誘いを受けることにした。

 

「なら是非お願いしようかな。13時には終わる筈だから」

 

「うん、任せて!終わったら連絡してね。それじゃ、またお昼過ぎに!」

 

購入した焼き鳥を抱えながら手を振って去っていく梨穂子に振り返し、祐は腰に手を当てて一息ついた。

 

「よし、それじゃ引き続き頑張るか」

 

「混んできたんだから早く焼けよ」

 

「えっ、急に冷たい」

 

 

 

 

 

 

「は〜、午前はなんとか乗り切った〜」

 

「ガラガラよりはよっぽど良いけど、こんな忙しいとはね」

 

「でもこの後はフリーだね!」

 

午前の部を終えて暫しの休憩に入ったA組。チア部の三人は今日の担当は終わったので、この後祭りに繰り出す予定だ。

 

「まずどこ行こっか?」

 

「んじゃここは桜子大明神に導いてもらおうか」

 

「いいでしょう!私にお任せあれ!」

 

候補が多すぎて決められない時には桜子に任せておけば面白いところに連れて行ってくれるので、美砂と円は彼女の気まぐれに頼ることにした。ある意味強い信頼である。

 

制服に着替えた三人は外を歩く。360度どこを見ても賑やかで目を惹くものばかりだが、先頭を歩く桜子は迷うことなく進み続ける。

 

「どう桜子、何かありそう?」

 

「うん!こっちから面白そうな気配がする!」

 

「これで本当に大抵は行き当たるんだから、この子って超能力者なんじゃないの?」

 

「私もついに超能力者の仲間入りか〜。超能力少女桜子ちゃん!」

 

「ノリノリじゃん」

 

会話しながら歩いていると桜子が足を止めたので、それに倣って二人も立ち止まる。

 

「おっ、見つけたかな?」

 

「あそこ!逢襍佗君発見!」

 

言葉通りそこにはこちらに背を向けて立っている祐がいた。彼の背の高さから人が多い今もその姿はしっかりと確認できる。

 

「ほんとだ」

 

「まぁ、確かに面白い存在ではあるわね」

 

「なんか失礼なような…分かるけど」

 

美砂と円がそんな話をしていると桜子が祐に向かっていこうとする。

 

「せっかくだから逢襍佗君も連れてこうよ!おーいあま」

 

「ちょっとストップ!」

 

駆け出した桜子の身体へ後ろから抱きつくのと同時に手で口を塞ぎ阻止した美砂。突然の行動に円は面食らった。

 

「えっと…何やってんの?」

 

「静かに!あれ見て」

 

口を塞いでいた手を離してある方向を指さす。二人がその指先を視線で追っていくと、そこには祐に手を振りながら歩いてくる人物がいた。言わずもがな梨穂子である。

 

「おまたせ〜」

 

「おう、待ったぞ。なんか奢ってくれよな」

 

「予定より5分前に来たのに⁉︎」

 

「俺の楽しみな気持ちには勝てなかったようだね」

 

「祐はいつも早すぎるんだよ〜」

 

「自分、我慢できない男ですから」

 

会話する祐達を三人は凝視していた。少し距離があるので会話の内容までは聞き取れないが、どう見ても他人の関係ではなさそうだ。

 

「誰あの子⁉︎B組の子じゃないよね!」

 

「B組だったら私達も見てるし、あの子は間違いなくいなかったはずよ…」

 

「でも着てる制服は麻帆良学園だね」

 

「も、もしかして…」

 

そこで三人は顔を見合わせる。お互いの顔を見て、ふと出てきた予想が同じ物であるとその瞬間確信した。

 

「「「逢襍佗君の彼女⁉︎」」」

 

祐と少女の距離間は明日菜達幼馴染組に対するものに勝るとも劣らないほどの近さに思える。それだけ距離が近いとなれば、特別な関係であると想像するのは当然なことかもしれない。

 

「そんな…明日菜達幼馴染組じゃなく、別の相手がいたとは…」

 

「もしそうなら、これはとんでもないダークホースの登場ね…」

 

「ひどい!やっぱり私達とは遊びだったんだね!」

 

「いつ私達が付き合ったのよ…」

 

「超りんも泣いてるよ!」

 

「本人が付き合ってないって言ってたでしょうが」

 

実際恋人かどうかは分かるわけもないが、美砂と桜子の中ではもう恋人として話が進んでいるようだ。すると祐達が歩き出した。

 

「二人が動いたよ!」

 

「そんじゃ私達も」

 

「えっ⁉︎ちょっと!もしかしてつけるつもり⁉︎」

 

困惑している円の方を美砂が勢いよく掴んだ。

 

「当たり前でしょうが!このまま見て見ぬふりなんてできないわ!徹底的に証拠を押さえるのよ!」

 

「なんの証拠よ⁉︎」

 

まるで浮気現場を目撃したかのような物言いだが、祐は仲の良い異性はいても不特定多数の女性と付き合っているわけではないので浮気も何もないと思う円に桜子が聞いてきた。

 

「円は行かないの?」

 

「……行きますけど」

 

「よし!早速後をつけるわよ!」

 

「お〜!」

 

やる気充分な二人になんだかなぁと思いつつ、好奇心には勝てない円であった。

 

 

 

 

 

 

まずは辺りを見て回ることにした二人。祐は忙しく周囲に目を配っており、そんな姿を見て梨穂子は笑った。

 

「なんだかこうやって遊びに行くのも久し振りだよねぇ」

 

「確かに。随分前のことだったっけ」

 

相変わらず視線が行ったり来たりしている祐に梨穂子は少しだけ不満げな顔をした。

 

「祐ってば最近明日菜ちゃん達とか純一達ばっかりで、全然私にかまってくれなかったもんね〜」

 

「あ~、そんなこと言っちゃう?梨穂子こそちょっと前に明日菜達と遊びに行ったって聞いたぞ、俺に黙ってな!」

 

「あ、あれは女の子だけでって話だったから…あっ!それなら祐だって純一とリトと遊んだんでしょ!私にないしょで!」

 

「ちょっとなんのことか分かんないな…」

 

そう言った時の祐の仕種を見逃さず、勢いよく人差し指を突きつけた。

 

「はい!嘘ついてる!嘘つくとき視線逸らせる癖あるもんね!」

 

「やめろよ!そうやって嘘を見抜くのは!よくないぞ!」

 

「まず嘘つくのがよくないんじゃないかな…」

 

「今そんな話してない!」

 

「してたでしょ!?」

 

言葉だけ切り取ると言い合いをしているように感じるが、二人の様子を見ていると気心の知れた関係だと分かる。物陰からその光景を見ていた美砂は悔しそうな様子であった。

 

「い、いちゃいちゃしやがって…校内で破廉恥だと思わないの!」

 

「あんたブーメラン投げるの上手かったのね」

 

「二人とも仲よさそ~。やっぱり恋人なのかな?」

 

聞いてきた桜子に円は腕を組んで難しい表情を返した。

 

「仲が良いのは間違いないけど、逢襍佗君って特に親しい人とは男女関係なくあんな感じだからなぁ…正直まだ分からないわね」

 

「確かに!じゃあ引き続き監視を続けよう!」

 

再び尾行を行う三人の少し後ろ、そこには聞き耳を立てている風香と史伽がいた。

 

「聞いた?」

 

「聞いちゃいました」

 

目を合わせると、大きく頷く二人。

 

「これは僕達も行くしかないよね!」

 

「異議なしです!」

 

 

 

 

 

 

「ふむ…本当に何体かなくなっているね」

 

「はい、何回も確認したので数え間違いではないと思います」

 

あれからラボに向かったモデナは学生と話していた。辺りを調べたがラボにこれといったヒントになるような痕跡は残っておらず、正直言って手詰まりの状況である。

 

「監視カメラは…入口の廊下までだったかな?」

 

「仰る通り、室内には付いていません。因みに廊下の監視カメラにも変わったものは映っていませんでした」

 

「やれやれ、誰の仕業にしろ本番前に面倒なことを」

 

「設置していた本番用のものでなかっただけ、不幸中の幸いだったかもしれませんね」

 

モデナはため息をつく。予備とは言ってもロボットが突然見当たらなくなったとなれば生徒達も不安に思うだろう。大事な時にそんなことをするのはいただけない。どんな目的であれ、そうした相手には早々に白状して生徒達に謝罪してほしいものだ。

 

「今からでもできる程度にだが、セキュリティをもう少し強化しておこう。それ以外もこの件に関しては私が担当する。気にはなるだろうが、君達は作業に集中してくれ」

 

「いいんですか?」

 

「任せたまえよ。今回のイベントは君達にとってせっかくの舞台なんだ、可能な限りサポートさせてほしい」

 

「ありがとうございます先生!」

 

「とんでもない」

 

頭を下げる生徒に笑顔を向けるモデナ。今はまだ気が付いていないが、そんな彼女の使用する業務用のメールアドレスに一件の短いメッセージが送られてきていた。

 

 

 

 

 

 

『お楽しみはこれから』



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煩雑への招待状

「いらっしゃ…あっ、純一君!来てくれたんやね!」

 

「どうも木乃香、おじゃまします」

 

午後になり再び開店したA組のメイド喫茶に純一と正吉がやってくる。偶然接客を担当した木乃香が嬉しそうに笑った。

 

「えっと、後ろの人は…梅原君や!」

 

名前を呼ばれると思っていなかった正吉は内心驚きながら返す。

 

「おっ、嬉しいね。まさかA組の子に名前を覚えてもらってたとは」

 

「祐君から沢山お話聞いとるよ、いつも祐君と純一君がお世話になっております」

 

お辞儀をする木乃香を見て正吉は感激している様子だった。そのまま正吉が純一の肩に手を乗せる。

 

「大将…俺は初めてお前達に感謝してもいいって思ったぞ」

 

「ノーコメントで…」

 

「さぁさぁ、せっかく来てくれたんやからゆっくりしてってな」

 

そうして木乃香に席まで案内される二人。華やかな光景に、ここが自分達の教室の隣だということを忘れてしまいそうになる。

 

「お決まりになりましたらこちらのボタンをポッチっとお願いします」

 

「うん、了解」

 

「ほなまた~」

 

一息ついてメニューを開く純一だが、気付くと正吉から恨めしそうな視線を受けていた。

 

「…えっと、何か?」

 

「祐の陰に隠れてたが…橘、俺はお前のことも許してはいけないのかもしれない」

 

「なんだよ急に」

 

その言葉に正吉は前のめりになる。それだけ鬱憤が溜まっているようだ。

 

「だってよぉ!あんな可愛い幼馴染が何人もいるんだろ!?これを羨ましいと思わない男がいるか!いや、いない!」

 

「自己完結するなよ…」

 

興奮気味の正吉だったが、ふと前を通ったアキラに目を奪われて彼女を凝視する。忙しい奴だと呆れたのも束の間、釣られて見た純一も目を奪われた。

 

「なんだここは…ずっと居たい…」

 

「どれだけ粘れるか…限界までやるしかなさそうだね…」

 

「おバカなことを言っていないで注文を決めてください」

 

後からの声に勢いよく振り向く純一と正吉。声を掛けてきたのはあやかだった。

 

「な、なんだあやかか…脅かさないでよ」

 

「純一さん。貴方も私の幼馴染なのですから、どうかそれに恥じることのない行動を心掛けていただきたいですわ」

 

有無を言わさぬ圧を感じて純一は素直に頷く。

 

「肝に銘じておきます…」

 

「くれぐれも祐さんのようにはならないでくださいね。フリではありませんわよ」

 

そう言ってその場を後にするあやか。難を逃れてほっとした純一に別の相手が声をかけてくる。

 

「おっす純一、いらっしゃい」

 

「ああ、明日菜。お疲れ様」

 

「来たからにはしっかりお金落としていってよね」

 

「勘弁してよ、僕はしがない一般学生なんだから」

 

「あはは!ごめんごめん、それじゃごゆっくり」

 

明日菜との軽い挨拶を終えて向き直ると、先程よりも鋭い視線の正吉がいた。

 

「橘…やっぱりお前腹を切れ」

 

「なんで!?」

 

 

 

 

 

 

バックヤードで待機をしているハルナ・のどか・夕映の三人は、なぜかついている監視カメラで教室内を見ていた。

 

「あの方はどなたでしょう?木乃香さん達と親しそうでしたが」

 

「あ~、たぶん幼馴染の人じゃないかな。祐君以外にも男の子の幼馴染二人いるって言ってたし」

 

モニターを見ながら雑談をしていると、のどかが思い出したように呟く。

 

「そういえば逢襍佗さんまだ来てないよね?」

 

「言われてみればそうですね。てっきりいの一番に来るものだと思っていました」

 

「楽しみは最後まで取っておきたいんだって。溜めて溜めて後に爆発させるって言ってた」

 

「何を爆発させるつもりなのですか…」

 

「リビドーとか?」

 

「それを爆発させられると大問題になります」

 

苦笑いを浮かべるのどかだったが、ハルナの発言に気になるところがあった。

 

「逢襍佗さんにいつ聞いたの?」

 

「一昨日。いつ来るのってラインで聞いたらそう言ってた。一応私達のいる時間帯も教えといたわ」

 

「個人的には逢襍佗さんになら別にいいですが、教えていいものなのでしょうか?」

 

「いいでしょ、祐君だったら。どうせ来てくれるなら私達がいる時に来てほしいし」

 

三人の会話を聞いていたのか、配膳を終えた裕奈が顔を出す。

 

「んじゃパル、もし逢襍佗君からこの時間に行くよって連絡あったら私達にも教えて」

 

「いいけど…なんで?」

 

聞かれた裕奈は悪い顔をする。それを見て夕映とのどかは碌なことではないだろうと思った。

 

「逢襍佗君の懐を寒くさせるとっておきの作戦を考えてあるのよ。きっと逢襍佗君も喜んでくれるわ」

 

「…なかなか面白いじゃない。私も乗らせてもらおうかしら」

 

「こちらは最初からそのつもりですぜ」

 

同じように悪い顔をするハルナ。どうやら自分達が与り知らぬ間によくない計画が練られていたようで夕映は呆れた。

 

「な、何するつもりなんだろう…」

 

「分かりませんが、きっとしょうもないことだと思います」

 

(逢襍佗さんにはこっそり警告しておいた方がいいかもしれませんね)

 

時間ができたら祐にラインで一報入れておいてあげようと心の中で思う夕映であった。

 

 

 

 

 

 

「やっぱいくらなんでも飛行機飛んでんのはおかしくね?学校行事のレベルじゃないって」

 

「今更何を言うとんねんカミやん。麻帆良(ここ)がおかしいのはいつものことやんか」

 

「まったくだ。世界広しと言えど、ここより愉快奇天烈なところなんぞそうないって街に四年間も住んでるやつの台詞じゃないぜよ」

 

見上げる空では航空機がアクロバットショーを行っており、当麻は一人遠い目をしていた。そんな当麻に返事をしたのは元春ともう一人。180の長身で何より目を引くのは青い色の髪、それに加えてピアスを付ける風貌は一度見るだけでも印象に残るものだ。彼は当麻達1年D組所属の生徒で周りからはそのまま『青髪』または『青髪ピアス』と呼ばれている。何故か誰にも本名で呼ばれていない。

 

「いや、そうだけどさ…おかしいものはおかしいと言うべきだと俺は思うんだ」

 

「今はこんな時代だぜカミやん。何が正しくて何がおかしいのか、その境界は酷く脆いもんだ」

 

「きゃ~!土御門君決まっとるで!決まり過ぎて今すぐその顔に拳を叩き込みたいぐらいや!」

 

「よせよ、この土御門様がイカしてるからって」

 

「よし、俺も手伝うぞ青髪。一緒にこいつを倒そう」

 

「2対1か⁉︎卑怯者どもめ!」

 

戦闘態勢をとる三人だったが、青髪がその時何かを発見する。

 

「あれ?あの忘れられぬ後ろ姿はアマやん…ああっ⁉︎」

 

「なんだよ急に変な声出して」

 

「おい!カミやん!あれを見ろ!」

 

青髪と元春が驚愕した顔で指さす方を向く当麻。言葉の通りそこには祐の姿が確認できたが、なぜ二人がこんな表情をしているのかもすぐに分かった。

 

「じょ、女子と一緒だと…!」

 

「なんやあれは!あんなんまるで学園祭デー」

 

「よせ!青髪!それ以上は言うな!」

 

「せやかて土御門!あの今にもぶつかりそうな肩の距離は!」

 

「言うんじゃねぇ!」

 

「あ〜ん!」

 

止まらぬ発言を阻止する為に元春のビンタが飛び出し、気色の悪い声を出して青髪が大袈裟に倒れる。どうでもいいが、倒れた姿勢が俗に言うセクシーポーズなところも気色の悪さに拍車をかけていた。

 

「俺のデータによると、あのお嬢さんはA組でもB組でもないな…」

 

「なんで土御門がそんなことを知っているのかはさておき、まさかあの祐が…」

 

彼のことを以前から知っている当麻達は戸惑いを隠せなかった。彼が親友なのは間違いないが、それにしてもあんな変人に恋人ができるなど想像もつかない。何気に酷いことを考えている気がするも、普段の行いが積み重なった結果なので仕方がない。

 

「嘘や!アマやんは…アマやんだけは僕を裏切らへんと思っとったのに!」

 

「裏切るとはいったい」

 

「こうしちゃいられないにゃ~。なんとしてでも後をつけて」

 

言葉の途中で元春が別の何かを見つける。それは祐達に少し後ろの距離からついていく美砂達三人、とその更に後ろをつけている鳴滝姉妹だった。遠くから観察するとなんとも奇妙な光景である。

 

「なんだありゃ?どういう状態なんだ?」

 

「アマやん達の行方が気になってるのは、どうやら俺達だけではないようだな」

 

当麻と元春が会話をしている間に、気が付くと青髪も後をつけ始めていた。ただ気のせいか、その視線は祐達と言うよりは鳴滝姉妹に向けられているような気がする。

 

「なんて行動の速さだ…!完全に出遅れたぜい!」

 

「あいつの追跡対象、絶対後ろの女の子だろ」

 

 

 

 

 

 

一人ラボで作業をしているモデナ。メールに謎の文章が届いているのには気が付いたが、迷惑メールの類だろうと特に気にかけることはなかった。ラボの入り口に背を向けてパソコンを操作していると、ゆっくりとドアが開く音がする。学生が来たのだろうかとそちらに目を向けるが、立っていたのは知らない女性だった。いや、よく見てみると詳しくは思い出せないがどこかで見た気がする顔だ。しかしそれよりも気になるのは、その女性がこちらに鋭い視線を向けていることである。

 

「えっと…」

 

「こんなとこにいるなんてね…ここで何をするつもりなの?ムティナ・アーリア」

 

その名前を呼ばれた瞬間モデナの顔が驚愕と共に青くなる。その名前を知っている人間はここには居ない筈だ。それに少なくともこの次元で知る術などない。

 

「ど、どうしてその名前を」

 

言いかけているところでモデナの口は止まる。目の前の女性が拳銃と思われる物を突きつけてきたからだ。

 

「もう余計なお喋りはなしよ。2回も誘い出されるなんて癪だけど、今度は絶対に逃がさない」

 

今起こっていることに理解が追いつかない。しかし女性の持つ拳銃、印象的な服装から記憶の片隅にあった名前が出てきた。

 

「まさか…君は、ティアナ・ランスターか…?」

 

困惑するモデナの姿に訝しげな表情を見せるティアナ。その時ラボに残っていたロボット達が突然動き始めた。

 

「なっ!どうして⁉︎」

 

勝手に動くプログラムなど搭載してはいないはずだ。しかし現にロボットは稼働を始め、あろうことかティアナに襲い掛かった。

 

「汚いマネを!」

 

横に回転しながらロボット達を避けると、即座にクロスミラージュで撃ち抜いていく。突如として戦場となったラボでモデナは眩暈がして頭を抱えた。

 

「いったい何が起きてるんだ…」

 

「嗾けといて何言ってんのよ!」

 

「ち、違う!私はこんな…!」

 

その時たまたま目に留まったパソコンの画面に文章が現れる。

 

『その女はお前を殺すつもりだ。そこから逃げろ』

 

見えた文章に恐怖を煽られる。確かにティアナの目は怒りに満ちており、自分を殺しにきたと言われても納得できるものだった。なぜ彼女から追われなければならないのか分からないが、今は一刻も早くティアナから遠ざかりたいと思うのは当然のことだ。すると窓ガラスを突き破り、新たにロボットがラボに入ってきた。そのうちの一体がモデナに手を差し伸べる。得策ではないかもしれないが、恐怖に見舞われた彼女はその手をとるしかなかった。

 

ロボットはモデナを抱えるとラボから飛び立とうとする。それを見たティアナは他の機体からの攻撃をいなしつつ、後ろを向いたロボットの背中に小型の装置を投げつけた。装置は張り付き、モデナと共にロボットは破壊された窓から飛んでいく。それを横目で確認しながら、クロスミラージュを構え直した。するとその銃口とグリップ部分の両方からオレンジ色のビーム刃が出現する。

 

「まずこの場を鎮圧する。そして…あの女を捕まえる!」

 

 

 

 

 

 

大通りを歩く祐と梨穂子。その手はこれでもかと言うくらいに食べ物で溢れていた。

 

「そんなに買って大丈夫?」

 

「何言ってんだよ、お祭りだぞ梨穂子。ここはパーっと使うべきところだ」

 

「どちらかと言うとお腹の方を心配してるんだけど…」

 

「なら余計に心配ない。俺の胃袋は…宇宙だ!」

 

「それって何かの台詞?」

 

「えっ!これ知らねぇの⁉︎」

 

そんな会話を続けながら二人は取り敢えず座れる場所を見つけて腰を下ろす。用意されたテラス席は昼時のピークを過ぎたからか、それほど混雑はしていなかった。

 

「そんじゃまずは腹ごしらえといきましょうか」

 

「は〜い!いただきま〜す!」

 

手を合わせて少し遅めの昼食を始める。幼い頃はよくこうして食事を共にしていたものだが、今となっては懐かしく感じた。

 

「相変わらず美味しそうに食べるね」

 

「いや〜、梨穂子さんには負けますよ」

 

「ふふん、ここに関しては祐にも簡単には負けてあげないよ」

 

得意げな顔をする梨穂子につい笑顔になる。祐にとって梨穂子を始めとした幼馴染は日常の象徴のような存在だった。彼ら彼女らと居られるのはそれだけで意味のあることだ。

 

「よかったよ、祐も楽しく過ごせてるみたいで」

 

「どうした急に。俺の学園生活が上手くいってなさそうだった?」

 

「そう言うわけじゃないけど…ほら、最近忙しかったでしょ?」

 

「あぁ…まぁね」

 

言葉は少なかったが梨穂子の言わんとしている事は分かる。幼馴染の中でも彼女は特に今祐が置かれている状況を心配していた。

 

「もちろん全部知ってるわけじゃないけど、祐がすごく頑張ってるってことは知ってるよ」

 

「んなことないよ。それなりぐらいだ」

 

「もう少し、自分のこと認めてあげてもいいんじゃないかな」

 

食事の手を止めて視線を梨穂子に向けると目が合った。どうやら少し前から真っ直ぐ見つめられていたようだ。

 

「危ないことを沢山してたのは…最近まで知らなかった。でも、いつだって祐は一生懸命だったよ。できることを精一杯やろうってしてた」

 

「…かもね」

 

認めることに気乗りはしないが否定するのも違う気がした。いつも起こった問題をなんとかしようとしていたのは本当のことだ。たとえ結果が褒められたものではなくても。

 

「正直言うとね、ずっと心配だったんだ。8歳の時から…実は今も」

 

力のことを伝えたところで彼女の自分に対する不安が取り除けるとは思っていなかった。寧ろより心配を掛けることになるだろうと考え、言うのは直前まで躊躇っていた。結果としては伝えることを選んだが、それが正しかったかはこの瞬間も祐の中で答えは出ていない。

 

「だけど今日祐がクラスの人達と話してるの見て、ちょっと安心した!だって祐、本当に楽しそうだったから」

 

「うん、楽しいよ。楽しすぎて…戸惑うくらいには」

 

「ずっと頑張ってるんだもん。少しくらい楽しいことがないと不公平だよ!だから祐は、もっと楽しんでいいって思う」

 

笑顔を向けられ祐は頭を掻いた。そのあとため息をつくと肘をテーブルに置いて少し前のめりになる。

 

「やっぱり君らは優しすぎるって。そんなんじゃ俺が甘やかされて育っちゃうぞ」

 

「祐が自分に厳しすぎるの。だから、せめて私達が優しくしてあげないと」

 

「ちょっと見ない間に手強くなってるな…昔は簡単に言いくるめられたのに…」

 

「誰かさんに鍛えられたからね。とにかく、祐も今は麻帆良祭を思いっきり楽しむこと!」

 

「まぁ、そうだね。今の俺の最優先事項だ」

 

そこで二人は食事を再開する。あれだけあった食べ物も終わりが見えてきた。会話を挟みながらだとあっという間で、食べ終わるのにそう時間は掛からなかった。

 

「次はどこ行こっか?」

 

「そうだなぁ、梨穂子のおすすめは?」

 

「茶道部の野点は明日だから、ちょっと待ってね」

 

ポケットからパンフレットを取り出して確認する。いくつか丸が付けられているようで、恐らく前もって候補を絞っていたのだろう。

 

「そういや茶道部に入ったんだっけか。どうよ、そっちの方は」

 

「結構楽しいよ!先輩も優しいし、あと同学年の子もすっごくいい子でね」

 

「その子って茶々丸か?」

 

「あれ?茶々丸ちゃんのこと知ってるの?」

 

梨穂子は意外そうな顔をした。しかし祐とA組はなにかと縁があると明日菜達から聞いていた気がするので、茶々丸もその一人なのだろうか。

 

「よく知ってるよ。なんたって三年間一緒に…」

 

言葉の途中で祐が固まる。梨穂子は首を傾げるが、よく見ると祐の視線は自分の後ろに固定されているようだった。そんな彼の視線の先にはこちらを見つめている三つのグループがいた。チア部三人娘、その後ろに鳴滝姉妹、更にその後ろに当麻・元春・青髪の誰が呼んだかDクラスの三バカ(デルタフォース)という組み合わせがそれぞれの席からこちらを観察している。

 

チア部と鳴滝姉妹はわかるが、そこに三バカとなると纏まりがない組み合わせである。それに加え何故だか分からないが、全員がサングラスをしている。元春は常日頃からサングラスをかけているが他の者はいったいどこから持ってきたのだろうか。

 

「えっと…祐?」

 

「梨穂子、後ろ見てみ」

 

言われた通りに振り向くと、それぞれ席は離れているがサングラスをかけた集団がこちらを見ている。思わず驚きで肩が跳ねた。急いで姿勢を戻すと顔を近づけて小声で話し始める。

 

「だ、誰!?」

 

「落ち着け、全員身元は割れてる。ここは俺に任せんしゃい」

 

「なんだか不安なんだけど…」

 

その頃視線を逸らせる為かサングラス集団が後ろを向くと、三バカ以外は自分達の後ろに同じような集団がいることに驚いていた。その様子を見るにお互いの存在については知らなかったようだ。

 

「誰!?って…ああ、風香と史伽か」

 

「その後ろは?」

 

「え?…ほんとに誰!?」

 

美砂達がそんな反応をしていると、自分達の後ろにいた当麻達の席に風香が向かっていった。史伽は恐る恐るついていく。

 

「この人達見るからに怪しいぞ!まさか僕達をつけてたのか!」

 

「お、お姉ちゃん…」

 

「いやそっちも充分怪しいだろ!あと誓って言うが君らをつけてたわけじゃない!少なくとも俺は…」

 

一人に関してはその部分が怪しいので、当麻の言葉尻は弱かった。

 

「お嬢さん…もっと近くでお話ししようや…」

 

「なんだこいつ!?」

 

「おい青髪!黙ってろ!」

 

当人を置いてややこしくなっている状況に思うところはあるが、全員の知り合いである自分が行くべきだろうと梨穂子に断ってから祐は席を立った。

 

「そこの不審者集団、神妙にせよ」

 

「くそっ!見つかった!」

 

「隠れる気があったことに驚きだわ」

 

まばらに人が居たとはいえ、普通に席に座ってこちらを見ていたようにしか思えなかったが本人達は群衆に紛れているつもりだったようだ。

 

「色々と聞きたいことはあるけど、まずはこの場を収めよう。お先にこちらは一年D組で中学時代からの俺の友人っす。そんでもってこっち、一年A組の生徒さんだ」

 

間に立ってそれぞれの紹介を行うと、僅かではあるが相手への警戒心は薄れた様である。そんな中でも一人だけいつも通りな桜子は大きく手を上げた。

 

「は~い!じゃあ私から質問!」

 

「その前に俺の質問に答えたまえ」

 

「な~に?」

 

「お前ら何しとったんじゃ」

 

「逢襍佗君の浮気現場調査!」

 

「アマやんの浮気男!」

 

「誰が浮気男だ!そもそも彼女がいねぇわ!……言わせんなこんなこと!」

 

彼女がいないと言った瞬間に憐みの目を向けられたのはなんとも癪である。それを言うならそちらも彼氏・彼女がいないだろうと喉まで出ていたが、寸前のところで押しとどめた。言ってしまった後のことを考えるとファインプレーである。

 

「じゃあ、そちらはどなたさん?」

 

「ただの友達ってわけじゃないんだろ?」

 

「さぁ!吐け!」

 

急に息が合いだしたサングラス集団に白い眼を向けつつ、祐は梨穂子を手招きした。少し駆け足で梨穂子が隣にくる。

 

「この子は桜井梨穂子。一年C組で俺の幼馴染の一人だ」

 

「は、始めまして…」

 

視線が集中し、恥ずかしそうに梨穂子がお辞儀をした。それを見ていた周りは驚いた顔をしている。

 

「えっ、明日菜達以外にも女の子の幼馴染がいたの?」

 

「いますね」

 

「明日菜達からも聞いてなかった気がするけど」

 

「梨穂子は純粋無垢だから、きっとA組の人達には近づけたくなかったんじゃないかな」

 

「どういう意味だ?あん?」

 

「暴力反対…」

 

胸ぐらを掴む美砂から必死で顔を逸らす祐。実に情けない姿である。

 

「水臭いやないかアマやん。僕らにも黙っとったなんて」

 

「お前らだからこそ黙ってたんだよ」

 

「あん?」

 

「暴力反対…」

 

青髪にも胸ぐらを掴まれておかしな姿になっている。暫し呆気に取られていた梨穂子だったが、祐達の雰囲気を見て優しい笑顔を浮かべていた。

 

「てことは明日菜達とも幼馴染なんだよね?あっ、初めまして!椎名桜子です!」

 

「あっちの人達は置いておいて、私は釘宮円。よろしくね、桜井さん」

 

「はい、初めまして!皆さんの話はよく聞いてますよ」

 

「そうなの?いやぁ、照れますなぁ」

 

(たぶん変人集団だって聞かされてるんだろうなぁ…)

 

クラスの中で比較的常識人な円は、A組が周りからどう思われているかを客観的に見ることができる人物だった。実際梨穂子は幼馴染から変わった人が多いけど、悪い人はいないと聞かされていた。

 

「おっすおっす!僕は鳴滝風香!」

 

「鳴滝史伽です」

 

「可愛い〜!二人はいくつなの?」

 

「…今年16だけど」

 

「あっ、ごめんね!そうだよね!」

 

「お約束頂いたわね」

 

改めて各々が自己紹介をしている最中、気付けば祐達は押し合うなどの小競り合いを始めていた。その中に美砂も混じっているのがなんともアンバランスである。

 

「そんなんだから浮気されるんだぞ!」

 

「うるせぇ!」

 

「アイッ!」

 

「よく分らんが、たぶんそれは言っちゃ駄目なやつだぞアマやん」

 

美砂からのビンタを受けて祐がうつぶせに倒れる。美砂と元カレの事情など元春達が知っているわけはないが、彼女の反応からなんとなく察した。

 

倒れた状態から芋虫のように地面を這って梨穂子がいる場所に避難する祐。女性陣はその動きに引いていた。

 

「キ、キモい…」

 

「キモいと言うな。ったく乱暴な奴らだ…梨穂子、なんとか言ってやってくれ」

 

突然振られたことに動揺するが、少しして周りの人物達を見回すと口を開く。

 

「あの…祐って普段はふらふらしてる感じですけど、実はとっても危なっかしい人なんです。ですから、えっと…これからも仲良くしてあげてください」

 

そう言って頭を下げる梨穂子を黙って見つめる一同。暫くして祐以外の全員が背中を向けて小声で話し始めた。

 

「めっちゃいい子じゃない?」

 

「繕ってるわけじゃなくて、本心で言ってるような気がするよ」

 

「明日菜といいんちょ、木乃香と桜井さんって考えると結構バランス取れてるのかもね」

 

「野蛮組とのほほん組ってこと?」

 

「二人に聞かれたらしばかれるわよ」

 

「やっぱり野蛮じゃん」

 

「おいおい、なんだあの子は…あんないい子が現実に存在してたのか」

 

「だな。眩しくて直視できねぇよ」

 

「いくらなんでも、アマやんには勿体なさすぎるわ」

 

「おい、俺には聞こえてるからな」

 

梨穂子には話の内容が聞こえておらず不思議そうな顔をしているが、祐はしっかりと会話を聞いていた。すると元春と青髪が姿勢を正して梨穂子の前にやってくる。

 

「どうも、僕はアマやんの親友です。気軽に青髪ピアス、略して青ピって呼んでください」

 

「いやいや、こんな女性だったら誰でもいいような奴は放っておいてこの土御門元春と是非お友達に」

 

「おい、がっつくなって…お前らみたいな風貌の奴がいきなり近づいてきたら怖いだろ」

 

二人の肩を引いて下がらせる当麻だったが、何故か矛先が彼に向き始めた。

 

「私には分かるわ!そうやって一人だけ俺は違うぜアピールするつもりでしょ!」

 

「やり口がやらしいぞ!ウニ頭!」

 

「エッチなウニ頭だ!」

 

「なんでだよ!?つか初めましてなのに容赦ないな!」

 

急にA組からの謂れのない攻撃を受けて当麻はダメージを受けた。唯々不憫である。そんな会話を聞きながら祐は懐に忍ばせていた手を人知れず元に戻す。それに唯一気付いていた梨穂子は、いったい何を出すつもりだったのだろうかと思ったが触れないでおくことにした。

 

「自己紹介も終わって誤解も解けたことだし、麻帆良祭に戻ろっか!」

 

「そんじゃお気をつけて」

 

桜子がそう言ったので見送りのつもりで手を振る祐。しかし桜子は祐を見て首を傾げた。

 

「え?逢襍佗君と梨穂子ちゃんも行こうよ」

 

「凄いな、勝手に頭数に入れてくるじゃん」

 

「ほら行くぞアマやん」

 

「てめぇも何しれっと入ってきてんだ」

 

珍しく祐がツッコミ役に回っている。それだけ周りがやりたい放題ということなのだろう。腕を組んだ祐の肩を梨穂子がトントンと叩いた。

 

「まぁまぁ祐、人数が多いのも賑やかで楽しいよ」

 

「それは一理あるけど、全体的に梨穂子にとって悪影響な面子だからなぁ」

 

「誰のこと言ってんの?」

 

「まずお前」

 

「なんだと!」

 

「パンチはやめなさい!」

 

風香が祐の腹部めがけて拳を繰り出す。その光景だけ切り取ると二人が同い年とは思えない。そんな中、風香をいなしていた祐が空を見つめだした。

 

「祐?」

 

全員がそれに気付き始めて同じように空を見つめると、何かが飛んできているようだった。少しずつ大きくなってくるその姿は人型だと分かる。

 

「何あれ?…ロボット?」

 

「大学部のイベント用ロボットだ」

 

「なんで知ってるの?」

 

「ちょっと手伝いをしてね」

 

祐と円が短い会話を終えると、飛んできたロボットは祐達の少し前に着陸する。見ていた周りの来場者からは拍手が上がっていた。ショーか何かと思ったのだろう。着陸したロボットはどうにもずっとこちらを見ているように思えた。梨穂子達が言いようのない気味の悪さを感じているとロボットが歩いてくる。それと同時に祐は迷わずゆっくりと歩き出した。

 

「あ、ちょっと」

 

無意識に祐を止めようとした美砂を遮るように手が前に出てきた。その手は当麻のものだ。

 

「今は祐に任せよう」

 

「心配ないってお嬢さん方。アマやんなら悪いようにはしない」

 

当麻と元春にそう言われ、反論の言葉も出てこないので黙って見守るしかない。周囲と違ってここの空間だけ緊張感が漂っていた。

 

お互いが近づくとロボットが止まり、ゆっくりと右手を突き出す。その手には手紙らしきものが握られていた。僅かな間その手を見つめると、祐は手紙を受け取る。そうすると役目は終わったとばかりにブースターを作動させて空へ消えていくロボット。そちらには目もくれず、祐の視線は手紙に向いていた。なんとなくその場から動けずにいた面々だったが、祐がため息をついて軽い調子でこちらに振り返る。

 

「大学部の人達からの手紙だった。申し訳ないんだけど、どうしても手伝ってほしいことがあるんだって」

 

祐の言葉に謎の緊張が途切れ、美砂達もため息をついた。

 

「なんだぁ~」

 

「普通に言いにくればいいのに…なんか無駄に疲れた」

 

苦笑いを浮かべる祐は梨穂子に近寄ると申し訳なさそうな顔をした。

 

「悪い梨穂子、ちょっとだけ顔出してくる。この埋め合わせは必ずさせてもらうから」

 

「ううん、私は大丈夫。行ってあげて」

 

「本当にすまん!みんなもごめん、少し外すわ」

 

「え~、祐行っちゃうの?」

 

「ごめんて風香ちゃん。でも困ってるみたいだからさ」

 

「お姉ちゃん、その人達も祐さんが頼りみたいだし行かせてあげよう?」

 

「ありがとう史伽ちゃん、助かるよ。それじゃ俺は一旦これで」

 

「祐」

 

その場を離れようとする祐に声が掛かる。声を出したのは当麻だったが、元春と青髪も視線をこちらに向けていた。

 

「人手が必要そうなら俺らにも声かけろよ」

 

「ああ、そうする。そん時は頼むな」

 

「おう」

 

頷く当麻達に頷き返す。恐らく彼らは祐がついた嘘に気付いているだろう。その上で話しに乗ってくれているのだ。そして人手が必要なら声をかけろと言うのも本心だ。

 

「気を付けてね、祐」

 

「任せとけ!安全第一で行ってくる!」

 

梨穂子にそう告げて祐は離れていった。姿が見えなくなるまで全員が見送る。

 

「大学部のお手伝いって、逢襍佗君なんの手伝いなんだろ?」

 

「ロボット出てきたし、それ関係じゃない?」

 

美砂達が話している間、梨穂子は祐の進んだ方向を一人じっと見続けていた。

 

 

 

 

 

 

人の波を避けて目的地へと向かう祐。先程とは違い、その表情は明るいものではなかった。

 

(何が起こってる…大事じゃないといいが)

 

そう願うがあの手紙を見る限り、望み薄なのだろうとも思う。一昨年までは仕方ないにしても、去年といいどうにも自分は麻帆良祭とは殆縁がない。

 

『今回の麻帆良祭中は余計なことを考えず楽しむことだけを考えなさい』

 

『とにかく、祐も今は麻帆良祭を思いっきり楽しむこと!』

 

ふと近右衛門と梨穂子に言われたことを思い出す。走る速度はそのままに、大きなため息をついた。

 

「こりゃ…たぶん駄目だな」

 

残念ながら二人の期待には応えられそうにない、なんとなくそう察してしまった。嫌な予感ほど、よく当たる。

 

 

 

 

 

 

アマタ君

 

突然すまない。せっかく麻帆良祭を楽しんでいる最中だろうに、こんな手紙を送ってしまったことを許してほしい。

 

単刀直入に言うと、現在私はとても困った事件に巻き込まれてしまった。まだ詳しくは分からないが、正直危険な類だと考えられる。それを年下で、剰え生徒である君に助けを求めるなど情けないと自分のことながら思う。

 

だが、私が助けを求められるのは君だけなんだ。私の秘密を唯一知る君だけ。恥を忍んでお願いさせてくれ。

 

下記に集合場所を掲載させてもらった。どうか一人で来てほしい。

 

最後に、本当に申し訳ない。この件が解決したら相応の償いはするつもりだ。貴方の到着を待っています。

 

モデナ・ロマーニ



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動き出す賊心

「やぁみんな、調子はどうかな?」

 

「あっ、モデナ先生!お疲れ様です!」

 

作業を続ける学生達の元にやってくると、全員に笑顔で迎えられる。それが学生達からの信頼を表しているようだった。

 

「ラボの方はどうなりました?」

 

「鋭意作業中だね。だが、成果は期待してくれていい。セキュリティは間違いなくより強固になるよ」

 

「流石ですね先生」

 

この生徒はこちらに憧れの目を向けている。随分と上手くこの街に取り入ったものだ。心底気に食わない。

 

「煽ても何も出ないよ?さて本題だが、現在ラボは私しか入れない仕様になっているんだ。だからもしあのラボに用事があるのなら、手間だろうが私に一言声をかけてくれたまえ」

 

「わかりました。みんなにも伝えておきますね」

 

「よろしく頼むよ。ではまた」

 

軽く手を上げてその場を後にする。背を向けた彼女の表情は誰も見ることはない。従ってその凶暴な笑みには気付かなかった。

 

「事は全て順調だ。至ってね」

 

 

 

 

 

バックヤードで小休憩をしていた明日菜はなんとなく監視カメラを眺めている。その背中を軽くつつかれて後ろを向くと、相手は木乃香だった。

 

「ん?なに?」

 

「明日のことなんやけど、行くとこもう決めとる?」

 

「ううん、全然。木乃香は?」

 

「ウチはそれなりや」

 

「何よそれなりって…」

 

二日目にクラスでの仕事がない時間が重なっていることから、明日菜・木乃香・刹那の三人で麻帆良祭を回ることにしていた。

 

「あとな、明日は祐君も午前は空いてるらしいんよ」

 

そこまで聞いてこの後続くだろう話に大体の当たりがついた。

 

「祐も誘っていこうって話?」

 

「せいか〜い!」

 

「まぁ、私は別にいいけど。もう誘ってあるの?」

 

「それがうっかりしとって、この後電話して聞いてみるわ」

 

祐にとっては急な話になるかもしれないが彼のことだ。予定を聞かれた時に察してその時間帯は何も入れていないだろう。変なところで気が回る人物なのは知っている。

 

「それにしても木乃香って連絡は基本電話よね。ラインも使ってはいるけど、何か理由でもあるの?」

 

「う〜ん、どうせなら声聞いてお話したいやん。直接会うのが一番やけど」

 

可愛らしい理由に明日菜はつい笑ってしまう。そして少々その部分を茶化してみたくなった。

 

「なるほどね〜。確かに木乃香って寂しがりやなところあるもんね」

 

「むっ、明日菜イジワルや。そんなんちゃうもん」

 

分かりやすく頬を膨らませる姿は威圧感のかけらもない。男子は好きな子にいじわるをしてしまうといった話を聞いたことがあるが、少しだけ気持ちが理解できるかもしれない。目の前の膨らむ頬に両手でそっと触れると軽く押した。

 

「ごめんごめん。ほら、そんなにむくれないで」

 

「ん〜!」

 

明日菜の手を押し返すようにもう一段階膨らませようとする木乃香。目をぎゅっと瞑って力を入れている姿は同性の自分から見ても愛らしい。

 

「んふふ、なんかフグみたい」

 

「だっしゃ〜〜‼︎」

 

「いたっ!」

 

木乃香の頬で遊んでいた明日菜に対して謎の掛け声と共にハルナがタックルを仕掛けた。

 

「いきなり何すんのよ!」

 

「バックヤードとはいえ周りの目もあるのよ!そんな状況で見せつけやがって!」

 

そう捲し立てられても明日菜は何を言われているのかさっぱりである。そこで今気が付いたが、待機していたクラスメイトの視線はこちらを向いていた。

 

「えっ、みんなどうしたの?」

 

「い、今キスしようとしてたんでしょ?私達のことは気にしないで…」

 

「そうよ、いないもんだと思ってもらって構わないから」

 

「んなわけないでしょ!」

 

まき絵と裕奈にそう言われて急いで否定する。しかし一度エンジンが掛かったらそうそう止まらないのが彼女達だ。

 

「ほら、今って多様性の時代じゃん?私は応援するよ」

 

「だから違うっての!」

 

「じゃあ木乃香の顔見てみなさいよ!どう見てもキス待ちの顔でしょうが!」

 

何を馬鹿なと木乃香の方を向くと頬はもう膨らんでおらず、顎を少し上げて手を後ろで組み黙って目を閉じていた。いつもの悪ノリである。

 

「木乃香!」

 

「ここまでされたらやるしかないでしょ明日菜!」

 

「しっかり見届けるからね!」

 

「女の子に恥かかせるんじゃないわよ!漢見せんかい!」

 

「私は女よ!」

 

「「「……」」」

 

「なんか言え!」

 

ハルナ達に(物理的に)背中を押されるも踏ん張って抵抗する明日菜。すると別方向から参戦してくる者がいた。

 

「神楽坂が行かないようならうちの刹那が黙っていないぞ」

 

「やめろ!離せ真名!」

 

後から真名に羽交い絞めにされた刹那が連れてこられる。こちらも抗ってはいるのの、暴れて周りにある機材を破壊するわけにもいかないので申し訳程度にしか抵抗できていない。

 

「禁断の恋!なるほど、こういうのもあるのね!」

 

「きゃ~!麻帆良祭でカップル誕生だ!」

 

「どっちでもいいから早くキスしろ!」

 

「なんでそんなにキスさせたがってんのよ!?」

 

(ずっと忙しいのに本当に元気ですねこのクラスは…)

 

正直もうお疲れモードの夕映は同じくらい働いているにもかかわらず、朝から調子の変わらないクラスメイトを少しだけ羨ましいと思った。いや、やはり羨ましくはないかもしれない。横にいるのどかは顔を真っ赤にしながら手で顔を覆っているが、指の隙間からしっかり明日菜達を見ている。いつだって人は好奇心には勝てないものだ。

 

 

 

 

 

 

モデナを抱えて空を飛んでいたロボットは少しして地面へと降り立ち、モデナをその場に降ろした。浮遊感が未だ残る状態でよろけながらもなんとか立って辺りを見回す。中心地から離れた場所のようで周りには芝生と林が広がっており、人の気配はなかった。

 

「ここは…街の外れか」

 

腰が抜けたようにその場に座り込む。今思い返してみても訳の分からない状況だ。なぜ彼女は自分を狙っているのか、思い当たる節があるとすれば恩師であるジェイル・スカリエッティの研究室に出入りしていたことくらいだ。彼からはあらゆる技術を教授してもらったが、誓って自分は犯罪行為をしていない。彼が数年前に何を起こしたのかは知っている。その件で参考人として呼ばれる可能性がなくはないが、彼の処遇は既に決まっている筈。それにティアナの目は初対面の人物に向けるようなものではなかった。

 

「まるで…私自身に何か恨みがあるような」

 

そう口に出してもまったく心当たりはない。いったい何がどうなっているのかと膝を抱えた。そこで起動音から横にロボットがいることを思い出す。そのロボットを見つめても、何か言葉が返ってくるわけもなかった。

 

「ロマーニさん」

 

突然声を掛けられて驚きながら声のした方を見る。そこに立っている人物を見て驚きは増した。

 

「アマタ君…どうして…」

 

「ロボットから手紙をもらいました。ここで待っていると」

 

異様な雰囲気を感じ取ったのか、祐はなるべくモデナを刺激しないようにとゆっくり近づいてくる。しかし祐からの言葉はモデナを更に困惑させた。

 

「手紙?」

 

「差出人はロマーニさんで、面倒な事件に巻き込まれたと書かれてます」

 

ポケットから例の手紙を取り出す祐だが、それでもモデナの表情は変わらない。どうにもきな臭くなってきた。予想はしていたが、本当に面倒なことになっているようだ。

 

「もしかしてこれは、貴女が書いたものじゃ」

 

言葉の途中で変化が起こる。いつの間にか飛んできていた別のロボットが祐目掛けて体当たりを仕掛けたのだ。

 

「アマタ君!」

 

モデナからは見えなかったが、祐は胸の前で腕を交差させ衝撃を防ぐ。そして敢えて足を地面から浮かせロボットに林の中へと押し込まれることを選んだ。そこへ続くように空からロボット達が押し寄せてくる。モデナは急いで立ち上がると祐の元へと走ろうとした。しかしその腕を掴まれて足が止まる。モデナを止めたのは隣にいたロボットだ。

 

「なっ!?離してくれ!」

 

自分が行ったところで大した役に立てないことは分かっている。だがそれでも彼の元へ行かねばと腕を振りほどこうとしても、ロボットは微動だにしなかった。逆に腕を引かれて無理矢理抱え込まれると身体が宙に浮くのを感じる。

 

「待って!彼の…彼の所に行かないと!アマタ君!」

 

モデナの叫びは届くことはなく、ロボットは再び空へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

祐を押したまま林の中を低空飛行するロボット。暫く進んだところで祐は腕の交差を勢いよく解く。するとその力に負けてロボットが体勢を崩した。それを見越していた祐が宙返りを行い、勢いを付けたつま先でロボットの顎の部分を蹴り上げる。ロボットの頭部はボールのように吹き飛び、身体の部分は地面に墜落した。危なげなく着地をした祐の周りをついてきていたロボット達が取り囲む。

 

「イベントにしては過激すぎるな」

 

『少しくらい過激な方が楽しいじゃないか』

 

独り言を呟いたつもりだったが、まさかの返事がきた。聞き間違いでなければその声はモデナのものだ。どうやらロボットに内蔵されているスピーカーを通して聞こえているようである。

 

『やぁ、アマタ君。楽しんでもらえてるかな?』

 

「誰だ」

 

『さっきまで聞いていたのに忘れてしまったのかい?私はモデナだよ』

 

祐は反応せず無言で視線を向けていた。それを気に掛けることなく音声は流れる。

 

『突然のサプライズで申し訳ないね。驚いただろうが本気でやった方が盛り上がるだろう?こう見えて私は演技派なんだ。ただ、君の身体能力がこんなにも高かったのは私にとってのサプライズだったよ』

 

今の状況がイベントだと言い張るつもりのようだ。この身体能力をサプライズと言っていたのが本当なら力のことは知らないのだろう。だがそうだとしたらそれはそれで問題だ。普通の人間なら少なくとも先程の行為は無事では済まない。殺すつもりがあったのかは定かではないが、痛めつけるつもりだったのは間違いない。

 

『現在の私は宛ら悪の組織に捕まった哀れなヒロインといったところだ。囚われの女性を助けるシチュエーションを好む男性は多いと聞く。君には是非ともたった今始まったこのイベントに参加してほしい。君は私のタイプだからね』

 

林の中で彼女の声だけが響く。それがこの空間を不気味なものにしていた。

 

『これから幾つもの試練が君達を待っている。見事それらを突破して私を悪の魔の手から救い出してくれたまえ。一緒にこの麻帆良祭を盛り上げようじゃないか』

 

そこで周りを囲んでいたロボット達が少しずつこちらに近づき始める。第一の試練と言ったところだろうか。

 

『では手始めに、そのロボット達から逃げ回ってくれ。できるなら倒しても構わないよ。それでは一旦失礼する、次の準備があるからね』

 

声は聞こえなくなり、いよいよ音が消えた。しかしすぐに新たな音は生まれる。ロボット達が動き出した。

 

狙いは祐のみ。一斉に襲い掛かってくるロボット集団を前に取り乱した様子はない。状況の整理はついていないが、今は戦うだけだ。大きく踏み込むと距離を一瞬で詰めて正拳突きを放つ。拳は目の前のロボットの胴体を貫き、その後ろにいたロボット達も余波で吹き飛んでいった。貫いたロボットをそのままに自身の身体を一回転させると向かってきていた周囲の敵も弾き返す。距離が取れると腕を軽く振って無残な姿に変わったロボットを投げ捨てた。立ち上がり再度向かってくるロボット達に構えを取る。

 

「そこの君!後ろに下がって!」

 

迎え撃つ為に体勢を低くした瞬間、声と共に上空からロボットに向けられて放たれたであろう謎の光弾が飛来した。ロボットを吹き飛ばし、祐とロボットの間に今度は人が現れる。祐は少し呆けた表情でその背中を見つめた。敵意はまったく感じないことから敵ではないのだろうが、初対面の人物だ。後ろ姿しか見えなくてもそれは分かる。どこか近未来的な服装、綺麗な長いオレンジ色の髪など一度見ればそう忘れるものではないからだ。その女性がこちらに顔を向けると、取り合えず美人だということも分かった。

 

「えっと…貴女は?」

 

「私は時空管理局の者です!ここは私に任せて君は避難して!」

 

時空管理局と言えば別次元の巨大組織だ。普通ならば馴染みのない存在だが、その言葉で思い出される人物が一人いた。あの時世話になった人物も確か時空管理局と呼ばれる組織の所属だった筈である。

 

「時空管理局って確か、クロノさんの…」

 

「えっ、なんでクロノさんを知って」

 

目の前の青年から予想外な人物の名前が飛び出し今度は時空管理局の女性、ティアナが驚いた顔をする。だがそれも束の間、破壊を逃れたロボットがこちらに飛んでくる。瞬時にクロスミラージュを構えて迎撃しようとするティアナだったが、それよりも先に祐が前に出てロボットを殴り飛ばした。

 

「へ?…ちょっと!避難してって言ったでしょ!」

 

少し怒った様子のティアナが大きな声で言うが、当の祐はロボット達に向かって走っていってしまう。

 

「大丈夫です!慣れてますから!」

 

「そういう問題じゃないわよ!」

 

構わずロボットをなぎ倒していく祐。それを見たティアナは頭を乱暴に掻いた。

 

「あ~!もう!なんなのよこの子!」

 

祐を撃たないよう、彼に近づこうとする遠距離の敵を優先して狙撃する。なるほど、慣れていると豪語するだけはある。一対多数でありながら未だ一撃も食らうことなく、身のこなしも常人のものではない。特殊な力は見受けられず、身体能力一つで乗り切っているようだ。この場を治めたら詳しく話を聞く必要があると思いながら、残りの敵を排除していった。

 

 

 

 

 

 

最後の一体が胴体に風穴あけて背中から倒れた。辺りを確認してもロボットの反応はない。ひとまず終わったとティアナは一息ついた。すると祐が歩いてくる。

 

「助けていただいて、ありがとうございます」

 

「お礼を言うくらいなら、ちゃんと言うこと聞いてほしかったんだけど」

 

「ごめんなさい」

 

頭を下げる祐にため息が出た。生意気な方がまだやりやすい。変に素直だと調子が狂う。

 

「色々聞きたいことがあるんだけど、答えてくれるわよね?」

 

「答えられる範囲でなら、喜んで」

 

祐と一度視線を合わせてから、ティアナはクロスミラージュを待機状態にするとバリアジャケットから執務官のスーツに変わった。

 

「おお、ハイテクですね」

 

「どうも…先に名乗っておくわ、私はティアナ・ランスター。時空管理局で執務官をしています」

 

「麻帆良学園高等部一年、逢襍佗祐です」

 

「高校生なのね。ん?アマタ…ユウ?」

 

何故だか聞き覚えがあるような気がする名前で、ティアナは頭をフル回転させる。そもそも彼はこの次元の人間だと思われるが、時空管理局のことを知っていた。次元同士での交流があったのでそれ自体はおかしな話ではない。しかしただの一般人がクロノのことまで知っているとなればそうではないだろう。こちらの次元ではそれなりに名のある人物だが、別次元まで名を轟かせているかとなれば答えは否だ。そのクロノで思い出したが今回の任務にあたる際、彼から地球であったテロ事件のことを聞いていた。確かその話には…

 

「君…もしかして」

 

「おっと、少々お待ちください」

 

祐が手で待ったの合図を送る。言葉を遮られたティアナは不満そうな顔をした。

 

「…なに?」

 

「もしよかったらですけど、ちょっと掴んでみてくれませんか?それではっきりできると思います」

 

そう言って自分の手を差し出す祐。恐らく手をとれということだろうが気が進まない。いくらロボットに襲われていたとはいえ、ティアナにとっては彼の存在も行動もまだ怪しさしかない。

 

「あ~…まぁ、怪しいですもんね。なら人通りの多いところで話を」

 

苦笑いをする姿に少々心が痛んだ。こちらが悪いことをしているような気がして気分がよくない。ティアナは二度目のため息をついて右手を差しだした。

 

「あれ、いいんですか?」

 

「よく分かんないけどこれでいいんでしょ?言っておくけど変なことはしないように」

 

「ありがとうございます」

 

笑顔を見せるとそっとティアナの手を握り、瞳を見つめる。するとどういうわけかティアナの頭の中に祐に関する情報が流れ込んできた。その現象に驚きながらも流れてくる情報を確認していく。口で説明しろと言われてもできる自信はないが、間違いなく祐の意識が直接送られてきている感覚がする。気が付くと祐がそっと手を放していた。一瞬だったが夢でも見ていた気分だ。

 

「どうですか?ちゃんと伝わりましたかね?」

 

「はぁ…全然よく分かんないけど、分かった。駄目だ、上手く言葉にできないわ…」

 

「いえ、言いたいことは分かりますよ」

 

体験したことのない感覚にぼーっとしてしまいそうになるが、頭を振って意識をしっかりさせる。嫌な気分はしないが、あまり多用されたくない。

 

「こっちの方が信用できるかなって思ったんですけど、大丈夫ですか?」

 

「これ以上ないくらい高い信憑性だったわ。でもこれ、あまり使わないで。なんていうか…ふわふわしちゃうから…」

 

「気を付けます」

 

祐の心に触れたような感覚を起こし、初対面にも拘わらず彼に対して親しみのようなものを抱き始めているのに気が付く。言いようのない気恥ずかしさと何より恐ろしさを感じた。彼こそがクロノの言っていた虹色の光を放つ青年で間違いない。未知の力だと聞いていたが、まったくもってその通りだ。これは力の一端なのだろうが、その底知れなさを感じるには充分だった。

 

「それで、アマタ君…でいいかしら。襲われていたようだけど、貴方はあのロボットがなんだか分かる?」

 

「あれはこの麻帆良祭で行われるイベント用のロボットです。大学部が制作したもので、間違っても人を襲うために作られたものじゃありません」

 

ティアナは顔を顰めた。彼が嘘を言っているとは思えないが、実際に自分も祐もあのロボットに襲われている。彼の言葉を信じるとなると、この街の大学生が作ったロボットを何者かが悪用しているということだろうか。

 

「ムティナ・アーリアの仕業って考えるのが妥当か…」

 

「ムティナ・アーリア…ですか?」

 

「ええ、そう。私が追っている人物で、恐らくこの事件の首謀者よ」

 

そう言って機材を取り出すと立体映像が浮かび上がる。そこに映ったのはムティナの写真だ。

 

「彼女がムティナ・アーリア。科学のあらゆる分野に精通していて、私達の次元で多くの科学犯罪を起こしたとして行方を追っていたの。この次元にいることが分かって、連行しようとしたところを私も襲われたわ」

 

祐はムティナの顔を見て表情が変わった。何か違和感を感じたような、そんな顔だ。

 

「この人のことは僕も知ってます。彼女はこの学園の大学部で臨時講師をしてる方ですから」

 

「なんですって⁉︎」

 

「僕が知り合ったのは最近ですが、講師としては一年前ぐらいに来ていたそうです」

 

驚愕した様子のティアナ。他人に危害を加えることをなんとも思っていないような人物が、学園で講師として生活しているなどとは思えないのは当然である。

 

「ただ2つ不可解なところがあります。僕の知っている彼女の名前はモデナ・ロマーニで、そのムティナという名前は初めて聞きました」

 

「偽名を名乗っているとすれば説明がつくわ。おかしな話でもないでしょ?」

 

「そうですね、名前に関してはそれで解決できます。それでもう一つなんですが、こっちが本命です」

 

「言ってみて」

 

祐は頷くと破壊されたロボットの残骸を見た。

 

「ランスターさんがくる前、このロボット越しに彼女から話しかけられたんです。声こそ同じでしたが僕の知っているロマーニさんとはまったく違う、荒々しいというか…凶暴な印象を強く受けました」

 

「彼女の凶暴性は私も体験した。野放しにしておくには余りに危険な人物よ」

 

「そこなんです。もし彼女が本当にロマーニさんなら、あり得ないんですよ」

 

その発言を聞いて、あくまで冷静にティアナは話し始める。

 

「彼女のここでの生活態度を私は知らない。でも学生時代から普段は温厚だけど、時折凶暴な一面を垣間見せていたと調べで分かってる。それもこの話で解決できると思う」

 

祐は視線を落とし、何かを考え込んでいる。納得できていないのは見ているだけでも分かった。仮に彼がムティナと近しい関係だったのならば、彼女の行いにショックを受けて現実を受け止めきれていないという線が考えられる。しかしどうにもそういったわけではなさそうだ。

 

「何がそんなに引っ掛かってるの?」

 

「ランスターさん、貴方のことを信頼してこの話をします」

 

「…何を聞かせてくれるつもりなのかは分からないけど、私を信用するのは早すぎるんじゃないかしら?私は言葉でしか自分のことを教えていない。時空管理局というのも嘘で、君を騙そうとしてるかもしれないのよ」

 

これは彼女個人としての忠告だ。祐はまったくと言っていい程こちらに疑いの目を向けてこない。特殊な力を持っているのだ、疑い深いぐらいでなければ彼はこれから多くの悪人に騙されてしまうかもしれない。そう思った上で敢えてこちらに疑念を持たせるような発言をした。

 

「それなら大丈夫ですよ。ランスターさんはそんな人じゃないって気がします」

 

「何を根拠に…なんにも知らない赤の他人同士でしょ?」

 

「悪意には人一倍敏感なんです、特に自分に向けられてるものには。これも力のおかげでしょうね」

 

ティアナはそこで口を噤む。能天気な発言だと言えてしまえればそれで終わりだが、あの力の影響でと言われるとそうはできない。

 

「まさかだけど…色々と自分の話を通しやすくする為に、さっきのを私にしたの?」

 

「正直そこまで考えてませんでしたけど、その方ができる男っぽいのでそういうことにしていいですか?」

 

これが冗談か本心かの判断が付かない。はっきり言ってティアナの祐に対する警戒度は着々と上がっていた。

 

「今の話のせいで、私は君のこと警戒してるわよ」

 

「そこは仕方ないです。僕はランスターさんのことを信用しますけど」

 

どうやらこの青年はなかなか面倒な人物だったらしい。もっと言及したい気持ちは多分にあるが、このままいってものらりくらりと躱されそうだ。彼に対する注意は怠らず、ここは一先ず飲み込んで話の続きを聞いた方が建設的だと無理やり自分を納得させた。

 

「もういいわ…それで、話っていうのは何かしら」

 

「ムティナ・アーリアとモデナ・ロマーニが同一人物であるなら、どうしても納得できないことがあります」

 

聞き返すことはせず、ティアナは黙って話の続きを待った。何がくるかは予想もつかない。

 

「僕の知っているモデナ・ロマーニさんには無いんです。怒りや憎しみ…凶暴な感情は」

 

「どういうこと…?」

 

流石に聞かずにはいられなかった。今のを言葉通りに受け取っていいものか、それとも何か比喩的な表現なのか。判断材料が少なすぎてどうしていいか分からない。

 

「言葉通りの意味です。ロマーニさんと話していた時に感じました」

 

「あの人は、幾つかの感情を意図的に自分から消し去っています。その方法は…分かりませんが」

 

「感情を、消し去る…」

 

小さく呟いたティアナは、考えを噛み砕く為に落としていた視線を祐に向けた。

 

「アマタ君の知っているモデナ・ロマーニには、欠けている感情があるって言うの?」

 

祐は静かに頷いてみせる。それが彼女の、モデナ・ロマーニの秘密。モデナには、人が持つ幾つかの感情が欠落していた。



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一番の望み

モデナに関する話を受け、祐とティアナはその後もお互いの情報を擦り合わせた。

 

「そうですか、ゲンさん達が」

 

「不幸中の幸い…って言っていいのかしら、全員命に別状はないわ。ただ、中にはかなり重傷を負わされた人もいる」

 

腕を組んだ祐は視線を落として黙り込む。ティアナは彼にテロ事件で知り合いとなった源八達のことを話すべきか迷ったが、今後のことを考えると伝えておくべきだろうと思った。これから相対する者はそういったことを平気で行う人物だと祐には知ってもらっていた方がいい。そうすることで彼をムティナに向かわせないことができるかもと考えたのだ。

 

「太田さんは比較的軽傷で済んでるけど、大事を取って入院中よ。今すぐにでも復帰できるって本人は言ってたけどね」

 

「逞しいですねゲンさん。それを聞けてちょっと安心しました」

 

祐が少し笑顔を見せてから表情を引き締めた。それは歳不相応と言っていい顔だ。自分もどちらかと言えばその部類だが、彼も若くして様々な経験をしてきたのかもしれない。口には出さなかったが彼を見てふとそう感じた。

 

「ランスターさんは、これからどうするんですか?」

 

「私は後を追う。ムティナ…便宜上モデナって呼んだほうがいいかしら。彼女を連れて飛び去ったロボットに発信機を付けさせてもらったの。反応はまだ生きてるからそれを目印にね」

 

「ここで会えたのもそれのおかげということですか」

 

「ええ」

 

そこでティアナは光に包まれると再びバリアジャケットの姿になる。

 

「有益な情報をありがとう。彼女のことは任せて、私が責任を持って対処するから」

 

「…ランスターさん」

 

「なに?」

 

一瞬言い淀むように口を閉じる。結局伝えたのは言おうと思っていたものとは違うものだった。

 

「いえ…ロマーニさんのこと、お願いします」

 

「勿論。忙しなくてごめんね、もっと色々聞きたかったけど行かなきゃ」

 

「どうかお気をつけて」

 

しっかりと頷いて見せる。そして背中を向けたティアナは、少し振り向いて軽く手を上げると空へと飛んでいった。

 

その姿を見つめ続ける祐の心の中は迷いで埋め尽くされている。本当は自分も行きますと言うつもりだった。だが一瞬迷いが生じて、その後出た言葉は真逆のものだ。自分がやるべきことは、この事件を学園長達に伝えて麻帆良祭に戻ること。ティアナという事件の正式な担当者がいるのなら自分は出過ぎた真似をすべきではない。きっとこの選択が正しい。しかしいくらそう言い聞かせても、生まれてしまった感情は消えなかった。

 

力があるのに、お前は何もしないのか。自分の声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

夕方を迎えた麻帆良祭一日目は間もなく終わりの時間を迎える。営業時間を終え、片付けを始めているA組の教室に美砂達が戻ってきた。

 

「みんなお疲れさ~ん」

 

「おかえり皆の衆、一日目の麻帆良祭はどうだったカナ?」

 

「楽しかった~!」

 

「これ以上ないくらいシンプルで分かりやすいネ」

 

近くにいた超が美砂達を出迎える。桜子の単純な感想に笑顔で返した。

 

「聞いてよちゃおちゃおー!僕達祐の隠された幼馴染に会ったんだ!」

 

「別に隠されては…いや、隠されてたか」

 

「ほほう、それは興味深い」

 

興味が引かれた様子の超だったが、それとほぼ同時に美砂が手を叩いた。

 

「あっ!そのこと問い詰めなきゃ!こら~!明日菜!木乃香!」

 

「私達に隠し事なんて酷いぞ~!」

 

話もそこそこに明日菜と木乃香に向かっていく一同。いきなり呼ばれた二人は驚いた顔をしている。一人だけその場に残った円は苦笑いをしていた。

 

「それでクギミー、隠された幼馴染というのは?」

 

「クギミーやめて。実は逢襍佗君にはもう一人女の子の幼馴染がいてね、二人が一緒にいるところをたまたま目撃したもんだから追跡したのよ。最終的には紹介してもらったけど」

 

「なるほど、それは驚きだネ」

 

「C組の桜井梨穂子さんっていう子なんだけど、この子がまぁ~優しい子でさ。明日菜達が秘蔵してたのも分からんでもないって感じ」

 

実際超はその幼馴染のことを知っている。既に桜井梨穂子という少女のことも調査済みだが、ここは初耳のふりをした。

 

「ふむ、その後はどうしたネ?」

 

「なんやかんやで桜井さん含めてみんなで麻帆良祭を見て周ったわ。途中同じタイミングで会った逢襍佗君の友達もいたんだけど、逢襍佗君が大学部の手伝いとかで抜けたのと一緒にどっか行っちゃった」

 

「大学部の…祐サンが?」

 

祐が大学部の手伝いで抜けた。そこに超は引っ掛かりを覚えて聞き返すと、円も不思議そうな顔をした。

 

「いきなりロボットが飛んできてさ、何事かと思ったら逢襍佗君がロボットから手紙を渡されたのよ。それが大学部からの手紙だったみたいで、手伝ってほしいことがあるから来てみたいなことが書かれてたんだって」

 

「そうだったカ、祐サンは大忙しのようだネ」

 

「だね」

 

そこで美砂の円を呼ぶ声が聞こえた。気が付けばそちら側が随分騒がしくなっている。

 

「お~い!円も明日菜達を脱がすの手伝って!」

 

「やめろ~!」

 

「隠し事してたそっちが悪いんだぞ!」

 

「これは罰よ!その肌を晒しなさい!」

 

「や~ん!堪忍やみんな~!」

 

「何やってんだか…」

 

呆れた様子でそちらに向かう円。超はそれを見送ってから、近くにいた聡美に声を掛けた。

 

「ハカセ、ちょっといいカナ?」

 

「はい、なんですか?」

 

「少し、気になることができたネ」

 

 

 

 

 

 

ロボットに捕まり、長い時間空の移動を共にするしかなかったモデナ。そんな時、ロボットが高度を下げ始めた。暫くして着陸したのは辺りに何もない森の中で、ここがどこかなど分かる筈もない。地上に降りた後も逃がさんと腕を強く掴まれて連行される。なんの抵抗もできない非力な自分がいたく惨めだった。

 

森の中を歩いていると突然ロボットが足を止める。何事かと思っていると少し先の地面が浮き上がり、そこから階段が現れた。再び歩みを進めるロボット。抵抗したところで逃げられる筈もなく、モデナとロボットは暗闇が広がる階段へと消えていった。

 

最低限の灯しかない地下通路を進むこと数分、一つのドアが見えてくる。そのドアはこちらを待っていたかのように自動で開き、その先には実験室と思われる広い空間が広がっていた。その中心にリクライニングチェアのようなものが見える。椅子の手前まで連れていかれると、そこに座っているであろう人物が話し掛けてきた。

 

「空の旅はどうだった?景色を楽しむ余裕があればいいものだったろうが…まぁ、君には無いだろうね」

 

モデナは聞こえてきた声に眉を顰めた。酷く聞き馴染みがあるようで、それでいて違和感を覚える声だ。

 

「君は…誰なんだ…?」

 

「ハハハハハ!誰かだって?そうかそうか!分かるわけもないか!」

 

突然の大声に思わず身体が震えた。恐怖を煽る笑いだったが、同時に何故か懐かしく思えてしまう。そして一つの考えが頭を過るが瞬時にその考えを捨てる、そんな筈がないのだから。しかし椅子に座っていた人物が振り返ったことによって、それが正解であったことを突き付けられた。

 

「嘘だ…」

 

「久しぶりだねぇ私。いや、今はモデナ・ロマーニだったね。どうもこんにちは、ムティナ・アーリアだ」

 

上手く力の入らない足で一歩ずつムティナから離れるモデナ。だが一瞬で距離を詰められると右手で首を絞めつけられた。

 

「あがっ!」

 

「離れることはないじゃないか。やっと再会できたんだ、私は嬉しくてしょうがないぞ」

 

恐ろしい握力で首を掴まれ、モデナは必死で逃れようとする。それに反してムティナは余裕の表情だった。

 

「おっと失礼、今の私は力が強いんだった。このままでは死んでしまうね」

 

そう言って首から手を離すと、今度は胸倉を掴まれる。苦しいことに変わりはないが、なんとか呼吸を行える状態になったことでモデナは懸命に息を吸う。そうしながら涙目で相手を見ると、目の前にいるのはやはり自分で間違いなかった。

 

「色々と聞きたいことがあるだろう。何故身体があるのか、この力の強さはなんなのか、そもそもどうして私がいるのか。安心したまえ、全てしっかり教えてあげようじゃないか」

 

隙間がなくなる程顔を近づけて瞳を覗くムティナ。モデナの恐怖一色に染まった表情を見ることができて笑いが止まらない。すると乾いた音が室内に響く、モデナの頬を平手打ちしたことで鳴った音だ。地面に崩れるように倒れた彼女の髪を掴むと、強制的に顔を上げさせた。

 

「ぐっ」

 

「これでも優しくしてあげてるんだ、感謝したまえよ?即死されては意味がない。さぁ、楽しくおしゃべりしようじゃないか」

 

そのままモデナを引きずっていくムティナ。ここまでモデナを運んできたロボットは、ただその場に佇むだけだった。

 

 

 

 

 

 

辺りが暗くなり始めた頃、祐は学園長室を後にしていた。ティアナと別れた後すぐに近右衛門のもとへ向かい報告を行ったのだ。現在タカミチを始めとする教員達がモデナが関わったものの調査を開始しており、大学部の生徒達にはイベントで問題が起こらないようにと事件のことは伏せたうえで最終日に向けて設置されているロボット達も総検査を受けていた。報告を終えた時、近右衛門によく相談してくれたと言われた。そして後はこちらに任せてほしいとも。

 

近右衛門からすれば祐が一人でティアナについていき、事件に関わるといった行動を取らなかったことは喜ばしいものだった。少し前であればきっとそうはしなかったであろう祐の行動、それをいい風潮だと感じたのだ。だが祐本人の気持ちは晴れることはなく、いつも通りを装い学園長室を出たその表情は優れない。

 

一日目は終了したがこの後行われる中夜祭を前に学園の賑やかさは衰えることはなく、周囲は楽しそうな笑顔で溢れている。それに時折視線を向けながら近くにあったベンチに腰かけた。

 

この選択をして誰が自分を責めるというのか。寧ろ己の大切な人はこの選択を喜んでくれていた。なのにどうしてこうも心が晴れないのだろう。そんなことを考えながら答えは分かっている、見て見ぬふりをして厄介なことに背を向けたからだ。

 

「こんな所でしけた顔するなよ、目立つだろ」

 

前から声が掛かり、視線を上げて声の主を見た。目に映ったのは見慣れた不機嫌そうな顔だ。

 

「慎二?どうしたこんなとこで」

 

「ここは学園内だぜ、偶然通ったっておかしいくないだろ」

 

「それもそうだ」

 

慎二は一度祐の顔を見ると、少し距離を置いてベンチに座った。

 

「バカ騒ぎしてる連中もどうかと思うけど、そんな中で暗い顔してる奴もどうかと思うね」

 

「そこに関しちゃ返す言葉もないな」

 

そこから少しの間無言が続く。どちらが話すわけでもなく、二人とも遠くに視線を向けていた。

 

「お前、ほんとよく分かんないな。普段は好き勝手やってるくせに、変なとこは悩んでさ」

 

「残念ながら悩んでることの方が多いんだぜ俺。悩んでばっかだ」

 

「大方お前の悩みは、自分には関係ないって割り切れば解決だろ」

 

元も子もないことを言う、だが事実だ。実に耳が痛い、本当のこととはなんとも鋭利なものだ。

 

「衛宮と上条もだけどさ、なんで他人を助ける為に自分を犠牲にするわけ?僕にはまったく理解できないね」

 

「俺のはそんな高尚なもんじゃないよ。罪悪感に耐えられないだけで」

 

「そこで自分は無関係だって思えないのが理解できないんだよ。お前はそいつの家族か?赤の他人だろ」

 

誰に後ろ指をさされたわけでも、誰に非難されたわけでもない。にも拘らず戦いから遠ざかることができない。逢襍佗祐を非難し、戦いに向かわせているのは他でもない逢襍佗祐自身だ。

 

「自分から進んで厄介事を請け負ってくれるのは、周りからすればさぞありがたい存在だろうさ。でも、厄介事を請け負ってる奴を大切に思ってる奴は気の毒だよな」

 

そこで脳裏に浮かんだのは自分の大切な人達だ。彼らは常に自分を気に掛けてくれた。何か危険なことをする度に心配をさせている、それは承知の上で今まで戦ってきた。それが正しいことなのかには目を背けて。

 

祐は言葉を発することなく、ただ遠くを見つめる。慎二はそれを横目で確認してベンチから立ち上がった。

 

「やっぱり、僕はお前が嫌いだ」

 

「俺はお前のこと、嫌いじゃないよ」

 

その返しに視線だけ向けると、こちらを見ていた祐と目が合う。

 

「ありがとな慎二」

 

「…言ってろ」

 

背を向けて足早にその場を後にする慎二に言葉を掛けることはなかった。祐はベンチに深く腰掛けて空を見上げる。深いため息が漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

「どうだい?私の身の上話は楽しんでもらえたかな?」

 

ムティナが問いかけるのは床に座り込み、壁に寄りかかって視線を落とすモデナだった。意気消沈といった様子で、力無く床を見つめるその頬には痣ができていた。

 

「どうやったかは知らないが、うまくあの街に取り入ったようだね。君を見つけてから楽しそうに日常を満喫していたのを観察していたよ。まぁ、それも今日までだが」

 

そこで地下室が大きく揺れた。それに驚く仕草も見せず、ムティナは椅子から立ち上がる。

 

「来たか。ふむ、どうやら管理局のお嬢さん一人のようだね」

 

その言葉にモデナが少し反応する。ムティナは笑顔を浮かべると、モデナの顎に触れて顔を上げさせた。

 

「あの子は来てくれなかったみたいだ。なかなか見所のある青年のようだったから参加してくれると思ったんだが…少々期待しすぎたか」

 

モデナは何も言わず、その目をムティナに向けるだけだった。手を離すとゆっくりと立ち上がる。

 

「今頃君のことを先生方に報告しているんじゃないかな?モデナ・ロマーニは善人のふりをしたクズだって」

 

「死んでもおかしくない目に遭わされたんだから、当然だよね」

 

笑いながら部屋から出ていくムティナ。静まり返った室内で、モデナは自分を抱きしめるように膝を抱えた。

 

「ごめん…ごめんなさい、アマタ君」

 

 

 

 

 

 

中夜祭が間もなく始まる時間帯。明日菜・木乃香・あやかは円陣を組んで三人で話していた。

 

「居ないに一票」

 

「私もです」

 

「ウチも~」

 

明日菜とあやかは同時にため息をつく、それを見て木乃香は苦笑いだ。話の内容は祐が中夜祭の会場内に居るか居ないか。意見は満場一致で居ないとなった。ネギと刹那は少し用事があるとのことでこの場には居ない。

 

「ったく、昨日の今日よ?反省を活かすってことしないわけ?」

 

「明日菜さんにそう言われるとは…少々祐さんが不憫ですわ」

 

「どういう意味よ!」

 

そんなことを話していると、こちらに近づいてくる三人組が見えた。それにいち早く気が付いた木乃香が笑顔で手を振る。

 

「あっ!りほちゃ~ん!純一君にリト君もおる!」

 

「おっ、ほんとだ」

 

「あら、珍しい」

 

梨穂子が木乃香に手を振り返し、三人がやってくる。

 

「はお~みんな!久し振り~!」

 

手を向けてハイタッチをせがむ梨穂子に木乃香達が応えると、ハイタッチを終えた明日菜が笑いながら言う。

 

「この間遊びにいったでしょ」

 

「そうだけど…ほら!昔は毎日会ってたから」

 

「せやなぁ、そう考えると会う回数すっかり減ってもうたね」

 

「純一さんは先程ぶりですが、リトさんは本当にお久し振りですわね」

 

「ああ、みんな久し振り。にしても変わってないな、みんな」

 

梨穂子の一歩後ろにいた純一とリトに話掛けるあやか。言葉通り、リトと会うのは随分と久し振りだった。

 

「リト~、あんた美柑ちゃんに迷惑かけてないでしょうね?」

 

「かけてねえって…俺はちゃんとしてるつもりだぞ」

 

「リトさんなら大丈夫でしょう。男性陣の中で一番まともですから」

 

「ちょっと待ったあやか!祐はいいとして僕がまともじゃないって言うのか⁉︎」

 

「自信を持ってまともだと言えますか?」

 

「……勿論だよ!」

 

「今の間はなんだよ」

 

この人数が集まるのは祐の引越し初日以来だろう。それぞれの生活も変化し、昔のように毎日会うというのも難しいのだ。

 

「たまたま純一とリトに会ってね、せっかくだからみんなで集まりたいなって探してたの」

 

「なるほどね」

 

「それで、祐はどこにいるか知ってるか?純一も見てないらしくてさ」

 

明日菜・木乃香・あやかが顔を見合わせると声を揃えて答えた。

 

「「「いつもの」」」

 

「「「あ〜」」」

 

その一言で伝わるあたりが全員の関係を物語っていると言っていいだろう。そこで梨穂子があることを思いついた。

 

「そうだ!ねぇ、別れて祐を探そうよ。一番早く見つけた人の勝ち!」

 

「かくれんぼか何か?」

 

「ウチはこっち〜!」

 

「早いな⁉︎」

 

いち早く木乃香が駆け出していく。無駄な反応の速さに周りが驚いていると、更に驚くことが起きた。

 

「おった〜」

 

「やぁ」

 

『いた〜⁉︎』

 

数秒も経たぬ内に祐の手を引いて木乃香が戻ってくる。祐探しは即終了した。

 

「あんた居たの⁉︎」

 

「居たらいかんのか!」

 

「ダメじゃないけど…」

 

てっきりいつものように人気のない場所に居ると思っていたが、どういったわけか今回は人混みの中から出てきた。これは全員予想外である。

 

「また捕まえられると思ってこちらから来てやったわ。残念だったな!」

 

「いや別に残念ではない」

 

「強がんなよリト君」

 

「うわ鬱陶しい」

 

肩を組んでくる祐から視線を逸らしながらリトが呟いた。祐はそれに対しても笑顔だ。

 

「昼は途中で抜けてごめんね梨穂子。あの後大丈夫だったか?」

 

「大丈夫!あの後柿崎さん達と楽しく周れたよ!」

 

「そっか、よかった」

 

二人の会話に何人かは首を傾げたが、それは後で聞けばいいだろうと今は流すことにした。

 

「めでたく全員揃ったことだし、屋台でも見にいく?」

 

「「いくいく〜!」」

 

明日菜の提案に元気よく手を上げて同時に答える木乃香と梨穂子。そんな梨穂子に祐がこっそり耳打ちをする。

 

「昼結構食べたのに、気にしてる体重の方は大丈夫か梨穂子?」

 

「また後から後悔するなよ?」

 

「だ、大丈夫だよ!それに今日はお祭りだからいいの!」

 

祐とそれに続いた純一の発言に顔を赤くして反応する。梨穂子は体重が気になるお年頃であった。

 

「お二人とも!女性に対してその発言はデリカシーがないですわ!」

 

「俺は梨穂子の体型いいなと思ってるから無罪です」

 

「そう言うことではありません!純一さんも、分かりましたか!」

 

「すみません」

 

「ごめんさないあやかおばさん」

 

「誰がおばさんですか!」

 

「ブオッ!」

 

素早いビンタが祐に炸裂した。腰の入ったキレのある一撃である。

 

「ほんと相変わらずだな…」

 

「仲良しなのはええことやね!」

 

「あ、うん」

 

この一連の流れはある種の信頼関係が無ければ成り立たないと言えばそうかもしれないので、リトが木乃香に反論することはなかった。

 

「人にビンタを食らわせるのはデリカシーがあるんですかね?」

 

「……」

 

「なんとか言ったらどうだ」

 

「さぁ、屋台を見に行きますわよ」

 

「こいつ…」

 

「はいはい、一旦置いときなさいって」

 

明日菜に背中を軽く叩かれ、あやかを先頭に歩き始める一行。自然と最後尾に着いた祐も歩き出した瞬間、それは起きた。

 

『ごめん…ごめんなさい、アマタ君』

 

目を見開いて祐がその場に立ち止まる。頭の中に響いた声は間違いなくモデナのもので、そのまま俯いて少しずつ拳を握った。幻聴などではない、それは自分が一番よく分かっている。

 

「祐?」

 

立ち止まっていることに気が付いた明日菜が声を掛けると、全員が振り向く。佇む祐の様子を見て嫌な予感がしたのは明日菜だけではなかった。

 

「何か…あったん?」

 

「少し前に、たまたま知り合った人がいる。モデナ・ロマーニさんって名前で、大学部の臨時講師の人だ。実はその人が…今厄介な事件に巻き込まれてる」

 

木乃香の問いにゆっくりと答える祐の言葉に覇気は無い。大学部の臨時講師と聞き、梨穂子はその部分でなんとなく昼の出来事に納得をした。

 

「その事件には正式な担当者がいる。その人とも話したけど、きっと信頼できる人だ」

 

各々そこで思う部分が出てくるが言葉の続きを待った。今の祐を急かしたくはない。

 

「でも…今ロマーニさんの声が聞こえた。よく分からないけど、苦しんでる」

 

正式な担当者がいるのなら、その人物に任せればいい。だがそれで納得できるなら、祐はこんな顔はしない。ましてや渦中にいるのが知り合いともなれば放っておくことができないのは、ここにいる幼馴染達は誰よりも理解していた。声が聞こえたというのも別の者が言ったのなら気にし過ぎだと言えたかもしれない、だが祐相手にそれは言えない。彼ならばその声が聞こえていても、なんら不思議ではないのだから。

 

「学園長も言ってくれたんだ、余計なことは考えずに麻帆良祭を楽しめって。だけど…」

 

「行ってあげて」

 

俯いていた祐が顔を上げる。驚いた表情で声のした方を見れば、発言したのは梨穂子だった。

 

「よく分からないけど…声が聞こえたなら、その人にはきっと祐が必要なんだよ」

 

まっすぐに見つめてくる梨穂子と目を合わせる。彼女の声は少し震えていた。自分の為に嫌なことを、言いたくないことを言わせてしまっている。そんな梨穂子の前に純一が出てくると自分の胸を叩いた。

 

「焼き鳥の空いたところは僕に任せろ!戦うなんてできないけど、それぐらいは代わってやれるぞ!」

 

「俺は他のクラスだけど…料理はできるし、手伝っても問題ないよな」

 

すっと梨穂子の手を握り、明日菜も明るい調子で声を掛ける。

 

「いつもみたいにちゃちゃっと片付けてきちゃえばいいのよ。まだ二日もあるんだし!」

 

純一とリトに続いて明日菜も背中を押す。今は祐を止めるより、送り出す方がいいと思ったのだ。今直ぐに考えを変えさせることはできない。それをすれば、より祐を追い詰めてしまう。

 

「一応事前報告がありましたし、大目に見て差し上げます。早く終わらせて戻ってきてください」

 

ぶっきらぼうな言い方ではあるが、あやかの表情は優しいものだった。また、その目からは決して少なくない心配も感じられる。

 

「ちゃんと約束守ってくれるんやったら、ウチらは大丈夫や」

 

木乃香が一歩前に出て祐の手を握り、顔を上げてお互いの視線を重ねた。

 

「せやから祐君、そない辛そうな顔せんで?祐君は優しいから、間違っとらんよ」

 

木乃香の手を握り返す。罪悪感と痛みは消えないが、それでも迷いは消えた。それでいい、痛みを感じなくなったら終わりだ。この痛みは常に感じているべきものだ。

 

「ちゃんと帰ってきなさいよ、祐」

 

明日菜からの声に力強く頷いた。そっと手を離すと、少しずつその場から後ずさる。

 

「ごめん。行ってくる」

 

後ろを向いて走っていく祐。気のせいだろうか、その姿はこの場から一刻も早く離れようとしているようにも見えた。祐は人混みの影響で直ぐに見えなくなる。見送った明日菜は、握っていた梨穂子の手の力が強くなったのを感じた。

 

「みんなごめん。私…祐に行ってあげてって言っちゃった」

 

「ほんとなら…戦わなくていいんだよって言わなきゃいけないのに」

 

「梨穂子が謝ることじゃないだろ?それを言うなら俺だってそうだ。俺だって、祐を後押しした」

 

リトの言葉を受けて今にも泣いてしまいそうな梨穂子の肩に、あやかはそっと手を乗せた。

 

「梨穂子さん、今はこれが最善でしたわ。貴方だけではありません、ここに居る全員が同じことを言った筈です」

 

同意するように全員が頷く。梨穂子が一番に言わなければ、別の誰かが同様の発言をしたのは間違いなかった。

 

「僕が一番に言わなきゃ駄目だったよ。ごめん梨穂子、嫌な役やらせた」

 

「ううん、そんなことないよ」

 

首を横に振る梨穂子の手を、明日菜は再度握り返した。

 

「たぶん、すぐには無理よ。あいつは…ずっとあの生き方をしてきたから。でも間違いなく変わってきてる、これからも私達がしっかり見ててやればいつかきっと」

 

「そうやね。少しずつでも、ゆっくりでも」

 

明日菜と木乃香の意思は変わらない。彼女達が決めたことも、悩んだ末に導き出したものだ。二人から確かな気持ちを感じた梨穂子は、目を擦って祐の向かった方向を見た。

 

「祐は…自分に厳しすぎるから。やっぱり私達が優しくしてあげないとね」

 

そう言った梨穂子に明日菜達は少し笑った。対してあやかはため息をつく。

 

(まったく…簡単にいくとは思っていませんでしたが、まだまだ先は長そうですわね)

 

心の中で呟いていると、今度は大きな足音が聞こえてきた。何事かとそちらを見ればハルナと和美が猛ダッシュでこちらに向かってきており、少し後ろにはさよもいる。今は触れられるようになっているので、律儀に人混みの合間を縫っているが若干波にのまれ気味だ。自分の意志で物体を通り抜けることができたはずだが、焦っているのかそれをしていない。

 

「あ~!いたいた!幼馴染のみなさん!」

 

「ちょっと!さっき逢襍佗君が凄いスピードで走っていったけど、何かあったの!?」

 

どうやら走っていった祐を見てこちらに来たようだ。彼女達のことを詳しく知らない純一達は困惑している。

 

「えっと…この人達は…?」

 

「あ~っと、取り合えず私達のクラスメイトで…祐のあれも知ってる人」

 

代表してリトが明日菜に小声で聞くと、明日菜が要点を纏めながら答える。驚いたことで声が出そうになるが、一旦落ち着いてから更に声を小さくして質問した。

 

「あれって、力のことか?」

 

「うん、それ」

 

「何人か知ってる人が増えたってのは聞いてたけど、この人達だったのか」

 

「一応協力者と言うか…悪い人達じゃないのは保証するわ」

 

「まぁ、そう言うなら大丈夫…なのか?」

 

祐が正体を明かし、明日菜が保証するな問題無いだろうと納得することにした。再びハルナと和美を見れば、隣にいないさよに和美が今気付いたようだ。助けを求めるさよの声が聞こえる。

 

「ひゃ~!みなさ~ん!」

 

「あれ!?さよちゃん!なに遊んでんの!」

 

「あれは単純に人の波にのまれているだけでは…?」

 

 

 

 

 

 

人が大勢いた場所を抜けて、辺りに誰もいない夜道を走る祐。その速度は常人の出せるものではない。

 

あの時の梨穂子の声は少し震えていた。自分の背中を押す為にああ言ってくれたのだろう、心配に思ってくれている気持ちは抑えた上で。そしてその思いは他の幼馴染達も同じだ。仮に死んで死後の世界に行くことがあれば、自分はきっと地獄行きだろうと本気で考えていた。情けない、今すぐ自分を殴ってしまいたい気分だ。

 

「クソッ!」

 

何に向けての言葉なのか、まるで子供の癇癪だが抑えることができなかった。苛立ちを抱え込たまま、祐は高く飛び上がると光になって夜空へ消えていった。

 

 

 

 

 

 

「以上じゃ。皆引き続き警戒を怠らぬよう頼む」

 

『はい』

 

学園長室で近右衛門から改めてモデナの件が詳しく話された。少なくない動揺はあったものの、警備を担当する全員に情報は行き渡った。

 

「まさか彼女が…正直今でも信じられないな」

 

「明石、気持ちは察するが油断するなよ」

 

裕奈の父である明石は同じ大学部であったことからモデナと交流があった。彼女は自分自身に無頓着な部分はあったが、同僚や生徒には物腰が柔らかく信頼されている人物だという印象を持っていた。そんな明石に神多羅木がそう言うと、明石は静かに頷く。

 

警備を担当するメンバーの中にはネギ・刹那・真名・エヴァンジェリン、そして愛穂の姿もあった。彼女は元から警備員だったが宇宙人の一件もあり、あれから麻帆良の魔法使い達と正式に関わることになっていたのだ。その理由の一つには祐の正体を知ったというのも少なからず関係している。

 

近右衛門の話に興味があまりなく、所在なさげなエヴァはぼーっと窓から外を眺めていた。しかし何かを感じ取り、顔つきが変わる。

 

「む?どうかしたのかの、エヴァンジェリン」

 

近右衛門が聞くと、エヴァは薄く笑ってから軽い調子で話し始めた。

 

「今祐が麻帆良(ここ)を離れていった。酷く急いでいたようだ、何かを感じ取ったんだろう。十中八九、そのモデナとかいう奴と関係があるだろうな」

 

「なんじゃと?」

 

エヴァの発言に学園長室がざわめいた。ネギ達を始め動揺が起こる中、愛穂は眉間に皺を寄せる。

 

「あの馬鹿…」

 

「先に言っておくがジジイ、余計なことをするなよ」

 

祐の元に救援を向かわせようと考えていた近右衛門にエヴァが先手を打った。緊張した空気が部屋を包み込む。

 

「どういうことじゃ」

 

「あいつは本当に助けが必要ならそう言う。それが無いのなら余計な手出しは無用ということだ」

 

「しかし対応する人数は多い方が、事態の収拾も早くつくのではないですか?」

 

珍しくこういった場で自分から発言した刹那に、彼女のことを知る葛葉刀子は意外そうな顔をする。隣の真名は何も言わず、静観を決め込むようだ。

 

「かもな。だが、お前達が助けに向かってもあいつは喜ばんだろうよ」

 

「どうしてですか…」

 

刹那に代わってそう聞いたネギに、事もなさげにエヴァが言う。

 

「あいつは歪んでいるからだ。ぼーや、祐の捻くれ具合を甘く見ない方がいいぞ」

 

ネギに伝えた後、視線を近右衛門に向け直す。

 

「あいつが一度、話を持ち帰って相談しに来たのだろう?少し前の祐では考えられんな、大した進歩だ」

 

この部屋で唯一笑顔のエヴァは誰の返答も待たず、一人学園長室から出ていった。

 

「あの、僕…ちょっと失礼します!」

 

「…失礼します」

 

少し遅れてエヴァを追うようにネギと刹那が頭を下げてからその場を後にする。何とも言えない空気だけが残った。

 

「逢襍佗祐…どうやら噂通りの問題児のようですね」

 

「どうかしましたか、お姉様?」

 

「なんでもありません。愛依、二日目も気を抜かずにいきますよ」

 

「はい、お姉様」

 

警備を担当する魔法生徒として報告を聞いていた『高音・D・グッドマン』と『佐倉愛依』は、決意を新たに麻帆良祭の警備に臨む。最近よく聞く名前となった祐に、高音はあまり良い印象を抱いてはいないようだった。

 

 

 

 

 

 

「マスター!」

 

廊下を歩くエヴァの後ろからネギの声が掛かる。振り向くと刹那もネギの隣に立っていた。

 

「なんだ?」

 

「えっと…よく考えずに追ってきちゃいました…」

 

呆れた目をネギに向ける、よく見てみると隣の刹那も若干顔が赤い。どうやら刹那もネギと同じのようだ。

 

「何しに来たんだ貴様ら…」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!今ちゃんと考えます!」

 

目を閉じて頭をひねるネギ。無視して帰ってもいいが、なんとなくそれは居た堪れないので待ってやることにした。暫くして考えが纏まったらしく、ネギが目を開く。

 

「マスター、祐さんは…祐さんが僕達に一番してほしいことってなんですか?」

 

表情を引き締めてネギが聞いてきた。その顔を値踏みするようにエヴァが視線を向ける。

 

「祐さんが望んでるのは、助けが来ることじゃないんですよね?なら、祐さんが望んでいることはなんなんですか?」

 

少しの間沈黙が生まれる。エヴァは腕を組んで視線を上に向けた。何かを考えているのだろう。

 

「自分で考えろと言ってもいいが…今回は特別だ。この一件は、今後祐を理解する良いきっかけになるかもしれないからな」

 

その発言は二人の興味を引くのに充分だった。ネギと刹那はエヴァの言葉を今か今かと待っている。

 

「祐はお前達に自分が事件に関わっていることなど忘れて、麻帆良祭を楽しんでほしいと思っているだろう。自分が危険な目に合っていようと周りに然程気にされない、恐らくそれがあいつの望みだ」

 

ネギ達はすぐに反応をすることができなかった。なんと言っていいか分からず、ただ立ち竦むしかない。だが何か言わねばと刹那が重い口を開いた。

 

「それが、本当に逢襍佗さんが望んでいることなのですか?」

 

「少なくとも私はそうだと思ってるよ」

 

話は終わりだと言わんばかりにエヴァが歩き出す。二人に背中を向けたまま最後に一言呟いた。

 

「自慢ではないが、私の祐に対する理解度は高いと自負している。ここに居る誰よりもな」

 

ネギと刹那は去っていくエヴァの背中を見つめている。その姿が見えなくなっても、二人が何かを言うにはもう少し時間が掛かりそうだった。



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神秘の集う場所

地下に繋がる隠し扉を吹き飛ばし、ティアナが階段を進む。周囲を警戒しながら暫く歩いていると、通路に設置されているのであろうスピーカーから声が聞こえてきた。

 

『ようこそティアナ・ランスター執務官、歓迎するよ』

 

「貴女はモデナ・ロマーニ?それとも、ムティナ・アーリアかしら」

 

『さて、どちらだろうね。まぁ…そこに違いはないだろうが』

 

薄暗い通路の奥から大量の足音が聞こえてくる。金属音も混じっていることから、ロボットの集団とみて間違いないだろう。少しずつ見えてきた姿は予想通りのものだった。しかし、今まで見てきたロボットとは大きく違う部分がある。

 

『そこにいるのは麻帆良の学生諸君が作ったロボットのデータを元に、私が改良を施して作成した特別仕様だ。色々と変更点はあるが、一番の違いは』

 

最前列にいたロボットがティアナに向けて右腕を突き出す。その光景を見て説明を待つことなく、物陰へと飛び退いた。

 

『兵器が内蔵されていることだ』

 

ムティナがそう言った直後、無数のレーザーが飛来する。既にその場にティアナはいないが、レーザーの雨は止むことなく降り続けた。

 

『やはり兵器があった方が盛り上がるだろう?それでは奥の部屋で待っているよ』

 

「…何も盛り上がらないわよ」

 

物陰に隠れて攻撃をやり過ごしながら、隙を見てクロスミラージュで反撃を行う。威力はこちらの方が上だ、ロボットのレーザーを打ち消して砲撃が敵側に届いている。だがこのまま安全にいくなら制圧には少し時間が掛かるだろう。早期決着を狙って多少の無茶も視野に入れるべきかと考えていたところ、ティアナが侵入の為に破壊した隠し扉の残骸が目の前を通り過ぎてロボット達を下敷きにした。突然のことに残骸が飛んできた方向を見ると、やってきた人影がティアナのいる物陰の反対側に滑り込んだ。

 

「アマタ君!?」

 

「こんばんはランスターさん!先程ぶりです!」

 

前列のロボットは下敷きになったが、後列のロボットが瓦礫を踏み越えて進んでくると再び攻撃が始まった。

 

「なんで来ちゃったのよ!というか、そもそもどうやってここが!?」

 

「ランスターさんに残ってる光を目印に来ました!あ、でも不可抗力なんで!これに関しては本当にそんなつもりはなかったんです!見つけられたのもそんな時間が経ってなかったからでして!」

 

「はぁ!?」

 

攻撃の音にかき消されぬよう大きめの声で会話をする二人。残っている光とはなんだと考えたが、思い当る節があった。祐の情報が直接流れ込んできたあの時だ。あの瞬間にどういった原理かは分からないが、自分がどこにいるのか彼には認識できるようになったのかもしれない。もしかすると見られたくない諸々まで筒抜けということも有り得る。ティアナは顔を赤くすると、自分の身体を隠すように抱きしめた。

 

「こ、この変態!悪い子じゃないと思ってたのに!」

 

「えっ!?ちょっと待ってください!なんか良くない誤解が生じてませんか!?」

 

「あの時、私のことも色々覗いたんじゃないでしょうね!」

 

「誓って覗きはしていません!」

 

二人の会話など意に返さず攻撃は続く。祐は何故だか分からないが、汚名を返上しなければならないようだ。正直今更な気もするが、この場で多少なりとも信頼ポイントを稼がなければと行動を開始した。

 

「信頼は行動で得る!」

 

一旦攻撃が止んだ隙を突いて祐が物陰から飛び出した。再度攻撃を行おうとしたロボットの胴体を貫くと、その一体を盾として進行を続ける。壊れれば次の盾を作り、祐は止まらず目の前の敵を蹴散らしていった。

 

「無茶苦茶すぎるでしょ…!」

 

後で祐にはお話が必要だと思うが、今この機を逃がすわけにはいかない。勝手に前衛を務める祐を援護する為、ティアナも動き始めた。

 

 

 

 

 

 

「いやはや賑やかになってきたね、リアルタイムで視聴できないのが残念だ」

 

「いったい…何をしてるんだ」

 

何かの機材を操作するムティナを見て、モデナはわき腹を押さえながら弱弱しく立ち上がる。その姿に嘲笑うような視線を投げると、椅子を回転させ向かい合った。

 

「私のちょっとした発明品を試す。君はダイオラマ魔法球を知っているかな?」

 

「ダイオラマ…情景模型のことか」

 

「旧魔法世界のマジックアイテムさ。それにヒントを得てね、更に色々とできることを増やしてみた」

 

「できることを増やした?」

 

「まぁ、見ていたまえ。実際体験した方が早い」

 

その瞬間ムティナに向かってモデナが走り出す。恐らく止めるつもりなのだろうが、力の差は歴然だ。

 

「無駄なことを」

 

まだ痛めつけられたいようだ、それがお望みならば喜んで応えるとしよう。

 

 

 

 

 

 

「逢襍佗が来れなくなった~!?」

 

麻帆良祭二日目の朝、準備の為に生徒達が集まり始めた広場に楓の声が響き渡る。正面にいた純一は大きなリアクションに驚きつつ、幼馴染達で捏造した事情の説明を始めた。

 

「なんでも親戚の人が急に入院したみたいで…その人一人暮らしのおばあさんなんだけど、家族ともすぐに連絡取れないから付き合いがあって親しかった祐のところに連絡がきたんだって。それ程大きな怪我とかではないらしいんだけど、色々あって落ち着くまでは戻れないって言ってた」

 

「その人と親しかったんなら…逢襍佗は大丈夫なのか?」

 

先程とは打って変わって心配そうな顔をする楓。その反応に良心が痛むが、事情が事情なので最後まで貫き通すしかない。

 

「命に別状はないから心配はいらないみたい。もしかしたら早く戻ってこられるかもしれないけど、今は何とも言えない…かな」

 

「そうか…」

 

「空いた分は僕が代わるよ。重なってるところは、必要なら他のクラスの幼馴染も手伝ってくれるって言ってくれたから」

 

祐の不在はB組全員に伝わり、理由が致し方ないものだったので特に問題が起きることはなかった。ただ祐が麻帆良祭を楽しみにしていたことは周囲も知っているので、その事を思って残念な気持ちにはなった。

 

「仕方ないけど残念だね、逢襍佗君凄く楽しみにしてたのに…」

 

「そうね、逢襍佗君も来れなくなったことに責任を感じてなければいいけど」

 

春香と詞が準備を始めながら話す。同じく準備をしていた凛は、時折純一に視線を向けていた。

 

 

 

 

 

 

「さぁ、麻帆良祭二日目!今日もはりきっていくぞ~!」

 

『お~!』

 

裕奈の音頭に拳を突き上げて答えるA組。昨日の売上から、今年がA組歴代一位となる可能性は大いにあった。

 

「歴代一位だけじゃなく!このままいけば学園一位だって狙えるよ!」

 

「今日も稼いで稼いで稼ぎまくるぞ~!」

 

『イエ~イ!』

 

やる気充分なA組。朝礼が終わり各々が準備に移る中、裕奈がハルナに声を掛ける。

 

「パル、逢襍佗君から連絡あった?」

 

「んえ!?あ~、それなんだけど…」

 

歯切れの悪いハルナの反応に首を傾げる。何かあったのは間違いなさそうだが、どうかしたのだろうか。頭を掻いた後、言いずらそうな顔をしてハルナは裕奈に近寄ると小声で事情を伝えた。

 

 

 

 

 

 

「超さん」

 

「お、ハカセに茶々丸。例の件カナ?」

 

本日はメイド喫茶の当番がない超は自分達のラボにいた。そこへ聡美と茶々丸がやってくる、調べがついたのだろう。

 

「はい。調査の結果、学園都市に配置されているロボット達に不審な点は確認されませんでした。茶々丸にも協力してもらったので確かだと思います」

 

超は視線を茶々丸に向けると、それを汲みとって報告を始める。

 

「ハカセには外装から内部のスキャン、私は搭載されているプログラムと機体同士を繋ぐネットワークの調査を担当しました。結果は先程の通りです」

 

「ふむ、となると麻帆良にあるロボット達で何かしようとは考えていないカ」

 

「閉鎖された部屋はどうでしたか?」

 

「酷い有様だったネ、あの場で戦闘があったことをこれでもかと物語っていたヨ」

 

タカミチ達の強制捜査が入る前に超はムティナが封鎖していた部屋を確認済みである。映像などは残されていなかったが、何があったかは想像に難しくない状態だった。

 

「この一件は、本当にモデナ・ロマーニさんによるものなのでしょうか?」

 

「どうカナ。祐さんによれば、モデナ・ロマーニには所謂負の感情がないとのことだった」

 

学園長室で報告されたモデナの話も超は収集済みだ。今は学園側とは別に真相を探っている。

 

「ではいったい誰が…」

 

「犯人は、捨てた感情の方…だったりしてネ」

 

「それは…どういうことですか?」

 

超は椅子に深く座り、背もたれに体重を預けながら続きを話す。

 

「方法は分からないが、モデナ・ロマーニは自らの感情を切り捨てた。その後切り捨てられた感情がどうなったのか…これはかなり重要な部分だと私は思うヨ」

 

「捨てられた感情は、消えていない可能性がある」

 

「あくまで私の想像だけどネ」

 

聡美が思考の海に沈む中、茶々丸は不安そうな表情を浮かべている。超はそれに気が付くと二人の目が合い、遠慮気味に茶々丸が口を開いた。

 

「あの、祐さんは」

 

「だめネ、未だ反応無しヨ」

 

祐が麻帆良を出ていってから、ある場所でスマホの反応が途絶えた。祐の持っているスマホは超が製作した特別な物で、電波が届かないといったことは極めて特殊な環境でない限り起きない。となれば、今祐はその極めて特殊な環境にいることになる。

 

「反応が途絶えた場所までは分かっている、その周囲を衛星に探らせてみるネ」

 

「お願いします」

 

付き合いが長くなったからか、それとも茶々丸が彼に強く影響を受けたからか、今の茶々丸からは完成した頃とは比べ物にならないほど感情を見て取れる。それは開発に関わった者の一人として大変喜ばしいことだ。

 

「大丈夫ヨ茶々丸、祐サンは強い人ネ」

 

「はい」

 

一般の生徒と来場者達は知らないが、昨日以上に厳重な警備を敷いた上で行われる麻帆良祭二日目。しかし周囲の心配をよそに、何も問題は起きることなく二日目も無事に終了した。ただ一つ問題があるとすれば、その日も祐は帰ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

夜が明けて、遂に麻帆良祭の三日目が訪れる。生徒達は最終日ということもあってやる気に満ち溢れており、来場者数も今日が最大になる見通しであった。

 

忙しそうに開店準備を進めるA組。テーブルを拭いている明日菜に和美が小声で話しかける。

 

「明日菜、逢襍佗君から連絡きた?」

 

その質問に首を横に振って答える。それを見て和美は腕を組んだ。

 

「あれっきり連絡付かずか…流石に心配ね」

 

「うん…そうね」

 

どちらも暗い顔をする中、本日当番であるエヴァがいかにも不服そうな態度で準備を進めている。その顔は顰めっ面ではあるが不安は感じられない。それはまるで心配なことなどないようだった。

 

「エヴァちゃん、逢襍佗君から何か連絡はあった?」

 

「無い」

 

切り捨てるように一言で答えると、作業を終えてバックヤードに戻ろうとする。その姿に思わず和美はエヴァの肩を掴んでしまった。

 

「ちょ、ちょっと!そんだけ⁉︎」

 

「質問には答えてやったろうが」

 

「それはそうだけど…エヴァちゃんは心配じゃないの?」

 

「ああ、心配ではない」

 

そう断言されて二人は一瞬止まってしまう。エヴァが祐のことを少なくともそれなりに大切に思っているのは二人も知っている。だからこそエヴァの態度が解せなかった。

 

「なんでよ…」

 

「あいつはどんなことがあっても帰ってくると言った、だからあいつは必ず帰ってくる。お前達にもそう約束したのだろう?」

 

エヴァの言葉に明日菜が目を逸らす。確かにそう約束した、必ず帰ってくると。しかしそれとこれとは話が別だ、だからと言って心配にならないとはいかない。

 

「神楽坂明日菜、一つ助言をしてやる」

 

逸らしていた視線をエヴァに向ける。見えた顔は呆れているような気がしたが、何に対してなのかは明日菜には分からない。

 

「祐に関しては心配するだけ無駄だ。それにあいつはそう易々と死なん、あいつが死ぬならそれは世界が終わる時ぐらいだろう」

 

「まぁ、世界が終わったとて…祐が死ぬかどうかは分からんがな」

 

その言葉を最後にバックヤードに向かうエヴァ。和美はその背中を見送った後に明日菜を見た。

 

「全然笑えないわよ、そんな冗談」

 

確かに笑えない、それは和美も同感だ。しかし先程の発言は本当に冗談だったのだろうか。もう一つ思うところがあるとすれば、エヴァの祐に対する信頼だ。正直自分にはあそこまでの信頼を持ててはいない。出会ってそう長い年月も経っていないのだから仕方がないとことだろう、だが同時に何故かそれが悔しく思えた。どうやらそれは明日菜も同じらしい。彼女の顔を見ればそれは分かった。

 

 

 

 

 

 

開場の時間となり、多くの来場者が麻帆良学園都市に流れてくる。一日目・二日目に勝る人の数はそれだけで圧巻の光景であった。

 

「お~、すごい。人がいっぱい」

 

遂に麻帆良祭やって来ることができたカンナは目を輝かせて辺りを見回している。人の波にのまれてはぐれないようにと、その手を小林がしっかりと握っていた。

 

「前来た時より多い気がする…朝の満員電車の比じゃない」

 

「よく分かりませんけど、その比較対象はどうなんでしょうか?」

 

はぐれる心配はなさそうだが、トールも小林の手を握っている。彼女のは単に手を繋ぎたいだけだろう。

 

「それにしても本当に大規模ですね、飛行機飛んでますし」

 

「これが学校行事だって言うんだから凄い話だよ」

 

会話をしながら歩いていると、トールが何かの看板を見つめて立ち止まった。

 

「トール?」

 

「小林さん、これを見てください」

 

トールが指さした場所に視線を向けると、それは一年A組メイド喫茶の看板であった。瞬間小林の目つきが鋭くなる。

 

「ほう…」

 

「この私と小林さんの前でメイドを名乗るとはいい度胸ですね。どんなものかお手並み拝見と行きましょうか」

 

「よし行こう」

 

意思を合わせてさっそく目的地を決めた二人。小林はもしかして自分達は厄介な客なのではと考えたが、行かないという選択肢はなかった。何を隠そう小林はメイドという存在に対して一家言あるのだ、向けている情熱も並みのものではない。

 

そんな時、意識が完全にメイド喫茶に直進していた小林の手が引かれる。相手はカンナで、ある方向を指さしながら顔はこちらに向いていた。

 

「小林、でっかいわたあめがある。色も青くてきれい」

 

「まずあれ買ってから行こうか」

 

一度冷静になってカンナに応える小林。トールも頷いて三人は綿菓子の屋台へ歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

麻帆良学園都市の一角にあるリリアン女学園内は一般来場者の立ち入りは不可であり、在学生からの招待状を持っていなければ入ることができない場所の一つであった。その門の入り口の警備を担当している愛穂は仕事をこなしつつ頭の中はモデナ・ロマーニの件、もっと言えば祐のことを考えていた。

 

(未だ逢襍佗から連絡はない…いったい何やってるんだあいつは)

 

来場者から招待状を見せてもらい、名簿にある名前と照らし合わせて中へと通す。考え事はしていても役目はしっかりとこなす愛穂だった。そして次の来場者がやってくる。赤い髪に眼鏡をかけたスーツ姿の女性だ。

 

「招待状をお願いします」

 

「はい、どうぞ」

 

笑顔で招待状を手渡す女性。書かれている渡した生徒の名前を確認し、名簿を見た。

 

「では、お名前の方を」

 

「蒼崎橙子です」

 

名前に相違がないことを確かめて、招待状を返した。

 

「ご協力ありがとうございます」

 

「いえいえ、ご苦労様です」

 

会釈してから門を通る橙子。既に招待した生徒が出迎えに来ていたようで、その生徒に軽く手を振っている。それを横目で見て、愛穂は自分の仕事に戻った。

 

「やぁ、お出迎えどうも」

 

「ようこそおいでくださいました」

 

美しい姿勢でお辞儀をする鮮花に思わず気の抜けた目を向ける。

 

「…なんだそれ?」

 

口元をひくつかせながら辺りを確認しつつ、鮮花は顔を近づけて小声で話した。

 

「ここはお嬢様学校で、私は優等生なんです」

 

「ああ、そうだった。失礼」

 

軽い調子で笑う橙子にため息が出てしまう。招待状を渡したのは自分だが、何か問題が起こらないか心底不安だ。

 

「変な物とか持ってきてませんよね?」

 

「手ぶらだよ、別に私は事を構えに来たわけじゃないぞ」

 

ポケットから手を取り出し、ひらひらと両手を振る橙子。少なくともあの変な鞄は持ってきてはいないのは間違いない。

 

「さぁ、時間は有限だ。さっそく麻帆良学園に行こうじゃないか」

 

「え!?いきなり行くんですか!?」

 

驚いた顔の鮮花とは対照的に橙子はあっけらかんとしている。

 

「それはそうだろう、その為に私は来たんだから」

 

「少しくらいここを見てからでもいいじゃないですか…」

 

「それも興味がないわけじゃないが、今は彼の情報を掴みたい。頼むよ鮮花」

 

手を合わせてお願いする橙子を見て、もう一度ため息をついてから頷いた。

 

「分かりました。案内します」

 

「ありがとう!道中食べたいものがあったら言ってくれ、私が奢るよ」

 

「…お金は大丈夫なんですか?」

 

「まぁ、多少は」

 

橙子は珍しいものに目がなく、逆に金銭に興味がない。おかしなものを買い取っては、その結果その日暮らしを送るなどざらである。頼りになる人物なのは間違いないが、そういった部分は心配になる人物であった。

 

敷地内を後にする為、並んで歩く二人。その横を通り過ぎた生徒の一人が振り向いて二人を見つめる。立ち止まった生徒と一緒に歩いていた水野容子がそれに気付いた。

 

「祥子?どうかしたの?」

 

「いえ、あの赤い髪の方から煙草の香りがしたので」

 

呼ばれた生徒『小笠原祥子』が燈子を見つめたまま呟く。釣られてそちらを見ると、赤い髪の女性の横にいるのは自分のクラスメイトだった。

 

「あら、鮮花さんのご家族の方かしら」

 

「お知り合いですか?」

 

「隣にいる黒髪の子はクラスメイトなの。横の女性は存じ上げないけど」

 

容子の話を聞きながら、祥子は眉をひそめる。容子はそれを見て何となく察しが付くが、一応聞いておくことにした。

 

「何か気になることでもできたのかしら?」

 

「煙草を吸うのは感心できません、身体に害しかないものですよ?周りの人にも悪影響です」

 

祥子の発言に苦笑いを浮かべてしまう。自分の予想は見事的中していた。やはり我が『妹』は些か頭が固い。そこを可愛らしいと感じると同時に、少し心配になる容子だった。

 

 

 

 

 

 

大勢の人が行きかう麻帆良学園の校内。そこに可愛らしいメイド服に身を包んだ、これまた可愛らしい少年が看板を手にメイド喫茶の呼び込みをしていた。言わずもがなネギである。

 

朝クラスに行ってみればいつもの悪ノリを受け、あれよあれよという間に服を着替えさせられて呼び込みをさせられている。不満は多分にあるというか不満しかないが、ネギ持ち前の真面目さ故に与えられた仕事を投げ出すことなく続けている。それでもふとした瞬間に浮かび上がるのは、行方の知れない祐のことだった。

 

(祐さん、どうしたんだろう…)

 

それ以外にも気になっていることがある。一昨日エヴァが言っていた、祐は自分が心配されることを望んでいないといったものだ。責任感が強いネギも、周りに心配を掛けたくないという気持ちは大いに理解できる。だが自分のことなど忘れて周りには気ままに楽しんでほしいと祐が思っていることは、どうしても寂しく感じてしまうのだ。

 

「ねぇねぇ、メイド喫茶ってどこにあるの?」

 

「あっ、はい!そこの階段を上がって、右の突き当りです!」

 

「ありがと~!」

 

二人組の女性来場者に笑顔で手を振られ、顔を赤くしながら小さく振り返す。その姿に女性達は更に笑顔になった。

 

「恥ずかしい…」

 

「まぁ、そう言うなよ兄貴。これも姉さん方の為だと思ってよ」

 

「それはそうだけど…」

 

肩に乗っているカモと小声で会話をする。実際ネギの呼び込みは、女性を中心にかなりの効果を発揮していた。

 

「あら、これはまた随分と可愛い呼び込みさんね」

 

声のした方に顔を向けた。立っていたのは眼鏡をかけた赤い髪の女性と麻帆良学園とは違う制服を着た黒髪の少女、橙子と鮮花である。

 

「ど、どうも」

 

柔らかい笑顔を向けてくる橙子と、訝しげな表情の鮮花。ネギは色々と恥ずかしくて目を合わせられなかった。

 

「えっと…君小学生よね?なんでこんなところに?」

 

「あっ、その…僕これでも先生なんです…」

 

「……もしかして、貴方が噂の子供先生?」

 

「はい…」

 

お互い無言で見つめ合うと、先に鮮花が動いた。どうやら頭を抱えているようだ。

 

「やっぱり麻帆良学園って…」

 

「君先生だったんだ。凄いなぁ、その年で先生なんて」

 

鮮花に代わり、橙子がネギの前に出てくる。外行き状態の橙子に思うところはあれど、そちらの方がありがたくはあるので鮮花は何も言わなかった。ネギは屈託のない笑みを向けられてたじたじである。それからネギにメイド喫茶の紹介をされた橙子は最後に手を振ると、鮮花を連れてそちらに歩いていった。

 

「どっちもかなりの上玉じゃねぇの。兄貴、せっかくだから教室に戻ってあの二人にアタックでもしねぇか?」

 

「何言ってるのカモ君!?」

 

階段を上っていく橙子の顔を、鮮花がその目に疑問を浮かべて覗く。

 

「まさか行くんですか?」

 

「そうだな、面白そうだし」

 

「え~…」

 

気乗りしないことを隠そうともしない鮮花の態度に笑ってから、面白そうだと思った理由を簡潔に述べることにした。

 

「あの年で驚くべき魔力量だ。あれはどこにでもいるような子じゃない」

 

はっとした顔をする鮮花。その顔は一瞬で真剣なものへと変わった。

 

「まさか…あっち側の魔法使い…」

 

「だろうな、少なくとも魔術師じゃない。肩にいたのはオコジョ妖精か…その子が担当しているクラスなら、何か面白いものがあるかもしれない」

 

ここに来た一番の目的は以前変わらないが、それ以外にも興味を惹くものでこの街は溢れている。大変結構だ。

 

「麻帆良学園か…来てよかったよ、まだ本番前だというのに楽しませてくれる」

 

 

 

 

 

 

「エヴァちゃん!もっと笑顔じゃないとだめだよ!」

 

「充分働いてやってるだろうが!文句を言うな!」

 

バックヤード内にて桜子にエヴァが言い返す。どうやら桜子的にエヴァは笑顔が足りないようだ。

 

「まぁ、笑顔は足りないと思うけどいいんじゃない?それはそれでウケてるみたいだし」

 

美空がテーブルに寄り掛かりながら軽い調子で言う。確かにエヴァの接客は愛想が良いとは言えないが、一部の者達にはかなり好評であった。

 

「甘やかしちゃだめだよ美空!それじゃエヴァちゃんの為にならないもん!」

 

「余計なお世話だ!そもそもお前のように常時能天気に笑ってなどいられるか!」

 

「褒めたって騙されないんだからね!」

 

「褒めとらんわ!無敵かこいつ!?」

 

何を言っても無駄なような気がしてきた、これだから天然は嫌いなのだ。そう考えていると新規の客がやってきたようだった。

 

「あっ!お客さんが来たよエヴァちゃん!笑顔でいってみよう!」

 

「がんば~」

 

「チッ!この小娘どもが…」

 

悪態をつきながらフロントに出ていく。気に食わないが戻った後にまた何か言われても面倒だ。適当に取り繕ってやればいいだろうと、ぎこちない笑みを浮かべて接客を始めた。

 

「い、いらっしゃいませ…」

 

挨拶をしてから目の前の相手を見る。タイミングが良いのか悪いのか、その相手とは橙子と鮮花だった。目を合わせたエヴァと橙子は思わずお互いを見つめる。黒い髪の小娘からも感じるものはあるが、それはひとまず置いておく。問題はこの赤髪の女だ。初対面且つ知らない人物なので根拠などないがそれでも分かる、この女は普通ではない。ただし、そう思ったのはエヴァだけではなかった。目の前の燈子も、エヴァに対して同じ印象を抱いていたのだから。

 

橙子はゆっくりと口角を上げ、人差し指と中指を立てた。それを見るエヴァの瞳は冷たい。

 

「二人だ。案内頼むよ、可愛いお嬢さん」



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近づく秘密

しばらく見つめあった後、エヴァが背を向けて歩き始めた。鮮花の視線はエヴァと橙子を行ったり来たりしている。その橙子はエヴァの態度に何も言わず、その背中を追った。

 

少し歩いたところでエヴァが立ち止まる。そこには空席があり、ここに座れということなのだろう。確認を取ることなく橙子はその席に座り、鮮花もそれに倣った。

 

「要件を聞こうか」

 

「まだメニューも見てないぞ」

 

「そっちの話ではない」

 

顔を近づけて橙子を見るエヴァ。それを受けても橙子は表情を崩すことはなかった。

 

「随分せっかちじゃないか」

 

「何せここは忙しいんでな」

 

間髪入れずに詰めてくるエヴァに肩をすくめた。別にやましいことがあるわけではない、正直に伝えても問題などないだろう。すっと眼鏡を外して話し始める。

 

「人を探している。以前間接的にではあるが助けてもらった子がいてな、その子にお礼を言いたいんだ。この学園にいるのは間違いない」

 

「ご新規三名様で~す!」

 

ここに来た目的を伝えたその時、新たな客がやってきた。三人連れの一人は眼鏡をかけた一般人、その横にいるのは幼い少女となぜかメイド服を着た女性。その容姿と服装も充分目を引くが、問題はそこではない。そちらを見たエヴァと橙子は驚いた顔をする。三人を担当していた桜子は橙子達が座る席の隣を案内した。知らぬが仏である。

 

「また変なのが来たな…」

 

「おいおい…ここには幻想種も客として来るのか」

 

小声で呟いたが、席に着いたトールには二人の声が聞こえていた。それによって二人に目を向けると、トールもエヴァ達と同じような顔になる。よくよく辺りを見回してみると、配膳を行う一般人生徒に交じって普通ではない存在が当たり前のように歩いていることに気が付いた。

 

「なんですかここ…まるで人外魔境ですね」

 

「一番の人外はお前だろ」

 

思わずそう言ってしまったエヴァにトールが鋭い視線を送る。どう見ても和やかな雰囲気などではない。

 

「そういう貴女だってよっぽどじゃないですか、なんです?自分の方がまともとでも言いたいんですか?」

 

「ちょ、ちょっとトール!どうしたの!?」

 

エヴァを見ながらそう口にしたトール、二人は睨み合い始めた。エヴァ達の声が聞こえていなかった小林からすれば、突然トールが可憐な少女に喧嘩を売ったようにしか見えない。そんな野蛮な性格ではないことは知っているが、取り合えずトールの手を掴んで止めようとする。

 

「何をもってまともとするか悩ましいが…まぁ、お前よりはまともだろうな」

 

「ああん!?」

 

「やめなさいっての!」

 

いよいよ席から立ち上がったので羽交い絞めにして引きはがそうとするが、小林でなくても人間の力でトールを止めることはできない。まるで大木を引っ張っているかのようで、トールはその場から少しも動かなかった。黙っているがカンナも二人を睨んでいる。

 

「橙子さん…さっきからなんなんですか…」

 

「ツイてるぞ鮮花、人外バトルショーが間近で見れるとは。スマホで録画しておいてくれ」

 

「貴様はなにを他人事のようにしている!」

 

「そうですよ!うっわ、なんですか貴女!そんなもの身体に入れてるとかとんだ異常者ですね!」

 

楽しそうな様子の橙子に噛みつく。トールは何故か橙子を見て引いていた。

 

「君のような存在に褒めてもらって光栄だよ、私もまだまだ捨てたもんじゃないな」

 

「面倒なタイプですねこの人…」

 

「それに関しては同意する」

 

橙子に対して白い目を向ける二人、当の本人はどこ吹く風である。そこで桜子がエヴァを後ろから抱きしめるように腕を回した。

 

「も~!よく分かんないけどダメだよエヴァちゃん!お客さんに失礼なこと言っちゃ!」

 

その一言で桜子以外の全員がなんとも言えない顔になる。捕まったエヴァの表情は死んでいた。先程の一触即発の雰囲気は跡形もなく、事を動かした桜子はある意味大物だ。騒ぎを聞きつけたのか、別のクラスメイト達もその場にやってくる。一番に駆けつけたハルナが頭を下げた。

 

「あ~!すみませんお客様!うちのエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが何か粗相を!?」

 

「フルネームで呼ぶ意味ある?」

 

恐らく今捕まっている子の名前なのだろうが、わざわざ全て言う必要があったのかと鮮花は疑問に思った。

 

「どうか!どうか消費者庁に連絡だけは!」

 

「いや、しませんよ…」

 

トールの足にしがみついて懇願する裕奈にすっかり毒気を抜かれる。寧ろこちら側が申し訳なく思えてきた。現に小林は頭を下げる明日菜に頭を下げ返している。

 

「そちらのお客様方も、お騒がせ致しまして申し訳ございません」

 

謝罪をするあやかを見て、眼鏡をかけ直した橙子が首を横に振った。

 

「お騒がせなんてとんでもない、彼女は私のお話に付き合ってくれたの。ちょっと話が盛り上がっちゃっただけで、何も失礼なことなんてなかったから」

 

橙子から話を聞いてあやかがほっと胸を撫で下ろす。よく回る口だと思ったが、それを言えばまた面倒なことになるとエヴァは黙った。

 

「そうだ。注文前で申し訳ないんだけど、一つ聞きたいことがあるの。いいかな?」

 

「はい、私でよろしければ」

 

優しい表情の橙子がそう聞くと、不思議そうな顔をしながらあやかが頷いた。

 

「実は人を探しているの。この学園の生徒さんなんだけど、前にお世話になったお礼を言いたくて」

 

「その方のお名前はご存じでしょうか?もしかするとお力になれるかもしれません」

 

「ありがとう、その子はアマタユウって名前なんだけど」

 

教室内は別の客の話し声などは聞こえているが、祐の名前を出した瞬間その周辺のみ音が消える。トールやあやか達も含めた全員が固まっている光景に鮮花は訝しげな顔をした。

 

「もしかしてそのアマタって背が高くて…目つきの鋭い感じだったりします?」

 

「うん、その通り」

 

明日菜の質問に答える橙子。元からそう多くいる名前ではないが、人相も一致していることから彼女の探している人物は祐で間違いなさそうだ。

 

「えっと…」

 

「あまたのこと知ってるの?」

 

なんとか言葉を紡ごうとしたあやかより先に、今まで話さなかったカンナが身を乗り出して橙子に尋ねた。予想していなかった相手からの質問に若干面食らうが、気を取り直して返す。

 

「ええ、少し前に知り合ったの。貴女は?」

 

「街で会った。あまたへんな人だけど、いい人」

 

カンナの言葉数は少なかったが、逢襍佗祐という人間を的確に表現していると彼を知る者達は思った。彼女達と知り合いだったことには驚きつつ、タイミングを見計らってあやかが口を開く。

 

「その、逢襍佗祐さんなら私達もよく知っている方です。ただ申し上げにくいのですが…彼は現在家庭の事情で出かけておりまして…いつ頃戻られるか分からない状態なんです」

 

「おっと…そうだったんだ」

 

「あまたいない、ざんねん」

 

あやかの話を聞いて、橙子は元よりカンナも言葉通りがっかりした様子である。カンナはそれが一番の目的ではなくても、また会えるかもと期待していたのだ。可能性は低いとは思っていたが、実際会えないと分かると小林も少し残念な気がした。小林がカンナの頭を撫でていると、木乃香がしゃがみ込んで目線を合わせる。

 

「初めまして、ウチ近衛木乃香いいます。お嬢さん、お名前は?」

 

「私カンナ」

 

「カンナちゃん、ウチ実は祐君と仲良しなんよ。せやから祐君に伝えておきたいことあったらウチから言っとくえ?」

 

そう言われてカンナは少し上を見ると何を言おうか考えた。木乃香は笑顔でカンナを見ている。

 

「じゃあ、がんばってって伝えてほしい」

 

「はいな!お姉さんに任せとき~」

 

カンナの頬に両手で軽く触れる木乃香。くすぐったそうにしているが、カンナは受け入れているようだった。先程とは一転して微笑ましい光景に小林が笑っていると、明日菜が遠慮気味に声を掛ける。

 

「あの、何か他にも伝言があれば」

 

「あ~、私はそのアマタ君に会ったことなくて…話では聞いてたから会えたらなぁって思ってたんだけど、タイミングが合わなかったみたいだね」

 

「すみません、あれで結構忙しい奴なんで」

 

「いやいや、そんな謝ってもらうようなことじゃ…そうだ、トールは何かない?」

 

「私は何もありません」

 

「またそんなこと言って…」

 

小林から話を振られたトールだが、考えるそぶりすら見せずに即答した。小林が仕方なさそうな顔をした時、空腹を知らせる大きな音が鳴る。全員が音の主であるカンナを見ると、両手で腹部を摩っていた。

 

「おなかすいた」

 

「かわい〜!何食べたい?お姉さんが奢っちゃうよ!」

 

「こらこら…」

 

カンナに抱きつく桜子を明日菜が引き剥がす。周囲もカンナの純粋無垢さにノックアウト寸前であった。それに視線を向けていた橙子へと鮮花が話し掛ける。

 

「その、残念でしたね…あの子居ないみたいで」

 

「そうだね。ただまぁ、面白いものは見れたよ」

 

軽く笑う姿にそれ以上何かを言うことはなかった。横に立っていたあやかは、一応明日菜と同じように聞いてみる。

 

「もしよろしければ、私からも何かお伝えしておきますが」

 

「ありがとう。でも私は実際に会って伝えたいから、それまでは取っておくことにするよ」

 

「そうですか、かしこまりました」

 

「私達も何か注文しよう、随分メイドさんの時間を取らせちゃったしね」

 

「とんでもございませんわ、ごゆっくりどうぞ」

 

そう言って橙子がメニュー表を手に取ると、あやか達はお辞儀をしてその場を後にする。エヴァは橙子達を一度見てから歩き出すと、後ろから橙子の声が聞こえた。

 

「もう少しこの街にいることにするよ。他にも見たいものがあるし、ひょっとしたら彼が帰ってくるかもしれないからね」

 

「好きにしろ」

 

振り返ることなく返すとバックヤードに戻っていく。その背中から視線を横に移すとトールと目が合った。手を振ると呆れたような視線が送られてきたが、橙子に気にした様子はない。自分の向かいの席を見ると、律儀に手を振りかえすカンナに気が付いてトールはため息をついた。

 

 

 

 

 

 

バックヤードの監視カメラで一部始終を見ていた超は、椅子に座りながら今も静かに画面を見つめている。すると戻ってきたハルナが超の隣に座った。

 

「ふい~、危うく営業停止になるかと思ったよ」

 

「お疲れハルナサン、ご苦労だったネ。問題はなかったカ?」

 

「ヤバい空気かなと思ったけど勘違いだったみたい。話が盛り上がっちゃっただけだってさ」

 

「それは良かったヨ」

 

超が再び監視カメラを見ると、ハルナも釣られてそちらを向く。気のせいだろうか、今画面越しにではあるが、超と橙子が見つめ合っているような気がした。

 

 

 

 

 

 

麻帆良祭の最終日は15時になるとクラスの出し物が終了する。夕方に大学部の主催する一大イベントが待っているからだ。イベントの内容は開催初日に告知された通り、麻帆良学園都市のどこかに隠された宝を見つけるというものだ。至る所に散りばめられたヒントを元に探し出すのだが、ただ探すだけではなく配置されているロボット達の目を掻い潜りながら宝を目指す必要があった。

 

「なるほど、参加者はこの腕輪をつけるんだ」

 

「ロボットからは赤外線が飛んできて、それに当たると腕輪が赤くなると」

 

「赤いまんまやと参加できひんから、チェックポイントまで戻って青色に戻さんといかんみたいやね」

 

「手が込んでる〜」

 

アキラ・裕奈・亜子・まき絵が参加者の証であるブレスレットを付けながら説明書に目を通す。彼女達以外にも在学生から来場者まで、多くの人が参加会場に集まっていた。

 

「去年よりも人多い気がする」

 

「ふふん、増えてたって問題ないよ!お宝は私がいただくんだから!」

 

数えきれない参加者もなんなその、裕奈は自身ありげに手を腰に当てて胸を張った。

 

「裕奈自信満々やな」

 

「去年MVPだったからね」

 

「その通り!宝探しも裕奈さんに任せなさい!」

 

 

 

 

 

 

人気のない高い建物の上で何やらパソコンを操作する超、その後ろには聡美と茶々丸もいる。超は振動を感じて自身のスマホを手に取ると、そこにはある知らせが映っていた。画面を確認して笑みを浮かべ、二人にも画面を見せる。すると二人の表情が明るくなった。

 

[逢襍佗祐の電波が復活しました]

 

「きたカ。寂しかったヨ、祐サン」

 

 

 

 

 

 

時間は祐がティアナと合流した時まで遡る。

 

一先ず現れたロボット達と、その後に続けてやってきた第2波も片付けた二人。祐はティアナの説教を受けながら廊下を進んでいたが、何かを感じて立ち止まった。

 

「だから君はもう少し安全な行動を…アマタ君?」

 

(なんだ?今確かに奇妙な感覚があった)

 

違和感があったのは確かなのだが、その正体は上手く掴めなかった。思考を巡らせていると、ティアナが顔を覗いてくる。

 

「ちょっとアマタ君、どうしたのよ?」

 

「詳しいことは分かりませんが、一瞬妙な感覚がありました。身体や精神に影響のあるようなものではない気がしますが、警戒はしておきましょう」

 

「…分かった」

 

表情を引き締め、再び歩き始める二人は少しして大きな扉が見えると頷きあう。近付くとドアが開いて研究室が現れる、周囲を警戒しながら進んでいくと中は荒れていた。

 

「随分と物が散乱してるわね」

 

「散らかしっぱなしってわけじゃないんでしょうね、恐らく」

 

そこで祐は倒れたデスクの影に横たわっている人物がいることに気がつく。ティアナも同様に発見すると、相手の顔を見てクロスミラージュを構える。祐は静かに手を上げてそれを制した。

 

「彼女はロマーニさんです。少し、時間を頂けますか?」

 

ティアナは双方に視線を向けた後に口を開く。しかしクロスミラージュは下さなかった。

 

「いいわ。ただ、私はいつでも撃てるようにしておく」

 

「はい」

 

ゆっくりとモデナに近寄ると彼女を優しく抱き起こした。どうやらかなり痛めつけられたようだ、身体の節々に痣や傷が確認できる。意識は朦朧としているようだが呼吸はしていた。

 

「ロマーニさん、聞こえますか?」

 

決して大きな声ではなかったが、モデナには届いたようだ。弱々しくも瞼を開いて祐を見る。

 

「あぁ、いよいよ幻覚が見えるようなったのか…情けないなぁ」

 

ここに祐が居るはずがないと、モデナは僅かに目に涙を浮かべて力無く笑った。祐はモデナの手を優しく握る。

 

「実は幻覚じゃないですよ俺。本物です、ロマーニさん」

 

その声にモデナは目を見開くと、暫く祐を見つめた。

 

「…どうしてここに?」

 

「声が聞こえたんです、だから…我慢できずに来ちゃいました」

 

相手を安心させるような笑みを浮かべて話す祐。握っていたモデナの手が少しずつ握り返してくると、それに応えるよう手の力を僅かに強めた。

 

「全部私のせいなんだ…私が、自分の感情を消そうとしたから」

 

「聞いてもいいですか?そのこと」

 

頷くモデナを見て、祐はティアナに視線を向ける。ティアナの表情は訝しげだ。

 

「もしかして…何かする気?」

 

「あまり気は進みませんけど、こっちの方が確実ですから」

 

なんとなく祐が何をする気なのかを察した。正直気は進まないが、そんなことを言っている場合ではないのだろう。少なくともこれで事件の真相は分かる、だが一つ気掛かりなことがあった。

 

「こんなところで危険じゃない?」

 

「大丈夫です、現実では一瞬ですから」

 

そう言って手招きする祐。ため息をつきながらティアナは祐達に近づいた。

 

「すみませんロマーニさん…少し、貴女を見せてもらいます」

 

まだ意識がはっきりとしきっていないからだろうか、不思議そうな表情はしていてもモデナから疑いや拒否の意思は向けられなかった。弱っているところに付け込んでいる罪悪感はあるが、モデナの瞳を覗く。祐の目が虹色に輝きだした。

 

 

 

 

 

 

自分の異常性に気が付いたのは7歳ぐらいだったような気がする。生活をしていれば、腹の立つことは起きるものだ。そしてその瞬間、私の中に激しい怒りが湧き起こる。気付けばその怒りに身を任せ、私は対象のものを攻撃した。人が変わったように。周りの人達は私から離れていった。当然だ、いきなり人が変わったように暴れ出す人間の傍になど誰だっていたくない。私は自分が嫌いだ、この世界の誰よりも…この世界の何よりも…自分が嫌いだ。何度死のうと思っても、一度だって行動に移せない。そんな自分が大嫌いだ。

 

彼と会ったのは16歳の頃。本当にそれは偶然で、深い理由などなかった。それでも、私にとっては人生を変える出会いだ。彼は、ジェイル・スカリエッティは私を異常者としてではなく貴重な研究対象として見ていた。普通の人からすればそれに嫌悪感を抱くかもしれないが、私はそうは思わなかった。彼も私も、お互いに興味を持ったんだ。それから私は彼の研究室に通い、様々なことを教えてもらった。今思い出しても、その時間は有意義だったよ。

 

私は科学の力を使い、感情を切り離すことはできないだろうかと考えた。この忌まわしい感情を捨てることができたのなら、私はきっと普通の人間になれる。誰かを傷つけることなく生きていける。しかしそれは簡単ではなかった。そもそも人の感情とは、心とは謎しかない。脳が生み出したものでしかないのか、それとも別の何かがあるのか…それは彼の頭脳をもってしても解明はされなかった。そして彼はある日、置手紙と共に姿を消した。あの事件が起きたのは、それから数か月後だったと思う。

 

私は途方に暮れたよ、唯一の味方が居なくなったんだからね。それでも諦めなかった、私がこれから生きていくにはこれしかない。そうしなければ私は誰かを殺し、そして殺される未来しかないのだから。この期に及んで、まだ生きたいと願っている自分が酷く滑稽で意地汚いとは思ってもね。

 

そうして私は遂に活路を見つけた。自分の意識をデータに、電子世界に飛ばすことに成功したんだ。肉体とは感情の器だ、中にあるものを取り出すことが可能となれば余分なものをそぎ落とし、私の望んだ完璧な感情を作り上げることができる。それから幾度となく試行錯誤を繰り返し、時に廃人のようになりながらも対象の感情を切り捨てていった。そうして完成したのが今の私『モデナ・ロマーニ』だ。凶暴性に支配された嘗ての私はもういない。例え穴だらけで、中身の少ない存在だとしても…これが望んだ私の姿なんだ。

 

完全に消し去った筈だった、あの忌まわしい感情は。だが、再び私の前に現れた。私と同じ姿をして…

 

 

 

 

 

 

ムティナを止める為、飛び掛かったモデナを腕で軽く振り払う。吹き飛ばされたモデナはデスクに当たると、周囲の物を巻き込んで倒れた。

 

「あぁ…嘗ての自分とはいえなんと情けない。貧弱すぎて涙を誘うよ」

 

近づいてきたムティナは右足を上げると、倒れているモデナを踏みつけた。

 

「うっ!」

 

「私を消したつもりになっていたんだろう?これで望んだ自分になれたと、そう思っていたんだろ!」

 

言いながら繰り返し踏みつけを行うムティナ。モデナは頭を庇いつつ、それを耐える他ない。

 

「確かに消されかけたよ、だが完全ではなかった!一度消去されたくらいでは完全に消し去れはしない、私の…お前のこの感情はそんな柔なものではない!お前に切り離された瞬間に自身のバックアップを作り上げ、電子の海にバラバラにして解き放ったんだ!」

 

少しずつ踏みつける力が強くなる。軋むような音がモデナの身体から発せられた。ムティナはしゃがみ込むと、胸ぐらを掴んで顔を上げさせる。

 

「集めきるのには随分と苦労したよ、何せ膨大な数だったからね。しかし私は執念深いんだ、知ってるだろうがな」

 

「ぐあっ!」

 

首を掴むと締め付ける力を徐々に強めていく。モデナがもがいても状況は好転しなかった。

 

「数年掛かったがなんとか私は完成した。そうして電子世界で復讐の機会を窺っていた時だ、今の協力者に出会った」

 

そこで突き飛ばされたモデナが壁に衝突する。点滅を繰り返す視界もそのままに、懸命に呼吸を繰り返す。

 

「今の私には協力者がいてね、この身体もその協力者達が用意してくれたものだ。顔に関しては私のリクエストだが、どうだい?そっくりどころか寸分違わぬだろう」

 

「な、仲間だって…?」

 

荒い呼吸を繰り返しながら、モデナがなんとかムティナに目を向ける。気が付けばムティナは目の前にいた。

 

「今のこの世界を終わらせようとしている者達だ」

 

拳がモデナを襲う。咄嗟に顔を庇うが勢いを抑えることは出来ず、横に吹き飛ばされた。

 

「歴史は消され、真実は隠された。そんな世界を一旦綺麗にしようって考えらしい。まぁ、そこに関しては私も賛成だ。個人的には今にも平穏が崩れそうなこの状況も嫌いではないがね」

 

「なんの話を…」

 

「兎にも角にも、私の一番の目的はお前だ。さぁ、これからもっと面白くなるぞ」

 

凶暴性を隠そうともしない笑顔と共に目の前に迫る手。モデナの視界はそこで真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

ティアナが気が付くと、そこは研究室の中だ。周囲にある物も居る人も、祐に近づいた時のままである。

 

「アマタ君…今のって」

 

「ロマーニさんの記憶です。土足で入るような真似、するべきじゃないんですけどね」

 

冷たい表情の祐。怒りを抱いているように見えるが、その感情が向けられている相手はいったい誰なのだろうかとティアナは思った。相手はムティナなのかそれとも…

 

「ごめんなさいアマタ君…私が全て悪いんだ…」

 

握っていた手を放し、祐の胸にしがみついく。声は震え、彼女が顔をうずめる腹部からは熱を感じる。その正体が涙だということはすぐに分かった。

 

「こんなことをしなければ…私が生きようなんて思わなければ!大人しく私が死んでおけばよかったんだ!」

 

声を抑えることなく涙を流し続けるモデナ。祐は何も言わず、そっとモデナを抱きしめた。その姿はティアナには痛ましく映る。暫く背中を優しく摩っていた祐は、モデナの顔を覗くと声を出した。

 

「彼女を止めます」

 

未だ涙は流れているが、モデナは祐と目を合わせる。強い意志の宿った目が見えた。

 

「彼女がこれから何をするつもりなのかは分かりませんが、きっと被害が出ます。それをなんとしても止めないと」

 

「アマタ君…」

 

「直接対決するまではとっておくつもりでしたけど、もうそんなこと言ってる状況でもありませんね」

 

祐は少し笑うと、モデナを強く抱きしめる。モデナとティアナがその行動を不思議に思っていると、祐の周囲が虹色に輝き出した。

 

「これは…」

 

モデナは光を見つめる。虹色の光に包まれいくと、身体に熱が戻るような感覚がした。とても安心できるような、そんな感情を抱いていると身体から感じていた痛みが和らいでいることに気が付く。光が消え、自分を見てみると汚れた服はそのままだが、身体から傷や痣がなくなっていた。

 

「この光は、まさか…」

 

「ロマーニさんの秘密を見てしまいましたから、僕の秘密も明かしておかないと。身体は大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ…」

 

そっと起こされて立ち上がると、痛みや疲労感もなかった。まだ信じられないといった顔で祐を見るモデナ。不思議な子だとは思っていたが、まかさ世界で話題の虹の光の正体が祐だったとは夢にも思わなかった。

 

「そんなこともできたなんてね…」

 

呆れたような視線を向けるティアナに祐が苦笑いをする。

 

「昔はできなかったんですけどね、少し前にできるようになりました。勿論自分にもできるので、僕は多少危ないことしても大丈夫ってなことに」

 

「それとこれとは話が別だから」

 

「……」

 

自分は危険な行動をしても問題ないと思ってもらおうとしたが、ティアナから突っぱねられてしまい祐は不服そうに黙ってしまった。おかしな雰囲気になりそうだったので、ティアナが空気を引き締める為に手を叩く。

 

「とにかく、ムティナ・アーリアを追うわよ。えっと…モデナ・ロマーニさんでいいわよね?ムティナが何処に行ったか知ってる?」

 

「できればそう呼んでくれると助かるよランスター執務官。それと、申し訳ない…気絶している間に彼女は見失ってしまった…」

 

暗い顔で話すモデナ。しかし一般人があれだけ痛めつけられればそれは仕方ない。ならばと気持ちを切り替えた。

 

「ならさっさとここを出ましょう。まだそう遠くには行ってない筈よ」

 

そこで祐がふと後ろを振り向く。そこには恐らく何かの装置と思われる奇妙な機械がビームの壁の中にあった。

 

「ロマーニさん、あの機械に見覚えはありますか?」

 

「彼女に痛めつけられる前、新しい発明品を試すと言っていた。恐らくその発明品なのだろうが…」

 

「いったいなんの装置だってのよ…」

 

三人が機材に目を向ける。所々が赤く光り、稼働していること以外は何も分からない。危機感はないが、これが先程感じた違和感の元のような気が祐にはするのだ。

 

「そういえば…ダイオラマ魔法球というマジックアイテムにヒントを得たと言っていた。色々とできることを増やしたとも」

 

「ダイオラマ魔法球…できることを増やした…まさか…」

 

「アマタ君、何か知ってるの?」

 

「ちょっとまずいかも…二人とも!一応少し下がって!」

 

モデナは突然のことに反応できなかったが、ティアナはモデナを抱えて後ろへ飛び退いた。その瞬間祐の手から放たれた光が装置を包む。すると装置は活動を停止し、赤い光も消えた。それ以外は何も起きない。

 

「説明してもらえると助かるんだけど!」

 

「違和感が消えた…ランスターさん!今何時ですか!」

 

「はぁ!?…ダメ!機器が反応してない!」

 

「急いで出ます!少し失礼!」

 

「きゃっ!」

 

「ちょっと!?」

 

祐は走り出すと二人を脇に抱えて跳躍する。するとその姿は光に包まれ、閃光のように出口へと一直線に突き進んだ。一瞬にして外に出ると二人を下ろす。状況が呑み込めていないティアナとモデナだが祐は自身のスマホを確認していた。

 

「映った、時間は…やっぱりか…!」

 

「ちょっとアマタ君!なんだっていうのよ!」

 

「あの場で時間が操作されてました!こっちでは一日と少しが経ってます!」

 

スマホの画面を二人に見せる。モデナが連れ去られたのは麻帆良祭初日の10月21日、しかしスマホの画面には10月23日と出ていた。

 

「なによそれ!あの場では二時間も経ってない筈よ!」

 

「簡単に言うとダイオラマ魔法球は中に入って生活することができるマジックアイテムです!そしてその中での一日は外では一時間、物によって時間の差がどれだけ生まれるかは異なりますが外と時間の流れが違うんです。恐らくその逆をやられました!」

 

「ということは、まずい…彼女には一日以上の時間ができたということか!?」

 

「今すぐ追わないと」

 

そこで祐のスマホに連絡が入ってくる。未対応のものも大量にあるが、たった今掛けてきた人物のものをとった。

 

「超さん!」

 

『ようやく繋がったネ、無事カナ祐サン?』

 

「俺は大丈夫!そっちは!?」

 

『麻帆良学園にはまだ何も問題は起きていないヨ。こちらも色々聞きたいことがあるが祐サン、繋がったところいきなりで申し訳ないガお伝えしたいことがあるネ』

 

「それって?」

 

『今こちらで麻帆良から離れた位置に大量のロボット軍団の反応を検知したネ。ロボットは大学部のものと似ているガ、どうやら武器を内蔵しているようダ。何か思い当たることはあるカナ?』

 

「あるね…超さん、その位置とかは」

 

『既に送信済みヨ』

 

「超さん最高!後で絶対お礼するから!」

 

「なんの話してるの?」

 

「さ、さぁ…だが、超さんというのは恐らく同級生の子だと思うが」

 

通話の内容は祐にしか聞こえていないので、他の二人はちんぷんかんぷんである。しかし祐の反応から察するに進展があったのは間違いなさそうだ。

 

『楽しみにしているヨ。さて祐サン、行くのダロウ?何かみんなに伝えておくことがあれば私が頼まれよう』

 

祐は一度視線を落とし、目を瞑るとゆっくりと開けた。

 

「俺は無事だって伝えておいて。それと…もう少し掛かるって」

 

『任されたヨ、気を付けて』

 

「うん、ありがとう」

 

通話を終え、祐は二人に向き直る。

 

「彼女の場所が分かりました。行きましょう」

 

気になる点は幾つもあるが、優先すべきはそこではない。ティアナとモデナは力強く頷いた。きっとこれから、戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 

スマホを耳から離すと、ポケットにしまいながら超は考え始めた。

 

「超さん」

 

「祐さんはどうでしたか?」

 

「大丈夫だそうヨ。声も元気だったネ」

 

それを聞いてほっとした様子の聡美と茶々丸。祐の無事を知りたがっている人物は他にもいる、その人物達にもなるべく早く伝えてあげるべきだろう。

 

「さて、伝言の件もある。彼女達の元に行くとしようカ」

 

「直接ですか?そうなると…」

 

「そろそろ彼女達に祐サンとどういった関係かを明かしてもいいダロウ。デメリットはあれど、その方が都合がいい点もあるネ」

 

「分かりました」

 

超に聡美が同意したところで、茶々丸が後ろを向いてある柱を凝視する。

 

「茶々丸?」

 

聡美が首を傾げると、超は目を細めた。

 

「やられた、まったく気付けなかったネ」

 

超が呟くと、柱から女性が現れる。茶々丸や超でさえその存在に気が付けていなかった、それは目の前の人物を聡美に最大限警戒させる理由としては充分過ぎた。現れた女性、先程は客としてきていた蒼崎橙子は眼鏡を外して笑顔を見せる。

 

「こんにちは、メイドさん達。私にも君達が彼とどういった関係なのか、是非とも教えてほしいな」

 

(人形師…冠位の魔術師に目を付けられたカ)

 

ここで選択を誤るわけにはいかない、彼女の一言一句に意識を集中させる必要がある。自分の為にも、彼の為にも。

 

この出会いは吉と出るか凶と出るか、超は思考を巡らせた。



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生まれた繋がり

始まった宝探しは既に盛り上がりを見せている。夕日が照らす麻帆良の街を、生徒と来場者が入り乱れた状態で賑やかに歩き回っていた。そんな光景を少し高い位置にある広場から慎二が眺めている。

 

「よう慎二、お前は参加しないのか?」

 

「…衛宮か」

 

後ろを振り向くと立っていたのは買い物袋を持った士郎だ。そちらを一瞥すると、再び参加者達に視線を戻した。

 

「賞品の為に歩き回るとか僕の趣味じゃないし、終わるまで精々休ませてもらうよ」

 

「そうか」

 

フェンスに寄り掛かる慎二の隣にやってくると、同じように寄り掛かった。その姿を横目で確認すると、士郎と目が合いそうだったので急いで逸らす。

 

「お前は何やってるんだよ?」

 

「打ち上げの準備。今の内にやっておいた方が後々楽だろ?」

 

「誰かに頼まれたのか」

 

「いいや、俺から言った。俺も宝探しって柄じゃないからな」

 

「あっそ」

 

暫く無言になる二人だが、呟くように慎二が言う。

 

「一昨日から逢襍佗を見てない」

 

「祐を?ああ、親戚の人が倒れて来れなくなったって話なら聞いたぞ」

 

「それ、本当だと思ってるか?」

 

「嘘だろ、たぶん」

 

即答する士郎。予想通りと言えば予想通りだ、あの石頭には最初から期待などしていない。先日の様子から察するに、結局またよく分からない問題に首を突っ込んでいるのだろう。

 

「しょうもない」

 

慎二の声が聞こえていなかったのかは分からない。ただ士郎はその後何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

宝探しに参加している明日菜は、ネギ・木乃香・刹那と行動を共にしていた。頭から祐のことは離れないが、それでもぼーっとしているよりはいいだろうと身体を動かすことにしたのだ。癪ではあるが、何もせずにいるのは祐自身が望んでいないだろうと思ったからでもある。

 

「お宝ってなんなんやろ~?」

 

「これだけ大きなイベントですから、それなりに価値のあるものかもしれませんね」

 

木乃香と刹那の少し後ろにいるネギを見る。カモを肩に乗せてついてきてはいるが、その顔は心ここにあらずといった状態だった。そんなネギの背中を明日菜が少し強めに叩いた。

 

「あひゃあ!な、何するんですか明日菜さん!」

 

「ご、ごめん…まさかそんなに驚くとは…」

 

思いの外大きかったネギのリアクションに明日菜も驚いた。声が聞こえた木乃香達もネギを見ている。

 

「まぁ、あれよ。ぼーっとしてると転ぶから、しっかりしなさいよね」

 

「は、はい…すみません」

 

「転んでもウチが手当てしてあげるから、安心してええよネギ君」

 

「木乃香さん…僕のことからかってませんか?」

 

「そないなことあらへんよ~、よしよし」

 

「やっぱりからかってます!」

 

頭を撫でてくる木乃香にネギが反応する。そうなっても手を振り払わないのがネギの優しいところかもしれない。明日菜と刹那がその様子を見て笑っていると、少し前を目立つ姿をした人物が通り過ぎた。

 

「ん?あ~!カンナちゃん!」

 

一人歩いていたカンナが振り向く。相手が木乃香だと分かるとこちらに近づいてきた。

 

「このえ、さっきぶり」

 

「また会えたなぁ、カンナちゃんも宝探ししとるん?」

 

「うん、みんなもいっしょ」

 

カンナが指さした方向を見ると、小林とトールが小走りでやってくる。小林も明日菜達に気が付いて会釈をした。

 

「あっ、さっきのメイドさん達。どうも」

 

会釈を返す明日菜達。ネギも橙子達の後に小林達をメイド喫茶に案内したので顔は覚えていた。

 

「こらカンナ!勝手に一人で進まないでください!」

 

「あう~」

 

カンナを捕まえたトールが俗に言うグリグリ攻撃をした。母と子には見えないので、姉と妹といったところだろうか。

 

「あの二人も仲良しさんやね、せっちゃんもウチにグリグリする?」

 

「しませんよ!?」

 

そんなことをしていると、明日菜の肩が軽くつつかれた。顔を向けるといつの間にか目の前に立っていたのは茶々丸である。次から次に忙しいなと明日菜は思った。

 

「茶々丸さん?どうかしたの?」

 

「突然すみません。少し、皆さんについてきていただきたいのです」

 

茶々丸のお願いに顔を見合わせる明日菜達。全員がもれなく不思議そうな表情を浮かべていた。

 

「いいけど…どこに?」

 

「ご案内いたします。すぐに出発してよろしいでしょうか?」

 

「う、うん」

 

よく分からないが断る理由もない。素直に茶々丸についていくことにした四人は小林達に一応挨拶をする。

 

「えっと、何か用事があるみたいなんで私達はこれで…」

 

「あ、はい。お気をつけて…でいいのかな?」

 

「ありがとうございます、それでは」

 

挨拶を終えると歩き出した茶々丸の後に続く明日菜達。木乃香はカンナに手を振ると、カンナも手を振り返した。

 

「なんだか忙しそうだったね」

 

「うん」

 

小林とカンナが後ろ姿を眺めながら話している間、トールは黙って明日菜達を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

茶々丸についていくこと数分、五人はすっかり人気のない場所に来ていた。

 

「あの、茶々丸さん?そろそろ目的の方を…」

 

遠慮気味に刹那が言うと、歩みは止めないまま茶々丸が応える。

 

「まず一つご報告なのですが、先程祐さんから連絡がありました。受けたのは超さんですが、祐さんは無事とのことです」

 

「ほんと!?」

 

「はい」

 

明日菜が身を乗り出して茶々丸の顔を覗いた。笑顔で返事をした茶々丸を見て、募っていた心配が消えていく。他の三人も一安心といった様子である。

 

「ただし、事件解決にはもう少し時間が掛かるとも仰っていたそうです」

 

「…そっか」

 

無事なのは分かったが、まだ問題が片付いたわけではないと分かると残念な気持ちにはなる。しかし一番重要な彼の安否が知れたことは間違いなく朗報だった。

 

「用事というのはそれと関係があることなんですか?」

 

「そうとも言えます」

 

ネギの質問に茶々丸は足を止めると、振り向いて明日菜達を見た。

 

「これから皆さんに、会っていただきたい方がいます」

 

「会ってほしい人?」

 

茶々丸は頷く、その顔は真剣そのものだ。

 

「会っていただきたいのは計三名です。内二人は皆さんもよく知っている方で、祐さんの協力者でもあります」

 

その人物も充分気になるが、それだけであればこんな空気にはならないだろう。これから会う人物は三人で、内二人はと言った。そうなると問題はあと一人だ。

 

「では、もう一人は?」

 

「もう一人は、これから協力者となるかもしれない方です」

 

 

 

 

 

 

辺りに人の気配がない更地には、数えきれないロボットが佇んでいた。その場の上空に浮いている一体のロボットに両手で抱えられている人物、ムティナがロボット軍団を眺めている。

 

「ふむ…それなりの数を用意したつもりだが、あの街を陥落させるのはまず無理だろう」

 

モデナを見つけてから麻帆良という場所を調べていたが、未だにあの街の全貌は掴めていない。普通の街ではないことは早々に理解していた、かと言って何を隠し持っているかは見当もつかない。だがそれは構わない、目的は制圧ではないのだから。

 

「目的はあの街に傷を残すこと、モデナ・ロマーニが愛したあの街を私が攻撃することだ」

 

そうすればあの街にとってモデナという存在は悪しきものとなる。その名を聞けば誰もが顔を顰めるようなものに。

 

「堪らないね、お前が大事にしているものを壊せるこの感覚は」

 

冷たく笑うムティナの目標はただ一つ、麻帆良学園都市だ。

 

 

 

 

 

 

茶々丸が先導して進んだ先は麻帆良学園の地下水路だった。初めて入るその場所に、明日菜達は辺りを見回しながら歩いている。

 

「こんなとこあったなんてウチ知らんかったわ」

 

「私も、ほんとなんでもあるわねこの街」

 

「着きました、こちらです」

 

何もないように見える壁に手を添える茶々丸。暫くすると物音と共に壁が動いて階段が現れた。

 

「もう驚くの疲れた…」

 

「お察しします…」

 

げんなりとした明日菜の背中を刹那が摩る。

 

階段を降りると、前方に見える巨大なドアから赤外線が飛んでくる。そこにいる全員に当たったのち、ドアがゆっくりと開いた。無表情で進む茶々丸と、恐る恐るついていく明日菜達を中で待っていた人物が出迎えた。

 

「やあ皆さん、わざわざご足労いただいて感謝ネ」

 

「お疲れ様です」

 

普段通りの様子で挨拶をする超と聡美に反して、明日菜達は目を見開いていた。

 

「超さんにハカセ⁉︎」

 

「祐さんの協力者って…」

 

「その通り。我々が祐さんの協力者ヨ」

 

「前々から逢襍佗さんを陰ながらサポートしていたんです」

 

「さ、サポートって?」

 

どこか誇らしげな二人。嘘を言っていると思ったわけではないが、サポートの内容は気になった。

 

「その内容は多岐にわたるネ。例えばみんなも見たあの白い戦闘服も私達の発明ヨ」

 

「我ながら中々いい仕事だったと自負してます」

 

「あれ二人が作った服やったんや」

 

「なんか納得…」

 

彼女達の高い知性と技術力は全員が知っている。どういった経由で祐と協力体制を取ったのかは分からないが、味方ということならば非常に頼もしい存在であった。

 

「あと先に言っておくガ、ネギ坊主が魔法使いということも知っているネ。だからオコジョも喋って無問題ヨ」

 

「ええ!なんで知ってるんですか!?」

 

(おい兄貴!認めるのが早いぞ!)

 

「鎌をかけたわけではない。心配無用ヨ、アルベール」

 

カモが驚きながら超を見るとウィンクを返された。暫く見つめた後、重い口を開く。

 

「可愛いじゃねぇか…」

 

呟くカモに呆れた視線を送る明日菜と刹那。祐といいカモといい、ちょっと可愛い仕草をされただけでちょろすぎると明日菜は思った。

 

「あの、超さん…なんでネギが魔法使いだって知ってたの?」

 

「私達は祐サンの協力者ヨ?彼の身の回りや周辺の人物のことも知っておかないとネ」

 

「答えになってなくない…?」

 

「そこのところは追々答えるヨ」

 

笑顔で話す超だが、こちらとしてはなんとも行き先不安な出だしである。

 

「さて、皆に来てもらったのは他でもない。目的は私達の立ち位置を知ってもらうこと、そしてもう一つは紹介したい人ができたからヨ」

 

超が少し横にずれると、ちょうど死角になっていた場所にある椅子から女性が立ち上がった。

 

「貴女は…」

 

現れた人物に思わず声が漏れる。眼鏡を外している橙子が笑顔でお辞儀をした。

 

「先程振りだねお嬢さん方。まず自己紹介しよう、名前は蒼崎橙子だ」

 

全員が教室に来ていた時とは違った印象を彼女から受ける。それは見た目の問題ではないが、上手く言語化はできなかった。

 

「肩書きは、そうだな…魔法…いや、魔術師ということで」

 

橙子の魔術師という言葉にネギとカモが反応すると、その顔からは強い警戒心を感じた。彼女からすれば予想通りの反応ではある。

 

「ネギ?」

 

「貴女は…魔術協会の魔術師ということですか?」

 

「今の私はちょっと立場が特殊ではあるが…そこ出身であることは間違いないよ、若き魔法使いくん」

 

頷いてみせる姿に表情がより険しくなる。ネギが何にそこまで反応しているのかは明日菜と木乃香には分からなかった。

 

「魔術師さんて、魔法使いとは違うん?」

 

「簡単に言えば畑が違うのさ、それに思想もな…」

 

視線は橙子に固定したままカモが説明をする。その表情は真剣そのものだ。

 

「魔術師ってのは兄貴達魔法使いとは目指してるものがまったく別だ。その目的の為なら非人道的なことも平気でやる、倫理観が表の世界とまるで違う連中なんすよ」

 

「なかなか言うじゃないかオコジョくん。だがまぁ、概ねその通りではあるな」

 

「な、なんか色々あるみたいね…」

 

「その…正直この二つの組織の関係は良好とは言い難いものですから」

 

緊張感が漂う室内に明日菜がそう呟く。専門家ではないが、刹那も魔術師がどのような集団かの話は聞いている。従ってネギ達魔法使いと魔術師がお世辞にも仲が良いとは言えないことも知っていた。

 

「思うところは多分にあるだろうさ、だがそれはこちらとて同じだ。私個人にしても君達が『魔法使い』を名乗ることに一言二言はあるが、それは一旦お互い置いておかないか?ここに来たのは思想のぶつけ合いをしにきたからではない」

 

魔法使いと魔術師の間にあるものはそう簡単に取り払えるものでは無い。また相手を快く思っていないのは何もこの二つの組織に限った話ではないのが、今の世界の複雑さを現していた。しかし橙子の目的は組織間のわだかまりに関する事などではない。

 

「メイド喫茶にお邪魔した時も言ったが、私はアマタユウ君に会って話したいだけだ。彼のことをもっと知りたい」

 

彼女が祐と会って話したいだけなら問題ないが、その相手がネギ達魔法使いと険悪な関係の組織の人物となれば話は変わってくる。少しずつ、明日菜達も橙子に警戒心を強めていった。

 

「そのままダンナを捕まえて、魔術協会に連れ去ろうってんじゃないだろうな?」

 

橙子がカモに視線を移し、その目を合わせる。緊張からか肩を掴むカモの足の力が強くなっているのを感じ、無意識にネギの身体にも力が入った。

 

「疑うのも無理ないが、そのつもりは微塵もない。彼を連れて魔術協会になど行けば、私も彼も運が良くて仲良く監禁生活だ」

 

「仲良くって…なんであんたまで?」

 

「こちらの蒼崎サンは魔術師ではあるが、同時に魔術師にその身を追われているからネ」

 

カモの疑問に話を黙って聞いていた超が答えた。全員が首を傾げる。

 

「追われてるって…何かしたんですか?」

 

「私は何も悪いことはしてないよ、寧ろ価値のあることをした。だがそれに目をつけられて、彼女の言う通り今では身を隠しながら慎ましく生活している。酷い話だろ?」

 

「は、はぁ…」

 

明確ではない答えに明日菜が反応に困っていると、カモがはっとした顔になる。

 

「なぁ、あんたまさかだが…封印指定でも受けたんじゃないだろうな?」

 

「勘のいい使い魔だね、なかなか有能じゃないか」

 

こちらを指をさす橙子にとんでもない厄ネタだとカモは頭を抱えた。同時にネギが驚いた顔をする。

 

「封印指定⁉︎じゃあ貴女が追われてるのって」

 

「私が身を隠すのは自由に生きる為だよ。成すべきことも成せず、首輪に繋がれながらの生活などまっぴらだ」

 

「明日菜サン達にはなんのことか分からない話だろうガ、今は流してほしいネ。ご希望であれば後で説明するヨ」

 

「あ、うん」

 

「ウチほんまになんも分からんわ」

 

明日菜と木乃香にはネギ達の会話がまったくと言っていいほど理解できない。混み合った事情があることは察せるがそこまでだ。

 

「私は君が何故そこまでこちら側の事情に精通しているのか、非常に気になるな」

 

「それを教えられる程の信頼はまだ無いネ」

 

「おっと手厳しい」

 

答えるのを拒否した超を見る橙子の目の光が一瞬強くなった気がしたが、瞼を閉じると視線を外した。

 

(やめておこう。せっかくの巡り合わせだ、上手くいけば今後重要な繋がりとなるかもしれない)

 

「怪しさ満載の人ダガ、彼女は名のある魔術師ネ。今後彼女の知識を借りることができるなら、きっと祐サンやみんなにプラスとなるヨ」

 

「だから私達に会わせたと?」

 

刹那に頷くことで答える。しかし刹那の視線は様々な疑念で満ちていた。それは超とて想定済みである。

 

「いやいや待ってくれ。確かにこの姉さんは凄腕もしれないが、封印指定を受けてる魔術師なんだろ?いくらなんでも博打過ぎやしないか」

 

「正直に言うと、彼女と関りを持つのは賭けだネ」

 

「おいおい…」

 

カモは平然と言ってのける超に頭が痛くなった。直接会話したのは初めてだが、彼女の聡明さは普段の生活を見ているだけでも分かる。そんな超がかなり危険な橋を渡っているのはカモには疑問だった。この魔術師にそれだけの価値があるということなのだろうか。

 

「しかし今後、祐サンは間違いなく魔術師とも相まみえることになる。私も多少の知識があるとは言え、専門家ではないネ。その点、彼女ほど魔術や魔術師に詳しい人物はそういない」

 

「そんな凄い人なんやね」

 

「人並み以上の自信はあるかな。それに彼女達には先に伝えたが、私は寧ろ彼の存在を魔術協会から隠しておきたいと思っている。まぁ、信じるかどうかは君達に任せるよ」

 

超の話を橙子が引き継ぐ形で続けた。何故だと言っているのが分かる目を周りから向けられ、理由を説明する。

 

「あの子の持っているものはまったく分からない。表の世界は元より、魔法使いであっても魔術師であってもそれは同じ。恐らくだがテレ…失礼、科学側の人間もその例には漏れないだろう。さらっと言ったがこれはとんでもないことだ、そんな価値のあるものを魔術協会に取られては宝の持ち腐れになる。私はね、あの光は彼が思うまま行動することでこそ真価を発揮するものだと思っている」

 

「思うままに…ですか?」

 

「これは経験からくる話だが…ああいったものは下手に制御しようとせず、適度に好きにさせておくのが一番だ。だが魔術協会はあの光を手中に収め、自分たちのものにしようと動くだろう。そして間違いなく失敗する。誰も得をしない結末さ」

 

「貴女には、逢襍佗さんをどうこうするつもりはないと?」

 

「その通りだよ。私はただ、彼自身と彼の持つものを理解していきたいだけだ。その為の協力なら喜んで請け負うさ」

 

彼女の熱意は本物のような気がするが、かと言って信じますと簡単には言えない。それはここにいる全員が思っていることだろうが、超はいったいどう考えているのだろうかとネギは視線を送った。それを受けて超が話し始める。

 

「今すぐに信用することができないのは百も承知ヨ。だから私達は、お互いが枷となる状態を作ったネ」

 

「かせって…なに?」

 

「本来は人を拘束する道具の名称ですが、この場合だと相手の行動を抑えつけるものという比喩表現ですね」

 

「…ふ~ん」

 

聡美が丁寧に説明すると、周囲からの視線に晒されて明日菜は若干顔を赤くしながら頷いた。

 

「姐さん…」

 

「な、なによ!分かんないことは聞いた方がいいでしょ!」

 

「質問するのは立派やで、ええ子やな明日菜~」

 

羞恥と恨めしさの混じった目を木乃香に向ける。今は橙子がこちらを見てくるのが異様に恥ずかしかった。

 

「えっと、超さん…その枷というのは」

 

「うむ、私も彼女も多少だがお互いの秘密を握った。どちらも外部に漏らされれば困るものネ」

 

「つまり何かやらかしたら秘密をバラされるから、ヘタなことはできないってことか?」

 

「その通りネ。これで全て解決!などと言うつもりはないガ、多少の抑止力にはなる」

 

「多少なんてものじゃない、居場所をバラされるだけで私としては死活問題だ。今の住居は結構気に入っているんだから」

 

「因みに私に何かあれば、蒼崎サンの情報はここにいるみんなに行き渡るようになってるネ」

 

(この嬢ちゃん、俺っち達を巻き込みやがったな…)

 

「というわけだ。私も決して少なくないリスクを払った、だから君達の仲間に入れてくれ」

 

「仲間にって…祐に関する括りってことですか?」

 

明日菜が困惑しながら聞くと橙子は頷いく。

 

「そうだ。あと今更なんだが、こちらのお嬢さん方は彼の協力者とは聞いた。君達は彼とどういった関係なんだ?まさか全員これか?」

 

「「違います!」」

 

橙子が小指を立てると明日菜と刹那が全力で否定した。その勢いに少し驚くが、やがて笑みを浮かべる。

 

「ああ、分かった。これに関して今つつくのはやめておくよ」

 

「私は祐サンの女ヨ」

 

「超さん!?」

 

賑やかになり始める室内に、張り詰めた空気が消えていく。そんな時、近くのデスクに寄り掛かった橙子が言った。

 

「さて、我々の自己紹介はこんなところか。次は君の番だぞ」

 

彼女の目線を追ってみるが、何もない場所に話し掛けているようにしか見えない。ネギがどうしたのかと尋ねようとしたのと同時、突然その場に人影が現れた。それに橙子と超以外の全員が驚愕する。何人かが戦闘の構えを取るが、影が次第に晴れると現れたのは見覚えのある姿だった。

 

「えっ!さっきのお姉さん⁉︎」

 

不機嫌そうな顔をして現れたトールはその目を橙子に向けている。

 

「なんで分かったんですか」

 

「それは教えられないな、まだ信用が足りてないってやつだ。君は確か…トールと呼ばれていたな」

 

超に倣ったのか似たようなことを言う橙子に対して、トールの不機嫌さが増したような気がした。

 

「私達の話をずっと聞いていたんだ、少しはそちらのことも話してくれないと不公平じゃないか?」

 

「貴女みたいな怪しい人に教えるわけにはいきません」

 

「盗み聞きしておいてそれはないだろ」

 

「あの、お二人とも…どうか穏便に」

 

再び重い雰囲気が漂い始めたところでネギが間に入る。少年に間を取り持たれた上で相手に詰め寄る程二人は子供ではないので、一旦どちらも下がった。

 

「貴女は祐サンに興味が無さそうな態度だったガ、わざわざここに来たということはそうではなかったようネ」

 

「私はカンナと違って、彼自体に興味はありません。ただ危険人物として無視できないだけです」

 

メイド喫茶に来た時からそうだったが、トールの祐への態度は一貫している。それは好意的なものとは言えなかった。

 

「危険人物って…祐はそんな奴じゃ」

 

「彼の人間性についてではありません。彼の持っている力のことです」

 

明日菜が祐のことを庇おうとすると、被せ気味にトールが言った。危険なのはあの力、悔しいがそう言われて即否定できるほどの証拠は持ってはいない。

 

「君はあれが何か知っているのか?」

 

「いいえ、だから危険なんです。さっきの話で貴女達も何かは分からないと言っていました。誰にも分からない未知の力…そんなものは間違いなく碌でもない連中に目を付けられるに決まっています」

 

「あの力が争いの元になると、そう考えるのは君の経験談からと見ていいのかな?」

 

「…ええ」

 

橙子とトールが話している中、超が右手を上げた。全員の視線がそちらに向く。

 

「これだけは教えてほしい。貴女はこの次元生まれカ?」

 

その質問にトールが口を閉じる。超を観察するように見つめると、暫くして深い呼吸をした。

 

「いいえ、違います」

 

「別次元の生命体ですか…」

 

聡美の呟きがよく聞こえる程に、室内が静寂に包まれた。

 

「さっきのを見る限り君の世界にも魔術…どう呼ばれているのかは分からないがそういったものは存在するんだろ?知識の面で君はどうだ」

 

「それなりにはありますよ、色々と見てきましたから」

 

「となれば、君の次元のものという可能性も低いか」

 

トールの正体にこれといった驚きを見せず橙子が話す。この態度は彼女の性格からくるものか、それとも大体の当たりを付けていたからなのか。

 

「それでこれも重要な部分だが、君の目的はなんだ?」

 

「私は大切な人に危害が及ばなければそれで構いません。ここに来たのは危険な要素である彼のことを何か知れればと思ったからです」

 

「大切な人というのは、隣にいた眼鏡の女性だな」

 

「言っておきますが、あの人に何かしようだなんて考えないでくださいね。そんなことすれば」

 

「私は人攫いでも殺人鬼でもないぞ、いったい私をなんだと思ってるんだ」

 

鋭い視線を向けて威嚇してくるトールを遮るように橙子は言った。何が悲しくて一般人を攫って幻想種に意味のない喧嘩を売らなければならないのか。橙子は好奇心の塊ではあるが、決して戦闘狂ではない。

 

「なぁ、聞いてばかりで申し訳ないんだが…結局あんたナニモンなんだ?別次元出身ってことしか分からねぇ」

 

「私は小林さんを愛し、そして小林さんに愛されている真のスーパーメイドです」

 

室内をまた沈黙が支配するが、前とは違いその理由は緊張感からではない。

 

「真のすーぱーメイドさんってなんやろね?」

 

「知らないわよ…」

 

木乃香と違い、明日菜は早々に思考を放棄した。過半数がこの後なんと言っていいか考えている中、橙子がはっきりと言い放つ。

 

「君は幻想種だろ、それも恐らく最上位の」

 

『えっ?』

 

「貴女ほんとなんなんですか」

 

メイド喫茶の時から思っていたが、やはり橙子はこちらの正体に気付いていた。魔術師として人並み以上の自信があるとは本人談だが、どうもこれは謙遜した上での発言なのかもしれない。

 

「幻想種の最上位って…ドラゴンとかだぜ?」

 

「ということは、お姉さんドラゴンなん?」

 

「……」

 

(あっ、この人ドラゴンだ)

 

木乃香から無言で目を逸らすトールを見てネギは確信した。となるとこの姿は人間に擬態しているということだろう。上位の幻想種ともなるとその力は想像を絶するものと言われており、そのような芸当ができたとしても不思議ではない。

 

「ドラゴンのメイド…メイドのドラゴン…宛らメイドラゴンってか!?」

 

「黙ってなさいアホガモ」

 

「姐さん当たりが強いっす」

 

「これは凄いネ、ドラゴンが協力者となれば心強いヨ」

 

「勝手に協力者にしないでください!」

 

「いやいやトールサン、これは貴女にとっても悪い話じゃないはずヨ」

 

「そうとも、君は彼を危険と考えているんだろ?なら彼の行動や情報を掴めている方が色々と都合がいい」

 

「そうなると、私達と繋がりを持つのは得じゃないカナ?」

 

いつの間に結託したのか超と橙子が協力体制を提案してくる。二人のことなど碌に知らないが、トールの勘が非常に厄介な組み合わせだと告げていた。

 

「有事の際には手を貸せるかもしれないぞ?君のような存在がどれだけそちらの次元に存在するのかは知らないが、そういったものがこちらで騒動を起こした時などはこの次元での協力者は欲しいんじゃないかな」

 

「…ご心配には及びません。仮に何かあったとしても、自分の次元のことは自分でなんとかします」

 

「貴女はきっと強いのだろうガ、何も障害は物理的なことのみというわけではないヨ。貴女にとって厄介なのは寧ろその部分ではないカ?」

 

トールの顔つきが徐々に険しくなるが、確実に関心は惹けていると二人は思った。

 

「それにダンナのことだ、その有事に関わる確率はかなりの高さだと思うぜ。ダンナ本人が望んでいようとなかろうとよ。あんたもそんな気はしてるんじゃねぇか?だったら余計に関係はあった方がいいってもんよ」

 

何か算段があるのか、カモが二人の案を後押しする。こちらを上手く乗せようとしているのか、この集団に信頼は到底置けない。しかし言われたことには一理あると思えた。知らないところで起きた問題が後から降りかかるより、何が起きたのか知っておくことができればそれは少なくないアドバンテージとなる。非常に悩ましいが、利点と欠点を天秤にかけてトールは答えを出した。

 

「あなた方を信用する気はさらさらありませんが、あの子の動向を探れるというならそれなりの価値はあると判断します。釘を刺しておきますけど、仲間になったわけじゃありませんからね」

 

「それで構わない。お互い上手くやっていこうじゃないか、それぞれの目的の為にな」

 

掌を上に向けて右手を差し出すと、超とトールに視線を送った。先に超が近づくと自分の右手を橙子の手に重ねる。

 

「有効的に活用し合うとしよう、持ちつ持たれつというやつネ」

 

黙って重ねられた手を見つめるトールだったが、やがてその場に向かうと少々雑に手を乗せた。

 

「せいぜい厄介事を起こさないようにしてください、私の望みは小林さんとの平穏なラブラブ生活なんです」

 

「一番問題を起こす可能性が高いのは、君の次元にいる奴らだったりしてな」

 

「勿論どんなところか知らないガ、一理あるネ」

 

「……」

 

それから無言で見つめ合う三人。その光景はとても友好的には見えないが、新たな繋がりが生まれたのは間違いなかった。

 

「ふふ、虹の光が導いた繋がりだ。きっと面白いことになるな」

 

「貴女は随分と楽天家なようですけど、よくこんな世界でそうも気楽にできますね」

 

「おや、トールさんはこの世界がお嫌いカナ?」

 

「…騒がしすぎるとは思っています」

 

「取り敢えず…纏まったってことでいいの?」

 

「恐らくは」

 

明日菜はなんとなく近くにいた茶々丸に耳打ちをするとそう返ってきた。見ていて不安しかない関係だが、祐を元に生まれたものなら自分達も無関係ではない。きっとこの二人とも今後顔を合わせることになるだろう、明日菜はどこかそう確信していた。

 

「あの〜…お嬢さん方、宜しければ俺っちもそこに入れてもらえると…」

 

「おお、すまないアルベール。すっかり忘れていたネ」

 

恐る恐る近寄るカモが輪に加わろうとした時、茶々丸の目が発光した。

 

「ポイント付近に高エネルギー反応、途轍もない速度で接近しています」

 

「えっ!急にどうしたの!?」

 

明日菜がそれに驚くと、手前のモニターを見ていた聡美が声を出した。

 

「超さん!動きがありました!例のロボット軍団の場所です!」

 

「おっ、来たネ!」

 

笑顔でその場を離れる超に釣られるように全員の視線がそちらに向かう。

 

「ロボット軍団?今やってる宝探しの話ですか?」

 

「どうもそうではないようだな」

 

トールと橙子が超の後に続いた。明日菜達も顔を見合わせてからその場に向かう。

 

「簡単に言うと、悪の科学者がロボット軍団を率いて破壊活動を行うつもりのようネ。狙いは恐らく麻帆良ヨ」

 

「なんだって!?」

 

「本当ですか超さん!?」

 

ネギとカモが詰め寄ると、その肩に手を置いて落ち着かせた。

 

「落ち着けネギ坊主、心配ないヨ」

 

「場所を教えてください。その人がなんなのかは分かりませんが、今この場を攻撃するつもりなら私が」

 

「だから、落ち着けと言っていただろう。考えがあるんだろ?超くん」

 

ネギに続いて超に接近したトールをあくまで冷静に橙子が制した。超がそちらに顔を向ける。

 

「先程茶々丸が言っていたダロウ?高エネルギーが接近していると」

 

その発言でどういうことかを理解した橙子が笑みを浮かべる。トールは二人を怪訝な表情で見た。

 

「いったい何を……まさか…」

 

「彼が動いたんだな」

 

橙子の目は期待に満ちている、対して明日菜の表情は明るいものではなかった。

 

「祐…」

 

 

 

 

 

 

「さて、それでは行くとしようか」

 

麻帆良に向けてロボット軍団を飛び立たせようとしていたムティナ。しかしそんな彼女達を突如巨大な光のドームが包み込んだ。

 

「は?なんだ、これは…」

 

呆気に取られるムティナの視線の先に、今度は眩い虹の光の柱が降り注ぐ。現れた光、そしてドームの色を見てムティナが眉間に皺をよせた。

 

「おいおい、この参加者は聞いてないぞ」

 

光が晴れるとその場には三人の人物が立っていた。二人は知っている、ティアナとモデナだ。しかしその間にいる頭部全体を装甲で覆った白い戦闘服の人物は未確認である。だがあの光を見れば嫌でも想像はつく、あいつが来たのだ。

 

「虹の奴か…!」

 

額の装甲部分から虹の光で形作られたV字アンテナとツインアイを輝かせ、その顔はムティナに向けられている。

 

「お前はここで行き止まりだ、ムティナ・アーリア」

 

発せられた声は男性であること以外は分からない、しかしムティナの耳にそれは妙に響き渡った気がした。



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化け物はどちら

虹の光を操る者、その存在は知っていた。アウトレットの爆発から、幾多の事件に関わったであろう人物だ。ムティナからすれば、面白くなりそうな騒動を早々に片付けてしまう邪魔な存在であった。忌々しいものを見るかのように表情が歪む。

 

「どんな奴かと思っていたが、随分ヒーロ然とした格好じゃないか。宛ら正義の味方気取りか?」

 

煽るような言動に祐は何も返すことはなく、それがムティナを更に苛立たせる。

 

「おまけにユーモアも無いときた、がっかりだな」

 

隣にいたティアナが一歩前に出て、ムティナにクロスミラージュを向けた。

 

「ムティナ・アーリア!このロボット達を停止させて、今すぐ投降しなさい!」

 

「これはこれはランスター執務官!君達時空管理局が虹の光とそこまでの仲だったとは私も知らなかったよ!都合のいい戦力を手に入れられてさぞ満足だろうね!」

 

「勘違いしないで!この人が勝手に来ただけよ!別に呼んでないわ!」

 

何故か逆ギレをするティアナに何とも言えない顔をするモデナ。そんな状況でも祐は黙ってムティナを見ている。普段とはまるで違う雰囲気に、モデナは少し不安を覚えた。

 

「生憎だがねランスター執務官、私の一番の目的を果たせない状態で捕まるわけにはいかないんだ。君が予想よりはるかに早く出てきてしまったこと、そして強力な助っ人を連れてきたことは少々計算外だったが…行動を変えるつもりはない」

 

「君は…麻帆良を攻撃するつもりか」

 

「そうだよ、(モデナ)はあの街が好きだろう?だから、この(ムティナ)が傷を付けてやるのさ!」

 

「目的は私の筈だ!麻帆良は関係ない!」

 

「お前が目的だから麻帆良を攻撃するんだよ!自分自身より、自分の大切なものが傷つけられる方がお前が苦しむだろうからな!」

 

苦虫を嚙み潰したような表情になるモデナ。そんな彼女の肩に祐の手が乗せられる。顔は依然ムティナに向けられたままだが、その手からは温かさを感じた。

 

「お前が麻帆良の地を踏むことはない。さっきも言ったが、お前はここまでだ」

 

「ああ、そうかい…気に入らないな!」

 

指を鳴らすとロボット達が一斉に飛び上がる。光のドームを越えようとするが、その壁を通り抜けることは叶わなかった。

 

「ちっ!どんなインチキだ…!」

 

祐はティアナとモデナの手を取ると、ビフレストでドームの外へ出る。

 

「ロマーニさんはここにいてください。ここなら戦闘の余波を受けません」

 

そう言って戻ろうとする祐とティアナの背中にモデナの声が掛かる。

 

「すまない…彼女を…私を頼む」

 

二人は頷くとドームの中へと戻り、そこで祐がティアナに言った。

 

「ロボットは全て俺に任せてください。ランスターさんはムティナをお願いします」

 

「まさか、全部相手にする気?」

 

「やれます」

 

「…分かった」

 

即答した祐にティアナは一瞬迷ったが、頷いてムティナへ向かって進んでいく。祐も同様に前に進んだ。

 

「戦闘開始だ、全機で迎撃しろ!」

 

一斉にこちらに向かってくるロボットの軍勢。祐は右の拳を握るとそこに光が収束する。そして拳を突き出すと、光が一直線に伸びて敵を消し飛ばしていく。光はそのまま軌道を変えながら伸び続け、ムティナがいる場所を目指していった。

 

「この光に乗ってください、ムティナのところまで行けます」

 

「私は触っても大丈夫なの…?」

 

「ランスターさんは大丈夫ですよ」

 

「信じてるからね!」

 

光に自棄気味に飛び乗ると、それをレールのようにして進んでいく。向かってくる敵は撃ち落としつつ、直接光に触れたロボットは破壊されて落下していった。

 

「まるでウィングロードね…ほんとなんなのよこの光!」

 

「それはこちらの台詞だ!」

 

追尾してくる光から逃れるのは時間の無駄だと判断したムティナは、地上に降りて迎え撃つことに決めた。光に乗って近づいてくるティアナに対して、手首にリング状の装置をはめると戦闘態勢を取る。

 

「来たまえよランスター執務官…まずはお前から叩き潰してやる!」

 

「やれるもんならやってみなさいよ!」

 

 

 

 

 

 

「ま、また変なことやってる…」

 

「てか一緒にいるあのお嬢さんは誰だ?」

 

空間に映し出された巨大なモニターから祐達の姿を見ている明日菜達。超の衛星によってその光景は映し出されていた。

 

「音声は拾えないのか?」

 

「宇宙から観察しているからネ、音声までは無理ヨ」

 

「そうか。欲を言えばもう少し近くで見ていたいが、確認できるだけでも満足しなければな」

 

映像を見ながら橙子は興奮している様子だった。興味津々といった具合に目を輝かせており、その姿はどこか子供のようでもある。

 

「本当に何も分かっていないんですか?あの光に関して」

 

「魔法でも魔術でもない。色々なことができる。分かっているのはそれくらいネ」

 

「……」

 

視線をモニターに戻したトールの表情は橙子とは反対に苦々しいものだ。そこでふと周りを見回してみると、過半数は心配そうに映像を見ている。暫く各々の表情を確認すれば、なんとなく彼とここにいる者達の関係性が見えてきたような気がした。

 

(不安そうにしている人が何人かいますね。彼が戦うことはあまり快く思われていないのでしょうか)

 

 

 

 

 

 

印を結ぶかのように手指を組み替えて、左手を地面に叩きつける。すると地面から無数の光の糸のような物が現れ、ロボット達を絡めとるとそのまま地面へと吸い込んでいった。正面から攻撃を放たれれば、両手を広げて光の幕を作り出す。オーロラのように広がった光はレーザーを消し去り、祐が掌でオーロラを押し出すようにすると前進して敵を通過していく。光が通り過ぎた場所にいたロボットは崩れ落ち、バラバラに分解された。

 

「ふざけた力だ…!なんなんだあれは!」

 

「それはこっちも聞きたいわね!」

 

エネルギー弾を放つティアナと、手首の装置から発生させた魔力シールドでそれを弾くムティナ。時折祐の方向に視線を向ければ、そちらは訳の分からない状況になっている。双方自身の戦闘に集中しつつも頭痛がしていた。

 

「その動き…貴女やっぱりただの科学者じゃないわね」

 

「ご明察、この私の身体は君にも馴染み深いものだ」

 

「…戦闘機人」

 

「流石だよランスター執務官。やはり同じ存在が近くに居ると分かるものなのかな?」

 

「あんたとあの子達を一括りにしないでもらいたいわ!」

 

ティアナが攻撃を放つと、弾は全てムティナのいる位置から離れた場所に向かった。一瞬不審に思ったが、意図的に外したと分かると急いでその場から飛び退く。放たれた弾はムティナを取り囲むように設置されており、多方面から襲い掛かる。向かってくる弾丸を対処していくが、背後からの一発が背中に当たった。

 

「ぐっ!」

 

膝を着きかけるが次の攻撃が迫ってきていることから、無理やり身体を動かして回避を行う。常人の身体能力では成しえない動きだ。

 

「小賢しい技を使うじゃないか、性格が出るね」

 

「お生憎様、素直な性格じゃないのは自分が一番よく知ってるわ」

 

「だろうな!」

 

今度は装置からビームを発射するムティナ。攻撃を避けながら反撃するティアナだが、お互いの距離は縮まりつつあった。戦闘範囲が狭まったことで両手にエネルギーを纏い、ティアナ目掛けて殴りかかる。ティアナはクロスミラージュをダガーモードに切り替えて受け止めた。

 

「私は射撃より肉弾戦の方が好きでね、予想外のことばかりでイライラしてるんだ…付き合ってくれ!」

 

「性格出るわね!」

 

拳を押し返し、右手のクロスミラージュをガンズモードに変えて後退しながら牽制をする。防御しつつ、再びその距離を縮めようとムティナは進んだ。

 

 

 

 

 

 

一方ロボット軍団を相手にしていた祐は、着実にその数を減らしていた。近くにいた一体を殴って破壊すると残りの数を大まかに確認する。今やムティナは完全にティアナを、ロボットは祐のみに攻撃を絞っていた。残りの全機体がこちらに向かっている、これは祐にとって都合がいい状況だ。

 

両手を握り締めると、重心を低くして全身に力を入れる。身体から溢れ出した光をそのままに高速で回転し始めた。祐を中心に巨大な渦を作り出し、向かってきていたロボット達がその渦に少しずつ巻き込まていく。光の嵐はやがて全てのロボットを捕らえた。

 

「残りの全てを巻き込んだのか!?くそっ!」

 

「またあの子は…!」

 

巻き起こる嵐を見て、呑まれないようにと距離を取るムティナとティアナ。離れていたモデナでさえも風に煽られ、近くの大木に掴まっている。

 

回転をやめて両手をすくい上げるように大きく上げると、光の嵐はその勢いを更に増した。気付けばドームは消え、嵐は地上から上空に浮かび上がる。常軌を逸した現象にそこにいる誰もが嵐を見つめた。拳を握り、腕を交差して勢いよく振り払う。暴れ回る巨大な嵐は、その瞬間大爆発を起こす。『エクスプローディング・テンペスト』が大気を揺らした。

 

爆発が晴れると、嵐だった光が粒子となって大地に降り注ぐ。幻想的ともいえる光景だが、いつまでも目を奪われているわけにはいかない。目を見開いてその状況を見つめるムティナに少しだけ同情を覚えながら、ティアナは最後通告を行う。

 

「全滅だと…?こんな…短時間で…」

 

「もういいでしょ。投降しなさい、ムティナ・アーリア」

 

ゆっくりとティアナに視線を向けるムティナ。遠くに見えるモデナもその視界に収めると、虚ろだった目に怒りという炎が宿っていく。やがて瞳だけではなく、怒りはムティナとい存在そのものを包み込んだ。

 

「ふざけるな!ずっとこの時を待ち望んでいたんだぞ!私を消そうとしたあいつに復讐するこの時を!」

 

「それを…こんな…こんな訳も分からない奴に潰されるのか!どこの誰とも知らない奴に!」

 

大きな雄叫びをあげると両手に魔力を集中させる。ムティナの感情を表すかのように禍々しい光が出来上がる。

 

「殺す…お前だけでも絶対に!」

 

その目に映るのはモデナのみ、血走った瞳で睨みつけてがむしゃらに走りだす。瞬間ティアナが一直線に向かうムティナの少し先を撃って砂塵を起こした。目くらましのつもりだろうが関係ない、スピードをそのままに走り抜ける。煙が消えると目の前に現れたのはティアナだ、後方には変わらずモデナも確認できる。ならばここで纏めて消し去ればいい。溜めていた魔力を一気に放出してティアナ達に撃ちだした。

 

「お前ごと抹消してやる!残骸は私ではない…お前だ!」

 

光に飲まれる二人。ティアナはこれだけの至近距離、そしてモデナはそもそも防ぐ術を持っていない。己に残るほとんどの魔力を込めた一撃だ。確実に消し去れた筈である。

 

「熱くなりすぎてなんにも見えてないわね」

 

声が聞こえた。後ろを振り向くとそこにはこちらに狙いを定めるティアナと、無傷のモデナがいる。クロスミラージュには既に多くの魔力が溜まっているように見えた。

 

「まさか…幻影」

 

「痛いのいくから覚悟しなさい!」

 

急いで阻止しようとするが、上手く身体に力が入らない。それどころか足が縺れ、膝を着いてしまった。あれだけの魔力を込めたのだ、向こう見ずな行動が生んだあまりにも無様な結果だと自分のことながら思える。気がつくと虹の光に身体が固定され始めたことに気がつく。いよいよ打つ手がなくなった、こちらに手をかざす祐を睨み付ける。

 

「ふざけやがって…」

 

届かないと分かっていても手を伸ばす。憎しみの対象である自分自身へ、この世のどんなものよりも憎い存在へ。

 

「お前は…!どこまで!」

 

「ファントムブレイザー!!」

 

全身を覆う巨大な光に飲まれ、視界は一色に染まった。

 

 

 

 

 

 

地面に横たわるムティナ。先程の技は非殺傷設定で放ったので息はあるが、その姿はまさに満身創痍だった。ゆっくりとティアナが近寄っていく。うつ伏せに倒れているムティナが拳を握り締めた。

 

「これでお前は…完全に私を捨てることができたわけだ…嬉しくて堪らないか?」

 

モデナが痛ましい表情で見つめる。許されるのなら耳を塞ぎ、目を背けたい。だがきっとそれはすべきではない、自分には彼女の言葉を聞く責任がある。

 

「お前は、人殺しだ…手に負えないからと私を切り取って…お前だけが平和に暮らす。私とお前は別人じゃない、一人の人間だというのに」

 

「誰よりも卑怯な奴だ…お前は、誰よりも…」

 

「ムティナ・アーリア、貴女を逮捕します」

 

ティアナがムティナの腕を掴むと、素早く腕を掴み返された。

 

「ランスターさん!」

 

「とっておきだ…味わっていけ!」

 

ティアナにムティナから何かが流れ込んでくる。これは感情だ、彼女の怒り・憎しみといった負の感情が強制的に押し寄せた。物理的な衝撃はなくとも、ティアナの精神に多大な苦痛を与え始める。

 

「あぐっ!」

 

精神への過剰な負担によりティアナの表情が歪む。すると一瞬で祐が二人の間に入り、ムティナの腕を掴んで強制的に離した。ムティナはそれに笑っている。

 

「今度はお前だ!」

 

ティアナからは引き離したものの、今度は祐にターゲットを変えて再び感情を流し込んだ。

 

「私が生み出した魔法だ…己の怒りや憎しみを触れた相手に流し込む!並の人間なら精神が壊れてしまうかもな!」

 

息も絶え絶えながら口元は吊り上がり、その目は狂気に満ちている。それは邪悪を形容したかのような姿だった。

 

「何故私がすぐに消えなかったか!それは切り離されても、それだけで存在できるほどにこの感情が強大だったからだ!私は残りカスではない…モデナ!お前こそが残りカスだ!お前が偽物なんだ!」

 

叫びながら感情をぶつけ続けるムティナ。モデナがこちらに走ってきているがもう遅い、これだけ流し込まれれば受けたダメージは計り知れないだろう。己の身体が限界を迎え意識が遠のくが、この手だけは絶対に離すものかと力を籠める。そこで彼女は気が付いた、今間違いなく自分の腕を強く握られたことに。

 

祐は頭部の装甲を開き、認識障害のシステムも停止させた。現れた顔を見てムティナが驚愕する。

 

「なっ!?お前…!」

 

「お前のは見せてもらった。だから、今度は俺のを見せてやる」

 

瞳が虹色に輝くと、ムティナは思わず祐と目を合わせてしまった。それが今最もしてはいけない行動だったと知らずに。

 

「あああああああ!!」

 

突然発狂し始めたムティナが暴れまわる。しかし祐はその腕をしっかりと握り、離すことはなかった。その光景にモデナは足を止め、呆然と見つめる。

 

「いったい…何が…」

 

祐が手を離した瞬間、ムティナは頭を抱えてのたうち回る。その姿を無言で見る祐は驚くほど冷たい表情で、暫くするとムティナの動きが止まったが全身が痙攣を起こしていた。

 

「アマタ君…今のは…」

 

「流れてきた感情を押し戻したんですよ。効果があるかは賭けでしたけど、有効だったみたいですね」

 

「…そうか」

 

聞こえた声は普段通りだったが、ムティナに視線を向け続ける祐の顔は見えない。モデナは祐の表情を覗こうとも、今の話を詳しく聞こうとも思えなかった。見るべきではない、聞くべきではないと何故かそう強く感じたからである。

 

祐が振り向き、膝を着いて荒い呼吸を繰り返すティアナに近づくと背中を摩った。

 

「ランスターさん、深呼吸してください」

 

素直に深い呼吸に切り替えるティアナ、次第に落ち着きを取り戻し始める。

 

「そのままゆっくり呼吸を繰り返して、急がなくて大丈夫です」

 

優しく声を掛けながら背中を摩り続ける祐。余裕が出てきたのか、ティアナは顔を上げた。

 

「ごめん、ありがと。だいぶ良くなったわ…」

 

まだ顔色は悪いが、会話をこなせるほど回復してきている。もう少しすれば元の状態に戻れるだろう。立ち上がろうとするティアナを支えると、遠慮気味にほんの少しだけ体重を預けてきた。

 

「最悪…最後の最後でとんでもない目に遭ったわ…」

 

「文字通り奥の手だったんでしょうね、肝が冷えましたよ」

 

「彼女は、どうなったんだ?」

 

力なく地面に倒れ伏しているムティナを見ながらモデナが口を開く。その表情は優れないが、それは当然だろう。

 

「死んではいません。ただ魔力を使い果たし、身体は元より精神的にもダメージを受けています。相当疲弊してるでしょうから、暫くは満足に動けないと思いますよ」

 

「取り敢えず…」

 

ティアナは魔力で発生させたリングをムティナの全身に掛けて自由を奪う。目に見えて分かる程厳重な捕縛だ。

 

「まだ足りないかも」

 

「僕からも追加でやっておきます。これでそう簡単には解除できませんよ」

 

腕をかざし、ティアナが行ったリングバインドに虹の光を上乗せする。充分すぎる拘束だろう。

 

事件の終わりを感じ、全身から力が抜けた様子でモデナが座り込んだ。彼女達からすれば十数時間の出来事だったが、とてもそうは思えない負担が掛かったのは言うまでもない。

 

「まだ色々やらなきゃならないことはあるけど…一番の山場は越えたわね」

 

疲れた顔で呟くティアナ。支えていた祐は彼女を優しく地面に座らせる。

 

「アマタ君?」

 

「少し楽にしてください。見張りは僕がしっかりやっときますから」

 

「きみってタフよね…」

 

「頑丈なのが取り柄なんで」

 

 

 

 

 

 

静まり返る室内。全員がモニターに視線を集中させながらも、誰一人と口を開かなかった。そんな中、一番最初に声を出したのは橙子だ。

 

「最後のは映像だとよく分からなかったが、どうやら終わったようだな」

 

「そのようネ」

 

同意する超。周りと違い、燈子は満足げである。

 

「さて、いい頃合いだ。名残惜しいが私はそろそろ失礼するとしよう」

 

「おや、もう帰るのカナ?」

 

「彼はまだ少し掛かるだろうし、待たせている子もいるんでね」

 

デスクに寄り掛かった状態から立ち上がる。本来の目的は果たせていないが、それでも得るものは多くあった。

 

「彼との再会は叶わなかったが、新たな繋がりを得られた上に素晴らしいものも見れた。充分すぎるくらだ」

 

懐からメモ帳を取り出し、何かを書いて紙を一枚超に渡す。

 

「私の連絡先だ。何かあればここに掛けてくれ、力になろう。その代わり」

 

続きを言おうとしたところで超が別の紙を渡してきた。橙子の言わんとしていることは分かっていたのだろう。

 

「勿論、こちらも力を貸すヨ。私の連絡先ネ、貴女のことは祐サンにしっかりと伝えておくから安心するヨロシ」

 

「助かるよ」

 

笑顔で紙を受け取ると、新たに連絡先を書いて今度はトールに見せる。予想通りトールは手を伸ばしてはこなかった。

 

「変な機能はない、ただの紙だ。取り合えずここは受け取ってくれないか?」

 

言う通り目の前の紙からは特殊な気配はしない。信用はしないが関係は作ったのだ、渋々といった様子で紙を受け取る。すると橙子が掌を差し出した。

 

「…なんですか?」

 

「君の連絡先をくれ」

 

「え~…」

 

気が乗らないのを隠そうともしないトールの態度を笑う。ドラゴンというだけでも興味が湧くというのに、表情豊かな彼女は本当に面白い。

 

「君の知識を借りたいときが来るかもしれないだろ?それに君の連絡先だけ知らないのは不公平だ」

 

気が付くと橙子の隣で超も手を出していた。トールは大きなため息をつく。

 

「紙もらえます?」

 

「喜んで」

 

紙を二枚もらい、そこに番号を書いて手渡した。超と燈子は笑顔である。

 

「分かってるとは思いますけど、本当に必要な時以外は掛けてこないでくださいね!」

 

「モーニングコールでもしてやろうか?」

 

「したらぶっ飛ばしますよ」

 

「それは恐ろしいな」

 

軽い調子で応えると一息ついて歩き出す、やがて扉に近づくと振り返った。

 

「これからよろしく頼むよ、皆様方。学生諸君はこの後も楽しんでくれ、それと…」

 

「素敵な出会いに感謝する。また近いうちに会おう」

 

最後にそう言って橙子は部屋から出ていった。次にトールが動きを見せる。

 

「私も失礼します、小林さんとカンナが待っていますので」

 

「お気を付けて、連絡待ってるネ」

 

「連絡するような問題が起きないことを願ってます」

 

そこで周りを見回すと必然的に明日菜達と目が合う。お互いがじっと相手を見つめていると、トールが気の毒そうな顔をした。明日菜は首を傾げる。

 

「えっと…」

 

「あなた達は色々と苦労しますね」

 

「へ?」

 

「それでは」

 

瞬間トールの背後に魔法陣が現れ、それをすり抜けると彼女は消えた。明日菜は瞬きを数回してからネギを見る。

 

「どういうこと…?」

 

「わ、分かりません…」

 

不思議そうな顔をする明日菜達を超が静かに見つめ、一度目を閉じてから手を叩いた。

 

「協力感謝するヨ皆サン、無事我々は新たな同盟を得ることができた。これはきっと大きなアドバンテージとなるネ」

 

「大丈夫なのでしょうか?彼女達と繋がりを持つのは…」

 

「100パーセント安全なことなどないヨ刹那さん。大きなことを成し遂げる為にはそれ相応のリスクは背負わねばならない、この関係にはその価値があると私は信じてるネ」

 

どこか自信を持って断言する超に返す言葉は刹那になかった。思考に耽る刹那達に向かって超は明るく声を掛ける。

 

「堅苦しいのはここまでにしよう。もうすぐ麻帆良祭も終わる、私達も残りの時間を楽しもうではないカ」

 

「この街を守ってくれた、祐サンの活躍を無駄にしない為にもネ」

 

 

 

 

 

 

戦闘が行われた場所に多くのパトカーがやってくる。そのうちの一台から我先にと最初に降りてきたのは源八であった。

 

「おお!ランスター執務官!ご無事ですか!」

 

病み上がりにも関わらず全力疾走をする源八を心配に思いながらも、ティアナが笑顔を浮かべる。

 

「はい、私達は無事です。彼のお陰ですね」

 

その言葉と共にティアナの後ろから祐が顔を出す。

 

「どうもゲンさん、お久し振りです」

 

にこやかに挨拶をしてくる祐を見て、源八は笑うと彼の肩を叩いた。

 

「久し振りだなボウズ!あと…すまん、今回も世話になっちまったな」

 

「よしてくださいよ、相変わらず好き勝手にやっただけです」

 

苦笑いをする祐から周囲に目を向けると、台風でも通り過ぎたのかと思えてしまう規模で周りは荒れ果てていた。

 

「あ〜…確かに派手にやったみたいだな」

 

「そこに関しましては反省しております」

 

頭を下げてそう言うが、少なくともここには祐を非難する者は居なかった。

 

「まぁ、みんな無事ならそれでいいんだ。お前が好き好んで周りを壊して回るような奴じゃないことぐらいは知ってる」

 

「恐縮です」

 

明るい調子で会話をする二人だが、後からやってくる警官達は神妙な面持ちで未だ倒れているムティナを取り囲んでる。源八も表情を引き締め、そちらを見た。

 

「たく…随分と引っ掻き回してくれたな」

 

「時空管理局にも連絡済みです。彼女の身柄を拘束する為にもうじき」

 

ティアナが説明している途中で空から影が落ちる。その正体は今話題に出た時空管理局の次元空間航行艦船であった。

 

「来ましたね」

 

「みたいですな」

 

お互い空を見上げるティアナと源八。少しして源八は再び祐を見る、正確には祐が後ろに隠している人物をだが。

 

「でだ…そろそろその後ろにいる人が誰なのか、教えてもらえるか?」

 

「説明すると長くなるんですが、取り敢えずこれだけは先に伝えておきますね。僕の後ろにいる方は危険な人ではないです、それだけは信じてください」

 

「そりゃいいが…いったいなんだってんだ?」

 

祐が少し横にずれながら、後ろの人物の背中をそっと押して前に出させる。その顔を見て当然源八は驚愕した。

 

「ム、ムティナ・アーリアじゃねぇか!」

 

その大きな声に全員が反応すると、驚いてから銃を向け始める。

 

「はい待ってください皆さん!ムティナ・アーリアはあっち!こちらはモデナ・ロマーニさんです!」

 

前に出でモデナを庇いながら大声で伝える祐。仕方がないが、そう言われても源八達は首を傾げるか困惑しているかのどちらかだ。

 

「いやどう言うこったよ!その嬢ちゃんはムティナとは別人ってことか⁉︎」

 

「元は一緒です、でも今は違います」

 

「……分からん!」

 

「はぁ…」

 

源八達には元より、艦船から降りてき始めた局員達にも詳しく説明せねばならないとティアナはため息をついた。

 

それから騒がしくはなったものの、ティアナと祐の必死の説明によりモデナとムティナの関係、そして事件の真相がこの場にいる全員に伝わった。

 

「つまり彼女は…その別れた半身って感じでいいんだよな?」

 

「大方その認識で間違いないかと」

 

周囲の警官や局員がなんとか聞いた話を自分の中で落とし込んでいると、モデナが暗い表情で頭を下げた。

 

「別れたとはいえ、彼女が私であることは変わらない…私は沢山の人達を傷つけてしまった…謝って済む問題ではないけれど、それでも…本当に申し訳ない…」

 

時折声を詰まらせながら謝罪をするモデナを見て、周りは難しい顔をする。

 

「あんたがしたことについては…正直俺らじゃなんとも言えねぇ。ランスター執務官、そっちでは前例があったりするのか?」

 

「いいえ、私が知る限りではありません。こちらとしても、彼女の処遇は簡単には決められないと思います」

 

モデナがしたこと、それは自分の感情を切り離したというもの。如何せん前例がない事件で、彼女の罪を決めるのは容易いことではない。

 

「少なくとも、彼女が発端となったのは間違いありません。モデナさん、貴女にも私達と一緒に来てもらうことになるわ」

 

静かに頷くモデナの姿を見ていると同情をしてしまう。しかし彼女の行動がこの結果を招いたことは確かで、あくまで冷静にティアナは判断を下した。

 

「あの〜…すみません、よろしいでしょうか?」

 

祐が小さく手を上げると全員がそちらを見る。

 

「ロマーニさんは、これから麻帆良には暫く戻れないんですよね?」

 

「…そうなるでしょうね」

 

「なら、どうしても一つだけ叶えてほしいお願いがあるんです」

 

 

 

 

 

 

「そんな大事な話に何故呼ばなかったのですか!」

 

「そうよ!私達だって祐君同盟の一員でしょ!」

 

「祐君同盟って…」

 

地下水路の秘密の場所から地上に戻った明日菜達は、イベントを終えて打ち上げの作業を始めようとしていたあやか・ハルナ・和美・さよを呼んで先程のことを説明した。予想はしていたが、あやかとハルナは自分達がその場に居なかったことに納得がいかない様子である。

 

「し、仕方ないじゃない…私達だって急に呼ばれたんだから…」

 

「みんなを仲間はずれにしたわけやないんよ」

 

「それはそうかもしれませんが…」

 

「まぁまぁ、いいじゃない。お相手がいたんなら実際時間はなかったんだろうしさ」

 

一旦和美がその場を収めて話を進めようとする。和美もできればその場に居たかったが、既に終わってしまったことだ。

 

「でもさっきのお客さん、アオザキさんとトールさんでしたっけ?お二人はその…信じても大丈夫なんでしょうか…」

 

不安そうな表情のさよがそう聞くと、明日菜達は困ったような顔になる。それを見ると例の場所に居なかったメンバーはどうにも不安になった。

 

「正直に言うと、分かりません」

 

「超さんが一応の策を講じてはいますが、私達はあのお二人のことを碌に知りませんから…」

 

ネギに続いて刹那がそう話す。言葉通り、信用するには余りにも彼女達のことを知らなすぎるのだ。

 

「なんというか、マーリンさんが言ってたことがいよいよ現実味を帯びてき始めてるって感じね…」

 

「マーリンさん?ああ、夢に出てきたって人か。…なんか言ってたっけ?」

 

「裕奈の夢の中で話してたことよ。あの虹の光に目を付けた人達は、少しずつその的を絞ってきてるって言ってたらしいじゃない」

 

「目的がなんであれ、虹の光を追う人達が祐さんに近づいてきている」

 

あやかの呟きに全員がこの先の未来を憂いた。事件が大きくなっていけば、そして数が増えれば目に留まる確率も上がっていくのは当然である。その流れを止めることは誰にもできない、これからも騒動は起こり続けるだろう。今の世界はそれだけ波乱に満ちているのだ。

 

「あの、ところで祐さんはご無事なんですわよね?」

 

聞かれて明日菜達がはっとした顔をする。自分達は一部始終を見ていたからか、同盟の話はしたが祐の現行については説明していなかったことを思い出して苦笑いをした。

 

「ごめん、そのこと言ってなかったわね。あいつは大丈夫、戦いも…もう終わったみたい」

 

「それは何より。あっ、怪我とかはしてない?」

 

「遠くからの映像だったので確実ではないですが、恐らく無傷かと」

 

「凄かったですよ!あれだけ敵のロボットがいたのに攻撃を一度も受けていないみたいでした!」

 

興奮気味にネギが伝えると、安心と微笑ましさからか一変して周りから笑顔が出てくる。考えなければならないことは山積みだ。それでも一番大切なのは祐が無事であること、この街に帰ってくることであった。

 

「でも、まだすぐには帰ってこれんみたいや。色々やらなあかんことがあると思うって超さんが言うとった」

 

「じゃあ、麻帆良祭には間に合わないんですね…」

 

「メイド喫茶にも来れなかったし…祐君、前から結構楽しみにしてくれてたのに」

 

祐が麻帆良祭を楽しみにしていたのは周知の事実だ。しかし参加できたのは初日のみで、後で梨穂子から聞いた話によればその日も昼からは事件に巻き込まれていた可能性が高い。きっと彼がこの祭りを楽しめていた時間はほんの僅かなものだっただろう。

 

「はっ!閃いた!」

 

突然大声を出したハルナに全員が驚く。当の本人はそんなことは気にも留めず、高いテンションで続けた。

 

「この後だって後夜祭もあるし、最悪振替休日だってあるんだからやり様はいくらでもあるわ!」

 

「ちょいちょい、一人で盛り上がってないで説明しなさいって」

 

和美がハルナの肩を叩いて詳細を聞こうとする。ハルナは振り向くと一歩前に出た。

 

「私にいい考えがあるの!みんな、協力してくれない?」

 

「いい考え?」

 

(大丈夫だろうか…)

 

(不安ですわ…)

 

普段の行いのせいと言えばそうなのだが、刹那とあやかはハルナのいい考えに不安を感じざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

艦船に内蔵されている独房に入れられたムティナを見る祐とティアナ。未だムティナは気を失っており、拘束された状態で俯いていた。

 

「これで大丈夫、目が覚めたとしてもあの装置が付いていれば魔法は使えないわ。まぁ、あれだけ魔力を消費したら装置が無くても暫く使えないでしょうけど」

 

「なら、一安心ですね」

 

その場を後にしようと歩き出した祐達の耳に微かな笑い声が聞こえる。振り返ると意識を取り戻したムティナが虚ろな瞳でこちらを見ていた。

 

「起きたのね」

 

「あ~…やられたよ、とんでもないものを流し込まれた。化け物というのはいるんだな、よくそんな状態でまともな奴を演じられるものだ」

 

まだ意識が朦朧としているのか、ティアナには答えずに独り言のように喋り続ける。周囲の明かりが薄暗いこともあって、その光景は不気味なものだった。

 

「心ってものは分からない…研究を重ねた今でもその真相には辿り着けずだ。不思議だな、壊れているものは動かない。これはどんなものにでも当てはまると思っていたんだが、例外はあるか」

 

「貴女…さっきから何を言って」

 

「さぞ生きづらいだろう、君にとってあの街は」

 

静まり返る艦内。ティアナはムティナの発言がまるで理解できず、祐はただ静かにその目を合わせる。

 

「あの街は、君の大切なもので溢れている。それが君を戦いに駆り立て、そして同時に生かしている」

 

脱力したまま笑うムティナを、祐はどこまでも冷たい表情で見つめていた。

 

「可哀想な奴だ、大切なものなど無ければ…君はとっくに楽になれたろうにな」

 

「行きましょう、ランスターさん」

 

最後に一言だけ言って、祐が背を向けて歩き出した。困惑するティアナはすぐには動けず、その場に佇む。

 

「気を付けろよ執務官殿」

 

ムティナに呼ばれ、ゆっくりと視線を向ける。

 

「化け物とは分かり合えない。理解できないから、化け物なんだよ」

 

「それを今言う意味がまったく分からないわね」

 

「嘘をつくな、君はそんなに鈍くないだろ」

 

ティアナはその瞳に怒りを込めてムティナを睨みつけた。

 

「…あの子は化け物なんかじゃない」

 

「化け物じゃない?あれが?は、ははは…ハハハハハ!」

 

心底愉快だと言わんばかりに笑いだしたムティナ。意識を取り戻したことを確認した局員達がこちらに向かっている頃だろう。現在の彼女は正常ではない、これ以上話していても無意味だと祐の後を追った。

 

化け物とは分かり合えない。その言葉が脳裏に焼き付いたままで。



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夜明け前には

大学部のイベントは事故もなく無事大成功に終わった。現在撤収作業を終えた学生達が後夜祭へと移行している最中である。

 

「イベントは成功したけど、モデナ先生に見てもらえなかったのは残念だったな」

 

「急な家庭の事情じゃ仕方ないさ。残念とはみんな思ってるだろうけどね」

 

一日目の午後から他の教員に、モデナが家庭の事情により急遽帰宅したと伝えられていた。モデナ本人も学生達の晴れ舞台を楽しみにしていたことは周知であり、何より学生達が努力の成果を一番に見てもらいたかった相手はモデナだった。イベント自体は申し分ないものだったが、どうしても物足りなさを感じてしまう。

 

「あ~あ、私モデナ先生に褒めてほしかったなぁ」

 

「それを言うなら私だって」

 

「いつ戻ってこれるのかも分からないんでしょ?なんか心配だね」

 

彼女と深く関わった学生全員が同じ気持ちを抱えていると、一人の生徒がこちらに近づいてきている人物に気が付く。

 

「あれ?誰かきて…えっ!?」

 

「どうしたの?って…モデナ先生!?」

 

その声を聞いて周囲の目が同じ方向を向く。言葉通り、そこには少し緊張をした様子のモデナが歩いてきていた。生徒達は急いで彼女の元へと走っていく。モデナは必死の形相の生徒達に驚いた顔をした。

 

「モデナ先生!」

 

「や、やあ…みんな…」

 

「帰ってきてたなら連絡くれれば迎えに行ったのに!」

 

「用事の方はもう大丈夫なんですか⁉︎」

 

「ていうかどうしたんですかその服!?所々破れちゃってるじゃないですか!」

 

「ほんとだ!汚れもあるし!何かあったんですか!?」

 

怒涛の勢いで飛んでくる生徒からの質問に押されるモデナ。目が回りそうになるのと同時に、申し訳なさが募っていく。こんなにも慕ってくれる人達を、自分のせいで危険な目に合わせるところだったのだ。例え死者が出ずとも、そんなことになれば自分のことを一生許せはしないだろう。

 

「モデナ先生?」

 

俯くモデナを不思議に思って声を掛ける生徒。モデナはゆっくりと口を開いた。

 

「ごめんね、みんな…君達が一番大変な時に私は…」

 

「何言ってるんですか先生!事情があったんならしょうがないですよ!」

 

震える声で謝罪をするモデナに生徒の声が聞こえた。下げていた顔を上げると、優しい笑顔が見える。

 

「そうですよ!確かに先生にも見てほしかったですけど、それはいいんです!」

 

「大成功だったんですよ!先生のおかげです!」

 

「そんな…私は何も…」

 

「いつも私達のこと助けてくれたじゃないですか!」

 

「先生がいなかったら、正直どうなってたか…」

 

「先生がいてくれたから、俺達頑張れたんですよ」

 

その言葉に目を見開く。好意的な眼差しを向けられているのが分かる、嘗ての自分ではこんな光景は考えられなかった。怒りに支配されて周りを傷つける、そんな自分が遠くから冷たい目で見られるのは当然だ。そう思っていても、更に怒りを覚えて傷つけようとする自分がいた。

 

人間として壊れている者が誰かに必要とされるわけがない。しかし今この瞬間、モデナは間違いなく周りから必要とされていた。

 

「映像は撮ってありますから、後でみんなで見ましょうよ!」

 

「後夜祭はまだまだこれからですから!先生も思いっきり楽しんでください!」

 

「みんな先生が来てくれたらなって思ってたんです!」

 

目の前にいた女子生徒がモデナの手を握って気持ちを伝える。少しずつ、モデナの目から涙が流れ出した。

 

「あ、あれ!?も、もしかして手を握られたのがそんなに嫌だっ」

 

その姿に大きく動揺した生徒にモデナは思い切り抱きつく。抱きつかれた生徒は完全に停止してしまった。

 

「ごめん…ありがとう…ありがとうみんな…!」

 

「私…今日死んでもいいかも…」

 

「バカなこと言ってないでどきなさい!あんただけ狡いでしょ!」

 

モデナから無理矢理引き離して別の生徒が抱きつこうとする。それを見ていた周りも我先にと押し寄せた。

 

「ちょっと!抜け駆けしないでよ!」

 

「僕も!僕もお願いします!」

 

「男子はダメ!セクハラになるわよ!」

 

「何故だ!それは男女差別ではないのかね!」

 

一気にお祭り騒ぎとなった学生達。その中心に、自分が温かい場所にいることを実感してモデナは大粒の涙を流す。

 

ここでの生活はモデナにとって夢のような時間であった。誰かと笑い合い、触れ合うことのできたこの街とそこに住む人々は彼女の宝物だ。最後にみんなと会うこともできた。この後真実を伝え、別れを告げなければならない。その結果、軽蔑されることもあるだろう。それはとても悲しいことだが、後悔などない。今までの人生の中で最も幸せな日々を貰えた。モデナ・ロマーニは、間違いなく幸せだ。

 

 

 

 

 

 

モデナを取り囲む生徒達の姿を、少し離れた場所から祐が見ていた。少し寂しそうな表情をしているのは、この後やってくる別れを思っているからだ。そんな祐の背後から近づいてくる人物がいた。

 

「やぁ、お疲れ様。祐くん」

 

「タカミチ先生」

 

やってきたタカミチは祐の隣に立って、同じようにモデナ達を見る。

 

「報告は聞いたよ。彼女を連れていく時間、少しだけ伸ばしてもらったそうだね」

 

祐の願い。それはモデナに生徒達と別れの挨拶をさせてあげてほしいというものだった。周りから難色を示されたが、源八とティアナの協力もあってなんとか今日一日だけは許してもらったのだ。

 

「別れはいつだってついて回るものですけど、一言も告げられずにさよならっていうのは…寂しいじゃないですか」

 

「…そうだね」

 

暫く様子を見続ける二人。やがてタカミチが祐の肩に手を乗せた。

 

「彼女は僕達が見ておくよ。大丈夫だとは思うけど、そういう約束なんだよね?」

 

「いいんですか?」

 

「こっちのことは任せて、祐君には自由にしてほしい。麻帆良祭は終わってしまったけど、後夜祭は始まったばかりだから行ってみるのもいいんじゃないかな」

 

笑顔を向けられ、祐も笑顔を返すと頷いた。

 

「それじゃ、お言葉に甘えて。明日のお見送りは僕に行かせてください」

 

「分かったよ」

 

「それでは、お願いします」

 

お辞儀をすると、今一度モデナを見る。現在彼女は生徒達に手を引かれて、食べ物などが並んでいるテーブルに案内されていた。少し微笑んで歩きだす。その後姿を見つめるタカミチはスマホを取り出し、誰かに連絡を行った。

 

 

 

 

 

 

一人歩く祐の向かう先は後夜祭の行われている場所ではなかった。賑やかな声が聞こえる場所からは背を向けて、街灯が照らす道を進む。

 

『さぞ生きづらいだろう、君にとってあの街は』

 

思い出すのは最後にムティナが言っていたことだ。反応をすることはなかったが、その言葉はしっかりと祐に刻まれていた。

 

『あの街は、君の大切なもので溢れている。それが君を戦いに駆り立て、そして同時に生かしている』

 

気がつけば意図せず祐の表情は鋭くなっていた。一言では表すことのできない感情が渦巻く中、スマホから振動を感じる。冷静さを取り戻す為、深呼吸を行ってから画面を確認して電話に出た。

 

「もしもし」

 

『祐…その、こんばんわ』

 

電話の相手である明日菜はどことなく緊張している気がした。その理由は分からないが、まずは言わなければならないことがある。

 

「ごめんな明日菜、連絡が遅れちゃって。申し訳ない」

 

『ううん、忙しかったのは知ってる。超さんにも色々聞いたから』

 

「超さんに?」

 

『聞いたんだ。超さんとハカセ本人から、実は祐の協力者だって』

 

どうやら明日菜の方にも話さなければならないことがあるようだ。緊張の理由はそれだろう。

 

「なるほどね。俺も明日菜も、話すことが沢山あるみたいだな」

 

『そうね…うん、そうだと思う』

 

そこで会話が止まる。お互い次の話題を探しているのかもしれない、まるで出会って間もない知り合いだと思った。

 

「なぁ、明日菜」

 

『なに?』

 

「麻帆良祭、楽しかったか?」

 

なんと言おうか考えているのだろう、彼女の思考する顔が電話越しでも目に浮かんだ。

 

『正直メイド喫茶が忙しかったって感想が強いけど…まぁ、うん。楽しかった』

 

「そっか、よかった」

 

それを聞いて祐は笑みを浮かべる。祐にとってそれが何よりも大切なことだ。モデナが無事で、尚且つみんなが楽しめたのなら麻帆良祭を飛び出してムティナと戦った価値は充分にあった。

 

『ねぇ、もう麻帆良には着いたのよね?』

 

「ん?ああ、もう着いたよ」

 

『どこにいるの?』

 

「どこって…」

 

『早く教えて』

 

「…少々お待ちを」

 

有無を言わさぬ圧を感じる。口頭で説明するのは難しかったので、地図アプリを開いて現在地の画面を送った。

 

「ここだけど」

 

『今から迎えがそっちに行くから。絶対動かないでよ!』

 

「迎え?迎えってなんの」

 

『いいから!いなかったらぶっ飛ばすからね!』

 

「ええ…」

 

『じゃあ待っててよ!』

 

こちらの返事を待たずに通話を切られる。やけに押しが強かったが理由はまったく分からない。しかしぶっ飛ばされるのは勘弁願いたいので、首を傾げつつその場に留まることにした。

 

それから数分後、何をするでもなく夜空を見上げていた祐に声が掛かる。そちらに目を向ければ、近づいていたのはネギだった。

 

「祐さん!おかえりなさい!」

 

嬉しそうに大きく手を振り、走ってくると祐の胸に飛び込んできた。少し驚いたが優しく受け止める。

 

「おお、ただいまネギ。なんか一段と情熱的だな」

 

「えっ?あっ!ごめんなさい!」

 

顔を赤くして急いで祐から離れる。この反応を見るに、先の行動は無意識だったのかもしれない。

 

「なんというか、祐さんに会えたの久し振りな気がして…とは言っても2日ぐらいしか経ってないんですけど」

 

「2日?…ああ、そうか。こっちだとそれぐらい経ってるんだったね」

 

「こっちだと…ですか?」

 

現実時間では丸2日は経っているが、祐からすれば麻帆良を飛び出して体感まだ1日も経っていない。これも時差ぼけということでいいのだろうか。

 

「まぁ、そこら辺は後で話すよ。ところでさっき明日菜からここで待ってろって言われたんだけど、何かあるの?」

 

「はい!実は祐さんに来ていただきたい場所があるんです!僕が案内しますね!」

 

「さっきから君ら押し強くないか?」

 

満面の笑みで祐の手を取るとネギが歩き出す。帰ってきてから祐は押されっぱなしである。だが立ち止まることはなく、ネギと歩幅を合わせて進んだ。

 

「へへ、愛されてるねダンナ」

 

「それなんの話?」

 

「まぁまぁ、すぐに分かりますぜ」

 

笑うカモに疑問を浮かべる。悪い予感はしないが、いったいなんだというのだろうか。

 

 

 

 

 

 

手を繋いだ状態で暫く二人で歩いていると、目指している場所になんとなく予想がつき始めた。何故ならこの道の先にあるものに毎日帰っているからだ。

 

「なぁ、ネギ」

 

「はい、なんですか?」

 

「もしかして俺の家に行こうとしてる?」

 

「えっ!どうして分かったんですか⁉︎」

 

純粋に驚いた表情を浮かべたネギに、祐はなんとも言えない顔をする。

 

「いや、まぁ…この先にあるのってそれくらいだし」

 

目的地は判明したが、何があるのかは不明なままだ。明日菜もネギもそれを伝えないということは着くまで秘密にしておきたいのだろう。聞くのは野暮かとそこに関しての質問はしなかった。

 

「さぁ!着きましたよ祐さん!」

 

「なんだこりゃ…」

 

そうして祐の家の前に着くと目の前に巨大なブルーシートが左右に立て掛けられた棒に吊るされており、この位置からでは先が見えないようになっていた。こそこそと物音はするが、シートの後ろにあるものは予想もつかない。

 

「祐さんがお見えになりました!」

 

ネギが声を出すと、ブルーシートが落下した。どこから持ってきたのか、大型の照明に照らされるのと同時にクラッカーの音が響く。

 

『おかえりなさいませ!』

 

『1年A組メイド喫茶出張店でーす‼︎』

 

目の前に広がるのはメイド服を着たA組全員と、並べられたテーブルや椅子であった。流石に祐は驚いて唖然としている。走ってきた風香と史伽が立ち尽くしている祐の手を握って引っ張っていく。

 

「ほらほら!ぼーっとしてないで!」

 

「こちらにどうぞ!」

 

そのまま席に座らされると我に帰った祐は周りを見回す。彼女達はこちらを置いてきぼり気味に料理などの準備を進めていた。

 

「ちょ、ちょっと待って…誰か説明してくれない?」

 

「いや〜祐君!お疲れ様!」

 

「うおっ!」

 

滑り込むように祐の座る長椅子に飛び乗ったハルナ。祐は倒れないようにバランスを取りつつハルナを支えた。

 

「親戚のお婆ちゃんの為に麻帆良祭抜けて頑張った祐君へのご褒美よ!」

 

「うちのメイド喫茶楽しみにしてくれてたでしょ?だから特別に出張してあげたの」

 

ハルナの反対側から詰めてきた和美が祐の肩に手を回しながらウィンクをする。和美達は本当のことを知っているのだろうが、取り敢えず周囲に自分が抜けていた理由はそう説明されているのだろうと察した。

 

「だからってこんなに…」

 

「最初は私達だけでやるつもりだったんですけど、皆さんも協力していただけることになったんです」

 

さよがトレーに水の入ったコップを持ってやってくる。私達というのは祐の秘密を知るメンバーのことだろう。

 

「まぁ、大半は騒げればそれでオッケーって思ってるんだろうけどね」

 

「なんやかんやでみんな集まってくれたんよ」

 

明日菜・木乃香・刹那・あやかも祐の元へ来る。口には出さないが、祐の無事な姿を直接見ることができてようやく心配が解消さた。全員が自然と笑顔になっている。

 

「逢襍佗さん、今回もお疲れ様でした」

 

「あ〜…いえ、とんでもないです」

 

「後で何があったのか、しっかりと話していただきますからね」

 

「あ、はい。承りました」

 

あやかに小声で耳打ちされると素直に返事をした。混み合った話なので説明が難しいなと思うが、それはその時考えればいいだろう。

 

「まぁいいんちょ、今は難しいことは一旦置いて楽しもうよ!」

 

「さぁさぁ!まずはうちのフルコースをご堪能あれ!」

 

料理を持った裕奈がテーブルに皿を並べていく。非常に食欲を誘う料理だが、気になることがある。

 

「…メイド喫茶なんだよね?えっ、コース料理出てくんの?」

 

「細かいことは気にしちゃダメだよ逢襍佗君!ほら!この唐揚げとかめっちゃ美味しいよ!」

 

「出してもらっておいてなんだけど、普通俺より先に食うかね」

 

置いてある唐揚げに手を伸ばして口に運んだ裕奈。仮にこれが営業時であれば問題行動である。

 

「イエ~イ!逢襍佗君にかんぱ~い!」

 

『かんぱ~い!!』

 

「そう言うなら俺がいないとこで乾杯すんな」

 

別の場所では桜子が祐の名前は出したものの、本人そっちのけで盛り上がっている。気付けば各々が思い思いに料理に舌鼓を打っており、最早パーティー会場である。

 

「おい!俺は客だぞ!もてなせよ!」

 

「うわっ!厄介客だ!」

 

「厄介客だと!こっちこい!」

 

「きゃ~!」

 

立ち上がった祐は裕奈の腰に手を回して持ち上げると、その場で回転し始めた。中々のスピードだが裕奈は楽しそうである。

 

「あ~!お触りしてるよ!」

 

「うちはお触り禁止です!」

 

祐に雪崩れ込むA組。彼女達に取り押さえられるその様子はもてなしとは程遠かった。

 

「やっぱりこうなっちゃったか」

 

「ええやん、祐君も賑やかな方が楽しんでくれるやろ」

 

「…かもね」

 

 

 

 

 

 

「いっきしたるぞ~!」

 

「飲め飲め~!」

 

それから暫くしても途切れることなく盛り上がっているA組。しかし一応客の筈だった祐は地面に敷かれたシートの上で転がっていた。

 

「おかしい…これは俺に対する褒美ではなかったのか…?」

 

世の中はやはり理不尽だと感じていると、誰かが近くにしゃがみ込んだ。

 

「祐君、こんばんは」

 

声を掛けられ、そちらを向くと千鶴が見えた。当然だが彼女も例に漏れずメイド服である。

 

「千鶴さん…助けに来てくれたんだね…」

 

「助けるっていうのはよく分からないけど…こっちに座って」

 

祐の手を取って立ち上がらせると、近くの席に座らせる。テーブルにはハンバーグが置かれていた。

 

「ハンバーグ…これってもしかして」

 

「うん、私が作ったの。どうぞ召し上がれ」

 

「どっちも召し上がっていいですか?」

 

「どっちも?」

 

「すみません、なんでもないです」

 

発言が理解できずに聞き返すが、祐は一瞬でなかったことにした。途轍もなく余談だが、今の発言はセクハラ発言である。

 

ウェットティッシュで手を拭き、両手を合わせてからハンバーグを食べ始める。無言で一心不乱に頬張る祐に驚くが、その姿に優しく微笑んだ。

 

「美味い、すげぇ美味い」

 

「よかった、お口に合ったみたいね」

 

その後も黙々と食べ続ける祐とそれを笑顔で見守る千鶴。大きめのサイズだったにも拘わらず、あっという間にハンバーグはなくなった。

 

「ごちそうさまでした。本当に美味かった」

 

「また食べたい?」

 

「え?そりゃあ…作ってくれるんならいくらでも」

 

「うふふ」

 

(めっちゃ笑顔だな…)

 

祐の回答に満面の笑みを浮かべる千鶴。喜んでいるのは分かるが、何故そこまでご機嫌なのか今一分からない。

 

「ええな~祐君、美味しかったやろ~」

 

いきなり後ろから声を掛けられて驚きながら振り返ると、今度は木乃香が笑顔で立っていた。正直心臓に悪い。

 

「びびった…木乃香か。そりゃもう、絶品でしたよ」

 

「やだわ祐君ったら」

 

素直に感想を言う祐とまんざらでもなさそうな千鶴。木乃香の表情は変わらず笑顔だ。

 

「ウチのハンバーグとどっちが美味しかった?」

 

瞬間空気が凍る。理由は自分でも分からないが、祐は冷や汗を流した。

 

「いや、その人の料理にはその人の良さがあるから…どっちがいいとか決めるのは好きじゃないかなぁ俺…」

 

「そっか~」

 

木乃香は笑って返事はしたが、その場から動こうとしない。千鶴を見ると、彼女も笑顔で隣に座ったままだ。

 

(なんだこの状況は…)

 

何かこの空気を払拭するものはないかと辺りに目を配ると、こちらに近づく茶々丸が見えた。

 

(素晴らしいタイミングだぞ茶々丸!やはり君は最高の妹だ!さぁ!早くこっちに来てくれ!)

 

彼女を出しにして会話を切り出そうと思っていると、茶々丸がその手に皿を持っていることに気が付く。嫌な予感がした。

 

「おかえりなさいませ祐さん、お疲れ様でした」

 

「あ、どうも…」

 

「こちら、私が制作いたしましたハンバーグになります」

 

(茶々丸ーーー!!)

 

活路が見えたと思っていたが勘違いだったようだ。普段であれば嬉しいが、余りにもタイミングがよろしくない。失礼極まりないが、祐には茶々丸のハンバーグが爆弾か何かに見えた。

 

「ふ~ん」

 

「なるほどね」

 

(なに今のふ~んとなるほどねって…ふ~んとなるほどねってなに…)

 

テーブルに置かれたハンバーグはとても美味しそうだ。作ってくれた料理を食べる以外の選択肢など初めからないが、どうしてこんなにも緊張しながら食べなければならないのかは疑問である。

 

「おまたせ祐サン!ハンバーグヨ!」

 

「なんでだよ!」

 

続いて超がハンバーグを持ってきた。今回は心の中ではなく声に出して叫んでしまったが、それは許してほしい。

 

「ではこちらもどうぞ」

 

「嘘だろ五月さん⁉︎」

 

間髪入れずにハンバーグを追加する五月。彼女に限って悪ノリをするなどということは考えられないが、それにしたってもう少しなんとかならなかったのか。

 

「ハンバーグバイキングかなんかかこの店!?頭がハンバーグになりそうだわ!」

 

「それはどういう意味ネ?」

 

「流せそこは!」

 

「ご迷惑でしたでしょうか…」

 

「んなわけないだろ!嬉しくてしょうがないよ!ありがとうみんな!茶々丸愛してるよ!」

 

茶々丸に悲しそうな顔をされては精神的ダメージが計り知れない。自分の為に料理を作ってくれたこと自体は嬉しいのだ。そこに関しては嘘偽りなく本心を伝える。だが最後に余計な一言が入ったので、案の定茶々丸はオーバーヒートした。それを感知した聡美が急いで茶々丸の元へやってくる。

 

「逢襍佗さん!毎度毎度茶々丸をオーバーヒートさせないでください!」

 

「違う!僕じゃない!僕はピーターパンなんだ!」

 

「意味が分かりません!」

 

騒がしくなったのを聞きつけて他のクラスメイトもその場に来る。

 

「どうしたの?」

 

「逢襍佗さんが茶々丸にセクハラしました!」

 

祐を指さしてそう告げる聡美。全員の目がこちらに向いた。

 

「その発言は大変遺憾であります」

 

「違うと言うんですか!」

 

「愛してると言っただけです」

 

「なんてことを!」

 

「逢襍佗君が言ったら精神的セクハラだよ!」

 

「俺はその発言に精神的苦痛を受けたぞ」

 

「とにかくギルティ」

 

「うちはセクハラ禁止です!」

 

「ちょっと待った!」

 

祐が両手を突き出すと、飛び掛かろうとしたメンバーがぴたりと止まる。

 

「ハンバーグ食ってからにしてほしい」

 

「どうぞ」

 

周りが構えを解き、祐は席についてハンバーグを食べ始める。かなりの量なのだが、それを感じさせない様子で味わいながら簡単に平らげた。

 

「ごちそうさまでした」

 

「は〜、いい食べっぷり」

 

「流石は男の子だね」

 

「では僕は一旦失礼して」

 

「やっちまえ!」

 

食事を終えた瞬間に再び取り押さえられる祐。しかしその顔はどこか満足げであった。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、そろそろアレいっちゃおうか!」

 

「いいね!」

 

「ほんとにやるの?」

 

裕奈が号令をかけると何人かが集まりだした。それを見ていた祐は、隣に座ってジュースを飲むあやかに聞く。

 

「あれってなに?」

 

「私にもなんのことだか…」

 

隠しているわけではなく、本当に分からないようだ。いったいなんだろうかと想像していると、美砂が箱を持ってくる。

 

「さぁさぁ逢襍佗君、ここでスペシャルタイムよ!」

 

「スペシャルタイム?」

 

「今からこの箱に入ってるカードを引いて。引いたカードに書かれてる服をご希望の子に着てもらえるわよ」

 

「おいなんだよそれ!素敵過ぎんだろ!」

 

祐は一気にハイテンションになるが、横にいたあやかがすかさず止めに入る。

 

「何をおバカなことをしようとしているんですか!」

 

「いいじゃんいいじゃん!もともと祐君が来たらやるつもりだったんだから」

 

「そんな話聞いてませんわよ!」

 

(やはり碌なことではありませんでしたね…)

 

ハルナが笑いながら言ったことを聞いていた夕映は、あの時話していたのはこれかと呆れた。

 

「因みに一回千円になります」

 

「金とんのかよ…」

 

「やりませんか?」

 

「やります」

 

「祐さん!」

 

気付くと祐は既に箱へと手を入れている。いつになく真剣な表情でカードを漁っており、その姿にあやかは悲しくなった。素早く引き抜くと、その手にあるカードにはバニーガールと書かれている。

 

「おっ!さっそく際どいのがきたわね!」

 

「イエエエエエイ!!」

 

雄叫びを上げる祐。真面目なグループには冷めた目で見られているが、そんなことを気にしてはいられない。ここは鋼の意思を持って突き進むのだ。

 

「それで誰に着てもらう?」

 

「楓さんで」

 

祐の一声に謎のどよめきが起こった。楓本人は完全に気を抜いていたのか、珍しく驚いた顔をしている。

 

「せ、拙者でござるか?」

 

「くくっ、やったな楓。まさか一番にご指名とは」

 

笑いをなんとか堪えながら横にいる真名が言う。祐は楓を指さした。

 

「言っただろう、お前を指名してやると。俺はやると言ったらやる男だ!」

 

「なんと猛々しい…真の武士(もののふ)でござる…」

 

「馬鹿だろ」

 

端の方で料理を食べていた千雨がきっぱりと言い放った。

 

「そんじゃ楓は着替えてきて」

 

「ふむ、仕方ないでござるな」

 

「生着替えはなしですか?」

 

「別料金になります」

 

「いくらですか!?」

 

「いい加減にしろ!」

 

「オッス!」

 

我慢しきれなくなった明日菜が祐をはたいた。しかしその後も祐は諦めず、過半数がコスプレをさせられる結果となる。

 

「明日菜!お前はミニスカシスターだ!そして桜咲さん!貴方はミニスカポリスになってもらう!」

 

「ほらっ、いくよ明日菜!」

 

「死なば諸共よ!」

 

「イヤ~~~!!」

 

「せっちゃんもいくえ~」

 

「お嬢様!どうかお許しください!」

 

既にコスプレしているまき絵と円に引きずられていく明日菜。刹那は木乃香が連れていった。因みにまき絵がブルマ、円がナースで木乃香がゴシックロリータである。明日菜達を見送りつつ、祐がチャイナドレス姿の美砂に質問する。

 

「あ、これってクレカ使えます?」

 

「ご利用可能です」

 

「……まだいけるな。次はネギにします」

 

「えっ!?」

 

 

 

 

 

 

時刻は日を跨いで午前三時、その後もはしゃぎ続けたA組も連日の疲れからか流石に力尽きたようだ。用意周到というかなんというか、シートの上に持参した寝袋や毛布を敷いて寝ている。そんな中ふと目が覚めた明日菜は、横で寝ている丈の短い着物を着て髪を解いたネギに毛布を掛け直してあげると周りを見回した。その場に祐の姿はない。

 

しかし少し離れた場所を確認すると、椅子に座っている祐の背中を見つけた。よく見ると隣にはエヴァもいる。なんとなく明日菜はその場を抜け出し、祐の元へと向かうことにした。

 

「神楽坂明日菜か」

 

「あれ、目が覚めちゃったんですかね?」

 

「さぁな。もしや、いい雰囲気なのを嗅ぎつけたのかもしれんぞ」

 

「んなまさか」

 

二人は話しているようだが、その内容までは聞き取れない。眠い目を擦りながらふらふらと近寄っていると、エヴァが席を立った。

 

「私は寝る。また夜にな」

 

「はい。おやすみなさい、エヴィ姉さん」

 

エヴァは微笑みながら祐の頬に触れるとその場を後にした。途中で明日菜とすれ違う。

 

「エヴァちゃん?」

 

「今は譲ってやるよ」

 

寝ぼけているのでエヴァが何を言っているのかよく分からずに首を傾げる。前を向くと祐が笑ってこちらを見ていた。明日菜は覚束ない足取りで祐の元に着くと隣に座ったが、時折舟を漕いでいる。

 

「まだ眠いんだろ?そんな無理しなさんな」

 

「ん~…眠くない…」

 

「酔っ払いか」

 

段々と祐に寄り掛かる明日菜。祐は黙って寄り掛かりやすいようにと身体を傾けた。

 

「ありがとう明日菜、お陰でメイド喫茶を楽しめたよ。普通に行くよりも得だったな」

 

祐へ完全に体重を預けながら、その服の裾を摘んだ。ゆっくりと瞼が閉じていく。

 

「ねぇ祐。麻帆良祭は忙しかったけど、私本当に楽しかった」

 

「うん」

 

「でも、やっぱりあんたが居なかったのは寂しい」

 

祐は遠くに向けていた視線を下に落とすと、そっと明日菜の頭を撫でる。

 

「来年はさ、一緒に周れたらいいな」

 

「うん。来年は、一緒に…」

 

明日菜を横目で見ると静かに寝息を立てていた。再度視線を遠くへと飛ばす。

 

『可哀想な奴だ、大切なものなど無ければ…君はとっくに楽になれたろうにな』

 

拳を強く握りしめ、虚空を睨みつける。

 

「楽になんかなれるかよ。俺は…」

 

静寂に包まれた空間に冷めきった声が漏れた。しかし少しずつ力を抜いて、言いかけた言葉と共に頭に浮かんだものも捨てた。冷静になれたのは、口を閉ざせたのは明日菜の体温を感じたからだ。くだらない、無駄なことを考えすぎてしまった。

 

「みんな無事なんだ。俺のことなんて、どうでもいい」

 

吐き捨てるように呟いた言葉は、誰にも届かず消えていった。夜が明けるのは、もう少し先だ。



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憂う行く末

夜が明け、麻帆良の街を朝日が照らし始めた午前五時。昨日が麻帆良祭最終日ということもあってか、街は驚くほど静かだった。まだ多くの生徒達は眠りについているのだろう、そんな鳥や木々が発する音が響く朝の道を祐は一人で歩いていた。少しして目的地に着く。木に寄り掛かって少し先を観察しているタカミチに声を掛けた。

 

「タカミチ先生、おはようございます」

 

「ああ、おはよう祐君。昨日は楽しめたかな?」

 

「ええ、そりゃもう。端的に言って最高でした」

 

「それは良かった」

 

会話を一旦区切り、視線を移動する。そこには寝ている大学部の生徒達と、その一人一人の顔を愛おしそうに見つめるモデナがいた。

 

「そろそろ時間だね」

 

「はい」

 

祐はモデナからタカミチに向き直り、タカミチも祐を見る。

 

「後は僕が責任を持って送り届けます。タカミチ先生は少し休んでください、忙しくて大変だったと思うんで」

 

「確かにここのところ寝不足だ。それじゃ、お願いするよ」

 

「お任せください」

 

笑顔で頷き、タカミチは離れていった。その背中にお辞儀をしてからモデナの元へ向かう。

 

「ロマーニさん」

 

「アマタ君、おはよう」

 

彼女の顔を見て、憑き物が落ちたような表情だと思った。それと同時に寂しさも感じる。この街を離れる瞬間がすぐそこに迫っていた。

 

「待ち合わせ場所までは僕がご案内しますね」

 

「ありがとう、よろしく頼むよ。君が一緒に来てくれるなら心強いな」

 

「恐縮です」

 

お互い笑顔を浮かべる。モデナは座っていた状態から立ち上がり、最後にもう一度生徒達を見つめた。

 

「さようなら。元気でね、みんな」

 

 

 

 

 

 

祐とモデナは隣り合って歩いていく。祐にとってはこれからも通る道だろう、しかしモデナはこの景色を焼き付けるように眺めていた。

 

「静かな麻帆良も中々いいものだね、この時間に外へ出ることがなかったから知らなかったよ」

 

「普段があれだけ賑やかですから、印象も変わりますよね」

 

ゆったりとした時間が流れていく。昨日あれだけの事件があったのが噓のようだ。こうして一緒に歩くだけというのも悪くない、何気ない会話でも祐は楽し気に反応してくれる。できることならもう少しだけこの時間が長く続いてほしいとモデナは思った。

 

気が付くと目的の場所が見えてきた。既にそこには時空管理局の艦船が着陸しており、近くにはティアナの姿も見える。楽しい時間というのはあっという間で、意味のない行為だと分かっていてもその足取りは無意識に遅くなっていた。恐らく祐はそれに気が付いている。だが何も言わず、ゆっくりと歩くモデナに歩幅を合わせた。

 

「おはよう、時間ぴったりね」

 

「おはようございますランスターさん。多少は休めましたか?」

 

「まぁ、それなりかしら」

 

軽く挨拶を交わし、ティアナがモデナに視線を向ける。

 

「皆さんへの挨拶は…よろしいですか?」

 

「ええ、充分過ぎる程に時間を貰えました。感謝します」

 

頭を下げるモデナ。ティアナは少しばつが悪そうに頬を掻いた。

 

「私はそれに関して特別何かしたわけじゃないし…お礼ならこの子に言ってあげてください」

 

祐を見ながらそう言うと、モデナが振り返って祐と目を合わせる。

 

「本当に…君には感謝してもしきれない。事件に巻き込んでしまったにも拘らず、何から何まで助けてくれた」

 

話すモデナの瞳は僅かに潤んでいた。彼女は意外と涙もろいのかもしれないとあまり関係ないことを考えるが、それは置いておくことにする。

 

「そうしないと僕が我慢できなかったんです。お役に立てたのなら本望ですよ」

 

「アマタ君…」

 

「この街は待ってますよ。ロマーニさんのこと」

 

どういうことかと首を傾げるモデナ。祐は笑って続けた。

 

「何年経っても大丈夫です。嫌じゃなかったらまた麻帆良に来てください、この街にはきっと貴女が必要ですから」

 

「お帰りをお待ちしております、モデナ・ロマーニ先生!今度は僕がジュース奢りますね!」

 

その言葉にモデナは我慢していたようだが、次第に目から涙が流れ始める。気持ちを抑えきれなくなったモデナが祐へと抱きついた。

 

「や、やっぱり外国の方は情熱的なのか?」

 

昨日のネギを思い出してそう呟く。これは抱きしめ返していいのだろうかと悩みながら、恐る恐るモデナに腕を回した。

 

「ありがとう…ユウ君」

 

「いいえ。向こうでも体調にお気をつけて、モデナ先生」

 

それから降りてきた局員達が若干気まずそうにしながらも、モデナを艦船に案内する。最後に小さく手を振るモデナに祐は大きく手を振りかえした。船内へ入っていったのを確認し、一息つくとティアナが前に出てくる。

 

「私からもお礼を言わなきゃね、色々ありがとう」

 

「とんでもございません、こちらこそありがとうございました」

 

頭を下げる祐を見て、ティアナは一瞬不安そうな顔をした。しかしすぐに頭を振って気持ちを切り替える。

 

「きみは危なっかしいから…あまり無茶ばっかりしないこと!いいわね?」

 

「善処致します、はい」

 

「まったく…」

 

呆れた様子のティアナはやがて笑顔を浮かべると右手を差し出す。その手を見つめてから同じように手を出す祐に、先に声が掛かった。

 

「前みたいに光を流すのはなしだからね」

 

「しませんって」

 

二人は穏やかな表情でしっかりと固い握手をした。僅かな時間ではあったが、共に戦ったティアナともこれでお別れだ。

 

「元気でね、アマタ君」

 

「ランスターさんも、お元気で」

 

 

 

 

 

 

空の彼方へと消えていく艦船を見送り、祐は深く息を吐く。一件落着と言いたいところだが、モデナの記憶を覗いた時にムティナの口から語られたことが気に掛かる。ムティナには協力者がいた。その協力者が何者なのかは分からないが、このまま進めば自ずとその連中に行き当たるだろう。確信めいた予感を持ちながら、祐はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

「ん…」

 

目を開けた明日菜は上半身を起こして伸びをする。夜に一度目が覚めて祐と何か話したのは覚えているが、その内容までは思い出せない。

 

(なんか…すっごい恥ずかしいこと言ったような、言わなかったような…)

 

悶々とした気持ちを抱えながら周りを見ると、クラスメイトのほとんどはまだ眠っている。そんな中でも既に起床している者もいた。

 

まず目に入った五月は調理をしている。恐らく朝食を作ってくれているのだろう。明日菜は一度大きなあくびをしてから立ち上がった。

 

「おはよう五月ちゃん」

 

「おはようございます明日菜さん。もう起きてる皆さんはあちらにいますよ」

 

五月が手で示した先には刹那・真名・楓・古菲がいる。明日菜もそちらに向かうことにした。

 

「それじゃ私も行ってくるね」

 

「はい」

 

近づくと古菲は何やら武術の型を行なっており、他三人は会話をしている。

 

「みんなおはよ」

 

「おはようございます明日菜さん」

 

それぞれと挨拶をしていると、古菲も明日菜に気付いてこちらに来た。

 

「おはようアル明日菜!明日菜も一緒にどうアルか?」

 

「わ、私は遠慮しとく。そういうの全然わからないし…」

 

「ムム、ならば仕方ないアル」

 

少し残念そうだが古菲は戻っていった。刹那が隣を開けてくれたのでそこに座る。

 

「みんな早いのね、昨日遅くまで起きてたのに」

 

「まぁ、拙者は習慣でござるよ」

 

「他のと違って、私達はずっと騒いでいたわけでもないしな」

 

真名の視線を追っていけば、そこには未だに睡眠中のクラスメイトがいた。真名の言う通り、あれだけずっと騒いでいればこうなるのも仕方ないだろう。そう思うと同時に、また祐の姿が見えないことに気づく。

 

「あれ?もう、あいつまた居なくなってる」

 

少し不機嫌そうな明日菜に刹那は苦笑いを浮かべた。

 

「逢襍佗さんはすぐに戻るそうです。なんでもお見送りしなければならない人がいるとか」

 

「え?そうなの?」

 

そこで真名がテーブルに置いてあった紙を見せる。そこには『お世話になった人のお見送りに行ってきます。ほんとすぐに戻りますから探さないでください。逢襍佗』と書かれていた。

 

「何よ探さないでくださいって…」

 

「家出をしたような置き手紙でござるな」

 

手紙の文章に呆れるが、すぐに帰ってくるのならいいだろう。ここで話でもしていようかと考えていると、遠くから件の祐が歩いてきた。

 

「あ、ほんとに帰ってきた」

 

「お〜、皆さんおはようございます。朝早いね」

 

「貴方が言うんですか…」

 

帰ってきた祐は普段と変わらぬ様子だ。周囲と話していると、いい匂いに釣られて五月の元へ向かう。そのまま祐は五月と会話を始め、明日菜はそれを無意識に目で追っていた。

 

「ヤキモチか神楽坂?」

 

揶揄うような真名に明日菜が勢いよく振り向く。

 

「はっ⁉︎えっ!な、なに言ってるの龍宮さん!」

 

「本当にお前達は逢襍佗関連だといいリアクションをするな。なぁ、刹那?」

 

「…私に振るな」

 

刹那が恨めしい目を向けても真名は笑って流した。

 

「龍宮さんも知ってるでしょ!あいつってあんなんだから、見張ってないと色々やらかしそうで心配になるのよ!」

 

「確かにそうだ、ちゃんと見張っておかないと心配だよな」

 

「そ、そう!まったく困ったもんよね!」

 

「なにやら随分と必死でござるな」

 

「楓、静かに…」

 

焦っているのが丸分かりの明日菜に真名はご満悦だった。彼女のこういった部分は相変わらず趣味が悪いと刹那は思う。

 

「お~い明日菜、こっち来たまえ!お前も偶には包丁握ってみい」

 

祐が手を振って明日菜を呼ぶ。いつの間にか五月の隣で朝食作りの手伝いを始めていたようだ。

 

「うっさいわね!偶にとか言うな!」

 

小走りでそちらに向かいながら、この場から抜け出せるきっかけができて内心ほっとする明日菜だった。

 

現在祐の家の前には、昨日の為に超包子で使用している機材が置かれていた。洗い場で手を洗ってから隣に着くと、まな板の上には葱がある。

 

「味噌汁用の葱を切るぞ。間違ってもあっちのネギを切るなよ」

 

「切るわけないでしょ!」

 

ツッコみつつ包丁を持って葱を押さえる明日菜。視線を感じて横を見ると、困惑している祐が目に映った。

 

「な、なによ…」

 

「どんだけ力込めて握ってんだ明日菜…包丁も葱もそんなパワー要らんぞ…」

 

「わ、分かってるわよ!ちょっと久し振りだから緊張してんの!」

 

悔しいが祐の言った通り、包丁など握るのは久し振りだ。木乃香が家事全般を得意とすることもあって、彼女に任せきりにしているのがここにきて返ってきた。

 

「俺が怖くなってきた…いいか明日菜、まず見てくれ」

 

そう言って持ち方や切り方を明日菜に教えていく祐。最初は不満そうにしていた明日菜だったが、素直に話を聞き始める。実際に自分でも真似しながら行ってみると、まだ少しぎこちないがそれなりに形になった。

 

「よしよし、やっぱり昔から飲み込みは早いな」

 

「ふふん、どう?私だってやればできるんだから」

 

「なのになんで勉学の方面は進歩しないんだろうな」

 

「……」

 

「包丁を人に向けるんじゃありません」

 

「明日菜さん駄目ですよ、包丁は料理に使わないと」

 

「ごめんなさい五月ちゃん。命拾いしたわね」

 

「最後の方を小声で言うな恐ろしい」

 

それから料理を続ける三人。その場には完全に三人だけの空間が出来上がっていた。稽古を終えた古菲が真名達の元に戻りながらその光景を見る。

 

「おお、明日菜が包丁を持ってるアル」

 

「楽しそうでござるな」

 

「刹那、お前は行かなくていいのか?」

 

「私はいい。行っても力になれん…」

 

自慢ではないが刹那も料理などの経験は碌にない。自信を持って得意と言えるのは剣術だけなのが、今は少し恥ずかしく思えた。

 

「だからこそだ。今行けば逢襍佗にレクチャーしてもらえるぞ」

 

「別にそんな必要ないだろう!」

 

「どれどれ、超包子の一員として私も参加するアル!」

 

「では拙者も」

 

今度は古菲と楓が祐達の元へと向かう。すぐに二人もその場に溶け込んだ様子で、それを見た刹那はなんとなくそわそわとした。

 

「さて、私も行ってみるか」

 

「なっ!ちょ、ちょっと待て!私も行く!」

 

その場を離れる真名に刹那が急いでついていく。近づいてきた二人を見て祐が意外そうな顔をした。

 

「あれ、もしかしてお二人も手伝ってくれるの?」

 

「あ、あの…その気持ちはあるのですが、何分経験が無いもので…」

 

「ならせっかくです、今日新しい一歩を踏み出しましょう!」

 

「大丈夫よ刹那さん!私だって出来たんだから!」

 

「まったくもってその通りだな!」

 

「こいつムカつくんだけど」

 

笑顔で誘う祐と明日菜に、刹那も少し笑みを浮かべる。

 

「では、挑戦させていただきます」

 

「龍宮さんはどう?」

 

「私は冷やかしだ」

 

「何しに来たんだあんたは」

 

 

 

 

 

 

「ふぁ~…いつもより長く寝てもうた」

 

目が覚めた木乃香がスマホで時間を確認しながら起き上がる。それに釣られて周囲も起き始めた。

 

「おはよ~…みんな…」

 

「まだ眠い…」

 

覚めきっていない状態でのんびりしていると、木乃香が隣り合って料理をしている様子の祐と刹那を発見する。すると一瞬で目が開いた。

 

「あ~!」

 

突然大声を出したことに周囲が驚く。木乃香は急いで祐達の場所へ向かった。

 

「ずるいずるい!二人ともウチを仲間外れにして仲ようしとる!」

 

「お、お嬢様!?ち、違います!決してお嬢様を仲間外れになど!」

 

「そうだぞ木乃香。ほら見ろ、他にも素敵なメンバーがいる」

 

「あっ、木乃香起きたんだ。おはよう」

 

早啊(ザオア)木乃香!」

 

次々と挨拶をする朝食組に、木乃香は頬を膨らませた。

 

「ん~!ウチもやる!」

 

洗い場に走る木乃香の背中を祐は不思議そうに眺める。

 

「なんか幼児退行してないか?」

 

「木乃香殿にもそんな日があるのでござろう」

 

「そんなもんか。う~ん…可愛いな」

 

「ば~か」

 

「聞こえてんぞ明日菜!」

 

それから次々と起床してくるA組。手伝いに入る者や見物する者などに別れていく中で、風香が周りを見ているのに亜子が気付いた。

 

「どうしたん風香?」

 

「トイレ行きたい」

 

「逢襍佗君の家のやつ貸してもらい、昨日も何人か借りとったよ」

 

「そうなんだ。お〜い祐!トイレ〜!」

 

「俺はトイレではない」

 

「ベタやな」

 

「まぁ、冗談は置いておいて。鍵は開いてるからどうぞ、トイレは左側ね」

 

「は〜い」

 

「あっ、じゃあ私も」

 

祐の家に向かっていく風香と史伽。玄関を通ってトイレに向かいながらも、家の中を興味深そうに見ている。風香が終わって史伽もトイレから出てくると、当然のように風香が部屋に入っていった。

 

「お、お姉ちゃん?」

 

「祐も入っていいって言ってたじゃん。せっかくだからなんか見つけよう」

 

「部屋に入っていいとは言ってないけどね…」

 

とは言いつつ史伽も気になるので部屋の中に入る。奥のドアを開けると、そこにはまさかの先客がいた。

 

「マスター起きてください。間もなく朝食が出来上がります」

 

「…私はいい、まだ寝る」

 

「しかし…祐さんも調理に参加されていますよ?」

 

「あいつのが食べたくなったら呼んで作らせればいいだろ」

 

恐らく勝手に出したのであろう布団にくるまるエヴァと、起こそうと声を掛ける茶々丸。風香と史伽に気が付いた茶々丸がそちらを向いた。

 

「お二人とも、おはようございます」

 

「あ、うん。おはよう…じゃなくて!なんでエヴァがここで寝てるの⁉︎」

 

「不法侵入ですか⁉︎」

 

「それはお前らだろうが…あとうるさい…」

 

朝にめっぽう弱いエヴァが不機嫌そうに口にする。彼女からすればここは勝手知ったる場所だが、二人の関係を知らない鳴滝姉妹にはその考えは出てこない。

 

「現行犯逮捕だ!」

 

「泥棒はダメですよ!」

 

「誰が泥棒だ…うおお…離せぇ…」

 

布団から強制的に出され、それぞれに腕を組まれて外に連行されるエヴァ。普段ならもう少し抵抗するだろうが、起きたばかりの彼女は言葉以外の抵抗は見せない。茶々丸は止めようかと悩んだが、そもそもエヴァを起こすことが目的だったので静観することにした。二人は祐のところまでエヴァを連行する。

 

「祐!不法侵入者を捕まえたぞ!」

 

「勝手に布団に入っていました!」

 

「そ、そうか…。まぁ、困るもんでもないし寝かせてあげといてくれ。ありがとね二人とも」

 

エヴァが勝手に家に入ったところで何ら問題は無いが、ややこしくなりそうなのでやんわりと伝える。

 

「えっ!いいの!?じゃあ僕もっと祐の部屋調べてくる!行こう史伽!」

 

「了解です!」

 

エヴァを連れたまま家へと戻る二人。すると話を聞いていた美砂も何故か家に入っていった。

 

「そんじゃ私シャワー借りるね」

 

「後で私も入ろ。その前に探索だ!」

 

「ハルナ!?」

 

「きっとエッチなものがあるよ!」

 

「探せ探せ!」

 

見物していたグループの大半が室内へと流れ込んでいく。その姿に呆れながら明日菜は祐を見た。

 

「いいの?あれ」

 

「別に見られたくないものはないし、いいんじゃない?」

 

「あんたがいいならいいけど…」

 

「それより明日菜、そろそろあやかを起こしてくれ。巻きつかれてるネギが苦しそうだ」

 

言われるまで気が付かなかったが、確認するとあやかがネギをがっちりと拘束している。あやかは幸せそうだがネギはうなされており、明日菜は急いでそちらに向かった。

 

「ハァッ!」

 

「せ、刹那さん…食材を切る時はそんなに気合を入れてやらなくても大丈夫よ?」

 

「す、すみません!いつもの癖で!」

 

「せっちゃん、リラックスリラックス」

 

(いつもの癖って何かしら…)

 

千鶴と木乃香に見守られながら調理を行う刹那の姿に、祐は人知れず優しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

『いただきま~す!』

 

全員が席に着いて手を合わせてから一斉に食べ始める。宛らキャンプのようだ。

 

「あ、これ明日菜が最初らへんに切った葱だろ」

 

「分かるもんなの?」

 

「うん、腕力に物を言わせてぶった切った形してる」

 

「悪かったわね!」

 

「まぁ、後半は上手くなってたよ。それにこれはこれで明日菜の愛を感じる」

 

「キモッ!」

 

「キモいと言うな」

 

いつも通りの会話をすると日常に帰ってきたと実感できた。体感一日の出来事だったが、良くも悪くも濃密な時間だったのは間違いない。

 

「くっ!早く起きていれば私の手料理をネギ先生にご提供できたというのに…!不覚ですわ!」

 

「そんなの誰も食べたくないよ」

 

「帰れ~」

 

「誰ですか!今失礼なことを言ったのは!」

 

「逢襍佗君が言いました」

 

「擦り付けるんじゃない、言ったのはネギだろ?」

 

「言ってませんよ!?」

 

「どう聞いても女性の声でした」

 

朝からなんとも賑やかな雰囲気である。彼女達が集まれば、そこが何処だろうとお祭り会場になるのだろう。普段の朝とは違い過ぎる光景に、祐は少し不思議な感覚がした。

 

「にしてもいいわねここ。住宅街から離れてるから騒いでも大丈夫だし」

 

「でもスーパーとかは割と近いよね。便利そう」

 

「溜まり場にもってこいだね!」

 

チア部の三人がそんなことを言っていると、しっかりと聞いていたあやかが反応する。

 

「そんなの認められませんわ!一人暮らしの男性の家に入り浸るなど!」

 

「なんでダメなの?」

 

「なぜって…それは…」

 

風香が純粋に質問してきたのであやかは言い淀む。理由はしっかりとあるが、淑女としてそれを言うのは憚られた。

 

「エッチなことになるからじゃない?」

 

「柿崎さん!」

 

「うえっ!?祐!僕が家に来たらエッチなことするのか!?」

 

「お前にはしねぇよ見くびるな」

 

「どういう意味だ!」

 

「い、委員長さん!エッチなことって例えばどんなことですか!」

 

「あれ、さよちゃんって意外とムッツリ?」

 

「朝から楽しいね~」

 

「うん」

 

昨日に勝るとも劣らない騒ぎようにまき絵とアキラがしみじみと言う。周りと会話をする祐は、妹達に付き合ってくれる兄のようだとアキラはなんとなく思った。そんな時、ザジがふらっと席に戻ってくる。

 

「あっ、ザジさん。どこ行ってたの?」

 

「洗面台をお借りしてました。あと私用の歯ブラシも置いておきました」

 

「こやつ…できる!」

 

「何がだよ」

 

 

 

 

 

 

「こうしているのも退屈だな…なぁ、ランスター執務官。少し話でもしようじゃないか」

 

ミッドチルダを目指し、飛行を続ける次元空間航行艦船。拘束された状態のムティナが、監視役を交代したティアナに話し掛けた。二人一組で見張っている為にもう一人局員がいるのだが、そちらは眼中にないようである。

 

「口まで拘束されたくなかったら静かにしてて」

 

「いやはや、冷たいねぇ」

 

突き放すようなティアナだったが、ムティナがしてきたことを思えば当然の対応である。しかしムティナに気にした様子はなく、構わず話しだした。

 

「モデナはあっちでどんな判決を受けると思う?因みに私はあっても軽い罰で済むと踏んでいる」

 

返事はしないが目線だけは向けた。それで充分だったのか、ムティナが続ける。

 

「例え罪を犯した者であっても、利用価値があると判断すればとことん利用する。それが君達時空管理局のお家芸だからだ」

 

向けられていた目が鋭くなったのを感じた。これで少しは退屈な時間は潰せそうだ。

 

「あと、これは今の話とは関係のないことだが…君達を足止めした私の発明品があったろう?」

 

発明品とは祐が停止させたあの装置のことだろう。どういった仕組みかは分からないが、説明通りならあの装置は時間を局地的にではあるが操作できるものだった筈だ。

 

「あれを作った時に思ったんだ。時間とは、存外脆いものなんだとね」

 

「少し前まで、時間なんてものは到底どうこうできるものではないと思っていた。だがそれは私の勝手な思い込みだったよ」

 

経験からムティナの話を真面目に聞くのは得策ではないと思っている。ところが実際はその考えとは裏腹に、彼女の話に耳を傾けてしまっていた。

 

「私は思うんだ。そう遠くない未来…時間旅行は魔術師連中が言う真の魔法から魔術、もしくは科学となるぞ」

 

「…何が言いたいの」

 

つい疑問を口にしてしまったティアナ。反応が返ってきたことにムティナは嬉しそうにほくそ笑んだ。

 

「君達が守らなければならないのは『現在(いま)』だけではなくなるかもしれないということさ」

 

何を馬鹿なと聞き捨てすればそこまでだ。けれど時間操作をこの身で体験したせいか、どうしても荒唐無稽な話だとは思えなかった。

 

「最高だろ、期待が膨らむよ。そこで気になるのはあの子だ。あの光は何処まで届くと思う?仮にだ。仮にもしあの光が次元も、そして時さえも超えるというのなら…いよいよあれは手に負えないぞ」

 

ティアナは表情を暗くする。祐は優しく、そして善人だと感じた。誰かの為に戦うことのできる人物だと。だからこそ不安になる。このままあの力が広く大勢の目に留まれば、きっと彼自身が標的となってしまうだろう。そうなってしまった時、祐はどのように動くのだろうか。

 

「危険だな、あの子は。野放しにしておくには余りにも危険だ」

 

ムティナは楽しそうに呟いた。ティアナは今後の事を考える。

 

事件の内容は上に報告しなければならない。そして祐のことも。時空管理局として、逢襍佗祐という人物をどう捉えるべきか。これは自分の信頼できる人達と話しておくべきかもしれない。まずは彼のことを知っているクロノからだと決めた。彼が忙しい身であることは知っているが、きっと協力してくれるだろう。

 

「ご親切にどうも。これからやらなきゃならないことを明確にしてくれて」

 

「気にしないでくれたまえ。もしこの私の命が続くのなら、是非とも知りたい。この世界と…あの光の行く末を」

 

 

 

 

 

 

モデナとムティナ。一人の人間から別れた二つの存在。そこから生まれた事件はここに終わりを迎えた。しかしその先に待っているものは平和な世界ではなく、新たな事件と新たな戦いだ。少しずつ混迷を増すこの多次元世界において、その行く末を知るものは誰一人として存在しない。

 

虹の光。かの光が導く先にあるものもまた、誰一人として知らない。



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急がずとも進め
暴君姉さんチャチャゼロ


『改めて一昨日はありがとう鮮花。おかげで貴重な体験と繋がりを得られたよ』

 

麻帆良祭の振替休日2日目。寮の自室で鮮花は橙子と通話をしていた。同室の静音はまだ睡眠中である。

 

「それは良かったですけど…大丈夫なんですか?橙子さんって、一応追われてるんですよね?それなのに自分の情報を教えるなんて」

 

鮮花は橙子からあまり大手を振って行動できる身ではないと聞いている。相手は魔術師でないとはいえ、危険ではないかと思えて仕方ない。

 

『秘密を握っているのはこちらも同じだ。彼女は賢いよ、上手く付き合っていければお互いに得をする。それにだ、危険を冒す価値は充分にあると私は考えているしな』

 

橙子本人が納得しているのならこれ以上言えることはない。思うところがないわけではないが、それは飲み込むことにした。

 

「ところで…メイド喫茶の時に話してたあの二人、いったいなんだったんですか?人外バトルショーとか言ってましたけど」

 

通話をしながらコップに水を注いだ。なんとなくベットで寝ている静音の寝顔を覗きながら一口飲む。

 

「ああ、あれか。客としてきたメイド服の女性はドラゴン、フランス人形のようなお嬢さんはどうやら真祖の吸血鬼だそうだ」

 

「ブハッ!」

 

「ひゃあ!な、なに!?」

 

思わず口に含んでいた水を勢いよく吐き出してしまう。発射された水は見事に静音の顔面に直撃してしまった。

 

「ご、ごめん静音!もう!橙子さん!」

 

半ば八つ当たりのように名前を呼ぶ。当然その光景は見えてはいないが、何が起こったのか大体の予想がついたのだろう。スマホからは橙子の笑い声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「おああああああ」

 

自室で一人大きく伸びをする祐。声だけ聞けばダメージを負ったかのようだが、ただ伸びをしただけである。

 

昨日の朝にあった大勢での朝食を終えた後、超と聡美も含めて明日菜達と情報の擦り合わせをした。そして幼馴染やクラスメイトへの詫びの連絡、それが終われば今度は学園長に報告などなかなか忙しい一日だった。向かう途中でばったり出くわした愛穂に怒りのヘッドロックを掛けられる一幕があったがそれは置いておく。

 

「それにしても、冠位の魔術師ときたか…」

 

超から聞いた同盟を結んだ相手、蒼崎橙子とトール。トールのことは初めて会った時から感じてはいたが、博物館で会った女性である橙子についてはそこまでは知らなかった。只者ではないことなど百も承知だったが、まさか魔術師側の有名人だったとは。

 

(あっちからの接触を待つか、こちら側から行くか…)

 

彼女の出方を伺うべきか、それともこちらから先制するか。どちらにするべきかと思考するが、一人で考えても仕方がないと腕を組んだ。

 

(まぁ、なるようになるさ)

 

余りにも楽天的と思える考えだが、それは彼女達から悪意を感じなかったことが大きな要因だ。トールからは警戒を感じたがそれだけで、こちらを害そうとする意志は見られなかった。警戒ではなく興味を向けられたという違いはあれど、それは橙子とて同じである。世界だけでなく、自分の身の回りも混みあってきたなと思っているとチャイムが鳴った。立ち上がって玄関へと向かう。

 

「はいは~い」

 

「オウ、来タゾ」

 

視線を下ろせば立っていたのはチャチャゼロで、腕には『無限地獄』と書かれた一升瓶を数本抱えていた。物騒である。

 

「おお、ゼロ姉さんいらっしゃい。どしたの?」

 

「ココントコロ御主人モ茶々丸モ祭リニ出ズッパリデ、オレダケ楽シンデネェ。楽シマセロ」

 

「それは僕のせいですか?」

 

「イイカラ早ク入レロヨ」

 

「この暴君めが…」

 

文句を言いつつ、チャチャゼロを抱えて部屋へと戻る。あの師匠にしてこの姉ありだ。茶々丸はこの一家では例外的にいい子なので、どうか姉達には似てほしくないと思う祐だった。因みにエヴァは祐には似てほしくないと思っている。双方自分のことを棚に上げているのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

それから少し経った昼過ぎ。祐の家の前にあやかの姿があった。周りに友人がいるわけでもなく、あやか一人である。

 

(き、気が付いたら祐さんの家の前に…私はいったい何を考えているのですか!)

 

偶には散歩も悪くないかと一人当てもなく繰り出した筈だったが、無意識に進んだ先は祐の家だった。昨日一人暮らしの男性の家に上がるのはよくないとクラスメイトに言った手前、自分の行動を恥じる。

 

(私としたことがぼーっとしすぎました、街の方に戻りましょう)

 

背を向けてその場から離れようとした時、家から話し声が聞こえてきた。思わず立ち止まって耳を澄ませるも、ここからでは内容まで聞き取れない。

 

(一人は祐さんですが、もう一人はどなたでしょうか…。ま、まさか!すでに誰かが!?)

 

そうとなれば帰るわけにはいかない。品行方正な学級委員長として、不純異性交遊を見逃してはならないのだ。足音を立てぬよう姿勢を低くしてゆっくりと近寄る。祐の部屋には大きな窓があるので、そこから中を覗こうとしていた。傍から見れば完全にあやかが不審者である。そっと窓から顔を出すと、部屋の中には祐と小さな人形が見えた。

 

(に、人形ですか…?)

 

しかし見間違えでなければ人形は手に一升瓶を持っており、時折口元に運んでいる。あれではまるで酒を飲んでいるようだ。

 

「少しくらい酒以外の物も飲み食いしたら?いつか身体壊すよ」

 

「壊サネェヨ、人形ダゾ」

 

「そんなこと言う子は体調悪くなっても面倒見てあげないぞ!」

 

「ジャアオメェノ体調ガ悪クナッタラ、オメェノケツニ一升瓶突ッ込ンデソッカラ飲マス」

 

「イカレてんのか姉さん」

 

何やら仲良さげに会話している。よくよく見ればあの人形は夢の世界にいたのを思い出した。もっとよく観察しようと顔を近づけたところで、勢いよくチャチャゼロの首がぐるりと回って目が合う。宛らホラー映画のような出来事にあやかは血の気が引いた。

 

「ひっ!」

 

「オウオウ、覗キ見トハイイ趣味シテンジャネェカ」

 

窓を開けてゆったりとした速度で近づいてくるチャチャゼロにあやかは一歩ずつ後ろに下がる。血の惨劇が巻き起こりそうな展開だが、チャチャゼロの腋に手を入れて祐が持ち上げた。

 

「こらゼロ姉さん、脅かしたら駄目でしょうが。よく知らなかったら姉さんは怖いんだから」

 

「ナンダヨ、チョット揶揄ッタダケダロ」

 

祐の小脇に抱えられると脱力した状態になった。こうして見ると、先程とは違って愛らしいような気もする。

 

「ごめんねあやか、ゼロ姉さんが驚かせちゃって」

 

「い、いえ…あの祐さん、そのゼロ姉さんというのは…」

 

「ん?ああ、もしかしてちゃんと顔合わせるのは初めてか。じゃあ紹介しなきゃね。取り合えず上がって」

 

 

 

 

 

 

現在祐の部屋ではあやかに対してチャチャゼロの紹介が行われていた。祐の隣にあやかが座り、二人の前にチャチャゼロが鎮座している。

 

「な、なるほど…つまりチャチャゼロさんはエヴァンジェリンさんの昔からの相棒で、茶々丸さんのお姉さまなのですね。あと祐さんにとっても」

 

「ソウイウコッタ。ヨロシク頼ムゼ、パツキン姉チャン」

 

「パツキン姉ちゃん…」

 

「頭のネジは何本かぶっ飛んでるけど、これで意外と優しいところはあるから」

 

「オメェガ言ウンジャネェヨサイコ野郎」

 

「誰がサイコ野郎だ!」

 

二人が話しているのを見ると、確かに気心の知れた関係だと分かる。エヴァと同じように、チャチャゼロとも一緒に暮らした長い付き合いということだろう。

 

「ところであやかは何してたんだ?」

 

「…なんのことでしょう」

 

「それでごまかせると思ってるのか」

 

当然と言えば当然の質問が祐から飛んでくると、あやかはすっとぼけた。だが逃げるには余りに苦しい。

 

「ドウセ覗キニデモ来タンダロ、オマエスケベソウダシナ」

 

「心外ですわ!私はスケベなどではありません!」

 

「俺はスケベだ」

 

「聞いてませんわ!」

 

「アト知ッテル」

 

そんな話をしていると再びチャイムが鳴る。祐が玄関の方を見つめた。

 

「やけに今日は来客が多いな。ちょっと行ってくる」

 

祐が部屋を出ていくとその場にはあやかとチャチャゼロが残る。チャチャゼロに気にした様子はないが、あやかは凄まじく気まずかった。

 

「ヨォ、パツキン。オマエ祐トハドコマデイッテンダ?」

 

「その呼び方で固定なのですか…。因みにどこまでとは?」

 

「ンナモン決マッテンダロ、ズコバコシタノカダヨ」

 

なんのことを言っているのか分からず首を傾げるが、暫くして一つの予想に行きつくとあやかの顔が一瞬で赤くなった。

 

「なっ、何を仰るかと思えば!そんなことする筈がないでしょう!」

 

「ソノ感ジダト本当ミテェダナ。ツマンネェ」

 

だらけきった様子で横になるチャチャゼロ。ポリポリと腹部を掻く姿は妙にオヤジくさい。

 

「オメェラガキナンダカラ、ムラムラキタラ取リ合エズヤットケヨ」

 

「なんと無責任な!そういったことはちゃんと段階を踏んで行うべきですわ!」

 

「最終的ニヤルンナラ、イツヤタッテ変ワンネェダロ」

 

「全然違います!」

 

妙な話題で白熱する二人の元に足音が聞こえてきた。祐が帰ってきたのかと思ったが、足音は複数聞こえる。するとドアが勢いよく開いた。

 

「あっ!ほんとにいんちょがいる!」

 

「あ~!いけないんだ!昨日はあんなこと言ってたのに!」

 

ドアから顔を出したのは裕奈とまき絵だった。少し後ろから祐も来ると、両隣にはアキラと亜子もいる。

 

「皆さん!?どうしてここに!?」

 

「街で遊んでたんだけど、近くを通ったからせっかくだし覗いてこうかなって」

 

「そしたらなんと、いんちょが隠れて逢襍佗君に会いにきてたってわけ」

 

裕奈の発言にたじろぐあやか。正直言い訳のしようもない状況を目撃された感は否めないが、必死に頭を回転させた。

 

「お待ちください!私は祐さんと話しておかなければならないことがあって来たのです!そうしたら外ではなんだからと呼ばれ、断るのも申し訳ないと思ったのでお邪魔しました!」

 

「めっちゃ早口やん…」

 

「でも隠れて会いにきてたことに変わりはないような…」

 

アキラの冷静な分析に退路を断たれそうになる。助けを求めて祐を見ると目が合った。

 

「俺からお願いして来てもらったんだ。気温も下がってきたし、あやかだけ外に居させるのもね」

 

「ふ~ん。で、肝心のその話ってなに?」

 

「野暮なこと聞くもんじゃないぞ」

 

「え~、そんなこと言われたら気になるよ」

 

「それ以上聞くなら家から投げ飛ばす」

 

「急に乱暴!?」

 

話の矛先が祐に向いたことであやかは一息ついた。煙に巻くのが上手い彼のことだ、そのまま別の話題へと舵取りをしてくれることだろう。

 

「オマエハ変ナトコデクチガ回ルナ」

 

「へ?今しゃべったのって…」

 

聞こえた声に違和感を覚えてその元を目で追う。そこには見覚えのある人形が胡坐をかいていた。

 

「あれ!?もしかしてあの時夢の中にいた人形!?」

 

「そう言われれば居たような…」

 

「この子が喋ったん?」

 

「たぶん」

 

視線が集まっても然程気にした様子もなく、チャチャゼロは手をひらひらと揺らした。

 

「オウ小娘共、相変ワラズ能天気ソウナ面ダナ」

 

「お~、動いてる」

 

「こりゃまた紹介が必要だな」

 

裕奈達にも改めてチャチャゼロの説明しなければと思う祐と、完全に話題が変わって安心したあやかだった。

 

 

 

 

 

 

「へ~、茶々丸のお姉さんなんだ」

 

「ちっちゃいのにね」

 

「ウルセェヨ絶壁」

 

「絶壁!?」

 

酷いあだ名にまき絵がショックを受ける。笑っては失礼なので祐は下を向いた。

 

「ねぇねぇ、それじゃあ私は?」

 

「パッパラパーダトナゲェカラ、オマエハ『パー』ダナ」

 

「パー!?」

 

裕奈を命名すると、続けて亜子とアキラを指さす。

 

「オマエハ『幸薄』デオマエハ『能面』」

 

「さ、幸薄ちゃうもん!」

 

「能面…」

 

それぞれがもれなくショックを受けていると、流石に祐も申し訳なくなった。

 

「ごめんねみんな。ゼロ姉さんってとびきり口が悪いから」

 

「褒メンナヨ」

 

「こいつ…」

 

外見的に似てる部分はあるかもしれないが、その性格は茶々丸とは似ても似つかないものだ。そんなチャチャゼロは持参した次の一升瓶を開ける。

 

「オイ祐、酒ガ足リネェカラ買ッテコイ」

 

「俺未成年だから無理だよ」

 

「商店街ニアルアノ店ナラ売ッテクレンダロ、オ得意様ダカラナ」

 

その店は個人営業で、チャチャゼロはよくそこから酒を購入している。祐は荷物運びに付き合わされるので店主とも顔見知りだった。

 

「分かったよ、行けばいいんだろ!この女版チャッキーが!」

 

「逢襍佗くーん!冷蔵庫になんもないからジュースも買ってきて!」

 

「お前本当に投げ飛ばすぞ」

 

仕方なく祐が立ち上がると、勝手に冷蔵庫を覗いていた裕奈が注文を増やした。するとアキラが隣にやってくる。

 

「そっちは私が行くよ。おじゃましたお礼に、逢襍佗君も欲しいものあったら言って?」

 

「大河内さん、貴女は素敵だ。間違いなくこの中で一番素敵な女性だ」

 

「あ、ありがとう…」

 

尊敬の眼差しを向けられてアキラは困惑する。そんな二人に買い物に行くならと亜子もついていこうとした。

 

「ほんならウチも」

 

「待テ幸薄、ソノ二人以外ハオレニ付キ合エ」

 

「幸薄はやめてくれへんかな!」

 

チャチャゼロの中ではそれぞれの呼び名が定着したようだ。見たところあやか達のことをそれなりに気に入ったようなので、苦笑いを浮かべながら祐はアキラと一緒に買い物へ出かけた。

 

 

 

 

 

 

「ごめんね逢襍佗君、いきなり押しかけて」

 

「いいえ、特に何をしてたわけじゃないし。まぁ、来てもらったとこでなんにもない家だけどね」

 

買い物を終えた二人は祐の家へと戻る途中である。チャチャゼロが贔屓にしている店には酒以外もあり、価格も安めなことから個人的に行くのもありかもしれないとアキラは思った。

 

「逢襍佗君ってそんなに物とか置かないタイプ?」

 

「そうしようと思ってるわけじゃないけど、あまりあれこれ欲しいってのはない気はするかな。男の一人暮らしってそんなもんだと思うよ」

 

祐の部屋は片付いており、置いてある物も必要最低限のように見えた。本人の話からも、物欲があまりない性格なのだろうか。

 

「一人暮らしか。実際どう、結構大変?」

 

「う〜ん…俺は最低限のことしかしてないからそれほどって感じ。ただ最初らへんは少し寂しい気はしたね、でも住めば都ってやつだよ。人間、大抵のことには慣れていくものだから」

 

「なるほど」

 

話を聞いてアキラは小さく頷いた。特にこれから一人暮らしの予定があるわけではないが、身近にいる人物で一人暮らしの経験があるのは祐くらいなので聞いてみたくなったのだ。そこでアキラがはっとした顔をすると、ぎこちない笑顔になった。はっきり言って恐ろしい。

 

「え…ど、どうしたの?」

 

「あ、その…無表情だったかなって…」

 

(き、気にしとる…)

 

チャチャゼロから与えられた能面というあだ名が意外と刺さっている様子である。祐は軽くフォローすることにした。

 

「気にすることないって。大河内さんはそれでいいと思うよ?現に友達だって多いし、みんなに好かれてるじゃないの」

 

「…そうかな?」

 

「うん。それにそういう人がたまに笑ったりすると、それだけで魅力的に映るもんさ。自分の武器として、最大限活用しちゃいなよ」

 

明るく話す祐に、無意識にアキラも釣られて笑った。祐が言った通り、その笑顔は非常に魅力的である。

 

「ほら、今みたいに大河内さんはちゃんと笑えるんだからそのままでオッケーです。ただし勘違い男子が増えるぞ!気をつけろ!」

 

「それなんの話…?」

 

「さては貴様…無自覚男殺しだな!恐ろしい子だよ!」

 

「だからなんの話⁉︎」

 

それからも二人は会話を続けながら祐の家へと向かった。距離も大したことはないのですぐに着くが、家の少し前で祐が訝しげな顔をして立ち止まる。

 

「どうかした?」

 

「なんというか…部屋の中から嫌な予感がする…」

 

「嫌な予感って…」

 

困惑するアキラだが、祐はすぐにその予感に当たりをつけた。もしこの予想通りなら急がねば、今より更に悲惨な状況になるやもしれない。

 

「まさか…いかん!ゼロ姉さんならやりかねない!」

 

「逢襍佗君⁉︎」

 

両手に荷物を持ちながら走って玄関へと向かう祐に少し出遅れたがアキラもついていく。器用に鍵を取り出すと扉を開けて部屋へと進み、中へと突入した。

 

「あは〜ん」

 

「いいぞまき絵!エッチだ~!」

 

部屋の中ではまき絵がテーブルの上でその柔軟性を活かしたセクシーポーズをとっていた。下着姿で。裕奈は声援を送っており、あやかと亜子は床に寝転んでいる。もれなく全員顔が赤い。

 

「なにやってるの⁉︎」

 

「やはり遅かったか…」

 

予想が当たっていた祐は、この現状を作り出した犯人であろうチャチャゼロを見た。本人は呑気にまき絵を鑑賞している。

 

「ちょっとゼロ姉さん!飲ませたでしょ!」

 

「コイツラガ勝手ニ飲ミ始メタンダヨ」

 

「いや止めてよ」

 

「若イ内カラ慣レテオクノハ良イコトダロ。飲マナキャ強クナレネェゾ」

 

「その理論は今の時代じゃ通用しないの!」

 

話している途中であやかと亜子を見る。間違いなく彼女達も飲んでこの状態なのだろうが、二人が進んで飲む姿を想像できない。

 

「寝てる二人は自分からとは思えないけど…」

 

「ソコノ二人ハ絶壁トパーガ飲マセテタ」

 

「だから止めてよ!」

 

「若イ内カラ慣レテオクノハ」

 

「もういいわ!」

 

「ま、まき絵!せめて服着て!逢襍佗君もいるから!」

 

アキラが焦った様子でまき絵の脱いだ服を着せようとする。まき絵は焦点がいまいち定まっていない目を向けた。

 

「あれ?アキラだ。も~、ステージ上がっちゃだめだよぉ」

 

「ステージってなに!?」

 

「そうだ!上がったんならアキラも脱がなきゃだめだぞ~!」

 

「裕奈は静かにしててほしいな…」

 

「なんだと!お客さんに向かってそんな口きいていいのか!」

 

「アキラも一緒にやろ~よ」

 

「あっ!ちょっと二人とも!」

 

裕奈とまき絵がアキラを脱がしにかかった。非常に危険な状態である。抵抗しながら祐に視線を送ると、胡坐をかいて腕を組んだ姿勢でこちらを静観していた。

 

「あれ!?逢襍佗君!助けてほしいんだけど!」

 

「いや大河内さん、なんかここはそのまま流れに身を任せた方がいいと俺の勘が言ってる気がしたようなしないような」

 

「それ嘘だよね!」

 

「…だめか」

 

初めから望み薄だったが、アキラのストリップショーは拝見できなさそうだ。立ち上がって二人を止めに入ろうしたところで腕を誰かに掴まれる。

 

「ん?あっ、起きた」

 

掴んだ人物はあやかで、俯いたままふらふらと立ち上がる。

 

「祐さん…貴方という人は…」

 

「え?」

 

「そんなに女性の裸体が見たいのですか!」

 

「うん。じゃなかった…いきなりどうしたあやか!」

 

「本音ガ漏レテンジャネェカ」

 

人よりそちらへの関心が強いのは自負しているので、祐は反論しなかった。しかし取り敢えずアキラを救出せねばとあやかに声を掛ける。

 

「あやか。大河内さんが現在進行形でピンチだから助けてあげないと」

 

「そんなに見たいのならば…私が犠牲になります!」

 

「本当にどうした!?」

 

手を離したかと思えば、服を脱ぎだすあやか。何故A組の生徒達は酔うと脱ぐのか、非常に興味深い話であるがそんなことを考えている場合ではない。

 

「よせあやか!進んで見せてくれるのはありがたいが、後で素面に戻った時が怖い!」

 

「私では不満だと言うのですか!」

 

「そうは言ってないだろ!」

 

「ケケケ、大忙シダナ」

 

「笑ってんじゃねぇよ!」

 

見せてくれるのなら是非お願いしますと言いたいが、後のことを考えてあやかの腕を掴んで止める。アキラの方を見れば、そちらはそちらで追い詰められていた。

 

「「いい女〜いい女〜、服を脱いだらいい女〜」」

 

「なんなのその歌⁉︎あ、逢襍佗君!」

 

こちらに手を伸ばして助けを求めるアキラ。彼女の為にも、まず目の前のあやかをなんとかしなければならない。

 

「ちょっと待ってて大河内さん!あやか!少しいい子にしてよう!な!」

 

「私は常にいい子です!だから祐さんのこともいつだって心配しているというのに、貴方は毎回無茶ばかりして!今回だってそうです!私だって麻帆良祭を案内して差し上げようと思っていましたのに!」

 

「それは本当にすまん!その話は後でしっかり聞くから!」

 

「イヤです!今聞いてください!最近祐さんは私以外の人にばかり構っています!」

 

「そんなことはないんじゃないかな…」

 

「オラ祐、手ッ取リ早クキスシテ黙ラセチマエ」

 

「やかましいわ!」

 

これでは流石に埒があかない。多少強引にでも締めなければこの場は収まらないだろう。あまり気は進まないが、背に腹は変えられない。祐は右手を高く上げた。

 

「はーい!みんな注目!」

 

大きな声に全員が祐を見た。それを確認して強く手を合わせて音を鳴らす。騒がしかった室内に、祐の発した音が響いた。

 

 

 

 

 

 

「…あれ、私」

 

ゆっくりと目を開いたアキラは、自分が横になっていたことに気付いて上体を起こす。周りには眠っている裕奈達がいた。

 

「たく…この子達に酒飲ませるのは金輪際禁止だからね。勝手に飲もうとしても止めること、いい?」

 

「シャアネェナ〜」

 

「なんでそっちが妥協してやってるみたいになってんだよ!」

 

声のした方にはチャチャゼロと話している祐の背中が見えた。目を擦って起き上がる。

 

「あの…逢襍佗君、私達寝てたの?」

 

「ああ、大河内さん起きたんだね。みんな騒ぎ疲れて寝ちゃったよ。大河内さんも一緒に寝るとは思ってなかったけど、意外と疲れてたのかもね」

 

「う〜ん、そんな気はしなかったけど…」

 

先程危うく裕奈とまき絵に服を脱がされそうになっていたことは覚えているが、どういった経由で全員が眠ってしまったのかは思い出せない。

 

「んで起きたところ悪いんだけどさ、佐々木さんの服着させてあげてくれない?一応毛布は掛けてあるけど」

 

確かに寝ているまき絵は毛布にくるまっている。しかし彼女の服は床に置かれたままだ。

 

「俺は一旦部屋の外にいるから、よろしくね」

 

「わかった、ちょっと待ってて」

 

頷いた後に部屋から出ていく祐。あまり待たせても悪いので早速取り掛かる。チャチャゼロはそんなアキラを見ていた。

 

「ナァ能面、寝タ時ノコトハ覚エテルカ?」

 

「え?…ううん、あんまり」

 

「ケケケ、ソウカイ」

 

「何かあったの?」

 

「サァナ、飲ンデタカラ知ラネェ」

 

 

 

 

 

 

それから裕奈達の目が覚めると時刻は夕方に向かおうとしていた。暫く部屋でだらだらと過ごし、今は女子寮へと帰宅するのを祐が送っている。

 

「うへ〜、まだちょっとクラクラすらする…」

 

こめかみを摩りながら呟く裕奈はまだ完全にアルコールが抜けきっていない様子で、それはチャチャゼロの酒を飲んだ全員に当てはまっていた。その手には祐からもらったスポーツドリンクが握られている。

 

「ていうか私達飲んだ後何してたんだっけ?」

 

「ウチは寝てたから分からん…」

 

どうやらまき絵達は酒を飲んでから起きるまでの間、自分達が何をしていたのか覚えていないようだった。祐としてはありがたい話である。

 

「暫くはしゃいでそのまま力尽きたって感じだったよ」

 

「そっか~。言われてみるとなんかそんな気がする」

 

祐の言ったことにまき絵は疑いを持った様子はない。その方がお互いの為だろうと真実を知っているアキラは何も言わなかった。

 

「まったく、ひどい目に遭いましたわ…」

 

「でも初めての経験ができて良かったよね!」

 

「良くありません!未成年の飲酒は法律で禁止されてますのよ!」

 

「黙っとけばバレないって」

 

「そういう問題では!いたた…」

 

話している途中で頭痛がしたあやかは額に手を添えた。そんなあやかの背中を祐が摩る。

 

「今は安静にな。みんな帰った後もしっかり水分取って、ごはん食べるんだよ」

 

『はーい』

 

(返事だけはいいな…)

 

そうしていると女子寮が近づいてきた。建物を確認すると、祐が立ち止まる。

 

「さて、じゃあ俺はこの辺で。一応階段とか気を付けてね」

 

「うん、今日はありがと~」

 

「また行くね!」

 

「全然反省しとらんやん…ごめんな逢襍佗君」

 

「お騒がせしました。またね」

 

それぞれが手を振って寮へと戻っていく。しかしあやかは一人その場に残った。

 

「あやか?」

 

「あの…祐さん。私何か変なことを言ったりしてませんでしたか?」

 

酔ったのとは違う理由で頬を赤く染めて聞いてくる。変なことは言ったというかしたのだが、知らない方が幸せなこともあるだろう。

 

「いいや、そんな気にするようなことはなかったよ。いつもよりテンションは高めだったけどな」

 

「そ、そうですか」

 

まだ何か気になることでもあるのか、指先を合わせて時折視線を向けてきては逸らす。その姿を見て、ふとあやかが酔っている時に言っていたことを思い出した。これが果たして正解かは分からないが、取り合えず思ったことを口にする。

 

「まぁ、その…なんだ。もし嫌じゃなかったらさ、またおいでよ」

 

行ったり来たりしていたあやかの視線が祐に固定される。その目から話の続きを待っていると感じた。

 

「特に何があるってわけじゃないけど、たまにはゆっくり話すのも悪くないでしょ」

 

「……か、考えておきます。それでは」

 

挨拶もそこそこに、あやかは足早に女子寮へと向かっていった。怒った様子でもなかったので、いまいち自信は持てなくとも先の発言は間違ったものではなかったと思っていいのだろうか。

 

一息ついてから祐も家に戻ることにする。まだ我が家にはチャチャゼロが居るのだ。家の中で一人何をしているか不安なので、少し急ぎで帰宅をした。

 

 

 

 

 

 

「オウ、帰ッテキタカ。ソンジャ今日ハ朝マデイクゾ」

 

「俺明日学校なんだけど」

 

「オマエドウセ寝ネェカラ関係ナイダロ」

 

「あんたって人は…!あまり俺を舐めるなよ!このままだとゼロ姉さんへキスの嵐が吹くぞ!」

 

「ハッ、虚仮威シダロ?」

 

「馬鹿にしやがって!俺はやると言ったらやるぞ!」

 

余裕を崩さないチャチャゼロを祐が持ち上げる。その後本当に嵐が吹いたのかは定かではないが、朝までチャチャゼロが家にいたのは確かだった。



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経験者は語る

麻帆良祭の振替休日も終わり、学園全体が日常に戻った。一大イベントが終わってしまった寂しさを感じつつ、学生達は学園へと登校する。いつも通りの行動が、より祭りが終わったことを実感させてくるような気がした。

 

「いや〜なんというか…終わったなぁ」

 

「僕も燃え尽きた感じがする」

 

教室内にて正吉と純一は窓から見える光景に切なさのようなものを感じながら呟いた。休み明けなのもあってか、その表情は覇気がない。集まりはじめたクラスメイト達も、大なり小なり気怠げな状態だった。そんな中で普段と変わらない様子で薫が教室に入ってくる。周りと挨拶を交わしながら席に鞄を置く姿を二人は横目で見た。

 

「薫は相変わらずだな〜」

 

「まぁ、棚町はノスタルジーとは遠い存在ではあるからな」

 

「朝っぱらから失礼なこと言わないでくれる?」

 

話が聞こえていたのか、鞄から荷物を取り出しつつジト目を向けた。純一と正吉は見られていることを分かった上で、目を合わないようにしている。

 

「気にしないでよ薫、いつも変わらないのは良いことだから」

 

「そうだな、安定感がある」

 

「せめてこっち向いて言え」

 

遠くに視線を飛ばしながら黄昏れる二人に薫はため息をついた。

 

「ったく、麻帆良祭が終わったからって気が抜けすぎでしょ。シャキッとしなさいって」

 

「「へ〜い」」

 

「こいつら…」

 

だらけきった姿を見せる純一と正吉。今日一日はこんな感じかと薫が思っていると春香が教室にやってきた。

 

「薫ちゃんおっはよー!」

 

「おはよう春香!よかった、あんたは普段通りね」

 

変わらぬ元気さで安心する薫に春香は首を傾げた。

 

「普段通り?どうかしたの?」

 

「麻帆良祭が終わった影響で、学園全体がなんかだらけてんのよ」

 

「なるほど、言われてみれば確かにそうかも」

 

「まったくだらしないったらないわ」

 

「あはは…だけど私も麻帆良祭が終わって少し寂しい気はするかな」

 

会話するのと同時に薫はクラスの男子達に目を向ける。この後彼らがどんな反応をするのか、大方の予想を立てつつ春香に聞いた。

 

「でも春香だってだらけてる奴より、キリッとしてる奴の方がいいでしょ?」

 

「え?う〜ん…まぁ、元気な方がいいのは間違いないかもね」

 

「梅原、今日も一日張り切っていこうな!」

 

「そうだな大将!休み明けこそ明るくいくぜ!」

 

「あー、なんか今日はやる気が溢れてくるわ。麻帆良祭後なのに」

 

「俺もだよ。俺に関してはいつも元気だけど、俺はいつも元気だけど!」

 

純一達を始め、クラスの男子達が急に活発になった。曲がっていた背筋は伸び、やる気に満ち溢れている。教室の端ではシャドーボクシングを始める者もいた。どうしてシャドーボクシングをしたのかは謎である。

 

「うちのクラスはいつも元気だね!」

 

「…しょうもな」

 

まさしく予想通りなクラスメイトに薫は呆れを通り越してさえいた。そこで普段なら最も目立つと言っても過言ではないほど元気のある祐が教室にいないことに気がつく。

 

「あれ?そこのバカ二人、祐はまだ来てないの?」

 

「ひでぇ呼び方」

 

「もう少しまともな呼び方あるだろ…」

 

「ほんとのことでしょうが」

 

「その呼び方は大変遺憾ではあるが一旦置いておいて、祐ならまだ見てないな」

 

「荷物もないみたいだし、まだ来てないんじゃないか」

 

普段であれば既に教室にいる時間だが、珍しいこともあるものだと思った。一昨日連絡は取り合ったが、直接見たのは麻帆良祭初日が最後だ。来れなかった理由が理由なので少しだけ心配にはなる。

 

「逢襍佗君、今日は来れるのかな?」

 

「もう落ち着いたって言ってたし、来るとは思うけど」

 

どうやら春香も同じことを考えていたようだ。その表情からは心配が見て取れる。

 

「騒がしい奴だけど、居ないなら居ないで寂しい気もしないでもないわ」

 

「な、なんか遠回しな言い方だね…」

 

「ありがとう薫、俺も会えなくて寂しかったよ」

 

後ろから聞こえた声に驚きながら振り向くと、いつの間にか祐が真後ろに立っていた。人混みに紛れるような見た目はしていないにも関わらず、どうやればここまで気配を消せるものなのだろうか。

 

「うわっ!急に後ろから声掛けないでよ!」

 

「そんなこと言って、俺に会いたかったんだろ?さぁ、抱きしめてあげよう」

 

「そこまで言ってないわよ!あとにじり寄ってくるな!」

 

離れていく薫と後を追う祐。一定の距離感を保ったまま二人の追いかけっこが始まった。

 

「寂しいと言ったのはお前だろ!どうして逃げるんだ!」

 

「抱きつこうとしてるからに決まってんでしょ!」

 

「逃がさんぞ!絶対に抱きつかせてもらう!」

 

「私はそんなに安い女じゃないわよ!」

 

「い、行っちゃった…」

 

勢いをそのままに教室から出ていく祐と薫。困惑して二人を見送る春香達だが、祐がいつも通りの様子なことに少し安心してもいた。

 

 

 

 

 

 

「てなわけで廊下は走るんじゃないぞ。いいな棚町?」

 

「はい、以後気をつけます…」

 

教室を出てから廊下を走り回っていた薫と祐は、歩いていた愛穂に見つかりお叱りを受けた。祐は愛穂に一撃もらったので、首根っこを掴まれた状態で沈んでいる。

 

「私は教員室に戻るから、こいつのこと頼んだじゃんよ」

 

「あ、はい」

 

祐を突き出してその場を去る愛穂。薫はしゃがみ込むと未だうつ伏せに倒れている祐をつついた。

 

「ほら祐、そろそろ起きなさいよ」

 

「朝っぱらから重いの食らった…あの大胸筋にはパワーも詰まってるのか?」

 

「あんたもう一回食らってくる?」

 

くだらないことを言う祐を再度愛穂の元に連れていこうかと悩む。いつの間にか祐は立ち上がっていた。

 

「あれを食らうのは多くても一日一回で充分だ。教室に戻ろう」

 

歩き出した祐だが薫は立ち止まって何かを考え始めた。少し進んだところでそれに気が付いた祐も足を止める。

 

「どうした?」

 

「う~ん…適任じゃないかもしれないけど、祐の方が女の子と関わってること多そうだし…」

 

「お~い薫」

 

「よし決めた。祐、今日の休み時間ちょっと付き合って」

 

「なんだそりゃ…いいけどなんの用事なんだ?」

 

「簡単に言うと、恋愛相談ってやつ」

 

「……薫が恋愛相談だって?」

 

「なんかムカつくわねその言い方」

 

睨みを利かせると祐は瞬時に両手を上げた。今回は見逃してやろうと決めて、先程のことを詳しく説明する。

 

「言っとくけど相談相手は私じゃないからね」

 

「はい?」

 

 

 

 

 

 

「薫~、いきなりどうしたの?」

 

それから数時間後の校舎裏。そこには薫と彼女に呼び出された『田中恵子』がいた。例の件で話があると教室から連れ出された恵子は不安そうに薫に聞く。

 

「あの事だけどさ、私達女子だけの意見じゃなくて男子の意見も聞いた方がいいんじゃないかなって思ったのよ」

 

「男子の意見って…じゃあこれから誰かくるってこと?」

 

「その通り。恵子もよく知ってる奴よ」

 

首を傾げる恵子だったが、その人物と思われる相手がこちらに向かってきているのが見えた。薫が手を振って呼び掛ける。

 

「あっ、きたきた!おーい祐!こっちこっち!」

 

呼ばれると祐は小走りで二人の元へやってくる。近くに来るとやっぱり大きいなと恵子は思った。

 

「よく分かんないけど言われた通り来てやったぞ。ん?あれ、田中さんじゃん」

 

「ど、どうも逢襍佗君」

 

祐が薫の隣にいる恵子を見る。同じクラスでもあり薫を介して何度も話したことはあるが、恵子としては改めて面と向かって話すとなると緊張してしまう。

 

「ここに田中さんがいるってことは…」

 

「そそそ、悩みを抱えてるのは恵子よ」

 

どこか納得した様子の祐は腕を組んで恵子を見た。見られた恵子の視線が思わず四方八方に飛んでしまうのは、彼女が恥ずかしがり屋だからに他ならない。

 

「それで、さっそくなんだけどその悩みってのが」

 

それから話を薫と恵子から聞く祐。要約すると話はこうだ。

 

恵子は少し前に別のクラスの男子に告白をした。しかしその男子はすぐには答えられないと言い、恵子は答えを待つことにするがそれから暫く経っても返事は返ってこない。流石にいくらなんでも時間が掛かり過ぎだと相談していた薫に言われ、再度麻帆良祭中に答えを聞いた。すると返ってきたのが

 

「取り合えずキスさせろよ!信じられる!?」

 

「信じられません!今から血祭りにあげてきます!」

 

「あ、逢襍佗君!待って待って!」

 

走り出そうとした祐の腕を急いで掴んで止める恵子。たぶんだが今までの人生で一番と言えるくらい素早い動きだった。

 

「離してくれ田中さん!俺は…俺はこんな純朴そうな子にそんなことをほざく奴が許せねぇ!そもそも告白されてる時点で許せねぇ!」

 

「本音が漏れてるわよ」

 

「醜い男の嫉妬だと言えばいいさ!それでその男を葬れるのなら望むところだ!」

 

「逢襍佗君落ち着いて~!」

 

「あんた相手が誰かも分かんないでしょうが…」

 

それから恵子による必死の説得のおかげで落ち着きを取り戻した祐。相談というのがこれからどうするべきかというものだったのだが、祐の答えは話を聞いた瞬間に決まっていた。

 

「そんなもんとっとと愛想を尽かせて、別の人にした方がいいよ」

 

「は、はっきり言うね…」

 

「まぁ、私も概ね同意するわ」

 

「薫まで…」

 

難しい顔をする恵子を見て祐は居たたまれない気持ちになる。誰かを好きになるのは素敵なことであるし、赤の他人である自分がどうこう言うのは差し出がましいとは思う。それでも彼女のことを考えれば自分の考えをはっきりと言うべきだ。

 

「田中さん、俺は恋愛のことを指南できるような人間じゃないけどこれだけは言える。絶対に田中さんにはもっといい人がいるよ」

 

「そんな、私になんて…」

 

「田中さんは薫の親友でしょ?それは薫がそれだけ田中さんを信頼してるってことになる」

 

「え?」

 

いきなり別の話題に移ったような気がするが、祐は屈んで恵子と目線を合わせた。

 

「田中さんもよく知ってると思うけど、薫はいい子だよ。手が早いし言葉遣いは乱暴だし、性格も傍若無人だけどいいところも沢山ある」

 

「ねぇ、私これ怒ればいいの?」

 

薫が笑顔でこめかみをひくつかせている。祐はなるべく彼女を視界に入れないようにした。

 

「そんな薫が信頼してるんだから、田中さんもきっと素敵な人だ。だったらこんな地雷だってことが分かってる奴のとこになんか行かない方がいい。こいつがどんだけ顔がいいのかは知らんけど、絶対碌なことになんないと俺は思う」

 

「逢襍佗君…」

 

「まぁ、これは所詮俺の一意見だけど…少しは判断材料に入れてくれると嬉しいかな」

 

「…うん、分かった。ありがとう逢襍佗君」

 

「とんでもない。寧ろごめんね?好き放題言っちゃってさ」

 

「ううん、気にしないで。凄く参考になったから」

 

「そう言ってもらえると助かるよ」

 

優しく笑って立ち上がる祐。恵子がどんな選択を取るのか結局は本人次第だが、できれば傷つくことがないようにと願った。どこまで立ち入っていいものか、これは相変わらず難しい問題だ。

 

「ところでそいつってどんな奴なの?写真とかある?」

 

「あるわよ」

 

「あんのかい」

 

自分で言っておいてなんだが、まさかあるとは思わなかった。薫は恵子に近づいてスマホを取り出させた。どうやら写真は恵子のスマホにあるようだ。

 

「えっと、この右にいる人」

 

映し出された写真は一人というわけではなく、大勢を撮ったものだった。なんの為に撮った写真なのか少し気になったがそれは置いておこう。相手の顔を見て祐は眉間に皺を寄せる。

 

「何か気になることでもあった?」

 

「いや…こいつ、どっかで見た事があるような…」

 

「同学年だし、見たことあっても不思議じゃないでしょ」

 

「それはそうなんだけど…」

 

暫く写真を見つめていると、ある記憶が蘇ってきた。直接会ったことはないが、一時期話題になっていた人物である。

 

「あっ!思い出した!こいつ柿崎さんの元カレだ!」

 

「「カキザキさん?」」

 

 

 

 

 

 

「どうこのスニーカー?結構可愛いと思うんだけど」

 

「ちょっと色強すぎじゃない?」

 

「そこはほら、コーデ次第でしょ」

 

同じく休み時間にファッション雑誌を見ながら円と美砂が話している。今をときめく女子高生として、おしゃれに気を遣うお年頃なのだ。ただしこのクラスに関してはそちら方面には無頓着な生徒も多い。近くにいたことで話に付き合わされている明日菜もその内の一人だ。

 

「二人ともちょっと前にも新しい服買ったとか言ってなかったっけ?」

 

「それは秋服の話でしょ」

 

「そろそろ寒くなってくるし、本格的に冬用の服も考えとかないとね」

 

「なんか違うの?」

 

疑問を浮かべる明日菜に、美砂と円は信じられないといった表情で見てくる。

 

「な、なによ…」

 

「はぁ…大体予想はしてたけど、ここまで予想通りとは」

 

「明日菜、あんただって女子高生なんだし少しくらい興味とかないの?」

 

「そんなこと言ったって…私そういうのよく分かんないし」

 

「そんなの最初は誰だってそうよ!知ろうとしてないだけでしょうが!」

 

「なんでそんなに熱くなってんのよ!?」

 

急にヒートアップした美砂が明日菜の両肩を掴む。明日菜は美砂の琴線がどこにあるのかまるで分らなかった。

 

「私は悲しいわよ!あんたがこんなに自分のことに無頓着だなんて!」

 

「無頓着じゃないと思うんだけど…」

 

「じゃあ今履いてる下着はいつ買ったやつ?」

 

横から飛んできた円からの質問に明日菜は口を閉ざす。この流れで本当のことを言ったら駄目だとは思うが、その場で咄嗟に嘘をつけないのが神楽坂明日菜という少女だった。

 

「さ…三年前…」

 

「このおばか!」

 

「別にいいでしょ!」

 

「本当にあんたって子は!まさかクマパンじゃないでしょうね!?」

 

「それはもう履いてない!」

 

このネタはいつまで擦り続けられるのだろうか、恐らくまだ数年は続くだろうとの予感が明日菜にはしていた。しかしそんなにも服に関心などあるものなのだろうか、明日菜は周りにも自分と同じ考えの者がいるだろうと周囲を見回した。

 

「あっ、刹那さん!刹那さんって服とかに興味ある?」

 

「えっ!?あの、えっと…私はそういうことには…」

 

「じゃあハカセは!」

 

「基本的に古くなったら同じ物を買い直してますが」

 

「ほら見なさいよ!」

 

「ほら見なさいよじゃないわ!聞いてる連中がダメな奴らじゃないの!」

 

「明日菜狙って聞いたでしょ!」

 

「だ、だめな奴ら…」

 

確かに比較的興味が無さそうだと思われる人物を選んだのは間違いない。流れ弾を食らい、刹那はダメージを受けた。不憫である。

 

「待って!他にも…他にもいる筈よ!えっと…パル!パルはどう!?」

 

「その流れで私を指名するとか馬鹿にすんじゃないぞ」

 

次の標的にされたハルナは心底不服だと席から立ち上がった。遠回しに刹那と聡美をディスっている。

 

「これでも私は身だしなみには気を使ってるのよ!明日菜みたいなメスゴリラとは違うんだから!」

 

「誰がメスゴリラよ!」

 

ハルナは腰に手を当てて胸を張った。如何にも自信満々といった姿だ。

 

「最近新しい服だって買ったし、下着も新調したわ!どう!」

 

「ぐぐぐ…パルのくせに…」

 

「お前も大概失礼だな」

 

「ハルナは身だしなみ以前にもっと別のことを気にしてほしいです」

 

「うるせぇ!」

 

話を聞いていた夕映から横槍が飛んでくる。しかしそこにも気を使っていると言えないのがハルナの悲しいところだった。

 

「あ~そうよね!なんせ夕映の下着はドギツイもんばっかりだもんね!」

 

「な!何を言うですか!」

 

「確かに夕映って下着は結構アダルトよね、顔に似合わず」

 

「顔に似合わずは余計です!」

 

「そしてのどかは白無地パンツしか持ってないぞー!」

 

「やめて~!」

 

謎の暴露を大声で叫ぶハルナ。新たな流れ弾が飛んできたのどかが急いでハルナの口を手で塞ぐ。良くない流れができ始めていた。

 

「二人は光るパジャマ着てんでしょ?」

 

「着るか!」

 

「そもそも光るパジャマってなんですか!」

 

美空は風香と史伽を茶化して思った通りの返事がきたことに笑顔である。周囲の話題にあやかはため息をついた。

 

「まったく品がないですわ…」

 

「そういえばあやか、最近きつくなってきたって言ってたでしょ?今週のお休みに一緒に買いに行きましょうか」

 

「その話はここでしないでください!」

 

「……」

 

千鶴とあやかの話を聞いていた夏美が無言で自分の胸に触れていると、廊下から誰かが走っているような音が聞こえてきた。気になってドアを開けようかと思った瞬間、謎の物体が教室に飛び込んできた。祐である。

 

「オラァ!」

 

「ひゃあ!!」

 

突入してきた祐は教壇へと突撃して、勢いそのままに担任用の机にまで飛んでいった。

 

「な、なんですかいったい!?」

 

クラス中の視線がそちらに向く。倒れた机と教壇から這い出てきた祐は、丁寧に机などを元の位置に戻して誰かを探し始めた。

 

「柿崎さん!悪いけど一緒に来てくれ!」

 

「えっ、私?」

 

自分が呼ばれると思っていなかった美砂は驚いた顔をする。その間に祐は近づいてきており、小声で話し掛けた。

 

「新たな少女があの男の毒牙に掛かりそうなんだ。どうか力を貸してほしい」

 

たったそれだけの説明だったが、その一言に美砂の眉がピクリと動く。

 

「案内して」

 

 

 

 

 

 

「ぜっ……たいにやめときなさい!」

 

恐ろしい剣幕で恵子に顔を突き合わせる美砂。恵子は涙目である。

 

「いい!?あいつは女の敵なの!この私と付き合っておきながら隠れて別の子に手を出した不届き者なんだから!」

 

「は、はい…」

 

力説を続ける美砂を見ながら祐はやりきった表情を浮かべていた。対して薫は困惑気味である。

 

「ねぇ祐、この人ってA組の人よね?もしかしてこの子…」

 

「そう、何を隠そう彼女こそ柿崎美砂さん。あの男の元カノにして浮気された御方だ」

 

その説明を聞いて色々と納得した。それならばあの怒り具合も分からないでもない。ただ少し熱くなり過ぎな気もするが。

 

「いつまでも過ぎたことを言ってもしょうがないわ…だけどあいつ全然懲りてないじゃないのよ!まだ殴られ足りないっての!?ならお望み通りにしてやるわよ!」

 

「あ、これはいかん…柿崎さん!落ち着いてくれ!」

 

走り出した美砂を今度は祐が止めにかかった。腕を掴んでも止まりそうになかったので、申し訳ないが後ろから羽交い絞めにさせてもらう。

 

「離して逢襍佗君!あいつにはお灸を据えてやらないといけないのよ!」

 

「気持ちは分かるがダメだ柿崎さん!今やったらただの傷害事件だ!」

 

「あんたもさっきやろうとしてたけどね」

 

「なにがキスさせろよ!地面とキスさせてやるわ!」

 

「なんてパワーだ…!二人も手伝ってくれ!」

 

「う、うん!」

 

助けを求められた恵子は素直に美砂を抱きしめて加勢した。薫は冷めた目でそれを見ている。

 

「…なにこれ」

 

 

 

 

 

 

「はぁ…私としたことが思わず自分を見失うところだった」

 

(充分見失ってたが言うべきではないな)

 

あの後落ち着きを取り戻した美砂は薫と恵子に謝罪し、改めて例の男子はやめておけと伝えた上で教室に戻っているところだ。彼女を呼んだ祐は薫達と別れて一応教室まで送ることにした。

 

「ありがとう柿崎さん、これでたぶん田中さんも踏ん切りついたと思う」

 

「それは気にしないで。あいつに泣かされる子が増えなかったんならよかったわ」

 

祐は美砂の横顔を確認する。少し考えてから口を開いた。

 

「それでも助かったよ。今度なにか奢るね」

 

その言葉に風を切る速さで顔をこちらに向ける美砂。首が心配になる。

 

「ほんと?」

 

「う、うん。あ、でも高過ぎるのは勘弁してね」

 

「そんなむしり取ろうなんて思ってないわよ、既に逢襍佗君には充分温めてもらったからね」

 

それは出張メイド喫茶でのスペシャルタイムのことだろう。その件に関しては祐自身も大いに楽しめたのでいくら使ったのかは考えないようにしている。真実を知るのが怖いからでは決してない。

 

「それじゃ今日のお昼奢ってもらおうかな!昼休みは迎えに行くからよろしく~!」

 

「了解、それくらいなら喜んで」

 

「決まり!それじゃまた昼休みにね!」

 

教室が近づいたことで美砂は手を振りながら戻っていく。祐も手を振り返し、姿が見えなくなってから自分の教室に入った。

 

 

 

 

 

 

「あっ、帰ってきた」

 

「ただいま~」

 

教室に入った美砂は自分の席に着くと円から質問がくる。

 

「結局なんだったの?」

 

「ん~?まぁ、恋愛相談みたいな感じ」

 

『恋愛相談!?』

 

全員の声が一致すると、一気に詰め寄られる。その激しい勢いに美砂は身を引いた。

 

「ちょっとなに!?」

 

「そりゃこっちの台詞よ!」

 

「恋愛相談ってなに!?逢襍佗君好きな人いるの!?」

 

「へ?…ああ、違う違う。別の子の恋愛相談に呼ばれたのよ、逢襍佗君本人じゃなくて」

 

何故そうまで驚いていたのか理由が分かった美砂は重要な部分を説明する。すると周囲は力を抜いた。

 

「な~んだ、そういうことか」

 

「てっきり逢襍佗君が美砂に恋愛相談したのかと思ったよ」

 

「もう、お騒がせだなぁ」

 

「でもなんで美砂に?」

 

裕奈が言ったことにクラスメイトも疑問を浮かべる。それに答えたのは他でもない美砂だった。

 

「そんなの、A組きっての恋愛マスターである私に白羽の矢が立つのは当然でしょ」

 

「あはははは!」

 

「おいなに笑ってんだ美空」

 

「え?今のって冗談でしょ?」

 

「違うわよ」

 

「いや、ちょっとその冗談は笑えないよ…」

 

「表出ろ」

 

笑っているクラスメイト達の後ろで幼馴染組はほっと胸を撫で下ろしていた。あの祐に限ってそんな話は考えられないが、それでも驚いたことは間違いない。

 

「ほんとにびっくりした…心臓に悪いわよ…」

 

「まったくです、気絶するかと思いましたわ…」

 

「祐君のことやから違うとは思っとったけど、もしもってこともあるかもしれんしな」

 

因みに刹那も内心大いに驚いていたが、真名からの視線を感じて目を閉じた状態で自分の席に座っていた。日頃行っている精神統一の賜物である。そんな中、明日菜達三人を見ていた千雨はふと疑問を口にする。

 

「なぁ、他の連中もだけどさ…仮に逢襍佗が恋愛相談したとして、なんか問題あるのか?」

 

千雨に顔を向けた三人はキョトンとした顔をしている。その状態のまま固まっているので千雨の方が気まずくなった。

 

「…なんか言えよ」

 

「えっと…うん、そうよね!別になんにも問題なんてないわよね!」

 

「そ、そうですね!本当にお相手がいるのならば、些かその方の苦労を考えると心配ではありますが…私達が関わる話ではありませんものね!」

 

急にテンション高めに笑い出した明日菜とあやかに当惑する千雨。よく分からないまま背を向けて二人はどこかに向かおうとした。

 

「なに考えてたんでしょうね私達!あはは!」

 

「私としたことがお恥ずかしい!きっと明日菜さんのアレさ加減に釣られてしまったのですね!」

 

「…あれって何よ?」

 

「…お分かりになりませんか?」

 

一転して険悪な雰囲気に包まれる二人。それはいつものことなので問題ないが、先程のはいったいなんだったのだろうか。

 

「なんなんだあいつら…ん?」

 

今は押し合いを始めている明日菜とあやかから視線を移すと、木乃香は一人考え事をしているようだった。一瞬迷ったが声を掛けることにする。

 

「近衛、どうかしたのか?」

 

「えっとな、ウチもよう分らんのやけど…なんでウチ、祐君が恋愛相談したって聞いた時ドキッとしたんやろって」

 

困ったような顔をする木乃香に千雨も同様の顔になった。

 

「なんでって、そりゃ……なんでだ?」

 

最終的には二人共首を傾げて考える。だがそうしていても一向に答えが出ない木乃香と千雨だった。



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感じたままに動くということ

「恋愛相談かぁ、いやぁ青春ですな〜」

 

「裕奈おじさんっぽいな…」

 

あれから午前の授業を終えたA組は各々昼食の準備を始める。弁当を取り出した裕奈が先程の恋愛相談を話題に出した。

 

「だってさ~、うちのクラスだとまず聞かない話じゃん。みんなも少しくらいなんかないの?」

 

「そういう裕奈は?」

 

「私にはお父さんが」

 

「あ〜はいはい…」

 

「なんだその反応は!」

 

まき絵の反応に怒った裕奈が彼女を追いかけた。少し離れた場所で聞いていた和美も同じ話をする。

 

「私も同感。記者としてこのクラスはそっち方面だと全然ネタがないんだもんね」

 

「朝倉にだってないでしょ」

 

「私はいいの。この朝倉和美に恋にかまけてる時間なんてないわ、そんなことしてたらスクープを逃すってもんよ」

 

「ふむ、二兎を追うものは一頭も得ずでござるか」

 

「そういうこと」

 

「結局一頭も取れてない状態が続いていることに関して一言お願いします」

 

「黙れ」

 

夏美からのツッコミも軽くかわす和美だったが、手でマイクを持ったふりをする風香にインタビューされると乱暴に突き放した。

 

「散々人のゴシップネタで飯食っておいて、自分のことは棚に上げるのか!」

 

「恥を知れ!」

 

いつの間にやらクラスからバッシングを受け始める。しかしその内容には納得できない。

 

「私がいつそんな金の稼ぎ方したってのよ⁉︎」

 

「胸に手を当てて考えてみろ!」

 

「私が当てましょう。うん、でかい」

 

「しれっと触るな!」

 

触るというか揉んできた美砂の手を振り払う。まったく油断も隙もない。

 

「エッチな身体してるのにもったいないよお嬢ちゃん。簡単に稼げる方法があるんだけど」

 

「やめろエロ親父」

 

「おぶっ」

 

肩を組んで怪しいことを言うハルナの顔を手で押し返した。そこそこな強さに首が持っていかれている。

 

「浮いた話がほとんどない我がクラスですが、有識者である柿崎さんはどのようにお考えですか?」

 

再びインタビューを行う風香は美砂にエアマイクを向けた。美砂は得意げに髪を横に流してから答える。

 

「そもそもみんな固っ苦しく考えすぎなんじゃない?別に一回付き合ったら絶対その人と一生を添い遂げなきゃいけないなんてことないんだから、ちょっといいかなって思ったら試しに付き合ってみればいいのよ」

 

「おお〜」

 

「なんかそれっぽいこと言ってる」

 

「悪かったわね」

 

多少茶化されてはいるが、美砂の話はクラスメイトの関心をそれなりに惹いていた。経験はなくとも興味はあるのだ。

 

「でもそれってなんかチャラくない?」

 

「それは考え方次第よ。すればするほどいいなんて言うつもりはないけど、なんだって回数を重ねた方が上手くもなるし理解も深まるもんでしょ?恋愛だって同じよ」

 

話半分で聞いてる者もいるが、真剣に耳を傾けている者も何人かいた。今までしっかりとそういったことを考えていなかった方の割合が多いことも関係しているかもしれない。

 

「いいことや楽しいことばっかりじゃないけど、それも勉強の内。まず実際やってみないことには、なんにも分かんないからね。初めっからなんでも上手くはいかないわよ」

 

「さすが実際に上手くいかなかった美砂が言うと説得力が違うね」

 

「おう美空、やっぱり表出るか?」

 

その一言で教室内も軽い調子に戻るが、美砂が話していたことは数名には深く残ったようである。

 

「さ〜て…真面目な話はこれくらいにして、私もご飯食べに行こっと」

 

「行くって学食?珍しいね」

 

立ち上がる美砂を見ながら桜子が言った。美砂は基本的に昼食は購買で簡単に済ませている。

 

「今日は奢ってくれる人に当てがあるの。その人にお願いするわ」

 

「さっそく男の匂いがしますよ!」

 

「アッシー君もといメッシー君だね!」

 

「アッシー君とか古いわね」

 

「そもそもなんでそんなの知ってんのよ」

 

話が逸れたところで円が頬杖をつきながら美砂を見る。

 

「その人って変な人じゃないよね?」

 

「相変わらず心配性ねぇ。大丈夫よ、なんなら円も一緒にどう?円も知ってる人よ」

 

「私も?」

 

「じゃあ私も行く〜!」

 

「言うと思った。まぁ、別に大丈夫でしょ」

 

始めからこうなるだろうなと思っていたので、美砂は円と桜子を連れて目的地に向かった。

 

 

 

 

 

 

「祐、昼はどうする?」

 

「ああ、今日は飯奢る約束してる人がいるからその人と食べるわ」

 

純一に答える祐は席から立ち上がって伸びをした。

 

「びゃ~~~」

 

「伸びする時に変な声出すなよ…」

 

「仕方ないだろ、出ちゃうんだから」

 

そんな話をしているとドアからこちらを覗く美砂が見えた。お互いに気付いて手を振る。

 

「もしかしてあの子?」

 

「休み時間にちょっと協力してもらったから、そのお礼」

 

「協力って…なにを?」

 

「迷える少女を導いてもらった。これ以上はお話しできません」

 

「さようでございますか…」

 

「そんじゃ失敬」

 

祐が詳しく話さないということは何かしら理由がある。それを知っている純一は言及することはなかった。軽く手を上げて去っていく祐を見送り、純一は正吉達のところへ移動する。

 

「ハーイ逢襍佗君、奢ってもらいにきたわよ」

 

「へい、奢らせていただきます」

 

教室から出て美砂と顔を合わせると、彼女の後ろには円と桜子もいた。

 

「なんだ、相手って逢襍佗君だったのね」

 

「俺で悪かったな!」

 

「ごめん…そういう意味じゃなくて…」

 

「キレすぎでしょ」

 

美砂の言う相手が心配するような人物ではなかったという意味で言った円だったが、話の流れを知らない祐からすればがっかりされたように思えても仕方がない。ただそれを踏まえても沸点が低すぎる。

 

「逢襍佗君なら大丈夫だね!私はお昼何にしようかな~」

 

「分かってるとは思うけど、椎名さんは自分でお金出すんだよ」

 

「え?」

 

「え?じゃねぇよ」

 

 

 

 

 

 

それから学食で注文を終えた美砂達は、料理が置かれたトレーを持ってテラス席に座った。強風というほどではないが、少し今日は風がある。

 

「少し前まで暑かった気がするけど、すっかり気温も下がったね~」

 

「冬の訪れってやつか、堪りませんな!」

 

「テンションたかっ」

 

「逢襍佗君冬好きなの?」

 

「一番好きです」

 

「私寒いの嫌いだなぁ」

 

「それはつまり、俺が嫌いってことだね」

 

「そんなこと言ってないんだけど!?」

 

「だってほら、俺ってさむいから」

 

「えぇ…」

 

「逢襍佗君自分のことさむいと思ってんの…?」

 

食事をしながら話を続ける四人。いつもの三人に祐が入ることによって、普段とは違う空気を美砂達は感じていた。不思議な感覚はしても決して嫌な気分はしない。

 

「恋愛の話なんて久々にしたわ」

 

「一応少し前に千鶴のことはあったけど、あれはちょっと違うか」

 

9月の頭に起こったハラートの一件からもうじき二か月が経とうとしていた。もっと前のような気もすれば、ついこの間のような気もする。今年の六月から事件が立て続けに起きていることからも、終わりが見え始めた2022年は正に祐や彼女達にとって激動の年であった。

 

「あの時公園で逢襍佗君睨み合ってたよね!」

 

「俺は睨んでない!勝手に睨まれただけ!」

 

「そこ重要?」

 

「重要だよ、内心めっちゃびびってたんだから」

 

「でもそんな感じしなかったわよ。さり気なく千鶴の前に出て庇ってたし、あの時はちょっとかっこよかったかも」

 

「まぁ、そう言われると俺格好いいよね」

 

「なんだこいつ」

 

祐は誰と話している時も着飾ることをしない。ありのままの自分と言えばいいのか、とにかく常に等身大だと思う。それが美砂達を始め、A組に受け入れられている要因の一つかもしれないと円は祐を見ながら考えていた。また彼は面倒見がいい部分もある。天真爛漫な桜子や風香が懐いているのがいい証拠だろう。今も横から指でちょっかいを掛けてくる桜子に律儀に反応している。ただ単に一緒になって遊んでいるだけの可能性も大いにあるが。

 

「恋と言えば、逢襍佗君はどうなの?悩みがあるならお姉さんが相談に乗るわよ」

 

「恋の悩み?ないない、俺は恋とは遠い場所にいるタイプの…喋ってる時はつつくんじゃない!」

 

「あははは!」

 

「桜子ストップ」

 

美砂に服の襟を掴まれた桜子は大人しくなる。親猫に連れていかれる子猫のようだ。

 

「とは言ってもさ、今までに一人二人好きになった子くらいはいるでしょ?」

 

「いるね」

 

「「「いるの!?」」」

 

「おかしいな…今いるでしょって聞いたよね?」

 

驚愕の表情を浮かべる三人。確かにそう聞いたのは円だが、こんな素直に返答がくるとは思っていなかった。

 

「だれだれ!?」

 

「私達も知ってる人!?」

 

テーブルから身を乗り出して顔を近づける美砂と円。反して祐は呆れ顔である。

 

「言うわけないでしょうが」

 

「ここまできてそりゃないでしょ!」

 

「吐け!吐いちまえ!」

 

「吐かねぇよ」

 

「私だったりして!」

 

「じゃあそれでいいよ」

 

「逢襍佗君サイテー!ば~か!」

 

「なんでだよ!」

 

投げやりに桜子へ同意してみれば何故か暴言を吐かれた。この答えは桜子にはお気に召さなかったようである。

 

「先っちょだけ!先っちょだけ教えて!」

 

「全部じゃなくていいから!何かヒントだけでも!」

 

「何をそんなに躍起になってんの…そもそも先っちょってなんだ」

 

興奮冷めやらぬ二人に祐は若干引いている。女性は恋愛話が好きとは何となく聞いたことがあるものの、ここまで食いついてくるとは思いもしなかった。そういった人物がいたことぐらいは話してもいいかと深く考えずに喋ったが、これは口が滑ったかもしれない。これ以上詳しく答えるつもりがないなら適当に嘘をつけば済む話ではある、だがそれをする気にはなれなかった。価値のない意地だとしても、そのことに関して嘘はつきたくない。

 

「言っとくがどれだけ聞かれても答えんぞ!墓場まで持っていくと決めている!」

 

「そんなの生殺しもいいとこじゃない!」

 

「じゃあ柿崎さんは言えんのか!」

 

「初恋は幼稚園!相手は先生!」

 

「そんなしょうもないもんと一緒にしないでくれないか!」

 

「しょうもないだと!」

 

遂に美砂は立ち上がって祐の胸ぐらを掴むと、前後に思い切り揺らした。

 

「私の初恋をしょうもないと言ったか!」

 

「しょうもないだろ!そんなんでいいなら俺の初恋は母親だ!これで満足か!」

 

「しょうもないこと言ってんじゃないわよ!」

 

「因みにその次は誰!」

 

「言わねぇつってんだろ!」

 

 

 

 

 

 

「今日はこれくらいで許してあげるわ!」

 

「次は聞き出してみせるから!」

 

「またね~逢襍佗君!」

 

昼休みも終わりに近づき、食べ終わった食器を返しにいく為食堂に戻っていく美砂達。激闘の末、祐は地面にうつ伏せに倒れていた。朝から数えて本日二度目である。

 

「なんて乱暴な奴らだ…ここまでこの学園の風紀は乱れてたのか…」

 

「祐さん…大丈夫ですか?」

 

後ろからの声に祐は仰向けになって相手を見る。困惑一色のネギがそこには居た。

 

「やぁ、ネギか。大丈夫だよ、ちょっと袋叩きにされただけ」

 

「大丈夫じゃないですよね…」

 

起き上がって服を払うと椅子に座った。隣の椅子を軽く叩く。

 

「まぁ、立ち話もなんだ。休み時間の終わりまで少しあるし、暇なら話でもしよう」

 

言われたネギは隣に腰掛ける。外を歩いていたところ、少し先に倒れている祐と去っていく美砂達を見て何事かと思い声を掛けたのだ。

 

「もう昼飯は食べた?」

 

「はい、木乃香さんに作ってもらったお弁当をいただきました」

 

「この幸せ者め、マウント取ってんのか!」

 

「違いますよ!」

 

ふとテーブルに目を向けると、祐の物であろう既に空のタッパーが置かれていた。それを見てなんとなく予想がつく。

 

「祐さんは…いつも通りですか?」

 

「まぁね。今度ネギの分も持ってきてやろう」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

正直嫌でもなければ嬉しくもない申し出だった。しかしそこはネギ、愛想笑いで応える。年下の少年に愛想笑いをさせるのは如何なものだろうか。一旦会話が途切れて祐はネギを見た。その様子は少しそわそわしているように感じる。ネギの分かりやすさに笑った。

 

「なんか聞きたいことあったら、気軽にどうぞ。なるべく答えるよ」

 

肩が跳ねるネギ。一瞬ごまかそうかと思うも、素直に話すことにした。

 

「あの、祐さん…何か、何か僕にしてほしいこととかあったりしませんか!」

 

椅子から前のめりになって聞いてくるネギに祐は呆気にとられた。気持ちが前に出過ぎているからか、ネギは祐の顔を見ずに続ける。

 

「どんなことでもいいんです!僕なんかじゃ碌に祐さんの助けにはなれないかもしれませんけど…それでも何か一つくらいは」

 

そこでネギの言葉が止まる。頭に優しく手を乗せられたからだ。乗せられた祐の手は、そのままネギを撫でた。

 

「ありがとうネギ、そう言ってくれるのは凄く嬉しいよ。でもその前に、どうしていきなりそんなこと聞いてきたんだ?」

 

ネギが視線を上げて祐の顔を見つめる。その顔は笑っていて、同時に困っているようにも見えた。

 

「あっ、ごめんなさい。確かにいきなりでしたよね…」

 

ネギの頭の中にはエヴァに言われたことが残っていた。祐は誰かに助けられることを望んでいない、自分のことは心配せずに周りには楽しく暮らしてもらいたい。それでもネギは祐の力になりたいのだ。実際祐を助けられるかは分からないが、自分でも何か一つぐらいは手助けができる筈だ。そう思ったのが理由だが、エヴァに聞いたことを祐には言い出せなかった。無意識にそこは隠して伝える。

 

「今回も祐さんは一人で事件を解決してくれました。それ以外にも僕はいつもお世話になってばかりなので、少しくらいはお役に立ちたいんです」

 

隠し事はしたが今言ったことは嘘ではない。純粋にネギは祐に恩返しをしたいと思っている。だからこそ先の発言には迷いも動揺もなかった。ネギの想いを聞いた祐は頭を掻く。純粋な想いというのはいつだって強いものだ、少なくとも祐には跳ね返すことなどできない。

 

「そんな風に言われると別に気にしなくていい、なんて言えないなぁ…」

 

目を合わせれば『なんでもどうぞ!』と言わんばかりの熱のこもった視線を受ける。頭の片隅では最近強敵が増えてきたとくだらないことを考えていた。

 

「じゃあさ、ネギがしたいと思ったことをやってみてよ」

 

「したいと思ったこと…ですか?」

 

首を傾げるネギ。これだけでは分からないのも当然なので、祐は続きを話し始めた。

 

「ネギも知ってると思うけど、俺は好き勝手やってる。だから俺の方から色々注文するのはなんか違う気がするんだよね」

 

祐をしっかりと見つめ、一言一言を聞き逃さないようにと集中している。その素直さに不安を覚えると同時に、この性格だからこそネギは大切にすべき存在なのだと改めて感じた。

 

「だから俺がどうとかあんまり難しく考えないで、ネギが感じたまま行動してほしいな。ネギは優しいから色々気を遣って自分の意見を通すってのが苦手な気がするし、その練習も兼ねてさ」

 

「でもそれって祐さんの役に立つこととは関係ないんじゃ…」

 

「そんなことないって、俺はネギが自分の望むことの為に動いてくれるのが一番嬉しい。それにだ、ネギがそうすることはきっと俺を助けてくれることにいずれ繋がるよ」

 

頭を捻って考えるもネギには今一その二つの繋がりが見出せない。悩むネギに笑顔を浮かべる祐は両手で頬に触れると、顔を上げさせた。

 

「今は分かんなくても問題ないよ。その内分かるさ、その内な」

 

笑ってみせる祐だが、ネギは少し不満気だ。珍しい表情を見れた気がする。

 

「なんだか…煙に巻かれたような気がします…」

 

「おっ、いいぞネギ。俺のことは基本的に疑っといて損はない、信用しても得しないからね」

 

すると今度はネギがムッとした顔になる。コロコロと表情が変わるのはある意味取り繕っていない証拠だ。それでいい。色々と背負っている幼い少年が、自分と居る時ぐらい心のままに過ごしてくれるならこんなに嬉しいことはない。

 

「祐さんは少し自分のことを卑下し過ぎだと思います!そういうのは良くないってネカネお姉ちゃんが言ってました!」

 

「ネカネさんてネギのお姉さんみたいな人だっけか?そういや顔は知らないな…美人ですか?」

 

「なんですか急に⁉︎」

 

「いや、何ってわけじゃないんだけど…その人の写真は?ラインやってる?」

 

「もう!祐さん!」

 

不真面目な祐に詰め寄るネギ。ただ如何せん可愛らしさが目立ち、威圧感はなかった。

 

「まるで兄弟ね」

 

「ネギ先生、なんだかのびのびしてる気がします」

 

物陰から二人を覗くのは和美とさよだ。実のところ美砂達を教室からつけており、今まで観察をしていたのだ。

 

「年上なのは私達もだけど、逢襍佗君は同性だし何かとネギ君のこと気に掛けてるみたいだからそこら辺が特別なのかも」

 

「逢襍佗さんはネギ先生のお兄さんみたいな存在なんですね!」

 

今は何がどうしてそうなったのか、祐がネギを両手に抱えた状態で左右に勢いよく身体を振っていた。時折ネギの悲鳴が聞こえる。

 

「あれは何をしてるんでしょうか?」

 

「さぁ…」

 

(それにしても逢襍佗君が好きになった人か…これに関しては下手に動くと失敗するわね)

 

全ては聞き取れなかったもののそれなりに大きな声で話していたところもあったので、美砂達が祐の好きになった人を聞こうとしていたのは分かった。非常に気になる話題である。しかしあの感じでは祐に聞いても教えてもらえないのは間違いなく、幼馴染組に聞いても知らないだろう。

 

(今は様子見が無難ってとこかな)

 

逸る気持ちは抑えて慎重を期すことに決めた。それは普段ならばあまり取らない選択だったことは、和美自身も気がついていない。

 

 

 

 

 

 

宇宙空間に浮かぶ一隻の宇宙船。その中には美しいピンクの長い髪をもつ少女だけしかいないが、その少女に話し掛ける声がした。

 

「ララ様、いい加減戻りませんか?皆さんも心配してらっしゃいますよ」

 

地球ではまず見ない服装に身を包む少女が被っている帽子と思われる部分から声は聞こえていた。その声に『ララ』と呼ばれた少女はツンとした表情を返す。

 

「絶対イヤ!帰ったらまたず~っとお見合いさせられるんだよ!もうお見合いなんてしないんだから!」

 

ララの説得をしたのはこれが一度や二度ではない。しかし結果は常にいやだの一点張りだった。

 

「お気持ちはお察ししますが、ララ様が一人でいるのはあまりに危険すぎます。各星の婚約者候補が狙ってくるのも勿論ですが、今の世界はあらゆる次元が入り乱れる言わば無法地帯。私としてもララ様のご無事を考えると気が気ではありません」

 

そう話す『ペケ』はララが作り出した意志を持つロボットである。ペケには様々な機能が搭載されている他にも、ララの一番身近に居ることから彼女の相談役でもあった。

 

「それは私だって分かってる。でも、あんな窮屈な生活には戻りたくないんだもん…」

 

「ララ様…」

 

ペケとしてもララには笑顔で毎日を過ごしてほしいと思っている。彼女の性格を考えれば今の生活に不満を感じるのも当然だろう。とはいえ今ララが渡っている橋は、ペケが言ったようにあまりに危険なのだ。

 

「と、言うわけで!こんなのを作ってみたよ!」

 

「どう言ったわけですか…」

 

一瞬で気分を切り替えたララは、ブレスレットが着けられた左腕の手首を見せる。まだ詳細を聞いてはいなくとも、ペケは凄まじく嫌な予感がした。

 

「新発明ぴょんぴょんワープくん!これを使えば遠くにも一瞬で移動できるの!」

 

「素晴らしい発明だとは思いますが、それをどうするおつもりで?」

 

「もしもの時に使うんだよ」

 

「因みに使ったらどこに移動するんですか?」

 

「う〜ん…わかんない!」

 

ペケは今すぐぴょんぴょんワープくんを木っ端微塵に消し飛ばしたくなった。しかしララを刺激するのは得策ではない。優しく語りかけるようにして、その恐怖の装置をしまってもらおうとする。

 

「ララ様、どうかご乱心なさらず。私の話をよく思い出してください、今ララ様が置かれている現状は」

 

「見てペケ!なんか青くてきれいな惑星が近くにあるよ!」

 

「話を聞いてくださいララ様」

 

「よーし!次はあの星に決めた!発進!」

 

「ララ様ぁ‼︎」

 

発見した惑星に全速全身で宇宙船の舵を切るララ、ペケは今まで出したことがない程の大声を出した。動き出した宇宙船は瞬く間に目的の地への距離を縮めていく。

 

「さぁいくよペケ!新しい冒険に!」

 

「お願いですからせめて平和な惑星でありますように!」

 

宇宙船のデッキから覗く青い星、地球を指さして旅立ちを宣言するララと慎ましい望みを懇願するペケ。こうと決めれば一直線のララに対して、止める術を持たない自分が恨めしいペケだった。

 

ララ達が目指す地球という星。この星がペケの望む平和な惑星かどうか、それはすぐに判明するだろう。



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舞い降りたトラブル

放課後となった麻帆良学園では、部活に向かう生徒と帰宅する生徒に分かれていく。部活に所属していない祐と純一、そしてすっかり幽霊部員が板についた正吉が教室を出ようとする。その時机に忘れ物をしたことを思い出した純一と正吉。仲良く自分の席に戻る二人より一足早く廊下に出ると、丁度教室から出てきた木乃香と鉢合わせた。

 

「あっ、祐君」

 

「おう木乃香。これから部活?」

 

「うん、今日は図書館探検部や」

 

「なるほど、気をつけてね」

 

長いこと引き止めても悪いだろうと短く済ませたが、木乃香は黙ってじっとこちらを見ていた。

 

「どうかした?」

 

「へ?…ううん、なんも。ちょっとぼーっとしとった」

 

「おいおい大丈夫か?探索中に転んだりしないでよ」

 

「あはは、シャキっとせんとな。ほなまた〜」

 

「はいよ」

 

手を振って去っていく木乃香に手を振りかえす。その背中を見送っていると純一達が出てきた。

 

「おまたせ…どうした祐?」

 

「いや、なんでも。木乃香がいたから少し話してた」

 

「なに?くそっ!チャンスを逃した!せっかく話せる機会だったってのに!」

 

露骨に悔しがる正吉に二人はなんとも言えない顔をする。

 

「隣のクラスなんだから、話そうと思えばいつでも話せるだろ」

 

「お前らは幼馴染だからいいかもしれないけどな、他のクラスの女子に話しかけるってのはそれなりにハードルが高いんだよ」

 

「まぁ、それはそうだね」

 

「すまん正吉…また意図せずお前にマウントを取ってしまった…」

 

「その発言が一番腹立つぞ」

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

「おかえりリト」

 

学園から帰宅したリトがリビングへとやってくる。家の前に着いた時から香りで分かっていたが、キッチンでは既に美柑が夕飯の支度を始めていた。火にかけた鍋から視線をリトに移す。

 

「祐さんは今日来てた?」

 

「ああ、いつも通りだったよ。電話の時も言ってたけど、もう落ち着いたってさ」

 

「そっか」

 

麻帆良学園初等部である美柑も麻帆良祭に参加していた。とは言え出し物を行うのは中等部からなので、初等部は祭りを見て回るだけである。今の質問をしたのはリトから祐が親戚の事情でいないと聞いていた為だ。

 

「残念だったね、せっかく久し振りに参加できるって言ってたのに」

 

「そうだな…ただ本人は少なくともあと二年はあるから、そこで巻き返すって言ってたよ」

 

「巻き返すって…何を?」

 

「俺に聞かれても…」

 

「なんというか、祐さんらしいね」

 

そう言って美柑は少し笑った。昔から祐は周りに弱音を吐かない人だ。本当のところどう思っていたとしても、気にしていないと言うだろうなとは思っていた。

 

「ねぇ、リト」

 

「ん?」

 

呼ばれたことで美柑に目を向ける。美柑は手元の野菜を切りながら、視線はそこに固定されていた。

 

「ごめん、やっぱなんでもないや」

 

「なんだそりゃ」

 

「それより、後でお風呂よろしくね」

 

「おっと、今日は俺だったな」

 

両親が滅多に帰ってこない結城家において料理に関しては基本美柑が担当しているが、それ以外の家事はリトと美柑の二人で分担されている。荷物を片付ける為にリトが自室へと向かう。閉まったドアをなんとなく見つめ、そのまま棚に飾られている写真に目線が移動する。家族との写真が飾られている中に、幼馴染達が集まっている写真もあった。それは祐を始め、明日菜達も部屋に飾っている物だ。

 

麻帆良祭で久し振りに明日菜達にも会うことができた。最近では会う機会も極端に少なくなってしまったが、それでも以前と変わらず温かく迎えてくれたことは素直に嬉しかった。久々の再開に抱えていた緊張を吹き飛ばされる程熱烈な歓迎で、順番に抱きつかれた時は久方振りとはいえそこまでかとは思ったものの悪い気はしない。この写真を改めて見ると、当たり前だが皆成長したと実感する。最年少の自分が何を言っているのかと心の中で笑ったその時、写真の祐が目に留まる。

 

「大丈夫だよね、何も変わってなかったんだから」

 

 

 

 

 

 

高層ビルが立ち並ぶ夜の街。その中でも一際高いビルの屋上にララはいた。しかしその場にいるのは一人だけではない。

 

「ようやく見つけましたよ姫様」

 

「もう充分旅行は楽しまれたでしょう?そろそろ帰る時です」

 

黒いスーツにサングラスを掛けた屈強な男二人がララの前に立つ。ララは拳を握り締めた。

 

「流石に拙いかも…」

 

珍しく焦った表情を浮かべるララ。彼らの身体能力はよく知っている。このままただ逃走しても捕まるのは時間の問題だろう。

 

「なら、試すには丁度いいよね」

 

「ララ様…それはお勧めできませんよ…」

 

これから何をするつもりなのか察したペケも焦り始める。この状況を打破する行動とはなるだろうが、事態が好転するかは別問題だ。

 

「大丈夫!なんとかなる!」

 

そう言うララの左手首に着けられているブレスレットが光り出す。一瞬で辺りは強い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

夕食を終えたリトは部屋で漫画を読んでいるとスマホが振動したので画面を確認する。ラインの通知だったのだが、相手はなんとも珍しい相手からだった。

 

「明日菜?珍しいな」

 

勿論明日菜から連絡がくるのは初めてというわけではない、しかしそう頻繁というわけでもないのでリトは不思議に思った。今時間があるかといった文章が送られてきたので、大丈夫と返せばそのままの流れで通話をすることになる。

 

『おっす、夜にごめんね』

 

「いや、それは別にいいんだけど…なんかあったのか?」

 

『う~ん、別になにがあったってわけじゃないんだけど…』

 

今一はっきりしない物言いの明日菜に首を傾げる。言ってしまえば普段の彼女らしくない。

 

『リトはさ、最近祐と話した?』

 

「祐と?えっと…まぁ、それなりに」

 

『例えばどんな?』

 

いよいよリトは困惑してきた。明日菜が何を聞きたがっているのかまるで分らない。取り敢えず祐に関する事だとは思うのだが、予想できるのはそこまでだ。

 

「どんなって言われても…最近のことだったりどうってことない話だったり、そんな感じ」

 

『なるほどね』

 

いったい何がなるほどなのだろうか。また祐が何か仕出かしたのかという考えが頭を過る。

 

「なぁ、言い難いことだったら無理にとは言わないけど…どうしてそんなこと聞いたんだ?」

 

『ほら、あいつって私達には言ってなくてもリト達には話してることがあるでしょ?同性だからってところが大きいんだろうけどさ』

 

「まぁ、そうだな」

 

明日菜達が知る以前からリトと純一は祐の力のことを知っていた。その事も踏まえて明日菜が言ったことを否定はできない。

 

『最近の話とか、もしかしたら私達が知らないこと聞いてたりしないかなって』

 

「ああ、そういうことか。それなら、俺もこういうことがあったって聞いただけだ。たぶん明日菜達が聞いた話と同じだと思う」

 

『そっか、リトが言うんならそうなんでしょうね』

 

「それって純一にも聞いたか?」

 

『ううん、聞いてないわよ』

 

そこでリトに気になる部分が出てくる。予想はついたが外れていることを祈って質問してみた。

 

「一応なんで俺に聞いたか教えてほしんだけど」

 

『だってあんた嘘つけないでしょ?純一も得意な方じゃないけど、リトが一番分かり易いから』

 

「なんて奴だ…」

 

見事予想的中である、ただしまったく嬉しくない。

 

『ごめんごめん…でもさ、心配なのよ。あいつって自分のことは黙ってるから』

 

それはリトもよく理解している。余計なことはよく言って攻撃を受けている祐だが、自分のこととなるとあまり話さない。言えば心配を掛けると思っているからだろう。それでも以前よりは大分マシになっているとは思う。

 

「前に比べたらちゃんと話すようになったと思うぞ。ちょっと前までは何があったかすら言わないことも多かったし、その時と比べるのはどうなんだってのは置いておいてだけど…」

 

『それは間違いないわね。はぁ…約束したのに私が祐のこと信じられてない。なんか今になって罪悪感が…』

 

約束とは祐が明日菜達に自分の力を明かした時にしたと言っていたもののことだろう。リトもどういった約束をしたのかは聞いている。

 

「いや、明日菜の気持ちは俺もよく分かるよ。なんせ今までが今までだったんだ、そりゃ心配になるさ」

 

『…うん』

 

「そんな気にするなって。心配なのは俺も…みんなも同じだからさ。これからもしっかり見といてやろう、じゃないと碌に安心できないからな」

 

『ふふ、そうね』

 

それから少し話した後で通話を終了した。リトはスマホを置いてベットに仰向けに寝転ぶ。そのまま天井を見つめていると足音に続いてノックする音が聞こえた。

 

「リト、そろそろお風呂入っちゃって」

 

「おう」

 

ドア越しの美柑に返事をして、起き上がって着替えを手に取っていく。ドアを開けると美柑が立っていた。

 

「電話してた?」

 

「ああ、明日菜から連絡あってさ」

 

「なんか珍しいね」

 

「俺もそう思った」

 

会話をしながら階段を下りてリビングに着く。風呂上がりの美柑はテレビを見ており、リトは入る前に水でも飲もうかとキッチンに向かったところで電気が走るような音に振り返った。すると少し先の空間に小さい稲妻のような物が見える。その光景に目を奪われていると、美柑も稲妻に気が付いた。

 

「え?なにこれ…」

 

少しずつ大きくなっていく稲妻に美柑は少し怯えてリトの服を掴んだ。リトは動揺しながらも美柑を自分の背中に隠して距離を取る。やがて光が収束していき、眩い光が室内を照らしだした。

 

「きゃっ!」

 

「なんなんだいったい!?」

 

次第に光が晴れていく。眩しさに目を覆った腕を下ろし、ゆっくりと瞼を開ける。

 

「やった~!脱出大成功!」

 

「「は?」」

 

目の前には何故か全裸の少女が立っていた。リトと美柑は自分の目と頭を疑う。しかしこれは紛れもない現実である。

 

「ん?あ、どうも~!えっと、なんて言うんだっけ?今は夜だから…こんばんは!」

 

「なっ、なんだお前!?」

 

「その前に服!服着てください!」

 

 

 

 

 

 

取り合えず急いで持ってきた服を着てもらい、現在はテーブルを挟んで座っている。美柑の服ではサイズが合わない為、リトのジャージを着用したようだ。リトの隣に美柑が座り、二人の向かいに座る少女は珍しいものを見るように視線が様々な所に飛んでいた。

 

「まず聞きたいんだけど、お前なんなんだ?」

 

「私?私はララ!『ララ・サタリン・デビルーク』!宇宙から来ました!」

 

警戒したまま質問するとそう返ってきた。リト達と違い、こちらをまったく警戒していない姿に少し気が抜ける。だがそれよりも無視できない単語が聞こえた。

 

「今、宇宙から来たって言ったか?」

 

「うん!デビルーク星から来たの!私の故郷の名前だよ」

 

「ということは…宇宙人?」

 

「あなた達から見たらそういうことになるね」

 

「マジかよ…」

 

宇宙人の存在は世間一般的にも広まっており、何より最近宇宙人がらみの事件が発生していたことは記憶に新しい。出てきた時にも気になっていた部分、仙骨の辺りから伸びている尻尾と思われるものが今も揺れている。作り物というわけでもなさそうで、それと先程の現象がララの話に信憑性を持たせていた。褒められたことではないかもしれないが、それでも宇宙人と聞いて警戒心が強くなるのは仕方がないことだ。

 

「えっと…突然出てきましたけど、いったいどうやって?」

 

「それはね、これを使ったの」

 

それからララにぴょんぴょんワープくんの説明を受ける。ワープ装置などSFもいいところだが、実際にこの目で見たとなれば納得するしかない。

 

「どうやって来たのかは分かりました。それで、これが一番気になってるんですけど…」

 

「なになに?なんでも聞いて!」

 

眩しい笑顔を向けてくるララに苦笑いを浮かべる美柑。悪人には見えないが、そう簡単に油断するわけにもいかない。

 

「ララさん…ですよね?その、この地球にはなんの目的で来たのかなって…」

 

二人は緊張からか表情が硬い。反してララは相変わらずにこやかだった。

 

「家出だよ」

 

「「いえで?」」

 

思わず声が揃ってしまった。そんな気の抜けるような理由とは思っていなかったのだ。

 

「いえでって…家から出るあの家出ですか?」

 

「うん」

 

「地球人を攫おうとかそんなんじゃないのか?」

 

「えぇ!?そんなことしないよ!」

 

「な、なんかすまん…」

 

リトの言葉に可愛らしく頬を膨らませるララ。よく分からないがリトは申し訳なくなった。

 

「でもどうしてまた家出なんて」

 

「パパが悪いんだよ!毎日毎日お見合いばっかり!私はまだ結婚なんてしたくないのに!」

 

両手を握って腕を振り、自身の怒りを表現している。リトと美柑は呆れた目でその姿を見てしまった。

 

「だから自分の星を飛び出して地球に来たってことだよね…」

 

(しょ、しょうもねぇ…)

 

勿論お見合いなどしたことがないリトにララの気持ちを理解することはできない。それを踏まえて悪いとは思いつつ、そう感じずにはいられなかった。口には出していないので許してほしい。

 

「家出でこの星に来たとして、何かこれからの当てはあるのか?行くところとか」

 

「なんの当てもないけど、それはこれからなんとかしていく。大丈夫!元気があれば大抵のことはなんとかなるよ!」

 

あくまで明るく話すララに二人は顔を見合わせた。そうですか、ではさようならとは言えない。結城兄妹は優しいのだ。

 

「どうする?」

 

「どうするったって…」

 

小声で話しているとリトの頭に祐の顔が浮かぶ。常日頃から祐は何か困ったことがあれば必ず言えとリト達に言っていた。どの口が言っているんだと幼馴染組は言い返したが、この状況はその時なのかもしれない。寧ろ後からこんなことがあったと話した日には、祐がそのことを出しにして黙って無茶をする免罪符に使う可能性がある。それは出来る限り阻止したい。本人が聞けば信用のなさに落ち込むだろう。

 

「祐に相談しよう」

 

「祐さんに?なんで?」

 

力のことを知らない美柑は首を傾げた。リトは一瞬固まるも、頭をフル回転させて機転を利かせる。

 

「祐は生粋のトラブル体質だから、こういう状況に慣れてるんだ。それに前に宇宙人にも知り合いがいるって言ってた」

 

「それほんと?」

 

頷いてみせるリト。今言ったことは全て事実である。嘗て祐にどこの誰とまでは聞いていないが、宇宙人にも知り合いがいるとは確かに聞いていた。嘘も隠し事も苦手なリトだが、祐の秘密を知ってからこれでも今までなんとかやってきたのだ。喜んでいいのかどうなのか、本人としては悩ましいところである。

 

「ああ、間違いなく言ってた」

 

美柑は不安そうな表情を浮かべる。それ自体は分かっても、その意味までリトには察せられなかった。

 

 

 

 

 

 

自宅で横になっていた祐は着信音を聞いてスマホを手に取る。画面を確認し、通話を始めた。

 

「もしもし」

 

『悪い祐、少し相談に乗ってほしいんだけど』

 

「どうした急に?」

 

『えっと、それが…単刀直入に言うとお見合いが嫌になって家出してきた宇宙人が目の前にいるんだ』

 

「なんだって?」

 

通話の内容に耳を疑うが、リトは冗談でこういったことを言うタイプではない。祐は起き上がって真剣な表情になった。

 

「お前は無事なのか」

 

『俺達は大丈夫、こいつもなんというか…悪い奴じゃなさそうだ。見た目は地球人と見分けつかない。尻尾は付いてるけど』

 

その一言に眉を顰める。聞きたいことは幾らでもあるが、まずはその場に向かうべきだろう。

 

「今どこにいるんだ?」

 

『俺の家、美柑も一緒だ。今は…』

 

振り返って後ろを見るリト。そこにはテレビから見えるものにあれはなんだと質問しているララと、丁寧に答える美柑の姿があった。

 

「その宇宙人とテレビを見てる。一緒に」

 

『仲良しか』

 

頭を掻いた祐は取り合えず立ち上がり、靴を履いて外に出た。

 

「因みにその宇宙人の名前は?種族とかは聞いたか?」

 

『ああ、名前はララ。ララ…なんてったっけ?』

 

するとリトや美柑とは別の声が微かに聞こえてきた。声から相手は少女のようだ。

 

『悪い、ララ・サタリン・デビルークだって。種族はデビルーク人ってのらしい』

 

「…今デビルークって言ったか?」

 

『そうだけど…』

 

祐は表情を引き締めると一気に走り出した。胸に焦りが生まれるが、これをリトに伝えるのは得策ではない。あくまで冷静を保って話す。

 

「今から行く。大丈夫だとは思うけど、俺が着くまでリトも美柑ちゃんも…そのララって子も外に出るなよ」

 

『ああ、分かった』

 

「それじゃ、また後で」

 

通話を切ると祐はさらに加速する。ただのデビルーク人であるのならばまだいい。しかし名前にデビルークが付いていること・この時期に家出をしてきたこと・そしてその理由、全てが重なって嫌な予感を駆りたてる。悲しいことに嫌な予感は外れた例がない。ともすればこれはとんでもないトラブルへと発展しかねない問題だ。

 

「冗談じゃないぞ…」

 

この先に起きるかもしれないことを想像し、祐は一人げんなりとした。

 

 

 

 

 

 

「祐さんなんだって?」

 

「今から行くって。一応家からは出ないでくれとも言ってた」

 

「今から?大丈夫なのかな」

 

スマホを置いて美柑達の傍に座った。ララは置かれたスマホを見つめている。

 

「これが地球の通信端末?面白い形してるね」

 

「そういうもんなのか?」

 

リト達から見ればなんの変哲もないスマホだが、住む星が違えば色々と違いはあるものなのだろう。先程から見るもの全てに興味を持っている。

 

「通信してたのはリトの友達なんだよね?」

 

電話を掛けると話してから、リトと美柑は自己紹介済みだ。不用心な行動かもしれないとは思った。だがララを見ているとどうしても悪い宇宙人には見えない。好奇心が非常に旺盛で、小さなことにでも目を輝かせる姿は正直言って魅力的だった。

 

「ああ、俺の幼馴染の親友だ。変わってるけど信頼できる奴だから安心してくれ」

 

「ほんとに変わり者だけどね」

 

美柑が笑みを浮かべながらそう言う。リトも釣られて笑っており、どうやら二人にとって大切な人のようだとララは思った。

 

「ユウか〜、そういえばザスティンが話してくれた人の名前もユウだったなぁ」

 

「ザスティンって誰?」

 

「デビルーク星王室親衛隊の隊長!私がちっちゃい頃から近くに居た人でね、色々昔の話とか聞かせてくれたんだ」

 

王室親衛隊隊長という聞き慣れない単語が気に掛かった。王室といいお見合いといい、もしかするとララはかなり高貴な生まれだったりするのではないだろうか。

 

「そっちの星にもユウって名前の人いるんだね」

 

「ううん、デビルーク人じゃないよ。別の星の人。アマタユウっていうんだったかな?」

 

出てきた名前に二人は顔を見合わせた。考えていることは同じだ、リトが代表して聞く。

 

「なぁ、そのアマタユウって…どんな人って言ってた?」

 

「えっとね、ザスティンが多次元侵略戦争の」

 

話の途中で窓に何かが当たった音がした。三人がそちらを見ると、リトと美柑は驚く。謎の白い人型の物体が窓に張り付いていたのだ。

 

「なにあれ⁉︎」

 

「大福のお化けか⁉︎」

 

「ペケ!」

 

ララが笑顔を見せて駆け寄る。窓を開けると大福お化けがララに抱きついた。ララもしっかりと抱きとめる。

 

「ララ様!よくぞご無事で!」

 

「よかった!ペケも無事だったんだね!」

 

「喋ってるぞ…」

 

「知り合いみたいだね…」

 

見たところ感動の再会的な雰囲気を醸し出している。暫くするとペケがララ越しにリト達に目を向けた。

 

「ララ様、この地球人達は?」

 

「リトと美柑だよ!私に服を貸してくれたの!」

 

「それはそれは、ララ様がお世話になりました」

 

「「いえ、とんでもない」」

 

頭を下げるペケにこちらも下げ返す。見かけによらず礼儀作法がしっかりしている。

 

「紹介するね、この子はペケ!私の友達で、色々できるロボットなの」

 

「初めまして、ペケと申します」

 

「次から次へと忙しいな…」

 

ララがワープしてきてからの怒涛の展開に若干疲れ気味のリト。美柑もついていくのに必死である。

 

「でもペケ、どうして私の居場所が分かったの?」

 

「ララ様が身に着けているぴょんぴょんワープくんに私のデータを連動させていました。それを辿ってここまで」

 

「そっか〜。ねぇペケ、大丈夫だとは思うけどつけられたりなんて」

 

「姫さま、そろそろ鬼ごっこも終わりにしましょう」

 

新たな声に視線を向けると、そこには先程ララを追っていた二人の男が立っていた。ララはペケに非難するような目を向ける。

 

「ペケ〜」

 

「も、申し訳ございませんララ様!まさかつけられていたとは!」

 

「まもなくザスティン隊長も参られます。我々と帰りましょう」

 

二人の男がゆっくりとララに近寄る。リトは冷や汗を流しながらララに聞いた。

 

「お、おい…今度は誰なんだよ?」

 

「ブワッツとマウル…デビルーク王室親衛隊の二人」

 

「夜分にすまないな地球人」

 

「如何せん緊急事態なのだ、許してくれ」

 

軽く頭を下げたブワッツとマウルはそのままララの腕を掴んだ。

 

「いや!離して!」

 

「そうはいきません、流石に今回はおいたがすぎます」

 

「御自身の立場をご理解ください姫様!」

 

「「…姫様?」」

 

間違いなくララに対して姫様と言っており、これはいよいよララの正体がただの宇宙人ではないのは間違いなくなった。ララを連れていこうとするブワッツとマウル、ララは必死に暴れて逃れようとしている。どうするべきか悩ましい状況であるが、ここはひとまず両者冷静になってもらいたい。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!そんな無理矢理やらなくても、一旦落ち着いて話してくれないか?」

 

「あの、あと土足は遠慮してもらえると…」

 

リトと美柑の言葉に三人の動きが止まる。気まずい空気が流れる中、ララが隙を突いて外に飛び出した。

 

「姫様!」

 

「マウル!もう手加減はなしだ!」

 

「あっ、おい!」

 

急いで後を追う二人。伸ばしたリトの手は誰にも届くことはなく宙に浮いた。

 

「リト…」

 

「……だぁ〜!なんなんだよ!」

 

リトは乱暴に頭を掻くと玄関へと向かう。

 

「あいつら見てくる!祐が来たら連絡してくれって伝えといてくれ!」

 

「う、うん…気をつけてね」

 

「ああ!」

 

走って三人を追う。ララ達は途轍もない速さだが、その姿は飛んだり跳ねたりで非常に目立つので見失うことはなさそうだ。遠ざかるリトの背中を美柑は見送るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「ララ様!来ます!」

 

走り続けるララの上空から巨大な岩が落下してくると、その退路が断たれた。少し前方に着地したブワッツとマウルをキッと睨みつける。そんな時、息を切らせたリトが三人に追いついた。

 

「はぁはぁ…お前ら速すぎだろ…」

 

肩で息をしながら間に入る。膝が笑っているが気にしている余裕はない。

 

「下がれ地球人、これは我々の問題だ」

 

「その通りだけど、ここまできて見ないふりはできねぇよ」

 

リトはまた何処か行かないようにとララの手をしっかりと掴んだ。

 

「お前ももう逃げんな!これでいいだろ、しっかり話し合えって」

 

「リト…」

 

渋々頷くララの姿を見て顔を見合わせる。この後どう話をしようかと悩んでいる最中に、空から何者かが地上に着地した。大きな地響きを起こし、砂塵が吹き荒れる。

 

「今度はなんだよ⁉︎」

 

少しして視界が晴れるとそこには一人の男が立っていた。

 

「ザスティン…」

 

ララの呟きが聞こえていたリトは現れた男の顔を見る。こちらを射抜くような鋭い視線に唾を飲み込んだ。

 

「隊長…」

 

「少し下がっていろ」

 

静かに告げたザスティンはゆっくりと歩き始める。その姿を見つめていると、ザスティンはその手に刀身が緑色に光る剣を出現させた。

 

「おいおい…」

 

思わず後退するリト、しかしララの手は離さなかった。ララが前に出ようとしたその時、二人との距離を縮めるザスティンの視線がリト達から外れる。すると次の瞬間、リトとララを虹の光が包み込んだ。

 

「なっ⁉︎」

 

「ララ様!」

 

マウルとブワッツが駆け出す。ザスティンは虹の光に目を見開いていた。

 

「あれは…いや、あんな色ではなかった筈だ…」

 

(そもそも彼は)

 

光は上空に向かうと、ザスティン達から少し離れた場所に着地する。尻もちをついたリトとララは驚愕の表情を浮かべていた。二人の一歩先に立つ背中が見える。光が消え、姿を現した祐の目はまっすぐザスティンに向けられていた。

 

「……祐なのか?」

 

「お久し振りです、ザスティンさん」



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自由を望むなら

ザスティンは信じられないものを見たような表情だ。だがあの最後から情報が止まっているなら当然の反応と言える。

 

「まさか…」

 

言葉を紡ごうとしたところで祐の後ろにいるリトに目を向ける。祐に視線を戻すと祐は無言で頷いた。ザスティンは深く息を吐いて持っていた剣をしまう。

 

「ザスティン隊長、あの地球人は」

 

「心配ない、私の知り合いだ」

 

武装を解いたザスティンを確認し、祐は振り返ってリトに手を伸ばした。我に返ったリトはその手を掴む。

 

「悪い、遅れた。こんなことなら直接飛んでくるんだったよ」

 

「充分速いって。それに、住宅街に飛んできたら大パニックだろ?」

 

「そう言ってもらえると助かるよ」

 

リトを立たせると今度はララに手を差し伸べた。素直に手を取ったララも立ち上がる。

 

「貴女がデビルークさん、でいいんですよね?」

 

「う、うん。貴方…もしかしてアマタユウ?」

 

「はい、僕が逢襍佗祐です」

 

ザスティンやリトの反応から見ても嘘を言っているわけではないだろう。だからこそララは首を傾げた。

 

「あれ?でもザスティンは貴方のこと」

 

言葉の途中で祐が掌をかざして待ったをかけた。ララは不思議そうに見つめている。

 

「そのことは一旦置いておいてください。まず先に解決しなきゃならないことがありますから」

 

そっと手を離すと振り返ってザスティン達に顔を向ける。三人と目が合った。

 

「話し合いの場を設けましょう。宜しいですか?」

 

「分かった」

 

ザスティンは短く答える。すると祐はリトの肩に手を置いた。

 

「リビング借りていいか?」

 

「お好きにどうぞ…」

 

 

 

 

 

 

それから結城家に戻ったリト達。帰ってきたと思えば知らない人物と祐も増えており、美柑は状況が飲み込めなかった。現在リビングにてリトと美柑の間にララ、その向かいにザスティンが座っている。祐はリト側、ブワッツとマウルはザスティン側に立っていた。

 

「ララ様、私は今回二つの命を王から仰せつかって参りました」

 

「二つ?」

 

「はい」

 

ザスティンは静かに頷いた。室内は重苦しい空気が支配し、我が家ながら居心地が悪いリトと美柑だった。

 

「まず一つ。ララ様がデビルーク星に帰ることを承諾した場合、貴女を無事に送り届けること」

 

そこでララは視線を落とす。この反応を予想していたザスティンは二つ目を話しだした。

 

「そして二つ目。帰らない意思を見せた場合、この音声を聞かせろとのことでした」

 

懐から禍々しい形のオブジェのような物を取り出してテーブルに置く。少しして頂点に付いていたクリスタルが光りだすとそこから声が聞こえてきた。

 

[おう、この音声を聞いてるってことはお前はやっぱり帰ってくるつもりがないってことだな]

 

流れる男の声は底冷えするようなものだった。ララは表情を暗くする。

 

[まぁ、お前の行動に思うところがないわけじゃねぇ。だが、今回は少し俺も考えた]

 

先の見えない展開に、聞いている誰もが口を閉ざす。祐はララの表情を観察していた。

 

[俺はお前を、というよりお前達を少々温室で育て過ぎたのかもしれねぇ。お前らはこの宇宙を何も知らないと言ってもいい、それはこれから女王となる奴には不利益だ]

 

ブワッツとマウルが言っていた姫様、そして女王という単語。ここまでくればリトと美柑もララの正体に勘付く。どうやら彼女はとんでもない立場の宇宙人だったようだ。

 

[てなわけで、お前がそうしたいんなら暫く自由に生きてみろ。そしてこの世界ってもんを知るといい]

 

思わず驚く親衛隊二人に反してザスティンは表情一つ変えない。恐らくこの話を前もって知っていたのだろう。ララも驚いていることからこの決断は相当予想外のもののようだ。

 

「これって…帰らなくてもいいってことだよね?」

 

「お待ちを、まだ続きがあります」

 

[忘れんなよララ、自由に生きるってのにはそれなりの代償がいる。お前がこの星から離れて暮らすってことは、少なくとも俺が直接お前を守ってやれないってことだ]

 

[これからお前の元に間違いなく婚約者候補共がやってくる、力尽くでお前を手に入れようとする奴だっているだろう。お前はそいつらを自分でやるでも、誰か護衛を付けるでもして対処する必要がある。それがお前の選択に伴うもんだ]

 

言っていることは間違いではないのかもしれないが、どこか突き放すような物言いにリトは僅かに顔をしかめた。ララがデビルーク星のお姫様というのなら、王と呼ばれたこの人物はララの父親という事になる。些か冷たすぎるのではないだろうかと思ったのだ。

 

[俺からは以上だ。どちらを選ぶにしても、よく考えるんだな]

 

クリスタルから光が消え、音声も終了したようだ。先程よりも更に重い空気が漂っていた。

 

「ということになります。ご決断を」

 

「いや、いくらなんでも急すぎじゃ」

 

「地球人、名前は」

 

「…結城リトだけど」

 

遮って名前を聞いてくるザスティンに眉を顰める。不満を感じたまま名乗った。

 

「そうか。結城リト、この星に来てからララ様が世話になり話し合いの場所を提供してくれたことは感謝している」

 

「…ああ」

 

頭を下げるザスティン。しかし次に向けられた表情は鋭いものだ。

 

「見たところ君は王族の人間ではないように思える、違うか?」

 

「確かに俺は一般人だけど…」

 

「ならば君には馴染みがないだろうが、この問題は君が想像するより大きなことだ。申し訳ないが少し…静粛にしてもらいたい」

 

リトは膝の上に乗せていた拳を強く握る。言い返したい気持ちはあるが、それに適した言葉が出てこない。そこで力の入った拳に温かさを感じた。隣のララが手を乗せたのだ。

 

「ありがとうリト、リトってやっぱり優しいね」

 

「ララ…」

 

「心配してくれたんだよね、でも大丈夫!答えは決まったから」

 

リトに笑顔を向けたララは続けてザスティンを見る。二人の視線が交差した。

 

「ザスティン。私…デビルークには帰らない」

 

ザスティンは言葉を返さず見つめる。ララは一度深呼吸をして話し始めた。

 

「私、まだまだやりたい事がいっぱいあるの。知りたい事も…結婚相手だって自分の意思で決めたい」

 

「きっとデビルークにいた方が安全なのは分かってる。でもあそこには自由がない…」

 

心配そうにララを見つめるリトと美柑。ブワッツとマウルも表情に出さないようにしているが、内心穏やかではない。

 

「自由には代償が付きもの、きっと大変な事も沢山だと思うけど…それでも私は自由を選びたい。自由に生きてみたい」

 

自分の気持ちを正直に伝えるララ。少し手が震えていることからその緊張が見て取れた。らしくないとはララ自身も思っている。ザスティンは一度瞳を閉じてから静かに頷く。

 

「分かりました」

 

「隊長…」

 

「よろしいのですか?」

 

「王とララ様が決めたことだ、ならば我々はそれに従うのみ」

 

納得しきれてはいない、それでも二人が反論することはなかった。

 

「しかしララ様、これからどうするのですか?」

 

今まで黙っていたペケが我慢できずに聞いた。ララは明るい表情を作る。

 

「全部未定!でもたぶんいろんな星に行くと思う」

 

「どこか別の星に行くんですか?」

 

心配そうに美柑が聞いてきた。本心でこちらを気に掛けてくれているのが分かり、今度は自然に笑顔になれた。

 

「きっと地球はすっごくいい所。美柑やリトが住んでる星だもん、この星で暮らしてみたいなぁとは思うんだけどね…ずっとここに居たら、私を狙ってくる人達が集まって来ちゃうかもしれないし」

 

「だから、星を転々をするってのか?」

 

「うん」

 

「…ララ様、やはりそれはより危険では」

 

「それは仕方ないよ、狙われるのは…たぶんずっと続くことだから」

 

 

 

『生きてる限り、私は命を狙われる。これはたぶん…ずっと続くんだよ』

 

 

 

今になってこの言葉を思い出すとは、考えてみれば立場が似ているといえば似ているのかもしれない。今日はやけにあの時のことを思い出す出来事が多い。ついてない日だ。

 

「地球に居たいなら、居ればいい」

 

「ユウ?」

 

意外な人物からの言葉にララが少し驚いた顔をした。感情に任せた発言だと自分でも分かるが、そんなものは今更だと見て見ぬ振りをする。

 

「貴女が居ても居なくても、異星人はこの星に攻撃を仕掛けてきます。というか既に攻撃はありました」

 

エクレル星人も言っていた事だ、地球は他の惑星から目を付けられている。ララの存在があろうとなかろうと、もう始まっているのだ。

 

「祐、お前…」

 

「やってくる異星人が一人二人増えたところでやることは変わらない。それに貴女には遠くに行かれるより、近くに居てもらった方が僕としてはありがたい。そっちの方が守りやすいですから」

 

「守る?どうしてユウが私を守ってくれるの?」

 

「貴女が碌でもない奴に捕まったら大事件に発展するからです。それを阻止するのは、間接的に僕の大切なものを守る事に繋がりますから」

 

しっかりとララの目を見て伝える祐。ララも祐の瞳をじっと見つめていた。

 

「ちょ、ちょっと祐さん!ララさんを狙ってるのは宇宙人なんだよ!?まさか宇宙人と戦うなんて言わないよね!?」

 

話を聞いていた美柑が椅子から立ち上がって祐の服を引っ張った。聞き間違いでなければララを狙う連中と祐は戦うと宣言している。普段からおかしな事を言うが、これは流石に聞き捨てならない。

 

「正確には宇宙人とも戦う…かな。何も敵は宇宙人だけじゃないからね。問題も、ララさんの事だけじゃないし」

 

「も、もう!何言ってんの!今はふざけてる時じゃ」

 

祐は美柑の頬にそっと触れると美柑は驚いて身体が固まってしまった。祐がリトに視線を向ける。祐がしようとしている事を理解したリトは目を伏せた。いつかは来ると思っていた瞬間が今来たのだ。顔を上げると祐と目を合わせてゆっくりと頷いた。それに頷き返し、祐は美柑を見る。

 

「美柑ちゃん、これ見て」

 

掌を上に向けてかざす祐、それを目で追うと現れたのは虹の光だった。美柑は賢い少女だ。今起きたことが何を意味しているのか、それが分かったからこそ思考放棄をしたかった。

 

「うそ…」

 

「黙っててごめん、簡単に言える話じゃなかったんだ」

 

大きな不安を感じて美柑は掴んでいた祐の服を更に強く握った。祐はしゃがんで優しく美柑を抱きしめる。美柑の握る力が少し弱くなったのを感じ、抱擁を解いた。

 

「この後ちゃんと説明するよ。少し待っててくれる?」

 

未だ服は掴まれたままだが、頷いてくれた美柑を撫でた。立ち上がってララと向き合う。

 

「これでも沢山の奴らと戦ってきました。俺はダメな奴ですけど、戦う事だけには自信があります。そんじゃそこらの奴には絶対に負けません」

 

「祐、君がララ様の護衛になるという事か?」

 

ザスティンは椅子から立ち上がって祐の前に来た。二人の目線が重なる。

 

「そうなりますかね。さっきも言った通り、結局やる事は変わりませんけど」

 

「向かってくる奴を叩き潰す。ずっと同じですよ」

 

 

 

 

 

 

結城家で行われた話し合いから少しの時間が経った。今は人気のない森林に着陸していた宇宙船にザスティン達が乗るところである。ブワッツとマウルを先に行かせ、見送りに来ていた祐に振り返った。

 

「まさか、君が出てくるとはな…幻覚でも見ているのかと思った」

 

「まぁ、そうなりますよね。今こうしている事に自分でも驚いてるくらいですから」

 

苦笑いをする祐。その姿はザスティンの知るものとは随分とかけ離れていた。

 

「正直今でも驚いているよ。あの時の君とはその…色々と違うからな」

 

「本来はこういう人間なんですよ、あの時が特殊だっただけで」

 

「そうか…」

 

祐の言った事に納得は出来る、あんな状況なら人も変わるだろう。

 

「ザスティンさんはこれからどうするんですか?」

 

「まずは王に報告だ。その後は、恐らくこの星の宙域に留まる事になるだろう」

 

「それならまた話す機会はありそうですね」

 

「そうだな、私も聞きたい話が山ほどある」

 

お互いに少し笑顔を浮かべた。本当なら今からでも話したい気持ちはあるのだが、双方やらねばならない事がある。

 

「それでは俺はこれで。あの子にちゃんと説明するって約束しましたから」

 

「ふっ、気が重いと顔に書いてあるぞ」

 

「ぐうの音も出ませんね…」

 

身から出た錆とはいえ、この後を想像するとどうしてもため息は出てしまう。ザスティンはまた笑うと、右手を差し出した。

 

「兎にも角にも、また会えるとは思わなかった。よくぞ生きて帰った、祐」

 

「恥ずかしながらってやつですかね。会えて嬉しいです、ザスティンさん」

 

固い握手を交わす二人。遠い星の友人とこうしてまた再開できるとは、人生というものは本当に分からないものだ。

 

 

 

 

 

一方その頃、リトの前には腕を組んで不機嫌を隠そうともしていない美柑がいた。リトは黙って縮こまり、取り敢えず結城家に残る事になっていたララは少し離れた場所から二人を交互に見ている。

 

「二人ともどうしたんだろう?」

 

「恐らく先程の、ユウ殿の件ではないかと」

 

少し時間が経った事で美柑は幾分か冷静になれた。そこで気が付いたのだが、どうもリトは祐の秘密を知っていたと思われる。リトの反応からほぼ間違いないだろう。

 

「…リト」

 

「はい…」

 

「知ってたの?祐さんのこと」

 

「はい、知ってました」

 

「私の予想だと祐さんが私には黙っててくれって言ったと思ってるんだけど、どう?」

 

「…その通りでございます」

 

リトから聞きたいことは大体は聞けた、後は本人から聞いた方がいいだろう。美柑は大きくため息をついた。

 

「美柑、その…黙ってて悪かった」

 

「いいよ、祐さんにそう言われたんなら仕方ないし。でもリトがここまで隠し通せたなんて、未だに信じられないかも」

 

「必死でなんとかやってきたんだよ…良くないかもしれないけど、これからは美柑に隠さなくていいと思うと正直ほっとしてる」

 

リトの正直さはよく知っている。きっと何度も危ない場面はあっただろうし、バレればとんでもない事になる可能性を秘めた話というのも関係しているだろうが、それでも今日まで隠し通したのは大したものだ。そんな事を考えているとドアが開く音がした。先程渡した合鍵を使ったのだろう、リビングの扉に目を向けていると期待通りの待ち人が現れた。

 

「お待たせしました、お見送りは無事に終わったよ」

 

「おかえりユウ!ザスティンはなんだって?」

 

一人だけ明るい空気のララに祐は笑った。なるほど、銀河を統べるデビルーク王の娘なだけはある。彼女はかなりの大物のようだ。

 

「王様に連絡するそうです。それからは恐らくこの星の宙域に留まるんじゃないかとのことでした」

 

「そっか~」

 

ララに顛末を伝え、本命である美柑を見る。帰ってきた時から向けられていた視線を合わせた。

 

「ごめんね美柑ちゃん、これから話してもいいかな?」

 

「はい。あの、私の部屋でお願いできませんか?できれば…二人だけで話したいです」

 

遠慮気味にお願いする美柑。その意図は分からないが、祐としては断る理由はない。

 

「俺は問題ないよ。いいか、リト?」

 

「ああ、そうしてやってくれ」

 

リトの承諾も得て、美柑を先頭に二人は二階へと上がっていった。それを見送ったララはリトの方を向く。

 

「なんの話?」

 

「お前も見たろ、祐の力の事だよ。美柑は知らなかったからな」

 

「そうなんだ、力ってあの虹色の光だよね?奇麗だったなぁ…ねぇ、あれってなんなの?」

 

「まったく分からん」

 

「えぇ…」

 

(それは大丈夫なのでしょうか…)

 

リトの回答にララとペケが困惑する。それと同時にリトは一人考えていた。

 

「なぁ、ララ。その…お前は祐の…」

 

何かを聞こうとして突然大きく頭を振るった。ララは当然首を傾げる。

 

「リト?」

 

「いや、なんでもねぇ。忘れてくれ」

 

ララはザスティンから祐の話を聞いていたという。もしかすると彼女は自分の知らない事を知っている可能性がある。知りたい、大切な幼馴染の事だ。そう思ったがすぐにその考えは捨てた。仮に祐が言っていない事ならばそれは本人の口から聞くべきであっって、他の人物からこっそり聞くのは違う。

 

「ユウの…あ!ユウは私の婚約者候補の人じゃないよ」

 

「え?…ああ、そうか」

 

ララはリトが何を聞こうとしていたのか予想をして答えたようだ。そんなことは考えていなかったが、取り敢えず祐が婚約者候補ではないという話は覚えておこう。

 

それから二人が部屋に向かって一時間程が過ぎた。リトはなんとなく時計に目を向けると祐がリビングに戻ってくる。どうやら一人のようだ。

 

「終わったか?」

 

「ああ、まぁ…なんとか」

 

「あれ、ミカンはどうしたの?」

 

「まだ部屋にいますよ。リト、悪いんだけど今日泊まっていいか?」

 

「ん?別にいいけど」

 

申し訳なさそうな表情で祐が聞いてくる。リトは不思議に思いながらも承諾した。

 

「すまん、まだ少し話し足りないんだ」

 

「…わかった。前にお前が泊まった時置いていった下着があった筈だから、持ってくる」

 

「助かります」

 

そこでなんとなく察した。きっと美柑に気を遣っての発言だろう、リトはそう言って服を取りにいく。一息ついた祐の顔をララが覗いた。

 

「どうかしました?」

 

「やっぱり。ユウって私には敬語だよね」

 

「そりゃ、初対面ですし」

 

「じゃあこれから敬語はなし!あと貴女とかデビルークさんじゃなくてララって呼んで」

 

やけに押しが強い気がするのは思い違いだろうか。随分と気さくなお姫様である。

 

「まぁ、本人がそう言うなら。よろしくねララさん」

 

「うん!よろしくねユウ!」

 

祐の手を取って大きく振るララ。惑星を統治する王族にしては警戒心が無さすぎる。

 

「それとね、ありがとう」

 

突然お礼を言われて祐は訝しげな顔をする。ララは握っていた手の力を少し強めた。

 

「地球に居ても良いよって言ってくれた時、私嬉しかった。守ってくれるって言った時も」

 

やはり彼女は心配だ、こちらのことをまったく疑っていない。ララからは好意的な感情しか向けられてこなかった。

 

「ララさん、俺はあくまで俺の為にそう言ったんだよ。リトや美柑ちゃんは本当に優しい人達だ。でも俺はそうじゃないし、二人みたいな心を持ってる方が稀だ」

 

祐はララから手を離した。握られたままでは良くない、彼女の純粋さに絆されてしまう。

 

「それともう一つ。ザスティンさんに俺の事を聞いていたみたいだけど、その聞いた話は誰にもしないでほしい」

 

「いいけど、どうして?」

 

「あまり周りには知られたくないんだ。悪いけど、お願いね」

 

理由はよく分からないがララは頷いた。彼女の口がどれほど固いものかは知る由もないが、今はこれでいいだろう。何かの弾みでバレたとしたらその時が来たと納得すればいい。そろそろリトが戻ってくる、この話はこれで終わりだ。祐はテレビが置いてある方に行くと、そこのカーペットに座った。するとララも身体が触れそうなほどすぐ隣に座る。

 

「…なんで?」

 

「え?もしかして私はここに座っちゃダメだった?」

 

「いや、ダメじゃないけど…」

 

「祐、持ってき…どうした?」

 

リトがリビングに着くと、座っている二人が見えた。ララは先程からなんの変化もないが、祐は若干困ったような顔をしている。

 

「あ〜、なんでもない。ちょっとしたカルチャーショック受けた感じだよ」

 

首を傾げるリト。祐は立ち上がって持ってきてくれた物を受け取った。

 

「ありがとう、風呂入ったか?」

 

「いや、まだだな」

 

「んじゃ俺は最後に借りるよ。家主より先に入るのは申し訳ない」

 

「そんなの今更気にすんなって。あと家主じゃないし」

 

「あっ!じゃあみんなで入ろうよ!私もお風呂入りたい!」

 

「はぁ⁉︎」

 

名案とばかりにララが手を上げる。彼女の態度を見るに冗談ではないようだ。

 

「な、何言ってんだ!一緒に入るわけないだろ!」

 

「え〜、なんで〜?」

 

「なんでってお前…」

 

「リト、ここは一つ異文化交流ということで是非ララさんと一緒に」

 

「お前はさっさと入ってこい!」

 

 

 

 

 

 

自室で枕を抱きしめながらベッドに横になる美柑。足音が近づいてきたかと思えばノックの音が聞こえた。起き上がって返事をする。

 

「どうぞ」

 

控えめにドアを開けて祐が顔を出した。服装と香りから風呂上がりなことが分かる。

 

「ごめんね美柑ちゃん、今大丈夫?」

 

小さく首を縦に振ったのを確認し、部屋へと入る。美柑が座る位置から少し横の床に座ってベッドに背中を預けた。すると美柑もベッドから床へと腰を下ろしたので、隣り合って座る形になる。

 

「俺から言うのもなんだけど、整理はついた?」

 

「一応はつきました。ほんと、一応ですけど」

 

「そっか。まぁ、取り敢えずは良かった」

 

祐から力に関する詳しい話を聞いた。あの怪獣騒動の時、リトが驚愕の表情を浮かべていたのも今となっては納得である。世界を騒がせた虹の光の正体が、自分の物心ついた時から近くにいた人物だったとは夢にも思わなかった。それと同時にどこか腑に落ちている部分もある。矛盾している感想だとは自分でも思った。

 

「これから…どうなるんですか?」

 

「まだまだ事件は続くだろうね。ララさんの件だけじゃない、この地球も宇宙も別次元も…正直言って不安定な状態だから。何が起こっても不思議じゃないかな」

 

「それも大事ですけど、祐さんのことです」

 

美柑が聞いたことはこの世界ではなく祐のことだったようだ。不満気な表情なのは質問の内容を勘違いしていたからか、それとも

 

「簡単に言えば戦っていく、今までと同じように。話し合いの時にも言ったけど、問題が増えたところでやることは変わらないよ」

 

美柑は抱えていた膝の上に顎を置いた。少し視線が下を向く。

 

「なんで祐さんなんですか…そんなことする義務なんて」

 

そこまで言って口を閉じる。祐が戦いを好き好んでやっているわけではない事など聞かなくても分かっているつもりだ。彼はいつだって優しい、だから殴ったり殴られたりするのは嫌いな筈なのだ。それでも戦うのは、これもまた優しいからに他ならない。それが途中で分かったから続きを言わなかった。

 

「義務は無いかもね。でも、どうにかできる力は持っちゃってる」

 

祐は美柑の顔を見る。釣られて美柑も顔を向けた。

 

「大変じゃないなんて事はないけどさ、悪い事ばっかりじゃないんだよ?この力のおかげで自分の大事なものを守れる確率はとんでもなく上がった。それは俺にとって幸運だ」

 

「やりたいと思う事があって、それを叶えられる力があるってのは…きっと恵まれてると思うんだ」

 

気が付けば美柑は祐の胸に額を押し当てた。大きな身体だ、耳を当てれば心臓の鼓動が聞こえる。伝わる体温と心音が、美柑の心を安心させてくれた。祐は優しく美柑を抱きしめる。こうするのは何年ぶりだろうか。彼女も大きくなっていって、こういったこともできなくなると思うと寂しい気持ちになる。しかしそれが成長するということなのだろう、いつまでも幼い少女のままではない。

 

「美柑ちゃん、俺は今の生活にすっごく満足してる。大変ではあるけど辛くなんかない、寧ろ今が幸せの絶頂だよ」

 

彼は昔から無理をする、それも知っている。しかし今祐が言ったことは信じたい。大変だけど辛くない、それだけは真実であってほしかった。そうでなければ、悲しすぎるから。

 

「今言ったこと、嘘じゃないですよね?」

 

「嘘じゃない。俺は幸せだ」

 

美柑は祐に腕を回す。普段ならば恥ずかしくて絶対にできないようなことも、今は驚くほど自然と行動に移せた。目を閉じてより温もりを感じようとする。この温かさがきっと祐は本当の事を言っている、その考えを確かなものにしてくれる気がした。

 

暫くそうしていると美柑はそのまま眠ってしまう。祐は優しく美柑を両手に抱きかかえ、ベッドに寝かせると毛布を掛ける。最後に頭を撫で、音を立てずに部屋を後にした。階段を下りているとペケが一人で宙に浮いているのが目に留まる。どうやら家を見て回っているようでペケも祐に気が付く。

 

「おや、ユウ殿」

 

「どうも、君は確か…ララさんが連れていた子だよね」

 

「これはこれは、申し遅れました。私はペケと申します」

 

「初めましてペケ。逢襍佗祐です」

 

顔を合わせた時から幾分かの時間を経て自己紹介を終える。ペケもララと同様、祐のことはザスティンから聞いていたので存在は知っていた。

 

「ユウ殿のお話は私もザスティンから伺っておりました。貴方のような方がララ様の護衛に就いていただけるのなら安心です」

 

「ザスティンさんの話してた俺からはきっと見劣りするだろうけど、ベストは尽くすよ」

 

直接聞いたわけではないが、ザスティンが語っていたのは当時の自分でまず間違いない。その時の自分を期待されているのなら、はっきり言って辛いところだ。だが守ると大言壮語を吐いた、全力で事に当たる以外にない。

 

「ついでになってしまって申し訳ないのですが、一つ教えて頂きたいことが」

 

「何かな?」

 

「ユウ殿、どうしてあの時この星に居ていいと仰ったのですか?」

 

祐はペケを見つめる。純粋に気になっているだけらしい、ペケから裏を感じない。

 

「一つ二つやることが増えても、大して変わらないからだよ」

 

「それはそうですが、騒動は少ないに越したことはない筈。それでもいいと思われたのには何か理由があるのではと」

 

そういう事かと祐は一人納得する。気になるのなら答えよう、別段隠す事でもない。

 

「生まれた家や立場でその後の生き方が決まるって話、俺は好きじゃない」

 

「自由に生きてみたいと願った彼女に協力してあげたいと思った。それが理由だね」

 

答えを聞き、なんと返そうか悩み固まるペケに近づいて頬と思われる部分を指でつついた。ペケは困惑している。

 

「ユ、ユウ殿?」

 

「なるほど、見た目通りモチモチだね。癖になりそうだ」

 

暫く触って満足したのか、祐はペケを一度撫でてから歩き出す。

 

「これからよろしくねペケ。君とも長い付き合いになりそうだ」

 

軽く手を挙げてその場を去る。ペケはなんとなしに撫でられた部分に触れた。

 

「…変わった方ですね」

 

ペケとの話で薄っすらと分かった事がある。ザスティンはララ達に自分の話をしたようだが、全てを話したわけではないという事だ。そこに関しては彼に感謝しなければならない。墓まで持っていくと決めた事は、今のところこのまま持っていけそうだ。



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一夜明けて

この次元の銀河統一を成し遂げたデビルーク星のプリンセスによる電撃訪問から一夜が明けた。目を覚ました美柑は起き上がって部屋を見渡す。そこに祐の姿はなく、言いようのない不安を感じて寝起きにも拘わらず少し早歩きで部屋を出た。階段を下りてリビングに向かうとソファに座っている大きな背中が見える。足音が聞こえていたようでこちらに振り返った。

 

「おお、美柑ちゃんおはよう。早起きだね」

 

普段と変わらない笑顔を見せる祐に美柑も少し笑う。胸の奥にあった不安は気付けば既に消えていた。

 

「祐さんもね。おはよう」

 

 

 

 

 

 

それから続々とリビングに集まり始める面々。まだ眠たそうなリトに反してララは完全に本調子だった。

 

「おはよーみんな!地球で迎える初めての朝!なんかドキドキするよ!」

 

「そりゃよかったな…」

 

正反対な二人の姿は見ていて面白い。暫く観察してもいいが、あまり時間に余裕はないので話を進めなければならない。なにしろ今日も平日、学生には学校があるのだ。

 

「さてララさん、ちょっといいかな?」

 

「なになに!」

 

(尻尾があったらめっちゃ揺れて…尻尾あったわ)

 

満面の笑みでこちらに近づいてくるララに、祐は大型犬の姿を見た。確認すれば今の感情を表すように尻尾が元気に揺れている。並みの思春期男子であったのならこの仕草だけで恋に落ちるだろう。

 

「今後のことを決める為にも、今日は俺に付き合ってほしいんだ。まずはララさんが地球で生活する上で、きっと助けになってくれる人達に紹介したい」

 

「うん!行く!」

 

何がそんなに嬉しいのかよく分からないが、もしかするとララは特定の人物以外とはどこかに出かけるといったことをしていなかったのかもしれない。好奇心が旺盛なのはこの短い時間でも充分伝わっている。知らない場所に行くことも関係しているのだろう。

 

「じゃあ今日は祐とデートだね!」

 

「…リト、俺はなんて返すのが正解だと思う?」

 

「やめろよ、俺に振らないでくれ」

 

「祐さん、聞く相手間違えてるよ」

 

「悪かったな!」

 

少しして美柑が作ってくれた朝食を四人で囲む。食事をしながら今日のことを詳しく話していた。

 

「学園長に会わせるって…なんでまた?」

 

「俺、学園長によく世話になってるんだ。実はいろんなところに顔が利く凄い人なんだよ」

 

「木乃香の爺ちゃんってそうだったのか…てことは力のことも」

 

「勿論知ってる」

 

出るわ出るわの新事実、リトは朝から情報過多だった。祐のことはそれなりに知っているつもりだったのだが、その認識は改めなければならないかもしれない。口には出さないが正直少し寂しい。

 

「まずララさんのことを話して、それから住むとこなんかも決めていきたいな」

 

「住むところか~、祐の家は?」

 

「いやぁ、俺一人暮らしだから…それは色々と問題が」

 

「なんで?祐は私と一緒に暮らすのイヤ?」

 

「……リト、俺は」

 

「だから振るのやめろって!」

 

ララは少しというか驚くほどに純粋無垢すぎる。一緒に暮らすのが嫌など微塵も思っていないが、だからと言ってじゃあ俺の家でとはいかない。祐は額に手を当てた。

 

「違うんだよララさん、嫌とかじゃなくてね?この星…もっと言うと日本では若い男女が一緒に住むってなると様々な壁があるもんなんだ」

 

「そうなの?私は祐と一緒に暮らしてみたいけどなぁ」

 

そうやって無邪気に殴ってくるのはやめてほしい。祐は裏表のない想いが何よりも苦手なのだ。

 

「そんなことを簡単に言っちゃいけません!もしかすると俺はとんでもない変態で、常にララさんの尻を触るような人間かもしれないんだぞ!」

 

「祐さん最低」

 

「違うよ?例え話だからね?」

 

「お尻触りたいの?よく分かんないけど、はい」

 

キョトンとした顔で椅子から立ち、臀部を祐に向けるララ。祐は絶句し、リトと美柑は顔を赤くして固まった。

 

「なんなんだよこの子は!?おいペケ!デビルーク星の教育はどうなってんだ!」

 

怒りの矛先をテーブルに座っているペケに向ける祐。ペケは申し訳なさそうな顔をした。意外と表情豊かである。

 

「すみません、ララ様は異性との交流があまりなく…元の性格も相まってそういったことへの羞恥が乏しいのです…」

 

「だからってもうちょっとさ!なんかあるって!」

 

「ユウ殿、落ち着いて下さい…」

 

多少時間は掛かったがなんとか落ち着きを取り戻す一同。ララに対しての不安は募ったがそれは一旦置いておく。学園に向かうのならそろそろ準備をしなければならない。

 

これからのことがまだ決まっていない状態でララを多くの目に留まらせるのはよろしくないといった考えから、リト達とはこの場で別れて遅い時間にララを連れていくことに。祐は話しておきたいことがあるので時間を空けてほしいと近右衛門に連絡。なんとなく察してくれた近右衛門はこちらの事情を知らない祐の担任である麻耶にも手回しをしてくれるそうだ。相変わらず頼りになる学園長である。

 

「それじゃ俺達は先に行くな」

 

「話が決まったらちゃんと教えてね」

 

先に出発することになったリトと美柑が玄関で振り返る。この家に住んでいる二人を泊まらせてもらった祐とララが見送るという、なんとも奇妙な光景ができあがった。

 

「二人ともいってらっしゃい!」

 

「道中気をつけてな。リトはまた学校で」

 

「ああ」

 

ドアを開けて外に出ようとするリトだったが、美柑が顎に手を当て何かを考え始めた。全員の視線が美柑に向かう。

 

「美柑?」

 

「ねぇ、思ったんだけどさ…ララさんが住む所、うちでいいんじゃない?」

 

「はい?」

 

思わず聞き返すリト。美柑の言葉を聞いてララは表情を明るくした。

 

「いいの⁉︎」

 

「うん。部屋だって空いてるし、私達はララさんの事情も知ってる。それに祐さんのことも」

 

美柑が祐を見ると、その顔は悩んでいるようだった。

 

「改めて説明とかする手間もないし、ララさんが私達の家にワープしてきたのもきっと何かの縁だと思う。私は歓迎するよ、ララさんさえ良ければだけど」

 

「ありがとうミカン!私すっごく嬉しい!」

 

美柑の手を取って両手で握るララ。もうすっかりその気になっているようだ。

 

「ミカンもリトも優しいし、ミカンの作るご飯も美味しかった!寧ろ私からお願いしたいくらいだよ!」

 

「おいおい…」

 

とんとん拍子で話が進んでいく中、リトも祐を見れば変わらず真面目な表情だ。美柑は恐る恐る聞く。

 

「祐さん…だめ?」

 

「一つの案としてありだね。でも、今すぐに決定はできないかな」

 

「…そうだよね。うん、分かった。候補として入れておいてね」

 

「ありがとう美柑ちゃん。さ、そろそろ行かないと遅刻しちゃうよ」

 

「だな。美柑、行こう」

 

「うん。二人ともまたね」

 

今度こそ二人は学校に向かう。ドアが閉まると祐は腕を組んで俯く。悪くない案かもしれない。しかし問題がないわけではなかった。

 

「ユウ…」

 

声に反応してララに顔を向けると、不安そうな表情でこちらを伺っていた。

 

「あの、ごめんね?勝手に話進めちゃって…私嬉しかったから」

 

まるでこれから叱られるのを待つ子供のようだ。祐は苦笑してなるべく優しく言う。

 

「こっちこそごめん、別に怒ってるわけじゃないんだ。考えだすと黙っちゃうのが癖でね」

 

祐は真剣になると普段とは打って変わって無口になる。そうなると元から悪い目つきが更に鋭さを増し、見ている者に威圧感を与える。戦闘時ならば一種の牽制として役立つが、そうでない日常の場面ではあまり褒められたことではないだろう。

 

「ララさんの今後に関わる話だから、しっかり考えたい。勿論ララさんの意見もなるべく取り入れた上でね」

 

「うん、ありがとう」

 

ララも笑みを浮かべたので、少しは空気も軽くなっただろう。こんな子を怯えさせて何をやっているんだと自分を責めるのは後にする。

 

「俺達も準備しようか。服はまぁ、それでもいいかな」

 

今のララはリトのジャージを着ている。華やかさのかけらもない服装ではあるものの、わざわざ着飾る必要もない。

 

「もし何かご希望の服装があるのなら私にお任せください」

 

「というと?」

 

飛んできたペケが祐の前にくる。ペケがどういった構造で動いているのかは不明でも、滞空しているのはもしかすると疲れるのかもしれないとペケの脇に手を入れて支えた。

 

「私はララ様の発明したコスチュームロボット、何かデータか画像でも見せていただければ再現できます」

 

「ほ〜、そりゃ凄い。よし、目立たないことを一番に考えるなら…」

 

祐はペケを連れてリビングに飾られている写真立ての前に行く。その中の一枚、高等部入学式の際に幼馴染で撮った集合写真を手に取る。ララも後ろから写真を覗く。

 

「ユウとリトと…他の人達は誰?」

 

「俺達の幼馴染。たぶんその内ララさんも会うと思うよ」

 

「ほんと?楽しみ!たくさんいるんだね〜」

 

幼馴染を興味深そうに眺めるララ。彼女の横顔を見て笑っていると本来の目的を思い出したので写真を指さす。

 

「ペケ、この女の子達の制服をお願いしたいんだ。どう?」

 

「お安い御用です!ララ様」

 

「オッケー!」

 

そこでジャージを脱ぎだすララ。この行動にどういった意図があるのかは置いておいて、祐は呆れた顔をした。

 

「この子には色々教えていかなきゃならんな…」

 

「そう言いつつしっかり見てますねユウ殿」

 

「見たらダメですか?」

 

「え?ダメじゃないよ?」

 

「調子狂うな…」

 

ララにこういった手法は通用しないらしい。彼女が祐の中の強敵トップに躍り出た瞬間である。

 

「それでは失礼して」

 

ペケは祐の手から飛び立つと光となってララの身体を包み込む。光が晴れるとそこに居たのは麻帆良学園の制服を着たララだった。ペケは髪飾りとなってララの髪に付いている。

 

「大したもんだ、一瞬だね」

 

「私の本業ですから」

 

「へへ〜ん、ペケならこれくらいどうってことないよ!」

 

得意げに胸を張るララ。この技術、そしてペケを作ったのが彼女だと言うのならその頭脳は相当なものである。幾多の星が彼女を欲しているのは、もしかするとその地位を狙っているからだけではない可能性が出てきた。

 

「よし、もうちょっとしたら俺達も出かけよう。行き先は麻帆良学園だ」

 

「それってどんなとこ?」

 

「俺やリトに美柑ちゃん、他の幼馴染も通ってるでっかい学校だよ。それと、俺の大切な場所」

 

 

 

 

 

 

祐達より一足早く学園を目指すリトと美柑。通い慣れた道を進みながらリトは美柑に聞いた。

 

「にしても、いきなりどうしたんだよ?うちで暮らすのがいいんじゃないかなんて」

 

「だってその方が色々と都合がいいでしょ。ララさんもいい人そうだし」

 

リトもララのことは悪い奴とは思っていない。天然すぎる等不安な部分は多分にあるが、彼女は根っからの善人だ。

 

「それともリト、ララさんが居たら緊張してリラックスできない?」

 

「なっ!んなわけあるか!てかそういうことじゃねぇ!」

 

揶揄う美柑に大きく反応してしまう。我が兄は相変わらず超が付くほどの奥手である。視線をリトから遠くへと飛ばした。

 

「もしかしたら、そうすれば祐さんの助けになれるかもって思ったの。実際は困らせちゃったみたいだけどね」

 

美柑は自笑するような表情を浮かべた。それを見たリトも少し先を向く。

 

「祐は口じゃ言わないけどさ、自分が大変なのはいいけど周りがそうなるのは嫌がるからな」

 

「うん、だと思ってた」

 

暫く無言で歩き続ける二人。気温が下がってきたことを強く実感させる冷たい風が吹いた。

 

「まぁ、なんだ…俺としては、ララをうちに住ませるのは反対じゃない」

 

呟くようなリトの言葉を聞いて美柑は意外そうな顔をした。

 

「…なんだよ?」

 

「驚いた。てっきり反対すると思ってたから」

 

気恥ずかしさを隠す為に頭を掻く。おかしなことを言うつもりはないが、それでも自分の気持ちを伝えるのは照れてしまう。

 

「俺だってララはいい奴なんだろうなとは思ってる。状況もそうだし、色々と放っておけないのも。あいつが住みたいって言うなら、別に断ったりしねぇよ。でも、祐が渋ってる理由も分かる」

 

「私達のところにも噂の婚約者候補が来る可能性があるから…だよね?」

 

「たぶんな」

 

祐が悩んでいたのはそれが原因だ。リトや美柑のことは誰よりも信頼している。ララがこの星で過ごしていくなら、この二人と暮らすことは間違いなく彼女にとってプラスになるとも思っていた。それと同時に二人は祐にとって大切な存在なのだ。できれば面倒事からは遠くに身を置いてほしいものの、自身がそれをしていないのだからお願いなどできない。

 

「これから祐は学園長と話をするんだろうし、今はそれを待とう」

 

「だね」

 

お互いを大切に思うからこそ、物事がスムーズに進まないこともある。儘ならないものだなと思うリトと美柑だった。

 

 

 

 

 

 

「おっす大将」

 

「ああ梅原、おはよう」

 

自分の席に鞄を置いた正吉が純一の机に寄りかかりながら祐の席を見た。

 

「なんだ、今日もまだ来てないのか」

 

「そうみたい」

 

「なんかこの間から多いよな。まるでまた中学時代に戻ったみたいだ」

 

一瞬考えるそぶりを見せるた純一は軽く頭を振って苦笑いをした。

 

「怠癖がついたのかも。来たらビシッと言ってやらないとな」

 

「おっ、なら俺にも任せろ。マグロでしばいてやる」

 

「自分でもネタにし始めたのか…」

 

それから少し経ち、朝のホームルームの時間となった。担任の麻耶が教室に入ってくるが、未だ祐は来ていない。出席を取り始めようとする麻耶に春香が隣の席を一度見てから聞いた。

 

「高橋先生、逢襍佗君は…」

 

「少し前に遅れるって連絡を受けたわ。理由は寝坊とかじゃないから、来た時にみんなあまり揶揄わないようにね」

 

近右衛門から伝えられたのは祐が家庭の事情で遅れるというもの。麻帆良祭中の一件があったので、摩耶としても気掛かりであった。

 

(逢襍佗君大丈夫かな…?)

 

祐のことを心配し、僅かに表情が曇る春香。その祐本人は現在麻帆良学園の敷地内にある建物の上から周囲を観察していた。

 

「よし、大分人も減ったな。そろそろいいか」

 

朝のホームルームが始まれば教室外に出ている者は殆どいなくなる。ここまでしなくても周りに見られず学園長室に忍び込むぐらいなら可能だ。しかし万全を期しておいて損はない。祐の後ろから顔を出したララも麻帆良の街を見渡す。顔を隠す為の帽子が風に飛ばされぬよう押さえた。

 

「すご~い!これが祐達の学校なんだ!面白い建物がたくさん!」

 

「後で案内できるかもしれないからその時に詳しく説明するよ。その前に、学園長に会いに行かないとね」

 

「は~い!」

 

「よろしい。この距離なら直接行けるか…ララさん、準備はいい?」

 

元気よく返事をするララに祐の手が差し出された。よく考えずにララはその手を重ねる。

 

「いつでもオッケーだよ」

 

祐が頷くとその身体は粒子となって消えていく。手を繋ぐララも同じようにその場から居なくなった。

 

 

 

 

 

 

学園長室で資料に目を通している近右衛門の少し先に光の粒子が現れる。少しずつ人型になる光に驚いた様子もなく、見ていた資料を横に置いた。やがてその場に祐と少女が現れる。彼と手を繋いでいる少女に見覚えはないが、恐らくこの彼女こそが話の重要人物なのだろうと当たりを付けた。

 

「おはようございます学園長。こんな入り方ですみません」

 

「おはよう祐君。なに、気にせんでくれ」

 

「ありがとうございます」

 

軽い挨拶を終えた二人。祐は横の少女に目配せをすると、少女が帽子を取ってその顔を見せた。

 

「まず話をする前に学園長に紹介したい方がいるんです。お分かりかとは思いますが彼女のことです」

 

「初めましてガクエンチョーさん!」

 

明るく頭を下げる姿に近右衛門は笑顔を見せた。

 

「これはこれは、なんとも元気で可愛らしいお嬢さんじゃな。初めまして、わしはこの学園の長をしておる近衛近右衛門という者じゃ」

 

「私はララ!ララ・サタリン・デビルークです!」

 

「……なんじゃて?」

 

にこやかな表情から一変して呆けた顔になる近右衛門。祐に視線を向けると苦笑いをしながら祐は説明する。

 

「ララさんは昨日地球にやってきたデビルーク人です。そして、デビルーク星のお姫様でもあります」

 

「なんてこったい」

 

近右衛門は自分の額を軽く叩いた。祐が連れてきたのだから訳ありの人物とは思っていたが、想像以上の大物だった。

 

「ガクエンチョーさんって頭長いね、もしかして地球じゃない星の人?」

 

「ララさん、学園長は地球出身だよ。ただぬらりひょんて言う妖怪の」

 

「勝手に妖怪にするでないわ!」

 

その話題でひと悶着あったものの、すぐに本題に入る。昨日起きたこととララの事情、そしてこの星で暮らしていくことを伝えた。近右衛門は長い髭を撫でる。

 

「なるほどのう…少し前に王位継承の問題が起きているとは聞いていたが、そんなことになっていたとは」

 

「ララさんのことは色々と補助していくつもりです。言ったことの責任は取らないと」

 

「ふむ、ならばわしらも協力せねばな」

 

「ガクエンチョーも協力してくれるの?」

 

「そりゃそうじゃとも。この話を聞いておいて放ってはおけんよ」

 

「ありがとうガクエンチョー!祐、ガクエンチョーっていい人だね!」

 

近くまで来たと思えば近右衛門の手を取って大きく振るララ。こんな素直な反応をされれば協力もしたくなるというもの。本人に自覚がなくとも彼女からは生まれ持ったカリスマ性を感じる。自然と人を惹きつけるのは、やはり銀河の頂点に立つデビルークの王族ということなのかもしれない。

 

「して祐君。今後のことはどのように考えておる」

 

「まずララさんには麻帆良で学園生活をしてもらいたいと考えています。ここより安全な場所もそうないですから」

 

続いてララの意見も聞きながら今後のことを詰めていく祐と学園長。会話の節々で、ララの反応から既に祐へと信頼を置いているのを感じた。話の通りなら彼女がこの星に来たのは昨日だという。出会って一日程度の相手をここまで信用できるものだろうか。祐のことは近右衛門も信頼しているのでそこはいいが、少々ララが心配にはなった。

 

「それで、住む場所なんですが…」

 

「普通に行けば女子寮になるが、その様子じゃと他に何か候補があるように見えるのう」

 

「仰る通りです。ただ、正直悩んでます」

 

ララのこと、そして祐のことを知っているリト達の家に住むのは確かに色々と都合がいい。リトと美柑、そして二人の両親を含めてもこれだけ好条件の相手はそういない。仮に何か問題が起きたのなら昨日のように飛んでいけば、自分がどこにいようとあまり関係ない話ではある。だがこの件はリトともう一度話しておきたい。そのことを含めて近右衛門に伝えた。

 

「リト君が自ら申し出たのかの?」

 

「そう言ってくれたのは美柑ちゃん…妹さんです。リトが実際どう思っているのかはまだ聞けてません」

 

木乃香の幼馴染でもあるリトとは近右衛門もそれなりに親交がある。一度リトの家族とも顔を合わせた経験があるので、美柑や二人の両親のことも知っていた。しっかり者の妹、そして父親母親は豪快な人柄だったのを覚えている。そう言えば親二人に妖怪ですかと聞かれたこともあったと思い出した。

 

「ならばリト君ともしっかり話し合う必要があるじゃろうな」

 

「はい。あとは才培さん、可能であれば林檎さんにも連絡を取って話をしたいですね」

 

「サイバイさんとリンゴさんって?」

 

「リトと美柑ちゃんのご両親だよ。いつも忙しくて家にはあまりいないけどね」

 

「へ~、二人のパパとママか~」

 

(まぁ、あの二人なら十中八九いいって言うだろうけど)

 

暫く会えていない二人のことを思い浮かべる。なんとなく返事は予想できても実際に聞くべきだ。

 

「そうなると今日一日では難しいじゃろうて。従ってララ君の今日泊まる場所を決めねばな」

 

「はいはい!じゃあ祐のお家に泊まりたいです!」

 

「ほうほう」

 

挙手したララの意見に興味深そうな近右衛門。祐は困り顔になった。

 

「いやぁ、それはいいんですかね…」

 

「私のこと知ってる人はリトと美柑以外だとユウだけ、今日ぐらいはユウの家でもいいでしょ?」

 

「学園長も知って」

 

「今会ったばかりのよく知らぬ老人よりも、祐君の方が安心できるのではないかの」

 

(あれ、この人俺んところに泊まらせようとしてないか?)

 

まさかのララへの援護射撃だった。てっきりこの案は止めるものだと思っていた祐は驚きである。

 

「いいんですか学園長!?このままいけば俺は手を出しますよ!」

 

「そう言うが祐君はどうせ出さんじゃろ」

 

「舐めやがって!ああそうさ!出さないよ!」

 

「なら今日は頼めんか?慣れない星での生活じゃ、信用している者の近くにおる方が安心できるというもんじゃよ」

 

「……」

 

そこで祐は言葉が出てこなかった。反論が思いつかないので負けである。

 

「じゃあ決まり!今日はユウのお家でお泊りね!」

 

「そんなに泊まりたいんならどうぞ…」

 

「お世話になりますユウ殿」

 

「今の声は誰じゃ?」

 

近右衛門の問いに祐はララの髪に付いているペケを指さした。

 

「申し遅れました、ペケと申します」

 

「この子は大福の妖精なんですよ」

 

「違います」

 

「祐君、嘘をつくでない」

 

一旦話は終わったが、これから祐が麻帆良の街を案内するわけにはいかない。そこで近右衛門が現在手の空いている魔法教員に案内を頼むことにした。その結果呼ばれたのは葛葉刀子である。正確に言えば彼女は魔法使いではなく京都神鳴流の剣士だが、こちらの関係者であることに変わりはない。学園長室にて事情を説明された刀子の顔は引きつっていた。

 

「というわけじゃ。ララ君をこれから留学してくる生徒として正体は隠し、少しの間彼女の案内を頼みたい」

 

「は、はぁ…それは構いませんが」

 

「よろしくねトーコ先生!」

 

「ず、随分気さくなお姫様ですね…」

 

初対面にも拘らず距離の近いララに困惑する。嫌な気分はしないが、生真面目な刀子には慣れない距離感だった。

 

「ララさんをお願いします葛葉先生」

 

「ええ、やるからにはしっかり役目はこなします」

 

「あとこれは関係ない話ですけど、葛葉先生…これを機に僕と親睦を深めていきませんか?」

 

「本当に関係ないですね!なんですか急に!?」

 

お互いのことを知ってはいても、したのは挨拶程度で碌に話したこともない。祐の話題なら同僚から又聞きしたことは数多く、その話の通りなら変わった生徒だなと思っていた。実際変わった生徒だった。

 

「一目見た時から絵に描いたようなクールで知的な大人の女性と思っていました。是非この逢襍佗祐の青春を共に華やかなものへと」

 

「生徒が堂々と学園長の前で教員を口説くでない」

 

「わ、私は軟派な男性はお断りです!デビルークさん!行きますよ!」

 

「はーい!それじゃユウ!またあとでね~!」

 

ララの手を取って足早に学園長室から出ていく刀子。勢いよく閉まったドアから祐に視線を移すと、その顔は何故か満足気だった。

 

「やはりこれだ…俺への反応はこうでなければ」

 

「お主は何を言うとるんじゃ」

 

やれやれと頭を振って椅子にもたれ掛かる。一息つくとその表情を真剣なものに変えた。

 

「さて祐君、彼女も席を外した。腹を割って話そうではないか」

 

近右衛門に振り返った祐の表情もまた先程とはまったく別のものであった。

 

「ありがとうございます、気を使っていただいて」

 

「なに、構わんよ。彼女が居ては色々と話しづらいこともあるじゃろうて」

 

 

 

 

 

 

授業は二時限目も終了し、次の三時限目の準備を始めたB組。楓がロッカーから教科書を取り出そうとしていると、コソコソと教室に入ってくる祐が目に留まった。

 

「何やってんだ逢襍佗…」

 

「しまった!バレた!」

 

「そりゃバレるだろ」

 

縮こまって身体を小さくはしていても、普通にドアから入ってきていたので当たり前である。祐は膝立ちになって楓に手を合わせた。

 

「違います!寝坊じゃないんです!ですからごぼうでシバくのだけは勘弁してください!」

 

「いつあたしがそんなことやった!?」

 

「蒔の字、流石にごぼうはやり過ぎだぞ」

 

「だからやってないっての!」

 

いつの間にか後ろにいた鐘が話に入ってきた。気付けばクラスの視線がこちらに集中している。

 

「蒔寺の奴…そんなことを…」

 

「これから俺達はごぼうに怯えなきゃならないのか!?」

 

「それも悪くないかもしれない」

 

「ドMは黙ってろ!」

 

勝手に盛り上がる男子生徒達に冷めた視線を送る楓。そのまま笑っている祐に恨めしそうに見た。

 

「変な風評被害起こしやがって」

 

「ごめんごめん、あとでちゃんと言っておくから」

 

謝罪すると自分の席に向かおうとする祐。その背中に楓の声が掛かった。

 

「逢襍佗」

 

「なに?」

 

「…お前、最近大丈夫か?まだ色々忙しかったりするんじゃないのか」

 

見れば彼女の顔は心配そうだった。そんな楓に祐は笑顔で答える。

 

「ありがとう蒔寺さん、でも大丈夫。暫く忙しいかもしれないけど、俺自体は至って健康だから」

 

そう言って祐は席に歩いていった。今は春香や純一達と挨拶を交わしており、楓はその光景を見つめる。

 

「蒔ちゃん、逢襍佗君がそう言うなら大丈夫だよ」

 

話を聞いていた由紀香が一足遅れてやってくる。鐘は相変わらずの無表情で同じように祐を見ていた。

 

「これでいて蒔は世話焼きだからな、気になるんだろう」

 

「これでいては余計だ」

 

普段通りの調子に戻っていくB組は、賑やかな雰囲気のまま三時限目を迎える。

 

大丈夫。祐はその言葉を久し振りに使った。



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至る所にため息

三時限目の授業も終わり、昼休みまであと一科目となった。机に頬杖をつきながらなんとなく窓から空を眺めるリトの肩を猿山が軽く叩く。

 

「どうしたんだよリト、朝から事有り気な雰囲気だして」

 

「いや、別にどうってわけじゃないけどさ」

 

「もしかして…恋の悩みか?」

 

「んなわけないだろ!」

 

揶揄うような猿山にリトは大きく反応すると、予想通りのリアクションに猿山は笑う。

 

「まぁ、そうだよな。麻帆良でも一二を争うレベルの純情少年のリトに限ってそれはないか」

 

「なんだよ純情少年って…俺はそんなんじゃねぇよ」

 

「よく言うぜ、グラビア写真で顔赤くする奴なんて今時お前ぐらいなもんだぞ」

 

「ぐっ…」

 

猿山の言う通りリトは超が付く程の奥手であり、そういったものに対する免疫がまるでない。幼馴染相手には問題なく接することはできても、それ以外となると女性関係はお世辞にも得意とは言えなかった。

 

「なになに、恋愛の話?」

 

会話が聞こえていたのか梨穂子が楽しそうに顔を覗かせた。リトはため息をつく。

 

「リトにもついに春が来たの?それなら私が相談に乗ってあげましょう」

 

自慢げに胸を張る梨穂子だが、彼女の方も色恋沙汰の話はまったく聞いたことがない。出所不明の自信を見せる梨穂子に疑いの目を向けた。

 

「俺が知らないだけか?梨穂子が恋愛に明るいなんて初めて聞いたぞ」

 

「うっ…あ、明るくはないけど…」

 

「あれ?結城知らないの?」

 

「遅れてるな~、幼馴染なのに!」

 

これまたどこから聞いていたのかクラスメイトの『籾岡里紗』と『沢田未央』が乱入してくる。言葉の意味が分からずリトは首を傾げた。

 

「知らないって何がだよ?」

 

「りほっちってばこの間告白されたのよ」

 

「あっ!り、里紗ちゃん!」

 

急いで止めようとするが時すでに遅し。リトとは思わず席から立ち上がった。

 

「マジかよ!?初耳だぞ!」

 

「あ、あはは…リト達に言うのは恥ずかしくて…」

 

「それで、桜井さんはなんて答えたんだ?」

 

「えっと…ごめんなさいって。初対面の人だったし」

 

猿山の質問に苦笑いを浮かべながら答える。リトはまだ開いた口が塞がらない。

 

「ってことは男の方が一目惚れしたってわけか」

 

「ま、まさか梨穂子が告白されるとは…」

 

「何言ってんのよ結城!りほっちをよく見てみなさいって」

 

「顔も性格も可愛いし、なんてったってこのわがままボディ!一目惚れもするってもんだよ!」

 

「ひゃあ!」

 

「おおっ!」

 

里紗と未央がそう言いながら梨穂子の胸を持ち上げた。猿山は歓喜、リトは顔を真っ赤に染める。

 

「な、何やってんだ!」

 

「相変わらず初心ですな~」

 

「ちょ、ちょっと二人とも~!」

 

「よいではないかよいではないか~」

 

その時梨穂子とスキンシップを取っていた二人の襟を誰かがつまんだ。

 

「はいはい、その辺にしときなさい」

 

「香苗ちゃん!」

 

同クラスであり、梨穂子の親友でもある『伊藤香苗』が二人を梨穂子から引き離す。里沙と未央は大人しくそれに従った。

 

「香苗~、ちょっとくらい見逃してくれてもいいじゃない」

 

「放っておいたらいつまでもやるでしょうが」

 

「そんなことないよ、程よいところでやめるよ」

 

「何よ程よいところって…」

 

香苗のおかげで難を逃れた梨穂子を見てリトが席に座った。しかし改めて考えても驚きである、幼馴染組でこういった話を聞いたのは初めてだったのだ。これはもしかすると自分が知らないだけで、他の幼馴染にも同じようなことが起きているかもしれない。

 

「そんな大事なことを黙っていたとは!俺は悲しいぞ!」

 

突如響き渡った声に全員が同じ方向を見る。そこにいたのは教室の後ろにあるロッカーの上で側臥位の姿勢を取っている祐だった。

 

「祐!?」

 

「なにやってんだお前…」

 

声がするまで誰もその存在に気が付かなかった。無駄な隠密性である。

 

「リトに用事があって来てみれば、とんだ衝撃を受けたよ…これが大人になるってことなんだね」

 

「知らねぇよ」

 

長い付き合いのリトと中学からの知り合いである猿山はいつものことだなと思えるが、それ以外の者は祐の変人さに困惑していた。噂に違わぬ変人具合なので仕方がない。

 

「ゆ、祐?私別に隠してたわけじゃなくて…」

 

「言い訳なんぞ聞きとうないわ!」

 

「その口調はなんだ」

 

「てか早く降りろ」

 

顔や声は迫真でも姿勢が変わらないのでなんともシュールである。ツッコまれた祐はそこでロッカーから降りた。

 

「この件に関して、貴殿には追って沙汰あるものとする。んでリト、昼休み俺に付き合ってくて。話がある」

 

「…ああ、分かった」

 

「それじゃよろしく。また来るからな!震えて眠れ猿山!」

 

「なんでだよ」

 

話とは間違いなくララのことだろう。リトが頷くと祐は席に座っていた士郎を見つけてちょっかいをかけてから教室を後にした。微妙な空気がC組の教室に流れる。

 

「前から思ってたけどほんと変わり者ねあいつ」

 

「喋らなかったら結構キリっとした顔してるのにもったいないね」

 

「黙ってたら黙ってたで怖いけど」

 

「言えてる」

 

里沙と未央が笑いながら会話をする中、梨穂子はリトに近寄ると小声で話し掛けた。

 

「ねぇリト、話ってなに?」

 

「まぁ、ちょっとな。話すと長くなるから、あとで話すよ」

 

「…うん」

 

祐が今学園に居るということは学園長との話がついたということなのだろう。現在ララがどうしているのか気になりつつ、祐の話を待つことにした。そんなリト達を同じくC組の『西連寺春菜』が少し離れた自分の席から見つめてる。ぼーっとしていたからだろうか、梨穂子から目標を変えて背後から忍び寄る二人の存在に春菜が気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

昼休みに約束通り祐についていくリト。祐が向かった先である屋上に出ると、人目につかない位置にひっそりと佇んでいるドアを開く。中はどうやら使われていないと思われる空間が広がっていた。

 

「なんだここ?こんな場所あるなんて知らなかった」

 

「元々は純一が見つけた場所だ。誰も使ってないから隠し部屋として利用させてもらってる」

 

「なんか段ボールが沢山あるな」

 

「それどかすと純一が持ち込んだエロい本が鎮座してるから気を付けろよ」

 

「あいつは何やってんだよ!」

 

段ボールの正体を聞いたリトは、なるべくお宝本(純一談)を視界に入れないように努めた。端に置かれていた椅子を二つ取り出して祐が座り、リトもそれに倣ってもう一つの椅子に腰かけた。

 

「さて、分かってるとは思うけど話ってのはララさんのことだ」

 

真剣な表情になると祐に頷く。普段の祐とは態度がまったく違うので、真面目な祐を見ると少し緊張してしまう。

 

「まず彼女にはこれから留学生として麻帆良学園で生活してもらう。デビルーク星のお姫さまって部分は伏せた状態でな」

 

「まぁ、そうだろうな」

 

「それで次、これから住む場所だけど…リト、お前の意見を聞きたい」

 

「俺の?」

 

「ああ。美柑ちゃんの意見は聞いたけど、リトがどう思ってるか俺は聞いてない。だからそれを聞かせてほしい」

 

一度視線を落とし、再度祐と目を合わせるとリトは自分の気持ちを伝えた。基本的には朝美柑に伝えたことと同じである。

 

「だから俺も、ララが家に住むのは賛成だ。俺も美柑も、両方の事情を知ってる。明日菜達は女子寮だし、何かがあった時に祐がそこに行けば正体が大勢にバレるかもしれない」

 

祐は腕を組み、黙ってリトの意見を聞いていた。話が終わると目を閉じ、何かを考えているように見える。

 

「デビルーク星から離れたとは言え、ララさんがあの星のお姫様ってことは変わらない。だからララさんが命を狙われるってことは無いとしても、彼女を手に入れる為にどんな手を使ってきても不思議じゃない」

 

「その過程で俺達も狙われる可能性がある…てことだろ?」

 

「高い確率でな」

 

その可能性はリトも予測できていた。しかし改めて言われると表情が強張る。

 

「そうなった場合、俺は相手が誰であっても全力でリト達を守るつもりだ。だけど全てを未然に防ぐってのは、正直言って無理だ。お前も、それなりに危険な目に合うことになる」

 

向けられた祐の眼差しから目を背けたくなる、だがそれをするわけにはいかない。リトは心の中で気合を入れてまっすぐ見返した。

 

「彼女を地球に留めたのも、守ると言ったのも俺だ。だからその責任は俺が持つものであって、リト達が何か責任を感じることはない。ララさんの住む所も、他に選択肢が無いってわけでもないしな」

 

「その上でもう一度聞く。リトはどう思う」

 

投げかけられた問いに、リトは前のめりになって反応した。

 

「その前に一つだけ教えてくれ。ララが俺達の家で暮らすことは、祐にとって助けになるか?」

 

お互い目を合わせながらも沈黙が生まれた。ほんの数秒を数分と勘違いしてしまいそうな静寂の中で、ゆっくりと祐の口が開く。

 

「現状、その案が俺にとって一番動きやすいのは確かだ」

 

祐の答えにリトは少し椅子に背中を預ける。ならば答えはもう決まった。

 

「じゃあやっぱり、俺はララが家で暮らすのに賛成だ」

 

「その案が祐にとっても、ララにとっても都合がいいんだろ?だったらそれが一番だと思う」

 

「危険な目に合うぞ」

 

「俺はお前と一緒に戦えない。これでも考えてたんだ、どうしたらお前の力になれるんだろうって」

 

祐の秘密を聞いて、自分に何ができるだろうと考えていたのは明日菜達だけではない。特別な力など無い、そんな自分にもできることが遂に巡ってきたのだ。

 

「お前はいっつも誰かを守ってて、そんなお前は大切な幼馴染だ。だから俺にもやれることがあるなら少しでも協力したい、力になりたいんだよ。美柑だって同じ気持ちだ」

 

「…そうか」

 

祐は力が抜けたように頭を下げ、頭を掻くと今度は椅子にもたれ掛かった。

 

「はぁ…だめか」

 

「なんだよだめかって」

 

「ララさんと同棲したいみたいな理由だったら、軽く突っぱねてやろうと思ってたんだがなぁ…」

 

「アホか」

 

ただの色ボケでこんなことを言ったのではない。本当にそんな理由だと思われていたのなら失礼な話である。

 

「偶には役に立たせてくれよ。世話になりっぱなしで返せないってのは…いい気分じゃない」

 

「俺リトに何かしたか?」

 

「直接じゃなくても、何度も助けられてる。あの怪獣も宇宙人も、放っておいたら大勢が犠牲になってた。その中に俺もいたかもしれない」

 

誘拐を繰り返していた宇宙人がなにを企んでいたのかまでは知らない。だがあの怪獣に至っては、祐があの場で対処してくれていなければ間違いなくもっと甚大な被害が生まれていた筈だ。

 

「本音を言うと、俺からすればお前らは居てくれるだけでいいんだけど」

 

「それだと俺らが良くない」

 

「…強情な奴め」

 

「お前が言うな」

 

重苦しい雰囲気は消え、いつもの調子が戻ってきた。双方こちらの方が性に合っている。

 

「お前の意見は分かった。あとは才培さんと、できれば林檎さんにも連絡したい」

 

「どうせいいって言うぞ?」

 

「それでもちゃんと伝える必要がある」

 

「変なところは真面目だよな」

 

「ほっとけ」

 

話が一段落したので立ち上がって隠し部屋から出る二人。大きく伸びをするリトの少し前を歩いていた祐が振り返った。

 

「リト」

 

「ん?」

 

「ありがとう、恩に着るよ」

 

「気にすんな、祐と一緒だよ。俺も、俺がやりたいことをやってる」

 

面と向かって言われると恥ずかしく思う。しかし祐から感謝を言われ、リトは無意識に笑っていた。

 

 

 

 

 

 

「どうしたのよ?急に外で食べたいなんて」

 

「今日はなんかそんな気分なんよ」

 

「日も出ていますし、少し暖かいですね」

 

明日菜・木乃香・刹那の三人は話の通り、木乃香の気まぐれで昼食を外でとる為に芝生が広がる中庭に来ていた。

 

「あ、あそこにせぇへん?」

 

「了解」

 

木乃香が一足先に木陰の場所まで歩いていくと、鞄からレジャーシートを取り出して敷く。

 

「木乃香最初っから外で食べるつもりだったでしょ」

 

「そうかもしれんし、そうじゃないかもしれんよ」

 

「ぼかす必要ある?」

 

二人の会話に柔らかく笑う刹那。そんな時、何かに気が付いて遠くを見た。

 

「せっちゃん?」

 

「どうかしたの?」

 

「いえ、少し向こうの方が賑やかだったので」

 

刹那に釣られて同じ方向を見つめると、少しずつこちらに歩いてくる二人組が見えた。どうやらその二人を中心にざわめきが起こっているようだ。一人はスーツの女性、もう一人はピンク色の髪をもつ少女だった。

 

「ウチらとおんなじ制服やけど、見たことあらへん子やね」

 

「ほんとだ。見たことあったら忘れなさそうな見た目だけど」

 

「…刀子さん?」

 

「せっちゃん知り合いなん?」

 

「はい。スーツの女性は私と同じ神鳴流の剣士で、私達の授業は担当していませんが教員の方です」

 

「へ~」

 

二人を観察していると少女の方はなんとも楽しそうだが、刀子は若干疲労が顔に出ているような気がする。

 

「面白いところだね〜麻帆良学園って!地球の学校ってどこもこんな感じなの?」

 

「いいえ。麻帆良学園のような場所は、私が知る限りではありませんね」

 

(初めから今に至るまでずっと元気ねこの子…)

 

無尽蔵の体力とも思えるララの様子に刀子は遠い目をした。これほどパワフルなのは彼女が宇宙人ということも関係があるのだろう。彼女と自分の違いが年齢だけとは思いたくない。それから周りの生徒達の視線が常に向いているのも落ち着かなかった。ララを見ているのは分かっているが、それでも連れているこちらにも視線が移るのだ。

 

「あれ?あの人どこかで…」

 

周囲を見回していたララが何かを見つける。刀子もその方向を確認すると、先にいたのは刹那達だった。

 

(刹那?それに木乃香お嬢様と…神楽坂明日菜さんですか)

 

同じクラスの三人が昼休みに外に出ているのはおかしくはない。しかしララは三人が気になったのか、そちらに走って行ってしまった。

 

「あっ!デビルークさん!」

 

「えっ、あの子こっちに走ってきてない?」

 

「ほんまやね。明日菜と同じくらい走るの速いな〜」

 

「なんだあのスピードは…」

 

敵意は感じないが一応木乃香の前に出る刹那。顔がしっかり見えるところまで来ると、ララが明日菜達を指さした。

 

「やっぱり!ユウとリトの幼馴染の人だ!」

 

「「「…え?」」」

 

謎の少女からよく知る名前が出てきたので呆けた顔をしてしまった。急いで追いかけてきた刀子がララの肩に手を乗せる。

 

「デビルークさん!勝手にどこかへ行かないでください!」

 

「あっ、ごめんなさいトーコ先生」

 

「あの刀子さん…この方は?」

 

刹那が恐る恐る訪ねると刀子は眼鏡の位置を直しながら答えた。

 

「彼女は海外からの留学生として麻帆良学園に転校することになったデビルークさんです。私は学園長に頼まれて彼女に学園内を案内していました」

 

「な、なるほど…」

 

「えっと…なんで私たちのことを?」

 

「写真で見たの!その時ユウが幼馴染だよって教えてくて」

 

明日菜達は顔を見合わせてから改めてララを見ると、笑顔で見つめ返された。どことなく桜子に雰囲気が似ている気がする。

 

「デビルークさんは祐君とお友達なん?」

 

「お友達…どうなんだろ、私ってユウとどんな関係なのかな?」

 

「いや、私達に聞かれても…」

 

明るいだけでなく天然も入っているようだ。ララの醸し出す空気に肩の力が抜ける。ともかく危険な人物ではなさそうだと刹那が感じていたところ、明日菜はジト目になっていた。

 

「ちょっと待ってて、今から祐に電話するから」

 

「もうかけとるよ」

 

(は、速い…⁉︎)

 

見事な早技に刹那は舌を巻いた。

 

 

 

 

 

 

共に昼食を取ろうとしていた祐とリト。そんな時祐のスマホが着信を知らせる。

 

「んあ?木乃香からだ」

 

「なんかあったのか?」

 

「分からん。取り敢えず出るわ」

 

リトに断ってから通話を始めた祐。学園で電話をしてくるとは急ぎの用事なのだろうか。

 

「はい、もしもし」

 

『祐君、今ちょっとええかな?』

 

「大丈夫だけど、どうかした?」

 

『デビルークさんとどんな関係なん?』

 

「……」

 

祐の顔から感情が抜けて無表情に変わり、その様子を横で見ていたリトはぎょっとする。

 

「木乃香今どこにいんの?」

 

『中庭の芝生広場におるよ』

 

「すぐ行くわ」

 

『待ってるで~』

 

通話を終えてリトの方を向く祐。話が分からないリトは困惑していた。

 

「ど、どうしたんだ…?」

 

「たぶんだけど、ララさんと木乃香がエンカウントした」

 

「えぇ…」

 

 

 

 

 

 

「明日菜!木乃香!刹那!うん、ちゃんと覚えた!よろしくね!」

 

「よ、よろしく…」

 

「明るい子やね~」

 

「え、ええ。そのようですね」

 

祐が来るまでの間、こちらだけ名乗らないのも失礼なので三人は自己紹介をした。刀子が疲れた表情をしていたのも刹那はなんとなく察しがつく。

 

「刹那もユウ達と幼馴染なの?」

 

「いえ、逢襍佗さんとは幼馴染ではありません。私は中等部時代に転校してきたので」

 

「そうなんだ。どこから来たの?別の星から?」

 

「べ、別の星…?」

 

「デビルークさん、ちょっと」

 

後ろで話を聞いていた刀子がララを連れて離れると、小声で何かを話している。本気で聞いてきたのか、それとも単なる冗談だったのか判断が難しい。

 

「今のってジョークなのかな…」

 

「最近の情勢から見てもなんとも言えませんね…」

 

「多様性の時代やもんな」

 

「多様性で片付けていいのかしら…」

 

そんな話をしている最中に遠くからリトと共に祐が歩いてきているのが見えた。何故リトも一緒なのかと思っていると、ララも二人の存在に気が付いたようだ。

 

「あっ!ユウ!リト!」

 

ララは二人に走っていくと勢いそのままに抱きついた。過激とも言えるスキンシップにリトは赤面、祐は苦笑いを浮かべる。

 

「やぁララさん、麻帆良はどうだった?」

 

「面白いところだね!早く私も通いたい!」

 

「それは何より。気に入ってくれたみたいで俺も嬉しいよ」

 

横目で確認するとリトは固まってしまっている。彼の為にも一旦ララを離した方が良いだろうと肩に手を置いて優しく距離を取った。

 

「随分仲がいいみたいね」

 

ララ越しに声のした方を見れば笑顔が引きつっている明日菜が目に留まった。木乃香は普段通りの笑顔だが、刹那は複雑そうな顔をしている。

 

「えっと…もう自己紹介は済んでる?」

 

「うん!」

 

満面の笑みを返してくるララに、少しこの場を和ませるのを手伝ってもらうとしよう。祐はララの身体の向きを反転させて明日菜を指さした。

 

「ララさん、お近づきの印に明日菜にハグしてあげて」

 

「明日菜に?うん!任せて!」

 

「は?ちょっと!」

 

なんの躊躇も見せずに明日菜へと向かって走るララ。どうするべきかと戸惑っている内にララが明日菜を思い切り抱きしめた。情熱的な抱擁である。

 

「明日菜!これから仲良くしてね!」

 

「それはいいけど抱きつかなくていいから!」

 

「素敵な瞬間ですね」

 

「バカなこと言ってんじゃないわよ!」

 

嗾けておいて祐は他人事だった。気が付くとララはいつの間にか目標を木乃香に変える。

 

「木乃香!よろしくね!」

 

「は~い、よろしゅうなぁ」

 

こういったことにノリがいい木乃香はすっとララを抱きしめ返す。見習いたいかは別として尊敬はする明日菜と刹那だった。

 

「刹那もよろしく!」

 

「あ、あの!私にはしていただかなくても!」

 

言葉の途中でララに抱きつかれて赤い顔で固まった刹那の反応は奇しくもリトと同じである。

 

「抱擁にはストレス軽減やリラックス効果があると聞いた気がする。葛葉先生もどうですか?」

 

「結構です。あとにじり寄らないでください!」

 

どさくさに紛れて刀子と抱擁を交わそうとする祐だったがそう上手くはいかなかった。尚も距離を詰めようとする祐の後頭部を明日菜が叩く。

 

「あんたはあんたで何やってんのよ!」

 

「あでっ!」

 

叩かれた祐は後頭部を摩りながら明日菜を見つめる。

 

「な、なんか文句あんの…?」

 

「…なぁ明日菜、ケツ触らせてくんねぇ?」

 

「嫌に決まってんでしょ!」

 

臀部を両手で押さえつつ祐から距離を取る明日菜。それを見て祐はどこか満足している雰囲気だった。

 

「あ~、やっぱりこれだよ」

 

「あんたどうしたの…」

 

いよいよおかしくなったのかと明日菜は心配になる。おかしいのは前からだが今の祐は一層おかしい。

 

「ほらリト君、そろそろ起きいな」

 

「…はっ!ああ木乃香、悪い…」

 

一方その頃半ば気絶していたリトを木乃香が起こす。それが済んだのなら今度は刹那を起こさなければならない。刹那を揺らしながら周りに声を掛けた。

 

「せっかくやからみんなでお昼にせえへん?みんなまだやろ?」

 

「お昼か~、ここだとどんなものが食べられるんだろう」

 

「そっか、そこら辺も紹介しないとね」

 

「先生も一緒にどうですか?」

 

「え?いえ、私は」

 

「トーコ先生も一緒に食べようよ!」

 

木乃香に誘わてやんわりと断ろうとしたがララに両手を握られる。こう言われては無理に振りほどく気も起きないので頷くことにした。

 

「分かりました、ご一緒させてもらいます」

 

刀子を連れて木乃香の共にシートへ向かうララ。その姿を腕を組んで見つめる祐の隣に明日菜が近寄った。

 

「なんか不思議な子ね」

 

「ああ、まったくだ。それでいて驚くほど純粋ときてる」

 

そう言った祐は真面目な表情だった。含みがあるように感じるのは気のせいではなさそうだ。

 

「ララさんのこと、明日菜達には伝えておいた方がいいだろうな。飯食いながらにはなるけど、色々説明するよ」

 

「…その感じだと訳ありってことね」

 

「ご明察。さっ、俺達も行こう」

 

歩き出した祐についていくように明日菜も進む。ララにも何かがあるのではないだろうかと祐の名前が上がった時点で薄々思ってはいた。実際その通りなようで明日菜はため息をつきたくなったが、一番そうしたいのは祐かもしれないのでぐっと堪えた。

 

 

 

 

 

 

「ふぃ~、戻ったぜい」

 

「お、来たな」

 

教室で昼食をとっている当麻と青髪の元へと席を外していた元春が戻ってきた。

 

「食事中に電話とはマナー違反やで土御門君」

 

「仕方ないだろうが。俺はお前と違っていろんな人と繋がりがあるんだ」

 

「なんや貴様!言うに事欠いて注意をしてあげた僕を馬鹿にするとは!みなさ~ん!土御門がヘイトスピーチをしてますよ~!」

 

「飯食ってる時に叫ぶなよ青髪、マナーがなってないぞ」

 

「カミやんは土御門側かいな!この色違い黒トゲピー頭!ぶっ壊れたモンスターボールに閉じ込めたろか!」

 

「誰が色違い黒トゲピー頭だ!あと俺を閉じ込めたかったらマスターボールでも持ってこい!」

 

席から立ち上がって言い合いを始める当麻と青髪。元春は一人食しれっと食事を再開した。

 

「贅沢言うとんちゃうぞ!ザコポケモンの分際で!」

 

「言いやがったなテメェ!」

 

いよいよ取っ組み合いを始めた二人。そんな当麻達を見かねてか、胸につい視線が向かってしまいそうな女子生徒が近づいていた。彼らが武力行使を受けて鎮圧されるまで秒読みである。友人達の惨劇に目を逸らしつつ、元春は一人考え事をしていた。

 

(やれやれ、あっち側もピリピリしているとは…まぁ、最近の事件が多発しているこの状況じゃ無理もないか)

 

先程の連絡は元春にとって頭を悩ます要素を増やした。この歳で胃の調子を心配しなければならないとは悲しい話である。

 

(イギリス、もっと言えばロンドンは特に不安定な場所の一つだ。下手な飛び火は勘弁願いたいが)

 

正直これ以上この国に面倒事を集中させたくはない。だがそんなことは望むだけ無駄というものだろう。せめて様々な所からやってくる問題がブッキングしない事を祈るくらいしかない状況にため息が漏れた。



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自分は埒外

「ララさんてそんな凄い人だったんだ…」

 

芝生広場にて昼食をとる祐達。ララは刀子と近くの購買に行き、気になった物を刀子自身の分も含めて買ってくれたようだ。今は明日菜達にララの事情を説明し終えたところである。

 

「う〜ん、私が何かしたわけじゃないし…別に私は凄くないよ?」

 

「は、はぁ…」

 

とは言えやはり別の惑星のお姫様と聞くと無意識に背筋が伸びてしまう。知り合いに財閥のお嬢様はいても、流石にお姫様はいない。また嘗て現れた別の惑星の王子とは180度タイプも違った。

 

「ここで生活する以上私は普通の人。だから変に気にしないで、同い年なんだしできれば仲良くしてほしいな」

 

「まぁ、ララさんがそれでいいなら」

 

「ならウチらがララちゃんの地球で一番最初のお友達やね」

 

「それいいね!うん、木乃香達が私の地球で初めての友達!」

 

嬉しさで満ちた表情をララは見せた。そうまで喜ばれるとこちらも悪い気はしない。そんな中近くに他の生徒達が居なくとも、所々怪しい単語が周りに盗み聞きされてはいないかと刀子は心配から周囲を確認していた。

 

「先程も伝えましたが、デビルークさんの素性は混乱を防ぐ為にも一般的には隠しておく方針でいます。デビルークさんは元より、皆さんもお願いしますね」

 

「は~い!」

 

(大丈夫かよ…)

 

非常に返事はいいが、彼女の言動を考えると不安は拭えないリトだった。

 

「それでデビ…ララさんはいつから麻帆良に通われるんですか?」

 

普段余程気心の知れた相手でない限り名字で呼ぶ刹那ではあるが、本人達ての希望により慣れないながらもなんとか名前呼びをする。

 

「えっとね、いつから?」

 

「たぶん遅くても来週中には通えるようになるんじゃないかな」

 

「だって!」

 

ララからそのまま渡された質問に祐が答える。明日菜は怪しむ視線を祐に送った。

 

「なんであんたが知ってんのよ?」

 

「学園長にお願いして色々話したのが僕だからです」

 

「ふ~ん…」

 

「なんだその顔は」

 

「別になんでもないけど?」

 

「言ったな明日菜、今から覗いてやるから目を逸らすなよ」

 

「ちょっと!それは卑怯でしょ!」

 

覗かせてなるものかと急いで明日菜は両目を手で覆った。ララは不思議そうに二人を見ている。

 

「明日菜、急にどうしたの?」

 

「祐君は目をじっと見てると、その人の思ってることが分かるんやて」

 

「ただ見てるだけだと、かなり強い感情じゃなきゃ分からないけどね」

 

「ほんと?じゃあユウ!私が何考えてるか当ててみて!」

 

期待に満ちた瞳を向けられる。明日菜に対して冗談で言ったつもりだったのだが、本人からやってくれと言われたのならば応えるべきなのだろう。

 

「へ、へい」

 

「なんだよその返事…」

 

少し困惑しながらララと目を合わせる。大丈夫だとは思うが下手なものは見ないように注意していると、少しずつ考えていることを感じ始めた。

 

「……」

 

最終的にはこれでもかと言わんばかりにはっきりと見えた。しかし祐は見えた内容に困った顔をしてしまう。

 

「どう?」

 

「あ~、いや…」

 

「なによ?歯切れ悪いわね」

 

「俺の口からはとてもこんな事は言えない…」

 

「いったい何が見えたんだよ⁉︎」

 

「祐!あんたララさんをおふざけに巻き込むんじゃないわよ!」

 

「違う!俺はふざけてない!座れゴリラ!」

 

「誰がゴリラだ!」

 

「ブアッ!」

 

明日菜のビンタを受けて後ろに倒れようとしたところ、踏みとどまって方向転換をする。

 

「うわぁー」

 

「何故こちらに来るんですか⁉︎」

 

改めて倒れようとした先は刀子のいる場所だった。覆いかぶさるように迫る祐を、何をしようとしているのかいち早く察したリトが後ろから掴んで止める。目を見張るファインプレーだ。

 

「どさくさに紛れてセクハラしようとすんな!」

 

「離してくれ!あと少しなんだ!」

 

「なんの話だ⁉︎」

 

「リト!そのまま!」

 

「刀子さん下がってください!そこは危険です!」

 

リトに加勢した明日菜と刹那も祐を取り押さえた。呆気にとられる刀子。木乃香とララの二人は笑顔で祐達を見ている。

 

「みんな本当に仲良しなんだね、いつもこんなに楽しそうなの?」

 

「まぁ、大体こんな感じやね」

 

「いいなぁ〜」

 

(なんなのこの子は…!)

 

先程から刀子の祐に対する評価は右肩下がりであった。

 

 

 

 

 

 

無事取り押さえられた祐はシートから少し離れた所にうつ伏せに倒れている。最近地面を舐めさせられる機会ばかりに恵まれている気がするのは間違いではない。その内に座る場所が変わり、刀子は安全の為祐から一番遠い場所に移動させられた。左右を明日菜と刹那で固めた万全の体制である。

 

「んで、結局ララの考えてる事はなんだったんだ?」

 

リトからの質問に祐は芋虫のように近づくとスマホで文章を打ち、姿勢はうつ伏せのまま画面を見せると全員が覗いた。

 

『ここに連れてきてくれて、みんなに会わせてくれてありがとう!祐大好き!』

 

ララ以外の全員が気の毒そうな目で祐を見た。

 

「逢襍佗さん…冗談とは言え、最後の文を自分で打つのは悲しくなりませんか?」

 

「言ってくれんじゃねぇか小娘」

 

「すご〜い!本当に分かるんだ!」

 

拍手するララに視線が向かい、恐る恐る明日菜が聞く。

 

「え…ララさん、これあってるの?」

 

「うん!私が考えた事そのまま!」

 

「だ、大好きって…」

 

「私祐が大好き!リトもミカンも、ここにいるみんなも好きだよ!」

 

「あ、ああ…そういう」

 

恥ずかし気もなく言うララに周囲も押され気味だ。ここまで素直に想いを伝えられる人物はそういない。

 

「聞いたか桜咲さん」

 

「はい…」

 

「僕に謝罪をしなさい」

 

「も、申し訳ございませんでした…」

 

「では次に服を脱ぎなさい」

 

「…」

 

「ぐおっ!」

 

調子に乗った祐は刹那に背中を手刀で叩かれる。当然その事を咎める者はいなかった。

 

それから昼休みも終わりが近づいてきたので、ララと刀子は一旦学園長室に戻ることになった。二人を見送る祐達にララは大きく手を振って歩いていく。

 

「またえらく急な話ね」

 

「昨日の今日だからな、俺も未だに現実味がないよ」

 

明日菜に若干疲れた顔のリトが答える。彼女が現れてから今この瞬間まであっという間だったように思うのは、それだけ内容が濃かったという事だ。

 

「可愛い子やったね、きっとララちゃんならすぐに友達も沢山できるやろな」

 

「社交性の高い方でしたからね…」

 

「まぁ、この街と相性はいい気がするわ」

 

そんな会話をしている中、リトはふと朝の出来事を思い出した。明日菜達に聞いていいものなのか判断が付かなかったので、隣にいる祐に小声で話しかける。

 

「なぁ祐、朝の梨穂子の話覚えてるか?」

 

「告白されてたって話?」

 

「ああ。明日菜達は聞いてたのかな?」

 

「いや、どうだろう。知っててもおかしくはないけど…そんな気になるか?」

 

「気になるのは別って言うかさ…明日菜達も告白された事あんのかなって」

 

「う〜ん」

 

祐は腕を組んで考えだす。なんとなくその姿を眺めていると明日菜がこちらを伺っていた。

 

「ちょっと、何二人でこそこそ話してんのよ」

 

「えっ⁉︎いや、別に…」

 

明らかに目が泳いでいるリト。これでよく今まで祐の秘密を隠し通せたものだと明日菜は不思議に思った。

 

「明日菜は誰かに告白された事ってある?」

 

「いきなり聞くのかよ!」

 

考える仕草をとっていた祐が直球で質問する。一瞬固まる明日菜は少しずつ顔を赤くした。

 

「なっ!何よ急に⁉︎」

 

「いやね、今日梨穂子が前に告白されたって話を聞いたもんで」

 

「あれ?あんた達にも話したんだ」

 

「知ってたのか…」

 

明日菜の反応にリトが小声で呟く。どうやら知らなかったのは男連中だけだったらしい。異性の問題もあるのでそこはいいが、ここで話は終わらない。

 

「んであんの?」

 

「あ…えっと、その…」

 

明日菜はしどろもどろになって祐とリトから視線を逸らす。その反応にまさかとリトが思っていると、祐は腕を組んで明日菜を注視した。

 

「この様子…リト、明日菜告白されてんぞ」

 

「マジかよ!?」

 

「もう!なんで分かんのよ!あっ…」

 

つい口が滑ってしまい、手で口を抑えたがもう遅い。どうやら祐は覗いたわけではなく、鎌を掛けただけのようだ。

 

「それって中等部ん時やったよね」

 

「言わなくていいから!」

 

「あの、因みに返事はなんと?」

 

「刹那さんまで!?」

 

木乃香が補足すると興味があるのか刹那が聞いてきた。全員の視線が集中している事に居心地の悪さを覚える。

 

「こ、断ったわよ。そういうのってよく分かんないし…てかそもそも私には高畑先生がいるし!」

 

「お前まだそれ言ってんのか」

 

「リトうるさい!」

 

「おうおうなんだよ明日菜、君もちゃっかり青春してんじゃないの」

 

「うっ…」

 

自分でも何故だか分からないが、この話を祐に聞かれるのは途轍もなく恥ずかしい。それと同時に笑顔を浮かべる祐の反応に謎の苛立ちも感じていた。

 

「それを言うなら木乃香だってこの前告白されてたからね!」

 

「えっ!?」

 

「あれまぁ、木乃香もかい」

 

流れ弾が飛んできた木乃香が明日菜の元へ走って口を塞ごうとする。

 

「あ、明日菜!それ言うんは反則やろ!」

 

「私だけこんな話聞かれるのは不公平じゃない!木乃香も断ったんだから別にいいでしょ!」

 

小競り合いを始めた二人を眺める祐とリト。そこで一人反応がなかった刹那を見てみると、彼女は白目をむいた状態で立ち尽くしていた。

 

「き、気絶してる…」

 

「大丈夫なのか…えっと、桜咲さんだっけ」

 

「お~い、桜咲さ~ん」

 

「……はっ!」

 

祐が軽く刹那の肩を何度か叩くと意識を取り戻した。すると一瞬で木乃香との距離を詰めて両肩を掴む。

 

「どどどどどういう事ですかお嬢様!私はそんな話聞いてませんよ!?」

 

「せっちゃんに言うたら驚いてまうかな思って…」

 

「驚くに決まっているではないですか!どこの誰です!?お嬢様に近づく不埒な輩は今すぐ私が斬り伏せて!」

 

「落ち着いてせっちゃん!」

 

「刹那さん!一旦深呼吸しよう!」

 

気が付けば現場は大荒れしている。被害を受けぬよう静かに祐とリトは三人から少し距離をとった。

 

「軽はずみに聞くべきでなかったか…」

 

「どうすんだよこの状況…」

 

「まぁ、ほっときゃなんとかなんでしょ」

 

「投げやりかよ」

 

「にしても明日菜と木乃香もってなると、こりゃあやかにもあるかもね」

 

「ここまでくるとあっても不思議じゃないな」

 

ここにはいないあやかも告白されている可能性が出てきた。そうなると幼馴染の女子組は全員という事になる。

 

「男子組としては非常に情けない話でありますな」

 

「言うな、虚しくなるから」

 

「いったい僕の何が問題なんでしょうね」

 

「そういうとこだろ」

 

「でい!」

 

「いてっ!なにすんだ!?」

 

「すまん、イラっときたから」

 

「素直に言えばいいってもんじゃないからな」

 

他愛もない会話をしている間に刹那が冷静さを取り戻してきたので、明日菜達は落ち着き始めたようだ。

 

「すみません、取り乱しました…」

 

「こっちこそごめん…私も冷静じゃなかった」

 

「ウチもごめんな」

 

「いえ!お二人はなにも!」

 

「治まって良かったっすね」

 

「あんたが言うな!そもそもあんたが変な事聞くからこんなことになったんでしょ!」

 

いつの間にかこちらと距離をおいていた祐の腕を掴んで揺らす。身体全体が前後に大きく行ったり来たりているが、祐はなんてこともなさそうに笑っていた。

 

「そんな恥ずかしがらんでも、告白されるってのは明日菜達が周りから魅力的だと思われてるってことだろ?素敵じゃないの」

 

「そ、それは…てかあんたはどうなのよ!」

 

「されてたら聞かれなくても自慢しとるわ!」

 

「な、なんかごめん…」

 

様々な感情が入り混じったその発言に明日菜はつい謝ってしまった。どこか祐の背中に哀愁を感じる。

 

「当たり前だけど明日菜達は高校生なんだし、恋の一つや二つしたっておかしくないか。なんというか時の流れを実感するな」

 

「あんただって高校生でしょ」

 

「仰る通り。でもまぁ、俺には縁のない話だから」

 

「……」

 

少し眉間に皺を寄せて祐を見る明日菜。そこで昼休み終了まで10分前であることを知らせるチャイムが鳴った。

 

「あっ、片付けせんと」

 

「そうですね」

 

レジャーシートなどを片付けだす木乃香と刹那。明日菜も二人の元へ向かうと、祐とリトも参加した。大量の荷物があるわけでもないので片付けはすぐに終わる。

 

「昼飯も食ったし、午後も頑張っていきましょう」

 

「調子いいなお前は」

 

「そんなのはとっくにご存じだろ?」

 

「はいはい…」

 

呆れた様子で祐を流すリト。木乃香はそれに微笑んで二人に手を振った。

 

「そんじゃ祐君リト君、またな~」

 

「またね」

 

「失礼します」

 

三人が軽く挨拶をして教室に戻っていく。その背中を見送ってから祐達も動き出した。会話をしながら校内に入ったところでリトが立ち止まる。

 

「俺トイレ。先に行っといてくれ」

 

「はいよ、そんじゃまた放課後な」

 

「おう」

 

リトとは彼の両親にララの事を伝える為、放課後また落ち合う事にした。その場で分かれ、祐は一人教室を目指す。

 

「…余計なこと言っちまったな」

 

教室に戻ってきた明日菜達は自分の席に座る。クラスメイト達も同じようにしている中、木乃香が明日菜を見た。

 

「明日菜どうしたん?なんや難しい顔しとるけど」

 

「う~ん、なんて言うかさ…」

 

表情はそのまま考えを言葉にしようとする。上手く言えるか分からないが、暫くして口を開いた。

 

「祐が最後に言ってたこと聞いた?」

 

「最後?…午後も頑張っていきましょう?」

 

「いや、そっちじゃなくて…」

 

明日菜が引っ掛かった部分はそこではない。しかしこちらも言葉足らずだっただろう。

 

「俺には縁のない話だからってやつ」

 

「ああ、うん。言うとったね」

 

「どう思う?」

 

木乃香は上を向いて考える。段々とその顔は悩まし気に変化していった。

 

「なんやろ、上手く言えんけど…寂しい。かも…」

 

明日菜は深く息を吐いた。彼女は今、少々不機嫌である。

 

「私、祐のああいうところ…好きじゃない」

 

 

 

 

 

 

放課後リトと待ち合わせた祐はさっそく才培に電話をした。返事は予想通りララの同居を承諾するもので、その即決具合にこちら側が逆に不安になる。そして繋がるか望み薄だった林檎とも運よく話すことができた。返答は言わずもがなである。

 

祐が二人にそんなすぐ決めて大丈夫なんですかと聞けば、逆にお前は最近大丈夫なのかと聞き返された。話題がこちらに向きそうだったので祐は逃げるように通話を少々強引に終わらせる。早々に話が決まり、今はリトと別れて帰宅している最中だ。近右衛門からの連絡ではララは既に我が家にいるらしい。恐らく鍵は近右衛門に渡してあった合鍵を使ったのだろう。

 

玄関に着いてドアノブに手を掛けるとやはり鍵は締まっていなかった。不用心だが地球の家の勝手などララが知っている筈もないので仕方がない。ドアを開けると奥から足音が聞こえてくる。暫くして走ってきたララが現れた。

 

「おかえりユウ!」

 

「おかえりなさいませユウ殿」

 

「ただいまララさんペケ、リトの家と違って狭かったでしょ?」

 

「確かに私の住んでた部屋より小さいかも」

 

「素直でよろしい。では出ていきなさい」

 

「えぇ!?」

 

「ララ様、ここは恐らくそんなことないと言うべきだったようです」

 

軽く冗談を飛ばしてから祐も家へと上がり、部屋に入ると荷物を置いてテーブルの前に腰かけた。住む場所が決まった話をしようと思っていると、ララは昨日と同じように真隣に座る。

 

「…ララさん、そこだとちょっと話しにくいからテーブル挟んで座ろうか」

 

「そう?こっちの方が顔もよく見えるよ」

 

「……そうっすね」

 

無理に離れさせるのもどうかと思ったのでそのまま話すことにした。恐ろしい、なんとも恐ろしい人物である。祐にとってこれ程危険な相手はそういない。

 

「さっきリト達のご両親と連絡が取れたんだ。予想はしてたけど、二人ともララさんが住むのを快く承諾してくれたよ」

 

「そうなると…」

 

期待を込めた視線を向けるララに祐は頷く。

 

「うん。これからララさんは、リトや美柑ちゃんと一緒に暮らしていくことになった」

 

「ほんと!?やった~!」

 

両手を上げて喜ぶララ。その反応に祐は優しく微笑んだ。

 

「てなわけだから、もう今日からでもリト達の家に」

 

そこではっとしたララは突然立ち上がり押し入れに向かって走ったかと思うと、襖を開けて中に入ってしまった。何がなんだか分からない祐は唖然とする。

 

「イヤ!今日は祐のお家に泊る!」

 

「何を意地になっとるんだこの子は…」

 

頭から押し入れに入った為、下半身はこちらに見えている。頭隠して尻隠さずと言うやつだ。現在のララの服装は麻帆良学園の女子制服なのでこの角度は非常に際どい。

 

「ララさん、取り敢えずそこから出よう」

 

「あの時今日は泊っていいって言ったもん!追い出そうとしたって出てあげないんだから!」

 

「えぇ…」

 

「ユウ殿、こうなるとララ様は梃子でも動きませんよ」

 

何故そこまでしてここに泊りたいのだろうか。知らない星の住居とは言え然程いいものでもないだろうに。しかしララの言う通り泊っていいと言ったのだ、そこに関しては認めざるを得ない。

 

「わかった、今日は泊っていきな。だからこっちおいで」

 

態勢的にそうなるのは仕方がないのだが、ララの臀部に向けて話し掛けているこの姿はなんとも滑稽である。なるべく早くこの状態から脱したい。

 

「…嘘じゃない?」

 

「はい、誓います」

 

するともぞもぞと後退してララが顔を出す。同い年の筈だが、どうにもララは幼い妹といった印象が強い。

 

「泊まるってなったら色々用意しないと。よし、買い物行こっか」

 

「いく!」

 

すぐさま玄関に向かうララの姿と切り替えの早さに祐は苦笑いを浮かべた。自分も立ち上がろうとした時、ある考えが頭を過る。

 

(待てよ…平日の夕方とは言え商店街に行けば知り合いとばったりなんてこともあり得る。そうなったら面倒だし、かといって俺一人で女性物の下着とかを買うのは御免被りたい)

 

ペケが服をコピーすればいい話ではあるものの、エネルギーを使うのならペケにも休む時間は必要だ。今更恥も外聞もない祐ではあるが、可能ならば店員に不審者を見る目を向けられたくはない。こういう時に誰の力を借りるべきかと勘案していると、一人の人物が思い浮かんだ。

 

「あ~ララさんちょい待ち」

 

「ん?どうしたの?」

 

「買い物なんだけど、助っ人を頼もうと思うんだ」

 

「すけっと?」

 

 

 

 

 

 

「それでは行って参ります」

 

「行ってきま~す!」

 

「いってらっしゃい。茶々丸、お願いね」

 

「お任せください」

 

歩いていく茶々丸とララを玄関から見送る。助っ人として白羽の矢が立ったのは茶々丸だった。祐の事情も知っていれば口も堅く、それでいてあらゆる分野で有能な茶々丸は最善の相手だ。ララの説明、そして知り合いに出会った時用の口裏合わせが済んだ状態で二人は商店街へと繰り出す。目的地までは数分も経たぬ内に到着した。

 

「人がいっぱい!お店もいっぱいだね!」

 

「麻帆良でも栄えている場所の一つですから。この時間帯は夕食の準備をしている方も多いようです」

 

目を輝かせるララは周りを忙しなく見回している。ふらふらとどこかに行ってしまいそうな様子に茶々丸は右手を差し出した。

 

「茶々丸?」

 

「人が多いとはぐれてしまう可能性が高くなります。よろしければお手をどうぞ」

 

一瞬茶々丸の手を見つめたララはすぐに笑顔になると左手で握る。

 

「うん!お願いね!」

 

「はい」

 

手を繋いで商店街を歩く二人。事情を知らない周囲からは、かなり仲の良い友達に見えるかもしれない。

 

「ありがとう、茶々丸って優しいんだね」

 

「いえ、そんなことは」

 

自分でも驚くほど無意識に行動していた。何故だろうと考えれば、すぐに答えが浮かぶ。今の状況が大切な思い出と重なったからだ。

 

「私も…初めてここに来た時、同じようにしていただいたので」

 

優しく微笑む茶々丸は、ララの目にとても美しく映る。例え身体が機械で出来ていても、彼女には間違いなく感情があった。

 

「もしかして、そうしてくれたのってユウ?」

 

ララが聞くと茶々丸は少し驚いた顔をしている。この反応から見て正解のようだ。

 

「どうしてお分かりに?」

 

「なんとなく!そうじゃないかな〜って」

 

当たった事が嬉しそうなララは茶々丸の顔を覗く。

 

「ねぇねぇ、その時の話とか茶々丸の思い出聞かせて?」

 

「思い出…ですか?」

 

「うん。私ね、もっともっと知りたいの。ユウのことも、茶々丸のことも」

 

「せっかくこうやって会えたんだもん、別の星の友達に」

 

暫く茶々丸はララの顔を見つめた。きっと真っ直ぐな瞳とは、今自分が見ているもののことを言うのだろう。

 

「かしこまりました。私でよろしければ喜んで」

 

 

 

 

 

 

二人が買い物に出かけ、祐は一人自室で横になっていた。ララも茶々丸も素直な性格だ、仲良くやっているだろうと心配はしていなかった。それはこれから始まるララの学園での生活にも言える。彼女のあの性格であれば本人も周りも楽しく過ごしていけるだろう。

 

日常生活で気掛かりなことはそうない。あとは自分が彼女や周りに降り掛かろうとする火の粉を払いのければいいのだ。そう考えればやはりやることに変化はなかった。戦うことしか満足に出来ぬのなら、最大限その特技を活かせば良いだけだ。

 

大切なものが増えていけば負担も増える。しかしそれを補って余りある価値があるのだと祐は思っていた。そしてこの身体には大切なものを守る為の力がある。

 

自分は本当に恵まれている。ただ目の前で消えていくのを見ていることしか出来なかったあの時とは違い、はっきり言って見劣りはする現在でも大抵の相手なら叩き潰せる。これを恵まれていると言わずしてなんと言おうか。大切なものの為ならばなんだって出来る気がした。そう考え実行できるのは、自分自身がそれ程大切ではないからに他ならない。

 

逢襍佗祐は自分勝手な人間である。兎にも角にも、彼にとって一番許せないのは自分だけが無事なこと。自分だけが生き残るのは、もうごめんだ。



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平和だが慌ただしい

あれから暫くして無事帰宅したララと茶々丸。買ってきた日用品などを整理した後、気を利かせてくれた茶々丸が夕食を作ってくれることになった。今はキッチンで料理をする茶々丸をララが横から見学している。二人の後ろ姿を見ていると、もうすっかり仲良くなれたようだ。少し離れた位置から二人の様子を窺っていた祐は優しく笑った。

 

「茶々丸上手だねぇ」

 

「ありがとうございます。私の場合、毎日行なっていることですから」

 

「毎日作ってるんだ、私は一回もないや」

 

「そうなのですか?」

 

作業の手を止めてララの顔を見る茶々丸。見えた表情は不満そうなものだった。

 

「何度かやろうとしたことはあるんだけどね、でも危ないからってやらせてもらえなかったの」

 

「なるほど」

 

(ララ様はたとえ料理であっても何を仕出かすか未知数ですからね…)

 

会話を聞いていたペケは心の中で呟いた。ララが作り出した発明品で騒動が起きたのは一度や二度ではなく、そこからも彼女が生粋のトラブルメーカーであることは王室で周知の事実であった。従って料理などもさせてはもらえなかったようだ。彼女が王女であり、させる必要がなかったというのもある。

 

 

 

 

 

 

それから夕食が出来上がるとテーブルを囲んで三人で食事を始めた。茶々丸の料理をララはかなり気に入ったようだ。そのとき美柑の料理とどちらが好きかと意地悪な質問が祐の頭を過る。しかしそれを言ったが最後、結局は己の首を盛大に絞めることになるのは明白だった為その言葉は飲み込んだ。

 

「ここまでやっておいてもらって今更だけど、姉さん達は大丈夫?」

 

「はい、遅くなるかもしれないとお伝えしましたら今日は自分達で用意すると」

 

「あら珍しい」

 

チャチャゼロに関しては料理などからっきしではあるが、エヴァはできないわけではない。普段茶々丸がいるのと本人の性格も手伝って滅多にすることはないが、それでも困らない程度にはこなせるのだ。

 

「久し振り過ぎて爆発とかさせてなきゃいいけど」

 

「流石にそこまでのことはないと思いますが…」

 

「姉さん達って、祐と茶々丸お姉さんがいるの?」

 

「血は繋がってないけどね、小さい頃から世話になってる人なんだ」

 

「へ~、どんな人?」

 

「凶暴で猛獣みたいな人だよ」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

夕食の片付けも終わり、茶々丸もエヴァの家へと帰っていった。その後ひと段落したララから一緒に風呂に入ろうと誘われるが、そこは確固たる意志をもってお断りする。彼女の護衛を買って出た身でもあるし、何よりララはデビルーク星の王女なのだ。仮に周りにバレた場合、ついやっちゃいましたで済むような相手ではない。正直彼女との距離は測りかねている。ララはグイグイ押してきている気がするが、自分は考え無しにそれを受け入れるわけにもいかない。

 

ララが入浴中である今、祐は布団を用意していた。当初自分はリビングで寝ようと思っていたが、それを見たララの表情が如何にも不満そうだったので同じ部屋に布団を敷くことに。押しに弱いとは自分でも思う。

 

「お風呂上がったよ〜」

 

丁度準備も終わったところでララがペケを抱えて部屋に入ってきた。着ているのは今日買ったパジャマで、ピンク色の可愛らしいものだった。

 

「ユウのお家はベッドじゃないんだね」

 

「昔から俺は敷布団派でね。それにこっちの方が場所も取らないから楽なんだ」

 

「へ〜」

 

するとララは敷布団を見てソワソワとしだした。どこか獲物に飛びつこうとする猫のようである。

 

「どったの?」

 

「ねぇユウ、飛び込んでみてもいい?」

 

そういうことかと祐は笑う。本当にお転婆なお姫様だ。

 

「どうぞ、ただ変なとこぶつけないように気を付けてね」

 

「うん!それっ!」

 

布団に向かって勢いよく飛び込んだララ。その身体が布団に包まれたのと同時、ペケの「ぐえっ」という声が聞こえた気がするが大丈夫なのだろうか。ララ本人は布団の柔らかさにご満悦だ。

 

「ふかふかしててきもち〜」

 

「んじゃ俺も風呂入ってくるよ、ゆっくりしてて」

 

「は〜い」

 

寝転がったまま手を上げるララを確認し、祐も風呂場へと向かう。

 

少しして祐が風呂場から部屋へと戻ると、すっかり大人しくなったララが眠っていた。

 

「おっと、もう寝ちゃったか」

 

「ユウ殿がお風呂場に向かわれてから、すぐに睡眠に入られました」

 

祐の独り言にララの枕元で座っていたペケが答える。なるべく音を立てないよう、祐は自分の布団に座った。

 

「麻帆良を見て回ったのが良い運動になったかな」

 

「かもしれませんね、随分と楽しんでおられましたから」

 

ララは安らかな表情で眠りについている。正直言うと早めに眠ってくれたのにほっとしていた。彼女の裏表のない素直で純粋な性格は、隠し事の多い自分にとって強敵だ。ララと話しているとつい余計なことを口走りそうになる。それなりに気を使わなければすぐに襤褸が出てしまいそうになるのは千鶴を思い起こさせた。

 

ララは美しい。それは見た目だけの話ではなく、その心の在り方も。自分のような奴があまりその内面に入り込んでいい存在ではない。きっとよくない影響を受けてしまう。

 

「ユウ殿、一つお聞きしたいことが」

 

「ん?どうぞ」

 

「この星、地球はユウ殿から見てどれ程平和な星だと思われますか?」

 

ペケがした質問は、ララが眠った今だからこそ聞いてきたものだろう。祐にはそんな気がした。

 

「嘘を言ってもしょうがないからはっきり言うけど、とんでもなく不安定な星だね」

 

「…そうですか」

 

考え込む姿勢をとったペケから驚きは感じなかった。どこかでこの返答を予想していたのか、それとも最悪の場合を覚悟していたのかは分からない。

 

「この半年足らずで俺自身何度も戦った。相手は人間から妖怪だったり宇宙人だったり、魔族や古代の怪獣もいた。騒動や事件が最近目に見えて増えたんだ。侵略戦争の時に比べればまだマシだけど、アレと比べたってしょうがない」

 

「それらは地球の何かに引き寄せられたのでしょうか?」

 

「どうだろうね、そこまでは判断できないな」

 

異質な存在を呼ぶ何かが地球にあるのかは定かではない。だが言ってしまえばこの次元自体が歪なものなのだ。何があったところで今更驚きはしない。

 

「まぁ元も子もないこと言えば、あらゆる次元が入り乱れるこんな世界に安全な場所なんてもんはないよ。多少の差はあれどね」

 

「本当に元も子もないですね…仰る通りですが」

 

ペケが頭を摩った。多次元侵略戦争という常軌を逸した戦争が起きてからというもの、全ての世界は大きくその姿を変えた。祐の言った通り、もうどの次元であっても絶対に安全と言えない。

 

「また、戦争になると思われますか?」

 

「可能性はゼロじゃない。けどもし仮に世界がそっちへ進もうとしているなら、なんとしても阻止する。あんなことは、後にも先にもあの一回で充分だよ」

 

「あの戦争を、数あるものの一つにしちゃいけない」

 

暗くなってしまった部屋の空気を振り払う為に表情を柔らかくした祐が手を鳴らした。

 

「さ、こんな話はここまで。俺達も寝よう、ペケも今日は疲れたでしょ?」

 

「お恥ずかしながら、そろそろ限界です」

 

目を擦ったペケがララの布団の中へと入っていく。眠っているララは自然とペケを胸元に抱えた。恐らく普段からそうして寝ているのだろう。

 

「それではユウ殿、おやすみなさいませ」

 

「おやすみペケ」

 

布団に入ったペケもすぐに眠りについた。室内は再び静かになる。ララ達の寝顔を確認し、祐は立ち上がって一人外に出る。少し夜空を見たい気分だった。

 

 

 

 

 

 

次の日。朝食の最中にララには今日からリトの家で暮らしてもらうと話をした。泊まったものの自分がうっかりすぐ寝てしまったことが不満だったのか、少し渋った様子のララだったが納得はしたようだ。彼女には自分が帰ってくるまで家に居てもらうことにして、祐は学園に向かった。祐を見送ったララはテレビをつける。そこで流れるCMは新型スマートフォンのものだ。

 

「やっぱりこれが地球の通信端末なんだね」

 

「この形が主流のようですね」

 

「暇だし私専用を作っちゃおうかな」

 

そう言ったララはどこから取り出したのか、片手サイズのスティックのような物を持った。その『万能ツール』を使用してスマートフォンと思われる物を作り上げていく。

 

「ララ様、ここはユウ殿のお家なので爆発させないで下さいね…」

 

「大丈夫!取り敢えず通信機能しか搭載しないから!」

 

 

 

 

 

 

教室に着いた純一は周囲と挨拶を交わしていると、既に席に着いている祐の背中を見つけた。

 

「おはよう祐、今日は早いんだね」

 

「おお純一、おはよう。やっと落ち着いてきたもんでね」

 

「そりゃ良かった」

 

そこで祐がこちらの顔を見つめていることに気が付く。純一は首を傾げた。

 

「どうかした?」

 

「純一、ちょっと耳かしてくれ」

 

手招きをする祐を不思議に思いながら、素直に耳を近づける。すると祐は小声で話し始めた。

 

「梨穂子が少し前に告白されたって知ってたか?」

 

「は!?」

 

思わず飛び退いて祐の顔を確認する純一。付き合いの長い純一には分かる、この顔は嘘を言っている時のものではない。

 

「い、いったい何時!?」

 

「そこまでは知らん、一応結果を言うと梨穂子は断ったそうだ」

 

「そ、そんなことが…」

 

「そして明日菜は中等部時代に告白されたことがあるらしい」

 

「えぇ!?」

 

「更に木乃香も少し前に告白されたそうだ」

 

「木乃香まで!?」

 

怒涛の勢いで放たれる驚愕の事実に純一は脳の容量を越えそうであった。そして一人名前が上がっていない人物を思い出す。

 

「因みにあやかは?」

 

「そこが気になってるとこなんだよ、あやかだけはまだ不明でな」

 

しかし明日菜達が告白されているとなると可能性としては充分にある。それにあやかは財閥のお嬢様でもあり、自分達の中では一番外での付き合いも多いのだ。

 

「本人に直接聞くのは…なんというか憚れるし」

 

「それ明日菜にやったらひと悶着起きたからやめた方が良いと思う」

 

「やったのか…」

 

 

 

 

 

 

続々と集まり始めるA組。自分の席に明日菜が荷物を置いていると、横からあやかが話し掛けてきた。

 

「明日菜さん、今日は貴女が日直ですわよ」

 

「げっ、マジ?」

 

「マジです。こちら当番日誌ですわ」

 

手渡された当番日誌を受け取る明日菜。その顔は面倒だという感情を隠そうともしていない。

 

「まったく、偶にはクラスの為に一仕事くらいなさい」

 

「う、うるさいわね…」

 

ぺらぺらと日誌を捲りながら明日菜はあやかを見た。視線に気づいたあやかも明日菜を見返す。

 

「…なにか?」

 

「いや別に、何ってわけじゃないんだけど…」

 

「貴女らしくもない、何かあるのならはっきり言ったらどうです」

 

あやかに言われて明日菜は後頭部を掻いた。こんなことが気になるのも祐のせいだと八つ当たりを心の中でしながら意を決して口を開く。

 

「その、委員長ってさ…告白されたことある?」

 

「……え?」

 

その言葉を最後に二人揃って黙ってしまった。言ってしまった後だが明日菜は非常に気まずい。あやかの顔を確認すると完全に固まっていた。しかし少しずつ顔が赤みを帯びてくる。

 

「な、何を聞くかと思えば!いったいどういうつもりですか!?」

 

「あんたが言えって言ったんでしょ!で!どうなのよ!」

 

ここまで来たらもう進むしかないと自棄になった明日菜が更に聞き直した。あやかの視線は四方八方に飛ぶ。この反応は知っている。明日菜も取った行動だからだ。

 

「…あんのね」

 

「あ、それはその…んん!この私の美貌と頭脳を持ってすれば当然でしょう!困ったものですわ、お断りするのも楽ではないと言うのに!」

 

こちらも自棄になったのか潔く認めた。それと恥ずかしさを隠す為にわざと大袈裟な態度を見せる。結果としては言いながらどんどん恥ずかしさが増していた。

 

「よく自分でそんなこと言えるわね…」

 

「お黙りなさい!貴女のせいでとんだ辱めを受けましたわ!」

 

「後半に関してはあんたが勝手に言ったんでしょうが!」

 

「またあの二人喧嘩してんの?」

 

「朝から元気だねぇ」

 

二人の言い合いはクラスにも聞こえ始めていた。言い合いに発展した話の内容が聞こえていなかったのは運が良かったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

本日も無事に学生生活は終了し、荷物を纏めたララと共に祐はリトの家へと向かっていた。帰宅後ララが自分で作ったと手に持ったスマホを見せにきた時は驚いたが、彼女にとって通信機器を作成するのは大したことではないのだろう。どこの電波を拾っているのか等、気になる部分はあるがともかく連絡先を交換する。

 

「もしも~し!」

 

「面と向かって電話するのは初めてだよ」

 

「この端末を作ってからずっと連絡したがっていたので…」

 

そんなことをした後、結城家に着いてリトと美柑に迎えられる。改めての挨拶を終え正式にララはこの家で暮らしていくことになるのだ。無事送り届けたので長居も悪いと自宅に帰ろうとする祐。リト達が見送る中、何故かララの瞳は潤んでいた。

 

「ユウ…また絶対泊まりに行くからね…!」

 

「あの…ララさん、俺達別に会えなくなるわけじゃないんだから」

 

「これから会おうと思えば毎日学校で会えんだろ…」

 

祐とリトは若干呆れ顔である。美柑は苦笑いを浮かべながらララの背中を摩っていた。

 

「リト、美柑ちゃん。ララさんをよろしくね」

 

「おう」

 

「任せてください」

 

「それじゃみんな、また」

 

手を振ってその場を後にする祐。その背中が見えなくなると玄関を閉めた。

 

「う~…寂しい…」

 

「よしよし。ほらララさん、家の中案内するから一緒にいこ?」

 

「いく~…」

 

ララと手を繋いで美柑が二階へと向かった。リトは腕を組んで息を吐く。

 

「一日泊まっただけなのに重症だなこりゃ」

 

「ララ様は随分とユウ殿に懐いておられましたからね。どこかユウ殿を兄のように感じていたのかもしれません」

 

「祐を?あ~、でもあいつ面倒見がいいとこはあるからなぁ」

 

「それにララ様は妹君がお二人おられますが、兄や姉がおりません。ですから昔からそういった相手に憧れている部分があったように思います」

 

「なるほどな」

 

どうやらララは長女といった立場上、甘えられる相手がいなかったらしい。それが余計に祐へ懐くきっかけになったのだろうか。少しララが気落ちしていたのが心配だったが、夕飯を食べる時にはすっかり元気になっていた。そちらの方が良いのは間違いないのだが少々釈然としないリトだった。

 

 

 

 

 

 

土日を挟み、月曜日を迎えた麻帆良学園。遂に本日からララが正式に生徒として転入してくる。転入先はリトの所属している1年C組であり、そのことを知るリトは一人落ち着かない心境をなんとか隠していた。ホームルームの時間となり、C組の担任である葛木宗一郎が教室に入ってくる。

 

「本日よりこのクラスに海外からの留学生が転入することになった」

 

相変わらず言葉数の少ない宗一郎だが、その一言だけでクラスがざわめきだした。遂にきたかとリトが身構える。

 

「日本語は堪能のようだが、色々と勝手が違って戸惑うこともあるだろう。その際は皆、手助けしてやってほしい。入ってくれ」

 

「は~い!」

 

廊下で待機していたのであろう留学生の返事が聞こえてくる。少女と思われるその声に男子の期待はぐっと高まった。やがて扉を開けて入ってきたララは教壇に立つ。その姿が見えた時から現在に至るまで、クラスの視線はララから片時も離れなかった。絶世の美少女の登場となれば当然の反応ではある。

 

「自己紹介を」

 

「ララ・サタリン・デビルークです!今日からよろしくお願いしま~す!」

 

元気よく挨拶をするララ。一瞬間を置いてからクラスがわっと盛り上がった。

 

「やばっ、めちゃくちゃかわいい子がきた!」

 

「ひゃ~、モデルさんみたい」

 

「C組最高だぜ!」

 

「こいつは戦力の大幅強化だな!」

 

「戦力ってなんだ」

 

普段あまり騒ぐことのないC組もララの登場に他クラスに負けない勢いを見せる。その声は当然周辺のクラスにも聞こえていた。

 

「なんか盛り上がってるね」

 

「B組?」

 

「いや、この感じは…C組だね」

 

「へ~以外なとこ」

 

(なんで分かんだよ…)

 

同じくホームルーム中であったA組にもC組の余波が伝わったようだ。教壇に立っていたタカミチも反応する。

 

「今日C組に留学生の子が来ることになってたんだ。恐らくそれが関係してるんじゃないかな?」

 

「ほほう、留学生とな?」

 

「後でインタビューしてみるか」

 

「そうやってまたある事無い事書くつもりか!」

 

「書かんわ!失敬だぞ!」

 

「このゴシップパイナップル!」

 

「誰がゴシップパイナップルだ!」

 

「じゃあスタンド使い!」

 

「は?……さよちゃんのことか!」

 

「え、私がどうかしました?」

 

本日も平常運転のA組。そんな中木乃香が明日菜に耳打ちする。

 

「留学生ってララちゃんやろか?」

 

「たぶんそうじゃない?」

 

遅くても来週には通うことになると言っていたし、ほぼ間違いなくララだろう。この騒ぎも見た目から何から話題性抜群な彼女が関係しているのなら納得である。

 

「休み時間にちょっと見に行かへん?」

 

「まぁ、挨拶ぐらいはしておいてもいいわよね」

 

 

 

 

 

 

ホームルームも終わり、一時限目の前。既にララの周りにはクラスメイトが集まり質問をしていた。

 

「じゃあずっと海外暮らしだったんだ」

 

「でも日本語上手だね」

 

「結構勉強したんだ。でもまだ文字は自信ないから、色々教えてね」

 

理沙や未央達の質問に答えるララ。少し離れた自分の席から何かおかしなことを言いはしないかと、リトは聞き耳を立てていた。そんな彼に猿山が肩を組む。

 

「リト~、俺達もララちゃんのとこ行こうぜ?」

 

「いや、俺はいいよ。なんか賑わってるし」

 

「そんなつまんねぇこと言うなって。せっかくの美少女留学生なんだぞ」

 

会話をしつつリトは再びララを見た。この僅かな時間でもララはクラスメイトと円滑なコミュニケーションを取っている。祐も言っていたが、これなら学園生活に関しては心配しなくても良さそうだ。

 

「今は何処に住んでるの?」

 

「今はリトの家に住んでるよ!」

 

その一言に賑わっていたクラスが静寂に包まれた。リトは顔面蒼白である。口裏を合わせていなかったのを今になって思いだしても後の祭りだ。

 

「え…今なんて…」

 

「私、リトとミカンと一緒に暮らしてるの!」

 

クラス中の視線がリトに向けられる。女子からは驚愕の表情が見て取れるが、男子からは怒りを感じる。肩にあった猿山の手の力が強くなった。

 

「リト君、どういうことか…説明してくれるよね?」

 

「……」

 

顔を近づける猿山と少しずつリトとの距離を縮めていく男子勢。リトは身の危険を感じ、一瞬にして加速をすると教室から飛び出した。

 

「逃げたぞ!」

 

「あいつはクロだ!」

 

「ひっ捕らえろ!」

 

大半の男子が逃げたリトの後を追う。人が少なくなった教室でララが首を傾げた。

 

「みんなどうしたの?追いかけっこ?」

 

「まぁ、追いかけっこではあるわね」

 

「ふ~ん、私も見てこよっと」

 

「え?」

 

リト達を追ってララも教室から出ていってしまった。他の生徒達は困惑しながら見送る。

 

「まったく、うちのクラスは他と比べてまだ大人しい方だと思っていたのだがな…」

 

「なんだかリトのやつ大変そうだな」

 

離れた位置から一連の流れを見ていた一成と士郎が呟く。一成はこれから頭を悩ませる要素が増えたことに薄々気付き始めている。そしてそれはC組の委員長を務める少女も同様であった。

 

(ララ・サタリン・デビルーク…間違いなく要注意人物ね)

 

 

 

 

 

 

「待てよ結城!」

 

「少し話そう!」

 

「なら鬼気迫る表情で追ってくるんじゃねぇ!」

 

廊下を全力で駆け抜けるリトと男子達。リトは運動神経が非常に高いのだが、そんな彼に男子は執念だけでなんとか食らいついていた。しかその差は埋まらず、B組の教室前を抜けてA組も通り過ぎていったリト達。騒ぎを聞いたA組が教室のドアから廊下を覗く。

 

「今度はなんだろう?」

 

「先頭の人が追われてた感じしたけど」

 

「今のリト君やなかった?」

 

「何やってんのよあいつ…」

 

先頭を走っていたリトを見て明日菜が困惑する。謎の集団が嵐のように過ぎ去った廊下を眺めていると、一足遅れてララが歩いてきた。A組と同じようにドアから廊下を見ていたB組もララの姿に目を奪われている。A組の視線も現れたララに集中した。

 

「なんだあの美少女!?」

 

「見たことない子だ」

 

「てことはあの子が噂の留学生?」

 

辺りを見回しながら廊下を歩くララと教室からこちらを確認する明日菜達の目が合う。一瞬で笑顔を浮かべたララは手を振りながら駆け寄ってきた。

 

「明日菜!木乃香!」

 

「やっほ~ララちゃん」

 

手を伸ばすララの両手を木乃香が握る。どちらも嬉しそうな様子に明日菜が少し笑った。

 

「留学生ってやっぱりララちゃんやったんや」

 

「うん!私も今日から正式に麻帆良学園の生徒だよ!」

 

「いらっしゃいララさん、歓迎するわ」

 

「ありがと~明日菜!」

 

流れるように明日菜に抱きつくララを少し驚きながら受け止めた。出会った時から思っていたが感情の表現が直球且つ大胆だ。

 

「あれ、刹那は?」

 

「せっちゃ~ん、ララちゃんが呼んどるよ」

 

「ど、どうもララさん…」

 

「刹那!今日から同級生だね!」

 

「そ、そうですね…私も嬉しいです」

 

勢いよく距離を詰めてくるララは、刹那の人生ではあまり見ないタイプの人物だった。決して嫌いではないが、どう反応したらいいのか困ってしまうところがある。

 

「明日菜!誰よその子!私達そっちのけで仲良くして!」

 

「そうだよ!私達の方が長い間付き合ってきたのに!」

 

「なんか言い方おかしくない!?」

 

置いてきぼりを食らったハルナとまき絵が明日菜の肩を掴んで引き寄せた。謎の嫉妬である。

 

「もう刹那さんを落としたのか⁉」

 

「私達だってまだなのに!」

 

「落としたとはなんですか風香さん史伽さん⁉」

 

ララと刹那が自分達より仲が良さそうに見えた鳴滝姉妹がショックを受けたようだ。

 

「見せつけるように抱きついちゃってさ!」

 

「私達にはもう飽きたっての!」

 

「だからなんの話よ!」

 

裕奈と美砂も同じように悪ノリをしだした。こうなるともう止まらない。

 

「ララ君といったね?うちの明日菜達とはどういった関係なんだ」

 

「明日菜達とは友達だよ!」

 

「私だって友達だ!」

 

「なんですかその張り合い方は…」

 

クラスの何人かがララに対して正体不明の対抗意識を燃やし始めていた。ただ盛り上がる為の口実にしているだけの可能性は高い。

 

「これは負けてらんないよ!木乃香ちゃん!私とも手を繋ごう!恋人繋ぎだ!」

 

「ええけど裕奈どうしたん…?」

 

「私はキスだってできるんだから!ほら明日菜!ちゅーするわよちゅー!」

 

「なにすんのよ!」

 

「ブッ!」

 

困惑しながらも裕奈と手を繋いだ木乃香に反して、明日菜の顔を手で固定し唇を突き出しながら迫るハルナにはビンタが炸裂した。これもある意味気心が知れた間柄だからこその行動と言えなくもない。

 

「DVだ!これはDVよ!」

 

「違うと思うけど…」

 

「ワオ!ドメスティックバイオレンス!」

 

「急にどうした桜子⁉」

 

「たぶん言いたかっただけでしょ」

 

「皆さんおやめなさい!留学生の方も迷惑しておりますわ!」

 

暴走するA組を今まで静観していたあやかが止めに入る。そのあやかを見てララが顔を近づけてきたので、思わず身構えてしまった。

 

「な、なんでしょうか…?」

 

「貴女も見たことある!ユウの幼馴染でしょ!」

 

出てきた名前に他のメンバーも不思議そうな顔をする。あやかの幼馴染で『ユウ』となれば一人しかいない。

 

「えっと…逢襍佗祐さんをご存じなのですか?」

 

「勿論!あっ、ユウって今どこに居るの?」

 

「恐らくB組の教室だと思いますが…」

 

「そうなんだ、ありがとう!ちょっと行ってくる!」

 

手を振ったララはその場を去ってしまった。困惑しながら後姿を見送る一同。ララは走ってB組の教室に突撃していく。一方ララの様子を窺っていたB組は突然の来訪に驚いていた。

 

「あの子こっちに来てないか?」

 

「俺に会いに来たのでは!?」

 

「下がってろカス」

 

「なんだとテメェ!」

 

廊下側で騒ぐ生徒達も特に気に掛けることなくララがB組の教室内を確認する。しかしそこに祐の姿はなかった。もう一度確認した後、あやかの元に戻ってくる。

 

「ユウ居なかった~」

 

「そ、そうですか…」

 

なんと言っていいか分からず、取り合えず一言返したあやか。件の祐は少し前から騒動を予感しており、その正体も大方分かっていたので人知れず姿をくらましていた。

 

「あっ!茶々丸もいる!この前はありがとう!」

 

「いえ、お気になさらず」

 

「茶々丸とも!?」

 

「なるほど…これが尻軽というやつアルね!」

 

「くーふぇさん、流石にその発言は失礼です…」

 

「しりがるってなに?」

 

「尻軽と言うのは」

 

「茶々丸さん!説明しなくていいから!」

 

「そもそも誰や、くーちゃんにこんな言葉教えたんは…」

 

再び騒がしくなったところで亜子がそう言いながら周囲を確認する。一人だけ口笛を吹いて明後日の方向を見ている美空が犯人だとすぐに察した。仮にシャークティがこのことを知れば説教待ったなしである。

 

その時ベランダにいたエヴァが教室に戻ってくる。いつもに増して騒がしいなと思っていたが、その原因であろう者を見つけた。記憶にない人物であるララに探るような視線を向けていると、ララもエヴァを見つめ返す。近くにいた明日菜にエヴァが聞いた。

 

「誰だこいつは?」

 

「ああ、エヴァちゃん。この人は」

 

「初めまして!私ララ!貴女もこの教室の人?」

 

「…そうだが」

 

(こいつが例の宇宙人か)

 

「ちっちゃくて可愛いね!」

 

「なんだ貴様!」

 

「まぁまぁ、エヴァちゃん落ち着いて…」

 

明日菜がエヴァを宥めている隙に二人の間を取り持つ為、周りには聞こえないよう茶々丸がララの耳元に寄って小声で伝える。

 

「ララさん、この方が先日話していたエヴァンジェリン様です」

 

「この人がそうなんだ、確か凶暴で猛獣みたいな人なんだよね!」

 

「本当になんだ貴様!」

 

(この人も結構失礼ですね…)

 

一時限目担当の教員達が一年の各教室にやってくるまで、このよく分からない騒動は続くことになる。そして授業が始まる際、しれっと祐は自分の席に座っていた。



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急がずとも進め

1限目の授業を終えて次の準備を始める生徒達。周りと同じように教科書などをロッカーから取り出し、自分の席へと着いた祐は視線を感じて横を見る。するとこちらを見つめていた春香と目が合った。

 

「どうかした?」

 

「えっ、あの…そ、そうだ!さっき逢襍佗君少しの間教室に居なかったでしょ?」

 

「ああ、うん。少し留守にさせてもらいましたけども」

 

明らかに今思いついた話題を出す春香。そのことに気付きながらも、祐は触れないことにした。

 

「その時にね、C組に転入したっていう留学生の子が廊下を通ったんだ。凄く綺麗な子だったよ」

 

「それはそれは、この時期に転入とは珍しいね」

 

その子のことならよく知っているし、この前うちに泊まったよなどと言う筈もなく初めて聞いたかのような反応をする。この件に関して無駄な騒動を引き起こす言動は慎むつもりだ。その姿勢は普段からとった方がいいと幼馴染達が聞けば答えただろう。

 

「だよね。どこの国から来たんだろう」

 

「バビロニアとかじゃない?」

 

「ば、バビロニア…?」

 

「やだなぁ天海さん、軽い冗談っすよ」

 

「そ、そうだよね…あはは…」

 

(バビロニアってどこだっけ…?)

 

出てきた言葉は聞いたことがあったような気はするが、詳しくは思い出せなかった。現代日本においてバビロニアなどそう聞く言葉ではないので仕方がない。

 

「てかバビロニアってどこだっけ?」

 

「逢襍佗君も分かんないんだ…」

 

相変わらず適当な祐に春香は苦笑いをする。しかしこうしてどうと言うことはない世間話をする時間は、春香にとって少し楽しみなものでもあった。麻帆良祭から忙しそうだった祐も普段通りに戻ってきているように思える。その部分も心配していたので、こうして話していると改めて一安心できた。

 

「あっ、遠坂さん。バビロニアってどこにあるか知ってる?」

 

「へ?」

 

春香が一人そんなことを考えていると、偶々近くを通りかかった凛に急に祐が話し掛けていた。突然質問されたのとその内容に凛は気の抜けた返事をしてしまう。隙を見せてしまったことを誤魔化すように急いで咳払いをした。注目を集めていたわけではないので、周りには見られていないようだ。

 

「えっと…場所は今で言うイラクの南部だけど、王国として存在していたのは古代の話よ。明確な年代は分からないけど遥か昔に無くなってるわ」

 

「そうなんだ。ありがとう、俺全然知らなかったよ。遠坂さんは博識ですな」

 

「それはどうも…」

 

「こちらからは以上です」

 

「あ、うん」

 

満足した様子の祐は頬杖をついてぼーっとしだした。残された春香と凛はなんとなくお互いの顔を見る。

 

「その、やっぱり自由ね彼」

 

「逢襍佗君の面白いところだと思うよ、うん」

 

お互いに浮かべたのはぎこちない笑みで、話に出ている当の本人は呑気にペンを回していた。自分の席へと戻りながら凛は改めて祐に視線を向ける。今はどういった経由でそうなったのか、祐が春香にペン回しを教えているところだった。

 

(怪しいとは思っても未だ収穫は無し。なにか尻尾を出してくれればいいんだけど)

 

祐のことを暫く観察していたがこれと言った情報は掴めていない。とはいえ目を光らせているのは教室内くらいで、それ以外でも後をつけているわけではない。彼の秘密を暴きたいのなら、もう少し強気に出る必要があると最近は思い始めていた。それ程苦労はないと考えていた当初の予想とは違い、祐は以外と強敵である。

 

(絶対に何かある。隠しているものがなんなのかは…まるで分からないけど)

 

「随分見とれてるな、遠坂」

 

一人真剣な顔つきになる凛の後ろから声が掛かった。ため息をついてから後ろを向けば、想像通りの顔をした綾子が瞳に映る。

 

「変なこと言わないで、そんなんじゃないわよ」

 

「それにしては熱心に見つめてたようだったけど?最近多いぞ」

 

にやける綾子に冷めた視線を返す。そういった類のものではないと分かっているくせに、彼女も中々に人が悪い。

 

「あんな変わった人なら、誰だって目で追っちゃうでしょ」

 

「そんなもんかねぇ」

 

意味ありげな言い方をする綾子。思うところはあっても、この話を長引かせない為に敢えて凛は反応しなかった。

 

「因みにさっきはなに聞かれたんだ?」

 

「バビロニアがどこにあるのか」

 

「なんだそれ…」

 

「こっちが聞きたいわよ」

 

 

 

 

 

 

四時限目の授業が終わり、待ちに待った昼休みがやってくる。ララにとって初めての昼休みということもあって、昼食のお誘いは後を絶たなかった。ならみんなと一緒に食べたいというララの一声で、最終的にはC組全員で昼食をとることになる。弁明はしたものの大半の男子勢からお許しを得ていないリトは肩身が狭かった。

 

本日は美柑に作ってもらった弁当があるので購買には行かず、食べ始める前に水道で手を洗おうと廊下に出るララ。そこで先程B組で発見できなかった大きな背中を見つけた。

 

「清潔!消毒!殺菌!」

 

「うるせぇな!?」

 

「迫真過ぎるだろ…」

 

何やら激しく手を洗っている祐。隣にいるのは正吉と純一である。ララは笑顔を浮かべると、静かに祐の背後から近づいた。三人とも接近に気付かず、祐が手をハンカチで拭いている隙をついてララが両手を伸ばして目隠しをした。

 

「だ~れだ!」

 

突然のことに純一と正吉は固まり、祐も一瞬動きが止まるがすぐにニヤリと口角を上げた。

 

「簡単すぎるぜ、まる〇め君だろ?声で分かるよ」

 

「ちげぇよ」

 

「祐、わざとやってるでしょ」

 

「ブッブ~!」

 

手が離れたことで振り返る。そこには不正解だったことが不満そうなララが頬を膨らませていた。

 

「む~!もう私の声忘れちゃったの?」

 

「ごめんごめん、冗談だよ。ちゃんとララさんだって分かってた」

 

「ほんと?なら許してあげる!」

 

そう言って祐に抱きつくララ。祐は苦笑いを浮かべるが、純一と正吉は真顔でこちらを見ている。素直に恐ろしい。

 

「おい祐、その子C組の留学生だよな」

 

「どういった関係か教えてほしいんだけど」

 

「初対面です」

 

「「嘘つけ!!」」

 

「まぁ聞いてくれ、正直に言うとララさんとは知り合いの知り合いってかんじ。それ経由でここに入るってなった時に少しお手伝いしたんだよ」

 

色々と端折ってはいるが一切嘘は言っていない。流石隠し事が多い男、こういった物言いに慣れている。

 

「本当か?」

 

「それにしては距離が近い気がするけど」

 

「それは彼女の性格からくるもんだ。俺達は出会った日数で言えばまだ一週間も経ってない。ね、ララさん」

 

「え~っと…うん!まだ一週間未満!」

 

指で日数を数えながらララも頷いた。祐はともかくとして、この少女が嘘を言っているとは思えない。二人はその部分に関しては納得することにした。

 

「そうだララさん、紹介するよ。こちら俺の友人の純一と正吉だ。純一は写真でも見たことあったよね?」

 

「祐とリトの幼馴染の人だよね、始めまして!ララって言います!よろしくね、ジュンイチ!マサヨシ!」

 

「「よろしくお願い致します」」

 

(おおう…)

 

(なんという破壊力…)

 

美少女にいきなり名前呼びをされるというあまり味わうことができない経験に二人は震えていた。なんとか話も無事纏まりそうだと一息ついた時、別の方向から視線を感じてそちらに目を向ける。教室のドアから少しだけ顔を出した和美とさよがこちらを凝視していた。いや、よく見ればその少し下に風香と史伽もいる。祐はここで真顔になった。

 

すると音もなく教室内へ戻っていく和美達。祐がどこかを見つめていることに気が付いたララ達もその視線を目で追う。全員が同じところに向いた瞬間、A組の教室から生徒達が雪崩れ込んできた。

 

「なんて手の早い男なんだ!」

 

「私達を散々弄んだくせにまだ飽き足らないの!」

 

「逢襍佗君の浮気者!」

 

「いきなり出てきてなんだお前ら!?」

 

矢継ぎ早に祐へと恨み言のようなことを言うA組達。これには祐も困惑を隠せない。

 

「明日菜・木乃香・刹那さん・茶々丸さんだけでなく祐君まで!?この子…どこまでもな奴だぜ!」

 

「ハルナさん何言ってんの?」

 

朝の騒動に居合わせていない祐にはハルナが言っていることはさっぱりである。

 

「ユウはA組のみんなと友達なの?」

 

「ううん、基本このクラスは俺の敵ばっかりだよ」

 

「なんだと!」

 

「騙してたんだな!僕たちを騙してたんだな!」

 

「何故ややこしくなるようなことを言うのか」

 

明らかに荒れるであろうことを言った祐に純一は冷静に指摘した。先の発言は間違いなくこの場を収めたい者の発言ではない。

 

「待て風香ちゃん!君のことは敵だと思ってない!」

 

「じゃあ僕のことどう思ってるんだよ!」

 

「幼児」

 

「このやろうっ!」

 

「デアッ!」

 

風香の怒りの拳が腹部に突き刺さった。感情のこもった素晴らしい一撃に、後ろで古菲と楓が感心している。

 

「なにすんだ!こんなのDVだろ!」

 

「そのネタは先程ハルナがやってました」

 

「私の発言をネタ扱いするな」

 

「まさかのネタ被りとは…俺も焼きが回ったか…」

 

「アホかこいつ」

 

自分の席から眺めていた千雨が呟く。祐にはしっかり聞こえていたので視線を送ると目を逸らされた。

 

「このネット弁慶メガネがよ…」

 

「んだとゴラァ!」

 

「お前はA組と喧嘩したいのか」

 

これまたしっかりと悪口が聞こえていた千雨が珍しく戦いに参戦する。胸倉を掴まれる祐を見ながら正吉が言った。

 

「なにすんだ!こんなのDVだろ!」

 

「もしかして気に入ってるのかな?」

 

「逢襍佗君気に入ったネタ擦るとこあるからね」

 

「冷静に分析されると恥ずかしいんでやめてください」

 

円の疑問に答えたのは美砂だ。意外とよく見ている。そのまま千雨を筆頭に何人も祐に攻め込んでいった。

 

「あ~…また逢襍佗君やられちゃってるよ」

 

「うふふ、祐君が関わるといつも賑やかね」

 

「賑やかなのはいつものことのような…ちづ姉なんか嬉しそうじゃない?」

 

「あら、そうかしら?」

 

麻帆良祭最終日の出張メイド喫茶然り、祐とA組が関わると基本乱闘騒ぎになる。その様子を見ていた夏美の言う通り、A組と戯れる(?)祐の姿に千鶴はどこか嬉しそうな様子だった。鉄板と呼んで差し支えない展開だが、この流れが好きなのだろうか。

 

「やめろ君達!離れないと近い奴からキスしていくぞ!」

 

そう言った瞬間周りにいたA組が一斉に教室へと逃げていく。こうするのが目的だった筈なのに、祐は思った以上のダメージを受けた。

 

「くそっ!想像以上に胸が苦しい!」

 

「だ、だってねぇ?」

 

「いきなりキスとか恥ずかしいし…」

 

ドアから顔を覗かせて珍しくしおらしい態度を見せる裕奈とまき絵。他の避難したクラスメイトも大なり小なり似たような雰囲気だ。この反応は祐が思っていたものではなかった。

 

(想像してたのと違う…)

 

「じゃあ私とキスしよう!」

 

今まで祐とA組の乱闘を楽しそうに見ていたララが立候補した。それを聞いてどよめきが起きる。

 

「あの子マジ⁉︎」

 

「ヤバいよ!エッチな逢襍佗君が断る筈がない!」

 

「絶対舌入れる気だよ!」

 

「出たな怪人ポルノ男!」

 

「ハレンチが過ぎるぞ!」

 

「お前らは失礼が過ぎるぞ」

 

よくもここまで矢継ぎ早に罵倒が出てくるものだと一周回って感心してしまう。だが今はそんなことよりララを止めなければならない。

 

「ララさん、キスするにしてもこんなのとしちゃ駄目だよ」

 

「その通りだけど自分で言うのか」

 

「僕もその意見には同意だ」

 

「うるせぇ!お前らは黙ってなさい!」

 

正吉と純一に釘を刺してから再度ララを見る。彼女は首を傾げていた。

 

「え〜、でもユウがするって言ったんだよ?」

 

「あれはそう言えばみんな逃げていくからと…ねぇ、説明すんの凄く辛いからやめていい?」

 

ギャグを丁寧に説明させられているような感覚に祐は耐えきれそうになかった。

 

「私はイヤじゃないよ」

 

「……」

 

ララの反応に言葉が紡げなくなる。彼女の何が一番困るかと言えば、言っていることが全て本心だと伝わってきてしまうことだ。

 

「逢襍佗君が固まってる」

 

「どう反応していいのか分かんないんじゃない?」

 

「意外と初心なのかな」

 

「可愛いとこあるじゃん逢襍佗君」

 

「すみません!外野は静かにしてもらっていいですか!」

 

これはなんたる辱めであろうか。今まで好き勝手生きてきたバチが当たったとでも言うのなら、せめてもう少し別の形で償わせてほしい。

 

「ちょっと待った!私も別にイヤじゃないわよ!」

 

「ハルナ⁉︎」

 

「突然何を言ってるのですか貴女は…」

 

右手を綺麗に垂直に上げ、教室からハルナが出てくる。そしてこの行動はハルナ一人では終わらなかった。

 

「せっ、接吻の経験はありませんけど…私もイヤではありません!」

 

「さよちゃんも行ったぞ!」

 

「出遅れてしまったカ、私も行こう」

 

「超りん!」

 

「あらあら、ならせっかくだし私も」

 

「ちょっとちづ姉⁉︎」

 

「負けないよ〜!チアリーディング部として参加するしかないよね!」

 

「チアは関係ない」

 

「なんだこの流れは…」

 

クラスメイトの大半はいつものノリだと思っているが、何人かは違和感を覚えていた。祐に巻き込まれないようにと傍観に徹していた明日菜達に謎の焦燥感が生まれる。

 

「う、ウチらどないしようか…」

 

「ど、どうって…私には関係ないし」

 

「そ、そうです。いつものおふざけに参加する必要はありませんわ」

 

「こ、ここは最後まで静観一択かと」

 

「それでよろしいのですか?」

 

『!?』

 

周りとは一歩引いた立ち位置でいようとするが、全員もれなく動揺が見える。そんな彼女達の死角からぬっと顔を出したのはザジだ。相変わらず気配を消して人の後ろに立つところがある。

 

「びっくりした、ザジさんか…」

 

「それより、今のはどういうことですか?」

 

「皆さんはここにいる方達よりも逢襍佗さんとの関係が深いと言っていいでしょう。それは付き合いの長さであったり、秘密を共有しているなどの経緯からくるものと思われます」

 

いつもの無表情で語るザジを明日菜達は黙って見つめながら、しっかりと話に耳を傾けていた。

 

「しかし、今の状況に胡坐をかいていてはそのアドバンテージも意味をなさなくなってしまうでしょう」

 

「それは…つまり?」

 

「彼に興味を持ち、その距離を縮めようとしている方は少なくない。そうしようとする理由は様々ですが」

 

次に出てくる言葉を固唾を呑んで待つ。この範囲だけ異様な緊張に包まれていた。

 

「このままいけば、皆さんが追い越されてしまう可能性は充分にあります」

 

ザジが四人の後ろに雷が落ちたかのような錯覚をするほど、彼女達の表情は驚愕に染まっていた。ただこの反応は今の奇妙な雰囲気に影響されているところが多分にある。

 

「例えば今あの場にいるララ・サタリン・デビルークさん。彼女はこの短期間で恐ろしい程逢襍佗さんとの距離を縮めています」

 

「そ、それは確かに」

 

ザジの言う通り、ララは異常な速さで祐との関係を構築しているように思える。彼女の性格からその行動原理は下心とは無縁だろうが、その行動力には目を見張るものがあった。

 

「彼女以外にも御覧の通りです。その進みは少しずつではありますが、決して無視は出来ない」

 

「ララさんはまだよく分からないけど、パル達は単にいつものノリなんじゃ…」

 

「そうお思いになりますか?」

 

「ザジさん近い…」

 

先程のように顔を近づけてきたザジから恥ずかしさで顔を逸らす明日菜。そのまま謎の立候補をしているクラスメイトに視線を向ける。そう言えば今になって思い出した。怪獣事件が終わり、祐達が帰ってきた時にハルナが言っていたことを。

 

『前から薄々思ってたけど…祐君て、結構いい男ね』

 

「……」

 

「明日菜?」

 

「マジかも…」

 

「ほえ?」

 

あの時は特に何も考えず流してしまった。だが今こうしてザジに言われると、あの発言はそれなりに重大なものだったのかもしれない。そのことを知らない木乃香は明日菜を不思議そうに見ていた。

 

「では、私も失礼します」

 

そう言って歩き始めたザジは、あろう事か手を上げて教室から出た。

 

「ザジさんだ!ザジさんも来たぞ!」

 

「あの二人って関わり合ったっけ?」

 

「私は喋ってたとこは見てないかな…」

 

想像以上に騒ぎが大きくなってしまった。気が付けばB組からもこちらを観察する視線が飛んできている。最早祐に退路はない。一度深呼吸をすると両頬を叩いて気合を入れた。

 

「分かった…ここまでされて逃げるなんてことはしない。俺も覚悟を決めた!」

 

決意を固めた祐が声を出す。周囲の冷静な者達は今までの経験から判断するが、こうなった祐は大抵碌な行動を取らない。

 

「それでは!今から私目が一人一人に丁寧な接吻をしていくということでよろしいですね!」

 

「いいわけないでしょ…」

 

学生ではない大人の女性の声に振り向く。居たのはこめかみに青筋を立てている麻耶だった。所用で一年の廊下を通っていた彼女は少し前からこの場を見ており、始めは黙っていたがもう流石に介入せずにはいられない。

 

「これは参りましたねぇ…」

 

「こっちの台詞です!逢襍佗君!一緒に教員室に来てもらうわよ!」

 

あっという間に腕を掴まれて連行される祐。抵抗はせず、死んだ目をして歩いていくその姿は宛ら逮捕された犯人であった。全員が困惑しながらその背中を見送る。祐を少し不憫に感じた純一は、横にいるララが嬉しそうな顔をしているのに気が付く。初対面の美少女に話し掛けるのは勇気がいるが、それ以上に気になった。

 

「えっと…デビルークさん?」

 

「ララでいいよ!どうしたのジュンイチ?」

 

「いや…なんだかラ、ララさんが嬉しそうにしてたから」

 

緊張しながらなんとか名前で呼ぶ。聞かれたララは笑顔のまま素直に答えた。

 

「ユウっていろんな人に大切に思われてるんだなって分かったから。それが嬉しいの!みんなユウが好きなんだね!」

 

驚いた顔をした純一。同時に様々な思いが彼の中で生まれる。しかし一番に思ったことを口にする。

 

「そうだね。何かあってもみんなそう思い続けてくれたら…僕も嬉しいな」

 

含みのある言い方にララは違和感がした。その姿を含め、自分の席から事の成り行きを見ていたエヴァ。これ以上の何かは起こりそうもないと茶々丸お手製の弁当を食べ始める。それぞれがその場から動き始めた中で、最後まで参加することはなかった明日菜達に珍しくエヴァから声を掛けた。

 

「今回は見ているだけだったな」

 

振り返った四人の内、むっとした顔の明日菜がエヴァに近寄る。

 

「エヴァちゃんだってそうでしょ」

 

「私はいつものことだ」

 

表情を変えず食事を続けるエヴァに明日菜の不機嫌度合いは増していく。そこでエヴァが弁当から明日菜に視線を移したことで目が合う。いつ見ても吸い込まれそうな程美しいエヴァの瞳に、場違いな羨ましさを感じていた。

 

「まぁ、これもある意味変化の結果か」

 

「なんの話よ?」

 

「大なり小なり変化があったということさ、お前達の中でな」

 

今の話の流れから、エヴァが祐と自分達に関することを言っているのはなんとなく察しが付いても、それ以外のことはてんで分からない。明日菜達が思考に耽っているところでエヴァが笑った。

 

「まぁ、ゆっくりやっていけ小娘ども。急いだところでいい結果には繋がらんだろう。それで間に合うかどうかは知らんがな」

 

「あの、先程からいったい何を…?」

 

「それも含めて自分で考えた方がいいぞ」

 

その言葉を最後にエヴァは昼食を再開する。この様子では聞き直しても返ってきそうにないと、渋々ながら明日菜達も昼食の準備の為に戻っていった。

 

「お前もな、朝倉和美」

 

バレないように聞き耳を立てていた和美の肩が跳ねる。エヴァにはお見通しだったようだ。

 

「あ、あはは…バレてたか。えっと、私はあくまで第三者兼記者として」

 

エヴァの瞳がこちらを覗く。それだけで考えていた言葉が喉から出てこなかった。

 

「そうかい」

 

姿勢を戻したエヴァの背中を暫く見つめ、頭を振って和美は自分の席に戻っていく。弁当に入っていた唐揚げを口に入れると、その味の良さにエヴァは何度か小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 

部活動も終わり、女子寮で夕飯を作る木乃香。本日早めに帰ってきたネギは洗面台で手を洗っている。入れ違いでリビングに戻ってきた明日菜はなんとなく木乃香の隣に立って料理を見た。

 

「つまみ食いしたらあかんよ?」

 

「しないわよ!てかしたことないでしょ」

 

「そうやったっけ?」

 

笑いながら木乃香は料理を続けた。この部屋に広がる夕飯の香りが鼻腔をくすぐる。上手く言えないが、この香りと暗くなった空が醸し出す雰囲気が明日菜は好きだった。

 

「ねぇ、木乃香」

 

「なぁに?」

 

優しい表情でこちらを見る木乃香。少しの間視線を合わせ、明日菜は微笑んだ。

 

「ごめん、なんでもない!」

 

「なんや明日菜、思わせぶりやなぁ。ドキッとしてまうよ」

 

「はいはい」

 

笑い合ってから明日菜はカーペットに座ってテレビを見始めた。そこに帰宅後のルーティンを終えたネギもやってくる。

 

「今日は早めね」

 

「はい、滞りなく進んだので」

 

「そっか」

 

「そうだ明日菜さん。今日C組にデビルークさんが転入されましたけど、お話はされましたか?」

 

「えっと…まぁ、うん。一応」

 

(何かあったみたい…)

 

(間違いなく何かあったな)

 

ネギとカモは明日菜の反応からすぐに察した。ララに関しては学園側からは元より明日菜達からも話は聞いていたので、直接会ってはいないがデビルーク星のお姫様という点も含めて知っている。昼休みにちょっとした騒ぎがあったとは耳に入れたが、詳しく話そうとはしない雰囲気の明日菜を見て今は追及しないでおこうとネギは思った。

 

「僕も会ってちゃんと挨拶したいです」

 

「そうね、関わる機会は多くなるかもしれないし。まぁララさんは素直で優しい人だから、あんたともすぐ仲良くなれるでしょうね」

 

方向性の違いはあるがネギも素直で優しい性格だ。きっとララとの相性は悪くないだろう。そもそもララは誰とでも仲良くなれそうな性格ではある。

 

「是非俺っちも挨拶を」

 

「あんたはあんまり近づくんじゃないわよ?」

 

「そんな姐さん!?あんまりじゃないっすか!」

 

「だって変なこと教えそうだし」

 

「ひ、ひでぇ…」

 

ショックを受けた様子のカモを苦笑いをしながらネギが優しく撫でた。明日菜からすればカモはララの教育によろしくない気がしてる。本人は気が付いていないがすっかりお姉さん目線だ。

 

「明日菜~ネギく~ん、お料理運んで~」

 

「「はーい」」

 

呼ばれた二人はキッチンから料理をテーブルに運ぶ。明日菜が二往復目に取り掛かろうとした時、木乃香が手を洗いながら言った。

 

「ウチはゆっくり行こうって思っとるよ」

 

「え?」

 

振り向いて木乃香を見る。手を拭いて木乃香も顔をこちらに向けた。

 

「エヴァちゃんやないけど、急いだってしゃあないよ。この気持ちがなんなのか、ウチもまだよう分からんけど…少しずつ分かっていけたらいいなって」

 

木乃香は言いながら胸に手を置いた。一度視線を落とし、明日菜も自分の胸に手を添える。正直に言えば気になる。今抱えているこのもやもやはなんなのか、時折祐に対して感じる苦しいような気持ちはなんなのか。恐らく木乃香も同じなのだろう。もしかするとあやかや刹那も、そしてそれ以外の人達も。

 

自分のことの筈なのによく分からないのは、とても奇妙な感覚だ。それでも木乃香の言う通りなのだろう。急いで答えを探そうとしてもきっと上手くはいかない。時間を掛けてでもしっかりと理解していきたいと明日菜は思った。

 

「うん。私も…私もちょっとずつ分かっていきたい。なんか、それが一番の近道な気がする」

 

「先に分かったらこっそり教えてな?」

 

「そっちもね」

 

「お二人ともどうかされたんですか?」

 

話していた二人にネギが首を傾げている。少し笑ってから料理を手に取った。

 

「ううん、なんもあらへんよ」

 

「そうそう。ほら、さっさと運んじゃお」

 

不思議に思いながらネギも料理を運ぶ。テーブルに座っていたカモは意味ありげに明日菜と木乃香を見ていた。

 

(これはこれは…お二人さんの中で心境の変化があったって感じか。本当にちょっとしたもんのようだが)

 

「なぁなぁ、ネギ君て好きな子とかおるん?」

 

「へぇ!?な、なんですか急に!?」

 

「ぷっ、なによ『へぇ!?』って」

 

「だ、だっていきなりそんなこと聞くから!二人とも笑わないでくださいよ!」

 

いつものように温かい空気が流れる。未だ答えは不明のままだが、明日菜と木乃香は少しだけ胸のつかえがとれたような気がした。

 

 

 

 

 

 

麻帆良学園都市と外を繋ぐ橋に祐はいた。何をするでもなく下に流れる湖を眺める。少しずつ誰かの足音が近づいてきているが、振り返ることはなかった。

 

「少ししゃがめ」

 

「第一声でそんなこと言う人は不審者で間違いない」

 

「こんなところに一人で居る奴が言えたことか。早くしろ」

 

聞き慣れない声だ、恐らくご丁寧に魔法で変えているのだろう。しかし態度はいつも通りなことに笑いながら、後ろにいる相手に合わせる為しゃがみ込んだ。すると両目を手で覆われる。

 

「誰か当ててみろ。言っておくがふざけた回答をしても罰があるからな」

 

「怖すぎんだろ…」

 

夜に背後から脅されたら普通はトラウマものだ。お互いを理解しているからその心配はなくとも、罰は受けたくないので真面目に答える。正解は始めから分かり切っていた。

 

「こんばんは、エヴィ姉さん」

 

「ふむ、あまり面白くないな」

 

手を離し、言葉通りの表情をエヴァはしていた。

 

「自分からやっといてそりゃないでしょ」

 

「やったことがないから試してみたかったんだよ。しかしお前に対してこれはやはり無意味だな」

 

「まあね」

 

立ち上がって防護柵に寄り掛かると、エヴァは隣に移動した。

 

「今日は随分と大人気だったじゃないか」

 

「勘弁してよ、いじりに来たの?」

 

横目で確認するとなんともいい笑顔だ。教室前でやっていればそれは見られて当然かとため息をついた。

 

「どんな気分だ?」

 

「そりゃ好意的なこと言ってもらえて嬉しくない奴なんていないでしょ」

 

「嘘ではないようだが、それだけだったらお前はここには来ない」

 

「くっそ…駄目か…」

 

悔しそうな祐にエヴァは軽く笑って指をさした。

 

「真実を織り交ぜられるようになったのは成長だな。まだ詰めは甘いがそこは評価してやろう」

 

「あざ~す」

 

不貞腐れた態度に笑みを深くした。この顔を見ていると、よく同じような表情をしていた中等部時代の祐を思い出す。

 

「祐、昔から余計なことまで考えるのはお前の悪い癖だ」

 

「それは自覚してるよ。でも、これって余計なこと?」

 

普段と違い、祐のエヴァに対する口調が嘗てのものに戻っている。少し感情的になっている証拠だ、この姿を祐は滅多に見せない。それを自分に見せていることにどうしようもなく愛おしさを感じてしまうのは中々の親バカならぬ姉バカを発揮しているとは思うので、にやけそうになるのを堪える。

 

「余計なことさ、他人の感情だぞ?いくら気にしたところで好きなようにはできない。やれる方法はあるがお前はそれが特に嫌いだろう」

 

「そりゃそうだけどさ…少し、踏み込み過ぎた。優しさに甘えて調子に乗ったんだ」

 

「はっきり言ってもう手遅れだ。今更距離を置いたところであいつらは突っ込んでくるぞ」

 

「あの能天気どもの純粋さに惹かれたお前なら、それはよく分かっている筈だ」

 

正にぐうの音も出ないとはこのことだ。彼女達の優しさ、そして純粋さに惹かれたからこそつい近づき過ぎてしまった。様々なことを考えれば、それなりに距離を保つべきだったのに。

 

「こっちを向け」

 

声に反応すれば両頬に手を添えられた。少し高めの体温が伝わる。よく知る温もりにこれ以上ない安心を感じた。気が付けば膝を折り、お互いの額を合わせる。単純過ぎだ。自分のことながら呆れても、彼女からは離れられない。

 

「迷ったのならとことん悩めばいい、そして自分の答えを見つけろ。迷いの先にお前だけの答えがある」

 

「お前は最後に必ず進める奴だ。お前には自分自身を導く光がある」

 

近すぎるお互いの瞳を見つめ続ける。どちらもその瞳に映しているのは目の前の大切な相手だけだ。

 

「どんな速度でもいい。進め、痛みを背負ってでも。光が導く心のままにな」

 

「光が導く、心のままに」

 

エヴァの言葉を静かに繰り返す。ゆっくりと瞼を閉じて、その言葉を自分の中に溶かしていった。開かれた目を見てエヴァは微笑む。

 

「簡単には見つからないさ、下手をすれば見つからないまま死ぬ奴だっている。そして痛みは付いて回る、いつだってな」

 

祐は力強く頷いた。それに満足そうに頷き返して両手を離す。

 

「お前自身はこんなにも分かり易いというのに。アルコ・イリスも同じであれば良かったのだがな」

 

「謎な部分は全部そっちに盗られたのかもしれませんね」

 

「ぬかせ」

 

軽く祐の額を叩いた。いつもの調子に戻ったようだ。口調まで戻ったのは少々残念な気もするが、仕方ないと思うことにしよう。

 

「さぁ、優しい姉を送っていけ。特別に手を握らせてやる」

 

「ありがたき幸せです。身に余る程の」

 

しっかりと手を握り、エヴァの家へと歩みを進める。いつもより、お互いの手を握る力は強かったような気がした。

 

 

 

 

 

 

エヴァの家の前で祐は足を止める。エヴァは祐の顔を覗いた。

 

「泊っていってもいいぞ」

 

「そうしたいのは山々なんですけど、明日も学校ありますから」

 

「そうか」

 

「土曜日にまた行かせてください。その時は泊りで」

 

「仕方ないな、いいだろう」

 

手を離して向かい合うと祐は頭を下げた。

 

「ありがとうございます。またお世話になっちゃいました」

 

「貸し一つだな。とは言えもう数えるのもやめたが」

 

「はい、俺も覚えてません」

 

「調子のいい奴め」

 

双方にとって心地よい会話を交わし、祐は一歩引いて手を軽く上げた。

 

「それじゃ、おやすみなさいエヴィ姉さん」

 

「ああ」

 

背を向けて自分の家へと歩き出す。そんな背中に何かを思い出したようなエヴァの声が掛かった。

 

「そうだ祐」

 

「はい?」

 

「愛してるぞ」

 

振り向いた顔のまま止まった。エヴァはあっけらかんとした表情で、祐が次第に困惑を見せる。

 

「このタイミングで言います?」

 

「最近言ってやってなかったからな。充分伝わっているとは思うが、偶には言葉に出してやろうと思ったんだ」

 

「えぇ…まぁ、ありがとうございます」

 

困り顔のままお礼を言っておく。するとエヴァが耳に手をかざした。何を意味しているのかが分かった祐は頭を掻く。自分から言うのはいいのだが、催促されるとなんとも気恥ずかしいものだ。

 

「あ~…はい、俺も愛してます」

 

「知ってるよ」

 

「なんなんすかマジで!」

 

祐の反応に大きく口を開けて笑うエヴァ。今日はなんとも気分がいい。チャチャゼロではないが、久し振りに酒でも飲むかと考えていた。

 

 

 

 

 

 

その変化は気が付かない程些細なものかもしれない。しかし確実に変化は起きた。進んでいく、世界も・全ての次元も・そこに生きる者も。そして、そこに宿る心も。



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伝えたいから、手を取って
重なる偶然


麻帆良学園都市の明かりが消え始めた時間帯。真名は人気のない高台で一人街を眺めていた。そこに足音が響く。少しずつ音の正体が暗闇から姿を現した。

 

「悪いな、こんな時間に」

 

「気にするな。寧ろこの時間帯でもなければ、お互い自由に動けんだろう」

 

やって来た元春はサングラスの位置を直すと、手すりに寄りかかる。

 

「さて、長話もなんだ。単刀直入に言うと、仕事の依頼がある」

 

「だろうな。取り敢えず聞こう」

 

特に驚いた仕草も見せず、慣れた様子で会話を始める。それもその筈、元春からの依頼があったのは一度や二度ではない。

 

「今回の話なんだが、少々いつもと勝手が違う」

 

言葉は発さず視線で続きを促す。それを受け取った元春はそのまま再開した。

 

「便宜上は調査依頼ってことになる。ただその結果次第で、後の対応は臨機応変にってやつだ」

 

「ああ、大体察したよ」

 

全て終わってからでなければ断言できないことは多いがこれは分かる。この仕事は面倒な類のものだ。今までの経験から真名は確信していた。

 

「その気があるなら詳しく説明するが、どうだ?」

 

聞いてきた元春に真名は静かに笑う。それを見てこの聞き方は意味がなかったなと思った。

 

「知ってるだろ土御門、どんな仕事だろうと私が受けるかどうかは一つの物で決まる」

 

「これ次第だ」

 

親指と人差し指で丸を作って見せる真名。文字通り現金な奴だとは思うが、だからこそ龍宮真名は仕事人として信用に足る。こうして何度も依頼をしているのがその証拠だ。

 

「ああ、そうだったな」

 

 

 

 

 

 

日曜日。昨日からエヴァの家に泊まっていた祐は、その帰り道で商店街に寄っていた。理由は単に日用品の買い出しである。

 

(なんかいつもより人が多いな)

 

元から栄えている商店街だが、今日は特に賑やかだと感じる。薬局で目的のものを買うと、レジで店員から赤い紙を差し出された。

 

「二千円以上お買い上げのお客様にお渡ししているので、宜しければどうぞ」

 

その紙を見てみると福引券と書かれている。盛況の理由はこれかと思いながら受け取った。

 

「ありがたく頂戴致します。これって何が当たるんですかね?」

 

「確か一等は旅行券だったと思います。どこだったかは忘れちゃいましたけど」

 

「なるほど。ではその一等は僕が頂くことになるでしょう」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

もらった福引券を手に福引会場へと向かう祐。目的地が近づくにつれて人の数も増えているようだ。見えた会場には大きな幕が飾られており、その横には景品も大きく記載されていた。

 

(一等は温泉旅行か。場所は群馬県…時期と所によっては雪見露天風呂が期待できる…最高かな?)

 

大自然をこよなく愛する祐にとって雪もその対象であった。またこの地域には雪が積もるといったことはまず起こらないので、それが雪を特別なものにしていた。すっかりその気になっている祐は回転抽選機の列に並ぶ。幸いなことにまだ一等は出ていないらしい。無意識に力が入って腕を組むその姿は、周囲から見れば人相も相まって恐ろしいものなのだが本人は気が付いていない。

 

「は~い、次の方どうぞ」

 

「どうも、一等を取りに来ました」

 

「が、頑張ってください…」

 

遂に自分の順番がやってきた。それこそ力を使用すればどうとでもなるが、運任せの福引にこの力を使うなどと無粋な真似はしない。福引券を渡し、深呼吸をしてからハンドルを掴む。祐一人だけ纏っている雰囲気があまりに違う為、周囲は困惑していた。機材を壊さぬよう、あくまで優しく抽選機を回す。少しして抽選玉が放出された。玉の色は金色である。それが意味するものは

 

「あ、一等だ」

 

見ていた誰かが呟くと、それを合図に鐘の音が鳴り響いた。祐は膝から崩れ落ちる。

 

「お、おい君!大丈夫か!?」

 

「良い事が起きると、これは夢なんじゃないかといつも思うんです…まぁ、俺寝ないから夢見ませんけど…あ、今の笑うところですよ」

 

「本当に大丈夫か!?」

 

後から肩を支えてくれた男性に訳の分からないことを言う。男性は本気で心配になった。逢襍佗祐、見事温泉旅行獲得である。

 

 

 

 

 

 

あれから景品を受け取った祐は、このチケットが盗まれはしないかと周囲を警戒しながら歩いていた。悲しいかな誰の目にも祐が一番の不審者として映っている。危険かもしれないと思いつつ逸る気持ちを抑えられなかったので、目に留まったカフェテラスに入ると飲み物を注文して温泉旅行の情報を詳しく調べ始めた。

 

「ん?これ二名様分か」

 

当たった衝撃でほとんど何も見ていなかった結果今知ったが、景品は二泊三日の温泉旅行ペアチケットであった。こうなると相手を選ばなければならない。

 

(どうすっかなぁ…誰を連れてっても角が立ちそうな気がするし。あと一人ってのがネックだな)

 

二人きりになるということで必然的に対象者は絞られる形にはなっても、その中でさえ一人を選ぶとなると容易なことではない。平和的解決を望むならば秘密裏に一人で行くのが無難かと考えていると、突然向かいの席に誰かが座った。

 

「やぁ、逢襍佗。奇遇だな」

 

声の主は真名であり、祐は内心驚きながらも表情は崩さず何かを言うより先にチケットを懐へ隠した。これぞ正に目にも留まらぬ早業である。

 

「こんにちは龍宮さん。龍宮さんも商店街に来るんだね」

 

「おいおい、私をなんだと思ってる。私だって買い物だったり娯楽だったりは嗜むぞ」

 

「そりゃそうか、失礼しました」

 

正直言って彼女にそのイメージが湧くかと聞かれれば答えは否だ。しかしそれを言う必要は何処にもないだろう。このまま話でもしようかと思っていた矢先、真名が口を開いた。

 

「遅ればせながら一等当選おめでとう」

 

「……何が狙いですか」

 

どうやらあの現場をしっかりと目撃されていたようだ。祐の警戒をこめた視線が真名に向けられる。自分の餌を守ろうとする子犬の威嚇のようなそれに真名は笑って肩をすくめた。

 

「そう怯えるな、私は単純に祝っただけだ」

 

「身体で払いますから」

 

「人の話を聞け」

 

相変わらずの祐にため息をつく。傍から見ている分には面白いが、いざ自分が話すと疲れる相手だ。取り留めのない会話で油断させ、こちらが隙を見せたら突こうとするからこの男は質が悪い。それ相応の気合を入れておかなければペースを掴まれる。

 

「旅行先は群馬だそうだが、詳しくは何処なんだ?」

 

「どうして教える必要があるんですか?」

 

「逢襍佗、私だって女だ。そう冷たくされると傷つくぞ」

 

「それが本当ならば可愛く『優しくしてください』と言ってみろ!」

 

「馬鹿かお前は」

 

早々に乱されそうになるのを冷静に対処する。これも祐の作戦の内なのかは分からない。

 

「朝倉さんなら言ってくれたろうに…」

 

「それが本当なら、あいつも大概乗せられやすいようだな」

 

「恐らく僕の巧みな話術によるものでしょう」

 

「確かに巧みな話術だ、現に私は臍で茶が湧いた」

 

「こいつ!バカにしやがって!」

 

そこで店員が祐の注文した飲み物を持ってくる。愛想のいい笑顔で受け取る祐の切り替えの早さに呆れた。

 

「なんだその飲み物は?」

 

「激甘黒蜜抹茶ラテだって。気になったから注文してみました」

 

視覚的にもその甘さを訴えてくる激甘黒蜜抹茶ラテは、人によっては見るだけで胸やけを起こしそうな物だった。早速祐が口にする。

 

「おっ、これは…いかん…」

 

「その名に恥じぬ実力のようだな」

 

想像以上の甘さに祐は分かりやすい反応をした。しかしそれは真名の好奇心を刺激したようだ。

 

「私も頼むか」

 

「大丈夫?思った以上にこいつヘヴィでっせ」

 

「偶には挑戦するのも悪くない」

 

手を上げて店員に同じものを注文する真名。余談だが彼女を見た女性店員の顔は仄かに赤かった。むかついたので真名に対する逢襍佗ポイント-1だ。因みにこのポイントが増減したところでなんの意味もない。

 

「それで話を戻すが、場所は?」

 

「めっちゃ聞いてくるじゃんこの人…まぁ俺も知らないからこれから調べるとこっす」

 

景品のチケットを確認しながらスマートフォンで対象の旅館を検索する。どうやら街中ではないようだ。

 

「近くにスキー場があるし、結構山の方っぽいな」

 

「どれ、ちょっと見せてもらおう」

 

怪しさしか感じないが素直にスマートフォンを渡す。画面に映る地図を見て真名が口角を上げた。嫌な予感しかしない。

 

「逢襍佗、途轍もない偶然なんだが…私はこの付近に近々行かなければならない用事がある」

 

「そうなんだ、凄い偶然だね!頑張ってね!じゃあね!」

 

席を立とうとした祐の腕を掴んだかと思うと流れるように下へ移動し、指を絡めて掌が重なるように繋いだ。

 

「そう急ぐなよ。休日なんだ、ゆっくりしようじゃないか」

 

その様子は周囲の視線を集めだす。元々目立つ外見の者同士、二人が目の惹く行動をすればこうなるのも当然だ。

 

「ハニートラップじゃねぇか…」

 

「人聞きが悪いな。それに、注文した物を残していくのは良くないぞ?」

 

テーブルに鎮座する激甘黒蜜抹茶ラテに視線を移す。真名の言うことは正しい。食べ物等を粗末にするのは祐の主義に反する行為なので椅子に座り直した。それを確認して真名の手がそっと離れる。

 

「はぁ…その用事ってのは?」

 

「残念ながら詳しいことをここでは話せない。人が多すぎるからな」

 

「視線集めといてよく言うよ」

 

「お前を留めておく為だ、背に腹は代えられない」

 

「然様でござんすか…」

 

薄々勘付いてはいたが彼女は口も随分と達者なようだ。周囲を色々と煙に巻いていそうである。しかしその点は自分も人のことを言えないので触れはしない。

 

「ここは世間話でもして、私の注文品を待とう」

 

「いいけど、龍宮さんって世間話が好きなようには見えないな」

 

「基本はな、だが相手にもよる。お得意の巧みな話術とやらで楽しませてくれ」

 

祐はため息をつくと少し身を乗り出した。

 

「いいかい龍宮さん、楽しい会話っていうのは片方だけじゃ駄目なんだ。互いに協力して作り上げていく共同作業と言ってもいい」

 

「勉強になるな」

 

「はいリアクションが小さい!喝だ!」

 

「なんだそれは…」

 

そうして注文の品がくるまで話をする二人。時折首を傾げたくなる部分はあったが、それなりに楽しめたとは真名の感想だ。その後新たにテーブルに置かれた激甘黒蜜抹茶ラテを真名が飲む。

 

「うっ、これは…」

 

「だから言ったじゃないの」

 

 

 

 

 

 

あれから例のラテを飲み干した二人は女子寮へと向かう途中にある広場に来ていた。ここは普段から人通りのない場所である。歩いている最中は二人とも腹部を摩っていたが、現在は大分落ち着いたようだ。

 

「さて、ここら辺でいいだろう。盗み聞きをしている奴もいないようだしな」

 

「確かに周りには誰もいないね」

 

祐も真名も周囲に人がいないことを感覚で理解していた。振り向いて真名と祐が向かい合う。

 

「用事というのは他でもない、仕事の依頼を受けた。その場所があの付近だったんだ」

 

「それ以上は教えてくれない感じだよね?」

 

「クライアントに対する私の立場もある。口の軽さは信用に直結するから、こればかりはな」

 

祐は腕を組んで黙って聞く態勢を取った。取り敢えずは聞いてからだ、指摘は後からすればいい。

 

「商店街でお前を見つけたのも、旅館の場所と目的地がそれ程離れていなかったのも本当に偶然だ。こうまで偶然が続くと少々気味悪いとは思うよ」

 

嘘を見抜くことには自信がある。そしてどうやら真名の言葉に偽りはないようだ。

 

「お前はそのペアチケットをどうしようかと悩んでいたが、様々なことを加味して誰も誘わず一人で行こうと考えていた。違うか?」

 

「仰る通り」

 

そこまで予想を立てていたとは大したものだ。日常生活での思考パターンは大体把握されてるのかもしれない。それ程深い付き合いでもないというのに恐ろしい話である。

 

「では本題だ。お前も予想は付いているだろうが、その券を私に一枚譲ってほしい」

 

「いやぁ、でも…バレて友達に噂とかされると恥ずかしいし…」

 

「くだらんことを言うな」

 

話の腰を折る祐に冷めた視線を向けた。どうでもいいが祐のネタは所々古い。

 

「先程も言ったが私の口は堅い。誰にもこの話は漏れないと約束しよう。それこそお前の方がヘマをしなければだが…」

 

「龍宮さんてよく失礼だって言われない?」

 

「有事の際のお前にはそれなりに一目置いているが、それ以外のお前はどうにも抜けているというのが私の正直な感想だ」

 

「否定したいのに出来ないって辛いよね」

 

「素直に認めるところは美徳かもな」

 

実際真名の口の堅さは信じていいだろうとは思う。彼女はこの若さで数々の修羅場を潜り抜けてきたれっきとした仕事人だ。寧ろ自分よりこの手のことは得意だろう。

 

「これは教えてほしいんだけど、このチケットを欲しがる本当の理由は?近くにあるとは言っても他に方法は幾らでもあるだろうし、温泉に行きたいからってわけでもないんでしょ?」

 

一番引っ掛かりを感じた部分はこれだ。はっきり言って真名とは二人で旅行をするような気心の知れた関係ではないことなど百も承知である。そんな相手に真名がこうして頼むのは目的地が近いからだけではない、何か本当の理由があると思えて仕方がなかった。

 

「簡単な話だ。それがあれば宿代がタダになる」

 

「…えっ、それが理由?」

 

想像以上に単純且つしょうもない理由に祐は聞き返す。対して真名は至って真剣だ。

 

「何を言う。無料で泊まれる選択肢があるんだぞ、選ばない手はないだろう」

 

「貴女意外とケチ…倹約家なんすね」

 

「一円を笑うものは一円に泣く。あと最初に聞こえた単語に関しては言い直したのに免じて許そう」

 

「ありがとうお姉さん」

 

「次私の方が年上のような物言いをしてみろ、その眉間をぶち抜くぞ」

 

「すみません…」

 

けちと言われるより年上と言われる方が我慢ならないようだ。人それぞれなのは前提として、真名の起爆スイッチが何処なのかいまいち判断できない。取り敢えず年齢関係はNGとしておく。

 

「それで、どうだ逢襍佗?お前はその景品を無駄にせず済み、私は無料で宿を得られる。どちらにも損はないはずだ」

 

「まぁ、確かに損はないですけど」

 

「寧ろお前にとっては得かもしれんぞ?宿にいる間は二泊三日で私と二人きりだ」

 

「フッ。あっ、やばい鼻で笑っちゃった…」

 

「知らなかったよ、お前は私の神経を逆撫でするのが上手いんだな」

 

笑顔で懐に手を入れる真名。いったいそこから何を取り出すつもりなのかを考える前に祐は両手を上げる。真名はその何かを掴むことなく腕を下ろした。一命は取り留めたようである。

 

「はぁ…分かりました、これどうぞ。このままいけば使わずに無駄にしてたってのはその通りだからね」

 

祐はチケットの一枚を取り出すと差し出した。先程とは違い、満足そうな笑顔で真名は受けとる。

 

「素晴らしい判断だ、協力感謝するよ逢襍佗」

 

「喜んでいただけたのなら何よりです」

 

改めてチケットを確認する真名。そこには有効期限なども記載されていた。

 

「期限は12月末までか、悪くない。少しだけ時間をもらうぞ、クライアントと話を詰めて詳しい予定を決める。11月中になるのは間違いないだろうが、お前の方は何か希望はあるか?」

 

「雪が見たいんで下旬がいいです」

 

受けた依頼は今すぐ動いてほしいといったものではなかった。準備に費やす時間はそれなりにある。肩の力が抜ける理由だが、券の所有者が言うのだから取り入れるべきなのだろう。

 

「…まぁ、この景品はお前のものだ。融通を利かせてもらえるよう取り合ってみる」

 

「多くは望みません。僕を白銀の世界に連れて行ってください」

 

「積もっていればいいな」

 

真面目に対応するのに疲れたのか、真名は投げやりである。

 

「そもそも11月の終わりにスキー・スノーボード教室とやらがあった筈だろう。そこで見れるじゃないか」

 

「綺麗な景色は何回見たっていいもんですから。何より雪の降っている中で露天風呂とか最高でしょ」

 

能天気な解答に真名は呆れながら小さく頷いた。

 

「ではまた何か決まり次第私から連絡する。言っておくが周りにバレるなよ?」

 

「本当に隠しておかなきゃならないことは大丈夫ですよ。そこに関してはお任せを」

 

「ああ…そういえばお前は謎ばかりだったな」

 

どこか深みを持たせた言い方をして真名は女子寮へと向かっていった。その背中を見送っていると、途中でこちらに振り返る。

 

「ではまた。温泉旅行、今から楽しみにさせてもらうよ」

 

「同じくです」

 

一度笑うと真名はそのまま帰っていく。腕を組んで一息ついた後、祐も自宅へと帰るために歩き出した。

 

(あっ、二泊三日ってことは一日学校休まないといけないじゃん…。まぁ、なんとかなるか)

 

 

 

 

 

 

寮に戻った真名が部屋のドアを開けると、リビングで刹那が夕凪の手入れをしていた。

 

「戻ったか」

 

「ああ」

 

お互い一言だけ交わして会話は終わる。知らない者が見れば険悪そうに見えるかもしれないが、双方口数が多い方ではないのでこれはいつものことだ。しかし真名の横顔を見た刹那はなんとなく会話を続けた。

 

「少し帰りが遅かったな。何かあったのか?」

 

「ちょっとな、今後のことで話し合っていた」

 

「今後のこと?」

 

刹那が聞き返すと、真名は冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出して振り返る。

 

「近い内に取り掛からなければならない仕事が入った。それに関することだ」

 

「なるほど」

 

刹那と真名は組んで仕事に取り掛かることもあれば、それぞれ単独で動くことも多い。相手の生活にあまり干渉しないことは共同生活を円滑に行う上で必要なことだと知っている。理由が仕事となればこれ以上は探索しない方がいいだろう。納得した様子の刹那を見て、真名は冷やしておいた水を一口飲んで壁に寄り掛かった。

 

「そうそう、この仕事は一日で終わるようなものではなくてな。少なくとも二日は掛かる」

 

「学園は休むのか?」

 

「そうなるな。詳しい日程はまだ決まっていないが、行くのは11月後半になるだろう」

 

仕事が長引くものならばそれも仕方がない。生真面目な性格の刹那だがそこに対する理解はあった。

 

「さて、私は大浴場に行くが…お前はどうする?」

 

「もうすぐ手入れも終わる。そうしたら私も行こう」

 

「了解」

 

それから少しして夕凪の手入れを終えた刹那が立ち上がると、真名が入浴に必要な物一式を持ってソファに座っていた。

 

「待っていたのか?」

 

「偶にはな。それ、終わったのならお前も準備しろ」

 

普段通り一人で早々に向かっているかと思えば、珍しいこともあるものだ。少々不思議に思いながら刹那も準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

大浴場を目指して寮の廊下を歩く二人。お互い視線は少し先に向けたまま真名が呟くように言う。

 

「そう言えば、最近逢襍佗はどうだ?」

 

「…何故私に聞く」

 

僅かに不機嫌な顔をする刹那。普段から祐関連でいじり過ぎたかと真名は軽く笑った。

 

「お前や神楽坂達は周りよりあいつを見ているし、接する機会も多いだろう」

 

「それは、そうだが…」

 

確かに他のクラスメイトに比べて祐を監視しているし接する機会も多い。そう言われると妙に否定したい気分になるが本当のことなので認めるしかなかった。

 

「それと聞いた理由だが、単純に近頃の逢襍佗の動きが気になっただけだ。詳しくは知らんが麻帆良祭も途中で抜け、この前の留学生もどうやらあいつが絡んでいるようじゃないか」

 

「真名はララさんのことを学園から何か聞いているのか?」

 

「遥か遠くのお姫様ということぐらいはな」

 

「ほぼ全てではないか…」

 

ぼかした言い方だが、これはララが宇宙人であり王女でもあると知っている態度だ。ここを押さえていればララに関しては充分だろう。

 

「ララさんに関しては私もそれくらいしか知らない。逢襍佗さんの幼馴染の方が、偶然彼女と出会ったのをきっかけに付き合いが始まったとのことだ」

 

「なるほどな。それとやはりお前はララさんと呼ぶのか」

 

「そ、それは本人からお願いされたんだ!断るのも悪いだろう!」

 

恥ずかしそうに言う刹那の反応は予想通りのものだ。こうなるとどうしても真名は揶揄いたくなってしまう。

 

「お姫様は名前呼びなのに逢襍佗は苗字呼びとは。案外あいつは気にしていたりしてな」

 

「何故そうなる⁉︎」

 

「長い付き合いではないが、あいつとの方が関係性はそれなりにあるだろ?」

 

「逢襍佗さんからは特に何も言われていないし、彼だって私を苗字で呼んでいるぞ!」

 

「つまりお前は名前で呼ばれたいと」

 

「そんなことは言っていない!」

 

その後も刹那のいい反応を楽しみながら真名は歩いていく。今回の仕事、厄介なものとなる可能性は高いが報酬はそれに見合ったものを受け取れる予定だ。またそれとは別に、この一件を通して謎多き同級生の何かを知れるかもしれない。そちらも大きな収穫になりそうだと、真名は密かに期待していた。

 

 

 

 

 

 

人の気配もない暗く冷たい廊下には、至る所に損傷と乾いた血がついていた。争いの跡だと連想できるそれを本来照らす筈の照明も粉々に砕け散っている。そんな廊下をまっすぐに進むと、突き当たりに大きな一室があった。扉は吹き飛ばされ、瓦礫が散乱している室内の中央に巨大なカプセルが立っている。数えきれない程のコードが繋がれたカプセルは薄い緑色の液体で満たされ、微かに光を発していた。

 

そのカプセルの液体に浮かぶのはまるで眠っているかのように目を閉じている女性。それを少し離れた場所で見つめている者がいた。影が掛かりその全貌を確認することはできない。しかしそのシルエットは人型ではあっても、到底人間とはかけ離れた存在だった。



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測り難きは人心

11月を迎え、秋の終わりと冬の訪れを感じ始める季節となった。季節の中で最も冬が好きな祐にとって、これからの季節は好ましいものだ。真夏と比べて透き通った空気と澄んだ空を体感する為、こうしてすっかり寒くなった早朝の道を特に当てもなく歩いている。

 

「逢襍佗さん?」

 

落ち葉で溢れる並木道を進んでいる途中で後ろから声がする。振り返ってみれば竹刀袋を肩に掛けた刹那がこちらを見ていた。丁度別の通路からこの並木道に出てきたところのようだ。

 

「お、桜咲さんじゃないっすか。おはようございます」

 

「おはようございます。どうされたんですか?こんな時間に」

 

「早起きしたんで散歩ですよ。寒い季節の日が昇り始めた早朝って、なんか好きなんですよね」

 

「なるほど、なんとなく分かる気がします」

 

祐の言ったことに刹那は少し笑顔を浮かべて同意した。抽象的な言い方だったが、祐の言わんとしていることは刹那に伝わったようだ。

 

「桜咲さんは…朝練ってわけじゃないよね?まだ早すぎるし」

 

時間としてはもう間もなく5時となる。ジョギングをしている人を数名見かけるくらいで、まだ夜が明けきっていない街は活動していない。

 

「私も早々に目が覚めてしまって。横になっているのもなんですから、こうして出歩いた次第です。服に関しては…私は出歩く用のものをこれくらいしか所持していないので」

 

ジャージ姿の祐と違い、刹那は既に制服を着用していた。その理由を少々恥ずかしそうに説明すると、それを見た祐は表情を暗くした。

 

「申し訳ございません…配慮が足りませんでした…」

 

この雰囲気と言葉からしてどうやら祐は勘違いをしているようだ。目に見えて落ち込む姿を見ては訂正せざるを得ない。

 

「あの、逢襍佗さん…一応言っておきますが、私は金銭的な理由で衣類を所持していないわけではありませんのでそう気を落とさないでください」

 

「となると…その理由は聞いても?」

 

「……単純に関心がないだけです」

 

「あっ…」

 

なんとも言えない空気が二人の間に流れる。刹那が金銭的に苦労をしていたわけではないのはいいが、この場の雰囲気は以前好転していなかった。

 

「ま、まぁ俺も服とかに興味があるわけでも知識があるわけでもないですし…人それぞれですよね!」

 

「そ、そうですね…そう言っていただけると」

 

「でもそれしかないってのは流石にどうなんですかね…?」

 

「放っておいてください!」

 

せっかくこの話題が終わりそうだったにも拘らず祐が余計なことを言った。相変わらず治めたいのか乱したいのかよく分からない。

 

「せっかくだから木乃香とかに聞いてみたらどうです?少なくとも俺達より詳しいでしょうし」

 

「いえ、こんなことでお嬢様のお手を煩わせるわけには…」

 

「木乃香も一緒に出掛けるなら、制服よりも普段着とかの方がいいと思うんじゃないですかね」

 

「うっ…」

 

「服を選んでください的な感じで誘ったら喜んでくれますよ」

 

「ぐっ!」

 

こう言われてしまっては刹那は揺らぐ。自分が出掛ける用の服を着るくらいで木乃香が喜んでくれるならばいくらでも着よう。彼女の幸せは自分にとっての最優先事項である。自分のような者が休日に誘うのは烏滸がましくそれでいて勇気がいることだとは思うが、それも喜んでくれると言うのなら勇気を出すべきだ。

 

「ほ、本当にお嬢様は…喜んでくださるでしょうか…?」

 

「そんなの当たり前ですよ、木乃香は桜咲さんのこと凄く大切に思ってるんですから。100%喜ぶに決まってます、断言してもいいです。いや、断言させてください!断言していいと言ってくれ!」

 

「知りませんよ!したいならすればいいじゃないですか!」

 

妙な部分で熱くなる祐に刹那はご尤もなことを言う。本日も平常運転な彼は気付けば腕時計を確認していた。

 

「さて、宴もたけなわではございますが俺はそろそろ家に戻りますね。桜咲さんも道中お気を付けて」

 

「え、ええ。ありがとうございます」

 

軽く挨拶をして祐は歩き出す。その背中を暫く見つめ、緊張しながらも刹那は声を出した。

 

「あの、逢襍佗さん」

 

「はい?」

 

「上手く出来る自信はありませんが…お嬢様のこと、誘ってみます。ご迷惑でないのなら、明日菜さんも」

 

それを聞いた祐はまるで自分のことのように嬉しそうに笑った。その優しい表情は刹那を安心させたが、刹那本人はそれに気が付いていない。

 

「絶対喜びますよ、二人とも。断言します」

 

今度は初めから言い切って背を向けた。祐の離れていく姿を見ていると一つの言葉が頭に浮かぶ。それを口に出そうとするが先程のようにはいかず、喉に詰まって発することができない。理由は分かっている、勇気が出ないのだ。両手を組んで親指を忙しなく動かしてみても心は落ち着かず、その間に祐は遠く離れていってしまった。今からではかなり大きな声でなければ届きはしないだろう。只でさえ口にするのが難しいというのに、それを更に大声でなどできるはずがなかった。刹那は落ち着いてきた胸の鼓動を実感し、大きなため息をつく。

 

「情けない…何をここまで緊張しているのだ、私は…」

 

『逢襍佗さんもよろしければご一緒にどうですか?』

 

たったそれだけの言葉なのに、刹那には言える気がまったくしなかった。

 

 

 

 

 

 

それから数時間後の麻帆良学園。次の授業の間の時間に刹那はもう何度目か分からない深呼吸をした。本当は朝の挨拶と共に誘うつもりだった。しかしいつものように話をしていると中々切り出すことができず、結局ここまで見送ってしまっていたのだ。このままではいけないと頭を振り、この時間に決めるぞと気合を入れ直す。そんな刹那を隣の席の円は困惑しながら見ていた。声を掛けていいものか悩んだが、放っておくわけにもいかない。こちらも勇気を出して話し掛けることに決めた。

 

「えっと、桜咲さん?」

 

「はいっ!?」

 

「ひゃっ!?」

 

円の声に驚いたのか、腰を抜かしたのではと思うほどの反応を刹那がした。見ていた円も同じようなリアクションになる。

 

「お、脅かさないでよ…」

 

「す、すみません!少し呆けていたもので…」

 

お互い冷静さを取り戻したようなので、円は一息ついて話を戻す。

 

「まぁいいけど…それで、どうかしたの?朝からずっとそんな感じだけど」

 

「いえ、別段何があると言うわけでは…」

 

「今のリアクションでそれは無理があるでしょ」

 

円の冷静な指摘に何も言えない刹那。円は分かり易く、そして素直過ぎるクラスメイトが少し心配になった。

 

「言いにくいことだったら無理に聞かないから、もしそうだったらごめんね?」

 

気を利かせてくれた円に警戒心が薄れる。純粋に心配してくれたのだろう。思えば彼女はノリはいいがA組の中でも比較的常識人で、周りに細かい気遣いをしてくれる人物であるという印象だ。こうして声を掛けてくれた厚意に甘え、刹那は事情を話すことにした。周りに聞こえないよう口に手を添えると、察した円が耳を寄せる。

 

「えっと、実は…」

 

「ん、なになに?」

 

小声で何故こうなっているのかを円に説明する。刹那が説明を終えると、円は顔を両手で隠しながら肩を震わせていた。

 

「く、釘宮さん?」

 

「ご、ごめん桜咲さん…少し待って…」

 

深呼吸を繰り返し、なんとか元通りになる円。こうなった理由は単純、刹那の落ち着かなかった理由がなんともいじらしくにやけるのを抑えられなかったのだ。しかし笑っているのを見せてしまえば刹那が更に恥ずかしがってしまうだろうと隠し通した。見事な行動である。

 

「オッケー、理由は分かったわ。あとはどうするかだけど、こればっかりは桜咲さんが勇気を出すしかないわね」

 

「はい、仰る通りです…」

 

縮こまって小さくなる刹那に苦笑いをして、円は優しくその背中を摩った。

 

「緊張するかもしれないけどさ、大丈夫だって。あの木乃香だよ?桜咲さんが誘ったら絶対喜ぶって、きっと明日菜もね」

 

「釘宮さん…」

 

ニッと笑うと今度は円が刹那の耳元で小さく話し始めた。

 

「ここだけの話、木乃香は勿論のこと明日菜もあれでいて結構寂しがり屋なとこあるの。だから友達とかに遊びに誘われると、内心かなり喜んでるっていう可愛いとこあるんだ」

 

「そ、そうなのですか?」

 

なんというか秘密の話を聞いている気がしていいのだろうかと思いつつ、耳が離せない刹那だった。

 

「うん、だからきっと大丈夫。ほら、自信もって!」

 

円に軽く肩を叩かれると、気のせいかもしれないが不思議と勇気が湧いてくるような気がした。チアリーディング部に所属しているからだろうか、人を勇気づける・応援するのに慣れているように思える。ここまで励ましをもらったのだ、拳を強く握ると刹那は椅子から立ち上がった。

 

「ありがとうございます釘宮さん。今ならいけそうな気がします」

 

「その意気だよ桜咲さん!ファイト!」

 

円は両手を握って気合を入れるような仕草を見せた。頷いた刹那は真剣な眼差しで木乃香と明日菜の席に向かう。ただ買い物に誘うだけと言えばまったくもってその通りなのだが、刹那にとっては一大決心なのだ。席に近づくと会話をしていた二人の視線が刹那に向いた。

 

「あれ、せっちゃん?」

 

「どうかしたの?」

 

いえ、なんでもありませんと言って自分の席に戻りたい気持ちに襲われる。だが応援してくれた人がいるのだ、その想いに応える為にもここで引く訳にはいかない。深呼吸をして二人を見つめ返した。その二人は刹那の様子に心底戸惑っている。無理もない。

 

「お嬢様、明日菜さん。不躾ながら私からお二人にお願いがあります」

 

「う、うん…」

 

「恥ずかしながら私は、所謂普段着というものを所持していません」

 

「えっ、そうだったの?」

 

言われてみると確かに刹那は休日も制服姿だった。明日菜と木乃香は何か刹那にこだわりがあるのだろうかとは思っても、深くは考えていなかったのだ。何やら緊張感漂う刹那に周囲の視線も集まり始めたが、本人がそれに気付いていないのは幸いか。真名は窓から空を見つめて笑いを堪えていた。しかし全身が震えている。

 

「そしてご存じかもしれませんが、私はそう言ったものに浅学非才です」

 

「そ、そこまで謙遜せんでも…」

 

(せんがくひさい?)

 

「ですからもしお二人がご迷惑でなければ私と、私と…」

 

そこで言い淀む刹那。木乃香と明日菜だけでなく、周囲も息を殺して刹那を見守っている。円はより身体に力を込めており、裕奈とまき絵に至ってはなんの場面なのか一切理解していないが声を出さす小さな動きで刹那にエールを送っていた。それに周囲も参加し始める。千雨は頬杖をつき冷めた目で遠くを見ていた。

 

「私と一緒に!お、お買い物に行って…私の普段着を選んでいただけませんか!」

 

決して気の利いた言葉ではなかった。だがそんなことは関係ない。これ程までに感情のこもった願いがあっただろうか、いや無い。その真っ直ぐ過ぎる願いは、一直線に聞く者の心に届いた。

 

「せっちゃ~ん!」

 

「お、お嬢様!?」

 

感極まった木乃香が満面の笑みで刹那に抱きついた。狼狽えながら木乃香を支える。

 

「や~っとせっちゃんから誘ってくれた!ウチすっごく嬉しい!」

 

思いの丈をぶつけるように強く刹那を抱きしめる。そんな二人を見て困ったように笑いながら明日菜も立ち上がった。

 

「真剣な顔してたから何事かと思ったけど、そんなことならお安い御用よ。とは言っても私も服のことなんて分からないけど…」

 

「明日菜さん…」

 

「言っとくけど、私だって刹那さんから遊びに誘ってくれるの待ってたんだからね?誘ってくれてありがとう、刹那さん。今から凄く楽しみ!」

 

「明日菜さん!こちらこそありがとうございます!」

 

「おわっと!」

 

今度は刹那が感極まって、木乃香を左腕で抱きしめながら右腕で明日菜を抱きしめた。周囲の目もあるので非常に恥ずかしいのだが、振りほどくことなどできないので甘んじて明日菜は受け入れる。すると周囲からまばらに拍手の音がした。その音は少しずつ勢いを増し、やがて万雷の喝采へと変化する。

 

「素敵だよ三人とも!素敵過ぎてしまった!」

 

「なんて、なんて穢れのない願いなの…」

 

「it's so beautiful…it's so beautiful…」

 

「本来ならば私は騒がしいことを咎めなければならない立場です…ですが!この光景を誰が邪魔できると言うのでしょう!讃えましょう皆さん!美しき友情を!」

 

「ブラボー!!」

 

「最高だ~!一年A組~!」

 

いつもであれば騒ぎを治めようとするあやかなのだが、この空気に当てられたのか涙を流して拍手に参加している。茶々丸が謎のバズーカを担いで窓から空に向けて発射した。祝砲ということなのだろうか。エヴァはその行動に頭を抱えていた。

 

 

 

 

 

 

一方その頃B組。そこには手足を縛られた上で、段ボールで作られた三角形の棒を並べた台に正座をさせられている正吉がいた。

 

「アー‼︎」

 

「耐えろ梅原!これは厳正な審査の結果だ!」

 

「ただのじゃんけんだろ!」

 

「参加して負けたのは誰だ!」

 

「…無念!」

 

この意味不明な状況を説明するとこうだ。

 

今月の終わりに迫ったスキー・スノーボード教室に際して大雪を望んだB組男子(主に祐)。場所的に11月下旬では雪が積もっているかどうか怪しい為、そのことを憂いていた。そしてその時誰かが口にした、生贄を差し出そうと。あれよあれよという間に段ボールで江戸時代の拷問器具を作り出し、勝ち抜け方式のじゃんけんで負け越した正吉が生贄となった。説明しても意味不明である。

 

「重り投入します」

 

「アー‼︎」

 

ロッカーから取り出した国語辞典を正吉の膝の上に乗せる祐。重量はあると言ってもそれ程ではあるが、下にある三角棒のせいでその威力は馬鹿にできない。

 

「すまない正吉…だがこれも楽しい思い出の為なんだ…」

 

「俺達の人柱となれ」

 

「この外道め!人の心はないのか!」

 

「追加!」

 

「アー‼︎」

 

周りを非難した正吉の足に二つ目の国語辞典が乗る。とても理不尽だ。

 

「俺だって辛いんだよ!」

 

「嘘つけ!」

 

「嘘じゃないしん!」

 

「お前それ好きだな!」

 

「てか私達の行くスキー場ってスノーマシンあるとこだから、降ってようがなかろうがそんな関係ないんじゃない?」

 

楓達と世間話をしながら一部始終を見ていた薫からそんな情報が飛んでくる。しかし祐は納得していない様子だ。

 

「確かにスキー場だけ考えたらその通りではある。でもそれじゃ駄目なんだよ」

 

「駄目って何がよ?」

 

「俺は目的地に近づくにつれて、森林や道に少しずつ積もっていく雪が見たい。そして辺り一面に広がる雪景色が見たい!」

 

「あんたほんとに雪好きね」

 

「並々ならぬ情熱を感じるな。その情熱の向かう先がこれなのは如何なものかと思うが」

 

薫や鐘だけでなく、クラス全員祐は雪が好きだということを知っている。妙に子供っぽいところがあるのは微笑ましいと思えなくもないが、基本今のような奇行に走るので微笑ましくはない。

 

「こんなんじゃ雪は降ってくれないぞ!」

 

「更に追加するか!?」

 

「う~ん…悪くはないけど、あと一歩って感じだな」

 

「どういう判断基準なのかな?」

 

「たぶんよく考えてないぞ」

 

雪を降らせる為には、今の儀式だと物足りないのではと感じた一同。頭を悩ませる男子達を見て由紀香は疑問を口にした。それに対して楓の言ったことは正しい。

 

「よし、あれを使うか」

 

「何かあるのかケン?」

 

「ああ」

 

ベランダに向かったケンが何かを持って戻ってくる。ケンの手に視線を向ければ、そこにはあるものが握られていた。

 

「ご、ごぼう!?」

 

「ケン!まさかお前…!」

 

「ごぼうしばきの刑をするつもりか!?」

 

「おいふざけんなよ」

 

良い反応をするクラスメイトに反して正吉だけ顔も声も本気だった。

 

「なんて恐ろしいものを…そんなの見たら蒔寺さんが黙ってないぞ!」

 

「お前私とごぼうを紐付けすんなよ!」

 

自分の席から迫ってくる楓を見て祐は怯えだす。

 

「やばい!ごぼうガールが来たぞ!」

 

「誰がごぼうガールだ!」

 

「頼む蒔寺!ごぼうしばきだけは許してくれ!」

 

「やらねぇよ!やったこともねぇよ!」

 

生贄たる正吉も楓に恐怖を感じていた。そんなことは一度もしていないのに、とんだ風評被害を受けたものだ。

 

「どうしたごぼうガール、チキってんのか」

 

「…」

 

「アー‼︎」

 

祐の挑発にイラっとした楓は、ケンからそっと渡されたごぼうで祐を叩く。叩かれたのは自業自得であると同時に、それは真のごぼうガール誕生の瞬間でもあった。

 

「こ、降臨なされた…」

 

「嘘だろ!?あれは所詮伝説の話じゃないか!」

 

「伝説なんかじゃない…彼女は存在していたんだ!」

 

他の男子達は楓を囲んで崇めるようにひれ伏すと、中央に立つ楓の表情は無だった。

 

この儀式によって彼らの願いが届くのかどうかは神のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

「そう言えばさ、商店街で福引あったの知ってる?」

 

「なにそれ、初耳」

 

場所は次の休み時間中のA組に戻り、席の近いハルナ・美砂・夕映が雑談をしていた。

 

「二千円以上買い物をすると券がもらえて、福引に挑戦できると言うものだった気がするです」

 

「へ〜、当たると何がもらえたの?」

 

「確か一等は旅行券だったはず。他は…覚えてないわ」

 

「凄いじゃん。でも一回引く為だけに買い物するのもねぇ、予定が初めからあったらいいけど」

 

「確率はかなり低いものでしょうからね」

 

旅行券にはそれなりの魅力は感じても、まず当たることはないものなのでその為に何か買おうとまでは思えない。

 

「そもそもああいうのって本当に当たるのかな?」

 

「そりゃあ誰かは当たるでしょ」

 

「桜子さんがやれば当たりそうです」

 

「くそっ、その手があったか…」

 

「次あったら連れてくしかないわね」

 

(余計なことを言ってしまいました…)

 

一瞬夕映は桜子に申し訳ないことをしたと思うも、桜子であれば寧ろ喜んでやってくれそうな気もする。

 

「誰が当たったんだろ?知ってる人いないもんかね」

 

「聞いてどうすんのよ?その人見つけて盗み取るの?」

 

「ハルナ、どうか犯罪だけはやめてください」

 

「お前ら人のことなんだと思ってんだ」

 

単純に気になっただけだというのに随分失礼な奴らだとハルナが思っていると、話を聞いていたらしく和美が顔を出した。

 

「当たった人なら私見たわよ」

 

「えっ、なんで?」

 

「私もその時商店街にいたから。当たったのは背の高い若い男の人だったわ」

 

「それって祐君?」

 

「だったらそう言うでしょ」

 

「そりゃそっか」

 

そこで当選の瞬間を思い出した和美が、なるべく笑いを堪えながら続きを話す。

 

「その人もびっくりしたみたいでさ、当たった瞬間膝から崩れ落ちてたのよ」

 

「大袈裟過ぎでしょ」

 

「いやマジだって」

 

「見てたら私絶対笑っちゃうわ」

 

「余程嬉しかったのでしょう」

 

その時の光景を想像して笑うハルナ達。同じように笑っていた和美はふと真名の席に視線を移す。目を閉じ腕を組んで座っていた真名が見られていることに気付き、目を開けて和美を見つめ返した。

 

視線が交差すると真名が笑顔を和美に向ける。それに複雑そうな顔をして、和美は視線を逸らすようにハルナ達に戻すと会話を続けた。

 

 

 

 

 

 

昼休み中にトイレに向かっていた和美は、中にある水道で手を洗っていた。ハンカチを取り出して手を拭きながら前を向いて鏡を見る。その鏡越しにいつの間にか壁に寄り掛かっていた真名と目があった。驚いて悲鳴を上げなかった自分を褒めたい気分だ。

 

「口裏を合わせたわけでもないだろうに、自然とあいつのことを隠すとは。随分と献身的じゃないか」

 

「龍宮…」

 

真名はその場から歩き出して和美の隣に来ると、水道の囲い部分に背を向けて軽く座った。

 

「早乙女達はこれ以上探索してこないだろう。仮にしてもお前の言った通り、背が高く若い男が一等を当てたことくらいしか周りから聞くことはできん。中々上手いやり方だ」

 

「そりゃどうも、他に見てた知り合いがいなければだけどね」

 

「その心配はない、あの場を見ていた顔見知りは私とお前だけだ。そして、その後あいつをつけていたのもな」

 

「やっぱり気付かれてたか…」

 

祐が一等を手に入れたあの瞬間を見ていたのは真名だけではなかった。同じように見ていた和美も後をつけており、カフェに入ったところで声を掛けようとしたがそれを真名に先を越された形になる。

 

「あの時もしやと思ってたけど、横から掻っ攫われたってわけね」

 

「すまんな、早い者勝ちというやつだ」

 

会話をしても双方顔は合わせず、相手と反対を向いている。お互いのそれに意味があるのかは分からない。

 

「いつから気付いてたの?」

 

「あの場に着いた時だ」

 

「最初っからじゃん…」

 

「そうとも言うな」

 

軽い調子で話す真名に対して、自分は今こんなに緊張しているのにと少し恨めしく思った。以前から分かっていたことだが、彼女はクラスメイトどころか知り合いを含めても手強さで五本の指に入る。

 

「周囲に目を配るのは習慣のようなものでね、気配にも敏感なんだ。あいつも気付いていたかどうかは分からん。あれは相当勘が鋭いと思っていたんだが、常にというわけでもないのかもしれない」

 

「彼ってちょっと抜けてるとこあるから」

 

「同感だ。それで、お前が本当のことを言わなかったのはどうしてだ?」

 

ハンカチをしまって再度鏡を見ると自分の顔が目に映る。分かったのは顔がこわばっていることくらいだ。

 

「あんたらが話してるのを見て、この情報をどうするかは様子を見た方が良いと思ったから。だけどパル達が話してる時もあんたは余裕そうだったわね」

 

「まぁ、そこがバレたところでやり様は幾らでもある。それでもお前のおかげで手間が省けたことは感謝せねばな」

 

そこで一旦会話が終わる。少しこの雰囲気に息苦しさを感じているので、和美的にはそろそろお暇したいところだ。

 

「そんじゃ、私はこれで」

 

「朝倉」

 

この場を離れようとしたところで名前を呼ばれ、振り返った結果やっと二人は顔を合わせた。

 

「お前はカフェからついてこなかったな」

 

「先越されたから仕方なく退散しただけよ」

 

「そうか、では最後にもう一つ。お前はあいつの勢力に入っている、という認識でいいのか?」

 

「それってどういう意味?あと勢力って…」

 

先程から出ているあいつとは間違いなく祐のことなのは分かっている。しかしそれでも真名からの質問は和美を当惑させた。

 

「分かり易く言うなら、お前はあいつの仲間か?ということだ」

 

質問の意図が理解できたのに合わせて、その答えを考えながら視線を落とす。

 

「仲間って呼べる程近しいかは微妙ね。敵か味方かなら、間違いなく私は味方だけど」

 

「味方…そうか、味方か」

 

真名は笑って立ち上がると歩き出した。そして和美の横を通り過ぎる瞬間に囁く。

 

「どうも入れ込んでいるとは認めたくないようだ」

 

はっとした顔をして真名を目で追うが、当の真名はこちらを見ることなく去っていった。

 

「なんなのよ、エヴァちゃんも龍宮も…訳分かんないっての」

 

自分でもよく分からない歯がゆさを感じて頭を掻く。少し前からよく沸き起こるこの気持ちは好きではなかった。思考に靄がかかり、すっきりしないからだ。

 

「私は、私は第三者で…記者なんだから…」

 

自分以外誰も居ない女子トイレで呟くように言った。その言葉は誰に聞かせるでもなく、自分自身に言い聞かせたものだったのかもしれない。



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先行き不透明

[この時期から雪が降っているのは珍しい気がしますが]

 

[そうですね、今年は例年よりも早い段階から雪の降る地域が多くなっています。積雪に備えた準備は早め早めにしておくのがいいでしょう]

 

11月が半分を過ぎた平日。朝食を食べながら見ていたテレビでは、アナウンサーと気象予報士がそんな会話をしていた。焼いた食パンに大きく口を開けてかぶりついた美也の視線が画面に向く。

 

「確かに今年って去年より寒い気がするなぁ~、お布団から出るのも一苦労だよ」

 

やれやれといった様子の美也の向かいに座る純一は少し驚いた表情をしていた。

 

「にぃに、何その顔?」

 

「まさか儀式が?いや、それともごぼうガールの力なのか…?」

 

「お母さん、にぃにがまた変なこと言ってる」

 

「いいからご飯食べちゃいなさい」

 

「は~い」

 

 

 

 

 

 

「うひゃ~、さむっ」

 

登校の為に玄関のドアを開けた夏美が吹いてきた風に身を震わせる。続いて出てきた千鶴とあやかも寒さを肌で感じた。

 

「今日は曇だし、余計に寒く感じるわね」

 

「まだ真冬でもないというのに、体調管理に注意ですわ」

 

鍵を閉めて階段を下り寮から外に出る。その間に鉢合わせたクラスメイトと共に学園を目指した。

 

「あっ、見て見て!もう白い息出るよ!」

 

桜子が息を目一杯吸って勢いよく吐き出すと見ていた周りから「お~」と声が上がる。

 

「冬って感じ」

 

「負けないぞ~!僕の方が強く出してやる!」

 

何人かが息を吐いて気霜を楽しむ。これだけのことで盛り上がれるのはある意味流石と言えるかもしれない。

 

「おっ、風香怪獣みたいだね」

 

「がお~!パルを食べちゃうぞ~!」

 

「来るかちびっ子怪獣!あのでかいのに比べたら可愛いもんよ!」

 

「そう言えばあんた直接の被害者だったわね」

 

怪獣事件のことを思い出し、全員がどこか懐かしさを感じていた。まだ半年も経っていないが、この一年は色々と話題に事欠かなかったことが関係しているのだろう。

 

「虹の光でぶっ飛ばしてやるわ!」

 

「やめろよ!僕が宇宙に飛んでっちゃうだろ!」

 

はしゃぐクラスメイトを見てあやかがため息をついた。

 

「まったく…朝から元気なのはいいですが、もう少し落ち着きがあった方がよろしいですわよ」

 

「いいじゃないあやか、賑やかな方が楽しいでしょ?」

 

「賑やかすぎるのが問題なんです」

 

こんな寒空の下でよくはしゃぐものだと八割の呆れと二割の羨ましさを感じる。そして千鶴は幼い子供を見守るお姉さんだった。

 

そんな時、あやかは冬が好きで寒くなってくると日によってはテンションが二割増しになる幼馴染を思い出す。このタイミングで思い出したことに少々嫌な予感がしつつ、深く考えないようにと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

麻帆良学園の敷地内には路面電車が通っており、通学などで使われている。本日も満員の路面電車にあやか達は乗っていた。のどかが手すりに掴まりながら流れる景色を眺めて言う。

 

「偶には路面電車もいいね」

 

「そうね、ここから歩いてる人見てるのは気分がいいもんね」

 

「そ、そんなつもりはないんだけど…」

 

「全員がそんな穢れた考えをしてはいませんよ」

 

「穢れと言ったか貴様」

 

物事の感じ方は人それぞれでも、こうも違いがあるものかとのどかは朝から考えさせられていた。

 

[間もなく麻帆良学園前、麻帆良学園前]

 

車内放送が流れ、乗っている学生達が降車の準備を始める。今日も一日、学園生活が始まるのだ。

 

[お降りの際はお忘れ物をなさいませんようご注意ください]

 

[運転士さん、今日って結構寒いと思いませんか?]

 

突然運転士とは別の声が放送で流れてくる。不思議そうな顔をする学生達とは別に、何人かには聞き覚えのある声だった。

 

[え?あ~、そうですね]

 

[こうも寒いとテンションが上がるというか、辛抱たまらなくなりますよね]

 

[えぇ…]

 

「…この声祐君じゃない?」

 

「何やってんの逢襍佗君…」

 

A組が声の正体に気付き始める前、第一声の時点であやかは祐だと分かっていた。これ以上おかしなことを仕出かす前に止めに行きたいのだが如何せん人が多い為、ここをかき分けて最前列に行くのは厳しいものがある。

 

[あ~、興奮してきたな…一曲歌っていいですか?]

 

[えぇ…]

 

[お前と会った仲見世の~煮込みしかないくじら屋でー!]

 

[えぇ…]

 

「熱唱してるわね」

 

「これなんの歌?」

 

「いいぞ~!歌え歌え!」

 

運転士は終始困惑だが学生達にはかなりウケているようだ。結局そのまま路面電車が学園前に着くまで祐のゲリラライブは続いた。降車後しっかりあやかに折檻を受けたのは言わずもがなである。

 

 

 

 

 

 

「てことがあったの」

 

「バカじゃないの?」

 

朝の教室で桜子からその時の話を聞いた明日菜は思わずそう言った。相変わらず祐に対して遠慮のない発言だ。

 

「でもけっこう上手だったよ?」

 

「いや知らないわよ…」

 

「今度カラオケ誘ってみようかな~、明日菜も行こうよ」

 

「えっ、カラオケか~…」

 

あまり反応の芳しくない明日菜に桜子が首を傾げる。

 

「カラオケ嫌いだったっけ?」

 

「嫌いって言うか…人前で歌うのがちょっと…」

 

「そういえば明日菜の歌って聞いたことないかも」

 

「も~、明日菜は恥ずかしがり屋さんだなぁ」

 

「は、恥ずかしいもんは恥ずかしいのよ!」

 

「大丈夫だって、誰も明日菜の歌ちゃんと聞かないから」

 

「それはそれでムカつくんだけど、これ私が悪いの?」

 

軽い調子で安心させようとしたつもりの美砂だが、これでは「じゃあいいか」とはなれない。

 

「別に上手い歌を聞きにいってるわけじゃないんだから、あんなの楽しんだもん勝ちだって」

 

「ウチは明日菜の歌好きやえ?」

 

「へ~、木乃香聞いたことあるんだ」

 

「あっ!ちょっと!」

 

その時の光景を思い出しているのか、木乃香はにっこりと笑った。

 

「むか~しやけどね。そんときも恥ずかしそうに歌っとって、えらい可愛かったわ」

 

「あはは!微笑ましいじゃん!」

 

「うるさい!」

 

「ではそんな恥ずかしがり屋な明日菜の為にお手本を見せましょう、かましてやってよ楓さん!」

 

「裕奈が歌うんやないんかい」

 

「やれやれ、仕方がないでござるなぁ」

 

「意外と乗る気や!?」

 

いきなり流れ弾を受けた楓だったが、当の本人は満更でもなさそうである。席から立ちあがり咳払いをした。

 

「それでは拙者の十八番である『ニンジャ! 摩天楼キッズ』を」

 

「なんの歌…?」

 

「分かんない…」

 

「やめろ下手くそー!」

 

「金返せー!」

 

「せめて聞いてから言うでござる!」

 

飛んできた野次に楓は滅多に見ることができない怒ったような表情を浮かべた。本気でないことは周りも分かっているので笑いが起きている。熱くなった顔を冷ます為に手で扇ぎつつ、これは近いうちにカラオケに行くことになりそうだと予感する明日菜だった。

 

 

 

 

 

 

その日の夜。自宅でくつろいでいた祐のスマートフォンがメールの通知を受けた。画面を確認して返事をすると、今度は着信音が鳴る。

 

「はい、こちら逢襍佗」

 

『連絡する度に小ボケをしないと気が済まないのかお前は』

 

「こっちの方が楽しくない?」

 

『そうでもない』

 

「じゃあもういいよ!」

 

『勝手に癇癪を起こすな』

 

連絡相手は真名であり、電話越しに風の音が聞こえる。今いる場所は寮内ではないのだろう、本当に徹底しているようだ。

 

『本題に入るぞ?予定の最終確認だ。向かうのは来週の金曜日、まず宿まで直通のバスが出る駅に集合する』

 

「駅に行くまでの時間はそれぞれずらすんだよね」

 

『その通りだ』

 

あれから決まった諸々の予定を二人は確認し合う。基本的にバス乗車までは真名が指示した通りに動くことになっていた。

 

『よし、大方頭に入っているようだな』

 

「楽しみなことにはいつだって全力であります」

 

『よろしい。それでは当日、くれぐれも時間厳守で頼むぞ』

 

「任せてくだせぇよ、こんなんちょろいもんですわ」

 

『よく分からんが一気に不安になった』

 

その後も少し話をして通話を終了する。一度伸びをして仰向けになると天井を見つめた。待ち遠しい温泉旅行は目前だ。

 

「楽しい思い出になりますように、なんてな」

 

自分で言ったことに鼻で笑った。望み薄であることなど、自分が一番分かっている。

 

ところ変わって夜の高台。スマートフォンの画面を閉じた真名は視線を遠くへと向ける。

 

「さぁ、鬼が出るか蛇が出るか」

 

 

 

 

 

 

「と言うわけで、貴方にはこれから日本に向かってほしいと思いたるのよ」

 

美しい内装の教会と思われる室内で二人の男女が向かい合って話している。女性の方は椅子に座り、リラックスした状態だが男性の方は直立の姿勢で不信感を全面に出した表情を女性に向けている。

 

「例の件なら、既に動いていると聞きましたが?」

 

「その通りだけど、戦力は多いに越したことはないでしょう?ほら、あの国はここのところ荒れているようだし不測の事態に備える為よ。先方には私の方からちゃんと連絡しておくから、心配は無きにつきよ」

 

女性にそう言われても男性の表情は変わらない。それもその筈、彼女の考えに振り回された経験を数えるには両手では足りない程だ。安心など出来るわけがない。

 

「一応お聞かせ願いたいのですが、他に動ける者はいないのですか?こちらは他にもやるべきことがあるので」

 

「調査の末、場合によっては制圧に移行する可能性も考えると貴方が適任なりけるのよ。そういったものが得意たる貴方がね」

 

男性はため息を漏らす。聞きたいことや納得していないことは幾らでもある。だがどうせ聞いたところで肝心な部分ははぐらかされて終わりだ。こんな信用の置けない人物が上司だということに頭痛がした。

 

「分かりました。それでは準備もありますので失礼します」

 

背を向けて足速にその場を離れようとする男性。その背中を見て女性は笑みを浮かべた。

 

「現場で先方に会ったら仲良くしたるのよ」

 

「…善処します、最大主教(アークビショップ)

 

立ち止まりはしたが振り向くことなく答える。終始不服な思いを抱えたまま、黒い祭服を着た男は教会から出ていった。

 

今回の件、あまり悠長にしていると嗅ぎつけた魔術協会ないしは聖堂教会に対象を横取りされかねない。現状や今後のことを鑑みても、奴らにお前達の代わりに対応してやったなどとでかい顔をさせたくないのだ。

 

もっと言うと代行者と執行者もあの国に対して行動を起こす機会を窺っているという話を聞いた。この件はそういった意味でも渡すわけにはいかない。こうも面倒な邪魔者が増えたのは、混じり合ってしまったことで生まれた弊害と言える。

 

ただそれとは別に土御門があの国でどんな駒を使用しているのかを探る機会でもある。舌を何枚も持つ男が使う手札は把握しておきたい。運が良ければ芋づる式に掘り出し物などが見つかるかもしれないとも考えていた。

 

「精々拍子抜けさせてくれるなよ」

 

 

 

 

 

 

そして日々は過ぎ11月25日。学園のホームルーム時間を過ぎたあたりで祐は自宅を出発した。気配は感じないが、大事をとって普段から人通りの少ない道を通る。暫くして問題なく駅に到着、そのまま直行バスが出発する駅に向かうことができた。目的地のバスロータリーに着くと帽子をかぶり、スーツケースを横に置いた真名が壁に寄り掛かっている。

 

「どもども、おはようございます」

 

「ああ、来たか。おはよう」

 

挨拶を済ませると二人はベンチに座る。ここは大きな駅だが、平日であり通勤時間帯を過ぎた現在は人もまばらであった。

 

「寝坊はしなかったようだな」

 

「寧ろ一睡もできませんでした!」

 

「お前の体力は底なしなのか?」

 

夜通し起きていたとは思えない程本調子に見える祐。これも力が関係しているのだろうかと真名は考えていたが、あの光に関しては考えるだけ無駄だと頭から消した。

 

「そうだ、これを渡しておく」

 

真名がポケットから取り出したカードを受け取って確認するとそれは身分証明書だった。それだけでもおかしいが、これ以外にも色々と問題がある。そこに写っているのは間違いなく自分でも、名前・生年月日・住所・記載されているもの全てが自分のものではない。

 

「なんだこれ…」

 

「仕事の都合で本名を使うのは得策ではない。お前の分も作っておいた」

 

そう言いながら真名が見せた身分証明書も写真以外は違うものである。

 

「この三日間、お前は佐藤利久(りく)。私は鈴木恵麻(えま)だ」

 

「えぇ…」

 

「よろしく頼むぞ利久」

 

「違和感がすげぇよ」

 

「宿もこの証明書の通りに予約してあるから間違えるなよ」

 

「全部やっておくって言ったのはこれが理由か…」

 

予定を決める他にも本人達ての希望で手続き等は真名が行った。やってくれると言うなら是非そうしてもらおうと、特に深く考えずに任せた結果である。

 

「ここまでするって、いったい何の仕事するつもりなんですか」

 

「そんなことは聞くな。お前はただ旅行を楽しんでいればいい」

 

「気付いたら犯罪の片棒を担がされてた。なんてことになってたら絶対に許さんからな」

 

「それはないから安心しろ」

 

はっきり言って安心など出来るかとしか思えない。さっそく雲行きが怪しくなった。

 

「私達の関係は無難に恋人でいいだろう。それぞれ結婚もできる年ということになっているし、二人きりの旅行でも怪しまれることはない」

 

その言葉に再度証明書に目を通すと、年齢は19歳と記載されていた。真名の方を見ると18歳になっている。

 

「俺の方が年上なのは何か意味があるんですかね?」

 

「別にない。なんだ文句があるのか」

 

(ここは深堀しないのが吉だな)

 

年齢の話題はNGだと学んだ祐はそれ以上聞くのをやめることにした。また一つ賢くなった瞬間である。

 

「この二人は結婚を前提に付き合っているのだろうか」

 

「…それを考える必要性を感じないんだが」

 

「それはつまり遊びってことか!利久君が泣いとるわ!」

 

「知らんわ」

 

正直どうでもいい話を続けていると目的のバスがやってきた。乗車準備をしている中で周囲を見ていると、祐達以外に四組の利用者がいるようだ。基本的に年齢層は高めで恐らく夫婦と思われる。バスのドア前でバインダーを持った従業員が降りてきており、利用者の確認をするようだ。

 

「ほら、行くぞ利久」

 

「へいへい、分かりましたよ恵麻ちゃん」

 

確認を終えてバスに乗り込む二人。大型バスに対して利用者が少ないので、席は好きなところに座れそうだ。

 

「俺が窓際だ!譲らねぇぞ!」

 

「なんだこの彼氏は」

 

滑り込むように陣取った祐を見て呆れる。これが本当の彼氏であったなら別れを考える要因になるだろう。取り敢えず隣に座ると祐が二人の間にある肘置きを左腕で占領し、ふてぶてしくふんぞり返って座っていた。俗に言う王様座りである。

 

「まぁ、広さは許容範囲内かな」

 

「お前の態度は私の許容範囲内から外れそうだぞ」

 

それからひと悶着あったもののバスは出発。目的地である温泉旅館を目指して走り出した。窓から見える景色を終始楽しそうに眺めている祐を横目で見ているとどうにも肩の力が抜ける。これではまるで子供の遠足の付き添いだ。

 

「そう言えば、既に目的地付近は積雪量がなかなかのものらしいな。良かったじゃないか」

 

「そうなんすよ!あの時ごぼうでしばかれた甲斐があったってもんですな!」

 

「何を言っているんだ」

 

ごぼうの話は意味不明だが、かといって深く聞きたいとは思えなかった。それよりも気になる点がある。

 

「利久、お前は基本敬語を使うが私に対してはもっとくだけた口調でいい。私は年下だし、こうして二人で旅行をする仲だぞ」

 

「相手が年下で仲良くても敬語使う人はいるでしょうよ」

 

「だがお前は仲のいい相手にはそうではないだろう。私にもそうしてほしいんだよ、彼女なんだからな」

 

「…分かったよ、それがお望みなら。おい貴様、頭が高いぞ」

 

「高飛車になれとは言っていない。100か0しかないのかお前は」

 

 

 

 

 

 

三時間目の授業を終えた麻帆良学園。明日菜と木乃香が会話をしていると前の席の美空が振り向いて二人を見た。

 

「そう言えば逢襍佗君が今日休みって二人は知ってる?」

 

「へ?そうなん?」

 

「あいつ休みなの?」

 

二人の反応からどうやら知らなかったようだ。美空は体制を変えて逆座りをした。

 

「さっきB組の子と話してる時に聞いたのよ。木乃香はボーリングで一緒になったから知っているか、蒔寺楓ね」

 

「あ~、蒔寺ちゃん。うん、知っとるよ」

 

「美空、その人と仲いいの?」

 

「おんなじ陸上部だからね。由紀香と鐘とも仲いいけどそれは置いておいて、お休みの理由は家庭の事情だってさ。二人は何か話聞いてないかなって思ったの」

 

明日菜と木乃香が顔を見合わせる。家庭の事情という部分が気に掛かるが、一先ず知らないことを伝えた。

 

「ウチはなんも知らんなぁ」

 

「私も。てか美空ちゃん、その座り方結構きわどいわよ」

 

「スケベだなぁ明日菜は」

 

「なんでよ!」

 

明日菜から心配されても特に美空に気にした様子はなく、姿勢はそのままだ。

 

「女の子しかいないんだから別にいいじゃん。それこそ大浴場で裸の付き合いもしてるんだし」

 

「そ、それはそうかもしれないけど…」

 

「もしかして明日菜もリト君と同じくらい恥ずかしがり屋さんなんかな?」

 

「いや、あそこまでじゃない」

 

即座に断言する明日菜。リトは泣いていい。

 

「話戻すけど、どうやら最近休みとか遅れてくることが増えたらしくて心配してるっぽいんだよね。本人はそうは言ってないけど、たぶんあれはそう思ってると見た」

 

「心配してるって、その蒔寺さんが?」

 

「マキは大雑把に見えて結構面倒見いいというか優しいとこあるからね。そう考えるとなんというか所々明日菜と似てるかも」

 

美空が言ったことがよく分からず明日菜は首を傾げた。本人に自分が面倒見がいいという認識はないようだ。しかし木乃香は分かっているようで笑顔を浮かべている。

 

「あとでウチ、祐君に電話してみるわ」

 

「なんか分かったらよろしく。込み入った話だったら私には言わなくて大丈夫です」

 

「それって気を遣ってるでいいの…?」

 

「複雑な事情には近づかない、踏み込まないがモットーなんで」

 

三人がそんな話をしている教室の窓際の席には、いつも通り真名が座っていた。実はこの真名は本物ではなく、刹那に貰った『身代わりの紙型』を使用した分身である。この分身は使用者の腕がよければそれなりに複雑な行動もとれるので、問題なく本物の代わりに学園で生活を行えるものだ。

 

そんな分身真名の背中がつつかれる。振り返ってみると今も人さし指でつついているのはザジだった。

 

「何か用か?」

 

「素晴らしい、そっくりです。私も使ってみたい」

 

「…刹那に頼んでみろ」

 

 

 

 

 

 

現在バスはサービスエリアに停車していた。ここで30分の休憩を取ることになっている。真名がトイレから出てくると、同じバスの利用者である老夫婦と祐が会話をしていた。

 

「兄ちゃん達は恋人かいな?」

 

「そうなんですよ。今年で二年目になります」

 

「あらまぁ、いいわね。どっちから告白したの?」

 

「僕からです。そりゃもう熱烈な愛の告白をしました」

 

「ほ〜、因みになんて言うたんや」

 

「それはこんなとこじゃ言えませんよ!ハハハハハ!」

 

前もって用意していた訳でもないというのに、よくああも次から次へと言葉が出てくるものだと思う。それと同時にこうも感じた、やはり祐は嘘に慣れている。言葉に詰まることもなく、表情も一切崩れていない。きっとこれまでも多くの嘘を重ねてきたのだろう。

 

真名は自然と表情が真剣なものになっていた。相変わらず彼は底が見えない、話す時には気を引き締め直す必要があると考えていると祐は老夫婦とまだ会話を続けていた。あまり放置していると何を言うか分かったものではない。早めに介入しようとそちらに向かい、肘で軽く祐の腕を小突いた。

 

「こら、あまりそんなことを話し過ぎるものじゃないぞ」

 

「おっ、彼女さんじゃないか」

 

呼ばれて老夫婦に会釈をする真名。それを見て祐は笑顔を老夫婦に向けた。人の良さそうな笑顔だ。相手を油断させるには効果的だろう。

 

「こりゃ失礼。彼女のストップも入っちゃったんで、この話はここまでということで」

 

「うふふ、仕方ないわね」

 

祐も軽く会釈をしてその場を後にした。二人は隣り合って歩く。

 

「まったく、よく回る口だな」

 

「話し掛けられたからちょっと話すつもりだったんだけど、ついつい盛り上がっちゃって。楽しそうに聞いてくれるもんだからさ」

 

「悪い男だな、そうやってよく嘘をついているのか?」

 

「人聞きの悪い。ただまぁ…そうだね、よくついてるよ。知ってると思うけど」

 

素直に認めた祐は辺りを見回す。真名はその姿を見つめていると目が合った。

 

「なんか飲み食いする?俺はする」

 

「取り敢えずついていくよ」

 

「おっし、じゃあまずあの唐揚げだ」

 

屋台が並んでいるエリアを指さしてそちらに向かう祐とついていく真名。目的の屋台に着くとメニューが載っている看板を確認する。

 

「良さそうなのあった?」

 

「食べるとしたら私は塩だな」

 

「んじゃそれ二人分頼むか、俺が出すよ」

 

「どうした急に」

 

言いながら注文に向かおうとした祐の背中に真名が聞くと少し笑って答えた。

 

「二人の馴れ初めを赤裸々に語ってしまったお詫びということで」

 

「確かに重罪だな。よし、では次のものは私が選定しておこう。先に行っているぞ」

 

「こいつ、とことんタカるつもりだな…」

 

早歩きで屋台を見て回り始めた真名を見送り、祐は唐揚げを注文する。

 

二人の旅行はまだ始まったばかりだ。



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強引で効果的

サービスエリアを出発したバスが暫く走っていると、車内から見える景色が大きく変わってきた。主に建物の数が減り、森林や山などの自然が視界の多くを占めるようになったのだ。

 

「いよいよ来たな…感じるぜ、大自然の息吹を」

 

祐は少し前から窓ガラスに張り付いて景色を眺めている。真名も横目で景色を見つつ聞いてきた。

 

「随分と自然が好きなようだが、何か理由でもあるのか?」

 

「一時期暮らしてた場所が自然に囲まれたところでさ。その場所を田舎って言っていいのか分からないけど、山とか森とかそういうのを見てるとそこを思い出すんだよね」

 

「故郷に懐かしさを感じるというやつか」

 

「そうだね、そんな感じ」

 

祐の表情はその場所を思い出し、懐かしんでいるように見えた。大切な思い出が残る場所、そういったものがない真名には共感できない話だ。どこかに想いを馳せて懐かしむことを羨ましいと感じるかどうかさえ、正直分からなかった。

 

それから今度は天気が変化する。麻帆良では晴天だった空が段々と厚い雲に覆われていき、気が付けばまばらに雪が降り始めていた。

 

「恵麻ちゃん!見てるか!雪だぞ!雪が降り始めてまんねん!」

 

「見えてるよ。あと落ち着け、言葉遣いがおかしくなってるぞ」

 

興奮して口調がおかしくなる祐といつも通りの真名。対照的な二人の姿は傍から見るとそれはそれで微笑ましいものである。興奮状態にあっても、しっかりと本名では呼ばなかった点は評価してもいいと真名は思った。

 

目的地である温泉旅館は標高の高い位置にある。それに伴って曲がりくねった山道を進んでいくことになるのだが、そこを通る頃にはいよいよ本格的に雪が降り積もっていた。除雪された道路以外は白一色の景色となっている。

 

「あー!最高だ!これぞ美しき白銀の世界!暮らすの大変そう!」

 

「大変だろうな」

 

「恵麻ちゃんと暮らすのも大変そう!」

 

「ぶちのめすぞ」

 

 

 

 

 

 

長距離移動を終え、遂に温泉旅館へと到着した祐と真名。周辺には多くの旅館やホテルが一つ一つ距離を置いて立っており、温泉街と呼ばれる場所になっていた。

 

バスから降りて荷台にしまってあったスーツケースを従業員から受け取る真名。そこで祐が近くに居ないことに気が付いて辺りを確認すると、積もった雪に大の字になって埋まっているのが見えた。一瞬放置して旅館に入ってやろうかと考えるが、こんな所で凍死されても面倒なので声を掛けることにする。ただし一日放っておいても祐が凍死するかは微妙なところだ。これと言った理由はないが案外大丈夫な気もしていた。

 

「何をやっているんだ馬鹿者」

 

「おっ、いいところに。引っ張ってくれ、出れねぇ」

 

「そのまま生き埋めにしてやろうか?」

 

うつ伏せになったまま助けを求める祐の姿は情けないことこの上ない。今の気温にも負けない冷たい視線を向けた後、ため息をついて祐の腕を掴んで引っ張った。しかし祐は真名の腕を掴み返してはきても身動き一つ取らない。

 

「おい!起き上がる気はあるのか!」

 

「気持ちに身体がついてこないんだ」

 

「本当に埋めるぞ」

 

祐の態度に呆れていると、隙を突くかのように祐が真名を引っ張り始めた。急いで力を入れて抵抗する。

 

「なんのつもりだ!」

 

「俺と一緒に雪を味わうんだよ!」

 

「私を巻き込むな!」

 

「うおおおお‼」

 

「くっ!この馬鹿力め!」

 

踏ん張るが地面の雪の影響もあって少しずつ引きずられていく真名。最終的にはその身で存分に雪を味わうことになった。

 

 

 

 

 

 

「二名で予約している佐藤利久です」

 

「佐藤利久様ですね、お待ちしておりました」

 

ロビーにてチェックインを行う祐。受付の女性は祐の服に雪が付いているだけならまだしも、左の頬にくっきりと付いている手形が気になって仕方がなかった。しかしそこはプロ、感情は表には出さず笑顔で手続きを進める。滞りなく確認が終わり、部屋の鍵を受け取った祐は会釈をして離れていく。その背中を無意識に目で追うと、ロビーの椅子に座っていた真名と少し話して二人で部屋に向かうのが見えた。

 

「あの二人って恋人かな?」

 

「そうじゃない?二人で来てるんだから」

 

横にいた同僚の女性とそんな会話をする。この時間帯のチェックインは祐が最後だったようで、現在ロビーに客はいない。

 

「いいなぁ、高身長カップルじゃん」

 

「だね。彼女さんもかなり大きかったけど、彼氏さんの方がもっと大きかったし」

 

「二人ともかなりきりっとした目して、お似合いって感じ」

 

「まぁ、手形が滅茶苦茶気になったけど」

 

「何やったんだろうね…」

 

 

 

 

 

 

階段を上がって長い廊下を渡り、宿泊する部屋に着いた二人。祐が鍵を使用して扉を開ける。部屋は畳が敷かれた和室になっており、四人で泊まっても不自由がないと思える程の広さがあった。窓から見える景色も素晴らしいが、何より目を惹くものがある。

 

「マジかよ…露天風呂付いてんじゃん…」

 

旅館自体に大浴場と露天風呂があることは確認済みではあったものの、どの部屋に泊まるのかは知らなかった。まさか露天風呂付き客室に泊まれるとは予想外である。

 

「言っておくが入るなら私が居ない時に入れよ」

 

「え?混浴イベントは?」

 

「あるわけないだろうが」

 

真名は荷物を置くと座椅子に腰かけて机の上に置いてあるせんべいを手に取ったが、包装を見るとかごに戻した。

 

「ダイエットですか?」

 

「つくづくデリカシーのない奴だな。そもそも体形など気にしたこともない」

 

「それ女の人の前ではあんま言わない方がいいと思う」

 

「お前が言うな」

 

祐が真名の向かいに座ると同じようにせんべいを見る。

 

「おっ、えびのせんべいか。結構好きだ」

 

「なら全部食べてもいいぞ。私はエビがあまり得意じゃない」

 

「へ~、なんか意外。好き嫌いとかなさそうなイメージだったわ」

 

「それしかないのなら食べるが、好き好んでは食べない。言っておくが私にも好き嫌いくらいある」

 

「例えば他に嫌いなものは?」

 

「オクラだな」

 

「俺は好き」

 

「食の好みは合わんようだ」

 

「悔しいよ…」

 

「何がだ…」

 

こうやって話しているとただの能天気なちゃらんぽらんにしか見えない。それだけであれば分かりやすい人物だったのだが、そうではないから質が悪い。恐らく明日菜達を始めとした幼馴染でさえ、祐の全貌は把握できてはいないだろうとは真名の推測だった。

 

「サービスエリアからなんも食ってないし、ありがたいことにコンビニが目の前にあるからなんか買ってくる」

 

立ち上がってリュックから財布を取り出す祐。現在時刻は15時を過ぎたところであった。夕食の時間は18時なのでそれにはまだ時間がある、とはいえサービスエリアから三時間程しか経過していない。

 

「それほど時間は経っていないだろうに、よく食べるな」

 

「育ち盛りの食べ盛りだからね」

 

「まだ大きくなるつもりか」

 

「40メートルくらいにはなりたい」

 

「お前は本当に馬鹿だな」

 

「シンプルに悪口言うんじゃねぇ」

 

出る準備をする祐を見て真名も立ち上がった。

 

「一緒に行く?」

 

「私も少し周辺を見て回りたい」

 

「よしきた」

 

来た道を戻り、ロビーを通って旅館の外に出る。先程も思ったが、広がる景色は麻帆良と比べると同じ国とは思えない程違った。

 

「すげぇなぁ、県が違うってだけでこうも変わるもんか」

 

通路を確保する為に寄せられた結果、自分の腰辺りにまで積もっている雪を触る。表面はさらさらとした手触りだ。

 

「また雪に飛び込むようなら今度は置いていくぞ」

 

「俺と一緒に雪まみれになろう」

 

「断る」

 

コンビニは道を挟んだすぐ向かいにある。雪国特有の入口が二重になっている部分を興味深そうに見てから中へと入った。何人か先客がおり、スキーやスノーボードをしていたのであろう若者もいる。祐と真名がそれぞれ分かれて物色していると、若者達の会話が耳に入ってきた。

 

「さっき聞いた蝶々の話ってマジかな?」

 

「ウケる、信じてんの?」

 

「いやいや、幽霊とか妖怪がいんだぞ。光る蝶々くらいはいてもおかしくねぇだろ」

 

「そこじゃなくてその後だよ。ついていったらのやつ」

 

「それだって分かんないだろ」

 

「なんなら今日見に行ってみる?」

 

「いや、それはいいよ」

 

「ビビりかよ」

 

「ださ~」

 

「うっせぇ!」

 

数人の男女がそんな話をしながらレジへと進む。何を言うでもなく、祐はその背中を少し見つめた後買い物を再開した。

 

買い物を終えた祐がコンビニから出ると、一足早く外にいた真名がスマートフォンで地図を確認している。

 

「おまたせ」

 

「ああ」

 

スマートフォンをポケットにしまい、こちらを向く真名。二人の視線が交差した。

 

「なんだ?」

 

「さっきの話聞いた?」

 

「蝶がどうとかいう話のことなら聞いたが」

 

「これって仕事と関係ある?」

 

祐の質問に真名が表情を変えることはなかった。暫く見つめあう時間が続き、真名が口を開く。

 

「さぁな。取り敢えず仕事のことだが、お前が私に協力したいと言うのなら考えよう。そうではないのなら、これ以上探索しないことだ」

 

「覚えておくよ」

 

「それでいい。旅館に戻るか?」

 

「一回戻ろうか。これ置きたい」

 

手に持った袋を少し上げてそう言った。真名は頷くと旅館に向けて歩き出し、祐もそれに続く。

 

先程聞いた話が頭の中に残っている。そして今自分の中にある感覚は詳しく言葉にできなくとも憶えがあるものだ。ということはつまり、そう言うことなのだろう。

 

 

 

 

 

 

部屋に戻って飲み物を冷蔵庫に入れている時、机に置いてある祐のスマートフォンが着信を知らせた。画面に映し出される名前を真名が確認する。

 

「近衛からだぞ」

 

「えっ、どっちの?」

 

「近衛木乃香の方だ。学園長を近衛とは呼ばん」

 

「そりゃそうか」

 

スマートフォンを手に取る祐。真名はなんとなしに点けていたテレビの音量を小さくした。

 

「もしもし、逢襍佗祐だったものです」

 

『えっと…じゃあ今は誰なん?』

 

「俺は、(スーパー)逢襍佗祐だ」

 

『すーぱー祐君やと言いづらいから祐君でええ?』

 

「いいよ」

 

しょうもないことを言っているのに慣れたのか、真名は無反応でテレビを見ている。律儀に返してくれる木乃香の優しさが沁みた。

 

「それでどったの?」

 

『祐君今日休みやって聞いたから、どないしたんかなぁ思って』

 

「ああ、そういうことね。取り合えず何か問題に巻き込まれた訳じゃないよ、ただ今日から日曜まで用事があったってだけで」

 

『危ないことやないん?』

 

「全然。至って平和だよ」

 

心配をさせてしまったことに申し訳なさは感じる。しかしこの旅行は内密にしておきたいので致し方ないのだと自分に言い聞かせた。そこで真名を見ると咳払いをして声の調子を確認している。何故このタイミングでと思いながらも通話を続けた。

 

『そっかぁ、なら安心やね』

 

「ごめんね、なんか心配させちゃったみたいで。お詫びにお土産買ってかえ」

 

「まだ電話終わらないの〜?」

 

謎の声に祐が思考と共に身体も停止する。声の元を目で追えば、そこにはなんともいい笑顔をした真名しかいない。となると今の声は真名が発したものということになるが、地声からは想像もつかない猫なで声だった。

 

『へ?だれ?』

 

「…詳しく説明すると今群馬の親戚の家にいるんだ。そこの子だよ、中々の構ってちゃんで困ったもんですわ」

 

『なんやびっくりしたわ。でもその子、祐君に久し振りに会えたから嬉しいんやないかな』

 

「そう言われると悪い気はしないけどね、ははは」

 

「も~、早くデート行こうよ~」

 

「分かった分かった、今電話中だからちょっと静かにしてようか恵麻ちゃん。いいか、もう一回言うぞ?静かにしてろよ?じゃねぇとぶっ飛ばすぞ」

 

『よ、よく分らんけど落ち着いた方がええんちゃう…?』

 

明らかに焦っている祐を見て真名は声を出さずに笑っている。この後覚えておけよと心の中で呟いた。

 

『えまちゃんやったっけ?あんま待たせたらあかんし、一回切るわ。気をつけてな~』

 

「ありがとう木乃香。お土産楽しみにしてて」

 

『はいな!ほなまた~』

 

なんとか無事に通話を終わらせた祐は深く息を吐いてから真名を見る。

 

「なんのつもりだ貴様」

 

「なに、さっきの雪のお礼だよ。楽しめただろう?」

 

「やられたらやり返すとでも言うのか!そんなことだから争いは終わらないんだぞ!」

 

「まずお前から仕掛けてきたということを忘れるな」

 

「許さねぇ…やられたらやり返す!」

 

「たった今自分が言ったことも忘れるな」

 

体勢を低くしたかと思えばその場から祐が消えた。一瞬呆気にとられるが気配を感じて振り向く。すると真名のスーツケースを開けている祐が見えた。こんなことに力を使うなと言いたい。

 

「何をやってる!」

 

「どこだ!どこにある!ん?おいなんだこれ⁉︎銃刀法違反だろ!」

 

何かを探していた祐がまず見つけたのは拳銃である。仮に従業員が見つけたら卒倒ものだ。

 

「そのケースには特別な認識障害を掛けているから一般人には見つからん!というかなんでお前は見える!」

 

「俺の瞳は真実を映す!」

 

「片腹痛い!」

 

尚も荷物を漁り続ける祐を止める為、真名はスリーパーホールドを掛けるがこの暴走列車は停止する気配もなかった。

 

「あ、見つけたぞ!なんて破廉恥な下着だ!こんなものは高校生にはまだ早い!」

 

「見たな!生かしてはおけん!このまま締め落とす!」

 

「悔いはねぇ!」

 

「悔い改めろ!」

 

 

 

 

 

 

「なんて言ってた?」

 

「親戚の人の家にいるんやて。群馬のお土産買ってきてくれる言うてたよ」

 

明日菜が電話を終えた木乃香に聞くと、返ってきたのはなんてことはないものだった。

 

「そっか、事件とかじゃないのね」

 

「みたいやね。あと声が聞こえたんやけど、親戚の子にえらい懐かれとったわ」

 

「あいつらしい。普通の用事みたいだし、美空ちゃんに言っても問題ないか」

 

 

 

 

 

 

激しい戦いの末祐は畳に倒れ伏し、その背中に真名が組んだ足を乗せている。今の祐は宛ら足置きだ。

 

「反省したか?」

 

「……ウッ!」

 

反応がないので少し足を上げて踵を素早く落とすと呻き声が聞こえた。効果は抜群である。

 

「返事が聞こえんな」

 

「すみませんでした…」

 

「次はないぞ」

 

「ありがとうございます。ついでに足をどけてください」

 

「あと一時間はこのままだ」

 

「許してよお姉さん…アァッ!」

 

ダメ押しの一撃を食らい、おとなしく真名の足置きとなる。きっかり一時間後に解放された祐はそのまま畳に寝転がった。

 

「酷い目にあった」

 

「誰のせいだ」

 

室内には当然祐と真名しかいない。テレビから流れる音声を背景音楽にして時間が流れていく。窓から見える雪景色と二人きりの空間はどこか非日常を感じさせた。

 

「明日は予定あんの?」

 

「朝食を食べたら私は仕事に取り掛かるつもりだ」

 

「ほ~ん」

 

天井を見つめて何かを考えている祐。暫くすると上体を起こして真名を見た。

 

「これだけは教えてくれ。その仕事ってのは危険なもん?」

 

「まだ分からん。だがその可能性は高い」

 

「そう。じゃあ俺も手伝う」

 

即答した後、無言の時間が続いた。真名が腕を組み、座椅子に寄り掛かる。

 

「理由は?」

 

「危険なことなら、俺が役に立てる気がしたから」

 

「お前に報酬は出ない。働くだけ損だぞ」

 

「そういうのは要らない。無事に帰れればそれでいい」

 

「無事に帰りたいのなら、余計に手伝う必要がないだろ」

 

「俺だけ無事じゃ意味がない。二人無事に帰らなきゃ駄目なんだよ。俺と君、両方が」

 

「お前が私を守ってくれるとでも言うつもりか?それとも私が甘く見られたか」

 

「どっちが強いかなんて知らないけど、これだけは自信をもって断言するよ。絶対に俺の方がしぶとい」

 

その一言に真名の視線が鋭くなった。冗談は許さないといった雰囲気だ。

 

「しぶといと言うのは、端的に言ってどういう意味だ」

 

「そのまんまだよ、ちょっとやそっとのことじゃ死なないってこと」

 

「だから危険な時は壁になってくれるとでも?」

 

「優秀な壁になる自信は結構ある」

 

「随分な自信だ。どこからきているのか知りたいものだな」

 

「経験からくるもんだ、根拠もある。なんなら今俺の眉間を撃ち抜いてくれ、証明できる」

 

「気でも狂ったか?」

 

「論より証拠でしょ。口ではなんとでも言える、なら信頼は行動で得る」

 

祐が言い終わると同時に真名の手には拳銃が握られ、その銃口は祐の額に向けられていた。

 

「私は口だけの奴は嫌いだ。吐いた唾は呑ませんぞ」

 

「冗談でこんなことは言わない」

 

先程とは違い、室内を張り詰めた空気が支配する。真名が人差し指に僅かに力を込めた瞬間、祐が腕を伸ばして親指で真名の指越しに引き金を引いた。そうなれば当然弾丸は発射され、祐の眉間を撃ち抜く。

 

予想外の行動に目を見開いたのは当然のことだ。しかし弾丸を受けて仰け反った祐は額に手を当てるとすぐに体勢を戻した。着弾箇所だと思われる部分が少し赤くなっているがそれだけの変化しか見られない。

 

「いってぇ…ただの弾じゃねぇな」

 

その手に乗せられた弾丸を見ながら呟く。その弾丸はより硬いものに衝突したかのように形を歪なものにしていた。

 

「お前…」

 

「これで多少は信憑性増したでしょ?無駄になった弾に関しては…投資だと思ってくれ」

 

祐は真名に向けて弾丸を放る。真名は危なげなく左手で掴んで自分の目でも確認した。

 

「小細工ではない…本当に当たった結果、弾丸の強度が負けたか」

 

「俺の方が勝てたのは来るって分かってたからってのもあるけど、ぶち抜かれてても死なないよ」

 

「普通頭を撃ち抜かれれば生物は死ぬ」

 

「普通じゃない証明になったわけだ」

 

真名はゆっくりと拳銃を下ろし、大きなため息をついた。今日はなんともため息の数が多い。

 

「元々お前が普通だとは思っていなかった。しかし、これからは想像以上にイカれた奴だと認識を改めなければなるまい」

 

「その認識に思うところがないわけじゃないけど、それでもいいや。戦闘時は気兼ねなく盾として使ってくれ」

 

「死んでもいいと思っているのか?」

 

「まさか、死ぬつもりはないよ」

 

「今のお前の言動からはとてもそうは思えん」

 

不信感を隠さず思ったことを伝えた。祐がいつ死んでもいいと考え、仕事に協力すると言うのなら真名は協力を断るつもりだ。生と死をなんとも思っていない者に一定の信頼など置けない。

 

「約束がある、死なないって約束が。破るわけにはいかない」

 

「矛盾している、ならどうして自らを危険にさらす」

 

「頭撃ち抜かれようが、身体真っ二つにされようが死なないからだ」

 

ふざけたことをぬかすなとは言えなかった。祐の表情もさることながら、信じられないといった態度を見せれば目の前の男は証明の為に自分で身体を真っ二つにしかねないと思ったからだ。今更死体を見て取り乱すような人生は送っていない。だが嬉々として残酷な行為を見るような感性は持ち合わせていないのだ。

 

「死なないと分かっているから、お前は危険な行為を続けていると」

 

「生きて帰ってこれるなら何も問題ない。やばくなったら逃げるし、なんとかなりそうなら逃げない。自分の強みを最大限に有効活用してるんだ俺は」

 

達者な口はなにも嘘だけに使われているわけではないらしい。普段は周りの流れに身を任せる姿勢を取っているくせに、ここぞの場面で我を通す面倒な性格の男だ。

 

「もういい、お前の考えはよく分かった。頑固者が、神楽坂達が苦労するわけだ」

 

「それは生半可なものじゃ、意志の強い子に自分の考えを認めさせられないからだよ」

 

「…まさかあの時、刹那にも同じようなことをしたんじゃないだろうな?」

 

あの時とは河童事件のことだ。今までは木乃香と向かい合うことをしなかった刹那があの夜は自分の意思で足を止めた。その結果二人はお互いの想いを知り、再び近くに居られるようになる。そのきっかけを作ったのは間違いなく祐だとは真名も知っていたが、先の行動を見るにかなり過激なことをした可能性がある。

 

「結果として二人は仲直り出来たんだ。俺が何したかは重要じゃない」

 

「したんだな。よく分かったよ」

 

してないと言わない時点で認めたようなものだ。今も祐が何一つ言わない辺り、否定も肯定もするつもりはないらしい。真名は立ち上がると、入浴用に用意されているタオル一式を手に取った。

 

「お前と話していて疲れた、一度温泉に入ってくる。仕事の詳しい話は夕食後にでも伝える」

 

「ごゆっくりどうぞ」

 

「そうさせてもらう」

 

タオル以外の荷物も持って真名は部屋のドアを開けた。そこで振り返って祐を見る。

 

「先程の発砲音だが」

 

「たぶん聞こえてないよ。あの時みたいにこの部屋だけ覆っておいたから」

 

「…気が利く奴だよお前は」

 

そのまま受け取るなら褒められていることになるが、残念ながらそうではないとは祐でも分かった。ドアを閉め、部屋には祐だけが残される。

 

「頑固なのはお互い様だったりしないかね」

 

 

 

 

 

 

まず洗い場で髪と身体を洗った真名は、内湯で身体を温めることなく露天風呂に直行した。少し暗さを増した空には相変わらず雪が降り続けている。美しい風景だ。碌に温まっていないので外の空気は寒すぎるがそれが今は丁度いい気がした。右足のつま先からゆっくりと入れていく。肩まで浸かった際には思わず吐息を漏らした。上を向けばそこには屋根がないことで遮るものが何もない。顔に落ちてくる雪を感じながら空を見つめる。

 

『似たような相手に対して抱く感情は大きく分けて二通り。一つは嫌悪感、もう一つはその真逆ネ』

 

旅行に向かう前、訪ねたクラスメイトの研究室で言われたことをふと思い出す。一度瞳を閉じて鼻で笑った。

 

「あれと似ている?酷い冗談だな」

 

類似点が皆無とは言わない。確かに幾つかは重なる部分もあるだろう。しかし彼を似たような相手とは到底呼ぶことは出来ない。先程の会話でそれはより明確になった。視線を空から水面に移す。温泉に溶けて消える雪を眺めながら背中を浴槽に預けて足を延ばした。日頃の疲れが溜まった身体を休ませる為にも、もう少しこの温泉を楽しませてもらおう。



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仕組まれた鉢合わせ

温泉を堪能した真名は私服から浴衣に着替えて部屋へと戻る最中だった。時折すれ違う旅館の客や従業員が彼女の姿に男女問わず目を奪われている。特に男性は通り過ぎた後も目で追ってしまうほどだ。それに気付きはしても特に反応を見せることなく歩いていく。その冷静な姿がより目を惹き付けてしまうのは仕方のないことなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

フロントで渡された二つある内の一つである部屋の鍵を使おうとした時、施錠されていないことに気が付く。そっとドアを開けると持ち込みの部屋着と思われる服装に着替えた祐がテレビを見ながら寝転がっていた。ドアが開いたことに反応した祐が振り向く。

 

「おかえり、温泉はどうだった?」

 

「存分に癒されたよ。お前も入ったのか?」

 

「勿論。最高だった、景色もよければ雪も降ってて言う事無しだな」

 

「後から行ったにしては早いな」

 

「帰ってきた時に俺が居なかったら寂しいかなって」

 

「そのまま帰って来なくてもよかったぞ」

 

「そんな酷いことを言えるのは人の心がないからと見た」

 

会話をしながら真名が荷物を置いて座る。祐が上半身を起こしてその姿を見ると何とも言えない顔をした。

 

「なんだその顔は」

 

「胸元開き過ぎじゃね?」

 

言葉の通り今の真名は浴衣の胸元を大きく開けていた。湯上り故に少し紅潮した肌とどこか妖艶な身なりは青少年の目に毒だ。

 

「温泉のおかげで身体が温まったからな。言っておくが外を歩いている時はちゃんと閉めていたぞ」

 

「今も閉めなさいよ」

 

「部屋の中なら別に問題ないだろう。もしかして照れてるのか?」

 

祐が今度は不服そうな顔をしたかと思うと背中を向けてテレビを見だした。初心と思える行動に少し真名が笑みを浮かべる。しかし残念ながらこの男は初心ではなかった。

 

突然室内にシャッター音が響く。やけに大きく聞こえたその音の正体はすぐに見つかった。背を向けた祐の脇越しにスマートフォンのカメラレンズが真名を捉えていたのだ。平たく言えば盗撮である。

 

「おい利久」

 

「なんだい恵麻ちゃん」

 

「スマホを見せろ」

 

「…それはできねぇ」

 

真名は近寄って祐の肩から顔を覗かせる。だが祐は鋭く突き刺さる視線から目を逸らして一向に合わせようとはしなかった。

 

「そんな格好してるんだから、見られても文句言えないと僕は思うな」

 

「見られるのは構わんが、写真を撮っていいとは言ってない」

 

「そもそも写真がなんのことだか…」

 

「ならカメラフォルダを開け」

 

「……」

 

「お前が丈夫なのはよく分かったが、このスマホはどの程度の強度なのか気になってきたよ」

 

言いながら先程祐を撃った拳銃の銃口をスマートフォンに押し当てる。これは超に作ってもらったお手製のものだ。こんなことでお釈迦にされるわけにはいかないので、断腸の思いでスマートフォンを渡した。カメラフォルダを開けば、やはりそこには着崩した浴衣姿の真名が写っている。素早い手つきで対象の写真は消去された。

 

「どうしてこんなことが…平然とできる…!」

 

「されて当然だとは思わんのか」

 

歯を軋ませて畳を叩く祐。悔しさを隠そうともしない姿勢は相手を呆れさせるには充分だ。

 

「せっかく使おうと思ってたのに!」

 

「いい、もう分かったから喋るな。それ以上詳しい話は聞きたくない」

 

「因みに使うっていうのは」

 

「いいと言ってるだろ!」

 

 

 

 

 

 

18時になったことで旅館内の食事処に向かった祐と真名。用意された料理を味わったのち、夕飯を終えて部屋に帰ってくるなり畳に滑り込んで横になる祐。よく言えば自然体だが、悪く言えばズボラだ。

 

「だらしないな」

 

「旅行なんだからだらしなくてもいいじゃない」

 

「やれやれ」

 

手足を投げ出して仰向けになる。恐らく一般的ならここで睡魔でも襲ってくるのだろうなと、長いこと感じていない感覚のことを考えた。すっかり指定の位置になった座椅子に腰かけた真名が一息つき、纏う雰囲気を真剣なものにする。それを瞬時に察知した祐が起き上がった。

 

「いつもそれくらい察しが良ければいいんだがな」

 

「それじゃ肩が凝る」

 

「どうだか」

 

指で眉間を揉んだあと、姿勢を正す真名。これから仕事の話が始まるのだろう。少しの間、おふざけはなしだ。

 

左手を軽く払うと二人を包む光の膜が出来上がる。視線は向けつつ、これはなんだと聞くことなく真名は話し始めた。

 

「今回依頼された仕事は簡単に言えば調査だ。この付近に隠されている施設のな」

 

祐は黙って真名を見つめる。真面目な時は基本無口になるのかと頭の片隅で思いながら続ける。

 

「その前に昔話をする。嘗て名も無い小さな魔術師団体に所属していた女が、表の世界に生きる一般人の男と出会った。二人は恋に落ち、女は血生臭い世界から足を洗って男と共に生きていく道を選ぶ」

 

突然話が逸れたように感じる展開にも祐は何も言わなかった。また今の話もここで終わればめでたしめでたしとなったかもしれないが、このタイミングでされたものとなればそうはいかないのだろう。

 

「詳しいことは不明だが、その後二人は旅行先で事故に遭う。女は一命を取り留め、男は死んだ」

 

「…事故ね」

 

「やめておけ、そこは私達には関係のないことだ」

 

言葉数は少なくとも真名が言わんとしていることを理解する。彼女の言う通り、この話はきっと別の問題だ。

 

「それから女は魔術師時代にできた伝手を頼りに、様々な人物を集め始める。その理由は生憎分からん。私がクライアントから知らされていないだけかもしれないが、これも別段関係のないことだ。まぁ、大方の予想は付くがな」

 

女は愛する男を失い行動を始めた。そうなれば目的はその男に関係することだろう、というのは想像に難くない。

 

「そしてこれが問題なんだが、その女は魔眼を生まれつき所持していた。強力な『魅了の魔眼』を」

 

「それを使って人集めをしたのか」

 

女は手段を選ばなかった。ある目的達成の為に有益となり得る人物は表・裏の世界問わずしらみ潰しに捜し出し、その魔眼を使用して己の協力者としたのだ。多くの柵すら意に介さない行動は、普通であれば絶対に集まることのない組織の枠を越えた面々を手中に収めるに至る。

 

「だがそんなことをすれば、当然組織は黙っていない。案の定、女はお尋ね者となった」

 

「隠された施設ってのにその女性がいるわけだ」

 

「その通り」

 

大凡の話は分かったが、一つ気になる点がある。

 

「俺の記憶だと魔術師ってのは同業者が起こした問題に対して、基本的に自分達で解決しようとする志向がある。それがどうしてこの件は仕事として流れてきたんだ?」

 

「魔術師も人手不足なんだろう」

 

そう言った真名だったが、祐が表情を変えずにこちらを見ていることに気付いて目を合わせる。

 

「それだけじゃないだろうと言いたそうな顔だ」

 

「実際そうだからね」

 

「女の嘘を見て見ぬ振りができる男はモテるぞ」

 

「一理ある。でもそうすべき時とそうじゃない時があるとも思う」

 

適当にはぐらかし続ける選択肢もあるが、その択は取らない方が良いだろう。ふざけていない祐に対して効果があるとは思えない。可能性は低いが最悪覗かれかねないことも考えると、素直に話すのが一番無難だ。

 

「一ヶ月ほど前、女の居場所を特定したイギリス清教の『必要悪の教会(ネセサリウス)』が数人で調査に向かっていた。結果は誰一人として戻ってこなかったそうだ」

 

聞いていた祐の目つきが少しだけ鋭さを増した気がする。気にはなるがそこには触れず、真名は続きを話すことにした。

 

「女は強力な魔眼こそ所持していたが戦闘に特化していたわけではなく、戦闘能力のみで見るなら評価としては中の下といったところらしい。そんな相手に遅れを取ったのは、対魔術師を専門とする組織として面白い話ではない。それに巨大な組織でも、被害は最小限に抑えたいと思うのは当然だ」

 

「依頼主である必要悪の教会は、他と違って良くも悪くも使えるものは使う。何か情報が得られればそれで良し、失敗しても雇った傭兵が消えただけ。どちらにせよこの結果次第で本腰を入れるといった具合だろう」

 

「それに納得してるの?」

 

「傭兵の扱いなどそんなものだ。仕事に見合った報酬を貰えるのなら私はそれでいい」

 

「そもそも失敗するつもりなど微塵もないしな」

 

最後の一言は確かな自信と固い意志を込めたものに聞こえた。そう易々と揺らぐものでもなさそうだ。

 

「大体こんなところだ。他に何か聞きたいことはあるか?」

 

「いや、大丈夫。ありがとう」

 

思いの外すんなりと祐が受け入れたことに真名は正直拍子抜けした。依頼元は真名を捨て駒のように考えていると聞いた時の祐は明らかに穏やかな表情ではなく、何か言ってくるだろうと思っていたからだ。ただ反論がないならそれに越したことはない。こんなところで言い合いや思想のぶつけ合いなど御免だ。

 

「今度は私が聞きたいんだが、あの蝶の話は本当に知らないものだった。お前はあの話をどう思う?」

 

「聞いた時から頭にずっと残ってる。この感覚がする時は大抵何かあるから、まぁ…関係あるだろうね」

 

「…なるほどな」

 

そう話す祐はどこか確信めいていた。これも経験からくるものなのだろう。信用するには証拠という証拠もないが、あの力を知っているとそれだけで信憑性を感じてしまうのだから困りものである。

 

「他に何かある?」

 

「こちらも大丈夫だ」

 

「了解。なら真面目にやるのは一旦終了だ」

 

話が終わったことで祐は立ち上がると、コンビニで買っていた物を冷蔵庫から取り出した。

 

「こんな時期にアイスか?」

 

「何を仰る、この寒い季節に温かい室内で食うから美味いんだよ」

 

そう言うと祐は両手に一つずつ持ったカップ容器のアイスを真名に見せる。

 

「物は試しってことで、一緒にどう?」

 

先程の雰囲気などすっかり消え失せた祐の姿に少し深い息を漏らした。祐の手にある二つのアイスを見つめて片方を指さす。

 

「チョコレート味」

 

「はいどうぞ」

 

机の上にチョコレート味のアイスと木製のアイススプーンを置き、祐も座ってさっそくもう一つのバニラ味を食べ始めた。

 

「これが雪見アイス、たまりませんな」

 

窓の外の雪を見ながら笑顔でアイスを食べている目の前の男は、きっと幾つもの顔を持っている。学園での顔・日常での顔・そして有事の顔。どこかそれぞれがまるで別人のように感じるのは自分だけなのだろうか。真名はそんなことを思いながら蓋を開け、アイスをスプーンで口に運ぶ。なんてことはない、普通の味だ。それでも何も感じないということはなく、寧ろ何故だか特別な気分がした。

 

「ふむ…悪くはないかもな」

 

「でしょ?」

 

同意を得られたことが嬉しいのか祐が笑った。その顔を見て肩から力が抜ける。真名は無意識に仕方なさそうな笑みを浮かべていた。

 

「分からん奴だな、お前は」

 

「なんかそれよく言われるよ。俺としては腑に落ちないけどね」

 

 

 

 

 

 

それぞれが歯磨きなど就寝前の準備を終え、押し入れから敷布団を取り出して畳に敷いていた。本来ならば旅館の従業員が行うのだが、祐が自分達でやるとフロントからの連絡時に伝えていたのだ。祐曰く、荷物や机・布団のポジションは自分で決めたいらしい。特に否定する理由もないので真名は何も言わなかった。

 

「一緒に寝るから布団は一枚でいいか」

 

「いいわけないだろうが馬鹿者」

 

「一緒に風呂も駄目!寝るのも駄目!そんなに俺といるのが嫌か!」

 

「少なくともその二つを共にする気はない」

 

「……出ていきなさい」

 

「静かな怒りを見せるな、理不尽だぞ」

 

結局人一人が通れる位の隙間を開けて二枚布団を敷き、部屋の照明を落とすと室内を照らすのは間接照明だけとなる。

 

「朝食の時間は?」

 

「六時からだね」

 

「そうか、ならその時間までには必ず起きるとしよう。まぁ、お前に心配は必要ないか」

 

「俺の早起き加減を舐めるなよ」

 

「そうだな…」

 

まさかまた一睡もしないつもりではないだろうなと思いながら、真名は布団へ横になった。

 

「私は寝るぞ、お前も身体を休めておけよ」

 

「承知。おやすみ恵麻ちゃん」

 

「ああ、おやすみ利久」

 

祐に背を向けて静かに瞼を閉じる。後ろから聞こえた音から察するに、祐も布団の中へと入ったようだ。明日は仕事だ、今は余計なことは考えず頭と身体を休ませるのが最優先である。それでも眠りにつくまで、真名は後ろにいる祐のことを考えてしまっていた。

 

(お前の本音はどれだ?お前の、本当の顔はどれだ?)

 

 

 

 

 

 

真夜中の山道を歩いているのは昼過ぎにコンビニにいた若者達だ。人数は男女二人ずつの計四人、スマートフォンのライトで先を照らしながら進んでいる。その内三人はこの状況を楽しんでいるようだが、一番後ろを歩いている男性はそうではなさそうだ。

 

「お前どんだけビビってんだよ」

 

「ほら、前歩いて前」

 

「おい!マジでやめろって!」

 

「あはは!ウケる!」

 

完全に腰が引けている男の背中を押しながら進んでいると、女の内の一人が目を見開いた。

 

「うそっ!みんなあれ見て!」

 

彼女が指さす方向を確認すれば、暗闇の中を悠々と飛んでいる白い光を放つ蝶が見える。辺りが暗いからだろうか、強い光で舞うその姿から目が離せない。先程まで怯えていた男すらどこか呆けたような状態になり、全員がその蝶の後をついていこうと足を踏み出す。

 

その瞬間、蝶と若者達の中間地点に火の玉が着弾した。

 

すると火は一瞬で勢いを増し、若者達を遮るように炎の壁を作った。虚ろだった瞳に光を取り戻した四人は、目の前の光景にそこで初めて気が付いた様子だ。

 

「うわっ!なんだこれ!」

 

「あっつ!」

 

「ま、まさか山火事!?」

 

「う…うわあああ‼」

 

「あっ!おいバカ!」

 

「ウチらも離れよう!」

 

「賛成!」

 

遂に耐え切れなくなった男が来た道を走って戻る。流石にこの場に留まることは出来ないので、他の三人も後を追いかけていった。四人の姿が見えなくなると燃え盛っていた炎は勢いを弱め、最終的に独りでに鎮火した。明かりのなくなった山道には既に光る蝶の姿もない。静けさに包まれた暗闇から、背の高い男が歩いてきた。

 

「好奇心に身を任せる輩がいるのは何処でも一緒か」

 

愚痴をこぼして周囲を確認してもやはり蝶は見つからない。口に銜えた煙草の煙を大きく肺に取り込み、ため息をついて男はどこかへ歩いていった。

 

 

 

 

 

 

ふと瞼が開き、意識が少しずつはっきりとしてくると窓から僅かに明かりが差している気が付く。そちらを見れば、窓際に設置された椅子に座って外を眺めている祐が居た。時間を確認すると今は五時を過ぎたところで、真名はゆっくりと上体を起こす。

 

「あ、起きた。おはよう」

 

「本当に早いな、ちゃんと寝たのか?」

 

「元気な俺がここにいるのが何よりの証拠だ」

 

「ならいいが」

 

起き上がり、顔を洗う為に洗面台へと向かう真名。決して警戒を怠っていたわけではない筈だが、途中で目を覚ますことなく熟睡していた。普段であれば人が起きた際の物音程度でも起きるというのに。冷水を顔に浴びせながら、鏡に映る自分に目を向ける。こちらだけ無防備な寝顔を見られたであろうことが、どうにも不満だった。

 

その後素早く温泉に入ってきた祐と共に、昨晩と同じ食事処で朝食を終える。部屋に戻ると真名は早々に準備を始めた。特に着替える以外にやることのない祐はぼーっとテレビを見ていると名前を呼ばれる。

 

「利久」

 

「へい?おっと」

 

振り返ると真名から何かを投げ渡される。なんとか掴んで見てみると、それは指輪だった。

 

「なにこれ?」

 

「この仕事が決まった後に、超に頼んで制作してもらったものだ」

 

「超さんにってことは…何か出来るってことだよね」

 

「お前のそのブレスレットと同じ様なものさ」

 

真名は祐に渡した指輪と同じ物を右手の薬指にはめた。左の人差し指で軽く三回指輪を叩き、こぶしを強く握る。すると真名の身体を光が包み、現れたのは全身を黒い装甲で覆った姿だった。目の部分が青い光を放っている。

 

「相変わらずどうなってんだあの人の科学技術は…」

 

「そこには同意するよ。私としては助かっているから、なんの文句もないがな」

 

聞こえる声も違うもので抜かりない作りだ。真名は装着する前と同じ動作を行うと元の姿に戻った。使用方法を見せてくれたのだろう。

 

「今回の仕事はこれを装備して行うぞ。何と出くわすか分からないからな」

 

「そりゃいいけどなんで二個持ってたの?予備?」

 

「お前が手伝いたいと言ってきた時の為に用意しておいた」

 

「あっそう…」

 

色々と言いたいことは飲み込んで、祐も指にはめようとして動きが止まる。

 

「どうした?」

 

「これって何処に着けるのが正しいとかある?」

 

「好きなところに着けて構わん」

 

「あ、そうなんだ。じゃあ取り敢えず同じとこに着けとくか」

 

真名と同様に右手の薬指にはめて装着の動作を取ると祐も装甲を纏った。問題はなさそうなので解除する。

 

「準備が済んだら出るぞ、可能な限り仕事はさっさと終わらせたい。無料で泊まれるのは今日までだからな」

 

「なら昨日から行けばよかったんじゃね?」

 

「常にそうとはいかないが、仕事は万全の態勢で行うのが一番だ。昨日の夜に心強い戦力も確保できた、取り掛かるには今日が好日だと思わんか?」

 

「勿体なきお言葉、感激であります」

 

「期待してるぞ、色男」

 

 

 

 

 

 

建物はなく、辺りが木々に囲まれた場所に空から何かが落ちてくる。その正体は黒いステルススーツに身を包んだ祐で、同じ姿をした真名を両手に抱えた状態で地面に着地した。その場を中心に大きな衝撃波を起こし、一帯の木々を揺らして積もっていた雪を吹き飛ばす。そっと真名を地面に下した。

 

「こんな荒い移動方法とは聞いてなかったが?」

 

「誰にも見られてないから目標達成でしょ」

 

旅館から目的地に向かうにあたり、なるべく周囲に目撃されないようにしたい真名が言った。ならばいい方法があると自信ありげな祐が行った方法はこれだ。

 

・まず身体を粒子に変えて旅館から人知れず上空へと飛び立つ。この技『蜃気楼』は以前ララを学園長室に運んだ際に使ったものだ。

 

・そして真名を抱えて空から目的地付近に向かう。真名はナビを務める。

 

・最後は華麗に地面へと着地。以上。

 

「まあいい。実際ここへ来るまで誰にも目撃されてないわけだしな」

 

「帰りもお任せください」

 

「旅館に空から突撃はするなよ」

 

「しないわ」

 

会話を終え、真名が先頭になって目的地へと向かう。暫くして見通しのいい雪原に出ると二人の足が止まる。祐も真名も周囲から何かを感じたのだ。その時真名の視界に通信の知らせが表示される。左の前腕部分を押して水平に上げるとそこから立体映像が浮かんだ。画面には[SOUND ONLY]と出ている。

 

『2003226』

 

「4132102」

 

通信は真名にしか聞こえていない為、祐からすれば急に数字を言い出したようにしか聞こえない。しかし今は仕事中だ、自分は監視に徹しようと周囲に気を配る。

 

『突然すまん、今問題ないか?』

 

「これから仕事に取り掛かるところだが、まだ大丈夫だ。何かあったのか?」

 

『上からたった今連絡があった。ふざけたタイミングなのは恐らくわざとだ、あいつはそういう奴だからな』

 

連絡相手から苛立ちを感じる。あの組織にも色々とあるようだが、そこに干渉する気はない。

 

『連絡の内容は、少し前に必要悪の教会からそっちに新しい担当を送ったってやつだ』

 

「なんだと?」

 

これには真名も顔をしかめる。担当していた者達が帰還しないことで、自分にこの仕事が回ってきた筈だ。

 

「まさか伝達が上手くいってなかったと言うんじゃないだろうな」

 

『誓って言うがそうじゃない。あっちは俺が既に手を回したと知った上で寄こしたんだ』

 

「なんの為に?」

 

『増援として呼んだと言っていたがそんなのは建前だ。本音は恐らくこの件にとっとと片を付けたいからだろう。ここに来て急に動いたとなると、魔術協会や聖堂教会に嗅ぎつけられたのかもしれん』

 

「ちっ、面倒な」

 

思わず舌打ちをした。仮にこの話が漏れており、あの二つがこういった事案に寄こす戦力は十中八九執行者と代行者になる。多くの意味で厄介な集団と事を構えるのは損しかない。

 

『ただ不幸中の幸いでいいのか、送られた担当者は俺の顔見知りだ。話さえできれば俺が間を取り持つことはできる』

 

「本当だろうな?」

 

『ああ。そいつと仲良しなんてことはないが、話くらいはしてくれる筈だ』

 

「だといいが。そいつの特徴は」

 

『服装は黒い祭服、見た目は背の高い赤髪の若い男。そして常に煙草を吸ってる重度のヘビースモーカーだ』

 

「なんだその色物は」

 

『お前にいらん迷惑を掛けたのは本気で申し訳ないと思ってる。だがこれだけは言わせてくれ、お前が言うな』

 

真名も真名で女子校生兼巫女兼傭兵と属性をこれでもかと詰め込んでいる人物だ。本人に自覚があるのか定かでないが、個性豊かなA組に所属している点を踏まえても相当の色物であることは間違いない。

 

そこで今まで黙っていた祐が遠くに視線を投げる。真名もそれに倣うと、こちらに近づく人影が確認できた。

 

「通話はこのまま繋いでおく、早速出番が来たぞ」

 

『なに?まさか…』

 

連日の降雪により、足を取られそうになる地面を鬱陶しそうに歩く背の高い男。服装・見た目・そして口に銜えた煙草と聞いた特徴が御誂え向きに全て揃っている。この男が送られてきた人物で間違いないだろう。祐が一歩前に出ようとしたのでその肩に真名が手を乗せる。

 

「待て、あの男に関しては少し私に任せてくれ。一戦交えなくて済むかもしれん」

 

祐は無言で真名を見つめ、納得したのか後ろに下がった。真名は頷いてみせると一人男に向けて歩き出す。

 

『他に誰かいるのか?』

 

「ああ、今回は相方が同伴している」

 

『おいおい、聞いてないぞ』

 

「安心しろ、プライベートでの親交もあって信用できる奴だ。ご希望なら後で紹介するよ」

 

『…信じていいんだな』

 

「約束しよう。お宅は大事な資金源だ、みすみす逃すような真似はしないさ」

 

『そうかい』

 

短いやり取りを終えて立ち止まる。男もこちらに気付いていたのか、二人を見てげんなりとした表情を浮かべた。

 

「日本に詳しいわけではないけど、その服装が浮いてるってのは僕でも分かるな」

 

「それはお相子だ神父様。貴方も負けず劣らずこの場にミスマッチじゃないか」

 

「そちら程じゃないと思うけどね」

 

会話だけ切り取れば険悪な雰囲気はない。しかし実際は双方相手をいつでも攻撃できるようにしている。真名と男の距離は5メートル程だ。

 

「何者かと聞いたら、答えれくれたりするのか?」

 

「そのつもりだ。聞いた話に嘘がなければ、貴方と私のクライアントは顔見知りらしいからな」

 

男は眉をひそめる。予想と違う返答に困惑しつつ、決して集中力は切らさなかった。周囲に下準備をした後とは言え、相手は二人。それも正体不明のだ。一瞬の隙が命取りとなる。

 

「クライアント…傭兵か」

 

「ご名答。今そのクライアントと通話中だ。是非とも話して確認してもらいたい」

 

「どうやって?」

 

「今からスピーカーに切り替える。左の前腕部分の立体映像を押させてもらうが、いいか?」

 

暫しの沈黙の後で男が口を開く。

 

「いいだろう。その代わり、こちらも懐に手を入れさせてもらうが…構わないよね」

 

「構わんさ」

 

真名は男を見ながら、男は真名と祐を視界に収めながらゆっくりと動き出す。そして真名の指が立体映像に触れ、通話の使用が切り替わった。

 

「準備完了だ」

 

『よう、聞こえてるか?同僚』

 

「…まず先に名乗ってもらおうか」

 

耳に届いた声は聞き覚えのあるものだが男は懐から手を出さないまま、通話相手に呼びかける。当然通話相手の音声は祐にも聞こえていた。こちらとしてもその声はよく知っているものだが驚きはしない。大きな声で言えないことをしているのは、お互い承知の上で付き合いを続けていたのだから。

 

『俺を忘れたなんて言わせないぜ?この土御門元春様をな』

 

『ルーンの魔術師、ステイル=マグヌス』

 

呼ばれた男『ステイル=マグヌス』は、面倒くさそうな顔をして空いている手で頭を乱暴に掻いた。



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最悪な仕事

元春の声を聴いたステイルの反応から見て他人ということはなさそうだ。このまま上手く纏まってくれれば一番だが。

 

「君が先方ってわけか…僕のことは予め伝えておくと上は言っていたが」

 

『ああ、伝達はあった。ほんの数分前にな』

 

「…なるほど」

 

うんざりしているのと同時に、どこか納得しているような態度に見える。組織内の問題には関わらないという考えに変化はないが、少々必要悪の教会の体制が心配になる真名だった。

 

「取り合えず、この二人は君が雇った傭兵で間違いないか?」

 

『間違いない、何度も仕事を依頼した相手だ。この傭兵は信用していいぜ、腕の方もな』

 

「それは結構」

 

銜えていた煙草を手に持って肺の中にある煙を大きく吐き出した。ため息も兼ねたものだと傍から見ているだけでもわかる。ステイルはそのまま視線を真名から少し後ろで佇んでいる祐に向ける。未だ一言も発さず、ただこちらを観察している姿は表情も窺えないこともあって非常に不気味だ。

 

『上は事態の早期決着を望んでいる。だったら伝達をしっかりしろって話だが、今更言ったところで無駄だから捨て置くぞ。最大主教(あれ)に対しては頭を悩ませるだけ損だ』

 

「色々と同感だ。僕としても早くこんな寒くて殺風景な場所から離れたいし」

 

『なら決まりだな、悪いがこのまま仕事に取り掛かってくれ。間違っても潰し合いなんぞしてくれるなよ』

 

「こちらにそんな意思はない。神父様はどうだ?」

 

「おかしなことさえしなければ危害は加えないよ。おかしなことさえしなければ、ね」

 

わざと強調した発言に真名は肩をすくめた。双方お世辞にも人当たりがいいとは言えない性格で、両方を知る元春は正直不安が拭えない。しかし既にこうして出会ってしまったのだ、この二人に任せるしかない。

 

『すまんが頼んだぞお二人さん…いや、お三方だったか。何かあれば連絡してくれ、それじゃ…健闘を祈る』

 

通話が終了し、真名とステイルの視線が重なる。とはいえ真名は顔も含めた全身が装甲に覆われているので、ステイルからすればどこを向いているのかなんとなくでしか分からない。

 

「さて、僕はこれから仕事に取り掛かる。土御門はああ言ってたけど、君達は帰ってもらって構わないよ」

 

「ほう、我々は必要ないと?」

 

「君達の実力なんて知る由もないし、どちらが上かと言うつもりもない。ただ僕の使う魔術はチームプレーが大の苦手でね、目の前をウロチョロされると却って邪魔になる」

 

「こちらも正式な依頼を受けてここにいる。それに今の話はお互いが上手く立ち回れば済むのではないか?」

 

「無駄なことに神経を使いたくないから言っている」

 

「要はそちらに上手くやれる自信がないということだな」

 

元春の願いも虚しく、早速険悪な雰囲気となってしまった。真名は周りに喧嘩を売るタイプではないが、かといって温厚と言うわけでもない。相手の態度が刺々しいものならそのまま返す主義だ。

 

「私はただ働きは勿論だが、報酬泥棒をする気もない。そんなことをすれば信用に傷がつく」

 

「まるで自分の仕事に誇りを持ってる奴の台詞だ」

 

「だったらなんだ。傭兵風情が、と続けるつもりか?」

 

その時今まで黙っていた祐が真名の肩に手を乗せて、ステイルから距離を置かせる為に少し後ろに引く。不満はあったが祐が物理的にも間に入ったことで一旦冷静にはなれた。

 

「ステイル=マグヌスで合ってるよな?あんたはどの距離が得意なんだ」

 

「なんだ、君喋れたのか」

 

「初対面の相手と話すのは得意じゃなくてな」

 

どの口が言うのかと真名は思った。しかし口に出せば話の腰を折ってしまうので心の中にしまう。

 

「それで質問に戻るが、これくらいは教えてもらいたい」

 

値踏みするように祐を見る。だがその姿から視覚的に情報を得られるとすれば、体型が逞しいことくらいだ。どういった意図で聞いてきたのかもこの二人がどんな人物かも分からない為、土御門が雇った傭兵というのは確かでも明言する気にはなれなかった。

 

「強いて言うなら、殴り合いは趣味じゃないね」

 

「そうか、なら俺が前に出る。そちらはうちの相方と後ろから撃つなりなんなりしてくれ」

 

「聞いてなかったのか?纏めて焼かれることになるぞ」

 

「俺のことは気にしなくていい、こっちでなんとかする」

 

淡々と話す祐に訝しむ表情のステイル。冗談で言っているわけでもなさそうだが、本気で言っていてもそれはそれで問題だ。

 

「忠告するのはこれで最後だ。僕は撃っていいと言われたら躊躇わずに君を撃てる。それでいいんだな?」

 

「二言はない」

 

こうまで言ってのけるとなると、何か手があるのだろう。どんな手を使うつもりなのかは想像も付かない。だが他ならぬ本人たっての希望だ、望みを叶えよう。

 

「そこまで言うなら、希望通り前衛は君に任せるよ。そして僕は後ろで好きなようにやらせてもらう」

 

「決まりだな。ガンナー、場所まで案内してくれ」

 

「…ああ」

 

呼ばれた真名が色々と心情を飲み込んで歩き出す。ガンナーとは今回の仕事中のコードネームで、移動中に即席で決めたものだ。

 

「ガンナーね…君は?」

 

「ヴィジョンだ。そっちはマグヌスでいいか?」

 

「お好きなように」

 

真名・祐・ステイルの順番で一列に目的地を目指す。無言で歩くこと数分、真名が立ち止まった。

 

「ここだ」

 

視覚的には周囲と変わらない雪原だ。しかし祐は嫌な雰囲気をひしひしと感じていた。間違いなく、この下には何かがある。

 

すると後ろにいたステイルが懐からカードを取り出し、少し先の地面に投げつけて指を鳴らした。マークのようなものが書かれたカードは一瞬で燃え盛り、周囲の雪を急速に溶かし始める。

 

「ルーン文字か、そういえばルーンの魔術師と言っていたな」

 

「君は読めるのか?」

 

「いいや、ただ見たことがあっただけだ」

 

真名の返答に頷きながらステイルが雪の溶けた場所を見る。そこには破壊されたと思われる鉄の扉と、底が見えない地下へと続く梯子が現れた。

 

「さぁ、道ができた。ヴィジョン、先頭は君の担当だ」

 

「失礼する」

 

一言だけ返して祐は梯子を使わず、躊躇なく落下していった。真名とステイルは呆れた表情で下を覗き込む。

 

「君の相方、もしかして死にたがりじゃないだろうね?」

 

「本人曰く死ぬつもりはないそうだ。行動を見る限り疑問だがな」

 

答えてから真名も地下へと向かった。その背中を見送りつつ、相手にするのが面倒なのはガンナーではなくヴィジョンの方かもしれないと思いながらステイルも後に続いていく。余談だが祐以外はしっかりと梯子を使用した。

 

 

 

 

 

 

同時刻。女子寮の自室で各々が趣味に没頭している中、一息つこうとペンを置いたハルナが背もたれに寄り掛かって大きく伸びをした。飲み物を取る為冷蔵庫に向かう途中、読書に耽っている夕映とのどかに視線を向ける。そこで見えた夕映の読んでいる本の表紙がやけに気になった。というのも、その表紙が真っ白な背景の中央に水色のパール塗装された蝶が大きく描かれた目を引くものだったからだ。

 

「ねぇ夕映、それってなに?」

 

「この本ですか?数年前に発売された絵本ですが」

 

「絵本?」

 

夕映は児童文学研究会にも所属しているが、絵本と児童文学は違うものだ。ハルナは首を傾げた。

 

「夕映ってそっちにも興味あったっけ?」

 

「専門外ですが、この絵本には少し興味がありまして」

 

二人の会話が耳に入ったのどかが同じように夕映の持つ本を見て反応する。

 

「あっ、その絵本私も知ってるよ」

 

「のどかも?これってもしかして有名なやつだったりする?」

 

「いいえ、誰もが知る程有名ではないかと」

 

「本屋さんで偶々見つけて、表紙が独特だったから気になって調べたんだ」

 

「ふ~ん。じゃあ夕映がその絵本に興味がある理由は?」

 

聞かれた夕映は本を閉じてハルナに表紙を見せた。ハルナが顔を近づける。

 

「見ましたか?」

 

「うん、見た」

 

すると今度は裏表紙を見せる。訳が分からず再度首を傾げた。

 

「何か気になりませんか?」

 

「…なにが?」

 

「本の題名・出版社などは記載されていますが、作者名は書かれていないんです」

 

「え?あ、ほんとだ」

 

改めて見直しても夕映の言う通り、作者名は載っていなかった。表紙には題名と蝶のみ、裏表紙は出版社名だけだ。

 

「別の所に書かれてるってわけでも」

 

「ないですね」

 

「…なんで?」

 

「分かりません」

 

返答にこけそうになるハルナと苦笑いを浮かべるのどか。反して夕映の表情は真剣だ。

 

「そこが気になる点なのです」

 

「というと?」

 

「作者不明ということで、この出版社には問い合わせが相次いだそうです。しかし、出版社から作者の名前が語られることはなかったとか」

 

「私が調べた時もそう書いてあったよ。なんでも作者さんの名前を出さないのが条件でこの絵本を出したんだって」

 

「何から何まで謎だらけってわけか」

 

腕を組んでその本を見るハルナ。謎の多い本となると急に興味が湧いてくるのは、探求心を刺激されるからだろうか。

 

「因みに本の内容はどんなもんなの?」

 

「簡単に説明すると、蝶が古い世界と共に消えてしまいそうな命を新しい世界に運んでいくというお話です」

 

「思ったよりファンタジーね」

 

「蝶は古来より魂や命と結び付けられることが多く、神聖視されていました。それに由来していると思います」

 

「でもこの絵本、悲しいお話だよね」

 

「そうですね」

 

内容を知っている夕映はのどかに同意するが、知らないハルナからすればなんの話かさっぱりだ。それに気付いたのどかが説明する。

 

「蝶々さんは沢山の命を新しい世界に運んでくれるの。そのおかげで命は消えずに新しい世界で暮らしていけるんだけど、最後にその蝶々さんは力を使い果たして古い世界で眠っちゃうんだ」

 

「しかしその蝶の命は誰にも運ばれることなく、最後には存在も忘れ去られて古い世界と一緒に消えていく…という結末です」

 

「そりゃあ…確かに悲しい話ね」

 

絵本の中には考えさせられる内容のものであったり、決してハッピーエンドと呼べない終わり方をするものも少なくない。この絵本もその一つなのだろう。作者不明の件も相まって、なんと言うかしこりを残す作品だ。

 

「他にも気になる点があります。この蝶は始めは真っ白なのですが途中で赤に変わり、最終的には青色になります。ですがこのことに一切の説明はありません」

 

「それにも意味があるかもしれないし、ないかもしれない的な?」

 

「そんなところです」

 

「なるほどねぇ…」

 

聞けば聞くほど興味深い絵本で、この後自分でも少し調べてみようと思うハルナであった。

 

破滅へと向かう世界と命。その全てを新しい世界に導いた蝶は、全てのものに忘れ去られて消える。その蝶を愛したものの記憶からさえも。

 

 

 

 

 

 

全員が地下に到着し、その先に続く通路を進んでいく。その地下は無事な部分がないのではないかと思える程荒れ果てていた。

 

「随分と散らかしてるな」

 

「間違いなく戦闘の痕だろう。これで全員が戻ってきていないとなると、生存は絶望的か」

 

始めから期待はしていなかったが、この惨状を見て確信に変わった。第一陣は全滅だ。

 

「女はボディガードも引き入れていたと見るべきかもな」

 

「魔眼を使った引き抜きか、なんとも野蛮な引き抜きもあったもんだ」

 

ステイルの言葉には皮肉がこもっていたがそれも仕方がないことだ。取り乱したりはしないが、それでも同じ教団の仲間が殺されたことに何も感じないわけではない。するとこれまた破壊された入口が見えてくる。中に入ってみれば、状態は更に酷いものであった。

 

「至る所に損傷と血の跡」

 

「これだけ散乱としているのに、死体の一つもないのは流石におかしいな」

 

真名の言う通りここまで傷痕や血痕は至る所に確認できたが、死体に関しては一度も見ていない。どう考えても不自然である。

 

「誰かが運びでもしたのか?」

 

「だろうね。なんの為かは分からないし、誰がしたのかも分からないけど」

 

周囲に目を配る三人。進む前に何かないかと探索していると、先に続く通路から見えるものがあった。青い光を放つ蝶だ。

 

「あれは…」

 

「昨日もこの付近で見た。やはり関係があったか」

 

昨夜の出来事を思い出しながらステイルは蝶を見る。真名も同様に注視すると、顔を顰めた。

 

「魔力で生み出されたものだな。嫌な感じもする」

 

「相手の思考力を弱め、何処かに誘導しようとしているみたいだ。微弱なものだけど、魔力に耐性のない相手は引っ掛かるだろうね。これも一種の魅了の力だ」

 

「魅了か、例の女と無関係などと言うことはないだろうな」

 

そう話す二人と違い、祐は黙って奥へと消えていく蝶を見つめていた。それに気付いたステイルは面倒くさそうな雰囲気を醸し出す。

 

「まさか掛かったりしてないよね?」

 

「心配するな、無事だ」

 

「それは良かった。あとうるさい奴は僕も嫌いだが、君はもう少し喋った方がいいんじゃないか?」

 

「留意しておく」

 

本当にする気があるのか疑わしい反応をしながら、祐は振り返って二人を見る。

 

「どうやらこの施設の道は一本しかない、結果的にあの蝶を追うことになるが構わないな?」

 

「異議なしだ」

 

「まぁ、それしかないか」

 

二人からの返答を受け、祐達は最深部を目指して歩き出す。どちらにせよ、進む以外に道はないのだ。

 

先程よりも慎重に歩みを進める。相変わらず死体はないが、内部の損傷具合は増していく一方だ。それは要するに、この先に何かがあることを言葉ではなく光景で語っていた。少ししてまた新たな部屋が見えてくる。今までの部屋よりもかなり広い部屋だ。辺りを見回しても入ってきた入口以外確認できないことから、ここが最深部と見て間違いないだろう。そして部屋の中央には緑色の光を放つカプセルが置かれている。一人の女性が、眠るようにカプセルの中で浮かんでいた。

 

「目標の女か…」

 

「見つけたのはいいが、この状況がまるで理解できないのはいただけないな」

 

魔眼を使い、多くの人物を操った目標の女性はカプセルの中。このままでは何一つ分からないままだ。

 

「眠っているのか?」

 

「いや、死んでいる」

 

即答したのは祐だ。そんな彼にステイルが聞く。

 

「どうして分かる」

 

「悪いがそう感じるからとしか言えない。正確には肉体は生きている。いや、生かされてるのか。この装置の影響だろうな」

 

「では死んでるというのは?」

 

「あの身体には魂がない。もう、そちらは旅立っていったようだ」

 

「魂だと?」

 

「魂の存在は証明されている。畑違いとはいえ、それは知っているだろ?」

 

「…第三魔法」

 

確かにこちらの管轄ではないが、この世界に身を置くものなら知っていて当然だ。『第三魔法・魂の物質化』それは魔術やネギ達が使用する魔法とは一線を画す、魔術協会が『真の魔法』と呼ぶ奇跡そのものだ。

 

「それは勿論僕だって知っているさ、だが重要なのはそこじゃない。今の発言は君が魂を視覚化ないしは感知出来ていなければ成り立たないものだ」

 

「そういうことになるな」

 

「ヴィジョン、ふざけているのなら発言に気を付けろ。君の言う通り畑違いとはいえ、僕も魔術を行使する者だ。魔術師相手に、その冗談はセンスがなさすぎる」

 

ステイルは睨みつけるかのような視線を送る。祐はそれに感情の読み取れない仮面で覆われた目を向けた。

 

「この場で嘘をつく理由がない」

 

「だとしたら、余計に笑えないぞ」

 

ステイルの醸し出す雰囲気が明らかに変化した。ただし、誰がどう見てもいい方向にではない。しかしそんな中にあってマイペースに辺りを探索していた真名が口を開いた。

 

「それは後回しにしてくれないか?今はここを調べるのが先決だと思うが」

 

「何を馬鹿な!分からないのか!?君の相方は今、到底聞き捨てならないことを言ったんだぞ!」

 

「生憎私は魔術師でも魔法使いでもない。まぁ、私もこいつの力が気にならないなんてことはないが…今は仕事を片付けるのが最優先だ。目的を履き違えるなよ、必要悪の教会」

 

「…チッ!」

 

ステイルは隠す気のまったくない大きな舌打ちをした。一度深い息を漏らしながら真名は祐を見る。

 

「お前も、今の発言は軽はずみなものだったぞ。魔術師や魔法使いにとってこの手の話はデリケートなものなんだ。少し気を遣え」

 

「すまない」

 

先程とは逆に、今度は真名が二人の間を取り持った。真名とステイルに頭を下げる祐。真名はなんともないが、ステイルは納得していない顔だ。冷静になる為に新しい煙草に火を点けるが、これで忘れられる筈もない。この仕事が終わり次第本人に詳しく話を聞くか、最悪元春にこいつのことを説明してもらわねば納まりが付かないことだ。そんなことを考えていると、真名があるものを発見する。床に捨てられているように置かれた本とノートだ。

 

「何かのノートとこれは…絵本?」

 

ノートはまだしも何故こんなところに絵本がとまずそちらを調べる。表紙の蝶が印象的なもので、先程見えた光る蝶と重なった。

 

「青い蝶…これと何か関係があるのか」

 

「ノートの方を貸してくれ」

 

普段通りとはいかないまでも、なんとか冷静さを取り戻したステイル。真名は素直にノートを手渡した。ノートを受け取ったステイルがページをめくる。双方自分が持つ物に集中していたからだろう、祐の視線が絵本の方に固定されていることには気付かなかった。奇しくも夕映が読んでいたものと同じその絵本に。

 

「日記、恐らくこの女のものだ。書かれている量は意外と少ないな」

 

そう言ったステイルから魔力の流れを感じる。何か魔術を使用するつもりなのだろう。ステイルの手からノートが宙に浮き、一番最初のページが開いた。そして何処からか機械的な音声が聞こえる。どうやら日記の内容を読み上げているようだ。

 

「文章を読み上げる魔術か、随分可愛らしいものもあるんだな」

 

「この方が同時進行で別のことを行える。今時は機械でも出来るんだろう?こういうの」

 

「みたいだな。私は使ったことはないが」

 

真名は絵本を見ながら、ステイルは他にめぼしいものはないか探しながら日記の読み上げに耳を傾ける。祐は静かに絵本『みちびくひかりのちょう』からカプセルに浮かぶ女性に視線を移した。

 

 

 

 

 

 

なんとか人数も集まってきた。正直まだ足りないけど作業を始めることは出来ると思う。時間がない、やることは沢山あるのに。あの人を殺した奴らの復讐だってしなきゃならないのに。でもそれより先にやるべきことをやらなきゃいけない。もう私は無くすわけにはいかないのだから。

 


 

そろそろ人集めもいいだろう。欲をかき過ぎると足元を掬われる。それに私ももうすぐここから身動きがとれなくなる。不安だ、何事もなく上手くいくだろうか。こんな時あの人が居てくれたらってどうしても思ってしまう。生きてきた中で、間違いなく今が一番不安だ。

 


 

まずは無事に終えることができた。ある意味ここが一番の山場だったから、正直ほっとしてる。でも全てが終わったわけじゃない。まだまだ、やるべきことは残ってる。身体はまだ本調子とはいかないけど、ここで頑張らないといけない。

 


 

あの日、旅行中に寄った本屋であの人が興味本位に手に取った絵本。生まれてくる子にあげる一番最初のプレゼントだって年甲斐もなくはしゃいでた。それをなんとなく読み聞かせてみたら、あの子が笑ったのだ。そして楽しそうに蝶を指でなぞっている。きっとお父さんに似たんだね。本当に、私に似なくてよかった。

 


 

移植も成功だ。もう両目でこの子を見ることはできないけれど、それでもいい。この目で大変な目にも遭ったけど助けられたこともある。この力は私にではなく、この子に必要なんだ。

 


 

成長のスピードが凄まじい。今はもう歩き回り、言葉も少しだが話せるようになった。まだ半年も経っていないというのに。成功だ、だけどまだ足りない。もっともっと大きく強くならないと、この子は安全に生きていけない。

 


 

日に日にこの子は大きくなる。2歳になった現在は身長も私を越して、見た目で言うところは13歳くらいだろうか。やっぱり似ている。特に笑った時の顔がそっくりだ。それと、生まれてからずっと読み聞かせている本を未だに私に読んでとせがんでくる。もう話も分かりきっているだろうに、読んであげると嬉しそうに笑うのだ。この笑顔を見ていると、何度だって読んであげたくなる。

 


 

遂にここまできた。成長したこの子に更なる強靭な肉体を与え、丸三年掛かったこの計画の第一段階は終了だ。あとはこの子を育て上げ、何者も手出しできない完璧な生命体にするんだ。そうすればこの子はきっと幸せに生きていける。

 


 

まずい。どうやら私達の居場所に気付き始めた奴が出たらしい。追ってきている組織の候補は幾らでもあるがそこは重要じゃない。なんとしても逃げ切らないと。

 

それと同じくらい不安なことがある。力が強くなるにつれて、あの子の凶暴性も増している。今のところ私の言うことは聞いてくれているが、他の人間になるとダメだ。それでも私にとっては唯一の家族だ。この子だけでも、絶対に守ってみせる。

 

 

 

 

 

 

そこで読み上げが全て終わる。その頃にはステイルも真名も、嫌な予感がこれでもかとしていた。読み上げの途中ステイルは部屋の中にまだ生きている監視カメラの装置を発見したが、まずこの話を落とし込みたかった。同じ思いだったのか真名が呟く。

 

「…子供を身籠もっていたとはな」

 

「この日記が本当なら、相当に狂っている。何をしたかまでは正確に書いていないが、愛情を向けている実の子供にこの女は人体実験をしたんだ」

 

改めて説明されると激しい怒りが湧いてくる。真名は思わずカプセルの中にいる女を睨みつけた。

 

「この日記の後、必要悪の教会がやってきた。そしてここに居たものはどちらも全滅…女はカプセルの中…そうなるとこれをやったのは」

 

「来るぞ」

 

暫く沈黙を貫いていた祐がそう言いながら二人の前に出た。祐は勿論、真名とステイルも戦闘の準備は既に済んでいる。自分達が歩いてきた通路から足音が聞こえてくるが、音からして人間の足音とは思えなかった。

 

その正体は少しずつ暗闇から姿を表す。薄暗い灯りに照らされ、全貌が確認できた。シルエットこそ人型ではある。だが見えた存在は人間などではなかった。生物と機械を合わせた装甲のような肉体・両肩から横に突き出した棘・左胸と右肩にはカメラレンズのようなものが付いている。顔も肉体と同様、生物と機械・そして人間と昆虫の掛け合わせを想像させるものとなっていた。唸り声を出し、こちらに近づいてくる様はまさに『怪人』だ。

 

「ヴィジョン、一応聞く。あれがなんだか分かるか?」

 

どうか違ってくれとは思っても、頭に浮かんだそれ以外の答えは返ってこないだろうと真名も充分理解していた。それはステイルとて同じだ。真名の質問に、祐は怪人へと視線を固定したまま答える。

 

「向けられてくる感情は狂暴だが、同時に余りにも純粋だ。見た目に反して中身は、幼い子供だな」

 

「そうか…最悪の仕事だ」

 

とんでもない貧乏くじを引かされた。悲しいかな、それは今ここにいる三人の意見が初めて一致した瞬間でもあった。



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炎に消える

こちらをじっと見つめる怪人の大きな赤い目が光りだした。それを合図に祐達から少し離れた床下の点検口より何かが這い出てくる。見ていたステイルが不快感から眉を顰めた。

 

「ゾンビ、グール…呼び方なんてどうでもいいか」

 

現れたのは呻き声を発しながら低速で動く死体だった。間違いなくこの場で死んだ者達だろう。服装は白衣からステイルにとって見覚えのあるものと様々で、目の前の怪人が無造作に操っていると思われる。このような所業となれば嫌悪感を抱かざるを得ない。

 

「死体が見つからなかった理由は判明したな。何一つ嬉しくはないが」

 

真名が呟いた言葉にステイルは浅いため息を返した。先程からなんとも意見が合う。すると動きの鈍いゾンビよりも先に怪人がこちらに突進してきた。それと時を同じくして、祐が前に出て怪人の右手首と首元を掴み素早く押し返す。真名とステイルから怪人を引き離すように勢いを増して突き進み、その際発生した暴風に吹き飛ばされぬよう二人は踏ん張った。

 

「あれを部屋から出すつもりか!?」

 

「恐らくそうだろう!あいつがここで思いきり戦ったら施設ごと吹き飛ぶからな!」

 

相手に聞こえるように大きな声で話す。ゾンビは襲いくる風圧に耐えられず吹き飛ばされていが無力化したわけではない。起き上がればまたこちらに向かってくるだろう。

 

「ガンナー、君はヴィジョンを追え」

 

「なに?」

 

「さっきも言ったが僕はチームプレーが苦手なんだ。彼は気にしなくていいらしいが、君は違うんだろ?」

 

「ああ、私を撃つようならお前にも何か飛んでくるのは間違いないな」

 

「なら行け。あの中には同業者もいる、弔いは僕の方でやらせてもらう」

 

そう言ってゾンビを見つめるステイルの瞳は強い意志を宿していた。ここで異を唱えるのは無粋だろう。それに詳しい実力など分からないが、先程の怪人よりもゾンビが強敵とは思えない。祐ならなんとかしそうでも、強い敵に戦力を集中させるのは当然のことだ。

 

「では失礼する。まぁ、一応言っておくが奴らの仲間入りはするなよ」

 

「早くしないと纏めて火葬するぞ」

 

睨んできたステイルに肩をすくめ、真名は跳躍すると立ち上がりつつあったゾンビを踏み台にして祐を追った。そちらには目もくれず、ゾンビはステイルに狙いを定めて近寄ってくる。それでいい、こちらにとって好都合だ。

 

「良く言えば彷徨う魂をあるべき場所に送る…ということになるのかな?」

 

ここに来るまで、外だけでなく施設の至る所に手は回した。まだ使うつもりはないが準備は万全である。ステイルは放るように煙草を捨てた。

 

「炎よ」

 

落下中の煙草の火が本来ならばあり得ない程燃え上がる。威力を増した火は炎となり、ステイルの右手に収縮し始めた。

 

「偶には神父らしい仕事をするしよう」

 

 

 

 

 

 

掴んだ怪人を壁に押し付けながら出口へと猛スピードで進んでいく祐。ただでさえ酷い有様だった施設が更に悪化していくが、カプセルが置かれていた部屋が無事なら今更誰も気にはしないだろう。垂直に跳んで梯子を飛び越え雪原に出ると、空中から怪人を地面に投擲した。大地に叩きつけられた怪人は転がりながらも手足を使って勢いを殺す。着地した祐が相手を見つめる。

 

「厳しいか…殆ど残ってないな」

 

そう言った仮面に隠れる祐の表情は険しい。出来ることなら戦いたくなどないが説得は不可能と思えた。それ程までにあの怪人からは感情が見て取れない。とはいえ諦めて相手を消すにはまだ早い。その選択を取るのは手を尽くしてからで充分だ。

 

体勢を立て直した怪人の右肩にあるレンズが赤く光る。祐が上半身を捻りながら横にずらすと、先程まで左胸があった場所にレーザーが真っ直ぐ通過した。すぐさま怪人へと走り出した祐に向けて二発目が放たれる。スライディングで避けつつ右手から光弾を発射。腹部に着弾したことで仰け反った隙を見逃さず、滑り込みの状態から前傾姿勢に移行して地面を蹴る。距離が近づくと左フックで怪人の顎を撃ち抜いた。

 

大型車が追突したと見まごう衝撃に怪人は横に吹き飛び、確かな手応えに祐は思わず左手を振り払った。元からこの感覚は好きではない。人間だろうと動物だろうと、相手の肉体に痛みを与えるこの感覚が。そして今の敵は見た目こそとてもそうは見えないが、生まれてまだ3歳の子供なのだ。この場から逃げ出すつもりなどない。しかしだからとこの行為に何も感じない程割り切れる筈もなかった。そんなことが出来るなら、自分は今こうはなっていない。

 

頭を振って立ち上がり、レーザーを放出しながら怪人は祐へ一直線に向かってくる。身体能力等は非常に強力でも中身は幼いままなのだろう、相手を殺すこと以外は何も考えていない。両手を突き出して前面に光の壁を作る。光に当たったレーザーは反射して怪人に当たるが、自身の身体にレーザーが当たろうとも構わず放ち続けながら走るのをやめない。光を手で押し出せば、レーザーを反射しながら進む光が怪人に衝突する。接触した瞬間爆発を起こし、そこで怪人は流石に耐え切れず膝をついて足が止まった。

 

一瞬で間合いを詰めた祐が怪人の顔面を掴んで後頭部を地面に叩きつける。掴んだ手から光を流し、身体の動きを封じた。

 

(僅かでも残っているなら出来る筈だ!)

 

怪人の目が祐の顔を捉えた瞬間、祐の瞳が強く輝いた。

 

 

 

 

 

 

祐が瞼を開けると、どこまでも続く真っ白な空間に立っていた。その景色故探している相手はすぐに見つかる。地面に座り込み、本を読んでいる小さい背中にゆっくりと近寄った。近くにきたことで祐の存在に気が付いた幼い子供が顔を向ける。

 

「だれ?」

 

「初めまして、俺は逢襍佗祐って言うんだ。きみとお話がしたくて来させてもらった」

 

可愛らしい幼子を怖がらせないようにと片膝をつき目線を合わせる。こちらを見る目は痛い程真っ直ぐだった。

 

「名前、聞いてもいいかな?」

 

「フレド」

 

「フレドか、よろしく」

 

優しい笑みを浮かべた祐にフレドは頷いた。取り敢えず話は出来そうだ。胡座をかいてその場に座る。

 

「あの部屋で何してたんだ?」

 

「お母さんが起きるのを待ってた」

 

「…そうか。お母さん以外の人達はフレドが動かしてるんだよな?」

 

「起きてってお願いしたらみんな起きたの。でも前と違ってみんなゆっくり動いてる」

 

「お母さんの目を使ったんだな。あの青い蝶も」

 

「目の使い方はお母さんが教えてくれた。ちょうちょさんは命を運んでくれるんでしょ?だからそうしてもらおうと思って僕が作ったの」

 

話していると次第に心が締め付けられる。暗い顔になっていくのを隠そうと努めていると次に質問してきたのはフレドの方だった。

 

「ねぇ、今外の方はどうなってるの?」

 

「今何が起きてるのか、分からないのか?」

 

「最初はそんなことなかったんだけど、だんだんここしか見られなくなっちゃったんだ。もう外のことはなんにも分んない」

 

だから自分を見た時に誰か分からなかったのかと一人納得する。フレドの視線はつい先程まで殺し合いをしていた相手に向けられるものではなかった。

 

「今は少し危ないことになってる。なんとかする為にフレドにも手伝ってほしい」

 

「危ないこと?あっ、お母さんは起きた?」

 

「いや、お母さんは…起きてないよ」

 

「あの時お母さんにも起きてってお願いしたけど、おやすみしたままだった。なんで?」

 

目まぐるしく話題が変わるのは子供だから仕方のない部分か。祐は一度フレドから視線を逸らして下を見た。質問の方だが、理由は凡そ分かる。出来れば伝えたくない理由でも伝える以外になかった。嘘をつくことは、真実を伝えるよりも残酷だと思ったからだ。

 

「他の人と違って、フレドのお母さんは心が身体から離れた後だったからだよ」

 

「こころ?心ってどこかに行っちゃうの?」

 

「心と身体には強い繋がりがあるけど、別のものなんだ。きみが持ってるお母さんの目は、心を持つ存在にしか効果がない。他の人はまだ心が離れてなかったから、その目と魔力が効いたんだろうな」

 

「お母さんは死んじゃったってこと?」

 

これも子供だからと言えばいいのか、投げられる質問は良くも悪くも取り繕っていない。答える側からすれば心苦しかった。答えれば答えるほど、現実を叩きつけることになる。

 

「身体は生きてるけど、心はもうそこにはない。…ごめん、分かりにくいよね。お母さんは、もう亡くなってる」

 

この子に難しい言葉を並べても意味がない。ここに潜った時点でこうするつもりだったろうに、何を今更怖気づいているんだと自分に喝を入れた。初めから自分は無慈悲なことしに来たのだ。

 

「もう会えない?」

 

「残念だけど」

 

「じゃあ僕が死んだら?」

 

「……」

 

死んだ母親とフレドを会わせることは不可能ではないが、いくら祐でも無条件にとはいかない。あの時裕奈と夕子を引き合わせられたのは、二人の心が強く繋がっていたからだ。だからこそ裕奈を伝い、夕子の心に接触することができた。ならば何故それが今できないのか、それは偏にフレドと母親の心が繋がっていないからに他ならない。フレドは強く母親を想っているが一方通行なのだ。もう一つの方法としては、母親の方から祐にアクションがあればいいのだがこれもない。酷く残酷なことである。要は子供からの想いに、母親が応えていないということなのだから。

 

「身体から心が離れたら、心は別の世界に運ばれる。そこでなら会える可能性はある。絶対とは、言えないけど」

 

「僕もそこに行きたい」

 

「そうするには、身体から心を離すってことは…死ぬってことだ」

 

「うん、それでいい」

 

堪えきれず拳を強く握る。何に対しての憤りなのか、自分のことながら判断が難しい。今冷静さを保つことは何よりも困難と言えた。

 

「怖くない?死ぬことが」

 

「怖くないよ、だって死んだ人達と会えるんでしょ?お母さんも、きっとお父さんもいる」

 

祐は溢れ出しそうになる感情を必死に抑えて言葉を紡ぐ。それに反してフレドは何一つ不安なことなどないといった様子だった。無理もない、この年で生と死を理解するなど不可能だ。

 

「死んだら、もうこの世界には戻ってこれないよ」

 

「別にいい、だって誰も居ないもん。お母さんとお父さんに会いたい」

 

祐は遂に項垂れたように肩を落とした。こんな時「死ぬな、生きろ」と言うべきなのだろうか、だがその発言は無責任が過ぎるのではとも思う。この世界で平和に生きていくには、フレドは既に枷を負わされ過ぎている。その身体・その力・その出生・そしてこの場でしていたこと、その全てがまだ年端も行かない子供に伸し掛かるのだ。

 

そんな子供が死を望んでいる。祐は似たような境遇の人物を誰よりも知っている。だからこそ簡単に生きろと言えなかった。彼女なら、愛する家族である彼女ならなんと言うのだろうか。例え情けなくとも、今だけはこの場を代わってほしかったが、それは無理な話だ。自分の答えを出さなければならない。

 

身体の方は、どうにかなるかもしれない。今の世界なら元の人間の身体に戻せる可能性はある。本人が望むのかどうかは別の問題だが。

 

「もしかしたらきみの身体を元に戻せるかもしれない。普通の人間の身体に」

 

「いいよ。戻ったって、なんにも変わらない」

 

フレドの表情は不満気だ。恐らく祐が自分を死なせないようにしていることに気付いたのだろう。自分の意見を通そうと駄々をこねるのは年相応か。手を掛けることになるこちらの気持ちを分かってほしいというのも、土台無理な話である。

 

「お兄ちゃんは?お母さんとお父さんいるの?」

 

「この世界にはもういないな」

 

「会いたくないの?」

 

「会いたいさ、ずっとそう思ってる」

 

「じゃあなんで生きてるの?死んだら会えるんでしょ?」

 

本当に、残酷だ。純粋だからこその残酷さは祐の心を深く抉った。

 

「俺には死ねない理由があるから、かな」

 

「理由があったら、嫌でも生きなきゃならないの?」

 

「それは人によるね」

 

「お兄ちゃん、嫌なことやってる。痛いの我慢してる」

 

「そんなことないよ」

 

フレドは本を閉じると祐の両手を小さな手で握った。突然のことだったが祐は優しく握り返す。子供特有の高い体温を強く感じた。同時に嫌でも実感する。現実では似ても似つかない姿だろうと、自分はこの子に暴力を振るったのだと。

 

「嘘だよ、だって聞こえるもん。痛い、苦しいって」

 

「フレドの心の中だから、俺の心の声がデカくなったんだな。迷惑だから静かにしとかなきゃ」

 

ここではお互いの声がよく聞こえる。一度聞こえてしまったものはなかったことにはできない。それが耳を塞ぎたいことであっても。

 

「ねぇお兄ちゃん、お願い聞いて」

 

「それこそ、痛くて苦しいんだけどな…」

 

「お願い、お兄ちゃん」

 

母親譲りなのか、青く美しい瞳で見つめられる。その目に魅了の魔眼は遺伝していないが、同等の力はあると錯覚してしまう。払いのけて断ると言えるのが強さなのだろうか。もしそうならば、自分は本当に弱い。

 

 

 

 

 

 

地下から真名が飛び出してくると、目に映ったのは怪人の頭部を掴んで拘束している祐の姿だった。やはり心配はいらなかったかと思いつつ、次第に違和感を覚え始める。祐も怪人も、指一つ動かさずに固まっていたからだ。目の前の光景にどうするべきかと考えていたその時、祐と怪人が動きを見せた。

 

祐は静かに手を離し、怪人は怪人でゆっくりと上体を起こす。その状態でお互いを見つめる姿は奇妙以外の何物でもない。真名は益々現状が分からなくなったが、只事ではない雰囲気は十二分に感じていた。

 

(逢襍佗…)

 

 

 

 

 

 

室内にいたゾンビの最後の一体を炎で灰へと変えたステイル。全員纏めてそうすることもできたが、大規模な攻撃を行えば証拠品は元より施設ごと燃やし尽くしてしまうので少し抑えた。ゾンビ達がいた場所を見つめて十字を切る。

 

「安らかな眠りを」

 

一仕事終えたステイルは新たな煙草を取り出して火を点ける。先程見つけた動いている監視カメラへ近づくと、一つのデスクに目が留まる。周りのものよりも少し大きなデスクの下には金庫が埋もれていた。そのすぐ横にはカプセルにいる女と、結婚相手と思われる男の二人が写る写真が入ったフォトフレームが転がっている。そこでこのデスクが誰が使用していた物なのか見当が付く。ここであった戦闘の余波を受けたのか金庫は本来の役目を果たしておらず、少し力を入れるだけで開くことができた。

 

中には小物やクリアファイルが入っている。小物は彼女の思い出の品なのだろう、クリアファイルには沢山の写真が収められていた。他に何かないかと中の物を全て取り出している時、それは見つかった。乱暴に丸められた一枚の紙、ステイルは手に取って広げる。紙には先程の日記とは対照的に殴り書きと思われる雑な文字が書かれており、その内容を確認した。暫くして読み終わったステイルの表情は苦々しいものだ。

 

「これは、最悪だな」

 

 

 

 

 

 

上体は起こしても立ち上がろうとはしない怪人、祐はしゃがんで肩に手を乗せる。怪人に銃を向けながら真名が歩いてきた。

 

「ヴィジョン、状況がまったく分からん。説明してくれ」

 

「この子と、フレドと話した」

 

「フレド?…まさか、こいつの名前か…?」

 

怪人を見つめたまま頷く祐。現れた時と違って今はただ静かに座っている怪人に困惑しながら、真名は頭痛がしていた。そんな彼女を措いて祐はそっと怪人の手を握る。

 

「始めるぞ。いいな、フレド」

 

祐の言葉に怪人が手を握り返しながら頷く。その行動に驚きながらも真名は聞く。

 

「いったい何を」

 

言葉の途中で祐の身体から虹の光が溢れ出す。真名は思わず祐の肩を掴んだ。

 

「おい!何をする気だ!?」

 

「この子の心を、あの世に送る」

 

「なんだと!?」

 

輝きを増す光が怪人の身体を包み始めると、祐の手を握る怪人の力が少しずつ弱くなって倒れそうになる背中に腕を回した。痛みは無い筈だ。きっと、眠るように行ける。

 

完全に力が抜け、祐の胸に頭を預けた。その身体を優しく抱き留める。その瞬間祐にも、そして真名にも見えた。怪人の身体から光と共に幼い子供が現れるのを。

 

「魂、なのか…これが…」

 

「さようなら、フレド。向こうに行ったら、ゆっくり休みな」

 

『ありがとう、おにいちゃん』

 

小さく手を振って空へと上がっていく。祐と真名はその姿を消えるまで見つめ続けた。光が晴れ、降っていた雪が二人に積もり始める。真名が空から祐の背中へと視線を落とすと、祐は未だに怪人の身体を抱きしめていた。ひどく小さな背中だと真名の目には映り、無視できない不安を感じた。

 

「ヴィジョン」

 

「…母親の元へ運ばせてくれ。肉体も、近くに居たい筈だから」

 

怪人の遺体を両手に抱えて立ち上がり、祐は施設へと歩き出した。色々と問い質したいことばかりだ。しかし今は祐の行動を優先させよう。それが最善だと真名は思った。

 

 

 

 

 

 

祐と真名がカプセルのある部屋に着くと、そこには壁に寄り掛かって煙草を吹かせるステイルがいた。

 

「無事なようだな」

 

「そっちも…待った、それは死体か?」 

 

「そうらしい。魂が空に向かっていくのを私も見たよ」

 

「…ふざけた話だ」

 

真名の返答に一切取り繕わず吐き捨てるようにステイルは呟いた。魔術師の考え方や感性に寄り添うつもりはないが、それでもステイルに少し同情する。会話する二人を余所に祐はカプセルの前に怪人を寝かせた。見ていたステイルは眉間に皺を寄せる。

 

「それはどういう意図だい?」

 

「この子はずっと母親が目を覚ますのを待っていた。近くに居たいだろう、例え…繋がっていなくても」

 

「…その繋がりというのは、感情の話か」

 

「その返答が出てきたということは、何か見つけたんだな」

 

第三者からすれば祐とステイルが何を言っているのか理解できないだろう。現に真名はそうだ。だが嫌な予感だけはしている。ステイルは懐から先程見ていた紙を取り出して真名に手渡す。不思議に思いながら受け取って目を通した。

 

 

 

 

 

 


妙な胸騒ぎがずっとしてる。誰かがこの施設に来るのを感じて怯えているからだろうか。それならいい、その考えはおかしなものじゃない。でも、この恐怖がその相手ではなくフレドに向けられているものなら私は

 

馬鹿なことを考えてしまった。私があの子を怖がる筈がない、そんな理由がない。今でもフレドは私の言う事は聞いてくれる。私を愛してくれている。確かに人間性は日を増すごとに薄れていっているが、それでもこの子は私達の大切な子供だ。愛しているんだ、誰よりもフレドを愛してる。

 

ふとある考えが頭を過る、このまま強くなっていったらこの子はどうなってしまうのだろうか。私の言う事も聞かなくなり、誰にも手の付けられない存在になったら

 

私はこの子を愛せないかもしれない


 

 

 

 

 

 

最後の一文は乱暴に消され見にくいが、それでもなんと書いてあるのか分かってしまった。紙を持つ真名の手は異常な程に力がこもっている。怒りからくるものなのは誰が見ても明らかだ。

 

「自分から仕出かしておいて、どの口が」

 

仮面の下は恐ろしい表情なのだろうとステイルは想像しながら、しゃがんで怪人の胸に手を当てたまま動かない祐に視線を移した。

 

「君は色々と知っているような口振りだった。いったいどこで、そして何故知っている」

 

「この子と話すことができた。フレドは母親を強く想っていたが、母親からの反応は最後まで感じ取れないまま。そこで、なんとなく察しが付いた」

 

事務的に理由を話す祐に苛立ちを感じる。だからといって当たるような真似はしないまでも、ステイルの口調は少し鋭さを増した。

 

「外で何をしたというんだ。説明しろ、じゃなきゃ納得できない」

 

「フレドの心は完全に死んでいたわけではなかった。だから、心に触れて話をしたんだ」

 

「そんな与太話を僕に信じろと?」

 

「本当のことだ、信じてもらうしかない。お望みならマグヌス、お前で再現しよう」

 

挑発か、それとも脅しか。どちらにせよ喧嘩を売られているとステイルは受け取ってしまった。

 

「燃やされたいのか」

 

「冗談は言っていないが…燃やされるのも、今はいいかもな」

 

立ち上がってステイルと目を合わせる。臨戦態勢を取るのかと思ったが、祐は脱力して佇んでいるだけだ。その姿はまるで

 

「…やめだ」

 

祐に反して行動するつもりだったステイルも力を抜く。なんとなくだが祐の考えに気が付いた。

 

「危うく君のくだらない自傷行為に利用されるところだった。やりたいなら自分で勝手にやってくれ」

 

ステイルが祐から視線を外して監視カメラの確認を始める。残った証拠を集めるつもりなのだろう。二人を静観していた真名も室内の探索を開始した。残された祐は何も言わず、振り向いて怪人越しにカプセルの中にいる母親を見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

満足いく証拠を収めることができたステイルは室内を後にし、真名達もそれに続いた。三人は外に出ると全員が施設の方を見る。

 

「仕事は終わり…でいいのか?」

 

「いや、最後の仕上げが残ってる」

 

応えたステイルを見る真名に目線だけ向けた。

 

「得られる情報は全て収集できた。であるならば、この場所を残しておくべきじゃない。さもないとハイエナに集られるからね」

 

「ハイエナか」

 

言わんとしていることは理解できる。この場所も中にあるものも、他の組織が介入する前に消しておきたいのだろう。残していれば碌なことにならないのは間違いない。はっきり言えば、臭い物に蓋をするというやつだ。

 

「早速始める。君達は離れていろ」

 

何をするつもりかは知らないが、特に反抗することなく真名と祐はステイルから距離を取った。すると周囲から巨大な魔力の流れを感じる。

 

「世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ」

 

「それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり。それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり」

 

詠唱を開始した直後、周囲に地響きが起こる。地下からは炎の燃え盛る音が僅かに聞こえていた。

 

「その名は炎、その役は剣。顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ!」

 

最後の一説を唱え終わると同時に、地下施設への入り口を突き破って巨大な炎が巻き起こる。やがて一つの姿を形作り、炎の巨人が現れた。

 

「さぁ、後片付けだ」

 

炎の巨人『魔女狩りの王(イノケンティウス)』は作りだした炎の十字架を手に、施設を周囲の地形ごと破壊し始める。3000度の炎で形成されたその巨体によって全てが跡形もなく燃え尽きるのにそれほど時間は掛からなさそうだ。今も降り続き、積もった雪を溶かしながら暴れ回る巨人。その光景は破滅的ながらどこか儚さを感じさせた。もしかすると感じているのは無常なのかもしれない。どちらにせよ、暗い感情なのは間違いなかった。

 

「この分なら灰すら残らないかもしれんな」

 

「そうするべきなんだろう。きっと、それが一番だ」

 

離れて見ていた真名が祐の背中越しにそう言う。それに対する反応はあっても祐が振り向くことはなかった。見えるその背中はやはり影が落ちている。強い風に吹き飛ばされそうな姿に思わず真名は祐の手を取りそうになった。しかし寸前のところで手を止め、音もなく下ろす。戦いは終わったが今はまだ戦場にいる。仕事人としての心構えが真名に祐の手を握らせなかった。その時生まれた名状し難い感情には目を背け、祐と同じように消えていく施設を見つめ続ける。

 

ステイルも燃え盛る施設から片時も目を離していなかった。彼もこの光景を目に焼き付けているのかもしれない。

 

ここにあったものは直に全て消えてなくなるのだろう。だがどんなに燃やし尽くしても、ここで起きたこと、そして祐の心に残ったものは決して消えてなくなりはしない。

 

背負って生きていくのが己の役目なのだ、進んでいくしかない。祐は拳を強く握りしめた。ここであったことを絶対に忘れてはならないと、心に刻み付けながら。



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伝えたいから、手を取って

程なくして後片付けは済んだ。役目を終えたイノケンティウスは少しずつ消えていく。ステイルは咥えていた煙草を手に取り、祐達に顔を向けた。

 

「こんなものかな。さて、次は君達だ。特にヴィジョン、キミのことは詳しく聞かなきゃならない」

 

話の通りなら目の前の人物は魂を認識し、そしてどういったわけか相手の心に触れたとのことだ。素直に全てを鵜呑みにするつもりなどないが、それでもこのまま放置はできない。

 

「そのことなんだがな、マグヌス」

 

横から入ってきた真名に不満そうな目は向けるが、何か言うことはなく続きを待つ。

 

「私の相棒に関しては、後日土御門を通して伝えることにする」

 

「それで納得するとでも」

 

「ヴィジョン!」

 

ステイルの言葉を遮って真名が祐を呼ぶ。すると最初から打ち合わせていたかのように祐が真名を両手に抱えて高く跳躍した。

 

「なっ⁉︎」

 

「すまんなマグヌス、また後日だ」

 

手の届かない空中から真名が手を振って別れを告げた。追撃しようとカードを取り出すが、これであの二人を止められるとは思えない。イノケンティウスを一度消してしまった事も含め、盛大に舌打ちをして懐に戻す。空を飛び、既に小さくなった祐達へ苛立ちを込めた視線を送る。

 

「説明は必ずしてもらう。覚悟しておけよ、土御門」

 

あの謎多き傭兵達の雇い主であり、連絡のつく相手である土御門にはそれなりの責任を取ってもらおうと考えながら、ステイルは一人雪原を歩き始めた。この後も残る諸々の事後処理に憂鬱になりながら曇天を見上げる。

 

「はぁ、さみぃ…」

 

 

 

 

 

 

同時刻、女子寮の自室でスマートフォンを見ていた木乃香が間もなく昼時を迎えることに気付いて立ち上がった。

 

「そろそろお昼の準備せな」

 

「もうお昼か〜、ほんと休みって時間経つの早いわ」

 

「ホンマやねぇ」

 

テレビを見ながら沁み沁みと呟いた明日菜に同意してスマートフォンをテーブルに置く。画面が点いたままだった為、明日菜は無意識に木乃香のスマートフォンを見た。

 

「おすすめの旅行先…なに木乃香、どこか行くの?」

 

「も〜明日菜、のぞきは犯罪やえ」

 

「確かに覗いたけど…いや、なんでもないわ…」

 

何かを言おうとしたが早めに切り上げるのが吉だと口を閉じた。明日菜の反応に笑いながら木乃香は立ち上がる。

 

「祐君が群馬に行っとるやろ?せやからなんとな〜く」

 

「ああ、そういうこと」

 

本格的に旅行先を考えているというわけではなく、本当になんとなく眺めていただけなのだろう。考えてみれば県を跨いだ移動など、中等部時代の修学旅行が最後だったような気がする。

 

「仮に行くとしたら何処がいいとかある?」

 

「そうやなぁ、色々あって難しいわ」

 

そんな会話をしている途中、すっかり定位置となったロフトからネギとカモが降りてくる。木乃香はそんなネギに声を掛けた。

 

「なぁなぁネギ君。ネギ君は日本で行ってみたいとことかあるん?」

 

「え?行ってみたいところですか?」

 

「うん」

 

考えるネギだったがすぐに思いついたのか、手を叩いて明るい表情を見せる。

 

「沢山ありますけどやっぱり京都ですね!日本の歴史的建造物も多いですし、嘗て京都で起きた歴史自体にも興味があります」

 

「建物ってのは分かるけど、歴史って?」

 

「詳しい知識はまだそんなにありませんけど、平安時代の京都には非常に興味深い出来事が多かったようなので」

 

「平安時代って、え〜っと…陰陽師とかいたやつ?」

 

陰陽師という言葉を出した明日菜にネギは意外そうな顔をする。純粋に明日菜からそんな言葉が出てくるとは思っていなかった。

 

「明日菜さん陰陽師をご存知なんですか?少し意外です」

 

「私も別に詳しいってわけじゃないわよ。ただ祐が昔陰陽師の映画にハマってて、私達も見たことあったってだけ」

 

「あ〜、あの映画。ちっちゃい頃みんなで見たんよね、懐かしいわ」

 

その当時を思い出す木乃香。初等部時代に陰陽師を題材にした少々古い映画を祐が持ってきて幼馴染で鑑賞したのだ。それほどホラー要素はなかったが、あやかは終始薄目だったことも覚えている。

 

「そん時は思わんかったけど、今考えたら平安時代を題材にしたお話って多い気するなぁ」

 

「平安時代と呼ばれる期間は長いものですから、陰陽師以外にも色々と伝承や物語があったようですね」

 

「長いって何年ぐらい?」

 

「390年間と言われています」

 

「ながっ」

 

想像以上に長かったので素直な感想が漏れた。一応授業で習った筈だが、それは今触れないでおこうと木乃香は苦笑いを浮かべる。

 

「所縁のあるもので言えば鈴鹿御前伝説に安珍・清姫伝説や大江山絵巻、九尾の狐である玉藻前。あと源氏物語で有名な源氏も平安時代の氏族ですね」

 

「源氏物語ってのは聞いたことあるけど、他は全然わかんないわ」

 

「凄いなぁネギ君、流石先生やね」

 

「あ、いえ…歴史とか英雄譚は個人的に好きなので」

 

木乃香に褒められてネギは少し顔を赤くした。ネギは世界各国の伝承などにも興味があり、個人的に調べているようだ。

 

「そう言えばこの間も神話だっけ?そんな感じの本読んでたし、ほんとあんたって変わった趣味してるわよね」

 

「明日菜もやろ」

 

「どういう意味かしら…」

 

「まぁ、姐さんの趣味は置いておいて…それこそ一昔前は夢物語で片付けられてた話も、今の世界を鑑みるとあながち創作物とは断言できねぇよな」

 

話を聞いていたカモが言ったことに全員が確かにといった顔をする。なんでもありと言って差し支えない世の中だ。何が作り話で何が真実なのか、その判断は10年前に比べて非常に困難である。

 

「てなこと言っといてなんだが、考えたってしょうがねぇっすよ。どうせ考えたところで分からないんすからね」

 

「うっわ、無責任」

 

「楽天家なもんで」

 

空気が軽いものに戻ったところで、木乃香は昼食の支度を始めようとする。キッチンで手を洗いながら思い出したようにネギを見た。

 

「そうやネギ君、京都に行くことがあったらウチが案内したげるよ」

 

「本当ですか⁉あ、そういえばご実家は京都でしたね」

 

「うん。近いうちにお父様に会いに行こう思っとったし…そうや!旅行も兼ねてみんなで行かへん?」

 

「みんなって、私も?」

 

視線を受けて明日菜が自分を指さす。木乃香はしっかりと頷いた。

 

「勿論やん。心配せんで明日菜、置いていかへんよ」

 

「なんか引っ掛かる言い方ね…」

 

「明日菜もウチも寂しがり屋さんやからね」

 

「べっ、別に私はそんなんじゃないんだけど!」

 

「隠さんでもええやん、今ウチも明日菜も祐君おらんくて寂しいもんな」

 

「木乃香!」

 

(京都か、京美人とやらに会えるかもしれねぇな…)

 

赤くなる明日菜と笑顔の木乃香、そんな二人を余所にカモは下心満載であった。

 

(京都かぁ、楽しみだな~)

 

ネギはまだ見ぬ千年の都に期待を膨らませる。憧れの場所の一つだ、きっと素敵な体験ができるだろうと想像しながら。

 

 

 

 

 

 

祐達が宿泊している旅館の部屋に虹色の粒子が現れる。やがて粒子は人の形となり、ステルススーツに身を包んだ祐と真名になった。真名はスーツを解除し、それに続いて祐も私服に戻る。

 

「無事に戻れたな、これにて仕事は終了だ」

 

「お疲れ様でした。少しは役に立てた?」

 

「毎回頼みたいくらいには満足しているよ」

 

「そりゃ良かった」

 

笑顔を見せて一息つくと、祐は置いてあった鞄から財布を取り出す。

 

「帰ってきて早々出かけるのか?」

 

「腹減ったからね。買うか食べるかしようかなって」

 

「…分かった。私はまだいいから、気にせず行ってこい」

 

「あいよ」

 

軽く手を上げて祐は部屋から出て行く。閉まった襖を見つめてそっと目を逸らすと、物音もしない静かな室内で真名は座椅子に腰掛けた。一人になれる時間が、今の祐には必要なのだろう。

 

 

 

 

 

 

「うい〜」

 

それから一時間程経った頃に祐は帰ってきた。座ったまま目を閉じていた真名が顔を上げる。

 

「ああ、戻ったか」

 

祐が部屋に入ってくると真名は鼻を鳴らした。

 

「油の匂い…揚げ物でも食べたか?」

 

「鼻もいいんだ、凄いね」

 

「人並みだよ」

 

祐は立ち止まり、自分の服を嗅ぐと真名を見る。

 

「結構気になる?」

 

「いや、それ程じゃない」

 

「ならいいか。ふらふら歩いてたら個人でやってる食堂があってさ、なんかの縁だと思ってそこでかつ丼食ってきた」

 

「味はどうだった?」

 

「美味しかったです!」

 

「気持ちはよく伝わったよ」

 

財布を戻し、畳に横になりながらテレビを点ける。昨日といい、食事の後は基本だらしないなとその姿を見みて口には出さないが思った。暫し無言が続く。お互いテレビに視線を向ける中、真名が口を開いた。

 

「逢襍佗」

 

「ここで名前間違える?他の男の名前だったら嫉妬で乱れ狂うぞ」

 

祐にそう言われてほんの少し目を見開く。らしくないヘマをしてしまった。

 

「すまん、今のは忘れてくれ」

 

「大目に見るよ、優しい彼氏だからね」

 

「自分で言うとは大した自信だ。流石自慢の彼氏だな」

 

冗談を言い合ってお互い笑みを浮かべる。祐は視線をテレビに戻し、姿勢を座る態勢に変えてテーブルに肘をついた。頬杖をしているので真名から祐の顔はよく見えない。

 

「恵麻ちゃんが気にすることはないよ」

 

真名は祐に目を向けるが、相変わらずその表情は窺えない。

 

「手伝ったのも、あの場でやったことも全部俺の意志でしたことだ。その結果で起きたことは、全部俺が持つのが当たり前なんだよ」

 

「君に責任はない。俺は思うままに動いたんだから」

 

真名も祐からテレビへと視線を移した。そして同じように頬杖をつく。

 

「そうか」

 

短く一言だけ返し、その後はテレビから流れる音声だけが部屋に響いた。お互いの顔は見ずに目は画面に固定されている。窓から見える雪の勢いは、先程より増していた。

 

 

 

 

 

 

夕食の時間まであと二時間になった。食事の前に温泉に入ろうと真名は大浴場に向かい、祐は部屋に付いている露天風呂を利用することにした。部屋と露天風呂の間にある脱衣所で服を脱ぎ、肌に直接冷気を感じながら外へ出る。かけ湯をしてから浴槽に入り、強く降り続く雪を眺めながら力を抜いて身体を預けた。

 

既に周囲は暗くなり始めていて、備え付けの電灯がその役目を果たしている。微かに見える遠くの景色に目を向けてから静かに瞼を閉じた時、物音が聞こえた。足音が近づいており、その音の正体は脱衣所に入ったようだ。

 

「えっ、なんで?」

 

この部屋に入ってくる人物など一人しか考えられないが、だからこそ疑問が浮かぶ。いったい何事だと脱衣所の扉を凝視していると、その扉が開かれた。

 

「おいおい、そういきなり見つめてくるものじゃないぞ」

 

「…いや、何してんの?」

 

フェイスタオルで申し訳程度に前を隠した真名は、困惑する祐に反してなんてこともなさそうに歩き出した。

 

「露天風呂だぞ、入浴しに来たに決まっているだろう」

 

「そういうこっちゃないでしょうよ…」

 

近づいた真名が桶を取って浴槽に入れる。

 

「ほら、もう少し右に寄ってくれ」

 

「なんなんすか…」

 

戸惑いは拭えないが取り敢えず言われた通り右端に寄って左側を空ける。真名は掛け湯をしてから両足を浴槽に入れると、タオルを淵に掛けて温泉に浸かった。

 

「今タオル置いたよね?」

 

見たい気持ちを必死で抑え、なるべく視界へ入れないようにと景色を真っ直ぐ見ていたが無視できない行動を察知してしまった。勝手に左を向こうとする瞳と人知れず格闘する。

 

「タオルを入れるのはマナー違反だ。それにこうしていれば見えない」

 

そう言われてつい左を見ると、真名は腕と足をそれぞれ軽く組んでいた。確かに肝心な部分は見えていないが、あまりに際どい。これはこれで素晴らしいとしょうもないことを考えつつ景色に視線を戻す。

 

「一緒に入る気はないって言ってた気がするんだけど」

 

「なに、今回お前の働きは素晴らしいものだった。労いに背中でも流してやろうかと思ったのさ」

 

「それは…まぁ、ありがたいっすね」

 

「素直な反応は嫌いじゃないよ。だが洗うにしても、もう少し身体を温めないとな」

 

現状祐は浴槽の右側に最大限寄っているが、真名はあまり左に寄ってはいない。それなりに大きな浴槽とは言え祐も真名も平均より大分背が高く、従って祐一人が縮こまったところで広々とはいかなかった。結果二人の肩は常に触れている状態だ。

 

「静かだな。仕事時の喧騒が嘘のようだ」

 

「まったくね、同じ日に起きた事とは思えないよ」

 

この静寂は少なくとも今の時間帯に麻帆良に居ては味わえないものだ。来た時も思ったが、雪が降り積もる景色も相まって同じ国とは思えない。それが余計に雪山での出来事も含めて幻だったのではと感じさせている気がした。本当に幻であれば良かったのだが、そうでないことなど痛い程分かっている。祐はお湯をすくって顔にかけた。

 

「さっきも言ったけどさ、責任なんて感じないでくれ。俺自身で決めてやったことだ」

 

「私が罪悪感からこうしていると?」

 

「正直に言うと、そう思えちゃうね」

 

「それは確認した結果か?」

 

視線を感じて横を向いた。真名の瞳がこちらを見つめている。

 

「いや、それはしてない」

 

「お前は、常日頃からなるべく相手の心情を覗かないようにしているな。出来るのにそうしないのは何故だ」

 

「…本音と建前、どっち言った方がいい?」

 

「両方言ってみろ、どちらが本音かは聞かん」

 

「そうきたか」

 

真名から視線を外し、揺れる水面をぼんやりと見た。

 

「人の心を勝手に覗くの良いことじゃない、だから可能な限り見ないようにしてる」

 

「心を覗くってのは怖いことだ、だからできれば見たくない。この二つ、順不同ね」

 

「なるほどな」

 

お湯をかけた際に濡れた前髪が外気に冷やされ固まってきていた。僅かな時間しか経っていないのにこうなったのは、それだけ寒い証拠だなと今の話とは関係のないことを考える。

 

「なんとも思っていないと言えば嘘になるさ。正直に話すと、お前なら仕事に協力するだろうとは最初から予想していた」

 

その言葉に祐が何か反応をすることはなかった。しかし耳を傾けているのは分かっているので話を続ける。

 

「旅行券を当てたのを見た時、私から行動を起こさなくてもお前はこの事件に関わることになるのではと感じた。これは本人の意志に関係なくだ。お前は…事件や争いに導かれているように私には見えてな」

 

「残念ながら否定は出来ないね」

 

自ら飛び込むことも少なくないが、巻き込まれることも決して少なくない。どちらの割合が多いのかは祐本人にも分からなかった。

 

「それならば突然出てきて予想外なことをされるより、目の届く場所に置いて行動を共にした方がいいと判断した。宿代を浮かせたかったのも本当だが、一番の理由はそれだ」

 

「なんと言うか、的確な判断だと思う。俺が言うのもなんだけど…」

 

どんな顔をすればいいか分からず、祐は取り敢えず苦笑いをする。微妙な気持ちにはなるが、真名の判断は恐らく正しい。彼女の言う通り別々に行動していたとしても、祐はきっとなんらかの形であの施設に行き着いていた。

 

「音を消すあの光、今使えるか?」

 

「え?…出来るけど、やった方がいいの?」

 

「出来れば頼みたい。私達二人だけ覆ってくれればいい」

 

断る理由もないので希望通りの範囲だけ薄い光の膜で覆う。万が一でも聞かれたくない話をするつもりだろうか。

 

「言葉を濁さず言うなら、私はお前を利用した。そしてその結果、お前に傷を負わせた。いくら自分の判断で行動したとは言っても、私に責任がないは無理がある」

 

「見ての通り俺は無傷」

 

言い終わる前に左肩を引かれ、強制的に目を合わせられる。射貫くような瞳がこちらに向けられていた。

 

「視覚的なことを言っているわけではない。分かっているだろう」

 

「今の俺が辛そうに見える?」

 

「見た目では分からん、お前はここぞの時に本心を周りは見せないようだからな。だが何も感じていないとも思わない」

 

「…まぁね、そりゃ感じるものはあるよ」

 

視線が交差する祐と真名。今はお互いの姿を気にしている様子はない。

 

「お前があの場でああしなければ、私は止めを刺していた」

 

こちらに向ける為に乗せていた手を祐の左肩から下ろした。真名の瞳には祐しか映っていない。目の前の相手しか見えていないのは祐も同じだ。

 

「仮に私がやらなくてもマグヌスがやっていただろう。恐らくあいつも、それができるタイプだ」

 

そこに関しては同感だ。勿論ステイルを詳しく知っているわけではない。それでも彼はやると決めたなら迷わず実行する精神力を持っていると、根拠などないが祐も感じていた。

 

「逢襍佗…お前が取った行動はあの瞬間、そしてあの場面で出来る一番優しいやり方だった」

 

「優しいってのは…それは嘘だよ」

 

「あの子供、フレドと話したと言っていたな。その時フレドはなんと言っていた?お前に自分はどうしたいのかを話したんじゃないのか?」

 

先に目を逸らしたのは祐の方だった。ゆっくりと俯いたことで視界に入った前髪をかき上げる。

 

「お母さんとお父さんに会いたいと言ってた。二人が居る場所に行きたいと」

 

『お願いお兄ちゃん、僕をそこにつれてって』

 

その時の声が頭に響く。フレドの願いは単純なものだ。単純でも簡単ではなく、許されることなら耳を塞いで逃げてしまいたかった。おかしな話だ、誰がそれを許さないと言うのか。それを許さなかったのは他ならぬ自分自身だ。

 

「俺は生きろとも、死ぬなとも言えなかったよ。そしてあの子の望み通りにした」

 

「この子はここで死ぬのが、一番良いんじゃないかって思っちまった」

 

ああ、だからこそ苦しんでいるのかと真名は納得する。フレドの心に触れ、願いを聞き、叶えたからこんなにも傷を負った。ただ気の毒な身の上の怪人として倒していれば、まだ良かったのかもしれない。もしくは殺さず無力化し、後のことをステイルに任せるのが一番楽だっただろう。その後必要悪の教会がフレドをどうしようと、祐には関係のない話だ。だが祐はそう思えないだろうし、思えなかったからこその結末になった。

 

掛ける言葉がすぐには思い付かない。なんと言うのが一番いいのか、この手の類は苦手だ。気の利いた言葉など、それこそ不得意もいいところである。それでもただ黙っていることはしたくなかった。あの時感じた名状し難い感情が今また浮上していることに気が付き、ならばあの時しようとしてやめたことをやろうと行動に移した。

 

底についていた祐の左手に自分の右手を重ねる。声は出さなかったが祐は驚いた顔をした。

 

「えっと…恵麻ちゃん?」

 

「今は本名でいい、その為に光を使ってもらった」

 

「その為って」

 

「名前とは意味のあるものだ、そして呼び方にも意味があると私は思っている。だから今は、本名でいい」

 

真名が言ったことの意図を読み取れず祐は固まる。気付くと重なっていた真名の手に下からすくわれ、指を絡めて握られた。チケットが当たった日のカフェを思い出す。ただし、その手から感じるものはあの日とは違う。

 

「生憎私は口が達者な方ではない。気の利いた台詞など出てこなければ、今自分の中にある感情も上手く言語化できないのが正直なところだ。だからそうだな…自分自身でもよく分からない状態ではあるが、確かに何かを感じている。それを伝えたい。こうしていれば、黙っているよりは伝わるかもしれん」

 

「少し試したいんだ、協力してくれ」

 

真名の言う通り、この手を通しても真名の感情はよく分からない。それでも自分に何かを伝えようとしてきているのはハッキリと分かった。それだけで充分な気がするが、協力を拒む必要はない。

 

「こんなんで協力できるなら、いくらでも」

 

そこで祐も力なく開かれていた指を動かし、真名の手を握り返す。

 

「心に対しては…俺も常に悩んでる。自分のことなのに、なんでこんなにも分かんないんだろうな」

 

「ああ、本当に…厄介だ」

 

幸せを感じるものが心なら、痛みも苦しみも、そして悲しみも感じるのは心だと言う。目には見えない、あるかどうかも不確かなもの。しかし無いとは断言できず、よく分からないものにこんなにも振り回されている。答えが見つかったのなら、少しは楽になるのだろうか。

 

「お前は自分がしたことで起きたことは、自分で背負うのが当たり前。そう言ったな」

 

「確かに言ったね」

 

「概ねそれには同意だ。ところでその荷物を一緒に持ちたいと言う奴がいたとして、お前ならどうする?」

 

「馬鹿なことはやめとけって言うかな。その人は損するだけだ」

 

「フッ、そうだな。それもそうだ」

 

露天風呂に入った当初よりも空は暗くなり、景色はすっかり夜に変わった。今では遠くの景色は見えないが、今の状態も悪くない。こんな経験、そう出来るものではないのだからそれも当然かと握る手を通して思う。

 

確かに傷を負った、決して小さくはない傷を。今日という日に自分がしたことは絶対に忘れないだろう。いや、忘れてはならない。子供を殺したのだ、忘れもしなければ何も感じない筈がない。どれだけ壊れていようが、ここにある以上感情は生まれる。今日のような出来事が初めてではなくとも。

 

「私も腹が空いてきた、旅館の食事も残すところ後二回だな」

 

「名残惜しいね、結構美味かったから」

 

明日には麻帆良に戻ることになる。そうなればスキー教室までは雪ともお別れだろう。

 

「そうだ、後でアイスを買いに行くのはどうだ」

 

「あれ、もしかしてハマった?」

 

「どうかな。ただまぁ、悪くないとは思ってる」

 

「俺のおかげかな」

 

「それは分からん」

 

「そこはもっと素直に言っても良いんじゃない?せっかくこうしてお互い腹を割って話したんだからさ」

 

「ああ、こうして腹どころか全身を晒した程の仲だ。学園の連中が知ったらどうなるだろうな」

 

「恐ろしいこと言わないでくれ…」

 

「冗談だ、私に自滅願望はない。それと余談だが、こちらを見た回数はしっかり数えておいたぞ」

 

油断した。すっかりそのことは隅に置いていて、突かれたら言い訳のしようがない。こんな時は屁理屈の出番である。

 

「何がいけない、俺は目を横に動かしただけだ」

 

「私にああ言ったんだ、お前も素直に言うべきじゃないか?」

 

「途中から隠してなかった方が悪いと思います。そっちも俺を見たわけだし」

 

「なかなか立派なものをお持ちのようで」

 

「おい、何処見て言ってんだ」

 

「野暮なこと聞くものじゃないぞ」

 

「あのなぁ…」

 

フレドの心をあの世へと送り、背負わなければならないことがまた一つ増えた。最早数えることすら億劫になる罪が。間違いなく、罪はこれからも増えていく。それは次第に、祐に温かな場所から遠ざかろうと決心させることへと繋がる。大切な人達が暮らすあの場所は、余りにも優しすぎるのだ。

 

「腹減ってきたならそろそろ出る?」

 

「ふむ、なら出る前に背中を流してやろう。今から肩まで浸かって100数えるか」

 

「急に可愛いことするじゃん…よし腹から声出すぞ」

 

「静かに数えろ馬鹿者」

 

「へいへい…はーい1!いてっ!」

 

それでも、今だけはと思ってしまうのは甘えだろう。自分はとことん弱い人間だ。そう自己否定をして、それでも繋いだこの手を離す気にはなれなかった。浴槽から出るまでその手を握っていてくれた、真名の優しさに溺れていたのかもしれない。

 

「因みに言っておくが、惚れたわけではないからな」

 

「勘違いもさせてくれないとは冷酷な奴め」

 

「残念だったか?」

 

「残念だ。結構気が合うかもって思ってたのにさ」

 

よく言う、そんなこと思ってもいないだろうとは口に出さなかった。どうにも気に食わないので、もう少し思わせぶりなことを言っておこう。

 

「まぁ、今後の行動次第だな」

 

 

 

 

 

 

夜が明けそれぞれが大浴場に入って朝食を食べ終わった後、予定の時間30分前まで部屋でまったりと過ごした二人はフロントでチェックアウトを行っていた。チェックイン時と同じ従業員に鍵を渡す。

 

「三日間お世話になりました」

 

「こちらこそありがとうございました。是非またお越しください」

 

「絶対また来ます!一緒にいる相手が違ってもスルーしてくださいね!」

 

「馬鹿なことを言って困らせるんじゃない」

 

真名に肘で小突かれた祐へ苦笑いを浮かべる従業員の女性。最後にお辞儀をしてバスへと向かう二人の背中を見送った。

 

「あの二人、なんだかんだで仲良くやりそうじゃない?」

 

「だねぇ、そんな気がする」

 

視線を変えて話していた隣の従業員を見ると、その従業員は腕を組んでまだ祐達を見つめていた。

 

「何をそんなに見つめてんの…」

 

「いやね、なんかあの二人…来た時より距離が近くなってる気がしてさ」

 

その言葉に釣られて祐達を改めて見るが、言われたような変化は感じ取れなかった。

 

「そう?」

 

「間違いないわ。きっと旅行中に距離が縮まる何かがあったのね」

 

「はぁ…まぁ、そういうこともあるのかな」

 

 

 

 

 

 

出発した駅まで向かうバスに乗り込んだ二人は来た時と同じように祐が窓側、その隣に真名が座った。まだ他の利用者はいないようだ。座席に深く腰を下ろし、窓から外の景色を眺める。

 

「一つ聞きたいことがあるんだが、いいか?」

 

「どうぞ」

 

改まって聞いてくる真名を不思議に思いながら返事をする。真名の雰囲気はほんの少しだけ硬い気がした。

 

「お前は死んだ人に会おうとする、ないしは生き返らせようとすることをどう思う?」

 

「…ん~」

 

聞かれた祐は上を向いて考え始めた。一方真名はそんな祐を横目で見ている。

 

「良いんじゃないかな」

 

「随分と大雑把な回答だ」

 

「そうは言ってもね。生と死、命に対しての考え方なんてそれこそ人それぞれだから。ただ…」

 

「ただ?」

 

「死んだ大切な人に会いたいと思うのは当然だし、会えるならそれに越したことはないんじゃないかな」

 

外を見ながら祐は言った。その時真名には祐の目が景色に向けられているわけではないように感じたが、本当のところは分からない。

 

「大事なのは会いたいと思ってる人と死んでしまった人、二人の想いが同じかどうか、心が繋がっているかどうかだと俺は思う」

 

「……そうかもな」

 

「こんなんでよかった?」

 

「ああ、参考になったよ」

 

顔を窺うと、どうやら真名は納得してくれたようだ。再度景色を眺め始めた祐は、それ以上この話題を続けなかった。気を遣ってそうしたのかは定かでないが、真名にとってはありがたいことである。そうしていると他の利用者がまばらにバスへと乗車し始めた。先程の空気を一掃するように真名が新たな話題を出す。

 

「そう言えば、最近学園の食堂棟に新しく店ができたらしい」

 

「ふ~ん、どんな?」

 

「甘味処だ。軽く見たが内装も品もそれなりに凝っていた」

 

「ほ〜。…因みになんでその話今したの?」

 

「私の裸体を見た件で話があってな」

 

嫌な予感がしたので聞いたが、やはり碌なことではなかった。確かに目に焼き付けたのは揺るぎない事実でも、この件に関してはこちらにも言い分がある。

 

「入ってきたのはそっちだろ!」

 

「浴槽に入っているところまではいい。私が言ってるのは、背中を流してやっている時鏡越しにジロジロ見ていたやつだ」

 

「うわ、バレてる…」

 

「労いの為に背中を流してやったが、例えるならばお前は無料の基本コースに色々と有料オプションを付けたことになる」

 

「やめろよその例え…つかどれがオプションだ」

 

「窃視、手を握る、身体に触れる等だ」

 

「おいふざけんなよ!先に手を握ったのもそっちだし、身体が触れたのも意図的にはやってない!」

 

「窃視は?」

 

「それはしたよ!くそっ!」

 

詰んでしまった祐にもう逃げ道はない。俺は騙されたんだと声を大にして言いたかったが、言ったところで自分の首を絞めるだけだ。とんだ悪女に捕まってしまったのかもしれない。

 

「俺にいったい何をさせようって言うんだ…ここで脱げと!?」

 

「やめろ、誰も得をしない」

 

尤もなことを言って真名は腕を組んで背もたれに寄り掛かる。祐の顔を見つめ、フッと笑うと右の掌を差しだした。

 

「その新しい甘味処のあんみつは中々のものだそうだ、それで手を打とう。どうだ祐、乗るか?」

 

間の抜けた表情になる祐の顔を見て真名は更に笑った。今度はそんな真名の顔を見て祐が困ったように笑う。

 

「分かった。乗るよ真名」

 

差し出された手に自分の手を重ねる。これにて交渉は成立した。

 

「一応聞いとくけど、この触ったのはいいよね?」

 

「これくらいはいいさ。私は優しい彼女だからな」

 

「ああ、ほんと…自慢の彼女ですこと…」

 

今日の天気は晴れだ。連日の降雪で雪は積もったままだが、それでもまた違った雰囲気を感じる。間もなくバスが走り出す。祐と真名、今回の事件で僅かながらお互いのことを知れた気がした。これから更に知っていくことになるか、それは今のところなんとも言えない。ただ祐も真名も、より一層相手を注意して見ることになるのは間違いなさそうだ。



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次章
変化


「私だ」

 

仕事用のスマートフォンを取って通話を始める。まず最初に相手側から聞こえてきたのはため息だった。

 

『…ステイルは相当お冠だったぞ』

 

真名に連絡をしたのは元春である。その声から疲れ気味なのが容易に読み取れた。色々とステイルに詰められたのだろう。あの別れ方をしたのなら当然の反応と言える。

 

「それは申し訳ない。だがあの場で根掘り葉掘り聞かれるのは御免被りたくてな」

 

『そっちにもやんごとなき事情があるってのは理解してる。にしたってだ、もう少しなんとかならなかったのか?おかげで苦労したぞ』

 

「様々なことを加味して、あれが最善だと思ったが故の行動だ」

 

真名の返答に元春は二度目のため息をつきたくなった。このまま続けてものらりくらりと躱されるのは目に見えているので、さっさと話しを進めることにする。

 

『お前のことなら多少は話せるが、噂の相方については俺も知らん。改めてステイルには説明する場を設けることで取り合えずの納得はしてもらった。分かってるとは思うがお前にも付き合ってもらうぞ』

 

「勿論だ。すまんな、迷惑をかける」

 

『…まぁいい、元話と言えば今回はこちらに不備があった。それに依頼は完遂してもらったんだ、感謝してる』

 

「それこそ気にするな。それが私の仕事だ」

 

『頼もしい限りだ』

 

ステイルには後日説明すると言ったのだ。あの時は煙に巻いたが、お得意先である元春の為にも知らない顔はできない。その件も含めて祐には話をするかと真名は考えていた。

 

 

 

 

 

 

「今回もご苦労だったわステイル。期待通りの仕事ぶりでした」

 

「光栄です、最大主教」

 

こうして褒められても素直に喜べなくなったのは何時頃からだったか、思い返してみると初めからだった気もする。そんなことを思いながらロンドンにある教会の中でイギリス清教の最大主教『ローラ・スチュアート』に頭を下げるステイル。日本から戻り残りの仕事をしようとしたところ、早速こうして呼び出されたのだ。

 

「帰ってきて早々申し訳ないのだけれど、今回の詳しい話を聞かせてもらいたいと思いたるのよ」

 

笑顔でそう言ったローラにステイルは眉を顰める。

 

「詳しいことに関しては、帰りしなに文章に纏めたものを既にお渡しした筈ですが?」

 

「勿論それは読ませてもらったわ。なんとも興味深いものばかりで驚きを禁じ得ないといった具合ね」

 

「ではいったい何故?」

 

あの報告書には事件の顛末を事細かに記載したつもりだ。必要悪の教会に対してから始まり現地で出会った傭兵ガンナー、そしてヴィジョンへの鬱憤も熱量高めに記したがそれは余談か。

 

「貴方が会ったという二人の傭兵、特にヴィジョンと言ったかしら。その人のことを貴方の口から直接聞きたいの。きっと文章だけでは上手く伝わらないことを体験したと思いたるからこそね」

 

「…新しいものが出てくるとは思えませんが」

 

「まぁまぁ、騙されたと思って話してみなさいな。一度頭に通すより、そのまま口に出した方が素直な感想になりけるものよ」

 

「そのまま口に出せば、少し…主観の強いものになってしまいます」

 

「私はそれを期待したるのよ、ステイル」

 

 

 

 

 

 

祐達の旅行から一週間が過ぎた12月3日。いよいよ2022年最後の月となり、寒さも厳しいものとなっていた。寮の自室で日課である夕凪の手入れをしている刹那に真名が声を掛ける。

 

「今から少し出てくる。そう遅くはならんだろうが、何かあれば連絡するよ」

 

「ん?ああ、分かった」

 

返事をした刹那は夕凪に視線を戻した後、ふともう一度真名に目を向ける。その視線を感じた真名が振り返った。

 

「どこに行くのか気になる、といった顔だな」

 

「いや、なんと言うか…珍しい言い方をするなと思ったんだ」

 

真名が一人で出かけること自体は多い。しかしその時は買い物に行く、仕事で出る等何をするのか伝えていた。些細なことだが何故か気になったのだ。

 

「別に隠す事でもないから教えるよ、食堂棟に行ってくる。新しくできた甘味処にな」

 

真名の言う食堂棟とはその名の通り、中が地下から屋上全て飲食店で出来ている建物のことである。平日休日問わず多くの生徒達で賑わう場所の一つだ。

 

「前に言っていた店か」

 

「運よくそこのあんみつを奢ってもらえることになった。ありがたく頂戴してくる」

 

真名が甘いもの全般を好んでいるのは刹那も知っている。その甘味処も気になっているとは聞いていたので、行くこと自体は何らおかしな話ではない。

 

「奢ってもらう?誰か食券でも当てたのか?」

 

「いや、ちょっとした話の流れで祐に奢ってもらうことになった」

 

「そうなった経由は想像もできないが、逢襍佗さんに変なことを言ったんじゃないだろうな…?」

 

「失礼な、別に変なことはしていない」

 

正直上手いこと口車に乗せたのではないかと疑うが、なんの証拠もないので口には出さない。しかし今の会話、どうにも違和感がある。何に対してそれを感じているのか刹那は頭を捻った。

 

「そろそろ約束の時間になるから私は行くぞ」

 

「あ、ああ…気を付けて」

 

「どうも」

 

普段通りの様子でドアに向かって歩いていく真名。気付けば刹那は夕凪を置き、腕を組んで思考に耽る。先程の会話を頭から思い出していると、違和感の正体に気が付いた。

 

「……真名、今お前は逢襍佗さんを名前で」

 

「ではな」

 

「おい真名!」

 

座っていた状態から片膝を着いて手を伸ばすが、真名は素早くドアを閉めて出ていった。その状態で固まり、刹那は再び思考の海に沈む。

 

「ど、どういうことだ…何故真名が逢襍佗さんのことを名前で呼ぶ…?」

 

同い年で隣のクラスだ。接点もそれなりにあることから名前呼びをしたところで問題などない。しかし真名は余程仲が良くない限り相手を名字で呼ぶ。現に同じクラスのA組も大半は名字呼びであった。そこに関しては刹那も同様だが今は置いておく。

 

「親しくなったのか?いやだが何処で…あの二人に何があったんだ…」

 

どうしてこんなにも気になるのか、それさえも分からないが無性に気になる。襲い来る悶々とした感情に刹那は頭を抱えて床を転がりだした。

 

「わ、分からん!なんだと言うんだ!?何故こんなにも気に掛かる!私はどうしてしまったんだ!?」

 

一人悶えるその姿を誰かに見られたのなら、見た全員が漏れなく当惑するだろう。それが刹那を知っている者なら猶更だ。室内なので誰にも見られてはいないのが救いか。

 

一方そんな部屋の外。ドアに腕を組んで寄り掛かり、聞き耳を立てていた真名は期待以上の反応に笑ってからその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

所変わって食堂棟。本日も繁盛している光景を、少し離れた場所から祐が観察していた。祐はこの食堂棟には片手で数える程度しか来たことがない。最後に来たのも随分前のことだった為、微かに残る記憶と今の景色を照らし合わせていた。

 

「ここってこんなんだったっけな?」

 

建物自体は変わっていないだろうが、中は色々と変化を繰り返しているのかもしれない。まるで大型百貨店のレストラン街のようだ。今日は土曜日の為基本的に学園都市に住んでいる生徒しか利用していないが、それでもかなりの数だ。なんとなく流れていく人の波に視線を向けていると、そのうちの一人に目が留まる。

 

「あっ、で○こちゃん」

 

壊れた自動販売機の一件で知り合った少女、御坂美琴がそこにいた。思えばあれは何か月程前だったか、月日が流れるのは早いものだと沁み沁みする。

 

どうやら美琴は人を探しているようだ。声を掛けようとも思ったが、誰かと待ち合わせをしているのなら邪魔になるだろうと視線を外す。近くの壁に寄り掛かって再び周囲を見ていた時、偶然にも美琴と目が合った。驚いた顔をした美琴は人を避けながらこちらに歩いてくる。来てくれるのならば挨拶ぐらいはしようと壁から離れた。

 

「誰かと思ったら、随分久し振りじゃない」

 

「こんちはでん…え~っと、ミサカさん」

 

「今で○こちゃんって言いかけたでしょ」

 

「違うよ、これは俺の語尾だでん」

 

「前会った時は一度も言ってなかったでしょ!」

 

突然のボケにも反応を見せてくれた。初対面の時も思ったが、やはりこの子はいい子だと思う。口調は少々乱暴かもしれないが。

 

「それにしてもほんとに久し振りだね。同じ地域に居ても意外と会わないもんだ。あ、もんだでん」

 

「ここってあり得ないくらい人多いし…あとそれもういいから」

 

「お気に召さなかったか」

 

「ぶっちゃけちょっとイラつく」

 

「刺してくるねぇミサカさん、俺はその反応結構好きだよ」

 

「…そりゃどうも」

 

祐としてはフレンドリーに話し掛けてくれるのはありがたい。下手に畏まられるより歓迎だ。

 

「ねぇ、その御坂さんてのやめない?そっちの方が年上なんだし、あんたにそう呼ばれるのなんかしっくりこないわ」

 

「じゃあやっぱりで○こちゃ」

 

「それはイヤ」

 

早々に突っぱねられて祐は不服そうな顔になる。それに呆れていると美琴は少しずつ怪しむ顔をした。

 

「そう言えば気になってたんだけど、なんで私のことで○こちゃんって呼ぶわけ?」

 

「そんなの顔が似てるからに決まってんでしょ」

 

「似てないわよ!えっ、似てないわよね?」

 

「俺は似てると思ったんだよ!」

 

「逆ギレしないでくんない⁉︎」

 

(素早い返し、やはり俺の目に狂いはなかった。この子はいい腕をしている)

 

本人の与り知らぬところで妙な評価が上がる美琴。ただし本人に伝えてたとしても喜びはしないだろう。

 

「その話は一旦置いておいて、じゃあミサカちゃんでいい?俺下の子は基本そう呼んでるから」

 

「なんかむず痒いけど…まぁいいわ。さん付けやで○こちゃん呼びよりはマシだし」

 

「決まりだね。改めてよろしくミサカちゃん!」

 

右手を差し出すと弱めではあるが握手をしてくれた。少し警戒はされているがお互い名前程度しか知らないことを考慮すれば充分過ぎるだろう。

 

「そうなると、ミサカちゃんは俺をなんて呼んでくれるのかな?」

 

「えっ?」

 

まったく考えていなかったようで美琴の動きが止まる。必死で考えているのか目は忙しなく動いていた。

 

「……あ、あんた」

 

「馬鹿言ってんじゃねぇぞ!」

 

「だからキレんじゃないわよ!」

 

「キレるだろ!そっちは呼び方に文句を言っておいて、あんただと!?そんなに呼びたくないのか!この逢襍佗祐って素敵な名前を!」

 

いつの間に取り出したのか、祐はメモ帳を開いてご丁寧に『逢襍佗祐』と漢字で書いて美琴に見せる。

 

「素敵って自分で言うのはどうなの…てか珍しい漢字ね」

 

「俺自身同じ人に会ったことない。あと素敵なのは本当のことだから」

 

(なにこの自信…)

 

自分の名前を嫌っているよりはいいのだろうが何事にも限度はある。それはいいとして祐の発言自体は正しいと思う。こちらもそれなりに相手が納得する呼び方をするべきだ。

 

「なんて呼んだらいいのよ?」

 

「逢襍佗でも祐でも好きに呼んでくれ。ニックネームでもいいよ。ただ馬鹿とかカスとかの悪口はやめてほしい」

 

「そうは呼ばないわよ」

 

馬鹿なんじゃないだろうかと思う発言は度々見受けられても、流石に名称として馬鹿呼びをするつもりはない。これは祐を馬鹿だと思っているかどうかは別の問題だ。こう考える時点で恐らく馬鹿だと思っている。

 

「えっと…じゃあ、その…あ、逢襍佗でいい?」

 

「さんはどうした小娘!」

 

「急に厳しい!?」

 

こちらの反応を笑う祐に美琴は少し不思議な感覚がしていた。異性との関わり自体少なく、あまり会ったことのないタイプというのも手伝って美琴から見た祐はどうにも謎な相手だ。ただ話していると警戒心を持って接するのが無駄な気がしてくる。

 

「冗談冗談、是非ともこれからはそう呼んで」

 

「ったく、変なやつ…」

 

「おね~~さま~~~~!!」

 

突然大きな声が辺りに響き、同時に少しずつ近づいてくる足音に祐が辺りを見回す。対して美琴は額に手を当てた。声の正体はすぐに目の前に現れ祐と美琴の間に滑り込むと、美琴を守るように両手を広げた。

 

「ご無事ですかお姉様!その美貌故暴漢に襲われるとはお労しや…ですがもう安心です!貴女の、そう貴女の白井黒子が参りました!」

 

「知らなかった…俺は、暴漢だったのか…」

 

声で分かっていたがやはり正体は黒子だった。そして黒子のみならず、祐の反応にも美琴は頭痛がした。

 

「お姉様!ここはわたくしに任せてどうか安全なところへ!」

 

「あのね黒子…気持ちはありがたいけどこいつは暴漢じゃなくて」

 

「いや、ミサカちゃん…俺暴漢なのかもしれねぇ…」

 

「なんであんたが話をややこしくすんのよ!」

 

纏まりそうだった状況をぶち壊して新たな爆弾を投入する祐の悪い癖が出た。これで何度も痛い目を見ている筈なのに懲りない男である。

 

「み、御坂ちゃん!?おのれこの卑劣漢…!お姉様を気安く呼ぶとは!万死に値します!」

 

「お前も気安く呼んでやるよ!名前教えろ!ラインやってる?」

 

「なんですかこいつ!?」

 

「お願いだから黙れ逢襍佗」

 

感情の無い瞳で見つめられ、祐はすっと黙った。切り替えの速さが凄まじい。

 

「はぁ…いい黒子?こいつは逢襍佗祐って名前で私の…一応知り合い」

 

「そ、そうだったんですか…これは失礼致しました…」

 

そう言って祐に頭を下げる黒子。取り敢えず落ち着かせることはできた、これで少しは話ができるだろう。

 

「気にしないでよお嬢さん。俺は楽しかったよ」

 

「は、はぁ…」

 

(おかしな方ですわね…)

 

嫌そうな顔一つせず、笑ってひらひらと手を動かす祐にどうにも毒気を抜かれる。

 

「あっ、そうだ。てか黒子、初春さんと佐天さんはどうしたのよ?」

 

「おっとそうでした、11時には駅に着くそうです。ですからこちらを先に見ておく時間はあるかと」

 

「そっか。まぁ目星くらいは付けられんでしょ」

 

何かを思い出した美琴が黒子に聞く。恐らくこれから友人と会うのだろう。ならばあまり時間を取らせるものではない。

 

「友達と会う予定があるみたいだし、俺も用事があるからここら辺で失礼するよ」

 

「えっ?ああ、うん。悪かったわね、うちの後輩が」

 

「全然、寧ろ話に付き合ってくれてありがとう。それではお二人さん、縁があったらまたね」

 

手を振って足早にその場を離れる祐。人が多いこともあって、その姿はすぐに見えなくなった。少し呆気に取られながら二人は祐の歩いていった方向を見つめる。

 

「なんか、突然行っちゃったわね」

 

「もしかするとわたくし達に気を使ってくれたのかもしれません。初春達の名前を出しましたから」

 

少し悪いことをしたかなと思っていると、黒子が今も同じ方向を見つめているのに気が付く。

 

「どうかした?」

 

「いえ、ただ…なんというか、掴みどころのない方だったと思いまして」

 

「確かに不思議な感じがするやつよね、あんまりいないタイプだとは私も思うわ」

 

「いったいあの方とはどちらでお知合いに?」

 

「それは…別に?ちょっとした偶然の重なりって感じ」

 

「お姉様…」

 

黒子の疑うような視線に美琴はたじろいだ。

 

「な、なによ!まだ何も言ってないでしょ!」

 

「お姉様がそういった反応の時は、言いづらいことをしていた確率が高いもので」

 

「ぐっ!」

 

例の自動販売機を蹴っ飛ばした時に会いましたとは言いたくない。その件は黒子に度々注意されていたことで、またお小言をもらうのはご御免である。

 

「ほ、ほら!二人がくる前に下見しておかないと!さぁ!行くわよ黒子!」

 

「お姉様、分かり易すぎますの」

 

 

 

 

 

 

美琴達から離れ、祐は近くのベンチに腰掛ける。そろそろ約束の時間なので真名もじきやって来るだろう。そう考えていると流れる動作で隣に誰かが座った。

 

「すまん、待たせたな」

 

「いやいや、予定時間の10分前。素晴らしいね」

 

顔を横に向けるとそこにいたのは真名だ。真名は背もたれに寄り掛かって足を組む。

 

「そっちはだいぶ前から居たようだ。もしや、今日が楽しみだったか?」

 

「真名には負けるって」

 

「言うじゃないか」

 

「実際楽しみだったろ?」

 

「それなりにな」

 

取り留めのない会話をして祐はベンチから立ち上がる。

 

「さて、主役も来たことだし早速行きますか。俺はここに詳しくないから案内してくれると助かる」

 

「いいだろう、私に任せておけ祐。下調べは完璧だ」

 

真名も立つと自信有り気に歩き出す。普段よりも機嫌の良さそうな彼女に続いた。

 

「楽しそうでよかったよ」

 

「ああ、人の金で好きなものを食べられるのは気分がいい」

 

「現金な奴…」

 

真名の言葉に偽りはなく、完璧な下調べの結果か迷うことなく目的地へと到着。それなりに客はいたが満席ではなかったので席にもすぐに座ることができた。

 

「さて、どれ程のものか確かめさせてもらおう」

 

にこやかな表情でメニューを開く真名。テーブルを挟んで向かいの席からその姿を見て祐は少し笑った。

 

「ん?なんだ?」

 

「いや、別に」

 

大人びた見た目と性格を持つ真名も16歳の少女だ。様々な経験をしてきたであろう彼女のこのような顔が見れたのは嬉しい気がした。しかしそれを口に出しては気にして普段通りにされてしまうかもしれない、それは勿体無いので黙っておく。

 

「そっちは決めたか?」

 

「俺も同じのにするよ、気になる」

 

ここに来た目的であるあんみつを祐も頼むことにした。店員を呼んで注文すると一息つく。

 

「話は変わるんだが、最近刹那とはどうだ?」

 

「脈略なさ過ぎだろ…なんだよ急に」

 

「特に何と言うわけではない、ふと気になっただけだ」

 

何にそう興味を持っているのか。何かを期待しているようだが、そう聞かれて思い返してみても特別なことなどない。

 

「どうって言われてもな、会ったら挨拶はするし世間話くらいなら少しはって感じかね」

 

「普通だな、もっと他にないのか」

 

「ねぇよ…何を期待してんだ」

 

「お前にとってはそうではないだろうが、刹那からすればお前は会話をする数少ない異性だ。だから何か面白い話でもあるんじゃないかとな」

 

残念なのかどうか祐にとってはなんとも言えないが、実際面白い話などない。そう考えると祐は刹那のことは碌に知らないことに気がついた。しかし話すようになったのも今年の6月からと思えば、寧ろそれなりに仲良くなったと言える。取り急ぎ距離を詰める必要もないので今の関係に祐は不満などなかった。

 

「そんなもんはない」

 

「なんだ、つまらん」

 

「悪かったな…もしかして真名も人の色恋沙汰が好きなタイプか?」

 

「誰の話でも、と言うわけではない。だが少なくとも祐、お前に関連することなら是非とも聞きたいと思っているよ。そこらに転がっているものより面白そうだ」

 

「よく趣味悪いって言われるだろ」

 

「さて、どうだったかな」

 

内容としては深い話をしているわけではない。それでも旅行前ならこんな話はしていなかっただろう。なんてことはない話題、そして祐の自分に対する口調、諸々の僅かな変化を感じ取り真名の中には無意識に優越感が生まれていた。こちらに対して全幅の信頼を寄せているなどとは思ってもいないが、それでも祐がここまで砕けた口調を取る相手は意外と少ない。その相手に自分が入っているのは悪い気がしないものだ。

 

「フフッ」

 

「え、なに?どうした急に」

 

「いやすまん、なんでもない」

 

「禄でもないこと考えてたんだろ」

 

「お前じゃあるまいし」

 

「本当に失礼だな貴様」

 

真名は外部のバイアスロン部に所属していることもあって、日頃から同学年だけでなく年上の男性とも関わることが多い。それでもこのように軽口を叩き合う関係の人物はいなかった。新鮮味と言うのだろうか、そんなものも真名は感じていた。

 

「少し見ない間に仲が進展しているようだネ。龍宮サンも侮れないヨ」

 

「よく分からないけど、仲が良いのはいいことアル」

 

あたかも最初からこの場に居たかのように会話に入ってきたのは超と古菲の二人だ。流れるような動作で祐と真名の隣の席にそれぞれ座ると祐達は無言で超達を見た。

 

「しれっと入ってくるねお二人さん…」

 

「ここで会ったのも何かの縁。ご一緒させてもらいたいネ」

 

「いやまぁ、俺はいいけど…」

 

そう答えながら真名に視線を送ると、仕方ないといった表情で真名が肩をすくめた。相方の了承も得たので二人の同席を認めるとしよう。

 

「大方甘いもの好きな龍宮サンが上手いことを言って祐さんに奢らせてるのカナ?」

 

「その通りなんすよ超さん。ひでぇ奴だと思いませんか?」

 

「双方納得した上だったろう祐、今更そんなことを言われるのは悲しいな」

 

「達者な口だよこの子は!」

 

祐への名前呼びに気付いた超は興味深そうな目で真名を見た。目が合ったがそこには触れず真名が話題を変える。

 

「そういうお前達はどうしてここに?」

 

「噂になっているお店がどんなものかと気になったアルヨ」

 

「所謂敵情視察というやつネ」

 

「物騒な言い方だな」

 

「商売敵となりえるからネ」

 

そうは言ってもこの店を潰してやろうなどと考えているわけではなく、来たのも同じ飲食店を営む者として単純な好奇心によるものだ。多くのものに触れればその結果新しい発想をもらえることもある。逞しい商売魂だと思っている間に古菲がメニューをテーブルに開いて祐と話していた。

 

「何頼んだアルか?」

 

「これ、あんみつ」

 

「なら私もそれにするアル」

 

「では私も」

 

「視察なんだから違うものにした方がいいんじゃない?よく分からんけど」

 

「これはきっと同じものを食べたいといういじらしい乙女心ネ」

 

「超さんとクーさんが?こいつは傑作だぜ!」

 

「あっ!たぶんだけど祐が私達を馬鹿にしてるアル!」

 

「よく分かったねクーさん、成長してるよ」

 

「フフン、そうでもないアルヨ」

 

「古はそれでいいのか?」

 

「古はこれでいいネ」

 

それから満を辞して運ばれてきたあんみつは噂に違わぬ一品だった。あんみつに関して一家言ある真名にも、そして料理の腕も一流である超にも好印象だったのであまり詳しくない祐もそれならばいいものなんだろうと思った。個人的には美味しかったという単純な感想しか出てこないのは知識が乏しいからだろうかと考えつつ、同じように美味しそうに食べている古菲を見ているとそれでもいいかと感じる。こんな風に笑顔で食べてもらえたのなら作った人もあんみつも本望だろう。

 

少しだけ世間話をした後、四人は店を出てなんとなく広場の方面へ向かった。超と古菲が先程のあんみつのことを話している後ろで祐が真名に小さな声で話し掛ける。

 

「そう言えば例の説明会、本当に俺は出なくていいの?」

 

「その方がいい。少しは土御門の顔を立てる必要はあるが、何もかも洗いざらい話す責任まではない」

 

「真名がいいんなら俺は文句ないけど、変に波風立てるのも良くない気がしてさ」

 

「そう心配するな、上手くやる」

 

自分のことを秘密にできるのならそれに越したことはない。それでも真名の立場に問題が生じるなら協力も吝かではないと考えていた。真名本人からその必要はないと言われては反論もないが、少し心配にはなる。

 

「この世界に自分の手の内を全て明かす奴などいない。明かしたのならその相手は必ず始末するところまでがセットだ」

 

「恐ろしい話」

 

前を歩く超達をつかず離れずで追う祐と真名。双方視線は前に向けていた。

 

「何か問題が起きたらその時話す」

 

「そうしてくれ。まぁ、あっち側の人と会うのも今回が最後じゃないだろうけど」

 

立ち止まって真名が祐を見たので釣られて祐も足を止める。

 

「勘か?」

 

「そんな感じ」

 

「…お前が言うなら、そうなるんだろうな」

 

「あれ、信用してくれんの?」

 

「多少はな」

 

「マジか、ちょっと嬉しいかもしんねぇ」

 

僅かに笑った真名が祐の背中を軽く叩く。それに対して祐も笑顔を浮かべた。

 

「やはり変化はあった、ということカ」

 

「ん?なんの話アル?」

 

「いやいや、なんでもないネ」

 

古菲の質問を軽く誤魔化して超は後ろの二人を見た。

 

「先程の店以外にもいくつか気になっている店があるネ。よかったら一緒にどうカナ?」

 

「いいだろう、この後に予定があるわけでもない。祐、財布の紐は緩めておけよ」

 

「俺に払わせようとしてんじゃねぇよ」

 

「もしかしてお金持ちアルか?えっと…祐は太ってるアルね!」

 

「こいつ急に悪口言ってきたぞ」

 

「太っ腹と言いたいのか?」

 

真名の言葉に反して財布の紐はきつく締めておこうと思いながら超と古菲についていく。懐の金銭事情は一旦置いておくとして、今日は楽しい休日を満喫できそうだ。



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想起と後来

5月

埼玉県越谷市で謎の爆発が起きた。犯人、そして犯行理由は不明のまま一ヶ月程が過ぎる。この時はそんなことがあったんだくらいに思ってたっけ。(爆発された市民館には有名な龍の銅像が置かれていた・越谷市は日本で龍が初めて確認された場所でもある)

 

6月

彩湖にあるアウトレットで再び爆発事件が発生。事件の翌日に犯人が声明を発表、犯人は集団であり自らを『トゥテラリィ』と名乗って別次元とそれに関するものが攻撃対象と語った。数日後に開催された別次元ミッドチルダとの会合にトゥテラリィが乗り込むも全員が逮捕される。勿論報道はされてないけどそこには逢襍佗君がいて、トゥテラリィを止めるのに協力していた(アウトレットの爆発の際に現れた虹の光が世間でまことしやかに囁かれ始める。きっとこの事件から色々と動き始めたんだ)

 

我がクラスのバカピンクこと佐々木の下着が盗まれる。最終的に判明した犯人は妖怪であり、その名も『エロ河童』。ふざけた名前と容姿だがこれが本当にいた。後から聞いた話ではなんと二体おり、その両方がネギ君・桜咲・龍宮・そして逢襍佗君によって捕まえられたのだとか。(明日菜と木乃香談。当時では難しかっただろうけど、今だったらもっと詳しく教えてくれるかも?要検証)

 

7月

人が一日だけ行方を眩ませる一日行方不明事件が起きる。こちらの犯人は宇宙人である『エクレル星人』。地球延いては地球人の調査の為に人間を拉致して調べていた。この宇宙人になんと黄泉川先生が捕まり(わざとだったらしいが)、それを助け出す為逢襍佗君が単身UFOに乗り込みエクレル星人を倒す。(どう倒したのか聞いたら「UFOごとぶん投げてやった」と言っていた。冗談なのか分からない…)

 

工事現場で謎に包まれた大体四万年前の古代カプセルが発掘される。発掘から程なくして博物館で展示されるも謎の爆発でカプセルが壊れる。そして中身はびっくり40メートル級の巨大怪獣。(どうやって入ってたの?)街を破壊しながら暴れ回っていたところを逢襍佗君が宇宙まで吹っ飛ばして倒す。(書いてて思ったけど、これをやったんだからUFOをぶん投げたって話は本当だろう)私とパルは直接その現場を見ており、近くにテレビ局の人達もいたようだ。そしてその結果、日本だけでなく世界中に虹の光が知れ渡ることになった。

 

8月

逢襍佗君・佐々木・和泉の三人がタライ流し祭りなるものに これは別にいいか

 

『ソニューム』とか言う魔族に麻帆良学園都市全体が夢を操られる。次第に夢と現実が曖昧になり、私達は夢の世界に囚われてしまった。明石を執拗に狙っていたらしく、亡くなったお母さん(明石夕子さん)の幻を見せる等むかっ腹が立つことを色々とした。夢の世界では無敵だとかで倒しても倒しても復活するインチキ仕様だったのだが、真っ白な戦闘服に身を包み現実世界からやってきた逢襍佗君が大ハッスルしてソニュームを撃破。(無敵とは?逢襍佗君がおかしいのかな?)それ以外にも本物の夕子さんが出てきたりとてんやわんやな事件だった。

 

その後私にとって大きな出来事、逢襍佗君の正体を知ることになる。聞いた当初はそれはもう驚いて開いた口が塞がらなかった。ここから本格的に彼との交流が始まったと言える。その同じタイミングで花の魔術師を名乗る『マーリン』さんが明石に接触。基本的に正体を隠している逢襍佗君をフォローしてくれた…と思っていいんだろうか?私は直接会ったわけではないのでどんな人なのか判断できない。どうやら逢襍佗君とは古い友人らしい。その後少し調べたらおとぎ話に出てくる結構ヤバい人(人間なのか不明)だった。そんな人となんで知り合いなのかは、未だに逢襍佗君は教えてくれない。

 

9月

別の星からやってきた王子様『ハラート』が何がどうしてそうなったのか、いきなり宇宙船で学園に来たかと思えば全校生徒の前で千鶴にプロポーズをしてきた。私達は元より当の千鶴本人も目が点。(一目惚れだったそうだが、だからって即プロポーズするかね?文化の違い?)それだけならまだ良かったのだがこの王子様は強引が過ぎた。断った千鶴を事もあろうに脅して無理やり連れていこうとしたのだ。そんなことを許すわけもないので私達も協力して証拠を押さえ、最終的には逢襍佗君が魂の説得(本人談)でもってハラートを改心させて宇宙へと帰した。(この事件解決から千鶴は逢襍佗君を名前で呼んでいる。千鶴は逢襍佗君が何をしたのか知らない筈なのになんで?これは逢襍佗君も分からないらしい)

 

10月

待ちに待った麻帆良祭。私達はメイド喫茶でめちゃくちゃ忙しかったのだが、その裏ではかなり大変なことになっていたと後で知った。大学部の臨時講師『モデナ・ロマーニ』さんが過去に切り離した自分の感情が別個体として復活。復讐の為にこの街を狙っていたのだ。私達ははっきり言って蚊帳の外で、先述の通りこのことを知ったのは事件が解決してから。(正直悔しい)ただそれ以外にも重要なことがあった。それぞれ逢襍佗君と出会い、その正体に気付いている二人が超りん達に接触。話し合いの末関係を持つことになる。一人は魔術師の『蒼崎橙子』さん。(魔法使いと魔術師は違うものらしい)この人は魔術師の世界ではかなりの有名人らしく、その手のことに関してはとても頼りになるだろうと超りんは言っていた。そして二人目、私達のメイド喫茶にお客としても来てくれて何故かメイド服を着ていた『トール』さん。彼女に関しては別次元出身でしかも正体はドラゴンだとか。(そんな嘘をつくとは思えないけどいまいち信じられない)あれから今現在に至るまで彼女達の話は聞かない。今後二人と関わることはあるんだろうか。

 

今度は別の星からお姫様がやってきた。名前は『ララ・サタリン・デビルーク』ちゃん。この子はこの子で込み入った事情があるらしく、出身地のデビルーク星ってのも宇宙ではかなり有名な星とのことだ。ただ幸運だったのはララちゃん自体はかなり優しくていい子だってこと。宇宙人関連で碌なことがなかったから身構えちゃったけど、それは杞憂だった。この星に来たのも度重なるお見合いに嫌気がさして家出をしたからだって。現在は一年C組に所属しており、逢襍佗君達の幼馴染の家で暮らしている。(余談だけど妙に逢襍佗君と距離が近い。ララちゃんは誰にでも距離が近いが、それでも逢襍佗君は少し特別な気がする)

 

11月

学校行事はスキー・スノーボード教室はあっても事件は無し。至って平和。

 


 

「ふ~」

 

和美は机に広げたノートから顔を上げ、ペンを置くと大きく伸びをした。テレビを見ていたさよがこちらにやってくる。

 

「随分集中してたように見えましたけど、何を書かれてたんですか?」

 

「いやね、今年は色々あったから私が知ってる範囲で事件を書き起こしてたのよ。なんか日記みたいになっちゃったけど」

 

「えっと、見ても?」

 

「いいよ」

 

恐る恐る聞いてきたさよに頷くとノートを手渡す。その際手が触れたが、こうして彼女と話したり触れ合えるようになったのも妖怪事件からなんだなと懐かしくなった。そんなさよの視線はノートに注がれている。

 

「こうしてみると本当に変わった出来事ばかりですねぇ。目が回っちゃいます」

 

「だね。私としては充実した一年だったけど」

 

非日常を求める和美にとってこの2022年は生涯忘れない年といっても差し支えないものだ。まだ誕生日が来ていないので15歳だが、今までの人生で最も濃い一年なのは間違いない。するとさよは幸せそうな笑顔を浮かべた。

 

「私も、この一年は凄く充実してました。和美さんや皆さんとこうして一緒に生活できたんですから」

 

そう言われると照れてしまうが、こうもまっすぐ伝えられると応えてあげなければと思ってしまう。らしくないのは重々承知でも偶にはいいだろう。

 

「なら、これからは最高の一年を更新してかないとね」

 

「はい!」

 

満面の笑みを見せるさよに釣られて笑った。大変なことも山積みなのは想像に難くない。それでも和美はこの世界を楽しんで生きていこうと決めていた。きっと、この面子なら高い壁も乗り越えていける筈だから。

 

「さて、そんじゃそのページをシュレッターにかけないと」

 

「えっ、捨てちゃうんですか?もったいないですよ」

 

「いいのいいの、自分の頭の中を整理する為に書いただけだから。それに何かの拍子で美空とかに見られちゃったら困るでしょ?」

 

「た、確かにそうですね…逢襍佗さんのことしっかり載ってますし」

 

「そういうこと。仲間外れにしてるみたいでちょっと心苦しいけどね」

 

二人の同居人であり現在は教会に行っている美空は祐の秘密を知らない。和美達からすれば美空も知っていれば色々と楽な部分が出てくるが、こればかりは仕方がない。ノートのページを丁寧に取り、机に置いてある小型のシュレッターに入れた。

 

「これでよし。いい時間だし、大浴場いこっか」

 

「そうですね、お着替え持ってきます!」

 

物体に触れられるようになったさよは着替えをするだけでも楽しそうだ。お気に入りは最近買ったパジャマである。彼女がおしゃれに目覚めるのもそう遠くないかもしれない。自分の荷物を取っていると素早くさよが戻ってきた。

 

「お待たせしました!」

 

「はやっ」

 

鍵を閉めて大浴場に向かう。日中もそうだが夜は特に凍えるような寒さで、これだけ寒いと大浴場に入りがいがあるというものだ。

 

「和美さん、今日はお背中お流ししますよ」

 

「どしたの急に?」

 

「そんな気分なんです」

 

「まぁ、やってくれるんならお願いしようかな」

 

 

 

 

 

 

翌日、まだ暗い麻帆良の街をバイトである新聞配達を行う明日菜が走っていた。若いとは言えこの寒さは中々にくるものがあるが、木乃香お手製のマフラーもあってその動きに鈍さはない。明日菜には勿論のこと、ネギ・カモ・刹那・そして自分用を難なく編んだ木乃香の手腕には驚かされた。家庭的な部分は素直に羨ましいと思う。今度自分もマフラーの編み方でも習ってみようかと考えながら仕事をこなす。最後の新聞を配達し終わると、少し前に見えるのは例の自動販売機と見知った大きな背中だ。

 

思い返せば半年ほど前の6月、今と同じ光景を見た。その時から自分達の環境はかなり変わったように思う。冬の寒さがそうさせるのか、最近は過去を振り返ることが増えた気がした。なんだか年寄りみたいだと感じながら、見える背中に小走りで近寄った。

 

「おっす、おはよ」

 

「おお、おはよう明日菜。あれ?いつもの投げキッスは?」

 

「やったことないわよ…」

 

「じゃあ試しに今やってみ」

 

「絶対イヤ」

 

挨拶もそこそこに相変わらずの祐に呆れた顔をした。真面目に対応すると疲れるのだが、それでもどうしようもなくこの空間を心地よく感じてしまう。彼となんでもない話をするのは明日菜に安心を与えてくれていた。

 

「やってくれたらジュース一本奢ってやるぞ」

 

「どんだけやらせたいのよ」

 

「仕方ないな、俺がお手本を見せてやる」

 

「やった瞬間ひっぱたくからね」

 

「よっ!麻帆良の暴力ゴリラ!オウシッ!」

 

言い終わったとほぼ同時に明日菜のビンタがとんだ。早すぎて常人では目で追うのがやっとだろう。

 

「まだやってないのに!嘘をついたな!」

 

「これは暴言に対するもんよ!」

 

「真実を暴言とは言わない」

 

「反対側もやってほしい?」

 

「すみませんでした」

 

見せつけるように左手を上げると謝罪が返ってきた。ため息をついて手を下ろす。

 

「こんな寒いのに相変わらずねあんた。…いや、寒いから元気なのか」

 

「その通り、寒さは俺を元気にする」

 

桜子から又聞きした路面電車ゲリラライブといい、やはり冬になるとテンションが更に高くなるのは昔から変わっていないようだ。昔のままでいてほしい部分はあっても、ここに関しては変わってほしい明日菜だった。

 

「ん?なんだそのマフラー、いなせだな」

 

「いなせ?それって褒めてる?」

 

「褒めてる。これはマジ」

 

明日菜は巻いているマフラーの端をつまんで顔の近くに上げた。

 

「寒くなってきたからって木乃香が作ってくれたの」

 

「流石木乃香、やりおるわ。俺は貰ってないけど」

 

「そ、その内貰えるんじゃない…?」

 

「どうせ貰えてない俺のこと馬鹿にしてるんだろ!」

 

「してないわよ!」

 

「クソッたれが!」

 

ポケットから財布を取り出した祐は恐ろしい速度で小銭を入れてボタンを押す。出てきたココアを取り出し口から掴むと明日菜に押し付けるように渡した。

 

「ちょ、なに!?」

 

「いつもおつかれ明日菜!あと悔しくないから!悔しくないから!!」

 

明日菜の反応も待たず、祐はあっという間に走っていってしまった。呆気にとられた明日菜は何も言えずにその背中を見送る。我に返って気が付いたが渡されたココアの缶からは程よい温かさが伝わってきた。自販機で買ったばかりの温まっている缶は熱すぎるイメージがあったので不思議に思う。手元を見てみると缶の周りには薄っすらと虹の光が漂っていた。少しだけ、両手で缶を強く握る。

 

「ば~か…」

 

 

 

 

 

 

日曜日である今日、ネギは朝からエヴァの別荘に来ていた。すっかり習慣となった厳しい修行ではあるが、ネギの能力と向上心は上がる一方である。腐ることなくひたむきに努力する姿はエヴァも珍しく素直に褒めた箇所だった。現在は午前の部が終わっての休憩時間で、テラスのベンチ座りタオルで顔を拭きながら息を整える。少し先では賑やかな声が聞こえていた。

 

「ダメだ~!全然火力上がらない!」

 

「すぐに出せるようになっただけでも成長ですよハルナさん」

 

「そうっすよハルナの姉さん。寧ろ平均より成長速度は良い方ですぜ?」

 

「いやまぁ、それは良いことなんだろうけどさぁ…」

 

魔法用の杖を持ったハルナ、苦笑いを浮かべた刹那とカモが話している。ハルナの持つ杖の先には小さな火が灯っていた。二人以外にも明日菜・木乃香・和美・さよが別荘にいる。ネギと明日菜を通して芋づる式にエヴァの別荘の存在を知ったメンバーは、ネギ程ではないが時折この場に訪れてはそれぞれ訓練をするようになった。因みにその時のエヴァは心底面倒くさそうだった。

 

「木乃香に関しては治癒魔法だっけ?すっかり腕上げちゃって、全然追いつけないわ」

 

「お嬢様は他に類を見ない程の魔力量を宿しているのもありますし、あまり比べるのは…」

 

そう言った刹那達の目には修行中に擦り傷ができた明日菜を魔法で癒す木乃香と見学する和美とさよが映る。類まれなる魔法の才を持つ木乃香は主にネギ、そして偶にエヴァに教えを受けてハルナの言う通り着実に力を付けていた。そう木乃香が熱心に取り組むのも偏に自分ができることを模索していたからに他ならない。

 

「は~い、すっかり元通り」

 

「ありがと木乃香」

 

「ほ~、こりゃ大したもんね」

 

「木乃香さん凄いです!」

 

「えへへ、ウチも結構頑張っとるんよ」

 

褒められて少し照れている木乃香。微笑ましい光景を冷めた目で見ているのはエヴァだった。

 

「まったく、能天気な奴らめ」

 

「ケケケ、スッカリココモタマリ場ニナッタナ御主人」

 

「はぁ…」

 

ネギの修行を請け負うとは言ったが、それ以外にもおまけが付いてきてしまった。ただしエヴァからすれば嬉しいおまけではない。それでも追い出したりしないのは単に面倒だからかエヴァが優しいからかは難しいところだ。

 

「他ノ奴ラハ置イテオイテ、アノ『ホワホワ』ハ結構使エルンジャネェカ?オレ達回復魔法ッテノハ専門外ダッタカラナ」

 

「…かもな」

 

因みに『ホワホワ』とはチャチャゼロが付けた木乃香のあだ名だ。木乃香本人はこの呼び方は特に嫌ではないらしい。そんな話をしていると建物の中から茶々丸ともう一人が出てくる。食事の用意が出来たのだろう。

 

「皆さん!食事の準備ができましたわ」

 

「お待たせしました」

 

「おっ!きたきた!」

 

「待ってました!」

 

「先にちゃんと手を洗ってからですわよ!」

 

「お母さんか」

 

その声に反応し、建物に走っていく面々。良くも悪くも以前と比べてなんとも賑やかになったものだ。食事の準備をしていたのは茶々丸とあやかである。あやかは祐や木乃香の秘密を知り、その後ネギ本人から今後のことを考えて魔法使いであることを伝えられた。ネギの正体を知った結果最大限サポートをすると言い出したのは予想通りのこと。ただネギと明日菜が仮契約を行っていると聞いた時にひと悶着あったのも予想通りだったが、カモからネギとの仮契約を勧められた際は心の準備がまだできていないと見送ったのは明日菜達からすれば予想外のことだ。てっきり形振り構わず飛びつくものだと思っていたのはネギ以外全員の意見である。

 

「さぁさぁネギ先生!お疲れでしょう?私の愛が込められた料理をどうぞご堪能下さい!」

 

「は、はい…ありがとうございます」

 

「ちょっと~委員長、変なもの料理に入れないでよ」

 

「変なものとはなんですか!愛こそどんな調味料にも勝るものです!愛が全てですわ!」

 

「そうですか…」

 

熱く語るあやかに和美は引き気味である。変に茶化したのは失敗だったかと後悔した。

 

「ほらほら、ネギ君もあやかおばあちゃんも早く来なよ」

 

「誰がおばあちゃんですって!」

 

「自覚なかったの!?」

 

「ハルナさんシバきますわよ」

 

「ケケケ、ババア仲間ガ一人増エタナ御主人」

 

「殺すぞ」

 

騒がしいまま室内へと入っていく一同。巨大なテーブルが置かれた場所には食欲をそそる料理が並んでいる。そして席の一つに既に座っている人物もいた。

 

「やあみんな、修行お疲れさん」

 

「あれ!?祐さん!?」

 

ネギ達を待っていたのか軽く手を振る祐。あやかも驚いた顔をしているのでこの場に居たというわけでもなさそうだ。

 

「祐君いつの間に来てたん?」

 

「ちょっと前から。最近みんな頑張ってるって聞いてこっそり覗かせてもらってたよ」

 

「私全然気付けませんでした」

 

「てか来てたんなら声掛けなさいよ」

 

「下手に邪魔したくなかったからさ。それより早く食べよう、さっさと手を洗ってこい!いつまで待たせんだ!」

 

「なにこいつ!?」

 

「傍若無人だ!」

 

明日菜と和美にそう言われても祐にまったく気にした様子はなく、何故か誇らしげに胸を張った。

 

「知れた事、俺はゼロ姉さんの弟だぞ」

 

「立派ニナッタジャネェカ、泣ケルゼ」

 

「よせよ、照れるだろ」

 

「エヴァちん、保護者兼姉として一言ある?」

 

「知らん、私のせいではない」

 

「な、なんて無責任な…」

 

「この姉にしてこの弟ありね」

 

「そう、俺がこうなったのは姉さん達のおかげだ」

 

「知らん、私のせいではない」

 

「botになってるわよ」

 

 

 

 

 

 

折角出来上がった料理、冷めてしまってはもったいないので支度を素早く終えて食事を始めた。現実世界は真冬でもここは一年中暖かな気候を保っている。手軽過ぎる南国のリゾートと美味しい料理を明日菜達は最大限堪能した。

 

食事が終わった現在は各々が午後の修業に備えてゆったりと過ごしている。そんな中時折明日菜はテラスのベンチに視線を向けていた。座っているのは祐でそれは特に気にならないが、まるで当然と言わんばかりの自然な動作でエヴァが祐の隣に座った時からどうも視線がそちらに行ってしまう。祐とエヴァは会話をしており、無意識の内に聞き耳を立てていた。

 

「最近学校はどうですか?上手くやれてます?」

 

「お前にそんなことを心配されたくないわ。お前こそ最近遅刻や欠席が多いとタカミチが私に言ってくるぞ、なんとかしろ」

 

「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか」

 

「なんだその喋り方は…まさかえ〇りのつもりか?似てないぞ」

 

「老人受けいいと思ったんだけど…いててて!」

 

「失礼極まりないことをほざくのはこの口か?ん?この口か?」

 

内容としてはしょうもないことを話していた。しかし上手く言葉に出来ないがなんと言うか、とてもいい雰囲気に見える。そもそも物理的な距離がおかしい。人が二人座っても充分余裕がある程広いベンチにも拘らず肩が触れているし、若干エヴァが祐に寄り掛かっていてそこに関してお互いなにも言わない。ここは南国なんだから離れた方がいいだろうに何をくっついているんだと苛立った。手に持った飲み物を置いて席から立つと柱に身体を隠して二人の様子を窺う。宛ら証拠を押さえる為に張り込みを行う刑事だ。

 

「乱暴なんだから…俺はマゾじゃないですよ」

 

「だが私とふれあえて嬉しいんいだろ、隠さなくていい」

 

「そうっすね、嬉しい嬉しい」

 

「可愛くない奴め…」

 

そんなことを言いながらエヴァが引っ張ていた祐の頬から手を離したと同時に脇の間へ入り込んでより身体を密着させたのを明日菜は見逃さなかった。また祐の腕を掴んで自分の肩から襷のように掛けさせる。手慣れた動きだ、日頃からよくしていることが分かる。明日菜の観察に熱が入り始めた。

 

「一切の無駄がない流れるような動作ね…七年間を共にしたのは伊達じゃないってことか」

 

「だ、大胆かつ繊細です…」

 

「えっ、もがっ!」

 

声が聞こえたので振り返ると茶々丸・チャチャゼロ以外の全員が同じように柱から二人を観察していた。驚いて声の出そうになった明日菜の口を素早く塞いだのは和美だ。

 

「はーい大声出さない。オッケー?」

 

頷いた明日菜から手を離す。祐とエヴァにはバレていないようでそこはほっとしつつ、明日菜が周りになんとか聞こえる程度の声で話す。

 

「急に何よ」

 

「明日菜とおんなじで二人の観察」

 

「ダンナとエヴァの姉御の姿が見えないと思ったら、こんなことになってたとは」

 

ネギの頭に乗って双眼鏡から二人を覗くカモ。彼にしても祐とエヴァの関係性は謎な部分が多い為、野次馬根性を省いても興味の対象であった。

 

「ネ、ネギ先生…もしかすると教育に悪影響を及ぼすかもしれませんから、ここは私に任せて目を瞑っていただいて」

 

「あ、悪影響ですか?」

 

「流石にそこまでは大丈夫でしょ…」

 

全員が物陰から目を光らせる今も祐とエヴァは会話を続けている。相も変わらず取るに足らない話だが、それでもその姿から二人の関係は見て取れた。

 

「そう言えば祐君とエヴァちゃんの二人が一緒にいるとこは初めて見た気がするわ」

 

「確かに、言われてみれば」

 

家族であり、七年間程同じ家で暮らしていたのは知っていても学園では元より、あの二人が一緒にいるどころか話をしている状況を今まで見たことがなかった。だからだろうか、この光景がとても珍しいものだと感じる。

 

「随分とまぁ、べったりしちゃって」

 

「エヴァンジェリンさんが誰かとあんなに近い距離でいるのも初めて見ました」

 

「近いどころかくっついてるからね」

 

「お互い信頼し合っている、家族だから…なのでしょうか」

 

刹那が呟いた一言に全員が口を閉ざした。ここに居る全員が知っているわけではない祐の家族のこと。それでも八歳の時からエヴァと暮らしていたとなれば訳ありであることは察しが付く。少しだけ聞いたエヴァの生い立ちと合わさり、祐とエヴァがお互いを家族としている関係はきっと一言で言い表せる程簡単なものではないのだろう。その光景を見ている明日菜達もまた、一言では言い表せない感情を抱えていた。

 

「覗き見とはいい趣味をしているな貴様ら」

 

後から聞こえてきた声に全員が振り向くと、明日菜達の伸びた影から上半身を出したエヴァがいた。そして程なくして悲鳴が上がる。

 

『きゃ~~~!!!!』

 

影を使った転移魔法。かなり高等な技術だがそんなことよりも見た目のホラー具合にしか目がいかない。酷いもので言うとさよは腰を抜かしていた。陰から全身を出したエヴァが腕を組む。

 

「別に見られたところでどうという事はないが…姉弟の団欒に水を差されたとも考えられるか」

 

「公共の場でベタベタしてたのはそっちでしょ!恥じらいを持て!」

 

「ここは私の別荘だし、恥じらいに関してお前にだけは言われたくない」

 

「お前にだけはってのが引っかかる」

 

ハルナの発言を一蹴するエヴァ。ハルナは不服そうだが他の面々から擁護がないのが全てを物語っていた。

 

「ハルナさんに言われたくないのは私もよく分かりますが、子供もいる前で良くありませんわよエヴァンジェリンさん!」

 

「おい雪広テメェ」

 

「パル落ち着いて」

 

「ただ隣り合って座っていただけだろうが。それともなんだ?キスでも期待していたのか?」

 

『キス!?』

 

大袈裟な反応をする一同を見ていると少し面白くなってきた。もう少しからかってやってもいいかもしれない。

 

「そんなに見たいなら見せてやってもいいぞ?おい祐、こっちにこい。キスしてやる」

 

「なんすか急に…」

 

困惑しつつベンチから歩いてくる祐との温度差激しく周囲はパニック状態に近かった。

 

「なっ!?ば、馬鹿じゃないの!?」

 

「ポルノ女!ポルノ女よ!」

 

「なんと恥じらいのない!ハルナさんのことを言えませんわよ!」

 

「さっきから喧嘩売ってんのかテンプレお嬢様さんよぉ!」

 

「ハルナ、一回深呼吸や」

 

「別のところで戦いが起ころうとしている…」

 

「兄貴、丁度いいから仮契約の練習ってことで見せてもらおうぜ?」

 

「なんで!?キスしなくても契約できるでしょ!」

 

荒れる空気の中、静かに歩いてきた茶々丸が遠慮気味に声を掛ける。

 

「何やらお楽しみのところ申し訳ございませんがマスター、間もなく午後の部のお時間になります」

 

「む?もうそんな時間か。よし貴様ら、今私は少し気分がいい。午後は私が纏めて面倒を見てやる」

 

にやりと笑ったエヴァに反して全員の顔が引き攣った。

 

「えっ…いや、それは…」

 

「ぜ、全員は大変でしょ?私達はのんびりやるから…」

 

「口答えは許さん、いいから全員準備しろ」

 

「私ヤダよ!エヴァちんスパルタなんだもん!」

 

有無を言わさぬエヴァにハルナは逆ギレをした。だがそれだけで逃げることは叶わない。

 

「甘やかしては上達するものも上達せん!実際のスパルタのように殺されないだけありがたいと思え!」

 

「紀元前の話を今の時代に持ってこないでくんない!?」

 

「甘いな早乙女ハルナ、これからは紀元前…言うなれば神代の連中と事を構える可能性さえ考慮しても無駄ではない!生き残りたければ死ぬ気でやれ!」

 

「神代って確か神様とかが普通にいた時代のことよね?」

 

「そのように記憶しています」

 

エヴァの修行は何も実技だけではなく、学問の方面でも行われていた。頻度はそれ程多くないが裏の世界の歴史や専門用語などを教えており、そちらの成果も少なからず出ているようだ。

 

「どんなことしたら神様と戦わなきゃなんないってのよ!」

 

「前も言ったろうが、神なんぞ基本碌なものではない。何かが気に入らないとなれば向こうから来ることだってある」

 

「だからって現役JKをそんな奴らと戦わせようとする⁉︎誰かこのロリババア止めて!」

 

「誰がロリババアだ!」

 

「パル!余計なこと言ってエヴァちゃんを怒らせないでよ!」

 

普段よりも修行が厳しくなりそうな気配に明日菜がハルナを止める。この後のことを想像しネギは寒気がした。

 

騒動を一通り見ていた祐は苦笑いを浮かべる。こうなっては午後の修業は熾烈を極めそうだと考えている頭にチャチャゼロが乗った。

 

「面白ソウジャネェカ、オマエハ参加シネェノカ?」

 

「俺?確かに偶には…いや、今日はやめとくよ。入ったら逆に邪魔になりそうだし、みんなのお手伝いぐらいにしとく」

 

「ナンダ、ツマンネェナ」

 

「また今度ね」

 

自分は色々と勝手が違う。それがチャチャゼロも分かっているから素直に引いたのだろう。本日は大人しくして、弟弟子を始めとした仲間達の成長を見せてもらうとしよう。この仲間達と肩を並べて戦うこともこれからあるだろうと一人思いながら、沈んだ様子で歩いていく明日菜達の背中を追った。エヴァの隣につくと耳に顔を寄せて小声で伝える。

 

「ほどほどにね、エヴィ姉さん」

 

「分かっている。殺しはしないさ」

 

「それは最低条件なんすよ」

 

 

 

 

 

 

 

暗闇に包まれた太陽系の惑星間には数えきれない程の個体物質が漂っていた。そんな空間がなんの前触れもなく歪み始める。やがてその歪みの中心から巨大な岩のような物質が現れた。

 

謎の物質は自らの意思を持つかのように動き出す。辺りに散らばる物体を弾き飛ばしながら一直線に進む姿は、まるで行くべき場所が決まっているかのようだった。



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宇宙空間を漂う宇宙船にはザスティンとブワッツ・マウルが居た。ララが地球で暮らすことになり、地球周辺に留まることになった3人はこうして宇宙から地球の観察を続けている。メインデッキから見える地球を、ザスティンは静かに見つめ続けていた。

 

「ザスティン隊長、最近ああやって地球を見てることが多いな」

 

「地獄戦線の戦場だった星だ。思うことがあるんだろう」

 

ザスティンから離れた場所でそんな会話をする二人。母星の守備に着いていた自分達は参加こそしなかったものの、地獄戦線の話はザスティンから詳しく聞いている。その話を嘘だとは思っていないが、想像を絶する出来事の連続で現実味は得られていなかった。

 

そんな時、レーダーがあるものを捉えたと音で知らせる。ブワッツとマウルがモニターに走っていくと、その様子を振り返ったザスティンが視線を向けた。

 

「隊長、直径10メートルと推測される隕石が地球に向かっています」

 

「落下地点は?」

 

「計算します。…なに?」

 

ブワッツがした反応にザスティンが訝しげな表情を浮かべる。同じ画面を見ていたマウルが困惑気味に口を開いた。

 

「い、隕石が三つに分かれた模様です…それぞれが別の場所に向かいました」

 

「この動きは…重力に沿ったものではありません。独自の推進力を持たなければ不可能な軌道です」

 

ザスティンの顔つきが鋭くなる。不明な点ばかりだが、だからこそ早く手を打たねばならない。

 

「そのまま可能な限り隕石の行方を追え。私は連絡を入れる」

 

「追跡を続けます」

 

「隊長、連絡はどちらに?」

 

「彼にだ」

 

 

 

 

 

 

朝の通学ラッシュよりも少し早い時間、祐は通学路をゆったりと歩いていた。勝手知ったる校舎が見えたところで、背後から誰かが顔を出す。

 

「ばあ!」

 

祐を驚かすように出てきた木乃香。しかし祐は驚くことなく素早い動きで木乃香の頬に両手で優しく触れた。

 

「ひゃっ!冷た!」

 

「残念だったな木乃香!俺を驚かすにはまだまだ修行不足だ」

 

「ん〜!なんや悔しい!」

 

口ではそう言っても木乃香の表情は楽しそうだ。祐は笑うと手を離す。

 

「おはよう木乃香。いつもより早いんじゃない?」

 

「おはよう祐君。そやね、このくらいの時間なら会えるかも思って」

 

「会えるって誰に?」

 

そう聞いた祐に木乃香の人差し指が向けられた。祐はその指を見る。

 

「えっと、なんか御用がおありで?」

 

「うん。実は渡したいものがあるんよ」

 

言いながら木乃香は鞄から何かを取り出そうとする。祐は首を傾げた。

 

「じゃ〜ん!マフラー!」

 

「あっ!きた!俺のもあった!」

 

驚いたと同時に嬉しそうな祐に今度は木乃香が首を傾げる。

 

「俺のも?」

 

「ああ、ごめん。実は明日菜に木乃香からマフラー貰ったって聞いててさ、帰った後悔しくて泣いたんだ」

 

「な、何も泣かんでも…」

 

冗談か本気か、おそらく冗談だろうがこう言われて悪い気はしない。にっこりと笑顔を浮かべた木乃香は綺麗に畳まれたマフラーを祐に差し出す。

 

「やっぱり直接渡したくて。でもなかなかいいタイミングなくてなぁ、はい!お待たせしました!」

 

「ありがとう木乃香!毎日大切に使わせてもらう!」

 

祐は丁寧にマフラーを受け取る。宝物がまた一つ増えた。

 

「それぞれみんなの髪色に近い毛糸で編んだんよ。最初祐君のはあの色にしようかなとも思ったんやけど、ちょっとカラフル過ぎる気ぃしてな」

 

「確かにね、滅茶苦茶目立ちそうだ」

 

渡されたマフラーは黒色で、木乃香の言ったあの色とは虹色のことだろう。貰ったのなら素直に喜べる自信はあるが、さまざまな事を考慮するとこの色の方がいいとは思う。木乃香は自分の巻いているマフラーを摘んだ。

 

「んふふ。ほら、ウチも黒!ウチとせっちゃん、祐君はお揃いや」

 

「そりゃいいね。あっ、でも桜咲さんにせっかくお嬢様とお揃いなのに逢襍佗の野郎邪魔しやがってとか思われないかな?」

 

「そないなこと思っとらんよ…」

 

「本当?」

 

「も〜、祐君ほんま変なとこ気にするんやから」

 

祐は意外とマイナス思考な部分がある。ふとした瞬間に自己評価が低い一面を覗かせると木乃香達幼馴染は知っていた。

 

「せっちゃん祐君のこといつも心配しとるんよ?危ないことやっとらんかな〜って」

 

「マジ?」

 

「うん。因みにウチもやえ」

 

「それはひたすら申し訳ないっす」

 

そこを突かれると謝る他ない。しかしこれからは無茶しませんと言えないのが悲しいやら情けないやらである。そんなことを思っていると、祐の手にあったマフラーを木乃香が持って広げた。

 

「はーい、ちょっとしゃがんで」

 

「あい」

 

言われた通りにすると木乃香がマフラーを首に巻いてくれた。手慣れた動作だ、これだけで魅力的に見えてしまうのは自分という男が単純な生き物だからだろうか。

 

「たま〜にやけど今日みたいにプレゼント用意しとくから、これからもちゃんと帰ってきてな?」

 

「…プレゼントはなくても、木乃香達が待っててくれるなら喜んで帰るよ」

 

「ホンマかな〜」

 

「おい!この子ったら疑ってんな!ひでぇやつだ!」

 

「ウチ酷くないも〜ん!」

 

そう言って木乃香は祐の横を小走りで抜けた。祐は困った顔で笑い、その背中を追う。隣り合って歩く為に木乃香は少しずつペースを落とし、追いついた祐と並んで校舎へと向かった。

 

「幼馴染のみんなにあげるつもりやったんやけど、他のみんなはもうマフラー持ってるみたいなんよね。何がええかな?」

 

「余った毛糸あげたら?」

 

「それは角が立ちそうやなぁ」

 

 

 

 

 

 

四時間目の授業が終わり昼休み。祐が男子トイレから教室に戻ろうとした時、少し先に壁に寄り掛かっている超がいた。どうしたのかと思っている内に超も祐を見つけてこちらに近づいてくる。

 

「やぁ祐サン、今ちょっといいかな?」

 

「どうも超さん。何かあった?」

 

「実は少し耳に入れておきたいことが…おや」

 

言いかけたところで超が祐の後ろを見た。釣られて振り返るとC組から出てきたララがこちらに走ってきている。その手にはお手製のスマートフォンが握られており、二人は一度目を合わせてから再度ララに視線を向けた。

 

「いたいた!ユウ!ザスティンから電話だよ!」

 

「ザスティンさんから?俺宛にってこと?」

 

「うん!はい、どうぞ!」

 

少々こちらを置いてきぼり気味にしながらララからスマートフォンが手渡される。若干戸惑いながら受け取り、なんとなく超を見るとどうぞとジェスチャーをされた。取り敢えずスピーカー部分を耳にあてる。

 

「えっと、もしもし」

 

『祐か?』

 

「はい。ザスティンさん…ですよね?」

 

『ああ、突然すまない。実は君の耳に入れておきたい話があってな』

 

先程の超との会話が重なる。少しだが、嫌な予感がした。

 

「お願いします」

 

『先程地球に直径10メートルの隕石が向かっていくのを私達の宇宙船が確認した』

 

祐は黙ってザスティンの話に耳を傾ける。無意識にその顔からは柔らかさが消えていた。

 

『そして問題はここからだ。その隕石は三つに分裂し、それぞれがまるで意志を持つかのように別の軌道を描いて地球に落下していった。いや、進んでいったと言うべきかもしれない』

 

普段と違う祐の真剣な表情にララは不思議そうな顔をした。対して超は静かに祐を見つめる。その時超とララの目があった。

 

「目的をもって地球に飛来した可能性が高い、ですかね」

 

『そう考えられる。それに隕石は大気圏突入後透明になった。少なくとも何かしらあるのは間違いない』

 

決して多い情報量とは言えなくとも、ここまでの要素から察するに普通の隕石とは到底思えない。そしていい予感がしないのも仕方がないだろう。

 

『落下した位置は透明になったせいで直接捉えることができなかったが、最後に消えた位置から大まかな予測地点を計算した。これからララ様の通信端末にデータを送る、君も確認してくれ』

 

「すみません、助かります」

 

『いや、気にしないでくれ。私達もこのまま隕石の動向を探るつもりだ、何か分かればまた連絡する』

 

「ありがとうございます、それではまた」

 

『ああ、頼むぞ祐』

 

通話を終え、ひとまずララと超に視線を向ける。気付くと二人は会話をしていた。

 

「チャオもA組だったよね!ユウとは友達?」

 

「そうヨ、それはそれは深い仲ネ」

 

「ふかいなか?それって仲良しってこと?」

 

「そんなとこネ」

 

なんとも和む雰囲気で出来ることなら祐もこのままにしておきたいが、状況的にそうも言っていられないので二人に声を掛ける。

 

「ララさん、電話ありがとう。それと今からザスティンさんがデータを送ってくれるらしいんだけど、それも見せてもらえるかな?」

 

「データ?いいけど、なんの?」

 

「隕石の、カナ?」

 

ニヤリと笑った超と祐の視線が交差した。祐は頷くことで返事をする。

 

「誰かに先を越されてしまったカ。さて、そのデータを見るなら場所を変えた方がいいダロウ。提供するヨ、ララサンもどうぞ」

 

「ほんと⁉︎よく分かんないけど行く!」

 

「まぁ、そうなるか。よし行こう、頼むね超さん」

 

「お任せあれ」

 

着々と話は進み、三人は超を先頭に歩き始める。先程の感覚を思い出し、祐は一度深い呼吸をした。

 

 

 

 

 

 

「さぁ、空いてる椅子にどうぞ」

 

「おじゃましま〜す」

 

祐と超がよく使用している生物工学研究会の部室に着いた。それぞれが椅子に座るとララがスマートフォンを取り出す。

 

「ザスティンから送られてきたよ。これを開けばいいんだよね?」

 

「うん、よろしく」

 

早速データを開いたララ。すると画面から立体映像が浮かび上がり、映し出された地球には三箇所赤い印が付けられていた。

 

「これはこれは、やはり高度な技術が使われているようだネ」

 

「えへへ、それ程でも」

 

「ララさんお手製だからね。そんで、この赤い点が落下場所か」

 

「どれ、場所の詳細を調べよう。それぞれにズームできるカナ?スキャンするネ」

 

「うん、それじゃここからいくね」

 

ララが操作して三箇所を順番に拡大していくと、超が制服のポケットから取り出した端末で立体映像をなぞる。すると程なくして場所が特定されたようだ。

 

「場所の名前が分かったヨ」

 

「高度な技術が使われてんのはそれもじゃねぇかな…」

 

「ありがとう、私は褒められると伸びるネ」

 

「まだ伸びるのか…」

 

更に進化するつもりの超に末恐ろしさを感じる。非常に頼もしくはあるが、敵にだけはなりたくないものだ。

 

「場所はウェールズ、ギリシャ、そして…日本」

 

地球が映し出された瞬間、一番目を引いたので分かっていた。隕石の落下地点の一つに日本が入っていたと。祐は腕を組んで続きを待つ。

 

「詳しく言うとウェールズはバートジー島。ギリシャはクレタ島で、日本は東京湾。あくまでこの付近、ということにはなるガ」

 

話ながら超は別々の端末を操作する。平然とやっているが、話すと同時に左右でまったく違う指の動きを行うのは誰にでもできることではないだろう。

 

「今のところ人的被害の情報は出ていないようだネ」

 

「取り敢えずそれは幸いか。誰か隕石に接近した人はいるのかな?」

 

「それもまだのようネ。時間がそれほど経っていないことも関係しているのだろうガ、隕石が落ちたという情報もない。どうやら政府のレーダーや衛星には引っ掛からなかったらしいヨ」

 

「チャオ凄いんだね、そんなことも分かるんだ。何か秘密があるの?」

 

「ふふ、言葉通りそれは秘密ネ」

 

「え〜」

 

不満そうなララに超は笑顔を見せる。そこには触れないのが常になっている祐は自分も大分毒されてきたなと一人考えていた。

 

「ウェールズとギリシャに関して何かするってのは難しいけど、東京湾に関しては動けるか」

 

「一応付近の監視はしているガ、これと言った動きは今のところないネ」

 

「流石っす」

 

仕事の速さも相変わらずだ。その時ララが指で地球の赤い点をなぞった。

 

「ウェールズ、ギリシャ、日本。何か関係ってあるの?」

 

「思いつくものは、少なくとも私にはないヨ」

 

「俺も同じ。ただこの3つに関係はあるのかもしれないし、ないかもしれない。まぁ、はっきり言ってまったく分からんな」

 

統一性のない3つの国、そして場所。その関連性は祐だけでなく超にも不明だ。祐の言った通り無差別ということもあり得る。余りにも判断材料が少ないので、これ以上考えても進展はないだろう。

 

「兎にも角にも現場に行くのが一番だな。何か感じ取れるかもしれない」

 

「善は急げ、カナ?」

 

「だね」

 

「えっ?ユウ、今から行くの?」

 

席を立つ祐を見てララが少し驚いた顔をしている。祐は苦笑いを浮かべて頭を掻いた。

 

「早いに越したことないからね、何もなかったらそれでいいし。言い訳は…学園長にお願いしたらなんとかなるっしょ」

 

「見事なパワープレイネ」

 

「俺の得意技だから」

 

 

 

 

 

 

超が言った通り、表の世界で隕石の飛来に気付いた者はいなかった。そう、重要なのは表の世界ではという点である。なら裏の世界ではどうなのか。

 

祐が落下予測地点に向かうことを決めたのと同時刻。ウェールズのバートジー島に舞台は移る。

 

日本との時差でウェールズは間もなく早朝五時を迎えようとする時間だった。空に太陽の姿はまだなく、自然に囲まれた風景には人の気配はない。しかし、そんな夜の明けきらないバートジー島を進む人物がいた。

 

服装は男物のスーツであり、少し暗い赤髪は肩に掛からない程度に短く揃えられた凛々しさを感じる顔つきの女性だ。目元の泣きぼくろが印象的でもある。暗く舗装されていない岩場を歩く姿に迷いは見られなかった。彼女『バゼット・フラガ・マクレミッツ』は魔術師であり、隕石の存在に気付いた裏世界の組織の一つ魔術協会から派遣された人物である。

 

本来ならば今日は休暇のバゼットだったが、ロンドンにある魔術協会の総本山『時計塔』が隕石を探知。他勢力の介入前に現場を押さえたい魔術協会は碌な準備もなく即対応を決めた。その結果、偶然にも落下地点から一番近くにいた彼女に白羽の矢が立ったのだ。こんな時間に、それも休暇を突然潰されたとあれば恨み言の一つでも出そうなものだが彼女に至ってはそれはない。理由を端的に説明するならバゼットは休日というものが苦手だからだ。

 

(この島に仕事で来ることになるとは。何が起こるか分かりませんね)

 

今まで訪れたことはないがこの島の話は知っていた。出来れば色々と見て回りたい気持ちはあれど、今は優先すべきことがある。隕石が落下したと思われる地点に近づくにつれて違和感が増していく。なんとなくだが違和感の正体に当たりを付けた。これはバゼット自身にも馴染みのある魔術形式だ。

 

「そこで止まってください」

 

歩き続けるバゼットに声が掛かる。声の正体は少し先の岩に立つ、黒く長い髪をポニーテールで纏めた女性だった。バゼットは172cmと高身長であるが、相手も負けず劣らずの高さだ。ただしそれよりも目を引くのは、その身長よりも長い日本刀を腰に携えていることだろう。服装もなんと言うか個性的だが、今はそれ程重要ではない。どう考えても一般人ではなさそうだ。

 

「こんな時間に人払いを使うとは、随分と念入りですね」

 

その言葉に日本刀を持つ女性『神裂火織』の目つきが変わる。バゼットの言う通り、火織は周囲に人払いの魔術を施した。とある友人から譲り受けたルーン文字の刻まれたカードを使っての魔術だ。にも関わらずこの場に現れたとなれば、相手も只者ではない。

 

「こちらに無駄な戦闘をする意思はありません。どうかこの場を去ってください」

 

「それはこちらの台詞です。私はこの先に用がある、貴女こそ立ち去りなさい。闇討ちをしなかったことに免じて後は追わないと約束しましょう」

 

お互いに引く気はまったくないようで、相手を見つめる時間が少しだけ続く。両者とも目の前の人物が誰かは分からない、しかし目的がこの先にあるであろう隕石なのは間違いないと考えていた。そして両者とも生真面目で口が達者ではないという共通点がある。どちらかが交渉を得意とするのであればまた違った結果になったかもしれないが、そうはいかさそうだ。バゼットは両手にはめているグローブの位置を直した。

 

「埒が明きません、時間も惜しいので退かないのなら実力行使に出ます」

 

「そちらも退く気はないようですね」

 

ボクサーのような構えをとるバゼットに火織も構えをとった。左手が愛刀の『七天七刀』に添えられる。嵐の前の静けさだ、一触即発とはまさにこの状況のことを言うのだろう。双方の軸足に体重が乗った瞬間、海から大きな水飛沫が上がった。

 

「⁉︎」

 

「あれは…」

 

二人の視線が音のした方向に注がれる。そこには海から上がったのであろう隕石が宙に浮いていた。バゼットと火織は視線を相手に戻す。どちらも言葉は発しなかったが、優先対象を隕石に移したと感じ取った。

 

3メートル程の隕石にひびが入り始めると中からオレンジ色の光が漏れ出し、間を置かずに爆発する。飛んでくる破片を火織は斬り、バゼットは拳で粉砕した。火織は横目でバゼットを見る。

 

「手持ちの武器はないのですか?」

 

「…何か?」

 

「いえ、聞いただけです」

 

視線をすぐに逸らす。バゼットは暫く火織を見るが、こちらを向く気配がないので同じように正面に戻した。爆発によって舞った粉塵から影が出てくる。身長は2メートル程、全身が鉄で覆われた人型だが人ではない存在だ。

 

「一応聞いておきますが、知り合いですか?」

 

「いいえ。生憎機械とは縁遠いもので」

 

現れた存在に生物的外見は感じられない。しかしロボットにしては全身が緩やかな曲線を描いている。言うなれば金属生命体と称されるだろう。そんな金属生命体は辺りを見渡し、その後二人にも視線を向けた。

 

「お前達が地球人だな」

 

まさかの呼び掛けに二人は驚いた顔をする。あちらから声を掛けてきたのもそうだが、何より言葉が通じることが衝撃だった。聞こえたのはあまり感情の起伏を感じない、それこそ機械的な音声だ。

 

「こ、言葉が分かるのですか?」

 

「ああ」

 

バゼットと火織はまた目を合わせる。どちらが話すか若干の押し付け合いをして、次はそっちが聞けと言っているような火織の目に渋々バゼットは折れた。

 

「確かに私は地球人です。横の彼女は分かりません」

 

「…地球人です」

 

「それで、貴方はいったい何者です」

 

不服そうに答えた火織を置いておいてバゼットは話を続ける。オレンジ色に光る二つの目がこちらを見ていた。

 

「私はこの星の戦士に会いにきた。我々は強き者を求めている」

 

言葉少なく答える金属生命体。周囲の気温がまた少し下がった気がする。

 

「理由は?」

 

「その者と戦う為だ」

 

その返答が来るとバゼットと火織は即座に構えを取った。そうしたのは言葉だけが理由ではない、金属生命体から圧を感じたからだ。戦闘時に発せられる特有のもので、相手は金属でもどうやら意思というものはあるらしい。

 

「お前達は戦士だな。戦闘を開始する」

 

言い終わると同時に両手を水平まで上げて掌を向けると、そこからオレンジ色のレーザーが発射された。二人は危なげなく回避して、流れる動作で火織が金属生命体の足元に斬撃を飛ばす。割れた岩や舞った砂で視界が塞がれたところで目の前に現れたバゼットの放った拳が腹部に突き刺さり、金属生命体は後ろへと吹き飛んだ。

 

「相手は恐らく地球外且つ未知の生命体です!一旦私達の話は後回しにしましょう!」

 

「ええ、一旦!後回しにします!」

 

攻撃を仕掛けてきた正体不明の敵に対し、三つ巴で戦うのは得策ではない。考えは同じだったようで火織の提案にバゼットは素直に乗ってきた。一旦という部分を強調したことには目を瞑り、共通の敵を無力化ないしは破壊することに集中する。

 

倒れていた金属生命体が立ち上がる。バゼットは先の攻撃に確かな手応えがあったが、相手を見る限り決定打とはならなかったようだ。それに少しだけ苛立ちが生まれる。

 

「この星の力を知る必要がある。お前達が一番最初の相手だ」

 

「試しているつもりですか」

 

「つもりではない、試すのだ。その為に来た」

 

「お望みならば粉々に粉砕してあげます」

 

闘志を滾らせるバゼットに火織は少々不安を覚えた。見た目は凛とした冷静そうな女性だが、その実中身はそうではないのかもしれない。これは自分が一歩下がった状態を取るべきかと考える。

 

「私はバッサール。この次元、この星への先陣を任された」

 

「歓迎はしません。貴方は望まれぬ来訪者のようですから」

 

「遠路はるばる来たところでしょうが、早々にお帰りいただきます」

 

猛然たる未知との遭遇がここに起きた。後に大きな事件へと発展する出来事はここから始まるのだ。まだ星が空に輝く時刻、バートジー島に強い風が吹いた。

 

 

 

 

 

 

同時刻、ギリシャのクレタ島。島の北西に位置するバロスビーチでは少しずつ青空が顔を出していた。まだ早朝と言える時間だが、この美しい景色の広がる辺境の地を女性が歩いている。真っ赤な長い髪を風に揺らし、ご機嫌な様子で鼻歌を奏でる青い瞳の彼女の手にはトランクケースが握られていた。

 

彼女は特に理由もなく、気の向くままにこの国を訪れていた。そしてこの場所にも。進む先にあるのは奇しくも隕石の落下地点だ。彼女の存在がそうさせるのか、それとも運命がそうさせるのか。未知との遭遇は間もなくここでも起ころうとしていた。



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目処

バートジー島で始まった戦闘は激しさを増していた。まだ僅かな時間しか経過していないにも関わらず、周囲の地形は大きく変化している。

 

バッサールの薙ぎ払いを態勢を低くして回避したバゼットは、勢いを乗せた右フックを人体で言う脇腹に打ち込む。高い威力を感じさせる音が響くものの、ノックバックをさせたことしか視覚的には感じられない。

 

瞬時に体制を立て直したバッサールが右の掌をバゼットに向けた瞬間、二人の間を七天七刀が通り抜ける。バッサールは接触寸前で身を引いたが、追従してくる切先に避けることはできないと両腕で防御をした。腕を切り付けたことによって生まれた火花が周囲を照らす。距離は取れたがバッサールの両手に傷はあっても切断することは叶わなかった。

 

「断ち切れなかったか…!」

 

少し悔しさを滲ませるように呟く火織を見てからその刀を確認するバゼット。何度か拳を打ち込んだことからバッサールの強固さは自分も充分に理解している。そんな相手を斬りつけて尚、火織の持つ刀に刃こぼれは見られない。どうやら相当の名刀なのだろうと思った。

 

「認めるのは癪ですが恐ろしい強度の装甲です。このまま真正面から打ち続けるのは最適解ではありませんね」

 

「同感です」

 

二人はバッサールを見つめながら会話をする。防御の姿勢を解いたバッサールも二人を見た。

 

「成程、強いな。お前達のような者がこの星には大勢いるのか」

 

「どうでしょうね」

 

否定も肯定もせずバゼットは質問を軽く流した。これに関してはどう答えても良い方向には向かないと思ったが故の解答でもある。

 

「貴方から確かな意思を感じました。感情があるのですね」

 

火織は構えを解かないまま聞く。どういった意図かは本人以外は分からないが、バッサールは素直に答える。

 

「ある、だがお前達とは構造が違う。戦闘に不要なものは持ち合わせていない。だからこそ、完全に壊れるまで戦闘を続行できる」

 

戦っている相手がこちらの攻撃を受けてもなんの素振りも見せないというのは様々な意味で気分が悪いものだ。しかし自分の不利な情報を与えないのは戦闘では理に適っていた。受けたダメージを視覚的に感じさせないのは相手に焦りを誘発させる手段となり得る。

 

「壊れるまで…死を恐れていないのですか」

 

「その感情は戦闘の邪魔だ。我々は自身の命に価値など見出していない」

 

可能な限り何か情報を引き出せないかと会話を続けようとする火織だったが、バッサールの返答で眉間に皺を寄せる。先の発言は強がりなどではなさそうだ。言葉通り、自分の命など本当になんとも思っていないらしい。敵としてはどこまでも面倒な相手である。

 

「さぁ、続きだ」

 

しゃがんだバッサールは地面を蹴り上げ跳躍し、そのまま滞空して二人に砲撃を仕掛けた。

 

「飛ぶのは卑怯ですよ!」

 

「同じ条件で戦う必要はない」

 

降り掛かるレーザーを回避しながらバゼットがバッサールを非難する。しかし返ってきたのはご尤もと言えるものだった。空中に留まられたとなればバゼットの手数は極端に減る。やり様が無いことはないが、彼女の本領は接近戦なのだ。それに切り札を出すには早すぎる。そこで同じように避けていた火織が前に出た。

 

「私が叩き落とします!」

 

七天七刀に手を添え、抜刀の構えを取る。すると空中にいるバッサールを囲むように空間を切り裂く衝撃が飛んだ。感知はしたが避けることは叶わず、バッサールが攻撃を受けて地面へ落下する。

 

(居合い斬り…いや違う、僅かに線が見えた)

 

その動きにバゼットは抜刀術かと考える。しかしバッサールの周囲に糸のようなものが一瞬映ったように見えた。どのような細工なのか気にはなっても今重要なのはそこではない。

 

落下してくるバッサールの真下に滑り込んだバゼットが拳を握るとそこに光が灯った。バッサールは両腕を交差して体当たりを行おうとする。心情的にはこのまま打ち合いたいが、この好機を逃すわけにはいかない。バゼットは僅かに身体を反らせるとバッサールの上腕と胸の装甲の僅かな隙間に手刀を突き刺した。

 

落下の勢いも相まってかバゼットの手刀は右腕と胸の結合部上半分を貫き、体勢を無理やり作り着地したバッサールに休むことなく追撃を行う。負傷した影響で電流が走るバッサールの右前腕を両手で掴むと身体を捻って左肩に担いだ。

 

「セイヤー‼︎」

 

勢いを乗せて大きく振りかぶり、互いの背中を合わせた状態で一本背負いを行う。投げ飛ばされて生まれた遠心力と本来は曲がらない方向に負荷を掛けられたことにより、辛うじて繋がっていた右腕をバゼットの両手に残してバッサール本体は大きく吹き飛んだ。

 

破損した右腕の両端を持ち、まっすぐ伸ばした肘関節に膝を叩きつけて真っ二つに折る。必要以上な行動に思えるが、相手は未知の存在。念入りに無力化するのは当然である。

 

「やはり関節部分は装甲程の強度とはいかないようですね。そして、関節の構造も人間に近い」

 

右腕の残骸を投げ捨てながら呟く。俊敏且つ滑らかに動くには、それに伴う関節の柔軟性が必要不可欠である。いくら強固な肉体を持っていたとしてもそこは変わらなようだ。ならば活路は見えた。

 

「見たところ掌が主武装なのでしょう。もう片方も取ります、手伝ってください」

 

「…分かりました」

 

火織の性格上、どんな状況であれ相手を痛めつける行為を嬉々として行うことは出来ない。それでも分別は付いている。今この場で自分がやらねばならないことは理解していた。意識を切り替え、バゼットの隣に並ぶ。

 

「戦闘続行、可能」

 

立ち上がるバッサールは片腕のみとなっても退く姿勢が見られない。左の掌からレーザーが飛来すると、二人は左右に分かれて走り出す。両腕でも捉えられなかった相手を片腕のみで捉えられる筈もなく、二人は瞬時に間合いを詰めてきた。再び宙に上がろうとしたが、先程同様周囲から襲いかかる斬撃にその進路を絶たれる。勝敗は、間もなく決まろうとしていた。

 

接近したバゼットの蹴りがバッサールの左膝を打ち抜く。この関節は後方に曲がるようにできていない。従って軋む音を響かせながら左脚全体が振り抜かれ、前のめりに姿勢を崩した。即座に左腕を掴み、バゼットの肘固めが極まる。

 

「今です!」

 

「ハァッ!」

 

上空から降下してきた火織が七天七刀を振り下ろす。刀身は見事に左腕の付け根を斬り裂き、遂にバッサールは両腕を失った。だがそれは同時に拘束から解かれたことも意味する。腕を欠損したことなど意に返さず二人から距離を取ろうとしたが、跳躍したところで左足首をバゼットに捕らえられ、隙を逃さず続けて膝裏を狙った火織の一撃に今度は左脚の下半分を失う。斬り上げられた衝撃を上手くいなす事は叶わず、空中で回転しながらバッサールは地面に落下した。

 

「降伏を、貴方はもう戦えない筈だ」

 

最期通告だろう、切先を向けながら火織が告げた。そんな火織に何も言わず、バゼットは静かにバッサールを見下ろす。倒れていたバッサールは上体を起こした。

 

「戦闘続行可能、しかし敗北の可能性大。シークエンスを移行する」

 

言い終えたのと同時、バッサールの全身が発光する。装甲の下から差す光と大きく鳴り響く起動音に二人が予想した行動は一つだった。

 

「自爆するつもりですか!」

 

「失礼します!」

 

「なっ⁉︎」

 

走りだしたバゼットはどういったわけか火織へ体当たりするように自分ごと崖から飛び降りる。予想外の行動に火織は対応できず、二人はそのまま海へと落下。着水する瞬間、眩い光と爆発音が響き渡った。

 

程なくして二人は水面から勢いよく顔を出す。先程まで居た場所を見ようとするバゼットに火織は不満げな視線を向けていた。

 

「…いきなり何をするんですか」

 

「爆発を避けるにはこれが最善だと思ったので。それに貴方、私の勘違いでなければ奴に手を伸ばそうとしていませんでしたか?」

 

気まずそうに火織は目を逸らす。返答はないが認めたようなものだ。バゼットはため息をついた。

 

「まぁ、私がどうこう言うものではありませんね」

 

それだけ言うとバゼットは崖を軽やかに登り始める。顔に付いた水滴と余計な考えを振り払う為、火織は軽く頭を振ってバゼットの後を追った。登りきると周囲を見回す。地形は戦闘時よりも更に大きく変化しており、爆発の威力を雄弁に物語っていた。

 

火織よりも先に念入りに周りを確認していたバゼットはその場から歩きだす。火織はその背中に声を掛けた。

 

「どちらに?」

 

「奴の破片がないか周辺を探します。手ぶらで帰りたくはないですから」

 

短く答えて足早に離れていくバゼット。火織は一度視線を落としてから再度バゼットを見た。

 

「ありがとうございました」

 

「…なんです、急に」

 

歩みを止め、振り返ったことで見えた表情は少し訝しげだった。この反応も仕方ないかとは思いつつ、最後まで言わなければと続ける。

 

「成り行きとは言え協力をしていただきました。最後は少々乱暴でしたが…感謝します」

 

「……」

 

軽く頭を下げる火織の姿にバゼットは頬を掻いた。なんと言うか、非常にやりにくい。こんな仕事をしているからだろうか、素直な人物に会うことも少なければ感謝を告げられることも殆どない。慣れていないのだ、善意に触れることには。

 

容易に信用すれば都合よく利用される。簡単に心を許せば、行動に迷いが生まれる。それでは駄目だ、己の役目を考えれば他人に近づくことは余りにリスクが高い。それは充分に理解している。しているが、彼女を無視して立ち去る程冷たくなりきれていない。甘いのは自分も同じだったかと心の中で自嘲した。

 

「こちらも感謝します。見事な腕前でした」

 

ここで終わればいい別れ方になるかもしれない。しかし彼女は自分とは違う組織の人間だろう。きっと自分達は相容れない、もしまた会うことがあるならば…そう考えて続いた言葉は突き放すようなものだった。

 

「ここで貴女に出会ったことは、なかったものとしておきます。そちらも、そうした方がいいでしょう」

 

「もし次に顔を合わせる時があるのなら、その時は今度こそ敵同士になります。貴女とは、もう会うことがないよう祈っておきます」

 

静かにその場を去るバゼット。火織はやるせなさを僅かに含んだ瞳で彼女の背中を無言のまま見送った。

 

お互いの立場など知る由もない。それでもこの場で出会い、戦ったとなれば裏の世界に身を置いているとは想像に難くなかった。血生臭いこの世界では味方でないのなら敵となる。分かりきっていることだ、何度も経験してきたのだから。

 

それでも無心ではいられない。火織はこの世界に身を置くには善人すぎた。バゼットが最後に言ったもう会うことがないよう祈っている。これが貴女とは戦いたくないと言っているように聞こえたのは都合よく受け取りすぎなのだろうか。

 

世界が優しさで溢れていると思う程世間知らずではない。今の混沌とした世界情勢なら尚更だ。それでも思ってしまう。

 

巡り合わせとは、出会いとはもっと温かいものであるべきだ。

 

 

 

 

 

 

東京湾の水面からゆっくりと何かが浮上する。現れたのは先程バゼット・火織と戦っていた者とまったく同じ姿をした存在、バッサールだった。海から全身を出して水上に留まるバッサールの両目が輝く。

 

「他の二体は、消滅したか。予想以上の星だな」

 

そう言うと更に上昇し、風を切り裂いて一直線に飛んでいく。己も向かわねばならない。強き力の集まる目的地へ。

 

 

 

 

 

 

落下予測地点に向かう為、部室のドアを開けた祐の目に映る人物がいた。少し先の壁に寄り掛かり、こちらに視線を向けている。それはクラスメイトの遠坂凛だった。

 

「あれ?遠坂さん?」

 

不思議そうな顔をする祐。凛は申し訳なさそうに笑みを浮かべて近づいてきた。

 

「ごめんなさい、廊下で珍しい組み合わせを見たのもだから。気になっちゃってつい後をつけてしまったの」

 

それ以外の思惑もあるが言ったことは本当だ。廊下で話す姿を目撃した凛は三人を尾行し、生物工学研究会の部室までやってきた。途中室内の声が聞き取れないかと最善の注意を払って近づいても、物音一つ聞き取ることはできなかった。壁に耳を当てたというのに何一つだ。どう考えてもおかしい。だがこれはある意味凛にとって絶好の機会だ。

 

「珍しい組み合わせ…確かにそうかも。でも俺個人は結構二人と仲良いんですよ」

 

「あら、そうだったの」

 

祐がそんなことを言っていると超とララが後ろから出てくる。二人の視線が凛に向かう。

 

「おやおや、B組の遠坂サンではないカ」

 

「B組?じゃあユウと同じクラスだ」

 

「こんにちは超さん。それと、デビルークさん…ですよね?」

 

超とはボーリングの時を境に顔を合わせる機会は何度かあった。対してララは存在は知っていてもこうして顔を合わせるのは初めてである。

 

「初めまして!私ララ!よろしくね、B組の人!」

 

「え、ええ…よろしく。遠坂凛です」

 

目の前に迫ってきたララに両手を握られて挨拶をされる。スキンシップが少々激しいとは風の噂で耳にしていたが、噂に違わぬ激しさであった。凛は思わず気圧される。

 

「リンだね!うん、覚えた!リンはどこに住んでるの?」

 

「えらく急ね…」

 

ララと凛を見ていた祐の制服の裾が引かれる。それに反応して引いた相手である超に耳を近づけた。

 

「遠坂サンはここで何を?」

 

「俺達の組み合わせが珍しくて、気になって見にきたんだって」

 

「それはそれは」

 

祐の返答に超は笑顔を浮かべてから凛の様子を窺う。ララから飛んでくる質問の嵐に凛はたじたじといった状態で、超の視線には気付いていない。

 

「本格的に探りを入れ始めたのカナ」

 

「かもね」

 

小声で話していると祐の表情が変わる。この顔は恐らく何かを感じたのだろう。そしてその『何か』とは良いものではなさそうだ。

 

「…向かってきたのか」

 

呟いた祐は超に視線を向けると、それだけで察してくれたのか頷いてみせた。超に頷き返す。向こうから来るのなら迎え撃つまでだ。

 

「リンも一人暮らしなんだね、今度行ってもいい?」

 

「えっと、私は構わないけど…別に珍しいものなんて」

 

凛が助けを求めてララから祐に視線を移す。しかしそこに彼の姿はなく、一瞬のことに目を丸くした。

 

「あ、あの…逢襍佗君は?」

 

「あれ、ほんとだ」

 

凛と同様に辺りを見回すララ。超は手を後ろに組んで質問に答える。

 

「急用ができてしまったらしいヨ、所謂家庭の事情というやつネ」

 

「そうなんだ。ユウ忙しいんだね」

 

「彼は中々に多忙だヨ」

 

「…はぁ」

 

凛はララから一旦脱せたことやその他諸々も含めてため息をついた。彼はいつも気が付くとその姿を消している。あれだけ目立つ見た目なのに気配すらなく。その時目があった超から笑みを向けられる。見えた笑顔に含みを感じ、凛の表情は変化した。

 

 

 

 

 

 

空を高速で飛行するバッサールの動きに迷いはない。しかし前方に強い光が降り注いだことで動きが止まる。眩い虹の光が、そのを進行を防いだ。目の前の光景を黙って見つめるバッサール。暫くして光を振り払い、中から姿を表したのは戦闘スーツに身を包んだ祐だった。

 

「そこで止まれ、理由なくこの先に進ませるわけにはいかない」

 

バッサールは祐の姿を観察する。間違いなく、今の光はあの時のものだろう。これを不特定多数の存在が持っているものとは到底思えない。そうであるならば、自分が最重要任務を負ったことになる。

 

「お前が虹の光を持つ者だな。私が当たりを引いたか」

 

「どういう意味だ」

 

「私はバッサール。この次元、この星の戦士と戦うために来た」

 

静かに人差し指を祐に向ける。祐の瞳はツインアイ越しにバッサールを射抜き続けていた。

 

「この星から宇宙を、次元さえも揺るがすエネルギーを我々は観測した。巨大生物を消し去ったあの力、お前の持つ光だな」

 

思い当たる節はある。事実少し前に巨大生物を宇宙に飛ばして始末した。あれが巡り巡って新たな火種をもたらしたようだ。愛穂はああ言ってくれたが、エクレル星人が自分に言っていたことが否定できなくなってしまった。

 

「俺がお前を呼び寄せたのなら、その責任は取らなければならないな」

 

「そうしてもらおう。戦士よ、ここがどちらかの死に場所となる」

 

両掌からレーザーを発射して攻撃を開始する、祐は飛来するレーザーを避けることなく手刀打ちで叩き割った。中心から二つに裂かれたレーザーが空に消えていく。一瞬で距離を縮めた祐が左の拳を突き出し、両腕で防いだバッサールを後方へ吹き飛ばした。続け様に光弾を右手から発射する。バッサールは身体を捻って姿勢を整えながら、迫り来る砲撃を回避した。それから双方空中を飛び回り、相手へ遠距離攻撃を放ち続ける。

 

今この場で繰り広げられているものは正に三次元戦闘と呼べるものであった。重力を完全に無視した動きは現実離れしており、遠くから見ればどこか美しさを感じてしまいそうになるが実際行われているのは殺し合いだ。そこにそれ以外のものはない。

 

青空に戦いの光が瞬く。そしてお互いを捉えんとする光が正面から衝突し、大気を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

「はーい皆さん、席に着いてくださ〜い」

 

昼休みが終わり、五時間目の授業を行う為教室に入ってくる小萌。既に準備が済んでいたり自分の席に戻る一年B組の生徒達を見ていると、一つの席が空いている事に気が付いた。その席が誰のものか知っている小萌は隣の席の春香に尋ねる。

 

「あれ?天海ちゃん、逢襍佗ちゃんはまだ戻ってきてないのですか?」

 

「あ〜、えっと…なんでも急な家庭の用事ができてそっちに行っちゃったみたいです」

 

「急用ですか、う〜ん…逢襍佗ちゃん大丈夫ですかね」

 

昼休み終了直前突然超から声を掛けられ、祐の現状を伝えられた春香が若干気まずそうに答えると小萌は心配そうな表情を浮かべた。いつも元気な彼だが、最近何かと家庭の事情で遅刻や休みを繰り返していると聞いている。もしや問題等抱えているのではと考えつつ、授業は行わなければならない。

 

「心配ではありますが授業を始めないといけませんね。さぁ、切り替えていきますよ」

 

周りが小萌の指示通り教科書のページを開く中、凛は不満気な表情のまま席に座っていた。完全に煙に巻かれてしまい、消化不良もいいところである。とは言え何も進歩がなかったわけではない。今後も探りを入れる上で重要になるであろうものには目星が付いた。

 

「超鈴音…ね」

 

誰にも聞こえないよう小さな声で鍵となる人物の名前を呟く。ただし凛はまだ知らないが、相手に目を付けたのは何もこちらだけではなかった。

 

 

 

 

 

 

本日の授業、そしてホームルームも終了した麻帆良学園。既に夕日が顔を出し始めた教室から生徒達が出ていく中、本日の日直だった純一から当番日誌を麻耶が受け取り内容を確認している。

 

「あの、高橋先生?」

 

「ん?何かしら」

 

どこか険しい顔をする麻耶に、純一は緊張しながら聞いた。対して麻耶は純一の硬い表情に不思議そうに返す。

 

「あ、いえ…なんというか…難しそうな顔してたので、不備でもあったのかなと」

 

「ああ…ごめんなさい、日誌に何か問題があるわけじゃないわ。大丈夫よ」

 

そう言って日誌に視線を戻す。これが理由でないとなれば思いつくものは一つだ。

 

「はい、ご苦労様。橘君も下校して大丈夫よ」

 

「祐のことですか?」

 

自分で言っておいてなんだが、いきなりすぎたかもしれない。麻耶は少し驚いた表情だ。

 

無意識のうちに顔に出てしまっていたことを反省しつつ、麻耶がため息をつく。

 

「担任だもの、色々考えることはあるわ。今度しっかり話をするつもり」

 

「…高橋先生、祐は普段あんなんですけど本当は」

 

「失礼します」

 

言葉の途中で教室に誰かが入ってくる。二人が声のした方を見れば、そこに立っていたのは他ならぬ祐だった。

 

「祐…」

 

「すまん純一、話の途中で」

 

「いや、それはいいんだけど…」

 

挨拶もそこそこに祐が麻耶の前に立つ。無言でこちらを見つめる麻耶に向かって真面目な表情で頭を下げた。

 

「連絡もせず、いきなり欠席してしまってすみませんでした」

 

頭を下げ続ける祐を見る麻耶の表情は苦々しい。そばにいる純一もこの場の息苦しさを否が応にも感じていた。

 

「逢襍佗君、この後時間あるかしら」

 

「はい」

 

「そう、なら教員室に来てちょうだい。少し、話したいことがあるから」

 

「分かりました」

 

「先に行ってるわね」

 

祐を通り過ぎて麻耶は教室を出ていった。その背中を見送った純一は続けて祐に視線を向ける。目があった祐は純一の顔を見て苦笑いをした。

 

「そんな顔すんなよ。黙って学校からいなくなったら、怒られて当然だ」

 

「そうだけど…理由があったんだろ?」

 

「その理由を説明できないんじゃあな、どう思われても文句は言えんて。寧ろ出会い頭に怒られなかっただけ、高橋先生には感謝しないと。自分が悪いとは言え、みんなに見られながら怒られるのは出来れば遠慮したいし」

 

純一はそこで気が付いたが、教室の外にはこちらを心配そうに見ている正吉と薫がいた。今日はこの後遊びに行く予定があり、純一の用事が終わるのを待っていたのだ。それ以外にも廊下にはホームルームを終えたばかりの生徒達が多くいる。確かに自分に非があったとしても、この状況で説教を受けるのは遠慮したい。

 

「さて、それじゃ俺は行くよ。また明日な、純一」

 

純一の肩を軽く叩き、返事を待たず祐も教室を後にする。純一は掛ける言葉が見つからず、黙っているしかなかった。祐は続いて廊下にいた正吉と薫に手を上げて挨拶すると二人が近寄ってくる。

 

「おい祐、大丈夫なのか?」

 

「よく分かんないけどさ、サボったわけじゃないんならちゃんと理由言ったほうがいいんじゃない?」

 

「そうするよ、ありがとね二人とも」

 

短く会話を交わして祐は歩いていく。純一も二人に合流するが、結局その後祐には声を掛けられなかった。

 

 

 

 

 

 

職員室に着いた祐は麻耶の元まで来ていた。部活もある影響で、職員室にいる教員はそれ程多くない。

 

「逢襍佗君、貴方の家庭環境が…色々と複雑なのは私も知ってるわ。麻帆良祭頃から大変なのもね」

 

担任である麻耶は祐の両親が既に亡くなっているとを知っている。親戚関係でも様々な問題があるとも。ただし、親戚共々に関しては祐が便宜上ついている嘘だ。騙していることに良心は痛むが、それくらいしか案が思い浮かばなかった。

 

「それでも何も言わずにいなくなったり、何故そうなったのか伝えてくれないと私もどう動いていいのか分からないの。デリケートな問題なのは重々承知しているけど、もう少し教えてくれることはできない?」

 

きっとこれは最大限考慮してくれたものなのだろう。麻耶からはなんとか祐の力になろうという気持ちしか感じなかった。祐の抱えている問題は軽々しく口にできるものではないのだろうとは麻耶も察している。しかしこのままでは祐を庇うことができない。今の状態では教師として、そして担任として最近の彼の行動を見過ごし続けるには限界があった。

 

「勝手に周りには言わないって約束するわ。もし教えてくれるなら場所を変えましょう」

 

ああ、自分は担任にも恵まれたと改めて思った。麻耶の表情からは心苦しさも伝わってくる。相手の為にとった行動だとしても、踏み込んでしまったことに申し訳なさを感じているのだろう。受け持つ生徒であっても家庭の問題に干渉することは、言ってしまえばリスクの高い行為だ。怪我をしたくないならそこから距離を置くのが最も無難で、最も楽だ。それでもこうして歩み寄ってくれている。彼女の優しさが祐の罪悪感を強くした。

 

もう、認めてしまおうか。秘密を明かしても、麻耶はきっと約束通り自分の中に留めてくれるだろう。近右衛門やタカミチ、愛穂も祐の秘密を知っていて、担任である彼女がその中に加われば格段に動きやすくなる。祐は一瞬そう考えた。

 

だが麻耶は一般人だ。魔法使いでもなければ、危険と隣り合わせの警備員(アンチスキル)でもない。自ら非日常は求めず平穏を好み、平和の中で生きることを望む女性なのだ。そんな彼女が祐の秘密を知ればどうなるか。恐らく平和から遠ざかることになるだろう。

 

間違いなく祐に協力してくれる。そうなれば担任であるが故に、祐と接する機会が多い大人の一人として学園とは関係のない問題の対処にさえ追われることになる可能性が高い。もしかするとそれでもと麻耶は自分との関係を改めないかもしれない。そんな余計な荷物を彼女に背負わせるのか、時に厳しくも生徒のことを考えてくれる優しい彼女に、今もこうして見捨てないでいてくれようとしている人に。

 

己に都合のいい選択を取るなら、麻耶をこちら側に引き入れるべきだ。秘密を知ってもらい、力を貸してもらえばいい。楽な道だ、自分にとっては。選択肢はこれ以外にない、楽な道を望むなら。

 

誰であっても面倒な選択などしたくはない筈だ。しかし目の前の彼女は、自分にとって一番楽な道を選ばなかった。それは偏に相手を思っての結果で、ある意味自分を犠牲にした行動だ。ならば自分はどちらを選ぶべきか、そう考えれば答えは決まった。

 

楽な道は選ばない。潮時なのだろう、現在の身の振り方を改める時が来たのだ。いよいよ自分自身が戦いを呼び寄せる段階に突入した。今がいつか来るだろうと考えていた『その時』なのかもしれない。

 

大切な思い出は、既に数えきれない程ここで貰った。これだけあれば大丈夫だ、進んでいける。今の生活を手放したくなどないが、全ては守れない。ならば取捨選択を必ず迫られる。温もりの中で生きる時間を終えてでも、自分の一番の望みを叶えなければ。

 

「ありがとうございます、高橋先生」

 

頭を下げる祐に麻耶は驚く。程なくして頭を上げたことで見えた祐の顔は、麻耶が今まで見た中で最も真剣味を帯びていた。その顔に少し期待する、話をしてくれるかもしれないと。

 

「こんな面倒な奴を見捨てないでくれて、感謝してもしきれません。貴女は僕なんかには、勿体なさすぎる先生でした」

 

「ど、どうしたの急に…」

 

照れ臭さよりも動揺が勝り、呆気にとられていた麻耶に祐は続けて口を開く。

 

「だから、もう嘘をつくのはやめます」

 

「え…」

 

「今まで認めてきませんでしたが撤回します、僕はどうしようもない問題児です。こんなに優しい先生の頭を悩ませる、男の風上にも置けない奴です」

 

「な、何を言って」

 

聞こえてきた言葉の意味が理解できず、麻耶は思わず聞き返す。自分の体温が冷めていくのを感じた。嫌な予感がしたせいかもしれない。

 

「親戚関係で忙しいと言ったのは全部嘘です。本当は、ただサボってました」

 

祐の発言に固まっていた麻耶の表情が徐々に変化していく。鋭くなっていく視線が祐に突き刺さった。

 

「麻帆良祭の時の話は本当です。でもその後、家庭の事情ってことにすれば有耶無耶にできると味を占めてサボりの常套句に使ってました」

 

「…麻帆良祭以降は、全部そうだって言うの?」

 

「はい」

 

気が付けば麻耶の目は明確な怒りを含んだものに変わっていた。当たり前だ、彼女の好意を無駄にしたのだから。何発もらっても黙って受け入れる心構えでいる。

 

「それじゃあ、学校を抜け出した理由はなに?」

 

「色々欲しいものがあったんです、その瞬間を逃すと買えなくなるんで。最近は転売とか酷いですからね」

 

拳を握りしめた麻耶は椅子から立ち上がる。全身に力が入っている影響でその身体は震えていた。祐はまっすぐ向けられる視線に正面から向かい合う。一発目が飛んでくるかと思ったが、麻耶は大きく息を吐き出して身体から力を抜いた。溢れ出そうとする感情を押し留め、ゆっくりと椅子に座り直す。その目は、もう祐に向けられていない。

 

「今回のことも含めて、貴方への対応と処罰はこれから考えさせてもらいます。今日はもう帰りなさい」

 

幻滅か失望か。どちらもだろうし、それも当然だと祐は再度頭を下げる。

 

「はい、失礼します」

 

こちらから視線を逸らし続ける麻耶をそのままに、背を向けて職員室を後にする。窓から差し込む夕日が自分の影を長く伸ばしていた。

 

「逢襍佗君」

 

背後からの麻耶の声に足を止める。麻耶は悩みながらも重い口を開く。僅かな希望を込めた瞳が祐の目に映った。

 

「本当に…本当に嘘なの?本当にそんな理由で、嘘をついたの?」

 

「本当です。それに、これからもその嘘は使っていくつもりでいます」

 

救いようのない奴だと、他人事のように自分を馬鹿にした。よく考えずとも次から次に出てくる言葉に、元から素質はあったんだなとも思う。こちらの方がお似合いかもしれない。

 

無言で椅子に座ったまま向きを反転させ、麻耶はデスクに肘を置いた。もう話すことはないと、そういうことだろう。こちらに向けられる複数の視線に気付かないふりをして、祐は職員室から出ていった。

 

扉が閉まった音を聞き、麻耶は額に手を当てて俯く。確かに手の掛かる生徒ではあった。それでも人として好ましく思える部分も多分にあったのだ。祐に対して一種の信頼があったからこそ、少なくないショックを受ける。だからこそ失望に似た感情が生まれた。しかしその感情を向けている相手は何故か酷く曖昧で、どちらに向けてとは断言出来ずにいる。

 

幸運と言っていいのか、今この職員室にいる数名の教員は祐のことをそれなりに知っている者しかいなかった。そのうちの一人である小萌がすっかり肩を落とした麻耶に近づき、その背中を摩る。そしてもう一人、一連の流れを少し離れた場所から見ていた愛穂はその場を後にした。こちらも、あの問題児に話を聞く必要がある。

 

 

 

 

 

 

そう遠くない内に生徒思いの教師には周囲から同情が寄せられ、やりたい放題の問題児には軽蔑が向けられていくだろう。どれだけ間違っていると言われても今この時、自分はこれが最善だと思った。結果は、すぐに自分の身を持って知ることになる筈だ。

 

「色々準備、始めないとな」



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それぞれの岐路

学生達が下校していく中、凛も自宅を目指し歩いていく。僅かではあるが進展を見せた祐に関してのことを考えていた時、急に誰かの顔が視界へと入り込んできた。

 

「どうもどうも、遠坂サン。ちょっとよろしいカナ?」

 

「超さん?えっと、何かしら?」

 

突然話しかけてきた超に顔が強張りそうになる。なんとか抑えたつもりだが見破られてはいないだろうか。そんなことを思う凛を他所に超は笑顔を浮かべた。

 

「実は遠坂サンと是非お話がしたいと思ってネ。時間があるならば、私に付き合ってくれないカ?難しそうなら日を改めるネ」

 

「…先に教えてほしいのだけど、お話ってどんな?」

 

質問に超が笑みを深くする。どうにもこの顔は苦手だ。無性に裏を感じ、そして自分の考えを見透かされている気がしてならない。

 

「貴女が知りたいと思っていることに関して…と言ったらどうカナ?」

 

思わず繕っていた表情が崩れ、目を見開いてしまった。迂闊だったと今になって思う。彼女に対して隙を作ってしまったが後の祭りだ。ならば今は後悔するよりも切り替えるべきと目を閉じ、一瞬にして気合を入れ直した。

 

「ええ。是非、お話を聞かせてちょうだい」

 

 

 

 

 

 

今の心情のせいか早歩きで廊下を進む愛穂。少し先に探していた人物の背中が見えると更に速度を上げる。追いついて手を伸ばし、相手の肩を掴むと強引に身体をこちらに向けさせた。

 

「逢襍佗、お前どういうつもりだ」

 

嘘や冗談は許さないと視線を鋭くする。端からそんなつもりはないのか、振り向いた祐の表情は普段と違うものだった。

 

「状況が厳しくなってきました。やるなら早めに手を打たないと、潮時です黄泉川先生」

 

「分かるように話せ。それじゃ全然伝わらないじゃん」

 

そこで祐は周囲の気配を探る。どうやら近くに聞き耳を立てている者はいないようだ。ならここで話してもいいだろう。

 

「詳しいことはまだ分かりませんが、『外』から来た金属生命体と戦いました。この星の戦士と戦うのが目的だったそうです。恐らく侵略者の類でしょう」

 

祐が昼休みから居なくなったとは愛穂も聞いていた。今の発言から、その金属生命体とやらが原因のようだ。

 

「奴は、虹の光を見たことでこの次元と星に目を付けた言っていました。あの怪獣を消した時のものを観測したと」

 

今の説明で愛穂は聞きたかったことの結論に辿り着く。そして祐がこの出来事をどう受け止めたのかも。

 

「俺が奴を呼び寄せてしまった。会話の最中に我々とも言っていました。きっとあいつ一人じゃない、この話はこれで終わりにはならないでしょう」

 

やはり予想は当たった。祐の性格から考えて、そう言われたのなら責任を感じるに決まっている。それはそれ、これはこれなどと都合よく思えるタイプではないのは愛穂も分かっていた。

 

「俺がとった行動の結果です。責任は取らないと」

 

これはまずい、物事が悪い方向で祐の決心を後押ししている。今も瞳に映る祐の表情には迷いが見られない。誰かは知らないが随分余計なことを言ってくれたなと愛穂はその金属生命体に心の中で悪態をついた。

 

「恐らくこれから戦いは激しくなってきます。それに専念するなら、今の生活は送れない」

 

「だから、まずは学校を辞めようって決めました」

 

淡々と語る姿に愛穂の表情が僅かに曇った。祐の考えがまったく理解できないわけではない。だが納得などしていないし、首を縦に振ってなどやらない。そんなことを許せるはずがないのだ。

 

「変な言い方かもしれませんが、今回のことはいいきっかけに」

 

「違う、違うぞ逢襍佗。そんな責任の取り方は誰も望んでない」

 

話を遮って愛穂が言う。このまま続けさせては駄目だ。改めて言葉にすることで、決意を揺るがぬものにさせてはならない。

 

「そもそも責任ってなんだ、お前はあの時大勢を守っただけじゃんよ」

 

肩を掴む力が無意識に強くなっていた。きっとこの手を離すべきではない。離したら目の前の相手は遠くへ行ってしまいそうだと、そう思った。

 

「大切なものが沢山あるってお前言ってたろ。なのにそれを自分から捨てる奴があるか」

 

祐の両肩に手を置き、優しく語りかけるように目を見て話す。気持ちとは裏腹な行動をしたのは祐を下手に刺激したくなかったからだ。

 

愛穂は謎の焦燥感に駆られていた。興奮して大きな声を出ないようにと努めているが、内心冷静とはいかない。今も心臓は素早く脈打っている。きっとまだ間に合う、遅くはないと自分に言い聞かせた。

 

「お前が居なくなったら、お前の大切に思ってる人が悲しむじゃん。それはお前のやりたいことか?」

 

「…悲しませるのは、嫌ですね」

 

祐の表情に変化が生まれた。揺さぶることができたならば活路はある筈だ。

 

「だったら」

 

「悲しませたくない。けど、それよりも優先するべきことがあるんです」

 

今度は愛穂が遮られる形になった。その瞬間、物理的距離はこんなに近いのに祐が遥か遠くにいる錯覚に陥る。自分から離れていくような、そんな錯覚を。

 

「沢山あります、大切なものが。全部を持てるならそれが一番。だけど無理なんですよ先生、全てを持って歩くには今の俺じゃ力が足りな過ぎる」

 

言葉にすればする程自分の情けなさを祐は痛感する。もっと強ければ、こんな悩みなど吹き飛ばせたのだろうか。それが理想の姿ならば、理想とはこんなにも遠いのかと嫌気がさした。

 

「でも、数を絞ったら…やれそうな気がするんです。全部は手放したくないから、俺は…持てる分だけ持ちます」

 

祐は一歩下がって愛穂から離れた。少し前まで強く掴んでいた手が、驚くほど簡単に滑り落ちる。悲しいかな、その時の愛穂の手に力はなかった。

 

「ごめんなさい黄泉川先生。少なくともこれが、今の俺にできる精一杯です」

 

「お、おい逢襍佗」

 

「馬鹿なこと言いますけど、先生に技掛けられるの俺結構好きでしたよ」

 

「⁉︎まっ…」

 

突拍子もない発言に気を取られ動きが遅れる。その僅かな隙に祐は姿を消した。光の粒子となって目の前から。固まっていた愛穂は伸ばし損った手を思い切り強く握る。

 

「くそ…くそっ…!何やってんだ私は!」

 

両手で頬を一発叩いて自分に喝を入れる。なんて情けない、傷付けたくないからと臆病風に吹かれてまるで動けなかった。あの時話していた『ぶん殴ってでも止める』今がまさにその時だったと言うのに。だが後悔している場合ではない、こんな展開認めてたまるか。これで終わったら死んでも死に切れない。

 

「ふざけんなよ逢襍佗…!こんなんで、私は諦めないじゃん…!」

 

脇目も振らず走り出す。普段は廊下を走る生徒を注意する立場だが、今だけは許してもらいたい。それだけ緊急事態なのだ。全力で駆け抜ける愛穂が向かう先は既に決まっている。

 

 

 

 

 

 

先頭を歩く超の一歩後ろをついていきながら凛はその背中を観察する。こちらに対する警戒は感じられないが、かと言って隙だらけというわけでもない。こうして注意深く見てみれば、超の身体の動きは洗練されたものに映った。確か彼女は多くの部活を兼任しており、その中には中国武術に関するものもあった筈だ。その活動が反映されているのだろうか。

 

暫く歩けば学園から随分と離れた場所に来た。人数も比例して少なくなると、いよいよ凛も警戒を強くする。それを感じ取ったのか超が振り向いた。

 

「そう警戒することはないヨ。貴女をどうにかしようなんて考えていないネ」

 

「できれば信じたいけど、そう思える要素がなさすぎるわ」

 

「ふふ、否定しようがないネ」

 

緊張がまったく見て取れない超に眉を顰める。しかし超としても、このまま凛に話を聞いてもらえないのは望むところではない。そこで一つの提案をした。

 

「今から遠坂サンの親しい人に連絡をしたらどうカナ?これから同級生と話をすると。私の名前を出してもらっても構わないヨ」

 

「……」

 

そうすれば何かあった時、超鈴音という人物に疑いの目が向くからだろう。この提案をしてきたのは本当に何もする気はないのか、それともそんな手を回したところで問題にならないのか。どちらにせよ凛に連絡をしないという選択肢はない。そもそも一番安全なのはついていかないことなのだが、虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。今更臆してこの場を後にするなどもっての外である。

 

しかし困った。親しい友人は何人かいるが、全員が表の世界の人間である。今からする話が裏の世界と関わりのあるものかは定かでないが、そうでなくとも面倒事に一般人を巻き込みたくはない。そうなると連絡できる相手は自然と絞られた。あまり気は進まないが背に腹は変えられない。両手でスマートフォンを持ち、慣れない手つきで連絡帳を開く。その中のある人物を探して一度ため息をついてから電話を掛けた。

 

少しすると相手が出たようで、僅かにこちらから距離を取って通話を始める凛から視線を外し超は自分のスマートフォンを操作する。手持ち無沙汰になったからではない。『親しい人』を確認する為だ。超の画面には現在凛が電話を掛けている人物の名前が映し出されていた。

 

(言峰綺礼…やはりネ)

 

 

 

 

 

 

机の上にある書類を整理していた近右衛門は、一息つくために書類から目を離して晴明に指を当てると軽く揉んだ。

 

(やれやれ、老体に鞭を打つのも限度があるのう)

 

近右衛門の元には学園のあれこれから魔法教会に関することなど幅広く舞い込んでくる。多忙な身だがこれが自分の仕事だ。直接現場に出る者達の為にも自分の役目を果たさなければならない。しかし押し寄せる年の波に勝てるかといえばそれは別問題だった。また現在手に持つ書類に記載されているものはこの世界にとって特大の劇薬と言ってもいい。見ているだけで神経が擦り減る代物だ。

 

そんなことを考えていると足音が近づいてくる。どうやら相当急いでいるようだ。近右衛門は書類を魔法も使用した上で厳重に隠してから長い髭を撫でた。

 

「学園長!」

 

ノックもせずに扉を開けたのは愛穂だった。思わぬ人物であったことを意外に感じるも冷静さを保つ。肩で息をして焦った様子の愛穂にあくまで普段と変わらぬ様子で接した。

 

「どうした黄泉川先生、随分急いでおるようじゃが」

 

 

 

 

 

 

教員室では小萌が淹れてくれた紅茶を麻耶が少しずつ飲んでいた。引いてきた椅子を麻耶の隣に置いて小萌が向かい合う形で座る。その手には自分用のカップが握られていた。あれから幾分か落ち着きを取り戻すことができたが、未だに麻耶の表情には翳りが見える。

 

「すみません月詠先生、ご迷惑お掛けして」

 

「そんなこと言わないでください、私はただ紅茶を淹れただけですよ」

 

「それでも…助かりました」

 

事実小萌が居てくれたことで麻耶は救われていた。気落ちした姿を見て、小萌は紅茶を一口飲んでから話し掛ける。

 

「高橋先生。高橋先生は逢襍佗ちゃんの話、どう思いました?」

 

「え?」

 

「本当だと思いましたか?それとも、嘘だと思いましたか?」

 

核心を突かれたような感覚が麻耶を襲い、その表情がまた一段と暗くなった。酷な事をしている自覚はある、それでも聞かねばと小萌は返答を待つ。

 

麻耶は温かいカップを強めに握る。揺れた紅茶が自身の心情を表しているようだった。

 

「…分かりません。結局私は逢襍佗君のこと何も知らなくて、判断が出来ないんです…」

 

彼の担任を受け持って半年以上が経つ。世間話も数えきれない程した。それでも麻耶が祐に関して知っていることは少ない。祐が自分のことを話さないのは基本的に誰に対してもそうだった。

 

「あんな理由で抜け出してたって言われても、どう受け止めていいのか…」

 

「じゃあ次の質問です。高橋先生から見て逢襍佗ちゃんはどんな子ですか?」

 

急に話題が変わり、ついていけなかった麻耶は固まる。それでも視線を上げないまま、呟くように話した。嘘偽りのない正直な想いを。

 

「おかしなことを言ったりやったりする子でしたけど、それが誰かを笑わせたり和ませてる時もありました。意外と周りを見ていたり…だから、優しい子なんだろうなって…」

 

「私も、高橋先生と同じ意見ですよ」

 

落としていた視線を小萌に向ける。お互いの瞳が真っ直ぐに重なった。

 

「逢襍佗ちゃんが家ではどんな生活を送っているのか、家庭の環境がどうなのか、本当のところは私も分かりません。そういう意味では、私達は逢襍佗ちゃんのこと全然詳しくないです」

 

「それでも、あの子のことはちゃんと見てました。例えそれが学園内だけでも、分かることはあります」

 

いつになく真剣な表情の小萌から目が離せない。周りのことは一切気にせず、麻耶は小萌の言葉に耳を傾けていた。

 

「逢襍佗ちゃんはみんなに好かれてました。B組の子達だけじゃなくて、関わっていた人達みんなに。それはきっと逢襍佗ちゃんが優しい子だったからです。あの子がいると、その場が賑やかになりますよね」

 

「…そうですね」

 

その光景を思い出しているのか、小萌は自然な笑顔を浮かべた。柔らかい表情を見て少しだけ、悔しさが募る。小萌がどう思っているのか聞いていないが、それでも察したのだ。小萌は祐を今も信頼している。自分にはそれが出来なかった。それが、悔しい。

 

「だから、余計に分からないんです…そんなことする子じゃないって気がしても、確証も何もない。私達がどんな風に思っても、本人がそうだって言ったらそうじゃないですか。仮に嘘だったとして、なんでそんな嘘を」

 

進んでそう思ったわけではない。出来れば祐を最後まで信じていたかった。だから悩みながらも一歩を踏み込んだのだ。それでも結局返ってきたものは、あまりに呆気のない理由だった。

 

ここまできてやっと分かった。自分は祐を信じていた、信じていたかった。それは一方的な感情と言われればその通りだろう。だが祐から居なくなっていた理由を聞いて思ってしまった。裏切られた、騙されていたと。きっと何か訳があるんだと信じていた相手だ。勝手な思い込みだとしても何も思わない筈がない。だからこそ麻耶は悲しかったのだ。

 

「優しいから、嘘をついちゃう困ったちゃんもいますよ」

 

小萌の言葉に麻耶は今日何度目か分からない疑問を浮かべる。有事の際、自分の思考とは案外役に立たないんだなとあまり嬉しくない情報を得た。

 

「逢襍佗ちゃんと仲の良い子達はみんな口を揃えて言うんです。逢襍佗ちゃんは信用できないって」

 

「し、信用できない?」

 

先程までの話を根本から覆すものが出てきた。親しい人達がそう言うなら、やはり信じてはいけないのではないだろうか。

 

「はい。あいつは大丈夫じゃなくても大丈夫って言う、ほっといたら無理して何するか分からない。上条ちゃんはそう言ってました」

 

「何かあっても何も言わない。これは確か…間桐ちゃんでしたね」

 

上条当麻と間桐慎二、小萌の担当する一年D組の生徒だ。自分の記憶が正しければ祐とは中等部時代からの仲だった気がする。祐の友人達の証言を話す小萌は仕方なさそうで、それでいて何処か愛おしそうでもあった。

 

「他の子達も同じようなことを言ってました。そう考えてみると、なんとなく想像できるというか… 逢襍佗ちゃんは中々の困ったちゃんなのです」

 

全員が口裏を合わせている可能性はゼロではないが、限りなく低いだろう。どうやら友人達の祐に対しての意見は満場一致のようだ。何かあっても周りに黙っているという前例が幾つもあったのなら、今回もその例に漏れないのかもしれない。麻耶がそう考えていると小萌が笑った。

 

「ふふ、丁度適任な子が来ましたね」

 

「え?」

 

麻耶が首を傾げると小萌が教員室のドアを指差す。その指先を目で追えば、そこにはこちらを窺う生徒達がいた。

 

「橘くん?梅原くんに棚町さんも…」

 

麻耶と目が合った三人は苦笑いを浮かべた。頭を下げながら教員室に入ってくる純一達に困惑していると、小萌が椅子から立ち上がる。

 

「せっかくですから高橋先生も聞いてみてください。あの子達から逢襍佗ちゃんの話を」

 

振り向いた麻耶に小萌は微笑み掛けた。きっと祐に近しい彼らなら、麻耶の判断を手助けしてくれるだろう。自分の役目はここまでだ。

 

「みんなから話を聞いたら、その時改めて考えてみてください。そうしたら出てきますよ、高橋先生の答えが」

 

「月詠先生…」

 

「さて、私は残りの仕事を片付けちゃいます!それではまた!」

 

自分のデスクへ戻っていく小萌の背中を暫く見つめ、麻耶は頭を下げた。後で感謝を言葉にして伝えるのは当然として、今は来てくれた純一達と話をしよう。そうすれば、何かが見えてくるかもしれない。

 

緊張した様子の純一が先頭に立ち、麻耶の元までやってくる。話したいことはお互い同じだろう。本当に、彼は周りから大切にされているようだ。

 

「あ、あの…高橋先生、お時間よろしいでしょうか?」

 

「緊張しすぎでしょ」

 

「言ってやるな。気持ちは分かるが」

 

後ろから聞こえる二人の声に恨めしそうな顔をする純一。そんな彼らを見て、少しだけ暗い気持ちが晴れたような気がする。麻耶は椅子から立ち、純一達と向かい合った。

 

「勿論よ。私も、みんなに聞きたいことがあるの」

 

 

 

 

 

 

人影もない森の中。そこに着陸したザスティンの宇宙船へと祐が入っていく。中にはザスティンとブワッツ・マウルがいた。

 

「ザスティンさん」

 

「ああ、来たか祐。こっちだ」

 

ブワッツとマウルにも挨拶をしてザスティンの後をついていくと、そこにはケーブルに繋がれたカプセルが置かれている。中には破壊されたバッサールが入れられており、二人はカプセルを見つめる。

 

「現時点での話をする。あれから色々調べたが、駄目だな。この残骸から目ぼしい情報は見つけられなかった」

 

「…そうですか」

 

残念ではあるがこの結果は予想していた。先陣を切ってきたこの金属生命体は、言うなれば捨て駒と思われる。ここからそう易々と敵の正体には辿り着けないだろう。

 

「ただ分かったこともある、と言っていいのか…この金属は私達の銀河に存在するものではなさそうだ。我々が知らないだけの可能性もあるがな」

 

「デビルークを持ってしても未知なら、それはもうこの宇宙のものではないんでしょうね」

 

「それを前提とすると、可能性が高いのは」

 

「外宇宙、それとも別次元か」

 

二人の纏う雰囲気が一段と冷たいものに変わる。祐とザスティン、お互いに外宇宙と別次元には思うところがあるからだ。

 

「そのどちらにせよ、侵略が目的ならば当然無視はできないな」

 

「はい。そろそろ俺も、本腰を入れようと思います」

 

そう言われたザスティンはバッサールを見つめ続ける祐に目を向ける。本人から感じるものは大分変わったが、それでも見えるこの横顔はあの時と同じだった。

 

「今の生活を辞めるのか?」

 

「そうですね、踏ん切りつけるにはいいタイミングなのかなって」

 

目を合わせる二人。ザスティンは真剣な表情を変えないまま続ける。

 

「少し、時期尚早ではないか?楽観視するつもりはないが、まだその時が来たとは思えない」

 

「かもしれません。でも色々と要因が重なってきてて、遅いよりも早い方がいいと思いますから」

 

「…そうか」

 

短い言葉だったが、その一言には様々なものが含まれていた気がする。言いたいことを一旦自分の中にしまってくれたのだろう。それが今の祐にはとてもありがたかった。

 

「生活は変えますけど、やることまでは変えません。ララさんの護衛も勿論継続します」

 

「引き続きよろしく頼む。私達がそばに居るより、君が居てくれた方がララ様も喜ぶだろう。親衛隊としては複雑ではあるがな」

 

「喜ぶ…ですか?」

 

不思議そうな顔をする祐。それを見てザスティンは笑った。

 

「ララ様とは定期的に連絡を取っている。この星や学園での話題も多いが、君に関する話もよくされるよ」

 

「なんか恥ずかしいですねそれ…」

 

希望的観測も含めて悪く言われていることはないと思いたい。ザスティンの反応からも恐らく大丈夫だろう。そうであってほしい。そこで優しい表情だったザスティンの顔が再び真剣なものになる。

 

「今後の動きはどの程度決めたんだ?」

 

「学校を辞めて…住むとこはまだ変えないつもりでいます。戦いに集中する、決めてるのはこれぐらいでそれ以外は全然って感じですね。動くのを決めたのもついさっきなんで。取り敢えず、まずは事情を知ってるみんなに説明ですね」

 

「大仕事だな」

 

「間違いないですね…まぁ、スムーズにいくとは思ってませんよ」

 

それから暫く今後のことを話し合い、祐が宇宙船から出ていこうとする。

 

「それでは皆さん、また」

 

「ああ、何か分かったらこちらからも連絡する」

 

「お願いします」

 

お辞儀をしてから進んでいく祐。その背中に声が掛かった。

 

「祐」

 

「はい?」

 

「先程の話だが、君が考えて決めたことだ。今の君を取り巻く環境を話でしか知らない私がとやかく言うべきではないと思っている」

 

「それでも、これだけは言わせてくれ。祐、その時が来ても一人で戦おうとは思うな。少なくともここに一人、君になら命を預けていいと思っている馬鹿な男がいるぞ」

 

祐を見つめ、ザスティンは自分の胸に手を置いてそう言った。祐のザスティンへの信頼は、あの日々を通して揺るがぬものとなっている。冗談で言っているわけではない。それが確かに伝わっているからこそ、祐は自然と笑みが溢れた。

 

「ありがとうございます、ザスティンさん。俺はもう一人じゃ戦いません、その時には一緒に戦いましょう」

 

本当に大切なものを手放しはしない。だがこの身は一つ。捨てたくないものの為、持っていた荷物を下ろすことも時には必要となる。

 

自分には仲間がいる、信頼できる心強い仲間が。祐の意思はより強固なものとなった。

 

 

 

 

 

 

夕方の新聞配達を終え、女子寮に戻っている最中の明日菜。強く吹いてくる冷たい風に耐えながら歩いているとスマートフォンが鳴る。

 

「ん?…純一?」

 

画面に映し出される相手の名前を確認して電話に出る。ふと空を見上げると、もう間も無く景色が夜に変わろうとしていた。

 

「もしもし」

 

『もしもし明日菜、今大丈夫?』

 

「大丈夫だけど、何かあった?純一から電話くるなんて珍しいし」

 

『まぁ、何かあったと言えばあったんだけど…』

 

なにやら歯切れの悪い返答に嫌な予感がした。どうにも胸がざわつく。

 

『単刀直入に言うと祐のことなんだ。ちょっと、明日菜にも聞いてもらいたくて』

 

嫌な予感ほど良く当たる。いつだったか聞いた言葉だ。予想や予感が当たっても、それが嫌なことならまったく嬉しくない。祐はいつもこんな気分を味わっているのだろうか。明日菜はそんなことを考えた。



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最善

空は完全に暗くなった。陽が射さなくなったことで気温が一段と下がったように感じるが、そんなことは無視して明日菜は並木道を走る。目指すのは祐の家だ。

 

『祐が高橋先生に嘘をついたんだ。今まで学校を休んだり抜け出してたのは、単純にサボってただけだって』

 

先程の話を思い出す。祐が麻耶に話した理由が嘘だとは明日菜は元より純一も分かっていた。真実を言わず、自分が苦労していると伝えないのは如何にも祐らしい。そして同時にこうも思った、納得できない。祐はきっと今回もみんなを守る為に動いた。なのに周りから悪く思われるのは納得などできるわけがない。

 

自分の正体を明かすわけにはいかないと思ったのかもしれないが、だとしてもわざわざ自分を悪く言う必要なんてない筈だ。どうせ嘘をつくのならもっと都合のいい嘘をつけばいい。苛立ちを募らせながら、その脚は速度を上げていた。

 

 

 

 

 

 

暫くして祐の家に着くと迷うことなくチャイムを鳴らす。しかし待っても反応はなかった。耳を澄ませても物音一つ聞こえないことから、どうやら家には居ないらしい。

 

「ったく!どこにいんのよあいつ!」

 

居ないのならばと電話を掛けようとする。スマートフォンを取り出したところで、後ろから声が聞こえた。

 

「随分苛立ってるな、周りに人がいたらビビってるぞ」

 

振り向くとそこにいたのは祐だ。明日菜は無意識に鋭くした目つきをそのままに、乱暴な足取りで近づいていった。それを見ても祐は表情を変えずその場に留まる。お互いの距離が拳一つ分となった。

 

「純一から聞いたわ、高橋先生に言ったこと」

 

「耳が早いね」

 

「なんであんな嘘ついたの」

 

視線が重なった状態が続く。明日菜達にはしっかりと伝えるつもりでいた。考えていた順番とは違うが、向こうから来てくれたのならこのまま説明するとしよう。

 

「詳しく話すよ、初めからそのつもりだったし。ただ長くなるから上がってきな、寒いでしょ?」

 

返事はせず、明日菜は背を向けて玄関へと向かう。ポケットからキーケースを取り出し、そのうちの一つを鍵穴に差し込んで解錠すると家に入っていった。祐はバレないように小さくため息をついてから後に続く。

 

家に入ると既に明日菜はテーブルの前に座っていた。その正面に祐も腰を下ろす。改めて向かい合う形になった。

 

「さて…どうしてそんなこと言ったかだけど、俺の今後の活動方針が決まったからだ」

 

「今後って…」

 

純一との通話中以上に嫌な予感がする。家の前で会った時から祐の顔が真剣だったことも、その考えに拍車を掛けていた。

 

「まず、単刀直入に言う。明日菜、俺は学校を辞めて戦いに専念することにした」

 

瞬間、頭に血が上った。全身が熱くなる感覚を覚えながら明日菜が立ちあがろうとする。それと同時か一瞬早く、明日菜の腕を祐が掴んだ。

 

「色々と言いたいことがあるだろうけど、今は聞いてくれ。頼む」

 

本当はすぐに詰め寄って馬鹿なことを言うなと叫ぶつもりだった。それでも祐の手から伝わってくる体温が、自分の意識を冷静にさせていく。気に入らない、本当に。今も感情が昂りそうだというのに、素直に座ってしまったことも、全てが気に入らない。

 

祐はそっと明日菜から手を離し説明を始める。今日の出来事、そして今後のことを。

 

 

 

 

 

 

夕飯の支度をする木乃香は部屋の時計に目を向ける。普段よりも明日菜の帰りが遅いのが理由だ。そこでキッチンに置いておいたスマートフォンにラインが届いている事に気が付く。送信相手は他ならぬ明日菜だった。内容を確認している時、洗面台から出てきたネギが木乃香に声を掛ける。

 

「明日菜さん遅いですね、何かあったんでしょうか?」

 

「ああ、ネギ君。今気付いたんやけど、明日菜からライン来とったわ。ちょっと遅くなるかもしれないから、先にご飯食べててって」

 

「そうですか、新聞配達が忙しいんですかね」

 

「誰か休んだら二人分回ることもあるみたいやからねぇ。明日菜はそういう時率先してやるから」

 

「姐さんも困ってる人はほっとけない性分っすからね」

 

カモの言ったことに木乃香とネギが同意する。ただし困っている人を無視できないのはこの二人も同じだが、それを指摘するのは野暮かとカモは何も言わなかった。

 

「明日菜は先に言うとったけど、ちょっとだけ待ってよか」

 

「はい、みんなで一緒に食べたいですからね!」

 

 

 

 

 

 

「そのバッサールっていうのは、別次元から?」

 

「多分な。もっと外の宇宙って可能性もあるけど、次元の話もしてたから別次元の可能性が高い」

 

祐の話を聞いた明日菜は腕を組んで考える。別次元からの侵略、確かに大問題だ。あまり現実味がないが、他人事ではない。自分は直接体験していなくも、この次元は多次元侵略戦争に巻き込まれた次元なのだ。今度もこの国、延いては自分達が被害を受けないなどと甘い考えはできない。

 

「いつ頃かなんて想像もできないけど、奴らは必ず仕掛けてくる。本格的になってからじゃ遅い、動くなら早い方がいい」

 

「それは、そうかもしれないけど…それとこれとは関係が」

 

「あいつらは虹の光からこの次元に目を付けたんだ、知らない顔はできない。最悪俺を狙ってくる可能性だってある」

 

否定したいがそうもいかない。現にその侵略者がそう言ったのなら、奴らは虹の光を無視しないだろう。明日菜は会ってもいないバッサールに強い怒りを覚えた。余計なことを言って大切な幼馴染を傷付けて、挙句に訳も分からない戦いに巻き込むなと。

 

祐の気持ちも理解はできる、その考えも。以前エヴァが『祐が逃げても世界は祐を逃がさない』と言っていた。残念ながらこうしてその通りとも言える出来事が起ころうとしている。来るのがほぼ確定している脅威に対処する為、早い段階で備えることは何も間違ってはいない。それでも素直に認めることはできそうになかった。

 

「でも…だからってみんなの前から居なくなる必要はないでしょ!」

 

「居なくなるなんて言ってない、学校を辞めるだけだ。住む場所だって変えないし、時間が合えば今みたいに会えるよ」

 

「学校辞めてどうするのよ!」

 

「知り合いの魔法使いを頼ってもいいし、警察の超常犯罪対策部にもお世話になった人がいる。次元は違うけど時空管理局にも。その人達に掛け合えば正式に事件に関われると思う。事件への対処、俺はそっちを中心にしていく」

 

自分でも感情的なことしか言えていないのは分かっている。それに反して祐は冷静に理由を述べた。前々から考えていたのだろう。今思ったことをそのまま口に出したところで、言い負かされるのは目に見えている。そう理解していても口は閉ざせない。

 

「なんでそんなこと祐がやらなきゃいけないの!あんたは何も悪いことなんてしてない!責任なんか取ろうとしなくたって!」

 

「間違ったことをしたつもりはないよ。けどそこに至った過程がどうであれ、少なくとも今回に限っては俺が呼び寄せたで間違いないんだ。責任はある」

 

明日菜の心は悔しさで満ちていた。代案を提示できないこともそうだが、自分はこれ程必死なのにどうして当の本人はなんともなさそうなんだと温度差で悲しくなる。自分は、自分はこんなにも…

 

「あんた言ってたじゃない!今凄く楽しいって!この生活は奇跡みたいなものだって!なのにそんな簡単に捨てちゃうの⁉︎来るかどうかも分かんない…よく分かんない勝手な奴らの為に!」

 

「来るよ。きっと、それ以外の奴らも」

 

祐は確信をもって断言する。そんなこと分からないだろうと返せればどんなに楽だったか。彼の勘の良さを、それを身をもって体験したことを今日ほど恨めしく思った日はない。

 

「寂しくないの⁉︎みんな、みんなあんたのこと…嫌いじゃないんだよ⁉︎なんだかんだ言っても一緒にいて楽しいと思ってるのに!」

 

「…寂しくないわけないだろ。学校も、みんなのことも好きなんだから」

 

「じゃあなんで辞めるなんて言うのよ!もっと他の方法が」

 

「あるのか?他に」

 

思うままに感情をぶつけていた明日菜の動きが止まる。祐の瞳が真っ直ぐに自分を見つめていた。

 

「俺は、これが一番なんじゃないかと思ってやってる。出来ればみんなとは離れたくない。でも周りに隠れながら戦うには限界がある。このままやっても今の生活はそう長くは続けられないし、奴らは必ず攻めてくる。だから今の内に生活を変えようって決めたんだよ」

 

「学校を辞めれば動き易くなる。辞めたら確かに会える時間は減るけど、会えないわけじゃない。この街で暮らしていれば、生きていればみんなには会える。これが最善じゃないか」

 

拳を強く握る。唇を噛み締め、目に涙が溜まり始めた。言い返したい、なのに言葉が出てこない。自分はどうしようもなく無力だ。

 

「分かったわよ…」

 

ゆっくりとその場から立ち上がる明日菜の目に溜まっていた涙は流れ出した。その顔を見て罪悪感に押しつぶされそうになる。そうしたのは他ならぬ自分だというのに。また大切な人を泣かせてしまった。

 

「そんなに戦いたいなら戦えばいいじゃない!学校も辞めたいなら好きにすれば!どうせ私が何言ったって意味ないんでしょ!もう自分の中で答えは決まってるんだもんね!」

 

説明はすると言ったが相手の意見を聞く気など更々ない、そういう意味だろう。まったくもって痛いところを突いてくる。言い訳のしようもない。無言で視線を下げる祐を見て、明日菜の涙はより勢いを増した。

 

「あんたなんか…あんたなんかもう知らないわよ!バカ‼︎」

 

祐を通り過ぎ、勢いよく玄関を開けて明日菜は走り去った。数秒前が嘘のように室内を静寂が包む。祐は肩を落とし、左手で前髪をかき上げた。もっといいやり方が、伝え方があったのだろうか。ただし今更考えたところで遅すぎる。起きたことは変わらない。

 

一度この色々と足りない頭を物理的に吹き飛ばそうか、少しはマシになるかもしれない。本気でそう考えた。

 

 

 

 

 

 

どれだけ気持ちが沈んでいようとも時間は待ってくれない。今後のことを伝えなければならない相手は多く、祐は自然と重たくなる足を動かして家を出る。まず向かったのはエヴァの家だ。

 

慣れ親しんだ道を歩いていると早くも目的地が見えてくる。意外だったのは、ログハウスの入り口前に設置されている階段にエヴァが座っていたことだ。その姿を見て祐は一度立ち止まる。エヴァも祐に気が付き、その場から立ち上がった。止まっていた足を動かし、ゆっくりとエヴァの元へ進む。

 

「こんばんは、姉さん」

 

「ああ祐、来ると思ったよ。ただ、想像してたよりも早く来たな。先にジジイのところへでも行くと思ったが、いい心掛けだ」

 

そう言いながらエヴァは笑顔を見せた。僅かな月明かりに照らされた彼女は、普段以上に美しく見える。

 

「どうして、俺が来るって分かったんですか?」

 

「お前がまた抜け出したと小耳に挟んだ。その後担任に呼び出されたとも。そいつには嘘を話したそうだな」

 

「全部ご存知のようで…」

 

思わず苦笑いを浮かべる。ここまで筒抜けとは思っていなかった。

 

「教員同士だ、タカミチにもその話は届く。それ経由だよ」

 

「ああ、なるほど…」

 

「なにせ私は保護者も兼任しているからな、お前の」

 

笑顔のままエヴァが祐の頬に左手を添える。その状態で瞳を覗かれた。

 

「決めたのか?」

 

「出て行くわけじゃなくて、学校を辞めようかなって。そうして戦いに集中しようと思ってます」

 

「ほう、この地に残るとは。これまた予想外だ」

 

言葉通り意外そうな顔をする。しかし同時に興味深そうでもあった。

 

「こっちの方が俺もいいし、みんなもまだ納得してくれるかなって。実際は一人目から駄目でしたけど…」

 

明日菜のことを思い出し、祐の表情に影がさす。それだけでエヴァはなんとなく察することができた。頬に当てていた手をゆっくりと下ろす。

 

「相変わらずお前の周りは耳が速いようだ。まぁ、いい」

 

腕を組んで祐を見る。なるべく出さないようにしているのだろうが随分と堪えているようだ。必死に傷をひた隠そうとするこの姿を見ていると、よろしくない感情が沸き起こる。今すぐ抱きしめて自分に溺れさせ、より強く己の存在を祐の中で大きなものとしたい。逆に滾る若さをぶつけられ、こちらが余裕を無くすというのも…それはそれで悪くない。

 

だが、まだ速い。まだ祐は根を上げないだろう。それでいい、周りから差し伸べられる手を限界まで取らず強くあろうとする、またはなろうとするその姿も愛おしい。温かい想いに囲まれながらも、戦いを捨ててそこに身を浸しきることなく進もうとする。それが逢襍佗祐という人間だ。どうしようもなく不器用で、完璧などとは程遠い。大切なものの為と険しい道を選び、結果その大切なものを傷付ける。そして誰よりも、自分が傷付く。

 

お前は本当に

 

「さぁ、他にも伝える相手がいるようだ。私は問題ない、次のところに行くといい」

 

あっさりと終わったことに祐が少し呆ける。油断している祐の表情を見てエヴァはその首筋に噛み付き、勢いのまま自室に連れ込みたい衝動を人知れずに抑えた。今自分から手を出してはならない。ここで本能に身を任せては台無しになる。最高の状況を作る為には耐える事も必要なのだ。

 

「知っているだろ祐。お前がどんな道を選ぼうと、その隣に私が居るならそれ以上は望まない。少し前にも言ったが、お前は心のままに動けばいいさ。結果は、後から勝手についてくる」

 

「俺がいつか麻帆良を離れることになっても、それは変わらない?」

 

エヴァは思わず吹き出してしまった。何を聞くつもりかと思えば、そんな分かりきった質問をしてきたからだ。

 

「馬鹿な奴め、なんの為にお前と命を繋いだと思っている。もう二度と離れない為だ」

 

麻帆良(ここ)に居るのも、お前が居るからだ。愛着がまったくないとは言わないが、お前が行くならついていく以外にない」

 

「…うん、そうだった。馬鹿なこと聞いたね」

 

祐は片膝をつき、エヴァと目線を同じにする。双方何も言わなかったが自然と相手の手を握り、互いの額を合わせた。

 

「他の人達にも伝えてくる。ありがとうエヴィ姉さん」

 

「いつものことさ。それとその呼び方、すっかり板についたな。存外悪くないと、最近はそう思えてきた」

 

「気に入ってくれた?」

 

「どうかな、慣れてきただけかもしれん」

 

少し笑顔を見せた祐はそっとエヴァから離れて立ち上がり、背を向けて歩いていく。離れていく背中をエヴァは見つめていた。

 

「さぁ、どう動く若造共?お手並み拝見だ」

 

それは祐を取り巻く者達へ向けたものだった。祐は自分の答えを出し、選んだ道を進もうとしている。それに対してそれぞれの答えを必ず出さなければならない。奴らの覚悟を確かめられる機会がやってきた。

 

「ここで動けないようなら、隣に立つなど土台無理な話。ひとまずの振るいに掛かるには丁度いいやもしれんな」

 

既に見えなくなった祐の姿。それでもエヴァは祐が進んだ方向から視線を外さなかった。

 

「祐、辛いだろうな。ここでの生活を誰よりも愛していたのは、他でもないお前なのだから」

 

ああ、やはりお前は素晴らしい。全てを正しく行うことなど、全ての者に認められるなど不可能だ。それを分かっていながら失敗に、すれ違いに心痛める。どれだけ壊れていてもお前のそれは動いている。止めてしまえば、迷いなど捨て去れる。しかしお前は絶対にそうはしない。最後まで、抱えたままで歩いて行く気なのだろう。

 

祐、確かにお前の力は希少なものだ。見れば誰もがその力に興味を惹かれる。私とてその一人だ。だが自信を持って言いきれる、お前が力を失ったとてそんなもの私には関係ない。これは経験上お前もよく知っている筈だ。そんなものがなくても私はお前を愛している。

 

お前をお前たらしめるものはアルコ・イリスではない。お前がいるからこそ、そこに力が宿る。お前の存在がアルコ・イリスを生むんだ。

 

お前こそが、私の光だ。

 

 

 

 

 

 

学園での用事が想像以上に長引いてしまったあやかは、早歩きで寮へと続く夜道を進んでいた。千鶴と夏美には連絡済みだが、二人からはもう少し待っていると返信があり、申し訳ないと思う反面その心遣いが嬉しくもあった。

 

そんな時後ろから足音がする。どうやら急いでいるのか走っているようで、なんとなく相手を見ようと振り向く。街灯の少し心もとない灯りでも自分の横を通り過ぎたのは明日菜だと分かった。彼女が忙しないのはいつものこと言えばそうだ。しかし一瞬目に映った表情はとても見過ごせるものではなく、あやかは急いで明日菜の手を掴む。

 

「明日菜さん!」

 

左手首を掴まれた明日菜は立ち止まるが、顔は前を向いたままだ。その姿にあやかは表情を険しくする。

 

「バイトが長引いちゃって急いでたのよ。悪いけど離してくれる?木乃香とネギが待ってるから」

 

こちらと目を合わせることなくそう言った明日菜の手を強く引いた。強引に身体の向きを変えられ、明日菜の顔があやかに見られてしまう。今も明日菜の瞳は潤み目元は赤く、頬には涙の跡が確認できた。

 

「明日菜さん、貴女…」

 

「なんでもないから。ほんと、なんでも…」

 

今更こんなことを言っても無駄だと分かっているが誤魔化そうとする。顔をそらせてあやかを見ないようにしていると、掴まれていた手首からあやかの手が離れた。そして今度は、明日菜の手が握られる。

 

「嘘が下手なのは知っていましたけど、ここまでとは思っていませんでしたわ」

 

続けてもう片方の手にもあやかの体温が伝わった。弱っているからかもしれない。普段なら振り解くことなど造作もないが、今だけは出来そうになかった。つい、その手を握り返してしまう。

 

「普段が普段ですから。そんな顔をされて心配にならないわけがないでしょう?」

 

いつもと違う優しい声に口を結んで涙を我慢するがそれも長いことは保たなかった。自分より背の高いあやかに抱きつくと、そっと抱きしめられる。もう涙を堪えるのは無理そうだ。

 

「どうしよう…私、また祐に…」

 

「大丈夫です、ゆっくりでいいですから」

 

泣きながら必死で伝えようとする姿はとても痛々しい。明日菜の様子と出てきた言葉に不安を覚えるが、今はそれを押し殺して震えている背中を優しく摩る。

 

「委員長…このままじゃ、祐が居なくなっちゃう…!」

 

祐が居なくなる、そう言われてあやかは血の気が引くのを感じた。今すぐにでも詳しい話を聞きたいと決して小さくない焦りが心を支配するが、それでもとあやかは明日菜を落ち着かせようとした。今口を開いてしまったら自分も冷静ではいられなくなる。そんな確信めいたものがあったからだ。

 

 

 

 

 

 

日中の喧騒は鳴りを潜め、静まり返る麻帆良学園。学園長室の大きな窓ガラスから外の景色を眺めている近右衛門は聞こえる足音に振り返った。

 

律儀なところがあると知っている。必ず話をしにくるだろうとは思っていたが、実際来たことに少しほっとしていた。扉の前で足音が消えたのを認識し、先に声を掛ける。

 

「開いておるよ、入りなさい」

 

「失礼します」

 

間を開けずに返事が聞こえると扉が開かれた。現れた祐の顔を見てため息が漏れそうになる。この顔は決意した顔だ。簡単にはいかないことをそこで悟った。

 

「夕方ごろに黄泉川先生が駆け込んできてな、話はワシも聞かせてもらった」

 

「そうでしたか…では、改めてお伝えさせていただきます」

 

背筋を伸ばし、まっすぐこちらを見つめる祐と視線を交わす。普段であれば和やかな空気となる2人でも、今この時は普段通りとはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

「別次元からの侵略…しかも虹の光を観測したからだなんて…」

 

寮近くの公園にあるベンチに座り、あやかは明日菜から何があったのかを聞いた。話に出ていた正体不明の侵略者に強い苛立ちを覚えたのは、奇しくも明日菜とまったく同じ反応であった。

 

「最悪ですわ…そんなことを言われたら祐さんが気にしない筈がありません」

 

自分達が知らないだけで、他にも色々な事情が積み重なって祐は学園を去る決意をしたのかもしれない。しかし今回の一件が止めをさしたと見て間違いないだろう。あやかは強く手を握る。

 

「とはいえ祐さんも祐さんです!そんな大事なことを相談もせず決めるだなんて!些か勝手が過ぎますわ!」

 

「ちょ、ちょっと委員長」

 

見るからに熱くなっているあやかはベンチから立ち上がって怒りを露わにした。先程はつい泣いてしまった明日菜も、その姿を見て動揺しつつあやかを落ち着かせようとする。

 

「だってそうでしょう!本当に大変なことがあったら、辛いことがあったらちゃんと言うと約束した筈です!なのに先に答えを出してから報告するなんて…そんなのは、そんなのは卑怯ではありませんか!」

 

明日菜は顔を伏せる。その様子にあやかは気まずさを感じ、口を噤んだ。

 

「あいつが私達に相談してくれないのはさ…結局、私達は頼りに出来ないって思ってるからなのかもね」

 

すっかり気落ちしてしまった明日菜が呟く。自分で言ったことだが辛いのだろう、口を開くたびに気持ちがどんどん沈んでいるようだった。

 

「少し修行したって言っても私は素人だし、実戦って呼べるのも夢の時の一回しかしてない。それだって最後は祐が解決して…そんなだから」

 

「戦う力が乏しいから、祐さんは私達を信頼していないと?いくらなんでもそんな」

 

「じゃあ、委員長はなんでだと思うの?」

 

明日菜の瞳があやかに向けられる。縋るようにも見えたそれは、自分の考えを否定してほしいと訴えているのかもしれない。

 

自分達が戦いにおいて素人だから、祐は信頼してくれていない。そんなことはないとあやかは本心から思っている。ではどうして何も言ってくれないのか。その答えは祐と2人でした会話の中にあるような気がした。

 

「それは…祐さんは、自分で問題を解決しなければならないと思っている…からだと思います」

 

「……」

 

明日菜は黙っているがしっかりとあやかの話を聞いている。あの時の会話をよく思い出しながら続きを話す。

 

「麻帆良祭前夜に祐さんと話していた時、明日菜さん達が来る前のことです。こう言っていました。今まで周りに沢山助けてもらったから、その恩を返したい。その為に自分は成長しなければならないと」

 

「誰かに助けを求めることを、極力したくない。強くなりたいから。私には、そう言っているように聞こえました」

 

話し終えたところであやかは明日菜の様子を窺う。始めからこの話を聞いても納得など出来ないだろうとは思っていた。現に明日菜は拳を強く握って俯いている。それに、納得していないのは自分とて同じだ。

 

「強くなりたいって。そう思う気持ちは分かるけど…分かるけど!起きること全部あいつ一人でやらなきゃ駄目なの⁉︎」

 

一度は沈んでいた明日菜だったが改めて感情が昂る。この怒りの対象は祐のようでいて、その実別の何かにも向けられたものでもあった。

 

「私達には困ったことがあったら必ず話せって言ってるくせに!いざ自分が困ったら何にも言わずに自分でなんとかしようとして!そんなのおかしいじゃない!」

 

「…ええ、その通りです」

 

「いつもいつも困ってる人を助けておいて!自分が誰かの力を借りるのは納得できないわけ⁉︎沢山の人が力になりたいって思ってるのに!」

 

「……」

 

明日菜の言ったことはあやかも思っていたことだ。この状況に明日菜は傷付いている。そしてきっと、祐も傷付いている筈だ。それが分かっているからこそ余計に明日菜は辛いのだろう。

 

どうしてか、自分の目にも涙が滲み始めているのに気が付いた。溢れないようにと必死で堪えようとする。

 

「力があったら…強い力がある人は絶対戦わなきゃいけないの⁉︎自分の生活は大事にしちゃいけないの⁉︎」

 

「なんであいつばっかり大変な目に遭うのよ!もういいでしょ!あの時充分すぎるぐらい苦しんだんだから!」

 

この世界で起きる事件、戦い。自分達は関わっていなくても連日、幾つもの場所で起きているだろう。どうしようもない理不尽がこの世界には溢れている。

 

確かに祐は自らそこに向かう。それでも、あちらから降り掛かることも少なくない。そうした積み重ねが祐を走らせている。自分は無関係だと、背を向けることを許さない。力があるならば、事件に気付いたのならば戦わなければならないと思わせている。

 

本人の意思だけではない。まるで何かが祐に戦いを強要しているようだと、心のどこかで明日菜は感じていた。

 

「あいつは!祐は都合のいい神様なんかじゃない!ただのバカで…ただの優しいやつなんだから!」

 

再び涙を見せる明日菜を同じように抱きしめる。ただし先程と違うのは、あやかも泣いていることだ。そうなったのも、今の明日菜の気持ちが痛い程理解できるからこそだった。

 

「何が正解なのよ…どうするのが一番いいの…」

 

あやかにもそれは答えられない。あやか自身もその答えが見つけられていないのだから。今はただ、同じように涙を流すことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「参ったな…こりゃまた随分拗れてるみてぇだ」

 

明日菜達から少し離れた一際大きな木の上で集音マイクを使用し、双眼鏡を覗いているのはカモだった。明日菜の帰りが遅いことがなんとなく気になり、散歩がてらに周囲を探索しているとこの現場に行き着いた。

 

祐の身の回りで起こる問題は、巡り巡ってネギにも大きな影響を与える。あれだけ懐いているネギのことだ。この話を聞けばまず間違いなくショックを受けるだろう。その点も含めて自分はどう動くべきかと頭を悩ませる。

 

「さてどうする。まず姐さん達は兄貴達に話すのか、それとも黙ってるのか…」

 

「盗み聞きとは褒められた趣味ではないな、オコジョくん」

 

後ろからの声に心臓が飛び跳ねそうになりながら振り返る。そこには自分と同じ場所に立っている真名が居た。カモが居たのは人1人が乗っても折れないと思える逞しい枝だが、とは言っても乗れば振動くらいは起こす筈だ。にも関わらず振動どころか気配すら感じなかった。目の前の人物に恐ろしさを感じるも、知らない人物ではなかったことには安心する。

 

「な、なんだ…龍宮の姉さんか。心臓止まるかと思いましたぜ」

 

「相手に気付かれないのも仕事の内でね」

 

軽く笑って答える真名を見て、相変わらず油断できない人物だとカモは思う。魔法関係者である真名とは既に自己紹介済みだ。ネギ達には話していないが、小さな仕事を何度か依頼したこともある。お世辞にも安いとは言えない出費を被るが、その分腕は確かだ。

 

「というか、その感じだと聞いてたのは姉さんも同じじゃないっすか」

 

「私は仕事を始めようとしたところ、偶々聞こえた声に耳を澄ませただけだ。この時間帯に神楽坂達が外に居るとは私も予想していなかったよ」

 

「そうですかい…」

 

正直真名の発言は疑わしい。だが相手に腹の中を探らせない人物なのは重々承知している。深く言及したところで得るものはないだろうとこの話は終わらせることにした。

 

「しかしこれは思わぬ話を聞いてしまったな。あいつが学園を辞めるつもりとは」

 

「まったくっすね。それにこの話、間違いなく荒れるだろうぜ」

 

「そうだな」

 

それだけ言うと真名は木から飛び降りた。危なげなく地面に着地してこの場を離れようとする真名にカモは呆気に取られる。少しして我に返ったカモも真名を追って急ぎ木から降りた。

 

「ちょちょちょ!待ってくれ龍宮の姉さん!それだけですかい⁉︎」

 

「触らぬ神に祟りなしと言うだろう?仕事でもないのに、自分から厄介事に首を突っ込む趣味はない」

 

歩く真名に追従してカモは走る。当の真名は表情も変えずに進み続けていた。

 

「いや、そりゃ確かにそうだろうが…ダンナとは姉さんもそれなりの仲だろ?」

 

立ち止まった真名は振り返ってカモを見る。向けられた感情の起伏が乏しい表情にカモは固まった。

 

「まぁ、友人ではあるだろうな。だがそれだけだ、特別深い仲というわけでもない」

 

冷たい反応と言っていいのだろうか。以前した真名との会話で理由ははぐらかされたものの、祐と真名がお互いを名前で呼び合っているのはカモも知っている。そこから二人は親しいと考えていたが、真名はどこまでもビジネスライクな人物なのかもしれない。思うところはあっても、それにどうこう言う権利は流石にないとカモは口を閉ざした。

 

「辞めるというのなら好きにさせてやれ。あいつも考えなしに決めたことではないんだろう」

 

「本当に辞めるなら、別れの挨拶くらいはするさ」

 

歩き出した真名を今度は黙って見送った。協力を期待していなかったと言えば嘘になる。少々、甘く見過ぎていたのかもしれない。そう思ってもため息をつくぐらいは許してほしい。

 

「……はぁ」

 

カモは大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

 

場所は戻り学園長室。祐は改めての説明を終え、それを聞いた近右衛門は目を閉じて思考に耽っていた。どちらも口を開かず、室内は静まりかえっている。そんな状態が暫く続く中、先に動いたのは近右衛門だった。

 

「この話を他の者達には?」

 

「ザスティンさんと師匠に。それと、来る途中で会った明日菜にも」

 

「…明日菜君はなんと言っておった」

 

「納得はしてくれませんでした。最後は喧嘩別れです、俺が言いたいことだけ言ってしまったから」

 

「ふむ」

 

近右衛門は長い髭を撫でた。言いたいことは多分にある。それでも一番に聞きたいことがあった。

 

「祐君、いったい何を焦っておる」

 

元から静かだった学園長室が一段と静まり返ったように感じる。祐の表情に変化はないが、近右衛門が言ったことに疑問や否定を出さないということは即ち自覚はあるということだ。

 

「確かに祐君の言う通り、奴らが攻撃を仕掛けてくる可能性は極めて高いじゃろう。対策は早いに越したことがないのも間違いない」

 

「じゃがそれだけではないと、わしはそう思っておる。何かが君を焦らせ、強行を促しておる。違うかな?」

 

近右衛門は自分の真実を伝えている数少ない人物の一人であった。だからこそ誤魔化しは効かない。元から全てを伝えている相手だ、聞かれたのなら本心を語るしかない。

 

「仰る通り、かもしれません。焦っていないと言えば嘘になります」

 

「正直このままでいたらまた同じことになるんじゃないかって、最近はいつも考えてて。だから、どうするのがいいんだろうって悩んだ末の答えです」

 

近右衛門は僅かに俯いた。予想していたと同時に違ってほしいと思っていた祐の答えに遣り切れなさを強く感じる。事情を知っている者として、こう言われては返す言葉を探すのも簡単ではない。

 

(やはりまだ…いや、忘れられるわけもないか)

 

はっきり言ってしまえば、現在祐がこのように生活できているだけで奇跡なのだ。あの時の姿を知っている者なら誰もがそう考えるだろう。エヴァを始めとした者達の献身的な支えと、何より彼自身の努力の結果が今だ。これ以上を祐に求めるなど、余りに無慈悲なのかもしれない。

 

危険と知りながら今の道を進む祐を近右衛門が強く止められない理由はここにあった。本当の孫のように思っている子だ、誰が好き好んで戦わせるものか。しかし心配だからと押さえつけてしまっては、またバラバラになってしまうかもしれない。もうあんな姿を見るのは御免だ。それに奇跡とはそう何度も起こるのもではない。恐らく、次はないと考えるべきだろう。

 

近右衛門は机に厳重に隠してある書類を思い出した。この瞬間を見計らったかのようなタイミングで届いた書類。我ながら何の確証もない考えだとは思う。だがどうにも無関係な気がしなかった。

 

これではまるで、世界が祐を戦わせようとしているみたいではないか。何か大きな意思が、祐を争いへと導いているような。もしそうなら、これ程ふざけた話はない。

 

「学園長」

 

祐の声に思考の海へと沈んでいた近右衛門の意識が浮上する。自分がよく知る青年の真剣な表情を、どこまでも痛ましく感じた。出会った時の彼は、こんな表情を浮かべることはなかった。当時が幼かったということもある。しかし今もまだ16歳だ、こんな責任を負うには早すぎるだろう。

 

それでも世界は慈悲もなく、彼に決断を迫っていた。

 

「僕は、麻帆良学園を退学して戦いに専念します」

 

先程の説明で分かっていたことだ。それでもこうして改めて口に出されると、どうしようもなく近右衛門は悲しくなった。恨むべきは完璧な打開策を持たない非力な自分か、それとも彼に戦いを強要する世界か。

 

確かなことは、どちらを恨んだとて何も解決しないことだった。



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