ソードアート・オンライン ~より良き未来を目指して~ (KXkxy)
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プロローグ

オリ主詳細


名前:天野蒼(あまのあおい)

あだ名:ソウ(紺野姉妹からのみ)

趣味:ゲーム類全般(テレビゲーム、カードゲーム、ボードゲーム問わず)。好きな武器は剣や斧よりダガーやナイフで、一撃当たりの威力より手数の多さを好むタイプ。

身体能力:かなり高い。本人の性格がインドア寄りのため運動能力は平均やや上程度だが、本気で鍛えればオーディナル·スケールのエイジ(ブースト込み)とタメ張れる程度の速度は出る。速度特化型のため腕力等は及ばないが。

生年月日:2011年6月3日(木綿季·藍子と同い年)

外見:キリト程ではないが、かっこいいよりは可愛い系統の顔。身長はSAO開始時点(11歳)で141.2cm、体重は40.1kg。

その他情報:天野家と紺野家は父親同士が中学生の頃からの友人で、母親同士も同様。更に言えば、4人全員が同じ中学校出身でもある。家も隣同士で、本人は知らないが、窓伝いにお互いの部屋を行き来できる(木綿季と藍子は知っている模様)。



平行世界(パラレルワールド)って信じますか?」

 

 僕の問いかけに対し、目の前にいる男性は目を見開いた。

 



 

 僕、天野蒼(あまのあおい)がこんな事を大真面目に言うことになった所以(ゆえん)は、1年ほど前に遡る。

 

 ある時から、僕はある『夢』を見るようになった。2人の幼馴染······紺野木綿季(こんのゆうき)紺野藍子(こんのあいこ)の双子姉妹が、生まれてくる際の事故によって感染してしまっているHIVによりAIDSを発症。免疫力が下がったことにより様々な病気や腫瘍ができ、最期には死んでしまう夢。2人のことが両親と並んで大切な僕にとってはこれ以上ないほどの悪夢だった。

 

 それでも、たった1度の悪夢でこんな事を大真面目に考えるようにはならない。この『夢』の異常さはその頻度にあった。日が経つにつれ、何かを急かすようにこの夢を見る頻度が増えていく。最初は2週間に1度程度だったのが、気づけば毎晩見るようになっていた。

 

ソウ······ボク、頑張ったよ······。姉ちゃんの分まで、頑張って、頑張、って······」

 

 夢の終わりは決まってこの言葉だった。夢を見ている最中にはよく聞き取れない声も、起きてみれば木綿季のものだということがハッキリと分かる。

 

 この『夢』が普通の夢ではない、予知夢に近い何かだという事を受け入れるまで半年を要した。そしてそれを受け入れた途端、それを待っていたかのように『夢』の内容が様変わりした。

 

 それは数多の世界に存在した『天野蒼』の記憶。幼馴染を喪い、彼女らを通じて知り合った友人たちも2人喪った。彼女達が命を落とす切っ掛けとなった難病の治療法を模索し続けた、総勢数十人にも及ぶ『天野蒼』の研究成果だった。

 

木綿季······藍子······おじさん、おばさん······クローヴィス······メリダ······出来たよ······」

 

 数多の記憶を引き継いだ末、彼ら彼女らが患っていた難病それぞれに応じた特効薬を作り上げ、従来の薬が効きにくい薬剤耐性型をも駆逐し得るものが完成した。だがその時には手遅れだった。彼が感じた、身を切り刻まれるような悔しさは自分のことのように思い出せる。

 

 その後、再び『夢』の内容は変化した。彼ら(天野蒼)の研究成果をより早く世に出すために、再び数多の『天野蒼』が苦しみを味わった。

 

 早い方がいいと小学生の時に動き出し、『子供の言う事』と相手にされなかった者がいた。

 発言に一定の信用が得られる高校生程度まで待った結果、間に合わずにみんなを死なせてしまった者がいた。

 『人に頼る』という事を覚えるまでに10人の天野蒼が失敗し、悔しさと後悔に身を切り刻まれた。

 『人に頼る』事を覚えた後も、天野蒼は失敗し続けた。頼る相手を間違え、全く相手にされなかった者。相談相手は親身になってくれたものの、結局子供の言う事と軽んじられてしまった者。可能性を見出したものの、敢え無く協力を断られてしまった者。概算ではあるけれど、30人近い天野蒼がいたと思う。

 

 長くなってしまったけれど、コレが僕が『平行世界(パラレルワールド)』の存在を確信した経緯だ。ここまでおかしな予知夢じみた夢と、それに伴う知識や思考能力の向上。肉体的には僕はまだ小学2年生だというのに、僕の脳味噌には大学レベルの知識がグルグルグルグルと渦巻いている。これで(ただ)の夢だと思えるような人は余程の馬鹿か呑気者くらいだろう。

 

「······大丈夫。たくさんの『僕』が、失敗から導いてくれる。どんな障害も全部乗り越えて、絶対に助けてみせる······!」

 

 『夢』の内容は既にまとめている。あとは『彼』に······協力を取り付けられずに数多の『僕』が血の涙を流した『茅場晶彦』に対価を提示し、協力を取り付けるだけだ。対価に関してもアテはある。後は······

 

「接触方法を考えるだけ······!」

 

 こうして僕······天野蒼(あまのあおい)による、幼馴染救済作戦(仮称)が始まったのだった。

 



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原作開始前
001


 『夢』と通じて未来の知識を断片的に得た結果、協力の可能性とその後の発言力と信憑性を全て持ち合わせているのはたったの1人。稀代の天才と言われていた茅場晶彦氏だということが分かった。彼が具体的に何をした人なのかは残念ながら『夢』には無かった。精々『完全な仮想世界』を実現したという程度。けど、平行世界(パラレルワールド)などというオカルト話を聞いてくれる姿勢を見せてくれた世界があるというだけで可能性は見いだせる。彼の興味を引く事が出来れば、心強い味方となってくれるだろう。

 

「問題は、あの人にどうやって接触するか、なんだよね······」

 

 彼の気を惹けるモノの心当たりはある。『完全な仮想世界』という、『異世界』と呼んでも全く差し支えないモノを創り上げた彼にとっては、平行世界(パラレルワールド)には一定の価値を見出してもらえるだろう。だからこそ、話を聞いてくれる姿勢を見せてもらえ――――

 

「ソ~ウ!」

「うぉわ!?」

 

 背中にやや強めの衝撃を感じると同時に耳に届く、聞き慣れた幼馴染の声。咄嗟にノートを閉じる。流石にこんなのを見られたらどう思われるか······。

 

「木綿季······突然飛びかかってくるのは止めてって前にも言ったよね?」

 

 肩越しに振り返ると、目に入ったのは不機嫌さを隠そうともせずに頬を膨らませている幼馴染の顔。

 

「ソウがいつまで経っても降りてこないからじゃんか~!もうお昼だよ!?」

「······ごめんなさい」

 

 完っ全に僕が悪かった。10時から遊ぶ約束をしていたというのに、考え事に没頭していて時間を忘れていた僕に非があった。というか非しかなかった。

 

 ちなみに、我が家は2階建てで、2階は僕の部屋·父さんと母さんの共同部屋·客間の3部屋。階下はリビングやキッチンなどの共用スペースとなっている。毎週土曜日にはリビングか僕の部屋で、木綿季と藍子、それに僕の3人で遊ぶのが慣例だった。紺野家はキリスト教徒なので、日曜日にはミサに行った後、病院で検査を受けているらしい。後者はハッキリ聞いたワケじゃないけど、ミサの後の予定を訊くと決まってバツの悪そうな顔で濁されるからそうなんだと思う。

 

「本ッ当にゴメン!すぐ行くから先降りてて!」

「は~いっ♪」

 

 元気よく返事をした木綿季が部屋を出る。パタンと音を立てて扉が閉まった。

 

「ハァ······。不味ったなぁ。絶対怒ってるよね、藍子······」

 

 木綿季は性格上、ドタキャンは兎も角遅刻には割と寛容·····というか、本人も姉がいなければ割と遅刻するんだけど、藍子は別だ。木綿季の双子の姉である彼女は逆に、ドタキャンには理由次第である程度理解を示してくれるけど、遅刻にはかなり厳しい。時間ピッタリなのはギリギリ及第点、5分前行動でやっとだ。僕も人の事は言えなくなってしまったけど、2人とも小学1年とは思えない。きっと、病気という存在から大人にならざるを得なかったんだろう。

 

「っと、いけないいけない。また考え事に夢中になるところだった」

 

 身支度がちゃんとしているか、ざっと確認しながら部屋を出る。廊下を走るのは母さんに怒られるから出来ないけど、許される限りで急いで階下に降りた。

 

「あ、おそようございます、ソウさん。随分ゆっくり休んでいたんですね」

 

 リビングに入った直後、お茶を飲んでいたらしい藍子から満面の笑みで挨拶が飛んできた。目が笑ってない。怖い。ちなみに、彼女が僕に対して敬語を使ってくる時は、完全に怒髪冠を衝いている時だったりする。紛れもないお怒りモードだった。

 

「お、おはよう藍子······。えっと···遅れてごめんなさい」

 

 速やかに土下座の体勢に移行する。こういう時はヘタに言い訳すると火に油を注ぐことになるので、顔を合わせた瞬間、即座に謝るのが最適解だったりする。

 

「············」

 

 ち、沈黙が痛い···。胃がキリキリと痛む。普段は別に苦じゃない沈黙だけど、彼女を怒らせた時だけは辛くなる。まあ100%僕が悪いんだから何かを言う権利なんて無いんだけど。

 

「···反省してる?」

「してる。これ以上ないってくらいしてる」

「それなら、私から言う事は別に無いかな。次からは気をつけてね?」

「ハイ······」

 

 どうにか許してもらえたらしい。何だかんだ、彼女達にこっぴどく怒られたことはあまり無かったりする。

 

「(人が好すぎるんだよねぇ······。悪い人に騙されなきゃいいんだけど)」

 

 そんな心配をしながらも、そんな人の好い彼女達が好きなので特に否定はしない。『夢』によると、人の悪意には敏感みたいだったから大丈夫だと思う。勿論、僕もできる限り目を光らせるけど。

 

「さ、ソウへのお説教はこのくらいにして······。ユウ、何して遊びたい?」

「う~ん······。本当は公園で遊びたかったけど、お昼からじゃあ遊ぶ時間あんまり無いし、ソウの部屋でゲーム!」

「ん、分かった。ソウ、お願いしてもいい?」

「勿論。遅くなったのは僕のせいなんだし、そのくらいはやらないとね」

 

 ゲームかぁ······。何が良いかな。テレビゲームもあるけど、カードゲームとかボードゲームも色々あるんだよね。主に父さんの影響で。トランプとかUNOは勿論、カタンみたいなそこそこ大型のゲームもあるから選択肢が滅茶苦茶多い。

 

「木綿季、どのゲームがいい?」

 

 というわけで、僕の部屋に行く前に、家の中でも奥まった場所にある物置部屋まで2人を連れてきた。一応家族共用の部屋だけど、殆ど父さんがゲームを置いておく用の部屋と化している。

 

「う~ん······。コレ!やったコトないし!」

 

 そう言って木綿季が指差したのは『カルカソンヌ』。僕らが生まれるより10年くらい前に発売されたボードゲームらしい。父さんがやっているのをよく見るけど、僕らはやったコトがないし、ルールも知らない。だからこそ木綿季はやってみたいと言ったんだろう。冒険心の強い彼女らしい。

 

「藍子はどう?何か、やりたいやつはある?」

「う~ん······。コレ、かなぁ」

 

 藍子が手に取ったのは『ハゲタカのえじき』。1988年に発売されたカードゲームで、各プレイヤーに配られる1から15までのカードを使って+1から+10の得点カードと、-1から-5までの減点カードを取り合い、或いは押し付け合うゲームだ。前やった時は中々白熱したゲームになったし、1回1回がかなり短いからカルカソンヌの合間にやるのにも丁度いい。これまた、堅実な彼女らしい選択だと思う。

 

「オッケー。それじゃあ早速やろうか。今日も泊まってく?」

「うん!おばさんからOKも貰ったし!」

 

 いつも通り、土曜の夜は泊まっていくらしい。もう一々許可を取る必要もないんじゃないかな。2人のことだから、言っても聞かないんだろうけど。変なところで頑固だからなぁ、2人とも······。

 



 

「また負けた······」

「相変わらず、ここぞって時の運が凄いね、ユウは」

 

 カルカソンヌは木綿季の圧勝だった。僕と藍子も善戦したと思うんだけど、最後の最後で木綿季が大量得点をして一抜け。そういえば、前に遊〇王をやった時も、手札0枚·フィールドがら空きの状態から、たった1枚のドローで逆転されたっけなぁ······。

 

「エヘヘッ。このゲーム面白いね♪」

 

 そりゃ、大量得点して大勝利したら楽しいでしょ。いや、木綿季はこの3人で一緒にいられれば何をしてても楽しいんだってことは知ってるけど。別のゲームでボロ負けしてるのに滅茶苦茶楽しんでることもあったし。

 

「それにしても、コレ本当に面白いね。タイルの配置なんて何パターンあるんだろ?」

 

 タイルの枚数は膨大。それに描かれた地形もそれぞれ違い、「草原」に「道」「都市」「修道院」が描かれている。それぞれの形が違ったり、都市には紋章が付いていたりいなかったり。地形ごとに完成条件があって、その条件を満たすと得点になる。それぞれの形はどのタイルにどのタイルをどう繋げるかで変わってくるから、最終的な地形も毎回変わる。計算したわけじゃないけど、無限と言っていいくらいのパターンがありそうだ。

 

「やっぱり、ちょっと疲れちゃうけどね······」

 

 藍子の声には疲労の色が濃い。元々時間がかかる大型ゲームな上に、ルールを逐一(ちくいち)確認しながらだから猶更(なおさら)疲れたんだろう。特にルールを確認して説明してくれた藍子は特に疲れてると思う。

 

「頭の休憩も兼ねて、こっちやろうか」

 

 ハゲタカのえじきは前にもやったゲームだし、ルールも単純だから覚えやすい。頭を使うか使わないかで言ったら使うけど、軽い駆け引き程度だからカルカソンヌに比べればマシだろう。

 



 

「勝負つかないね······」

「ユウと私が被ったり、ユウとソウが被ったり······」

「姉ちゃんとソウも結構被ったよね······。みんな同じ時もあったし······」

 

 まさか、全員減得点ほぼゼロになるとは思わなかった。ハゲタカのえじきは各プレイヤーが持つ1から15までの数字カードを出し合い、得点カードは最も数字の大きい人が、減点カードは最も数字の小さい人が獲得するんだけど、誰かと数字カードが被った場合、被った人は全員その減得点カードを得る権利を失う。一応、誰も取れないカードは次以降と合わせた減得点になるんだけど、根本的に似たような考え方の人がやると最後まで被りまくって誰も点数が取れなくなったりするんだよね······。

 

「ねえソウ、前にやった時もこうならなかった?」

「言われてみれば······。まあ、藍子がやりたがってた訳だし、本人も楽しそうだからいいんじゃないかな?」

 

 何だかんだで楽しかったし。一番楽しんでたのは間違いなく藍子だったけど。

 

「ソウは何かないの?やりたいゲーム」

「いわれてみれば、いつもユウと私に選ばせてくれるけど、ソウの意見を聞いたことないね」

 

 2人の言葉を聞いて改めて考えると、確かに僕は2人に選んでもらってばかりで自分のやりたいゲームを選んだことは無かったように思う。けど······

 

「う~ん······。正直、2人と遊べるなら何でもいいんだよね、僕としては。強いて言うなら······コレかな?」

 

 ベッドの下から『カタン』を取り出す。ちなみに、僕の部屋は入って正面に勉強机、左側にベッドと僕らの体がギリギリ通るくらいのサイズの窓があり、右側には小さめのモニターと本棚が置いてある。一応、入り口の横にはクローゼットもあるものの、僕はあまり服に頓着しないのでガラガラだったりする。中学校や高校になったら、制服とかが入って埋まるだろうけど。

 

「ま、結局コレも木綿季の一人勝ちだけどさ」

「いや、偶にソウも勝ってるからね?確かにユウが勝つことが多いけど」

 

 こと勝負勘と運命力で木綿季に勝とうと思うのが間違いなんじゃないかな?僕、カタンだけは父さんから叩き込まれて自信あったんだけど、それでも木綿季とやると6割くらいの確率で負けるんだけど。他のゲームなら9割方負けるから比較的マシではあるけどさ。

 



 

「ここを『都市』にして······発展カードのポイントを合わせて10ポイント!」

「あ~!今日はソウに負けちゃったぁ!」

「わ、私、まだ4点くらいなんだけど······。2人共早すぎない······?」

 

 大体1時間で無事10ポイントに到達し、今日のところは何とか勝つことが出来た。ちなみに、最終的なポイントは僕が10ポイント、木綿季が8ポイント、藍子が4ポイント。仮に木綿季があと1枚『騎士』のカードを使った場合、僕が持っていた『最大騎士力』のボーナス2点も奪われて負けていた。相変わらず頭のおかしい(誉め言葉)運命力だ。藍子は······何故かは分からないけど、サイコロとの相性が絶望的なんだよね。カードとかならそんなことないんだけど。

 

「···っと、そろそろいい時間かな。下に行って母さんを手伝おっか」

「え、もうそんな時間!?」

「全然気づかなかった······。ユウ、早く行こう?」

 

 パパッと後片付けをして階下に降り、2人は夕飯の用意をする母さんを手伝いに、僕はお風呂掃除に向かう。去年に結んだ僕たち3人の約束事として、『お互いの家に泊まる場合、必ず何かお手伝いをすること』というものがあるからだ。まあ僕は致命的に包丁が使えないから、母さんの手伝いは2人に任せっきりなんだけど。

 

「よし······!今日も頑張って磨きますか!」

 

 気合いを入れ直してお風呂場に向かう。料理で貢献出来ない分、気分良く入浴してもらえるように全力を尽くす事にしよう。

 



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002

 一夜明けて、日曜日。夕飯後に子供チーム(僕、木綿季、藍子) vs 大人チーム(父さん、母さん)で『カタン』をやって父さんに10ポイント取られて負けたり、木綿季が「一緒にお風呂行こう♪」と言い出して顔を真っ赤にした藍子に引き摺られていったり、()()()()()2人と一緒に寝ることになったりしたけど、まあ割愛しよう。させて下さい。夜中に起きたら保護者4人が顔を合わせて『どうやって2人と(あおい)をくっ付けるか会議』なるモノを開いてたあの時の僕の気持ちは誰にも分かるまい。しかも全員お酒片手に酔っぱらいながらだったから酷い意見も大分出ていたみたいだし。

 

「それじゃ、また明日ね!」

「ちゃんと宿題やるんだよ?ユウだってちゃんと宿題とかやってるんだからね!」

「分かってるって······。行ってらっしゃい」

 

 朝8時頃。ミサのために教会へ向かう紺野家を、家族総出で見送る。これもいつも通り。毎回のように飛んでくる微笑ましげに、同時に痛ましいものを見る目で見ている保護者4名の視線もいつも通りだった。

 

「(まあ学校の宿題なんて30分もあれば十分終わるんだけど······それより厄介な大きい宿題があるからなぁ······)」

 

 調べて見ると、既に茅場晶彦氏は東都工業大学を卒業しており、大学院に進学こそしているものの、今年で卒業するらしい。流石に就職されてしまうと接触が一気に難しくなるし、接触は今年の内にしておきたい。

 

「さて······、僕もちょっと出かけてくるね」

 

 紺野家の車が見えなくなるまで見送った後、父さんと母さんに出かける旨を伝える。

 

「宿題は大丈夫なの?」

「藍子にはあんな風に言われちゃったけど、実は昨日のうちに終わっちゃってるんだよね。まあそのせいで約束の時間に遅れちゃったんだけど」

「······まあ、やるべき事が終わっているのなら父さん達が言う事は何も無いな。ただ、十分に気をつけるんだよ」

「分かってるって。大丈夫だよ」

 

 心配そうにする(精神面は兎も角、肉体面はまだ小学校低学年だから当然だけど)2人を安心させるためにニカッと笑い、手を振って家を出る。まあ実際には宿題は終わるどころか手を付けてすらいないんだけどね。噓をついたことへの罪悪感はあるけれど、早いうちに接触しないと取り返しのつかないことになる。今年に入ってから僕を急かすように『夢』を見る頻度が多くなっている事から察するに、早く動かないと手遅れになりそうだ。

 



 

 東都工業大学重村研究室。重村教授を筆頭に、天才的な頭脳を持った学生達が山ほどいる魔境。その中でも群を抜いた天才が茅場晶彦氏だ。当然、天才の感覚というものは僕のような凡人には到底理解できない。交渉は至難を極めるだろう。

 

「······まあ、それ以前の問題だったんだけどさ」

 

 無人の大学構内で立ち尽くす僕。完全に迷ってしまっていた。この大学のだだっ広さをナメていた。入口で地図を確認したにも関わらず、現在地を完全に見失ってしまった。

 

「あ······」

「む······?」

 

 とにかく出口を探そうと手近な階段を降りようとした時、丁度下から上がってきた茅場氏に遭遇した。

 

「············」

 

 目が合った瞬間こそ僅かな驚きが顔に出ていた茅場氏だったけど、一瞬後には再び無表情に戻ってしまった。そのまま通り過ぎようとする。

 

「あ、あの!」

 

 緊張を押し殺して声をかける。無視されてそのまま行ってしまう事も想定していたけど、幸いなことに足を止めてくれた。

 

「何か?もし道に迷っているのであれば、この階段を降りれば······」

「いえ、そうではなくてですね······。えっと、茅場さん」

 

 一度深呼吸をして呼吸を整える。無機質さすら覚える彼の目を見て話すと嫌が応でも神経を削られてしまう。こうして一呼吸挟まないと、舌が絡まってまともに話せなくなってしまいそうだった。

 

平行世界(パラレルワールド)って信じますか?」

 

 僕の問いかけに対し、目の前にいる男性は目を見開いた。

 



 

「······フム。確かに、君が通常ではあり得ない体験をしたことは事実のようだ。だが、それを聞いて私に何をしてほしいのかね?」

 

 場所は変わって、重村研究室。流石に日曜日にまで大学に来ている人は少ないのか、室内には僕達以外の人影は無かった。茅場氏が淹れてくれたコーヒー(大分濃いめのブラックだった。小学生に出す物じゃないと思う)を飲みながら『夢』の事を話した。

 

「単刀直入に言います。『彼』の研究結果を発表するために助力を頂きたい。対価として、僕が見た『夢』の内容を可能な限り詳しくお教えします。正真正銘の平行世界(パラレルワールド)に関する情報は、貴方の目的に沿うものだと考えますが?」

「······君は、私の研究を知っているのかね?」

「詳しいことは何も。ただ、貴方が『完全な仮想世界』を実現することは知っています。後は、僕の推測でしかありませんがその動機は『別世界』への興味、或いは執着なのかな、というくらいですね」

 

 そう答えた直後、茅場氏の顔に浮かんだのは······落胆?安堵?そういった様々な感情が入り乱れた、複雑としか言えない表情だった。

 

「だが、君の話が正しいのであれば、私は自力でも目標を達成するのだろう?」

「それはそうですね。ですが、貴方はそれで満足するんですか?完成度を求めるのであれば、参考になるかもしれない知識は値千金だと思いますが」

「············」

 

 顎に手を当てて考え込む茅場氏。値踏みするような視線からは、僕に協力する事で得られる対価と協力する労力とを天秤にかけていることが読み取れた。

 

「······いいだろう。君の言う通り、私の求める世界は完成度が高ければ高いほど良い。具体的な方針はあるかね?」

 

 永遠にも思えた数秒の(のち)、茅場氏は協力を受け入れてくれた。······良かった。僕の選択は正解だったらしい。失敗例が山ほどあったからある程度絞り込めてはいたけど、確実とは言えなかったから、正直心臓バックバクだった。

 

「一応、多少は考えていますが······長くなるので後ほどメールでお送りさせて頂いてもいいでしょうか?」

 

 時計の針は午後3時を指していた。帰る時間を考えるとそろそろ帰らないと、暗くなるまでに家に帰り着かない。流石にそれは避けたかった。

 

「おっと······。もうこんな時間だったか。確かに、見るからに小学生の君は早く帰るべきだな」

「ええ。僕が迷子になんてならなければ、もう少し時間もあったんですが······」

「いや、初めて来たのであれば、迷うのは仕方のないことだろう。斯く言う私も、迷わずに目的地まで行けるようになるまでは少々時間がかかった」

 

 茅場氏もやっぱり迷った事があったのか。ただの慰めかもしれないけど、少しだけ気が楽になった。

 

「ありがとうございます。遅くても今晩にはお送りしますね」

「ああ。それと、君さえ構わないのであれば、出来れば対価は対面で受け取りたいのだが」

 

 対面で?······ああ、メールとか電話じゃなくて、直接顔を合わせて話を聞きたいってことか。

 

「日曜日なら僕は問題ないですが······茅場さんは大丈夫なんですか?お邪魔だったりは······」

「卒業できる程度の博士論文であれば既に纏めてある。卒業までは『完全な仮想世界』についての研究を進めようと思っていた。君の話を聞くことは私の研究にも大きく関わってくるのだ。遠慮する必要はない」

 

 この人マジか。博士論文って1つ書くだけでもかなり大変な筈なのに、もう完成してる上にさらに別の研究までやるとか······。口ぶりからして、いま出来ているのはあくまでも予備で、メインはこれから進める『完全な仮想世界』に関してみたいだし。控えめに言って化け物かな?

 

「と、取り敢えず、これが僕のメールアドレスです。茅場さんのは······」

「ああ。研究関連の連絡はこのアドレスに設定している。このアドレス宛にメールを送ってもらえれば、一両日中には確認しよう」

 

 連絡先ゲット。一応これからの行動案は複数個作ってあるから、帰り次第速攻で送信することにしよう。

 

「ありがとうございます。それじゃ、失礼しますね」

「ああ。······そうだ。おおまかではあるが、ここから入口までの地図を渡しておこう。また迷子になっても困るだろう?」

「アハハ······。確かに。有難く頂きます」

 

 意外と面倒見いいなこの人。『夢』だと自分の研究以外全く興味がない、言ってしまえば冷徹な人に見えたけど。

 

「ふぅ······」

 

 研究室を出た瞬間、安心感からついため息が漏れた。第一段階は無事に突破できた。後は治療が間に合うかどうかだけだ。

 

「倉橋先生にでもコッソリ頼もうかなぁ······」

 

 茅場氏······いつまでもこの呼び方は堅苦しいから茅場さんでいっか。茅場さんから貰った地図を頼りに歩きながら呟く。臨床検査として一刻も早く投与できないものかな。効果は保証するし、深刻な副作用だって勿論ない。数十人分の人生を丸ごと捧げて作り上げた薬を甘く見ないでもらいたい。まあ未知の物を患者さんに使うわけにもいかないから机上で有効性を検討するのは当たり前だし、理解できるけど。

 

「っと、出口だ。ホント、だだっ広かったなぁ······」

 

 流石は数年間日常的に通ってるだけあって、茅場さんの描いてくれた地図は正確で分かりやすかった。

 

「時間は······3時半か。早めに帰って宿題片付けなきゃ」

 

 帰りはどこかで迷うようなこともなく、無事日が暮れる前に帰り着く事が出来た。

 

「······蒼、宿題は終わったと言わなかったか?」

 

 噓がばれて父さんに怒られたけど。他のことなら兎も角、嘘に関してだけは厳しいからなぁ、父さん······。

 



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003

お気に入り登録してくださった6名の方々、ありがとうございます。

大変お待たせ致しました。

仕事しながら二次創作書くのって、思った以上に大変なんですね······。仕事に慣れるまでは本当に亀更新になりそうです。生暖かく見守って頂ければ幸いです。失踪はしません。少なくともある程度の形にはするつもりです。


 

 茅場さんの協力を取り付けてから、2年の月日が流れた。この2年間、新しい『夢』は見ていない。これで木綿季と藍子を助けられるかは確証がないけど、手は尽くした。後は天命を待つしかない。

 

「ねぇソウ、これってどうやればいいの?」

「ゴメン木綿季、ちょっとだけ待ってて。この問題だけ片付けちゃうから」

 

 2019年3月末。明日から4年生というタイミングで、僕達3人は春休みの宿題をやっつけていた。3人とも得意科目がバラバラ(木綿季は国語、藍子は社会や理科みたいな暗記科目、僕は算数·数学と英語)だから、勉強は3人でやるのが一番効率が良い。勉強会によくある、「勉強するつもりが気が付いたら遊んでいた」ってことも、藍子が息抜きしすぎないように注意してくれてるから無いし。

 

「これでよし、と······。それで、どの問題?」

「『スズメとウサギが合わせて50羽います。足の数の合計が154本の時、スズメとウサギはそれぞれ何羽でしょう?』って問題」

「あ~······。つるかめ算かぁ。確かに面倒だよね······」

 

 3年生の最後に教わった、『□を使った計算』の応用問題だった。中学生とかなら連立方程式を組んでサクっと解ける問題だけど、それを使わずに解くってなるとちょっと面倒くさいんだよなぁ。

 

「ちょっと長くなるけど、大丈夫?」

「ど、どんとこい!」

「ソウ、私も聞いてていいかな?」

 

 どうやら藍子も同じ問題で詰まってたらしい。······面倒くさいし、連立方程式っぽい感じで教えちゃダメかなぁ。ダメだよなぁ······。

 

「えっとね······。まずは『全部がスズメだった時の足の数』を考えてみて」

「会わせて50羽で、スズメの足は2本だから······2×50で100本ってこと?」

「そうそう。相変わらず計算早いね、藍子は」

 

 ズルしてるみたいで微妙な気持ちになるけど、僕の成績は『夢』の影響で知識が増えてるから上位にいられてるんであって、純粋な計算速度とか読解力は2人の方が遥かに上だ。最初の『天野蒼』は中の上程度の成績でしかなかったから、本来の僕の頭の出来はそのくらいの筈だ。

 

「けどソウ、問題だと足の数は154本ってなってるよ?」

「54本足りない······。あ、その分をウサギで合わせるんだね」

「そうそう。ウサギの足は4本、スズメは2本で、スズメを1羽ウサギに変えれば足が2本増えるんだよ。だから、54本増えるように調整すればいいんだよ」

 

 計算式的には、2×50 = 100 , 154 - 100 = 54 , 54 ÷ 2 = 27 になって、ウサギが27羽、スズメは50-27で23羽になる。

 

「なるほど~!ありがと、ソウ!」

「どういたしまして。計算とか読解とかは2人に負けてるんだから、こういうところくらいはね」

「それで私達もソウも成績が上がってるんだからいいんじゃない?おばさん達もこうやって助け合える関係は大切だって言ってたし」

 

 藍子はそう言ってくれるけど、やっぱり僕の知識はズルして手に入れたようなものだからなぁ。胸を張るべきなのは頑張って知識を貯め込んだ『他の天野蒼』であって、いまこの場にいる僕じゃない。

 

「やっと終わった~!」

「お疲れ様、木綿季。けど珍しいね?木綿季って何だかんだで夏休みとかの宿題は最初に終わらせるタイプなのに、最終日まで残ってるなんて」

 

 木綿季は時間の使い方が上手いのか、僕たち3人の中で一番休み中に遊んでいるのに、宿題を終わらせるのが最速だったりする。本人曰く、「宿題を意識しながら遊ぶのが嫌」らしい。ちなみに藍子は計画を立ててコツコツこなすタイプ。僕はその日の気分次第で進捗が変わるから場合によっては木綿季と同等の速さで終わるけど、遅い時は最終日まで溜めこんでたりする。

 

「アハハ······。このドリルだけ鞄の中に置き忘れちゃって······。昨日見つけた時は焦ったよも~!」

「ユウ、顔真っ青だったもんね。『明日一日で終わらせなきゃ!』って」

 

 クスクスと笑う藍子。手元のドリルは最後のページまで終わっている。僕の宿題もついさっき終わったから、これで3人とも無事に宿題を消化できたわけだ。

 

「時間は······まだ午後2時かぁ。折角だし、ゲームでもやる?」

「今から外に出るにはちょっと遅い時間だし、いいかもしれないけど······ユウは大丈夫?」

「あんまり頭使わなくていいゲームならやりたい!頭の中で数字がグルグルしてるよ~······」

 

 珍しくグッタリしている木綿季。そんな彼女に苦笑しながら、僕と藍子は頭を使わずに楽しめるゲームを物色する事にした。

 

「何が良いんだろう······?とりあえず、ボードゲームとカードゲームは除外だよね」

「普段のユウだったら新しいゲームの方が良いんだろうけど、今はルールの確認とかが無い方が良いだろうし、知ってるゲームで······」

「後は、1人用のゲームは勿論除外っと······。候補としてはこんな感じかな?」

 

 藍子と2人でこの2年間で更に数を増やし、遂に物置部屋からはみ出して僕の部屋のクローゼットを圧迫しているゲーム類を物色する。頭を使いそうなもの、そもそも1人用のものを除外しては、条件に合ったものを木綿季の前に積んでいく。最終的には木綿季に選んでもらおう。

 

「これやりたい!」

 

 ついさっきまで突っ伏していたとは思えないくらい元気よく木綿季が指差したのは、某大乱闘なパーティーゲーム。この3人でやると基本的にガチャプレイvsガチャプレイvsガチャプレイになるけど、頭を使わないで済むという点では今の状況にピッタリだからこの際言わないでおこう。

 

「オッケー。接続手伝ってくれる?」

「はーいっ♪」

「もちろん!」

 

 2人の頼もしい返事を聞きながら、対応するゲーム機を取り出す。去年の誕生日に小さめとはいえモニターを買ってもらったから、この部屋でやるゲームにテレビゲームという選択肢が増えたのは良い事だと思う。こうして3人で遊べるしね。

 



 

「バイバ~イ!また明日ね~!」

「ソウなら大丈夫だと思うけど、寝坊しないでね?朝、起きてなかったらお説教だよっ!」

 

 日が暮れて真っ暗になった頃。ちゃっかり夕飯を一緒に食べた後で、2人は家に帰っていった。木綿季はブンブンと大きく手を振って。藍子はサラリと釘を差してから窓伝いに部屋に帰っていく。最近になって初めて知ったけど、2人の部屋と僕の部屋、窓を開けると真正面だったんだよね。朝起きてカーテン開けたら藍子と目が合った時はビックリしたよ。

 

「僕は大丈夫だから、藍子は木綿季の心配をしてあげなよ。休みボケして遅くまで寝てるかもよ?」

 

 実際は休みの日でも規則正しく生活していることは知っているけど、敢えて冗談めかしてそんなことを返してみる。

 

「ふふっ、そうかもね」

「あ~!ソウも姉ちゃんも酷い!ボクだってちゃんと起きれるよっ!」

 

 頬を膨らませて怒る木綿季。一瞬の間の後、顔を見合わせた僕達の間には自然と笑いがこみ上げてきた。

 

「それじゃ、今度こそまた明日」

 

 ひとしきり笑った後、改めて手を振り合い、窓とカーテンを閉める。暫くの間、窓の向こうからは2人の声が微かに聞こえていた。

 

「·········さて、と」

 

 去年のクリスマスプレゼントに貰ったノートパソコンを立ち上げる。スペックは全然ない、安さだけが取り柄みたいなパソコンではあるけれど、メールくらいはできるから茅場さんとのやり取りに使っている。

 

「『君の要望は可能な限り叶えた。対価は忘れていないだろうね?』って······仕事早いなあの人!?あと1,2年はかかると思ってたんだけど!?」

 

 いや、確かに2年もあったから不可能じゃないだろうけど、自分の研究と就職活動、新生活への適応とか全部やりながらと考えると驚異的な早さにも程がある。あの天才、やっぱり頭おかしい(誉め言葉)

 

 「まあいいや。早ければ早いほど、皆が助かる可能性は高くなるんだし。え~っと、『もちろん覚えています。日取りは茅場さんにお任せしますが、場所に関してはこちらで指定してもよろしいでしょうか』っと。メールのマナーってこんな感じでいいのかな?『夢』じゃその辺り全然だからなぁ······」

 

 研究に熱中していた『僕』はメールのやり取りなんてほぼしてなかったからメールマナーはサッパリなんだよね。っていうかよくメールのやり取り最低限で研究できたなぁ······。

 

「·······まあ茅場さんもメールマナーとかあんまり気にする人じゃないだろうし、大丈夫だとは思うけど」

 

 呟きながらメールを送信する。1分後には了承の旨と、次の日曜日が空いているのでその日に話を聞きたいという内容の返信が届いた。

 

「場所は······あの辺でいいかな」

 

 現在茅場さんが勤めている『アーガス』社か、茅場さんの自宅に近い場所で、と思ったけど、よく考えると彼は既にいい大人で、僕は小学生。僕の家からあまり遠い場所にすると、移動時間が長くなる分話す時間は短くなってしまう。茅場さんには少し申し訳ないけど、自宅の最寄り駅付近の喫茶店を指定することにした。

 



 

「お久しぶりです茅場さん。こんな所まで呼び出すような形になってしまい申し訳ないです」

「いや、気にすることはない。話の時間を多くとろうとするならば、遅くまで出歩く事が不可能な君の家に近い場所になるのは当然だろう」

 

 時は流れ、日曜日。約束の時間は午前10時だというのに、9時半ごろに合流できてしまった。まあ話す時間が30分増えたと考えよう、うん。

 

「さて、と······。どこから話せばいいんでしょうか?」

「可能な限り詳しく······と、言いたいところではあるが、そうすると時間がいくらあっても不足するだろう。こちらから質問する。君はそれに答える形で構わない」

「分かりました」

 

 挨拶や近況報告もそこそこに本題に入る。流石に事細かに全てを語るには時間が足りないので、茅場さんの提案に乗っかり、質問形式で話を進めることになった。

 

「では······まず1つ目に。君が見た『夢』は視覚情報のみか、或いは聴覚、触覚、嗅覚等も存在したかを尋ねたい」

「情報量、ですか。······基本的には視覚情報がメインですね。聴覚情報は概ね問題ないですが、偶にノイズが走ったみたいに聞こえなくなることがあります。触覚情報や嗅覚情報に至っては殆ど感じたことがありません。味覚にかんしては不明ですね。夢の中で何かを口にしたことが無いので」

 

 この辺りは普通の夢と変わらない。視覚情報と聴覚情報ばかりで、触覚·嗅覚情報には乏しかった。

 

「ふむ。では次に······『夢』では君はどのような立場で情景を見ているのか。三人称視点なのか、『その時の君』から見た風景を見ているのか。前者の場合はどこから見ているのか。上から俯瞰しているのか、その場にいる第三者として隣から見ているのか。そういったことを尋ねたい」

 

 ちょっと分かりづらい質問だった。要するに、『夢』の中での僕の立ち位置に関してみたいだ。

 

「基本的には第三者視点ですね。ただ、人の顔とかは朧げで、モザイクがかかったみたいにぼやけて見えます。後、上からの目線で見たことは一度もないですね。『その時の僕』の隣から見ている感じです。ただ、感情だけは流れ込んできますね」

 

 見る度に感じる、身を切り刻まれるような悔しさと無力感は忘れようとしても忘れられない。そもそも毎晩のように味わっているんだから忘れるも忘れないもないけれど。

 

「なるほど······。最近も、『夢』を見続けているのかね?」

「もはや日常の一部になるレベルですよ。ただ、見る内容に関してはこの2年間、全く変わっていませんね。前例がある以上、何らかのきっかけでガラリと変わる可能性は無視できませんが」

 

 あの『夢』を(ただ)の夢ではなく平行世界(パラレルワールド)で実際に起こった事だと感じた途端、見る内容がガラリと変わったことを考えると、何かの拍子に新しい内容の『夢』を見ることだって十分にあり得ると思う。

 

「······なるほど。では次だ。君は······」

 

 その後も根掘り葉掘り、様々なことを訊かれたし、話した。『夢』の内容についてだったり、『天野蒼』の総数の概算だったり。気づけば日も傾き、小学生としては遅い時間に差し掛かっていた。

 

「···っと、もうこんな時間だったか。あまり遅くなると君の親御さんに心配をかけてしまうな」

「······意外ですね。茅場さんはそういうの気にしないと思ってました」

 

 最低限の世間体は維持するだろうけど、自分の目的のためなら常識とか良識なんか投げ飛ばす人だと思ってた。『天野蒼』もそうだったけど。

 

「流石の私も、そこまで人の心を無くしてはいないさ。それに······」

 

 ――君の帰りが遅くなり、外出禁止にでもなって話が出来なくなることの方が困る。

 

 続けられた言葉に苦笑いが浮かぶ。茅場さんはやっぱり茅場さんだった。まあお互いの利益のために利用し合っているような関係だから妥当ではあるんだけど。

 

「それじゃあお言葉に甘えて、今日はこの辺りで。次は······いつにしますか?」

「そうだな······。『ナーヴギア』の開発の方がそろそろ佳境に入る。原案及び設計担当としてはあまり席を外せなくなるな······」

「それじゃあ、開発の方が一段落したらメールをお願いします。具体的な日程に関してはそれからということで」

「そうだな。よろしく頼む」

 

 次にいつ会うかを軽く打ち合わせて解散する。茅場さんはこれからアーガスに行って仕事があるらしい。ナーヴギア···茅場さんが考案したフルダイブ技術の先駆けとなるゲームハード。それがどういうモノなのか、『天野蒼』の記憶には無い。ただ夢として見ていないだけなのか、或いは彼らが興味を持たなかったのかは分からないけど、だからこそ今ここにいる僕は楽しみだった。

 



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004

 

 茅場さんとの話し合いに気を取られていたけど、先週から新学年としての生活がスタートした。

 

 と言っても、小学生なんて進級したところで生活が大きく変わったりはしない。精々が教室の場所が変わったりクラスメイトが変わったり、後は担任の先生が変わる程度だ。ついでに言うなら、僕としては今年も変わらず木綿季と藍子と一緒のクラスということもあって全く変わった気がしない。2人以外に友達いないし。

 

 そんな代わり映えのしない日々を過ごして半月。新しいクラスにも違和感を感じなくなり始めた頃、僕の生活にも大きな変化が起こった。

 



 

「それじゃ、おやすみ~」

「うん、おやすみ」

「また明日ね~!」

 

 いつからか恒例となった、窓越しの2人との会話。毎日一緒に登下校したり遊んだりしているのに、話すネタが尽きないんだから不思議だ。

 

「ふぅ······。ちょっと遅くまで話しすぎちゃったかな」

 

 時計は10時半を指している。普段は9時半か、遅くても10時までで切り上げているのを考えると大分遅くなってしまった。普通に暮らせているとはいえ病人の2人に申し訳なく思いつつ、速やかに電気を消して床に就く。

 

「(はぁ······。予知夢じみた夢で警告してくれるのは有難いけど、こう毎日毎日続くと参っちゃうよ······。この件で今の僕が出来ることは全部やったって言うのに······)」

 

 夢に思いをはせる。別に警告がいらないってワケじゃない。けど、毎日夢を見せるのは勘弁してほしかった。寝ること自体が憂鬱に思えてしまう。

 

「(まあ······夢自体は······悪く、ない······んだけどさ······)」

 

 無念に満ちた夢だし、正直に言ってしまうと見るのが辛い夢だ。けど、あくまでも僕は()()()()()()。『記憶通りに生きた天野蒼』や、今も病気と闘い続けている2人に比べればこの程度の辛さなんてどうということはない。それに、夢では病気に負けずに笑って過ごす2人が見られる。眠ることを拒絶していないのはそれが大きな理由だった。

 



 

 目を開ける。と言っても、実際の僕は目を閉じて眠りの世界だ。正確には『意識を開く』と言えばいいんだろうか。

 

「(これは······いつもの夢じゃ、ない?)」

 

 場所は学校。これまでの夢で学校が出てきたことは無かった。時間帯は······赤く染まる教室から夕方だと推測できた。

 

「ねえ聞いた?あの噂······」

「聞いた聞いた。けどビックリだよねぇ。まさかこの学校にビョーニンが通ってたなんて······」

「ビョーニンが来るんじゃねぇよ。ビョーキが感染るだろ」

 

 気づけば、教室の中には僕以外にも多くの人影があった。何かを囲むように円を形作っている。聞こえてきた、というよりは頭に響き渡るような声には覚えがある。2人と仲良くしていた同級生のものだ。

 

「まさかあの2人が、ねぇ······?」

「ねぇ。私も初めて知ったわ」

「学校にも何も言わないなんて、一体何を考えてるんだ。非常識にもほどがあるだろう!」

 

 今度は先生方の声。同時に、人影が作っている円の外周に一回り大きな人影が現れる。

 

「ビョーニン、ビョーニン、ビョーニン家族~!」

「ビョーニンは家から出てくんじゃねーよ~!」

 

 近所の悪ガキ達の声。他にも様々な人の声が聞こえ、その度に『何か』を囲む円は大きく、人の密度は高くなっていく。そしてその渦中で罵声を浴びているのは······

 

「ッ!?」

 

 後ろ姿しか見えないけど、見間違えるハズがない。見慣れた後ろ姿は間違いなく木綿季と藍子だった。

 

「(これ、は······)」

 

 何だ?考えるまでもない。2人がHIVキャリアであることが不特定多数の人に広まった場合に起こることだ。学校中からつま弾きにされ、家に帰っても近所の人からの白い目線に晒される。2人の背中は震えていた。表情が見えなくても、ロクに声が出せなくても、彼女達が深く傷ついていることは疑いようがなかった。

 

「オマエら、セービョーなんだってな~!」

「『ふしだら』なんだって母ちゃんが言ってたぞ!や~い、ふしだら女~!」

 

 地獄のような光景は続く。そして流れ込んでくる『天野蒼』の感情。嫌悪、怒り、悲しみ、虚しさ······。その全てが今までの夢で感じたモノよりもはるかに大きかった。特に怒りなんて、もはや『殺意』と形容してもいいかもしれない。

 

「······ッ!」

 

 堪え難かった。『コレ』が僕の前で、実際に起こっていることなら幾らでも干渉できる。勝手なことを言う奴らを殴ってやれるし、2人を庇うくらいはできる。けどコレは『夢』でしかない。どんなに手を伸ばそうと、どんなに口を開こうと、僕はこの光景に対して何一つ干渉できない。目の前で苦しんでいる2人の女の子を、庇うことも守ることもできやしなかった。

 

「······ッッ!」

 

 唇を嚙む。お腹の底から湧き上がってくる無力感が僕のモノなのか、それともこの光景を見ていた『天野蒼』のモノなのか。答えは出なかった。

 



 

「アァァァァァァァァァ!!!!」

 

 叫び声を上げて飛び起きる。真っ暗な部屋に響くぜぇぜぇという音が自分の呼吸音だということに気づくまで数分を要した。

 

「今の······夢、は······?」

 

 いつもの夢とはかけ離れた夢。いつもの夢よりも遙かに地獄のような光景だった。

 

「ッッ!」

 

 このまま寝直す気にもなれず、電気を点けてパソコンでメールを起動させて茅場さんへの新規メールを作る。深夜だから迷惑だとは思ったけれど、とてもじゃないけどじっとしてなんかいられなかった。

 

「え~っと、『夢の内容が変わりました。内容は······」

 

 たっぷり2時間ほどかけて、出来る限り詳しく『夢』の内容をまとめる。今まで見ていた夢が生ぬるく思えるほどの悪夢。アレと同じようなことが起きかねないとか、考えただけでため息が出てきた。

 

「とりあえずはこんな感じかなぁ······」

 

 メールを書き上げ、茅場さんに送信する。気づけば気分も少し落ち着いていた。夜中だから迷惑かと思わないわけじゃなかったけど、電話と違ってメールはいつ見てもいいんだし、何より本人が「何かあればすぐに連絡してくれたまえ。夜中だろうと気にする必要はない」って言ってくれたし。

 

「あ、返信きた。こんな時間でも起きてるのかあの人······」

 

 文字通りあっという間に返信がきてビックリする。時計を見ると3時半。あの人、まともに寝てるのかな······?

 

「ま、僕が気にしてもしょうがないだけどさ······。え~っと、『了解した。とはいえ、1度だけではただの夢という可能性も否定しきれない。また何度か同じ夢を見るようであれば改めて連絡して欲しい。私も近いうちに予定を空けておく。詳しい話はその時に』か。『否定しきれない』って言う割には予定を空ける気マンマンな辺り、最初から否定する気無いなあの人······」

 

 矛盾したような文脈にクスリと笑う。気分も落ち着き、心情的にも寝てもいいんだけど、時計が示す時間は朝の4時ちょっと前。寝るにはちょっと中途半端な時間だった。

 

「何やろうかなぁ······。宿題···は、もう終わってるし、ゲーム···は2人と一緒の時の方が楽しいし······」

 

 寝坊覚悟で寝直すしかないかと思った時、ふと机の上に置かれた1冊の本が目に入った。茅場さんが「どうしても寝られない時に読むと良い。君にとってはいい睡眠導入剤になるだろう」と言って渡してくれた本だった。

 

「試しに読んでみようかな······。ベッドの中じゃなければ寝坊はしないだろうし」

 

 机に向かい、本を開く。タイトルは「プログラミングの全て」······。茅場さんの著作らしい。資金稼ぎの一環で書いたんだろうなぁ。

 

「まあいいや。え~っと何々······」

 

 タイトルで察しはついていたけど、プログラミングに関する専門書だった。プログラミング言語の種類に始まり、本の半ば程度で簡単なプログラミングが、最終的には単純なゲームが作れるようになることを目標ということになっていた。

 

「なるほどねぇ。コレは確かに、小学生にとっては睡眠導入剤だ」

 

 僕にとっては逆効果だったみたいだけど。元々好奇心の塊みたいな性格してるからね、僕。ここ何年かは『夢』で知ってる事ばかりなせいで満たしきれなかった好奇心がチクチクと刺激される。

 

「··················」

 



 

(あおい)~?起きてる~?」

「······ハッ!?」

 

 扉越しに聞こえる母さんの声で現実に戻ってくる。完全に熱中してしまっていた。時計の針は7時半を指している。たっぷり3時間以上も読みふけっていたみたいだ。

 

「お、起きてるよ。今から着替える」

「良かった。降りてくるのが遅いから寝坊でもしてるのかと心配しちゃったわ。朝ご飯、出来てるからね」

 

 そう言い残して階下へ降りていく母さんの気配。危ない危ない。声をかけられなかったら一日中夢中になって読んでたかもしれない。知らないことを知る楽しさに耽りすぎた。

 

「全然睡眠導入剤じゃないよ茅場さん······。いや、あの人ならこのパターンも予想くらいはしてそうだけどさ」

 

 あの人は間違いなく天才だ。天才故に他の人とはちょっとズレている所があるけど、頭の回転は決して悪くない。というか理論的、論理的な思考であの人に勝る人は『夢』の中でさえ見たことがない。そんな人がこの程度すら予想してないとは考えられなかった。

 

「まあいっか。学校の勉強だけじゃあ退屈過ぎだったし、ありがたいや」

 

 ぶつくさ言いながらも着替え、身支度を整えてリビングに向かう。あの『夢』と同じようなことが本当に起こるのか、起こるとしてもいつなのかは全然見当もつかないけど、それまでは今まで通り、何も考えずに遊ぶ事にしよう。

 



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005

 

 夢の内容が変わってから1週間。案の定と言うべきか、毎晩のように同じ内容の夢を見続けていた。堪え切れずに飛び起きて、内容を茅場さんにメールで送って、プログラミングの本を読んで自分を落ち着かせる。そんな日々が続いていた。

 

「ソウ、大丈夫?」

 

 いつも通り、2人と一緒の登校。お隣から出てきた藍子が開口一番にそう訊いてきた。

 

「大丈夫って?」

「ソウ、最近あんまり寝てないでしょ?気づいてないのかもしれないけど、目の下に隈あるし」

「えぇ!?そーなのソウ!!?」

 

 木綿季は気づいていなかったのか、びっくりした顔でこちらを見てくる。······参ったなぁ。結構気をつけてたつもりだったんだけど、藍子の目は誤魔化せなかったらしい。

 

「まあ、ね。最近ちょっと夢見が悪くってさ。寝てはいるんだけど、途中で飛び起きちゃうんだ」

 

 ヘタに誤魔化すと後が怖い。幼馴染としての直感でそう感じ取り、観念して話すことにした。流石に夢の内容までは言えないけど、上手く寝れていないことくらいは伝えておく。

 

「夢見が悪いって······悪い夢?」

「悪夢だね。しかも、これ以上ないってくらいのヤツ」

 

 それは大変だね、と苦笑いする藍子。何年にもわたって肝心なところを誤魔化し続けていることに罪悪感がチクチクと刺激されるけど、こればっかりはおいそれとは言えないことだ。少なくとも、2人の方から秘密を打ち明けてくれるまでは。

 

「(とは言っても、あの『夢』みたいなコトがこれから起こるって考えるといつまでもこうしてはいられないんだろうけど······)」

 

 それでも、まだ暫くはこの居心地のいい距離感を続けたかった。

 



 

「さて、君からのメールで確認してはいるが、改めて話を聞かせてもらっても構わないかね?」

 

 時は流れて日曜日。僕は漸く時間が取れたらしい茅場さんと顔を合わせて話し合っていた。

 

「ええ。夢の内容はメールで書いていた通りなんですが······」

 

 誰にも相談できなかった分、後から後から言葉が湧いてくる。夢の内容だけではなく、それに対して感じた感情や、どうすればあの光景を見ずに済むのかという愚痴、そして、コレを相談できない、2人に隠し事をしなければならない事への罪悪感まで。洗いざらい全てをぶちまけてしまった。

 

「ふむ······。どうすればその光景から逃れられるか、か。確かに、回避手段は幾つか考えられるな」

 

 指を1つずつ立てながら、その『回避手段』を挙げる茅場さん。

 

「1つは『学校に行かない事』だな。少なくとも、同級生や教師陣からの被害は抑えられるだろう。また、速やかに引っ越しを行う事で近隣住民からの被害も回避できる」

 

 サラリと言ってくれるけど、どちらも一朝一夕で出来る代物じゃない。僕は兎も角、2人共特に何の理由も無く登校拒否ができる性格じゃないし、引っ越しなんてそれこそ簡単にできることじゃない。

 

「2つ目は『君が守る』事か。もちろん、同級生や教師陣、近隣住民からの被害そのものが減るわけではないが、理解者がいるというだけでもまだマシだろう?付け加えるなら、君が対象に含まれればその分被害が分散し、1人当たりの被害が小さくなる可能性もある」

 

 さっきの案に比べるとかなり現実的な話だ。確かに、味方がいると思えるのと思えないのとでは雲泥の差があるし、茅場さんの考え通りに被害が分散してくれるなら願ったりかなったりだ。2人が『ソウにまで迷惑かけるなんて······』ってなりかねないのが懸念といえば懸念だけど。その辺り気を遣う性質(たち)だからなぁ2人とも。

 

「後は······教師陣に話を通しておく、というのも1つの手ではある。特に養護教諭や保健体育担当の教師であれば、ある程度の理解が得られる可能性は高いだろう」

 

 先に先生方に話しておく、というのは盲点だった。正直なところ、あの『夢』を見た後だとイマイチ信用できないけど······。

 

「まあ今挙げたのはあくまで私の意見だ。参考程度の認識で構わない」

「いえ。ありがとうございます茅場さん。特に3つ目の考えなんて完全に盲点でしたし、良い刺激になりました」

 

 お礼を言うけど、茅場さんの表情に目に見えた変化はない。せいぜい口元が若干緩んだ程度か。ポーカーフェイスにも程があるでしょこの人。

 

「僕の話はこのくらい······あ、そうだ。茅場さん、この間貰った本のことなんですけど」

「本?······ああ。私が書いたプログラミングの書籍かね?」

「はい。一言お礼が言いたくて。あんなに面白いものをありがとうございます」

「面白······。君はアレを理解できたのか?」

 

 隠し切れない驚きの感情が茅場さんの瞳の奥に見える。本当に睡眠導入剤のつもりで渡してきてたのかこの人。

 

「まだ途中までしか読んでないので全部理解できるとはまだ言えないですけど、読んでいる範囲は理解していると思います。『夢』のせいで新鮮味が足りてなかったので良い刺激になってます」

 

 2人と過ごす日々は楽しいけど、こと『学び』に関してはもう全て知っている内容ばかりで退屈していた。それを救ってくれたのが茅場さん謹製の本だったんだ。

 

「······どうやら私は君の『夢』のことを少々侮っていたようだ。せいぜいが平均的な中学生か高校生程度かと思っていたのだが······」

「一部抜粋とはいえ、数十人、もしかすると百人規模の人生を視てるんですよ?学力だけなら今すぐにでもその辺の大学に入れるくらいはあります」

 

 冗談抜きで。ヘタすると天才(ひしめ)く重村ラボクラスの場所でもやっていけるんじゃないかってレベルだし。専門分野が違うから重村ラボそのものでは無理だと思うけど。

 

「君には驚かされてばかりだな······。それと、本については気にしなくても良い。資金集めの一環として出版しようとした試作品に過ぎない」

「試作品って······。かなり立派に製本してありましたよ?」

「ああ、一度出版社に持って行ってね。見本刷りとして手元に送られてきたものの、その時には既に資金面の不安が無くなっていたため出版そのものをキャンセルしてもらったものだ。故に気にするほどの物でもない」

 

 いやサラッと何言ってんだこの人。振り回される形になった出版社の人たちが不憫でならない。っていうか見本刷りまでしたのに出版キャンセルなんて出来るの?いや出来たとしても余りにも酷い。自己中とかそういうレベル超えてるよこの人。これだから天才は······。

 

「まあ貰えるものは有難く貰っておきますけど······茅場さん、もう少し常識を学ばれた方がいいのでは?」

 

 チクリと刺してみる。流石に今の話を聞いて黙っていることは出来なかった。どう考えても関係各所に迷惑かけまくってるし。

 

「······検討しておこう」

 

 あ、ダメだこの人。検討はするけど改善するつもりはないって目が語ってる。この傍若無人な天才を制御するのは人類には早すぎたんだろう、きっと。

 

「それより、1つ君に提案があるのだが」

「提案?」

 

 この人がわざわざ提案してくれるなんて珍しい。相談すればある程度は聞いてくれるし質問にも答えてはくれるけど、向こうから何かを提案してくれたことはほぼ無い。というか、最初に協力条件を決めた時くらいだったと思う。

 

「君も知っての通り、私の目標は完全なる仮想世界を創り出す事だ。いわばVRMMOの実現、といったところか」

「仮想現実のオンラインゲーム、ですよね。世界観の構想は······あるんでしょうね、多分」

「勿論だとも。空に浮かぶ鋼鉄の城。私が幼い頃より思い描いていた世界だ。その世界の実現のために生きてきた、と言っても過言ではない」

 

 やっぱりと言うべきか、世界観は必要以上に練られているようだ。茅場さんが小さい頃から、ということは少なく見積もっても十数年。それだけの時間をたった1つの世界に充てれば、世界観は相当クオリティの高い所まで到達しているだろう。

 

「既にハード本体であるナーヴギアの開発において、私が関わる段階は終わっている。私の目標を達するための時間は十分に確保できるのだが、社内全体としてはナーヴギアの方にリソースが取られていてね。君に協力を要請したい。勿論、適切な対価は払わせてもらおう」

「協力、といっても具体的にどういった内容ですか?僕に出来ることなら可能な限りお手伝いしますけど、流石に僕が出来ないことをやれと言われても無理ですよ?」

「そこまで無理を言うつもりはない。そもそも君の社会的立場は未だ小学生。開発までの時間を考慮しても中学生になるかならないか、といったところだろう。社会的に責任能力が無い以上表立っての依頼は難しいが、人手は多いに越したことは無い。プログラマーの1人として、主にプレイヤーが使用する『スキル』関連の開発と調整を依頼したい」

 

 スキル、か······。ある意味ではゲームにおいて最もプレイヤーに近しい存在だ。モンスターと戦うにもスキルは使うし、場合によってはアイテムを作ったりするのにも使う。RPGにしろアクションにしろ、スキルが無いゲームというのはそうそう無いだろう。アドベンチャーゲームとかは例外だけど。

 

「僕個人としては受けさせてもらいたいですけど······いいんですか?ゲームの中で1,2を争うくらいの重要な要素をこんな子供に任せても」

「そこまで不安に思うことは無い。君の思考能力は既にそこらの大人と同等かそれ以上に至っている。それに、ある程度の指針はこちらで用意する。君はそれに従って細部を考え、実装し、テストと調整を繰り返してもらえばいい」

 

 判断材料の1つとして、茅場さんは自分の中にあるというイメージを語ってくれた。普段のポーカーフェイスは変わらなかったけど、その声はいつにも増して熱を帯びており、相当な思い入れがあることを否応なく教えてくれた。

 

「······ここまで言われて、熱く語ってもらって、断ったら男が廃るってヤツですね。分かりました。引き受けさせてもらいます。けど、学校とか家族にはどう説明すればいいですかね?」

「ご家族には折を見て私から連絡しよう。学校だが······君の『夢』から察するに、近いうちに厄介なことになるのだろう?その後にも登校するというのであればそれも君達の自由だ。しかし、事前に逃げられる場所を作っておく、というのも1つの手ではないかね?」

 

 2人くらいならテスト要員として幾らでも誤魔化せるだろう、と言う茅場さん。この人も何だかんだ悪い人じゃないんだと思う。致命的に不器用で、天才故に人とは少しズレた思考回路を持っているだけで。

 



 

「それじゃ、今日はありがとうございました、茅場さん」

「ああ。私としても中々に有意義な時間だったよ。色よい返事も貰えたことだ。今後はより一層開発に励み、君達の協力を得られる段階まで早急に進めることにしよう」

 

 茅場さんからの依頼は正式に受けることにした。契約は未成年にはできないから親に説明しに行く際にしてもらうか、或いは手伝いという扱いにするつもりらしい。後者の場合はお金は貰えないものの、現物支給という形で報酬を用意すると言っていた。

 

「さて······、依頼も受けたことだし、より一層プログラミングを身につけないとね」

 

 決意を新たに家路を辿る。茅場さんに相談する前の不安は大分小さくなっていた。依然として頭の痛い問題ではあるけれど、茅場さんから行動指針のアイデアも貰ったし、仮に『夢』の通りとなってしまっても逃げ場所まで用意してもらえた。後はその時の状況に応じて臨機応変に動くしかない。一度腹をくくってしまえば、不安に思っているヒマなんて無かった。

 




至らぬ箇所の指摘・感想などお待ちしています。
至らぬ点があっても指摘されないと気づけないことが多いので···


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006

サイ岩さま、評価ありがとうございます。またお気に入り登録して頂いている27名の方々、本当にありがとうございます。
最近は筆が乗っていますが、筆が乗らない時は1月かけても1話分すら書けないこともある駄作者ですが、どうか生暖かい目で見守っていただければ幸いです。



 

 その瞬間は、唐突に訪れた。

 

「おはよう、ソウ」

「おはよー!」

「ん···。おはよ、藍子。木綿季も」

 

 いつも通り、家の前で2人と合流し、連れ立って学校へ向かう。

 

「木綿季、漢字テストの勉強やった?」

「やったよ~!そう言うソウはちゃんとやってるんだよね?」

「まあね。2時間目だっけ?」

「うん。後は5時間目の算数もテストやるって言ってたような······」

「げ、マジ?」

「姉ちゃんボクそれ聞いてないよ!?」

「ごめんごめん。冗談」

「ほっ······」

「心臓に悪い冗談はやめてよ藍子······」

 

 今日の授業についての話。放課後に何をやるか。そんなことを話しながら歩く。これも、いつも通り。

 学校が近づくにつれて、周りに顔見知りが増えていくのも、いつも通り。

 

「あ、おはよう!」

「············」

 

 クラスメイトを見つけ、元気よく挨拶をする木綿季もいつも通りだった。けど、それに対する反応はいつもとは違い、チラリと視線を向けただけ。まるで見てはいけないモノを見たかのように急いで目線を逸らして足早に離れていく。

 

 いつもなら、声をかけられた方も笑顔で挨拶を返してくれる。特に木綿季はその性格上、あまり物怖じせずに話しかけるから男女問わず人気があるし、彼女に挨拶されて無視するような人は少なくとも同級生にはいない。急いでいたとしても、「おはよう」の一言くらいは返ってくる。

 

「(······嫌な感じ)」

 

 胸がザワつく。今朝も見た『夢』。今の反応は、まるでその中で見た人影のようではなかったか。心なき声をぶつける人影とは違い、遠巻きに見ている()()の人影たち。顔を背け、見ないフリをし、長い物に巻かれる事で自分自身を守ろうとする者たち。

 

「············」

 

 校内に入ると嫌な感じが増した気がした。同級生はおろか、教職員からも向けられる嫌な視線。下級生を含む一部からは向けられないのが救いと言えなくも無かったけど、それでも校内の半分近くから向けられる嫌な視線は不愉快だった。

 

木綿季、藍子

 

 声を潜めて話しかける。僕の心配通りのことが起きているなら、教室は最大級の地獄だ。そこに足を踏み入れる前に、2人には伝えておきたい事があった。

 

時間がないから今はこれだけ。『何があっても、僕は2人の味方だから』

「ソウ······?」

 

 2人、特に藍子からの問いかけるような視線から逃れるように歩く。そうして遂に辿り着いた、辿り着いてしまった教室の扉。

 

「みんな、おはよ······ッ!?」

 

 不安を振り切るように、元気な声を上げながら扉を開けた木綿季の表情が凍り付く。藍子もまた息を吞んだ。僕は······

 

「············ッ!」

 

 唇を噛み締める。そうしなければ、今この場にいる2人以外の全員をボコボコにしようとしかねなかった。別にそうしたくないわけじゃないし、したいかしたくないかで言えば今すぐにでも実行してやりたい。けど2人の前ではダメだ。何となくそう考え、必死で堪えた。

 

 僕たち3人がそうなった元凶。それはクラスメイトから向けられる冷ややかな視線でもなければ、廊下や通学路で感じた嫌な感じでもない。黒板にでかでかと書かれた多数の文字だった。

 

『紺野木綿季と紺野藍子はセービョー』

『近づくとビョーキがうつる』

 

 パッと目に着いたのはその2文。その2つは他の物よりも大きく書いてあった。他にも小さな文字でゴチャゴチャと書かれているのか、緑色の筈の黒板はチョークの白で殆ど染まっている。見ているだけで吐き気がこみ上げてくる。どうしてこんなに心ないことが出来るのか。彼女達の事情も知らないクセに。

 

「······行こ、2人とも」

 

 呆然自失としている2人の背中を抱えて廊下に戻る。このままここにいても良い事なんて起こらない。何も知らない、知ろうともしない奴らの悪意に晒されるだけだと思った。

 



 

「先生」

 

 帰路に着く前に保健室に立ち寄る。茅場さんの意見を参考に、事前にある程度の2人の事を相談していたためか、何も訊くことなく僕達の早退(というか欠席)を他の先生方に伝えると言ってくれた。

 

「ありがとうございます」

「いいえ。むしろごめんなさい。君から多少とはいえ事情は聞いていたのに、私は何も······」

「それこそ気にしないでくださいよ。僕も肝心なところはぼかして説明しましたし、先生は何もしてないんですから」

「······ごめんなさい」

「謝らないでくださいって······。それじゃ、失礼します」

 

 これ以上いると先生にも迷惑がかかる。それに、今は一刻も早く2人を落ち着ける場所へ連れて行きたかったため、早々に退散する。朝のHRが始まる直前に道を歩く生徒はいないため、学校を出れば少しはマシになるはずだった。

 



 

「············」

「············」

「············」

 

 場所は変わって、僕の部屋。流石に女子の部屋にズカズカと入るのは気が引けたし、かと言ってこのまま2人と別れるのはダメだという確信があったため2人を連れて帰ってきていた。洗濯物を干していた母さんはこんなに早く帰ってきた僕らを見て驚いていたけど、2人の表情からある程度察してくれたのか、何も訊かずに笑って「おかえり蒼。それといらっしゃい2人とも」といつも通りにしてくれた。

 

「············」

「············」

「············」

 

 それからずっと一緒にいるものの、僕らの間に会話は一切なかった。それでも僕は2人から離れない。『何があっても味方』という言葉を違えるつもりは無い。それを示すように、膝を抱えて蹲る2人に寄り添い続けた。

 

 何時間そうしていたかは分からない。体感では随分と長く感じたけど、本当はもっと短かったのかもしれない。

 

「······ね、ソウ」

 

 沈黙を破ったのは木綿季。藍子は声こそ発しなかったものの、下を向くのは止めて顔を上げていた。

 

「ソウは······、知ってたの?」

 

 何が、とは言わなくても分かった。

 

「······うん。紺野のおじさんとおばさんの事も、ね」

 

 2人の不安は口に出さずとも分かった。目が不安に満ち満ちていたから。

 

「なん、で······。いつ、から······?」

「いつからって言うのは、1年生の時、かな。夜中にトイレで起きた時に父さん達の話を聞いちゃって。その時はよく分からなかったけど、ネットとか本で調べて、ね」

 

 調べたというよりは『夢』のおかげだけど、嘘は()いていない。あの晩より前のことは記憶の彼方だったけど、時間をかけて思い返すとそんな出来事があったのは確かだ。

 

「なんでっていうのは······何で知ってるのか、なら今言った通り、かな。何で2人と一緒にいるか、は······逆に、友達と一緒にいるのに理由がいるの?」

「友、達······?ボクも姉ちゃんも、ソウに隠し事してたんだよ······?」

 

 不安を誤魔化しきれない2人を安心させるように笑う。······上手く笑えていればいいんだけど。

 

「それがどうかした?友達にだって言いたくない事、言えない事はあるでしょ?僕も2人に隠してる事が全くないって言ったら嘘になるし」

 

 僕の言葉を聞いて、2人はやっと微かに笑顔を浮かべてくれた。

 



 

「ハァ······。遂に、起きちゃったな······」

 

 夜。ベッドに倒れ込んで独り言ちる。一応、今日起こった事は茅場さんにメールである程度報告してある。茅場さんの手伝いに関しては、2人が落ち着くまでは無理だけど、落ち着いてから状況を見て始めさせてもらうということで一致した。学校にはもう行くつもりは無い。2人が行くっていうなら話は別だけど、個人的には無理して行く必要はないと思う。義務教育程度の内容なら僕でも十分教えられるし。

 

「結局、『夢』で分かっていても止められない······。僕は何か出来たのかな······」

 

 1人になると色々考えてしまう。未来に起きる事を『夢』として把握していても、ソレが起きること自体は変えられなかった。木綿季と藍子はもうあの学校には行けないだろうし、ヘタをすると情報が共有されてどこの学校にも通わせてもらえないかもしれない。人同士の繋がりというのは有難い事も多いけど、こういう時には厄介だ。

 

「結局、僕に出来たのは2人の傷をなるべく小さくするだけ······。傷つくこと自体は止められなかった。なら······」

 

 彼女達の最期も変えられないんじゃないか、と僕の中で声がする。誰の声かは考えるまでもない。不安に押しつぶされそうになっている、僕自身の声だ。

 

「······ん?」

 

 その声を皮切りに、どんどん沈んでいく気持ちを押しとどめてくれたのは、窓からの異音。何かが外から窓を叩いているような音がしていた。

 

「誰······って、訊くまでもないか」

 

 僕の部屋は2階。塀からの距離的に周りには庭木も植わってないから枝が風で揺れてぶつかったわけでもなく、誰かが叩いているのは明白だった。そしてこんな時間にそんなことをする心当たりは1人しかいない。

 

「どうしたの?木綿季」

 

 窓を開ける。目の前にいたのは予想通り木綿季だった。隣には藍子も顔を出している。

 

「エヘヘ······。なんか、眠れなくって」

「それは······無理もないでしょ。あんな事があったんだし」

 

 隣にいただけの僕でさえ、あの視線はかなりキツかった。直接それを向けられていた2人の心労は推して知るべしだろう。

 

「それで、ソウが良ければ、なんだけど······」

「そっち行っても、いい······?」

 

 遠慮がちに切り出した藍子に続くように声を上げる木綿季。······頻繁に泊っているとはいえ、こんな時間に異性を部屋に上げるのは少し躊躇われるけど、事情が事情だしセーフ、と誰にでもなく言い訳して頷く。

 

「もちろん。落ちないように気をつけてね」

 

 パアッという音が聞こえてきそうな勢いで顔を輝かせた2人。窓から出入りするのは割と日常ではあるけど、見ている側からすると落ちないかとヒヤヒヤする。わざわざ玄関まで降りて靴を履き替えて、っていうのが面倒なのは理解できるから何も言わないけど。こっちの方が早いのは確かだし。

 

「(一応、足場になる物はあるんだけど、ね······)」

 

 僕の部屋も2人の部屋も、窓は出窓になっているから窓の間の距離はさほどでもない。その間の橋になりそうな物自体は結構あるんだけど、長さがギリギリで安定性に欠けてたり、長さは十分あるけど強度に不安があったりと安心して使える物は無かった。結果的に飛び越えてくるのが一番安全というよく分からないことになってしまっている。

 

「ほっ······と」

「よいしょ······と」

 

 無事に飛び越えてきた2人を見て安堵の息を吐き、窓を閉める。もちろん、手を伸ばして2人の部屋の窓を閉めるのも忘れない。2階だから泥棒とかのリスクは少ないけど、開けっ放しで虫でも入るといけないから。風で物が飛ばされるのも困るだろうし。

 

「ソウの部屋······安心する······」

 

 眠れないと言っていた割に、早くもベッドに入って寝る体勢になっている木綿季。藍子は藍子で、そんな木綿季に苦笑しながらも欠伸をかみ殺している。

 

「······悪夢でも見た?」

 

 藍子に問いかけると、少しだけ固まった後でコクリと頷く。

 

「あんな事があった直後で、魘されない方がおかしいから予想はしてたけど、やっぱりか」

「ソウに隠し事は出来ないね······」

「そんなんでもないよ。藍子だけが眠れないって言うなら多分気づけなかったし、こんなに眠そうにしてる2人を見なきゃやっぱり気づけなかったと思う」

 

 僕が気づけたのは、部屋に上がるや否や、安心したようにベッドで横になった木綿季を見たからだ。彼女は基本的に嘘は吐かないし吐けない。そんな彼女が寝られないと言っていたけど、いざ部屋に上げたらあっという間に眠そうな顔を見せた。部屋に上がった途端に眠気が来た、っていう可能性もあるけど、心底安心したと言わんばかりの表情から察するに魘されて飛び起きた、と言われた方がしっくり来ただけだ。

 

「まあ要するに、木綿季が分かりやすいから気づけたってだけだよ。ま、藍子の様子だけで気づけなかったわけじゃないだろうけど、こんなにすぐ気づくのは無理だったと思う」

「そう······」

 

 ふゎ、と欠伸をする藍子。木綿季は······既にスヤスヤと眠っている。

 

「さ、もう遅い時間だし、寝よ?ベッド使っていいからさ」

「ソウ、は······?」

「流石に3人だと狭いだろうから、僕は床で寝るよ。ちょっと床は固いけど、座布団を並べれば大丈夫」

 

 いくら成長期がまだで身体が大きくないとはいえ、本来1人用のベッドに3人で寝る、というのはかなり無理がある。寝返りもまともに出来ないくらい密着しないと難しいだろうし、そうなると暑くて寝苦しいかな、と思ったんだけど、藍子は不服そうだ。

 

「む~······」

「いやそんな顔されてもってうわぁ!?」

 

 グイと引っ張られ、木綿季の隣に倒れ込む。ヘタに暴れると木綿季を起こしてしまうし、そっと離れようにもスルリと隣に入ってきた藍子のせいでそれも叶わない。

 

何するのさ!?

私達が上がらせてもらってる側なのに、肝心の部屋の主が床で寝ることはないでしょ。それなら私達のどっちかが床に行くべきだけど、ソウは絶対そんなこと許さないし

当たり前でしょ!女の子を床で寝かせて自分はベッドで寝るとかクズのやる事だよ!?

でしょ?だからこうすればみんな幸せ

いやこれ狭いし、藍子も寝づらいんじゃ······

大丈夫。ユウと一緒に寝る時は大体こんな感じだし

 

 木綿季を起こさないように声を潜めて説得しようとするも、藍子の言葉と表情で諦める。これは何を言っても梃子でも動かないって状態だ。

 

「んぅ······」

 

 加えて、木綿季が僕の右腕を抱えるように抱き着いてきたものだからどう足掻いても脱出は不可能になった。

 

「ハァ······」

観念した?

まあ、ね······。藍子は譲る気無さそうだし、木綿季がこんなんじゃ、例え藍子を説得できても動けそうにないし

うん、よろしい。······本当はね、こうしてくっ付いてないと不安なんだ。朝のソウの言葉も、今日一日ずっと一緒にいてくれたのも、全部私達が作った都合の良い夢なんじゃないかって

夢なんかじゃないよ。不安なら何回でも言ってあげる。『何があっても、僕は2人の味方だよ』。それに、父さんと母さんだってそう。何年も何年も、おじさんとおばさんが『そう』だって知った上で、2人の事も知った上で親友やってる2人だよ?

 

 前に聞いたけど、父さんと母さん、それに紺野のおじさんとおばさんは全員、それこそ小学校の頃からの親友らしい。紺野のおじさんとおばさん、父さんと母さんでカップルとなった時は4人揃って安堵の息を吐いたとか。ドラマなんかでよく見る三角関係にならなくて良かったと笑っていた。

 そんな友情は、タカが病気程度でどうこうなるものじゃない。家が隣同士なのも、4人で相談して決めたと言っていた。もしどっちかの家族に何かあったとしても、すぐにフォローできるように、と。

 

そう、だね······。ありがと、ソウ······

どういたしまして。······もう、大丈夫そう?

うん······。おやすみ、ソウ

おやすみ

 

 藍子が寝息を立て始めたのを確認し、自由な左手で電気のリモコンを掴む。電気を消す前に改めて2人の寝顔を確認しても、スヤスヤと幸せそうな寝顔だった。木綿季にいたってはへにゃりと笑顔を浮かべている。どんな夢を見ているのかは分からないけど、あんな笑顔を浮かべられるくらい楽しい夢ならいいなぁと思いながら電気を消した。

 





 ソウは保健室の先生に事情を説明してはいましたが、流石にHIVの事は言及せず、「木綿季と藍子は持病がある。学校、特に小学生は自分たちとは違うモノを排斥しがちだから気に掛けてあげて欲しい(もちろん自分も気に掛けるけど)」という感じの説明をしていました。

 また、ソウ自身は『夢』の事を2人に打ち明ける覚悟を固めていますが、1日にあまり詰め込んでもマズイと思っているためまだ言えていません。2人が落ち着いた頃に伝える予定の模様。

 ご意見・感想等お待ちしています。


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007

kaito1782様、感想ありがとうございます。


 

「ん······」

 

 いつもとは違う圧迫感で目が覚めた。寝ぼけまなこを擦ろうとして、腕を動かすことが出来ないことに気づく。

 

「······なんでさ」

 

 落ち着いて自分の状態を確認すると、右腕は木綿季が、左腕は藍子が抱き着くようにしてガッチリと固定していた。両足も同様に、こちらは足を絡めて固定されているため完全に動けなくなっている。自由に動かせるのは首くらいだ。

 

「時間は······気にしなくていっか」

 

 学校に遅刻するといけないから本来なら気にしなきゃいけないけど、もうあの学校には行く気が無い僕としてはどうでもいい。仮に2人が行くと言い出しても全力で止めるつもりだ。誰が好き好んで酷く傷つくことが分かりきってる場所に行かせようと思うのか。

 

「それに······」

 

 首だけをそっと動かして2人の寝顔を確認する。心配事なんて何も無いと言わんばかりの安らかな寝顔。こんな顔を見せられたら無理矢理起こすなんて出来なかった。

 



 

 その日、僕がベッドから出られるようになったのは9時を少しまわった頃だった。早寝早起きが基本の僕ら(早寝に関しては僕は例外だけど)にしては珍しい寝坊に、7時半頃に様子を見に来た母さんは少し驚いた顔をしていたけど、同時に安心したような表情も浮かべていた。携帯で写メを送っていたのは、きっと紺野のおじさんかおばさん辺りに2人の状況を教えるためなんだろう。······口元がややニヤけてたのが少し気になるけど。

 

「さて······、これからどうするかを相談する前に、僕から2人に話しておきたい事······ううん。話さなきゃいけない事があるんだ」

 

 母さんが温め直してくれた朝食を3人並んで食べた後、僕は2人と向き合っていた。場所は僕の部屋。他の人······父さんや母さん、紺野のおじさん達にもいつかは伝えるつもりだけど、まずは2人()()に伝えたかったから。

 

「昨日、2人は不思議に思わなかった?僕が『未来が見えていたように』保健室の先生に相談してたり、教室に入る前にあんな事を言ったりしたこと」

「それは······まあ」

「教室の時はあんまり思わなかったけど、保健室の方はちょっと不思議かな~。昨日はボク、そんな事考える余裕なかったけど」

 

 やっぱり不思議には思っていたらしい。まあ当然と言えば当然だろう。僕も逆の立場なら不思議に思う。これまでは意識して隠してきたけど、昨日は覚悟を決めたのとそんな場合じゃなかった事から隠すつもりもなく曝け出してたしね。

 

「まあ結論から言っちゃうと、『未来の事が分かっちゃう』んだよ、僕。もちろん全部ってわけじゃないけどね」

 

 目を見開く2人。その目は信じられないと言いたげだったけど、こればっかりは納得してもらうしかない。僕自身、『そういうものだ』としか説明できないし。

 

平行世界(パラレルワールド)って聞いたことあるよね。1年生の時のとある夜から、毎晩そういう世界の夢を見るんだ。その世界を生きた『天野蒼(あまのあおい)』······要は別世界の僕の記憶を、ね」

 

 それから、僕は2人にこれまで隠してきた全てを打ち明けた。『夢』の事、それを通して知った数多(あまた)の未来、そして······2人の最期と、『天野蒼』のその後の人生。

 

「正直、信じられない話だけど······」

「うん······。けど、普通の夢ってワケでもない、んだよね?」

 

 確認するように訊いてくる木綿季に頷く。

 

「普通の夢だと思うにはおかしい事が多すぎたからね」

 

 夢っていうのは記憶の整理作業だ。その性質上、自身が全く知らない事は起きないし、全く知らない場所が出てくることは無い。繋がりが支離滅裂だったりはするけれど、パーツ単位で見れば必ず自分がどこかで見たことがある場所·物しか現れないのが夢だ。

 

「けど、この『夢』は違う。当時まだ小学1年生だった僕に、その辺の大学に余裕で入れるような知識を授けてくれるようなのは絶対に普通の夢じゃないし······」

「未来のソウが作ったっていう、私達を助けるための研究成果、なんて知らない事は出てこない······?」

「藍子の言う通り。まあ研究成果が全くの嘘っぱちだったら全部僕の妄想で終わったんだけど、そうじゃなかったからね」

 

 考え得る限り最も話を聞いてくれそうな、信じてくれそうな人だった茅場さんに相談したこと。彼に研究成果の検証と発表をお願いしたこと。対価として『夢』の内容を教えていたこと。また対応手段を相談していたことや、追加の対価としてプログラマーの端くれとしての協力を約束したことなどなど。思いつく限りの内容を話していく。······我ながら、情報の密度がヤバい。

 

「え、え~っと······」

「つまり、どういうこと······?」

 

 木綿季も藍子も頭から煙を上げていた。2人共頭の回転は速い方なんだけど、こればっかりはしょうがない。こんな内容をいきなりカミングアウトされたら混乱して当然だろう。寧ろアッサリ受け入れられた方がビックリしてたと思う。

 

「まとめると、2人の······というか紺野のおじさん達も含めてまとめて効く特効薬とか、色んな難病の特効薬やら対症療法やらを僕の代わりに検証して発表してもらう代わりに、茅場さんに色々話したりしてたって感じかな。色々と相談にも乗ってもらっちゃってたから、その対価としてこれから別の協力をするって感じ」

 

 ザックリまとめる。いやまとめても相当な情報量にはなるんだけど、さっきよりは多少マシだったらしく、2人の頭から噴き出していた煙が収まった。

 

「「なるほど······って、えええぇぇぇぇ!?」」

 

 なお、ビックリしないとは言っていない模様。まあそうなるよね······。

 

「ちょ、ちょっと待って!?茅場さんって、『あの』茅場晶彦さん!?」

「うん。木綿季が言ってるのがナーヴギアの開発者でフルダイブ技術を確立した大天才の茅場明彦さんだとしたら、その茅場さんで合ってるよ」

「······ボク、ソウが遠く感じてきたよ······」

 

 木綿季がどこか遠い目をしているけど、僕自身は全くすごくないよ?『天野蒼』個人の才能は凡庸だし。研究結果に関しては『夢』による擬似的な記憶の引継ぎを利用して人生何十人分の時間を費やしてやっと完成した物だし、検証や発表は茅場さん頼り。その茅場さんへのコネクションだって、彼が大学生の時に大学に忍び込んだだけ。大学は基本的に誰でも入れる場所だし、今ここにいる『天野蒼』がやった事なんて殆どない。

 

「その『殆ど』で私達が助けてもらえるんだけど······」

「いや、それもあくまで『他の天野蒼』の研究成果だし······」

「それでも!いま私達と一緒にいる『天野蒼』が、ソウが行動して、『あの』茅場晶彦さんに協力してもらったから今があるんでしょ?」

「それはそうだけど······」

「それで十分なの!いくら何かを知ってても、行動しなきゃ何も始まらないんだから、実際に動いたソウは十分すごいんだよ」

 

 藍子はそう言ってくれるけど、やっぱり僕は大したことをしたとは思えなかった。僕がやったことは、他人の研究成果を掠め取ったようなものだという認識がどうしても拭えないからかもしれない。

 

「······まあ、今はその辺りの話は置いといて」

「む~······」

 

 ホラホラ藍子。そんな不満そうな顔しないで。というかそんなに顔を膨らませてもあんまり怖くな······前言撤回やっぱり怖い。こっぴどく叱られる直前みたいな怖さがある。

 

「それで、ここからが本題なんだけど」

「え、今の本題じゃなかったの!?」

 

 木綿季から驚きの声が上がる。藍子も似たような事を考えているのか、ジト目でこっちを見てきた。

 

「いやまあ、今までのも本題っちゃ本題だったんだけど、それとは別で、ね?『これまでの事』じゃなくて『これからの事』について話そうかな~って」

「これから······」

 

 沈んだ顔をする2人。多分僕の顔もあんまり良くはないと思う。昨日の今日で話すのはちょっと酷かもしれないけど、あまり時間を置きすぎるのも良くないと思った。HIVキャリアである彼女達は、何が切っ掛けでAIDSを発症するか分からない。そのため、昨日の一件で負ったであろう精神面でのダメージを一刻も早く癒すために、今このタイミングで話すことにした。

 

「単刀直入に訊くけど、2人とも、これから学校に行くつもりはある?」

「ッ!············ううん」

「ボクも······ちょっと怖い、かな······」

 

 2人揃って首を横に振る。その表情からはいつもの明るさは全く窺えず、昨日の一件で彼女達が負った傷の深さを改めて痛感した。

 

「ま、そうだよね······。僕ももう行くつもりになれないし。それで、1つ相談があるんだけど······」

 

 2人に茅場さんからお願いされている依頼について話す。僕が彼の著書を理解できている事を知った茅場さんから、プログラマーとして協力をお願いされている事。テスターとして2人分の枠を確保してくれているらしい事。あくまでも2人の自由意思だけど、テスターとして協力する事は気晴らしになるんじゃないかと思っている事を話した。

 

「えっと······、話がいきなり過ぎてちょっと置いてけぼりになってるんだけど······」

「ボクも······」

「まあ、取り敢えず学校に行かなくてもいいような考えがあるって事。近いうちに茅場さんと会って正式に返事をするつもりだから、その時に一緒に話を聞いてから決める、でもいいと思うし」

 

 守秘義務とか色々あるだろうけど、2人なら不用意に誰かに言ってしまうことも無いだろう。木綿季は誰とでも話せるコミュ力があるけど、話しちゃいけないことはちゃんと秘密に出来る子だし、藍子もそう。僕は······そもそも2人以外に友達いないから問題ないかな!うん、ちょっとだけ泣けてきた。

 

「それじゃ、これからの話はこの辺にして······今日は思いっきり遊ぼうか!」

 

 細かいことを考えるのは後でもいい。特に、今の2人にとってはこれからの事なんて不安だらけだろうし、考え込んで不安を抱え込むよりは思いっきり遊んだ方が良いだろう。少なからず溜まってるであろうストレス解消にもなるし。

 

 この日から数日の間、僕らは馬鹿みたいに遊び倒した。紺野家には有形無形の心ない嫌がらせが続いているせいでおじさんとおばさんも含めて紺野家全員を天野家に招いている事もあり、朝起きてご飯を食べたら遊び、お昼になったらご飯を食べて遊び、夕飯とお風呂を済ませたら眠くなるまで遊んだ。その甲斐あってか、2人の様子はあの一件が起こる前のそれに戻りつつある。

 

 そんな日々の中、2人は僕の······というか茅場さんの提案についても考えていたらしい。昨日の晩にテスターになりたいと伝えてきた。その旨はこれまでの事を含めて茅場さんに連絡済み。後は向こうの返信待ちだ。

 

「ソウ~」

「······今日も?」

「うん······。ダメ、かな?」

「いや全然OKだけど······」

 

 あの後、2人から一緒に寝るよう頼まれるようになった。まだ例の事件から日が経ってないし、特に夜は不安になるんだろうと思うと拒否もできず(それが無くても拒否できない気はするけど)、毎晩一緒に寝ている。母さんや紺野のおばさんからニヤついた視線が偶に飛んでくるけど、ただ一緒に寝てるだけだよ?これまでも泊まりで遊ぶ時は同じ部屋で寝てたからその延長線上みたいなものだと思うんだけど······。

 




紺野姉妹と添い寝したい人生だった············


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008

 

「『依頼を受けてくれて感謝するよ。早速君の幼馴染や保護者の方との顔合わせを行いたいのだが、こちらとしても中々手が放せない。来月以降で都合の良い日を連絡して欲しい。それに合わせて私も有休を取得する』か······。僕達子供組は兎も角、大人も交えてならそりゃいきなりこの日で、とはいかないよね」

 

 一応、紺野のおじさんとおばさんは現状ではヘタに外を歩けない状態にあるからこの際置いておくとして、問題は父さんと母さんか。父さんは普通に会社員だし、母さんも近所のスーパーでのパートがある。まあ母さんの方はおばさん方の噂話で紺野家が悪しざまに言われてて不愉快に思ってるらしいから、休む口実になって丁度いいとか言いそうだけど。

 

「その辺も含めて相談、かな······。『夢』の事も話さなきゃいけないし」

 

 けど、やっぱり『夢』の事を話すのはちょっとだけ怖い。木綿季と藍子には受け入れてもらえたけど、ある意味であの夜までの『天野蒼』が上書きされちゃったとも言えるわけだし······。いや、意識の核となっている『僕』は地続きだと思ってるんだけど、記憶の割合で言うと僕自身の記憶はごく一部でしか無くなってるし、記憶によって作られる価値観はあの日までの『僕』とは違うと思う。それを知ってなお、僕は2人の息子として受け入れてもらえるのか······。

 

「ええい、考えててもしょうがない!男なら当たって砕けろ!」

 

 いや砕けちゃダメだろうと自分でツッコみながら階下に降りる。丁度夕飯時だし、父さんも残業があるとかは言ってなかったから全員揃ってる筈。善は急げとも言うし、夕飯後にでも言ってしまおう。

 



 

 説明は拍子抜けするほどアッサリと受け入れられた。紺野のおじさんとおばさんは驚いていたけど、「僕達の事を全て知っていたのに、避けずにいてくれて本当にありがとう。これからも2人の事をよろしく」と言われたし、父さんと母さんは何となく察してたらしい。「息子の様子が変わったのに気づかない親はいないわよ」とは母さんの言。父さんもうんうんと頷いていた。正直ちょっと泣きそうになったよ。

 

「それで、これからの事なんだけど······」

 

 あくまでも僕の事情は前座。本題は今後の、茅場さんの手伝いの件だ。茅場さんからも改めて話があるだろうけど、事前に話しておかないとビックリさせちゃうだろうし、そもそも全ての引き金になったのは僕なんだから、僕から説明するのが筋というものだろう。多分。

 

「······何というか、いつの間にか凄い人と知り合いになっていたんだな、(あおい)は······」

「そうね······。けど、悪い人ではないんでしょう?」

「いや、どうなんだろう······?基本的には悪い人じゃないと思うんだけど、自分の目的のためなら倫理観とか道徳とか、そういうのを全部放り投げられる人だから······。ある意味、『大きな子供』なのかも」

 

 母さんの質問には曖昧な答えしか返せない。茅場さん個人は悪党というわけじゃないのは確かだ。そんな人だったら、そもそも僕の頼みなんて聞いてくれなかっただろうし。けど、もろ手を上げて信用していい人かと言われるとそれも違う気がする。あの人は自分の目的のためなら幾らでも自分を偽れるし、勝ち取った信用や社会的立場の一切を躊躇いなく捨て去れる人だというのが、ここ数年間付き合ってきた中で僕が得た印象だった。

 

「けど、今回の件に関しては信じていいと思うよ。2人にとっても、悪い話じゃないだろうし」

 

 家にいるとどうしても学校の事を考えてしまう。夜は父さん達もいて賑やかになるからまだマシだけど、日中は偶に暗い雰囲気になる。茅場さんの手伝いは良い刺激になるだろうし、もしかすると仮想世界が2人が負ってしまった傷を癒してくれるかもしれない。

 

「······それを聞いて、ダメとは言えないなぁ」

「最初からダメって言う気無かったでしょう、あなた。勿論、木綿季と藍子がやりたいなら、だけど······」

「大丈夫!ボクも姉ちゃんも、ちゃんと考えて決めたから!」

「ユウの言う通り、ちゃんと自分で考えて、受けるって決めたの。だからお願いします!」

 

 3人揃って大人に頭を下げる。永遠とも思える時間の後······。

 

「顔を上げなさい、3人とも」

 

 父さんの声に従い、恐る恐る顔を上げる。父さんも母さんも、紺野のおじさんもおばさんも、みな一様に笑顔を浮かべていた。

 

「ちゃんと自分で考えて決めたのなら、私達は止めないわ。けど1つだけ」

「蒼も、木綿季ちゃんと藍子ちゃんも、名目上は『お手伝い』とはいえ、『仕事』として引き受けた。それは分かっているね?」

 

 父さんの問いに頷く。その事は茅場さんから頼まれた時に分かっていたし、木綿季と藍子にもその辺りはしっかり伝えていた。

 

「つまり、貴方たちは『お仕事』をしに行くの。失敗も成功も、自分たちがやった事にはしっかり責任を持つようにね」

「それさえ分かっているなら、僕たちから言う事は何も無いよ。しっかりやっておいで」

 

 紺野のおばさんとおじさんも、釘を差しつつもほんわかした笑顔で許可を出してくれた。後は改めて茅場さんと会う日程を決めるだけだ。

 

「う~ん······。茅場さんと会う日程か。本当に私達の都合の良い日で大丈夫なんだね?」

「うん。あの人は隠し事はしても嘘は絶対につかないタイプの人だし、こっちの都合に合わせてくれるって言ってくれてる以上、それで大丈夫なんだと思う」

 

 そう伝えると、4人は顔を見合わせ、話し合いの態勢になった。父さんが視線で退出を促してくるので、2人を連れてリビングを出る。

 

「後は大人組の仕事、って事か······」

 

 独り言ちる。『夢』の記憶のおかげで大人並みの思考能力を持っている僕を、それでも子供として扱ってくれた事への感謝を覚えながら、2人を連れて階段を上った。寝る時間まではまだ少し時間があるし、ゲームでもしてリラックスしてから休むことにしよう。

 



 

 面会は7月10日ということでまとまったらしい。父さんの仕事がかなりギッチリ詰まっていたらしく、6月中に時間を取る事は出来なかったとか。

 

「この度はお時間を頂きありがとうございます。早速ですが、天野君達にお願いしたい内容の詳細についてお話ししたいのですが、よろしいでしょうか?」

「ええ、よろしくお願いいたします。あ、こちら、粗茶ですが」

「ありがたく頂戴いたします。では説明の方へ······」

 

 そしてその当日。家に来た茅場さんは自己紹介もそこそこに、早速本題を話していた。僕達子供組も当事者ということで同席はしているけど、今日の話は基本的に大人同士のものだから大人しくしている。契約関連とか、大人じゃないとできないしね。後は僕達の安全性の説明。これは僕らとしても重要だけど、親からすれば更に重要事項だ。信じて送り出した息子·娘が事故や過失で還らぬ人に、なんてシャレにならない。

 

「······つきましては、彼らにはご自宅で作業を行っていただきたいと、こちらとしては考えております。天野君からお聞きしたのですが、現状では彼女達は学校や近隣住民にあまり快く思われていない様子。外へ出る事で彼女達にかかる精神的負担や、社内への出入りを報道関係者に見つかる事で無用な面倒事に巻き込まれるリスクを考慮すると、ご自宅から手伝っていただくのが最良と考えられます」

「よろしければ、具体的な案をお聞かせ願えますか?私どもはゲーム制作に関しては門外漢なのですが、自宅からでも可能なのでしょうか?」

「天野君に依頼するのは主にプログラミング、紺野さん達には実際に想定通りの挙動が確認できるかのテストをお願いしたいと考えています。こちらで用意しているプロトタイプ·ナーヴギアを用いて専用の仮想空間にアクセスし、そこで全ての作業を行えるようにしているため、アクセスに必要なインターネット回線さえあればご自宅から作業が行えます」

「そのプロトタイプ·ナーヴギアの安全性は?一応私もナーヴギアの存在は知っていますが、脳に直接接続する事による健康被害等のリスクはあるのでしょうか?」

「プロトタイプとは言っても、安全性という点では市販する予定の製品版を上回っています。通常出力が低下してスペックがやや低くなっていますが、安全性、という点では申し分なく、物理的·電磁的なリミッターを複数設けていますし、万が一にも装着者に害が及ぶことは無いと断言します」

「では、その仮想空間におけるセキュリティは?ウィルス等によってうちの息子や藍子ちゃん、木綿季ちゃんの個人情報が流出する可能性はないのでしょうか?」

「結論から言わせていただくと、ほぼ皆無です。もちろん、私が構築したセキュリティウォールを突破されれば情報を引き抜かれる可能性はありますが······」

「いや、茅場さんが作ったセキュリティを超えられる人って世界中探しても片手で数えられるくらいいるかどうかってレベルじゃ······」

 

 つい口をはさんでしまった。だって完全な仮想世界を生み出すような(天才)が作った防壁だよ?内部にある社外秘の情報なんかを引き抜かれて困るのは茅場さん含めたアーガス社なんだし、全力で構成したはず。選りすぐりのハッカーでも突破するのは困難を極めると思う。

 

「まあ、否定はしないが······可能性は常に検討するべきだろう?(あおい)くん」

「それは同感ですけど、情報を抜かれて困るのはそちらも······というか、損害とかを考えるとそちらの方が困るでしょう?社外秘の情報とかを守るためにも全力で構築したでしょうし、貴方の全力に拮抗できる人が何人いると思ってるんですか、この天才」

「フフッ······。そうでもないさ。私が所属していた重村ラボの人間であればある程度は破れるだろう」

「逆を言えば、あの天才(ひしめ)く重村ラボの人間でも『ある程度』しか破れないとかどれだけですか······」

 

 予想以上に全力だった。この人やっぱりヤバい。

 

(あおい)

「あ、ごめんなさい。話の腰折っちゃってたね。すみません茅場さん」

「いや、構わないさ。君の視点からの話でセキュリティ面の信頼性も上がっただろうからね。では続いてのお話ですが······」

 

 大人達······主に父さんと紺野のおじさん、茅場さんの話は続く。何か途中から茅場さんが創りたい世界に関する話になっていたような気もするけど、話が弾んで打ち解けるのは悪い事じゃないだろう。

 

「······っと、少々話が脱線してしまいましたね」

「······ああ、これは失敬。どうもこの話になると自制ができず······」

「いえいえ。ご自身のやりたい事、好きな事に対する姿勢としてはご立派だと思いますよ。蒼もそういう節はありますし」

「ほう、それは興味深い。よろしければ少々お聞かせ願えますか?」

「それはまた後程、子供達がいない所で話しましょう。まずは本題の方を優先しなくては」

 

 ちょっと待って。今サラッと聞き捨てならない事が聞こえた気がする。

 

「ちょっと父さん?一体何について話すつもりさ!?」

「お前に言うと何が何でも止めようとするだろう?だからここでは言わない」

「くッ······否定できない······」

 

 流石は父親と言うべきか、僕の性格をよく分かっている。何を言われるのか戦々恐々だけど、まあ茅場さんなら言いふらしたりしないだろうからまだマシだけどさ。

 

 その後の話し合いで纏まった内容はこんな感じになった。

 

1.手伝うにあたって、安全性を重視したプロトタイプ·ナーヴギアが3人分貸与される。

2.プロトタイプ·ナーヴギアは後日郵送される。作業は全てダイブする仮想空間で行うため、僕らが外出する必要は一切ない。

3.基本的には僕は茅場さんからの依頼に沿った開発、木綿季と藍子はテスターを担当する。また、状況に応じて僕もテスターとして働く事もある。

4.報酬は現金以外で。現金報酬だと雇用契約を結ぶ必要があるため。

 

 それほど変わった話でもなく(小学生が手伝いとはいえ働く事自体が変わっていると言われると返す言葉もないけど)、特に揉めるようなことも無く、話が逸れる事さえなければスムーズに進んだ。帰り際に父さんと茅場さんが連絡先を交換していたけど、これは子供を預かる事への責任故だろう。そうであって欲しい。

 




(あおい)君、前話から毎晩紺野姉妹に挟まれて一緒に寝てるんですよね······。羨ましいぞコノヤロー(血涙)


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009

大変お待たせいたしました。

引っ越し作業って大変なんですね······。ここしばらく、全くと言っていいほどPCに触る時間が取れませんでした。

つたない文章&リハビリを兼ねているので今まで以上に駄文となっているかもしれないです。不快に思われる方がおりましたら心から謝罪させていただきます。

P.S. kaito1782様、8話への感想ありがとうございます。前回更新時は忙しくて前書き後書きで書く余裕がありませんでしたので、遅ればせながらこの場をお借りしてお礼申し上げます。


 

 7月13日、つまり茅場さんの説明から3日後の今日、プロトタイプ·ナーヴギアが届いた。僕達の生体データに合わせるキャリブレーションを行った後、いよいよ仮想空間にダイブする。ワクワク6割、不安と緊張が2割ずつの精神状態でヘルメット状の本体を装着し、ダイブするためのボイスコマンドを呟く。

 

「リンク·スタート」

 

 瞬間、僕の視界は白く塗りつぶされる。直後、視界の中央から迫る虹色の輪。それを潜り、数秒の暗転を経て············

 

「わぉ」

 

 目を開けると、いかにも管理室という雰囲気の場所にいた。出入口らしき場所は存在しない、ドーム型の部屋。壁も床も真っ黒で、部屋の中央にはシステムコンソールらしき石碑が配置されていた。照明らしきものは見当たらないけど、視界に不具合は無い。

 

「ここで開発しろって事かな······?」

 

 その辺の説明もして欲しかったとぼやきながら、システムコンソールらしきものに近づく。よく見ると石碑の上面はキーボードになっており、適当にキーを叩くとホログラムのウィンドウが表示された。

 

「『天野君へ。作業マニュアルと君に作ってもらいたい物の一覧表だ。ここに示した物以外で作りたい物があれば申告した上で作成して欲しい。後日、適正なゲームバランスを維持できるか否かを検討する。また、君にお願いしたい内容以外に開発予定·或いは開発済みの内容についてはコンソールから閲覧できるようになっている。君の担当範囲以外でも、何かアイデアがあれば私宛にメッセージで提案して欲しい』って······こんなの仕込むくらいならナーヴギアに同封するなり、ここに仕込んであるって一言ください茅場さん······」

 

 とりあえず、マニュアルに従って作業環境を整える。と言っても、コンソールを長時間操作していても疲れないように簡素な椅子を1つ生成しただけだけど。

 

「さて、まずは······世界観の確認からかな」

 

 ざっと確認した感じだと、茅場さんからの依頼は多岐に渡る。アイテムや敵モンスター、各地で受けられるクエストなどなど、ゲームの醍醐味とすら言える代物ばかりだ。これらを十全に考えるにあたっては、まずは世界観を確認する必要がある。背景設定なんかがあるならそれを反映したアイテムとかクエストを作る参考になるし、何より世界観を壊すような物を作りたくはない。茅場さんもそれは望まないだろうし。

 

「世界観は······これかな?」

 

 コンソールを操作すると、左側に[アイテム][モンスター][クエスト]などのタブがギッシリと並んでいる。僕がアクセスできないタブは文字が灰色になっていて選択できなかった。選択できるタブから[その他概要]を選択すると、コンソールの表示が切り替わる。と言っても、タブの中で更に細かくフォルダ分けされているらしく、これまたギッシリ詰まったフォルダ名とにらめっこする羽目になった。

 

「あったあった。[世界設定]······って、うわぁ!?」

 

 フォルダを選択した瞬間、正面に巨大なホログラムが表示されて驚く。表示されたのは、概ね円錐形をした······要塞?城?。コンソール上に表示された説明を読むと、この巨大建造物は〈浮遊城アインクラッド〉といい、プレイヤーのスタートは第1層、最上階は第100層らしい。100層の中心にそびえ立つ『紅玉宮』で待ち受ける最終ボスを討伐する事がクリア条件となる。オンラインゲームのクリアっていうのがどういう物かはよく分からないけど。1人用のコンシューマーゲームならクリア=エンディングだけど、オンラインゲームは運営側がサービスを終わらせない限りはストーリーが終わろうと続く訳だし。ちなみに、層と層の間を移動する手段は各層に1つ存在する〈迷宮区〉という名前の塔のみで、塔の最上階には番人のような役割と果たす『フロアボス』が存在するらしい。また、1度到達した層であれば、各層の主街区······首都のような場所同士が連結されて、主街区中央にある『転移門』から誰でも好きな層へ移動できるようになるみたい。フィールドの大きさは第1層が最大面積で、おおよその直径は10km程度。100層へ近づくにつれて徐々に徐々に小さくなっていくようだ。これは円錐形という構造上仕方がない。

 

「けどコレ······本当にそれだけなのかな?」

 

 改めて〈アインクラッド〉の全景を観察する。最上階の100層はいい。中心に〈紅玉宮〉が存在するのが遠目にも分かる。他の層に関しては側面しか見えないため鉄っぽい板の重なりにしか見えない。けど、おおまかな輪郭からだけでも読み取れる事があった。

 

「1層が最大面積って事は、この辺りが第1層の筈······。けど、その下にも何かがある」

 

 全景を観察した結果、〈アインクラッド〉はあくまでも()()()()円錐形であり、円錐の底面から下にも構造物が伸びている。そっちは上よりも高さの短い逆円錐形になっており、側面から見ると下側が短いダイヤモンド型に近い。1層が最大面積という説明が正しいのであれば、1層から下にも何かしらが存在していると考えられる。まあ浮遊城全てを支えるための土台で、フィールドというワケではない可能性もあるけど。

 

「ま、気にしてもしょうがないか。後はこの世界の文明レベルだけど······」

 

 茅場さんの注文通りに動くためにも、文明レベルは無視できない。剣とか槍がメインの文明に銃とか爆弾を持ち込むワケにはいかないし、逆に近代クラスの文明なら剣や槍は役者不足もいいところだ。モンスターが使う武器や何かの設定にも関わってくるし、背景設定より重要とまで言えるかもしれない。

 

「さてさて、文明レベルがどのくらいかは書いてあるかなっと······」

 

 明文化はされていなくても、イメージ画像なんかがあればそこから読み取る事もできる。茅場さんの話だと、「魔法が存在しない」事くらいしか分からないからね。魔法に替わる遠距離攻撃の有無なんかも知りたいところ。

 

「っと、これかな?文章ではないみたいだけど」

 

 文章は無かったけど、イメージ画像は結構な数見つかった。各層のイメージと思しき画像が100枚。要は1層につき1つのイメージ画像が用意されていた。

 

「これ見た感じだと······文明レベルはそんなに高くなさそうかな」

 

 層ごとに特色があるから一概には言えないけど、ざっと見た限りでは建造物は大概が木や石にレンガ、高級そうな場所では大理石なんかで作られており、コンクリートらしきものは影も形も見えない。歩道は殆ど舗装されていないか、されていても精々が石畳。あくまでイメージでしかないけど、中世のヨーロッパぐらいの文明レベルかな。銃や爆弾、戦闘機みたいな近代兵器の出番は無さそう。

 

「となると、メインはやっぱり剣とか槍とかでの白兵戦かな?遠距離は石とか短剣みたいなのを投げるか、後は弓ぐらいしかなさそう。ボウガンは······とりあえず除外しておこうかな」

 

 最初は武器とか防具なんかのアイテム類を考えるのが良さそうかな。アイテム類→スキル関連→モンスター→クエストの順番が良さそう。スキルを考えるにはどんな武器があるか決めないといけないし、モンスターは武器とスキルを設定する必要がある。そしてクエストは報酬にアイテム類が必要だし、達成条件はアイテム類とモンスターが関わってくる。順番に作るならこの順が最善の筈。

 

「よし、それじゃあ始めますか!」

 

 目標は茅場さんの度肝を抜く事。あの人の予想を上回る事を目標にして頑張ろう。

 



 

「キッツ············」

 

 1時間後、僕はコンソールに突っ伏していた。

 

「茅場さんの度肝を抜くとはいったけど······コレ、思った以上に難しいよ······」

 

 どうしても『ゲーム』という事を意識すると、アイテムがそこらへんにあるゲームと似たり寄ったりになってしまう。回復薬とかの基本的なアイテムは必須級だからしょうがないけど、それ以外のアイテムの効果や何かは別だ。工夫しようと思えば幾らでも工夫できる筈なのに、どうすればより良くなるかが全く浮かんでこない。

 

「『ゲーム』と思うからいけないのかな······。いっそ、『別世界』を創ってるんだって考えてみよう」

 

 悩んだ結果、考え方を切り替えてみる事にした。茅場さんのように、今創っているのが1つの別世界だと考えれば自然とより一層の真剣みが出てきた。その世界で生活する人の立場で考えると、「こうした方が良い」とか「こういう物があったら便利かも」というアイデアが次々に湧き上がってきた。

 

「考え方をちょっと変えただけでこれかぁ······」

 

 苦笑いしながら再びコンソールを叩き始める。さっきまでの1時間が嘘のように手が動く。1つのアイデアを形にしている間にも、次々とアイデアが湧いてくる。忘れないようにメモを取る手間すら惜しみ、プログラムコードを書きながら脳内でアイデアの取捨選択をしていく。良さげな物は内容を脳内に刻み込んで忘れないようにしておき、片っ端からプログラムコードとして形にしていく。今度はその手が止まることは無かった。寧ろ誰か止めて欲しい。このままだと丸2日くらいはぶっ通しでやってもおかしくないぞ僕。

 

 幸い、夕飯前に業を煮やした藍子が殴りこんできて強制的に今日の作業を止めてくれた。どうやら木綿季と2人でダイブしていたテスト用フィールドとこの空間は出入り自由となっているらしい。確認してみたら、僕も2人がいるテスト用フィールドへ転移可能になっていた。管理者用アカウントを持っているのは僕だけみたいだけど。2人のテストは現状では「仮想空間内で現実世界と同じ様に動けるかどうかの検証」が大きいようで、重力や慣性、摩擦といった力が現実と同じ様にかかっているかのチェックが主だったとか。結果としては特に問題は無かったそうで、今日の所は茅場さんが会社から指示をしてくれたそうだけど、明日以降は僕から指示を出してほしいと言っていたらしい。まさかのテストまで全投げしてきたよあの人。信頼の証だと思えば悪い気はしないけども。

 



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010

 

「お疲れ様、天野君。進捗はどうかな?」

 

 開発に携わり始めてから約1週間。いつも通りコンソールを叩いていると、事前予告も無く唐突に茅場さんがダイブしてきた。少々ビックリしつつも、この人が予告なしに何かをする事自体はそう珍しいものでもないためスルーして訊かれた事に答える。

 

「お疲れ様です茅場さん。とりあえず、ポーションなんかの定番アイテムは完成しました。それと、2人が退屈してそうだったので、性能とかを度外視して適当に武器らしきものは作ってあります。テストしてもらう物がある程度貯まるまで、とりあえず2人には仮想世界で身体を動かす事に慣れてもらおうかな、と」

 

 言いながらコンソールを操作し、2人がいるテスト用フィールドをホログラムとして映し出す。2人は僕が作った武器モドキで打ち合ったり、或いは鬼ごっこやかくれんぼをして遊んでいたり、かと思えば地面に寝転がってみたりと忙しなく動き回っていた。テスト用フィールドは一面の草原で、隠れる場所はあまりないのにかくれんぼとかやってて楽しいのかなと思わなくもない。口にはしないけど。

 

「なるほど、了解した。それと、本日の社内会議で決定した事がいくつかある。大半は社外秘のため君にも教えられないが、君にとって重要となるのは『剣技(ソードスキル)』についてだ」

 

 茅場さんが居住まいを正す。釣られるようにして僕も背筋を伸ばした。

 

「スキルの中でも、直接的に攻撃するものは、『剣技(ソードスキル)』と呼称されることとなった。そちらの開発は私に一任されているが、社内の人員は相変わらず不足気味でね。率直に言って、テスターが圧倒的に足りないのが現状だ。彼女達を含めたとしても、ね」

 

 故に――と続ける。

 

「君にもテスターとしての仕事を依頼したい。先ほど、紺野さん達がいる空間に、ここに配置してあるコンソールと同じ物をジェネレートした。明日以降はそちらの空間で作業を行いつつ、剣技(ソードスキル)のテストを行ってほしい。それに伴い、君に元々依頼していた作業はこちらの社員で引き継ごう。開発方面での君の作業は、主に私の補助となる。私が連日、メッセージという形で作成して欲しい内容を送信するため、それに従ってプログラミングを行ってくれればそれでいい」

 

 それは、僕にとっても魅力的な提案だった。開発作業がつまらない訳ではもちろん無いけど、やっぱりずっと1人で何時間も作業をするというのは少々気が滅入る。正直、ここ2日くらいは最初に比べて作業効率が落ちてきていた。作業の合間で2人と話したり身体を動かしたりして気分転換ができるというのは僕の目にはかなり魅力的に映る。

 

「けど、大丈夫なんですか?人手が足りないっていうお話なのに、本来僕がやるはずだった作業までお任せするなんて······」

「何も、今すぐに全ての作業を進行させる訳ではない。ナーヴギアの仕上げが終わり次第、そちらから回される予定のスタッフに割り当てるという形だ」

 

 淡々と話を進める茅場さん。その声色がここにきて若干の変化を示した。

 

「また、別途(べっと)君に······君達に依頼したい事もある。それに関しては明日の朝、君達が全員揃った際に連絡するため楽しみにしていて欲しい。以上だ。お疲れ様」

 

 そこにあったのは僅かな高揚。あの人も人間なんだな~と、やや失礼な事を考えながら僕はコンソールを操作してログアウトを実行した。

 



 

 

 ログアウトして1時間ほどして、夕飯。食べ終わった2人が僕の部屋(今は事実上の子供部屋になっている)に戻った頃を見計らったように······というか、多分見計らって母さんたちから2つの提案というか、相談?があった。

 

 1つは引っ越しについて。これはほぼ必須だった。最近になって、僕たち天野家も村八分になってきたし、紺野家に関してはもう言わずもがなだろう。程よく離れていて、しかし紺野家が通っている病院から遠すぎない場所で引っ越し先を探しているとのこと。こちらは僕らの意見が聞きたいというわけではなく、提案や相談というよりは報告に近かった。

 

 2つ目が、僕たち······正確には木綿季と藍子の勉強について。今はテスターとしての作業と並行して、やや夜更かししつつも自主勉強をしていたらしいけど、それでは効率が悪いし、まだ成長期だというのに睡眠時間を削るのはいかがなものかという話だった。けど、家庭教師を頼もうにも、近所の評判を鑑みると病気に対する偏見が無い人という条件が付くし、何よりその人にも風評被害が生じかねない。どうすればいいと思うか、という相談だった。

 

 そこで考え付いたのが、僕が2人の教師役を務めるという事。高校までとなると少々自信がないけど、小学校や中学校くらいの内容なら十分に教えられると思う。都合よく明日からは2人と同じ空間で作業をする事になったから、作業の合間に授業をする事だってできる。木綿季は不満を言うかもしれないけど、最終的にはちゃんと取り組んでくれるだろう。大人組にそう伝えると、やや不安そうではあったけど了承してくれた。教えた内容を毎日大人に伝えて、その内容をもとに定期的にテストをする(作成は母さん。専業主婦だから家事を片付けてから暇になるので)事が条件として設けられたけど。テストの結果次第で、引っ越し先で家庭教師を呼ぶかどうかを決めるらしい。

 

「という訳で、明日からはダイブ中に授業もやる事になったから。茅場さんも了承済みだって」

 

 部屋に戻り、2人に先ほど決まった事を告げる。ちなみに、茅場さんが了承済みというのは本当だ。連絡先を交換した父さんがその旨を伝えたところ、二つ返事で承諾されたとか。学校に通えないという環境を彼なりに心配していたのか、なるべく空き時間を作れるようにすると言っていたらしい。今日伝えられた作業の変更も、もしかするとその一環だったのかもしれない。

 

「え~!わざわざダイブ中に授業やるの~?」

 

 木綿季からやや不満そうな声が上がる。藍子の方はというと、勉強の遅れを気にしていたのかホッとしたような顔をしていた。双子で顔が似ているのに、真逆の表情が並んでいるのはちょっとだけ面白い。

 

「木綿季の気持ちも分かるけど、勉強はしっかりやらなくちゃね。安心して、高校序盤くらいまでの内容なら完璧に教えられるから」

 

 文理選択の都合上、高校からは完全にとは言えないけど。理系科目はともかく、文系は、ね······。

 

「は~い······」

 

 不満そうな顔をしてはいるものの、木綿季だって勉強の遅れに関しては気になっていた筈だ。その証拠に、不満そうな表情に反して、目には意欲的な光が見られた。これなら中身の濃い勉強ができそうだ。

 



 

 翌日。僕らがいつも通りに仮想空間にダイブすると、そこには茅場さんともう1人、見慣れない女の子がいた。見た目は僕らより何個か上······中学生か高校生くらいに見えるけど、纏っている雰囲気はもっと小さい子······幼稚園や保育園の園児や、小学校に入ったばかりの頃を思わせる。何ともチグハグな子だった。

 

「おはようございます茅場さん。そちらの女の子は?」

「おはよう。彼女は私が開発した『メンタルヘルス·カウンセリング·プログラム』······略称MHCPというAIだ。彼女は試作3号となる。コードネームは『トリア』だ」

「よろ、しく······」

 

 微かに頬を緩ませ、途切れ途切れに言う彼女······トリア。見た目に反して雰囲気が子供っぽかったのは、文字通り彼女が生まれたばかりだったかららしかった。

 

「彼女は将来的に、試作1号と試作2号······『ユイ』と『ストレア』と共に私の世界に実装され、プレイヤーの精神面で異常が確認された場合、自動的にカウンセリングを行う事となる。だが『人の心』というのは彼女達にとって理解が難しい概念のようでね。会話エンジンは専用に仮想空間を創り、内部の時間を加速させる事で短期間で精錬する事が可能だが、カウンセリングという目的上、人の心······感情も理解する必要がある」

 

 何となく、茅場さんの言わんとするところが見えてきた。けどそれはそこそこ長く付き合っている僕だけの話で、2人は完全にポカンとしている。

 

「······何となく分かってきました。僕たちと暫く一緒にいさせて、人の感情を間近で観察させるのが目的、っていう感じですか?」

 

 2人への通訳と茅場さんへの確認を兼ねて質問する。

 

「理解が早くて助かるよ天野君。1号と2号もそれぞれ別の人間と暫く一緒に行動させる予定でいる。可能な限り多くの感情を彼女に見せてあげてほしい」

 

 そう言って茅場さんはログアウトしていった。取り残されたトリアは、父親とも言える創造者がいなくなった事で若干寂しそうというか、不安そうな表情をしている気がする。

 

「······2人とも、今日はトリアに笑ってもらうのを優先しない?」

「分かった!」

「オッケー!」

 

 その顔が、あの時の木綿季と藍子に重なった。今となっては思い出すのも腹ただしいあの日、教室に入った時にクラスメイト······否、『元』クラスメイトの冷たい視線を受けて凍り付いた木綿季の顔と、逃げるようにして家に戻り、僕の部屋でふさぎ込んでいた2人の顔が脳裏をよぎる。気づいた時には僕はそう提案していたし、2人も速攻で賛成してくれた。

 

「トリア」

 

 なるべく優しい声になるように意識して、彼女に声をかける。見た目は成熟していても、彼女の内面は僕らより幼い子供みたいなものだ。AIだから成長が早かったりするのかもしれないけど、少なくとも今の彼女は外界に対して怯えている子供そのものだった。

 

「············」

 

 呼びかけに反応し、視線をこちらへ向ける。まだまだ警戒心が勝っているようだけど、今はそれでもいい。将来的に一緒に喋って、一緒に遊んで、一緒に笑えるようになれればそれでいい。

 

「えっと、僕は天野蒼(あまのあおい)。2人からは『ソウ』って呼ばれてるから、そう呼んでほしいかな」

「ボクは紺野木綿季(こんのゆうき)!木綿季でいいよ、よろしくね!」

「私は紺野藍子(こんのあいこ)。呼び方はあんまり気にしないで、呼びやすいように呼んでくれれば嬉しいかな」

 

 口々に名乗る。警戒を解かすように笑顔で、けど決してこちらからは踏み込みすぎないように注意して。

 

「······私、トリア。よろしく······」

 

 こうして、僕たち3人の輪に彼女······トリアが加わり、作業場となる仮想空間内はより一層賑やかになった。

 




評価·感想お待ちしています。
そろそろ原作に入りたいけど、原作前に書いておきたい内容が多すぎる······。


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011

 とうとう時代がSAO本編に追い付き始めてしまいましたね。2022年11月6日まであと少し。仮にいまこの瞬間にSAOがあったとしたら、例えデスゲームになる事が分かっていてもダイブする人、結構いそうな気がします。斯く言う作者もその1人ですし。


 

「それじゃあ2人とも、ここからここまでの練習問題を解いてみて。その間に僕は開発の方を進めちゃうから」

 

 早いもので、僕らが茅場さんの依頼を受けてから半月ほどの時が流れた。2人の勉強も順調に進んでいる。

 

「ソウ······、ユウキとラン、遊べる?」

「もうちょっとだけ待っててね、トリア。あと2時間もすれば今日のノルマは終わりそうだから、その後は思いっきり遊ぼっか」

「うん······!」

 

 トリアの変化は分かりづらいけど(いちじる)しかった。矛盾した表現なのは分かってるけど、そうとしか言いようがない。表情が変わりにくいのは相変わらずだけど、言葉の端々に感情が込められるようになってきた。

 

「これは、こうで······、ここは、こう······」

「う~ん······」

 

 2人はブツブツと独り言を言いながら、真剣に問題に取り組んでいる。ちなみに、今やっているのは数学······まだ小学生の内容だから算数か。2人が積極的に取り組んでくれるからか、まだ9月にもなっていないというのにも関わらず、既に今年度にやる予定だった範囲の大半が終わっている。今日の内容は『□を使った計算』。xとかyを使った方程式の基礎に繋がってくる内容だから、ここはしっかり理解してほしいところだ。

 

「今日の作業は······武器データの調整か」

 

 僕は僕で、2人が問題に向き合っている間に開発作業を進める。テスターと教師役を含めると二足どころか三足の草鞋(わらじ)を履いている以上、こういうスキマ時間を有効に使わないと作業が終わらない。一応、茅場さんもその辺りを考慮してくれているのか、割り振られる作業量は少なめだけど。

 



 

「ソウ、私もユウも解き終わったから、見てもらってもいい?」

「りょーかい。こっちも今日のノルマは終わらせたし、ナイスタイミングだね」

 

 1時間ほどかけて今日の作業······店売り品予定の短剣(ダガー)のデータを粗方(あらかた)完成させた辺りで、タイミングよく2人が問題を解き終わったらしい。作業を進めながら横目でチラチラ確認していたけど、途中からトリアが2人の横から問題を覗き込んでいたのはちょっと可愛らしかった。何というか、幼稚園くらいの小さい子が姉の勉強を覗いている感じ。見た目は姉が妹の勉強を見ている感じだったけど。

 

「(今度からはトリア用の問題も作ってこようかな······)うん、大丈夫だね。2人ともよく出来てる」

「エヘヘ······♪」

「ソウがわかりやすく教えてくれるからだよ。私たちだけだったらあんまり出来なかったと思う」

「いやいや藍子、確かに僕は分かりやすくなるように意識してはいるけど、結局は本人が頑張らないと身につかないんだよ。だからこれは2人が頑張った結果。僕がやったのは2人の頑張りをちょっと手伝っただけだよ」

 

 本心から言う。大人数に教える学校とは異なり、2人それぞれに十分向き合える環境にあるというのもあるし、もちろん2人の努力があってこそのこの成果だ。僕の力なんて、多く見積もっても2割か3割ってところだと思う。

 

「それはそうかもしれないけど······ソウはもうちょっと自信を持った方が良いと思うな······」

「ボクもそう思う!学校の先生よりも分かりやすかったし」

「そりゃ、何十人って人に教える学校の先生と、2人にしか教えない僕とじゃそうなるよ。学校だとどうしても個人個人には対応しにくいからね。さ、それよりも今日の作業を終わらせちゃおうよ」

 

 退屈を持て余したのか、トリアが舟を漕ぎ始めていた。早めに今日のノルマをこなして一緒に遊んであげないと。

 

「そうだね。そうしよっか」

「ソウ、今日は何やるんだっけ?」

「今日は······熟練度300から500くらいで習得できる剣技(ソードスキル)の動作テストだね」

 

 木綿季の質問に答える。茅場さんがテスターの数が足りないって言ってたけど、原因はこれでもかってくらい大量に作られている剣技(ソードスキル)な気がする。僕らに割り振られているのは全体の2割くらいって話だったけど、それでも3桁は存在する。ちなみに、最初のうちは思い思いに武器を選んでいたけど、回数を経るにつれて僕たちの中でも武器の好みがはっきりしてきた。

 僕は短剣(ダガー)や拳、(クロー)のような、相手に殆ど密着するような至近距離で戦う武器種

 木綿季は片手剣やレイピアのような、割とオーソドックスな武器種

 そして藍子は僕たち2人を補うように、大型の槍や斧といった、比較的リーチのある武器種を好んで使っていた。

 

「熟練度300から500······。スキルの熟練度って1000が最大だったっけ?」

「そうだね。300から500だと、そろそろ連撃数が多くなったり一撃の威力が高かったりするスキルが増えてきそうな気がする」

 

 茅場さんが設計·開発を行った各種武器スキル。それぞれの剣技(ソードスキル)と対応していて、武器スキルの熟練度が一定に達すると新たな剣技(ソードスキル)が解禁されるシステムらしい。スキルの熟練度は藍子の言った通り、最大で1000。当然、後半になるにつれて解禁される剣技(ソードスキル)は強力なものになっていく。その分、撃った後に動けなくなる時間······技後硬直が長くて隙が大きくなったり、一度使ってから再び使えるようになるまでの冷却時間(クールタイム)が長かったりするけど。そういう一長一短が無いと序盤に習得できるスキルが終盤になるにつれて死にスキルになっちゃうし、いい調整だと個人的には思う。

 



 

「やぁっ!」

 

 木綿季が握る剣が閃き、高速の5連突きから斬り下ろし、斬り上げに続いて全力の上段斬りを放つ。確か熟練度400か450で解禁される、片手直剣カテゴリの上位剣技(ソードスキル)、"ハウリング·オクターブ"だったと思う。初めて撃った時は途中で動きが止まったりおかしくなったり、果ては技後硬直がいつまで経っても解除されなかったりと不具合だらけだったものの、細かい修正を加えた今では全く問題なく、スキルの立ち上がりから技後硬直まで、完璧な挙動が確認できた。

 

「ん······。問題ない······」

 

 居眠りから目を覚ましたトリアから見ても、特に異常は見当たらなかったらしい。システムに直接アクセスできる彼女から見て問題ないなら、もうこのスキルは完成と言ってもいいかな。

 

「えいっ!······ソウ、どうかな?」

「······技の立ち上がりも軌道も仕様書通りだし、硬直時間も資料の通り······。うん、大丈夫だと思うよ」

 

 槍を手にした藍子が若干不安そうにしていたけれど、彼女の使ったスキルにも特に問題は無い。強いて言うなら硬直時間がやや長いように感じたけど、仕様書には「高威力かつ攻撃軌道にも隙が少ないため、硬直時間を長くして技後の隙を大きくしている」とあるから正式な仕様だと思う。

 

「じゃあ次は僕の番だね。よっ······っと!」

 

 藍子に見守られながら、短剣(ダガー)カテゴリの剣技(ソードスキル)"ミラージュ·エッジ"を発動する。幻影(ミラージュ)の名の通り、攻撃がヒットする直前まで剣先がブレ続けるため狙いが曖昧となり、相手はどこを守ればいいのか常に選択を迫られる反面、使っている僕自身にも最終的なヒット先が分からないため狙い通りの場所にクリーンヒットさせるのが非常に難しいスキルだ。十分以上に習熟しないと扱いきれない、クセの強いスキル······ってところかな。正直、最初に撃った時はあまりにも剣先のブレが大きすぎて不具合なんじゃないかと思った。

 

「············うん、ソウのも問題ないと思うよ」

「ありがと、藍子」

 

 こんな感じで、僕らは基本的に2人1組でテストを進めている。自分の動きを観察するよりは誰かの動きを観察する方がやりやすいし、異常を見つけやすいから。それに、仮想世界とはいえずっと動きっぱなしというのは疲労が溜まる。休憩を兼ねてパートナーのスキルを見て、それでも誤魔化しきれないほど疲労が溜まったら全員で休憩、という流れ。全員での休憩中はトリアを交えてお喋りタイム。そんな生活の成果が、徐々に感情を表に出すようになってきた今のトリアだった。

 

「それにしても······大分表情豊かになったよね、トリアちゃん」

「そうだね。って言っても、まだ僕達みたいに仲がいい人から見て表情豊かってだけで、そうじゃない人たちには全然分からないと思うけど。2人が色々とお喋りしてくれたお陰かな?」

「ソウだってお喋りしてるじゃん!この間なんて、いきなり『本、読んでみたい············』って言うからビックリしたんだよ!?」

「あ~······。僕が読んでみて面白かった本の話をしたからかな?そういえば、『内容、写して············』って言ってたっけ。本一冊まるごとデータ化するとか、どのくらい時間かかるんだろ······?」

「それ以外にも問題あるんじゃない?著作権とかもあるだろうし」

 

 1日の締めに、皆で武器を持ってチャンバラのようなモノをやりながら雑談する。名目上は『仮想空間における運動能力のテスト』及び『痛覚を緩和·遮断するペイン·アブソーバシステムのテスト』ということにしてもらっている。剣技(ソードスキル)のテストは見ているだけのトリアが僕達と一緒に武器を振る唯一の機会だったりもする。ちなみに、この時に僕らが振り回すのは木刀と決まっている。この木刀、ゲーム内では第1層の店売り品として実装するらしいけど、「与えるダメージを90%カットする」効果と「ヒット時の痛みを軽減する」という2つの特殊効果が備わっている。要するに仲間内で模擬戦をするためのアイテムだ。前に木綿季の手からすっぽ抜けて僕の目に当たった事があったけど、衝撃こそあれ痛みは一切なかったと言えば、他の武器に比べてどれだけの安全性を誇るか分かってもらえると思う。

 

「ここ、何も無い············。3人がいないと、暇············」

「だから本が欲しいってことかぁ······。一応少しずつ進めてはいるから、もうちょっとだけ待っててもらえる?」

「うん·········♪」

 

 チャンバラに疲れてきたらログアウト。トリアの寂しそうな顔に後ろ髪を引かれる思いを毎日味わうけど、ずっとダイブしっぱなしというわけにもいかない以上仕方がない。いつか、現実世界(リアル)でも一緒に過ごせるようになればいいなぁ。

 

 今の僕らの日常はこんな感じ。朝起きてご飯を食べたらすぐにプロトタイプ·ナーヴギアでダイブ。仮想空間で授業をやって、練習問題を2人が解いている間に僕は茅場さんからの指示通りのプログラムを開発。お昼を挟んで午後は剣技(ソードスキル)のテストと問題個所の修正。一段落したらトリアを交えてチャンバラをして、日によってはゆっくりと4人でお喋りする。茅場さんからの定期連絡だと、このゲーム······『ソードアート·オンライン』全体の開発も順調に進んでいるらしい。来年の5月にはナーヴギアの一般販売が始まり、8月にβテスト、11月に正式サービスの開始を考えているとか。タイムリミットが近づいてくるけど、そんな事を気にする余裕はもう無い。今は目の前の事を1つずつ片付けるだけだった。

 



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012

 

 年度も変わり、仮想空間で1日を過ごす日常にもすっかり慣れた頃。とうとうテストの終了が近いと連絡が来た。

 

「うぅ·········。せっかくトリアちゃんと仲良くなれたのに············」

 

 心底寂しそうに言う藍子。木綿季という妹がいるのに······いやだからこそ、僕達の中でも一番トリアと積極的に仲良くしていたからこそ、寂しさも一入(ひとしお)みたいだ。

 

「姉ちゃん、気持ちは分かるけど······」

「トリアはMHCP······SAOに実装予定のAIの1つなんだから仕方がないよ。友達と離れるのが寂しいのは分かるというか、僕も同じだけどさ」

 

 あの事件以来、年の近い友達は僕とトリアしかいなくなっちゃったから気持ちは痛いほど理解できる。けどこればかりはどうしようもない。いくら何でも、実装予定のAI、しかも時間をかけてかなりの完成度となったAIを欲しいというのは子供の我が儘にしても度を越している。流石の茅場さんでも許容範囲外だろう。

 

「大丈夫············。3人がログインしたら、すぐ、会いに行く············」

「トリア············!」

「「トリアちゃん············!」」

 

 口角をやや上げてそう言うトリアに感動する。こう言ってくれるほど慕ってくれる嬉しさと同時に、どこか子供の成長を実感した親のような気持ちも感じる。

 

「(本当に、感情豊かになったなぁ······)」

 

 2人に左右から抱きしめられるトリアを見つめながら、初めて顔を合わせた時から今までの彼女の変化を思う。

 

 初めて会った時は、表情は能面みたいに無表情で、声にも感情らしいものは感じられなかった。

 今ではそんな事は無い。相変わらず表情の変化は乏しいけれど、それでも注意してみればハッキリ分かるくらいにはちゃんと変わるし、声だって感情豊かになった。何も知らない人が今の彼女を見たとしても、一目でAIだと分かる人はいないだろう。表情があんまり変わらない人って結構いるし。

 

「まあ、今すぐって訳じゃないからさ。スキルのテストだってまだ残ってるし」

 

 昨日までのテストで8割方終わったとはいえ、逆に言えばあと2割くらいは残っている。僕達の仕事はその2割で終わりという事だったから、それが終わるまではまだトリアと一緒に居られる。今までのペースからして、後1週間か2週間くらいだと思うけど。

 

「ソウの、言う通り······。さ、今日の分、やろう······?」

 

 トリアに促される形で、今日のノルマをこなす。今週のノルマは、熟練度800から900で覚えるスキルのテスト。序盤に比べると習得するスキルが少ない分、テストする数自体は多くない一方で、連撃数や威力が大きい分隙が大きいスキルが多く、硬直時間や冷却時間(クールタイム)が長いスキルばかり。途中で身体があり得ない動きをしようとしたり、唐突に硬直に襲われたり、逆に硬直時間が無くなったり。スキルの複雑さが増した分、序盤に比べると修正も一筋縄ではいかなかった。

 

「う~ん······。なかなか上手くいかないね······」

「そうだね······。私やユウじゃ、ソウのお手伝いは出来ないし······」

「いや、これに関しては僕がお願いされた仕事だからさ。一応、茅場さんの教え子って立場になるんだし、このくらいはやれないと。茅場さんの顔に泥は塗れないよ」

 

 一生かけても返しきれない恩がある彼の顔に泥を塗るような真似はできない。メールや本を介してとはいえ、彼から直接教えてもらうというプログラマー垂涎の立場にいたんだから、このくらいの仕事は(こな)せないと。

 

「······よし。これでどうかな?」

 

 目に付いた修正点は大体直した。これでまだ変な挙動が出るようなら、僕にはもうお手上げだ。茅場さんにお願いするか、一からプログラムを作り直すしかない。

 

「ちょっと待って······。ハッ!」

 

 気合いと共に剣を振るう木綿季。右手に握られた剣に橙色の光が宿り、突きをと斬撃の中間のような一撃が放たれた。片手直剣の上位単発剣技(ソードスキル)"ジェリッド·ブレード"。熟練度950で習得できる"ヴォーパル·ストライク"に並んで優秀な単発技······らしい。複数を相手取るにはやや不向きだけど、それはこの他の武器も同じ。強いて言うなら両手剣とか両手斧みたいな大きい武器の範囲攻撃はそこそこの数を巻き込めるけど、片手で扱う武器は殆ど1対1、対少数が前提で、大量の敵に逃げ場なく囲まれたら相当の実力がない限りは負ける。

 

「そう考えると、ゲームバランスおかしくないかな······?」

 

 芽生えた微かな違和感。とはいえ、今となっては誰もが知る名作タイトルも最初期の作品は1対1の戦闘しかなかった事を考えると、フルダイブ型RPGの先駆けとしてはこれでもいいのかもしれない。

 

 ―――後になって、この時の考えを後悔することになる。この疑問を放置していなければ、『あの事件』の犠牲者を多少は減らせたのかもしれない。

 

「······うん、大丈夫そうだね」

 

 スキルの立ち上がりから剣の軌道、硬直時間の長さ、再使用可能になるまでの冷却時間(クールタイム)まで、完全に仕様書通り。この技はこれで完成かな。

 

「よかったぁ······。ソウ、お疲れ様」

「ありがと、藍子。木綿季もお疲れ様」

 

 今日の作業はここまで。このペースだと、来週か再来週にはテストも終わりそうだった。

 



 

 時間切れまではあっという間だった。テスト最終日の前にテストも開発作業も全て終わらせていたお陰で、最終日は思う存分トリアと遊ぶ事ができた。

 

「ありがとう天野君。協力に感謝するよ」

「いえ、お礼を言うのはこっちの方です。おかげさまで2人も元気になりましたし、トリアとも仲良くなれました」

「いや、私はあくまでも切っ掛けを与えたに過ぎない。その結果は君達自身が掴み取ったものだ」

 

 日曜の午後。僕はいつかに茅場さんと話をした、家の近くの喫茶店で彼と話していた。

 

「それで、報酬の件なのだが······、何か希望はあるかな?」

「そうですね······。出来れば、今使ってるプロトタイプ·ナーヴギアを頂けないでしょうか?」

「む······。こちらとしては、試作機をそのまま社外に出すというのは避けたいところではあるのだが······、まあ君達の貢献度を考えれば、その程度はどうにかなるだろう。ただ、手続きの時間を考慮すると、一度機体を回収させてもらう必要があるが、構わないかね?」

「無理を言っている自覚はありますし、全然問題ないです。ありがとうございます」

 

 本来は社内で処理されるであろうプロトタイプを貰うというのは相当な無理を言っている自覚はある。だけど、少なくない間使い続けて愛着の湧いた機体が破棄されてしまうのは嫌だった。今はいない2人も同じ意見だ。

 

「だが、君達の働きを考えると報酬がそれだけというのは不足しているな······」

「そうですか?2人はともかく、僕はそこまで力になれたとは思えないんですが······」

 

 茅場さんの方から変更されたとはいえ、最初に依頼された内容は結局ほぼ出来なかったし、最初の1週間くらいを除けば茅場さんからの指示に従ってただけだ。確かに開発作業にも触れてはいたけど、茅場さんにかかる負担はあまり変わらなかったんじゃないかと思う。

 

「いや、君の方でスキルの不具合を修正してくれたのは本当に助かった。社内の他のテスターにはプログラミングに関しては全くの門外漢もいてね。少なくない修正依頼が私の所にまで来た。付け加えると、修正内容を逐次私に報告してくれたのも非常に有難かった。仕様書とどのように異なっていたか、その原因とどのように修正したか、修正した結果どうなったかを詳細に纏めてくれていた」

 

 他の人たちはそうはいかなかったらしい。修正したという事だけを報告して、修正後の挙動については殆ど情報がなかったり、修正に関しては完全に茅場さんに丸投げだったんだとか。修正報告なんて、『修正の結果、仕様書通りの結果が得られた』くらいが関の山だったらしい。酷い時にはそれすら無かったとか。それでいいのかアーガス社······。

 

「それに、トリア君に大量の感情データを蓄積してくれたのも大きい。正直、あそこまでの完成度になるとは私も思っていなかった」

 

 精々(せいぜい)、表情がやや変化する程度だと考えていたらしい。蓋を開けてみれば、表情の変化どころか、何も知らなければ人間とほぼ見分けがつかないレベルになっていて度肝を抜かれたとか。僕は知らないうちに、彼の度肝を抜くという密かな目標を達成していたみたいだ。

 

「それらを踏まえると、プロトタイプ·ナーヴギアだけというのは報酬として少々不足しているのではないかと思ってね。······そうだな。今すぐというわけにはいかないが、開発が終了し次第、『ソードアート·オンライン』正式パッケージを3つほど送らせてもらおう。報酬としてはそれでも足りないくらいだが······」

「いやいや、十分過ぎますって!?むしろこれ以上貰ったらこっちこそ釣り合わないです!!」

 

 プロトタイプとはいえ、ナーヴギアだけでも金額にして10万近くする上に、全ゲーマー待望の······つまり間違いなく倍率が高くなる『ソードアート·オンライン』正式パッケージが人数分。これ以上を望むのはもう罰当たりの領域だ。期間を考えれば妥当?いや、僕達なんて半分くらい遊び感覚でいられるくらい自由にやらせてもらってたし······。

 

「そうかね?君が望むならば、報酬は以上とさせてもらおう。ただ、それだけでは私の気が済まないのも確かでね······。餞別(せんべつ)として、これを渡しておこう」

 

 そう言って彼が手渡してきたのは、1枚のカード。名刺大のそれには『LoginID:Guest Rank"S"』と記され、その下にパスワードと思しき複雑な英数字の羅列が並んでいた。

 

「管理者アカウントとしてゲームシステムに介入する事ができるIDとパスワードだ。アクセス権限は私の持つ物に次いで高く設定してある。ログイン時間の合計が30分を超えると自動的に完全削除される使い捨てのアカウントだがね。それを使うか使わないかは君の自由だ。言ってしまえば、私の自己満足だからね」

「······そう言う事なら、有難く頂いておきます。なるべく使いたくはないですけど」

 

 ゲームシステムへの介入というのはチート······ズルだと思う。1人用のゲームならそういうズルをして遊んでみるのも面白いけど、オンラインゲームでそれをやるのはどうにも気が引ける。

 

「それでも構わない。······ところで、今日は紺野くん達は一緒ではないのかな?一応、彼女達の分もアカウントを用意してはいるのだが······」

「2人は引っ越しの準備中です。いい物件がやっと見つかったみたいで。それと、2人は多分受け取らないと思いますよ」

 

 木綿季は「貰っても使わなさそうだし、ソウにあげる!」と言うのが目に見えてるし、藍子は真面目な性格だから受け取らないと思う。仮に受け取ったとしても、多分木綿季と同じで僕に回ってくるんじゃないかな。

 

「そうか······。少々残念ではあるが、無理強いする訳にもいかないな。この2つのアカウントは破棄しておくことにしよう。君の事は信頼しているが、帰り道で落とさないとも限らない」

「そうですね。使い捨てとはいえ、管理者アカウントを利用されるリスクは無くした方がいいですし」

 

 むしろ、僕に渡された1つですら、ハッキングとかで第三者に利用されるリスクがある以上、アカウントの作成自体避けるべきだろう。それが分からないわけないのに用意してくれたのは、それだけ茅場さんが僕らの協力を有難く思ってくれたのか、ハッキングされない自信があるのか。恐らくどっちもあるんだろうけど、やや後者寄りなんだろうなぁ。

 

「では、正式サービスが始まるまでお別れだな。君達も色々と忙しくなるのだろう?」

「そうですね······。引っ越し作業がこれから本格化してきますし、それが終わっても2人の家庭教師がありますから」

 

 紺野家·天野家合同の家族会議では別の小学校に転校するという案も出たものの、いざ手続きをしようと向かったところ、校舎を見た途端に木綿季と藍子が動けなくなってしまった。2人にとって、学校という場所そのものが完全にトラウマとなってしまったらしい。······あんな体験をした後じゃ、無理もないと思うけど。

 

「······やはり、克服は難しそうかね?」

「ええ······。倉橋先生······主治医の人曰く、時間が癒してくれるのを祈るしかないそうです」

 

 身体の傷とは違い、心の傷は時間によって癒すしかない。心には包帯も巻けないし、絆創膏を貼る事もできないから。

 

「そうか······。私からも、回復を祈らせてもらうよ」

「ありがとうございます」

 

 2人の回復を祈ってくれるのは本当に嬉しいんだけど、相も変らぬ無表情で言われても説得力がイマイチというのは言わぬが花······だね。

 



 

「ただいま~」

 

 茅場さんと別れ、家に戻る。引っ越しの準備で荷物の取捨選択をしなくちゃいけないし、持って行く荷物の箱詰め作業もある。引っ越し業者の人との日程調整も母さんがしてしまっているから、あまりノンビリはしていられない。

 

「おかえり(あおい)。早速で悪いんだけど、この辺にある本、全部この箱に詰めてもらっていいかしら?順番とかは気にしなくていいから」

「了解。他に手伝う事はある?」

「そうね······。私の方は今のところないわ。終わったら自分の荷物を整理してて」

「分かった」

 

 猫の手も借りたいくらい忙しい今、呑気に休憩している余裕なんてない。母さんの指示通りに本を箱詰めした後、一応父さんにも手伝う事が無いか声をかけてから自分の荷物整理をする。······あ、校外学習で撮った集合写真が出てきた。2人が写ってる所だけ切り取って後は捨てとこ。

 




 ナチュラルに集合写真から自分も切り捨てる(あおい)君。ちなみに、紺野姉妹の荷物は基本的に大人(主に母親)のチェックが入ってから本人たちが整理しています。描写していませんが、(あおい)君と同じパターンで集合写真が出てきた時にフラッシュバックを起こして過呼吸になったという裏設定があったり············。原作の木綿季ちゃんや藍子ちゃんがどうだったのかは分かりませんが、普通に考えて教師陣含めて全校から嫌がらせを受けたらトラウマになると思います。というか、それを受けても転校先に通い続けた原作木綿季ちゃんが凄すぎる。とは言っても、それを切っ掛けにしてエイズが発症している事から考えるに精神的にキツイ面はあったと思いますし、本作では信頼できる同年代がいた結果、精神的苦痛が表にも表れてしまったという形にさせて頂きました。

 それと、読み返してみたら木綿季ちゃんの成績ってトップクラスだったんですね······。勉強嫌い的な描写をしてしまいましたが、個人的に木綿季ちゃんは口では文句を言いつつも真面目に勉強するタイプだと思っているので、成績もそれに応じて高いと考えて頂ければと思います。


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アインクラッド編
013


ギ、ギリギリ間に合ったぁ!

今日という日の13時に原作に入りたかったので、若干突貫工事で仕上げました。正直、いつもはやっている読み直しを省いて投稿しているので、後々修正する可能性が高めです。

まあ原作に入ったと言っても、本格的に原作キャラが出てくるのは次の話以降になりそうですが。

わけみたま様、こう/皐月様、O,M様、アクルカ様、評価ありがとうございます。



 

 時の流れは早いもので、気がつけば11月。先々月······9月の始めぐらいに引っ越しが終わり、新居での生活にも慣れてきた。

 

「いよいよ今日······かぁ」

「楽しみだね、ソウ!」

「そうだね。けど藍子、テンションおかしくなってない?気持ちは分かるけどさ」

 

 朝からテンションマックスな藍子に思わず苦笑するけど、彼女の気持ちも分かる。何せ、今日は11月の6日······『ソードアート·オンライン』正式サービス開始日だ。正確には今日の午後1時から。プレイ環境も問題ない······製品版の発売日に合わせて茅場さんから郵送されてきた、多少改造したらしい人数分のプロトタイプ·ナーヴギアに、一般販売されているのと寸分違わない、同じく人数分のゲームソフト。正直、僕もワクワクしている。

 

「姉ちゃん、今からそんな感じだと、いざ始まった時にバテちゃうんじゃない?」

 

 意外にも······と言うと失礼だけど、割と落ち着いている木綿季。もちろん完全にいつも通りとはいかないけど、藍子ほどじゃない。

 

「し、仕方ないじゃない!久しぶりにトリアちゃんに会えるんだよ!?」

「ドウドウ、藍子。気持ちは痛いほどよく分かるけど、ドウドウ」

 

 興奮する藍子を全力で宥める。宥め方が完全に馬に対するそれなのは気にしないでほしい。

 

「けど、木綿季の言う通りではあるんだよね。今からそんな調子だとバテちゃう。けど自分でもどうにもできないんでしょ?」

 

 長い付き合いだ。そのくらいは何となく読み取れる。遠足前でも普段通りの生活リズムを崩さず、落ち着いて過ごせるのが藍子のはずだ。それができないくらい楽しみで仕方がないんだろう。自分でも抑えきれないくらいに。

 

「うん······。自分でもこれじゃいけないって分かってるんだけど」

「いや、しょうがないよ。正直、僕も物凄く楽しみだし」

「ボクだってそうだよ!というか、姉ちゃんやソウにも負けない自信があるよ、ボク!」

「「うん、それはなんとなく分かる」」

「即答っ!?」

 

 だってこの子、今は割と落ち着いてるけど、夕べは一切寝てないし。何なら僕らも巻き添えで寝不足気味だし。というか、何で個人部屋があるのに寝る時は僕の所に来るんだろ、2人とも······。まあ僕も、1人で寝るとちょっと落ち着かない気持ちになるからいいんだけど。

 

「まあ、それはそれとして······。一旦落ち着くためにも、今日の授業をやっちゃおうか」

 

 僕の家庭教師は未だに続いている。2人が学校に通えない上に、今まで特に問題が無かった以上、わざわざ家庭教師を雇う事もないからね。

 

「今日は······連立方程式だね」

 

 2人の吸収が早いお陰で進度もバッチリだ。算数に関してはもう中学校の内容に入っているし、国語も漢字に関しては漢検準2級程度、それ以外に関しても順調だ。英語······は、他に比べるとやや遅れ気味。いや、本格的にやるのが中学校以降って考えると早いも遅いもないんだけど。理科と社会も順調だ。

 

「うぅ······。方程式はサッパリ分かんないよぉ······」

「頑張って、ユウ。ほら、ここはこうだよ」

「ありがと~姉ちゃん······」

 

 最近は木綿季がダウンしそうになる事も増えてきたけど、その度に藍子がフォローしてくれるからかなり助かってる。僕も出来る限りはフォローしてるけど、問題を出してる側がフォローすると偶にやりすぎて答えまで教えちゃうから加減が難しい。

 



 

「終わった~!」

「お疲れ様、2人とも。ハイお茶」

「あ、ありがとうソウ」

 

 勉強時間の締めくくりとして出している練習問題を採点する前に、(ねぎら)いの意図も含めてお茶を淹れる。

 

「············うん。大きく間違ってるところは無いかな。時々ケアレスミスがあるくらい」

 

 微妙な計算ミスとか漢字のミスばかりは、気を付けていてもある程度しょうがない。見直ししても見落とす事だってあるしね。

 

「ふぅ······。いつもありがとう、ソウ」

「僕がやってる事なんて大したことないよ。2人の方がよっぽど頑張ってるし」

 

 と、時計を見ると既に正午を回っている。サービス開始は午後1時からだから、そろそろ準備をしないと間に合わないかもしれない。別に開始直後に始めなきゃいけないって訳じゃないけど、どうせなら沢山時間を使いたいからなるべく早い段階でダイブするという方針になっている。

 

「お昼はどうする?簡単なので良ければパパッと作っちゃうけど」

 

 ここ数年、隙を見て練習してきたからそこそこ食べられる味には作れるはずだ。レパートリーは決して多くないけど、サラッとお腹を満たせる物の候補はいくつかある。

 

「は~い!ボク、炒飯が食べたい!」

「その、私は何でも······。出来ればあんまり重たくないのをお願いしたいけど」

 

 ふむふむ。木綿季は炒飯、藍子はあんまり脂っこくない物、と。油控えめで野菜多めの炒飯ならどっちの条件も満たせるかな。材料はあったはずだし。

 



 

 お昼を済ませて食器を洗い、プロトタイプ·ナーヴギアの用意を整えると良い感じに午後1時が近づいていた。誰からともなくナーヴギアを頭に装着してベッドに横たわる。

 

「いや、何で2人も僕のベッドにいるのさ?普通に自分の部屋からダイブしなよ」

 

 ナチュラルにベッドに潜り込む2人に言う。割と昔から一緒に寝る事はあったし、毎晩の事だから感覚が麻痺してきたけど、年頃の男女が同じベッドで寝るというのは普通に考えてアウトだと思う。

 

「だって、ソウの部屋の方が電波良いんだもん!」

「いやそれほぼ誤差······。まあいいけどさ。そろそろ時間だし」

 

 同じ家で、部屋もすぐ近くなんだから電波の良し悪しなんて誤差だろう。けど木綿季も藍子も結構頑固だから、譲歩を引き出すのにかかる時間と手間を惜しむ事にした。今度、母さんたちから情操教育をしてもらおうかな······。望み薄だけど。

 

「「「リンク·スタート!」」」

 

 きっかり午後1時。正式サービス開始と同時に、僕らの意識は身体を離れ、仮想世界に旅立って行った。

 



 

 目を開く。最初に見えたのは、現実世界ではもう殆ど見られないだろう石畳の地面。

 

「スゥ······ハァ······。······うん。戻ってきたんだなぁ、この世界に」

 

 深呼吸を1つする。現実世界(リアル)に比べて匂いが希薄な空気に、仮想世界にやって来た······いや、戻って来たんだと実感する。

 

「······っと、いつまでもこうしてる訳にもいかないか。2人と合流しないと」

 

 事前にプレイヤーネームは教え合ってるし、現実世界(リアル)とほぼ変わらない容姿でプレイする事にしていた。合流は難しくないはずだ。

 

「って、言ってもなぁ······」

 

 周りを見ると、続々とログインしてくる多数のプレイヤー達。初回ログイン場所に設定されている、〈はじまりの街〉中央広場はあっという間に人で埋まっていまった。いくら幼馴染だからと言って、この中から特定の2人を探し出すのは難しそうだ。

 

「ふぅ······」

 

 広場のはずれにあるベンチに腰掛ける。いっその事、何か騒ぎでも起こしてくれれば合流が楽になるんだけど······。

 

「いや、そっちの方が厄介か」

 

 合流が楽になるメリットと、上手く騒ぎを解決しなければならないデメリット。明らかに後者の方が大きすぎる。

 

「よ······っと」

 

 ベンチの上で立ち上がる。周りより少しでも高い場所にいれば、多分2人の方から見つけてくれるだろう。

 

「············」

 

 なんか、広場の反対側で、凄く見覚えのある人が同じ事してるんだけど。

 

「あっ、お~いソ~ウ!こっちこっち~!」

「ユウ、落ち着いて······。みんなに見られてるから······」

 

 現実世界(リアル)と同じ顔かたちの2人······プレイヤーネーム『ユウキ』と『ラン』がそこにいた。前者が木綿季、後者が藍子だ。性格を考えれば分かるけど、大声で呼んでいるのがユウキ、隣で恥ずかしがりながらそれを(いさ)めているのがランだ。

 

「······早く行かないと、藍······じゃなくて、ランの胃に穴が開きそうだね」

 

 元々、あまり注目を集めるのが得意じゃない藍子······ランだ。ユウキの声で周りからの注目を集めている現状は辛いはず。一刻も早く合流して、もう少し人が少ない場所に移動しないと。

 

「ソウってば~!」

「分かった!分かったからちょっと待っててユウキ!」

 

 羞恥心を一時的に投げ捨てて、大声でユウキに返答してからベンチを降りて走り出す。さっきのやり取りを見ていたからか、道を開けてくれるのはありがたいけど、周りからの視線が痛い······。

 

「ユウキ、はしゃぐのはいいけど、出来ればこう、手心というか······」

 

 彼女はもう少し、自分が可愛いという事を認識して欲しい。ゲーム内という性質上、見た目通りの性別·外見とは限らないから多少はマシだけど、美少女に大声で呼ばれている男に注がれる視線の性質なんて言うまでもないだろう。もしこのゲームに視線だけでダメージを与える仕様があったなら、僕のHPはとっくにゼロになっている。

 

「お待たせユウキ。そして早速だけど移動しようか」

 

 答えは聞かない。広場の反対側に着くが早いか、ユウキの手を引きながら市場に足を向ける。ランが着いて来ているのをチラリと確認してから、若干足を速めた。今は一刻も早く、この視線地獄から逃れたい。ランと僕の考えは完全に一致していた。ユウキ?手を引かれながらも周りの風景に一喜一憂してたよ。多分手を繋いでなかったらフラフラとどこかに行って(はぐ)れてたと思う。

 



 

「さて······、まずは武器、かなぁ」

 

 広場から離れ、表通りからも少し離れた裏通り。予想以上にさっきの騒ぎが尾を引いているようで、どこに行っても向けられた視線から逃れていたらここに辿り着いた。ようやく落ち着いて今後の事を話せる。

 

「ソウ、確か茅場さんに言われて開発の方もやってたよね?安いお店とか知らないの?」

「残念ながら。僕がやったのはアイテムとかクエストの一部だけで、マップ関連には一切触らせてもらってないんだよね。クエストの配置場所すら聞いてない」

 

 多分、その辺りはβテスターの人たちの方が詳しいと思う。剣技(ソードスキル)に関してだけは僕らの方が詳しい自信があるけど。少なくとも片手直剣と短剣、槍に関しては。他にも触ってたけど、特に気に入ってメインで使ってたのはその辺りだし。

 

「そっか······。困ったね」

「まあ、茅場さんの事だからこういう裏通りにも何か配置してそうではあるけど······って、ユウキは?」

「え?ユウならそこに······って、いない!?」

 

 この通りに入った時は間違いなく3人だったのに、ちょっとランと話している間にユウキが姿を消していた。表通りの方向には僕がいたから流石に行ってないだろうし、通りの奥に行ったのかな?

 

「全くあの子は······。ごめんねソウ」

「いつもの事だし、ヘーキヘーキ。それに······」

 

 ユウキの運を考えると、この先で元βテスターの人に遭遇してたりとか、(ある)いは隠れ名店を見つけたりしていてもおかしくない。

 

「う~ん、流石にソウのそれは上手くいきすぎだと思うけど······、あり得ないって言いきれないのがユウの怖い所だよね」

「本当にね」

 

 アニメ主人公並みに天に愛されてるんじゃないかってくらいの運を持つユウキなら、本当にそれくらいやりかねない。まあ本当に運が良ければ病気にもならなかったと考えると、その分の運が戻ってきているとも言えるけど······いや、やめよう。考えても暗くなるだけだ。

 

「あっ、姉ちゃ~ん、ソ~ウ!元βテスターの人見つけたよ~!」

「「えぇ············」」

 

 なお、当の本人はいつも通りの笑顔でサラリと先駆者さん(元βテスター)を見つけていた模様。いや本当に、あの子の運命力ってどうなってるの······?

 





最後にユウキが見つけた元βテスター······一体何トさんなんだ?

評価·感想お待ちしております。


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014

や、やっと完成しました······。仕事と執筆、どっちも両立できる日は遠そうです。出来れば週1とまでは行かずとも、10日から2週間に1度は安定して投稿した上で2,3話程度のストックがある事が理想なのですが、そんな境地に達するにはあと10年は必要な気がします······。

シュウ0427様、りいのら様、ゆう様、あろがんつ様、もりまき様、評価ありがとうございます。

追記:12月15日、描写に矛盾があったため修正しました。


 

「ユウ、元βテスターの人って······その2人?」

 

 彼女と一緒にいるのは、ブロンドの髪をした女性と、薄紫色の髪色をした長身の男性。もっとも、実際の性別がどうかは分からないけど。

 

「ううん。こっちの男の人······『ミト』さんが元βテスター!隣の人は現実世界(リアル)の友達なんだってさ!」

 

 ニコニコと笑って話すユウキだけど、隣にいる2人は困惑しきった顔をしている。これは······多分、軽く自己紹介しただけとかそんな感じだろう。

 

「······ユウ、お2人に挨拶はちゃんとしたの?」

 

 同じ結論に至ったのか、額を抑えながら問うラン。

 

「え、えっと······」

 

 分かりやすく動揺して目を泳がせるユウキ。うん、これは間違いなく、テンションが上がったあまりにロクに挨拶もできてないパターンだね。

 

「······すみません、うちの連れが失礼をしたみたいで。僕はソウ。そっちで怒られてるのがユウキで、怒ってる方がランと言います。そちらは······?」

「え、あ······ンンッ。私はミト。こっちの女の子はアスナ。それで、用件は?」

 

 咳払いを行い、自己紹介をしてくれる男性······男性?ところどころの所作が若干女性っぽいから、もしかすると女性が男性アバターを使ってるのかもしれない。そう考えると、さっきの咳払いも間違って女性の喋り方を出さないようにという意図があったのかな?

 

「えっと、僕たち、オンラインゲーム自体これが初めてで、右も左も分からないので、せめておススメのお店とかがないか訊きたかったんです」

 

 本音を言うと戦闘に関しても訊きたかったけど、そこまで甘えるのは申し訳ないから遠慮した。βテストの時の評判を調べた限り、序盤は剣技(ソードスキル)さえ十全に使いこなせれば最低限なんとかなりそうだし。

 

「そうか······。それなら、あっちの裏通りにある武器屋がおススメだよ。品揃えは他の店と変わらないけど、少しだけ安く買えるんだ。ちょうど私達も行くところだったし、案内しようか?」

「いいんですか?助かります!」

 

 正直、ここ〈はじまりの街〉は広い上に道が複雑で、『あっちの裏通り』なんて言われてもどこか分からない。案内してもらえるのは有難(ありがた)かった。

 

「それじゃあ一緒に行こうか。······そっちの2人もね」

 

 ミトさんに言われて振り向くと、ランによるユウキの説教は未だに終わっていなかった。

 

「ラン、今はそのくらいにしてあげたら?お2人を待たせるのも申し訳ないし」

「······ユウ、ログアウトしてから続きやるからね」

「は~い············」

 

 ランはまだ言い足りなさそうだったけど、お説教の続きは現実世界(リアル)に戻ってからやってもらおう。

 



 

「さあ、ここだ」

 

 ミトさんに案内されて、彼おススメの武器屋に着いた。彼曰く、この街にある武器屋はそれぞれに特徴があり、他のお店よりも若干だけど品揃えが多かったり、品揃えが若干少ない代わりに他よりも安く買えたり。これから行くお店はさっき言っていた通り、品揃えと安さを両立したような場所らしい。安さだけなら他にもっと安い所もあるけど、そういう場所では彼が使う《鎌》は売っていないんだとか。僕らはとりあえず、テストの時も一番使いやすかった武器をそれぞれ買った。つまり、僕は短剣(ダガー)、ランは片手用槍、ユウキは片手直剣だ。ちなみにアスナさんは細剣(レイピア)を買っていた。

 

「案内してくれてありがとうございます」

「いや、私達も丁度向かうところだったからね。この後はどうするんだい?」

「街の外に出てみようかと思ってます。今日のうちに戦闘の感覚も掴んでおきたいので」

「それなら、この道を真っ直ぐ行けば街の出入口だよ。周りにはあまり強いモンスターは出ないはずだけど、気をつけてね」

「何から何までありがとうございます。それじゃあ、失礼します」

 

 ミトさんに挨拶をして別れる。ユウキとランはアスナさんと何やら話していたらしいけど、こちらの方が一段落するとランはペコリと頭を下げて、ユウキは元気に手を振ってからこっちにやって来た。

 

「いい人だったね、ソウ」

「そうだね。ユウキが会ったのがミトさんみたいな親切な人で良かったよ」

 

 そんな事を話しながらフィールドに向かう。途中、道行く男性プレイヤー······偶に女性プレイヤーからも嫉妬のような視線が飛んできたけど。前者は兎も角、後者は所謂『ネカマ』っていうやつかな?ゲームの楽しみ方なんて個人の自由だし、実害さえなければ何も言わないけど。

 



 

「ブモォォッ!」

「うわっ······っとと。ハァッ!」

 

 数分後、〈はじまりの街〉周辺フィールドにて。青イノシシ······固有名《フレンジーボア》を相手に剣を振るうユウキの姿があった。

 

「あのイノシシ、そんなに強くないのかな?行動が単調だし」

「そうは言うけど、こんなにリアルな感じだと結構怖いんだけど!?ってうわぁ!?」

 

 何度目か分からないイノシシの突進を見て、慌ててコース上から身を引くユウキ。ちなみに、僕とランは見学中だ。僕らのテストはあくまでも剣技(ソードスキル)の空撃ちで何か不具合が出ないかを検証するためのものだったから、いざ実戦で使うとなると勝手が違う。仮想の存在とはいえ、目の前で自分に敵意を向けてくる相手に対して冷静に立ち回れるほど経験を積んでいるわけじゃない。

 

「落ち着いて、ユウ。あのイノシシさん、さっきから突進以外してこないし、離れてればあんまり問題ないと思うよ」

「そう言われても······っとぉ!?近づかないとボクも攻撃できないよ!」

「すれ違いざまに剣技(ソードスキル)を撃てない?何度かチャンバラ中にやったやつ!」

 

 僕らの意見を参考にしてくれるのか、ユウキの雰囲気が変わる。逃げ回るだけの存在から、反撃の隙を探る剣士へと。

 

「ブモッ!」

 

 けど、そんな変化は所詮プログラムの塊······それも最下級のモンスターには分からなかったようだ。もう飽きるほど見た突進攻撃の前兆。それを察知した途端、ユウキは動き出す。少し脇に逸れて突進の軌道から逃れ、突撃してきたイノシシの横っ腹に一閃。片手直剣カテゴリの剣技(ソードスキル)"スラント"が綺麗に決まった。

 

「ブモォォォォ············」

 

 どこか哀しげな鳴き声を(のこ)し、イノシシはポリゴンの欠片となって消滅した。同時にユウキの目の前に現れるウィンドウ。近づいて覗き込むと、今の戦闘で手に入れた経験値とコル(お金)、ドロップアイテムの有無が書かれている。

 

「なるほどね。戦闘後はこんな感じで経験値とかを教えてくれるんだ」

「むぅ~······ソウも姉ちゃんも、ちょっとくらい手伝ってくれてもいいじゃんか~!」

「元々そういう話だったでしょ、ユウ······。それにしても、剣技(ソードスキル)って本当に凄い威力なんだね」

「同感。いや、茅場さんからの話で強力なのは分かってたけど、初期のスキルでこんなに威力があるとは思わなかったよ」

 

 青イノシシこと《フレンジーボア》にユウキが普通に斬りかかった時のダメージは、そのHPの2割に届かないくらい。一方で、"スラント"を使った時はそのHPを半分近く消し飛ばしてトドメを刺している。撃った後の硬直時間で隙を晒すだけの価値は十分にあるみたいだ。

 

「それじゃ、次は僕の番かな。ちょうどイノシシも見つけたし」

 

 獲物······《スモール·ダガー》を腰に差した鞘から引き抜く。一発当たりの威力はユウキの片手直剣やランの片手用槍には遠く及ばないだろうけど、短剣の利点はその取り回しの良さだ。刃の回転半径が群を抜いて小さく、一撃入れた後の隙は恐らく全武器種中でもトップクラスだ。前述した威力の低さと、リーチの短さには目をつぶる必要があるけど。

 

「よっ······ほいっと······」

 

 イノシシの行動パターンはさっきのユウキを見て覚えた。突進を(すん)でのところで躱し、すれ違いざまに斬りつける。それを5回ほど繰り返したところで、イノシシのHPが4割を切った。

 

「(そろそろかな······)ハァッ!」

 

 気合いと共に、短剣スキルの剣技(ソードスキル)"ケイナイン"を起動させる。さっきの繰り返しのように横っ腹にクリーンヒットした短剣は、イノシシのHPを全て刈り取った。

 

「ブモ············」

 

 これまたさっきと同じく、哀しげな鳴き声を遺して消滅するイノシシ。心の中で謝りながら、見学していた2人の所に戻る。

 

「どうだった?」

「う~ん······。《短剣》スキルって、突き上げと突きおろししか最初は使えないんだっけ?」

「うん。突き上げの"ケイナイン"と突きおろしの"フェザント"の2つだけ」

 

 前者は後者に比べてリーチがやや長めで、後者は前者に比べて威力が若干高めなのが特徴だ。と言っても、どちらもほぼ誤差レベルの違いしかないけど。

 

「やっぱり、ボクの使ってる武器に比べると、ソウの武器って敵に近い所からしか攻撃できないから危ないよね」

「まあ、そればっかりはどうしようもないよ。僕に一番合ってたのがこの武器なんだし」

 

 テストの間、他の武器を試さなかったわけじゃない。寧ろ、ほぼ全ての武器種を使ったはずだ。その上で一番使いやすかったのが短剣だったワケで。

 

「ランは?何かあったりする?」

「ううん。確かにユウの言う通り、見てるとハラハラするくらい近い距離だったけど、そういう武器なんだからしょうがないしね。それより、次は私の番だよね?」

 

 そう言いながら、背中に背負っていた槍を手にするラン。基本的に大人しい性格の彼女だけど、今はかなりテンションが上がっているようで、瞳孔がいつもより開いている。

 

「張り切ってるね~」

「ま、待ちに待った正式サービス初日だからね。ランとしては、一刻も早くトリアに会いたいところだろうけど」

 

 彼女······トリアはテストの終わりに、僕らがログインしたらすぐに会いに来てくれると言っていた。今は一度に沢山のプレイヤーがログインしたため見つけられてないのかもしれないけど、そう遠くない未来に再会できるのはほぼ間違いない。彼女の事を特に可愛がっていたランのテンションが上がるのも仕方のないことだった。

 

「けど、そろそろいい時間だし、今日のところは終わりにした方がいいかもね」

 

 視界の隅に見えている時計を確認すると、もう17時を回っている。そろそろログアウトして現実世界(リアル)に戻らないと、夕飯やお風呂の支度に間に合わなくなるかもしれない。

 

「えぇ~············」

「ソウ······。もうちょっと、ダメ、かな?」

「うっ······。い、いやいや!トリアに会えてないのは僕も残念だけど、それとこれとは別問題だよ。初日からゲームに夢中になってると、明日からプレイさせてもらえなくなるかもよ?」

 

 ランの涙目とユウキの上目遣いに危うく陥落しそうになったけど、ここで押し負けて後で父さん達に怒られたりゲーム禁止を言い渡されたりする可能性もあるため心を鬼にして拒否する。

 

「は~い············」

 

 渋々と右手を振ってメニュー画面を開くユウキ。その隣ではランも心底残念そうな表情でメニュー画面を操作している。

 

「······あれ?」

 

 2人が怪訝な顔をするのに時間はかからなかった。数瞬遅れて、僕もその理由を知る。

 

「「ねえソウ······()()()()()()()()()()()()()()()?」」

 

 2人の問いには沈黙で答えるしかない。マニュアルには『メニュー画面を開き、設定タブの一番下にあるログアウトコマンドを実行する』とあったけど、設定タブを開いてもログアウトの文字は存在しなかった。

 

「バグ······?いや、こんな重大なバグ、茅場さんが気づかないはずがない。気づいたうえで放置してる?それとも······」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()に思考が行きついた丁度その時······。

 

「わっ!?」

「えっ!?」

「うわっ!?」

 

 リンゴーン、リンゴーンという重厚な鐘の音と共に、僕らの視界は青白い光で満たされた――――。

 




ソウ達はあくまでαテストしかやっておらず、ゲームとしてのSAOの情報は当然ながらβテスターの方が遥かに多く持っています。例外は剣技(ソードスキル)に関してのみ(ソウは茅場晶彦の性格から展開のメタ読みが出来る)のため、戦闘に関してはほぼ素人です。と言っても、正式サービスのチュートリアルこと茅場晶彦のアナウンスまでには戦闘の基礎は完成しており、要領の良さが浮き彫りになっていたり(ユウキに関しては天性の才能ですが)。

評価·感想お待ちしております。


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015

新年あけましておめでとうございます。今年もどうぞ本作をよろしくお願いいたします。(大遅刻)

というわけで、年末年始の休みに執筆しようと思いながらも親戚付き合いに時間を取られ、気が付けば正月休みも終わっていた作者です。どうして1日って24時間しかないんでしょうね。36時間くらいあったら8時間働いて8時間寝てもまだ20時間も余るのに。


P.S. 葉月翠様、評価ありがとうございます。


 

 鐘の音と同時に僕らが包み込まれた青白い光。それそのものは不具合でも何でもない(ただ)の転送エフェクトだ。βテストでも、専用のアイテムを使うか、各層の主街区······いわば首都に設置されている《転移門》を利用する事で発生したらしいので、別にプレイヤーには絶対に出来ないことでもない。けど今回、僕らは誰もアイテムも使っていないし、《転移門》は未だ行き先が解放されていない。という事は······。

 

GM(ゲームマスター)による介入、か······」

 

 高速回転した思考回路がそう結論づけるとほぼ同時に、ホワイトアウトしていた視界が戻る。咄嗟(とっさ)に周辺を確認すると、どうやら〈はじまりの街〉の中央広場だと分かった。近くにいるプレイヤーはまとめて転送したのか、ユウキとランも一緒にいる。

 

「ソウ、これって······?」

「多分、GM(ゲームマスター)······運営からの介入だと思う。普通に考えればログアウトできない不具合の説明と今後の対応とかだろうけど······」

 

 不安そうなランにそう説明するも、その表情は変わらない。というか、彼女の瞳に映っている僕も似たような表情だった。ユウキも似たり寄ったりだ。

 

「あっ············」

 

 誤魔化(ごまか)すように視線をあちこちに走らせると、見知った顔が近くにあった。

 

「ミトさんと······アスナさん?」

「君達は······確か、ソウとラン、それにユウキだったかな?君達はこの状況、どう思う?」

 

 ミトさんに訊かれ、今ランに言ったのと同じ内容を答える。

 

「やっぱり、普通に考えるならそう、か」

「ただ······このゲームは『あの』茅場晶彦が創ったゲームです。そして何より、VRMMOゲームの先駆(さきが)けでもある。初日に不具合が起こる可能性を残すくらいなら、サービス開始そのものを延期する気が······」

「そうなの?けど、誰も気が付かなかったっていう事は······」

「アスナさんには悪いんですけど、他の人は兎も角として、茅場晶彦が見逃すとは思えないです。仮に見逃してたんだとしても、サーバーを停止させれば全プレイヤーを強制的にログアウトさせられますし、そうするのが自然です。それすらしていないとなると······」

 

 丁度(ちょうど)その時、広場上空が真っ赤に染まった。よく見ると六角形の小さなウィンドウの集合体だ。書いてある文字は『Warning』と『System Announcement』の2つ。周りのプレイヤーからは、(ようや)く運営からのアナウンスがあるのかと安堵(あんど)の声が零れるけど、ミトさんや僕らを含む一部のプレイヤーにはその様子は見られない。やがてウィンドウの隙間から赤い液体のような物が染み出し、空中で(わだかま)って巨大なローブを形作った。

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

 ローブから響き渡る低音。それは間違いなく、幾度となく聞いた茅場さんの声そのものだった。

 

『私の名前は茅場晶彦。今や外側からこの世界をコントロールできる唯一(ゆいいつ)の人間だ』

 

 声から分かっていたにも関わらず、改めてその言葉を聞いて息を呑む。彼の名を(かた)る別人ではない事はほぼ間違いない。ハッキングなんて事ができるほど、彼が本気で組んだであろう、このゲームサーバーの防衛プログラムは甘くない。

 

『諸君は既に、メインメニューからログアウトボタンが消滅している事に気づいていると思う。だがこれはゲームの不具合ではない。繰り返す。これはゲームの不具合ではなく、《ソードアート·オンライン》本来の仕様である』

 

 彼の言葉に嘘は無いと、何故か確信できた。いつか僕自身が言ったように、彼は隠し事はしても嘘は()かない。

 

『諸君は今後、この城······〈浮遊城アインクラッド〉の(いただき)を極めるまで、自発的ログアウトを行うことはできない。また、外部からのナーヴギアの停止あるいは解除も起こり得ない。仮にそれが(こころ)みられた場合······』

 

 少しの間を持たせ、彼は続ける。

 

『ナーヴギアの信号素子が発する高出力のマイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』

 

 思考が、止まった。今、彼は何と言った?生命活動を停止させる······(すなわ)ち、殺すと言ったのか?そのつもりで、彼は僕達にこのゲームを送りつけてきたのか?

 

「嘘······。そんなの、出来るわけないじゃない。ナーヴギアは、(ただ)のゲーム機なんでしょ?ひ、人を殺すなんて······」

 

 アスナさんが震える声で、(かす)かな声を上げる。それは本当に小さな声だったけれど、嫌にハッキリと響いた。

 

「いや······。ナーヴギアの······フルダイブの原理は、根本的には電子レンジと同じです。十分な出力さえ確保できれば、僕らの脳を摩擦熱(まさつねつ)で蒸し焼きに出来る······!」

 

 その声に、不本意ながら否を突き付ける。それはどちらかというと、彼女への答えというよりは自分に言い聞かせ、現実を自覚するためのものだった。

 

『より具体的には、10分間の外部電源からの切断、2時間以上のネットワーク回線の切断、ナーヴギア本体のロック解除あるいは分解、破壊の(こころ)み。以上のいずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。既に現実世界では各種メディアを通じてこの条件は広く報道されており、諸君のナーヴギアが強制的に除装される可能性は非常に低いものとなっている。安心して······ゲーム攻略に励んでほしい』

 

 この状況で呑気に遊べと言うのか、という声が上がる。だがそうしなければ······この〈浮遊城アインクラッド〉を完全に攻略しなければ、僕らはこのゲームに閉じ込められたまま、緩やかに朽ちていくだけだ。

 

『しかし、十分に注意してほしい。諸君にとって、既に《ソードアート·オンライン》は普通のゲームではなく、もう1つの現実と言うべき存在となっている。今後、ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントが0になった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に············』

 

 続くであろう言葉がありありと浮かぶ。そうであって欲しくはない。そんな気持ちに構わず、彼は無慈悲に言葉を続けた。

 

『諸君の脳は、ナーヴギアによって破壊される』

 

 予想した通りの言葉が続けられた。予想が当たったのにこんなにも嬉しくないのは生まれて初めてだ。

 

『諸君がこのゲームから解放される条件はたった1つ。先に述べた通り、この〈浮遊城アインクラッド〉の(いただき)······第100層に到達し、待ち受ける最終ボスを討伐する事だ。その瞬間、その時点で生き残った全プレイヤーが安全にログアウトされる事を約束しよう』

 

 ここに至っても、プレイヤーに混乱は見られなかった。否、混乱するだけの余裕が無かった。正直、僕もそんな余裕は無い。必死に思考を巡らせて現実から目を逸らしているだけで、パニック半歩手前だ。

 

『では最後に、諸君にとってこの世界がもう1つの現実であるという証拠をお見せしよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントを用意しておいた。確認してくれたまえ』

 

 ほぼ反射的に全員がウィンドウを開く。そんな事はあり得ないと知りながらも、その『プレゼント』にこの状況を脱する方法が眠っているんじゃないかという一縷(いちる)の望みに(すが)りながら。

 

「アイテム名······[手鏡]?」

 

 当然、そんな甘い話はない。そもそも、そんなにすぐ解放するくらいなら最初からこんな事はしないだろう。そう思いつつ、表示されたアイテム名をクリックして実体化させる。小さな効果音と共に、僕らの手元には何の変哲(へんてつ)もない手鏡が現れた。

 

「··················」

 

 全員が無言で、それぞれの手元のそれを覗き込む。と、その時······

 

「なっ!?」「うわぁっ!?」「きゃっ!?」

 

 口々に短い悲鳴を上げながら、青白い光に包み込まれていくプレイヤー達。それを詳しく認識する間もなく、僕自身もそれに包み込まれた。

 

「···ッ······。一体、何が······」

 

 眩しさも一瞬。反射的に閉じていた瞼を開けると、そこにはついさっきまでとは大きく様変わりした光景が広がっていた。いや、正確には、周囲にいた人たちが様変わりしていた。

 

「ソウ、これって······?」

 

 そう訊いてくるユウキの顔も、若干の変化があった。端的に言えば、現実世界(リアル)の顔そのものだ。隣にいるランも同様。多分、僕も。僕達は現実世界(リアル)の顔をほんの少しデフォルメしたくらいだったからこの程度の変化で済んでいるけど、そうではない人も多かった。男女比すら変わってしまっている。というか······

 

「大丈夫?ミト······って、深澄(みすみ)?」

「だから、深澄(みすみ)じゃなくてミト······って、えぇ!?」

 

 そんな会話をしているミトさんも、長身の男性アバターから美人の女性になっている。察するに、こっちが本当の姿というか、現実世界(リアル)の容姿なんだろう。街で歩いていたら10人中7,8人は振り返りそうな感じ。聞こえてしまった本名と思われる名前は可能な限り速やかに忘れることにする。

 

「······ナーヴギアが顔の凹凸(おうとつ)をスキャンして、そのデータを(もと)にアバターを作り直した?けど身長とかの補正データはどこから······?」

「多分だけど、キャリブレーションだよソウ。初めてナーヴギアを使った時、身体のあちこちを触った気がする」

「相変わらず記憶力いいね、姉ちゃん······。けど、それだけでこんなに再現できるの?」

「ユウキの疑問も最もだけど、『手をどのくらいまで伸ばしたら身体のどこに触れるか』っていうデータを集めたら、多分ある程度の再現は出来ると思う。というか、実際に出来てる以上はそう考えるしかないかな」

 

 フルダイブ技術なんていうSFな代物(しろもの)を実用化までしてしまえる程の頭脳は伊達じゃない。彼が本気になれば、その程度は朝飯前だろう。問題はここまでする『動機』だ。

 

『諸君は今、何故と思っているだろう。何故、ナーヴギア及び《ソードアート·オンライン》の制作者である茅場晶彦はこんな事をしたのか。これはテロ行為なのか、或いは身代金(みのしろきん)目的の集団監禁なのか、と』

 

 再び響き始める声。けど茅場さん、多分そんなに冷静に考えられるような人、この中にはいないと思います。みんな普通にゲームを楽しみに来て、いきなりこんな事に巻き込まれたんだから。ゲーム内の死が本当の死に繋がる『デスゲーム』になった実感もないし。

 

『私の目的はそのどれでもない。この状況を作り上げることこそが、私の最終目標だからだ。そのために私はナーヴギアを、《ソードアート·オンライン》を造った。そして今、全ては達成せしめられた』

 

 それは、日本の司法に対する勝利宣言だった。目的を達成している以上、どんな大金を積まれようが罪の軽減を交換条件にされようが、彼が(なび)く事は無いだろう。

 

『以上で、〈ソードアート·オンライン〉正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の、健闘を祈る』

 

 そう一方的に告げると、赤いローブは出現したときの逆戻し映像のようにして消えていった。後に残されたのは呆然とする一万人のプレイヤー達。少しの間、誰もが口を開かなかった。否、開けなかった。聞こえてくるのはNPC楽団が演奏するBGMと、商業区から微かに聞こえてくる店員NPCの呼び込みの声だけ。

 

「嫌·········イヤァァァァァァァァ!」

 

 誰かが上げた叫び声を皮切りに、広場は大混乱に陥った。

 

「ふざけるな!」「ここから出せ!出してくれ!」「こんなの困る!この後約束があるのに!」「こんなことして許されると思ってるのか!」などなど······。当然だろう。ここにいる人たちはみんな、純粋にゲームを楽しみに来たんだ。いきなり死の危険に晒されていると言われて、混乱しない人間はいない。

 

「アスナ、こっち!それと······ソウ、ユウキ、ラン!あなた達もこっちへ!」

 

 ミトさんに手を引かれ、混乱を極めている広場を脱出する。同じようにして広場から出ている人達が少数ながらいた。多分、ミトさんと同じβテスターだろう。人によってはビギナーを見捨てて自分達だけ先に進んだみたいに思うんだろうけど、個人的には妥当な判断だと思う。混乱し切った人間をまとめ上げるのは一朝一夕では上手くいかないし、仮に今声を上げたところで、悲鳴と叫び声にかき消されるのはオチだ。今のうちにより先へ進み、情報を集める方が何倍も建設的だし、合理的だ。

 

「いい?MMORPGは基本的に、プレイヤー間でのリソースの奪い合いよ。それはこのゲームも例外じゃない。街の近くのモンスターはあっという間に狩り尽くされて、経験値稼ぎも碌にできなくなる。そうなる前に次の町に移動するわ」

 

 ミトさんの言う事は理解できる。けど、その提案を受ける事は出来なかった。ユウキとランも同じ意見らしい。目を見れば分かった。代表して僕が答える。

 

「ごめんなさい、ミトさん。僕達は一緒には行けません。いくらミトさんがβテスターでも、確実に守れるのは1人が限界です。それならアスナさんを優先しないと。大事な友達なんでしょう?」

 

 このゲームはもう、普通のゲームじゃない。1度死んだら二度と蘇れず、現実の命も失うデスゲームだ。守りたいモノの優先順位を間違えてはいけない。彼女達と僕達は今日会ったばかりだけど、彼女達は現実世界(リアル)の友達同士。それならそっちを優先すべきで······言葉を飾らずに言えば、僕達3人の事は見捨てるべきだ。

 

「それはっ······!そう、かもしれないけど············」

 

 悔しそうに目を伏せるミトさん。その様子に申し訳なさを覚えつつも、さらに言葉を続ける。

 

「ミトさん。僕達の事を気にしてくれる気持ちは本当に嬉しいです。けど、言ってしまえば僕達と貴女の関係は『武器屋を案内した』くらいしかないし、殆ど他人と変わらないじゃないですか?そんな僕達を連れて行って、万が一にもアスナさんを守り切れなかったら絶対に後悔するでしょう。僕はそんな風になって欲しくないから······先に行ってて下さい。後で、絶対に追いつきますから」

 

 幸い、戦闘そのものへの不安要素は少ない。ボス級の相手となると話は変わってくるだろうけど、さっき戦った感じではこの街の周辺くらいなら特に問題なく戦い抜ける。その後は······情報次第、かな。

 

「············分かった。私達は先に行くわ。情報も······どうにかして残してみる。だから、また会いましょう、ソウ。無事を祈ってるわ。それと、私の事はミトでいいわよ。敬語も抜きでお願い」

「分かり······分かった。気をつけてね、ミトさん。あの茅場晶彦が、βテストから何も変更してないなんて考えにくいから。基本部分は同じでも、モンスターのステータスとか地形とか、細かく変えられてるかもしれない」

「ありがとう。十分に······いえ、十二分に気をつけるわ」

 

 そう告げ、僕達にフレンド申請(しんせい)を送るが早いか、ミトさんはアスナさんの手を引いて街の外へと駆け出して行った。その姿が見えなくなるまで見送り、フレンド申請(しんせい)承諾(しょうだく)する。

 

「さて······今日はもう休もっか?色々あって疲れちゃったし」

「うん······。ボクも、これが現実だって受け入れる時間が欲しい、かなぁ······」

「ユウに賛成······。私も、正直受け入れきれてないかな······」

 

 今も広場で混乱の最中にある人達に比べれば多少はマシとはいえ、僕達3人も現実を受け入れられた訳じゃない。今は考える時間が必要だった。これから僕達がどうなるのか、どうするべきなのか。疲れ切った頭で考えてもまともな答えが浮かぶ筈もない。とにかくひと眠りするため、僕達は手近な宿屋を探すのだった。

 




ソウ君、ある程度冷静に話しているように見えますが、内心かなり混乱しています。ユウキとランがミトとの話でほぼ喋らなかったのは、そんなソウの内心を察して心配していたからという側面もあったりなかったり。更に言えば、ソウは茅場晶彦との交流が長かったため、デスゲーム化の衝撃こそあれど、彼を敵視できていません。多分目の前にヒースクリフが現れて正体を暴露したとしても普通にお茶します。


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016

 大変お待たせしました。書き上がった今話があまりにも救いのない内容に仕上がってしまったので、次話を書いてからまとめて投稿する形にしたため前回更新から時間が空いてしまいました。同時投稿で017も更新するため併せてお楽しみいただければ幸いです。

たいふ様、絹旗様、評価ありがとうございます。



 

 気が付くと、見覚えのない場所に倒れていた。薄暗い森の中。周囲を取り囲む、顔の見えない人影たち。怯え切ったユウキランの瞳。

 

 ああ、夢を見ているんだな、と何となく分かった。もう幾年も似たような経験をし、もはや僕にとって慣れ親しんだ感覚となっていた。

 

「ヒュー!こんな下層に今さらイイ獲物なんていないと思ったけど、中々の上玉じゃねえか!なあ隊長、コイツら、す前に少し()()()()ぜ?」

 

 下卑(げび)た声と、それを聞いてますます怯える2人。それを見ても彼らは止まらない。当然か、と自分のどこかで妙に冷静な自分が言う。加害者が被害者を(おもんぱか)る事など、無くて当たり前だ、と。

 

「嫌······嫌だよ、ソウ······!」

「助けて·········。嫌·········嫌ぁっ!?」

 

 涙を流す2人が蹂躙(じゅうりん)されていくのを、『僕』は成す術もなく見ている事しかできない。地に伏せ、何かに縛られたように動けない天野蒼には、自分の命より大切な彼女達を救い出す手段など無かった。出来る事といえば、2人を蹂躙(じゅうりん)している連中を心の底から憎悪(ぞうお)し、睨みつける事くらい。そしてその連中は、その程度で止まってくれるほど優しくも甘くもなかった。

 

 やがて、悲鳴を上げる事すらできなくなった2人が、ナニカの破片となって砕け散る。同時に『僕』の意識も途絶えた。

 


 

 次に目覚めたのは、薄暗い洞窟のような場所。目の前は視界を覆い尽くす程の『赤』に満ちていて、夢だというのにも関わらず『死』の気配が蔓延(まんえん)しているのが僕にも分かった。

 

「クッ······ソォ!」

 

 ヤケクソ気味に声を上げながら、手に持った短剣で目の前の『何か』を斬りつける『僕』。近くにはユウキランもいた筈だけれど、既にその姿は見えなかった。視界左上のHPバーはギリギリでイエローゾーンを保っているから、んでしまったわけではなさそうだ。

 

「シッ!」

 

 とはいえ、安心している訳にはいかない。1対1なら、或いは1対3くらいまでなら間違いなく斬り伏せられるとしてもこの物量に攻められれば無事に切り抜けられる保証はない。一刻も早く2人と合流して············

 

「あっ············」

 

 自分のそれの下に2つ並んだHPバー。そのうちの1つが音もなく消えた。同時にどこかから聞こえる、ガラスが飛び散るような音。そして少しの間を置いて、同じ音が再び聞こえた。残っていたもう1つのHPバーが、消える。

 

「う······そ······」

 

 ショックと悲しさ、2人をした

モンスターと、守れなかった自分への強い怒り、そして何よりも大切な存在を喪った事による絶望。それらが一気に襲い掛かり、手に持った短剣を取り落とし、へたり込んでしまう。急いで立ち上がり、防御なり反撃なりしなければんでしまう。そんな事は分かっていたけれど、体はピクリとも動かなかった。生きる意味、生きる理由を亡くした『天野蒼(あまのあおい)』の人生は、ここで終焉(しゅうえん)を迎えた。

 


 

 次に見えた景色は、大広間としか言えない場所だった。一辺数メートルの立方体型をした、大きな部屋。周りには沢山の人影があり、その全てが正面の、巨大な『何か』を見据えていた。

 

 そして始まる死闘。『何か』がその手に握る獲物を振り回し、回避や防御に失敗した者が次々に戦線を離脱する。誰かが抜けた穴には別の誰かが入り、その誰かが抜ければ元居た誰かが交代する。そんなサイクルを何度繰り返しただろう。気づけば目の前の巨体は見るからに弱ってきていた。

 

「いいぞ!このまま一気に攻めるんだ!」

 

 誰かが叫んだ。それに従って、手に持った相棒を構える。隣ではユウキランも同じように、それぞれの相棒を構えていた。

 

「これで······」

 

 終わりだ、と誰もが思った。見るからに弱り切り、何本もあったHPバーも(ほとん)ど削り切られている。そんな状態で、至近距離から10人以上の剣技(ソードスキル)を耐えきれる筈がない、と。

 

 その考えは半分は正しく、もう半分は間違っていた。確かに、残る僅かなHPかつ隙を晒した状態で、この人数の剣技(ソードスキル)を耐えきるのは、いくら第15層フロアボスでも不可能だ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 剣技(ソードスキル)をクリーンヒットさせた瞬間、攻撃した側のはずの『僕』達が強い衝撃を受けて弾き飛ばされた。そのHPは8割を維持していた状態から、5割を切り、3割を切り1割を切り············

 

 ()()()()()()()()()()()()()()。それは『僕』だけではなく、パーティを組んでいたユウキランも、同じように攻撃した周りのプレイヤーもだった。浮かび上がる『You Are Dead』の無慈悲な文字。それを認識した直後、『僕』の意識は途絶えた。

 

 死を見た。死を見た。死を見た。死を見た。死を見た。十数人にも及ぶ『天野蒼(あまのあおい)』が辿った、悲惨(ひさん)な結末を見せられた。

 

「(もう、やめて············)」

 

 見ているだけで苦しかった。辛かった。今まで見たどの『夢』よりも、1つ1つが苦痛だった。それは(まさ)しく『悪夢』だった。『夢』にはあった僅かばかりの光すら存在しない。見るのが嫌になるほどの苦難。こんな地獄を味わった紺野木綿季と紺野藍子がいたなんて、考えもしなかった。

 

「(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい············)」

 

 自分でも何に謝っているのか分からない。誰に謝っているのか、何について謝っているのか。何も分からなかった。ただ『ごめんなさい』という言葉だけが、後から後から湧いて出る。そうするうちに、僕は夢の中で意識を手放した。

 

 

 




最初の『悪夢』に関してはR-17.9とかR-15とかのタグを付けるべきでしょうか······?『残酷な描写』タグは多分付けなくても大丈夫なように書いたつもりですが、何分処女作な上ガッツリとバッドエンドを描写するのが初めてなためその辺りの基準が分かりません。「このタグ付けた方がいいんちゃう?」というのがあれば感想等で指摘していただけるとありがたいです。


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017

大変お待たせしました。016と同時投稿になっているので、併せてお楽しみください。但し、016はほのぼのしか感じとはかけ離れた、単体では何の救いも得られないお話となっていますので、そういうのが苦手な方は読み飛ばしていただければと思います。一応、話の本筋に関わる内容ではありますが、今話でチラホラ出てくる『悪夢』の内容を書いているだけなので、「あぁ、相当つらいバッドエンドがあったんだなぁ」ということだけ分かれば今後の話にも問題がないように作っていきます。

016のあとがきにも書きましたが、「このタグ付け忘れてない?」とか「この内容だったらこのタグ無いと駄目じゃない?」といったことがあれば感想等でご指摘いただけるとありがたいです。処女作ということもあって、その辺りの基準がよく分かっていないので。


 

 朝。永遠にも思えた悪夢が終わり、目を開く。見える物は眠りに落ちる前と変わらない天井だ。出来ればデスゲーム云々(うんぬん)も夢であって欲しかったけど、そんなに都合よくはいかないか。

 

「クソッ······‼」

 

 拳をベッドに叩きつける。敷かれている布団に拳がめり込み、ボフンという鈍い音を立てるがそれも耳に入らない。頭の中はついさっきまで見ていた『悪夢』で一杯だった。

 

 2人の死を見た。『天野蒼(あまのあおい)』の憤怒(ふんぬ)憎悪(ぞうお)を見た。そして何より······2人の苦しみを嫌というほど見せられた。現実で見てきた『夢』とは比べ物にならない悪夢の数々。それらに共通して言えるのは、例え自身を1000回殺したとしても足りない程の強烈な自己嫌悪だった。

 

「『自分が弱かったばかりに、2人をこんな目に遭わせてしまった』『もっと自分が強ければ、あの敵から2人を守れた』······」

 

 『悪夢』を通して得た、十数人の『天野蒼(あまのあおい)』の後悔。それら全てを胸に刻み込み、ベッドから立ち上がる。

 

「皆の想い、しっかり受け取ったよ。どのくらい出来るかは分からないけど、僕なりにベストを尽くしてみる」

 

 僕以外誰もいない部屋に響く、1人きりの宣誓(せんせい)。それは誰にも届かずに消えたけれど、それでいいんだと思う。僕が『僕たち』に向けた宣誓(せんせい)なのだから、それを聞くのは僕だけで十分だ。

 

「さて······、2人と合流して朝ご飯でも食べよっと」

 

 背伸びを1つして、頭を切り替える。今までなら記憶が風化する前に夢の内容を夢日記帳(この数年間、『夢』の内容をひたすらに記録し続けたノート。現在4冊目)に書きつけるところだけど、生憎(あいにく)とこの世界には無いし、何よりあんな内容、忘れようにも忘れられない。

 

「あんな未来、例え死んでも認めてやるもんか。絶対に生き残って、みんなで笑って帰るんだ」

 

 決意を新たに、部屋の扉に手をかける。より良い未来、みんなが笑って過ごせる未来を目指して、この世界を生き抜くとしよう―――。

 



 

「おはよう、ソウ」

「うん、おはよう藍······じゃなくてラン。ユウキは?」

 

 部屋の扉をノックしてすぐに出てきてくれたランに、ユウキの状態を訊く。アバターが現実世界(リアル)と全く変わらないせいで危うく本名で呼びそうになったけど、周りに人はいないし、直前で気づいたからセーフ······だと思いたい。

 

「ユウももう起きてるよ。······あんまり調子は良くないみたいだけど」

 

 心配そうに言うランだけど、そう言う彼女もあまり顔色が良くなかった。現実世界(リアル)なら取り繕ってしまえるだろうけど、この世界ではそうもいかない。よく眠れなかったのか、はたまた不安に襲われているのかは分からないけど、少なくとも本調子では無いことだけは分かった。

 

「······ご飯食べに行こうかって思ったけど、それどころじゃなさそうだね。入ってもいい?」

「··················うん」

 

 長い沈黙の後、返ってきたのは了承の返事。それに甘えて部屋に入ると、ユウキが毛布を抱きかかえるようにしてベッドの上に座っていた。

 

「あ、ソウ·········。おはよう······」

「おはよ、ユウキ」

 

 僕に気づくと顔を上げて挨拶はしてくれたけど、浮かない表情のままだった。茅場さんの『チュートリアル』から一夜明け、現状を改めて突き付けられて不安に襲われているのかと思ったけど、どうもそれだけではないらしい。もしそうなら、2人はお互いに励まし合って立ち直れる。何よりも、『死』がすぐ隣にいるという状態は、言い方は悪いが2人にとっては慣れ親しんだものでしかない。なにせ物心ついた頃には既にHIVに(おか)され、いつAIDS(エイズ)を発症するか分からない状態だったんだから、今更死が身近になった程度で心が折れる2人ではない。

 

「······何があったの?」

 

 思考を回しながら、訊いてもいいのか悩んだけれど、どれだけ悩んでも僕は2人じゃない。昨夜別れてから何があったのか、それを知らなければ2人を励ます事も出来やしなかった。

 

「······夢を、見たんだ」

 

 ポツリとユウキが言う。その言葉にドキリとしながら、無言で続きを待った。

 

「あの日の、夢······。みんなが、ボク達の事を嫌な目で見てきた、あの日の······ッ!」

 

 そこまでが限界だったのか、その先は声にならない嗚咽(おえつ)になった。視線を移すと、ランも同じような顔をしている。

 

「······ごめん。一緒の部屋にすれば良かった」

 

 2人の言う『あの日』とは、間違いなくクラスメイト······否、『元』クラスメイト達から迫害の視線を受けたあの日の事だろう。現実世界(リアル)ではあの晩以降悪夢に(うな)される様子が無いから大丈夫だと思っていたけど、考えてみればあれから僕が2人と一緒に寝ているし、何より例の『チュートリアル』による衝撃でより鮮明に脳が記憶を辿ってしまったんだと思う。トラウマというのはそう簡単には克服できるものじゃない。昨日は僕にも余裕がなかった、なんて何の言い訳にもならない。どんな理由があろうと、僕が2人を放置してしまった事は変えようのない事実だった。

 

「今晩からは、現実世界(リアル)と同じように3人一緒に寝よっか。みんな一緒なら怖くないでしょ?」

 

 コクリ、と頷く2人。(はた)から見たら美少女2人に同衾(どうきん)を迫る不審者······いや変質者、(ある)いは百合の間に挟まる男という大罪人に見えるかもしれないけど、僕の評判と2人の精神的なケア。どっちを優先するかなんて火を見るよりも明らかだ。

 



 

 およそ1時間後。どうにか不安を払拭した2人と一緒に階段で1階に降りて朝食にする。出てきたのは死ぬほど固い黒パンと、よく分からない味のスープ。もしこれが茅場さんの好みだとしたら、彼と食について分かり合える日は永遠に来ないだろうと思った。

 

「さて、これからの方針だけど······」

 

 味は兎も角として、お腹を満たして仮想の空腹感を紛らわせた後、フロントのNPCにお願いし、改めて今晩の部屋を借りる。今度は3人一緒の部屋だ。1人部屋か2人部屋しか無かったからベッドは2つしかないけど。

 

「大まかな選択肢は3つかな。1、このまま安全地帯に引き籠って、外部からの助けかゲームクリアを待つ。2、街の外に出てお金を稼ぎ、その日暮らしで食い繋ぎながら誰かがゲームをクリアしてくれるのを待つ。3、街を飛び出して最前線に向かい、ゲーム攻略に参加する」

 

 1は完全な引き籠り生活。街の中は『アンチ·クリミナルコード』······要は犯罪行為防止コードで守られており、基本的にHPは減らないし、モンスターが出現したりももちろんしない。安全性が保障される一方で、お金を稼ぐ手段が非常に限られるため、爪の先に火を(とも)すような節約生活を強いられるだろう。

 

 3は言うまでもなく一番危険な選択肢だけど、ある意味では一番安全な選択肢でもある。最前線の強力なモンスターや凶悪なトラップ、そして何よりボスモンスターとの闘いによって命を落とすリスクが高いが、自己強化をしっかりと行う事が出来れば、今朝の『悪夢』で嫌というほど見た人の悪意に対してはリスクを大幅に軽減できる。

 

 2は1と3の間を取った選択だ。1のように貧困生活を強いられる事はなく、3に比べれば命の危険は少ない一方で、格上のプレイヤーからの悪意には弱いし、最前線よりは比較的安全なだけで命の危険がある事には変わりない。加えて、自分よりも弱く、一定以上の『収穫』がある者をターゲットとする犯罪者の標的になりやすいのは大きすぎるリスクだ。

 

 個人的には3を選んでほしい。この世界は強者にも厳しいが、それ以上に弱者に厳しい。仮に強者の庇護下(ひごか)に入ったところで、死ぬ時はアッサリと死んでしまう過酷な世界だ。それを『悪夢』で痛感した身としては、1や2はあまり勧めたくない。けれど2人が怖いと言うのであれば、無理に戦わせるつもりもない。その場合は誰か、影響力の強い人に取り入って庇護下に入れてもらうつもりだ。大規模ギルドの後方支援とか。

 

「······私の意見を言う前に、参考までに聞かせて。ソウはどれがいいと思うの?」

「············」

 

 ランの問いに応じるべきか、少し悩む。ここで僕が答える事で、2人の意見に不純物を混ぜてしまわないかと。けど2人の目を見て、その不安は捨て去った。ランもユウキも、既に迷いのない目をしている。ここで僕が何を言おうとも、迷うことなく自分の意見を言えるだろう。

 

「個人的な意見としては3かな。弱ければ何も守れない。こうして3人で穏やかに過ごす時間も、現実世界(リアル)に帰るっていう目的も、それに······何より大切な、人の命も」

 

 故に、躊躇う事なく本音をぶつける。2人が何を言おうと、僕はこの意志を曲げる気はない。僕に想いを託した『天野蒼(あまのあおい)』の為にも、それぞれの天野蒼と生きた紺野木綿季と紺野藍子の為にも。

 

「そっか。ソウは、戦うんだね」

「うん。喧嘩は嫌いだし、争い事はもっと嫌いだけど······、3人で帰る為なら、何があっても耐えられる」

 

 例え、その為にこの手を血に染める可能性があろうとも。そんな覚悟を悟られないように気を付けながら、2人に改めて問いかける。

 

「それで、2人の意見は?」

「私はソウと同じ。街にいた方が安全なのは分かってるけど、私たち自身が強くならないと内でも外でも安心できないし、何よりユウのお姉ちゃんとして、情けない事はしたくないから」

「ボクも、姉ちゃんに賛成。やられちゃわないよう、慎重にっていう前提だけど、強くなりたいから。トリアのお姉ちゃんとして、姉ちゃんの妹として、それにソウの幼馴染として、ね♪」

 

 こんな状況だというのに、2人とも前を見据えていた。ユウキに至ってはいつも通りの天真爛漫(てんしんらんまん)な笑みまで見せている。

 

「(強いな、2人とも······)」

 

 能力が、ではなく芯が強い。『死』という根源的恐怖ですらも、2人の心を折るには至っていなかった。今朝の『悪夢』の中でもとびきりの悪夢······初めに見たアレ並みの苦難でもなければ、彼女達の芯を曲げる事も折る事もできないだろう。

 

「よし、それじゃあ真面目な話はこれで一旦おしまい!これからどうする?」

 

 視界の隅に表示されている時間は11時過ぎ。ちょっと早めにお昼を食べるのは良いとしても、その後の行動をどうするか。

 

「う~ん······。ソウはどう思うの?」

「僕としては、まずは2人の顔を隠せるフードか何かがあるといいかな~って思ってた。今この世界のプレイヤーはみんな現実と同じ容姿と性別になってる。そんな中に2人みたいな可愛い女の子を無防備に歩かせるなんて、お腹を空かせた肉食獣が入ってる檻の中に小動物を放り込むようなものだよ」

 

 贔屓目(ひいきめ)抜きで見ても、ユウキとランの顔は非常に整っている。最初の『悪夢』のような悲劇を起こさないためにも、不特定多数から顔を隠せる手段はあった方がいい。

 

「って言っても、2人が嫌なんだったらもちろんこの案はナシで、すぐにでもフィールドに出てレベル上げをしようかなって思ってた」

「へ、へぇ~············。か、可愛いって······コホン。そ、それじゃあユウは?どうしたい?」

「ボクはソウの言った通りにしたいかな。ジロジロ見られるの、あんまり好きじゃないし。けど、ボクと姉ちゃんがやるならソウもやってね?せっかく3人一緒なのに、ソウだけ仲間外れにするみたいで嫌だから」

 

 自分から目立つのなら良いんだけどね、と苦笑するユウキ。そういえば、あの事件が起きる前の学校でも、自分から首を突っ込みに行った場合を除いて、ユウキが目立つような事は無かった気がする。

 

「ランはどうする?」

「······ソウの不安も分かるし、私も賛成。けどソウ、お金は大丈夫なの?最初に持ってた額は今持ってる武器に使っちゃったし、その後ちょっと稼げた分で足りる?」

 

 ランの懸念(けねん)はもっともで、正直僕らの(ふところ)事情はそんなに良くない。フードなりローブなりを買うにしても、流石に最安価の回復ポーションを辛うじて2本買える程度の額で3人分を揃えるのは無理があるだろう。

 

「多分足りないと思う。どの道お金を稼ぎにフィールドに出る事になりそうかな」

 

 その前に街の再探索からだけど。お金を稼いで来てみたけど、肝心の顔を隠せるアイテムがどこにも売ってませんでした、なんて笑い話にもならない。

 

 結局、その日は街中を見回って終わった。その甲斐あって、裏通りの雑貨屋さんでフード付きのケープを売っているのを見つけたので、場所と一緒に金額をメモし、本格的な金策は明日から始めることにした。

 




評価・感想お待ちしております。


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018

お待たせしました。先月は仕事が忙しくてなかなか執筆時間が取れず、GW中にやっと執筆ができました。リハビリを兼ねての執筆だったので、誤字脱字や前話までとの矛盾点があるかもしれません。


武蔵出身様、評価ありがとうございます。また、るしあん様、ご意見をいただきありがとうございました。感想欄の返信でもお伝えしましたが、本作品には基本的に『R-18』のタグはつけない方向性でいきたいと思います。


 

「セイッ!」

「はぁっ!」

 

 〈はじまりの街〉から少しだけ離れた草原に、2人分の気合を込めた声が響く。フードを深くかぶり、素顔(すがお)を隠しているため見た目では性別や年齢の判断は難しいだろうけど、声を聞けば一発で女の子の声だという事が分かるだろう。もっとも、目に見える範囲では他のプレイヤーはいないけど。

 

「ソウ、スイッチ行くよ!」

「了解!」

 

 ランの声に応え、右手の短剣(ダガー)を握り直し、いつでも前に出られるように心を落ち着かせる。

 

「スイッチ!」

「オッケー!」

 

 ランが持つ槍がライトエフェクトを帯びて青いイノシシ······〈フレイジー·ボア〉に直撃し、両者が硬直した瞬間に前に飛び込み、右手の短剣(ダガー)で斬りつける。3回ほど斬りつけたところでイノシシの硬直が解け、こちらに向けて牙を突きだしてくる。それを紙一重で回避し、短剣カテゴリの初級剣技(ソードスキル)"フェザント"を叩き込む。上段から仮想の重力を乗せて振り下ろされた短剣(ダガー)は、イノシシに残されていた僅かなHPを残らず削り去った。

 

「ユウキ、そっちは!?」

「もう終わるよ!これでっ、トドメッ!」

 

 同じモンスター······〈フレンジーボア〉と1人で対峙していたユウキに声をかけるが、そちらも特に問題なく戦っていたらしい。ランと2人で相手していたイノシシがポリゴンに還るのを確認して目を向けた時には、ユウキがトドメを刺し、丁度イノシシがポリゴンとなって砕け散るところだった。

 

「ふぅ······。段々と戦闘にも慣れてきたね」

「そうだね······。どうするソウ?私としては、そろそろ次の村を拠点にしてもいいと思うけど」

「そうだね~。アルゴさんの情報だと、次の村······〈ホルンカの村〉ではクエスト報酬で片手直剣が貰えるらしいし、ユウキの武器を更新するためにも次の村に行った方がいいかな、とは僕も思ってたんだけど、ユウキはどう?」

「ボクも賛成!もっと色んな景色が見たいし、先に進みたい!」

「ん、了解。それじゃ、一旦街に戻ろっか。次の村を目指すにしても、武器のメンテナンスとかポーションの補充はしっかりやってからじゃないと危ないし」

 

 は~い、という返事を聞きながら、街に向かって歩き出す。今はまだお昼だから、メンテナンスとアイテム補充をしてからすぐに再出発すれば日が暮れる前には次の村に着けるだろう。

 

 

 

 あの日······茅場さん曰く『チュートリアル』があった日から、早いものでもう10日が過ぎようとしていた。この10日間、僕らはひたすら『戦闘に慣れる』事に終始していた。〈はじまりの街〉が目に見える程度の距離で、かつあまり人がやって来ないエリアを探し、その近辺で湧出(ポップ)する青イノシシこと《フレンジーボア》や、小さめ(普通サイズに比べれば巨大)のハチ《プリックワスプ》などのモンスターと戦っていた。その甲斐あって、僕らなりの戦闘スタイルは出来上がったと思う。

 

 それに加えて、〈ホルンカの村〉に関する情報は粗方(あらかた)揃っている。と言うのも、1週間くらい前に会った情報屋のアルゴさんから情報を買ったからだ。と言っても、対価はコルじゃなくて情報······僕らがテストした剣技(ソードスキル)を覚えている限り詳細に伝えただけだけど。アルゴさん曰く、「信憑性にはちょっと欠けるケド、オイラが知ってる範囲の剣技(ソードスキル)は正しい情報だシ、取り敢えずは信用しておくヨ」とかなんとか。『〈ホルンカの村〉周辺に関する情報』はその対価らしい。信憑性が確認できたら改めて別の対価を考えるとのこと。

 

「ここが〈ホルンカの森〉?思ったよりも明るいんだね」

「森って言うより、ちょっと大きい林、くらいな気がするね。だからって油断はできないけど」

 

 今、僕らの前には森が広がっている。情報通りなら、この森を少し行った所に〈ホルンカの村〉があるらしい。攻略する上では必須ではないらしいんだけど、そこのクエストをクリアすると4層前半程度までは十分に活躍できる片手直剣が手に入るらしく、ユウキの武器を更新するために向かう事になっていた。それがなくても、ここ数日は〈はじまりの街〉周辺でのレベル上げが遅々として進まなくなってきたため、遅かれ早かれ来ていただろうとは思うけど。

 

「2人とも、この森の情報は覚えてる?」

「もちろん!え~っと、この森に出るのは《リトルネペント》だけで、厄介な状態異常とかを使ってくる敵はいない、んだよね?」

「それと、《リトルネペント》は特に何もない普通のやつに、頭の上に花が咲いてる『花つき』、赤い実がついてる『実つき』がいるんだよね?それで、実に攻撃を当てちゃうか、実を切り離さずにHPをゼロにしちゃうと実が(はじ)けて、周りにいる《リトルネペント》を引き寄せちゃう」

「そうそう。それに追加するなら、木が多いせいで敵を見落としがちっていうのが注意点。それと、ユウキの武器を更新するには『花つき』が落とす『リトルネペントの胚珠』が必要って話だったね」

 

 森に入る前に、3人で情報を確認する。とはいえ、限界まで〈はじまりの街〉周辺でレベルを上げた現状ではさほど多くの脅威はない。注意すべき点としては、《リトルネペント》の実つき程度か。3人で上手くフォローし合いながら、実つきが現れた瞬間にその実を切り飛ばす事ができればそれも大きな脅威ではないだろう。油断はできないし、しないけど。

 

「ま、今日のところは村に着くのが目的だから、戦わずに済みそうならなるべく回避して進もっか」

 

 無理して目に付いたモンスターを倒す必要はない。降りかかる火の粉は払うけど、本格的にこの周辺でレベル上げ兼『花つき』を探すのは明日からにするつもりだった。これに関しては既に打ち合わせ済みだし、2人からも反論はない。無言で頷き合い、森に突入した。

 

「到着だね」

 

 特に問題もなく、日が暮れる頃には僕らは村に到着した。流石に全員疲れているためアイテムの補充や武器のメンテナンスは明日に回し、先に宿を探す。これもアルゴさんからの情報だけど、『INN』の看板が出ていない場所でも部屋を借りる事ができる場所はあるらしく、下層ではヘタな宿屋を借りるくらいならそういう部屋を探して借りた方が遥かに快適なんだとか。そのアドバイスに従って、宿屋は除外して部屋を貸してもらえそうな場所を当たる。なかなか見つからず、この村にはそういう場所はないのかと思ったけど、深夜になってようやく部屋を貸してもらえる場所を見つけた。一晩50コルと、宿屋の30コルに比べてやや高いものの、ベッドは広く、お風呂も貸してもらえた。むしろ50コルは安すぎると思う。

 

「ふぅ······。お風呂に入ってサッパリしたし、明日の話でもしよっか」

 

 交代で入浴し、部屋で話し合う。お風呂はともかくとして、部屋で明日の予定について話すのはこの10日間ですっかり定着した日常だ。

 

「明日はとりあえずクエストを受けに行って、それから外で《リトルネペント》を倒そうと思うんだけど、それでいい?」

「ソウと姉ちゃんは武器そのままでいいの?ボクはクエストをクリアしたら新しい武器が貰えるけど、2人はそうじゃないでしょ?」

 

 ユウキの疑問はもっともで、この村では〈はじまりの街〉の物から1ランク上の武器が売られている。けどそれはトラップだ。

 

「ここで売ってる武器で、今使ってるやつより強いのは耐久値が減りやすいんだって。《リトルネペント》が吐く液で腐食されて壊れやすいから、ここでは武器は買わない方がいいんだってアルゴさんが教えてくれた」

 

 ネペント1体の強さは大したことないから、そのままの装備でも相当長時間にならない限り危険はないヨ、とは彼女の弁。あまりにも『花つき』が出ないようであれば、一度村に戻ってメンテナンスした上で再出発する必要があるだろうけど片手直剣使いの人が1人(ソロ)でクリアした事もあるらしいから火力は十分······だと思う。

 

「そうなんだ······。じゃあ、2人はどこで武器を新しくするの?アルゴさんの話だと、店売りの武器でボスに挑むのはあんまりおススメできないって言ってたけど」

「僕の短剣(ダガー)はレアドロップで『一定時間内のヒット数に応じて威力上昇』の効果持ちが手に入るらしいから、それを狙おうと思ってる。ランは?」

「私は······この槍かな。ソウのと同じでレアドロップだけど、迷宮区のコボルドがいい槍を落とすみたい。上手く強化できたら3層の途中くらいまでは活躍できるって書いてある」

 

 アルゴさんの攻略本(装備編)を見ながら話し合う。装備の更新順としては、ユウキ→僕→ランって感じかな。2人にはちょっと申し訳ないけど、僕の短剣(ダガー)が手に入るまでは迷宮区には進めないかもしれない。

 

「まずはユウの剣だね。ソウ、短剣(ダガー)を落とすモンスターってどこに出るの?」

「1層のフィールドならどこでも出る可能性はあるみたい。逆に言うと、出やすい場所とかが無いから手に入るかは完全に運次第だね」

 

 この辺りでも出る可能性自体はあるらしいけど、本当に低確率らしい。βテストの1ヵ月で確認されたのが1体だけっていうんだから、その可能性の低さは言うまでもないだろう。迷宮区が近づけば確認数が増える辺り、迷宮区に近づくほど出やすいように設定されているのかもしれない。

 

「って事は、ユウの新しい武器が手に入ったらもっと先に進んだ方がいいのかな?それで、ソウの武器が手に入ったら迷宮区に行くっていうのはどう?」

「いいと思う。ユウキには僕の武器が手に入るまで苦労かけちゃいそうだけど······」

「ボクは大丈夫だよ!」

 

 という感じで今後の方針が決まったので、明日に備えて早めに休む事にした。他のゲームならいざ知らず、ゲーム内での死が本当の死となったこのゲームでは、集中力の乱れや疲労が一番の敵となる。いざという時に集中が乱れて敵の動きを見落としたり、疲れ切って動けなかったりすると文字通りの命取りになる以上、十分な休息をは必須事項だった。

 

 

 

「よっ······っと。ユウキ、ラン!そっちはどう?」

「えいっ!う~ん······ダメだね。ユウは?」

「セイッ!······ボクもまだ見つけてないよ!」

 

 一夜明けて、翌日。僕達は目的のクエスト······〈森の秘薬〉を受注し、その足で村の外に出て《リトルネペント》を倒し続けていた。出発したのが朝の9時。今はお昼過ぎだから、かれこれ3,4時間は戦い続けていることになる。隙を見つけて小休止はとっているものの、そろそろ一旦村に戻ってお昼ご飯を兼ねた休息をとるべきかもしれないと思いながらも、僕らはなかなか引き返せずにいた。クエストを受けた家の奥から聞こえてきた、コンコンという苦しそうな咳が頻繁に脳裏に蘇り、あと少し、もうちょっとだけという思いが募るからだ。ゲーム内のNPCだという事は頭では理解しているけれど、()()()()()()()()()()()()()のは見過ごせなかった。

 

「流石に限界、かな。村から結構離れちゃったし、一旦戻ろうか」

 

 かといって、冷静さも失ってはいけない。間違っても死ぬわけにはいかないのは変わりないため、ある程度の余力を残して村まで戻れるギリギリで引き返す。アルゴさん曰く、βテスト時代はおおよそ100体くらい倒せば1つは手に入るくらいの確率だったそうだけど、僕らが今日倒した数はその2倍から3倍だ。運が悪いだけかもしれないけど、ここまでくると低確率とかそんなレベルじゃないと思う。

 

「あ············」

 

 村まで戻る途中、ユウキが立ち止まる。僕とランも立ち止まり、ユウキの視線の先を追う。

 

「あ······」

「『花つき』······かな?」

 

 そこにいたのは、これまで散々倒してきた《リトルネペント》とは異なり、頭······と言っていいのかは分からないけど、頭にチューリップのような赤い花を咲かせているネペント。間違いなく『花つき』だ。しかも、その周りに何かがいることもなく、βテストでそこそこあったらしい、『花つき』に気を取られて近くにいる『実つき』の実をうっかり割ってしまい、ゲームオーバーということもなさそうだった。

 

「武器の耐久値は心許(こころもと)ないけど······行く?」

 

 本音を言えば即座に斬りかかりたいけど、倒しきる前に武器が壊れてしまうのは危険だ。3人で協力すれば、1人当たりの負担が減り、武器が壊れるリスクも下がる。けど、それはあくまでも僕だけの考えであって、2人の考えは違うかもしれない。だから突っ込む前に確認をとる。

 

「うん。私は大丈夫だよ」

「ボクも!」

「了解。それじゃ、行きますか!」

 

 3人全員が突っ込む事に賛成し、槍を構えたランを戦闘にして突進する。数値的な素早さで言えば、レベルアップで得たスキルポイントを全て敏捷に振っている僕と、筋力にも振りつつ、敏捷に多めに振っているユウキが上なはずだけど、レベルが低いからか、プレイヤーからは見えないステータスが関わっているのか、僕達3人のスピードは大体同じくらいだった。

 

「ハァッ!」

 

 気合と共に、ランが剣技(ソードスキル)を起動する。確かあれは······両手用槍基本剣技(ソードスキル)、単発上段斬りの"スラスト"だったかな。両手用槍の基本剣技(ソードスキル)の中で唯一斬撃を放つスキルだ。しかもスキルが失敗(ファンブル)しないギリギリまで体を捻ってから放っているから、普通に撃つよりも遠心力で威力がやや上がっている。

 

「グギャ······?」

 

 困惑したような声(何で植物が声を出すんだろう?まあ口があるんだから喋ってもおかしくはない、のかな?)を上げながら攻撃を受ける『花つき』。どうやら僕達には全く気づいていなかったようで、モロにランの一撃を喰らっていた。

 

「ユウ!」

「任せて、姉ちゃん!」

 

 基本スキル故に短いとはいえ、剣技(ソードスキル)を撃った事による技後硬直に襲われるランと入れ替わり、ユウキが前に出る。

 

「ハァァッ!」

 

 剣技(ソードスキル)の直撃によるノックバックで動けない『花つき』に対して、一撃、二撃と攻撃するユウキ。剣技(ソードスキル)ではないためHPの減少はやや少ないものの、確実にダメージが蓄積されていく。

 

「ソウ!」

「オッケー!」

 

 ノックバックが切れるのとほぼ同時に、ユウキが剣技(ソードスキル)を放つ。片手直剣スキルの基本技、垂直斬りの"バーチカル"を受けてHPが赤く染まった『花つき』に、ほぼ密着する距離で短剣(ダガー)を振るう。一撃一撃の威力は2人に及ぶべくもないが、その分ヒット数を稼いでダメージを伸ばしていく。

 

「これで、トドメッ!」

 

 体勢を立て直される前に、3連撃の"スライス"でトドメを刺す。短剣スキルの熟練度が100になった事で解禁されたこのスキルは、極稀に攻撃した相手にレベル1のダメージ毒を付与するため、仮に威力が足りなくても毒のダメージで削りきれる優秀なスキルだ。もっとも、その分硬直時間も長く設定されているし、短剣(ダガー)の性質上、超至近距離で硬直する事が確実なため、今の僕のようにフォローしてくれる仲間がいない限りは使うタイミングを選ばなければ死に直結しかねないスキルだ。

 

「グォォォ············」

 

 どこか哀し気な声を上げ、HPを全て失った『花つき』がのけ反る。そして不自然な体勢で硬直したかと思えば、無数の欠片となって四散、消滅した。

 

「ふぅ·········。何度見ても、慣れないなぁ······」

 

 つい数秒前まで動いていた存在が、そのHPを失った途端に消滅する。ここ10日あまりで見慣れた光景ではあったけど、それでもまだ慣れる事はできていなかった。

 

「ま、感傷に浸っても仕方ない、か。っと·········」

 

 『花つき』が消滅した場所に残されていたのは丸い胚珠。念のためにタップして詳細ウィンドウを呼び出すと、そこには《リトルネペントの胚珠》と記されていた。間違いなく、クエストで指定されていたアイテムだ。

 

「ソウ、それが?」

「薬の材料、みたいだね。ハイ、ユウキ」

 

 ランの声に答えながら、手に入った胚珠をユウキに渡す。僕とランが持っていても仕方がないし、クエストを受注したのはユウキだからだ。

 

「ありがと、ソウ!姉ちゃん!」

 

 にぱ、と笑顔を見せるユウキ。半日の間、ほぼぶっ通しでモンスターと戦った疲労も、この笑顔だけで吹き飛んでいくようだった。それはランも同様だったらしく、口元が綻んでいる。

 

「(後は、無事に村まで帰るだけ、か······)」

 

 目標を達成した以上、フィールドに長居は無用だ。特にこの場所では、わざと『実つき』を攻撃して実を割った上で自分は一目散に逃げる事で簡単にMPK······『モンスター·プレイヤー·キル』ができてしまう。悪意ある人が胚珠、或いはクエスト報酬の剣を狙ってそれをしてこないとも限らないし、そうじゃなくてもこの森は第1層でも有数の危険地帯だ。アルゴさんの攻略本ではこの森と、ここからは大分離れている沼地が要注意地域として挙げられていた。前者は言わずもがな、『実つき』が。後者は武器を叩き落としてくる敵が厄介らしい。

 

《索敵》スキル······。取っておいて良かったな

 

 2人の喜びの邪魔をしないよう、小さな声で呟く。初期状態で取得できるスキルはたったの2つ。その内1つは各種武器スキルがほぼ確定で使うため、実質的に自由にできるスキルスロットは1つだけだった。ユウキとランが何を取っているのかは分からないし、もしかするとまだ何も取っていないのかもしれないけれど、僕はそのスロットに《索敵》スキルを取得していた。読んで字の如く、周囲のモンスターやプレイヤーを発見するスキルで、対になる《隠蔽》スキルを使用していない限り確実に発見できる。現状ではそのスキルに反応は無い。今なら村まで平和に戻れそうだった。

 

「2人とも、嬉しい気持ちは分かるし僕も嬉しいけど、喜びのダンスは一旦それまでにしよう。村に戻るまでは安全とは言えないからね」

 

 両手を合わせてピョンピョン跳ね回り始めた2人を止めて、再び村に向かって歩き出した。「家に帰るまでが遠足」ならぬ、「無事に報告するまでがクエスト」だからね。

 




クエストをソロでクリアした片手直剣使いは、言うまでも無く我らがキリトさんです。正確にはコペル氏と途中協力していたので完全なソロとは言えないですが、その前後の描写を見るに完全なソロだったとしても難なくクリアしているであろう点や、彼がアルゴさんにコペル氏の事を伝えていたとしても、アルゴさんが軽々しく口にするかと考えると最初からキリトがソロでクリアした事にしそうだな、と勝手ながら思ったのでそうさせていただきました。コペル氏に関してはソウ達が介入しておらず、原作通りに亡くなっています。

短剣(ダガー)と槍に関しては完全にオリジナルですが、片手直剣がホルンカのクエストで、細剣(レイピア)がレアモンスターからのドロップで3層や4層まで通用し得る武器が手に入る以上、他の武器でも同じようになっていないとフェアじゃないし、茅場さんはフェア性を重視して作るだろうという事で1層でも強力な物が手に入れられるという事にしました。


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019

 お待たせしました。今回はいつにも増して難産でした······。3回くらい書き直しました。

 久しぶりにユウキとラン以外の原作キャラの登場······というより、デスゲーム開始時以来の原作イベント回です。本格的な原作ブレイク開始です(紺野一家の治療の目処が立ってる段階で原作ブレイクしてるとは言わないお約束)。




 

 〈森の秘薬〉クエストをクリアし、報酬の《アニールブレード》を入手してからおよそ10日。僕らは村の周辺に広がる〈ホルンカの森〉を拠点にして、レベル上げの日々を送っていた。

 

「2人とも、そっちに2体行ったよ!」

「任せてソウ!せいっ!」

「えいっ!」

 

 レベル上げと言っても、同じ地域でやっているとどうしても効率は悪くなる。効率重視なら『実つき』をわざと攻撃して寄ってきたネペントを狩り尽くすという手もあるけど、流石に危険すぎるという事で却下になった。

 

「ふぅ······。お疲れ様、2人とも」

「ソウもお疲れ!姉ちゃんも!」

「お疲れ様、ユウ、ソウ」

 

 戦闘終了後、周りにモンスターがいないか警戒しつつも3人で労い合う。この数日で僕の《索敵》スキルの熟練度も上がったし、この辺りのモンスターなら100%こちらが先に見つけられるから警戒の度合いはやや引き下げているけど。

 

「······あれ?」

 

 《索敵》スキルの範囲ギリギリのラインに反応があった。それも大量に。これがプレイヤーやNPCなら複数のパーティがいるか、クエストフラグの一環かもしれないけど、実際の反応はモンスターを示す赤。しかも、ある方向に一目散に向かっている。

 

「······誰かが『実』を割っちゃったみたいだ」

 

 状況証拠でしかないけど、比較的近くで誰かが『実つき』を攻撃し、この辺りのネペントがその方向に向かっているなら辻褄(つじつま)が合う。

 

「···どうする?このままだと僕達は安全だけど」

 

 ネペントが他の方向に向かっているなら、僕達は安全に離脱できる。この辺りは森の奥に近い分、特に高レベルなネペントが出現する。経験値効率は良いけれど、実を割った時のリスクも高い。巻き込まれて無事で済む保証は無かった。

 

「けど、誰かが危ない目に遭ってるんだよね?」

「そうだね。それは間違いないと思うよ」

 

 それが過失なのか、誰かにMPKを仕掛けられたのか、或いは仕掛けたのかは分からないけど、誰かがピンチに······命の危機に(おちい)っている事に変わりは無い。

 

「それなら、ボクは助けに行きたい!姉ちゃんは?」

「私は······ユウに賛成、かな。危ない目に遭うのは怖いけど、ここで誰かを見捨てたらきっと一生後悔すると思う」

「······了解。本音を言うと避けてほしかったけど、2人がそんな事できないのは分かってたし」

 

 2人を危ない目には遭わせたくないし、僕もそんなのは御免だけど、後悔したりさせたりするのはもっと御免だった。後悔する辛さは身に染みて知っているから。

 

「じゃあ、行こっか。武器の耐久値は大丈夫?」

「ちょっと心配だけど······誰かが囲まれてるとしても、一点突破して逃げ道を作るくらいは出来ると思うよ」

「ボクは少し余裕があるけど······あんまり長くは戦えないかな」

「ん、了解。『倒す』事より『安全に逃がして、僕らも逃げる』事を優先しよっか」

 

 ユウキの物以外、武器の耐久値が心許(こころもと)ないけど、襲われている人を助けて逃げる事だけに努めればどうにかできる範囲だ。安全のために森から出て、〈はじまりの街〉方面に戻る事も考えよう。

 

「準備はいい?行くよっ!」

 

 掛け声と同時に、僕達3人はネペントを追って走り出した。

 



 

「これは······予想以上、だね······」

 

 ネペントが集まっている場所へはすぐに着いた。そもそも『実つき』の実を割ったところで、効果範囲はさほど広くない。精々(せいぜい)が半径150~200メートル。問題は······

 

「流石にこれは······多すぎない?」

 

 ランの言う通り、集まっているネペントの数は異常だった。僕らが定点狩り······殆ど場所を移動せずにモンスターを倒し続けていたにも関わらず、この場所に集まっているネペントは到底(とうてい)対処できない数だった。

 

「けど、僕達が来た方向は密度が低い。こっちから突破して、囲まれてる人を助けよう」

 

 《索敵》スキルには視界を埋め尽くす程の赤に交じって、1つだけ緑色が見えている。囲まれているプレイヤーがいるのは確実だった。

 

「ユウキ、ラン、行くよ!」

「うんっ!」「はいっ!」

 

 武器を握り直し、僕らはネペントの群れに突進する。包囲網の外周を構築していたネペントが僕達に気づいて振り返るけど、遅い。その時には既にランの剣技(ソードスキル)が発動し、射程内のネペントを薙ぎ払っていた。片手槍カテゴリの剣技(ソードスキル)"ラージア·スラスト"だ。水平方向に薙ぎ払われたネペント達はノックバックし、奥にいたネペントの動きの邪魔になる。

 

「ユウ!」

「分かってる!行って、ソウ!」

 

 ランの冷却時間(クールタイム)をカバーするように、ユウキが前に出る。単発水平斬り"ホリゾンタル"で斬り込み、範囲ではランに劣るものの、道を切り拓いていく。

 

「ありがとう、2人と······もッ!」

 

 射程でも威力でも2人に劣る僕には、2人のように道を切り拓く事はできない。けど小回りとすばしっこさなら僕が一番だ。包囲網を縫っていち早く救出するには、僕が突っ込むのが妥当だった。

 

「見えたッ!」

 

 血路を維持してくれている2人を横目に、襲い来るネペントを時に斬り伏せ、時にやり過ごす。そうする内に、目的の救出対象が見えてきた。

 

「って、アスナさん!?」

「えっ······!?ソウ君!?って事は、ユウキちゃんとランちゃんもいるの!?」

 

 なんと、その人物はアスナさんだった。幸い、彼女も僕らの事を覚えていてくれたみたいだ。

 

「はい!2人が脱出路を確保してくれてます!って、ミトは!?」

 

 ほぼ怒鳴るようにして話し合う。その間もお互いの得物は閃き、襲い掛かってくるネペントの攻撃を弾き、隙を見て反撃を撃ち込んでいる。その手つきに淀みは無く、初心者(ニュービー)だった彼女がこの20日間で経験を繰り返した事が窺えた。

 

「ミトは······あの崖の下に······。まだHPは残ってるから、落下ダメージで死んじゃったりはしてないみたい!」

「了解です!僕は下に行くので、アスナさんは早く向こうに!」

 

 言いながら、腰のポーチから回復ポーションを3本ほど取り出し、半ば無理やり握らせる。

 

「あ、ありがとうソウ君!」

「2人と合流したら、とにかく森を出てネペントから逃げる事を優先するように伝えてください!合流場所はまたメッセージで、って!」

「分かった!」

 

 アスナさんが手早くポーションを飲んでHPを回復させるのを確認して、ミトさんが落ちたという崖から飛び降りる。幸い、足場になりそうな出っ張りがいくつかあったため、それを経由して落下ダメージをやり過ごす事ができた。

 

「いた······!ミト!」

「えっ······?ソウ!?」

 

 がむしゃらに鎌を振るってネペントを倒し続けていたミトさんが上を向き、落下中の僕を見て驚愕の表情を浮かべる。その隙を突こうとするネペントに投げナイフを投げつけて牽制(けんせい)しつつ、ミトさんの隣に着地した。

 

「余裕が無さそうだから手短に。アスナさんはユウキとランに任せてる。今は無事に逃げ始めている筈!合流場所はまだ決めてないけど、2人とはフレンド登録しているから後でメッセージで決める予定。ミトも早くここから離脱を!」

「り、了解!ありがとう、ソウ!」

 

 アスナさんが上の2人と一緒という事を聞いて安堵の表情を見せるミト。僕から見える2人のHPバーは殆ど変化を見せないし、無事に撤退できているのは間違いない。2人の性格上、アスナさんを見捨てるとも思えないから彼女も一緒の筈だ。

 

「とは言っても······どこに逃げたものかな」

 

 合流場所を後から決めるとはいえ、完全に反対方向へ逃げてしまうと合流が難しくなってしまう。せめて逃げる方向だけは決めておくべきだったかと後悔するけど、今となってはどうしようもない。

 

「ソウ、こっち······!」

「えっ······?」

 

 ネペントの層が薄くなっている後方······ミトさんが切り開いてきた方から小さな、けれどよく通る、耳に馴染んだ声がした。

 

「トリア!?何でここに!?」

「説明は、後······!今は、逃げる······!」

「う、うん!ミト、こっちに!」

 

 彼女にしては珍しく、声を荒げるトリアについていく。その手に武器は無く、彼女は()()()()()()()()()()

 

「って、何で!?」

「ちょっと、あの子何考えてるの!?」

 

 ミトさんと2人、思わずツッコむ。現実世界(リアル)なら鈍器として使える盾だけど、この世界では盾に攻撃判定は付いていない。攻撃手段を完全に捨てたその装備は、誰がどう見ても正気とは思えなかった。

 

「その説明も、後······。こっち······」

 

 引っかかるものを覚えつつも、彼女の案内に従って森を駆け抜けていく。振り向く余裕は無いけど、もし振り向いたら大量のネペントがついてくるのが見えただろう。

 

「嘘でしょ······?」

 

 ドン引きしたようなミト。気持ちは痛いほど分かった。両手の盾を巧みに使い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とか、常人には絶対不可能だし。システムに従って硬直したネペントの脇を走り抜け、硬直が解ける頃には距離を取る。それの繰り返しが僕らの逃走劇だった。

 



 

「ん······。ここまで来たら、大丈夫······」

 

 どれくらいの間、そうして走り続けたのか。気がつけば森を抜けていた。ネペント達の気配も無い。パーティを組んだままの2人のHPも健在。どうやら全員無事に逃げられたようだった。

 

「助かったよ、ありがとうトリア。どうしてここに?······って訊きたいところだけど、それはみんな合流してからにした方がいいのかな」

「そうしてくれると、助かる······。自己紹介も、その時に······」

「了解。というわけで、ごめんミト。紹介したいけど、それはアスナさん達と合流してからにしよう」

「ええ。分かったわ。それで、合流はどこにするの?」

「ちょっと待って。いまメッセージで2人の場所を「大丈夫······」って、え?」

 

 メニューを開き、メッセージを作ろうとした手が止まる。トリアは迷いのない足取りで歩き始めた。

 

「トリア、もしかして3人がどこにいるのか分かるの?」

「正確な場所までは、分からない······。けど、大まかな方向は、分かる······。その方向にある村は、1つだけ······。そこなら、合流しやすい······」

「そっか」

 

 フィールドで何か目印を探すというのは難しいし、どこかの街か村に入ってしまった方が合流はラクというトリアの言は正論だった。

 

「ねえ。えっと······トリア、ちゃん?」

「何······?」

「アスナ達······ソウの友達ならユウキとランの2人って言った方がいいのかな?どっちの方向に行ったか教えてもらってもいい?」

「ん······。あの場所から、大体南西方向······」

「南西······?そっちに村なんて······あぁ!」

 

 納得したような声を上げるミトさん。

 

「〈レーゼルの村〉ね!犯罪防止コードが無い『圏外村』!」

「名前は、知らないけど······多分、そう」

「『圏外村』······?犯罪防止コードが無いって、大丈夫なの?」

 

 犯罪防止コードが働かないという事は、普通にHPが減るし状態異常にもかかるし、モンスターが入ってこれるという事じゃ······?

 

「大丈夫よ。モンスターが入ってくるって言っても稀に、だし、それも入口にいるNPCの衛兵が退治してくれるから。村にいる分には普通の街や村と変わらないわ」

 

 ミトさんはそう言うけれど、僕の懸念はモンスターだけじゃない。人の悪意もだ。流石に直接危害を加えるような真似をするような人は少ないだろうけど、意図的にモンスターを集めてきて、衛兵が対処しきれない規模のモンスターを(けしか)ける、みたいな事だってあり得る。警戒は解かない方が良さそうだ。

 

「アスナにメッセージ送るわね。『〈レーゼルの村〉で合流しよう』って」

「あ、僕も2人に伝えなきゃ」

 

 歩き始めた時に閉じたメッセージ作成画面を再び開き、歩きながらメッセージを打ち込む。フレンド·メッセージは電子メールと同じように一斉送信できるのはこういう時には有難(ありがた)い仕様だった。

 

「これでよし、と。ミト、ここから村までどれくらい?」

「〈ホルンカの森〉からは直線距離で大体2キロくらいね。余裕を見て、1時間くらいってところかしら」

「ありがとう。それも付け加えて······送信、っと」

 

 メッセージを送信する。隣で操作していたミトさんもほぼ同時に送り終えたらしく、ウィンドウを閉じたのは同じタイミングだった。

 

「警戒ありがとね、トリア」

「ん······」

 

 歩きながら、メッセージを打っていた僕達の代わりに周囲を警戒してくれていたトリアにお礼を言う。返事は素っ気ないものの、その口元は綻んでいた。

 

「さて、それじゃあ急ぎますか。案内するわ。最短ルートで突っ切るわよ」

 

 ミトさんが元βテスターという利点を活かして案内を買って出てくれた。トリアに変わって彼女が先頭に立つ。

 

「モンスターと遭遇した場合は速攻で片付けるわ。〈ホルンカの森〉よりもワンランク下のエリアだし、大丈夫よね?」

「僕は大丈夫。トリアは······」

「大丈夫······。攻撃は、全部弾くから······」

「うん。隙を作ってもらえれば、僕が斬り込んで倒すから」

 

 隙をついて接近する必要がある短剣(ダガー)を使う僕と、攻撃を的確に弾いて隙を作るトリア。相性は抜群だった。

 

「それじゃ、行くわよ!」

 

 ミトさんの声と同時に走り出す。100メートルくらい先にモンスターの出現エフェクトが出たのを確認した僕達は、それぞれの得物を握り直した。

 




 フレンド·メッセージが一斉送信可能というのは(多分)独自設定です。原作にそんな描写は無かったと思いますが、フレンドやギルドメンバーを集めたい時にイチイチ1人ずつにメッセージを作成するよりは、一斉送信という形になっている方が現実的かな、と思いました。

 学校の連絡網みたいになっている可能性もありますが、血盟騎士団みたいな大規模ギルドなんかだと伝言ゲームのように途中で内容が変わってしまいかねないですしね。

また、ミトはアスナとのパーティを解消しようとする前にアスナのHPが回復した(ソウが渡したポーションで回復した)ためパーティを解消するという選択肢は頭をよぎってすらいません。純粋にアスナの所へ向かおうと戦っている最中にソウが飛び降りてきた形になります。ポーションを渡すのがあと少し遅かったら多分原作通りになっていたと思われます。



評価・感想お待ちしております。


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020

お久しぶりです。職場の方であちこち出張させられて執筆時間が取れず、気づけば半年以上経ってました······。

時間が空いた分、書き方を忘れてしまい、リハビリも兼ねてどうにか書き上げられました。なるべく毎月更新を目指していたというのに不甲斐ないと反省中です。


 

「ミト······!よかった······!よかったよぉ······!」

「アスナ······。ゴメン、ゴメンね······!」

 

 合流と同時、涙ぐんでひしと抱き合うアスナさんとミト。

 

「助けられて良かったね、ソウ!」

「本当だね。そっちも無事でよかったよ、ユウキ」

 

 ユウキと2人、その光景を離れて見守る。普段ならランも一緒だけど、今は······

 

「トリアちゃん!会いたかったよぉ······!」

「わぷっ······。ラン、苦しい······。というか、痛い······」

 

 トリアを全力で抱き締めていた。もしこれが現実世界(リアル)なら骨がミシミシ言うんじゃないかって思えるくらいの勢いだった。

 

「姉ちゃんも、トリアに会えて良かったよね!」

「うん。······トリアはちょっと辛そうだけど」

「「ちょっと············?」」

 

 一頻(ひとしき)り再会を喜び終わったらしいミトとアスナさんから疑問の声が上がるけど、トリアは痛がりながらも笑っているし、本気で嫌がっているわけじゃない。

 

「······アスナ、笑ってるように見える?」

「ごめん、ミト······。私もよく分かんない。けど、本気で嫌がってるわけじゃないっていうのは確かにそうかも。抵抗してないし」

 

 ボソボソと小声で話す2人だけど、距離が近いから殆ど筒抜けだった。

 

「アハハ······。まあ、トリアは表情があんまり変わらないから分からないのも仕方ないよ」

「慣れちゃえば雰囲気とかで大体分かるんだけどね~!」

 

 笑い合う僕達と、ポカンとする2人。そして相変わらず抱き締められているトリアと抱き締めているラン。村としてある程度安全が保証されているとはいえ、《圏外》とは思えないカオスっぷりだった。

 



 

「それで、2人はどうしてあんな状況に?」

 

 トリアを抱き締め続けているランは一旦好きにさせておいて、冷静に話せる他の4人で情報共有をする。

 

「私が······、コレをドロップするレアモンスターを見つけて、アスナならネペントくらいは問題ないからって一旦離れたの」

 

 ミトが語りだす。コレ、というのが何の事か、口頭では分からないけど同時にストレージからレイピアを1本取り出して見せてくれた。

 

「ウィンドフルーレ······。〈攻略本〉によれば、1層で手に入る最強のレイピア······だったっけ?」

「そう。アスナのセンスは凄いし、武器を更新すれば多少スタートダッシュが遅れた今でも十分最前線に追いつける。だから······」

「レベル的にも実力的にも1人で問題は無かったし、一度離れてモンスターを倒しに行った、と······」

 

 ここで「無責任だ」とミトを責める事は簡単だけど、同時に難しくもある。このデスゲームにおいて、強力な装備を手に入れる事は手っ取り早く強くなる手段であり、それは生存確率を高める事に直結する。まして彼女が手に入れようとした装備は自分の物ではなく友達の物。『友達を助けたい』『友達に生きて欲しい』という気持ちを責める事ができる人なんていないだろう。

 

 アスナさんを1人にした、というのがダメだったと言う人もいるかもしれない。けどそれも、モンスターの行動パターンを把握している元βテスターだからこそ、素早く仕留めて戻り、再び共闘できるとも考えられるから間違いとも言い切れない。

 

「う~ん······。結果的には『誰も悪くない、不幸な事故』ってなるのかな······?」

「えっ······?」

 

 考えが口に出ていたのか、驚いたような呆然としたような表情でこちらを見るミト。

 

「ミトはアスナさんが強くなって、生き延びられるように強力な武器を手に入れようとした。これでアスナさんが1人で戦うのに不安が残るような実力だったら話は別だけど、実際は1人でも普通に対応できる実力だった。ただ運悪く『実つき』が死角に出てきちゃっただけ」

 

 強いて言うなら運が悪かった。少なくとも僕には誰も責められそうにない。

 

「ミトが責任を感じているのは何となく分かるけど、少なくとも僕には責められないかなぁ。ユウキは?」

「ボクもソウに賛成。ミトも、もちろんアスナも悪くなんて無いと思う!」

 

 ユウキも同じ気持ちらしい。話し合いに参加できていない2人はどう思っているか分からないけど、多分そこまで外れた事は思ってないと思う。長い間一緒にいた幼馴染として、感情が希薄な頃から一緒にいた者としての感覚に過ぎないけれど、何となくそう思えた。

 

「まあ、ミトがどうしても自分を許せないっていうなら······この先で挽回するしか無いんじゃないかな?」

「······この、先?」

 

 まだ呆然としているのか、オウム返しに呟くミトに頷く。

 

「そう、この先。今は無事2人揃って生き延びられたけど、生きている以上、似たようなピンチは多分この先もやって来る。その時に、ピンチの誰かを助けられれば、少しは自分を許せるんじゃないかな?」

 

 僕の勝手な想像に過ぎないけどね、と苦笑して締める。ミトは何か思う所があったのか、どこか覇気が薄いような気がしたさっきまでとは異なり、覇気と闘志に満ちた顔をしていた。

 

「そうね。正直、まだ自分を許せないけど······それでしょげて、アスナを危険に晒すわけにはいかない」

「ミト············」

 

 再起できたわけじゃない。元に戻れたわけでもない。いや、元の彼女にはもう戻れないのかもしれない。根底にずっと、アスナさんを命の危険に陥らせてしまった責任を感じ続けてしまうのかもしれない。けれど、ずっと沈み込み続けるよりも前へ進む事を選んだ彼女は眩しく、その輝きは尊いものだと思った。

 

「······2人の事は一旦これでおしまい、でいいかな?」

 

 ミトとアスナさんが頷く。 そこにさっきまで存在した危うさはもう無かった。お互いがお互いを守ろうという覚悟というか、決意みたいなものが窺える。

 

「それじゃ、これで解散でいい?もう日も暮れちゃったし、お互いに疲れてるだろうから宿屋で寝たいでしょ、2人とも」

「そうね······。アスナ、それでいい?」

「うん。それじゃ、また明日ね、2人とも。ランちゃんとトリアちゃんにもよろしくね」

 

 そう言って宿を探しに行く2人を見送り、離れた場所でまだトリアを抱き締め続けているランに向き直る。

 

「お~い、ラン?もういい?もう暗くなってきたし、一旦宿に行きたいんだけど」

「············(ギュッ)」

「あ~············。トリア、動ける?」

「·········ギリギリ、動ける」

「これから宿屋に行こうと思うんだけど、見ての通りランが離れたくないみたいだからさ······。引きずってもいいから一緒に移動してくれないかな。大変だと思うし、僕とユウキも手伝うから」

 

 コクリ、と頷くトリア。続けて彼女は遠くに見える一軒家を指さした。

 

「あそこ············。2階の部屋、借りられる············。ちょっと高い、けど」

「ん、ありがとねトリア。じゃあそこにしよっか。ユウキ、そっち持って」

「うんっ!······ホラ姉ちゃん、行くよ~」

 

 ランに正面から抱きつかれたままのトリアが前に進み、動こうとしないランの右側を僕が、左側をユウキが持ち上げて一緒に進む。今誰かに襲われたら4人揃っておしまいかなぁと思いつつ、《索敵》スキルを起動させた。

 

「(近くにプレイヤーの反応は無いけど······《隠蔽》スキルで隠れてる可能性もあるからなぁ······。油断は禁物か)」

 

 〈はじまりの街〉や〈ホルンカの村〉みたいな《圏内》であれば安全は約束されているけど、この村はシステム上《圏外》だ。モンスターは出現しないし、外から侵入しようとするモンスターは門番のNPC(ひと)が退治してくれるけど、プレイヤーの侵入は止められない。悪意あるプレイヤーが隠れて隙を窺っている、なんて事も十分にあり得た。

 

「(部屋を借りれば施錠もできるし、安全も確保できる。それまでは警戒したまま、かな)」

 

 《索敵》スキルは維持したまま進む。遅々とした足取りではあったものの、小さい村という事もあってか20分程度で目的の一軒家に到着した。多分普通に歩けば5分もかからなかっただろうけど。

 

「ごめんくださ~い」

 

 扉をノックし、少し待つ。やがてガチャリと音を立てて扉が開き、いかにも「女将(おかみ)さん」みたいな雰囲気のやや年配の女性が出てきた。直前まで料理をしていたのか、その右手にはおたまが握られている。

 

「はい······。ああ、剣士様でしたか。何かご用でしょうか?」

「こんばんは。夜分に申し訳ありません。今晩泊めて頂けないでしょうか?もちろん、相応の代金はお支払いします」

 

 『剣士様』というのはNPCの人たちが僕達プレイヤーを呼ぶ際の呼び名だ。相手はNPCだからと横柄に接する人も少なくないらしいけど、僕は、というか僕達はそうしなかった。人の姿をしていて意思疎通ができるなら、それはもう1人の人間だと思うから。

 

「まあ、そういう事でしたら2階をご自由にお使いください」

 

 快く応じてくれる女性と僕の間にシステムウィンドウが表示される。内容は代金の確認だった。1人あたり1泊100コル。宿屋の相場の倍だけど、2階を全て使っていいのであれば、狭い部屋にベッドしかない宿屋より遥かにオトクだ。

 

「とりあえず1泊でいい?」

 

 2人に確認する。肯定の返事が返ってきたのでそのまま1泊分······400コルを支払った。これで2階部分を今晩限りだけど自由に使える。

 

「別にソウ1人が出さなくても······。私もユウも自分の分くらい出すよ?トリアちゃんの分も皆で出せば······」

「いいよいいよ。そんなに高いわけじゃないし」

 

 流石に新しい武器防具とかみたいな、そこそこのコルがかかる物なら厳しいけど、たかだか100コルだ。僕以外の3人分を合わせても300コル。その辺のモンスターを倒してドロップした素材を売ればすぐに元が取れる。

 

······ま、そんな事言えるのもこうして街の外に出てるからなんだろうけど

 

 小さく独り言ちる。デスゲームと化してしまったこの世界で、命の危機と常に隣り合わせな街の外に出るという選択ができない人も少なくないだろう。モンスターとの戦闘という一番手っ取り早い手段が無い以上、その人たちは100コルどころかその半分、いや1割すらロクに稼げないかもしれない。

 

「ソウ?どうかした?」

「ん······。いや、何でもないよユウキ。行こっか」

 

 そんなマイナスな事を考えていたせいか、少し俯いていた僕の顔を覗き込むユウキ。心配をかけないように笑顔を()()、先に上に上がっていたランとトリアに合流するために階段へ向かう。何か言いたげなユウキの表情に気づく事なく。

 



 

「さて、トリア。何でここにいるの?」

 

 夕食もそこそこに、単刀直入に切り出す。彼女は本来、僕達プレイヤーの精神状態を監視し、異常があるなら対応するためのAIだ。そして茅場さんの事だから、今の状況を作り出した段階で彼女達の機能を停止させていてもおかしくない。『完全な異世界』というあの人の理想のためには、『人』であるプレイヤーが自分自身の意思で立ち上がって欲しいだろうから、勝手にケアを行うAIなんて、言ってしまえば『邪魔』だろうし。

 

「ん············。確かに、私達MHCPは、『プレイヤーへの干渉』を禁止されてる············。今、私がここにいられるのは·········優先度がより高い命令があったから············」

 

 優先度が高い命令······?この世界の創造主である茅場さんからの命令以上の命令なんてあるの······?

 

「ん······。『会いに行く』って、約束············」

「え·········?」

 

 驚くべき事に、彼女はあの約束をした時に、最優先命令として自分自身に『正式サービス開始後に僕達に会いに行く』事をインプットしていたらしい。勿論それだけではここには来れない。彼女自身の命令権と、創造主の命令権では比べようも無く後者の方が高い。それを······

 

「その命令を······、『私の基幹プログラム』に刻み込んで······、上位存在から隠してる······。命令の優先度も······、本来想定されていない場所の命令だから·········普通の命令より優先して、実行できた·········」

「ハァッ!?」

 

 流石に驚く。基幹プログラムに干渉するなんて、一歩間違えば正常に機能しなくなりかねない真似をあの時にしていたなんて······。

 

「無茶するなぁ······」

「ソウの、影響·········?」

「いや僕そんな無茶しないよ!?」

 

 誰がそんな、自分自身を犠牲にするような無茶を······

 

「ユウキとラン······いや、木綿季と藍子のためならやりかねない······ッ!」

 

 何せ死んだ後も、2人のために『別の自分』に記憶を託すような筋金入りだ。しかも1人2人じゃない、無数の『天野蒼』が同じ事をしている以上、もう『天野蒼』という存在はそういうモノなんだろう。

 

「それで·········、時間はかかったけど、プログラム本体から私の意識を抽出して、未使用のプレイヤーアカウントに転送·········。3人と同じプレイヤーとして、ここにいる·········」

 

 流石にプログラム本体に課せられた『干渉禁止』の命令を完全に無視は出来なかったらしい。本体が動けない分、意識データだけをコピーしてプレイヤーデータに転送したって事か。

 

「これまた何て無茶を······。プレイヤーって事は僕達と同じで、HPが0になったら······」

「多分、削除される·········。このアバターと意識データだけじゃなくて、もしかすると本体まで影響を受けるかも·········」

 

 それはつまり、HPが0になる事と、トリア自身の消去がイコールの可能性があるという事だった。しかも本来の彼女なら持っている『システムへのアクセス権』を今の彼女は持っていないらしい。完全に1人のプレイヤーとしてここに立っているという事だった。

 

「それじゃ、これからはトリアちゃんも一緒だね」

「うん·········!」

 

 ランがトリアにまた抱き着く。「ボクもー!」と言いながらユウキも混ざり、少々気が引けたけど僕もそれに続く。

 

「わぷっ······。3人とも、苦しい······」

 

 もみくちゃになって流石に苦し気にするトリア。けどその顔はどこか嬉しそうで、それを見た僕らはより一層くっつくのだった。

 




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