抜きゲの鬼畜竿役に転生したけど、ヒロインの子に不束者ですがよろしくお願いされてしまった。 (ソナラ)
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1 不束者ですがよろしくお願いされてしまった。

 俺の名前は木竹竿役(きたけ さおやく)(本名)。

 転生者だ。

 

 フザけた名前をしているがそれもそのはず、俺の転生した世界は何と、抜きゲーの世界だった。抜きゲーみたいな世界ではなく抜きゲー世界である。

 一言でいうと、鬼畜竿役な主人公のもとに転がり込んできたヒロインをえろえろに調教するというシンプルな抜きゲーだ。

 お値段三千円のミドルプライス。内容もそれ相応だがバッドエンドはやたら評価が高い。

 

 そんな作品の主人公に転生してしまったのである。

 そう、鬼畜竿役だ。名前まで木竹竿役だ。両親は何を考えているんだって話だが、結論から言うとクソ親である。

 

 最初、転生した時俺はそれを喜んだ。

 前世はブラック極まりない会社で壊されたろくでもない人生だった。もう一度やり直す機会を得られたのだから喜ばないはずがない。

 しかも前世の記憶という他人よりも大きなアドバンテージを有している。これをチートと呼ばずなんという。

 

 しかし、蓋を開けてみればクソみたいな名前とクソみたいな両親。何がクソって子供にこんな名前付ける親がクソじゃないわけないだろ?

 しかしそんな両親も俺が小学生になるころに事故で死に、俺の元には多額の遺産が転がり込んできた。人間としてはクソだが、犯罪スレスレの方法で稼ぎに稼いでいた親の遺産は、俺が一人で一生を生きていくには十分すぎるものだった。

 

 これで人生が上向くかと思えばそんなことはなく。

 俺の親族は、俺から遺産を奪うことしか考えていなかった。周りに信用できる大人はほとんど居らず、俺は一人で生きていくしかなくなったのだ。

 幸い、最低限俺の身元を保証してくれる親族はいたし、俺自身前世の経験もあって、何とかクソみたいな親族に遺産は奪われずに済んだ。

 

 しかしそれで一段落、後の人生は薔薇色……というわけにはもちろんいかない。

 親族の醜い争いが片付くころには、俺は中学生になっていた。そうすると、俺のとんでもないクソネームは周囲にその意味が理解されるようになってくる。

 結果、俺はいじめられるようになった。親がいないのも相まって、中学の環境は最悪と言っても良かっただろう。

 

 だから、俺は結局引きこもることにした。

 

 一生を生きていくだけの金と家があって、他人と関わりを持つ理由なんてどこにもない。俺は一人で生きていくのだ。誰とも関わらず、自由に。

 そうやって時間を食いつぶしていくうちに気がつけば、俺は前世の年齢とそう変わらない年齢になってしまっていた。

 前世の記憶というチートは、かくして完全に無駄遣いされたわけである。

 

 そんな時だった、俺の身元を保証してくれた親戚の叔母から、その話が舞い込んできたのは。

 

 

「知り合いの女が病気で死んで、その娘の身寄りがないんだ。お前さん一人くらいなら養う余裕もあるだろ、預かってみないかい?」

 

 

 ――と。

 はじめはなにかの冗談かとおもった。

 叔母はまともな人間だったし、俺は引きこもりのダメ人間だ。そんなヤツに子供を預ける? それも娘って、つまり女の子ってことじゃないか。

 まぁ、彼女の年齢は十八歳以上なのだが、それにしたってまずいだろう、と。

 そう思ったのだが、

 

 その少女の名前を聞いた時、俺はすんなりと納得してしまった。

 

「その子の名前? ああ、風加子猫(ふうか こねこ)ってんだ」

 

 風加子猫。

 ああ、それでやっと思い出した。この世界は抜きゲーの世界なのだ、と。

 

 『鬼畜竿役と自分だけの好きにしてもいい従順な子猫』。

 

 という名前の抜きゲーが、前世のエロゲ業界でひっそりと発売されていたことを、俺はそのときようやく思い出したのである。

 主人公の名前がこれだけ特徴的なのに、なんで忘れてたかって?

 そうはいうが、実際のところ抜きゲ主人公の名前なんていちいち覚えるか? 木竹竿役とか、特徴的過ぎて逆に無個性だ。というか安易である。

 まだ、ヒロインの名前の方が覚えているというもの。

 

 そもそも、俺はその抜きゲにそこまで愛着はない。

 たまたま100円セールをしていて、その中でパッケージに惹かれたから買っただけであって、内容もほとんどおぼえていないのだ。

 バッドエンドが抜きゲにしては印象に残ったな、というくらい。後で軽くレビューを漁ってバッドエンドの評価がとにかく高かったことも覚えているが。

 

 とにかく、そういうわけだから俺はどうも抜きゲーの世界に主人公として転生してしまったらしい。

 そう考えると今の状況も納得がいく。この抜きゲーは鬼畜竿役な主人公のもとに、美少女が転がり込むという非常にシンプルなもので、そしてそのシンプルな内容以外のものが何も存在しない作品である。

 

 主人公は親の遺産で暮らしているから、仕事などの心配はいらない。女の子には身寄りがないから、どうしたって主人公の自由。内容もそのほとんどがヒロインとのエロシーンだけで、エンディングもグッドとバッドが一つずつあるだけのほぼ一本道。

 一つだけ評価したいのは、徹底して竿役が主人公だけということだ。抜きゲーは中にはヒロインを落とした主人公が知り合いに貸し出す展開があるものがときたま存在するが、むしろこれはその逆。徹底してヒロインは主人公のものであるという描写にこだわっていた覚えがある。

 それが結果としてバッドに進む原因にもなったと思うのだが、正直なところよく覚えていない。

 

 ともあれ、そういった抜きゲーの世界なら、女の子が転がり込んでも何も言われないのは納得だ。何よりヒロインの風加子猫はかなり悲惨な状況で育っている。

 親は片親で水商売。幼い頃から母親の性行為を間近で眺めながら育ったせいで、処女でありながらそういった行為を理解している天性の淫乱少女。

 親には虐待を受けて育ったせいで、精神が疲弊しておりそのせいで鬼畜竿役の主人公に抵抗できない。

 

 ハッキリいって、放っておける経歴ではない。

 

 俺は叔母の提案を受けることにした。

 俺の人生はクソみたいな人生だったが、この子はそうあるべきではない。俺に何ができるかなんて解ったもんじゃないが、それでも一人で何もない状態で放り出されるよりは百倍マシだ。

 独善的といえばその通り。

 それでも、俺以外にできることではなかった。

 

 

 ◆

 

 

 ――そして、風加子猫がやってくる当日。

 荷物は既に運び込まれていて、後は荷解きをするだけの状態。風加子猫は最低限の荷物だけを持って自分の足でやってくるらしい。

 迎えに行かなくていいのかと思ったが、もう何年も部屋を出てない引きこもりに一人でそんな事させられるか、とは叔母の言。

 結果、俺はインターホンが鳴るのを待っていた。

 

 思わず緊張してしまう。まるで恋をしているかのようだと自嘲するが、相手は十代の少女である。仮にも前世と合わせてそろそろ五十になるかという男のする態度ではない。

 苦笑しながら、玄関口にある鏡を見る。

 

 特徴は薄いが、どちらかというと整った顔立ちをしている男がそこにいる。ゲームの木竹竿役との違いはあまりない……と思う。ゲームの竿役はなぜか筋肉が割れていてガタイがよく、本当に引きこもりか? と言いたくなるような体型だった。

 そしてそれは、俺もあまり変わらない。一人でいることは暇だったのとずっと家にいては体が鈍ってしまうため、筋トレを日課にしていたのだ。このあたりは前世で経験があったのが良かったと思う。

 

 ともあれ、そろそろ時間だ。

 正直、ゲームの展開はほとんど覚えていない――竿役のガタイを覚えていたのも、竿役の割にやたらいい筋肉をしていたからだ――から、この後のことなんてわからない。

 風加子猫に関しては、何となくは覚えているが。

 

 風加子猫。

 抜きゲーの登場人物ゆえ年齢は十八歳以上。来年から進学することになっていて、今は春休み。性格はとにかく大人しく、人の言う事に逆らえない臆病な性格。

 背丈は小柄だが、抜きゲーだからか胸はとても大きかった覚えがある。

 いつもブレザーの制服を着ていて、木竹竿役の家に転がりこんでからは、外に一切出ることは許されていないにもかかわらず、服装はその制服オンリーだった。

 作画コスト軽減のためだろうが、ともあれ。

 

 ――ピンポン、と呼び鈴がなった。

 

 来た、と思う。

 思わず喉がなって、どれだけ自分が緊張しているのかと自覚させられるが、そもそもまともに人と面と向かって話をするのは数年ぶりなので、致し方ないといえば致し方ない。

 俺はどうぞ、と一声だけかけて扉を開ける。

 

 ゲームだと多分木竹竿役は、下卑た鬼畜竿役の顔をしていたんだろうが。俺は努めて普通に応対する。初対面はそれだけ重要だからだ。

 こんな名前だから、向こうは偏見を持っていてもおかしくはない。

 それを少しだけ払拭するように戸を開けて――

 

 

 ――俺は、そこに立っている少女が最初、誰だかわからなかった。

 

 

 風加子猫は、とにかく弱気な少女で、通常の立ち絵ですら顔を伏せているくらいだった。それを想像していた俺は、目の前の少女に思わず目をむいてしまう。

 スラリと伸ばした姿勢は育ちの良さを感じさせ、凛とした瞳には驚くべきほどの力強さが感じられる。

 とても、臆病とは思えないほどに気立てのよい少女が、そこにいた。

 

 そして、

 

 

「――風加子猫です。不束者ですが、よろしくおねがいします」

 

 

 そう、まるで嫁入りのように、少女は礼儀正しく。

 どこか色気を伴った可愛げの有る笑みで、俺に礼をした。

 

 ――最初、それが想像していた現実とのギャップでそうなっているのか。はたまた彼女に見惚れてしまったせいでそうなっているのか、俺はわからなかった。

 正直、今もよくわからない。

 

 だってそうだろう? ここは抜きゲの世界で、俺は鬼畜竿役で、相手はそれに蹂躙されるヒロインだ。酷い話だが、まともな邂逅になるとはとてもじゃないが思えなかった。

 それが、目の前にいるのは誰が見ても見惚れてしまうほどの美少女で、そんな彼女が不束者――なんて、まるで待ちわびていたかのようにそんな事を言うなんて。

 一体誰が想像できただろう。

 

 俺は――そのまま静止して、

 

 

「……本物だぁ」

 

 

 結果、そんな少女の言葉を聞き逃さなかった。

 

「……本物?」

 

 思わず、ぽつりと漏れる。

 俺の言葉に、少女はおそらくその言葉が無自覚に漏れてしまったことなのだろう、やってしまったと口を抑える。その言葉が、絶対に言っては行けなかった言葉だと言わんばかりの態度だ。

 

 俺は、その様子にピンと来るものがあった。

 

 明らかにゲームとは違う状況。ゲームの風加子猫とは同一人物には思えないほどの変貌っぷりに、けれども目の前の少女の容姿は間違いなく俺の知っている風加子猫であるという事実に。

 一つだけ、これだという想像が浮かんだのである。

 つまり、

 

 

「――――――――――――君、転生者?」

 

 

 そう、彼女は俺の同類だ。

 答えは、確かめるまでもなかった。

 ――俺は、きっと。

 

 俺の指摘によって、想像を絶する表情に変化した彼女の顔を忘れることは永遠にないだろうと、そう思うのだった。




この作品の登場人物は全員18歳以上です。
風加さんはこれから制服がある三年制の学校に通いますが十八歳以上です。


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2 抜きゲの竿役が最推しじゃだめですか?

「――はいその通り、アタシの前世はしがないオタク女でございます……」

 

 リビング。

 飾り気のない、掃除は最低限行き届いた室内で俺は目の前の少女の話を聞いていた。

 テーブルには俺と、荷物を自室に置いてきたブレザー制服姿の少女が向かい合って座っている。テーブルの上には紅茶とお菓子。どちらも通販で買い込んだ代物だ。

 

 室内は、ずいぶんとおかしな空気になっていた。まるで裁判官の前に突き出された被告人といった様子の少女と、どうしたものかと思案する俺。

 ――どちらも、転生者である。

 

「えっと……別に責めてるわけじゃない……ぞ?」

 

 相手は、見た目通りの年齢ではなかった。というか、俺とそんなに変わらない成人女性らしかった。なので、言葉遣いがバグる。

 敬語で話すには見た目がそぐわないし、かと言って原作の木竹竿役みたいに横柄ってのもなんか違うような気がする。というかここ数年まともに声を出して話をしないので、ちょっと会話がおぼつかない。

 人って一週間声出さないだけで出せなくなるからな……前世の経験則だが。

 

「あ、えっと。その、はい。……木竹さんもえっと…………て、転生者ってやつでいいんですかね?」

「ああ……うん、俺も前世でそこそこオタクしてた普通の男だよ」

「なるほどぉ……」

 

 まさかまさかの展開である。

 ヒロインだと思っていた風加子猫――風加さんは俺の同類で、ある意味唯一の同郷。そして風加さんにとっても俺は想像していた木竹竿役ではなくどこの誰とも知らない一般男性というわけだ。

 

「木竹さんも、このゲームのことは知ってるんですよね?」

「ああ、プレイしたことあるよ」

 

 意外だったのは、風加さんがどういうわけかこの世界の原作を知っていたということ。失礼な話だが、彼女は前世は普通のオタク女性である。転生にありがちなTS転生者というわけではないし、そんな人が割りとどこにでもあるたぐいの抜きゲーをプレイしたことがあるとは。

 というか、実はTS転生者でした、という方がしっくりくる。まぁ性転換タグはついていないから彼女は間違いなく前世も女性なのだが。

 ……何を言っているんだ俺は?

 

「やっぱり! それでアタシがヒロインちゃんっぽくなくて驚いたんですよね!」

「あ、ああうん……ずいぶんと、鍛え直したなって」

 

 主に女子力とか。

 化粧はバッチリ、髪のセットも完璧。男性受けを考慮してか薄めの化粧だが、それでも原作の風加子猫では考えられない女子力である。

 まぁ、原作の風加子猫はそんなことしなくたって弩級の美少女なのだが。

 

 眼の前の風加さんは、弩級どころか超弩級である。原作が金剛型ならこっちは大和型だな。

 

「えへへ……なんか照れますね……木竹さんに言われると」

「……なぜ」

 

 なぜ俺に。

 ゲームのキャラと言っても、凡百の抜きゲ主人公に言われても照れることはないだろう。

 

「照れますよ……それに」

「それに?」

 

 しかし、風加さんの発言は俺の想像を絶する答えだった。

 

 

「アタシ、木竹竿役が最推しなんです!」

 

 

 ――木竹竿役が最推しなんです。

 ――――木竹竿役が最推しなんです。

 ――――――――木竹竿役が最推しなんです。

 

 ほわい?

 

「……なんて?」

「アタシ、木竹竿役が最推しなんです!」

 

 …………えっ。

 ふんす、と胸を張る少女は、どこからみてもオタク女のそれであった。

 

「い、いやいや……木竹竿役だよな!?」

「はい、木竹竿役です!」

「このゲームの、主人公で、竿役の!」

「はい! 竿役の木竹竿役です!」

 

 思わず叫んでしまった。

 お互いに、何を言っているんだという話だが今の俺は正気ではない。とんでもないことを風加さんに言わせてしまっているがどちらも気付いてすらいないだろう。

 そこには頭がおかしくなった木竹竿役と、限界化しはじめたオタクしかいなかった。

 

「抜きゲの主人公だぞ!? 設定なんて三行もない。原作では過去の掘り下げすらなかったはずの竿役に!?」

「はい! その竿役まじサイコーッス! 尊い! 推し! 辛い!」

 

 この女ヤバイ。

 そう思いながらも、冷静ではない俺は問いかけてしまった。

 

「ど、どこがいいのさ……」

 

 禁断の一言を。

 

「はいまず何と言ってもバッドエ」

「す、ストップ! やっぱりいい!」

「むぅ!!」

 

 ――始まり始めた高速詠唱を、ギリギリで押し留めた俺はファインプレーだったと思う。そしてそれを押し留めたことで、何とか冷静になったらしい風加さんは、吐き出しそうになる限界オタクの早口を頬をむうっとさせながら手で抑え込んだ。

 リスのようだとは、思ったがもちろん言わないでおいた。

 

 オタクというのは限界化すると早口になる。特に彼女はそれが顕著なタイプなようで、おそらく喋らせていたらそれだけで1万字くらい使っていたのではないだろうかというくらいの超絶高速詠唱である。

 この話にそんな尺はない。

 だから俺は何を……?

 

「……し、失礼しました」

「い、いやいいんだ……」

 

 ともあれ、その様子から疑いようはない。

 彼女は木竹竿役が推しなのだ。

 

「……まぁ、世の中にはそんなオタクがいてもいい、のか?」

「オタクの趣味も多様性の時代ですからね」

 

 照れながらもそういう彼女に、

 

「なんて言うか、君は強いな」

「推しと同じ世界に生きれるだけで死ねませんか?」

「死ぬな、シャレにならないから」

 

 俺たち転生経験者。死は多分誰よりも身近だ。

 

「はぁ……幸せです……」

「……俺は、幸せな君が羨ましいよ」

 

 なんていうか、思っても見なかった展開だ。

 まさか風加子猫が転生者だとは。しかも、コレほどまでに活力に満ち溢れているとは。推し活というやつだろうか。最近の女性は推しに相応しい女性になるべく女子力を磨くという。それが二次元、三次元問わずだ。

 彼女の場合もまさしくそれだろう。木竹竿役。ゲームにおける主人公に相応しい自分になるため。何とも羨ましい話だ。

 

 眩しい、といい変えてもいいだろうか。うまく言葉に出来ないが、俺は彼女が眩しいんだろう。同じ転生者でも、モチベーションの違いでこれほどまでに生き方が違うとは。

 

 ――惹かれている、という言葉は脳内ですぐに打ち消した。

 あって一時間も経っていない相手。一目惚れでもあるまいに――と。いや、そもそも俺は前世から恋愛経験がないので、そもそも恋愛感情もよくわからないのだが。

 

 さて、とにかく彼女のことはよくわかった。

 風加子猫ではなく、風加さん。ゲームのヒロインではなく、転生者。

 とすれば、彼女のこれからについては俺一人で決めることではなくなるはずだ。

 

「それで……どうする?」

「どう、とは?」

 

 こてん、と首をかしげる。

 自分の可愛さに自覚があるのか、はたまたないのか。思わずドキッとしてしまう仕草だが、そこに意識を向けていては話が進まない。俺は構わず先に続ける。

 

「これからのことだ。叔母さんからは、俺に任せるといわれていたが、流石にそういうわけにもいかないだろう」

「ああ……おばさまは放任主義ですからね」

 

 共通の知人であり、俺に彼女を任せた叔母のことを二人は思い出してうなずく。というか、彼女は原作においてどういう存在だったのだろう。

 公式サイトのキャラクターの項目にも、名前はなかったはずだ。

 

「おばさまがああいった以上、木竹さんの家にお世話になるのが一番ではないかと。木竹さんもそれを了承されたんですよね?」

「そうなんだが……いやでもそれは、ゲームの風加子猫がな……」

「ああ……あはは、すいませんこんなオタク女で」

「いやいや、むしろこっちこそ申し訳ないくらいだよ。勝手に君のことを守らなきゃいけないとか、意気込んで」

「……!」

 

 しかし、本当に困った。

 俺が風加子猫の面倒を見ようと思ったのは、彼女には助けが必要だと思ったからだ。心に傷を負った子が、一人で生きていくには現実はあまりにも辛く厳しい。

 こんな俺がその癒やしになれるとは思わないが、助けくらいはできるんじゃないかと思ったが。

 

「……ふふ」

 

 どこか澄ました顔で、笑みを浮かべる少女は明らかに俺の助けなんて必要ない。

 一人で、立派にやっていけるくらい強いだろう。

 なんて、思ったのだが。

 

「そうですねぇ……」

 

 風加さんは少しだけ考えてから、

 

「せっかく二回目の人生ですし、前世も現世もクソみたいな人生だったから、ここからやり直してみたい……ですかねぇ」

 

 ――ふと、思い至った。

 彼女はたしかに転生者である、だけども同時に風加子猫でもあるのだ。

 それは、彼女がゲームの風加子猫と同じ人生を歩んでいるということでもあったのだ。それは……決して幸福な人生ではなかっただろう。

 というか実際クソだったと言っている。

 

「……じゃあ、そのためにも、学校には通うべきだ」

 

 それが解ってしまえば、俺のやるべきことは変わらなかった。

 

「そのためにも、それまでの生活と屋根は提供するよ」

「え……」

 

 お互いにお互いの素性を把握してしまったからか、俺たちの間にこの世界がゲームであるという前提はなくなっていたのだろう。

 だから、そういう提案には申し訳無さを感じてしまうのが実際のところ。

 風加さんも、冷静になってしまえば、少しばかりその状況に遠慮を覚えてしまうというもの。

 

 だからこそ、俺は知っていた。彼女を納得させる最善の一言を。

 

「……ここ、聖地だろ?」

「――――」

 

 端的に言って、ここは彼女の最推しである木竹竿役の実家である。つまり聖地、言うまでもなくオタクにとって特別な場所である。

 結果彼女は停止して――

 

「そ」

「ストップ!」

 

 危ないところだった。

 高速詠唱は諸刃の剣、使えばその後に微妙な空気が訪れることとなる。あまりにも危うい力だ。あいつ木竹竿役のことになると早口になるの気持ち悪いよな、とか言われると目も当てられない。

 というかずいぶんとパワーワードである。

 この世には木竹竿役で早口になる女がいるのか……

 

「……え、えっと」

 

 そして、何とか詠唱を阻止されても気恥ずかしそうにしている風加さんは、たとえ高速詠唱は阻止されても恥ずかしいものは恥ずかしいのだろう。

 とはいえぶっちゃけ、彼女がここ――聖地で暮らす以上どこかで限界になるのは目に見えている。今のうちから慣れてしまってもいい気はするが、何はともあれ今は今後のことである。

 

 脱線していては、話が進まない。

 

「それじゃあ、これからよろしく……ってことでいいのかな?」

「…………はい」

 

 正直、おっかなびっくり。

 自宅に異性が、それも学生の少女が同居することになるなんて俺の人生においては初めての経験。それは向こうも同じだろう。見ず知らず――でもないけれど、馴染みのない相手と同じ屋根の下というのは。

 空気が変な感じになるのは、ごくごく自然な帰結だった。

 

 だから、だろうか。

 話が途切れてしまった。まずい、オタク二人に沈黙はマズイ。ナニがマズイって、話題がない。オタクというのはどれだけ話ができるように思えても、根は誰しも陰を抱えているもので。

 話題を作れないのだ。特に相手が同じオタクだとわかっている場合、どこまで踏み込むべきかで見誤る。

 

 同じオタクだから必ずしもわかり会えるというものではない。むしろオタクだからこそお互いに触れてはいけない部分があることはわかっている。だが、具体的にどこへ触れてはいけないかは現状わからないのだ。

 メガネはオンオフのギャップが好きか、メガネを掛けている少女が好きかで、メガネ好きでも意味が大きく変わるように。

 

 そして、そういうときに限って、オタクというのはミスを犯す。

 致命的で、絶対にやってはいけないような。とんでもないミスを犯してしまうのだ。今回の場合は、先程の高速詠唱未遂で焦りがあった、風加さんにそれは訪れた。

 

「あ、あの!」

「な、なにかな!?」

 

 解ってはいても、それに対応できるほど俺に人付き合いのセンスはない。長い沈黙に焦れていたのはこちらも同じ。声が上ずってしまうのは無理もないことだった。

 そして、風加さんは、

 

 その勢いのまま、

 

 とんでもないことを、口にしてしまう。

 

 

「木竹さんは、原作再現とか興味がおありでしょうか!? あ、あああ、アタシはその、前世から一度もそういう経験のない干物女なのですが、もしもそういう興味がおありでしたら……が、ガンバリマス!!」

 

 

「――――しないよ!?」

 

 ――言うまでもなく、このゲームは抜きゲー……十八歳未満はプレイできないえっちなゲームである。

 

 叫んでしまっていた。

 何を言っているんだこの子は!? いや、何を言っているかわかっているのか!? わかっているはずもないでなければこんなこと、初対面の男性に言うことじゃないのはわかりきっているはずっていうかどう答えろっていうんだよもう答えちゃったけど!?

 

 そして、そんな思考が加速する俺をよそに、逆に自分の言ってしまったことを理解してしまった風加さんは、顔を真赤にしながらその場に突っ伏すのだった――




この作品に性転換タグはありません。


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木竹竿役の叔母は、ゲーム中に一文だけ存在が言及される。

 風加から『無事到着しました!』という連絡を受け取って、木竹竿役の叔母はほっと一息を付く。いくら風加がしっかりしているとはいえ、未成年を一人で移動させるのは少しばかり叔母も心配だったのだ。

 それでも、リハビリ無しで木竹を部屋から出すよりはマシだと判断したのだが。

 

 風加子猫は木竹の叔母のかつての同僚の娘である。若い頃にキャバ嬢をしていた叔母は、その頃から同僚とはそこそこに付き合いがあった。

 ……ハッキリ言って、当時からその同僚はろくな女ではなかったのだが。

 

 男癖は最悪の一言、自分の若さと美しさがこの世の何よりも素晴らしいと信じて疑わない――見た目はいいが、それ以外はハッキリ言って人間のクズに分類されるようなヤツ。

 そんなヤツが子供を産んだと聞いた時、叔母はハッキリ言って正気を疑った。

 

 そして、案の定その女は娘に虐待を働いた。

 娘は美しかった。年老いていく母にとって、その美しさは嫉妬の対象でしかなく娘は常に母に虐げられる立場にあった。

 叔母としてはなんとかしたい気持ちもあったが、他人の家庭に首を突っ込める立場でないことくらい叔母本人が一番良く解っていた。

 

 何より、その娘と会った時に叔母は理解したのだ。

 この娘に助けは必要ない。叔母は職業柄何人もの人間の人柄というのを間近で見てきたが、その中で特に「成功する人間」というのは特徴的な雰囲気が存在していた。

 そしてその雰囲気を娘――風加子猫は幼くして纏っていたのである。

 一体どこにそれほどの才覚が眠っているのか、風加の意志は強く、そして頑なだった。

 

 生きる理由というやつを、強く持っているタイプの人間だと叔母は深く思ったものだ。

 

 そんな風加の母が死んだと聞いた時、叔母は風加子猫に身寄りがないということを知った。もともと風加の母は実家から勘当されたと言っていたから、実家は風加子猫の存在をしらないだろう。

 そうなれば風加はどこかの施設に引き取られることになるだろうかといったところで、叔母が名乗りを上げたのである。

 

 そして叔母はこの時、一人で引きこもる自身の甥、木竹竿役のことを思い出していた。

 

 木竹竿役。

 そのふざけた名前は、叔母の姉であるフザけた女がつけた名前だ。風加の母がリアル系のクズだとすればこちらはスーパー系のクズ、創作の中から飛び出してきたような女だった。

 とはいえどちらも、子供を置いて若くしてなくなったことに変わりはない。

 風加子猫がそうであるように、木竹竿役も親に置いていかれた子供だった。

 

 風加のことを叔母は強い人間だと思ったが、木竹の場合は少し違う。

 木竹は真面目すぎる人間だ。木竹の両親が亡くなった時、親戚は木竹の遺産を求めて木竹竿役に群がってきたことが有る。それに対して木竹は毅然と正面から立ち向かった。

 当時まだ小学生だった子供が、大人を相手に正面から口八丁でやり合うというのは、いくらなんでも木竹竿役がしっかりしすぎているにしてもある種異様な光景と言えた。

 

 だが、そもそも木竹はそんなことをする必要はなかったのだ。

 木竹は子供ながらにしっかりしていて、大人相手にも何ら不足なく対応できる子供だったが、それでもその立場は間違いなく子供である。

 そんな相手に、第三者はそこそこ親身に向き合ってくれるだろう。弁護士などを雇って、そいつに相手をさせればいいのに木竹はあくまで自分の力でそれをなんとかしようとしていた。

 

 多分、抱え込むタイプなのだ、木竹という男は。

 結果として木竹は叔母を後見人として、自身の遺産を護ることに成功した。しかし、それによって疲弊した彼は引きこもることを選び、以来周囲との交流を絶って生活していた。

 

 叔母としては、それはよくないだろうという思いもある。

 だが、木竹には引きこもって交流を絶つことが許されるだけの資産があり、彼の人間性は引きこもる以前に完成している。

 何より木竹は、それだけの事があっても他人を拒絶するのではなく、遠ざけるだけで済ませる男だった。引きこもっても彼は叔母が連絡すれば、それに素直に応対する。人嫌いでコミュニケーションを断った相手の対応ではないと、そのたびに思ったものだ。

 一人の大人が、自分で考えてその選択をしたのなら、叔母にそれを否定する権利は存在しなかった。

 そんな甥のことを、叔母は思い出していた。

 

 

 二人を引き合わせることにしたのは、それが理由だ。

 

 

 木竹はたしかにあの親の子供にしてはまともすぎる人間で、そしてまともすぎるからこそ押しつぶされてしまったのだろう。

 それを間違っているとは言わないが、事情を知る叔母からしてみれば同情の対象であることに違いはない。

 この二人の出会いが、木竹を少しでも前向きにしてくれればという思いもあった。

 

 だが、何よりも大きかったのはこの話を持ちかけたときの風加の反応である。

 

 風加は、まるでその話が来ることを予見していたかのように落ち着いていた。いや、むしろついにこのときが来たのだと、この瞬間を待ちわびていたのだというほどの雰囲気だった。

 そんな彼女の雰囲気が、木竹の人柄を話したときに変化した。

 

 木竹竿役は、その名に反して生真面目で誠実な人間だ、と。

 

 その時の風加の顔を、叔母は今でも覚えている。

 関心、興味、そして笑み。

 

 風加はその時、木竹という男のことを強く意識したのだろう。しきりに木竹の人間性について問いかけてくる風加に答えるごとに、叔母はそれを実感していた。

 ようするに、その男は風加のタイプだったのだ。

 

 もちろん風加は木竹との同居を快諾したし、木竹がそれを了承した時、飛び跳ねて喜んだ。

 あまり化粧ッケのなかった風加が、化粧などを意識したり家事を覚えたのもその頃である。特に家事の修練は大したもので、たった半月ほどで彼女は新妻としても及第点といっていいほどの家事の腕を身に着けていたのである。

 

 さながら、その努力は恋する乙女のごとく。

 

 実際のところは叔母にもわからない。

 だが、叔母が木竹に話を持ちかけたのは正解だったと、今では思う。ぶっちゃけた話、木竹と風加がくっつけば未来は安泰だと叔母は考えていた。

 

 だからこそ思うのだ、自分の甥は――あの生真面目すぎるほどにバカ真面目な男は、

 

 

 これほどのいい女を、逃したりはしないだろうか――と。

 

 

 ◆

 

 

 ゲームにおいて、木竹の叔母は実は一瞬だけゲーム内で言及される。

 木竹竿役に風加子猫を預かるよう持ちかけるのは、ゲームにおいても叔母の役目だ。だが、現実とゲームではその経緯が大きく異る。

 

 ゲームでは叔母は木竹を忌避していたのである。

 臭いものには蓋、と言わんばかりに木竹に風加を押し付けたというのがゲームの成り行き。

 

 そもそもゲームでの木竹は、自身の遺産を如何に守ったか。

 答えは()()()()()()が正解である。

 なにせ木竹竿役は、その異様なまでの鬼畜さから、子供でありながら親戚を畏れさせていたのだから。なにより、ゲームの木竹竿役は間違いなく、“あの両親”の子供だった。

 叔母に関しても、ゲームでは木竹竿役のことを畏れていた。風加子猫はかつての嫌な同僚の娘を押し付けられただけ、自分からその面倒を見るよう申し出たわけではない。

 

 このあたり、ゲーム内では語られていない。

 あくまで示唆される程度に留まる。よっぽど作品を読み込まないとこのあたりの背景は理解できないようになっているし、理解しなくてもいいようにできているのだ。

 おそらく、これを把握しているのは制作スタッフを除けば、転生した風加の前世くらいなものだろう。

 

 なぜなら、このあたりはゲームをプレイする上で必要のない設定だったからだ。

 このような設定があろうがなかろうが、ゲームでは風加子猫は木竹竿役のモノになる。そして現実では、木竹のもとに風加はやってくる。

 

 ゲームだろうと、現実だろうと、運命的に。

 

 故に、そこからの展開は決まっていた。

 

 バッドエンドか、グッドエンドか、だ。

 

 ゲームがそうであったように。

 木竹と風加にも、その二つの未来は定まっていた。




展開上風加さん視点の掘り下げができないので、一行から生み出された叔母さん視点です。


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3 抜きゲの基本CG枚数は少ない。

「できました……! 完全再現風加子猫自室……です!」

 

 俺と風加さんは、現在風加さんの自室となる予定の部屋にやってきていた。先日まで荷解き前の荷物が置かれているだけだったその場所は、きちんとした自室へと変貌していた。

 しかし、なんというか……地味な部屋だ。女性がここで暮らすには、いささか可愛げが足りないというような。理由は今さきほど風加さんが言った通りなのだけど。

 

 一言でいうとその部屋を、俺は幾度となく見たことがあった。

 何故か、これも単純な理由。一般的に、低予算の抜きゲにわざわざオリジナルの背景なんて用意されるわけがない。はい、俺はこの部屋を前世において幾度となくいろんな低予算ゲーやエロCGで見たことがあります。

 

「どうですか木竹さん!! あ、えっと木竹さんは原作をそこまでおぼえてないんでしたっけ」

「そうなんだけど……この部屋には見覚えがあるといいますか……」

 

 逆に、風加さんはこの背景にあまりピンときていないようだった。彼女はたまたま木竹竿役が癖にぶっ刺さっただけで、あくまで一般的な女オタクである。

 この部屋がいろいろなエロゲーやらなんやらで腐るほど使い回されているといっても、ピンとはこないだろう。

 

 それと、俺は風加さんに原作をあまり覚えていないことは既に伝えてある。ここを伝えておかないと風加さんからいらぬ勘違いを受ける可能性があったからだ。

 風加さんをがっかりさせてしまうかもしれないとも思ったが、ここは誤魔化さないほうが誠実だろうという判断である。そして幸いなことに、風加さんはそれもそうですよねぇと納得した様子でうなずいていた。

 とはいえ、

 

「でも、こうして風加子猫の自室を再現できたのは正直感慨深いです! もうすっかり夜ですが、そうなるとほら、原作だと初日の夜といえば風加子猫のバージンが散らされた瞬間! 今頃ですかね!?」

「開き直らないで慎みをもって、風加さん!」

 

 風加さんの方は、バッチリと展開を覚えているらしかった。

 そして風加さんは開き直った。一番さらけ出してはいけないことを覚えた風加さんは、完全にヤケになっているようだった。

 これ、夜に一人になったあたりで冷静になったりしないだろうか……今日は寝れるだろうか……

 (なお、予めここで記しておくと案の定寝れなかったようで、翌日の風加さんは死にそうな顔をしていた。そして開き直りは黒歴史となってなかったこととなった)

 

「アタシ、あのセリフが好きなんですよ」

「ごめん多分覚えてないとおもう……」

「最初のえっちが終わった後に放心してる風加子猫に、“これからお前の全ては俺のものだ、俺のことだけを考えて生きろ”って木竹竿役が言ったシーン!」

「ほんとに覚えてなかった!」

 

 そんな事いってたのか、なんてやつだ木竹竿役。とんでもない男である。

 ベッドの上で、おそらくその時の放心状態を再現しているらしい無敵の人、風加さん。とはいえそのポーズは何となく覚えがあった。

 理由は、割りとしょうもないものだけど。

 

「ところでこうしてると思い出しませんか?」

「……」

「回想でこの態勢の風加子猫のスチルがびっしりと鎮座していたあの光景」

「黙っていたのに無視して続けたね?」

 

 触れたくなかったから、思い出したけど黙っていたのに。

 というか、風加さんはCGのことをスチルと呼ぶのか。女オタクはそういう文化だというのは知っていたけど、リアルでその単語を聞くときが来るとは思わなかった。

 ともあれ、風加さんの言いたいことは単純。

 

「ずっと思ってたので言いたいんですが、原作ってスチル少ないですよね」

「十枚しかないからね……」

 

 そう、風加さんが言っている回想をびっしり埋め尽くす光景というのは、回想のページの一つが『風加子猫が正常位をしているシーン』で埋まっていることを指す。

 この作品、低コストの抜きゲにしてはシーン数が多い。その数なんと三十強。結構なプレイバリューである。が、それに対して基本CGの数はなんと十枚しかないのである。

 

 前戯が二枚、本番が五枚、特殊な玩具を使ったシーンが一枚、エンディングがグッドとバッドでそれぞれ二枚。これがすべてである。

 変わりに差分は結構多く、コスプレ差分とか緊縛差分とかも存在する。

 が、大抵の場合エロシーンは正常位からスタートするので、回想シーンはそこをサムネイルになってしまうのだ。

 ぶっちゃけどれがどのシーンだったか書いてないせいで、シーンは充実しているのに見返しにくくて使いにくいのは不評なポイントだった。

 

 流石に原作の狂信者と言ってもいい風加さんですら、そのことは自覚があるようで、なんというか触れにくそうにしている。

 

「でもすごいんですよ、差分の数はとても多いんです、木竹さんは具体的に何枚あるか知ってますか?」

「いや知らないけどもしかして覚えてるのか……? えっと、150くらい?」

「312枚です」

「そんなに」

 

 これは覚えているな……淀みなく言い切った風加さんの目は淀んでいた。アレは開き直りすぎて正気を失っているということでもあるが、オタクはたいてい自分に絶対の自信が有ると目が濁る。

 オタクは正気にしてならず、というやつだ。

 いやそんな言葉はないが。

 

「一番差分が多いのは、もちろんこの正常位の差分です。なんと二割」

「多いな……」

 

 ちなみに次点は前戯だそうだ。言われてみるとアイツラ事あるごとに前戯してた気がするな……

 

「アタシが特に好きなシーンは何と言っても、中盤で風加子猫が若干木竹竿役にデレるシーンですね」

「淀みなく原作トークが始まったぞぉ」

 

 風加子猫と同じ顔をした風加さんは、風加子猫の基本形態と言ってもいい態勢(正常位)でベッドに寝転んだまま真面目な顔で話をはじめてしまった。

 何だこの空間。

 

「風加子猫って、そのシーンまでずっと自分の意志っていうのを表現してこなかったんですよ」

「そりゃまあ、心に傷を負った状態で鬼畜竿役に好き勝手されてたらなぁ」

「そんな風加子猫の頭を、木竹竿役が気まぐれで撫でるんです。それが少しだけ風加子猫の心を開くわけなんですが……アタシ知ってますよ、これDV」

「よしなさい」

 

 まぁそりゃそうなんだけど。

 乱暴な人が、時折優しくなるのはDVによくある事例というのは俺も聞いたことが有る。風加さんの場合は、多分実際に身に覚えがあるのだろう。

 具体的には自分の母親とその恋人で。

 

「とはいえ、それはあくまで現実の話で、フィクションにおいてはそういう行動っていい兆候なんですよね。実際、木竹竿役と風加子猫の関係はそこからぐっと近づいていくわけですし」

 

 まぁ、安易といえば安易な展開ではある。

 そこはもちろん風加さんもわかっているようで、でなければいい兆候なんて表現はしないだろう。

 

 原作、『鬼畜竿役と自分だけの好きにしてもいい従順な子猫』の内容を俺がほとんど覚えていないということを伝えた時、かるく風加さんからはあらすじは聞いていた。

 親の遺産で生活していた木竹竿役のもとに、風加子猫が送られてくるというのは流石に俺も覚えていたが、その後木竹竿役は風加子猫をこの部屋に閉じ込め飼うことにしたそうだ。

 最初のうちは乱暴な行為が続いていたが、風加子猫が過去の経験から性知識に長けていることを把握した竿役は、それを堪能するために風加子猫に調教を施すような方向へシフトする。

 だんだんと快楽を感じ始めたことと、木竹竿役の態度が調教へ変化したことで若干軟化したこと。そしてその頭を撫でる行為が決定打となって、自我の薄い風加子猫は少しずつ木竹竿役に心を開くのだとか。

 

 この展開は、正直言って陳腐といえば陳腐である。しかし、低価格の抜きゲーに奇抜な展開が求められているかといえば否である。むしろ徹底して陳腐にこだわっていると言ってもいいだろう。完成度の高いB級映画のようだ、とは風加さんの評。

 だからこそ思う。風加さんがそれでもこのシーンを推す理由はどこにあるのだろう、と。

 

「どうしてそこが好きなのか、ですか? そうですねぇ、色々ありますけど」

 

 ぎ、とベッドがきしんで、風加さんは起き上がる。

 そのまま立ち上がると、俺の前に立った。なんだろう、不思議な態勢だ。

 

 ……まさか、CGのないシーンを再現しようとしてるとかじゃないよな?

 

「風加子猫は頭を撫でられたことで、少しだけ木竹竿役に心を開くんですけど、そのときにいったセリフって、“捨て……ないで……くだ、さい”……だったんですよ!」

 

 捨てないで、の部分だけうつむいて風加さんは言った。当たり前だが風加さんは風加子猫なので、うつむいて弱気な声をだすととても似合う。

 いやまて当たり前じゃないぞ、そんな当たり前この世に俺と風加さんの間にしかない。

 少し、おかしくなってしまった風加さんにあてられているのかもしれなかった。

 

「それに対して、木竹竿役は最初、“何を言っているんだ”って返すんです。本気で」

「そもそも捨てるっていう発想すらなかった、ってことか」

「そういうことですね! それから、“捨てるわけがないだろ、お前は俺のものなんだぞ”って返すのが、本当に最高で……!」

「なんか、風加さんって束縛するような言葉が好きだよな」

 

 確か最初に言ったセリフも、そんな感じだったよな。

 えーと、これからお前の……なんだっけ?

 

「“これからお前の全ては俺のものだ、俺のことだけを考えて生きろ”?」

「そうそれ」

 

 本当に彼女はこのゲームのセリフをすべて覚えているんじゃないだろうか、という具合にするするとセリフが出てくる。

 何がそこまでさせるのか。

 オタクには時折、他人には理解できないこだわりを有するやつがいる。そういうのを指して、人は変態というのだろうと俺は思った。

 

 間違いなく、今のヤケになっている風加さんは変態のそれである。失礼極まりないが。

 

 とはいえ、彼女の好きな部分を抜き出すと、木竹竿役が女性に受けるのは何となくわからなくもない。独占欲の強いイケメンというのはそれだけで女性ウケがいいのだ。

 まぁ、木竹竿役がイケメンかどうかはさておくとして。

 

 だけれども、今度は別の部分がわからなくなる。どうして木竹竿役だけが風加さんにここまで刺さったんだ? 最推しというからには、風加さんの中で隣に並ぶものがないほど木竹竿役は推しのはずなのだ。

 聞いている限り、木竹竿役に普通の俺様系イケメンとの違いを俺は見い出せない。

 なにか理由があるのは間違いない。シナリオの展開が刺さったとか、そういう理由が。

 

 でも、何となくそれを風加さんに聞くのは躊躇われた。そこまで踏み込んでしまえば、きっと彼女は高速詠唱を我慢出来ないだろう。

 そうなってしまえば、果たして終了するのは何時になるか。

 

 いや、それよりも――

 

 俺はなんというべきか。

 

 

 ――――風加さんの口から、木竹竿役の深い部分を聞きたくない、なんて。

 

 

 そんなことを、思っているなんて。

 それはない……はずだ。

 

「木竹さん! 木竹さん!!」

 

 ふと、少し考え事をしていたからか、楽しげな風加さんに呼びかけられる。俺に前に立っているのは変わらないが、先程やってみせたような風加子猫のマネではなく、自然体の風加さんからの問いかけだった。

 

「木竹さんはなにかゲームで覚えてることってありますか!? 木竹竿役のこととか、風加子猫のこととか!」

「あ、いや……そうだなぁ、パッとはでてこないな」

 

 そのままの勢いで問われて、俺はそう端的に答える。特に意識はしていなかったから、すぐには浮かんでこなかったのは本当のこと。

 ああ、でも。

 

 そう言ってから思い出した。

 

 このゲームは、とにかくバッドエンドの評判がいい。

 徹底して安易な抜きゲーに徹していた原作において、おそらくそこだけはライターのこだわりだったのではなかろうかというほど。

 内容は、もちろん逮捕だとか風加子猫が逃げるといたような安易なものではない。

 

 一言で言えば、それは――

 

 

 二人きりの閉じた世界。

 

 

 そんな、美しい破滅の情景だったような。

 俺は、そんなことを、ふと思い出していた。




完結までのストックがありますので、よろしければお付き合いください。


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4 俺は――>子猫からそれを取り上げることにした

 風加さんが部屋にやってきてから数日がたった。

 先述したと思うが、風加さんはこの春から進学する。彼女が着ているのは進学した際に通うことになっている学校の制服なのだが、どちらにせよ現在は春休みということになる。

 つまりその数日の間、風加さんは家で色々と準備をしていた。

 

 例の暴走のせいで一時は少し危うい感じになってしまっていたが、それはそれとして日常はそこそこ恙無く進んでいた……と思う。

 二人で暮らしていく上で、最初に決めたことは家事の役割分担だ。

 俺一人なら、適当に出前を頼んだりすればよかったが、これからは二人暮らしである。そういうところで横着をすると健全な日常を送れなくなる、ということで。

 このあたりは叔母からも口を酸っぱくして言われたことではある。

 

 まぁ、この場合問題は俺の方なのだが。風加さんは家事ができたのだ。もともと木竹竿役の下で家事をして暮らしていくことも想定していたようで、そのための準備ということだろうか。

 もしも俺が転生していなければ、学校に通うこともなかったのだろうかと考えると少しだけ複雑な気分になる。

 対して俺は家事なんてほとんど出来ない。全く出来ないとは言わないが、気合をいれないとやらない。そして料理のレパートリーはチャーハンと焼きうどんとスパゲッティくらいだ。

 とてもじゃないが料理なんてできるとは言えない。これもリハビリだと風加さんは苦笑していたが。

 

 まぁ、俺の家事はどうでもいいのだ。

 概ね問題のない共同生活だったが――人間性においても、大きな問題は起きなかった。むしろどうも俺と風加さんはずいぶんと相性がいいらしく、一緒に暮らすというのはすごくしっくり来た。

 の、だが。

 

 問題がなくはなかった。

 

「えーと、風加さん?」

「はいはい何でしょう、木竹さん」

 

 なくはない、というか。

 本当に、些細な話なのだけど。

 

「……どうして部屋の中でも制服なのさ?」

「こ、これは……!」

 

 風加さんは制服姿だった。

 普段着が制服だった。というか制服を数着持ち込んで着回していた。そこまでして制服が着たいのかといえば、多分風加さんは力強くイエスと答えるだろうことは想像に難くなかった。

 

「これだけは……これだけは、こだわりなんです! 聖地には、聖地に相応しい格好で……! あ、木竹さんはそのままでいいですからね! コレはアタシ個人のこだわりなので!!」

「い、いやうん。咎めるつもりはないよ……」

 

 というかそんな権利、俺にはないからね。

 どうしても突っ込みたくなってしまうのは、ここ数日彼女とコントみたいなボケとツッコミを繰り返してきた癖のようなものなのだと思う。

 打てば響くというか。

 とにかく波長の合う、小気味の良い会話はしていて気分が良かった。

 

「というか、何をしてるんだ?」

 

 風加さんは今、なにやらノートに色々と書き込んでいるようだった。ノートは学校で使うどこにでもある代物で、俺も前世では使っていたやつだ。

 これがルーズリーフになると、学生らしくなってきたと感じるのだが俺だけだろうか。

 

 ともかく。

 

「そ……」

 

 なんだか、風加さんは恥ずかしそうだった。別に書いているものを隠すつもりはないようだったので、好奇心に負けた俺は近づいて、それを後ろから覗き込もうとする。

 風加さんは少し迷ってから、顔を赤くしてそれをそそそ、と俺に見せてくれた。

 

「――創作活動、です……」

 

 

 木竹竿役だった。

 

 

 イラストである。

 よく出来たモノクロの木竹竿役のイラストがそこにあった。素人目に見ても、間違いなくイラストレーターを名乗れる実力である。

 正直、描いているのが木竹竿役でなければ、素直に称賛していただろう。

 

 いやうん、彼女の癖を考えれば、とても自然な題材なんだろうけど。まさか前世の原作スタッフも、別世界で転生したオタク女に木竹竿役のファンアートを描かれているなんて、想像もできないだろう。

 自分で言っていて頭が痛くなってくる字面であった。

 

「よ、よく描けてる……ね」

「あ、あはは……その、前世の経験といいますか。前世でもこうやって描いてたんですよ、木竹竿役」

「前世でも」

「はい、前世でも」

 

 筋金入りだった。

 というか俺たちの前世には、もしかして木竹竿役のファンアートがどこかに転がっていたのか……?

 

「あ、誰かに見せたりとかはしてないですよ。入院しているときに暇だから、手慰みで描いてただけなんで。……一応、そこそこ練習したつもりですけど、下手の横好きですよねやっぱり」

「いや、そんなことないよ!」

 

 思わず声を張って否定していた。

 びっくりしたのか、風加さんの視線がこちらに向けられる。見上げる形で、視線がかち合ってしまった。

 俺はなんとなく気恥ずかしくなって、視線を木竹竿役の方へ移して……移して、何かイラっときたので視線をあらぬ方向へと外した。

 なぜ美少女から木竹竿役の方へ意識を向けねばならんのだ。

 

 それと、入院云々には触れない。彼女はどうも前世もあまり良くない人生を送ったみたいだが、そこに触れるのはなんというか、マナー違反だろうという意識が勝った。

 ともあれ、

 

「……ほんとに、よく描けてると思う。転生してからも練習したのか?」

「はい。……母に見つかると叩かれちゃうので、こっそりと隠れながらですけど」

 

 ――やってしまった。

 そらした話題が地雷だった。言うまでもなくろくでなしな風加さん母は、娘のイラストの腕に嫉妬したらしい。

 

「……ごめん」

「謝らないでくださいよ! むしろ、母が嫉妬してくれたお陰で、自分のイラストに自信を持てたんですから」

 

 そうか、風加さんは前世ではイラストを公開していないということは、それを初めて見せたのは風加さんの母ということになる。

 

「……羨ましいな、風加さんの母親は」

「えっ?」

「…………風加さんの絵を、この世界ではじめて見れたんだから」

「…………むぅ」

 

 いけないな、嫉妬してしまっている。

 こんなことに? ということにすら嫉妬を覚えるのは、俺が木竹竿役に引っ張られているのか? いや、それだったら俺はもっと嫌なヤツになっていただろう。

 多分、素だ。

 俺は前世から、独占欲が強かったのだな。……何となく、心当たりはなくはない。寝取られとか、死ぬほど嫌いだ。

 

「それにしても……書くのは木竹竿役なんだな」

「まぁ、そうですね……この世界にアタシと木竹さんはいますけど、ゲームはありませんから」

 

 何気なく、俺は風加さんの書いた木竹竿役を眺める。よく描けているけれど、しかしこれは……

 

「っていうか……なんで裸なんだ?」

「いやだって、木竹竿役の私服の資料がないですし……」

 

 ――ご尤もで。

 原作において、CGに写り込んでいる姿しかない木竹竿役は、基本的に裸だ。服を着ているシーンもあった気はするが、正直そんなところの資料なんて原作スタッフは作っていないだろうし、きっと適当だったはず。

 原作狂信者の風加さんとしては、木竹竿役のデフォルトは裸ということになる。

 まぁ、流石に局部は省略されているんだけど。

 

「でもアタシ、この木竹竿役が推しなんですよね。ほらこの筋肉」

「……そこだけ気合入りすぎじゃない?」

 

 もちろん全体がよく描けているのだけど、そこだけやけに気合が入っているような気がした。

 風加さんは、少しだけ恥ずかしげに、

 

「そ、そこが癖なので……」

 

 と視線をそらして言った。

 よかった、恥じらいは回復しつつある。

 

「というか、木竹竿役といえばやっぱり筋肉ですしね!」

「確かにそこはすごい印象にのこるけどさぁ!」

 

 といえば、で語るものじゃなくない!?

 

「そういえば木竹さんも、服の上から解るくらい鍛えてますよね?」

「……鍛えないと、体力がな」

「…………ですよね」

 

 何となく覚えがあるのか、実感の伴った声で風加さんは納得した様子でうなずいていた。どこか遠くを見ているような気がするのは、その実感が前世に由来しているからだろうか。

 

「それにしても、久しぶりに書いたけど、やっぱり……」

 

 ぐ、と風加さんは伸びをしてから、どこか感慨深そうにしながら、呟いた。

 

 

「やっぱり、アタシの最推しは木竹竿役なんですよね」

 

 

 何気なく。

 本当に、ただ何気なく。

 そう、言った。

 

 その時、俺は――

 

 

 ふと、ゲームのあるワンシーンを思い出していた。

 

 

 ◆

 

 

 それは、選択肢だった。

 

 俺は――

 

 >子猫からそれを取り上げることにした。

  どうでもいいと切って捨てた。

 

 原作『鬼畜竿役と自分だけの好きにしてもいい従順な子猫』において、それはとても重要な選択肢である。

 なにせ、その選択はゲームのエンディングを決める分岐なのだから。

 

 曖昧な俺の記憶において、覚えていることが二つだけある。

 バッドエンドの内容と、そしてこの選択肢だ。後者はたった今思い出したところなのだが。なぜ覚えていたのかというと、プレイした後に見たレビューにかかれていた一文がやけに印象に残っていたからだ。

 確かその一文は、概ねこんな内容だった。

 

 このゲームには選択肢が複数存在するが、実はエンディングにかかわる分岐は一つしかない。残りはダミー……というよりもおそらく制作が選択肢で影響が出るのを面倒くさがった結果、フラグにかかわる選択肢が一つだけになったのではないだろうか。

 

 というもの。

 つまり、その一つだけの選択肢がこれなのだ。

 どういう状況でその選択肢が出現するのか。

 

 先日、風加さんと木竹竿役に風加子猫が初めてデレるシーンの話をしたが、その辺りから木竹竿役も風加子猫に対する扱いを軟化させる。

 特に象徴的なのは、風加子猫に朝食を作らせるというもの。それから、少しずつ部屋の中であれば自由に行動できるようになった風加子猫は、木竹竿役が集めている本を見つける。

 いわゆるラノベとか、マンガとかである。

 

 木竹竿役はそのラノベやマンガを読ませるくらいならいいかと考え読むことを許可するのだが、風加子猫が選んだのは主人公とヒロインのラブコメものだった。

 この時、木竹竿役は理不尽にもその作品に男が出てくることに嫉妬するのである。この場面が、おそらくこのゲームで唯一男の存在が出てくる瞬間だ。

 それ以外は徹底して木竹竿役と風加子猫しか描かないのだが。

 

 ともかく、結果がこの選択肢だ。

 そして、ここで重要なのはどちらの選択肢がバッドルートに分岐するのか、と言う話。

 ある意味意外かも知れないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 主人公とヒロインの一対一のエロに執着していた作品としては、不思議かもしれないがこのゲームにはこんな評価がある。

 

 バッドルートこそがトゥルー。

 

 ある意味、辻褄というやつだ。

 木竹竿役は風加子猫に対してひどいことをした。だからその報いを受けなければ辻褄が合わない。と言うのは決しておかしな考えではないと思う。

 何より嫉妬によってヒロインを束縛することのほうが、ゲームの趣旨としてあっているとも言える。

 

 だからこそその趣旨を一貫したバッドエンドは評価が高い。

 

 そして、その状況はある意味今の俺と風加さんにつながるところがある。

 そう、嫉妬だ。

 

 ことここに至って、この選択肢を思い出して。

 

 俺は、自覚せずにはいられなかった。

 

 

 俺は、嫉妬している。

 

 

 何に?

 言うまでもない、風加さんの最推しである木竹竿役に対してだ。

 俺はたしかに木竹竿役に転生したが、それが木竹竿役とイコールになることはない。風加さんが風加子猫と絶対にイコールとならないように。

 

 だから、俺は風加さんの最推しにはなれない。

 

 そして最推しである木竹竿役が、妬ましい。

 

 これまでもそうだったのだ。風加さんが木竹竿役に対する推し活をしていることを羨ましいと思ったのも、風加さんの口から木竹竿役のことを聞きたくないと思うのも。

 全ては俺が木竹竿役に嫉妬していたから。

 

 ああ、なんてこった。

 それを自覚してしまえば、俺は理解せざるを得ない。

 俺と風加さんの付き合いはたった数日、あまりにも短い。だっていうのに、そのたった短い数日の間に、俺は――

 

 

 風加さんという女性に、恋をしてしまっていたらしい。




ここから恋愛話になります。


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5 風加子猫は逃げ出した。

 更に数日が経って、風加さんの登校の日が迫ってきた。

 例の嫉妬以来、俺の風加さんに対する態度は若干の変化があったことを俺は自覚していた。よそよそしくなったという風ではないが、風加さんのことを知りたいと思う自分がいることは疑いようがなかった。

 

 それに風加さんは気付いていないのだろうか、それとも変わらずに接してくれているのだろうか。どちらにせよ日常そのものは変わらず進んでいく。俺は家事を何とか覚えようと風加さんの指導を受けているものの、全くおぼつかないのが現状だ。

 やり方は覚えた、だけれども効率化がうまくいかない。二十年以上のニート生活と、五十年近い家事未経験のブランクがここで響いてきた。

 

 そんなある日のことだった。

 風加さんが、外出したいと言い出したのは。

 

「どうしてもリアルで買わないと手に入らないモノがあるんです」

 

 そんな切り出しとともに、話は始まった。

 何でもネット通販をどれだけ探しても見つからないものがあるらしい。学生生活に必要な小物で、外に買いに行けば簡単に手に入るがネットではにっちもさっちもいかないのだそうだ。

 ともあれそれは、風加さんがこの家に来て初めての外出要請であった。

 

 何だかんだ、この家に暮らしているのは根っからのオタク二人、出不精が揃えば自然と家からは出なくなる。ごちそうが食べたいなら出前を頼めばいい、娯楽なら外よりも家の中のほうが充実している。

 そんな環境で、出かける理由のないオタクは完全に引きこもりの態勢に入っていた。

 

「あー、どこまで行くんだ?」

「二駅となりのショッピングモールまで足を運ぼうかと、せっかく出かけるなら他にもみたいものがありますし」

「あそこかぁ……」

 

 このあたりで大きなショッピングモールといえば、知らないものはいない。今は春休み、多くの学生が休日の暇を潰すためにそこでは屯していることだろう。

 ある意味、風加さんもその一人となるのだ。

 

「どうする? 一緒についていったほうがいいか?」

「ついてきてくれるんですか!?」

 

 そんなわけだから出た俺の発言に、風加さんは驚いたように、机を叩きながらこっちに乗り出してくる。リビングのテーブルはそこそこ広いのだが、それをまたぐようにしていて、距離が近い。

 近い、とても近い。

 俺は思わず視線を反らしてしまった。まるでやっぱり外に出るのが嫌だと言わんばかりに。

 

 本当の理由は違うのだが、それはそれとして風加さんの顔は近かった。顔のいい少女が間近に迫っていた。

 

「む、むぅ……やっぱりそうですよね。やっぱり外に出るってなると抵抗がありますよね」

「い、いやそんなことはないぞ!? ここ最近は出てないけど、昔は普通に外に出てたし。役所に届け出を出す時とか!」

「事務的じゃないですかー!」

 

 正直、俺は家の外に出たくはない。でもその出たくないというのは、言ってしまえば子供のわがまま。すねているようなもの……と言えなくもない。

 風加が外出するといった時、自然と一緒についていくかと聞いたくらいには外に出る抵抗は薄い……はずだ。

 

 周りに干渉されたくなくて引きこもったのではなく、周りの干渉に嫌気が差したから引きこもったと、そういう感じだ。

 少なくとも、この家に引きこもり始めた時はそうだった。

 

「とはいえ……流石にコレだけの年月を引きこもって生活してると、外に出るっていう実感が沸かなくなってくるなぁ、実際どうなんだろうな」

「……やっぱり、難しいですかねぇ、外出」

 

 どこか寂しげに、風加さんは言った。

 ――いや、俺はそんな顔をさせたいわけではないのだ。悲しませたりがっかりさせたり、そういうことは嫌だ、ゴメンだ。

 だから、

 

「いきなり外に出るっていうのも、無理な話でしたよね。……ごめんなさい、やっぱりアタシ一人で――」

「いや、行く! 俺もついていく!」

 

 思わず、食い気味に叫んでいた。

 何だってこんなヤケになって叫ぶ必要があるんだ? 本当に子供じみている。外に出たくないというのもそうだが、俺は子供のわがままを言っているだけなんじゃないか?

 

 だが、それでも後悔はなかった。

 なにせ――

 

「ホントですか!?」

 

 そうやってこちらの言葉に嬉しそうにする風加さんを見れたなら、俺は“それでいい”と思えたんだから。

 

 

 ◆

 

 

「すいません、準備に時間がかかるのでしばらくお待ち下さい!」

 

 と言われたのが今から一時間ほど前。

 出かけるのは思い立ったが吉日ということになり、早速決まったその日に出かけることとなった。現在時刻は午前の十一時、出かけるにはちょうどいい時間であるとも言える。

 

 今日はショッピングモールの他にも、その近くにあるオタショップが色々とテナントで入ってるビルなどを見ていくことになった。

 これこそ通販で頼めばいいような代物だが、オタショップが近くにあれば吸い寄せられてしまうのがオタクの性であるからして。

 

 もう何年も外でオタ活をしてこなかった俺も、それはすんなりと受け入れられた。

 

 何より、風加さんが是非行きたいと興奮気味に語っていたから、断る理由もなかったのだが。

 

「しかし、本当に時間かかるものだなぁ」

 

 女性の準備は時間がかかるというが、風加さんのそれは一際長いように感じられた。一時間、何だかデートの前みたいでソワソワしてしまって、さらに時間は感覚的に引き伸ばされる。

 そして、時間が伸ばされれば伸ばされるほど、俺の緊張は更に加速していく。

 

 ――やばいな、一瞬でも自分を冷静に(冷静じゃない)に振り返ってしまえば、即座にこの緊張が胃にダイレクトに来そうだ。

 努めて冷静でいるために、溜まっているソシャゲのデイリーを消化しながら何とか俺は正気を保った。

 

 でも、今にして思えばむしろ緊張していたほうがよかったのかもしれない。

 

 覚悟が足りていなかったのだ。想像しておくべきだった、彼女が準備をするということはつまりそれは――

 

「お、おまたせしました!」

「ああ、いやだいじょう――」

 

 

 想像を絶する美少女が、そこにいた。

 

 

「ぶ……」

 

 何とか最後まで言葉を絞り出せたのは、むしろ彼女を目の当たりにしたことで溜まっていたものが抜け出てしまったからだろう。

 それくらい、衝撃的だった。

 後には、言葉が残らない俺がそこにいた。

 

 服装は、当然いつものブレザーではない。どちらかというとボーイッシュなまとめ方をしているだろうか。おしゃれな小物が散りばめられたTシャツとショートパンツを、まだ春になりきらない陽気を体に溜め込むための上着でまとめたラフな服装だ。

 ボンボンのついたニット帽と合わせて、それまでの楚々とした風加さんではなく活動的で如何にも陽キャと言うような感じの魅力的な女性がそこにいた。

 

 個人的には、ニーソックスとショートパンツの絶対領域に目が言ってしまうのだがコレはオタクの悲しき習性というべきだろうか。

 

「ど、どうでしょう……」

 

 俺が言葉を失ってしまったからか、風加さんは何だか気恥ずかしそうにそのコーデの感想を求めてくる。多分、流行のファッションかなにかなのだろう。

 荷解きを手伝っているときに、こういうファッション誌が荷物の中にあったことは把握している。

 だが、それにしても――印象が変わりすぎたというのが、実際なところ。

 

 ああでも、なんというか。

 

「……俺は、制服姿より、私服の方が好き……かもしれないな」

「あ……!」

 

 正直、そのセリフが正解だったのかは客観的に判断することはできなかったが、

 

「ありがとうございます!」

 

 少なくとも風加さんは、嬉しそうに微笑んでくれた。

 だから、この場ではこれが正解だった……んだと、思う。

 

 

 ◆

 

 

「い、行きますよぉ……出ますよぉ!」

「いや、なんで俺じゃなくて風加さんのほうが緊張してるんだよ」

 

 玄関。

 俺の家の扉に手をかけて、何度か深呼吸をするように風加さんが精神を集中させている。思いっきり緊張している様子の彼女を見ると俺は逆に冷静になることができた。

 いや、でも本当になんだってそんな緊張しているというのか。

 

 風加さんの引きこもり日数はせいぜい10日足らず、外に出ることに緊張を覚えるような日数ではないだろう。何より俺と違って、引きこもっている間は俺と常にコミュニケーションが発生していたんだから。

 

 ともあれ、そこまで緊張していては流石に俺も見ていられない。

 適当に、話を振ることにした。

 

「にしても、外に出る時が私服で家じゃ制服っていうのも、変な感じだな」

「え? い、いや私はむしろ家だと制服じゃないと落ち着かないといいますか! だって聖地ですよ!? 風加子猫ですよ!? 制服以外の私服は基本屋内では解釈違いなんです!」

「そこまで!?」

「逆に、家の外で制服も解釈違いです!」

 

 それはまた難儀な。

 学校に通う時はどうするのだろう。

 

「学校に通う時は、それ専用の制服を着ますよ。学校は割りと制服改造の許容度が高いので、ゲームの風加子猫が着ている制服のイメージから離れたものを用意しています!」

「まってキミ制服何着用意してるの?」

「家用三着、学校用二着ですかね」

「家用の方が多い!」

 

 ――なんて話をすれば、風加さんの調子はいつものそれに戻っていた。

 打てば響く。こういう会話をしている時が、俺は一番楽しいかもしれないと最近思い始めていた。

 

「とにかく行こう、ここで喋っていると日が暮れる」

 

 予定的に、今日の外出は一日仕事だ。昼は軽めに済ませて、夜はそこそこいいものを食べるつもりでいる。これ以上足踏みをしていると、帰る頃には完全に日が暮れているかもしれなかった。

 そう思って、俺は何気なく扉に手を伸ばす。

 自分が引きこもりであるなんてことを、すっかり忘れて当たり前のように。

 

「あ――」

 

 ガチャリ、と聞き慣れない、しかし聞こえて当たり前の音がして、

 

 

 俺は一歩、外に出た。

 

 

 ――正直。外に出ることの躊躇いなんてまったくないとは思っていた。別に世界が憎いわけではない。怖いと思ったこともない。

 だから当たり前に外には出れるし、むしろ風加さんには余計なことに気を使わせてしまったと思っていた。

 

 でも、違ったのだ。

 

 いや、それは悪い意味ではなく。むしろいい意味で。

 この季節、春が近づく今頃はとにかく風が強い。扉を開ければ、外の風が飛び込んでくるなんてごくごく当たり前のことで。

 けれども部屋を締め切ってエアコンに環境の変化を委ねていた俺は、そんな自然に飛び込んでくる風のことなんてこれっぽっちも意識してはいなかったのだ。

 

 吹き込んだ風は、思った以上に心地よかった。

 

 空を見上げれば、雲の切れ間に太陽が見える。ついさっきまで雨が降っていたのだと、俺はその太陽と足元の水たまりで初めて気がついた。

 その水の反射も相まって、空は必要以上に眩しく思えた。

 

 なんだって、これほどまでに眩しいのだろうか。世界に、そんな変化はなかったはずなのに。

 

 いや――

 

「あ、えっと」

 

 慌てた様子で、外に出た俺の隣に風加さんがやってくる。

 ……いや、変化はあった。外ではなく、俺の隣に。

 

 

「――行きましょうか、木竹さん!」

 

 

「……ああ」

 

 彼女が俺を変えたのだ。

 風加さんという女性は、俺に優しく微笑んで、それから手を取るようにして――俺を家の外へと引っ張り出した。

 

 ゲームにおいて、風加子猫が家の外に出ることはない。

 風加さん自身、風加子猫が家の外に出るというのは、なんだか解釈違いのようだった。風加さんと風加子猫は違う。

 でも、違うからこそ意識せざるを得なかった。

 

 ゲームでは、外の世界に出ることのなかった二人。

 現実では、俺たちは当たり前のように外出し、生活を送っていく。まるでそれは、ゲームの中から俺たちが飛び出してしまったかのようで。

 言う慣れば、さながら。

 

 

 風加子猫は逃げ出した。

 

 

 ゲームという檻の中から。

 木竹竿役の家という監獄から。

 

 鼻歌交じりに、スキップをしながら。

 

 “俺”を連れて、逃げ出したのだ。



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6 転生者四方山話

1話抜けてましたすいません


 ショッピングモールについてすぐ、昼飯をファーストフードで済ませた俺たちは(前世のマ○クはマ○クかマ○ドかで喧嘩になった)最初にモールに併設されたゲームセンターへ向かった。

 曰く、

 

「アタシ、ゲームセンターに行くのこれが初めてなんですよ!」

「前世まで含めて!?」

 

 とのこと。

 是非ゲーセンに行ってみたいという風加さんの願いは即座に叶えられ、俺たちはゲーセンを見て回ることにした。前世とはまた違うゲームのラインナップを眺めつつも、風加さんが一番反応したのは、

 

「クレーンゲーの中にプライズが並んでる……!」

 

 筐体の中に収められたプライズフィギュアなどだった。俺はあまりこういったフィギュアなどには興味を持たないタイプなのだが、風加さんは違うらしい。

 加えて言うと、風加さんにとってプライズとはネットのカタログに乗ってる画像を指すのだとか。

 本当にゲーセンに行ったことがないらしい。

 

 そんなクレーンゲームに連コしてでもプライズを入手しようとする悲しきオタクを何とか押し留めて、俺たちは前世でも似たようなものが存在したリズムゲーをプレイしたりした。

 一応鍛えているとはいえ、体を動かすゲームは疲れる。というか風加さんに関してはそもそも鍛えてないから1プレイで汗だくになっていた。

 ……うなじから視線を反らしてしまったのは、失敗だっただろうか。

 

 ともあれ、その後は風加さんの買い物を色々と済ませてオタショップへ向かった。風加さんの買い物はすでに買うものを決めていたようでどれもスムーズだ。とはいえ、それでも数が多いので色々と回ることになったが。

 なお、買ったものがどういうものかは俺にはよくわからなかった。女子高生と言うのは俺とは生きている世界が違うので、必要な栄養も異なるのだ。

 そして、理解しようとすると深遠に引きずり込まれるだろう。

 

 そこまで終わって、時刻はまだ昼半ば、夕飯にはずいぶん早い。当然次に向かうはオタショップだ。通常のオタグッズの他、ゲームやらを売っている店もあり、中古販売をしている店もあり。とにかく幅広いものが並ぶ、このあたりに住むオタクならよっぽどのことがない限り常連となる店だ。

 俺は、訪れるのは初めてだが。もちろん風加さんも。

 

「いやー、色々並んでますねぇ」

「こっちは流石に初めてじゃないんだ」

「死ぬまでに一度は行くって、決めてましたからね」

 

 さらっと重いことを言いつつ(風加さんの前世には闇が多い)、俺たちはオタショップを巡る。

 

「あ、見てください、これこれ。来季アニメの特集ですよ」

 

 風加さんが立ち止まったのは、そんなショップのイチコーナー。来季から始まる大型アニメの特集をしているコーナーだった。そのアニメのグッズが棚を占拠している。

 

「ああ、これなら俺も原作持ってるよ」

「ホントですか!? アタシ前にやってた無料公開の部分までしか読んだことが無くて」

 

 そういえば、風加さんはこの世界でもガッツリオタクをしている。今俺達が見ているのは、国民的週刊少年誌(前世で言うジャ○プ)の人気漫画。

 当然と言えば当然か、俺もチェックはしているのだが。

 風加さんの場合は、そのチェックの仕方が特殊だった。

 

 何でも、家に携帯はあったので、それでネットにアクセスして公式の無料公開でチェックするしかこの世界のオタクコンテンツを目にする機会がなかったのだとか。

 なのでどちらかというと現世の風加さんは、この世界のアニメに対する造詣が深い。

 アニメは、ネットなら無料で目にする機会が他の媒体よりも格段に多いからな。

 

 ともかく。

 

「……これからは、この世界の色んな作品を自由に摂取できるんですね」

「……そうだな」

 

 なんとなくしんみりしてしまった。

 とりあえず今日は、今話題に触れたマンガの最新刊が出ていたのでそれだけを買っていくことにした。俺は本誌も読んでいるので内容は知っているが、こういうのは買うことに意味があるのだ。

 

 ――それからも、あちこちを回って時間を潰し。

 気がつけば夕方。もうすでに夜は遅くなりはじめているが、それでも少し空が暗くなり始めた頃。

 

 俺たちは夕食を取ることにした。

 

 

 ◆

 

 

 そこは静かな雰囲気のイタリアンだった。

 席が壁で区切られていて実質個室のようになっており、周囲からの視線が気にならない。なんというかここに来るまで、結構周囲の視線を感じることが多かったため、俺たちはこの店を選んだ。

 なんたって俺たちはオタク、なんだかんだ人が少ないほうが落ち着く。

 

「はぁ、こんな風に外を出歩くなんて、いつ以来だ?」

「アタシ、初めてかもしれません。もうクッタクタです……」

 

 二人して、ちょっとひと目には見せられないくらいにだらけている。とはいえ、区切られているとはいえ周囲からは普通に目が入る程度には開けているので、本当にまずい感じではないが。

 とりあえず最初に注文を頼んで――この店は店員が運んで回るピザが食べ放題らしく、何が来るかと楽しみにしながら雑談に耽ける。

 

「俺は……前世の学生時代以来だな」

「え……木竹さんって、前世では友達と食事に行ったこととか、あるんですか!?」

「前世の俺を何だと思ってるんだよ……」

 

 苦笑。

 風加さんもあはは、と笑いながら謝罪する。なんというかそれすら可愛らしくて、少しドキっとしてしまうが。

 ――話は、俺の前世に移っていった。

 

「俺、前世では引きこもりじゃなかったんだよ。普通に友達もいたし、学校では運動部に所属してたんだぜ?」

「えっ」

「そんなに驚くことか!?」

 

 むしろ今の人生でも、学生時代運動部だったと言われても驚かれない身体してると思うけどな!? 実際には筋トレしてるだけなんだけど。

 そして、その筋トレの知識は前世の運動部で身につけたものだ。

 

 ともかく、本当に俺は学生時代は運動部だった。他にも学生としての活動にも参加していたし、アニメやマンガに関してもそこまでどっぷりハマっていたわけではなかった。

 精々その時やっているアニメから興味があるのをいくつか見てみたり、話題の漫画を追っかけたりする程度。

 購読していたマンガ雑誌も、それこそジャ○プくらいなものだ。

 

 とはいえ、それでも学生の間ではそれはオタクの分類だったし、俺の友人は実際ディープなオタクも多かったが。

 大事なのは俺の前世は、決して引きこもりをするようなタイプではなく、普通に友人と遊びにいったり食事を食べたりするようなタイプだった。

 陽キャ……とは言えないが、陰キャというには活動的なごくごく普通のオタクタイプ学生。

 

 まぁ、彼女はいなかったけど。

 

「いなかったんですか!!」

 

 なんで嬉しそうなの?

 

 原作ゲームには、大学生の頃に触れた。当時は一人暮らしで周りの目を気にする必要がなかったのと、アルバイトでまとまったお金が手に入ることもあって色々なゲームなどに手を出していた時期あったのだ。

 エロゲもその一つで、原作はその最たるもの。

 

 まぁ、たまたま広告が目に入って、百円でセールしていたから買っただけなんだけど……

 

「……おかしくなったのは、就職してからだったかな」

 

 話の弾みで、そんなことを口にしてしまった。

 いけない、とは思っていても一度口にしたことは止まらない。

 

「ブラックだった、ってことですか?」

「んーまぁ、そんなところだ。ブラックなのは間違いないけど、何ていうんだろうな」

 

 俺の就職した企業は、そこそこ大手の企業だった。そこそこ大手で、そこそこブラックだった。とはいえ休もうと思えば休めたし、決してそれが完全に悪だといいきれるほどに悪辣なことはしてこなかった。

 有給を取らせないとか、取ろうとすると妨害されるとかそういう。

 

 だが、単純に意識が高かった。

 

「……俺がついていけなかったんだよ。俺、前世でそこに就職するまで自分はそこそこできる人間だと思ってた」

 

 そこそこ。

 一番ではないが、上から数えたほうが早い人間。

 運動部では三年生のときにレギュラーになれたし、大学ではそこそこ優秀な成績を残しつつサークルの運営に関わったりもした。

 就職だって同学年ではかなり早い方だったし、就職先も地元では入ったら一目置かれるような大手だ。

 

 できる人間だと、天狗になるのも無理はない、というか。

 

「本当にそこそこだったから、そこそこ以上にはついていけなかったんだな」

「……その企業のレベルが、身の丈に合ってなかった、と」

「そう、それで無茶をして身体を壊して……それっきりだ」

 

 俺がいけなかったのは、そこで無茶をしているときに止まれなかったことだろう。一度でも止まれていれば、そこが限界だと気づけていれば。

 いくらでもやり直す機会は、あっただろうに。

 

「……木竹さんは、真面目すぎたんですね」

 

 ――届けられたパスタをフォークに巻き付けながら、風加さんは言う。

 

「木竹さんは、周りからいろんなことを頼まれたりしていませんでしたか?」

「……そういえば、そうだな」

「おばさまが言っていました。木竹さんは真面目すぎる。真面目過ぎて――余計なことまで背負い込んでしまう、と」

 

 ぐるぐる、ぐるぐる。

 風加さんの巻きつけるパスタは、大きさを増していく。

 

「話を聞いていて、アタシも思いました。木竹さんはたしかに周りから頼られているけれど、同時に自覚のあるなしに関わらず――()()()()()()()()()、と」

「押し付けられている……か」

 

 押し付けられている。

 もしくは、便利に使われている。前世の頃は思ってもみなかったけれど、たしかに言われてみればそういう傾向はたしかにあった。

 もちろん、押し付けている側だって悪意があってそうしているわけではない。

 それが当然になるくらい、俺が引き受けすぎている、とそういうことだ。

 

「そしてその多くを木竹さんはこなしてきました。それが自信にもつながっていたんだとは思いますけど。それが通用するのは若いうちだけ。……学校っていう限られた箱の中にいた間だけだったんですね」

「……」

 

 そうして巻き付けたパスタをゆっくりと風加さんは持ち上げて。

 

「こんがらがっています」

 

 ぱくり。

 モッチモッチと、閉じられた口は美味しそうにそれを咀嚼する。

 そのまま、丁寧に噛み切って飲み込んだ。……変わった食べ方だ。

 

「んー、美味しい。……ようするに、無茶をし続けた木竹さんは無茶がスパゲッティみたいになっちゃって、雁字搦めになって疲れちゃったんですね」

「……ああ、なるほど」

 

 それであんなにパスタをあつめていたのか。

 スパゲティコードとはよく言うが、人生というのもそれくらい複雑で難しいものだということに異論はない。

 

「……何か悪いな、食事中にこんな辛気臭い話しちゃって」

「いえいえ、木竹さんのことがしれて、アタシ嬉しいです」

 

 ああ、なんというか。

 

「それよりも……いや、それだからこそ! 食べましょう木竹さん、やけ食いです!」

 

 ニンマリと、風加さんは可愛らしい笑みを浮かべて言った。

 なんというか本当に、俺は彼女に惹かれてしょうがないらしい。俺の話をこんな風に受け止めてくれて、むしろ慰めるように食事を薦めてくる。

 

 本当にできた人だ。

 この人を好きになったことは、きっととても幸運なことなのだろう。

 

 

 でも、だからこそこの人の推しは俺じゃない。

 

 

 木竹竿役なんだ。

 俺という個人ではなく。

 そのことが、どうしても妬ましい。彼女の向けてくれる笑顔が俺に向けられたものじゃない気がして、どうしたって嬉しさの他に感情が湧いてくる。

 

 それを、何とか。

 努めて抑えて、

 

「……ああ、そうだな」

「…………」

 

 同意して。

 

 ふと、視線があった。

 

 先程までの笑顔は引っ込んで、真剣な顔でこちらを見る、風加さんと目が合った。

 ――まるで、内面を透かされているようだと。

 そう、思わざるをえなかった。

 

「木竹さん、お話ありがとうございます」

 

 いや、これはきっと。

 見透かされているんだ、俺のことを。

 風加さんの真剣な声音は、それを宣告するかのようだった。

 

「今度は、アタシの話を聞いてくれませんか?」

「……風加子猫のことか?」

「――いえ」

 

 首を横に振る。

 静かに、落ち着いた様子で。

 

 

「アタシの前世のことです。今まで、木竹さんはそこに触れないようにしてくれていましたけど。話させてください」

 

 

 ――そう、覚悟を持って俺に伝えた。



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7 バッドエンドが好き。

 そのまま、夕飯を食べて俺たちは帰路についた。

 話を聞いてくれとは言われたものの、その場では何となく話す気にはなれなかった。原因は風加さんが話を持ちかけた直後にやってきた、ピザを運んで回る店員だろう。

 ある意味、有り難いタイミングだった。

 

 それから気持ちを切り替えて、二人で食べれるだけ食べた。

 相手のいる食事は自然と食が進むもので、お互いにもう満腹だというところまで食べて、それに回復するまでに結構の時間を要した。

 そうして帰る頃には、もうすっかり外は夜だ。

 街頭の明かりと、まだギリギリ周囲を確認できる程度の空の明かりが、俺たちを導いている。

 

 それでも、空には星が瞬いて、月は天に登っていたが。

 

 人の姿はなかった。一般的な下校や帰宅の時間とはズレている。なにより今は春休み、学生はこれからが本番だというものも多いだろう。

 そんな街並みを、俺たちは二人で歩いている。

 

「……流石に、まだ夜は寒いですね」

「大丈夫か?」

「いえ、……この体は頑丈なので、全然問題ありません」

 

 まるで、頑丈でない身体が身にしみているかのように風加さんは言う。

 というよりも――

 

「……アタシ、前世はすごい身体が弱かったんです」

 

 ――本当に、彼女にとってそれは身にしみているのだろう。

 

「生まれた頃から、大人になるのは難しいだろうって言われてました。学校にもほとんど通えてなかったですし……」

 

 こつん、こつん。

 二人分の足音と、空を撫でる風の音。

 そして、言葉を選ぶ風加さんの声だけが、辺りに響いていた。

 

「何より、そんな状態で学校に行けばどうしたって浮いちゃいますよね。……だからいじめられて、アタシは学校にも通わなくなりました」

「……そう、か」

「おそろいですね」

 

 見上げながら、風加さんはどこか無理を感じる笑顔を浮かべてくる。

 ……そんな顔をするくらいなら、言わないでほしいとは言えなかった。言う資格が俺には無いと思ったから。

 

「そんなわけですから、前世の若かりしアタシは、それはもうディープなオタクだったわけですね」

「俺と違って、な」

「今はどっちも似たようなものじゃないですか」

 

 まぁ、そう言われるとそうなんだが……

 

「当時のアタシの好みは、独占欲の強いオレサマ系でした」

 

 それから、視線を外して風加さんはそんな事を言う。オタクなんだから――オタクにかぎらず、好み、もしくは癖というものは必ずある。

 それをどうこう言うわけではないけれど、まぁでもそういう話は聞いていて複雑な気分にはなる。

 とはいえ、どちらかというとこの発言は、まぁそうだろうなという感想のほうが強かったが。木竹竿役が最推しのオタクが、俺様系が嫌いなはずがなかった。

 

「でも、色々とコンテンツを追っかけても、深いところまでは刺さらなかったんです」

「一番深いところにある好みでも、か?」

「一番深いところにあるからこそ、ですかね……」

 

 少しピンとこなかったが、少し考えれば解った。

 一番深いところにある癖だからこそ、そこには強いこだわりがあるものだ。俺は――どうだろうな。あまり、そういうことを考えてこなかったかもしれない。

 だからピンとこないのだろうと言えば、その通り。

 

「今になって思えば、単純にそれはそのキャラが私だけを見てくれるわけじゃないから、でした」

「えーっと……俺様系で独占欲が強ければ、ヒロインだけを見るものじゃないのか?」

「物語が展開する以上、どこかで別のことを考える余地が発生しますよ」

 

 男性が複数登場するゲームなら、当然その男性同士の絡みにも需要は存在する。恋愛ゲームでも、一対一の恋愛だけを主眼においたゲームは少ない。

 つまり、風加さんの言いたいことはこうだ。

 

 常に絶対に、どんなときであろうと自分のことだけを考えていてほしい。他の男性と会話している描写すら不要。絶対にヒロインとの一対一の会話でなければダメ。

 

 あまりにも、それは。

 

「――独占欲が強すぎるのはキミの方だな」

「えへへ、そうみたいです」

 

 でもまぁ、何となく理解できる話だ。

 

「でも、アタシって常に他人とは違う環境でしたから。……ちょっと、それを特別扱いしてもらえないと、耐えられないくらいには辛かったです」

 

 他人とは違うということは、特別であると同時に孤独であるということ。周囲に共感できる仲間のいない状況は、独占欲を育てるのだ。

 ……俺が、そうであったように。

 

「だからアタシは、アタシだけを見て欲しかったんですね」

 

 ――そして、俺は知っている。

 そんな風加さんの癖を満たす作品を、知っている。

 

 

「そんな時でした、ゲームの木竹竿役に出会ったのは」

 

 

 原作。

 『鬼畜竿役と自分だけの好きにしてもいい従順な子猫』。

 

「最初に見たのは……匿名掲示板の広告だったかな?」

 

 思い出すように、風加さんは言う。どれだけゲームの内容を覚えていても、そのコンテンツとの出会いを思い出すことは難しい。

 自然と耳に入ってきたり、偶然目にしたり。

 理由は、大抵の場合有り触れているからだ。

 

「そこで、目に入ったんです」

「っていうと?」

「広告のキャッチコピー。“私だけを見て、縛り付けてください”……って」

 

 ああ、それは。

 興味を惹くだろうな、と理解する。これまでの風加さんを見ていれば、その言葉に反応することは目に見えていると俺でも解った。

 というか、そのコピーは俺も覚えがある気がするな。

 

「それで、思わずクリックして、買っちゃったんです」

「買っちゃったのか」

「はい、百円セールでしたし」

「君もか!?」

 

 ――驚くべきことに、風加さんもこのゲームを例のセールで購入していた。まさかそんなタイミングが被ることが有るとは。

 であれば納得だ、俺もそのキャッチコピーを見たことが有るのだから。

 覚えがあるどころか、たった今思い出したと言っていい。

 

「……おんなじですね」

 

 さっきまで、なんとなく声音が低かった風加さんに楽しげな高音が混じった。視線もちらりとこちらを向いて……でも、すぐに逸れてしまった。

 

「……はじめはそもそも抜きゲーっていう概念をしらなかったですから。男性向けの普通のエロゲのつもりで買いました。でも、実際には結構特殊な形態で」

「まぁ、でもエロゲとしてはそこまでおかしなタイプではないと思うよ」

 

 ミドルプライスの一対一の調教ゲー。鬼畜と言いながらも軟化して純愛によるところまで、よくあると言えばよくある代物だ。

 だが、それでもそんな普通を知らなければ、間違いなく風加さんにとってそれはオンリーワンとなる。

 

「衝撃でした、ここまでバッサリ二人の関係以外のことを切り捨てるなんて。よくよく読めば、木竹竿役にもそこそこのバックボーンがあるのは解るんですが、本編できちんと掘り下げされるのは風加子猫のことだけですし」

「……あるのか? バックボーン」

「ありますよ、といっても結構ボカすような感じなので、正しいかは確信できませんけど」

 

 ともあれ、

 

「――何にしても、アタシはそれがめっっっっちゃ刺さりました」

「お、おう」

 

 っにはすごい力が入っていた。風加さんの本気と狂気を感じるタメだった。

 

「もう、コレ以上無いくらい刺さりました。だって二人は、二人のこと以外を見てないんですもの」

「まぁ、普通ならネットを見たりとか、そういう描写も挟まるよな」

「強いて言うなら、風加子猫からラノベを取り上げるかどうかのシーンくらいですね」

 

 ああ、と俺は何気なく。

 

「あのバッドとグッドの分岐のシーンか」

 

 と、そういった。

 ――それに、驚愕したのは風加さんの方だ。

 あんぐり口を開け、驚いてこちらを見上げている。それに気付いて、逆にこちらまで困惑してしまう。

 

「覚えてたんですか!?」

「いや、まぁ……思い出したというか」

 

 まさか思い出した理由が、風加さんが推しの筋肉を推しているところで嫉妬を覚えて、そこから既視感を感じたからだとはとても言えなかった。

 

「じゃあ、木竹さんは――」

 

 ふと、風加さんの足が止まる。理由は、決して特別な理由ではない。家についたのだ、俺の家が――木竹竿役の屋敷がそこにはあった。

 

 

「どっちの選択肢を選んだか、覚えてますか?」

 

 

 風が、俺たちを薙いだ。

 

 一瞬、沈黙。

 俺がそれを思い出そうとしたから、風加さんが答えを待ったから。足が止まったから、家についたから。そんないろいろの理由から、俺たちの間に音が消えた。

 

 不自然なほどに、その一瞬は空白だった。

 

「……取り上げる選択肢だ」

 

 俺は、何とか記憶を引っ張り出して答える。意外と覚えているものだった。……多分、その後のバッドエンドと紐づいているのだ。

 あれは、とても印象にのこったから。

 

「あ――」

 

 そして、風加さんは。

 

「――――アタシも、なんです」

 

 ポツリと、そんなことを言った。

 当たり前のことだ、風加さんなら絶対にその選択肢を選ぶだろう。選んで、そしてバッドエンドを迎えるだろう。コレまでの彼女の話から、それは疑いようのない事実だった。

 

「木竹さんは、なぜそっちを?」

「……なんとなく、だろうな。もうおぼえてないけど、覚えてないってことは複雑な理由はないってことだ」

「です、よね」

 

 でも、と風加さんは続ける。

 

「……でも、アタシも選んだ理由はほとんど何気なく、でした。あの選択肢がグッドバッドを一発で決めちゃうなんて思わなかったですし……あそこは、それを選ぶのが自然だと思いましたから」

 

 言われてみれば。

 ――プレイしている時点で、そんなフラグの話知る由もない。選ぶ理由は、それまでの木竹竿役の行動を鑑みれば自然とこうなるといったような理由だ。

 それが、そこまでゲームをプレイしてきた読者が、二人に感情移入していたプレイヤーが選ぶ普通の選択肢だったというだけのこと。

 

 そうなるように、物語は描かれていたんだ。高度なことをしている……のだろう。マイナーで低予算な抜きゲーにはもったいないくらいに。

 

「そして、そこで」

 

 なんて、考えをしているうちに話は進む。

 

「アタシは、運命に出会ったんだと思います」

 

 風加さんは、そう断言した。

 運命。

 つまり、そこに風加さんの原点はある。

 ――俺は、家に帰宅したことで自然と家の鍵を開けていた。立ち止まった風加さんを追い越す形で、扉に手をかける。

 それを、風加さんは振り返って。

 俺も、視線を向けて。

 

 俺たちは向かい合う形になった。

 

 そして、

 

 

「アタシ、このゲームのバッドエンドが好きで、だから木竹竿役が推しになったんです」

 

 

 そう、風加さんは言い切った。

 ――バッドエンド。

 

 原作におけるバッドエンドは、どこまでも破滅的で、刹那的で、そして――退廃的だ。

 

 二人だけの閉じた世界。

 絶対に、お互いのことだけを意識し続ける世界。

 

 

 そして、二人きりで、死んでいく世界だ。

 

 

 それが、今俺の真後ろにある。

 二人を永遠に閉じ込める堕落の檻が、そこにはあった。

 

 

 破滅は、目の前に迫っていた――



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8 俺は、風加さんのことが好きだ。

 このゲームのバッドエンドは、その展開自体は非常に単純だ。

 嫉妬から風加子猫を束縛するようになった木竹竿役は、段々とその行動すらも制限していくようになっていく。一度は軟化した態度も、再び厳しいものへと変化していく。

 

 だが、その中において最も大きな変化は、風加子猫がそれを受け入れ始めたことだ。

 

 風加子猫は木竹竿役という人間を理解し始めていた。一度は緩くなった束縛が、再び自分を雁字搦めにしていくことの理由も理解できてしまった。

 少しずつ、彼女は木竹竿役を愛し始めていたのである。

 

 故に彼女はその束縛を受け入れた。

 何もなかった人生に、初めて与えられた嫉妬という愛を彼女は嬉しく思った。自分のことを所有物だといった木竹竿役が、自分だけを見ていくようになることに悦びを覚えたのだ。

 

 二人は少しずつ共依存の檻へと沈んでいった。

 

 一日中を性行為に費やし、禄に食事も取らない生活。汚くなった服は使われていない部屋に放り捨てられ、二人はついに服すら着ることはなくなった。

 現代の、文化的な街の片隅に、あまりにも原始的で、原初的な愛の営みがそこにはあった。

 

 二人は知らず、気づくことすら無く破滅していく。

 お互いだけを見て、お互いがお互いのことを見ていると疑わない。刹那の退廃が永遠の微睡みであると幻想し、無限の牢獄が瞬きに二人を閉じ込める。

 

 やがて、起きている時間よりも眠っている時間の方が多くなり、現実を認識していることもできなくなってまで、二人は交わり続けて。

 その終わりは、幻想的な夜の世界だった。

 

 裸でつながったまま、眠りについた木竹竿役に、風加子猫は愛をささやく。

 ――後で知った話だが、原作には風加子猫から愛をささやくシーンはここにしか存在しないのだという。風加子猫が木竹竿役に想いを寄せるようになる頃には、お互いの関係は言葉が必要ないほど親密になっていたからだ。

 逆に、グッドルートでは唯一木竹竿役が風加子猫に愛していると告げるシーンがあるそうだが、正直覚えていない。

 

 それくらい、このバッドエンドは印象的だったのだ。

 

 それまで、あまり癖を感じさせなかった文体が一気に退廃的で甘美なものへと変化していく。それまで二人の関係を追い続けてきたプレイヤーに、これでもかというほど幸福に破滅していく二人を見せつける。

 どこにでも有るエロゲーを、少しだけ印象に残るバッドエンドゲーに変えるくらいにはその堕落は魅力的だった。

 

 そんなバッドエンドが好きだと、だから木竹竿役が推しなのだと風加さんは言う。

 

 彼女の来歴と、俺でも覚えているくらいの衝撃的なあのエンドを思い返せば、納得としか言いようがないほどに。

 

 風加さんという女性の人生に、それはたしかに刺さるだろうと俺は思った。

 

 ――すでに空は完全な漆黒に包まれて、月と星あかりだけが空に描かれている。

 昼に降った雨は完全にどこかへ消えて、空に雲は一つもないのだろう。それくらい、空には何者のジャマもなかった。

 木竹邸の前で、俺と風加さんが向かい合っている。

 

 お互いを照らすのは、もはや街頭の明かりくらいのものだ。

 暗がりに、風加さんの姿だけが浮かんでいる。

 

 俺と風加さんだけが、そこにいる。

 まるで、それは――

 

「だから、アタシは――」

 

 ――風加子猫と木竹竿役が破滅していく世界のようで。

 

 

「――そんな世界で、死にたかったんですね」

 

 

 退廃への誘いだと、俺は思った。

 

 もしも、もしも。

 今もその願いを風加さんが抱いているのだとしたら。こうして俺に話をしたのが、それを俺に伝えるためだとしたら。

 

 ――果たしてそれは悪か?

 

 否定するべきことか? 間違っていることか?

 倫理的に考えれば、普通のことだ。

 

 だが、今の俺達はそういった倫理とは少しズレた場所に生きている。普通に考えて何の繋がりもない女子高生の少女と成人男性が同居することが、倫理的に正しいなんてことあるはずなかった。

 

 だったら、俺はその退廃を間違いだとは言えない。言ってはならないと思う。何よりどうしようもなく。

 

 ――魅力的だと、思うのだ。

 

 この世界がクソであることを。どうしようもない世界であるということを俺は嫌というほど見せられてきた。親戚が、クラスの同級生が、たっぷりとそれを俺に教えてくれた。

 すでに道を踏み外してしまった後の俺に、堕落だの、破滅だのという言葉は似合わない。

 だって、通り過ぎた後の言葉なのだから。

 

 風加さんだって、何も残せないまま病に倒れ、生まれ変わってすら母に虐げられた。そんな人が、心に闇を抱えるのは自然なことだ。

 そう、ゲームの風加子猫がそうだったように。

 

 今でも脳裏にこびりつく、バッドエンドの“スチル”が思い出される。

 

 何も身に着けない姿のまま、ありのままに自分をさらけ出し、愛をささやく淫靡な少女。人を堕落させる蠱惑の笑みを浮かべて、そしてやがて己もまた眠りにつく。

 ――終わりを象徴する彼女の姿を、今も俺は覚えている。

 

 否、ここ数日で嫌というほど思い出された。

 目の前に、その少女と同じ顔の少女がいて、俺がその一枚絵の中にいるのだと自覚させられるたびに。木竹竿役であると思い出すたびに。

 

 その時は、それでも創作だと割り切った。

 その選択はたしかに美しいけれど、間違っていると。俺とは関係のない誰かの選択であると、画面の向こうに思いをはせた。

 

 だが、今は違う。

 

 俺は木竹竿役になって、その人生を追いかけた。ゲームの木竹竿役が俺と同じことを思って、俺と同じように振る舞ったことはありえない。

 でも、スタートは同じで、そして今。

 

 

 終わってしまってもいい、そう思う気持ちは同一だった。

 

 

 だが、それはあくまで俺だけの話だ。俺が木竹竿役だったとして、木竹竿役になってしまったとして。

 それは自分だけの心の話。誰かに共有できるものではなく、誰かと共有できるものではない。

 

 けど、俺の目の前には風加さんがいた。

 

 風加子猫。ゲームに於けるヒロイン。

 風加さん。ゲームと同じようにともに暮らすこととなった、俺の唯一の同郷。

 

 理解者、と言うのはおこがましいだろうか。

 

 だからそうした時。

 同じことが、俺たちにはできる。

 共に破滅していくことが。

 

 共に退廃へと落ちていくことが、俺たちにはできる。

 

 

 してしまっても、いいんじゃないか?

 

 

 まるで誘うように言葉を紡ぐ風加さん。

 それを受け入れてしまってもいいと思っている俺。

 

 ゲームの二人がそうであったように。

 このまま二人で、このクソッタレな世界から別れを告げて、死ぬまで惰眠を貪ったって、誰も責やしないんじゃないか?

 

 そう思った時、脳裏の淫靡な風加子猫の姿と、

 眼の前のどこか儚げな風加さんの姿が、

 

 ゆっくりと近づいていく。

 

 それまで輪郭がぼやけていて、全く異なる二つのものが一つの台の上に立っているような状況だったのがゆっくりと一つに還っていくのだ。

 戻っていく、と。

 

 重なっていくと、言い換えてもいい。

 

 俺は、そうだ。

 

 口を開いていた。

 

 ゆっくりと一つになる風加さんと風加子猫へ、俺を退廃へと誘う少女へ。

 

「俺は――」

 

 そして、二つは、

 

 風加さんと風加子猫は、

 

 

「――それは、ダメだと思う」

 

 

 重なら、なかった。

 

 

 不思議と、二つになりそうだった輪郭が、もう一度ぼやけて離れていく。どころか、俺の目の前に立つ少女は風加さんただ一人。

 ――風加子猫は、ゆっくりと風加さんから離れていった。

 

「その世界は、たしかに美しいけれど。その世界は、たしかに魅力的だけど」

「…………!」

 

 思わず、目を丸くして。

 

「風加さんには、生きてほしいって俺は思う」

 

 それから、風加さんはどこか嬉しそうに、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「何より、その世界は木竹竿役と風加子猫のものだ。俺たちはそういうふうにはなれないし、あれは二人の間にだけ存在するべきものだと思う」

 

 確かに、木竹竿役と風加子猫の破滅は美しい。

 それが彼らの真の結末ではないかと思ってしまうくらいに。だが、だとしても、だからこそ。二人の世界を美しいと思えば思うほど。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 そして、何より。

 

「君は風加さんであって、風加子猫じゃないだろ?」

 

 俺は、どうしたって、何があったって。

 

 

「俺は、風加さんが好きなんだ。他の誰でもない、風加子猫でもない。君だから好きなんだ」

 

 

 ――そうだ。

 とても、とても単純なこと。

 風加さんは木竹竿役が推しであるように、俺は風加さんが好きなのだ。

 ゲームのキャラクターではなく、風加さんという個人を好きになったからこそ、彼女と一緒にいたいと思ったのだ。

 守らなくてはいけないという義務感ではなく、自分からそうしたいという願いでもって。

 

 俺は風加さんを受け入れた。

 

 だったら、声を大にして言わないと。

 

「――じゃあ、木竹さんはアタシが、好きなんですね?」

「ああ、そうだ」

 

 何度でも言ってやる。

 ――冷静になる前に、正気に戻る前に。

 言ってしまったという後悔の前よりも先に、何度だって。

 

「俺は、キミが好きだ。――愛してる」

 

 この告白を、やりきってしまえ。

 

 

 ――今度こそ、完全に沈黙が生まれた。

 

 

 風も、音も、声も。なにもかもが停止して、その一瞬に何もない刹那を生み出した。

 それはもはや沈黙という言葉では足りない。“空白”ということばが正しいくらいの、何もない、真っ白な時間だった。

 

 沈黙を破ったのも、また白だった。

 

 はぁ、と吐息が漏れる。

 風加さんのそれは、空気を白く染めていた。寒さが、俺たち二人をいつの間にか包んでいる。だってのに、どうしてか。

 

 俺の身体は、どうにかなっちまったんじゃないかってくらい、熱い。

 

 煮えたぎるような感覚、それでもまっすぐと前を見る。

 

 そして、風加さんは。

 

 

 ――風加さんは、笑っていた。

 

 

「――――はい」

 

 

 嬉しそうに、幸せそうに。

 

 

 推しを尊いと口にするときのそれとは違う。どこか照れたように、気恥ずかしげに。

 

 

 

「アタシも、木竹さんのことが、好きです」

 

 

 ――かつて、幾度かみたことのあるどこか大人びた穏やかな笑みで、そう答えた。



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9(終) 不束者ですが、よろしくお願いします。

 ――風加子猫は、あまり良くない母の元に生まれた。

 風加子猫の容姿に嫉妬して虐待を働く母は、女としても母としても最低だったと言える。

 だからゲームの風加子猫は心を閉ざしてしまった。それを開いたのは木竹竿役という、鬼畜だが独占欲が強く風加を自分のものとして扱う男だった。

 

 風加さんは、そんな境遇に転生したが腐ることはなかった。

 すでに前世として人生を経験していたことが、凶暴な母の虐待を一歩引いたところから見れるようにさせた。加えて、自分が風加子猫だったことは風加さんにとっては大きな生きる理由だったのだ。

 

 いずれ母は死に、木竹竿役の元へ預けられる。

 かつて自分が憧れた最推しに出会えるのだ。だからこそそれは風加さんに力を与えたし、母の虐待を乗り越えることができたのもそのお陰だと言ってもいい。

 

 だけど、そうして人生を過ごすうちに、ふと思ってしまったのだ。

 

 

「――アタシと、風加子猫は違う、って」

 

 

 とても、とても当たり前のこと。

 俺がそうであるように、風加さんもまた感じていたのだ。木竹竿役の女は風加子猫以外にありえない――と。そうなった時、風加子猫ではない自分が木竹竿役のものになるのは違うのではないか?

 

「でも、それだけじゃないんです」

「と、いうと?」

「――アタシの知ってる木竹竿役は、風加子猫に対する木竹竿役なんですよ」

 

 人とは、決して一面だけの存在ではない。

 風加さんの母は風加さんにとっては最悪だが、若い頃はよくモテたそうだ。風加さんの母と恋愛をする男にとって、風加さんの母がいい女であったときもあるのだろう。

 同じように、木竹竿役はゲームにおいて、風加子猫のこと以外を考えない。

 意図的に描写を省いているのだから当然で、それはすなわち風加さんにとって、木竹竿役はそこしか見えていない人間なのだ。

 

 もしも、それ以外の部分が風加さんにとって許容できないものだとしたら。

 

 ――それは、風加さんの“推し”ではないのだろう。少なくとも、話を聞いていて俺はそう思った。

 

「それでも、やっぱり推しと同じ世界に転生したからには、一度は推しに会ってみたいじゃないですか。遠巻きでも、直接顔を合わせなくたっていいから」

「……まぁ、そうかもな」

 

 だから、生きる理由自体を風加さんは見失わなかった。変化が訪れたのは風加さんの母が亡くなってから――俺の叔母に身元を保証されてからだという。

 

「おばさまが木竹竿役にアタシを預ける事はわかってたから、聞いてみたんです。木竹竿役ってどんな人かって」

「……それで?」

 

 叔母は恐ろしい人だ。とにかく気が強くて男を尻に敷くタイプ。そんな人の俺の評価は、なんとなく聞くのが怖くなってしまう。

 まぁ、

 

「真面目すぎるほどに真面目で、見ていて心配になる人……だそうです」

 

 ――思いもよらない評価で、俺は目を丸くするのだが。

 叔母は、そんなことを俺に思っていたのか……? 普段、ほとんど干渉してこないからそんなに気にされていないのだと思っていた。

 

「そして、真面目だからこそしっかりしていて、子供だけど一人にして心配にならない人……だそうです」

「ああ……なるほど」

 

 いや、違う。

 認められていたのだ。叔母は俺のことを、認めてくれていた。だから一人でも大丈夫だと思った。それは――少しだけ嬉しい。

 

「それを聞けば、解っちゃいますよね。木竹さんは木竹竿役じゃない……って」

 

 流石に同じ転生者だとは思わなかったけど、と風加さんは苦笑するが。

 まぁそりゃ、流石にふたりとも転生者でそれも同じゲームをプレイしたことが有るとか、想像もしないけど。というかそれはむしろ俺のセリフじゃないだろうか。

 抜きゲーの竿役が最推しの人とか、あらゆる世界を探してもそう見つかる気がしない。

 

「でも、そうすると――」

 

 一歩、風加さんは俺に近づいて、

 

 

「今度は、木竹さんのことが気になってきたんです」

 

 

 そう、正面から伝えてくれた。

 思わず、胸が高鳴るのを感じる。好きな人に自分が気になると言ってくれるのは、それだけ嬉しいことだったんだ。

 

「アタシ、ずっと思ってるんですよ。人は一人じゃ変われない……って」

「変わるには、何かしらの外部からのきっかけが必要、ってことか?」

「はい。アタシだったら木竹竿役と、転生がそうでした」

 

 逆に言えば、人は良くも悪くも他人によって変わってしまう。風加さんはいい方向にかわれたけれど、俺の場合は周囲の環境のせいで、こうして引きこもってしまったわけで。

 

「木竹竿役も、そうだったと思うんです」

「……鬼畜竿役にも、影響を受ける周囲があったってことか?」

「はい。これはアタシの解釈なんで正しいかはわかりませんが、木竹竿役は周囲に対するコンプレックスのようなものがあったんだと思います」

 

 木竹竿役は、親の遺産によって働かずとも生活できるだけの資金があった。その上で家に閉じこもって、外界との接触を断つ選択を選んだ。

 ゲーム内ではそれに対する掘り下げはない。だが風加さんが言うには掘り下げがないだけで、設定としてはその辺りも存在していたのではないか、とのことだ。

 

「木竹竿役は家から出ないんじゃなくて、出たくなかったんじゃないかって思います。少なくとも彼は物語の冒頭で、“インターホンが鳴って、それに答えたことはとても久しぶりだ”と言っていました」

 

 通販などで荷物が届いても、木竹はすべて間接的にそれを済ませていたということだ。直接相手の顔を見ることはなく、宅配ボックスなどを使っていたらしい。

 ゲームでもそのことはわざわざ描写されていたそうで、風加さんはそう解釈したらしい。

 

「そういうふうに、人は良くも悪くも変わってしまいます。だけど思ったんです。木竹さんは、変わらないままなんじゃないかって」

「……俺が?」

「そうです、おばさまは言っていました。木竹さんは変わらない人だ、と」

 

 不思議だった。俺だって、他人の影響で変化して、こうして閉じこもることを選んだ人間だ。親の遺産にかまけて、自立を怠っている俺のどこに、木竹竿役との違いが有るんだ?

 

 

「本当に嫌なら――多分木竹さんは、アタシではなく風加子猫を選んでいたと思います」

 

 

 ――それは、本質的に。

 俺があの時、どうして風加さんに告白したのかを察しているがゆえの発言だった。――逃げてもいいのだと。木竹竿役と風加子猫のように、バッドエンドの破滅を選んでも良かったのだと、そう言っている。

 

 だからこそ。

 

「それを選ばなかった時点で、木竹さんは強いんです。かつてそうであったように、今も変わらず」

「……そんな」

「もしも本当に外がイヤで引きこもってる人が、こうやってデートを受けてくれますか?」

「…………あ、いや」

「アタシがでかけたいといった時に、何気なくついていこうなんていえますか?」

 

 ――何も言えなくなってしまった。

 たしかにそれは、俺が人が嫌で引きこもっているわけではないことの証明だ。

 

「もしも木竹さんに変化があったとすれば、それは自分を正したからです。無理に無茶なことを背負わないようにしようと、そう改めたから――そうしないように、木竹さんは内にこもったんじゃ、ないんですか?」

「……困ったな、君に言われると本当にそんな気がしてくる」

「そうですよ! そしてそんな木竹さんだから、私は強く関心を惹かれたんです」

 

 ――そして、

 

「そして、そんな強い人に好かれたいから、私いろいろ頑張ったんですよ?」

 

 俺は、大きな誤解をしていた。

 風加さんが化粧をするのも、家事をするのも、全ては誰でもない俺のためだった。俺に好かれたいからそうしたのだとしたら。

 

「アタシ――好きと、推しは、分けて考えるタイプなんです」

 

 この子は、最初から俺のことを――

 

「そ、それでその!」

 

 ――と、思考を巡らせて、そこで風加さんはずいっと俺に近づいてきた。先程まであった距離がぐっと近づいて、間近に風加さんの顔がある。

 いよいよ、俺は気恥ずかしくて視線を反らしてしまった。

 そして反らした先に風加さんが移動してきて、諦めた。

 

「き、木竹さんもアタシのことが好き、とのことでしたが!」

 

 どうやら、そこに話を持っていくとさすがの風加さんも気恥ずかしくなるらしい。お互いに赤くなる顔をまじまじと眺めながら、今は話をしていることだろう。

 

「つ、つきあってしまいますか? アタシ達!」

「あ、いや、えっと――」

 

 俺は、少しだけ逡巡して。

 

「……今は、やめておこう」

「え――」

「――だって、風加さんはまだ学生だろ? 自分でも言っていたじゃないか、人生をやり直してみたいって」

 

 あ……と、何だか風加さんが停止する。

 けど、コレは俺の偽らざる本音だ、きちんと伝えておくべきだと思う。

 

「だったらもっと、風加さんのやりたいことを全部するべきだ。それに叔母さんからは、保護者って名目で風加さんを預かってるんだから、その面目は守らないとね」

「あ、う……」

「だから」

 

 そう、俺は端的に言った。

 

 

「学校を卒業して、自立したら。その時は一緒になろう」

 

 

 偽らざる、俺の本音だ。

 

「う、うう、うああ……まさか恋人になるより先に、プロポーズをされるとは思いませんでした。……でも木竹竿役と風加子猫だって、肉体関係から始まってるわけですしね……」

「後々自分に突き刺さる発言はやめるんだ、風加さん!」

 

 先日の二の舞いになるぞ、と俺は彼女の煩悩をなんとかかき消す。

 仮にこの告白を思い出す時、この一言がついて回るのは絶対にまずい!

 

「はっ……し、失礼しました! で、でも木竹さんが悪いんですよ!」

「何故に!」

「そういうことをしれっと言っちゃうことです! 最初にアタシを受け入れてくれたときもそうでした!」

 

 顔を真赤にしてうずくまる風加さんは可愛らしいけれど、しかしなんというか、これはあれだ。

 近所迷惑になりかねないな?

 

「うう……アタシ、こんな幸せでいいのかな?」

「君はこれまで頑張ったんだから、幸せにならなきゃダメだ」

「そういうとこぉ!」

 

 言いながら風加さんは立ち上がる。

 お互いに何とか落ち着いて、そうなると今度はこの初春の夜が、寒さとなって襲いかかるわけで。

 

「……とにかく、中に入ろう」

「は、はい……」

 

 そういって、俺は扉を開く。電気の灯らない暗い室内が広がっていて、俺はそこに光をともした。

 

 直後、

 

「あの」

「……何だ?」

 

 ぽつり。

 もしくは、おずおずと言った様子で、風加さんに呼び止められて振り返る。

 

 風加さんは玄関の前に立っていた。

 それが、初めてこの家にやってきた彼女と重なる。風加子猫を待っていた俺のもとに現れた、風加子猫とは印象の異なる美少女、風加さん。

 その時はブレザーの制服で、今は風加さんが選んだ私服だけれど。

 

 自然とその二つの姿は重なって。故に、今この瞬間がその時と同じであると言うことに俺は思い至ったのだ。

 

 きっと、風加さんも同じように思い至ったのだろう。

 どこか緊張した様子で――ともすれば、最初にこの場所に立っていたときよりも緊張した様子で、俺を見ている。

 

 ――ああ、しかし。

 この家は、ゲームにおいては檻だった。

 木竹竿役にとっても、風加子猫にとっても。時にはその檻の中で、二人は果てた。けれども。グッドルートでは二人は生きることを選んだのだ。

 

 同じように、とはいえないけれど。

 それでも、ここは。

 

 ――これから俺と、風加さんが暮らしていく家だ。

 

 かくして、

 

 

「木竹さん。不束者ですが、よろしくお願いします」

 

 

「ああ、……こちらこそ、風加さん」

 

 

 抜きゲーの鬼畜竿役に転生した俺は、ヒロインの子に不束者ですがよろしくお願いされてしまった。




以上になります。
ありがとうございました。


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EX ウィンド&バンブー

後日談です。


 ――静まり返ったリビングで、神妙な顔の風加さんと、落ち着かない心持ちの俺が席について向かい合っていた。不思議なほど静謐に満ちたその場所では、呼吸一つが精密に相手へと伝わってしまう。

 不思議な緊張感に、俺と風加さんは包まれていた。

 

 そして、テーブルの上に載せられたそれを、風加さんはじっと見つめている。それはすでに数分にも及び、まるで相手の隙を伺い一瞬で切り捨てる仕合のさなかの武士かなにかのようで。

 言う慣れば、それを待つ俺はまな板の上の鯉だった。

 

 やがて、カッと目を見開き、風加さんは叫んだ。

 

「木竹さん!」

「はい!」

 

 思わず、声が上ずってしまう。絵面にすれば二十代のおっさんに片足突っ込んだ男が、十代の学生相手に緊張している情けない状況なのだが俺たちの間にその絵面は関係がなかった。

 なにせ俺と風加さんは、前世も合わせればすでに三十から四十近い年齢を重ねているわけだからして。

 

 それでも、緊張するものは緊張するのだ。なにせこれは――

 

 

「バグがめっちゃ多いです!」

 

 

 ()()()()()()()()()なのであるからして。

 

「……だよなぁ」

「はい! そりゃ通しでプレイできるようになった段階ですからね!」

 

 ――季節は夏。風加さんと共に暮らすようになって数ヶ月、俺たちは何と同人ゲーム制作を行っていた。というのも、風加さんは絵が描ける。普通に商業でもやっていけるだろうってレベルだ。

 そして俺は暇である。風加さんのおかげでいろいろと前向きになれたものの、外に出て働くには俺の名前は障害が多すぎる。

 手続きをして名前を変えるか、自宅でできる仕事をみつけるかの二択に陥った末、俺は自宅でできる仕事――同人ゲーム制作に乗り出したのである。

 

 まぁ、同人ゲーム制作は風加さんの提案なのだが。せっかく抜きゲの世界に転生したんだから抜きゲを作りたい。とのこと。

 相変わらず風加さんは変なことを考えるな。

 

「む、何か失礼なことを考えていますねー!」

「失敬な、俺はいつもと同じことしか今は考えてないぞ」

「それっていつも失礼なことを考えてるってことじゃないですか!?」

「ははは」

「否定してください!!」

 

 ともあれ。

 今の時代、ゲーム制作の主流はADVではなくRPGである。早速俺はRPG制作ツールを買って、風加さんとああだこうだいいながらゲームを作ったわけなのだが――

 とりあえず、土台はできた。

 だが、そこまでだった。とりあえずある程度形になったゲームを、風加さんにプレイしてもらっている段階。

 残念ながら、風加さんはエンディングにたどり着くことができなかった。

 

「どうやってもイベントが繰り返し再生されて進行がとまります!」

「俺が通しでやった時は、こうはならなかったんだがなぁ?」

 

 とはいえ俺はゲームのイラスト以外をすべて担当しているので、ゲームのクリア方法を知っている。当然と言えば当然の結果だった。

 

「後、戦闘の難易度が高すぎます!」

「ああ、一応俺もそう思って、EASY難易度を用意しようと思ってたんだが……」

「これがNORMAL!? ……これをHARDにして、NORMALとEASYは新しく用意しましょう」

 

 とか、いろいろとダメ出しを受けた。

 これもまたゲーム制作あるある、制作の想定したNORMALはHARD相当。しかしなんとも、ちょっとプレイしただけで、出るわ出るわ改善点とバグ。

 デバッグと調整には、果たして何ヶ月かかるかな……と少しだけ気が遠くなってしまった。

 

 だが――

 

「でも、うん」

「何だ? 俺のライフポイントはすでにゼロだぞ?」

 

 風加さんのダメだしで、精根尽き果てていた俺は、そんなことをふざけて返す。普段なら、そのままボケが帰ってくるのだが、今回は違った。

 

 

「……アタシ、このシナリオ好きです」

 

 

「――」

 

 思わず、飛んできた直接的な好意。俺は一瞬押し黙ってしまった。

 

「って、もお! そういう時に黙ると、アタシまで恥ずかしくなっちゃうじゃないですか!」

「い、いや……悪い」

 

 思わず二人して照れてしまった。お互いに恋愛経験値がゼロなので、こういう時クリティカルヒットを受けると自然と連鎖的に恥ずかしくなってしまう。

 数ヶ月の付き合いでも、こればっかりは改善されない欠点だった。

 

「とにかく、ですね! 主人公の女の子が、親に売られて最悪な状況から、少しずつ環境を改善して周りに仲間を増やしていくっていうストーリーは、すごく王道でいいと思います」

「まぁ、最初に作るからにはシンプルにやりたかったしな」

「っていうか、女の子がかわいい! 木竹さんって実は女の子を可愛く描く天才なんじゃないですか?」

「いやぁ……」

 

 ――別に、俺に女の子をかわいく描写する才能はない。

 だって、ほら。

 

「……目の前に、実例がいくらでも転がってるし」

「ふぇ?」

 

 ――ふぇ? なんて素で言う美少女が、可愛くないはずがなかったのだ。

 とはいえ、正直これは口にしなければよかったな、と俺は後に思った。

 だってそこからいろいろとヒートアップしてしまった風加さんをなだめるのに、その日は丸一日を消費してしまったのだから――

 

 

 ◆

 

 

 それから数日、俺たちは空いている時間に、デバッグ作業へ没頭していた。

 イラストに関しては、基本CGはすでにすべて完成していて、後は必要に応じて差分を書き足せばよい状況。とりあえずデバッグを先に終えて、そういった細かい手回しは後に回そうということになったがゆえの、二人がかりのデバックだった。

 

 とはいえ、基本的には黙々とバグを見つけては潰す作業。バグが見つからなかったりして、暇になったりする時は有る。

 集中力が切れて、息を入れ直す必要が出るときもある。

 

 そんな時に、ふと風加さんは零したのである。

 

「……アタシたちって、どうしてこの世界に転生したのでしょう」

「…………さぁ?」

 

 正直、皆目見当もつかなかった。なにせ、俺はこの世界に転生して以来、転生以外の超常現象に見舞われたことがないのだから。

 

「もちろんアタシも、チートでツエーした経験はございません」

「ある意味、今の環境はチートそのものだけどな」

 

 将来を気にする必要なく、好きに同人活動に没頭できるなんてどれほど幸運な環境だろう。こればかりは原作の安易な設定とクソ両親に感謝だ。

 風加さんとて、クソみたいな環境を抜け出してここにやってきた身、当然異論はなかった。

 

「でも、実はこの世界の裏には創作物みたいなあれやこれやがまかり通っていて、アタシたちはそれに気付いていないだけかもしれないのです」

「……例えば、実は俺たちのゲームは別のゲームと世界観を共有していて、その設定が転生に影響してたり……とか?」

「かもですね。まぁ、アタシはこのゲームしかプレイしたことは無いのですが」

「俺もだよ。あーでも、シナリオライターの名前は別の場所でも見たことがあったような……」

 

 うーむどこだったか……

 いや、まぁ思い出すのは無茶なのだが。もう既に前世の記憶は二十年以上前のもの、覚えている記憶のほうが稀有だった。

 

「……でもさ、別にそれでもかまわないんじゃないか?」

「と、いうと?」

「ぶっちゃけ転生モノって、転生したことに理屈がつかないものの方が多いだろ」

 

 もしくは、それが重要ではない場合。

 神様転生なんて、あまりにも有り触れすぎていて、それそのものがありふれた“テンプレ”になってしまっているくらいなのだから。

 

「俺からしてみりゃ、そもそも転生できただけ御の字。どれだけクソみたいな来世でも、死んじまった前世よりは現状マシなんだから」

「それはまぁ……そうですけど」

 

 むしろ、それに関しては風加さんの方が強く感じていることのはず。病弱だった前世と比べて、健常な今がどれだけ人生楽しいことか。

 伊達に、親の虐待を推しへの愛だけで乗り切ったわけではない。

 

「だからしいて理由をつけるなら……そうだな」

「そうだな?」

 

 小首をかしげる風加さんへ、俺は。

 

 

「――俺と風加さんが出会う運命がそうさせた、ってことでいいんじゃないか?」

 

 

 それはもう、気障ったらしいセリフを、風加さんにぶつけてみることにした。

 なぜって?

 そういう気分だったから。

 

「――――」

 

 停止する風加さん。

 もともと、雑談でデバッグの手はお互い止まっていたけれど、これで完全に風加さんは停止してしまっていた。もしかしたら、俺は時間停止能力に目覚めたのかもしれない。

 家の外に出ないから、時間停止モノのAVくらいにしか使い道はないのだが。

 

「こ、」

「こ?」

 

 十秒程度、たっぷり停止した風加さんは、そして。

 

 

「この、卑怯者ー!!」

 

 

 ばたばたと、その場を逃げ出してしまうのだった。

 

 なお、夕飯は風加さんの当番だったが、一品俺の好物が増えていた。

 

 

 ◆

 

 

 かくしてそれから、しばらくのデバッグ作業と各種調整の後発売された俺たちの同人サークル「ウィンド&バンブー」の処女作。

 「奴隷都市と絶対にへこたれない元令嬢」は、無事に販売された。

 内容は手堅くまとまった、短めの同人RPGであるものの、風加さんのイラストは中々にキャッチーで、初めての作品にも関わらず四桁以上のDL数を得ることに成功。

 俺たちは、自分たちの作品が世に認められたことへ安堵するのだった。

 

 内容は、いろいろな事情から奴隷都市なる場所へ送られてしまった元令嬢が、身体を使ったり拳で敵を叩きのめしたりして、仲間を増やして下剋上を図るというもの。

 最初の案では、とりあえず技術習熟にフリーの全年齢ゲームを作ろうという案もあったのだが、風加さんの「アタシは男と女の裸が描きたいのであって、中二なかっこいいスチルが描きたいわけじゃないのです!」という鶴の一声により、成人向けのRPGとなった。

 

 お値段は最初の作品ということで700円ちょい。

 プレイ時間は概ね三時間程度。

 そして基本CG枚数は――()()

 好評、発売中だ。




この二人、放っておくと無限にいちゃついてますね。


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