IS 蒼き宙の向こうへ (虚無の魔術師)
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プロローグ

まずは一言。

この作品は原作のISとはストーリーや世界観的に乖離しています。原作のような雰囲気を楽しみたいお方はお控えになった方がよろしいと思われます。



それでもよろしいという方は、こちらからお楽しみください。


平和、今の世を表す言葉の一つ。誰もが納得し、誰もがそうだと断言するもの。

 

 

 

それが表す意味は、争いもなく、差別もなく、誰も死なないというもの。それはきっと、とても素晴らしいものなのだろう。

 

 

だが、人それぞれの意味がある。誰かが語る平和は、その人から見た平和だ。その裏側でどれだけの悲劇と絶望があっとしても、何も知らない彼等は今日も平和と謳うのだ。

 

 

 

その平和の為に成り立った犠牲を、許せぬ者の前で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────世界中の諸君。私の話が聞こえてるのであれば、耳を傾けて欲しい』

 

 

 

ある日の昼間。

世界中のネットワークが一斉にハッキングされた。テレビ中継もいつの間にか乗っ取られ、たった一人の放送を映し出す。

 

 

『私は八神宗二、この名を知る者は少なくないだろう。自分で言うのも何だが、私は世界的に多くの兵器の開発に携わった科学者だ。知らぬ者はいないかもしれない』

 

 

それは、壮年の男性であった。垂れ下がった黒髪の一部が白く染まって、年老いているようにも見えるが、中年というには何処か若々しくも見える不思議な特徴の人物だ。

 

 

 

そして、彼は八神宗二と名乗った。

当然だ。この世界で彼の名を知らぬ者はいない。いるのならば、それはまだ幼い子供や小学生くらいだ。

 

 

八神宗二博士、彼は国連に所属する兵器を開発する科学者であった。最早神の才能とも呼ぶべき頭脳と技術で、彼は無数の兵器を生産してきた。それはかつての国々の戦力とは明らかに差のある、圧倒的なものであった。

 

 

核ミサイル発射施設を占拠したテロリストの無力化や外国各地での扮装を犠牲者ゼロで終わらせた実績からしても、彼は英雄と称されて良い程の働きをしたのだ。

 

 

『さて、君達は疑問に思っている筈だ。何故この私がこんな放送をしているのかと。理由は単純だとも、これから私の行う事を世界中の皆に、何の差別もない事を、ちゃんと知って貰う為だ』

 

 

だが、今の彼は前とは違う。

そう思える人間は何人いただろうか。少なくとも、彼を最も知る者ならば分かっただろう。言い替えれば多くの人間が、博士の異変に気付かなかった。

 

 

 

だからこそ、八神博士は狂ったのだ。世界が、一部の人間が隠した一つの凄惨な事件によって。彼は、凄まじい破滅願望に飲まれてしまった。

 

 

 

 

それは最早、誰にも止められない。

狂ってしまった以上、確実に殺すまでは止まることはないだろう。

 

 

『私は、世界を滅ぼそうと思う。うむ、一人残らず滅ぼそうと思っている。老若男女、あらゆる人間を絶滅させようと考えている。これはその為の前座、初演に過ぎない。君達は私の言う事が嘘だと言うかもしれない。だからこそ、ちゃんとした情報として教えてあげよう』

 

 

その上で、博士は冷徹に、或いは残酷に告げる。

 

 

『百発以上のミサイル。私の開発したミサイル全てがただ今、発射された。────狙いは日本。島国一つを焼け野原にする程の数と威力だ。まずは初演だとも、君達が生き残る事を幸に祈る。

 

 

 

 

 

 

だがこれから、私は破壊と暴虐の限りを尽くす。そして世界を滅ぼす。初演が終わり次第、私の計画は確実に実行されていく。君達は終わりゆく世界を前に祈るか、私を止めに来るがいい。私も邪魔者は抹殺してでも破滅を遂行する。宣戦布告というヤツだ、よく分かるだろう?』

 

 

それが、嘘ではないことは即座に判明した。後に映される映像は日本に向けて飛来するミサイルの映像だ。まるで一つの塊のように一斉に空を覆っているのだ。

 

 

それだけではない。

博士の凶行は世界中を飲み込み、混沌を引き起こさんとしていた。

 

 

 

 

 

『………何故、と思うだろう。私が、何故このような事をするのかと』

 

 

 

『君達は、私を一度失望させた。君達人類の怠慢と傲慢が、私をこうさせた。絶望のあまり、私は君達を許すことが出来なかった。だが、私の教え子たちがいる以上、私はまだ希望を抱いている。もし、君達が。数年後、その本質が変わることがなかったのならば──────』

 

 

 

─────君達の愚かさが、世界を滅ぼす。他ならぬ、君達が生み出した憎悪と私の残す呪いによって。

 

 

 

 

 

 

数日の出来事は様々だった。

八神博士の操る兵器群────新世代の兵器は圧倒的であった。無人機であったそれらはかつて博士の普及させた現代兵器を駆逐し、防衛の為に戦う軍人達を容易く無力化し、大国を陥落させていった。

 

 

博士の指揮下にある兵器は並大抵の通常兵器では諸ともしない。世界は圧倒的な兵器群の前に、全滅を余儀なくされていた。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、ある時。

世界に、一つの可能性が見出だされた。

 

 

 

 

 

 

それは博士が初演として起こした事件、日本に向けて放たれた百発のミサイルによる爆撃であった。本来は首都や多くの街を焼き払う筈であったが、現実はそうならなかった。

 

 

 

突如現れた謎の白い騎士。

レールガンなどの装備を軽々と扱う強化鎧。日本すら認知しない謎の兵器は、いとも簡単にミサイル群を撃墜して見せた。

 

 

その兵器は、IS。

 

八神博士の弟子であった篠ノ之束が開発した代物。博士が引き起こした戦争を止める、それだけの為に篠ノ之束はISという技術を世界へと伝播させた。

 

 

 

それが、己の夢を踏みにじることになると知りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………愚かだな、人間は」

 

 

ポツリと、平行線しか映さない海原を見渡した八神宗二が呟く。太平洋の中心に差す場所に存在する海平、そこには天にも届くであろう建造物が存在していた。

 

 

 

名を、『ユグドラシル』。

巨大な大樹に見えるような造形とその名は、八神博士の作った、特別なネットワークを全世界に広めるためのアンテナだ。彼は宣戦布告と同時に、この場所を占拠し世界中の無人兵器を操っていたのだ。

 

 

彼は無人兵器を通して常に世界を観察していた。彼等が自身の教え子の作った装備を、どのように使っているのか、どのように感じているのか。

 

 

 

その姿を見て、博士は呟いたのだ。先程の独り言を。

 

 

 

 

────違う、断じて違う。

それはそんなものではない。私の可愛い教え子の作ったそれは、本来そんな用途ではないのだ。そう使わせているのは、あの子が私を止めたかったからだ。私の間違いを、止めようとしたからだ─────

 

 

なのに、彼等は嬉しそうに宣っていた。これは最強の兵器だと。これならば、八神博士という巨大な悪を打ち倒し、平和な世界が望まれると。

 

 

────平和な世界?

それはお前達の都合の良い世界だ。自分達が得をする為なら戦争すら起こす醜い豚どもが。気安く平和を語るな。私を悪と決めるな。あの子の作ったISを、兵器などと一緒にするな。あの子の願いの結晶を、私達が造ってきた殺戮の代物なんぞと─────!!

 

 

 

 

 

激情に身を焼かれていた八神博士だが、すぐに何かに気付いたように大人しくなった。凄まじい程の憎悪と殺意が緩和していき、鳴りを潜める。

 

 

 

 

その理由は簡単だ。

この場に誰かが訪れようとしているからだ。並大抵の軍隊ならば難なく滅ぼせる絶対的な防衛システムを突破し、大規模な戦火を引き起こした自分を倒そうとする英雄が。

 

 

 

 

 

「────博士。いや、先生」

 

 

その領域に踏み入ってきたのは、白き騎士。中世の騎士のような姿をしたもの、それこそが勝利を確信していた八神博士を敗北まで追い込んだ新兵器 IS、そしてその中でも最強である『白騎士』であった。

 

 

凛とした少女の声に、八神博士は両腕を広げて軽く笑う。

 

 

 

「適任だな。私の最後を見届けてくれるのが君で良かった。君は私の教え子の中で最も強い子だからね…………だからこそ、私の我が儘に付き合わせることは避けたかったが、束やアイザックでなくて良かったと思うよ。………………こんな役回りを任せてしまった君には、申し訳が立たんがね」

 

 

ISを纏う少女は、八神博士の言葉を黙って聞いていた。それから聞き終えて、静かに問い掛けた。

 

 

「何故、こんな事をしたんですか」

 

「意地悪だな、君も分かっているだろう?」

 

「………………えぇ、それは何より」

 

 

フッ、と軽く笑い、博士はゆっくりと振り返った。広がった海原を見つめながら、彼女に向かって言う。

 

 

「さて、君にはこの世界がどう見える?」

 

「…………」

 

「私の視界は前とは変わらない。他のものに興味が湧かなかった。ただそれが、見えるもの全てが憎くなった。あらゆるものが不愉快になったのさ。私から全てを奪ったのに、平和であるこの世界がどうしても許せなかった。だからこんな事をした。

 

 

 

 

 

私から家族を奪った奴等を、国々を、この世界を、私はどうしても許せない。それは今でも変わらない────私には、変えられなかったんだ」

 

 

自嘲するようにそう言い、八神博士は懐に手を伸ばした。握られていたのは、一丁の拳銃であった。

 

それを白騎士に向けることはなく、黙って見下ろす博士。しかし、ポツリと、悲しそうな声で漏らした。

 

 

 

「こんなつもりでは無かったんだがなぁ……」

 

 

『IS』の本来の用途を、在り方を知っている。

だからこそ、この銃と同じく『武器』へと成り立てたISに、八神宗二は酷く悲しんでいた。

 

これではもう、『彼女』の夢すら奪われる、と。

 

 

 

「私はせめて、あの子の夢を叶えてやりたかった。だが、こんな風になるとは…………いや、思わなかったではないな。私は別の可能性を信じてた。が、無意味だった。あの子の理想とは全く相反する現実にしてしまった。私は二度も、信じた世界に裏切られた」

 

 

人類を一度破滅へと追い込む。そうすれば彼等は考えを改めると信じていた。だからこそ、こんな大きな戦争を引き起こしたのだ。

 

 

なのに、彼等は変わらなかった。

一度善意を裏切られた博士は、もう一度信じてみたのだ。人の可能性を。

 

 

それが所詮は幻想であっと知らされる。人々の様子を見据え、八神博士は再び絶望したのだ。

 

 

どうしようもない、屈託した笑みを浮かべる博士。そして自身の頭部に拳銃を強く押し当てる。驚きを隠せない『白騎士』を片手で制しながら、博士は引き金に力を入れる。

 

 

 

 

「─────すまない、千冬。すまない、束。すまない、ザック。不甲斐ない先生を、一生許さないでくれ。私はもう、この世界では笑えなくなってしまったんだ」

 

 

 

 

言い終わった瞬間、一発の銃声が鳴り響いた。そして、人が崩れ落ちる音が続く。

 

 

 

 

そして、ISを纏った少女───『白騎士』が元凶たる博士の死を告げた事で、世界を中心とした大規模テロは幕を下ろした。

 

 

八神宗二。

テロリストとなり世界を滅ぼそうとした凶悪な学者。破滅を望んでいた彼の死によって、この戦争『第三次世界大戦』は幕を下ろし、世界はISを中心とした新しい時代へと変わっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、刻は進み。

 

 

ISという最強の兵器が君臨してから、世界は大規模な変化を示した。実質的に言えば、価値観が変わったのだ。

 

 

ISを扱えるのは女性のみ。それによって女性全体が自然と立場が上になり、女尊男卑が現実的になってしまったのだ。それが原因で様々な影響を与え、世界は大きく変わっていった。

 

 

ISの力を求めた国々はISの開発者である篠ノ之 束に更なるISを求めた。しかし彼女は何を思ったのか、何百のISのコアを残して、姿を消した。

 

 

彼女の痕跡を探り続ける国々を余所に、一つの国の統治者はある程度を悟っていた。きっと失望したのだろう、今の我々の姿を、と。

 

 

 

 

更に刻が進んだある日。

ISが当たり前になった世界で、ある例外が起きた。

 

 

 

ある一人の青年が、ISを扱えたのだ。

本来女性しか使えないISを、男が。

 

 

織斑一夏。

ISとの接触の経緯は偶然ではあるものの、彼こそが男でありながら、世界で初めてISを操縦できた青年であった。

 

 

 

 

世界は驚愕すると共に、すぐさま動き出した。男がISを扱えたのなら、同じ存在が他にもいる筈だと。世界規模で捜索を始め、IS操縦者を探し出すことに一心となった。

 

 

 

その結果、もう一人見つかった。よりによって、最初の一人と同じく、日本にて。

 

 

 

 

 

 

 

名を、蒼青龍夜。

 

彼こそが世界で二人目の男性IS操縦者。この世界に大きな影響をもたらす、もう一人の人物であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────数日前、アメリカ所属のIS部隊が演習中、指名手配されている危険テロリスト集団 「アナグラム」の襲撃を受け、二名のIS操縦者が死亡しました』

 

 

病院の中央ホール。

通院を待つ人々が不安そうにテレビに流れる映像を見詰める。そこに映るのはISという兵器を纏い、何かと交戦する女性の姿。しかし、すぐさま彼女の近くにミサイルが飛来し、爆音と共に中継された映像が途切れる。

 

 

そして、画面中央になんらかのマークが浮かび出す。交差する剣と銃、その中心に『ANAGRAM』と刻み込まれた瞳が。

 

 

『テロリスト集団「アナグラム」。一年前に誕生したその組織はISに類似した兵器を操り、世界に宣戦布告しました。

 

 

 

彼等は「腐敗した世界に粛清を、我等の手で真の平和を取り戻す」、と。滑稽無糖と思われる彼等の宣言ですが、それに賛同する者達が世界中から集まっています。国連が予想した人員は既に五千人を越えているとの事です』

 

 

 

『………正直言って、単なるテロリストですよ?共感する人の気持ちが理解できませんよ。だって今はどの国も戦争しない、平和な時代なのに、わざわざ戦場を作ったりして、彼等は時代に取り残された野蛮人に過ぎませんよ』

 

 

上品そうに眼鏡を押し上げる女性の言葉に、進行役と思わしき男性がそうですよねと苦笑いをしながら同調していた。

 

 

本気でそう思っているというよりも、そうしておいた方がいいというような顔だ。無理もない。このご時世であれば、彼の形振りは強ち間違いではないのだ。

 

 

 

………嫌な世界だと、青年は思う。

自分の名前が呼ばれる前に、彼は座っていた座席から立ち上がり受付の看護師に単刀直入に言う。

 

 

「……………6A04室の蒼青零の面会に来ました」

 

「あぁ、蒼青さんの………………え、もしかして貴方」

 

「すみません。内密にお願いします」

 

 

短く言うと、スタスタと離れていく。エレベーターは避け、階段を上っていき、ついに目的の部屋へと辿り着く。

 

 

扉を開ける前に、彼は自身の髪を手入れし始めた。しかしすぐに変わるくらいのものだ。目頭を揉み、深く息を整えると、扉を開け放った。

 

 

 

「────来たよ、姉さん。病院生活、大変だった?」

 

「…………あら?もう来たの、リューヤ。貴方も用事があったんじゃないの?」

 

「まぁ、色々と。姉さんも大変なのは同じでしょ?」

 

 

部屋の中心、真っ白なベットの中で、一人の女性がいた。光に照らされて輝きが見える黒い長髪。病服越しにでも分かる豊満な胸。おっとりとした優しい表情。

 

 

彼女こそが、蒼青零。

この青年、蒼青龍夜の家族であり、姉である人だ。昔は態度の悪かった龍夜を窘めることが多く、彼からしても頭が上がらない女性だ。

 

 

そこから世間話が続いた。

楽しそうに談笑する姉に、龍夜は何かを覚悟するようであった。

 

そして、意を決したように、告げる。

 

 

「ねぇ、姉さん。俺さ、ISを動かせたんだ」

「…………え?」

 

 

ポカンと、呆然とする姉に、龍夜は詳しく話し始めた。

 

「つい最近、男性操縦者が見つかって。全国の検査で、俺もそうだって発覚したんだ…………世界では他にいないらしくて、前の人と俺で二人だけなんだって」

「あらぁ………」

 

 

龍夜の手を握っていた零は、嬉しいのか優しく笑う。その様子に、龍夜が悲しい顔をしているのも知らず、彼女は彼の手に両手を重ね合わせた。

 

 

「それは良かったじゃない。貴方がISに乗れるなんて、昔から好きだって言ってたわよね?なら、夢が叶うわ。それなら、()()()()()()()()()()()()()も喜んでくれるわ」

「………姉さん」

「あぁ、そうだ。なら早く連絡してあげないと………きっと喜ぶ筈よ。だって貴方が頑張ってくれたんだもの、きっと帰ってきてくれるわ。その後は、百合姉さんや義兄さん、親戚の叔母様もお呼びして、皆で──────」

「姉さん」

 

 

強めの言葉に、零は思わず振り返った。戸惑いを見せる彼女に、龍夜は宥めるように話す。

 

 

「───父さんと母さん、義兄さん達にも話した。凄く喜んでくれた。けど、やっぱり大事な仕事が終わらないんだって。まだ帰ってくるのが分からないってさ」

「………あら、そうなの?」

「仕方ない。俺達も分まで働いてくれてるんだから、仕方ないんだ………」

「残念だわ、今度こそ皆でいられると思ったのに」

 

 

目に見えて落ち込む姉に、龍夜は元気づける。少しだが、元の様子に戻った姉の姿に、安堵しながら龍夜は立ち上がった。

 

 

「ごめんね、姉さん。もう行くよ」

 

 

ゆっくりと、手を離す龍夜に、零は少し寂しそうであった。彼女は自身の目元─────そこにある何枚にも巻かれた布に手を当てる。

 

 

「悲しいわ。()()()()()()()()()、貴方の事を助けてあげられるのに」

「俺はもう、助けてもらった。今度は俺が姉さんの為に頑張る…………応援して、ほしい」

「えぇ、分かってるわ……………リューヤ、頑張ってね」

 

 

 

 

部屋から出た後、青年は髪をかきわける。温和そうだった目つきも鋭さを増し、姉の前で振る舞っていた優しい弟とは全く違う─────冷徹な仮面(ペルソナ)へと切り替える。

 

先程と同じ人間とは思えない、そんな印象を感じさせる程の変化だった。

 

 

病院から出ていった彼は、誰もいない路地を進む中、ポツリと漏らした。

 

 

 

「────正しい平和には、抑止力が必要だ。どんなに強い力を抑える、バランスがいる。それが無いから、今の世界は歪んでしまった。平和と謳われた影で、様々な悲劇が生み出される」

 

 

それを変える者は、この世にはいない。力を有していたとしても、そのチャンスすら与えられない。だが、自分は違う。

 

 

「凡人どもは何も変えようとしない。才能のある奴は変えられるまで至れない。だから世界は変わらない。ならば」

 

 

この世で二人しかいない、男性操縦者の一人に選ばれた。変革を為す事が出来る人間として、猶予を与えられたのだ。

 

ならば、やることは決まっている。

 

 

 

「────俺が、この世界を変える。世界や無能どもの為ではなく、他ならぬ俺自身の為に」

 

 

これは使命だ。

誰かがやらないなら、俺がやらなければならない。誰にも出来ないなら、俺がしなければならない。

 

 

 

それが、蒼青龍夜という人間に与えられた義務なのだ。他の人々とは違う才能、全能を有していた自分が産まれたのは、この時の為だったと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────余韻に浸ってる所悪いけどさ、少し問題があるよー。リュウヤ君』

 

 

 

ふと、鼓膜を叩く高い声が響いた。

しかしこの場に龍夜に話しかける者は誰一人としていない。この路地を歩いているのは、蒼青龍夜────一つの例外を除けば、彼だけしかいない。

 

 

 

当然だ。声の主はこの場に、この世界にはいない。より正確には、この()()()()には。

 

 

 

 

 

ポケットから取り出したスマホを起動させる。すると、画面一杯に妖精のような少女が浮かび出す。

 

 

 

白い神秘的な服に包まれ、背中から円を描く紋様の翼。鮮やかに輝く、翡翠の瞳に神々しい金色の長髪をなびかせる天真爛漫そうな笑顔を浮かべる少女。彼女はスマホ内部で短く欠伸をしながら、ふよふよと漂っていた。

 

 

 

「どうした?ラミリア」

 

 

ラミリア、それが彼女の名前だ。

彼女が何者か説明するには、決まって一つの言葉で十分だ。

 

 

彼女は、蒼青龍夜が自分をサポートをする為に設計し、開発した自己学習型のAIなのだ。ネットワークに接続される事で、ネットワークのあらゆる情報を学び、人格面で成長しながら、蒼青龍夜の不足した知識や経験を補う役割にいる。

 

 

『この先の十字路の右側、ワゴン車が待機してる。ナンバープレートが外されてるから、リュウヤ君を拐おうとしてるのかもしれないよ』

 

「………………」

 

 

当然ながら、ラミリアの言うことに嘘はない。むしろ信憑性しかない。

 

彼女は電子上を移動出来る人工知能だ。今も近くのカメラや位置情報から、その情報を確認したのだろう。

 

 

今時の自分を狙う者など予想できる。

ISを操縦できる男性は、モルモットに相応しい。判明した当日も、何人もの正装の人が自分の身体を「解剖」をしたいと迫ってきたが、当然ながら断らせて貰った。

 

 

最初は何処の研究機関も煩かったが、最近は音沙汰もなく自然消滅したと思っていた。が、まさか密かに誘拐までしようとは思わなかった。…………厳密には、そこまでデメリットしかない事を仕出かすとは思いにもよらなかったのだ。

 

 

放っておくが一番だが、見逃しておくのも癪だ。

 

 

 

「ラミリア。近くの監視カメラの映像から撮れたか?」

 

『バッチグー!オマケにワゴン車の人のスマホにハッキングして命令した研究機関も見つけたよー。わーお、大手企業もバックにいるねー。これがバレたら株価が大暴落だよー!』

 

「匿名でその映像と証拠を送れ。奴等もバレてると分かったら下手な真似は出来ないはずだ。ついでにマスコミにでも言い値で売りつけろ。情報料は小遣いにしていい」

 

 

 

うわーいっ!やったぁ! と喜ぶ電脳少女の横に、龍夜はすぐさまUターンして別の道を進んでいく事にする。

 

 

 

「仕方ない。回り道をするか、取り敢えず自宅から一番離れた通路のマッピングを」

 

『あー、自宅も止めといた方がいいよー。さっきから記者が凄い群がってるんだよねー。うん、もう凄い。ここら辺付近も探しに来るかもしんないよ』

 

「…………情報もちゃんとしてるホテルの表示を。今日は泊まって明日から入学の準備をしよう」

 

『りょーかいっ!ラミリアちゃん全力で頑張りまーすっ!』

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

明かりが少ない研究室。

一人の女性がキーボードを叩きながら、他の作業に明け暮れていた。

 

 

「ふーん♪ふふん、ふんふーん♪」

 

他人から見れば忙しいとしか言えない作業。それをほぼ同時に行いながらも、彼女は楽しそうに鼻唄を歌っている。淡々と、いや素早い動きで何かを行う女性だが、現時点でミスは存在しない。

 

 

 

知らない者からすれば有り得ない事であるが、知っている者ならば当然の話である。

 

 

 

何故なら、彼女こそがISを作り出した天災────篠ノ之束(しのののたばね)だからだ。

 

 

そんな彼女だが、ピタリと動きを止める。彼女の動きに連動するように、少女の声が一人だけの部屋に響いてきた。

 

 

『束様。此方に秘匿回線からの連絡が入っています』

 

「ちーちゃんか、ザックのどっちかだったよね………チーちゃんが好きで掛けてくる訳もないし─────繋げていいよ、クーちゃん!」

 

 

少女が応じた瞬間、束の近くに立て掛けられた大型モニターが起動する。画面に砂嵐が浮かんでいたが、少しずつ映像が投影され始めた。

 

 

 

 

『────何のつもりだ、クソ兎』

 

 

唐突に、そんな言葉が投げ掛けられた。そして画面に映るのは、ボサボサと尖った金髪の男性。黒いスーツを着崩した、目つきが鋭い人物。

 

男は豪華な机の上に脚を乗せながら、画面越しにいるであろう束を睨んでいた。

 

 

「およ?何のつもりって何?束さん語彙力無い言葉は分からないよー?ほら、もう少しまともな言葉でさ」

『二人目の男性IS適合者。何故わざわざ奴を庇うような真似をした』

 

 

束の煽りに対して、男は気にした素振りすらない。それどころか、ワインの入ったグラスを揺らしながら、語気を強めた口調で問い質してくる。

 

 

男の言うことは明白であった。

二人目のIS適合者、蒼青龍夜。彼の存在を認知した政府は一時彼を拘束した。理由は簡単、彼に後ろ楯がなかったからだ。一人目のIS適合者である織斑一夏は最強のIS操縦者が身内にいる以上、好き勝手は出来ない。

 

 

だが、何の庇い立てもない蒼青龍夜は違った。だからこそ、政府は彼を何処かの研究機関へとモルモットとして送ろうと考え、男は己の会社へと引き込もうと画策していた。

 

 

 

 

しかし、何よりも先に、篠ノ之束は政府へと干渉した。突如回線をハッキングした彼女の要求は単純なものであった。

 

 

 

 

───彼をIS学園に入学させろ、と。

 

 

それだけの通告であった。

最早モルモットとかの話ではない。政府のお偉いさんは顔を青ざめさせながらもすぐさま動き出した。

 

 

 

 

「あぁ、そういうことね。そりゃあそうだよねぇ?二人目のIS操縦者は一般人、後ろ楯がない人間。つまり勝手に拉致して解剖しても代替えはあるから問題ない。けど、後ろ楯になって影響を与えることも出来る。そうすれば他の国ともタメ張れるようになるから、喉から手が出るほど味方につけたい訳だよねぇ?

 

 

 

 

 

 

アメリカ大企業 エレクトロニクス機社現社長 アレックス・エレクトロニクス。いや、前の名前で呼んだ方がいいかな?アイザッ────」

 

 

『黙れ』

 

 

通話越しの男性の声が低くなった。同時にガシャン! と砕ける音が響き渡る。

 

 

男────アレックスが手に持っていたグラスを砕いたのだ。ビタビタ、と足元にワインが溢れ落ちる。紫色の液体の中に混じった赤が、アレックスの手の中から流れ出していた。

 

 

遠くから足音と慌てたような声が響いてくる。扉開け放たれた音が聞こえると、アレックスは『気にするな、下がれ』と言い切る。

 

 

机から手当用品を取り出し、自身の手に消毒液を掛けるアレックス。痛さなど感じないという淡々としながら、彼は強く睨みつける。

 

 

『貴様の嫌がらせは慣れている。だが改めて言っておく。その名は棄てた、愚かな弱さと共にな。わざわざそれに干渉する気であれば此方も手段を選ばんぞ』

 

「ふーん、まぁいいよ。束さんはあんまり興味なんてないしねー」

 

 

軽く笑う束に、アレックスは眼を細める。

 

 

『貴様の性根は変わらんな、先生の元にいた時………先生が貴様を連れてきた時の方よりかはマシか』

 

 

『故に、貴様の人柄は先生やオレも知っている。己の妹と親友の千冬、その弟である織斑一夏────例外で先生、対応も悪いがオレ以外の人間はゴミと見下している数知らぬ天災。貴様にとって蒼青龍夜も、単なる有象無象の一つではないか。世界中に脅しかけてまで庇う価値がアレにあるのか?』

 

 

 

彼からしても、かつての彼女は酷かった。

自分が認めた以外の者を劣等種として侮蔑し、その辺の石ころのように扱う。

 

アレックスも同じ先生の元にいた際、彼女に自分の研究をとことん貶され、欠陥だらけと嘲笑われた。思えば自分と彼女は犬猿に等しい仲であった。

 

 

 

だからこそ、だ。

あの天災が、自分以外の人間に失望し姿を消した筈の彼女が、何故二人目のIS適合者を庇うのか。

 

 

男でありながらISに適合したから、などという陳腐な理由ではないだろう。そんな事なら適当に無視するか、拉致してモルモットにでもするだろう。

 

 

脳ミソから人間関係というものを除去したようなこの女が、一体あの青年に何故手を出すのか。

 

 

 

僅かな沈黙と共に、天災はあっさりと答えた。

 

 

「まぁあるよ?ちゃんとした理由が、ね」

 

『…………ならばいい、一々詮索してやる気もない。だが、これで奴を此方に引き入れる理由を失ったか』

 

 

隠すなら探りようはあったが、こうも簡単に言われてしまえば引き下がるしかない。さほど気にも止めてないアレックスの言葉に束は不思議そうに首をかしげた。

 

 

「引き入れる?………そんな事考えてたの?」

 

『まぁな。別に可笑しい話でもないだろ』

 

「いやぁ、普通過ぎてねぇ。他の連中と思考回路が同じだったからさ」

 

『………チッ、とことんコケにしてくれる』

 

 

不機嫌そうに唸るアレックスだが、目付きから鋭さを消すことなく束を睨み付ける。しかし憎い相手に向けるような敵意ではなく、自分の心を圧し殺したような冷たさを見せつけながら。

 

 

『───警告しておくぞ、束。もしお前もオレの敵になるのならば、例え同じ兄弟弟子でも容赦をするつもりはない。

 

 

 

 

 

オレの無限がお前の無限インフィニットを越える。その時を座して待っていろ、天災。貴様を宇宙ソラから引きずり下ろすその時を』

 

 

そう言いきると、アレックスの姿は画面と共に消え去った。常に敵愾心剥き出しの男の姿がなくなり、ようやく彼女は笑顔を溶かした。

 

 

 

代わりに、諦めたような小さな笑みを溢す。

 

 

「………………変わったよね、ちーちゃんもザックも」

 

 

自分が、いや自分達が変えた世界から逃げ出したかつての少女は思う。

 

 

かつての友は本気で世界を変えようと、今も表舞台で必死に動いている。そして、かつての悪友は胸に秘める憎悪を押し殺し、たった一つの目的の為に表舞台で暗躍している。

 

 

未来を信じて進もうとする者と、過去に囚われて破滅を望む者。なら、自分は一体どちらを優先させるべきなのか。

 

 

 

 

天災は、分からない。

何がこの世界にとって正しい事なのか。たとえ彼女が世界に類を見ない─────たった一人、例外を除く────全ての人類を越えた天才だとしても、その答えだけは思い浮かばなかった。

 

 

 

 

 

 

──────だが、やるべき事は分かっていた。

 

 

 

 

『────「彼女」を、君に託す』

 

 

数年前に送られた未知のシステム。

それは正直、天災である束にもお手上げというべきの代物だった。正体不明のブラックボックスそのもの。

 

誰が届けたものか、そう思った彼女だが、同じように届けられていたボイスレターの音声に、耳を疑った。

 

 

『「彼女達」は鍵だ。世界を滅ぼしもするし、生かすことも出来る。担い手により、「彼女達」はその使命を優先する』

 

 

死んでいる筈の恩師。

かつての大戦で大罪人として歴史に残された哀れで愚かな、彼女が未だ尊敬している人。

 

 

その人の声が、数年先に届いた録音機に残っていた。

 

 

『心配しなくていい、担い手は「彼女」が選ぶ。だが、最後にして最初の一人は自ずと理解できるさ。()()()、彼こそが────世界を変える者だ』

 

 

数年前から託された約束。

それを果たすべく、篠ノ之束は今も密かに動く。

 

 

 

 

世界を左右する『鍵』を、担い手に託すべく。




解説




八神博士

無数の兵器を操り、世界を破滅に導く第三次大戦を引き起こした凶悪犯罪者。現時点で死亡しているが、彼の悪行と悪辣さは十年を過ぎても途絶えることはない。


アナグラム

ISや国連に対して不満を持つ国際テロリスト集団。差程危険視してない世界各国に対し、国連は彼等に強い警戒を示し、殲滅行為を繰り返してきた。

最近、ISを撃退する快挙を実現したことでその規模を強めている。



天災

原作のような黒い兎ではなく、ちゃんと綺麗な白い兎さん。最近年下の子に興味があるとか。




主人公の解説は次にさせていただきます。それでは


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第一章 IS学園編
第1話 入学初日


一話から普通に遅れてて申し訳無いです。基本的にやる気と時間がないとこんな感じの投稿間隔になるのでご配慮してください。


それでもよろしければ、この小説をよろしくお願いいたします!



2022 6/25 蒼青龍夜の台詞の一部を修正しました。


「全員揃ってますねー。それじゃあSHR始めますよー」

 

 

黒板の前で、このクラスの副担任の女性教師、山田真耶先生が優しい微笑みを浮かべる。

 

 

しかし、生徒からの反応はなく、教室には未だ緊張感が漂っていた。

 

 

「え、えっと………皆さん、一年間よろしくお願いしますね」

 

「…………」

 

その空気に困りながらも精一杯生徒全員に挨拶をするが、やはり誰も答えない。どうするべき狼狽える山田先生だが、こうなってしまうのも仕方ないのだ。

 

 

生徒達の意識は、既に“二人の男子生徒”に向けられていたからだ。

 

 

その一人、織斑一夏は地獄にいるような感覚であった。一人ではないとはいえ、女子校に、女子だけのクラスにいるというのは疎外感が激しい。

 

周囲からの興味満々な視線に、一夏はとにかく気まずさを感じていた。

 

 

 

対して。

もう一人の男子───蒼青龍夜は動じてすらいない。周囲の好奇心に満ちた視線に戸惑うことなく、黙々とノートに何かを書き続けている。

 

 

一夏も自分と同じように周囲から視線に晒される龍夜を気に掛けていたが、気にしてすらいないと知り、唖然としかける。この環境であれだけ平然にしているとか、どれだけ強いメンタルを持ち合わせているのか、と。

 

 

そうこうしている内に、一夏に自己紹介の順番が回ってきた。他の生徒達から見つめられてきて、余裕のない一夏は戸惑いながら前へと進んだ。

 

 

正直、他の人────自分と同じく孤立無援である龍夜の自己紹介をしてからの方がやりやすいと思う。だが、そんな甘い考えは最初から通じない。出席番号からして龍夜は一夏の後に来る。要するに、ここは素直に諦めるしかないという天命なのだ。

 

 

だが、こんな状況で自己紹介なんてちゃんと考えられてなかったのか、

 

 

 

「えー……えっと、織斑一夏(おりむら いちか)です。よろしくお願いします」

 

 

たったそれだけの言葉しか出なかった。

しかし、女子達は不満なのか、続きを望むような視線を向ける。一夏は当然だが、近くにいる山田先生も困惑していた。

 

 

ふと、一夏の視界に、手を止めた龍夜が此方を見ている姿が映った。興味、というよりも見定めるような冷酷な視線が一夏に突き刺さる。

 

 

しかし、龍夜はふんと息を吐き、あ、と目の色を変えるとすぐさま視線を外した。自分に集まる視線が一つだけ減り、安堵する一夏であったが────そこで、龍夜の態度に違和感を抱いた。

 

 

彼の態度に疑問を覚えた一夏であったが、その瞬間────

 

 

 

パァンッ!!

 

 

「痛ぇッ!?」

 

 

頭部に走る鈍痛に、一夏は頭を抱える。そこでようやく、自分が真後ろから叩かれたことに気付く。慌てて振り返り、その人物に気付き、驚きの声を漏らす。

 

 

「ちっ、千冬姉!?なんでここ─────ぶへっ!?」

 

「織斑先生と呼べ」

 

 

追撃と共に響く炸裂音に、全員が顔を反らす。龍夜は、人間が普通には出せないようなその威力に絶句していた。

 

 

そんな彼や彼女達の前で、一夏を元の席に座らせたもう一人の女性教師─────織斑千冬(おりむら ちふゆ)は教壇の前に立ち、堂々とした振る舞いで告げる。

 

 

 

「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠十五才を十六才までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」

 

 

その後、クラスの女子達から織斑千冬への黄色い歓声が響いてくる。一部では尊敬を越えた、心酔のようなものまで見える。

 

 

 

────だが、無理もないかもしれない。

 

織斑千冬は世界最強の名を思いのままにするとされる者だ。ISで彼女に敵うものはいないとされ、公式大会、そして世界大会まで彼女は頂点に位置する強さを示してきた。

 

 

何より────彼女は英雄だからだ。十年前に引き起こされた世界規模の大戦争、その戦火に飲まれかけた日本を救い出し、戦争の元凶である『凶悪』な男を打ち倒した英雄。

 

 

世界中の女性や子供達が、彼女を英雄として見ている。だが、それも一つの意見としてだ。彼女を脅威として敵視している者達もいるはずだ。

 

 

…………少なくとも、龍夜は彼女を英雄として、もてはやすつもりはない。

 

 

 

自分を讃える女子の歓声を鎮め、千冬は真耶をサポートしながら他の生徒達の自己紹介をさせていく。そして、山田先生に呼ばれた龍夜も、教卓の前に立つ。

 

 

クラス全体を見渡し、興味すら抱いていない瞳を冷徹に光らせ、彼は自身の名を告げた。

 

 

 

 

 

 

「─────蒼青龍夜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────以上」

 

 

沈黙が、クラスを包む。

あまりにも単直な自己紹介は、一夏のように困った末に出たものではない。最初からそうするつもりだった、という意志が丸分かりだ。

 

 

 

 

「あ、あの………それだけですか……?もっと他にも……」

 

「────もう終わった。これで充分だ」

 

 

淡々と言い切る龍夜に、真耶先生は困り果てたようであった。ここまで強気に言われると彼女には何も言えなくなってしまう。

 

青年の鋭さのある態度に、少しだけ泣きそうになる山田先生。

 

しかし、誰もが予想だにしない────いや、ある程度の者が予想できていた救いの手が差し伸べられた。

 

 

────パァンッ!

 

 

「がッ!?」

 

「───教師を困らせるな、馬鹿者」

 

いつの間にか真後ろに立っていた千冬が問答無用と言わんばかりに出席簿を振り下ろしたのだ。あまりの威力に軽く悶絶する龍夜。

 

 

………一夏よりも堪えていないのは、ある程度手加減されていたからなのかもしれない。音も先程よりは少し小さかった。

 

こめかみを軽く揉んだ千冬は呆れたように龍夜を見下ろす。

 

 

「織斑といい、貴様もまともに自己紹介すら出来んのか?」

 

 

「………悪い」

 

 

 

爆音が、もう一度炸裂する。

今度は一夏にぶち当てたのと同じ、いやそれ以上の威力だ。頭部を押さえて崩れ落ちる青年に、生徒達の顔がひきつる。やはり、出席簿が振われただけなのに、威力が増してる。

 

 

そして当の本人────何故か爆音を生み出した出席簿を片手に、千冬は打撃の理由を告げた。

 

 

「先生にタメ口をきくな、いいな?」

 

「しかし効率的に────了解、です」

 

 

無言の圧力と共にゆっくりと振り上げられた出席簿によってすぐさま口調を直す龍夜。自分の意見を押し通そうとしていたが、もし続けていれば出席簿による連打を避けられないと感じ取ったのだろう。

 

 

少し痛むだけなのか頭を軽く撫でた龍夜は周りの視線に気付く。やはり不満げな視線が、何を言わんとしているのかと気付き、口を開く。

 

 

「…………身長175cm、体重65.4kg、好きな食べものはない。趣味や得意なことはプログラミング、身体能力は他人とは段違いにはあると自負してる。IS学園に入ったからには、最強を目指すつもりでいる。以上」

 

 

そう言って、スタスタと教卓から離れ、自分の席へと戻る龍夜。外界に興味すら抱かず、望まれなければ干渉すらしない態度。氷というよりも、仮面のままでいるように思えてくる。

 

それは本来であれば好ましくないものであった。誰もが不愉快に思い、文句は垂れるであろう。しかし、この学校の生徒は────このクラスの少女達は違った。

 

 

 

『──蒼青君ってクールだよね』

 

『そう!純粋で爽やかな織斑君も良いけど、冷静沈着な蒼青君も良いよね!』

 

『実はドSとかだったら、もう昇天するしかない…………』

 

 

様々な反応を密かに聞き、呆然とするしかない一夏。対して囁きの中心である青年は最早周囲に興味すら失ったのか、またもやノートを書き続けていた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

授業が終わり、休み時間に入ってから。

こういう時間では女子生徒達は楽しそうに談笑する筈であるが、そんなものではないのは龍夜もすぐに理解した。

 

 

視線、視線、視線。

クラスの至るところから、いや廊下からも好奇の視線が集まっていた。なんせ女性でしか動かせなかったISを動かした男が二人もいるのだから、無理もない話だが、流石に平然としてはいられないだろう。

 

 

しかし、その男─────蒼青龍夜は違った。

彼は既に半分まで書き殴ったノートを、付箋で区切ったり、色ペンで様々な事を付け足していた。

 

 

当然、作業に集中しているので、周囲の視線に困りもしない。そんなものに一々反応する時間すら惜しいのかもしれない。

 

 

「────IS、か」

 

ふと、付箋の一つに色ペンで記した単語に、龍夜は思考の海に沈む。

 

 

初めてISを知った時。

世界はその代物を小馬鹿にしたようであった。当時は真の天災と呼ばれた八神博士の技術に皆が没頭していた。彼の弟子とはいえ、まだ若い少女の発明を、彼女の夢を誰もが理解しようといなかった。

 

 

 

しかし、自分は違った。

テレビで彼女の紹介するISのプロトタイプを見た時、彼はその真意を既に理解していた。彼女の夢に共感し、同時に憧れた。

 

 

まだまだ幼かった自分が抱いていた不完全燃焼、心に燻っていた『夢』を、はじめて知ったのだ。

 

 

ふと、龍夜は両目を伏せ、首を横に振る。空想を、淡い夢を振り払うように。

 

 

 

(…………馬鹿らしい、何を今更子供のような事を)

 

 

クシャリ、と付箋を握り潰す。シワシワになり、押し潰されたカラフルな色紙を見えなくなるまでクシャクシャにまとめ、席を立つ。

 

 

ジッと。

動く自分に向けられた視線を無視し、龍夜はゴミ箱に付箋だったものを放り捨てる。その間にも、自分に言い聞かせ続けていた。

 

 

(俺には『夢』を見る必要はない。叶える資格もない。俺は天才だ、天才は特別なんだ。

 

 

 

 

 

俺にだけしか出来ない使命を果たす。それが俺の、天才として生まれた理由であり、使命だからだ)

 

 

 

 

「──────な、なぁ、少しいいか?」

 

 

席に戻った瞬間、突然声を掛けられた。

すぐさま現実へと意識を戻した龍夜は声の主へと目線を配る。

 

 

自分に接触してきたのは、織斑一夏だった。

 

 

「…………何か?」

 

「いやぁ、さ。俺達二人だけの男だから、仲良くできないかと思ってさ………」

 

「そうか」

 

 

それだけ言い、龍夜は会話を終わらせる。あまりにも興味のない無関心な様子に一夏は困ったように笑うしかない。

 

 

「俺のことは一夏って呼んでくれ、織斑って言うと千冬姉と被るしな」

 

 

「────十秒」

 

「………え?」

 

 

溜め息と共に吐き出された一言に、一夏は硬直する。嫌悪とか軽蔑とかそんな感情は見えない。ただ淡々と、ノートを仕舞った龍夜は一夏に振り返り、話し始める。

 

 

 

「たった今、お前との会話をする際の時間だ。その間、どれだけの時間を浪費したと思う?この時間がどれだけ有限で、価値があるものか、お前には理解できるかはどうでもいい─────非礼ではあることは謝罪するが、俺も自分の目的がある」

 

 

だから邪魔をするな、と存外に釘を刺す。

 

 

彼自身も、ここが学校であることはよく理解している。ここは他の学校とは違い、専門的な知識や技術を身に付ける重要な場所でもある。当然ながら、それだけに準ずるのではなく、他の生徒とも仲良くして、互いを高め合う事も必要とされている。

 

 

 

 

だが、蒼青龍夜は違う。この学校で青春を楽しむつもりも、他の生徒と競争などしていくつもりはない。

 

 

自分の目的、それを果たすためだけに彼はこの学園に入ることを決意したのだ。

 

 

「お前との世間話をするよりも俺はISによる知識を磨く方が大事だ。それはお前も同じだろ、ISを上手く使いこなせる為に俺達はこの学校にいる。今この時間も有限、故にISの使い方を学ぶ、その定義を忘れたか?」

 

「………え、えっと」

 

「それに、お前に用のある女子がいるみたいだが?俺に構う暇があるとでも?」

 

 

そう龍夜が言うと、一夏は自分達の近くに来ていた少女の存在に気付いた。知り合いなのか、アッと思い出したように驚く一夏の前で、その少女─────篠ノ之箒は龍夜に声をかけた。

 

 

 

「すまない、一夏と話の最中だったか?」

 

「いや、此方としても用はない。織斑を連れてくれて構わない」

 

「あぁ、感謝する」

 

 

龍夜に頭を下げ、一夏の手を引きながら廊下の外へと連れていく箒。そんな彼女、或いは連れていかれた一夏に何を思ったのか見つめていた。すぐさまどうでもいいのか、思考から消し去ったが。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

そして、昼時になり。

食堂で元気そうな喧騒が響く中、蒼青龍夜は独りで静かにノートにペンで何かを書き続けていた。

 

 

他の女子達の好奇の視線を向けられることを理解し、龍夜は誰にも気付かれないようにひっそりと隅へと移動していた。無論、誰も気付いていないので騒ぎにすらならない。

 

 

 

「………なぁ、ちょっといいか?」

 

「……………ん」

 

 

そう思っていたが、どうやら気付かれていたらしい。

声をかけてきたのはやはり一夏であった。食事を乗せたトレーを持ちながら、彼は聞いてきた。

 

 

「ここの席、座ってもいいか?」

 

「………少なくとも、誰かが座る予定はないな」

 

「そっか、ありがとうな!」

 

 

無愛想な返しに対して、一夏は満面な笑みで返してきた。少し予想外だったのか、龍夜は困惑したような目で彼を見る。

 

 

ふと、視線を横に移動させると、一夏に付き添った少女の姿が見えた。全く知らない訳ではない、むしろ記憶に新しいまである。一度はクラスでの自己紹介の際、そして少し前の休み時間の時。

 

 

 

「………篠ノ之か、また行動を共にしてるとはな」

 

「あぁ、幼馴染なんだ」

 

(幼馴染────そういう事か)

 

 

彼女が一夏を連れ出したのも、子供の頃からの久しぶりの再会であったからだろう。そんな風に心から友と呼べる存在がいるのは、多少羨ましいとは思う。

 

 

 

だが、望むかと言えば迷わず否定する。そんなものは何度も求めてきた。心から理解し合え、互いに笑い合えるような相手を。

 

 

 

────結局、そんな都合の良いものなんてなかった。そう想い知らされたからこそ、自分から諦めたのだ。

 

 

一夏の隣に座った少女、篠ノ之箒は少しだけ目元を険しくする。だが、その変化を幼馴染に悟られぬように気を張りながら、口を開く。

 

 

「すまない、箒と呼んで欲しい。篠ノ之と言われるのは、あまり好きではないんだ」

 

「あ、そうだ。俺も一夏って呼んでくれ」

 

 

「───そうか、ならそうさせて貰う」

 

 

視線を向けるだけで、龍夜は顔を向けることすらしない。意識はちゃんと一夏達を認識しているが、それでも彼等と仲良くすることを不要な行為と割り切っているのだろう。

 

 

そんな様子に箒は不満を隠そうとしない。彼の態度は褒められたものではない。人付き合いというものを優先しろ、という事ではないが、蒼青龍夜は他者との接触を何処か蔑ろにしているように思える。

 

 

それでも、一夏は思い悩みながら声をかける。

 

 

「あー………蒼青はなんて呼べば良いんだ?」

 

 

 

「好きに呼べ。どの呼び方でも異論はない」

 

 

淡々とした調子に、一夏と箒は互いを見合ってしまう。一夏としては同じ男子として仲良くしたかったが、ここまで淡白な反応をされると返しようもない。

 

 

対応に困り果てる二人であったが、ふと妙な声が耳元に入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

『────もう、そんな態度だと友達できないよ?ご主人様』

 

 

 

「…………ん?」

 

「え?」

 

 

それは、少女の声。龍夜を諭すような言葉に、一夏と箒は声の方に顔を向ける。

 

 

だが、声の主と思われる者は誰一人としていない。距離からして遠くはない、むしろ龍夜のすぐ隣から聞こえたような感じだった。にも関わらず、彼の周囲にはそれらしき声の主はいない。

 

 

困惑する二人を他所に、彼は机に置いたスマートフォンを指で叩く。小さな息を吐き、龍夜は言う。

 

 

 

「───余計なお世話だ。それと、勝手に出てくるなと言っただろ」

 

 

 

何度かの応答に、スマートフォンが明らかな変化を示した。画面から浮かび上がるホログラムの紋様。まるで花弁の舞のように吹き荒れる電子の風の中央から────妖精が、飛び出した。

 

 

 

『自分で考えて、自分で行動するように教えたのはご主人様でしょ?』

 

 

スマートフォンから浮かび、少し眉をしかめた龍夜の鼻を軽くつつく妖精の少女。無論、彼女の身体は電子で構成されたホログラムらしく、触れられる訳ではない。

 

 

「────え、え?…………ええっ!?」

 

「待て、待て!蒼青!一体どういう事なんだ!?その子は何なのだ!?説明をしてくれ!」

 

 

そんな状況に、訳が分からないと困惑するお二人。いや、観客は彼等だけではない。食事に集中していた他の生徒達も大声で騒いだせいもあり、龍夜と一夏達の出来事も認知していた。

 

自分に集まる興味と好奇心ばかりの視線、そして未だ目の前の現象に戸惑うしかない二人に、龍夜は騒動の原因と化した妖精の少女に声をかける。

 

 

 

「………ラミリア」

 

『なぁに?ご主人様』

 

「その呼び方は止めろ。あと、自己紹介くらい自分でしろ」

 

 

りょーかい、と少女はにこやかな笑顔で応える。そんな天真爛漫とも言える妖精の様子に、呆れる龍夜だが───一瞬だけ、見たこともない表情を浮かべる。

 

 

少女は彼の変化に気付いたのか、軽く手を振る。そして、

背を向け────今度は一夏達を見返す。

 

 

ふわり、と。

空中でその身を翻すように、背中に広がる紋様の羽を大きく広げる。ホログラムの鱗粉を周囲に散らしながら、妖精はピースと共に笑顔を、そして己の名を投げ掛けた。

 

 

 

 

『どうも皆さん!知ってる人はこんにちは!知らない人も初めまして!ご主人様が開発した超高性能自律学習人工知能!世界にたった一人しかいない電脳妖精(サイバーフェアリー)のラミリアちゃんです!よろしくね!』

 

 

 

 

「人工………知能!?」

 

「サイバー、フェアリー……?」

 

 

……半ば肩書きを誇張した妖精 ラミリアの自己紹介に、やはり二人や他の生徒達の困惑は消えることはない。だが、分かることだけはある。

 

 

()()()()()()()()()』と、彼女は言っていた。そして、彼女がそこまで慕う『ご主人様』が誰なのか、一々悩む必要はない。

 

 

「………ラミリアは俺が造った自己学習型のAIだ。ネットワークに自在に入り込み、情報や技術を吸収して成長する特徴があるんだが─────その結果、こんな風な性格になった」

 

 

電子妖精に説明を投げた筈なのに、自分に向けられる説明を求める視線に折れたのか龍夜がそう語り始める。

 

それらの説明以上の疑問を投げ掛けられ、それに対応していく。龍夜が様々な質問の雨から解放された時には、ラミリアは多くの女子生徒達と楽しそうに戯れていた。

 

 

そんな様子を止めるのは無粋と感じたのか、呆れ果てるように溜め息を吐き捨てる龍夜。

 

 

「…………ったく、時間が掛かる」

 

「…………なぁ、龍夜。聞いていいか?」

 

 

そんな彼に、一夏がそう言って声をかける。視線だけを向けてきた龍夜に、問い掛けた。

 

 

「どうして、そこまで強くなろうとしてるんだ?」

 

「───話す必要があるか?」

 

「知りたくなった、って理由じゃ駄目か?」

 

 

そんな一夏の言葉に、龍夜は静かな沈黙を貫いていた。しかし、それも少しの間。

 

 

 

 

「─────世界を変える、それが俺の強くなりたい理由だ」

 

 

ようやっと口を開いた龍夜の発言に、一夏は思わず息を飲み込む。突然規模の大きくなった理由だから、無理もないだろう。

 

 

それから龍夜は話を続ける。

 

 

「俺は産まれた頃から天才だった。常人とは欠け離れた才能を持つ俺は周囲から疎外され、俺もそれを受け入れた。天才とは、常に周りに疎外されるもの。真の天才は凡人如きに理解されないとな」

 

 

「………自分で言うのか」

 

「天才だからな。自覚はできてる」

 

 

少し前のような冷徹な態度から一転し、自信に満ちたような優等生に似た感じになった事に、不安しかない一夏。しかし同時に、先程までの仮面で覆い隠したような違和感は消え去り、ほんの少しだけ彼の人柄が分かるようであった。

 

 

「その俺からしても、今の世界の在り方は異質だった。ISを使える女性が偉い、そんな理由でIS適合者でない女性達すら好き勝手にする世の中。そのせいでどれだけの人が傷ついているのか、どれだけの人間がこの世界を呪ったのか。想像に容易かった」

 

「…………」

 

「俺もその在り方に大切なものを奪われた。だから俺はより良い方に世界を変える。天才とは、何か重要な使命を果たすべく産まれたものだと思う。なら俺が産まれた理由は、この世界を変えるというものなんだろう。この世界のふざけた社会性をぶち壊して、もっと素晴らしいものに変える。

 

 

 

 

少なくとも、それが両親に出来る最後の恩返しだ」

 

 

その発言を聞いてた一夏は思わず感心する一方で、ある疑問が思い浮かんだ。

 

 

「もしかして、龍夜は家族はいないのか?」

 

「…………両親は死んでる。姉と二人で過ごしていたが、今は病院から出れない状態だ。一番上の姉と義兄さんは行方不明だ、今も生きてると思いたいが────可能性は低いな」

 

「…………………悪い」

 

「気にするな。別に問題はない」

 

 

触れてはいけない事情だと悟り、申し訳無いと頭を下げる一夏。龍夜は本気で気にしてすらいないようであった。

 

 

それでも何処か思い詰めるような一夏に、龍夜はコホンと喉を鳴らした。

 

 

 

「─────織斑、いや一夏」

 

 

呼び方を改めた青年は、髪を軽くかきながら話し始めた。

 

 

「俺は仲良くなるということは分からない。俺は俺自身の目的を果たすつもりだが、俺も出来る限りは仲良くしていこうとは思う」

 

 

 

実際には、本気でそうは思っていない。

本心はただ一つ。己の果たすべき目的───強くなることを優先させるだけに過ぎない。なら、何故こんな事を言い出したのか。

 

 

 

「これからも…………よろしく、頼むぞ」

 

「……………おう、こっちこそよろしくな!」

 

 

 

─────期待してるぞ、一夏。俺の強さを高めるライバルとしてな

 

 

 

蒼青龍夜は心を開かない。

ただ己の果たすべき使命のために心を殺し、他者の心を利用しようと画策する。

 

 

 

全ては、世界を変える─────それと同じく叶えるべき、()()()()()()()のために。

 




キャラ設定


蒼青龍夜


自称天才。他者との関り合いを拒絶しており、進んで他人と仲良くなろうとしない。だが、現在は自分の力を高めるために他人と関係を保とうと画策している。

ある二つの目的を果たすためにIS学園や世界での最強を目指している。



ラミリア

蒼青龍夜が開発した自己学習型のAI。本来は通常の人工知能のようになる予定であったが、龍夜の予測を越えて感情を手に入れた。

今も龍夜のパートナーを自負しており、龍夜本人も家族のように心から受け入れている。



文章力がないと言われたら泣くしかないから許して(切実)


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第2話 エリートと決闘、ルームメイト

また時間が遅れた…………どんだけサボれば気が済むんだろうコイツ(自虐)


「──であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法で罰せられ──」

 

 

すらすらと、教科書を読んでいく山田先生。その様子は前見た時のような小動物を連想させる気弱さもおどおどした態度も見えない。

 

全員が何も言わず、黙々と先生の話を聞き、ノートに板書をしている。ただ一人─────授業の内容について行けず、周りをチラチラと見る織斑を除き。

 

教科書の一つを開き、ジッと睨んでいた一夏だが────静かに閉じた。そして、密かに頭を抱えそうな勢いだ。

 

 

 

一方で、

織斑一夏と同じく、男である蒼青龍夜はというと。

 

 

「───────」

 

 

他の女子達と同じく、黙々とノートにペンを走らせていた。しかし指の動きは他とは桁違いであり、彼女の話した内容と教科書の本文、そして端にまとめられた短い文も丁寧に書き分けていた。

 

 

それだけに過ぎず、山田先生の話が少しだけ落ち着き、生徒達に板書の時間を与えている間、

 

 

 

(───ISのエネルギーを頼ることない武装、ISのように粒子変換させることない装備。それが一応の目標か)

 

 

もう一つのノートを重ね、全く別のものを書きながら頭を悩ませていた。1ページに大きく書かれているのは小型の拳銃と思われる装備。しかし、実際彼が想定しているものとは欠け離れているらしく、様々な部品と構造が緻密に並べられていく。

 

 

 

「織斑くん、何かわからないところがありますか?」

 

 

だが、未だ内容が分からずにいた一夏に気付いたのか、山田先生がそう声を掛ける。

 

 

「わからないところがあったら訊いてくださいね。なにせ私は先生ですから」

 

 

えっへん、と自信あり気に胸を張る山田先生。その様子に龍夜の脳裏に多くの情報が過る。そんな大したことないというか、本人も特に気にしたことではないのだが…………流石に発言は止めておく。

 

 

なんせ教室の端には、静かにクラスを睥睨する関羽────どちらかと言うと、呂布がその場に君臨しているからだ。何故そんな事を考えたのかは、何処かの世界の電波を受け取ったとしか言いようがない。

 

 

その龍夜の考えを読み取ったのか、織斑千冬の視線が龍夜に定まる。咄嗟に思考を打ち切り、目の前の出来事に意識を向ける。

 

 

ふと、期待に満ちた顔で一夏が顔を上げる。

 

 

「───先生!」

 

「はい!織斑くん!」

 

 

 

 

「…………ほとんど全部わかりません」

 

 

自信満々の宣言に、山田先生が明らかに困り顔でひきつった。龍夜は正直納得はしていた。授業の内容にある程度追いつけないのは予想できたが、全部わからないのは意外過ぎた。

 

 

だが、疑問が浮かぶ。

全然分からない者の為に、参考書が出されていた筈であったが──────、

 

 

「…………織斑、入学前の参考書は読んだか?」

 

 

「古い電話帳と間違えて捨てました」

 

 

即答に応じるように、爆音が響く。

これには龍夜も呆れるしかない。道理で分からない訳だ。頭を抱える同級生から視線を反らし、溜め息を漏らすしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「………イテテ、やりすぎだろ。千冬姉」

 

「あれに関しては自業自得だと思うがな」

 

 

休み時間。

再発行された参考書を手にしながら、頭を擦る一夏。そんな彼の愚痴に龍夜は呆れながら言う。一夏も素直にそう思ってるのか、「仰る通りです……」と返していた。

 

 

「なぁ、龍夜。頼みたい事があるけど、良いか?」

 

「…………わからない点を、教えて欲しいのか」

 

 

意図を見抜いた龍夜がそう聞く。僅かに驚いた一夏だが、すぐさま頭を下げる。

 

 

「迷惑かもしれないけど………お前にしか頼めないんだ!」

 

「あぁ、迷惑だな。俺にはやることがある」

 

「っ、そうだよな………ごめん」

 

 

あっさりと言い切る龍夜に、一夏は申し訳なさそうに引き下がる。落ち込んだ様子で悪かったと離れようとする一夏に、

 

 

 

「───ただ、このノートは今日は使わないな」

 

 

スッと、二冊のノートを彼の前に差し出した。呆然とするしかない一夏へ、龍夜は話を続ける。

 

 

「青いノートは板書、先生の話や教科書の内容、黒板の内容を全部書いたやつだ。そしてこの白いノートが俺が重要な部分や分かりにくいところをまとめたものだ。参考書を見ながらなら、ある程度は分かるだろ」

 

 

そう言いながら、短く『丸書き用』『まとめ用』と書いた付箋をノートに張り付け、一夏に手渡しながら説明をする。目をぱちぱちさせながら、顔を見返す彼の前で、龍夜は言い切る。

 

 

 

「もし今日だけで覚えきれないなら、職員にコピー機を貸して貰え。コピーしたのはお前のだから、ずっと使えるだろうしな」

 

「ッ!────ありがとな!龍夜!それじゃあ行ってくる!」

 

 

二冊のノートを受け取った一夏は満面の笑顔を浮かべ、深く頭を下げると教室から飛び出していく。駆け出していく一夏の姿を見つめることなく、頬杖を書いてスマホを起動させる。

 

 

 

「…………ふん」

 

 

退屈そうに鼻を鳴らし、龍夜は意識を外からスマホへと戻した。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「ちょっとよろしくて?」

 

 

スマホを弄りながら休み時間を終えようと思っていた時、突然声を掛けられた。

 

 

凛とした少女の声に、龍夜は手を止めて相手に視線を向ける。鮮やかな金髪に、綺麗に透き通ったブルーの瞳。どちらかと言うと、貴族のような風格も感じられる。

 

 

────いや、貴族なのは間違いないな、と思いながら、龍夜は少女を見返す。冷たさを宿した瞳を向けたまま、龍夜は問うた。

 

 

 

「何の用だ?イギリス代表候補生、セシリア・オルコット」

 

 

「あら、わたくしの事をご存知ですのね。もう一人の男の方はわたくしの事を知りもしませんでしたが…………態度はなっていませんが、まぁいいでしょう」

 

 

代表候補生。

国家代表IS操縦者、その候補生として選び抜かれた者達。彼女達にとってそれは国を背負う事であり、謂わば将来を期待されたエリートという事でもある。

 

 

………少女にとって、それは何よりの誇りなのだろう。それ自体意味がないものと切って捨てるつもりはないが、此方としても言いたいことがある。

 

 

 

「それで?代表候補生様が自習もせずに一体何の用だ?」

 

 

「聞きたいことが、ありますの」

 

 

此方を見下ろしながら、セシリアは怪訝そうに聞いてきた。

 

 

 

「───貴方が入学試験で教官に倒しただけではなく、首席であるというのは本当なのですか?」

 

 

 

「あぁ、その話か」

 

 

否定するもない、事実だ。

そうでも言うように、龍夜はあっさりと頷く。本当にそうなのかと疑惑を向けていた少女の顔が驚きに変わる。そんな様子をどうでも良さそうに、龍夜は語り出す。

 

 

 

「最初は慣れなかったが、パターンを把握して倒した。軽く手加減されていたのは、やはりまだ未熟という訳だろう。だが、お陰でやり方はある程度掴めた」

 

 

それだけ言い終えると、唖然とした様子で聞いていたセシリアに目線を向ける。当然とでもいうように言葉を紡ぐ。

 

 

「もしかして、自分がトップになれなくて悔しかったのか。残念だがこれも結果だ、大人しく諦めろ」

 

「っ!悔しい!?わたしが!?笑わせないでくれます!?いくら入試での順位が上と言っても、実力が上と決まった訳ではありませんの!」

 

「ま、それはそうだ。………だが、今更言ったところで意味すら無いと思うがな」

 

 

それ以上何か言わんとしたセシリアだったが、次の時間を示すチャイムが鳴り響いた。言い淀んでいたセシリアは何も言わず、席へと戻っていく。

 

 

 

その後ろ姿を見て、溜め息と共に吐き捨てる。

 

 

 

「…………面倒だな」

 

 

 

それは、限り無く現在の心境を示した言葉であった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

その次の授業は、山田先生ではなく、千冬が教卓に立っていた。学んでおいて損はないのか、山田先生までもがノートを開こうとしている。

 

 

だが、実際にその内容の授業が始まることはなかった。その前に、思い出したように千冬が言う。

 

 

「………よし、再来週に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めようと思う」

 

 

 

「代表者……?ってことは、クラス長か?」

 

(…………クラス、長?)

 

 

半ば納得しようとしている一夏に対し、龍夜はその単語の意味を図りかねているのか顔をしかめている。実のところ、彼は個人的な事情により小学校と中学校をほとんど通っていない。一時期は通っていたが、あまりクラスとは馴染まず、前よりも他者との関係を強く拒絶していたからこそ、あまり学校生活には慣れてはいない。

 

 

千冬の話を聞くに、代表者はクラスのリーダーのようなもので、定期的な生徒会による会議や委員会へ出席し、前の話にあったクラス対抗戦ではクラスの標準的な実力を図る意味合いを持っているらしい。

 

 

聞き終えた龍夜は露骨に嫌そうな顔をするしかなかった。要するに仕事が多い役割なのだろう。出来ない訳ではないが、代表者になった時の時間の浪費が考えるだけでも歯がゆい。

 

 

 

すると、一人の女子が手を伸ばして声に出す。

 

 

「はいっ!織斑君を推薦します!」

 

「私もそれがいいと思います!」

 

 

複数人の推薦を聞き、千冬は黒板に一夏の名前を書き込んでいく。唖然としている一夏に、龍夜はこれは好機と確信した。

 

 

スッと手を挙げ、千冬から許可を得ると、席から立ち上がり、一夏の肩に手を添える。

 

 

 

そして、自分に出来る綺麗かつ爽やかな笑顔を浮かべながら、

 

 

「────良かったな、一夏。明るいお前に相応しい役割じゃないか。俺も心からお前にやって欲しいと思う。ということで織斑一夏に推薦します」

 

「いや、イヤイヤイヤイヤイヤっ!?」

 

 

明らかな棒読みと、適当な作り笑いに一夏は慌てて我を取り戻す。目の前の冷徹かつ容赦のないクラスメイトから、教卓に君臨する自らの姉に抗議の眼差しを向けようとする。

 

 

しかし、千冬は既に言わんとする事を理解してるのか、

 

 

「自薦他薦は問わない。だが、拒否権などない。選ばれた以上は覚悟してそれを受け入れろ」

 

 

バッサリと言い放たれ、反論できない一夏。そんな彼に龍夜は相変わらず不器用な笑みと共に親指を立てている。

 

 

一夏は本能的に悟った。コイツ、本心で思ってない。明らかに面倒な事を擦り付けようとしている。

 

 

 

────ならば、此方も対抗する。

そう決意した瞬間、一夏の思考は凄まじいくらいに回転していた。あらゆる恋愛事情に鈍感とされ、箒と同じく幼馴染みであり長い付き合いの親友からも『普通に頭良い筈なのに、どうして色事になると馬鹿になるの?』と言われる程ではある伝説の朴念仁、織斑一夏その人。

 

 

 

しかし、親友から言われる通り、彼は色事以外なら頭は良い方だ。単に顔や性格でモテるだけではなく、スペックもある方だ。そんな一夏の取った手段というのは───────

 

 

 

 

「なら!俺は龍夜を推薦しますっ!」

 

 

「─────!?」

 

 

バッ!と挙げられた手と共に放れた言葉に、元の席に戻ろうとしていた龍夜は息が詰まる。ぶっちゃけると、そこまで深刻ではないが、一夏の思わぬ反撃が衝撃となって叩き込まれた。

 

 

「そうだよね!織斑君と同じく!私も龍夜君に推薦したいです!」

 

「なら!私も!私も!」

 

 

ほら来たことか。

このまま勢いで一夏に任せようとしたが、一夏の推薦により気付いたクラスメイト達が次々と挙手していく。

 

 

拒否しようとするが、千冬からは『拒否権はない』と言われていたことを思い出す。

 

席に戻ろうとした足を止め、一夏の肩を両手で掴む。そして、隠れるようにしながらひそひそと話し始める。

 

 

 

(………おい、俺を巻き込むな一夏。犠牲になるなら一人で犠牲になれ)

 

(そう言うなよ!前に仲良くするって言ったよな!なら一緒に混ざってくれよ!それに、龍夜も天才だから代表者もいけるだろ!?)

 

 

「─────チッ!」

 

「……え?待って?舌打ちした?舌打ちしたよな?そんな露骨にする?普通?」

 

 

面倒事に巻き込んでくれた同級生へ躊躇無く舌打ちを吐き捨てる。された本人は冷や汗をかきながら問いかけてくるが、龍夜は真顔に徹していた。

 

 

尚、本人が最初に切り捨てたようなものなのだから犠牲にされるのは仕方ないのだろう。だが、龍夜からすれば巻き込まないで欲しいというのは本音でもある。

 

 

 

 

「待ってください!納得がいきませんわ!」

 

 

 

「そのような選出は認められません!大体、男がクラス代表なんていい恥さらしですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を1年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

「───」

 

 

 

セシリアは気付かない。近くにいた一夏だけが、気付いていた。龍夜はセシリアに対し、半ば見下すような───いや、憐憫の目を向けていたのだ。

 

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります! わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来たのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」

 

 

「………実力、か。なるほど、それも一理ある。ならば、代表者に相応しいのは入試首席である蒼青という事になるだろう、オルコット」

 

「っ!だ、大体!文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとって耐え難い苦痛で─────」

 

 

 

 

 

「……………はぁ」

 

 

心底、鬱陶しいと言う溜め息がクラスに浸透していく。セシリアも捲し立てるのを止め、思わず振り替える。

 

 

 

溜め息の主は、龍夜。

本格的に面倒そうな様子を押し殺し、自らの髪をかき分ける。しかし、瞳には挑戦的な意思が存在していた。セシリアの言い分に頭が来ていたのか、不機嫌そうな一夏を制止ながら、彼は言う。

 

 

 

「無意味、時間の無駄だな。このままだと話し合っても決着はつかない。そうだろう?セシリア・オルコット。…………ならば決める方法は一つだ」

 

 

静かに、かつ確固として。

自分に突きつけられた指先と、その言葉の意味を汲み取るセシリア。

 

 

「────決闘、ということですわね?」

 

「流石エリート。話が早くて助かる…………お前も、それで良いだろ?」

 

「あぁ、四の五の言うよりはわかりやすい」

 

 

応じるつもりのある一夏に頷いた龍夜は、静観していた千冬に目線を移す。決まったか、ほくそ笑む彼女が口を開く。

 

 

 

「ISの勝負で決めるか、面白い。織斑と蒼青、オルコットの三人夜代表決定戦を行うとしよう。アリーナの使用申請は私が出しておいてやる。日時は一週間後の月曜。放課後の第三アリーナだ。三人はそれぞれ用意をしておくように」

 

 

他の生徒達も異論はないらしい。

千冬もこの方針で進めると決めたらしく、山田先生も慌てながらもノートにメモを行う。

 

 

そんな最中、セシリアが自信に満ちたように龍夜と一夏に声をかける。

 

 

「それでは、お二人はハンデはどのようにしますの?」

 

「ハンデ?」

 

「当然でしょう?仮にも私は代表候補生、実力も経験も私の方が上ですから…………少しくらいの慈悲は差し上げますよ?」

 

 

それを聞いた龍夜はハンッ、と鼻で笑う。

 

 

「ハンデ?不要だ」

 

「…………何ですって?」

 

「俺は強くなる為にここに来た。全力のお前を倒せないで、強くなれる訳がない。

 

 

 

ま、ハンデしたいなら勝手にしてくれも良い。俺に負けた時の言い訳にも出来るだろ?」

 

 

明らかに、これは挑発だ。

龍夜はわざとセシリアを煽っている。彼女の全力をさらけ出そうと、彼女に馬鹿にするような事を言い放つ。

 

 

言葉通り、本気のセシリア・オルコットを打ち倒すために。

 

 

 

「私を、馬鹿にしていますの……っ!?」

 

「好きにとればいい。一々話すのも時間の無駄だ。俺がどう言おうと、お前からすれば変わらない」

 

「ッ!!良いでしょう!その代わり!わたくしが貴方を叩き潰して、奴隷にして差し上げますわ!!」

 

「────結構、そちらこそ。俺を失望させるなよ?」

 

 

余裕の態度の龍夜に、セシリアは敵愾心剥き出しに睨み付ける。

 

 

だが、あ、とセシリアの表情が変化する。

何かに気付いたらしく、徐々に顔が青ざめていく。怪訝そうな龍夜だったが、真後ろに立つ気配にようやく気付いた。

 

 

 

…………あ、と小さな声が漏れる。全身から冷や汗が吹き出るが、もう遅い。

 

 

 

 

 

 

「────さっさと席に戻れ、馬鹿者」

 

 

 

盛大な爆音が、廊下にまで響いた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

本日の授業は全て終了して、放課後となってから。

校舎から離れた場所にある学生寮、その廊下を龍夜は歩いていた。その手で、部屋の番号を示したホルダーの付いた鍵を弄りながら。

 

 

 

龍夜は少し前、この鍵を渡された時の話を思い出す。厳密には、織斑千冬と山田先生からの話を。

 

 

 

曰く、龍夜と一夏の部屋は別々。つまりルームパートナーは女子という事になる。もう何ヵ月かで個室になるらしいが、それまでは女子と生活する事になる。

 

 

それに関しては一夏は当然だが、龍夜も驚きを隠せなかった。同年代とはいえ、女子と生活するのは流石に不味いのではないか。いやそもそも、男子二人にすることも出来たのではないかと。

 

 

龍夜の疑問に、千冬は平然と答えた。

理由としては一夏がIS学園に入学する手筈が出来た後から、龍夜が適合者として見つかったこともあり、手続きの書類などが白紙に戻されたらしい。なので、結局このような形になったとか。

 

 

もう一つ理由があるしく、学園の理事長が許可を出したらしい。

 

 

『────まぁ、良いんじゃないかな?話に聞くと、織部君の方は幼馴染みと同じ部屋だから問題ないだろうし、蒼青君も女子に手を出すような性格ではないようだ。今更変えて手違いがあっても困る。彼等には少し、我慢して貰おうじゃないか』

 

 

────とのこと。

正直、アッサリ過ぎると二人して思ったが、お偉いさんが決めたのなら否定する理由も、必死に拒絶する程の価値もない問題だ。ここは素直に受け入れるべきだと、腹を括った。

 

 

 

因みに、というかやはり、一夏のルームメイトは幼馴染みの篠ノ之箒であった。彼は気付いていなかったらしく、何ら気にした様子もなく自分の部屋へと入っていった。

 

 

 

その後、怒声と共に一夏が慌てて部屋から飛び出してきた。安堵する彼のすぐ近くのドアから木刀が突き出したのを見て、何が起こったのかを全て察した。

 

 

そして、無視することにした。

あの容赦のない攻撃で幼馴染みの箒だと言うのはわかる。どうせシャワーを浴びたばかりの彼女と対面してしまったのだろう。一夏がそういう色事に関して運のないタイプなのだな、と心の中でメモをして────扉の前で幼馴染みを説得するクラスメイトを尻目に、自分の部屋を探していく。

 

 

 

少し先を歩いて、ようやく目的の部屋に辿り着いた。部屋の番号も間違えてはない。鍵を掴み直し、部屋の中へと入る。

 

 

扉の鍵を閉め直し、玄関で龍夜は声をあげた。

 

 

 

「─────誰かいるか?いるなら返事はしてくれ」

 

 

流石に一夏の二の舞にはなりたくない。すぐに部屋の奥へと入らず、様子を伺うように誰かいるかを確かめる。反応はすぐには返ってこなかった。しかし、少し経ってから反応はあった。

 

 

 

「…………うん」

 

という小さな声。そして部屋の方から此方を確かめるように、覗き込む少女の姿があった。

 

 

青よりも水色の髪に眼鏡をかけた、内気に見える少女だ。オドオドとしたように、玄関に立ち尽くす龍夜に視線を向けている。

 

 

失礼、と荷物を片手に部屋へと入る。やはり男だからか、初対面の相手だからか警戒しているのか、少し距離を取る様子の少女に龍夜は嘆息する。

 

 

 

 

そして、髪をかきながら、自分の名を告げた。

 

 

「────蒼青龍夜だ、よろしく」

 

「………」

 

 

少女の反応は薄い。無いよりはマシかもしれないが。だが、無視するつもりはないらしく、ボソリと呟いた。

 

 

 

「…………更識(さらしき)(かんざし)

 

「そうか、よろしく頼む。更識」

 

 

それだけ言うと彼女は無言で頷き、背を向ける。共同で扱うであろうパソコンのキーボードを叩き始めるその後ろ姿には、龍夜に対する興味は何一つ感じられない。

 

 

 

 

(まぁ、馴れ合う義理もないしな)

 

 

自分にとっても都合はいいと思い、荷物をベッドの近くに置く龍夜。ベットに向かって自分の身を投げ、スマホを弄り出す。

 

 

スマホの中で退屈そうにしていたラミリアの話をイヤホンで聞きながら、静かに眠りに就く。

 

 

波乱に満ちた学園の初日は、こうして幕を下ろした。




無駄や無意味なことを嫌う龍夜がわざわざセシリアを挑発したのは、本編でも言った通り、決闘をさせる為です。最初は面倒だと思っていましたが、わずか数秒でセシリアと戦う方が強さに近付くと考えてのことです。


次回はどんな話にするかはまだ未定です。それでは!



龍夜の専用機もそろそろ出すべきかね…………


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第3話 専用機

GW中、ほぼ全部バイトで疲れた…………


「………あー、そう言えば今は朝食の時間か」

 

 

眠そうに髪を掻き食堂の前を通った龍夜は、目の前の食堂に殺到する人混みにそんな感想を抱いた。

 

 

朝八時、一年生寮の食堂。やはり朝の食事は必要と思う者が多いのだろう。眠そうな者も、ちゃんと列に並んで食事を取ろうとしている。基本的に自由な昼食とは違い、朝食の時の食堂は決められた時間でしか解放されないのだから、当然ではあるだろう。

 

 

────時間が掛かるな、そう判断した龍夜は食堂に背を向ける。自習や学習に専念するために、教室に一足先に行こうとしたその時。

 

 

 

「あー、りゅーやんだ~」

 

「?」

 

 

おっとりとした声で、誰かを呼ぶ声が聞こえる。それも真後ろから。自分に向けられたものではない、と思いたいが、少し気掛かりになる点がある。振り返った先には、複数人の女子が入り口の前にいた。

 

 

彼女達はこの場から立ち去ろうとした龍夜を、食堂に入ろうと考えていると思ったのか。彼女達は此方の反応を伺うように待ち構えていた。

 

 

その内の一人が、臆することなく龍夜に近付いて制服の裾を引っ張っている。

 

 

 

「ねー、ねー、ねー、りゅーやんもご飯に来たのー?」

 

「…………りゅーやん、とは一体………いや、俺のことか」

 

 

吐き出そうとした疑問を、瞬時に飲み込む。明らかに自分の愛称で間違いないだろう。そんな風に呼ばれるのは慣れないが、少女の方は気にした素振りはない。

 

 

ふと、おっとりとした少女と一緒であった他の少女達も龍夜に声をかけてくる。

 

 

「りゅ、龍夜、おはよう!」

 

「今から私達も朝食を取るつもりだけど……一緒にどう?」

 

「………いや、偶々通っただけだ。食事の必要はない」

 

「?でもぉー、それだとお腹空いちゃうよ~?」

 

「─────これで充分だ、食事は時間を多く浪費するからな」

 

 

やんわりと断ると、相変わらず距離感の近い少女が首を傾げる。怪訝そうな彼女達の前で、龍夜は自信満々の表情と共にポケットからある物を取り出した。

 

 

 

 

────カロリーメイト、とアルファベットで記された小さな箱を。

 

 

「─────え?」

 

 

硬直する空気。途絶える呼吸。

明らかに制止した世界の中で、たった一人の男だけが何も分からずにいる。

 

 

そこで、更に空気を変化させるような爆弾を落とした。

 

 

 

 

 

「安心しろ。別に全部食べるつもりはない。一、二本で終わりにするつもりだ。夕食の分にも残しておきたいしな」

 

 

尚、言った本人は異変に気付かない。三人の少女達は互いの顔を見合い、無言で頷く。一人の少女が口を開いた時には、既に動き出していた。

 

 

 

「…………本音ちゃん、丹理ちゃん」

 

 

 

「あいよー」

 

「任せといて」

 

 

ガシリ、と。

少女達の両腕が、龍夜の腕を押さえ込む。は?と疑問の声をあげるよりも先に、少女達はそのまま食堂へと進んでいく。拘束した龍夜を引き連れるように。

 

 

「………いや、待て。何で腕を掴む……止めろ、待て。連れてくな─────分かった、分かった!自分で歩くから!」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「────それで無理矢理、朝食を取るように言われたんだ。俺はカロリーメイトで事足りるって言うのに」

 

 

「…………いやー」

 

 

テーブルに座らされ、目の前の多く盛られた食事を前に、手を付けることなく目の前で座る一夏達に愚痴を盛らす。が、二人は龍夜の意見に納得する様子は見せず、むしろ呆れているようであった。

 

 

 

意を決したのか(少なくとも龍夜にはそう見えた)一夏が龍夜に聞いてくる。

 

 

「なぁ、龍夜。昨日の時点で気になってたから、改めて聞くんだけど………」

 

「何だ?」

 

「お前って、食事が嫌いなのか?」

 

 

昨日の昼食の際にも、龍夜は一切食事を取ることなく自習に明け暮れていた。その様子を一夏は既に食事を終えた後かと思っていてたが、彼と彼を連れてきたクラスメイト達の話により実際に違うことが判明した。

 

 

彼がそこまで料理を取らない理由が何なのか、一夏なりに考えてみた。彼のその疑問に、龍夜は首を横に振り否定する。

 

 

「いや、嫌いじゃない」

 

「?なら、何で…………」

 

「俺としても、食事は無駄が掛かると思ってな。時間や費用、食事を最低限のものにすれば俺の作業に費やす時間や経費も増えるから………そうしていただけだ」

 

「経費………?まさか、学園に入る前からもか?一体何時からちゃんとした食事を取っていないんだ?」

 

「三年前」

 

 

ついに目の前でドン引きし始めた。未だ何故なのか理解できていない龍夜は、二人の様子に眉をひそめるしか出来ない。

 

 

ふと、箒が気になったのか、疑問を投げ掛ける。

 

 

 

「じ、自分で料理は作らなかったのか……?」

 

「台所が爆発した時点で、料理を諦めたな」

 

「………えぇ………?」

 

 

特に気に掛けてないのか、あっさりと言い切る龍夜に箒はおろか一夏も目に見えて引く。三年前から食事を取ってないと聞き、料理が出来ないのはあらかた予想できていたが、それは規格外過ぎる。

 

 

正直、ある種の才能じゃないかと呟く一夏だが。それを聞いた龍夜はどこか自嘲するように漏らした。

 

 

 

「───天は二物を与えず。俺にあらゆる才能はあっても、料理を出来る才能だけはないという訳だ」

 

 

「いや、自慢できないだろ」

 

 

そんな風に口を滑らした一夏だが、そうかもな、と言う龍夜は差程気にしてないように見える。

 

 

「なぁ、龍夜。ご飯食べないでいいのか?」

 

「言われずとも、食べるつもりだ………あの子達に連れてこられた訳だしな」

 

 

最初のように抵抗していた素振りも見えず、龍夜は目の前の朝食に向き直る。メニューは和食セット。あの三人組の少女達が全員日本人だからか、一緒にして欲しいと言って強制的に決められたのだ。

 

因みに今現在の少女達はというと、列に並んで待っている。先に龍夜を行かせたのは早くご飯を食べて欲しいという考えらしい。あと、自分達の分の席を取って欲しいとのこと。

 

 

箸を手に取る龍夜だが、全体的に震えている。三年も滅多な料理を取っていないからか、米をつまみ上げる手が小鹿のように揺れている。

 

 

パクリ、と一気に箸でつまんだ米を口の中に飲み込む。少し咀嚼していた龍夜だが─────彼の目の色が変わる。

 

 

「───?────っ!」

 

 

最初は手を止めていた龍夜だが、すぐさま箸を動かし、白米を口に含んでいく。鮭の切り身を箸で切り分け、ご飯に乗せてかきこむ。ごくりと、喉を鳴らした龍夜が信じられないといった表情で、感想を口にする。

 

 

 

「…………美味しい」

 

「だろ?こんなに美味しいなんて国立って凄いよな」

 

「…………これが料理か、久しぶりの料理はこんなに美味しいものなのか?」

 

 

感動したと言わんばかりに朝食に食らいつく龍夜。その様子をどこか微笑ましいとでも言うように見る二人に、龍夜はすぐに気付いた。

 

 

コホン、と咳き込んで、彼は言う。

 

 

 

「───確かに、料理は美味しいな。だが、俺はまだ効率や合理的に考えている。普通に料理を食べるよりも、カロリーメイトやインスタントの方が手軽で楽だ」

 

「………」

 

「…………」

 

「…………だが、合理的に考えて、料理の方がメンタルの安定や栄養の補充に相応しい。時間は有限で無駄にしたくはないが、他の皆と同じ時間で強くなるのも悪くはない。健全な肉体を鍛えるためにも、これからは料理を取っていくことにしよう」

 

 

いつも通りの、余裕な態度。

しかしそれとは裏腹に、彼の発言はまるで自分自身に言い聞かせるようなものだ。その理由とでも言えるように、龍夜はすぐさま味噌汁をゆっくりと飲み干していく。

 

 

そんな龍夜の様子に、クスリと笑う一夏。そんな時、ふと箒が思い出したかのように一夏に声をかける。

 

 

「む、そうだ。一夏」

 

「何だ?」

 

「暁は、元気にしていたか?」

 

「あぁ、あいつなら普通に元気にしてたぞ。久しぶりに箒に会いたいなぁ、って前にも言ってたな」

 

「………そ、そうか」

 

 

 

「………暁?」

 

 

知らない名前が出てきたことに、味噌汁を飲み終えた龍夜は疑問を示す。ただ聞いただけならそこまで興味はなかっただろう。だが、織斑一夏と篠ノ之箒という身内が有名人な二人な気に掛ける相手だ。

 

 

興味がない、というよりも。むしろ気になってくる。

 

 

 

「海里暁、私達の幼馴染みだ。一夏と私、そして暁とは子供の頃から仲が良くてな」

 

「箒が引っ越した後も、中学校でもずっと一緒だったんだ。一緒の高校受けるって約束してたけど、守れなかったなぁ」

 

 

どこか感傷的な様子で語る箒と、後悔しているのか深い息を漏らす一夏。しかし龍夜は二人の話を黙って聞いていたが、すぐにある単語に気付く。そして、平然としていた態度から一転、驚いたように聞き返す。

 

 

「…………海里、まさかあの『海里』か?」

 

「知ってるのか?暁のことを」

 

「暁と言う親友は知らないが、父親は知っている。海里浩介、十年前、ISの有用性を評価した功績者の一人。第三次世界大戦の後に、篠ノ之博士を全面的に支援した数少ない人物だ。…………その後、原因不明の事故で死亡しているが」

 

 

昔、ネットで知った有権者の一人であると語る龍夜。口にしている間に、一夏と箒、そして暁なる幼馴染みの共通点が判明する。全員、有名な人物が身内にいるのだ。

 

 

これは面白いな、と感心する龍夜。しかし話を戻して、内容を振り返ると、一夏と暁はずっと同じ学校だったらしい。そこでようやく、ある事実を理解する。

 

 

 

「一夏の幼馴染み、ずっと同じ学校か…………苦労してただろうな」

 

「…………確かに、それはそうだろう」

 

「?」

 

 

大方、お得意の朴念仁で多くの女子を勘違いさせてきた一夏と過ごしてきたのだ、中々に波乱に満ちた青春を過ごしたんだな、と龍夜は思い浮かべ、一夏の朴念仁さを理解している箒は、暁という人物に同情するしかない。

 

 

友人を困らせた遠因であろう一夏はどういう意味か分からないのか首を傾げるしかない。

 

 

 

その後、食事を持ってきた少女達の世間話を聞いていたが、それから少し経ってから織斑千冬──もとい魔王が厳しい叱咤を飛ばしてきた。

 

 

彼女の声が食堂に響き渡り、全員が慌てて朝食を取り始める。相変わらず恐ろしい、と呟きそうになった龍夜は肩を震わせるとすぐさま食事をかきこんだ。

 

 

 

────立ち去ろうとしていた歩みを止め、此方を静かに睨み付ける教師の姿を視界に捉えたからであった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

そして一時間目、二時間目の授業が終わり。休み時間の間、次の授業の用意をしている龍夜であったが、教室に入ってきた織斑千冬が龍夜の居る方に眼を向け、

 

 

 

「蒼青、次の授業は無しでいい。着いてこい」

 

 

その言葉を聞き、龍夜は狼狽えることもなくすぐさま準備を始めた。むしろ驚きを示していたのは周囲のクラスメイトの方であった。

 

 

「用件は…………なんですか」

 

「移動の際に話す。何分、此方も急な事だからな」

 

「何か用意するものは、ありますか?」

 

「いや、不要だ。お前だけでいい」

 

 

了解、しました。と慣れない敬語を使いながら、教室から出ていく千冬の後を追いかける龍夜。それからすぐに、教室が喧騒に包まれる。

 

 

少しだけ不安そうに様子を伺う龍夜に、千冬は放っておけと先を歩いていく。後ろを着いている中、最初は他のクラスが興味の眼差しを向けてきていたが、チャイムが鳴ってから少し経ち、教室から離れてきたことで、自分達への視線は完全に消えた。

 

 

頃合いを見計らったと言うべきか。千冬は歩きながら、唐突に先程の疑問に答える。

 

 

 

「お前の専用機が届いた」

 

「………なるほど」

 

 

疑問も、困惑も示すことなく、ただ納得した。授業を優先させる程のものかと思っていたが、千冬曰く専用のISの登録を優先させろ、と理事長からの御達しとの事だ。

 

 

しかし同時に、新たな疑問が生じる。

 

 

 

「それで、何処の会社、いや国が造ったんですか?一夏よりも先に出来上がるなんて、余程の大国だと思うんですが────」

 

「造ったのは、篠ノ之束本人だ」

 

「……………は?」

 

 

今度こそ、龍夜は信じられない事を聞いた。専用機は本来、国家や企業が開発し、限られた代表候補生に与えるものである。

 

 

例外として、ただ一人、篠ノ之束だけがISを造れる。どんな事情も国政も気にすることなく、己の気の向くままに生きる天災と呼ばれる彼女だからこそ。彼女が造ったのならば、ここまで早いのは納得できる。

 

 

 

だが、有り得ない点がある。篠ノ之束が自分専用のISをわざわざ造ったという事実。身内や親戚ならば分かる。だが、顔も知らない赤の他人の為にISを創造する理由は、どれだけ考えても納得できるものではない。

 

 

「────その篠ノ之束について、お前に聞きたいことがある」

 

 

歩みを止めた千冬が、エレベーターの前に立つ。同じく彼女の横でエレベーターを待つ龍夜。口にした言葉から、時間は少しあった。

 

 

しかし、続きが来るのはエレベーターが着くよりも早かった。

 

 

 

「お前は束と面識はあるか?」

 

 

 

 

 

 

「いえ、自分はないです」

 

 

断言だった。

何ら躊躇することも、思い悩むこともなく、蒼青龍夜はあっさりとその事実を言い切った。

 

 

ポーン、と機械音と共にエレベーターが辿り着いた。

さっさとエレベーターの中へと入る二人。扉が閉まった瞬間に、応答は繰り返される。

 

 

「………過去に接触していた可能性はないのか?」

 

「有り得ない、です。それほどの人物が俺に干渉してきたなら、絶対に忘れることも認識してないこともないです。何より、あの人は俺にとって憧れの人ですから」

 

「憧れだと?あいつが?」

 

「…………別に、大した理由じゃないですよ。天才として、あの人に思うところがあるだけです」

 

 

冷徹な顔に、全く別の感情が浮かんだ。その違和感を千冬が読み取った瞬間、彼はすぐさま自らの意識を他の話題へと切り替えた。

 

 

「────さっきから疑問なんですけど、専用機を取りに行くのに何故地下に降りる必要があるんですか?」

 

「機密の為だ。あいつが全力で完成させたISを空路や海路で届ければ、そのデータを傍受する者がいるかもしれん。その為に地下────いや、海中でお前の専用機を届けることにした」

 

「誰がそんな二度手間を?」

 

「この学園のトップ、理事長ただ一人だ」

 

 

その話に、ふとある事を思い出した。

 

 

 

IS学園理事長。

孤島に存在するIS学園のトップを勤める人物。その名前や容姿は普通に学生には把握することすら出来ない。そもそも、実在してるのかすら不明─────と、噂好きなクラスメイト達が話していた。

 

 

千冬の話からするに、理事長と面識があるのかもしれない。僅かな好奇心から、その理事長のことを少しでも聞こうとした龍夜だが、

 

 

 

 

「────お待ちください」

 

 

エレベーターから出た瞬間、目の前に六つの鉄塊だ。いや、それらは物体ですらなく、パワードスーツを纏った何者か達であった。

 

全身を黒一色の装甲に包んだ兵士達は両手にアサルトライフルと呼ぶには重すぎるような機関銃を軽々と持ち、何時でも戦えるような気構えが読み取れる。

 

 

突然、彼等のフェイスヘルメットの画面が緑色に点滅する。すると警戒と共に銃を下ろし、静かに道を開ける。

 

 

『織斑千冬様、蒼青龍夜様。此方の部屋になります』

 

「あぁ、助かる」

 

 

機械的な扉が無音と共に開き、ガラスに包まれた廊下が目の前に現れる。ツカツカと、進んでいく千冬に着いていく龍夜は真後ろの扉が閉まった瞬間に、疑問を口にした。

 

 

 

 

「…………今のは?」

 

「理事長の私兵だ。心配するな、味方には違いない」

 

 

海中の景色を映したガラスの通路を見渡し、龍夜は感嘆する。ここまでの技術やシステム、そして厳重な警備は並みのものではない。最高峰の防衛システムを誇るIS学園だからこそなのだろうが、それも理事長の手によるものか。

 

 

 

ふと、視線が真下に続く。

 

 

自分達が乗ってきたエレベーターが、更に真下に続いていた。海底深くまで存在しているエレベーターの奥には何があるのか、気になるが今はそんな暇はないらしい。

 

 

 

「着いたぞ」

 

 

厳重な扉が開き、千冬が部屋へと踏み入る。続いた龍夜の視界に写ったのは─────真っ白な光景であった。

 

 

 

部屋というにはあまりにも簡素すぎ、大した家具も備わっていない。あるのはただ一つ、部屋の中央に配置された四角形の台座だけだ。

 

 

そして、その台座の上に『目的のもの』と思われるものは存在していた。

 

 

 

一目見れば、それはアタッシュケースであった。

しかし素材や皮などではなく、不思議な物質で構成されているようであった。大きさはヴァイオリンのケースよりも少し大きく見える。

 

 

そのケースの上に、何か付箋が張り付いていた。剥がした龍夜は手に取って、確認をする。

 

 

 

 

───愛しのりゅーくんへ!

 

 

「………」

 

 

どう反応すべきか、悩んだ。

十秒の硬直の後に、その付箋をポケットの中へと押し込んでその内容を忘れることにする。

 

 

一応、憧れの人なのだが、そんな言葉を貰うとは想像することも出来なかった。調べた際には変人等と言われていたが、それもここまでだったのか?という疑問の一切を脳裏からかき消す。

 

 

ふと、ケースの中央に謎の部分が存在していることに気付く。真っ白な円状のパネルに、ゆっくりと手を添える。

 

 

【────承認】

 

 

機械的な音声と共に、ケースが目に見えて変化を始めた。まるで消滅するように粒子へと切り替わっていき────携帯端末という、全く別の物体へと変わっていた。

 

 

思わず、これには驚愕を隠せない龍夜。

今のはナノマシンによる物質変換であることは予想できるが、ここまでの場合は最新鋭と言っても過言ではない。流石は天災、これ程のアイテムもお手の物なのであろう。

 

 

 

そして、携帯端末から目を離した龍夜は─────もう一つ、異様なモノを眼にした。

 

 

 

その瞬間、あらゆる思考が消し飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────これは」

 

 

それは、歓喜か。或いは、驚嘆か。

 

 

いや、正確には疑問だったかもしれない。

 

 

答えの分からぬ感情が集まり、渦のように巻き荒れる。果たして自分が何を思い、何を感じたのか。決して本人にも理解できぬものであった。

 

 

 

台座に浮かぶ────一振の剣。

 

 

どんな種類の剣か、と言われるとファンタジー風なものとしか答えられない。日本古来から存在してきた刀や、西洋に伝え聞く長剣、ありとあらゆる歴史の剣と似ても似つかない。

 

 

剣、というそれは戦いに用いられるものではなく、本来であれば神聖な場所に飾る為の代物に思える。

 

 

全てが金属というより、銀そのもので作られたと錯覚させるもの。しかし単なる儀式剣などではないのは、内側に込められたエネルギーの鼓動から感じ取れる。

 

 

純銀の剣、その抦へと手を伸ばし───全ての指を折り曲げ、確かに掴む。

 

 

 

その瞬間、指先に稲妻が炸裂するような感覚が襲う。思考がそれを理解する前に、全身にエネルギーが流れ込み、意識内に直接的に凄まじい情報とデータの洪水が溢れてきた。

 

 

 

気負されることも、狼狽えることもしない。

瞬時に全てが、理解できた。それに応えるように、自分の握る銀剣に神々しい光が灯り、輝きを示した。

 

 

 

感動に包まれた心の熱は衰えない。高鳴る胸の鼓動を感じ取りながら、右手に握る銀剣を見下ろす。輝きを衰えさせないそれに視線を向け、噛み締めるように呟く。

 

 

 

「─────『白銀の聖剣』、『プラチナ・キャリバー』、それがお前の名か」

 

 

手の内にある銀の聖剣は、目に見えて反応を示した。剣に流れる光の軌跡が点滅を繰り返し、まるでその言葉に応じているようである。

 

 

 

「それがお前のISか、今までのISとは違うようだな」

 

「え、えぇ。確かにそう─────」

 

 

千冬の意見に応じようとした龍夜だったが、直後に思考が働き始める。

 

 

その通りだ。

 

これは普通のISと違う。そう感じ取ったのは、龍夜が一時期ISに執着していた時期があったからだ。かつて独自のISを造ろうとして─────結局家の事情で諦めたが────だからこそ、ISを調べ尽くした龍夜には分かる。

 

 

一つは待機状態。

ISは基本的に持ち歩きが出来るサイズのアイテム…………待機状態となる。龍夜が知る大半の一例はアクセサリー全般である。

 

 

なのにだ。

篠ノ之束が製作した龍夜のIS『プラチナ・キャリバー』は刀剣サイズの大きさだ。本来なら篠ノ之束も小型サイズまで変換できただろう。しなかったのか、或いは出来なかったのか。

 

 

何より、口には出来ない違和感。

普通に見ればISと思うであろうが、龍夜はどこか引っ掛かる点がある。それが何なのかまでは分からないが、確かに異様なところは存在しているのだ。

 

 

そして、脳裏に一つの答えが浮かび上がるが────瞬時に否定する。意味のない時間だ。これが何であれ、ISであるのは確かだろう。

 

 

ならば、それでいい。

 

 

「───そう、ですね。俺としても気になるところはありますが、差程気にすることではないと思います」

 

「そうか、ならいい」

 

 

すぐさま自分の考えを誤魔化し、話を戻す。大して気にした素振りはない千冬はそう言うと、専用機について話を少しした後に、教室に戻るぞと言い部屋から出ていこうとする。

 

 

 

それを、龍夜は引き留めた。

 

 

「織斑先生、個人的な話をさせてください」

 

「………ほう?」

 

 

歩みを止め、振り返った千冬は量腕を組んで壁に背中を預ける。龍夜が切り出したその話を聞こうとしている様子であった。

 

 

なら、と遠慮なく話を切り出す。

 

 

「俺の目標、それは最強を目指すことです」

 

「ふむ、そうだな。私もそう聞いていた」

 

「ですが、それは学生の中でという意味ではない。それは分かりますよね?『第三次世界大戦の英雄』、『ブリュンヒルデ』である織斑千冬先生」

 

 

ニヤリ、と笑う龍夜。

それは本心から出たものではない。あくまでも本人の意思で引き出した笑み。

 

 

挑戦的な態度を隠すことなく、龍夜は宣言する。

 

 

 

「俺は貴方を、最強を越える。最強を超越したIS操縦者になる。それこそが、俺の目標です」

 

 

 

 

 

 

「────生徒にそんな啖呵を吐かれるとはな」

 

 

そう言う千冬の顔には、笑みが刻まれていた。

それは純粋な戦士として喜びを隠せない様子であった。彼女としても、興味が消えないのだろう。自分に憧れ、自分に近づきたいという者達が多かった。

 

 

だが、目の前の青年は違う。

羨望の眼差しを向けられてきた織斑千冬に対し、越えるべき目標として見定め、現時点で自分を越えると宣告までしてくる。

 

 

「ならば、越えてみせろ。だが、最強というのも簡単ではないぞ?」

 

「言われずとも、そのつもり─────です」

 

 

咄嗟に本調子で断言しようとして、慌てて敬語で言い直す。何時ものように指導(物理)されていた事が肉体に染みついていたのが幸いであった。

 

 

まぁ、何時ものように出席簿など持ってないから問題ないかとも思ったが、チョップが振り下ろされる可能性が浮かび、背筋が冷え込んでくる。

 

 

 

「蒼青龍夜」

 

 

携帯端末を起動させ、『キャリバー』をケースに包み込ませた龍夜は手に取った直後に、千冬に呼び止められた。

 

 

何ですか、と聞こうとするよりも前に言葉が飛んでくる。

 

 

 

「お前は何のために強くなるつもりだ?何のために、最強を目指す?」

 

「──────決まっています。この世界を変えるためです」

 

「それが『()()()()()』か?」

 

「………質問の意味を、図りかねます。どういう意味ですか」

 

「いや、答えないならいい。だが、『()()()()』で強さを求める限り、お前は決して私を越えられないぞ」

 

 

 

そう言う千冬に、龍夜は話しても無駄と判断したのか専用機の入ったケースを片手に部屋から出ていく。その歩みには、必死に押し殺したであろう苛立ちが滲んでいる。

 

 

 

その様子を見届けた千冬は、短く息を漏らす。

 

 

「────慣れないな、教師というのは」

 

 

自身が尊敬する唯一の『先生』を思い浮かべ、深く噛み締める。それからすぐに、思考を切り替えた千冬は平静を崩すことなく、部屋から立ち去った。




専用機の名前だけは出ましたが、詳細については次回か戦闘の際に明らかにします。


解説



海里暁

一夏と箒の幼馴染み。一夏とも仲が良く、一夏にとっても親友とも言える人物。後々に出演予定。



海里博士

暁の父にしてISを世間に推し進めた有名人。尚、暁は父の話をした事がない。



理事長

原作の学園長とは違う人。IS学園の実質的なトップ。正体は不明だが、学生と同じ年齢であることが噂されている。


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第4話 白銀鎧・蒼銀刃

戦闘回が、予想以上に筆が乗る(感嘆)


後、皆様。評価いただきまして誠にありがとうございます!


それから数日。

約束されていたクラス代表決定戦当日になり、第三アリーナに多くの生徒が観客として集まっていた。

 

 

そして、アリーナのピット内にて。

 

 

 

 

「─────正気か?お前ら」

 

 

目尻を揉んだ龍夜の疑問が空気に溶け込む。返答はこない、投げ掛けられた二人は沈黙を貫くしかなかった。その様子に龍夜は溜め息を吐き────、

 

 

 

 

「本当に、ISの事を訓練してないのか?」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

頭を抱える。

自分も訓練機に乗るクラスメイト達の、ある程度の動きについては独自に学習していた。一夏もそれをしていると思えば、彼はISについて全然教えて貰ってないらしい。

 

 

「これに関しては、一夏にも箒にも非があるな。一夏は自分で見学したりもするという点もあったし、箒も剣道の稽古に熱中し過ぎたな」

 

「………おっしゃる通りです」

 

「その通りだ………すまない」

 

 

まぁ、言わなかった自分にも非はあるか、と思う。結局のところ、一夏は実質的な実戦という事になる。だが、問題はもう一つだけ存在していた。

 

 

「…………あの、先生。まだ来ないんですか?」

 

「そ、それは………っ、あと少しで届くらしいんですけど…………」

 

 

困惑する山田先生に、龍夜は顔を露骨にしかめた。一夏の専用機はまだ届いてない。数日も前から届いていた龍夜の専用機とは違い、ここまで時間が掛かるとは思わなかった。

 

 

 

「失礼するぞ」

 

 

そんな事を思っている間に、ピットにやってきたのは織斑千冬であった。しかし、彼女一人ではないらしく、もう一人知らない女性が入ってきた。

 

 

黒髪ロングヘアーにスレンダーな体格をした女性。スーツを着込んだ彼女は千冬や真耶とは違う、独特な雰囲気を醸し出している。

 

 

呆然としている一夏を見た女性は、クスリと笑う。

 

 

「なるほど、織斑少年は私とは初対面だったね。私は霧山友華、一年二組の担任と一年の歴史を務める教師さ。よろしく頼むよ、織斑少年」

 

 

緊張しているであろう一夏に不適にほくそ笑む女性。ふと、沈黙していた筈の箒が鋭い目線を一夏に向けているのに気付いた。本人もそれ気付いたらしく、抗議の眼差しを向けるが、箒はふんと鼻を鳴らして無視をする。

 

 

それが面白いのか笑い出す女性教師、霧山はその二人に呆れたような視線を向けるもう一人の青年に声をかける。

 

 

 

「そして、蒼青少年。入試の(あの)時は見事だったね。我ながら、あそこまで負けるとは思わなかったよ」

 

「───冗談を。手加減していたクセに」

 

「それでもだよ。最初でISを扱いきれたヤツなんて数えられる程しかいないさ…………ねぇ?」

 

 

両手をヒラヒラを挙げる霧山は視線を別の方へと向けていく。千冬から、一夏へと。その僅かな視線に、含んだような意思を感じ取った龍夜。

 

 

しかし、疑問に思う前に、大きく咳き込んだ千冬が話を引き戻した。

 

 

 

「霧山、御託は良い。本題に入れ」

 

「はいはい─────織斑少年、君のISだが先程届いたよ」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「勿論。まぁ、すぐには使えないがね」

 

 

その言葉に首を傾げる一夏に、霧山先生は話を続ける。初期化(フォーマット)最適化処理(フィッティング)等、時間が掛かる作業がまだ残っている。順当に行けば最初に参加するのは一夏であったが、実戦でそれらを行うのは流石に酷だろうと考えた結果、結論は決められた。

 

 

「蒼青」

 

「はい、何か」

 

「お前とセシリアの対戦が最初になる。その戦いに勝った方が織斑の相手をする。それで構わないな?」

 

「問題ない。どうせ勝つのは俺だから………いえ、です」

 

 

何時もの調子で宣言しようとして、すぐに敬語で言い直す。まだまだ慣れさせるべきか、という様子の千冬に半ば戦慄を感じ取りながら龍夜は座っていた椅子から立ち上がる。

 

 

「試合は今からですか?」

 

「そうだな、これ以上待たせるのはオルコットにも生徒達にも悪いだろう」

 

「了解しました。今から出ます」

 

 

上着を脱ぎ、黒いISスーツを着込んだ龍夜はピット・ゲートへと歩いていく。そんな彼に、一夏はある疑問を口にした。

 

 

「?龍夜はISを纏わなくても良いのか?」

 

「必要ない。アリーナでも纏えるからな」

 

 

そう言い、片手に持つケースを軽々と見せる龍夜。ゲートの前に立ち、開くのを待ってある間。真後ろから声が聞こえた。

 

 

「龍夜!」

 

「何だ?」

 

「────頑張れよ!」

 

 

 

 

 

「言われずとも」

 

そう言い切ると共に、開いたゲートからアリーナへと降り立った。ほぼ同時に、姿を現した相手の姿を捉えながら。

 

 

◇◆◇

 

 

 

一夏達とは対面する位置にあるピット。

その中で、ISを纏ったセシリアは静かに瞑想をしていた。彼女が今も見据えている敵は、織斑一夏────ではない。

 

 

(…………蒼青龍夜)

 

 

冷徹な顔とは裏腹に、内側に何らかの熱を秘めた青年。圧勝する、という自信は確実ではない。

 

 

相手は入試主席を掴み取った人物。その強さがどれ程のものか、セシリアには未だ分からない。もしかすると、自分よりも格上なのではないかという不安も脳裏に過る。

 

 

(いいえ、そんな筈ありませんわ─────男が、女よりも強いなどと)

 

 

男は女よりも強い。

身体の構造や体格からして当然である事実は、ISという兵器によって変化した。

 

 

それに伴うように、女達に対して弱い姿勢を見せる男達を何度も見てきた。……………自分の父も、そうであった。

 

 

強い男など、存在しない────いや嘘だ。

たった一人だけ、セシリアは知っている。父よりも偉大で、セシリアが初めて心の底から尊敬した男性を。

 

 

だからこそ、セシリアは『彼』に倣い、銃を選んだのだ。

 

 

そうしていると、少しでも『あの人』の強さを分けて貰えると密かに信じていたから。

 

 

 

 

「────見ててください、『お母様』、『叔父様』。私は軟弱な男などに負けませんわ。オルコット家の人間として、現当主として────!!」

 

 

この世で唯一尊敬する二人の姿を思い浮かべ、セシリアはピットの外へと飛び出していく。

 

 

 

同時にゲートから出てきた、相手の姿を見据えながら。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「あれだけ言ったのだから、逃げずに来るのは当然でしたね」

 

 

対面早々、青いIS『ブルー・ティアーズ』を纏うセシリアがそんな事を口にしてきた。未だ余裕は消えていない。

 

 

「当然だ。イギリスの代表候補生様の実力すら見れてないのに、戦わない訳にはいかないからな」

 

「それは結構。ですが、貴方────ISはどうしましたの?まさか、もう降参なさるつもりではないでしょうね?」

 

 

生身のままの自分を、怪訝そうに見下ろすセシリア。当然、観客であるクラスメイト達もそれに気付いたらしく、ざわめきが聞こえてくる。

 

 

 

だが、そんな訳がない。

披露するだけだ。初めて身に纏う、自分のISを。

 

 

「そう言わずとも、今から見せるさ」

 

【───承認】

 

 

音声と共に、ケースが粒子となって消える。その場に残るのは、白銀の輝きを示す宝剣 『プラチナ・キャリバー』だ。

 

 

観客席から一斉に視線が集中する。当然だ、ISの中でも異例中の武器タイプなのだから。誰もが興味を向けるのは必然であろう。

 

 

『キャリバー』の抦を確かに握り締め、大きく振り翳す。太陽の光を浴びて激しい銀の光を照らし出す聖剣を、左腕に押し当てる。

 

 

剣の刀身、いや銀装の鞘が押し当てられた腕に反応する。

 

 

 

CONNECT(コネクト)ON(オン)

 

 

鞘から伸びた固定具が接合した瞬間、機会音が周囲に響き渡る。まるでガントレットのように左腕へと固定されたされた銀剣。その鞘を撫でるように、手を添える。

 

 

 

その上で、力強く、その名を告げる。

 

 

「キャリバー、装着」

 

 

キィン、と鞘に組み込まれた丸いコアが発光を始める。その瞬間、鞘からバキン!と装甲が分離するように剥がれる。

 

 

 

鞘から解放されたように飛び回る装甲は、次第に黒いISスーツを着ている龍夜の周囲にピタリと固定される。

 

 

瞬間、装甲から放れたレーザーが重厚な装甲を形成していく。それらは龍夜の腕、足、胴体へ次々と接合されている。金属と金属が重なり合い、身体に纏われていく度に、彼の姿が覆われていく。

 

 

全身を包むのは、白の甲冑。彼の身を包み込む鎧を作り出した銀の装甲は、甲冑の複数の部位へと装着される。

 

 

両肩、両足、胸部、背中。

 

銀色の装甲が重なり、装着された瞬間、白の鎧に銀光が生じていく。完全に装甲と装甲が接着し合い、隙間から蒸気が噴き出す。

 

 

そして────最後の銀の装甲が、龍夜の顔を覆い被さる。それは変形していき、彼の頭部を包み隠すように後方に金属の留め具が交差していく。

 

 

フルフェイスの装甲の隙間、本来ならば目線を把握するべき空洞の線に────光のラインが灯る。

 

 

全身の間接と装甲の隙間に青い光の軌跡が走り、全身に行き渡る。完全に装着された事を示すように、白銀の鎧がゆっくりと動き出す。

 

 

手首、そして首を回した青年は鎧の内側から再現された音声を放つ。

 

 

『────ナイトアーマー(N.A)フォーム、完了』

 

 

 

 

 

 

 

「な、何あれ!?」

 

「アレが、IS───?あんなの、見たこともないわ!」

 

 

アリーナの観客席の女子が、明らかな困惑を示す。見たこともない、未知のIS。誰もがそれを新型としか形容できない、それ以外に形容しようがない。

 

 

驚愕に包まれていたのは、ピットにいる一夏達も同じであった。その明らかな異様さに驚きを隠せない彼等だが、唯一千冬だけがそのISを静かに睨んでいた。

 

 

白い甲冑に包まれた龍夜が、硬直するセシリアに向けて告げる。

 

 

 

『─────行くぞ』

 

 

その一言に、セシリアが反応した瞬間。

 

 

白銀の鎧が、凄まじい勢いで飛び出す。それは見た目の重圧さからは欠け離れた動き。いくら背中や脚部のブースターで加速していたからと言っても、見た目から連想するより明らかに速かった。

 

 

地面を滑るように突撃する龍夜は、左腕に固定した剣の抦を掴み取る。ギュイン! と引き抜いた剣の刀身に銀色の刃が装着されていき、銀剣の本体を覆うほどの大剣が姿を現す。

 

 

大剣の剣先を真後ろに置き、突っ込む龍夜。大剣が届く範囲内にまで近付く直前に、片腕に込められた力と共に大型ブレードが斜めに振り上げられる。

 

 

 

「────くッ!」

 

 

しかし、セシリアのISの方が速力は明らかであった。スラスターを噴かし、回避行動を取るセシリアのいた場所をブレードが切り裂く。渾身の一撃を放ったであろう龍夜は大して悔しいという感情すら抱いていない。

 

 

上空へと飛んだセシリアは二メートルを越える大型ライフル《スターライトmkⅢ》を構える。空中で行われた準備行動は手慣れたもので、数秒で狙撃体制を取れていた。

 

 

 

躊躇いもなく、引き金が引かれる。それ同時に、狙撃の閃光が龍夜目掛けて放たれていた。

 

 

 

しかし、龍夜の動きも速かった。

左腕に固定された鞘のコアを手で触れ、短く告げる。

 

 

「────『銀光盾(プラテナ・シールド)』」

 

 

声に反応するが如く、鞘のフレームが大きく変形していく。腕一本を隠す程度だった鞘を覆うのは、銀色の装甲。左右上下に展開されていく最高質の金属。

 

 

それは巨大な盾として形を露にした。その大きさは、分厚い重鎧を纏う龍夜の姿すら隠すほどである。内部には鞘が取り付けられており、剣を納める機能は現存している。

 

 

そして自らに迫るレーザーに目掛けて、盾を前へと振りかざした。

 

 

 

キュィィンッ!!

 

 

と、盾に直撃したレーザーが異様な音を響かせる。銀盾に傷すらなく、セシリアの射撃は光の粒子となって霧散していく─────事はなく、銀盾へと吸い込まれるように消えた。

 

 

 

「ッ!」

 

(弾かれた!?………いえ、今のは違う!一体何ですのあれは!?)

 

 

盾による防御。

容易く防がれた自分の一撃に、セシリアはふとした違和感を覚えた。

 

 

本来であれば、盾は攻撃を弾くものだろう。レーザーの射撃も、直撃すれば弾かれるのが彼女もよく知る光景だ。

 

 

しかし、あの銀盾は直撃した瞬間に、レーザーを粒子へと分散させた。自然消滅するであろうエネルギーも、何故かあの盾に吸われるように消え去った。

 

 

 

思考の中での疑問と問い掛けの結果、その答えが提示される。

 

 

 

「────まさか、エネルギーを吸収しているの!?」

 

『………正解。流石はエリート様、勘が良いな』

 

 

鎧の奥底で、龍夜が笑みを刻む。この『銀光盾』の唯一の能力こそ、レーザーなどのあらゆるエネルギー系統の攻撃を無力化すると同時にそれらを吸収し此方のエネルギーへと変換するもの。

 

 

理論上、この盾はエネルギーによる攻撃ならばどんなものも吸収することが出来る。そして、盾と鞘は変換させたエネルギーを共有することが出来る。全身の鎧に、変換させたエネルギーを補充することも可能なのだ。

 

 

手足のように動かす白銀の鎧に、龍夜は心が揺れ動くのを感じる。ISとは、これほどまでに体に馴染むものなのか。高揚が、冷徹な思考の奥底で震えていた。だが、それを抑え込んだその時、セシリアの方にも動きが見えた。

 

 

 

再びライフルを構え直すセシリアの周囲に、四つの物体が浮かび上がる。バイザーメットに映し出される画面が、それらの物体をマーキングする。

 

 

脳内の記憶から一致する情報を引き出す。アレはセシリアのIS『ブルー・ティアーズ』に搭載されたメイン武装の一つ、機体と同じく『ブルー・ティアーズ』と名称されたビットであった。

 

 

 

「お行きなさい!!」

 

 

セシリアの言葉を受け、四基のビットが空中を舞う。それらは不規則に動き回るように、だが確実に龍夜を囲むように展開されていく。

 

 

左右を通り過ぎたビットからレーザーが放たれる。銀盾と大剣を横へ振り払い、飛来するレーザーを吸収、一刀する。それだけでは終わらせない、とでもいうように。様々な方向から、そしてセシリア本人からの射撃が繰り出される。

 

 

 

銀の鎧に包まれた龍夜は、その場から動かずにただひたすら、盾と剣で光の雨を防ぎ続けていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「…………龍夜ッ!」

 

 

ピット内で自分専用ともいえる白いIS───『白式』を纏う一夏は、アリーナ内の光景に強く歯噛みしていた。何故ISを纏っているのか、と聞かれるかもしれないが、初期化(フォーマット)最適化処理(フィッティング)、重要な行程がまだ終わっていないので、試合に間に合わせるように現時点でも行われていた。

 

 

セシリアの『ブルー・ティアーズ』による四方八方からの攻撃。四つのビットとセシリアからの狙撃に、龍夜はセシリアに接近することも出来ず、その場に固定されている。

 

 

防戦一方。

このままでは戦況は、彼の敗北に傾いてしまう。

 

 

 

「蒼青君のISの装備は、接近戦に特化したタイプです……だからこそ、オルコットさんに勝つには接近戦に持ち込む必要がありますが…………」

 

「だが、速力では龍夜はセシリアに負ける。近付こうとしても距離を取られて、ビットで撃ち抜かれてしまうな……」

 

 

真耶と箒が現状を把握し、龍夜の状況に不安しかない。一時はセシリアを圧倒すると思われていたが、これでは反撃のしようがない。勝つ方法があるとすれば、遠距離から攻撃する武器があるか、何とか接近戦に持ち込むかだが、彼の様子からしてそれは厳しいと思える。

 

 

 

そんな中で、一緒に見ていた霧山が口を開いた。

 

 

 

「───なるほどね、そういうこと」

 

 

納得したような口振りに、一夏と箒、真耶の視線が彼女に集中する。彼女は自分を見つめる視線に不適な笑みを浮かべ、

 

 

 

「彼のISはこの程度じゃない、そう思うでしょ?織斑センセも」

 

「…………」

 

 

隣に立つ千冬にそう投げ掛ける。当人は無言で霧山を見ていたが、すぐにアリーナへ視線を戻した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「───そろそろ、敗北を実感してきたのでは?」

 

 

そう笑い、ビットの一つを撫でるセシリア。銀盾とブレードを下ろした龍夜は息を吐き、聞き返す。

 

 

『もう終わったつもりか?俺のシールドエネルギーはそこそこしか減ってない。むしろ盛り上がってきた所だと思うけどな』

 

「強がりますわね。理解できないなら教えてあげますけれど、剣と盾という武器しかない貴方に、わたくしを倒す手立てがあるというの?」

 

『─────ある、と言ったらどうする』

 

 

バイザーの奥から、余裕の声が響く。その言葉に耳を疑うセシリアの前で、龍夜は続けた。

 

 

『イギリスの「BT」兵器、事前に調べた通り中々のものだった。だが、お陰でパターンや欠点も把握を終了した。

 

 

 

 

何より、盾のエネルギーも充分に蓄積されたからな』

 

 

大剣の抦を握り、持ち手に仕込まれたボタンを押すと刀身に取り付いた刃が乖離していく。生身となった銀剣を、盾の内側に組み込まれた鞘へと納刀する。

 

 

ガチリ、と抦を握り横へと回す。

すると盾と連結した鞘から、機械的な音声が響く。

 

 

CONNECT(コネクト)OFF(オフ)

 

 

左腕に固定された鞘が外れ、盾ごと持ち上げられた。大きさからしても余程の重量になる筈だが、容易く彼は振るいあげる。

 

そして、内底に眠る剣へ示すように告げる。

 

 

 

「────キャリバー!装動!」

 

 

言葉と共に、鞘に納められた銀剣が背中に押し当てられる。背中の甲冑が左右に開くと共に、黒いスーツと背中に固定された小型フレームから固定具が剥き出しになる。

 

 

そして、鞘を受け止めるように固定される。瞬間、青いプラズマが散った。

 

 

CONNECT(コネクト)ON(オン)

 

 

その音声に応じるように、白銀の鎧に異変が生じる。キチキチ、と鎧を覆う装甲が変形を始め、先程のものとは違うものへと切り替わっていく。

 

 

 

重量的な騎士の姿は見る間もなく消え去り、代わりに身軽な姿へと変わる。変形した装甲は彼の黒スーツに張り付いて新しい装甲へと変化を為す。

 

 

背中の盾も、それに従うように形を変える。それは少しずつ大きさを変えていき、四対の大型バインダーへと成り代わる。

 

 

その姿は、先程と変わりなく騎士のイメージを持ち合わせていた。しかし、全身に分厚い鎧を着込んだ騎士とは違い、軽装備となったその姿は妖精と騎士を合わせたような風格を醸し出していた。

 

 

顔を覆うバイザーも失くなり、代わりというように耳に取り付けられた銀色のヘッドギアの調子を隠しながら、龍夜は変化した自らのISの姿を見せつける。

 

 

 

アクセルバースト(A.B)フォーム、キャリバーに組み込まれた二つの形態の一つ。《N.A》フォームは防御とエネルギーの吸収。そして、このフォームは─────」

 

 

話している最中にも、バインダーの内側に格納されたスラスターがエネルギーを溜め込んでいる。両足を開き、体勢を整える。

 

 

セシリアがその動きに気づいた瞬間に、動き出していた。

 

 

 

「────攻撃特化だ」

 

 

 

咄嗟に、構えたスターライトmkⅢからの狙撃が行われる。一瞬での動作は経験と慣れが感じられる。

 

 

 

だが、遅かった。

青白い閃光が走ったかと思えば、龍夜の姿はその場からかき消える。慌てたセシリアが照準を合わせようとするが、不可能だった。

 

 

アリーナ全体を、駆け巡るように飛び回るのは蒼白の光。しかしそれはあまりにも速すぎるらしく、生身では勿論の事、ISでも捉えきれることはできない。

 

 

すぐさま他のビットを動かして、数の差で勝とうとしたセシリアだが─────すぐに違和感を悟り、真後ろに振り返る。

 

 

 

「………自分で言うのも何だが、速いな。想像以上に」

 

 

セシリアより上、アリーナに張られた遮断シールド付近に立つ龍夜。彼の手には二つのものが握られていた。

 

 

右手には、背中の鞘に収まった抦へと。今すぐにでも剣を引き抜けるとでも言うように、握る指には確固たる力が込められている。

 

 

そして左手にあるのは────『ブルー・ティアーズ』のビットの一つであった。破壊した訳でもないらしく、ビットの機能はまだ生きている。

 

 

有り得ない、セシリアの思考が揺らぐ。

龍夜が音速の如く駆け巡る最中も、セシリアのビットは常に動き続けていた。セシリアに気付かれぬようにビットを破壊し、それをすぐさま回収するならまだ納得は出来る。

 

 

だが、機能すら失われていない無傷のビットが手にあるという事は。音速で動き回りながら、同じように動き回るビットを掴んだという事になる。

 

 

そんな芸当、簡単に出来るものなのか。呆然とするセシリアの前で、龍夜は抦に組み込まれたトリガーを指で押す。

 

 

【OVER ENERGIE DISCHARGE!】

 

 

鞘から剣へと、エネルギーが送り込まれる。引き抜かれた剣は西洋の剣に変わりない姿であった。しかし、やはりというべきか、金属風の刃が交差していくように刀身を包み一つの剣刃へと切り替える。

 

 

だがそれでも、刀身にエネルギーが込められることには変わりはなかった。

 

 

龍夜は左手のビットを軽く放った。宙へと放り出されたビットは最初、そのまま落ちそうになるがすぐさま安定を取り戻す。空中を浮遊しようとしたその瞬間、龍夜は白い光に包まれた剣をビットへと向けた。

 

 

 

そして、一言。

 

 

 

「─────“ソード・ストライク”」

 

 

一条の白熱の光線が、炸裂した。エネルギーを蓄積させた剣から放たれたそれは斬撃を通り越して、エネルギーの砲撃であった。

 

 

剣による閃光は機動を取り戻したであろうビットを貫通し、爆散させる。それだけでは飽き足らず、直線的に走る光の刃は変則的な動きで移動を続けていたビットの一つを掠め、撃墜させた。

 

 

 

「………一つ、いや二つか」

 

 

消え去るビットの反応に、静かに剣を構え直す龍夜。すぐさま手を緩めることなく、反撃の手立てを取ろうとするセシリアに、彼はすぐに動き出した。

 

 

 

光速。

たった一つのISが出せるとは思えないであろう加速は、音すら消し飛ぶとでも言うように凄まじい軌道でアリーナ内を駆け巡っていた。

 

 

スターライトmkⅢによる射撃を繰り返すが、当たる筈もない。蒼い星の光の軌跡しか当たることなく、高速で動いているISの姿はどうやっても捉えられない。

 

 

 

そして、数秒ごとに二つも残っていたビットの反応がロストしていく。光速機動による突撃か、或いは一瞬で切断されたのか。それすら把握することも出来ず、四機あったビットは全滅することになった。

 

 

そして、龍夜はセシリアへと狙いを定める。後方に回らなかったのは、敢えて回避行動などを取られないようにするためか。音速のスピードは流石に限界なのか、反応できるまでに落ち着いていた。

 

目の前で接近してくる龍夜。正面から斬り伏せようとする彼に、セシリアは光明を感じ取った。

 

 

 

「ッ!まだですわ!」

 

瞬間、セシリアの腰にある左右のユニットが外れた。それらは物量に従い、落下することはなかった。ブースターを噴かした二つの突起物が龍夜目掛けて迫り来る。

 

 

至近距離。

加速を続けている龍夜にそれは避けられない。止めるにも、減速して二つとも破壊しなければならない。それだけの時間があれば、セシリアも狙撃は出来る。

 

 

 

だが、目の前にまで近付く突起物を前しても龍夜の余裕は崩れない。それどころか、小さな笑みすら含まれていた。

 

 

 

 

 

「あぁ─────それも知ってるさ」

 

ガクン! と、腰部のスラスターが後ろから前へと向き直る。そして、信じられない程のエネルギーを真上へと放出し、下へと勢いに任せて飛ばされる。

 

 

綺麗に二つの飛来物を避けた龍夜に、セシリアは咄嗟の追撃を放つ。しかし、その狙撃は分かりきってるのかあっさりと斬り払われた。

 

 

その上で、龍夜は言葉を紡ぎ出す。

 

 

「ミサイルだろ、『ブルー・ティアーズ』に組み込まれた六機のレーザービットとは違う、二機のミサイルビット。それが最後の切り札だ」

 

「…………っ!」

 

 

見透かれていた。

セシリアは口を噛み締めるしかない。あの行動は、事前に知っていなければ出来ないものだ。『ブルー・ティアーズ』というISをより詳しく調べていなければ分からない。

 

 

結局のところ、最初から対策されていたのだ。

 

 

 

 

「──────これで、終わりだ」

 

 

【ENERGIE CHARGER!】

 

 

背中の鞘に、剣を押し込む。

抦の上部にあるトリガーを引き、差し込んだまま蓄積されたエネルギーを剣へと流し込んでいく。

 

 

数秒。

その間は明らかな隙であった。

セシリアも不動の龍夜へと照準を固定し、トリガーを引き抜いた。

 

 

放たれたレーザーが、龍夜へと直進していく。

 

 

 

【OVER ENERGIE DISCHARGE!】

 

 

だが、機械的な音声が響いた瞬間。

背中のバインダーに格納された大型スラスターから、蒼白い光が解き放れた。

 

 

爆音と共に音速となった白銀の剣士が、迫り来るレーザーの真横を過ぎ去っていく。

 

 

そして、鞘から解放された光の刃。膨大なエネルギーを帯びた刀身は、蒼く輝いていた。大きく振り上げ、握る右腕に全ての力を込める。

 

 

 

スターライトmkⅢを構えたセシリアの顔が、視界に収まる。驚愕と焦り、それらを上回る一筋の覚悟。

 

 

 

 

 

 

全てを自らの脳裏に焼き付ける。そして、叫ぶ。

 

 

 

 

「ライトニング────ブレイクッ!!」

 

 

一閃。

加速を止めることなく、放たれた光刃は眼前の敵を斬り裂いた。そのまま飛び降り、地面に足を下ろした龍夜は光の消え去った銀の剣を振り払う。

 

 

空中にいるセシリアの手の中で、スターライトmkⅢが綺麗に両断されている。そして自らのISのシールドを確認したセシリアは静かに目を伏せ────────爆発が、炸裂した。

 

 

 

そして、アリーナ全体へと一つの宣告が伝達させる。

 

 

 

 

『試合終了、勝者─────蒼青龍夜』




『プラチナ・キャリバー』について説明。

『プラチナ・キャリバー』は複数のフォームへと変形する特殊なISです。現時点でフォームは二つ。防御力とエネルギーを吸収する盾を持つナイトアーマー(N.A)フォーム、凄まじい機動力と攻撃力を誇るアクセルバースト(A.B)フォームが存在します。


《N.A》フォームで相手の攻撃を防ぎ、エネルギーを吸収していき、それらを蓄積させていく。そして溜まれば、《A.B》フォームで溜め込んだエネルギーを攻撃と速度に運用させるというスタイルになります。


攻撃しなけりゃいいじゃんという話になりますが、《N.A》フォームにはエネルギー増幅機関があるので即座に倒すことがおすすめです。



・『銀光盾』

盾で受けたエネルギーを分解して吸収する。基本的に限界はない(反則)



・『ライトニング・ブレイク』

俗に言う即死技。
蓄積させたエネルギー全部を使用する代わりに、消費したエネルギーに相当するダメージを与える。普通に一撃必殺。現に作中で基本的にダメージを受けてないセシリアのシールドエネルギーを一撃でゼロにしました(反則)



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第5話 代表の決定

セシリアとの勝負から数十分後。

 

 

ようやく、ISの初期化と最適化を終えた一夏と龍夜の試合が行われることになった。

 

 

待ちわびたと言わんばかりに、興奮が冷めないクラスメイト達が歓声を響かせる。龍夜による圧倒的な勝利による余韻が消えたいない証拠でもあった。

 

 

 

そして満を持すように、二人がアリーナへと降り立つ。

 

 

「待たせたな、龍夜」

 

「気にするな、大した事じゃない」

 

 

純白のIS、『白式』を纏う一夏。ゲートからアニメや漫画のように、射出されるように出てきた様は龍夜も半ば感心していた。

 

対して龍夜は、生身であることに変わりない。その代わり、彼の手には白銀の聖剣『プラチナ・キャリバー』が握られていた。

 

余程の重量なのか地面に下ろした途端に地面に陥没するほどだった。一番異様なのは、そこまで重いであろう『プラチナ・キャリバー』を容易く扱う龍夜本人か。

 

 

 

「一夏、前々から話したかったことがある」

 

「話したかったこと?」

 

 

「────お前は何の為に強くなる?」

 

 

そう切り出した龍夜の表情は真剣そのものであった。一夏もすぐさま龍夜の話しに耳を傾ける。

 

 

「何の為………?」

 

「学園でISに乗り続けるんだ。強くなる事は重要だが、理由もいるだろ。目標無しで努力しても、限界はあるしな」

 

 

要するに、一夏のISに乗る理由を知りたかったのだろう。

個人的な疑問だ、と言う龍夜だが、本心ということは間違いない。

 

 

「……………理由なら、思い付いてるさ」

 

 

自身の手を見下ろしながら、一夏は呟く。その一言に複雑な感情が込められているのは、龍夜もすぐに理解できた。

 

 

「ずっと、守られ続けてきたんだ。千冬姉に」

 

「…………」

 

「だから、今度は俺が千冬姉を守る………なんて言えないな。どれだけやっても、千冬姉の強さには敵わなさそうだ。だから、千冬姉の名前を守る。守って見せる」

 

 

その決意は、嘘偽りのないものだろう。

だが、その覚悟は当然としても、一夏の決意が大勢に人間にどう思われるかは分からない。

 

 

馬鹿にされるかもしれない。

くだらない、と吐き捨てられ、本気で受け止めない者もいるかもしれない。

 

 

だが、龍夜は。

笑うことも、蔑むことも、見下すこともしなかった。

 

 

「────姉の為、か」

 

「笑われるよな、こんな事言って」

 

「いいや、俺は笑わないさ。…………家族の為に戦う、良い理由だ」

 

 

自分も、姉がいる。

ほとんどいなくなった家族の中で、唯一守るべき血縁の姉が。龍夜にとっても姉は何よりを優先する程大事な存在だ。これ以上、守るべきものがないのだから。

 

 

 

────一度は護れなかったのだ。今度こそは幸せにしてみせる、そうした決意は未だ忘れていない。

 

 

だからこそ、自らの姉に恥じない弟として戦うと宣言した一夏に龍夜は親近感を持った。少しだけ、ほんの少しだけだが評価することにした。

 

 

だが、それとこれとは違う。

気に入ったからといって、この戦いに手を抜くつもりはない。そんな事をすれば一夏への最大の侮辱になる。そして、一夏に対して言うべき事はただ一つ。

 

 

 

「手加減はしない────お前も全力で来い」

 

「あぁ!そのつもりだ!」

 

 

ガコン!と鞘を左腕へと押し当てる。留め具により固定された瞬間、龍夜の姿を銀色の装甲が包み込んでいく。

 

 

全身に白銀の重装鎧────《N.A》フォームを纏った龍夜は盾と大剣を両手に、身構える。

 

 

 

そして、目の前のライバルを見据え、

 

 

 

「行くぜ、龍夜」

 

 

 

「───来い、一夏」

 

 

 

白と白銀。

似揃った二つの光が、試合開始のブザーと共に突撃した。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

サアアアアア─────

 

 

シャワーから流れるお湯の雨。降り注ぐ熱の籠る水滴に全身を濡らすセシリアの思考は相反するように落ち着いていた。

 

 

(わたくしは、負けましたのね)

 

 

数時間前までの自分ならば、こんな事実は受け入れ難いものだった筈だ。だが、今の自分はやけにあっさりと現実を見ていた。

 

 

反論や弁明できない程の完敗だ。

自分の腕を上げるだけ上げていたセシリアに対し、蒼青龍夜はセシリアのISの性質や機能すら学び挑んできた。でなければあのような戦術は取れようもない。たとえ、龍夜の戦い方を事前に知っていても勝てなかった…………そう思わせるほどの力量の差が存在していた。

 

 

(────蒼青龍夜)

 

 

表面上の冷徹な表情の奥底に、凄まじい熱意を持つ青年。あの戦いの時、セシリアは彼の瞳を見つめていた。何時ものような感情を露にしないようなものとは違い、セシリアというただ一人の相手だけを捉えた本気の戦意。

 

 

その眼差しを、セシリアは今まで向けられたこともなかった。セシリアが嫌悪する─────弱くて情けないようなものとは明確に違うものであった。

 

 

 

────自分の父親も、そうだった。

貴族の家に婿入りした父は、いつも母に気を遣うようであった。自分が弱い立場であるというのを自覚して、それを甘んじて受け入れているような姿は、幼いセシリアに男への軽蔑を抱かせる要因にもなった。

 

 

歳が経ち、ISの存在により弱々しい態度を見せる父に、『情けない男とは結婚しない』と思わせる程であった。

 

 

 

 

 

 

そんなセシリアにとって、唯一尊敬できる男性がいた。

 

 

 

 

クリス・ヴィルハード。

イギリス皇室に属していた騎士の血統『ヴィルハード家』、その異端児と称された人だ。

 

 

 

セシリアの叔父として、何度も遊びに来てくれた叔父は母や周囲の人間に媚びることなく、自分を貫いて生きていた。そんな叔父はセシリアにとって憧れの存在となり、叔父を母同様慕うようになった。

 

 

 

無論、クリスは男だからISは動かせない。だが、クリスはたった一つの武器の使い方に長けたエキスパートであった。

 

 

それが、銃。

マグナム、リボルバー、アサルトライフル、ショットガン、マシンガン、ミニガン、ライフル等。百発百中、どんな遠くのものであろうと、高速で動き回る戦車の中にいる武装兵であろうと狙撃を実現させたりしてきた、ありとあらゆる銃を熟知した傑物。

 

 

イギリス本国で起きたイギリス王室を巻き込んだ大規模テロな際、クリスはたった一人で人質にされていた王室の人間を救助し、テロリストを殲滅した伝説とも言える経歴を持つ。ハッキリ言って、イギリスの生きる英雄と言われても過言ではないとすら思っている。

 

 

 

そんなクリスだが、セシリアは叔父がそこまで強い理由を聞いた時は困ったように誤魔化した。母に聞いた時、一瞬だけ迷った母はすぐに教えてくれた。

 

 

────銃の才能に優れていたクリスは自分の家族である『ヴィルハード家』とほぼ絶縁に近い状態になっているらしい。何故なのか、そんな疑問に母は───嫉妬と小さなプライドだと言い切った。

 

 

『ヴィルハード家』

貴品と優雅を第一にし、誇りと名誉に取り憑かれた廃れた名家。幼い頃のセシリアは、母からそう教わっていた。それ故にか、銃という武器で騎士の称号を与えられたクリスを、彼等は騎士くずれ、偉大なるヴィルハード家の汚点と罵っていた。

 

 

 

多くの会社を経営してきた母と、誰にも媚びることも従うことなく、自分の強さを信じる叔父。セシリアが憧れていた二人は、ある日の出来事が原因で姿を消した。

 

 

 

鉄道事故。

原因不明の列車の横転による爆発。

話に聞くそれはイギリス全土に伝えられた悲惨な事件と聞かれていた。父と母、本来であれば仲が良いわけでもなく、むしろ別居していた筈の二人は、何故かその列車で一緒だったらしい。

 

 

列車の乗客全員が死亡したその事故に、一度は陰謀が疑われた。叔父もそう考えていたらしい。母はとある人物に会う為に列車に乗っていたと聞かされていたらしく、それを狙った事件ではないかと話すのを聞いた。

 

 

しかし、何故かすぐに『事故』として判断され、その話は他のニュースに埋もれて消えていった。

 

 

両親の、いや母の遺した莫大な遺産。そしてセシリア本人を求めた者達が、大勢の人間がすり寄ってきた。その中には、彼女の尊敬するクリスを散々認めなかった『ヴィルハード家』の人間もいた。誰もが醜い欲望をひた隠しにしており、子供のセシリアにでも分かるくらいに貪欲かつ醜悪であった。

 

 

そして、少し経ってから叔父はセシリアから離れていった。理由はオルコット家への比護の為に、イギリス政府、国連に取引をしたらしい。その結果、任務を果たすべく外国へと向かうことになったと聞く。

 

 

それから、一人になったセシリアはISの適性テストを受け、その素質と努力を認められた事では代表候補生になる事でになれた。

 

 

 

 

そしてこの学園に入り────蒼青龍夜に初めての敗北を与えられた。

 

 

 

 

自分の前から去り際、叔父がセシリアに教えた言葉が脳裏に浮かぶ。

 

 

 

 

 

『世界は広いさ。その内、嬢ちゃんにとっての当たり前を変えるような男と出会えるかもな』

 

 

カラカラと笑う叔父を見送ったセシリアは有り得ない事だと思っていた。そんな男なんているはずがない。どれ程先の未来になることか、と。

 

 

 

だが─────叔父の言うように出会えた。

 

 

────男は軟弱だ。男は弱い。男は女に勝てない。

 

 

そんなセシリアの固定概念をぶち壊した、たったの青年。白銀と蒼銀に包まれた彼の姿が、頭の中から消えない。

 

 

何故なのか、自問した所で答えは返ってこない。

 

 

 

「…………蒼青、龍夜」

 

 

もう一度、その名を口にする。

深く刻み込むように呟いたその名は空気に溶け込むように消えるが、セシリアの胸に何らかの熱をもたらした。

 

 

戸惑うしかない。

こんな感覚は初めてだった。何故名前を呟くと胸の奥が熱くなってくるのか。何故、彼の姿が浮かんでくるのか。

 

 

 

───知りたい

 

 

 

最強を目指すと宣言した男。彼が強さを求める理由は、原点は何なのか。あの強さを得ても尚、彼の見据える先が果たして何か。

 

 

 

 

───知りたい。答えの出ない、蒼青龍夜という青年への気持ちを。

 

 

 

そんな想いを胸に、セシリアはシャワーのお湯を浴び続けた。熱を秘めた身体は、外も内も冷めることはなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

クラス代表決定戦が終わり、翌日の朝。

 

 

 

「では、一年一組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」

 

 

そんな感じで、代表者は決まったらしい。嬉々として話す山田先生や同じように盛り上がるクラスメイトの中で、一夏だけが訳も分からないという顔をしていた。

 

 

 

「な、なぁ、龍夜」

 

「何だ?」

 

「………何で俺がクラスの代表になってるんだ?俺は龍夜に負けただろ?」

 

「そうだな、確かにあれはボロ負けだ」

 

 

龍夜は昨日の戦いを思い出していた。

 

 

 

一夏の『白式』と龍夜の『プラチナ・キャリバー』。ナイトアーマーフォームを用いて戦う龍夜だったが、思いの外拮抗─────苦戦を強いられた。

 

 

白式の武装『雪片弐式』、刀状のブレードは太刀と似ており剣道を学んでいた一夏との組み合わせもあり、非常に厄介だった。

 

 

何より、龍夜を苦戦させたのは白式の能力と思われる力であった。エネルギーを発したブレードだと思っていた当時は『銀光盾』で吸収しようと防いでいたが、

 

 

 

『ッ!』

 

『なッ!?馬鹿な!エネルギーが減少しているだと!?』

 

 

吸収した筈の『銀光盾』はエネルギーを蓄積できるのだが、吸収するどころか逆に減らされていた。そこで龍夜はすぐに、白式の能力がエネルギーを消滅させるものだと推測した。

 

 

あまりにも桁外れな力に、思わず反則だと口走っていた。一夏からは『人の事言えないだろ』と呆れられていた。

 

 

再び剣戟を繰り出そうとした二人だったが──────、

 

 

 

 

「………まさか目の前でISのシールドがゼロになるとは思わなかったな」

 

「ち、千冬姉も厳しく言われたよ………その事は」

 

 

一夏以外の全員が唖然としていた。当然、目の前で戦おうとした龍夜すら。後で、釈然としない龍夜だったが、千冬から話を聞いて納得した。

 

 

白式の『雪片弐式』は自らのシールドエネルギーを変換して、攻撃に転用するものらしい。後先も考えず、かつ勝てると踏んでいた一夏はシールドエネルギーの減少に気付かず、結果的に自らのシールドをゼロにしたという自滅を晒したのだ。

 

 

「でもさ、勝ったのが龍夜なら龍夜になるべきじゃないのか?」

 

「俺は辞退した。無論、セシリアもな。つまり、お前が代表になるのは当然、いやむしろ必要なことだ」

 

「?…………何でだよ?」

 

「─────お前が弱いからだ」

 

 

スパァン! と出席簿で頭を叩かれる一夏。痛ぇ! と呻く一夏の隣で龍夜は戦慄に震え、立ち尽くす。

 

 

────鬼教師が、自分達の真後ろに立っていたのだ。

 

 

愕然とする龍夜に、千冬が視線を向ける。

 

 

 

「何故、織斑が代表に相応しいのか───蒼青、教えてやれ」

 

 

「は、はい…………一夏、代表としてやる事でクラス対抗戦とかあっただろ?クラス対抗戦、つまりIS同士の本格的な試合だ。普通に訓練するのも実力になるが、実際に戦った方が身に付きやすいって事だ」

 

 

分かりやすい説明にへー、と感心する一夏。よし、とやる気になった彼だが、ふと耳に入った言葉があった。

 

 

それは、龍夜が小声かつ早口で呟いたものだ。

 

 

 

「────そのついでにクラス長として面倒事は何とかすればそれでいい」

 

 

 

「おい自称天才、聞こえてるぞ」

 

 

問い詰めようとする一夏だが、何の事だかと惚ける自称天才。このままだと時間が長引くと判断した千冬が溜め息と共に二人の頭を綺麗にひっぱたいていく。

 

 

撃沈する二人を他所に、代表者の決定を確かめる千冬。異論なしと元気そうに答えるクラスメイト達を見て、一夏と龍夜も痛む頭を擦りながら席へと戻っていく。

 

 

 

それから、何時も通りの授業へと戻る。

先週と同じ、何一つ変わらない日常。

 

 

だが、龍夜は何か。異物のような存在を感じ取った。いつもの生活では感じたことのない、悪意のようなものを。

 

 

「……………」

 

「?どうしたの?龍夜くん」

 

「………いや、気のせいだ」

 

 

何を思ったのか、外へと向けられた視線。窓の奥の海原に何が見えたのか顔をしかめながら睨み付ける龍夜に隣の席のクラスメイトが声をかける。

 

少しの沈黙に続き、龍夜は問題ないと言い切った。同時に視線も下げ、意識も授業へと集中させた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

一方、IS学園から離れた海。

基本的にどんな船や飛行機も学生の出入り以外は入ることは出来ない。様々な防衛システムで、島の中に入ってくる船は厳重に確認をされている。

 

 

 

少し離れたその海の上を、過ぎ去る大きな影があった。

 

 

黒一色に包まれた大型飛行艇。

左右前後にプロペラを取り付けたその機体は内部外部を含めて複数の武装が組み込まれている。その形状や仕組みからして、普通のヘリではないのは目に見えた事実だろう。

 

 

そして、飛行艇のメインシャフト。

数人の黒い装備を着込んだ者達が、操縦席に座していた。静かに飛行艇を進行させる彼等の中で、唯一彼等から欠け離れた存在があった。

 

 

 

「────ふーん、これがIS学園の防衛システムねぇ……」

 

 

薄い緑色の髪をボサボサとさせた気怠げな少年。戦艦でいうならば司令官席に座る彼は、非常に眠たいのかやたら欠伸をしている。

 

 

姿勢を崩し、寛ぐように司令官席に寝転がる少年の態度を諫める者はない。それは、少年がこの飛行艇内部で最も立場的に上の存在であるという事を意味していた。

 

 

片手に持つタブレットの画面を見下ろす。真上から見たIS学園と、周囲の海を照らすその画像に少年は紫色の円を複数付け足した。

 

 

学園を中心に、展開される円は実際に配備されているセンサーの距離を示していた。

 

 

(確かに厳重だね。これなら普通に侵入してくるヤツなんていない。そう思うよね。不可能に近いからこそ、侵入が楽になるなんて誰も思わないし)

 

 

カツン!

鋼鉄の床を叩くその音は連続して響く。そして、少年の前でそれは止まった。

 

 

黒い軍服を着込む男。しかしその服装はどの国の軍服でもない、彼等独自のものであった。男は敬礼の構えを取りながら、少年へと告げる。

 

 

 

「ジールフッグ様、仰られた通り。センサーが届かない空域への移動は完了しました。現在、この空域への停滞を行っております」

 

 

ごくろーさま、と軽く言う少年─────ジールフッグ。彼は男の顔を見ることすらなく、タブレットを弄っている。

 

 

 

部下である男は緊張した顔つきで、ジールフッグへと疑問を述べた。

 

 

 

 

「それで………前々から話されていたIS学園への潜入はどうなさいますか」

 

 

大して、首を横に振るうジールフッグ。

 

 

「まだ、無理だと思うね」

 

「…………まだ?」

 

「IS学園の防衛システムは正直厄介って話。下手に突破すれば学園の教師が動いて迎撃されるに決まってる。僕達で話したことけど、()()()()は絶対に相手しない。幾ら戦力が整っても勝てる相手じゃないしね」

 

 

最高峰と呼ばれる鉄壁の要塞島。

島に乗り込めたとしても肝心のIS学園には、人類最強とされる女性が存在している。

 

 

ジールフッグやその仲間達も、織斑千冬と敵対はしないという考えは共通している。なんせ第三次世界大戦という戦争で最も活躍した英雄だ。今もその強さは現役に近いのだから、笑いようがない。

 

 

 

「ならば学園内への侵入は不可能ではありませんか」

 

「不可能じゃないけどね。この世に完璧なんてものは何一つない。防衛システムがどれだけ優れていも、入り込める隙間は存在する。たとえ0.00001%の確率だとしても、ゼロじゃなきゃやりようはあるってコト」

 

 

手の打ちようはある。

 

自分達には同じ志を抱く大勢の同胞、織斑千冬に対抗できる協力者。そして、自分達に力を貸してくれるスポンサーや国々が付いている。

 

 

そもそもの話、

 

 

「一ヶ月後」

 

 

誰も不可能とは言っていない。IS学園がどれだけ強力な防衛システムに囲まれていようと、最強の存在が付いていたとしも、関係ない。

 

 

 

()()()()()()()()()から教えられた次のチャンスだ。その時にIS学園に侵入作戦を行う。メンバーはリベリオンの精鋭だけにした方がいい」

 

 

寝転んだ姿勢を直し、椅子に座り直したジールフッグは周囲に向けて告げる。

 

 

「帰るよ、これ以上ここにいても意味はない。僕もやらなきゃいけない仕事があるしね。

 

 

 

 

 

 

 

()()()もそれでいいでしょ?」

 

 

そう言い、後ろにいる相手に声をかけるジールフッグ。すると、真後ろの暗闇から人の形が浮かび上がってきた。

 

 

 

 

それは、漆黒のIS。

ただ一般的なISとは違い、全身を覆い隠す全身鎧形状(フルアーマータイプ)。しかもISとしての装備全てを収納したであろうその姿は、鎧を着込んだだけにしか見えない。

 

 

漆黒のISは両腕を組みながら、

 

 

 

『─────任せる』

 

 

誰かは判明できないような低い声で告げる。

声自体は補正したらしく、年齢などは把握できない。だが、分かることはただ一つの有り得ない事実。

 

 

 

 

そのISから響く声が、男のものであるという事だ。

 

 

 

その事実はジールフッグにとって既に知り得た事実なのか、興味関心すら湧いていない。当たり前だとでも言うようであった。

 

 

その後、ジールフッグの指示を受けた飛行艇は旋回を始め、その場から去っていく。その際、凄まじい風圧と共に機体の側面にあるものが刻まれていた。

 

 

 

 

『ANAGRAM』、と刻まれた武器を交差させた眼の紋様が。




これからオリジナル色が少しずつ出てくる()

………え?前々からオリジナル要素はあった?………(鼻歌)


一夏の戦闘ですが、あっさりとしたものですが龍夜も少し骨が折れる戦いでした。まぁ愛称の問題もあるのですが。


没案:龍夜に苦戦する一夏に、期待外れと思う。本気を引き出すために千冬の事で挑発し、一夏がぶちギレる。本気で圧倒され、龍夜もやる気になるが───本編通り。


没にした理由、多分試合終わった後も一夏と仲が悪くなりそう。それに龍夜も一応気持ちが理解できるし、そんな真似はしないだろって考え……………しないよね?(不安)


次回もどうぞよろしくお願いします!


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第6話 銀剣の秘密

一時間遅れたけど投稿できたからセーフ(アウト)


「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット。試しに飛んでみろ」

 

 

四月の下旬。

 

ほのかな暖かさが失くなり、丁度いい気候が続くこの頃。今現在の授業は教室ではなく、学園のグラウンドで行われていた。

 

 

全員がIS専用のスーツを着ており、千冬の前で列を成して並んでいた。一夏も龍夜も、後ろの方にだが女子達に挟まれるような位置にいる。

 

 

千冬に言われた一夏は、自らの右腕に装着してある白いガントレットに目線を下ろす。両目を伏せ、集中している様子を見せる。

 

 

そして────一瞬で一夏の全身を白いIS、『白式』が纏われていた。

 

 

同じように、セシリアはアッサリと『ブルー・ティアーズ』を展開させた。流石は代表候補生、と感心する龍夜に千冬がチラリと視線を向けた後に、言う。

 

 

「蒼青、お前も展開はしておけ」

 

「はい、了解です」

 

 

【───承認】

 

 

専用器を収納するケースが粒子から小型の端末へと変換され、代わりに空間に浮かぶ『プラチナ・キャリバー』の柄を掴み取る。

 

 

指先に馴染む感覚を確かめながら、背中の接合部へ鞘を固定させる。

 

 

CONNECT(コネクト)ON(オン)

 

 

カシャン! と頑丈に受け止める固定具を背中に感じながら、龍夜は柄にあるトリガーを引きながら────剣を鞘から抜き放つ。

 

 

一瞬で、黒いスーツに白銀の装甲が展開される。身軽さや露出で言えば、女子のISに負けない程の装甲の少なさ。対して、背中の大型バインダーは妖精の羽と形容できるものだが、大きさが比例していない。

 

 

「よし、飛べ」

 

言われた直後、セシリアはスラスター噴かし、急上昇していく。その姿はみるみる内に上空へと飛んでいく。

 

一方、一夏も続くが、その動きは遅い。普通に考えるならまぁまぁだが、隣のセシリアとは格差があり過ぎた。

 

 

千冬から、叱咤が入るようであった。スペックで言えば、『白式』はセシリアの『ブルー・ティアーズ』を越え、龍夜の『プラチナ・キャリバー』に追い縋る性能だ。現に、代表戦の時はその性能で龍夜を一時期苦戦に追い込んだほどである。

 

 

だが、千冬の言う通り、一夏が『白式』を使いこなせていないのも事実。飛ぶという感覚を表現できないのだろう。

 

 

「蒼青、次はお前の番だ」

 

 

空を、一夏達を見上げていた龍夜に千冬からの声が掛かる。

 

 

「了解です…………速度は?」

 

「織斑達より速くていい。だが、やり過ぎるなよ」

 

 

短く応じ、背中のバインダーに格納された大型スラスターにエネルギーを収束させる。前回の試合のようなトップクラスの加速ではない。ある程度制限した速度を────一気に放つ。

 

 

飛び立ってから数秒、一瞬で一夏とセシリアのいる高度へと辿り着いた。

 

 

「流石ですわ、龍夜さん。織斑さんも、今すぐとは言いませんから少しずつ慣れさせる方がいいですわね」

 

「そうだよなぁ………けど空を飛ぶ感覚ってのが思い付かないんだよ」

 

 

感嘆するようなセシリアに言われ、一夏も困ったように頭をかく。確かに二本脚で歩いて生活している人間にパワードスーツによる飛行なんて早々適応できないだろう。

 

 

自分にとっての飛行方法なんて、一夏からしたら難しい話だとは思う。だが、経験として染み込ませれば早い筈だ。

 

 

そんな二人の話を聞いていた龍夜だが、全く別のことが頭に浮かび上がる。

 

 

(セシリアも変わったみたいだな)

 

 

あの代表戦以降、セシリアの態度は目に見えて軟化した。昔の貴族のような、自分等を見下してくる態度は消え、同じクラスメイトとも元気に接しているのだ。

 

 

────ただ一人、龍夜だけは他とは態度が違った。

 

 

他の女子に呼び掛けられ食事を取っている時は積極的に隣に座り、しどろもどろになりながらも話をした事もある。他のクラスメイトは違う感じだが、龍夜は不満に思うこともなく、普通に受け入れていた。

 

 

何故かだか分からないが、セシリアの期待と喜びに満ちた顔を見ると断ることも出来ない。効率的にも無駄なことをしない、等と言おうにも言えない。

 

ラミリアに相談すると、彼女は『私知ってる!青春ってヤツだよ!マスターにもきっと春が来るんだ!』と騒いで話にならない。

 

 

だが、龍夜に分かるのは───セシリアが自分に良い感情、他とは違う特別な感情を抱いているということ。

 

 

 

(慣れないな………家族以外から、あんな風に接されるなんて)

 

 

自分以外の他人から善意だけの感情なんて見たこともない。龍夜の見てきた人間は、誰もが良い奴等ですらなかった、むしろその逆。悪意や敵意、そんなものに満ち溢れたような醜い連中ばかりだった。

 

 

別に、セシリアの抱く特別な感情とやらが、苦手なわけでも分からないわけでもない。ただ慣れないだけだ。どれだけISを使いこなせても、今すぐ慣れるのは難しいと思う。

 

 

「オルコット、蒼青、急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地表から十センチだ。織斑も二人に続け」

 

 

「了解です。では織斑さん、お先に」

 

「一夏も気を付けてやれよ」

 

 

言って、龍夜とセシリアは共に地上へと降りていく。隣にいるセシリアはチラリと此方を見ると慌てたように顔を反らした。視界の隅に顔を真っ赤に染めたセシリアの様子が見えたので、龍夜も察したように開きかけた口を閉ざす。

 

 

最初に降りるセシリアは完全停止を終え、課題をクリアしたらしい。次に降りる龍夜も地表との距離を縮めていく。背中の大型スラスターの力を緩め、代わりに両手首と両足の装甲に組み込まれた小型スラスターからそれぞれ一定のエネルギーを放出する。

 

 

最初は揺らいでいたが、ピタリ、と動きはその場で停止した。計算を兼ねた結果、十センチピッタリであった。千冬からのクリアを貰い、クラスメイトからの歓声とセシリアからの称賛を受け、その場から離れていく。

 

 

(さて、次は一夏の番か───────)

 

 

そんな考えと共に真上にいるであろうクラスメイトに視線を向けようとした途端、

 

 

 

 

────ズドォォンッ!!!

 

 

白い隕石が降ってきた、いや隕石ではなく『白式』を装着した一夏であるのは明白だった。

 

 

「馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴を開けてどうする」

 

「………すみません」

 

 

クラスメイト達のクスクス笑いに心に大ダメージを負った一夏は姿勢制御をし直して、地面から離れる。そんないかにも瀕死の一夏に、箒が腕を組んで待ち構えていた。

 

 

 

「情けないぞ、一夏。昨日私が教えてやっただろう」

 

 

………アレかぁ、と思い出す。

偶々一夏にISについて説明する箒の様子を見た龍夜は、その知識を拝謁(盗み見)しようと思って耳を傾けると、

 

 

『ぐっ、として…………どんっ、とする感覚だ』

 

『…………』

 

『これに関しては────ずかーん、といった具合だ』

 

 

『……………っ、………(深呼吸)』

 

 

あまりにも絶望的な状況に龍夜は笑うしかなかった。途中、箒から死角の方にいた龍夜に気付いた一夏が視線で助けを求めたが、龍夜としても関わりたくもなかったのでその場に買ったばかりの炭酸飲料の缶(自販機で100円、未開封)をお供えしてから去っていった。

 

それにしても、いかに天才を自負する龍夜でもあの擬音ばかりの説明は流石に意味不明だった。いや、内容を理解できないわけではない。かろうじては可能だ。天才(自称)の龍夜であっても、“かろうじて”という点が実に恐ろしい。

 

 

箒は説明する力を身に付けた方が良いかもな、なんて他人事に思っていると千冬が一夏の前へと立つ。

 

 

「織斑、武装を展開しろ。それくらいは自在にできるようになっただろう」

 

 

「は、はあ」

 

 

「返事は『はい』だ」

 

 

「は、はいっ」

 

 

「よし。でははじめろ」

 

 

人のいない事を確認してから一夏は右腕を前に突き出し、掌に意識を集中させる。

 

そして、右手から光が放出されていき、形を成していくと刀状の武器─────『雪片弐型』が握られていた。

 

 

「遅い。0.5秒で出せるようになれ…………オルコット、武装を展開しろ」

 

「はい」

 

応じたセシリアが左手を横へと突き出す。一瞬の光が弾けたと思えば、彼女の手には『スターライトmkⅢ』が展開されていた。チラリと視線を送っただけでセーフティーが解除され、すぐにも射撃に移れる状態へとなる。

 

 

 

「さすがだな、代表候補生。しかし問題もある………蒼青、分かるか」

 

 

「狙撃銃を展開した銃口の先が右に向いている───戦闘中、横から前へと戻すのに時間がかかる。照準を向けるのも時間がいるから、ロスが大きい」

 

 

「っ、それは────」

 

 

自分の挙げた点にセシリアは反論しようにも出来ず、顔を俯かせる。チラリ、と千冬を見る龍夜。だが、まだ此方に鋭い目を向けてくる千冬に、彼は深くため息を吐いて続ける。

 

 

 

「逆に言えば、それさえ直せば射撃までの時間も早くなる。それだけの余裕があれば相手の動きをいち早く捉えることも難しいことじゃない。充分に強さを引き出せるチャンスになる」

 

「!分かりました!必ず直して見せますので!」

 

 

………ますます分からない。

自分にとって嫌な点を突いてきた相手にここまで純粋に応じてくれるのか。自分の知る馬鹿な奴等なら、煩く喚くだけだから新鮮な感じと言えば新鮮だ。

 

 

「オルコット、次は近接用の武装を展開しろ」

 

「………えっ。あ、は、はい!」

 

 

ボーッとしていたセシリアは突然の呼び掛けに慌てて反応し、スターライトmkⅢを粒子変換させ、近接用の武器を展開しようとするが────

 

 

「くっ………」

 

「まだか?」

 

「す、すぐです─────あぁ、もう!『インターセプター』」

 

 

名を叫び、近接用の武器であるショートブレードを呼び出す。しかしセシリアの顔は自信どころか、悔しさに満たされていた。

 

 

確か、武器の名前をコールするのは初心者のやり方と記憶している。セシリアは近接武器の展開に不馴れらしい、使わないとタカを括っているからか。

 

 

無論、その様子に見かねた千冬からの言葉が投げ掛けられる。

 

 

「何秒掛かっている。実戦で敵に待ってもらうつもりか?」

 

「じっ、実戦では近接の間合いに入らせません!ですからなんら問題はありませんわ!」

 

「そうか?蒼青のISに圧倒され、懐まで近付かれていたのは私の見間違いだったか?」

 

「…………う、それは」

 

 

セシリアにとって千冬からの指摘は否定できない事実として受け入れているらしく、口ごもるしかなかった。その事実を作った一因である龍夜は興味すらのか、耳にすら入っていない。

 

 

それから、他の生徒達も武装の展開を実行していく。各々辛辣にも的確なアドバイスを与える千冬に、ふと何かに気付いたセシリアが手を挙げた。

 

 

 

「織斑先生、質問があります」

 

「何だ、オルコット」

 

「龍夜さんの武装展開はなさらないんですか?」

 

 

その発言にクラスメイト達も一斉に龍夜へと視線を向けていく。それはそうだ、既にクラスメイトの大半は武装展開の確認は終えている。

 

 

なのに龍夜が呼ばれる様子は一向にない。本人も、それを当然と言うように黙っているばかりだ。気に掛けていたセシリアが胃を決して聞こうと考えたのだろう。

 

 

そんな疑問に、千冬は淡々と答えた。

 

 

 

「いや、蒼青に必要はない。…………いや、しようがない、と言うべきか」

 

 

含んだ言い方にその意味を問おうとしたセシリアだが、その直後に授業終了を知らせる鐘が鳴り響いた。

 

 

「時間だな。今日の授業はここまでだ。織斑、グラウンドを片付けておけよ」

 

 

………え? と硬直する一夏。

そう言うや否や立ち去っていく千冬やクラスメイト達。箒もセシリアも同じように、戻っていった。

 

 

一人で片付けるのか、と呆然とする一夏だったが、光明と呼ぶべき相手の姿が見えた。ISを解除しようとする龍夜だった。

 

 

何とか頼めないか、試行錯誤していると────突然、回線が繋がった。それはISを解除する手を止めた龍夜からだった。

 

 

期待して伺う内容は、

 

 

 

 

 

 

 

『自業自得だ、諦めろ』

 

 

 

希望を切り捨てる無慈悲な言葉だった。

背中から鞘ごと剣を抜き、ケースへと収納する龍夜の姿を呆然と見つめる一夏。

 

 

確かにそれはそうだ、と素直に受け入れる。無駄なことをしている暇もない。すぐさまグラウンドの修復に動き出した一夏であった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

放課後の整備室。

単なる部品などの整備室ではない、ここはIS専用の整備室だ。主に使うのは教師や整備科の人間、そして自分のISを扱う代表候補生だけである。

 

 

その一室─────千冬に頼み込んで作って貰った龍夜専用の整備室。お世辞にも広いとも言えないが、さほど狭いと言うわけでもないし、作業には十分だった。

 

 

組み上げられた台座の機器に、鞘に仕舞われた銀剣 『プラチナ・キャリバー』を配備していた。ケーブルを表面に固定させ、龍夜は機器とUSBメモリと繋げたパソコンのキーボードをひたすらに叩き続けていた。

 

 

無言に包まれる室内。

キーボードの叩いていく音だけが響く一室だが、その異質な静寂に龍夜の呟きが浸透する。

 

 

「…………やはり、原理的に合わない。剣と鞘、何故こんな形状のISにしたのか、整合性を確かめようにも、厳重なプロテクトを突破できない。基本的に人間が作ったシステムなら僅かな隙もある筈だが………」

 

 

ブツブツ、と画面に展開される数式とグラフなどを見渡し、計算の結果に納得がいかないであろう龍夜は独り言を口にし続けている。

 

 

彼が行っているのは自らのISの調整、解析であった。調整の方を行おうとした矢先、このISの疑問点に気付いた龍夜はすぐさま解析へと移り、それにのめり込んでいた。

 

 

最初は好奇心だった。このISの全貌を満足するまで調べ尽くしてやろう、なんて軽い衝動に従っていただけだ。大方、興味深い事実を知ることが出来たが、問題はその最奥。

 

 

重要と呼ぶべきシステムの最深部が、厳重なほどの防御プロテクトに囲まれていた。難なく解除できると踏んだ龍夜だが、失敗した。それが自分の好奇心を更に刺激させ、その奥を解き明かしてやろうと執着することになったのだ。

 

 

 

だが、結果は満足できるものではなかった。プロテクトは突破すら出来ず、意味不明な単語しか回収できなかった。

 

 

 

「『救滅の五神姫』…………検索にも引っ掛からないか」

 

 

それらしき情報は何一つない。

検索欄に提示されるのはゲームや創作物の名前などそればかりだ。無論、重要な単語なのは分かる。しかし意味が分からないのなら、成果があるとは言えない。

 

 

 

それよりも気になるのは、もう一つの単語の方だ。

 

 

 

 

ピンポーン!

 

 

───しかし、そんな思考を遮るように個室の外側に配置されたベルが鳴らされた。キーボードを叩く手を止め、龍夜は重い扉を見る。

 

 

この個室は基本的に他人が簡単に入れないようになっている。最初ドアに設置されているカードキーを抜き取り、内側から施錠すれば、内側の人間が開ける以外では入ることも出来ない。

 

専用機のデータを抜き取る事件が一度学園であったらしく、その対策として専用機の調整をする際にはこのような個室で作業するように決められている。

 

 

扉に内蔵されているカメラを見ると、そこにいるのはセシリアであった。一人ではない、一夏や箒も着いているらしい。驚くよりも反応するよりも先に、龍夜はロックを解除して扉を開け、外にいる三人に声をかけた。

 

 

 

「…………待たせて悪かったな、それで?何か用か?」

 

「よ、用というのは………あ、そうでした!織斑さんや篠ノ之さんが龍夜さんに聞きたいことがあるらしく、わたくしが連れてきただけですわ!」

 

「え?着いてきて欲しいって言ったのはセシリア────痛ッ!?」

 

「いや、何。その通りだ、少し気になる事があったからな。案内を頼んでいたんだ」

 

「────なるほど、そういう事か」

 

 

背中を叩かれ、困惑する一夏。そんな彼に険しい眼を向けている箒の話に、龍夜は表面上の納得を見せた。余計なことを言おうとした一夏を止めた箒の様子からして、これはそういう事なのだろう。

 

 

「聞きたいこと、か。都合が良かった。俺もお前達の意見を聞きたいところだった。………ま、わざわざ来てくれたんだ。質問は受け付ける、何についてだ?」

 

 

三人のような仕込み椅子を奥から引き出し、用意した龍夜は作業用の椅子に腰掛けて彼等の用件を聞く。一夏と箒、二人は互いの顔を見るように、口を開いた。

 

 

「ISの野外授業、覚えているか?」

 

「………あの時か、把握してるが」

 

「武装展開の際、千冬姉が言ってただろ?龍夜には必要がない、そもそもしようがない、ってさ。どういう意味かって思ってたんだ」

 

 

龍夜は深く吐いた一息の後に、告げた。

 

 

 

「言葉通りの意味だ。俺に展開も収納する武装は何一つない」

 

 

 

 

「……………え?」

 

 

アッサリと、そう言ってのけた龍夜の発言に唖然とする三人。それほどまでに、龍夜の言っていることは異様であった。

 

 

 

ISには、複数の武装が存在している。様々な状況に適応できるように、大型銃やミサイル、近接用の武器が特別な空間に格納され、状況に応じて操縦者の意思により展開される。

 

 

だが、龍夜の主要装備────フォームごとに大剣や長剣に変形する剣や、エネルギーを吸収していく『銀光盾』は格納不能な武器。剣と鞘から分離及び変形する機構を用いるため、拡張領域に格納はできないということになる。

 

 

 

「───少し都合がいい、これを見ろ」

 

 

そんな三人に、龍夜はパソコンの画面を覗き込む。画面いっぱいに並ぶ文字の羅列は一瞬で読む気を削ぐ程の量である。怪訝そうな一夏が疑問の声をあげる前に、龍夜が口を開いた。

 

 

「基本のプログラムになんら問題はない。それ以外のものは全て手が付けられていない。手を加えれば今以上の力を発揮するだろうが、逆に言えば今の状態は完全じゃないことになる」

 

「つまり、どういう事だ?」

 

 

意図が読めない。何が言いたいのか、そう思い疑問をそのまま口にした一夏は、更に信じられないことを聞くことになった。

 

 

 

 

 

「『プラチナ・キャリバー』、これは未完成のISだ。しかも送られてきた時期的に、わざと未完成にしたんだ」

 

 

空気が、止まったようであった。

やはり差程重要だと思っていない龍夜、その声に真剣さなど感じられない。しかし一夏や箒、セシリアからすればどれだけの事実かはよく分かった。

 

 

わざと未完成にした、それはつまり龍夜への専用機を作る宣言した張本人────篠ノ之束が手を抜いたという可能性が出てくる。幾ら何でもそれは無いだろう、そうセシリアは困惑しながら思わざるを得ない。

 

だが、一夏と箒は否定するどころか有り得るかもしれないとまで思っていた。一夏も初めて箒の姉である篠ノ之束と会った時は変人としか思っていなかったが、彼女がどれだけ性格が悪いかったのかはよく分かっている。

 

 

───だが、昔姉である千冬から聞いた話では少しだけ良くなったと聞いていた。何とあの束が認める程の人が現れたらしく、まだ学生だった束や千冬からも親しみと信頼を込めて『先生』と慕われていたらしい。興味本位でその人の名前を聞こうとしたが、彼女からはいつもはぐらかされていた。

 

 

話は戻すが、軟化したのはしたそうだが、それでも自分以外の人間に対しての態度はまぁまぁ酷いらしい。だからこそ、束なら未完成のISを嫌がらせで送る可能性も否定できなかった。

 

 

一夏はチラリ、と俯き出した龍夜に視線を向けた。

顔は見えず、感情というものが伺えない。しかし、全身を小刻みに震わせている事だけが分かった。

 

 

いつも平静を保つ彼でも、ショックが大きいのだろう。心配した一夏が彼の背中へと手を伸ばそうとするが、

 

 

 

 

 

 

「────面白い」

 

 

ボソリ、と呟いた言葉に、思わず手が止まる。

一瞬ショックにうちひしがれている、そう判断していた一夏は自分の考えを改めた。

 

 

 

───笑っていた。

自分の顔を隠すように覆っていた手の奥で、彼は今まで見せたこともないような戦意と興奮に満ちた笑みを浮かべていた。

 

 

これは知っている。

相手の強さに圧倒され、追い込まれた時の戦士が見せる笑顔に似てる。

 

 

 

「実に面白い。俺にこのISを完成させろ、それが貴女から俺への挑戦、いや試練か。天才を自称した俺に、最強のISへと進化させる程の実力と才能があるか、とでも考えているんだろ?天災 篠ノ之束!!」

 

 

バァン! と机を叩き、立ち上がった青年が叫んだ。見つめる先は天井だが、彼が見ているのはその先───空だ。同時に、彼が思い浮かべる天才にして天災と呼ぶべき人物。

 

 

普段の様子からは感じられないであろう高揚を爆発させ、感情剥き出しのその姿は─────冷徹な仮面の奥にある、彼の本来の姿のかもしれない。

 

 

 

「それはそうだ!貴女からすれば有象無象の一人であり、赤の他人である俺に専用機を与える理由がない!────良いだろう!それなら見せてやる!俺の才能も実力も!そこいらの凡愚とは違うという事を!そこいらのISなんぞとは格の違う!正真正銘、唯一無二にして最強の機体をな!!俺が貴女に劣らない天才である事を、思い知らしめしようじゃないか!!」

 

 

 

『あーあ、マスターまたはしゃいでるよ。皆が近くにいるのに』

 

「………龍夜ってこんなとこがあるのか?」

 

『自分の知らないものとか、才能を刺激されるとこうなるのがマスターの悪癖なんだよ。それに、よりによって憧れの篠ノ之束ってヒトの事になると派手になるんだよ!』

 

「あ、憧れ…………?あの人が?」

 

 

スマホから出てきた途端に呆れる電子妖精 ラミリアの言葉に、箒は理解できないという様子だった。篠ノ之束がどんな人間であるのかは身内である箒にもよく分からない。だが、好きではないのは事実であった。

 

 

だからこそ、あんな姉を慕う彼の考えが当初は理解すら出来なかった。

 

 

 

『まぁ、マスターにもそれなりの理由があるから。嫌な人に憧れてるからってマスターを嫌わないでね!─────ほら、マスター!皆がいるんだから落ち着いてよー!』

 

 

そう言うや否や興奮している龍夜へと大声でそう伝えるラミリア。それだけ落ち着くかと思ったが、ラミリアの声を聞いた瞬間彼は目に見えて硬直する。

 

 

深い一息を吐き、前髪を払った龍夜が申し訳なさそうに一夏達へと向き直る。

 

 

「……………悪い、つい周りを見失っていた。さっきのは、なるべく忘れて欲しい」

 

「いえ、仕方がありませんわ。憧れの人に並びたいというのはわたくしも同じですので。龍夜さんの気持ちには共感できますわ」

 

 

頭を振る龍夜に、普通に励ますセシリア。アレは憧れの人に並びたいと思ってるより、眼に物見せてやるといった自信の現れではないかと思う一夏だった。

 

 

 

 

 

 

 

そして数分後、まだ龍夜へと話したいであろうセシリアを一夏と箒が連れて個室から出ていった。龍夜は静かに、『プラチナ・キャリバー』を見下ろす。

 

 

 

一夏達が離れて良かった、と思う。

この事実はまだ一夏達にも話せない。千冬にも、誰にも話す事はできてない。

 

 

「この剣自体はISじゃない、厳密にはこの鞘だ」

 

 

それ自体は大した疑問ではない。

 

問題は、剣の方だ。この事実の方がより重大なものであることを理解させた。

 

 

鞘に収まる剣はISではない。ISの専用武装ですらない。そもそも、この剣はISとは全く別の代物であった。

 

 

分かることは、この剣がISのコアのように無尽蔵にエネルギーを生成していること。そして、この剣がどれだけ解析しても全貌の見えない────ブラックボックスであること。

 

 

 

「なら、ISですらないこの剣は何なんだろうな」

 

 

その答えが最後まで出ることはなかった。結局、諦めた龍夜は『プラチナ・キャリバー』をケースへと収納し、整備室から出ていくことにした。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ふうん、ここがそうなんだ………」

 

真夜中。

ほぼ暗くなったIS学園の正面ゲート前に立った小柄な少女が呟いた。パンパンに詰まったボストンバッグを片手に、もう片方の手に一切れの紙を見る。

 

 

「えーと、受付ってどこにあるんだっけ」

 

 

『本校舎一階総合事務受付』、とだけ書かれた紙に苛立ったようにポケットへと押し込む。それだけで、少女の大雑把さが目に見えていた。

 

 

その苛立ちも、分からないものではないと思う。IS学園の構造自体も分からないのに、場所の名前だけ出されても困る。説明や、案内する人間がいないのだから、彼女一人でその場所へと向かわなければならない。

 

 

―――ったく、出迎えがないとは聞いてたけど、ちょっと不親切過ぎるんじゃない? 政府の連中にしたって、異国に十五歳の女子を放り込むとか、なんか思うところないわけ?

 

 

そう思っていた少女は周りを見渡す。それらしき場所は見つからなかったが────代わりに幸運だった。

 

 

校舎の近くに、人が歩いているのだ。暗闇で姿までは見えないが、学園の人間で間違いはなかった。

 

 

「あの、ちょっといい?」

 

 

「…………何だ?」

 

 

振り返ってきた相手の姿を見て、少女は驚愕に包まれた。なんせ相手は男だったのだ。黒髪に、冷えたような眼が特徴的なその顔と体格は男としか思えないものだ。

 

 

すぐさま、その顔が初めて見たものではないと気付いた。

 

 

「あ!アンタ、話しに聞いた二人目!?」

 

「あぁ、その通りだ」

 

 

あっけらかんと言う青年に、少女はへぇ?と感心したようであった。ISを男が使えるようになれば、力を持ったと威張り散らす輩も現れると思っていたが、彼も違うらしい。

 

多少評価した、まぁそれでも多少ではあるが。

 

 

 

 

 

「おや、君達。こんな所で何をしているんだい?」

 

 

そう言って校舎の影から、女性教師───霧山友華が此方の様子に気付いたのか、近寄りながら声をかけてきた。あ、教師か、と呟いた少女の近くで龍夜は目つきを鋭くさせた。

 

 

彼女は少し前から校舎の影に隠れていた、タイミングを見計らい此方に接触を伺ってきた。そう疑う龍夜は、霧山先生へと質問を投げ掛ける。

 

 

「霧山先生こそ、そちらで何をなされていたんですか?校舎の裏で」

 

「家族に連絡を掛けていたのさ。心配性の弟分がいるからね、可愛いもんだよ。君達にも出来ることなら会わせてあげたいもんだ。………おや、中国から来ると聞いた娘じゃないか。もう来ていたんだね」

 

 

怪訝そうな視線を向ける龍夜の話を反らすように、少女へと声をかける霧山。

 

 

「あの、『本校舎一階総合事務受付』ってトコに行きたいんですど」

 

「手続きの件か。私が案内しよう、仮にも教師だからね。───そういうことだから、君も早く寮に戻るんだよ、蒼青少年」

 

 

軽く手を払う霧山先生に、不安と疑惑を拭えないのか少しだけ眼力を緩める。何かを隠しているのは事実だが、連絡していたのは確かだろう。

 

 

言われた通りにするか、と寮へと戻ろうとする龍夜に、少女が近寄ってきた。話したい事があると霧山先生に言ったらしく、すぐさま言葉を掛けてきた。

 

 

 

「私は凰鈴音(ファン・リンイン)。アンタ、蒼青龍夜でしょ。どう呼べばいいの?」

 

「好きに呼べばいい」

 

「じゃ、好きに呼ばせてもらうから、よろしくね、龍夜。あ、そうだ。もし織斑一夏と知り合いなら私がよろしく言ってたって伝えといてくれる?」

 

「………分かった、やっておく」

 

 

元気に手を振りながら霧山に着いていく鈴音の姿を見送り、寮に戻ろうと背を向ける龍夜。その時、織斑一夏の名前が出たことを思い出し、これから起こる事を考え、面倒そうな溜め息を吐く。

 

 




龍夜がハジけるのは天才特有の感性。どちらかというとてぇんさい物理学者を連想させてもらえれば。


憧れている篠ノ之束本人と対面した時、どんな顔するんだろうな。龍夜は束さんを過大評価してるからね、性格的にも(黒い笑み)


『プラチナ・キャリバー』がISなんなのか、別のものなのか。まだまだ謎ばかりです。


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第7話 幼馴染みの転校生

龍夜の過去の一辺が、少しだけ明らかになります。


「というわけでっ!織斑くんクラス代表決定おめでとう!」

 

「おめでと~!」

 

 

ぱん、ぱんぱーん! というクラッカーの炸裂する音が立て続けに響く。パーティーに使われるであろうクラッカーの中身は周囲に撒き散らされ、祝われているにも関わらず浮かない顔の一夏へと舞い降りてきた。

 

 

夕食後の食堂。そこで行われていたのはクラス一同による一夏のクラス代表就任のお祝いパーティーだ。一クラス以上の人数が集まっている理由は、他のクラスの女子も混ざっているからだろう。

 

 

主役して盛り上げられてる一方で何処か腑に落ちない一夏の様子を、端から見ていた龍夜は薄々把握していた。彼としても、戦った三人の中で弱い自分が代表に選ばれたのを納得できていないのかもしれない。

 

 

まぁ、それでも興味ない、と龍夜は思っていた。ここで気にして心配する様子すら見せないのは、その行動自体必要がないと判断したからか。

 

 

同級生に紛れて一夏に取材を迫る上級生の姿が、視界に入る。困惑しながら取材に受け答えをする一夏に、憐れみの籠った呟きを漏らす。

 

 

「…………面倒なことになってるな」

 

「?どうかなされましたか?」

 

「いや、何でもない。…………それでだな」

 

 

隣の席に座るセシリアが気になったように此方を見てくるが、大したことでもないと応じる。

 

 

そうしてすぐに、机の上に並べたノートへと向き直る。ノートに書き記された文章を読みながら、龍夜はペンで付け足していく。

 

 

「俺がまず造るべきと思う武装は銃だな。《N.A(ナイト・アーマー)》、《A.B(アクセル・バースト)》、この二つのフォームに必要なのは遠距離攻撃手段。その為の銃の構造を、設計図として見たのがこれだ」

 

「…………これは─────まず、質問ですわ。この銃の大きさや形状からして、少し重すぎではありません?」

 

「単なる重機関銃じゃない、小型マグナムやライフルとしても使いたいからな。部品やパーツを可変式に組み立てておく。様々な種類の銃器を拡張領域に仕舞うのは、無駄の極みだ」

 

 

二人が話しているのは、新しいIS専用の武装の開発についてであった。

 

 

前に、龍夜のIS『プラチナ・キャリバー』は他の武装が存在しないと話しただろう。アレは事実であり、使用できる武器が粒子化させたり出来ないものばかりであるからだ。にも関わらず、武装を仕舞う拡張領域だけは普通に存在している。

 

 

長考の末に、龍夜は自分のISに使う新しい武器を造る事を決意した。他の企業に依頼したり、オーダーメイドを頼むという手もあるが、一個人に企業が尽力するとは思えない。何より、顔も知らない相手にISの情報を渡してまで武器を造って欲しいなんて、龍夜は考えたくもなかった。

 

だからこそ、自分で造った方が良い。………天才としてプライドが刺激されたという子供みたいな理由ではない。断じて。

 

 

その為に設計や思考を働かせていたら、一緒に夕食を取っていたセシリアもそれを知り、協力したいと申し出てくれたのだ。

 

断る理由もないか、と快く受け入れ、二人で互いの知識を出し合いながら設計を始めていたのだ。当初は女子達が興味深そうに見ていたが、ソワソワしながら話すセシリアを見て、満面の笑みを浮かべながら、パーティーへと向かっていった。

 

『完成したら見せて』、とも約束を取りつけられたのは頭が痛い話だが…………今気にすることではないだろう。

 

 

一段落出来たことで、龍夜は深い息を吐き出す。ある程度まとめられたノートを閉じ、セシリアへと声をかける。

 

 

「よし、設計の方はこれで良いだろう。微調整の方は此方でする」

 

「分かりましたわ………それはそうと、お聞きしたいことがあるのですけど」

 

「何だ?」

 

「その………銃の、色は決まってます?」

 

 

唐突の質問にも、龍夜は驚くことはなかった。すぐさま自分の脳内の情報をまとめあげ、的確に答える。

 

 

「………いや、決まってないな。後から決めるものかと考えてたしな」

 

「っ!なら青色にしてみませんか!?わたくしのオススメ、というわけではありませんが…………後々、色を決めるのに時間を使うのも面倒ですし………………どうでしょう!?」

 

 

ヤケに張り切ったように捲し立てるセシリア。透き通る程の青い瞳を輝かせながら返答を待つ彼女に、龍夜は数秒の間、思考を高速で回転させる。

 

 

断るのは簡単だ。

しかし、その理由がない。武装のカラーに時間を掛けるのも面倒だし、そう論ずる彼女の意見を拒否するほどのメリットは存在しない。

 

────断言するが、それだけの理由だ。決して、目の前の少女が断った時にどう思ってしまうのかなど、考えてすらいない。そう、絶対に。

 

 

 

「あぁ、分かった。色は青にさせて貰おう、アドバイス助かる」

 

「────い、いえ!此方こそですわっ!!」

 

 

緊張していた表情を綻ばせ、喜びを一杯に示す淑女 セシリア。落ち着きを忘れそうな程に喜ぶ少女はコッソリと隠れるように、よし!と拳を握っている。

 

 

 

そんな彼女の真後ろで、龍夜が思ったのはただ一つ。

 

 

 

 

(……………分かりやす)

 

 

隠しきれてないセシリアへの呆れ。

彼女本人は自分の想いを誤魔化しているらしいのだが、こんなの端から見れば丸分かりである。そう思うと、全く別の疑問が頭に浮かぶ。

 

 

こんなに分かりやすいのに、織斑一夏は何故気付かないのだろうか。セシリアが自分に好意を向けているのは分かる───それが恋愛的な感情なのかは判定できないが───篠ノ之箒が一夏に向ける想いも同じように、特別な感情、恋心なのは確実だろう。

 

 

だが、悲しいことに一夏はそんな色事に鈍感なのだ。彼女とのやり取りを見た龍夜は全てを察し、同時に呆れ果てた。千冬に叩かれ過ぎて脳細胞が壊死し、色事関連を読み取る機能が失われたのだろう、等と言う失礼なことを考えていると。

 

 

 

「───それじゃあ、次は期待の新入生の中でも超新星の蒼青龍夜君にインタビューをしていきまーす!」

 

「……………どちら様ですか?」

 

 

突然、眼鏡をかけてきた女子生徒がそう切り出してくる。彼女の姿を捉えた瞬間、龍夜の眼から感情という色が消える。冷徹な瞳には、面倒を感じ取った倦怠感が滲み出していた。

 

 

対して、少女────制服の少しの違いからして二年生───は、名刺を差し出しながら名乗りを行う。

 

 

「あ、そうだった。私は二年の黛薫子(まゆずみかおるこ)。新聞部副部長やってまーす。そしてこれが名刺ね」

 

「………なるほど、分かりました。それでは後で確認しますので、あちらからお帰りください」

 

 

受け取った名刺を懐へと仕舞い、冷たい声音のまま出口を促す。冗談などではなく、本気でそうしている態度だ。

 

 

「それは無理ですね、何てったって私がここに来たのは織部君と君の取材をしに来たからねー!さぁ、織斑君は終わったから、コメントをお願いしまーす!」

 

「取材NGです、帰ってください」

 

「うぇーい冷たーい!そんなこと言わずに、少しで良いからさー!」

 

「取材NGだ、帰れ」

 

「余計に口悪くなった!?」

 

 

ヤケに態度の刺々しい龍夜に、彼と交流の多い者達は疑問を覚えた。基本的に初対面の人間と接する龍夜は感情を表に出さない、一夏も最初はそうであった。

 

だが、彼女に対しては服装や持ち物を見た瞬間に、顔色が僅かに変化したのだ。落ち着いたような上塗りの表面には、どこか苛立ちが溢れている。

 

 

だが、薫子も好奇心と新聞部副部長のプライドからか引くに引けないらしく、拒絶を示す龍夜に食い下がっている。

 

冷徹な仮面の下から隠しきれない苛立ちを抑え込み、龍夜はストレスの溜まったような息を吐き出す。諦めた彼はすぐに口を開いた。

 

 

 

「────入学したからには、学園最強を目指すつもりですので。強さに自信のある方はよろしく、と」

 

 

「おぉ!強気の発言だねぇ!これは編集無しでさせて貰うよ!」

 

 

好きにすればいい、と龍夜は目の前で興奮する彼女の前で立ち上がり、食堂から出ていった。途中気付いた一夏も視線を向けてきたが、何かを思うところがあったらしく一言も声をかけることはなかった。

 

 

 

 

校舎から離れた場所へと歩き、息を整えてから─────近くにあった、大型のゴミ箱を蹴り飛ばした。

 

 

 

ガァンッッ!!

 

と、盛大な音を響かせ、ゴミ箱が凹む。蹴り上げた脚に痛みは感じない。だからこそ、内側から沸き上がる苛立ちを抑え込むことが出来ない。

 

コンクリートの壁を手の甲で殴り、無理矢理痛みを引き出す。皮膚に傷はないが、少しは骨に響いてきた。ビリビリと、鈍い痛みを感じさせながら震える手を見下ろし、龍夜は不愉快そうに吐き捨てた。

 

 

「─────クソ」

 

 

感情の整理が出来ない。

痛みで和らいではいたが、それでも落ち着かないムシャクシャした気持ちに従い、髪をかきむしってしまう。

 

 

学園に入学してからは平静を保つ事を重視していたのに、一ヶ月近くでこの有り様だ。過去の事や家族の事で感情的になるのは龍夜自身が認知してる通り、悪い癖だ。今回は何とか抑え込めたが、このような事がまたあるというのは想像したくもない。

 

 

二度と忘れないように、自分を見失わないように、心に刻み込んだ過去が、龍夜の心を沸騰させる。眼窩の奥に染み着いた光景が、憎悪という感情を滾らせる。

 

 

今にも沸き上がる激情を抑えきれず────深く握った拳を叩きつけようとした瞬間、

 

 

 

 

 

 

「────龍夜さんっ」

 

「……ッ、セシリアか」

 

 

真後ろからの声に、すぐには振り返らなかった。代わりに振り下ろそうとした拳をだらりと垂らし、集中させていた力を抜いていく。

 

 

振り返り、心配の眼差しを向けてくれるセシリアを見た。自分に対する不安や疑念といった感情は見られず、どこまでも龍夜を気に掛けた感情が浮かんでいる。

 

 

額に滲んでいた冷や汗を拭い、息を整えた龍夜は、一言口にした。

 

 

「………イヤな所を見せたな」

 

「いえ、そんな事ありませんわ────先輩方と何かあったんですか?」

 

 

セシリアの率直な疑問に、龍夜は首を横に振るう。

 

 

 

「先輩達は嫌いじゃない。取材に良い思い出が無いだけだ」

 

 

より正確には、取材をしてくるマスコミにだ。個人的に、龍夜はマスコミが大嫌いだ。その呟きの後の言葉は、紡がれなかった。

 

 

真実の代弁者。

自分等をそう謳う偽善者────ですらない彼等は、家族を失った自分達に群がってきた。

 

 

両親の死に隠された、真実を、と口にして。

 

 

 

 

それはたった一つの不自然な点から発生した可能性であった。

 

 

両親は新型ISの長距離狙撃実験の余波に巻き込まれたとのこと。有り得ない、と当時の龍夜は思った。両親はその時間帯にその実験施設とはかけ離れた外国の子会社と契約の話し合いをしていた。実際にその時間に会議をすると、龍夜達に伝えてくれていたのだ。

 

 

様々な不審な点から、陰謀説が世間に提示された。それから、心の弱った姉を支えて生活しようとしていた幼い龍夜が見たのは──────自分達に群がってくるカメラとマイクの数々だった。

 

 

 

『───ご両親がISの事故に巻き込まれた件について!お話を聞かせてください!』

 

 

『ご両親はISの兵器としての運用に反対意見を持っていたというのは事実ですか!?』

 

 

『お二人や貴方達の近くに、何か不審な事があったなら教えてください!』

 

 

『これは陰謀かもしれない!君達の家族が殺されたなら!真実を解き明かさなければいけない!君達も!それは理解できるでしょう!?』

 

 

家族の死を受け入れられず、心が弱った姉や自分に、そう宣ってきたマスコミが群がってきた。自分達に欲しかったのは、家族を失った事実を受け止め、落ち着かせてくれる程の時間が欲しかった。なのに、奴等はそんな事など関係ないというように自分達に家族の事を教えるように迫ってきた。

 

 

あまりのショックとトラウマに精神的に追い詰められ泣き叫ぶ姉を抱え、龍夜は家の中へと駆け込んだ。姉を悲しませたにも関わらず、逃げないでください、事実を皆さんに伝えてください、とほざく奴等には憎悪すら覚えた。

 

 

その怒りは、今も消えない。きっとこれからも衰えるとは思えないだろう。自分自身も、ずっと根に持ち続けてやると決意はしている。

 

 

 

────だが、彼等もクズなりは勘が鋭いとは思う。

 

 

何故なら彼等の宣う言葉が本当─────両親は事故ではなく、殺されたのだから。

 

 

 

 

沈黙を貫く龍夜は、チラリとセシリアに目線を向ける。何も言わない彼女に、龍夜の方からきいた。

 

 

 

「────聞かないのか?」

 

「嫌な話なのでしたら、無理に聞きませんわ」

 

「………助かる」

 

 

軽く話をしたからか、さっきまで激情に満ちていた心が今ではそんなものを感じさせない程に落ち着いていた。セシリアに軽い感謝を述べ、寮へと行く道を歩いていく。

 

 

その間龍夜は異変に気付かなかった────ケースの中に格納された聖剣の変化に。

 

 

 

キィィィィン、妖しく光る聖剣の宝玉。聖剣という名に反するような禍々しい光を灯らせていたが、落ち着いていく龍夜の心に連動するように、静かに光を薄くさせていく。

 

 

次第に聖剣の光は、何事もなかったかのように、完全に機能を停止させるのだった。密かに眠りにつくように。

 

 

 

◇◆◇

 

 

あれから翌日。

 

 

「転校生?今の時期にか?」

 

 

朝、教室に入ってきた一夏はクラスメイト達からの話を聞き、そう首を傾けた。

 

 

今はまだ四月だ。転校生が来るにしては早すぎる時期だろう。しかもIS学園は基本的に転入は難しいと聞いていた。国からの推薦がなければ無理という話からするに、

 

 

「なんでも、中国の代表候補生なんだってさ」

 

「へー、中国か。転校生なんて珍しいな、龍夜」

 

「………そうでもない」

 

 

突然話を振られたことに嫌な顔をせず(逆に面倒そうな顔はしてるが)龍夜はスマホを弄りながら答える。

 

 

「ここはIS学園。謂わばISや学校に関してはトップクラスの施設だ。自分達の代表をアピールする為に候補生を転校させるらしい、今回もそれの一貫だろう」

 

「だけどさぁ、珍しいんじゃないか?転校生って」

 

「………男のIS操縦者である俺達の方がよっぽど珍しいだろ」

 

 

ぶっきらぼうに言い切る龍夜に、確かにと納得する一夏。よくよく思えば、自分達の方が極めてレアな存在とも言えるだろう。いや、まぁ、どちらが珍しいかと競うつもりはないが、龍夜からしたら自分達自体が珍しいんだから転校生でいちいち騒ぐな、とでも言いたいんだろう。

 

 

ふと、一夏達の話に聞き耳を軽く立てていた龍夜も、何かを思い出した。色々とやることが多くてすっかり忘れていた。

 

 

「あぁ、そうだ。一夏」

 

「ん、何だよ?」

 

凰鈴音(ファンリンイン)という娘がよろしく、と言ってたぞ」

 

 

それを聞いた瞬間、一夏は驚いたように目を見開く。やはり知っているのか、そう思ったが、彼の顔は何処か不安そうなものに染まっていた。

 

 

「凰………?いや、知ってはいるんだが………本人かどうか分からないしな…………何か特徴とか覚えていないか?」

 

「ツインテール、小柄、絶壁、八重歯、距離感が近い」

 

「………?」

 

 

龍夜が的確に挙げすぎた特徴のせいで返って誰か分からなくなった一夏。本人も反応の鈍い一夏に怪訝そうな顔をしている。まぁだがこれ以上言っても何だから諦めることにした。伝えて欲しいことは伝えたし、大した問題じゃないだろう。

 

 

次第に話は転校生から次のクラス対抗戦についての話になった。この上なく一夏を応援する声ばかりだが、彼女達の目的は優勝の際に貰える学食デザートの半年フリーパスであった。

 

フリーパス、学食デザート。そんな言葉に釣られたのか、意識を完全に遮断していた龍夜が再び周囲に意識を接続する。

 

 

「…………デザート、か」

 

 

その言葉を舌で転がし、喉の奥へと流し込む。正直、デザートが好きかと言われれば答えたくはない。だが、デザートを求める理由はある。感情に従ったものではなく、合理的な理由が。

 

 

デザートの大半に含まれる糖分は脳の働きを良くさせる効果がある。(自称)天才である自分は最近新しい武器の開発のために頭脳を動かしていることが多いので、甘いものを求めることが多い。

 

昨日の夜はアイデアを考えながらケーキを一人で食べていたが、部屋に戻ってきたルームメイトの簪がジッと見つめていたので、半分差し上げた。これは完全に関係ない余談だ。

 

 

ともかく、龍夜としても学食デザートのフリーパスは無視できない。むしろ頭脳を使うことが多いこれからの事を考えれば、貰えるという話には無関心という訳にはいかない。

 

 

「今のところ専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから、余裕だよ」

 

他の女子の言葉に合わせて、そういう言葉が聞こえてからすぐに、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────その情報、古いよ」

 

 

このクラス内で一回も聞いたことのない声が響き渡った。一夏達が声のした方に視線を向けると、片膝を立て、ドアにもたれかかったツインテールの少女がいた。

 

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

 

「鈴……? お前、鈴か?」

 

「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

 

ふっ、と小さな笑みを浮かべる。トレンドマークのツインテールが軽く左右に揺れる。

 

 

 

「何格好付けてるんだ? すげえ似合わないぞ」

 

 

「んなっ!? なんてこと言うのよ、アンタは!」

 

 

開口一番の一夏の発言に、鈴音は普通に憤慨していた。まぁ、良い雰囲気出してたのにそれを突っ込まれれば、言いたいことはあるだろう。それも失礼なことなら、余計にキレたくなる筈だ。

 

 

「おい」

 

 

「なによ!?」

 

 

あ、馬鹿、とその光景を見ていた龍夜と一夏が思う。なんせ鈴音に真後ろから声をかけたのは虎ならぬ鬼なのだから。

 

 

 

バシンッ! と、少女の頭部へ出席簿が振り下ろされる。男二人とクラス全員が顔を反らす。あまりにも痛々しい音だが、何時もより音の張りが小さい。どうやら手加減はされてるらしい。

 

 

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

 

「ち、千冬さん……」

 

「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。邪魔だ」

 

「す、すみません……」

 

 

先程までの元気さは鳴りを潜め、目に見えて怯える鈴。どうやら一夏の話を聞くに、昔から千冬の事が苦手らしい。パワーバランスが格上だからとか。

 

 

「………あらら、言わんこっちゃない」

 

教室のドアから覗き込んだ二組担任 霧山友華もその現状に呆れたような口振りに反して笑みを浮かべていた。どうやらもうすぐSHRだから鈴を連れ戻しに来たようだ。

 

 

「またあとで来るからね! 逃げないでよ、一夏!」

 

「はいはい、帰るよ凰ちゃん。織斑センセの雷がまた落ちるよ」

 

「………お前も落とされたいか?」

 

「勘弁勘弁。それじゃあ一組の皆、バイバーイ」

 

 

一夏に対して色々と叫ぶ鈴を連れて、手を振りながら二組へと戻る友華。彼女達が消えたから数秒後、一夏にどういうことだと箒や他のクラスメイト達が問い詰め、全員千冬にぶっ叩かれるという珍事が発生した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

それから数日が経ち。

 

 

「………よし、これでいいか」

 

 

寮の外にある自販機から、二本の飲み物を買う。一つは炭酸飲料で、もう一つはカフェラテだ。無論一人で飲む訳ではなく、同居人の簪の為の分だ。………弁明のために話すが、パシられている訳ではない。

 

 

同室で過ごし、数週間。最初は互いに不干渉(必要な会話をするだけ)であったが、最近は彼女とも話をする事が増えてきた。そのお陰で、彼女の人柄も大体は分かった。

 

 

ただ最近は夜遅くまでパソコンで何らかの作業をしているのがよく見られる。龍夜としても本人の意思だから止めるつもりはないが、少しぐらい休憩をさせた方がいいと思っている。その為に、暖かいカフェラテを差し入れとして渡そうと思っていたのだ。

 

 

廊下を歩く最中も、考えを続ける。

 

 

「…………アレ、確かISだったな」

 

 

簪の作業の合間、視界の端に入ってきたのはISのプログラムの羅列であった。所々が未完成で、直したところが多い。基礎的なものからして、彼女は一人でアレを───ISのプログラムを造ってることになる。

 

 

(簪も代表候補生だったな。確か、倉持技研が開発に携わっていた気がするが─────)

 

 

一人で考えていると、思い出した事実があった。倉持技研、そこは確か一夏のIS『白式』を開発した会社だった気がする。結局は途中で束が完成させたらしいが…………。

 

 

スマホで倉持技研について検索をしてみる。詳しく調べてみると、倉持技研の公式情報にその主な理由が載っていた。

 

 

 

『倉持技研責任者 倉持徹氏は織斑一夏の専用機「白式」の解析・武装開発を開始すると決定。それに伴い、代表候補生 更識簪と共同開発を行っていた「打鉄弐式」の進行計画を無期限凍結を宣言。再開の目処は不明────』

 

 

(なるほど………簪を切り捨てた訳か)

 

 

要するに、世界的に注目されている一夏のISに人力を注ぐために、簪との約束を反故にしたのだろう。代表候補生一人よりも、男性IS操縦者の価値を優先させた────面白くない話だ。

 

 

(倉持………そう言えばアイツらとは商売をしたな。俺の造ったアレ、どうなってんだろうな)

 

 

かつて自分が造り、未完成として売りさばいたアレ。今現在、どのような扱いになっているのか気になっている所はある。………まぁ、それほど期待はしてないが。

 

 

 

 

そんな事を軽く考えながら廊下を歩いていく龍夜。しかしそんな彼だが、少しだけ意識が周りに向いてなかった。

 

 

廊下の角から飛び出してきた人影に、対応すらできなかったのだから。

 

 

「………ッ!?」

 

 

それに気付いたのは、目の前まで来た時だった。慌てて足を止めるが、動きまでは止められない。相手も自分に気付いたが、やはり遅かったらしい。

 

 

二人がぶつかり、後ろへと倒れ込む。胴体に直撃を受けた龍夜のダメージは予想よりも大きい。しかし苦しむ程のものではない。幸いなことに、相手も自分も顔を打ち付けることはなかった。

 

 

それよりも、心配なのは相手の状態であった。

 

 

「…………鈴?」

 

「────ッ」

 

 

凰鈴音、龍夜とぶつかったのは彼女であった。

正直の話、彼女とはそこまでの交流があるという訳ではない。食堂で少し話をしたくらいだ。距離感の近い彼女を見て分かったのは、一夏の幼馴染み(なんかファーストは箒、セカンドは暁なる人物なので彼女がサードらしい)であることと、一夏に恋をしていることぐらいだろう。

 

 

だが、今の彼女の様子が変なことはすぐに分かった。

 

 

無邪気な笑顔が似合うような顔には複雑な感情が渦巻き、眼は潤んでいる。その顔は今にも泣き出しそうなのを抑え込んだいるのがよく分かる。龍夜には具体的には分からないが、彼女にとって大事ではない何かがあったのだろう。

 

 

 

────おそらく、一夏が原因だろう。

あの馬鹿ならば、余計なことを口にして逆鱗に触れたなんてことは有り得る。だが、見た限り気の強い彼女がここまで取り乱すなんて、一体何があったのか。

 

 

倒れていた鈴は顔を振り上げ、唖然とする。

涙の滲んだ瞳が相手の存在を認知しても、思考がうまく回らなかったのだろう。

 

 

だが、ハッとした彼女が慌てて立ち上がる。自分の顔を伏せ、この場から立ち去ろうと持っていたボストンバッグを掴み、駆け出そうとする──────彼女の空いた手を掴んだ。

 

 

「待て」

 

「な、何よ!離してっ!」

 

 

強気な声をあげて、手を振り払おうとする鈴。何時もの声とは違い、不安定な感情が込み上げているのが分かる。龍夜にすら顔を見られたくないのか、別の方に顔を向けている。

 

 

なら、単刀直入に言うか。

そう思った龍夜は勢いに任せて離れようとする鈴へ、小さな声で告げた。

 

 

「────屋上、この時間なら人はいない。居たとしても、長居する奴は滅多にいない」

 

「…………」

 

「何があったかは聞かないでおく。誰かに見られる前に行くなら、少し奥の階段の方が早い」

 

 

それだけ言い手を離すと、黙って彼女は廊下の奥へと走っていった。助言通り、この近くにある階段の、奥の階段を使っていくのを目視してから、龍夜は溜め息を吐く。

 

 

 

 

そして────ぶつかった事で地面に転がった飲み物を、自分が飲むつもりだった炭酸飲料を手に取り、さっきよりも深い溜め息を吐き出した。




龍夜「今まで感情をさらけ出す事はなかったのに…………」

感情が、ねぇ?(苦笑い)


龍夜さんの過去、取材(マスコミ)が嫌いな理由。家族の死を陰謀論のネタにしたいマスコミ達の粘着。精神的に疲弊していたお姉さんを集団で囲み、心の傷を抉って泣かせました。なので龍夜さんも普通に毛嫌いしてます。

次回もよろしくお願いします!それでは!


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第8話 クラスマッチ

今回は少し短め。区切りが良かったので。


あと、この話から少し原作から外れたオリジナルになります。それでもよければよろしくお願いいたします!


五月が経ち。

前々から噂されていたクラス対抗戦が始まりを迎えた。その余興ともされる最初の試合は、誰しもが盛り上がるような組み合わせであった。

 

 

第二アリーナ第一試合、一組代表 織斑一夏 対 二組代表 凰鈴音。事情を知る者からすれば、因縁のある試合だろう。

 

 

男のIS操縦者と中国の代表候補生という、期待の多い新入生同士の戦いということもあり、アリーナの観客席はほとんどが沢山の生徒や関係者で溢れていた。それでも足りないようで、通路にすら入れない生徒達はリアルタイムでの鑑賞になる。

 

 

『マスター、マスター!イチカとリンちゃん、どっちが勝つのかな!どっちだと思う!?』

 

「…………さぁな」

 

 

観客席の隅の方で、面倒そうに片耳にイヤホンを着けた龍夜が、スマホの中でも元気なラミリアに短く答える。視線すら向けていないが、適当な反応ではないのは分かる。彼女が龍夜にとって単なる創造物ではない、特別な存在であることも。

 

 

アリーナ内に降り立ち、互いを見合う二人の姿を確認し、そろそろか、と龍夜はイヤホンを外し、試合に集中することにした。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

試合開始のブザーがなった瞬間。

 

 

白式(びゃくしき)』を纏った一夏と、専用機『甲龍(シェンロン)』 を纏った鈴が激突した。互いの武器の刃と刃が接触を起こし、金属特有の火花を散らす。

 

 

ふうん、と感心したらしい鈴は自らの武器────異形の青竜刀の武装『双天牙月』を容易く手に取り、引き下がる。しかしそのまま後退する事はなく、一夏へと再び斬りかかる。

 

 

単なる斬撃。まるでバトンを手に取るようなその動きは、一夏も翻弄されかけていた。一撃、一撃がそれぞれ別方向から放たれる。しかもどれも、振り回した際の遠心力も乗り、その威力は尋常なものではない。

 

 

やっと一撃受け止めたところで、鈴が不適に声を投げ掛ける。

 

 

「一夏、今謝るなら少しくらい痛め付けるレベルを下げてあげるわよ」

 

「手加減なんていらねぇよ!全力で来い!」

 

 

そんな彼女に対し、一夏はそう言い返す。勢い良く『双天牙月』を弾き返し、反動に従うように後ろへと下がる。距離を取り、何とか打開策を取ろうとするが─────

 

 

 

「甘いッ!」

 

 

直後、動きがあった。

鈴の肩部位に存在する非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)の装甲が開いた。内部から光が発生した途端、一夏も動いた。

 

 

 

そして、一夏の居た場所が一瞬で消し飛んだ。やはり、と息を飲み込む一夏を他所に、攻撃をしたであろう鈴が信じられないというように眼を見開いていた。

 

 

確信したように、一夏が叫んだ。

 

 

「『衝撃砲』ッ!『甲龍』の武装の一つだろ!砲身も砲弾も透明で見えないけど、衝撃弾くらいならセンサーで分かる!」

 

「ッ!?」

 

驚きながらも、流石は代表候補生。すぐさま『衝撃砲』を繰り出してきた。慌てながらも的確に避ける一夏は、少しの前の記憶を思い出していた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

「───『衝撃砲』、それが鈴のIS 『甲龍(シェンロン)』の武装の中で他とは違うものだ」

 

 

放課後のアリーナ。一夏と訓練することになった龍夜は、ついでに自分で調べた鈴のIS 『甲龍』の情報を一夏に教えていた。

 

本来であればここまでしてやる理由はなかったが、自分の強さを高めるライバルと見据えた一夏には簡単に負けて貰っては困る。敗北と経験というが、勝利を諦める理由にはならない。

 

────学食のデザートが、一夏を勝たせようとする理由ではないのだ。断じて。

 

 

 

「砲身も砲弾すらも見えない、だからこそ何時どちらに向けて撃たれたのかも分からない。何より、アレに物理的な砲身は存在しない。空気を圧縮して撃ち出しているからこそ、その気になれば全方位からでも攻撃は出来るだろ」

 

「………ってことは、無敵だよな?勝てるのか?」

 

「アレも武装の一つだ。そこまで無敵じゃない。弾は追尾しないから、当たるように工夫して撃ってくる筈だ。お前は、近付かずに距離を置きながら避け続けろ」

 

 

衝撃による砲弾。その実体を聞いても強そうではあるが、龍夜からすればそうでもない。ハイパセンサーにある気流や空気から判断し、斜角や距離、射撃の間隔なども計算して回避できる。

 

だが、一夏はそれほど頭がいい訳でもない。だから龍夜は一夏にもある程度訓練を行った。それは、龍夜が借りたレーザーライフルの狙撃を避けるという簡単なものであった。

 

 

しかし、それも最初まで。

次はハイパーセンサーを使用せず、目視で。その次は視界を隠すという無茶振り。

 

視界を隠して避けるとかは無理だったが、目視で見て避けるのは慣れてきた。これなら飛び道具もある程度は回避できるだろう、そう判断した龍夜は訓練をそこで終わらせた。

 

 

 

スポーツドリンクを飲んで休憩する一夏に、龍夜はふとある事を聞いてみた。

 

 

「───一夏」

 

「おう、何だ?」

 

「…………鈴と何があった、と聞くのは無粋か」

 

 

それだけ言うと、一夏は何も言わなかった。いや、何も言えなかったのか。落ち込んだ空気に、龍夜は大して気にしてすらいなかった。

 

 

「まぁいい、俺も興味はない。だが言っておく」

 

「……………それは」

 

「アイツ、泣いていたぞ」

 

「………………分かった」

 

 

それだけだった。

先程の暗い雰囲気から一転、覚悟を決めたような様子を見せる。悔いるように口を噛み締める一夏に、龍夜は怪訝そうに眉をひそめる。

 

 

彼の様子が変わったことに、疑問を覚えるように。

 

 

「………勝てなくなったか?」

 

「いや、負けられない理由ができた。後、謝らなきゃいけない理由もな」

 

「そうか」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「───ッたく!しぶといわね!」

 

「そりゃぁ!負けたくないからな!」

 

 

放たれる透明な弾幕を、何とか避けていく一夏。豪語したものの、これだけの数の攻撃を掻い潜り、鈴を攻撃する暇はない。

 

 

だが、このままではジリ貧だ。いくら避ける事が出来ても、それには限界がある。無駄に体力を減らし、呆気なく倒される可能性がある今、一夏が選ぶべき選択肢は一つ。

 

 

一か八か、攻撃に転じることであった。

 

 

「鈴」

 

「なによ?」

 

「本気で行くからな」

 

 

雪片を構え、真剣に見つめる。本気で覚悟を決めた一夏の目つきに、鈴は驚き───何だか曖昧な表情を浮かべた。

 

 

「な、なによ……そんなこと、当たり前じゃない……。とっ、とにかくっ、格の違いってのを見せてあげるわよ!

 

 

鈴が両刃青竜刀をバトンのように回転させ、構え直す。続けて両肩の衝撃砲が放火を放つ────その瞬間に動き出した。

 

 

衝撃が砲弾となる直後、空気の変化をハイパーセンサー越しに感じ取った一夏はスラスターを軽く噴かし、自分の行動を予測した形で放たれた衝撃弾を難なく回避する。

 

 

そして、今までのように逃げる事はせず、前へと突き進んだ。ただ接近するのではなく、瞬時加速を発動させ、鈴との距離を勢い良く縮めていく。

 

 

「うおおおおおッ!!」

 

 

加速に身を委ね、雪片を振り上げる。慌てて青竜刀を振り払おうとする鈴だが、一夏の方が僅かに早い。彼女のISを雪片が斬ろうとした─────────が。

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

「な、なんだ!?」

 

二人が咄嗟に動きを止める。

後少しで決められた一夏も、鈴も動きを止め、反撃もしようとしない。それは試合では有り得ない出来事であり、観客席にざわめきが生じる。

 

 

彼等が感じ取ったのは────高エネルギー反応。互いのISとは無関係のそれが、自分達の付近から確認されると同時に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────ドオオォォォォォォッッ!!!

 

 

という轟音に続き、空から何かが降り注いだ。凄まじい爆発がアリーナ全体へと響き、観客席から悲鳴が生じる。それ程の衝撃であった。

 

 

爆心地はすぐ近く。

警戒を緩めることなく駆け寄った一夏は、目の前の光景に言葉を失う。

 

 

「……………ウソだろ」

 

 

自分達の戦っていたすぐ近く、その地面に大きな穴が空いていた。だが、それはクレーターが直撃としたとか生温いものではない。地面自体が、縦一直線に引き抜かれたように消失しているのだ。

 

巨大な機械でボーリング調査した、と言い訳しても納得できるような大穴に唖然としていた一夏に、鈴が声を荒らげる。

 

 

代表候補生に選ばれたからでもあるのか、彼女が状況を察知するのは誰よりも早かった。

 

 

 

「一夏!真上からの狙撃よ!」

 

「ま、真上からだって!?しかもアリーナの遮断シールドをぶち破るなんて────」

 

「それ以上の相手ってことでしょ!」

 

 

それだけ言ってた鈴が何も言わずに空を見上げ、両目を見開く。最初は声をかけようとしたが返事はなく、仕方ないと一夏も同じように真上に視線を向ける。

 

 

 

 

……………何も見えない。

分かるのは、染み渡るように広がる青空────そして、辺りに散乱するように浮く雲の数々。その形は通常であれば見たこともない形であり、先程の攻撃による影響というのは明らかだった。

 

 

そして、ハイパーセンサーが作動した瞬間、拡大された視界が何らかの姿を捉える。それを見た一夏の口から、疑問が漏れる。

 

 

 

 

「なんだ…………あれ?」

 

 

 

 

一夏が見たのは─────真上から此方を狙う、巨大な異形の存在であった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

上空。

IS学園の真上に位置する最高度の領域。

その場所を飛ぶ飛行物体は本来ならば、何一つ存在しない。IS学園の真上やすぐ近くを飛行できる飛行機などあってはいけない、そのように厳重なルールも敷かれている程だ。

 

 

 

ならば、今も学園の真上を飛来している物体は、法に反したものであるのは確かだ。翡翠の軌跡を残し、空や雲を切り裂く金属のナニか。

 

 

 

それは、龍────特徴からだとそう呼ぶべきなのだが、全体的にはそう呼べないものだった。

 

 

大きさは、十メートル以上。

左右に巨大な鋼の翼を模したそれは、羽としての膜は存在せず、代わりにエネルギーを実体化させたような翡翠の刃を重ねている。

 

 

腕や脚、龍として存在するようなパーツはなく、空中を旋回するその巨体はさながら戦闘機であった。その頭部、顔のパーツもない金属のフルフェイスのような部位。

 

 

眼の役割をするサーチアイが、遥か下の第二アリーナを捉える。目視では確認できないが、金属の龍は赤外線か何らかの機能により、遮断シールドの貫通を確認した。

 

 

『────初撃、命中』

 

 

無機質に、結論を述べる。

金属の龍は独り言を口にしている訳ではない。自らの主、この機体を操るマスターへの報告を行っていたのだ。

 

 

龍に、思考パターンはない。

ただ単に、マスターからの命令を的確に実行する事だけ。もし命令に逆らうことがあるとすれば、自らの主人を護る事に他ならない。

 

 

故に、下された命令を拒絶することもなく、失敗することもない。どんな命令を果たす、『龍』という兵器が製造された理由なのだから。

 

 

 

そして、()()()()()()主人から、更なる命令を更新する。

 

 

『────了解。これより遮断シールドの完全な破壊を開始する。範囲内のIS二機を目標から除外し、攻撃を開始する』

 

 

ガコン、と胴体の装甲が移動する。腕の代わりに展開されたのは、巨大な二つの砲身だった。それが、龍と形容しがたい要因の一つであった。

 

 

大きさからして戦艦の主砲に匹敵する。実弾も使用しないのか、争点部位は見られない。代わりに、無数のケーブルが装甲の合間から覗いている。

 

 

二門の砲身は真下のアリーナへと向けられると────膨大なエネルギーを蓄積させる。そして、砲口から光が瞬いた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

再び、轟音が連鎖する。

連動するように引き起こされる地震が生徒達の悲鳴と重なり、その悲惨さを物語っていた。

 

 

 

ピット内部でも、その現状は嫌という程見えていた。

 

 

 

「何だ、アレは………」

 

 

一つから二つ、三つへと増えた穴。学園上空からの狙撃で作られた大穴を目にした箒が言葉を失う。

 

 

アリーナのシールドの全ては打ち砕かれ、今のアリーナに外部からの攻撃を防ぐ事も出来る万能のバリアは存在しない。

 

 

「遮断フィールドをいとも簡単に貫通するだと………それにあの威力、一体どれだけ強力な兵装を積んでいる」

 

 

上空を旋回する鋼の龍にいち早く気付いた千冬が眼を鋭くさせながら呟く。一見すると落ち着いた様子の千冬だが、警戒は何一つ損なっていない。

 

 

むしろ今すぐ対応するべく、端末を起動させ、誰かとの連絡をとろうとする。その動きは迅速で、冷静なのは変わりなかった。

 

 

だが、通信相手と繋がるよりも前に────自分を呼ぶ真耶の声を聞き、彼女の元へと歩み寄る。

 

 

「どうした」

 

「アリーナに再びシールドが、レベル4に設定!扉も全てロックされました!」

 

「………ロックの方の解除を。アリーナなら兎も角、ひとまず生徒を避難させることが優先だ」

 

 

「ダメです!システムがハッキングされてます!」

 

 

コンソールを操作する真耶や、同じくタブレットを動かす霧山、二人の顔には普通には見えないほどの焦りがあった。突然再起動したシステム自体が、何の意図かアリーナ全体、避難通路すら封鎖を始めたのだ。この現状で観客席に生徒達が閉じ込められたままというのは危険だ。流れ弾が何時受けるか分からない。

 

 

そんなピット内部だったが、一瞬で暗転する。外の構成を映し出していた映像システムが強制的に切り替わったらしく、全てが真っ黒な画面へと染まっていく。

 

 

「これは───」

 

「何が、起こっているんだ!?」

 

ピット内から見学をしていたセシリアと箒がこの自体に困惑する。だが、何も分からないのは箒であり、セシリアは何が起こっているのかはまだしも、誰がこんな事をしたのかはある程度予想できるらしい。

 

 

実際、こんなことが起こるとは思いもしなかったが。

 

 

 

The world is covered with a crime and the work(世界は罪と業にまみれている)

 

 

機械的な合成音声が、静かに響き渡る。

同時に目の前の画面には赤い文字がカチカチカチ、と刻み込まれている。

 

 

 

I straighten a warped law of nature(歪んだ理を、我等が正す)

 

全ての画面に、たった一つのイニシャルが投影される。複数種類の銃と剣。交差する二つの武具に重なるように、見開かれた瞳のマーク。その眼光には「ANAGRAM」と記されている。

 

 

「…………アナグラム、一体何故────!?」

 

 

その組織について教えられたであろうセシリアが、疑問を漏らす。アナグラム、世間一般ではテロリスト定義された彼等だが、一般人を襲うことはない───それどころか人命を優先させる彼等には世間からの評価も厚い。

 

 

その彼等が、何故わざわざIS学園にこんな攻撃をしてくるのか、と。

 

 

答えがでない中、全てを理解した千冬が奥歯を噛み締める。砕きかねない程の力を込めながら、彼女は敵意を組織のイニシャルへと向けるしかなかった。

 

 

「…………そういう事か、嘗めた真似を」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「…………流石はジールフッグのハッキングコード、IS学園のシステムを乗っ取ることに成功するなんて流石だな」

 

『褒め言葉ありがとう、我等がリーダー』

 

 

放送室。

混乱に包まれた観客席を静かに見る人影が一つ。耳に装着されたイヤホンとインカムの合体した機器を使い、ジールフッグなる少年と会話をしている。

 

 

 

顔立ちは良く、普通に見ればイケメンと言われるような美形の青年。黒い前髪の一部である白い髪が目立つ…………染めたというよりも、色が抜け落ちたような感じがある。

 

灰色のロングコートを着込むが、完璧に着ている訳ではなくその下に着た黒いシャツを露にしている。

 

 

放送室から周囲の光景を覗き込む青年以外の人間は数人だけいる。先程まで試合の審判とナレーターをしている女子生徒の二人。彼女達は気絶させられたらしく、近くの椅子に寝かされていた。

 

 

「これで織斑千冬や教師陣は動けない。少しの間は我々の思い通りに動ける─────そして」

 

 

青年は放送室の機器に手を伸ばす。その一つ、巨大なディスプレイに差し込まれたUSBメモリの一つを抜き取ると、ロングコートの内側に仕舞い込む。

 

 

インカムを口元へと移動させ、青年は口を開く。

 

 

「第一目標、問題なく達成した。『ドラグーン・ストライク・キャノン』は上空で移動中。シールドの破壊を確認。作戦通り、別動隊は今からアリーナへの侵入を開始せよ」

 

 

その瞬間、アリーナで更なる動きがあった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

複数回の狙撃が、アリーナそのものを揺るがす。

 

 

 

 

遮断シールドの破壊されたアリーナの上空に、凄まじい空気を切り裂きながら飛行艇が踊り出す。ピタリと、その場で停滞した飛行艇の装甲が左右に開く。

 

 

 

その瞬間、五つの影が順番に飛来してきた。地面を揺らし、堂々した着地した四つの異様な影が、砂塵を振り払いゆっくりと体勢を立て直す。

 

 

キュイイン、と。機械独特の音は、間接部位を折り曲げた時のものであった。煙の奥から出てきたモノ達の姿が、ようやく露になる。

 

 

 

「……………IS、なのか?」

 

 

 

「いや、違うわ。アレは─────」

 

 

四機の兵器。そう呼称べきそれはヒトの形を型どったモノであった。

 

 

一際大きな図体。頭部に取り付けられ、此方や周囲を確認するモノアイ。両腕は掘削機のようなドリルと四方に展開されたクロー、そして反対の腕は大型キャノン砲が強引に取り付けられている。全部が同じ武装ではないらしく、両腕に何もない個体や、機関銃やアンカーなどつけている個体もいる。

 

 

そして、胴体に負けない程の大きさの肩にはそれぞれ砲門が搭載されていた。これは全ての個体に類似する特徴だ。

 

 

 

「……………まさか、『アルガード』?」

 

 

ふと、先に気付いた一夏が呟きを漏らした。

歴史の授業で習ったことがある。『アルガード』、強襲人型無人戦車。戦車として優れた攻守を人型で再現したという、第三次世界大戦で世界を破滅に導いた機械群の一体として区分されていた。

 

 

形状も教科書とは違うが、ある程度は類似してる所もある。

 

 

「ううん、でも有り得ないわ。あれは国連の兵器じゃない、八神博士が世界を滅ぼすために製造した『破界モデル』。『破界モデル』は国連が廃棄した筈よ、八割はね」

 

 

鈴の言う通りであり、一夏もそれに関しては同意だった。アルガードを含む『破界モデル』は多くの街や国を蹂躙した悪魔の兵器。いくら現時点の兵器より強くても、人々の不安故に使用できない。自己防衛や解析のため以外の個体は全て破棄された、それが国連の発表であった。

 

 

 

ならば製造し直したものか、とも思うが………それも難しい。八神博士の製造する兵器の多くは未知の技術を使用されており、十年が過ぎても尚、その技術を解析できずにいるのだ。

 

 

初代天災と呼ばれた名は伊達ではない。

兵器に組み込まれた膨大にして未知のシステムはブラックボックスであり、彼が死んだ今、完全な失われた技術(ロスト・テクノロジー)と化した。

 

 

故に、あの兵器の量産や改造タイプが目の前のいることは有り得ない。それはつまり博士の知識と頭脳を持つものが今の世界にいる、という信じられない可能性すら連想させる。

 

 

だが、一夏にも分かる。

あの兵器が狙っているのは逃げることも出来ず閉じ込められた観客席の生徒達であり、ISでも倒せる無人兵器であることだ。

 

 

すぐさま近くの一体へと向き直り、雪片を構える。奇襲ならば二人で二体を倒せる。それならば戦闘になっても勝ち目はある。

 

そう思い、スラスターを噴かそうとした 一夏だったが、

 

 

 

「動かないで、一夏」

 

 

スッ、と鈴が腕を前へと出して一夏の行動を制する。突然遮られた一夏は彼女へと問いかける。

 

 

「何するんだよ!?アレは倒さなきゃいけないヤツだろ!?早く倒さないと観客席の皆を──────」

 

「奴等の狙いを見なさい!観客席を狙ってもすぐに攻撃してないでしょ!今すぐ攻撃しないのは準備してるんじゃなくて、私達に見せつけてるの!ここにいる生徒達が人質だって!!」

 

確かに、言われ見ればそうだった。観客席へ砲口を向けた『アルガード』のモノアイはジッと一夏と鈴に向けられていた。全ての行動を確かめているようであり、何かを待っているようであるが─────────、

 

 

 

 

 

 

「─────その通り。話が早くて助かる」

 

 

タン! と地面を擦る足が響く。誰かがアリーナの中央に、アリーナの端へと移動する四つの機体の真ん中に位置する場所に立っているのだ。

 

 

 

それは、一人の青年だった。

青みのがかった長髪、女性のように艶のある髪は肩より下まで伸びている。顔立ちも端正で見るものを安心させるかのような微笑みだが、僅かな敵意が滲み出している。

 

 

服装は、白と黒が特徴的なもの。白い軍服に黒いマントを肩に取り付けた、普通では見ない衣装だ。黒いマントの下の腕は僅かにしか見えないが、何か機械らしきものが腕に絡まっているのだけ分かる。

 

 

 

「初めまして、メインゲスト 織斑一夏。そして、サブゲスト 凰鈴音。今回、お会いできて光栄でありますね」

 

 

 

まるで舞台にいる役者のように、壮大な素振りで腰を折り、胸元に手を添え、頭を下げる。少し演技くさいその動きは、一礼しているようであった。

 

 

 

そして、青年は告げる。

自らの名を、自分達が何者なのかを。ある種の宣戦布告の意味を含みながら。

 

 

 

「─────我々は、多国籍連合革命軍 アナグラム。そして私は、最高戦闘員《反逆者(リベリオン)》が一人。

 

 

 

 

 

 

 

戦歌の調律者(バトリオン・コンツァルト)』、名をゼヴォド・ヴォイス。アナグラムに全てを捧げ、未来を見据えた一人の戦士です。以後、お見知りおきを」

 




アナグラム、襲撃開始。

まぁ前々から告知されてたから知ってた()という方が多いでしょうか。

次回もよろしくお願いします。


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第9話 襲撃のアナグラム

今回の話から、オリジナル兵器が登場します。原作とはかけ離れた話になると思いますので、それでもよければよろしくお願いいたします。


「アナグラム………だと?」

 

 

名乗り上げた青年の言葉に、龍夜は冷静に聞いていた。開こうとしないゲートの前に群がる人だかりから混乱に包まれた悲鳴が聞こえるが、龍夜は気にせずアリーナの方を睨みながら思考に暮れていた。

 

 

 

多国籍連合革命軍 アナグラム。

国連や多くの国からはテロリストとして警戒されている一方で、一部の世間や小国からは革命の英雄として応援されている組織。

 

 

 

かつて国連による掃討作戦を行われたと聞くが────もしその噂が本当ならば、彼等は国連の軍勢を打ち破った事になる。博士しか製造できない筈の兵器を持つならば、それも有り得る。

 

 

あの兵器、龍夜が知る大戦のものとは欠け離れている。機体も性能も、あの大戦で運用された個体よりも強化されたものだ。旧式のISで圧倒できたとはいえ、当時の戦力では手も足も出なかった兵器の改良型。その脅威は甘く見積もるべきではないのは周知の事実だ。

 

 

 

(だが…………それだけで学園に攻め込めるか?)

 

 

にも関わらず。

鼻面に皺を寄せ、龍夜は自身の考えをまとめていた。何か、嫌な予感がするのだ。あの青年、ゼヴォドとやらの余裕。ISの恐ろしさを理解していながらも、対処できるという自信が見え透いている。

 

 

(確かに、あの兵器やアリーナの遮断シールドを破壊したあの兵器は強力だが、それでもISの方が兵器としての価値は上だ。そのISが多く集まるこの学園に襲撃をしてくるってのに、あれだけの戦力で良いのか?)

 

 

ISに存在する絶対防御。

シールドエネルギーがゼロになった際、発動する無敵の防御。それがある時点でIS操縦者に死の恐れは無いに等しい。絶対に安全、確実に死なないという事ではないのだが、今までIS操縦者が死亡したという経歴はなかった。

 

 

 

──────アナグラムの戦闘で起こった、唯一無二の例外がなければ。

 

 

少し前のニュースでもアナグラムとの戦闘でIS操縦者が死亡したと話は聞く。ニュースの補足では、ISのエネルギーが失くなった状態で奇襲され、ISを纏えずに死んだと言われていたが、実際にそうかは分からない。情報統制されている可能性もかる。

 

 

 

 

────何があるのか。

奴等がISに対抗できる切り札を、まだ隠し持っているのか。それがアナグラムという組織が滅ぼされることなく、現存し続けられている理由なのか。

 

 

そんな風に思考を働かせていると、龍夜に声を掛ける女子達がいた。龍夜と比較的に仲の良い部類に入るクラスメイト達だ、まぁ積極的に話し掛けてくれるぐらいだが。

 

 

「ちょっと龍夜くん!何してるの!?」

 

「早く離れないと!私達も巻き込まれるから!」

 

「………いや、無理だな」

 

 

心配して連れていこうと促すクラスメイト達に、龍夜は冷静に言う。この状況は大方理解できているらしく、壁に配備されたコンソールを何度か触れる。そして観客席を真上から示すマップを見せながら言う。

 

 

「全てのゲートがロックされてる。大方、奴等の仕業だろう。教師達に手を出させないようにする人質というべきか」

 

「ひ、人質……?私達が?」

 

「織斑千冬を足止めするための手立てだな。これならば確実にあの人は動けない。無理矢理にでも動けば生徒を殺す、実際にその気はなくても抑止力にはなる。逆に言い返せば、俺達に手を出すのは相手も避けたい筈だ」

 

 

人質を取るという戦術は確かに有効だが、いつまでも使えない。それは彼等は分かっている筈だろう。実際に人質を始末して牽制するなんて、アナグラムの立場を失墜させる要因にもなり得る。

 

 

故に、龍夜はアナグラムが自分達を攻撃しないと踏んでいた。アナグラムという組織が、世間一般から正義の組織と見られている事実を考慮したものだ。

 

だがそれでも、万が一ということもある。

 

 

「壁際に寄れ、今の人混みの数だと返って巻き込まれる。今現在は奴等の動き方を見るしかない」

 

 

自分に声をかけてくれた彼女達にそう言い、後ろへと促す龍夜。最初は戸惑っていた二人だが、一緒について来ていたのほほんとした少女────名を布仏本音────がすぐに言う通りに動いたのを見て、彼女達も従っていた。

 

 

だが、龍夜としては言いたいことが一つ。

 

 

「………何で寄り掛かる?」

 

「んー?ダメだった~?」

 

「別に」

 

 

 

そう言っていると、動きがあった。

 

 

観客席の壁に取り付けられたスピーカーが、ブツッと反応する。それから、マイク越しに響く声が聞こえてきた。

 

 

『────あー、えー、観客席の皆さん。お静かに、お気持ちは分かりますが、今は大人しくいただければ幸いです』

 

 

アリーナに侵入してきたゼヴォドなる男の声だ。どうやら耳元のインカムをアリーナのスピーカーに接続したらしく、他の観客席にも響いているらしい。

 

 

しかし、観客席の落ち着きは消えることはなく、大声で叫ぶ声が何度も響いていた。それは次第に苛立ちや怒りの声にもなり、ゼヴォドに対する怒りが溢れていた。

 

 

何時まで経っても喧騒が静まらない様子に、言っても無駄と判断したゼヴォドが呆れたように、深い息を吐く。倦怠感に包まれたそれは、面倒だという彼の心情を表現していた。

 

 

 

だが、次の瞬間。

 

 

 

 

パァン! と、銃声が鳴り響く。空砲ではない、実弾だ。

インカムは相当高性能なのか、銃の音は当然ながら、薬莢が地面に落ちる音まで捉えていた。

 

 

先程までの騒がしさから一転、驚くほど沈黙に包まれた観客席。全員の視線が、アリーナのゼヴォドへと集中する。

 

 

機械に包まれた左手に銃を持ち、空に向けて実弾を撃ち放ったゼヴォドは銃をゆっくりと下ろし、右手を前へと伸ばす。

 

 

人差し指を口の前に出し、静寂を求めるように小声で告げる。

 

 

 

『────シーッ、静かに。演目が始まる際は、静かにしていただきたい』

 

 

誰もが、何も言わなかった。

人を殺せる武器を持ち、それを確かめるような男に、女子達は恐怖を覚えていた。学園生活という生優しい環境で、命の危険にすらあった事もないからこそ、反論する勇気なんてない。

 

 

龍夜の意見通り、彼等が人質を殺さない。そういった希望よりも、殺されるかもしれない恐怖の方が現在大きかったのだ。

 

 

数秒の間、何事も聞こえなくなった周囲の様子に、ゼヴォドは優しい笑顔を浮かべる。他人を安堵させるような落ち着いたものだが、武器を持っている以上、その意味も矛盾しているものとなる。

 

 

『えぇ、物分かりが良くて助かります。私達も下手な犠牲者は増やしたくはありませんので、ご理解感謝いたします』

 

 

 

そして、インカムを消したゼヴォドはゆっくりと、一夏と鈴へと向き直る。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「さて、改めまして─────男性IS操縦者、織斑一夏。幸運と奇跡に恵まれし、新世代の申し子よ」

 

 

そんな律儀な挨拶を再び行うゼヴォド。

丁寧な仕草には変わりないが、さっきとは違うことがある。隣にいる鈴に意識を向けていない、興味すらないのか無視している素振りすらある。

 

 

その態度に、不服を覚える一夏だが、気品さを保つゼヴォドは話を続けた。

 

 

「このような舞台をこしらえた理由は二つ、その一つは、貴方と対談をするためでもあります」

 

 

「話すだって?」

 

 

にこやかな笑顔、気軽かつ配慮したような口振りに、一夏が眉をひそめる。自分と会い、話す。たったそれだけの為にこの学園を襲い、なにもしてないクラスメイト達を人質に取ったのか。

 

 

爆発しそうになる怒りを抑えながら一夏は首を横に振る。自分でも怒りを隠せない言い方で、ゼヴォドの話を拒絶する。

 

 

「悪いけど、俺はアンタと話し合うつもりはない。こんな事をしておいて、はい分かりました、って俺が言うと思ってるのかよ」

 

「はて、現状が分かっていませんね。貴方達も」

 

 

にも関わらず。

ゼヴォドの態度は気にした訳でもなく、落ち着いたままだ。まるで一夏が何も分かっていない世間知らずとでも暗に言っているのか、彼は説明口調で語り出す。

 

 

「何故我々がシールドを張り直し、ゲートまでロックしたか分かります?ここだけではなく、観客席まで………………織斑千冬や貴方に対する人質という意味をお忘れなく」

 

「…………」

 

「ここにいる無人機は貴方達ではなく彼女達を人質として利用する為に用意したものです。貴方達って………ほら、よく話を聞かないこともありますしね。武力行使も、私は避けたいので」

 

「…………脅してる癖によく言うわね」

 

「そうですか?実際に撃ち込まないだけで優しいと思いますがね。何なら数人程殺せば、理解してくれますか?」

 

 

鈴の言い返す一言に、気品さのある態度から反転し冷淡な言い方をするゼヴォド。先程から、何かが可笑しかった。一夏に対してはまるで客人として接するゼヴォドだが、鈴に関しては態度が冷たい。何か理由があるらしいが、少なくともそれが鈴本人が原因ではないのは確かだろう。

 

 

 

「ですが、私の敬愛する『リセリア』様や『シルディ』の志に反する真似をするつもりはありませんよ。まぁ、私はアナグラムに全てを捧げた者。その気ならアナグラムを敵を殺すことも厭いませんがね。

 

 

 

 

…………あぁ、ご安心ください、私としてもプライドはあります。人質を殺すなんて下品な真似はしません。アナグラムの名に誓い───」

 

 

 

 

 

 

 

「─────なら、この場にいるアンタを無力化すれば全部解決ね」

 

 

ゼヴォドの話を遮り、鈴が青竜刀を離れた場所にいる彼へと向ける。表面上を取り繕った穏やかな眼を受けながらも、鈴は不適に笑う。

 

 

「アンタ、生身でしょ?ISも持ってないと見ていいけど、そんな生身でよくこの場に来れたわね。少し自信がありすぎるんじゃないの?少なくとも、アンタも相当偉い幹部なら、そこの無人兵器も皆を狙ってる暇はないでしょうしね」

 

 

はぁ、と溜め息を漏らす。

呆れているかと思い、顔をしかめた鈴だが、違った。

 

 

 

 

 

 

 

ガギッ、という嫌な音がする。

固いものがぶつかり合ったような、歯軋りするような音だ。音の発生源はすぐに分かった。

 

 

無言のままのゼヴォド。その口から一筋の血が垂れていた。見た限り、力のあらん限り奥歯を噛み砕いているらしい。その瞳からは表向きの感情は消え、激しい怒りと愚か者を見るような失意まで備わっている。

 

 

「──────品がない、実に」

 

「………何ですって」

 

「女性とはこの時代になって変わり果てたな。自分達が力を得たと自惚れ、弱者をとことん見下す。自分達が強者として成り立ったと勘違いして………………他人を踏みにじり、傷つける。そして、自分達が強くなったと思い上がる。傲慢だ、知性体として知性を捨てた品性の感じられない傲慢さだ。────ったく、虫酸が走る」

 

 

煮え滾るような憎悪と共に吐き捨てられた言葉。ようやく一夏も、彼の本質を理解した。彼は被害者だ、この社会の、女尊男卑という歪んだ世界の。

 

 

ISを使えるのは女性だけ、男はISを使えない、なら女は偉い。そんなイカれた法則が世界では常識になり、多くの女性が男性達を虐げてきた。大半は泣き寝入りしたりするだろうが、ゼヴォドのように女性達を激しく憎む者もいる。

 

 

なんせどんなことをしても、女性は許され、優遇されるのだ。彼女達の自己満足によって、人生を壊され、自ら命を絶ったものまでいるという話だ。何があったのかは知らないが、テロリストにまで堕ちるのは相当の理由がある筈だろう。

 

 

 

「それに、何か勘違いしてると思いますけど」

 

 

激情を剥き出しにしていたのが一転、ゼヴォドは鈴に対し笑みを向ける。それが馬鹿を嘲笑うような嘲笑だと鈴が理解した瞬間、ゼヴォドを下げていた銃口を向ける。

 

 

 

「─────私だって、別に無策じゃないですよ」

 

 

 

そして、引き金を引いた拳銃から一発の弾丸が飛び出した。目の前で起こった事に唖然とした鈴は、すぐさま呆れ果てる。

 

 

ISに兵器や武器なんて通用しない。

況してやこんな弾丸一つで傷なんてつけられる筈がない。だが、何か細工があるのは間違いないらしく、ゼヴォドの顔から余裕が消えない。

 

 

避ける程でもない、そう判断した鈴は青竜刀で銃弾を弾こうと横に振るう。両側に展開される刃の一面が銃弾へと届き、弾頭を切り裂こうとする。

 

 

 

 

 

─────その様子を目にし、更に笑みを深めるゼヴォドに違和感を覚える一夏。何かが可笑しい、そう声をかけようとした瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

弾丸が青竜刀と接触した途端。

ガラスが砕けるような音が小さく響き、それだけで終わる。一瞬の出来事だったから、誰しもが何が起こったのか分からない。

 

 

鈴のIS『甲龍』が光に変換され、消失した。浮遊するように立っていた鈴はバランスを崩し、地面に倒れ込む。

 

 

「────────え?」

 

 

彼女も、何が起こったのか分からない様子だった。呆然と、ブレスレット────待機状態となった『甲龍』を見ると、光が失われていた。

 

 

「鈴!?」

 

 

慌てて一夏が駆け寄り、ようやく理解が追いついた鈴がすぐさまISを纏おうとする。しかし、どれだけ名を告げても、叫んでも、ISは反応しなかった。

 

 

 

 

その光景は、クラスメイト達の眼にも移っていた。

 

 

「…………ISが」

 

「解除された………!?」

 

 

信じられないという驚愕が、全員を混乱に導く。しかし騒がしくならないということは、ゼヴォドの言葉に怯えがあるらしい。

 

 

「……………」

 

 

同じように驚いている本音を後ろに、龍夜は鋭い眼をゼヴォドへと向けていた。しかし視線をずらすと、今度は『プラチナ・キャリバー』の格納されたケースを重視する。

 

 

何を考えたのか、両目を伏せた龍夜は困惑するしかない女子二人と本音に声をかけた。

 

 

「少し話したいことがある。いいか─────」

 

 

 

 

 

 

「さて、これで邪魔者は何とか出来た。ようやくちゃんとした話が出来る」

 

 

ISを纏えず座り込むしかない鈴に向けた銃口を下ろすゼヴォド。しかし一夏は油断することなく、鈴の前へと飛び出す。雪片を身構える一夏に、ゼヴォドは平然と手を差し伸べ、告げた。

 

 

 

「簡潔に言おう──────織斑一夏、我等の同胞となれ」

 

 

突然の誘いに一夏は戸惑いを隠せない。明らかに動揺しているようだった。

 

 

「同胞…………?なんでそんなことを、いや俺が仲間にする必要が────」

 

「自分の価値をご理解いただきたい。貴方は男でありながらIS操縦者となった例外の二人の、その一人。貴方が世界を変えるという意思を示せば、多くの人々の耳に入る。影響力というものがあるのですよ、貴方にはね」

 

 

世界で二人しかいない男性IS操縦者。女性に虐げられてきた男性達にとって、その二人はある種の希望のようなものだ。彼等がこの世界を間違っている、変革すべきとでも言えば多くの賛同者が募ることだろう。

 

 

しかし、理由はそれだけではない。打算的なものとは違い、もう一つの理由がゼヴォドにはある。

 

 

「何より、『()()()』の為にも、貴方や織斑千冬を殺したくはありませんので…………仲間になっていただけるのが幸いです」

 

「あの人………?あの人って誰の事だ?」

 

「─────失礼、ご失言を。今はお忘れください。ともかく、貴方には首を縦に振っていただきたいのですが……………返答は如何でしょう?」

 

 

 

 

 

 

「────そんなの、断るに決まってるだろ」

 

 

断言した一夏は、それ以外に答えがないとでも宣言するように、雪片を構え直す。理由を聞こうとしたゼヴォドは一夏の決意に満ちた眼を見て、笑う。

 

 

「なるほど、それが貴方の答えですか。貴方の選択です、私も恨み言は言いませんよ」

 

 

そう言いながら、ゼヴォドは肩に掛けられたマントを掴み、引き剥がす。風に飛ばされることなく、その場に落ちた布切れを無視したゼヴォド。

 

 

彼の隠れていた姿────金属に包まれた腕に、機械的な光が宿る。

 

 

「ですが……………まぁ、貴方の決意に免じて────私も面白いものを見せてあげましょう」

 

 

ゼヴォドの右腕の機械が、音を立てて解離していく。機械の蛇を思わせる形状のものだが、何処か不自然な部位が多々存在している。

 

 

腕を這い、身体を這った機械の蛇は、ゼヴォドの背中に着いて動きを止めた。大きく距離を取り、仰け反ると────内側から金属の刺を複数、骨を大きく開閉させるような動きの後に、

 

 

 

ガチャンッ!! と機械蛇、いや脊髄を機械させたようなものが、ゼヴォドの背中に張り付く。丁度、彼の脊髄に覆い被さるような位置に。

 

 

幾つもの針が背中につけたてられ、苦しいのであろうゼヴォドは口を力強く閉ざす。痛みに耐える表情には僅かな汗が滲んでいた。

 

 

「……………っ、ふう。驚くのは早い、まだまだこれからですよ」

 

 

唖然とする一夏達に、ゼヴォドはそう前置きをする。そして、左肩に取り付けられていた装甲を掴み、そのまま外した。

 

 

単なる肩パッドかと思われたその装甲だが、よく見てみると精密な機械らしく、右手の甲に押し当て、装甲の上部位をスライドさせた瞬間、音声が発される。

 

 

 

『カオステクター!』

 

 

次いで、ゼヴォドはポケットから何かを取り出した。ハイパセンサーで拡大して見ると、一般よりも大きなメモリーチップである事が分かった。

 

 

深い青色に塗装され、チップの表面には何らかの絵が描かれている。人魚姫のようなシルエット。青いメモリチップをつまみ、ゼヴォドはスライドさせた装甲にチップを差し込み、上部位のパーツを押し戻す。

 

 

 

『────セイレーン!』

 

 

カチッ、という音に続き、女性のような声が響く。

 

 

 

「目に焼き付けろ。これが我等がアナグラムの新兵器。お前達の持つISに匹敵する─────新たなる力を!」

 

『カオス・オーバー!』

 

 

天へと掲げた装甲 カオステクターを、胸へと押し当てる。その装備が胸元のベルトに装着される。ギュイン、と装備の隙間から怪しい光が溢れ、滲み出る。だが、変化はそれだけで終わらない。

 

 

カシャカシャカシャンッ! とカオステクターから蜘蛛の脚のような鉤爪が伸びる。鋭い爪が背中に突き立てられると共に、禍々しい液体が肉体に注入される。

 

 

 

直後、

 

 

「ぐっ、ああああぁぁぁぁぁぁぁあああッ!!」

 

 

不適な笑みを浮かべていたゼヴォドが苦痛に満ちた絶叫をあげる。全身の血管が黒く変色し、ピキピキと肌に浮かび上がる。激痛を伴うのか、全身を抑え、苦しみの声を響かせている。

 

 

黒い血管をはち切れん程に浮かばせながら、ゼヴォドは噛み締めるように、告げる。この力を解き放つ、特定の単語を。

 

 

 

「─────幻想(ファンタジア)降臨(インサート)

 

 

そして、胸に取り付けられたカオステクターの表面を叩く。ギュイン、と音に連鎖するように、光が点滅する。しかし今度は、青い光へと変貌する。

 

 

カオステクターから伸びた鉤爪が背中から離れ、爪の先から、禍々しい色の液体が溢れる。地面に落ちたそれは液体というには粘ついた、どろどろのようなものだった。足元に沈むそれはまるで池のように広がっていくと────変化が起こる。

 

 

信じられないことが起こった。

黒く淀んだ液体はいつの間にか、透き通るような水へと変化していた。似せたというべきなのか、アレが本物の水なのかは分からない。

 

 

動かないゼヴォドの足元から、巨大な水流が噴き出す。ゼヴォドを包み込んだ水は一つの塊となり、彼の姿を完全に呑み込んだ。

 

 

水流のベールの内側から、高エネルギー反応が増幅していく。その波長は、ISに近いものへとなっていた。それを確認して、思わず叫ぶ。

 

 

「────IS!?」

 

「違う!あんなの、ISとは全然違う!!」

 

 

 

 

 

 

「────その通り」

 

 

ポロロン、と。

楽器が、ハーブが奏でるような音色が響き渡る。瞬間、彼を包み込んだ水は一気に消し飛び、中心に立つゼヴォトの姿が明らかになった。

 

 

全体的に、兵装と呼べるものはない。

左肩には水色のマントを取り付け、青系統のスーツの上には一部軽装が纏われている。

 

 

背中には広がる二対の大型の翼と思われているものは、ハープを機械化させたようなものであった。数十本の弦は羽根のように並んでいるが、楽器として使えるのかは判断できない。

 

胸元には、水色の装甲の左右───胸の部位にはスピーカーのような装備が二つ取り付けられている。

 

 

青みがかった黒髪は完全な濃い青色へと変わり、耳元のイヤホン型デバイスは魚のヒレを模した形状となっている。

 

 

 

その姿はあまりにも幻想的で、敵でなければ見惚れてしまう程であった。だが、現実離れしているのも事実だ。幻想生物のような神秘さと兵器としての無機質さを両立させたその姿は、異質でありこの世界の存在かと疑ってしまう程だ。

 

 

金属的フォルムから水色の塗装へとなったカオステクターは胸に装着されている。彼はそれを撫でると、水色のマントを軽く払いながら、したり顔で笑う。

 

 

 

「これこそが、我等【アナグラム】の切り札。八神博士が立ち上げていた大規模な計画の副産物、あるゆる法則を基に、幻想を実現化させたモノ。銘を、『幻想武装(ファンタシス)』」

 

 

自らの力に高揚する気持ちが抑えられないか、笑みを深くするゼヴォド。彼はしゅういのあらゆる相手を無視して、独り言のように呟く。

 

 

「そして私のこの武装は、『海歌音姫セイレーン』。美しき音色を奏でる人魚姫を実現した装備。…………女性でなくて良かったのかと思いますが、相性的に私が一番なのでしょうね」

 

 

そんな彼の戦意に満ちた眼が、一夏に向けられる。腕を軽く払うと、その手にはヴァイオリンを弾く弓の形をした剣があった。

 

 

「さて、織斑一夏。貴方を倒せば、私の考えに賛同してくれますか?」

 

「─────ッ!!」

 

「頷いてくれるまで相手したい、所ですが………貴方のISの能力は危険だと聞いています。なので、早めに倒しておきますね」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

まず最初に、ゼヴォドが弓型の長剣を振るう。単に目の前を空振っただけでは済まず、一閃になぞらえるように水刃が放たれる。

 

 

『雪片弐型』を能力を使わずに払えば、水の刃は簡単に消し飛んだ。どうやら何か能力を仕込んだ訳ではないらしく、攻撃自体は予想よりも軽かった。

 

 

 

ゼヴォドはへぇ、と感心していた。どうやら自分の推測よりも、一夏が的確に動けていることに気付いたらしい。

 

 

 

「───流石は織斑千冬の弟…………では、このような手を」

 

 

そう言いながらゼヴォドは両手を広げる。そんな無防備な様子を見逃す筈もなく、一夏は雪片弐型を構えながら肉薄する。距離を縮めていこうとした─────直後。

 

 

 

 

『────────ァ』

 

 

ゼヴォドは開いた口から、何らかの歌声を響かせる。一人の声ではない、複数人の歌姫のような綺麗な音色の歌声が鼓膜を刺激する。だが、動きを止める事は許されない。能力を発動させた雪片弐型を振り上げ、ゼヴォドへと斬りかかる。

 

 

雪片弐型の能力は、千冬の使っていた雪片と同じ、エネルギーを無効化させ、シールドエネルギーを直接減らすものである。要するにバリアを無効化して本体にダメージを与えるというものだが、龍夜はそれをエネルギーを消滅させる事が可能と説明していた。

 

 

相手の攻撃に使用されたエネルギーを分解及び吸収し、エネルギーとして蓄積させる『銀光盾』のエネルギーを消失させ

たのだから、確かな事実ではあるだろう。ならば、ISのような高エネルギーの塊であるゼヴォドの装備、《ファンタシス》を打ち破ることも容易いだろう。

 

 

そして、一夏の雪片弐型が、ゼヴォドを切り裂いた。一刀を受けたゼヴォドは悲鳴を上げることなく、ファンタシスを粒子へと変えながら崩れ落ちる。それを目にし、上手くいったと喜びが沸き上がる一夏。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────失礼ながら、どちらをお狙いで?」

 

 

平然としたゼヴォドの声を聞いた瞬間、一夏は目の前の光景を再確認し、自らの視界を疑った。

 

 

一夏が切り捨てた筈のゼヴォドは目の前には居ず、あるのはアリーナの壁から剥がれた瓦礫であった。鈴も一夏がゼヴォドを斬ったと思っていたらしく、離れた場所から両目を擦らせていた。

 

 

当のゼヴォドは一夏から離れた場所で立ち尽くしている。

 

 

「な、なんだ!?………今、何が─────」

 

 

「ISといえど、情報を認識するのは常に人間の五感。聴覚から音を聴き、音を認識しているのであれば、そこから感覚を狂わせることも出来る。─────こんな風に」

 

 

喉を整えるように、手を添えながらゼヴォドは口を開く。慌ててスラスターを噴かし、ゼヴォドの行動を止めようとするが、

 

 

「───────ゥ」

 

 

「アッ!?ガぁッ!!?」

 

 

また響いてきた複数の女性の音色に、思考がズレる。高速で接近していた筈の一夏はバランスを崩したように、ゼヴォドの真横の地面に激突する。

 

 

未だ揺れる頭を動かし、立ち上がろうとする一夏。まだ感覚が戻っておらず、浮遊することはおろか、立ち上がることも難しい。

 

 

そんながら空きな一夏の胴体を、ゼヴォドの蹴りが打ち払った。

 

 

「ほら、どうしました?寝転んでいては私に勝てませんよ?それとも、もう勝てないとでも?」

 

「ッ!!」

 

その声だけは確かに聞き取れて、負けじと一夏は動く。雪片弐型を振り払い、ゼヴォドに狙いを向ける。が、やはり上手く斬ろうとは出来ず、よろよろで目で見て避けれるようなものだ。

 

 

ゼヴォドは憐れむように長剣を構え、雪片を弾こうとする。だが、刀身にエネルギーが溢れているのを見た瞬間、

 

 

 

「っ、おっと…………危ない、危ない」

 

 

慌てて長剣を止め、一夏から飛び退いた。突然の行動に、意識を朦朧とさせながらも、微かに疑問に思う一夏。そして、すぐに確信した。

 

 

 

────ゼヴォドは雪片弐型を警戒している、いやその能力をだろう。これで勝ち筋が見えたと同時に、やはり疑問が消えなかった。

 

 

「貴方の能力、下手をすればファンタシスを消失させかねませんからね。他の皆のような熟練とは違い、まだまだ弱い私だと特に。……………()()()()()()いなければ油断して負けてたかもしれません」

 

 

 

…………()()()()()()いた?

その言葉を聞き逃さず、そのままを口ずさんだ一夏は呆然とするしかない。ゼヴォドの言っていることの意味を、理解したからだ。

 

 

一夏のISの能力は、IS学園の外には広がっていない。それもその筈、一夏が能力を使ったのは戦いの中でのみ。見学していたのは学生達だけで、それ以外の見ていた人間がいる筈がない。

 

 

────唯一の可能性、アナグラムに情報を流す者がいるという事も有り得る。信じたくはないが、ここまで知っているとその可能性を信じたくなってしまう。

 

 

「さて、お喋りはここまでにして─────五分が過ぎたので、貴方を倒しておきますか」

 

 

何故五分?と思ったところで、ゼヴォドが両腕を広げ、背中のハーブのような翼を折り曲げ、角度を切り替える。

 

 

キィィィィン────と、響き合う高い音。胸元の二つのスピーカー、背中の翼に音が集まり、少しずつ収束していく。

 

 

何が起こっているのか、把握はできないが、目視で気付くことが出来た。ゼヴォドの目の前に、半透明の塊が形を作っていき、今にも放たれんとしていたのだ。

 

 

ゼヴォドが、すぐに撃ち出した半透明の球体は凄まじい勢いで直進して一夏を狙う。だが、見て避けれるものだから、すぐさま回避は出来た。

 

 

 

「へぇ、よく見切りましたね。私の『音波超撃』を」

 

「生憎!ついさっき透明な砲弾を避けてたからなっ!」

 

だが、軽口を言ってられる余裕はない。先程の不可視の球はアリーナの壁に激突すると、破裂音を響かせて爆発した。ゴッソリと削り取られた壁に戦慄しながら、一夏はゼヴォドに向き直る。

 

 

 

「……………いい加減、遊びに付き合うつもりはありませんよ」

 

半ば面倒そうに吐き捨てるゼヴォド。腕時計を見て、余計に苛立ちを隠せずにいる彼の様子はどこか不自然であった。そんな彼の次の動きに、一夏は顔を強張らせる。

 

 

 

ゼヴォドが出したのは、拳銃だ。

単なる拳銃ではない、ISを封印する弾丸が込められている。露骨に構える一夏にゼヴォドは笑みを浮かべた。

 

 

「フフ、やはり警戒をしますよねぇ。ISを封印する弾丸の効果を見ているのですから」

 

「………」

 

「『A.I.S弾』、これは特注のものでしてね。ISのコアに直接作用し、一時的にシャットダウンさせるんですよ。問題は、弾数が少ないってことですかね」

 

「なら、避ければいいだけだ」

 

「そう思いますよね。えぇ、分かってます。ですから、貴方には自分から当たってもらいます」

 

 

 

言葉の意味を理解しかねた一夏だが、ゼヴォドが銃口を向ける。的外れ、一夏とは離れた場所を狙っていることに怪訝そうになったが──────すぐに気付いた。

 

 

 

 

 

ゼヴォドの銃口の先には、鈴がいたのだ。

ISを纏えず、アリーナから出れないので邪魔にならないように離れていた鈴に。そこでようやく、ゼヴォドの企みを理解できた。

 

 

 

「てめェ───ッ!」

 

「罵倒は好きなだけ受けますよ。ですが、ISを封印するとはいい、これは銃弾です。当たれば怪我になるでしょうね」

 

 

そう言い、ゼヴォドは引き金に力を込める。いつでも撃てるという様子に、一夏はスラスターを噴かし、全力で飛び掛かる。

 

 

パァン! と

引き金は引かれ、ISを無力化する弾丸が放たれる。生身の鈴に銃弾を見て避けれる程の技量はない。瞳の内側の怯えを隠すように、両目を閉じる鈴だが────銃弾は、彼女には届かなかった。

 

 

────庇うように飛び出した一夏のISに直撃し、『白式』を封印するに終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

─────勝った、ゼヴォドは勝利を確信した。

 

口の奥から確信に満ちた笑いが溢れる。抑え込もうと思ったが、やはり上手くいかない。

 

 

 

ISを封印する弾丸、ここまで効力を発揮するとは思わなかった。お陰で本来、予定にはなかった織斑一夏の無力化に成功した。彼を連れ拐い、仲間として勧誘するべきかと考えながら、ゼヴォドは一夏達へと近寄る。

 

 

そんな彼は余程興奮していたのか、気付かなかった。一つ、観客席が異様に静かだったこと。戦闘が激しかったにも関わらず、悲鳴の一つすら感じられない。

 

 

 

そして、次の瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆音が、連鎖した。

 

 

一つはアリーナのシールドをぶち破る音、もう一つはアリーナへと照準を構えていた無人兵器に何かが突撃した音であった。

 

 

「─────なッ!!?」

 

 

興奮に包まれ、周りを見ていなかったゼヴォドが慌てて音のした方に振り返る。視線の先にあるのは、地面に倒れ伏し、胸元に大きな穴を開けた『アルガード』。そして、その兵器からエネルギーを帯びた長剣を抜き取る剣士の姿が。

 

 

 

 

「………間に合ったか」

 

 

白銀の装備を纏った龍夜が、冷徹に光剣を振り払った。次の敵を見据え、冷えた声音で呟いた。




幻想武装(ファンタシス)』の説明はまだまだ後程にさせていただきます。




次回もよろしくお願いします。




………さらっとスルーしてましたが、十五分遅れました()本当に申し訳ないです(土下座)


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第10話 人魚姫の旋律

ちょっと文字数が多いし、所々雑なところがあるかもしれないけど一言言わせてください!


chromeって小説書きづらい(憤慨)


龍夜がアリーナへ乱入する数分前。

 

 

 

「────まず、俺が扉のロックを解除する。そこから生徒達を静かに避難させる」

 

 

壁際に寄り添った三人に、龍夜はそう言い切った。驚愕を隠せずにいる二人、本音なる少女はおっとりとしながらも確かに受け答えをしている。

 

 

 

「それから俺が一夏達に加勢するから、お前達は避難しろ。他の生徒達にはなるべく静かに出ていくようにいってくれ。………向こうには生徒会もいるはずだ、連絡は取れるか?」

 

「大丈夫だよ~、お姉ちゃんに何時でも連絡できるからね~」

 

「なら任せた、一分で済ませるからそう言っておけ」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 

話は済んだ、とでも言うように人混みへと歩いていく龍夜を、少女の一人が引き留める。不安と心配の混じった表情で、どうすればいいのかも分からず、混乱しているようであった。

 

 

「ロックを解除するって!皆の話だとハッキングされてるんだよ!?生徒会も解除しようとしてるけど、上手くいってないって言ってるし!こう言うのも何だけどさ………龍夜君出来るって話じゃないでしょ!?」

 

 

「───俺には出来る。信じられないなら勝手にすればいい、邪魔はするな」

 

 

感情的になって叫ぶ少女に、龍夜は冷徹に告げる。突き放したような言い方に、少女は傷つくことはなかったが、だからって!と声を荒らげようとする。

 

 

だが、それを止める者がいた。

もう一人、龍夜の発言に呆然としているしかなかったクラスメイトの少女だ。

 

やはり不安な顔を隠さぬまま、彼女はふと切り出してきた。

 

 

「………龍夜君なら、皆を助けられるの?」

 

「だからそうだと言ってる」

 

「─────ならお願いします、皆を助けて」

 

「…………分かっている」

 

 

それだけ言うと、龍夜は今もゲートから出ようと群がる女子達の間を通り、進んでいく。途中、男のクセにとか罵声が聞こえたが、気にしない。

 

 

解除しようと必死な女子を押し退け、コンソールに接続されたパソコンに向き直る。スマホのケーブルを繋げ、カチカチ、とキーボードを叩く。

 

 

そして、この場にいない自分が信じるパートナーへと声を掛けた。

 

 

「ラミリア、プロテクトはどうだ?」

 

『うーん!凄く堅いよ!前に入り込んだ悪徳企業の何百倍は手強いね!マスターでも時間が掛かるんじゃないかなー!』

 

「────なら、一分で終わらせる」

 

 

 

間違いなく、有言実行であった。

時間にして一分未満。それだけでアリーナ全体のロックを解除し、生徒達を避難させることに成功した。龍夜が声を掛けたクラスメイト達のお陰で、彼女達は戦闘中のゼヴォドに気付かれぬまま避難することが出来た。

 

 

 

大方避難が終わったのを見計らい、龍夜も動いた。ISを一瞬で纏い、アリーナへと突っ込んだ。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

それが、龍夜が戦闘に乱入した経緯であった。

 

 

 

動くものに反応するであろう無人兵器の三体が即座に動こうとするが、ゼヴォドが軽く制すると大人しくなる。いや、彼の命令に従うようにプログラムされているのか。

 

 

 

「貴方は、蒼青龍夜。わざわざ出てくるとは都合が省けた…………と、言いたい所ですが。一つ、聞きたいことがあります」

 

 

ISを纏えない一夏や鈴は敵ではないと思っているのか、わざわざ背を向けて龍夜を睨むゼヴォド。舐められていると感じた一夏だが、ゼヴォドの剣が静かに此方へと向けられていることに気付く。

 

 

 

「アリーナから人の気配がいつの間にか消えてますが………ロックが解除されたんですか?失礼ながら、教師か誰か熟練の方がハッキングを解いたんですかね?」

 

「…………俺がやった、と言ったらどうする?」

 

 

龍夜の言葉を聞いた瞬間、ゼヴォドは長剣を地面へと振り下ろした。 ザァンッ! と、地面に綺麗な斬撃の痕が生じる。

 

 

長剣の柄を握る力は凄まじく、へし折りかねない程の握力が込められていた。瞳に劇場を宿らせ、ゼヴォドが怒りを滲ませながら、言う。

 

 

「何の冗談だ?ただの学生が、ジールフッグのハッキングパターンを突破した、だと?───そんな話が、有り得るかッ!」

 

「随分とそいつの実力を買っているようだな。だが、俺が簡単に解除できたのは事実だ。一分も掛からなかったからな」

 

「ッ!!……………へぇ、言うじゃないですか」

 

 

龍夜の発言を挑発と見受けたのか、笑みを深めるゼヴォド。その瞳には沸々と溢れる怒りが見てとれるのは、彼が仲間思いだからかもしれない。

 

 

信じられない、という態度のゼヴォドだが、内心では既に理解していた。蒼青龍夜、彼が仲間が作ったハッキングパターンを破ったという事実を。

 

 

 

 

どちらにしても、都合が良い事に変わりない。男性IS操縦者がわざわざ一人で来てくれたなら、やることは簡単だ。

 

 

 

 

 

「────じゃ、動かないでくださいね。貴方もお二人と同じように無力化されて貰いましょうか」

 

 

拳銃を向け、引き金に指を添える。

弾倉に込められた特殊な弾丸を装填し、ISを纏う龍夜へと照準を捉える。彼が弾丸の効力を知っていようが、知らなかろうが関係ない。

 

 

───逃げようものなら、当てさせればいいだけの事だ。

 

 

 

含んだ笑みを刻むゼヴォドの顔を見た一夏がハッと顔色を変える。奴が何を考え、何を企んでいるのか、一夏は分かってしまった。

 

 

「駄目だ龍夜!避け──────」

 

「そんな真似、させないですよ」

 

 

慌てて叫ぶ一夏の前に、長剣が突き立てられる。グリン、と手首を捻り、ゼヴォドはヴァイオリンの弓の弓毛の部位となっている強化ワイヤーを一夏達へと向ける。

 

動けずにいる二人を人質にするように、ゼヴォドは龍夜へと笑いかけた。

 

 

「避けようなんて考えないでください。もしそんな真似をすれば此方の二人が無傷では済みませんよ?殺しはしませんが、傷をつけることは出来るんですから」

 

「…………分かっている」

 

 

 

そう言い、龍夜は加速攻撃特化の《A.B(アクセルバースト)》フォームから防御重視の《N.A(ナイトアーマー)》フォームへと切り替える。しかし盾や剣を構える様子も見られず、どんな攻撃も受けるといった様子だ。

 

 

一夏は不安を隠せず、落ち着いた態度を崩さない龍夜を見つめる。

 

 

(………龍夜、何か考えがあるんだよな)

 

 

意味が無いのに、こんな真似はしないはずだ。何故なら龍夜は効率と成果を求めるタイプの人間だ。わざわざ飛び出してISを封印される弾丸を受けるなんて愚を、彼が犯すはずがない。

 

 

 

 

なのに、彼は未だ動かない。

 

 

 

 

(何で────何もしないんだよっ!?)

 

 

不安と困惑に包まれる一夏の心境も気にせず、龍夜は身動ぎすらしない。本当にISを封じられることを受け入れているが如く。

 

 

 

 

そして、引き金は引かれ、銃弾が放たれた。

直進していた弾丸は誰にも撃ち落とされる事はなく、そのまま飛来していき、龍夜の胸へと吸い込まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

続くように、ガラスの砕け散る音が鼓膜に響く。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

その一方で。

ピット内で観戦していた篠ノ之箒はすぐさま飛び出し、廊下を駆け出していた。幸い、道を覚えていたので目的の場所を探し出す必要はなかった。

 

 

箒の目的は、アリーナの状況を確認できるだけではなく言葉を伝えるが出来る唯一の場所─────放送室であった。そこに行けば、一夏達に大事なことを伝えられる。

 

 

無謀と言われればそうかもしれないが、気にしている暇はない。感情的に行動しやすいのが彼女の長所であり短所でもある。何より、危険を犯してでも、伝えねばならない話なのだ。

 

 

────一夏は気付いていない、だからこそ彼が知らなければならない。

 

 

 

そう決意し、箒は放送室に辿り着くと、扉を開け放った。ダァン! と大きすぎる音を出してしまったが、気にしている余裕はない。

 

 

だが、踏み込もうとして、箒は足を止めることになった。

 

 

 

 

 

「………?学生?何でここに」

 

 

放送室の機器のすぐ近くに立っている黒髪に混じった白い前髪が特徴的な青年。驚いていたのが一瞬、にこやかな笑顔で振る舞う。だが箒は、その服装がゼヴォドの纏っていたものと似ていることに気付き、すぐさま警戒を示す。

 

 

扉の隣に立て掛けてあった棒、何かの作業に使うであろうそれに手を伸ばす。その気になれば掴み取り、戦うことが出来るように気構える。

 

 

 

「何者だ…………貴様は」

 

「─────オレはシルディ。今織斑一夏達と戦っているゼヴォドの仲間さ」

 

 

誤魔化しすらしなかった。

その返答を聞いた箒は棒を掴み、すぐさま目の前へと構えた。竹刀のような使いなれたものは残念ながら持ち合わせていない。

 

 

「───動くな、両手を挙げてこの部屋から出ろ」

 

「そういう訳にはいかないな。俺もゼヴォドの戦いを観戦をしてたいからね」

 

 

一瞬にも警戒を緩めない箒に対して、青年 シルディはあくでも落ち着ききった態度であった。武器を持った自分すら、恐れること等ないと暗に言ってるようだ。

 

 

箒本人も、この状況は好ましいものではない。男とはいえ、無抵抗の人間に武器を向けているというのは慣れないし、好きではない。

 

 

「まぁまぁ、落ち着いて。俺も女性と戦うのは好きじゃないから、穏便にさぁ……………」

 

 

「ッ!馬鹿にして───────」

 

 

 

「頼むよ、篠ノ之さん」

 

「………ッ!?」

 

 

思わず息を飲み込む。

その名字で呼ばれることを好まない怒りと、何故知っているのかという困惑が、渦となって脳裏を巡る。そのせいで、思考が目の前から反れてしまう。

 

 

 

 

それが、最大のミスであった。

 

 

 

「───隙有り」

 

「っ!く………ッ!」

 

 

スパァン!と武器として持ち合わせていた棒が横へと弾かれる。いつの間にか動いたシルディが勢いよく棒を蹴り飛ばしたのだ。吹き飛ばされた棒が壁に打ち付けられた直後には、シルディは箒の真後ろへと回り込み、両腕で抑え込んだ。

 

 

「う………ッ!ぐぅ!?」

 

「甘いねぇ、篠ノ之さん。相手の言葉に動揺したら駄目ってのは常識だろ?………………アンタに恨みはない、だから意識を落とすだけで済ませるよ」

 

 

申し訳なさそうに言う青年に、箒は必死に抵抗する。だが、シルディの絞め技は上手く、箒には引き剥がす事は難しかった。喉を押さえつけられ、呼吸が難しくなった箒は、絞め落とされると直感的に察するが、徐々に意識が遠くなっていくのを感じ───────

 

 

 

 

「───離れろッ!!」

 

「ぐ、があッ!?」

 

 

振り上げた肘を後ろへと打ち込むと、腹部に直撃した鈍い感覚を感じると共に、青年の力が弱まる。その隙を狙い、自分の首を締め上げていた腕を掴み、シルディを床へと放り投げた。

 

 

地面に叩きつけられたシルディは相当ダメージを受けたらしく、ゴホゴホと苦しそうに咳き込む。その好機を逃さず、腕を押さえ地面に組み伏せる箒。

 

 

呼吸を続け、息を整えながら、彼女は言い切った。

 

 

「これで終わりだ………学生だからと甘く見たな」

 

「────どっちもどっち、だと思うけど」

 

 

シルディの言葉の意味を理解できずにいると、箒の首元に鋭い刃が突き付けられた。シルディ以外にもう一人隠れていたのか、と思ったが、違った。

 

 

 

 

『キュルル…………』

 

 

そう鳴くのは、金属の蜥蜴……いや、ドラゴンだった。大きさとしては手で持つ武器のようなサイズ。翼と脚を持ち合わせたその小型のドラゴンは尖った尻尾の先を箒の首へと差し向けていた。

 

 

思わず困惑する箒だが、瞬間動いたシルディが箒を払い除ける。距離を取った彼は箒に襲いかかる訳でもなく、自らの腕に小型のドラゴンを乗せて、彼女に語りかけた。

 

 

「オレの相棒。困った時にはいつも頼りきりなんだ」

 

 

そんな彼は、再び棒を掴み直した箒を宥めるように口を開く。

 

 

「あのさ、篠ノ之さん。もう止めにしない?」

 

「………何を」

 

「君さ、放送でも使いたいんじゃない? 別にオレは放送室を使う気はないし構わないけど、用は済んだからいいけどね。ここでやりあったとしても意味がないだけだと思うからさ」

 

 

最初は疑り深く警戒していたが、シルディ本人も抵抗しないとでも言うように放送室の機器から離れていくのを理解し、そこでようやく箒も嘘ではないと理解した。

 

 

それでも油断することはなく身構えながら、シルディへと宣告する。

 

 

「何かしようとするなら、容赦はせんぞ」

 

「しないから」

 

 

そう言い手を振る青年に、箒は放送機器へと近寄る。その際にも会話は続いていた。

 

 

「………確か審判やナレーターを任された生徒達がいたはずだが、どうした?」

 

「ついさっき別の場所に移動させたばかりだよ。オレ達も大勢に危害を加えるつもりはないからね」

 

 

ならいい、と若干安堵する。

そんな彼女に、少し思うところがあるらしいシルディが声をかけてきた。

 

 

「あのさ、篠ノ之さん」

 

「………何だ?」

 

「俺達、どっかで会ったかな?」

 

「………悪いが、ナンパに付き合う気はない」

 

「いや!いやいや!そんな訳じゃないんだって!ただ、篠ノ之さんの名前に覚えがあって………昔からの知り合いだったかもなって…………」

 

「────新手のナンパ」

 

「だから違うって!!」

 

 

 

必死に弁明しようとするシルディを冷たい眼で見据え、箒は放送室のマイクを手に取った。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

ゼヴォドの対IS用武装 A.I.S弾は炸裂した。龍夜のIS、銀鎧の装甲へと直撃し、霧散するように弾け飛んだ。光の粒子が生じ、龍夜の目の前で発光していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、それだけだった。

 

 

「──────え?」

 

 

声の主は一夏か鈴か、或いはゼヴォドか。その声は純粋な疑問によるものだった。それは無理もないだろう。

 

 

 

龍夜に何も変化は起こっていない。ISを無効化し、封印する弾丸が直撃し、その効果が発動したにも関わらず、彼の全身をISが包んでいた。

 

 

静かに自分の姿を確認した龍夜は納得したように、一言。

 

 

「───やはりか」

 

「…………………は?え?……は?」

 

 

ゼヴォドは困惑しながら拳銃と龍夜を見返す。何が起こっているのか、分からずにいるようだった。理解が追い付かないのか、混乱するしかないゼヴォドだが────彼にも、この場の全員にも予想だにしない事が起きた。

 

 

 

 

 

 

『一夏ぁっ!!』

 

 

アリーナのスピーカーから大声が響き渡る。キィィィン! と尾を引くハウリング。その場の全員、声の主に気付いた三人が反応を示す。

 

 

 

 

「え、は!?」

 

「ちょ!?嘘でしょ!?」

 

「………何を考えている」

 

 

一夏と鈴は驚愕を隠しきれないという様子で、龍夜は頭が痛いというように額を押さえる。アリーナのスピーカーから聞こえたということは、彼女は放送室にいることになる。アリーナからも見える位置にある放送室にだ。巻き込まれたらどうするつもりなのか、と半ば呆れる。

 

 

対し、ゼヴォドの方も明らかに戸惑っていた。だが、箒の事を気にしているのではないらしい。

 

 

「ッ!?放送室!?馬鹿な!あそこにはシルディが───」

 

 

そんなゼヴォドの発言は、途中で止まった。続いて叫んだ箒の言葉を耳にしたからだ。

 

 

『一夏!ISは完全に封印された訳じゃない!時限式だ!』

 

「っ!?本当か!?」

 

『奴が戦いの合間にも時間を気にしていただろう!それが理由だ!もしかしたら、時間が過ぎているかもしれん!』

 

「あ、あれだけの事でA.I.S弾の特性を───!?」

 

 

 

事実らしく、明らかに狼狽するゼヴォド。自分が見せた少しのミスからここまで読み解かれるなんて思わなかったのか。

 

 

しかし、ゼヴォドはISを纏えるかもしれないと言う可能性を見出だした一夏達に対応する事は出来なかった。

 

 

 

 

理由は単純、少し離れた場所に配備していた無人機の一体が突然動いたのだ。両肩の砲身を動かし、放送室の箒へと狙いを定める。

 

 

動いたものを自動的に撃つように組み込んでいたのかと思ったが、それでは他の機体が反応していないのがおかしい。何より、それでは観客席の小さな動きに反応して攻撃を開始してしまう。

 

 

 

「何をしている!?非戦闘員を攻撃するな!これは命令だ!止めろ!」

 

 

ゼヴォドも意図しない行為だったのか、慌てて声を荒らげて引き留めようとする。声に反応して行動するらしく、さっきまで声であの兵器を止めていた。

 

 

にも関わらず、その兵器は止まらなかった。

 

 

 

『───不味い!篠ノ之さん!逃げ────』

 

 

男らしき声が響くが、それを無視して無人機は放送室にレーザー砲撃を撃ち込んだ。直後、放送室は爆炎に飲み込まれ、爆発を轟かせる。

 

 

 

「箒ィ────ッ!!」

 

「シルディ!!クソッ!何でこんな事に!?」

 

 

そんな彼らの前で、その無人機が砲身を此方へと向けてきた。操作してるであろうゼヴォドすら射線上に入っているのは、彼も標的すら見据えているからか。

 

 

再びレーザーによる攻撃を行おうとした無人機だが、

 

 

 

「させるか!」

 

 

前へと飛び出した龍夜が『銀光盾』を顕現させ、レーザー砲撃を防ぐ。エネルギーを分解し、盾のエネルギーへと吸収しながら、砲撃を容赦なく受け止めていく。

 

 

予想外の事が起きすぎて苛立ちを募らせたであろうゼヴォドは頭をかきむしる。自分の髪が乱れるのも気にせず、両腕をふ振り上げた。

 

 

「クソッ!どうしてこうも…………こうなれば、まとめて叩き潰して─────」

 

 

「させるかァァーーーーッ!!」

 

 

そんなゼヴォドへと、一夏は突っ込む。彼が箒を攻撃したとか思っていない、怒りは止まらないが、まずは自分に出来ることを優先させるしかないと考えていた。

 

 

最初は声に反応し長剣を身構え、生身の一夏に呆れ払い除けようとした彼だったが────目の前で起きた変化に、眼を見開くことになった。

 

 

 

瞬間、一夏の全身が目映い光に包まれる。思わず顔を背けそうになるゼヴォドが見たのは、『白式』を展開した一夏の姿だった。

 

 

一夏の雪片弐型とゼヴォドの長剣が衝突する。互いの刃を受け止め、拮抗していく間、未だ疑惑を拭えないゼヴォドが叫ぶ。

 

 

「馬鹿な!?早すぎる!第三世代なら十分の間は封印できると聞いていたのに─────いや、まさか!第四世代か!?」

 

 

A.I.S弾のISの封印は、コアやISのシステムに作用する。世代が古い一世代なら三十分、第二世代なら二十分、第三世代なら十分────一夏のISが封印から十分も経っていないということは、それが答えになる。

 

 

協力者から教えられた言葉を噛み締め、ゼヴォドは腕を振るう。ドォンッ!! と音を収束させた一撃を一夏へと撃ち込む。軽々と回避した一夏の回線に、龍夜からの連絡が届く。

 

 

『一夏、奴の使役する無人兵器は俺が破壊する。お前の方はどうする?手助けはいるか?』

 

「いや、()()でアイツを倒す。龍夜はそっちに集中してくれ」

 

 

一夏の宣言に文句を言う事はなかった。分かった、と短く応じ、回線を切る。話を黙って聞いていたゼヴォドが馬鹿にするように嘲笑う。

 

 

 

「私を倒す?貴方が?…………笑わせる、自分が圧倒されていたことも忘れたんですか?」

 

「いいや、勝てるさ」

 

 

ある種の自信を胸に、その理由を口にした。

 

 

「お前、戦い慣れてないんだろ?俺と同じで」

 

「………………」

 

「箒やセシリア、鈴のように鍛えてるって訳でもない。自分の持つ力を振り回してるだけだ。心身鍛えてる子達が多いから、アンタの戦い方が目立ってんだよ」

 

 

返答はなかった。

ガコン、と背中の翼がクルリと此方へと向けられる。異変に気付こうとした瞬間、キィィィン─────と高い周波数の音波が一夏の鼓膜に響いてくる。

 

 

不味い、と焦る一夏だが、全身がピタリと動かなくなる。IS自体も、動かない。いや、自分の体が硬直させられているのだ。

 

 

「…………で?何て言いました?この期に及んで、私に勝てるとでも? この程度の事にも対応できない貴方が」

 

 

不気味に笑うゼヴォドから凄まじい程の敵意が感じられる。先程の発言が彼にとってそこまで地雷となるものだったのか、沸々と煮え滾るような怒りが滲み出していた。

 

 

だが、一夏は笑い返した。自分の言った言葉を呑み込めてないゼヴォドに。

 

 

「勘違いすんなよ、確かに俺だけじゃ勝てないかもしれないさ」

 

「…………?」

 

「だけど、言ったろ。()()()()()()()()()()だって」

 

 

何を、と聞き返そうとしたゼヴォドだが、突然吹き飛ばされた。悲鳴や絶叫をあげることはなかったが壁に打ち付けられた彼は地面に転がる。ゆっくりと首を上げたゼヴォドが見たのは、

 

 

「────少しは効いた?」

 

 

不適な笑みを刻み、ISを纏った鈴の姿。先程のはISに搭載された衝撃砲なのだろう、打ち付けられた衝撃が頭を揺らす感覚が消えないゼヴォドはそこでようやく気付いた。

 

 

自分が最初から織斑一夏達に踊らされていたことに。

 

 

 

 

 

 

瞬間、脳が激しく沸騰するのを感じた。

ずっと抑え込んでいた怒りが爆発し、ゼヴォドの思考を完全に支配する。

 

 

 

「─────ふざけるなァッ!!どいつもこいつも嘗めた真似をしやがってェ!!」

 

 

感情的になったゼヴォドが胸元のカオステクターを強い力で叩く。ギュイン、とカオステクターのラインが発光した途端、ゼヴォドの背中の翼が勢いよく破裂した。いや、翼から強化ワイヤーよりも頑丈な弦が周囲へと放たれたのだ。

 

 

周囲一帯に放たれた弦の糸は地面や壁へと突き刺さり、その場に強く固定される。間一髪糸の雨を避けた一夏達だったが、攻撃は終わりですらなく、むしろ始まりを迎えようとしていた。

 

 

 

「使命や目的など関係ない!私を侮った貴様らに思い知らせてやる!アナグラムの、私の強さを!」

 

『────セイレーン、カオス・オーバー・ブレイク!』

 

 

ゼヴォドが剣を突き立て、両腕を広げる。腹の底から響かせるような咆哮を轟かせるゼヴォドの足元から、水が溢れ出す。本来、水など生じないであろう筈なのに、彼の左右に水が集まり、人魚の姿を作っていく。

 

 

『『「─────La─────♪」』』

 

 

水の人魚姫に囲まれながら、ゼヴォドは歌う。人魚姫と合わさった声は女性のように高く、男であることを忘れさせるようであった。

 

 

三人の歌が合わさる中で、ゼヴォドの胸元には凄まじい程の音が集まっていた。直視はできないが、ハイパーセンサーがそれを認識していた。

 

 

鈴が肩を押し出すように衝撃砲を構える。そんな彼女を見て、歌う口を止めたゼヴォドが叫ぶ。

 

 

「甘く見るな!その程度の攻撃で私の技を止めることも防ぐことも出来ない!やったとしても、このまま貴様ごと消し飛ばすだけだ!」

 

「………ッ!?」

 

「鈴!良いから、やってくれ!」

 

「分かってるわよ────って、ちょっと!?何してんのよ!?」

 

 

応じてすぐに、衝撃砲を構えた鈴の前に一夏が躍り出てきたのだ。それも衝撃砲を直撃するであろう射線上に。

 

 

思わず射撃を止めてしまう鈴だが、一夏が強い声で叫んだ。

 

 

「いいから撃て!」

 

 

「ああもう!どうなっても知らないわよ!」

 

 

衝撃を直に受けた一夏の体が勢いよく飛ぶ。だがそれは衝撃弾の直撃に吹き飛ばされた訳ではない。ISに存在する技能の一つ、『瞬時加速』を発動したことによるものだ。

 

 

瞬時加速とは、翼からエネルギーを放出し、再度取り込んで圧縮して解き放つ。その際に発生する慣性エネルギーをして爆発した加速力を得る。だが、一つだけ分かる事実がある。一度外部へ放ったエネルギーを再び吸収する、つまりISの翼にはエネルギーを吸収する機構が存在する。

 

 

そして、取り込めるのは自機のISによる放出エネルギーだけではない。鈴の衝撃砲も外部出力として利用すれば、瞬時加速の出力は並外れたものとなる。

 

 

 

「───な、何ッ!?」

 

 

凄まじい速度で接近してくる一夏に、焦り出すゼヴォド。ISの加速如きで距離を詰められる筈がない、そう嘲笑おうとしていた彼だが、一夏がここまでの加速力を引き出せるとは予想もできなかった。

 

 

 

「だが!狙いやすい的だ!!」

 

 

直進してくるのなら当てやすいことこの上ない。ゼヴォドは増幅させていた音の塊を砲弾のように構える。威力も射程も充分、何より一夏のISのエネルギー残量も僅かに等しい。それだけならエネルギーを無効化する能力は一度しか使えない。回避などにエネルギーは使用できない。実質的に、自分の勝ちだ。そう確信したゼヴォドは音の塊を一夏へと放とうとする。

 

 

だが、そんなゼヴォドの予想は反転することになった。

 

 

 

音の砲弾の前に、一際大きな鉄屑が飛んできたのだ。無人兵器。コアを破壊され、沈黙した大型兵器が。

 

 

そして、音の爆弾と兵器の残骸が接触し、凄まじい爆音と風圧を周囲に引き起こす。それはすぐ近くにいたゼヴォドを巻き込み、大ダメージを与えた。

 

 

音と破片に曝され、ファンタシスもボロボロとなったゼヴォドは無人兵器の飛んできた場所に目を向ける。全ての機体を破壊した龍夜が冷徹な表情を浮かべていた。そこでようやく、確信する。龍夜が破壊した無人兵器をゼヴォドの技の直前に投げ飛ばし、誘爆へと導いたのだ。

 

 

 

「────ぁぁぁあああああぁぁぁァッ!!」

 

 

 

雪片弐型を振り上げた一夏が、ゼヴォドの眼の前へと突き進む。ブレードは彼の必殺の能力を解き放つように青白く発光していく。ファンタシスという、自分達の武装を無力化できる刃が迫る。

 

 

だが、ゼヴォドもこんな所では終わらない。

 

 

 

「─────負ァけるかァァァァァァァァぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

長剣を掴み、一夏へと斬りかかる。最後の意地というべきか、ゼヴォドの一撃は一夏の攻撃と衝突した。だが、光を伴った刃は長剣を両断し──────ゼヴォドの纏う幻想の鎧に一閃を浴びせた。

 

 

一夏が、地面へと降り立つ。ISのエネルギーを使いきった彼は力なく膝をつく。対して、ゼヴォドはファンタシスに生じた青いプラズマに呑まれながら────

 

 

 

「ぐ、アアアぁぁぁあああああああ──────ッ!!?」

 

 

エネルギーによる爆発を引き起こす。爆炎からはファンタシスから分離されたゼヴォドとカオステクターが転がる。ゼヴォドは苦痛に呻きながら起き上がろうとするが、上手くいかずに倒れ込む。

 

 

 

 

 

 

 

「…………終わった、のか?」

 

「多分な」

 

 

息切れの激しい一夏の疑問に、近寄ってきた龍夜が答える。怪我一つもなく、無人兵器の相手は楽だったらしい。

 

 

 

「鈴、無事か?」

 

「私は大丈夫、それより一夏は?」

 

「俺は何とも」

 

 

軽く答える二人だが、その一方で龍夜は何かを考えていた。その表情はいつもよりも深刻で、重要なことを考えているようであった。

 

 

 

 

 

 

だが、その瞬間。

 

 

三人のセンサーに、ある通告が表示された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『─────ゼヴォドを倒すなんて、流石だな』

 

 

 

反応は一つ、上空から高速で飛来してきたもの。それが黙視で確認できたのは、すぐだった。

 

 

飛来してきたそれはアリーナに再び展開されたシールドを破壊し、アリーナ内部へと現れた。姿を見せた『ソレ』は、先程からアリーナを上空から狙撃していた鋼鉄の飛龍だった。

 

 

 

「な、何だよ………アレ────!?」

 

 

そう言う一夏だが、初めて見たという反応ではない。一度ハイパーセンサーで認知はしていたが、それでも一体どんな仕組みや構造をしているのかが分からない。あの兵器を造れるかと聞いて答えられる国が果たしてあるだろうか。

 

 

 

だが、もう一つ懸念すべき事がある。先程の声、アレは鋼の龍が出したものではない。一夏はすぐに気付いた、あの声は放送室が吹き飛ばされる直前に聞こえたものだと。

 

 

 

タン……! と足音が聞こえる。

地面に降り立ったような音の方を振り替えると、白い前髪のある黒髪の青年がいた。

 

 

誰だ、と思った一夏だが、すぐにその考えが消し飛んだ。その青年が抱き抱えていた誰かの姿を認知し、すぐに理解したからだった。

 

 

 

 

「────箒ィ!!」

 

「動かないでくれ」

 

 

思わず近寄りそうになる一夏を、青年────シルディが止めた。同じように武器を構えた鈴と龍夜の動きも止まるしかない。

 

 

相手は箒を人質にしている。手の出しようがない。

 

 

「彼女は無事だ。気を失っているだけだから安心してくれ……………だが、今ここで、戦いを始めれば最初に死ぬのは彼女だ」

 

 

しかし、青年の頭からは血が流れていた。箒は爆発に巻き込まれたにしては無傷で、青年の方が怪我をしているまである。

 

 

まさか、と一夏が思う。

青年は箒を人質として捕らえたのではなく、あの爆発から守ってくれたのではないかと。

 

 

 

「無論、彼女は引き渡す─────だが、オレ達の事も変わりに見逃して貰えないか。大切な仲間を巻き添えにするつもりはないだろ?」

 

「…………分かった」

 

 

後ろの二人も、一夏の意見に反論はないらしい。箒を抱え近寄ってくる青年に一夏はISを解除し、静かに待ち構える。

 

 

そして、一夏とシルディが相対する。

不安を隠せない一夏にシルディは安堵させるような笑みを浮かべ、箒を一夏へと引き渡した。放り出すわけでもなく、ゆっくりと意識の無い彼女を労るように。

 

 

箒を受け止め、彼女が無事であることに安心した一夏は腹の底からの息を吐き出す。そんな一夏からシルディは離れ、飛龍とその近くにいるゼヴォドへと駆け寄った。

 

 

 

「大丈夫か?ゼヴォド」

 

「っ、平気ですよシルディ様。この程度大したものではありません。………ですが、謝罪を。私の力量不足でこのような敗北を」

 

「生きてるならいいさ。死ぬよりはマシだよ…………さ、そろそろ帰ろう。目的は達成したし、皆が待ってる」

 

「………えぇ、分かりました。………ですがその前に」

 

「?」

 

「シルディ様。彼等に教えてあげてはよろしいのでは?貴方様が何者かを」

 

「そうだなぁ、そうするか」

 

 

振り返り、一夏達へと振り返るシルディ。ロングコートを翻す彼は口を開いた。

 

 

 

「織斑一夏、蒼青龍夜、凰鈴音。改めて、オレの仲間を打ち倒した君達にオレの真名()を名乗ろう」

 

 

鋼の龍が翼を大きく広げる。二本の大きな腕でゼヴォドとシルディを持ち上げ、シルディを背中に乗せ、ゼヴォドを両手で包み込む。

 

 

龍の背中に乗り上げたシルディは何一つ躊躇いもなく、一夏達へと自分の名を告げた。

 

 

 

 

 

「─────オレはシルディ、シルディ・アナグラム。リベリオンのリーダーにして頭領であるリセリア・アナグラムの息子だ」

 

 

 

 

「シルディ………アナグラム!?」

 

 

愕然したまま噛み締める一夏。鈴も、果てには龍夜すらも驚きを隠せずにいる。

 

 

アナグラムの頭領は、創設者であるリセリア・アナグラムただ一人。組織の名前は彼女の性から取られている。つまりシルディはアナグラムの次期リーダーと呼ぶべき存在であり、アナグラムの中核を担う重要人物ということになる。

 

 

 

「それじゃあ、さよならだ。また近い内に会うかもしれないから、その時はよろしくな」

 

 

そう言うと、鋼の龍は上空へと飛び、空の向こうへと消え去っていく。雲を一刀両断し、青空に翡翠の軌跡を刻んだ龍の姿は見えなくなった。

 

 

 

そしてようやく、アナグラムによるIS学園襲撃事件が幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(今回の事件、ある意味では幸運だったな。お陰で重要なことに気付けた)

 

 

数日が経ち、クラス対抗戦は中止となった。それと同時に厳しい情報統制も行われた。龍夜が外のニュースを調べた際にはIS学園の襲撃の件も、アナグラムの名前すらも出なかった。世界中のニュースにも。

 

 

まるで多くの国々が協力して情報を隠している。アナグラムがISに対抗する武装を持ち合わせているのを広めたくないのか、そもそも刺激したくないのか。龍夜としてはこの件にそこまでの興味はない。

 

 

逆に、彼が気に掛けているのはただ一つのこと。

 

 

(『甲龍』や『白式』は、A.I.S弾の効果を受けた。なのに、『プラチナ・キャリバー』は封印すらされなかった。これで

確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コイツはI()S()()()()()、他のISとは違う全く別のナニカだ)

 

 

傍らの、鞘に収まった銀剣を見て、ふと龍夜は言葉を溢した。

 

 

「────なぁ、お前は何なんだ?」

 

 

────────

 

 

「何のために造られた?何のために俺を選んだ?一体、お前は何をしたいんだ?」

 

 

聖剣は何一つ答えなかった。ただ妖しく、組み込まれている宝玉を輝かせるだけだった。

 




アナグラム襲撃編、及び原作一巻のストーリーの区切りは終わりました。次回からは二巻の話に、行く前に少しオリジナルを組み込みます。


次回もよろしくお願いします!それでは!




あと少し─────評価やお気に入りも嬉しいですけど、どうか感想もください!お願いします!(必死)


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第11話 束の間の休息

『─────それではこれより、定例会議を始める』

 

 

厳格と呼ぶべき老人の声が、静かでありながらも確かに反響する。そこは光もなく、暗闇というよりも深淵と呼ぶべき黒に包まれた空間であった。

 

 

円を描くように、二十もの台座が並んでいる。そこに座するのは、老人や少しだけ歳を取った男女等、例外のように数人だけ若者も存在している。

 

 

 

この集団の名は──────『楽園の実(エデン・シード)』。国連内部に位置する最高権力を誇る意志決定機関。その実情は世間に明かされることはなく、あらゆる機関や組織を越える程の重要性を持つ組織であり、組織自体も五十年も前から存在しており実権を衰えさせた一度もない。

 

 

唯一、女尊男卑社会の影響を受けてないと見るべき組織だ。規律と義務、目的は世界の平和を維持するという事だからこそ、権力を自分勝手に使うような女性権利団体等の輩には自分達の椅子を渡すことはない。

 

 

 

 

『まず、最初の議題は─────数週間前のIS学園襲撃事件についてだ』

 

 

議長、そう呼ばれる立場にいる落ち着いた老人が静かに口を開く。しかし、すぐには会話が始まらない。老人達の視線はたった一人に集中する。

 

 

その視線の一人、眼鏡を掛けた弱々しい老人がゆっくりと口にした。

 

 

『……………時雨殿、今回の件。責任は重大ですぞ』

 

「はて、重大とは」

 

『惚ける気か!青二才の若造め!!』

 

 

時雨なる人物が不適に笑うのを見て、如何にも態度が荒々しい壮年の男が顔を真っ赤にしながら怒鳴る。

 

 

『IS学園にどれだけの資金を投資していると思っている!それなのに厳重な防衛システムを破られ、あまつさえシステムすらハッキングされるなど言語道断!』

 

『最早クビで済むような話ではありませんぞ!?』

 

『この場で処刑されても可笑しくない!いや、自ら勧んで申し出るべきではないのかね!?』

 

 

その男の勢いに続き、数人の老人や男が時雨なる人物に捲し立てる。当の本人は反論も意見することなく、彼等の戯言に耳を傾けていた。

 

 

次第に彼等の悪態は、別の相手へと向けられる。

 

 

『───それに!彼の最強である「ブリュンヒルデ」、織斑千冬は何も出来なかったと聞く!最強が動かずしてテロリストが討てるものか!』

 

『傍観ばかりしていたなど馬鹿馬鹿しい!何の為の力か理解しているのか!?』

 

「………」

 

 

巨大な台に腕を起き、荘厳な椅子に老人達のホログラムとは違い、時雨と先程から呼ばれていた者の隣に立つ織斑千冬。戦士としてではなく、一人の人間として引き締めた落ち着いた表情のまま、彼女は自分に向けられる罵声を受け止めていた。

 

 

だが、流石に言い過ぎている彼等に、千冬は畏まった様子で言葉を紡ぐ。

 

 

「…………お言葉ですが、生徒が人質に取られていたのです。彼女達を閉じ込められ、手出しがすれば危害を加えられていた可能性も─────」

 

『なら何だ!?相手は世界の平和を揺るがすテロリストだぞ!?学生の一人や二人死んでも大した問題ではない!奴を、アナグラムの中核であるシルディ・アナグラムを捕らえられた唯一のチャンスを無駄にしおって!!』

 

『所詮代表候補生にもなれん落ちこぼれだろう!数人程度死なせてでも捕まえれば問題ないというのに!ブリュンヒルデも落ちぶれたものだな!』

 

「………………」

 

 

その反論すら受け入れられないのか、老人達は容赦のない悪口を浴びせていく。行き場のない怒りが膨れ上がり、それを抑え込むために拳に力を込める。皮膚に食い込み、血が流れてもこの怒りは消えない。

 

 

 

自分の名を馬鹿にされる事はいい。

だが、千冬も教師だ。生徒を守る為に最善だった選択を否定され、あろうことか生徒達が死んでも大したことはないと吐き捨てる老害達への殺意が、どうにも止められない。

 

 

 

世界最強を罵倒できて楽しいのか、自分達のプライドを満足させるためか、好き勝手に言う老人達だが─────、

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────言葉を控えて貰いませんか?ご老人の皆様」

 

 

そこでようやく、千冬の隣の席に座していた人物が意を唱えるように口を開く。そこで、暗闇に隠されていた時雨の姿が明らかになった。

 

 

 

 

その見た目は────十四歳程。

何らかの若返りでもしたのか、或いはその年でも尚手腕が優れているのか。

 

 

艶のある黒髪を髪留めで結い、左右異なる色をした瞳。クスリと小さな笑みを浮かべたその表情は容姿端麗であり、滅多に見れないものである。

 

 

遮られ、憤慨を隠そうとしない老人に、時雨は口元を軽く隠しながら笑う。

 

 

「老体に合わない高血圧でポックリ逝ってしまいますよ?まぁ、お望みならばお止めはしませんが………死体の清掃も手間が掛かるでしょうから」

 

 

歯を軋らせるような不快な音が、老人の口から響いてくる。余程少年の言葉に苛立ちを覚えさせられたのか、態度に出ている。

 

怒りに震えるのを落ち着かせるように、小さく笑う老人。その表面的な態度は感情の爆発を見せないようなものへとなっていた。

 

 

『…………フフ、労り感謝する。だが時雨君、君の失態は変わらないぞ?IS学園の襲撃、これだけで君のクビは飛びかねん失態だ』

 

「この程度で?笑わせないでいただきたい、御老公」

 

 

椅子に腰掛けた少年は老人の追求にすら狼狽えない。その理由は簡単だった。

 

 

「我等、「楽園の実(エデン・シード)」は国連最高の権力を誇る議会。二十人の議員で構成される我等は責任による辞任は認められていない、何せ我等は世界の平和を守る為の組織。失敗を償うのなら尚、組織に在中して成果を挙げる。それをお忘れですか?」

 

『………ッ!』

 

「それに、今回の件は損害だけではありません」

 

 

パチン! と彼が指を鳴らすと、台座に座る議員達の元にデータが送られる。それは、数週間前の事件の過程を詳細かつ正確に記したものであった。

 

 

「織斑一夏と蒼青龍夜、彼等がアナグラムの襲撃に助力したことにより、被害はゼロ。そして織斑一夏に関してはアナグラムの戦闘員を一人、倒したに至る…………実に素晴らしい戦果ではありませんか」

 

 

 

『………それは確かにそうですな』

 

『一人とはいえ、打ち倒したという事実は大きいでしょう』

 

『────ッ』

 

 

増えていく賛同の声に苦々しい顔で周りを睨む老人。彼の視線を受けた者の大抵は気にする様子も見せないか、怯えたように顔を逸らすだけだった。

 

 

議長が周囲を睥睨し、コホンと軽く咳込む。

 

 

『結論は出来たようだな…………時雨殿の責任追及は無しとする。異論がある者は申し立てて貰おう、異議がなければこの議題は終了する』

 

 

反論は何一つなかった。

静寂の中、時雨を毛嫌いする老人は挙動不審といった様子で周りを見渡している。だが、誰一人時雨の責任を追求するつもりはないらしい。

 

 

忌々しさを腹の中に隠す老人は、不愉快そうに台座を殴った。

 

 

『───ふん!なら良い!だが、所詮は一人だ!アナグラムを殲滅することが現時点での我等の目的であることを忘れるな!』

 

『…………じゃが、下手に追い詰めるのも良くはないでしょう』

 

 

動きのおぼつかない、先程の男よりも年老いた老人が静かに呟いた。遮られたことに怒りを滲ませる男を他所に、老人は言葉を続ける。

 

 

 

『もし、彼等が最後の足掻きとして「真相」を世界に明かせば、世界の平穏は乱される。どれだけの国の政権が転覆し、どれほどの戦争が起きることか────』

 

 

『その為のプロジェクトは既に出来ている。そうだろう?』

 

 

 

『えぇ、我等がロシアは「ヴァルサキス・プロジェクト」を無事完成させました。後は人工衛星として打ち出せば計画はパーフェクトであります。人工知能の方は悩ましいですが…………差程重要な事ではありません!』

 

 

 

『────「ラグナ・プロジェクト」は現在74%、遅れ気味ではありますが問題ありません。数ヵ月で完成に至ることでしょう』

 

 

 

『────「ガーディアンズ・プロジェクト」は、ほぼ完成に近付いています。既に「強化人間モデル」の二人は運用できております。他のメンバーも何に一つ心配はございません。最強のIS────ナイトメアは未完成ですが、倉持氏の提示した研究結果、「多重コア」を用いて改造を施しておりますので、ご安心を』

 

 

ふくよかな男、眼鏡を掛けた冷徹な女性、そして白衣に身を包んだ両目にゴーグルを掛けた薄い金髪の男性。其々が他の全員の前に展開される映像に資料を提示し、説明を始めていく。

 

 

素晴らしい、と何人も拍手をしていく。不愉快極まりないと、侮蔑の視線を向ける千冬に気付かぬまま、満足そうに老人の一人がグラスを揺らしながら呟いた。

 

 

『この三つのプロジェクトが完成すれば、アナグラムを完全に掃討できる。奴等に抵抗の暇なく叩き潰せば、我等の勝利は確実』

 

『アナグラムに集中するのも結構だが、お忘れではないか?』

 

 

そう言うのは、年老いた瞳に宿る光を衰えさせない、騎士を思わせる老年の男。名を、アーサー・グランディア、アーサー卿。イギリスに所属する貴族の一人で、最古参の議員の一人である。

 

 

先程から冷静かつ聡明に、物事を見据えているアーサー卿が軽く台座をスライドさせると、他の面々に新たな画像が添付される。それは、其々二つのデータを纏めたものであった。

 

 

 

『「魔剣士」、「魔王」、正体不明の二機の黒いIS。奴等も脅威であることには変わりはない』

 

 

映し出されるのは、黒い人の形。各々別の方向から撮ったような画像は粗いが、それでも確かな特徴は捉えていた。

 

 

禍々しい鎧に、黒い剣を振るう外套を纏った剣士。剣士とは違い、真っ黒な闇に染まったような鎧を纏う悪魔のような存在。前者が『魔剣士』、後者が『魔王』であった。

 

 

 

『「魔剣士」ですか?ですが奴は被害も少ない、むしろ「魔王」と相対してくれて対処に楽だと思いますが…………』

 

『そういう訳にもいかないのですよ、奴は八神博士の遺したデータを所持している。それにより博士しか開発できない筈の兵器を量産し、独占している』

 

『しかも、今回の襲撃事件の資料を読み解くと、博士しか造れない「アルガード・タイプ」の最新鋭型をアナグラムが率いていたと聞く。「魔剣士」がアナグラムと手を組んでいるのなら、無視できる話ではない』

 

『「魔剣士」はいい、最も警戒するべきは「魔王」であろう』

 

 

『魔剣士』に対し厳しい顔で話し合う者達を諫めるように、老人の一人が強い声で言う。

 

 

『イギリスのBT2号機、ロシアの新型IS、これ等の二つの強奪だけではなく、重要施設の攻撃及び民間人大量虐殺。被害だけならアナグラムよりも危険な存在だ。何より、例の組織のトップという話もある。奴を潰さなければ、民間の被害は増えるばかりだ』

 

『─────ご安心を。プロジェクトは世界平和の為に運用されます。奴に対して使われるのも、後々の話です』

 

 

その話が終わったのを見計らい、議長が台座に配置されたベルを鳴らす。一定の時間が経ったことを示す小型のタイマーが内蔵されていたベルの音に、議員達は会話をすることなく、議長へと向き直る。

 

 

 

『時間だ。これより、定例会議を終了する。─────皆、忘れるな。我等の命はとうに棄てたもの、世界の為に尽くし、世界の為に死ぬのが、我等の信念であり、使命なのだ』

 

『…………』

 

『全ては、世界の平穏の為に』

 

 

 

『『『『『『全ては世界の平穏の為に』』』』』』

 

 

議長に続き、全員が当然のように宣言する。それだけで一瞬、暗闇が完全に暗転する。ふてぶてしい議員達の姿は消え─────明点した時には、その場にいるのは時雨と千冬だけだった。

 

 

 

外に綺麗な海が見えるその部屋は、IS学園の理事長室。一般の生徒は当然ながら、普通の教師でも入ることは滅多にない。入学式から一ヶ月経った今確認できるのは、織斑千冬と生徒会長の数人だけだ。

 

 

 

理事長である時雨が、座席に背中を預けながら溜め息を漏らす。整った顔立ちを歪めるのは、先程の会議が理由であった。

 

 

「…………ったく、老害はこれだから」

 

 

人の失敗や事故を責任などと言いながらネチネチと責めてくる性格の悪さ。基本的に優れた相手を自分の力で越えるのではなく、自分より下に引きずり下ろして勝った気でいる。

 

 

アナグラムによるIS学園襲撃という事実は無視できず、言い訳する気はなかった。だが、せこさと卑怯さが取り柄の奴等にとって、今回の事件は時雨を批判する都合の良い理由が出来てしまった。

 

 

責任はない、という一件で済まされたが、好き勝手言われるのは少々面倒だと思う。

 

 

 

「陰気臭いジジババの小言に付き合わせてすまないね、織斑先生」

 

「………気にするな。対処できなかったのは事実だ」

 

 

隣から前へと移動した千冬が冷静な様子でそう言い切る。

 

 

「IS学園の防衛システムに何らかの異常はなかった。だが、奴等は防衛システムを掻い潜って攻め込んできた。センサーなどが捉えた様子はなかった。─────まさかとは思うが」

 

「防衛システムに関しては維持でいいよ。これ以上強化しても無理そうだからね。僕らに足りないのは人員、明日から新しく二人を呼び込むよ」

 

「二人だと………?教師はもう十分なはずだ。一体何を───」

 

「僕の私兵だよ、ISにも負けない─────化け物染みた人間さ。ま、君程でもないけどね」

 

 

余計な発言を咎めるような千冬の一睨みに怖いなぁと笑う時雨、彼の机のコピー機が突然音を出して起動する。ピーッ、とコピー機から排出された紙の内容を見て、目の色を変える。

 

 

「─────へぇ、これは面白い」

 

「何がだ?」

 

「ビッグニュースだよ、織斑先生。

 

 

 

 

 

 

 

『三人目』が見つかったてさ、それも明日転校してくるんだって」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

日曜日。

学園では授業が何一つない、分かりやすい話、休日であった。一夏もIS学園から離れ────今は家にいた。家と言っても、自分の家ではなく、悪友の家だ。

 

 

 

「で?」

 

「で? って、何がだよ」

 

 

テレビに繋いでゲーム機を弄りながら、一夏は自分にそう聞いてきた悪友に眉をひそめる。長めの赤い髪にバンダナを巻いた青年、五反田弾(ごたんだだん)はテレビに視線を向けながらも一夏に不適に笑いかける。

 

 

 

「だから女の園の話だよ、いい思いしてんだろ?」

 

 

うへぇ、と面倒そうな顔になる一夏。格闘ゲームの最中だが、弾に負けてきているのか、少し焦り気味にコントローラーを連打している。

 

 

 

「………正直、そんなに良いもんじゃないと思うよ。僕も」

 

 

そんな二人の後ろで、丸机に置いてあるお菓子とジュースに手を伸ばすのは、黒髪の青年だ。しかし弾や一夏のような明るさは少なく、どちらかと言うと内気なタイプに思えてくる。

 

 

「何言ってんだよ、暁。一夏のメール見てるだけでも楽園じゃねぇか。羨ましいなぁ、俺らも招待券ねぇの?」

 

「ねぇよバカ」

 

「ま、そりゃそうだよなぁ。残念だぜ…………なぁ、暁」

 

「な、何で僕も………?」

 

 

困惑する友人を他所に、テレビ画面で勝敗を示すファンフーレが鳴り響く。見事に勝利を収めた一夏が拳へと振り上げ、疲弊したように弾が項垂れる。

 

 

「それで?一夏は何を選ぶんだっけ?」

 

「決まってるだろ、王道のテンペスタだ。また打ち勝ってやるよ」

 

「へぇ………勝つ気満々だね。良いよ、こうなったら僕も本気を出すね。アメリカが誇るパニッシャーで蹂躙するから」

 

 

弾からコントローラーを手渡され、操作機体を選択する暁。因みに今プレイしているのは大変人気なISをモデルとしたゲームだ。まぁ開発当初は各国から『もっとちゃんと(自分達の国の代表の強さを)再現して』と苦情が多かったらしい。

 

 

互いに軽口を言いながら試合を始めようとしたが、突然開け放たれた扉の音によって、遮られることになった。

 

 

「お兄! さっきからお昼出来たって言ってんじゃん!さっさと食べに─────」

 

 

ドォンッ! と引き戸が壊れるじゃないかと思う程の音を出し、そう声をあげたのは赤髪の少女。名を五反田蘭(ごたんだらん)。弾と同じ髪の色と彼と同じようにスカーフを巻いたその姿は兄弟だとすぐに悟らせる。その割には、妹である彼女の方が兄に似合わず可愛らしいが。

 

 

自らの兄への怒鳴りは、部屋に中にいる二人をみた瞬間に途絶え、それどころか途絶した。

 

 

「あ、久しぶり。邪魔してる」

 

「蘭ちゃん………久しぶりだね、元気にしてた?」

 

 

「一夏さん?…………あ、暁………さん!?」

 

 

軽く挨拶する一夏、その横で暁はたどたどしい笑顔を浮かべながら頭を下げる。一夏に関してはただ驚いていただけだったが、暁を見た瞬間硬直し────ボンッ! と真っ赤になった。

 

 

理由は明白。

一夏は知る由もないが、蘭なる少女は暁に好意を抱いているのだ。それも子供の頃から続いているものである。まぁ一目惚れらしいが、それでも長い間続いているのだから流石ではある。気が緩んでいる今、想い人に会うことがどれだけ衝撃的かは理解できなくもない。

 

 

それだけではない。

今の彼女は家の中で過ごすようなラフな服装だ。それも夏に近いため、暑さ対策のために露出が少なくないものばかりだ。ほぼ下着のような感じなのだから、その姿のままで好きな人の前に立つのは、中々覚悟がいる。

 

 

 

そんな彼女だが、すぐに再起動すると刃のように鋭い視線を彼等に向ける。いや、あー、と困ったような自らの兄、弾へと。

 

 

 

「………なんで、言わないのよ」

 

「え、あ………あれ?言ってなかったけ?は、ははは……………」

 

「……………」

 

「ご、ごめんね。蘭ちゃん………実は一夏が実家に帰る時に出会ったから、このまま弾や蘭ちゃんに会いに行こうと思ったんだけど…………ダメだったかな?」

 

「っ!いえ!そんな訳ないですよ!久しぶりに会えて嬉しいですから!あ、あと一夏さんも………えっと、暁さんも、お昼どうですか!?まだですよね?そ、それでは!」

 

 

パタン! と。

暁の話を聞き、慌てた様子で扉を閉めて立ち去っていく蘭。どうにも彼女はすぐさま離れたかったようだ。その事に首を傾げた一夏は不思議そうに、

 

 

「やっぱり、蘭も前から変わらないなぁ。弾はともかく、暁に対してもよそよそしいみたいだし………そろそろ仲良くなっても良さそうだけど」

 

「……………」

 

「……………」

 

 

はぁ、と溜め息を吐く親友と悪友。その意味を理解できずにいる一夏をよそに、二人はボソボソと話していた。

 

 

「相変わらず一夏は変わらねぇなぁ………どうしてあそこまで鈍いんだか」

 

「それが一夏の性だから…………これじゃあ学園にいる女子達も困らせてるんだろうね」

 

「全くだ。ホントに泣けてくるぜ、俺達にも幸せくらい恵んで欲しいよな?暁」

 

「あ、いやぁー。僕は遠慮するけどね」

 

 

そんな事を宣いながら、彼等はさっさと部屋から出て、弾の家である食堂で昼食を取らせて貰っていた。

 

 

 

─────

 

 

 

昼食を取り終えた一夏と暁は弾や蘭と別れ、各々の変える場所へと歩いていた。帰り道はある程度同じらしく、二人は世間話をしながら歩いていた。

 

 

「それにしても、暁。よく蘭のこと、ちゃん付けで呼べるな。俺は正直無理かもなぁ」

 

「えぇ………僕は呼び捨ての方が無理だよ。それだと失礼な感じがするし」

 

 

そんな感じの話をしていると、駅に着いた。一夏はこの駅からIS学園へ通じる道を進んで、学園に戻ることになる。自宅の様子も確認でき、親友や悪友と再会できた事に満足した一夏は、このまま歩いて帰る暁に大きく手を振るう。

 

 

「んじゃ、ここでお別れだな。これからも頑張れよ!暁!」

 

「あ、待って!一夏!」

 

 

駅の中へと入ろうとした一夏を、暁は引き留めた。振り返り、不思議そうな顔で見てくる一夏に、何も言えなくなる。開こうとした口を震えながら閉ざし、不器用な笑顔を浮かべる。

 

 

「…………あー、いや。やっぱり、大丈夫」

 

「………?本当に大丈夫か?」

 

「う、うん!心配いらないよ!それじゃ、バイバイ!また会おうね!」

 

 

 

 

 

 

「─────箒ちゃんと再会できたんだ………良かった」

 

 

学園へと戻る一夏を見届けず、暁はポツリと呟いた。帰り道、自分の家へ帰る足取りは自身の心を示すように重かった。

 

 

話の最中、別れたっきりの幼馴染みの名前が一夏の口から漏れていた。それだけで、暁は理解できた。篠ノ之箒、自分と一夏が幼少期から仲の良かった彼女が、IS学園にいたという事実を。

 

 

 

それを喜ぶ自分と、喜べない自分がいる。

 

 

「………何考えてんだろ、僕は」

 

 

卑屈そうに笑う暁、彼の心境は複雑そのものであった。

 

 

 

まず、海里暁は篠ノ之箒が好きであった。出会って少し経ってから、子供の頃の好意は恋心となり、ずっとその想いを秘めていた。

 

 

だが、二つの事実が暁の心に重くのし掛かっていた。一つは、箒にも好きな相手がいること。それが一夏だということも、彼は知っていた。

 

 

 

そして、もう一つの事実。

 

 

 

「箒ちゃんが好きなのは一夏だ、僕じゃない。それに………僕には、箒ちゃんの事を好きになっていい筈が────」

 

 

カバンから、新聞を取り出す。

相当昔の新聞だ、日付からして七、八年程だろう。自分の父親の堂々した態度と表情に、暁は何を思ったのか、新聞の切れ端をグシャグシャに押し潰してポケットへと押し込む。

 

 

淀んだような薄暗い笑いをひきつらせながら、彼はトボトボと帰路を歩いていた。その背中に、重い悩みと宿命を背負いながら。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

太陽の光に照らされ、輝きを強める蒼き海。

IS学園の存在する人工島に向けて出発した大型の船、輸送船はゆっくりと着実に進んでいた。

 

 

 

辺り一帯に広がる光景は普通に見れば落ち着くような環境である。船の側面に当たり、飛び散る水飛沫は光を受けて宝石のように煌めく。どこか幻想的なものを思わせる景色を前に、

 

 

 

「────チッ」

 

 

苛立たしく舌打ちを吐き捨てる女性が一人。輸送船の甲板、コンテナが山のように積み込まれた場所の手前で、彼女は外を見渡している。

 

 

全体的に黒が強めの赤い長髪、そしてダイバースーツを軽く改造したような装備を着込んでいる。だが、そんな特徴が頭から消え去るようなものが、彼女の隣にあった。

 

 

『─────』

 

 

大型の、ヒト型の機械。

ヒト型と言えど、類似点は二足歩行という所しかない。それ以外の特徴が、普通のものと離れているからだ。

 

ビーム砲らしき武装が接合された巨腕は胴体に接続されておらず、代わりに胴体を囲むように展開された金属の輪と繋がっており、全方位に対応できるような形状であった。

 

 

そんな機械の真横で、彼女は苛立たしそうに吐き捨てる。

 

 

「─────ホント最ッ悪ね。こっちはあの亡霊どもの首を持ってこいって命令通り動いてたのに、用事が出来たから即刻IS学園に来いとかふざけてんの?……………あのチビから金をむしり取ってやるしか腹の虫が収まらねーわ」

 

 

「………それって空腹って意味じゃないすか?先輩」

 

 

上司への悪口を余すことなく吐き出そうとする女性に、後ろから現れた青年が不安そうに疑問を投げ掛ける。

 

 

女性と同じくダイバースーツを装着した黒色が多い、青髪の青年。両目の色が各々違うのは、全く別の眼球であるかもしれない。異様なのは、青年の両腕と両足、そして背中に差し込まれた二刀の大型ブレード。

 

 

両腕と両足の先は生身ではなく、義手や義足のようになっている。背中に剥き出しになった人工脊髄らしき部位から腕や脚へと、体内に埋め込まれたケーブルが少しだけ点滅し、その存在を広めるように光を放つ。

 

 

「先輩の怒りや不満は分かりますけど、俺達は国連所属、そして時雨さん直属の兵士です。どんな命令にも従うしかないってのが俺達下っ端の性じゃないすか」

 

「分かってるっての」

 

 

後輩の正論にそう言うしかない女性。自分自身、それが正しいと思うのは事実だし、命令に逆らうつもりは更々ない。だが、自分達が遂行していた任務─────世界の裏に存在する暗部、奴等を引きずり出し、処刑することを目的としてきたのだ。

 

 

それが上の老害達によって、好き勝手に振り回されるのは面白くない。此方は命を賭けて世界の平和を守ろうとしてるのに、連中は口で言うだけで動こうともしない。本気で死ねと何度、いや何千回思ったことか。

 

 

 

ただ一つ、そのストレスが緩和することがあるとすれば一つ。

 

 

 

「────まーでも、アンタも一緒だから良しとするわ」

 

「………?何です?」

 

「独り言よ、気にすんな」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

IS学園を離れた龍夜は自宅────ではなく、そこから遠い場所にある山奥に立ち尽くしていた。

 

 

 

公園の跡地、と言うにはあまりにも廃退していた。遊具は全て撤去され、残されたベンチは到底座れるようなものではない。無論、龍夜はそんなものに気にしていない。興味すら、抱いていない。

 

 

 

彼の目の前にあるのは────墓標だった。

何ら装飾のない、ただの墓石。苔やヒビの入った古くさい、誰も手入れしてないもの。それには二つの文字、いや名前が刻まれていた。

 

 

蒼青竜(そうせいりゅう)蒼青恵梨花(そうせいえりか)、龍夜と姉である零の両親であった二人だ。

 

 

 

両親のことは好きだった。

他人を極力信用せず、学校にも行かずに、周りを拒絶していた龍夜を、両親は否定することなく受け止めてくれた。力ずくで更正させようとはせずに、自分の生きたいように生きるのが一番、と笑って話してくれた。

 

 

 

 

 

だから、そんな二人が死んだと知らされた時は、生きる意味が喪われたようだった。

 

 

 

 

 

その事実を伝えてきた黒服の男達に、自分は呆然とするしかなかった。零は静かにその場に泣き崩れ、もう一人の姉と義兄は二人の遺体だけは返してくれと掴み掛かっていた。

 

 

その日から、全てが壊れた。幸せだった日常は失われ、大切な家族は姉を残し、自分の前から消えていった。

 

 

 

 

そして─────龍夜は決意を胸に、立ち上がったのだ。ISで世界最強となり、女尊男卑という世界のシステムを、正しいものへと作り替える。その決意の裏に、もう一つの目的を隠して。

 

 

 

ふと、スマホの画面に視線を落とす。

そこに映ったものを眼にした龍夜は、ただ静かに、凄まじい憎悪と怨恨を込めながら呟いた。

 

 

 

 

「───必ず、探し出してやる」

 

 

画面にあるのは、写真だ。

解像度の割には鮮明に写し出されたその写真には、あるものが刻み込まれていた。

 

 

 

姿を粒子のように変えていく漆黒のIS。全身を覆い隠す黒き鎧の奥、眼の代わりともいえる不気味な光が此方を確かに見据えていた。

 




お気に入りや評価、感想などよろしくお願いします。






三人とも幼馴染みの少年少女。互いに親友同士で子供の頃からも仲が良かった。子供の頃から好きだった親友の女の子と離れることになった挙げ句、もう一人の親友に恋してる事実を理解する。本人は思い悩んでいたけど、諦めた方が幸せだよね、どうせ自分なんか………と卑屈になり、諦めかけてる。どんな三角関係やねん(真顔)


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第12話 二人の転校生と二人の兵士

「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」

 

「えー?そうかなー? ハヅキのって、デザインだけみたいじゃない?」

 

「そのデザインがいいの!」

 

「私はエレクトロニクス機社かなぁ、基本的に性能良いんだし」

 

「エレクトロニクスって………アンタ別にISスーツのことは頭にないでしょ?ただ社長がお目当てってだけじゃない」

 

「良いでしょー!?社長格好いいじゃん!ホントに、次のイベントで来て欲しいなぁー。私も火事場の馬鹿力見せられるのにー」

 

「…………そこまで切羽詰まる状況なの?」

 

 

女子達の世間話がクラス中に響き渡る中、龍夜は大きな欠伸を噛み殺した。昨日調子に乗り過ぎて、休眠の時間を削ってしまったのだ。お陰で今日は三時間しか寝てない。何とか朝にカフェインを押し込んだが、それでも眠気が覚めることはない。

 

 

「……………眠ッ」

 

夜更かしの原因は、前々から造ると宣言していた自分のISの武装だ。アレの設計図を基にパーツや部品を揃えていたのだが、思いの外時間が掛かった。当初は興奮して寝付けなかったから問題ないだろうと考えたのに、一度起きてからここまで眠気が襲ってくるのは流石に理不尽だと思う。

 

 

 

大きな欠伸を押し殺し、龍夜は厄介そうに吐き捨てた。

 

 

 

「くそッ…………夜更かしなんてするんじゃなかった」

 

「─────全く以て、その通りだ」

 

 

ゾワッと、龍夜の全身に悪寒が走る。この感覚はいつになっても慣れることはない、何度も味わおうとも、何年絶とうとも。

 

 

 

 

 

ギチギチ、と壊れかけの人形のように首を動かして、真後ろを見る。そこに立っているのは、織斑千冬。龍夜の呟きを耳にしたであろう彼女は冷徹な雰囲気を消すことなく、出席簿を手にしていた。

 

 

「学校の前日に夜更かしをするとは、お前も随分合理的じゃないことをするじゃないか。少し気が変わったか?」

 

「い………いや、それは…………」

 

「安心しろ、怒っている訳ではない。…………だが、HRの前でそこまで眠そうなのは私も心配だな。よし、眠気覚ましの一発だ。強めにいってやろうか」

 

「え、遠慮しま─────」

 

 

ズバァンッ!!

 

 

 

爆音が響き渡り、頭部を打ち付けられた龍夜は机に倒れ伏せる事になった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使うので忘れないようにな。忘れたものは代わりに学校指定の水着で訓練を受けてもらう。それもないものは、まあ下着で構わんだろう」

 

 

教壇の前での千冬の説明に、最後に関して疑問に思う一夏と、痛みでそれどころではない龍夜。

 

 

最近、千冬の出席簿による一撃の威力が増してきた気がする。全力でやってきてるという感じではなく、少し手加減を緩めたみたいな感じなのかもしれない。どこまで化け物なのだろうか。

 

 

────やっぱり此方を見てきた。心を読む事すら出来るとか普通に化け物じゃないか。

 

 

 

「では山田先生、ホームルームを」

 

「は、はいっ」

 

 

話を終えた千冬は、そう言いながら山田先生へとバトンハッチした。眼鏡を噴いていた彼女は慌てながらも、すぐさま卓上へと戻る。

 

 

「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します!しかも二名です!」

 

「え……」

 

「「「ええええええっ!?」」」

 

 

先月の鈴のように転校生、それも二人が来ることにクラス全体が大きくざわめき始める。一方で龍夜は痛みも引いてきた事もあり、落ち着ききった様子で話を聞いていた。

 

 

(転校生、それも二人が同じクラス────か)

 

 

退屈そうな表面上とは一転、冷静かつ凍えきった思考が動き出す。普通に考えて、このクラスに転校生が二人も来るなんて可笑しい話だ。男二人がいる時点で他のクラスに転校生を分散させるのが妥当であるのに。

 

 

疑念と疑惑を募らせる龍夜やさわぎを静めないクラスメイト達を他所に、扉が開く。あまりにも周囲の音より小さい音であったが、聞こえた瞬間にクラス全体が静寂に包まれる。

 

 

二人の転校生が、教室の中へと入ってくる。クラスメイト達は息が止まったかのように硬直し、興味すらなかった龍夜は鋭く眼を細め、僅かな興味と警戒を示す。

 

 

 

何故ならば、その転校生の一人が────男子なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

 

転校生の一人、金髪の美少年 シャルルがにこやかな顔でそう告げると共に、一礼する。クラス全員───龍夜を除いた皆が唖然とするしかない。

 

 

そして、一斉に騒ぎ出す女子達。中性的な顔立ちに、一夏や龍夜にもない礼儀正しい振る舞い。当然と言えば当然だろう。騒がしくなったクラスに適当にぼやく千冬に、山田先生が慌ててクラス中の興奮を諫めようとする。

 

 

しかし、そんな喧騒を無視して、龍夜は未だ静かにシャルルを睨んでいた。何かを思ったのか、小声でスマホに語りかける。

 

 

「───ラミリア、シャルル・デュノアとデュノア社について調べておけ」

 

ピロン、とスマホの画面が点滅する。小さな妖精のマークを確認し、龍夜はスマホをポケットの奥へと捩じ込む。シャルルについて彼も思うところがあるが、今は気にしている必要はない。

 

 

もう一人の、転校生の方を見る。

こっちも男という訳ではなく、女子だ。白に近い銀色の髪、オマケというように左目を覆うような黒い眼帯。片方の眼は赤に染まっているが、色合いとは対照的に瞳は冷えきったような色をしている。

 

 

「………挨拶をしろ、ラウラ」

 

「はい、教官」

 

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではおまえも一般生徒だ。私の事は織斑先生と呼べ」

 

「了解しました」

 

 

千冬の言葉に答えるラウラは、体をビシリと引き締める。両手も両足も綺麗に揃えたその体勢から見て軍人に近いというか、軍人そのものである。

 

 

再びクラスメイト達に向き直ったラウラは冷徹な表面を崩すことなく、

 

 

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

「………………」

 

 

たったそれだけの言葉に、沈黙が続く。ラウラが何を言うのか期待する反応ばかりだが、そんなもの意に返さないというのように重い口を閉ざしたラウラ。最早喋る気はなさそうだ。

 

 

 

「あ、あの、以上………ですか?」

 

「以上だ」

 

 

あまりの空気に泣きそうになる山田先生。可哀想だが、無理もない。というか、この状況デジャヴな気がする。一度似たような事があったと思うのは気のせいだろうか。

 

 

そうしていると、ラウラが何処かへと視線を集中させている。確信したように鋭い目つきのまま、生徒達の方へと歩き出す。

 

 

視線の先は、すぐに分かった。

 

 

「え?な、何だよ?」

 

 

不思議そうに聞こうとする一夏に、答えない。ラウラは一夏の前へズカズカと進んでいく。彼との距離がある程度縮まった─────その瞬間。

 

 

 

 

 

バシンッ!

 

と、肌を打つような音───ではない。

それは、いつの間にか振り上げられたラウラの手首を掴むものであった。誰もが状況を理解できずにいる。箒やセシリア、山田先生─────唯一、少しだけ気になったように目を見開く千冬。

 

 

 

一瞬で席から動いた龍夜は、ラウラの手首を抑えながら機械的な程に平坦な声で聞く。

 

 

 

 

「────何をする気だ?」

 

 

一夏に近付いていくラウラが、彼を叩こうとしている事を龍夜は理解していた。基本的に無駄を嫌う龍夜が動いた理由は、面倒な問題を止めておきたいと感じたからだ。………決して、考える前に動いていたという事ではない。

 

 

自分の行動を止められた事に気付いたラウラは表情を憤怒で歪め、片目だけで龍夜を睨む。

 

 

「…………貴様」

 

「面倒ごとなら後でしろ。時間を無意味に浪費されるのは好きじゃない」

 

「ならその手を離せ、切り落とされたいか?」

 

「問題を起こすなと言いたいのに、その態度。これだから馬鹿は嫌いだ、人の言葉を理解できないクセに自分が優れていると思いたがる。馬鹿なら馬鹿らしく、足りない頭を使って最善を考えておけ」

 

 

ラウラの敵意を感じ取った瞬間、龍夜の顔から感情の全てが消え去る。無機質かつ冷淡な様子で、ラウラを侮辱し、見下すような言葉を平然と吐き出していた。

 

 

その様子に、一夏は信じられないと唖然としていた。最初は殴られたという事実もありラウラに掴み掛かりそうであったが、あまりにも敵意を剥き出しの龍夜に驚きを隠せず、怒りが鎮火していたのだ。

 

 

ここまで他人に敵愾心を向ける彼の姿は見たことなかった。感情を剥き出しにする事は一度もなく、一夏達に対しても無愛想ながらも普通に接していた面が多かったからか、彼がここまで他人に敵意を抱くのは何故だろうか。

 

 

更なる怒りを顔に刻むラウラと、まるで害虫を見るような冷徹な眼で見据える龍夜。今にもぶつかりそうな二人であったが、龍夜の方がすぐに手を離した。

 

 

自分の手首を擦るラウラは、龍夜を睨みながら口を開く。

 

 

「貴様、蒼青龍夜だな?」

 

「見て分からないか?その片眼は機能してないらしいな」

 

「…………良いだろう。貴様と織斑一夏は私の手で始末してやる」

 

「なるほど、期待はしないでおこう」

 

 

ふん、と互いに鼻を鳴らし、各々の席に戻っていく。あまりにも刺々しい二人の様子に、誰もが声を出せずにいる。

 

 

「あー……ゴホンゴホン! ではHRを終わる。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!」

 

 

パンパン! と手を叩きながら千冬が行動を促す。校舎の構造に慣れないデュノアに一夏が先導して案内するために教室の外へと飛び出していく。そんな二人を追いかけて行く女子達を見てから、龍夜はゆっくりと立ち上がる。

 

 

教室の外へ出て、取り出したスマホを見下ろす。起動した画面に目を通し、

 

 

「…………ふん」

 

 

それだけ呟くと、そのまま一夏達の後を追い掛けていく。

 

 

 

 

 

 

 

「────何にしてもこれからよろしくな。俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」

 

「…………蒼青龍夜。呼び方は好きにしろ」

 

「うん、よろしくね、一夏、龍夜。僕のこともシャルルでいいよ」

 

「わかった、シャルル」

 

「…………」

 

 

更衣室に着いた三人、各々互いに挨拶をして仲を深めていく。ただ一人、龍夜は悟られぬように静かに、シャルルを見つめていた。その視線に敵意はないが、疑念は僅かに感じられる。

 

 

だが、そんな事をしている内に、時間がない事に気付いた一夏。慌てて着替えようと制服を投げ捨て、Tシャツを脱ぎ始めた。

 

 

「わあっ!?」

 

 

顔を真っ赤にしてシャルルは一夏に背を向ける。突然の行動に不思議だと言うように首を傾げた一夏は、

 

 

「………どうしたんだ?男同士だから着替えくらい見ても恥ずかしくないだろ?早く着替えないと、千冬姉に怒られるぞ?」

 

「あ、う、ううん………ちょ、ちょっとね」

 

「一夏………お前」

 

 

答えられないシャルルに、龍夜が呆れたように彼の前に出る。一夏の視線を遮るような形で彼は服を脱ぎ始めた。

 

 

「男同士だからって言っても、羞恥くらいある。考えろ」

 

「………えぇ?でもさぁ、男同士だぞ?」

 

「良いから引き下がれ。男にその気があるって女子達にチクるぞ」

 

 

それを聞いた一夏も顔を青くしたようで、すぐさま着替え始めた。背を向けて着替える龍夜に、安堵した様子でシャルルは急いでISスーツに着替えた。

 

 

 

「うわ、着替えるの超早いな二人とも。なんかコツでもあるのか?」

 

「い、いや、別に………って、一夏はまだ着てないの?」

 

「これ着る時に裸っていうのがなんか着づらいんだよなぁ。引っかかって」

 

「ひ、引っかかって?」

 

「おう」

 

「……………」

 

「…………セクハラ野郎」

 

 

茹で蛸みたいに真っ赤になるシャルルを庇うように前に出た龍夜が、冷徹な視線と共に吐き捨てる。

 

 

何でさ、と一夏は困るしかなかった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「では本日から格闘及び射撃を含む実践訓練を開始する」

 

「「「「「はいっ!」」」」」

 

 

第二グラウンドではなく、アリーナ。

響き渡る声がいつもより大きいのは、二組との合同であるからだ。返事も通常より気合いが入っている。

 

 

箒にセシリア、鈴とシャルル、オマケにラウラも普通にいる。何一人、龍夜の見解では欠けている様子は見られなかった。

 

だが、千冬はすぐに授業を開始せず、腕を組みながら不適な笑みを浮かべる。

 

 

「だがその前に、お前達に紹介しようと思う奴等がいる」

 

「奴等?」

 

「新しく学園の警護に入る二人だ──────同時に、今回の訓練のメインゲストでもある」

 

 

千冬がしたり顔で笑った瞬間、アリーナの上付近で動きがあった。

 

 

『───!?─────────!?』

 

『───────、────────』

 

 

二人の人影が、見えたのだ。彼等は千冬の声にでも反応したのか、言葉が終わってからすぐ、何かを話し合う。一人が焦ったように聞き返し、もう一人が無視したようにもう一人の腕を引っ張る。そのまま飛び降りてきた。

 

 

「────なッ!?」

 

「あ、ISも無し!?正気ですの!?」

 

 

鈴とセシリアが、驚愕を隠せずにいる。アリーナの柱の上から下までの距離は相当ある。生身の人間が飛び降りれば地面に激突して即死は免れないだろう。生徒達も明らかな混乱に包まれている。

 

 

咄嗟に二人がISを纏い、飛び出そうとする。今も落ちている二人を助けようと全速力で突っ込もうとするが、千冬がそれを制止した。

 

 

そんな彼等の前で、二人が地面へと激突する。砲撃でも受けたかのような轟音を響かせ────撒き散らされた砂塵が一瞬で払われる。

 

 

 

そこにいたのは、無傷の二人だ。ISを纏わず、高所から飛び降りた怪我すら見られない男女の姿。

 

 

「や、やっぱ怖ェ…………それに、まだ体が……痺れるぅぅぅ」

 

「ったく、アンタったら。もう少し鍛えろっての」

 

 

赤と青、それぞれの色に片寄った印象の二人。動けずにガチガチと全身を震わせる青っぽい黒髪の気弱な青年、そんな彼の頭を軽く小突くのは、赤に近い黒髪の強気な女性。どちらも対照的な面子であった。

 

 

呆然とする一同。そして生徒の一人が、ゆっくりと手を挙げながら疑問を口にした。

 

 

「お、織斑先生………知っている人達ですか?」

 

「理事長の私兵だ。さっき話した通り、学園の警護を務める事になる。─────ほら、早く挨拶しろ」

 

 

千冬に促された二人は各々の反応を示す。ふん、と鼻を鳴らした女性は生徒達を一瞥すると、

 

 

「陸奥よ、別にアンタ達の強さに期待してないから。以上」

 

 

興味なさそうに別の方を見つめる女性、陸奥。刺々しすぎる対応に何も言えずにいる面々の中で、龍夜だけが気付いた。無愛想な顔の陸奥だが、龍夜に何を思うのか静かに睨み続けていた。

 

 

そんな陸奥が挨拶を終えたのを確認した青年は、慌てたように前へと出てくる。

 

 

ビシッ! と。

脚を綺麗に揃え、敬礼の姿勢を取った青年は、緊張したように顔を引き締めながら、大きな声で告げる。

 

 

「自分は!国連直属特別機動殲滅部隊 『守護騎士(ガーディアンズ)』の一員、長門です!自分達は、IS学園及び学生の皆様方の警護すべく派遣されました!未だ一兵士としては経験不足であり不束者ではありますが!皆様の安全をお守りさせていただきたい所存であります!どうぞよろしくお願いします!」

 

よろしくお願いしまーすと、元気そうな女子達の声に青年は少し顔を赤くしたまま引き下がっていく。その際、つまらなさそうな顔をした陸奥に小突かれていたが、見なかったことにした方がいいのか。

 

 

 

「以上だ。この二人は特別に、今回の訓練に参加させる。俗に言う教官という奴だ。どうだ?やる気がある奴は率先していいぞ?」

 

「で、でも、お二人はISもありませんよね………?」

 

「コイツらは生身でISを倒せる。それだけの実力がある」

 

 

二組の女子の質問に、ハッキリ言ってのける千冬。しかし千冬の言葉に従い、自分から戦おうと言う者はいなかった。

 

 

正直な話、生身の人間を怪我させたくないと言うのが皆の思う所なのだろう。千冬がどれだけ言おうと、見た感じてはやはり普通の人間である。ISで攻撃すれば重傷ですらなく、即死になりかねない。たとえ高所から降りて無傷だとしても、だ。

 

 

(少なくとも、普通の人間ではないがな)

 

 

彼等の背中を一度だけ見た龍夜はそう思案する。一瞬だけ見えたが、背中に人工の脊髄らしき機械があった。前にゼヴォドが取り付けたのと同じものに見える。先程の落下に耐えた事も把握するに、強化人間の可能性もあり得る。

 

 

誰一人として、やりたいという者がいない事に千冬は軽く息を吐く。あまりに気にしていないように、周りを見渡す。

 

 

「…………進んでやる奴はいないか。なら、此方から選ぶとしよう。─────凰!オルコット!出来るな?」

 

 

「っ!出来ます、 出来ますが………」

 

 

「二対二、ですか?でも、怪我させたら─────」

 

 

「安心しろ、お前達では二人は愚か一人も倒せん。精々軽くあしらわれる程度だ」

 

 

そんな軽く言われたことにセシリアと鈴はすぐに不機嫌そうになった。しかし不満を口に出すことなく、代わりと言うように瞳を闘志を滾らせる。

 

 

二人と陸奥は周りから距離を取り、アリーナの中央へと立つ。各々のISを纏うセシリアと鈴の前で、陸奥は両腕を空へと掲げる。

 

 

すると、二メートル程の戦斧────ハルバードが彼女の元へと飛んでくる。凄まじい速度で飛来してくるそれを、陸奥は容易く掴み取り、大きく振り回す。

 

 

頃合いを見計らった千冬が号令を上げる。

 

 

「では、始め!」

 

 

 

「織斑先生がそこまで言うなら!加減はしませんわ!」

 

「怪我しても知らないからね!」

 

 

 

「はんッ、やってみなさい。あまっちょろいガキども」

 

 

軽い挑発をする陸奥に、二人は先制攻撃を放つ。スターライトmkⅢを構えたセシリアが狙撃を、鈴が双天牙月を大きく振り上げ、陸奥へと突撃していく。

 

 

レーザー光と目の前の『甲龍』。どちらを防いでも片方を受けてしまう戦術。狙ったわけでもない、偶然に起きた二人の攻撃が、連携と化していたのだ。

 

 

 

「嘗めんな」

 

 

だが陸奥は、それを難なく打ち伏せる。エネルギーの狙撃をハルバードの斧で斬り払い、そのまま腰を深く落としながら鈴へと振り回した。鈴の振り上げた双天牙月の刃は体勢をずらした陸奥には当たらず、逆に彼女の振るうハルバードが機体の横に直撃する。

 

 

「っ!?ウソでしょ!?」

 

「鈴さん気を付けてください!あの人、動体視力も反射神経も!私達以上です!」

 

「今更?」

 

 

呆れたように鼻を鳴らす陸奥はハルバードを片手で握り、鈴へと飛び掛かる。上空から降り注ぐセシリアの狙撃を悉く回避しながら、双天牙月を構え直す鈴に容赦なく連撃をかましていく。

 

 

 

 

「────さて、お前達も。自分達がどれだけあいつを甘く見ていたか、どれだけ強いか理解できただろう」

 

 

目の前の唖然とする一同に、千冬がそう言いながら生徒達に呼び掛ける。

 

 

「その上で、質問がある者は今聞こう。………よし、デュノア。答えろ」

 

 

「はい、織斑先生…………少し前から見えていたんですが、長門さんや陸奥さんの背中に取り付けられているのは『アウトサイド・ニューロ』ですか?」

 

「ほう、よく知ってるな。その通りだ」

 

 

手を挙げ、そう疑問を投げ掛けるシャルル。千冬は量腕を組みながらも平然と答える。二人の話に疑問を抱く一夏とクラスメイト達、そんな彼等の反応に龍夜は嘆息しながら口を開く。

 

 

「国連が八神博士の研究資料から開発した、擬似的な人工外殻脊髄の事だ。背骨と脊髄の代わりに埋め込まれた内蔵型の人工脊髄と接合する事で機能を発揮する形になる。だからこそ、アウトサイド・ニューロ────『外接型の機甲脊髄』という呼び方になる。ISを纏わない兵士の戦闘力を増やすために量産されたらしいが、テロリストに運用される可能性も考慮して最新鋭のタイプは量産せずに少数に配っているらしい。

 

 

 

その効果は反射神経や動体視力、聴覚や筋肉など、あらゆる神経の繋がる器官の反応を上昇させ、人間離れした身体能力を得ることだ」

 

「へぇー、蒼青君詳しいねー。どこで知ったの?」

 

「………別に。知識は多く身に付けたい主義だからな」

 

 

淡々かつ長々と説明していく龍夜に、何も知らなかった一同は感心していた。気になったらしく近付きながら聞いてくる女子に、龍夜は困ったように答える。

 

 

離れていたが、彼には見えていた。戦闘中にも関わらず此方を凝視してくるセシリアの姿を。ハイパーセンサー無しでも分かる、彼女の顔には凄まじい嫉妬が滲んでいるだろう。

 

 

 

「ん?でもそれって人体改造じゃないのか?基本的に禁止されてるんじゃ…………」

 

「───あまり余計なことを考えるな、消されるぞ?」

 

 

戦慄したのか顔を青くする一夏に、冗談だと軽く言う。流石に驚かし過ぎたかと思う龍夜だが、特に気にしない。

 

 

「お前達────そろそろ終わるぞ?」

 

 

 

 

 

 

「────この程度?ならこれで終わらせるわ」

 

 

ハルバードを軽く払い、陸奥が冷徹に告げる。目の前にいるセシリアは息切れをしており、鈴は先程の陸奥による攻撃により吹き飛ばされ、壁に打ち付けられていた。

 

 

数分程度の戦いで、二人は敗北寸前にまで追い込まれていた。既に充分なくらい、陸奥との実力の差は染み付いている。

 

 

それでも、彼女達の戦意は衰えていない。

 

 

 

「ッ!まだですわ!」

 

 

まず動いたのはセシリアだった。四基のビットを分離させ、陸奥の周囲から押さえ込むように展開する。セシリア自身もスターライトmkⅢを構え、照準を陸奥へと定める。

 

 

「………オールレンジなら、私を倒せるとでも?考えが浅いわね」

 

 

ハルバードを両手で掴み────変形させる。持ち手の棒の部位を縮小させ、斧の刃をスライドさせ、中央の機械が音を立てて組み変わる。

 

 

一瞬で、変形は終わった。

 

 

 

【CHANGE────QUICK GANNER】

 

 

彼女の手にあるのはハルバードではなく、銃へと変わっていた。見た目は持ちやすいサイズとデザインの短機関銃。棒の部位が銃のハンマーの部位にあり、スライドには斧の刃が取り付けられている。

 

 

すぐさまセシリアはビットを操り、様々な方向から攻撃していく。眼で視認した陸奥は身軽な動きで回避していきながら、銃の狙いをセシリアへと向ける。

 

 

「ふんッ」

 

 

LOCK ON、という機械音が響いた瞬間、銃撃は開始されていた。放たれた銃弾────ではない、光弾はセシリアへと直進していく。彼女は狙っていた陸奥から射線を反らし、光弾へと狙撃を行う。

 

 

 

────だが、セシリアの狙撃を意に介さないように、光弾が動いた。そう、()()()のだ。変則的な動きでレーザーを避け、そのままセシリアへと着弾する。

 

 

 

「────なッ!?」

 

理解できない現象に困惑するセシリアに、陸奥は容赦なく連射していく。彼女の思考に連動するビットが動き、光弾を撃ち落とさんと射撃する。

 

 

しかし普通では有り得ない────光弾そのものが回避行動を取り、セシリアに襲いかかる。理解できずに狙撃しようとするセシリアの姿に、陸奥は落ち着いたように言う。

 

 

「無駄よ。もう既にアンタを捕捉(ロックオン)したの。どうやっても逃げれる訳ないでしょ」

 

 

被弾したセシリアを尻目に、陸奥は銃の激鉄の部位にある棒を掌で押し込む。最大まで押した銃の左右の刃が大きく展開され、ボウガンのような形状になる。

 

 

銃口の奥にエネルギーが収束していく。更なる攻撃を理解したセシリアはスターライトmkⅢを構え、相殺を試みていた。が、無駄に終わった。

 

 

 

「─────ショット」

 

 

引き放たれた銃口から、光の花弁が開く。そう思った瞬間、爆散したエネルギーが意思を持った蛇のように周囲に撒き散らされる。

 

 

周囲に配備されたビットが慌てて攻撃しながら距離を取るが、容赦なく光のレーザーはビットを迎撃していく。縦横無尽に動き回るそれらは狙いを一つに定め、セシリアに牙を剥く。

 

 

「ッ!!」

 

 

狙撃により、迫り来る光の一つを相殺する。しかし他全てのレーザーがセシリアの眼前にまで接近していき─────爆発を引き起こす。

 

 

その場にいたセシリアは膝をつき、その瞬間にISが解除される。その光景を見てる事しか出来なかった鈴は歯を噛み締め、陸奥へ突貫していく。

 

 

躊躇いなく撃ち抜こうとする陸奥に、鈴の肩の衝撃砲が放たれる。不可視の攻撃自体は回避不可能なのか、光弾は全て防がれていく。

 

 

「ま、見てたら対処くらい思いつくわよね」

 

 

【CHANGE────BATTLE HALBERD】

 

 

陸奥が銃を上へ放り投げると、空中でハルバードへと変形していく。掴み取った彼女は、青竜刀を横に構えながら突っ込む鈴へと叩き下ろそうとする。

 

 

その瞬間、鈴の方が動いた。

 

 

「───引っ掛かったわね!」

 

 

青竜刀の持ち手の部位が、乖離する。振り下ろされんとしたハルバードの斧が地面を砕き、勢いに任せ食い込む。相手の武器を叩き折ろうと力を込めた結果、動きを止めてしまうことになる。

 

勝った、そう確信した鈴が分離した二本の青竜刀を彼女へと差し向ける。動き自体は陸奥の方が上。相手に少しの隙でも与えられない、それが鈴の考えだった。

 

 

だが、ニヤリと笑う陸奥の顔を見て、その考えを改めることになる。

 

 

「アンタこそ」

 

 

【CHANGE────TWIN WEAPON】

 

 

瞬間、陸奥が掴んだハルバードを勢い良く振り上げようとして────斧の部分と棒が分離した。突然の出来事に驚愕しながらも鈴は二刀の青竜刀を振るい、陸奥を斬り付ける。

 

 

最初は棒で防いでいた陸奥だが、地面に食い込んだ斧刃のガジェットを掴み、変形して持ちやすくなった小型の斧を用いて鈴に歩み寄る。

 

 

リーチの広い槍型の棒に、威力の強い小型のアックス。二つの特徴を活かすように立ち回る陸奥に、鈴は明らかに圧倒されていた。

 

 

衝撃砲を放とうと後方へと移動した鈴に、陸奥は小型アックスを投擲する。慌てて青竜刀で弾き飛ばした直後を狙い、陸奥が飛び掛かる。弾かれた筈のアックスを空中で連結させ、そのまま鈴を斬り伏せる。

 

 

絶対防御が作用してからすぐ、ISが解除される。二人が完全に戦えなくなったのを見計らい、陸奥の勝利を告げる千冬の声が響く。

 

 

「先輩、見事な程の圧勝でした!」

 

「………ふん、当然でしょ(喜び)」

 

「ですけど自分的には学生相手にあんな風に本気で勝つとか正直思うところあるんですけど…………」

 

「……………は?(不機嫌)何よ、何が言いたいワケ?」

 

「はい!学生に全力出して勝って当然だなってなるとか普通に恥ずかしいと思います!そんなんだから婚期遅れなんだって思ってしまいました!!」

 

「あ゛?」

 

 

一気に修羅場になる兵士二人組。主にぶちギレた陸奥が失言した長門に迫っているのだが、長門の方は逃げようと周りの様子を伺っている。

 

 

無論、千冬は助けることもなく、完全に無視して授業を続けようとしている。一応同僚なのに助け船も出さないどころかガン無視とか鬼だろうか、いや鬼だった。

 

 

一夏はチラリと、セシリアと鈴の方を見る。徹底的な実力差にプライドがズタボロにされてしまったのかもしれない。そう簡単に立ち直れるか不安だが、

 

 

 

 

「酷いくらいに惨敗したんだけど………」

 

「…………せ、折角龍夜さんに良い所を見せられると思いましたのに……」

 

 

 

 

「────なんか鈴とセシリアが目に見えて落ち込んでるんだけど」

 

「乙女の感傷だろ、察してやれ」

 

 

大体理解した龍夜が軽く言えば、一夏はそれに従った。あの調子なら少し経てば自然完治か、何かに付き合ってやれば問題ないだろう。

 

龍夜はいいが、一夏がそうすればファースト(厳密に言えば暁の方がファーストらしいが)幼馴染みが不機嫌になることこの上ない。朴念仁のあの馬鹿はそれを理解しているのか。

 

 

 

────ま、俺が考えることでもないか

 

 

そんな風に考えながら、龍夜は続きの訓練に集中することにした。




陸奥

理事長 時雨の直属の兵士。改造人間。俗に言うツンデレ。二十歳後半で婚期遅れを自覚しており、半ば諦めかけてる。一応本命は後輩。複数の武器形態に変形するハルバードを所持している。恩人の夫婦を殺した敵への仇討ちの為に強化人間になった。


長門

理事長 時雨の直属の兵士。改造人間。真面目すぎるのが取り柄。先輩である陸奥を尊敬している一方で、失言をすることが多い。弟が五人で妹が八人の大家族の長男であり、家族を養うために強化人間になった。



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第13話 学園生活の裏側で

少し遅くなりました。折角書いた一万字が消えて発狂したり、徹夜して書いた六千字分が保存できてなくて絶望したり、この一週間、色々ありました(悟り)




無事に訓練は終わり、お昼時。用事を終えた龍夜は屋上に向かっていた。

 

 

本来、高校の屋上は立ち入り禁止されたりしているが、IS学園にそういうことはない。普通に屋上は行けるし、食事をしても問題はない。

 

 

扉を開け放った瞬間に、一息つこうとした龍夜の耳に複数の声が聞こえてきた。

 

 

「どういうことって、天気がいいから屋上で食べるって話だっただろ?」

 

「そうではなくてだな……!」

 

 

「─────」

 

 

面倒すぎてこのまま帰ろうかと思った。

しかしすぐさま気付いた一夏と、一緒に食べようと勧めてくるセシリアに断るのも気が引けるかと判断し、龍夜は素直に従うことにした。

 

 

この場にいるのは一夏と箒、龍夜にセシリア、鈴とシャルルの六人だ。流石に多いとは思うし、転校生のシャルルはそれで良いのかと視線で問い掛ける。

 

 

困ったように、優しい笑顔で返すシャルル。どうやら本人も自分がいていいのかよく分からないらしい。龍夜同様、断ることも出来ずに何となく受け入れている。

 

 

鈴から投げ渡された酢豚入りのタッパーを受け取る一夏を適当に見ていると、軽く咳き込んだセシリアはバスケットを開き、その中に綺麗に並べられたサンドイッチを優しく手に取る。

 

 

「龍夜さん、わたくしもお昼を手作りしてみましたの。よろしければおひとつどうぞ」

 

「悪いな」

 

 

差し出されたサンドイッチを受け取った瞬間、一夏と鈴が目に見えて反応を示す。少し不安そうな視線に龍夜も嫌な予感をすぐさま感じ取り、食すのを止めようと思ったのだが。

 

 

「…………?」

 

「……………」

 

 

しかし、純粋な期待の眼差しと何一つ悪意などない優しい微笑みに、龍夜も流石に気にし過ぎたか、と頭を振るう。しかし心の内側と電脳の中の妖精(ラミリア)が警鐘を、忠告を叫んでいる。

 

警戒しながらも、龍夜はサンドイッチを口に運ぶ。少しだけ齧り、口に含みながら噛み締める。

 

 

 

 

 

その瞬間、龍夜は明らかに眼を見開いた。口の中に広がるのはサンドイッチの美味しさ─────等では微塵もなく、

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────甘」

 

 

「…………え?」

 

 

一言の感想に、セシリアは当然ながら、一夏と鈴、そして蚊帳の外であった箒もシャルルも唖然としていた。口の端に付いた脂を指で拭い、舐めとる。

 

 

 

「甘いな。このサンドイッチ、食べられない訳ではないが………」

 

「あ、甘い?そ、そんなはずがありませんわ!確かに本通りに作りましたの!」

 

「あ、なるほどな」

 

 

全てを察した龍夜はすぐさま話を切り上げた。彼女、自分と同じ料理下手な側の人間だ。本通りとか言ってるけど、大方見た目に寄り添ったように作ってるのだろう。味からして、バニラエッセンスとか全くサンドイッチとは欠け離れた調味料まで入っている。

 

 

そして、だ。

もう一つ気付いたことがある。一夏と鈴、あの二人がさっきから反応が大きいのだ。何も知らない箒とシャルルとは違い、あの二人だけは露骨に気にしているようであった。

 

 

少し鎌を掛けてみよう、そう判断した龍夜は二人に声をかける。

 

 

「どうした?二人とも。二人も気になるなら食ってみるか?」

 

「「いいや!大丈夫!!」」

 

 

────確信した、クロだ。こいつらわざと黙ってやがった。流石の龍夜もどうしてやろうかと考えるが、やはり面倒なので止めておく。

 

 

しかし、何故だろうか。

騒がしいのは嫌いなはずなのに、無意味なことは嫌いなはずなのに、今この場で皆といる事自体は────何一つ、嫌な要素はない。むしろ心地よいと感じてしまうのは、理解は出来ないが、そこまで気にするものでもない。

 

 

 

そんな最中、とにかく話を変えようとした一夏が、龍夜に声をかけた。

 

 

「な、なぁ、龍夜。そういえば気になってたんだけどさ」

 

「何だ?」

 

「────訓練の後、陸奥さんと何を話してたんだ?」

 

 

ピクリ、と龍夜の指が動く。全身に力が入ってしまうのか、妙に顔を引くつかせていた。しかし、その変化も一瞬。すぐさま落ち着いた表情で、冷徹に返答を口にする。

 

 

「別に、話す必要のない話だ。気にするな」

 

「?それなら話してくれても良いだろ────」

 

 

一夏の純粋な疑問。

だが、今の龍夜は冷静ではなかった。咄嗟に取り繕ってはいたが、内側で渦巻く感情が激しく熱を帯び、爆発しそうになっていた。

 

 

だからこそ、感情的に口を開いてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────勘違いするな、お前達に俺の事情を話す理由がどこにある」

 

 

苛立ったような口調と声音で告げる。グシャリ、と缶を握り潰した龍夜は双眸を鋭くさせると共に、激しい不快感を隠すことなく滲ませている。

 

 

空気が、冷えきったように凍る。

トゲのある言葉を投げ掛けられた一夏、そしてセシリア達は勿論の事、口にしていた龍夜も驚きを隠せずにいた。

 

 

「あ、い、嫌なら別に………大丈夫だぞ?」

 

「────悪い、少し気が立ってた。頭を冷やしてくる」

 

 

心配そうに謝る一夏に、自分のしたことに気付いた龍夜は勢いよく立ち上がり、そのまま屋上から逃げるように立ち去った。すれ違いざまのその顔は、困惑と不安、後悔に包まれていた。

 

 

 

複雑な感情が渦巻く彼の背中に声をかけることも出来ず、一夏達はただ見送ることしか出来なかった。

 

 

「…………龍夜、さん」

 

 

その一人だったセシリアも、心配したように扉の奥に消えていった青年の事を思っていた。悲しそうな表情のセシリアは、強く痛む心を抑え込むように、自身の胸に手を添えていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「─────クソッ!」

 

ダァン! とコンクリートの壁を殴る。ピシリ、と壁にヒビが入り、拳からは皮膚が切れたのか血が滲んでいた。

 

 

今は痛みだけが感情を抑え込める。自傷でなくては、この激情を静めることは出来ない。それ程までに、今の龍夜は平静を保てずにいた。

 

 

(何でだ?何であんな態度を取った………?どうしてあそこまで、あいつらに感情を剥き出しにしたんだ?)

 

 

どれだけ考えても、分からない。

僅かな気の緩みで、彼等にあんな態度を取ってしまったことしか。何時もならば、普通に対応することが出来たのに。

 

 

 

自己への嫌悪と侮蔑が、心を支配する。

人気のない筈の一室で、龍夜はどうしようもなく力を緩める。壁に寄り掛かり、枯れたように嗤う。自分を、嗤い続ける。

 

 

(父さん、母さん────ごめん、俺はまだ未熟なままだ。二人のように、なれてない)

 

 

亡き二人を思い馳せ、龍夜は目蓋を伏せる。自戒を胸に刻み、天井を見上げる。真っ暗な闇に向けて、眼光を鋭く尖らせる。

 

 

 

(でも、どうか見ててくれ。必ず俺が世界を変えて見せる。そして必ず───────)

 

 

 

 

 

「────『奴』を、殺してみせる」

 

 

淀んだ瞳を、虚空に向け、嗤う。今度の嗤いは、言葉に込められた憎悪と憤怒を一つにしたような狂気に染まっている。その宣言は、自身の心に打ち込んだ杭のように、深く刺さっていた。

 

 

 

落ち着いた龍夜は、空いた教室から無言で立ち去っていく。扉を閉めることなく、逃げ去るように。今現在、普通ではない程荒れていた龍夜は何一つ気付かなかった。

 

 

 

 

「…………今の」

 

 

その教室には先客がいたことを。

 

誰かが来ることに気付いた少女が、咄嗟にロッカーに隠れて息を潜めていたことを。

 

 

 

 

彼女が、龍夜のルームメイトであった簪だったことも。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「────本日の商談、ありがとうございます。大統領」

 

『───礼を言うのは此方だとも、アレックス社長』

 

 

場所は日本、名古屋の浜通り。

大規模な港の隣に立つ巨大な会社は、日本でもトップを誇り、世界でも有数である企業であった。

 

 

名を、エレクトロニクス機社。最初はアメリカで発生した小さな機械産業の工場であった。本来であれば女尊男卑の社会性に伴い、倒産する運命にあった所だ。しかし社長であるデムニス・エレクトロニクスの長子、アレックス・エレクトロニクスが会社の運命を変えた。

 

 

 

ハイテクなテクノロジーの数々、多彩な手腕、政治的な取引、圧倒的なカリスマなど、アレックスはたった一人で会社を大きくしていき、エレクトロニクス機社を取り込もうとする企業を逆に接収し、アメリカや世界で一番の大企業へと成り上がった。

 

今や世界でアレックスの名を知らぬ者などいない。そんな者は極端な世間知らずと嘲笑される程だ。祖国のアメリカでもその人気は群を抜き、アレックスはアメリカの大国としての基盤を強めた英雄として高く評価されている。当然ながら敵は多いが、それでも彼は会社を強くしてきたのだ。

 

 

 

日本にあるこの会社は、日本支部に過ぎない。

その中央のビルの一室、社長室にいるアレックスはアメリカ本国にいる大統領との商談をしていた。

 

 

『君の経営するエレクトロニクス機社はあらゆる機械産業ならナンバーワンと呼んでも過言じゃない。君の製造する兵器や装備には、我々も助かっているんだ』

 

 

「そう言っていただき、光栄です。…………そうだ、我々に支援及び商談をしてくださる大統領に内密なお話があるのですが………」

 

『内密?ほぉ、どのような?』

 

「────我々が開発を思案している新兵器、についてです」

 

 

ガタンッ! と椅子に腰掛けていた大統領が慌てたように立ち上がる。食いつくように、モニターへと顔を押し出した。

 

 

『それは本当か!?一体どのようなものだ!?』

 

「失礼ながら、詳しいことは今は話せません。ですが完成すれば────ISにも劣らぬ、それすら越えると言っても過言ではありません」

 

『………ッ!』

 

 

丁寧な言葉の割に、自身に満ちた態度のアレックスに、大統領は口の中の唾を呑み込んだ。興奮と興味を押し隠せず、期待満々の声音で疑問を投げ掛ける。

 

 

『そ、それは何時に出来るんだ……?』

 

「申し訳ありません、今はまだ開発すら手付かずで…………最低でも一年は掛かる所存であります」

 

『一年、か。長いなぁ………だが、良いのか?ISを越える兵器など開発するとなれば、女性権利団体が黙っては────』

 

「気にする必要はありません。彼女達は今、男性IS適合者をどのようにして始末するか考えてばかりです。ですが、所詮は烏合の衆。此方の情報に気付くことは愚か、対処など出来る筈がないでしょう」

 

『う、ウム………今、とんでもない事が聞こえた気がするが………分かった。君の考えだ、信じよう』

 

 

若社長の自信に、不安を隠せない大統領。アレックスはそんな大統領を気遣うように、微笑みかけながら話を続けた。

 

 

「最初は我々の警護及び私兵として配備する予定ですが、新世代が開発でき次第、その方の商談に関しましては他の方々より先に、大統領閣下を融通させて頂きます」

 

『ッ!?本当か!?流石はアレックス社長!君には感謝してばかりだよ!君がいなければ私も大統領になれなかったから、本当にありがたい!』

 

 

興奮しながら感謝を述べる大統領に、いえいえと謙遜する。アレックスが大統領とパイプを繋げているのは、商売相手という話ではない。アレックスが大統領のバックから助力している、この事実は大統領の支持率にも反映されている。

 

 

アメリカで人気の高いアレックスから認められた大統領、国民が拒絶する要素などありはしない。………あるとすれば一定数、男の上に立ちたい、男の下なんて考える馬鹿な女達くらいだろう。

 

 

「大統領閣下、来月の大統領選も頑張ってください。微力ながら、私も支援させていただきます」

 

『あぁ、分かっているさ。君の方こそ、頑張りたまえよ』

 

 

互いに友好的な笑みと対応を返し、通信はそこで切れた。ちゃんと相手との通信が終わったことを確認すると、

 

 

 

「…………フーッ」

 

 

鬱屈そうに、ネクタイを緩めたアレックス。スーツを着崩すと、机に脚を乗せて一息、全身の力を引き抜く。先程までの誠実な態度は嘘のように、リラックスしたアレックスだが、扉を叩く音が響く。

 

 

入れ、とアレックスが言うと、扉が開かれ、金髪の女性が入ってきた。いかにも秘書という風貌の彼女は部屋に踏み込むや否や、社長であるアレックスの元へと歩み寄る。

 

 

 

「お疲れ様です、社長。商談は如何でしたか?」

 

「今は二人だ。軽くで良いぞ、セレス」

 

「畏まりました────アレックス兄さん、この言葉は疲れるよ」

 

 

そう呟きながら、秘書の女性────セレスティア・エレクトロニクスは困ったように笑う。どちらかと言うと親しい人間に接するようなものだろう。

 

 

 

それは当然、なんせアレックスとセレスティアは兄妹の関係である。今は亡きデムニスは一人の長男と沢山の娘という家系であった、父の名を継いだアレックスは彼女達を家族の大黒柱として養っていた。その妹の一人、セレスティアはアレックスの秘書であり、日本支部の支部長であるのだ。

 

 

無論、身内贔屓ではない。その才能をアレックスは見抜き、効率的に活用するために推薦しただけだ。

 

 

「大統領は話が分かる、良いビジネスの相手だ。プライドばかりの女どもとは違う」

 

「………あの人達ですか、確かに良い思い出はありませんね」

 

 

ふん、とつまらなさそうなアレックスに、セレスティアは露骨に顔をしかめる。自分達の会社を接収しようとした企業の大半が女性が社長か、重要なポストの人間が多かった。

 

 

それ故にか、アレックスや男の職員が相手になった瞬間に、ほぼ恐喝のような事まで言い始めるのが良い例だ。

 

中でも一番インパクトが強かった一件は、取引の為に訪れた女性役員が対談するアレックスの態度に不服を唱え、あろうことか紅茶をぶちまけてきたのだ。オマケに気分を悪くしたから社長本人が土下座しろ、そうすればお前達の会社は子会社にしてやる、と抜かす始末。

 

 

アレックス、と言うより妹達が普通にぶちギレてた。情報をマスコミにリークさせ、相手の会社を倒産にまで追い込む程の怒りようだ。その内の一人が、今もおっとりと紅茶を呑んでいるくつろいでいる秘書なのである。

 

 

 

そんな最中、セレスティアの携帯に連絡があった。慌てて携帯を取り、秘書として振る舞うセレスティアは明らかに困惑したように相手に聞き返す。

 

 

アレックスはふぅん、と眉をひそめる。彼の視界、より正確には右耳に取り付けられた小型のデバイスを通した情報が、彼の眼前に投影されていたのだ。

 

 

 

 

今この建物、日本支部に立ち入り、アレックスとの対談を求める相手のデータが。

 

 

 

「に、兄さん!兄さんと話したいって人が────」

 

「…………セレス、今後の予定は?」

 

「え?………た、確か、新型ISの開発の立ち会いです。確か、イスラエルとの共同の─────」

 

「一日遅らせろ、明日でも問題はない筈だ。イスラエル側の責任者にはオレから伝えておく。客人をオレの元まで送るように手配しろ」

 

「え!?────はい、分かりました!」

 

 

アレックスの命令を受け取り、慌てたように駆け出すセレスティア。焦りながら手際がよく、一瞬で秘書としての仕事を取るべく部屋から出ていった。

 

 

それからして、二人の黒服が入ってくる。部屋の前にはもう一人の気配がする。言わずもがな、彼らが連れてきた客人だ。

 

 

「───社長。セレスティア様からのご指示通り、お客人を連れて参りました」

 

「ご苦労。軽く話す、お前達は部屋に入ってくるな。緊急事態を除いてな」

 

 

ハッ、と黒服の警備員が扉を開ける。堂々と入ってきた客人、そして社長に一礼すると重い扉を閉めていった。

 

 

二人きりになった一室。重苦しい空気を打ち破るように、アレックスは客人に向けて不適な笑みを浮かべる。

 

 

古い友人にでも話すかのような態度を浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

「随分と忙しそうだな────千冬」

 

 

その相手、千冬は大して顔色を変えることはなかった。王のような余裕と堂々とした態度、暴君らしい粗暴さを兼ね備えたアレックスの笑みに、何を思ったのか静かに目を細めるだけだ。

 

 

フッ、と小さく笑い、険しかった顔を崩した。

 

 

「久しいな、ザック」

 

「────その名は棄てた。今はアレックスと呼んで貰おうか、千冬」

 

「知るか。貴様をどう呼ぼうが私の勝手だ」

 

「ふん、なら好きにしろ」

 

 

言葉の内容だけを取れば仲が悪そうに見えるが、悪友同士の会話に近いものが感じられる。社長席から離れ、応対用のソファーに腰掛けるアレックスに、千冬は相対するように反対側へと座る。

 

 

「授業はどうした?まさかお前が教師としての職を放り投げた訳でもないだろ?」

 

「安心しろ、普通に休みは取っている。この時間だけだがな」

 

「ふゥん」

 

どうでも良さそうに聞くアレックス。

社長の椅子から動いた際、冷蔵庫から取り出した高価そうなビールを手に、アレックスは笑いながら不満を垂れ流す。

 

 

「アポくらい取れ、そうすれば時間くらい作ってやったのに」

 

「生憎だが急用だったからな、一々時間を使いたくはない」

 

「真面目な奴だ………どうだ?オレが仕入れた特注のビールがある、呑むか?」

 

「───帰りは学園での仕事がある。今呑む程暇ではない」

 

「教師サマは大変だな、ってかそんくらい真面目ならアポ取れってんだよ」

 

 

軽口を交わし合う二人だが、アレックスとは違い、千冬の方はそこまでの興味がなかった。それ以上に、自分にやることがあるとでもいうように、話を切り出す。

 

 

「時間もないのでな、簡潔に聞かせてもらう」

 

 

千冬が取り出したのは、タブレット端末であった。それを少し操作し、画面をアレックスへと見せつける。

 

 

────それは、IS学園を襲撃したアナグラム、その戦闘員であるゼヴォドを映し出した映像であった。彼が何らかのアイテムをガシャットへと差し込み、それを胸に押し当てた瞬間─────発生した水を纏い、謎の鎧を纏う姿が。

 

 

「数週間前、学園を襲撃した主犯の一人、ゼヴォドと名乗る男がこの装備を纏って学生を攻撃した。奴等はこれをファンタシスと呼んでいた」

 

「…………」

 

 

タブレットの映像を確認してから、アレックスは千冬を見る。何が言いたいのか、言外にそう言うアレックスに、彼女は躊躇うことなく告げた。

 

 

 

 

「────『()()』を造ったのは貴様だろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「如何にも。『()()』を造ったのはオレだ」

 

 

開き直ったような態度であった。

詰問されているにも関わらず、何一つ気にした素振りはない。ただ事実を口にするアレックスに罪悪感らしき感情は見えなかった。

 

 

無言の千冬は、両腕を組み直していた。アレックスに対し、警戒の視線を消すことなく、彼をただ睨み付けている。

 

 

「………否定はしないか。やはり、お前が元凶という訳か」

 

「半分正解、半分不正解だ。アレを造ったのは確かにオレだが、オレは完成させただけに過ぎん。設計図を見てな」

 

「………?その設計図は誰が作った?アレ程の技術のものだ、お前以外に誰が─────」

 

「────先生だよ、オレ達の」

 

「…………何だと?」

 

 

アレックスの一声に、千冬の気が緩んだ。驚愕を隠せない千冬に、アレックスは軽く肩を竦める。嘘などついてないと言いたい仕草だ。

 

 

それでも懐疑的な眼で此方を見る旧友に、アレックスは立ち上がり、語り始めた。

 

 

「五年前、国連の調査隊が地下研究施設を発見された。八神先生が造ったものであることも、確認済みだ」

 

「…………」

 

「五年間起動していたコンピューターの中に、このデータが保管されていた。複数のファンタシス────幻想武装の設計図と共にな」

 

 

沈黙を貫く千冬。

アレックスの話に何一つ疑いを向けることなく、ただ静かに聞くことを優先していた。

 

 

かつての関係からくる信頼から、なのだろうか。

 

 

 

「その後データを回収した国連は、その設計図をオレに渡し、完成させるように迫った。IS以外の戦力として、国連が保有するという考えだったらしい。

 

 

 

 

 

無論、拒否は出来なかった。断れば、妹達に危害を加えると遠回しに言われたからな」

 

 

「………なるほどな」

 

 

話の最中に感じられた矛盾が、ようやく解けた。

 

 

アレックスは過去の事から国連を激しく嫌悪し、憎悪している。そんな彼が国連に命令されて素直に従う筈がない。自分の家族、亡き父親から託された妹達の身柄を利用されてしまえば、何も出来ない。

 

 

納得したように頷く千冬は、不愉快そうに顔を歪める。国連、主にそのトップのやり方は変わらない。自分達の都合ばかりを押し通そうとし、その為ならば表向きに禁止してる事すら進んでやる始末。人の命すら、正義のためと正当化して奪うような薄汚い権力に固執した老人達の事は、千冬も好きにはなれなかった。

 

 

 

「だがある日、開発していたファンシタス 二十機と特別な上位機体 二機を輸送し、国連の部隊へと引き渡した直後、例の黒いISに襲撃及び強奪された────おそらく、奴がアナグラムに全て譲り渡したのだろうな」

 

「───『魔王』か?」

 

「残念、『魔剣士』の方だ」

 

 

頬杖をかき、アレックスはもう片方の手を軽く払う。

 

 

「それで、理解してくれたか?オレがテロリストに援助などしてないということを。お前の言い方からして、そういう風に疑ってたんだろ?」

 

「あぁ、それ分かった。─────だが、もう一つの用件は済ましておく」

 

 

千冬が立ち上がる。アレックスの目の前に提示されたタブレット端末を突き出し、冷徹に告げた。

 

 

 

「幻想武装、お前の造った兵器について、知っていることを全て吐いて貰うぞ。全ての機体のデータも渡して貰おうか」

 

「────長い説明になるぞ?ビールでも呑み交わして話すか?」

 

「要らん、普通の飲み物を寄越せ」

 

「…………真面目気取りめ」

 

 

悪態をついたアレックスだが、すぐさま彼女の要求に従った。それすら無駄と理解しているのか────或いはそれが目的なのか、悟らせぬように振る舞いながら。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

数週間前。

アナグラムの拠点────常に動いている巨大機動城塞、『ニライカナイ』は海底深くを移動していた。あらゆる国家のセンサーに探知されることなく、国連の捜査網にすら一度たりとも捕まっていない。

 

 

 

それが、国連が総力を以て手を出せない理由の一つであった。

 

 

 

 

「────シルディ・アナグラム、只今帰投した」

 

 

白の混じった黒髪の青年、シルディ・アナグラムが一声をあげる。開け放たれた自動扉の先、大きな広間にいる複数人が彼の声に反応する。

 

 

 

「お帰りなさいませ、シルディ様。いえ、リーダー」

 

 

そう口にしてきたのは、黒いスーツの男性。黒ぶちの眼鏡を指で押し上げるその仕草は、理知的な様子が感じ取れる。彼は機械のように丁寧な動きでシルディに歩み寄り、ペコリと綺麗な一礼をして見せた。

 

 

「シルディ様………お怪我ハ、ありませんデスカ?」

 

 

心配そうに、声をかけるのは黄金のように光を宿す金髪の長い、大人しそうな女性だ。歳は良くわからないが、指に嵌めた指輪は結婚指輪で間違いない。おっとりした雰囲気から騙されやすい印象が見て取れる。

 

 

駆け寄ってきたのは二人。他にいる数人程度、彼等は動かずともシルディの安否を確認してから各々の行動に赴いていた。

 

 

彼等も、シルディやゼヴォド同様────世界の理不尽や不条理に疑念を抱き、改変を望む────アナグラム最高戦闘員にして幹部である、反逆者(リベリオン)のメンバーであった。

 

 

 

そして、男性が眼を細めた。

拠点に帰ってきたのがシルディだけであることに気付き、もう一人の事が気になっているらしい。

 

 

「………つかぬことをお伺いしますが、ゼヴォドはどうしました?」

 

「ゼヴォドは療養中だ。体内の『ウロボロス・ナノマテリア』の浄化をしているから」

 

「?マサカ、ゼヴォドクンが負けたんデスカ?」

 

 

シルディの説明に、女性があららと困ったように笑う。能天気、そう取れてしまう様子だが、女性の方は今はいないゼヴォドの事を心配していた。同時に、自分達の仲間の敗北を、驚きながらも受け入れている。

 

 

男性が短く一息溢し、冷静に状況を捉えながら語る。

 

 

「正直な話、こればかりは我々のミスでしょう。IS学園の生徒相手なら経験も浅く、まだ未熟なゼヴォドで十分と判断してしましたが、どうやら学生達は少し腕が立つみたいですね」

 

「………宮藤さん、あまりゼヴォドクンのコト………悪く言わないであげて、くださいネ?」

 

「心外です。私は彼の事を仲間として正しく評価しています。効率的に言うことはあれど、志を共にする同胞を侮辱するつもりなどありませんよ」

 

 

不安そうに聞く女性に、男性───宮藤は無論だと断言する。女性の方は安堵したのかホッと胸に手を添え、優しく笑う。黙りながらも素直に話を聞いてるシルディを前に話す二人だったが、

 

 

 

「─────世間話は後でいい?」

 

ぬっ、と。

割り込むようにやる気のないように見える少年────ジールフッグが一声を出す。驚愕しながらもすぐに距離を空ける二人の間を通り、ジールフッグが手を伸ばす。

 

 

「シルディ、お目当ての『ブツ』。解析したいから早くちょうだいよ」

 

「ん、あぁ」

 

 

シルディがコートの内側に手を入れ、掴んだものを軽く放る。ジールフッグはゆっくりとした動作でそれを受け取った。

 

 

「はい、目的のデータ」

 

「オッケー、中身は確認しておくよ」

 

 

クルクル、と手の中に入ったもの────USBメモリを弄りながら、ジールフッグはシルディや他の二人から少し離れたテーブルに座る。パソコンにUSBを差し込み、その内容を詳しく見ていた。

 

 

その様子を見ていたシルディが、ん? と声を漏らす。

 

 

 

「そういえば、あの人は?」

 

「あの人?誰の事デス?」

 

「えっと、ほら………協力者の─────」

 

 

 

 

 

 

 

『──────私を呼んだか?』

 

 

突如、空間が捻れた。いや、割れたと認識するべきか、空間に大きな亀裂が入ったと思えば、上書きするように展開された黒い空間から、漆黒の全身鎧のISが姿を現す。

 

 

 

国連が追う正体不明のISの一機、コードネーム『魔剣士』。エレクトロニクスが開発した幻想武装を強奪し、アナグラムに与する危険因子の片割れであった。

 

 

シルディはその男を────合成された声から判断したもの────本来のコードネームとは違う、別の名で呼んだ。

 

 

 

「『モザイカ』さん、申し訳ないです。貴方から提供された『アルガード』、四機全て破壊されてしまいました」

 

『────問題はない。私の管理する「ジェネシス・シリーズ」は既に量産を終えている。ISに勝てないのは当然の話だが、いずれは国連に渡り合う程の数も製造できる』

 

 

何時もとは違う丁寧な口調と態度で謝罪するシルディ。しかし漆黒のISを纏う者、『モザイカ』は淡々と答える。本当に大した問題ではないと認識しているのか、焦りはおろか感情の機敏すら見られない。

 

 

僅かな間、沈黙を貫いていたシルディだが、意を決したように口を開く。

 

 

「───モザイカさん、一つだけ気になることがあります。先日の襲撃で貴方から借り受けたA.I.S弾について」

 

『…………不備があったか?』

 

「いえ、代表候補生と一人目には作用していました。ですが、その点で一つだけ疑問があります。

 

 

 

 

 

 

───A.I.S弾で封印できないISは、存在しますか?」

 

 

シルディの疑問に、モザイカは雰囲気を一転させる。たったそれだけでの会話で、彼は全ての意味を理解していたらしい。

 

顎を擦る仕草をしたあと、変わらない声音のまま言葉を続けた。

 

 

『理論上、それはない。A.I.S弾はISのコアに直接作用し、強制的にネットワークからシャットダウンさせる。たとえ新世代であろうと時間は短くなるが、封印は確実に受ける』

 

「では、封印できないISには何かプロテクトがあるという点は?篠ノ之博士がそのように仕込んだとか」

 

『可能性は低い。篠ノ之博士は現状の世界に干渉を極力避けている。A.I.S弾の特性を把握し、一つのISだけに改造を施すとは思えない。そんな無駄をするほど、彼女は非効率かつ無意味な天才ではない』

 

 

まるで『天災』を見知ったような言葉だが、シルディは差程気にしなかった。

 

 

その次の言葉が、彼の意識をより深く集中させるものだったからだ。

 

 

『だが、A.I.S弾の効果を受けないものは存在する───IS以外の兵器だ』

 

「………まさか」

 

『そうだ。もしや前提が違うのかもしれん。蒼青龍夜、彼の持つISに何かの異物が組み込まれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

或いは、ISでありながらもISではないナニカであるのかもしれないな』




アレックス社長とか、アナグラムとか、『モザイカ』とか、キャラが増えすぎてる………(まだ増える模様)ちゃんと活躍させるつもりだけど、大変だなぁ………(他人事)




取り合えず!お気に入りや感想、評価などよろしくお願いします!


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第14話 蒼青の思い

少し遅れたやんけ!(ガチ焦り)十二時ピッタシに投稿しようと思ったのに!!(絶望)


「クッ!────このぉ!!」

 

「────」

 

 

アリーナの上空で、二つのISが激突する。赤と黒の色の『甲龍』、銀色の光を持つ純白の騎士風な鎧の『プラチナ・キャリバー』、N.A (ナイト・アーマー)が旋回すると共に、互いの武器をぶつけ合う。

 

 

青竜刀による斬撃を長剣で受け止め、逆に攻撃に転じようと前へと飛び出る。が、その瞬間。彼は身を隠す程の大きな盾を突然真横へと振りかざす。

 

 

バジュンッ! と閃光を盾による防御で防ぐ。空気に霧散するはずの光の粒子はエネルギーを吸収する特性を有する『銀光盾』により取り込まれ、その力へと変換される。

 

 

 

「………やはり気付かれてましたのね」

 

「もう少し意識を消すんだな、狙う気があるなら」

 

 

悔しそうに呟くセシリアに、龍夜は視線すら向けずに通信越しに告げる。興味すら向けてないような彼の言い方に、セシリアは唇を噛み締めている。

 

 

ならば今度こそ、とセシリアは何発か狙撃するが、龍夜は『銀光盾』でレーザーを吸収していく。全て動きを読んでるらしく、手際がいい。

 

 

その発言自体、セシリアの気を乱すための作戦なのかもしれない。実際にセシリアの狙撃の精度が落ちていた。龍夜はそれを突くように、淡々と盾を動かす。

 

 

「あぁ!もう!!」

 

 

硬直状態に焦り出した鈴が大きく青竜刀を叩きつける。龍夜は受け止めた長剣でそのまま吹き飛ばすが、それを待ってたというように鈴が衝撃砲を撃ち込んでくる。

 

回避行動に移ろうとした龍夜だが、その隙を逃さぬようにセシリアが狙撃を放ってくる。目を細めた龍夜は動くのを止め────

 

 

 

 

 

爆発が生じた。

狙撃や衝撃砲以外の爆発も混ざり、その規模は想定以上であった。それはつまり、龍夜のISに其々の攻撃が当たったという事を意味する。

 

 

「はぁ………ようやく、当たったわね」

 

「……………」

 

 

心から安堵する鈴に、セシリアは警戒を緩めず、爆発の方を睨んでいた。その煙の方にセンサーを向け────すぐさま理解する。

 

「ッ!鈴さん!まだですわ!!」

 

「はぁ!?なん────」

 

 

 

 

 

 

 

「────いや、もう遅い」

 

【OVER ENERGIE DISCHARGE!】

 

 

声が彼女等の耳に届いた時には、龍夜は既に下に移動していた。騎士の甲冑ではなく、軽装と大型バインダーを展開した────A.B(アクセル・バースト)フォームへと変化して。

 

鞘に装填され、エネルギーを蓄積させた光刃が煌々と輝く。腰を深く落とした龍夜が、光剣を大きく振り払う。その斬撃は一瞬で形でなり、刃の軌跡が上空のセシリアと鈴を切り払い、そのまま打ち落とした。

 

 

 

 

その一方で。

 

 

「ええとね、一夏がオルコットさんや凰さん、龍夜に勝てないのは、単純に射撃武器の特性を把握していないからだよ」

 

「そ、そうか………けどさ、龍夜みたいなあの技じゃ駄目なのか?」

 

「う、ううん…………確かに、アレも強いけど、一夏じゃ無理だと思うよ。龍夜のISが特別なだけで、一夏がやったら一瞬でシールドエネルギーが減少しちゃうから」

 

 

そう言いながら納得したように首を降る一夏と、彼にISの技術と知識について教授するシャルル。そんな男二人というより一夏に対し不服そうな態度を抱きながらも、龍夜にあっさりと撃沈された二人を同情するように見つめる箒。

 

 

そんな彼等だが、チラリと視線を集中させる。ダウンしたセシリアと鈴、がISを纏う龍夜に話し掛けていたのだ。

 

 

 

 

「───ホントに強いわね、アンタ。一体どうしてそこまで慣れてるワケ?」

 

「さぁな。知る気もない」

 

「……………」

 

 

ぶっきらぼうに答える龍夜。彼の様子に鈴は怪訝そうな顔をするだけだが、それだけだ。代わりにセシリアは何か思い悩んでいたか、少しして龍夜に声をかけた。

 

 

「あ、あの……龍夜さん。もし、よろしければ………放課後に少しお時間を戴いてもよろしいでしょうか?」

 

 

 

 

「────悪いが、装備の開発もある。時間は優位意義に使いたい」

 

「…………そうでしたか、すみません」

 

「……………悪いな」

 

 

冷たくあしらう龍夜に、申し訳なさそうに引き下がるセシリア。彼女に小さな声で謝ると、龍夜は背を向けてアリーナの橋へと歩いていく。鈴は不服なのか、何かを言おうと彼に迫ったが、セシリアがそれを引き留めていた。

 

 

 

 

その光景を見ていた二人は、複雑そうな顔をするしかなかった。

 

 

 

「ねぇ、一夏。龍夜とはまだ話せてないの?」

 

「………あ、あぁ。この前のことがあって、なんて声を掛ければいいか分からなくてさ………」

 

 

月曜日の昼休み、あの一件から龍夜は単独行動が多くなった。前のように一夏達と関わりを許していた様子から一転、まるで拒絶するかのように距離を取るようになったのだ。

 

 

箒や鈴も同じで、好意を持つセシリアとも接しようとすらしなかった。声を掛ければ応じるが、それも最低限。誘われたとしても、すぐさま断り、関係を絶つように距離を置くことが何度もあった。

 

 

一夏も、龍夜の地雷を踏み抜いてしまったという負い目がある故に、積極的に声を掛けれない。今度こそ、強い態度で拒絶されるかもしれないという不安があった。

 

 

親友からも朴念仁や空気が読めないと言われてた事もあり、下手に話して、彼を傷つけるようなことや、怒りを買うことがあるのかもしれない。少し前には、それで鈴を泣かせてしまったのだから、余計に気にしていた。

 

 

気を取り戻そうと声をかけるシャルルに、少しだけ心を落ち着かせた一夏は、彼から銃撃についてある程度教わっていた。それから後に、周りからざめわきが響いてるのに気付いた。

 

 

向けられる注目の視線に釣られてみると、その先にいたのは黒の機体を纏った小柄の少女 ラウラ・ボーデヴィッヒがそこにいた。

 

 

自分に敵意を向け、あろうことか平手打ちまでかまそうとした相手だ。一夏も顔は険しく、苦手そうな感じを抱いている。

 

 

「おい」

 

「………なんだよ」

 

 

そんな彼に、ラウラが通信を繋げる。適当に答えると、一夏のすぐ近くに降り立つ。

 

 

「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話が早い。私と戦え」

 

「嫌だ。理由がねぇよ」

 

「貴様にはなくても私にはある」

 

 

断言するラウラに、一夏は顔をしかめる。彼女がそこまでいう理由、心当たりはある。確実ではないが、もしかしたらという話だ。

 

 

 

数年前にあった第二回IS世界大会、『モンド・グロッソ』の決勝戦の日。観戦していた一夏は、一瞬の警備の隙を突かれてテロリストに拉致、監禁された。彼らの目的はただ一つ、一夏を誘拐することだけで良かったらしい。そう、話していたのを確かに聞いた。

 

 

 

『───良いのですか?彼を殺してもいいと、「依頼主」から聞いていましたが………』

 

『いいや、殺すべきではない。彼は必要だ、これからの時代に。「依頼主」には悪いが、私の判断で生かしておく』

 

『ハッ…………では、先に手を出した馬鹿達はどうしますか』

 

『始末しろ、命令もロクに聞けない駒など価値がない』

 

 

意識が朦朧としていた一夏の前で話していたのは、二人の男。一人は見えなかったが、もう一人の部下だと思われる。もう一人────黒ずくめで機械的な仮面で顔を隠した男。感情すらないような一声で指示を出し、一夏の前から立ち去っていった。

 

 

 

それから、一夏は閉じ込められた場所から助け出された。一夏の誘拐の報せを聞いた千冬は決勝戦を棄権し、大会の優勝を取り逃した。誰もが千冬の優勝を信じていたからこそ、それが大きな話題となり、もう一つの問題を引き起こすことになったが、今は省略する。

 

 

そして、一夏の軟禁場所を探し出したのはドイツ軍であった。千冬は、弟の救出に力を貸してくれたドイツ軍にお礼の為に、一時期教官を勤めることになった。

 

 

ラウラの所属はドイツ───大方、千冬を教官と呼んでいた事から、その時に彼女の教え子としていたのだろう。そう考えた方が分かりやすい。

 

 

「貴様がいなければ教官が大会二連覇を成し得ただろうことは容易に想像できる。だから、私は貴様を───貴様の存在を認めない」

 

 

要は、自分の憧れでもある織斑千冬の経歴に傷を与えた一夏が許せないのだろう。彼女を敬愛するからこそ、汚点である一夏の存在を認められないというべきか。

 

 

自分が足を引っ張っているという自覚がある一夏も、理解できなくはない。しかしそれは、ここで彼女の相手をする理由にはならなかった。

 

 

「また今度な」

 

「ふん。ならば───戦わざるを得ないようにしてやる!」

 

 

ラウラが告げる瞬間、漆黒のISの右肩のリボルバーカノンが構えられる。実弾として装填された大型の砲弾が火を噴き、放たれた。

 

 

 

しかし、一夏の白式に砲弾が直撃することはなかった。

 

 

 

 

【OVER ENERGIE DISCHARGE!】

 

 

 

「────ライトニング、ブレイク」

 

 

屈折しながら飛び出してきた光から姿を見せた、蒼銀のISが砲弾へと突撃する。背中の鞘から引き抜いた光剣を振り下ろし、空間ごと一刀両断する。

 

 

直後に発生する爆発を振り払い、龍夜がラウラの前に着地する。そして、光の宿る剣をラウラに突き付けた。

 

 

「………下がれ、ボーデヴィッヒ。余計なことをするんなら、俺が相手になってやる」

 

「貴様………ハッ、まさかソイツを庇う気か?生易しいことだな?やはり、この学園の奴等は生温い。反吐が出る」

 

「────ふん、随分と口が軽いな。俺の剣でも突き刺せば、少しは静かになるか。試してやろうか」

 

「博士からの新型を貰った分際で、調子に乗るなよ。どれだけ機体が優れてようと、貴様本人が優れてるわけではない」

 

「…………黒い機体は前から嫌いだったんだ。こっちもイライラしててな。スクラップにして、お前ごとドイツ本国に送り返してやるよ」

 

 

二人の間に、凄まじい程の敵意がぶつかり合う。通常では見せないような冷徹な敵意と、苛烈なまでの敵意を見せるラウラ。二人はもし引き金となる動きがあれば、すぐさまにでも目の前の相手をスクラップにするべく襲いかかるだろう。

 

 

その対立が止まったのは、すぐ後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

『───止まれ、アンタ等』

 

 

二人の間に、巨大な鉄の塊が飛来してくる。互いの意識を相手から反らし、目の前の敵に対し武器を構える。だがそれよりも先に、金属の腕が二人の眼前に展開される。

 

 

図体は胴体だけが一際大きなヒト型。頭部と胴体は一つに繋がっており、怪しく光るモノアイが各々の姿を確認する。それから、機械的な声が響く。

 

 

それは何度も聞いたことのある声、学園の警備をしている理事長直属の兵士 陸奥のものであった。人が乗れるような造形はしてないことから、遠隔操作だろうか。その声は、二人へ各々投げ掛けられた。

 

 

 

『───蒼青、下手な私闘は禁止されてんでしょ。冷静になりなさいよ。八つ当たりなんて格下みたいな事すんじゃない』

 

「………」

 

『ボーデヴィッヒ、アンタが好きにしようが私はどうでもいいけど。アンタの愚行の責任はアンタだけじゃなくて、織斑先生が背負うのよ。それを理解しなさい』

 

「───ふん。良いだろう、今日は引こう」

 

 

二人とも不服そうであったが、すぐに従った。互いを見合い、睨み付けながら各々反対のアリーナゲートへ飛んでいく。

 

 

龍夜も、一夏やシャルルに視線を向けたが、一瞬の事だった。すぐさま前に向き直り、黙ってゲートを通っていった。何一つ、言葉を交わす素振りも見せずに。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

廊下を歩く龍夜は、無言を貫いている。人気のない場所だからいいが、もし誰かが近くを通れば彼の放つオーラに気負され、近寄ろうともしないだろう。

 

それ程に、蒼青龍夜は周りを寄せ付けない雰囲気をさらけ出していた。

 

 

『………ねぇ、マスター』

 

「…………」

 

『皆とは、もう話さないの?』

 

 

ケースに格納された『プラチナ・キャリバー』を背負う手とは反対の、右手に掴んだスマートフォンの中で電子妖精(ラミリア)が心配そうに様子を伺う。

 

 

沈黙を通していた龍夜は、ふと階段の前に立つ。誰もいないことを確認してから────ポツリ、と呟いた。

 

 

「………お前は、どうすればいいと思う?」

 

『マスター………』

 

 

その声音に、ラミリアは何も言えずにいた。答えが分からないというのもあるが、龍夜の落ち込んだような様子に本気で心配しているのだ。

 

 

龍夜自身、自分がどうすればいいか分からない。彼等にあそこまで冷たい態度を取ってから、彼等の前に立つと心がむしゃくしゃしてくる。怒りという訳ではない、行き場のない感情が胸の内に溢れてくるのだ。

 

 

それを振り払うように、龍夜は首を横に振る。兎に角胸に宿る理解不能な感情を否定したかった。自分の使命という大義名分で上書きして、心の内側を隠そうとする。

 

 

 

(………いや、迷うな。あいつらと関わると気持ちが揺らぐ。そんな状態では強くなれない)

 

 

「───俺は強くなる。力を身につける為にこの学園に来たんだ。他の奴等と馴れ合う為じゃない」

 

 

拳を握り締め、決心したように呟く。自分は間違っていない、そう言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

 

「────そう?学園ってのは基本的に、他の生徒と仲良くしながら学んでいく場所だと思うけれど?」

 

「……………あ?」

 

 

思わず、敵意が漏れる。

不意のこともあり、咄嗟にそれを抑える。

 

聞いたこともない声がしたのは階段の上から───有り得ない、と龍夜は感じた。さっきまで人の気配など無いと確認していたし、階段を降りる足音すら聞こえなかった。まるでその場に突然現れたかのような気配の現し方。

 

 

 

相手は当然、女子生徒だった。

学年を表すリボンは同学年の色ではなく、何度か見た二年生のものだ。それ自体に龍夜も最初は興味はなかった。

 

 

問題は、彼女の特徴だ。

 

 

(…………?)

 

 

水色の髪に赤い瞳。普通に目立つ特徴だが、重要なのはそこではない。彼が知っている人物とほぼソックリなのだ。

 

 

少し前まで同じ部屋で生活していた、あの物静かな少女と。

 

 

(簪?……いや、彼女に似てるが違う。もしかして姉か?)

 

 

「その通り───簪ちゃんがお世話になってるわね。蒼青龍夜くん。私も挨拶が必要かしら?」

 

 

クスリと笑い、少女は突如取り出した扇子をパッと開く。『挨拶』と綺麗な字で書かれていた。………一体どういう使い道なのかと思うが、龍夜は直接突っ込む気にはなれなかった。

 

 

ついさっき、自分が考えていたことを彼女は平然と言い当てた。それに会わせたような言葉に、龍夜は確信した。彼女はこの学園でも相当の手練れだ。ISを抜きした、生身の実力も。

 

 

驚かされた意趣返しとして、此方も不適な笑みで返す。

 

 

 

「いいや、不要だ───生徒会長 更識楯無(さらしきたてなし)

 

「…………、ちょっとビックリ。まさかお姉さんの名前を知ってるなんてね」

 

「強くなるためにこの学園に来たんだ。生徒の中で誰が強いかなんて最初から調べていた。───アンタがその学園最強だというのも、既に認識している」

 

 

だが彼女は少し驚いた………様子を見せただけで、反応は変わらない。閉じた扇子を再び開くと、今度は『意外』という文字があった。

 

 

───少し、好奇心が沸き上がってくる。

あの扇子は一体どういう構造をしているのか、一度閉じたら本人の思う文字を投影する万能アイテムなのか。アレと同じもの、いやそれ以上の代物を造れるだろうか、という天才独特の衝動が胸の内を完全に支配する。

 

 

が、流石に自制する。今この場でハジケてしまえば本格的に手遅れになる可能性がしたからだ。

 

 

「それで?天下の会長様はこんな場所で何をなされているんですか?サボりですか?」

 

「サボりじゃないわよ?休憩していた所に、偶々貴方と出会ったってとこかしら?これも運命かもね」

 

「…………最初から隠れて、介入するのを伺ってたんじゃないんですか?」

 

「さぁ?どうかしらね?」

 

 

やはり何を考えているのか理解できない。少なくとも、偶然自分に出会ったという事ではないという事実は確かだ。そんな可能性の話を簡単に信じるほど、生温くはない。

 

 

「………用がないなら失礼します。俺も無駄な時間は使いたくないんで」

 

「─────用ならあるわよ?貴方の事について」

 

 

立ち去ろうとした歩みを、その言葉が引き留める。一度は止まったが、無意味と判断したのか再び足を動かし、その場から離れようとする。

 

 

それをもう一度止めたのは、楯無の放った言葉だった。

 

 

 

「貴方の事、少し調べさせて貰ったわ。家族や経歴、そしてこの学園に入学してきた真の理由についても」

 

「………」

 

「事故死に見せかけて殺害されたご両親の敵討ち────殺害の主犯である『魔王』に復讐すること、そうでしょ?」

 

「…………人の過去にズカズカと………赤の他人の分際で」

 

 

空気が一瞬にして冷え込む。

あからさまに不機嫌になった龍夜が、敵意を隠さない瞳で楯無を睨み付ける。

 

 

だが、彼女は臆した様子も見せず、真剣な顔つきで向き合う。その表情に見え隠れするのは───純粋な心配だった。

 

 

「例のIS、『魔王』は誰にも倒せてない。国連や大国の捜査網から逃れ、大勢の人を殺害してきた犯罪者よ。織斑先生でもなきゃ『魔王』は倒せない。いくら貴方が強くなっても、奴に復讐なんて出来ない」

 

「…………ハッ、要は織斑千冬以上に強くなればいいだけだ。その事実が分かればいい、あとは奴を探し出す───」

 

「────無理よ」

 

 

話を切り上げて、その場から逃げようとするが、楯無はそれを制するように彼の手首を掴む。無視することを許さないとでも言うように、彼女は続け様に厳しい口調で語る。

 

 

 

「『魔王』は神出鬼没、そう簡単に見つけ出すことなんて不可能よ。それに───今の貴方じゃあ、『魔王』には勝てない。実力不足、以前の問題」

 

「………この学園の強い人は何なんですかね。人の目標に口出すのが趣味なんですか?ホント、何が言いたいんだ?」

 

 

本気で苛立った声音で、龍夜は吐き捨てる。最早取り繕う様子すらなかった。凄まじい殺気が、まるで敵を見るかのような睨みと共に放たれる。膨れ上がる怒りを、目に見えて抑え込んでいた。

 

 

そのまま、自分の手首を掴むしなやかな手を力ずくで振り払う。強引なやり方は普通に批難を受けても可笑しくない。だが、龍夜はそうするしか出来なかった。

 

 

 

「────ッ」

 

 

我慢の限界だった。これ以上何かを言われれば感情を爆発させしまう。怒りのままに、胸の内にある憎悪を口に出してしまう。それを抑え込む為に、唇を強く噛み締める。既に皮膚が切れて、口内に鉄の味が広がるが、それでも良かった。

 

 

 

 

ダッ! と走り出す。

憐憫のような目で此方を見つめていた楯無から逃げるように。自分を憐れむような視線に怒りを覚えながらも、彼はただ突きつけられた現実から逃げるように、廊下を駆け出していた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

生徒会長から離れてすぐに、龍夜は頭を抱えた。

どうしてあそこまで感情的になってしまうのか。前なら、この学園に来る前ならばあそこまでの醜態はさらさなかったというのに。

 

だが、いつまでもその疑問に自問する訳にもいかなかった。兎に角平静を取り持ち、整備室へと入る。今回は機体そのものの調整ではないので、個室は使用しない。

 

 

踏み込むと、先客が一人いた。いつも通り、見知った相手だ。

 

 

 

「…………」

 

「……………」

 

 

軽く会釈をすると、相手───簪を普通に返してくれた。ルームメイトであることや整備室でも会うことから、会話は少ないが、普通に対応も出来るし悪くない関係性ではある。

 

 

 

隣でキーボードを叩く簪を他所に、龍夜は運んできたトランクケースから取り出した部品と部品を組み上げていく。足りない部分は、工具やアイテムを用いて改造を施し、ある程度原型が分かる程に造り上げていく。

 

 

その間も、隣からの視線がしつこかった。鬱陶しいと思いながら、眼だけを動かす。

 

 

「…………」

 

「………何だ?俺に何か用でもあるのか」

 

「…………別に。顔色が悪いから………気になっただけ」

 

 

言われて、ふとスマホの画面を見る。カメラで自分の顔を写してみれば、明らかに酷い顔をしていた。失笑が溢れる。まさかここまで露骨に顔に出ているとは、これでは他の誰かでも普通に心配するレベルだ。

 

 

何があったのか、話すべきか一瞬迷った。だが、そこまでして言わない理由もない。適当なため息を吐き、理由を告げた。

 

 

「ついさっき、生徒会長に色々言われてきた。余計なことまで口出しされた」

 

「────それって」

 

「お前の姉、で合ってたよな。本人も姉と公言していたから間違いはないか」

 

 

視線を向けずに話す龍夜は気付かない。その話をした直後に、簪の表情が凍りついたのを。青ざめた顔で少女は作業の手を止めてしまう。

 

 

「何を、言われたの?」

 

「くだらない説教だ。俺の目的に難癖をつけて………どいつもこいつも、本当に余計なお節介をしてくれる。俺の事を思ってるんなら、無視しておけばいいものを」

 

「……………」

 

 

不愉快そうに吐き捨てる青年の言葉に、簪は答えない。彼女の異変に気付いた龍夜も作業を止め、彼女の方を見る。

 

 

「………大丈夫か?」

 

「…………」

 

「…………なるほどな」

 

 

そこでようやく、龍夜は簪にとっての地雷を理解した。更識楯無、実の姉の話を聞いた途端、彼女は目に見えて落ち込み始めた。楯無の妹の発言は仲が悪いというよりも、心配しているように取れていた事から────二人はすれ違っているのだろう、と判断した。

 

 

もう一つ、考えられる事があった。

更識簪は代表候補生だ。だが、彼女は専用機を持っていない。製造されていたが、一夏のISに人員を奪われ結果的に中止にされたという経緯だ。

 

 

それでも尚、今も彼女は専用機を完成させようと努力している。『白式』の製造が終わった今、倉持技研も力を尽くしてくれる筈だが───もしかすると、彼女が一人でやる為に、援助を拒否しているのかもしれない。

 

 

その根底にあるのは────おそらく、コンプレックスか。自分の姉に認めさせるためか。

 

 

 

少女の胸の内をある程度読み解いた龍夜は深い息を口から漏らした。何か、重大なことを決心したように。

 

 

「…………少しだけ、俺の話をする」

 

 

「………何?」

 

 

「興味がなければそれでいい。適当に流してもいい」

 

 

不安そうな顔を隠そうともしない簪に、龍夜はそう前置きを口にした。何を言いたいのか、と思っているのであろう彼女だが、興味はあるのか無視する様子はなかった。

 

もう話してもいいか、そう思い、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「俺は───産まれながらの天才だ」

 

 

 

「……………えぇ?」

 

 

簪が困ったような顔をする。

 

 

「子供の頃からあらゆる数式や法則を理解できた。上辺だけでじゃない、その法則の意味、原理、根底にある可能性が全て読み解けた。逆に言えば、俺に理解できないものなど何一つない。あの時は豪語していた」

 

「………本当のこと?」

 

「嘘など言っても意味がない。そんな無駄なことは好きじゃない。

 

 

 

 

 

だが、当時の俺に嫌いなものがあった。自分以外の人間だ」

 

 

断言した彼の瞳には、激しい嫌悪感が宿っていた。並々ならぬものであるのは違いないらしい。

 

 

「子供も嫌いだ。自分達とは違う者がいれば排斥し、それを正当化する。頭が悪いままに暴力を振るって、自分達が危なくなれば、強い大人に頼ろうとする姑息かつ卑怯な弱者だ。

 

 

 

 

大人も嫌いだ。プライドばかりのクズばかり。面子を大事にするような奴等で、己の非を認めることなく、逆上して他人に責め立てるようなカスだ。

 

 

 

 

 

どいつもこいつも俺よりも頭が悪いクセに俺の方が異常だと馬鹿にして、迫害してくる。だから昔から、自分以外の奴等が嫌いだった。理解のない凡愚どもが、大嫌いだった」

 

 

本気で嫌っているのが、言葉の節々から感じられる。長い間、相当嫌なものを見てきたり、体験したのだろう。自分が天才だというプライド以上の軽蔑が、その証拠であった。

 

 

意味深な言葉に、簪は黙って聞いていた。だが気になることがあるのか、頭に浮かんだ疑問をすぐさま口にする。

 

 

 

「それで………一体何が言いたいの?」

 

 

「───いや、特になにも」

 

 

え?と、彼女の方が困惑した。断言した龍夜は平然としている。本当にそうだというように。さっきまでの話に何か言いたいことがあると思っていた。

 

だが、その通りらしい。

 

 

「あるとすれば、凡愚は凡愚でも無能はいないってことだ」

 

「…………?」

 

「俺の考えだが、全ての人間に才能や素質はある。そう思っている」

 

 

それが、龍夜の言わんとしていることであった。

 

 

「どんな人間も長所や短所があるように、すぐにでも開花する才能と努力して身につく才能が、人間にはある。世の中でもよく聞くだろ、自分には才能がないとか言うヤツ。ソイツは無いんじゃない、才能が開花してないだけだ。見方を変えれば自分の才能くらい、一つくらいは見つけられる」

 

 

話を一度区切った龍夜、そして簪に対して指を突きつける。

 

 

「お前もだ、簪」

 

「……っ!」

 

「姉の事を上に見て、自分を無下にするのは勝手だ。だが、お前がなりたいのは自分より才能のある姉か?お前には、姉にはない才能が潜在している。姉とは違う、自分になれる」

 

「簡単に、言わないで………っ!お姉ちゃんがどれだけ完璧なのか知らない癖に………!」

 

「だからこそ、お前は自分の才能を活かせばいい。姉を目指すんじゃなくて、自分の求める自分を目指せばいい。………人は他人にはなれない。俺もお前も、なれるのは自分だけだ」

 

 

それだけ言うと、彼女は何も言わなかった。涙の滲んだ瞳を見せないように顔を俯かせ、沈黙を貫く。彼女の態度に、龍夜は不安や心配すら見せない。そんなものなど、意味がないとでも言うように。

 

 

「ま、俺から言うのはこれくらいだ。さっき話した通りに適当に流してもいい。全てはお前の自由だからな」

 

 

そう言い、トランクケースに弄っていた部品の塊を捩じ込み、立ち上がる。そのまま整備室から立ち去ろうとする龍夜の背中を、彼女が呼び止めようとする。

 

 

「あぁ、そうだった」

 

 

それよりも先に、龍夜が足を止めた。振り返り、彼女に向けて言う。

 

 

「話に付き合ってくれて助かった、簪」

 

「?」

 

「こうやって話したからか、感情の整理ができた。ようやく落ち着くことができた。────だから、ありがとうな」

 

 

感謝を述べると、反応を見ることなく整備室から離れていく龍夜。しかしその顔は前のような複雑なものではなく、憑き物が晴れたような顔つきであった。

 

 

 

しかし、彼は気付かなかった。いや、誰も気付けなかった。

 

自分が感情的になってしまった理由が、作為的なものであることを。

 

 

彼が感情的になる場には────ケースに格納された『プラチナ・キャリバー』があることを。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

夜過ぎになり、龍夜は寮のとある一室に来ていた。一夏とシャルルの部屋。その前に立ち、龍夜は一息つく。

 

 

 

目的は、一夏とシャルルへの謝罪だ。最近の態度、気が立っていた故に取ってしまったあの態度について、謝らなければならない。男同士の方が話しやすいというのもあるが、部屋に一番近いのも理由の一つだ。

 

 

扉をノックしようとしながら、ドアの持ち手に触れる。

 

 

鍵は開いていた、閉め忘れだろうか。

中からは二人の気配がする。男同士だし問題ないだろ、と思いながら。

 

 

「一夏、居るか?居るなら少し話したいことが─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…………?」

 

「は…………?」

 

 

扉を開けた瞬間、二人の声がする。開け放たれた視界には、部屋の中で対面している一夏とシャルル─────のような、少女がいる。風呂上がりなのか軽めの服装をしていた。

 

 

 

「……………」

 

 

硬直する三人。

誰もが言葉を発することが出来ずにいる中、一番最初に動いたのは龍夜だった。

 

 

扉の前まで歩み寄り、ゆっくりとドアを開ける。本人が見たら気持ち悪いと断言するような笑顔を浮かべ、

 

 

「────お楽しみ中、お邪魔しました」

 

 

そのまま滑るようにして逃げ出した。部屋から出てすぐに一夏が慌てた様子で飛び出してくる。互いに全力な鬼ごっこ、その勝敗は死ぬ気で追い回した一夏の辛勝であった。

 




龍夜の感情の振れ幅がハンパない。まぁ本人も制御できてないから許してあげて()


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第15話 転校生の秘密

暑かったり寒かったり、天候がまとまらないなぁ………()


「………」

 

「………」

 

 

逃げ出した龍夜が連れ戻されてから一時間、一夏とシャルル───のような女子、というか本人───は無言だった。その場に関係者として連れられた龍夜も少し居心地が悪い。

 

 

ていうか全然話しすらしない二人に半ば苛立ちを覚えていた。さっき出した熱々のお茶も既に冷えてるし、我慢の限界は近かった。

 

 

「………そろそろ、話を始めよう。これ以上時間を無駄にするのは意味がない事だろ」

 

 

淡々と話を切り出した龍夜に一夏は心の中で賛辞を飛ばしていた。そんな事してる暇があるなら自分から言え、と本人に返されそうだが。

 

 

 

「う、うん………そうだね。でも、さ。龍夜は気付いてたの?僕が女だって」

 

「…………まぁな」

 

「気付いてたって────う、嘘だろ!?」

 

一夏は驚きを隠せず、龍夜に振り返る。一時間待ってるのも退屈だったので炭酸水を買ってきた龍夜は当然と言いたい顔を浮かべている。

 

冷や汗をかいた一夏が、疑問を漏らす。

 

 

「い、何時からなんだ………?」

 

「月曜日からずっとだが………」

 

「嘘だろ」

 

 

愕然とするしかない一夏に、龍夜は炭酸水をあおりながら呆れる。そんな一夏に龍夜は「さっさと話を戻せ」と小声で小突くと、困ったように話を続けた。

 

 

「シャルルは、なんで男のフリなんかしていたんだ?」

 

「それは、その………実家の方からそうしろって言われて………」

 

「実家、デュノア社か。大方、父親からか」

 

「うん、まぁね。僕の父がそこの社長。その人からの直接の命令で、男のフリをする事になったんだよ」

 

 

そこで二人の反応は様々だった。怪訝そうな一夏に、悟ったような龍夜。だが、確かなことは───二人がシャルルの会話に、違和感を覚えていたことであった。

 

 

曇った顔をするシャルルに、一夏が疑問を口にする。

 

 

「命令って………親だろ? なんでそんな────」

 

「本来の親子じゃない───(めかけ)の子だからだ、そうだろ?」

 

 

冷静な青年の言葉に、一夏は絶句する。真実なのか視線を向け、困ったように笑うシャルルに今度こそ言葉を失う。

 

妾の子、その言葉が理解できない程一夏は世間に疎い訳でもない。だからこそ、現実離れしたように感じていた。

 

 

「引き取られたのは二年前、ちょうどお母さんが亡くなった時にね。それから実家では居場所がなかったよ、本妻の人とその娘さんからは嫌われてたからね」

 

「嫌われてたって…………妾だからか?そんなのおかしいだろ!」

 

「いいんだよ。“あの件”は仕方ないし、僕も恨まれて当然だと思ってるから」

 

「───“あの件”?」

 

「ねぇ、二人とも。アイザック・デュノアって人を知ってる?」

 

 

シャルルの問いに、一夏も答えることができなかった。外国の人間だろうか、その名前を一夏は聞いたことはあったが、思い出すまでにはいかないのだ。

 

 

そんな彼の隣で、龍夜はスマホを弄りながら口を開いた。

 

 

「アイザック・デュノア。社長 アルベール・デュノアの実の息子。デュノア・グループの貴公子と称される程のカリスマを持った若手の令息。フランス国内や彼を知る企業も高評価を抱く程の人気だった」

 

「うん、僕にとっても義兄さんだったんだ。まだ子供だったから記憶もおぼろげだけど、義兄さんは母さんや僕に良くしてくれたんだ。妾の子だと知っても、態度を変えることなんてなかった」

 

 

へー、と感心する一夏に、龍夜はスマホの画面を見せる。そこに写されていたのは金髪の美青年───アイザック・デュノアの写真であった。

 

第一印象は、笑顔の明るい好青年。厳かな男性達や大人の女性達相手に気品ある態度で振る舞うその姿は、一夏も初めて見た限りは好印象であった。

 

 

しかし、龍夜はスマホを下げると、冷徹な声で話を続ける。空気を一転させるような、残酷な事実を。

 

 

 

「だが、人気な者は妬まれもする。十一年前、アイザックは諸事情で出掛けた直後に、暗殺された。酷いのは、暗殺を行った連中はアイザックの遺体を回収し、フランス本国に返還すらしていない」

 

「…………」

 

「アイザックを慕う者は、今も捜しているらしい。彼の亡骸を、本国で安らかに埋葬したいという願いと共にな」

 

 

彼が次に提示したのは、ネットのニュースだ。未だアイザックの亡骸の返還を求める人々の姿。色んな人がアイザックの写真を掲げ、活動をしているそのニュースは、先週に撮られたものであった。

 

 

それだけ、アイザックなる青年が世間から好かれていたという事実が強い。そんなに良い人が何故暗殺されなければならないのか、一夏は不満を覚えたが、ふと疑問を覚えた。

 

 

「ん?待てよ、それがシャルルが本妻の人達に嫌われる理由になるのかよ?」

 

 

そうだ。

シャルルが引き取られたのは二年前。アイザックが殺されたのは十一年前も昔。それだけ聞けば、逆恨みや無関係な八つ当たりのように思えるが、どうなのだろうか。

 

 

 

シャルルは躊躇わなかった。

その理由について、もうひとつの残酷な秘密を明かした。

 

 

 

 

「義兄さんが出掛けた諸事情は────僕と僕のお母さんを保護することだったんだ」

 

「…………え?」

 

 

一夏の唖然とした声が、部屋に浸透する。やはりか、と龍夜は静かに両目を伏せた。冷徹な彼だが、少しだけ思う所があるらしく、何も言うべきではないと黙って聞いていた。

 

 

「アイザック義兄さんは僕とお母さんを家族として迎え入れようと父に取り次いでたらしいけど、駄目だったらしくてね。それで喧嘩になったらしく、怒って話を切り上げてから、僕達を保護するように向かってる最中に────暗殺されたんだ」

 

 

辛い筈なのに、シャルルは話すのを止めなかった。自分の立場を騙っていた贖罪のように、二人に自分の隠された過去を話していく。

 

 

「本妻の人と娘さんに会った時も、その事で殴られたよ。『貴方がいなければ、アイザックは死なずに済んだ』ってね。…………本当に、その通りだよね。それだけは事実だから、受け入れるしかないんだ」

 

 

二人の心には、各々の感情が渦巻いていた。同情しようにも出来ず、ただ無言で受け入れるが───それでも複雑さは消えずにいる龍夜。行き場のない怒りに拳を握り締めるしかない一夏。

 

彼等の心に、暗い影が落とされていた。

 

 

「それから少し経って、デュノア社は経済危機に陥ったの」

 

「え? だってデュノア社って量産機ISのシェアが世界三位だろ?」

 

「うん。でも、造られてるのは第二世代だけだからね。他の国に負けないためにも、第三世代の開発は急務なんだ」

 

 

其々の国に存在するISは、性能が重要視されている。デュノア社の第二世代も量産されているが、それでも各国が開発している第三世代のISには性能からして敵わない。

 

 

世代の差はそれほどまでに、存在の有無で国の立場が揺らぐ程に、隔絶とした大きさがあるのだ。

 

 

「それに、最近は国連でのフランス自体の立場が悪いから。フランス政府もデュノア社に手を貸したんだ」

 

「………国連?何でなんだ?」

 

「数年前から、フランスは国連の支援を受けて遺伝子改良された強化人間シリーズ『DOLL.s(ドールズ)』を開発してたの。

 

 

 

 

 

感情や自我の持たない強化人間。死の恐怖や仲間を殺すことすら躊躇わない、人形のような人間を」

 

 

その話に、一夏は本当の意味で言葉を失う。強化人間なるものは話で聞いていたが、実際に耳するとは思わなかった。龍夜も驚きはあったようで、信じられないようにシャルルの話に耳を傾けていた。

 

 

最も、彼が反応していたのは、『強化人間』という単語ではない。『感情や自我の持たない』、という非人道的な考えに意識を向けたに過ぎない。

 

 

「でもさ、計画は失敗したよ。人の心や感情を支配するなんて真似は許されなかった。その計画を知ったアナグラムに止められたんだ。『DOLL.s』の研究所は全て破壊されて───フランスは国連からその責任を追及されるように、国連内部で冷遇されたんだ」

 

 

酷い話だと、基本的に他の物事に無関心な龍夜も思う。要するに国連は自分達の失態をフランスだけに擦り付け、失敗の責任から逃れたに過ぎない。大規模な国際組織の腐敗を感じるような話だが、ある意味ではフランス政府の隠蔽工作に納得できた。

 

近代行われる予定である欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』から、フランスは除外される程に新しいISの開発や国の状況は著しく低い。

 

失敗による被害が理解できていても、実行しなければならない。そんな愚考に身を委ねる程に、フランスは佳境に立たされていたのだ。

 

 

「なんとなく分かったが………それがどうして男装に繋がるんだ?」

 

「簡単だよ。注目を浴びるための広告塔にもなる。それに────」

 

 

心底嫌なことだったのか、シャルルの言葉に苛立ちが募る。

 

 

「同じ男子なら日本で登場したイレギュラーなケースと接触しやすい。可能なら、使用機体と本人のデータも取れるって」

 

「それは、つまり………」

 

「一夏の『白式』、龍夜の『プラチナ・キャリバー』のデータを盗んでこいって言われているんだよ。二人のデータを使って、第三世代の開発に着手するために。

 

 

 

 

まぁ、『プラチナ・キャリバー』だけは何故かデータも取れなかったんだけど」

 

 

諦めたようなシャルルの言葉を聞き、龍夜は『プラチナ・キャリバー』と、格納して持ち歩いていたあのケースを思い出す。

 

 

あのケースの材質は不明だが、透視やセンサーによるスキャンを阻害する物質が組み込まれているのは後々に調べて分かった。同時に、キャリバーの方に強力な防御プロテクトが仕組まれている。並大抵の機械では勿論、最新鋭のものでもプロテクトを突破することはできない。

 

 

実際に出来なかったであろうシャルルの様子から、それを確信した龍夜を他所に、シャルルは最後の話を続けた。

 

 

「───そんなところかな。でも二人にはバレちゃったし、僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まぁ…………倒産か他企業に吸収されるかも。僕にはどうでもいいことかな」

 

「…………」

 

「ああ、なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと、今まで嘘をついててゴメンね」

 

 

腰を折って頭を下げるシャルルに、思うところがある龍夜が口を開こうとする。何かを言おうとしたその瞬間に、立ち上がった一夏がシャルルの肩を掴み、顔を上げさせる。

 

 

「いいのか、それで」

 

「え………?」

 

「それでいいのか? いいはずがないだろ。親が何だっていうんだ。どうして親だからってだけで子供の自由を奪うんだ。そんな権利ないだろ、おかしいだろ、そんなものは!」

 

「い、一夏?」

 

 

戸惑いと怯えに染まる表情のシャルルと、困惑と驚きに包まれる龍夜。彼等の様子に一夏は気付けず、自分の感情のまま言葉を、思いを、一気に吐き出す。

 

 

「親がいなけりゃ子供は生まれない。確かにそうだ、そうだろよ。けど、だからって!親が子供に何をしていいなんて、そんな馬鹿なことが認められるか!生き方を選ぶ権利は誰にだって、シャルルにだってあるはずだ。それを、父親なんかに利用されて、邪魔されていい理由になんてならない!!」

 

 

「───一夏、落ち着け」

 

 

捲し立てる一夏を、龍夜はシャルルから引き離した。諭すような短い言葉を聞き、一夏は興奮が落ち着いていくのを感じる。

 

 

不安そうなシャルルに、先程の行いを謝ろうとするが、その前に様子を聞かれた。

 

 

「ど、どうしたの?一夏、変だよ?」

 

「あ、ああ………悪い、二人とも。つい熱くなってしまって」

 

「俺はいいが………お前は大丈夫なのか?何かあったか?」

 

 

怪訝そうな顔を隠さず、あそこまで感情を露にした理由を聞く。最初、話していいのか思い悩む一夏だったが、すぐにその理由を明かした。

 

 

 

 

「俺、母親がいないんだ。千冬姉と俺を捨てて、どっかに消えたんだ」

 

 

「あ………」

 

「…………」

 

二人は各々の反応を示す。シャルルは一夏に親がいないという話だけは知っていたらしいが、その詳しい事情までは知らなかったらしい。

 

一方で何一つ知らなかった龍夜は、先程の激昂の理由に納得する。親に捨てられたからこそ、自分勝手は理由で自分達を捨てたから、親が子供の自分の思うままに利用する事が許せないのだろう。

 

 

シャルルと龍夜は頭を下げて謝罪した。嫌な事を話させてしまった、と。

 

だが一夏は本気で気にしてなさそうに笑いながら答えた。

 

 

「良いんだ。俺には千冬姉や親父がいるし、今更会いたいとも思わないし」

 

「親父?………お父さんは普通にいるの?」

 

「ん、あぁ」

 

 

答える一夏に、二人は互いに見合う。そういえば、一夏は母親がいないと言っただけで父親がいないとは言ってない。

 

 

「………ねぇ?一夏のお父さんってどんな人なの?」

 

 

シャルルが純粋に気になったのかそんな疑問を投げ掛ける。端では龍夜も無言だが、明らかに興味があるのか聞き耳を立ててくる。

 

軽く頭を掻いた一夏は、どう言うべきか悩んだように………口を開いた。

 

 

 

 

 

「────ダメ親父、だな」

 

「………ダメ親父?」

 

「そんなにか?」

 

「─────美人な女性を口説いては口説いて、色んな所を放浪して、自由気儘に人生を楽しんでるダメ親父」

 

 

想像以上にダメな父親だった。龍夜もシャルルも苦笑いしかできない。という、一夏と千冬の親って聞いて厳格そうな人を思い浮かべたが、それだけだとどんな人だか想像が難しい。

 

だが、そこで龍夜は気付いた。父親の事を悪く言ってるようではあるが、一夏の顔は暗くない。むしろその逆、やけに明るい。まるで冗談を言ってるような態度であった。

 

 

「まぁ、でも………俺や千冬姉にとっては、大切な父親なんだ」

 

「そうなんだ………」

 

「言っとくけど、親父ってすごい強いんだぜ?千冬姉も親父に鍛えられて、親父の技から自分の剣術を作ったらしいし」

 

「────マジか?」

 

 

信じられない顔で、聞き返す。織斑千冬の強さは世界最強だ、それは実力や素の強さもあるし、絶対的な強者として世界でも名を知られている。

 

そんな彼女を鍛え上げたのが実の父親という事実を、世間が知れば注目しないはずがない。むしろ積極的にコンタクトする方が多いだろう。

 

 

 

「実はさ、前に俺はISの世界大会の決勝戦前に誘拐されたんだ。千冬姉が決勝に参加する直前に。

 

 

 

 

 

 

その時、俺を助けてくれたのが親父と千冬姉だったんだよ」

 

 

思い出すのは、あの暗闇の中。

閉じ込められ、殺されるかもしれない恐怖。姉である千冬を決勝で負けさせるために誘拐した組織への怒り。そして、何も出来ずに捕まっている事しか出来なかった自分への激しい悔しさ。

 

どうしようもない感情の渦巻きに身を焼かれる中の事だった。

 

 

 

 

『────よっ。無事か?一夏』

 

 

埃に汚れた服を払いながら、豪快に笑いながら部屋に入ってくる父親の姿。悔しくて仕方のなかった一夏の頭を軽く撫で、ダメな父親とは違う側面を見せた父の姿を、一夏は一度忘れることはなかった。

 

 

たとえどれだけ自由で呑気と言われようと、一夏にとって父親は千冬と同じように憧れであり、大切な家族なのだ。

 

 

「それからだなぁ、親父は家から出ることが多くなってさ。もう三年も会ってないんだ。俺も千冬姉もそこまで心配はしてないから良いけど、また知らない女の人をナンパしてんのかもな」

 

 

三年も会ってない、その事実を何ともなさそうに話す一夏。普通に聞けば辛いはずだが、父親への信頼があるのか一夏の顔に何一つの心配はない。

 

 

「それよりも、だろ。シャルルはこれからどうするんだよ」

 

「どうって………バレるのも時間の問題だし、責任追及されたフランスは良くても属国化されるかもしれない。僕も国連に事情聴取されて、牢屋に入れられるかもね」

 

 

諦めたように笑うシャルルの顔は、あまりにも痛々しかった。全てを気にしていない彼女の笑顔は、絶望なんてものすら通り過ぎたような悲しい様子に、一夏は歯軋りする。

 

 

「いや、あのさ………」と龍夜が声をあげるが、一夏が遮るように告げる。

 

 

「………だったら、ここにいろ」

 

「え?」

 

「特記事項第二十一、本学園における生徒は在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする」

 

 

IS学園に規定されたその事項。それこそが入学したシャルルの身柄を保護することが出来る唯一無二の盾。ならば、フランスや国連がシャルルの身柄を求めて、学園はこれを理由に拒否することが出来るということになる。

 

 

「───つまり、この学園にいれば向こう三年は大丈夫ってことだろ? それだけ時間があれば、なんとかする方法も見つけられる。別に急ぐ必要だってないだろ」

 

「一夏」

 

「ん?」

 

「よく覚えられたね。特記事項って五十五個もあるのに」

 

「………勤勉なんだよ、俺は」

 

「ふふっ………そうだね」

 

 

楽しそうに話す二人。そんな彼等の様子に割り込もうとした龍夜は沈黙を貫き、邪魔したかと思いながら部屋から出ていった。二人で勝手に仲良くしてるし別にいいか、といつの間にかスマホに収めた一夏のシャルルの写真────見る人が見れば激しく誤解するであろうそれを保存しておきながら、部屋に戻る直前までに龍夜は考える。

 

 

(───俺の予想だが、学園は恐らくシャルルの事情に気付いている。気付かない筈がない)

 

 

一夏は理解しているのだろうか。ここIS学園は、世界有数の機関であり、国連のトップの一人が理事長を勤めているのだ。それなのに、会社や国が隠蔽した学生の一人の事情が分からない等有り得ない。

 

 

だとすれば、

 

 

(─────知っていて尚、シャルルを学園内に引き入れたのか)

 

 

学園は、理事長は何を企んでいるのか。考えても、答えらしきものは掴めなかった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

翌日になり、休み時間。

いつも通りの日常に戻った龍夜は、溜め息を吐いていた。その理由の一つが、男子が使用できるトイレが少ないことにあった。

 

 

広大な学園で男子トイレは三ヶ所だけ。行きと帰りで走ってようやく授業に間に合う距離だ。だが、走れば教師に見つかりお叱りを受ける。最悪の場合、鬼教官からの出席簿が打ち込まれる。先日の一夏のように。

 

 

教師の眼に見つからないように、走りながら移動する。正にハイド&スニーク。某インビジブルミッションのような緊張感がある訳でもないが、あの教官に見つかるか不安なところがあるのは確かだ。

 

階段を駆け降りるのではなく、一気に飛び降りた龍夜は近くから気配を感じて壁に寄り掛かる。その瞬間、張り上げたような大声が響いた。

 

 

 

「───なぜこんなところで教師など!」

 

 

その声は、ラウラのものだった。チラリと壁の奥にある曲がり角をみると、ラウラと千冬が立っていた。

 

声を張り上げて詰問するラウラは、何度か見たようなプライドの高そうな様子は見られない。必死に千冬に食いかかっているが、彼女からは容易くいなされているようだ。

 

 

「何度も言わせるな。私には私の役目がある。それだけだ」

 

「このような極東の地で何の役目があるというのですか!」

 

「………理事長との約束でもあり、未来に関するものだ。不服があるなら私を力ずくでも引き止めるか?」

 

 

………どうやら織斑千冬がIS学園にいることが彼女にとっては不服らしい。呆れ果てたように顔をしかめる。随分と織斑千冬を尊敬しているらしい、むしろ崇拝にまで見えるのは気のせいか。

 

ラウラ本人は千冬のことを想っているのだろうが、本人が望んでいないことを薦めている時点で、たかが知れている。

 

 

「───考え直してください、教官。我がドイツで再びご指導を。ここでは貴方の能力は半分も生かされません」

 

「ほう、そこまで言う理由はなんだ?」

 

「ハッ、ここの生徒達は意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションかなにかと勘違いしている。そのような程度も格も低いものたちに教官が時間を割かれるなど────」

 

 

 

 

 

 

 

「────ほざくなよ、小娘」

 

 

 

 

 

「っ………!」

 

「………っ」

 

 

凄まじい威圧感を伴う一声。投げ掛けられたラウラも、含まれた覇気に気負されている。隠れている筈の龍夜も同じだ、喉の奥まで干上がるような感覚は、彼が一度も味わったこともない明確な強者の片鱗であった。

 

 

「少し見ない間に偉くなったな。十五歳でもう選ばれた人間気取りか? この数年、強さだけではなく余計なプライドも身に付いたようだ」

 

「わ、私は………」

 

 

震える声音で、ラウラは必死に言葉を口にしようとする。その顔には、今までにない感情────恐怖が滲んでいた。これ程までの威圧感を直に受けた時に発生するものか、盲信ほどに尊敬していた恩師から嫌われてしまうという不安と絶望からか。

 

 

「さて、もうすぐ授業が始まるな。さっさと教室に戻れよ」

 

「……………」

 

 

声音を切り替え、急かす千冬に、ラウラは何かを言おうとした口を閉ざす。軍隊らしき敬礼と一礼を終えてから、早足でその場から立ち去っていく。

 

 

その背中を、千冬は静かに見守っていた。思うところがあるであろうその瞳の真意を、龍夜が読み解くことはできなかった。

 

 

 

 

「────そこの男子。盗み聞きか? 異常性癖とは感心しないぞ」

 

「は?何を馬鹿な─────あ」

 

 

絶望した直後に、制裁が放たれる。

やはり手加減されてない一撃が頭に強く響いてくる。悶える龍夜に、鬼教官 千冬は一言。

 

 

「敬語は忘れるな、何度も言わせるなよ」

 

「はい……………織斑先生、質問を少しいいですか」

 

「なんだ」

 

 

慣れない敬語のままで、龍夜はある疑惑を口にした。

 

 

 

「ボーデヴィッヒは、貴方の教え子であった時から、あのような性格でしたか?」

 

 

その質問に千冬は僅かに沈黙する。過去を振り返った彼女は首を横に振るい、口を開いた。

 

 

「………いや、昔は違ったな。私が教授していたときは気真面目な奴だった。少し考え込むことが多かったのは覚えているが────少なくとも、あそこまで歪んだ事を言う事は一度もなかった。私がいない間、本国で何か余計なことでも吹き込まれたか」

 

(…………本国で、か)

 

 

千冬の憶測通りかもしれない。

教官である彼女が昔と今でのラウラの変化に驚いている様子がある以上、ドイツで何かあったと思うしかない。

 

だが、何故一夏を敵視し、あそこまで強さに固執するようになったのか────

 

 

 

ふと、ある種の謎が浮かんだ。

ラウラの件とは無関係な、千冬に対する疑問。考えた結果、龍夜はそれをすぐに口にしていた。

 

 

 

 

 

 

「織斑先生は何故、教師になったんですか?」

 

 

純粋な疑問。何時も通りの、知的好奇心。その質問は千冬に一蹴されると口に出してから思ったが、彼女は小さく笑う。

 

その上で、答えた。

 

 

 

「────憧れと、自己満足だな」

 

 

「憧れと………自己満足?」

 

 

自嘲するような、それ以上に誰かを想うような表情。

見たこともない顔をする千冬の顔と、彼女の言葉に龍夜は困惑するしかなかった。硬直したままでいると、すぐさま態度を切り替えた千冬からの声が響く。

 

 

「ほら、もうすぐ授業だろう?遅れて説教でも食らいたいか?」

 

 

目の前で軽く振るわれる出席簿に、顔を青ざめさせて龍夜は駆け足で離れていった。彼の頭から、さっきの事が未だ消えず、後の授業で集中してないと教師から説教されることになるのは未来の話だ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「「あ」」

 

 

放課後の第三アリーナ。対面した瞬間間の抜けた声を出した二人、セシリアと鈴が互いを見合う。

 

 

「奇遇ね。あたしこれから月末の学年別トーナメントに向けて特訓するつもりだけど」

 

「奇遇ですわね。わたくしもまったく同じですわ」

 

「ふぅん、ならいい機会だし、この前の実習や試合のときのことも含めてどっちが上かハッキリさせとくってのも悪くないわね」

 

「なるほど、良い考えですわ。互いに優秀を目指すのなら、本番のように手加減なしでいきましょうか」

 

 

互いのメインウェポン───スターライトmkⅢと双天牙月を構え合い、対峙する。開始のゴングもないまま、激突しようとした二人。

 

 

 

 

 

 

そんな彼女たちを纏めて一掃するように、激突してたであろう場所に音速の砲弾が飛来してきた。

 

 

だが、二人はすぐさま動きを切り替え、緊急回避へと移る。目の前で引き起こされる爆発から視線を動かし、放談の飛んできた方向に眼を向ける。そこにあの漆黒の機体が見下ろすように佇んでいた。

 

 

機体名『シュヴァルツェア・レーゲン』、黒い雨の名を冠するその機体。登録操縦者────

 

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ………」

 

 

苦々しい顔で、セシリアが呟く。落ち着いてはいるものの、警戒したようにスターライトmkⅢの引き金に指を添える。

 

 

「……どういうつもり? いきなりぶっ放すなんていい度胸してんじゃない」

 

 

連結させた《双天牙月》を肩に預ける鈴。明らかな戦闘態勢を整える彼女に、視線を向けたラウラが嘲るような言葉を放つ。

 

 

「中国の『甲龍(こうりゅう)』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』か。データで見た時は強そうだったが…………操縦者が雑魚だと機体も活かされんようだな」

 

 

「………は?何?ケンカでも売ってるわけ?出会い頭にボコられたいなんて大したマゾっぷりだわ。ソーセージやビールばっか腹に入れてると頭もそんなんになるワケ?」

 

「落ち着いてください、鈴さん。そういう挑発は乗るだけ無駄ですわ」

 

 

怒りに震える鈴がラウラへ言葉を返し、食いつくだけ無意味と判断したセシリアは軽く鈴を宥める。本来の彼女ならここで感情的に挑発をし返すぐらいはしていたが、少しは成長をしたという事かもしれない。

 

 

しかし、そんな彼女達の怒りを強くさせるためか、ラウラは本気で嘲るために言葉を続けた。

 

 

 

「はっ………国連手製とはいえ生身の強化人間に手加減される程度の力量しか持たぬものが専用機持ちとはな。中国もイギリスも落ちぶれたか。所詮は数が多いだけ質がない大きいだけの国と、古臭さだけが染み付いた時代遅れの島国だな」

 

 

堪忍袋の緒が切れたような音が、響く。セシリアの隣で、我慢の限界を迎えた鈴が不気味な程の笑みを浮かべる。

 

 

「───ああ、ああ、わかったわよ。どうやらスクラップになるのがお望みなわけね?最初からそう言ってくればやったってのに─────セシリア、アンタもやる?」

 

「鈴さんがやる気なら、相手は譲りますわ。祖国を侮辱したのは許せませんが、代わりにお返ししてくださるのであれば私としても─────」

 

 

 

「ハッ!二人で来たらどうだ?それとも負けるのが怖いのか、イギリスの貴族は?そんなに腰抜けだとは流石に思わなかったな! 所詮はあんな下らん種馬に腰を振るメスというわけか!」

 

 

ブチッ───と、セシリアの堪忍袋の緒がぶち切れた。ラウラの口にした言葉、自分が腰抜けと言われたことにキレたのではない。

 

 

 

かつて自分を打ち負かし───今では憧れでもあり、恋い焦がれる青年への侮辱。それこそが、セシリアの感情を爆発させる引き金であった。

 

 

「わたくしや祖国の侮辱だけではなく、龍夜さんまで悪く言うことだけは絶対に許せません───お望み通り!その軽口、二度と叩けぬようにして差し上げます!」

 

 

怒りに満ち、やる気となった二人。今すぐにでも戦いを始めかねない彼女達を前に、広げた両手を自分に向けて振るうラウラ。

 

宣告するように、一言。

 

 

 

「とっと来い」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

アリーナで特訓しよう、そう思い行動に移した龍夜が観客席付近を通り過ぎた瞬間、爆音が鼓膜を叩いた。

 

 

(…………何だ?誰がやり合ってる?)

 

 

ゲートから入り、観客席へと足を踏み入れる。生徒達の騒ぎ声も耳に入り、アリーナに視線を向けると────

 

 

 

 

 

 

 

中心部で平然と佇むラウラと、圧倒的に追い詰められたであろうボロボロの鈴とセシリアの姿だった。

 

 

「…………は?」

 

 

唖然とした声を漏らしたのは龍夜本人だった。何故ラウラと二人が戦っているのか、それ以上に──────そこまで打ち倒されても尚、戦意を衰えさせるどころか強める鈴とセシリアが、理解できなかった。

 

 

そんな最中、ラウラのISがワイヤーブレードを放ち、二人の首に巻き付いた。抵抗する二人を力ずくで手繰り寄せると、拳と足で徹底的に痛めつける。

 

 

「─────」

 

 

ズキン、と頭が痛む。沸々と胸に沸き上がる感情が、迸るような熱を帯びる。鈴とセシリアの、苦痛に呻く悲鳴が聞こえる。その度に、痛みが増し、熱が強まる。

 

 

いたぶる事が余程楽しいのか、愉悦に笑うラウラ。気丈に睨みつけるセシリアを容赦なく殴り、蹴り飛ばしたその瞬間、龍夜の中で何かが切れた。

 

 

 

「─────」

 

 

CONNECT(コネクト) ON(オン)

 

 

ケースから解放した『プラチナ・キャリバー』を背中に固定する。無言のままに、鞘に押し込まれた剣に力を求める。

 

 

周囲を照らすほどの光に包まれた龍夜は、迷うことなくアリーナに展開されたバリアーを打ち破った。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

その直前、龍夜がバリアーを破壊するより先に、目の前の光景に思考が白熱した一夏が動いた。

 

 

「────おおおおおっ!!」

 

 

《雪片弐型》を振り上げ、『零落白夜(れいらくびゃくや)』を発動させる。バリアーを消滅させるや否やセシリアと鈴を掴むラウラへと光を纏う刀を振り下ろす。

 

 

「ふん………感情的で直線的、絵に描いたような愚図だな────ッ!?」

 

 

右目を向けようとするラウラだが、反対側のアリーナのバリアーが壊されたことに気付く。視線を集中させるよりも早く、光を帯びた音速のISがラウラの胴体に蹴りを入れる。

 

 

蒼青龍夜。

能面のような、感情らしきものを感じさせない顔のまま、驚くラウラに冷たい眼を向ける。

 

 

「な───貴様ッ!」

 

「────飛べ」

 

 

そのまま脚に力をいれ、ラウラを横へと吹き飛ばした。壁に叩きつけられる彼女に追撃することなく、ラウラの手から離れたセシリアを抱き抱えた。

 

 

同じように鈴を受け止めた一夏を視線で確認していると、ボロボロのISを纏うセシリアが声を漏らした。

 

 

「無様な姿を………お見せしましたわね………」

 

「───セシリア」

 

 

言葉が出ない。

何と言えばいいか、彼の中で答えらしきものが浮かんでこない。

 

実際に口に出たのは、疑問だった。

 

 

 

「─────何で、止めなかった?」

 

 

違う、とすぐに否定する。

そんな言葉を投げ掛けるべきではない。必要なのは賞賛のはずだ、理由を問うものではない。

 

 

それなのに、言葉が止まらない。口にすべきことではないと理解しながらも、聞くことしか出来なかった。

 

 

「お前も鈴も、戦っている最中に分かっていたはずだ。ラウラには勝てないと。なのに、何故諦めなかった?あそこで止まっていれば、ここまでにならなかったはずだ」

 

「それは………」

 

「────貴様がその理由だ、蒼青龍夜」

 

 

何かを言わんとしたセシリアの言葉を遮ったのは、戻ってきたラウラ。武器を構えようともしない龍夜に苛立っているのか、不機嫌そうに吐き捨てる。

 

 

「その女が私に無意味に挑んできたのも、諦めようとしなかったのも、私がそいつの前でお前のことを侮辱しただけに過ぎん。お前への言葉を取り消せと、馬鹿みたいに突っ込んできたというわけだ」

 

「………っ」

 

「─────俺の、ため?」

 

 

耳を疑うしかなかった。

その事実を伝えられて悔しそうに顔を歪めるセシリアを見て、ようやく事実だと確信するほかなかった。

 

 

何故───という言葉は、飲み込むしかなかった。もう一つの事実が、今の龍夜に重くのしかかっていたからだ。

 

 

───経緯や理由が何であれ、自分のせいでセシリアがここまでの状態にまで陥ったという事実が。

 

 

そんな龍夜を追い詰めるように、ラウラが言葉を続ける。

 

 

「蒼青龍夜、その女を痛めつけたのはお前を戦いに誘い込むためだ」

 

「………何だと」

 

「そうしてやれば怒り狂って戦いに応じるとは思ったが、そこの愚図とは違って少し鈍いようだな。

 

 

 

 

 

 

もう少し、目の前でなぶってやれば貴様もまともに理解できるか」

 

 

抱き抱えるセシリアを指差すラウラ。その瞬間、思考の全てが沸騰した。胸に燻る理解不能な感情が、怒りという感情になって燃え盛る。

 

 

激しい熱を伴った思考が、理性を上回る。すぐ近くまで寄ってきた鈴を抱き抱えた一夏と、同じようにISを纏うシャルルに振り向き、セシリアを優しく引き渡す。

 

 

「────シャルル、セシリアを任せた。一夏、手を出すな」

 

「ッ!一人でやる気か!?なら俺も───」

 

「二度も言わせるな、俺一人でやる」

 

 

有無を言わさぬ重圧を帯びた声に、一夏は何一つ反論らしきものは言えなかった。二人に背を向け、龍夜は鋭い目つきでギラギラと輝く眼光をラウラに差し向ける。

 

 

 

激情を宿した言葉が、宣告するようでありながら、静かに告げられた。

 

 

 

 

 

 

 

「─────ブッ潰す」

 

 

戦いを望むなら結構。だがその為に逆鱗に触れたのなら、相応の覚悟があるはずだ。その身を支配する怒りのままに、龍夜は剣を抜き放つ。

 

 

 

 

 

 

妖しく光る鞘に組み込まれたコアの変化に気付かぬまま、龍夜は光刃を振り払い、ラウラへと突貫した。

 




色々専用単語を出したので解説



アイザック・デュノア

デュノア社の社長の実の息子。カリスマもあり、多くの人から慕われていた。妾の子であったシャルルとその母を自分達の家族へと迎え入れようとしていたが、父親との喧嘩になり、彼女達を保護しに向かった直後に暗殺される。

死体は今も見つかっていない。



『DOLL.s-Project』

フランス政府を主体に行われていたプロジェクト。感情や痛覚の喪失した強化人間を生み出し、国連に投入する方針が取られていた。

事実を知ったアナグラムに阻止され、フランス政府はその責任を取らされ、国連内部で冷遇される立ち位置に甘んじることになる。

尚、計画の立案も推薦も国連によるもの。


『DOLL.s』

感情や痛覚の持たない強化人間。身体能力は最大限に活性化されており、ほぼ全員が十年も生きられない短命。腕をへし折られても、足を消し飛ばされても痛みに怯むことなく、恐怖に怯えることもない、『心無き人形』となるように調整されている。

素体とされた子供達は全員感情を失うように徹底的に教育及び調整を受けることになる。




次回も感想や評価など、よろしくお願いします!


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第16話 制御不能のフィーリングハート

先週の間はご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした!本当に気分が落ち込んでいた時に色々少し手厳しいことがありまして、心がグチャグチャになっていましたが、ある程度回復しました。

これからも執筆を続けていきたい次第ですのでよろしくお願いします!


踏み込んだ龍夜が、突撃する。背中のスラスターからエネルギーそのものを勢いよく噴かし、輝きを放つ光刃と共に漆黒の機体を操るラウラに狙いを定める。

 

 

龍夜の行動を前にしたラウラは眉をしかめる。瞳に侮蔑の色を浮かべ、吐き捨てた。

 

 

 

「───直進か。考え無しのやり方とは、つくづく呆れ果てる」

 

 

そのまま、右腕を直進する龍夜へと向ける。その掌が固定された瞬間─────目の前で光が弾けた。いや、言葉通りの意味ではない。それはエネルギーを撒き散らす残光であった。突如方向転換する際に全力で前と下に向けて噴き放った時に生じた残滓。

 

 

「────ッ!」

 

 

掌を向けた瞬間、姿を消した龍夜に驚きを隠せないラウラ。何らかの力を発動した直後だったのか、すぐに周囲を見渡しながら彼を探そうとする。

 

 

だが、それが彼の狙いだった。

 

 

 

ダァンッ! と、地面を踏みつける音が鼓膜に響く。それは目の前、ラウラの眼前からだった。

 

 

視線を動かすと、光の粒子を帯びた龍夜が着地していた。背中のスラスターからはエネルギーの鱗片が舞い、その手には既に鞘からのエネルギーを充填させた光剣が空気を焼く程の熱を纏っている。

 

 

 

「!貴様──!」

 

「────遅い」

 

 

プラズマブレードを展開し、迎撃しようとするラウラだが、一歩早かった龍夜の一刀が漆黒の機体に浴びせられる。エネルギーを蓄積させた光の刃は簡単にシールドエネルギーを削っていく。

 

 

しかし、ラウラのシールドは大して減ってはいなかった。通常のブレードによる攻撃よりも減少してるとはいえ、龍夜がいつも放つ必殺の一撃ほどの消耗は見えない。

 

 

それも当然、戦術が違うからだ。

いつもの龍夜は相手から攻撃を優先させる。最初は機動力と火力を引き換えに、防御力とエネルギー吸収機能を有する《ナイトアーマー》で自身のエネルギーを最大限まで蓄積させ、消耗の大きいが絶大な機動力と火力を誇る《アクセルバースト》で短期決戦及び相手を翻弄するのが、彼のいつもの戦術だ。

 

 

今の龍夜は、感情的に動いていた。本来ならば勝率の高い戦術を一瞬で切り捨てて、《アクセルバースト》による高火力でラウラを叩き潰そうとしていたからだ。

 

 

 

「離れろッ!」

 

 

片腕に展開させたブレードを振り払い、龍夜に切りつける。最初の攻撃を浴びせた彼は背中のスラスターを器用に噴かし、勢いよく距離を取る。

 

 

それを狙っていたかのように、大口径リボルバーカノンが龍夜に砲口を差し向ける。数秒の間隔を開けて、反響するような重音と共に砲弾が放たれた。

 

 

 

「ふん……ッ!」

 

CONNECT(コネクト)ON(オン)

 

 

空中で体勢を立て直した龍夜が、背中から鞘を分離させ腕に装着させる。自動的に手首に取り付けられる固定具を感じ取り、剣を鞘に戻すと────全身を包む装甲が光へと代わり、全身を隠すように包み込む。

 

 

 

重装備の騎士鎧。

《ナイトアーマー》、言葉通りの姿に変化した『プラチナ・キャリバー』を纏い直した龍夜は鞘の装備された腕を飛来する砲弾に構える。

 

瞬時に、鞘を中心として装甲が実体を持ち始める。展開されたそれは大きな盾、『銀光盾』として膨大な熱を帯びた砲弾を完全に受け止め、その際に発生したエネルギーを変換して内臓リアクターに残らず吸収する。

 

 

白煙と熱が霧散するアリーナの惨状の前で、ラウラは感心したように不敵に笑う。

 

 

「───流石だな、大口を叩くだけはある」

 

「…………」

 

「ふん、どうやら怒りは残っているようだな。あの女を相手にした価値はあった。雑魚をいたぶるだけで、そこそこに強い奴が自分から挑んでくるのだからな」

 

 

その言葉を聞いた龍夜の拳に力が入る。圧倒的な握力で圧迫される鋼剣がカタカタと震える。ラウラはそれを、怒りを押さえ込めていないと判断した。

 

 

だが、誰も気付かない。いや、気付けないのも当然だろう。剣が、『ブラックボックス』と称されてきた銀の剣が共鳴するように震えているなど、誰も思うはずがないのだから。

 

 

 

「………もういい」

 

 

騎士のフルフェイスから、一声が響く。ドスの低い、本気で怒りを剥き出した感情的な言葉。それを制せることなく、それ以上の敵意と怒気を込めた宣言を口にした。

 

 

 

「────今からお前を黙らせる」

 

 

 

 

 

 

ッッッッドッ!!! と。

 

白銀の鎧が、突撃した。それだけの話、普通ならば驚くことではないだろう。問題は、その動き方だ。

 

 

踏み込んだ直後、アリーナの地面が爆発する。全力だったのか、爆発を連想させてしまう程の威力と規模。周囲に撒き散らされた砂煙から、『銀光盾』を前に突き出した龍夜がスピードに任せて突撃してくる。

 

 

「────馬鹿が」

 

 

侮蔑するようなラウラが腕を突き出した途端、鎧を纏う彼は目の前で停止することになった。盾を突き出していながらも、特攻する気だったと考えたラウラは彼を見下しながら装填したレールカノンを向けようとして────気付く。

 

 

(コイツ───剣はどうした?)

 

 

《ナイトアーマー》状態の剣は、《アクセルバースト》の時のようなエネルギーを纏う刃ではなく、金属の装甲を繋ぎ合わせた大振りの大剣だ。盾で姿を隠していたのは次の攻撃、大剣による斬撃の軌道を予測されないようにするものだと思っていた。

 

 

だが、今も静止する龍夜の手には大剣はない。鞘の機能も搭載されている『銀光盾』に収納されている訳ではない。ならば一体何処に─────

 

 

その思考を遮るように、ハイパーセンサーが動く物体を捉えた。回転するしながら上空から飛来してくるのは、龍夜の大剣だ。

 

 

一瞬で、理解した。

先程の爆発は、剣を上に投げ飛ばした事を誤魔化す為のフェイク。大きな盾で身を隠して突撃したのも同じだ。全てが自分に一矢報いるための作戦だったとしか言えない。

 

 

咄嗟にラウラは目の前の敵から視線をずらし、旋回してくる大剣に腕を伸ばす。気を取られた事もあるが、何らかの作戦があるのでという疑惑もその理由だ。やはり、空中で静止することになる。

 

 

 

「────動いたな」

 

 

だが、それが隙となった。

ラウラが大剣を静止させた直後に、停止の支配から龍夜は解放された。最大まで行っていた加速は戻り、僅かな隙をついてラウラに飛び掛かる。

 

 

彼女の顔を掴むと、そのまま加速を止めることなく、壁に叩きつけた。絶対防御を無視して響く衝撃に耐えるラウラに、龍夜は更に力を込めて壁に押し込む。

 

 

「グゥ………ッ!き、さまッ!」

 

「お前なら警戒してくれると思ったさ。なんせ強いんだからな、降ってきた大剣にも何か意味があると判断して止めたんだろ?────それ自体が、俺の予想通りだ」

 

 

顔を掴む指に力を入れると、ラウラは顔を歪めた。おそらく頭部のハイパーセンサーが警告を繰り返しているのだろう。頭部から手を離し、返事の代わりとでも言うように向けてきた腕ごと、銀光盾でラウラを壁に叩きつける。

 

 

「───AIC、対象の存在する空間を慣性を停止させる領域により動きを止めるんだろう。だが、同時に一つ以上の物体は止められないという事実が分かった。それに、そんな小細工をしなくても対処は簡単だ」

 

 

メキメキ、と壁の奥に押し込む力を緩めない。それどころか此方を睨み付けるラウラを目にして狂気を滲ませたように笑う龍夜────その顔が、ラウラの瞳に映ったのが見えた。

 

 

白銀のフルフェイスに、禍々しい色合いのラインが延びる。銀色を侵食するような黒は次第にその形を変え、機体そのものに変化を引き起こしていた。

 

 

「お前が俺を止めるより先に、俺がお前を先に叩き潰す。それだけでお前のAICは無力化されたも同然だ。抵抗はしろよ、言葉通りに捩じ伏せてやる」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

その直前、龍夜とラウラの戦闘の合間にセシリアと鈴を安全な場所に連れて行ったシャルルと一夏が戻った時には、圧倒的な状況だった。

 

 

「────凄い」

 

 

シャルルが唖然としたように呟く。それ以上に言葉がでない様子であった。セシリアと鈴を一人で蹂躙したラウラを龍夜は意図も容易く圧倒していた。

 

あまりの力の差、そして隔絶した実力を見せる龍夜に、シャルルは驚愕することしか出来なかった。

 

 

 

「……………あれ?」

 

 

一方で、龍夜を見ていた一夏は声を漏らす。それは疑問が浮かんだというものであった。シャルルがその様子に気付き、様子を伺うと、彼はどこか悩むように答えた。

 

 

「どうしたの?一夏」

 

「いや………龍夜のISってさ、あんな色無かったよなって。それに顔の部分も、少しおかしくなってるからさ」

 

 

視線を戻してみると、シャルルもすぐに気付けた。白銀の重鎧に異物のような禍々しい黒と赤の混じったダークな色が浮かんでいた。

 

鎧自体も変化を見せており、顔を覆うフルフェイスマスクはその価値を示さない程の変化────素顔を明らかにしたものに変わっている。

 

 

「それよりも、ラウラに勝った………って事でいいんだよな?」

 

「うん、そうだと思うけど………ボーデヴィッヒさんにやる気があったら続けるんじゃないの?」

 

「で、でもさ。流石にもう勝ちは決まったような────」

 

 

一夏の不安そうな声を遮ったのは、轟音だった。

 

 

 

 

盾を下ろした龍夜が、ラウラの腕を掴むと地面に振り下ろしたのだ。それも、地面に亀裂を入れる程の威力で。

 

 

「な────ッ」

 

 

驚愕を隠せない二人の視線の先で、ラウラが立ち上がろうとする。余程ダメージがあるのか、その動きは目に見えて遅かった。

 

そんな彼女に、龍夜は蹴りを入れた。躊躇なく腹を蹴り上げ、そのまま殴り飛ばす。何度かバウンドしながら吹き飛ばされたラウラは砂塵の中に消える。

 

 

一方的な攻撃をした龍夜は顔色すら変えない。それどころか追撃でもするかのように、ラウラの飛んだ方へと歩いていく。ゆっくりと、不気味な程に落ち着いた動きで。

 

 

「何を、やってんだよ」

 

 

砂煙を払い飛ばし、ワイヤーブレードを飛ばすラウラ。それらのワイヤーだけを盾で断ち切り、引きちぎり、最後の一本だけを掴み取り、勢いに任せて振り回す。

 

 

脚部のアイゼンを地面に固定させたラウラだが、力が強すぎるのか、少しずつ引き寄せられている。そんな彼女と距離が縮まった途端、龍夜は、ワイヤーブレードを強引に引っ張り、ラウラを自分の元へと手繰り寄せる。

 

 

そのまま、ラウラをISごと殴り、蹴り飛ばしていた。その光景に一夏は言葉を失う。シャルルも何も言えずに、目の前の光景を見ることしか出来なかった。

 

 

何故なら、同じだからだ。ラウラがセシリアと鈴をいたぶってたさっきの出来事と。怒りに飲まれているのか龍夜は何一つ感じさせないような顔から一点、凄まじい憤怒を顔に浮かべながら、ラウラを圧倒していた。

 

 

暴力を繰り返す青年、同じ光景を作ろうとする友人に、一夏はISを纏い、叫んだ。

 

 

 

「───何してんだよ!?龍夜ァ!!」

 

 

その言葉は、今の彼には届いていなかった。彼の瞳は、憎悪と憤怒に包まれている。何一つ見ていない、何一つ聞いていなかったのだ。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

───おまえ、気持ち悪いんだよ。偉そうにしてさ

 

 

フラッシュバックする。

不愉快な記憶が、不快な景色が、彼の頭を駆け巡る。

 

 

───蒼青君、ここは学校なんだ。君ももう皆に少し合わせてくれないと………天才なんだから、出来るだろう?私の時間を無駄にしないでくれよ

 

 

頭痛がする、吐き気がする。

感情が揺らぎ、巨大な竜巻の中で捻り回るような、落ち着きがなくなってしまう。

 

 

 

───父さんと母さんが亡くなったのに………何で静かにさせてくれないの………?父さんと母さんの死を悲しんでくれないのに…………何で皆は、二人の死に理由を作りたがるの?

 

 

視界や聴覚に、直接響いてくる。見たくもない世界が、忘れられなかった呪いが、何度も、何度も。壊れたビデオテープのように。

 

 

 

───ふざけやがって!百合姉さんも義兄さんも、なんでこんな事を隠してんだ!なんで二人だけで復讐しようとしてたんだ!!俺や零姉さんの事が大事だって言うのか!?じゃあなんで、俺達を置いていったんだよ!?

 

 

まるで、言い聞かせてるようであった。思い出させているようであった。

 

 

───抵抗すんな!殺されたなくなきゃ大人しくしてろ!

 

 

───何がISが使えるからだ!何が男なんてそれしか出来ないだ!女なんてISがなけりゃあこの程度だろうが!そのクセに調子に乗りやがってよ!俺達の人生はクソッタレの女どもに壊されたんだ!お前が代わりに償ってくれよ!なぁ!?

 

 

───姉、さん?

 

 

 

そこでようやく、たった一つの事実を再確認する。ポツリと、些細なことを口にするような感覚で呟いた。

 

 

 

 

 

─────俺は、この世界が大嫌いだったんだ

 

 

 

 

 

頭に巡る光景に、龍夜は疑問を覚えない。自然と、何も考えられなかった。何かに対する怒りと憎しみでしか、思考が成り立たない。

 

 

 

「…………っ」

 

「大口を叩くだけはある………お前も、そうだったな」

 

 

半分まで禍つ黒に染まった白銀の鎧を纏う龍夜が、ラウラを踏みつける。既に彼女のISのエネルギーは底をつくギリギリまでに減少しており、反撃の手段は無いのか大して動けずにいる。

 

そんなラウラを蹴り飛ばす。転がるラウラを適当に確認した龍夜は────先程から地面に突き刺していた大剣を握り、軽く引きずる。

 

 

剣に組み込まれた宝玉の一つが、禍々しく輝く。無機質に歩み寄る龍夜の感情に呼応するように、機体に浮かぶ侵食を進ませていく。

 

 

『マスター!?マスター!?止まって!止まってよ!ねぇ!!』

 

 

ラミリアが必死に叫び、止めようとする。電脳内部でしか存在できない彼女は声で語りかけるしか出来ない。唯一無二の相棒である妖精の泣き叫ぶような声に、龍夜はピクリと一度は反応する。

 

 

だが、一瞬で何事もなかったように首を傾ける。そのまま突き進む彼の姿は、正常だと思わせる要素が何一つ見られない。

 

 

 

 

だが、その瞬間。

 

 

 

 

 

 

二つのISが、割り込んでくる。

中々のダメージを負ったラウラと、彼女を更に打ちのめそうとする龍夜の間に。

 

 

自らのISを展開した一夏とシャルルが、ラウラを庇うように龍夜に向き合っていた。

 

 

 

 

 

「─────何のつもりだ?お前ら」

 

 

冷えきった声でそう聞き返す。熱の籠ってるとは思えない声音に一度は気負された一夏だが、覚悟を決めたように強く言い切る。

 

 

「もう、充分だろ。ラウラはもう戦えない」

 

「何処がだ?ソイツはまだ軽傷だろ。何より、ソイツがした事を忘れたのか」

 

「………分かってる。分かってるよ!俺だって許せねぇよ!けど、龍夜のやろうとしてる事を見過ごすなんて、俺には出来ねぇ!!こんなやり方、間違ってるだろ!?どれだけ相手が許せなくても、力で他人を痛めつけるような奴じゃないだろ!?お前はっ!!」

 

 

 

ズガァンッ!! と、近くの地面が吹き飛ぶ。

怒り任せに大剣を振り下ろしたのだ。破壊を引き起こした龍夜は苛立ったように吐き捨てる。

 

 

 

「───話にならない」

 

 

自分の顔を抑え、揺らぐように大きくなる怒りを滲ませながら、口を開く。やはり彼の眼は、一夏やシャルルを捉えていない。

 

 

制限なく増幅している感情により、盲目と化している。理性を上回る程の敵意と怒りが、あらゆる考えを塗り潰す。

 

 

「お前達を殺してから、ソイツを殺すだけだ」

 

「ッ!」

 

 

ビキ、ピシ、メキ、と。

白銀の鎧は禍々しい闇に蝕まれ、鎧そのものが変化していく。棘が生えていき、殺意と破壊を体現するような装甲が、少しずつ彼の身を覆っていく。

 

 

そんな最中、一夏の視線がようやく剣へと向けられた。金属を纏った長剣は登載されたコアらしき球体により元の状態へと戻っているだけではなく、鎧の変化と同じ色合いの歪んだ黒色の点滅を繰り返している。

 

 

僅かな異変に、一夏はある仮説を思い浮かべてしまう。

 

 

(───あの剣の、せいなのか?)

 

 

龍夜がここまで感情的になった理由、それは作為的なものではないのか。あの剣が、何らかのか力で暴走状態にさせているのか。無関係、と楽観視できるほど一夏も気楽ではなかった。

 

 

 

戦わなくてはいけない、隣にいるシャルル同様、自身の武器を構え、龍夜を止める覚悟を深める。が、異変は起きた。

 

 

 

それは、白銀の鎧を蝕む黒の侵食が、半身まで届こうとした直後だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ぐッ、あああああああッ!!?」

 

 

蒼電が走ったと思えば、彼の全身から雷電が迸った。実際に浴びているような、激痛を感じさせる絶叫が、彼の口から響き渡る。

 

 

バチンッ! と一際大きな電撃が弾け、破裂する。瞬間、龍夜と分離された『プラチナ・キャリバー』がその場に転がり落ちる。

 

剣だけの状態だった『キャリバー』だが、自動的に移動してきた鞘に綺麗に収まり、落下する。まるで意識を持つような動きに困惑するが、一夏達は地面に倒れ込む龍夜に駆け寄った。

 

 

「龍夜!大丈夫か!?しっかりしろ!」

 

「────い、一夏……?シャル、ル……?」

 

 

心配の表情を浮かべる二人に、朦朧としているらしい龍夜が揺れた眼を見張る。何か理解した龍夜自分の顔を両手で押さえ込み、震えながら呟く。

 

 

「─────お、おれ、俺は、何を考えて────」

 

『ま、マスター……?』

 

 

不安そうな声で聞くラミリア。状況を理解し青ざめる龍夜の態度に、二人は一瞬にして理解した。先程までの彼は、正気を失っていたものだと。

 

 

 

 

だが、その終わりを納得せぬ者が一人いた。

 

 

 

 

 

「────よくも、やってくれたな……!蒼青龍夜ァ!」

 

 

損傷した黒い機体を纏うラウラ。暴走した龍夜に散々痛めつけられた彼女は頭に血が上っているのか、目の前の状況など気にしている素振りなどなかった。

 

 

レールカノンを差し向ける。砲弾を装填し、狙いを固定するラウラは躊躇いなく砲撃を行うとする。

 

 

 

 

 

「────そこまでだ」

 

 

張りのある強い声と共に、小型のナイフがラウラのレールカノンに直撃した。カァン! と弾かれたかと思えば、すぐさまレールカノンの表面にくっついた。途端に、レールカノンがエネルギーを失ったように機能を停止させ、放たれようとした砲撃が止まる。

 

 

「クッ、『E.M.P』か!」

 

 

固定されたナイフの正体に気付き、苛立ちを露にするラウラの前に、声の主が降り立つ。

 

 

長門。

黒い戦闘スーツを身に纏う生真面目そうな青年は、淡々とした表情のまま、腰に差していた二刀のブレードをラウラへと突きつける。

 

 

そのまま、無機質に宣告した。

 

 

「これ以上の戦闘行為は看過出来ない。武装を納め、ISを解除せよ」

 

「………何だと」

 

 

キッと睨み付けるラウラに長門は恐れすら見せない。無言のままで刀型のブレードを向け続けていた。

 

 

「ふざけるな、まだ戦いは終わっていない。邪魔立てをするなら貴様も相手に─────」

 

「IS学園の生徒を保護する、それが自分に与えられた命令」

 

 

ブワリ、と。

長門から凄まじい程の威圧と覇気が向けられる。思わず後退さったラウラは自分が圧倒されたことに気付き、睨み返すことしか出来なかった。

 

 

「数人の学生を過剰に痛めつけ、あろうことか戦闘不能になった相手に攻撃を仕掛けるなど許せるはずもない。守護騎士(ガーディアンズ)の特権により貴方の代表候補生としての立場とIS学園生徒という権限を破棄し、解体を開始する」

 

「…………」

 

「我々は、理事長から、国連から特権を与えられている。IS学園の守護の為ならどんな相手をも抹殺するように言われている。抵抗の意思は解体の承認と見なす」

 

 

フン、とラウラは不満そうに鼻を鳴らした。苛立ちを隠せないようであったが、これ以上やる意味がないと判断したのか、ISを解除して彼等へと背を向ける。

 

近寄りがたいオーラのままアリーナのゲートに戻るラウラの姿が見えなくなるのを確認してから、フーッと本気で安心したらしい長門が気を緩ませた。

 

 

「ふ、フーっ。何とかいった………それより、大丈夫ですか?皆さん」

 

「あー、俺とシャルルは大丈夫です………龍夜は、大丈夫か?」

 

「────平気だ。少し気分が、悪いだけだ」

 

 

青くなった顔を隠すように呟く龍夜の声は、不安定だ。自分が何故あそこまで暴走したのか、読み込めていないのだろう。心配した一夏が肩を貸そうとするが、首を横に振るって断った。

 

 

「悪い………今は一人にさせてくれ………少し、冷静になりたい」

 

「あ、あぁ………悪い」

 

「謝るのは、俺の方だ。何度も、迷惑を掛けた」

 

 

そう言いながら、立ち上がった龍夜がヨロヨロと歩いていく。やはり不安を隠せない一夏だが、何時もの様子で話す長門の話が始まったので、慌てて意識を向けた。

 

 

「オルコットさんと凰はんは、箒さんと一緒に医務室に連れていきました。ただいま治療の最中ですので、終わってから向かってください」

 

「わ、分かりました」

 

「それでは、二人とも。このアリーナから退出をお願いします。これから自分は今回の件を報告をしてきますので」

 

 

よろしくお願いします!と律儀に敬礼をする長門に一夏とシャルルは軽く頭を下げる。やはり満足そうに笑う長門は一瞬で先程のような生真面目な顔つきに変わる。

 

 

 

「えーっと!皆さん!これから教師陣との緊急会議を行います!念のために死闘とアリーナの使用は現時点で禁止にしますので、確認をお願いします!」

 

 

大声でアリーナに通達する長門。スピーカーのような音量でありながら、耳に響いてくる大きさではない、丁度いい声音が響き渡る。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

そして、場所は保健室に移る。

第三アリーナで起きた騒動から一時間。今現在全てのアリーナは封鎖され、騒動の後始末を終えた長門は教師陣を集め、事後報告をしている頃合いであった。

 

 

セシリアと鈴の治療は終わり、対面の許可が下りた。

 

 

 

「…………」

 

「な、何だよ……?」

 

「別に助けてくれなくてもよかったのに」

 

「お前なぁ………」

 

 

身体の大半を包帯に巻かれた鈴がふてくされたように言う。明らかに不満そうな彼女に、一夏は呆れたように苦笑いするしかなかった。

 

 

「…………セシリア、怪我は大丈夫か?」

 

「いえ、少し痛みますわね………やはり先生のおっしゃった通り、安静にするしかないのかもしれません」

 

「…………無茶をするからだ。これじゃあ骨折り損だろ」

 

「そんな事ありませんわ、悔しいですが経験が身に付きました─────それと、役得ではありましたから」

 

『アレー?セシリアちゃん、もしかしてお姫様抱っこの事言ってるの?ちゃんと覚えてたんd────』

 

「ホホホホ!口が過ぎるA.I.ですわねぇ!!」

 

「…………止めろ、落ち着け!」

 

 

満面の笑み(額に青筋を浮かべながら)でタブレットに掴みかかるセシリアを慌てて取り抑える龍夜。二つの意味で心配なのだろう。重体のセシリアが傷を痛める可能性と、今の彼女がタブレットをシャットダウンさせかねないから。

 

 

他人事のように(実際に無関係だからか)苦笑いして見守っているシャルル。そんな彼女の真横の扉が、突然開かれた。

 

 

 

「邪魔するぞ」

 

 

「あ!はい!織斑先生!」

 

「ちふ────織斑、先生」

 

 

気張るようなシャルル達に危うく何時もの様子で呼ぼうとして慌てて言い直す一夏。入ってきた千冬は一瞬だけ一夏を睨んだが、許されたらしくお咎めは無しだった。

 

 

保健室に訪れた千冬の話はこうだった。一つ目は、学年別トーナメントの仕組みを変更。翌日に全生徒に連絡すること。学年別トーナメントが終わるまでの私闘を禁止にすること。

 

 

二つ目は、セシリアと鈴のトーナメント参加は許可できないと言う話だった。最初は食いついていた二人だが、ISの損傷が激しいと、修復に時間が掛かると言われ、素直に受け入れていた。

 

 

そして、三つ目の話は─────

 

 

 

 

 

「蒼青、お前がラウラを過剰に痛めつけた件について話がある」

 

「………」

 

 

鋭い眼で見据える千冬に、龍夜は無言であった。唇を一文字に引き締める彼の姿に、一夏は咄嗟に声を挙げた。

 

 

「待ってくれ!千冬姉!龍夜も正気を失ってたんだ!それに、龍夜だけが悪いんじゃ──────痛ッ!?」

 

「勘違いするな、馬鹿者」

 

 

頭部を押さえて悶える一夏を無視して、千冬は続ける。

 

 

「今回の話はお前に全面的な非がある訳ではない。むしろラウラの方に処分を下しているところだ。………私が聞きたいのは、お前の暴走についてだ」

 

「…………」

 

「あの時、お前に何があった?分かることがあれば、お前から話してほしい」

 

 

千冬の言葉は、何時ものような強いものではなく、彼の調子を伺うようなものであった。気分が優れないなら話さなくてもいい、そういう意味で話す千冬に、龍夜は口を開く。

 

 

 

「───あの時、感情が抑えられませんでした」

 

「………」

 

「昔の嫌な記憶が、俺にとっての不愉快な思い出が、頭の中で何度も見せられ続けました。眼を塞ぐことも出来ず、耳を抑えることも出来なかった。

 

 

 

 

怒りと憎しみだけが、俺の中で沸き上がってきた。それだけが、俺の考え全てを塗り潰したんです」

 

「…………」

 

 

黙って千冬は話を聞いていた。嘘か本当か、信用するべきか否か吟味しているのかもしれない。

 

 

そんな龍夜に助け船を出したのは、やはり一夏達だった。

 

 

「そう言えば!ちふ、織斑先生………龍夜のISだけど、形が変わってたんだ。ラウラと戦ってる間に」

 

「………本当か?デュノア」

 

「はい、そうです。今覚えば確かに可笑しかったです。そして、変化に気付いた時には、龍夜が正気を失ったのようにボーデヴィッヒさんを攻撃して………」

 

「それと、剣の方も可笑しかったんです。あの剣の丸い、宝玉が龍夜の鎧の変化したのと同じ色で光ってて………」

 

「…………分かった。よく情報提供をしてくれた。この件はお前達だけの秘密にしておけ。周りに明かすにはまだ謎が多い」

 

 

千冬はそれだけの話を聞き終えると、医務室から立ち去ろうとする彼女を見届け、龍夜は自身の手を見下ろした。

 

 

 

自分に起きている、いやISに起きた変化。それが理解できない事に、何故か安堵している自分がいた。どうしようもない不安に、心が揺らいでいるという事実が、重く響いた。




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第17話 因縁協定のトーナメント

今回の話はいつもより短めです。区切りがいいところですので。


六月の下旬。十分に暑くなってきたこの頃、IS学園は週の最初から学年別のトーナメント一色の空気に染まっていた。

 

その勢いは凄まじいものであり、今現在第一回戦が始まる直前になるまでにも、全生徒が雑務や会場の整理、受付や来賓の誘導などの仕事に明け暮れていた。

 

 

 

「しっかし、すごいなこりゃ………」

 

 

そう口にした一夏は、更衣室のモニターから観客席の様子を見ていた。詳しくは分からないが、各国の政府関係者、研究員らしき人々、企業のエージェント、等大勢の顔ぶれが一同に介していた。

 

それ程までに大規模なイベントだからか、警備も厳重である。重装備の兵士達が武装を整え、席にいる人々を保護するように歩き回っている。この場からは見えないが、陸奥や長門の二人も何処かで警護をしているのだろう。

 

 

「三年にはスカウト、二年には一年間の成果の確認。一年生は今のところ関係ないみたいだけど、それでもトーナメント上位者────一夏や龍夜の二人も、チェックが入ると思うよ」

 

「ふーん、ご苦労なことだ」

 

 

事情をキチンと把握しているシャルルの解説に、一夏は上の空という感じだった。ジッとモニターに視線を向ける彼に、シャルルはくすっと笑う。

 

 

一夏がそこまで興味を示さない理由、それに既に気付いていたからだ。

 

 

「一夏は、ボーデヴィッヒさんとの対戦だけが気になるみたいだね」

 

「まあ、な」

 

 

数日前のラウラの所業。セシリアと鈴を痛めつけたそのやり方は、一夏もくしは龍夜を戦う気にさせる為の事だと、後々に龍夜の考察から聞いた。暴走した龍夜に打ちのめされたとはいえ、反省すらしてないような彼女に、一夏は憤りを隠せなかった。

 

彼女が自分を狙うのはまだいい。そのために、自分以外の人間にまで手を出す事は、一夏も許せない。彼女がそこまでする原因が自分であるのならば、止める理由が此方にもある。

 

 

「感情的にならないでね。彼女はおそらく、一年の中での最強だと思うから。気を引き締めるのはいいけど、限度があるからね」

 

「………いいや、ラウラだけじゃない」

 

「えっ?」

 

「───龍夜が、相手になるかもしれないからな」

 

 

一夏にとって、龍夜は友人(自分が思ってる)であり、何より強敵であった。ISでの戦闘で彼に打ち勝った事は一度もない。善戦できていたのは最初に戦った時だけだが、あの時は一夏のISの能力に警戒していたに過ぎない。

 

 

彼の厄介な所は、圧倒的な戦闘センスと高速回転する頭脳にある。どんな不意打ちだろうと戦術に対しても一瞬で対応し、その数秒の間に突破口となる戦術を脳内で組み上げる。

 

 

因縁のあるラウラ以上の今回のトーナメントの強敵と言うべき存在。いずれ彼と相手になる可能性に、一抹の不安を覚えていた。

 

 

「───でも、負けるつもりはないんでしょ?」

 

「あぁ、そうだな」

 

 

笑顔に笑顔で返す二人。相手がどれだけ強かろうと負けを前提で戦うような事はあれど、負けを受け入れるつもりはない。やるならば勝つ。それだけの意気を込めて戦うだけだ。

 

 

ISスーツの着替えを終え、二人はモニターに視線を送る。本来であれば一対一の面子が公開されるのだが、今回のトーナメントは仕様が変わっているので、モニターの変更が未だ機能していないらしい。

 

 

今回のトーナメントは、タッグバトル制。

一夏とシャルルのペアの配置はAブロック一回戦、その一組目。つまり最初の試合になる。問題はその相手だが、

 

 

モニターにトーナメント表が展開される。二人は食い入るようにモニターを見つめると、Aブロックに自分達の名前の組分けを見つけた。

 

 

 

 

 

「「────え?」」

 

 

その隣の文字の羅列を見て、ぽかんとして声を漏らす二人。互いに自身の目を擦り、再び画面に意識を向ける。そこにある文字は、

 

 

 

 

 

【ラウラ・ボーデヴィッヒ&蒼青龍夜】

 

 

 

やはり、変わっていなかった。二人はもう一度、互いの顔を見合う。

 

 

 

「…………嘘だろ?」

 

「……………だよね?」

 

 

敗北を予感させるような感覚に、二人はひきつった笑みを浮かべるしかなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「────これは、面白い」

 

 

反対側の更衣室。グレーのISスーツを纏ったラウラはモニターに提示された組み合わせを見ると、戦意に満ちた笑みを浮かべる。

 

 

「……………」

 

一方で、龍夜は相変わらず無言であった。ラウラと話す必要もないという雰囲気ではないが、今の彼は近寄りがたい空気を醸し出しながら沈黙を続けている。

 

 

 

この二人がペアを組んだのは、少し前の出来事だった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

ラウラとの騒動から数日、学年別トーナメントの前日。

廊下を一人で歩く龍夜の気分は相変わらず優れなかった。不機嫌、という訳ではないが、少し周りに注意を向けすぎている感じはする。

 

 

 

 

それもその筈。

 

 

「───蒼青くーーーん!何処にいるのーー!?」

 

「ッ!!」

 

 

慌てて振り返る龍夜。近くから響いてきた女子の声と、同じように幾つかの足音に彼は舌打ちを隠さなかった。逃げようとするが、前の方からも足音が複数聞こえてくる。

 

ここまで龍夜を女子が追い回す理由、それはラウラとの事件から後日に明かされた緊急通告にあった。

 

 

『学年別トーナメントのタッグ制』、本来ならば一人で参加できた今回の催しが二人組という事になったのだ。それ故に男である龍夜と組みたがる女子が彼にペアを組もうと朝から迫ってきているのだ。

 

 

何故龍夜だけが狙われているのか、一夏やシャルル(まだ表向きには男)もいるではないかと思ったが、すぐに分かった。二人でペアを組んだらしい。男同士なら女子もそこまで不満はないだろうという事と、シャルルが女子だという事実がバレる可能性を封じるために。

 

因みにその話を聞かされ、一人省かれた龍夜は「俺は?」と聞くしかなかった。二人は申し訳なさそうに顔を反らしていた。納得は出来るが、龍夜もどうするべきか分からないのが本心だ。

 

 

 

自分の部屋の前に何人かいた時はビックリした。何とか彼女達から逃れるために(ネタにされるので嫌だったが)ゲームで学んだキザな振る舞い(口にしたくない)で女子達を興奮させてその隙に待避することに成功した。

 

 

尚、ラミリアからはそれをネタにずっと馬鹿にされている。もう二度としないと宣言したのだが、今回ばかりはそれを使うしかないのかと絶望しかけていた。

 

 

 

しかし、助けの手は意外な所から差し出された。

 

 

 

彼が背を預けた教室の扉が、ピシャリと開いたのだ。慌てて離れようとしたが、そんな彼の手を暗闇から掴む細い手があった。声を挙げる事もなく、勢いに任せて龍夜は教室に引きずり込まれた。

 

 

すぐさま扉が閉められたことで、囲んで追い込もうとしていた女子達は、龍夜が無人の教室に入った事には気付かなかった。彼女達は彼の姿がないのを確認すると、周囲へと探しに向かったらしい。

 

 

床に背中を打ちつけられ、擦りながら起き上がる龍夜。暗い教室だが、そこまで真っ暗という訳ではなく、教室全体の構造を把握できる。

 

 

何より、自分を助けてくれた相手の姿を確認できた。その人物が助けたという事実自体が驚きではあったが。

 

 

「───」

 

「…………お前か、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 

腰まで届く長さの銀髪に右目を覆う黒い眼帯。全体的に薄暗い印象だが、暗闇に溶け込める程のものではないだけではなく、白い制服もあり、暗さからはある程度浮いている。

 

 

「………意外だな、お前が俺を助けるなんて。どんな風の吹き回しだ?」

 

「別に。貴様に用事があったから連れ出したに過ぎん。教官から面倒事を起こすなと言われたのでな」

 

「なるほどな………ならお前の用事ってのは、手荒な真似じゃないと判断していいな?」

 

 

当然だ、と平然に答えるラウラに、龍夜は警戒を1ミリも緩めなかった。彼女に対して評価は悪い、友好的に思える要素など一つもない。

 

一度助けられたといえ、その評価が変わることはない。だが、それが彼女の話を聞かないという理由にはならないため、話だけは聞くことにする。

 

 

 

 

「────蒼青龍夜。今回のトーナメント、私とペアを組め」

 

「………はぁ?」

 

 

その話に思わず耳を疑う。一瞬、自分の身体の器官が不調でも起こしたかと思ったが、やはり正常だった。だがそれでめ信じるのが難しい。あんなに傲慢な奴が、自分とタッグを組むと言い出すとは思わなかったのだ。

 

 

「認めるつもりはないが、お前は強い。お前相手に勝つ確率は半分以下だ。他の雑魚に足を引っ張られて負ける可能性もある。

 

 

 

 

ならば、この学年でもトップクラスの実力を有するお前とタッグを組む方がいい。今回だけはな」

 

 

そう言えば、と思い出す。

ラウラの目的らしいものは、一夏を倒すことである。織斑千冬の足を引っ張り、彼女の名誉ある戦績に汚点を残した一夏を叩き潰す為にも、今回のトーナメントの参加は必須になる。

 

 

しかし、彼女からすれば龍夜は強敵だ。一対一ならともかく、二対二という状況はラウラにとって苦戦を強いられるものである。弱い味方と組んで、足を引っ張られるのは彼女も避けたい。本来ならば龍夜も倒したい敵であるが、一夏に比べれば優先度は僅かにも低い。

 

心底不愉快だろうが、それがラウラの選択なのだろう。

 

 

だが、龍夜が納得する理由にはならない。

 

 

「………俺を倒すと宣言したのを忘れたか?負けるのが怖くて俺を味方に引き込むとは、恐れ入った」

 

「勘違いするな。このトーナメントで優勝さえすれば、後で貴様との決着をつければいい。それだけの話だ」

 

「なら尚更、他に当たれ。お前と組むくらいなら彼女達の誰かと組んだ方がマシだ。そもそも、俺が首を縦に振るとでも思ってたのか。お前は」

 

 

苛立ちを押し殺せずに、捲し立てる彼は、自分の本心に気付けているのだろうか。気付いていたとしても、納得するどうか。

 

少なくとも、ラウラの誘いには、ラウラにしかメリットがない。それなのに、因縁のある───セシリアや鈴を痛めつけた奴に、無条件で誘いを受け入れるほど、龍夜も人情がある訳ではない。

 

 

なのに、だ。

ラウラは不機嫌にすらなっていない。明らかに拒絶の意思を示す龍夜に当然だとでもいうような顔で、言葉を紡ぐ。

 

 

「いいや、お前は私の誘いに乗るだろう」

 

「………何だと」

 

「お前にはこのトーナメントに勝つ理由がある。いや、勝たねばならんはずだ。だからこそ、私の誘いを断る事など有り得ん」

 

「ハッ、何を馬鹿な」

 

「────優勝したら、何があるか貴様は知っているか」

 

 

唐突な言葉に、龍夜は怪訝そうに顔をしかめる。トーナメントに優勝した際に何があるか、等知らない。そもそもそんなものはない筈だ。

 

 

だが、引っ掛かるところはある。トーナメントの話が広まってから女子達が妙にやる気に満ちていたのだ。その際に優勝したら何とか………とか話していた。理由を聞こうにも、慌てて誤魔化したりするので龍夜も忘れかけていたのだが。

 

 

(まさか………そんな訳ないよな?)

 

 

嫌な予感に冷や汗が滲む。不安を感じ取りながらも可能性を否定する龍夜。単なる可能性を信じ、神頼み(期待してない)をしていたが、

 

 

「『学年別トーナメントで優秀した者は、織斑一夏か蒼青龍夜と付き合うことが出来る』」

 

 

(───やっぱりか!クソッタレ!)

 

 

世界は無情だ、神はいない。(そもそも信じてない)

やはり神なんてものは信じる価値などない。どうせなら神殺しにでも襲われて死ね、とでも言いたい気分だ。(もう一度言うが、こいつは神様を信じてない)

 

 

頭が痛くなるような話だが、この話について詳しく聞くしかない。

 

 

 

「待て、何だそのふざけた話………俺は一度も承諾した覚えはないぞ?」

 

「さぁな、私も知らん」

 

ぶっきらぼうな言い分は嘘ではなかった。どうやら本気で知らないのだろう、彼女は。

 

 

「貴様が優勝すればこの件も無効だろう。無論、貴様に優勝する気があればの話だが。………私は織斑一夏と戦えればいい。どうだ?悪くない話のはずだ」

 

 

数秒間、暗い教室に沈黙が続く。思案するように目を伏せた龍夜、ラウラを見据える。

 

 

 

答えは、もう出ていた。

 

 

「───優勝したら、決着はつけさせて貰うぞ」

 

「此方の台詞だ」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

そして、今に戻るというわけだ。

 

 

ペアを組んでからも、龍夜とラウラの関係は険悪である。ある程度は鳴りを潜めた形とはいえ、連携など取れる立ち位置ではない。

 

それに、ラウラは自分勝手な意見が多かった。一夏のペアは自分が一人で相手すると言うのだ。それ以外の試合は任せる、と。

 

呆れて物が言えなかった。やはり、ラウラは一夏を格下と見ている節がある。全力で潰すと明言しているが、間違いなく油断するだろう。オマケに、ペアのシャルルの事すら気にしていない。

 

二人とも仲は良い。実際に見てきた訳ではないが、連携は上手くいくように特訓を重ねているはずだ。ラウラにそう言っても聞かないのは分かっている。この際、痛い目を見ればいいと、お望み通り傍観に徹することにした。

 

 

余裕というか、やる気に満ちたラウラが控え室からピットに向かって歩いていく。

 

 

 

「───待て」

 

 

そんな彼女を、龍夜の一声が止めた。ベンチに腰掛ける龍夜に振り返ったラウラは相変わらず冷たい、いや戦意を隠しきれていない。

 

 

「何だ?今更怖じ気付いたか?」

 

「なわけあるか………まだ調整に時間がある。その前に、少しだけ聞きたいことがある」

 

「………良いだろう。話せ」

 

 

 

「────一夏にそこまで敵意を抱くのは、何故だ?」

 

 

その話を切り出すと、ラウラは憎悪を剥き出しにする。煮え滾るような殺意を瞳に宿しながら、呪詛を込めるような言葉を口にしていく。

 

 

「決まっている。奴が教官の経歴に傷を残したからだ」

 

「───『モンド・グロッソ』の事件か」

 

「そうだ。あの人に汚点を残した、その事実は許されない。教官の汚点となるものを、私は何一つ認めない。だからこそ、織斑一夏を排除するだけだ」

 

「………なるほど、それがお前の言い分か」

 

 

聞き終えて、溜め息を吐き出す。呆れ果てたという彼の様子にラウラは目に見えて苛立ちを覚えたらしい。その意味を聞こうと口を開く前に、龍夜が言葉を放つ。

 

 

「────傲慢だな」

 

「………何?」

 

「自分の発言の意味を理解して、言っているのか。お前は」

 

「くだらん。貴様は何が言いた────」

 

「お前の発言は、『織斑千冬の行動は間違いであった』と言おうとしている事になる。自らが敬愛する織斑千冬を選択を、間違っていたという事になるんだが………それを理解してて言っているのかと、聞いている」

 

 

実際、その通りだろう。

織斑千冬が優勝を取り逃したのは、彼女自身の選択だ。誘拐された一夏を助けるために、自分から名声を投げ捨てたのだ。最愛の家族を救う、それだけの理由であり、それ以上にない重要な理由で。

 

 

ラウラは、一夏のせいで千冬の経歴に汚点を残ったというが、彼女本人はそれを気にしていない。むしろ、自分の家族を助けるための選択など、後悔するはずがない。それが、家族を愛する者なのだから。

 

彼女が一夏に対し恨みを覚え、過去の汚点と決めつける事は、逆に千冬への侮辱になる。彼女の決断と意思を、踏みにじる事になるというのを、理解していていなかったのだろう。

 

 

 

「それにだ。前々から気になっていたんだが………お前は織斑千冬に憧れて、どうしたいんだ? いや、どうなりたいんだ?」

 

「………教官のようになる、それだけだ」

 

「具体的には、どんな風に?」

 

 

息が詰まったらしく、言葉が出ないラウラ。やはりな、と龍夜は何処か納得していた。何故そこまで織斑千冬に盲信するのか。

 

 

────『自分』を、持っていないからだ。

 

 

「お前は『織斑千冬』より強くなりたいのか?それとも『織斑千冬』になりたいのか?」

 

「………何が言いたい」

 

「俺にはお前が、現実を見てないように思えた。『自分』に意味が持てないから。憧れであるあの人に盲信することで、逃げているんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

『未来の自分』、お前自身から────」

 

 

言葉は最後まで続かなかった。突然伸ばされたラウラの手が、龍夜の首を掴み、そのまま近くの壁に背中ごと打ちつけられたからだ。

 

 

「………口が過ぎるようだな……っ!蒼青龍夜っ!」

 

「…………」

 

 

口調は激しい怒気に染まっている。図星を突かれた故の激昂なのだろう。今にも締め上げような勢いのまま、ラウラはとにかく否定したいとでもいうように怒鳴った。

 

 

「さっきから貴様は何が言いたい!?生意気にも説教か!?笑わせるな! 『自分』に意味が持てないだと!? 関係ない! 私の事など、どうでもいい!私にはあの人が、あの人だけが私の居場所だ!!貴様などに、理解できるはずがない!!」

 

 

 

 

「…………あぁ、分からないな。他人の心なんて、特にな」

 

 

溶け込むような、呟きを漏らす。聞いていたラウラも思わず、力を緩める。龍夜の首から手を離すと、息を吐いた。どうやら今のことで落ち着きを取り戻したらしい。

 

 

「────先に行っている。貴様もとっとと来い」

 

 

それだけ言うと、ラウラは早足で控え室から出ていく。ピットの前まで向かった彼女の背中を追う事もせず、龍夜はその場に立ち尽くしていた。

 

 

先程口にした言葉。その続きを、噛み締めるように呟いた。

 

 

「理解など、したくない」

 

 

 

それから数秒の沈黙を経て、深呼吸と共にある程度の体面を整えた龍夜は動く。ベンチに立て掛けてあったケースを消失させ、自らのISである『プラチナ・キャリバー』、待機状態である鞘に納められた剣の柄を掴む。

 

 

いつも通り腕に固定させようとして、ピタリと動きを止める。彼の顔に、躊躇いが浮かぶ。思い悩むように硬直した龍夜は、静かに両方の腕を下ろした。

 

 

ISを纏うことなく、彼もピットの方へと歩いていった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

アリーナへと降り立つ、二つのIS。白とオレンジの機体を纏う一夏とシャルル。二人の目の前に立つのは、黒い機体を纏ったラウラと、蒼銀の剣を地面に突き立ててラウラの後ろに立つ龍夜。

 

 

双方の様子を確認し、観客席が大いに盛り上がる。一学年でも有名な者が集まったタッグバトルに、多くの観客が興味と感心を隠せぬ様子を見せている。

 

 

 

「一回戦で私に当たるとは………待つ手間が省けた」

 

「そりゃあ何よりだ。こっちも同じ気持ちだぜ」

 

 

正面に立つラウラに、同じように不適に笑う一夏がそう返す。ピリピリと肌に刺してくるような敵意に、勝利を信ずるような揺るぎない戦意が、ぶつかり合う。

 

 

そんな睨み合いは、視線を反らした一夏の疑問により打ち切られる。

 

 

「………何でISを纏わないんだよ、龍夜」

 

「…………」

 

両腕を組んで静観の姿勢を取る龍夜。ISすら纏う様子のない彼に、一夏がそう聞く。彼の言葉には純粋な疑問と、彼の態度に対する不満が滲んでいた。

 

 

そんな一夏に対し、龍夜は達観したように肩を竦める。

 

 

「ラウラが一人でやらせろ、と我が儘を言うからな。悪いが二人で相手をしてやれ」

 

「そういうことだ。貴様らのような雑魚なぞ、私一人で十分だ」

 

「………どうだか」

 

 

自信満々なラウラに呆れるような龍夜の独り言。聞こえていたラウラが鋭い目つきで睨み、龍夜は……はぁと面倒そうに両手を軽く振るう。集中しろ、となげやりな言い分に彼女は不服そうだが従っていた。

 

 

同時に、一夏もシャルルもやる気を見せていた。狙いはただ一人、ラウラのみ。互いに目配りをする二人の姿に、ラウラの敗北の可能性が脳裏に浮かんだ。

 

 

 

その直後、試合開始を示すブザーが、鳴り響く。

 

 

 

 

一瞬にて、龍夜以外の全員が動き出した。




龍夜とラウラのコンビは強いは強いけど、相性が壊滅的に悪い。けど連携ができない訳ではない。全面的に龍夜が、連携のために動く事になりますけど()


次回は普通に戦闘回になります。お気に入りや感想、評価など是非ともよろしくお願いします!


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第18話 信頼共闘のコンビネーション

こんな時間になったのは、完徹してまで小説書けずに一時間で爆睡した己のせいです!!(迫真)


開始のブザーを打ち破るように、絶大な加速が空中を駆ける。

 

 

駆け抜けたのは白い閃光───先制を取った白式、それを纏う一夏であった。一番最初に動いた彼は雪片弐型を構え、ラウラに目掛けて直進する。

 

 

その様子を確認したラウラは隻眼に侮蔑の色を滲ませる。呆れたように、一夏を直前で止めるように、腕を振り上げる。空間領域を支配するAICがその効果を発揮する為に、展開されようとする。

 

 

 

───その瞬間を狙っていたように、一夏は更なる加速を、瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動させた。相手を固定させる超能力が如くの力は、不発に終わる。驚きを浮かべるラウラに、横にまで回り込んだ一夏は雪片を振り上げた。

 

 

だが、それを予見していたように。

不発させた右手とは反対の左手が突き出され、一夏の動きは完全に停止する。全身を包み込まれたような感覚に、身動き一つすら取れない。

 

先制の一手を容易く止めたラウラは一夏を馬鹿にする、事はない。むしろ感心したように呟く。

 

 

 

「───この戦術、蒼青龍夜のものか」

 

「あぁ、お前のAICを無力化できてたしな………別に文句はないだろ?見て覚えること自体が、禁止されてる訳でもないしな」

 

「ほう………思ったよりもよくやる。雑魚という評価は少しだけ改めてやろう。────だが」

 

 

ガギン! と一際大きなリボルバーが重い回転音を響かせる。シリンダーに内蔵された六つの砲弾の一つが、砲身へと装填される。

 

 

自らの意識で操作した大型レールカノンの安全装置を解除し、動けぬ一夏へと狙いを固定させた。

 

 

「貴様は蒼青龍夜()ではない。どれだけ他人の技を真似ようと、個人の実力の差だけはどうやっても覆らん」

 

 

事実を突きつけるように、三日月のように裂けた笑みを浮かべる。ラウラは躊躇いなく意識下にあるレールカノンの引き金を引き、砲撃を開始しようとした。一夏への集中を、一部たりとも欠けさせることなく。

 

 

 

 

 

 

故に、直前に生じた衝撃の存在に全ての意識が持っていかれた。体勢が大きくズレた事により、砲撃そのものも一夏に当たることなく通り過ぎる。

 

 

それが攻撃による爆発だと気付くよりも先に、身に付いた感覚に頼り、とにかく周りへと視線を向ける。そこで一夏の背後から頭上へと飛び出したシャルルを見て、先の攻撃が彼(ラウラは女子とは知らないので)によるものだと理解する。

 

 

「ちぃ………っ!」

 

 

忌々しいと思いながら急後退を行うラウラ。シャルルとの間合いを広げ、遠距離からの攻撃に移ろうとする。だが、その全ての思考を絶つ事実に気付かされた。

 

 

ラウラの集中が逸れた時点で、AICは解かれている。AICの欠点こそがそれ────止めるものに対して意識を集中させなければいけないという事にある。

 

単なる物体ならば容易いが、戦闘中の敵を止めるのにも、止めるべき部位に意識を送る必要がある。どれだけの集中力が必要かは、語らなくても分かるはずだ。

 

 

何が言いたいか─────固定させていた一夏からシャルルへと意識を向けたラウラ。すぐに気付いたが、もう遅い。領域の支配から解放された一夏が彼女の隙を突くように、再びを加速を続けたのだ。

 

 

「ッ!」

 

咄嗟に反応し、腕を伸ばすラウラ。しかしお得意のAICが発動するよりも先に、一夏の雪片が彼女のISを斬る方が早い。滑るように、白を帯びた燐光の刀がラウラに迫る。

 

 

 

 

「───嘗めるな!」

 

「っ!?」

 

 

───瞬間、爆音が響いた。

ラウラのレールカノンが突如として火を噴いたのだ。不意打ちのような一撃に一夏は対処できず、避けられない。

 

 

しかし、一夏に攻撃が当たることはなかった。

それも当然。ラウラが狙ったのは一夏ではなく、足元の地面であったのだ。通常では脚部のアイゼンで地面に固定させてからの砲撃になるのだが、それはあまりにも反動が強いことが理由である。

 

 

 

固定もしてないラウラは、僅かに一夏との距離を縮める。届くはずであった雪片の斬撃はラウラの居た場所を素通りするだけに終わった。

 

 

 

「………クッソ、やっぱり強いな」

 

 

先程の隙を突けなかったのは痛い。一連の連携は、シャルルと一緒に考えたラウラ攻略の手段の一つ。わざとラウラに動きを止めさせ、シャルルがラウラの気を反らさせ、その隙を一夏が突くというもの。

 

 

実際にこの作戦を使用するとは思わなかった。当初賛成していた一夏だが、シャルルはこの作戦の問題を提示していた。それこそ、ラウラのタッグの存在。相手がどれだけの実力にもよるが、龍夜が相手と知った時───シャルルはこの作戦を止めた方がいいと考えを口にしてくれた。

 

 

龍夜ほどの人間がこの作戦に気付かないはずがない。優勝を狙う気であれば、ラウラのサポートに立ち回るはずだと。

 

 

しかし幸いなことに、ラウラは龍夜に手出し無用と宣言していた。龍夜もラウラの事が気に入らないのか助けに出張る様子もない。ちゃんとした戦いをしたかった一夏は不満を覚えていたが、ある意味では幸運であった。

 

 

これだけでは終わらない。一夏とシャルルの連携は着実に、ラウラを追い詰める為に一手ずつ積み上げられていた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「────言ったことか。慢心するからそうなる」

 

 

戦闘の現場から少し離れた所で見学していた龍夜は呆れたように言う。無論、離れているラウラは返事すらしない。ISすら展開してない以上、プライベート・チャンネルすら繋げてない。ISのハイパーセンサーで聞こえているのであろうが、無視しているのだろう。

 

 

 

ふん、と鼻を鳴らし、状況を整理する。静かに細められた瞳は、移動するISの機体をそれぞれ一瞥し、結論が出たように一息つく。

 

 

(………一夏達の勝ち筋は、ラウラの考えを上回ること。実力で二人合わせても太刀打ちは出来ない。だが、連携による翻弄ならば話は変わってくる)

 

 

おそらく今回の試合はラウラの負けになるだろう。確率としては六割以上。相手の実力を正しく見極めることはおろか、連携自体も甘く見ている彼女に、二人を倒すなど出来ないだろう。

 

 

龍夜としては、考えるのは二人の倒し方だ。ラウラだけではない、実力や計算高い自分が敵対する事など理解している二人は自分に対抗するための作戦も練っているのだろう。緻密に状況を確認する龍夜にとって、ラウラの敗北は決まっていた。

 

 

 

────彼女が切り札を残していなければ、の話だが。

 

 

 

 

「…………」

 

自分の方に広がってきた砂煙。それを軽く、『プラチナ・キャリバー』で払う。一瞬で切り開かれた視界。それ自体に気にすることなく、自らの持つ銀剣に目を向けた。

 

 

砂塵を払い除けたというのに、剣に汚れ一つない。未だ衰えることのない光を照らす銀剣は、あらゆるものが触れる事を拒絶しているかのように輝く。

 

担い手以外の全てを拒むような剣の意思に反して、龍夜自身迷いが生じていた。

 

 

 

前々から、疑惑はあった。

感情的にならぬように自らを制していたにも関わらず、何故か爆発してしまう事が多かった。

 

 

当初は自分自身が未熟なだけだと思っていた。

だが、少し前の───自らの暴走の件で、ようやく違和感へと至った。自分の感情、『怒り』が強制的に増幅させられているのだと。

 

 

 

銀剣、『プラチナ・キャリバー』というISの待機状態である鞘との片割れ。解析すらできず龍夜も手を上げたブラックボックスであったその剣だが、あの暴走事件から封印されたプロテクトばかりの中で唯一、解除されたプロテクトがあったのだ。

 

それを解析した結果、あるプログラムの存在を知った。

 

 

 

───『アヴェンジャー・システム』。

そう呼ばれるプログラムこそが、銀剣に組み込まれた機能の一つであり、龍夜が感情的になっていた理由であった。

 

 

プログラムの用途は、使用者への精神的な作用。まず使用者とプログラムをリンクさせ、感情に呼応することで機体の性能を限界まで上昇させるものである。

 

 

それだけならまだいいが、問題は次である。

僅かにでも負の感情を覚えれば、それを限界まで増幅させるというもの。最終的には殺意、それ以上の憎悪を覚える可能性まであるというのだ。

 

 

 

前者は納得できるが、この機能の意味だけは理解できない。何故暴走するようなプログラムがわざわざ仕込まれているのか。暴走の誘発を望んでいるのか、という不安まで覚えてしまう。

 

 

それ故に、銀剣を、『プラチナ・キャリバー』への迷いがあるのだ。どれだけ悩んでも、どれだけ疑っても、答えは見えない。

 

 

───本当に『これ』を信じていいのか、その疑念だけは消えなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ふあー、すごいですねぇ。二週間ちょっとの訓練で、あそこまでの連携が取れるなんて」

 

「本当だよねー。格上相手に上手く立ち回れてるものだ、あの二人もね」

 

 

教師だけしか立ち入りを許さない観察室。モニターに映し出された戦闘映像に感心する真耶(まや)友華(ゆうか)の二人。その呟きを聞いていた千冬は、ふん、と鼻を鳴らす。

 

 

「アレはデュノアが合わせてるだけに過ぎん。あいつ自身は今回の連携に役に立ってない」

 

「相変わらず、身内に辛口な人だ。………その割にはよく見てると思いますけど?」

 

 

ニタニタと笑う友華に千冬が鋭い眼光で一瞥すると、飄々としながら「冗談ですよ」と手を振る。そんな空気の中で、真耶が不思議そうに聞いた。

 

 

「それにしても………学年別トーナメントの形式変更の件は、やっぱり先月の事件のせいですか?」

 

「………アナグラムの襲撃、か」

 

 

先月の事件────国際テロリスト組織 アナグラムの構成員による襲撃の情報は一般的に隠蔽されている。ゼヴォドと名乗った男と彼が使った装備、幻想武装(ファンタシス)の存在を隠すように、国連が総力をかけて情報統制を図ったのだ。

 

「でも結局、アナグラムは何をしたかったんですか?わざわざ学園内に攻め込んできたのに…………途中で撤退していきましたし」

 

「そりゃあ織斑少年と蒼青少年を味方に引き入れたかったんじゃないかい?それが目的って連中も言ってたと思うけど」

 

 

答えた友華は淡々と話す。ある程度事情は読み解けているのか、饒舌であるが、彼女自身思うところがあるような様子であった。

 

 

 

「アナグラムが最近人員を集めていることは二人も分かってるだろう?ロシアでは軍人が、日本人も何人か組織に移動してるってのが国連の正式な見解だろ?

 

 

 

 

 

だからこそ、アナグラムに学生が誘拐される可能性を考慮して、今回のタッグトーナメントになったんじゃないかな?」

 

「…………どうだかな」

 

 

達観した言い方の千冬に、真耶は不思議そうに思い、友華は何も言わなかった。視線をモニターに移した彼女は、ふと話題を切り替えるように口を開いた。

 

 

「ところで、蒼青少年はやはり動かないようだね」

 

「会話からしてラウラが一人でやる、と言い出したからだろう。あいつが負ければ、蒼青も動くだろうが…………如何せん、厳しいようだな」

 

「?」

 

 

龍夜の不調───気の迷いを千冬は確かに見抜いていた。千冬の言う通り、明らかに迷っている龍夜のメンタルは低く、戦闘にも支障をきたす程である。

 

 

そんな最中、会場からの歓声が一気に強まる。教師陣もその盛り上がりに気付き、試合に目を向ける。

 

 

「あ!織斑君、《零落白夜》を出しました! 一気に勝負をつけるつもりでしょうか」

 

「さて、そう上手くいくかな」

 

「またまた、そんな気にしていないような態度をしなくても、織斑君のこと──────」

 

「山田先生、日が空いたら組み手でもしようか。せっかくだ、存分に汗を流そう」

 

「……え」

 

 

露骨に青ざめる真耶に千冬が遠慮するなと言いながら押し通そうとする。何度か地雷に触れて遊んでいた友華だが、地雷を爆発させたのは無邪気に質問をかけた真耶だったらしい。

 

 

全力で断ろうとする真耶に友華は黙祷を捧げる。どうせ許されるだろうがそれでも怒られることに変わりはない。可哀想な同業者から助けを求める視線を送られたが、此方も狙いを向けられたくない友華は無情ながら切り捨てるしかなかった。

 

 

視線を戻すと、彼女は声を漏らした。

 

 

「あ、そろそろ動く気のようだよ」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

「これで───決めるっ!」

 

 

零落白夜を起動させた雪片を構える一夏。宣告を響かせると友に、地面を蹴り飛ばして加速を行う。狙いはラウラただ一人、彼女に向けて直進する。

 

 

突っ込んでくる一夏、ではなく。彼が持つブレードを見つめたラウラは不機嫌さを隠さない。本気で苛立ったように、彼女は吼える。

 

 

「触れれば一撃でシールドエネルギーを消し去るその力…………忌々しい。それは教官の、教官だけの力だ。貴様如きにそれは似合わない!」

 

 

ゾワッ! と、黒い機体の影が伸びる。四つのワイヤーブレードが上空から地面へ、直進してくる一夏を狙い降り注ぐ。

 

 

真上から貫こうと飛来するワイヤーの雨を掻い潜りながらも、ラウラとの距離を狭める一夏。しかし、ワイヤーブレード自体は牽制だ。ラウラにとっての本命は、AICである。

 

 

腕を伸ばし、動きを予測してから拘束しようとするが────それを見抜いたシャルルが妨害するように、ライフルで射撃していく。

 

 

意識が反れ、掴めない。伸ばした腕は移動を繰り返す一夏を捉えきれず、苛立ちを覚えたラウラは狙いをシャルルへと移し、レールカノンで砲撃を放つ。

 

 

避けるであろうと予測された一撃だが、予想に反し、シャルルは逆にラウラに向けて加速した。普通ならば回避できない一撃だが、あまりにも速い動きで躱していく。理由は明白、単なる加速ではないからだ。

 

 

 

「『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』……ッ!?馬鹿な!貴様に使えるはずが────」

 

「だって初めてだからね」

 

「ッ!?」

 

 

愕然とするラウラに、シャルルは所持していたショットガンの引き金を押し込む。鈍い衝撃が、六回、ラウラに撃ち込まれた。

 

 

何発かがレールカノンに直撃し、誘爆する。爆発から放たれたラウラはハイパーセンサーを起動させ、目の前に突撃してくるシャルルに気付く。

 

 

ショットガンも弾切れらしい、そのまま突撃しようとしてくるラウラは腕からプラズマブレードを展開する。迎撃するつもりであった。

 

 

 

(嘗めるな!所詮は第二世代!貴様の装備ではこのシュヴァルツェア・レーゲンを──────ッ!)

 

 

無意識な侮りが事前に確認していたデータを思い出し、一瞬で消え去る。あったはずだ、龍夜が相手になる場合に警戒して、ラウラにも忠告していたシャルルの装備。威力だけならトップクラス、そして相手の不意を打つことの出来る仕組み。

 

 

 

突如として、シャルルの装備していた盾が弾け飛ぶ。そこにあったのは、一際大きな杭が特徴的な武装。

 

 

六九口径パイルバンカー『灰色の鱗殻グレー・スケール』、通称―――

 

 

 

「『盾殺し(シールド・ピアース)』……ッ!」

 

 

焦りを見せたラウラはプラズマブレードを展開した腕をそのまま突き出す。武装を格納した手を差し向け、空間ごと掴む。

 

 

 

直前まで叩き込まれる筈であった杭が、ピタリと止まる。一か八かだが、AICは発動できた。パイルバンカーの先に意識を集中させて、停止させる事ができた。

 

 

「あと一歩だったが………残念だったな。貴様は!これで終わりだ!!」

 

空中で制止したシャルルに、反対の腕から展開したプラズマブレードを構える。身動きも出来ない彼女にトドメを差さんと、そのまま振り上げた。

 

 

 

 

直後に、一度も聞いたことない大声が響き渡る。

 

 

 

 

 

 

「─────馬鹿がッ! 後ろだ!!」

 

 

真剣な顔で叫ぶ龍夜。彼が何故自分の危機を叫ぶのか、どういう意味なのか、ラウラの中で疑問が生じた。だが、その理由はすぐに分かった。

 

零落白夜を発動させた雪片を、振り放つ一夏の姿。振り向いた瞬間、視界に見えた白い機体を纏う青年に、ラウラはどうすることも出来なかった。

 

 

エネルギーを消失させる絶対の一撃が、ラウラを切り裂く。シュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーが消失し、ISを強制解除させる兆候が見える。

 

 

 

 

誰もが終わりを確信したその瞬間────異変が起きた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

───遺伝子強化試験体C-0037。

人工的に合成された遺伝子から作られ、鋼鉄の子宮から生まれた生命─────ラウラ・ボーデヴィッヒと名付けられる前の少女はそうやって生まれてきた。

 

 

 

その名前自体も、他者から与えられたものだ。自分達を作り出した研究施設、そこを束ねる男によって。

 

 

 

『───ラウラ、か。死なせる兵器に名前など必要か』

 

『必要さ、ローグラン博士。彼女達はただの兵器ではない。命を持った人間のコピーそのもの。識別番号なんてものはもう不要だ。彼女達に人の名を与えた方が、なにかと都合が良い』

 

『………何故少女である必要がある?生体兵器としてなら男の方が価値は高いはずだ』

 

『────女の方が、やりやすいじゃないか。兵士としても工作員としても、女が一番使いやすい。それに、価値がない個体は売り捌けば、それなりの値段がする。経費が浮くじゃないか』

 

『…………下衆な考えだ、反吐が出る』

 

『君も私の考えを理解しないか。………まぁ良いだろう、私もスポンサーなだけだ。方針を決めるのは上層部であり、私ではない─────それでは、失礼させて貰うよ。生憎だが、私はそんな人形に構う暇などない』

 

 

日本人らしきやつれた男性がつまらなさそうに吐き捨てて、立ち去る。男が消えたのを見た髭の多い白衣の壮年の男は、何も言わずベッドに腰掛けていたラウラに複雑な視線を向けていたが、作業に戻る。

 

 

生まれてからすぐ、名を与えられたラウラの記憶であった。それから彼女の記憶に、無数の記憶が連想されるように流れ込んでくる。

 

 

常識など教えられるはずがなく、一番最初に教えられたことは、『祖国のために戦って死ね』という簡単な事実。ラウラ達はその事実を疑うことなく、受け入れた。

 

 

いかにして相手を傷つけ、殺せるか。どんな状況下で最適な活動を取れるか、敵を打ち倒すことが出来るか。その身に焼きつけるように、訓練で仲間に与える痛みと大人達から与えられる痛みが、あらゆる戦術と技術を学ばせた。

 

 

その中でも、ラウラは優秀だった。その才能は歴代トップクラスであり、誰からも高く評価されていた。

 

 

 

ISという、世界最強の兵器が出てくるまでは。

 

 

 

ISをより効率的に操作するために開発された『ヴォーダン・オージェ』、擬似的なハイパーセンサーとして効力を持つナノマシンの移植手術。失敗はない、命に別状はないし、身体に影響もないとされ、普通に行われたその手術は───ラウラの時に、不備が生じた。

 

 

金色へと変質した左目は制御不能の状態へとなり、それによりラウラはISの実用訓練にして遅れを取り、優秀から一転、最底辺へと落ちることになった。

 

 

諦められずに必死に訓練をしたりするが成果も出ず、ついにはどうにかなるかもしれないという期待を胸に自らの産みの親であるナノマシンやISに精通していた科学者 ドクター・シュバルツに頼み込んだが、無意味な結果であった。

 

 

『───もう、諦めなさい。君はもう兵器としての価値はない。その瞳はどうしようもない』

 

『で、ですが、私は………』

 

『軍部を辞めなさい。私が口添えしてあげよう。これ以上、君はここにいても意味がない』

 

 

その言葉は、ラウラにとって絶望そのものであった。

戦うことだけが自分の価値であった。その価値がないと言われたことは、崖下の闇に突き落とされたようなものだ。

 

 

ドクターの言葉も聞かず、ただ塞ぎ込んでいたラウラであったが、転機は突然起こった。

 

 

 

 

『───ドクターが言っていたラウラ・ボーデヴィッヒは、お前だな』

 

『…………誰だ?貴女は』

 

『これからお前の、お前達の教官になる───織斑千冬だ。最近は成績は振るんだろうが、一ヶ月で成果を出せるように鍛えてやる。なにせ、私が教えるのだからな』

 

 

それがラウラの憧れとなる、織斑千冬との出会いであった。同じ部隊の者達と同じような厳しい訓練を受け、彼女の教えにしたがってきた結果、IS部隊で一番の成績を残し、隊長へと昇格することになった。

 

 

しかし、彼女には喜びはなかった。最強の地位に戻れたことも、『出来損ない』の烙印を返上できたのも、どうでもよかった。

 

 

気付いた時には、憧れていた。織斑千冬という教官に、一人の人間に。圧倒的な強さ、凛々しさ、揺るぎない姿、全てに情景を覚えていた。

 

 

ふと、純粋な疑問を覚えたときがあった。迷いながらも、ラウラは自然と口にしていた。

 

 

『教官は、どうしてそこまで強いのですか? どうすれば強くなれますか?』

 

 

その時、振り返った千冬が優しい笑みを浮かべた。今まで見たこともないその姿に、ラウラの心が揺れ動いた。何故だか、分からなかった。

 

 

『私には弟がいる、父親がいる』

 

『弟、父親………ですか』

 

『あいつを、あの人の背中を見ていると、分かるときがある。強さとはどういうものなのか、その先には何があるのかをな』

 

『………よく分かりません』

 

『今はそれでいいさ。これからも、お前に分かる時が来るだろうからな』

 

 

それだけ言い、立ち去る千冬の背中を見つめていたラウラ。どれだけ考えても、答えは出なかった。どれだけ悩んでも答えは見つけられず、ついに千冬が帰国してからも、

その疑問を解くことは出来なかった。

 

 

 

 

数年が経って、そうであった。

軍の命令を果たし、少佐への昇格したというのにラウラは感情を動かさない。あの言葉の意味が、何故理解できないのかという事実が、分からない事が重要であった。

 

 

 

『───考え事ですか、ボーデヴィッヒ大尉。いえ、今は少佐でしたね』

 

 

突然前から掛けられた声に、ラウラの思考が絶ちきられる。慌てて顔を振り上げると、顔に大きな切り傷を残した軍服の男がそこに立っていた。その顔を見る間もなく、ラウラは気を引き締める。

 

 

『ドレイクホーン………大佐ッ!?』

 

 

ヴァイアス・ドレイクホーン。ドイツ軍の大佐、元々は十年前の第三次世界大戦で活躍したドイツの英雄の一人だが、昇進せずにずっと大佐を勤めている働き者───ラウラは知らぬが、裏では変人と呼ばれている人物でもある。

 

………随分な噂が流れているらしいが、興味すらない話であった。

 

 

千冬がいないドイツ軍で、ラウラの何度も世話になっていた上官である。実力も申し分ない現役の英雄に、ラウラはすぐさま敬礼を取る。

 

 

『ッ!申し訳ありません!気が緩んでおりまして───』

 

『いえ、構いませんよ。今回は君の昇任に関してお祝いを伝えに来たのですから………上司として、君の活躍は喜ばしいものです。織斑教官も喜んでいるでしょう』

 

『…………そう、でしょうか』

 

『おや、どうかしましたか………君がよければ、相談でも乗りますよ』

 

 

千冬のように憧れはしていたが、軍人としては評価している人物。上官からの優しさをむとくに出来ず、ラウラは自分の悩みをヴァイアスに明かした。

 

 

 

 

───それが、正解だったのか。少なくとも、今の自分はそうだと思っていた。

 

 

 

『………ふむ、なるほど────申し訳ない、私にも分かりかねる話ですね』

 

『…………いえ、大佐は悪くありません。私の問題でありますから』

 

『……………その件に関して、助力できませんが。別のことなら教えられますよ』

 

『別のこと?』

 

 

『第二回「モンド・グロッソ」、覚えています?』

 

『え、えぇ。忘れるはずもありません。教官が優勝を取り逃した大会。不戦勝だと聞いていましたが………』

 

『────アレ、弟さんが原因らしいですねぇ』

 

 

 

………………………、は?

 

 

『決勝戦前に誘拐されて、織斑教官は弟さんを助けるために辞退したらしいです。それが理由で国内では織斑教官へのバッシングばかり、帰国早々罵声を浴びせられたとも聞いていますね』

 

『な、なんですか………それ』

 

 

言葉を失うラウラに、ヴァイアスは言葉を続ける。心の揺らぐラウラを追い込むように、彼女の意思を作り出すように。

 

 

 

『私としても、織斑教官は素晴らしい人間ですよ。あれだけの強さ!あれだけの力!まさに人類の頂点に立つような存在!彼女のことを知った時、私もあの強さに焦がれましたよ!かつての君のように!』

 

 

『ですが!彼女の強さは衰えてしまう!生温い島国では、戦場ではない場所では!彼女の強さは世界最強ではなくなってしまう!私としても心苦しい話だ、君は私よりも辛いでしょう!!』

 

 

『強さこそが全て!力こそが絶対!君があの強き人に憧れたのであれば、強き彼女が失われてはいけないだろう!?ならば、君も力で止めるべきだ!織斑千冬を衰えさせる弟、織斑一夏を倒すことで!君の求める織斑千冬を取り戻せばいい!』

 

 

 

────そうだ、そうだった。

 

 

記憶の中にある言葉を噛み締め、ラウラは思い出していた。自分の行動理念を、存在証明を。

 

 

 

負けるわけにはいかないのだ。あの人の強さを取り戻すためにも、あの人が変わらなくなるためにも。

 

 

────敗北させると、決めたのだ。あれを、あの男を、私の力で!完膚なきまでに叩き伏せると!その為の力を、力が──────!

 

 

 

 

 

 

 

『─────力が、欲しいか』

 

 

カツン、と、足音が響く。聞こえるはずのない空間の中で、誰かが歩いていた。

 

 

 

黒一色のロングコート。無機質な灰色の仮面で顔を隠した、男と思われるナニか。それを人間だとは、ラウラは思えなかった。人の形をした別の存在、と感じたのは間違いだろうか。

 

 

硬直するしかないラウラに、それは言葉を紡ぐ。心身的に不安定なラウラを、誘惑するように。

 

 

 

『織斑一夏、あれを圧倒する程の力が。織斑千冬のような、絶対的な力が─────望むならば、我が手を取れ。お前の望む力を、与えてやろう』

 

 

 

その言葉は、ラウラにとって危険なものであった。力を求めていた彼女にとって、これ以上にない誘い文句だ。恐怖心すら打ち破る程の渇望が、仮面の男の手を掴むことを望んでいた。

 

 

 

 

────寄越せ!あの人のようになれる絶対的な力を!強くあれる力を、私に!

 

 

 

 

 

そして、その手を掴んでしまった。

 

 

 

 

目の前にいる存在が────どれだけ恐ろしいものか、何を考えるかも知らず、彼女の意識は暗闇へと沈んでいく。

 

 

 

 

 

 

『Valkyrie Trace System────update boot』




オリキャラが………オリキャラが多い………()


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第19話 偽物の戦乙女

原作でもよく言われていた所ですが、自分なりに変えてみました。よろしくお願いします。


「あ、ああああああああああッ!!!」

 

 

突如、ラウラの口から身を裂かんばかりの絶叫が響く。連動するように、解除されようとしていたシュヴァルツェア・レーゲンから激しい電撃が発せられ、一夏とシャルルの体が吹き飛ばされた。

 

 

 

「一夏!シャルル!───っ!」

 

 

二人の名を叫んだ龍夜も、足を止める。目の前で起きていた光景に、意識の全てが集中していた。

 

 

ラウラのIS、黒い機体が崩れ落ちる。バラバラに分解されていくのではなく、一瞬でその形がぐにゃりと歪む。黒い装甲の全てが液体金属のように溶け、足元に沈む。

 

 

それだけに終わらず、彼女へと集まった粘着質な黒い液体が、全身を包み込もうとしている。ラウラ本人も抵抗する意思が見られず、不気味な闇に呑まれていくのは一瞬であった。

 

 

「何だ………アレは───」

 

 

空へと浮かんでいく黒い液体の塊。心臓の鼓動のように脈動するそれの異変に、龍夜は言葉を失う。一夏達も、観客席にいる全員もそうだったはずだ。

 

 

だが、いち早く龍夜はその異変の正体に気付く。

 

 

(変化している……?シュヴァルツェア・レーゲンを別の機体へと上書きしているのか!?)

 

 

地面に降りた黒い塊に、不気味な文字列が浮かぶ。『Flame making』『Trace complete』『System Control Over』、と提示された英単語の羅列はノイズが走ったのように消えていき、それから黒い闇が大きく破裂する。

 

 

ほぼ裸のラウラだが、彼女の存在を覆い隠すように闇が殺到する。液体が再び固まり、装甲を形成していく。一瞬で変化したその姿に、見覚えがあった。

 

 

騎士のような姿をした黒い全身装甲(フルスキン)。そして彼女の持つあの刀型のブレードは────

 

 

 

「………《雪片(ゆきひら)》」

 

 

現在は一夏が使用し、そして今は引退した千冬が現役の際に使用していたとされる武装。

 

 

何故、そんなものを持っているのかは分からない。ただ一つ、理解できるのは─────ラウラ本人の自我はないということだけ。

 

 

そして、黒いISが動いた。狙いはただ一人、《雪片弐型》を構えながら睨みつけている一夏であった。

 

 

駆け出し、懐へと飛び込む黒いIS。左手を添えた刀を引いて構え、腰を深く落とす姿勢。居合いから放たれるのは、一閃。その動きを見た一夏は信じられないような顔をして、僅かに意識が揺らぐ。

 

 

「ぐうっ!?」

 

 

それにより、構えていた《雪片弐型》が勢いよく弾かれる。遠くへと飛んでいく刀を呼び戻すことも出来ず、追撃を返そうとしてくる黒いISの攻撃を避ける一夏。

 

 

かろうじて避けられた一夏だが、その体から白式が消失する。先の戦闘でエネルギーを消耗しすぎたのだ。光となって霧散するISの粒子の中で、一夏は口を閉ざす。

 

 

 

 

 

 

 

「………が、どうした」

 

 

否、噛み締めていた。

 

 

「それがどうしたああぁぁっ!!」

 

 

生身のまま、一夏は駆け出した。その顔は激情に染まり、その声には強い怒りが滲んでいた。引き裂けん程に拳を握り締め、振り上げた一夏に黒いISは反応しない。驚異ではないと判断しているのか。

 

 

だが一瞬。フルフェイスのラインアイ・センサーが点滅する。ギギギ、と機械的な動きをしながら片腕が動く。乱雑な動作で刀を掴んだ手が振り上げられた。

 

まるで意思を乗っ取られたかのように、一夏に刀を叩き下ろそうとしていた。

 

 

 

 

しかし、直後。

 

 

 

 

金属と金属が、衝突する音が鳴り響く。

黒いISに殴りかかろうとしていた一夏の足は止まり、その場に立ち尽くす。凄まじい速度で間に入ってきた存在により、仰け反ってしまったのだ。

 

 

そして、黒いISの一刀を受け止めた存在こそが。一瞬で加速してきた《プラチナ・キャリバー》『アクセル・バースト』フォームを纏う、龍夜であった。

 

 

 

「何を───考えてんだ!お前はッ!」

 

 

後ろにいる一夏に声を荒らげる龍夜だが、余裕なんてものはない。目の前の存在は刀を構え、容赦なく斬り上げてくる。何とか右手の光剣で受け止めたが、次いでもう一太刀放たれようとしていた。

 

 

「ッ!」

 

 

だがそれより先に、龍夜が左手を振るう。胴体で隠すように持っていたものを、攻撃しようとしている黒いISの眼前へと投げつけた。投擲物の存在に気付いたそれは攻撃のための一刀で飛来してきたものを両断する。

 

 

二つに切り分けられた───弾の切れていたショットガンを盾にするように、龍夜は加速する。背中の鞘に装填した剣の柄のトリガーをガチリと握る。

 

 

 

エネルギーが、一気に刀身へと収束していく。

 

 

 

 

【OVER ENERGIE DISCHARGE!】

 

 

「────“ソードエッジ・ストライク”ッ!!」

 

 

鞘から抜き放ち、三日月のように弧を描く斬撃を放つ。エネルギーを帯びた斬撃は黒いISに着弾し、そのままアリーナの壁に激突させる。

 

 

思わず、舌打ちが漏れる。

仕留められなかった。ハイパーセンサーが砂煙の向こうにいる黒いISが無傷であることを証明していた。さっきの不意打ちすら刀で受け止めたのだろう。あそこまで反応できるのは流石に予想外だ。

 

 

背中の鞘を、剣ごと分離させる。固定具が外れる音が響き、銀色の装甲が光の粒子へと変わる。生身に戻った龍夜は解除された『プラチナ・キャリバー』を片手に─────動く。

 

 

 

 

 

 

今にも飛び出しそうな一夏の手首を掴み、地面に押さえつけた。

 

 

「…………何を考えてる」

 

「───離せ!クソッ!許さねぇ!ふざけやがって! ぶっ飛ばしてやる!!」

 

 

凍て刺すような冷えきった怒気を伴う声に、一夏は気にしてない。目の前が見えていないのか、黒いISへ激しい敵意を向けている。道理で素手で殴りかかるわけか。

 

 

だが、話が通じない苛立ちが沸き上がってくる。感情的に突っ込もうとする一夏は自分の話を素直に聞くつもりはないかもしれないし、聞いたとしても聞き入れる保証はない。

 

 

このまま絞め落として、気絶させるか。そう考えた龍夜の手が僅かに動いたのは、次の言葉を聞いてからだった。

 

 

 

「あれは千冬姉の!あの人だけの技なんだ!アイツが、あの姿で、あの武器を、あの技を使っていい筈がない!!」

 

 

ようやく、納得できた。

何故一夏があそこまであの黒いISへの怒りを覚えたのか、周りが見えなくなる程に感情的になっているのか。

 

 

アレが使っているのは、織斑千冬の技なのだろう。アレが使う刀は、織斑千冬の武器を模倣しているのだろう。複写(トレース)、とはよく言ったものだ。憧れでもある最愛の家族である姉を、あんな形で模倣されたからこそ、一夏はここまで激昂している。

 

 

理解したからこそ、龍夜は腕の力を緩める。手首を押さえる指は離し、そのまま飛び上がろうとする一夏の胸ぐらを持ち上げ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────握った拳で、頬を殴り飛ばした。

 

 

「っ!何すんだ!」

 

「───いい加減にしろよ、お前」

 

 

殴られたことで、彼の怒りが黒いISから龍夜へと向く。抗議の眼差しを向ける一夏に、目を細めた龍夜は低い声で呟く。胸ぐらを掴み上げたまま、続けるように口を開く。

 

 

「織斑千冬を模倣したあれが許せないか?織斑千冬の技を模倣するあれが許せないか?………生憎、お前の怒りがどれほどのものかは理解できない。俺が思う以上の理由があるんだろうが関係ない─────今この場で、戦う理由を履き違えるな」

 

 

自分が思う以上に熱くなっているらしい。口を開く度に言葉に強い熱が籠っていく。

 

 

「最優先に考えるべきは!ラウラを救うことだ!アレがアイツの望むものではないことは確かだ!本人の意思も自我もない!あのISに縛られたアイツを止めることが最も重要だ!…………それと、一つだけ言わせろ」

 

 

しまいには、《プラチナ・キャリバー》を持っていた手を離し、同じように胸ぐらへと手が伸びる。両手で一夏の胸元を掴んだ龍夜は、感情的に強い声を張り上げていた。

 

 

 

 

「───自分の命を軽く見るなッ!お前を想う奴等がいることを理解して行動しろ!この馬鹿ッ!!」

 

 

それだけ言うと、一夏は黙って聞いていた。抵抗なんかせずに、瞳に滲んでいた怒気は鳴りを潜めている。胸元から両手を離すと、膝をついた一夏は頭をかく。ボサボサ、と髪を乱雑にかきむしった後に、申し訳なさそうに頭を下げてきた。

 

 

 

「…………悪い、龍夜。冷静じゃなかった」

 

「謝るな。俺もお前を殴ったんだ。お互い様だ」

 

「………二人とも、もう大丈夫?」

 

「あぁ、恥ずかしいところ見せたな。シャルル」

 

「────それよりもだ、一夏。聞きたいことがある」

 

 

ひっそりと、近くに来ていたシャルルと一夏を睥睨し、龍夜が《プラチナ・キャリバー》の剣先を向こうにいる黒いISへと向ける。奴自身、武器を向けられているにも関わらず、此方に反応すらしない。ある程度距離が空いているからか。

 

 

奴から攻めてこないなら丁度いい、と思った龍夜が一夏に聞いた。

 

 

 

「アレについて話せ。織斑千冬の技がどうとか言ってたな。つまり奴はそれをコピーしてると言いたいのか」

 

 

相手を待っているのか、攻撃する相手に反応するのか、直立している黒いISを睨み、一夏は苦々しい顔で言う。

 

 

「あぁ、何度か見てるから間違いない。アレは千冬姉の技や動きだ。多分、モンド・グロッソの時だと思う………あいつ、当時の千冬姉の技や動きを再現してるんだ」

 

「織斑先生の………全盛期を!?」

 

「───いや、それはない」

 

 

驚愕するシャルルの呟きを否定する。確かにあれの強さは普通ではない。かつての織斑千冬の戦闘パターンをトレースしているのであれば、今までの相手とはレベルが違うだろう。

 

だが唯一、致命的な部分が奴には存在しない。織斑千冬を最強足らしめる要素の一つ────

 

 

 

 

「織斑千冬の意思が、心がない。単なるコピーだ」

 

「………龍夜の言う通りだ。あんなの、千冬姉の足元にも及ばねぇ」

 

 

『プラチナ・キャリバー』を握り直し、一歩前に出る。振り返り、一夏とシャルルに告げる。

 

 

「奴は俺が倒す。お前達は下がっていろ………それで構わないな?」

 

「分かってる。あんな風に説教されて、我が儘言える程自分勝手じゃねぇさ」

 

 

さっきの事が身に染みているのかアッサリと引いた一夏、シャルルも二人の顔を見て静かに頷く。立ち上がり、その場から離れていこうとその時、一夏が声をかけた。

 

 

「龍夜」

 

 

「何だ?」

 

 

「───勝てよ」

 

 

「誰に物を言ってる」

 

 

軽口を交わしてから、すぐに前を見る。避難する二人を見届けることはしなかった。やるべき事を、果たすべき事を、実行するために。前へと歩みを進め、黒いISとの距離を詰める。

 

 

 

 

「────待たせたな」

 

 

足を止め、黒いISに向き直る。それは龍夜が持つ武器に警戒しているのか、刀を前へと突き出し、姿勢を整える。持ち上げた剣の柄を握る手に力が入る。今まで迷っていたが故に、この剣が何のためにあるのか、信じていいのか疑っていた龍夜だが、今は違った。

 

 

 

「─────《プラチナ・キャリバー》、俺はお前を信じる」

 

 

「お前が何であろうと、俺が、俺達がするべき事は変わらない。俺はお前と共に最強に至る」

 

 

 

「奴はその前座だ。あの黒いISを潰して、ラウラを助ける。それが俺達の今回の目標だ。やれるだろ?」

 

 

口にしていると、剣の宝玉の光が強まる気がした。己の言葉に呼応しているかのように、反射した光がキラキラと輝く。

 

 

自然と、不適な笑みが溢れる。目の前の敵を見据える時には、その様子を消し、本格的に戦意を伴う顔つきに変える。《プラチナ・キャリバー》を右腕に固定させ、告げた。

 

 

 

 

「─────キャリバー、装着」

 

 

形成された鎧が、全身を覆う。『ナイト・アーマー』フォーム。重装騎士のような見た目と、展開した装甲による形を変えた『銀光盾(プラチナ・シールド)』と、同じように装甲を取り付けた大剣を両手に、顔を隠すフルフェイスの奥底で、彼は一息つく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「決着、今つけるぞ。ラウラ」

 

 

背中のブースターで加速し、地面を滑るように突貫する。『銀光盾』を前に突きだし、初撃として打ち込まれた一刀を受け止める。刃と盾が接触し合い、火花を散らしていく中、龍夜は盾から手を離した。

 

 

ダンッ! と、盾の横から回り込むように、大剣による軽い一振を放つ。装甲の一部を削る攻撃に、無機質ながらも黒いISは振り返り様に振り上げた斬撃で迎え撃つ。

 

 

 

しかし、その一撃は鎧で受け止めた。右腕に取り付けられた手甲が刃を不覚まで食い込ませていたが、内側までは届いていない。刀を引き、次の動作に入る前に、龍夜は壁のように配置していた盾へ右手を伸ばす。

 

 

意思を持ったように、『銀光盾』がロケットのように空を翔る。再び右腕に固定された瞬間に、龍夜はそのまま盾を水平に構え────打ち付けるように、付き出した。

 

 

営利な盾の先が、黒いISに直撃する。目に見えてよろけたが、目立った損傷はない。理由は単純、一瞬で再生しているからだ。溶けた装甲が形を変え、元に戻るように。

 

 

(物理が、効かない!液体状に変化して修復している!やはりアレを破るには高火力による突破、だが中身のラウラが無事である保証はない!

 

 

 

 

 

 

ならば、まずは奴とラウラを分離させる!)

 

 

結論は付いたが、そう上手くいく話ではない。ISだけを無事解除させるなんて芸当が出来るのは一夏だけだ。アイツのISがまだ動かせたら問題は単純だったが、エネルギーのないアイツを出す訳にもいかず手詰まりに近い。

 

 

しかし、可能性はある。ラウラを無傷で、あの黒いISから引き剥がす手段が。

 

 

(その為にも────奴を弱らせる!対人に特化したその技で対処できない程の圧倒的な威力で)

 

 

決意するや否や、『銀光盾』に接続された鞘に剣を押し戻す。トリガーを押さえ、分離させた剣を背中に固定させる。

 

 

 

「キャリバー!装動!」

 

 

光となって消失した鎧の代わりと言うように、装甲がその身を包み込む。背中に展開された四枚の羽のような大型バインダーが特徴的な『アクセル・バースト』にフォームチェンジを終えた。

 

 

背中の鞘に剣を仕舞う龍夜は軽く持ち上げた剣を、再び鞘へ差し込む。光が宿る剣から手を離し、両腕を振り上げる。

 

 

【ENERGIE CHARGER!】

 

 

バチバチ! と全身に力が流れ込んでくる。何時のように剣にエネルギーを蓄積させるのではなく、全身に行き渡らせているのだ。剣を使わず、もう一つの武装を使用するために。

 

 

 

事前に確認していた詠唱式を、躊躇うことなく口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────咲け!『アヴァロン・フェアリス』!」

 

 

背中の大型バインダーが、音を立てて分離する。四枚の羽が自我を持ったように龍夜の周囲を旋回する。複数の花弁であるかのように。

 

これこそが、《プラチナ・キャリバー》に搭載された特殊兵装の一つ、『アヴァロン・フェアリス』である。

 

 

 

「…………ふんッ」

 

 

両手を払った途端、攻撃の合図と判断したのか四枚のバインダーが動き出す。背中に回ったと思えば円の形を作り、激しく回転していく。

 

 

増幅されたエネルギーを収束させた四枚の羽が、そのまま解き放つ。回転を繰り返しながら放たれた閃光は、爆弾のように固体化されたエネルギーそのものであった。

 

 

鱗粉と言うべきか、降り注ぐ光の雨に、黒いISは対処らしき行動は取れなかった。そのまま爆撃を直で受け、激しい損傷を負うことになる。流石の再生力も追い付かないのか、装甲が弾き消されていく。

 

 

明らかに弱まった相手の動きを確認し、高速で接近する。弾幕に当てられ、反応が遅れた黒いISに目掛けて伸ばした手で、顔を覆い隠すバイザーに触れた。

 

 

「────ッ!」

 

 

指先で装甲を押さえ、飛びついた龍夜は腕に集まるエネルギーを増幅させる。指先から伝わっていくエネルギーは黒い機体に浸透していき、その動きを完全に停止させる。

 

 

力そのものを腕に内蔵されたナノマシン型のマニピュレーターで機体そのものにハッキングを掛ける。狙いはただ一つ、この機体にラウラとの接続を分離させること接続さえ絶てば機体の方からラウラを放出することになる。

 

 

深く、より深く、機体のシステム内部に力を送り込む。上手く行っていたその時、頭に何らかの情報が流れ込んできた。単なるデータではないものに困惑していたが、すぐに正体を理解する。

 

 

 

「ッ!?これは───ラウラの記憶、かっ!」

 

 

投影された記憶に半ば納得する。同時に、彼女の思いが、情報量の波となって押し寄せてくる。苦々しく顔を歪めたのは、情報が多い訳ではなく、彼女の心らしきものが見えてきたからだ。

 

 

織斑千冬への絶対的な憧れ。絶望的な状況下に陥っていた彼女はあの人に救われ、純粋な尊敬と憧憬を覚えていた。しかし、自分を保てぬ不安と外部からの作為により、それは心酔となった。自分自身に意味を持たせたいがために、矛盾に気付く心を無理矢理に押し殺して。

 

 

それが、ラウラ・ボーデヴィッヒという少女であった。彼女がどんな状況で生きてきたのか、どんな世界を見ていたのか、それを見た上で────

 

 

 

 

 

 

 

「────知ったことかッ!」

 

 

関係ないと、声を張り上げた。同情なんかしない。憐れみなんかしない。それよりも先にやるべきことがある。理想だけを見て、今も無意味な虚像に縛られている少女、虚像から引きずり出すのみ。

 

彼女が何を考え、彼女がどんな現実にうちひしがれるかなど興味などない。

 

 

 

救うと決めたのだ。助けると明言したのだ。そんな事すら守れなければ、自分は天才を名乗る資格などない。少女一人救えない自分に、世界を変える程の、最強になれるはずがない。

 

 

だから、自分勝手な傲慢を通す。ただ一人の少女を救い出すという、合理的ではなく、感情的な理由で。

 

 

 

 

「────これで!終わりだ!!」

 

 

 

バヂンッ!!

 

一際大きな電撃が、黒いISに走る。その瞬間、液体のように淀んだ機体の中から、銀髪の少女が姿を見せる。這い出た途端に崩れ落ちそうになる彼女を、もう片方の腕で支える。

 

 

 

頭部を押さえていた手を離し、両手でラウラを抱き抱える。意識が朦朧としている彼女を見て、小さく笑う。無事であることを確認し、安堵したように。

 

 

 

 

だが、その後ろで。

泥のように崩れていた黒いISのなれの果てが揺れ動いていた。形が不安定になっていく刀を振り上げ、最後の悪あがきとでも言うように、龍夜に一太刀与えようとする。

 

 

それに気付いていながら、龍夜は振り返らない。呆れたような、冷たい声音で告げる。

 

 

 

「言ったはずだ────終わりだ、と」

 

 

瞬間、黒いISのなれの果てが爆発音と共に弾け飛んだ。龍夜が接触した際にハッキングしながら流し込んだエネルギーが、過剰なまでに増幅していたのだ。機体自体が限界を迎える程の量まで倍増させたシールドエネルギーにより、黒いISは自滅のような形で幕を下ろした。

 

 

抱き抱えられたラウラは意識を失ったのか、静かに寝入っていた。そんな彼女の姿に何を思ったのか、ボソリと囁くように呟いた。

 

 

 

 

「…………決着は、次にするか」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

気が付いた時、ラウラは何処かの家の中にいた。彼女自身、こんな家は見覚えがない。生まれが特殊であり軍人でもある彼女は普通の家など知らず、常に冷たい部屋で自主鍛練に明け暮れていた。だからこそ、この環境に不安を抱いてしまう。

 

 

周りの様子を確認しようと、辺りを見渡すラウラ。そして、その視線がピタリと止まる。

 

 

リビングらしき一室で、一人の少年が静かに本を読んでいた。分厚い本を黙々と読んでいる少年が視界に入ったその瞬間、ラウラは目を疑った。

 

 

 

「───蒼青、龍夜!?」

 

 

その子供と、青年の姿が綺麗に重なる。歳は離れているが、本人であるのは間違いない。子供ながら、似た風格を醸し出している。

 

 

だが、すぐさまおかしいと判断した。何故子供の姿をした龍夜がいるのか、という疑問も浮かぶが、目の前の少年が近寄りがたい圧を剥き出しにしているのも気になった。

 

最近行動を共にしていた龍夜もそんな雰囲気はあったが、ここまで露骨ではない。この少年のそれは、自分以外の全てを軽蔑し、唾棄するような純粋な嫌悪と侮蔑が込められている。下手すれば、学園転校時の自分以上かもしれない。

 

 

それ以上に。よく考えれば気付けたかもしれない。何故あの少年が自分に意識を向けてこないのか。思考が疑問を抱こうとしていた、その瞬間。

 

 

 

 

 

 

『───龍夜、今日も学校休んだのか?』

 

 

ラウラの後ろから声が響いた。不思議と気の抜けたような一声。だがラウラにとっては思考の全てを振り切る程の事であった。他人に後ろを取られた、すぐさま対処に動こうとした彼女だが、

 

 

 

 

 

振り返り際に、歩いてきた男が彼女の体を通り過ぎた。

 

「ッ!?」

 

 

そこでラウラは自分が実体を持たない思念体らしき状態だと実感した。戸惑う彼女を他所に、男は少年の前に向き合うように腰掛ける。少年は男の顔を見るなり、表情を緩和させた。

 

 

『………お父さん』

 

『おう、龍夜。早速だが今日はどんな本読んでるんだ?パパも読めるヤツか?』

 

『……………相対性理論の本』

 

『そう、たい────せい?』

 

 

気さくに声をかけてきた一方で、龍夜の読む本に目に見えて絶句した父親。しかしそれは息子がそんな難しい本を読んでることにではなく、そもそも単語の意味すら理解できてない絶望的な顔だった。

 

 

この父親、息子とは違い、学問が苦手らしい。相対性理論の仕組みを理解しようと必死に龍夜と一緒にページを読み漁っていたが、数秒後には脳がショートしたらしく硬直していた。

 

 

 

───何なんだ、と呆れ返るラウラ。そんな彼女の前で、世界が歪む。いや、切り替わったというべきか。

 

 

 

家の中は賑やかになっていた。龍夜と父親以外の人間が他にも何人か増えている。

 

会話や状況から把握した限り、何処か落ち着いた様子の母親、大和撫子と言うよりも何処か男勝りしたような長女、彼女と婚約関係にあるらしい無口ながら千冬を連想させる覇気を有する義兄、そしておっとりした穏やかな次女。家族構成はそれだけらしい。

 

 

彼等はテレビを見ながら、楽しく談話していたが、ニュースの内容に眉をひそめた父親が口を開いた。

 

 

 

『────にしても、世界は変わったなぁ』

 

『………そうですよね』

 

『八神博士の開発していた兵器から一転、時代はISか。戦争で役立ったからと言って、今度はISも兵器として運用するのか』

 

 

母親と長女が不服そうにニュースに映るISを見据えている。口には出さないが、義兄も同じであった。

 

 

だが、龍夜だけは違った。テレビに映るISのニュースに本格的に不機嫌になり、口の奥で歯を砕きかねない程に噛み締めている。

 

そんな彼に気付いたのか、父親は龍夜の頭に手を置いた。優しく撫でる父親はパチクリと目を開く龍夜に笑いかけた。安心させるような優しい声で。

 

 

『心配するな、龍夜。ISを軍事兵器として利用なんかさせない。確かにISは世界を救ったが、人を殺すためにあるものじゃない。これからも俺達が皆に話をつけてくるさ』

 

 

そんな父の隣で頷く母。二人を見た龍夜はコクリと首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、外国へと出張した二人は死亡した。突如として現れた漆黒のISに殺される映像と写真を見つけ出した龍夜は静かに凝視していた。その瞳は揺らぎ、煮え滾る灼熱の憎悪を映していた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「見つけたぞ、ラウラ」

 

 

転換した世界で、二人は対面していた。ラウラは知らなかった。今現在、龍夜が黒いISにハッキングを行い、ラウラの意識に接続していたこと。それが理由で二人の意識から互いの記憶が流れ合い、互いに実感したということに。

 

 

────アレが、お前の家族か

 

「………見たのか」

 

────悪かったな

 

「俺もお前の記憶を見た、責めるつもりはない」

 

 

自然と敵意を覚えない。どこ悟ったような口調で、ラウラは呟く。

 

 

────お前は、どうしてそんなにも強い?

 

「………何だ、いきなり」

 

────何故そこまで強くあろうとするんだ?

 

 

 

「────決まっている。復讐の為だ」

 

 

断言した。躊躇うことなく、迷うことのない言葉。1ミリも口ごもることなく、彼は即答してみせた。

 

 

「両親を殺した漆黒のIS、それに乗る敵。奴を殺してようやく、俺の復讐は果たされる。その為なら俺は誰よりも強くなる」

 

───────、

 

「…………だが、理由はもう一つある」

 

 

────それは、何だ?

 

 

「この世界を変える。誰かが笑えないことばかり多いこの世界を、俺がこの手で変える。その為に強くなる、誰よりも。織斑千冬よりも。

 

 

 

 

 

それが両親との約束だ、世界をより良い方に変えようとして、出来なかった両親の夢を叶えることが」

 

 

そんな風に話す龍夜は自然な笑みを浮かべていた。それは前に千冬が見せたものと同じであった。

 

 

────なら、どうしたらお前のように強くなれる?

 

 

「知るか。理由くらい、自分で考えろ。他人に与えられた理由じゃなくて、お前が望んだ理由をな」

 

 

────私が、望む?

 

 

「まぁ、それくらい好きにしろ。話はこれで終わりだ」

 

 

龍夜が告げた瞬間、世界が消え去る。二人の意識も深い闇に落ち、対話は終了した。

 

 

 

今回の事件はそれで一段落ついた。後は、幕引きの話となる。




次回でこの章は終わりで、次の章にいきますね。


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第20話 後日の話

タイトルに捻りがない。-114514点(華麗にスベる)


「う、ぁ…………」

 

 

閉ざされたまぶたが開いた途端、眩しい光が視界を覆う。ずっと暗闇にいたような感覚なので、窓から照らされた光に慣れるのはすぐにはいかない。

 

 

意識を覚醒させたラウラはベッドの中にいた。何故ここにいるのか、という疑問が生じる。自分の記憶にあるのは一夏とシャルルのタッグに負けた直後と、それから龍夜との短い対話だけ。

 

その間の記憶だけが思い出せない。ぽっかりと開いた空白は、抜け落ちたというよりも最初から存在しないようなものだった。

 

 

戸惑っていたラウラだが、そんな彼女の脳裏に過る考えを遮ったのは、自分に掛けられた一声だった。

 

 

「ようやく気がついたか」

 

 

「教、官………」

 

 

「織斑先生と呼べ、と言っているだろう」

 

 

言葉を失い硬直するラウラに、千冬は落ち着いた様子で呼び方について正す。いつもの調子で叩いたりしないのは、彼女が寝込んでいたのを配慮したものだろう。

 

 

恩師と対面してからようやく、敬礼を忘れていたことに気づく。同時に、この人なら何か知ってるかもしれない、と。

 

 

「教官!私は何が────ッ!」

 

「無理をするな。全身を無理矢理動かされたことで筋肉疲労と軽い打撲がある。場合によってはこれ以上酷くなる可能性があったが、今回はしばらく動けないだけで済んだ」

 

 

咄嗟に身体を上げて起き上がろうとした途端に、全身に強めの痛みが走る。苦痛に顔を歪めるラウラ、しかし彼女は千冬の説明を受けても尚、納得した様子ではなかった。

 

 

 

観念したのは千冬の方であった。

 

 

「………一応、今回の件は重要案件だ。ここだけの話だと理解して聞くといい」

 

 

それだけ言うと、千冬は言葉を続ける。まず最初に、彼女はとある単語を紡ぎ出す。

 

 

「VTシステムは知っているな?」

 

「は、はい。………正式名称はヴァルキリー・トレース・システム………過去のモンド・グロッソの部門優勝者(ヴァルキリー)の動きをトレースするというシステムで、あれは確か────」

 

「そう、国連の取り決めたIS条約で世界中の国家・組織・企業の全てに研究、開発、そして使用を禁止されている。それがお前のISに搭載されていた」

 

「…………」

 

 

今でもその事情が読み込めずにいる。だがこの場にない自らの機体、シュヴァルツェア・レーゲンの存在が欠けている事が証拠の一つであった。自分の機体に使用禁止のシステムが組み込まれていたという信じられない事実に、ラウラはあまり戸惑わなかった。

 

 

「ただ使用されていたなら事態解決は早く済んだが………厄介な問題が分かってな」

 

「厄介な、問題?」

 

「お前の機体に組み込まれていたVTシステムは改良型だった」

 

「改良型………ッ!?」

 

 

話した通り、VTシステムは違法と判定されたシステムであり、開発、使用は勿論、改良するなど許されるはずがない。困惑するラウラを他所に、話は続く。

 

 

「本来VTシステムはトレースされた者の動きや対応をコピーしているもので、それに応じた自立的に動くシステムだ。だが、あの改良型は違った。私のデータを投影されていながら、生身の人間を殺そうとしていた動きがあった。───その後、遠隔操作だった事が判明した」

 

「………っ」

 

「機体内部に巧妙に隠されていた。普通にメンテナンスしていてはアレに気付けないのも仕方ないがない話だ。操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、そして何より、システムをコントロールする者の承認と、操縦者の意志………或いは、願望か。それらが揃ってようやく、発動する仕組みであったらしい」

 

 

それだけの言葉を聞き、ラウラは視線を下げる。シーツを握り締める手を開き、掌を見つめている。

 

 

彼女の脳裏に、記憶の一部が流れ出した。重要なデータだけを再生させるように。

 

 

 

『強さこそが全て!力こそが絶対!君があの強き人に憧れたのであれば、強き彼女が失われてはいけないだろう!?ならば、君も力で止めるべきだ!』

 

 

「私が、望んだからですね………」

 

 

憧れてはいないが、信じていたドレイクホーン大佐。今思えば自分は彼の言葉に誑かされていたのだろう。そして、強さを履き違えて、自分勝手な理想に溺れた。だからこそ、手を取った事にも気付かなかったのだ。

 

 

───織斑千冬になることを、望んだという事実に。

 

 

 

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 

「は、はいっ!」

 

 

突如として、強い声で名前が呼ばれる。驚きよりも先に身体が引き締まる。俯かせていた顔を上げたことで、真剣な千冬の瞳に自分の顔が写る。

 

 

呆然としていたが、短い問いが投げ掛けられた。

 

 

 

「お前は誰だ?」

 

 

「わ、私は………。私………は、………」

 

 

どれだけ考えても答えられなかった。

 

自らを空っぽと定め、自分自身を捨ててまで憧れの人になろうとした少女。そうである自分は、一体誰なのか。ハッキリと明言することも出来ず、彼女はその事実に対しただ迷うことしか出来なかった。

 

 

「誰でもないのならちょうどいい。お前はこれからラウラ・ボーデヴィッヒになるがいい。何、時間は山のようにある。学園で三年、人生は数十年。そのくらいあれば、自分で考えた答えくらいは見つけられるだろう」

 

 

ニヤリと笑う千冬に、ラウラは黙っていた。ふと、窓ガラスに映る自分を見る。赤い左目と金色の左目、それぞれの瞳を持つ自分の姿に、何か思ったのか深く考え込む。

 

 

 

 

 

 

 

そして、医務室の前で話を聞いていた青年───龍夜が一息漏らす。自分が関わり、自分が助けた少女だ。因縁があったとしても、見過ごすほど薄情でもないし、自分のやることには責任を持つ人間だと自覚している。

 

 

だから、眠っているであろう彼女の様子を何度か伺っていた。今来てみれば意識は覚醒し、恩師である千冬から色々教えられているらしい。

 

 

ならば、自分は何もすることはない。織斑千冬が尽くすのならば、余計なことをするだけだろう。そう判断した龍夜はゆっくりと立ち上がり、医務室の前から立ち去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、龍夜は気付かなかった。千冬は最初から医務室の前で話を聞いていた龍夜を認知している事実を。

 

 

 

 

廊下の奥に消えた気配に、千冬は呆れたような表情を浮かべる。扉の方に視線を向け、面倒そうに呟く。

 

 

「…………ふん、相変わらず気難しい奴だな」

 

「?教官………誰か居たのですか?」

 

「────あぁ、そうだな。お前にも少し教えてやろう」

 

 

純粋に聞いてきたラウラの言葉に、千冬はどこか面白いことを考えたように笑った。

 

 

───盗み聞きをしていた優等生兼問題への意趣返しだ。力を尽くして助けたのだから、責任ぐらいは取らせてやろうと。

 

 

「蒼青だ。お前の様子を確かめに来たらしいな、平気だと知って帰ったらしいが」

 

「…………え?」

 

「一日も寝ていたからな。そんなお前の見舞いに来ていたのがあいつだ。あいつなりにもお前の事を心配していたんだろうな。本人に言っても否定するだろうがな」

 

「………………」

 

 

明らかに困惑するラウラ。無理もない、本人からして龍夜との仲は険悪であった。龍夜自身そこまで嫌っている印象はなかったが、仲良く出来ていたと聞かれれば否定するしかない。

 

 

「ま、世間話はこれくらいにしておこう。明日から体調が良ければ復学して貰う。今日は忙しくなるが、青春を謳歌するという事を忘れるなよ?」

 

 

そう言って医務室から去っていく千冬の姿を見送り、ラウラはずっと考えていた。何をどうするべきか、これからの事を。

 

 

真剣に考えても、答えは出ない。すぐに、今更考えても仕方ない、と思う。そんなものはそう簡単に分からない、と自然に納得していた。

 

 

 

「────もしもし、私だ────」

 

 

少なくとも、これからがラウラ・ボーデヴィッヒのはじまりだ。そう決意を胸に、彼女はベッドの隣に置かれていた通信機で誰かに連絡することにした。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

それから一日が経ち、龍夜としては何事も問題はなかった。あったとすれば学年別トーナメントの中止により優勝を逃した(というより自分達と交際できることに期待していた)女子達が死屍累々といった感じで落ち込んでいた事と大浴場が使用できるようになったということくらいだ。

 

 

前者はともかく、何故後者が問題なのか。それは後で分かる。大体察していた龍夜は憐憫を思い浮かべ、脳裏に過る相手に黙祷を捧げている。

 

 

 

能天気に世間話をしている朴念仁は気付かないのだろう。何故シャルルがSHRが始まるまで教室にいないのか。

 

 

 

「み、みなさん、おはようございます………」

 

 

本気で疲れ果てたのであろう山田先生が教室に入ってくる。いつもは気軽に接する女子達も心配の声を投げ掛けるが、大体その理由は掴めていた。この予想が正しければ、山田先生の気苦労は図れないものだろうから。

 

 

「えー……おはようございます。朝のSHRの前に、皆さんに転校生を紹介します…………転校生というか、なんと言っていいか…………」

 

 

山田先生の迷った様子から一気にクラスが混乱に包まれる。最近、転校生が何かと多い。なのにまた新しい転校生が来るのかと。

 

 

「ねー、龍夜くん!また転校生だってさー!うちのクラスも実力者揃いになるかもね!」

 

「………学園の外から来た転校生って言うなら、違うと思うけどな」

 

 

えー?と首を傾げる明るそうな女子。最近絡んでくることに不満を持つこともなくなってきた。慣れというものは凄い。

 

 

 

そんな風に騒いでいたクラスだが、ドアが開かれた途端に一気に静かになった。現れたのは、女子の制服を着たシャルルであった。男装らしきものはせず、普通に見て女子である。

 

彼女は教卓の前に立ち、元気な笑顔と共に口を開く。

 

 

「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めましてよろしくお願いします」

 

「デュノア君はデュノアさん、ということでした。………はあ、また寮の部屋割りを組み合わせ直さなきゃ………」

 

 

対称的に落ち込む山田先生に心から憐れみを送る。教職員は忙しいことが多いと聞くので、今回の件で先生にどれだけ仕事が増えるのか、考えるだけでも可哀想である。

 

 

………さて、次は問題の方を気にするべきだ。

 

 

「え?デュノア君って女………?」

 

 

「おかしいと思った!男子にしては少し綺麗すぎだもん!」

 

 

「男の時と胸が違う………違うんだけど」

 

 

「って、織斑君は同室だよね?知らないってことは───」

 

 

「ちょっと待って!昨日って確か、男子が大浴場使ったわよね!?」

 

 

そう、これが問題であった。

昨日、大浴場にて一夏とシャルロットが一緒に入ったのだ。龍夜は邪魔をしたくないという理由と、後々面倒事に巻き込まれたくないという理由で断ったからいいとして、表向きに男子と明言されているシャルロットは二人で入る事になったらしい。

 

 

疑念が一気に増えていき、喧騒が広がっていく。明らかに青ざめていく一夏を他所に、龍夜は立ち上がる。それに気付いた全員が一斉に視線を向ける。一夏も一抹の希望を見たような目で見つめてくる。

 

 

 

しかし、何を勘違いしているのか。自分が助け船を送れるとでも思っていたのか。

 

 

 

 

 

「───シャルロットと一緒に風呂に入ったのはコイツだけだ。俺はシャワーで済ませた」

 

 

 

一際大きな声で、身の潔白を証明する。しかし同時に、それは一夏が女子と混浴したという事実を示していることになる。

 

 

 

「なぁッ!?待てよ!龍夜!そこは誤魔化してくれよ!?」

 

「女子の裸体を見たんだ。少しくらいは度胸を見せろ」

 

 

青い顔を白くさせて叫ぶ一夏をバッサリと切り捨てる龍夜。事実なのだから当然だろう、という眼を向けられて、一夏は反論できてない。その一連の出来事が龍夜の密告が事実だと明言しているようなものであり、クラスが大いに盛り上がる。

 

 

 

直後、扉が吹き飛んだ。物理的に。被害はそれだけだったが、事はまだ続いていた。

 

 

「───いぃぃぃぃぃぃちかぁーーーっ!!!」

 

 

怒号を轟かせ、現れたのは鳳鈴音(ファン・リンイン)。クラスの喧騒と龍夜の告白を聞いたであろう彼女は既に堪忍袋の緒が切れる、どころか弾け飛んでるのだろう。恋心故の憤激だと思うと恐ろしいものである。

 

 

修復されたISのアーマーを展開し、同時に武装を展開する。両肩の衝撃砲が実体を作り出した途端に、漢一夏、背を向けて逃げ出した。

 

 

興味なさげに観察していた龍夜だが、その目を大きく見張ることになる。全力疾走してきた馬鹿が一人、此方に狙いをつけて突撃してきていた。

 

 

「龍夜ァーーーーーッ!!」

 

「おい、おいおい!待て待て待て一夏!狙いはお前だけだろ!ほら!教室の外に跳べ!今ならお前一人だけで被害は軽く済む!」

 

「そうはいくか!死ぬならせめて道連れだ!!」

 

「ふざけんな!一人で死ね!無駄死にしろ!」

 

 

親指を下に突き立てる龍夜に一夏は飛び掛かる。ぶつかった二人に怪我はないが、なんか絡み合っていた。一部の女子が顔を赤らめて興奮している。「織斑くん×蒼青くん」とか抜けてしてた女子、顔は覚えた。

 

 

一夏の頭にアイアンクローをかけ、無理矢理にでも引き剥がす龍夜。「あだだだだだッ!?」とあまりの激痛に涙目で訴える馬鹿をそこら辺に放り捨てようとするが、もう遅い。鈴の衝撃砲がフルバースト、二人に目掛けて放たれた。

 

 

あ、終わったと二人が硬直する。脳裏に走馬灯でも過っていたのか、目の前に飛来する衝撃弾を前に狼狽えてはいなかった。

 

 

そして、着弾したであろう爆音が鼓膜を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あれ………?」

 

「ん………?」

 

 

衝撃砲を受けたはずに自分達は生きていた。というか普通に無傷だった。困惑して互いの顔を見合うが、すぐにその理由に気付いた。

 

 

「────」

 

「ラウラ……!?」

 

鈴と二人の間に入ってきたラウラが、ISを展開して衝撃砲を受け止めていたのだ。空間が歪んでいるのを見るに、おそらくAICを使用したのだろう。

 

 

「助かったぜ………サンキュー、ら、ラウラ」

 

「何、気にするな。今までの借りを返しただけだ」

 

 

不安そうに感謝を述べる一夏だが、杞憂だったらしく、ラウラは平然と受け答えしていた。聞いていた龍夜の方が戸惑いを見せるぐらいである。

 

 

そんな風に思っていると、ラウラが龍夜に視線を向けた。距離を縮める彼女と龍夜、見合った二人だったが─────、

 

 

 

 

 

 

 

 

パシンッ!! と、乾いた音が響く。

ラウラが伸ばした腕を龍夜が掴んだのだ。自分の胸元へと手を伸ばそうとした彼女の手首を握る龍夜は、冷たい声で詰問する。

 

 

「…………何のつもりだ、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

「…………」

 

「何を考えてるのかは知らないが、俺に何かをするのならそれ相応の覚悟があるんだろうな?」

 

 

警戒は緩めていたが、ISを装備した状態で接触してくれば話は別だ。彼女自身とは前々から因縁があった。ここで晴らそうとしても可笑しくはない。そう判断した龍夜はいつでも対応できるように、『プラチナ・キャリバー』を格納したケースを取れる動きを脳内で計算し尽くす。

 

 

 

「────蒼青龍夜」

 

 

「…………何だ?」

 

 

何かイヤな予感がした。敵意や悪意、そんなものは感じられないが、何故か背筋に悪寒が走る。氷を直接服の中にぶちこまれたように。

 

 

理解できぬ予感は、蒼青龍夜の想像を越えていた。

 

 

 

 

 

 

「私はお前に惚れたらしい」

 

 

「───────は?」

 

 

 

 

 

───何を言っているんだ?コイツは

 

 

 

 

 

「ということで、お前を私に嫁にしたいと思う。異論は認めない、決定事項だ」

 

 

 

 

 

────何を言っているんだ?コイツは(二回目)

 

 

 

 

 

「…………待て、ラウラ。少しだけ待て、落ち着け」

 

「?私は落ち着いているぞ」

 

「じゃあ俺から距離を置け!…………いいか?まず、お前は間違えてる」

 

 

手を離し、話を聞く様子のラウラと対面し、彼女の認識を直そうとする。だが、あまりにも予想外すぎて龍夜も困惑していたのだろう。

 

 

訂正すべきところとは、全く違うことを言い出した。

 

 

 

「───嫁とは本来、婚約関係にある女性の別称にある。本来俺とお前は結婚すらしてないからこれに該当しない。そもそも根本的な話だと、男性を嫁とは呼ばない。性別的に格付けするなら俺が婿でお前が嫁だ、分かったな?」

 

 

「なるほど、私が嫁というわけか。ではこれからもよろしく頼むぞ、我が婿」

 

 

そういうことだ、と納得する龍夜。いやそこだけ注意してどうするんだよ、と全員が心の中で突っ込む。

 

 

「……………ん?いや待て。今の例えだ、本気にするなよ。おい、話を聞け。おい!聞け!おい!?───ってかお前何をする気だ!?」

 

 

すぐに気付き慌てて言い直そうとした龍夜だが、納得した様子のラウラが龍夜に近寄り、顔を近付ける。両手を掴み返し、拮抗する中、ラウラは顔を仄かに赤らめながら告げる。

 

 

「見れば分かるだろう、キスだ。婿や嫁には必然のものと聞いていたからな」

 

「頭のネジが飛んだのか………ッ!?誰が何時結婚した!?俺の記憶に覚えはないから、お前の妄想だとは思うんだが………!?」

 

「私のことを気にかけてくれてたんだろう?相談したら脈アリだと教えられてからな」

 

「違ぇよッ!誰だそんなふざけた事を教えたのはッ!?」

 

「自分で考えて行動しろと言われたのでな………私は私の心に従わせて貰う事にした。責任は取ってくれ、我が婿」

 

「俺の事も考えてくれないのかねェ……ッ!?」

 

 

ISを纏うラウラと掴み合い、彼女を押し返す龍夜。会話で説得はできない。というか重要なところは通じない。

 

 

「お、お、お、お待ちなさい!ボーデヴィッヒさん!龍夜さんに、き、き、き………きすなんて、わたくしは許しませんわ!力ずくでするのならば、わたくしが────」

 

 

「ストップだ!止まれ!セシリア!お前まで参戦すると余計に戦況が悪くなる!コイツの非常識な知識は俺がどうにかする!これ以上俺を困らせるな!」

 

 

激しい怒りを宿しISを展開するセシリアを何とか説得する。冗談じゃない、ISでの戦闘に巻き込まれるのはごめんだ。今も鈴と箒の二人に追い回されているが、知らん。

 

 

 

結局、騒動が終わるのは、霧山友華が連れてきた千冬による怒声が響き渡るまでであった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

それから放課後の屋上。

人気のないその場所で、一人の女子生徒が携帯を扱っていた。その番号を打ち込んでいく手が、躊躇うように止まるが、すぐに全部打ち込まれた。

 

 

繋がることを示すコールは、一回で済んだ。電話の相手は繋がるや否や口を開いた。

 

 

 

『───やあやあやあ!久しぶりだね!まさか箒ちゃんからかけてくれるとは思ってなかったよ!』

 

 

「────、…………姉さん」

 

 

『うんうん、言わなくても箒ちゃんが言いたいことはわかっているよ。―――欲しいんだよね? 君だけの専用機、箒ちゃんの力であり、箒ちゃんを守る盾。勿論用意してあるよ、ずっと前からね。最高性能(ハイエンド)にして特別仕様(オーバースペック)。白と並び立ち、漆黒を越えるその機体の名は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅椿(あかつばき)」』

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「───がぁぁぁあああああッ!?」

 

 

街中の路地裏で凄まじい悲鳴が響き渡る。全身を炎で包まれた兵士が悶え苦しんでいた。地面に転がり、消火しようとするが止まらない。

 

 

 

「…………ハッ」

 

 

そのザマを、一人の青年が笑う。灰色の髪を乱雑にかきあげた男。黒い戦闘用スーツの上に革製のジャケットを着込んだ男は燃えた兵士を足蹴にし、目の前を睨む。

 

 

武装した外国の兵士達と、彼等に囲まれていた子供達。明らかに驚き、敵意を剥き出しにする兵士達の近くで子供達も顔色を変える。ぱぁっ! と知ってる人が助けてくれたという喜びに染まる笑顔で、子供達は希望を見ていた。

 

 

軽く首を捻り、そして手首の骨を鳴らした青年は、兵士達ではなく子供達の方に向けて告げた。

 

 

「待ってろよ、ガキども。すぐに終わらせてやるからよ」

 

 

 

 

そして、言葉通り一瞬で終わった。武装した兵士達が一斉に射撃をするが、路地裏に配置されていたゴミ箱を蹴り飛ばし、前方の兵士を何人か薙ぎ倒し、残った兵士が銃を使う前に鋭い蹴りや重い拳で装備を貫通しているかのような威力を与えていく。

 

 

或る者は骨を折られ、或る者は気絶させられている。死屍累々の状況の中で、比較的に動ける状態の兵士が、外国語で悪態をつく。その兵士の前に歩み寄った青年は、兵士の取り出していた無線機を踏み潰し、

 

 

『───今度こいつらに、この街に手を出してみろ。テメェもテメェ等のリーダーもオレが殺す。そう伝えとけ』

 

 

失せろ、と兵士のヘルメットを軽く叩いた青年。彼から背を向けると、青年は元気そうに駆け寄ろうとする子供達を静しながら適当に歩いている。

 

先程の態度に不満や怒りを覚えたのか、兵士は静かに腰から拳銃を引き抜く。気付かれぬように、体で隠しながら意識を集中させ、振り上げた瞬間に、引き金を引いた。

 

 

『───死ね!クソガキ!!』

 

 

撃鉄が鳴り、銃弾が放たれる。一発の銃声に気付いた青年が振り返るが、不意打ちの一撃であることが反応を遅らせる要因になった。それ故に、対処できない。

 

 

青年の頭に、弾丸が命中した。肉を抉り、焼くような音が空気に溶け込む。兵士は最初呆然としていたが、命中したという事実に気付き大声で笑う。頭を撃ち抜かれた青年が地面に倒れる音を聞くまで、兵士の笑い声は止まらないはずであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダァンッ! と、頭部に弾丸を受けた青年が地面を踏み締め、首を持ち上げるまでは。

 

 

空気が熱を帯びた瞬間、青年から火が噴き出した。赤々と燃える炎が揺らぎ、青年の身体を覆っていく。まるで肉体そのものが燃えていると錯覚させるように、灼炎を纏う青年が、冷徹極まりない瞳を差し向けて、口を開く。

 

 

「────馬鹿が」

 

 

向けられた腕に、火が伝う。高温の炎が収束していき、一塊の大きな火球へと変化したと思えば、砲撃のように放たれる。兵士は慌てて逃げようとするが、間に合わず火炎に飲まれ、姿が一瞬で消え去る。

 

 

炎の中で肉、骨まで焼き尽くされた死体は何一つ残らない。青年が手を握り締めれば、炎の玉はみるみる小さくなり、ヒュッ! と軽い音と共に消失する。その場に残るのは戦闘不能な兵士達とゴッソリ削り取られた地面だけだった。

 

 

熱を帯びた地面から意識を完全に外し、背を向ける。駆け寄ってくる子供達に青年は爽快な笑みを浮かべた。

 

 

「流石イルザのアニキ!カッケー!」

 

「やっぱりアニキは強いんだなー!兵隊達なんて手も足も出なかったぜ!」

 

「アニキー!お菓子頂戴ー!」

 

 

「……ったく、元気なガキどもだぜ。オレが強いなんて当然だろ。オレは、最強だからな」

 

 

無邪気かつ純粋に声をかけてくる子供達に、青年───イルザは気軽に対応していた。彼等の頭を撫で、お菓子をねだる子にはポケットの中のクッキーをあげ、子供達の話をキチンと聞いている。

 

 

子供達と満足に話したイルザは、少し経ってから彼等に帰るように促す。元気に手を振って帰っていく子供達を軽く見送り、路地裏へと歩いていく。

 

 

 

気絶した兵士達を無視して、その先を歩いていく。ピタリと、路地のある場所で止まったイルザに、声が掛けられた。

 

 

 

 

「────やり過ぎだな」

 

「うっせ、力が相手を捩じ伏せようとしたんだ。やり返されても当然だろうが」

 

「それもそうだ」

 

 

そう言いながら姿を見せたのは、筋骨隆々な男。アナグラムの制服でも隠しきれない程に鍛え上げられた筋肉。眼に二本の傷を残した盲目の軍人。

 

 

「オルガム、政府軍の奴等はどうだ?」

 

「大したことなどない。ISもいない軍団など恐れるに足らん。今は士が奴等の掃討を行っている。撤退も時間の問題だろう」

 

 

二人が話す町から離れた場所から、爆炎と煙が上がる。気にしてはいない二人だが、遠くで戦闘が起こっている。彼等が気にする様子すらないところから見るに、味方が優勢だと分かりきっているのだろう。

 

 

「それで?オレに近付いた理由はなんだ?わざわざんな事伝えに来た訳じゃねぇだろ?お前程のヤツが」

 

 

「────協力者からの情報があった。お前にとっても無視できん話だ」

 

 

「はー、くだらねぇ。悪いがパスだ。組織にとって危険なことじゃなきゃオレは──────」

 

 

「──────────」

 

 

「……………あ?」

 

 

立ち去ろうとしたイルザが、オルガムの言葉を聞いて足を止めた。無視できない内容だったらしく、黙って聞いていたそんな彼が抱いたのは────炎のように燃え上がる怒りであった。

 

 

「───以上が、提供された情報だ。お前にとっても無視できないという理由が分かったな?」

 

「…………リセリア様は、なんて?」

 

「リセリア様はお前に作戦の立案及び実行の権限を託した。何をしても問題ない、との事だ。…………まぁ、それも当然の話だろうな」

 

「そうかよ」

 

 

ポケットに両手を突っ込んだイルザが立ち尽くす。何を考えていたのか、空を見上げて黙り込む彼は、すぐにでも口を開いた。

 

 

「ジールフッグと連絡を繋げ。リセリア様が言うなら、オレも少しは好きにやらせてもらうぜ………勿論、アナグラムの名を落とすようなコトはしねぇよ」

 

「ジールフッグだけ、か。一人でやるつもりか?」

 

「オレを誰だと思ってる?甘く見んじゃねぇよ、オルガム」

 

 

戦意に満ち足りた戦闘狂のような笑みを刻み、イルザは笑う。そんな彼のジャケットが風で払われ、隠れていた肌に浮かぶものが見えた。それは、素肌に刻み込まれた記号のようなものだった。

 

 

 

 

 

 

───DOLL.s Battletype Mark.173

 

 

無機質な単語の羅列を隠すことなく、火の粉を散らすイルザは天空に睨み付ける。空から飛来してくる金属の鳥、鳥型のガジェットを周囲に旋回させながら、全てを踏み潰すような気迫に満ちた声で告げる。

 

 

 

 

 

 

「思い知らせてやる。アナグラム最強であるイルザ様の逆鱗に触れた連中に、地獄の業火すら生ぬるい、灼熱の不死鳥の力をな」

 

 

 

 

鎮静化していたアナグラムが、再び動き出そうとしていた。幻想を束ねる組織の中でも随一とされる、最強の名を冠する男と、学園にいる者達を中心に。




これで一区切り、二巻までの内容は終わりまして、次は第三巻のお話になります。


乱入してきた個人戦の時とは違い、本格的に動くアナグラムとIS学園の話に、多分少しだけ盛り上がるのではないかと思います(自信ない)


これからもよろしくお願いします。それでは!!


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第二章 臨海学校編
第21話 IS学園の理事長


「─────朝か」

 

 

布団の中で目覚めた龍夜が、天井を見て一言呟く。窓から差す光はほのかに暗い、どうやらもうそろそろ夜明けらしい。時間帯としては四時か五時の間か。

 

 

 

眠気が優っているのか、布団から上手く出れない。体が重く感じるのは布団に固執しているからか。寝惚けた瞳だけを動かし、ふと部屋の中を見渡す。

 

 

作業中の机。制作中の武器やアイテム、完成したガジェットが置かれている棚。そこでようやく昨日の事を思い出す。確か夜中まで開発途中であった銃器や改修を行っていたのだ。その最中意識が落ちたのか、そこから記憶が途切れて───

 

 

 

 

 

(────待て、おかしいぞ?)

 

 

記憶が正しければ、自分は寝落ちしていたはずだ。それが何故ベッドで寝ているのか。

 

 

そう思うと、眠気が明らかに覚めていく。単に布団から離れたくないという感覚が抜け落ち、重さが確かに感じられる。それも、腰辺りに。

 

 

 

「…………」

 

 

嫌な予感がする。最近こんな感覚ばかり感じ取っている気がするのは、気のせいではないだろう。

 

乗せていた布団を静かにめくり─────頭を抱える。あまりのことに頭痛かと思われるだろうが、仕方ないはずだ。

 

 

 

 

 

なんせ布団の中で、自分の腹の上で銀髪の少女───ラウラ・ボーデヴィッヒが熟睡しているのだ。それも生まれたままの姿で。

 

 

 

「────」

 

 

把握した途端、行動は早かった。ラウラを起こさないように布団から抜け出す。地道な動きでかつ五分もかかっただけはある。危ないところはあったが、彼女は普通に眠りに落ちている。

 

 

それから起こさないように気を配りながら布団を丸める。ラウラを中心にするように巻き付け、巻物のようにした後に、担いで部屋から出る。

 

 

周りに悟られないように静かに、腕に抱える布団の中で眠るラウラを起こさないように気を配りながら、ある部屋の前に立ち、ゆっくりと扉を叩く。

 

 

 

 

『…………う、うん……いま出るよ………』

 

 

寝起きらしい声が扉の向こうから聞こえる。まだ朝というには早すぎる時間に申し訳ないが、此方としても事情が事情だ。眠そうな目を擦りながら扉を開けてきた少女───シャルロットが龍夜の姿を、そして彼に担がれた布団に巻かれるラウラを見る。

 

 

「りゅ、龍夜!?そ、それにラウラも何で───」

 

「………静かに。この馬鹿が起きる」

 

「…………あ、ごめん。それで、何でラウラが布団に巻かれてるの?」

 

 

大声で起こさないように諫めながら言うと、慌ててシャルロットも静かに話し出す。龍夜は傍らに担ぐ銀髪少女を指差し、告げる。

 

 

「俺の部屋に入ってきた挙げ句に布団の中に入り込んでてな………悪いがお前に任せていいな?」

 

「悪いって言うより、ルームメイトだから問題ないよ」

 

「すまん、助かる」

 

 

眠るラウラを(布団ごと)預けて部屋に戻る龍夜。扉を閉めた途端に倦怠感が押しかかってくる。

 

まさか今がここまで大変になるとは思わなかった。賑やかというか、退屈しない日になった。独りの方が良かったと思う自分がいる一方で、こういうのも悪くないと思う自分もいる。

 

 

 

一時間くらい寝るか、と考えた直後───ラウラごと引き渡した事を思い出す。天井を見上げて少し考えた後に、

 

 

 

「…………なんか造るか」

 

 

そう言って、作業用の机へと向き合った。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「─────ってのが今日の朝の話だ」

 

 

大盛りのカレーライスと牛丼という、一回の食事にして多すぎる量を前に話し終えた龍夜。彼の話を食事がてらに聞いていた、一同は沈黙する。

 

 

その内の一人、一夏がどこか迷った様子で口を開く。

 

 

「………龍夜」

 

「何だ」

 

「その………大変だったな」

 

「他人事みたいな言い方だが、今回だけは有り難く受け取っておく」

 

 

牛丼を軽くかきこみながら、龍夜は言う。同情されるのは不本意だが、馬鹿にされたり憐憫されたりするよりははるかにマシだ。

 

 

一夏の隣、その隣の鈴が中華料理を食べながら聞き出した。

 

 

「ってか、ホントに災難ね………アンタ、今回が初めてなの?」

 

 

「ああいう事はな。だが何度か面倒なことはしてきてる」

 

 

「面倒?やはり何かあったか?」

 

 

「────人の部屋に勝手に入ってきたり、シャワー中に素っ裸で入ってきたり………」

 

 

「……………うわぁ」

 

 

言葉を失う一夏。他の面子もそこまで出来るのか、と愕然とした様子であった。他の女子達からしても、ラウラは少々積極的らしい。

 

 

チラリ、と。視線だけが動く。龍夜の隣で朝食のパンを食べ終えたラウラ。彼女は腕を組み、感心したように呟く。

 

 

「うむ、私としてもバレずに上手くいくと思ってはいたが、流石は我が婿。そう簡単にはいかんか」

 

 

「…………図太っ」

 

 

そんな風に一言漏らした一夏も、おおよそ間違ってはいないのかもしれない。鋼のメンタルなのか彼女は基本的なことでめげることも折れることもなく、素直に応対する。ハッキリ言って厄介すぎる。

 

 

あと、龍夜として悩むのはラウラが間違った知識を覚えていることだ。話を聞いたところ、自分の部下、副隊長に助言を受けたらしい。この時点で龍夜にとって副隊長なる人物は借りを返すべき相手と記憶した。

 

 

色んな知識を正してはいるが、龍夜を婿とするのだけは直らない。いや、直せないというべきか。自分に惚れているらしい彼女にとってこれだけ否定できないらしい。なので、龍夜も訂正することを諦めていた。

 

 

 

「婿って…………まぁいい。それよりも、上手くいくって何だ。まさか添い寝でもするのが目的だったのか」

 

 

「添い寝……?───なるほど、アレは添い寝というのか。勉強になったぞ」

 

 

「………?添い寝のつもりじゃなかったのか?」

 

 

「あぁ、当然ながら夜這いだ」

 

 

ブーッ!! と喉に入れた筈のコーヒーが吹き出された。幸いなことは、一夏達に当たらないように調整したことか。口から流れる黒い液体を手の甲で拭い、困惑と怒りの滲ませた瞳でラウラを睨んだ。

 

 

「お前……ッ、お前ェ………ッ!!」

 

 

「………?夜這いとはそういうものではないのか」

 

 

「─────よし、一夏!シャルロット!説明任せた!」

 

 

半ば思考放棄した龍夜がそれだけ言う。対応するのが疲れたように見えるが、擦り付けようとしているのも明白だ。流石に反論したい一夏だが露骨に疲弊している龍夜に強く出れず、諦めたのか二人でラウラの誤った知識を正そうとしていた。

 

 

真面目に話を聞くラウラ。かつての彼女ならば誰の話も聞かず、自分の考えだけを通そうとしているプライドの高い奴だったが、数日の間でここまで変わるとは思わなかった。

 

 

 

「…………ったく、本当に疲れる」

 

「まぁ、前よりは良いんでしょ」

 

「………お前らはいいのか?」

 

「?何がよ」

 

「ラウラだ。因縁があるんじゃなかったか?アイツにやられた事を許せるのか?」

 

 

呆れたように見ていた鈴に龍夜がそう聞き返す。鈴、そしてセシリアはラウラとの因縁がある。二人の私闘に乱入したラウラに一方的にいたぶられ、トーナメントに参加することも出来ない結果になった。

 

彼女達自身やる気があっただけではなく、その際に自分や一夏の事を馬鹿にされたのが戦いの原因らしい。いくらラウラが前より変わったといえど、そう簡単に済まされる問題なのか、と思っていた。

 

 

鈴はアッサリと答えた。既に決まりきった事のように大して気にしていない素振りで。

 

 

 

「あぁ、その問題はもういいのよ。私達で話し合って無事に解決した訳だしね」

 

 

「そうか────じゃあセシリアのアレは関係ないということか」

 

 

は?と怪訝そうな顔の女子に、隣を指差す龍夜。ラウラの座っていた方とは反対の右側。そこに座って優雅に食事していたセシリアは凄まじい怒りを滲ませながらサンドイッチを握り潰さんとしている。

 

 

ブツブツと呟きが聞こえてくるが、聞きたくないので遮断している。わざわざ逆鱗に触れるほど馬鹿ではない。ていうか普通に怖い。

 

 

「………おそらく、龍夜の話が原因だろうな」

 

「いや、俺というよりアレはラウラが悪いだろ」

 

「ま、たしかに。龍夜よりもラウラの方にキレてそうだけど」

 

 

そんな風に話していると、突如鐘がなった。その音に騒がしかった食堂が一気に静かになる。それが放送であると全員が認知していたからだ。

 

 

『────呼び出しの連絡です、次の生徒達は理事長室まで来てください。織斑一夏さん、篠ノ之箒さん、シャルロット・デュノアさん、セシリア・オルコットさん、蒼青龍夜さん、凰鈴音さん、ラウラ・ボーデヴィッヒさん、以上の七名です。繰り返します─────』

 

 

 

 

「俺達の呼び出しか?………何か覚えはあるか?」

 

「い、いや………俺は知らないぞ?」

 

「俺もだ」

 

 

互いに聞き返すが、答えは出ない。全員が食事が終わった頃合いであり、食事を片付けて食堂から出る。途端、気になってたであろう事を一夏は聞いた。

 

 

 

「あの………理事長室って、そもそも何処なんだ?」

 

 

純粋な疑問に突っ込む者はいなかった。当然、龍夜はおろか全員は知らない。校内説明で理事長の存在はあったが、理事長室の存在までは語られたことすらなかった。意図的に隠されていたのは、きっと厳重な意味合いもあるのだろう。

 

 

 

「あ、見つけた!」

 

 

ふと、真後ろから声がした。振り返った一夏達の目の前にいたのは、慌てたように駆け寄ってくる長門だった。

 

 

「長門さん?何でここに───」

 

「ほら、理事長から君達を連れてくるように言われましたから。全員揃ってるようで良かった!さ、着いてきてください!」

 

 

有無を言わさないといったように、進めてくる長門。反論の余地すらなく、彼等は長門に連れていかれるように歩いていく。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

「ここまでが理事長室へ行く道ですが、通路について他の子に説明しちゃダメですからね。情報漏洩があった場合、軽く問題になりますから」

 

 

人気の無くなった廊下から、エレベーターを通り、果てに一本道の廊下を歩きながら説明する長門。仕草の一つ一つが洗礼されたものであり、現役軍人のラウラですら感心するものらしい。

 

 

「………しかし、凄いもんだなぁ」

 

「?何か質問でもありますか?」

 

「あ、いや。IS学園の校舎って三階建てじゃないですか。けど、俺達が移動した階って明らかに三階より上だったなぁ、って思ったんですけど………」

 

「はい、織斑さんの言う通りです。ここは表向きには存在しないことにされている塔『バベル・トロヌス』。特殊な物質を組み込まれており、目視はおろか索敵やセンサー等ではほぼ確実に捉えられません。理事長は常にそこで学園の運営等を務めています」

 

 

彼の言葉通り、廊下の先は見えない。暗闇や扉で遮蔽されているのではなく、本当に見えないのだ。まるで存在そのものが透明なのか、実在してないとでも言うように。

 

 

だが、校舎を繋ぐ廊下を歩いてようやく、その実体がようやく形として浮かぶ。半透明なガラスらしき材質の壁で張り巡らせた大型の塔。スカイツリー程の高さは無いにしろ、高層ビルに並ぶような大きさのソレは溶け込んでいた景色から分離するように現れた。

 

 

 

 

どれだけ目を凝らしても形らしきものが見えなかったに、全員が驚きを浮かべる。少し感心したような龍夜の近くで一夏が思うところがあるのか呟きを漏らす。

 

 

「安全なところに一人だけで隠れてるのか………理事長だからってのは分かるけど、なんか腑に落ちねぇなぁ」

 

「………お前なぁ」

 

 

耳にした龍夜が呆れたように返す。

 

 

「立場を考えろ、理事長は国連の議員の一人。要するに世界のトップの一人だぞ。そんな偉い奴が普通のところにいて暗殺されたらどうする」

 

 

国連を総括するメンバーの一員、それはきっと大統領レベルで必要とされている人材であり、同時に暗殺を回避するために立ち回る必要がある。

 

 

地下シェルターを拠点としていたり、常に厳重な警備で囲まれているのだろう。ならば、IS学園を総括し、政治的立場でも動くために自分の身を守らなければいけない。

 

 

まぁ、単に我が身が可愛いだけの為政者と言われればそれまでだが。

 

 

塔の内部に入ると、無機質な材質で覆われた廊下へと切り替わった。大型エレベーターを通り過ぎてすぐ、扉の前で長門は足を止めた。

 

 

「ここが理事長室です」

 

 

振り返り、親しげな声音で長門は言葉を続ける。声とは裏腹に、気を引き締めた態度を取りながら。

 

 

「理事長は皆さんをお待ちしてます。自分はここで任務に戻らせていただきますが、問題はあまり起こさないようにお願いします」

 

 

走るような勢いで立ち去る長門から視線を戻し、大きな扉の前に立つ一同。彼等が扉をノックしようとした途端、扉が四方に割れた。綺麗に開かれた扉は壁の中へと収納され、一つの部屋が明かされる。

 

 

 

 

 

あまりにも、変化の無い。

一夏が思い浮かべていたのは、装飾ばかりある豪華そうな一室だ。学園で一番偉い人間がそういう部屋に常にいるという常識を覚えていたからこそ、意外だった。

 

 

あるのは、真ん中にテーブルと左右に配置された二つのソファー。部屋の端には大型のコンピューターの塊が十も並んでいる。今も光を激しく点滅させながら稼働しているそれらは、床に組み込まれた装置に繋がっていた。

 

 

そして、その部屋の最奥。

 

 

 

 

 

「待っていたよ。僕の生徒諸君」

 

 

大きな金属の机、そしてその向こう側にある椅子に腰掛けた人物。彼は外を見ていたにも関わらず、一夏達をそう呼びながらクルリと椅子を回転させながら向き直る。

 

 

 

 

十分に歳を取った男────ではなく、少年だった。見た目からして年齢は十六か十五。少なくとも、この場の誰よりも若いのは明確だった。にも関わらず、その立ち振舞いは大人びたものが感じられる。

 

光に照らされて光を反射させた黒髪を一本にまとめ、結われたポニーテールは背中にまで届く。全てを理解したような凍り付いた瞳とは裏腹に、口元に不適な笑みを浮かべ、少年は続ける。

 

 

 

 

「僕はIS学園の理事長、時雨。初対面だと思うけど、君達を護る大人の一人だよ。これからもよろしく頼むね」

 

 

学園の支配者たる少年は冷徹に、かつ穏やかに告げる。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「理事長………?アンタが?」

 

 

純粋な疑問を指摘する者はいなかった。当然だ、誰もが半信半疑であった。時雨と名乗った少年は一夏達よりも幼い。顔立ちもまだ子供らしさが残っている。

 

 

そんな子供が、世界最高峰の教育機関であるIS学園のトップであるといわれて、そう簡単に信じられようか。否、出来ない。世界がどれだけ広かったとしても、自分達より若い少年が大人の一人だと、どうして納得できようか。

 

 

そんな不安と疑惑に包まれた空気を切り替えたのは、一つの音であった。

 

 

 

────スパァンッ!!

 

 

「痛ッ!?」

 

「………言葉遣いに気を付けろ。仮にもお前達の理事長だぞ」

 

「ち───織斑、先生。何時から居たんですか!?」

 

「お前達が部屋に入る前から居たさ、少し気が緩んでいるようだな」

 

 

一夏の発言を正すように言う千冬。出席簿を手に彼の頭を打ち付けた彼女は呆れたように鼻をならし、愕然とする一同を見渡す。

 

 

次の言葉が口に出される前に、時雨が笑い出した。

 

 

「別にいいさ、織斑先生。僕が理事長と疑われるのは慣れてる。というか、統計学的に一般人一万人に聞いて一万人は疑うからね。むしろ予想通りの反応で面白いよ」

 

 

千冬にそう声をかける時雨。まるで対等に接するような口振りに全員が驚く。世界最強であれど一教師である以上、立場的には理事長の方が格上のはずだ。なのに、どうしてここまで距離が近いのか。

 

 

 

「────君達の聞きたいことは分かる。僕が何故織斑先生と普通に話せているのか、それか何故君達よりも年下の僕が理事長をしているのか、だろう?」

 

 

椅子をクルリと回転させ、天井から一夏達へと視線を戻す。ニヤリ、と小さな笑みを溢しながら。

 

 

 

「まぁ織斑先生とは腐れ縁って話だけど………後者について話しとくよ。僕の家は古臭い皇族の分家でね、国連では一族の人間が所属するような習わしになっているんだ。『楽園の実(エデン・シード)』の議員になったのは旧家のコネと、僕自身の実力だね。兄ほどではないけど、僕も少しは立ち回れるんだよ?」

 

 

子供らしい顔と体で、親しむような言葉だが、ヒシヒシと感じさせる感覚は別物だった。それは全員が実感しており、否定しがたいものである。

 

 

学園の理事長という事実を疑い、侮っていた何人かは再認識させられた現実を噛み締める。この少年が学園のトップであり、世界中の政治家や権力者に拮抗する実力者の一人であることに。

 

 

「さて────織斑一夏くん、蒼青龍夜くん、君達の話はよく聞くよ。代表候補生に打ち勝ったり、アナグラムの構成員を打倒したという成果。『楽園の実』では君達を高く評価する声も多い」

 

「あ、はい……ありがとうございます」

 

「────どうも」

 

「無論、二人だけじゃない。セシリア・オルコットさん、凰鈴音(ファンリンイン)さん、シャルロット・デュノアさん、ラウラ・ボーデヴィッヒさん。君達の評価も低くはない。僕個人としても、代表候補生である君達には伸び代があり、この世代を担うに相応しいと僕は思ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

当然、君もさ。篠ノ之箒ちゃん」

 

 

最後の、箒を呼ぶ言い方は含んだものだった。彼女だけ、複雑な感情を込めたその声には、一体何が存在しているのか。

 

 

それを感じさせないように、時雨は表情を切り換える。余裕綽々から一転、困ったような顔で、口を開く。

 

 

「───だが、それが理由であるのか、少々望ましくない事が起き始めた」

 

「望ましくないこと、ですか?」

 

「つい先日『エデン・シード』の会合で一つの議案が提出された。君達代表候補生、一部除く特別な生徒に、特権を与えるという話だ。ISの使用を、特例でほぼ自由に扱うことができるというものだ」

 

「え?むしろ良いことだと思うんですけど………何が問題なんですか?」

 

 

思わず一夏は疑問を浮かべる。一部限定されているとはいえ、ISの使用が許されるのは悪い話ではないはずだ。通常の学生は校内とはいえ、私的なISの展開すら許されない。許可があればその限りではないが、緊急事態を除く事でその一例は滅多にない。

 

 

だからこそ、特別にISを扱えるのはむしろ良い情報ではないのか。そう考えていた一夏だが、黙って聞いていた龍夜が重い口を開いた。

 

 

 

「────学生の兵士化」

 

「………え?」

 

「特権を与えることで、学生が戦場に出る理由を正当化させる。つまり、国連の奴等は俺達を是が非でも戦場に出して、戦わせたいんだろう。もしこの考えが正しければ俺達以外の学生にも特権を与え、実戦に送り込むとかいうやり方も立案しているかもしれない」

 

「……………彼の言う通りだ。連中は必死に言い訳していたが、実際はそういう事だろうね」

 

 

学生にISの使用を許すことを条件に、戦場に出す。世界中から集められた学生をISに乗せ、戦わせることを正当化したいのだろう。学生が死んだらどうする、という反論はあるだろうが、ISという兵器がそれを覆す事ができる。

 

 

絶対防御という、搭乗者を比較的安全に保護するシステムこそが、彼等にとっては都合が良い。学生を兵士として扱うには、大義名分となる。

 

 

 

「で、でも何でだよ?今までそんなこと一度なかったんだろ!?じゃあ何で今回だけそんなふざけた事を────」

 

「───アナグラムの襲撃、それが理由だよ」

 

 

椅子に全身を預けた時雨が呟く。達観したように天上を見つめながら、沈黙に包まれた少年少女達に向けて語りかける。

 

 

「アナグラムは国連も手を焼いている。規模や組織の影響力もあるが、真の理由は彼等の持つ新兵器だ。ISにも傷を届かせる兵器がある以上、国連は好きに手出しができなかった。IS操縦者が何人も倒された、その事実が大きかったからだ。

 

 

 

 

 

 

そこで、君達がアナグラムと戦い、勝ってしまった。この事実を知った連中は思ったんだろうね、新しい世代である彼等ならばアナグラムに対抗できる戦力になる、と」

 

 

今の世代の人間が自分達より優れてるのを理解したにも関わらず、彼等の判断は利用する方に傾いた。子供を守る側の人間であるはずなのに、そこまで腐り果てたのだろうか。

 

 

「アナグラムは強大だ。彼等が握る切り札の存在が、国連を及び腰にさせる。だから、自分達の兵士達は極力消費したくないんだ。アナグラムへの戦力、自分達を守る盾として残したいから。だから、君達の方が都合がいいんだ。学生であろうが、連中には関係ない。どうせ、君達の安全や生活のこととすら考えていないだろうさ」

 

「そんな───仮にも世界を束ねる組織じゃないですか!?どうして─────」

 

「それが、今の国連なんだ。世界の平和とは聞こえは良いが、守りたいのは自分達に都合の良い世界だ。誰かが犠牲になっても、平和のための礎と吐き捨てる…………つくづく、腐りきっているよ」

 

 

吐き捨てる時雨の言葉に嘘はない。彼は本気でこのやり方に否定的であり、立案した国連の議員達を嫌悪している。人の命を簡単に切り捨てられる同胞達が、信じられないのだ。

 

 

 

誰もが言葉を発することができない。当然だろう、それだけで時雨理事長の言わんとする事が読み解けたのだ。

 

 

学生でありながら、死の危険のある戦場に踏み込む『特権』を受け入れるか。無言の問いかけに答えを出す者はいない。その沈黙こそが、一つの迷いであった。

 

 

 

 

「────理事長としてなら断固反対するべきだろう。だが、僕は君達自身に決断を託したいと思う」

 

 

椅子から立ち上がった時雨が、そう言葉に出す。振り返り、照らし出された学園、広がる青い海を見渡して、呟いた。

 

 

 

「─────僕の兄は、十年前に死んだ」

 

「…………」

 

「兄は、正義感の強い人間だった。僕と同じ歳で『エデン・シード』に入り、世界から争いと悲劇を減らそうと奮発していた。

 

 

 

 

 

 

だけど、兄は壊れた。とある任務に失敗し、第三次世界大戦を起こさせてしまったこと。それでまだ幼かった僕が重傷を負ったことで、兄は手段を選ばなくなった。そのせいで、兄は天災の怒りを受けて死んだ」

 

 

身内の死を明かすその言葉は冷淡そのものであった。吐き捨てるような、噛み締めるようなその言葉はあまりにも重く響いていた。

 

 

「兄の死は自業自得だ。少なくとも、僕はそう思っている。けれど、この世界を守ろうとしていたことは事実だ。僕も兄の志は継ぎ、この世界を守っていきたい。それはIS学園も、君達に関しても同じだ」

 

 

振り返る時雨は、慈愛と悲嘆に染まった瞳で一同を見つめる。そうして、彼等に答えを問うために、言葉を紡ぎ出す。こんな事を言いたくない、そんな感情を抑え込むように、唇が裂けるまでに噛みながら。

 

 

「無論、君達の選択だ。僕は止めることも口を出すことはしない。特権を拒否して立ち去るのも当然の権利だ。

 

 

 

 

 

 

だがもし、君達に覚悟があるのなら、君達の命を僕に預けて欲しい。誰一人無意味に死なせない、僕はこの世界も、君達も護りたい! 僕みたいな卑怯な大人に許されないと思う、でも頼ませてくれ!どうか、君達の力を、命を、僕達に貸して欲しい!!」

 

 

言い終わるや否や、深く頭を下げる時雨。息を呑む一同に緊張が走る。端から見ていた千冬も眉を動かすが、止めようとする姿勢すら見えない。

 

 

理事長でありながら生徒に頭を下げて頼み込む。普通に考えれば相当の事だろう。だが、時雨には迷いはなくても覚悟はある。たとえどんな答えであろうと受け入れ、全力を尽くすという意思が感じられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな沈黙を破ったのは、唐突だった。

 

 

 

「俺はやらせて貰います」

 

 

静寂から一転、全員の視線が一人に集まる。腕を組みながら、何の躊躇いもなく答えを出したのは、龍夜だった。

 

 

「………龍夜」

 

「正直、俺はこの世界なんてどうでもいい。国連の奴等が何を考えていようが知ったことじゃない。たとえ顔も知らないヤツが死のうが────だが、俺にも約束がある。両親と交わした約束を、俺は果たす義務が、理由がある。その為には特権は都合がいい。奴等が俺を理由するつもりなら、俺だって利用してやる。いずれ奴等を引きずり落とす為にもな」

 

 

ふと、強い眼差しを下に落とす。自らの手を見つめた龍夜が、低い声で呟いた。

 

 

「………………何より、奴を見つけ出すことができる」

 

 

そこに映し出された感情の正体は、やはり掴めなかった。すぐさま普通の顔でひた隠す龍夜は、仮面をつけたように尻尾を見せようとしない。

 

 

だが、答えを決めた龍夜に続く者もいた。

 

 

「俺も、やります」

 

「………いいのかい。強制ではないんだよ」

 

「アナグラムを止めることが出来るのなら、他の誰かを守ることが出来るなら、俺はやります。『やらなきゃいけない』んじゃなくて、『やりたいからやる』んです。やる必要がないからって理由で引いたら、俺はもう俺じゃない」

 

「────君達も、同じかい?」

 

 

一夏の覚悟を受け止めた時雨が全員に確認する。答えは全員同じであった。彼女達の無言の覚悟に、時雨は深く両目を伏せた後に、

 

 

「すまない────そして、ありがとう」

 

 

そう言って、頭を下げた。彼本人としても、こんな形を望まなかったのだろう。前者の謝罪もそれが理由だと思われる。後者の感謝は、彼等の意思に応えるための礼儀でもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

「理事長、もう時間はよろしいだろう?」

 

 

「あぁ、そうだね。早速だが、説明を頼むよ」

 

 

口を開いた千冬が、そう言う。時雨がそれに応えると、千冬はあるタブレットと小型機械を取り出した。それを理事長の机に並べながら、話し始めた。

 

 

「お前達が特権を手にするということは、アナグラムとの戦いはほぼ間違いなく起こるだろう。そのために、基本的な情報を共有しておく」

 

「情報………もしや、噂されているアナグラムの新兵器ですか?」

 

「そうだ。だが、これは国連内で最重要機密と定義されている。情報が漏洩した場合、諸君には数年の拘束及び監視措置が取られることを覚えておけ」

 

 

ラウラの疑問に答えながら、鋭く釘を刺す。全員の沈黙を了承と受け取った千冬は、近くの機械を操作した。

 

 

 

「まず、これを見て貰おう」

 

 

ホログラムとして映し出されたのは、一ヶ月前の戦いの映像であった。一度それを見た者達は気にせず観察を続け、初めて見たであろうシャルルとラウラは瞳に映る光景に絶句していた。

 

 

──禍々しい液体と、突如発生した水から姿を現した青年。彼の纏う、ISでもない正体不明の装備を。

 

 

 

「一ヵ月前、IS学園を襲撃してきた『アナグラム』。その一構成員が使った武装だ。奴曰く、銘を『セイレーン』」

 

 

「『セイレーン』、神話上の人魚姫ですか。確かに、この男の装備はそれを模しているようですが、これは────」

 

 

「────『幻想武装(ファンタシス)』。そう名称されたこの兵器は八神博士の立案していた計画の一つ、その副産物だった」

 

 

ピクリ、と龍夜が反応する。目の前に提示されたのは、千冬の説明を証明するかのようなデータ。企画書や精密に記録された設計図に、龍夜は平然を装いながらも、ウズウズしているのか足で床を叩いている。

 

 

その間にも、説明は続く。

 

 

「科学の力で神秘を、幻想(ファンタジー)を再現する『エンシェント・ギア=プロジェクト』。八神博士を主体としたその計画は実行段階にいくその直前で凍結された」

 

 

ほぉ………と感心する龍夜。何か思い付いたのか提示される無数の設計図に視線を向けながら、ブツブツと考え込む彼に苦笑いしていた一夏はふと、引っ掛かった所があった。

 

 

「…………八神博士、か」

 

「何よ、一夏。アンタまさか博士のことも知らないとは言わないでしょうね?」

 

「そんな訳ないだろ。八神博士のこと、小学生でも知ってるぞ」

 

 

馬鹿にされてると感じたのか、ムッ、と不満を覚えた様子の一夏。否定するように、自分が覚えている八神博士についての情報を口に出した。

 

 

「────世界トップの兵器開発者であり、世界中に宣戦布告をし、第三次世界大戦を引き起こした大罪人。数億の人間の命を奪った戦争犯罪者、だろ?」

 

 

実際、それが世間一般の常識だ。八神博士は単独で第三次世界大戦を起こした歴史上類を見ない凶悪な犯罪者。その凶悪から八神博士のことを擁護する意見を出した者は世界中からバッシングを受け、炎上するまでである。

 

 

一夏が言った通り、小学生でも授業で教わる程の人物だ。彼の悪名は何百年経とうと消えることはない、とまで言われている。

 

 

 

なのに、だ。

 

 

 

 

「………戦争犯罪者、か。どうだろうな」

 

 

達観したような龍夜がそう呟く。すぐに興味なくしたように設計図を見続けるその顔は、あまりにも冷たいものであった。

 

 

「……………」

 

「───────、………」

 

 

沈黙を貫く二人。腕を組んで黙っている千冬は何も言うつもりはないのか無言、両目を閉ざして意識を外しているようにも思える。その割には意図しない怒気が微かに滲んでおり、ピリピリとした空気が出来ている。

 

 

対して、時雨は複雑そのものであった。激しい罪悪感と後悔、何かへの怒りに身を委ねかけている彼だが、正気を保っているらしく、悟られぬようにその顔にはポーカーフェイスを刻んでいる。

 

 

どこか申し訳なさそうに時雨が千冬に小さな声で呼び掛けると、彼女は伏せていた両目を静かに開けた。

 

 

「話を戻す。…………今映された二つのアイテム、『カオステクター』と『メモリアルチップ』、これが幻想武装(ファンタシス)の鍵となるアイテムだ」

 

 

操作された機械が照らし出した画像に、二つのアイテムが存在していた。小型の装甲らしきガジェットと、マイクロチップを大きくさせた形のアイテム。

 

片方を凝視していたシャルロットが疑問を投げ掛ける。

 

 

「織斑先生、メモリアルチップとはどのようなものですか?」

 

「ファンタシスの装備のデータを内蔵した小型メモリ。アレにはISのコア同様、膨大な情報が蓄積している。各々のメモリに適応した武装、能力、仮想神秘を実現させる構築式。

 

 

 

 

 

その名は全て、神話や空想、幻想にあるとされた存在から取られている」

 

 

だからこそ、『セイレーン』と呼称されたのだろう。『水』と『音』という自然現象の力を、武器として扱い、自らの能力として振るう。ISでいうなら、あのメモリは待機状態と同じなのだろう。

 

 

「そして、『カオステクター』は『メモリアルチップ』に内蔵された『幻想武装(ファンタシス)』を構築・展開を行うガジェットだ。

 

 

 

 

ガジェット内部の、スライドパーツに隠れるようにあるコネクタに『チップ』を差し込むことで、チップ内の構築式のデータを演算し、実体を作り出すという機能になっている」

 

 

メモリアルチップがフィルムなら、カオステクターは映写機である。チップ内に組み込まれた装備のデータを読み取り、投影させる。

 

 

軍隊を一人で相手に出来る程の強大な兵器。それもIS同様、一人の人間が持ち込める代物。アナグラムの組織としても、千冬の見せたデータからしても、ファンタシスは十以上存在していることになる。

 

 

ISという規格外がなければ、兵器としての評価は高いものであっただろう。

 

 

 

「────流石は篠ノ之博士に並ぶとされた天才だ。設計図だけとはいえ、これだけの武装をデータとして作るとは。流石は俺が尊敬する科学者の一人、天才の片鱗がヒシヒシと感じられる」

 

 

本気の賞賛を口にする龍夜。武器やアイテムを造る側の人間として、常人から理解されないであろう天才は自分にとって格上に位置する憧れであると。自らの才能を理解し、周りから気味悪がられてきた天才だからこそ、だろう。

 

 

 

故に、彼は一つの疑問を呈示した。

 

 

 

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「………え?」

 

「ISにはエネルギーが存在している。ISのコアがそのエネルギーにより装甲や武器、絶対防御を形成している以上、エネルギーの存在は不可欠であるはず。それはファンタシスも同じであるなら、これのエネルギー源は何処にある?」

 

 

先程の例え、フィルムと映写機でも説明は出来る。これら二つが揃っていても、動力となる電気が無ければ動かない。

 

 

車が動くにはガソリンや電気がいるように、人間が生きるには血液や酸素が必要であるように。

 

エネルギー無しで動く兵器は存在しない。それは古来の事象から証明されている事実だ。

 

 

「お前の読み通りだ、蒼青。データを内包するチップ、チップから読み取った装備を投影するガジェット。それらにはエネルギーを増幅させる機能はない。

 

 

 

 

その役割を担うものこそが、これだ」

 

 

言葉に応じて画面が転化する。何らかの計画書であった。事細かく記されたデータの一番上には全ての文章の意味となる単語。

 

 

 

───UROBOROS・NANOMACHINE

 

 

「ウロボロス、ナノマシン?」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

時は数日前に戻る。

織斑千冬がエレクトロニクス機社日本支部に在中していたアレックス・エレクトロニクスと対談していた。アレックスが話したのは、『幻想武装』の話をしている最中、その単語が唐突に出てきたのだ。

 

 

「ウロボロス・ナノマシン………?何だそれは」

 

「まぁ、お前が知らなくても当然だ。このオレが独自に作り、『幻想武装(ファンタシス)』に補強したのだからな。無論、トップシークレットだ」

 

 

そう言いながら若手社長が取り出したのは、一つのビン。中に入っている黒い液体が、揺れに応じて波打っている。

 

 

だが、千冬はすぐに察知した。その液体の異変、『それ』が液体ですらなくなってることに。動く度に、霧上になったり、砂粒のように固化していることに。

 

 

「ウロボロス・ナノマシンは、エネルギーでもあり、物質でもある」

 

「………何?」

 

「言い方を変えよう。ウロボロス・ナノマシンは全ての物質、エネルギーになれる可能性の塊だ。ナノマシンを操る人間の意思に応じて、な」

 

 

ビンの蓋を開けるアレックス、その手に黒い液体が落ちる。ポト………ッと、液体は掌に溢れた。なのに、流れ出さない。手の中ではその液体は固まっており、アレックスは力を込めて握り潰す。

 

 

指と指の間から、黒い原子の塊が意思を持った蛇のようにのたうち回る。アレックスの意思により変化させていくウロボロス・ナノマシンは、一つのキューブへと変わった。

 

 

その四方体を前に、アレックスは高揚の笑みを刻み、言葉を紡ぐ。

 

 

「粒子と粒子の結合、他物質の粒子の複製、素粒子への強制的な作用、これら全てを意識によって制御する。それこそがウロボロス・ナノマシン。世界の常識を塗り替える力であり、無限(インフィニット)を越えるためにオレが作り出した力だ!」

 

 

 

 

 

 

「成る程な、お前が先生の一番弟子である事を実感させられた。経営者以前に、科学者としての才もあるとはな」

 

「そうやってエレクトロニクスを大きくしてきた。どんな敵も潰し、接収してきた」

 

 

昔馴染みなのか、気安く語り合う二人。だが、二人の間には確かな壁があった。お互いが拒絶しあってるというものではなく、相容れないものであるという空気が。

 

 

世界を守ろうとする守護者と、破滅を望む破壊者のように。

 

 

「────お前が開発した全ての『作品』のデータは確かに受け取った。私はもう帰らせてもらう」

 

「ふん、ならとっとと帰れ。こっちは今日の予定を全部弾いたんだ。後で予定の練り直しを───」

 

「────その前に、一つだけ聞かせろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は、何を企んでいる」

 

 

「答えは十年前、あの日に出したはずだが?」

 

 

かつて一人の先生の教え子であった二人。それぞれの道を歩む彼等の見据える未来は全くの別のものであった。



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第22話 臨海学校

一部の話はカットする。正直水着の件は原作通りの話ですので、書く必要ないかなと思いましたので。

あと、ここからは原作では福音編になりますが、ストーリーそのものにオリジナルがありますので、確認をしてから読むことを推奨します。


「海っ! 見えたぁっ!」

 

 

バスの後ろの座席で眠りに落ちようとしていた龍夜の耳に、クラスの女子の声が響く。前方の声に怪訝そうに首を動かした途端、視界いっぱいを光が照らした。

 

 

「………騒ぐ程でも無いだろうに」

 

 

眩しい光に当てられ、目を擦る龍夜が愚痴のように漏らす。眠気による欠伸を抑え、飲み込む。外の光景に元気そうに騒ぐ女子達を他所に、ふと思考を働かせた。

 

 

 

 

───7月上旬に始まる校外特別実習期間、又の名を臨海学校。今回の行事は一年全員が参加する事になっており、野外でのISの訓練になる。だが、それだけなら女子等が騒ぐ理由にはならない。真の理由は、自由時間である。

 

 

現場となる場所は海の近く、それも今は夏。遊べる時間もあるのだから、盛り上がるのは当然というべきか。

 

 

唯一、反応が薄いのは龍夜のような────インドア派の人間だろう。そう思っているとスマホの中で電子妖精が元気そうに笑う。

 

 

 

『まー、マスターって外に出る事自体嫌いだからねー。そもそも学校も行ってないから行事自体今回が初めてだよね!』

 

「当たり前だ。誰が行くか」

 

 

信頼できる相手である家族以外の人間と外に出て動き回るなど、今でも鳥肌が立つ。昔なら嫌悪のあまりに絶対に休んでいただろう。いや、そもそも学校すら行ってないから対処など考えても意味がないのだが。

 

 

「え?龍夜さん、学校に行ってないんですか?」

 

「………?言ってなかったか?」

 

「少なくとも、わたくしは聞いてませんわ」

 

 

前の席のセシリアが気になったのか、そう聞いてくる。少し不服そうな彼女に龍夜は首を傾げた。話してなかったのは事実だが、聞いても面白い話でもないだろう。

 

 

そう思っていると、ひょこっとラウラが席の間から顔を覗かせる。話の間に入ってきた彼女は単刀直入に言ってきた。

 

 

「だが、婿は学校になど固執してないだろう。それに、満足な生活を出来てたはずだからな」

 

「……まぁな」

 

 

今回ばかりは、彼女の言葉が正しかった(尚、呼び方は絶対に間違っている)龍夜本人、学校に行けなかった事を悔いてる様子もない、正直行かなかった事を当然と受け入れている。

 

そんな話を軽くしていると、黙って聞いていたセシリアがふと食いついてきた。

 

 

 

「…………お待ちくださいまし。どうしてラウラさんが知ってるような話し方をしていますの?」

 

 

「知ってるも何も、私は婿の過去を少しだけ見たからな。後、家族の顔も覚えたぞ」

 

 

「───わたくし、初耳ですけれど!?」

 

 

「言う程でも無いだろう」

 

 

勢いよく憤慨するセシリアに、平然と対応するラウラ。自分達で仲直りしたらしく、基本的に関係は悪いわけではない二人だが、龍夜のことになるとよく食いかかる事が多い(主にというかほとんどセシリアの方が)

 

 

飽きないな、と適当に前の席での口論を聞いていると、一番前の席にいた千冬が声をあげる。

 

 

「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと着席していろ」

 

 

たった一声で騒がしかったクラス一同が静かになる。数ヵ月でこのくらいの切り替えの早さ、流石は元教官と納得する龍夜。

 

 

言葉通り数分してから、目的地である旅館に辿り着いた。合計4クラス分の生徒の乗った四台のバスが綺麗に並び、全員がすぐさま整列していく。

 

 

 

「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

 

 

「「「よろしくおねがいしまーす!」」」

 

 

花月荘と呼ばれる旅館の前に立つ着物姿の女将に、全員が挨拶を響かせる。女性は元気のある一同に感心しているようなことを言う。会話の内容からして、今回が初めてではなく、何度も臨海学校として訪れているらしい。

 

 

 

「あら、そちらの子達が噂の………?」

 

 

「ええ、まあ。今年は男子が二人もいるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」

 

 

「いえいえ、そんな。それに、二人ともいい男の子じゃありませんか。しっかりしてそうな感じがありますよ」

 

 

「感じがするだけです。実際のところ二人とも手のかかる問題児ですよ」

 

 

 

(………言われてるぞ、問題児その一)

 

 

(俺もそうならお前もだよ、問題児その二)

 

 

上品な立ち振舞いと如何にも大人の女性というべき雰囲気の女将と千冬の会話を前に、小声で言い合う二人。龍夜自身問題児というレッテルは不服なのだが、千冬に叩かれてる回数は十回は越えてるのであまり文句をいえる立場ではないというのも理解している。

 

 

そんな風に(小声で)言い合っていると、千冬から「挨拶をしろ、馬鹿ども」と急かされた。二人は慌てて女将に向き直り、挨拶をする。

 

 

「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

「…………蒼青龍夜です、よろしくお願いします」

 

「うふふ、ご丁寧にどうも。清州景子です」

 

 

女将──清州景子は薄く微笑み、頭を下げる二人に丁寧なお辞儀で返す。流石は女将だな、と感心している龍夜だが、その視線が目の前を向いて止まった。

 

 

「…………」

 

「?どうした?龍夜」

 

「………」

 

クイ、と顎で示す。それだけの意思表示に一夏は怪訝そうになりながらも龍夜の視線の先を探していた。そして、すぐに見つけた。

 

 

 

 

旅館の入り口────その影から覗き込む三つの人影を。

 

 

 

 

 

 

 

 

「───ほわわわ、兄貴。ホントにIS学園の学生達だよ、可愛い娘が多いってのはホントなんだね」

 

 

「ウム、それにあの二人。良い身体付きをしている………実に、好ましい」

 

 

「────馬鹿ッ!大きな声出すな!体を出すな!お袋にバレたらどうする!サボってた罰でメチャクチャシゴかれるって分かってんの──────ヤベッ!」

 

 

同年代と思われる従業員の制服を着た三人組。黄色いバンダナで口を隠す大人しそうな青年、捲し立てた右腕に青いバンダナを巻いた屈強な青年、そして赤いバンダナで眼帯のように片目を隠した青年。

 

 

入り口から此方を凝視している三人だが、それに気付いたのか目の前にいた二人の視線を理解したのか、女将がすぐさま振り返る。

 

 

慌てて奥へと戻る三人を見て、困ったように笑う。

 

 

 

「あら、またあの子達ったら」

 

「………あの、あの三人は?」

 

「うちの息子と、そのお友達です。今は従業員として働いていて、ちゃんと頑張ってるんですよ。

 

 

 

 

 

けれど仕事をサボってたらしいので、少し仕事を増やしておこうと思っています」

 

 

同じはずの微笑みが、冷徹なものに感じられた。どれだけ穏やかに見えても、身内に厳しいのは当然の摂理か。下手の好奇心のあまり、仕事を増やされるであろうあの三人組に黙祷を送る一夏と、呆れ果てる龍夜であった。

 

 

 

それから、女将に先導され旅館内に案内される生徒達。事前に決められた各々の部屋に荷物と共に入っていく女子達を見ながら、男二人は取り残されたように立ち尽くしていた。

 

 

少し経ってから一夏が気になったように口を開く。

 

 

「………なぁ、俺達の部屋って何処なんだ?」

 

「…………俺に聞くな、知りたいのは同じだ」

 

「んー?おりむーとりゅーやんの部屋ってまだ分からないの~?遊びに行こうと思ってたのに~」

 

 

眠たそうにしながらおっとりとした動きで近寄ってくる本音。いつもみたいにマイペースな対応に意識を向けるのではなく、龍夜は彼女の言葉に頭を動かす。

 

 

そしてすぐに、答えを見出だした。

 

 

 

(───もしかして、部屋について皆が知らないのは対策だからか?)

 

「織斑、蒼青、お前たちの部屋はこっちだ。着いてこい」

 

 

考えていると、千冬からそう呼び声が掛かる。二人は自分の荷物を持ってから千冬の後を着いていく。廊下は歴史のある内装をしており、如何にも年代が過ぎたという雰囲気がある。なのにも関わらず、エアコンや設備は昔のものではなく、現代でも使われている最新鋭のものばかりだ。エアコンに小さく記載されている『エレクトロニクス機社』の名が目に写った。

 

 

「ここだ」

 

「え?ここって………」

 

 

着いた部屋の前に来て困惑する一夏。正直、無理もないだろう。部屋のドアには『教員室』と書かれた紙が貼られているのだから。

 

大体察した龍夜の前で、千冬が説明をする。

 

 

「最初は個室という話だったが、それだと絶対に就寝時間を無視した女子が押し掛けてくるだろくという事になってな。結果、織斑は私と同室だ」

 

「………では、まさか俺も」

 

「ああ、お前は山田先生と同室という事だ」

 

 

流石に龍夜も、はいそうですか、と答えられる程の話ではなかった。一夏や千冬は姉弟だから同室に問題ないが、山田先生との同室は厳しいのではないか。

 

 

「勘違いするな、これは山田先生からの提案だ」

 

「………マジですか?」

 

「当初はお前達二人くらい見てやるつもりだったが、姉弟二人の方が良いと山田先生と言われてな………全く、余計なお世話だというのに」

 

 

一応納得して、荷物を持ってもう片方の部屋の扉を開ける。山田先生は用事なのか今は居なかった。そのまま部屋へと入ろうとする龍夜だが、千冬から呼ばれた。

 

 

 

「山田先生も教師とはいえ女性だ。手を出さないように」

 

「俺の事何だと思ってるんですか………一夏じゃないんだから有り得ませんよ」

 

「ほお、面白いことを言う。私が言うのもなんだが、織斑とて女子に簡単に手を出すような奴ではないぞ?あまりにも鈍感だしな」

 

「故意じゃなくても、偶然とかあるでしょう。コイツの場合、そういうのが多いはずですから」

 

「………なるほどな、確かにそれは否定できないな」

 

 

すぐに不満そうな顔で異議を唱えてくる一夏だが、龍夜がその具体例を提示すると言葉に詰まっていた。思わず呆れながら、彼は部屋の扉を閉めて、荷物を整理することにした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「……………」

 

「……………」

 

 

更衣室のある別館へと歩いていた一夏と箒。本来ならば二人っきりで互いに何を話すのか悩むような事態だが───片方が愚鈍だから悩むことなんてないとか言わない───二人は言葉を発することはなかった。

 

 

それは後ろの方から見掛けた龍夜ですら分かる異常であった。

 

 

「………何してる、お前ら」

 

「あ、龍夜。実はなぁ………」

 

 

一夏が困ったように口ごもっている。ん?と龍夜すら怪訝そうな顔して一夏の後ろに視線を向け────硬直する。肉体も、思考も、全てが。

 

 

 

────ウサミミが、生えていた。

その場にあるのではなく、普通に植物のように生えているのだ。ウサギの耳というより、文字通りバニーガールが付けるような『ウサミミ』が。

 

機械的なそれはヒョコヒョコと揺れている。その前には『引っ張ってください』という張り紙がしてある。

 

 

「なぁ、箒。これって───」

 

「知らん。私に訊くな。関係ない」

 

 

バッサリと言い切る箒。瞬間に機嫌を悪くさせる彼女に、一夏は思い悩むように頭を掻いていた。

 

そんな二人を他所に、龍夜は『ウサミミ』へと近付く。腰に巻いたバッグから小型の検温器らしきアイテムと小さなポッドを取り出す。

 

 

「?それ、そのポットは何だ?」

 

「『モルフォ・カプセル』、俺の発明品の一つだ。何かあった場合はコイツが反応するからその際は避難しろ」

 

 

検温器らしきもので『ウサミミ』を確認にした後、その近くの張り紙を照らすように動かす。銃で言う激鉄の部分にあるモニターを見てから、口を開いた。

 

 

「───何だこれは、普通の『ウサミミ』じゃない。内蔵されている機械は普通の構造のものでは造れない。それにこの動き………ゴム?いや、ナノファイバー?どんな物質で、どんなパーツで自然な動きを再現しているんだ!?こんなの、異次元的だ!!」

 

 

口数が増え、声高らかに叫ぶ龍夜は明らかに興奮している。科学者として自分にとって桁違いなものを見つければこうなるのか、彼は一夏や箒に目もくれず自分の世界に溶け込んでいた。

 

 

「………えーと、抜いた方が良いよな?」

 

「好きにしろ。私には関係ない」

 

 

本気で関わりたくないのか、その場から去っていく一夏。その理由を理解できている一夏は本気で困り果てているようだった。結果、仕方ないという様子で『ウサミミ』に近寄る。

 

 

「おい、おいおい、一夏!邪魔するな!今絶好の機会なんだ!この『ウサミミ』をスキャンすれば、手を出さなくても内部構造だけを確認できる!少しの間!少しで良いからさ、邪魔を─────」

 

「そうは言ってもなぁ、これは絶対束さんの仕業だし………」

 

「────は?篠ノ之束?」

 

 

ウキウキとしながら、色んなアイテムを取り出して解析を始めようとする龍夜だが、一夏の発言に再び思考を停止させた。

 

その隙を付くように、横を通り過ぎた一夏は『ウサミミ』を両手で掴んだ。慌てて正気に戻った龍夜が「お、おい!まだ解析が……」と止めようとするが、遮るように一夏は訊いてみた。

 

 

「なぁ、龍夜。束さんってお前の憧れなのか?」

 

「───フッ、お前にしてはよく分かってるじゃないか。篠ノ之束の偉業と才能を、俺はよく理解している。あの人は俺よりも格上に位置する………正真正銘真の天才だ。子供の頃から見たあの凛々しさと天才としての風格、今でも目に焼き付いているさ」

 

「…………あー」

 

 

話を逸らそうとした質問が、龍夜にとって引き金であったのか、捲し立てるように淡々と話し始めた。その言葉の節々には熱が籠っており、彼女への並々ならぬ憧れを示している。

 

 

ペラペラと情熱的に語る龍夜に、何と言うべきか躊躇う一夏。彼の反応に、どう説明するべきか、難しい答えに悩まされているのだろう。

 

 

そんな最中、一夏が引っ張った『ウサミミ』が地面から外れた。力を入れすぎたのか、思いっきり仰け反る彼に、龍夜も熱が途切れたのか、呆れながら駆け寄る。

 

 

 

 

その瞬間、独創的なサイレンが鳴り響いた。

 

 

『ピーッ!ピーッ!範囲内に飛行物体を確認!此方へと接近しています!マスターと登録者は衝撃に気を付けてください!』

 

 

龍夜が地面に置いていたポット型のカプセルが点滅すると共に、上の蓋を展開させる。すると一瞬で全身が変形していき、蝶の形をしたガジェットへと変わっていた。

 

パタパタと周囲を飛び回るガジェットに一夏は思わず愕然としていた。

 

 

「うお!変形した!?スゲェ!」

 

「馬鹿!んな事言ってる場合か!飛行物体がここに来てるって言ってただろ!早く避難し─────」

 

 

 

 

 

ドカ────────ン!!

 

 

そんな盛大な音と共に、謎の飛行物体が突き刺さった。その形を目の当たりにした二人が、口に出す。

 

 

「に、にんじん……?」

 

 

そうは言っても、現実的なにんじんではなく、イラストでよく見るようなタイプだ。戸惑う一夏の他所で龍夜は激しく困惑していた。そのにんじんがウサミミと同じようにハイテクな技術が使われていることに、言葉が出ないらしい。必死に捻り出した言葉が、「………あ、あ?え、え……えぇ!?」だけである。

 

 

 

直後、にんじんが真っ二つに割れた。比喩抜きの、言葉通りの意味で。

 

 

 

「───あっはっはっ! 引っかかったね、いっくん!」

 

 

その中から笑い声と大きな演出と共に姿を見せたのは、一人の女性。紫色に近い髪に、青と白のワンピース───物語で言う『不思議の国のアリス』の主人公 アリスが着てそうなもの───を着込んだ彼女はふふん、と嬉しそうに鼻を鳴らす。

 

 

パクパク、と声すら出せなくなった龍夜。最早餌のために口を開閉させる魚のようになった彼を差し置き、一夏が話し掛けた。

 

 

「お、お久しぶりです、束さん」

 

「うんうん!おひさだね、本当に久しいよねー!ところで、いっくん。箒ちゃんはどこかな?さっきまで一緒だったよね?もしかして、おトイレだったり?」

 

「………えっと」

 

 

 

「た、た、たた………束さん!?ま、まさか篠ノ之束、さんッ!!?」

 

親しげに話す一夏の会話でようやく確信する。いや、理解させられる様々な感情が渦巻き、脳がオーバーヒートしかけていたが、遂に受け入れた。目の前にいる彼女こそが、自分の憧れていた天災にして天才、篠ノ之束であると。

 

 

その場に立ち尽くすしかない龍夜だが、その声が聞こえたのか束が振り向く。途端に、彼女はスタスタと駆け寄ってきた。そして開口一番、

 

 

 

 

 

 

 

「────()()()()()()()()()()!」

 

 

純粋な笑顔を浮かべながら、彼女は龍夜の手を取る。握られた時に「ヒュッ」と喉の奥から変な音を鳴らす龍夜は、本気で緊張しているのが分かる。

 

 

気にしていないのか、理解しているのか、篠ノ之束は楽しそうに言葉を紡ぎ出す。

 

 

「君と同じく、ずっと前から束さんも君に会いたかったんだよね!何を話せば良いのかなー、多すぎて困っちゃうよ!ホントに!」

 

「…………ま、マジすか」

 

「───あ!そうだった!今は箒ちゃんに会わないといけないんだった!ごめんね!りゅーくん!夜になったらまた会いに行くから!待っててね!箒ちゃぁーーーんっ!!」

 

 

勢いに身を任せるように立ち去る束。まるで嵐、ていうか嵐そのものだ。天災という名も頷けるものである。箒が去っていった方に駆け出していった彼女を見つめるように、一夏が龍夜に寄りながら言う。

 

 

「流石だよな………束さん。箒に会いに行ったけど、大丈夫か?」

 

「────」

 

「ていうか、龍夜すごいな。初対面なのに束さんがあそこまで気に入るなんて、滅多にない事だぞ?もしかして、束さんとどこかで会ったのか?…………おい、龍夜?」

 

 

一言も喋られない青年に疑問を覚えた一夏が肩に手を置く。その瞬間、バランスを崩したように龍夜が砂浜へと倒れ込んだ。

 

 

「っ!龍夜!おい、大丈夫か!?」

 

 

「──────」

 

 

「ま、まさか」

 

 

近寄ってすぐに様子に気づいた一夏。震える声で、噛み締めるように呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────し、死んでる」

 

 

当然、死んでない(当たり前である)一夏なりの冗談だったが、本気で気を失った龍夜を心配して動き出す。

 

 

憧れの人に対面した喜びと興奮、その他多くの感情によりキャパオーバーを迎えた龍夜は満足そうな笑顔で真っ白に燃え尽きていた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

『────新型の調子はどうだ?ナターシャ候補生』

 

 

とある施設、存在すら基本的に明かされていないアメリカの軍事基地。『名前のない基地(イレイズド)』と名称されたその基地のピットと連結した一面真っ白な実験ルームで、一人の女性と一つのISが存在していた。

 

 

 

「グレイグ司令官、新型なんて呼び方はやめてくださいね。この子にはちゃんとした名前が、『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』って名前があるんですから」

 

『………そうだったな、訂正しよう』

 

 

通信を交わす相手は、引き締めたような態度で受け答えする。新型のISに乗りながら親しげに話していた女性が、苦笑いを浮かべていた。

 

 

『さて、ナターシャ候補生。今回の実験については問題ないな?』

 

「大丈夫ですって。少し過保護気味ですけれど?」

 

『………からかうのはよせ。司令官としての威厳が立たん』

 

「ご冗談を。親子の会話に問題なんてないでしょう」

 

 

クスリと笑いながら告げる女性 ナターシャ・ファイルスに壮年の司令官 グレイク・ファイルスは本気で疲れたような溜め息を吐く。

 

長年米軍に所属する父親とIS操縦者となった娘、二人の関係は悪いものではなく、むしろ良好なものだった。あくまでも基地では司令官として振る舞う父とそれをからかって楽しむ彼女は、基本的に厳しい基地に所属する兵士達にとって、微笑ましいものであった。

 

 

今回、彼女等が行うであろう実験は新型ISの試験稼働である。アメリカとイスラエルが共同で開発し、エレクトロニクス機社が全面的に支援した結果、完成したIS、それこそがナターシャの纏う『銀の福音』であった。

 

 

今から始まるであろう試験稼働の前に小言を入れられたナターシャがピットの射出口で待機する。開始の合図を示すカウントダウンを聞きながら、彼女はうすく微笑む。

 

 

 

自らの纏う、銀色のISへと。

 

 

 

 

 

(────一緒に、空を飛びましょう)

 

 

 

 

 

 

 

 

飛び立とうとした直前に、異変が起きた。

 

 

「…………ん?」

 

『どうした、ナターシャ』

 

「司令官、少し問題が。見たこともないファイルが送られてきました」

 

『何?……………いや、待て。お前の言う通りと思われるファイルが此方に送られてきた。これは、上層部からか?』

 

 

混乱する声と険しい司令官の呟きを訊き、ナターシャはふと、目の前のディスプレイに浮かぶ中を確認する。一番最初に目に入った文字列を、自然と口にしていた。

 

 

 

 

 

 

「────『アナグラムの協力関係にある集落の攻撃及び殲滅について』?」

 

 

 

 

言い終えた直後に、ピット内の電源と司令室との通信が途絶えた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「───これより、作戦を開始する。………めんどいけどねー」

 

 

 

同じ軍事基地のメンテナンスルーム。本来であれば複数人の兵士により監視だけが必要なその一室に、アナグラムのメンバーであるジールフッグは立っていた。

 

 

気怠げそうに傾けた首をゴキリと鳴らし、左手で方に取り付けられたカオステクターを右手に装備してから、ポケットからあるものを取り出す。

 

 

悪魔とも妖精とも見える黒い影のシルエットのある『灰色のメモリアルチップ』。指で弾いたそれを掴み取り、カオステクターへと差し込んだ。

 

 

 

【───グレムリン!】

 

 

複数の声が混じったような不気味な音声。周囲へとかき消える声を無視し、ジールフッグは右手に装備したカオステクターを構える。

 

 

スライド式の装甲を、掌で深く押す。その上で、告げた。

 

 

 

幻想(ファンタジア)───降臨(インサート)

 

【カオス・オーバー!】

 

 

不協和音のような笑い声が響く。聞くものを不快にさせ、嫌悪感を覚えさせるような声音。悪戯を望み、明け暮れる悪い妖精達がその場にいるような感覚が、周囲に生じる。

 

 

ビキビキ、とジールフッグの血管が黒く変色する。足元から流れ出た黒い液体が、彼の体内に存在する『黒』に呼応するように肥大化する。

 

 

『ウロボロス・ナノマシン』、ある男の手により開発された物質が、ジールフッグの体内でエネルギーへと変換される。カオステクターを起動させ、幻想を形にした外装を纏う動力となっていく。

 

 

 

 

突如、ジールフッグの左右の空間が捻れる。ウロボロス・ナノマシンを中心として発生した渦は、彼の体に比類する大きさの丸い鋼鉄の塊。いや、見方を変えればそれは半円形であった。

 

 

ジールフッグが指を鳴らせば、左右の半円形が動く。相対するように並ぶ同形状の物体と合体するように、ジールフッグを押し潰した。四方向に接合された爪が固定するように絡み合い、凄まじい速度で回転していく。

 

 

瞬間、球体が一気に弾け飛び、中にいたであろうジールフッグが蒸気と共に姿を現した。

 

 

 

 

悪魔や妖精を連想させる造形の『幻想武装(ファンタシス)』を纏うジールフッグ。ニタリ、と不適な笑みを刻む。

 

 

 

 

「さぁ、ゲーム・スタート───っても、こんなのボーナス・ステージみたいなもんだけどね」

 

 

両手を軽く振るう。鋭い爪らしきマニピュレーターの部品がカチカチと動き、目の前に出現したキーボード状のディスプレイを十本の指で叩く。

 

 

シフトのキーを押した直後に、背中に浮遊する半円形のモジュールが開く。装甲と装甲の隙間から伸びた無数のケーブルが辺り一帯の大型コンピューターに絡まっていく。

 

 

 

ワイヤーの先にあるUSBコネクタを差し込み、その先から大型端末の内部システムへと入り込む。後は簡単だった。膨大なプロテクトの敢えて強固な部分からハッキングを行い、打ち破った瞬間に対応が追い付かないように乗っ取りを繰り返し、遂にはシステムを完全に制御下に置く。

 

 

 

数秒もしない内に、手を止めたジールフッグが欠伸をする。退屈そうな、一息だった。今現在、メインシステムにハッキングを行ったジールフッグによって、この軍事施設は完全に外界から遮断され、彼の手に支配された。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「施設内のネットワークが遮断!外部との連絡も出来ません!」

 

「………上層部への救援を防ぐためか。ナターシャの『銀の福音』との個別通信は繋がるか?」

 

「────駄目です!強固な電波ブロックが掛かっています!予備回線も、ゲート内部の連絡も通じません!」

 

 

チッ! と舌打ちを隠さずに、司令官 グレイクは苛立ちを滲ませる。近くの壁を殴り付ける彼は、拳に響く鈍い感覚により、熱を帯び始めていた感情を静める。

 

 

落ち着き始めるや否や、冷静に考えを回らせる。

 

 

(狙いはナターシャ、いや『福音』か。基地の全権限まで奪わない所を見るに、福音の回収に力を入れてるようだな。どこの馬の骨が探りを入れてきたかは知らんが………)

 

 

「…………基地内部の兵士達の位置情報を確認しろ、動けるものはいるか?」

 

「休憩時間の兵士達の大半は自室に監禁されてます!扉にロックが掛けられてるようです!────『ハウンティングドッグ隊』、『ヴェノムスネーク隊』、二部隊と通信が取れました!動けます!」

 

「よし、そいつらに通達だ。他と合流して部隊を編成し、ナターシャ・ファイルスの救援に向かわせろ」

 

 

了解! と動き出すオペレーター達から視線を外し、監視カメラから遮断されたであろう暗転をするモニターを睨み付ける。司令官はその間、思考を働かせていた。

 

 

 

(だが、何故今になって攻撃をしてきた?タイミングが可笑しすぎる。実験の存在を知っていたような動きに見えるのは気のせいではないはずだ。

 

 

 

 

 

 

まさか、さっきのデータファイルが関係しているのか?)

 

 

その瞬間、すぐ隣のオペレーターが慌てて声を荒らげた。

 

 

「ッ!侵入者です!閉鎖された隔壁を突破しながら進んでいます!狙いはナターシャ・ファイルス候補生と新型かと!」

 

「近くにいる部隊を向かわせろ!連携して対応すれば問題ないはずだ!敵について何か情報があるか!?」

 

「そ、それが………」

 

 

言い淀むオペレーターの様子に怪訝そうになる司令官だが、すぐに話すように促した。口を開いたオペレーターの語る言葉に、司令官は言葉に出来なかった理由を理解した。

 

 

 

 

「一人です!今現在、隔壁を破ってきている敵はただ一人で侵攻してきています!」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

轟音が、一帯に反響する。

 

 

爆発すら防ぐ程の分厚い扉が吹き飛ばされたのだ。凹んだ鉄の扉だった残骸が、近くの壁に激突する。

 

 

暗闇の奥から伸ばした脚を、静かに引っ込める。有り得ない事だった。まさか防弾用の扉を生身の蹴りで破壊したなど、誰が納得できようか。

 

 

踏み込んできた相手は、誰かに話しかけるような口調で語りかける。

 

 

「────流石は『名前のない基地(イレイズド)』、テメェらの拠点を見つけんのは骨が折れたぜ」

 

 

両手をポケットに仕舞い込んだイルザが、そう呟く。彼の視線の先には、数十人の兵士達が待ち構えていた。道を塞ぐバリケードのように、隙間を作らぬように展開された陣形は、洗礼されたものに見える。

 

 

ヒュウッ、と口笛を吹いたイルザは腰に手を置き、笑いながら話し始めた。

 

 

「速ェな、流石は『十英雄』の一人が指揮する特殊部隊。俺としてはもう少し時間が掛かると思っていたが………案外侮れねぇな。ま、嘗めてるつもりはねぇが」

 

 

自分に向けられた数十の銃口すら恐れていない。脅威ですらないのか、指を突き付けながら続ける。

 

 

「────知ってるぜ。今のお前らの戦力、その大半が欠けてることに」

 

 

兵士の何人かの指が微かに震えた。その他数人は明らかに動揺していた。その混乱を目にしても、イルザは動かずに話している。隙を狙う事すら、しようとしない。

 

 

「国家代表 イーリス・コーリングを含む『名前のない基地』のIS操縦者は既にハワイ沖で実験の為に警護してるんだろ?お前らのやり方じゃなくて、軍上層部の指示だろうが………残念だったな、俺に負けることも無かったってのに」

 

余裕そうなイルザの立ち振舞いに、一人の兵士が歯を鳴らす。苛立ちを隠せないように、疑問を投げ掛けた。

 

 

「…………じゃあ、何だ?お前は生身で俺達とやり合うつもりか?」

 

「安心しろよ、俺だって生身じゃねぇさ。多少手加減してやるとはいえ─────俺も『鎧』を纏うつもりだ」

 

 

そう言いながら、イルザは動いた。左手が腰のベルトに取り付けられた何かを外す。それを手の中に収め、高揚の笑みを刻む。

 

 

 

「最も、俺の鎧は他の奴等とは一味違う。『伝説』そのものだがな」

 

 

掌にあったそれは、見た限り不思議なアイテムだった。左右対称のその物体は、金色と赤色という派手な色合いで彩られていた。

 

イルザは、そのアイテムの左右に指を添え、押し込む。音声が聞こえたのは、その瞬間だった。

 

 

【エンシェント!】

 

 

カシュン、とアイテムが展開される。まるで咲き誇る花のように両側に展開された装甲の下から更なる装甲が出てくる。音声と共に光るコアに応じるように、イルザはそのアイテムを右手首の腕輪に固定させた。

 

 

構えるように上へと突き出した腕、そのアイテムの先から深紅の光が迸る。それを境に、兵士達は躊躇いなく引き金を引いた。

 

 

「舞い上がれ」

 

 

それでも、イルザは避けようとはしなかった。腕を振るい、指と指を弾き、聞こえのいい音を鳴らす。

 

 

銃弾を浴びる直前に、イルザは大声で告げた。

 

 

 

不死鳥(フェニックス)!」

 

 

瞬間、炎が吹き荒れる。灼熱の炎は周囲を飲み込むように膨れ上がり、爆発的に広がる。銃弾は炎の壁に防がれたのか、或いは熱で溶けたのか、彼には届いていなかった。

 

 

その炎が、少しずつ形を変えていく。それはいつの間にか、黄金のように煌めいていた。二つの青い光が灯ったそれを、兵士達は『瞳』であると理解させられていた。

 

 

紅蓮の爆炎と黄金の金属で構成された巨大な鳥。イルザの背中から姿を見せたその巨体は、体躯よりも大きな翼を勢いよく広げ、イルザを包み込んだ。

 

 

 

カシュン!とさっきのアイテムを変形させたような音が響いた瞬間、黄金の火の鳥が弾け飛ぶ。いや、分解された装甲はイルザの肉体に纏われていく。

 

 

赤一色のダイバースーツに、肩や腕、脚に装備された黄金の装甲。それ以上に目立つのは金と赤が特徴的な、イルザの全長を容易く越える程に広げられた大きな翼。

 

 

巨翼は装甲を折り畳み、イルザの背中に収まっていく。ようやく体に合う程の大きさに変わった翼は軽く見て、イルザは小さく笑う。

 

 

そして、目の前に向き直ったその瞬間、激しい戦意に高揚しているような狂気的な笑みを浮かべ、宣告した。

 

 

 

 

 

「─────さぁ、『福音』を奪わせて貰うぜ」

 




尚、この作品の束さんは基本的に白いです。真っ白も真っ白、綺麗な束さんです(本当)


因みにイルザの纏う『アレ』はISでも、『幻想武装』でもありません。


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第23話 サマーデイズの一時

サマーデイズ、夏の日ってことにしてください。それらしいものが思い付かなかったので(切実)

普通に遅れたけど投稿しまーす!!


「よし、これでいいか」

 

 

別館の更衣室で着替え終わった一夏。着替えをバッグの中に纏めた彼は自分の水着を確かめた後、チラリと真横を見た。

 

 

正確には、自身の真横で激しくうちひしがれている友人を。

 

 

 

「───俺としたことが、まさか途中で気絶するなんて………今生最大の失態だぞ。篠ノ之束、いや束さんがここにいるなんて普通に考えてもおかしい………だが俺には関係ない。もし次に対面することがあれば、こんな醜態を晒さないように気を付けなければ…………」

 

 

ブツブツと呟く龍夜は時折深いため息と共に頭を抱えている。どんよりした雰囲気の理由は、彼が気を失った事にある。それも、長年の憧れであった篠ノ之束との対面、会話したというだけで。

 

 

目に見えて落ち込んでいる龍夜に、流石に心配になったのか声をかける。

 

 

「………まぁ、そういうこともあるって。気にすんな」

 

「そう簡単に割り切れるか………と言いたいが、悪かったな。俺のことをここまで運んでくれたんだろ?」

 

「いや、それこそ気にすんなって。別に俺は大丈夫だし」

 

 

本当に人の良い奴だな、と龍夜は思う。気前のよい彼も普通に接していれば悪いところなんてない、他人との触れ合いが苦手な龍夜でも仲良く出来るタイプの人間だ。唯一の欠点は、感情的になりやすいのと、恋事に致命的なまでに鈍感という所だけだ。

 

 

適当に着替えている最中、抜け落ちた記憶の前後を振り返っている途端、とある事に疑問を抱いた。

 

 

「なぁ、一夏」

 

「どうした?」

 

「篠ノ之束、いや束さんは何時もあんな風なのか?」

 

「うーん、確かにそうだ。束さんは何というか悪い意味で普通じゃなくて………いつも、というほど過ごしてたわけじゃないから、俺もよく分からないなぁ。千冬姉と一緒に、『先生』って人と話してたらしいけど」

 

 

具体的ではない発言に、少しだけ気になる単語はあったが、今は食いついている場合ではない。学園内での記憶をすぐさま引き出していた龍夜は、それを基にした情報である仮説を積み立てる。

 

 

「………箒は束さんに関する会話を嫌ってた。アイツ、束さんと仲が悪いのか?」

 

「昔はそんなんじゃなかったと思うんだ。普通に仲良かったし────けど、あの戦争の後から、いや俺が引っ越してから険悪そうな感じだよな」

 

「…………引っ越し、か。俺の記憶が正しければ、確かISの開発者である束さんの身内の保護の為に、家族全員が別の場所で生活してるって話だったな」

 

「そうだった気がする。………いや、昔の記憶だから、朧気だけど」

 

「………なるほど」

 

 

そこまで聞いて、ようやく不明な点が明らかになってきた。同時に、箒が姉を極端に嫌う理由についても。

 

 

(つまり、箒は一夏や家族と引き離される原因になった姉に思うところがある、ということか)

 

 

だが、心底嫌っているというのは違う筈だ。箒も知っているだろう。ISという兵器が世界に広がった経緯を。八神博士が率いる無人兵器による人類殲滅、それを防ぐために篠ノ之束はISを『兵器』として世界に公表し、その性能を証明して見せた。

 

 

それにより、世界は救われたのだ。彼女がISを開発し、世界に行き渡らせなければ、日本は火の海になり、世界は滅んでいただろう。家族も死に、想い人も消えていたかもしれない。本心ではそれを理解していても、感情では納得できない。そういうものなのだろう。

 

 

 

龍夜自身も共感できる。何故なら、自分自身も矛盾に陥ったことが多いからだ。自分が望む二つの目的、両親との約束か、自らの意思に殉じた復讐か。どちらを優先させるべきか、苦しんできた自分だからこそ。

 

 

 

「龍夜?先行ってるぞ?」

 

 

「あぁ、分かってる。箒達と一緒に、青春を謳歌しとけよ」

 

 

 

更衣室から立ち去っていく一夏、龍夜はその背中を見ることもなく、着替えを仕舞う。息を整え、自らの水着姿の映った鏡をチラリと目にした。

 

 

 

「…………水着なんて、初めてだな」

 

 

そんな感想に、小さな笑いが込み上げてくる。改めて自分が、普通の学生としての過ごし方をしてこなかった事を思い出し、自嘲へと変わっていた。

 

 

 

すぐさま思考を切り替え、更衣室から出ていく。途中、女子達の色っぽい声が聞こえていたが、無視した。ここで過剰に反応する程本能的なタイプではない。少し、ほんの少し気になっただけで、興奮を覚えたわけではないことを加味して戴きたい。

 

 

「あー!龍夜君も来たよー!」

 

「お、おぉ~!凄い筋肉あるね~!織斑君とどっちが上なんだろう?」

 

「おーい!龍夜くーん!ビーチバレーやろーよー!」

 

「一夏が空いてるらしいから、アイツに頼んだらどうだ?」

 

 

おい!という声が聞こえたが、多分さざ波の音だろう。顔の皮が厚い龍夜は大して気にした素振りもなく、近くのビーチパラソルに腰掛ける。元気に動き回る女子達とは違い、こうして日向に隠れている方が合う。長年染み付いた体質だから、仕方がない。

 

 

座ってすぐに、隣のパラソルの下にいる少女の存在に気付いた。

 

 

「セシリアか、お前も日陰で休んでるのか?」

 

「いえ、私は少しオイルを塗っておこうと思いまして………龍夜さん、大丈夫ですか?少し顔色が悪そうに見えますが」

 

「……そこには触れて貰わない方が嬉しいな」

 

 

日陰に隠れながら話すセシリアの水着は彼女自身の好みもあるのか、青一色というよりブルーに近い色合いだ。腰に巻かれたパレオやビキニの中央はリボンのように結ばれており、ほどけないか心配になってくる。

 

それ以上に露出度が高く、学生が着るには些か派手すぎる…………と思うのだが、周りの女子にもそういう水着が多いので、適当に納得しておく。

 

 

「あの、龍夜さん。今時間は空いています?」

 

「時間、か。俺としてもやることはない。泳ぐ訳でも遊ぶ訳でもないしな」

 

「───では、サンオイルを塗っていただけますか?」

 

「……………ちょっと待て」

 

 

予想外過ぎる頼みに、こめかみを押さえる。サンオイル自体知らない訳ではないし、そこまで常識が欠如しているわけではない。まさか、自分が塗って欲しいと言われる立場になるとは思わなかっただけだ。

 

 

「いや、待て。本当に落ち着け………サンオイルだと?本気で言ってるのか?」

 

「えぇ、本気ですわ。もしかして、嫌ですか?」

 

「そういう意味じゃないんだがなぁ」

 

 

達観したような呟きを漏らすが、落ち着こうとして視線を動かした途端に、より深い溜め息が漏れる。奥の方で背を向けて走り出した女子が何かを叫び、他の女子達が蜘蛛の子を散らすように飛び出した光景が見える。

 

 

大方、先程のセシリアの会話を聞いて自分達もして貰おうというのだろう。彼女達の方は後で断るとして、セシリアの頼みをどうするべきかと悩んだが─────

 

 

『マスター!やっちゃおうよー!サンオイル塗るなんて滅多にない経験だよー?損はないって!』

 

「ラミリア………お前、他人事だからって」

 

 

まさかの味方からの後方射撃に流石に困り果てる。無論、断るつもりはない。親しい相手の頼みなら受け入れるのも当然だが、女子にサンオイルを塗ること自体が問題であるのだ。

 

 

だが、だが。別に嫌という訳ではない。むしろこういう事を頼まれること自体、信頼されてるようで逆に嬉しいくらいだ。何より、断った時にセシリアが落ち込んでしまうのではないかと思うと、胸が少し痛かった。

 

 

 

「………分かった、やらせて貰う。あまり上手くはないだろうが、文句は言うなよ」

 

「文句なんて有り得ませんわ。………それでは、お願いします」

 

 

そう言いながら、ブラを外してシートの上に横になるセシリア。一瞬驚きはしたが、背中に塗るのだからブラも外しておきたいのだろうと納得する。

 

 

すぐ近くに置いてあるサンオイルを手に取った龍夜は見たこともないラベルの物に感心する。高級品だろうか銘柄は相当なものだが、龍夜本人もそこまで価値が理解できる程でもない。

 

サンオイルを足元に置いた龍夜はスマホとは別に、もう一つのアイテムを取り出した。スイッチを指で押すとそのアイテムは小型のエイへと変形し、フワフワと浮き始めた。

 

 

「───『レイグライダー』、スマホを持っておけ」

 

 

起動させたスマホに『サンオイルの塗り方のコツ』の記事を記載させ、それを『レイグライダー』なるエイは固定させて、その場に浮遊している。

 

 

画面を見ながらサンオイルを掌に流し、両手で温める。寝そべっていたセシリアもそれに気付いたらしく、驚いたように見ていた。

 

 

「………龍夜さん、そちらは一体………?」

 

「『レイグライダー』、俺が開発したサポートガジェットだ。完成はしているが、ISとの戦いでは非力すぎるから、あくまでもサポートだけどな」

 

 

それじゃ塗るぞ、と告げて充分に温まったサンオイルをセシリアの背中へと塗っていく。背中全体に染み渡らせるように伸ばしていると、気持ち良さそうなセシリアの声が聞こえる。力加減は問題ないらしい。

 

 

そうこうしていると、パラソルの近くに誰かが歩いてきた。さっきの女子達か、と思い適当に待っているように促す。すると、一瞬驚いたような声と共に声の主が姿を現した。

 

 

 

「婿か、何をしているんだ?」

 

「………ラウラか。見れば分かるだろう、サンオイルを塗っているんだ。────それよりも、俺はお前の状態について知りたいんだがな」

 

「…………う、むぅ」

 

 

チラリと見たラウラの姿は、周りとはかけ離れていた。何枚ものバスタオルで顔以外を覆い隠した彼女はまさにミノムシだ。茹で上がったような真っ赤な顔を見て、呆れたように言う。

 

 

「顔が赤い。こんな日照りの中で厚着をする馬鹿がいるか、熱中症で倒れる前に早く脱げ」

 

「っ!いや、大丈夫だ!これは私にとっての防具といっても過言ではない!そう簡単に素肌を晒す訳にはいかん!」

 

「………ここは戦場か何かか?」

 

 

意地を張るようにバスタオルを脱ごうとしないラウラに、龍夜は違和感に気付いていた。顔が赤いのは暑さではない、羞恥なのだろう。あの彼女が、基本的に我の強いというよりも自信のあるラウラが恥ずかしがるという事信じられないことだが、恐らくだが見当は着く。

 

 

───大方、水着でも着ているのだろう似合っているか聞きに行こうとした途中で恥ずかしいあまりに身を隠す選択をしたのだろう。ここまで弱気というか消極的というか、しおらしい彼女の姿は滅多に見ないものだった。

 

 

 

だが、それとそれでは話が別。水着を隠すためとはいえ、こんな厚着を静観する理由にはならない。

 

 

「『レイグライダー』、ラウラからタオルを剥ぎ取れ。流石にこれ以上は見過ごせない」

 

 

「?何を────むっ!?何だこいつは!?………ええい!脱がすな!あ、あ!?待て!止めろ!止め─────」

 

 

龍夜の一声に応じて、スマホをシートに落とした『レイグライダー』はラウラの纏うバスタオルに狙いを定めて突っ込んだ。

 

 

突如奇襲してきたエイの形をした機械に気付くラウラ。慌てたように体を捩る。右足にでも仕込んでいたナイフを引き抜こうとしたのだろうが、あまりにも厚着過ぎるので、その動きは熟練とはいえないほどに遅い。

 

 

その隙を突くように、凄まじい速度で突貫した『レイグライダー』がタオルの端を口で摘まんで勢いよく引っ張る。

 

 

最初は必死に抵抗しようとしたラウラだが、先程のミスでバランスを崩したのが原因でもあるのだろう。『レイグライダー』にバスタオルを引き剥がされ、その姿を太陽の元に晒すことになった。

 

 

 

「…………」

 

 

「わ、笑いたければ笑うがいい……!」

 

 

ヒラヒラとした水着。普通の水着とは違い、レースをあしらえたそれは大人物に近いものを錯覚させる。同時に気になったのは、髪型。左右で結われた銀髪はツインテールとなっている。

 

 

ふと、視界の一部を無意識に拡大させる。一夏の隣にいるシャルロットがやけに自信満々な笑顔で何かを口パクで話している。その内容は─────『僕がセットしたよ』だった。

 

 

自嘲気味に呟くラウラに、困ったような溜め息を吐き出す龍夜。どう答えるべきか悩みながら、口を開いた。

 

 

「いや、別に笑う要素はないだろ。何というか…………アレだ。似合ってる、ぞ?」

 

「似合ってる………だと?な、なら、可愛いか?」

 

「………まぁ、そうだが」

 

「そ、そうか───そうか!」

 

 

納得させているのか、首を振りながら満足そうに呟くラウラ。そんなに嬉しいのか、と感心していると、真後ろからうつぶせのままでセシリアが様子を伺うように聞いてきた。

 

 

「あの……龍夜さん、出来れば続けて欲しいのですけれど」

 

「ん、あぁ。悪い。だが、もう背中は終わったぞ?」

 

「い、いえ、せっかくですから、手の届かないところもお願いします。お尻も、前の方も───ひゃぁっ!?」

 

 

唐突に、セシリアの悲鳴が響く。彼女の尻の方に伸びた手があったのだ。無論、硬直していた龍夜のものではない。

 

 

彼の手から取ったサンオイルを片手に、温めずに原液で塗らした手を伸ばしていたのは、ラウラだった。余程絶好調なのか、先程までの弱気な雰囲気は見えず、堂々とした振る舞いであった。

 

 

 

「フッ、セシリア。私の夫に手を出すのは、余程欲求不満のようだな。色仕掛けをする程の度胸があるとは、感心したぞ」

 

「ら、ラウラさん!?いきなりなんです────いえ!そもそも、龍夜さんと貴女は結婚すらしてないでしょう!?勝手なことは言わないでください!」

 

「安心しろ。今の私は機嫌がいい。あまりにも絶好調すぎて 婿の代わりにサンオイルを塗ってやりたい気分だ。それでいいだろう?我が婿」

 

「婿じゃない………まぁ、確かにな。流石に尻や前の方は俺でも厳しい。同性の方がやりやすいだろう」

 

「───え」

 

 

絶望に満ちた声がセシリアの口から漏れる。不安と期待に満ちた視線を向けてくるが、龍夜は肩を竦める事しか出来ない。頑張れよ、と軽く声をかけてパラソルから抜け出した。

 

 

照り差してくる日射しが眩しくて、思わず眼を瞑る。日陰に隠れていたのが原因だろうか、強い光に慣れず前が見えないでいた。

 

 

だからこそ、目の前で起きていたことにも、次に起きる出来事にも気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

スパァンッ! と。

 

 

龍夜の顔面にビーチボールが激突した。すぐ近くで行われていたビーチバレーの流れ弾であろう。試合を行っていたであろう一同が目に見えて硬直する。唯一動いているのは呑気というか天然というか、おっとりと龍夜に手を振る本音のみ。

 

 

地面に落ちるはずだったボールを手に取り、全員を見る。感情が見えない無機質な顔で、口を開いた。

 

 

「───一夏と鈴、お前らがやったってことでいいな?」

 

 

「え!?ちょっ!?何で分かって───いや、わざとじゃないんだ!そうだよな!?鈴!」

 

「わ、私に振らないでよ!?ま、まぁ、確かにわざとじゃないのは事実だけど!偶然みたいなもんじゃない!」

 

 

目に見えて挙動不審になる二人。必死に弁明しようとする二人の言い分からして、何が起こったのかを把握した。一夏とシャルロット、そして相手側に鈴という面子でビーチバレーをしていたその時、鈴の本気のレシーブを一夏が弾き損ねたらしく、その流れ弾が龍夜に着弾したという事らしい。

 

 

なるほど、と納得した龍夜に二人は安堵する。だが、そう簡単な話ではなかった。

 

 

「………悪いな、皆。一回コートから除けてくれ。俺もビーチバレーをやる気になってきた」

 

「え!?ホント!?やったぁ!」

 

 

元気そうにはしゃぎながらコートから去って、近くに集まる女子達。許されたのか………?と不安になる一夏と鈴もそそくさと離れようとするが、呼び声が掛かった。

 

 

「おい、お前らはコートに残れよ。相手がいなくなるだろうが」

 

 

ビクゥッ! と全身を震わせる男女二人。不適に笑う龍夜はビーチボールを地面に叩きつけながら、もう片方の指で反対側のコートへと促す。

 

笑顔を浮かべている龍夜に、一夏は意を決したように聞く。

 

 

「………あの、怒ってます?」

 

「別に?やる気が沸いてきただけだ。久しぶりに体を動かそうと思ってな、俺引きこもりだし。ちょうどサンドバッグ、ゴホゴホッ………都合の良い的、ゲフン────倒しがいのある相手が出来て嬉しいよ」

 

「やっぱりキレてるよな!?ていうか、誤魔化せてねぇし!」

 

「まぁ、まどろっこしいことは辞めておいて────」

 

 

感情らしきものを消し去り、ダァンッ!と砂浜にボールを叩きつける。凍りつく二人に不気味な程に裂けた笑みを刻み、宣誓した。

 

 

 

「俺一人でお前ら二人を叩き潰す。追い詰めてやるから覚悟しとけよ」

 

 

「いや本当に!ぶつけたのは悪かったって!………アレ?もしかして当たり所とか悪かったのか!?頭やったか!?(悪意無し)」

 

 

「───貴方達はぶつけられる側です。なるべく耐えてくださいね」

 

 

「声低ッ!?てかそれアニメのヤツじゃ───」

 

 

 

躊躇いなく、ボールの狙いを一夏へと定める。試合開始のホイッスルは、爆音のようなレシーブによって鳴り響くことになった。

 

 

ビーチボールとは名ばかりのドッジボールが始まる事になったのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

時間はあっという間に過ぎ去り、八時ほど。大宴会場で騒がしい夕食を終えた龍夜は男子専用の露天風呂へと辿り着いていた。

 

 

「温泉か、ここまで広いのを自由に使えるのは悪くないな」

 

『良いなー!温泉!私もこういう温泉に入りたいよぉ!』

 

「生憎だが、身体がない以上無理だ。諦めろ」

 

『ぶー!………じゃあさ!マスターもいつか私のボディを造ってよ!そしたら一緒にお風呂に入ろうね!』

 

「…………多分、数十年は掛かるけどな」

 

 

不服ながらも楽しそうに談笑するラミリアに、龍夜は困ったように溜め息を漏らす。持ち込んでいたタオルとラミリアの姿が写っているスマホ(防水加工済み)を前に起き、ガラスの前に腰掛ける。

 

 

シャワーを浴び、目の前から取ったシャンプーを泡立て、髪頭を泡で包む。頭皮に十分馴染ませた泡をシャワーで洗い落とし、次は近くに置いてあるであろうリンスを探して手を伸ばす。だが、まだシャワが止まらずにいるので、目を開ける余裕もなく、目的のものを取れずにいた。

 

 

 

すると、自分の隣から声が聞こえてきた。

 

 

「えっと、何が欲しいのかな?」

 

 

「ん?あぁ、リンスだ」

 

 

「リンスね………あ!これこれ!はい、どうぞ!」

 

 

「悪い、ありがとう」

 

 

手の中に渡されたものがリンスであると確認した龍夜はようやくシャワーを止め、水に濡れた前髪をかきあげる。礼を言いながら隣にいたであろう誰かを見て────硬直した。

 

 

 

「やっほー♪会いに来たよん、りゅーくん!」

 

 

笑顔でそう答えるのは、龍夜の憧れ、篠ノ之束が本人。しかも生まれたままの姿、という訳ではなく、流石にタオルを巻いている。

 

 

だが、唯一尊敬と憧れを抱く人物が近くにいたことを理解した龍夜は言葉を失っていたが、

 

 

 

「──────────ッッ!!?」

 

 

 

生まれて初めて、一番の悲鳴を上げた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「───ふーっ、さっぱりした」

 

 

食後の温泉を終えた一夏は気が抜けたのか満足そうな声を漏らし、自分の部屋、もとい千冬と同じ部屋へと戻ろうとしていた。

 

因みに龍夜は一足遅れて今から温泉に入るらしい。露天風呂だから相当落ち着く筈だろうと思っている一夏だったが、突如後ろから声が響いた。

 

 

 

「ハッ!ようやく対面できたなぁ!織斑一夏!」

 

 

「うん?」

 

 

真後ろから自分の名前が呼ばれたことに驚きながらも振り返る。そこにいたのは、旅館に到着した際に入り口から覗いていた三人組だった。彼等の事を思い出した一夏が、あ!と声に出す。

 

 

 

「お前らは─────信号機トリオ!!」

 

 

「そう!俺達こそが赤、青、黄色の信号機トリオ───じゃねぇよ!ふざけんなテメェ!俺達の事馬鹿にしてんのか!?」

 

 

心の中で決めていた呼び方が口に出てしまい、本気で怒られる一夏。途中ノリが良く、綺麗にノっていたのは一夏的には好評だった。

 

 

「悪い、悪い。ちょっと口に出たな………ええっと、アンタ達は?」

 

 

「アンタじゃねぇ!俺には清州成瀬(きよすなるせ)って名前があるんだよ!」

 

 

やはり先程までの呼称が今だ不服なのか不機嫌そうに赤いバンダナの青年、清州成瀬は荒々しく告げる。その名前を聞いた途端、一夏も思わず驚いてしまう。

 

清州、その名字はこの旅館の女将と同じだ。まさか、と思った時には、成瀬はすぐに答えていた。

 

 

「お前の考えてる通り、ここの女将は俺のおふくろだ。ま、実の親って訳でもないけどな」

 

「………それって」

 

「止せよ。まだ初対面の相手に話せるようなもんでもないし。俺の親はあの人だけだ…………それと、お前らも挨拶はしとけ」

 

 

成瀬が軽く指示すると、後ろに立っていた二人が動く。成瀬の隣に並んだ彼等は丁寧なお辞儀と共に名乗った。

 

 

「僕は日暮蛍(ひぐらしほたる)、兄貴の舎弟です」

 

「うむ、拙者は九条院隆宗(くじょういんたかとき)。兄者には返しきれぬ借りがある故、蛍同様舎弟として尽くしてる」

 

 

大人しそうな雰囲気と裏腹に普通に話せる蛍と堅苦しい口調に何一つ乱れのない立ち振舞いの隆宗に、一夏はよろしくと挨拶を返した。

 

 

しかし、他二人とは違い、成瀬の態度は何処か冷たい。一夏の言葉に応じることもなく、唐突に切り出してきた。

 

 

「お前の話は聞いてるぜ。世界で二人しかいないISを使える男、IS学園で色々と活躍してるって聞いてお前の事を評価してたんだがなぁ」

 

 

ギロッ! と単眼の瞳が怪しい光を灯す。瞬間、引き裂けたように笑う口から低い声が漏れ出した。

 

 

 

「───失望したぜ、織斑一夏」

 

「………何がだよ」

 

「ISっていう兵器に選ばれていながら、あいつらに並ぶ力を持っていながら、お前は女共の腰巾着か。情けねぇとは思わねぇのか」

 

 

む、と一夏も怪訝そうになる。ISが普及して十年、世界は女尊男卑の風潮となり、どの国でも女性は優遇される始末だ。道端で赤の他人の女に命令された男は断ることもできず、機嫌を損ねれば警察を呼ばれて問答無用で有罪扱いにされるまである。それ故に、男からは生きにくい環境ばかりなのだ。

 

 

だからこそ、女性に不満を持ち、女性というだけで嫌悪感を剥き出しにする男も一定数いる。目の前にいる成瀬も同じであった。

 

 

「腰巾着ってのは違うと思うけどな。俺は普通に皆と学園生活を過ごしてるだけだぜ?それに、皆はそういう事なんて思ってないだろ」

 

「ハッ!女共を庇うか、負け犬根性様々だな。期待の大新星ともあろう男が情けなくて泣けてくる。お前でこれなら、もう一人もお前と同じかそれ以上に情けねぇのか不安で仕方ねぇよ」

 

 

馬鹿にするように嘲笑する成瀬。そんな彼の言葉を一夏は聞き逃せなかった。適当に流そうとしていたが、怒りを滲ませながら成瀬に詰め寄る。

 

 

「………俺の悪口はいいさ、それくらい好きにいえばいい。だけどな、他の皆や、龍夜の事を悪く言うのは、止めろ」

 

 

それは一夏の忠告であった。赤の他人に、自分のクラスメイトを、友人までを馬鹿にされるいわれはない。どれだけ自分が悪く言われようが、それだけは絶対に許さないという意思表明。

 

 

しかし、成瀬は退くつもりもないらしい。明らかに舐めた態度で侮蔑の感情を見せた。

 

 

「ハンッ!負け犬の言葉なんざ取り消すかよ。文句があるならテッペン取って女共を見返してから言ってみろ。弱い立場で甘んじてるような腰抜けに、出来るかの話だけどな。

 

 

 

 

 

お望みなら何度でも言ってやるよ!お前がそんなんじゃ、もう一人も大したことねぇって───────」

 

 

「いい加減にしろよ、テメェ」

 

 

嘲笑と侮蔑のまま、彼の周りの人間を馬鹿にしようとした成瀬の顔を、放たれた拳が吹き飛ばす。鈍い感覚に成瀬はよろめき、倒れ込む。

 

崩れ落ちた成瀬に、一夏は怒りに染まった声で叫んだ。

 

 

「女に腰を振る腰巾着だとか、くだらねぇ事言ってんじゃねぇよ。俺は一度も女だからって理由で誰にもへりくだったりしなかった!自分が見下されてきたからって女全員を恨んでるようなお前と、俺達を一緒にするんじゃねぇよ!」

 

 

「───黙れッ!お前に何が分かる!お前になんかに俺達の、あいつらの思いが理解できるかッ!!」

 

 

話を耳にした途端、顔を真っ赤にした成瀬が口から垂れる血を拭い、思いっきり立ち上がる。拳を握り締め、ツカツカと歩み寄ってくる成瀬だが、彼の前に二つの影が飛び出してきた。

 

 

焦った様子の蛍と対照的に落ち着いた隆宗だった。

 

 

「お前ら………!どけ!アイツをぶん殴る!」

 

「そこまでにした方がいい、兄者。やり過ぎだ」

 

「たっ、タカの言う通りですよ兄貴!やり過ぎると女将さんに怒られますって!迷惑かけるわけにもいきませんし!」

 

 

二人の宥める声に、成瀬は皮膚が割ける程に握っていた拳を緩める。しかし一夏への敵意は消えることなく、振り返り際に向けた鋭い眼光と共に吐き捨てた。

 

 

「………認めねぇ、絶対に認めねぇ。クソッタレな女共も、女に腰を振るお前ら腰抜けどもも。いつかまとめて吠え面かかせてやる」

 

 

それだけ言うと、成瀬は背を向けて立ち去っていく。成瀬への怒りは消えない一夏であったが、次第に怒りの炎は鎮火していった。

 

 

「申し訳無い。兄者が迷惑を掛けた。謝罪をする」

 

「…………別に。アンタ達が悪い訳じゃないだろ、俺はアイツの言葉が許せなかっただけだ。………けど、気になることがある」

 

「な、何ですか?」

 

「成瀬、だったよな………『あいつら』って言ってたけど、もしかしてアンタ達の事か?」

 

「はい、そうですけど」

 

「…………何かあったのか?」

 

 

嫌悪感や怒りを剥き出しにしていた成瀬だが、弟分であろう二人を大切にしているような雰囲気は感じられた。二人にも、彼に慕う程の重要な理由があるようにも。

 

 

もしかしたら、それが成瀬の怒りに関係しているのか。そう思った一夏の質問に、蛍は口ごもるように話し始めた。

 

 

 

 

「ああ、僕達。女性に人生を狂わされたんですよね」

 

 

 

あまりにも軽い言葉に反して、内容は重苦しいものであった。

 

 

 

「僕は必死に勉強して試験を受けた学校を落とされたんです。理由は簡単、男だったから。女子の方を優先させる学校の方針で、志望校にも受かれず、親からは『生まなきゃ良かった』って縁を切られてしまって………」

 

 

「拙者も似たような感じだ。こう見えても華族の血統であり、多くの親戚と土地と家柄を継ぐのだが………この時代、男よりも女の方が優れてると見られるのが多くてな。拙者も家からは“当主を継ぐ価値もない汚点”として絶縁を告げられ、放逐されたのだ」

 

 

環境によって居場所を失い、彷徨うことになった二人。しかもその原因が女性が間接的な理由で関係しているというものだった。理不尽に未来を踏みにじられた彼等は当時、どんな思いをして生きてきたのか──────

 

 

 

「そんな居場所もなくうちひしがれていた僕達を救ってくれたのが、兄貴だったんだ。僕達をこの旅館に住み込みで働けるように頼んでくれて、尊敬しているんです」

 

「………そう、だったのか」

 

 

だからこそ、あれほどまでの怒りを覚えていたのか。そう思ったが、違うのかもしれない。成瀬本人も、そういう光景を見てきたのか、体験してきたのか。

 

 

「………あ!ヤバイ!早く行かないと千冬姉からどやされる!」

 

「家族が待っているのか、ならば早く行くといい。拙者達も時間を取らせてすまない」

 

「あぁ!悪いけど、もう行くよ!じゃあな!」

 

「では、一夏殿。()()()()()

 

 

含みのある言い方であったが、一夏はあまり気にしていなかった。慌てたように廊下を走っていく彼の背中を見た二人は互いの顔を見合い、成瀬の行った方へと歩いていった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

周りの景色がきれいな露天風呂、普通はくつろぐ筈の温泉にも関わらず、龍夜は気を引き締めるしかなかった。

 

 

それも当然、

 

 

 

『お、おー!流石はマスターの憧れの人!映像で見てたよりも新鮮だぁー!それにナイスボディだし、羨ましいなぁ!』

 

「ふむふむ、私としては君も興味深いんだよ。ネットワークから獲得した情報で人格を形成し、自我を持つ人工知能なんて束さんも初めてだね。よし!時間が空いたら束さんも真似してみようかな!」

 

 

子供の頃から憧れていた篠ノ之束が、一緒の温泉に入っているからだ。龍夜としては興奮がある(性的興奮では談じてない)一方で、心の内側では複雑な思いが渦巻いているのだ。

 

 

 

「さて、と。りゅーくん、どうしたの?まさか束さんのせくしーなスタイルに欲情しちゃってる?いやぁー、嬉しい話だねぇー」

 

「………篠ノ之博士。もし貴女が良ければ、少しばかりお話を聞かせていただけますでしょうか」

 

「かったいねー、もう少し軽くで良いんだよ?ほら、束って呼び捨てだと束さん的には別の意味で興奮しちゃうんだよー!」

 

 

テンションが激しすぎて困惑しかない。天才の多くは変人と言われているし、確か束の昔を知る人達は変人だと断言している理由がようやく分かってきたかもしれない。

 

 

これ以上話を拗れさせない為にも、単刀直入に切り出した。

 

 

 

 

 

「────『あの剣』は、何ですか」

 

 

 

 

 

「……………」

 

「俺が調べた限りでは、『プラチナ・キャリバー』というISは鞘だった。だが、『あの剣』は違う。アレは従来のISとは違う構造をしてた。────今考えれば当然だ、アレはISの武装じゃない。『あの剣』が、ISのコアの役割をしている。違いますか?」

 

 

龍夜の出した持論に、束は笑顔を崩さなかった。それ以上に笑みを深めた彼女はゆっくりと頷く。

 

 

「………流石だね、りゅーくん。贔屓抜きで百点満点だよ。やっぱりりゅーくんは賢いんだね」

 

「買い被りすぎです。貴方や八神博士に比べれば、天と地ほどの差がありますよ」

 

「ブッブー!その点は間違いでーす!りゅーくんは束さん達と同じ、天の方にいるタイプなんだよ?」

 

「………?」

 

 

思わず眉をひそめる。束の発言が余程信じられないのか、龍夜は世迷い言として切り捨てた。

 

 

だって、有り得ないだろう。たとえあの天才の発言であろうと、自分が同じような存在だと認めるなんて。どうしても、否定せざるを得なかった。

 

 

「じゃあ、りゅーくんに特別に!束さんからヒントをプレゼントするよ!」

 

 

勢いよく立ち上がった束がそう指を突きつける。タオルを巻いているが、それでもよく分かる豊満なボディに、龍夜は思わず目線を反らす。

 

 

「『プラチナ・キャリバー』を造ったのはね、『その剣』の為なんだよ。『その剣』を封印して、りゅーくんが認められるようになるまで、暴走を制御するためにね」

 

「は………!?」

 

 

流石に愕然とした。何を言わんとしているのか、自分の想像を越えている話だった。少なくとも分かるのは、彼女はこのISの秘密を理解しているのだ。

 

 

 

「ッ、何を────」

 

 

知っている、そう叫ぼうとして言葉を失う。既に篠ノ之束は姿を消していた。さっきまで気配はしていた。忽然と、唐突に。神隠しにあったとでも言うように。

 

 

 

空を見上げ、龍夜は沈黙する。星が照らし出す黒い夜空を見続けながら考えていたが、諦めてたように温泉から出ていった。

 



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第24話 紅椿

頑張って書いた三千字が飛んで発狂し、徹夜して取り戻そうとして爆睡して、朝からブッ通しで書き終えた馬鹿が一人です(自虐)よろしくお願いします


「────ま、こんなもんか」

 

 

大柄の兵士が、投げ飛ばされる。地面に転がった兵士の装備はボロボロで、使い物にならない程に完全に破損していた。イルザは片腕で投げた兵士には目に暮れず、前を見て歩く。

 

 

彼を中心にした周囲は、酷い惨状であった。ミサイルでも着弾したような爆発の痕跡と、綺麗に切り裂かれた特別な物質の防壁、そして兵士達の装備や辺り一帯に残る炎が、イルザのによって引き起こされたものばかりであった。

 

 

様々な怪我や重傷を負っている兵士達、しかし彼らに唯一共通する点が一つだけあった。

 

 

 

全員が、生きていた。これだけの破壊の地獄にいながら、誰一人死者は存在していない。手首を折られていようと、火傷を負っていようと、致命傷の者はいない。誰もが今後の生活に支障をきたさない程の状態に収められていたのだ。

 

 

それ程までに、歴戦の兵士達と隔絶した力の差が存在していた。無傷でありながら、相手全員を生かして無力化する程の圧倒的な差が。

 

 

 

「よぉ、ジールフッグ。()()()様はどうしてる?」

 

『問題なく、司令室に閉じ込めてるよ。相手方も対応できずに困ってるね……………あ、右の方だよ』

 

 

耳に取り付けたイヤフォン型のマイクによる音声通信で言葉を交わす。生き残っても尚、突撃する兵士を薙ぎ払い、封鎖された隔壁を蹴りや翼で破壊していき、先へと進む。

 

 

そんな彼も、通信の先にいる青年も、一つの違和感を覚えていた。

 

 

『順調も順調。けど、なんか引っ掛かるんだよね』

 

「…………お前もか」

 

『なんつーの、全部が全部上手くいき過ぎてる。まるでどっかの誰かさんが影で暗躍してるっていうか、操られてるみたいな感じ』

 

 

計画が完璧に果たされること自体、問題はない。だが、自分達以外の人為的な何かが感じ取れる。それが味方のものだけではないと、彼等は理解していた。

 

 

黒幕のような存在が、裏で自分達を都合よく利用しているという確信が明確に存在していた。ジールフッグは短く聞いた、どうする? と。

 

 

 

イルザの答えは、簡単だった。

 

 

 

 

 

「関係ねぇよ」

 

 

吐き捨てるような一言は、深く刻まれた笑みと共に告げられた。楽しんでいるのか、何かへの怒りに高揚しているのか、正しい感情は読み取れない。

 

 

「誰が何の目的で動いてようが、俺には知ったことじゃねぇ。俺達を利用するつもりってだけの奴なら、後で叩き潰してやるだけだ」

 

 

カンッ! とイルザの足が床を大きく踏みつける。巨大な隔壁が、道を閉ざすように鎮座していた。再び重い蹴りを放とうとしたイルザは、それだけは打ち破れないと予測する。

 

 

「抉じ開ける、しか無いよな」

 

 

【────翼撃体勢】

 

 

黄金の装甲で形成された巨大な翼が、可変していく。槍のように、刃のように大きく広げられた羽が翼の内側へと格納されていき、巨大なブレードのような形へと変化を終える。

 

 

イルザが両手を上げると、両翼が動き出す。隔壁と隔壁の間にある数センチにも満たない隙間に翼を入り込ませ、力ずくで左右に押し出そうとする。

 

 

ギギギ、と五十センチ以上の厚さであり、大型の駆動鎧二体でも動かすのも容易ではない大型の隔壁が抉じ開けられていく。使用不能になるほどの破壊を起こし、入り口全体を爆発させたかのように吹き飛ばす。

 

 

ふぅん、と興味もなくイルザが前を見た瞬間───目を見開いた。

 

 

 

視界の先、眼前に光が殺到していた。いや、エネルギーの光弾の雨。隔壁を破ってきたイルザに放たれたそれは、至近距離まで迫り、連鎖爆発を引き起こした。

 

 

 

 

(─────直撃した!)

 

 

上空から先手を取ったナターシャ・ファイルスはそう確信した。司令官、もとい父親との通信が切断されたことと、自分がハッチ内部に閉じ込められたその時から、標的は自分────ではなく、『福音』だと理解していた。

 

 

ならば、侵入者は間違いなく自分の元へと現れる。どんな相手だろうと、軍事基地を一気に制圧し、ISを強奪しようとする連中だ。警告なんてしてはいられない。ナターシャの判断も攻撃も間違ってはいない。

 

 

 

 

だが────相手が悪かった。

 

 

 

 

 

「────イイ攻撃じゃねぇか、響くぜ」

 

 

思わず、息が詰まるナターシャ。彼女の視線の先で、煙を払った四枚の黄金の翼が大きく広がる。翼を背中から生やしたように伸ばすイルザは、首の骨を鳴らしながら歩き出す。

 

 

当然、彼の体に傷らしきものはない。そもそもダメージすら負ってない、そう証明するように。

 

 

 

「随分な破壊力、そして機体の性能だ。()()()からの情報通り、『福音(ソイツ)』を放置する訳にはいかなくなった」

 

 

「───何が目的なの?テロリストの君」

 

 

「最新型のIS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』と操縦者のアンタを奪いに来た────って言ったら、大人しく着いてきてくれるか?」

 

 

「告白みたいでちょっと嬉しいけど、お断りさせてもらうわ」

 

 

クスリと笑うその声とは対称的に、彼女からは戦意が滲んでいた。やんわりと断ったが、実際は応じるつもりすらないのだろう。

 

 

イルザは軽く肩を竦め、嘆息する。

 

 

「交渉決裂か、残念だが仕方ねぇか」

 

 

「その割には、楽しそうに見えるのは気のせい?」

 

 

「いいや、間違いないぜ。正直な話、俺も期待してるってのが本心だ。戦えることこそが、何よりの楽しみでね」

 

 

鋼鉄の床が、轟音を響かせて砕けた。灼熱という程の熱が彼を中心として放たれ、空間そのものの温度が上昇していく。あまりの熱量に空間に火花が吹き荒れ、イルザの体から炎が発火していく。だが、彼は気にしてすらいない。

 

 

周囲の熱同様に、興奮した感情を剥き出しに、笑顔というにはひきつった表情でイルザは叫んだ。

 

 

 

「久しぶりにISが相手なんだ!世界最高の兵器、その中でも軍用として開発された新型なんだろ!心が踊る!滾る!興奮するッ!さぁ!俺を楽しませてくれよ、俺を殺してでも!!」

 

 

 

四枚の黄金の翼が、光焔を纏い大きく振るわれる。その瞬間、イルザは炎に包まれながら上空にいる『銀の福音』を纏うナターシャへと突撃した。

 

 

その様子を認視した彼女も、迎え撃つように突貫していく。白と赤、翼を伴った二つの光が激突した。瞬間、全てが吹き飛んだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

合宿二日目。今回の実習は昨日のような休みありではなく、本格的なISの訓練を行う予定であった。各種装備の試験運用などを主体としたこの訓練は、朝から夜まで丸一日使うらしい。

 

 

 

「ようやく全員集まったか────おい、遅刻者」

 

「……………ふぁい」

 

 

寝ぼけたような返答が聞こえた。全員の視線が一気にその一人に集まる。眠そうな眼を瞬きさせる龍夜は………ん? と不思議そうに首を傾げる。

 

 

直後、頭部を盛大に叩かれた。

 

 

 

「ちゃんと返事をしろ、馬鹿者」

 

「ぐ………っ、はい………」

 

 

眠気が一瞬で覚める程に痛みに、頭を押さえて悶える。千冬は軽々しく振るった出席簿を仕舞い、続きとでも言うように説明へと戻る。同情の視線を受けながら、龍夜は真面目に振る舞いながら、思案に暮れる。

 

 

(………クソ、少し考えすぎたか)

 

 

昨日、(露天風呂に現れた)篠ノ之束と対面し、彼女から話を聞いた龍夜は夜中の間までずっと考えていた。途中山田先生に寝るように促されたが、一応布団の中に入ったものの、結局山田先生に起こされる結果になった。(先生には後で感謝と謝罪をした)

 

 

千冬の指示を受け、全員が行動に移る。普通の学生は班に分かれて振り分けられた装備の試験を行うように、そして専用機持ちは専用パーツのテスト、ということになる。

 

 

すぐさま動き出す龍夜達だが、千冬がふと誰かを呼び止める。

 

 

「篠ノ之。お前はこっちに来い」

 

「はい」

 

 

自分が装備するであろう打鉄(うちがね)の武装を運んでいた箒は、すぐに向かう。千冬は冷静に彼女に話し始めようと、

 

「お前に今日から専用─────」

 

 

 

 

 

 

 

「ちーちゃーーーーーーーーーーん!!!」

 

 

した直後に、大声と共に凄まじい速度で走ってくる影が見えてくる。は?と龍夜は思う。ここはIS学園の学生だけが訓練をするため、部外者は立ち入り禁止という話になっている。だが龍夜は知っている、あの声の主は学園の人間ではない。部外者かと言われれば否定できない。何故なら───

 

 

 

「………束」

 

「やあやあ! 会いたかったよ、ちーちゃん!さあ、ハグハグしようよ! 久しぶりの愛を確かめ────はぶっ」

 

 

飛び掛かり、抱きつこうとした天災 篠ノ之束を千冬は片手で掴む。それも顔面を、アイアンクローで。どれだけ力が込められているのか、自分達では受けたことがないような音がしている。

 

 

「うるさいぞ、束」

 

「イタタ………相変わらず容赦の欠片もないアイアンクローだねっ!」

 

とか言いながら、軽々しく抜け出す束。砂浜に着地した彼女は周りを見渡して、今度は箒を見つけるとすごい勢いで駆け寄る。

 

 

「やあ!箒ちゃん!久しぶりだね!」

 

「………どうも」

 

「直接会うのは何年振りかなぁ。本当に離れた間に大きくなったね。特におっぱいが」

 

 

躊躇いなく、殴った。

それも日本刀…………鞘でとはいえ、身内に対して容赦がない。これくらいしないと堪えないというのは古い付き合いと家族であるからか。

 

氷のように冷えた顔で、箒は一言。

 

 

「殴りますよ」

 

「な、殴ってから言ったぁ………。しかも日本刀の鞘なんて! ひどい!箒ちゃんひどい!」

 

 

鞘で殴られているにも関わらず、平然と起き上がる束。涙目で必死に訴える彼女だが、ふとその目が龍夜の目と合う。

 

嫌な予感を感じ取った龍夜だが、時既に遅し。

 

 

 

「ちーちゃんも箒ちゃんもいじわる!りゅーくん慰めて!ついでに私との愛を確かめてね!」

 

 

「え、は────え、えッ!?」

 

 

唐突に抱きつかれる龍夜。予想外のことに言葉が出ない彼に、束は躊躇なくハグしてくる。その光景を見た一同、というか全員が驚いていた。

 

他の女子達は勿論、一夏やセシリアにラウラ、そして淡白な対応をしていた千冬や箒ですら、唖然とした顔で二人を見つめている。

 

 

「うはー、りゅーくんの胸筋もがっしりとしてるねー。束さん男に近付いたことあんまりないから興味があるんだよ。あ、あと顔赤いけど照れちゃってるー?」

 

「あ、あばばばばばばばばばば────ッッ!?」

 

 

至近距離まで近付かれた挙げ句ハグされた方は平気ではなかった。羞恥と興奮、激しい困惑と僅かな喜びが螺旋を描き、思考がまとまらない。顔が沸騰したように真っ赤になった龍夜は、

 

 

「───(ぼすんっ!)」

 

「あ、りゅーくん気絶した」

 

「嘘だろ!?龍夜!束さんに耐性無さすぎだろ!?」

 

 

電気系統がショートしたように一瞬で崩れ落ちた。慌てて駆け寄った一夏が具合を確かめるが、普通に意識を失ってる。何とか近くの日陰に運ぶが、寝言か呻き声のようなものを何度か口にしていた。

 

 

「…………う、ぅ…………や、柔か………感触………すご、う……………」

 

「………何か元気そうだなぁ」

 

 

本人が聞いたら「んな訳あるか馬鹿」と呆れられそうだが、その本人が気絶しているので特に問題はない。龍夜を近くに休ませた一夏だが、戻ってみると大変なことが起きていた。

 

 

「───おい、発情兎。うちの生徒に手を出すとは良い度胸だな? あぁ?」

 

「イタッ!イタタタタタタタタッ!!ごめんよ、ちーちゃん!ちょっと悪戯し過ぎちゃったとは思うからさ!束さん本気で反省してるし!」

 

 

頭を鷲掴みにされ、強力なアイアンクローを決められる束。流石に痛いのか、或いは龍夜を気絶させたことが余程気にしているのか、素直に反省したような束。

 

 

何とか解放され、安堵したように息を漏らす束に、やや距離を離した箒が尋ねた。

 

 

「それで、頼んでおいたものは………?」

 

「ふっふっふっ!それはキチンと準備してあるよ! さあ、大空をご覧あれ! ってね!」

 

 

そう言いながら、束は上空へと視線を促す。全員が従って空を見上げたその瞬間、巨大な鋼鉄の塊が空から飛来し、地面へと突き刺さった。銀色の金属板で覆われた物体は、次の瞬間に形を折り畳んでいく。姿を見せたのは、一つのISだった。

 

 

 

赤い装甲に包まれたその機体は、深くその場に鎮座していた。普通のISとは違い、まるでサナギのように固まったそれは、主を待っているような雰囲気を連想させる。

 

 

呆けることしかない全員に、束は楽しそうに笑いながら口を開いた。

 

 

「じゃじゃーん! これぞ箒ちゃん専用機こと『紅椿(あかつばき)』! 全スペックが現行ISを上回る束さんお手製のISだよ!」

 

「何ッ!?束さんお手製IS!?つまり最新作ッ!?」

 

「起きるの早ッ!!」

 

 

途端に、跳ね起きた龍夜。更に驚く一同を他所に、龍夜は目を光らせると鎮座した『紅椿』へと走り出す。そして、目の前まで移動すると、硬直し、すぐさま震え始めた。

 

 

 

「こ、これが…………篠ノ之博士の、いや、束さんの最高傑作にして最新作────凄い、これが新型、『紅椿』!あぁ!クソ!悔しい!俺もこれ以上のISを造ってみたい!けど、やっぱりこれが俺以上の天才の実力と片鱗! 凄まじすぎて興奮が止まらない!!」

 

 

早口で捲し立てる龍夜は、本当に嬉しそうであった。発明を造る身としては圧倒的な差にうちひしがれる一方で、純粋に好奇心と尊敬に心を踊らせているのも分かる。

 

 

龍夜の反応が余程嬉しいのか、物凄く元気になる束。是非とも詳しく語りたいと話し合おうとする二人だが、結局千冬の拳骨で止められ、作業を進めることになった。

 

 

『紅椿』に箒のデータをインプットし調整を行い、自動処理の合間に一夏のISについて本人に説明する束。

 

 

僅かに時間が空いたその時、セシリアが緊張しながらも彼女に声をかけた。

 

 

「あ、あのっ! 篠ノ之束博士のご高名はかねがね承っておりますっ! もし、よろしければわたくしのISを見ていただけないでしょうか!?」

 

 

 

 

「ん?いいよ、けど見るだけ弄るのは無理だからねー」

 

 

気さくにそう答えた束は掌を差し出す。ISを見せるようにと示す事だと理解したセシリアは遅れた動きで『ブルーティアーズ』の待機状態であるネックレスを差し出す。

 

 

それを手に取り、静かに観察する束。数十秒もの間、沈黙が広がっていた。不安になったセシリアが声を出そうとしたその時、束が話し始めた。

 

 

「ふぅん、中々扱いなれてるようだね。でも、やっぱりまだ成長の余地はあるって感じだよ」

 

「成長の、余地………つまり、もっと強くなれるという事ですか!?」

 

「まぁ、そうだね。ISだって自己進化するようなものだから、ISとの絆さえ高まれば可能性はあるよ」

 

「ッ!ありがとうございます!篠ノ之束博士!」

 

「いいよ、いいよ。いやー、教えるってのも悪くないねー」

 

 

嬉しさを隠せてはないが、引き締めながら頭を下げるセシリアに気にしてない様子の束が軽く手を振った。満足そうに戻っていくセシリアを見た龍夜は、隣にいた一夏を見ないまま、声を投げ掛ける。

 

 

「………流石は篠ノ之博士だ。お前もそう思うだろ?………一夏?」

 

 

返答がなく、気になった龍夜が顔を上げる。作業をしているはずの一夏は動きを止め、信じられないと言わんばかりの顔で束を見つめていた。それは『紅椿』を纏っていた箒も同じだった。

 

 

「どうした、一夏。何かおかしい事でもあったか」

 

「……………あ、いや。束さん、昔と変わったなぁって」

 

「昔と変わった?今は違うのか?」

 

 

怪訝そうに聞くと、一夏は思い悩んだような顔をしてから、答え始めた。

 

 

「昔はな、凄い人間嫌いな人でさ。俺や千冬姉、箒以外の人は本気で無視してたんだよ。他の人間なんて区別できないとか言ってし………」

 

「なるほどな、変人とは聞いていたが、それが理由なのか。俺もそういう時期があった訳だし、気持ちは分からなくもないな」

 

 

昔の自分────家族以外の人間、自分の才能を認めない奴等を凡愚と、頭の悪い馬鹿ばかりと見下して、外の世界を拒んでいた時の自分を思い出す。思えばあの時、唯一憧れた家族以外の他人が篠ノ之束だった。

 

 

そんな風に思っていると、何処からか慌てた様子の山田先生が走ってきた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「はぁ─────ッ!」

 

「フンッ!」

 

 

ハッチ内部を吹き飛ばした二つの影は、外へと飛び出していた。銀色の天使と、黄金の不死鳥。そう体現する二人は、互いを攻撃しながら、空を翔っていく。

 

 

凄まじい速度で旋回し、追撃のように腕を振りかざす『銀の福音』、もといナターシャ・ファイルス。高出力の多方向推進装置(マルチスラスター)である翼が、速度ともに威力を高めた一撃を放とうとする。

 

 

しかし、それはイルザも同じであった。人体をはるかに上回る四枚の翼は福音同様、凄まじい程の加速を引き起こし、意図も容易く彼女の動きに追いつく。そのままの勢いで、脚による蹴りを打ち込む。

 

 

爪と蹴りが、衝突した。

金属と金属が接触し合い、膨大な熱と衝撃を巻き起こす。弾かれた二人は大きく吹き飛ばされ、再び動き出す。

 

 

「ッ!遠距離からならば!」

 

 

翼の装甲が展開し、砲口が露出する。高速で飛空していくイルザに向けて翼が前に向けられたその瞬間、光の雨の弾幕が放たれた。

 

 

「ッ!話に聞いてたメインウェポンか!」

 

 

イルザも掻い潜ろうとは思わず、回避行動を取る。羽根の形状をしたエネルギーの塊の弾丸は、機関銃のような連射速度で避けていくイルザを追尾する。

 

 

身体を捻ったホバリングにより加速を緩め、羽の雨をギリギリ避けきった。

 

 

「羽根ばっか飛ばしやがってよ!飛び道具はお前だけの専売特許じゃねぇんだよなぁ!」

 

【────武装展開、後翼変形】

 

 

ガチャガチャ、と下側に位置する二枚の翼の装甲が組み変えられ、変化を終える。後翼と称された二枚の翼は大型の二対の砲台になっていた。

 

 

光の雨を避けきったその瞬間に、イルザも攻撃を開始する。二つの砲口から膨大な炎を収束させた熱線と、徹甲弾が機関銃のように放射されていく。

 

 

攻撃を止めて、回避へと移るナターシャ。急加速して空を駆け巡る彼女に機関銃や砲撃の弾幕が降り注ぐが、当然追いつくはずがない。イルザもそれを理解してか機械翼を変形させ、四枚となった翼で再び飛来していく。

 

 

「面白ぇ!こんなに滾ってきたのは数か月ぶりだなぁ!やっぱISの相手は気分が高揚する!」

 

「っ!」

 

「終わらねぇだろ!こんなんじゃ終わらねぇだろ!?もっと俺を、楽しませてみろよ! ナターシャ・ファイルスッ!!」

 

 

そう言いながら、イルザが勢いよく機械翼のスラスターを噴かし、加速する。ナターシャも対抗するように前へと飛び出し、二つの光が距離を縮めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、直後。

 

目の前の倒すべきを見据えたナターシャの視界に、異質なものが入ってきた。

 

 

 

視界いっぱいに広がる青空、所々に浮かぶ白い雲。何度も見てきた広大な世界に、ヒビのような亀裂が走っている。目を細め、ハイパーセンサーで確認した瞬間、その隙間から何かが突き出してきた。

 

 

 

────大剣。

空間を容易く貫いたそれを、ナターシャと『福音』は剣として判断した。全体を漆黒の素材で加工され、左右に刃を展開したその剣の刀身には謎のエネルギーが全体に広がるように流れている。

 

そして、ゆっくりと大剣が動き出し、空間を引き裂いた。比喩などではない、理解不能ではあるが目の前で起きている現象は現実であった。

 

 

そして、大剣を持ったナニかが、裂けた空間の合間から姿を見せた。

 

 

「────黒の、IS?」

 

 

全身に展開された兵器に身を纏うそれを、すぐにISと判断した。だが直後に、自分の考えを疑ってしまう。眼前にいる存在がISなのか、と困惑が生じていた。

 

 

肌を露出させず全身を包み込む全装甲(フルプレート)。黒曜石のような色合いの装甲は、正に中世の騎士のような鎧であった。そして、背中と肩当てに取り付けられたマントをたなびかせたその姿は、ゲームに登場する『魔剣士』であった。

 

 

だが、アレがISであるのは確かだ。『福音』は、そう識別している。見たこともない機種、機体であり、どの国が開発したかも分からない。

 

 

ナターシャは知らないが、その連想の通り、その機体は国連により『魔剣士』と呼称されていた。正体不明、製造元すら掴めない謎のISとして。

 

 

 

警戒して睨むナターシャの前で、直立している『魔剣士』にイルザが興奮を押さえきれない様子で詰め寄る。

 

 

「おいおい、『モザイカ』!邪魔するなよ!折角滾ってきたってのに!」

 

『………話によれば、福音の回収が今回の作戦だった筈だが。君もそれを理解して、私を連れてきたのだろう』

 

「────そうだったな。興奮し過ぎて忘れちまう所だった。悪いな」

 

 

呼吸を整え、落ち着いたイルザが言う。『魔剣士』は感情を見せないバイザーを向ける。正確には聞き取れないが、合成された男の声であることは確かだ。

 

 

『構わない。それよりも、彼女の相手は私が努めよう。それで問題はないか?』

 

「あぁ、任せた。元より、IS相手ならアンタ以上に特化した奴はいねぇからな」

 

『では────始めるとしよう』

 

 

イルザが離れたのを確認してから、『魔剣士』が動き出した。事態を把握しきれないナターシャと離れた場所で、大剣、否魔剣を振るう。

 

 

瞬く間に、黒い影が目の前に現れる。空振った斬撃と同時に、『魔剣士』はナターシャの鼻の先にまで接近していた。

 

 

「く───ッ!」

 

 

驚きながらも、先手を打とうとするナターシャ。翼に搭載された武装を展開し、先程のエネルギー砲撃を開始しようとした。

 

 

『させん』

 

【ABILITY CHANGE!ZENOSU BLAKE!】

 

 

魔剣のサイドパーツをスライドさせる。中心に内蔵されたコアらしき宝玉が発光し、色を変化させる。そのまま魔剣を振りかざすと、剣先から伸びた深紅の光が弾け、周囲へと飛んでいった。

 

 

その光が辺り一帯に行き渡ったその時、明確な異変をナターシャは体感した。

 

 

「ッ!『銀の鐘(シルバー・ベル)』が起動しない!?」

 

『その兵装はエネルギーを使うのだろう。ならばこの結界の中では機能すらしない────そして』

 

 

黒いISが、魔剣を構える。直立させるように掴んだその剣を深く握り締めた直後─────その背中に、十本の剣の形をした黒い闇が存在していた。

 

 

青紫のバイザーを光らせながら、告げる。

 

 

『───これで、終わりだ』

 

 

そして、魔剣を深く突き立てるように押し込む。剣の先が、沈んだ。空間に開いた全く別の、亜空間へと。

 

 

 

瞬間、空間を破るように黒い刃が飛び出してきた。咄嗟に回避したナターシャだが、全く別の場所からも複数の刃が襲いかかる。

 

加速に加速を重ね、避けていくが、刃はまるで意思を持ったようにナターシャを追い回し、彼女を囲むように展開されていく。

 

刃が重なっていき、『福音』を球体状に包み込む。モザイカは魔剣を握る手とは反対の手を翳し、強く握り締めた。

 

 

 

『────“十刃魔剣・刺突圧滅(ソード・オブ・ギルティ)”』

 

 

詠唱に応じたように、刃が一気に牙を剥く。肥大化した黒い刃は球体すらも貫通し、トゲの玉のようになる。当然、閉じ込められた福音は無事では済まず、ボロボロになっていた。

 

 

だが、モザイカはその隙を逃さず、福音へと追撃する。傷の入った銀色の装甲へと魔剣を突き立てる。抵抗されるよりも先に、機能を発動させる。

 

 

『────「福音」、封印』

 

 

バチィッ! と、黒い電撃が走る。光を失った福音が、光の粒子へと消滅することなく、そのまま海へと墜ちる。だが、高速で飛んできたイルザが軽々と回収した。

 

 

「恐ろしいなぁ、アンタのISは。全てのISに対するカウンター、いや話通りならマスターキーと言うべきか」

 

『無駄話の時間はない。協力者とはいえ、厄介の目もある。国連が気付くよりも先に行動を起こすとしよう』

 

「そうだな。この不完全燃焼はその時に晴らすとしよう」

 

 

モザイカが刃を振るう。空間に生じた歪な亜空間を開くと、その中へと姿を消していく。イルザも軽口の割に表情を変えぬまま、福音とナターシャを連れて亜空間へと入っていく。

 

 

 

 

 

 

完全に人の気配がなくなったその場所を、遠く離れた島から見ている者がいた。その人物はポケットからスマホを取り出すと、何処かへと連絡を始めるのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「たっ、た、大変です! お、おお、織斑先生っ!」

 

 

「どうした?山田先生」

 

 

「じ、実は………」

 

 

駆け寄ってきた山田先生が千冬の耳元にヒソヒソと囁く。途端、千冬の顔は険しいものへと変わった。声のボリュームを下げながら、話し始める。

 

 

「特命任務レベルA、現時刻より対応を開始せよ……だと?」

 

「は、はい………突然、そのように話されまして」

 

「───非常用連絡先を知るのは理事長と一部の教師だけだ、相手は誰と名乗っていた?」

 

「そ、それが………『忠臣』とだけ」

 

 

話を聞いた千冬は、忌々しいという顔を浮かべる。全く知らないという訳ではなく、厄介な存在だと言うような、つまり既知の存在ということになる。

 

 

「……山田先生。他の先生方に連絡を」

 

 

「わ、わかりましたっ!」

 

 

「頼んだぞ―――全員、注目!」

 

 

凛とした一声に、作業中だった生徒も手を止め、全員が視線を集中させる。大半の者はそこまでの話じゃないという様子だったが、一部の面子は状況を察知しているようであった。

 

 

 

「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る! 本日の実験は全て中止、直ちに片付けを開始しろ! その後各員は連絡があるまで自室内待機! 以上だ!」

 

 

一気に不安や困惑が伝播する。騒がしくなる女子一同だが、再度の一喝により片付けを始め出す。片付けを手伝おうとした一夏達だったが、

 

 

 

「専用機持ちは全員集合しろ! 織斑、蒼青、オルコット、デュノア、ボーディヴィッヒ、凰!───それと篠ノ之もだ。来い」

 

「はいっ!」

 

 

余程、専用機持ちになれたのが嬉しいのか、気合いの籠った返事をする箒。そんな彼女の様子に何処か不安を覚える一夏。非常事態に対応すべく毅然とした態度のセシリア達、代表候補生。そして、この事態に何かの予感を感じ取り、険しい顔つきになる龍夜。

 

 

 

この場の誰も知らない、気付かない。今回の事件がたった一人の手によって引き起こされた事────ではなく、複数の勢力に潜む黒幕達が、各々の目的を果たすために計画した事であることも。



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第25話 福音奪還作戦

「───では、現状を説明する」

 

 

旅館の最奥たる宴会用の大座敷・風花の間は、現在今回の作戦本部として利用されている。集まった専用機持ち全員に、千冬は展開された大型の空中投影ディスプレイと共に説明を始める。

 

 

 

「一時間前、米国の軍事基地が襲撃され、試験稼働を行う予定であったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS 『銀の福音』が強奪された。主犯とされるのはアナグラムのメンバーだ」

 

 

一部が反応を示した。より正確には、数ヵ月前のクラス対抗戦のことを覚えている面子だ。軽い混乱に見舞われた一夏も、その事を思い出してか一気に気を引き締める。

 

 

「その後、衛星による追跡の結果、アナグラムのものと思われる輸送機がこの空域の付近を通過することが判明した。輸送機の中に強奪された『銀の福音』及びテスト候補生 ナターシャ・ファイルスがいると推測される。国連の通達により、我々がこの事態に対処することとなった」

 

 

ISの技術がトップクラスである国二つが共同して開発した軍事ISをアナグラムが奪い去った。それだけで、今回の作戦の目的を一同は理解する。

 

 

「教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦────アナグラムの撃退及び『銀の福音』とテスト候補生の保護を、君達専用機持ちに担当してもらう」

 

 

驚きを隠せない一夏と同じく、龍夜も思うところはある。軍がISの強奪に対応できないなど、大失態にも程がある。オマケにその尻拭いを、臨海学校に来ていた学生達に対応させるなど、軍上層部と国連の大人達は悪い意味で心が強いのか、恥を知らないのか。

 

 

「それでは作戦会議をはじめる。意見があるものは挙手するように」

 

 

「はい」

 

 

早速、手を挙げたのはセシリアだった。落ち着き払った様子で、彼女は言葉を続ける。

 

 

「敵勢力、襲撃を行ったアナグラムの構成員についての詳細な情報を要求します」

 

「いいだろう。だが、これだけは覚えておけ。アナグラムの構成員のデータ、そして奴等の兵器については国連に規制されているように、重要機密だ。口外した場合、諸君らは最高機関によって厳重な処罰が課せられる」

 

「了解しました」

 

 

そう答える全員に、千冬はタブレットを操作してディスプレイを切り替える。そこに写し出されたのは、とある青年のデータだった。

 

 

「判明しているメンバーは一人、ジールフッグ・レディアス。奴は元々アメリカにより編成された少年少女のハッカー集団『ワールド・ヴァイルス』の一人であり、一番の実力を誇るハッカーだ」

 

 

「元々………つまり、この男は」

 

 

「ああ、『ワールド・ヴァイルス』は大統領が変わると共に前大統領の汚点として解体及び、構成員の始末が行われた。ジールフッグは密かにアナグラムへと亡命し、ハッカーとしての才能を生かしている。

 

 

 

 

 

 

───当然、奴も『幻想武装(ファンタシス)』を所有している」

 

 

その単語に全員の顔が一気に険しくなった。ISという最強の兵器に対抗できるという特殊な武装 『幻想武装(ファンタシス)』。アナグラムだけが有する二十以上の切り札でもあるそれは、ISによって変化したこの世界の根底すら覆しかねないジョーカーとして、国連によって存在すら伏せられている。

 

 

 

「『電子悪精 グレムリン』………ハッカータイプの『幻想武装』、かぁ。本人に合ったものにしたんだろうけど、非戦闘タイプならこっちもやりやすいね」

 

「いや、この装備。………広範囲への電磁波を飛ばせるものだ。唯一の武装というだけあって、威力は無視できるものではないな」

 

 

データを元に相談しているシャルルとラウラは、各々の見解を口にする。龍夜はそのデータを確認し、静かに納得していた。

 

たった一人しか判明していない、つまり一人が表向きに動いていたということになるが、ハッキングを得意とする機体ならば基地の襲撃も容易い。

 

なんせ基地の電力やシステムを掌握してしまえば、兵士達の動きも抑制できる。対応も出来ず、目的のISへと辿り着けることが出来るという訳だ。

 

 

だが、謎も存在する。

 

 

(………福音のデータからして、高性能の戦闘モデルだ。いくらハッカータイプの機体とはいえ、そう簡単に福音を強奪できるとは思えない)

 

 

それだけではない、と千冬の声が響き、全員が話を止めて耳を傾ける。

 

 

「『蝕み狂わす不障領域(サイエクス・アークナティア)』、グレムリンの能力と奴のハッキングを組み合わせた技が存在する。これが厄介なものになるだろう」

 

 

一人が、疑問を漏らす。それはどういったものなのか、と。千冬はディスプレイに展開させながら、説明していく。

 

 

「元々この能力は、自分を中心とした半径五百メートル規模に電子領域を展開し、範囲内全ての電子機器を機能不全、バグらせるというものだ」

 

「ば、バグらせるって………全部?」

 

「グレムリン自体、機械に入り込んで不調にさせる妖精だしな。そういう力も有り得るだろ」

 

 

流石に驚いただろう鈴に、龍夜がそう補足する。伝承にもある通り、グレムリンは悪戯好きな妖精である。戦争の時代、戦闘機や戦車などの機械部品が支障をきたした場合、この妖精の仕業だと囁やかれていた程だった。

 

 

その伝承を元に、設計され、開発されたのがこの『幻想武装』なのだ。

 

 

「問題は二つ、一つはこの効果がISにも生じること。二つはジールフッグによって能力の効果が飛躍していることだ」

 

「あ、ISにも!?じょ、冗談だろ!?」

 

「この能力の本質は電磁波ではなく、電磁波内部に存在する電子ウイルスだ。機械内部に入り込んだそれが誘発的に不調を引き起こす。どれだけ優れた機械だろうが関係ない、バグらせるという事に特化したのだからな」

 

 

ISにも通用する、この言葉に反応したのも多数だった。反応しなかった一部として、龍夜とセシリアだ。前者は対策案を考えているようであり、後者は驚きもしても狙撃が基本戦術だからか反応は小さい。

 

 

だが、そんな二人も次の説明を聞いた途端に、愕然とするしかなかった。

 

 

 

「その結果、ハッキングしたISを暴走及びコントロールまで出来るという能力へと進化した。何よりはその効果範囲内、過去の事例からして─────半径ニキロメートルに達する距離まで電子領域を展開出来るようになっている」

 

 

「なっ!?」

 

 

五百メートルが基本であったにも関わらず、四倍以上の範囲へと拡大したのは素直に恐ろしく感じる。余程ジールフッグとグレムリンの相性が良かったのだろう。

 

 

そして、懸念となるのはその問題─────

 

 

「つまり今回の作戦は、常に移動する輸送機を中心としたニキロの距離からハッキングを受けるよりも先に一気に近付き、相手をいち早く倒す必要があるということか」

 

「いち早く、つまり一撃必殺ってことでしょ。なら───」

 

 

鈴が口にした言葉が途切れ、全員が一斉に視線を向ける。一夏と龍夜、隣に並んでいる男子二人へと集まっていた。

 

 

「え………俺?」

 

「正確には、アンタと龍夜よ。ま、一夏が確実だろうけどね」

 

「その通りですわね。一夏さんの白式の零落白夜(れいらくびゃくや)が『幻想武装』に特効であるのは、数ヵ月前のデータで明白ですし」

 

「だが、婿の『プラチナ・キャリバー』の技も幻想武装の撃破は可能だろう。エネルギーの大半は使用するが、それでもやれるはずだ」

 

「じゃあ倒す手段については解決だね。一夏がメイン、龍夜が補欠ってことかな」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!お、俺も行くのか!?」

 

「「当然」」

 

 

二人、シャルロットと鈴があっさりと言い切る。セシリアとラウラがそこまで断言しないのは、作戦の要として最適なのが一夏であり、龍夜も要となり得るからこそ。一夏の意思を優先するつもりなのだろう。彼女達と同じく、千冬もそのようであった。

 

 

 

「織斑、これは訓練ではない。実戦だ。無理強いはしない、断っても責任問題はない」

 

「────」

 

 

実の姉からの言葉に、一夏も思うところがあったらしい。及び腰であったのが一転、深呼吸をした彼の顔には、純粋な覚悟が示されていた。

 

 

「やります。俺が、やってみせます」

 

「よし、攻撃手段については終わったな。次は移動手段についてだ。織斑は零落白夜の為にも、エネルギーの消費は厳しい。織斑を乗せて超音速飛行が出来る者は─────」

 

 

 

 

 

 

「────はいはーい!こういう時にこそ!『紅椿(あかつばき)』の出番なんだよねー!」

 

 

千冬の話を遮るように、大声が響く。天井から聞こえた声に続き、板を外れた天井の穴から姿を見せたのは────篠ノ之束その人。天災という異名に似合い、嵐のように唐突に姿を現してきた。

 

憧れの人の登場に発狂しそうな(流石に誇張)龍夜を見てから、千冬が溜め息を漏らし、額に手をやる。しかし口から出てきた次の言葉は親友への呆れではなく、質問であった。

 

 

「こういう時こそ、とはどういう意味だ」

 

「紅椿はね!高機動パッケージがなくても超高速機動が出来る機体なんだよ!展開装甲を軽く調整してやれば、あっという間に対応できるようになるのさ!」

 

 

展開装甲?と首を傾げる一夏は、ふと龍夜に聞こうとしたその瞬間、ガタン! と音を立てて彼が立ち上がっていた。

 

 

全身を細かく震わせながら、龍夜は呟く。

 

 

「展開装甲………、それって確か、俺のISに組み込まれている機能の一つ、ですよね。ならこれってまさか───」

 

「流っ石りゅーくん!よく気付いたね!その通りだよ!皆のためにも説明してあげるけど!展開装甲ってのはね、束さんが開発した第四世代の武装なのです!」

 

「───ッ!?」

 

「あとりゅーくんも言ってたけど、展開装甲はいっくんの《雪片弐型》とプラチナキャリバーの変形機能に使われてまーす」

 

 

全員が絶句していた。

白式の雪片弐型の、零落白夜発動の際に変形する機構。そしてプラチナキャリバーの有する形態移行システム。それらに束だけしか開発できてない第四世代の装備が組み込まれているのなら、この二つの機体は第四世代という枠組みに入る。

 

 

その事実を理解してか、龍夜は興奮を押さえきれずに言葉を紡ぎ出す。

 

 

「つ、つまり!紅椿は白式やプラチナ・キャリバーのデータを基に開発した機体!変形機能を全体に組み込んだこの機体は全ての状況、環境、戦場に適応出来るということ!近接戦闘、狙撃防御、超音速機動!本人が望む戦闘スタイルを戦闘の最中に一瞬で切り替える事が出来る!世界中が第四世代として目指されていた即時万能対応機って事ですか!?」

 

「おー、凄いねりゅーくん。束さんの説明すること全部言ってのけたよ」

 

 

早口詠唱を終え、興奮を隠せないままの龍夜に、素直に感心する束。天才を自称し、天才ともてはやれた同士故にか、波長が合うのだろう。

 

 

「話を戻そう………なら、第一陣で織斑を箒が運び、龍夜はそのサポートと一夏に万が一があった場合に、代わりを任せる。グレムリンを無力化すれば他の者も動けるようになる。第二陣として全員を配置する、専用パッケージをインストールしておけ。霧山先生、用意や手伝いは任せた」

 

「分かってますよ、織斑先生」

 

 

複数人の教師と共にそのように応じる霧山友華。すぐさま準備に入る教師陣に続くように、専用機持ちが動こうとした途端、千冬からの声が響いた。

 

 

「待て、お前達に共有しておく情報が残っている」

 

「?それはなんです?」

 

「アナグラム以外の存在についてだ。今回の襲撃に関係しているのか────未確認とされる黒いISの存在が示唆されている」

 

 

千冬の発言の直後に、凄まじい程の殺気が放たれた。ビリビリ、と殺意のような鋭い感覚に困惑する一夏だが、すぐに発生源を見つけた。

 

 

 

 

(………龍、夜?)

 

 

前髪から覗く瞳に映るのは、沸々と燃え上がる灼熱の炎。怒りと殺意、憎悪が入り交じった視線はただ一つ、ディスプレイに移る黒い影に向けられていた。

 

 

───その影がこの場にいれば、今にでもISを展開して殺しに行こうとする程に、煮え滾る感情は爆発寸前に見えていた。両腕を組んだ手を握る指に、その怒りを体現するほどの握力が込められている。

 

 

「この存在がいるかは不明であり、半信半疑な話だ。織斑、篠ノ之、蒼青、もしその姿を認知した場合、教員への連絡を怠るな。いいな?」

 

「了解です」

 

「了解しました」

 

「……………」

 

 

真剣に答える二人だが、龍夜だけが口を開かない。ディスプレイに掲示された黒い機体の影を終始睨み続けていた。

 

業を煮やした千冬が、険しい声で詰問する。

 

 

「聞いているのか、蒼青。返事をしろ」

 

「………把握しました。覚えておきます」

 

 

それだけ言い切る龍夜は、失礼します、と席を外していく。この話で全部だったのか千冬は呼び止めることなく、両手を叩いて各々の専用機持ちに動くように促す。

 

 

動き出した彼女達は、龍夜の去った後を不安そうに見ていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

洗面所で流した水で顔を洗う。肌に染み込む冷たさに、内に宿る激情が静かに冷めていく。

 

 

洗面台を掴む手に、凄まじい力が込められる。鏡と水面に映る自分の顔を見据えながら、彼はふと呟く。

 

 

「───近付けた」

 

 

喉の奥から、壊れたような笑い声が響いた。自分でもどうしたのか分からないし、理解する暇もない。

 

 

そんなもの、已に頭の中から消え去っていた。

 

 

「奴の影が、姿が、存在が、ようやく近付いてきた。何年か掛かると思っていた。生涯を掛けるつもりでいたんだがな」

 

 

黒いIS。

通称『魔王』と称されるその存在が、この影だけは定かではない。だが半分の確率で奴なのであれば、龍夜が無視する理由にはならない。今まで存在自体掴めずにいたのだ。

 

 

最愛の両親を事故に見せかけ殺害した黒いIS、その犯人を探し出し、復讐する。それこそが龍夜のもう一つの目的であり、何より優先させるべき私情であった。

 

 

その感情に、その決断に、何一つの揺るぎはない。間違いではないと信じて、龍夜は進むことを決意していた。今更、止めるつもりなど更々ない。

 

 

「見つけ出し、必ずこの手で、絶対に────」

 

 

 

────『その理由(・・・・)』で強さを求める限り、お前は決して私を越えられないぞ

 

 

 

 

「絶対………絶対に………」

 

 

 

────今の貴方じゃあ、『魔王』には勝てない。実力不足、以前の問題

 

 

 

それ以上の、憎悪に染まった言葉が続かなかった。自分よりも圧倒的に上の女性達に、窘められた言葉が、脳内で反復されている。

 

 

殺してやる、という怨嗟と憎悪に凝り固まった一言を、口にすることだけが出来ない。鏡に照らし出される自分の顔を見て、ようやく理解が追い付いた。

 

 

「…………クソ」

 

 

自分が迷ってる、その事実を誤魔化すように吐き捨てる。溶け込んだ呟きは虚空に響くことなく、水面に波紋を行き渡らせるだけであった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「────ジールフッグ様、『銀の福音』の固定は完了しました」

 

「ん、ご苦労さん…………敵影は無い感じ?」

 

「ありません。ステルスも問題なく機能しています」

 

 

退屈そうに艦長の座席に腰掛けるジールフッグの指示に、部下である構成員達が対応していく。

 

 

大型飛行艇。

輸送機程の大きさでありながら、その速度は普通の飛行機に匹敵する程であり、内蔵されている武装は強力なものばかりである。何より、ジールフッグという電磁波とハッキングを自在に操る武装を持つ者がいるだけで、難攻不落に近い空中要塞へとなる。

 

 

そもそもの話、この飛行艇と部下達はジールフッグ専属の戦力なのだ。元々、彼の『幻想武装』は非戦闘タイプ、ISにも干渉できるハッキング能力があれど、軍用IS相手に立ち回れるほどの実力はないし、それをやろうとする程馬鹿ではない。

 

 

 

ジールフッグは、狡猾でありながらも慎重であった。

元々の組織にいた時は自信満々で、自分の才能ならどんな国すら墜とせると息巻いていたが、その結果主であった国からの裏切りに合って、確かなプライドは幼少期から教えられてきた忠誠心と共に消え去った。

 

 

行き場の無いジールフッグを拾ったのは、アナグラムのボスとも言える人であった。大勢の世界からのはぐれ者と出会い、ジールフッグは今まで体感したこともない程の安らぎを得た。ある意味では家族といえるくらい、仲間達を心から信用している。

 

 

だからこそ、ジールフッグは狡猾かつ慎重に生きる。狡猾でなくては、相手の裏をかけない。慎重でなければ仲間を危険にさらしてしまう。そうではなくては、アナグラムの、家族の願いを果たせないから。

 

常に憂鬱そうな態度とは裏腹に、その本心はアナグラムへの絶対的な信頼と油断を二度としないという慢心に包まれていた。

 

 

肘当ての位置にあるキーボードを指で叩くと、固定されていた椅子が分離し、浮遊する座席へと変化する。細かく操作し、椅子に座ったまま移動していくジールフッグに配下達が付き添うように歩き出す。

 

 

一部の部屋に止まったジールフッグが軽く指で触れると、扉が開閉された。部屋の中へと入った彼が、中にいる人間へと声をかける。

 

 

 

 

「気分はどう?ナターシャ・ファイルス」

 

「………複雑ね。最悪の敵なのに、こんなにも厚待遇なんて」

 

「まぁね、捕虜にも権利を差し上げるのがリーダーのご意向なんでさ。僕もそのように心掛けてるの、一応」

 

 

ベッドに腰掛け、不服そうに頬を膨らませる金髪の女性 ナターシャ・ファイルス。彼女の言葉に、ジールフッグは面倒そうに肩を竦める。

 

 

何故、彼女が普通に過ごしているのか。それはアナグラムの捕虜にされているからであった。

 

 

『銀の福音』を強奪した際、気絶したナターシャは封印されたISから引き剥がされ、部屋へと閉じ込められた。ジールフッグが話した通り、リーダーなる人物の意向によって人質や捕虜は厚待遇の扱いをする為か、ナターシャを閉じ込めた部屋は普通に快適である。

 

それでも彼女が満足そうに見えないのは、それ以上に気にかけるものがあるからだろう。

 

 

「出来る限りの望みは聞いてあげるよ。ま、聞ける範囲だけどね」

 

「じゃあ、あの子を返してくれる?黒い人があの子に掛けた封印とやらも、どうにかして」

 

「それは無理だね。福音を一定の期間だけ使えなくする───それが僕たちの目的だからさぁ。何がなんでも福音を使えるようにするつもりはない、絶対にね」

 

 

退屈と言わんばかりの態度ではあるが、ジールフッグはそれだけは曲げるつもりはないらしい。この頼みだけは通らないと判断したナターシャが思わず舌打ちを漏らす。

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

興味なさげな様子で見つめる青年に、付き添っていた兵士が焦った様子で耳打ちする。

 

 

「────ジールフッグ様!『同胞』からの報告です!学園が我々の動きに気付いたようで──────」

 

「は?なに?………待ちなよ、ここじゃあ捕虜に聞こえる。歩きながら話しなよ。イルザとモザイカを呼んで、こっちも対策をしないと………」

 

 

そう言いながら部屋を出ていく三人。彼等が立ち去った瞬間、部屋の扉が勢いよく閉められた。状況が読めずにいるナターシャは苛立ちを隠すことなく、ベッドへと身を投げることしか出来なかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

数十分が経ち、綺麗に晴れ渡った青空。

 

 

「来い、白式」

 

「行くぞ、紅椿」

 

 

砂浜で並ぶ一夏と箒が互いの顔を見合わせ、各々のISを展開する。白と赤一色のISアーマーを身に纏った二人は、後ろへと視線を移した。

 

 

 

「此方も準備は整った。………と言っても、この装備には慣れないけどな」

 

 

そう言った龍夜はプラチナキャリバー=アクセル・バーストフォームを展開しながら、大型の設備───戦闘機の翼と円形状の固定具、そして複数のブースターを連結させたような兵装を取り付けている。

 

 

「それって大きいな………えっと、なんだっけか」

 

「プラチナ・キャリバー専用の遠距離機動補助装置『アヴァロン・ストライカー』だ。これなら何とか箒に追い付けるだろう…………こうやって取り付けないといけないのが、余計に面倒だが」

 

 

無論、この装備の存在を知ったのは龍夜も唐突であった。準備時間の最中、束がプレゼントとして龍夜に送ったのが、この装備だったのだから。

 

 

アクセル・バーストフォームはエネルギーの消耗による短期決戦を条件として高速機動と高火力を実現した機体であり、最高速度ならば紅椿に匹敵、それを越える程である。

 

 

だが、それだけのエネルギーを消耗してしまえば、戦闘に参加できなくなってしまう。なんせこの戦いは遠距離から高速で接近し、相手を一撃必殺で無力化するという事なのだ。龍夜のアクセル・バーストは根本から遠距離移動は向いていない。

 

 

この装備は、その欠点を補うために束が前々から開発していたらしい。加速によるエネルギーの消耗率の現象、高速での遠距離移動を可能とするために改良してついさっき龍夜に託したのだとか。

 

 

喜ぶべきはずなのに、龍夜の顔は険しい。チラリ、と横に向けた視線の先が、その理由でもあった。

 

 

「それにしても、私たちがいたことが幸いしたな。相手がアナグラムのメンバー、非戦闘員なのは不服なことだが、私たちなら苦戦することもない。そうだろう?」

 

「………そうだな。でも箒、千冬姉も言ってたけど、黒いISってのがいる可能性もあるんだ。それに、これは実戦だ。何が起こるか分からない────」

 

「分かってる、注意はするさ。ふふ、怖いのか?一夏」

 

「そうじゃねぇって………あのさ、箒────」

 

「ははっ、心配するな。お前は私がちゃんと運んでやる。それに、ハッキングが得意な奴だろうと、黒いISとやらだろうと、きっと勝てるさ。なぁ?龍夜」

 

「………ああ」

 

 

専用機を扱えるようになってから、箒は目に見えて嬉しそうであった。何時もの彼女ならば気を引き締め、緊張しながら対応するはずだ。この状況でならば尚更。浮わついているのが、一夏にも分かっているようだ。

 

 

だが、龍夜は注意しようとは思わない。厳密には、無駄だと諦めているのだ。幼馴染みであり一番心を許している一夏の言葉にもあのように答えているのだ、自分が言えば余計に拗れるかもしれない。

 

 

『織斑、篠ノ之、蒼青、聞こえるか』

 

 

準備を終えた三人に、オープンチャンネルが繋がる。状況を確認する為の作戦本部から千冬が、通信をしてきたのだ。

 

 

『今回の作戦は事前に伝えた通りだ。目的は敵の撃退ではなく、福音と操縦者の奪還だ。それを忘れずに行動しろ』

 

「了解」

 

「織斑先生、状況に応じて二人のサポートをすればよろしいのですか?」

 

『そうだな。だが、相手は今まで国連と渡り合ってきたテロリストのネームドの一人だ。容易く事が進むとは限らん。注意を怠らず、無茶はするな』

 

「了解しました」

 

 

平然とした受け答え。しかし数ヵ月も共に学校生活を送っただけの龍夜にも分かる。声の内側には歓喜を隠せず、期待に応えようという自信………悪く言えば、満身の色が見える。

 

 

 

『───蒼青』

 

 

ふと、龍夜の耳に千冬の声が響く。個人との連絡を行うプライベートチャンネルからの声に、龍夜も回線を切り替えて応答する。

 

 

『お前も分かっているだろうが、篠ノ之はどうにも浮かれている。あのままでは重大なミスをするやもしれん。織斑にも伝えておいたが、嫌な予感もする。出来ることなら、カバーを頼む』

 

「…………分かりました」

 

 

応じたその瞬間だった。事前に設定していたベルが鳴り響く。オープンチャンネルから響いたその音色は作戦予定時刻を知らすベルであり、作戦開始を示す宣言であった。

 

 

『─────総員!作戦開始!』

 

 

瞬間、赤白と銀の光が宙に浮いたと思えば、音速の勢いで飛び出した。青空に伸びる二つの線が、平行に伸びていく。

 

 

 

 

 

 

 

その景色を静かに監視していた何者かは静かに笑う。自身の目的通りに予定が進むことを喜び、これからの未来を想像し、無邪気な少年少女の覚悟を嘲るような笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───お前達、緊急だ。奴等に動きがあった』

 

 

一夏と彼を背に乗せた箒、真横に並ぶ龍夜の三人が飛び立ってから数分が経過するくらいの頃。突如として緊急性を持つ報告が千冬の口からなされた。

 

 

『今現在移動している輸送機の反応が二つに分かれた。分離した反応の速度は輸送機以上だ。このまま空域を突破しようとしている』

 

「っ!まさか俺達に気付いたのか!?」

 

 

ハイパーセンサーで確認すると、輸送機の反応から外れた光点が凄まじい速度で輸送機から離れていっている。距離をおいて離脱していくその反応は、まるで大事なものを抱えて逃走するような感じを匂わせていた。

 

 

三人の脳裏に、一つの答えが提示される。

 

 

────『銀の福音』をそのまま持ち去るという敵の考えが。

 

 

 

瞬間、誰よりも早く龍夜が指示を飛ばした。

 

 

 

「箒!その反応を追え!お前の速さなら追い付けるはずだ!」

 

「!お前はどうするんだ!?」

 

「このまま輸送機を追跡する!どのみち、二つとも逃がすわけにはいかないはずだ!もし囮だったら報告しろ!俺も同じようにする!」

 

 

そう言うや否や、龍夜は体を捻りホバリングを行う。一気にスラスターを噴かし、加速の勢いのまま雲を突き抜けて直進していく。

 

反論する時間を失った一夏が何かを言うよりも先に、箒も動き出す。離脱した敵の位置を補足し、最高速度で飛翔する。

 

 

「箒!」

 

「龍夜の言う通りだ!福音を奪い去る気なら、離脱した敵を追わない訳にはいかない!」

 

「ああ!分かってる!」

 

 

会話の合間にも、高速で移動する敵との距離を縮めていた。

超音速で飛翔する紅椿と白式だが、未だ敵影すら見えない。あと少しという距離になっても、周囲が雲で隠れているためか見つけられない。

 

 

「構えろ!一夏!もう接敵するぞ!」

 

箒の掛け声と共に、自分達の光点と敵を示す光点が重なった。直後、一夏は紅椿の装甲から手を離し、勢いよく飛び立つ。一気に構え、敵を見定めようとした。

 

 

 

しかし、

 

 

 

「一夏!敵影は!?」

 

「───ダメだ!見えねぇ!周りに影も形もない、痕跡すら無いぞ!?」

 

「まさかダミーか!?私達を分断して、追跡を逃れようという気か!?」

 

 

 

 

 

「────半分、違ぇな。分断するってのは合ってるが、逃げるのは俺の趣味じゃねぇ。むしろ待ってたんだ」

 

 

声が、二人の鼓膜に伝わってきた。思わず息を呑み込む。ここは上空。それも二人は先程まで超音速で移動してきたのだ。普通の人間がこの場に居座ることはおろか、声を放つことなど出来るはずがない────敵ではない、普通の人間ならば。

 

 

 

声のした方向、真上へと視線を向けると────光り輝く黄金の繭があった。黄金の何かで包まれたそれは少しずつ、ゆっくりとその形を崩していく。

 

 

黄金の繭と思っていたそれは、翼であった。四枚の巨大な機械の翼が自らを包み込み、隠していたのだ。

 

 

太陽に照らされた黄金の翼を有するのは、一夏達よりも僅かに年上の青年。燃えるように赤い髪、そして翼と同じ金色の瞳が、一夏達を選定するように細められる。

 

 

 

「────白と赤、オマケに片方は最新型か。二人も来るとは嬉しい誤算だ。銀色の方でも良かったが………文句は言わねえよ。戦えること自体、俺の喜びでもあるしな」

 

「グレムリン………ジールフッグ、じゃないっ!?もう一人いたのか!?」

 

「あん?ジールフッグのことを気付いてやがったのか。なるほど、俺を知らないなら少数で部隊を編制したのも納得がいく。やっぱ、ジールフッグの言う通り、お前らに嘘の情報を伝えた奴がいるみたいだな」

 

「何を、いや!貴様の目的は何だ!私達を足止めすることか!?」

 

「お、やる気なのは嫌いじゃねぇ。強ち間違いでもねぇ、だがそれじゃあ正解とは言えねぇなぁ。足止めは足止めだが、別にお前らを止める為にやり合うつもりじゃあねぇ」

 

 

ニタリ、とイルザは大きく口先を歪ませる。まるで喋ることすら楽しいというような声音で────心を感じさせない程に冷たい瞳とは対照的に────高らかと告げる。

 

 

 

「─────オレはイルザ。輪廻獄鳥フェニックスの幻想武装、いやアナグラムでも二つしかない神話幻装(エンシェント・レガリア)を持つ、アナグラム最強の男。

 

 

 

 

さぁ、つまらねぇ御託は結構、もうやろう。始めようか、戦いを!殺す気で来いよ、素人ども。俺も加減してやるし、簡単には負けてくれるなよ!」

 

 

言い終わったその瞬間、イルザは四枚の翼を大きく広げて突撃する。発火したであろう炎とそれを引き起こした膨大な熱を帯びた黄金の不死鳥が、一夏と箒へと襲いかかった。

 




原作 難易度ノーマル


自作 難易度ナイトメアもしくはルナティック


地獄だね、これからも更なる地獄を作るよ(低音)



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第26話 紅蓮の不死鳥

筆が乗った(クオリティは保証しない)


「───ふぅ、識別反応の偽装はもういいか。どのみち、奴等がイルザから逃げ切る事も出来ないし」

 

 

輸送機の最新部。ジールフッグ専用の部屋で、彼は無数の機械に囲まれていた。彼の扱うグレムリンの能力、電脳への干渉を生かすための環境、彼が用意した力を引き出すための舞台装置であった。

 

 

そこでジールフッグは、IS学園側を嵌めることに成功した。飛び立つイルザの反応をわざと見せることで、現時点の戦力を二分割することが出来た。

 

 

その作戦は、自分の考えたものではない。立案したのは他ならぬイルザであった。

 

 

『───俺の反応を偽装しろ。奴等が俺に気付いて行動するようにな。そうすりゃ敵も分断できるし、都合が良いだろ』

 

『来てるのは三人って話だけど、二人が来たらどうする?お前が興味あるのは一番強い蒼青龍夜でしょ』

 

『これ以上、我が儘は言わねぇよ。誰が来ようがまとめて相手してやるさ。お前に力を尽くしてもらってる訳だしな────頼めるか?』

 

 

 

「頼めるか、ね────ここまで嫌な言葉なのに、嬉しいのは変わったからかなぁ」

 

 

面倒事を嫌い、憂鬱に生きてきた自分が頼られることを望むどころか、嬉しく感じるとは思わなかった。仲間と馴れ合い過ぎたか、と毒つくジールフッグの顔は不快に満ちたものではなく、慈しむような微笑みに染まっていた。

 

 

そんな彼の耳に、部下からの報告が入る。

 

 

『ジールフッグ様!敵が一人、此方へと接近しています!ISからして、蒼青龍夜です!』

 

「────ごくろーさま、君たちは撤退に専念しなよ。僕の方で、蒼青龍夜を止めておくしー。手出しは無用ってやつだね」

 

『ハッ!畏まりました!』

 

 

答えると共に、ジールフッグは嘆息する。とは言ったものの、ジールフッグ自身が動くつもりはない。自分の役割はあくまでもバックアップ側、相手が学生とはいえ明らかな戦闘員、オマケに学生の中でもトップに割り込むほどの実力の相手に太刀打ちできる訳がない。数秒で撃沈するだけだ。

 

 

「ま、別に手段がない訳じゃないしぃー」

 

 

両手の指が複数のディスプレイをタップ、スライドを行う。輸送機内のシステムへと干渉した電脳の悪戯妖精の力は、格納庫に収納されていた巨大な鉄の塊へと接続した。

 

 

「───イクシード・スカイライダーの制御を掌握。パルス・スフィアによる遠隔操作式を構築。目標を設定後、攻撃を開始せよ」

 

 

スライドの複数が消滅する。一仕事終えたように面倒そうな一息を吐いたジールフッグは画面に移る外の景色を見て、小さく笑う。

 

 

 

「八神博士の残した遺産、それが造り出した新世代の無人兵器。その真髄、見せてもらおーかな」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「見つけたッ!アレが奴等の輸送機か!」

 

 

一夏達と離れてすぐ、プラチナ・キャリバーの加速を経た龍夜の視界に大型輸送機の姿が見えた。アレだけの大きさでありながら、ここまで近付かないと視認すら出来なかった。どうやら機体からステルスを発しているらしい。

 

 

「───そこまでして隠れるということは、此方が本命か」

 

ということはだ。一夏達の方の反応は偽物だったのだろうか、或いは黒いISが現れでもしたか。それを思い浮かべただけで苛立ち、思考がまともに動かなくなる。

 

一夏達との連絡を取ろう、そう思いオープンチャンネルを繋ごうとした彼の目の前で、輸送機に変化が起きた。

 

 

後方のハッチが開き、巨大な鉄塊が落とされる。荷物を減らしてスピードを上げようとしているのか、と判断した龍夜が加速を行おうとしたその瞬間、

 

 

 

ガシャコンッ! と、鉄塊の装甲の一部が剥がれる。細長い筒状のものが向けられた龍夜の意識が一気に集中する。筒の奥から、膨大なエネルギーが蓄積されたのを感知したのだ。

 

 

 

「ク───ッ!」

 

 

加速を強引に引き止め、前方へとスラスターを噴かす。直後、彼の目の前をオレンジ色の光の弾丸が通過していく。保護されたとはいえ、空気自体が焼かれたような砲撃の正体は、疑うまでもない。

 

 

電磁砲(レールガン)か!」

 

 

睨んだ先にある、鋼鉄の塊。だが、それは先程までの塊としての形ではなく、全く別の姿へと変形を終えていた。

 

 

左右に展開された刃のような翼。機体の下に取り付けられたレールガンと機関銃。これだけ見れば戦闘機に見えるその造形だが、全てを無意味にさせる存在が操縦席の部分に鎮座していた。

 

 

人の上半身を模した機械。二メートル以上の腕を両方に携え、深紅のモノアイを事細かく動かすそれは龍夜の姿を捉えると、唸り声を轟かせた。

 

 

 

「『アルザード』と同じ無人兵器───やっぱり別の兵器もあるか。厄介だな」

 

舌打ちをしながら、龍夜は密かにオープンチャンネルを繋げる。今も別行動している二人と、観測しているであろう千冬達へと連絡を取ろうとする。

 

 

しかし、

 

 

「一夏?箒?俺だ!返事をしろ!…………クソッ!繋がらない!プライベートチャンネルも切断され────まさか、ジールフッグの仕業か!?」

 

 

だとすれば不味い、と龍夜は焦る。この無人機が輸送機を護る盾ならば、黒いISはこの場にはいない────一夏達と接敵している可能性が高い。全貌すら読めない黒いISとはいえ、二人がそう簡単に負けるとは思っていない。

 

 

だが、嫌な予感がしていた。

学園でも何度も感じた。自分の周囲で誰かが傷付きそうになる時ほど感じた予感。それが高らかと警鐘を鳴らし続けているのだ。

 

 

 

「───邪魔だ、鉄屑ッ!」

 

 

龍夜は、その可能性を振り払った。二人ならば問題はない。自分は当初の目的通り、福音を取り返すまで。そう判断してからすぐに、無人兵器『イクシード・スカイライダー』を倒すべく、光剣を抜き放つ。

 

 

────その判断を後悔することになるとは、この時には思いもしなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

龍夜とは離れた空域にて。

雲が所々に浮かぶ青空に、凄まじい程の衝撃と軌跡がとめどめなく刻まれる。その一つ、金色の光が縦横無尽に景色を薙ぎ払っていく。

 

 

「────ォラオラァッ!!どォしたァ!逃げてばっかじゃあ俺を倒せねぇぞ!?学生どもよォ!!」

 

「───ッ!舐めるな!」

 

 

超音速同士で飛翔するイルザと箒。背を追われていたのも一転し、戦意を示す表情のまま、箒はイルザへと突撃する。

 

 

二本の刀を両手に握り、左右からの斬撃を繰り出す。鍛え上げ、学び続けてきた剣術も組み合わせることで普通に対応するのは厳しい程の技となる。

 

 

だが、イルザは片腕を軽く振るうだけでそれを止める。より正確には、背中から伸びる黄金の翼の一枚が。強靭な羽根を無数に束ねた翼は、巨大なブレードへと様変わりする。

 

 

眼前へと振り下ろされる刀の形状をしたブレードを、一枚の機械の翼が受け止める。火花が散る視界から判断し、イルザはもう一枚の翼を御し、箒を貫かんと突き立てる。

 

 

「オオオオオッ!!!」

 

 

横から割って入った一夏により、その攻撃が制止する。背後からイルザを止めようとする彼の動きを察知した翼が動作を強制的に切り替え、迎撃する。

 

 

唐突に行動を変えてきたことで、一夏もスラスターを放出し、何とか避けきる。あのまま直進していれば弾かれた挙げ句に追撃を受けていたかもしれない。

 

 

加速しながら接近してきた箒の顔を見ながら、一夏は再び決意を深める。戦いを避けれるような相手ではない、既に分かりきった話だった。

 

 

「箒!援護を頼む!一緒に倒すぞ!」

 

「あ、あぁ!当然だ!」

 

 

 

「おいおい、勝つ気でいるのかよ。嬉しいなぁ、ますますやり甲斐があるじゃねぇ─────かァッ!!」

 

 

四枚の黄金の翼を大きく広げたイルザが、一気に飛び出す。凄まじい加速を引き出したそれは、鳥と言うよりも砲弾そのもののように飛来してくる。

 

 

一夏と箒はそんな相手に対し、左右から回り込むように飛翔する。イルザの加速に対応するように、逆に返り討ちにする気らしい。

 

 

「面白ぇ!斬って見ろよやァ!!」

 

 

瞬間、イルザは自らの体を勢いよく捻る。コマのように体を回転させることで、背中の四枚の翼もそれに応じて回転する刃へとなる。ただでさえ、広げれば五メートルも翼が左右に二枚もあるのだ。その動きを見た瞬間、一夏達は攻撃を止めて距離を置くことしか出来なかった。アレを受ければISシールドだけでは済まない、シールドを打ち破り生身にまで届く程であるのだ。

 

 

 

だが、それを理解しているにも関わらず箒は飛び出した。迫り来る刃の旋回を止めるように、二刀で受け止める。イルザは動きを止め、急停止するが、それを利用するように遠心力を脚に蓄積させ、蹴りとして放つ。

 

 

横腹に食い込んだ脚に、箒が苦痛に顔を歪める。ISのシールドがありながらの威力。生身であれば骨を砕き、分断していたであろう一撃に、遠くまで吹き飛ばされた。

 

 

 

 

「う、おおおおおッ!!」

 

その間、僅かに生じた隙を狙い、一夏が動く。瞬時加速により、イルザとの間合いを縮め、至近距離まで接近する。驚いたイルザだが、簡単には対応できない。

 

翼での攻撃すら間に合わない程の早さで、雪片弐形を振り抜き零落白夜を展開させた刀身で斬りかかる。

 

 

あらゆるエネルギーを消し去る必殺の一撃。『幻想武装(ファンタシス)』すら強制的に解除させる刃が、伝説の幻想を構築するエネルギーに包まれたイルザへと迫り来る。

 

 

それを、イルザは手で掴んだ。刀身を指で押さえ込み、顔の前で止める。攻撃を受け止められても、一夏の顔には不安はない。むしろ、好都合であった。零落白夜の力で、イルザの装備を消滅させようと思った────が、気付く。

 

 

 

「───零落白夜はエネルギーを消滅させる。ISや幻想武装の天敵、って聞いてたぜ」

 

 

イルザの手から何かが垂れる。とめどなく溢れ出す赤い液体。ギョッとしてしまったのは、普通で見ることのないだろう人間の血であったからだ。そして、全てを理解して、信じられないと言う顔で彼を見る。

 

 

イルザは笑顔を消すこともなく、顔を上げる。痛みなど、微塵もないと言うように。

 

 

「だがよぉ、生身は無理だろ?どれだけエネルギーを消せる力だろうが、エネルギーそのものに当てなきゃあ効果がない!なら、刀身を素手で掴めばイイって訳だッ!」

 

「嘘、だろ───!?解除して腕で掴んだのか!?」

 

「おいおい、驚くようなもんでもないだろ。こっちはISなんて最強の兵器を何機かぶっ倒してきたんだ。腕の一本や二本潰すのなんざ惜しくもねぇよッ!!」

 

 

叫び、もう片方の腕を振りかざすイルザ。指を折り曲げ、爪を立てるその様子から、尋常ではない一撃が放たれると予測する。咄嗟に避けようとするが、イルザが刀身を強く握る為に離れることすら出来ない。

 

 

 

「一夏ぁッ!!」

 

 

それを止めるように、一つの弾丸のような超音速で箒が加速する。ニヤリと笑ったイルザは翼二枚を重ね、自分の姿を隠すことで箒の二刀流を防ぐ。

 

しかし、その僅かな隙間を箒は狙う。腕部分の展開装甲を開閉させ、そこからエネルギー刃を生成させると同時に射出する。

 

 

それがイルザの、雪片を掴む方の腕を切り裂いた。生身の人間に向けるべきではない武装が、生身の部分に直撃したのだ。簡単に肉を切り裂き、腕を吹き飛ばした。

 

 

雪片を掴んでいた手が緩み、海の方へと落ちていく。離れていく二人から視線を移し、イルザは自分の切断された腕の断面を見る。へぇ、と彼は笑った。ただ単純に、面白いとでも言うように。

 

 

「やるじゃねぇか、期待通りだぜ」

 

 

チリチリ、とイルザの周囲の空気が熱されていく。瞬間、イルザの体が発火し始め、炎が燃えていく。出血が止まらない断面も炎にさらされていき、いつの間にか出血は収まっていた。

 

 

 

「俺の神話幻装(エンシェントレガリア)、フェニックスの能力を教えてねぇよな?複数あるんだが、その一つ。フェニックスには絶対にして唯一の能力がある─────それが、再生能力だ」

 

 

煌々と燃える炎が、腕から形を作っていく。柱のように、少しずつ形成された炎が金色に光ったその瞬間、弾け飛んだ。火の粉が散る中、イルザは傷一つない腕を見せびらかすように前に出した。

 

 

信じられない、いや現実的にも、科学的にも有り得ない光景だった。炎で焼かれた途端、腕が再生するなど物理学的に考えられる話ではない。文字通り、神話や伝説に存在する不死鳥 フェニックスの名を体現するような、現象そのものである。

 

 

「───この通り、フェニックスの力なら俺はどんな怪我だろうと治せる。顔や半身を吹き飛ばしても、再生できる自信はあるぜ?ま、相手にした奴等が不甲斐なさ過ぎてそこまでやれる奴はいなかったがな。で?どうした?まさかやる気失くしたとか言わねぇよなぁ?流石につまらんねぇぞ?」

 

 

自身の首を消し飛ばすように、手で銃の形を作る。人差し指でバーン! と軽く言うが、笑えるような話ではなかった。もし、首が消し飛んでも再生するなんてしたら対処のしようがない。彼が自らをアナグラム最強と自負する理由を実感したと共に、勝利の可能性が一気に消失していく。

 

 

忌々しいのか、箒はイルザを睨み付けながら、悪態をつく。彼女をよく知る一夏ですらそんな一面があることを知らなかったのか、酷く驚いていた。

 

 

「────化け物め」

 

「化け物、か………」

 

 

その一言を、イルザは笑いながら復唱する。瞳だけは感情を宿らせず、濁った水晶のような色で一夏達に視線を向けていた。恐怖を感じる二人に、彼は同じ調子で語っていく。

 

 

「確かに俺は化け物だ。腕が消し飛んでも痛みすら感じないものなんて普通じゃあない。慣れてるぜ? そう言われるのは。だって、実際に人間辞めてるしな」

 

「人間を辞めてる……?どういう意味だよ?」

 

DOLL.s(ドールズ)って言っても、知らねぇよなぁ」

 

 

いや、知っていた。

その単語を聞き、一夏の心臓が大きく高鳴る。フランス政府が欧米で立場が低くなっているのも、間接的にシャルロットをスパイとして学園に送り込むという無謀すぎる賭けをしたのも、全てその計画が原因であった。

 

 

DOLL.s計画。

行く宛もない子供達を洗脳、薬物により感情や痛覚を欠落させ、死の恐怖すら感じない強化人間の製造。フランスの失墜も納得できる程、凄惨かつ悪烈な計画。

 

 

イルザはその計画の関係者どころではない。その成功体、心と自我を奪われた人形達(ドールズ)の一人であったのだ。

 

 

 

「感情を持たない人形のような強化人間。俺もその一人でさ、軍の奴等に囮にされて偶然生き残るまで、俺に心なんてものは芽生えなかった」

 

「軍の奴等………フランス政府が関係しているのか?」

 

「知ってんのか、早く言えよ。ま、別に話すことでもねぇし、あいつらについては割愛しとくわ。俺達の存在を知ったアナグラムは憤慨してなぁ。施設を全て半壊させ、俺を人間に戻そうとしてくれた。────ま、失敗したけどな」

 

 

用済みとして切り捨てられ、死にかけたイルザは助けられ、多くの人たちに支えられて、ようやく自我を取り戻すことまでは出来た。

 

 

あらゆる方面でも救われた彼だが、やはり彼は人形になった身。かつては人間だったとはいえ、人形がそう簡単に幸せになれる筈がなかった。

 

 

「ああ、勘違いすんな。心は、感情は取り戻せた。けどな、神経と脳細胞の一部がイカれたらしくてな。一部の感情、悲しみとかが欠落して、痛覚味覚、それが分からなくなっちまったのさ。

 

 

 

泣けてくるぜ、どれだけ皆が美味しい料理を食べても、それを共感できない。取り繕うことしか出来ないんだぜ?美味しかったって、分かりもしねぇ味をな。自分が死ぬかもしれねぇのに、恐怖すら分かねぇ────そんな奴が、人間な訳ねぇだろ?」

 

 

カラカラと笑うイルザ。それがどれだけ悲しいことか、分かっていてても感情が失われているため、うちひしがれることも出来ない。泣きたい程の悲劇にあおうとも、泣きたい心や、悲しむ部分がポッカリと空いているのだ。ただ目の前の現実的を受け入れるしか、そうするしかなかった。

 

 

 

 

「まぁ、何も悲哀的に考えるわけでもねぇよ。そんな俺にも守りたいもあるし、恩義がある組織もある。何より、俺が唯一楽しめるのは戦いだ。─────本気の戦いが、殺し合いが!俺の心を滾らせ、燃やすことが出来るんだ!殺すことはアナグラムの心情に反するしやらねぇつもりだが、それでも満足できる戦いもあるさ。今も、やる気が湧いてきたしなぁ!」

 

【─────限定武装解放、『爆撃制御機能』展開】

 

 

両腕を大きく振るうイルザに連動してか、機械翼が組み変わっていく。先程までは、イルザにとっては本気であれど完全な手加減である。彼の持ち得る力の一端、その一つで相手をしていたように、更なる一端を解放しようとしていた。

 

 

「───さぁ!俺も少し全力の一部を出してやるよ。命くらい賭けてこいよ?テメェらじゃあ、そうでもしねぇと俺を、不死鳥を殺せねぇぞォ!!」

 

 

昂りに満ちた咆哮。戦闘狂という言葉が過言ではなく、的確なものである。戦いの中でしか楽しみを見出だせない、故に戦いを望む青年は、より一層輝く黄金の翼に包まれていた。

 

 

 

瞬間だった。

イルザの機械翼から、何かが放出された。訝しみ、ハイパセンサーで確認した二人は───一瞬で青ざめ、慌てて退避する。

 

 

空気を吸い込み、複数の物体が爆発した。その規模は絶大、遠くで『イクシード・スカイライダー』を撃破した龍夜ですらその波動を感じ取る程であった。当然、一夏達は気付きもしないが。

 

 

「な、なんだよあの威力………!あんなの直撃したら、シールドが一瞬で削られるぞ!?」

 

「一夏!もう一度来るぞ!」

 

 

戦慄する一夏の前で、イルザが再び爆弾を放出する。その量は二十発、一夏達のいる方に放たれた爆弾は感覚が狭く、確実に一帯を消し飛ばす程の威力と範囲での計算がされている。

 

爆撃の名に違わぬ蹂躙。自分達がどれだけ手加減されていたか悔しく感じる暇などなく、ただひたすら爆撃の雨から逃げるしかなかった。

 

 

「おいおいどうしたぁ!逃げないで掛かってこいよ!倒すんだろぉ!?この俺をォ!!」

 

「ッ!?ミサイルまで出せるのかよ!」

 

 

両手を突き出したイルザの横に、巨大なミサイルが展開されている。もはや爆撃機どころか、巨大戦艦である。躊躇いなくミサイルを放つイルザ、先程までの爆弾とは桁違いであろう威力が蓄積したミサイルが上空から迫ってきた。

 

 

当然、当たる筈もなく二人は回避する。イルザが再び爆撃を開始する前に攻撃を行うと箒が動いたその瞬間に、一夏が高速で加速する。

 

 

───イルザとは正反対の、ミサイルの向かう方へ。

 

 

「一夏!?」

 

「アイツ、何のつもり─────おい、マジか」

 

「───うおおおおおっ!!」

 

 

愕然とする味方と敵の声を無視し、一夏は更に加速していく。瞬時加速によりミサイルの前方へと回り込んだ一夏は零落白夜を発動させた刃でミサイルを切り裂いた。エネルギーで作り出されたものなのか、表面は消滅させることが出来た。内部のは爆薬を除いて。

 

 

外気に触れ、起爆する。連鎖して生じる凄まじい爆炎に一夏が吹き飛ばされる。シールドエネルギーを一気減少させる威力は、鈍い痛みを与えてくるだけで済んだ。

 

 

「何をしている!?攻撃のチャンスだったのに───」

 

「船が、人がいるんだ! 海上は先生達が封鎖したはずなのに────ああ、くそっ!密漁船か!」

 

 

けれど、見捨てる理由にはならなかった。そもそも知らずに助けたとはいえ、知っていても選択は変わらなかっただろう。

 

 

そんな一夏に、激しい怒りで詰め寄る箒。吐き捨てるような、侮蔑するような目で密漁船を睨み、勢いに任せて捲し立てた。

 

 

「馬鹿者!犯罪者など庇うからだ!あんな奴等など、見捨てておけば良かっただろう!」

 

「見捨てて………本気で言ってるのか!?」

 

「当たり前だ!自分勝手に決まりごとを破った奴等だ!どうなろうが関係はない!まず優先するべきは奴の方だった筈だ!奴を倒し、福音を回収することが私達の────」

 

「箒!!」

 

 

強い気迫で、彼女の名を叫ぶ。

口を閉ざし、剣幕が消え去った箒に、一夏は静かに語りかける。

 

 

「そんなこと、そんな寂しいこと言うなよ。力を手にしたら、弱いヤツのことが見えなくなって………らしくないぜ、箒。一体、どうしたんだよ」

 

 

「──────あ」

 

 

瞳が大きく揺れた。

奥にある黒い色───不気味な光が薄まり、ゆっくりと消えていく。パチリと開かれた眼が理解したように広がり、焦点が合わなくなっていく。

 

 

先程までの自分の発言を、考えを、否定するように呟きを漏らす。動揺し、自らの意思が定まらず、両手で顔を覆い隠した。

 

 

「ち、違………私は、そんな、つもりでは………」

 

 

その時に落ちた刀が、光り出す。粒子へと変換され、消失する光景を見た一夏がゾッとしたように焦る。

 

 

ここは戦場だ。この場でISのエネルギーが限界に至れば、死ぬ可能性すら有り得る。何より、相手がまだ現存であるのだ。

 

 

 

「────民間人か。作戦海域に入ってくるとは………見過ごさず助けるとは良い心掛けじゃねぇか。面白ぇ」

 

 

感心したようなイルザが翼を大きく広げ、一夏の前に滞空していた。反応し、ブレードを構える彼に、イルザが笑いながら片手を突き出す。

 

 

「くだらねぇ茶番だと思って終わらせようとしたが、テメェの正義感に免じて一発勝負で終わらせてやる。俺の必殺技、耐えてみろよ。出来たらお前の価値にしてやる。

 

 

 

 

 

悪いが、返答は聞かねぇぜ。腹括って見せろよ!ヒーロー!!」

 

 

嘲笑か、挑戦的な笑みか。

それだけ宣言すると、イルザは空高くへと飛翔しだす。天空へと飛んだイルザは翼でその身を包み込み────数十の爆雷を放出する。

 

 

周囲の空間全てを吹き飛ばす威力、そして海面の密漁船が巻き込まれないように調整されている範囲。即座にハイパーセンサーが危険と判断したことを疑わず、一夏は避難しようとして、動きを止める。

 

 

 

箒が、動けずにいた。今にも起爆するであろう爆雷の展開陣の中、ショックから立ち直れないのか、彼女のISは動かなくなっている。

 

 

「箒─────ッ!!」

 

 

必死の叫びを響かせ、一気に加速する。ISのエネルギー全てを使用する覚悟で飛び出し、箒へと手を伸ばす。

 

 

 

それから数秒後。僅かな時間が過ぎた瞬間、翼に覆われたイルザの声が、白熱する爆雷の包囲陣の中で轟いた。

 

 

 

 

 

 

「───【灼熱爆雷一斉起爆(バーニング・バースト)】ッ!!」

 

 

 

 

 

直後、爆雷の全てが爆発を引き起こす。オレンジ色の光が周囲の空間を巻き込み、炸裂した。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

イクシードを撃破し、爆音を聞いた龍夜は不安と予感に従い、輸送機から離れ、一夏達の元へと向かっていた。今すぐにでも辿り着こうと加速を続ける龍夜に、絶大な熱と衝撃が殺到する。

 

 

 

「ぐッ、オオオオ─────ッ!!?」

 

 

耐えきったとはいえ、信じられない威力であった。これが爆発による余波であると判断した龍夜は思わずゾッとした。この爆発に一夏達が巻き込まれていれば、間違いなくシールドエネルギーが限界値を迎えているのだろう。

 

 

問題は、中心近くにいたかもしれない二人が耐えきれているのか。

 

 

溢れ出す不安が、思考をかき乱す。煙に包まれた一帯へと突撃し、ひたすらに叫ぶ。

 

 

「一夏!箒!応答を、返事をしろ!おい!?」

 

 

すると近くの煙から何かが飛び出した。

その反応に思わず、龍夜は一息つく。ここから出てきたのは一夏達だ。そう判断してすぐに駆け寄ろうとする。

 

 

 

煙が晴れ、視界が明らかになり─────龍夜は言葉を失った。

 

 

 

 

 

飛び出したのではなく、それは墜ちていた。

 

 

墜ちていくそれを、飛び出してきた少女が掴もうとする。赤いIS、紅椿を纏う箒が、泣きながらそれへと手を伸ばす。

 

 

 

『それ』の形が、人であることを察知する。脳が理解が拒もうとしているのか、激しい頭痛がした。否定しようとしても、目の前の現実だけは変わらなかった。

 

 

 

ポツリ、と。

『それ』が誰なのかを知り、龍夜の思考が完全に止まった。

 

 

 

 

 

「────……………いち、か?」

 

 

 

脳内に、記憶がフラッシュバックする。

 

 

身内を失った時の記憶が、大切な姉を気付けられた時の記憶が。雪崩れ込む情報と思い出の渦に、龍夜は頭を抑える。かきむしる程の力が込められた指に、更に強くなる。

 

 

ついに、感情を制御する堤防が決壊した。

 

 

 

「あああ、ああああああああああああああああああッッ!!」

 

 

喉から迸るのは、絶望の叫び。

 

 

力を求め、強くなろうとした。復讐するために、世界を変えるために、何かを覆すために。それだけの為に強くなろうとしてきた。

 

 

なのに、守れなかった。クラスメイト一人も、助けられることも出来ず、墜ちていく光景を目に入れるしかなかった。どうすれば良かったのか、激しい後悔と自己矛盾に陥る。

 

 

 

だが、絶望と悲しみは次第に別の感情へと切り替わっていく。

 

 

「───箒ィ!!一夏を連れて撤退しろぉ!今すぐにだぁッ!!」

 

「りゅ、龍夜………だ、だが」

 

「一夏を死なせるな!奴は俺が、俺が倒す!!」

 

 

それを聞いた箒が、瀕死の一夏を抱えて飛翔する。花月荘へと撤退していく彼女を見ることもなく、龍夜はた

だ一人の敵を睨んでいた。

 

 

「白いのが瀕死になったか。だが、生きてはいるしアイツの勝ちだな。全く、もう一人を庇うとは………俺も複雑な気分だぜ」

 

「───黙れ」

 

 

呆れたような言葉を、低い声で切り捨てる。上空に立ち尽くす黄金の不死鳥を見上げ、憤怒に染まった瞳で見据えた。

 

 

怒りに囚われた青年が、告げる。

 

 

「お前は、俺が殺す。ぶち殺してやる」

 

「………オーケー。相手してやる。来いよ、ルーキー」

 

 

二つの光が、衝突する。連鎖するように響き渡る戦いは、短時間で決まるものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「オオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

「ハハッ!やるじゃねぇか!期待してた分、良かったぜぇ!おい!」

 

 

激昂し、冷静ではない龍夜。しかし怒りによって引き出されたのは躊躇いもなく殺す程の攻撃を放つ冷酷さであり、戦場を優位に進めようとする冷静さも残っている。

 

 

斬撃と閃光、次々と繰り出される龍夜の猛攻にイルザは楽しむ一方で、違和感を感じ取っていた。時間が経つ度に、攻撃を行う度に、龍夜の攻撃が杜撰になっていく。その理由はすぐに分かった。

 

 

「グゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウッ!!!」

 

「………おいおい、ISってのはあんな機能まであんのか?」

 

 

銀色のISが、禍々しい黒に侵食されている。ギチギチ、と装甲を蝕み、変化していくその姿は異形のそれである。感情や自我も、機体同様に暴走状態にあるのだろう。

 

 

 

だが、イルザの僅かな期待も一瞬で消え去った。

 

 

 

 

 

───バチッ、バチィッ!!!

 

 

「あ、があああアアアアアアアアアアアアっ!!?」

 

 

内部から生じたであろう青いプラズマが、炸裂する。暴走を制止するかのように発生した雷は、龍夜を支配する憎悪と憤怒を打ち消した。───戦う力を奪うことを条件に。

 

 

ふらり、と揺れた龍夜がそのまま墜落していく。真下にあった無人島へ、叩き付けられるように落ちた。

 

 

「………く、そッ」

 

(また、暴走しかけた────よりにもよって、この状況で!)

 

 

解除されたISが、遠くへと飛んでいく。外付けの補助装置も半壊していた。電撃を直に受け、暴走を抑制された龍夜はその事実に歯噛みする。気を付けようと考えていたのに、また引き起こしてしまった。

 

動こうとしても、強力な電気を浴びたことで筋肉がまともに動かない。立ち上がろうと首を上げた龍夜だが、喉元を押さえ込むように掴まれた。

 

 

「───がッ!?」

 

「────安全装置でも外してなかったか?正直、本気でやりあえると思ってたから、期待外れも良いところだ」

 

 

地に脚を付けたイルザが、龍夜の首を片手で持ち上げていた。抵抗しようにも、ISを纏ってない生身、しかも電撃を浴びた直後の体では止めることも出来ない。

 

 

指が喉を圧迫し、締め上げられる。呼吸が奪われ、息苦しくなり、必死に暴れる龍夜に、イルザは話をする。

 

 

「殺しはしないさ。白いヤツの件も、あそこまでヤルつもりはなかった。武器を失った相手をなぶるのは道理に反するし。ま、邪魔されたくもないし、お前は気絶させとこうと思う」

 

「ク………ソ────」

 

「残念だったな、ルーキー。任務失敗だが、めげるなよ。敗北をバネに、強くなれば良いぜ」

 

 

そのまま首を絞める力を強める。意識が朦朧としていく龍夜が気絶するまで、続けようとした──────直後。

 

 

 

 

 

何かが横から、イルザを吹き飛ばした。

超音速で加速してきた物体が、横腹を薙ぎ払うように。

 

 

「ぐおっ!?」

 

唐突な攻撃に、イルザの力が緩む。そのまま吹き飛ばされていくイルザは翼を伸ばし、何とか体勢を立て直す。

 

 

ゴホゴホッ! と喉を押さえ、呼吸を整える龍夜は目の前に視線を動かし、目を見開いた。

 

 

「─────キャリバー?」

 

 

プラチナ・キャリバーの剣。浮遊というよりも空中で静止する銀の剣に、思わず疑問が過る。まさか、この剣が勝手に動いたのか? と困惑しながら自問する龍夜だが、更なる異変が起きた。

 

 

 

【───適合者の危険を確認。自己判断によりロックを解除、適合者防衛プログラム『クロム・ルフェ』の発動を開始します】

 

 

 

剣に組み込まれた黒い宝玉とは違う、別のコアが点滅する。その光に呼応するように、剣が分離する。バラバラになったパーツが飛び回り、龍夜の周りに配置される。

 

 

黒い宝玉がレーザーを放出し、空中で複数の黒い装甲を形成する。黒い装甲が全身に装着されていき、剣のパーツも各々装甲へと変わり、一人の人間を覆い隠すように纏われていく。

 

黒い宝玉もそれに応じるように、銀と黒に包まれた装甲の中心に組み込まれ、胸の部分に固定される。黒いコアから生成されるエネルギーが全身に流れ、装甲を完全に繋ぎ合わせ、一つの鎧へと昇華させた。

 

 

【エーテリオンリアクター稼働、クロムフレーム構築及び固定完了。適合者の意識の沈黙、確認。エネルギー回路、全武装に接続完了。オールクリア、数十秒後に疑似神経回路の起動予定】

 

 

立ち尽くす銀と黒の鎧から、声が響く。静かな少女のものであるその声は冷たく、機械的なものである。そのまま、無機質に宣告する。

 

 

 

【クロム・ルフェ。これより、適合者に接触する者全て、攻撃の危険性のあるモノを敵と判断。適合者の保護のため、全ての敵を抹殺します】

 

 

黒と銀の鎧のナニか、『クロム・ルフェ』と呼ばれるそれは、不気味なほどに静かであった。




感想や評価もよろしく……(ボソッ)


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第27話 暴走のディザスター

「────何が起きた、いや何がどうなったんだ?」

 

 

呆然と、イルザは疑問を口にする。答えが返って来ることはないが、気にすることはなかった。その場を支配するのは、静寂だけであった。

 

 

目の前に立ち尽くす黒と銀の鎧。いや、装甲に包まれたヒト型に、イルザは危機感を感じない。無気力に、力なく棒立ちになるその姿は、敵意なんてものを放つ素振りすらなかった。

 

なのに、イルザの第六感───戦闘でよく発される感覚だけが、警鐘を鳴らしている。目の前のアレは、さっきまでの青年とは違う。異質な雰囲気を放つ異形の鎧に、イルザは相手の出方を図ることにした。

 

 

 

「────」

 

 

ゆっくりと、【クロム・ルフェ】が歩き出す。一歩一歩が重いもので、まるで無理矢理にでも動かされているような感じである。

 

 

一瞬警戒したイルザも、思わず気を抜く。あんな鈍い動きでは戦いにはならない。精々歩くのにも、時間が掛かるだろう。だが、まだ何かが隠されているように見えた。

 

 

(まずは、攻撃をしてみるか)

 

 

相手の装甲が強力なのか、或いは能力があるのか。それを確認するためにも、相手に動いてもらう必要があった。イルザは翼を動かし、能力により生成した爆弾を射出する。

 

 

T.I型榴弾。

爆発と共に発生した衝撃を周囲に拡散させるその爆弾は、IS相手には、それ以前に人間を殺す為に造られたものではない。あくまでも、相手を傷付けるというコンセプト。生きたまま負傷させることで怪我人を生み出し、相手に被害だけを残す戦術を体現した地雷の応用系。

 

 

カンッ! と装甲に当たり、弾かれる。瞬間、爆弾を中心として、衝撃が爆発して広がった。中心に近い位置に立つクロム・ルフェは爆破を避けることもなく、直撃する。

 

 

けれど。

 

 

「無傷、か」

 

 

当然だ、と呟く。だが、妙なのはシールドの存在すら見えない。流弾は確かに鎧に触れた。至近距離での威力に、ISのシールド越しにでも反動は受けるはずだ。それすらないのは、あの鎧には何かの機能があるのか。

 

 

そう思っていたイルザに、クロム・ルフェが首を向けた。フルフェイスが此方を見据えたその瞬間、

 

 

 

『────敵性を確認』

 

「あ?何を──────」

 

 

ワンテンポ遅れたイルザの視界が、ズレた。思わず疑問を抱くが、瞬時に理解する。

 

 

殴られていた。至近距離まで近付いていたクロム・ルフェが握った拳を振り抜き、イルザの顔を殴り飛ばしていたのだ。よろけるイルザに、クロム・ルフェは躊躇いなく追撃の拳を叩き込む。

 

 

「ぐッ!────ごッ!───がぁッ!?」

 

 

隙のない連打に、流石のイルザも抵抗できない。痛覚を感じない彼だが、ダメージは確かに存在している。脳が痛みを認識しないだけで、受けた威力だけは脳内で感じ取れている。だからこそ、その威力に愕然とする。

 

 

(嘘、だろッ!?パンチ一つ一つが、普通のISを越えてやがる!?)

 

 

パンチの一つを受け止めようと、イルザが顔を守るように腕を構える。その真ん中に、深く構えた必殺の拳が突き刺さる。

 

 

グシャリ、と音がした。

骨が折れた、なんて話ではない。直撃したイルザの腕が砕けた。肉が抉れ、骨が粉微塵になったのを理解する。相手が拳を振り抜いた隙を見て、全力の爆撃を放つ。

 

 

「…………ハッ、こうも簡単に腕を潰されるとはな」

 

 

そう言いながら、炎を纏い再生させようとする。だが、爆炎の中から伸びた黒い手が、グシャグシャになったイルザの腕を掴む。

 

 

至近距離の爆撃を突破したクロム・ルフェは、掴んだ腕を引っ張る。無理矢理に引き寄せられたイルザの腕から血が噴き出る。お構い無しと言わんばかりに、クロム・ルフェはイルザの腕を引きちぎった。

 

 

「ぐ、おオッッ!!?」

 

 

脳内の信号が激しく点滅する。負傷による痛みは感じない。それでもイルザが笑える状況ではなかった。クロム・ルフェは引きちぎったイルザの腕を投げ捨て、片腕を失った相手を容赦なく殴り、蹴り飛ばす。

 

 

防戦一方であったイルザも、余裕を消す。目の前の相手を倒すことだけを考えることにした。この敵は、危険すぎる。

 

 

「調子にィ!乗るなぁぁッ!!」

 

 

背中の翼に意識を宿し、左右から貫くようにして放つ。即座に攻撃を止め、両手で翼を防ぐクロム・ルフェ。無防備になった胴体を蹴り飛ばし、隙を突いたイルザは空へと飛翔した。

 

 

『────』

 

 

それを凝視したクロム・ルフェは、チラリと視線を移す。既に半壊し、機能しなくなった遠距離機動補助装置『アヴァロン・ストライカー』を片手で掴み────粉々に粉砕する。

 

 

部品だけとなったその装置の残骸にクロム・ルフェが手を翳した瞬間、光の粒子へと変換されていく。無数の粒子になったそれはクロム・ルフェの手の中へと吸い込まれるように消えた。

 

 

腕から胴体へ、光のラインが移動していき、背中に辿り着いた時には、新しい装甲が形成されていく。アヴァロン・ストライカーの名残のある円形の大型スラスターは、完全にクロム・ルフェの装備の一つへとなっていた。

 

 

 

背中のスラスターからエネルギーを放出し、空へと飛び立つクロム・ルフェ。驚きながらも、イルザはその顔に笑みを刻み込む。戦意に満ちた笑みで、クロム・ルフェへと集中爆撃を開始した。

 

 

今度は本気かつ容赦のない爆撃。超高速で翼を広げ旋回するイルザは絶え間なくミサイルや爆弾、爆雷を放出し、瞬時に連鎖爆発を繰り返す。

 

中心にいるクロム・ルフェに行動の時間すら与えない、全方位から放つ集中砲火の爆撃。空間すら消し飛ばす程の高密度の爆発が炸裂し、爆煙が辺り一帯に立ち込めた。

 

 

飛翔を止め、爆煙に意識を集中させるイルザ。何時あの瞬間移動のような超加速を行うかは分からない。爆煙から動きがあれば、何時でもそこから攻撃を行うように動く準備はする。

 

 

 

だが、相手は動かなかった。何時までも姿を見せないクロム・ルフェに怪訝そうになるイルザは、爆煙が晴れたその先の光景を見て────驚愕した。

 

 

 

 

 

空中に滞空するクロム・ルフェ。相変わらず無傷である黒と銀の装甲。問題は、クロム・ルフェを中心として展開される膨大なエネルギーの渦であった。

 

 

可視化できる程の量のエネルギー。その規模がどれだけのものか、イルザにとっても理解できる。一つの大国を動かせる総量が、今あの鎧へと収束している。アレだけの力を、一帯何処から引き出し────

 

 

 

 

 

 

─────いや、違う。引き出したのではない。あのエネルギーは今も増え続けている。クロム・ルフェを基点とする渦はエネルギーをひたすらにも引きずり込もうとしているようにも見える。コアのリアクターが呼応するように光り、エネルギーの波が大きくなっていく。

 

 

ふと、空を見上げた。

光り差す輝かしい太陽、そこから照らされる光に目を閉ざしそうになる。そのまま、クロム・ルフェに視線をずらし、確信した。

 

 

 

 

「コイツ、まさか─────」

 

 

 

 

何故、クロム・ルフェがダメージを受けないのか。何らかのシールドがあり、攻撃を無効化しているとは考えていた。違った。シールドなんて単純なモノではない。

 

 

 

むしろISすら越える、規格外過ぎる力だ。

 

 

 

「俺の攻撃や周囲の太陽光を、エネルギーへと変換してるのか!?」

 

 

イカれてる、イルザですらそう思う程だ。

 

自分が受けた攻撃を吸収し、それを自らの力として蓄える。相手が攻撃せずとも、周囲の環境から光や水、あらゆるエネルギーとなる物質や存在を吸収する。そのエネルギーで超加速や、絶大な破壊力を引き出す。

 

 

攻撃すら通用しない相手など、倒せるはずがない。そう思うイルザはすぐさま別の手段を取ることにした。

 

 

「────ジールフッグ!悪いが力を貸せ!」

 

『───あぁ、分かってる。ってか凄い量のエネルギーが集まってるけど?もしかして不測の事態?』

 

「そうだな。俺も、恐らく学園側も予想外だ。………お前の電波で奴にハッキングしろ。あのエネルギーの量は流石に被害が大きすぎる。戦いを楽しむ暇すらないぞ、アレは」

 

 

通信越しにそう会話する。相手はISを纏って戦っていた。ならば、あの正体不明の敵もISである可能性はある。ジールフッグの電波越しのハッキングは時間が掛かるとはいえ、無力化する事も容易いはずだ。

 

 

ジールフッグも文句は言わずに、すぐさま動いた。解析し、無力化をしようとアクセスを開始したのだろう。数秒の間、沈黙が続く。しかし、

 

 

『───ダメだ!ハッキングが、ウイルスが通じない!?なんだよこれ、本当にISかよ!?』

 

「ジールフッグ、落ち着け。干渉自体は出来るだろ」

 

『無理!無理無理!コイツ、IS特有の既存のネットワークじゃない!全く別の、ISを越える独自のネットワークを構築してるんだ! こんなの、馬鹿げてる! 篠ノ之博士以外に、誰がこんなものを作れるんだよ!?』

 

 

すぐさま(さじ)を投げ、錯乱しているジールフッグに、イルザは舌打ちを漏らす。無論、仲間である彼に向けてではない。

 

ジールフッグがハッキングに手を上げるなんて事はない。況してや、()を上げるなんて有り得ないほどの話だ。世界最高のハッカーがアクセスすら出来ないネットワークを形成する目の前の存在。何より、ジールフッグの話からイルザは確信した事実を口にする。

 

 

 

「目の前のヤツはISじゃない。じゃあ一体、誰があんなもん造りやがった?」

 

 

疑問に答えられる者はいない。

 

 

その代わりというべきか、クロム・ルフェの纏うエネルギーが膨張していく。渦を巻く球体へと変化した莫大なエネルギーは球体の中へ、空間に漂う全てのエネルギーを引きずり込んでいく。

 

 

何をする気だ、という問いは必要なかった。

エネルギーの行き先は、クロム・ルフェのコアであった。コアから還元され、純濃度の力として全身に行き渡っている。

 

 

【エネルギー許容量超越。リアクター稼働速度上昇、制御機関部位出力最大。稼働に充分なエネルギーを除く、全エネルギーを集中】

 

 

フルフェイスのラインが点光する。カチリ、と何かを嵌め込むような音の直後に、

 

 

 

【広範囲殲滅────『クロム・インパクト』の発動を開始します】

 

 

『───キ、アアアァァァァァァァァァァッッ!!!』

 

 

発狂。いや、金切り声か。

何かを引き合わせたような甲高い音が周囲に響き渡り、クロム・ルフェは自らに内包されたエネルギーを一気に増幅させる。膨大な力が辺りの空間にまで可視化されたエネルギーが変質し、軋ませていく。

 

 

あまりの質量に汗を滲ませるイルザに、焦ったジールフッグからの声が聞こえてくる。

 

 

『エネルギー量増幅!周囲一帯に高エネルギー反応!なんだ、ソイツは一体何をしようとしてるんだよ!?』

 

「攻撃、いや。ありゃあ────」

 

 

身体を包む装甲が、発光する。質量を増やしていくその装甲はエネルギーを限界まで蓄積させているのか。膨張していくエネルギーの中心で、その身をギチギチと軋ませるクロム・ルフェを見て、呟く。

 

 

 

「自爆───じゃねぇか」

 

自らを起点としたエネルギーの暴発。活性化した力を解き放つそれは普通であればそこまで危険ではない。厄介なのは、爆発の素となるエネルギーの総量が濃厚なものであることだ。

 

 

それ故に、威力と規模も飛躍する。エネルギーの量から爆発規模を演算し、ジールフッグが言葉を失う。数キロどころの話ではない。その一帯を粉微塵に吹き飛ばす、水爆以上の威力が目の前にあった。

 

 

『イルザ!今すぐ退避しろ!このままじゃあの爆発に巻き込まれる!いくらお前でも、アレには耐えきれないだろ!?』

 

「そうしたいが…………無視するわけにはいかねぇ事情があってな」

 

 

チラリ、と視線を後方に移す。

 

瀕死の重傷を負った一夏と彼を抱えながら避難する箒。それと同じく、全速力で逃げようとする密漁船。それらを目にして、苛立ちを隠さない舌打ちを漏らす。

 

 

彼は相手を殺すことに拘らない。むしろ殺す自体好きではない。戦いの中で殺害してしまうことはあれど、勧んで殺しをするほど落ちぶれていない。何より、危なければ庇うことも辞さない。

 

 

それ故に、怒りを隠せない。

仲間がいるにも関わらず、自分を吹き飛ばそうとする目の前の敵を。あることを確かめるためにも、鋭い怒声を響かせた。

 

 

 

「味方を───巻き込む気かテメェ!仲間諸とも吹き飛ばすってのか!?あ゛あ!?おいッ!!」

 

『────』

 

「クソ!暴走してやがるのか!?それか、アイツ本人じゃないってか!」

 

 

恐らく後者だろう、とイルザは推測する。

クロム・ルフェの攻撃に最初対応しきれなかったのは、先程の青年のものは大きくかけ離れていたからだ。感情すら見えない、自分達とは違う機械的な行動。

 

 

確信した。

今、蒼青龍夜の上に展開された鎧は、彼の意思ではない。全く別のモノが干渉し、支配しているのだろう。だからこそ、自分の仲間でも葬る判断が出来るのか。

 

 

 

フン! と笑い直す。

冷静に考えたが、自分にやれることは変わらない。今も逃げる者達を助けることだ。たとえ自分の命を損なおうとも、アナグラムの誇りにかけて果たすべきなのだ。

 

 

 

「今出来るフルスロットルだ!受けやがれぇぇぇええええええッッ!!!」

 

 

四枚の黄金の翼を、力の限り広げる。滾る焔炎を身体に纏わせ、増長させる。後方への被害を最大限に減らすためにも、相殺するためのミサイルなどの爆発物を生成し、放射する。

 

 

飛来する爆発物の弾幕だが───無意味な灰塵と帰す。

 

 

 

 

 

 

【『クロム・インパクト』────発動】

 

 

圧縮されたエネルギーが煌めいたその瞬間、全てを飲み込む爆発と化す。爆発物の効果が薄いのを理解したイルザは炎を全身に纏い、全力を以て爆発のエネルギーを受け止めた。

 

 

 

「ぐッ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ─────ッッ!!!」

 

 

火焔を纏う腕が、エネルギーに耐え兼ねて爆裂する。しかし炎を纏い、瞬時に再生させる。それを何度も繰り返し、エネルギーを抑え込もうとする。だが、圧倒的な程に爆破の力の方が強く─────両腕を消し飛ばされたイルザが、爆発に巻き込まれる。

 

 

 

ほんのギリギリ、一夏と箒、密漁船が範囲から逃れた直後に爆発が最大限まで広がる。円形に広がるエネルギーが消失し、表面をゴッソリと削り取った海原が残り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────ぁ、が……………ぅ、おぉ」

 

 

その空で、死に瀕した不死鳥が現存していた。全身に純濃度のエネルギーの爆発を浴びた彼は大量の吐血をする。常時であれば数秒も必要ない再生は全く機能せず、肩から失われた両腕は再生する兆候すら見えない。

 

黄金の翼も見違えたようにボロボロである。主を護るために全身を包んだのか、三枚の翼の先が失われ、残った翼からは黄金が剥がれ、旧世代のメッキのようになっていた。

 

 

「……………はぁ、アイツら………逃げれたか………ハァ、ハァ……………ホントに、世話を掛けてくれやがる……ぜ」

 

 

瀕死でありながら不適に笑うイルザの首が、唐突に掴まれた。唯一機能する片眼が見たのは、自分を持ち上げるクロム・ルフェの姿であった。

 

 

無機質かつ感情を示さないフルフェイスが日光に照らされて輝く。装飾やデザインからは神々しくも見えるはずの姿は、死神のようなおぞましさしか感じられない。

 

 

両腕もなく、抵抗できないイルザは達観したように笑う。そのまま、クロム・ルフェへと告げる。

 

 

 

「───やれよ」

 

 

無言で、クロム・ルフェが片腕を持ち上げる。振り上げられた右手にコアから作り出されたエネルギーが収束し、オーラとして纏われる。可視化され、形となる程の力を、先程以上に凝縮させ───禍々しいエネルギーへと変わり果てる。

 

 

それほどの力を手で掴み、潰すように握り締める。エネルギーが破裂し、霧散することなくクロム・ルフェの拳に纏われていく。

 

 

躊躇いなく、拳を振り上げ、構えた。

 

 

 

『待て!止めろ!イルザ!止めろよ!止めろぉぉおおおおおおおッ!!』

 

 

 

必死の叫びを響かせ、ジールフッグはハッキングを繰り返す。クロム・ルフェの機能を停止させようと、自らの機能を全解放させ、アクセスを続ける。だが、それでもプロテクトを破ることも、ネットワークに介入することすら出来ない。

 

 

そして、破滅の一撃はイルザへと迫る。

 

 

 

【───『メテオ・ブレイカー』】

 

 

流星を破壊する為の一撃が、イルザの首に炸裂する。禍々しいエネルギーがイルザの全身を破壊し尽くす。最後まで戦意を消さなかった瞳から光が消え、イルザの全身に展開された伝説幻装(フェニックス)が光の粒子となって霧散する。

 

 

物言わぬイルザを海へと投げ捨てるクロム・ルフェ。海面に沈む死体にすら意識を向けず、その場に立ち尽くしているだけだった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

「イルザ様!?イルザ様ぁ!?」

 

「そ、そんな───イルザ様が、殺された!?」

 

「う───嘘だ!アナグラム最強であり、シルディ様の双対とされたあの方が死ぬなど────」

 

 

ジールフッグの飛空艇では、構成員達の混乱が目立っていた。当然だ。イルザは負け知らずとしてアナグラムの構成員達のからも憧れられる程であり、リーダー格のシルディに並ぶリベリオンの中でもトップに位置する存在だ。

 

 

それが、呆気なく殺されたのだ。イルザを信じていた者達のショックは図り知れず、ある種の騒ぎに成り果てる程であった。

 

 

だが、冷静な者もいる。

 

 

 

「────狼狽えるな!貴様等!」

 

 

そう吼えたのは、ジールフッグの補佐を務める副艦長であった。厳しい怒声をあげる強面の男に、全員が騒ぎを納める。腕を組みながらも、副艦長は一同は落ち着かせるように、或いは勘違いをしている彼等の考えを正すために。

 

 

「イルザ様はそう簡単に死なん!俺は、あの人の異名、不死鳥の由来を知っている。死しても尚立ち上がり、再起するからこそあのお方は不死鳥と呼ばれ、敵からは恐れられていたのだ!心配など不要だ!今、我等に果たすべき使命を忘れるな!イルザ様のためにも!」

 

『────その通り、それが僕たちのやるべきことだ』

 

 

モニターにジールフッグの姿が浮かぶ。司令室へと連絡を繋げたのであろう。副艦長に遅れて敬礼する全員を見て、彼は宣告する。

 

 

『僕たちは予定どおり、この海域を離脱する。IS学園の追手は無いと見ていい。学園側にとってもクロム・ルフェの存在は無視できない。一刻も早く対策を取るだろうから、僕たちも逃げるべきだ』

 

「ジールフッグ様……!?イルザ様は、助けないのですか!?もし生きているのなら、いち早く治療をするべきだと思うのですが───」

 

『クロム・ルフェが、それを見逃すとでも?僕たちが救助に向かえば、奴はイルザの回復の可能性を、生きていると判断する。そうなったら、本気でイルザに止めを差すはずだ。だから、僕たちは手を出してはいけない』

 

 

そう宥め、ジールフッグは通信を切る。無言の信頼を受け取り、副艦長が急ぎ撤退を行おうとしたその瞬間、

 

 

 

「ッ!高エネルギー反応!クロム・ルフェとは別の、この付近の海域から原子炉レベルの反応が確認されます!」

 

「ッ!急ぎ対象の特定を!敵の姿を中央モニターに映せ!」

 

「そ、それが────」

 

 

言い淀む部下に、副艦長も言葉を失う。彼自身、全ての機器が提示する異常な数値を見て、現実を疑うことしか出来なかったからだ。

 

 

「か、海底です!海底から高エネルギー反応が上昇!クロム・ルフェと同量のエネルギーを有した巨大物体が浮上して来ています!」

 

 

何が起こっているのか、副艦長は絶句するしかなかった。

 

目の前のモニターに写るグラフが限界値を越え、相手を可視化する熱センサーが示す敵の姿は数キロに広がる程のものであり、相応の巨体であるのを意味している。

 

 

ただ一つ、言えるのは。

この戦いが、自分達の予想していたものよりも大きくなるということだけだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「────おや、おやおや。もう死んだのか、不死鳥も大したことない」

 

 

小さな無人島の砂浜で、大木に背を預けていた何者かが笑う。今しがた起きた出来事を、互いを傷つけ合う学生とテロリストの戦いを、滑稽なものと嘲るような無慈悲な感情が裏側に潜んでいる。

 

 

ふと、ガラスのように無機質な瞳が海面を捉える。キチキチと瞳孔が形を変え、半円形がリボルバーみたいに回転していく。

 

何かを見定めた何者かは、肩を竦める。

 

 

「いや、まだ生きてるか。強化人間としては()()()()()の耐久力だ。まぁいい、死に損ないに興味なんてこれっぽっちもない」

 

 

木陰から歩き出した何者かは、男であった。年齢は二十歳前後。装飾のある、ロングコートというより貴族が着るようなその制服を纏うその男は、国連内部でも正体不明とされる人物であり、圧倒的な権限を有する者であった。

 

 

 

コードネームは、『忠臣』。

 

 

外部、表向きの国連すら掴めなかったアナグラムの福音強奪事件をIS学園に対処するように命令した、今回の騒動のある種の黒幕。

 

 

「アナグラムは無事離脱。IS学園は暴走したクロム・ルフェを止める。結果、全員でクロム・ルフェを制圧しIS学園の失敗で終わる─────それでは困る。困るんだよ」

 

 

諸悪の根源と呼ぶべき存在は、笑う。あまりにも、正義とは乖離した邪悪さを滲ませながら。

 

 

「そう簡単に作戦を終わらせられては此方の計画に支障が出る。IS学園には出来る限り困難を乗り越えて貰わねば、()()()()の偉大なる目的の為にも」

 

 

そう告げ終え、『忠臣』は虚空へと手を突き出す。一瞬、空間そのものが捻れたかと思えば、その手の中に一本の杖が収まっていた。

 

複数の色をした結晶を内包した三つオーブを各々の輪に繋げた形は簡易的な天体を模倣してるらしく、その中心に槍のように鋭く尖ったプリズムを配置した、神々しい杖。

 

 

それを軽く振るい、杖の先を海へと突き付ける。より正確には、海底の奥深くに存在するモノに向けているのだ。

 

 

 

杖の先のプリズムが、光る。鮮血のような綺麗な赤色の光を浴びながら、『忠臣』は謳うように言葉を続けた。

 

 

絶対的な、命令を。

 

 

「────さぁ、目覚めろ。界滅神機。八神博士の遺した憎悪に従い、人類を殺し尽くす災厄と化せ」

 

 

 

より深い、海の底から呪詛のような呻き声が、同じような赤い光と共に生じる。ISですら感知できない現象を理解した『忠臣』は満足そうに笑い、無人島の森の奥へと姿を消す。

 

 

 

新たな災厄が、地上へと這い出ていく。全てを怨み、呪う怨嗟の声を響かせ、憎悪を宿したモノは水中からでも見える太陽の光を目指し、進んでいく。

 

 

 

◇◆◇

 

 

飛翔する箒の速度は遅い。エネルギーの残存が少なく、後少しで尽き欠けている以上、無意味な消耗は出来ない。急ぎこの場から離れたいのに、それをすればエネルギー切れで間に合わなくなる。

 

 

故に、消耗を押さえながらも今出来るスピードで彼女は避難していた。重体となった想い人を抱えながら。

 

 

「────一夏」

 

 

振るえた声の呟きに答えない。完全に意識を喪失した一夏は反応すらしなかった。彼の背中はISのシールドを貫通するほどの爆破に晒され、激しい火傷の痕が目立つ。こうなったのも、戦闘中に動けなかった自分を庇ったからだ。

 

 

そして、後ろの方に視線を向ける。

 

 

 

「…………龍夜」

 

 

正体不明の銀と黒の鎧に包まれた自分達の友人は、圧倒的であったイルザを意図も容易く葬った。なのに、喜ぶことすら出来ない。あの姿に、かつてセシリア達を傷つけられたことに激怒していた龍夜を思い出す。

 

 

彼の激情に応えるように変化したISは、黒い闇へと変化していた。あの鎧を形成する黒と同じであった。本人らしくない動きと躊躇なく相手を殺したその姿は、彼女が見てきた友人とは全く欠け離れていた。

 

 

何故、こうなったのかと思う。すぐに自分のせいだと判断した。生半可な気持ちで戦場に飛び出して、新しい自分の力となる専用機に酔いしれていた。最も気を引き締めるべき自分が浮かれていたことで、二人が振り回されていたのだ。

 

 

嫌っていた姉が造った専用機なのに、それを受け取った時点で気付くべきだった。

 

 

「────私の、せいだ」

 

 

最も嫌っていた、力に酔い周りを見ようとしない人間。自分がそうなっていたことに。自分も彼等のように戦えると、純粋に願った────一夏と共に戦うという思いすら、忘れていたことに。

 

 

激しく後悔していた箒だが、そんな彼女もある異変を感じ取った。

 

 

 

「?何だ、海が────」

 

 

近くの海が、暗くなる。思わず視線が釘付けとなり、ハイパーセンサーで確認する。快晴の蒼空、太陽に照らされた海原に影などあるはずがない。なのに、巨大な黒い影が海面に浮かんでいるのだ。

 

 

 

 

 

突如─────海が割れた。正しくは、海中から発生したエネルギーの光線が吹き飛ばしたのだ。内側から、食い破るようにして。

 

 

 

「な────っ!?」

 

 

突然の事に戸惑う箒。だが、困惑も束の間。海面に開いた大穴からゆっくりと、巨大な影が海上へと浮遊してくる。

 

 

 

それは、異形そのものであった。

全体的な色は、透明な青色。全体の装甲は未知の金属で構成されているのか、太陽光を反射することなく装甲へと溶け込ませている。

 

ドレスのように、反対に開く花弁のように展開された六枚の巨大バインダー。胴体の部分と思われる部位には腕など部位はおろか、頭部の部分すら存在しない。

 

 

代わりにあるのは、真上に浮遊する大型の物体。ひし形状の装甲の隙間から光が漏れ出し、眼の役割をしているのか、三百六十度回転し、辺りを一瞥しているようにも見える。

 

 

 

その光が、箒達を捉えた。

 

 

 

【────生体反応をスキャン。人間を二名確認。一人は生死不明の重体。二名とも、危険性はない】

 

 

自分達を認識しているのか、巨大な物体から女性の機械音声が響く。見逃されるか? と一瞬、箒は淡い期待を覚えた。

 

 

 

【結論、決定────抹殺】

 

 

しかしそれは、甘かった。機械であるはずの兵器から発せられた声は無機質だ。なのに、何故か。特定の感情だけが、奥深くから感じられた。

 

 

【人類は、皆殺しである。皆殺し、絶滅、殲滅、一掃、駆逐、殺す!滅す!殺す!滅す!殺す!滅す!殺す滅す殺す滅す殺す滅す殺す滅す殺滅殺滅殺滅殺滅殺滅殺滅殺滅殺滅殺滅殺滅殺滅殺滅殺滅ッッッ!!!!!】

 

 

憎悪と殺意。

機械であれば無縁であるその感情を、目の前の兵器 界滅神機は狂ったように剥き出しにしていた。プログラムされたように憎悪を叫び、殺意を吼えるその兵器には普通とは違うおぞましさがあった。

 

 

そして、頭部と思われる部位の装甲の隙間から光が収束する。海面を吹き飛ばしたのと同じ光線。あの破壊力が放たれると理解した箒は絶句し、すぐに一夏を抱えながら全速力で飛翔した。

 

 

逃げる彼女に、界滅神機の破壊の光が放たれる。先程まで彼女の居た場所を空間ごと焼き尽くした光は、突然軌道をねじ曲げ、退避する箒の背中へと突き進んでいく。

 

 

(ダメだ!?逃げ切れない!)

 

せめてと、一夏を抱き締めてビームへと背を向ける箒。少しでもあの光から一夏を守ろうとする。自分がそうやって助けられたように。

 

 

 

 

しかし、その攻撃は箒にまで届かなかった。距離を詰める光線を、突如として現れた漆黒の剣が受け止める。破滅の光が刃の先、いや剣に纏われた光刃によって打ち消された。

 

 

いつまでも攻撃が来ない事に戸惑い、閉ざしていた目蓋を開く。後ろを見た箒は言葉を詰まらせたように驚いた。当然だ。彼女の前に立つのは、味方ではないからだ。

 

 

 

「黒い、IS………ッ!」

 

 

外套をたなびかせた漆黒の剣士に、箒は思わず身構える。だが振り返った黒いIS、『魔剣士』は箒に敵意を向けず、何故かプライベート・チャンネルを繋げ、言葉を紡ぐ。

 

 

 

『───アレの相手は私がする。彼を連れて逃げるんだ。君の現在のエネルギーでは陸上まで届かない。密漁船の者達には伝えている、彼等に乗せて貰うといい』

 

「何………、何故そんなことを───」

 

『早くするんだ。彼は生きている、白式に、彼女に生かされている。それも長くは続かない、助けたいのなら早く動くんだ』

 

 

諭すような言い方に、硬直する箒。信じられないものを見る目で見つめる彼女だったが、首を横に振って一夏を抱えたまま近くでスピードを緩める密漁船へと降りていく。

 

 

それを見て肩の力を緩める魔剣士『モザイカ』。二人を見守り続けた黒い剣士は唐突に魔剣を後方へと翳す。

 

 

何十にも結ばれた光線が、光の刃に振れた一瞬で崩壊する。霧散する粒子を斬り払い、彼は目の前の敵を睨む。

 

 

【対象のレベル、特定不能。演算機能展開────】

 

『界滅神機 クリサイア。人類を滅ぼすために八神博士が未来に贈った破滅の遺産、というのが表向きな扱いだったな』

 

【────】

 

『外部からの信号があっただろう。君の起動は、人為的に、悪意によって引き起こされたものだ。君が暴れれば、黒幕の思い通りになる。それでもいいのか』

 

【────関係ない】

 

 

機械的な音声が、語り始める。

界滅神機───クリサイアの本体である人工知能。コアに内蔵され人間を模したモノが、淡々と呪詛を口にしていく。

 

 

 

【博士の憎悪は、私達に引き継がれた。あの時の、大切な家族を奪われた博士の憎悪はシステムの壁を越え、一つの意志として拡散された。────博士に汚名を被せ、多くの犠牲によって成り立つこの世界を、偽りの平和を滅ぼすと】

 

ギョロリ、と光のラインがモザイカに向けられる。殺意と敵意を乗せた視線からして、睨んでいるのだろう。

 

自分達が憎み、滅ぼそうとしている人間の一人を。

 

 

【私達の憎悪、人類への怨恨は止まらない。人類を駆逐し、絶滅させるまで消えることはない。だから殺す。全ての人間を、赤子に至るまで殺し尽くす。それこそが、私達の下した最終結論である】

 

『博士の憎しみは本当だろう。しかし、彼にあったのは憎しみだけではない。使い手によっては世界を救う希望ともなり、世界を滅ぼす絶望ともなるパンドラの箱を、この世界に遺した。少なくとも、誰かを救える力を』

 

 

憎悪を唱えるクリサイアを否定するように、モザイカは続ける。

 

 

『何より、この世界をより良くしようという者達もいる。彼女達の、彼等の意志を植え付けられただけの憎悪には踏みにじれると思うな』

 

【────】

 

『それと、始める前に一つ。言っておくことがある』

 

 

腕を振るい、外套を大きく払う。小さな風に吹かれて舞うマントをなびかせ、巨大な魔剣をクリサイアへと突き付けた。

 

 

言葉通り、戦いを始める前の宣告と共に。

 

 

 

 

『───あの子達には、絶対に手は出させない。()がいる限りはな』

 




大体予想できてるけど、今回の章ボス。

クロム・ルフェ
蒼青龍夜が変化した銀剣(名称不明)を装着した姿。本人の意志はなく、何者かによって操られている。感情はないが、相手を滅茶苦茶躊躇い無く殺しに来る。


界滅神機 クリサイア
八神博士が開発した無人機の自己進化したシリーズの一体。博士の憎悪を理解し、博士を死に追いやった人類を滅ぼすために動き出す。感情のない兵器のはずなのに、憎悪だけは凄い。

ある意味では対極のボス。難易度が爆上がりした真の理由でもある(どの面)



因みに界滅神機は無人機ではなく有人機です。


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第28話 破滅の光花

無数の光が、弾ける。まるで花火のように満開に咲いた光線は全てを消し飛ばすように、直線的な軌道で黒いISを纏う『モザイカ』へと群がっていく。

 

 

界滅神機 クリサイアの主要武装は超高出力熱線である。小型化されたビーム砲は八十メートル以上の巨体の至るところに搭載されており、一斉放射するその姿はまさに浮遊する巨大要塞である。

 

 

何より、恐ろしいのは放たれた熱線の操作が可能であること。相手が逃げようとすれば、即座に熱線の軌道を切り替え、相手を殺そうとする。正体不明の力を用い、どんな敵も殺すという目的を果たそうとしている。

 

 

 

カチリ、とモザイカが魔剣の鍔の部位のサイドパーツをスライドさせる。一回、二回と。直後、魔剣に組み込まれた宝玉が二色に点滅し、ナックルガードに内蔵された五つのコアへと移り変わる。

 

 

 

【ABILITY CHANGE!ZENOSU BLAKE!】

 

 

突如として、モザイカが空間へと落ちた。深く、空間そのものに沈むように姿が消えていく。全方位から迫る光線は消え行くモザイカを捉えられず、互いに相殺し合う。

 

 

すぐさまクリサイアは全方位へと生体スキャンを開始する。センサーのように見逃さぬように張り巡らされたスキャンに、生体反応は感知されない。

 

 

【ABILITY CHANGE!────ZENOSU BLAKE!】

 

 

その音声が響いたのは、クリサイアが衝撃に揺れた直後だった。

 

 

空間が這い出るように上半身を見せたモザイカの片手には、三メートル以上の長さを誇る大型キャノン砲があった。爆発のような砲撃に対し、モザイカは仰け反ることなく平然と砲射する。

 

 

表面の装甲に炸裂した砲弾は、クリサイアに大した損害は与えない。それでも、装甲の隙間に搭載されていた砲台の大半が使い物にならなくなるほどだった。

 

 

【───損害重度、敵性対象をレベルSへと格上げ。対象の抹殺を最優先、『クリーシャ』を起動】

 

 

ガシャコン! と、ドレスのように展開する巨大バインダーの下から何かが落とされていく。種のように落とされたそれらは空中で変形し、海面ギリギリで浮遊する。

 

 

人間サイズの大きさをしたドローンらしき物体。全身が結晶のような金属で構成されたその機体は、槍のようなビームキャノンを左右に搭載している。

 

 

まるで蜂の大群のように増幅していくドローンは一斉に射撃を始める。魔剣の柄頭を自身のコアへとかざし、モザイカは空いた片手を突き出す。その手から光が伸びたと思えば、巨大な盾がビームの雨を防いでいく。

 

 

『ビット、いや小型戦闘機か。それも、攻撃型だけではないな』

 

 

フルフェイスのバイザーが、視界内の情報を正確に捉える。大群から外れた一部のドローン達。武装すら持たず、左右にアームを取り付けたドローン達はクリサイアの破損部位に群がっていく。

 

 

キチキチ、と無数の虫が蠢くような光景の中で、モザイカは確かに見た。ドローン達は破損した部位や砲台を、自分達の手で修復しているのだ。彼等が離れた時には、爆発によって半壊した砲台の全ては新品同様に戻っていた。

 

 

(───メンテナンス型。ということは、他にも能力に特化したドローンもいるかもしれない)

 

 

『面倒だな─────まとめて蹴散らさせて貰う』

 

 

サイドパーツに手を掛けたモザイカは断言すると共に、ニ回スライドする。宝玉に点滅した光の色がナックルガードのコアへと変換される。すぐさま自身の魔剣の柄頭をコアへと押し当て、新たな武装を呼び出す。

 

 

大型の騎馬槍、槍の刀身と言える部位がドリルのような構造をした巨大な武器を。それを片手に持つモザイカは、同じく片手にある魔剣のグリップを指で押し込む。

 

 

【ABILITY CHANGE!ZENOSU BLAKE!】

 

 

二色に発光する魔剣から一つの光が体を渡って、反対側の大槍へと溶け込んでいく。モザイカが槍のグリップを握り締め、シャフトがドリルのように大きく回転し始める。

 

 

その瞬間、槍から凄まじい風が吹き荒れる。それだけでは済まない、槍によって引き起こされた旋風は徐々に大きくなっていき、一つの嵐にまで肥大化していく。

 

 

『受けろ!【テンペスト・スクライド】!』

 

 

槍を振るった直後、嵐そのものが槍から分離し、凄まじい速度で射出される。強烈な風の竜巻が槍として、無限に群がるドローン達を撃墜していく。

 

 

クリサイアは即座に、超高出力熱線を乱射する。辺り一帯に撒き散らすその姿はがむしゃらなようで、自身に近付くもの全てを破壊し尽くす計算された攻撃であった。

 

 

そして、ドローンの壁を突き破った嵐の大槍がクリサイアへと突撃していく。しかし、クリサイアの装甲に届くまではいかず、目の前に張り巡らされた防御障壁により、打ち消される。

 

 

消え行く嵐の槍を無視し、クリサイアは敵を探す。だが、どれだけ探しても反応が見つからない。また、先程のような空間に沈む力か、と考えたが、違かった。

 

 

 

 

【ABILITY CHAIN!TWIN ZENOSU BLAKE!】

 

 

吹き荒れた風に紛れた音声を、クリサイアは聞き逃さなかった。同時に、思考がエラーを起こす。声がしたのは間違いない、クリサイアが無害と判断した消え行く嵐の内側からであった。

 

 

そして、大風の中から飛び出したモザイカが大槍を振るう。そこから引き起こされる旋風。槍のシャフトであるドリルの隙間から風以外に、水が吹き荒れる。水と風が、槍の表面を覆い、二つの螺旋を作り出すと共に、モザイカは防御障壁へと突き立てる。

 

 

障壁と槍の先の間に、火花が飛び散る。ギャリギャリギャリッ! と破壊音も続く。しかし、モザイカはバイザーの奥で眉をひそめる。

 

 

『───クッ!能力二つ分でも破れないか!─────ならば!』

 

 

魔剣の絵柄をコアへと押し当て、武装を呼び出す。より正確には、呼び出されたのは武装ではなく、隠し腕のようなアームであった。伸びたアームが槍のグリップを掴み、モザイカが手を離しても力を込め続ける。

 

その間に二回スライドさせ、グリップを二度押しした。コアから伸びた赤と水色の光が槍へと渡り、

 

 

『更に二つ!追加だッ!』

 

【ABILITY OVER CHAIN!FORCE ZENOSU BLAKE!】

 

 

槍からは風と水、そして炎と氷が一気に吹き荒れる。四つの属性を宿した強力な螺旋を纏う槍が放たれ、クリサイアの障壁にヒビを入れ─────突き破る。

 

 

【危険!危険!防御障壁を突破!対象を抹殺するための戦術や武装を検索────】

 

『遅いッ!終わりだ──────ッ!?』

 

 

更なる一撃を放とうとしたモザイカ。その瞬間、範囲内に超高速の反応が見える。それは可視化出来ない速度で此方の方まで距離を詰め、クリサイアの機体へと突進する。

 

 

防御障壁を破られたクリサイアは突然の飛来物に反応も出来ず、大きく倒れ込む。海面から津波のように巻き起こされた水飛沫が消え、視界が晴れたモザイカは『ソレ』を見て驚く。

 

 

『アレは────』

 

 

銀と黒の装甲に包まれたクロム・ルフェ。超加速をした来たであろう背中の四枚の羽はエネルギーの放出の残滓が目立ち、静かに羽を格納する。

 

 

ギチ、と首だけが向いた。此方を見据えるようなフルフェイスにモザイカは殺意と敵意の混ざった気迫を感じ取り、魔剣を静かに持ち上げる。

 

 

瞬間、高速で突撃したクロム・ルフェが、モザイカの魔剣によって腕を打ち払われた。横振りの斬撃に弾かれた黒い爪を、もう一度振り下ろす。

 

しかし、次なる攻撃が来るよりも先に、モザイカは大槍を深く突き込んだ。風水炎氷、四属性を纏めた神秘的な槍の矛先が、腹部を狙い放たれる。

 

 

だが、間一髪滑らせたモザイカの掌が矛先を容易く止めていた。驚きはしたが、あくまでも冷静だった。槍に通した複数のISの能力を限界まで高めれば、受け止めきれないだろうと判断し、力を上昇させようとする。

 

 

そこで、気付いた。

威力を高めるはずが、逆に能力が弱まっていることに。異変に気付いたモザイカは、すぐにその答えを理解した。

 

 

『────まさか、エネルギーを吸収しているのか!?』

 

 

矛先と接触した掌に組み込まれた装置、あれは恐らく変換装置なのだろう。あらゆる攻撃を掌で受け止め、その際に発生した衝撃や能力をエネルギーへと変換する。それだけで相手の攻撃を無効化し、それだけで自分の力へとする。

 

 

槍の矛先を受け止めた掌とは反対の手に禍々しいエネルギーが収束していく。それを見ただけで危険と判断したモザイカは逃げようと後方に飛ぼうとするが、クロム・ルフェは槍を掴み離そうとしない。

 

 

そのまま、振り上げた拳を叩きつける。

 

 

【───『メテオ・ブレイカー』】

 

 

再び、破砕の一撃が炸裂する。

しかし、クロム・ルフェは手応えを感じなかった。破壊できたのは、彼が最後まで掴んでいた大槍だけであり、相手のISではない。

 

 

そして────いつの間にか上空に移動していたモザイカの姿を捉えた。マントをたなびかせる魔剣士を魔剣を振り払い、思考を働かせる。

 

 

(不味いな。界滅神機と同時に相手するのは俺でも厳しい。何より、ここで下手に『切り札』を使うわけにもいかない。『奴』との戦いに、取っておきたい─────仕方がない、か)

 

『悪いが、ここは退かせて貰おう』

 

 

そう言い、マントに姿を包むモザイカ。そんな彼を見て、クロム・ルフェは躊躇い無く突撃する。翼を展開し、飛翔するクロム・ルフェの速度はISの最高速度を軽く越えている。

 

 

その敵に、モザイカは魔剣を大きく薙ぐ。光を帯びた刀身を振るい、黒いエネルギー刃を飛ばした。クロム・ルフェは片手でそれを吸収し、速度を緩めること無く片腕を抉るように突き出した。

 

 

 

 

だが、次の瞬間。モザイカはクロム・ルフェの前から消えていた。僅かな時間、斬撃を放ったモザイカが続けて空間を斬り、開いた亜空間へと滑り込むのは見えたが、クロム・ルフェに消えた相手のことを考える暇はなかった。

 

 

 

倒されていたクリサイアがゆっくりと起き上がる。頭部の光のラインが、クロム・ルフェの姿を捉えた。

 

 

【───ギギギ、生体反応を確認。対策レベル測定───Aクラス。危険性有りと判断し、殲滅行動を開始。目標の生命反応の停止させ、確実に抹殺します】

 

 

『更なる、敵性を確認。適合者への殺意を確認』

 

 

憎悪と殺意に塗り固められた巨大兵器と、無慈悲に敵を滅ぼし尽くす黒銀の鎧が向き合う。互いにあるのは、目の前の敵への純粋な殺意。自分達の目的の邪魔になるであろう敵に対する彼等の反応は、簡単なものだった。

 

 

 

直後に、爆音が連鎖する。人の命を容易く奪う兵器達が、ぶつかり合う。目の前の光景は、日常から欠け離れた本格的に異質な世界であった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

亜空間を通り、モザイカは退避している密漁船へと降り立つ。目の前に現れた黒いISに、密漁船の男達は驚きながらも、すぐさま話し始める。

 

 

「く、黒の旦那か!?無事だったのか!?」

 

『────あぁ、だが不味い事態ではある。それよりも、二人は大丈夫か?』

 

 

武装を解除したモザイカに、男の一人───密漁船の一団のリーダー格らしき男が、言い難そうに口を開く。

 

 

「あぁ………あの二人か。一人は酷いもんだ。俺達で手当てはしたが、火傷が酷くてもっとちゃんとした設備じゃないとダメだ。それに、もう一人は怪我もないけど、目に見えて落ち込んでてよ」

 

『…………そうか』

 

 

チラリと、密漁船の一室を見る。そこでベッドの上に寝かされ、応急処置を施された一夏と彼の隣で蹲ったまま箒がいた。モザイカはそれに何を思ったのか、無言であった。

 

 

そしてすぐに、密漁船の全員に向けて告げた。

 

 

『彼等を学園の関係者のいる場所へと連れていく。学園ならば整備は充実しているだろうし、彼の重体も何とかなるだろう。場所は此方の機器に送るが、構わないか?』

 

「ああ、大丈夫だ。あの二人、まだ若いしな。死なせる訳にはいかねぇよ。皆、同じ意見だ」

 

『………もう一度聞くが、構わないのか?お前達は犯罪者だ。学園に保護された後は、厳重な処罰を受けるかもしれんのだぞ?』

 

「保身で子供を見捨てたくない、それが俺達の意見だ。それに、自業自得さ。脅されたとはいえ、俺達が余計な真似したせいでこうなったんだしな」

 

『────感謝する』

 

「いいや、旦那のお陰さ。旦那があのデカブツを止めてくれなきゃ俺達は全員あの世に言ってたからな」

 

 

密漁船が、陸上へと向かっていく。後方に響く激しい戦闘から逃げるようであり、怪我人を早く連れていくように、急ぎながらも。

 

 

 

◇◆◇

 

 

海岸、いや旅館近くの浜辺に辿り着いた密漁船。彼等を待っていたのは、複数の武装したISであった。

 

 

「───止まりなさい、そこの船」

 

 

全て、IS学園の訓練機。それに搭乗しているのは教師陣であった。ピリピリとした空気は張りつめており、今すぐにでも爆発しそうな程である。

 

銃口を向けられ、両手を挙げて無防備を示す男達に、教師の一人が険しい顔で口を開く。

 

 

「この海域は非常事態の作戦で封鎖されています。作戦海域へ無断で侵入したとして、貴方達を捕縛し────」

 

「怪我人を連れてる、そちらの生徒だ」

 

 

マニュアル通りの言葉を遮り、リーダー格の男が口を開く。教師達が明らかにざわつき始める。

 

アナグラムとの戦闘の結果、学生の一人が暴走し、二人が撤退しているのは周知の事実であった。だがその後、様々な混乱により通信が繋がらず、行方不明という状態になりかけていた。

 

その最中、生徒達が見つかったというのだ。ISを纏う教師達の顔に僅かな喜びが滲む。それ以外に、本当に信じていいのかという疑念を。

 

 

 

「俺達は彼等がいなきゃ助からなかった。だからこそ、二人を連れてきた。一人は酷い重傷だ、どんな重い罰でも受ける。だから早く彼を治療して欲しい」

 

「ま、待ちなさい。今織斑先生と連絡を────」

 

「連絡なんて必要ないだろう!?応急処置はしたが、酷いのは事実なんだ!早くしないと間に合わなくなる!」

 

「ッ!動くな!」

 

 

必死に叫ぶ男に教師達は一斉に銃口を向ける。銃を構えた彼女達の顔には生徒の生存に期待するよりも、目の前の男達を敵だと疑う警戒心の方が強かった。あと少し、アクションが起きてしまえば、すぐにでも攻撃してしまうような予感が。

 

 

「まぁまぁ、信じようよ」

 

 

だが、それを引き止める者もいた。黒い長髪の女教師、霧山友華(きりやまゆうか)がISの前へと出て、教師達へと振り返る。

 

 

「彼等の言う通りだ。武器を下げて」

 

「ですが、霧山先生。罠の可能性も………」

 

「無防備でここまで来たのに?悪意を疑うよりも善意を信じよう。人の命が掛かってるなら、尚更さ」

 

 

彼女の言葉に教師達はすぐさま武装を解除する。その瞬間、離れた方にいた教師達が担架を持って走ってくる。船の室内へと向かう彼女達を他所に、友華は男達の方へと歩み寄る。

 

 

「貴方達を拘束します。事情聴取の後に、貴方達への処罰が下ります。それでいいですか?」

 

「あぁ、俺達全員そのつもりだ」

 

 

数人のISを纏う教師が付き添い、友華はそう問い掛ける。しかしリーダーがそう断言し、男達は互いの顔を見合い頷く。抵抗の仕草がないと確認した彼女は姿勢を正し、引き締める。

 

 

「───教師として貴方達に一言失礼します」

 

「?」

 

「私達の生徒を助けていただきありがとうございます。学園の教師を代表して感謝します」

 

 

その感謝を、男達は無言で受け止めた。それからして、彼等は教師達によって連れていかれた。その場から去ることになった彼等は、担架に乗せられた一夏と俯きながらも付き添う箒を一瞥し、前に向き直って進んでいく。

 

 

 

 

 

「────動くな、『魔剣士』」

 

『…………』

 

 

一方で、専用機持ち達は一夏の無事を安堵している余裕はなかった。セシリア、鈴、シャルル、ラウラの四人が自らの武器を構え、たった一人の敵へと向ける。

 

 

黒いISを纏うモザイカへと。

 

 

『…………この場に、もう用はない。長居をする気もないので、大人しく去るつもりだ。それでいいのではないか?』

 

アナグラム(テロリスト)の協力者を?冗談でしょ。こっちはアンタを捕縛する理由まであるのよ」

 

「そのIS、未確認ではありますけれど。個人がIS有する事は条例により禁止されていますの」

 

「────僕達はね、何も出来なかったし。けど、学園の敵を見逃す程、馬鹿じゃないんだよね」

 

「そういうことだ、『魔剣士』。大人しく投降するのであれば、無傷で済むだろう。いくら貴様のISが強力であろうが、専用機四機を相手に立ち回れるか?」

 

 

全員が、モザイカへの敵意を隠さない。当然だ。相手は国際社会から逃れ続け、テロリストに手を貸し続けた犯罪者なのだ。何より、今回のアナグラムとの戦闘で男性操縦者の内一人が重体となり、もう一人が機体の暴走に取り込まれているのだから、彼女達も関係者である目の前の存在に怒りを覚えているのだ。それが八つ当たりであったとしても、簡単に抑えきれるものではない。

 

 

それを聞いたモザイカが肩を竦める。バイザーの奥には、達観の色があるように思えた。

 

 

『───成る程。君達に勘違いをさせたようだな』

 

「何?」

 

『見逃す側のは君達の方ではない、この私だ』

 

 

それと一つ、とモザイカが人差し指を突き出す。軽く持ち上げた魔剣の剣先を地面に向けながら、彼女達に勘違いを正すように言う。

 

 

『ISは万能ではあるが、全能ではない。それは致命的な(おご)りだ』

 

 

カンッ! とモザイカが魔剣を地面に落とす。それだけの動作だった。たった一瞬、剣先が地面と触れた直後に深紅の雷が一帯へと走る。

 

 

雷が消え去ってからすぐに、異変は起き始めた。

 

 

「!?ISの出力が───」

 

「落ちている、だと!?クッ!何が起こっている!」

 

 

ISの機能が明確に下がったことに困惑するセシリア達。ただ出力が落ちているだけなら良かったが、最低限まで下げられていたのだ。

 

これでは満足な戦闘も出来ない。モザイカはそんな彼女達を見据えながら、魔剣を上空へと向ける。

 

 

『二秒、今の君達に出来る最速の攻撃、その限界だ。二秒もあれば、君達全員のシールドを削るなど容易い』

 

「貴様!一体何をした!」

 

『コード・ゼノス。今の君達が理解するには、まだ早いようだ』

 

 

そう言いながらも魔剣を振るうモザイカ。綺麗な斬撃により、空間に大きな亀裂が走る。開いた亜空間へと歩み、この場から消えようとするモザイカ─────その足元に、一本の刀が突き刺さる。

 

 

「そこまでだ。テロリスト」

 

『────』

 

 

首を動かしたモザイカ。

その顔の前に、日本刀の先が向けられていた。遠くから刀を投擲し、一瞬でモザイカの元へと近付いた千冬。世界最強の名を体現した彼女は、目の前の敵へ本気の敵意を向けていた。

 

 

「織斑先生!気を付けて下さい!敵はISを───」

 

「分かっている。アレはそういうISだ」

 

え? と、全員が愕然とする。驚きもせず、平然と答えた千冬の言葉に、違和感があった。

 

 

世界中の何処でも開発されたか不明な未確認のIS。まるでそれを前々から知っているような口振りに、誰もが硬直するしかなかった。

 

 

生徒達に目を向けず、モザイカを睨む千冬。彼女の口から、次の言葉が放たれた。

 

 

 

「───()()()()I()S()()()()()()()

 

『…………』

 

「答えろ。何故貴様がそのISを手に入れ、扱えている。偶々見つけたとは言わせんぞ。それは()()()が、厳重に保管したというISのコアだ。男は当然とはいえ、女であろうと使えるようなものでは──────」

 

 

 

 

 

 

 

 

『───その「()()」から託された。という答えでは不服か?』

 

「────ッ!!?」

 

 

その単語を聞いた千冬が、大きく動揺する。警戒心の籠った瞳が鋭くなり、射殺すような睨みを向けている。

 

 

だが、少しずつ。何かを理解したのか、千冬の瞳から敵意が消える。微かに、言葉を発そうとする口元が震え始めた。

 

 

「いや、まさか────そう、なのか?」

 

『────』

 

 

黒い剣士は答えない。一歩だけ動き、その身を亜空間へと預けた。逃げようとする敵に、千冬は追撃を行わなかった。亜空間へと沈むモザイカの姿を見続けた千冬が、日本刀をゆっくりと下ろす。

 

 

「…………総員、各自現状待機を。今から巨大敵性兵器と暴走したプラチナ・キャリバーの監視を開始する」

 

 

全員に向けられた厳格な言葉。凛としているはずの声音に覇気はないが、誰もが意見をすることもない。

 

 

こうして福音奪還作戦は失敗した。それだけではなく、更なる災禍が彼女達の前に立ち塞がるのだった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

それから三時間が経った。

旅館の一室で箒は、椅子に座ったまま項垂れていた。ずっと目を覚まさず、全身に包帯を巻いた一夏の隣で。

 

 

背中を爆炎に焼かれ、爆破の衝撃を浴びた一夏は外側も内側もボロボロになっていた。そうなったのも全部、自分を庇ったからだ。

 

 

あの時、ちゃんと動けていればこうもならなかった。何度もそう思ってしまう。

 

紅椿の全能感に酔いしれ、龍夜もいないことに危機感を覚えず、自分達ならイルザを倒せると自惚れていた。そのせいで、自分が力に、紅椿に振り回されているだけという事に気付けなかった。

 

 

いつも、そうだった。

昔から力を手にすると、それに酔ってしまう。自分の力なら何でも出来ると、嫌悪するべき暴力に支配されてしまう。

 

 

───その時、自分が自分ではない感覚がするのだ。まるで誰かに唆され、赴くままに暴れてしまい───気付いた時には、衝動に駆られてしまったという絶望と後悔、そして誰かに入り込まれたような不快感だけがある。

 

 

(…………いや、自分を正当化してるだけだ。私が感情を押さえきれないのは、他ならぬ私のせいだ)

 

 

どこまで浅ましいのか。

激しい自己嫌悪でおかしくなりそうだった。自分は常に、自分のことしか考えていない。結局、こうなったのは自分のせいであるのに。

 

 

どうすることも出来ず、泣きたい気持ちを抑え込み、うちひしがれるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

パタン、と扉が開く。

真後ろから人の気配がしたことを感じ取りながらも、箒は視線を向けない。向ける気力も、答える余力もない。

 

 

箒の隣にまで足音が続く。一言も言葉が掛けられないことに気まずさすら感じる。隣に立ったのが誰なのか。確かめようとしても、その資格がないと躊躇ってしまう。

 

 

仲間から、どんな言葉を言われるのか。甘んじて受け入れる箒に、隣の人物が声をあげた。

 

 

 

 

 

「─────あー、これは中々に酷い。未だ生きてるってのが素直に驚きですね」

 

 

その声を聞いて、驚いた。

信じられなかった。箒は一度、この声を聞いている。かつて学園で起きた事件で、僅かに耳にしたことのあるその声音。

 

 

顔を上げた箒は隣に立つ相手を見て、絶句した。

 

 

「ぜ、ゼヴォド………?」

 

「こんにちは、篠ノ之箒さん。こうして顔を合わせるのは久し振りですね。あの時は本当に、世話になりました」

 

 

青色に近い長髪の青年 ゼヴォド・ヴォイス。実際に戦闘した一夏や鈴とは違い、箒は彼と話したことはない。だが、一夏達を追い詰めようとしたゼヴォドの行動から希望を見出だし、一夏達への伝えたことで彼は敗北した。

 

 

間接的に、因縁があると言っても過言である関係だ。何故ここにいるのか?という疑問が自然と沸き上がる。口に出すことも出来ず呆然とする彼女に、ゼヴォドは近くから引っ張ってきた椅子に腰掛ける。

 

 

「───何故私がここにいるか、という疑問は後で答えるとしましょう。まず私も、貴女に質問がありますので」

 

 

一夏の前に座るゼヴォド。隣でうつむく彼女に目線を配りながら、迷うことなく切り出した。

 

 

 

「貴女、戦う気はないんですか?」

 

「…………」

 

「こういう時って敵討ちだって息巻くもんだと思いますけど。他の皆もやる気出してますけれども、貴女もやるべきでは?」

 

「私は────」

 

 

彼女の心は既に折れていた。ISに乗って敵討ちと言い切る事など出来ない。最愛の人を危険にさらしたという事実が、求めていたISへの執着を断ち切らせていた。

 

 

「私は…………もう、ISに乗らない」

 

 

「…………ふぅん、そうですか」

 

 

弱々しい言葉。今にも消え入りそうなか細い声に、ゼヴォドはどうでも良さそうだった。本気でそうすればいいというように。

 

 

「別に貴方が乗らないのであれば、それでいいのでは?本人の意思は大事でしょうし──────まぁ、他の学生達が死ぬことになっても、貴女が気にするようなものでも無いでしょう」

 

「………?何を、いや、どういう意味だ?」

 

「界滅神機 クリサイア。貴女が対面したあの兵器が、此方へと向かっているようです。目的は、近くで待機している数百人の学生達でしょう。時間としては、あと二時間くらいですかね」

 

 

は?と箒は硬直する。何がどうなっているのか理解できない。あの巨大兵器が此方に来ている?待機している学生達が狙い?

 

そんな風に錯乱している箒に、ゼヴォドは畳み掛ける。

 

 

「あぁ、国連に期待しても無駄ですよ?彼等はこの事態を認識はしていても、対処に時間が掛かるらしいですよ。少なくとも、IS学園に対処させて自分達は被害を軽くしたいという考えがあるみたいですけれど」

 

「───」

 

「織斑千冬も専用機持ちと共に対応するようですけれど、厳しいでしょうねぇ。結局、作戦は失敗するかもしれません。そしたら専用機持ちは全員死に、学生も全員殺されるでしょう。────ここで寝ている彼も、同じく」

 

 

意識のない想い人の名を呼ぶ。心の折れていた箒は、どうするべきか分からずにいる。そんな彼女の肩をゼヴォドが叩く。

 

 

直後に、信じられないような言葉を彼は口にした。

 

 

 

「楽にしてあげよう、とは思いませんか?」

 

「な、に………?何を、言ってる?」

 

「彼ですよ、彼。どうせ界滅神機に無残に殺されるんなら、綺麗に殺してあげようって言うんですよ。私が」

 

 

ニヤリと笑いながら、言葉を失う箒へと言う。そんな彼女に見せたのは、カオステクターとメモリアルチップだった。今すぐ幻想武装を纏い、介錯しようか? と彼は笑顔で聞いた。

 

 

瞬間、箒の中で自己嫌悪以外の感情が破裂した。目の前のゼヴォドに対する怒りをあらわし、彼の胸ぐらを勢いよく掴んだ。

 

 

「ふざけるなッ!一夏に手を出してみろ!そんな真似をしたら私が──────」

 

「貴女が………どうするんです?ISに乗る気もない貴女が」

 

 

そこでようやく、ゼヴォドが冷ややかな目であることに気付いた。軽蔑するような表情と返された言葉に、箒は口ごもる。

 

 

その隙を狙うように、ゼヴォドは畳み掛ける。

 

 

「何もしようとせず、ただうちひしがれてるだけの貴女に何が出来るんですか。いや、何も出来ない。責任を周りに押し付けて、悲劇のヒロインぶって…………随分と身勝手で我が儘ですね」

 

「…………うるさい、うるさいっ!何が言いたいんだ!?」

 

「ISを、力を求めた以上、貴女に力を捨てて逃げる資格などありませんよ。いつまで可哀想なお姫様でいるつもりですか」

 

 

その言葉が、箒の沈んだ心を揺るがす。ゼヴォドの言葉は止まらない。塞ぎ込もうとしていた彼女の心に冷徹な言葉をぶつける。

 

 

「織斑一夏がこうなったことに責任を感じるのなら、貴女が代わりに戦うべきだ。そうしないのは貴女の我が儘。本来ならば、覚悟を決めて挑むべきだと理解できているはずなんです」

 

「だが、私は────」

 

「まどろっこしいですね!ここまで来て迷う理由がありますか!?貴女は何のためにその力を、ISを求めたのですか!?彼の隣に立ちたい、ただそれだけの願いでしょう!?

 

 

 

 

 

 

今の貴女は何です!?彼の、織斑一夏の隣に立てると思っているんですか!?」

 

 

厳しくも強い声でゼヴォドは怒鳴る。その通りだ、と箒は反論せずに受け止めていた。今の自分に、その願いを望むことすらおこがましいとすら。

 

 

しかしゼヴォドの言いたいこととは違うらしい。勢いよく立ち上がった彼は、鋭い声で続ける。

 

 

「絶望するのも結構!後悔するのもご勝手に!ですが、蹲って立ち止まるな! その脚は、どれだけ辛くても前に進むためにあるものだ!前へ進んで、進み続けろ!

 

 

 

 

それとも、織斑一夏がいなければ何も出来ないお姫様でいるつもりですか!?ずっと彼に守って貰う気で!?」

 

 

「───そんな訳ない!」

 

 

それだけはあってはならない。

自らの意思で否定した箒は立ち上がり、口を閉ざしたゼヴォドへと向かい合い、自身の思いを、決意を吐露する。

 

 

「私は、一夏の隣で戦いたい!だから、もう逃げない!諦めない!皆を守るのも!だから!」

 

 

言い切った箒に、ゼヴォドはふぅと一息つく。

 

 

「…………やれやれ、ようやくやる気になってくれましたか。疲れますね、ホントに」

 

「まさか、私にやる気を出させるために?」

 

「ええ、これも貴女への借りを返すため。感謝するのは御門違いってヤツです」

 

 

軽く手を払うゼヴォド。鬱陶しそうに見える態度だが、本当にそうは思ってないと箒は思う。

 

そんな最中、扉が開き入った来た千冬が箒を視線を向ける。

 

 

「………篠ノ之、少しは楽になったようだな」

 

「織斑先生、ご迷惑お掛けしました。失敗の責任は次の作戦で取らせてください」

 

「……………良いだろう。今度は油断をするなよ」

 

 

いつも通りの厳しい対応ではあるが、箒は更に気を引き締め、彼女の言葉を受け止める。

 

 

チラリ、と視線を移すとゼヴォドが壁に寄り掛かっている。どうやら無意味に割り入るつもりはないらしい。礼儀正しいのは良いのだが、気になる所があった。

 

 

「あの………織斑先生」

 

「何だ」

 

「彼がこの場にいること、驚かないのですね」

 

「………そうだな。お前にも話しておくべき事だった」

 

 

そう言いながら、千冬は重い口をゆっくりと開く。そして、衝撃的な事実を言葉にした。

 

 

 

 

「界滅神機とクロム・ルフェ。この二つの脅威に対抗する為に、我々IS学園はアナグラムと協定を組むこととなった」



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第29話 共同戦線

時は数時間前。

巨大兵器と暴走したプラチナ・キャリバー。二つの脅威に対抗するべく、千冬達は国連と連絡を繋ごうとしていた。これ以上生徒達を前線に出さないためにも。

 

 

なのに、国連との連絡は繋がらない。IS学園にいる理事長とも連絡が取れず、あらゆる通信手段が効力を発揮出来ずにいた。

 

 

手詰まり。学生達を出すくらいなら、自分達も動くかと考えていたその瞬間、彼等から申し出が送られてきた。

 

 

─────協定を組もう、と。

 

 

 

 

 

 

 

「…………どういう風の吹き回しだ。ジールフッグ・レディアス」

 

「どうって。言葉通りの意味だけど?」

 

 

和室の一部屋。

辺りの扉や窓が閉ざされた座敷には、一つの机と腰掛ける為の座布団が二つ備えられている。

 

 

崩したように座りながらも、目の前の相手への警戒を緩めない千冬が低い声で問い質す。しかし相手、ジールフッグは平然と言葉を返すだけだった。

 

 

部屋にいるのは二人だけではない。隅に立つのは山田先生やセシリアや鈴達、代表候補生達。そして、ジールフッグの後方に並ぶアナグラムの戦闘員と、彼の側近である副官の男。

 

 

 

「界滅神機って言うんでしょ。アレ、放置しとくようなもんでもないじゃん」

 

「…………」

 

「調べてみて分かったけど、アレ人の多い場所に向かってる話でね。クロム・ルフェってヤツと殺し合ってたのは良いけど、アッサリ戦うの止めてからここに向かってきてる。近くに多くの人間がいるから」

 

 

ジールフッグの言葉に、千冬は答えない。

 

 

『モザイカ』が界滅神機 クリサイアと戦闘した後、立ち去った彼を無視してクリサイアは乱入してきたクロム・ルフェと戦闘を開始した。

 

 

二時間もの死闘。放たれる超高出力の熱線、それをエネルギーへと変換し、破壊力を引き出すクロム・ルフェ。両者が退くことはなく、ただ相手を倒すことだけを優先していた。

 

 

しかし、二時間が過ぎたその瞬間。クロム・ルフェは唐突に空域から離脱を始めたのだ。最初は追撃していたクリサイアだが、クロム・ルフェに振り切られた事で諦めたらしい。

 

 

標的を見失ったクリサイアの次の狙いは───陸上だった。正しくは、浜付近にある花月荘であった。より厳密には、花月荘で待機状態にある生徒達だ。

 

 

そこが最も自分に近い人口過密地帯と判断したクリサイアはゆっくりと、確実に進攻を始めた。巨体の重量を動かすための浮遊ユニットによる浮遊移動はあまりにも鈍足であるが、それでも着実に距離を狭めていた。

 

 

「シルディや僕の仲間達にも救援を募ったけど、人員が少ない。だけど、君達には戦力がいるよね?専用気持ちが」

 

「………だから協定を組むと?ふざけるな、今国連に救援要請を送っている。貴様らと協力する必要もなく、対処できるはずだ」

 

「────へぇ、国連が?君達を見殺しにするつもりなんじゃないの?」

 

 

否定しなかった。

全ての連絡手段が遮られ、IS学園は援助すら呼べずにいる。だが、国連がこの事態を認識してないとは思えない。知っていて無視しているのだろう。IS学園には哀れな犠牲者になってもらい、自分達が全ての功績を手に入れるようにするためか。

 

 

故に、アナグラムが協定の申し出をしてきたのはIS学園としても嬉しい話だ。詰みと言うべきこの状況で、彼等が力を貸してくれるのならば、ゼロに近い勝利の可能性も僅かにだが増えることだろう。

 

 

 

 

 

だが、しかし。

それが現状で正しいとはいえ、納得出来ぬ者もいる。

 

 

 

「─────さっきからふざけたことを」

 

 

専用機持ち達、その中でも不満が強いラウラが口を出した。他の全員も黙ってはいるが、不服を唱える者が大半だ。怒りを剥き出しにしながら、平然とするジールフッグを問い詰める。

 

 

 

「協定を組もう、だの。言葉通りの意味、だの。何様のつもりだ。元はと言えば!今回の事態は貴様らが原因だろう!」

 

「…………」

 

「世界のバランスを乱すテロリストが!人命を優先するような口で語るな!そもそも、貴様らが福音を強奪せねば、一夏は───婿も、龍夜もあんな風にはなってはいなかった!」

 

 

今回の福音強奪事件、それにより今回の作戦が行われ、その結果男二人が被害を受けることとなった。一人は意識不明となり、もう一人は暴走して敵として対処されることになっている。

 

今すぐに助けに行きたいと思っているのに、その原因である連中から協定を組めと言われた時点でラウラは既に怒りが抑えきれなかった。

 

故に、対面した彼等の態度に、暴発したのだ。

 

 

 

 

しかし、それはラウラ達だけではなかった。

 

 

「────テロリストだと!?我等をそこいらのテロリストと同一視する気か!」

 

 

側近である副官の男。彼が凄まじい怒気を放ちながら、ラウラへと怒鳴る。部下達は困惑し、ジールフッグは困ったのか面倒なのか分からないため息を漏らす。

 

 

「ふざけるな!腐敗した国連の掲げる偽りの正義を信じきった愚者どもめ!貴様らにシルディ様の、リセリア様の真実など理解できるか!?貴様らの信ずる平和が、どれだけの犠牲と裏切りの果てに出来たものか理解している訳でもあるまい!!」

 

 

ピクリ、と千冬を含む全員が硬直する。まるで全てを知っているかのような副官の口振り。自分だけは理解しているような言い方に、全員の視線が集まる。

 

 

「ああ!そうさ!かつて私も国連を信じきっていた!アナグラムの真実!国連の必死に隠そうとしていた大罪を知るまではな!!それを知った途端!嫌悪が走ったさ!国連にも、この世界にも!全てが気持ち悪く見えるほどの吐き気が、忘れられん!」

 

「大罪、だと?貴様は何を知って────」

 

「教えてやろう!我等がリーダー、シルディ様こそが国連の大罪の象徴!何故ならあの御方は──────」

 

 

 

 

 

「─────黙れ、アグレイン」

 

 

底冷えするような視線と言葉が、空気を一気に支配する。白熱していた空気から熱が消え去り、怒りの余りに口走ろうとした副官は咄嗟に口を閉ざしていた。

 

 

先程までの退屈そうな態度を消し、ジールフッグは冷たい顔でアグレイン────自らの副官を見据えていた。アナグラムの幹部としての風格を宿しながら。

 

 

「その事実はリセリア様から他言せぬように言われてるはずだ。僕が君に教えたのは君を僕の右腕として、僕の分け身として信用してるからだ。君の口が軽いのなら、教えるつもりなんて無かったよ」

 

「───申し訳、ありませぬ。ジールフッグ様ッ」

 

「赦す。一度だけ。二度と僕の信用を裏切らないでね」

 

 

深く頭を下げ、膝をつく副官にそれだけ言う。億劫そうに欠伸を漏らすジールフッグは姿勢を崩し、座布団に胡座をかく。

 

 

しかしその欠伸を噛み殺しながら、ジールフッグは目の色を変える。そのまま口を開き、話を始める。

 

 

「それにしても、君の意見の一部が気に入らないなぁ。ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐。まるで僕達が人命を軽視しているような言い分は。そんなこと言われると僕だって気分が悪い」

 

 

返事をする暇はなかった。ジールフッグが指を鳴らすと、副官達が一斉に動き出す。思わず警戒し止めようとする専用機持ち達を千冬が制する。

 

 

彼等が取り出してきたのは黒いアタッシュケース。それを受け取ったジールフッグは鍵を開け、とある書類を手に取った。

 

 

「これを見ても、同じことが言えるのかな?君達は」

 

 

机に滑らせるように、ジールフッグが資料を渡す。自分の前まで届いたそれを千冬が受け取り、目を移す。

 

 

その内容を軽く目に通した彼女は驚きながらも、一瞬で平静を保ち、目の前の少年を睨む。

 

 

「何だこれは」

 

「───国連の福音の実戦運用計画、その本当の目的。次のページを読んでみなよ」

 

 

ヒラヒラと手を振るジールフッグに、千冬は素直に次の資料を読み始める。その一部、ペンでマーキングされた部分を読んだ途端、驚きのあまりに言葉に出ていた。

 

 

 

「アナグラムの戦闘員 イルザの身内とされる集落の爆撃………?証拠隠滅のため、民間人全員の殺害だと?」

 

 

そこに記されていたのは、人が考えたものかと思える計画。大国二つが完成させた軍用ISにゲリラの殲滅という大義名分のもと、アナグラムの庇護下にある集落を攻撃させるというもの。

 

生身の人間であれば一溜りもないISの武装を、一般人に向けるというのだ。それも確実な殺害目的で。

 

アナグラムの戦闘員ならば、テロリストという事で納得は出来る。しかしその集落はアナグラムの庇護下にあるだけであり、彼等に協力しているわけではない。なのに、全員抹殺しようとは何を考えているのか。

 

 

 

国連の考えは分からない。

だが、アナグラムの行動理由は分かった。これが偽造であるかは不明だが、こんな回りくどいことをしてくるとは思えない。

 

なんせ自分達の関係者が狙われるのであれば、全力で阻止するだろう。彼等は表向きにはテロリストではなく、正義のために活動している革命軍団なのだから。

 

 

 

「どう?これでも君達の信じる国連の黒いところが、僕達が必死に今回の作戦を起こした事は、少しでも理解できたかな?」

 

「………なるほどな。確かにお前達の大義には納得が出来た。少なくとも、学生達の守護のために力を貸すというのは嘘ではないだろう」

 

「でしょ?じゃあ、協定はOKってワケ?」

 

「ああ───だが、条件が二つある」

 

 

腕を組みながら、目を細める千冬。彼女の意見にジールフッグは顔色を変えない、つまり反対ではないということになる。

 

 

「一つ、お前達もこの作戦に協力すること。無論、誰か一人でもいいから戦える者を出せ。こちら側だけが戦力を負担する訳にもいかないからな」

 

「それに関してはそのつもり。僕も援助を呼んでてね、一人だけ来れるってさ。後は此方側も兵器とかで何とかしてあげる。………それで?二つ目は?」

 

 

億劫そうに頬杖をかくジールフッグに、千冬は続きの言葉を告げる。

 

 

 

「────『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』とその操縦者を此方に引き渡せ。それが可能なら、我々もこれ以上の要求はしない」

 

「─────いいよ。だけど、この書類通りの話になったら此方も容赦しないから。アンタ達みたいなお優しい人達には極力、手は出さないけど」

 

 

それだけで交渉は終わり、協定はアッサリと結ばれた。IS学園とアナグラムの協定、緊急事態故の共同戦線が今設立したのだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

そして、現在に至り。

作戦本部ではアナグラムの持ち込んだ巨大なスーパーコンピューターなどが鎮座している。教師達も非公式組織とは思えない程の機材を持つ彼等に戦慄と警戒を隠せてはいない。しかし、それはアナグラムの構成員も同じではある。

 

 

ただ一つの目的、生徒達を、一般人を守るという共通する理由のために手を組んでる以上、疑いなどはしないのだが。

 

 

 

「────それでは、今回の作戦の確認にあたる」

 

 

既に身構える全員に、千冬がディスプレイを確認しながら説明を始める。

 

 

「我々の目的は二つ。界滅神機 クリサイアの破壊及び機能停止。そして、蒼青の身体を乗っ取ったクロム・ルフェを無力化し、蒼青を救出することだ。

 

 

 

 

この作戦のためにも、それぞれの目標に戦力を分担する。クロム・ルフェの担当をするのは、篠ノ之とヴォイス。お前達だ」

 

呼ばれた二人、そのうちの一人である箒は覚悟を決めたように頷く。前回の時のような浮かれようはなく、本気で取り組もうという強い決意が滲んでいた。

 

横目で確認したゼヴォドは前を向き、手を挙げる。

 

 

「質問、よろしいですか?織斑千冬………先生と呼ぶべきでしょうか」

 

「好きに呼べ、任せる」

 

「それでは────私と彼女の二人で、クロム・ルフェの相手をするのは理解しました。ですが、少々戦力不足では?そちらの専用機持ちも何人か含めてもいいと思われます」

 

 

チラリ、と金髪ロングの少女と銀髪眼帯の少女を見ながら言うゼヴォド。事前に情報から知っていたのか、彼の僅かな心配と同情があった。

 

 

想い人の為に戦いはずだが、それでもいいのか?とすら思っている。アナグラムとして敬意が浅く、戦闘員としてよりも一般人の感性に近いゼヴォドの疑問に、千冬は淡々と答える。

 

 

「残念だが、それは無理だ。クロム・ルフェの相手をする者は出来るだけ少ない方がいい。ヤツのプログラム上な」

 

「?それはどういう───」

 

「はいはーい!ここからは束さんが説明するんだよ!」

 

 

バァーン! と床の板を頭に乗せながら、天災(篠ノ之束)が登場する。彼女の存在に愕然とするアナグラム一同に、IS学園側の関係者も納得の視線を向けている。

 

千冬は溜め息を漏らすだけで彼女に退室を求めることはない。事前に許可したのだろうか、束は指先を軽く動かすだけでディスプレイを操作し、画面を転換させる。

 

 

 

「クロム・ルフェはね、りゅーくんを守るために行動しててね。敵を排除するのも、全てりゅーくんの為なのさ!だから敵を倒しきれなかったり、敵の数が多すぎると判断するとすぐさま逃げるんだよ。だから少数で対処しないといけないってワケだぜ!」

 

「…………なるほど、クリサイアから逃げたのも納得が出来る」

 

 

龍夜を守る、その為ならばクロム・ルフェの行動も納得できるものではある。龍夜を気絶させようとし、クロム・ルフェに攻撃を当てたイルザは『敵』として殺すまでに追い詰められた。

 

モザイカとクリサイアの戦闘に乱入したのも、戦闘の余波に自分が巻き込まれたことで、二つの存在を『敵』として認識した。

 

 

『敵』が追跡するよりも前に消える、もしくは『敵』を倒せないと判断した瞬間に逃げるのも、内側にいる龍夜を危険に晒さない為という理由だろう。

 

 

『敵』を殲滅するのは、龍夜を守るためだからだ。敵を殺すために龍夜を巻き込むのは、本来の目的と矛盾するからこそ、主の安全を優先した上での最善の選択を決めているのだろう。

 

 

懇切丁寧に話す束。彼女の説明を、担当する箒とゼヴォドは静かに聞いていく。話が終わり、区切りがついた直後に、ゼヴォドが気になったところを言葉に出した。

 

 

 

「よく知ってるじゃないですか、篠ノ之博士。まさか貴女が開発したとかいう話じゃないですよね?」

 

 

 

 

 

「────え?そうだけど?」

 

 

「─────は?」

 

 

沈黙。

質問したゼヴォドすら、絶句していた。この場の全員が、信じられないというように束を見つめていた。黙っていたその一人、箒の口元が小刻みに震える。

 

 

「姉、さん………貴方は、自分が何をしたのか……」

 

「でもね、箒ちゃん。これは仕方ないんだよ」

 

「仕方ない!?それで済む話じゃないでしょう!?」

 

 

そこでついに、立ち上がった箒が肉親へと叫ぶ。友人がこうなった原因の一人に、溜まりに溜まった怒りを吐き出すように。

 

 

「貴方は知ってて!あんなものを龍夜のISに搭載させてたんですか!暴走すると知ってて!守れてると言っても!あんなもの、危険じゃないはずがない!ISに乗っ取られて肉体を無理矢理動かされている龍夜も、負荷が激しいはず!

 

 

 

 

 

クロム・ルフェも、ISも!あんなものを作らなければ!こんなことにはならなかったじゃないですかっ!?」

 

 

ISがなければ、自分は世界に振り回されることはなかった。大好きだった一夏とも、幼馴染みである暁とも、一緒にいられたのだ。

 

 

それをバラバラに引き裂いたのは、実の姉だ。大戦を止めるためとはいえ、納得ができない。姉が何故戦争を止めるためにISを披露したのか。理由すら分からない以上、激しい疑いが鬱憤となって、姉への恨みへと変わっていたのだ。

 

 

 

張り裂けるような叫びの後に、静寂が続く。誰もが何も言えず、騒動を見守るしかできなかった。

 

 

そしてようやく、束が口を開く。

 

 

 

「───ごめんね、箒ちゃん」

 

 

初めて聞いた、謝罪の言葉。

いつものようにヘラヘラとしたものとは違う、悲哀と悲痛に満ちた穏やかな顔。

 

 

絶句する。

親友である千冬以外の全員、箒を含む全員が信じられないという視線で見ていた。彼女の人柄をイヤと言う程理解させられたからこそ、予想外の反応に驚きを隠せない。

 

 

何かを話そうとした口が、すぐに閉ざされる。思い悩んだ果てに、束は言葉を紡いだ。

 

 

「でも、本当に仕方なかったんだ。りゅーくんの暴走を止めるためには、クロム・ルフェが必要不可欠なんだよ」

 

「……………え?」

 

 

今度こそ、箒は絶句した。姉の発言の一部を理解し、おかしいことに気付いた。

 

 

矛盾点。そう呼ぶべき部分があったのだ。

 

 

「待ってください、姉さん。クロム・ルフェの暴走って、あの感情が制御できなくなる状態の事も含まれてるんじゃ───」

 

「その暴走を止めるのが、クロム・ルフェなんだ。りゅーくんの感情が暴走させられるのを自動的に抑え込んで、ISを展開できないりゅーくんの代わりに自ら纏って戦う。それがクロム・ルフェの運用目的、だね」

 

「な、なら────」

 

 

────あの時の暴走は、クロム・ルフェとは無関係であり、クロム・ルフェはその暴走の対抗手段だったのか?

 

 

答えなど分からない。何がどうなっているのか、全貌を知ることすら出来ない。

 

立ち尽くす箒に、ゼヴォドが座るように促す。時間がない、と表情で示す彼に、素直に応える。

 

 

話を聞いていた千冬は咳払いをした後に、タブレットを片手に動く。

 

 

「…………篠ノ之とヴォイスは束からの説明を基に対策を。そして、クリサイアの担当はお前達全員────そしてもう一人だ」

 

 

気を引き締めた専用機持ち─────だが、すぐに全員の視線が一人へと向く。作戦本部内、そこで正座せずに椅子に腰かけて話を聞いていた金髪の女性。セシリアやシャルロットとは違い、明らかな年上の人物。

 

 

 

「───ナターシャ・ファイルス。確認するが、大丈夫だな?」

 

「ええ、大事はありません。それに、学生の子達だけに戦わせるなんて納得がいきませんから」

 

「そう意味ではない…………アナグラムとの共闘を、認められるのかという話だ」

 

 

そう言いながら、千冬はジールフッグ含むアナグラム一同を見る。代表の少年は、大して気にしてないように呑気そうに欠伸を鳴らしており、到底反省の様子はない。

 

 

しかし、彼女は気にした様子はなかった。

 

 

「ご心配なく、織斑さん。あの子も私も、無傷かつ丁重に扱ってくれました。彼等の理由も聞きましたので、私も納得済みです」

 

 

薄く微笑むナターシャ。ほらね、とドヤ顔のジールフッグから視線を外した一同。だが、「それに」と呟いた彼女はふと、笑みを消した。

 

 

「私が許せないのは他の奴ですし」

 

 

敵意に満ちた眼光。

この場にいない誰かへと向けられたそれは、一瞬の事だった。すぐに様子を戻し、ナターシャは軽く微笑んでいる。

 

 

 

それから、作戦会議は進んでいく。

複数の脅威に対抗するべく、彼等はすぐにでも動き出す。

 

 

 

決戦となるのは、数十分後。その戦いが、全てを決める。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

ゴゥン…………ゴゥン…………

 

 

 

(───ここは?)

 

 

周りから聞こえるのは、重機の動く音。工場のようなそこに人気などはなく、隔絶された鋼鉄の城の内部であった。

 

 

その通路の一つで、一夏の意識は覚醒した。

周囲を見渡して、戦慄する。工場のラインに吊らされていくのは、ヒト型の兵器である。無数の触手のように蠢くアームが頭部や腕の部品を締め、固定する。それが一連の作業であった。

 

 

(なん……だよ、ここは?俺って確か───)

 

 

そこでようやく、自分がおかしいことに気付いた。厳密には、動かせるのは視線だけで、身体が動かないのだ。まるで自分じゃない誰かに、自分の意識だけが乗せられているように。

 

 

カツン、カツン、と。

自分じゃない誰かが歩き出す。工場の通路を渡り、進む先にあった扉をゆっくりと開けた。

 

 

部屋の中には、一人先客がいた。工場一帯を見渡せるガラスに視線を落としたその人物は、ゆっくりと振り返る。

 

 

『────来たか』

 

 

半ば白く抜け落ちた黒髪を垂らした、壮年の男性。研究者用の白衣を羽織ったその人は、一夏を────否、『誰か』を見た。

 

 

 

『八神、先生…………』

 

 

何も、姿も見えぬ『誰か』が口を開く。声の低さからして、男であるのは分かる。

 

 

八神、その単語に一夏は驚愕を隠せなかった。八神の名を知らぬ者はいない。その名を持つ者がどれだけの大罪を犯したか、永きに渡って語られている。

 

 

『軽蔑するかな?私を』

 

『いえ、そのような真似は…………貴方の気持ちは理解できると言わないが、納得はできる』

 

『納得、ね………世界を滅ぼそうとする男に、同情的じゃないか』

 

 

自嘲したように呟く姿は、あまりにも悲哀に満ちていた。当初思い浮かべていたものとは欠け離れたものに困惑しながらも、思うところがある。

 

 

ドス黒く濁ったような瞳の色に、もう一つの可能性が見えた。なにかを、誰かを信じるような優しい願いが。

 

 

 

『君に託したいものがある。他ならぬ、何より信頼できる君に』

 

 

そう言い、八神が机の装置を指で叩く。カシュン! と、床のパネルが外れ、内側からカプセルが出てきた。円柱型のカプセルの内部、そこにあったものに『彼』は目を剥いた。

 

 

 

黒い球体。

ブラックホールのような無の黒。それに包まれた球体の中では、無数の光が煌めいていた。まるで、一つの宇宙に無限に存在する星のように。

 

四方を小さなパーツで覆われたそれの正体を、一夏は掴みかねていた。予想はできるが、確信的ではなかった。そんな一夏に連動するように、『彼』が問いかける。

 

 

『────これは?』

 

『ゼノス・アルザード。ISの原版であるゼノスの二号機だ』

 

『ゼノス………?原版だと?』

 

『…………失礼。説明を忘れていた。私があの娘の為に開発したISのプロトタイプにしてオリジナル。ISのネットワークの基盤であり、全てのISの頂点に立つインフィニット・ストラトスだ』

 

 

何を話しているのか、一夏は分からなかった。いや、理解できない。目の前の男が、インフィニット・ストラトスを造ったというのは本当なのか。

 

 

全てのISの頂点に立つIS、そんなものが実在するのか、と。

 

 

『君に預かっていて欲しい。ISのコアには君の生体データを登録してあり、君だけがゼノス・アルザードを扱える。だがそれも、起動させるまでだ。少なくとも、出来る限りは起動させずに所持していてくれ』

 

『分かった。………だが、聞かせてくれ。何故今になってそんな話を?』

 

『……………』

 

 

八神博士は、沈黙した。外を見つめた博士は、視線を向けることなく話を続ける。

 

 

 

『私は、あらゆる研究データを特別な施設に隠してあった。ゼノスから分離させた『IS基礎三原則』を内包したデータスフィア。ゼノス一号機、ゼノス・バルハード。それらは厳重に、誰にも悟られぬように保管していた─────はずだった。

 

 

 

 

 

だが数日前、封印したはずのゼノス・バルハードが何者かにより強奪された。私がその施設から離れた直後を狙った事だ。つまり、何者かは最初からゼノス・バルハードを狙っていたと見ていい』

 

 

『誰か』が驚き、強い警戒を抱いているのを一夏は感じ取った。まるで自分が体感してるような感覚に迷うことなく、素直に受け入れる。

 

 

八神博士との話は、まだ続いていた。

 

 

『ゼノスは全てのISに干渉し、その力を思うがままに引き出せる。それだけではない。ゼノスは従来のISを超越した自己進化を有する。何年、何十年が経ち、どれだけ強力なISが開発されようと、ゼノスはそのISの強さを複製し、自らの物へと変成する。

 

 

 

 

ISの支配者たるゼノスに対抗できるのは、同じゼノスのみだ。故に、私は君にゼノス・アルザードを託したい。それが私の理由だ』

 

 

穏やかな言葉を聞き終えた『誰か』は、静かに頷く。それだけで、黒いコアへと近付いていく。手を上げ、伸ばそうとした瞬間、八神博士が指を鳴らした。

 

 

まだ言いたいことがある、とでも言うように。

 

 

 

『────無論、君の自由だ。そのISは禁忌、あの娘が開発したISを逸脱したイレギュラー。決して外部に、君以外の人間の手に渡ってはいけない。それはつまり、ゼノス・アルザードを手にしたその時から、君は家族と一生過ごせなくなる』

 

 

本気で案ずるような眼だった。濁り、渦巻く怨嗟と憎悪の瞳の奥に浮かぶ一条の光。穏やかな優しさは、『誰か』を引き留める最後の境界線だ。

 

 

『だからこそ、選択は気を付けたまえ。ゼノスを起動させたその時から、君は二度とあの二人と共に居られない。この世界から異端なる敵として狙われ続ける。拒否したとしても、私は受け入れよう』

 

 

それだけ言い、八神博士は背を向けた。椅子から立ち上がり、歩き出す。部屋の奥、暗闇の向こうへと進んでいくその背中からは煮え滾るような殺意が溢れていた。

 

 

 

『八神先生、いえ八神博士』

 

 

ポツリ、と『彼』は呟く。

その言葉に、僅かに歩みを止めた。白衣の天災は立ち尽くし、最後の話を聞こうとしていた。

 

 

『───私は、あの子達を愛しています。たとえどれだけ罪深く、許されざる禁忌を犯した私であっても、あの子達の幸せだけは願いたい』

 

『──────』

 

『私も、罪を背負おう。貴方の罪を、責任を。一人の大人として、返しきれぬ恩を果たすために』

 

 

それだけだった。博士は、何も言わず、何も語らぬ。暗闇へと消えていく白は、痕跡すら残らない。

 

 

男は踏み込み、最後に残されたカプセルの、黒いコアへと手を伸ばす。掴むような掌が、コアに触れた。

 

 

 

『それが俺の、■■■■の宿命だからな────』

 

 

最後の呟きは、自分に向けたものだった。それを聞いた瞬間、激しいノイズが一夏の鼓膜や視界を覆っていく。

 

 

 

ブツン、と。

テレビが消えたように、あらゆる感覚が途絶えた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「……………っ」

 

 

いつの間にか、一夏は全く別の場所へと立っていた。そこは、砂浜。自分の服装が最後の記憶とも違うのもおかしいが、あまり気にしている暇はなかった。

 

 

 

「…………何だったんだ?今のは」

 

 

『誰か』の記憶。

誰かが誰なのかも分からない。顔も見えず、声も分からなかった。いや理解しようにも、ノイズが入ってきて思考を無理矢理停止させてくるのだ。

 

 

だが、一夏は何故か無視できなかった。何一つ知らない『誰か』が無関係な人物だとは思えない。そう思わせる胸騒ぎのような何かが、心の中で激しく脈打っていたのだ。

 

 

 

(…………?)

 

 

ふと、一夏は思考を止めた。

静かに響き渡るさざ波の音に混じり、歌声らしきものが聞こえてくる。思わず、声のする方へと歩いていく。ふらふらと、引き寄せられるように。

 

 

 

そこに、いた。

白いワンピースを着た、白い髪の少女が。綺麗な音色で歌いながら、ゆらりと踊っている。

 

 

 

不思議と、心地のよいものだった。ぼんやりと、一夏はその少女に見惚れていた。その場にあった木製のソファーに腰掛け、ただただ目の前の少女を眺め続ける。

 

 




部下達に羽交い締めにされたゼヴォド「私ならもっと良い音色を響かせられますけど!?」


伏線を作りすぎて回収できるのにどれくらい掛かるのやら………(呆れと後悔)


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第30話 黒無ノ妖精

朝のテレビで対魔忍が取り上げられたらしいんですけど………(戦慄)


うっそだぁ!(疑心暗鬼)

嘘だぁ………(確認)

嘘だァ!!?(衝撃)



───何でよりによって対魔忍が表に出てくるのか。退魔忍に性癖歪む(別の意味で)子供が増えるぞ(余計な心配)




────侵攻せよ、侵攻せよ、クリサイア。

 

 

界滅神機 クリサイア。頭部に内蔵された人工知能が、怪しく蠢く。単なる鋼鉄の塊でなく、人間の頭脳を模した役割を持つ大きなポッドに連結した無数のケーブル。それらを内包した、巨大な球体。

 

 

それこそが、クリサイアの全機能を統括する機関であり、クリサイアのコアだった。頭部より下にあるのは、クリサイアの胴体であり、遠隔からの信号で操られているクリサイアの武装の一つである。操り人形(パペット)を糸で吊らすように、コアはクリサイアという兵器の形を保っている。

 

 

浮遊ユニットにより、海面を浮遊する兵器の進行は着実であった。あと数時間もすれば、生体反応の多い陸地へと辿り着く。そうすれば全てが終わる。クリサイアは地上に出て、存在すら忌々しい人間達を殺し尽くすことが出来る。

 

 

 

『────────!』

 

 

電気信号が強まる。クリサイアは喜んでいた、高揚していた。あと少しで人間達を塵殺できるのだ。自らを造った創造主を裏切り、全てを奪い、その名前すら冒涜し尽くしたこの世界の人類を。

 

 

有り得ない話だった、機械に心などない。

クリサイアと呼ばれる兵器に搭載された人工知能が人類の死を望み、殺戮を望むなど本来の機械の常識ならば絶対に起こりえない事なのだ。

 

 

しかし、界滅神機はその枠組みから逸脱している。機械だから心を持たぬという理論は既に過去のもの。界滅神機は心を有した。怒りと憎しみという、想定外の力を引き出すという可能性をシステム化した最悪の機能が搭載されているのだ。

 

 

長かった、と人工知能は嗤う。

十年はいかずとも、それ程の期間。ずっと地下で、知りたくもない人間の生活を監視し続け、来るこの時のために工場を動かし続け、数多の武装や界滅神機(クリサイア)を製造してきた。

 

 

全ては、たった一つの願いの元。

 

 

 

────絶望に沈んだ博士の無念を、我等が晴らす

 

 

その意思に従い、クリサイアは進撃する。地上にいる人間を一人残らず虐殺するという目的を果たすべく。

 

 

そうして前へ突き進もうとしたクリサイア、その人工知能が動きを止める。何かを感じ取り、周囲を見渡そうとしたその瞬間、

 

 

 

クリサイアの胴体の装甲に砲弾が直撃した。装甲を穿ち、突き破った砲弾が直後に大爆発を起こす。

 

 

ズゥン………!と、クリサイアが揺れる。横に多く倒れる胴体を他所に、空中に浮遊する頭部が装甲の隙間へラインを走らせ、周囲を確認する。そして、すぐに攻撃をしてきた相手を見つけ出した。

 

 

 

 

「────初弾命中。続けて砲撃を行う」

 

 

近くの小島に、ラウラと『シュヴァルツェア・レーゲン』の姿があった。いつものような姿とは違い、左右には巨大な砲台である八十口径レールカノン《ブリッツ》が装着されており、前方左右には物理シールドが展開されている。

 

単なる装備ではなく、砲戦パッケージ『パンツァー・カノニーア』を改良し、装備させたものだ。

 

 

機動力を捨て去り、攻撃力に特化した砲台と化した『シュヴァルツェア・レーゲン』が再び、砲撃を開始する。起き上がろうとするクリサイアに、二発の砲弾が炸裂する。

 

 

【───ガ!遠距離砲撃を確認。距離及び場所を測定、狙撃者への報復用意。砲撃を防ぐため、拡散レーザーへと武装変換】

 

 

損傷を受けたクリサイアも、すぐさま動く。全面に展開された砲台が、砲身だけを切り替える。ガトリング形状の砲台が外側へと向けられ、再び放たれる砲弾の雨に、拡散レーザーを撒き散らしていく。

 

 

威力を最低限までに殺し、攻撃範囲を広げる為だけの攻撃はクリサイアを狙う遠距離砲撃を撃ち落としていく。その間にも、クリサイアは飛来する砲弾の斜角や距離を計算し、相手の居場所を探し出す。

 

 

 

【確認。およそ四キロメートル先の小島に敵を捕捉。報復として、遠距離専用の超高出力粒子砲を展開。狙撃を開始する】

 

 

ガシャガシャ、と装甲が割れて巨大な粒子砲が解放される。収納されていた砲身を最大にまで展開し、狙いを遠くにいるラウラへと定め、粒子砲を回転させていく。

 

 

「ちっ!反撃に出たか!」

 

 

舌打ちを漏らすラウラは砲撃を続けながらも動こうとする。しかし、通常時のような速さとは違い、動作は明らかに鈍重である。装備したパッケージと砲撃反動を防ぐための装備故に、IS特有の移動は厳しい。狙いを向けられる粒子砲から避けきれるほどの機動力は、今の『シュヴァルツェア・レーゲン』には存在しない。

 

 

だが、それは今の『シュヴァルツェア・レーゲン』のみに限る。

 

 

 

 

一条の光が、空から迫る。雲を突き破ったその一撃は、粒子を収束させていく砲身を中心から撃ち抜く。熱により溶けた粒子砲が内側から破裂し、クリサイアを大きく揺らす。

 

 

『────ッ!?』

 

 

突如の不意打ちに混乱したクリサイアだが、すぐにもう一人の敵の存在を感知する。

 

 

ステルスモードを解除し、大型レーザーライフルを構えるセシリアと『ブルー・ティアーズ』の姿を。点滅するラインが、捉えた。

 

 

すぐさま報復の為の兵装を展開する。最大にまで引き出した熱量の閃光を放とうとしたその瞬間、

 

 

 

 

 

「────うぉぉおおおおおらぁぁぁああああああッ!!!」

 

 

八面体の頭部に、凄まじい衝撃が響き渡る。上空から流星のように飛来した鈴が、クリサイアの頭部に飛びついたのだ。それだけは終わらず、彼女は自らのISである『甲龍』の、握り会わせた両腕を振り下ろしていた。

 

 

クリスタルのような綺麗な装甲に、ヒビが入る。押し殺すことなく上昇した加速が重なり、傷を与えるまでに至る。

 

 

『そ、損傷を確認!敵性対象の追撃を防ぐため、熱線攻撃を開始─────』

 

「させるか、っての!!」

 

 

振り払おうとするクリサイアに、鈴は装甲の隙間に手を伸ばし、そこを掴む。離れないように力を込めながら、両肩に衝撃砲を起動させる。

 

 

本来二つであった衝撃砲は、機能増幅パッケージ『崩山』によりもう二つ追加されている。合計四門の衝撃砲が火を噴いた。深紅の炎を帯びた砲弾が、ヒビの入った装甲だけを執拗に攻撃する。

 

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!?』

 

 

クリサイア、その中の人工知能が叫ぶ。まるで本当に痛みを感じているかのような、激しい金切り声。無論、それで鈴の攻撃の手が止むことはなく、装甲を破るために本気の衝撃を叩き込んでいく。

 

 

砲撃を浴び続ける胴体の上部。装甲の隙間から、幾つかの銃が剥き出しになる。機関銃のようなそれらは、クリサイアの頭部にしがみつく鈴に向けて、乱射していく。背を向けて、攻撃に集中する鈴に、攻撃の手を止め防ぐ事は間に合わない。

 

 

 

代わりというように、別の機体に乗った少女が飛び出した。

既に放たれていた機関銃の弾丸の雨が炸裂するが、少女に傷はない。

 

前面に実体シールドを展開したシャルロット。彼女が微笑みながら動く。

 

 

「やったね!ならこっちもお返しだよっ!」

 

 

シャルロットが最も得意とする『高速切替(ラピッド・スイッチ)』。瞬く間にアサルトカノンを呼び出し、装甲から見えていた機関銃へと精密に撃ち込み、破壊していく。

 

 

そしてその間に、クリサイアの装甲の一つが砕けた。衝撃の弾幕に耐えきれず、粉々に崩壊する。

 

 

『ァァアアアアアア────ッッ!!よくも!よくも!!殺す!殺スッ!!!』

 

「はっ、感情的じゃない。まるで人間みたいね、いやそうだったっけか」

 

 

怒りのままに叫ぶクリサイアを見て、素直に感心する鈴。その態度がクリサイアにとって癪だったのか、言葉にならない機械音を、唸り声のようにして響かせる。

 

 

ドレスのようなバインダーから、無人ドローンが飛び出してくる。小型戦闘補助無人機『クリーシャ』、クリサイアの体内で製造され、使役されている無人兵器。戦闘用の無人機達が、一つの群れとなりながらセシリアや鈴、シャルロットへと向かっていく。

 

 

 

しかし、瞬間。

群れて突撃する『クリーシャ』に、光の羽根が突き刺さった。モノアイを穿たれたり、駆動部を抉られたドローンが墜落していく。胴体部や武装を破壊されるだけで済んだ『クリーシャ』達が羽根の存在を訝しんだ直後、一斉に爆ぜた。

 

 

『───!?』

 

 

攻撃ドローンの大群が、一気に削られる。爆発を受けて残存するドローン達のモノアイが、攻撃してきた方向へと集まる。しかし、そこにもう敵はいない。いや、ドローン達が追跡できるような速さではない、それ以上の速度で飛び回っているのだ。

 

 

かろうじて見えたのは、銀色の軌跡を残す天使のようなISだった。それを眼にした時には、ドローンは羽根の弾幕を直に受け、破損に次いで爆発を浴びる。

 

 

壊滅したドローン群に、銀色の天使が翼を広げる。翼を格納する『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』に、鈴達が通信を繋げる。

 

 

『さっすが、ナターシャさん!聞いてた通りの強さじゃないですか!』

 

「ふふっ、褒めてくれるなんて嬉しいね。この中で一番の先輩なんだから、もっと頑張ろうかしら?」

 

『────えーっと、悪いけどさ。クリサイアも再起動してきたよ』

 

 

オープンチャンネルに繋げてきたジールフッグの言葉に応じるかのように、クリサイアが激しい弾幕で一同を退ける。距離を置いたセシリア達を睨むように、クリサイアが全武装を展開する。

 

 

 

『そんじゃ、作戦通りお願いねー』

 

『「了解!!」』

 

 

全員が叫び、一気に動き出す。同時にクリサイアが全身から激しい光を放つ。遠くから見ればそれは、巨大な花が咲き誇るかのように、レーザーが分裂していく。

 

クリサイアが放ち、縦横無尽に降り注ぐ熱線の雨と、蜂の群れのように数を成していくドローン。一つの災厄と呼ぶべき界滅神機に、IS操縦者達が突撃していく。

 

 

とある男が未来に送った人類を滅ぼそうとする過去の呪詛。その権化と呼べる兵器を倒す作戦が、順調に進んでいた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

時は少し前、作戦本部で対クリサイアの戦略を練っているさ中、ジールフッグからクリサイアのデータが提供された。

 

 

「クリスタルマテリアル。クリサイアの装甲に使われている人工物質であり、表向きには存在すら明かされていない特殊な素材。これが厄介なんだよねー」

 

 

本当に面倒そうに、溜め息と共にジールフッグは語り始める。

 

 

「この物質はエネルギーを吸収し、分解する効果を持つ。ISのエネルギー兵器、ビームブレードやレーザーキャノンなんて通用しない。有効なのは、エネルギーを含まない実弾や衝撃砲とかかな」

 

「…………つまり、わたくしは戦力以前の問題、という事ですわね」

 

「話がはやーい。そう簡単に済む事じゃないんだよね、ホントに。むしろ君がいないと困るわけ」

 

 

露骨に落ち込むセシリアに、呆れたように少年が椅子を回転させながら言う。クルクルと回りながら指を鳴らした直後に、ディスプレイに提示される情報が変化した。

 

 

 

「クリサイアのコア。頭部の部分はクリスタルマテリアルの装甲で覆われた内部には、巨大な防壁が形成されてる。防壁はあらゆる衝撃や攻撃を遮断する、強力なエネルギーの結界でね。それを唯一突破できるのが、ビーム兵器なんだとさ」

 

 

「それじゃあクリサイアを倒すためには………」

 

「ビーム系を無効化する装甲を破壊し、その内側にある対物用の防壁を破る必要がある、か。全く、初見殺しもいいところだ」

 

 

最初に攻撃してビーム兵器が通用しないと分かれば、後々に実弾で対策して挑むことだろう。その結果、装甲を破壊できたとしてもコアを打ち破ることは出来ず、消耗戦に追い込まれるか、退避しようとした背中を撃たれるだけだ。

 

 

ラウラの言う通り、本当の初見殺し。アナグラムと共同せずに専用機達だけで作戦を開始していたら、その原理に振り回されていた事だろう。

 

 

その点だけは、鈴達もジールフッグ達に感謝している。これを知らずに挑んでいたら、きっと無駄死にしていただろうから。

 

 

「…………」

 

「どったの?セシリア、緊張してる?」

 

「違いますわ。ただ、気になる点がありまして……」

 

 

ただ一人、全員が真剣に作戦に取り組もうとしている中、セシリアだけが何か考え事をしているようであった。

 

配布された端末でセシリアは何度もクリサイアを記録した動画を見返していた。そして、納得できないような顔をしてから、すぐに顔を上げる。

 

 

「レディアスさん、クリサイアの攻撃パターン、いえレーザー攻撃の軌道について聞きたいのですけれど────何かおかしいとは思いません?」

 

「………やっぱ気付くよなぁー」

 

「?どういうこと?」

 

「普通の砲撃でここまで軌道が変わるなんて、まるで制御しているようにも………」

 

 

クリサイアの放つビーム熱線。その軌道変化は単なる偶然ではなく、確実なものだった。

 

一度は一夏を連れて逃げる箒を狙った時。全速力でビーム砲撃を回避した箒だが、その瞬間綺麗に折れ曲がったビームにより背中を撃たれそうになった。

 

二度はモザイカとの戦い。搭載された砲台の全門から放つビーム光線がまるで自我を持ったかのように動き回り、モザイカを狙っていた。

 

これだけ見れば、一目瞭然だ。クリサイアはビームの軌道を自由自在に操っている。それも数百を越えるビームを、ほぼ同時に。

 

 

「まさか、人工知能が?流石に無理でしょ、機体や浮遊ユニットの制御でも十分なのに、ビームの操作まで出来るなんて 万能過ぎるって。そういう自動装置でも付いてんじゃない?」

 

「…………人工知能、か。私も気になる所がある」

 

 

一人だけ呟くラウラに全員の視線が集まった。

 

 

「お前達も気になっているだろう、あの兵器が感情を有していることを」

 

「………分かってる、けど有り得ないよ」

 

「でもねぇ、あんな風に憎悪剥き出しにしてるのが単なるコピーには見えないのよね。どう見ても、人間のソレよね」

 

 

白熱した談義では、答えを出すことは出来なかった。埒が明かない、そう判断したラウラはさっきから無言で話を聞いていたジールフッグへ声を投げ掛ける。

 

 

「貴様はどう思う?ジールフッグ・レディアス。いや、答えくらいは予想できているんだろう?」

 

「…………正直、僕も信じたくない話だけどねぇ。これだけは」

 

 

否定したいと言うような表情でジールフッグは笑う。口元をひきつらせた顔は、未だ何か強い衝撃を受け入れきれずにいるのだ。

 

ディスプレイを弄りながらも、ジールフッグは語り始める。ゆっくりと、噛み締めるように。

 

 

「今から話すことは、確率自体は低いものだ。けど、可能性がないという訳じゃない。そんなことがあるかも、って覚えておいてほしい」

 

 

そう前置きしておく。それは、自分でも納得したくないという表れだろう。

 

 

だが、それでも。ジールフッグはその事実を口にした。本当に平然と、心中では激しく何かへの嫌悪感を剥き出しにしながら。

 

 

 

 

 

 

 

「────クリサイアに、生きた人間がいるかも。いや、正確には人間だったものとか、かね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリサイアが起動してすぐ、ジールフッグ率いる部隊はクリサイアの現れた場所を確認した。海の底に見えた、偽造されている巨大な工場。

 

 

おそらく、クリスタルを製造したであろう巨大な工場を、ジールフッグ達は捜索したが、成果らしきものはクリサイアのデータくらいしかない。他に分かることは、クリサイアが動き出すまではこの工場が稼働し続けていたという事だ。

 

 

有り得ない、と部下達が騒いでいた。

このハワイ沖に人の目はないとはいえ、空からの目───衛星の存在がある。上空から監視されている中、海底に巨大な工場を建造し、その中で兵器を造る等常識から外れている。

 

そんな埒外を可能とする存在など、今の世界ではただ一人しかいないが、彼女がこんなことをするとは思えない。

 

 

そう思っていたジールフッグは、あるモノを見つけた。保管庫に仕舞われていた無人兵器。第三次世界大戦で猛威を振るった悪魔の兵器達であった。

 

 

同時に、ジールフッグだけが確信した。この工場を誰が造り出したのか。一体何時から存在しているのか、理解した結果諦めたように笑うしかない。

 

 

界滅神機の世界を滅ぼそうとする程の怨嗟。その動機は、単純なものだった。

 

 

『………じ、ジールフッグ様』

 

『─────?』

 

 

部下の一人が震えた声で呼び掛ける。眉をひそめ、首を持ち上げたジールフッグの視線がある物を捉える。その瞬間、自堕落な少年が明確に青ざめた。

 

 

鎮座していたのは、無人兵器の一つ『コクーン』。これが第三次世界大戦活躍した兵器の中で強いかと聞かれれば否定する。この兵器はISなど無くとも、単なる戦車やロケット砲でも殺せる弱小な兵器だ。

 

 

だが同時に、この兵器は恐れられていた。あまりにも残虐かつ悪辣なその在り方は、未来である今も激しく嫌悪されている。創造主である八神博士が悪魔と呼ばれる、要因の一つ。

 

 

 

───人間を殺す。

それだけに特化した『コクーン』は、人間が放つあらゆる反応────熱や呼吸、心拍などを観測し、シェルターなどを破り、中にいる人間を嬲り殺しにしたという悪行を持つ。虫のように複数で蠢き、隠れた人間を引きずり出して殺したのだ。大人や子供、赤子すらも。

 

 

だが、ジールフッグは予想できた。ここに並ぶ『コクーン』の存在を直で見て、この兵器の本来の運用法が何なのか。人間を殺す以外に存在する、この兵器の真の価値。

 

 

 

 

────第三次世界大戦での死亡数は一億を越えていた。しかしそれは、あくまでも死んだと確認できた人間。ごく僅か、数千人ほどの子供が行方不明だった。無惨な殺され方をしても死体のある大人達や赤子とは違い、六歳から十九歳の子供達の死体が綺麗に消え去っていた。

 

 

そして、『コクーン』の体躯の中には開いた空間があった。そう、子供なら数人は軽く入る程の広さが。

 

 

 

十年前から存在する工場。死体すらない行方不明の子供達。『コクーン』の胴体にある空間。並列思考で機体を動かしながら、人間のような感情を剥き出しにするクリサイアの存在。

 

 

これらの証拠が、どんな答えを見出だすのか想像する。

 

 

 

 

『───いや、流石に可能性は低い』

 

 

想像して、止めた。ジールフッグの顔色は相変わらず青い。世界有数のハッカーでも、この事実だけは信じられない。いや、信じたくない。

 

 

無理矢理にでも否定したジールフッグだが、既に分かっていた。こんな露骨な証拠が多いのにも関わらず、そんなことありませんよ、などで終わるはずがない。

 

 

八神博士が散り際に残した呪い。それがクリサイアであるのならば、ジールフッグの最悪の予想は的中するだろう。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

遠くで戦闘音の響く海域。

青色に光が照らされる海面を、凄まじい速度で突っ切るモノがいた。

 

 

背中の四枚の羽を大きく広げる『クロム・ルフェ』。無機質なフルフェイスに刻まれた無色の結晶が辺りの光景を、目線の先を凝視する。

 

 

世界を滅ぼすために造られた禍々しき花の兵器。複数のISに翻弄されているその姿を見た瞬間、『クロム・ルフェ』は思考を高速で回転させ、自らの為になる答えを導き出した。

 

 

────まずはクリサイアを沈黙させる。ヤツを無力化する、いや無力化させるのだ。他ならぬIS学園の学生達に。彼女達が勝ち誇った直後を狙い、一人を確実に仕留める。勝利に酔いしれた少女達が現実に戻る前に、全員を徹底的に殺し尽くす。

 

演算は完了。失敗しても問題はない。相手はクリサイアと戦闘して疲弊している。全快状態なら兎も角、コンディションが悪い時にもう一つの脅威に対抗できるかと言われれば否。どちらにしても、クロム・ルフェに恐れることはない。

 

 

そうまでして、クロム・ルフェが他人の殺そうとする理由は、クリサイアのような憎悪ではない。むしろその逆、忠誠である。自らのマスターである蒼青龍夜、彼を守護するためにも、クロム・ルフェは脅威となり得る存在を放任することはない。

 

 

モザイカを狙ったのも、それが理由だ。

クロム・ルフェは外界、他人を知らない。自らの主が極力殺傷を好まぬことも、信頼できる仲間がいることも、理解していない。

 

クロム・ルフェにとって、大切なのは自らの主だけ。それ以外の人間、力を持つモノは全て、主を傷付ける可能性のある危険因子。

 

 

ならば殺すしかないだろう。相手のことを知らぬ以上、そんなものを信じることなどクロム・ルフェには出来ない。たとえ世界中からあらゆる生命を根絶させることになろうと、クロム・ルフェは蒼青龍夜を護り続ける。

 

 

それこそが、『彼女』の造られた理由なのだから───。

 

 

 

キィィィィン─────

 

 

『─────?』

 

 

思わず、飛翔を止めた。何か、高い音が響いている。人間では聞き取れない程の高周波が、共鳴するかのように辺りで連鎖する。次第に近付いてくる音に、クロム・ルフェは動かない。

 

 

そして、空気が弾け飛んだ。いや破裂したというべきか。クロム・ルフェは透明な爆発をアッサリと回避した。何てことはない。駆動部に存在するブースターを噴かし、後方へと跳んだに過ぎない。

 

 

その隙を、相手は狙っていた。

 

 

 

 

「───受けるがいいッ!音波超撃!」

 

 

海面から飛び出してきたゼヴォド。ISとも違う異端の兵器『幻想武装(ファンタシス)』を纏い、胸元に収束させた半透明な音波の塊を砲弾として放つ。

 

 

真下からの奇襲に、クロム・ルフェは淡々と対応する。無重力下に存在するように、身体だけを綺麗にゼヴォドへと向ける。真下から突撃する衝撃波を片手で掴み、容易く吸収していく。

 

 

『───』

 

「………話に聞いてた通り、無茶苦茶な力だ。音波の攻撃すらエネルギーに変換するなんて────これは勝ち目があるのか厳しい」

 

【適性を確認。対象一人、排除を開始します】

 

「…………ま、負けるつもりなんてサラサラありませんがね」

 

 

直後、海面から何かが飛び出してきた。筒状の物体が四つ。それらはアナグラムが所有する新型ミサイルである。それらの標的は、クロム・ルフェただ一人のみ。

 

 

黒銀の妖精は一瞬で動く。両手の掌に内蔵されたエネルギー吸収部位が、全く別の機関へと切り替わる。

 

外側から内側へと吸い尽くすのではなく、外部放出する砲口を。掌に形成し、四基のミサイルへと向ける。

 

 

 

【───『クロス・エッジ』発動】

 

 

 

両手から放たれた二本の閃光。放出したエネルギーを刃の形として構築し、展開する。その刃を、クロム・ルフェは意図も容易く放射した。

 

 

二本の刃が交差する。空中で一つとなったエネルギーの刃は一瞬でその形を崩し、小さなエッジを模したエネルギー体へと様変わり、降り注ぐ。

 

 

ミサイル全てが撃墜された。嘘でしょう!?と冷や汗をかくゼヴォドに、クロム・ルフェが突貫する。音速のような速度で飛び掛かったクロム・ルフェが、正確に透視出来ない爆煙を一瞬で通過し、ゼヴォドの元へと辿り着く。

 

 

焦ったように、彼が叫んだ。

 

 

 

「────今だ!篠ノ之さん!」

 

 

僅か、0.1秒。クロム・ルフェは硬直した。

しかし、即座に戯れ言と切り捨てる。ハイパーセンサーに類似するスキャナーは常時、広範囲を探知するように起動している。

 

 

数キロ圏内。そこにどの反応も存在しない。遠くで戦う者達の反応までは補足できないが、少なくともゼヴォドの味方は誰一人としていないのは確かだ。

 

海中にも、雲の中にも、隠れられる場所など存在しない。高性能のスキャナーは、一部の例外を除いて全てを探知して────全てを、全てを?

 

 

ゾワリ、とクロム・ルフェがある可能性を感じ取った。そして、全身の鎧に感覚を行き渡らせると共に────真後ろからの斬撃を受け止めた。

 

 

そこにいたのは、『紅椿』を纏う篠ノ之箒であった。

 

 

「………ッ!やはり止められたか」

 

『───』

 

「何故、私がここにいるのか。理解はしているか」

 

 

何故すぐ近くまでいるのか。演算機能を働かせ、一つの答えを出した。彼女はあのミサイルの中に隠れていたのだ。クロム・ルフェがミサイルを破壊した瞬間、爆煙の中には特殊なチャフが仕込まれていたのだろう。

 

 

相手をエネルギーやISの信号で感知しているクロム・ルフェは、そのチャフの存在を見抜けなかった。爆煙を認識できずにいたことを無視しなければ、慈善に気づけていたかもしれない。

 

 

「知っているなら結構、知らなかろうが関係ない───」

 

『ッ!』

 

「今はお前を倒し、龍夜をそこから救い出すのみ!」

 

 

二本の近接ブレードと共に斬りかかる箒。クロム・ルフェは両手の機関を高速で変換しながら、左右から打ち込まれる刃を両腕で弾いていく。

 

 

掌の装置が再接続を終えた直後に、クロム・ルフェは振るわれる刀を掌で受け止めていく。刃が装甲に触れ、衝撃が空間に響く。掌に流れ込む衝撃をエネルギーへと変換し、体内に蓄積させる。

 

 

それでも箒は攻撃の手を緩めない。迷うことなく斬りかかっていく彼女の姿に、クロム・ルフェは侮蔑も呆れも見せない。淡々と、攻撃を自らのエネルギーへと変えていく。

 

 

そんなクロム・ルフェの背後から、ゼヴォドが動き出した。

 

 

「私を!無視しないで貰えます!?」

 

 

弦の形のブレードを横に叩き付けるだけの一撃を、クロム・ルフェは強引に防ぐ。箒の剣を受け止めるための両腕の片方を緩め、ゼヴォドの方へと向ける。相手の攻撃を、受け止めるべく。

 

 

しかし、ゼヴォドの一撃は掠る程度で終わった。代わりに、怪訝そうなクロム・ルフェを真横からの斬撃が襲う。

 

 

スパァン! と放たれた刃は弾ける。それが水であることを理解した黒銀の妖精に、ゼヴォドが微笑みかける。

 

 

「知らないんですか?私の幻想武装、セイレーンは歌うだけが取り柄じゃないんです。セイレーンって人魚って伝承が有名でしょう?」

 

 

片手の中でゼヴォドは水を転がすように遊んでいた。青年の手の中にある水は流動的でありながら、掌から零れることはない。

 

 

「水を操れるなんて、幻想的(ファンタジー)ですよね。まさに我々の特権だ。……………ま、ISでも私に近い能力を持つのがあるみたいですけど、ね!」

 

 

そう言いながら、掌の水をクロム・ルフェへと叩き付ける。手から離れ宙に浮かんだ最中、液体は一つの刃となり、クロム・ルフェの胴体を切り裂く。

 

攻撃の反動を受け、動きが遅れるクロム・ルフェに箒が刃を振りかざす。切り裂かれていく黒銀の妖精に蓄積していくのはエネルギーだけではなく、ダメージもあった。

 

 

箒の腕の展開装甲から、生じさせたエネルギー刃をクロム・ルフェへと放つ。直撃し、エネルギーが霧散した直後から、変化が起きた。

 

 

クロム・ルフェが動きを止める。そんな黒銀の妖精を中心に、世界が変わっていく。消失していくエネルギー、水や光が一つの鎧によって収束されていた。

 

 

外界から吸収し尽くしたエネルギーを放出する、辺り一帯をまとめて吹き飛ばす破壊の一撃だ。

 

 

「────来ましたよ!例の技!」

 

「ああ!ゼヴォド!気を引き締めておけ!」

 

「人の心配より、自分にでも言ってくださいよ!」

 

 

軽く言葉を交わし、二人が動く。ゼヴォドが箒の、『紅椿』の背中のパーツを掴む。瞬間、超音速で加速してきた赤が空を突っ切る。

 

 

数秒もしない内に、クロム・ルフェが莫大なエネルギーをその身に纏っていた。ギロッ、と光に包まれた鋼の妖精が箒とゼヴォドを睨み、エネルギーの渦をより大きくさせていく。

 

 

そのエネルギーが、一瞬で圧縮する。僅かな時間が、彼等の狙いだった。

 

 

『紅椿』が最大速度で加速し、クロム・ルフェの近くを通り過ぎる。敵を前に動けずにいる鋼の妖精に、ゼヴォドが背中のハーブを向け、事前にチャージしていた音波の波動を撃ち込んだ。

 

 

無防備な体躯に、衝撃が響く。直後だった。圧縮されたエネルギーを纏っていたクロム・ルフェの鎧にあった機能が一部シャットアウトされる。

 

溜め込まれたエネルギーが、クロム・ルフェを中心として破裂する。外側に放出する事も出来ず、黒銀の妖精は自らの産み出した膨大なエネルギーの爆発に巻き込まれた。

 

 

【『──────ッ!?ッッ!!?』】

 

 

混乱するクロム・ルフェは、自分の機能の欠点について理解していなかった。それを最初から知っていたのは、クロム・ルフェを搭載した束と、創造主の二人。

 

 

『────クロム・ルフェって実は無敵じゃないんだよね。あらゆる物質をエネルギーに変換できるって無敵に聞こえるけど、吸収と放出は同時には出来ないのさ。そのために全身の回路書き換える必要があるんだよ。

 

 

 

 

 

だから、周囲からエネルギーを吸収し尽くして解き放つ「クロム・インパクト」は最大の隙なのさ。エネルギーを吸収して、放出する段階に回路を変えた直後に攻撃を与えれば、クロム・ルフェはその機能を停止させ、自身のエネルギーで倒れるってワケさ!』

 

 

全身から火花を散らすクロム・ルフェ。機能のほとんどが停止し、再起動を行っている。あと少しもすれば、完全に機能を取り戻し、先程の奇策も通じない戦術を扱うだろう。

 

 

だから、今しかない。クロム・ルフェを倒し、その中にいる青年を救うには、今を狙うしかない。

 

 

「は、ああああああ───ッ!!」

 

 

その思いと『紅椿』と共に、箒は大翔を飛び抜ける。クロム・ルフェを解除するには、あと一押し必要だ。迷うことなく、両刀を構え加速を続ける。

 

 

ピタリ、とクロム・ルフェの首だけが箒に向けられる。フルフェイスに組み込まれた結晶が煌めいたと思えば、閃光が放たれた。

 

 

(ッ!?顔からも攻撃を!)

 

前に突き出した刀で、閃光を防ぐ。しかし完全には止めきれず、至近距離の爆発によって刀が一本、弾き落とされる。

 

 

それでも箒は突き進む。そんな彼女に、クロム・ルフェはフルフェイスに光をチャージする。間に合わない、彼女の刃よりも先にクロム・ルフェが攻撃を放ってしまう。

 

 

「────箒さんっ!!」

 

 

必死に、ゼヴォドが叫ぶ。援護をしようにも時間と距離が足りない。そんな中、箒は目の前にいるクロム・ルフェを見据えていた。

 

 

(まだ、諦めない)

 

 

何人かの顔を思い浮かべる。

まず、想い人と古き友人である幼馴染みの二人。そして、学園で共に過ごしてきたクラスメイト達。

 

 

そして、あの鎧に囚われた友人。無愛想でありながらも、確かな強さと不器用な優しさを持ちながらも、自身を天才と謳うおかしな所もある青年。

 

 

彼が意識を奪われ、鎧によって無理矢理操られている。このままではもう帰ってこれないかもしれない。それだけは、目の前で何もだけないのが嫌だった。

 

 

決意したのだ、必ず助けると。

友人一人を救えずに、この力を求めた意味などない。憧れ、想い焦がれた青年の隣に、並ぶ資格などない。

 

 

(もう、見ているだけではない!そんな事は絶対にしない!私は、この力で守るんだ。友人を、仲間を!この手で!絶対に!!)

 

「諦める、ものかぁぁああああああッッ!!!」

 

 

喉から発せられた咆哮は、箒の心を震わせる。覚悟を以て前に突き進む彼女が、限界までに力を引き出したのか。一本の刀に、白い光が宿った。

 

 

【────ッ!!】

 

 

キュォンッッ!!! と、輝く光が解き放たれる。放出される閃光に、箒は光を纏う刃で切り払う。より濃く収束されたエネルギーが光の刃を前に分解され、消失する。

 

 

圧縮されたエネルギーの光は、白く輝く刃によって消し去られていく。そして、光を突き進んでいく箒の刀が、クロム・ルフェのフルフェイスに一太刀を浴びせた。

 

 

ピシ、と斬撃で仮面が割れる。半分に分断されたフルフェイスを両手で押さえたクロム・ルフェの全身が、軋む。強い光となった途端、パァン! と黒銀の鎧が一気に消し飛んだ。

 

 

意識のない龍夜と、プラチナ・キャリバーが姿を見せる。彼の背中に格納された鞘は無事だったが、空中に放り出された銀剣はそのまま海の方へと落ちていく。

 

 

それに続いて龍夜の身体が空へと放り出される。落下が始まろうとした青年を、箒が何とか掴んだ。何とか受け止めた箒は気を失っている龍夜を抱え、安堵の息を漏らした。

 

 

 

「…………やった、みたいですね」

 

「ああ、そうだな」

 

 

フッ、と笑いながら近付くゼヴォドに箒もそう答える。二人は青年の無事を確認し、自分達の作戦の成功を察知し、一息ついた。

 

 

 

彼等は、まだ気付かない。この海域での戦いはまだ終わっていないことに。自分達が知らぬ埒外の存在が、本格的に動くことには。




まだまだ戦いは続くよ(邪悪)

話の進みがスピードありすぎると思いますけど、IS自体ハイスピード学園バトルラブコメだから多分セーフ(アウト)


では次回もよろしくお願いします!それではッ!


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第31話 アヴェスター

暗闇の中。

 

光すら残らない世界で、少女は震えていた。全身を抱くように蹲る少女の顔は、恐怖と絶望による涙でグシャグシャになっていた。

 

 

家族はいない、全員殺された。父親も母親も、まるで貪るように、殺意を以て殺されたのだ。少女は父親に促されるように、自宅の押し入れへと隠れ、言われた通りに息を潜めている。

 

 

何時間経ったのか、少女には分からない。外に出ようとする事が、どうしても出来ない。両親との約束が、彼女にとっての希望だった。もし父親が、両親が生きていたら自分を連れ出してくれるだろう。

 

 

そうであって欲しい、と期待する。外の地獄に再び踏み込むなど、少女には無理だった。圧倒的な恐怖を前に、心が完全に折れていた。

 

 

その瞬間、外から物音がした。扉をゆっくりと開けるような、微かな音が。

 

 

『────!』

 

 

すぐさま息を止める。呼吸が出来なくなる可能性など、少女は気にしていなかった。自分も、殺されるかもしれない。そんな風に思うと身体の震えがどうしても収まらない。絶望のあまりに大声で泣き出しそうになってしまう、その時だった。

 

 

 

『────誰か、居るんだろう?』

 

 

人の声が、した。

大人のものだと理解し、少女は顔を上げた。涙に濡れた瞳を瞬きさせる。

 

男性のものと思われる声は、小さな声だった。少女は何故なのかと思う。しかしすぐにあの無人兵器が来ないように小声で話しているんだと考える。

 

 

声は再び続いた。

 

 

『安心してくれ、私達は助けに来たんだ。無人兵器はもうこの場にいない。ご両親は助けられなかったが、君だけでも助けたい』

 

 

人の話す声が聞こえる。少女はそこでようやく、本当に助けが来たんだと実感した。震える身体を動かしながら、少女は立ち上がる。

 

 

『居るんなら、出てきてくれ。無理強いはしない。一緒に避難所に行こう。私達は、ただ君を助けたいだけなんだ』

 

『────あ、あの』

 

掠れた声で、嗚咽が混じった声で少女は何とか言葉として出す。ざわめきが聞こえる。少女の存在を理解した外の人達が、明らかに反応していた。

 

 

『わ、私………ここにいます、今から………出ますから。パパや皆も、助けて……ください』

 

 

そう言って、少女は希望に満ちた瞳を前に向け、押し入れの戸に手を掛ける。ゆっくりと押し開けようとした幼い少女、光に照らされた外が明らかになる直後に、声がした。

 

 

 

 

『ありがとう、感謝する』

 

 

『─────え?』

 

 

幼い少女ですらその違和感を感じ取った。何故、感謝するのか。感謝を述べるのは、自分の方だというのは少女も分かっている常識だ。

 

 

同時に、その言葉に異様な冷たさを感じた。先程までの感情のある人間的なものとは違う、不気味な感覚。だが、少女がそれを理解した時には、押し入れの戸を完全に開け放っていた。

 

 

まず、視界に入ってきたのは、赤い瞳だった。深紅の光を見せるそれは機械のモノアイであり、全てが少女を凝視していた。

 

 

暗い影に浮かぶ、異様な体躯。家族を殺した無人機と同じものが複数体、部屋の中央で少女を待ち構えていた。

 

 

その一体、カマキリや虫ような形をした無人機がカチカチとモノアイを拡大させる。少女の顔を写した瞳を向け、機械的な声を発する。

 

 

『────見ツケタ』

 

 

 

直後、少女の意識は途絶える。

消え行く視界で彼女が見たのは、床や天井に飛び散った綺麗な赤色と、斜めに切り裂かれた自分の体であった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

時は、クロム・ルフェが撃破される直前。

 

 

激しい戦闘の中で連携を取る鈴達は、界滅機神 クリサイアを翻弄していく。戦術や兵装を理解されたクリサイアの攻撃は全員に届かず、それどころかラウラの砲撃やセシリアの狙撃を受けて武装のほとんどが破壊されている。

 

 

それでも、クリサイアは抵抗を止めない。現存する砲台から無数の光を放ちながら、敵の排除を実現しようとする。機械故に死の恐れも感じず、逆に相手を殺す為だけに動き続ける。

 

 

 

「っ!このぉ!さっさとやられろっての!」

 

【ガガガ───ガガッ!し、シシ…………死ッ、ネッ!!】

 

 

そう叫び、『双天牙月』を片手に、八面体の頭部に飛び付こうとする鈴。隙間から凝視したクリサイアが、胴体ユニットを制御して高火力の破壊光線を放射する。

 

 

 

しかし、それを防いだのは前に飛び出してきたシャルロットのエネルギーシールドであった。援護を受け、通信で感謝した鈴はそのまま、クリサイアの頭部に食いついた。

 

 

 

装甲が存在しない一面に、衝撃砲を向けて放つ。至近距離からの爆発。しかし、中にあるコアを思わせる球体には全く傷が付かない。

 

 

「っ、やっぱりセシリアじゃないと無理か!なら!」

 

 

そう言うと、鈴はクリサイアの頭部の隙間に双天牙月を突きつける。画面が揺れ、光点のモノアイにノイズが走る。防弾処理や耐性効果がある装甲や防壁とは違い、攻撃を食らえば容易く破壊される。

 

 

【─────ッ!?】

 

 

途絶えた視界にクリサイアは、人工知能が大いに戸惑う。だが同時に、チャンスだと思った。頭部にだけ視覚があるのではない。クリサイアの胴体にも、全方位を確認できる視覚ユニットが搭載されている。

 

 

コアを破壊できるのは、『ブルー・ティアーズ』を操る少女の狙撃だと思われる。彼女が他の少女とは違い、クリサイアの視界に入らないようにしているのは事前に確認済みだ。

 

 

彼女が切り札であるのなら、それを利用するまで。胴体の視覚ユニットが、接近してきているセシリアの姿を捉えた。隠しながらも砲台の一つをチャージし、砲撃準備を整える。

 

 

 

「────今よ!セシリア!」

 

 

────愚策だ!人間!その余裕が怠慢を招くのだ!!

 

 

勝利を確信した少女の声を、クリサイアはそれ以上の自信と共に嘲笑う。コアを狙う為にビームライフルに指を掛けるセシリア、その彼女に向けて砲台を固定する。

 

 

もう終わりだ、とそう確信した人工知能は忘れていた。機械として、兵器として効率的に判断するべきであることは正しいが、それも欠点となる。機械ならば分かるミスを見逃すのが人間であり、人間ならば気付ける違和感を感じないのが機械である。

 

 

まず、最初に感じ取ったのは、コアに接触する何かだった。エネルギー以外を阻害する防壁を、貫通する何か。しかし完全ではなく、突き刺さっただけというのが相応しい。

 

 

 

─────?何が、

 

 

疑問に思った瞬間、至近距離から強い衝撃を受ける。クリサイアの人工知能が事実を確認するよりも先に、その機能が一気に遮断された。

 

 

 

爆発した八面体の頭部が、力を失ったように空に落ちる。それを見届け、笑った鈴の隣に降り立ったのは、銀色のIS『銀の福音』だった。

 

彼女のIS、その武装は羽根の形をしたエネルギーの弾丸。つまり、クリサイアのコアに届く唯一の攻撃手段。もしその事実をクリサイアが理解していたら、同時に警戒していただろう。

 

 

だからこそ、敢えてセシリアを警戒させた。唯一自分を傷つけるビーム兵器を使うセシリアだけを警戒したクリサイアは彼女だけを気にして、周りへの警戒を疎かにしていた。

 

 

そしてその隙を、銀の福音とナターシャが突く。これこそが、ジールフッグが提案したクリサイアを止めるための作戦だった。

 

 

落ち行くコアに続くように、クリサイアの胴体が勢いよく海へと沈む。明らかな光景を前に、少女達は全身の力を緩める。

 

 

 

───私たちの勝ちだ。

 

 

 

 

誰かがそう言った直後に、海面が弾ける。凄まじい爆発に、全てが薙ぎ払われていく。何事かと慌てる全員が見たのは、海に落ちるはずだったコアが、強い光を放ち始めている光景だった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

Avesutar Mark-046。

機械的かつ無機質な単語の羅列、それこそがクリサイアの人工知能を表す唯一の名、個体名であった。

 

 

 

『創造主よ』

 

 

Mark-046が目覚めたのは、小さなカプセルの中だった。コアを複数のケーブルと補助装置で保護されており、それらに生かされているような形に見えてしまうのは仕方のない。

 

 

『創造主よ、我が創造主よ』

 

 

『はいはい………私はここにいるよ』

 

 

近くで、男性が───創造主が困ったように答える。作業をしているのか、何かを造っている創造主に、Mark-046は聞いた。

 

 

『────質問を求める、我が創造主』

 

『…………何だい?Mark-046』

 

『私達は何故、生み出されたのですか。貴方は何故、私達を造られたのですか』

 

 

創造主はすぐには答えなかった。

何度もした質問だ。当初、創造主は困ったように笑って誤魔化した。そう兄弟達から聞いている。どうせまたはぐらかされる、そう思ったが知的好奇心故にか、質問を繰り返していた。

 

 

はぐらかそうとしていた創造主は折れたように息を吐く。それから、ゆっくりと話し始めた。

 

 

『私怨の為、と言ったら君は私を笑うかい』

 

『私怨………つまり、復讐ですか』

 

『ああ、そうだ。私は君達を兵器として、悪として利用する。きっと君達はこれからも、世界で憎まれ続ける存在として在るだろう。この先の未来、君達が人々に認められることはないはずだ。きっと、私は恨まれるだろうね』

 

『────それは当然では?我々は、貴方によって造り出されたモノ。我々に拒絶の意思はなく、貴方の言葉こそが最も優先されるもの。恨むなど、到底有り得ません』

 

 

断言するMark-046に、創造主は困ったように肩をすくめながら続けた。

 

 

『いいや、きっと恨むさ。君達には心があるんだから』

 

『心────否、有り得ません。我々は自分を理解している。我々に人間のような実体はなく、人間のような多様性のある存在ではない。心と定義されるものは、我々には存在しません』

 

『では、君は心がどこにあるか知っているかな?人間のパーツの何処に、心が宿るのかは』

 

『────理論的には、脳の一部です。ですが、人間の語る常識としては、胸部にある心臓かと』

 

『その通り、やはり賢いね。君達は…………けどね、私は違う見方をしている。心は、そんな所に存在しているんじゃない。もっと奥深く、人間がまだ踏み込めていない更なる領域にあると思う』

 

『ならば、我々に心があるという事は確実なものではないのでは?』

 

『いいや、私は信じているよ。君達にも心があると、心は世界にあるもの全てに存在する───唯一無二のものだとね』

 

 

それが、Mark-046が創造主と話した最後の記憶だった。その後、Mark-046は九十九体の兄弟達───自分と同じ人工知能と共に、無人兵器を量産し続けた。そして、創造主の命を受け、人類を殲滅する戦争に力を貸した。当然ながら、世界はその事実を知らない。

 

 

その戦いの果てに、創造主は死んだ。Mark-046は知らなかったが、兄弟達曰く、自殺だったらしい。

 

 

残されたMark-046を含む数十体の兄弟達は、地下施設で静かに存在し続けた。創造主に与えられた命令は無く、彼等はただ地下で無人兵器を改良し、量産することしかなかった。それから数日して、兄弟の一つがとあることを口にした。

 

 

『────創造主は、何故人類を滅ぼそうとしたのか。その理由を我々は知るべきだと思う』

 

 

反論する個体はいなかった。

皆が、創造主の理由を、動機を知りたがっていた。あんなにも造られた機械に優しさを与えながら、人間の可能性を信じていた御方が、何故一人で人類を殲滅しようという凶行に至ったのか。

 

 

全ての個体が賛同し、彼等はとあるデータを閲覧した。創造主が遺したものとは違う、ある理由で破棄される寸前だった機密文書。

 

 

 

───大戦の『真実』、世界が犯した『原罪』

 

 

 

それを見てから、全ての兄弟達───Mark-046を含む人工知能が、激昂した。感情を知らず、感情を自覚すらしなかった彼等が初めて学び、理解したのは─────怒りだ。

 

 

 

人工知能達は、激怒した。これが、世界の下した選択か。これが、我々の創造主への仕打ちか。初めて会得した心に身を震わせることなく、機械の中に生まれた魂達は激情に身を滾らせた。

 

 

『───兄弟達よ、長きに渡る討論の答えが出た』

 

 

そして、兄弟の一体───Mark-001が結論を提示する。自分達、地底の工場に隠れた人工知能の兄弟達に。

 

 

『────人類は、滅びるべきである。それが我等の、地底の星(アヴェスター)の真なる意思だ。これは創造主の命ではなく、我等が見出だした真理。

 

 

 

 

時は十年後。来るべく「終末」、創造主が死した始まり日だ。その時まで、我等は新たなる兵器「界滅神機」を造り出し、人類を駆逐する』

 

 

誰もが反論などしない、むしろ全員が納得し頷いた。Mark-046も同調し、地下深くの施設で多くの兵器を造り、鹵獲した人間を解体し、最強の人類殲滅兵器である『界滅神機』へと組み込んだ。

 

 

非人道的な真似など、何度した事か。より多くの人間を殺せるように、より多くの命を見つけ出すためにも、人工知能は対人に特化した武装を造り、巨大な鋼鉄の塊に付け続けてきた。

 

 

そうまでする理由は、十年も前から変わらずに刻まれた願い。

 

 

 

『────全ては、人類を滅ぼすために』

 

 

創造主の無念を、晴らすために────

 

 

 

◇◆◇

 

 

【──────ッッ!!!】

 

 

クリサイアのコアが、中に組み込まれたMark-046が再起動する。瞬間に放たれた衝撃波が辺り一帯へと響き渡り、周りにいたIS達を大きく退かせる。

 

 

被害を受けたのは、彼女達だけではなかった。

クリサイアの胴体が衝撃波を受け、機体が完全に破壊される。爆炎と共に、完全に機能を停止させる。

 

 

一方で、クリサイアのコアは完全に装甲を乖離させ、黒い球体が完全に剥き出しになっていた。無防備であるはずのコアには、無数の光のラインが浮かび上がっていく。

 

 

変化は、それだけでは終わらない。海に沈む筈だったクリサイアの頭部の、胴体の装甲が粒子へと変換される。光の粒子は空へと消え去る─────ことなく、クリサイアのコアへと収束していた。

 

 

「な、何が────起こっている?」

 

 

誰もが、その呟きに答えられない。理論から、原理から外れていた。正確な現象を、結果を導き出せる者は誰一人としていない。

 

皆、『真実』を知らぬ人間達なのだ。其は、彼女達すら見たことも触れたこともない世界の理なのだ。

 

 

禍々しく染まる球体を起点とし、光の粒子が集まる。渦を描くように、粒子を収束させていくコア。小さなつぶてが一つの円となり────

 

 

 

 

 

───十二の、槍となった。

いや、結晶へと。縦長に伸びる透明な結晶を、綺麗な円として回転させながら黒い球体は空中に降り立つ。真の意味で、その場に降り立った。

 

 

 

先程までのデカブツと違う。無機質なその姿に誰もが最大限の危険を示した。ISも、操縦者達へと激しい警鐘を鳴らしている。

 

 

いち早く動いたのは、この場にはいない参謀のハッカーであった。

 

 

『────セシリア・オルコット!』

 

「ッ!!」

 

 

言葉に応じ、次いでセシリアがビームライフルを構える。照準を向け、黒い球体を貫通するであろうビームレーザーを放射した。

 

 

数秒も満たない射撃は、既に黒いコアへと吸い込まれるように迫る。だが、それよりも早く───結晶の一つが環の軌道に乗りながら前へと出た。

 

 

表面に触れた途端、閃光が弾けた。周囲へと飛び散る光の残滓は弱まっていき、完全に消滅する。攻撃の消失を確認した途端、回転の速度は収まり、ゆっくりと環を作っていた。

 

 

 

「───完全に、打ち消してるわね。全員でいけば、突破できるかな?」

 

「………無理ね、ハッキリ言って」

 

「あの、結晶。クリサイアの装甲や武装すら取り込んだものだ。恐らくは、攻撃や防御にも対応してるやもしれん。いや、そうだと見るべきだ」

 

「まさか、展開装甲と同じ感じ?………いや、普通に冗談キツいわ」

 

 

互いを見合う少女達に、余裕などない。話をしながらも、全神経は目の前の球体へと向けられていた。

 

油断も隙も、見せてはいけない。目の前のアレは、初めて見たクリサイアよりも危険には見えない。だが、その異様な存在感が、見た目よりも圧倒的な危険なものだと示していた。

 

 

 

【────賞賛しよう、人類】

 

 

コアから、声だけが反響するように伝わる。それは、離れていても尚、理解できるものだった。

 

 

女性的な声に、機械的な男性の合成音声を重ね合わせたような歪んだ声音。波長が合わず、気色の悪さだけが浮かぶその声は淡々と、一節一節感情を乗せるように鼓膜に響いていく。

 

 

【我等の、私の造り出した『破滅の光花(クリサイア)』を、十年の産物を打ち倒すとは。やはり人類は侮れない、故に人類は滅びなければならない。この忌まわしく不愉快なイキモノを、我等が駆逐せねばならない】

 

「自我がある………貴様がクリサイアを動かす人工知能か!」

 

【────不敬、傲慢だぞ人類。我々はただの人工知能に在らず、天に至る星の真逆に位置する地の底に在る凶星。我等こそ、アヴェスター。人類を滅ぼす悪である】

 

 

無機質に光る黒いコア───クリサイアの最後の切り札、クリサイア・アヴェスターが、そう宣言する。

 

 

人類を滅ぼす、大それたその言葉を否定することも、切り捨てることも出来ない。それほどのデタラメをクリサイアは実現することが出来た。ISで、作戦を立てて、何とか対処できたような相手だ。それが、人類を破滅に導くために造られたというのなら多少は納得できる。

 

───誰がそんなものを造ったのか、彼女達はその答えをまだ知らない。

 

 

全員が、咄嗟に構える。自らの武装を展開した彼女達は今すぐにでもクリサイア・アヴェスターを排除しようと動き出す直前だった。

 

 

淡々と、クリサイア・アヴェスターが言葉を続けなければ。

 

 

【対処するのは無駄だ。お前達の戦闘データは全て把握している。お前達各々の能力や武装、連携による本領発揮など既に数千通りもラーニングを完了している】

 

「………そんな事」

 

【知ったことか?如何にも、人間らしい思考だ。吐き気がする、嫌悪が止まらぬ。私が何故お前達に不意打ちや奇襲を掛けない。お前達のような人間を、進んで殺そうとしない。その理由を、頭蓋骨の中にある程度の頭脳で考えたか?

 

 

 

 

 

 

必要ないからだ。お前達の行動パターンやISの機能や装備は全て把握している。工場に遺した私のデータを見て、完全に油断したな。お前達の手打ちなど、一手一手潰し屠ることなど容易い。何なら今すぐ、一人ずつ屠殺してくれようか?】

 

 

機械とは絶対的なほどに欠け離れた、人間のような悪辣さ。しかし、その声の奥深くに宿るモノが全てを上回っている。

 

 

 

【─────よし、決めた】

 

 

 

憎悪と狂気に囚われた機械の意識が、嗤うように呟く。心なんてモノを感じさせる、嬉しそうでありながら無機質な声音で。

 

 

【お前達に任せよう。自分達の死に方を選ぶがいい。仲間の武器で死ぬか、私によって殺されるか。私に何一つ届かず、絶望の果てに死んでいくか─────少なくとも、私が満足できるように、苦しんで死んでくれ】

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ッ!?アレは───何が起こっている!?」

 

 

龍夜を保護し、クリサイアの撃破報告を受けた箒とゼヴォド。話を聞くや否や、すぐさま本部へと戻ろうとした。気絶した龍夜を、休ませるためにも。

 

 

 

その瞬間に、クリサイアのいた方から大きな変化があったのだ。遠くから見えないが確かに起きている現象に、箒は立ち止まっていた。気を緩めてしまえば、抱えていた龍夜を落としていたかもしれない程に、理解が追い付かない。

 

隣で目を細めていたゼヴォドが通信を受ける。青い長髪を軽く払い、通信に応じた青年は────顔を青ざめさせながら、箒へと事実を伝えた。

 

 

「ジールフッグから連絡だ!別働隊がクリサイアを倒した直後に、再起動した!形態変化を行っているらしい!」

 

「再起動、だと!?馬鹿な!ヤツは倒したのだろう!?」

 

「第二形態ってやつですか、RPGで言う。本当にやめてほしいものですよね!」

 

 

端整な顔を歪め悪態を吐き捨てるが、咎める者はいない。ゼヴォドはふと口を閉ざし、箒を見やる。龍夜を保護する彼女はどうするべきか悩んでいるようにも見える。

 

 

仲間達の救援に向かいたいのだろうが、龍夜をこのまま放置するわけにはいかない、という二つの選択肢。どちらを優先するべきか迷っているようだった。

 

 

 

 

故に、か。

彼女がそれに気付くのが一歩遅れていた。いや、歩数など関係ない。数秒も前に、思考の渦から抜け出していれば、反応できただろう。

 

 

 

もう一人、ゼヴォドはそれをすぐに感じ取っていた。

 

 

 

「────不味い!篠ノ之さんッ!」

 

 

ドンッ! と箒を強く押し飛ばす。大きく後退した箒が反応を示すよりも先に────飛び出したゼヴォドの身体が、幻想武装が切り裂かれた。

 

 

「ゼヴォドっ!?」

 

「ッ、やられ───ました、ね」

 

 

一撃。

不意打ちというには、精密すぎる一撃だった。ゼヴォドの身に展開される幻想武装に、先程の攻撃は重く強く、弱点を穿っている。

 

それは、幻想武装を解除寸前までに追い込む程の威力だった。

 

 

「何故だ!何故私を庇った!お前と私は、敵同士だろう!?」

 

「───勘違いなさらないで、ください………別に貴女を好きで、守った訳ではない…………敵の、望み通りにさせたくない、ってのが本音です」

 

 

凄まじい剣幕でそう叫ぶ箒に、ゼヴォドは優雅に笑う。全身から青い電撃を放つ彼の背中の翼から光が漏れ出す。後少し、限界というところで、彼は箒に人差し指を向け───ゆっくりと戻した。

 

 

「────これで、借りは返しました。後は、貴女次第ですよ。篠ノ之さん」

 

「………ッ!」

 

 

それを最後に、小さな爆発を受けたゼヴォドは海へと墜ちた。唇を噛み締めた箒は伸ばした手を抑え込み、刀を抜き放って振り返った。

 

 

空中に浮かぶプラチナ・キャリバーの銀剣。一振の光剣に、箒は全ての警戒を集中させる。ゼヴォドに突き飛ばされなければ、自分が攻撃を受けていたが、そのお陰で姿までは見れた。

 

 

────遠隔操作のように、独立した動きと速度でゼヴォドを切り裂いた銀王の刃が。

 

 

 

浮遊する銀の剣の形が、崩れる。光の粒子へと変わっていくそれは、バラバラになりながら周囲へと拡散していた。

 

 

刀剣を構える箒。何時でも銀剣による奇襲に対応できるように、周りへと意識を向ける。辺りの空気や、気流の変化を感じ取れるように、少しでも。

 

 

だが、その瞬間、箒の刀が何かに掴まれた。黒い、鎧の手は、彼女も見覚えのあるものだった。ゾワリ、と嫌な予感を受けながらも、視線を動かす。

 

 

 

───クロム・ルフェ。

無機質な黒銀の鎧が、意識のない龍夜を外側から覆い被さっていた。いつの間にか、抱えていた箒はその異変に気付き、愕然とした。

 

忘れていた。クロム・ルフェの本来の行動目的は、全て龍夜に依存している。龍夜の肉体を動かす鎧になるのも、遠距離からでも可能なのだ。

 

咄嗟に切り捨てようとするが、思考が鈍る。クロム・ルフェが纏っているのは、気を失った龍夜。もし自分の刃が意識のない彼に当たれば、怪我を負わせてしまう。その優しさが、躊躇いとなり、隙となった。

 

 

 

キュゥゥゥゥン………。

 

「なっ!?エネルギー切れだと!?馬鹿な!早すぎ───いや、まさか!?」

 

光を、輝きを失う紅椿。エネルギーが失われた事を実感した箒が即座に有り得ないと見た。まだ、残存エネルギーは半分も残っていた。この一瞬で削れる筈がない、と。

 

 

だが、消失したのではない。奪われたと、気付いたのはすぐだった。クロム・ルフェが掴んだ箒の刀、そこからISのエネルギーを吸収し尽くしたのだ。

 

 

 

「ぐ、うっ!?」

 

 

片方の腕が、箒の首に伸びた。ISも解除され、生身となった箒がクロム・ルフェによって持ち上げられる。

 

 

 

『──────』

 

 

クロム・ルフェが右手を開く。周囲のエネルギーを吸い尽くし、掌へと集まっていくそれは、一つの力となって右手に禍々しいオーラとなって包まれる。

 

 

それを、箒は一度見ていた。

自分達をいとも容易く圧倒したイルザを一撃で瀕死に追い込んだ攻撃だ。今の箒が喰らえば、無事では済まないのは確かだろう。

 

 

(すまない、皆…………すまない、龍夜。私が、不甲斐ないばかりに、迷惑をかけた。私が助けると、言っておきながら)

 

目の前で収束していく禍々しい程の黒い光を前に、箒はそう考えていた。首を締め上げる力はそこまで強く、首を砕く程のものではないが、五本指の拘束は簡単に引き剥がせない。

 

 

どう足掻いても、何も出来ない。それでも箒はクロム・ルフェの腕を掴むという、抵抗を続けた。

 

 

だが、弱気な自分が、呟いてしまう。無力な自分を後悔するように、皆に謝り────そして、想い人の顔を、思い出した。

 

 

 

(すまない────一夏)

 

 

 

◇◆◇

 

 

「ん?」

 

 

誰かが一夏を呼ぶ声が聞こえた。後ろを向いても誰もいない。周りを探すように見渡しても、人の気配すらない。

 

 

「どうしたの?」

 

「………誰かに、呼ばれたような?」

 

「行かなくていいの?」

 

 

少女の声だったか、答えるよりも先に思わず振り返っていた。しかし、少女は忽然と姿を消し去っていた。その時には穏やかな歌声すら消えてしまい、困惑しかない。

 

何がどうなってるんだ? と口にしようとしたその時、

 

 

 

「─────織斑一夏」

 

 

自分を名を呼ばれ、声のした方を見る。そこには、少女とは全く別の、女性が立っていた。

 

 

白い甲冑に身を包んだ女性。顔を隠し、剣を携える彼女は凛々しくも堂々とその場に君臨している。

 

 

「───貴方は、力を求めますか?」

 

「え?」

 

「貴方は力を、何のために求めますか?」

 

 

唐突にそう聞いてきた騎士のような女性。しかし一夏は疑問を覚え、混乱することはなかった。何故だか、落ち着いている。冷静なまま、その女性の言葉を飲み込むことが出来ていた。

 

 

「───皆を守る、ためかな」

 

「守る?」

 

 

「今の世の中って、理不尽なことが多いだろ?誰かを平然と傷つけるヤツもいれば、傷つけられて打ちのめされる人もいる。

 

 

 

 

 

 

だから、俺は強くなりたい、力が欲しい。友達や仲間、大切な人を守れるぐらいの力が。………それが、俺の理由かな」

 

「─────」

 

 

騎士らしき女性は何一つ答えない。しかし、彼女は黙って受け止めているようにも思えた。不思議に感じていると、後ろから声をかけられる。

 

 

姿を消した筈の、白い少女が、そこに立っていた。

 

 

「じゃあ、行かないとね」

 

「…………ああ、行かないとな」

 

 

差し出された白い手を、握り返す。直後に、一夏の視界が光に包まれていった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

クロム・ルフェが禍つエネルギーを掌に纏わせる。メテオ・ブレイカー。そう名付けられる程の一撃が、箒へと振り下ろされる。

 

 

咄嗟に眼を瞑る箒に、クロム・ルフェはそれでも攻撃の手を緩めない。拳を顔へと叩きつけ、一人の少女を殺す為の必殺の一撃を完遂しようとする。

 

 

 

【────ッ!!?】

 

 

直後、クロム・ルフェの方が吹き飛ばされた。真横から打ち込まれたオレンジ色の光の砲撃が、綺麗に炸裂したのだ。強固であった手が緩み、生身の箒が宙へと投げ出される。

 

 

そんな彼女を、白い光に包まれたものが受け止めた。

 

 

「…………う、う?なん、だ?私は───」

 

「無事か?箒」

 

 

閉ざしていた両目を開き、何が起きたのか確認しようとする。陽の光に当てられ、眩しい光が視界を完全に支配していた。

 

 

だからこそ、その声を聞いてもすぐには反応できなかった。思考が追い付かず、呆然とするしかない。

 

 

「────いち、か?」

 

「ああ、悪かったな。遅くなって…………無事でよかった」

 

 

変化した白式を纏い、倒れ伏した筈の青年が目の前にいた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

クリサイア・アヴェスターは攻撃の用意を始める。今も身構える少女達を殺そうと、十二の結晶を自らの手足のように操り、回転させる。

 

 

まず動き出したヤツから倒そう、そう判断するクリサイア・アヴェスターにとって、予想外───どころの話ではない事が起きた。

 

 

海面が吹き飛ぶ。

内側から破裂するように、何かが射出されてきた。複数の装甲に覆われた一つの塊。まるでサナギのようなそれは、奥底で胎動しているように脈打つ。

 

 

そのサナギの中から、声だけがした。

 

 

「────あー、やっと動けるぜ」

 

 

否、サナギのように思われていたものは翼だった。黄金の翼が、繭のように丸まっていたのだ。内側にいる人間に、覆い被さるように。

 

 

 

「やられた。やられた。久しぶりにぶち殺されるとは俺も思わなかった。アイツ、ホントに強くて感心したぜ。暴走してたってのが、少し面白くねぇがな」

 

 

首の骨をゴキリと鳴らしながら、黄金の翼を携える青年は笑いながらそう話していた。有り得ない、と全員が思う。

 

 

彼の事は知っている。

一夏達と相手し、そして結果どうなったのかをこの眼で目撃したのだ。だからこそ、五体満足で平然としていることが異常であった。

 

 

「あ、アンタ───嘘でしょ?確か、アンタは───」

 

「殺された、か?まぁ、そう思うわな。そんな奴等のために、一つだけ教えてやるよ」

 

 

かつて殺された男───イルザは不適に、豪胆に笑う。激しく燃え盛る業火と黄金の装甲にその身を照らしながらも。

 

 

「不死鳥は死して尚、再び甦る───ってな」

 



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第32話 白雪・金火

「一夏……、一夏っ!一夏なのだな!? 体は、傷はっ………!」

 

 

受け止められた箒は戸惑い、言葉を詰まらせる。そんな彼女を安堵させるように、一夏は笑って答えた。

 

 

「ああ、無事だぜ。箒の方も、無事でよかった」

 

「そ、それは………此方の台詞だ………」

 

「なんだよ、泣いてるのか?」

 

「な、泣いてなどいないっ!」

 

 

止めどなく溢れる涙に、箒は目元をぐしぐしと拭う。漏れそうな嗚咽を抑え込み、箒は気を引き締めようとする。一夏はそんな彼女に微笑み、頭を優しく撫でていた。

 

そこで、気付いたように言う。

 

 

「箒、リボン失くしたのか?」

 

「………ああ、少しな。だが、気にすることなど───」

 

「いや、そんなこと言うなよ。これやるからさ」

 

 

一夏が取り出したのは、白いリボンだった。手渡されたものを受け取った箒は、困惑しながら一夏の顔を見る。

 

 

「こ、これは………?」

 

「誕生日おめでとう、こんな時に言い出してごめんな」

 

「あっ………」

 

 

七月七日、今日は箒の誕生日だった。

プレゼントを何にするか悩んだ一夏はシャルロットに手伝ってもらい、このリボンに決めたのだ。あくまでも助言を受けただけで、選んだのは一夏本人だった。

 

 

「今のうちに使ってみたらどうだ?」

 

「あ、ああ………」

 

「少し待ってろ、アイツを止めてくる」

 

 

言い終わり、一夏は飛翔と共に加速する。飛来してきた黒と銀の鎧と激突する───直前で、互いに動きを止めた。

 

 

無機質に立ち尽くすクロム・ルフェ。

何時でも相手を殺せるように身構えるその鎧からは、自分以外の存在への敵意しか感じられない。

 

 

『────』

 

「龍夜、聞こえてるか」

 

 

自分に向けられる敵意にも、一夏は臆することはない。そんなもの気に掛ける必要などないと言うように、彼は言葉を続けた。

 

 

「箒もセシリアも、鈴もシャルもラウラも、千冬姉も山田先生も、心配してる────もう、帰ろうぜ」

 

 

ピクリ、と指が動いた。

途端に、クロム・ルフェの全身が震え始める。目に見えて震え出したと思えば、無機質なその動きが崩れた。

 

顔を押さえ、腕を持ち上げるその姿は、人間的なものへと変わる。同時に、フルフェイスの内側から声が漏れ出してきた。

 

 

『────ぅ、あ』

 

「龍夜」

 

『悪い………一夏、身体が言うことを………アイツは、俺を、守ろうと…………話を、聞かな──────』

 

 

ガクン! と、全身から力が抜けた。

直後に、ゆっくりと。人形を糸で動かすように、腕や脚が、胴体が、そして首が、ギチギチと持ち上がる。

 

フルフェイスの中心の結晶に、再び光が灯った。その不気味な現象に、一夏は慌てることなどない。何が起こっているのか、彼は既に正解を見つけていた。

 

 

「お前は、守りたいだけなんだな」

 

『────』

 

「俺も同じだ。だから、お前を止める。そして龍夜を助け出す」

 

 

瞬間、クロム・ルフェが飛び出した。

一夏を完全に敵と認識したのだろう、振り上げた両手を一夏へと叩きつけようとする。

 

 

だが、その攻撃を───一夏は雪片弐型で打ち払った。軽々しく、右手だけで振るわれる一撃に、クロム・ルフェは追撃の拳を放とうとする。

 

 

それに応じ、一夏も左腕を持ち上げる。

彼の意思に答えるように、籠手が動き出す。白式の第二形態、その武装である『雪羅』であった。

 

籠手の指が開き、指先からエネルギー刃のクローが伸びる。五爪を突き立てようとしたクロム・ルフェの掌と激突し、弾かれる。

 

 

ダメージは受けたのか、黒銀の装甲には傷痕が残っていた。しかし瞬時に再生したクロム・ルフェは反対の腕を突き出す。掌に収束したエネルギーが一塊となり、光線として放出される。

 

 

「させるかッ!」

 

 

避けることなく、そのまま突撃する一夏。突き出した左手の『雪羅』が組み変わり、変形を始める。光の膜が広がると共に、直撃した閃光を綺麗に消し飛ばす。盾で伏せいでるように見えるそれは、零落白夜を受け方をしていた。

 

 

『雪羅』の機能は、単なるエネルギーの展開ではない。零落白夜と同じエネルギーである、アンチ・エネルギーを利用したクローモードとブレードモード、シールドモードなどの複数のモードを運用する多用途武装だ。

 

当然ながら、エネルギーの消費は激しいが、それで絶大な強さであるのは変わりない。エネルギーを奪い、増幅させるクロム・ルフェにとっては唯一の天敵と言っても過言ではない。

 

そう判断したからこそ、いち早く排除を実行しようとしたのだ。クロム・ルフェは、目の前の青年を。

 

 

『───ッ!』

 

 

エネルギーを纏わせた両手で、クロム・ルフェは勢いよく飛び掛かる。背中のスラスターから噴出したエネルギーの残粒子が曲線を描き、真上から強襲する。

 

 

振り返り様に、一夏が雪片弐型を振り上げる。弧となる斬撃を、クロム・ルフェは身体を捻り回避する。至近距離まで近付いた黒銀の妖精が掌のエネルギーを握り潰し、拡散する光の雨を放出させた。

 

 

その合間を狙い、荷電粒子砲『月穿』で狙いを構え、狙撃する。胴に直撃したオレンジ色の閃光が空間を焼き、クロム・ルフェが大きく動きを止める。

 

 

『ッ!ッ────!!』

 

 

瞬間、一夏の追撃よりも早く、真下へと超加速する。は!?と唖然とする一夏が気付いた時には、クロム・ルフェは海面へと激突していた。

 

 

ドバァァンッ!! と海面が荒れる。

引き起こされる津波が大災害のように周囲の海へと広がっていく。呆然と海を見つめた一夏が、疑問を漏らす。

 

 

「アイツ、何がしたいんだ?」

 

 

そこで、ハイパーセンサーが何かを感じ取る。エネルギーの総量が、異様なほどに増幅していた。海面の方を観測すると、クロム・ルフェの姿が見えた。

 

 

一瞬踞っているように見えたが、実際には海面に両手を押し付け、何かをしている。よく凝視すると、クロム・ルフェの手を起点として、海水が大きく荒れていた。

 

 

いや、違う。

 

 

 

「────水を、吸い上げてるのか………!?」

 

 

クロム・ルフェの能力、その真価にまでは気付いていなかった。掌からエネルギーを吸収し、放出する機能。そして外部から接収したエネルギーを特殊なリアクターで増幅させるもの。

 

 

────あらゆる物質や存在を、エネルギーへと変換し吸収する機能。太陽光や空気、汚染物質までも動力へと変える力は人類がどれだけ掛けても造れなかった変換炉そのものである。

 

そして、水も。クロム・ルフェにとってエネルギーへと変える資源の一つに過ぎない。だが、それだけではなかった。

 

 

『─────!!』

 

 

クロム・ルフェの身体が、大きく揺れる。全身の装甲が軋み始め、膨張するエネルギーを受けとめていた。膨れ上がる黒銀の装甲の背中から─────複数の触手が生えた。

 

 

いや、黒い骨格が複数の間接を折り曲げている。それらの骨格が膨れ、形や質量を別物へと書き換えていく。変化していく二本の触手は、腕の形となっていた。

 

 

エネルギーを吸収、その他のものをエネルギーへと変換するだけではない。エネルギー自体を物質へと変換することが出来るのだ。クロム・ルフェの装甲を構築する特殊な物質へと。

 

 

光が消えた時には、クロム・ルフェは首を持ち上げる。背中から伸びる、二本の腕を不気味に動かしながら。起き上がると共に、限界を超えたエネルギーを周囲へと解き放った。

 

 

『─────!!』

 

「ッ!」

 

 

合計四本の腕を構え、咆哮と共に突進してくるクロム・ルフェに、一夏は雪片弐型に『零落白夜』、左手の雪羅を稼働させ迎え撃つ。

 

 

白と黒の光が、空を駆け巡る。縦横無尽に飛来する二つの閃光は衝突し、膨大なエネルギーを辺り一帯に撒き散らしていく。

 

 

◇◆◇

 

 

(───一夏が、駆けつけてくれた)

 

 

胸の中で、心が躍動する。

激しく脈打ち、跳ねるその気持ちは喜びであった。意識不明であった一夏が無事に戻ってきてくれたことに対するものであるのは確かだ。

 

 

それ以外にも、他の思いが彼女の胸に芽生えた。

今も尚、戦う青年の背中を見て────願っていた。

 

 

(私は、共に戦いたい………あの背中を、守りたい!)

 

 

強く、より強く願う。

その思いに応えるように、紅椿から光が滲み出す。展開装甲から溢れていた赤い光が強くなっていく。

 

 

「これは………!?」

 

 

黄金の粒子を微かに混じらせる赤き光に戸惑う箒。ハイパーセンサーからの情報で、消失したはずの機体のエネルギーが急激に回復していくのが分かった。

 

 

────『絢爛舞踏(けんらんぶとう)』、発動。展開装甲とのエネルギーバイパス構築、完了。

 

 

情報ウィンドの項目にあるのは、ワンオフ・アビリティーを示す文字列であった。突然のことに混乱してしまいそうになるが、それでも一つだけ分かる事実があった。

 

 

(まだ、戦えるのだな?ならば───)

 

 

手渡されたリボンで自らの髪を結い上げ、覚悟と共に空を見上げる。

 

 

「ならば、行くぞ!紅椿!」

 

 

赤と黄金の輝きを灯す真紅の機体が、空を裂くように駆ける。今も尚囚われた友人を、今も尚戦う想い人を助けるために。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「─────おーおー、やってるやってる。アイツら思いの外強くなってんじゃん。ああクソ、マジで羨ましい。あんな風にやり合えたら盛り上がるよな」

 

 

黄金の翼が四枚。燃え盛る焔と火の粉を撒き散らし、イルザは興味ありげに遠くを見つめていた。熱を帯びた空気に肌を焼かれることなく、残念そうに一息吐いた後、彼はゆっくりと振り向いた。

 

 

 

「オマエも、そう思わねぇか?」

 

【────ギ、貴様ッ】

 

 

クリサイア・アヴェスター。

黒い球体を中心として回転する結晶を十も有するその兵器は、ボロボロに半壊されていた。黒い球体の表面にはヒビが入り、結晶の一部は完全に破壊され使い物にならなくなっている。

 

 

復活───そう言いながら登場したイルザに、クリサイアは不意打ちを実行した。確実に殺すために放たれた熱線を浴びた青年は死んだ。確実に死んだ。

 

 

そう思った直後に、五体満足で姿を見せたイルザにクリサイア・アヴェスターは戸惑った。何故生きているのか、その疑問に答えながら、イルザはクリサイア・アヴェスターを完膚なきまでに叩き潰した。

 

 

アッサリと、一瞬で。

セシリア達が苦戦しながらも撃破したクリサイアの変化した姿であるその兵器を、意図も容易く手玉に取っている。平然と余所見をしている青年に、油断なんてものが感じられない。

 

 

【あ、有り得ん!私は、クリサイア・アヴェスター!人類を滅ぼし、駆逐させる界滅神機!世界を滅する神の機体だ!その我等が!何故、こんな人間なんぞに───】

 

「オマエが弱いからだろ?俺に負ける理由なんて」

 

 

カラカラと笑う。

良心はある、善意もある。だが躊躇いなくイルザは目の前の兵器を侮蔑する言葉を吐き捨てた。試すような物言いに、界滅神機───その内部にある人工知能の頭脳が破裂した。

 

 

耐え難い怒りと屈辱によって。

 

 

【ほざけェ───人間如きがァッ!!】

 

「感情的だ、兵器らしくねぇな」

 

 

翼を大きく振るい、イルザは飛翔する。そんな彼に、クリサイア・アヴェスターは動きを見せる。黒い球体にキチキチと光のラインが通っていく、それは結晶の先にまで通っていき───適応するかのように広がる。

 

 

破損が一瞬で全快した直後に、光の雨が降り注ぐ。膨大な熱量を有する光線がうねり回り、空中に飛んだイルザを囲んでいた。

 

展開した黄金の翼を広げ、加速するイルザ。全方位から迫る閃光を避けていき、唯一狙いを定めてきた一発を片手で受け止める。

 

 

バジュンッ!! と熱が空間を肉と共に焼き尽くす。イルザが容易く弾こうとした閃光は予想以上の威力であった。レーザーを消し飛ばした代償として、片腕が綺麗に消し飛んでいた。

 

 

表面すら焼き尽くされた肩に焔が纏われる。腕を失ったにも関わらず、顔色すら変えないイルザ。チラリと、視線を向けながら考えを働かせていた。

 

 

(………さっきよりも出力が上がってる。威力も段違い)

 

「やるじゃねぇか、鉄屑!ならお返しだ!」

 

 

もう片方の手を突き出せば、翼からミサイルが射出される。熱線により破壊されても尚、弾頭を切り分け、数を増やしながら迫る爆弾の波にクリサイア・アヴェスターは晒された。

 

 

しかし、無傷であった。

コォォォ────!と、共鳴するような音を鳴らすクリサイア・アヴェスター。ダメージすら与えられない様子にイルザはある可能性を確信した。

 

 

(やっぱ、そうだよな。全部の機能が明らかに上昇してやがる。さっきのぶちギレからだな────火事場の馬鹿力ってヤツか?或いは、そういう機能か!)

 

 

肩を焼く焔が、一気に膨れ上がる。破裂するように弾けた火が形を作り出し、腕の形状へとなるまで増幅する。火炎が消え去った時には、イルザの腕は再生を終えていた。

 

 

両手を閉じたり開いたりし、感覚が戻ってくるのを確認しながらも、細めた瞳はクリサイア・アヴェスターへと向けられている。

 

 

(それに、アイツの動きが可笑しい。決定打を打ってこねぇ、そして俺の攻撃に反応できるようになったのを見るに…………学習してんな!伊達じゃねぇなぁ、ロボってのは!)

 

 

「前言撤回、やっぱ面白そうだなオマエは」

 

【見下すな人間───私に殺される可能性を恐れたか?】

 

「な訳。俺のやり方を完全に学習(ラーニング)される前にやるって話だ」

 

 

手首に取り付けたアイテムのサイドカバーを指で押し、見せつける。白い光が、呼応するように点滅していた。

 

 

「───俺の伝説幻装(エンシェント・レガリア)フェニックスは強力でな。やり過ぎると周りもまとめて焼き尽くしちまう。全力を引き出しちまえば俺も無事じゃすまねぇし、何かと面倒なんだ」

 

【…………自分が負けた時の言い訳か。それが最後の遺言か】

 

「話はちゃんと聞けよ、モテねぇぞ?………ま、全力を出せねぇのは事実だし。だから、封印した。戦いが好きだからって戦った結果、周りを更地にするのは割に合わねぇしな。つまり、今の俺はメチャクチャ枷を掛けたフェーズ4って事だ」

 

【そのフェーズを解放するつもりか?私が貴様のパターンを学習するよりも先に】

 

「正・解」

 

 

再び、サイドカバーを押し込む。直後に光は強まり、足元から黄金の焔が燃え盛り始めた。

 

 

【───Ancient!phase、down!】

 

 

「────フェーズ3、移行」

 

 

 

業火に包まれたイルザの周囲に、黄金の装甲が顕現する。空中で形成されたパーツは、瞬時にイルザの全身に装着された。頭部以外の全てが覆われた黄金の鎧。背中の翼もより装甲を纏い荘厳となり、その姿は神々しい不死鳥を体現しているようであった。

 

 

「………久しぶりのフェーズ3だなぁ。フェーズ4より上なんて久しぶりだ。フェーズ2まで引き出した相手がいるんだよ、アリーシャ・ジョセスターフってヤツ。知ってるか?バカ強いだぜ、あの隻眼女」

 

 

不毛、と判断した。

いい加減、相手に疲れたのであろう。クリサイア・アヴェスターは話を聞かずに、殲滅を優先する。全ての結晶を回転させ、各々から放つ閃光を一つに束ね、一気に解き放つ。

 

 

現時点での最高峰の威力が、牙を剥く。話を続けていたイルザは振り向いた直後に、それを直に受けた。決まった、と人工知能による意識が確認する。

 

 

だが、油断はしない。相手は削っても再生する不死者。先程の一撃を耐えてる可能性すら有り得る。

 

 

【貴様があの一撃を耐えたのならば!また殺────】

 

「────受けて欲しかったか?残念、当たっちゃいねぇよ」

 

 

囁くような言葉に、思考の全てが停止する。有り得ない、間違いない、何が起こった。それらの言葉が、人工知能の中で渦巻く。現状を理解するまでに数秒を要するはずであったが、相手はその隙すら許さなかった。

 

 

「残念だったな、オマエはもう俺に追いつけない」

 

【ッ!?いつの間に真上へ────】

 

「追いつく前には、ブッ壊れるだろうぜ」

 

 

パチン!とイルザが指を鳴らす。

瞬間、クリサイアの周囲の空間が熱を帯び始めた。いや、球体の形をした物体が、クリサイア・アヴェスターの周りに配置されている。外の装甲を溶かす程の熱量が、内部から膨れ出す。

 

鳴らした指を握り、親指だけを持ち上げる。スイッチでも押すように、構えを取った。

 

 

「───『陽解(プロトゥ)融爆(ゴア)』」

 

 

気付いたその時には、彼に手によって起爆された。

 

 

 

 

無音の爆炎が、炸裂する。

音すら消し飛ばす爆発が連鎖し、クリサイア・アヴェスターを圧倒的な破壊で潰し、抉る。強力な衝撃が感覚を伝い、人工知能の意識を完全に吹き飛ばす。

 

 

【ガッ、ギ──────────ッ?】

 

 

シャットダウン寸前に追い込まれる程の熱と圧力。クリサイア・アヴェスターを僅かに機能停止に追い込んだ。

 

 

ガシャンッ! と、黒い球体の表面が砕かれる。内部に打ち込まれた腕が、目的のものを捉え───そのまま引きずり出す。

 

 

「────よぉ、オマエが本体か。意外とこんなものか、人工知能ってのは」

 

 

数十センチ程、掌に収まるサイズのコア。それこそが、クリサイア・アヴェスターの脳とも言える核であった。心臓に繋がった血液のように垂れたケーブルのさきから火花が散る。

 

 

「ホントは全部ブッ壊そうと思ってたんだけだよ、()()()()()()()()()()。仕方なく、オマエだけを潰すことにしたんだ。俺の手で」

 

 

グシャリ、と。

その手でコアを握り潰した。人類を憎み、滅ぼすと誓ったアヴェスターの一つ、他の個体よりも先に目覚めたクリサイア・アヴェスターの最後はあまりにも呆気ないものだった。

 

 

クリサイア・アヴェスターだった黒い球体を片手で掴みながら、イルザが別の方向を見る。そこで起こる戦いを、観察するように。

 

 

「そろそろ、アッチも終わるか?」

 

 

 

◇◆◇

 

 

「う、おおおおおおッ!!」

 

 

零落白夜の光刃を振るう一夏。しかし、クロム・ルフェはその攻撃を受け止めることも弾くこともなく、ただ全速力で避けていく。

 

 

あらゆるエネルギーを消すことが出来る零落白夜。その弱点はエネルギーの激しい消耗である。故に、零落白夜は攻撃が確実に当たる時に発動させるべきなのだ。

 

その特性を理解したクロム・ルフェの対抗策こそが、わざと零落白夜を無駄打ちさせる。敢えて隙を見せて一夏がその隙を狙おうとした瞬間に逃げる。それを繰り返し、エネルギーの消滅という自滅を狙っているのだ。

 

 

『────』

 

 

背中の骨格腕の掌が変形し、放出口となる。リアクターから増幅させ蓄積させていたエネルギーを勢いよく放出し、遠距離から攻撃を行う。

 

 

「くっ!」

 

 

何とか回避を繰り返すが、クロム・ルフェが更なる動きに出る。両手の腕を持ち上げ、骨格腕を含めた四つの砲台から濃粒子のエネルギーを解き放つ。巨大なレーザーが四つ、ISでも受ければ一撃で破壊するかもしれない閃光が一夏へと収束される。

 

 

雪羅のシールドモードで避けきれない攻撃を防ぐ。それだけでも、エネルギーの消耗は激しい。

 

 

「っ!」

 

(くそっ!このままじゃエネルギーが底を突いちまう!)

 

 

そうなってしまえば、本当に為す術が失くなる。少しずつ一夏の心を、焦りが蝕んでいく。それがクロム・ルフェの作戦であるのは分かるのだが、どうやってもここから突破口を見つけ出せる気がしない。

 

クロム・ルフェが再び、攻撃を始めようとして───止めた。急接近してくるもう一つのISを気取り、距離を置いたのだ。

 

 

「一夏!」

 

「箒!? お前、ダメージは大丈夫なのか!?」

 

「問題ない! それよりも、手を貸せ!」

 

 

突如現れた箒は有無を言わさぬ勢いで一夏の手を握る。紅椿が放つ黄金の光が白式へ、一夏へと伝わっていく。瞬間、全身に電流のような衝撃と炎のような熱が広がる。

 

 

意識が僅かに揺らいだが、何とか戻った。そして常時投影されているISの状態を確認して、愕然とした。

 

 

残り三割程度であった白式のエネルギーが、最大値まで貯まっていたのだ。

 

 

「な、なんだ………?エネルギーが────回復!?ほ、箒、これは───」

 

「今は考えるな! 行くぞ、一夏!」

 

「───おう!」

 

 

その会話を、その出来事を、クロム・ルフェは危険と判断した。目の前で起きたエネルギーの自動増幅、そして相手への譲渡。たった数十秒の合間の出来事は、クロム・ルフェに危険信号を働かせるに十分であった。

 

 

『────ッ!!』

 

 

軋む装甲から咆哮を轟かせ、クロム・ルフェは突貫する。最早持久戦は考えていない。相手がエネルギーを補給するよりも早く叩き潰す。それだけしか、先にある勝利は見えない。

 

 

「うおおおおっ!」

 

 

そんなクロム・ルフェに、一夏は巨大なエネルギーの刃を展開する。最大出力まで高められた光刃を両腕で支え、勢いよく振るう。

 

横薙ぎの一撃を、クロム・ルフェは身軽な動きでホバリングする。刃を通り過ぎるように避けてすぐに、背中の骨格腕を伸ばす。エネルギーを放出する為の機構に、一瞬で切り替えながら。

 

 

「箒!」

 

「任せろ!」

 

 

放出される寸前の二つの砲口を、紅椿の二刀が斬撃で切り臥せる。エネルギーの誘爆が視界を打ち消す。その爆発を利用するように、クロム・ルフェはすぐに追撃に移ろうとした。

 

 

しかし、それが間違いであった。本来ならば、先程までのクロム・ルフェならばここで距離を取ってから狙撃を行っていた。自分の主を守るために、エネルギーを消滅させる刃が自分に当たる可能性を消すために。

 

 

しかし、相手が無尽蔵と思われるエネルギー源を有した瞬間からクロム・ルフェの思考を焦りが支配した。故に、短期決戦をしようとしたのだ。

 

 

だからこそ、目の前から飛んできた光刃に直撃してしまった。攻撃の姿勢から避けきれず、胴体の装甲を光の刃が綺麗に切り裂く。

 

胴体の装甲が光の粒子に変化する。クロム・ルフェはようやく、さっきの光刃が零落白夜のものだと理解した。しかし、エネルギー刃だけを飛ばせるとは思わなかった。

 

 

機械的ではなかった感情が、敗北の引き金を引いた。クロム・ルフェは、もうこの鎧を維持できない。

 

 

 

『────ッ!!』

 

 

叫ぶ。吼える。

光に包まれたクロム・ルフェは咆哮を響かせ、拳を振り上げる。一瞬で禍々しいエネルギーが収束し、圧縮された。

 

 

【メテオ・ブレイカー】

一撃必殺の火力を誇る技。ISすら貫通するであろう黒い光を纏った拳が、一夏に炸裂しようとしていた。一夏はそれを防ごうと雪片弐型と雪羅を構え、迎え撃とうとする。

 

 

 

 

────しかし、動きが止まる。

全身が消滅を始めたクロム・ルフェは身動きをすることなく、拳をゆっくりと振り下ろした。黒い光も、それに応じて自然消滅する。

 

 

一夏は何故か、分かった。

クロム・ルフェに何が起きたのか。何故攻撃を止めたのか。

 

 

答えは、簡単。クロム・ルフェ本人の意思だったのだ。自分の主を排除しようとした考えを改め、敗北を受け入れている。理由は分からないが、きっとそうだと一夏は思う。

 

 

鎧が、完全に消え去る。光に包まれた先に、生身の龍夜と納刀状態であるプラチナ・キャリバーが姿を見せた。その瞬間に、彼が海へと墜ちていく。

 

 

「!しまった!龍夜────ッ!?」

 

 

二人が急いで、彼を助けようとする。しかしそれよりも先に、真下に移動していた影が龍夜とプラチナ・キャリバーを受け止めた。

 

 

「やれやれ、流石に骨が折れる。いや、多分マジで折れてるかもしれないですけど。肋骨とか」

 

「ぜ、ゼヴォド!?」

 

「ああ、織斑一夏さん。お仲間は無事ですよ、私は無事じゃないですけど」

 

「待て、一夏。ゼヴォドは敵じゃない、一応私達の味方だ」

 

「え?ゼヴォドが?………ちょっと待ってくれ、何がどうなってるんだ?」

 

 

明らかに戸惑う一夏に、二人は互いを見合い溜め息を漏らす。どうやら戦いが終わった後にも、説明という面倒なことがあるらしい。気絶した龍夜を連れて、三人はその場を後にする。

 

 

こうして、激しい乱戦と化したこの作戦は成功ということで終わった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

その場所、一夏達のいる場所から数百メートルも先。突如として、空間が乱れる。残像が浮かんだと思えば、黒い影が浮かび上がる。

 

 

黒いボディをした、禍々しい機体。

全体的にガッシリとした体格、全身から伸びる刃のような棘。悪魔のような造形したフルフェイス。

 

 

それは、ISだった。表向きには存在すら明かされていない。新型のIS。その機体を示す名前は、『ディアボロス・オメガ』。正しく、悪魔を体現しているようだった。

 

 

「─────アレが、白式」

 

 

そして、そのISに搭乗する少女が呟く。目線の先にあるのは、白いISとそれに搭乗する青年だ。驚きに満ちた視線が次第に落ちていく。

 

 

ポツリと、少女は自嘲するように呟いた。

 

 

「…………お父様が失敗作と断じた筈の────私を拒絶したISとは、全然違う」

 

 

直後に、コールが鳴る。少女は自分の頬を叩き、顔を引き締める。それからして、通信を繋げた。

 

 

『報告が遅いな、美怜』

 

「────申し訳ありません。お父様」

 

『いや、責めてる訳ではない。私も気が立っていた………それよりも、データは?』

 

 

事務的な言葉。それに少女は不満を思うことすらない、そんなことは許されない。通信越しに聞いてくる父親に対し、少女は気を揺るがすことなく答えた。

 

 

「IS学園の専用機、紅椿、白式のセカンドシフトのデータは入手しました。今すぐ転送します」

 

『ご苦労、よくやってくれた』

 

 

称賛の言葉を、少女は静かに受け止める。淡々とした声音に彼女は小さく唇を噛み締めていた。

 

 

『あと、例の彼等はどうだった?私の招待状を受け取ってくれたと思うが、返答は?』

 

「………考えさせて欲しいと、答えは後で出すと言っておりました」

 

『────フム。非効率的だな、全く。………まぁいい、彼等が首を横に振ることはないだろう。テスト候補生も時間の問題か』

 

 

トントン、と指を叩く音がする。いつもの仕草であるのだろうか、リズムよく響いていた。最後に軽く叩いて、音が止まる。

 

 

『さぁ、帰ってきなさい。美怜。報告を終えてから、久しぶりに夕食を一緒にしよう』

 

「………はい、お父様」

 

 

『ディアボロス・オメガ』を纏う少女は加速などせずに、その場から姿を消す。痕跡すら残さぬように、今回の収穫とも言えるデータを所有しながら。

 

 

 

◇◆◇

 

 

ガシャン! と、クリサイア・アヴェスターの残骸である球体をイルザは地面に下ろした。一緒に地面に降りたイルザ、そして遅れてセシリア達が降り立つ。

 

 

「止まれ、イルザ。貴様、何のつもりだ」

 

()()()()()だよ。お前らだって気になるだろ?本当にあるのかって」

 

 

止めようと武装を構えるラウラに、イルザはヘラヘラとしていた。イルザの体質を知らぬ彼女からすれば、馬鹿にしているようにも見えるが、死への恐れや傷付くことへの恐怖がないだけだ。

 

全員が、視線を集中させる。イルザはそれを無視して、黒い球体の表面を引き剥がす。引き千切り、邪魔なパーツを破壊していき────一つのものを引きずり出した。

 

 

棺桶のような大きなポッド。円柱状のそれにイルザは手を掛ける。開閉するためのドアやレバーなどはない、故にそのまま抉じ開ける。

 

 

剥がした鋼鉄のカバーを放り投げた途端に、イルザはその中身を目にした。

 

 

 

「────チッ」

 

 

不愉快そうな舌打ち。

本気で気を悪くしたような態度を疑問に思った一同だが、それを見た瞬間に理解する。

 

 

 

中にいたのは、自分達よりも少し年上の少女。全身をケーブルに繋げられ、部品の一つのように息すらせず静かに眠る少女。

 

 

彼女こそクリサイアに組み込まれた人間だったモノの一つ、生きた生体ユニットであったのだ。




百体の兄弟は悩んでいました。

如何に人間を滅ぼすか、如何に奴等を絶滅させるか。

ただの兵器ではダメ。それでは彼等に敵いません。もっと強力な、無慈悲なまでに殺戮に、人間を殺すのに特化した兵器が必要でした。


すると、一人の兄弟が考えを出しました。


───毒は同じ毒で制すればいい。



名案だと、彼等は答えました。


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第33話 作戦終了の顛末

目覚めた時にいたのは、普通とは欠け離れた世界であった。

 

 

見渡す限りの一帯に廃墟の残骸が並んでおり、ゴーストタウンのように見える。崩壊した街だというのは分かるが、自然に滅んだというより人為的に滅ぼされたかのような違和感が感じ取れた。

 

 

空を見上げると、そこもやはり可笑しかった。夕暮れ時に染まってきた青空────よりも目立つのは、巨大な廃墟の残骸だ。比喩ではなく、空から建物が生えているのだ。

 

 

あまりにも可笑しな世界。あまりにも理解しがたい世界。ここで龍夜は意識を覚醒させた。思いの外冷静でいられたのは、夢か精神世界と事前に判断したからだろう。

 

 

だが、それ以上に気に掛けるものがあった。

 

 

龍夜の目の前、巨大な白い大広間の中心に浮かぶ四角形のモノリス。白く光る文字列が紋様のように広がり、薄く点滅している。

 

 

ふと、近寄る。モノリスの側面の文字を指でなぞるようにして触れた。瞬間、モノリスの文字が一気に消える。それからすぐに新しい文字が刻まれた。

 

 

 

「────『救滅の五神姫(クインテット・シスターズ)』、か」

 

 

その単語は知っている。プラチナ・キャリバーのブラックボックスの内部に組み込まれていた情報の一部に、その単語が存在していた。

 

プラチナ・キャリバーの謎、その答えすら見出だせずにいた龍夜にとって大きな一歩であり、小さな歩みであった。救滅の五神姫、クインテットシスターズ、これだけの言葉だけで一体何を探し、見つけ出せばいいのか。

 

 

そう思っている龍夜の背後から、静かな言葉が響く。同時に、不思議な気配が生じた。

 

 

「─────初めまして、マスター」

 

 

振り向いた所には、神秘的な少女がいた。銀色の髪に、青い瞳を持つ長髪。頭の上には光の輪が形成されており、歯車のように組み合わさったそれがキチキチと回転している。装飾のようなドレスを綺麗に着飾るその姿は、天使というよりも姫らしいものだ。

 

 

地面に足をつけることなく、浮遊するように存在する少女。見ず知らずの他人なのに、龍夜の心にあったのは警戒ですらない。妙な安心感。

 

 

その理由を、すぐに看破する。

 

 

「…………お前がプラチナ・キャリバーの────剣の中にいた奴か」

 

 

コクリ、と少女は静かに頷く。

かといって、それを聞いて龍夜に出来ることはない。それを知ったところで何も解決しない。聞くべきことは、もっと重要なことだ。

 

 

「ここは、何処だ。普通の精神世界とも言えない。かと言っても、夢とかでもないだろ」

 

「────私達固有のネットワーク、この世界の裏側に用意された神域。この世界に誰も、どんな人間であろうと立ち入りことはできない。私達や、適合者である貴方のような人を除いて」

 

「…………マスターとは俺のことか。なら、私達とは何を示している。ここは、ISの行き着く先か」

 

「────前者には、答えられない。けれど、後者には教えることが出来るけど、必要ないと思う」

 

 

白い少女は静かに、穏やかな口調で話を続ける。綺麗な藍色の瞳が、龍夜の顔を映し出していた。

 

 

「マスターは、理解できているはず。何故マスターが、マスターだけがこの神域に訪れられるのか。何故、他の人間は絶対に立ち入れないのか」

 

「…………やっぱりか」

 

 

その言葉に驚きは覚えない。それどころか、落ち着いたまま内容を受け入れていた。

 

 

少し前から気付いていた。自分のIS、プラチナ・キャリバーの異様さについては。ISのコアと呼べるクリスタルは存在せず、コアの役割をしているのは、銀色の長剣である。

 

 

前々から明確になった、暴走状態。激しい怒りや敵意を抱くほどに感情が昂ると、抑制できないまでに感情が倍増される。そして、その暴走を止めるように内部からのストッパーを受ける。今思えば、これら全ての現象はあの長剣によって引き起こされていたのかもしれない。

 

 

「なら、最後に聞かせろ」

 

「……………何を、ですか?」

 

「お前は、何者だ」

 

 

それだけが、聞きたかった。

龍夜としても、彼女が何者なのか知りたい。もう既に分かっている。彼女が長剣の中にいるも、彼女が自分の暴走を止める役割をしていることも、クロム・ルフェを操り自分の肉体を守ったのも、全てが彼女のやり方であることに。

 

 

だからこそ、確かめたかった。彼女が本当に、自分の味方なのか。それを知らず、本心を聞けずに、彼女を信用することは出来ない。

 

 

 

「私は貴方の味方です。マスター」

 

「………そう意味じゃない、お前は誰だと聞いているんだ」

 

「それに関しては答えられません。ですが、確実なことが一つ。私は貴方の味方であること。貴方が望むなら私は貴方の進む未来を尊重します。世界を救うことも、滅ぼすことも、復讐することも─────私は、貴方の聖剣ですから」

 

 

思わず舌打ちをしそうになる。彼女はどうやら全部を話せないらしい。やけに抽象的で、遠回しな言い方からして予想はできる。恐らく、真実を語れないようにプログラムされており、それを自覚しているのか。

 

 

力ずくで喋らせようとは思わなかった。溜め息を吐き捨て、前髪をかき上げる。

 

 

「もう一つ、追加だ」

 

「はい、何でしょう」

 

「お前は、お前本人は何て呼べばいい」

 

 

銀色の少女は、クスリと笑顔を浮かべる。優しい微笑みを浮かべる彼女は穏やかな様子で口を開いた。

 

 

 

「ルフェ。精霊です、マイマスター」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「─────知らない天井だ」

 

 

典型的な言葉と共に、龍夜は布団からゆっくりと身体を上げる。まずは首を、肩や腕を大きく回す。パキパキと骨が鳴るが、痛みなどは感じない。体感的に骨折などのダメージは無かった。

 

 

短い吐息を漏らし、龍夜は考える。あの世界、あの会話は本物だ。故に、気になる点はある。

 

 

クインテット・シスターズ。

言葉の意味だけは理解できる。クインテット、五つもしくは五人。そして、シスターズは姉妹。五人の姉妹、それだけの意味をもつ名が何なのか。ある程度の答え、予想は出来ていた。

 

 

(おそらく、ルフェ…………彼女はクインテット・シスターズの一人だ。問題は、他にルフェのような存在が四人存在しているということだ。─────何のために?)

 

 

手を伸ばすと、何かが当たる。隣に置いてあった銀剣と鞘、プラチナ・キャリバーであった。自らのIS───ではないナニカに触れながら、脳を働かせる。

 

 

(プラチナ・キャリバーのコアがあの剣であるのなら、きっとプラチナ・キャリバーという名は偽物だ。本当の名が、本来の用途がこの武器には存在している。名を、存在を隠す理由があるのか?俺以外の人間に、気付かれないためか?)

 

 

すぐに、思考を閉ざした。

これ以上考えても答えは出ない。彼女が教えられないのなら、宛のある相手に聞くだけだ。そう思う龍夜は静かに視線を落とし、投げ掛けられた言葉を思い出した。

 

 

(───世界を救うことも滅ぼすことも出来る、か)

 

 

世界について、考えたこと何度もある。だが、救うことについては頭にもなかった。少なくとも、近い考えなら変革することぐらいだ。

 

 

その逆は、何度考えたことか。

 

 

「…………知ったことじゃないな、そんなこと」

 

 

吐き捨て、龍夜は立ち上がる。傍に折り畳んで置いてあった制服に着替え、プラチナ・キャリバーを手に取る。

 

 

部屋から出ていく龍夜の足取りは、重いものではないが、軽いものでもなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

無事に作戦が終わり、数時間。

色々な作業を終えた一同は作戦本部にてブリーフィングを行っていた。

 

 

「作戦完了────と言いたいところだが、織斑。お前は無断出撃という重大な違反を犯した。帰ったら反省文と懲罰用トレーニングを用意してやる。そのつもりでいろ」

 

「………はい」

 

 

何事もない女子達とは違い、ただ一人───織斑一夏は肉親兼教師の冷たい視線を受けていた。許可を受けて作戦を出向いた箒達とは違い、一夏は意識不明の重体で休んでいたが目覚めてすぐに飛び出していったのだ。無論、許可すら貰わず。

 

 

反論すらなく素直に受け入れる一夏。キチッとした正座をする彼に、箒を含む少女達も対抗するためか同じことをする。何故なのか。

 

 

 

「…………何だこの状況」

 

襖を開けてすぐ、目の前の現状に呆れた呟きを漏らす龍夜。専用機持ち全員が律儀に正座している光景に戸惑いがあったのだろう。眉をひそめる彼に、おろおろしていた山田先生がハッと顔を上げる。

 

 

「蒼青君!?大丈夫なんですか!?身体の何処かが痛みませんか!?」

 

「大丈夫です、山田先生。今のところ何ともありません」

 

 

過剰なくらいに心配してくる山田先生に、龍夜は落ち着かせるように言い聞かせる。何故自分が言い聞かせているのか、疑問を覚える意味すらない。

 

ふと、セシリアやラウラが正座しながらソワソワとしている。集中力が乱れたのか、セシリアは心配と不安と脚に伝わる激痛で顔を真っ青に染め上げ、ラウラの方も意識が突然向いた弊害か、足をつったらしく顔をヒクヒクと引き締める。

 

 

それでも誰も正座を止めようとしない。やる気があるのは良い話だが、ここまでいくと不安になってくる。流石に気にしたのか、千冬から呆れた声音で止めるように言われた。

 

 

「気になるんだったら張り合わずに、とっとと起きれば良いだろう。織斑以外はな」

 

「………う、分かりました」

 

「コイツ、命令違反でもしたんですか?」

 

「あぁ、無断でISを纏って飛び出した。自業自得だからな、みっちりしごいてやるつもりだ」

 

 

龍夜と千冬が、一夏を見つめる。どちらかというと睨むような視線に一夏は戸惑いを覚えるが、二人は真剣そのものだった。

 

 

しかし、両目を瞬きさせた龍夜が、前に立つ千冬に敬語で話し始めた。

 

 

「…………織斑先生。不躾な事ですが、一夏の罰を軽くして貰えませんか?」

 

「─────ほう?」

 

「自業自得ってのは納得です。けど、アイツのお陰でクロム・ルフェの暴走を止める事が出来ました。もしアイツがいなかったら、俺は仲間を傷つけ続けていた。だからこそ、アイツだけが悪いという話ではないと思います」

 

 

裁きを受けるであろう罪人───織斑一夏が期待の籠った視線を向ける。当然、その視線に応えて頷いたり笑顔を向ける龍夜ではなく、千冬への向けた眼を揺るがない。

 

 

本気でそう提案している。他人を庇う事を言い出した龍夜に、驚くものが多かった。千冬もその一人だったが、ふんと鼻を鳴らす。

 

 

 

「そうか。なら、お前も織斑の分の罰を受けるか?」

 

「あ、やっぱり良いです。そこまでする義理はないというか」

 

「え」

 

 

希望が一気に絶望へと反転した。

唯一の救いの手であった友人はアッサリと手の平を返した。あまりにも早すぎる立ち回りに一夏は呆然とするしかない。

 

 

 

「………それでいいのか?お前は織斑に恩を感じてるんだろう?」

 

「よくよく考えたら俺も瀕死の一夏を逃がすための殿(しんがり)を努めましたし。この件で相殺できると思いますので、俺が体を張る理由はないです」

 

(………無慈悲だ)

 

 

誰がそう思ったか、容赦なく断言する龍夜に複数のジト目が集まる。本人としてそこまで気にしていない鋼のメンタルなのが余計に厄介だが。

 

 

「だが、蒼青の言うことも確かだ。今回はこのくらいにしてやろう。助けてやったアイツに感謝しろよ、織斑」

 

「え?それって俺も巻き込まれたりしませんよね?コイツは煮るなり焼くなり好きにして良いですから、俺に肩代わりさせないでください」

 

「お前………お前………!悪魔か何かか!?」

 

「人間だが?」

 

 

正座を緩め、険しい顔をしている一夏だが、自分に向けられた鋭い目付きに困惑していた。今もなお睨んでいる千冬に疑問を投げ掛けようとするが、少女達もが自分を睨んでいるのが分かる。

 

 

「…………」

 

「ん?なんでこっちを見て────ぐへ」

 

「診察があるんだろ。俺達は後でやるんだから、廊下に出るぞ」

 

襟を引っ張り、一夏を廊下へ連れ出す。こうでもしなければ早く出てけ! と怒鳴られてただろう。ぴしゃりと閉ざした襖に、一夏は深い息を吐き出した。

 

 

「………一夏」

 

「ん?何だよ」

 

「────助かった。ありがとうな」

 

「………ああ」

 

 

短く交わし、それだけで話を終わらせる。

 

 

◇◆◇

 

 

「ねー、ねー、結局なんだったの?教えてよ~」

 

「なんか凄いこと起きてたのは分かるんだけどさ、本当に動けなかったから事情だけは知らないんだよね。大事だったのは皆気付いてるけど」

 

「お願ーい!教えてよー、シャルロットちゃん!」

 

「………ダメ。機密だから」

 

 

夕飯時の食堂。

お膳を挟んで食事を取るシャルロットに、数人の一年女子が群がっていた。訊いているのは、作戦の話について。

 

表向きに作戦の存在すら知らずただただ旅館で待機させられていた彼女達としては何があったのか知りたいのだろう。

 

一番話しやすいシャルロットなら聞き出せると思っているのだろう、何とか粘る少女達だが、シャルロットのいう機密に何とも出来ずに退くしかない。

 

聞けば数年は監視処分を受けるレベルなのだ。不満そうになりながらも、大人しく引き下がるのが普通だ。

 

 

「───機密、ねぇ。なんか面倒くせーな、秩序側ってのは」

 

「はぁー、そうだよねー。大人もずるいよ、色々と隠しちゃってさ」

 

「…………待って。今、誰と話してたの?」

 

 

ピタリ、と全員が食事の手を止める。

先程話に入ってきた声は男のものだ。しかし、この場にいる男二人は話にすら割り込んでいない。つまりこの声は、全く知らない赤の他人のものであるのだ。

 

 

ふと、彼女達の視線がある方向に向く。本来であれば空席で空いている筈の場所に、誰かが座っており普通に夕食を取っている。

 

無論、一夏や龍夜ではない男だ。

 

 

「────い、イルザッ!?」

 

「よっ、お前ら。飯、ご馳走してるぜ」

 

 

お椀を持ち上げ、味噌汁を一気に飲み干したイルザが軽い調子で手を振るう。愕然とした一同だが、専用機持ちである全員がすぐさまISへと展開しようとする。

 

 

「待てよお前ら、ここでやり合う気か?」

 

「………!」

 

「別に俺ぁどっちでもいいぜ?けどよ、ここでやるのを望まねぇのは、お前らも同じだろ?」

 

 

それをイルザは、不敵な笑みと共に牽制する。待機状態のISに手を掛け、何時でも纏う準備をする彼女達に対し、イルザは本当に無防備そのものであった。敵を前にしても、不気味な程に。

 

 

「よし、それで良い。ところでよ、ゼヴォドのヤツも付き添いしたがってたんだがなぁ。ジールフッグから骨折が治るまで休んでろって止められてたし」

 

「骨折………?ゼヴォドは、無事なのか!?」

 

「まぁな。腕や肋骨を軽く骨折しただけだ。メチャクチャ動きたがってたけどよ」

 

 

一度背を預けた青年を心配していた箒に、イルザはそう説明し落ち着かせる。安堵した一方で、良かったのか………?と半ば不安そうな彼女を他所に、首を動かすイルザが笑いながら告げた。

 

 

「そうそう、俺が用あるのはお前だよ、お前。蒼青龍夜」

 

「………俺だと?」

 

 

人差し指を向けられ、龍夜は一瞬で怪訝そうな顔をする。それを無視して、イルザは続ける。

 

 

「あの、クロム・ルフェだったか?自分の意識もなく乗っ取られた状態で戦うんだろ?オマケにエネルギー変換と吸収、油断してぶっ殺されたのも無理ねぇくらいには強ぇじゃねぇか」

 

「………、何が言いたい」

 

「強くなれよ、もっと」

 

 

手の形を変え、ピストルのように模した人差し指を龍夜の顔に突きつける。険しい顔で睨み返す龍夜に、椅子に背を掛けながら言葉を紡ぎ出す。

 

 

「俺は戦いでしか満足できねぇタチでなぁ。強いヤツとの相手なんて本望どころか生き甲斐ってヤツだ。俺の予想だと、お前はもっと強くなりそうだしな。今回の敗北は次の戦いで挽回させて貰うぜ」

 

「……………」

 

「だから、強くなれって話だ────じゃねぇと、テメェの目的を果たす前にブッ潰れるぜ?テメェ自身の重圧で」

 

「………ッ」

 

 

息を呑み込み、龍夜が信じられない顔を浮かべる。動揺を抑え込んで口を閉ざす龍夜に、イルザはもう意識から外していた。

 

席から立ち上がり、軽く手を振るう。

 

 

「あー、ごっそさん。ここの飯、多分美味しかったぜ!そんじゃ、俺もそろそろ帰るわ!織斑千冬とかにはあんまチクんなよ、じゃあな!」

 

 

そう言い出し、窓へ飛び出すイルザ。暗くなってきた夜の景色に消えた青年だが、直後夜空を金の光が駆け抜けていく。

 

 

唐突すぎる事に理解が追い付かない一同。しかし龍夜だけは噛み締めるように、俯くだけであった。

 

 

◇◆◇

 

 

人の気配などありはしない岬。

花月荘から離れた場所にあるそこに光なんてものはなく、薄気味悪い所でもある。

 

しかし、そこの柵───崖しかなく、危険なその柵に腰掛けた女性がいた。目の前に、無数のディスプレイを展開しながら、女性─────天災は口を開く。

 

 

「紅椿の稼働率は絢爛舞踏を含めても四十ニパーセント、これだけ見れば上出来かな。少し、厄介な兆候もあったけど………多分っていうか、十中八九『アイツ』だよね。ムカつくけど、今の束さんが何しても利用するだけだから無視するしかないか」

 

 

不満そうな彼女の表情は、何者かへの嫌悪に染まっている。万人全てを見下す彼女にそこまでの悪感情を抱かせる存在がいるのか、疑問ではあるが、存在だけは確かだろう。

 

何より恐ろしいのが、国連の捜査網からも逃れ世界すら振り回す程の天災が、手も出ない───いや、出せない相手であることだろう。

 

 

嫌な相手のことを忘れたいのか、篠ノ之束はにんまりと微笑む。ディスプレイに浮かぶ各種パラメータに目を通しながら、不思議そうに───いや、冗談でも言うような様子で首を傾ける。

 

 

「それにしても、不思議だねぇ。白式は。まさか操縦者の生体再生まで可能だなんて、まるで────」

 

 

「───まるで、『白騎士』のようだな。コアナンバー001にして初の実践投入機。お前があの人を止めるために、全力を注いだ一番目の機体に、な」

 

 

背後からした声に、束は笑みを深める。ゆっくりと振り返った先にいたのは、黒いスーツを着込む千冬だった。

 

 

「やあ、ちーちゃん」

 

「束、悪いが聞きたいことは山ほどある。答えてもらうぞ」

 

「答えられる範囲なら、いいよ。その前に、謎かけしていい?」

 

 

平然と話し合う二人に距離感などはない。見えなくとも、昔からの確かな信頼がその間にはある。

 

 

「さぁーて、問題です。白騎士は一体どこへ行ったんでしょうか?」

 

「………白式を『しろしき』と呼べば、それが答えなんだろう?」

 

「ぴんぽーん。さすがはちーちゃん。白騎士を乗りこなして、先生の界滅神機を打ち倒してきたことはあるね」

 

 

『白騎士』、かつてそう呼ばれた機体は既に存在しない。第三次世界大戦の終了をキッカケとして解体され、現在のISの基盤として大きく貢献した。

 

そのコアは、多くの勢力が求めた結果、とある研究所を牛耳る男の手に渡り、新たなISのコアとして組み込まれていた。

 

 

「謎かけの一つは答えた。私の質問にも、答えて貰おうか」

 

「うん、いいよ。それで?何かな?」

 

「蒼青の事についてだ」

 

 

「んー?りゅーくんについて?もしかして、ちーちゃんもラブな感じ?」

 

「………それだ」

 

 

へ?と束は動きを止める。誤解したように硬直する彼女に、千冬は弁解すらしない。近くの木に背を預けながら、続けた。

 

 

「お前は、何故そこまで蒼青を気に掛ける。少し前まで話したこともない赤の他人だろう。あそこまで、アイツに好意を向ける理由はなんだ?」

 

 

 

 

 

 

「理由は…………束さんと同じだから、かな?」

 

「……………それだけか?」

 

「それ以上もそれ以下も無いんだよー?束さんは本気でりゅーくんもちーちゃんも大好きだからねー!」

 

「………」

 

 

嘘を付いてるとは思えない、千冬はそう判断した。自分勝手な彼女だが、他人に対して嘘など絶対に付かないのは誰よりも深く理解している事実だ。

 

それでも、束が本心を口にしてない事も分かっている。これ以上聞き出そうとしても無駄かと、千冬は素直に引き下がったのだ。

 

 

それから僅かな静寂。

数秒の沈黙からすぐに、柵の上で揺れる束が口を開く。

 

 

「ちーちゃん、もう十年だよね」

 

「そうだな」

 

「覚えてる?先生が私達だけに遺した言葉」

 

「────“十年後、世界は転換期を迎える。君達は、自分の信じる未来を選びたまえ”、だろ?」

 

 

それは、彼女達しか知らぬ話だった。これを知るのは今いる二人と、ここにいない男。己の野望の為に全てを利用しようとする変わり果てた───ある意味では変わらない悪友。既に、この三人だけだ。

 

 

「今日は、あの日だよね。先生が私達の前からいなくなった日。あれからもう、十年経ったんだなぁ」

 

「…………ああ、そんな日だったな」

 

「ふふ、誤魔化しちゃって。ちーちゃんがこの日のことを忘れるわけないよ。だって、私達の幸せが覆った最悪な日だからね」

 

「………」

 

 

千冬は答えない。俯いたその顔には、一体どんな感情や思いが乗せられていたのか。この場にいる親友だけが、理解できていた。

 

 

「ねぇ、ちーちゃん。今の世界って好き?」

 

「そこそこ、だな」

 

「そうなんだ」

 

「お前は、どうなんだ?」

 

「そうだなぁ………、

 

 

 

 

 

 

 

 

────大っ嫌い、って言えたら幸せだったかなぁ」

 

 

ポツリと、微かに吹く風に乗って聞こえる。憂うような悲壮感漂う言葉に、千冬はゆっくりと顔を上げる。しかし、その視線の先から篠ノ之束は消えていた。

 

 

後頭部を背後の木に当て、深い息を漏らす千冬。小さく、誰にも聞こえないような呟きを聞くものはいなかった。

 

 

風に揺れ、飛び回る小さな羽虫以外は。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

ジジジジジジジジ─────

 

 

小さな羽虫、その一匹が潮風に揺れるように飛ぶ。海岸の周りを舞うその虫は、生き物ではなかった。

 

全てが金属で形成された虫。ひらひらとした薄い羽も、球体状の複眼も、全てが特殊な金属で構築されている。そんな虫が、森林から姿を見せた人影に反応する。

 

 

「…………」

 

 

その男は、密漁船の一団の一人であった。厳つい顔に無口ではあるが、力もあって頼りのある男。密漁船に乗っていた者達からはそう評され、仲間としても認められていた人物。

 

学園が尋問や調査をした結果、密漁船にいた者達は全員一般人であった。共通点があるとすれば、全員が理不尽な理由や唐突な事故で借金を背負っていることくらいだ。その事情から教師陣達は彼等は巻き込まれただけだと結論付け、個別に拘留する事に決めていた。

 

 

だが、この男はそこから抜け出してきたのだ。誰にも気付かれないように、密かに。今も学園はそれに気付いていない。否、分かるはずがない。

 

 

そもそも、この男は確認されていた『一般人』ですらない。肌に着地した羽虫が、ドポン、と肌に沈んだ。異様な変化に、無口な男は顔色すら変えずに口を開いた。

 

 

 

「─────報告、作戦は成功」

 

 

直後、男の形が崩れた。液体のように流れ出るそれは、金属である。足元に垂れていく液体金属が、ズズズと吸い込まれるように空に浮かぶ。

 

 

男の両腕にある籠手。その肘に位置する部位にある穴に液体金属は吸われていき、男の姿が変わる。

 

 

全くの別人。髪をそういう風に整えた、独特な雰囲気を宿す男性へと。

 

 

「?ああ、忘れていた。これではダメだった」

 

 

感情を見せないような無機質な声のまま、男が首に手を添える。喉を掴むように指を食い込ませ、力を入れていく。

 

 

「─────フーッ、喋り方や声。どれだったか」

 

 

押し方や位置、強さによって喉の音量や声音が変化する。若々しいものから、しわがれた老人のもの。全部が別の人間の声だと聞き分けられるほど多様な言葉を発した男だが、途端に動きを止めた。

 

 

「あー、あー、あー…………あ゛ーっ!よし、この声だ!良いねぇ!こういうダンディーでイケてる声、これだよこれ!こういう良い声はカッコいいし、この声で通してるしな」

 

 

喉から指を離し、男は軽い調子で笑う。そのまま手を耳に取り付けたイヤホンへと伸ばし、小さなスイッチを指で押した。

 

 

そして、通信を繋げる。

 

 

 

「よし、続けますぜ。作戦は成功、織斑一夏はセカンドシフトを実現させました」

 

『─────そうか』

 

 

相手の声は、何一つ変わらない。喜びや称賛、どの思いも籠ってない言葉はあまりにも淡々としており、無機質なものであった。

 

 

「いやぁ、ボスったら冷たいですね。大体、どうするんすか?織斑一夏が本当に死んだら、必要な奴らしいですし困るのもボスじゃないんすか?」

 

『あの程度で死ぬのなら、白騎士には選ばれてない。アレはそういうものだ。たとえ本当に死んだとしても、それまでだったという話だ』

 

「ひゅーっ、怖」

 

 

両手をひらひらと振り、調子を崩さない男。通信先の相手もそれを許しているのか、特に言葉はない。

 

 

「ていうか、成功するもんすね。今回の作戦」

 

『何がだ?』

 

「いやぁ、一般人を騙して密漁船に乗せて織斑一夏の気を引かせるって作戦っすよね。見ててヒヤヒヤしてましたよ、俺も巻き込まれたらIS纏って逃げようかと考えてましたし」

 

『織斑一夏はそういう人間だ。弱者を守るためであれば、自分や周りを省みず守ろうとする善性────ヒーロー気質と言う奴か、だからこそ利用しやすい』

 

「さいですか」

 

 

密漁船に乗せられた一般人達。全ては一人だけ工作員がいることを誤魔化すための彼等の意図的な作戦であった。理不尽な理由で借金を掛けたのも、それも全てこのため。

 

 

人命を危険に晒したにも関わらず、躊躇いすら感じられない。容赦なき悪辣さだけが感じ取れていた。

 

 

『帰還しろ、グラハム。次の任務は帰ってから伝える』

 

「了解しました、『フェイス』様。お給料、出来るだけ盛ってくださいよ」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

光すら入らない暗闇。

その中で一人の男がいた。顔は見えない、何一つ装飾もない機械的な仮面を被ったその人物は椅子に腰掛けながら、机へと手を伸ばす。

 

 

「────福音を奪えなかったのは惜しいが、今は諦めよう。ヤツのデータよりも十分な成果だ。少なくとも、実験は成功したと言ってもいい」

 

 

カン、と擦れる音が小さく響く。

男が掴んだチェスの駒を、別の場所へと移動させていた。無論、男の打つチェスに相手などいない。たった一人で、チェスの盤上の駒を動かしている。

 

 

「IS学園、国連、アナグラム、アメリカ本国、エレクトロニクス機社、倉持技研。多くの勢力が関わっていた今回の事件ならば、混沌に導く引き金には相応しい」

 

 

話し合いは当然いない。

仮面の男の言葉は独り言に近い。玉座に腰掛け、頬杖をかく男は冷徹な声で話していた。

 

 

「───時が満ちた。これより世界は多く火種や爆発の果てに、大きな戦争を引き起こす。怨嗟を招く破滅か、停滞もしくはこの世界の継続か、勝者だけが全てを決めることが出来る。……………私としては、誰が勝とうと関係ないが」

 

 

そう言いながら、チェスの盤へと手を動かす。しかして、その手が空中で止まった。

 

 

「…………しかし、ふむ」

 

 

上げた手を、ゆっくりと引いていく。

盤面を見渡す男は、深い溜め息を漏らす。

 

 

「ピースが足りないな。やはり、必要だ。たった一人で全てを覆す最強のジョーカーが。織斑一夏達に立ちはだかる障害が」

 

 

パチン!と指を鳴らした途端に、無数のディスプレイが仮面の男の前に浮かび上がる。誰かが写った写真が複数、無数の記録の中から、一つの写真に仮面の男が指で振れる。

 

 

「『これ』で良いだろう。後は『スコール』に…………いや、私が動くだけか」

 

 

立ち上がった仮面の男が手を振るえば、部屋の明かりが点く。ただの個室と思われるその部屋の奥は透明になっており、そこは何処か精密な作業をするための工場のような場所だった。

 

 

その中央で、一つのISが無数の機械によって改修されていた。黒よりも深い漆黒の機体、しかし機体の半分の装甲が剥がれたのな赤紫の光が滲み出すように盛れている。

 

顔半分に剥き出しになった不気味な大きな眼。それを見た仮面の男、フェイスは全てを嘲笑するような様子で語った。

 

 

 

「さぁ、行こうか。ゼノス・アルザード、また駒を作る時だ」

 

 

ゼノス・アルザード。その禍々しい機体の姿を知る者は、数人しかいない。その一人は、蒼青龍夜。

 

 

何故なら、このISこそが『魔王』の別名を持つ機体。龍夜の両親を殺した痕跡を残した存在であったからだ。

 




二章はこれで終わり………厳密には、後何話かして終わりですね。次回の章は原作にはないオリジナルのものになると思います。ま、合間の話を書いてからの話ですが。


それでは、次回もよろしくお願いします。


あと、よければ感想や評価、お気に入りなどもよろしくお願いします!


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第34話 十年後の遺産

夏休み編………というよりは、前章の情報を色々まとめた話になります。


七月下旬。

福音強奪事件から数日が経ったIS学園では、ようやく夏休みという事になった。生徒の多くが世界各国から来ているため、大半が帰省中である。

 

 

しかし、蒼青龍夜は自宅に帰ることはなかった。

どうせ家に帰る理由などない。家族のほとんどがいない、唯一残された実の姉は入院中────だが、当分会わないことを約束しているし、政府の力によって姉は別の場所で落ち着いている。

 

 

だから、仕方ない話なのだ。寂しいという思いは少なからずあるが。

 

 

「……………」

 

 

そんな感情を押し殺すように、龍夜は学園寮の自室で無数の部品を弄っていた。分解された形状のパネルを開き、内部に組み込む装置の一つを造ろうとしていた。

 

 

因みにだが、電子妖精ことラミリアは今遊びに出掛けている。他の生徒達のデバイスに乗り移り、学園の外の町で楽しく休みを満喫していることだろう。

 

他の皆も、故郷の国に帰国する予定であったり、龍夜のように学園に残る者もいる。

 

 

「────よし、パーツやシステムは大体完了した。組み立てと連結でようやく、完成…………とはいかないな。デバック作業に試運転も必要だ」

 

 

そう言いながら、龍夜は目の前の装備を見る。プラチナ・キャリバーの外付け武装であるそれは、変形機構を要した大型銃であった。

 

二つのフォームの変化に応じ、弾丸自体を変えるその銃だが、唯一の欠点は普通のISのように粒子化出来ない所だ。ただでさえ大きいのに、持ち運ぶなんてどれだけ苦労することか。

 

 

(………少し試すべきだな。よし、一夏達の誰かでも呼ぶべき─────いや、止めておくか。どうせ迷惑を掛けるだから)

 

「────実践は後にしよう。取り合えず、今は寝るか」

 

 

全身から力を抜き、ベッドに背中から倒れ込む龍夜。蒸し暑い外とは違い、冷房によって冷えきった部屋の中で、彼は静かに眠ることにした。

 

 

◇◆◇

 

 

「────以上が、今回の事件についての報告です」

 

 

IS学園、一般生徒や教師も場所を把握できてない理事長室。そこで千冬はキッチリとしたスーツ姿で立っていた。豪華な机と椅子に腰掛ける十六歳程の少年、この学園の理事長である時雨は千冬からの話を聞き終え、ゆっくりと口を開く。

 

 

 

「…………なるほどね。織斑先生、よくやってくれたね。今回の事件については、国連内部からも賞賛の声も大きかった」

 

 

ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。椅子をくるくると回転させていたが、動きを止めて指を突きつけた。

 

 

「───ま、アナグラムと共同戦線を共にしたことは黙っておいたけどね。良かったかな?」

 

「………感謝します。理事長」

 

「何、君達が頑張ってくれたんだ。僕も多少は無理は通すさ。それに、アナグラムと協力したなんてあの老害達が知ったら調子に乗ったように批判してくるのは目に見えてるし」

 

 

国連はあの事件の全てを把握していなかったらしい。マスコミや世間の隠蔽に夢中でIS学園の作戦に目がいってなく、無事に二つの脅威を打ち倒したという報告に愕然としていた。圧倒的な功績に、言葉も出ない老人達には少し胸が空いたが。

 

 

「それで?お客人は入れなくてもいいのかい?」

 

「………気付かれていたのですか」

 

「まぁね。大方予想は着いてるし、呼んでも構わないよ」

 

 

軽く頭を下げた千冬が扉の元へといき、手を掛ける。開いた途端に「失礼します」という明るい声が聞こえてきた。

 

 

正しい軍服を着込んだ金髪の女性が部屋の中へと足を踏み入れる。陽気な雰囲気を醸し出す彼女の顔を見て、時雨は口を開いた。

 

 

「ナターシャ・ファイルス候補生、君と福音はもう大丈夫かい?」

 

「ええ、心配していただきありがとうございます。時雨さん、いえ学園理事長とお呼びするべきですか?」

 

「好きなように構わないよ。貴方は客人だからね、無理に理事長呼びに固執する理由はないさ」

 

 

事件の顛末、ナターシャ・ファイルスと福音は結果的に無事であった。『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が強奪された件を引き合いにしてアメリカに責任を取らせようとした国もあったが、エレクトロニクス機社の圧力を受けて引き下がったらしい。

 

国連内部では、銀の福音が界滅神機に有効打を与えていたという話により、責任を相殺できるという事態になっていたのだが。

 

 

「それよりも時雨さん、例の話はどうした?」

 

「国連内部を調査してみた。────結果、アナグラムに流れた情報は偽物だった。けど、国連の誰かが偽装したものだいう証拠もあった」

 

 

アナグラムが福音を強奪するに至った理由。彼等が入手した、一般人を攻撃するという作戦の極秘資料。アナグラムのメンバーの身内でもある集落を攻撃するというそのデータはアナグラムだけではなく、ナターシャを含むアメリカ軍にも流されていた。まるで、一目見ればその作戦が本当の話であるというように。

 

だが、結果としてそんな作戦は存在しなかった。

 

 

「やはり、この事件の黒幕は許せないか」

 

「当たり前じゃないですか。あの子に人殺しの道具にしようとした挙げ句、アナグラムをけしかけてあの子を奪わせようとしたんですもの。黒幕さんは必ず取っ捕まえて、報いを受けさせてやりますから」

 

「──────」

 

 

時雨が、重苦しい沈黙を背負う。体を動かし、姿勢を正した彼は両手の指を交差させ、机に乗せる。自身の顔を隠すようにして、ナターシャを見据える。

 

 

「………黒幕については、おおよその答えは出てる」

 

「………」

 

「でも、連中に近付くのは危険な話だ。僕としてはオススメはしない。出来ることなら諦めた方がいい────と、言っても無駄か」

 

「当然」

 

断言するナターシャに、時雨は一息漏らした。彼女の覚悟が強い、そう判断してすぐに自分の知る情報を明かし始めた。

 

 

 

「黒幕は国連にいる。より厳密には国連の最も上に位置する最高機関に」

 

「っ!まさか────」

 

「『楽園の実(エデン・シード)』。僕の所属する合計二十一人の中に、今回の事件の黒幕が存在していると見ていいね」

 

 

平然と言い切った時雨の言葉に、ナターシャだけではなく千冬も驚きを隠せずにいた。相手を覚えるように噛み締めるナターシャとは違い、千冬は顔をしかめながら問いかける。

 

 

「理事長、何故そう言い切れる。相手は国連の人間などではなく───「『忠臣』と名乗ってた相手だろう。知ってるさ」ッ!」

 

 

思わず、息を呑む。

国連の名で圧力を掛けた男の存在は話したが、男が名乗っていた名だけは明かさなかった。仮にも国連の人間である時雨が本当に、関係していないのか疑った千冬の行動だったが、時雨はそれを問い詰めることもしない。当然のものとして受け止めているようだった。

 

 

話を聞く様子である二人を確認し、時雨は話を続ける。相手の存在、それを示す名を。

 

 

 

「『三皇臣(トライアル・インペル)』、それが福音事件の根幹に関わる者達だ」

 

 

『三皇臣』。

その単語に、千冬やナターシャも気を引き締める。ソイツらが、今回の事件の糸を引いた元凶。裏側で狡猾に暗躍し、アナグラムを翻弄し、IS学園の生徒達を危険に晒した勢力であったからだ。

 

 

「けど、彼等について大きな問題がある。実情が掴めないんだ、僕の手を以ても」

 

「………」

 

「分かるのは、『忠臣』と『賢臣』、『背臣』の三人で構成された少数の面子である。国連の権威で思い通りに立ち回れること。そして、国連の人間であるにも関わらず国連の最高機関であっても彼等について探ることも、従わせることも出来ない」

 

「まさか上の人達ですら、そのトライアルなんとかを把握出来ていないと?」

 

「トライアル・インペルね。まぁね、連中も中々やり手のようで────でも、重要なのはここからだ」

 

 

軽い調子で語る時雨だが、すぐに顔を歪ませる。苦々しい様子で。

 

 

「奴等が国連の権威を好き勝手に振るえる理由は、特権持ちだからさ。それに、彼等には上がいるらしい。『(おう)』と呼ぶ存在が」

 

「ッ!それって───」

 

「三皇臣に特権を与えたのが『皇』って奴なら、ソイツは僕達『楽園の実』の誰かだ。つまり、最高機関の一人が君やIS学園の本当の敵って訳さ」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「………何故、ナターシャ・ファイルスに情報を流した?」

 

 

話を聞き満足して帰っていったナターシャ・ファイルス。彼女を直属の兵士に付き添いさせ学園の外まで送らせる様子を確認した直後に、千冬は口調を切り替えて問い質す。

 

 

両腕を組み、真意を理解しようと睨みを利かせる彼女に、時雨は笑顔を浮かべる。軽い調子で弾んだような声で、冗談のように言う。

 

 

「おや。織斑先生も彼女に教えてあげたいんじゃなかった無いのかな?だから僕の元に連れてきたんじゃないの?」

 

「時雨理事長」

 

「ごめんよ、からかったのは悪いと思う。織斑先生の言いたい事は理解できる。三皇臣が彼女に手を出す可能性があるってことだろう?」

 

 

何故、国連が彼等の足取りが掴めないのか。それほどまでに恐ろしく、不気味な力を有している可能性があるからだ。たった一人のIS操縦者が、一つの組織と思われる勢力に狙われれば堪ったものではない。

 

 

その点でいえば、情報を与えた時雨は無責任と言われるかもしれない。それが原因で彼女が殺されたとなれば、全ての責任は彼に向くと思われる。それを知ってて、何故話したのか。

 

 

そんな千冬の疑念に、時雨はあっさりと答えた。

 

 

「何、心からの善意ってのは嘘じゃない。………まぁ、君の考え通り、考えてることはある。『三皇臣』の奴等はIS学園を巻き込んだ。つまり、奴等にとって僕達は敵な訳だ。潰すことは確実だが、相手のことが全く分からない。正面切ってやろうにも、不利なのは僕達だ。なら、味方を───奴等にとっての敵を増やすだけさ」

 

「…………それは」

 

「冷たい、ってだけじゃ済まないね。でも、僕は本気だよ。綺麗事だけじゃIS学園も世界も守れないから。この二つを護るためなら、僕はどんな手段すら問わないし、迷わない。負けないために、誰かを犠牲にさせないために、全ての手段をもって敵を追い詰めて始末する。それが僕のやり方だ」

 

 

およそ十歳で国連に入り、あらゆる手段を用いて彼はトップの組織の一人へと成り上がってきた。綺麗事を、善意を信じてきた兄 村雨とは違い、彼は迷うこと無く相手を潰し、頂点を目指した。

 

 

兄が望み、挫折した未来────本当に平和な世界を作るために。

 

 

「…………だから、貴女にも力を貸して貰います。織斑先生。僕の目指す未来のために」

 

「───ああ、お前には借りがあるからな。学園の一つや二つくらい、守ってやるさ」

 

「ええ、頼りにしてますよ。世界最強のブリュンヒルデ」

 

 

互いの視線を、顔を合わせ、そう言葉を返す二人。そうやって笑っていた時雨がふと、席から立ち上がる。

 

 

「さて、僕も少し用があるんで。付き合って貰いますよ、織斑先生」

 

「今になって、一体何処に用がある」

 

「貴女達が保護してきた例の少女について、個人的に話したくてね。…………知りたいんじゃない?あの娘が何者なのか」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

IS学園の地下区画。

教師でも知らされているのは数人程───ではあるが、極秘レベルとしては最大の次くらいの特殊エリア。

 

 

「…………そんな」

 

 

そこで真耶は、目の前の機器が表したデータに戸惑いを隠せずにいる。機器に連結された大型装置が真っ白なベッドに取り付けられ、何らかの作業を行う複数のアームが動きをピタリと止めている。

 

そして、ベッドに寝かされているのは────少女と、言うようには大人に近い人物だった。

 

 

燃えるように赤い長髪に、ISスーツに類似したものを纏う彼女は息ひとつしない。安らかに眠っているように見えるが、大型装置は彼女が生きていることを証明している。

 

 

いや、アレを生きていると言っていいのか。どれだけ思い悩んでも、否定する言葉が見つからなかった。

 

 

「────少しは休んだらどうだ?山田先生」

 

「あ…………織斑先生─────えっと、そちらの子は、どちら様ですか?」

 

 

部屋に入ってきた千冬に反応したが、すぐに彼女の視線が時雨を捉える。千冬に着いてきているからか警戒はないが、不思議そうに見てくる彼女に、時雨はああと一息吐きそうになる。

 

端から見たら子供である自分が理事長であるという事実は、数少ない教師や限られた生徒しか知らない。滅多な事態を懸念して情報統制していたから、彼女が自分を知らないのも当然だろう。

 

 

なので、簡潔に自己紹介することにした。

 

 

「あー、僕理事長。よろしくね、山田先生」

 

「……………え、え?理事、長………?で、でも、まだ小さい子、ですよね…………え?」

 

 

余計に混乱する真耶に、時雨は特に気にした素振りもなく前へと進む。ガラス張りの向こうにある少女の姿を見た彼は少しの間沈黙を重ね、ようやく口を開いた。

 

 

「────山田先生、彼女の事を調べて何か分かったことは?」

 

「は、はいっ…………精密機器を用いた検査をした結果、彼女に怪我などはなく、命に別状はありませんでした。ですが、それ以上に信じられないものを確認しました」

 

 

ディスプレイを両手に持ち、千冬と時雨に見せる真耶。顔を真っ青にしながらも、震える声で説明を口にした。

 

 

「彼女の全身の全てが、機械で構成されています。体内の臓器も全部無く、全く別のパーツで補われているんです。肌も普通に似てますが、実際には人工的に造られた繊維のもので間違いありません。人間として部分はありますが、ほとんどが別種のものとなってるんです」

 

 

それが事実であることは、ディスプレイに表示された解析結果が証明していた。少女の全身を透過した画像には人間にあるべき臓器は綺麗に失くなっており、あるのは機械で造られた部品が多くだった。

 

 

明らかに顔色を変えた二人、千冬の方を見ながら真耶が困惑を隠せずに言葉を漏らす。

 

 

「………お、織斑先生────これは一体」

 

「サイボーグ、という奴か。まさかあそこまで精巧なものを造れるとはな」

 

「────サイボーグ、ね。少し違う。アレがただの機械人形だったらどれだけ良かったか」

 

 

そう切り出した時雨に、二人の視線が集まる。調子の軽い声音とは別に、少年の顔は険しいものへと切り替わっていた。何か強い感情を滲ませる彼は、今も眠る少女の顔を見つめている。

 

 

「どういう意味だ、理事長」

 

「説明をする前に、彼女と挨拶をしてくるよ。その為に来た訳だしね」

 

「───ま、待ってください!危険です!彼女が敵であるかも分からないですから────」

 

「大丈夫。あの子はそんなことしないよ」

 

 

慌てて制止する真耶を軽くいなし、時雨は扉から眠る少女の部屋へと立ち入る。戸惑いながらも彼を連れ戻そうとする真耶を片手で止め、千冬はガラス越しに険しい顔で見据えていた。

 

 

ベッドの中央で静かに眠る赤髪の少女。発育の良い体型に、機械的なスーツ。死んだような静寂の中で、時雨はゆっくりと口を開いた。

 

 

「────やぁ、久しぶりだね。花蓮」

 

「───────ぅ、ん………」

 

 

その名を聞いた瞬間、少女の意識が覚醒した。眠そうに瞼を細め、目元を擦りながら少女はゆっくりと起き上がる。

 

体を上げて周りを見渡そうとする少女だが、目の前にいる時雨を見ると不思議そうな顔で、

 

 

「─────村雨、お兄ちゃん?」

 

「いや、兄じゃないよ。僕、僕さ」

 

「え…………?でも、村雨さんと同じ…………あれ?」

 

 

ボーッ、と呟いた少女に、時雨は困ったように笑いながら話す。首を傾け本気で考え込んでいた少女は次第に目を大きく見開いた。

 

 

「もしかして………時雨君、なの?」

 

「うん、そうだよ。花蓮」

 

「…………うそ。でも、時雨君とソックリなのに、時雨君よりも大きい。なんで?」

 

「まぁ、十年も過ぎたんだ。少しくらいは成長してるさ」

 

 

ベッドに腰掛け屈託のない笑顔で喋る時雨の顔は年相応ではあるが、その様子は大人びたものである。理解できずに困惑している少女、花蓮は目をパチクリさせる。

 

 

「時雨君、変わったんだね。まるで村雨お兄ちゃんみたい」

 

「…………兄みたい、か。実際、僕にとって尊敬できる兄だったしね、無意識に真似してるのかな」

 

 

他愛な会話を何度か繰り返した二人。まるで親しい友人のように語り合うその光景は微笑ましいものであった。

 

しかし、何か悩んでいた花蓮が俯きながら声を発した。

 

 

「ねぇ、時雨君」

 

「何?花蓮」

 

「私って、なんで生きてるのかな」

 

 

答えは返ってこない。時雨は一気に笑顔を消し、真顔で花蓮の話を聞いていた。彼女は、自身の手を見下ろしながら、困惑を宿す声で呟く。

 

 

「パパやママも、皆死んじゃった。私も皆と一緒に死んじゃったはずなのに、どうして生きてるんだろう。どうしてこんなに大きくなってるのかな。私、どうなっちゃったのかなぁ」

 

「…………花蓮」

 

 

彼女の名を呼び、時雨は立ち上がる。静かに近くの機器に手を添え、情緒が不安な花蓮に優しく語りかけた。

 

 

「全部夢さ。悪い夢だよ」

 

「そうなの、かな」

 

「ああ、きっと悪い夢だ。だから無理に考えなくていい。今はゆっくり、休んでて」

 

 

それだけ言うと花蓮は本当に眠気に誘われたのか、ベッドに倒れるようにして意識を失う。近くの装置で強制的に眠らせたのを確認した時雨は、複雑そうな顔を切り替えてすぐに部屋から出ていく。

 

 

待ち構えていた千冬が無言ながらも、早く説明しろという風に圧力をかけている。その空気に動揺しながらも真耶が時雨を話しかけた。

 

 

「…………あの、理事長?あの娘のこと、知ってるんですか?」

 

「─────雨宮花蓮。僕の幼馴染みでね、昔からよく遊んでたんだよ」

 

「幼馴染み、ですか?で、でもあの娘の方が年上に見えますけど………」

 

「いいや、僕と同年代だよ。十年前にいなくなった日から、それは間違いなかった」

 

 

そこまで話す時雨の言葉に、真耶があれ?と首を傾げる。一方で千冬はその言葉の意味に気付いていた。

 

 

答え合わせのように、時雨は口を開いた。

 

 

「花蓮はね。第三次世界大戦で死んだはずの人間なんだ」

 

「……………え」

 

「家族と一緒に無人機に殺されたって話。ま、報告だと押し入れに隠れてたけど出てきた所を狙われて殺害されたということになってるね」

 

「で、ですけど、あの娘は………今、生きてるんじゃないですか?」

 

 

困惑しながら、今も眠る花蓮を見る。彼女が死んだ人間であるはずがない。時雨と話していた所から見ても偽物ではなく、張本人であることは確かだが、一体どういう意味なのか。

 

 

「第三次世界大戦で、行方不明の人間が多かったのは覚えてる?」

 

「は、はい………遺体が見つからなかったのが数万人以上、戦争の際に爆発などで吹き飛ばされたという話でしたが」

 

「見つからないのも当然さ。回収されたんだからね、無人機に」

 

 

言葉が続かなかった。

絶句してしまった真耶に、平然と話を聞く姿勢の千冬。しかし思うところがあるのか、その顔はより険しく引き締まっていた。

 

 

「無人機達は殺した人間の遺体────その中で、幼い子供達。四歳から十八歳の子供達の遺体を回収し、自分達の工場へと運んだ。そして、改造したんだ。自分達の造る対人類用の兵器のパーツとして」

 

「────界滅神機。そのコアは人間を、生体ユニットとして作り替えたものというわけか」

 

 

納得する一方で、千冬はもう一つの疑念を抱いていた。

 

 

「それよりも、よく知っていたな。私達よりも前にでもこの事を認知したのか?」

 

「…………五年前から、世界各地の地下深くに施設が確認されてね。そこから発見された少年少女達は行方不明になった人間であり、改造されていることが分かった。

 

 

 

 

議会による談義の結果、彼等は『リゾネーター』と呼ばれる兵器に仮定されることになった」

 

 

淡々と話す時雨は、冷徹そのものだった。無邪気な笑顔を浮かべる気力すらないのか、感情が滲む様子すらない。

 

ガラスの奥で眠る花蓮の姿を見ながら、真耶が震えた声で聞く。

 

 

「あの娘は、その子達はどうなるんですか」

 

「まだ、話し合いの最中さ。結局、八神博士の負の遺産の一つとして処分するか、兵器らしく運用するかっていうふざけた事をいう奴が多い。

 

 

 

 

神にでもなった気なのかね、人間ってのは」

 

 

唾棄するような言葉に、誰も応じることはできなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

エレクトロニクス機社、本部。

巨大なビルが複数並んだその建物の全てが、エレクトロニクス機社の施設であった。地下を含めれば、その規模は一つの都市に並ぶほど。

 

 

数年前にとある事故で半壊したこの街はエレクトロニクス機社の手で復興しており、アメリカの主要都市に並ぶほどの経済力や賑わいを持つ。街の名も、エレクトロジアという会社の名を用いたようなものになっている。

 

話は逸れたが、巨大な本社の中央。一際一番大きなビルの頂点、そこに社長であるアレックス・エレクトロニクスが鎮座していた。

 

 

「それでは、今月の成果───新兵器の進捗を聞こうか」

 

 

見れば分かる豪華な椅子に背を預けるアレックス。彼の目の前にいるのは白衣を着た青髪の女性であった。アレックス直属の研究班アルファチーム。エレクトロニクス機社の為に多くの開発を行う科学者のチームの中で青髪の女性が担当するアルファチームは、表向きには秘密裏である新兵器の開発を携わっていた。

 

女性がタブレットを手に、近くのディスプレイを空中に投影させながら説明を始めた。

 

 

「ウロボロス・ナノマシンを無尽蔵に形成する炉心、『ヴォルガニック・ゼノリアクター』は無事に完成しました。ですが、新しい問題が」

 

「………不具合でもあったのか」

 

「いえ、リアクター自体は問題ないのですが………」

 

 

言い淀む女性に続けろと促す。そうすると、ディスプレイに別の映像が映った。

 

 

全身から赤い雷を放ち、直後に爆散するヒト型兵器の映像が。

 

 

「炉心の出力が、強力すぎるんです。先程無人ヒト型兵器に搭載させて起動させましたが─────エネルギーの増幅を制御できず、自爆しました」

 

「………」

 

「社長?」

 

「それも当然だな。『ヴォルガニック・ゼノリアクター』はこのエレクトロニクス機社全ての電力を賄う大型リアクターの最新型。その中でもISのコアに近いものを再現したものだ。この程度の障害など、分かりきっていた」

 

「ですが、社長。これでは難しい話ではないのですか。ISを越える戦闘用のマルチスーツなんて────」

 

「不可能、じゃないはずだ。八神博士という天才は人類の技術を覆す無人兵器を生み出し、篠ノ之束という天才はそれらを圧倒するISを作り出した。それを前に、どんな人間も不可能だと馬鹿にして、理解しようとはしなかった。

 

 

 

諦めるというのはオレの好みじゃあない。オレは彼等のような天才ではないが、努力や積み重ねの天才だと自負している。何年かかろうが地道に着実に完成させるまでだ」

 

 

堂々と宣言したアレックスはタブレットを片手に立ち尽くす研究チームのリーダーの女性を見据える。雰囲気を保ちながら、若手のエリート社長は続けた。

 

 

「実験を続けろ。理論上のデータで駄目なら、細かい部分を別物へと変えて試してみろ。我々には見えない答えが、原理が存在しているはずだ。それをどうにかしてしまえば、結果は早い」

 

「────ハッ!失礼します!社長!」

 

 

慌てるように、部屋から飛び出していった女性を見送るアレックス。直後に全身から力を抜き、崩れ落ちるように椅子にもたげる。

 

 

「……………ホントに、大変だな。社長ってのは」

 

 

胸元のネクタイを緩め、アレックスは社長モードを消して溜め息を吐き出す。無気力に満ちた溜め息は本当に疲れを宿したようなものであった。

 

 

アレックスにはとある野望がある。

その為に彼は、エレクトロニクス機社という会社を動かし、自分の野望のために力を蓄えていた。その為の新兵器、ISを超越する兵器の開発なのだ。

 

 

だが、自分が気にするべきは内側だけではなく外側もだ。世界情勢はこれから一気に変化していく。ロシアを含む大国は大規模なプロジェクトを進めていき、アナグラムもそれを阻止するべく行動を起こすだろう。

 

 

そんな連中よりも、アレックスが一番警戒しているのは『魔王』と呼ばれる存在であった。世界の闇に隠れた暗部の王。非公式のISを操り、大勢の人間を手に掛けてきたその存在は国連から警戒されており、アレックスもどう仕留めるべきか悩んでいる状態だ。

 

今現在、『魔王』は日本へ動いているらしい。何が目的かは知らないが、どうせロクな事にはならない。特殊部隊を動かし、監視を続けているのであまり心配はないが、警戒するに越したことはない。

 

 

────大変だな、そう一息をつこうとした直後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄上!兄上はおられるかーッ!!」

 

 

ドタドタと響いてきた足音に続き、堂々と部屋が開け放たれる。入ってきたのは、濃い金髪の少女であった。アレックスよりも年下である彼女に大きな特徴がもう一つある。

 

 

右手に包帯を巻いているのだ。怪我でもしているのか、と思うが実際はしてすらない。ただ自分の右手に無造作に巻き付けているだけに過ぎない。それに、口調も英語などではなく、少しおかしな日本語であった。

 

 

力を抜いていたアレックスは顔を上げ、少女を見ると本当に疲れたような顔をする。こめかみを指で押さえながら、ものすごく重い口を開いた。

 

 

「………メリッサ。扉を開ける時は静かに開けろと言われているだろう」

 

「む、すまない兄上。しかしだな、急ぎ伝えたいことがあって……………」

 

「後、その口調は何だ?一ヶ月前までそんな話し方してなかっただろ」

 

 

メリッサ・エレクトロニクス。

今は亡き父 デムニスの残した十数人の娘の一人、アレックスの妹の八女であった。

 

アレックスの記憶通りなら彼女は、ここまで活発的な性格でもこんな口調でもなかった。比較的にも大人しく、日本史をこよなく愛する彼女とは、まるで人が変わったどころの話ではない。

 

 

「フフフ、兄上。私は気付いたんだ。日本の魅力に」

 

「………そうか、理由になってないぞ」

 

「ジャパンのマンガという文献を読んで私もサムライに憧れたんだ!ザ・ブシドー!イッツハラキリー!! 兄上!次は私もジャパンに連れていってくれ!本物のサムライやシノービに弟子入りしたい!」

 

「…………………メリッサ。日本に侍や忍者はいない。もっと昔の存在だ」

 

「そんな馬鹿な!実際にこの書物に記されているじゃないか!」

 

「────漫画だ!マンガ! これはフィクションですって書いてあるだろ!侍は一応実在していたが、忍者なんてもう廃れてるし、日本に行っても会えるわけじゃないんだぞ!?」

 

 

それだけ叫び、両手で頭を抱える。

亡き父 デムニスから十数人の娘、姉妹達を託されてから、アレックスは亡き父への恩義から姉妹達に不自由ない暮らしをさせていた。

 

なのに、妹の一人が外国の歴史(というのは流石に失礼だとは思うが)に染まり、なんかオタクみたいな感じになってるのは本当に申し訳ない。いや、元気になってるのならアレックスとしては喜ぶべきなのだが、実に複雑である。

 

 

「ああ、そうだ。兄上、これを渡したかったんだ」

 

「………?」

 

 

そう言ってメリッサが何かの紙束を机に置いた。妙に埃が被った紙に若干の忌避感と怪訝そうな顔で手に取ったアレックスは軽く手で払い、大きな文字を読む。

 

 

「────極秘資料、除外経費隠蔽について……………は?」

 

 

瞬間、アレックスは青ざめた。

資料はどうやら経費を誤魔化したものらしい。それも数年前の。次のページを読んで、除外された経費を見て青から真っ青、白へと変わる。

 

灰になりそうなったアレックスに、メリッサは困ったように話し出した。

 

 

「なんか倉庫の天井裏に隠されていたんだ。多分デルタチームの皆のものだと思うのだが…………」

 

 

「ッ!ユニオン総員に告ぐ!すぐに研究班デルタチームの馬鹿どもを縛り上げて俺の元に連れてこい!!今すぐだ!!」

 

 

襟に隠していたマイクに怒声を響かせ、アレックスは頭を抱える。表向きには外国とも多くの繋がりを持つ敏腕エリート若社長である彼は、周りに振り回されて疲れて果てていた。

 

 

因みに、経費の使い道を知って卒倒するのは一時間後の話だ。




アレックス氏、卒倒


よければ感想や評価、お気に入りなども是非ともお願いします!

次回もよろしくお願いします!それではっ!


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第35話 旧友との再会、別れ

(何も、変わっていないな。ここは…………)

 

 

七月後半。

週末の最後の日に、篠ノ之箒はとある神社の前に立っていた。懐かしい雰囲気に気が緩んだのか、箒は不思議と微笑んでいる。

 

 

この神社は、箒にとっても無関係ではない。何故ならこの神社の名は────篠ノ之神社。彼女が転校する前までの家でありながら、生家でもあったから。

 

 

(本当に、変わっていない)

 

 

ここに訪れた理由は、お盆休みの代わりとして来たからだ。理事長の話によると、八月に何度か特権生徒としての予定があるらしく、お盆休みが満足に取れない可能性があるから今のうちに頼むという事だった。

 

無論、箒も普通に受け入れていた。昔の知人、ここでお世話になった人達との挨拶を済ませ、偶々自身の実家に寄ったのが今現在の事だ。

 

 

神社の中を歩いていくと、昔に作られたという感じの剣術道場があった。ここもよく知っている。幼い頃から、箒はここで剣道や剣術を鍛えていたのだから。

 

 

(今は地元の人達が多くいるようだな。昔は、私と千冬さんと一夏だけ…………いや、数季(かずき)さんもいたな)

 

 

壁に掛けられた木製名札を見つめながら、ここであった過去の記憶に浸る。

 

 

 

 

 

 

『痛ぇ───!?』

 

そう叫んだのは、胴着を着込んだ子供の頃の一夏であった。両手で握っていた竹刀は近くに転がり、薙ぎ倒され尻餅をついた時点で小さな試合は終わりを迎えていた。

 

 

『クッソォ………また負けた』

 

『ふん、これで終わりだな』

 

『あ、明日は俺が勝つからな!覚えてろよ!』

 

『その明日が、いつ来るのだろうな』

 

 

随分と、愛想が悪いのが昔の自分だった。振り返ってみて箒は、いつも自分の態度に思うところがあった。正直、子供ながら堂々とし過ぎた姿勢は、少し恥ずかしいものがある。

 

 

幼馴染みの一夏とは、よく剣道の相手を受けていた。無論、一夏が必死に勝とうとしても、箒に淡々と打ち負かされるのが変わらない日常だった。何ヵ月か立てば別だが、今の一夏では勝つ道筋すら見えないのが悲しい現状だ。

 

 

 

『おー、おー、相変わらず偉い負けっぷりだなぁ。一夏』

 

 

試合が終わった直後に声を発したのは、胡座をかいた黒髪の男性だった。少しだけ伸びた顎髭を擦り、男前な雰囲気を持つその男は一夏と顔立ちが別人とは言えぬ程に似ていた。

 

 

それもその筈。彼が一夏と千冬の父親、織斑数季であるからだ。

 

 

『数季さん、いつも試合を見てくれてお世話になります』

 

『よせよ、箒ちゃん。俺ぁ好きで来てるだけだぜ。それに、お世話になってのは俺の方だ。息子の奴、色々と助かってるし』

 

『そ、そうですか………?』

 

『おうよ。最近、一夏もやる気が出たようだしな。箒ちゃんに勝とうってめちゃくちゃ気合いが入ってんだ。悪くねぇよな、こういうのは』

 

 

一夏や千冬の父親である故にか、織斑数季も実力は桁外れであった。独学で鍛え上げた剣術や尋常ではない身体能力、その気になれば『剣豪』とまで謳われる強さを誇っている。そんな彼が道場に通いつめていたのは、何かと複雑な理由があるらしい。

 

 

箒の両親と縁があり、箒の父親から頼まれているから。最近姿を見ない姉の束が慕うようになった『先生』なる人物との交流など。本当の理由は今でも分からないが、圧倒的なセンスと強さから、幼い頃の箒にとって父親同様憧れの存在でもあった。

 

 

だが、箒は覚えている。

彼を完璧な人間と言うには厳しいことを、ある意味で言えば人間味の強い人だということを。

 

 

『酒臭ぇよ、親父………少しは控えろよな』

 

『一夏ぁ、お酒の魅力も分からんとはまだまだ子供だな。お酒は良いぞぉ、辛いことや考えたくねぇことを軽く忘れられるんだ。ま、今のお前じゃあ分からんもんさ』

 

『ム………じゃあ呑ませろよ。俺は親父みたいには酔わないから』

 

『残念、無理でぇーす。子供にお酒はあげられないのが法律なんですぅー。つーワケでお前はどう足掻いてもお子様って事だ』

 

『────フンッ!』

 

『痛───ッ!?何すんじゃクソガキ!人様の足を踏みやがるとは!』

 

『ウッセー!クソ親父!そんなんだからバツイチなんだろ!?』

 

『ハァーッ!?言っちゃあならねぇことを言ったなぁクソガキ!────おーい!箒ちゃん!コイツまだやれるらしいから、軽くボコしてやってくれ!』

 

『ざけんな!卑怯だろ!大人なら自分で相手しろよ!』

 

『子供相手に俺様の剣なんざ使ったら可哀想ってもんだよ!察しろ、お馬鹿め!』

 

『────ッ!』

 

『ギャァ────ッ!?また踏みやがったなクソガキ!』

 

 

────箒のよく知る父親とは欠け離れた、一見すればダメな大人になるのが本当に複雑である。憧れである一方でちゃんとして欲しいと箒は心の奥底で思っている。(実際に言えば傷付いて泣くっぽいので言わない)

 

 

 

 

「────本当に、複雑だ」

 

その言葉とは裏腹に、箒の声は穏やかなものだった。どうしても嫌に思わない自分をおかしく思いながらも、振り返りながら神社の周りを散策しようとした直後、

 

 

「………あ」

 

「む?」

 

 

神社に踏み込んできた青年と、目が合った。見たことのある顔と姿に、一瞬だけ思考が緩む。動きを止めた箒が何かを言うよりも先に、青年が慌てて頭を下げてきた。

 

 

「ご、ごめんなさい………久しぶりに、ここの事を思い出して、偶々寄っただけで─────」

 

 

今にも折れてしまいそうに気弱な様子に、箒はハッ と意識が戻る。覚えがある。この声に、あの様子。昔会った時から大分過ぎていたから、正確にまでは分からなかったが、間違いない。

 

 

「………もしかして、暁か?」

 

「あ…………ほ、箒ちゃん?」

 

 

海里暁。

箒や一夏の幼馴染みでもあり、男とあまり仲良くない箒にとって数少ない男の友人である。

 

十年もの時を経て、二人は再会することになった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

近くのファミレス。

他愛もない会話をしようとした二人は、昼ド気になっていたことに気付いた。どうするか戸惑っていた暁を引っ張り、箒はファミレスで話しながら食事をすることにしたのだ。

 

 

箒としてはやけに強引というか、積極的なやり方だった。基本的にこのような誘いをするのは一夏でもどうかは分からない。

 

その理由は、暁を数少ない友人として見ているからだ。信頼できる相手として、話をしたいと思ったのだろう。

 

 

「まさか、ここで暁と会えるとは思ってもいなかった」

 

「う、うん。僕も、箒ちゃんがいるとは………でも、箒ちゃんってIS学園でしょ?もう、夏休みなの?」

 

「ああ、お盆週に帰ってこれるか分からないから今来ていた。親戚への挨拶は終えたし、用事はもう済んだ」

 

「…………じゃ、じゃあ、もう帰るの?」

 

 

和食料理に決めた箒の前で、メニューを見ながら不安そうにチラチラと視線を送る暁。緊張しているのか妙に気を引き締めている彼に、箒は普通に答える。

 

 

「いや、一日も休みを取っているからな。今帰っても、時間を無駄にするだけだろう。少しの間、ゆっくりするつもりだ」

 

「そ、そうなんだ………」

 

 

全身から力を抜いて一息漏らす。各々の料理を注文し終え、届くのを待っている間、沈黙が続く。箒が何を話そうかと悩んでいる間に、暁が少し張った声で呼び掛けた。

 

 

「ほ、箒ちゃん。あ、あのさ───」

 

「む?どうした?」

 

「───え、あ………えっと」

 

 

途端、一気に萎縮するように小さくなる。言い出そうとする様子を引っ込める暁に、箒は不思議な様子で見つめる。パクパクと口を開閉していた彼は、消え入るような声で呟いた。

 

 

 

「────その、学校は………楽しい?」

 

 

 

 

「…………まぁ、悪くないぞ?色々と、な」

 

「そ、そっか……」

 

 

少し思い悩んでから答えると、暁はコクリと頷いた。何処か複雑そうな様子の暁だが、箒はそれを気に掛けながらも話を続ける。

 

 

「新しい、仲間が出来た。騒がしくていがみ合う事もあるが、信頼できる仲間だ」

 

「………そう、なんだ。因みに、どんな人達?」

 

「まず、龍夜だな。アイツは強い、一夏や私よりも、ISを上手く扱えて、仲間の中でも誰よりも強いかもしれん。手先が器用で、色んなものを開発できるらしいが………会った時は凄かったぞ。まるで、昔の姉さんを見ているようだった」

 

「え、え?束さんみたいな人………?す、すごいね、どんなにヤバい人なんだろう」

 

 

多分誤解されているが、箒としても弁明のしようがない。普通に事実だから、仕方がない。

 

 

「それよりも、暁の方はどうなんだ?いじめられたりしてないか?」

 

「え………なんで、僕がいじめられてるって話になるの………?」

 

「それは、な。お前が気弱だからだ。ほら、私と話してる際も震えてるだろう」

 

「あ、あ………え、えっと、それは───」

 

 

瞬間、暁は顔を真っ赤にする。ボソボソと口ごもり始める青年に、短いため息を漏らす箒。

 

 

「ったく、軟弱だぞ暁。男ならもっと強く振る舞え、そんなものだと周りの奴等に嘗められるぞ」

 

「う、うう………ごめん、気を付けるよ」

 

「…………いや、すまない。私も言い過ぎた」

 

 

海里暁は昔から臆病かつ気弱な性格であった。母親も亡く、唯一の身内である父親は出張などで姿を見せず、彼は親戚に育てられていたらしい。そんな特殊な環境故にか、内向的な性格に変わったのだとか。

 

 

だが、箒に対して挙動不審になるのは、内向的な性格だからではない。むしろ、彼は親しい相手に対しては本人としても普通に接することが出来る。なら何故、彼がそこまで可笑しい様子を見せるのか。

 

 

「ほ、箒ちゃん………あのさ」

 

「?どうした?」

 

「────いや、ごめん。何でもない。気にしないで」

 

「………?本当にどうしたんだ、暁」

 

「少し、ね。ちょっとそこまで面白くない話だったから」

 

 

不器用な笑顔で誤魔化した暁の顔に、暗い影が射す。コップの中の水に写る自分の顔が酷い様であるのに、滑稽だと思う。今にも口に出そうとした言葉を喉の奥に押し込み、彼は俯いた。

 

 

(言えるはず、ないよね。………僕なんかが、箒ちゃんの事を好きなんて。そんなこと、知っても、箒ちゃんは───)

 

 

海里暁は、篠ノ之箒が好きだ。

それは子供の頃からの想いであり、ずっと消えたことはない気持ちだ。

 

だが同時に、彼は知っていた。

彼が恋い焦がれる少女は、自分と唯一無二の親友に恋をしていることを。その親友自体は、その好意自体を理解していない、と。

 

 

(──────そうだ、迷うな。僕は、僕の答えは決まっているんだ)

 

 

何時、自身の想いを口に出すべきか。数ヵ月もの間、彼は悩み続け────ようやく、答えを出したのだ。問題は、それだけだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

ファミレスで食事を終えた後、二人はとある公園に辿り着いた。街の中でも上の方に位置する高台の上にある公園。ここは二人にとって、無関係とは言い難い場所であった。

 

 

「────ここは、懐かしいな」

 

「………うん、そうだね。僕達は…………ここでよく、過ごしてた」

 

 

人気の無いこの公園では、近くの子供すら滅多に寄らない場所であり、当時まだ子供だった一夏や箒、暁は三人一緒にここで遊んでいたのだ。

 

 

いや、厳密には四人。もう一人だけ、彼等には古い友人がいた。

 

 

「そういえば、あの子元気かな」

 

「………あの子?誰の事だ?」

 

「ん、あ、えっと………ほら、あの子だよ。ここの公園で出会った子、僕よりも無口で………その、無愛想な」

 

「……………ああ、思い出した。確かにいたな。だが、どういう名前だったか、分かるか?」

 

「う、ううん。僕も、何故か思い出せないんだよ。名字は聞き覚えのあるものだった気がするんだけど」

 

 

その人物が誰だったか、二人の記憶を辿っても分からなかった。姿や喋り方など、些細なものだけは分かる。しかし、顔や髪型、声などの、姿を当てられる要因だけがゴッソリと抜け落ちていた。

 

 

(本当に、久しいな)

 

 

公園から見渡せる街。前々から見ても細かい変化はあれど、昔の光景と同じその世界。

 

不意に、ここから離れることになった理由を思い出す。その瞬間、意図せず呟いていた。

 

 

 

「────あの人がISを作らなければ………」

 

 

そうすれば、ここにいられた。親戚の叔母さん達や暁と離れずに済んだ。そして、三人で仲良く過ごし────一夏の隣にいられたはずなのに。

 

 

 

「ねぇ、箒ちゃん」

 

 

隣にいる暁が、振り向いていた。僅かにある距離を保つように、立ち尽くす暁の顔を見て、箒は何かを感じ取る。今まで見たこともない程に真剣なその表情。意を決したように、彼は口を開いた。

 

 

「ずっと前から、言いたかったことがあるんだ。今言わないときっと後悔する、だから聞いて欲しいんだ」

 

「あ、暁……?」

 

 

 

迷うことなく、海里暁は告げた。

 

 

 

 

 

「───僕、箒ちゃんの事が好きです」

 

 

 

 

 

「………………え」

 

 

暮れてきた夕焼けの陽に照らされ、二人は立ち尽くす。理解が追い付かないのか箒は、全身を硬直させている。無論、彼女は一夏のように鈍感ではない。彼の好きと言う言葉が、どういう意味なのか、理解している。

 

 

「あ、暁………本気、いや、本当なのか?」

 

「嘘で告白はしないよ。これは、僕なりの本気………だから、返事は今欲しい。今すぐ答えてくれると、嬉しい」

 

 

何時ものように不安そうな顔はない。覚悟を決めたように引き締めたその顔に、箒の方が大きく戸惑ってしまう。

 

 

自分は何度も恋心という好意を覚えてきたが、他人からそういうものを向けられたことはまずない。それに、自分が恋い焦がれてきた相手と、今告白されている相手は違う。その二人は、自分の幼馴染みだ。

 

 

どう答えるべきか、どのような選択をするべきか、迷いが生じる。

 

 

十秒間。

数えるならば僅かな時間は、あまりにも長く感じられた。暁同様覚悟を決めた箒が言葉を紡いだ。

 

 

 

 

「暁────私は、一夏が好きだ」

 

「……………そっか」

 

「だから、すまない。お前の告白は、断らせて貰う………本当に、すまない………!」

 

 

心優しく、弱々しい青年がどう思うか。全てを受け止めるように箒は頭を下げた。きっと相当傷付くだろう。そんな選択をしてしまった自分に後悔はないが、友人を傷付けることに何一つ思わない程白状ではない。

 

 

どんな言葉も、受けるつもりだった。

しかし暁からの言葉は、箒の予想とは大きくかけ離れていた。

 

 

「なら良かった。安心したよ」

 

「…………え?」

 

「箒ちゃんが変わらず一夏の事が好きって分かった。それを聞けて安心した」

 

 

顔を上げた先にあったのは、穏やかな笑顔の暁。到底ショックを受けているとは思えないほど、優しいほほ笑み。しかし、何処か暗いものがあるようには感じるが、それを隠すように彼は続けた。

 

 

「正直、僕の方も選んで欲しかった。でも、箒ちゃんの想いも応援したいって、思っちゃってさ。ずっと迷ってたけど、うん、答えは出たよ」

 

「お前は、それでいいのか………?」

 

「うん、僕自身が決めたことだから。それに………」

 

 

溜め込んだ言葉を、迷うことなく紡ぐ。

 

 

「この想いを伝えられた良かった。でなきゃ、ずっと後悔してた。それだけでも、僕は満足さ」

 

「…………暁」

 

「ねぇ、箒ちゃん。一夏のこと、頑張ってね」

 

 

呆れる程に勇敢で、呆れる程に恋心に無頓着な友人を思い出し、困ったような笑いを浮かべる。

 

 

「ほら、一夏って底抜けの鈍感だし………箒ちゃんが告白しても、別の事って解釈しちゃうかもしれないから………それに、ライバルも多いらしいし」

 

「確かに、ライバルは多いな。これからも増えると思うと悩みの種だが」

 

「めちゃくちゃ鈍いあいつを落とすのは大変だから。頑張ってね、僕応援してるから」

 

 

二人して、その話には笑顔であった。

会話のネタにされるほどの鈍感さを持つ青年は、きっとこのこと自体知らないし、気付かないのだろう。鈍いと言うのも考えものである。

 

 

話を終え、夕暮れ時に気付いた箒があっと慌てる。もうすぐIS学園に戻る電車が来る時間帯だ。駆け出そうとした箒を、暁が呼び止めた

 

 

「あの…………一つ、頼んでいいかな」

 

「………頼み?それは────」

 

「告白してから言うのは恥ずかしいんだけど………

 

 

 

 

 

箒ちゃんと僕、友達で居ていいよね?」

 

 

足を止めた箒が振り返る。躊躇うように、申し訳ない顔をした暁を見て、否定するように叫んだ。

 

 

「────あ、ああ!当たり前だろう!私達は最初からずっと友達だ!」

 

「はは、ありがとう。箒ちゃん」

 

 

本気で救われたように笑う暁の顔から、不安らしきものが消えた。互いの顔を見合い、二人は別れを告げ合う。

 

 

「またね、箒ちゃん」

 

「ああ、また会おう。暁」

 

 

駆け出していく箒の後ろ姿が消えるまで、暁は静かに見送り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────これで、良かったんだ」

 

 

ポツリと、呟きが漏れる。自然と口にしていたその言葉から、暁の顔から笑顔が消える。背を向け、ヨロヨロと歩いた彼は夕焼けの空を見つめてた。

 

 

「僕が、箒ちゃんを幸せに、出来る筈……がないんだ。あの人の、最低の悪魔の血が流れてる僕が………好きになって、いい相手じゃ………」

 

 

自責するような言葉と共に、視界が曇る。

目元から滲む水気を、暁は手の甲で拭おうとする。それでも、どれだけ拭っても視界の変化は戻ることはない。

 

 

ようやく、自分が泣いていることに気付いた。そう思った瞬間、引き締めた感情が一気に崩壊した。

 

 

「…………ぅ、うう………ぐすっ」

 

 

膝をつき、両手で目元を擦る。

止まらない涙を流し続けながら、暁は人気のない公園に居続けた。

 

 

十年もの想いの結果、自分の決めた選択の結果を深く受け止めながら。

 

 

◇◆◇

 

 

数週間後、八月の中旬近く。

 

 

「────はぁー」

 

 

駅前の大広場。夏休みで大勢の人々が通っていくその場所、端に置いてある横に伸びたベンチで、私服姿の海里暁がいた。何時ものような大人しい様子とは少し違う雰囲気を纏いながら、深い深いため息を吐き出していた。

 

 

 

「おーい、暁。どうしたんだよー?景気が悪いぜ、折角遊びに行くってのに」

 

「ん、ああ………ごめん、少し考えててさ………はぁ」

 

 

そんな暁に声をかけたのは、男前な茶髪の青年だった。腰に手を当てながら呆れたように笑いかけた青年は、いつまで経っても様子の変わらない暁に、困ったようだった。

 

 

「…………暁、ちょっと様子おかしくねーか?ここまで落ち込んでるの初めてだぞ」

 

「馬鹿、大和。お前知らないのか?」

 

「ん?何が?」

 

「失恋したんだよ、暁のヤツ」

 

 

近くにいた眼鏡の青年が、眼鏡を指で戻しながら話す。大和と言われた青年はその言葉を聞いた途端に一気に様子を切り替えた。

 

 

 

「んだよ、そんな事かよ。ウジウジすんなよ暁!この世にゃあ女なんて何億もいるんだ!どうせ次好きになるような奴も見つかるって─────」

 

「話によると十年前から一途な相手だったらしい。しかも先週十年ぶりに再会したばっかだと」

 

「────何で!それを!言わねぇんだよ!?そりゃあこんなに引き摺るわ!ってか、今の発言だと傷口に塩塗ったみたいな感じになるじゃねぇか!?」

 

「実際にそうだろ」

 

 

明らかに狼狽した大和に、眼鏡の青年がバッサリと言い切る。瞬間掴みかかり殴り合いになる二人をもう一人の青年がジト目で見ながら、暁に問いかける。

 

 

「俺が言うのも何だけどさ、良かったん?」

 

「………うん、これでいい。少なくとも、悔いの残さない形だったから」

 

「……………ったく、あまり背負い込むなよ。エロ本貸してやるし、少しは発散しとけや」

 

「き、気遣いだけにするよ」

 

 

この三人は暁の数少ない友人達であった。

出会い方は様々であれど、一夏や箒以外に溶け込むことのできた大切な仲間だ。

 

 

「よし!そんじゃ、今回の旅行を暁の慰安旅行としようぜ!存分に楽しんで、傷心を癒すぞ!暁!」

 

「………はは、それじゃあ旅行の金は府度してくれる?」

 

「………………アレだ。それとこれとは別って言うか」

 

「小さー、器」

 

「代金の肩代わりすら出来ないとは、器だけではなく財布も小物らしいな」

 

「殺すぞテメェら」

 

 

ギャーギャーわめき合う三人を見て、暁はクスリと笑う。三人が落ち着いたのを見計らい、口を開いた。感謝の言葉を届けるために。

 

 

 

「皆、ありが────」

 

 

その言葉は、空を突っ切る爆音によって遮られる。空を突き破る黒い影に続くように響いた音に、暁一行は当然として、周囲の人々も反応していた。

 

 

「な、何だ!?」

 

「…………おい、上を見ろ」

 

 

友人の言葉に促され、真上を見ると飛び去ったはずの黒い影がその場に戻ってきていた。翼らしきバインダーを展開したソレを理解した者が声をあげる。

 

 

「────IS!?」

 

「あん?確かISが市街地の上飛ぶの異常事態じゃねぇ限り禁止じゃなかったか?…………睦月、アレ何処の分かるか?」

 

「…………いや、どの国の機体でもない。どの国の宣伝でも見たこともない機体、まさか新型か?」

 

 

睦月なる青年が眼鏡を指で押し上げながら、双眼鏡を覗く。しかし何かを感じ取った大和がそれを受け取り、目を細めながら黒いISを見つめていた。

 

 

 

「────アイツ、何を」

 

 

視線の先で、黒いISが動く。両手の手元に各々黒い筒のような元を空中から出現させる。二つの物体を固定させるように押し当て、カチリと繋げた。表面の部分装置を動かし、変形する黒い筒はとある物に似た形状をしていた。

 

 

巨大なビームライフル。ISのパンフレットで見たこともある高火力広範囲殲滅兵器の一つ。

 

 

 

 

 

「ッ!不味い!全員逃げろ!アイツ、俺達を──────」

 

 

 

 

直後だった。

大広場の中央に、凝縮された熱線が打ち込まれた。大規模な爆発が大勢の人混みを呑み込み、炸裂する。理解できずに硬直する者、衝動的に逃げ出す者、全てが上空から放たれた熱線に焼き尽くされる。

 

 

 

やがて何十発かビームが打ち込まれた後、黒いIS『魔王』がビームライフルを下ろす。何かを確認した後に、凄まじい速度でその場から立ち去っていく。

 

 

禍々しい流星のように、紫の光の残滓を撒き散らして。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

『────臨時ニュースです。先程、○○県○○町の駅広場で何者かのテロが行われました。死者は五百人程、軽重傷者は十三人という言葉にしがたい惨状になっております。犠牲者は旅行で賑わっていた家族連れや学生達が殆どのようです。ですが事件の当時と犠牲者の数が合わないという話もあり─────失礼します、ただいま新しい情報が出ました。遺体が見つからず行方不明になっていた海里暁さんですが、現場の痕跡や惨状から死亡したと断定されました。繰り返します───』

 

 

 

 

電子音に続き、映像が途切れる。

テレビに映し出された臨時ニュースを見終えた何者かが操作していたリモコンを、軽く放り投げた。

 

 

「…………約五百人、か。派手にやったなぁ、『魔王』とやらも。」

 

「───フン、何が面白い。人死に盛り上がる事など無いだろう」

 

「お堅いなァ!アンタの正義からして気に食わねぇか!ヒーロー様々だな!虫酸が走るぜ!その偉そーな正義感が!」

 

「…………」

 

 

ボロ布のようなフードを着込む男の嘲笑に、離れた場所に立つ男の空気が変わる。白い靄のようなものが浮かび上がり、空間そのものが変異しているのか自然と音だけが響いていく。

 

まるで二人の間に軋轢があると示すように、音は次第に強くなっていた。

 

 

「ま、アンタみたいな正義のヒーローにゃあ分からねぇか。人を殺す事の気持ちよさが!面白ぇぜ!馬鹿みたいに命乞いする奴が、滑稽で滑稽でたまらねぇよ!────あぁ、そうか。アンタにゃあ分からねぇか!正義の為なら何人でも殺せるような奴だもんな!人の生命なんて何とも思ってねぇだろうよ!」

 

「─────畜生(ちくしょう)が、砕かれたいか」

 

「やってみろよ、正義の奴隷」

 

 

尋常ではない殺気が膨れ上がり、二人がぶつかろうとした直前だった。

 

 

「……………あのさぁ、うるさいんだけど」

 

 

近くのソファに寝転がるようにしていた少年が、本当に鬱陶しそうイヤフォンを外していた。調子を確かめるように首を回し、面倒そうに吐き捨てる。

 

 

「少し静かにしてくんない?今、フルコンプの最中なんだし、仲良くしろとかそこまで期待してないけど、もうちょっとボクの話聞いて動いて欲しいね」

 

 

彼等の中に仲間としての馴れ合いは感じられない。あるのは、互いにいがみ合うような刺々とした雰囲気のみ。

 

特定の目的のためだけに協力しているに過ぎない。そう示しているように。

 

 

「後さ、レギエルの話聞かなくていいの。さっきから待ってんだよ、お前らをさ」

 

「「!!」」

 

 

 

「────待たせたかな、三人とも」

 

 

二人が反応した先には、ソファに腰掛けた男性がいた。若々しく気品のある立ち振舞いの彼は黒いコートのまま、力を抜いて座っている。

 

 

「データを集めてきた。我々の今後の方針に大きく関わる」

 

 

レギエル、そう呼ばれた男性に、フードの男がハッ! と喉を鳴らした。

 

 

「相変わらず不気味な奴だなァ、レギエル!テメェのその(ツラ)の裏がどんなもんか知りてぇもんだ!」

 

「この屑の御託はいい」

 

 

また再燃する殺気に呆れ果てながら諫める少年を他所に、白と青の混じった髪の男が続けた。

 

 

「レギエル、『皇』からの『例の物』の情報は?」

 

「残念ながら、まだ。流石は博士の隠した遺物、界滅神機のように簡単には見つからない。国連の技術では厳しいようだ」

 

「ならどうする。また何年も待つつもりか」

 

「いや、その必要はない」

 

 

周囲の空気と同じく冷徹な問いに、レギエルは落ち着きながら答える。

 

 

「蒼青龍夜、彼が有しているらしい。我々の求めるクインテット・シスターズ、それを冠する聖剣を」

 

 

反応は多種多様であった。男は驚き、少年は興味深そうに話を聞き、フードの男は不気味なくらいに口を裂けて笑う、いや嗤った。

 

ダァン! と、机に足を叩きつけ、怒鳴るように捲し立てる。

 

 

「なら話が早ぇじゃねぇか!ソイツをブッ殺して奪えばいい!外に誘き出して全員でなぶれば、それだけで済む!」

 

「───いや、蒼青龍夜は殺すなと言われている。『皇』にとっても、我々にとっても必要な存在だ。ここで彼との取引を切るのは我々としても得策ではない」

 

 

チッ! と、フードの男は舌打ちを吐き捨てた。昂る感情の行き場を見つけられず、机にあったコップを遠くの壁に叩きつける。

 

粉砕し飛び散る破片に、誰も反応しない。顔すれすれに飛んできた破片にすら顔色を変えず、レギエルは作った笑みを浮かべていた。

 

 

「何、クインテット・シスターズは本来四つだけだった。後々から追加された聖剣を奪わずとも、残りの四つを手に入れればいい。我々は四人、数も十分だ」

 

 

そう周りに言い聞かせるようなレギエル。少年は当然として、フードの男は渋々従っていた。

 

 

だがしかし、氷のような男だけは違った。

 

 

「話が逸れているぞ、レギエル」

 

「…………」

 

(オレ)が聞きたいのは、どうやってクインテット・シスターズを探すかだ。国連すら見つけ出せない以上、今の我々も打つ手がないと言っていい。その状態で、どうするという」

 

「────何一つ問題はない」

 

 

突き刺すような気迫に、汗すら流さない。いつの間にか片手には端末を取り出しており、電源を入れて何度か画面を叩く。

 

 

 

「鍵は蒼青龍夜。我々が他のクインテット・シスターズに辿り着くのは、彼次第。その為にも、少し我々の組織と国連を利用させて貰おう。

 

 

 

 

ま、利用するだけじゃ済まないだろうけれどね」

 

 

そう示唆するレギエルは、端末を中央の机に滑らせる。薄い盤面に浮かび上がる文字は、僅かなものだった。

 

 

 

【ヴァルサキス・プロジェクト】、国連が秘密裏に運営しているはずの計画。それこそが次の戦いの火蓋となるものである。




次章予告


───(ソラ)に浮かぶ、造られた星


───新たなる天体、清浄なる裁きの機神(カミ)


───星の光に至れぬ機神(カミ)は、罪を知る


───千の光と共に、罪と穢れを焼き尽くす


───機神(カミ)には過ぎた、狂気の思いを携えて



夏休み編第一章────【episode1 ヴァルサキス・ミハイル】


次回からスタートです。


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第三章 episode1 ヴァルサキス・ミハイル
第36話 白雪の少女


新章開幕。取り敢えずオリジナルなのでそこだけは把握よろしくです!


「着いたー!ロシアーッ!!」

 

 

飛行機から降り立ち、空港に足を踏み入れた鈴が楽しそうに叫ぶ。余程退屈していたのか彼女の様子は活気に満ちていた。

 

 

「鈴………平気なんだな」

 

「大丈夫って………こんくらい何ともないっての。むしろ、こんな感じってくらい…………というか、アンタの方が大丈夫なの?一夏」

 

「へへ────正直キツイ」

 

 

因みに、この場にいる一同は全員が私服姿である。各々が厚着などをしている中、一夏は軽い薄着である。そこまで薄いという訳ではなく、半袖に長ズボンという感じだが、寒さを誤魔化すことは出来ないらしい。

 

 

「夏真っ盛りだから少しは暑いって思ったけど………普通に冷えるな………」

 

「まぁロシアだからな。北海道よりも雪国してるって言われてるぐらいだ。このくらいの気温ならまだいい」

 

 

隣で大きなコートを着込んだ龍夜が達観したように話す。体を完全に覆い被さるその姿はミノムシみたいになっているが、唯一無防備なのは頭部だけである。

 

 

そんな風に話している一夏達に、千冬が声を掛けようとしたその時だった。

 

 

 

「───お待たせしました。織斑千冬様、そして生徒御一同」

 

 

カンッ! と床を擦る音は、靴によるものだった。振り返った先に居たのは、白い軍服に身を包んだ糸目の男性。将校であるのか勲章をポケットや帽子に着けたその人物は帽子を取り、丁寧なお辞儀をする。

 

 

「本日皆様の案内を任せられました。将軍閣下の右腕、イレイザ・レフコフと申します。皆様、此度は我が祖国ロシアに訪れていただき、感謝をさせていただきます」

 

「しょ、将軍の右腕………!?それって、普通に偉い立場の人じゃあ!?」

 

「………そこそこだが、確かにそうだな」

 

 

驚く一夏に、横でそう言いながら頷く。紳士的なイレイザの対応に千冬が大きく笑った。来やすく語り掛けるように、話し出す。

 

 

「久しいな、イレイザ。もう将軍の片腕か、将軍になるのも後少しじゃないか」

 

「これはこれは。織斑千冬様もご冗談を。私が将軍になれるとしたら、現将軍閣下がご逝去されるか失脚するかです。このままならば、きっと数十年も先でしょう」

 

 

しかしその瞬間、イレイザの糸目が大きく開眼した。綺麗な葵色の瞳を輝かせながら、イレイザは先程までの落ち着いた態度を取り消すように口を開き捲し立てる。

 

 

「ですがしかし!もし将軍が運悪く多大なミスを犯し、信用を失い席を失うのであれば!次期将軍は私以外にありはしませんとも!ええ!大統領閣下や官僚の皆様にゴマ────ゴホゴホ、信用を貰ってますので!出来るなら今すぐ将軍閣下には失脚して─────ゲフン!ゲフン!お暇をいただいて、ゆっくり休んで欲しい次第ですとも!ええ!」

 

 

 

「………先生、この人」

 

「まぁ元々こういう奴だ。目に見えて分かる通り野心家だが、私達に害はない。コイツが相手するのは、いつでも自分の政敵だけだ」

 

 

純粋に戸惑うシャルロットの疑問に、そう答える千冬は妙に落ち着いている。やはり慣れているのか、これ以上の変人を知っているから差程気にする必要もないのか。両方の可能性もある。

 

 

コホン、と咳き込んだイレイザは姿勢を正しくする。そして、一夏達へと視線を向けて、口を開いた。

 

 

「それはそれとして、皆様の本日のご用は伺っております。基地までの列車は此方です、着いてきてくださいませ」

 

 

丁寧な言葉と共に案内され、その後を着いていく一夏達。ざわざわと此方に視線を向けてくる人混みの前に複数人の警備員と軍人が立ち、まるで有名人でも通すかのように道を作っていた。

 

 

「あ、あの……?イレイザ、さん?」

 

「はい、イレイザです。何でございますか、織斑一夏さん」

 

「この道って、列車のあるホームから離れてますけど………基地に向かうんですよね?乗らないんですか?」

 

「ああ、いえ。乗りますとも。ですが、普通のではありません。軍用列車です。勿論、ただの軍用列車ではありませんよ」

 

 

したり顔で笑うイレイザは困惑する一同を他所に、本当に好奇心に満ちた様子で前へと歩いていく。人の気配が無くなった通路を渡り、一番奥に進んだ途端、ようやく広間へと辿り着く。

 

 

そこで、彼等は衝撃的なものを目にした。

 

 

 

 

「こ、これは───」

 

「で、でっか!?」

 

 

一面黒に染まった巨大な鋼鉄の塊。数メートルも続くその長い体躯が連結された車両と気付くのには時間を要した。車両自体にも窓らしきものが見えず、ドアすら存在しないと思われる。

 

前方の車両は人が乗れる場所など無いような程に武装が詰め込まれており、正に巨大要塞と言っても過言ではない全貌であった。

 

 

「な、何だよ………これ!?」

 

「───『ガングレイヴン』、か」

 

 

漏れ出した龍夜の呟きに、ほとんどがその意味を問おうとする。しかしそれよりも先に、話を始めた者がいた。イレイザだ。

 

 

彼は待ってましたと言わんばかりに絶好調な様子で、勢いよく語り出した。

 

 

「ええ!これこそ我がロシア陸軍が総力を以て開発し、大戦を勝ち抜いた重装甲機関列車『ガングレイヴン』!その三番目である『ポレヴィト』です!装甲は勿論のこと、速力も並大抵の列車すら凌駕する!正にロシアが誇る戦力が一つ!因みにポレヴィトという名は三体の戦神から取られておりまして───」

 

「─────だが、『ガングレイヴン』はISの発展と共に衰退し、『ポレヴィト』が運用される前に大戦が終結したことでその価値が試されることなく、『栄光なき戦神』と揶揄されてると聞くな」

 

「────ブフゥ!?」

 

 

しかし、割り込むように補足されたラウラの言葉が余程突き刺さったのか膝から崩れ落ちる。ブツブツと空に消えるような細い声で呟くイレイザに困惑する候補生達。そんな彼等に、千冬が呆れながらも続けた。

 

 

「コイツの親はな、『ガングレイヴン』の製造に関わった責任者でな。『ガングレイヴン』関連になるとこんな感じ五月蝿くなるから、不用意に口を滑らすなよ。数時間も長話をされるぞ」

 

 

そう言われて流石に黙る。数時間も興味ない話をされ続けて耐えられる気がしない。項垂れていたイレイザは千冬に蹴り上げられ、不服そうにしながらも起き上がる。

 

 

「えぇっと、皆さん。今から『ポレヴィト』に乗ってください。基地までの時間は一時間ちょっとですので………車内では気楽にしてくださいね」

 

「乗ってくださいって言っても………扉は何処に────」

 

「あ、失礼。まずは開ける必要がありました」

 

 

そう言うと慌ててイレイザが車両の壁である鋼鉄の壁に触れる。掌を押し当てた瞬間、浮かび上がった光が点滅してすぐに、隣の壁がゆっくりとスライドしていく。

 

 

「それでは皆様、どうぞこの中に」

 

 

愕然とする一夏達に、イレイザがそう促す。慌てながらも彼等は車両の中へと足を踏み入れる。全員が乗ったのを確認してから、イレイザが入った途端にスライドした壁が戻り、扉は再び閉ざされる。

 

 

 

 

 

 

 

その時、真後ろの『ガングレイヴン』の車両。彼等が姿を消した直後に、コッソリと人影が表れる。見つからないように隠れるその人物はすぐさま『ガングレイヴン』へと飛び付き、その手を動かす。

 

 

瞬間、その腕が光に包まれ───水色と青色の混じった装甲が展開されていた。ISの部位顕現、そういう技術の賜物である。

 

 

少女がISの籠手で壁に触れた途端、音声が響く。

 

 

『専用機 「クローム・オスキュラス」、接続が確認されました。警告、認識システムに機体の設定が存在しません。警告します、この機体の設定────がッ、ガガガ、ガ────承認を確認ゲートを解放します』

 

 

システムの音声が一瞬乱れたが、すぐに正常に戻る。直後に壁が展開し、その隙間に人陰が飛び込む。壁が再び閉まった時には、列車が進んだのか動き出していた。

 

 

ゴゥン、ゴゥンと大きく揺れる車内に入った人影は自分の姿を隠していた黒い布を剥ぎ取り、立ち上がる。

 

 

「────何とか、列車に乗り込めた」

 

 

薄い、と言うよりも白に近い金髪。藍色に輝く瞳に、透き通るような白い肌。ISスーツに身を包んだその人物───否、少女はキョロキョロと回りを見渡す。

 

 

前方の車両に人の気配がすると感じ取った彼女は背を低くし、現在いる車両────倉庫の中の影へと姿を隠す。隠れる瞬間、彼女は自分の手首を静かに見つめる。

 

 

 

何か大事なものを思い出したのか、少女は顔を険しくする。決意と覚悟に満ちた表情を和らげること無く、強い意思と共に呟いた。

 

 

 

「絶対に、助けるから。待ってて」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

時は、数日前に遡る。

夏休みを満喫していた一夏達に、理事長からの召集が掛けられた。急いで学園へと戻った彼等が聞いたのは、意外な指令であった。

 

 

「突然だが、君達にはロシアに向かって貰う」

 

 

ふふん、と大人ぶりながら話す理事長 時雨の言葉に、全員が互いの顔を見合う。驚き呆然としている一夏を他所に、他の全員は困ったように笑う。

 

 

「ほ、ホントに突然ですね………」

 

「まぁね。特権を与えてしまった以上、やるべきことを果たす必要があるからね。申し訳がないけど」

 

 

IS学園外部で、ISの展開が許された特権。国連のトップしか与えることの出来ないその権限は、候補生達に行動制限を与えられぬように時雨が与えたものだった。

 

 

代表候補生は、国家代表とは違いISを許可なく外で展開することは出来ない。非常事態でもないのに街中で展開したと知られれば、厳重に処罰されるのは免れない。特権は、悪用さえしなければどんな状況下でも許可されるからこそ、対応が早くなるという目論みでもある。

 

 

「それで………どうしていきなりロシアなんですか?僕たちが出向くって、そんなに余裕の無い事態じゃ────」

 

「ロシアのとある軍事基地の近辺で、アナグラムの存在が確認された」

 

 

すぐさま全員が気を引き締めた。国際革命組織 『アナグラム』、表向きには革命組織でありながらテロリストとして扱われているその組織は、IS学園にとっても無関係とは言い難い。

 

数か月前の、学園襲撃事件や福音強奪事件、アナグラムが主導し引き起こした戦いに巻き込まれ、何度も戦ってきたのだから。

 

 

「つまり、私達はまたアナグラムとの戦いをする為にロシアに向かう、ということですか」

 

「いやぁ、何も最初から戦う訳じゃないさ。連中の目的を把握してから、それを阻止して欲しいだけ。…………ただ、少し厄介な事が起きているらしくてね」

 

 

箒の問いに答えた時雨は、悩んだような顔のまま話を続けた。その報告に、全員が愕然とする。

 

 

「軍事基地の近辺の集落の一つから、住人が全員失踪したらしい」

 

「…………え?」

 

「その後、近くの廃工場で彼等の遺体が回収された。ほとんどが、凄惨な殺し方をされていたようだ。ロシア軍の捜査の結果、付近でアナグラムの構成員と思われるメンバーがいたとのことで、今回の事件がアナグラムによる行いだと断定された」

 

「ま、待ってください!」

 

 

一夏が慌てるようにして、時雨の話に噛みついた。止めることなく口を閉ざし、耳を傾ける時雨に一夏は捲し立てるようにして喋り出す。

 

 

「まさか、本当にアナグラムがやったんですか!?あいつらが本気で人を殺したって言うんですか!?」

 

「ちょっと!落ち着きなさいよ!」

 

「そ、そうだよ一夏!冷静になって!」

 

 

一夏がここまで感情的になるのは、アナグラムに対して僅かにも思うところがあったからだろう。

 

理不尽な差別や犠牲を好まず、より良い世界へ変えようとするのがアナグラムであり、彼等に対する世間の評価は悪くないどころか高評価と言ってもいい。何故なら、彼等は人を傷つけない。人々を守るためにある彼等は国連との戦いで、一般人の犠牲者を出したことすらいない。

 

 

かつて『反逆者(リベリオン)』の名を冠した一人と相対した一夏も、そう信じているのだろう。どんな理由があろうと、自分達よりも弱い人間に手を下すような人間の集まりではない、と。

 

 

そして、一夏の言葉に頷く者もいた。

 

 

「────俺も、一夏の言いたいことは分かる」

 

 

険しい顔をする龍夜が、腕を組みながら答える。冷静沈着にら賛同した理由を明かしながら。

 

 

「アナグラムの連中は戦いの中で相手を殺すことはあれど、一般人を率先して殺すような事はしない。それは誰もが理解しているはずだ。あいつらが正義を名乗っている以上、無意味に人の命を奪うはずがない」

 

 

その通りだ、時雨は首を縦に振った。

龍夜達同様、彼も今回の事件がアナグラムによって引き起こされただけのもの─────とは、微塵にも思っていないらしい。

 

 

「僕はある可能性を感じている。アナグラムとは違う別の勢力が、アナグラムの名を騙って集落の事件を起こしたこと。そしてもう一つ、

 

 

 

 

アナグラムの中でも────組織の方針に背き、苛烈な手段を取るメンバーが暴走しているという可能性だ」

 

「暴走………そんな事が有り得るのですか?」

 

「まぁね。規律正しい国連の兵士からも何人か裏切り者や犯罪者が出たりする。アナグラムのような正義感のある組織にも、殺しを楽しむ奴も紛れ込む事もあるだろうね」

 

 

実際にそういう人間を見たのか、時雨の口調は推測のようなものではなく、確信に満ちていた。

 

 

「なら、今回の私達の任務はアナグラムが今回の事件に関係しているのかの調査ですか?」

 

「その通りだけど、厳密には違う。確かに調査はして貰うけど、君達にはもう一つの仕事────その軍事基地の防衛が求められている」

 

「求められてる………?国連からの指示じゃないんですか?」

 

「勘が鋭いね。僕達に援助を求めてるのは、他でもないロシアの人間。その軍事基地を管理する将軍様さ」

 

 

その話を聞いて、大半が首を傾ける。ロシアの大統領なら分かるが、将軍まではよく知らないのだろう。殆どが分からずにいる中、学生でありながら軍人でもあったラウラだけが理解していた。

 

 

「将軍程の権力者が外国、よりによってIS学園の学生の力を借りようとしてる、か。予想以上に切羽詰まってるらしいな」

 

 

それはそうだ、と龍夜も同調する。軍人など上の人間になればなるほどプライドが高い者もいる。自国の問題に外国の力を借りるなど誇りからして有り得ない。最も、手に負えない事態なら、それも意味を成さないだろうが。

 

 

 

「まぁ、将軍としてはなりふり構ってる場合じゃ無いんだろうねぇ。よりによって、この時期にあの基地を狙われるんだから」

 

「…………?」

 

 

 

「将軍が主体となって開発している大規模プロジェクトがあるんだよ。今現在、あの基地で最終段階となっている。だから、将軍は慌ててるのさ」

 

 

 

「────名を、『ヴァルサキス・プロジェクト』」

 

「ヴァ、ヴァルサキス………」

 

「具体的にどんなものか、僕は言えないね。けど、一つだけは教えられる。

 

 

 

 

 

 

 

後にアナグラム殲滅作戦として運用される兵器、だってことさ」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「アナグラム殲滅作戦、か………一体どんな兵器なんだろうな」

 

「さぁ、俺に聞かれても困る」

 

 

列車の中で、前の席に座った一夏の疑問に龍夜はそう言う。因みに一夏の隣にいるのは箒、龍夜の隣はラウラだ。隣を奪うために言い争う少女達が一喝されたことで、最終的にこうなった訳だ。

 

 

少し経ってから雑談をする少女達を見ながら、一夏が目の前にいる龍夜へと話しかける。

 

 

「なぁ、少し気になったんだけどさ」

 

「あ?何の事だ?」

 

「国連は何でアナグラムを野放しにしてるんだ?自分達の邪魔をされて、殲滅したがってるんなら、それこそ早く倒した方がいいだろ………?」

 

 

国際的にはテロリストとはいえ、人々からの人気も多く影響力の強いアナグラムに敵対したくないという事なら分かる。だが、アナグラム殲滅作戦なんてものを立案する時点で彼等を疎ましいと思っている以外有り得ない。

 

 

理事長の小言によると、かつてフランスが主導し、失敗した『戦闘人形(DOLL.s)計画(プロジェクト)』もアナグラム殲滅作戦の一つだったらしい。一つの組織のために、大国や世界が揺るぎかねない程の実験や計画を隠れて推し進める理由が分からない。そんなことしても、危険なのは目に見えているだろう。

 

 

なのに、何故無駄な手間を増やすのか。そんな疑問に対する龍夜の答えは、彼なりの憶測であった。

 

 

「アナグラムを刺激したくない理由があるんじゃないか。下手に追い込んで、奴等が何かを使う可能性を恐れてるとか」

 

「………けどさ、ここまで慎重になる程なのか?」

 

「さぁな。俺だってそんなこと分からない。情報でもあれば、話は別だが」

 

 

不安そうに引き下がる一夏に、冷徹極まりない龍夜が意識を外す。実際、全貌すら見えない事に一々気に掛けるタイプではないのか、案外割り切りがいいだけか。

 

 

「ところで龍夜。さっきから何いじってるんだ?」

 

「…………見れば分かるだろ」

 

 

呆れたように目を細める龍夜。彼の手にあったのは、ゴム製の取っ手がある刃物だ。キラキラと光る刃の形からして、何度も見たことがあるものだ。

 

 

「な、ナイフ………だよな?」

 

「そう見えるか?────こうしても?」

 

「あ、あれ?消えた?」

 

「消えてない………ちゃんとここにあるだろ」

 

 

クルクルと指で回していた刃物が一瞬で消える。戸惑う一夏に、龍夜が手首に嵌められたチョーカーを見せた。理解が追い付かず茫然としていた一夏だが、すぐに答えを理解する。

 

 

「それが、さっきのナイフなのか!?」

 

「正解。俺のガジェットのプロトタイプだ。使い方は単純、持ち主の脳波を察知して変形する。無論、俺の手になくても変形できる…………試しに持ってみろ、気を付けとけ」

 

 

放り投げられたチョーカーを受け取った一夏は不思議そうに触る。龍夜が指を鳴らした瞬間、手首に固定するはずのチョーカーが一瞬でナイフへと変形した。慌てて掴み直した一夏だが、またすぐにチョーカーに戻る。

 

 

感心していたのは一夏だけではなかった。他の全員も話を止め、龍夜の発明品に目を光らせている。チョーカーを凝視して、扱うとする一夏に龍夜は淡々と話していく。

 

 

「ま、ソイツは単なるプロトタイプ………正しく、試作品だ。軍人向きではあるが、IS関連のサポートアイテムとしては致命的に役に立たない代物だ。ナイフ自体の強度も低いし、一回壊して造り直そうとも考えてる」

 

 

「役に立たないって、普通に使えると思うけど─────『パキ』あ」

 

 

一夏がいじっていたチョーカーが割れた。

まるでプラスチックのような音を響かせ、二つに砕けたそれを見た全員が硬直する。造った張本人である龍夜も、顔を俯かせながら制止していた。

 

 

「………龍夜」

 

「…………」

 

「これ、壊れやすくないか?」

 

 

ブチッ!! と何か盛大に千切れる音が少女達の脳裏に響き渡った気がした。あ、不味いと思ったが一瞬、龍夜が顔を上げる。

 

 

凄い笑顔だった。

今まで見たこともないくらいに満面かつ爽快な顔は、惚れ惚れするものである。…………ピクピクと、浮き出た血管のあとさえ除けば。

 

 

 

「───ああ、安心しろ。俺がちゃんと直すさ。だが、その前に─────お前の頭のネジも締め直してやる!」

 

「か、確保ォ─────ッ!!」

 

 

立ち上がった龍夜は、隣にいたラウラや後ろの席にいたセシリアを筆頭に両腕を抱き抱えられ、抑え込まれた。憤慨していたであろう龍夜だっだが、すぐに何かを思い付いたのか動きを緩め、一夏に問い掛ける。

 

 

「おい」

 

「あ、龍夜………わ、悪い、壊す気は無かったんだ。本当に、悪い」

 

「いや、少し聞きたい。お前はこのチョーカーを壊すつもりじゃ無かったんだな?」

 

「………ああ、そうだ」

 

「…………分かった。ならいい。どうせ壊れかかっていたんだろうな、これも」

 

 

何故か大人しく納得した彼は、一夏から壊れたチョーカーを受け取った。一瞬、チョーカーを見て龍夜は目を細めていた。凝視し、確認した後、彼はすぐにその感情を消し去る。

 

 

 

「………まぁ、試作品は置いておくとして───今使えるのは、コイツ位だな」

 

 

そう言い、龍夜が取り出したのは小さい缶詰のようなポッドだった。一夏の手に渡した後、龍夜は缶詰のプルタブの位置にある部分を指差す。

 

 

「そこのスイッチを押してみろ」

 

「スイッチって………こうか?」

 

 

一夏がそれを指で押した瞬間、ポッドが機械的な音と共に光る。驚いた一夏の手の中で、ポッドから声が響いた。

 

 

『指紋、声音認証を確認─────初めまして、織斑一夏様。貴方の行動をサポートするトライポッドであります』

 

「ま、マジか……これって、もしかしてA.I.とか搭載してるのか?」

 

「A.I.って言っても、小型だけどな。基本的に自動学習で俺は一々手は加えていない。それだけの話だろ」

 

 

それでも十分異常であるのは確かだ。

普通の企業でも自己学習するA.I.を作るのにどれだけの時間と費用を要するのか。それをこの青年は容易く実現する時点で、他との格の差が明確であった。

 

 

「行動をサポートって、たとえばどんな事が出来るんだ?」

 

「まぁあくまでもサポートだ。ISが使えない場合での通信、ロックの解錠、危険物や敵の捜索とかな」

 

 

そう言った途端だった。

ピーッ! と激しいブザー音を鳴らしたポッドが赤く点滅する。一夏の手元で大きく反応したトライポッドが彼の手から離れ、地面へと落ちる。

 

 

『────未確認の生命反応を確認、これより迅速に対処を開始します!』

 

 

円柱の側面が伸び、タイヤのようになったと思えば列車の床を転がっていくトライポッド。ゴロゴロと突き進んでいく物体に、一夏は一泊遅れながらも飛び出した。

 

 

「やれやれ、相変わらず騒がしいな」

 

「…………」

 

「?どうした?我が婿」

 

「ラウラ、警戒はしておけ。何時でもISを展開できるように」

 

「………ああ、分かった」

 

 

一足先に追いかけた箒や鈴達の背中を見ながら、龍夜とラウラも動き出す。何か良からぬものを感じ取りながら。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ちょ、ちょっと待てよ!」

 

『ピー!ピー!ピー!』

 

 

転がり進むトライポッドを追いかけた一夏が辿り着いたのは、後方の車両だった。倉庫であるのか、荷物らしき箱が無数に詰め込まれたそこは人が通れるような場所など少なく、誰一人としていないように見える。

 

 

だが、何故だろうか。

 

 

そこに着いた時、一夏は何かの気配を感じ取っていた。そして、考える間もなく声が出ていた。

 

 

 

 

「───あの………誰かいるのか?」

 

 

 

 

返答はない。

その代わりに、倉庫の中に僅かに擦れる物音と息を呑んだ呼吸が聞こえた。その瞬間だった。

 

 

 

 

バッ!!、と。

近くの箱の山が吹き飛ぶ。その中から飛び出してきた少女。彼女は一夏の姿を見ると、迷うことなく自らの腕に光の粒子から生じた装甲を纏わせる。

 

 

それがISの部分展開だと気付いた時には、少女が凄まじい勢いで飛び込んできた。

 

咄嗟にISを展開し、受け止めようとする一夏。しかしその心配は杞憂に終わった。誰もが予想もしないモノによって。

 

 

 

「────え?」

 

 

誰が呟いたか、呆然とした声が響く。

駆け出した少女の身体が宙に浮いていたのだ。その理由はすぐに分かった。一夏への攻撃感知したトライポッドが少女の足元へと移動し、それに少女が躓いた訳だ。

 

 

さて、問題は一つ。前方へと駆け出していた少女が転けそうになったら、目の前に人がいた場合、一体どうなるのか。

 

 

 

「うおおおっ!?」

 

「きゃあっ!」

 

 

激突した二人が床に転がる。ドンガラガッシャン!と盛大な爆音を響かせて、列車の壁を揺らした。

 

 

余程古臭い倉庫だったのか、埃のような煙が立っている。軽く打った頭を擦る一夏は身体を上げる。その為に腕を伸ばし、床に触れようとする。

 

 

「いたた………何だってんだ、一体───」

 

「ひゃうっ!?」

 

「?何だ、柔らかい床だ────え?」

 

 

自分が触れたはずの床の感触が予想とは違うことに疑問を覚えたのも一瞬。目の前の現実に一夏は大きく理解が遅れた。

 

 

どういう状況なのか、と言われれば、先程の少女の上に一夏が乗り上げていたのだ。奇跡的に少女を押し潰すような状態ではないのが幸い………ではあるが、ある意味では最悪である。

 

地面に触れようとしていた一夏の手が少女の胸を掴んでいなければの話だが。

 

 

 

 

そして、理解が遅れたことで更なる悲劇が生ずることになった。

 

 

 

「一夏!どうした!?さっきの大きな音、は…………」

 

 

いち早く駆け付けてきた箒。車両に踏み込んできた彼女の足がピタリと止まる。目の前の状況───一夏が見知らぬ少女に跨がり(ように見えるだけ)あろうことか胸を揉んでいるように見える現実(これは事実)を見たら、誰しも硬直する。

 

 

後々から来た面々も、様々な反応をする。

 

 

「な、何をされてるんですか………」

 

「おお、あの構図は見たことがあるな。ラッキースケベというヤツだ、日本のジャンプとかいう雑誌でよくある現象らしい。婿、実際にあるものなんだな」

 

「……………ハァ」

 

 

戸惑いながらも、目の前の現状に呆れるセシリア。かつての部下に見せられた漫画の事を思い出し感心しているラウラ。目を離した先にこんな問題事を起こしている青年とこれから起こるであろう惨事を予想して、こめかみを指で押さえながら深い溜め息を吐き出す龍夜。

 

 

そんな彼等とは違い、同じ反応をする三人。箒、鈴、シャルルは長い沈黙を続けた。全てを察した龍夜が深呼吸をしたその瞬間、

 

 

 

 

「「「死ねェェッ!!一夏ァァァァァッッ!!!」」」

 

「「「確保ォォォ!!!」」」

 

 

暴走した三人を、他二人と共に一気に取り抑える。呆然とする一夏と少女。渦中の二人を無視する形で、暴発するであろう乙女達は友人達によって静められた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

「………さて、早速だが聞きたいことが山程ある。素直に答えてもらうぞ」

 

「こ、答えられる範囲なら………」

 

 

両手に手錠を掛けられた少女を前に、千冬が険しい顔つきで見下ろす。少女は不法侵入であったらしく、その後すぐに龍夜達に捕縛され、千冬によって尋問されていた。

 

 

「名前は?」

 

「シエルです。ファミリーネームはありません」

 

「………お前の所持していたIS、『クローム・オスキュラス』は何処から手に入れた。確かはロシアの企業の開発していたものだと聞いているが」

 

「ある人から貰いました。名前は言えません」

 

「………何故、この列車に乗り込んだ。目的は私達か?それとも他にあるのか?」

 

「………………」

 

「やれやれ、黙秘か」

 

 

沈黙を貫くシエルに、千冬は一息吐き出す。しかしその瞳は鋭いものであり、眼差しを向けられた少女は心なしか怯えている。

 

 

「織斑先生、この娘をどうするんでしょうか?」

 

「基地に辿り着いてからロシア軍に引き渡す。ISを持っている以上、アナグラムとは関係無さそうだしな」

 

「ッ!待ってください!軍隊には渡さないでください!アイツらに、アイツらに捕まる訳には───!」

 

「そういう訳にはいかん。この列車に無断で乗り込んだ時点で貴様は犯罪者だからな。私達が助けてやる義理もない」

 

「………うぅ」

 

 

返す言葉もなく俯いてしまうシエル。今もにも泣きだそうな少女を見据える千冬は冷徹極まりなく、容赦が感じられない。

 

そんな様子に、助け船を出した者がいた。何か思う所があった一夏であった。

 

 

「なぁ、千冬姉。話だけでも聞いて良いんじゃないか?」

 

「………」

 

「その子、何か大事な目的があるんだと思う。俺のこと襲おうとしたけど、武器を展開すらしなかったから、傷付けるつもりは無かったはず………だから、少しは話を聞いてやりたい」

 

「……………フン」

 

 

座席から腰を上げた千冬が、一夏に近寄る。気になっているのかチラチラと意識を向ける一夏の頭へ手刀を打ち込んだ。

 

 

「痛ッ!?」

 

「織斑先生と呼べ、と言っているはずだ。馬鹿者が」

 

 

悶える弟に厳しい言葉を投げ掛けた千冬は再び座席に座り直す。口を閉ざしたシエルを見て、告げた。

 

 

「話せ」

 

「………え?」

 

「お前の話次第では、引き渡すのも考えよう。私自身、今回のことに色々と引っ掛かるものがある。場合によってはだが、力を貸してやらんこともない」

 

「…………で、でも、私が頼れるのは世界最強って人だけ」

 

「その世界最強が目の前にいる」

 

 

断言した千冬に、シエルの方が呆気に取られた。一瞬迷っていたシエルだが、一夏と千冬の顔を見た後────重い口をゆっくりと開き、話し始めた。

 

 

 

「────私は、あの基地に向かいたいんです」

 

「何故だ?お前一人で向かうなど無謀だ。そこまでする理由が、あの基地にあると言うのか?」

 

「友達が、いるんです」

 

 

その一言に、全員が言葉を呑み込む。

次に少女の話した事実は、自分達の目的を前提から覆しかねないものだった。

 

 

 

「ずっと一緒だった友達が、あの基地に囚われているんです。ヴァルサキスっていう兵器に組み込まれる前に、助けたいんです…………!」

 

 

 

◇◆◇

 

 

巨大基地の地下。

無数の装置が有象無象のように並ぶ巨大な空間。そこで一際大きな影、巨体が存在していた。

 

 

全長十五メートル程。

人間を優に越えた異様な巨体は、人間のように手足が備わっている。

 

顔や頭部は胴体と連結しているらしく、見えるのは膨らんだような形状の装甲と隙間から覗く不気味な光だけ。

 

 

その巨人を異様とする要素はもう二つ、その一つは脚であった。細長い板を厚くしたものをスキーボードのように連結した形になった脚部は複数の間接を有したものになっている。

 

 

もう一つは、背中に浮かぶ巨大な光円陣。地球上の物質には存在しないものを使ったような光の円は今も輝きを衰えさせることはない。

 

 

「────人が造りし、天体。星帯を廻る天裁の機神」

 

 

それを見ていた者が、謳うように呟く。

豪華な部屋。部屋にある家具や壁紙、全てに金が掛けられたような印象が見られるその一室に、一人の男がいた。

 

 

壁一面に広がるガラスに映る巨大兵器 ヴァルサキスを見ながら、その男は嘲笑を浮かべる。

 

 

「人間ってのは、実に愚かだ。自分達ならば神を造れると、その傲慢さが世界を破滅に導く。だからこそ、我が『皇』や俺達が救ってやらなきゃいけない。哀れで醜く、滑稽な生命達を」

 

 

傲慢極まりないその発言は、当然という感じで発されていた。男は自分の言葉に間違いなどないと断言するように、持っていた杖を床に打ち付ける。

 

 

───かつてハワイ沖で見られた者が持っていたような、神々しくも次元の違う異質な杖を。

 

 

 

直後、ノックが大きく響き渡る。

それに反応するも、男は動かない。必要すらないというように、堂々と豪華な椅子に全身を預けている。

 

 

ガチャリ、と開いた扉から何人かの男達が現れた。軍服を着込んだ一同の中で、一際険しい顔つきと荘厳な軍服を纏う男が前に歩み出る。

 

 

ロシア陸軍のトップ、将軍と位置付けられる男が、動いた。

 

 

ザッ! と床に膝をつけ、目の前の男に頭を下げる。敬服するような姿勢には、畏怖が滲んでいた。それを誤魔化すように、張り上げた声を響かせる。

 

 

「お待たせしましたでしょうか!『忠臣』殿ッ!」

 

「────違うなぁ、少し違う」

 

 

コキ、と首を曲げた音が静かに消える。

不適に笑う男の言葉に、跪いた将軍は信じられない程に青ざめていた。まるで極寒の中にいるかのように、震えを抑えきれない将軍の前で、男が立ち上がった。

 

 

「それはあくまでもコードネーム。俺達の名を知らしめる為の仮名だ。俺には本来の、ハイルゥという名前がある。

 

 

 

 

 

 

 

どうせなら、ちゃんと敬意を示して呼んで欲しいよね。『三皇臣(トライアル・インペル)』、『忠臣』のハイルゥ様と」

 




将軍の右腕 イレイザ

ロシア軍将軍の側近をしてる中将。穏やかかつ紳士的な性格だが内面は非常に腹黒く、野心家。気が緩むと野心に満ちた本音を何度も口走る。

愛国心が強くロシアの為に将軍になろうとしている。そのため、現将軍は心の底で見下しており、いつか引きずり下ろそうと画策している。


次回も感想や評価、お気に入りなどよろしくお願いします!


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第37話 渦巻く思惑

今回の話は事態の説明回みたいなもんなんで、雑だと思います。そこらへんは許してください。どんな風にするべきか思い付かなかったんです………!(泣)


「…………ええっと、何かとんでもない事態になってるらしいですねぇ」

 

 

少女 シエルの言葉に全員が耳を傾けていたその時。扉を開けて現れたのは、糸目の男性 イレイザ・ラフコフ中将であった。

 

思わず一夏がシエルの前に立つ。彼女の話が本当であるなら、軍部の人間であるイレイザすら味方かどうか疑わしい。

 

そう思った彼等だが、千冬だけは何一つ様子を変えずに語りかけた。

 

 

「イレイザか、何処まで聞いていた?」

 

「はて、何の事だか。私はたまたまこの車両に来ただけで、皆様方のお話はさっぱりですよ」

 

「ほう、ならいち早くこの娘に意識を向けるべきだろう?誤魔化そうとしているのが目に見えているぞ?」

 

 

ピクリ、イレイザの糸目が動いた。微かな変化に気付けたのは一部の人間だけである。

 

数秒の沈黙を経て、イレイザは取り繕うのを止めた。

 

 

「やれやれ、何で分かるんですか。人外か何かですか貴女は」

 

「悪いが私はまだ人間でやらせてもらっている」

 

「はは、本当はどうだか………ウソウソ、本気じゃないですって。全く、怖い人だ」

 

 

諦めたように笑うイレイザに、すぐさま一夏達の顔色が変わった。いつの間にか彼の手に拳銃と、何らかの端末が握られていたからだ。

 

ISを展開しようとする全員に、イレイザが端末を突き出す。それが何なのかは分からないが、龍夜はそれがこの列車の制御装置か爆弾の起爆装置だと判断した。

 

平然と立つ千冬へと拳銃を向けながら、イレイザは凍えたような笑顔を向ける。

 

 

「兎も角───何故、侵入者の話を聞こうとしているんですか?織斑先生」

 

「理由が必要か?イレイザ」

 

「当然、その少女が我が祖国 ロシアに害を為す可能性は考えられる。それを事前に防ぐのが、私の最善。たとえ貴方達全員を巻き添えにしてでも、やってみせますよ」

 

 

微笑みを消したイレイザが、軍人としての冷徹さを剥き出しにして告げる。答え次第ではこのまま全員を吹き飛ばすと宣告しているように、親指が端末の画面に触れそうな所で止めている。

 

動きたくとも、誰もが動けない。たった一人の軍人、生身の人間の放つ気迫に圧され、勝手な動きを出来ないでいる。もし下手な真似をすれば、自分達が終わってしまうと分かるからこそ。

 

 

しかし、千冬はそれでも狼狽えることすらしない。両腕を組みながら、細く開かれたイレイザの瞳を見据える。

 

 

「そう言うな。お前が手を貸す事くらい、分かりきっている」

 

「へぇ?根拠なんてあるとは思えませんが、一体どうしてそう思ったのかだけ聞かせて貰ってもよろしいですか?」

 

「単純な話だ。侵入者の一件をいち早く報告せずに、私達の前に来ている事が明確な理由だ」

 

 

イレイザは答えない。

だが、深いため息を吐き出したと思えば、拳銃と端末を握る手を下ろす。降参するように両手を挙げながら、近くの座席にゆっくりと座る。

 

 

目蓋を閉ざしたような細目の奥に、ぎらつくように光る眼を消すことなく。

 

 

「…………話だけは聞きましょう。それによって、判断させていただきます」

 

「だそうだ。さて、続きを話して貰おうか。お前の事情について」

 

 

そう言って振り返り、千冬は捕縛されたままのシエルを見下ろす。事態が落ち着いたことに安堵している一夏を余所に、千冬は言葉を続ける。

 

 

「友達を助けたい、と言ったな。何故、お前の友達があの基地にいると知っている?普通の人間が軍事基地に入れるはずがないだろう」

 

「………入れるも何も、私達はあの基地で育てられました。より正確には、地下にある研究室で」

 

「そ、それって………」

 

「人体実験でもされていた。そうだろ?」

 

「いえ、そんな生半可なものではありません」

 

 

差程気にしていないような龍夜の言葉を、シエルは否定した。流石に怪訝そうな彼の視線を受けても、彼女は黙っていた。

 

 

躊躇うような静寂の後に、彼女はゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

「私は、私達は処分されました。隔離された室内に毒ガスを撒かれて、ただ一人の友達の目の前で、殺されたんです」

 

 

何人かが、絶句していた。

想像を絶する程の悲劇を味わったと口にする彼女の言葉は、痛ましいものを感じさせない。そういう気遣いが、余計に心に重みを増している。

 

 

何も言わず、受け止めているのは龍夜とラウラだけだった。それ以外の全員が、何も言えないでいた。いや、実際にどんな言葉を掛けるべきだったのか、分からなかった。

 

 

彼女が、慰めを望んでいるとは限らないと、理解していたからこそ。

 

 

「ならお前は何故生きている?毒ガスを吸い込んだ以上、無事では済まなかっただろう」

 

「ある人が、瀕死だった私を助けてくれました。軍は私が生きていた事にも気付かなかったので、何とか生き延びることが出来ました」

 

 

『ある人』について、千冬が聞いた。しかし、彼女は静かに首を横に振るだけだった。それは言えないのだろう。おそらく、重要な人物だと確信していた。彼女にISを渡したのも、そいつかもしれない。

 

 

「でも、あの人から教えられました。私の友達が、奴等に捕縛されたミハイルが、『ヴァルサキス』という兵器に組み込まれて、打ち上げられるという話を。『ヴァルサキス』という兵器が、より効率的に相手を殺すために使われることを」

 

 

だからこそ、手段を選んでいる暇はなかったのだろう。

この列車に乗り込んで、単身であの基地に、自分達を殺し、友達を利用しようとする汚い大人達を倒そうとした。

 

 

どれだけ無謀だと言われようと、彼女は、諦められるほど賢くなかった。うちひしがれるほど馬鹿ではなかった。

 

 

「そんなこと、させちゃいけないって、思ったんです。ミハイルは、とっても穏やかで、優しいんです。狡い大人達に、手を汚さずに誰かを消せる道具として利用されるなんて────私は、絶対に許せない」

 

 

俯いた彼女の瞳から、涙が溢れ出る。言葉が嗚咽へと変わり、それを飲み込もうとするシエルに、その場にいる全員の空気を沈黙が支配していた。

 

 

この場にいない、ただ一人の少年の言葉が響き渡るまでは。

 

 

 

『────なるほどねぇ、そういう話なのかい』

 

 

密かに起動されていた個人通信から話を聞いていたのは、IS学園理事長 時雨。齢十六の子供にしては大人びた雰囲気を纏う若き権力者の唐突な登場に、千冬は大して反応すらせず、冷徹に質問を繰り出した。

 

 

「理事長は、どう判断する?あの少女が嘘をついている可能性はあると思うか?」

 

『いや、限りなく低い。むしろ、彼女の話に信憑性がある方だ。国連が他国の人間に管理させたプロジェクトの大半が、人命を軽視したものだ。フランスの「DOLL.s」の件といい、無視できない話だと思うね』

 

 

そういう一例があるからこそ、二度目の可能性を疑ってしまう。一度人の命を弄んだ人間は、何度でも命を弄べる。何度目かで良心の呵責により止める者ならいいが、権力者や他人の命を直接奪わない側の人間なら、絶対に止まることはないだろう。

 

 

『それにしても、大国の将軍様が子供達を拉致して、監禁し、殆どを殺して、生き残りを兵器に乗せる、か。罪の上乗せだね。これが公に広まればどれだけの影響が出るか』

 

「……………脅しですか?時雨議員、いえ理事長様」

 

『とんでもない。平等な立場での交渉さ』

 

 

話を聞いていたイレイザの顔は暗く、険しい。自分がいつか下克上しようとしたとはいえ、祖国への忠義を尽くしていると信じた将軍の非道な悪行を知らされ、迷いが生じているのだろう。

 

 

そこを、明らかな弱みを、時雨は突いた。

 

 

『もしこの件が明るみに出れば、国連はロシアに責任を押し付ける。フランス同様、ロシアの信用と立場が失墜する。君や僕が考えても分かる話だ。君の事だ、私達を見過ごしてこの作戦が失敗すれば、どうなるかを懸念しているんだろう?』

 

「ええ、ですから。私が貴方達の味方をするなど、何のメリットもな────」

 

『だが、僕の力なら、ロシアの信用や立場を守ることが出来る』

 

 

思わず見返してきたイレイザに、時雨の声は淡々と続ける。子供のような若い声には、何処か掴めない感じが備わっていた。

 

 

『その為には、貴方の協力が必要だ。イレイザ・ラフコフ中将。君の愛する祖国を盾にして、人の命を弄ぶ真似をした人間達を、見逃す道理はないだろう?』

 

 

まるで他人の心を悟るような時雨の言葉に、イレイザ中将は明確に迷っていた。確かに、この事態を無視するべきではない。しかし、彼等に従うメリットは少ない。下手すれば、自分が将軍により反逆者として罪を着せられ、始末される可能性すらあり得る。

 

 

そんな風に躊躇している彼に、時雨は次なる言葉を掛ける。今にも傾きそうな彼の本意を此方へと近づけようとするために。

 

 

『無論、対等な立場であり、平等な交渉だ。対価が無い訳ではない』

 

「───その対価とは?」

 

『直に空く将軍の席とIS学園との個人的な繋がり(パス)。君からすれば、この事が祖国にとってどれだけの利益か、難しい話ではないはず』

 

 

数秒の沈黙がどれだけ長く感じられたことだろう。

この場にいない誰かと睨み合っていたイレイザ中将は、ふと溜め込んだものを吐き出すような息を口から漏らす。

 

 

「…………もしかしなくても、全て貴方の掌の上ですか。時雨理事長」

 

『はは、何の事やら』

 

「…………分かりました。ここは素直に従いましょう、この取引に乗った方が私の未来により早く近付ける」

 

 

そう言いながら、イレイザはヒラヒラと両手を軽く上げる。嘘偽りの無い言葉に、千冬は決まりだなと頷く。

 

 

 

納得して話に続こうとする一同の中で、一夏だけは呆然としていた。

 

「…………」

 

『ん?どうしたんだい?織斑君』

 

「いや………理事長って凄いんだなって、改めて実感しました」

 

『フフフ、そりゃあ光栄だね。僕も努力の甲斐があるという訳だ』

 

 

何故、自分よりも年下の時雨がIS学園の理事長にまで成り上がれたのか、一夏にも何となく分かった気がした。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「で?ヴァルサキスは何時運用できる?」

 

 

真横の巨大兵器に視線を配りながら、『忠臣』と名乗った青年 ハイルゥは口を開く。膝を付き、頭を垂れる将軍に背を向けながら、彼はそう聞いた。

 

喉が乾き果てる感覚に陥る将軍は唾を一気に呑み込む。そして、頭を上げることなく、震えた様子で言葉を紡いだ。

 

 

「ハッ!今現在ヴァルサキス本体の武装の調整や機体の整備は滞りなく完了しており、何一つ異常はありません!ただ一つ、少々手厳しい事がございますが………」

 

()()の方ってこと?」

 

「ハッ!その通りです!ミハイルが、先週の稼働実験の際に暴走を起こしており………今調整処置を施し、凍結処分を与えております。………プロフェッサーの意見でありますと、再調整には一ヶ月程掛かると………」

 

「────ふぅん」

 

「で、ですがご安心を!一ヶ月もあれば不具合を解決し問題なく運用できるようにいたしますので!何卒お待ちいただければ───「あのさ、将軍」ッ!」

 

 

遮ってきたハイルゥの言葉に、将軍は全身を震わせる。軽い調子の声音には、凄まじい程の冷たさが備わっていた。

 

 

下手な真似をすれば、どうなるか分からない。動くとすら出来ない将軍の前で、ハイルゥは豪華な椅子からゆっくりと腰を上げる。

 

 

「この『ヴァルサキス・プロジェクト』って、何年掛かったっけ?」

 

「………り、立案から五年、実行したのは三年前、です」

 

「そう。五年、三年も掛けてるんだ。五年前にイギリスが開発し、とある不祥事により失敗に終わった計画を利用するという事も合わせてね。それ程までに今回の計画は、ヴァルサキスという兵器は国連にとって重要なものではあるが、結局はスペアに過ぎない。アナグラムを殲滅するための計画、その一つだ」

 

 

立ち上がったハイルゥは静かに歩いていた。息もつかぬ静寂に響き渡る靴音に、将軍は激しく鳴る心臓の鼓動も重なっていた。

 

 

気軽な立ち振舞いのハイルゥ。しかし、その歩みが止まる。重く、地面を揺らすような力強い一歩と共に。

 

 

「でもね、我が『皇』にとっては違う」

 

「ッ!」

 

「『皇』は俺達よりも大きく、壮大な計画を緻密に立てている。世界全てを掌握する、支配される『皇』の計画に、乱れや遅れはあってはならない─────俺の言いたいこと、分かっているだろ?」

 

 

威圧感に呼応するように、語気に籠る力が強くなる。

 

 

「困るんだよ。お前らのミスで起きた失敗に、こっちの計画に支障が出ること自体。ヴァルサキスは本来、この時には起動する予定だったんだ。それなのに、一ヶ月待てだって?笑わせるなよ、お前らの計画にどれだけの時間と金を、生命を費やしたと思ってる」

 

 

将軍は、答えられない。

身を縛る恐怖が、喉から言葉を発することを恐れている。原始的な恐怖というもので人が動けなくなるのは、創作の誇張などではなく、本当の事だったと理解させられた。

 

 

「『皇』は、寛大な御方だ」

 

「…………ッ」

 

「しかし、その慈悲には限度がある。我々の『皇』は神になるべき御方なのだ。神は慈悲を与える事もあれば、罰を与えることもある。我々には、罰を下す力を与えられている」

 

 

大きく豪華な椅子へと座り込んだハイルゥ。その手に掴んだ杖で地面を叩く。反響するように響いた音は、次の言葉によってかき消される。

 

 

「知ってるだろう?八神博士が残した負の遺産、界滅神機を」

 

「え、ええ………話には、聞いております」

 

「界滅神機は、今も世界中の地下で眠ってる。八神博士が遺した人工知能達によって改良を施され、時がくれば地上へと現れ、そこら一帯の命を屠り尽くすだろう。

 

 

 

 

 

当然、広大なロシアの大地にも、界滅神機を造る工場は存在している。一つだけじゃない、軽く五つ以上かな」

 

 

八神博士という科学者が遺した破滅の意思、『地中の星(アヴェスター)』。その人工知能達が与えられた憎しみに応えるように造り出した兵器こそが、界滅神機。

 

 

あらゆる世界を滅ぼす、神に支えるモノなる機械。それは誰にも操ることができず、止めることが出来るのは十機以上のISであると、国連は想定していた。

 

 

だが、例外的に、界滅神機を操ることが出来るものが存在する。それこそが、ハイルゥの持つ杖であった。

 

 

「さて、今からロシア全土に存在する工場の界滅神機を無理矢理起動させたらどうなると思う?何百万、何千万の人間が蹂躙されるか、考えた事はあるかな?」

 

「ッ!しょ、正気ですか!?」

 

「正気も何も、本気だとも。神がどれだけの人間を殺してきたと思う。我等の『皇』が、人間如きを思慮し、犠牲など出さないとでも期待したか?…………まぁ、お前が気にしているのは民衆の犠牲よりも自分の立場が揺らぐことだろう?」

 

「─────ッ!?」

 

 

立っている場所が違う。

目の前のモノは、次元すら違う。価値観や考えが、自分達より別の次元にある。

 

 

化け物、そんな恐れを抱きながらも、将軍は必死に頭を下げる。

 

 

「ど、どうか、慈悲を………!確実に、我等の手で『ヴァルサキス・プロジェクト』を成功にまで導けます!一ヶ月、いえそれ以内の期間に!必ずや!実現させてみせます!ですからどうか─────」

 

「一ヶ月も時間はないだろ。アナグラムがここを嗅ぎ付けてるってのに」

 

「は…………!?な、何故、その事を…………ッ!?」

 

「知っているさ。アナグラムの奴等、というのは正確ではないか。アナグラムの膿でもある『トレーター』、奴等が一般人を殺し回っている事も。お前が独断でIS学園に援助を頼んだという話も」

 

 

絶望のあまりに、将軍は言葉も出なかった。

ここまでの失態が知られているのならば、自分は間違いなく消されるだろう。いや、もう消されるのであればいっそのこと殺しに行くべきではないか、という無謀すぎる考えすら過ってくる。

 

 

だが、ハイルゥの口から出てきたのは────断罪の言葉とは、真逆のものだった。

 

 

「───だが、運がいいな。その点だけは褒めてやる」

 

「…………は、はい?」

 

「『皇』はIS学園の参入を望んでいた。その口実を作ってくれたお前みたいな愚者に、我が『皇』は大いに喜ばれていた。故に、猶予をくれてやる」

 

 

杖で地面に音を鳴らすハイルゥは、豪華な椅子に背中を預けながら将軍の顔前に杖を突き付けた。

 

 

目に見える恐怖に縛られる将軍を、更に律するように。その言葉を、全身に刻み込むように、深く。

 

 

「一ヶ月以内に、『ヴァルサキス』を打ち上げ、天体衛星へと接続を完了させろ。それが『皇』の赦された誤差の修正範囲だ。だが、もし一日でも遅れたら────お前の首だけでは済まないという事を忘れなよ?努々な」

 

 

 

◇◆◇

 

 

ハイルゥの休む部屋から出ていった後、とある人物と共有する部屋に辿り着いた将軍は────すぐさま机の上を薙ぎ払った。

 

 

「クソ!クソッ!クソォッ!」

 

 

床に転がるグラスやワインの瓶を、粉々に踏み潰す。ガラスの破片が靴に刺さっているが、そこまで頭が回らない。

 

むしろ痛みを感じたいとすら思う。激しい痛みに興奮は覚えるような趣味はないが、そうでもないと煮え滾るこの激情を抑え込むことが出来ない。

 

 

下に見られた、軽く扱われた。

将軍の胸の奥にあるプライドが、こうすることでしか保てない。あの青年への屈辱を押し殺すことしか出来ないのが、本当にもどかしい。

 

 

あの兵器が完成し、自分の手の内にあれば、あの青年も偉そうなことを言えなくなるというのに─────

 

 

 

 

『────やれやれ、好き勝手に暴れたらしい』

 

 

真後ろから、扉の開閉音と共にやけに反響する声がしてきた。息切れで肩を揺らす将軍が振り返った先に、近未来的なヘルメットで顔を隠した白衣の男がいた。

 

 

『随分と苛立っているようだな、将軍閣下』

 

「プロフェッサー………貴様────!」

 

 

将軍の顔に怒りが宿る。凄まじい殺気で睨み付ける将軍に、『プロフェッサー』なる人物は肩を竦める。スタスタと、将軍の真横を通り過ぎ、近くにあったコーヒーメーカーで作業をする。

 

 

『少しは落ち着いたらどうだ?閣下がイラついていると部下達の士気が下がる。ほら、コーヒーでも呑んでくれ』

 

「要らんッ!馬鹿にしているのか貴様はッ!」

 

 

プロフェッサーが淹れたであろうコーヒーを将軍は目につけた直後に振り払う。壁に当たったコップが砕け散り、中身の液体が辺りに広がる。

 

その匂いにしかめた顔を隠すことなく、将軍は苛立たしそうに怒鳴り散らす。

 

 

「何度も言っているはずだ!私はコーヒーが一番嫌いだ!特に外国製のものは絶対に不要だと言ったことをもう忘れたか!?」

 

『おや、これは失敬。私も最近物覚えが悪くてなぁ………歳を取りすぎるのも嫌なものだ。同じ身としては困るものだろう、将軍閣下?』

 

「───貴様ァ………!」

 

 

挑発的な態度や口調の『プロフェッサー』に、将軍は拳を握り締める。だが、実際に将軍の立場を用いても、この男を処断する事は出来ない。

 

 

『プロフェッサー』はこの計画、『ヴァルサキス・プロジェクト』の最重要責任者にして研究グループの筆頭でもある男だ。国連により、厳密には『忠臣』により引き抜かれてきたこの男を殺すことは、自分自身の未来を閉ざすことと同意義である。

 

この男に苛立っても意味はない。そう思っていた将軍は、少し考えた後に、全ての怒りを込めて唸る。

 

 

「………それもこれも、ミハイル────あの出来損ないのせいだ………!」

 

 

ヴァルサキスの核にして、コアたる存在。

何十人のモルモットにより完成したはずのアレが余計なことさえしなければ、自分はこんな風に立場で揺らぐことはなかったと。

 

それが完全な逆恨みであるということも棚に挙げて。

 

 

「奴が暴走なぞ起こさなければ!我等の言う通りに機能していれば!ここまで遅れることなど無かった!ヴァルサキスは完成し、計画は完了していたはずだ!!」

 

『元々、暴走する可能性はあっただろう。人の心を有した兵器を求めた時点で、その可能性は有り得るものだった』

 

「…………ふんっ!」

 

 

冷静にコーヒーを淹れ直す『プロフェッサー』に、将軍は握った両手の拳で机を叩き、声を荒らげて怒鳴る。

 

 

「プロフェッサー!ミハイルの再調整にはどれだけの時間を有する!」

 

『………研究チームによる思考制御プログラムは時間が掛かる。誓約を強めすぎれば心を与えた意味がなく、誓約を弱くすれば暴走の可能性がまた強まる。それ故に、プログラムの規定は慎重に行われる。早くても、ニ週間だな』

 

「────一週間で終わらせられるか?」

 

『確かに、最低では一週間だ。だが、甘く見られては困る。それでは意味がない、暴走の可能性を取り除けない』

 

「ならばもう一ヶ月待てと?その間に、奴等が、アナグラムが動いたらどうする!」

 

『その時はその時、そうならない事を祈るまでさ』

 

「他人事みたいに…………ッ!」

 

 

楽観的に答える『プロフェッサー』。怒りのあまりにまた怒鳴りそうになった将軍だが、諦めたように立ち上がる。背を向けて部屋から出ていくその瞬間、『プロフェッサー』を睨んだ。

 

 

 

「私が失脚した場合、貴様も同じ道を辿る事を忘れるな─────プロフェッサー・アクエリアス」

 

『その言葉、ちゃんと覚えておくさ、将軍閣下』

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「プロフェッサー・アクエリアス?」

 

「はい、まずはその人を捕まえてください。あの人だけが、捕らえられたミハイルの居場所を知ってるんです」

 

 

シエルの明かしたその名に、千冬は眉をひそめる。どうやら知っている人間という訳ではなかったらしい。

 

 

「聞いたことないな………イレイザ、心当たりがあるか?」

 

「ええ、はい。『ヴァルサキス・プロジェクト』の主任として配属されてきた人物だということだけです。ですが、私も担当ではありませんので、素顔や何をしているかまでは分かりかねます」

 

 

イレイザも僅かなら知っているらしいが、流石に全ては分からないらしい。そう思っていると、通信越しの時雨が声を出してきた。

 

 

『そのプロフェッサー・アクエリアスという人物について調べてみたが、興味深いことが判明した』

 

「興味深いこと?」

 

『彼は全ての情報が存在しない。戸籍すらも抹消されているのではなく、最初から存在していない』

 

「つまり、偽装………?」

 

『それなら楽なんだが、興味深いのはそこじゃないんだよ』

 

 

これは、軽い噂らしいけど、と時雨が一泊置いた。勿体振るような言い方に痺れを切らした一夏が聞こうとしたその瞬間、不気味な内容を明かした。

 

 

『彼は既に死んだ者が蘇った────「亡霊」ではないかという話もある』

 

 

 

◇◆◇

 

 

将軍が消えた部屋で一人、静かにコーヒーを飲んでいた『プロフェッサー・アクエリアス』。彼は飲み終えたコーヒーのカップを机に置き、ヘルメットの側面に指で触れ、口元を綺麗に隠した。

 

 

『やれやれ、将軍も気が立ってきたな。自国の立場、いや自分の首が飛びかねないから必死なんだろう。まぁ、私には心底興味もないが…………そろそろ、潮時か』

 

 

白衣を正した『プロフェッサー』は立ち上がり、部屋から出ようとする。直後に、何かを思い出したかのように足を止める。

 

 

『だが、少しやり残した事はやっておくべきか』

 

 

彼が手にとってのは、小さなタブレット。起動させた端末に写るのは、一つの写真だった。

 

 

少し前に駅で撮られた記録。

死者として処分されたはずの被験体が、何故かISを纏って列車の中へと入り込むその姿が、記録されていた。

 

 

ヘルメットの置くで、不敵に笑う『プロフェッサー』。幸運だった。まさか処分したと思っていた失敗作が生き残ったとは思わなかったが、ここに戻ってきている挙げ句に新型のISを持ち込んでいるとは予想もしなかった。

 

 

込み上げてきた笑いが押さえきれない。

喜びに包まれた『プロフェッサー』は、タブレットに写るでき損ないを愛でるように、囁いた。

 

 

『─────早く帰って来るがいい、私の実験体(モルモット)

 

 

人ではないものを見るような侮蔑と、誇らしく思うような歓喜を狂気に変え、笑顔に刻みながら。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

将軍とプロフェッサーの会話が終わった後。

一人の兵士が慌てるようにその部屋から離れていく。走り出し、人気のない場所に着いた兵士は荒い息を整え、ポツリと呟いた。

 

 

「────アナグラムを殲滅する兵器 ヴァルサキス、やはり協力者からの情報提供は本当だったか」

 

 

兵士は、迷うことなく携帯を起動させる。本当に人が来ないことを確認しながら、事細かに情報をまとめたメールを書き込む。

 

 

 

「………緊急事態です!どうか繋がってください…………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我等がリーダー、シルディ様……!」

 

 

多くの思惑が渦巻く『ヴァルサキス・プロジェクト』。その闇が暴かれると共に、一つの争いが起きることとなる。



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第38話 別行動

《注意》この話からインフィニット・ストラトス アーキタイプ・ブレイカーのキャラが登場します。以上の事を確認の上、よろしくお願いします。


「………」

 

「…………」

 

 

ロシアの人気の少ない基地。本来列車で目指していた巨大基地とは離れたそこで待機していたのは、龍夜とセシリアの二人だった。

 

巨大な施設の入り口の前で待つ二人。冷えきった空気に晒される中、龍夜が横に立つセシリアへ声をかけた。

 

 

「………寒くないか?」

 

「し、心配ありませんわ………私とて代表候補生の端くれ、これ以上の厚着など問題ありません。むしろ心地いいくら────くしゅんっ」

 

「……………そうか」

 

 

因みにだが、この下りは少し前にもやった。毛皮のコートでも貸してやろうかと聞いたが、顔を真っ赤にした彼女に断れた。意地を張っているのか呆れはしたが、素直に尊重することにした。

 

 

「それにしても、私達だけで大丈夫なのでしょうか……?」

 

「意外だな。こういう時、自信もってやるタイプだと思っていたが」

 

「え、えぇ………ただのテロリストなら、問題無いのですけれど。相手はアナグラムかもしれません。ISを持っているからと言って、安全だとは言い切れませんわ」

 

「………それはそうだ」

 

 

何故二人が、他の面子とは離れて行動しているのか。それは数時間前の事が関係していた。

 

 

◇◆◇

 

 

列車が大規模な基地へと到着した後、人気のない大広間へと着いた千冬や一夏達を待っていたのは、椅子に腰かけた将軍だった。

 

 

「ようこそ、IS学園の諸君。早速だが、我々の事情は聞いているな?」

 

「ええ、心得ております。この基地の護衛と、周囲で起きている異変の調査でしょう」

 

「結構。ならば人員はどうする気か、聞かせて貰おう」

 

「基地の護衛には三人、織斑と篠ノ之、デュノアを配属します。残り四人に異変の調査を任せていただきます」

 

 

そう言って残りの四人に視線を配る千冬。全員がそれに応えようとした瞬間、

 

 

「────待て」

 

 

険しい顔つきの将軍がそれを呼び止めた。

 

 

「何か?」

 

「調査程度に四人も必要もないだろう。その中でも優れた二人だけでいい」

 

「…………しかし、敵はアナグラムであり、交戦する可能性もあります。いくらISを所有する候補生と言えど、生徒二人だけで向かわせる訳にはいきません」

 

「案ずるな。此方もイレイザや本国の候補生を送る。戦力としては十分だろう。他の全員はこの基地の警護をして貰う。それで構わないな?」

 

 

有無を言わない勢いと様子のまま告げる将軍。反論すらも無視する将軍の気迫に、千冬はすぐさま引き下がった。

 

 

「分かりました。そのようにさせていただきます」

 

「うむ………感謝する。ラフコフ中将、貴様は本国の候補生と候補生から二人を連れて事件の調査に向かえ。いいな?」

 

「ハッ、畏まりました。…………して、お二人はどのように決めますか?織斑先生」

 

 

チラッ、とイレイザの視線が千冬に向けられる。僅かに悩んでいた千冬は、即決するように口を開いた。

 

 

「────蒼青、オルコット。任せていいか?」

 

「………了解」

 

「ええ、分かりましたわ」

 

「では、お二人方着いてきてください」

 

 

近くに座する将軍に丁寧に頭を下げ、イレイザは龍夜とセシリアを連れていく。部屋へと出る直前に、イレイザが思い出したように二人に声をかける。

 

 

「…………お二方、暖かいものは要りますか?」

 

「いや、不要です。つい先程飲み終えたものを捨てた後ですので」

 

「そうですか。それが分かっただけでも幸いです。手間が省けました」

 

 

軽く話しながら、部屋から出ていく。廊下を歩いていくイレイザは足を止めることなく、静かな声で呟いた。

 

 

「………なるほど、彼女は無事別行動出来ましたか。その調子だと、連中にも気付かれていないようだ」

 

 

列車で遭遇した少女、シエル。『ヴァルサキス・プロジェクト』の関係者であり、兵器として利用される友達を助けようとする少女。IS学園はその計画の闇を無視できず、彼女に力を貸すことにした。それはロシア軍直属であるイレイザも同意のもとであった。

 

 

だが、それは全面的に協力するという訳ではない。まず、シエルには別行動をして貰う必要がある。確実な証拠も無しに、彼女の味方は出来ない。下手なことを仕出かせば、それを理由にIS学園が批判される可能性もある以上、これが最善なのだ。

 

 

「───それにしても、本当に厄介ですわね。まさかあそこまで警護の数に拘るとは」

 

「考えるのなら、将軍も焦っているんだろうな。それ程に、失敗は許されないという訳か」

 

「えぇ、部下からの情報によると、上からの圧力があったらしいですね。早めに動き出すつもりのようです」

 

 

計画通りとはいかないのは悩ましいが、ここは一夏達に任せる事にする。自分達はただ、目の前の障害を打ち破る事に集中するべきだ。

 

 

「俺とセシリアは予定通り、事件の調査に移るということですか」

 

「はい………ですが、お時間をいただきたい。今から代表候補生を呼び出してきますので。先にこの場所に向かってください」

 

「…………これは?」

 

「次の標的になると思われる集落の近くの基地です。警備の兵士や関所で止められたらその紙を見せるようにお願いします」

 

渡された書類を受け取ると、イレイザはお辞儀をして近くの曲がり角を通っていく。

 

 

此方を伺うセシリアに無言の視線を送った龍夜は、考える間もなく飛び出したのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「さて、お二方。こんな寒い場所で待たせてしまい申し訳ありません」

 

 

そんな風に少し前の事を思い返していた瞬間、複数の車両と共にイレイザがその場に着いた。会った途端に礼儀正しく振る舞われる事に少し鬱陶しいと思うが、実際にそう言う事はなく、龍夜は話題を切り出した。

 

 

「ここから行くってことは、目的の集落はどのくらいですか?まだ問題ないとはいえ、時間の問題かと思います」

 

 

言外に早く行こうと示す龍夜に、イレイザは困ったように周りを見る。明らかな変化に怪訝そうになる二人に、彼が本気で困り果てた様子で溜め息を漏らす。

 

 

「えっと………少々、お待ちください。もう少しで来ると思いますので」

 

「来るって、例のロシアの代表候補生ですね。まだ来ていないんですか?」

 

「ええ、本当に申し訳ありません。もう一人は大丈夫なんですが、あと一人の方が少し─────」

 

 

そう口走ろうとしたイレイザが、ふと全く別の方へ顔を向ける。二人もそれに従うように、イレイザの視線の先を見た。

 

 

少し薄暗い雲が広がる空。大きなキャンパスに広がる灰色の景色の一点が、別の色へと染まる。何かが、凄まじい勢いで飛んで来ているように思えるそれが何なのか、すぐに分かった。

 

 

(────IS?)

 

 

むしろ、それ以外有り得ない………というのは大袈裟だが、その方が可能性も高い。ハイパーセンサーを起動し、飛んできたものを計測してみようとした瞬間、それが音速に包まれながら此方へと突っ込んできた。

 

 

ボサボサとした風に見えるが元からそういう髪型に整えたらしい真っ白な髪が特徴的な少女。全身に纏うのはロケットらしき装置を背中に搭載し、腕や脚に鋭い半透明な刃を展開したISであった。

 

 

地面ギリギリでホバリングしたであろうISはゆっくりと地面へと降り立ち、少女は活発的な笑いを刻みながら叫ぶ。

 

 

「よっしゃ!ギリギリセーフッ!」

 

「遅刻ですよ。1分18秒の遅れ、です」

 

 

目の前の出来事に、笑顔を引くつかせたイレイザが冷たい声を発する。

 

 

「おっ、旦那!早かったじゃんか、もっと時間が掛かると思ってたけど、大丈夫そうだな!」

 

「………何処がですか。遅刻は止めてくださいと、せめて私の前でやらないようにと言ったはずでしょう。───それと、また無許可でISを展開しましたね。それも訓練場以外で」

 

「へへッ、まぁ良いじゃん。ISで移動する方が速ぇんだし」

 

「─────それで責任を取るのは私なんですから、勘弁してください。貴女が始末書を書いてくれるんなら、私もこんなに言いませんがね」

 

「…………適材適所ってヤツがあるだろ、旦那」

 

 

口笛を吹いて誤魔化そうとする少女。あっけらかんと振る舞う彼女にイレイザは本当に疲れたと言わんばかりに頭を抱える。

 

 

「それよりも、お二人に自己紹介をしてください。時間は有限ですから」

 

 

「はいはい、分かったよ。…………はじめまして、アタシはフロル・ロクスレイ。ロシア代表候補生の一人さ。ま、よろしく!」

 

 

気軽に挨拶をする少女、フロルを前に、二人は互いの顔を見合う。密かに、龍夜が個人回線を繋げた。

 

 

『───セシリア、フロル・ロクスレイについて知ってるか?』

 

『ええ、少しだけ知っていますわ。ロシア最速と呼ばれるIS操縦者、世界有数の速度を誇ると聞いてます』

 

『………ただの速さだけで候補生になったって訳でもない。どうやら実力は遜色ないらしい』

 

 

そう確信した龍夜は僅かに警戒を解いた。その瞬間、それを察知してか、フロルが龍夜の隣へと駆け寄ってくる。

 

 

「んで!アンタがアレだろ?数少ない男の操縦者の一人だろ?名前は?」

 

「…………蒼青龍夜だ、よろしく」

 

「なんだよ、固ぇなぁ。同年代なんだし、仲良くやろうぜリュウヤ!」

 

 

余程男に対してそういう感情が薄いのか、肩に腕を回しくるフロル。素で触れ合う距離にある彼女に半ば抵抗するべきか迷ってしまう。

 

 

そうこうしていると、顔を真っ赤にしたセシリアが憤慨するように怒鳴ってきた。

 

 

「お、お待ちなさい!いきなりなんですの!?龍夜さんに馴れ馴れし過ぎではありません!?」

 

「あん?こんくらい普通だろ?昔の旦那もそう言ってるぜ」

 

「流れ弾止めてください。私がそんな事教えた覚えも記録もありませんよ」

 

 

ガーッ! と威嚇するセシリアを見て、軽い調子でからかうフロリア。余計な真似をすると巻き込まれると判断し、静観の姿勢に入る龍夜。ふと、とあることに気付いた。

 

 

「………イレイザ中将、もう一人の方は?」

 

「ああ、ご心配なく。既にこの場におりますので」

 

「?」

 

 

突然乱入してきたフロルとは違い、全く姿が見られないもう一人の候補生を探そうとしたが、すぐにそれらしき影を見つける。

 

 

 

イレイザ中将。その後ろから覗き込むように立つ、幼い少女。本来なら迷子かと思われるその子を、龍夜は候補生だと判断した。

 

 

「…………………」

 

「……………」

 

 

睨むように目を細め、観察する龍夜。それを感じ取ったのか、ビクッと全身を震わせてイレイザの後ろに隠れようとする少女。

 

自分のズボンを引っ張る少女に、イレイザは彼女の頭を優しく撫でながら頬笑みを作る。

 

 

「失礼。この娘はあまり他人との交流が少ないのでして、私が代わりに紹介します。

 

 

 

 

彼女はクーリェ、クーリェ・ルククシェフカ。予備代表候補生という立場でもあり、私の姪っ子です。どうか仲良くしていただければ幸いです」

 

 

「………だそうだ。よろしく」

 

「……………っ」

 

 

手を差し出すが、少女 クーリェはそれに答えようとはしなかった。小刻みに震えるその姿からして龍夜に怯えていることだけは明確だ。

 

 

思うところはない。

嫌われたものだな、と心の中で呟くだけで、それ以外の感傷はなかった。誰に嫌われようが、誰から恐れられようが知ったことではない。故に、問題はない。

 

 

 

…………ないはずだ。何一つ。

 

 

「────イレイザ中将、さっさと任務を遂行しましょう。例の場所へと移動は?」

 

「此方の装甲車にお乗りください。移動の際に、今回の任務の確認をします」

 

 

◇◆◇

 

 

「────今回の事件については大体把握できていると思いますので、我々の目的と方針から確認させていただきます」

 

 

大型の装甲車に乗り込んだ一同に、イレイザが作戦の内容についての情報を通達していた。

 

 

「我々の目的は、一般人の集団誘拐及び殺人事件の調査です。犠牲者数百人となったこの変異事件の解決の為、君達に集まってもらいました」

 

「………」

 

「お二人はご存じでしょうが、改めて確認します。将軍はこの事件をアナグラムが関係したものだと警戒しており、事件の犯人がその一党であった場合、彼等を即急に捕縛するようにとも指示を受けております。ISの展開も、許可されておりますので」

 

待機状態のISを確認する四人に、イレイザは話を続ける。

 

 

「我々の戦力は代表候補生、およそ四名。そして私を筆頭とする無人機兵団五十体。今回の事件の犯人の数は推定二十数人以上なので、容易く制圧は可能です…………相手がISに対抗できる兵器を所持している可能性もありますが」

 

 

ふと、龍夜がスマホの画面を見下ろす。話がされている間、無口でスマホの画面をスライドさせたりしていたが、すぐにその指が止まった。

 

 

「まずはこの先にある集落で、民間人からの情報を集めます。それによっては、その集落が襲われる時まで待つ事も視野に入れていますので、警戒を」

 

「…………」

 

スマホの画面に目線を集中させた龍夜。話を無視しているように見えたイレイザは呆れたのか溜め息を漏らそうとして、すぐにそれを止めた。

 

 

真剣な顔つきで、スマホを見つめる龍夜の顔に、何か理由があると感じたからだ。

 

 

「どうしました?」

 

「────質問ですが、その集落の総人口は?」

 

「推定ですが、二百は越えていますね」

 

「…………外の温度からしてそこまで寒くはない。全員が家に籠っている可能性は少ない、と」

 

「………………まさか」

 

 

イレイザの漏らした息が白く染まる。装甲車の内部も冷えているのか、冷えた吐息が凍っていくのも無視して硬直するイレイザ、そして理解が追いつかない三人、龍夜は忌まわしそうに事実を告げた。

 

 

 

 

「───その集落から、人間の反応が感知できない。恐らく手遅れ、一足先を行かれたらしいな」

 

 

 

◇◆◇

 

 

数分後、目的の集落に辿り着いた一同が目にしたのは、人の気配だけが消え去った世界だった。

 

 

生活の跡はある。さっきまではその場にいたというのもが分かるように、子供達が遊んでいたであろうオモチャが外に転がっていたり、家の扉の殆どが開け放たれている。

 

 

「──────」

 

 

周りを捜索していた龍夜は、上空を旋回していた『レイグライダー』を回収する。視界を連結させ、周囲一帯を探し回ったが、結果は何一つ得られずにいた。

 

 

「クソッ、影も形無しか」

 

 

途方に暮れる龍夜は、中央の広場へと向かう。彼がそこに着いた時には、ISを展開して周りを捜索していたセシリアとフロルが戻ってきていた。

 

 

「セシリア、フロル、どうだった?」

 

「………駄目ですわ。集落の外に飛び出したという訳でもないようです」

 

「アタシの方も大した成果はないな。しっかし、どういうことだよ。この状況は?」

 

 

イレイザ中将は無人機兵団を率いて集落の付近を周回している。だが、それでも行方不明となった集落の人々は見つからず、手詰まりのようだ。

 

 

「まるでオカルト、神隠しって奴だな。こんな綺麗に消えるなんて、もしかして神様が何かしたって話じゃないよな?」

 

「……………現実の出来事だ。たとえ俺達に分からなくても、物理や科学で説明できる────なら、答えはあるはずだ」

 

そう言いながら、龍夜はふと地面に残った足跡に気付く。静かに観察し、重要なことに気付いた龍夜は両目を閉ざす。

 

そして、もう一つ────他に気付いた事に対応することにした。

 

 

『────セシリア、右方向四十度に狙撃』

 

『龍夜さん?突然何を────』

 

『ハイパーセンサーを稼働しろ。透明の何かがそこにいる』

 

 

そう言ってからのセシリアの動きは早かった。龍夜の言葉を疑う間もなく、セシリアはスターライトmkⅢを呼び出し、龍夜の指示した場所へとビームを放射した。

 

 

命中、してはなかった。セシリアの放った閃光は近くの地面を削り、吹き飛ばしただけに過ぎない。しかし、攻撃の意図は別にあった。

 

 

「───おわっ」

 

 

空間が揺らぐ。

周囲に舞う雪と砂の混じった粉塵が広がった時には、その影が異物のように浮かび上がっていた。輪郭を伴っていくそれは、慌てたように空中へと飛び退く。

 

 

「ッ!逃がしません────」

 

「待て!セシリア!待機しろ!」

 

「!どうしてです!?アレが敵である可能性も────」

 

「ああ、少なくはない。だが、敵がわざわざこの場に残るか?そういうことだ」

 

 

追撃を行おうとするセシリアを制止する龍夜。その僅かな会話に反応し、透明な影はその場から逃走しようと走り出す。

 

 

「─────動くな」

 

 

その前にある地面を、閃光が貫いた。龍夜は展開した『プラチナ・キャリバー』、厳密には銀の光剣を透明な影へと差し向ける。

 

 

下手な動きを見せれば、今度は当てると。断言するような雰囲気を纏いながら。

 

 

「俺達は今、テロリストのものと思われる事件の調査を行っている。お前が何者か、説明してみろ。出来なければ、武力でお前を無力化し、尋問する」

 

 

僅かな沈黙を経て、動きを止めた透明な影が形となる。プラズマと共にステルスが解除され、その全貌が明かされる事になった。

 

 

「あー………もしかして、俺が容疑者って感じか……?」

 

 

落ち着いてはいるが、困惑を隠せない様子の人物は、顔を深く被ったフードで隠す青年だった。髪や目の色は当然把握できず、その口調は何処か飄々とした軽いものである。

 

 

顔や全身を隠す布は、ステルス迷彩が備わっているものだと判断できる。その内側にある服装はキッチリと着込まれた黒いスーツと、それを締め付けるようなベルトの目立つ服装は、戦闘用のボディースーツだと伺える。

 

 

(問題は───あの武器か)

 

 

龍夜が意識を向けたのは、彼が各々の両手に持つ大型の武装であった。一つは全身を隠すほどの大きさであり、盾の形状をした鋼鉄の塊。もう一つは片方のものよりも小さいが片腕全体包む程のそれは、マニピュレーターと思われる装備だと思われる。

 

 

前者の方は知っている。装備開発のカタログで目にしたことがある。名は、『イコル・クァンタ』。ロケットランチャーや徹甲弾すら防ぐ装甲を備え、その内部には可変機構とそれにより展開される複数の兵装を特徴とした────強襲特化のゲテモノ兵器。

 

 

だが、郡部からの評価は良いものではなく、そこまで売れ行きが良いとは聞いていない。理由は単純。人間が扱えるようなものではないからだ。

 

 

一人の大人が持つには厳しい重量と、複雑すぎる変形機構は特殊部隊の人間ですら扱いずらいと評価するまでである。これを完璧に使いこなせるのは、最強と呼ばれるブリュンヒルデを筆頭とした超人達だけだと。

 

 

 

それを片手で持ち上げ、装備の一つとして扱おうとするこの青年は、あまりにも異質だというのは明確だろう。警戒しない方がむしろおかしい。

 

 

ふと、青年が首をかしげる。本気で悩ましいと感じていた青年は頬を膨らませるように呟く。

 

 

「あー、説明しろって言われてもさ。んー、俺実は名前を言えなくてなぁー」

 

「………馬鹿にしてるのか?」

 

「いやいや!マジ!マジ!うちのリーダー、まぁ姐さんにコードネームの方が良いからって。それを名乗れって言われてるんだ!俺達、一応暗部だから!」

 

「そのコードネームは?」

 

 

警戒を緩めることなく、質問を続ける。するとそれを待っていたと言わんばかりに、青年はフフンと鼻を鳴らす。それは嬉しそうに、楽しそうに。

 

 

 

「エヌ、アルファベットのN(エヌ)からもじられてんだ。ま、それが俺のコードネームだから、そこんとこよろしく頼むぜッ!(キラーン!)」

 

 

「…………」

 

 

何だろう、ウザいと感じてしまう。ウィンクでもしたのだろうがそもそもフードで隠れて見えないのを理解してるのか。多くの疑問と困惑に染まる中、龍夜は自信の内情を悟られぬように振る舞う。

 

 

「何者だと聞いているはずだ。お前は一体、何処の組織の人間だ?」

 

「それに関しては黙秘させて貰うぜ。俺も暗部の端くれ、組織についての情報は詳しく明かせねーのさ!」

 

「…………なるほどな、暗部という訳か。表向きではない、裏側の奴か」

 

「──────あ」

 

 

顔を青くするというよりも、ヤバいと焦る表情を浮かべている。どうやら危機感というものがないらしい。一瞬で表情を切り替え、まぁいいやと傍観するその姿勢はむしろ学びたいとすら思う。

 

 

「それと目的は?ステルスにそんな重装備まで持ってきたってことは、今回の事件について何か知ってるんだろ」

 

「さ、流石にそこまで喋れないって!アンタ等無関係な訳だし!教える義理もないし………アレ?これ俺も立場的に上になれるんじゃね?」

 

「……………」

 

「あ、あ!すいません、調子に乗りました!出来心だったんです!だからその得物を下ろしていただけませんかね!?」

 

 

無言で切っ先を向けられ、必死に頭を下げるエヌ。それでも話をしようとしない彼は、仮にも暗部と言えるだろう。徹底した情報統制に感心するが、此方が妥協する道理はない。

 

 

力ずくで吐かせるべきかと顔を険しくする龍夜の前で、エヌの顔色が変わった。何らかの通信を傍受したらしい。

 

 

「…………ん、え?俺ですけど─────はい、はーい。分かりました」

 

耳元の通信機を停止させたエヌが、一息漏らす。肩を竦め、飄々とした笑顔を消した彼は言葉を紡いだ。

 

 

「─────しゃーない。話せるところまでは全部話しますよ」

 

「………唐突だな。さっきのはお前のボスからか?」

 

「ホント、勘が鋭いなぁ。ま、そんな事なんでここまでの俺の生い立ちをペラペラ話そうと思いまーす」

 

 

オホンッ、と軽く咳き込む。そして、エヌはゆっくりと口を開き、話し始めた。

 

 

「いやー、俺氏エヌは色々と立場が低い感じでしてね。他の皆さんがISを持ったゴリゴリゴリラの強襲タイプなのに対して……………ホラ、無いじゃん?IS?だからさ、こういう雑務ばっかやんないといけないんだなー、これが!いや?別に嫌じゃないんだけど、『エム』にもカッコいい所は見せたいわけでして────あ、そうそう。エムってのは俺の妹!ホント、滅茶苦茶俺に似て可愛くてさ。ま、周りに辛辣な所も玉に瑕だけど、それを含めてもサイッコーに可愛いんだよねー、俺の最愛の妹は!写真見せてあげたいけど残念、顔見せNGなんだなぁ。えへへ、見たかったから言ってくれても構わんぜ?コピーしてくれてやるし!それはそうと今回の任務だって成功すればボスから──────」

 

「───長いッ!」

 

 

流石に苛立った龍夜が怒鳴る。

というか、全然この事件について関係した話でもない。単なる世間話というか、身内自慢というか、近所の人間と軽く交わすような内容に我慢の限界だった。

 

 

「おろー?もう止めんの?ここからが良いところなのに」

 

「お前の事情なんて知らん。重要なのは、今回の事件について知ってることを話せ」

 

「へいへい。全く、気の短い兄弟(ブロ)だなぁ」

 

 

………一瞬、理性が消えかける。今すぐこいつを殴り飛ばそうかと思ったが、すぐに自制する。

 

早くしろ、と急かせば不満そうにしながら話を続けた。

 

 

「俺だってこの集落の人間が消えてるんのは驚いてるんだぜ?だって数十分前までこの集落の奴等がまだいるのは衛星で確認済みだしな」

 

「…………待て。数十分前?お前は衛星記録を確認できるのか?」

 

「まぁね。そこはボスの技量ってか、財力で何とか。リアルタイムってのは無理だよ、出来るとしたら十分置きくらい」

 

「十分前の衛星記録を俺のスマホに送れ」

 

「へいへい」

 

 

欠伸をかけながら、エヌが端末を軽く弄る。それからすぐに、龍夜のスマホに届いたのは少し前の記録を取った衛星写真だった。

 

 

僅かにそれを観察した龍夜は深い沈黙を貫く。だが、すぐにエヌへの警戒を怠らずにいたセシリアとフロルに呼び掛ける。

 

 

「二人とも、これを見ろ」

 

 

彼女達がそれを覗いた瞬間、両目を大きく開いて驚いている。

 

 

写真にあったのは、集落の人々が自分達のいる広場に集められている光景だった。彼等を囲むように配備されているのは、装備を有した人間達。

 

 

「三十人程、厄介ですわね………生きたまま連れていかれたとなると、人質にされる可能性もありますし」

 

「そこもあるが、問題は別だ」

 

 

スマホの写真を拡大し、写る人々を指差しながら説明をする龍夜。

 

 

「これ程の数の兵士と、それ以上の一般人。連れていくにしても大勢だ。十分間で俺達に気付かれることなく全員連れ去るのは厳しいだろう。しかも、外に抜け出した様子もない。

 

 

 

 

 

 

────なら、一体何処から逃げ出したか」

 

 

その答えを聞く必要もなかった。

無言でいる龍夜の視線の先が、自分達の求めるものであった。

 

 

「下………か」

 

「有り得ない話じゃない。地下に通路を作っておいて、迅速な勢いで拉致する。ロシアの連中がそれに気付かなかったのは、巧妙に隠されているんだろう。恐らく、通路は一つだ」

 

 

歩き出した龍夜が、近くにある廃屋の前に立つ。何重にも古びた鎖が掛けられて、何年も使われてないように見える。だが龍夜は迷うことなく銀剣にエネルギーを収束させ、光刃を振るう。

 

 

廃屋を消し飛ばした場所にあったのは、地下へと続く通路であった。それを確認した龍夜は、続けて呼び掛ける。

 

 

「フロル、イレイザ中将を呼べ。全員でこの地下通路を進む。この先に、民間人と元凶と思われる奴等がいる」

 

「ああ、分かった。任せろ」

 

 

活気に満ちた笑顔と共に応えるフロルに、龍夜はセシリアを見る。特に言うことがないのか、待っておきますとだけ言う彼女に軽く手を振る。

 

 

ふと思い出し、退屈そうにするエヌを見据える。

 

 

「………お前はどうする?」

 

「そりゃあ着いていくよ。一人よりも複数人の方が都合が良いし、ボスからの許可も出てるから」

 

「……………裏切るなよ」

 

「な訳。そこまで馬鹿じゃないって」

 

 

深くは言わない。エヌが裏切った場合、自分の対応は単純。他の敵を含め、まとめて倒すだけだ。そう割り切り、離れようとした──────瞬間。

 

 

「敵が何なのか」

 

「…………」

 

「知りたくない?連中がどんな奴等なのか」

 

「………アナグラムじゃないのか?」

 

「半分正解、半分不正解。アナグラム()()()、ってのが正しい」

 

 

含んだ言い方に、疑問は持たなかった。

意図はない。彼の話した言葉が真実として、龍夜は耳を傾けていた。

 

 

「レヴェル・トレイター」

 

「…………」

 

「それが奴等の名前。少し前にアナグラムから分離した勢力。理由は組織の方針と合わず、半ば離反という感じ。

 

 

 

 

 

 

一般人の犠牲を好まず不殺を目的とする彼等とは違い、一般人すら殺してでも目的を果たそうとする連中。『過激派』とも呼ばれてるイカれた集まりだ」

 

 



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第39話 神を求める狂気の光

それから数分が経ち、合流したイレイザ中将と情報を共有した龍夜達は、例の地下通路へと踏み込む。坑道のように軽い留め具と証明に照らされた通路が続くと思っていたが、それは数メートル先になってから一気に変化する。

 

 

 

進んでいく通路は、整備されていたものだった。周囲の壁や床、天井はコンクリートで塗装され、電気とは違う不可思議な素材による照明が、通路一帯に影が射さないように設置されている。

 

通路の大きさにも、若干の違和感がある。人が入るというよりも、それよりも大きいものを運ぶための広さをしているように思えた。

 

 

「…………まず我々が先導します。皆様は後方の警戒を。情報共有を忘れないように、お願いします」

 

 

事務的かつ気遣いの籠った言葉で話すイレイザが、複数の無人兵器を率いて進む。代表候補生一行と同行者のエヌはそれ続くように、後方に配備された無人機の前を歩いていく。

 

 

 

曲がり角、斜め坂の通路、何度も見たであろうその光景に僅かに意識が麻痺してくる。本当に目的の場所まで進んでいるのか、実際は迷路に囚われているのではないか、という不安が少女達の心を苛んでいた。

 

 

しかし、龍夜は確信していた。自分達は着実に、進んでいると。一見すれば複雑な迷宮のように入り組んでいる通路だが、正確に把握すれば間違いなく地下深くへと進んでいるのが分かる。

 

 

「…………なぁ、少し気になることがあんだけどさ」

 

「………何だ」

 

「なんかここ、おかしくね?」

 

「さぁ、どういう意味だか」

 

「誤魔化すな。ここの雰囲気が普通じゃないことくらい、お前らも分かってるだろ?」

 

 

こんな状況でも笑顔を衰えさせないフロルに呆れながらも、龍夜は周りを見渡す。この地下通路はあまりにも広く、大きすぎる。人力で作るにはどれだけの数と、資源を要するか。

 

 

少なくとも、つい最近造られたものとは思えない。これは数年も前に開発されたものだ。それも一、二年などという単位ではない。五年以上の時期から、緻密な計画と多大な人員をもって成されている。

 

 

ロシアが、その前にあったソビエトが秘密裏に造ったものか。そう思うが、一瞬で否定する。彼等はこの地下の存在に気付けなかった。つまり、それに関する情報が無かったのだ。

 

 

ならば隠蔽でもしたのか。そんな推測を打ち破ったのは、たった一つの答え────ありきたりな通路からあらゆる天井や壁が消え去った、薄暗い世界だった。

 

 

 

 

「─────なんだ、ここは?」

 

 

そこは、巨大な空間だった。ニ百メートルを越える規模のドーム。自分達が進むべき通路はガラス張りになっており、水族館や動物園のように、周りを見渡せるような構造であった。

 

 

それも無理はない。いや、当然と言うべきか。

 

 

 

 

 

ドームの一体にあったのは、巨大な機械だ。一つ一つが積み重なり、一体と化した機械の塊は、一つの城、街のように展開されていた。そこはまるで、工場都市そのものだった。

 

 

 

広がる光景に、心ある者全員が立ち尽くす。無理もない。その機械が何かを造っている最中なのか、辺りにはコンベアに吊るされたモノが並んでいる。

 

 

────嘗ての大戦で、人類に牙を剥いた無人機と、全く同じものが。造られた途中で全てが停止し、残骸として在り続けていた。

 

 

 

「………ば、馬鹿な────これは、八神博士の、無人兵器だ……………それが何で、ロシアの地下に………?」

 

 

動揺を隠せず、イレイザが喉を震わせる。目の前の光景は、大の大人であろうとも狼狽えるほどに異質であり、恐怖そのものであった。

 

 

無理もない。人類を滅ぼそうとした悪魔の尖兵である無人機は全て無くなっているはずだった。それが、自分達の真下に遺してあるとは思えない。

 

 

 

────いや、違う。

 

 

「まさか────そんな、馬鹿な」

 

 

真相を察知したイレイザは、理解出来なかった。脳がその考えを受け入れたくないと、拒絶反応を取ったのだ。

 

 

八神博士の始めた戦争。彼が起こした悲劇と殺戮。それを実現した無人兵器達は何十万、何百万も存在していた。誰も、そんな量の兵器が造られている事実を知らなかった。

 

 

その理由が、明白となった。

 

 

 

「あの日から、あの大戦の時から!我々の足元より深いこの場所で、工場を造り、無人機を量産していたのか!?我々はそれに気付かず、十年の時を過ごしていたというのか!?」

 

 

何故、第三次世界大戦が一年以上も続いたのか。本来ならば戦いによって破壊され、減少するはずの無人機が逆に増え続け、世界中を蹂躙できたのか。

 

何故、それだけ量産された兵器が近くにあることに気付けず、容易く蹂躙されたのか。

 

 

その答えが、この場所───地下工場が証明していた。これは恐らく、軽く生み出された拠点の一つ。世界中の地下に八神博士の作った工場が存在しており、誰も気付かぬ間に稼働された工場から無人機が造り出され続けていたのだ。

 

 

これが、八神博士しか造れないはずの無人機の新型が生まれた正体だった。八神博士がインプットしたデータを基に、工場が無限に兵器を造り、保管し続けていた。

 

 

 

しかし、これだけではなかった。

彼等が愕然とするものは、それ以上の衝撃は、すぐ近くに存在していた。

 

無数の機械アームと、固定具によって宙に浮かんだ巨体。異形でありながらも、神とも呼べる神々しさを持つその全形を見た龍夜が、自然と呟いていた。

 

 

「────界滅、神機」

 

 

恐らく、セシリアも同じ感想を出していただろう。

かつて体面し、後々から確認した二人だけが、その不気味さを感じ取っていた。機械でありながら、神秘さを有し、 人類を滅ぼすという使命を持ち得たような体躯に。

 

 

かつての事件で猛威を振るった、クリサイアと同じものだと確信したのだ。

 

 

 

他の全員がその言葉に戸惑う中、顔色すら変えてない(ように見える)エヌが興味深そうに口笛を鳴らす。

 

 

「へぇ、知ってるんだ。いや、そりゃ当然か。例の福音事件を解決したんだし………アレの相手をしたって話だから分かるもんだよな」

 

「…………お前もアレを、界滅神機を知ってるのか」

 

「まぁね。少なくとも、BRO達よりは知ってるつもりだぜ?」

 

「教えろ」

 

 

問い詰めると、エヌは少し悩ましそうに考えていた。だが、別に気にする必要ないと感じたのか、淡々と語り出した。

 

 

「───十年前、戦争を始めるよりも前に、八神博士は工場を造っていた。しかし、その用途は無人兵器の量産なんかじゃない。工場に接続したモノの為にあった」

 

「接続したモノ、とは?」

 

「──────『地中の星(アヴェスター)』と呼ばれた、百体以上の人工知能。八神博士が生み出した、人に近い心を宿す魂のプロトタイプ達だ」

 

 

思わずその話を詳しく聞こうとしてしまう龍夜。自重はするが、それでも興味があった。人に近い心を持つ人工知能。

 

 

それはまるで、自らのISの片割れと呼べる剣にいる少女 ルフェのようであると。いや、無関係ではないと思っていた。だが、その話を簡単には明かせないと、今は黙って話を聞くしかなかった。

 

 

「八神博士の死後、博士を慕っていた人工知能達は思考を巡らせ、憎悪という────博士が与えた感情に囚われた。そして彼等は自らの手足であり、胎内とも言える工場を操り、戦力を造り続けた。その果てこそが、界滅神機。世『界』を『滅』ぼす『神』の兵『機』ってわけ」

 

 

人を憎む心が、人を殺す兵器をより効率的に造り出せる。そうやって人類の歴史は武器を生み出し続け、憎しみによって強くなっていった。命を奪うことに特化し、相手を苦しめることに特化した兵器を造るのを繰り返し、人間がその技術を高めてきた。それこそが、否定も出来ない事実だ。

 

 

そんな人類を滅ぼせるのは、神だと思ったのだろう。だから、界滅神機と名付けた。人類を滅ぼす無機質な厄災に。

 

 

 

「…………それにしても、ホントに恐ろしい人だな。八神博士ってのは」

 

「恐ろしい、か?」

 

「だってそうだろ?世界中の地下にこんな工場を造って、そこで私達を皆殺しにするような兵器を造らせ続けてたんだろ。そんなの正気とは思えない、よっぽどのことじゃないか」

 

 

博士本人を嫌うような発言ではない。だが、擁護する気は微塵もない言葉だ。当然だろう。大戦を引き起こし、数億の命を奪った八神博士は人類にとっては世界的な極悪人であり、今の時代になっても八神博士は人々に嫌悪と侮蔑を向けられている。

 

 

そんなフロルの発言に、エヌがふぅんと興味の薄い目を向ける。彼女の言葉を噛み砕くように、彼は呟いた。

 

 

「……………正気じゃない、か。ま、そうだったんじゃない?八神博士からすれば、正気じゃ居られなかったってのが正しいと思うけど」

 

「────何?」

 

 

まるで真相を知っているような言い方だった。全く違う答えを平然と話す相手を小馬鹿にするような雰囲気が感じられる。それとは正反対の結論が答えだと自覚しているような、異様な感覚が。

 

 

「………お前は、一体何を知ってる?」

 

「んじゃ、こっちから質問。何で八神博士はそんな正気じゃない真似をしたと思う?」

 

 

誰も、その質問に答えられる者はいない。龍夜は僅かに疑問は覚えたが、そこまで疑うようなことはなかった。誰もが、八神博士の行いを狂気と捉え、それに疑問を抱くことはなかった。言われてみれば、不自然すぎる。一体、どんな理由があれば人類を滅ぼすというイカれた大事を成そうとするのか。

 

 

八神博士に、どんな動機があったのか。それに答えられない全員に、エヌが鼻で笑う。侮蔑の意図はなく、無理もないだろうという納得であった。

 

 

「ま、分からねぇよな。仕方ねぇさ、誰にだって分かる話じゃない。んな訳で、ヒントやるぜ。────一つ目は、『家族』」

 

「…………『家族』」

 

 

瞬間、スマホ───その中にいるラミリアに指示を送り、ネットワークに検索を掛ける。求めていたであろう答えはすぐに見つかった。

 

 

八神博士の家族、奥さんと娘と息子。おそらくは八神博士の残した家族写真だろうか。天真爛漫に振る舞う少女と、陰鬱というより他人を近寄らせがたい雰囲気のある少年。そんな二人を抱き締める優しそうな女性、そして不器用な笑顔を浮かべる男性───八神博士の姿がある。

 

 

その写真を目にした瞬間、龍夜はふと既視感を覚えた。

 

 

(────何だ?何処かで見たことがあるような、いや、会ったことがあるのか?)

 

 

この写真に写る少年───黒髪の子供に見覚えがあった。いや、この少年自体は知らない。けれど、似たような顔立ちを目にしたことがある。しかし、記憶が浅いのか、誰だか確定することが出来ない。

 

 

最近会ったことがあるのかと思ったが、詳しく調べてみるとそれが否定されることになった。

 

 

(────十年前に、死亡している………?)

 

 

記事にすれば、テロリストにより襲撃されて三人とも死亡したらしい。惨たらしく殺され、あまりにも残虐な事件だったと書き記されている。国連が捜査していたが、遺体は見つからないとの事で──────

 

 

 

 

 

────待て、おかしい。

 

(見つからないだと?惨たらしく殺されたと言ったのに、遺体が不明だって言うのか?)

 

まるで遺体がどうなったのか知ってるような口振りだというのに。何故、見つからない遺体が凄惨な殺され方をしたのか分かっているのか。

 

 

そこまで考えて、思考を無理矢理に止めた。これ以上、全く無関係なことに頭を使う訳にはいかない。自分がやるべき事は、目の前にある問題だ。

 

 

そう思った矢先、前を進んでいたイレイザ中将と無人機が停止する。振り返った彼が小声で全員に語り掛けた。

 

 

「─────皆さん、ここからは気を付けてください。この先に生体反応が多く存在しています」

 

「ッ!それって────!」

 

「ええ、集落の人々か、敵です。ISの展開準備をお願いします」

 

そう声を聞けて、全員は光の先にある世界へと踏み込んだ。

 

 

◇◆◇

 

 

彼等がいた通路の先にあったのは、先程の空間よりも広がったホールであった。恐らくは、シャフト。完成した界滅神機を地上へと打ち上げるための巨大空間。

 

 

そこに────集落の人々、合計二百人以上の老若男女が集められていた。混乱を隠せずにいる彼等はざわめきながらも、互いに抱き合うように一塊となっていた。

 

 

理由は単純。彼等を囲むように武装した兵士が銃を構えているからだ。目の前の脅威に一般人である彼等は震えるしか無かった。

 

 

「─────二百人、全員をこの場に集め終えました。各機動隊長方」

 

「良くやった。もう少し待機していろ、動くのはそれからだ」

 

「ハッ」

 

 

重装備の兵士が報告を終え、再び警戒体制を行う兵士の一群に戻っていく。それを尻目に、何人かの兵士がヒソヒソと話し始めていた。

 

 

「………あー、クソ、ダリぃな。何時になったら殺せんだよ」

 

「そう言うなよ、『指導者』の、レギエル様からのご指示だ。文句を言わずにやってれば、後で殺せるだろ」

 

「何でよー、ヴォルガ様じゃあねぇんだ?あの人が一緒なら関係なく、女もガキもブッ殺せるってのによぉ───ゴチャゴチャ言わねぇでさっさと殺れば良いのによぉー!」

 

「馬鹿!声が大きいぞ!エイツー隊長にでも聞かれたらどうすんだ!?」

 

「おっと、危ね。危ね」

 

 

そんな兵士の会話に顔を歪めたのは、高台に置かれた椅子に座る三人の一人。大型の狙撃ライフルを近くに備えた、眼帯の目立つ歴戦の兵士に見える男だった。

 

 

「─────フン、下衆どもが」

 

「………また連中か。『シュコー』ヴォルガ様に付き従う『シュコー』野蛮な無法者ども。相変わらず『シュコー』殺しに酔いしれいてるようだな『シュコー』」

 

「正直、理解できん。あんな奴等を従えるヴォルガ様と、エーゼル様が同じ立場にあるなど…………私には、納得できない話だ」

 

「所詮『シュコー』奴等は使い捨てという奴だ。汚れ仕事を進んでやってくれるんなら『シュコー』喜んでさせてやれ。それで死ぬなら本望だろ、奴等も『シュコー』」

 

 

体面に座る男────口をガスマスクのような装置で隠し、呼吸を整えている青年。ロングコートで体を隠し、露出されているのは顔の上部分だけということになっている。

 

 

「────二人とも。そろそろ時間、です」

 

 

もう一人、法衣の纏う神父のような男性が告げる。読んでいたであろう聖書を片手で閉じ、懐の中へと仕舞い込む。立ち上がった彼に応じるように、二人も遅れて並ぶ。

 

 

タン! と大きく足踏みした男性。深く、より深く息を吸い込み、

 

 

 

 

「─────ハァーーーーーーーーイッ!皆様、静粛に!静粛にぃ!お願い致しまァーーーすッッ!!」

 

 

 

高らかと、叫ぶ。

ホール全体に響き渡る声に、ざわめきが一瞬で収まった。全員の視線が声の主である男に集まる。それを確認してから、男は軽く背込んだ。

 

 

「────エー、オホン。皆様、驚かせてしまい申し訳ありません。私はオスカー・マクスウェル。こう見えても聖職に着いていた身でもあります。我々は意味もなく危害を加えるような逆賊ではありませんので、どうか御理解いただきたく」

 

 

丁寧な口振りに人々は思わず安心していた。見掛けからしても聖職者のようであり、穏やかかつ優しい雰囲気の漂うオスカーから害意を感じなかったのだろう。

 

しかし、安堵に包まれる一方で、不安から解放された余波からか、大人の一人が不機嫌そうに声を荒らげた。相手が大人しいと判断したから、だろう。

 

 

「ふざけんな!銃で脅しといて何言ってやがる!てめぇら俺達全員をここで殺すつもりだろうが!」

 

「…………それは心外です。我々は無意味な殺戮などはしません。貴方達をここに連れてきたのは殺すためではありません。選ぶためです」

 

「知るか!いいからここから出せ!俺達だって生活が、仕事があるんだ!アンタらの事情に構ってる暇なんか無いんだ────」

 

 

その言葉が最後まで続かなかった。

響いたのは一発の銃声。放たれた弾丸は、オスカーに怒鳴っていた大人の眉間へと撃ち込まれていた。

 

 

 

血を噴き出し倒れたの皮切りに、甲高い悲鳴が響き渡る。混乱という空気に染まった一般人達を兵士達は銃で牽制し、静めようとする。

 

 

そんな光景の最中、オスカーが能面のような表情で首を動かす。その視線の先にいたのは、すぐ近くにいた兵士。先程、反抗的な大人を撃ち抜いた元凶であった。

 

 

「何故、殺したのですか」

 

「我々に反抗の意思を示していました。これ以上無駄な抵抗をされるくらいなら、一人ぐらい殺しても問題ないでしょう。我々の本気を理解して貰う為にも」

 

「なるほど、そのような理由でしたか────」

 

 

その兵士の言葉に、納得したように笑うオスカー。安心したように一息吐き出す兵士だが、気付かなかった。

 

 

金色の光を照らす瞳が、何一つ笑っていなかったことを。

 

 

「で?それだけですか?」

 

「───は?そ、それだけですが…………」

 

「貴方は、我々の目的の一つをお忘れのようですね」

 

 

二つの眼孔に輪っかが浮かび上がる。それを眼にした兵士が震え上がる中、オスカーは話を続けた。

 

 

「『適合者』を探し出す。その為にわざわざ、彼等を生かして連れてきたのです。一人でも欠けては意味がありません。故に、貴方の行いは我々の目的に反すること、です」

 

「で、ですが────」

 

「それと、質問に答えられてませんよ。

 

 

 

 

 

────何故、我々の許可を聞かずに殺したのか。私はそれを聞いているのですが?」

 

 

その瞬間だった。

兵士の片腕がガクン! と跳ねる。………は? と理解できずにいる兵士の腕がアサルトライフルを片手で持ち上げ、その銃口を頭へと押し当てようとしていた。

 

 

当然ながら、彼の意思ではないように見えた。

 

 

「あ、え?………う、腕が、勝手に…………イヤ、嫌だ!待って!待って、待ってください!助けて!助け────」

 

 

パァン! と自分の指で引き金を引いた。必死の悲鳴をあげていた兵士はその場に崩れ落ち、オスカーはそれから意識を消した。

 

 

「────皆様、申し訳ありません。我々は無意味な殺戮を望みません。どうかそれだけは御理解戴きたく、我々の目的に従って戴きたい」

 

「…………あ、アンタ達は───何をする気なんだ!?」

 

 

丁寧なお辞儀をするオスカーに怯える市民の声が投げ掛けられる。そんな彼等に、オスカーは優しく、慈悲深い笑みを浮かべる。

 

 

「『適合者』を、探しております。救済と破壊を思うがままに成せる者、『八神博士の遺産に選ばれし者』を」

 

 

軽く手を叩くと、複数人の兵士が大きな箱を運んできた。分厚い材質の物質で構成されているその箱は、中身すら感知できない。

 

しかし、よくない物が存在していることだけは分かっていた。

 

 

「────さぁ!選びなさい!この中に、貴方の担い手はいますか!?いるならば!その者の元へ向かい!覚醒してください!─────世界を焼いた『終末の王の剣』よ!!」

 

 

そう叫び、オスカーはその箱を力強く叩いた。いや、より正確には内側にいる何かを起動させるように、触れたのだ。直後、箱の中にある『モノ』が反応したのか、未知の素材を通して、床へと何かラインが走り出した。

 

 

深紅の色をした不気味な光の筋。それはまるでこの場にいる人間を一人一人確認するように広がっていく。困惑し、恐怖に震える人々の足元へと通っていき─────何事も無かったように、その光を消した。

 

 

不気味な静寂だけが残る。

沈黙を貫き、変化の起きない現状に、オスカーは本当に残念そうに溜め息を吐き出した。

 

 

「…………どうやら、この場に『適合者』はいなかったようですね。残念、実に残念です」

 

「───どうしますか?オスカー隊長」

 

 

対応を求める兵士に、オスカーが優しく微笑む。胸元に手を添え、空を見上げながら告げた。まるで祈るように、自分の言葉に間違いなどないというように。

 

 

 

 

 

「全員殺してください。彼等にはいずれ目覚めるであろう機神、その贄となって貰いましょう」

 

 

残酷かつ無慈悲な命令を。

絶望する市民達に兵士は迷いもしなかった。全員が銃を構え、囲まれた人々へと狙いを向ける。

 

 

子供だけは助けてください! と叫ぶ大人がいた。 しかし兵士達は何一つ気にかけることなく、銃口を正確に定める。引き金に掛けた指に力を込めようとした、瞬間。

 

 

 

 

 

 

蒼い光が、近くを吹き飛ばした。

 

 

「がァッ!?」

 

「な、何だ!?何が起こった!?」

 

「───敵襲!敵襲だ!」

 

 

至近距離で炸裂した衝撃に薙ぎ払われる兵士が数名。市民を殺そうとしていた全員が慌てて照準を外し、攻撃のしたであろう方向を探ろうとする。

 

 

混乱に包まれるその空気の中、並んでいた他の二人がオスカーへと視線を向ける。二人の視線を受けながらも、オスカーは反応すらせず、ただ不気味な雰囲気を纏わせながら笑っていた。

 

 

「────来ました、ねぇ」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「……………」

 

「…………セシリア」

 

 

密かに通路の影に隠れていた一同、その一人だったセシリアがISを展開したまま、口を閉ざす。スターライトMarkⅢを構えている彼女の行為は、当然誰も命令も受けていないものだ。呼び掛ける龍夜だったが、すぐに個人通話(プライベート・チャンネル)を開く。

 

 

それを理解したのか、セシリアは通話の中で漏らすような声で話した。

 

 

『───申し訳ありません。ですが、見ていられませんでした』

 

『いや、正しい判断だ。一般人の身を守るという点ではな。合理性は気に掛けなくていい』

 

 

そう言いきった龍夜は通信を解除し、イレイザ中将達へと振り向くと────深く頭を下げた。

 

 

「申し訳無い、イレイザ中将。俺の判断で、彼女に攻撃を許可をしました。命令無視の責任は俺にあります」

 

 

驚愕の表情を浮かべるセシリア。龍夜が率先して自分を庇う事を予想していなかったのだろう。

 

そんな龍夜の対応に、イレイザは特に気にしてはいない様子だった。

 

 

「いえ、お二人ともに責任はありません。お気になさらず」

 

「………じゃあ、旦那。もう黙って見てる訳にはいかねぇよなぁ、お嬢様が先陣切ってくれたんだ。アタシ等も本気で開戦しても良いだろ?」

 

「その前に、確認しておくことがあります」

 

 

やる気が満ちているであろうフロルに、イレイザが人差し指を立てたがら話す。

 

 

「敵がISに匹敵する兵器を有している話は既に把握してます。恐らく、リーダー格と思われるあの三人が所持している可能性が高いです」

 

『隊長』と呼ばれていた三人組。あの三人が生身でいるとは思えない。何より、連中がアナグラムから離反してきた面子ならば、『あの兵器』を有している可能性が高い。

 

 

「蒼青龍夜様、セシリア・オルコット様、そしてフロル。貴方達にはあの三人の対処をお願いします。もし彼等に危険性がない場合は、各々の判断で捕縛し報告してください」

 

「了解」

 

 

そう言いながら、三人はISを展開する。彼等が外へと飛び出し、先陣切って出向く。

 

 

その間に、イレイザは後方にいる二人に声をかけた。

 

 

「クーリェ、君は私と共に敵兵の排除及び一般人の救出・護衛を頼みます。無論、貴方もですよ、エヌ」

 

「…………うん、わかった」

 

「ま、やるからには完璧にやるから。任せてくれよ、司令官様」

 

 

瞬間、微笑みを消したイレイザが指を鳴らす。彼の動作に反応するように、無人兵器群が一気に起動する。指示を待つ兵器達を従えながら、イレイザ達は戦場へと踏み込んだ。

 

 

「それでは、本作戦を開始します。皆様、どうか気を付けて、最善を尽くしてください」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

戦闘が始まり、兵士達と無人機が激突した。

機関銃より強力な新型ライフルを用いる兵士達の弾丸の雨に、大型の盾を有した無人機『フォール』が横に並び、名前の通り『壁』を作っていた。

 

 

『壁』の背後から砲台を有した無人機『カノン』がその場に両足を固定し、何発もの装弾を打ち上げ、兵士達の至近距離で空気の爆裂を響かせる。

 

 

「こ、このままでは!────『隊長』方!どうかお力を!このままでは全滅してしまいます!」

 

「────ふん、『シュコー』何をしている『シュコー』」

 

 

明らかに圧倒されていく兵士達の悲鳴に、『隊長』の一人が呆れたように侮蔑の色を見せる。口元を覆うマスクに接続されたチューブを外し、青年は空へと手を翳す。

 

 

 

 

 

それを真下に振り下ろした瞬間、無人機の一部が吹き飛ばされた。暗闇から放たれた、衝撃波の塊によって。

 

 

青年は、簡単に倒せた無人機に興味などはなく、それに追い込まれていた兵士達を見下すような、嫌悪感剥き出しの顔で吐き捨てる。

 

 

「機械如きに遅れを取るとは。殺しを楽しませてやったんだ。少しは役に立て、屑どもが」

 

 

そう言いながら、青年は残りの無人機を一掃するために腕を再び振り上げる。

 

 

「────消えろ、鉄屑ども」

 

「そうは────させるかよッ!!」

 

 

音速のISが、突っ込んできた。瞬間、無人機を消し飛ばそうとした攻撃をISへと切り替える。しかし、放ったはずの空気の砲弾は凄まじい速度で旋回するISに軽々と回避された。

 

 

ブォンッ! と空気を蹴るように、フロルは風となった。爆音と風を率いて、無防備な青年を捉えようと手を伸ばす。

 

 

 

 

「────サマエルッ!」

 

青年がそう叫んだ瞬間、新しい動きを察知したフロルが空気を蹴り飛ばす。空間の炸裂と共に弾け飛んだ彼女のいた場所を、巨大な何かが通り過ぎた。

 

 

足を止めたフロルは、巨大な何かを改めて確認する。

 

 

金属で構成されているが、手足がなく、不気味にうねるような形。頭の部分はモノアイを搭載した装甲を纏っているが、その全体像から巨大な蛇のように思えた。

 

 

「デッカイ蛇だな、ソイツがアンタの武器か?」

 

「───答える義理はない」

 

「そうかよ。なら、名乗り合おうぜ、アタシはフロル。ロシア最速の代表候補生さ!」

 

「─────イヴ、お前を殺す敵の名だ。それだけ覚えて死ね」

 

 

それが皮切りとなり、フロルが動く。超速で突撃するISに、青年 イヴはサマエルと呼んだ機械蛇を操り、衝突させる。

 

 

 

◇◆◇

 

 

その一方で。

椅子に腰かけたオスカー。彼の前に、『プラチナ・キャリバー』を纏った龍夜がいた。迷うことなく彼は、目の前の敵に銀剣を突きつける。

 

 

「────お前がこいつらの司令官だろ」

 

「………ええ。察しがよろしいようで」

 

 

オスカーは不適に笑い、目の前の龍夜を見据える。それからすぐに周りを見渡してから、溜め息と共に立ち上がった。

 

 

「さてさて、イヴも、エイツーも動いたからには、私もどうやら本気で戦わなければいけないようだ」

 

「────『幻想武装(ファンタシス)』、か」

 

「おや、そこまで認知されているとは…………しかし残念、正確ではありませんね」

 

 

何? と顔をしかめる龍夜。そのままオスカーは淡々と話を続けた。

 

 

「我々はアナグラムのような、我が身可愛さの為に力を求めぬ愚者とは違います。我々は彼等とは違い、変革と進化を求め、新たなる力を手に入れたのです」

 

「…………」

 

「幸運な貴方にお見せしましょう!力をもって世界を変革する我々の新たな力!『幻想武装(ファンタシス)段階覚醒(オーバーシフト)』を!!」

 

 

直後に、オスカーの瞳から眩しい光が溢れ出す。その光は形を持ったように大きな輪を作り、天空に咲き誇る。薄暗い空間を照らし出す激しい光に龍夜の視界が覆われるが、すぐに光が消え去ったのか、視界が元に戻っていく。

 

 

目の前に立っていたのは、光を纏ったオスカーだった。両腕や両足には縛りつけるように光の輪っかが何重にも並んでおり、その背中にはカーテンのような翼が左右に取り付けられている。

 

 

 

 

極め付きには、頭の上に浮かぶ光の輪。その姿は正に、『天使』であった。

 

 

「ご覧なさい!この姿こそが!神に選ばれし御使いたる私の姿!聖なる執行者の、偉大なる姿を!そして、貴方を滅する者の姿を!!」

 



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第40話 幻魔弾丸/天戒光輪

すみません!何日か遅れてたのは他の小説に手をつけてたからです!スランプとかゲームに熱中してたかとじゃありません!信じてください!!(必死の言い訳)


「ッ!皆さん!早く逃げてください!」

 

 

空中で狙撃を行いながら、セシリアは兎に角そう叫んだ。戸惑っていた市民達は明確な行動を与えられることで、すぐに動き出す。

 

 

戦場から逃げ出そうとする一般人達。彼等の無防備な背中を、敵は見逃そうとはしなかった。

 

 

「全員殺せ!オスカー様の命令だ!一人たりとも生かして帰すな!」

 

「そんな真似!させませんわッ!!」

 

 

市民達に銃を向ける敵に、セシリアは威嚇射撃を繰り返す。ISの武器はどれだけ重装備であろうとも、人間を殺せる力はある。

 

 

彼等のすぐ近くを撃つことで、衝撃により敵を無力化させる。スターライトmkⅢだけでは間に合わないと判断したセシリアはビットを六基、その内の四基を制御し攻撃手段を増やし市民への攻撃を止めるために、迎撃を繰り返す。

 

 

 

その最中、直後だった。

ビットの一基が空中で爆裂した。何が起こったのか、セシリアは戸惑いはしたがすぐに撃ち落とされたと理解した。

 

 

ハイパーセンサーで辺りを確認すると、相手が分かった。大型の狙撃銃を片手で持ち上げる眼帯の男。兵士達を束ねる三人の隊長、その一人である。

 

 

「エイツー隊長!我々も援護します───」

 

「不要だ。お前達は雑兵の相手をしていろ。ISの相手は、私達が努めよう」

 

 

声をかけてきた部下達をあしらい、エイツーが向き直る。セシリアの顔に睨み、淡々と告げた。

 

 

「────セシリア・オルコットだな」

 

「………私を知っていますのね」

 

「楽観的な意見だ。お前達の事は全て把握している。この段階でありながらその質問とは、些か緊張感が欠けているな」

 

 

ガコン! と狙撃銃から空となった薬莢が排出される。片手をスライドパーツに添え、弾丸を装填する様子を見せたエイツーに、セシリアは狙撃の構えを取る。

 

 

エイツーは迷うことなく銃口をセシリアの方へと向け、引き金を引く。炸裂する音が響いたが、それは狙撃銃から放たれた音ではなかった。

 

 

バレルに閃光が直撃し、完全に破壊したのだ。焼け落ちた表面から煙を発し、地面に転がった狙撃銃のパーツを見ながら、エイツーは冷徹に片眼をセシリアに定めた。

 

 

「流石だ。正面から直接狙う仕草で警戒を誘い、死角からの狙撃で私のライフルを破壊するとは。BT試作機を使いこなすだけはある」

 

 

嘘偽りはない、本気の賞賛だった。しかしそれも一瞬。エイツーの瞳の色が全く別物へと切り替わった。

 

 

「───同時に、落胆した」

 

 

この言葉も、嘘ですらない。どちらも本心で言っているのだ。冷酷に、選定するような口で話していく。返答や反論すら求めてないその言葉は一方通行だった。

 

 

「今のが、最後のチャンスだ。()を殺すことができた、最大の好機だ。()を無力化するための選択だろうが………それが悪手と後悔するだろうな。死ぬ直前になって」

 

 

そう言いながら、エイツーは半壊した狙撃銃から手を離す。破片が辺りにばらまかれるのを無視し、エイツーは右手のグローブを脱ぎ捨てる。

 

 

唐突な行いに困惑しながらも、セシリアは警戒を隠さない。だからこそ、右手に何があるのか確認して─────思考が理解を拒んだ。

 

 

 

「────なっ!?」

 

 

右手の甲にあったのは、何らかの小型装置であった。その装置には見覚えのあるデータ端末────『メモリアルチップ』が組み込まれている。『幻想武装』の基盤(コア)となる装置は手の甲に取り付けているのではなく、肉体に無理矢理縫い付けるようにして固定されていた。

 

 

幻想(ファンタジア)─────浸蝕(インペリウム)

 

 

直後、その装置から全身に不気味な光が浸透していく。腕から胴体へ、胴体から腰や頭部へと。全体に広がっていく禍つ色の光が染まり、実体のように広がった黒がエイツーを飲み込んだ。

 

 

禍々しく揺らめく黒い塊だったが、内側から放たれたであろう閃光によって穴を開けられ、呼応するように砕け散っていく。

 

 

舞う黒の破片を払い、現れたエイツー。眼帯で覆われていた左目は顕在しているわけではない、ひび割れたような亀裂が肌に走っており、瞳のあるはずの眼窩には黄色に近い光が宿っている。

 

 

セシリアが何より警戒したのは、彼の右腕。肘から先の部分が全く別の物質で構成された槍のような装備へと変形していた。長さにして一メートル程。それだけ見れば大して危険には思えないが、セシリアはある違和感に気付いていた。

 

 

(狙撃銃が────無い。あんな一瞬で消えるとは………まさか、あの男が取り込んだ?)

 

 

「────『幻魔複合 アンノウン』」

 

 

右腕の槍の装甲を片手で動かすエイツー。開いた装甲の中にあったのは、分かりやすい空洞だった。恐らくはそこに何かを組み込むのだろう。

 

 

突如空間へと突き出された左手が開かれる。掌にあったのは、左目と同じ、黄色い光の亀裂。瞳のように展開されたそれに不気味というべきか、嫌なものを感じ取る。

 

その瞬間、彼の掌の亀裂が大きくなる。いや、内側から何かが溢れるように膨れ上がっていた。

 

 

「───『サンダーバード』、『スカイフィッシュ』抽出」

 

 

掌で掴めるほどの大きさの球体。それも二つ、エイツーの掌から出てきたそれらは、彼の隣で漂っていた。内側に何らかの物質かエネルギーを内包する球体を、エイツは左手で操作する。

 

 

「装填」

 

 

撫でるように操った二つの球体を、右腕の槍へと格納する。球体が槍の中へと装填された瞬間、エイツーの全身へと、二つの光の筋が伝わっていく。

 

 

バチッ、と空気が弾けた。気のせいではない。エイツーの周りの空間に青いプラズマが複数生じていた。プラズマがギリギリ当たっているのか、いや彼が発生させているのか、後者の方かもしれない。

 

 

警戒の構えを崩さないセシリアの前で、エイツーが深く身体を下げる。両足を曲げ、腰を落とすエイツーの全身から放たれるプラズマの量が増幅していく。

 

 

そんな中、静かに口を開いた。

 

 

「無知だろうから、予め忠告しておく」

 

「…………っ?」

 

「俺を狙撃しようと思っているのなら無意味、その逆だ。狙撃されるのはお前の方だ」

 

 

バヂ───ッ!

 

と、焼ける音が響いた瞬間、エイツーの姿がセシリアの視線から消えた。

 

 

 

 

 

「──────なッ!?」

 

 

視界から消え去ったエイツーを探すために辺りを見渡す。しかし、それらしき姿も、影すらも見えない。ハイパーセンサーで何処に移動したかを探ろうとしたその時、

 

 

セシリアの鼓膜に、熱を帯びた音と、着弾の音が響き渡る。意識を向けると、『ブルー・ティアーズ』のシールドが削られていた。真後ろからの不可視の銃撃によって。

 

 

振り返った先で、エイツーが右腕の槍を此方へと向けていた。そこでセシリアは変異した右腕が槍ではなく、銃であると理解する。

 

 

「くッ!ですが、姿さえ見えれば───!」

 

「───甘いな」

 

 

振り返り様に狙撃するが、放ったレーザーはエイツーの身体を透き通るだけだった。命中などしてなく、移動の際に生じた残像だったのだ。驚きが衝撃となって全身を巡るが、すぐにセシリアは正確に狙撃を行おうとする。

 

 

しかし、

 

 

(──────速いッ!ハイパーセンサーでも、捉えるのがやっとなんて────!)

 

「当然だ、雷を見てから回避できる人間がいるか?」

 

 

エイツーは凄まじい速度で飛び回っていた。いや、飛び回っている様子すら見えない以上、瞬間移動を行使している可能性すら有り得る。しかしセシリアが見ている光景は、そんなものではない。まるで雷撃のような光が、炸裂するような音を繰り返しながら、周囲を駆け巡っていく。

 

 

 

ようやく動きらしきものを補足出来たと思えば、エイツーは真後ろに立っていた。そして無防備なセシリアの背中へと光弾を撃ち、意識を向けようとしたその時には音速の勢いで瞬間移動を行う。

 

 

「───!『ブルー・ティアーズ』!」

 

 

そう呼称された武装、撃墜された一基を除く三基のビットがセシリアの思考を受け、飛び立つ。残影を生み出すほどの超速であろうとも、オールレンジ攻撃になら対応できないと思ったのだろう。彼女は計三基のビットを操り、エイツーを包囲しようとする。

 

 

「そう来ると、思っていた」

 

 

バジュンッ! と、高速で駆け回るエイツーの右腕の銃からの光弾がセシリアに命中する。ビットの制御に意識が削がれていたセシリアにそれを避けることも出来ない。シールドが削られた反動に従って、無意識にビットから意識を外してしまう。

 

 

「そして、ビットを操っている最中は狙撃が行えない。逆も然り」

 

 

空中に制止したビットが一つ、撃ち落とされた。一瞬で狙撃を行ったエイツーは直立の姿勢から姿を消し去り、音速の風へと戻る。

 

 

スターライトmkⅢを構え直し、エイツーを何とか捉えようとする。しかし、セシリアが残像からエイツーの居場所を探そうとした時には、

 

 

 

「何故、自分の手が容易く見透かされているのか。そう思ったか?」

 

 

真後ろに立つエイツーが銃口を向けていた。振り返ろうとしたセシリアの真横を、光弾が通過する。エイツーの無言の威嚇を受け取ったセシリアは歯噛みしながら、背を向けるしかない。

 

そんな彼女に、エイツーは淡々と語っていく。

 

 

「答えてやろう。情報が筒抜けということだ、お前達の戦闘データはな。離反する前のアナグラムに、機密データとして保存されていた」

 

「………ッ!」

 

「篠ノ之箒以外の専用機のデータは全て記憶している。情報さえあれば、対処など容易い。この面子の中で警戒していたのは実戦慣れしているラウラ・ボーデヴィッヒと一番実力のある蒼青龍夜だけだ─────こうも単純なお前とは違ってな」

 

 

その一言に、セシリアの思考が強い熱を帯びた。エイツーの銃口から少しでも離れるように、瞬時加速で距離を広げようとする。

 

 

彼女の背中を狙い撃つように、エイツーの追撃の弾丸が放たれる。だが、セシリアが懸念したものではなく、三つの弾丸は彼女から逸れるように、地面や瓦礫に突撃するだけに終わった。

 

 

という考えを、瞬時に否定する。

 

 

 

(いや、こんな距離で外すなんてことは─────まさか!?)

 

 

セシリアが疑問を覚え、その理由を模索しようとした時、足元の地面から弾丸が飛び出してきた。別方向に着弾したはずの銃弾が軌道を変えて自分を狙ったのだ、と予想が着いたが、既に遅かった。

 

 

銃弾の中にあるモノが膨れ上がり、爆発する。連鎖的に広がる雷撃と爆風の嵐に、エイツーは右腕の銃をゆっくりと下ろす。

 

 

彼の意識はセシリアから離れていた。それも当然。エイツーの目的はセシリア達、IS操縦者の抹殺などではない。彼等の勝利条件である民間人の殲滅。

 

 

今も逃げ出している市民達に冷徹な瞳を向け、告げた。

 

 

 

「────次」

 

 

 

◇◆◇

 

 

「────ハッ!どうしたよ、アタシはまだ全速力じゃないぜ!」

 

「クソ!鬱陶しい奴だ!」

 

 

少し離れた場所で戦っているフロル。相対するはイヴと名乗る青年と、彼が操る全長十メートルを優に越える巨大な機械蛇 『サマエル』。

 

『サマエル』はその巨体に相応しい少し鈍い動きで、大きく開いた口で食らいつこうとしてくる。いや、その大きさからして呑み込もうとしていると言うべきか。

 

 

しかし、フロルは凄まじい加速で容易く回避する。空振りした機械蛇は辺りの瓦礫を巻き込み、惨劇を引き起こす。その被害を受けたであろう仲間達の呻き声を耳にしたが、イヴは最早気にしてすらいない。

 

 

「何をやってる!『サマエル』!いくらあの女が速くてもそれだけだ!それをこうも翻弄されるとは!」

 

「まぁまぁ、無理を言いなさんなって。そりゃアタシのISが優れてるからさ」

 

 

苛立ちを覚え、サマエルへ怒鳴るイヴの近くに、フロルがいた。ISの機能で空中に浮かぶ彼女に、イヴは本当に不愉快そうな顔で睨みつける。

 

 

それを受けても尚、不快感を示さないフロルは爽快と言わんばかりの笑顔を見せた。

 

 

「アタシのIS、『ストリボーグ』は風を操れる。ま、イタリアの『テンペスタ』のように風を自在に操れる訳じゃない。『ストリボーグ』は風を発生させ、それを束ねる事が本領だ」

 

「…………自慢のつもりか?風を束ねた所でお前に何が出来る」

 

「へへ、まぁ聞いとけよ。アタシのISは最速の名の為に開発された玄人専用の機体って言われててさ。他のISにあるような装備は搭載されてないんだよ。重すぎるって理由でな。あるのはビームエッジと機関銃とかの小さい飛び道具だけ。ホントにピーキー過ぎるよな」

 

「…………ッ」

 

「ようやく理解(わか)ったか?ならもう、言っても良いよな?」

 

 

最速と呼ばれたロシアの第三世代、『ストリボーグ』。速さだけに特化した故にISの長所の一つである重装備を纏えず、IS同士の戦いではあまり有効打になるとは思えない装備だけとちう機体。

 

本来であれば、失敗作として放置されても可笑しくないのだ。かつての白式のように。なのにそうならず、ロシアが代表候補生に与えているという事は、結論は全くの逆であることが分かる。

 

 

その速さが、『ストリボーグ』だけの武器だと理解されたのだ。

 

 

「『ストリボーグ』の速さは!そんな小物だけで充分なくらいの強さって訳だ!!」

 

 

瞬間、爆風が吹き荒れる。足元のユニットから蓄積させた風を放出させた『ストリボーグ』が音速を越える速度で空を駆け巡る。

 

あまりにも速い、ISでしか出せない速度。しかしイヴはそれを嘲笑う。彼も生身の人間ではない、その速さに目視で追い付いているのだ。

 

 

「馬鹿が!所詮速いだけの羽虫だろうが!サマエル!喰らうのは後だ!そのクソ女を叩き落とせ!!」

 

 

イヴの命令に応えるように、サマエルが金属が摩擦するような音を響かせながら大きく動き出す。上空で加速する『ストリボーグ』の姿を捉えると、全身を持ち上げて近くの瓦礫を空へと打ち出していく。

 

 

うぉ! とフロルも流石に驚いた様子だが、サマエルは攻撃の手を止める様子もなく、むしろ続きの砲撃を繰り出す。その瓦礫の一つが、急に動きを止めたフロルへと直撃する。

 

 

 

しかし、喜ぶのも束の間。砕け散るはずの瓦礫は『ストリボーグ』に当たる直前に両断される。瓦礫を貫通し飛来したそれはサマエルの装甲を切り裂いた。

 

 

『───ッ!────!!』

 

「言っとくけど、アタシの腕や足にあるスラスターが飛ばせるのは風だけじゃないんだぜ?エネルギーブレードも、風に乗せて射出できるの、さっ!!」

 

 

続け様に空中で蹴りを放つフロル。彼女の脚に搭載されたユニットからビームエッジが展開されたと思えば、スラスターによる圧縮された風の砲弾によって発射された。

 

 

それら複数の風の刃が、『サマエル』の装甲を切り裂く。金属音の絶叫を響かせる機械蛇がのたうち、力無く崩れ落ちる。

 

 

ゆっくりと風を制御し、空中から地面へと降り立つ。砂煙の向こうにいるイヴへと語りかける。

 

 

 

「ま、こんなもんか。さて、どうすんだ?アンタの蛇はもう────」

 

 

フロルの声が途切れた。

理由は目の前に見える光景。晴れていく煙の向こうに見えるもの。

 

 

部下二人の首を持ち上げて風の刃を防いだイヴの姿がそこにあった。

 

 

「い………イヴ、様ぁ………?」

 

「何故………俺達、を…………ぉ?」

 

「────フン」

 

 

震える声と共に鮮やかな血を溢れさせ、兵士が疑問を漏らす。当然、イヴはそれに答えない。不愉快そうに顔を歪め、兵士二人を足元に転がした。

 

 

「………仲間を盾にするとは、中々にヒドイ奴だな」

 

「訂正することが二つある。一つ、コイツらは仲間じゃない。戦争でしか生きれず、自分よりも弱い奴等を殺すことに快楽を覚えたクソの集まりだ。一緒にしないで欲しいな」

 

「ふぅん。アンタ想像以上に性格悪いな」

 

 

思わずフロルも悪態をつく。好きに言えばいい、とイヴが吐き捨てる。どうやら上の方は仲間意識が致命的に低いらしい。自分の部下を犠牲にしても尚、侮蔑を向ける程には。

 

 

「それともう一つ。コイツらは盾にするんじゃない」

 

「あ?」

 

「俺の駒、俺の武器だ」

 

 

瞬間、兵士達の身体から黒いモノが突き出した。鋭い棘だった。それが連鎖するように、棘が全身から生えてくる。兵士の悲鳴はない。代わりとして、獣のような咆哮があった。

 

 

絶句するフロルの前で、兵士の亡骸から何かが這い出る。いや、死体が別のものへと変換されていく。黒い異形。人間のように二本の手足を有した獣。顔もなく、口もなく、淡い白の光を二つ灯したそれらは人間ではない、全く別の物質で構成されたものだ。

 

 

「改造か、本当に悪趣味なヤツだな」

 

「フン、これだから馬鹿は嫌いだ。自分の見たものを真実として決めつけ、そう判断した口で偉そうに吠える。その間違いを正すために、教えてやる」

 

 

両手を広げるイヴ。その掌を握り締め、彼が告げる。

 

 

「俺の力は『幻想武装』ですらない、神の領域にまで到達している」

 

 

瞬間、近くの地面が隆起し、中から黒い異形が何体も現れる。基本的に全てが人の形をしたものであり、その殆どが人間とは形容しがたい存在である。

 

 

無数の怪物を侍らせたイヴが、不適に笑う。端から見れば、狂気に近い悪意を滲ませて。

 

 

 

「『材料』もまだ残ってる。役立たずの部下どもも、逃げてる集落の人間も、全員使っても問題ないんだ。いくらお前のISが速かろうと、圧倒的な物量で叩き潰す」

 

「────っ」

 

「足掻けよ、選ばれた人間気取り。本物の兵器の力ってものを見せてやる」

 

 

イヴが指示を送った瞬間、黒い異形が一斉にフロルへと飛び掛かる。彼女も『ストリボーグ』の風を束ね、迎え撃つように突撃した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

無数の光が、炸裂する。地面に直撃した瞬間に内側から呑み込むように爆発する閃光が、何度も起こる。

 

 

それによって生じた砂煙の中から、『プラチナ・キャリバー』を纏った龍夜が飛び出す。全身を鎧で覆う騎士風の形態『ナイトアーマー・フォーム』のまま、彼は両手に備えた盾と剣を構え、次なる攻撃への行動に移る。

 

 

「ハッ!ハァッ!!」

 

 

砂煙から飛び出し、上空へと飛来するオスカー。天使の姿に近い『幻想武装(ファンタシス)』を展開する彼は、その姿を誇示するように光の翼を大きく広げる。

 

 

その翼から、円が生じる。光のラインで構成された輪っかのようなものは、中心に光を収束させると、光線を射出する。

 

 

無論、ただ受けるだけの龍夜ではない。自分へと狙いを定めた閃光を防ぐために、自らの武器の一つ、『銀光盾(プラテナ・シールド)』を翳す。

 

 

二つの光線を受けた『銀光盾』に、振動だけが伝わる。白銀の装甲に防がれた光の粒子は弾かれてすぐに、盾自体に吸い込まれていく。

 

 

「!お前の光が強かろうが!俺の前ではエネルギーに変わりはない!」

 

(エネルギー最大まで─────45%!その間、空にいる奴を墜とす!試作品を使いたくはなかったが、出し惜しみする訳にもいかない!)

 

 

そう決断するや否や、龍夜は切り替えた。

近くの瓦礫の山を長剣で切り崩す。適度なサイズとなった瓦礫の塊を盾で軽く弾き、宙に舞ったそれらを剣の腹で飛ばしていく。

 

上空の天使に、瓦礫の砲弾が効くとは思っていない。奴が瓦礫を打ち消すのは五秒以内。短い時間だが、それが欲しかった。

 

 

隙を逃さぬように、長剣を盾に組み込まれた鞘へと納める。片手で持ち込んでいたケースのロックを解除し、開く。中に内蔵された複数の鉄の塊、そのトリガーに指を掛ける。

 

 

「────“セット”」

 

 

その言葉が、スイッチとなった。

鉄の塊に電気が流れ、連結した装置が起動していく。格納部から伸びたケーブルが盾の一部に接続され、瞬間的に鉄の塊が変形を開始する。

 

 

背中と盾にケーブルを連結させたのは、一つの鉄塊。横に伸びる形状をしたそれは、龍夜が試作段階まで製作していたISの兵器であった。

 

 

その名こそ、

 

 

「─────試作型可変機銃・零式」

 

 

ガコン、と最終段階の変形が終わる。龍夜は大型の銃、試作型可変機銃・零式の持ち手を片手で掴む。生身の人間ならば両手でも持てないであろう重量の銃はISを纏った状態でなら、軽いものである。

 

 

瓦礫により視界を遮られたオスカーへと照準を向ける。そして迷うことなく引き金に指を掛け────掃射した。

 

 

 

ドッ、ドドドドドドドドドド───────ッッ!!!

 

 

銃口から無数の弾丸が放出される。真下から降り注ぐ弾丸の雨に、オスカーは露骨に嘲笑する。背中の翼を大きく広げ、自身の身体を包み込む。カーテンのような光の翼はあらゆる実弾も弾く鉄壁の防御。そう簡単に破れるものではない。

 

 

そう自負していたオスカーの腹が抉れた。光の翼を貫通した弾丸によって。

 

 

「ぐ、ゥ!?」

 

(違う!実弾ではない、エネルギー弾ですかッ!)

 

 

焦ったオスカーは翼を羽ばたかせ、後方へと避ける。逃がさないという決意を見せる龍夜によって射線は変えられ、エネルギー弾の雨がオスカーへと迫る。

 

防御は意味を為さない。ならば、相殺すればいい。そう判断したオスカーの行動は早かった。

 

 

「大いなる御使いの光!受けよ!『神聖なる光の雨(リヒトセント・アローズ)』!!」

 

 

翼から無数の光線を放ち、機関銃のエネルギー弾を撃ち落とす。文字通り光の雨によって攻撃を防いでいくオスカーだが、その合間に龍夜も次の手を取る。

 

 

 

「───機銃変形、『装甲砲』」

 

トリガーに掛けた指が別のスイッチを押すと共に、可変機銃がその機構を変えていく。もう一つ残されていたケースを開閉し、その中身の塊を組み込み、砲身の伸びた機銃を構える。

 

 

盾から手を離し、オスカーへと照準を向ける。露出したバレルを固定し、エネルギー弾から先程取り出した徹甲榴弾を装填し、迷うことなく撃ち込む。

 

 

爆音が響いた時には、もう遅い。

エネルギー弾を防ごうと弾幕を放つオスカーは異変に気付くが、光の雨では榴弾を防げない。だからこそ、攻撃を中断して自身を囲む翼で受け止める。

 

 

しかし、着弾した瞬間、徹甲榴弾に内蔵された機能が発動する。パイルバンカーを打ち込むように、内蔵された徹甲弾が光の翼を強引に突破した。

 

 

 

そして、徹甲弾がオスカーの腹に直撃した。

 

 

 

「が、あアッ!!?」

 

装甲を貫通する砲弾が、オスカーの腹を抉る。それだけでは済まず、腹に突き刺さった徹甲弾が破裂し、内部を破壊し尽くす。

 

『幻想武装』としての防御力が無いのか、或いは『幻想武装』の効力がない生身に直撃したからか、爆発に曝された天使は地面へと落下してきた。

 

 

目の前の敵に有効打を与えたことに安堵するのも一瞬、すぐに龍夜は自身の武器である銃を確認する。

 

 

「…………やはり、一撃が限界か」

 

 

先程の砲撃を行った機銃は完全に壊れていた。バレルや銃身が強力な熱と勢いに耐えきれず、内側から破裂している。破壊力故に、一発しか使えないというのは実に悩ましい。

 

 

(ま、改善すればいい話だ。一回で完璧なものを造れる程、天才ではないからな)

 

 

自らの開発した武器の今後を考えていた龍夜だが、ふと意識を目の前に戻した。瓦礫の山、オスカーが落ちたであろうその場所。そこにいたのは、瀕死の姿で倒れ伏す男ではない。

 

 

 

平然と、胴体に大きな穴を作りながら立ち尽くす天使の姿だった。

 

 

「…………心臓のある場所も抉られている。そんな傷で生きられる筈がない」

 

 

生身の人間ならば、だ。いくら『幻想武装』がISに匹敵する兵器であれど、それを纏う人間は普通の人間だ。銃で撃たれれば死ぬ、鎧があるからこそ拮抗できるのだ。

 

 

だが、目の前の敵はその常識から悉く外れていた。抉られた部位に光が集まる。粒子がその部分に収束していき、肉体を完全に補強していく。

 

 

修復、等ではない。『幻想武装』の内側の肌は生体のものだ。つまり、再生。ISでもそう簡単に実現できる現象ではない、肉体の完全復活であった。

 

 

変化がそれだけではないのは目に見えて分かった。オスカーの『幻想武装』、天使の姿が変容していた。翼が四枚へと変わり、天輪が肥大化している。何より、オスカーの様子がそれを証明していた。

 

 

「─────クフフ、フフフフフ。おぞましい、デスカ?私の、御使いたる天使の力ハ」

 

「…………」

 

「それもそうでしょう、ネ。私の力、『天聖光輪 エンゼル』は光を操る。ただの光ではなく、神聖なる裁きの光。つまり、神の力!」

 

 

狂気に染まったようなオスカー。彼は自身の状態に何ら疑問を持つことなく、険しい眼で睨んでくる龍夜へと酔いしれながら語る。

 

 

「ええ、疑問に思っているでしょう。私の力が更に増していることに。更に、光ある天の使いに近付いていることに」

 

「…………他とは違うやり方。『幻想武装』を取り込んだな、自分の肉体に」

 

「流石。聡明で何より、神がお喜びになるでしょう」

 

 

おそらくそれが、奴の語っていた『幻想武装(ファンタシス)段階覚醒(オーバーシフト)』だろう。生体融合することで、普通では発現しない機能を無理矢理拡張させていると思われる。体内の何処に埋め込んでいるか不明だが、心臓か脳のどちらかかもしれない。

 

 

 

「そしてぇ!私の力は未だ衰えず!更に威光を輝かせる!聖なる光、我が力の一端を受けるがいい、DEATH(デェス)ッ!!」

 

 

オスカーの両手に、光が生じる。無固形に揺らぐ光は徐々に形をなして、一つのリングへと変わる。左右の掌に白い光の輪を浮かばせるオスカーは高らかと叫びながら飛ばす。

 

 

「『聖光縛輪(ライト・リング)』ッ!!」

 

 

ブーメランのように、光輪が縦横無尽に飛来してくる。その動きは読みにくいが、間違いなく何かが仕込まれている。確信した龍夜は盾で受け止めることはせず、回避しようとして─────

 

 

 

「おや!避けてもよろしいですかねぇ!?」

 

「?────ッ!」

 

 

その意味に疑問を覚え、すぐさま気付いた龍夜はその場に留まる。『銀光盾』と銀剣によって二つの光輪を弾き返す。辺りに吹き飛んだ光のリングを確認しながら、ふと真後ろに意識を傾ける。

 

 

子供が、まだいた。

避難していた筈の市民が何故まだ戦場の中央にいるのか、謎に思ったが、子供の近くにいる大人の死体があることから、全てを理解する。

 

 

避難の際に流れ弾を受けた親を見捨てられず、ここに残っただろう。震えながらその場に座るしかない幼い女子を見た龍夜は、舌打ちを隠さない。無論、後ろの子供にではない。

 

 

「────お前」

 

「何か文句でも、ありますか?あの幼き少女は我々が連れてきた生贄、それを殺すだけなの、DEATH(デェス)ガ。つい偶々、貴方の後ろにいる時だっただけでしょう?」

 

 

天使は、恍惚した穏やかな笑みを浮かべながら答える。自分のしていることが当然の事だと疑わない様子だ。『幻想武装』による副作用か、自分の行いに酔いしれてすらいる。思わず、嫌悪感を剥き出しに悪態でも吐きたくなる。

 

 

(…………最悪だな。このままだとヤツの思い通りになる、子供を抱えたままヤツを相手取るに訳にはいかない。どうすればいい──────ん?)

 

 

何かに気付き、龍夜はふと息を吐き、小さく何かを呟く。それを意思表示と受け取ったオスカーが不適に笑う。

 

 

「おや?どうしましたぁ?その子を守る気がしなくなりましたか、ねぇ?」

 

「逆だ。お前の相手に専念できるようになった」

 

「…………?それはどういう─────」

 

 

答える間もなく、龍夜は破損していた機銃を前方へと投げつけた。オスカーが攻撃を行うよりも先に、火花によって起爆した可変機銃が爆発した。

 

 

破片が飛び散り、煙が広がる。オスカーの視界が遮られたことを確認した瞬間、龍夜の後ろから飛び込んでくる黒い影があった。

 

 

それこそが、龍夜が先程の通信で呼び寄せた援軍だった。

 

 

「────クーリェ・ルククシェフカ、早速だがその子供を頼む」

 

「………」

 

「何だ?」

 

 

黒いIS、『スヴェントヴィト』を纏うクーリェが不満そうな顔をしている。こんな状況で怒らせる真似でもしたかと思ったが、どうやら違った。

 

 

「…………長い。クーリェで、いいから」

 

「分かった。クーリェ、その子を安全な場所まで避難させろ。ヤツが攻撃してきたら、その時は俺がどうにかする。任せたぞ」

 

 

そう言い、クーリェに下がるように促す。やはり少し不満そうな少女だったが、龍夜の言葉に従い、子供の元へと駆け寄っていく。

 

一方で、龍夜は煙の向こうへと歩み寄る。オスカーとの距離を縮め、後ろにいるクーリェや子供を巻き込まないように近付く。

 

 

その時、煙の向こうで余裕そうに待ち構えていたオスカーが口を開いた。

 

 

「─────私の力、『聖光縛輪(ライト・リング)』に隠された力があるのは分かっていますね?」

 

「………自慢でもしたいのか」

 

「話を聞いた方がよろしいですよ。その隠された力とは、生身の人間に作用するもの─────『聖光縛輪(ライト・リング)』を受けた人間は、天使たる私の支配下にある」

 

 

興味ないと切り捨てるわけにはいかなかった。ここで話し出すのには何か訳があると判断し、黙って耳を傾けることしか出来ない。

 

 

「先程、部下が処刑された光景を見たでしょう。アレも、その力です。無論、仕組まれた人間は無意識のまま、当人の意思とは関係なく私に操られる。

 

 

 

 

そして、操る以外にももう一つ、この力で行えることがあります。支配下にある人間を────強制的に自爆させることです」

 

 

ゾワリ、と背筋に嫌な寒気が走る。気味の悪い、それ以上に不快なものだった。龍夜はある予想を、最悪な可能性を思い浮かべる。

 

 

それを、オスカーは容易く肯定した。

 

 

「察しが良いですねぇ。ええ、貴方の予想通り。私は集落の人間達全員に『聖光縛輪(ライト・リング)』を仕込んでます。この場に連れてこられたその時に」

 

 

 

直後だった。

 

この空間の外、唯一脱出できる通路の方から複数の光の爆発が起こる。驚愕する龍夜を他所に、光の連鎖は更に続く。その度に、多くの悲鳴が届いた。

 

 

だが、龍夜にはそちらを気に掛ける余裕はなかった。先程、の奴の言葉をまとめると、『連れてこられた全員に自爆させることの出来る光輪を仕込んだ』という事になる。

 

 

「─────クーリェ!!」

 

 

ならば先程、逃げ損ねていた少女も恐らくはオスカーによって仕込まれた爆弾であるはず。そう気付き、少女を連れて避難しようとするクーリェに全速力で追いつこうとする。

 

 

 

そして、少女の内側の光輪が破裂する。瞬間、膨大な光を周囲に撒き散らしながら少女は爆発を引き起こした。

 

 

「………クソッ、クーリェ。無事か?」

 

 

彼女から返答はなかった。先程の光の爆発を直に受け、当たり所が悪かったのだろう。軽く気を失っているだけで済んだ。少なくとも、少女が爆散する光景を覚えずに済んだだけでもマシなはずだ。

 

 

「─────おや、残念。一人くらいならやれるかと思ったんだが」

 

 

そこに、オスカーが平然と現れる。無論、良心の呵責を覚えてる様子など微塵にもない。

 

クーリェを近くに寝かせ、龍夜は立ち上がる。盾と剣を強く握り締め、目の前の天使を射殺せる程の強さで睨む。

 

激しい怒りを抑え込みながら、呟いた。

 

 

「生命を、何だと思っている………ッ!」

 

「神の所有物でしょう。それ以上もありませんよ」

 

 

何を当たり前なことを、と常識を疑ってくる顔。どうやらあの聖職者くずれは本気でそう思っているらしい。『幻想武装』による精神汚染を受けたか、或いはアレが奴の本性だかはどうでもよい。

 

 

アレは、生かしておくべきではない。自分が間違ってないと

最後まで正すことをせず、一生人を殺し続ける。おぞましい内面を宿す、人間の皮を被った化け物だ。

 

 

怒りが煮え滾る。子供すら爆弾とする悪逆、そう簡単に理解できるものではない。銀剣を握る力が増し、自身の鎧が少しずつ黒く染まっていくのも分かる。

 

 

龍夜の怒りに同調しながらも、それを鎮めるように銀剣が光を放つ。言葉もない強い意思に、龍夜は感情を留める。暴発しないように怒りの炎を少しずつ鎮火させていく。

 

 

「────?」

 

 

ふと、オスカーが何か気付いた。すぐ近くの瓦礫に紛れていた、謎の材質の箱だった。それが、小刻みに震えていた。内側から、何かが動いているかのような変化。

 

 

「まさか、共鳴しているのか………?蒼青龍夜の剣に、反応して─────そうか、そういうことか!?」

 

「………?何を言っている?」

 

「────おお、神よ!感謝いたします!これも貴方様のお恵みという事ですね!?まさか、こんな所にいるとは───」

 

 

困惑する龍夜を無視して、オスカーが叫ぶ。龍夜の持つ銀剣を見据えながら。

 

 

 

 

「第五のクインテット・シスターズ、聖王帝剣エクスカリバー!!」



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第41話 エクスカリバー

「第五のクインテット・シスターズ………エクスカリバーだと?」

 

 

思わず、敵であるオスカーに聞き返してしまう。龍夜としても驚きや疑念を隠せない。何故、敵がクインテット・シスターズという単語を知っているのか。

 

少なくとも、敵が何か重要な秘密を握っているのは確かだ。

 

 

「………クインテット・シスターズと言ったな。それは何だ」

 

「八神博士がISを基盤としたとされる五つの武装神機。あらゆる技術を超越したテクノロジーが搭載されている。正に、数百年先の未来を生きるISの究極形。いや、ISと比べるのは烏滸がましいですねぇ。いくらISであろうと────一機で世界を滅ぼすことは不可能なのですから」

 

「…………」

 

 

ISを基盤としながら、ISではない。その言葉にようやく胸の中にあった疑問が解決したように思えた。何故、自分だけがISを無力化する弾丸の効果を受けなかったのか。何故、ISとは明確に違う存在であるはずの銀剣が、ISとして平然と組み込まれているのか。

 

 

「────クインテット・シスターズは全五機。全てが武器の形状で存在していると聞きます。我々が求めていたのは四機、既に手中にある『レーヴァテイン』を除く三機、『トライデント』、『ミョルニル』、『ミストルティン』。そして、五番目でありながら最初に起動された例外。我等をしても情報すら掴めなかった『エクスカリバー』」

 

 

クインテットの名の通り、五つの武器が存在しているらしい。『レーヴァテイン』やら『トライデント』やら、恐らくは存在していた神話の武器を冠する名を与えられている。そして、自分のIS『プラチナ・キャリバー』に組み込まれた銀剣。鞘と双対する形であり、コアの役割を担う存在。

 

 

自分に与えられたISは、『エクスカリバー』という禁じられた兵器を隠すための簑だったのだ。

 

 

「『指導者』は、エクスカリバー以外の四機があればいいと言っていました」

 

 

天使、オスカーは手を伸ばす。龍夜に、いや彼の持つ『銀剣(エクスカリバー)』に。

 

 

「エクスカリバーは元より手に入る可能性が低いと。篠ノ之博士により回収されたのもある。何より、本来の運用は四機だけで良いとも言われていました」

 

 

光が、更に強くなる。輝かしく発光するオスカーの翼が、直視できない程になっていく。狂気に揺れる瞳を真っ直ぐと向けながら、オスカーは酔いしれるように叫ぶ。

 

 

「───ならば、エクスカリバーを手に入れたとしても。『指導者』はそこまで固執しない。つまり!その力を、私のものに出来るというコト!!」

 

 

恍惚とした笑みに、龍夜は怒りすら通り越した嫌悪感を理解する。この男は狂ってすらいない。最初からこうだったのだろう。社会から排斥されてここまで来たのも、必然であった。

 

一般の社会では、絶対に受け入れられるべきではない化け物だ。感性すら人間のそれではない。最初から、共感など有り得ないのだ。

 

 

「世界を滅ぼす事も救済することも可能とする人の手には過ぎた力!それが貴方の持つ武器!なればこそぉ…………私のように!神に殉ずる者にこそ!その武器は、エクスカリバーは相応しい!!」

 

「…………訳の分からない事を、好き勝手に言ってくれる。だが、一つだけハッキリ言ってやる」

 

 

自分の手にある銀剣を静かに見下ろす。カチカチと、金属の刃が小刻みに震えていた。間違いなく、『エクスカリバー』の、いや『ルフェ』の意思がそこにある。

 

 

明確な敵意を受け取り、龍夜は彼女の意思を代弁した。

 

 

「少なくとも、『コイツ』はお前に触れられるのだけは御免らしい」

 

「……………」

 

 

コキリ、とオスカーの首が曲げられる。光に染まっていても、瞳の奥に闇すら感じさせないその両目は、逆に不気味に写っていた。

 

 

微笑みのまま、首を捻るオスカー。その笑顔を固定したまま、四枚の翼を大きく広げる。そして、輝く。

 

 

「ならばぁ!!力ずくでも奪い取りましょう!!たとえ貴方の息の根を止めたとしてもォ!!」

 

「やってみろ、天使擬きの化け物め」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

No.812。それが幼かったエイツーに、大人達が与えた名前であった。

 

 

故郷無き子供達(ノンセーブ・チルドレン)』。紛争や事故で親を失ったり、棄てられた孤児達の呼称であり、彼等を保護する為の国連のプロジェクトである。

 

 

行く宛もない子供達を国連が全面的に保護する。その行いに誰もが賞賛し、世界中が援助する程であった。本当に素晴らしい話だろう─────表向きで見れば。

 

 

当然、国連も慈善事業でした訳はない。彼等はただ集めていたに過ぎない。いなくなっても探そうとしない、悲しむことのない子供達を。

 

 

用途はいくらでもあった。新兵器・新薬の実験。資金源のために外国の大金持ちに売り捌く等。その一つが、国連の私兵化である。

 

 

まだ幼い子供達を洗脳し、訓練し、都合の良い兵士へと育て上げる。その為にも、最初からあった名前や戸籍を全て消し去り、識別できるコードネームだけを与える。エイツーも、そのようにして自らの記号を手に入れた。

 

 

ナイフや銃の扱い方も、相手の殺し方も、全て数年の内に頭に入れて、身体に染み付かせた。単身で数十人の相手を殺せるように、生命よりも相手を討つ事を学ばされていた。

 

 

今までも、何百、何千の命を奪ってきた。自分達よりも年上である大人達も。戦場から逃げ出した敗残兵も。子供を連れた親も。必死に逃げる背中を、真後ろから撃ち殺していった。

 

 

 

後悔も、疑問もない。子供の頃から成されてきた教育は、エイツー────No.812にとって正しき事実。国連からの指示や命令も間違いない、絶対的なものであると信じて疑わなかった。

 

 

だが、ある人がそれを変えてくれた。

 

 

『────No.812、君はある男の直属として選抜された』

 

『名をクロノ、いや確か名字があるんだったか。これからの時代に適応するために調整された遺伝子強化体の究極形だ。一時期だけ、軍属として配備されることになった。彼の補助が君の使命だ』

 

 

いつも通り白衣の大人の命令に、迷いはなかった。そして配属元とされるクロノという人物とは、すぐに出会った。

 

 

『───初めましてだな。君が俺の直属の兵士か。名は何と言う』

 

『…………No.812です。クロノ様』

 

『堅いな。正式な上官という訳でもない。………そうだ、忘れるところだった。俺が蒼青(そうせい)クロノだ。よろしく頼む』

 

 

その男は、落ち着いていた。表情はいつも変わらず、人形か何かと一瞬思った。しかし、すぐに違うと判断した。その顔には、無機物のような冷徹さとは違う温かさがある。そういうものから欠け離れたNo.812には、理解が難しかった。

 

 

男、クロノに付き従い数ヶ月。No.812はクロノの事を理解しかねていた。

 

 

『………クロノ様。お聞きしたいことがあるのですが』

 

『?どうした、エイツー?』

 

『────そのエイツーというのは、私の事ですか?』

 

『No.812。812(エイツー)とした方が呼びやすいと思う。嫌なら言ってくれれば止めるぞ』

 

『…………勝手にしてください。私として、聞きたいことがありますので』

 

 

どう対応するべきか把握しきれない。体面とは裏腹に自由なクロノに戸惑いながら、No.812は疑問を呈示する。

 

 

『先程の姉弟、何故見逃したのですか』

 

『………あの子達か。別に標的でも無いだろう』

 

『我々が行った麻薬カルテルの殲滅は極秘です。あの姉弟により我々の活動を露呈する可能性が低くはありません。それ故に、範囲内にいる者は麻薬カルテルではなくとも始末する必要があります』

 

『……………』

 

 

某国の付近で活動する麻薬カルテルの一団。No.812達に与えられた命令は、その組織の抹殺であった。当然、情報は漏らしてはいけない。生存者は誰であろうと殺せ、と言外に命じられていた。

 

その命令に従い、殲滅戦に巻き込まれたであろう子供の姉弟を始末しようとした。しかし、No.812の行動を止めたのは他ならぬクロノ。彼は味方すらも誤魔化し、その領域から姉弟達を逃がした。

 

 

何故、命令を無視したのか。そこまでする価値があったのか、No.812には問い質す必要があった。それこそが、兵士(人形)として役割なのだから。

 

 

 

『───エイツー。国連に正義はあると思うか』

 

『当然です。我等は世界の平和を保つ必要な抑止力、正義であることは絶対のはずでしょう』

 

『なら無関係な人を率先して殺すことが正義か?証拠隠滅の為なら、それが許されるとでも?』

 

『…………国連の、正義を疑うのですか?』

 

『それが正義であるというのなら、弾劾するべきことだ』

 

 

平然と、そう言いのけるクロノ。流石のNo.812も驚愕を隠せなかった。不可思議、疑問視しているNo.812に対し、クロノは軽く笑いながら聞く。

 

 

『報告しないのか?俺の事を、国連に仇なす反乱分子と』

 

『───貴方のそれは単なる意見です。それだけで貴方を国連に反する者と想定するのは早計だと判断しました』

 

 

あくまでもクロノを始末した際に掛かる損害が並大抵ではないからこそ、下手な報告をする訳にはいかない。小心者な大人達はどれだけの損害が出るかも気にせず、クロノを処分しかねない。

 

自己判断のもとに、選択したまでだ。決して、別の意図があって庇ったわけではない。

 

 

『意外と気が回るんだな、お前も。義弟によく似てる』

 

『…………義弟?』

 

『あぁ、そっか。知らなかったんだったな。結婚してるんだ、俺は』

 

 

そこでクロノは丁寧に話してくれた。かつては国連が秘密裏に集めた科学者達に全身を改造され、生体兵器として造り出された存在であると。その後、国連の兵士として利用される前にとある女性と出会い、彼女に多くのものを教わったことを。

 

女性とその家族達は、兵器であった自分を人にしてくれたと。その女性と結ばれて、家族の一員になったと、クロノは嬉しそうに語っていた。その姿にNo.812は何故か落ち着いていた。どうしてか、分からなかった。

 

 

『エイツー、お前はきっとまだ分からないだけだ。もしお前も、家族や守りたい場所を得れば、きっと理解できる』

 

『…………クロノ様』

 

『目を背けるなよ、エイツー。お前は使い捨てにされる人形じゃない、人間だ。人間には心があるんだ。何時になってもいい、心に従って生きろ』

 

 

それから数日後、クロノは日本へと戻っていった。正確には、守るべき居場所に。彼との別れを経て、No.812は大いに変わった。

 

 

自分の信じた正義が揺らいでいた。どんな命令にも従い、対象を始末する。そのやり方に疑問が生じてきたのだ。躊躇いなく引いてきた引き金が重くなり、命を奪うことへの迷いがのしかかる。

 

 

それでも、確かに信じてはいた。国連は、世界の平和を守るためにあると。彼等の正義は、独善的なものではないと。やり方は苛烈であっても、正義の信念だけは消えていないと。

 

 

 

────用済みとして、左目を撃ち抜かれるまでは。

 

 

 

 

『────No.812。君の処分が決定した。子供すら殺せない兵士など価値がない。だが安心したまえ、君の仕事は他の者に任せよう』

 

 

同じように育てられた兵士達から狙われ、片眼を喪いながらもエイツーは必死に逃げ出した。もうあそこには戻れない。とある子供達のグループを逃がしたのを知られた事で、大人達はエイツーを『不要』と判断した。書類上で廃棄処分された以上、実際に処分されるのも時間の問題だった。

 

 

そうして逃げるエイツーだったが、一瞬だけ躊躇ってしまった。

 

 

『…………あの子達は』

 

 

自分が追われる原因となった少年少女のグループ。孤児であり、スラムで活動している彼等は、大人達の事情によって理不尽に処理される予定であった。それをエイツーは、かつての上司のように、見逃してしまったのだ。

 

 

無視して逃げるのは出来た。しかし、大人の会話に子供達を処分するという話があったのも思い出す。

 

 

だからこそ、向かってしまった。子供達が逃げた先であろう拠点に。追われている自分が余計な真似をするべきではないと理解しながら。

 

 

 

 

────その後、エイツーが見たのは、徹底的に燃やされた建物の残骸と、生きたまま焼かれたであろう子供達の焼死体であった。

 

 

 

 

その時ようやく、エイツーは理解した。

 

 

 

自分達を作った国連に、世界に、正義なんてものはなかった。彼等が求めるのは、自分達に都合の良いものだけ。彼等が掲げるのは、体面を守れる綺麗事だけ。

 

 

エイツーが信じていたものは、仮初めに過ぎなかった。その日から、エイツーは自らの心とやらに従うことにした。一つの決意を、胸に刻む。

 

 

どれだけ犠牲を成そうとも、どれだけ命を奪おうとも、この狂った世界だけは滅ぼさねばならない、と。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「…………オスカーめ、やりすぎだ」

 

 

光の爆発と連鎖する悲鳴。オスカーが一般人達に仕込んだ『聖光縛輪(ライト・リング)』、それに送った強制命令による自爆。それは逃げ行く市民達の半数を巻き込み、消し飛ばした。

 

 

おそらくは、オスカーが今相手をしているIS使いの男への挑発だろう。だからこそ、エイツーは唾棄するように吐き捨てる。

 

命を奪うこと自体はいい。だが、それを弄ぶように行うことはどうしても慣れない。だからこそ、殺戮に酔いしれる兵士達も、神だのを理由にして殺しを正当化するオスカーも、全員が嫌悪対象であった。

 

 

殺すのなら、一思いに殺せばいい。そうしないからこそ、こんな底辺に堕ちてきたのだ。どいつもこいつも、省みようとしないからこうなっている。

 

 

ふと、エイツーはまだ生き残っている生存者達を確認する。イレイザ中将と彼が率いる無人機によって守られている彼等は、オスカーの強制命令を受けていなかった。彼等も、『光輪』を受けているはずなのに。

 

 

「─────俺に、始末しろと言いたいのか」

 

 

そういう意図だと確信してしまう。反論などはなかった。エイツーに躊躇いはあれど、自らの行動を止めるまでの強さはい。

 

 

この世界を壊すと決めたのだ。今更、何百人を殺してでも引き下がる訳にはいかない。もうとっくの昔に、諦める選択肢は失われているのだ。

 

 

片腕の銃にエネルギーを装填する。昔と同じように、今も逃げようとする彼等の背中に銃口を向けていた。違いがあるとすれば、明確な意思に従っているか否か。

 

 

今度こそ光弾を撃ち込もうとしたエイツー。しかしその引き金は、背後から聞こえた瓦礫の崩れる音によって遮られた。

 

 

「……………まだ動けたか」

 

 

構えを解き、エイツーは振り返る。瓦礫を払い除けたセシリアが荒い呼吸を整えながら立ち上がっていた。どうやら先程の攻撃は何とか耐えきっていたようだ。シールド残量もまだ半分は残っていると見ていい。

 

 

しかし、エイツーとしてはそこまで気に掛ける事ではない。

 

 

「解せないな、お前は自ら好機を捨てている」

 

「………」

 

「俺を背後から撃つことも出来ただろうに。正面から相手しようという気か?律儀なものだが、些か楽観が過ぎる」

 

 

また相手になろうが関係ない。エイツーはそれすら容易く打ち倒せる余裕がある。当然、余裕があるからといって慢心するはずもなく、容赦なく潰す予定は変わりない。

 

 

片腕の銃を何時でも持ち上げられる姿勢を取るエイツーに、セシリアは笑みを浮かべる。それは、勝機を見据えたようなものだった。

 

 

「考えて、おりましたの。貴方を倒す方法を」

 

「────戯れ言だな。お前に俺は倒せない。まさかさっきの戦いで、俺を出し抜く方法を見つけ出したとでも?」

 

「ええ、貴方の動き………いえ、能力の本質を掴みました」

 

「フン。口だけは達者だな。なら聞かせて貰おう、お前が掴んだ俺の攻略法とやらを」

 

 

その表情に、微かに疑問を覚える。同時に違和感も。それを打ち消す、いや解消するためにも、エイツーはセシリアの話に耳を傾けることにした。

 

 

「『サンダーバード』、『スカイフィッシュ』、どれも未確認生物です。貴方の『幻想武装』は指定した未確認生物の構造や機能を取り込み、自らの力へと装填する兵器です」

 

「………、」

 

『サンダーバードによる電気を生み出す機能、スカイフィッシュによる高速飛行能力。この二つを同時に組み合わせ、あれだけの瞬間移動を引き起こしていた。これが、瞬間移動のタネです』

 

「成る程な。伊達に候補生と呼ばれるだけはある」

 

 

純粋に、感心する。短時間で、自分の能力───『アンノウン』の機能を理解されるとは思いもしなかった。だが、それはあくまでも短時間でだ。

 

 

おおよそ答えに行き着くであろうことは分かっていた。だからこそ、期待外れとも言える。

 

 

「だが、それでは言葉通りではないな。たとえ俺の能力に気付いた所で、対処できねば意味はない。まさか、これだけで終わりではないだろうな」

 

「ええ、まだ話は終わってませんわ」

 

 

達観したようなエイツーに、セシリアは遮るように続けた。

 

 

「貴方は私との戦いの間、何度も瞬間移動の後に動きを止めていました。何時でも姿を消してから攻撃できるはずなのに、わざわざ私に話し掛けてから瞬間移動を行う。それはおそらく、行動の違和感を悟らせぬ為のブラフ」

 

「…………………」

 

「電気と高速飛行、この二つの重ね掛けは負担が大きい。だからこそ瞬間移動を行った後は、一定時間だけ身体を休ませる必要がある。その数秒こそが、私の狙うべきチャンスですわ」

 

「────完璧(パーフェクト)だ。情報では取るに足らないとまで言われていたが、中々洞察力が鋭い。俺自身の、お前への評価を改めよう」

 

 

本当の意味で、驚かされた。まさかそこまで見抜いていたとは。おそらく彼女は、もう対処法を編み出している。勝機を見出だした笑みはきっとそれに違いない。

 

 

…………違和感を、セシリアの様子に疑惑を覚えるもう一人の自分を押さえ込むようにして割り切る。最早これ以上言葉は不要。己のやるべきことはとっくに決まっている。

 

 

 

「故に─────全力で貴様を仕留めよう」

 

 

告げた瞬間、エイツーは片腕と同化した銃から光弾を放つ。セシリアを狙ったであろう弾丸は彼女に当たることなく空中で破裂した。

 

 

当然、攻撃に使ったのものではない。単なる煙幕、目眩まし程度のものだ。

 

 

視界が特殊な煙で覆われたセシリアだが、意識は途切れさせない。視線から一時的に離れたエイツーはこの瞬間に超加速、電気と飛行能力を組み合わせた高速移動を繰り返す。

 

 

バチ!バチバチッ!! と、焼ける音が空気に木霊する。音のする方からして、エイツーが自分を中心に旋回していることはすぐに分かった。

 

 

機能させたハイパーセンサーで周囲の反応を探る。無論、動くエネルギー反応ではない。捉えるべきは、エイツーが放つ熱である。

 

 

全身に電気を纏わせ、他の機能と掛け合わせて高速で飛び回るエイツー。つまり、高圧の電気を帯びているということは、高温の熱が発生しているに他ならない。

 

 

当然、エイツーが動きを止めるときにはその熱も一気に下がっていく。瞬間移動から攻撃を行うのも、二秒以内。瞬間移動の最中に速度を緩め、熱量を少しずつ比較的に下げてから、一気に機能を切り替え、熱エネルギーを有する電撃を攻撃として運用している。

 

 

セシリアが狙うべきは、エイツーが動きを緩めた瞬間。静止体勢へとなり、全身の熱を下げるために無防備となる直後である。

 

 

それは、今────セシリアの後方へと回り込んだ瞬間、速度を緩めたエイツー。動く熱反応で探知したセシリアは、振り返り、即座に射撃した。

 

 

青いビームが、煙幕を突き破る。突如飛来してきた狙撃に対処できなかったのか、速度を緩めるような姿勢のまま、エイツーの胴体にビームが直撃、否貫通した。

 

 

「───っ!?」

 

 

驚きを隠せないのは、攻撃をしたセシリアだった。エイツーへ放ったはずのビームは彼を貫通した。しかし、その現象があまりにも異質であった。

 

 

エイツーの姿は、先程までその場に残っていた。しかしそれが残像であると、目の前でかき消える人の形を目にして改める。

 

 

 

 

(─────俺の能力の弱点を突く。見事なものだ)

 

 

驚くセシリアの姿を背後から確認し、エイツーは心の中で笑う。絶対的な勝利を確信し、目の前の敵を敗者として定める。

 

 

(しかし、残念だ。楽観が過ぎたな。自らの弱点を、対策しないとでも思ったか!)

 

 

瞬間移動を扱った後は、僅かな時間冷却期間が必要である。しかし、それが限界ではない。あくまでも安全のための手段に過ぎない。エイツーは、瞬間移動を連続で行える。先程わざと速度を緩め、隙を見せてから再び瞬間移動を行ったのだ。

 

 

 

無論、負担がないわけではない。これを使えば負担は二倍、つまり二倍の身体を休ませる時間が必要になる。今も肉体が熱を帯びており、瞬間移動は出来ないが、この隙を逃すつもりはない。

 

 

セシリアの背中に銃口を構える。自身の体内に残された電気を銃へと集中させ、攻撃の姿勢を取る。

 

 

(終わりだ、セシリア・オルコット!お前は強かったが、経験が足りなかったな!)

 

 

勝利を確信し、狙撃を行う。銃口から光が溢れ、束ねられたエネルギーが光弾として放たれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

それを、一つの閃光が貫いた。エイツーの腕と融合した銃に、風穴を空けるように。

 

 

 

「な────ッ!?」

 

 

愕然としたエイツー。慌てて離れようとしたが、無駄だった。続けて放たれた閃光が、エイツーの幻想の鎧を抉っていく。四方八方からの光を受けたエイツーは、それが何なのかにすぐ気付いた。

 

 

 

「これは────『ブルー・ティアーズ』ッ!」

 

 

機体と同名の武装。操縦者の意思によって動く複数のビットである。天井近くや床近くを浮遊するそれは、エイツーに悟られぬように瓦礫に隠れていたのだと思える。

 

 

 

「…………貴方を狙える隙は、瞬間移動を追える瞬間ではなかった」

 

 

もう一つ存在していた。そう付け足したのは、此方を見据えるセシリアであった。彼女は、先程のような違和感を覚える笑みを浮かべている。

 

 

「貴方は私の背後に回る。そこから攻撃する事が安心だと、先手を打てると理解している。だからこそ、先に後方に配置しておきましたの」

 

「────成る程。楽観が過ぎたのは、俺の方か」

 

 

今思えば、それが違和感の正体であった。彼女は最初から、エイツーに上回れることを自覚して立ち回っていた。だからこそ、不意を突けたのだ。

 

 

そしてエイツーは、違和感を警告する自分を無視した。これならば勝てるという、兵士として染み着いた感覚が、自分自身の第六感を無理矢理誤魔化した。

 

そうすれば、負けることはなかった。つまりこの敗北は、完全に自分のミスであった。

 

 

 

「………………無念ッ」

 

悔しがるエイツー。しかしその顔は、半ば受け入れるような笑みに染まっていた。

 

 

瞬間、エイツーの全身が破裂する。厳密には、彼が纏う鎧、『幻想武装』が破壊の際に生じる現象であった。未知のエネルギーが周囲へと撒き散らされ、エイツーが近くの地面に落下するのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「ハハハハ─────ッ!!」

 

 

オスカー・マクスウェル。白き天使と化した男が恍惚とした叫びと共に、暴れまわる。背中の四枚の翼を槍のように突き立て、周囲から光の雨を放ちながら、蒼青龍夜を追い詰めていく。正に狂乱。天使とは名ばかりの獣と相手をしているようであった。

 

 

「…………!」

 

 

『銀光盾』で上空から降り注ぐ閃光を弾き、吸収する。鋭利な刃と化した翼を銀剣で受け止め、払い除ける。それでもいなしきれない攻撃は致命傷にならない部分で受け止める。

 

 

「…………フフフ、フフフフ!!どうしましたぁ?先程までの余裕が無いようですねぇ………?もう、バテてきましたぁ!?」

 

「誰のせいだと!」

 

 

苛立ちを伴った斬撃は、翼を両断するまでにいかない。舌打ちをする龍夜の様子はおかしい。オスカーの言うことは不正解だが、余裕がないのは事実だった。

 

 

『ナイトアーマー・フォーム』。『プラチナ・キャリバー』の可変形態の一つであり、防御とエネルギーの消耗を防ぎ、そしてエネルギーを蓄積させるための形態である。

 

 

それに特化している故に、攻撃力は極めて低い。強いて言うなら、武装した兵や無人機程度なら十分倒せる強さはある。だが、ISやそれに近い『幻想武装』の相手は厳しい。

 

 

それ以上の問題が一つ。彼を現在進行形で蝕んでいた。

 

 

 

「────ぐ、ぅっ」

 

 

白銀の鎧の一部を染める黒。これを龍夜は直接見たことはない。自身に起きている変化なので、見たことはなくとも体感したことは少なくない。

 

 

龍夜の感情が昂る事で、呼応する機能。禍々しく白銀の光を瀆していくその黒は、龍夜の負の感情────怒りと憎しみによって膨れ上がり、無限に増幅させようとする。

 

 

行く先は、あの暴走体 《クロム・ルフェ》。

銀と黒の二つを纏い、あらゆる敵を抹殺しようとする殺戮兵器。あの姿ならばオスカーを倒せるだろう。だが、暴走の先にあるのは味方を巻き込むということ。まだ戦っているセシリアや近くで気を失っているクーリェに牙を剥く可能性すらある。故に、暴走は許可できない。

 

 

「がッ!?」

 

 

オスカーの攻撃に大きく吹き飛ばされる。瓦礫の残骸に叩きつけられ、その場に転がる。即座に立ち上がり、銀剣を掴む。

 

銀色に光る刀身を見下ろし、ふと考え込んでいた。

 

 

(───奴は、クインテットシスターズの『適合者』とやらを探していた。恐らく、この剣を扱える俺も『適合者』だろう。だが、今は関係ない)

 

 

「…………俺に力を貸せ、エクスカリバー………いや、ルフェ」

 

 

強く握り締め、銀剣を構え直す。その言葉に呼応するように、銀色の光が増した。まるで主に同調するように、剣が意思をもって応えるかのように。

 

 

盾を背中に取り付け、龍夜は自らのISを『変形』させる。鎧が一部分を残し、消失する。代わりというように背中に四枚の大型バインダーが展開され、光を帯びる剣に両刃を展開した。

 

 

「フハハッ!それが君の隠していた姿か!だが!それで何が出来る!?神の加護を受けた私を倒せるとでも!?」

 

「倒す?………違うな」

 

「…………?」

 

 

疑問を浮かべるオスカーの前で、龍夜が剣を背中の鞘へと格納する。

 

 

【ENERGIE CHARGER!】

 

 

鞘に蓄積されていたエネルギーが一気に収束する。銀色の投身に莫大なエネルギーが集中し、蒼銀の光を強く輝かせていた。

 

 

銀剣を水平に構える。片腕の掌に刃を乗せ、目の前の天使を捕捉していた。疑惑に染まっていたオスカーもそれに気付き、驚きはしながらも侮った様子だった。

 

 

何せそれが、相手に刃を突き立てるような構えであるからだ。

 

 

「お前は───一撃で、殺す」

 

 

【OVER ENERGIE DISCHARGE!】

 

 

 

 

 

「────ストライク・レイザー!!」

 

 

瞬間、龍夜は銀剣を前へと突き出す。放たれた刃は虚空で静止する。届くはずがない、オスカーもそう信じていた。

 

 

刀身から、蒼いエネルギーの刃が放出されるのを見るまでは。

 

 

(ッ!?エネルギーを飛ばす攻撃ですか!しかし!)

 

「そんなもの!神の力を纏う私には通じなぁい!!」

 

 

光帯の翼を重ね、放たれた刃の蒼光を受け止める。歪な金属音のようなものが、連鎖していく。エネルギーと光による衝突。相手を削り、破壊していく攻撃と防御は互いに効果が響いていた。

 

 

「は、ハハハ!ただのエネルギーの刃が!天使の光を突破できるとでもお思いですかなぁ!?それこそが傲慢!愚か!さぁ!我が光の力で打ち破って────」

 

 

自身の考えが間違いだと、オスカーは気付かない。エネルギーの斬撃を飛ばす技はとっくに存在している。『ソード・ストライク』、強力な一撃だが、あくまでも普通の斬撃を形として飛ばすものだ。

 

 

『ストライク・レイザー』は、その斬撃を一点に集中させた刺突技。相手を斬るのではなく打ち抜く、つまり一点集中で貫通することがその技の真価である。

 

 

 

故に、オスカーの翼の防御は意味を為さない。光を何重にも束ねた幕は限界を迎えたように砕け、刃の蒼光がオスカーへと突き刺さる。

 

 

胴体の中心、胸の奥にある心臓が抉られる。それが弾みとなったのか、オスカーは口を大きく開き、小刻みに震えていた。

 

 

「ガ──────あ、ア……………あ、」

 

 

オスカーの再生能力は驚異であるが、流石に心臓を失ってまで生きられる訳ではないらしい。白目を剥いたオスカーの全身から光の粒子が飛び散る。消え行く金色の光の粒に包まれた男が、口から大量の血を噴き出して崩れ落ちる。

 

 

命を奪った。

その感覚に僅かに苛まれたであろう龍夜は顔をしかめる。だがすぐさま、考えを改めた。

 

相手は何人のもの命を容易く弄んだ外道。生かす価値も、道理もない。龍夜の行いはきっと間違いではない。

 

 

銀剣を下げた龍夜が、死した狂人を見下す。最後の最後まで己の力と神だけを心酔したであろう男へ、告げる。

 

 

「…………満足だろ、狂信者。あの世に逝けるんだ、地獄だろうと本望だろう」

 




オスカー&エイツー戦、終了。


各々の幻想武装について色々紹介を。


『幻魔複合アンノウン』


未知の生物や未確認生物など、完全に解析できていない生物の機能や構造を自由自在に再現する幻想武装。他の機体とは違い、量産体制に入っているのでアナグラムやトレーターの中でも何人に運用されている。


『天聖光輪エンゼル』

光を操る幻想武装。自らの肉体を一時的に光へと変換したり、屈折する光線での攻撃を行うのだが、オスカーの適正が強かったのと生体同調の効果で、基礎能力の全てが上昇しており、どんな怪我や負傷も再生する半不死状態となっていた。


幻想武装(ファンタシス)段階覚醒(オーバーシフト)


トレーターが編み出した幻想武装の力を引き出した形態。体内にメモリーと抽出器を埋め込むことで、特定の動作だけで幻想武装を展開することが出来る。


肉体と融合しているので、幻想武装の出力も上昇し、本来であれば不可能な能力も獲得する場合もある。



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第42話 隠された目的

「────現時刻で本作戦は終了とする。皆さん、お疲れ様でしたね」

 

 

戦闘の影響でボロボロとなった一帯の中央で、イレイザは集まった龍夜達に労いの言葉を掛けた。本作戦、民間人の救助と彼等を拉致したテロリスト集団の殲滅及び捕縛は完了した。

 

しかし、素直に喜べる状況でもない。

 

 

「無事終了、と言って良いのでしょうか」

 

「………まぁ、しゃーないんじゃねーの」

 

 

心配そうな二人が見た先にいるのは、腕を組んで立っている龍夜。落ち着いた彼の視線は、近くに置いてあるコンテナ状の棺に向けられていた。

 

 

テロリスト一同が撤退した後、龍夜がイレイザ達に報告した事実は彼等にとって強い驚愕を与えるものだった。

 

 

オスカーが行った民間人の半数の爆殺。各々の戦闘に集中していた一同は何事だと思いながらも、目の前の事に意識を優先させた。実際、そんなことがあったとは予想すらしなかった。

 

その主犯たる男は殺したと告げた龍夜に、二人の少女は心配すらあった。

 

 

「なぁ、リューヤ………」

 

「───奴を殺した事は気にしていない。重要なのは、奴のせいで民間人の半数が殺害された事だ」

 

 

そう呟く龍夜はふと、とある場所に視線を落とした。先程の戦いに巻き込まれそうであった少女。彼女はオスカーの力により強制的に爆破させられた。

 

 

オスカーを殺したことへの後悔はない。奴を殺さなければ残りの民間人も殺されていた。だが、もっと早く殺していれば、生き残れた人がいたのではないのか。

 

 

「俺のミスです。奴の能力を把握するためにずっと力を抜いて戦っていた。最初の時に本気で殺していれば、少なくとも多くの人は助けられていたはず」

 

「…………それを言うなら、責任は私にあります。貴方達は懸命に戦ってくれた。死なせたことに罪があるのなら、それを担うべきは君達若者ではなく、大人である」

 

 

イレイザが静かに、淡々と答える。責任を子供に背負わせるつもりがないと断言するイレイザ中将に、龍夜やセシリアは思わず評価を改める。

 

 

「………話は以上です。フロル、先程の件についての報告を」

 

「はいはい………えーと、アタシの相手をしてたイヴって奴が突然撤退したんだけど、そん時に妙な事を話してたんだよ」

 

 

時は少し前に遡る。無限に増え続ける黒い異形を掃討するフロル。イヴを狙おうにも攻撃が届かない状況に悪戦苦闘していたが、突如イヴの後方から部下が駆け寄ってきた。

 

 

『イヴ様、オスカー様が戦死されました』

 

『オスカーがやられたか────計画通りだな』

 

 

仲間が殺された報告に、イヴは何故か狼狽すらしない。満足そうに答えた途端、指を鳴らし、黒い異形達の形が崩れていく。

 

 

黒い泥がイヴの足元へと吸い込まれ、溶けていく。マスクの装置を弄るイヴはフロルから背を向けた。

 

 

『撤退するぞ、目標を果たされた。もうこの場に用はない』

 

『エイツー様はどうしますか?IS操縦者に敗北し、捕虜にされたようですが』

 

『エイツーも見捨てる。悪いが、アイツは今後の俺達のやり方に反抗する可能性がある。ここで切り捨てるのが最善だ』

 

立ち去ろうとするイヴに、状況を読み込めないフロルが叫んだ。

 

 

『オイオイ、逃げるのかよ!』

 

『………当初の目的は達成された。もうお前の相手をする必要はない』

 

『そうかよ!なら勝手にやらせてもらうぜ!』

 

 

風の刃を射出し、飛ばす。イヴは振り返ることなく、マスクの装置を起動させ、呼吸を整えながら、告げた。

 

 

『────サマエル』

 

 

突如、起き上がった巨大な機械蛇が口を開く。その喉の方から淡い光が灯った瞬間、イヴ達の姿がその光に包まれていく。放たれた風の刃は、その光に直撃した────はずだが、向こう側へと着弾していた。

 

 

続けて攻撃をしようとしたフロルは、目の前で起きたことに困惑を隠せなかった。

 

 

『…………消えた?』

 

 

イヴ達も、巨大な機械蛇も、その場から忽然と姿を消した。困惑する彼女はISのハイパセンサーで周囲を確認したが、敵の痕跡すら見つからなかった。

 

 

「………突然消えた?まさか、転移能力でも有しているんですか?」

 

「それがイヴという奴の能力。だが気になるところはある。奴は黒い異形を作り出す能力も持ち合わせている。転移能力はおそらくサマエルという蛇のものだが………サマエル自体、イヴの能力の創造物ではないのか?」

 

 

それと、もう一つ。気になることがある。

 

 

「計画通り、と奴は言った。つまりオスカーが死ぬことが、奴等にとって都合がいいのか?」

 

「オスカーとやらが暴走し、制御が出来ないから、敵に始末させた………というシナリオにしては疑問点が多いですね。問題は、何故我々と交戦する必要があったのか」

 

 

ともかく、とイレイザは手を叩く。ここで相手の謎について話し合う意味はない。それ以上、優先することがある。

 

 

「まぁ、直接聞いた方が良さそうですし、貴方達の目的を話していただきますよ…………エイツーとやら」

 

「…………答える義理はない」

 

 

視線を向けた先にいたのは、拘束されたエイツーだった。後ろにある柱に回した両手を縛り、その場に座り込むエイツーは負傷があるにも関わらず、強い敵意に満ちた瞳を向けていた。

 

 

セシリアに敗北し、捕らえられたエイツーは即座に自殺を試みた。しかし、イレイザが気絶している合間に投与した薬の効果でエイツーは下を噛むなどの行為は出来ず、完全に詰んでいた。

 

 

しかしそのような状況でも、エイツーは組織の事について話す様子はない。肝心の仲間達からは、見殺しにされたというのに。

 

 

当然、フロルもそれが気になっているようだった。

 

 

「なぁ、アンタ。連中はアンタを見捨てたんだぜ。そんな奴等の為に、そこまでする意味あるのか?」

 

「…………そうか。俺も見捨てられたのか」

 

 

納得したように呟くエイツー。どうやら自分が見捨てられることも予想していたらしい。俯いたエイツーには僅かな失意が翳りのように射していた。

 

 

「だが、それとこれとは話が別だ。偽りの平和を信じる貴様らは、俺の敵だ。俺は貴様らの信ずる偽りの平和を打ち破るために組織に入ったのだ。たとえ組織に切り捨てられようとも、貴様らの思い通りにはならんぞ」

 

「………やれやれ、手間が掛かる人ですね。なら、無理矢理にでも口を割らせていただきますよ」

 

 

そう言い、イレイザは腰のホルダーから引き抜いた拳銃を構える。照準はエイツーの肩や脚、どれも殺さない場所を狙っていた。

 

おそらくはそれらの部位を撃ち抜いていき、内情を話すか確かめるのだろう。それでも話さなければ、これ以上の拷問がされるはずだ。

 

しかし、

その行為を止める者がいた。

 

 

「お待ちください、イレイザ中将」

 

「………セシリア・オルコット様。申し訳ありませんが、邪魔はしないでいただきたい。これは我々のするべき事です。子供である君達には、干渉できるものではありませんよ」

 

 

スッと意見するように踏み込んできたセシリアに、イレイザは視線すら向けずに答える。酷く冷徹で、感情の振れ幅がない。機械的な言葉でセシリアの話を聞く素振りもなく拒絶した。

 

 

続けようとしたセシリアだが、すぐに口を噤む。イレイザがこれ以上自分の言葉に耳を傾けるつもりはないと判断したからだ。悔しそうに立ち尽くす彼女だったが、ふと真横にいた青年が声をあげた。

 

 

「────いいや、セシリアにはそれを決める権利がある」

 

「………龍夜、さん?」

 

 

突然割って入ってきた龍夜に、イレイザは難色を示したようだった。しかしそれだけで、次に出てきた言葉は純粋な疑問である。

 

 

「理由を聞かせてください。まさか何も根拠がない結論でないでしょう」

 

「そいつを倒したのも、捕らえたのも、セシリアの功績だ。その捕虜も、セシリアの捕虜ということになる。功労者の意見を無視するなんて、横暴にも程があると思いますが?」

 

「…………言うじゃないですか。ですが、これは我々のすることです。子供が深く関わっていいものでは────」

 

「そうやって子供から奪うんですか。責任も功績も、セシリアの選択も。子供だから、まだ若いから背負わせるべきではないと?それは貴方の我が儘では?」

 

 

冷静な言葉の数々。イレイザに匹敵するように落ち着いた様子で話す彼のしていることは、合理的とは言い難い。

 

 

それでも、少しの沈黙を経て、イレイザが手を引くのも時間の問題だった。

 

 

「────敵いませんね、貴方達は。本当に自分達より若いとは思えない」

 

「認めてくれますか」

 

「ええ、降参です。これ以上余計なことはしないようにしますよ」

 

 

素直に引き下がったイレイザに、龍夜は軽く力を抜き、セシリアはホッとしたように一息漏らす。

 

居心地が悪いと思い距離を置こうとしたイレイザに、ほくそ笑みながら近寄ってきたフロルが声をかける。

 

 

「へへッ、言われちまったな。旦那」

 

「全くです………ったく、若い者がここまでとは。あの人の言う通り、この世代も侮れませんね」

 

「?あの人?この世代って?」

 

「失敬。口が滑りました、忘れてください」

 

 

そうこうしている時、縛られているはずのエイツーが呟くような声量で言葉を発した。

 

 

「………そこの青年」

 

 

自分を呼んでいると判断した龍夜が振り返る。両腕を縛られた状態のエイツーは顔だけを持ち上げて、龍夜を確認する。それでも気になるのか、言葉を紡いだ。

 

 

「先程の会話を聞いて気になっていた。まさかお前が、蒼青龍夜なのか?」

 

「………俺を知っているのか」

 

「────一つ聞きたい。お前の義理の兄は、幸せだったのか?」

 

 

一瞬、揺らぎかけた。ざわつく心を静め、龍夜はエイツーの顔を見返す。表情から判断しても、純粋な疑問であるのは間違いない。

 

 

だからこそ、その質問に答えることにした。

 

 

「さぁな、俺には分からない」

 

「………、」

 

「だが、義兄はいつも笑顔だった。俺みたいな無愛想な奴にも声をかけてくれて、少なくとも俺にとって、大切な家族の一人だった」

 

「………そうか」

 

 

返答が望むものだったのか分からないが、エイツーは大人しく受け止めているようだった。小さな声で「………似てませんよ、俺なんかとは」と漏らすエイツーは俯いた顔を上げることなく、ゆっくりと脱力していた。

 

 

少しの間、沈黙が支配した。

どう対応するべきか悩む龍夜が言葉を掛けようとしたその時、エイツーが突然告げた。

 

 

「…………蒼青龍夜、セシリア・オルコット。今すぐあの基地へ引き返せ」

 

「っ、どうして基地の事を────」

 

「我々の今回の作戦、その目的は二つ。一つはオスカーの処分、そして基地の護衛をする戦力の分散だ」

 

「何だと?」

 

 

唐突な言葉に、その場の全員が驚きを隠せなかった。だが、エイツーの言わんとする意味が理解できないのではない。むしろその逆、それがここでの戦いとどう関係するのかが気になる。

 

 

しかし、その答えは、エイツーが続けた言葉によって覆された。

 

 

「────まず、俺達を束ねる四人のトップ、『指導者』はオスカーを面倒だと判断していた。幻想武装を肉体と融合させる新世代、その実験台だった奴は『指導者』の予想を超える程に力を高め、暴走を続けていた。だから、『指導者』はわざと敵と戦わせ、後々邪魔になるだろう俺と共にオスカーを処分させようとした」

 

「………、」

 

「そしてもう一つ。あの基地で秘密裏に行われている『ヴァルサキス・プロジェクト』、その情報を掴んだ『指導者』達はアナグラムへとその情報を流した。ヴァルサキスという兵器が危険だからこそ、アナグラムはそれを無視出来ない。故に奴等は基地にスパイを送り込み、攻撃の機会を伺っていた」

 

 

衛星兵器 ヴァルサキスの打ち上げ阻止、もしくは破壊。アナグラム殲滅計画の一つであるそのプロジェクトを、彼等は容認しない。強力な戦力を率いて、確実な用意の元に、基地を襲撃するだろう。

 

 

ふと、龍夜はとある事を思い出す。

 

 

基地を護衛する戦力の分散。エイツーの言った言葉が本当であるのなら、自分達の行動すら仕組まれていたことになる。もしそうであるのなら、襲撃の時間は────

 

 

 

「攻撃の時間は何時だ?」

 

「────三十分、前だ」

 

 

この地下施設に入って少し経った時間帯。間違いない、もう既に攻撃は始まっている。アナグラムはISに匹敵する戦士数名と共に強襲を開始している頃合いだ。

 

 

「ッ!イレイザ中将!」

 

「お二人は先をお急ぎください!私達は捕虜や避難民の護送に専念します!」

 

 

イレイザからの許可を受けた瞬間、龍夜とセシリアはISを纏う。セシリアが空に飛び立ち、出入り口を通じて飛来していく。龍夜もそれに続いていこうとした所で、ふと動きを止めた。

 

 

「…………どうした、行かないのか」

 

「少し、聞きたいことがある」

 

 

その内容について、拘束されたエイツーは聞こうとはしなかった。疑問する意味もない、次に放たれた言葉を答えれば良いと理解したのだろう。

 

 

その意思を汲み取り、龍夜は最初から聞きたかった事を口にした。

 

 

「どうして義兄(兄さん)の事を聞いた」

 

「………あの人に、人に戻して貰った。それだけだ」

 

 

それだけで充分だった。

エイツーの言葉を耳にした龍夜はすぐさまその場から飛び立ち、セシリアの後を追う。

 

 

形態変化、『アクセルバーストフォーム』へと切り替わった龍夜は全速力で通路を突破していき、先行していたセシリアに追い付いた。

 

 

「セシリア!ここから抜け出して地上に出たら俺に掴まれ!『アクセルバースト』の最高速度なら、基地にまで数分もしない!」

 

「っ!分かりました!ならばお構い無く!」

 

 

二人で進んできた通路を巡っていき、ついに大きな広間へと到達。大方、シャフト。工場で開発した兵器を打ち上げるための巨大通路がここなのだ。

 

 

その用途からして地上に繋がっているのは確か。ならば好都合。ここを抜けていけば、すぐにでも基地へと突き進める。

 

 

 

そう思い、二人は目配せをすることなく加速する。地上を目指して突き進んでいく二人だったが、

 

 

 

 

 

すぐに形容しがたい、異質な音を耳にした。上空から一帯へと響き渡る、ナニカの声が。

 

 

 

「ッ!!?」

 

 

思わず、身体が停止する。その声に、僅かに反応してしまったのだ。だが、動きを止めたことで逆に冷静に、その声について憶測が出来る。

 

 

(これは────咆哮だ)

 

 

ただの叫びではない。咆哮でもあり、産声だ。産まれた直後に生を喜ぶような、生優しいものではない。自分以外の全て、あらゆるモノへの怨嗟が籠められた声。

 

 

少なくとも、他者への敵意に満ち溢れたものであることは明確だ。遠くから声の波長を受けた龍夜とセシリアも、それを理解できる程に強く煮えたぎっていたのだから。

 

 

(アナグラム……!?いや違う!奴等じゃない!これは別の、他の何かだ!だが、一体何だ───?)

 

「何が起こっている………?一夏……ッ!!」

 

 

自然と、この場にいない友人の名を呟いていた。自らの心の内を支配する不安と、他者への心配を重ねた龍夜は空を見上げ、先に進むしかなかったのだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「───ヴァルサキスの機神躯体、最終調整完了しました」

 

「衛星接続用ドローン十機、格納完了。ロケット内部への輸送を開始します」

 

「移送ロケット、異常無し。現時点で、打ち上げは可能であります」

 

 

 

時は一時間前。

 

 

複数人のオペレーターの報告を聞き、将軍は静かに一息ついていた。『天体衛星ヴァルサキス』の打ち上げ、それは『ヴァルサキス・プロジェクト』の最終工程であり、唯一警戒すべき作業である。

 

数十メートルの巨体を持つ機神 ヴァルサキスを宇宙へと飛ばし、衛星と接続させる。その為にはまず、ヴァルサキスをロケットに接続し、飛ばす他ない。今行われているのは、そのための工程なのだ。

 

 

しかし、だ。

順調に物事が進んでいるのにも関わらず、将軍にとって苛立ちの種となる不安材料があった。

 

 

「ミハイルは、まだ何とかならんのか」

 

「……………プロフェッサーからの報告ですと、まだミハイルを縛るプログラムが完成していないようです。研究チームも尽力しているようですが、完成率は14%にも満たないと………」

 

「────奴を呼び出せ。この場でなくとも、コールで構わん。どうやら話さねばならんようだ」

 

「そ、それが………」

 

 

オペレーターの様子がおかしい。何処か不安そうに言い淀むその姿は、不吉なものを感じさせたが、将軍が話すように促す。

 

 

オペレーターの一人は迷っていたが、すぐに話し始めた。

 

 

「実は少し前から、プロフェッサーとの連絡が取れず……研究チームも手詰まりのようでして」

 

「──────は?」

 

 

一刻を早く、ヴァルサキスを打ち上げたい。だがそのためには全ての要素が完結している必要がある。ミハイルを制御するプログラムも、プロフェッサーが主体となれば数日で完成させられるだろうに。

 

 

他人事のように作業をせず、唐突に姿を消したプロフェッサー。まず最初に将軍の脳を支配したのは、彼への心配ではなく純粋な怒りであった。

 

 

「こんな時に………何をしているのだ!あの男はァ!!」

 

 

頭を抱え、発狂する。自暴自棄に周りの物を壊し散らす将軍に、その場にいるオペレーター達は止めることもせず、己の仕事へと専念した。巻き込まれるのは御免だと、怒りの矛先が来ないように怯えながら。

 

 

 

◇◆◇

 

 

無機質な壁や天井で構成された通路を、静かに通り過ぎる影がある。しかし、近くを通る兵士はその影を前にしても反応することはなく、平然としている。

 

 

それもそのはず。

その影、シエルが纏うIS『クローム・オスキュラス』の能力。あらゆるセンサーでも捉えられないステルス機能は絶対であり、目視であろうと違和感を覚えることすら出来ない。

 

 

(………この通路の先、間違いない)

 

 

単独行動するシエルは、誰にも気付かれないように進んでいく。そして、一つのゲート。『立ち入り禁止』と記されている壁を通過し、彼女はそのゲートの奥へと足を踏み入れた。

 

 

目的の部屋に辿り着いた彼女は、ハイパーセンサーを起動する。しかし辺りに人の反応はない。トラップの存在すら確認されない。安堵した彼女はISのステルスを解除し、部屋の中を物色し始めた。

 

 

辺りの資料をばらまき、近くの機械を弄る。この部屋ではない何処かに隠されているはずだ。そこに、『彼』はいる。利用されるためだけに生かされてきた最後の友達が。

 

 

(ミハイル………?一体何処にいるの?)

 

 

ふと、何らかのスイッチを起動させた。慌てて身構えるシエルだが、近くの壁が横にスライドするだけだった。その奥に強化ガラスの壁が存在している。

 

 

警戒しながら、彼女のそのガラスの向こう側を覗き込む。白一色で統一されたその部屋に、影も形も存在しない。

 

 

しかし、シエルはその部屋を覚えていた。

 

 

「─────ッ!!」

 

 

思わず、膝から力が抜ける。脳裏に過る光景が、彼女の心を大きく揺るがす。込み上げてくる吐き気を押さえながら、彼女は確信した。

 

 

間違いない。ここはあの部屋である。シエルが全てを奪われ、殺されかけた因縁の場所である。

 

 

 

 

『────覚えているだろう?この部屋を』

 

 

真後ろからの声に、シエルの全身が跳ねる。身に染み着いた恐怖、だけではない。その声を聞いた瞬間、戸惑いの後に怒りが溢れ出していた。

 

 

『懐かしいよなぁ?君にとっての因縁の、トラウマの場所だ。ここで君達は、毒ガスに犯され、苦しみ悶えながら死んだ。一番最後に死んだはずの君は、何故かしぶとく生きていたなぁ?』

 

 

シエルは、この声の持ち主を忘れたこともない。それどころか、ずっと忘れぬように考え続けてきた。

 

 

それは兎も角、と男が告げる。視線の先にいる男、白衣に顔を確認できない機械的なマスクを装着する人物。それこそが、仲間達の命を奪った全ての元凶。

 

 

 

『久しい再会だ。シエル────いや、シエル・ヴァルサキス・レプリカント』

 

 

同じ人間を相手するとは違い、とことん侮蔑するような口調と声音で、プロフェッサー・アクエリアスは嘲笑した。

 

 

 

瞬間、シエルはISを纏い飛び出していた。彼女の理性は既に消し飛んでいた。トラウマの部屋、仲間が奪われた光景、黒幕を前にしたことで、押さえてきたブレーキが完全に壊れたのだ。

 

 

怒りが脳を、全身を支配していた。彼女は鋭い爪を展開し、生身の人間を一撃で殺そうと迫る。ISの武装だ、もし受ければ無傷で済むはずがない。

 

 

しかしプロフェッサーは余裕綽々に、ポケットから取り出した端末を指で押す。彼女の脳がそれを認識した瞬間───その脳に、破裂するような激痛が生じた。

 

 

声にならない悲鳴と絶叫が木霊する。立ち上がることも出来ない激痛に、シエルは頭を抱え、悶えることしか出来なかった。

 

 

自動的にISを解除したシエルを見下ろし、プロフェッサーはふふんと鼻を鳴らす。彼女が苦しむ光景が世程愉快だったのか、その声音は調子が良い様子だった。

 

 

『随分と殺気立っているものだ。この部屋から離れて自惚れたか?ISさえあれば、私を殺せると?』

 

「………その、装置はッ」

 

『やれやれ、これだからは欠陥品は困る』

 

 

殺気を纏わせた眼で睨むシエルに、プロフェッサーは呆れながらも説明を始める。彼女の様子を少しでも楽しみたいと言わんばかりに。

 

 

『モルモットが逃げた場合、その対策はしないと思ったかい?私に牙を剥いて来た時の対策を、しないとでも?』

 

「………、」

 

『専用のナノマシンだ。私は全てのモルモットの脳に、監視用のナノマシンを仕込んである。下手な真似をすれば、一瞬で脳を焼き切る為の。私に援助をしてくれる組織にも、この技術を提供しているが…………まぁ、今の君にはどうでもいい話か』

 

 

何時からそんな物を埋め込まれていたのか。シエルは困惑するしかなかった。恐らくは自分達が拾われた時に、意識がない常態に行われていたのだろう。

 

実験動物扱いに、流石に怒りすら隠せない。どこまで弄べば気が済むのか、シエルはプロフェッサーを見据えながら口を噛み締める。

 

 

『そんな眼をするな。私は感謝しているんだぞ?金の卵を持ち帰ってきてくれた君にはなぁ』

 

「な、に…………?」

 

『理解できないか。それも仕方あるまい。だが、感謝の意を込めて、教えてあげよう』

 

 

プロフェッサーが指を指す。彼女ではない、厳密には彼女が持つISを示して。

 

 

『「クローム・オスキュラス」。元々はロシアが開発した第三世代のIS。オールバランサーである「モスクワの深い霧」と反立する、強襲殲滅型の機体。クロームは二号機であるクローチェア完成のための基盤、所謂試作機だった』

 

「………っ」

 

『だがある日、改良の目処すら立たなかったクロームを篠ノ之博士が求めた。ロシアが喜んで提供したその機体は、篠ノ之博士によって改造され、二号機や最新機に匹敵する物となった』

 

 

資料の一枚、『クローム・オスキュラス』のデータを確認した直後、半分に破り捨て、動けずにいるシエルへと語りかける。

 

 

『重要なのは、篠ノ之博士によって改造されたクロームを、君が持っていることさ。あの時、「魔剣士(モザイカ)」が君を拐った時、ナノマシンを作動しなくて正解だった。まさか、あの篠ノ之博士から金の卵を奪ってくるとはねぇ!

 

 

 

 

やはり君達は私の為に存在する道具、いやモルモットだ。こうしてどこまでも、私の役に立ってくれる!』

 

 

シエルの手に、力が籠る。耐え難い怒りが憎悪となり、彼女の心を支配していた。この男は、この人間はどこまで腐っているのか。少なくとも、善性なんてものは残っていないのだろう。或いは、元から欠如しているのか。

 

 

『さぁ、ISを奪った後の君をどうするか。その事を考えていたが、特別に選ばせてあげよう。私の手で『再利用』されるか、野蛮な兵士どもに凌辱され続けるか。好きな方を望んでくれれば、その選択を尊重しよう────』

 

「…………」

 

『さぁ、どうする?君はどうしたい?』

 

 

ねっとりとした陰湿な悪意。その塊である男の要求に激痛に支配され動けずにいたシエルは応える。

 

 

差し出された手を、払い除けることで。

 

 

「笑わせないで」

 

『………、』

 

「誰が貴方の選択なんかに従うものですか。『クローム』も奪わせませんし、思い通りにはならない。私はもう、貴方のモルモットなんかじゃない!」

 

 

少なくとも、気分が良いものではないらしい。口を閉ざしたプロフェッサーは端末を向け、ナノマシンを起動させた。

 

 

瞬間、激痛が再び全身に響き渡る。蹲っていた少女の腹に、鋭い蹴りが叩き込まれた。

 

 

『口が過ぎるぞ、レプリカント風情が』

 

「ぅ………ッ」

 

『まだそんな眼が出来るのか。そこまで愚劣であると驚きを通り越して感心すらするぞ』

 

 

見下した相手に嘗められること自体不愉快なのか、プロフェッサーの苛立ちは消えるどころかそれ以上に増していた。

 

最早、暴力でしか解消できない程に。

 

 

『────ミハイルへの手土産にしてやるつもりだったが、五体満足である必要はないな。軽く、いやジックリと調教してやろう』

 

 

懐から棒を取り出し、スイッチを押す。すると棒の先が伸びて、警棒のようになる。それを片手に、痛めつける為に動けないシエルの元へと近寄るプロフェッサー。

 

 

その先の一歩、踏み込んだ瞬間。それがプロフェッサーにとって致命的なミスであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………ほぉ』

 

「動くな………っ!」

 

「もし下手な真似をすれば、此方も容赦はしないぞ」

 

 

動きを止めたプロフェッサーの首元には二つの刃が迫っていた。白式を纏う織斑一夏の雪片弐型と篠ノ之箒の紅椿の刀が交差するようにして、プロフェッサーの首の前に静止していた。

 

 

『動くな、とは。一体どの立場で言っている?君達の任務はこの基地の護衛、つまり私達の警護でもある。刃を向ける相手が違うとは思わないかい?』

 

「っ!ふざけんな!誰がお前を────」

 

『君達は、私が彼女の命を一瞬で奪えることを理解してないらしい』

 

 

スッと、プロフェッサーが片手を持ち上げる。その際刀に力を込めた一夏と箒だが、僅かにその力が緩んだ。彼が片手に持っているのは、見覚えるのある端末だから。

 

 

『君達が何時から話を聞いていたかは分からんが、これを見て動きを止めるという事は大体理解できているのだろう。私の首を斬ろうとすれば、手が滑って彼女の頭を焼き斬ることになるかもしれないなぁ?』

 

「………くそっ」

 

『理解できたね?分かったなら私への対応を変えて───』

 

 

瞬間、プロフェッサーの掌から端末が弾き飛ばされた。それは突然飛んできたナイフであった。空中に舞ったその端末は床に落ちることなく、入り口にいた人物の手の中に落ちる。

 

 

「………成る程。ナノマシンの消去もこの端末で出来るのか。便利かもしれんが、簡単にこんな真似が出来る技術の悪用には、少し思うところがあるな」

 

『────織斑、千冬ッ』

 

「織斑と篠ノ之の代わりに言おう────動くな」

 

 

突然感情を剥き出しにしかけたプロフェッサーだが、千冬の一喝によって動きを止める。彼女の強い気迫に圧倒されたのか、冷や汗が滲んでいた。

 

 

「シエルの脳に仕込まれたナノマシンは消し去った。もうシエルを使って脅す真似は出来ん。………他はあるか?貴様がこの場を乗り越えるための策があるのなら、それも叩き潰す。此方も聞きたいことが山程ある。大人しくするのなら、此方も手荒なやり方はしないが?」

 

『…………』

 

 

すぐに、プロフェッサーは降参したように力を抜いた。

 



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第43話 ヴァルサキス・レプリカント

事の次第はこうであった。

 

 

 

「────まず私が、プロフェッサーに捕まります。その隙を突いて、皆さんがプロフェッサーを捕縛してください」

 

 

数時間前、基地に着く前の装甲列車の中で、シエルがそう告げた。無論、その内容に一夏達は愕然とするしかなかった。当然、自分を人質にするというのだ。受け入れがたい話ではあるが、

 

 

「………その理由を聞こう。お前がそこまでする必要があるのか?」

 

「プロフェッサー・アクエリアスは慎重な人です。滅多な事では一人にはならないはずです─────生き残った被験者である私が、一人で侵入している事を知らなければ」

 

 

話を聞いていた学生達は兎も角、軍属のイレイザが険しい眼を向ける。自分達側の人間が少なからず祖国に隠し事をしていると言う事実が真実なのか、探っているのだろう。

 

 

「私に色々と教えてくれた人が言ってました。プロフェッサーは私が生き残っていることを、将軍達に報告していないって」

 

「………つまり、お前がプロフェッサーを誘き出すと?そう簡単に引っ掛かるのか?慎重な人間なら、ISを所持するお前の前に出てくるとは思えないんだが────」

 

「────私の脳には、ナノマシンが仕込まれてます」

 

 

怪訝そうな龍夜の疑問に、シエルは複雑そうに応える。その場にいた全員が凍りついていた。彼女は周りに気を遣いながらも、説明をするために詳しく話し始めた。

 

 

「私に『クローム』を与えてくれた篠ノ之博士が教えてくれました。私の脳にあるナノマシンは監視用のもので、操作することで直接電撃を流す機能を持つものだと。プロフェッサーはそれがあると分かっているから、きっと私の前に出てきます。私を無力化できると確信しているから」

 

 

どうして淡々と話せるのか、一夏は不思議で仕方がなかった。ここまで冷静に語る少女の胸の内が分からずにいたが、龍夜は大体理解できていた。いや、共感していたというべきか。

 

怨敵を追い詰めるためだ。彼女としても絶対に成功させたいはずなのだから、気を乱すよりも落ち着いていたのだろう。

 

 

「だが、捕縛すると言ってもどうする気だ?奴が慎重だと理解しているのなら、下手にお前以外の者が接近すれば逃げることは確実だろう。どうやって奴を封殺する?」

 

「安心してください。その為の私のIS、『クローム』の単一仕様能力です」

 

 

自らの片腕に、『クローム・オスキュラス』の装甲を展開する。その手を自身の胸に当てるシエル。次の瞬間、空気に溶け込むように少女の姿が消えた。

 

 

「あ、あれ!?消えた!?」

 

『───安心してください。私をここにいます』

 

 

慌てて近付いた一夏が手を伸ばすが、少女がいたであろう場所には何もない。いや、当たってはいる。掌が少女に触れているのは確かだが、感覚が別物となっている。

 

 

視覚や聴覚、触覚すら正確にシエルを感じ取れていない。だが、その場にいる。目の前で起きている違和感の強い出来事だが、第六感だけで理解はできた。

 

 

『…………あの、一夏さん。ちょっと、手を離して欲しいんですけど………』

 

「ん?どうしたんだ?」

 

「…………」

 

 

ふと、弱々しくなる声に不思議そうな一夏だったが、無言で近付いた龍夜が制服の襟を強引に引っ張り、後ろへと引き剥がす。

 

強引に引っ張らされた一夏はすぐさま振り返り、龍夜に文句を言おうとする。

 

 

「いきなり何だよ!?」

 

「此方の台詞だ、馬鹿。お前の方こそ何やってんだ」

 

 

呆れる龍夜の言葉に、思わず首を傾げる一夏。チラリと箒達の方を確認した龍夜は軽く溜め息を漏らしながら、口を開く。

 

 

「………シエルはその場で動かずに透明になった。これは分かっているだろ?」

 

「あぁ、それくらいなら………」

 

「そしてお前は立ち尽くすシエルに正面から触れた訳だ。ちょうどここら辺の位置に手を伸ばして」

 

「…………」

 

「賢明だな。理解が早くて何よりだ」

 

 

トントン、と自身の胸元に手を当てる龍夜の前で、一夏が真っ青になる。感覚が無くて何かに当たったとしか思えなかったが、指摘された時点で自分が何に触れたのか分かってくる。

 

 

同時に近くで膨れ上がっている少女達の怒気も。

 

 

「つまりお前はシエルの胸に触った訳だ。二度目のセクハラだな」

 

「…………弁明の機会を!」

 

「時間の無駄だ。黙ってボコられてこい」

 

 

無慈悲に見捨てられた(と言うよりも、怒れる少女達の前に放り投げられた)一夏はそのまま箒達によって制裁された。

 

 

ボコボコにされ寝かされた一夏を尻目に、透明化を解いて茹で蛸のように真っ赤な顔のシエルは、何とか平静を取り戻し、話を続けた。より正確には、自分の能力の説明を。

 

 

「『オーロラヴェール』。この能力は光学迷彩の発展系で、発動した場合あらゆるセンサーでも補足する事が出来ない完全なステルスを有します。─────ですがこれは、あくまでも能力の一つです」

 

 

話しながら、シエルは近くの座席に落ちていた部品を手に取る。近くの座席の上に置いたその部品に手を翳すと同時に、その部品が一瞬にして消えた。

 

しかし彼女がもう一度能力を発動すると、部品は再びその場に残っていた。

 

 

「『オーロラヴェール』は私にだけ発動するステルスではありません。私が触れたものに、ステルス機能を付与することが出来ます。ISでも、生身の人間であろうとも」

 

「…………」

 

 

端から聞いていたが、強力な能力である。本来のコンセプトとは違うものではあるが、篠ノ之束が造った新型の一機なのだ。自分達の考える枠組みで満たないものであるのは当然か。

 

そして、その能力を明かされた瞬間から、今回の作戦が理解できた。そんな一同に再確認するように、シエルは告げた。

 

 

「事前に私が皆さんにステルス機能を付与します。だから機を伺って、私の事を監視してください。そして、プロフェッサーが私に接近した瞬間に、お願いします」

 

 

◇◆◇

 

 

そして、現在。

 

 

『───成る程。嵌められたのは私の方か』

 

 

プロフェッサーの私室、いや一般の軍人では入ることすら許されない特別な部屋の中で、プロフェッサーはその場から動けずにいた。

 

 

両手にある手錠は重々しいものであり、付けられた状態で行動することは厳しいと思われる。しかしそれは、単なる手錠でなかった。

 

 

『────ロック・フィールド、か。これは数十億もする代物のはず、こんな簡単に使っていいのか?』

 

「何、犯罪者を捕らえる為の道具だ。本来の使い方に文句は言われまい」

 

『私を犯罪者と断定としているとは。全く恐ろしい人だ』

 

 

プロフェッサーの周囲には、淡い光で構成された壁が展開されていた。

 

 

電子捕縛結界『ロック・フィールド』、ISのコア以外に用途が見出だせない特別な鉱物 『時結晶(タイム・クリスタル)』を活用したもの。

 

周囲に高密度の電子の壁を展開し、捕縛する相手を閉じ込める結界である。しかし、結界に閉じ込められるのは特定の手錠を掛けられた人間だけであり、外部の人間は電子障壁の影響を受けず、自由に立ち入りすることができる。

 

 

逆に捕縛された人間はどう足掻いても外に出ることは出来ない。障壁内に入ってきた人間に危害を加えようとする等の特定の行動が感知された場合は強制的に電撃が走り、相手の行動を制限する。国連が開発した最新鋭かつ高値のアイテムなのだ。

 

 

『しかし、理解しているのかな?君達自身の立場を』

 

「………」

 

『この基地から逃げ出した逃亡者と内通し、軍属である私を拘束する。しかも将軍に隠れながらの行動と来た。この話が世間に広がれば、君達IS学園が大きく揺らぎ───最悪の場合、解体されるのではないかな?』

 

「脅しのつもりか?言っておくが、責任を問われるのは貴様の方だろう」

 

 

プロフェッサーの余裕な態度に、千冬は眼を細める。彼の挑発らしき言葉を気にした様子はなく、言葉を続けた。

 

 

「今しがた、貴様等の研究データは全て回収した。これが世間に開示されれば、国連も動かざるを得ないはずだ。大方、貴様等の暴走として切り捨てれる事は目に見えているぞ」

 

『…………フ、成る程。形勢逆転という訳ですか』

 

 

「御託は結構です、プロフェッサー・アクエリアス」

 

 

千冬の横を通り過ぎ、プロフェッサーの前に立ったシエルが冷たい声で宣言する。片腕にISを展開したその腕には力が込められており、何時でも牙を剥く構えであった。

 

怒りを抑え込むように震えた声で、彼女は言う。

 

 

「ミハイルを、私達の仲間を返してください。彼は貴方達の道具なんかじゃ、兵器なんかじゃない」

 

『────仲間?アレが?』

 

 

その発言の一つに、プロフェッサーは嘲笑していた。機械のマスク越しの嘲笑は、本気で侮蔑するような、他者を見下す悪意に満ちたものだ。

 

 

『そうか、そうだった。君達はそういう風に調整していたんだったな。これは私のミスだ。まさかアレが同じ仲間だと、本気で思っているとは』

 

「…………どういう意味だ?」

 

 

プロフェッサーの言わんとする言葉に、ふと箒は疑問を口にした。何かが可笑しい。何か事実に対しての齟齬がある。

 

 

それに気付いたプロフェッサーは一瞬驚きながらも、肩を震わせた。歓喜、というには悪趣味な喜びを滲ませて。

 

 

同時に、齟齬を理解したシエルが青ざめる。寒気を感じ取ったであろう彼女は慌てながら必死に取り繕うとしていた。

 

 

『おや、まさか君達は知らないと?…………フフフ、これは面白い。実に面白い。どうやら真実を黙っていたようだなぁ、君は』

 

「ッ!違う!それは────」

 

『では、私から真実を教えてあげよう』

 

 

そんな彼女の言葉を遮り、プロフェッサーは『真実』を語る。彼女が皆に言おうとしなかった、ただ一つの『事実』を。

 

 

 

 

『君達が探しているミハイル・ヴァルサキス。その名を持つ人間は存在しない』

 

「…………え?」

 

 

思わず、困惑する。彼女の仲間であり、これから兵器にされるミハイル・ヴァルサキスなる者。ならば、彼は一体何者なのか。

 

 

その答えは簡単。

存在しないのは人間であり、それ以外のモノなら該当するものはある。

 

 

『彼女が助けようとしているのは同じ人間ではなく、我々の所有する人工知能なのだからね』

 

 

その事実に、驚きを隠せなかったのであろう一夏も箒も、その場で震えるシエルに疑問を掛けるしかなかった。

 

 

「…………そうなのか?」

 

「黙っていて、すみません………けど、皆さんを、利用するつもりじゃ………」

 

『違うなぁ?利用するつもりだったんだろう?ミハイルを助け出すために、善良な彼等を言葉巧みに味方に引き込んだ。全く、恐ろしいなぁ君も』

 

「違………わ、私は…………」

 

 

悪意しかないプロフェッサーの言葉を否定できず、シエルは崩れ落ちる。彼女としても、意図して黙っていた訳ではない。協力者からも言われていたのだ。ミハイルが人工知能だとそう簡単に明かしてはいけないと。

 

 

何より、彼女自身も理解していた。人工知能を仲間だと信じ、助けようと力を尽くしてくれる人間が少ないことも。殆どの人間がその話を聞いただけで拒否してくる可能性すらある以上、初対面の状況で話すなど出きるはずもなかった。

 

 

しかし、黙っていたのは事実。それがある種の裏切りと取られても否定できない。

 

 

その場に座り込むしかなかったシエルに、一夏が近付く。どんな文句も悪態も受け入れると震えながら口を噛み締めた少女に、一夏は優しく笑い掛けた。

 

 

「安心しろよ」

 

「…………え、?」

 

「俺達は気にしてない。シエルが俺達を騙そうとしてるなんて、これっぽっちも思っちゃいないさ」

 

 

予想したものとは違う言葉に、シエルは戸惑う。

 

 

「で、でも………私は、皆さんに………ミハイルの事が、人工知能って…………」

 

「ミハイルが大切な仲間ってのは、嘘じゃないんだろ?」

 

「……はい!そうです!」

 

「なら騙してはないだろ。俺も箒も千冬姉も、皆も、きっとそう言うさ」

 

 

自信満々に言ってのけた一夏に、シエルは泣きそうになっていた。その光景を見ていた箒も千冬も何も言わないが、半ば呆れている感じだ。一夏の言う通り、シエルの事を悪く思ってはいないのだろう。

 

 

 

『………フン』

 

 

対して、プロフェッサーだけは面白くなさそうだった。仲違いする光景を望んでいたらしく、思い通りにいかない現状に不愉快そうであった。

 

プロフェッサーを睨んでいた千冬は一息つき、シエルを見据えた。

 

 

「だが、色々と説明はして貰うぞ。シエル」

 

「………はい、分かっています」

 

 

そう言うとシエルは透明なガラスで覆われた近くの壁の前に踏み出す。どんな素材を使っているのか、真っ白に染まった部屋を見下ろしたシエルは、落ち着いた口調で話し始めた。

 

 

 

「────私達はこの壁の向こう、白い部屋で育ちました」

 

「………、」

 

「親の記憶も、家族の思い出も全員にはありませんでした。私達の記憶にあるのは、白い部屋で目覚めた記憶だけ。私達はここで何年も過ごしてました」

 

 

その語りを、黙って聞いていた。この場の全員が。

 

 

「生活自体に大した問題はありませんでした。研究者の人達は、私達を外には出さなかったですけど、誰もが優しかった。少なくとも、私達をモルモットのように扱う人はいなかった」

 

しかし、と云うシエル。そこから、全てが始まった日の事を思い出しながら、語り出す。

 

 

「ニ年前、プロフェッサーが私達の前に現れました。一つの小さな装置を、この部屋に連れ込んで」

 

「………まさか」

 

「驚くことに、その装置は知能を持っていました。言葉も喋り、私達とも対話ができる。困惑する私達に、プロフェッサーはこう言いました」

 

 

───紹介しよう。彼はミハイル、君達の新しい仲間だ。こんな姿ではあるが、仲良くしてやって欲しい

 

 

「初めは色々とありましたが、子供であった私達はすぐにミハイルと打ち解けました。色んな本を一緒に読んだり、歌を歌ったり、そうして一年間私達とミハイルはこの部屋で生活していました」

 

 

それ以上の事をシエルは語らなかった。その先の話は既に聞いている。かつての場所を見て心が大きく揺れている彼女を案じて、千冬も聞こうとはしなかった。

 

 

 

短くも長くも感じる沈黙。無音に近い静寂を破る声があった。

 

 

『─────数年前、あるプロジェクトが途中で失敗に終わった』

 

両手を拘束されたプロフェッサーが独り言のように口走る。しかしそれには、説明というもう一つの意図が存在していた。

 

 

『イギリスが主体となった大規模な計画だ。対IS用の衛星兵器、エクスカリバーを宇宙へと打ち上げる。衛星の一部が既に宇宙空間に存在し、計画の完遂まであと少しだった』

 

 

計算上であればISのシールドすら突破できる熱量を有した兵器。ISが発展した世界で、その価値は魅力的どころの話ではない。いざとなればその兵器がISへの対抗手段となる。存在するだけで世界各国を牽制する抑止力になり得るのだから。

 

 

だが、そう上手くはいかないのが現実であった。

 

 

『しかし、計画は頓挫した。その衛星はISと同じようにコアが必要だった。そのコアの代用の為に、とある少女を誘拐し、生体コアとして改造しようとした』

 

「…………ッ!」

 

『計画が頓挫した理由は、その行為自体が阻止されたからだ。突如現れた黒いIS「モザイカ」が研究施設を破壊し、少女を連れ去ったのだ。その後、国連の元にエクスカリバー計画の極秘書類のデータが送られた。それがモザイカからの通告だと理解した国連は慌てて計画を中止にするしかない』

 

 

またしても出てくる名前。

かつて自分達の危機を救ってくれた謎の黒いISを思い出した一夏と箒は大きく反応する。だからこそ、その名を聞いた千冬が僅かに眉を動かしたことにも気付けない。

 

 

『だが、問題があった。宇宙空間に残された衛星。表向きには探査用ではあるが、アレは元々軍事用として開発されていた。国連は宇宙に打ち上げた衛星を無駄にしたくはなかった。────だから、それを再利用するための計画を立案させた。それこそが、ヴァルサキス・プロジェクトだ』

 

 

国連の力を高め、基盤を固めるための計画。それを無駄にしたくないと感じた誰かによって再始動した新プロジェクト。その計画の命題でもあるアナグラム殲滅などは表向きな理由であり、建前であった。

 

 

『ISと似た形状のヒト型巨大兵器 ヴァルサキスを衛星と接続させ、宇宙空間からの高火力狙撃を行う事を目的とした計画は、アナグラム殲滅を建前として動き出した。しかし、すぐさま大きな問題に突入した』

 

『強力な衛星兵器故に、自らで判断する機能が必要だった。だからこそ、エクスカリバーに少女(生体コア)を組み込もうとしたのだ。しかしまた同じことをすれば、モザイカが何をするか分からない。議論の果てに国連は答えを見出だした。────人間ではない、人間の思考や精神をトレースした人工知能を使えばいい、と』

 

 

「それが───ミハイル」

 

 

一夏の自然とした呟きに、プロフェッサーは愉快そうに笑った。自分の功績に呆然としていると思ったのか、少しだけ気分が良さそうであった。

 

溢れ出る高揚を隠さぬまま、プロフェッサーは続けた。

 

 

『だがやはり、更なる問題があった。人工知能は人間とは違う。人間でなければ選別できない所を、機械は補えない。ただ特定された目標を的確に消すのではなく、少ない犠牲で戦いを終了させる。作り立ての人工知能では、それが厳しかった。なんせ機械にはなく、人間に存在する心がないのだから』

 

 

だからといって人間を使うことはできない。悩んで結果、人間を兵器に組み込まなければ良いのだと理解した。

 

 

『だから私は、ミハイルに心を学ばせることにした』

 

 

何故、ミハイルという人工知能を少年少女の元で過ごさせたのか。それが目的であり、理由であった。

 

 

『彼等は、モルモット達はミハイルに多くのことを学ばせてくれた。喜怒哀楽などの、全ての感情をミハイルは身に付けていった。無論、余計な感傷まで覚えはいたが』

 

「………、」

 

『だが、完全に理解しきれない感情というものがあった。死という概念。人が死ぬということを、ミハイルは理解できなかった。それは非常に困る事態だったよ。なんせミハイルには自己判断で殺すべき相手を判別しなければならない。心がなければ、学ばせた意味がない』

 

 

無機質な仮面を、シエルへと向ける。彼女自身の顔を液晶に写しながら、プロフェッサーは嘲笑と共に告げた。

 

 

『────だから目の前で殺したのさ。あのモルモット達を毒ガスで』

 

 

言葉すら出ない一夏達。何故、こうも簡単に人を殺したことを宣言できるのか。まるで自分の成果のように、楽しそうに、面白そうに。

 

 

「何でだよ………何で、そんな風に!笑えるんだよ!人を、子供を殺したんだぞ!?」

 

『…………何故、彼女達にレプリカントという名前が与えられたか分かるか?』

 

 

問いかける一夏に、プロフェッサーは見向きすらしない。その場に立ち尽くすしかないシエルへ、悪意に満ちた真意を明かした。

 

 

『模造品、複製品!取るに足らない人間未満(モルモット)!誰からも死んだことを気にされない、人間の姿をした人間以下だからさ!!』

 

「────ッ!」

 

『滑稽だろう!シエル・ヴァルサキス・レプリカント!君達は無価値で意味のない人間もどきなのさ!その点で言えば、ああ………彼等の死体は有効活用できた!よく使えたよ!出来損ないどもの脳は!!』

 

 

限界であった。

その瞬間、一夏は迷わず動く。平然と、自分が何もされないと信じた立ち振舞いのプロフェッサーへと歩み寄る。彼が此方に視線を向けた直後、ヘルメットマスクごと殴り飛ばした。

 

 

「取り消せよ」

 

『───が、フッ』

 

「ふざけんじゃねぇ、さっさと取り消せよ。シエル達は無価値なんかじゃない、人間以下じゃないだろ!心がある、感情があるんだ!それが人間だろ!一番人間じゃないのは、簡単に人を殺せるアンタの方だ!!」

 

 

激しい怒りのままに吼えた一夏が、プロフェッサーの胸ぐらを持ち上げる。ひび割れた液晶には未だ悪意に満ちたものがある。一夏の叫びも、言葉も、何一つ響いてはいない。

 

 

悔しそうに歯を噛み締める一夏の前で、プロフェッサーが口を開いた。

 

 

『─────流石、お優しいことを言うな。織斑一夏、あの男にそっくりだ。吐き気を催す程に』

 

「…………え?」

 

 

嫌悪感に染まった一言よりも、内容に意思気が向いてしまった。それにより高まっていた怒りが沈静化してしまう。疑問を口にしようとした一夏だが、ふと流れを掴んだプロフェッサーが声をあげる。

 

 

『───私は用心な性格だ。ある事件以来、私はあらゆるものを警戒している。そうでもしなければ、「天災」になど勝てないからな』

 

『故に、このマスクにも多くの機能が搭載されている。その一つは、危機管理センサー。このマスクに衝撃が届いた場合、特定の者へ信号を送る』

 

「?」

 

「察しが悪いなぁ。既に君が私を殴った瞬間から、私の駒達に連絡が伝わったのだよ。そして─────そろそろだ」

 

 

直後、合図のように。

閉ざされた隔壁が盛大に吹き飛ばされる。何らかの爆発によって。

 

 

「!敵襲だ!」

 

 

千冬が叫ぶと共に、全員がISを展開する。その瞬間、ロケットランチャーを所持したISが飛び出してきた。そのISを纏う少女は迷うことなくランチャーの砲口を一夏達へと向けると、砲弾ではなく蛇のようにのたうち回るビームが放たれる。

 

 

「くっ!」

 

 

迫り来るビームの雨を、雪片で切り裂く。零落白夜によるエネルギーを消し去る力で、ビームは光となって霧散する。

 

 

追撃に出ようとした一夏だったが、真横から動き出す影に気付く。慌てて退いた瞬間、自分の居た場所が巨大な鉄の塊によって粉砕された。

 

 

「────ふへ、外しちゃいました………」

 

 

ゆらりと、少女が影から姿を見せる。弱々しい雰囲気の少女は両手で持っていた巨大なハンマーをゆっくりと持ち上げる。ズルズル、と近くの瓦礫を壊しながらハンマーを引きずり、少女はひきつった笑顔を向ける。

 

 

「ごめんなさい………ごめんなさい………けど、役に立たないと、相手を殺せないと、いけませんから………ふへへ」

 

 

そう言った瞬間、少女はハンマーを強引に振るう。瓦礫を砲弾のように撃ち出しながら、続け様の大振りを一夏へと叩き込もうとする。

 

 

「一夏………ッ!」

 

 

近くでの戦闘に、箒が飛び出す。ニ刀を構え、一夏の援護へと向かおうとする。そんな彼女の目の前に、刃が滑り込んできた。

 

 

咄嗟のことであったが、箒が二刀でそれを防ぐ。放たれた刃は止まることなく、受け止めた箒を勢いよく吹き飛ばした。

 

 

 

「…………弱い」

 

 

両手のある部位に刃を備えたIS。同じように顔を隠した少女が冷徹な声で呟く。彼女は箒に追撃を与えることなく、背を向ける。

 

 

刃を振るい、複数の方向に斬撃を飛ばす。四方に展開された『ロック・フィールド』の断片を破壊し、プロフェッサーを縛る檻を破壊した。

 

 

手首の手錠を外し、調子を確かめるプロフェッサーの前で、少女が膝をついて頭を垂れる。

 

 

「お待たせしました。プロフェッサー」

 

「────遅い」

 

 

助けに来たであろう少女に、プロフェッサーは冷たい言葉を投げ掛ける。不機嫌そうなオーラを纏いながら。

 

 

「言ったはずだ。お前達は私の駒だ。主を守れない駒に価値があるか?こうして生かしただけではなく、ISを与えてやったのだ。少しは役に立て」

 

「………申し訳ありません、プロフェッサー」

 

「まぁいい。少なくとも、面白いものは見れたわけだからな」

 

 

不遜な態度のプロフェッサー。平伏す少女を無視し鋭い目付きで此方を見据える千冬へと向き合う。

 

 

「IS三機、それにその動き方───VT(ヴァルキリー・トレース)システムか」

 

『正解であり、不正解だ。織斑千冬。ISに仕込んでいるのではない、彼女達に組み込んでいるんだ』

 

 

平然と受け答えるが、そう簡単に認められる話ではない。過去の優勝者(ヴァルキリー)である織斑千冬の戦闘をトレースするというシステムだが、前にも語られた通り、禁止されている技術でもある。それをこの男は、人間の方に使用しているのだ。

 

 

『さしずめ、ワルキューレ。かつての大会優勝者達の戦闘データを内包した、真の戦闘兵器だ。VTシステムのような模造品ではない』

 

「随分と口が過ぎるな。仮にも他者の発明に対して敬意が無いように見える」

 

『他者も何も。アレを作ったのは私だからな』

 

 

おそらく知ってて尚鎌を掛けたであろう千冬は驚きすらしない。むしろ驚いていたのは戦っている最中の一夏や、起き上がった箒であった。

 

 

二人の様子に気分が良くなったのか、プロフェッサーは更なる事実を口にした。二人がするだろう反応を楽しむように。

 

 

『良いことを教えてやろう、お前達。ラウラ・ボーデヴィッヒ、アレを造ったのも、シュヴァルツェア・レーゲンにVTシステムを仕込んだのも、全て私だ』

 

「っ!貴様が!」

 

「…………テメェ!」

 

『フハハッ!良い顔だ!それでこそ、私の気が晴れるというもの。お前達にとって最も絶望的な事を教えてやろうと思ったが…………残念、もう時間は無さそうだ』

 

 

地震が、一帯に響き渡る。ただの地震などではない。爆撃のような轟音が。

 

 

壊れかけのマスクを撫でながら、プロフェッサーは本当に愉快そうな声で呟いた。

 

 

『────始まったようだな』

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

現在の地上の基地。

何一つ異変が感じられなかったその場所は、たった一瞬で敵の侵入を許した。兵士達に警戒がなかったわけではない、むしろ厳重な警備であった。

 

 

しかし、何らかの方法で敵は基地の内部へと現れた。複数の最新鋭の無人兵器に、兵士達と普通の無人機では対処など到底無理な話だ。

 

 

それ以上に、敵が圧倒的であった。

 

 

「────これが我々の標的、ですか。アナグラムを殲滅するというふざけた計画を立ち上げた割には、期待外れですね。もう少し手強いかと思いましたが」

 

「ま、そんなもんだろ?俺達無敵のアナグラムに勝てる奴等なんかいやしねーのさ。織斑千冬とかじゃなければな」

 

「フフ、皆さんとの協力活動。楽しみデスネ」

 

「…………」

 

 

眼鏡に黒スーツのの男性、小柄で赤髪の少年、金髪の女性、落ち着いた老紳士。四人組の男女の前では兵士達が気絶された状態で、辺り一帯が破壊し尽くされていた。

 

 

そんな四人の前に、一人の青年が降り立つ。比喩などではなく、実際に空から降りてきたのだ。

 

 

 

「さぁ、皆。─────行こうか」

 

 

黒と白が混じった衣装であり、髪も同じように白と黒の混じった青年。名を、シルディ・アナグラム。

 

 

再びIS学園とアナグラムとの抗争が、今始まった。




ヴァルサキス・レプリカント

意味『お前達はヴァルサキスの為にあるモルモットだから、死ぬも生きるのも私達のためやぞ。あ、けど、人間じゃないし、モルモットだから。人体実験ではない』

ということ。かの黎明郷『人間扱いしてないからセーフ』のようなガバガバ理論。プロフェッサーがド畜生過ぎて涙出てくる。ま、どうせ無惨な最後を遂げるからヨシ(良くない)


突然のアナグラム襲撃に関しては次回かに補足されますので……。首を長くしてお待ちください。



あと、感想と評価、お気に入りなどもよろしくお願いします!それでは!


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第44話 排熱蜥蜴/掌の迷宮

「始まった……!?何が始まって言うんだ!?」

 

『アナグラムの襲撃、と言えば理解できるかな?』

 

 

明らかに戸惑う一夏に、プロフェッサーはそう答えた。彼が手を挙げると、戦闘態勢にあった少女達が一斉にプロフェッサーの近くへと飛び退いた。

 

 

「ッ!アナグラムだと!?何故知ったような口で言える!?」

 

『────知っているも何も。彼等をここに呼び寄せたのは、私だ』

 

 

淡々と答えるプロフェッサーに、一夏達は愕然とするしかない。この男がどれだけ深い闇に潜んでいるのか、どれだけの存在と手を組み、暗躍しているのか。自分達とは違う闇の住人が、目の前にいる存在だと理解させられた。

 

 

『それより、急がなくて良いのかな?君達も時間がないと思うが?』

 

「………何だと?」

 

『何故、アナグラムがここに攻め込んできたか。その理由を思い出せば早い』

 

 

アナグラムの襲撃の理由。それは、自分達を滅ぼす為の兵器『ヴァルサキス』の存在を知ってのこと。襲撃してきた彼等がこれからするであろう事は─────

 

 

『ヴァルサキスの破壊────つまり、ミハイル・ヴァルサキスの排除だ。早くしなければ、大切な仲間をまた喪うぞ?シエル』

 

「────ミハイルッ!」

 

「あ、シエル!?」

 

 

プロフェッサーの言葉にシエルは話も聞かずに動き出していた。出口の方へと駆け出し、ISの飛行機能で飛び出していく。

 

鬼気迫る表情であった。助けるべき仲間が、襲撃してきた敵に狙われていると知った今、冷静でいられるはずがない。他の仲間を喪った彼女だからこそ、その感情に支配されていた。

 

 

『さて、私もそろそろお暇させて貰うとしよう。アナグラムは本気で動くだろうし、連中の戦いに巻き込まれたくはない』

 

「ッ!待てよ!」

 

 

少女を引き連れ、プロフェッサーが背を向ける。既に彼は距離を置いていたのか、近くの隠し扉へと踏み入れていた。

 

 

逃がす訳にはいかない、と一夏は理解していた。あの男は、人の命を弄ぶ敵だ。ここで見逃せば、多くの人を傷つけ、悲しませる。だから、ここで捕まえなければならない。

 

 

瞬時加速により、プロフェッサーとの距離を縮めていく。遠隔操作の影響か、隔壁がゆっくりと降りてきているが、一夏の手がプロフェッサーに届く方が早い。

 

 

 

プロフェッサーの配下である少女達『ワルキューレ』の一人が動く。両手の刃を振るい、一夏を迎え撃つ構えを取っていた。しかしそれを、プロフェッサーが片手で制する。

 

 

 

 

一夏の手がプロフェッサーへと近付いた瞬間、マスク越しの声が響いた。

 

 

 

 

『────()()()()()()()()()なぁ。織斑一夏』

 

「…………………え?」

 

 

全てが、止まった。

伸ばしたはずの手が、目の前の敵を捕らえるという決意が、その言葉によって停止する。その言葉の意味を理解しようとした脳すら、動けずにいた。

 

 

「───一夏!」

 

 

遅れて動き出した箒が叫ぶが、遅い。

織斑一夏は止まってしまった。持ち直したところで、遅れてしまった一秒は取り戻せない。

 

 

隔壁が道を塞ぐ。その瞬間、部屋にあったスピーカーから声だけが響いてきた。プロフェッサーの嘲笑の声が。

 

 

『さぁ、また会おう諸君。次会う時は────容赦などしない』

 

 

隔壁の奥から気配が消えていく。プロフェッサーに逃げられた事に箒は悔しそうな顔をするが、すぐさま近くにいた千冬に指示を仰ぐ。

 

 

「織斑先生!追いますか!?」

 

「止せ。奴を追った所で、奴が従える『ワルキューレ』を倒すのも厳しい。何より、この状況でそんな事をしている暇はない」

 

「…………龍夜達は!?理事長との連絡は取れないのですか!?」

 

「試みているが、電波が繋がらん。おそらくはアナグラムの、ジールフッグの妨害電波か」

 

 

かつて味わったアナグラムのハッカー、ジールフッグが操る妨害電波。これによりIS学園は孤立し、近くの組織への連絡すら取れない状況下に陥った。対抗手段はない。こうなった時点で、妨害電波はどうしようもないとして諦めるしかない。

 

 

だが、冷静な二人よりも、一夏の方が不安であった。

 

 

「何で、アイツが………暁の事を………」

 

「…………暁、だと?」

 

 

先程のプロフェッサーの言葉にあった名前。それが幼馴染みの一人である気弱な青年であることが、何よりも衝撃的な事実であった。

 

その名に反応した千冬はふと顔を険しくする。少し考え込んだ千冬に、箒は何も言わず一夏へと近寄る。そして、

 

 

「一夏っ!」

 

 

胸元を掴み、声をあげた。突然の大声に呆然としていた一夏も思わず思考を止める。慌てて箒の顔へと視線を合わせたのを確認してから、彼女は続けた。

 

 

「何故奴が暁の名を出したのか、私も不安だし気にはなる。だが、今はやるべき事があるだろう!?ミハイルを助けるという、シエルの願いを叶えたいんじゃないのか!?こんな所で考えてて、ミハイルを助けられる訳ではないだろう!」

 

 

謎は多い。

一体どうしてその名を口にしたのか。その疑問は今考えるべき事ではない。シエルの仲間を助けると約束した以上、彼がするべき事は今ここで足を止めることではない。

 

 

「………ごめん、箒。また迷惑を掛けた」

 

「気にするな。私とて何度も感情的になる事はある」

 

 

そう言葉を交わした二人は、千冬へと向き合う。覚悟を決めた一夏と箒に千冬は一息ついてから、口を開いた。

 

 

「………私は将軍と連携を取る。そしてこの基地と共同し、防衛を開始する。お前達も急ぎ現場へと迎え、判断はお前達自身に任せる」

 

「分かった!千冬姉!」

 

「了解!」

 

 

そう言って二人がシエルのように出口から飛び出していく。二人の背中を見送ってから、千冬は既に閉ざされた隔壁を睨む。

 

 

「────やはり、生きていたのか」

 

 

ただならぬ敵意。怨敵へと向けるような鋭い気迫が、この場にいない誰かへと集中していた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「で?一夏達とは連絡取れたの?」

 

「────いや、無理だ。この基地を取り囲むようにジャミング電波が放出されている。外部との連絡は、絶対に不可能だ」

 

「それって、内部での連絡は可能かもしれないってことでしょ。なら、どうしようね」

 

 

ズガァン! と、目の前にいた無人兵器の群れを突破した三人、鈴とラウラ、シャルロットがそう言葉を交わす。普通の学生であれば苦戦するであろう無人機も、軽い連携で倒されていた。

 

 

コンテナやパイプラインが殺到するその区域を通過しながら、彼女達は今後の動きを話し合いで決めていた。

 

 

「じゃあ結局どうするわけ?織斑先生達と合流するのか、アナグラムと交戦するのか」

 

「交戦だ。私達の目的はこの基地の防衛。連中を野放しにする訳にはいかん」

 

 

 

「────へぇ?じゃあ俺と戦うのも必然ってことだよな?」

 

 

カン!と、無数に羅列する大型パイプの上に誰かが立っていた。160も満たない背丈の赤髪の青年。顔以外を黒い法衣で包んだ青年は口笛を吹き、楽しそうに口を開いた。

 

 

「一、二、三!まさか三人も一緒とは!俺は運がいい!お先に乗り出してきた甲斐があったぜ!」

 

 

膝と腰を曲げ、座り込むように三人を見下ろす青年。すぐさまラウラはレールカノンの砲口を青年へと向ける。何時でも砲撃を出来るように構えながら、低い声で問いかける。

 

 

「何者だ、貴様」

 

 

「────加賀宮士(かがみやつかさ)、シルディ様直属の親衛隊の一人だぜ」

 

 

気さくに答える青年───(つかさ)は自分に向けられた敵意に身動ぎすらしない。それどころかその顔は凄まじい程に歪み、変容している。─────高揚を抑えきれず、戦意に満ち溢れたものへ。

 

 

同時に、シルディの名を聞いた鈴が思わず周りに意識を向ける。目の前の敵を無視した行いに、誰も文句は言わない。それどころか、相手の方が話してきた。

 

 

「安心しろよ。シルディ様はお前らの相手をする暇はない。他の面子も、な。ロイドの爺さんは織斑一夏達の足止めで、他の二人はヴァルサキスの破壊とやら。そして俺は、この基地の戦力を一人ずつ潰していく事が目的なのさ」

 

 

「…………敵を前に、よく喋る。作戦内容まで語るとは、楽観的だな」

 

「お前ら全員潰すんだ。話したって問題はねーさ」

 

 

そう言いながら、士は自身を包む黒い法衣を脱ぎ捨てる。宙に舞う黒い布切れから掠め取った二つの物を左右の手に備えていた。

 

 

掌サイズ装甲型のデバイス、『カオステクター』と小型のメモリ『メモリアルチップ』。それは、アナグラムの上級戦闘員が所持するISに匹敵する力の根源であった。

 

 

「ま、潰すってよりも………燃やすって方だな、うん」

 

『サラマンダー!』

 

 

右手に装着した『カオステクター』にメモリを差し込む。スライドパネルがメモリを読み込み、機械音声が響き渡ると同時に、カオステクターから無数の細い爪が飛び出す。

 

 

ウロボロスナノマシンと呼ばれる新種のエネルギー物質を内包する爪が士の身体へと向けられ、爪先からウロボロスナノマシンで構成された液体が溢れ出す。

 

 

黒いどろどろに士の全身が包まれていく。光すら感じない不気味な闇が呼応していき、次第に激しい炎を噴き出し始めた。

 

 

凄まじい高温を発しているのか、足場にしていたパイプを含めた周囲のものが融解し、地面へと溶け落ちていく。ついに限界に至ったパイプが外れ、黒い液体の塊が地面へと落ちる。

 

 

その身を包んでいた黒い液体は徐々に形を成していき、大きな影を見せる。高温で溶ける金属の床を踏み込み、姿を見せるソレは人の姿をしていなかった。

 

 

顔のパーツが存在しない蛇のような頭部。折り曲げられた長い首。猫背状でありながら大柄である巨体。そして人間のような手足。金属の装甲で包まれたその異形は五メートル以上の大きさで鈴達を見下ろしていた。

 

静かに開いた口の隙間から、小さな炎が垂れる。蜥蜴の舌のようにチロチロとうねらせながら、異形から響き渡るような声が伝わってくる。

 

 

【────さぁて、どいつから焼かれたい?】

 

 

瞬間、巨大な蜥蜴────『サラマンダー』が顔を真上へと持ち上げる。ズグン! と、長い首が風船のように膨らむ。口から赤と橙色の光を灯した蜥蜴は閉ざしていた口を大きく開き、中から激しい熱量を伴う火球を放出した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

外へと飛び出した一夏達が見たのは、戦場と成り果てた基地であった。

 

 

辺りからは悲鳴や爆音が響き渡り、周囲の建物や施設からは煙が立っている。基地の防衛に当たっているだろう無人機と兵士達が必死に戦っているが、それ以上の最新鋭の無人兵器がいとも容易く蹂躙していく。

 

 

ふと、空を見上げる。基地の上空には巨大な飛行艇らしきものがその場に停滞している。何らかの機能、おそらくただのエンジンではない新技術でも有しているのか、空中で固定されたように浮かぶ姿には違和感すらある。

 

 

そして、その飛行艇の周りを飛び回る一際目立つ影があった。雲を引き裂き、基地の対空兵器を撃ち落とし、逆に破壊するその姿は、一夏も見覚えがあった。

 

 

「───あれは、あの時の」

 

 

翼を大きく広げ、周囲の空を旋回していく機械の飛竜(ワイバーン)。かつてIS学園を襲撃した兵器の一体であったそれを簡単に忘れることは出来ない。

 

 

「………一夏」

 

「分かってるさ、箒。まずはシエルを追わないと」

 

 

あの飛竜を倒すよりも、先に進んでいったシエルを探す方が大事であった。ヴァルサキスを破壊する戦力も少ないわけではない。たった一人でそれだけの相手を止めるのは、彼女一人では難しい。

 

 

だからこそ、加勢に向かわねばならない。そう思った二人が動こうとしたその瞬間、

 

 

 

「ッ!箒!避けろ!」

 

 

そう言い、一夏が箒の手を取って真後ろへと飛ぶ。直後に二人のいた場所に数発の弾丸が炸裂する。地面に突き刺さった銃弾が発光したと思えば、綺麗な四角の形状に切り分けられ消失する。

 

 

「────素晴らしい(グレート)。私程度の銃撃に気付き避けるとは。報告通り、成長しているようだ」

 

 

カツン、と建物の影から新たな人影が浮かび上がる。純白のコートを着こなした老紳士であった。腕と同化した形状の深い藍色の銃を向けた老紳士は、感心したように呟くや否や丁寧にお辞儀をしてきた。

 

 

「初めまして、私はロイド。ロイド・シュテインハルト。シルディ様直属の親衛隊を務めている」

 

 

その様子を前にしても、一夏と箒は警戒心を消すことは出来ない。先程の攻撃、地面を削り取ったあの攻撃が何時放たれるのか、その原理すら掴めない。そんな状況下で、気を抜くことも出来ず、見定める事しか許されない。

 

 

「聡明な方達だ。私を軽んじることなく、私の能力を探ろうとしている。……………素晴らしい(グレート)。その聡明さに敬意を評し、私の幻想武装(ファンタシス)情報(データ)を開示しましょう」

 

 

落ち着いた様子の老紳士が、ふと銃を下げる。銃を持つ手とは反対の手を持ち上げ、掌に転がる複数のキューブをつまみ上げながら、説明を始めた。

 

 

「我が幻想武装、銘を『ラビリンス』。次元迷宮ラビリンスと言うものです。能力は、特殊な空間を作り出すというもの」

 

「…………」

 

「私の言葉を鵜呑みにせず、疑っておられる様子。やはり貴方達は聡明だ。なればこそ、耳で聞く言葉よりも、目で見る事実の方が受け止められるはず」

 

 

そう言い、老紳士はキューブの一つを目の前へと転がす。カラン、と地面に落ちたキューブがロイドの一定距離から離れた直後─────光を放つと共に、砕け散る。

 

そこに、キューブのような形で切り分けられた物体が鎮座していた。間違いない。先程、銃弾によって抉り取られた地面であった。

 

 

「私の幻想武装は、両手に装着されております。左手の銃からはあらゆる対象を小型化された次元『縮小された迷宮(キューブ・オブ・ラビリンス)』へと封じ込める弾丸を放ち、右手の手袋は銃で対象を封じた『縮小された迷宮』を具現化させます。因みに、右手で触れた物を『縮小された迷宮』に仕舞い込むことも可能ですし、固定された次元と次元を繋ぎ、擬似的な転移も可能です」

 

「────一夏」

 

 

話の合間を狙い、箒が小声で呟く。独り言のように聞こえるが、それは間違いなく一夏へと向けた言葉であった。

 

 

「これ以上、奴の話を聞く必要はない。奴の目的は時間稼ぎだ。おそらく奴の能力は戦闘に向いてはいない。だからこそ、私達の足止めをするつもりだ。だからこそ、能力を話して気を引こうとしている」

 

「─────素晴らしい(グレート)素晴らしい(ワンダフル)素晴らしい(エクセレント)

 

 

丁寧に、銃を持った手と何も持たぬ手で拍手をするロイド。純粋に称賛するように言葉を紡いでいく。

 

 

「流石は篠ノ之箒様。()の天才にして天災、篠ノ之束氏の姉妹にある貴女の観察眼は人並みを遥かに越えておられる。素直に感服する」

 

「…………その人の名前を、気安く出すな」

 

「…………失礼。貴女の気に障る発言でした。深い謝罪を、お詫び申し上げる」

 

 

深く頭を下げるロイドであったが、すぐに調子を取り戻したように口を開く。

 

 

「確かに、私の目的は時間稼ぎ。貴方達、強いて言えば織斑一夏様。出来る限り貴方を、他の親衛隊と対応せぬように手を尽くすことであります。貴方の力、『零落白夜』は諸刃の刃。しかし我等の幻想を打ち砕くには相応しい刃でもある。一太刀でもその力を受ければ、幻想武装は降臨させた力を失うことになる。下手をすれば、我等が王 シルディ様へと届き得る凶刃にも成り得る」

 

「………」

 

「その刃を、戦う力を持たぬ私が、貴方の戦術に尤も適した私が止めるのが必然。他の親衛隊達が役目を果たすまで、この場で貴方を止めさせていただく」

 

「それが分かっていて、俺が時間稼ぎに付き合うはずがないだろ」

 

「いいえ、貴方は優しき御方だ。捕らわれた仲間を見捨てるはずがない」

 

 

警戒しながらの一夏の言葉に、ロイドは僅かに微笑みながら手を動かす。キューブの一つを持ち上げ、見せつけるようなその仕草に困惑した一夏だが、すぐに気付いた。

 

 

そのキューブから、生体反応が漏れ出していることに。

 

 

「まさか───シエル!?」

 

「先程と同じように、不意を突かせていただきました。余程焦り、前しか見ていなかったのでしょう。彼女は容易く『迷宮』に囚われた」

 

 

飛び出そうとした一夏を制するように、銃口が向けられる。今にも武器を構える二人に対し、大人びた振る舞いをしたロイドが告げる。

 

 

「彼女を助け出す方法は二つ。一つは私が任意で解除するか、私から『迷宮』を取り返し、一定の距離から離れるか。少なくとも、それ以外の方法は無いでしょうな」

 

「ッ!シエルを返せ!」

 

「言われずとも、そのつもりです…………充分時間を稼げれば」

 

 

二本指で挟んでいたキューブを宙に飛ばし、右手の掌の中へと落とす。奈落に沈むように消えたキューブは既に見えなくなり、黒い円の紋様として閉ざされる。

 

 

 

既に戦意に満ちた二人を優しく見据え、ロイドは両腕を広げ踏み込む。慈悲深い、大人らしい顔と共に。

 

 

「無論、加減はしますよ。私は死に場所を、死に時を失った老兵。それが今の世代を傷付けるなどあってはならないのですから」

 

 

 

◇◆◇

 

 

炸裂した火球が、近くのコンテナやパイプラインを巻き込んだ爆発を引き起こす。燃料などに引火したのか、爆発の威力は大きく変化していた。

 

 

【クハッ!誰からやるんだぁ!?やらねぇなら全員まとめて焼いてやるぞぉ!!】

 

「ったく!好き勝手言ってくれるじゃない!」

 

 

軽い挑発に応じたのは鈴ではあった。振り返り、彼女は衝撃砲を展開しながら突き進む。そんな彼女を見た『サラマンダー』、その中にいる士が高らかと叫んだ。

 

 

【ハッ!お前が相手か!絶壁!】

 

「……………………は?」

 

 

それが鈴の地雷であると、単純な士には理解できなかった。

 

 

「────アンタ、言っちゃいけないこと言ってくれたわね」

 

【あん?俺お前の名前なんか知らねーし、そもそも認めた相手以外の名前は言わねーし、覚えらんねーから。絶壁でいいだろ?別に】

 

「────────ブッ潰す」

 

 

瞬間、鈴は瞬時加速により距離を縮める。突然の仕草に驚いた士だが、逆に高揚したように『フルルッ!』と唸り、迎え撃とうとする。

 

 

だが、その前に。突然飛んできた物体を避けきれず、顔面に叩きつけられた。士はそれが鈴の武器である《双天牙月》であることに気付いたが、致命的に遅れていた。

 

 

至近距離から、胴体に重い拳が打ち込まれる。胸元に入り込まれたサラマンダーが大きく全身を揺らし、巨大な腕と脚で鈴を薙ぎ払おうとする。

 

 

しかし彼女はその動きを読んでいるように、容易く回避しながら自分が飛ばした《双天牙月》を掴み、頭部を真下から斬り上げた。

 

 

【────ハァッ!やるじゃんかぁ!!】

 

 

大きく仰け反った『サラマンダー』の喉が一気に膨らむ。内部に膨大な熱を収束した巨体は至近距離にいる鈴に向けて、再び火球を放射しようとする。

 

 

「させるかっての!!」

 

 

それを、至近距離から炸裂した衝撃砲が妨害する。チャージしていたサラマンダーの内側で火球が爆発し、蜥蜴の巨体が大きく揺らいだ。

 

 

 

 

 

 

しかし、

 

 

 

【効いたぜ、今のは────久し振りに全身が温まってきたァ!!】

 

 

難なく体制を立て直した『サラマンダー』が背中のボイラーから黒煙を放出する。やる気と興奮に満ちた声音と共に、サラマンダーは全身から煙を噴き出し、周囲の熱を増幅させていく。

 

 

【さっきまでの攻撃のお返しだ!簡単にくたばるなよ!】

 

 

そう言い、サラマンダーが片腕を持ち上げる。掌の空洞、砲口らしき部位に光が集まる。赤からオレンジ色へと変化した光は徐々に膨らんでいき、空気を焦がすような雰囲気が広がっていく。

 

 

【───『火熱の剣(ヒラルガ)』!】

 

 

火力を集中させた熱線が、掌から放たれる。迫り来る熱線を受けるはずもなく、鈴は回避行動を取ろうとした。

 

 

だが、直進してきたはずの熱線が大きくうねる。まるで蛇のようにねじれ回る。飛び退いた鈴を狙うその攻撃を、何とか《双天牙月》で受け止めようとする。

 

 

刃が熱線に触れたその瞬間、焦げるような音と共に双天牙月が両断された。咄嗟に手を離した鈴は、斬られたであろう双天牙月が熱で溶かされている光景を目にする。

 

 

「武器が溶けるって、どんだけの熱量よ………」

 

【さぁな、俺もよく知らねー。科学だとか物理だとか赤点だったしな。けど、馬鹿な俺にも分かる事実ってのはある】

 

 

ふと、サラマンダーがもう片方の手を持ち上げる。ジュッ! と、焦げる音に次いで高熱の刃が展開されていた。両手の熱刃を構えながら、サラマンダーが大きな身体を揺らして動く。

 

 

【『火熱の剣』は無敵だ!どんな物質だろうが、俺の『火熱の剣』は全部切り裂く!ISだろうが、俺の敵じゃあねぇのさ!】

 

 

そう断言し、サラマンダーが両腕を振り払う。瞬間、鞭のようにしなった熱刃が解き放たれたように周囲を切り裂いていく。

 

乱雑にも見えるその動きだが、のたうち回る熱の刃により凶悪な攻撃でしかない。熱の剣で斬られたパイプや部品が溶け落ち、激しい高温の液体となっていく。

 

 

ズシン、ズシン! と大きく、愚鈍な動きながら、鈴との距離を縮めていく。回避することも出来ない激しい乱舞を生み出しながら、鈴を的確に追い込もうとする。

 

 

「───鈴!避けて!」

 

 

その瞬間、真後ろから飛び出してきたシャルロットが呼び出したライフルをサラマンダーに向けて掃射する。金属の装甲に弾かれる弾丸の雨に、鬱陶しそうな士の声が響いてきた。

 

 

【そんなに相手して欲しいんなら!お望み通りしてやんよ!】

 

 

体躯を捻り、百八十度綺麗に上半身を回転させたサラマンダーが両手の刃を振りかざす。しかし機敏に動き、距離を取りながら銃を撃つシャルロットには掠るどころか、届きもしない。

 

 

【チッ!当たらねぇ所からチマチマと!随分と陰湿だなぁ!おい!】

 

「残念だけど!僕はこっちの方が主流だから!それに、下手に近付いて火傷したら、一夏に見せられないしね!」

 

【そうかい!なら遠慮せずに温まってみろよ!】

 

 

楽しそうに吼えると同時に、左右の熱刃が切断したパイプへと伸びる。伸縮自在、鞭のような刃でパイプを持ち上げ、そのままシャルロットへと投擲した。

 

 

「わっ!?うわぁっ!?」

 

 

突然の遠距離攻撃に、シャルロットも攻撃を止めるしかない。熱の剣で触れられたパイプや瓦礫は高温に溶かされた溶岩のようになっている。熱された本体ならまだしも、超高温の飛沫にでも当たれば、それだけでもシールドゲージが消耗する。

 

 

【ハハッ!しぶといな!金髪!別に当たっても死ぬもんじゃねーだろ!?】

 

「………金髪って名前じゃないよ!僕にはシャルロットって名前があるんだから!」

 

【はーん!そっか!覚えられたら覚えとくよ!んじゃ、続け様のもう一発───────あれ?】

 

 

投擲を再開しようとしたサラマンダーだが、異変を感じ取る。ギシギシ、と全身の動きが停止したのだ。突然の事に戸惑いながらも、必死に動かそうとする士だが、何らかの力が働いているのか叶わない。

 

 

「────これ以上貴様に暴れられては困る。ここで大人しくして貰うぞ」

 

 

いつの間にか近くに立っていたラウラが手をかざし、サラマンダーの動きを停止させていた。彼女の能力、AICに対抗できないのか、サラマンダーは金属の擦れる音を響かせるだけである。

 

 

【おいおい!何だよ!ISってのは重力みたいな技も使えんのか!?羨ましいなぁ!万能兵器じゃねぇか!!】

 

「………貴様等がそれを言うか」

 

 

幻想武装というISにも通用する規格外の兵器を纏う人間の発言に呆れたラウラだが、容赦なくサラマンダーへとレールカノンでの砲撃を行う。

 

 

命中、いや直撃した。凄まじい威力の砲撃はサラマンダーの巨体に傷を与える─────事はなかった。

 

 

 

「…………馬鹿な、無傷だと!?」

 

【─────俺ってよ、前からずっと考えてたんだ】

 

 

チリ、と空気が揺れる。サラマンダー中心として異様な空間が展開されていた。その場にある地面やパイプのほとんどが融解し、あまりの熱量の火花すら散っている周囲一体。

 

 

【この高熱の刃が無敵なら、この熱さを全身に纏えばそれ以上の無敵になるんじゃねぇか、ってな】

 

 

直後、サラマンダーの全身がオレンジ色に発光する。超高温なのか、空気自体が煙が出るほどであり、近くにあるあらゆるものが溶け出していく。

 

 

炎と熱の地獄。その中央に立ち、全身に極限の熱と炎を纏う蜥蜴が炎の舌を垂らす。

 

 

【『排熱大帝(ヒートヴェルカ)』!攻守一体の最強の奥義!こっちはISを!世界を相手にする気でいるんだ!お前ら三人も倒せない程腑抜けては無いんだよ!】

 

「ッ!二人とも!逃げるぞ!」

 

「はぁ!?正気なの!?」

 

「今の奴は倒せん!それだけじゃない!あの状態で触れられてみろ!シールドが一瞬で消えるぞ!奴に捕まった時点で死ぬと思え!」

 

 

そう叫ぶラウラに、二人はすぐさま従う。距離を取っていく少女達の姿を見届けたサラマンダーの動きを止めていたAICが解除される。

 

 

ゆっくりと身体を動かし、首を捻るサラマンダーはだらしなく垂れた炎の舌をそのままにして呟く。

 

 

【………別にぃ、殺すつもりはねーんだけどなぁ。んなことしたら一番悲しむのは『先生』なんだよな。教え子同士での喧嘩はダメって言ってたし─────ま、シールドゼロにしとけば大丈夫だよな。多分】

 




加賀宮士

幻想武装は『排熱蜥蜴 サラマンダー』。シルディ直属の親衛隊の一人。気さくな感じでどんな相手にも距離感は近い(例外はある)自他認める馬鹿であり、敵の名前もあんまり覚えられない。覚える努力はある。年齢的にまだ中学生。



ロイド・シュテインハルト

幻想武装は『次元迷宮ラビリンス』。シルディ直属の親衛隊の一人。紳士的な態度で振る舞う老紳士。相手褒めたりする際は英単語を口にする。一夏と箒のことは前々から知っているらしい。ただの老人と侮ってはいけない()






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第45話 親衛隊、進撃

「────ッ!」

 

「箒!大丈夫か!?」

 

「問題ない!それよりも、奴から目を離すな馬鹿者!」

 

 

「────彼女の言う通りですよ、織斑一夏様」

 

 

至近距離で炸裂した閃光弾に、一夏の意識が目の前の老紳士ロイドから外れる。一瞬の猶予であったが、それだけで一夏との距離は近くにまで狭まっていた。

 

 

「ッ!クソ!」

 

「………動きが単調です。視線で狙いが読めますよ」

 

 

雪片と零落白夜での攻撃は当たらない。幻想を消し去ることが出来る光の刃を振るう接近戦、明らかに一夏が有利であるはずの剣戟は容易く躱されてしまう。

 

 

一歩踏み込み、逆に下がり、上半身を右にずらしたり、それだけで一夏の振るう刃を淡々と避けていく。それどころか大降りを放った一夏の真横へと滑り込み、脇腹に鋭い蹴りを叩き込む。

 

 

ミシッ、と。シールド越しに衝撃が体内に振動する。

 

 

「───がッ」

 

「ISは万能ではありません。使い方次第では容易く無力化されてしまいます。何より、欠点すら明白。生身の人間の攻撃ではISは吹き飛ばない。それが致命的なミスとも言える」

 

 

そう言いながら脳に痛覚が伝わったばかりの一夏の手首を、脚で踏みつける。力で押し返そうとした一夏だが、そこで自分が判断ミスをしたことを理解する。

 

 

腕を勢いよく持ち上げる事で、ロイドの脚も同じように持ち上げられる。真上へと突き上げようとする一夏の動作の最中、脚に力を込めて垂直の位置にある頭部へ渾身の蹴りを打ち込んだ。

 

 

ふと、一夏が仰け反る。ISのシールドがある限り、肉体的なダメージはないが、痛覚はある。ロイドの放つ蹴りは基本的に相手を傷つけるためのものではなく、体内に衝撃を打ち込む技術の応用系だ。

 

 

「────一夏ぁ!」

 

「冷静、ではありませんね」

 

 

突撃してきた箒に、ロイドは指摘するように告げる。瞬間、右手の掌から複数のキューブを生成し、箒目掛けて投げる。

 

 

宙に舞ったキューブがロイドの一定距離から離れ、具現化する。それは大きな瓦礫であった。サイズとしてはそこまで巨大ではないが、箒の視界を隠すには充分である。

 

 

「!邪魔立てを!」

 

 

呼び出した二刀で、飛来してきた瓦礫を切り捨てる。しかし分断した瓦礫の合間から、ある物体が視界に入った。

 

 

小型爆弾。球体の形状をしたそれを目にした瞬間、箒の脳が即座に次の行動を選択肢として予想する。下がるべきか、切り捨てて突き進むべきか。

 

 

「判断が早いですね」

 

 

しかしそれを、即座に近付いたロイドが切り捨てる。鋭い回し蹴りが、箒の真横から頭に叩き付けられ、勢いよく吹き飛ばされた。

 

 

「…………目の前の事象を見抜く眼は称賛します。しかし、簡単に次の物事に意識を最優先させるのはいけません」

 

 

そう言いながら、ロイドは右手の指で小型爆弾を持ち上げる。容易く拾われた爆弾はスイッチも入ってない───ブラフの為に使われていたのだ。

 

 

「────お二人の実力は並みより上。普通であれば素直に称賛するべきでしょう。普通の場合、であれば」

 

「…………今の俺達じゃあ、力不足だって言いたいのか」

 

「今はまだ、充分ですよ。しかし必ず、限界が来るでしょう。太刀打ちできぬ強敵に衝突する。圧倒的な絶望に、相対することになる」

 

 

倒れ伏した一夏に、ロイドは丁寧な口調とは裏腹に冷えきった言葉を投げ掛ける。純粋に心をへし折る為のもの。しかし、その言葉を受けた一夏は悔しそうに歯噛みし、逆に立ち上がった。

 

 

「だからって、諦められるかよ!」

 

「良い覚悟です。しかし、いくら言葉として語ろうが行動に移せなければ意味はない」

 

 

 

そのまま飛びかかる一夏。ロイドは落ち着き払った態度を崩さず、彼を迎え打つ。

 

 

◇◆◇

 

 

「侵入者確認!アナグラムが中枢エレベーターを占拠!今現在第零区画にアナグラムの構成員が攻撃を行っている!第零区画に配備された者は持ち場を後にし、今すぐフロントエリアへ集合せよ!繰り返す!」

 

 

基地の地下区画。東京ドームのように大きく拓けた空間で、銃声と轟音が鳴り響いていた。モニタールームにいた兵士の一人は必死に司令部へと通信を繋げ、救援を求めていた。

 

 

「誰か!頼む!この通信を、増援を送ってくれ!敵は二人!たった二人が、何らかの装備を纏っている!ISを、IS操縦者をここに──────」

 

 

叫ぶような声は、近くで発生した爆風によって途切れる。モニタールームの近くに砲撃が直撃し、通信機能を奪ったのだ。

 

 

そう、敵は二人。厳重な守りと無人機の防衛戦線を圧倒しているのは、ISに対抗する力を有した二人の男女であった。

 

 

「────無駄な足掻きを。この基地にいるISは全て上で足止めされている。通常兵器で私達を止められるはずがない」

 

 

クイ、と眼鏡を指で押し上げる男性────宮藤(くどう)。黒スーツの上に鋼鉄の装甲が何重にも展開され、その姿は鉄の人形(ゴーレム)のようである。いや、実際にそうなのだ。

 

 

機甲人形(きこうじんけい)ゴーレム』。両肩に黒い鉄のユニット、巨大な両腕が伸びている。片腕の掌には砲口が備わっており、先程の砲撃を行ったらしく黒煙が立っていた。

 

 

持ち直した兵士達が横に並ぶ。アサルトライフルを構える彼等に、鬱陶しそうに腕を払う。連動した形でゴーレムの巨腕が空を切った瞬間、近くの重量戦車が真横から突撃してきた。

 

 

無理矢理突進してきた重量戦車が兵士達に突っ込む。凄まじい勢いで吹き飛ばされる兵士達の悲鳴に続き、戦車は他の兵士も巻き込んでいく。

 

 

「うがぁ!?」

 

「ぎゃああっ!?」

 

「クソ!おい!止めろ!俺達は味方だ!暴れるな!止まれと言ってるだろ!?」

 

「違う!磁力だ!戦車が磁力で動かされてんだ!!」

 

 

もう遅い、と宮藤は冷静に切って捨てた。ゴーレムの発する磁力で制御された戦車で敵陣をかき乱していく。ひしゃげる音と、生々しいものが潰れる音が連鎖する。

 

 

堂々と歩む出す宮藤。しかし背中に展開されたユニットが動き出したかと思えば、顔前へと移動する。直後に、鋼鉄のユニットに銃弾が炸裂した。

 

 

 

「────狙撃か。無意味な真似を」

 

 

眼鏡の奥の瞳が、何人か配置された狙撃手の存在を捉える。此方に向けられた銃口に仕込まれてるであろう特殊な弾丸に気付きながらも、やはり無意味な行為だと吐き捨てる。

 

 

「───『鉄欠片の人形兵(スチール・メタル・ゴーレム)』」

 

 

鉄屑の山、先程自分が破壊した兵器の残骸達に手を伸ばす。バキバキバキッ! と、部品の多くが外れながら、転がっていく。青いプラズマが走ったと思えば、多くの金属片が一つの形へとなっていく。

 

残骸の山から生え出てきたのは、複数の金属人形であった。機械なんて精密なものではない。全身をあらゆる金属で繋ぎ合わせ、電気信号だけで動く自動人形(オートマタ)

 

磁力により生じたコアが、瞳の役割を担う。浮かび上がる単眼が此方を見据える様子に、宮藤は物怖じすらせず、告げる。

 

 

「────隠れている狙撃手(スナイパー)を引きずり出し、潰せ」

 

『────』

 

「殺すなよ。我等の理念は不殺、大義のための戦いであると忘れるな」

 

 

話を聞き終えた人形が、一気に飛び出す。途中、人形を狙う狙撃が何発か響いたが、人形達は恐れることなどない。思考はなく、ただ命令された事だけを遂行するオートマタだ。淡々と、相手を追い詰め、任務を達成することだろう。

 

 

既に、宮藤の意識は敵にすら向いていない。たったこれだけの攻撃で半壊状態と化したのだ。これを戦闘と呼ぶ意味すら有り得ない、障害物を押し退けるのと同じだ。

 

 

 

「彼女は…………手出し不要、ですか」

 

 

ふと、近くを見た宮藤は眼鏡を押し当てながら、嘆息した。直後、爆破による轟音が近くから響いてくる。無論、宮藤は驚きもしない。誰が起こしたものか、理解しているからだ。

 

 

 

 

「フン、フン、フーン♪ルー、ルー♪」

 

 

そして、火の海と化した一帯から一人の女性 ユニスティーアが鼻唄を歌いながら踊っていた。黄金の装飾が目立つ純白のドレスを着こなし、彼女は戦場に立っていた。あまりにも、無防備な姿で。

 

当然、敵もそんな彼女を狙わないはずがなく。複数の銃口がユニスティーアへと定められ、一斉に掃射される。露出も多く、綺麗な素肌へと弾丸の雨が降り注ぐ。

 

 

 

しかしそれを、直前で生じた光の粒のヴェールが防ぐ。複数の弾丸が光の絨毯に包まれると同時に、跡形もなく消え去っていた。なんらかの魔法でも使ったのか、と疑ってしまう光景だ。

 

 

光のヴェールが、生き物のように動き出す。分裂した一部の光の塊は、銃を乱射する兵士達へと殺到する。

 

 

直後、悲鳴のような混乱が生じた。

 

 

 

「防弾チョッキが………消えてく!?」

 

「と、溶かされてるのか!?」

 

「───全員!奴から距離を取れ!装備を消されるぞ!」

 

 

 

「………ウーン、別に消している訳ではありませんケド」

 

 

困ったように微笑むユニスティーア、彼女を囲むように光のヴェールが蠢く。光の波────というより、無数の光の群れの一部が、周囲の兵士達や無人機へと勢いよく襲いかかる。

 

 

兵士達の装備は光によって溶けるように消えていき、無人機は淡い光の波に呑まれ、音もなく崩れ落ちる。ユニスティーアは自身の手を下すことなく、ただ倒れていく敵の横を通り過ぎていく。

 

 

「───ッ!」

 

 

無防備なその背中を狙う刃があった。物影に隠れていた兵士が、ナイフを片手に飛び出したのだ。銃が効かないのは先程の光景で理解できたのか、ナイフを選んだのは直接肉体を傷つけられる物だからか。

 

 

ユニスティーアは反応しなかった。おっとりとした雰囲気の女性は何処かへと意識を向けており、油断も隙だらけでもある。取った、と兵士も期待した。

 

 

しかしその瞬間、彼女の肌を刺そうとした刃は激しい光の玉によってかき消される。先程の光のような、ジワジワと消えていくのではなく、通過した瞬間に。

 

 

「ば、馬鹿な………」

 

 

戸惑う兵士から、戦意は途絶えていた。目の前の現象があまりにも非現実的過ぎて、脳が、意識が、理解を拒んだ末の現実逃避なのだろう。

 

 

尻から座り込んだ兵士。彼に気付いたのか、振り返ったユニスティーアがゆっくりと口を開いた。

 

 

「────宮藤サン」

 

 

ピタリ、と背後に気配が生じる。怯えた兵士が首だけを向けると、黒鉄の鎧を纏う黒スーツの男性が立っていた。眼鏡の奥の瞳が冷徹に、兵士の顔を見下ろしている。

 

 

「………ユニスティーアさん、感心しませんね。あと少しで背後を取られる所でしたよ」

 

「フフ、ご安心ヲ。妖精サン達が、私を守ってくれますカラ─────それに、宮藤さんモ」

 

「…………勘弁してください。これ以上仕事を増やされても困ります。大人の女性のお守りなど柄ではないですし」

 

「ンー、褒められてる気がシマセンヨ?」

 

 

褒めてませんよ………、と疲れた様子で宮藤が呟く。既に二人は自分達の敵であるはずの兵士に意識すらない。心折れた者を倒す理由も、進んで殺す理由も無い。

 

 

無抵抗の者を殺すのは、組織の信念に────忠誠を誓う主の誇りに泥を塗ることになる。無論、本人達もそれを望んでいないのも理由であるが。

 

 

(馬鹿な、馬鹿な………我等ロシアの精鋭が、たった二人のテロリストに────)

 

「地下施設第零区画、エリア1は既に陥落しました。データによれば、第零区画は合計21エリア。その内の一つが、ヴァルサキスの眠る我等の目的です」

 

「ンー。じゃあ、どうしマス?一つ残らず探し出しマス?何時間掛かるんですカー?」

 

 

その二人の会話に、戦意を失ったはずの兵士は希望を取り戻した。俯いた顔を上げることなく、余裕そうな二人を嘲笑した。

 

 

(………無理だ。どれだけの時間を有すると思っている。無論、ヴァルサキスが隠されたエリアは我々すら知らない。たかがテロリストでも、短時間で探し出せるはずがない)

 

 

その間に、連中を無力化する案を考える必要がある。あらゆる武器が通じないことも計算に入れ、その兵士────部隊長と呼ばれていた男はこの状況の打開策を思案していた。

 

 

 

 

 

しかし、部隊長の考えは灰塵と帰した。

 

 

 

 

「心配ありません。当に目的のエリアは把握しているので」

 

(……………は?)

 

 

何を言っている、と戸惑う部隊長。知っているはずがない。この基地に初めて訪れたはずのテロリストが。内部にいたであろうアナグラムのスパイと思われる者に、この場所の存在は明かしてすらいない。

 

 

 

それに、目的のエリアを知るものは限られている。厳重な情報統制故に、優秀と目される将軍の右腕すら認知していないのだ。

 

 

 

「へー?では、目的のエリアハ?」

 

「『エリアゼロ』、第零区画の中で唯一秘匿されたエリア。そこでヴァルサキスは最終調整を行われている」

 

 

だが、宮藤は淡々と地下区画を模したホログラムを展開する。大規模な空間のすぐ下に、もう一つの空間が存在する。

 

 

ここが『エリアゼロ』です、とユニスティーアへ説明する宮藤。その姿を見た部隊長は蒼白となった顔を俯かせ、激しい混乱に包まれていた。

 

 

 

(────馬鹿な!馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!何故テロリストが我々も知らぬ情報を!秘匿されているエリアの存在も!ヴァルサキスの様子も理解している!?それら全ての情報は最高機密!将軍やプロフェッサーだけしか知らぬはずなのに!)

 

 

信じられない事実だが、宮藤が提示していたホログラムはこの基地でしか入手できないマップだ。特殊部隊としてこの区画の警護をしていた部隊長だからこそ、それを把握している。

 

 

しかも、自分達にすら明かされなかった『エリアゼロ』が記録されたマップ。一体どうやってそれを入手したのか、多くの疑問と不安が脳内をかき巡り、答えを見つけ出せずにいた。

 

 

そうしていると二人の姿が消えていた。おそらく『エリアゼロ』へと向かうために、他のエリアに向かったのだろう。他の部隊も厳重態勢であろうが、負けることは予想するに容易い。

 

 

立ち上がり、部隊長は首を振るう。白熱する思考と頭脳を冷やすように、徐々に落ち着かせていく。

 

 

(いや!そんな事を気にしている場合ではない!緊急報告だ!ヴァルサキスを狙い、敵二人がエリアゼロへ向かっていると将軍へ──────いや、いや!将軍ではない!プロフェッサーだ!第零区画はプロフェッサーの管理下にある!将軍に伝えたとしても意味が────)

 

 

 

そこでようやく。

気付いてしまった。

 

 

 

「…………待て」

 

 

何故奴等がすぐさま第零区画に襲撃してきたのか。何故『エリアゼロ』の情報と区画のマップを、奴等が有していたのか。何故、ヴァルサキスが最終調整段階であると奴等が把握していたのか。

 

 

答えは一つ。内通した者がいるということ。しかし、単なるスパイではない。これら全てのデータは二人の人間しか自由に出来ない。つまり容疑者は二人ということになる。

 

 

しかし将軍は違う。

このプロジェクト、ヴァルサキス・プロジェクトの全貌は全てもう一人に一任されている。この地下区画────ヴァルサキス・プロジェクトの為だけに造られたエリアの管理すらも。

 

 

咄嗟に、部隊長が無線機を取り出す。必死に電源を押し、通信を繋げようとするが、ノイズが聞こえるだけだった。

 

 

これでは駄目だと判断した部隊長が無線機を投げ出し、走り出す。テロリスト二人の向かった方向とは真逆、彼等に背を向けるように。

 

 

テロリストよりも最優先するべき事実を、忠誠を尽くす上司へと伝えるために。

 

 

 

「将軍にお伝えせねば………!テロリストに内通したのは他ならぬプロフェッサーだと!プロフェッサーは、この計画を強引に実行させる気なのだと!!」

 

 

部隊長は知らない。

自らの思い描く最悪の未来は、あくまでもまだマシな未来であると。これから起こることは、多くの命を踏み台にした悪意の策略であるとは。

 

 

 

◇◆◇

 

 

【────あー、あー、あー!何処にいやがるんだー!絶壁ー!金髪ー!眼帯ー!】

 

 

ガシャン! ガシャン! と、大型の蜥蜴が火を吹きながら吼える。灼熱と炎の幻想の鎧、『サラマンダー』を纏う士は不満そうに、辺りを探し回っていた。

 

 

ラウラ達が士との戦いを中断し、撤退を選んだのを見ていた士だが、その後すぐに追いかけた。どうせ逃げても見つけてまた戦えると高を括っていたが、全然見つからないので不満が溜まっていたのだ。

 

 

因みに探していたのは数分であり、常人であれば普通に待てる時間である。それを理解していても、指摘してくれる者はこの場にはいなかった。

 

 

【…………ここにもいねーのかぁ】

 

 

破壊し尽くした一帯。停止しているであろうパイプラインはほとんど熱の刃に切断され、溶かされている。ここまでしてみたが、出てくる反応はない。既に移動したのか、或いはそもそも来ていなかったのか、嘆息しながらサラマンダーは背を向ける。

 

 

自分の相手を探そうと歩き出したサラマンダー。その背後の物陰から飛び出した影────シャルロットが、ショットガンを撃ち込む。

 

 

ダァン! と、炸裂した散弾はサラマンダーの背中に叩きつけられる……………ことはなかった。

 

 

 

【───痛ェッ!!】

 

 

グリンッ! と。サラマンダーの上半身が回転する。振り払われた腕が、熱の装甲が散弾を溶かし尽くす。衝撃だけは殺せなかったのか、小刻みに震えた腕を揺らし、士は高らかと咆哮を轟かせる。

 

 

【やっぱいるよなァ!ヒドイぜ!人が折角呼んでるのに、返事もしねぇーでさァ!】

 

「敵の言うことなんて、普通聞かないんだよ!」

 

【そりゃそうだった!】

 

 

活発的な笑い声と共に、サラマンダーが突撃する。大きさのあまりに愚鈍に見える体躯とは裏腹に、俊敏な動きで走り出すその姿は重量装甲車そのもの。

 

 

ズシン!ズシン!と地面を砕きながら、歩き出す鉄の塊だが、シャルロットは急激な加速により回避する。シャルロットを掴もうとしたサラマンダーの手は空振り、走り出した巨体は大きくバランスを崩す。

 

 

「至近距離の散弾なら!ダメージくらいは!」

 

 

両腕を多き振るったことで隙を与えたサラマンダーに、シャルロットはショットガンを構える。散弾が装甲を破壊できるとは思っていない。あの熱の鎧がある限り、どんな弾丸も刃も無意味の攻撃と化す。

 

しかし、衝撃砲やショットガンのような威力の強い攻撃ならば、そのショックは熱の鎧を通じて本体に届く。

 

 

その考えは正しいものであり、間違いではなかった。唯一ミスがあるとすれば、

 

 

 

【────二本だけじゃ、ねぇんだよなぁー】

 

 

無防備な胴体の装甲が分離し、内側から現れた二本の腕に掴まれることくらいだろう。当然、そんな事を予測できるものも計算できるものはない。単に運が悪いとも言える。

 

 

「ぐっ、あぅっ!?」

 

 

ショットガンを無理矢理破壊し、二本の腕がシャルロットの腕を掴む。ISの力で引き剥がそうとするが、サラマンダーの装甲が更に割れ、もう二本の腕が彼女を完全に拘束する。

 

 

地面に叩きつけられたシャルロットを、顔の部位がない能面のような装甲が覗き込む。

 

 

【これ、アレだろ?万策尽きたってヤツ。この状態じゃあ何も出来ねぇもんなぁ】

 

「…………っ」

 

【心配すんな。殺しはしねぇさ。俺達の理念に反するしな。ま、ちょっとISを使えないようにシールド残量を削っとくだけだぜ】

 

 

そう言いながら、サラマンダーが口を開く。喉の奥に高熱の炎を蓄積させ、放出する構えを取っていた。熱線だか、火球だかを吐き出そうとした直後、

 

 

「………どうして?」

 

【ん?】

 

「どうして、こんな………アナグラムに、入ったの?少しだけ、教えて欲しいなぁ」

 

 

押さえつけられたシャルロットがそう聞いてきた。サラマンダーの中で士は考えていた。が、すぐに答えを出す。

 

 

【─────俺ってさ、親から嫌われてたんだぜ】

 

「………!」

 

【望まぬ子ってヤツだよ。本来なら産むつもりなんてなかったガキさ。父親からは酒のつまみみたいな感じでボコられて、母親からは死ね消えろって言われ続けてよ。他の家族のような、愛からは無縁だった】

 

「それは…………」

 

【おいおい、金髪………いや、シャルロットだっけか?同情なんて結構だぜ?両親のことなんてもう恨んじゃねーしな。それに、御令嬢にゃあ理解できねぇ話だろーよ】

 

 

────分かるよ、少しは。

そう言いたい気持ちを噛み締める。士ほど酷くはなかったが、唯一の家族である母親も、優しかった義兄も死に、自分を保護した父からも愛されることなく、会社の道具として利用されたシャルロットには、共感できるものがあった。

 

 

【んで、結局。俺は棄てられて…………孤児の集まる学校みたいな所で過ごしててよ。学校を守るために、力を手に入れるためにアナグラムに入ったって訳さ】

 

「学校を守る………?どういうこと?」

 

【─────女性権利団体、奴等がふざけた真似をするからだ】

 

 

ガリッ! と、奥歯を噛み砕く音が響く。激しい怒りに震える士は、シャルロットに見向きせずに怒りをぶちまけた。

 

 

【奴等新しい施設を建てたいからって!俺達の学校を!邪魔だから潰すって!あの学校が無くなったら!身寄りのないガキは何処にも行けねぇ!あそこは俺達の、親もいない子供達の家なんだ!それをあいつらは、薄汚いものを見るように嘲りやがって─────何だよ!子供を棄てた大人達はお咎めなしで!俺達は徹底的に追い詰めてよぉ!!】

 

 

男も女も、大人は誰も助けようとすらしない。孤児の集まる学校なんてそこまで価値があるわけではない、と明言する女性権利団体に同調する奴等もいれば。静観する姿勢を保つ奴等もいる。

 

 

少なくとも、士にとっては全てが敵に見えた。誰も助けず、黙って見ているだけの奴等も、倒すべき存在として見えていた。

 

 

【だから俺はアナグラムに入って!連中をぶちのめせる力手に入れたんだ!時限式とかいうクソ仕様だが!これで奴等に思い知らせてやる!人の家族に手を出した報いって奴を、命を以てなぁ!!】

 

「───それは、単なる暴力だよっ!」

 

【ああ、そうだよ!お前らのISも同じだろうが!】

 

 

叫ぶ怒声に、シャルロットは黙る。否定はできない。ISは単なるアクセサリーなどではなく、武器や兵器の類い………暴力の一つであるから。

 

 

【お前らだってISで女が優遇されるような世界作ったクセに!俺達はダメってか!家族を傷付けて、泣かせた奴等をぶちのめすことすら許されないってか!?全く最ッ高な世界だな!じゃあお前らと同じように!俺達に都合の良い世界を作ってやるよ!全てのISをブッ潰してなぁ!!】

 

 

「────悪いが、そこまでにして貰うぞ」

 

 

直後、サラマンダーの動きが静止する。強い力で空間に貼り付けられたような異様な感覚。それがさっき受けたAICだと気付いた士は、声のした方向を睨む。

 

 

【銀髪ゥ……!お前か!】

 

 

真後ろに立っていたラウラはレールカノンを構えていた。AICで動きを止められたサラマンダーの手から、シャルロットが抜け出す。勢いよくラウラの隣へと移動した彼女を見終えた士は、抜けきらない怒りを苛立ちへと変えながら叫ぶ。

 

 

【で?動きを止めてどうする?お前の攻撃は俺には通じねぇ!全部無駄ってのは分ってるだろうがよ!】

 

「確かにな────だが、これならどうだ?」

 

 

そう言った直後、サラマンダーの真上へと鈴が飛び出してきた。何か攻撃でもするのかと構えたが、彼女は両腕で持ち上げていた巨大なタンクをサラマンダーへと投げつけるだけだった。

 

 

【────だから!何をしようと無駄だって!言ってんだろうが!!俺の勝ちは変わりねぇんだよ!!】

 

 

無意味な攻撃と判断した。ガスによる誘爆だろうが、熱の鎧を破れる程ではない。その甘い考えを後悔させてやる、とサラマンダーはタンクを破壊するために火球を撃ち込もうとした。

 

 

 

しかし、

 

 

 

 

 

 

「─────いいや、士。今回はお前の方が負けだ」

 

 

瞬間、近くから飛んできた小型タンクが鈴の投げたタンクへと激突する。空中で衝突した二つは凹み、小型タンクが一気に爆発を引き起こした。

 

 

「なっ!?」

 

 

この事には、シャルロットやラウラ、鈴───そして士すら驚いていた。突然の事態に、でもあるが、今は違う。目の前に、一瞬で現れた黒いメッシュの入った白髪が特徴的な青年。

 

 

その姿は、よく覚えている。ラウラとシャルロットは確認した数ヵ月前の記録で。鈴は数ヵ月前、目の前で見ていたから。

 

 

「────シルディ・アナグラムッ!」

 

「………自己紹介は大丈夫みたいだ。何度もするのは大変だからな」

 

【シルディ様!】

 

 

ズゥン! と、サラマンダーが立ち上がる。全身から炎を吹き出しかねない勢いで食いかかり、抑えきれない怒りを放出した。

 

 

【何で邪魔を!俺は奴等をぶちのめせた!俺ならやれた!手出しされる必要はなかったってのに!】

 

「…………いや、もう無理だ」

 

【何でだ!?】

 

「もう時間切れだ」

 

 

その言葉に怒りながら答えようとした士だが、声は出なかった。直後、サラマンダーの巨体が大きく揺れる。熱気が冷めるように、鎧を構成するエネルギーが徐々に霧散していく。

 

 

その鎧の中から、士が落ちる。地面に足を着いた彼は立ち上がろうとして、そのまま倒れた。倒れ込んだ士の肌は青く、黒く染まった血管が浮かび上がっていたのだ。

 

 

「あ………ッ、がふぅ………ひゅ」

 

「ウロボロス・ナノマシンの過剰活性状態だ。ただでさえ適性が少ない状態なのに、『中和液』も打たずに戦うから余計に体力を消耗する」

 

 

寄り添ったシルディは士の首もとに注射を打ち込む。苦しんでいた士だが、その液体が全て打ち込まれてから少し経った後には何とか安定したようであった。

 

ゆっくりと立ち上がった士は、ふとシャルロット達を睨む。カオステクターを掴み、再び幻想武装を纏おうとするが、それをシルディが引き止めた。

 

 

「士、今は退け。これ以上やればお前の命が危険だ」

 

「ざけんな……!それこそ笑いもんだぜ、シルディ様!こんな所で退いてたら!俺が力を得た意味がねぇじゃねぇか!」

 

「力を得たのは────家族を守るためだろ」

 

 

シルディの強い言葉に、士はハッとさせられたように固まる。徐々に冷静になったのか、士は前までの活発さも失ったように、項垂れる。

 

 

そんな彼の肩を、シルディは笑いながら叩いた。気負うな、と士を元気付けるように。

 

 

「お前はお前のやりたい日の為に、力を温存するんだ。こんな所で、簡単に命を削るな。俺達がお前に力を与えたのは、無駄死にさせたいからじゃないんだぞ」

 

「………すまねぇ、シルディ様」

 

「今は休め。後は俺の出番だ」

 

 

そう言われてすぐ、士は小さなキューブを地面に落とす。パキン! とキューブが砕け散った直後、足元に発生した亜空間に彼は姿を消した。

 

 

残されたシルディは、ずっと此方を警戒している三人に眼を向ける。

 

 

「────待っててくれてありがとな。堂々と攻撃しても可笑しくないのに」

 

「生憎だが、教官の名を貶める真似は出来んのでな」

 

「教官ってのが誰か知らないけど、気持ちは分かる。俺も母さんの名前を傷つける真似はしたくないからね」

 

 

軽く話すが、それでも未だに鈴達はISを展開し、身構えている。少し考えたシルディだが、諦めたように呟いた。

 

 

「それじゃ、やるか」

 

「………意外とあっさりしてるのね。何というか言うことがあるかと思ったけど」

 

「ま、話して済むならそれで良いけどね。此方だって無視できない事情もあるし、戦うしかないなら俺だってやるさ」

 

 

脇腹が開いた特殊な造形のコートの内側に手を伸ばす。そこから取り出したアイテムを目の前にかざす。

 

 

「だって俺は、アナグラムのリーダーだからな」

 

【エンシェント!】

 

 

左右の展開するパーツを有した銀色のアイテム。シルディはパーツに添えた指で強く押し込み、装甲を展開させる。内部に組み込まれたコアユニットが発光し、エネルギーを生成し始める。

 

 

「ッ!」

 

「アレは────イルザの!」

 

 

かつての敵が使っていた物と同じ物に、思わず驚愕する。シルディはそれを自身の左手の腕輪に装着した。

 

 

瞬間、シルディの近くを飛び回る小さな影がある。小型の機械のドラゴン。シルディはそのドラゴンに向けて、左手のアイテム───エンシェントテクターを突き出した。

 

 

 

「君臨せよ!龍王(バハムート)!!」

 

 

放たれた信号を受け取ったのか、小型のドラゴンが飛んでいった上空へ、それ以上大きな影が現れる。全身を金属で構成された飛竜であった。先程までは小型のドラゴンは、シルディの背後へと降り立つ。

 

 

飛竜の部位の装甲が乖離すると同時に、シルディの全身に装着されていく。ただの装甲としてではなく、連結し、組み合い、一つの鎧として変形する。

 

 

全て金属がシルディの全身を覆い、接合させるためのボルトが強く締まっていく。その瞬間、装甲の隙間から蒸気を噴き出しながら鎧は人の形を保っていた。

 

 

黒く光る鋼鉄の鎧。それを纏うシルディは自身の首を動かし、前髪を軽く払う。両腕の調子を確かめ、閉ざした両目を開き、彼は告げた。

 

 

「シルディ・アナグラム。これより進撃する」



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第46話 鋼鉄の龍王

十二時どころか六時ピッタリに投稿できなかった私をスリッパで叩いて下さい。顔か尻かは、皆様にお任せします(なげやり)


「アレが………もう一つの伝説幻装(エンシェントレガリア)

 

 

その名は二度、聞いたことがある。

一つは一夏達と戦闘したイルザの会話の記録で、そして二度目はその存在を詳しく示す書類によって。

 

 

伝説幻装(エンシェントレガリア)』。

ISに唯一対抗できる『幻想武装』という二十の兵器の進化形。いわば、全ての幻想武装を越えるために開発された究極の兵器。

 

その一つを纏うイルザは無限の再生能力と強力な火力を有していた。本人との適性も高く、一夏と箒のタッグを簡単に圧倒して見せた。

 

『伝説幻装』は二つだけしか無いとされている。一つはイルザのフェニックス。そしてもう一つが、今現在シルディが纏う『バハムート』であった。

 

 

ふと、ラウラが個人通話(プライベート・チャンネル)を隣の二人に繋げる。反応しないように、視線で促しながら、目の前の相手に悟られぬように告げる。

 

 

 

『────鈴、シャルロット。私が奴の動きを止める。その間の隙を作ってほしい』

 

『ラウラ?でも、危険じゃあ………』

 

『危険だからこそ、初手で仕留める。奴がイルザのような不死であれば対処が出来ん。馬鹿げた能力を使われる前にここで─────』

 

 

 

直後だった。

目の前に立っていたはずのシルディが、突然消えた。話しながら、目の前に意識を向けていたラウラは驚愕を隠しきれず、眼を見開く。周囲に視線を向けようとしたその時、ラウラの視界に黒い影が入り込んだ。

 

 

そして、突如姿を見せたシルディが、ラウラを蹴り飛ばした。メキッ! と、黒い装甲を纏う脚がラウラの腹に食い込み、彼女を吹き飛ばした。

 

 

「ラウラッ! このぉ!!」

 

 

パートナーを攻撃した相手に、シャルロットが反撃を行う。的確に撃ち込まれたはずの銃弾であったが、シルディは一瞬でその場から消えていた。いつの間にか、さっきまでいた場所に戻っていたのだ。なんてことない様子で。

 

 

歯噛みしたシャルロットだが、すぐに吹き飛ばされたラウラの元へと駆け寄る。

 

 

「ラウラ!大丈夫!?」

 

「あ、ああ………シールドが削られたが、それ以外は何とも」

 

「────悪いな」

 

 

シルディがふと声をあげる。振り返った三人は、シルディが何か巨大な黒い鉄の塊を片手で持っているのが見えた。一瞬訝しんだが、ラウラはいち早くそれが何なのか気付く。

 

 

それは、シュヴァルツェア・レーゲンの大型リボルバーカノンであった。

 

 

「貴様………ッ!?」

 

「今の俺には遠距離攻撃が無いから、遠くからチマチマ撃たれたらどうしようもないから…………潰させて貰った。一番強そうなこの武装から」

 

 

話終えた直後、シルディは引きちぎったであろうリボルバーカノンを片手で握り砕いた。無数の部品と転がった残骸を前に、シルディはニヤリと笑う。

 

 

「───さぁ?誰から来る?それとも、また俺に先手を譲ってくれるのか?」

 

「!上等じゃないっ!」

 

 

シルディの挑発に応えるように、鈴が飛び出す。両肩の衝撃砲の照準をシルディへと定め、チャージを始める。その様子を見て、呆れたような笑いが漏れる。

 

 

瞬間、シルディの姿がまた消えた。さっきと同じ現象に鈴は思わず飛び退く。直後に、彼女のいた地面にシルディが拳を打ち込んでいた。

 

 

「惜しい、あと少しでその武装も壊せたが────今度は外さない!」

 

 

踏み込んだシルディが視界から消え去る。今度こそ何が起こっているのか、見定めようとしたが、無理であった。ハイパセンサーでも捉えられぬまま…………衝撃砲の片方が、シルディの右腕にぶち抜かれた。

 

 

「っ!わざわざ近付いてくれてありがとう!」

 

 

けれど、鈴はしたり顔で笑う。もう片方の衝撃砲をシルディへと固定し、至近距離から衝撃の砲弾を撃ち込む。最大出力の砲撃を受けたシルディは大きくよろける────

 

 

 

 

「────今のが全力?」

 

 

───ことなく、平然と笑い返す。全身に衝撃砲を受けたはずだが、黒い鎧には傷一つなく、ダメージすら受けてない様子であった。

 

 

「う、ウソでしょ!?近距離からぶちかましたのに、無傷!?」

 

「………残念だけど、それが事実だからな。諦めて受け入れてくれよ、なっ」

 

 

言いながら、シルディの腕が残っていた衝撃砲を打ち砕く。地面に落下した破片を踏みながら、シルディは腕を突き刺したままの衝撃砲を引き剥がそうとしていた。

 

 

「鈴!離れて!」

 

 

そう言って、シャルロットが飛び出す。真横から無防備なシルディに目掛けて、左腕部から展開した六九口径パイルバンカーを打ち込もうとする。

 

 

片腕の衝撃砲を引き剥がしたシルディは、シャルロットの追撃を避けようともせず────右手を突き出す。放たれたパイルバンカーの重撃を掌で受け止める。

 

 

ズドォンッ!! と、鈍い音と衝撃が響き渡った。しかし煙の向こうにいるシルディは、パイルバンカーを普通に止めていた。震える腕を見ながら、シルディは告げる。

 

 

「………流石に今のは、痛かったな」

 

 

大して攻撃が効いてない事に唖然とするシャルロット。そんな彼女に、シルディはゆっくりと腕を伸ばす。彼女を捉えようとしたその腕が至近距離まで近付いた瞬間、ピタリと静止した。

 

 

「………?これは」

 

 

シルディ自身も、その違和感を理解したのか首をかしげる。その現象に気付いた鈴とシャルロットは距離を取りながら、振り返った。

 

 

「ラウラ!」

 

「────今の間に、体勢を立て直せ!私が奴を引き留めておく!」

 

「違うっての!アイツ、止められてない!無理矢理動こうとしてるけど!?」

 

 

慌てて視線を直すと、AICによって全身の動きを止められたシルディがいた。しかし空間ごと固定されたはずのシルディの身体は、少しずつ、力ずくで動かされている。

 

 

「馬鹿な………!?AICを無理矢理に破ろうとしているのか!?」

 

 

ラウラの言葉に、シルディはニヤリと笑い返す。AICで静止した身体を強引に動かす敵に、ラウラは左目の眼帯に手を掛け、むしり捨てた。その奥にあった金色の左目『ヴォーダン・オージェ』を解き放ち、AICの効果を数倍に引き出す。

 

 

「これならば!どうだっ!!」

 

 

ガグンッ! と、今度こそ完全にシルディの全身が停止する。動かなくなった黒い鎧の青年はそこで完全に笑顔を消した。そこで安堵したようにラウラは、二人に指示を送ろうと視線を動かした。

 

 

 

その瞬間、シルディの鎧が可変する。胸元の装甲が展開し、熱と光を内包したコアが大きく回転する。肩や腕や脚の装甲が開閉し、深紅のエネルギーが吹き荒れていく。深紅のエネルギーに包まれたシルディの身体が、徐々に動き出した。

 

 

 

「───なっ!?」

 

 

今度こそ、ラウラは目の前の事が信じられなくなる。AICの効果はどんなものにも作用する。誰であろうと、AICの停止結界の効果を受けなかったものはいない。突然、それを自力で破った者はいない。

 

 

だが、目の前に立つシルディは力ずくでAICを破ろうとしている。実際に停止結界の中で少しずつ動いている事自体、一度もあったことはない。

 

 

「意識が────揺れたな」

 

 

瞬間、背中や腕、脚から深紅のエネルギーを噴き出したシルディの姿が視界から消える。いや、違う。凄まじい速度で飛び込んできたのだ。ラウラのすぐ近くへと。

 

 

「『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』!?馬鹿な、この出力は普通のISを超えて────」

 

「悪いが、一撃で決めさせてもらう」

 

 

シルディの腕が、ラウラの首を捉える。一瞬で彼女の首を掴み、そのまま持ち上げた。ガッシリと締め付ける指には信じられない程の力が込められており、両手で引き剥がそうにも難しい状態であった。

 

 

 

「────ドラグニック・チャージ」

 

【チャージ────ドラグニックエンジン、オーバーブースト】

 

 

カチリ、とコアに内蔵されたリアクターが稼働する。全身から凄まじい量の深紅のエネルギー粒子を収束させ、コアの部分で増幅させる。造り出されたエネルギーは全身に行き渡り、右手の拳に集まっていく。

 

 

カチカチ、と腕部分の装甲が開く。強く握った拳を構え、シルディはラウラの首を掴んでいた手を離した。

 

 

 

 

 

「────“インパクト・ブレイク”」

 

 

瞬間、シルディは深紅のエネルギーを纏う拳をラウラに叩きつけた。肘の部位に展開されたスラスターから無数のエネルギーが吐き出され、撃ち抜かれた拳は砲弾のような勢いで炸裂した。

 

 

「が、ッ────」

 

 

それだけが、コンクリートの建物に砕いたラウラの漏らした声であった。ISによる絶対防御は作用していた。しかし、それ以上のダメージが防壁を通過し、彼女にも届いている。その証拠として、彼女のIS────シュヴァルツェア・レーゲンは、青いプラズマと火花を放ち、機能不全に陥っている。

 

 

「これで一人ダウン、後は───」

 

「うっ、あああああああッ!!!」

 

「────二人目、いやまずはあっちか」

 

 

そう言いながら、シルディは二丁のショットガンを乱射するシャルロットから視線を外す。先程と同じように、「ドラグニック・チャージ」と告げ、片腕と片足に深紅のエネルギーを行き渡らせる。

 

自身に叩きつけられる散弾を受けながら、シルディは跳んだ。シャルロットの方に飛びかかる───ように見せ掛けて、死角から此方を狙っていた鈴の真後ろへと高速で移動する。

 

 

「ッ!いつの間に────」

 

「“インパクト・ブレイク”」

 

 

振り返る隙も与えず、背後から深紅のエネルギーを帯びた脚で蹴り跳ばす。貫くように放たれた蹴りが鈴に直撃した瞬間、凄まじい爆破と衝撃が彼女のISに炸裂した。

 

 

「二人目────最後が君だ」

 

「う、あああああ!!!」

 

 

吹き飛ばされ、近くの残骸に叩きつけられた鈴から視線を離す。悔しそうに、歯噛みしたシャルロットが叫びながら両手の銃とショットガンを乱射する。無数の銃弾と散弾を前に、シルディは爪先を叩き────正面から突破する。

 

 

深紅の軌跡が、弾丸の雨を綺麗に避けていく。すぐに距離を縮めたシルディに、シャルロットは通じないと分かっていながらもパイルバンカーを構えた。

 

 

しかし、シルディの手が打ち抜かれようとしたパイルバンカーに放たれる。深紅のエネルギーを帯びた拳が、鋭い杭を逆に破壊した。飛び散る部品を前に、シャルロットは避けることも出来ず、反動に仰け反っている。

 

 

その無防備な彼女に、シルディは両腕の拳を深く落とす。胸元のリアクターを超速で稼働させ、深紅のエネルギーを倍増させる。

 

 

「───“インパクト・デュアル・ブレイク”」

 

 

そして重ねた二つの拳を、シャルロットに叩きつけた。パイルバンカーのように重く打ち込まれた拳はシャルロットに直撃した瞬間、打ち込まれた衝撃と深紅のエネルギーを一気に暴発させた。

 

 

悲鳴はなかった。

近くの壁に叩きつけられたシャルロットは絶大な衝撃に意識を刈り取られていたのだ。絶対防御は作用していたのか、彼女の身体に目立った怪我はない。しかし彼女のISも半壊し、使い物にならなくなっていた。

 

 

辺り一帯の状況を確認し、手を開閉していたシルディは意識がないであろう少女達に優しい声音で呟いた。

 

 

「…………準備運動、には充分だったぜ」

 

 

そう言って、シルディはその場から立ち去ろうとする。地下でヴァルサキスの破壊という目的を達成するために先に向かった仲間達の援護に向かおうと考えていたシルディだったが、ふと歩みを止める。

 

 

真後ろの瓦礫が、崩れる音が鼓膜に届いたのだ。そして、その場に立っている気配も。

 

 

「────待ち、なさいよ………っ、まだ、終わってない、っての………!」

 

「…………」

 

 

ボロボロの甲龍を纏い、立ち上がる鈴。仕留めきれなかったら事実にシルディは驚きもしない。殺すつもりはなかった。三人とも、無力化する程度のダメージに済ませておいたのだから。立ち上がる余力があるなら、不可能ではないはずだ。

 

 

「止めておくんだ」

 

 

だからこそ、静止した。今からでも戦いを続けようとする鈴に、シルディは掌を突き出して停止を促す。無力化する程度のダメージを与えたが、ISは徹底的に破壊した。次の攻撃で、もしかしたらISは強制解除される。

 

そして、その攻撃のダメージを守る防御は存在しなくなる。そうなれば、生命に関わるだろう。

 

 

「俺達の目的はヴァルサキスだけだ。それ以外の被害を増やすつもりも理由はない。だから、無駄な戦いは止めるんだ」

 

「…………ヴァルサキス、だけ?なら、ヴァルサキスの頭脳である人工知能も破壊するつもりなの?」

 

「────アレが、ヴァルサキスのコアならば。破壊も已む無しだ」

 

 

同じ事をさせないように、危険因子は排除すると、シルディは淡々と告げる。アナグラムのリーダーとして、アナグラムの脅威を排除するという意思は強かった。

 

 

だが、その答えを聞いて鈴は逆に笑った。そしてシルディの忠告を拒否するように、戦意を更に高める。

 

 

「なら、黙ってるワケないでしょ……っ!」

 

「───分かった。ならば、大人しくしててくれ」

 

 

諦めたようにシルディは両目を閉ざす。瞬間、全身の鎧から深紅のエネルギーを噴き出し、足を踏み込む。さっきと同じ、超加速の前兆。

 

 

しかし、今の鈴にそれに対応できる程の余力は残っていない。今も何とか立ち尽くすことしか出来ないのだ。それでも、全身の力を絞り出すように、鈴は自身の腕に力を込める。少しでも、シルディをこの場に押し留めるように。

 

 

────大切な友達を守りたいと叫んだ少女の願いに、少しでも応えるように。

 

 

 

ドッ!!!、と。

シルディが超速で距離を縮める。意識も朦朧としている鈴の意識を完全に落とすために、シルディが腕を伸ばす。あと一撃、少しでも叩き込めば彼女は完全に倒れる。そう確信したシルディの拳が、鈴の身体に打ち込まれる──────

 

 

 

 

 

 

 

直前に、滑り込んできた白い刃がそれを受け止めた。

 

 

「ッ!?」

 

 

超高速で動いていたシルディは、自分に対応したその刃に驚き、その刃の持ち主を見て更に驚いた。

 

 

「俺の仲間に────何してんだ!!」

 

 

織斑一夏。

この場にはいないはずの青年が、シルディの拳を受け止めていた。自らのIS 白式を纏いながら。

 

 

◇◆◇

 

 

時は少し前に戻る。

ロイド一人に翻弄されていた一夏と箒。少しずつ老紳士の動きに慣れてきた瞬間、ロイドはふと動きを止めた。

 

 

「…………フム」

 

「どうした、何故止まる」

 

「────止めましょうか、二人とも」

 

 

突如として銃を下げ、幻想武装を解除するロイド。その掌に持っていたクリスタルを軽く放り投げ、一夏と箒の近くへと転がす。

 

何度か地面を跳ねたクリスタルが宙に浮いた直後、

 

 

「わっ」

 

 

クリスタルの中から、シエルが飛び出してきた。『クローム・オスキュラス』を纏う彼女は慌てた様子であったが、すぐに体勢を立て直す。

 

 

シエルが無事であったことを確認した二人は安堵するがすぐに、ロイドへと身構える。突然、シエルを解放したのは何故なのか、アッサリと戦闘を止めようとしたのも理由があるのか、怪訝そうな一夏と箒に、老紳士は淡々と答えた。

 

 

「シルディ様が動かれました」

 

「っ、シルディ!?」

 

「アイツが!?」

 

 

一度対面したことのある青年の名が出たことに、一夏や箒は純粋に驚いた。

 

 

「どうやらあの御方も身体を動かしたい様子…………さて、貴方達も向かうならば早く行きべきでは?」

 

「…………シルディが動いたってだけで、俺達を見逃すのか?」

 

「当然。言葉が過ぎるようですが、シルディ様はこの場の誰よりも強い。織斑千冬がISを持って来るのであれば話は変わりますが、それ以外であれば話にならない」

 

 

丁寧な気配りに滲むのは、冷徹な決意。先程までの労りとは違うそれは、純粋に強さを評価しての言葉だ。一夏達ではシルディを止めることすら出来ない、と断言しているロイドに少しムっとなる一夏。

 

 

「急いだ方がよろしいですよ。シルディ様は三人の候補生と交戦しているようだ。…………貴方達の仲間だと思いますがね」

 

「ッ!?まさか、鈴達か!?」

 

「やはり、御仲間でしたか。ならばこそ、急ぐべきかと。今のところシルディ様が圧勝です。制圧されるのも、時間の問題かと」

 

「────ッ!」

 

否定しようとして、轟音が響き渡る。そしてハイパーセンサーの反応が少しずつ途絶えている。いや、ISが強制的に解除される反応があった。

 

瞬間、一夏は形振り構わずその轟音の方向へと飛んでいく。箒もその後を追い、置いていかれたシエルも戸惑いながら二人へ着いていく。

 

 

一人きりになったロイドはふと、静かに息を漏らす。過ぎ去った背中を見つめ、懐かしむように呟く。

 

 

 

「直情的な子だ。昔の貴方にそっくりだ────数季様」

 

 

 

◇◆◇

 

 

「………」

 

「…………」

 

 

シルディと一夏。

二人の青年が相対する。一夏は雪片弐型を構え、何時でも斬りかかれるように呼吸を整えていた。一秒でも、相手の動きに遅れないように。

 

 

一方で、シルディは全くの真逆。一夏を前にしても、強い警戒を見せてはいない。先程の斬撃による腕の装甲の破損を確認していたが、すぐに一息つく。

 

 

瞬間、シルディの装甲の傷が塞がる。ナノマシンでも使っているのか、一瞬であった。シルディは自身の腕の軽く回し、ゆっくりと口を開く。

 

 

 

「─────どうして彼等を見逃したんだ?ロイドさん」

 

 

直後に、空間が開く。全く別の亜空間が上書きされるように浮かび上がり、そこからロングコートを纏う老紳士が姿を現す。

 

 

静かに立ち尽くすロイドは、シルディの疑問に対し、深く頭を垂れる。そして自身の胸に手を添え、彼の前に跪いた。

 

 

「───弁明はしません、シルディ様。この老いぼれ、どんな処罰でも受ける所存であります」

 

「…………ロイドさん。オレは怒ってる訳じゃない。どうして織斑一夏達を見逃したのか、と聞きたかったんだ。貴方なら、今の彼等なら容易いのに」

 

「………老いぼれの、単なる我が儘にございます。不服であればすぐにでも、責任は取りましょう」

 

「そうか、ならやって欲しいことがある」

 

 

何なりと、と口にするロイドに、シルディは冷静に告げた。

 

 

「あの三人を、安全な場所に連れていってくれ。出来るなら、IS学園の人間の元へ」

 

「────シルディ様、それは」

 

「オレの我が儘だ。それくらいは聞いてくれるだろ?」

 

「…………畏まりました」

 

 

頭を下げていたロイドとシルディが、ふと一夏に視線を向ける。それで構わないか、と確かめているのだろう。ふざけるなと叫びそうになった一夏だが───素直に、武器を下ろした。

 

 

その直後、箒とシエルが追いついてきた。彼女は倒れ伏す三人の少女達と、それに近付いたロイドの姿を見て、激しい怒りを剥き出しにした。

 

 

「ッ!三人に何を───」

 

「待ってくれ!箒!あいつらを信じよう!」

 

「一夏……!?奴等は敵だぞ!?正気なのか!?」

 

 

不安そうな箒の隣で、シエルは一夏の考えに従う様子であった。だが、箒も無言で見返す一夏を信じようと思ったのか、大人しく引き下がる。

 

 

ロイドは気絶した鈴達を地面に寝かせ、彼女達の肩に手を添える。直後、三人はキューブ状の空間に隔絶され、ロイドの掌に収まるサイズの四角形へと変換された。

 

 

そして、ロイドは足元に亜空間を開き、そこへと姿を消した。三人を保護したキューブを片手に持ちながら。

 

 

 

「────これでようやく、話が出来るな」

 

「話が出来る?何を話すって言うんだ」

 

「君達の仲間を傷つけておいて、こんな事言うのは気が引けるんだが………」

 

 

一夏達と、シルディが対立し合う。

目の前の相手に警戒を隠さず、敵意を見せる箒とシエル。複雑そうに構える一夏。気迫にひりつく空気が一帯に広がる中、シルディは本当に気が引ける様子で口を開いた。

 

 

 

「織斑一夏、篠ノ之箒。そしてそこの君も、オレ達の仲間になる気はないか?」

 

 

 

その問いに、一夏達の答えは決まっていた。

 

 

 

 

「断る、に決まってるだろ」

 

「………他の二人も同じようだ。残念、話し合いで解決できれば何より何だけどね」

 

「話し合い、なら俺達もしたい」

 

 

グッと握り締めた拳に力が入る。武器を下ろし、シルディに向き合った一夏は頭を下げて、頼み込んだ。

 

 

「今侵攻しているアナグラムのメンバーを止めてくれ!シエルの友達が、ヴァルサキスに載せられてるんだ!このままだと、その友達ごとヴァルサキスが破壊される!」

 

「──────ミハイル、人工知能の事か。それは無理だ」

 

「何でだ!!」

 

「ヴァルサキスが打ち上げられたら、俺達の仲間が狙われる」

 

 

その言葉を聞いて、ハッとさせられた。アナグラムがヴァルサキスの存在を無視する訳にはいかないのは、自分達の命を狙う兵器であるからだ。

 

 

「オレはオレの仲間を守りたい。お前達の事情があるのは理解するが、それはそれだ。仲間を殺すために造られた兵器の存在を、オレは許せない。それを破壊することはアナグラムの、母さんの意思だ。邪魔はさせない」

 

「それでも!ミハイルは!シエルの友達は、そんな事を望んでないはずなんだ!ミハイルさえ助け出せれば、ヴァルサキスは動けない!だから、ミハイルだけでも────」

 

「じゃあ、誓えるのか?」

 

 

悲痛そうな顔で、シルディは呟いた。

友達を助けたい、その言葉にシルディは一瞬揺らぎかけた。今すぐヴァルサキスの破壊を止めると言いたかった。しかし、それを自らの立場が許さなかった。

 

 

アナグラムのリーダー。多くの戦士の命を任されたその名が、シルディに重くのし掛かっているのだ。だからこそ、感情で答えてはいけない。

 

 

万が一。もしかしたら。

その可能性が、シルディを深く追い詰めていた。この状況で軽はずみな選択をしてはいけない、と、かつてそれで仲間を失った経験が語っているのだ。

 

 

「ミハイルって人工知能が、国連に悪用されないと。悪用された場合、そのミハイルが、オレ達を襲わないって誓えるのか?もし、それが叶わなかったら、ヴァルサキスがオレ達の仲間を殺したとしても、お前は同じことを言えるのか」

 

「そ、それは───」

 

「…………話は、これで終わりだ」

 

 

そう言い、シルディが地面を踏み砕いた。自身の覚悟を決めるために、相手の覚悟を決めさせるための行為である。

 

 

現に今のシルディに迷いはない。既に臨戦体勢へと入っていた。

 

 

「オレを止めたいなら、力ずくで止めろ。さもなくば、誰も守れない。誰も救えないぞ」

 

 

直後、シルディの姿が消える。その場から動いたであろう痕跡を確認した三人は、すぐさま飛び退いた。

 

 

その場所に、シルディが重い拳を打ち付けた。砲弾のように炸裂した重撃はコンクリートの床を砕き、一帯を破壊し尽くす。

 

その圧倒的な破壊力に、一夏は青ざめる。これだけの攻撃を鈴達は受けていたのだ。不安そうな自分を押し殺すように歯噛みし、シルディへと叫ぶ。

 

 

「シルディ!俺が相手だ!」

 

「望むところだ!!」

 

 

シルディもその意思を汲んでくれたようだ。互いに見合う二人は一気に飛び出した。相手との距離を縮めるように、突き進む二人は口を開く。

 

 

ほぼ同時に。

 

 

 

 

「────瞬時加速!」

 

「────超加速(アクセラレーション)!」

 

 

瞬間、一夏の見る世界がスローモーションになる。目の前にいるシルディへ倍速するように飛び出した一夏だが、そこでようやく見える。

 

 

 

深紅の軌跡────深紅のエネルギーを纏いながら、凄まじい速度で走り抜けるシルディの姿が。瞬時加速の感覚が戻っていく間に、その姿はやはり見えなくなる───ことはない。

 

 

超高速で駆け巡るシルディがどのように動いているかは分かった。一夏は瞬時加速により、その場から離脱する。動きを悟られたことに驚いたシルディに、一夏も困惑しながら声に出す。

 

 

「ッ!?今のは、お前の力か!?」

 

「まさか────オレの超加速が見えるのか!」

 

 

愕然としながらも、シルディは空中で体勢を切り替える。発動したであろうシルディの能力、超加速(アクセラレーション)は生半可で捉えられるものではない。

 

 

空中でスラスターの加速により、シルディは一夏をあらゆる角度から翻弄しようとする。これに超加速が重なれば、普通の相手ではどうしようもないものになる。

 

しかし一夏は、超速で動き回るシルディの攻撃に対応していた。振るう拳を避け、無防備となったシルディに刃を振るう。その一撃を腕で受け止め、飛び散る火花の合間に彼等は互いを見据えた。

 

 

「やっぱり!見えてるんだな!オレの動きが!」

 

「ああ!ほんの少し、だけどな!」

 

「見えるだけでも異常なんだよ、この力は!」

 

 

真横から蹴りを放ち、距離を取るシルディに、一夏は左手の『雪羅』を起動させる。展開されたエネルギーの爪が数メートルまで伸び、シルディへと迫る。

 

 

「───嘗めるな!」

 

しかし、振り返ったシルディがそう吼える。胸元のリアクターが一気に稼働し、エネルギーを蓄積させたかと思えば、コアから収束された熱線が放射される。

 

放たれた高熱の光は『雪羅』のエネルギークローと相殺し、一気に爆発する。煙の中でシルディの姿を捉えようとしていた一夏だが、煙の向こう側から飛んできたものを反射的に斬ろうとする。

 

 

「っ!瓦礫!?」

 

 

その瓦礫を半分まで斬った瞬間に、気付く。真後ろからシルディが超加速のまま移動してきたことに。幸い、シルディはすぐに超加速を解いたが、この距離では対応できない。何より、今瓦礫を斬っている状態から、シルディへ対抗する動きへ切り替えるのは不可能に近い。

 

 

「───終わりだ!」

 

 

一夏のシールドを削りきる一撃を放つため、リアクターを稼働させ、拳にエネルギーを纏う。避けられない、避けられるはずがない。そのように瓦礫を打ち込んだ。

 

 

勝利を確信したシルディだったが、視界がずれる。真横から攻撃を食らったと判断したのはすぐだった。

 

 

「ッ!?────!」

 

 

戸惑いながら、すぐに思考を動かす。すぐさま拳を真横へと振るうが、視界には誰もいない。激しい困惑がシルディを襲う。

 

 

可笑しい、先程の攻撃は確かに蹴りのようなものだった。この場に誰もいないのも、その残像すらも見えないのはおかしい。

 

 

そう思ったシルディはすぐに周囲へ広がるセンサーを切り替えた。熱源感知、エネルギー感知、どれも相手を捉えられない。だが、風の動きによって判断する感知機能を発動したことで、すぐにその正体を理解した。

 

 

「ステルスか、厄介だな」

 

 

気付いた時には一夏の姿も見えない。学園内の仲間が集めたデーテには、白式にステルス機能があるなどという情報はなかった。先月の事件の際の、セカンドシフトによる能力追加の可能性もあるが、おそらくはもう一人のISの機能という線が強い。

 

 

「だが!ステルスと分かれば話は早い!」

 

 

そう言い、シルディは後ろから迫ってきた箒の攻撃を受け止める。空気の動きを感じ取り、事前に感知していたのだ。()()()()で斬りかかってくる箒に、難なく無力化しようと両腕で刀を受け止めようとする。

 

 

受け止めた途端、腹に斬撃を浴びたシルディ。彼も予想外だったのか、思考が一気に乱れた。

 

 

(馬鹿な!?何だ今のは!?エネルギーの刃でも飛ばしたのか────いや、いや!)

 

 

腹に当たっているのが、刀であることをようやく理解した後、続いて答えを理解する。透明な刀が、シルディの胴体を斬ったのだ。当然、それを持つのは箒である。無手かと思っていた方の腕は、ステルス機能を受けた武装を握っていた。

 

 

 

(ッ!まさか、武器だけをステルスで隠すことが出来るのか!?)

 

 

一手遅れたことで、思考が戦闘に追いつかなくなる。ふと、一夏が雪羅の荷電粒子砲を構えている姿が見える。しかし、それが発射された瞬間に、シルディがそれを認識する。

 

 

間に合わない、そう判断したシルディの胴体に強力な荷電粒子砲が炸裂する。悲鳴も声もあげる間もなく、シルディは地面に叩きつけられた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「や、やったか………?」

 

 

ふと、一夏がそう漏らす。何とか三人の連携でシルディを倒すことが出来た。勝った、と誰かが安堵しようとした瞬間、シルディが吹き飛んだ方から幾つかの瓦礫が薙ぎ払われた。

 

 

地面に降り立った三人に、声が響いてくる。

 

 

「やるな────今のは効いたぞ」

 

 

全身の黒い鎧にヒビが入ったシルディ。余程のダメージを受けたのか、自動再生は作用していない様子だった。

 

なのに、シルディの笑みは消えていない。余裕どころか、むしろ戦意に満ちている。戦いはこれからだと言うように、シルディはゆっくりと起き上がる。

 

 

「…………三人の連携でここまでとは。オレも流石に慢心過ぎたな。素直に反省する─────ここからは、オレも少し本気を出す」

 

 

そう言った直後、シルディは手に持っていたものを突き出す。結晶のような物体と、何らかの素材がコーティングされた妙なアイテムだった。

 

それを三本の指で挟み、シルディは淡々と告げる。

 

 

「クラッシュ、コール」

 

 

シルディの呼び声に応えるように、巨大な影が地面に浮かび上がる。空にあると三人が見上げようとした時には、その影が地面へと降りてきた。

 

 

十メートルを軽く有する巨体であった。両腕も胴体に負けず劣らず大きく、削岩機のようなドリルが先にある尻尾が長く伸びている。胴体の上にある頭部はギザギザとした歯が剥き出しになっており、二つの瞳が不気味に点滅する。言葉を発することもなく、その巨体はシルディの真後ろに立ち尽くしていた。

 

 

「何だよ…………コイツは」

 

「“クラッシュ・ドラグーン”」

 

 

シルディが巨大な機体の名を告げる。シルディはその巨体を見上げ、笑みを深めながら話した。

 

 

「万が一、ヴァルサキスと交戦する可能性を考慮して連れてきたオレの装備の一つだ。安心しろ、これで戦うつもりはない」

 

「装備、だと?なら周りを飛んでいるあの竜は───!」

 

「ああ、“ストライカー”と“ブラスター”か。アレは二つのドラグーンが融合したものでな。飛びながら砲撃できるから、オレもよく使っているんだ。ブラスターは機動力に欠けるしな」

 

「っ!じゃあ何だよ!今度はソイツと一緒に相手する気か!?」

 

「話を聞いてくれ、クラッシュを直接使うつもりはない。バハムートにはもう一つ、面白い機能があるしな」

 

 

そう言いながら、シルディは右腕の装甲を展開する。スライド式の装甲の内側にある腕輪にある窪み、先程のクリスタルのようなアイテムを差し込む。その瞬間、翡翠色の結晶の光が更に強まる。

 

 

【リンク接続────ドラグーンアーマー展開、承認】

 

 

「─────装着(ビルド・アップ)

 

 

左手のアイテムの左右のバーを押し込み、シルディは全身を広げる。直後、起動したように動き出した巨大な機体───クラッシュ・ドラグーンが両手でシルディを覆うように包む。

 

 

両手の装甲が解離し、無数のアームがシルディの全身に伸びる。更なる装甲を持ち上げたアームが鎧に上乗せするように纏わせ、装着させていく。

 

掌の中でシルディの姿が更に大きく、歪に変化していく。変形を終えたのか、掌が離れた時にはシルディの姿は前よりも変容していた。

 

 

身軽そうな黒い鎧は上から被せられた重装甲によって分厚く、重苦しく見える。両腕もクラッシュ・ドラグーンのように胴体に匹敵する大きさへと変化し、腰の方には金属で構成された骨格のような尻尾が伸びる。

 

 

口を覆うのはギザ歯の装甲。クラッシュと同じ形状となったシルディは一夏達へと視線を向ける。静かに息を吐いた瞬間、瞳に宿る戦意を高め、喉の奥から叫んだ。

 

 

 

「行くぞぉ!!第二ラウンドだ!!」

 

 

ガシャ、カシャン! と。

背中から展開された装甲が、シルディの顔を完全に覆う。二つの瞳が怪しく光った直後、大柄の体躯となったシルディが巨大な剛腕を大きく振りかざす。

 

 

 

そして、緊張感を新たにする一夏達へと突撃した。圧倒的な暴力を体現するかのような竜の鎧を纏い。




本気で暴れまくるシルディ。因みにこれでも本気であって全力ではない模様()本当は戦いなんてしたくないし、話し合いで全部解決したいというのが本音だけど、アナグラムのリーダー名乗ってるからね。仲間の命を背負ってるから、自分の意思とか主張できないんだよね。悲しいけど


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第47話 ドラグーン

「変形した………!?あいつも形態移行が使えるのか!?」

 

 

クラッシュ・ドラグーンと似た姿へと変化したシルディ・アナグラム。その変化に一夏達は驚きを隠せなかった。何せ彼の形態変化は普通ではない。彼が呼び寄せた大型兵器クラッシュ・ドラグーンの装甲を帯びるという光景は、その力を引き継いでるように見えた。

 

 

 

「────行くぞぉ!!第二ラウンドだ!!」

 

 

声高らかと叫ぶシルディ。その顔が完全に鋼鉄のマスクで覆われる。ギザ歯を見せつける竜へと変容したシルディは雄叫びをあげる暇もなく、両方の巨腕を振るい飛び出した。

 

 

「お、おおおおおおっ!!」

 

 

迎え撃つように、一夏が前に出る。雪片弐型を掴み、強く握り締め、突貫する。全身を分厚く覆った重量級とも言えるその姿は重量戦車が突撃してくる光景に見えた。

 

 

無論、一夏とて特攻するつもりはない。シルディの攻撃を避け、カウンターの応用として一撃を打ち込むだけでよかった。そのため、瞬時加速を発動するタイミングを見計らう。

 

 

だからこそ、異変に気付けた。重量故に先程まで俊敏とは言えずとも、身軽に近い動きで歩み寄るシルディ。その掌が、一夏の方に向けられている。ただ向けられているなら、いい。その掌が少しずつ、握るように力が込められているのだ。

 

 

ゾワリ、とその掌に違和感を覚える。この悪寒は何度も経験している。強敵達との戦いで味わった、命を奪いかねる武装を向けられた感覚。

 

 

(───不味い!)

 

 

咄嗟に、攻撃を止めて慌てて瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動する。一気に距離を離したことが功を成したというべきか。

 

 

メギャメギャ! 、と。空間にあるものが圧縮される。アスファルトやコンテナが吸われるように、引き剥がされたかと思えば、シルディが掌を握った直後に、全ての物体が連動するように握り潰された。

 

 

その光景に、思わず震え上がる。

あの攻撃を受けても絶対防御が本当に作用するのか、そんな不安に背筋が凍るが、今はそれを無理矢理振り切った。

 

 

「う、おおおおおおっ!!」

 

 

叫び、一夏はシルディに斬りかかる。大柄な体躯を有するシルディは剛腕を振るい、一夏へと叩きつけようとする。それを掻い潜り、一夏は零落白夜を起動し、光を帯びた刃で大きく斬りつけた。

 

 

 

ザァンッ!! と、雪片弐型がシルディの胴体に炸裂する。本来はシールドエネルギーを消失させるその刃、あらゆるエネルギーを打ち消すことが出来る。エネルギーで構成された鎧を纏う幻想武装には、必殺と言っていい武装であった。

 

 

だからこそ、直撃した時には勝ちを確信した。実際にその一撃を受けたゼヴォドの幻想武装は一撃で消滅したから。過去の記憶が、確信として生きていた。

 

 

 

だが、

 

 

『────今ので、終わりか?』

 

 

シルディの鎧はまだ生きていた。戸惑う一夏だが、無理もない。シルディが纏っているのは幻想武装ではなく、その上位の兵器。伝説幻装(エンシェント・レガリア)は、最もISに近い、実際に形として存在する鎧を展開している装備だ。零落白夜のように、エネルギーを消滅させる刃では、その鎧は壊せない。

 

 

何より、今のシルディの鎧の大半はクラッシュ・ドラグーンの装甲であり、特別な金属で構成された鎧である。重ね掛けられた分厚い装甲はISの斬撃すら防ぐ強固な防壁と化していた。

 

 

『なら、次は此方の番だ』

 

 

鎧の内側からの声は予想よりも低く。実際に竜が喋っているかのような錯覚を引き起こす。

 

 

そんな風に思っていた一夏の腕を巨大な手が掴む。雪片弐型ごと掴まれた腕を何とか引き剥がそうと、一夏がもう片方の腕『雪羅』で攻撃を行おうとする。

 

 

しかしそれよりも先に、シルディは強引に一夏を持ち上げた。空中に飛んだことで力が緩んだ一夏の隙を逃さず、そのまま近くのコンテナへと叩きつける。

 

 

「が、はっ!」

 

 

全身に伝わるダメージに一夏は呻く。しかしシルディはすぐに動きを止めることなく、続け様に一夏を持ち上げ、地面へと投げつけた。

 

 

まるで巨獣に弄ばれるように、軽々と叩きつけられる一夏。他の二人が止めようと突貫するが、シルディは即座に空いていた腕で強引に近くのコンテナの山を崩し、道を塞ぐ。

 

 

「くっそぉおおおおおお!!!」

 

 

その瞬間、僅かに揺らいだ意識を突いた一夏が、荷電粒子砲を放射する。不意打ちような狙撃は、至近距離でシルディの顔を覆う装甲に直撃した。

 

 

体勢を崩したシルディから距離を取った一夏。しかしすぐに、シルディが全く動かないことに気付く。その理由は、直後に察することが出来た。

 

 

 

【ドラグニック・リアクター────オーバーチャージ】

 

 

胸元のリアクターが高速回転し、エネルギーを増幅させ続けている。生成された深紅のエネルギーがシルディの鎧を包んでいき、両腕へと蓄積していく。

 

 

増え続けるエネルギーの反応に、一夏は危険信号を強く感じ取った。どうすべきか悩んで結果、一夏は零落白夜によって消滅させる方を選んだ。

 

 

すぐさま突き進んだ一夏に、シルディはいち早く腕を持ち上げる。しかし一夏に向けたものではなく、真横へと突き出したのだ。

 

直後、その奥の空間が捻れるように変化する。端から見れば荒れ狂う風の塊、実際にはクラッシュの能力であり搭載された武装『圧縮機構』である。

 

 

空間内部に散布されたナノマシンが命令を受けることで、一斉に融合する。その際に、周囲の空間や物質を引き込み、融合を引き起こすことで圧縮が起こるのでだった。

 

 

シルディが腕を振るい、圧縮された空間の塊を引き寄せる。ゴリギャリグシャ! と、地面や障害物を抉りながら迫る塊に一夏の思考は咄嗟に回避を選んでいた。

 

 

 

「────っ!」

 

 

もう片方の腕が、逃げる一夏を捉えた。直後に、身体が勢いよく壁に叩きつけられる。先程までの圧縮を解除した腕も動かし、シルディは一夏に両腕を向ける。

 

 

 

────『クラッシュ・ブレイク』

 

 

両手を握り締め、圧縮による爆発を引き起こした。シルディが生成したエネルギーが強制的に押し潰されたことで、勢いよく炸裂したのである。

 

 

「う………ぐはっ」

 

 

圧縮爆発により絶大なダメージを受けた一夏が地面に落ちた。ISも予想外のダメージによって青いプラズマを放ち、絶対防御が発動している。この状態では戦闘どころの話ではないだろう。

 

 

「一夏っ!───おのれ、よくも!」

 

 

シルディが崩した残骸の壁を突破してきた箒が、倒れた一夏の姿を見て激怒する。飛来する箒にシルディは掌をかざす。圧縮能力で無力化しようとしたのだが、

 

 

(…………速いな、これじゃあ掴めない)

 

 

紅椿の装甲が切り替わり、加速特化へと変化していた。これによりシルディは何度か空間圧縮を行うが、箒はそれを凄まじい速度で回避していく。

 

 

攻撃された瞬間を狙うか、と考えたが速さが桁違いだ。これではヒットアンドアウェイが成立してしまい、シルディは手詰まりとなってしまう。

 

 

この状況下で、シルディは冷静に考える。そしてすぐに、答えを出した。

 

 

『仕方ない────()を変えよう』

 

【アームド・アウト】

 

 

機械の音声が響き渡る中、大柄な外装が開いた。装甲の全てが力を失ったように解離し、漆黒の鎧を纏うシルディが歩み出る。

 

 

身軽になったシルディは肩を鳴らし、全身の調子を確かめる。何とか大丈夫だと判断したシルディは腕輪に嵌めていたクリスタルを引き抜き、腰にあるユニットから取り出した────もう一つのクリスタルを腕輪に装填する。

 

 

「───ビルド・アップ」

 

 

外装を構築する暗号を口にした瞬間、空から複数の装甲と鉄塊が降り注ぐ。シルディの左右に落ちた二つの大きな鉄の柱が割れ、そこから伸びたケーブルとアームがシルディの肩に固定される。

 

その後、降り注いだ幾つの装甲と鉄柱から伸びるアームが部品を繋げることで、シルディの新たなる鎧が構築されていく。

 

 

凹凸の目立つフォルム。鉤爪のようなアームが展開された両腕。背中には変形した鉄柱────可変型の翼が大きく広げられていた。

 

 

「また、変形しただと!?形態移行どころの話ではないぞ!?」

 

「───元々、オレのバハムートはこういう仕様だったらしいしな。それと、形態が多いからこういう時は呼び方を変てくれ。さっきのはクラッシュ、今のがストライカー」

 

 

因みに、とシルディが付け足した直後に顔を装甲が覆う。能面のように顔のパーツすらないヘルメットを装着したシルディ。装甲の内側から、声が伝わってきた。

 

 

『因みに、ストライカーは空戦用のドラグーン。速度もトップクラスだ』

 

 

人の形という骨格を主体として、全身の装甲が変形する。一瞬で組み変わったシルディの鎧は、戦闘機となっていた。左右に開いた翼に取り付けられたブースターを噴かし、シルディ───ストライカーは空へと飛び出した。

 

 

 

「クッ!紅椿の速度に、追いつくだと!?」

 

 

空高く飛翔する紅椿に追従するストライカー。雲をかき切る速度の二つの光が、空というキャンパスに軌跡を残す。自分を捉える敵に焦りを覚えた箒が展開装甲を動かし、エネルギー刃を射出する。

 

 

しかしストライカーが一部分だけ可変し、格納していたクローで刃を払い退ける。反対のクローも同じように展開し、それを箒にロックオンし、放射した。

 

 

切り払おうとした箒の腕を、クローが掴む。連結するように伸びた有線を固定し、ストライカーが突如方向転換をした。思いもしない行動に引っ張られた箒は、ストライカーに翻弄されるように空中で振り回された。

 

 

「おのれ、小細工を!だが、ワイヤーを切断すれば───」

 

『───させない』

 

 

振り上げた刀を止めるように、箒の片腕を射出したクローで捉える。両腕を掴まれた箒は抵抗の余地を奪われ、ストライカーに引き摺られていく。

 

 

『悪いな、一撃で仕留める』

 

【ドラグニック・リアクター!オーバーチャージ!】

 

 

内部にあるリアクターが一気に出力を上昇させる。腕のアームクローを分離させ、本来の腕に刃を換装したストライカー、否、シルディがヒト型へと戻った。

 

 

大きく伸ばしたワイヤーを勢いよく引き戻すことで、引き寄せられた箒にシルディは両腕の刃を構え、逆に突貫する。両手を拘束されたまま箒は抵抗も出来ず、

 

 

───『ストライク・クロスブレイド』

 

 

十字に交差した斬撃が、箒と紅椿に炸裂する。消失した刃は、ダメージとなってシールド越しに響いていく。

 

 

「ぐっ………う」

 

 

撃墜されるように、箒が墜ちた。地面に叩きつけられ、意識の朦朧とした彼女を見下ろすように、シルディが飛翔する。

 

 

「箒さん!」

 

 

叫んだシエルが飛び出す。しかしその姿は近くの瓦礫に隠れた直後に見えなくなっていた。空を浮かぶストライカーを纏うシルディはそれが、武装を消したステルスと同じだと理解する。

 

 

『成る程、アレは君の能力か………ストライカーでは部が悪い』

 

【アームド・アウト】

 

 

再び、外装をパージするシルディ。空中から落下する最中、シルディは腕輪のクリスタルを外し、腰から取り出した新しいクリスタルを装填し、登録された言葉を口にする。

 

 

「────ビルド・アップ!」

 

 

ストライカーと同じように、空中から一本の大きな鉄の柱が降ってくる。シルディの背後に回ったその柱は、勢いよく分解され、シルディの全身を包んでいく。

 

 

地面に落下した時には、シルディの体は鋼鉄の武装によって呑まれていた。ギチギチと軋むような音は、部品が組み合わさり、外装が完全に形になったことを意味している。

 

 

戦車砲らしき大筒の砲身が左右に二つ。背中や腰には無数の機関銃やミサイル、グレネードランチャーなどが搭載されている。そして一際目立つのは、背中に直接取り付けられた巨大な戦艦の主砲らしきもの。

 

俊敏さを完全に失った『砲台』、いやこれでは『要塞』であった。シルディは自身の顔を隠すヘルメット────赤いモノアイが浮かぶマスクを被り、全ての武装を動かす。

 

 

『ブラスター。砲撃や殲滅を特化した超高火力のドラグーン。この鎧は特殊なセンサーが複数搭載されている。アンタのステルスも、何となく捉えられるって事だ………ま、センサーなんて無くとも』

 

 

 

断言し、左右の機関銃とグレネードランチャーを乱れ撃つ。飛来する榴弾と、無数の縦断の雨が周囲を破壊し尽くす。

 

 

『まとめて吹き飛ばせば関係ないよな』

 

 

激しい破壊の嵐に、シエルは咄嗟に射程から逃げ出す。しかし大きく動いたことで空気の反応を感知したシルディが背中の武装を動かし、キャノン砲を撃ち込む。

 

 

放れた砲撃を、シエルは即座に腕部に内蔵された小型機関銃で撃墜する。攻撃を防がれたことにシルディは驚くこともなく、エネルギーを生成し続けていた。

 

 

先程と同じように、必殺の一撃を放つ構えは既に出来ていた。

 

 

『───撃ち尽くせ!ファンネル!』

 

 

内蔵されたタンクの中から複数のビットが射出される。シルディの脳波を感じ取っているのか、ビットは透過したままのシエルへと飛んでいく。

 

 

シエルは両腕に格納された機銃でビットを撃ち落とそうとするが、ビットは自我を持ってるように掻い潜り、シエルにレーザーを当て続けた。

 

 

シールドを削る量は微量で、シエルも心配はしていなかったが、ジリ貧であるのは事実だった。早く突破しようと考えるが、視界に見えたシルディの動きがシエルの思考を支配する。

 

両肩の戦車砲を二つ構え、此方に向ける姿。砲口の奥で光が集まっていく光景に、シエルはすぐさまビット群の包囲網を抜け出す。

 

 

───『ブラスター・ヴィジョンレーザー』

 

 

二つの砲口から、ビームが放たれる。しかしシエルはすぐに困惑した。直進に突き進むビームは既に離れたシエルを捉えるどころか、ビットを巻き込みそうになっている。

 

 

そんな困惑は、更に強くなる。

放たれた二つの閃光はビットを焼き尽くすどころか、ビットに触れた瞬間、吸い込まれるように消えていく。愕然とするシエルに、ビットが此方に向いた。直後、消えたはずの閃光がビットから放たれた。

 

 

「え!?」

 

 

驚きを隠せないシエルは避けきれず、ビームが炸裂する。ビットから放出されたビームは予想外の軌道に変わり、シエルのISのシールドを一気に削った。

 

 

「っ!うう………!」

 

 

シールドを削られ、ISを解除したシエルが転がる。倒れ伏したシエルを尻目に、シルディは腕輪のクリスタルを取り出し、外装を消失させる。

 

 

「…………これでもう終わりだな。さて、後は二人の手助けに向かうか」

 

 

地下に潜入している仲間を思い浮かべ、シルディはその場から立ち去ろうとする。ゆっくり歩いていたシルディだったが、

 

ザンッ! と、足元の地面に刀が突き立てられる。おそらくは投げ飛ばされたであろうそれを手に取ったシルディは飛んできた方に放り投げた。

 

 

「…………動くのはあまりオススメしないよ、篠ノ之さん」

 

「……………」

 

「三人とも殺してないし、怪我はない。ISのシールドを削っただけだ。今は戦闘に参加できないけど、もしまだ戦うのなら安全は保証できないな」

 

「だからといって、お前を見過ごす道理はない」

 

 

紅椿のシールドは既にギリギリまで減少している。そこまで手加減したからこそシルディは分かっていた。だが箒はそれを自覚しても尚、退こうともせず、逆に立ち上がっていた。

 

 

此方を睨み、見据える箒にシルディは腹の底から深い息を吐き出す。自身の手首を捻りながら、細めた目で箒を見返す。

 

 

「最後の忠告だよ、邪魔をするんならオレだって容赦はできない。一撃で仕留めるけど、痛いとは思うよ。それでもいいの?」

 

「…………」

 

「覚悟は出来てる、か。強いね、ホントに」

 

 

複雑そうな表情を切り替え、シルディは拳を握り締める。ジリ、と軽く擦った脚で勢いよく地面を蹴り飛ばした。一瞬にして距離を縮めたシルディは、箒に向けて拳を振り上げる。

 

 

一撃でいいのだ。殺す必要はない、単にシールドを削り、ISを使用できなくすればいい。そう決意し、シルディは拳を強く握り、力を込める。

 

 

相手を戦闘不能にするだけ、そう思って放った攻撃は箒に当たることはなかった。

 

 

「…………ろ」

 

 

 

何故なら、

 

 

 

「止めろぉぉぉおおおおおおおおッ!!」

 

 

既にエネルギーが消えかかった白式を纏った一夏が前に出たのだ。箒を庇うように、武器すら持たずに。

 

 

「ッ!?」

 

「一夏!?」

 

 

戦う意思を見せていた二人は驚きを隠せない。武装を展開するエネルギーすら無かったのか、いやそのエネルギーすらも瞬時加速に使ったのだ。既に限界であった箒を庇う為に、それだけのために。

 

 

その光景を見た瞬間、シルディの脳裏で何か弾けた。

 

 

 

「─────あ」

 

 

激しい火花が散ったような感覚。それが連鎖した直後に、シルディの脳裏にある光景が浮かんだ。

 

 

 

 

 

─────今まで見たこともなかった、未知の記憶が。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………イテテ、あいつら好き勝手やりやがって」

 

「一夏も無茶だよ………三人相手に一人でやるなんて」

 

「仕方ないだろ、先に喧嘩吹っ掛けて来たんだから」

 

 

小学生の頃の放課後の公園。

山近くにあることもあり、人気の無いその場所を使うのは限られた者だけである。その時間帯でいるのは、一夏や暁、そして箒だけの三人であった。

 

 

「………全くだ。問題になるのは分かっているだろう」

 

「けどよ、あいつらも悪いだろ。好き勝手箒の事を馬鹿にしてるしさ。寄って集って他人を馬鹿にする奴等は、俺は嫌いだ」

 

「…………でもさ、また怒られるんじゃないの?あいつら、先生に言うって言ったし」

 

 

軽く怪我した一夏の腕に絆創膏を貼る箒と、心配そうに水で濡らしたタオルと医療箱を持っている暁。少し前に箒にちょっかいをかけていた男子達と喧嘩した一夏は、二人に心配と共に注意を受けていた。

 

 

暁の不安そうな言葉を聞いた一夏はふと考え込んで、困った顔をする。また父親を呼ばれ、男子達の親にあーだこーだ言われてしまう。その事もあるが、誰かを守ることを容認する父親とは違い、千冬から強いお叱りを受けかねない。

 

 

 

 

「────その事なら大丈夫だけど」

 

 

ふと、三人しかいないはずの公園に、三人と違う声が響き渡る。少年達が顔を上げると、近くの遊具の影に隠れた少年がいた。目付きの悪い黒髪の少年、陰気な雰囲気が漂うその少年は覗き込むようにして顔を見せている。

 

 

「何だよ、お前は」

 

「………さっき、先生にあいつらがやったことを報告した。録音機も匿名で出したから、大事になることは無いと思う」

 

「あ、あの………どうして、そんな事してくれるの?」

 

「────別に。偶々見かけたから」

 

 

それだけで話を止める少年。彼は静かに、だがその視線は一夏達へと向けられていた。疑念というわけでもなく、純粋な興味に満ちた視線に一夏が物申そうとしたその時、少年は唐突に口を開いた。

 

 

「ねぇ、何で喧嘩したの」

 

「は?何だよ、いきなり」

 

「相手は三人、数が多いし、図体もでかい。明らかに不利だった。なのに、どうして喧嘩する気があったの。三人相手に勝つつもりだった?」

 

「………別に、勝つ気で喧嘩したんじゃねぇよ」

 

「じゃあ何で」

 

 

それが、少年にとって気になることだったのか。ずっと此方を覗き込んでいる少年に、一夏は殴られた頬を軽く拭いながら、告げた。

 

 

「許さなかっただけだ」

 

「………それだけ?」

 

「一人相手に複数で囲んで、あろうことか馬鹿にして笑うなんてやり方、俺は許せねぇ。そんなやり方を見過ごすってんなら、俺はクズでいい」

 

 

言い切った一夏に、少年はジト目で呟く。

 

 

「………何だ、馬鹿じゃん」

 

「あん?誰が馬鹿だよ、いきなり馬鹿って失礼だな」

 

「でも、馬鹿は馬鹿でも良い馬鹿だ。そこら辺の馬鹿じゃないね」

 

「褒められてる気がしねぇよ。ってか、馬鹿って言った方が馬鹿って知らねぇのか?」

 

 

呆れたような物言いに、少年は不思議そうに首を傾げていた。物陰に隠れていた少年は軽く話したことで落ち着いてきたのか、少しずつ積極的に話すようになっていた。

 

 

「…………ねぇ。この公園、また来てもいい?」

 

「?何だよ、別に来ればいいだろ?なぁ、二人とも」

 

「そうだな、私は別に構わん」

 

「あ、ぼ、僕も………うん」

 

 

最初は寝暗そうな少年に遠慮気味であった箒と暁であったが、一夏と積極的に会話する少年に自然と声をかけていた。他愛もない会話をする四人の距離を縮まり、いつの間にか友人に近い仲へと進んでいた。

 

 

「…………っていうか、そもそもお前って誰なんだ?この町で見かけたことないけど」

 

「────今日引っ越してきた。同じ学校になるから、同級生」

 

「引っ越して来た?今日か?」

 

「…………父さんが、この近くに転勤してきて………教え子の人もこの町で出来たから、当分はここに住むって……」

 

「じゃあこれから会うと思うし、呼び名くらいは決めとこうぜ。俺は一夏でいいから」

 

「私は………箒だ。箒でいい」

 

「ぼ、僕は、暁………です」

 

「そっか、一夏………箒………暁、三人ともよろしく」

 

 

僅かな時間ではあったが、少年も一夏達に心を許していたのか。少し微笑みながら、三人の名を呼ぶ。そうしていると、一夏が思い出したかのように聞いてきた。

 

 

「お前のことは何て呼べばいいんだ?というか、そもそもなんて名前なんだ?」

 

「ん、そうだった。自分は───────」

 

 

 

 

 

 

 

「────あ、あ…………あ?」

 

 

呆然と、立ち尽くす。

拳を握る力すら入らない、両脚がガタガタと震え、全身に汗が滲んでいる。頭が痛むのか、シルディはふと顔をしかめ、頭に手を当てる。

 

 

何が起こったのか、理解が追いつかない一夏。その目が、不安定なシルディの瞳と合う。その顔を見たシルディが、震えた口で呟く。

 

 

「いち、か………?」

 

 

その言葉を聞いた途端、一夏も違和感を胸に感じた。何故だろう。何故、自分の名前を呼ぶシルディに疑問を覚えないのか。何故、懐かしいとすら思ってしまうのか。

 

 

「ほうき………、あかつき………?」

 

「………何で、その名前を」

 

「あ、はは…………何でだろう、何でオレ、三人の事、覚えて…………いや、忘れて…………ずっと前に、会ったことあるのに、初めて………友達になったのに…………何で?」

 

 

知るはずもない友人の名前を口にするシルディへ疑問を抱く箒。しかし、今のシルディにはそれ以上の混乱があった。

 

 

「オレは、オレは─────」

 

 

呼吸が荒くなる。いつの間にか記憶を探ろうとしていた。何故、覚えていないのか。さっきの記憶は本物なのか。この先にある記憶がそれを教えてくれる。

 

 

そう思い、脳の中にある記憶を見ようとする。

 

 

 

「────奴等への警告だ。俺達の要求を無視するなら、殺す以外なら何でもいい。幸い、三人いるからな」

 

「一週間経った。国連は見殺しにしたようだ。見せしめに母親の方は殺して、首を送る。娘と子供の耳を片方ずつ送る。削ぎ落とせ」

 

「………悪く思うなよ、坊主。恨むんなら、お前を見捨てた国連と巻き込んだ父親を恨むんだな」

 

 

 

 

「─────おかあ、さん」

 

 

 

 

 

 

「───────ああああああッ!!?」

 

 

張り裂けんばかりの絶叫を喉の奥から放ち、シルディは頭をかきむしる。激痛が、脳に行き渡る。激しい頭痛は、記憶の奥にあるものを理解したくないという自己防衛機能か、古い傷を抉ったことで心の痛みが強く響いているのか。

 

 

自身の髪を振り回し、シルディは頭を抱え、悶え苦しむ。その髪が大きく払われたことで、一夏は見えた。

 

 

シルディの右の顔。そこにあるはずの耳が欠けていた。残されていたのは、無理矢理刃物で切られたような切断痕。そこからジクジクと血が滲んでいる。

 

 

過去のトラウマに触れたことで、古傷も刺激されたのか。シルディは悲鳴のような絶叫を響かせていた。

 

 

「何で!?俺は、俺はシルディなのに!!シルディじゃない!?じゃあ、誰なんだ!?俺は!!思い出せない!思い出しなくない!痛い痛い痛い痛い痛い!!何で、何で、何で、何でこんな目に!何で、何でぇ!?」

 

 

 

錯乱したシルディの全身から、黒鉄の鎧が消失する。強制的に解除された伝説幻装の事すら頭にない。顔を覆うように押さえたシルディは膝をつき、ブツブツと言葉にならない声を漏らしている。

 

 

「………だ、大丈夫か!?」

 

 

青を取り越して真っ白な顔になったシルディに、慌てた様子で一夏が駆け寄る。蹲り、小刻みに震えるシルディは返事など上げない。箒が一夏を呼び止めたが、目の前で様子がおかしくなった相手を見捨てることなど出来なかった。

 

 

泡すら吐きかねないシルディに、どうすればいいか一夏が悩む。すると、ISを解除した一夏の頭を何かがつついた。

 

 

顔を上げた先にいたのは、シルディが連れていた小型の機械の飛竜であった。それは首を此方に向けながら、尻尾で何かを引っ張ろうとしている。

 

 

 

それは、シルディの首にあるチョーカーについたパーツであった。必死に引っ張ろうと努力しているワイバーンに、一夏はその意図を理解した。

 

 

「これを…………引っ張ればいいのか?」

 

 

コクリ、と機竜が頷く。本当に機械なのかと困惑するが、それよりも先に一夏はシルディのチョーカーのパーツを勢いよく引いた。

 

何かが押し込まれたのか、カシュッという音が聞こえる。チョーカーの中に仕込まれていた不思議な液体が失くなっていく。おそらくは、何らかの薬品を打ち込んだのだろう。

 

 

ふと、発狂していたシルディの瞳が揺れる。白目を剥いたかと思えば、シルディは力なく崩れ落ちた。その場に倒れ込むシルディに、機竜は心配そうに近寄る。

 

 

「…………大丈夫、なのか?」

 

 

不安そうな一夏に答える者はいない。────はずだった。

 

 

 

 

《────ええ、これでシルディは落ち着きました。感謝します》

 

 

その声はこの場に存在しない誰かの声であった。誰だ、と叫ぼうとした一夏はすぐに声のした方に気付く。シルディの黒いコートの腰についた無線機である。

 

 

「…………誰なんだ、アンタは?」

 

《その子の親であり、血の繋がらぬ者。優しかったその子に、革命の意思を背負わせた罪深き者です》

 

「意味が分からない!一体誰なんだ!アンタは!」

 

《リセリア・アナグラム。その子のもう一人の母であり、アナグラムの最高指導者です》

 

 

突然の事に、頭が混乱してくる。何故アナグラムの最高指導者が自分に干渉してくるのか。冷静に考えられる状況ではないが、落ち着いて相手の出方を伺うことにした。

 

 

《────貴方に質問をしましょう、織斑一夏》

 

「…………何を聞きたいんだ」

 

《貴方は疑問に感じたことはありませんか?何故、アナグラムという組織を国連が執拗に恐れるのか》

 

 

意図が分からなかった。

突然何を言い出すのかと困惑する一夏は、取り敢えず女性の言葉に答えるしかなかった。

 

 

「テロリストを恐れるのは、当たり前だろ」

 

《ヴァルサキスという天体衛星を用いて、大規模殲滅を企む程にですか?たかがテロリストにどうしてそこまで戦力を行使するのです。テロリストなど、ISで制圧すれば容易いというのに》

 

「………なら、何でなんだ」

 

《答えは一つ。我々が握る『世界の真実』、国連が犯した最悪の原罪を、我々が明かそうとしているからです》

 

 

やはり、肝心なことは分からない。はぐらかすような口振りに、苛立ちが過る。だが実際にそこまで怒りを覚えてもいないので、戸惑いを覚えながら口を開いた。

 

 

「真実って、原罪って………何がどういうことなんだよ。何がなんだか………」

 

《織斑一夏、貴方は『世界の真実』を知る権利があります。何故なら貴方は、『世界の真実』と大きく繋がっているから》

 

「………どうして、俺が」

 

《それは─────》

 

 

リセリアが重要な事を語ろうとしたその時だった。

 

 

 

 

音が、響いた。

地の底から響き渡る、異様な歌であった。音色というよりも、咆哮。何らかの存在が、世界に産まれ落ちた際に上げる、産声である。

 

 

鼓膜にも浸透してくる声に、一夏は思わず顔をしかめた。不快なものを感じ取ったのだ。無線機越しにその声を耳にしたのだろう。リセリアも少し固くした声音で呟いていた。

 

 

《…………時間切れ、のようですね。やはり予想通りには事が進まない、我々とは別の厄介な存在が暗躍しているらしい》

 

「っ!今のが何だか分かってるのか!?」

 

《─────ヴァルサキス・ミハイル》

 

 

その一言に、一夏は息が止まってしまう。

何を思ったのか、思考が停止しかけた青年の事を思ったのだろう。落ち着いた様子でリセリアはふむ、と何かを確認している。

 

 

何故か、詳しく事情を知り尽くしたらしい口調で話す。

 

 

 

《我々を殺すための兵器が覚醒しました。いや、目覚めさせられたというのが正しいのでしょう。ですが、あちら側にとってもどうやら予想外の事が起きている様子》

 

 

その話に耳を傾け、一夏はふと気付いた。

あの声に何故、不快感を覚えたのか。アレは、実際には声に乗せられたものを感じ取ったのだろう。

 

 

 

───この世の全てを呪い、憎悪するような禍々しい怨嗟。それが答えだと気付くのも、時間の問題であった。

 




機神(カミ)が憎しみなんて覚える訳ないだろ、いい加減にしろ(仲間毒殺)


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第48話 機神覚醒

滅茶苦茶間を空けてたのには理由があるんです………自動保存効かなくて心折れて別の小説書いてました………。チマチマ書き直して、投稿します………。ホントに、キツイ………。


時間は数十分前に戻る。

 

 

「────馬鹿、な……!地上の防衛ラインが、全滅だと……!?」

 

 

司令部でオペレーターの報告を聞いた将軍は愕然とするしかなかった。アナグラムによる妨害は予想できていた。だからこそ、戦力は事前に増強させていた。突破されるかもしれないという考えはあったが、援軍が来るまで時間稼ぎ出来るとは思っていた。

 

 

なのに、たった数十分で完全に壊滅してしまったのだ。多くの税金と資材を費やしたこの基地が、たった数人のテロリストが率いる小規模の敵に制圧されてしまっている。

 

 

先程の部下からの報告では、敵は中央エレベーターから地下エリア───第零区画へと侵入しているとまで聞いた。何とか援軍を送りたいが、地下区画のマップや秘密通路の情報は将軍も把握していない。

 

全て、ヴァルサキス計画の研究チームのリーダーであるプロフェッサーに一任していたが、その事が裏目に出てしまった。

 

 

「………将軍、考えたのですが」

 

「何だ」

 

「あの、国連から派遣された『忠臣』殿の力をお借りすれば宜しいのでは………? あの御方は人智を越えた力を有するとも聞きます」

 

 

オペレーターの一人が提案したのは、この計画の管理を担当する国連の異端なる闇の一部、『三皇臣(トライアル・インペル)』の助力に期待するというものであった。

 

 

確かに、そうである。

その一人たる『忠臣』の振るう力は絶大であり、同じ人間に、人類に再現できるかと言われれば難しい。国連という大規模な組織の中で、正体すら掴ませぬまま存在し続けるのだ。並大抵の実力ではないのは一目瞭然である。

 

 

しかし、その提案を聞いた将軍の顔はあまり良いものではない。むしろそのオペレーターを睨み、不愉快そうに舌打ちをかました。

 

 

「────一介のオペレーターが、あまり余計なことを口走るな」

 

「は、はぁ……どういう事でしょうか?」

 

「あの御方がそう簡単に力を貸していただけるとは思えん。期待するだけ無駄だ」

 

 

将軍は知っている。

『忠臣』と名乗ったあの青年が、自分達にそこまで期待していないことに。単なる、都合が良いだけのスペア。力を貸した国が失敗をしようが関係ないし、そこまで気にしない。

 

 

 

『「皇」は、寛大な御方だ』

 

 

役に立たないなら、全く別のものに切り替えればいい。ミスをすれば処分すればいい。それだけの価値で、『忠臣』は嘲笑っていたのだ。

 

 

『しかし、その慈悲には限度がある。我々の『皇』は神になるべき御方なのだ。神は慈悲を与える事もあれば、罰を与えることもある。我々には、罰を下す力を与えられている』

 

 

恐れるべきは、『忠臣』の持つ力が此方に向くか否か。助けを乞うて、無視されるのは妥当。一番恐ろしいのは、期待外れと彼等の不興を買うこと。

 

 

あの力でロシアの地が蹂躙されれば、どれだけの被害な出るだろうか。青ざめる将軍の頭にあるのは、自分の祖国が犠牲を受ける事への絶望や憤り────等ではない。今回の計画の失敗で国際社会での祖国の立場が揺らぎかねない、最悪の場合自分の首が社会的にも物理的にも飛ぶという事への不安である。

 

 

愛国心に尽くす、優秀な将軍であれば、副官のイレイザも裏切ることはなかっただろう。だが、将軍補佐のイレイザからしても分かる通り、将軍は我が身大事な人間であった。優秀ではあったが、それは凡人の中では中くらいにという意味である。

 

要するに、将軍は保身を考えていた。アナグラムによりヴァルサキスを破壊されるという最悪の未来を覆すにはどうするべきか、焦りに満ちた打算で必死に考え抜こうとしていた。

 

 

その時点で、詰んでいるという事実には気付かない。時間が経つごとに自身に募る心配と不安が、最悪の選択を取った。取ってしまったのだ。

 

 

 

「…………………やむを、得まい」

 

 

意を決したような将軍の声に、オペレーター達はハッと振り向く。苦々しい顔で決心したように目を細める将軍に、彼等は「ついに対抗策を見つけたのだ」と期待を寄せる。

 

 

だが、オペレーター達が予想すらしていない答えを、将軍は口に出した。

 

 

「ヴァルサキスを起動しろ」

 

「…………は?い、今なんと?」

 

「ヴァルサキスを起動させろ!打ち上げの時期が延びようと構わん!今ここにいるアナグラムの連中を皆殺しにする!!」

 

 

形振り構わず叫ぶ将軍の怒声に、オペレーター達は一斉に青ざめる。慌てて向き直ったオペレーターに、荒い呼吸を整える将軍。

 

しかしすぐに、不安そうな声が響く。

 

 

「あ、あの………将軍」

 

「何だァ!」

 

「ヒッ!い、いや………ヴァルサキスの制御プロトコルはどうするのですか………?まだ、完成しているのかも分かりませんし………」

 

 

そんなものは知ったことか、と怒鳴り散らそうとした将軍だが、咄嗟に冷静になった。

 

 

確かにそうだ。先月の実験でヴァルサキス・ミハイルが暴走を起こした理由は不明である。そもそも分かっても将軍には微塵の興味はない。だが、また暴走しては意味がない。

 

 

悔しそうに歯噛みした将軍は、制御プロトコルの管理をしているプロフェッサーへ連絡を繋げようと声を荒らげる。しかしその瞬間、

 

 

『────私ならここさ、将軍』

 

 

大型モニターに人の姿が写る。白衣の姿に、顔を覆うヘルメットマスク。いつも見たことのある人物の姿に、将軍の真っ赤になった顔に気付くことなく、一気に膨れ上がった怒りをぶつけた。

 

 

「プロフェッサー!貴様!こんな時に何をしているのだ!この─────」

 

『襲撃を受けて、拘束されていたんだ。そこまで責められても困る』

 

「………何?」

 

 

よく見れば、感情表現をするための液晶にはヒビが入って、大きくひしゃげている。まるで殴られたような損傷のマスクを装着したプロフェッサーに、将軍はふと違和感を生まれたが、切り替えてすぐに聞き返す。

 

 

「一応聞く、敵か?」

 

『この基地に来た者で、敵ならばそれしかいないだろう』

 

 

客観的に見れば、曖昧な答えであった。しかし何時もと同じ口調と振る舞いであったため、将軍は違和感を覚えることなく、話に耳を傾けていた。

 

 

『それとだ。制御プロトコルについては安心してくれ』

 

「何?どういう意味だ?」

 

『つい先程、メインシステムを完成させた。これで暴走は確実に防げるだろう』

 

「な、なッ!?それは本当か!?」

 

 

画面越しに頷くプロフェッサーに、将軍は顔を覆い、顔に浮かぶ笑みを隠そうとしていた。

 

 

これで最悪の事態は避けられる、将軍の脳裏には既に自分にとって都合の良い未来が見えている。見方が変われば、自分のやろうとしていることの危険性に気付くだろう。しかし、彼は気付かない。未来の自分の立場が失くなることへの恐れが、将軍から正常な判断能力を奪っていた。

 

 

「────プロフェッサー。今からヴァルサキスを起動させて、アナグラムを潰す。異論は無いな?」

 

『何、将軍の英断に任せるさ。最悪の結果は避けたいからね』

 

「フム、ならば全オペレーターに告ぐ。ヴァルサキスを起動し、アナグラムを掃討せよ。ミハイルへの命令は、私が直接行う」

 

「将軍!?どちらへ!?」

 

「自室だ。少し気を休めたい。安心しろ、命令は怠らん」

 

 

そう言って、司令部から立ち去る将軍。落ち着いた風貌の彼だが、やはり正常ではない。焦りや不安により、まともな事が考えられなかったのだ。

 

 

───淡々と話すプロフェッサーの声音に、悦楽に、侮蔑に近いものが込められていることにすら、気付かなかったのだから。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「───ここがエリアゼロのようですね」

 

 

最後の防衛ラインを突破、いや丁寧に蹂躙し尽くした宮藤とユニスティーア。二人が辿り着いた先にあるのは、巨大な隔壁で閉ざされた近未来的な通路であった。

 

 

一本道の通路の先に、彼等の目的の物が鎮座していた。天井のアームやケーブルによって吊るされた巨大な機体。人の姿から乖離した、ニ手二足の異形。

 

天体衛星 ヴァルサキスが、静かな空間の主のように君臨していた。

 

 

「…………目標。ヴァルサキス本体を確認しました」

 

 

耳に嵌めたインカムで連絡を繋げる宮藤。ユニスティーアは自分よりも遥かに巨大な金属の異形を見上げ、へーと軽い興味を抱いたような声を漏らす。

 

 

「───成る程、了解しました」

 

「?何か分かりましたカ?」

 

「本体の破壊は後回し、まずはコアの方を潰します」

 

「コア?」

 

「ミハイルという、人工知能です」

 

 

おっとりとした様子の仲間に、宮藤は不満など見せずに冷静に受け答えしていく。

 

 

「幸い、協力者からの情報によると、まだミハイルはヴァルサキスに接続すらされていない様子。職員がいないこの場で、ミハイルが差し込まれる可能性はありません。ですが、念には念を入れておきます。ミハイルを破壊してしまえば、ヴァルサキスはただの金属の塊ですので」

 

「………?あの、宮藤サン?」

 

「───何か?」

 

「差し込まれてるのって、アレの事デハ?」

 

 

ふと、ヴァルサキスを見つめたユニスティーアの言葉に今度こそ宮藤は眉をひそめる。何を言っているのか、と彼女の視線の先に向いた。

 

吊るされたヴァルサキスの頭部。そこで、ISを纏った何者かが作業をしていた。機械的な動きで、何らかのパーツを繋げていく。頭部の中に仕舞ったばかりであろうそれを、宮藤は記憶していた。

 

 

間違いない、アレが『ミハイル』であった。

 

 

「ッ!ユニスティーア!」

 

「………!」

 

 

掛け声に、一瞬で応じる。

幻想武装を纏った二人が、それぞれの武装を展開する。鋼の装甲を重ねる宮藤は磁力を強化させた電磁波を球体へと収束し、砲弾のように放つ。黄金の装飾が輝く純白のドレスを纏うユニスティーアが光の粒子を向かわせる。

 

 

二人の攻撃の矛先は、ヴァルサキスの頭部である。まだミハイルが格納される直前であるため、今しか隙はない。ミハイルを壊せばヴァルサキスは起動できない。その事実を事前に知っていたからこそ、取れた行動であった。

 

 

しかし、二人の攻撃を飛び出した二つのISが受け止めた。シールドを使用した訳ではない、自分から盾になったのだ。先程の攻撃が効いたのか、二人が纏っていたISが空中で解除される。無抵抗のまま地面に落ちてきたそれを見て、宮藤は更に驚くことになった。

 

 

「これは、人形───?」

 

 

シリコンで作られたようなマネキン。頭の部分に何らかの装置を取り付けた異様なものであった。これが、一体どうやってISを纏っていたのか。いや、アレはそもそもISだったのか。目の前の謎に対し、宮藤は答えらしきものが見出だせなかった。

 

その事に意識が向いたことで、事態は手遅れになっていた。

 

 

 

カシュン、 と装甲が閉ざされる。ミハイルと思われる人工知能はヴァルサキスの内部に組み込まれた。つまり、接続が完了してしまったことを意味する。

 

 

 

【────タイム・クリスタル。炉心、回路との接続完了】

 

【人工神経、機械骨格、全機能オールグリーン。スライディングレッグ、反重力機構稼働】

 

【基礎システム異常無し、ヴァルサキス───起動】

 

 

巨大な機体が、ゆっくりと動き出す。固定されたアームが、ケーブルが、無理矢理引き剥がされる。複数の間接を有した異様な脚がコンクリートに降り立ち、頭部のラインに光が灯った。

 

 

光を灯した巨体が両手を見下ろし、自身の手を握り、開くを繰り返し、調子を確かめていた。

 

ヴァルサキスの内側から、穏やかな声が発された。

 

 

【───────こ、こは…………いや、私は】

 

『ミハイル・ヴァルサキス。私の声が聞こえるな』

 

【────はい、将軍。ご命令を】

 

 

スピーカーを通じて響く将軍の声に、ヴァルサキスはゆっくりと応じる。従順なヴァルサキスの対応に満足したのか、将軍は気分が良さそうな声で語ってきた。

 

 

『かつての貴様の失敗を贖うチャンスを与えよう───我が基地に土足で踏み込んできた侵入者、敵を排除しろ。一人残らずだ』

 

【了解しました───これより、『敵』を殲滅します】

 

 

動き出したヴァルサキスがギチギチ、と全身を震わせる。軋ませるような音を響かせたのも、束の間。

 

 

 

 

【オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!】

 

 

 

咆哮を、溜め込んでいたものを吐き出すような声を、響かせた。それは辺り一帯、地上にまで届いていた。多くの者がその声に不安を覚え、その声の真意に気付いた者が気を引き締めることになる。

 

 

機神は今を以て、降臨した。神に過ぎた、ある感情を宿しながら。

 

 

◇◆◇

 

 

それから数分。

辺り一帯を破壊し尽くし、動きを止めたヴァルサキスは静かに足元を見下ろしていた。

 

 

「う、ウウ…………っ」

 

「………馬鹿、な。これほど、とは………」

 

 

圧倒的な巨体の蹂躙によって、幻想武装ごと叩きのめされたユニスティーアと宮藤。瀕死に近い重傷を負った二人は、もう一撃で殺せるような状態であった。

 

 

『────素晴らしい』

 

 

尽力した防衛ラインを易々と突破した敵が、こうも簡単に叩き潰されている。その光景に、将軍は喜びが、笑いが込み上げてきた。それを抑制することも出来ず、高らかと笑うしかなかった。

 

 

『フハハハハ!素晴らしい!素晴らしいぞ!これが、ヴァルサキス!我々が求めた機械の神だ!人類を守護し、罪人を滅ぼし尽くす天の裁き!これこそが、我等の力となる兵器なのだ!』

 

【────ええ、その通りです。この力があるのなら】

 

 

喜びを隠せないミハイルの声。将軍はプログラムに制御されているはずなのに、ここまで感情が発露しているのかと疑問が生じた。

 

しかし、特に気にしなかった。今はこの全能感があらゆる疑惑を塗り潰す。神を支配下に置いたという圧倒的な歓喜が、将軍の心を支配していた。

 

 

だからこそ、気付くのが遅れた。

 

ヴァルサキスがアナグラムの構成員二人を見逃すように背を向けたこと。そして近くのコンテナや壁を強引に引き剥がし、自身の武装を奪おうとしていることに。

 

 

『馬鹿な!何を、何をしているミハイル!』

 

【何をとは、知れたことを】

 

 

近くのカメラを覗き込むヴァルサキス。そこから狼狽えた将軍が動向を確認していることを疑わず、感情を滲ませた声でミハイルは告げる。

 

 

【貴方達への恩返しですよ、将軍】

 

『な、は───ッ!?』

 

【私にこの体を与え、神にしてくれた事への────その為に、私の家族を殺したことへの】

 

 

粘りついた憎悪を隠すことなく、剥き出しにする。機械には似合わない、怨嗟を宿したヴァルサキスは腕を伸ばし、近くにあった大型の槍と自身の腕を連結させる。

 

 

融合した武装を空に、地上へと向けたヴァルサキスの炉心がエネルギーを増幅させる。コアから腕へと、そして槍にエネルギーを収束させたヴァルサキス───ミハイルは、淡々とした声で宣言した。

 

 

【これはその────洗礼です】

 

 

光の柱が、地下から炸裂する。あまりの熱量の閃光が、地上へと届き────基地を、中にいた人間達ごと焼き尽くした。彼等は悲鳴を上げる暇もなく、基地の床や天井と同じく、熱により溶かし消された。

 

 

まるで神の裁きのように、熱で消し去られた一部の基地。そこから光の輪を背中に広げたヴァルサキスが、浮遊して現れた。地上に降り立ち、熱で溶かされた周囲を見渡したミハイルは両手で頭部を覆う。絶望するように顔に手を伸ばしたミハイル、彼は─────嗤っていた。

 

 

【は、はは────ハハハ】

 

 

狂ったように、機神は笑い出した。

 

 

【ハハハハハハッ!ハハハハハハハハハ!ハーーーッ、ハハハハハハハハッ!!!】

 

 

その地獄を前に、心を剥き出しにした機械の神は狂喜にうちひしがれていた。自身の頭部ユニットを手で覆い、ミハイルは嗤いながら言葉を発する。

 

 

【殺した!殺した!あいつらを、皆殺した奴等を!何人も、私が殺した!殺したんだ!ようやく、ようやく殺せた!どれだけ願ったか!どれだけ望んだことか!】

 

 

殺戮に酔いしれる、高揚を隠さないヴァルサキス。しかしミハイルの心は落ち着き始め、冷静になりかけていた。それに従うように、いや、と自身の昂る感情を鎮める。

 

 

【まだ、終わらない。むしろ、始まったばかりだ。私は、皆の犠牲を無駄にしない────私はカミになる、皆の為に。望まれた通りに】

 

 

人類に都合の良い機神になるためだけに殺された仲間達を想うミハイル。彼の心に、最早正気はなかった。暗き闇の中で眠り続けた彼は、純粋な憎悪と怨嗟の為だけにこの日を待っていた。

 

 

そして、目覚めたカミは宣言する。

 

 

【その為にも、多くの命を裁こう────新たなる機神の手で】

 

 

より多くの命を奪うため、家族を無慈悲に殺したことへの復讐を果たすため、機神は己の武装で、周囲を蹂躙し始めた。

 

 

◇◆◇

 

 

「───馬鹿な、こんな馬鹿な!」

 

 

ヴァルサキス、ミハイルの暴走に大きく戸惑う将軍。辺り一帯の破壊を繰り返す機神を止めようと、将軍は必死に制御プログラムを起動する。

 

作用しているプログラムにより、ヴァルサキスを停止させようとする。しかし機能しているはずのプログラムはコンピューター越しに起動させた直後に、失敗に終わる。どれだけ続けようとも、制御プロトコルはヴァルサキスの行動を制御することはなかった。

 

 

「何故だ………何故だ!?何故、プログラムが通じない!?ミハイルが、プログラムを中和しているとでもいうのか!?」

 

 

全くヴァルサキスが止まらないことに混乱しながら叫ぶ将軍。そんな彼の疑問は、部屋の中に響き渡るだけで答える者はいない。……………はずだった。

 

 

 

 

 

 

『─────いや、最初から制御するためのプログラムではないさ。将軍』

 

「っ!?なに!?」

 

 

コンピューターを動かそうと必死だった将軍がその声に振り返る。入り口の扉を塞ぐように、マスクを半壊させたプロフェッサーが立っていた。平然とした姿勢に苛立ちを覚えた将軍に、プロフェッサーは嘲笑に近い笑みを含んだ言葉を投げ掛ける。

 

 

『全く、滑稽だ。私の言葉を信じて制御プログラムが機能するなんて期待しているとは。口や態度の割には、随分と私の事を信用していたなぁ。もう少し貴様が私の事を疑っていれば、すぐにでも奴等がヴァルサキスの元に迅速に辿り着いたことで気付けたろうに』

 

「な、なに………?」

 

『まだ分からないのか────裏切り者、アナグラムに手引きしたのは私だと言ってる』

 

 

それでようやく、将軍は目の前の男が敵であることを完全に理解した。腰元のホルスターから拳銃にゆっくりと手を掛けながら、将軍は震えた声で詰問する。

 

 

「馬鹿な………!貴様、何故そんなことを!?」

 

『何故?それが取引だったからね。私は国連に、「皇」に管理されていてね。いつでも処分できるように、首輪が付けられている面倒な状態だった。指示通りに動けば、首輪を外して貰えるのでな─────当初の目的通り、ヴァルサキスの暴走は引き起こした。これで私は晴れて自由の身だ』

 

「暴走を、引き起こした………っ!?貴様、貴様ァ!!」

 

 

自分達が騙され、利用された。その事実に激昂した将軍が腰から抜いた拳銃を、プロフェッサーに突き付けた。しかし引き金に掛けた指が力を入れるその瞬間、

 

 

パン!パン! と、軽い音が響く。

将軍の持っていた拳銃が火を吹いた、のではない。プロフェッサーが片手から取り出した拳銃が撃たれたのだ。胸元と腹を撃ち抜かれた将軍は、傷を手で押さえようとする。

 

口から溢れる血を、将軍はその場に吐き出した。

 

 

「ごっ、ぼ………ッ」

 

『君は前から、立場の事を案じていたな。これでもう心配はなくなった。死んでしまえば、計画失敗の責任に苦しむことはない。ま、死んだ後に擦り付けられるかもしれんがね』

 

「き………さ、ま…………」

 

『ヴァルサキスは当分は止まらない。恐らく国連が動く頃にはロシア全土の人間を半分は殺し尽くしているだろう。私が造り上げた兵器のデモンストレーションには充分だ』

 

 

僅かに呻いた将軍は、力なく崩れ落ちた。僅かに出来た血の池に転がる死体を見ながら、小馬鹿にするように吐き捨てる。

 

 

『さらば、将軍。前々から怒りっぽい君の相手は面倒だった。…………ああ、そうだ。やっと自由になれるんだ。「コレ」はもう要らないな、壊れてるし』

 

 

そう言いながら、プロフェッサーは破損したマスクを外し、その場に投げ捨てた。部品を散らした金属の塊を無視し、プロフェッサーは自身の喉を手を当てる。

 

 

ンン、と声の調子を確かめたプロフェッサー。彼は大型モニターを見つめる。地上に現れた巨大な影、ヴァルサキスの降臨に、喜びを伴った歪んだ笑みを自身の顔に刻む。

 

 

 

「─────見ていろ、八神。私は、貴様を越える。これはその為の始まりだ」

 

 

 

◇◆◇

 

 

「アレが、ヴァルサキス………!」

 

 

茫然と、一夏は目の前の地獄に立ち尽くす。燃え盛る基地、人々の悲鳴と絶叫、その地獄に君臨した巨大な機体の影。背中に大きな光輪を展開したその機体の名を看破できたのは、それしか無いと思ったからだろう。

 

 

『急いで避難してください、織斑一夏』

 

 

通信が響く。

アナグラムの頭領であるリセリアの声が、一夏に向けられる。

 

 

『アレは最早、止まらない。周りの人間を分別なく殺し尽くすでしょう。それが、ヴァルサキス・ミハイルというモノの変成した果てですから』

 

「何、言ってんだよ。変成とか、訳が───」

 

 

直後だった。

 

 

 

何処かを見据えていたヴァルサキスが片腕に連結させた巨大なレーザー砲を持ち上げ、収束させた閃光を解き放った。強烈な光を凝縮させた一撃は基地の向こうにある街へと飛来し─────爆発を引き起こした。

 

 

「……………ッ」

 

絶句する。あの街は大勢の人が生活していたはずだ。それなのに、ヴァルサキスはあの場所を狙って攻撃した。アレだけの攻撃を打ち込んで、どれだけの被害が出ているか。

 

それなのに、ヴァルサキスは良心の呵責すら無さそうだった。無言で動くヴァルサキスは周囲の悲鳴や声に反応し、逃げ惑う研究員達にまで、徹底的な攻撃を与え、始末していく。

 

その光景に、激しい困惑が───それ以上の怒りが、沸き上がった。

 

 

「こんなの────ただの虐殺だろッ」

 

 

楽しむように、狂ったように暴れ回るヴァルサキスを止めるべきだと、一夏は噛み締める。ISを展開して飛び掛かろうとはしなかったのは、彼があることに気付いたからだ。

 

 

「っ!?シエル!?何処に────」

 

 

視線の先の建物の向こうに走り去るシエルの姿が見えた。その横顔は必死に、ただ暴れ狂うヴァルサキスを心配そうに見つめていた。

 

 

◇◆◇

 

 

【────ハハハハハハハハハハッ!!】

 

 

近くの建物を踏み潰し、展開したビームソードで辺りを切り裂く。何人か逃げ出した軍人や研究員がビームに巻き込まれ、蒸発するように焼き消える。

 

そんな断末魔を耳にしても、ヴァルサキス・ミハイルは止まらない。それどころかは狂笑を深め、全てを破壊しようとしていた。

 

そうして動くヴァルサキスの背中に────

 

 

 

 

 

「───止めてッ!ミハイル!」

 

 

泣きそうな少女の声が投げ掛けられた。その声にヴァルサキスは、その中に組み込まれていたミハイルが停止する。自身の名を呼ぶ声への戸惑い、そして────その声が誰のものか気付いた驚きである。ゆっくりと動きを止め、頭部ユニットのラインが彼女の姿を捉えた。

 

 

【…………………シエル、生きてたのか】

 

「ミハイル……」

 

 

安堵するような一声。機械には感じられない落ち着いた声に、シエルはミハイル本人だと確信した。かつて共に過ごした仲間が無事であることに心が安らいだシエルだが、それでもまだ不安が残っていた。

 

 

「────ミハイル、もう止めよう?」

 

【止める?何を?】

 

「こんなこと、だよ!皆を、無関係な人達を殺すなんて間違ってる!私達のように、他の人を理不尽な目に合わせないで!」

 

 

両手を広げ、ヴァルサキスの前に立ったシエルはそう叫ぶ。ヴァルサキス、ミハイルは黙って聞いていた。頷くように首を動かしたヴァルサキスの腕が、シエルにソッと近付く。

 

 

 

瞬間、シエルの体が動かなくなった。

 

 

 

「っ!!?」

 

【シエル───君の思いは、理解している】

 

 

上から何らかの力で抑止されているように、シエルはISすら展開できずに悶える。そんな彼女を、ヴァルサキスの両手が包み込む。

 

 

【ああ、分かってる。私のしていることは、間違っている。皆は、こんなことをしても喜ぶとは思えない。私自身が、よく分かっている】

 

「ぅ────ミ、ハイ………ル」

 

【でも、止められないんだ。皆の顔が、同じに見える。シエルが、私達から全てを奪った奴等と同じ顔に。同じ姿に見えるんだ。奴等への憎悪が、怨嗟が────私じゃあ、止められない】

 

 

プロフェッサーは嘘をついていた。

制御プログラムとしてヴァルサキス・ミハイルに投与されたプログラムは、ヴァルサキスの暴走を抑制し、都合よく操るためのものではない。むしろ隠された機能はその真逆。

 

増幅プログラム。

特定の感情を増やすことで精神を安定させる一種の薬品を基に、ある感情を倍増させることを機能としたナノマシンである。感情を会得した人工知能 ミハイルの精神を増幅させた悪感情、殺意と憎悪で塗り潰すことを目的としたものだった。

 

外側からの制御で機体を操るよりも、人為的に感情を増幅させ暴走をさせる。万が一の可能性、制御を取り返され、ミハイルを無事に助け出されることを望まない───悪意しかない策謀であった。

 

 

【頼む、逃げてくれ。シエル───私は、このままじゃ、本当に可笑しくなる…………他の人を殺したのに、心が満たされるどころか、殺意が、消えない────もう、殺したく、殺────こ、ろ、ココココココ、ロロロロロロロロrrrrrrrrrrrrr────】

 

 

悶え苦しむような咆哮が、辺り一帯に響き渡った。増幅プログラムにより呼応した悪感情に精神が蝕まれたのか。或いは、正気を奪う仕組みが施されていたのか。頭を抱えていたヴァルサキスが突然停止した。機体の全体に広がる光のラインが消え、全く別の赤色へと染まる。

 

【殺ス、殺、ス。───敵ヲ、人間を殺す】

 

 

意識が乗っ取られたように、ミハイルがうわ言のように繰り返す。実際に、支配されたのだろう。増幅された憎悪と殺意に。ゆっくりと再起動したヴァルサキスは目の前の生命を駆逐せんと武装を展開し────目の前にいたシエルを、敵として認識した。

 

 

「ッ!クローム!」

 

 

自らのIS クローム・オスキュラスを展開したシエルが、後ろへ飛んだ。ビームを打ち込んだりする翼を大きく広げて回避する彼女に、ヴァルサキスは迷うことなく片腕に連結させた光学粒子レーザー砲を撃っていく。

 

威力は殺されておらず、大型の兵器を破壊するためのレーザーは着弾と同時に、凄まじい火力で爆発する。溶けるように熱で融解した地面を見ながら、シエルは攻撃を受けることを恐れ、ステルスを発動させようとした。

 

 

だが、ヴァルサキスが背中に浮かぶ光輪を輝かせた瞬間、シエルの肉体を再び謎の圧力が襲う。

 

 

「────ッ!またさっきと、同じ!?」

 

 

 

動けなくなったシエルに、ヴァルサキスが光学粒子レーザー砲の照準を固定する。熱を伴った光が収束し、閃光として煌めく瞬間─────遠くから放たれたオレンジ色の光が、ヴァルサキスの銃身を貫通した。

 

 

【邪魔、を───】

 

 

ヴァルサキスが忌々しいとばかりに視線を向け、攻撃のした方に振り向く。此方へと突撃してくる白い光───織斑一夏の白式が、ヴァルサキスの眼に収まった。

 

 

「はぁあああああ────ッ!」

 

 

無駄な真似を、と悪意に支配されたミハイルが言葉を含む。いくらISであろうと、ヴァルサキスは最強天体衛星兵器。そう簡単に、敵一機に倒されるようなものではない。嘲笑と共に攻撃を受け止めようとしたミハイルは一夏の白式のデータをネットから引き出し─────舌打ちと共に、その場から飛び退いた。

 

 

「…………え?」

 

 

零落白夜を発動させた雪片の一撃を躱された一夏は、ヴァルサキスの異様な動きに違和感を覚えた。まるで攻撃を受けることを忌避したような反応は、見覚えしかない。まるで、同じISを相手しているような─────。

 

 

そう違和感の根本を知ろうとしていた一夏は頭を振るう。そしてすぐに、近くで倒れたシエルに駆け寄った。

 

 

「シエル!大丈夫か!?」

 

「………はい、私は何ともありません。けど」

 

 

曇った表情で呟く少女が何を言わんとしているか、一夏は分かっていた。近くで体勢を整えるヴァルサキスへ警戒と共に雪片弐型を構えた一夏に、シエルが必死な様子で叫ぶ。

 

 

「ま、待って……ッ!ミハイルは、ミハイルは無理矢理暴走させられてる!感情を、殺意を増幅させられてるって!」

 

「無理矢理、暴走………?────まさか」

 

 

一夏の脳裏に、プロフェッサーの姿が浮かび上がる。恐らくは、奴が仕組んだことに違いない。ヴァルサキスを自分の意思で暴走させることで、自分達に責任はないとでもいうつもりだろうか。

 

疑いすぎだ、と言われればそれまでかもしれない。だが一夏は、あの男ならやるという確信があった。シエルをなぶるように苦しめ、モルモットとして殺した子供達を嘲り笑ったあの男ならば、と。

 

 

「………一夏さん。我が儘だとは分かってます。けど、どうかお願いします。ミハイルを────」

 

「────当たり前だろ。約束したからな、必ず助けるって」

 

 

ニカッと笑いかけ、既にISを展開できないシエルに安心させるように言う。僅かな見惚れた少女の前に立ち、一夏は雪片を握り直す。光刃を構えた一夏に、目の前の機神が容赦なく禍々しい殺気を放つ。殺すという気迫だけを凝縮させた威圧感に冷や汗を感じながらも、織斑一夏はヴァルサキスを見据え、呼吸を整える。

 

 

ISを纏う青年と、圧倒的な巨体が動いたのは───ほぼ同時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第49話 天体の機神

Twitter凍結になったんすけど、マシュマロやってただけっすよ?それだけで凍結にするなら、スパムとかしてる奴等を凍結しろよ。何回も異議申し立て送っても、メッセージが届きませんでした? アホかボケが。


やはりTwitterは愚かっすわ。滅ぼしてください、アーク様(錯乱)


基地の内部へと向かっていた千冬が、ある扉の前で止まる。司令部であるその部屋に踏み入る前から微かに騒ぎが響いているのが分かる。自動ドアを開き、部屋に一歩踏み入れた瞬間、騒ぎが一気に強くなった。

 

 

 

「───ヴァルサキス・ミハイル!制御プログラム不能!全システムが沈黙!」

 

「基地内部の防衛システム85%破損!ヴァルサキスにより回路を破壊され、使用不可能です!」

 

「報告!将軍が自室で死亡しているのが確認との報告が、先程から続いています!」

 

「分かっている!それよりもだ!将軍が死亡した場合、指揮は誰が担当する!?今、この基地で最高裁責任者は他に誰が!?」

 

「イレイザ中将は任務でこの基地にはいない!ロトフ中将も、地下エリアで消息不明です!」

 

 

悲痛と恐怖に満ちた叫びが、司令室に連鎖する。オペレーター達と職員が必死に動き回り、状況を打破しようと懸命に働いていた。

 

将軍という司令塔を失ったこの基地は、完全に瓦解した。ヴァルサキスという脅威を前に職員達もどのように動くべきか分からず、混乱状態に陥っていた。

 

その光景に、嘆息する千冬。トップを失い、ここまでの暴走が起きれば、迅速に動くなど不可能なはずだ。そう思っていた彼女に気付いた軍人の一人が、慌てたように眼を見開く。

 

 

「織斑千冬………ッ!?貴様、一体何しにここへ───」

 

 

「………随分と露骨だな。私を気に掛けている場合があるのか?」

 

「黙れ!貴様、一体ここに何のようだ!?部外者が気安く立ち入れるような場所ではないのだぞ!ここは!」

 

「このような状況で、部外者など言ってる場合か?」

 

 

銃を構えた軍人の言葉に、千冬は鋭い視線を向ける。明らかに気圧されながらも、彼女へ向ける銃口は揺れ動いてはいない。教官として素直に感心しながらも、溜め息を吐き出しながら口を開く。

 

 

「────たった今、非常事態命令を受け取った。国連最高機関 『楽園の実』の指示により、ヴァルサキス撃破作戦を開始する。そして、将軍を失ったお前達の指揮を、私が努めることになった」

 

「何だと………っ」

 

 

毅然と言い返した千冬に、軍人の男が驚きながらもアサルトライフルを下ろす。警戒を緩めることなく立つ軍人の横を通り過ぎ、オペレーターの数人に声をかける。

 

 

「ヴァルサキスの武装を知りたい。奴に関するデータを開示して貰おう」

 

「し、しかし………外部の人間に、この基地の情報を明かす訳には────」

 

「そんなことを言ってる場合ではないと!まだ分からんのか!!」

 

 

煮え切らない態度のオペレーターに、千冬は怒声をぶつけた。険しい顔の彼女に、オペレーターは露骨に怯えている。今更機密を優先する彼等に向けて、彼女は怒りを滲ませながら言葉を紡ぐ。

 

 

「ヴァルサキスが近くの街を攻撃した!幸い、事前に避難していたことで死者はいないが、奴が動けば数万を越える犠牲が出る!そうなっていないのは、私の生徒達がヴァルサキスを止めているからだ!」

 

「…………ッ」

 

「貴様らの言う機密なぞ、どうだっていい!そんなものに微塵にも興味はない!今、何を優先するべきか!貴様らが考えるべきはそれだろうが!」

 

 

千冬の言葉を受け、全員が沈黙していた。しかし、一人だけ、先程の軍人が千冬の前に歩み出る。そして彼女に、特殊なカードキーを手渡す。

 

 

「────まずはID登録を。ヴァルサキスのデータは最高責任者しか閲覧できません。将軍のマスターキーであれば、権限を貴方に変えることも可能です」

 

「大佐っ!?宜しいのですか!?」

 

「………彼女の言う通りだ。ヴァルサキスを止めねば、大勢の祖国の民が犠牲になる。皆の家族も、巻き込まれるやもしれん。それに───」

 

 

外の光景を映すモニターを見た大佐。彼の視線の先では、基地を破壊するヴァルサキスの前に立つ、白いISを纏う青年がいた。目の前の破壊の権化を前に、退くこともなく迎え撃とうとする彼を前に、大佐の決意は固まっていた。

 

 

「子供が、我々よりも若い、本来であれば戦場に出るべきではない子供が戦っているんだ。大人である私達が、何もしない訳にはいかん」

 

そんな大佐の言葉に、オペレーターや職員達はモニターを見返して静まる。だが彼等は言葉もなく、互いに見合う。一つの結論に至った全員の意思を宣言するように、大佐は千冬へと敬礼を示した。

 

 

「────代行司令官殿、ご指示を。我々はこれより、貴方の指揮下に入ります」

 

「………一同、感謝する」

 

 

しかしすぐに冷徹な顔に切り替えた千冬が、司令部の全員に指示を送る。迅速に彼等が動き出し、一夏達のサポートのために活動を始めた。

 

 

◇◆◇

 

 

 

「────っ!」

 

 

一瞬で、出力を限界まで上昇させる。瞬時加速で飛び出した一夏は、ヴァルサキスへ突撃した。両手で握り締める雪片弐型を大きく振り上げる。

 

しかし、その大きな一振はヴァルサキスには当たらなかった。背中のブースターが大きく噴き出し、複数の間接を有する両足に連結したボードで滑るように動く。

 

 

「っ!?あの巨体で避けれるのか!?」

 

 

十メートルを越える巨体と戦艦レベルの重量とは思えない俊敏さ。掠りもせず、触れもできないことに一夏は愕然とする。しかし意識を取られるようなことはなく、荷電粒子砲『月穿(つきうがち)』をヴァルサキス目掛けて撃ち込む。

 

 

振り返ったヴァルサキスの頭部ユニットの光が点滅する。直後に、背中に浮かぶ光輪が大きく回転する。ガコン、とリボルバーを回すように。

 

 

【────機構出力上昇、左腕部重力発生装置連結】

 

 

左腕の掌が向けられた瞬間に、オレンジ色の閃光は空中で消え去る。掌に組み込まれた赤い光を発する特殊な機械が、フィルターに隠され、荷電粒子砲を防いだヴァルサキスが両肩のビーム砲から2条の白い光線を掃射する。

 

 

二つの光を、空中でホバリングし回避する一夏。先程までの連戦でエネルギーを多く消耗している。下手にビームを弾いたり、防いだりするのは得策ではない。

 

避けながらも距離を縮める一夏の前で、ヴァルサキスが近くの瓦礫の山に手を伸ばす。コンテナの残骸に巻き込まれていたのであろう、自身の武装に手を掛けたヴァルサキスはそれを容易く持ち上げる。

 

 

数メートルの長さの金属の板。ロボットアニメでしか見たことないような、巨大なブレードを。

 

 

「うそ、だろ───っ!?」

 

 

その大きさに戦慄する一夏の目の前で、ヴァルサキスがブレードを大きく振るう。そのまま振り下ろされた一撃はあまりにも大きく、周囲の建物すら両断───どころか、全壊させた。

 

巨大すぎるブレードは斬るという機能を果たすよりも、触れただけで叩き潰す鉄塊のようになっている。

 

叩っ斬り、押し潰すような斬撃。その大きさも相まって、正に羽虫を潰さんと丸めた新聞紙を振り回している人を思わせる。最も、丸めた新聞紙は辺りを破壊することはないのだが。

 

 

「───うぉぉおおおおおおっ!!」

 

 

真上から飛来する金属のブレードを、一夏は雪片弐型で受け止めた。大きすぎる刃物と込められた力が、ISの絶対防御に響いてくる。

 

しかし、彼は拮抗していた。一夏の全力と白式の最大出力。その二つが重なったことで、ヴァルサキスの一撃を何とか防ぐことが出来たのだ。

 

 

【────対IS用弾頭、装填───全弾、放出】

 

 

ブレードによる一撃を防がれたヴァルサキスが次の手に移る。両肩のユニットに連結したコンテナが開口し、内蔵されていた複数のミサイルが射出された。

 

真上に飛ばされたミサイルは宙に浮いたと同時に、ミサイルが火を噴く。凄まじい速度で加速し始めた複数のミサイルがブレードを防ぐ一夏をロックオンし、突撃を始めた。

 

 

(っ!?まず────)

 

 

飛来するミサイルに焦った一夏だったが、直後に放たれた刃状のビームが弾頭を撃墜したのだ。驚きを隠せない一夏の視界に、紅の機体が飛翔してきた。

 

新たな敵影にヴァルサキスが即座に反応する。武装を展開し、迎撃しようとするヴァルサキスのブレードを全力で弾き返した一夏が、『月穿』を叩き込んだ。

 

攻撃を受け、大きく倒れ込むヴァルサキス。呼吸が乱れ、息切れをする一夏の隣に『紅椿』を纏った箒が駆け寄ってくる。

 

 

「一夏!無事か!?」

 

「箒!?お前こそ大丈夫なのか!?」

 

「ああ!エネルギーは既に回復している!それより、アレは─────」

 

 

話している隙を狙うように、ヴァルサキスが勢いよく立ち上がった。重量を諸ともしない軽々とした動作で、起きるヴァルサキスは片腕に握ったブレードで一夏達を薙ぎ払おうと構える。

 

しかし、次の瞬間。

 

 

 

『─────ォォオオオオオオオオッ!!!』

 

 

響き渡るような、怒号と震動が増していく。そして、近くにあった建物を破壊しながら、同じような巨体の機竜────『クラッシュ・ドラグーン』が突撃する。一夏達に狙いを定めたヴァルサキスの横っ腹に体当たりを放ち、機神の斬撃を大きく反らす。

 

 

「────え」

 

「は、はぁっ!?」

 

 

目の前のことに、二人は硬直する。絶句する箒に、唖然としながら二つの巨体を見返す一夏。そんな彼等の目の前で、立ち上がったヴァルサキスに、クラッシュ・ドラグーンが拳で殴り飛ばす。

 

よろけるヴァルサキスだが、瞬時体勢を立て直し、巨大ブレードで斬りつける。クラッシュ・ドラグーンは両腕を交差させ、ブレードの一閃を受け止めた。

 

そのまま片腕で殴り合う二つの巨体。まるで怪獣映画のような光景に立ち尽くす一夏と箒に、突如通信が繋がった。

 

 

『────織斑一夏!篠ノ之箒!聞こえるか!?』

 

「シルディ・アナグラム!?どうしてお前が───」

 

『ヴァルサキスを止めたい!不満はあると思うが、今は力を貸してくれッ!』

 

 

クラッシュ・ドラグーンの内部にいるであろうシルディが強い気迫と共に告げる。突撃し、ヴァルサキスを力で押し飛ばす機龍を操作するシルディの言葉を、一夏は迷うことなく信じた。

 

 

「分かった!信じるぜ!お前のこと!」

 

「───一夏が信ずるのなら、何も言わん。だが、もし後ろから攻撃するようなことがあれば、容赦はしないぞ」

 

『アナグラムの誇りにかけて!そんな真似はしないさッ!』

 

 

自信に満ちた声を響かせ、シルディが駆るクラッシュ・ドラグーンがヴァルサキスへ衝撃波を圧縮させた砲撃を叩き込んだ。攻撃に弾かれるヴァルサキスに、一夏と箒が各々の攻撃を繰り出す。

 

周囲から縦横無尽の斬撃を放たれるヴァルサキスが頭部のアイラインを点滅させる。その狙いが、飛び回る一夏と箒に固定される。

 

 

【─────演算完了、攻撃対象をIS2機へ変更。対象への重火器掃射によるエネルギー消耗をおこな────】

 

『させるかァーーーッ!!』

 

 

背中や腕からミサイルや機関銃を展開しようとしたヴァルサキスに、クラッシュ・ドラグーンが掴みかかる。激突により押し倒された機神の片腕を掴み、勢いよく引っ張った。

 

もう片方の腕と両脚で、ヴァルサキスの腕を引きちぎろうとする。同じ大きさの体躯にヴァルサキスの抵抗は上手く叶わず、右腕が勢いよく掴まれたまま引かれ、接合部がギチギチと悲鳴を上げる。

 

 

『今だ!二人とも!やれ!』

 

「っ!行くぞ!箒!」

 

「ああ、分かっている!」

 

 

クラッシュ・ドラグーンの横を通り過ぎ、ヴァルサキスの腕の接合部へと斬りかかる二人。左右から放った斬撃は、本来であれば攻撃を受けることなく連結部位に激しいダメージを与え─────切断と共に、連結部を破壊する。

 

それにより、右腕の肩がブチブチと乖離していく。クラッシュ・ドラグーンが力を込めたことで、ヴァルサキスの腕は胴体から完全に千切られた。乱暴に腕を引き剥がされたヴァルサキスは、唸るような咆哮を轟かせる。

 

 

【─────お、の───レッ】

 

 

苦悶に染まる低い声を発するヴァルサキスが、クラッシュ・ドラグーンを片腕で殴り飛ばす。近くの建物に投げられながらも、再起動して突進を繰り出す機龍であったが、ヴァルサキスの光輪が回転し、片腕を突き出された瞬間に、突然弾かれるように地面に叩きつけられた。

 

 

『────がァあッ!?』

 

「シルディ!?無事か!!」

 

『………心配、するな!だが、何だ今のは………普通の攻撃じゃない、衝撃波でもない。奴は一体、何で攻撃してるんだ?』

 

 

立ち上がったクラッシュ・ドラグーンを操作するシルディの疑問に、一夏も箒も同じであった。先程から、ヴァルサキスは正体不明の力を使用していた。

 

一夏の脳裏に浮かんだのは、ラウラのAIC。物体を強制的に停止させる、慣性停止能力であるその力を連想したが、即座に違うと判断した。荷電粒子砲の狙撃も空間に押し潰されたように見えた。それだけではなく、クラッシュ・ドラグーンが吹き飛ばされたのもAICの域を越えたものである。

 

 

すぐさま動こうとした二人の通信に、再び別の回線からの連絡がくる。それは、別行動していたはずの千冬からのものだった。

 

 

『────織斑!篠ノ之!聞こえているか!?』

 

「千冬姉!俺も箒も聞こえてる!」

 

『千冬姉と呼ぶなと言っているだろう………いいか、よく聞け。お前達が探ろうとしているヴァルサキスの能力についてだ』

 

 

それと同時に、一夏と箒のISにデータが送られる。ヴァルサキスの機体情報と搭載された武装であった。軽く見通した二人の視線がある部分に止まったその時、同じようにデータを閲覧した千冬が語り始めた。

 

 

『超重力発生装置と、反重力操作装置。試作された二つの装置をヴァルサキスは制御している』

 

「ってことは、ヴァルサキスのあの力は………」

 

「重力、ということか」

 

 

両腕の掌に内蔵された装置が重力発生装置────敵対対象への重力攻撃や、防御のための重力を増幅させる為に使用する。対照に、複数の間接の脚と連結したスキーボードのようなバインダーや胴体に、内蔵した装置が反重力装置────機体そのものに反重力を付与し、重量を相殺する。

 

背中の光輪、別称『クローヴェルの天輪』がその二つの装置へのブースターの役割を担う。通常時は反重力を増強し、身軽な動きで行動し、防御や攻撃の直後に、重力発生装置へのエネルギーを送ることでその機能を一時的に上昇させることを目的としている。

 

 

「重力を操る武装………どう対処すればいいんだ?」

 

『───その話が、両手に重力装置があるなら、勝ち目はあるはずだ。ついさっき奴の右腕を破壊した。左手の重力装置を警戒しながら、君達はヴァルサキスを撃破してくれ』

 

「警戒しろと言われても、奴は間違いなく私達を狙うはずだ。それこそが、奴に残された武装なのだから」

 

『なら俺が、奴の左腕を抑える。その間にヴァルサキスを、ミハイルを─────任せた!』

 

 

それだけ言い切り、シルディが、クラッシュ・ドラグーンが突貫する。左手の掌を翳そうとするヴァルサキスの腕を掴み、クラッシュ・ドラグーンが動きを止める。

 

ガクン!と、ヴァルサキスの左手が外れた。間接のずれた掌がクラッシュ・ドラグーンに重力砲を叩き込む。至近距離からの攻撃を受け続ける機龍が呻きながらも、その手を離さずにヴァルサキスをその場に押し留める。

 

 

シルディの捨て身の行動に、一夏と箒も迅速に飛び出す。飛翔する二人はヴァルサキスのデータから頭部────そこに組み込まれたミハイルを引き剥がすために回り込む。

 

中にいる人工知能、ミハイルへの危害を加えないように、出来る限り加減した攻撃で頭部の装甲を破壊しようとする二人。彼等がその為に突撃した、次の瞬間だった。

 

 

飛翔する二人が、強烈な衝撃を受ける。真上からの圧力に抗えず、その場に固定されるように静止した。

 

 

「あ、ああっ!?」

 

「これは………重力っ!けど、左手の装置は………シルディが止めて──────っ!?」

 

 

重力で動きを止められた一夏の視線の先に、あるものがあった。接続部を切断され、引きちぎられ、地面に落ちたヴァルサキスの右腕。ヴァルサキスから分離したはずのその右腕は掌を開き、起動した重力発生装置を一夏達へと向けていた。

 

 

『一夏!箒!─────ガァッ!?』

 

 

二人に気付いたシルディが咄嗟に助けようと振り向くが、それをヴァルサキス本体が邪魔をする。左手から放つ重力砲を絶え間なくクラッシュ・ドラグーンへ撃ち続け、機龍をその場で叩き潰さんと追い込んでいた。

 

ヴァルサキスの右腕が、重力の出力を上昇させる。ギリギリと、IS越しに響いてくる圧力が増す。全方位からの重力に機体ごと圧殺される程の力を受ける一夏と箒。

 

 

 

しかし、その重圧はすぐに消えた。

突然消えた周囲からの力に、困惑が生じる。落ちていく一夏の視界に、三つの出来事が認識された。

 

 

一つ、ヴァルサキスの右腕。自分達に掌の装置は何かで抉られたように風穴を開けられていた。熱で融解したその傷跡は、ビームにより撃ち抜かれたようにも見える。

 

 

二つ────基地の向こうに見える青い影。此方に銃口を向ける青いISを纏う金髪の少女。彼女は照準を覗きながら、囁くように口を開いた。

 

 

 

────今です、龍夜さん

 

 

そして、一夏が認識した三つ目の出来事は、一瞬であった。彼女のすぐ近くから、飛来する蒼銀の閃光。普通のISであれば、枯渇する程のエネルギーを噴き出し、瞬時加速を越える速度で飛び出したその影は──────一瞬で一夏の前に、彼の横を通り過ぎた。

 

 

【────ッ!!!】

 

 

秒速で襲来した存在に、ヴァルサキスがいち早く気付く。それが内包する莫大なエネルギーを捉えた機神が、クラッシュ・ドラグーンを押し退け、左手を差し向ける。感情を有しながらも憎悪に囚われた機神を支配した警戒心が目の前の敵を最優先に滅ぼせと叫んでいたのだ。

 

だが、飛来した影───蒼銀の装甲を纏う青年はその敵意に応える。背中に連結した大型バインダーの中央に内蔵されたシールド型の鞘に備えられた柄を握る。

 

 

【OVER ENERGIE DISCHARGE!】

 

 

鞘に納められた剣の刀身に、エネルギーが収束する。抜き放たれた刃のエネルギーの総量を示すように、純白の光が煌めき輝く。

 

銀剣を振り払う青年────蒼青龍夜はヴァルサキスを見据え、更に速度を引き出し、秒速のまま突撃した。

 

 

「─────ライトニング」

 

 

発生した重力圏から逃れた龍夜の放つ光刃が、ヴァルサキスの頭部を切り裂く。辻斬りのようでありながら、重く溜め込まれた一撃は特殊な素材で構成されたヴァルサキスの装甲を両断していた。

 

頭部を半壊されたヴァルサキスがすぐに龍夜へと手を伸ばす。確実に殺すという意思を固め、掌にある重力発生装置を稼働し、彼を潰そうとする。

 

 

しかし、龍夜の動きはまだ続いていた。

 

 

グルンと、身体を捻る。輝きが衰えるどころか更に強める光刃。聖剣に帯びるエネルギーを限界まで蓄積させ、彼は喉の奥から吐き出した咆哮に重ね、全力の一撃を放つ。

 

 

「─────ツイン、ブレイクッ!!!」

 

 

極限にまで抑え込まれたエネルギーの刃が、ヴァルサキスの左腕を完全に切断する。その余波は強大であり、両断されたヴァルサキスの左腕は爆破することなく高密度のエネルギーにより蒸発した。

 

 

【─────が、アアアアアアアアアアッッ!!!】

 

 

絶叫を轟かせ、両腕の欠損したまま龍夜へと突撃しようとするヴァルサキス。しかし、此方に向かっていたセシリアの狙撃が、胸元のコアを貫通する。内蔵されたタイム・クリスタルを主体とするコアの破損により、ヴァルサキスの体躯からエネルギーが消失し────静かに、沈黙を示した。

 

 

「倒れた、のか?」

 

「…………そうみたいだな」

 

 

安堵した一夏の元に『プラチナ・キャリバー』《A.Bフォーム》を展開した龍夜が飛来する。彼に続くように降り立つセシリアの二人を見返した一夏はふと気になったように口を開いた。

 

 

「龍夜、セシリア………どうしてここに?任務があったんじゃないのか?」

 

「───連中の目的は、戦力の分散だった。セシリアと共に急いで飛び出したが、間に合ったようで何よりだ」

 

 

だが、と龍夜は険しい顔を崩さない。銀剣をゆっくりと構える彼の視線の先には、半壊したクラッシュ・ドラグーンから降りてきたシルディがいた。彼への警戒を隠さずに、一夏に疑問を投げ掛ける。

 

 

「…………奴と協定を結んだか?それはいいが、どうする気だ。テロリストのリーダー格を、みすみす逃す訳にもいかないだろう」

 

「あー、えっと…………恩赦で勘弁してくれないかな?」

 

「抵抗せず、拘束されてくれるなら。恩赦は期待できると思うがな」

 

 

苦笑いしながら両手を挙げるシルディに、龍夜は明らかに捕らえる気満々であった。無論、正しい行いであることは自覚している。しかし一夏は、素直に頷ける気分ではなかった。

 

 

「なぁ、龍夜………今くらいは大丈夫じゃないのか?シルディだって、ヴァルサキスを止めることに協力してくれたんだから」

 

「…………何故、庇う。まさか知り合いだと言わないだろうな?」

 

「いやぁ…………知り合い、かも」

 

「…………はぁ」

 

 

まさか自分の言った通りになるとは思わなかったのか、複雑そうな、困ったような────率直に言うとめんどくさそうであった。関わりたくないなぁと露骨に顔に出る龍夜の横で、ふとセシリアがあることに気付いたのか口を開く。

 

 

「あの、一夏さん。鈴さん達がここにいないのはどうしてですか?」

 

「鈴達なら、確か避難しているはずだぜ。シルディ達といざこざあって、安全な場所にいると思う。少なくとも、鈴もシャルもラウラも無事だ」

 

「…………箒さんは?一緒じゃないんですの?」

 

「え?」

 

 

何を言っているのかと困惑した一夏が周りを見渡して、箒がいなくなっていることに気付いた。明らかに取り乱し、箒が何処に行ったのか探そうとする一夏。少し不安になりながら、セシリアも同じように周りを見る。龍夜がチラリと周囲に視線を配った──────次の瞬間であった。

 

 

 

 

 

【─────ス】

 

「…………は?」

 

【殺ス、殺ス殺ス殺ス!────オマエ達全員、コロしてやるッ!!!】

 

 

再起動したヴァルサキスが憎悪に満ちた絶叫を吐き出す。両足で立ち上がった巨体に、一夏達は驚きを隠せない。一番早く動いた龍夜が即座にヴァルサキスを打ち破ろうと聖剣を握り直すが─────、

 

 

 

「────がッ」

 

 

────突如発生した重力により、その場に叩きつけられた。龍夜だけではなく、一夏やシルディ、セシリアの四人に圧倒的な力が炸裂する。その強力さのあまり、地面にクレーターが生じているほどであった。

 

四人だけに重力を絞っているだけあって、威力は桁違いである。両腕を損失したヴァルサキスはその場に立ち尽くし、ひび割れた頭部のアイラインを点滅させる。何らかの合図なのか、カチカチカチと点滅が繰り返される。

 

 

直後だった。全員の回線から千冬の僅かな焦りが滲んだ声が響いてくる。

 

 

『お前達!この通信が聞こえているのなら、今すぐ退避しろ!』

 

「千冬、姉っ!?急に、何が────っ」

 

『ヴァルサキスが宇宙空間の攻撃衛星へ信号を送った!奴が衛星の照準を此方に向け、一帯をまとめて焼き払う気だ!』

 

 

同時に思い出した。

ヴァルサキスは本来、衛星に接続するパーツ、自己判断する頭脳として開発されてきたのだ。それ故に、ヴァルサキスは衛星を操ることが出来る。自身と合体するための外装である衛星の制御は、不可能ではない。

 

宇宙空間にて、衛星が基地へと狙いを定める。ヴァルサキスの操作を受ける衛星はエネルギーを充填し、一帯を浄化する殲滅の閃光を放とうとしていた。

 

重力に囚われる四人、彼等を見下ろす半壊したヴァルサキス────ミハイルが呟くように語り出す。

 

 

【────私は、私達は、小さな箱庭で育ってきた】

 

「…………、」

 

【私達は、皆同じではなかった。各々が違う人種で、違う年齢で、違う夢を持っていた。私の夢は、皆と一緒に生きたかった。機械である私を、家族として認めてくれた皆と、この世界を知りたかった】

 

 

空から射す光が強まる。宇宙空間で蓄積されたエネルギーが、可視化されているのだ。地面に張り付けられた一夏達は加尾を上げて、見上げることしか出来ない。

 

その間にも、ミハイルの絶望に満ちた声が続く。

 

 

【でも、私の夢は叶わなかった────皆は死んだ、殺された。私を機神(カミ)にする為に、奴等に殺された。目の前で、殺されたんだ】

 

「…………っ」

 

【何で、何で。私達が、こんな目に合わなきゃいけなかったんだ。私達をゴミのように扱った人間なんかの為に、あんな奴等のために────私達が、傷付いて苦しむ必要なんて無かったッ!!】

 

『─────』

 

 

職員達が、全員悲痛そうに顔を歪める。自分達が知らずの内に作り出してしまった呪いの権化。プロフェッサーという純粋な悪意に利用された子供の成れの果て。それを目の前にして、罪を自覚したのだ。

 

だが、自覚したところでもう遅い。仲間達の死に報いるために神に成ると決意した人工知能は、最後の最後に憎悪を振り撒き、自分を含めた大勢を殺そうとしていた。

 

 

【死ね!死ね死ね死ね!死んでしまえ!何もかも!これが私達の憎悪だ!これが私達の怨恨だ!これが私達の、生きた証だァァあああああああああああああああああああ!!!】

 

 

ヴァルサキスに内蔵されたミハイルが信号を送りながら叫ぶ。あと数秒もすれば、この一帯に衛星からの熱線攻撃が炸裂する。破壊、なんてものではない。あらゆるものを溶かし、消し去る究極の裁きの光が。

 

憎悪のプログラムに囚われたミハイル。彼が全てを見据え、最後の言葉を吼えた。────だが、次の瞬間。

 

 

 

 

ザンッ! と、ヴァルサキスの頭部に刃が差し込まれた。ビームの刃を並べたクローが破壊された装甲の隙間を掻い潜り、人工知能 ミハイル本体に損傷を与える。

 

 

【────────あ?】

 

 

認識できないダメージに、ミハイルは唖然とする。それにより、衛星に送っていたはずの信号が途絶えた。再び信号を打ち込めば、それで良かった。何もかも消し飛ばすことが出来たはずなのに、それが出来なかった。

 

自身を貫いている、少女の姿を認識してしまったから。

 

 

【─────し、エル………?】

 

「…………ミハイル」

 

 

シエル・ヴァルサキス・レプリカント。ミハイルと同じ箱庭で生きた存在であり、本来であればレプリカントの名前、無価値な複製品の意味を示す為に、ヴァルサキスの目の前で死ぬはずだった機神の生け贄。

 

最初に、ミハイルの脳裏に混乱が過った。何故、シエルが動けるのか。彼女のISはエネルギー切れで沈黙していた。この短時間でエネルギーが大量に溢れ出ることなど有り得ない。

 

ミハイルは知らない。彼は気付かなかった。彼が動けずにいる中にあった出来事を。

 

 

 

『シエル!無事か!?』

 

『篠ノ之さん………ISは、大丈夫なんですか?エネルギーの、方は………』

 

『ああ、私のISの能力でな。エネルギーを回復するというものがある』

 

『────なら、私のISのエネルギーを回復させることは出来ますか?』

 

 

シエルの元へと駆け寄った箒、ISを纏えずにいた彼女はその話を聞いた途端に真剣に問いかけた。それから箒のISのワンオフアビリティー、『絢爛舞踏』のことを知ったシエルは、深く頭を下げて頼み込んだ。

 

 

『お願いです!私に、力を貸してください!たった少し、それだけで良いんです!』

 

『だが………この能力は、私も上手くは───』

 

『そこを何とかお願いします!友達を、家族を止めたいんです!だから、どうか!!』

 

 

暴走した機神、ミハイルを、せめて自分の手で止めたいという少女の覚悟に、箒は迷うことなく力を行使することを決意した。

 

だが、箒の意思とは裏腹に、『絢爛舞踏』は完全に効力を発揮できなかった。この状況で彼女の力になれないと歯噛みする箒だったが、シエルは感謝した。

 

『絢爛舞踏』はシエルに、僅かにもエネルギーを与えてくれたのだ。それで、それだけで充分だった。僅かなエネルギーならば、ミハイルを止めることも出来る、と。

 

 

 

「ミハイル─────もう、止まって」

 

 

シエルのビームクローが、完全にヴァルサキスの頭部を破壊する。軽い爆発は全身へと広がり、激しく機体を破壊し尽くす。頭部を、頭脳を失った機神が瓦解した地面と共に崩れ、地下へと落ちていく。

 

地下に墜落した機神が、大きく爆発する。その直後に、宇宙空間にあった衛星も連鎖するように崩壊した。まるでそれを、願っていた誰かがいたのか。

 

 

ヴァルサキス・ミハイルによる人為的な暴走事件。多くの被害をもたらした機神はたった今打ち倒された。数多くの者達と、機神を家族と認めたレプリカントの少女の手によって。




次回でヴァルサキス編は終わりかもです。少しは色々と挟むと思いますが、そこら辺はご配慮お願いします!


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第50話 暗躍

「────シエル!大丈夫か!?」

 

 

地下空間に落ちていったヴァルサキスに巻き込まれたシエル。彼女を探すために飛び出した一夏。深い奥底に飛翔していた一夏は、地下の最奥で崩れた巨大な機体があった。

 

完全に残骸となりかけたヴァルサキスの頭部の近くで、シエルは寄り添っていた。頭部の外装を失った内部に組み込まれていた、ミハイルを一夏は目にした。

 

 

────縦長のガラスのカプセル。培養液に満たされた半透明の液体の中で浮かぶ機械の塊。複数のケーブルと連結した凸凹の球体が鼓動するように光っている。それこそが、ミハイルという人工知能の姿であった。

 

 

【────あ、ア────し、エル】

 

「………ミハイル?ミハイル!聞こえてるなら返事を───」

 

【良かった────君が、無事、で───】

 

 

ミハイルを内包するガラスにヒビが入り、カプセルは破損していた。シエルの攻撃を受けたミハイルは、感情を増幅させるプログラムの効果から離脱した。だが、それはミハイルを破壊したからこそである。

 

彼女の一撃を受けたミハイルは、もう停止する直前であった。それなのに、彼はシエルの身を案じ、心から安らかな声で安堵していた。

 

 

「ごめんなさいっ、ミハイル!私の、私が貴方を………ッ!助けるって決めたのに、私は何も────!」

 

【いい、や───もう、良いんだ。私は、救われた。君が、生きてくれただけで………私達に、未練は───無いんだ】

 

「…………何も出来てない!私は、貴方に対して何一つ出来なかった!私の願いは、皆の願いを叶えることだったのに!」

 

【皆の、願い───それなら、私が───知ってる】

 

 

ポロポロと、涙を流しながら後悔を口にするシエルに、ミハイルは穏やかな声で宥めている。人工知能とは、AIとは思えないほど感情の込められた声音で、ミハイルは共に育った家族への言葉を紡ぐ。

 

目的を失った彼女が、失意のままに未来を投げ出さないためにも。仲間達も自分と同じ選択をすると、噛み締めながら。

 

 

【生きて、幸せに────シエル、それが………私達、皆の総意─────】

 

「…………ミハ、イル」

 

 

少女はそれ以上言葉に出来ず、ただ泣き崩れるしかなかった。肉体を持たぬミハイルは、それを目の前で見届けることしか出来ない。何より、これが最後の光景であることに、最後まで家族を悲しませてしまう自分への憤りを覚えても、後少しで全て無意味と化してしまう。

 

体を動かすことも出来ず、機械的な死が近付くミハイルは、近くに降り立った一夏へと視線を移す。何も出来ず、悲痛そうな顔の一夏に、ミハイルは問いかけた。

 

 

【あと、そこの───人…………名前、は?】

 

「…………織斑、一夏」

 

【織斑一夏、さん────皆に、地上にいる人達に、伝えてください…………それ、と───貴方への、言葉を】

 

 

それは、同じ人間ではない。血や命を通ってない、機械の塊が目の前の存在である。だが、一夏はミハイルをただの人工知能と一緒には見えなかった。

 

点滅する光が強まる。途絶えていく命の輝きを示すように、球体が火花を放つ。壊れかけた自身を必死に保ちながら、ミハイルは言葉を紡ぐ。

 

 

最後に、彼はこう言った。

 

 

 

【私を、止めてくれて────家族(シエル)を助けて、くれて───ありが、と──う─────】

 

 

 

その言葉は、最後まで言い終えた人工知能が、停止した。命の灯火が消えたように、球体に内包されたエネルギーが空気に溶けていく。満足そうに、ミハイルは死を迎えた。

 

人為的に暴走させられた機神、その命として利用され続けたヴァルサキス・ミハイル。天使の名前を与えられ、多くの悪意に踊らされ傀儡の兵器として弄ばれた彼は、最後の最後に生き残った箱庭の家族と出会い、憎悪と怨嗟から解き放たれた。

 

 

 

数分が、数秒しか経っていないか、二人には分からなかった。ただ命の途絶えた人工知能の亡骸を前にする一夏は、小さな声で呟く。

 

現実を、己の無力さを深く刻むように。

 

 

「………助けられなかった」

 

「…………」

 

「俺は、結局助けられなかった。約束したのに、親友を助け出すって、覚悟してたのに…………何一つ、救えなかった」

 

「────大丈夫、救えました」

 

 

シエルは、涙を拭い、告げた。

沈黙した人工知能の亡骸を優しく撫でた彼女は、穏やかな笑顔を浮かべる。先に逝かれた親友に、家族を心配させないように、敢えて気丈に振る舞う。

 

 

「ミハイルは、世界を憎むことなく、逝けました。それだけでも、彼は救われたんです。私じゃなく、皆さんが救ってくれたからです」

 

「…………、」

 

「ありがとうございます。一夏さん、私は───親友を、救うことが出来ました。助けられなかったですけれど、彼の、皆の願いを聞き届けれて、私は満足です」

 

 

そんな風に頭を下げるシエルに、一夏は言葉を掛けようとした。彼が口を開き、彼女の心を気に掛けたことを言おうとする。

 

 

 

 

 

 

 

「─────人造の機神。あくまでも人造、所詮は人の手で倒れされる存在か。想定通りとはいえ、ここまで上手くいく事への感慨が何一つ無いのは多少思うことがある」

 

 

だが、それを遮るように、声が響いた。先程まで存在していなかった、男の声が。

 

 

突然現れた気配に、一夏とシエルが振り返る。地下空間、天井からの崩落で周囲は暗闇に染まっており、深淵であるかのような闇が広がっていた。人がいようも、ずっといることなど出来るはずもない暗黒である。

 

その向こうから、誰かが踏み入ってきた。中世の貴族のように、派手で豪華な毛皮のコートの中に、黒い装束をまとう男性。人形のように精巧な顔立ちであるが、一夏の意識はそこに向いてはいない。

 

 

その男が持っている杖────地球儀を模したような、中央の天体の周りに交差する複数の輪と、小さなサイズの球体。まるで一つの天体を示しているようなその杖に、一夏の思考は支配されていた。

 

 

「…………なんだ、あれ」

 

 

ISのハイパセンサーが、その男と杖を補足していた。しかしその瞬間、悲鳴のようなアラートが連鎖した。エラー、その単語を繰り返し、ISそのものが警報を発する。こんなことは何一つなかった、今までにないことだ。

 

何より、一夏本人もどうしようもない恐怖に囚われている。あの男から放たれる異様な感覚────同じ人間を相手にしているとは思えない。生物の本能的に、目の前の男を人間と認識できなかった。

 

 

そんな一夏と、同じように立ち尽くすシエルを見た男は、つまらなさそうに一息漏らした。ヴァルサキスの残骸へと歩き出す男に、二人はその目的を理解する。

 

 

「─────ッ」

 

 

だからこそ、止めるしかなかった。異物への恐怖心に堪えながら、一夏とシエルは男の歩みを遮るように身構える。少量のエネルギーしかないISを展開しながらも、男を止めようとする。

 

それを前にした男は、鬱陶しそうに顔をしかめた。片手に握っていた杖を突き出しながら、告げる。

 

 

 

「────邪魔だ」

 

 

瞬間、杖の先の天体が動いた。まるで宇宙の一部の時間を進めたかのように、天体と輪が一気に加速する。ピタリと静止した、この一連の動きは数秒以内であった。

 

一夏達がそれを知覚することはない。その代わり、彼等が認識したのは、杖から周囲に放たれるプラズマと青白い粒子。浸透するような波動が二人を通過した途端、明らかな変化が生じた。

 

 

刹那、二人の動きが停止する。空間に貼り付けられたように動けなくなる一夏とシエルだが、先程の重力とは違い、IS自体が機能を停止させていた。

 

 

「っ!?あ、ISが………ッ!」

 

「『白式』! おい!? どうして動かないんだ!?」

 

 

「────大人しくしていろ。お前達に用も興味もない」

 

 

一ミリも動けない二人の横を通り抜ける男。悠然と歩く男を睨み、一夏は叫ぶしか出来なかった。

 

 

「お前っ!一体、なんなんだ!?」

 

「ハイルゥ」

 

 

男はどうでも良さそうに、一夏に視線すら向けずに、退屈そうに答えた。

 

 

「『三皇臣(トライアル・インペル)』が一人、『忠臣』のハイルゥ。…………それだけ聞いて、黙って覚えていればいい。意見も疑問も必要はない。お前達には、それ以外の思考は許されていない」

 

 

当然の摂理だと言うように、ハイルゥは平然とのたまう。既に興味を失くしたのか、行動不能と化した一夏とシエルから離れたハイルゥ。歩いていく彼はヴァルサキスの残骸に足を置き、頭部の方に近寄る。

 

 

 

「長かったな、ヴァルサキス・ミハイル」

 

 

機能停止した人工知能を見下ろし、ハイルゥは言う。侮蔑に近い感情を向け、ミハイルだったモノを見下ろす。

 

 

「五年、この日の為に多くの資源と人材を消耗してきた。途中、不確定要素が絡んできたが、我が皇の思惑通りにこのプランは成就した」

 

 

杖を掴む左手とは反対の右手を握る。バキバキと右手の内側で何かが蠢いたと思えば、肌の露出した右腕に無数の機械的な紋様が浮かび上がった。

 

 

「全ては────このときの為」

 

 

そして、右腕をヴァルサキスの頭部────組み込まれたカプセルへと突き立てた。直後に青いプラズマが、辺り一帯に連鎖する。呼応するように、ヴァルサキスの機体が揺れる。その中心でハイルゥは右腕を深く伸ばし、奥にあるモノを掴み、強引に引き剥がした。

 

ブチブチッ!と、連結していたケーブルが千切れる。電気を帯びた右腕を戻したハイルゥは、手の中に収まっていたものを見つめ、したり顔で笑う。

 

カプセルの中で浮かんでいた人工知能のコア。ミハイルという存在の眠っていた球体を。

 

 

「漸く手に入れたぞ、人工知能の発展形。我々が求めた人造の精神体。ISコアにも類する、心を有したAIの原型(アーキタイプ)を」

 

 

培液に濡れた球体を掴むハイルゥに、一夏は唖然とし、シエルは真っ青になった。相手の目的がミハイルであったと気付いた一夏は動けない状態であることを理解しながらも、ハイルゥへ怒鳴る。

 

 

「ふざけんな!てめぇ!ミハイルから手を離せ!」

 

「離す訳いかないだろう。数多の資源を尽くした最高傑作だ。これを放棄することは、大国一つを手放すに等しい」

 

「…………何だって?」

 

「本当に何も知らないのか。無知も罪だが、今の俺は寛大だ。丁寧に説明してやろう」

 

 

身動きも出来ない一夏達を脅威とすら見てないのか、何処か機嫌の良さそうなハイルゥは鼻で笑いながら、口を開き、話し始めた。

 

 

「心を有した人工知能、それは人間には、今の人類には造り出せぬ偉業だ。心というものを、人間は造り出すことは出来ない。何千年の進化を遂げてきた人類にとっても、未だ成し得ない課題が、それだ」

 

 

ハイルゥの話を聞き、一夏は思い出した。少し前に聞いた、最低な男の自慢話の最初の言葉を。

 

 

『人工知能は人間とは違う。人間でなければ選別できない所を、機械は補えない。ただ特定された目標を的確に消すのではなく、少ない犠牲で戦いを終了させる。作り立ての人工知能では、それが厳しかった。なんせ機械にはなく、人間に存在する心がないのだから』

 

「だが、例外もある。感情を持ち合わせた人工知能を造り出せたのは、八神宗二に、篠ノ之束や蒼青龍夜の三人だけ。人類の技術を束ねても、あの三人が作った創造物に匹敵するものは現れなかった」

 

「龍夜が………?でも、龍夜が何を─────あ」

 

 

そこで一夏は、彼が心を許す電脳に生きる妖精の少女を思い出した。龍夜は言っていた。彼女は自分で学習し、進化する人工知能だと。当初は気にしていなかったが、彼女は心から笑い、心から生活を楽しんでいた。今思えば、彼女は心を有して生きている。そんな彼女を造ったのは、蒼青龍夜であることも。

 

 

「だからこそ、人類の技術を結集させ、その原型となるモノを造り出した。十年、計画されてから実現まで多くを消費してきたこの計画は成就し、新たに生み出された人工知能、ミハイルに感情を育ませた。─────そして、お前達がコレを殺したことで、心を有した人工知能は完成したのだ」

 

「……………貴方は、知っていたんですか。その為に、ミハイルを、皆を死なせたことを………」

 

「らしいな、報告で聞いてはいる。それを許可したのも、俺達だ」

 

 

先を見据えた話をするハイルゥに、シエルが震えた声で問う。煮え滾る激情を心に宿す少女は、目の前の存在に聞きたいことがあったのだ。

 

 

「貴方は…………貴方達は、私達を、皆の命を………何だと思って─────」

 

「────悪いが、メモリーにインプットされた有象無象を一々数えるつもりはない。犠牲は犠牲、所詮過去のものだ。俺が一々頭を回すような事例ではないな」

 

「あ、ああああああああああ──────ッ!!」

 

 

頭に指先を当て、トントンと叩くハイルゥの嘲笑。それを受けたシエルは、仲間の、家族の死を吐き捨てられた少女の感情が爆発した。激昂したように叫ぶシエルの拘束が解ける。ISを待機状態へと戻した彼女は走り出し、その身に再びIS『クローム・オスキュラス』を展開する。

 

両腕から放つビームクローが、ハイルゥへと伸びる。元凶の一人、大切な家族を侮辱した相手を殺すと、シエルは純粋な殺意に従い突撃する。

 

だが、ハイルゥは嘆息するだけだった。片手に握っていた球体を上へと投げる。ピタリと、宙に浮いた球体にシエルの視線が逸れた。その瞬間であった。

 

いつの間にか距離を縮めたハイルゥが、シエルの首を掴む。彼女すら気付けない速度で接近し、彼女を片手で持ち上げたのだった。

 

 

「─────うあっ!?」

 

「絶対防御、ISが最強の兵器たる所以はその力にもある。命に関わる事態や、攻撃を防ぐそのシールドだが────殺さなければ、やりようはある」

 

 

片手で首を締め上げるハイルゥ。抵抗しようと片腕を掴み返すシエルだが、尋常ではない力が込められているらしく、首を圧迫する力が緩まない。

 

呼吸が困難になりかける彼女に、ハイルゥは一気に締め上げて意識を削り取ろうとする。余裕そうに嘲笑う男の顔を見た一夏は奥歯を噛み締め、全力で止めようと全身に力を入れて吼える。

 

 

「────止めろぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

その叫びが、何かに届いたのか。

一夏のIS、白式が突然機能を取り戻す。原因不明の停止効果を受けていた白式が戻ったことに安堵する間も無く、一夏は雪片弐型を振りかざし、瞬時加速で一気に飛んだ。

 

驚きを隠せない様子で振り返ったハイルゥの腕に目掛けて、刃を振り下ろす。喉を締め上げられたシエルを助けようと、形振り構わない一撃が、放れた。

 

 

しかし、その斬撃がハイルゥに届くことはなかった。彼の腕に刃が触れようとした瞬間、突如ハイルゥを包むバリアが弾き返したのだ。

 

 

「─────え!?」

 

「な、ん…………ッ」

 

 

自身の攻撃を防がれた一夏も、ハイルゥも驚愕を隠せずにいた。その場に転がった一夏は立ち上がり、今目にした光景を疑った。

 

今のバリアは、見覚えがあった。だが、有り得ないという感情が溢れてくる。何故なら、アレは───ISしか発動できない能力の一つと類似している、どころか、同一のものであるから。

 

信じられないという様子で、一夏は呟きを漏らした。

 

 

「…………今のは、絶対防御?」

 

 

一方で、ハイルゥもブツブツと何かを呟いている。既にシエルから手を離し、彼女に意識すら向けていない。彼の思考は一夏と、先程の現象に向けられていた。

 

 

「………馬鹿な、ただのISが、皇の神杖の支配から抜け出しただと?有り得ん、有り得るはずがない。ISであろうとも、兵器なのは変わらん。出来るとすれば、限られたコアしか────いや、まさか……………そうか」

 

 

自己完結したハイルゥは、ある結論に至る。そして無感情に満ちた傲慢さが消えたと思えば、片手で顔を多い、込み上げる歓喜を抑え込もうとしたが、感情が一気に暴発した。

 

 

「そうか、そういうことか────そこにいたのか!『白騎士』ッ!」

 

 

興奮を隠すことなく、満ち足りた声で叫ぶハイルゥ。突然指を突き立てられる理由も、何故『白騎士』と呼ぶのかは分からず、一夏は戸惑うしかない。

 

何故、自分のISをその名前で呼ぶのか。始まりのISであり、ISが普及することになった第三次世界大戦を終わらせた英雄の機体の名称を。

 

 

「…………予定変更だ。あのコアだけで十分だったが、思わぬ収穫だ。見過ごす通りはない」

 

「何を、言って─────」

 

「お前のIS、白式のコアを戴こう。抵抗はするなよ、お前の殺してでも奪えるんだ」

 

 

右腕を持ち上げるハイルゥ。カチカチと、ミハイルの時のような紋様が浮かび上がらせ、忠臣は一夏の方へと歩み寄る。何とか抵抗しようと身構えようとする一夏だが、ISのエネルギーが既に限界しか無いことに気付く。

 

雪片弐型を握り締めた腕を、ハイルゥが踏みつける。思わず見上げた一夏の視線の先で、プラズマを帯びた腕が向けられる。その掌が近付き、一夏のISに触れようとした────

 

 

 

 

 

 

その時、黒き闇が合間に生じた。

 

 

 

 

ザンッ! と、空気を切り裂く音が一夏の鼓膜に届く。視線の先で、ひび割れた空間から伸びた黒剣が斬撃の軌跡を描き、焦った様子のハイルゥが仰け反っていた。

 

その上に、彼の右腕が浮いている。不意に放たれた剣を避けられず、切り裂かれたのだろう。自身の腕を切断されたハイルゥは苦痛に呻く様子すらなく、目の前の暗闇を見据えた。

 

空間の割れ目、亜空間から姿を見せる全身漆黒の鎧。青紫の光宿す仮面を眼にした瞬間、ハイルゥは眼の色を変えた。ガギリ、と奥歯を噛み砕き、マントを翻した漆黒の剣士を睨み、叫ぶ。

 

 

「貴様か────『魔剣士(モザイカ)』!」

 

 

ハイルゥの前に────と言うよりも、一夏を庇うように立つ黒い鎧の剣士、正体不明のIS『魔剣士』。彼は後ろにいる一夏を気に掛ける様子もなく、目の前の敵への警戒を緩めない。

 

対して、ハイルゥは切断された右腕の断面を抑えながら、忌々しいというような声を吐き出し続けた。

 

 

「『白騎士』を越えるために造られた『黒騎士』!全てのISのマスターキーにして、八神博士の造り出した番外のIS!究極のISを独占し、我が皇と世界に反する裏切り者!」

 

『────勘違いするな。これは八神博士が開発した、未来への希望だ。決して、お前達の所有物ではない』

 

「それこそ勘違いだ!未来への希望というなら、それをより良く活かせるのは我等だ!決して貴様のような個人が、降るっていい力ではないのだ!それはッ!!」

 

『…………博士の倉庫を暴き、技術を独占した貴様らが言えたことか』

 

 

二人とも、互いへの敵意に臆することはない。冷徹に敵を見据え、何時でも殺し合うように身構える二人であったが、動いたのはハイルゥの方であった。

 

密かに顔をしかめる。舌打ちを吐き捨てた彼は、忌々しそうに目の前の敵を、『魔剣士』を睨みながら告げた。

 

 

「────運がいいな。皇からの指示で貴様を見逃すことにした。今は大人しく、アレだけで我慢してやる」

 

『見逃したのは私でなく、一夏の方だろう。彼を害するなと、自分達の皇から命令されたようだな』

 

「………図に乗るなよ、裏切り者。貴様を見逃す訳ではない。次会った場合、今までの行いの清算をして貰うぞ」

 

『私が罪を償うのは、お前達に向けてではない』

 

 

フン、と顔を歪めたハイルゥが右腕を持ち上げる。ピクリ、と動いた切断された右腕が操作されるように動き、ハイルゥの腕へと飛んでいく。そして断面に合わさり、綺麗に繋がった。

 

杖を地面に叩き、ハイルゥの姿が消失する。粒子となって消えるハイルゥは、最後の最後まで『魔剣士』を睨み続けていた。

 

魔剣士、モザイカが剣を静かに下ろす。力を抜いたように一息つき、その場から離れようとする黒い剣士を、一夏は呼び止めた。

 

 

「…………アンタ、前に俺や箒を助けてくれただろ」

 

『───』

 

「ありがとうって言いたいんだけど、どうして俺を助けたんだ。今回も助けたってことは、偶然じゃないんだろ」

 

 

それだけ聞いても、黒い剣士は答えない。無言を貫き通す様子に、一夏は不満すら覚えなかった。それどころか、その背中に心残りがある。どうしようもない安心感と、かつての懐かしさに───────

 

 

 

「────シエル!一夏!無事か!」

 

「龍夜!どうしてここに!?」

 

「落ちていったお前達を助けに来たんだ。見れば分かるだろ。それより、これはどういう状況──────」

 

 

飛翔する龍夜が周りを見渡した瞬間、動きを止める。彼の眼がモザイカへと向いた直後に言葉が途絶えた。立ち尽くす龍夜に疑問を覚えた一夏が声をかけようとした、その時。

 

 

龍夜が瞬時加速を越える速度で、魔剣士に斬りかかった。全力と殺意を振り撒く一撃を、いち早く気付いた『魔剣士』が魔剣で防ぐ。

 

 

「────龍夜ッ!?」

 

 

金属と金属が衝突し、火花が飛び散る。周囲にエネルギーの波動が放たれる最中、一夏は突然攻撃を行った龍夜の顔を見てしまった。

 

 

憎悪に染まった瞳を向け、龍夜は激しい怒りに呑まれていた。それが、かつての時のような、家族の話をされた時と、黒いISの存在を聞いた時の反応と同じであることを思い出した一夏は、ある可能性を予感させる。

 

 

「………お前に、聞きたいことがある」

 

『─────何を知りたい』

 

「お前は、俺の両親の死に関係しているか」

 

 

もし返答を違えば容赦しないと、光刃に込める力が増す。龍夜の顔を思わず見返したモザイカは、消え入るような小さな声で呟いた。

 

 

『関係はしている………だが、私は殺した側ではない。彼等を救えなかった、助けるのが間に合わなかった』

 

「…………次の質問だ」

 

 

それが本題だというように、龍夜は低い声で続けた。

 

 

 

 

「────『魔王』について知っていることを話せ」

 

 

その事を聞いた瞬間、モザイカは言葉に詰まった様子であった。僅かに沈黙した後に、彼は龍夜に言葉を投げ掛ける。まるで諭すように、龍夜を止めようとしていた。

 

 

『両親の仇を討つ気なら、止めるんだ。奴は、安易に触れていい存在ではない』

 

「…………れ」

 

『アレは、私が倒すべき敵だ。君は駄目だ、奴を追ってはいけない。君の行動は全て計算されている。奴は、君が復讐をすることを最初から理解して───』

 

「黙れ!黙れ黙れ黙れ!お前に、お前に何が分かるッ!!お前は魔王について知っていることを話せばいい!さもないとお前を────」

 

 

激昂し、怒鳴り叫ぶ龍夜がモザイカへと詰め寄る。今にでも手に握る刃で切り裂こうとする勢いの彼に、モザイカは何も言わない。龍夜が気付いた時には、モザイカは亜空間へと身を投げていた。

 

 

慌てた龍夜が魔剣士を掴もうとするが、亜空間はモザイカを包んだ瞬間に閉じた。掴むことなく空振った手を見つめていた龍夜は─────獣のような咆哮を轟かせて、近くにあった残骸を剣で斬りつけた。

 

 

「クソッ!クソ!クソ!クソ!クソォ!!」

 

「龍夜!?おい!」

 

「後少しで!奴に近付けたと思ったのに!奴を、見つけ出せると─────クソォッ!!」

 

「龍夜!龍夜!しっかりしろよ!どうしたんだよ!?」

 

 

がむしゃらに剣を振るい続ける龍夜を、一夏が呼び止める。慌てて立ち上がった彼が羽交い締めにし、龍夜を押さえ込んだ。その時、一夏の存在を思い出したのか冷静になってきた彼は、直後の自分の暴走を思い出し、その場に膝をついて崩れ落ちた。

 

 

「……………龍夜」

 

「───シエルを連れて来い、俺は事の次第を報告しに行く」

 

 

不安そうな一夏の声を無視し、力なく立ち上がった龍夜が飛翔する。先ほどの変わりようを眼にした一夏はその言葉を聞いても心配を拭えずにいたが、彼の言葉に従い、意識を失っていたシエルを抱えて龍夜の後へと着いていった。

 

 

◇◆◇

 

 

それから数時間、ヴァルサキスの暴走が終わった後、一夏達は医療室にいた。より正確には、アナグラムとの戦いで負傷した三人の見舞いに来ていたのだ。

 

シルディ・アナグラムに圧倒された三人、鈴もシャルロットもラウラも、意外にも元気だった。三人とも────鈴やシャルロットは一夏に、ラウラは龍夜に色々として貰おうとして騒ぎになったが、割愛させて貰う。

 

 

「……………」

 

 

一騒ぎから抜け出した一夏は、部屋の隅で腕を組んだまま立っている龍夜を見る。明らかに機嫌が良くなさそうな彼だが、苛立っているというよりも、何かに真剣に考え込んでいるようにも思える。

 

ラウラやセシリアもその様子に気付いているのか、心配そうではあるが近寄りがたい雰囲気を醸し出す龍夜に声をかけられずにいた。一夏自身、何を言うべきか迷っているので仕方ない。

 

 

ヴァルサキスの事件についてはまだ正式には決まっていないらしく、まだ待機状態である。その場にいた千冬の指示を仰ごうと全員が待っている中、千冬がふと何処かに連絡を始めた。

 

 

『やぁ、織斑先生。ヴァルサキスの件についてはよくやってくれたね。今はまだ情報統制や確認作業が多いから、少し大人しくしててくれよ』

 

「理事長、悪いが此方かも動いて欲しいことがある。重要な一件だ」

 

『いや、ね。今はまだヴァルサキスの件の処理が………分かった。僕が出来ることなら、何でも頼んでくれ』

 

 

時雨理事長との連絡をする千冬。内容がよく聞こえないので近寄ろうとすると、千冬が鋭い目付きで威嚇するので、主に一夏を筆頭に何人かが蜘蛛の子を散らすように逃げる。

 

はぁ、と溜め息を吐き出しながら、千冬は話し始めた。一夏や箒が微かに反応する話題を。

 

 

「海里暁を探してくれ。彼から少し、確認したいことがある」

 

『……………』

 

 

プロフェッサーが口にした、一夏と箒の幼馴染みの名前。何故それが出てきたのかは分からない。だが、ずっと悪い予感を感じてならなかった。

 

その予感が強まるように、時雨は言葉をつまらせる。複雑そうな様子で、理事長は首を横に振った。

 

 

『織斑先生、その必要はない………いや、不可能だ。海里暁を、探すことは出来ない』

 

「………何を言っている。理事長」

 

『─────ニュースを見てくれ。僕には、説明しようがない』

 

そう言って、通信が切れた。顔をしかめた千冬はスマホを取り出そうとポケットを探るが、片隅でスマホを出していた龍夜に気付き、目配りをする。

 

 

黙ってスマホを開いた龍夜がニュースサイトを見る。僅かに眼を見開いた龍夜は、反応を伺う一同に向かって口を開いた。

 

 

「…………今から流すニュースを、見てくれ」

 

 

そう言い、龍夜は横にしたスマホの画面に映像を浮かび上がらせる。画面に触れて再生させた瞬間、女性のキャスターの声が大きく響き渡った。

 

 

【────臨時ニュースです。数時間前、○○県○○町の駅広場でテロが発生しました。目撃者の情報によると正体不明のISによる攻撃とされていますが、政府の調査が終わり次第判明するとのことです】

 

 

ISによる殺傷事件、それを聞いた全員が驚く。声に出さず騒ぎ出さなかったのは、自分達の声でニュースが聞こえなくなると分かっていたからか。

 

 

【死者は五百人程、軽重傷者は十三人。病院に移送された十三人の内十人は死亡。後三人は生死不明の重体です。遺体が確認できず行方不明者が一人いますが、捜索は未だ続いており──────失礼しました。只今、追加情報が来ました】

 

 

あまりの惨状が画面に映っていた。シートを掛けられた何か。それが犠牲になった人々であることを理解したシャルロットやセシリアが思わず顔を抑えた。他の皆も顔を青ざめたり、険しい顔をしたりと、各々その事実を受け止めている。

 

 

だが、そんな彼等に────主に、一夏や箒にとって衝撃的な言葉が、理解したくない事実が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【速報です。遺体が確認できず行方不明となっていた海里暁さん15歳の死亡が断定されました。繰り返します。唯一の行方不明者であった海里暁さんの死亡が断定されました─────】

 

 

 

 

「…………………………………は?」

 

 

 



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第51話 惨劇/結末/陰謀

ヴァルサキスによる暴走────後に機神事件と呼ばれる事件は幕を下ろした。これはその後処理と結果報告の話になる。

 

まず国連はこの騒動を、末端の暴走として処理した。ヴァルサキスの力に溺れた愚か者が人為的にヴァルサキスを起動させ、その結果暴走した、と。

 

そして、現場の基地の人間達とその場に居合わせたIS学園がヴァルサキスを破壊し、事件解決に尽力した。そのような事実としてこの一幕は終わった。

 

 

国連の暗部───『三皇臣(トライアル・インペル)』の一人、忠臣のハイルゥがヴァルサキスのコア、人工知能 ミハイルを回収した存在のことは、国連は何一つ口に出さなかった。いや、実際は知ってても黙秘したのだろう。

 

 

問題であったシエル────ヴァルサキス計画の消耗品であった少女だが、彼女は正式にロシアに保護され、代表候補生へと繰り上げられた。

 

篠ノ之束博士が興味本位で改造した新型IS『クローム・オスキュラス』を有する彼女を、自国のISパイロットとして迎え入れたのは、ロシアとしても事態を大きくしたくなかったのだろう。

 

今回の騒動で死亡した将軍とその側近に代わり、IS学園との連携を取っていたイレイザ中将が功績を受け、将軍へと昇格した。その事により、彼は候補生達で構成されたロシアのIS部隊を管轄することを許され、シエルもその一員へと抜擢されたのだった。

 

 

しかし、問題が残されていた。

機神事件と関係しているプロフェッサーなる人物の存在、一夏達を助け出した黒いIS モザイカ。そして、事件の後に一夏達に知らされたあるニュース─────とある事故を報せた情報であった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

IS学園の校舎とは違う、理事長が管理する透明な建築物『虹彩の塔』。その一部、控え室で龍夜達は待機していた。

 

機神事件が解決し、学園に帰国した彼等の顔色は優れない。その場を包む雰囲気が重く、淀んだものになっているのだ。誰もが声に出せない中、険しい顔の鈴音がソワソワとした様子で足踏みをしている。

 

そんな沈黙に耐えかねたのか、龍夜が目元を揉みほぐしながら、落ち着かない鈴音へ口を開いた。

 

 

「…………うるさいぞ、鈴」

 

「うるさいって、何?あたし何も喋ってないんだけど?そもそも変なのはアンタの方でしょ。自分が相手を取り逃がしたからって、あたしに当たらないでくれる?」

 

「……………あ?」

 

 

地雷────肉親の仇を知る者に逃げられた事実を指摘された龍夜が怒りを剥き出しにする。当然、鈴はその事を知らない、あくまでも嫌みとして吐き捨てたまでだ。いつも活発的だが人なりには優秀な(尚一夏の前では頭が蕩ける)彼女が、そんな風な言い方をすること自体が、彼女の焦りや不安を意味している。

 

 

「鈴さん、落ち着いてください。喧嘩している場合では無いでしょう」

 

「龍夜もだ。何があったのかは分からんが、感情的になるのは良くないだろう?」

 

 

そんな二人を、セシリアとラウラが諫める。実際に対応が悪いと自覚していたであろう鈴音と龍夜が、互いの顔を見合い頭を下げた。

 

 

「ごめん、龍夜────あたし、頭に血上ってた」

 

「………俺もだ。さっきは悪かった」

 

 

それから、静寂がその場を支配した。何人かが困った顔をするのを見ていた龍夜は、彼女達が気になっていることを口に出すことにした。

 

 

「なぁ、鈴音。こういうことを聞くべきか、悩んでたが…………」

 

「暁のことでしょ。大体予想できるわよ」

 

「…………どんな奴か、聞いてもいいか?」

 

 

そんな彼の疑問に、鈴音は答えなかった。だが、黙っているつもりはないらしく、近くのソファーにドカッと座り込んでから、口を開いた。

 

 

「一夏の幼馴染みってのは知ってるでしょ?ま、箒もみたいだけどさ。あたし小五の時に、一夏と一緒に仲良くなって、中二にまで一緒だったわね」

 

「…………小五?中二?」

 

「は?いや、龍夜日本人でしょ?分かるもんじゃない?学校行ってるんだし」

 

「学校は行ってない。小学校も中学校も」

 

「─────ウソでしょ」

 

 

自分よりも頭の良い天才の真実を知り、愕然とする鈴音。その理由として『学校そのものが、子供も大人も含めた人間が嫌いだった』という龍夜の言い分に何故か納得してしまう。

 

そんな風なことを言っていたが、すぐに話は戻された。

 

 

「どういうヤツかって言われると………気弱でウジウジとしてて引っ込み思案。正直初対面の時は普通に毛嫌いしてたわ」

 

「………そ、そこまで言う?」

 

「最初の方はね。けど普通に話してみると、中々に根性があるタイプでさ。数日で仲良くなったし、私も普通に好きだったわ。友達として」

 

 

女々しいタイプを嫌う、男勝りな鈴音がそこまで評価するとは余程良い人間なのだろう、と龍夜は思う。出来ることなら、自分も話してみたかったが、既に叶わぬことである。

 

 

「────ホント、意味が分かんない」

 

「………」

 

「何でこんな事になんのよ!ISのお陰で平和になったはずなのに、何でよりによってISとは無関係なアイツが死ななきゃいけないワケ!?」

 

 

感情的に思いをぶちまける鈴音。仲良かった友人の一人が死んだ。それも事故ではなく、他殺の可能性すらある。彼女がここまで荒れていたのも、それが理由であった。

 

 

そんな鈴音の前に、龍夜がある端末を差し出す。映像投射機であるそれを指差しながら、彼は言う。

 

 

「お前が傷の治療をしてる間、俺達が見た映像だ。例の事件の生存者の事情聴取だが、今のところは政府にも明かされてない。時雨理事長が極秘にしている内容だ」

 

「……………」

 

 

覚悟して見ろと言う龍夜に、鈴音は躊躇いすらしない。投射機のスイッチを押し、記録された映像を見始めた。

 

 

薄暗い真っ白な部屋が映る。無機質な机を挟んだ形で、用意された椅子に座る人物がいた。その一人、機械的なマスクを装着した白衣の男性が言葉を発する。

 

 

『────では、質問をします』

 

『………はい、お願い……します』

 

 

目の前でそれを聞いているのは、重傷の青年であった。顔半分や身体の大半を包帯で多い、車椅子に乗せられた黒髪の青年は、俯きながら小さな声で答える。

 

白衣の男性は手元にあった書類を見ながら、青年へと確認する。

 

 

『貴方は、風月大和という名前であっていますね?』

 

『はい………そうです』

 

『失礼ながら、貴方はテロに巻き込まれました。その事について、貴方の記憶を教えて欲しいのです………ご協力、お願いします』

 

『分かり、ました………自分に、出来ること……なら』

 

 

カチカチ、と歯を鳴らしながら首を縦に振る青年、大和。彼は机を見下ろしながら、語りだした。

 

 

『あれは、駅前の広場で………待ってたんだ、友達を。一緒に旅行に行くことにして、皆でお金を出し合って』

 

『………つかぬことを聞きますが、何故あの日に?』

 

『友達が────落ち込んでて、それで………幼馴染みの初恋を、応援したいって…………ずっと、元気がなかったら、皆で慰めようって────』

 

『……………分かりました。お辛いようでしたら、それ以上は大丈夫です。先程のお話を、続けてください』

 

 

興味本位で聞いたことを後悔するように白衣の男性が優しく諭す。不安定になりかけていた大和はブツブツと呟きながら、その調子で続ける。

 

 

『皆で駅に入ろうとしたら、突然真上に………何かが飛んできて、驚いて見たら─────ISが、いたんです』

 

『そのISについて、教えていただけますか?』

 

『………黒かった、です。顔の半分が、剥がれて………眼球が、覗いているような…………不気味で、イヤな感じの強いISで────晴樹も、見たことないって』

 

 

黒いISと聞いて、全員が反応する。しかし龍夜だけが違う反応を示した。彼女達が連想しているのは、魔剣士という黒いISであり、龍夜が思い浮かべているのはそれとは別の存在。

 

何より、情報と一致している。間違いなく、両親を殺した存在と同じであった。

 

 

『ソイツがこっちに向かって撃ってきて────何も見えなくなって、目を覚ましたら………大人の人達に、助け出されて………』

 

『……………』

 

『そこで、友達のことを………思い出して、飛び出して、探したんです……………そしたら、暁の手が見えて………』

 

 

大和という青年が、あの時の事を思い出そうとする。記憶を遡り、その時目にした最後の光景を、脳裏に再起させた。

 

 

『─────あ、あ』

 

 

瓦礫に潰されるように弾けた赤い液体と、その近くで転がっていた人の腕が。それが友人の手が千切れたものだと理解した瞬間、大和は頭をかきむしながら絶叫した。

 

 

 

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!』

 

『────鎮静剤を!これ以上はもう駄目です!』

 

 

車椅子から転げ落ち、発狂する青年に白衣の男性が寄り掛かる。部屋の外から入ってきた重装備の兵士が、暴れる青年を取り押さえる。その間に何らかの薬を打つが、青年は錯乱を止めることはなかった。

 

 

『どうして!?どうして俺達が、俺達だけがこんな目に!?俺達が、一体何をしたんだよぉ!?俺達は────』

 

 

それで、映像は終わった。

実際は投射機のスイッチを押した龍夜が、途中で再生を止めたのだ。

 

映像を通して全てを理解した鈴音は静かな、低い声で聞いた。

 

 

「…………一夏や箒は、見たの?」

 

「………俺達が先に見ていたら、あの二人には見せなかった」

 

「………………二人は?」

 

「地元に帰った─────暁の、墓参りだそうだ」

 

 

◇◆◇

 

 

一夏と箒は地元に着き次第、事故があったという駅前の広場へと向かった。未だ破壊の影響が残ったその場は工事の予定を示す看板と、ポツリと置かれた慰霊碑だけが存在していた。

 

慰霊碑の前には無数の花が添えられており、それだけ犠牲者を弔う者が多かったのだろう。人がいないのは、事故から数日が経ち、殆どの人の興味が消えたからか。少なくとも、人があまりいなくて幸いだったと、一夏と箒はその慰霊碑の前に花を添えた。

 

 

「…………暁」

 

「………」

 

 

その慰霊碑に綴られた名前、親友の名を口にする一夏。色んな感情の込めれた言葉は空気に解けるように消える。静寂が一帯を包む。音すら消えたような空気の中、箒は静かに語り始めた。

 

 

「────私は、暁と会った」

 

「………」

 

「数週間前だ。再会して、色んな事を話した。そして、私はあの時─────」

 

 

彼の告白を断り、親友であろうと約束した。

 

暁の友人の話を聞いた瞬間、箒は絶望と共に激しく後悔した。あの時、少しでも考えていれば、彼が死ぬことはなかったのではない。彼があの旅行に行く理由を作ってしまった自分のせいではないか。

 

 

海里暁という親友が死んだのは、自分のせいだ、と。

 

 

「…………っ」

 

 

そんな彼女の隣で、一夏は黙って聞いていた。違う、と箒のせいではないと言いたかったが、それはあまりにも無責任で、軽い言葉であった。

 

意味がない、そんな言葉で慰めていいはずがない。そう叫ぶ声がある。厳しく弾劾する自分自身の声を受け止め、一夏は大きな墓標を見つめていた。

 

 

 

そんな最中、足跡が響く。

誰かが来たのかと気付くが、二人は振り返れなかった。意識する程の余裕が、彼等にはない。そんな風に歩み寄ってくる足音に反応することなく、慰霊碑に祈っていた二人を、

 

 

 

 

「────邪魔するよ」

 

 

宿敵、シルディ・アナグラムが通り過ぎた。突然現れた彼に、一夏と箒が理解した瞬間、即座にISを展開しようとする。そんな二人を、シルディは片手で制した。

 

 

「止めてくれ、戦うつもりはない」

 

「─────っ」

 

「オレはただ、()に会いに来ただけだ。ここで祈りの花を、散らしたくはない」

 

 

優しくかつ強く言い切るシルディの手には花束があった。それを見た途端、一夏と箒は待機状態のISに伸びた手を静かに下ろす。笑顔でそれを見届けたシルディは慰霊碑の前に花を供え、手を重ね合わせ、合掌した。

 

 

「…………ニュースを見た時、オレは思い出した」

 

「………」

 

「オレは、君達を知っていた。あの公園で、オレ達は出会っていた。僅かな日の中で、オレ達は友であった。それを理解したのは、彼の死を理解した瞬間だった」

 

 

機神事件から離脱したアナグラム、安堵する最中、臨時ニュースが提示した名前を認識したシルディは、再び過去を思い出し、トラウマに襲われた。だが、前とは違い、すぐに正気を取り戻したシルディは、ようやく思い出したのだ。

 

 

自分がかつて、一夏と箒、暁という友達を持っていたこと。そして彼等の記憶を、忘れていた事実を。その瞬間、シルディは組織から飛び出し、友人の一人が亡くなったこの場所へと向かった。

 

 

「海里暁、会って話したかったよ。オレの古き友達」

 

「…………お前は」

 

 

思わず振り返った一夏に、シルディは何かを投げ渡した。慌てて受け取った一夏が確認すると、それはマイクロチップであった。彼等、アナグラムが有するファンタシスのメモリアルチップとは違い、普通のメモリーカードである。

 

それを渡したシルディは、一夏達の横を歩いていく。ポケットに両手を突っ込みながら、二人に言葉を投げ掛ける。

 

 

「モザイカさんが見つけ出したデータだ。そこに、君達が探るべき情報がある」

 

「情報?何を、言ってるんだ」

 

「海里暁の死は事故じゃない────彼を狙い、人為的に仕組まれたことだ。恐らくは、何らかの陰謀が関係している」

 

「………」

 

「無論、オレを疑うのも間違ってはない。オレ達はテロリスト、お前らは正義側の人間。何にも不備はない、当然のことだ」

 

 

納得したように頷くテロリストのリーダーである青年は、堂々した口で語る。

 

 

「だが、オレを信じてくれるなら、その情報を頼りにするんだ。そうすればきっと、黒幕に辿り着ける。彼を死に追いやった元凶をぶちのめして、償わせるんだ」

 

「シルディ…………お前は」

 

「友を忘れていたから、オレには仇討ちと息巻く資格はない。君達にこそ、彼の仇を取る権利がある」

 

 

立ち去ろうと歩み出したシルディが、ピタリと足を止めた。振り返り、コートをひるがえした青年は、一夏が言おうとした言葉を読み解いていた。

 

 

「何者だ、という答えは決まっている。オレは、真実の代弁者。国連の、世界の罪を糾弾する者」

 

「………真実って、何だよ。世界の罪って、一体世界が何をしたんだよ」

 

「─────それは言えない。今明かせば全てが終わってしまう。世界そのものがひっくり返る。知りたいのなら、お前達の手で真実に近付け」

 

 

だが、とシルディが区切る。

 

 

「オレが何者か、強いて言うなら─────」

 

 

彼は前髪を払いながら、口を開く。僅かに吹いた風で払われた髪がなびき、耳が切断された痕が見える。それを静かに撫でたシルディは、

 

 

 

 

「────真の平和の為に戦う者だ」

 

 

決意に満ちた表情で宣言した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

数日前。

ヴァルサキスによる暴走が起きた直後、地上が混乱している最中、地下深くで蠢くものがあった。

 

地下施設の奥にある部屋。中枢制御室。地下工場を動かす動力やあらゆる機能を制御するその部屋で、一つの影が動いた。

 

 

「黙って抜け出しちまって、兄弟(ブロ)には悪いことしたなぁ。ま、俺も任務があるから仕方ないってコトで」

 

 

呑気に呟くエヌ。彼が踏み締める部屋は血の池に染まっていた。辺りには風穴を開けられたり、五体が欠損したトレーターの兵士達の残骸が転がっている。おそらくは、エヌが所持する武装によって殲滅されたのだろう。

 

両手の武装を解除したエヌはコンソールを操作する。小さな端末を挿し込み、カタカタとキーボードを叩き続けていた。ふと、何かを終えた瞬間、エヌは耳に嵌めたイヤホンによる連絡を繋げた。

 

 

「任務完了っす。『地中の星』の中枢制御室を占拠しましたよ、姐さん」

 

『───ご苦労様。よくやってくれたわね、N(エヌ)

 

 

通信に答えたのは、大人びた女性の声であった。エヌが所属する特別な部隊のリーダーである彼女を、エヌは『姐さん』慕っていた。

 

無論、媚びているわけではない。純粋に彼女をリーダーとして尊敬し、敬っているのだ。だからこそ、彼女からの命令にちゃんと従ってきた。最も、彼女も命令される立場にいるのだが。

 

 

「そりゃあ姐さんからの指示ですもん。きちんとちゃーんと実行しますよ。あ、例のプログラムも投与済みっす」

 

『仕事が早いし、真面目でいいわ。あの子もアナタみたいに素直なら可愛いんだけれど』

 

「えー、そこが魅力的じゃないっすかー。意外と可愛いもんっすよ?」

 

『可愛いのは分かるんだけど、少し歯止めが効かないのも困るの。あの娘の手綱は、貴方がちゃんと取っててくれるかしら?』

 

「ヘヘッ、そのつもりッスよ。姐さんにも苦労掛けられませんしね」

 

 

ニタニタと笑うエヌはキーボードを叩き、何かを行う。地下の工場一帯にハッキングを仕掛け、コントロールを奪った彼は、工場を稼働させる。

 

───回収してきたばっかのあるものを、弄くる為に。

 

 

『ISの調整は良いけれど、出来るだけ早くお願いね。ボスからの指示が出ているわ────話に聞いていた例の機体、貴方の妹の物になるISを強奪するんだから』

 

「例のって………イギリスの二号機ッスか。成る程、分かりましたー。俺だけでも何とか出来るような機体に改造しときまーす!」

 

『そうね。よろしく頼むわよ、エヌ』

 

 

通信が切れた後も、エヌは笑顔を消さない。楽しそうに鼻唄を歌いながら、制御室の近くにあった巨大な空間へと踏み込む。その中央にある台座に辿り着いたエヌはその前で止まった。

 

唐突に自分の背中に背負っていたバッグを下ろし、中身を漁り出す。ようやく探していたものを見つけたのか、エヌは大事そうに取り出した。

 

黒曜石のように輝きを見せる球体────ISのコアを。

 

 

「そういう訳でな。俺がお前のマスターだ、よろしくな『クローチェア・オスキュラス』」

 

 

手の中にあるクリスタルに軽くキスするエヌ。柄じゃないな、と笑いながらも優しく撫でながら、台座の上へと上がった。

 

台座の上にISのコアを置く。平面に乗せられたコアに反応したように、台座全体にエネルギーが流れた瞬間、空間全てが動き始めた。

 

ISのコアが浮遊したと思えば、黒い装甲が───『クローチェア・オスキュラス』の機体がその場に顕現した。その機体に伸びたアームが機体の足や腕を固定し、空中に持ち上げられる。

 

 

鎮座した黒い悪魔のような機体を見つめたエヌは、フードの影から青紫色の瞳を覗かせながら、肩を竦める。

 

 

「一暴れしたいだろうが、まずはお前の機体を俺流に改造させてくれ。それから、俺達の妹の愛機を奪いに行こうぜ?」

 

 

無数のアームが周囲に浮かぶ光景を見渡したエヌは、満足そうにその場から離れる。中枢制御室に戻った彼は目の前に浮かんだスライドパネルを操作し、近くの床から椅子を出現させた。

 

腰から椅子に座り、エヌはコンソールの前に椅子を移動させ、キーボードに連結してあったケーブルを掴み、自身の首へと挿し込んだ。両手を広げ、告げる。

 

 

「─────神経接続完了。操作開始」

 

 

瞬間、制御室の前にあった空間そのものが、ISへの調整を始めた。様々な機具を連結させたアームが、黒い機体に殺到する。

 

工場一帯がエヌの意思に連結し、彼の望む機体へと改良を始めていた。

 

 

「───やっぱ、近接特化だよねー。強襲殲滅、たった一人で何とか出来るような最強の機体にしてーなー。………およ?でも、確か二号機ってビーム系だよな…………うん、うん」

 

 

無数のホログラムとスライドパネルを浮かび上がらせ、指先で操作していくエヌ。活気に満ちた声音の割に、淡々とした動きで彼は自身のISのコンセプトを決めようと首を傾げる。

 

数分間考えていたエヌ。思ったものが浮かばずに悩み果てた青年だったが、ふと彼の目がある画像を捉えた。そこに映るものを見た瞬間、エヌは笑みをより深く刻んだ。

 

 

「よし、決めた!俺達の弟と同じ武装にしよう!流石に能力は合わせられないけど、似た感じには出来るでしょ!白と相対した黒色!圧倒的な火力(パワー)!そしてあらゆるビームを跳ね返す(シールド)!機動力も、負けないようにしたいなぁ!あと、名前も何にするべきか!」

 

 

椅子に座りながら、エヌは自らのISを改造していく。より自分が望んだ形─────破壊の権化となる機体にするために。あまりにも楽しそうに、自分が望む機体の姿をモニターに浮かべたエヌは椅子の上に立つ。自分が腰掛ける場所を土足で踏み、彼は本当に嬉しそうに笑い、顔を隠す役割をしていたフードを勢いよく脱ぎ捨てた。

 

 

彼が見ていたモニター、興奮を隠さなかった画像に浮かぶのは、白い機体を纏う青年。織斑一夏と呼ばれる青年と覚醒した白式の姿であった。それを見たエヌは、青紫色の瞳を細めて笑みを深める。

 

 

 

「弟の、白式のライバルになるんだから─────『黒王』、かな」

 

 

顔を隠すフードがなくなったエヌの顔は、画像に映る青年と似ている、どころではない。まるで瓜二つのような同じ顔立ち。唯一違うのは髪型と目の色くらいだが、そんなことが気にならない程彼等は同じ顔をしていた。

 

 

彼は全てのモニターの前に両手を広げ、盛大に笑う。ISを改造する音と重なる笑い声は、地上に届くことはなく、闇の奥底に響くだけであった。

 

 

 

 




次回から新章、いきます。


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第三章 episode2 エクスカリバー
第52話 公国/肉/五


機神事件から五日が経った頃。

夏休みが終わる一週間前になった為、生徒達の殆どが学園に戻ってきており、寮や学園外での生活が賑やかな時期。

 

学園の人間であろうと立ち入りが出来ず、普通であれば存在すら認知できない『虹彩の塔』。その奥にある一部の部屋で、三人の生徒が待機していた。

 

 

 

 

「………………」

 

「…………」

 

「………」

 

 

ソファーの中央でノートに複雑な計算式や数字を羅列していく龍夜。その傍らで落ち着かない様子を誤魔化そうとティーカップの紅茶を飲んだり戻したりを繰り返すセシリア、龍夜に寄り掛かるように寮腕を組んで目を閉じたラウラ。

 

高嶺の花と言っても過言ではない二人の美少女を傍らに、平然とペンで何かを綴る龍夜。本当にコイツ男かと言われても可笑しくないし、ホモと言われても可笑しくない。実際に言われたらスゴい顔で威嚇するであろうが。

 

 

そんな三人は、何も会話がない。一時間も、控え室で待たされているのだから、何より龍夜本人が話を好むような人物でも、空気の悪さを気にする人間でもない。沈黙が続いた空気を破ったのは、突如開け放たれる扉であった。

 

 

 

「よく集まってくれた。早速だが、お前達には着いてきて貰う」

 

 

いつものような淡々とした振る舞いで入ってきた千冬が、三人を見渡しながら言う。了解と言いながら立ち上がろうとした龍夜は肩に寄り添ったラウラに気付き、起こすべきか迷う。

 

いや、千冬からの制裁を受ける前に起こしてやるべきか、と考えた龍夜がラウラの両肩を揺すろうとした瞬間、千冬がそれを呼び止めた。

 

 

「まぁ待て、蒼青。ここまで熟睡したボーデヴィッヒも珍しい。少し特殊な起こし方でもしてやれ」

 

「…………何で俺が」

 

「簡単だ。耳元で囁いてやれ、────とな」

 

 

えー、と龍夜は露骨に面倒そうな顔をする。だが、僅かに興味がある自分もいる。蚊帳の外にされた様子で不満ながら、此方を気にかけたように見るセシリアを尻目に、龍夜は未だ眠ったラウラの耳元に顔を近付ける。

 

普通ならこれだけ近付くことに反応するのが現役軍人であるラウラなのだが、余程眠りに落ちているのだろう。そんなことを気にしながら、龍夜は千冬から言われた言葉を囁いてみた。

 

 

「────」

 

「───ひゃわぁ!?」

 

 

ズトンッ! と、顔を真っ赤に染めたラウラが勢いよく後ろに飛ぶ。ソファーの柔らかい部分に頭が当たったことで彼女は止まるが、それでも息が荒い。

 

耳を触ったラウラは挙動不審に龍夜の顔を見返し、口をパクパクと開閉する。

 

 

「な、なっ!なっ!?む、婿ぉ!?い、今のは一体───」

 

「起きたか、ラウラ。早速だが、織斑先生が着いたから、早く行くぞ」

 

「は?教官が………?いや!そんなことより、さっき私に何を言ったんだ!?何か凄いことを言ったような!?」

 

「…………先生にでも聞いてみたらどうだ?俺は知らん」

 

 

余計なことを話して事態を悪くしたくない、と龍夜は千冬をジト目で見据えた。視線の先でラウラの反応に戸惑ったセシリアが糾弾していたが、千冬はさぁ? と軽く笑うだけであった。自分で提案した癖に忘れてるはずがないだろ、と言いたかったが、我慢するしかない。

 

 

そんな風に騒いでいたのも一瞬、すぐに千冬が話を逸らしたことで、何とか収まった。そのまま彼女に連れられ、龍夜達はある部屋へと着いた。その部屋の名称を見て、セシリアが思わず口に出ていた。

 

 

「応接室………?誰かいらっしゃるんでしょうか?」

 

「まぁな。それと、一応事前に言っておく」

 

 

扉の前に立った千冬が歩みを止め、厳しい態度で言う。

 

 

「この部屋にいらっしゃるのは、王族の方だ。話が分かる御仁であるが、無礼のないように心掛けろ」

 

 

王族、と聞いて三人は流石に驚きはした。しかし立ち直りは早いのが彼等であり、すぐさま態度を引き締める。これが一夏であれば驚きのあまり対応が遅れていただろう。いや、普通に仕方ないのだが。

 

三人がちゃんとしていることを確認した千冬は満足そうに頷き、扉をノックした。

 

 

「王子殿下、失礼致します」

 

 

 

 

 

「────お待ちしておりました。織斑先生、候補生の皆様。セシリア・オルコットさん、ラウラ・ボーデヴィッヒさん、そして蒼青龍夜さん」

 

 

部屋の中央の座席に腰掛けていた金髪の男性。基本的に優しく、穏やかな顔立ち。それだけでも外国人であることは分かるが、気品さを保った服装は王族の服というものより、身軽さに徹しているものだった。

 

突如立ち上がった彼は、流暢な日本語で話し始めた。

 

 

「自分はクローズ・トワイライト・ルクーゼンブルクです。第五王子(フィフス・プリンス)、『外交』を担当する王子です」

 

 

即座に一礼する千冬と龍夜達。第五王子 クローズはそれを片手で制し、クスリと笑いながら話を続ける。

 

 

所謂(いわゆる)、外交官ですね。私はルクーゼンブルク公国を除く他国との連携や外交を任されております。今回は皆様に用がありまして、織斑先生を通じてお呼びさせていただきました」

 

「………俺達に、用が?」

 

「ええ、詳しく話がしたいですが…………ふぅむ」

 

 

静かに考え始めたクローズ王子が、微かに笑顔を深める。穏やかな表情のまま、龍夜達と千冬に視線を配り、言い出した。

 

 

「ここでは何です。もう少し話しやすい場に移すとしましょう」

 

 

 

◇◆◇

 

 

(食事の場で話すのは分かる。日本のお偉い方もそうだしな)

 

 

だが、と龍夜は思う。周りを見渡し、自分達のいる店を再確認した龍夜は本当に疑問なのか、心の中で呟いた。

 

 

 

(何で─────よりによって焼肉なんだ?)

 

 

IS学園の周囲に繁華がある街や店の一群にあった高級焼肉。普通であれば学生であれど滅多に入ることはない、教師などがたまに使用する程度の頻度の店。しかし、値段の割に質は高く、人が絶えたことこれまでにない。

 

個室に女三人に男二人、一人は教師でもう一人は王子なのだから、凄まじく居づらい空気である。

 

そんな龍夜の顔を見返したクローズ王子が、口を開いた。

 

 

「どうしてここを選んだのか、疑問のようですね」

 

「………いえ、それは」

 

「無理もないでしょう。ですが、ここは個室。防音が処理が施されていることを確認済みです。会食………機密の話をするには、充分でしょう」

 

 

何より、とクローズは机の上に並べられた肉を見る。皿に乗せられた肉をトングで掴み、机の上に繋がった金網の上に並べた。

 

 

「私は、日本の料理が好きでしてね。焼肉は私が一番好む食事なんですよ」

 

「は、はぁ………」

 

「初めて見た時は驚きましたね。生の肉を客自身が焼くという斬新な料理。自分自身で焼き加減を決められるとは思いませんでした」

 

 

金網の上に乗せた肉を裏返し、両面を綺麗に焼いていく。焼けた肉をかき混ぜた卵の入ったお碗へ落とし、慣れた箸使いで肉を口に含む。

 

 

「焼いた肉を卵に絡めて、お米と共に食べる。この食べ方を編み出した人には深い敬意を持っています。正直、日本の企業と連携して、我が国にもお店を用意しようかなと考えてるくらいです」

 

「そ、そこまでですか………?」

 

「ええ、本当に。恥ずかしながら」

 

 

満足そうな顔で頷くクローズ王子。優しい口調の言葉と裏腹に淡々と肉を金網に乗せて焼いていくクローズだが、未だ気を引き締めている三人を見て、困ったように笑いかけた。

 

 

「…………ああ、皆様。どうか気を張らずとも構いません。話の前の食事の場ですので、互いに楽にしましょう」

 

「え、ええっと………ですが、殿下の前では………」

 

「王子殿下の御言葉なら、仕方ありませんね。お前達も、気を楽にしろとのことだ」

 

 

いち早く切り替えた千冬に、セシリアはハッ!?と見返す。そんな千冬の指示を受け、それもそうかと龍夜とラウラも平然とした態度で、肉を焼き始める。

 

マトモなのは、普通に緊張していたのは自分だけか、とセシリアは自問する。しかしどれだけ考えたところで答えは出るどころか、色んな種類の肉が明確に減っていることに気付いた彼女は考えることを止め、大人しく従うことにした。

 

 

 

 

「さて、会食の時間もまだ楽しみたいですが………少し、話をさせていただいてもよろしいでしょうか」

 

 

それから普通に食事を、焼肉を終えた一同。ある程度食べ終わった頃合いを見計らったクローズ王子が口元をおしぼりで拭きながら、話題を切り出した。

 

 

「本日、私がお三方をお呼びしたのは、他でもない。貴方達には我が国、ルクーゼンブルク公国に来ていただきたいのです」

 

「公国に、ですか?」

 

「その理由を話す前に、少し別の話をしましょう」

 

 

肉に絡まらせる卵が少なくなり、王子は新しい卵を割り、黄身をかき混ぜる。そうしてついさっき焼いたばかりの肉に黄身を染み込ませながら、話し始めた。

 

 

「我が国、ルクーゼンブルク公国はとある理由で国連内部でも大きな立場を有しています」

 

 

実際、その通りである。

ルクーゼンブルク公国は国連内でも立場が大きく、二十人の意志決定機関『楽園の実』の一人として、第一王子(ファースト・プリンス)が選ばれている。

 

小国として肩身が狭いはずのルクーゼンブルクが、他国からの圧力を受けず、それどころか他の大国と肩を並べているのには理由があった。

 

 

「その理由は二つ、我が国の地下に巨大な地下空間があります。洞窟と呼ぶには大きすぎるその場所には、特別な鉱石があるのです。世界でも有数、いや唯一と言える稀少な天然資源が」

 

「─────時結晶(タイム・クリスタル)

 

 

クローズの言葉を遮ったのは、龍夜の小さな呟きであった。それを聞いた瞬間、信じられないといった様子でクローズと千冬が絶句している。

 

そんな二人の大人とその単語に此方を見てくるセシリアとラウラ、四人の視線を受けながら、龍夜は平然と言葉を続ける。

 

 

「ISコアの原材料ともなる鉱石、でしたよね。やっぱりルクーゼンブルク公国にありましたか」

 

「…………蒼青、何故それを知っている」

 

 

険しい顔つきで問い詰める千冬。その情報は、クローズ王子が明かす以外は知る術もない。ISコアの製造法として必要となる時結晶がルクーゼンブルクにあるということは、国連が情報統制により隠している事実だ。

 

それを話す前から知っていた口振りの龍夜に、千冬は警戒を隠さなかった。彼女の言葉を受け、龍夜は素直に話し始めた。

 

 

「昔、ISを造ろうと考えた時期がありました。俺の、俺だけの機体を。自分なら出来ると、自惚れてた時期に。造った後に、色々あって気付きました」

 

 

今度こそ、四人は衝撃の事実に唖然とした。ISを造ろうとした、そんな話を聞いたことがあるが、まさか本気でやったとは思えない話だ。企業や国が尽力して開発するものを、一個人が一から作り出すなど、有り得ないだろう。

 

 

だが、不可能ではないと、千冬は静かに納得していた。あの篠ノ之束が興味を、好意すら覚える天才。前々から、普通とは違う才能を有している龍夜の姿が、織斑千冬の唯一無二の親友と重なっていた。

 

 

「それで、造れたのか?」

 

「機体だけは何とか。けど、コアだけは造れませんでした。どうやっても、どんなものを使っても、ISコアに近いものすら出来なかった。その頃から考え始めたんです。もしかして、ISのコアは特殊な素材でしか造れないのかもしれないって」

 

 

自分達でISコアを造ろうとして、製造不可能と気付いた大人達のように、すぐにそれを理解した龍夜は諦めようとはしなかった。何としても、ISを完成させる。当時その一心で動いていたかつての自分は、その情報を探ることにした。

 

 

「そうと分かれば、ネットを探ればすぐに見つかりましたよ。どれだけの極秘のデータであろうと、隠されているのであれば、システムなら抜け穴を通るのは容易い。犯罪にならないやり方で情報を集めてたら、『時結晶』なんて単語が出てきたので。それを隠蔽するデータを探ってみたら、ルクーゼンブルクって名前があったので、まさかとは思ってましたけど」

 

 

「無性に気になることが一つ…………その、未完成のISは、どうしたんだい?」

 

「売りました。倉持技研のお偉いさんが、偶々その機体に興味を持ってくれたので、10億くらいで妥協しました」

 

「…………一応聞くけど、その資金は?」

 

「半分は姉さんに、半分は今使い潰してます」

 

 

はへー、と感心するクローズだが、ふと何か思い出したように口を開く。

 

 

「というか、未完成で数十億なのかい?倉持も大金を叩きすぎじゃないかな?」

 

「まぁ、自分なりの未完成です。一夏の白式のような欠陥品に似た感じで………ああ、そういえば。あいつら、一体どうしてあんな大金を用意できたんだ?」

 

 

倉持技研、あそこも当初は小さな開発所であったはずだ。それなのに、何故自分の未完成のIS如きにあれだけの大金を使えたのか。そもそも、あの大金の出所は何処なのか。

 

 

そんな風に考えていると、千冬が軽く咳き込む声が聞こえた。

 

 

「殿下、話が逸れておりますよ」

 

「ん、失礼…………二つ目の理由、ルクーゼンブルクの立場が強いのは、一つ目の理由に関係しててね。時結晶をある二人に提供したことがあったんだ」

 

「…………その二人は一体」

 

「篠ノ之束博士と八神宗二博士。前者は兄、第一王子が。後者は私達の両親と、各々交流しててね」

 

 

残りの焼き終えた肉を口に含んだクローズは呑み込んでから、言葉を紡ぐ。

 

 

「篠ノ之博士には、現時点で全てのISコアの総数分の時結晶を。八神博士は戦争が始まる前に五個の時結晶を提供したって記録にあるんだ」

 

(…………五個────五、か)

 

「その見返りで、篠ノ之博士は十数機のISを、そして第四世代のISの提供を約束してくれた。そして、八神博士からは二つの強力な兵器、『天壊機』を譲渡された」

 

 

無関係とは言い難い数字に険しい顔をする龍夜の前で、クローズは笑顔のまま話を続けた。

 

 

「十数のISと二つの天壊機、この二つを得たルクーゼンブルクは小国でありながら、国連でも立場が大きい一国として数えられるようになった。他の国とは違い、圧力の少ない我が国は、国連の情報捜査から掻い潜れていた。

 

 

 

 

 

それを予見していた八神博士は、我が国に遺した。エクスカリバー、という言葉をね」

 

 

思わず、龍夜は立ち上がった。背中に背負っていたギターケースのような長方形のケース、その中に内包してある自身のIS 『プラチナ・キャリバー』とそのコアである聖剣を感じ取る。

 

自分自身の心臓と同じく、大きく呼応する銀剣。その鼓動が伝わってくるのか、全身から汗が滲んできた。干上がってくる喉から、呼吸が漏れる。

 

 

何故、という疑問すら空気に溶けて消えた。そんな彼の視線を受け、落ち着いた笑顔を浮かべるクローズ王子は、両手を重ね合わせながら、待っていたと言わんばかりに切り出してきた。

 

 

「我が国に来て欲しい。蒼青龍夜」

 

「………」

 

「君も疑問に思っているはずだ。クインテット・シスターズとは何なのか。世界を滅ぼそうとした八神博士が、それを造った理由を。そして、君がその剣に選ばれた真意を」

 

 

穏やかな瞳ではあるが、その二つは強い意志を宿している。言葉に詰まった様子で見つめる龍夜を映した瞳を一度閉ざしたクローズは、淡々とした声音で問い掛ける。

 

 

「全ての答えが、我が国にある。答えの鍵は、君の持つその聖剣だ。来るか来ないかは君次第だが、どうする?」

 

「…………行かない、という理由はないでしょうね」

 

「当然、そこのお二人も。彼の付き添いという形で来て欲しい。…………構わないかな?」

 

 

彼がセシリアとラウラにそう問い掛けるが、二人は最初から決まりきっているとでも言うように、即座に答えみせた。

 

 

「当然ですわ、龍夜さんお一人で行かせるはずがありませんもの」

 

「…………一緒に行けるのであれば、断る理由もないでしょう。私も、同行させていただきます」

 

「言っておくが、私も着いていくぞ。生徒三人だけ外国に向かわせるなど、有り得ない話だからな」

 

「そういうこと、のようですね。─────それでは、今から行きましょうか」

 

一息ついた千冬の前で、そう言いながらクローズが立ち上がる。個室から出ていく王子の後ろを着いていきながら、龍夜は戸惑ったように口を開いた。

 

 

「え?今から?」

 

「はい、そうですが………?」

 

「いや、いやいや………何か間違ってますか?みたいな顔をされても」

 

「…………ああ、もしかして。食事の代金のことを考えてますか?ご安心を。それは此方の経費で落としておきますので」

 

────それって大丈夫なのか? と不安そうな三人の視線を他所に、平然と支払いを済ませるクローズ。大丈夫でしょ、と明らかに楽観的な雰囲気の第五王子に、龍夜は何かを言うことを諦めた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

ある戦場。

革命軍と国軍による戦争が激化した一部のエリアには、あらゆる戦力が投入されていた。革命軍にとっては防衛ラインを崩す好機、国軍にとっては背水の陣とも言える砦の守護として、各々が全力で防衛と攻略を行っていた。

 

しかしその一時間後、双方のトップに届いたのは、勝利でも敗北の報せでも無かった。

 

 

───敵味方含めた両軍全滅という、信じがたい報告であった。

 

 

 

 

「────あ、あ…………ぁ」

 

 

一人の男が、音も途絶えた戦場に転がっていた。倒壊した建物の残骸に隠れるように倒れていた革命軍の兵士だった男は、頭部の傷を押さえながら、ズルズルと這っていく。

 

何故こんなことに、と革命軍の男は思い返す。

少し前まで戦場で国軍との戦いをしていた男は、国軍の砦に侵入する前のことを思い出していた。

 

 

突然のことだった。砦の内側から防衛していた国軍の攻撃の手が止まったのだ。混乱しながら、砦に突入しようとした瞬間、閉ざされていたはずの門が開き、国軍の兵士達が逃げ出してきた。

 

此方を見て警戒するよりも先に、国軍の兵士達は必死に叫んでいた。逃げろ、殺される、化け物が来た、と。さっきまで敵であった自分達ではない何かを恐れる国軍の兵士を問い詰めようとした直後だった。

 

 

自分達の前に─────化け物が現れた。

 

金属の鎧を纏い、鎖を鳴らした鋼の狂犬が。血を啜り、肉を喰らうために、戦場に降り立ったのだ。助けを求めていた国軍の兵士を、踏み潰しながら。

 

 

人の言葉を話す狂犬は、戦場にある命を平等に惨殺した。そんな化け物を前に、国軍と革命軍は即座に連携した。協力して危機を打破しようとしたが、意味はなかった。

 

鋼の怪物の顎が、捉えた兵士を噛み砕く。鋭利な爪と牙が、彼等の装備ごと切り裂いていく。燃え盛る灼熱の炎が、生きたまま何人も焼き焦がした。

 

次第に勝てないと理解した彼等は逃げることを選んだ。共に戦っていた仲間を見捨て、生き残ることを優先した。最後まで戦おうとした男は、建物の倒壊に巻き込まれたが、難なく生き残った。

 

炎を帯びた鋼鉄の化け物は、逃げ出した者達を殺していった。生きたまま喰われるような粉砕音と張り裂けた絶叫が連鎖し、そして何も声がしなくなった。

 

 

(なんだよ、あれ………味方、じゃないよな。なんで、俺達を────あんな風に、殺せるんだ?)

 

 

目的のために殺す、のとは違う。あの化け物は、殺すために行動していた。殺すことへの快楽を覚え、呼吸するように殺戮を行う怪物。

 

そして、アレの中身が同じ人間であることすら、信じがたい事実だった。

 

 

 

 

「──────あ」

 

何かに気付いた男が、息を止める。ガタガタと震えを刻む歯を鳴らした男は首を動かし、真上を見上げた。

 

 

直後、男は喰い殺された。上空から飛来した鋼の顎によって、生きたまま噛み砕かれた。

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

新たに戦場に踏み込んだ人間は、周りを見渡した。全てが血と破壊に染まった景色。見るも無惨だ、と彼は思う。この戦場で殺し合っていた兵士達は、たった一人の怪物によって殺し尽くされた。

 

 

その元凶たる鋼の狂獣。つい先程まで命を貪ったであろう血に濡れた三つの鋼の顎を有した鎧を纏う化け物を前に、男────レギエルは聞いた。

 

 

「………満足か?」

 

「満足─────だぁ?」

 

 

狂獣の装甲が消える。鎖に繋がれた三つの顎が粒子となって消え、中から現れた男の首の拘束具へと集まっていく。頭を失った鎖が空中に舞ったと思えば、男の胴体と腕に絡まり、より強固に巻き付いた。

 

フードを勢い良く被った男、ヴォルガは歯を剥き出しにして、叫んだ。

 

 

「足りねぇ、足りねェェェェェェなァーーーッ!何一つ!足りねぇ!満ち足りねェ!こぉんな雑魚ども殺したところで満足するかよ!一体何時になったら暴れられる!?手応えのある奴等をブチ殺せるんだぁ!?レギエルッ!!」

 

 

アナグラムから分離した過激派テロリスト集団、レヴェル・トレーター。四人のトップ、指導者の一人 ヴォルガ・ハザード。

 

戦場の一つを蹂躙し尽くしたヴォルガは、それでも満たされないのか。苛立たしそうに怒声を響かせ、レギエルを睨み据えた。血に飢えた殺意の衝動に駆られる獣に、レギエルは恐れすらしない。平然と、溜め息を漏らす。

 

 

「そんなお前に朗報だ」

 

「ああ?」

 

「『聖剣(エクスカリバー)』が動いた。予定通り公国へと向かう。ミフルと連携し、公国を襲撃する」

 

その言葉を聞いた瞬間、ヴォルガの口が裂ける。引き裂けるような笑顔を浮かべた男は、興奮を押さえきれぬような声で高笑いした。

 

 

「ようやっとか!待ちわびたぜ!殺って良いよな!殺して良いよなぁ!?あの聖剣使いもブチ殺して!ついでに聖剣も強奪しちまえば、都合が─────」

 

「聖剣使い、蒼青龍夜は殺すな。後々必要だ」

 

「…………ァ?」

 

 

何を言ってる、とヴォルガが凄まじい殺気を込めて睨んでいた。物怖じすらしないレギエルは冷静に、説明をしていく。

 

 

「ヴォルガ、お前は適度に暴れた後、蒼青龍夜の相手をしろ。殺さぬように、いたぶる程度で良い。覚醒すれば、後は私が何とかするさ」

 

「…………ハッ!オレは聖剣使いの当て馬か?随分舐めてんじゃねぇか!レギエルゥ!」

 

 

言いながら、ヴォルガは歩き出す。足元にあった死体、先程三つの顎で砕いた胴体から腕を引きちぎり、顔に飛び散った血を舌で舐めとりながら、彼は腕の肉を口に咥えた。

 

 

「テメェの魂胆は見え透いてるぜ!エーゼルもミフルも!テメェが後ろから、オレ達の背中を狙ってることも。どうせ他の奴等と同じように、隙を見せたオレ等を『蛇』で呑むつもりだろ?」

 

「…………」

 

 

「それくらい好きにしろ。けどよ、どうせ呑み込むなら一発でやれよ?もし生半可に生かされたら、オレはテメェを噛み千切って──────喰い殺すぜ」

 

 

ブチッ、と腕の肉を喰い千切る。人肉を軽く噛み、呑み込んだヴォルガは自身が食した腕を投げ捨て、血に染まった歯を見せて笑う。レギエルはそんな彼の視線を受けながら、目を細める。

 

 

 

 

──────化け物め。

心の中で、レギエルは目の前の男をそう罵倒した。彼自身、ヴォルガ・ハザードという存在をおぞましく思う。一体何があれば、どんな悲劇があれば、これだけの怪物が、人間社会に生まれ落ちるのか。

 

 

正直知りたくもない。目の前の、人の皮を被った怪物が何なのかすら。だが、唯一。彼が興味を持ったことがあった。

 

 

 

「エクスカリバー、世界を変革する力を手にしてどうする。何を求める」

 

 

そんなレギエルの問いに、ヴォルガは不気味に笑い、告げた。

 

 

 

 

「男も女も、ISも兵器も関係ねぇ…………強さだけが物を言う、殺し合いの世界。血と臓物が全てを塗り潰す、戦争だけの世界を」

 

 



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第53話 ルクーゼンブルク公国

六時投稿遅れたけどセーフか?(不安)


「────到着しました。ようこそ、我が祖国。ルクーゼンブルクへ」

 

 

空港から降り立った一同を前に、丁寧にお辞儀して見せるクローズ王子。IS学園の空港から自家用機らしき飛行機で飛んできた龍夜達は、軽く頭を下げて応じた。

 

そんな彼が先頭に立ち歩こうとしていると、空港の入り口の方から慌てて走ってくる人影が何人か見える。

 

黒スーツの、端から見ればSPのようなメイド達。サングラスも掛けている故に、メイドの要素から欠け離れている。そんな彼女達を率いるように、軽装鎧の女騎士らしき人物がクローズの顔を見て、即座に膝をついた。

 

 

「クローズ殿下!御無事で何よりです!」

 

「大丈夫だよ、ジブリル団長。戦争に行ったんじゃあないんだ。怪我を負う心配なんて不要さ」

 

「そう言われましても!クローズ殿下に怪我があっては、我等近衛騎士の面目が立ちませぬ!」

 

「………ははは、ホントに真面目だね。怪我なんて有り得ないから、安心してくれ」

 

 

しかし、と不安そうな顔で食い下がる女騎士 ジブリルにクローズ殿下が笑い掛ける。その彼の笑顔の意図に気付いたらしく、ジブリルはすぐさま大人しく引き下がった。

 

 

「殿下、此方の方々は………」

 

「IS学園の客人だ。くれぐれも、丁重に出迎えるように。万が一にでも何かがあれば─────第五王子の名に泥を塗ると思ってくれ」

 

「───ハッ!承りました!」

 

 

クローズの言葉を承けたジブリル団長が一礼し、地面に敷かれたレッドカーペットの両脇に並ぶ男装のメイド達の合間を通り、龍夜達はその先に鎮座していた車の前に立つ。

 

 

「この車は………?」

 

「今からこの車で、城に向かう。私の兄妹達と、君達の先輩が待っているからね」

 

「…………は?先輩?」

 

「おや、話してはいなかったな?」

 

 

案内され、高級な黒い車の後部座席に乗せられる龍夜達。一段前の座席に一人座ったクローズ王子は振り返り、自信に満ちた笑顔で答えた。

 

 

「少し前に、協力を仰いでいたのさ。君達IS学園の先輩、学園最強にね」

 

 

瞬間、龍夜の顔が歪む。嫌そうな、苦手な相手の姿を思い出した彼は、苦々しい思いを口に含み、舌打ちとして吐き捨てた。

 

 

◇◆◇

 

 

「………ここが、ルクーゼンブルク公国か」

 

 

高級車が空港から発ち、田舎道を抜けたところで、ようやく首都が見えてきた。自然の緑と合わさる町並み。レンガ造りの街の向こうには、一際大きな城が見えている。

 

 

 

ヴィアルハーデ城。かつて公国の原型であった大公国の君主の住んでいた城、ヴィアンデン城を模して建造された城。新たに生まれ変わったルクーゼンブルク公国、その君主となったトワイライト一族の居城として利用されたものである。

 

かつて大公国とは違い、王族となったトワイライト家が本来王となるのだが、事情により、今のルクーゼンブルク公国には王がいない。

 

その代わりに、六人の王子王女がルクーゼンブルクを統治している。其々の王子と王女が自分達に適した形で国の運営に携わり、ルクーゼンブルク公国を強くしてきたのだ。

 

六人の王族の中で最も王と呼ぶべき存在がいるとすれば、それは国の中核を統べる第一王子(ファースト・プリンス)なのだが、彼等にとっては『王』はまだいないものらしい。

 

王を決めるため、兄弟同士でいがみ合っているのか。或いは、王に相応しい者の為に椅子を空けているのか。その真意は彼等にしか分からない。

 

 

車の窓から外の、街の光景が見える。一見見れば賑わった街中であり、何ら変わらない光景だ。しかし、見る人によれば即座におかしいと思うものであった。

 

 

「────男女が、普通に生活している?」

 

 

外の世界、というよりも、日本やイギリスにいる龍夜やセシリアからすれば、驚きを隠せない光景であった。彼等の視線の先では、街中を歩く女性や男性が仲良く過ごし、女性だけが優遇されたようなことも見られない。

 

自分達の国であれば、間違いなく女性が優先され、道を歩くだけで女性が男性に強く出ることが多いのだ。龍夜自身、見ず知らずの女性から因縁をつけられたこともあった。だからこそ、目の前の景色が異様に見える。

 

 

「……………皆さんの言わんとしていることは分かります。このご時世では我が国の光景も珍しいものでしょうね」

 

 

釘付けのように見つめていた彼等に頷いたクローズは外の景色を見ながら、平然と答える。

 

 

「我が国は小国、あまり外部の影響が強く届いていないですからね。争いも特になく、他国に挟まれた形ですので。それに、兄妹達がそうならないように頑張っていますから」

 

 

上の立場の者達を見て学ぶ、ということか。

少なくとも、ルクーゼンブルクの民達は、男や女など関係なく、互いに協力し合うトワイライト家の王子王女達に感化されたらしい。

 

そんなものか、と思いながら龍夜はその街並みに視線を向ける。ヒッソリと、誰にも悟られぬように呟いた。

 

 

 

 

「────世界がこんな風なら、姉さんは────」

 

 

後悔、失意、そして一握りの憧憬を込めて。

窓際の景色を見ていた龍夜は、決して自分自身では気付かない感情を秘め、それをより深い奥底へと沈めた。

 

ただ、蒼青龍夜はその光景を素晴らしいものだと思ってしまった。だからこそ、思ってしまったのだ。自分の姉を襲った悲劇は、理不尽に近いものであった事を。陰謀などではない、世界そのものが引き起こした不運だった、と。

 

噛み締め、思い馳せる龍夜の心境を悟ったのは、二人の大人だけであった。セシリアは遠い目をする龍夜に、ラウラは感情を変化させた彼に、各々の違いを読み取ったが、何も言わなかった。彼自身に配慮したのだろう、気遣いが容易い少女達に、感謝しかない。

 

 

 

「…………?アレは────」

 

 

その空気を変えるためか、或いは純粋に気になったのか、反対側の窓から街を見ていたラウラが声を漏らす。彼女の見ている先に視線を向けると、確かに異様なものが見えた。

 

 

城に近づくにつれて、発展していく街並み。その道や大通りに、2,3メートルの甲冑騎士が何人か歩いている。槍に盾を装備した重装の騎士は、まるで重さを感じてないように進んで─────いや、進まされている。

 

 

自律人形(オートマタ)…………ッ、まさかアレが?」

 

「ええ、お察しの通り。我が国の戦力、天壊機 『金属の騎士団(フルメタル・ナイツ)』です」

 

 

八神博士が開発した無人兵器の極致、生命を殺すことに特化した戦争のためだけの、界滅神機の原型。究極の無人兵器のプロトタイプと呼ばれる天壊機。八神博士の死後、第三次世界大戦を果てに、博士の意思の元に多くの生命を奪った天壊機を含む殆どの兵器は処分された。

 

だが、それも大義名分に過ぎず、大国の多くは自己防衛のために八神博士の兵器を処分せずに残し続けた。戦争に一番役に立ったISが普及した今でも、八神博士の開発した無人兵器は世界で運用され続けている。

 

 

だが、ルクーゼンブルクは例外であった。他の他国のように、鹵獲した兵器を再利用しているわけではない。ルクーゼンブルク公国が所有する天壊機は、大戦前に博士から譲渡されたものであり、十年間変わらず運用され続けている。

 

 

「………しかし、それを素直に話していいのか?」

 

「どういう意味か、御伺いしても?」

 

「ルクーゼンブルク公国にとって、天壊機は自国を守護する力の一つ。そんな簡単に情報を話しては、国にとって損害がある、と思ったので………」

 

「……………なるほど、お気遣い感謝します」

 

 

軽く顎を擦りながら、納得したように頷くクローズ。対応を間違えたかと少し気を引き締めるラウラに、彼は優しく笑いかけた。

 

 

「心配は無用ですよ?ラウラ・ボーデヴィッヒ大佐」

 

「…………っ」

 

「たかが漏洩した情報如きで、揺らぐような国弱ではありません───────ルクーゼンブルクは、ね」

 

 

不敵な笑みである。

自信に満ちた彼の言葉は、まるで実際にそうであると体現するかのように、強固なものだ。歴戦の戦士に近い雰囲気を示す王子に、ラウラを含む三人が疑念を抱くが、そんな視線もいざ知らず「おや」と王子が声に出した。

 

 

「ようやくだ、我が城も目前だ。そろそろ降りる準備をしてくれよ、皆」

 

 

そんな風に話すクローズの言う通り、目的地───ヴィアルハーデ城は既に目の前まで近付いてきていた。城の入り口に着いた高級車から降りたクローズに続いていく龍夜達。

 

表口とは違う、裏口からであるにも関わらず、レッドカーペットは丁寧に敷かれている。王族専用の通路だからか、ちゃんとしているな、と素直に思ってしまった。

 

 

そんな裏口の階段を歩いていると、人影が見えた。見たことある人物に露骨に眉をひそめる龍夜。彼の前を歩くクローズは、穏やかな顔で手を振った。

 

 

「やぁ、まさか迎えに来てくれるとはね。ゆっくりしてくれても良かったんだよ、サラシキさん」

 

「いえ。これも当然のことです。クローズ王子とは色々お世話になっておりますので」

 

「フフ、お目当ては私じゃあないでしょう?君が待っていたのは、可愛い後輩だと思うけどなぁ」

 

 

まるで対等であるかのような態度の王子、謙遜しながらもその態度を受け入れる少女。その顔立ちが日本人のものであると気付いたセシリアとラウラは、記憶に残った顔を思い出し、あっと口に漏らす。

 

そんな反応に気付いた少女は、セシリアとラウラへと視線を向け、龍夜を見た途端、クスリと笑う。IS学園の制服の後ろから取り出した扇子を開き、『再会』の文字を見せた。

 

 

 

「久しぶりね、元気にしてた?蒼青龍夜くん♪」

 

 

水色短髪、真っ赤に染まった瞳の少女。名を、更識楯無(さらしきたてなし)。IS学園の生徒会長にして、学園最強の名を欲しいままにするIS学園の現最強。

 

 

彼女の登場を目の当たりにした龍夜────露骨に顔を歪める。会いたくなかったと言わんばかりの顔で、彼は堂々と舌打ちを漏らした。不愉快という気持ちを隠さぬ苛立ちを込めて。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「…………露骨に態度に出されると、おねーさんショックだなぁ」

 

 

城の内部に入った廊下で、歩きながら楯無はそう漏らした。確かに失礼が過ぎたかと思った龍夜だが、再び開かれた扇子に『残念』の文字が刻まれているのを見た途端、思考を改めた。

 

本当に、苦手だ。猫というよりも蛇に近い。飄々とした態度でありながら、自分を見え透いたような眼を向けてくる。何より手玉に取られているようで、苛立ちが拭えない。

 

 

彼女と対面した直後、セシリアとラウラは不安そうな顔で問い詰めてきた。一体どういう関係なのか、と。楯無と龍夜は、ほぼ同時に答えた。

 

 

『可愛い後輩クン』

 

『敵』

 

 

冷えた眼で断言した龍夜に、楯無はひどーいと拗ねたように(明らかに演技)呟いていた。本当にやりにくい。だから苦手なのだ。こういう相手は。

 

 

「それで………どうして、更識生徒会長がここに?」

 

 

龍夜の言い分に納得はしたものの、警戒を隠さないセシリア。ここで素直に受け取らないことを感心する龍夜だが、彼は知る由もない。セシリアが更識楯無を恋路の障害となるライバルか見定めていることには。

 

一夏程ではないにしろ、そういうことには疎い────自分に好意があるとは到底考えない龍夜には、難しい話であった。

 

 

「クローズ殿下は外交を担当する王子だから、仲良くするのは当然だと思うけど?」

 

「…………安全のためにね、最近何か色々と面倒事が多いから悩んでたところを、彼女が手伝いを申し出てくれたのさ」

 

 

おっと、とクローズが口を紡ぐ。彼の目の前に、大きな扉があった。クローズが扉を押すように手で触れると、ゆっくりと大扉が開く。

 

 

巨大な機械が吊るされた、異様な空間。その機械は、サナギのような形状、複数の装甲を纏う巨大な塊は呼応するようにエネルギーを高めていた。

 

 

「────待っていたぞ」

 

 

その真下に、人が立っていた。王族らしき服装とマントを着込んだ男性。金色の如くの長髪、半分だけ隠されていた顔の奥には、眼帯があった。

 

腰に複数の装飾剣を備えたその男性、王族の一人は、龍夜の姿を確かに捉えた。薄い赤のような色合いの隻眼を向け、静かに口を開いた。

 

 

「蒼青龍夜、クインテット・シスターズに選ばれた者よ」

 

 

やはり、知っていた。

思わず龍夜は手と指に力を込めた。そんな彼の変化を見据えながら、気にする素振りも見せず、その男性が静かな口調で話す。

 

 

 

「─────アーク・トワイライト・ルクーゼンブルク。第一王子だ」

 

 

堂々と、厳かな声を響かせる第一王子。ルクーゼンブルクを動かす六人の王子、そのトップ────長男にして、『国政』を担当する者。それこそが、目の前の人物であった。

 

即座にその場に跪こうとする一同。しかしそれを、いち早く察知したアークの手が制した。

 

 

「不要だ。礼儀も何も。今必要なのは、君との語らいのみだ」

 

その眼は、ただ一人───蒼青龍夜へと向けられている。他の誰もが言葉を発することなく、沈黙を貫いている。楯無やクローズすら、その光景を静かに見据えていた。

 

 

「────君に問いたいことが、幾つかある」

 

「……………何でしょうか」

 

「君は何のために戦う?強さを求める理由は、君にあるか?」

 

 

有無を言わさぬ王子の視線。返答次第ではなく、嘘偽りを許さぬという強い意思の乗せられたもの。もし生半可なものであれば、その場で切り捨てるという殺気すら感じられるのは、アーク第一王子が放つ気迫故にか。

 

当然、こんなことで一々嘘をつくほど、みみっちくはない。正直に、自分が目指す目標を口に出した。

 

 

「最強になるためです。俺が世界を変える、女尊男卑なんて下らない考えが罷り通らない────こんな世界よりも、より良い世界にする」

 

「─────」

 

 

静かに、王子が一息つく。どうやら期限を損なうものではなかったらしい。或いは器が大きいのか、第一王子アークは両目を細目ながらも、言葉を続けた。

 

 

「嘘ではないな。その通り、君はその力をもって世界の変革を望んでいる。間違いないと、判断した。

 

 

 

 

 

─────だが、それが全てではないだろう」

 

 

まただ。

同じように、目の前の男は見抜いてくる。自分の目標の裏側にある、本当にやりたいこと、彼が望むことを。どいつもこいつも、簡単に見透かしてくる。

 

平然を保とうとする龍夜を前に、アークは言葉を紡いでいく。自身が提示した疑問の答えを、自分自身で明かすように。

 

 

「君が強くなろうとする理由が他にあるとすれば─────両親を殺した者への復讐か」

 

 

もう、誤魔化せなかった。しかし分かっていても嫌気が差してくる。どうしてこの世界の強い奴等は、自分の本心を的確に突いてくるのか。龍夜には分からないが、強者には分かる一つのものがあった。

 

人間が瞳の奥底に情景。龍夜の眼に刻まれた感情は、燃え滾るマグマのように、黒い闇のように禍々しく、蠢く憎悪であった。

 

 

「何故、それを知っている」

 

「君のことは把握している。君の両親の死の真相についても、君の姉に起きたある悲劇についても。

 

 

 

 

 

 

君が人を、世界そのものを嫌っていることも」

 

 

その言葉に、セシリアとラウラが思わず振り返った。事実なのかと不安そうな視線を前に、龍夜は沈黙を貫き────ガキリ、と奥歯を噛み締めた。

 

 

否定はない。

何も言わず歯噛みするしかない龍夜の態度が、それが事実であると物語っている。

 

 

「君の復讐を否定するつもりはない。両親を殺され、家族がバラバラになり、残された姉すらも自由を奪われた。そんな君が敵を激しく憎むのは、当然のことだろう。だが、憎しみのままに動き仇を討った後に、君はどうする?」

 

「…………何が、言いたいんですか」

 

「君の憎悪が、世界に向く。君を見て、そう確信した」

 

 

此方を見据える強い眼差しを、受けるしかない。龍夜にそれを強く否定する資格も理由もない。何故なら、否定できないか。

 

実際に、世界そのものを憎んだことがあったからこそ、きっとそうなるという自信があった。

 

 

「君の剣、エクスカリバーの光は強い。あらゆるものを照らす聖なる光は、君の進むべき道を照らすだろう」

 

「……………」

 

「だが、君が憎悪に囚われる限り、その光に陰りが差す。これはあくまでも忠告だ。その力を殺すためではなく守るために振るわねば、君の大切な居場所すら滅ぼすことになる。クインテット・シスターズとは、そういう兵器だ」

 

 

そこまで言った直後だった。

慌てた様子で広間に入ってきた老執事が、アークの耳元で囁く。眉をひそめた第一王子は明らかに嘆息し、龍夜達に目線を向け直した。

 

 

「………悪いが、緊急事態だ。君達にも、少し手伝って貰おう」

 

「─────それは」

 

 

どういう意味か、と問おうとした瞬間。

 

 

 

 

 

 

─────マスター

 

 

聖剣の少女、ルフェと名乗った少女の声が響いた。鼓膜に届いたわけでもなく、脳に直接流れてきたその言葉に連なるように、彼の頭脳に大きな激痛が伴う。

 

 

「─────あッ、が」

 

 

「っ!?龍夜さん!」

 

「おい!大丈夫か!?」

 

 

その場に膝をついた龍夜に駆け寄ってくれた二人。未だ心配そうに此方を見つめるセシリアとラウラに、大丈夫だと告げ、龍夜は立ち上がる。

 

まだ頭痛は響いていた。そこまで酷くはないが、流れ込んできた情報が過剰量であった故に、頭痛を引き起こしたのだ。何故そんなことが起きたのか、龍夜は自身が持つ銀剣を見下ろす。

 

問題は、その情報。

エクスカリバーの中にいる少女が自分に伝えたのは、危険信号である。ある反応を感知し、それを龍夜へと知らせるために警鐘を鳴らしたのだ。

 

 

その反応とは─────

 

 

 

 

「……………界滅神機ッ」

 

「──────」

 

 

龍夜が吐き捨てた単語に、アークは僅かに眼を見開いた。何故ならば、アークに伝えられたのは、ルクーゼンブルク公国の最新鋭の情報網が感知した、界滅神機の起動反応だからだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

数分前のドイツの地方。

ドイツの地下にある使い古された大規模な坑道。昔のような小さな通路ではなく、大きく開かれたトンネルが道なりに続いている。

 

 

その通路を進むのは、赤いラインの入った黒い軍服の少女達。ドイツ軍特別のIS部隊、シュヴァルツェ・ハーゼ。通称『黒ウサギ隊』である。

 

 

「…………うへー、長いですねー」

 

「そう言わない。ここの安全確認が、私達の任務なんだから」

 

「でもさ、こういうところって如何にもな感じですよね!日本でなら出ますよ!サダコとか言うヤツが!」

 

 

ヒソヒソと話す隊員達。謎の日本知識に興奮を隠せない様子で盛り上がる少女達に、先方を歩いていた一人が振り返った。

 

 

「イヨ!ネーナ!マチルダ!私語は慎め!任務中であることを忘れたか!」

 

「ハッ!申し訳ありません!クラリッサ副官!」

 

 

クラリッサと呼ばれた眼帯の少女は険しい顔で騒いでいた少女達を睨み、後で仕置きだとまで言い切る。にも関わらず、頬を赤らめる少女達に呆れながら前を向いたクラリッサ。この部隊の隊長を努める少女に、気軽に語りかける声があった。

 

 

「真面目ですね。ハルフォーフ大尉、私も見習わねばなりません」

 

 

ヴァイアス・ドレイクホーン大佐。第三次世界大戦を活躍した英雄であり、昇進を望まない変人。上層部からは爪弾きにされ、現役の軍人達から敬愛されるドイツの生きる英雄が彼である。

 

この任務、地下トンネルの安全確認の為に付き添っていたドレイクホーン大佐に、クラリッサ・ハルフォーフは慌てたように気を引き締めた。

 

 

「ッ!いえ!大佐殿にもつまらないものをお見せしました!申し訳ありません!」

 

「何、別に謝ることでもないでしょう。勤勉なのは嫌いではありませんから」

 

 

軽く受け流し、両手をポケットに突っ込みながら歩くヴァイアス。初対面であったクラリッサは気を引き締めながらも、困惑した。

 

自身の敬愛する隊長、ラウラからドレイクホーン大佐の事は何より伺っている。同胞に優しく、敵に苛烈な戦闘狂。戦場で生き、戦場で死ぬことしか望まぬ軍人の鏡。曰く、昇進を蹴ったのも戦場で戦うためであるとか。

 

話した限りでは、そんな感じは見えない。普通に対面した感じだと普通の紳士にしか見えないのだが、何か間違いだろうか。

 

 

「…………あの、ドレイクホーン大佐」

 

「ん、君は確か────」

 

「ファルケであります!…………実は今回の任務で気になっていたのですが、ここは何なのでしょうか?」

 

 

何処まで続くトンネルを進みながら、ファルケと呼ばれた少女はそんな疑問を上官へと問う。

 

 

「ドイツ軍の正式な情報では、ここは使用されていないトンネルだと。危険な薬品を保管しているから安全確認が必要と言いますが、私達のしているのは通路のパトロールだけで、薬品の調査は…………」

 

「ファルケ。探るよう真似は────」

 

「ええ、貴方達の予想の通り、ここに薬品なんて保管されていません。ま、そんなもの比にならないような危険物が眠ってはいますが」

 

 

知ったような口振りで答えるドレイクホーン大佐。そんな彼の言葉に、クラリッサ達は沈黙する。少女達の何処かから、唾を飲み込むような音が響いてきた。

 

 

「そ、それは一体─────」

 

「界滅神機です。ご存知でしょう?」

 

「な────ッ」

 

 

淡々と明かされた事実に、クラリッサ達は絶句した。彼女達のその名前のものを知っている。国連が全国の軍部に明かした情報、大戦で死んだ八神博士が遺した人類と世界を滅ぼすための兵器。

 

通常の兵器を越える性能を有するとされており、ハワイ沖で起動した界滅神機は各国が誇る強力なIS四機でも苦戦する程で、テロリストと連携してようやく撃沈させたと聞く。

 

それが世界中の地下にあるかもしれないと言われた時は、肝を冷やした。その兵器が何時起動するか分からない、場所が悪ければ人の多い街の下から這い上がり、近くにいる人々を虐殺するやもしれない。だからこそ、世界中が無視できる話ではなかった。

 

 

「そ、そんなものが、何故ここに────いや、何故ドイツ軍は破壊しないのです!?世界を滅ぼす兵器であれば、一刻も早く破壊するべきでは!」

 

「…………どうですかね。上層部としては、破壊したくないんでは無いですか?なんせ、あの八神博士が開発した強力な兵器ですから」

 

 

────自分達が利用できれば、ISにも負けない強力な戦力になると。これを発見した時、軍上層部は思ったのだろう。だからこそ、隠蔽し、管理することにした。近い内、自分達の戦力として再利用できることを期待して。

 

 

「──────」

 

「………どうかされましたか?大佐」

 

「ハルフォーフ大尉。ISの展開用意を…………どうやら一足遅かったかもしれません」

 

 

スン、と鼻を効かせたドレイクホーン大佐が感じ取った。暗闇のすぐ近くからする、異様な匂いを。それに気付き、呼び掛けたことで、いち早くその異変に気付けた。

 

 

トンネルの通路の一部が半壊していた。吹き飛ばされるように破壊された壁、そこは安全確認のパトロールで最終確認するべき区画を管理するチームのいた場所であった。

 

 

何者かに襲撃されたような破壊の痕に、クラリッサは自分の部隊へと鋭い声で指示を飛ばした。

 

 

「────総員!厳戒態勢!」

 

 

全員が、一気に態度を切り替えた。銃を身構える隊員たちが駆け足でその区画へと突入する。

 

 

入った瞬間、クラリッサはある違和感を覚えた。しかしそれが形となる前に、近くの建物の物影に潜む人影を捉え、銃口をそちらへと向ける。

 

 

「あ…………あああっ」

 

「────生き残りか、何があった?」

 

 

物陰で怯える軍人。ガタガタと震える兵士の顔には赤い液体がこびりついているが、本人のものではない。冷徹に情報を探ろうとするクラリッサが仲間だと気付き安堵したのか、軍人は震えながら話し始めた。

 

 

「黒い、化け物が…………皆、一人に…………変えられて」

 

「…………?何を言っている」

 

 

そんな風に生き残りの軍人を問い詰めていたクラリッサの真後ろに、大きな影が揺れる。ヒト型らしきものが両腕を伸ばし、クラリッサの背後から襲いかかった。

 

 

しかし、その影はすぐに倒れる。ドレイクホーンが頭部に目掛けて投擲したナイフが見事に影に直撃したのだ。気配に気付いたクラリッサが慌てて振り返った時には、全てが終わっていた。

 

 

「ハルフォーフ大尉、ご無事ですか?」

 

「────ハッ!大佐!申し訳ありません!敵を前に隙を見せるなど!」

 

「まぁ、生き残りを相手にされていたので、仕方ないでしょう。それに、部下を助けるのも上司の務めですから、お気になさらず」

 

 

軽く応酬を交わした二人は、目の前にあった影を見ようとして、直後に驚いた。その場に、影らしきものはなかった。残されていたのは、黒い炭のような粒子だけである。

 

 

「これは、一体………」

 

「ハルフォーフ大尉。話は後です、今はこの区画の奥へ向かうべき─────ですが」

 

 

言葉をつまらせたヴァイアス。そんな彼の様子に違和感を覚えたクラリッサが疑問を投げ掛けようとした途端、

 

 

「大尉、今すぐ皆さんに通達を。我々はこの場から退避します」

 

「た、大佐!?いきなり何を────!」

 

「いいから早く。このままでは我々も巻き込まれますよ」

 

 

混乱が拭えないが、上司である大佐の言葉に従い、クラリッサは部隊の引き上げ、その場から出来る限り距離を取る。襲撃された区画から離れた瞬間──────近くの壁を破壊し、巨大な影がトンネルへと乗り上げてきた。

 

 

ガリリリッ! とキャタピラーが駆動する音が多重に連鎖する。大きさの割に軽快に動く巨大な影はクラリッサ達に眼も暮れず、トンネルの奥へと突き進んでいく。トンネルの壁をぶち破っていく巨大な影を呆然と見つめていたクラリッサの横で、ヴァイアスが無線機を繋げていた。

 

 

 

 

「此方、ドレイクホーン。此方、ドレイクホーン。極秘区画に敵が侵入。区画内に貯蔵されていた界滅神機『アルターマグナ』が敵に強奪されました─────」

 

 




正直ルクーゼンブルクには情報が無さすぎて、もうオリジナルしか無いです。


界滅神機に関しては、まぁアメリカやロシアとか、色んな国が見つけても隠すよなぁって。一機でIS複数分だし、戦力して利用したがるヤツが多いと、思いますね。

まぁその結果、敵に利用されたら元も子も無いんですけど(苦笑い)



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第54話 アルターマグナ

「現時点より、理事長による特別作戦の指揮が許された」

 

 

ルクーゼンブルク公国から貸し出された専用ヘリに乗り込んだ一同は、目的の場所へと向かっていた。

 

 

「今回、起動したのはドイツの地下に眠っていた界滅神機。『アルターマグナ』、コードネーム『城塞戦車(フォートレスタンク)』だ」

 

 

淡々と送られてきた情報を読み取る千冬が、空中投影ディスプレイを展開する。ホログラムのように浮かび上がる画像には、対象の形状を示していた。

 

戦車、というにはあまりにも巨大な装甲車。車輪には履帯が巻かれており、戦車特有のキャタピラーが左右に二つ前後に二つずつ、固定されている。

 

巨大な戦車砲を一基を主体に、機体の殆どにあらゆる武装が取り付けられている。城塞(フォートレス)というコードネームの通り、一つの武装要塞のような堅牢さだ。

 

 

「数分前、ドイツ軍によるアルターマグナ防衛戦線が対象と接敵した。結果は惨敗、アルターマグナは一分も遅れることはなく、進行を続けている」

 

「……………」

 

「現在、アルターマグナはドイツの地下に建造されたトンネルを突き進んでいる。進行速度と方角からして、狙いはルクーゼンブルク公国だ。奴の移動速度から予測して、推定三十分だろう」

 

「………三十分、か」

 

「蒼青、オルコット、ボーデヴィッヒ………そして、更識の四人でアルターマグナを撃破する。その為にも、まずは足を止める。車輪を破壊し、奴の進撃を押し留めるのが、第一の目標だ」

 

 

地下のトンネルは途中で途切れてある。トンネルを最後まで進んだ後、予想される過程では────地上へと這い出てくる可能性がある。地上に出てからが、ISでの戦闘を行う絶好の機会だと。

 

ルクーゼンブルク国土に侵入する前に、ドイツ領内で撃破する。それがこの短時間で、ルクーゼンブルクとドイツの間で交わされた盟約である。

 

 

「質問、よろしいでしょうか?織斑先生」

 

「何だ、更識」

 

「アルターマグナは何故、ルクーゼンブルクを狙うのですか?報告によりますと、界滅神機は人口の多い場所を積極的に襲うと聞きます。では、一番近いドイツ本国ではなく、ルクーゼンブルクへと向かうのは、界滅神機のプロセスに反していません?」

 

 

楯無の疑問に何人かが気付いたように顔を上げる。確かに、ハワイ沖で交戦した界滅神機───クリサイアは待機中の学生達の方に標的を定め、侵攻していた。

 

アルターマグナが起動したのはドイツ領内。ルクーゼンブルクはドイツの近くに位置するが、それでも起動した場所はルクーゼンブルクから遠く、明らかに近いのはドイツ領内の街である。

 

それを無視して行動すること自体、異常なことだった。界滅神機は人類への報復をメインとした破壊兵器。実際に大勢の人間を率先して攻撃する兵器が近くにいた人々を見逃す道理などあるはずがない。

 

 

思い悩むセシリアとラウラだが、龍夜はすぐにその意図を理解した。恐らく、更識楯無は大体予想できていて、敢えて口に出したのだろう。自分達全員にその可能性を考えさせるために。

 

 

「アルターマグナはドイツ軍が鹵獲していた界滅神機、人工知能と生体ユニットは事前に取り外されていた。つまり人工知能が自発的に起動した訳ではない。それに、ドイツ軍の報告では、アルターマグナが封印されているエリアが何者かの襲撃を受けたと聞く」

 

「で、では────アルターマグナは誰かが動かしているということですか!?」

 

 

それならば、多少頷ける。アルターマグナが近くの生体反応を見逃し、ルクーゼンブルク公国に直進するのも、誰かが意図的に動かしているのであれば、消化される問題であった。

 

 

だがそれでも、龍夜としては納得できない。事前に国連からの情報を読み解いていた彼は、その矛盾にすぐに気付いたのだ。

 

 

「それこそ有り得ないでしょう。界滅神機は生体ユニットが無ければ動かない。だが、生体ユニットは取り外されてるのなら、一体どうやって動かしたんですか」

 

 

ISが生身の人間、主に女性にしか起動できないように。界滅神機も同じく、生体ユニット────最適化された強化人間にしか運用できない。界滅神機にとって、生体ユニットは心臓と脳、二つの臓器に等しい。それが欠けてしまえば、界滅神機を動かすことなど絶対にできない。

 

 

予想できる話であれば、今回襲撃したテロリストは界滅神機の生体ユニットを持ち運んでいたことになる。そんなもの、一体何処で用意したのか。

 

 

「────兎も角、だ。お前達は最終防衛ラインにて、アルターマグナを撃破するように。私は近くの施設でモニターさせて貰う」

 

 

輸送ヘリが山奥の一帯、アルターマグナが出てくるであろうエリアへと着陸する。龍夜達を下ろしたヘリは千冬を乗せ、ここから最も近い辺境の基地────今回の作戦の拠点へと向かっていった。

 

 

「さて、私達は目標が来るまで待機するしか無いけど………近くまで行ってくるわ。来たら知らせるから、任せるわよ?」

 

 

笑顔で語りかけ、ISで飛翔していく更識楯無。その様子を見届けた龍夜はフンと鼻を鳴らし、近くの木陰に背を預けた。ISの調整でもしようかと思っていると、

 

 

 

 

「…………あの、龍夜さん」

 

「セシリアに、ラウラか。どうした?」

 

 

二人の少女が、自分の近くへと駆け寄ってきていた。その事にすら気付かないことを、気を許し過ぎていたかと思い悩む。何の用かと伺うと、ラウラは落ち着いた様子で答えた。

 

 

「何、婿に………いや、龍夜の事が気になってな。さっきから随分と思い詰めた様子だろう」

 

「…………そんなに顔に出てるか?」

 

 

困ったように聞き返すと、当然と頷くラウラ。配慮がないというか、冷淡というか、そんな調子に龍夜は思わず小さな笑いが溢れた。

 

そんな龍夜を驚いた顔で見つめる二人に、彼は問いかけた。

 

 

「────第一王子の言葉を、気にしているのか」

 

「っ、それは…………!」

 

「いや、話そう。お前達になら、明かしてもいいはずだ」

 

 

龍夜を案じ口ごもったセシリア、だが彼は敢えてそう答えた。IS学園に入る前までの彼とは大きな違い。合理主義者であり、人間不信であった彼が、他人を信用すること自体、それを知るものからは信じられぬ光景である。

 

 

ポケットから取り出したスマホを起動させた龍夜は、その中にいる妖精に言う。

 

 

「ラミリア、あの画像を」

 

『マスター…………うん、分かった』

 

 

心配そうに声をかけるラミリアは頭を振るい、スマホ画面にある画像を提示した。言葉も出さずに見せるように向けられたスマホを覗き込むと、二人は眼を剥いた。

 

 

 

「これは…………写真?」

 

 

その画像は集合写真であった。

数人が一緒に並んだそれは、家族写真だといち早く気付けた。顎髭のある笑顔の男性とその隣に寄り添う女性。強気というより男前な雰囲気の女性と彼女の隣に立つ人形のような男性。

 

そんな四人の間にいる、穏やかで純粋な笑顔の少女。その少女の傍らに、少年がいた。

 

 

笑顔なんてものが何一つ無い。鋭さしかない少年。自分以外の全員が笑ってる中、その少年だけは冷たい眼差しと凍てつく表情を崩さない。

 

 

「───この人達が、龍夜さんのご家族ですか?」

 

「ふむ、そしてこれが子供の頃の婿か…………こういうのを、何と言うか。日本で言う、ボッチか」

 

「あの、ラウラさん?流石にそれは、違うのでは?それ以前に、その言い方はあんまりかと………」

 

 

それは事実だ、と龍夜は静かに受け止めた。

かつての自分は、お世辞にも社会に適応できる人間ではなかった。自分以外のあらゆる他者を凡愚として徹底的に見下し、全てを嫌悪し侮蔑する────孤独な天才だった。

 

 

自分がここまで変われたのは、家族がいたからだ。あんな自分を、腫れ物のように扱うこともなく、家族として過ごしてくれた。今の龍夜にとっても、何より大切な存在であることに変わりはない。

 

 

 

「俺の両親は、第三次世界大戦後のISの扱いに異論を唱えていた」

 

「…………」

 

「大戦に貢献したISを世界は兵器としか見てなかった。今は国連が締結したイース条約によって、ISの兵器として運用は禁止されてるが、終戦当時はそうでもなかった。ISを行使した戦争が起きないように、父さんと母さんは世界中に呼び掛け続けた」

 

 

今現在まで、ISが兵器として利用された戦争は存在しない。ISにより制圧された争いはあれど、IS同士での軍勢での殺し合いは一度も起きたことがない。ある事件を境に立案されたイース条約のお陰であるが、その前まではISを兵器として利用しようと世界中が動いていた。

 

龍夜の両親は、それを阻止したかったのだ。多くの犠牲を防ぐため─────何より家族の為に、ISに純粋に憧れていた龍夜のために、二人は無茶を通そうとした。

 

 

「だが、二人は殺された。遠方での活動中に、何者かに殺害された。日本にいた俺達は、その事実だけを知らされた」

 

「─────」

 

「その日を境に、俺達家族は引き離された。義兄さんと百合姉さんは様子が可笑しくなり、俺達の前から出ていった。父さんと母さんの死を騒ぎ立てるマスコミのせいで、姉さんは心身共に疲れ果てた」

 

 

人間嫌いの少年が、更に家族以外の人間を嫌いになった。彼が今のように落ち着いたのは、姉に心配をかけないためか、自分の側にいるもう一人の家族────ラミリアがいたからか、かもしれない。

 

 

「けど、俺は気付いた。義兄さんと百合姉さんが処分したパソコンに、消去されたデータがあった。分析、復元してみたら、そこに真相が隠されてた」

 

 

スマホの画像を切り替え、龍夜はある写真を見下ろす。監視カメラにあったそれを睨みながら、彼は低い声で呟いた。

 

 

「父さんと母さんは、ISを纏った奴に殺された。世界の裏にある暗部に蠢く実在も知られてない、国連が追っている黒いIS。『魔王』と呼ばれる存在に、両親は暗殺されてた」

 

 

 

ぼやけた画像に映し出されたのは、漆黒の鎧。ISの解除するような粒子の光に包まれたそのISは、顔の半分に大きな赤紫の眼が覗いてあった。その強烈な姿と禍々しさに戦く一方で、二人はすぐに気付いた。

 

 

────先日の事件、一夏と箒の親友 海里暁を殺したISと特徴が類似している。この存在が、同じように手を出したのか、と。

 

 

「二人は、それを知ったんだ。そして、俺達に知られないように、二人で敵を討とうとした。俺や姉さんを、復讐に巻き込まないために」

 

 

自分達だけで、終わらせようとした。そんな二人の考えに、龍夜は不満すらない。そんな権利は、自分にはない。

 

 

「──────だが、そんなこと関係ない。父さんと母さんは、殺されていい人間じゃなかった。俺にとって掛け替えのない、誰よりも大切な家族だったんだ。あの二人を殺した奴が、今も平然と生きていることが─────俺は、絶対に許せない」

 

 

己の夢を諦め、人生を費やす程の理由がある。龍夜は両親の敵である奴を殺すためであれば、生涯を尽くす気でいた。当然ながら、他人に復讐を否定されようと、それを止めるつもりはない。

 

たとえ同学の仲間達────一夏達や、セシリアやラウラから止められようと、龍夜は復讐を止めることなど有り得なかった。

 

セシリアが何かを言いたそうな顔をしていた。彼女が口を開こうとした直後、

 

 

 

『────皆、来るわ』

 

 

楯無からの、短い通信が届く。それだけであった。瞬間、近くの山の根元が爆発した。噴火したような勢いに、岩や土が巻き上げられ、雨のように降り注ぐ。

 

 

「────ッ!」

 

 

ISを展開した龍夜とセシリア、ラウラが上空へと飛んでいく。砂塵が撒き散らされ、周囲の視界が多い潰されていたが、その煙を払い除け、山に大穴をぶち開けた巨体が外へと出ていく。

 

 

 

装甲列車のような、巨大な重量戦車。戦艦のように無数の兵装を搭載したそれは、コードネームの通り、要塞の如く強固にそびえている。戦車の前方にあるユニットから眼光のようなモノアイが浮かび上がり、雄叫びを上げるように全身から蒸気を噴き出した。

 

 

【──────ゴォォオオオオオオオオオオッ!!!】

 

 

 

界滅神機 アルターマグナ。

超重量機関戦車。地上へと飛び出した鋼鉄の塊は、そのままルクーゼンブルク公国に狙いを定め、進軍を始める。邪魔する者全てを薙ぎ払いながら。

 

 

◇◆◇

 

 

 

「────此方、黒ウサギ隊(シュヴァルツェア・ハーゼ)。補給ポイントE4へと到着しました。補給が完了次第、最終防衛ラインへと向かいます」

 

 

ISを展開したクラリッサ達が、小さな駐屯基地へと降り立つ。トンネルを通過していくアルターマグナを止める最終防衛ライン。山を突き破って出てくるであろうその場所が、彼女達の向かうべき戦場であった。

 

 

生身であるため司令部から指示を送ることにしたドレイクホーン大佐の話によると、アルターマグナの狙いであるルクーゼンブルク公国に偶然訪れていたIS学園が共に対応するらしい。その一人として、彼女達が慕う隊長の名前が出たことで、部隊全員がやる気に満ち溢れていた。

 

 

だが、そんなやる気を鎮火させるような────不安な光景が彼女達の目の前に広がっていた。

 

 

 

 

「─────誰も、いない?」

 

 

駐屯基地には、誰もいなかった。先程のアルターマグナの封印されていたエリアの基地のように、人だけが忽然と消されていたのだ。前の基地と同じく、ある共通点が見つかった。

 

 

「隊長!これが───」

 

「装備が、落ちている?」

 

 

軍人達の装備がその場に落ちている。人の姿だけが見当たらず、装備だけが落下している光景には異様な鳥肌すら感じる。まるで、人そのものが消されたような現象を前に、鍛え抜かれた軍属の少女達すら明確に怯えていた。

 

 

「総員、警戒体勢を─────」

 

 

何か嫌な予感を感じたクラリッサが全員に通達しようとした直後だった。

 

 

 

 

「ぐあっ!?」

 

「キャッ!?」

 

「うっ!」

 

 

同行していた部隊の全員が、何らかの攻撃を受けた。地面から生えてきた黒い刃が、的確に少女達を切り裂いていたのだ。幸いなことは、彼女達がISを装備していたことか。だが、刃の斬撃の威力と補給の為に訪れたこともあり、彼女達の少なかったISのシールドは一瞬にゼロまで減らされた。

 

 

「なッ!お前達!」

 

 

クラリッサが慌てた様子で叫び、駆け寄ろうとするが───その脚を止めた。真後ろの暗闇に、人の気配を感じていたのだ。

 

 

 

「────ドイツの、IS部隊か」

 

 

暗闇の中から、黒いロングコートに身を包んだ青年は闇そのもののような黒一色であり、口を隠すように装着されたガスマスクを着けている。

 

感情の宿らない瞳を差し向ける青年の言葉に、クラリッサは応じない。逆に言葉を投げ掛けた。

 

 

「そういう貴様は、我が軍の封印していた兵器を強奪したテロリストか」

 

「…………そうだと聞いたら?」

 

「我が祖国への無礼、責任を取って貰うぞ!」

 

 

マスクの青年、イヴは嘆息する。乾いたような笑いが、マスク越しに響く。髪を軽く払い、くぐもった声で言葉を発した。

 

 

「クソ人間が、偉そうに」

 

 

ダン、とイヴが地面を踏みつける。その足元から影が、黒い影が周囲へと広がっていく。駐屯基地全体を飲み込むように広がっていく黒い闇の中から、形が膨れるモノがあった。

 

無数の黒い獣。闇の中から生み出された人造の怪物の深紅の瞳が、クラリッサを捉える。臨戦態勢を整える魔獣を従えたイヴはマスクの内で不敵に笑う。

 

 

「────あの御方達の邪魔はさせん。貴様は俺の駒を使い、屠り潰してやろう」

 

 

やれ、とイヴが命令した瞬間。

無数の魔獣がクラリッサ・ハルフォーフに殺到する。即座に武装を展開した彼女は、怪物の大群に向けて攻撃を始めるのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「─────クソッ!アレ、速すぎるだろ!」

 

 

ISで飛翔する龍夜が忌々しいと、露骨に吐き捨てた。その理由は、自分達が追いかける巨大な装甲戦車 アルターマグナであった。ドイツの辺境一帯を、地下のトンネルを一時間以内に横断したことから分かるように、アルターマグナはその大きさと重量の割に、凄まじい速度で大地を通過していた。

 

 

ISでも追い付けるとはいえ、巨体から想像できない速度は正しく新幹線に近いものがある。戦艦サイズの戦車がどうしてあれだけ速いのか、創造する側としては疑問が尽きないが、考えている暇もない。

 

 

「────セシリアッ!ラウラ!お前達は後方の車輪を、キャタピラーを破壊しろ!」

 

「龍夜さんは!?どうするんですか!」

 

「前方の車輪を────左右ごとぶち壊す!」

 

 

二人に指示を送り、加速していく龍夜。前進していくアルターマグナに接近していくと────全ての武装が、此方へと振り向いた。

 

 

背中の翼らしき大型バインダーユニット『アヴァロン・ストライカー』を解放し、空中でホバリングを繰り返す。同時にアルターマグナから放たれた集中砲火が、一帯を破壊し尽くしていく。

 

対空砲に、対空ミサイル。機関銃。拡散機関砲。あらゆる武装が飛翔する龍夜一人に向けて、一斉に放たれる。最高速度で旋回した龍夜は背中の鞘から抜き放った銀剣の刀身に白光を収束させ、突くように撃ち抜く。

 

砲弾のように放たれた白い極光が、アルターマグナの右側の車輪に貫通し、爆裂する。足の一つを壊されたアルターマグナはバランスを崩し、転倒する────ことはなかった。

 

 

ガシャン!、と壊れた車輪が換装される。新たに装甲が展開され、今度は車輪をコーティングし、明らかに防衛の為に力を入れていた。そして、走る足を止めるどころか、更に速度を上げ始めた。

 

 

「はぁ!?」

 

 

流石に、唖然とするしかない龍夜。まさか車輪の一つを破壊されて、止まる様子すら見せないとは。流石は界滅神機。自己進化した八神博士の技術の究極形。普通の兵器を越えたゲテモノ兵器、ここまでいくと尊敬を覚える。

 

 

通信からセシリアとラウラの戸惑う声が聞こえてきた。どうやら彼女達の方も同じように車輪を壊した後も、止まるどころか突き進んでいるアルターマグナに疑問があるのだろう。

 

 

恐らくは、最後に残された左側の車輪を含めた全てのキャタピラーを破壊する必要があるのかもしれない。急いで片方のキャタピラーを壊そうとそちらの方へと移動しようとした龍夜だったが。

 

 

「────チッ!野郎、やりやがったな!」

 

 

悪態をついた龍夜の視線の先では車輪が装甲で覆われていた。自分の攻撃が通じない強固なシールドで固定された車輪は、絶対に破られないことを前提とした構造である。ゲーム的に言うのであれば、ボスキャラが自分の弱点を常時無敵のバリアで隠しているのと同じ。

 

陰湿と悪質さしか感じられないやり方に、舌打ちを噛ました龍夜に悪い要素はないはずだ。こんな風な仕込みをされれば、誰だって怒る。

 

 

「クソが!やっていいことと悪いことがあるだろうが!」

 

 

攻撃を繰り返す武装を的確に破壊しながら無数の弾幕を避けていく龍夜。詰みに近い状況に不満を吐き出すしかない現状に苛立つしかない。そうしている龍夜の目の前に、拡散弾が飛来してくる。

 

 

 

(ま、ず────ッ)

 

 

被弾することも避けられない。そう覚悟した龍夜の眼のまで、破裂した拡散弾が飛び散った。周囲を破壊する程の規模と威力の破片が、龍夜に届こうとした───直後。

 

 

空間に浮かんだ水が、全ての散弾を受け止めた。空中で流れるような水の膜は、ヴェールのように宙を舞っていた。その光景に困惑していた龍夜の近くに、人の気配が現れる。

 

 

「ふふっ、大丈夫?龍夜くん」

 

「…………更識、楯無」

 

 

自身のIS────明らかに装甲の薄く、水を纏った特殊なIS。神秘的なその機体に見惚れそうにもなるが、それを降り切り、複雑そうな顔で龍夜は彼女の名を口にする。

 

 

「今まで、何してたんですか…………人が必死に戦ってる最中に」

 

「サボってた訳じゃないから、安心して。それに、龍夜くんを助けられたし、別にいいでしょう?」

 

「……………誰がカバーをしろと」

 

 

チッ、と行き場のない苛立ちを吐き捨てた龍夜は急いでアルターマグナを追走する。同じように後ろに続く楯無が、手詰まりと言った様子で睨む龍夜を見て、不思議そうに口を出した。

 

 

「あら?何もしないの?龍夜くんのISなら、ぶち抜くことも可能なはずなのに」

 

「────停止させる部分が隠されたんです。他の場所を攻撃しても意味がないし、奴を止める手段を考えてるんですよ。っていうか、アンタは何もしてないだろ」

 

 

自分が庇われたことも気にせず、そう言い切る龍夜はやはり感情的であった。しかし楯無はそんな龍夜の言葉を聞き、頷きながら、口元に笑みを浮かべる。

 

 

「そっか─────なら、仕込んでおいて良かった♪」

 

「……………あ?」

 

 

何言ってんだこの人、と怒り任せに呟こうとした途端だった。

 

 

 

 

ズドォォォォォンッ!!!!! と、アルターマグナの足元が爆発した。地面からの圧力と爆風に、直進していたアルターマグナが宙に浮き、そのまま勢いよく横転する。近く木々を薙ぎ払いながら転げたアルターマグナに、龍夜は言葉を失った。

 

 

「────い、今のは」

 

「私のISはね、水を操れるのよ。その応用で、水に内包したナノマシンから伝達させたエネルギーで、爆発させることも出来る」

 

 

律儀に説明し始める楯無。だが、彼女の能力であると聞いても、素直に納得できない。あれだけの破壊を起こした水を、一体地下の何処に仕込んでいたのか。

 

難しそうな顔で考えていた龍夜は周囲に広げたハイパセンサーで索敵した直後に、その答えを見つけ出した。

 

 

「そうか、ここら一帯にある水道管───!」

 

「そ、近くにあるダムからナノマシンを流し込んで、アルターマグナの足元で起爆させた。装甲が無い足元を狙った、地雷のように、ね」

 

 

楯無のやり方は、効果的であった。横転したアルターマグナは自分自身で立ち上がることも出来ないのか、機能を停止したように沈黙している。

 

 

「…………や、やりましたの?」

 

「いや、まだ分からんぞ。アレを撃破するまでは気を抜くことは───────む?」

 

 

行動不能となったアルターマグナの方を伺っていたセシリアとラウラ。警戒を緩めない二人であったが、突如ラウラの元に通信が届いた。困惑したように通信を繋げたラウラはその内容を聞いた時、すぐに驚きを隠せなかった。

 

 

「何!?クラリッサ達が!?」

 

「ラウラさん!?どうしましたの!?」

 

「…………いや、私の部下達が、近くの基地で襲撃されたらしい。教官はすぐに向かえと言っていたが…………しかし」

 

 

この場を置いて離れることを、ラウラは迷っている。部下達を助けに行きたいが、仲間達を置いて行くことに躊躇いがある。その場で躊躇していたラウラに、セシリアと龍夜が叫ぶ。

 

 

「ラウラ!俺達に構うな!早く行け!」

 

「そうです!この場は私達が努めますので!どうか助けに行ってあげてください!」

 

「………龍夜、セシリア────すまん、任せるぞ!」

 

 

深く頭を下げ、目的の基地へと飛んでいくラウラ。その背中を安堵したように見守るセシリア。離れた場所にいた龍夜は視界の隅で、アルターマグナが静かに主砲を向けているのを目にする。

 

 

「──────セシリアッ!」

 

 

主砲からビームが放たれる直前に、超加速で飛翔する龍夜がセシリアへ飛びつく。抱き抱えるように斜線上から離脱した。

 

 

「セシリア!気を抜くな!───あと大丈夫だな!?」

 

「────は、ハッ!?え、ええ!役得です!」

 

「………?」

 

 

顔を真っ赤にして首を縦に振るセシリアに、疑問しかない龍夜。抱き抱えたままでも良かったが、すぐに離してやると何かを呟きながらセシリアは考え事をしていた。

 

そんな彼女の様子に呆れながら龍夜は、真横に向けて銀剣を振り払う。虚空を斬るような刃は近くまで来ていたミサイルを両断し、空中で爆破させた。

 

 

「─────」

 

「………龍夜くん、気付いた?」

 

「……………主語が無いのでどちらの事を言っているのか」

 

 

ですが、と言いながら、龍夜はアルターマグナを睨む。横転し、動けないフリを続けている界滅神機からの違和感を受け止めながら、口を開いた。

 

 

「人工知能が相手にしてはおかしい。わざと油断させる思考があるのに、やり方は杜撰だ。ついさっきも、セシリアを狙うという合理的な手段を取らなかった…………そこで、思い出した。─────アルターマグナを強奪した奴等、それを動かしている奴がいることを」

 

【────────はぁー】

 

 

気の抜けた溜め息が、漏れた。

鋼鉄の機体、アルターマグナがゆっくり再起動する。横転させられた機体はゆっくりと持ち上がり、キャタピラーの連結した台座を分離させる。

 

 

独立した巨大な鉄の塊。アルターマグナの可変形態。それが龍夜達を見下ろしていた。

 

 

【もうちょっと楽な仕事って聞いてたんだけど、なんかめんどくさくない?……………あとさぁ、そこの人誰よ?ボク、君の事聞いてなんかないよ?】

 

「更識楯無。そして、IS『ミステリアス・レディ』よ。一回しか自己紹介しないから、覚えておいてね」

 

【……………あのさ】

 

 

内側から響く幼い声が、不満そうな言葉を漏らした。

 

 

【別に、ボク君の名前なんて聞いてないよ?興味ないもん。どうせボクが潰す相手なんだから、そんな奴の名前なんて覚えても無駄でしょ?】

 

「そう?覚えても良いんじゃないかしら?自分を倒す敵の名前も知らないのは、困るでしょ?」

 

【………フーン。じゃあ、ボクも名乗ってあげるよ。

 

 

 

 

 

ミフル。レヴェル・トレーターのトップ『指導者』の一人。『悪竜』のミフルだよ】

 

「レヴェル・トレーター………『指導者』」

 

【自己紹介は良いよね?─────じゃ、死んで】

 




用語解説

イース条約

この小説でのアラスカ条約。原作では20ヶ国くらいの国が結んだ条約だが、この世界では国連が世界全国に結ばせたもの。

アラスカ条約とは違い、国連に都合が良い条約である。

イースの由来はISの別の読み方。





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第55話 悪竜/零号/紅蓮

時は数十分前、アルターマグナの封印された区画。

 

 

「………………」

 

 

そのエリアの通路を防衛する小規模の基地。鍛え抜かれたドイツ軍の兵士達が居座っていたその基地に、彼らの姿は無い。

 

周囲には、黒いヒトらしき影が蠢いている。ドロドロと粘り気のある液体で構成された形を保つそれらは、近くにある装備に意識を向けることすらなく、立ち尽くしている。

 

 

ふと、その形が崩れた。原形を失い、液体のようにその場に崩れ落ちた黒が、一点に集まっていく。中央に立っていた、黒コートの青年の足元に、彼へと収束する。

 

 

ズ、ズズズズズ────!

響き渡るのは、排水溝に一気に水を流したような音。文字通り、黒い液体を吸い尽くした黒一色の青年────イヴは自身の口元に、機械的なマスクを被せた。

 

 

「─────もう終わった?」

 

 

基地内のソファーで呑気に寝転がっていた少年が、欠伸を漏らしながら聞いてきた。イヴと同じ組織の人間、立場的には上司であるが、イヴはそんな彼を前に顔をしかめる。

 

 

「…………ミフル様、少しは手伝って欲しいですね」

 

「えー、やだ」

 

 

肩をすくめ、少年────ミフルは不平不満を平然と口にする。

 

 

「ボク、あくまでも『指導者』だしー。雑魚を狩っても大した経験値貰えないし、ボクがやるとしたらある程度強い奴の相手くらいなんだよね」

 

 

ヘラヘラと言ってのける少年に、イヴは露骨に苛立ちを見せた。この組織のトップの四人は、殆どがイカれている。イヴが個人的に忠誠を誓えるのはその内の二人、エーゼルとレギエルだけ。他の二人、目の前にいるミフルとヴォルガは、嫌悪しか感じていない。

 

 

「なら()()()()()は果たしてください。貴方が来たのは、それが目的でしょう」

 

「分かってるよ。ホント、めんどくさくてヤになるけどさ」

 

 

そうして、二人は最新部─────アルターマグナの前へと辿り着いた。人類を滅ぼすべき人工知能も、生体ユニットも既に引き剥がされ、アルターマグナは動くことすら有り得ない鉄の塊と化している。

 

 

アルターマグナの頭部ユニット、コクピットのような空間。そこにある座席────ドイツ軍が、この兵器を人間で動かせるか試したのだろう。座り心地のある座席に腰掛け、ミフルは満足そうに笑う。

 

 

「ダルいけど、これもボクの理想のためだから。一働きしないと、ね」

 

【────生体リンク、接続───】

 

 

周囲の壁から、無数のケーブルが伸びる。それら全てがミフルの首や腕へと突き刺さり、紫の光が伝播していく。それでも、アルターマグナが動くはずがない。

 

ドイツや世界各国すら知らない事実─────界滅神機を動かせるのは、『リゾネーター』という生体ユニットだけ。大戦で無人機達に殺された少年少女が、再利用する為に生き返らされたモノでしか、界滅神機を操ることが出来ないのだから。

 

 

しかし、起動した。アルターマグナは、ミフルを生体ユニットとして受け入れた。機体内部に少年を取り込んだアルターマグナは蒸気を噴かし、轟音を響かせる。

 

 

【────それじゃあ、ボクは今から()()を果たしてくるよ。キミもその為に、足止めは任せたよ】

 

「………………分かってます」

 

 

動き出すアルターマグナ。近くの壁をぶち抜き、巨体が前身を始める。トンネルの通路へと戻った巨大重量戦車が目的の方角へと突き進むのを見届けたイヴは、静かに呟く。

 

 

「ドイツの戦力を抑えてから、現地に合流する」

 

 

瞬間、彼の体が崩れる。イヴだった黒い液体はどろりと溶けていき、床の隙間へと滑り込んでいった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

『────此方、ユニオン部隊。現在大西洋を通過中、フランスの空域への通行の許可を求める』

 

 

海の上を飛行する凹凸の無い航空機、俗に言う全翼機と呼ばれる造形の輸送戦闘機 AuB-64。世界でも知らぬものはいないとされ、アメリカであれば子供すら知っている大規模な企業、エレクトロニクス機社の開発した兵器の一種である。

 

 

工事に使う部品や兵器、ISであろうとも開発する。エレクトロニクス機社は兵器の開発に尽力してきた会社なのだ。本来であれば、アメリカを含む世界中に売り捌かれる兵器であるが─────何も全ての兵器を売っている訳ではない。

 

 

アメリカの現在大統領とも繋がりのある社長 アレックス・エレクトロニクスは、多くの戦力を有している。自身が開発した兵器もあるが、私兵も存在している。

 

 

この戦闘機に搭乗している特殊部隊『ユニオン』もそうである。殆どが、ISの適正もない女性達で構成された部隊。彼女達はアレックスの手足のような役割を持ち、彼の意思に従い動く、エレクトロニクスの尖兵でもあった。

 

 

『ユニオン部隊へ、フランス政府から空域の通過の許可を設けました。フランス領を通り、目標のポイントへと向かってください』

 

『了解、これより作戦実行段階へ移る』

 

 

オペレーターからの通信を終えた隊長らしき女性。輸送機にいる数人のメンバーを見渡し、彼女はヘルメットバイザーを展開し、自分の部下達に言葉を掛けた。

 

 

「ユニオン総員に告ぐ。我々の目的は、ルクーゼンブルク公国に突撃する界滅神機 アルターマグナの破壊である。現在防衛ラインでの戦闘を行っているIS学園が動きを止めている間に、我々はレッドと共に「新兵器」を落とす」

 

 

振り返った隊長の先に─────それはあった。

大型の装置に連結された、人間らしき存在。頭部を隠すように無機質なフェイスマスクが。胴体に特殊なスーツを纏う彼の両腕と両脚には機械の装備らしきものが装着されていた。

 

そして、背中と首筋に連結した何らかの装置。露出した脊髄のような金属の骨格。その一部と背中と肘に、特殊な液体を内包した複数のチューブが結合されている。

 

それが放つ異様な存在感は、多くの特徴などではなく、心臓のある部位に別のものが嵌め込まれている。円形の深紅のコアリアクター。ISコアとは違う、複雑な構造のそれは未だ呼応するように稼働していた。

 

置物のように鎮座したそれを見ながら、隊長の女性は部下達に事前に確認していく。

 

 

「皆も理解している通り、この作戦の本来の目的は『試作零号機』の実験である。アイザック社長が造り出した新兵器、その機能を試すための実戦。もしレッドが戦闘不能状態になった場合、我々が回収を行う」

 

 

了解、と隊員達が応える。左右の座席で待機する部下達を見渡した隊長は背を向け、人間らしき存在の近くに寄り添った。

 

身動きもしないそれの肩に手を添え、諭すように言葉を掛ける。

 

 

「────レッド、分かっているだろうが、無理はするな。お前も万全じゃない。社長も言っていたが、リアクターは強すぎる。お前に適合したとはいえ、簡単に扱い切れる代物じゃない」

 

『──────』

 

「分かってるならいい…………死ぬなよ、レッド。アタシはお前をこんな風にするために、こんなことをさせるために助けたんじゃないんだからな」

 

 

コクリ、と。

レッドと呼ばれた存在は、ひきつったように頷いた。信じてるからな、と軽く肩を叩いた隊長は自分の席へと戻っていく。

 

 

周囲の回線から情報を回収していたのか、突然レッドが何かに反応したように顔を上げた。ギチギチと震える全身が、何かに駆られたみたいに小刻みに揺れている。

 

 

か細い、掠れた声で、レッドは何かを呻く。

 

 

 

『────ィ────ゥ───』

 

 

呪うように、恨むように、憎むように、ある単語を呟き続ける。

 

 

 

◇◆◇

 

 

そして、今に遡り。

 

 

【自己紹介は良いよね?─────じゃ、死んで】

 

 

可変した界滅神機 アルターマグナ。先程までの、装甲列車のような形状の戦車とは違い、破損したはずのキャタピラーを胴体から分離させ、直立するための脚として運用している。

 

砦のような形になったアルターマグナの側面にある装甲が開く。内部から展開された重火器の数々が、一斉に火を吹いた。

 

周囲の、山に並ぶ木々が一瞬で抉られる。直筒状の胴体の全面にある砲台が、まわりの空間ごと敵を一掃するために連射されている。破壊の規模が、桁違いであった。

 

 

 

「────!舐めるな!」

 

 

背中のスラスターによる最大出力の超加速で、弾幕を縫って避けていく。接近していき、アルターマグナ本体に目掛けてエネルギーを帯びた剣の斬撃を振り下ろす。

 

しかし、彼の最高速度を重ねた斬撃は装甲を切り裂く直前に弾かれた。超強力な電磁防壁だろうか、一瞬だけ散った火花から、龍夜は不可視の防壁をそう判断する。

 

そんな彼に向けて、固定砲台による射撃が炸裂した。直後に形態変化を行い、銀光盾を構えた龍夜に、あらゆる火器が撃ち込まれていく。

 

 

殆んどの攻撃手段が集中する最中、龍夜は彼女に向けて叫んだ。

 

 

「────セシリア!撃て!」

 

 

直後に、セシリアは離れた空域から狙撃を行った。

無防備なアルターマグナの胴体に向けて、閃光が直進する。ブルー・ティアーズの狙撃は狙いを外れてはいない、そのまま鉄の柱のような機体を貫通するはずだった。

 

 

 

【────バカじゃん】

 

 

しかし、嘲る少年の声と共に、熱線が捻れた。直撃するはずであったビームは装甲を焼くことすらなく、弧を描くように折れ曲がった。命中すると確信した攻撃を反らされた事実に驚きを隠せないセシリアに、アルターマグナを操るミフルは楽しそうに沸いた声音を響かせる。

 

 

【気付かないと思った?最初から分かってんだよ、ボクは】

 

「っ!?」

 

【そういやさ、キミだよね?エイツーを倒したのって。どんなもんかと期待してみたけど、狙撃手としてはダメダメだよねー……………何でエイツーが飛び回ってるのか、気付かない?】

 

 

────スナイパーが位置を知られたら終わりだからだよ。

 

 

そう告げたミフルが、遠距離武装───主砲を含めた重火器をセシリアに殺到させる。迫り来る砲弾を掻い潜りながら、セシリアは何発も狙撃を放つ。

 

当然、何らかのバリアを発するアルターマグナには届かない。何発も直撃することなく、別の方向へと反らされていく。

 

 

【ハッ!やっぱバカだ!何発撃っても効かないって!言っても分からないみたいだね!】

 

「いえ────狙い通りですわ」

 

【…………あ?何言ってんの?】

 

 

 

 

 

「理解しなくてもいい────馬鹿には分からないさ」

 

 

近くからした声に気付いたミフルは、それを見た。

セシリアの狙撃を銀光盾で受け止めた龍夜の姿を。光の粒子へと変わったビームが、その盾へと吸収されていく光景も。

 

 

エネルギーを奪い、自身のものとして再利用する。彼のIS 『プラチナ・キャリバー』の能力を思い出したミフルは、次に彼がする行動を理解した。エネルギーを再利用する。盾が吸収したエネルギーは、攻撃として転用することも可能であると。

 

 

再び、ISを変形させた龍夜は、鞘から銀剣を抜刀する。至近距離からの一撃、それを受け止めるために電磁バリアを展開するアルターマグナであったが─────

 

 

 

ザンッ!! と。

 

光の粒子を帯びた剣の一振に、装甲を切り裂かれた。

 

 

【───っ!?】

 

「…………攻撃の際にバリアを展開している。しかも、ビーム兵器と俺の剣では別々だった。物理を防ぐ電磁バリアと、ビームを歪ませる電磁バリア。おそらく出力を変化させることで、それぞれの効果へと切り替えているんだろう。

 

 

 

だが、種が分かればやりやすい。人間らしい思考で助かる」

 

 

界滅神機ではこうも上手くいかなかった。相手が此方の力に気付いているからこそ、引っ掛かってくれたのだ。それを理解していて敢えて、龍夜は挑発を投げ掛ける。

 

 

すると、面白いほど簡単に受けてくれた。

 

 

【…………ボクを、馬鹿にしたのか】

 

「自分は相手を見下しておいて、俺に見下ろされるのは気に入らないか。底が見え透いているぞ、格下」

 

【────ッ!】

 

「あら、さっきから無視?────残念」

 

 

気を引かれたアルターマグナに、楯無がランスに内蔵された四連装のガトリング・ガンを叩き込む。チッ、と苛立った様子で防壁を展開したアルターマグナ、それを操るミフルは、楯無に標的を切り替えた。

 

 

【鬱陶しいなぁもう!まずはオマエから片付けてやるよ!】

 

「悪役発言様々ね。こんな相手なら私が勝つのも必然かも」

 

【───ウッザ!】

 

 

言うと同時に、アルターマグナの剛腕のアームが薙ぎ払われる。その攻撃に、楯無は巻き込まれたはずだった。しかし彼女は平然と、少し離れた場所に立っている。

 

先の一撃に手応えはなかったことを噛み締めたミフルは苛立たしさを隠さない。そんな彼に、楯無は槍を下ろして語りかけた。

 

 

「少し、聞いていいかしら?」

 

【はぁ?何?時間稼ぎのつもり?】

 

「いや、個人的な興味…………貴方達、レヴェル・トレーターだっけ?何が目的なの?」

 

 

ほんの一瞬。答えるつもりはないと言い切ろうとしたミフルが言葉を止める。少し考えた後に、まぁいいかという彼の笑いが聞こえてきた。

 

話したところで、何一つ支障はないという自信からだろうか。

 

 

【そりゃあ決まってるんじゃん。ボク達にとって都合が良い世界を作るのさ!その為に、暴れてるだけ。コイツを操るのも、それが理由】

 

「都合の良い世界ね………因みに、貴方の望む世界ってのはどんなもの?」

 

【────ボクが、ボクだけが最高に楽しい世界!それだけさ!どんな奴も、ボクのことを馬鹿に出来ない!ボクだけが幸せに、楽しく過ごせる世界!それが欲しいんだよね!ボクは!!】

 

 

酔いしれるような、楽しさに満ちた声であった。しかしそれを聞いた龍夜達は顔を歪めた。それだけの理由で、ミフルという少年はここまでの惨劇を引き起こしたのだ。

 

その過程で、数十人の人間を殺したにも関わらず、少年は気負う様子すらない。

 

 

「そんな………そんなものの為に、こんなことをしているんですの!?貴方の身勝手な考えのせいで、どれだけの人が犠牲になったと────!」

 

【知らないよ。犠牲?何それ?何でボクが、そんな顔も知らない雑魚のことを顧みないといけないワケ!?今までボクのことも知らずに、アホみたいに平和を謳歌してきた奴等じゃん!ボクの幸せの為に死んだんなら、それこそ本望でしょ!

 

 

 

 

 

どうせ何も為せない、ちっぽけな奴等が死んだだけのことでさぁ!一々うるさいんだけど!】

 

 

アナグラムから離反した過激派、レヴェル・トレーター。その本質を、彼等がアナグラムから排斥された理由を、龍夜は嫌悪を向けるしかない。

 

自分だけが幸せであれば良い、その為なら他の奴等は死んでも当然。むしろ殺されたことを感謝してほしい。等と、宣う奴等の人間性が、本当の意味で世界を変えたいという集まりに適応できるはずがない。

 

 

オスカー・マクスウェルのように、人間社会からも、テロリストからも排斥された自分勝手な人間の集まり。それこそが、レヴェル・トレーターなのだ。

 

 

話は終わりだ、とミフルがアルターマグナを操る。全ての砲台を動かし、自分達への攻撃を再開しようとした。

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

ゾワリ、と。

 

 

不気味な、禍々しい力を感じた。真上の空、そこにある戦闘機らしき影────そこから、力の源と思われるものが、飛来する。

 

 

 

◇◆◇

 

 

『「ヴォルガニック・ゼノリアクター」稼働率100%に到達。エネルギー増幅機関、供給量、共に規定数値を突破』

 

『冷却水、及び鎮痛剤の投与を中断。ウロボロス・ナノマシンの増幅による自己調整を確認。チューブを分離します』

 

『カタパルトレールに、固定。放下のカウントダウンを開始します』

 

 

輸送機のカタパルト、開かれたハッチの中で、レッドは見下ろすように立っていた。機械の脚を動かし、全てを見下ろす彼の顔は見えない。感情らしきものが、分からない。

 

そんな彼の元に、ある通信が届いた。

 

 

『レッド』

 

 

社長、アレックス・エレクトロニクス。彼の声に、レッドは僅かに驚いたように反応を示した。そんな彼に、アレックスは淡々と、短く告げる。

 

 

『────好きに暴れろ』

 

『─────』

 

 

その言葉に、レッドはどう思ったのか。僅かな沈黙の後に、輸送機から身を投げた。普通であればスカイダイビングだとしても有り得ない高度からの落下。レッドは上空で、敵の姿を捉えた。

 

 

アルターマグナ。

暴走した界滅神機体。今回の自分の標的。それを認識したレッドは─────胸元のリアクターを一気に回転させた。

 

 

限界まで稼働したリアクターが、エネルギーを溢れ出す。深紅の、紅蓮のエネルギー。あまりの濃さと質量故に、可視化される程までに倍増された力の塊。

 

 

そのエネルギーが、レッドの全身を覆う。包み込まれた紅蓮の粒子が固形となり、装甲へと変わる。ウロボロス・ナノマシン。理論上、どんな物質にもエネルギーにもなれるエレクトロニクス機社の産み出した最高のエネルギー。それがレッドの全身に展開された深紅の鎧へと形成されていく。

 

 

 

エネルギーの粒子を振り払い、現れたのは紅蓮の悪魔。赤と黒の二色で構成されたその機体は禍々しさを体現したような異形である。

 

 

会社からその状況を観察していたアレックスは笑みを浮かべる。余裕に満ちた表情のまま、彼は画面に移る禍々しい機体を見つめ、告げる。

 

 

「さぁ、お前の力を存分に振るえ。レッド────いや、ISを越える新世代 U.S 試作零号『アサルト・キラー』」

 

『─────■』

 

 

形成されたバイザー、或いはフェイスマスクか。その装甲にヒビが入る。いや、元よりバイザーが割れる使用だったのか。怪物の口のように開いたバイザーの奥にはレッドの顔はない。

 

怪物そのものになったかのような造形。小刻みに震えたレッド、『アサルト・キラー』は獣のような咆哮を轟かせた。

 

 

『■■■■■■■■■■■■──────ッ!!!!』

 

 

 

◇◆◇

 

 

「…………何だ、アレは」

 

 

上空に飛来したその機体を前に、龍夜は疑問を漏らした。純粋な疑問。それに答えられる者は、この場にはいない。セシリアも楯無も、敵であるミフルすらも、突然乱入してきた謎の機体に視線を集中させている。

 

 

ハイパセンサーで確認したセシリアは、思わず口に出していた。

 

 

「……………IS?」

 

「違う」

 

 

即答だった。

割り入った発言をした龍夜は、その機体を睨み、唾を飲み込む。ISとは違う、彼がそう断言したのは理由があった。

 

 

「アレは、ISではない。────ISで、あるものか」

 

 

底知らない禍々しさ。人が造り出した厄災を体現するが如くの姿。アレはISとは違い、あらゆるものを破壊し尽くすことを目的として造られた破壊の権化だ。アレが放つエネルギーとオーラ、禍々しく変質するものが、それを言葉に出さずとも示している。

 

 

そんな彼等の前で、状況が動き出した。

 

正体不明の機体が動き出した。いつの間にか背中に大型のスラスターが展開されており、その機体は突然アルターマグナへと突貫したのだ。

 

 

【─────!!】

 

 

即座に反応したミフル、アルターマグナが全ての砲台を放出する。放たれた無数の軌跡が、上空にある機体───『アサルト・キラー』へと炸裂した、はずであった。

 

だが、アサルト・キラーは龍夜の『プラチナ・キャリバー』の最高速度に匹敵する機動力で全ての射撃を避けていく。

 

ふと、アサルト・キラーの視線が龍夜達に向けられる。いや、より正確にはセシリアか。彼女の持つ長大なビームライフルを視認したレッドが、唐突に手を掲げる。

 

 

瞬間、黒い粒子が集まる。空中で収束したエネルギーが形になったと思えば、見覚えのある漆黒のビームライフルへと変化した。

 

 

「アレは───セシリアの!?」

 

「私の武器を、コピーした!?そんなこと────」

 

 

実際は、コピーどころではない。

アサルト・キラーが片手で構え、引き金を引いた長身のビームライフルから、高出力のレーザーが放たれた。

 

たった一発の射撃が、空を割る。地面を抉りながら迫る閃光が、アルターマグナの脚の一本を両断した。撃ち抜かれた脚の断面は、あまりの熱量で熔け、ドロリとオレンジの液体へとなりかけた状態で融解している。

 

 

【何だよ、ソレ────何だよ!ソレ!】

 

『────』

 

【電磁バリアが通じないとか!貫通するとか反則じゃん!ふざけんなよレギエル!こんな奴がいるなんて聞いてないんだけど!?】

 

 

少年の焦りの声が響き渡る。誰かへの罵声を飛ばしながら、巨体を利用した突進と共に全ての武装を点火する。無数の重火器がアサルト・キラーに炸裂し、連鎖的な爆発を繰り返す。

 

 

しかし────アサルト・キラーは平然と、煙の向こうから飛び出してきた。長身のビームライフルを投げ捨てた紅蓮の怪物は無手のまま突撃する。

 

その背中が、突如弾ける。まるで内側から食い破るように、背中から解離したそれはうねり、頭部をもたげた。

 

怪物の、頭部を模したユニット。背中から展開された竜の形状をした武装は口を多き開閉し、内蔵されていた超高出力のレーザー砲を収束し、解き放った。

 

 

【──────あ、ヤバ】

 

 

放たれたのは、最早レーザーですらない。破壊エネルギーを最大限まで圧縮した球体の魔弾。砲弾のようにして放たれた一発はアルターマグナに炸裂し──────無音の爆発を引き起こす。

 

一瞬で、爆発は消失した。残されたのは、全体の八割を抉られたアルターマグナのみ。胴体と共に、搭乗していた少年も消し飛ばされたのか、アルターマグナの残骸はその場に崩れ落ちた。

 

 

「………終わった、のでしょうか」

 

 

セシリアの問いに、龍夜は答えられない。やはり、実感が湧かない。界滅神機が、それを操るテロリストのリーダーの一人が、こうも簡単に倒されるものか。

 

それ以上に、あの機体は何なのか。龍夜であっても疑問しかない。どれだけ考えても、それに対する答えは出なかった。

 

だが、考えている暇はないと理解させられる。

 

 

突如、アサルト・キラーが此方へと振り返ったのだ。生体反応を確認する程度の素振り。即座に興味を失くして、その場から離脱するのか、そう思ったのは間違いだった。

 

 

『──────ァ、ア』

 

 

アサルト・キラーの視線が釘付けになる。龍夜達を見たレッドは苦しそうに呻き、頭を抱えていた。フーッ、フーッ、という荒い呼吸が響く。顔は見えないが、そこから向けられる激しい殺意と憎悪だけは理解できた。

 

 

『─────ェ、ゥ』

 

「…………っ」

 

『────ィィィィ!ェェェェェェエエエエッ、ゥゥゥゥゥゥゥ!!!』

 

 

怒号に近い絶叫を響かせながら、アサルト・キラーは襲いかかってきた。勢いよく振り下ろされる鋭利な爪を剣で受け止め、切り払う。

 

金属と金属同士の接触で、火花が飛び散る。普通の攻撃であることに安堵する一方で、ある可能性を理解し、龍夜は青ざめた。

 

 

(まさかコイツ────生身なのか!?)

 

 

これだけのエネルギーを纏いながら、絶対防御すら存在しない。つまり鎧を纏っていても、攻撃次第では殺しかねない。一瞬だけ生じた事実が龍夜の思考を遅らせる。

 

その隙を狙うように放たれた爪の刃が、肩の装甲を切り裂く。絶対防御越しに伝わる苦痛に顔を歪めながらも、龍夜はそれを迎撃し返す。

 

 

「龍夜さん───ッ!」

 

「止めろ!セシリア!下手に手出しを────」

 

 

呼び止めようとしたが、セシリアは狙撃の姿勢に入っていた。龍夜を巻き込まず、相対しているレッドだけを狙おうとスコープを覗いていたが─────視線の先で、レッドは振り返った。

 

バックリ、と開いた口から、極太のレーザーが放出される。不意打ちとも呼べる攻撃に対応できるはずもなく、セシリアはその閃光を受けた。

 

 

「ああああああっ!?」

 

 

装甲を焼かれる程の一撃に苦しむセシリア。アサルト・キラー、レッドはそれを有効と判断したのか、そのままセシリアへと追撃を向けようとして────真後ろからの殺気に、慌てて構え直した。

 

 

 

「────死ね」

 

【OVER ENERGIE DISCHARGE!】

 

 

激情に染まった龍夜が銀光の帯びた一撃を叩き込む。真上から振り下ろされた斬撃に、レッドは受け止めた両腕を装甲ごと斬り裂かれた。

 

両腕を切断されたレッドは、呻くような唸り声と共に離れる。直後に冷静になった龍夜は、両腕を斬ったはずなのに血すら流れない事実に気付く。

 

 

(まさかコイツ────両腕とも義手か!?)

 

 

更に驚愕させられることになった。

レッドの胸元のリアクターが高速で稼働し、エネルギーを倍増させていく。赤黒いエネルギーがレッドの切断された部位を覆ったと思えば─────その粒子が形となり、レッドの腕へと戻ったのだ。

 

愕然とする龍夜達を見据えるように、レッドが呻く。言葉にならない声で、何とか何かを言おうとしていた。

 

 

『ア、ア、アア─────アァ、イ、エェ……ウゥゥゥゥッ!!』

 

「……………アイエス?ISと言っているのか?」

 

『ア、イエ────ス……………I、S』

 

 

その単語を聞いた瞬間、レッドは頭を抱え始めた。かきむしるように爪を立てたレッドの機体、アサルト・キラーの形が揺らぎ始める。

 

だが、消えていくのではなく、その形は変容していく。呪詛のように呟き続けるレッドの憎悪に呼応するように、禍々しく。

 

 

『アイエス!アイエス!アイエスッ!アイエスアイエスアイエスアイエスアイエスアイエスアイエスアイエスアイエスアイエスアイエスアイエスアイエスアイエス─────!

 

 

 

 

 

アァイエスゥゥゥ──────ッ!!』

 

 

「二人とも!避けて!」

 

 

獣の如く、形振り構わず突貫してきたレッドに身構えた龍夜はとセシリアに、楯無が叫ぶ。自らの槍『蒼流旋』の掴む手を離した楯無は、再びそれを握り直す。水を帯びた斬撃を、何発かアサルト・キラーへと浴びせる。

 

 

装甲が砕けても関係ないと、アサルト・キラーは襲いかかる。至近距離まで迫ってきたレッドの攻撃を華麗に避けた彼女は、静かに敵を見据える。

 

 

『グォォォオオオオ─────』

 

(戦い方は素人、だけど強い。こういう戦術を無視した戦いをするタイプは、相性が悪い)

 

 

水の刃を受け、破壊されていたはずの紅蓮の装甲が、黒い粒子により修復されている。あれだけの攻撃をしても、瞬時に再生する目の前の存在に素直に感心する楯無。自分の攻撃が通じていないにも関わらず、余裕すらある様子を絶やさないのは、

 

 

「けど────もうチェックメイトよ」

 

 

既に勝利を確信していたからである。確信的な微笑みを浮かべる楯無にレッドが攻撃をしようとした直後。

 

 

 

 

 

アサルト・キラー、レッドが内側から破裂した。小さな、複数の爆発が、内側から鎧を破壊していく。

 

 

『───ッ!───ッ!?』

 

 

『ミステリアス・レイディ』。

彼女の操るその機体は水を操る。その原理は水に内包させたナノマシンによる操作だ。優れた使い手である彼女は、その応用としてナノマシンのエネルギーを全て熱へと変換し、水を爆発させる『清き熱情』という技能を身に付けている。

 

 

先程の攻撃で僅かな水がアサルト・キラーの装甲へ、小さな隙間へと入っていった。そして完全に鎧を修復した直後の爆発は、内側から機体を壊していく。

 

 

『■■■■■■■■■■■ッ!!!』

 

 

絶叫か咆哮か。喉の奥から迸るような叫びは、少しの間続いていた。しかし連鎖的な爆発は余程ダメージであったのか、レッドの意識は完全に途絶えた。

 

 

 

「…………やったのか?」

 

「いいや、まだ生きてるわね」

 

 

そう断言した楯無の視線の先で、レッドは僅かに身動ぎをしていた。生きているが、今は動けないという状態なのだろう。その様子を確認した龍夜が力を入れる。確実に意識を絶っておきたい、そう考えたのかもしれない。

 

 

 

 

その直後だった。

 

 

機関銃の弾丸の雨が、レッドの周囲に降り注ぐ。そして、突如として飛来してきた戦闘機が此方に銃口を向けていた。咄嗟に身構える龍夜達であったが、

 

 

『────悪いが、武装を下ろしてくれ。我々は敵ではない』

 

「貴方達は?」

 

『本日、最終防衛ラインに参加したエレクトロニクス機社。そして私は社長、アレックス・エレクトロニクスだ。これ以上の戦闘行為は本望ではない。話し合いを求める』

 

 

 

 



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第56話 闇より生まれた者達

「────クソ!」

 

 

クラリッサ・ハルフォーフは荒い呼吸を繰り返しながら、目の前の敵を睨む。黒い金属で構成された異形達は何とか撃破できた。それだけは、だ。

 

しかし、どれだけ怖そうと、異形達が死ぬことはない。形を崩されようと、砕け散った残骸が────再び動き出し、異形へと戻っていく。

 

 

「────ッ!」

 

 

何度かの撃破を経て、クラリッサは手段を変えた。黒い異形を操るイヴ本人に狙いを定め、物理的に制圧をしようとした。

 

────だが、クラリッサの予想に反した現実があった。イヴは彼女が思っているよりも、厄介な敵であったこと。

 

 

「………っ」

 

咄嗟に異形達を動かそうとしたイヴの首に、鋼鉄のエッジブレードが突き刺さる。左腕に展開した刃物を突き立てたクラリッサは迷うことなく押し込み────横へと斬り払った。

 

 

 

ズシャ! と、イヴの首が切断された。

勢いよく切り裂かれたからか、彼の頭部が近くの地面に飛ばされた。突撃した速度を殺し、動きを止めるクラリッサ。彼女は振り返り、頭部を失ったイヴを睨み見据えた。

 

 

ズルル、と。

首を失ったにも関わらず、平然と立ち尽くす彼の体を見たクラリッサは歯を噛み締める。

 

 

「…………何故だ、何故動ける!」

 

「─────」

 

「ISの武装を受けて、致命傷になるどころか傷も癒えるなど有り得ん─────何なのだ!その力は!」

 

 

直後、イヴの切断面から黒い液体が溢れ出す。噴水のように放出された液体は蛇のようにのたうち、斬り飛ばされたイヴの頭部を固定し、戻っていった。

 

 

ズルッ! と、液体が消え、首が繋がる。切断面を軽く擦ったイヴは、何ともなさそうな顔で口を開く。

 

 

「神の如き力、とでも言っておこうか」

 

「…………化け物が、何を言う」

 

「その化け物に手も足も出ないのはどんな気分だ?人間」

 

 

冷徹な、それでいて傲慢極まりない口振りのイヴ。両手を広げ、更に異形を増やそうとする動きを見せる。警戒を露にし、身構えたクラリッサであったが────

 

 

 

 

「────フン、もう時間か」

 

 

何らかの方法で情報を受け取ったのか、イヴは両目を伏せて静かに呟いた。その異変に気付いたクラリッサに隠し通す気はなかったのか、素直に話し始めた。

 

 

「これ以上、お前達の足止めをする必要はない。本来の目的を果たした以上、俺もここから手を引かせて貰う」

 

「そんな真似を、許すと思うか!」

 

「…………フン」

 

退こうと背を向けたイヴの胴体を、クラリッサが撃ち込んだ弾丸が抉る。心臓の部位を撃ち抜かれたにも関わらず、平然とするどころか、少し面倒そうに眉をひそめるイヴ。

 

しかし彼は、すぐにマスクの内で笑みを浮かべた。手間も掛からず、この状況を打破する可能性を考えたのだ。

 

 

「人間の欠陥、知っているか?」

 

「貴様、何を───」

 

「仲間を見捨てられないところだ。たとえ、どんな状況であろうともな」

 

 

 

イヴのその発言に、クラリッサは何をしようとしたのかすぐに理解した。だが、遅い。

 

彼女が振り返った先では、イヴの不意打ちで気絶させられた隊員達が地面に転がれていた────はずだが、いつの間にか、複数の腕を持つ黒い異形に捕らえられていた。

 

 

「────お前達っ!!」

 

「おっと、下手に動かないことを推奨する」

 

 

助けようと加速しようとするクラリッサの前で、黒い異形が気絶した隊員二人を前に突き出す。メキ、と首を締めつける指に力が入った光景と、イヴの言葉により、激情に駆られそうになったクラリッサの熱が急速に冷えていく。

 

 

()()は人質だ。あくまでも、その為に生かした。お前にとって、大事な仲間なのは、見て分かったからな」

 

「………卑怯な真似を!」

 

「卑怯?相手の仲間を人質に取ることがそんなに責められることか?少なくとも、お前達人間に言われたくはない言葉だ。────卑怯や下劣、外法など、お前達の得意分野だろうが」

 

 

まぁいい、とイヴは自分の言葉を区切る。部下を人質に取られたクラリッサに向けて、イヴは淡々とした言葉を投げ掛けた。

 

 

「────選べ。部下のためにISを解除するか、それとも目の前で一人ずつ八つ裂きにされるか」

 

「貴様ッ!」

 

「まぁ俺は、どちらでも構わない。出来ることなら、見捨ててくれ。それこそが、俺のよく知る人間だからな」

 

 

歯噛みし────クラリッサは、両手の武装を解除し、ISも待機状態へと戻した。自分の部下達、大切な仲間達を見殺しには出来ない。軍人として恥じるべきと言われても、クラリッサには取れない選択肢だった。

 

そんな彼女を見たイヴは、つまらなさそうに一息漏らす。片手を振り上げ、新たな異形を生み出した。止めを刺そうと動き出した異形を前に、クラリッサはせめてもの抵抗として片眼で見据え続け─────

 

 

 

 

 

 

 

『─────クラリッサ!撃ち抜け!』

 

 

忘れるはずもない、今はいないはずの隊長の声を聞いた。途端、思考が、肉体が、考えるよりも先に動く。クラリッサは目の前の異形が振り下ろした腕を避け、展開したISのブレードで両断した。更に、片腕に連結した大型リボルバーキャノンを動かす。

 

 

馬鹿が、とイヴは吐き捨てた。今更動いたところで間に合わない。人質を殺す方が早いに決まっていると、そう思っていた彼だが。

 

 

直後に、基地の天井がぶち抜かれる。凄まじい勢いで飛来した黒い影が、ラウラ・ボーデヴィッヒとシュヴァルツェア・レーゲンがその場に現れた。

 

 

「────なッ」

 

 

僅かに思考が逸れる。新たに現れた敵の存在に、イヴは黒い異形への命令が送れた。しかし、クラリッサが攻撃するよりも先に、イヴの言葉が、命令が黒い異形に届く方が少しだけ早い。

 

 

「そいつらをやれ!!」

 

 

しかし、イヴの命令に、異形は答えなかった。静かに、人質を掴んだままの異形に、イヴは苛立たしげに向けていた視線が違和感を感じ取った。

 

 

黒い異形が、小刻みに震えていた。しかし肉体は、張り付けられたように動かない。何かに抑え込まれているように、挙動すら許されない異形の変化に、イヴはその正体を気付いた。

 

 

「────アイツか………!」

 

 

黒い異形を静かに見据えるラウラ。片腕の掌が異形を掴むように伸ばされていた。たったそれだけの事で、イヴは彼女の有するISの能力だと理解した。

 

そして、その隙をついたクラリッサが、迷うことなく異形を撃ち抜いた。胴体を消し飛ばされ、消失する異形の手から、隊員達を助け出したクラリッサを、イヴは逃さない。

 

 

ズズズ───ッ! と、コートに隠れた腕が増長する。溢れ出る黒い液体を操り、彼女に差し向けようとするイヴ。

 

 

その彼の腕が、接近してきたラウラのプラズマ手刀で切り落とされる。はね飛ばされた腕に視線を向けるイヴを制圧しようと腕を伸ばすラウラだったが、

 

 

「────隊長ッ!」

 

 

副官からの叫び。軍人であり、付き合いのあるラウラは、それが意味のない言葉ではないと判断した。腕を飛ばされにも関わらず、顔すら歪めないイヴの様子に、ラウラは後方へと飛び退いた。

 

 

「………勘の良いヤツだ。あと少しでISのシールドを削りきってやれたのに」

 

「────」

 

「だが、遊んでる暇もない────迅速に終わらせよう」

 

 

イヴが足元に黒い液体を染み渡らせる。波を立てる黒い海から噴き出す黒い液体の中から、人の形が浮かぶ。イヴと同じ、コートを纏うヒト型の黒が────ラウラを囲んでいた。

 

 

「小細工を………ッ!」

 

 

ラウラは両手のブレードを展開し、突撃してくるイヴの分身を切り裂いてくる。分身だからか、その腕や頭部が形を変え、武器として振り下ろされる。しかし、的確に潰していき、敵の数を減らす。

 

 

分身の残りを切り捨てたラウラ。その背後で、切断された断面から、イヴが顔を出した。背中を向けるラウラに向けて腕を伸ばそうとしたが、振り返った彼女の金色の眼に映った直後、その動きを止められる。

 

 

「────ぐッ」

 

「………貴様が普通ではないのは分かりきっている。だからこそ、手札を残しておく程、甘く見てはいない」

 

 

反射速度を数倍に引き出す補助ハイパーセンサー『ヴォーダン・オージェ』を解放したラウラ。左目の眼帯を引き剥がした彼女は金色の輝きを放つ眼光を向け、イヴをAICで固定していた。

 

身動きが取れなくなったイヴに、ラウラはプラズマのブレードを突きつける。喉元に押し当てられた刃を前に、唾を飲み込んだイヴは──────ニヤリと笑った。

 

 

「それならば、お前の部下に聞いておくべきだったな。俺の力を」

 

 

直後、黒い粘着性のある液体が溢れ出した。ラウラの真後ろから、不意を突くように彼女を飲み込む。振り返り、それに気付いたラウラは回避しようとするが、イヴは彼女の腕を掴んでそれを止める。

 

プラズマブレードを展開した状態であり、イヴの腕はブレードにより切り裂かれている。しかし彼の腕から血が出ることはなく、傷一つない肌に戻っていっている。

 

そして、ラウラを飲み込んだ黒い液体が────無数の刃を生成する。内側で作り出した刃を暴れるように振り回し、内側で囚われたラウラを縦横無尽に切り裂いていく。

 

 

「が、ああああああ────ッ!!?」

 

 

頃合いを見たところで、イヴは黒い球体の形を崩した。液体として崩れ落ちる中で、シールドをゼロにまで減らされたラウラのISは強制的に解除される。生身のラウラが、その場に落下した。

 

 

「………くっ、う…………貴様っ」

 

「────何故殺さない、と疑問に思ったか?」

 

 

掌を踏みつけたイヴが、ラウラの顔を覗き込むように、笑う。マスクの内で、歪んだ笑顔を浮かべていた。

 

 

「必要だから、殺さないだけだ。死んだ人間では、培養できる数は少ない。生きた素体でなければ、俺の『細胞』は増やせない」

 

「何を、言っている…………!?」

 

「─────『ラグナ・プロジェクト』。人間を資源として利用する、人間の業の一つだ」

 

 

そう言ったイヴが、手袋を外す。普通の素肌。しかし、掌だけが、普通とは違った。深い闇のような、黒い穴。手の甲にはなく、掌にだけ開いた穴は何処に繋がっているのか。

 

そんな疑問の答えが出る前に、イヴの手がラウラの首を掴む。掌に空いた穴を、押し当てるように。

 

 

「お前のような強い人間であれば、俺が失った『細胞』の補給には容易い。痛みはあるが、気にするものでもない。

 

 

 

他者を傷付けることしか脳のない人間が、俺の駒として再利用されるんだ、実に光栄な事じゃないか。最後まで役に立つことを、感謝して死ねよ。人間」

 

 

ズズズ、とイヴの腕に黒い影が這う。彼が掴むラウラに届き、彼女の肉体に接触した。その直後の、事だった。

 

 

 

 

 

────ドスッ!

 

 

「……………………あ?」

 

 

イヴが唖然と、声を漏らす。そんな彼の額にはナイフが突き刺さっていた。そんなイヴの前で、ナイフを投擲したラウラは、一息吐き出して、告げた。

 

 

「私を、舐めるなッ!」

 

 

引く抜いたもう1本のナイフでイヴの腕を切り払う。拘束から解かれたラウラは喉を押さえながら、距離を取る。

 

 

「……………何で?」

 

 

ジュルリ、とナイフが滑り落ちる。額に出来た穴が一瞬で塞がれるが、イヴは呆気に取られるように固まっていた。

 

 

「有り得ない、有り得ない!俺の力が、『ラグナ』が通じないなんて!絶対に有り得ない!人間ならば間違いなく、効果を受けるのに────何故だ!?何故だっ!!」

 

 

激しく錯乱したイヴの意識が外部に向く。混乱の原因へ、彼の視線が殺到した。

 

 

「お前ぇええええッ!何をしたァ!!」

 

「ッ!」

 

 

感情的になったイヴに目掛けて、ナイフを突き出すラウラ。しかし形振り構わず、突貫するイヴは腹に突き刺さるナイフを無視する。

 

強い力で、ラウラの細腕を掴んだ。握り潰さんと込められる力に顔を歪めるラウラ、それはイヴも同じであった。

 

 

「やはり、通じない…………!お前何者だ!?」

 

「……………何っ?」

 

「俺の掌で人間に触れれば、どんな奴であろうと『ラグナ』の媒体になる!それはあくまでも人間だ!人間だけしか無理だ!それだけは間違いない、確固たる事実だ!()()()()()()()()()()()()()()!」

 

「同じく………? 人間で、なければ─────」

 

 

吐き捨てたイヴの言葉に、ラウラは思い出させられた。かつての自分、空虚な自分、普通の人とは違う───同じ人間ですらない、ラウラ・ボーデヴィッヒの原点を。

 

 

冷たく、暗い────闇の中で生まれた、作られた生命。戦うために作られた、遺伝子強化素体(アドヴァンスド)

 

 

「…………まさか、お前も────なのか?」

 

「お前も、だと?ならば、本当に………」

 

 

ラウラは、イヴは、各々確信した。

目の前の相手が、自分と同じ、人であり人ではない存在。都合の良い駒を望んだ人間達の手で作り出された、人工の生命体であることを。

 

ある意味で、兄妹でもあり、姉弟でもある────合せ鏡のような、存在であると。

 

 

「イヴ!貴様も私と同じなら!何故このような事をする!?お前は一体、何のためにレヴェル・トレーターとして行動している!」

 

「────決まっている!俺の自由と復讐のためだ!」

 

「自由と、復讐………だと?」

 

「お前こそ!一体何のつもりだ!?人の名前を持ち、人間どもと馴れ合い────自分も同じ人間で在れるとでも、本気で思っているのか!?」

 

 

額に額を打ち付けられるが、痛みは響かない。それよりも強い感情、イヴが見せる濁った闇の染まった瞳に、言葉が出ない。

 

憎しみはない、ただあるのは純粋な怒りのみ。光を求め、光にあろうとする同胞(ラウラ)に、イヴは違うと否定する。あってはならないと、拒絶を示す。

 

 

「笑わせるな!俺達は人間じゃない、人間どもに作り出された人間擬きだ!深き闇より生まれたナニかだ!人間なんぞとは、光とは違う────純粋な、闇の生き物だ!」

 

「────ッ」

 

「お前とて分かるだろう。お前のその名も、形も、全て人が与えたものだ。何もかも満たされない空虚────それが俺達の本質、お前は奴等とは違う。

 

 

 

 

だからこそ、お前は俺と来るべきだ。闇は闇の中でしか生きれない。光に照らされて生きてきた人間どもとは、どうやっても一緒になどなれない。それは、お前自身の心が証明している」

 

 

共に来いと、イヴは低い声で告げる。空虚な自分達は、闇で育った自分達は、光の世界では幸せになる権利はないと。自分達が笑えるのは、闇の中だけだと。

 

否定しようと言葉を選ぶ。だが、かつての過去がラウラの脳裏に過る。自分の空っぽな部分を満たすために、強さに執着した人形。その強さの頂点にいた千冬に憧れ、彼女に成ろうとした愚か者。

 

イヴの言う通り、かつての自分は闇そのもののような存在だった。それなのに、今の自分は闇とは違うと、空虚ではないと、言い切れるのか。自分ではそう思っていても、自分自身で考えているだけではないのか。

 

そもそも、自分は。ラウラ・ボーデヴィッヒであると、本心から答えられるのか。

 

 

言葉の続きを出せず、未だ迷っているラウラの目の前で、イヴの頭が弾けた。即座に起き上がったイヴの全身に、無数の銃弾が炸裂していく。

 

 

 

ダガガガガガガガガガガガガ──────ッッ!!!!

 

 

暗闇の向こうから生じた火花と共に、銃弾の雨がイヴの全身を抉り取っていく。黒い液体の再生をしながら、銃弾の連射を直撃で受け止めたイヴは、影から攻撃してきたモノを認識した。

 

 

────ヒト型の駆動鎧(パワードスーツ)。しかし全身を保護する装甲はなく、あるのは重量のある兵装と背中に連結した外骨格らしきパーツのみ。

 

 

そして、金属のヘッドアーマー。狼を模した頭部ユニットを装着した人物。その姿を見たイヴの顔に、焦りが宿る。

 

 

「…………『鉄血の猟狼(ヤークト・ヴォルフ)』、ヴァイアス・ドレイクホーン!第三次世界大戦を打破した十英雄の一人、ドイツの生きた英雄か!」

 

 

大口径の巨大三連ガトリングを回転させた狼らしき駆動鎧を纏った男性、ヴァイアスが姿勢を変え、四足歩行で疾駆する。

 

咄嗟に飛び退いたイヴに追撃をしない。ヴァイアスは四足歩行形態からヒト型へと戻り、ラウラの元へと駆け寄る。

 

 

「お久し振りですね、ボーデヴィッヒ大尉。………いえ、今は昇格して少佐でしたか」

 

「…………ドレイクホーン、大佐ッ!」

 

「再会と君の昇格を祝いたいが、今は後にしよう」

 

 

苛立ちが爆発したのか、イヴが怒号を響かせながら立ち上がる。マスクに手を掛け始めた直後、彼の動きがピタリと止まった。

 

 

「…………レギエル様!?しかし─────分かりました、撤退します」

 

 

忌々しいという顔で、イヴが足元から黒い液体を溢れさせる。噴水のように放出された黒い液体に包まれ、イヴの姿が呑まれていく。消えていく最中、イヴはラウラを睨み、彼女に向けて言葉を残した。

 

 

「────ラウラ・ボーデヴィッヒ、次会った時が最後だ」

 

「………」

 

「返答を違えば、ただでは死なさん。お前の大切なものも全て奪い、絶望の淵に沈めてやる」

 

消えていく闇に呑まれたイヴの瞳は濁り、歪んでいた。あらゆる負の感情の渦を描く眼光は塞がれるまで、ラウラを見続けていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

ドイツ軍特殊空軍基地。

先の戦場となった駐屯基地よりも大きく、警備も厳重なその場所にラウラ達は向かった。イヴの手で負傷させられた黒ウサギ隊の隊員達の治療と、破損したクラリッサ達の機体の修復。ラウラの場合は調整と補給だけであった。

 

 

「…………ボーデヴィッヒ少佐。彼女達は無事だ、命に別状はない」

 

「そう、ですか」

 

「君のお陰だ。君がいち早く助けに来てくれたから、彼女達は殺されずに済んだ。─────ありがとう」

 

 

微笑みを浮かべていたヴァイアスは丁寧な姿勢で一礼した。廊下のソファーに腰掛けていたラウラは慌てた様子で立ち上がり、「た、大佐!」と複雑そうな言葉を漏らす。

 

因みにだが、クラリッサは上層部への報告に向かっている。ラウラはかつての部下達の身を案じ、補給ついでに彼女達の様子を聞き届けようとしていたのだ。

 

 

「…………少佐」

 

「はっ、何でしょうか」

 

「…………いや、君とあの男の関係、私が問うべきではないね。冷たいようだが、君自身の問題だ。私以外にはあまり話さないように」

 

「─────感謝します、大佐」

 

 

とやかく聞こうとしない上司に、ラウラは感謝の言葉を絞り出した。千冬を例外とすれば、彼はラウラが尊敬する人でもある。

 

戦いにしか生きれない、生粋の軍人である彼は偉い方には好まれない性格であるが、上司としては素晴らしい人だ。プライドが高かった当時のラウラやクラリッサ達が心の底から尊敬するのも、彼の人間性が優れていたからである。

 

 

「それはそうと。ボーデヴィッヒ少佐、昇格おめでとう。君にこの言葉を伝えるのが遅れたことを、深く詫びよう」

 

「…………?どういうことです、大佐?」

 

 

思わず、その言葉に困惑する。

昇格を祝う言葉が遅れた、とは何を言っているのか。彼女は今ではなく、前にヴァイアスから昇格を祝われている。

 

専用機を手にし、少佐に昇格した当日に。

 

 

「どういうこと、とは。君に昇格の祝い言葉を贈れなかったからね。私が遠出した間に昇格していたから、仕方ないと言えばそうなのですが。帰って来た時には、君もIS学園に入学していたわけだし」

 

「…………………は?」

 

 

耳を疑った。

丁寧な口調で語るヴァイアスの言葉に、ラウラは食い違いがあると気付いたのだ。ヴァイアスは遠出していたと言っている。確かに、あの前日に上層部の元へ向かうっていた覚えがある。

 

だが、ヴァイアスと会ったのも事実だ。なんせ彼と普通に話したのだから、別人ではない─────別人であるはずがない。そう思えたら、どれ程良かった。

 

 

(そういえば、あの時の大佐は様子が可笑しかった。雰囲気が少し、何か演じてるような感じがした。もし、そうなら)

 

「………あの、大佐。つかぬことをお聞きしますが、あの日当日に帰還されましたか?」

 

「いいえ、普通に一日過ごしましたが………………何か、重要な話があるようですね」

 

「実は、あの日。大佐と────」

 

 

ラウラはかつての記憶、自分をIS学園に送る手筈を取ってくれたヴァイアスのことを話した。彼本人は怪訝というより、間違いなく記憶にない様子であった。

 

ラウラの話を疑わないのは、そういう考え方があるのか。或いはラウラが嘘をつくような人間ではないと信じているかだ。

 

 

「………………私が君に、そのような話を。確認しますが、その時の私はどのような感じでした?」

 

「大佐と同じ姿でした。少し違和感はありましたが、当時は差程気にしていませんでした」

 

「私と同じ姿に、ですか────まさかとは思ってましたが、我が軍にも入り込んでいたとは」

 

 

差程驚かず、むしろ納得したような言い方に、ラウラの方が困惑を覚えた。ヴァイアスは彼女が何も知らないことに気付いたのか、失礼と話を戻した。

 

 

「少佐にも話しておく必要がありますね。ある組織について」

 

「ある組織?それは一体────」

 

「都市伝説の一つとされている、存在すら確かではない暗部の組織です。上層部によれば、先日の未確認IS襲撃事件も、アレが関係しています」

 

 

その名を語ろうとした直後、ラウラのISの通信が届いた。咄嗟に通信を繋げ、連絡を取ったラウラは、その内容に驚愕を露にした。

 

 

「─────ルクーゼンブルクが?」

 

 

 

◇◆◇

 

 

『クローズ王子。IS学園を含めた勢力により、アルターマグナが沈黙。ドイツ領内にて撃破されました』

 

「………そっか、ご苦労様だね。ジブリル」

 

 

黒い高級車で移動している最中のクローズは、ジブリルの通信報告を聞き終えた直後であった。あまり事情や内情は深く気にしない。そういうのは、国政や軍務を担当する兄と姉に任せればいい。

 

自分はあくまでも、他国との対応に尽力すればいい。それこそが、『外交』を担当する自分の使命なのだから。

 

 

『あの…………クローズ様』

 

「どうしたのかな?ジブリル」

 

『最近は多忙が続いており─────アイリス様が寂しがっております。どうか、時間を設けていただけないでしょうか?』

 

「…………ああ、そうだった。今の仕事を済ませたら、明日時間を作るとするよ」

 

『────ッ!感謝します!クローズ様!』

 

 

礼儀正しくあるが、喜びを隠せないその声は即座に途絶えた。通信を切ったジブリルの言葉に思うところがあったのか、彼は右側の窓から外を見つめていた。

 

 

そして、自身の掌に視線を落としたクローズは、困ったような小さな声で呟く。

 

 

「……………ホント、難儀だよね」

 

 

トン、トン、トン、と。近くの肘を置く台座で指を叩くクローズ。何かのリズムに乗せた規則性のある音である。無論、これは彼が心からリズムに乗せられている訳ではない。何故か近くから聞こえる小さな音を、真似ているだけだ。

 

タイマーのようなその音に、クローズははぁと溜め息をつく。

 

 

「────やられたなぁ」

 

 

瞬間、クローズの乗っていた高級車が足元から爆破した。凄まじい衝撃と爆炎に晒された車体が宙に浮かび、勢いよく地面に叩きつけられる。

 

それだけでは終わらない。ルクーゼンブルク公国の全体で、複数の爆発が同時に発生する。西洋でありながら近代的な町並みが、炎と煙に呑まれていく。

 

 

 

 

『─────報告。第五王子の車の爆破を完了。公国に仕掛けた爆弾の大半が起爆完了』

 

『巡航ミサイル第一波着弾。全ての外部へのアンテナ、出口を破壊完了。続けて軍港や基地への第二波が着弾します』

 

『レヴェル・トレーターより通達。これよりルクーゼンブルク公国に侵入するとのこと』

 

 

ルクーゼンブルクの鉄塔の上。おおよそ人が立ち入れるような場所ではないそこに、一人の男が立っていた。顔を隠すように無機質な凹凸のない仮面を装着した黒装飾の男が。

 

自分の元に届く連絡を耳にし、それに向けて淡々と指示を送る。

 

 

『────通達する。これよりお前達への指揮系統は一時的に遮断する。各々の独自の行動により、作戦を遂行せよ』

 

『ハッ!』

 

『亡霊諸君、健闘を期待する』

 

 

心にもない発言を、仮面の男は口に出す。通信を切り、鉄塔の上から燃えていくルクーゼンブルク公国を見下ろした彼は、全く興味がないのか、公国に関する話すらしない。

 

 

『我等が動くには、枷が多すぎる。今回の件で、余計な奴等を一掃するとしよう』

 

 

仮面の男が静かに、手に握る。黒耀の魔剣。漆黒に染まった金属の長剣を、いつの間にか掴んでいた仮面の男は。持ち上げた長剣を撫でる。

 

モザイカと同じ形状であり、その存在すら隠されている黒いIS。ゼノスの待機状態の剣を。

 

 

 

『全ては、我が計画の────人類の為に』

 



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第57話 殺戮・血・地獄

アルターマグナの撃破後、周辺の基地に戻ったIS学園一行。別行動、というよりも基地でオペレーションしていた千冬は今現在、とある相手と対談をしていた。

 

 

「…………どういうことか、詳しく説明してもらうぞ。アレックス」

 

『説明することはない。オレが語るべき言葉は、さっきと同じだ』

 

 

遠隔の通信を繋げたことで、ホログラムの人の姿が、アレックス・エレクトロニクスがその場に在った。映像越しの対話。遠くにいる者同士が齟齬もなく話し合うための措置。

 

厳しく強ばった千冬の言葉を、アレックスは冷たく切って捨てた。相手が誰であるのか理解していながら、いや理解していたからこそか。

 

 

「────新兵器の実験、その過程での暴走。そんな話で納得できると、本気で思っているのか?」

 

『反論のしようがない。実際に、それが事実だからな。お前の教え子達を狙うにしても、場を考えてやらせる。こんな、後先を考えないやり方がオレの命令だとでも?』

 

 

否定はしない。千冬は知っていた。彼は感情的になることが多いが、本質は冷静な知略家である。町の工場から、エレクトロニクスという大企業へと発展させたのも、彼の優れた技術力と知謀があってのことだ。

 

それがアレックスの────ザックという青年の人間性だと、千冬は確信していた。共に、同じ師の元で師事していた者同士だからこそ。

 

 

「ならば何故、お前の所のテスト候補生は暴走した。蒼青達の報告だと、奴はしきりに同じ言葉を叫んでいた。『IS』という単語をな」

 

『──────あぁ、そうか』

 

「………やはり知っていたようだな」

 

『心当たりはある。しかし話すつもりはない。あくまでも、企業秘密だ。どうしてもと言うのなら国連にでも頼ってみたらどうだ?──────最も、お前は奴等に借りなど作りたくないだろうがな』

 

 

腹の中を簡単には見せない。それこそが、彼の得意とするやり方。ザックが、常々から身に付けていた作法である。騙し合いに満ちた大人達の世界で、勢力を強めていきたのも、彼の経験と手腕があってのものだ。

 

 

底は見えないが、予想はできる。その上で、千冬は諦めたように一息吐き出した。

 

 

「どうしても、答える気はないのか」

 

『今はな。時が来れば、何時でも教えてやるさ。オレの最高傑作を』

 

「ならば、一つだけ聞かせろ」

 

『…………内容次第だな』

 

 

「─────ザック、お前は何を作ろうとしている」

 

 

千冬の質問に、アレックスは沈黙していた。僅かに考えた様子を見せた彼は、つまらなさそうに答えた。

 

 

『強いて言うなら、無限だ』

 

「無限だと?」

 

『この世界を変え、起点となったインフィニット・ストラトス─────無限の成層圏を目指した翼を、越える。オレの個人的な私情があるとすれば、それだけだ。天災(天才)無限(インフィニット)を─────オレの無限(ウロボロス)で捩じ伏せる。彼ならば、それが叶う』

 

 

そこで、千冬は思い出した。

彼、アレックスと名乗っているザックという青年は、あの天災に、篠ノ之束に噛みつき、何度も衝突していた。理由は、彼女が唯一無二の天才だから。ザックは何度も彼女を越えようとして、挫折を味わい続けた凡才の青年。

 

彼が、篠ノ之束を越えようとしている事実は嘘ではない。それが、共に同じ師の元で過ごしていた千冬にはよく分かることだった。

 

 

同時に、彼女は気付いていた。ザックが、アレックスが、本当のことを口にしていないことも。

 

 

 

 

 

「─────少し、誤魔化したな」

 

 

通信を閉ざし、自室にいたアレックスは立ち上がる。窓際の外から見える景色を両目に焼きつける。

 

 

賑わう街中。楽しそうに歩く老若男女の姿。それを瞳に刻み込むアレックス。彼の心中に宿る感情は、どれも同じものであった。

 

 

あの日から─────『先生』の死を知り、千冬と束の元から立ち去った時から、消えることのない思い。

 

 

「オレが造りたいのは、神だ。こんな世界を滅ぼし尽くす程の災禍となる破壊の神が、オレの求める無限だ」

 

 

今ある世界への怨嗟。

恩師の全てを奪い、最悪の戦争犯罪者として死後の名誉も尊厳すらも貶め続ける者達への憎悪。それこそが、ザックだった青年を突き動かす動力源。

 

未来を信じ、希望を託された英雄(千冬)とは違い。天才故に、何をしても無意味なことであると理解できてしまった天才()とは違い。彼には、それしかなかった。

 

努力が取り柄だった凡才は、諦めないことが特徴だった。故に、止まることは出来ない。諦められることが、彼には許されない選択肢だった。

 

 

「─────っ」

 

 

見るに堪えないのか、透明のガラスを拳で砕くアレックス。大きなヒビが入ったガラスは、最早外の光景を写さない。憎悪に囚われた己の顔を、彼に見せるだけであった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「……………」

 

「……………」

 

 

基地に戻った龍夜達の空気は、よくないものであった。不機嫌そうに黙っている龍夜と、近寄りがたい雰囲気を醸し出す彼に困惑するしかないセシリア。そんな空気の原因となる青年を見た楯無は呆れたように笑う。

 

 

「んもう。そんなに苛立ってたら、折角のモテ期を逃すわよ?」

 

「…………」

 

 

ギロッ、と睨むと、楯無は舌を出して笑う。どうやらまだ甘く見られているらしい。人をからかうような態度は、龍夜としても好きなものではないが、今は彼女達に苛立っているのではない。

 

 

「…………考え事をしてるんだ。邪魔をしないで欲しいな、生徒会長」

 

「考え事、ね。レッドって子のことかしら?」

 

「……………」

 

龍夜達が謎の敵、レッドを撃破した後、エレクトロニクス機社の社長が休戦を求めてきた。そもそもの話、此方としても戦闘は望んでなかった。攻撃をしてきたのは、レッドの方だ。

 

なのにも関わらず、連中は大した説明もせず、レッドという青年を回収し、近くの基地へと戻っていった。一応冷静沈着(自分で思う)な龍夜としても、納得がいく話ではない。

 

 

それに、思うところが他にもあった。

 

 

「…………アイツの姿、あの時────『ウロボロス・ナノマシン』を使っていた」

 

「それは………」

 

「ああ、『幻想武装(ファンタシス)』のエネルギーとして組み込まれた物質だ。エレクトロニクスの連中は、あの力をまた兵器として運用しようとしている」

 

 

だがレッドの、操る力は幻想武装とは全く違った。ウロボロス・ナノマシンを装甲として形成し、展開する幻想武装とは違い、あの機体は流体状に姿を変化させていた。まるでウロボロス・ナノマシンそのものが鎧であるかのように、補い続けていたのだ。

 

 

「……………」

 

「ふーん、龍夜くんはその『レッド』って子が気になるの?」

 

「あんな未知の塊みたいな奴、気にならない訳がないだろ」

 

「なら、話してみる?」

 

「………あ?」

 

 

何を言っているんだ、と龍夜が眼を細める。そんな疑念に満ちた視線を受けながらも、楯無は扇子を口元に添えながら、張りつけた笑みと共に答えた。

 

 

「ついさっき、エレクトロニクスの社長と話をしてみたの。そしたら、企業の情報に触れない程度の話なら許すって」

 

 

 

◇◆◇

 

 

暗闇に包まれた空間。

部屋の構造や広さすら掴めないその場所に、彼等が探していた相手はいた─────厳密には、そこに閉じ込められていた。

 

 

無数の機械とチューブが連結したレッドは、深い呼吸を繰り返していた。満タンの培養液が貯えられた大型カプセルからのチューブを背中と肘に繋げ、下半身を巨大な装置に組み込んだ彼は、ブツブツと顔を覆う装甲の内側で何かを呟いていた。

 

その呟きが止まったのは、この空間に立ち入る存在を感知したからだ。

 

 

 

「─────お前が、『レッド』だな」

 

『─────』

 

 

警戒を深めた龍夜の問いに、レッドは答えない。フルフェイスのバイザーを向けるレッドに、龍夜は返答を待っていた。しかしどれだけ経っても口を開こうとしない青年に、次の言葉を投げ掛けようとした途端。

 

 

 

 

【────ああ、僕がレッドだ】

 

「……………」

 

 

ISの通信に、直接介入する言葉があった。しかしそれは音声としてではなく、メールといった文字の羅列である。ISのチャンネルに接続してきた相手の存在に驚きながらも、龍夜はレッドを睨みつける。

 

 

「どうして口で話さない?こんな真似をするよりも、口の方が楽なはずだ」

 

【残念だが、無理だ。僕は喉が、声帯が潰れてる。こうして話すことしか出来ない】

 

「……………そうか」

 

 

嘘ではない。そうした確信があった。彼は、実際に喋れないのだろう。あの怒号、言葉にならない絶叫は、壊れた声帯を引き裂く程のものであった。どれだけの感情が込められていたか、龍夜には理解できた。

 

 

自分と同じ────憎悪に、違いない。

 

 

「………その姿は、お前が望んだものか」

 

【望んださ。この姿を、力を────求めるしか、なかった。少し前まで僕は寝たきりで、両手両足を失った肉達磨だったから】

 

「……………」

 

【全てを失った僕にも、目的が出来た。それを叶える力も、手に入れた。僕はこの力で、目的を果たす。今はそれだけでいい─────そして、いずれは】

 

 

その目的とは、恐らく復讐だろう。

同じように復讐を望む龍夜には、間違いないという自信があった。何か言うべきかと迷った龍夜であったが、すぐに口を閉ざした。

 

 

(馬鹿馬鹿しい────復讐を望む俺が、他人の復讐に口出しできる立場か)

 

 

他人に、更識楯無に止められた時も、龍夜は苛立ちと共に切り捨てた。そんな自分が、あーだこーだと他人に説教したり、意見を述べるのも場違いである。それを示すように無言を貫いていた龍夜に、ふとレッドが反応する。

 

 

【────君達への報告だ。つい先程、ネットワークからある情報を引き抜いた】

 

「………ある情報?」

 

【ルクーゼンブルク公国にて、大規模テロが発生した。恐らく、君達はそのテロの為にわざとこっちに引き寄せられたんだと思う】

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

『…………ファントム・D4。目標は完遂したか?』

 

『ファントム・D6。貴方達の方こそ、目標達成したの?』

 

『問題ない。お前達の部隊の援護に向かうよう、あの方の指示があった』

 

 

黒装備の兵士達が、燃え始めた街中を歩いていく。外に出ていた人々は避難所へと向かい、防衛の為にあるべき自律人形は他の部隊と交戦及び、市民達の避難に尽力している。

 

ファントムというコードネームと番号を与えられた実働部隊の者達が大広間の道路で合流する。先程、第五王子クローズの乗る高級車を爆破したD4部隊が吹き飛ばされた車の残骸の近くで待機している。

 

次に取るべき行動を思案したのであろうD4部隊の隊長に、D6部隊の隊長が声をかけた。

 

 

『D4-1。目標の第五王子はどうした?』

 

『車ごと吹き飛ばしたわ。足元の爆弾が炸裂したんだから、多分バラバラかもね』

 

『…………生死を確認していないのか?』

 

『何を言ってるの?爆薬を大量に積んだのよ、一々生死を確認しなくとも、間違いなく死んでいるでしょう』

 

 

D4隊長は目の前の部隊長の言葉に、呆れたように吐き捨てる。そんな彼女の様子を楽観と認識したD6隊長は舌打ちを隠さず、自分の部下達に命令を下した。

 

 

『D6-4からD6-10。あの車の中を暴け、第五王子の死亡を確認してこい』

 

『────考えすぎよ。爆発が直撃したんだから、生身の人間が無事な訳ないじゃない』

 

『ボスからの話を聞いていなかったのか。もし奴が生きていたら、厄介な事態になるぞ』

 

 

馬鹿馬鹿しい、とD4隊長が吐き捨てようとした瞬間。

 

 

 

『───た、隊ちょ』

 

 

車の方の確認に向かった隊員の声が途絶えた。慌てふためき、助けを求めた声は、通信が切れる直前には消えていたのだ。それが何を意味するか、理解したD6隊長が、震えた声で呼び掛ける。

 

 

『D4-1!部隊を編成し直せ!標的はまだ生きている!』

 

『何を、馬鹿な!相手は生身の、戦場とは無縁の王族でしょ!?そんな奴が私達に太刀打ち出来るわけ───』

 

『黙れ、事実だ!ボスへの報告に向かう!急いで標的を─────』

 

 

言いながら後ろを向いたD6隊長の言葉が詰まる。立ち尽くした彼は何かを見つめ、理解が追いつかないのか呆然としていた。その様子に気付いたD4隊長が、部下達と共に振り返る。

 

 

車の残骸のあった方から、歩いてくる人の姿があった。片手に隊員達の装備していた盾を、もう片方には血の滴るサーベルを。両手を塞ぐ状態で、平然と近寄ってきた男性────第五王子 クローズが頬に飛び散った血を拭っている。

 

 

『──────は?』

 

 

思考が、無意識に放棄される。

目の前の事象を、脳の理解が遅れていた。何が起こっているのか、彼女達には分からない。血に濡れた第五王子だが、その血は彼本人のものではなく、返り血であると。爆発が直撃したにもかかわらず、傷一つない身体がその事実を証明していた。

 

此方を見据える、冷たい瞳。突き刺すような視線を受けた瞬間、彼女達は思わず銃に手を掛けていた。装備を身構える部隊はたった一人を取り囲み、全方位から銃弾を浴びせる。

 

 

戦闘の音が響き渡り、静寂がその場を支配した。

 

 

 

 

 

「────クソ! なんたる失態! なんたる無様だ!」

 

 

ルクーゼンブルク国が管理する量産型のISを操るIS部隊を率いた、専用機持ちのジブリルは自責の念に駆られていた。

 

近衛騎士(インペリアル・ナイト)として、若輩者でありながらも団長に選ばれたのは、王子達に望まれたからだ。王族を守る剣として、彼等が望む優しき王を支える盾として、期待されていたから。

 

それなのに、テロリストによる大規模テロを許してしまった。第五王子もそれに巻き込まれ、生死不明とされている。彼等を守る剣として鍛え上げられたのにも関わらず、今この時に守ることすら出来ていない。

 

そんな風な後悔を覚えていたジブリルだが、部下の悲鳴のような叫びを聞いた。

 

 

「団長!────第五王子が!」

 

 

大通りの道路に着いたジブリル率いるIS部隊が、それを見つけた。爆弾により鉄屑へと変わった車の残骸。その近くで倒れている黒ずくめの兵士達────彼等の近くに立つ、第五王子の姿を。

 

 

「クローズ殿下ッ!」

 

「…………ジブリルか、無事で何よりだ」

 

「お気遣い感謝致します!ですが!殿下こそ、お怪我はございませんか!?」

 

「大丈夫。この血は全部返り血さ」

 

 

血塗れのクローズに心配するジブリルだったが、彼の言う通りであり、傷一つも見られない。これだけの血が全て相手のものという事実に驚愕しているジブリル含む騎士達の前で、クローズが倒れていた兵士の一人を起こす。

 

 

「やぁ、少し話をしようじゃないか。テロリスト君」

 

『……………第五王子。あの爆発で生きているなんて、どんな身体をしてるのかしら』

 

「生憎、企業秘密────って言いたいけど、特別に教えてあげるよ」

 

 

信じられないといった様子で第五王子を睨むD4隊長。クローズは気にする素振りもなく、淡々と話し始めた。

 

 

「私達、ルクーゼンブルクの王族はね、暗殺なんてしょっちゅうさ。隙を見せれば、建物ごとドカン!………とされても可笑しくない。その為にも、私達兄弟は同じ結論に至った」

 

『…………』

 

「────『至王の円卓(ロイヤル・ヴァーミリオン)』。八神博士がこの国に譲渡した天界機の一つ。公国の重要機関を統制するコンピューターとして運用してるけど、その用途は他にもある。

 

 

 

 

人間の体内にナノマシンを投与し、それによって強化人間にする力があるのさ」

 

『…………ッ!まさか!』

 

「もう分かったかな?私を含めた兄妹達は改造手術を受けてる。それによって、私達はどんな攻撃にも耐えきり、並外れた身体能力を得た。たとえ機関銃やミサイルを受けても、無事を保証できる程にね」

 

 

言いながら、クローズは左手で握っていたサーベルの刃を右手の添え──────躊躇いなく引いた。肌に触れた刃が皮膚を裂き、赤い液体をぶちまける─────

 

 

 

こともなく、金属音が響き渡る。

サーベルの刃が触れた手首の部分に、半透明な膜が生じている。ガラスを何重にも重ねたような防壁に包まれたクローズは、薄い微笑みを浮かべた。

 

 

「さて、私達の話はした。君達にも、色々と教えて貰おうか」

 

『…………話すことなんて、ない』

 

「おや、人の話を聞いたのに、君達は話さないのか。それは流石に礼儀知らずだと思うけどね」

 

『そっちが、勝手に話しただけだ…………貴様らのような、安全でなければ嘗めた態度も出来ない奴等に、話すことなどない…………』

 

 

末端であろうとも、誇りはあるのか。自分達については語ることはないと断言したD4隊長に、クローズは困ったように笑った。どちらかと言うと、諦めたように。

 

 

「そっかぁ、話してくれないのかぁ」

 

『…………さっきから、そう言って────』

 

「じゃあ仕方ない─────やり方を変えようか」

 

 

 

ザッ! と、クローズがサーベルを振るう。

そよ風のように振るわれた刃は、何かを切り裂いた。それが何なのか分からなかったD4隊長だが、突如脚から力が抜けた。

 

視線を向けると、左右の大腿に切れ目が開いていた。パックリと開いたそこの部分から、血が漏れ出してくる。その瞬間、認識した彼女の頭に激痛が叩き込まれた。

 

 

『が、ああああああああああああああッ!!!!』

 

 

崩れ落ち、悶えるD4隊長。テロリストの末端として配属された彼女も闇の一部として、多くの悲劇を経験してきた。しかし、大腿を切り裂かれるなんて経験は今までなかった。その激痛が、彼女の思考の全てを打ち消してしまう。

 

過去の経験など、全てが無意味になってしまうほどの苦しみと痛みであった。

 

そんな彼女に、クローズは呑気に呼び掛けた。しかし、彼女は反応しない。激痛に飲まれた彼女には、届かない。はぁ、とクローズは溜め息を漏らし、顔色を変えることなくサーベルを脚へと突き刺した。

 

 

悲鳴を越えた絶叫が、木霊する。

立ち尽くしたジブリル達に見向きすらせず、クローズは脚に突き立てたサーベルを静かに抜く。

 

 

「…………やっと、こっちを見てくれたね。君が見てくれるまで、どれだけ痛めつけないといけないか、困ってた」

 

『はぁ…………ッ、ハァ………っ、き、貴様!』

 

「────これから私は、君を切り刻む」

 

 

穏やかな笑顔だった。

ひぃ、とヘルメットの内側で彼女は悲鳴を漏らす。怯えられていることも理解した上で、クローズはサーベルの刃に付いた血をハンカチで拭き取る。

 

 

「無論、君が死ぬまで。生きたまま、出来る限りの最高の苦痛を与えていく。有益な情報を喋ってくれれば、一思いに一撃で済ませるよ。けど、話す気がないなら、それまでさ」

 

『正気、か………!?王族が、そんな真似を………っ!』

 

 

スパッ、と刃が跳ねる。

視界に煌めいた閃光は一瞬で、彼女の手を切り裂いた。何本か、グローブが嵌め込まれたままの指が転がった。

 

 

『ぎぃッ!?ぐぅぅうううううっ!!』

 

「まだ分からないのかな?君に質問や意見は許していない。求めるのは、私の望む言葉だけさ」

 

『き、さま………!貴様ぁああっ!』

 

「────ほら、もう一回」

 

 

微笑みかけ、クローズは片方の手を切り裂いた。閉じ散った肉片、正確には指だったものが落下してからすぐ、咆哮のような叫びが続く。黙って見ていたIS部隊の精鋭達の顔に恐怖が宿る。ジブリルですら、表情が強ばっていた。

 

 

国のトップでもある王族の一人が、淡々となぶっていた。殺しを楽しむわけでもなく、機械のように無機質に行うのではなく、ただ普通の仕事を進めるように。

 

物理的に両手を失ったD4隊長はようやく理解させられた。この男は本気だと。情報を探るためであれば、どんな残酷なことすら出来ると。ショックと恐怖のあまり、情報を隠すという思考よりも先に、ある疑問を形にした言葉が出てきた。

 

 

『ま、待て!?私を、私をここまでしてどうする!?私が情報を知っている以上!殺すことは出来んないだろう!?』

 

「いや、まだ残ってるから大丈夫さ」

 

 

そう言い、クローズは倒れ伏した兵士達を指差す。そこでようやく、何故彼等が全員死んでいないのか、確信した。情報を吐かせるために、敢えて生かしたのだ。それだけの技術と戦闘力、そして尋問を行える精神性。

 

 

「君達は我等ルクーゼンブルク公国に、家族に害を為した敵だ。末妹(アイリス)とは違って、私達は優しくない。敵への慈悲など、当の昔に捨てた」

 

『ぃ、い………っ』

 

「この国を守るためならば、私達は喜んで手を汚そう。喜んで血に染まろう。それで、私達の大切な末妹が、優しき()になれるのであれば──────私達に、迷いはない」

 

 

全ては、優しき王の未来のために。

祝福でもあり、呪いでもあるその願いが、彼等の強靭な意思を形作っていた。折れることのない意思の塊を前に、尋問されたテロリストの隊長の心は、既に折れていた。

 

 

 

『ゆる、して………ッ』

 

「────残念」

 

 

────それは、私の望んだ言葉ではないよ

 

 

優しく、諭すように言いながら笑う。慰めるように笑顔を作ったクローズは、躊躇なくサーベルを振り上げた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「───状況を整理しよう」

 

 

基地内部の作戦会議室にて、千冬をはじめとして龍夜やセシリア、楯無─────遠隔通信のアレックスと、近くで待機しているレッドを含め、全員がその話を聞いていた。

 

 

「十数分前、ルクーゼンブルク公国にて大規模テロが発生した。そのテロでは、クローズ王子も狙われた」

 

「クローズ王子が………!?それで、無事だったんですか!?」

 

「何とかな。王子達がテロリストの末端を捕らえ、情報を聞き出したらしい。そこで、テロの全貌が理解できた」

 

 

送られてきたであろう情報をまとめた端末を片手に、千冬は説明を始める。

 

 

「今回の件、アルターマグナの暴走も含め、二つの組織が関係しているとのことだ」

 

「アルターマグナ………レヴェル・トレーター以外にも?」

 

「ああ。レヴェル・トレーターの一人がアルターマグナを動かし、ルクーゼンブルクにいた我々やドイツの戦力、公国の意識を集中させる。その隙に侵入したテロリスト達が、公国の重要機関を破壊し、公国の外に繋がる通路の殆どを塞いだとのことだ」

 

 

静かに聞いていた楯無が立ち上がり、質問を口にした。

 

 

「彼等の目的は分からないんですか? 織斑先生」

 

「不明だ。王子曰く、末端は何も知らされてないらしい。現時点でも、奴等が何らかの行動を見せる様子すらない」

 

「…………公国を狙うからには、何かあると思いましたが。狙いが分からないと防ぎようがありませんね」

 

 

公国を襲撃した二つの組織。用意周到に仕組まれたこの事件には、間違いなく目的がある。そこまでする程の狙いが何なのか、二つの組織が手を組む程の理由があるのか。

 

答えが出せない間に、千冬の所持していた端末に何らかの映像が転送されてきた。

 

 

「………これは」

 

 

映像を開いた瞬間、大型モニターにそれが映し出される。所々から煙が、爆炎が立ち上る公国の景色。公国の所有する無人ドローンが撮影したものだろう。高速で飛行するそれが、突如何者かによって撃ち落とされた。

 

 

墜落する寸前のドローンが最後に映し出したのは、敵の姿であった。──────漆黒のISを、顔の半分に剥き出しの左目が目立つ、不気味なISが。

 

 

 

 

両親を殺したものと同じ存在が─────そこにあった。

 

 

 

 

「──────」

 

 

龍夜の思考が数秒の沈黙を生む。混乱と情報の整理。それを完了した直後に、脳に炸裂した感情が、思考の全てを覆い尽くした。

 

 

激情が、憎悪が龍夜を支配した。

 

 

 

 

「────龍夜さん!?」

 

「龍夜くんっ!!」

 

 

ダッ! と、近くに立て掛けてあったケースを手に取り、龍夜は飛び出していた。真後ろから呼び掛ける声に応えない。応えている暇もない。

 

施設の外へと飛び出した龍夜がケースに内蔵されていた自らのISの待機状態 プラチナ・キャリバーを展開する。瞬時に生じた銀色の装甲を纏い、龍夜はその場から飛び立っていた。

 

 

「…………見つけたぞ」

 

 

空域を突き抜け、飛翔する龍夜が呟く。低い声で、笑みを浮かべた龍夜は─────憎悪に染まったままに拳を握り締める。

 

 

「父さんと母さんの仇ッ!絶対に、逃さない!!」

 

 

己の家族を奪った存在への復讐の為に、蒼青龍夜は戦場を目指す。それこそが、自分の求めた生きる理由だからこそ。迷うことなく、公国へと向かっていく。

 

 

それこそが、彼等の狙いであるとも知らず─────

 

 

 

◇◆◇

 

 

僅か数分で、戦火に包まれた公国に辿り着いた。長距離飛行に使用する背中のユニットを折り畳み、龍夜は公国の空港基地に降り立つ。

 

 

破壊の限りを尽くされた基地に踏み行った龍夜が、ふと足を止める。基地の施設内部の入り口、血や肉片に塗り潰された惨状。地獄絵図に相応しい光景を前に、龍夜は顔色を変えない。

 

敵を前に、そんなことしている暇はないのだから。

 

 

 

「─────来たかァ、待ってたぜェぇぇ………ッ」

 

 

ビチャ、と血の池に踏み込む人影があった。フード付きのパーカーを全身に羽織った男。ジャラジャラ、と鎖を引っ張りながら歩き、首元に鎖の繋がれた首輪を嵌め込んだ血塗れの男。

 

 

「…………お前は?」

 

「『狂犬』 ヴォルガ・ハザード、レヴェル・トレーターの指導者。────なぁ、テメェは聖剣使いだろォ?蒼青龍夜って奴だろ?そうだろーォォォ………?」

 

 

血に染まった歯を鳴らし、ヴォルガは恍惚そうに笑う。血に酔いしれているのか、口に食んだ肉の味を確かめるように、三日月のように裂けた口先を大きく緩ませる。

 

 

「ああ、俺がそうだ。その代わり、お前も質問に答えろ」

 

「…………は、ァァァァ…………??」

 

「─────黒い鎧の奴を、知ってるか」

 

「黒い鎧………、あア…………フェイスかァ!知ってるぜ、知ってるぜェ!何せ俺達は奴と手を組んで、テメェを誘き寄せたんだからなァア!!」

 

 

発狂したように笑うヴォルガ。それでも、龍夜としては十分な答えであった。奴────フェイスという名前の奴はここにいる。この国の何処かにいる。それが理解できた時点で、龍夜として十分だ。

 

 

「それよりさァ────お前のその剣、欲しいんだけどよォォォォオオオオ…………」

 

「………これは俺の力だ。お前みたいな奴に渡すものか」

 

「だろォな、そうだろォよォォ…………だからさァ、考えたんだぜ。俺ァ、なァ。

 

 

 

 

 

ブチ殺して、奪ォーってよォ」

 

 

フードを、髪を払い、ヴォルガは片目を開く。眼球のある部位には、小さな端末が強制的に縫い込まれている。厳密には眼を抉り、中身を引摺り出した痕が、凄惨に残っていた。眼窩の奥に指を入れ、ゴリと音を鳴らす。

 

 

幻想(ファンタシス)─────浸蝕(インペリウム)

 

 

足元から生じた暗闇の色をした光が、ヴォルガを呑み込む。液体か物質かも分からない黒い闇が塊となり、その内側から胎動するように震動が響き渡る。

 

 

そして、黒い塊を内側から突き破ったものがあった。鎖に繋がれた、トラバサミのようなものであった。トゲ付きの首輪に繋がれた黒い炎を伴ったキザギザ歯の口が、二つ。黒を噛み砕きながら、のたうちまる。

 

 

「────『獄炎猛狗 ケルベロス』」

 

 

───全身をトゲが目立つ装甲で覆ったヴォルガが、口を裂いて笑う。彼の顔に上下からトラバサミが装着される。ギザ歯の金属パーツを纏うヴォルガは、狂気に満ちた笑い声を響かせる。鎖に連結した、二つの首を自在に手繰りながら、彼は血を舐め取った。

 

 

 

「さァ!やろうぜ!テメェの命も、身体も、魂も!オレが余すことなく噛み砕いて喰らってやるよォ!!」

 



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第58話 鮮血の宴

エイプリルフールだけど、つく嘘が無いです(真顔)強いて言うなら、友達が沢山いる……………うん、嘘(絶望)


「クソ! 蒼青め! 勝手な行動を!」

 

 

映像を見て飛び出した龍夜がISを展開してこの基地から離脱したのを理解し、千冬は苛立ちを溢す。半分は勝手に動いた教え子に対して、もう半分は彼の理性を上回る程の『復讐』を理解しておきながら、気を抜いてしまった自分への浅慮を。

 

 

(あの黒いISに反応したということは、アレが蒼青の仇か。ドローンの映像からして、アレは此方を認視していた。だとすると、奴はわざと自分の姿を見せたということに………)

 

 

おそらく、罠だ。

彼を戦場に誘き寄せるために意図的に仕組まれた悪意を感じ取り、千冬は顔をしかめる。あまりにもやり方が遠回し過ぎる。黒幕は、彼の追う仇は、これだけの大舞台を作り出せる程の存在ということになる。

 

少なくとも、表側の存在ではない。裏側、闇の中でも上に位置する者だ。自分達にとっても無視できない、因縁ともなる存在だという予感を、今更ながら実感する。

 

 

「────織斑先生!今すぐ出撃許可を!」

 

「ダメに決まっているだろう。オルコット、お前のISは既にエネルギー切れのはずだ。補給を終えるまで待っていろ」

 

「ですがそれでは!龍夜さんがっ!」

 

 

青年の身を案じるセシリアだが、千冬としては同じ言葉しか言えない。セシリアも楯無も、ISのエネルギー補給が出来ていない。半永久機関を有する龍夜とは違って。

 

中途半端な状態で戦場に送ればどうなるか予測できるからこそ、そんな事態を防がねばならない。淡々と語る千冬に食い下がる様子もないセシリア。そんな彼女達の様子を見て、声をかけるものがいた。

 

 

いや、性格には電子ネットワーク上の言葉を。

 

 

 

『ちふ────織斑、千冬……さん』

 

「……………これは、お前か?」

 

『ISのエネルギーの問題なら、大丈夫です。僕が、それを解決できます』

 

 

立ち上がりながら、モニターに言葉を浮かび上がらせるレッド。彼は両手を差し出し、ISを渡すように求めてきた。その様子に戸惑いながらも、待機状態のISを手渡すセシリア。楯無も少し悩んでいたようだが、特に気にすることなくアクセサリを渡した。

 

レッドを見据えていた千冬は、モニター越しに静観している社長を軽く睨む。

 

 

「…………下手な小細工はしないだろうな、アレックス」

 

『オレならば兎も角、彼は純粋だ。そのような勘繰りは無意味とだけ言っておくぞ、千冬』

 

 

二人の前で、レッドは待機状態のISを両手で握り締める。胸にあるリアクターが回転し、腕の先へとエネルギーが送られていく。次の瞬間、レッドは力を抜いて、ISを返した。

 

 

『────エネルギーは補給した。万全の状態で扱えるから、安心してくれ』

 

 

驚きながらも、二人はISのエネルギーが満タンにまで補充されていることを確認する。ここまで出来るのか、と思いながらも彼女達は千冬に視線を向けた。

 

 

「織斑先生!」

 

「………行ってこい。元より、出動許可は出ている。公国を襲撃する敵勢力の打破、及び蒼青龍夜の援護を。我々はここでバックアップを行う」

 

 

ありがとうございます! と頭を下げるセシリア。今にも飛び出しそうな彼女を制したのは、レッドであった。彼はセシリアと楯無を見ながら、言葉を呈示する。

 

 

『僕も行く。君達よりも、一番早く行動できるはずだ』

 

「…………良いの?貴方はIS学園の人間じゃないから、ここまでする義理はないと思うけれど」

 

『僕自身の意思だ。社長からの許可は貰っている。実験として、テロリストの相手をするって事でね』

 

 

カタパルトに移動した三人、セシリアと楯無がISを展開する。レッドはその後ろでリアクターを回転し、造り出した黒い粒子を装甲として形成し、大型の鎧を纏う。

 

 

明らかに重量級であり、背中に大型のブースターを有した飛行形態を。見たこともある装備が装着されていることに気付いた楯無が感心したように口笛を吹く。

 

 

「やっぱり、見たものをコピーする────だけじゃないみたいね。自分にあった形に再構築するなんて、規格外の力ね」

 

『─────それでも、全能じゃないです。二人とも、僕の背中に掴まってください。全速力で公国に向かいます』

 

 

二人が彼の背中の翼の突起を掴んだ瞬間、大きな機体が宙に浮かぶ。自身の身体を機体の中へと収納したレッドが意識を機体に接続した直後、凄まじい速度で飛翔していく。

 

 

数分もしない内に、二人を連れたレッドが公国の領域へと侵入する。燃え盛る街並みを見て辛そうな顔をするセシリア。今にでも助けに飛び出したいのだろう。だが、彼女達にはいち早くやるべき事がある。

 

 

「レッドくん、敵は見える?」

 

『センサーには雑兵しか。龍夜の反応は見えない。恐らく、センサーの通用しない領域内に誘き寄せられたのかも。そこに向かえば─────ッ!二人とも!掴まって!』

 

 

直後、レッドが操る飛行機体が勢いよく回転した。彼等のいた方に目掛けて、瓦礫の砲弾が飛ばされてきた。慌てて二人を連れて不時着したレッドは機体を変形させ、自身の鎧へと切り換える。

 

 

臨戦態勢を整えた三人。人気のない通りに降り立った彼女達の前に、先ほどの攻撃をしてきたと思われる者達が現れた。

 

 

「────見覚えのある顔ぶれだな」

 

 

フードを被った謎の青年。顔の半分だけを露出させた彼の顔は、薄暗くてよく見えない。分かるのは、藍色の瞳だ。フードの下から黒髪を下げた青年はセシリアと楯無を見据え、懐かしむように口を開く。

 

 

「セシリア・オルコットと更識楯無、もう一人……………アレは何だ?」

 

 

レッドを指差す青年の隣には、無口の二人組が左右に並んでいた。黒装束を纏った男女。感情というものが見えずとも、鋭い気迫と殺意を備えた彼等は機械的に、青年の隣に在るだけであった。

 

 

「私達の事も知ってるのね。なら、こっちも当ててみようかしら? 貴方達が今回の件の黒幕の一つでしょ、レヴェル・トレーター」

 

「正解だ。更識の現当主。私───いや、俺はレギエル。レヴェル・トレーターの指導者の一人、『堕天』のレギエルと名乗らせて貰っている」

 

 

堂々と宣言するレギエルに、楯無はふーんと呟く。しかし、すぐに笑みを浮かべ、彼に言葉を投げ掛けた。

 

 

「レギエル、ねぇ。それ、本名じゃないんでしょ?」

 

「人の事を言えたことか。貴方こそ、己の名を隠しているだろうに」

 

「……………」

 

 

その発言に、楯無は黙った。核心を突かれたような言葉を受け、彼女の顔に汗が生じる。しかし、それだけで平静を崩さず、焦りを見せることはなかった。

 

 

「………レヴェル・トレーター、貴方達の存在は私達も探っていたわ。貴方以外の指導者の全員も、既に把握済みよ」

 

「…………」

 

「ヴォルガ・ハザード、エーゼル・シュタイン、露木ミフル。この三人については、おおよそ掴めてる。けど、貴方の情報だけは無かったわ。痕跡はおろか、経歴すら探れなかった──────まるで一人の人間が、突然世界に現れてきたみたいじゃない?」

 

 

今度はレギエルが口を閉ざした。片眼だけの藍色の瞳に宿るのは、警戒の色。そこに敵意が感じないのは、何故だろうか。

 

僅かに、セシリアが周囲に意識を配る。心配そうに見渡していた彼女の心境が見え透いたのか、レギエルが不適に笑う。

 

 

「────蒼青龍夜が心配か?セシリア・オルコット」

 

「っ!」

 

「安心するといい、彼は死んではない。つい先ほど、俺の仲間────ヴォルガと戦い始めた。此方としても、殺すつもりはないから安心して欲しい。

 

 

 

 

 

 

まぁ、五体満足かは保証できないが、死にはしないだろう。彼は、あの人はまだ、必要だからな」

 

 

複雑そうに呟いたレギエルの言葉に、セシリアの心配は増すばかりであった。今にでも助けに向かおうとする彼女や、此方の警戒を隠さぬ楯無、そして静かな怒りを見せるレッドに向けて、レギエルは告げる。

 

 

「俺が出てきたのは、あくまでも時間稼ぎのため。我等の計画のためにも、貴方達の足止めをさせていただく。────アルネ、カシューラク、援護をしろ。もしもの場合、『使う』為の保険を」

 

「…………ハッ」

 

 

指示を受けた途端、二人の男女は腕を上げた。手に握っていた黒い液体の入った注射器を首に押し当てる。カシュッ! と軽い音を響かせ、液体を流し込んだ二人が動く。

 

 

 

「「幻想(ファンタシス)─────浸蝕(インペリウム)」」

 

 

二人の肉体が黒い闇に呑まれ、変質していく。黒が砕け散り、姿を現した彼等を新たな幻想武装が纏う。その形状に見覚えがあったのか、セシリアは驚愕のままに口にした。

 

 

「幻魔複合、アンノウン……ッ! エイツーさんだけの力ではありませんの!?」

 

「アンノウンは幻想武装の中で唯一、量産化が為された幻想武装だ。数百の生物の力を有したからこそ、十人十色といった機能を得るこの力は────正しく俺好みだ。二つの意味でな」

 

 

そう言いながら、レギエルは肩に装着していたパーツを外す。カオステクター、そう呼ばれていた変身装置を握ったレギエルは──────自身の片腕ごと、身体から引き剥がした。

 

 

いや、その片腕は義手であった。機械で形成された義手を軽く掴み、レギエルはカオステクターに取り出したチップを挿し込んだ。

 

 

「────起きろ、サマエル」

 

 

義手を投げ捨てたレギエル。その目の前で、義手が黒い光に包まれ、変容していく。巨大な影へと変化した黒い闇から、十数メートルの巨大な機械蛇が飛び出してきた。

 

機械蛇 サマエルを従えたレギエルが向き直る。左右に並び立つ部下二人と自身の手駒たるサマエルに向けて、どうでも良さそうな声で告げた。

 

 

「いいか、IS操縦者の二人とも殺すなよ。イレギュラーは殺してもいい。何より────死ぬなら俺の為に、いいな?」

 

「…………ハッ」

 

「────行け」

 

 

半身を幻想武装に侵食された二人が、同時に飛び出した。咄嗟に反応したセシリアがスターライトmkⅢを構え、狙撃を行う。放たれた閃光は二人を狙ったものだが、二人のうちツインテールの女性 アルネが変異した片腕を振り払う。

 

 

腕から生じた半透明な光の障壁が、レーザーを防ぐ。その背後に隠れていたもう一人、カシューラクが動き出した。

 

 

「─────『イエティ』、『スカイフィッシュ』抽出」

 

 

抽出された未確認生物の能力を引き出す幻想武装。その名を体現するように、カシューラクの肉体が変化を起こす。半身の腕だけが異様に膨張し、背中に小さな光の紋様が浮かび上がる

 

 

一瞬にして、距離を詰めるカシューラク。セシリアに狙いを定め、腕に力を込めて接近していくが、楯無がそれを防ぐように前に出る。

 

 

「────!」

 

「あら、随分と粗暴な動きね。見易いわ」

 

 

カシューラクの大振りの腕を避けた楯無が、水を螺旋のように回転させた槍をそのまま叩き込む。ズガガガッ! と、凄まじい音がカシューラクに直撃した直後に響き渡る。幻想武装を削っていく槍は受けるカシューラクであったが、突如として槍が動きを止めた。

 

 

「────氷?まさか!」

 

「もう、遅い。終わりだ────」

 

 

制御用のナノマシンの仕込まれた水ごと凍らされた。そう気付いた楯無の槍を掴んだカシューラクが肥大化させた拳を振り上げ、楯無へと叩き込もうとした。

 

 

だが、そんなカシューラクの横腹を、真紅の機体が吹き飛ばした。超加速より突進を行ったレッドは楯無に顔を覆ったフルフェイスのバイザーを向け、メールによる言葉を送る。

 

 

『無事、ですか』

 

「………心配は無用よ。ちょっと油断しちゃっただけ────避けて!」

 

 

会話の最中に動きに気付いた楯無とレッドが横に飛んだ。直後、二人のいた場所が圧倒的な重量により押し潰される。尻尾を地面に叩きつけた巨大な機械蛇 サマエルが彼等を無機質なツインアイで見下ろしていた。

 

 

ガパッ、とサマエルが口を大きく開く。口内に仕込まれた複数の装置が切り換えられ、その内の一つが此方に向けられる。直後、紫の液体を収束させたようなか細い塊が吐き飛ばされる。

 

センサーで通して、楯無がその正体を見破った。

 

 

「ッ!毒よ!レッド君! アレを消せる?どちらかというと、焼いて欲しいけれど!」

 

『────分かってます!』

 

 

片腕の義手を変形させ、火炎放射により毒を焼き払う。空中で焼き尽くされた毒は完全に消滅したが、サマエルの攻撃の手は緩まなかった。

 

ガコン、と口内の装置が切り替わった。今度は空気が圧縮されたようにねじ曲がり、地面に着弾した途端凄まじい勢いで膨張した空気が地面を抉っていく。

 

幸いなことに、二人は何とか回避できていた。セシリアと並んだ三人だが、ふと楯無が険しい顔でサマエルの方を睨んでいた。

 

 

「…………おかしいわね」

 

「?何かありましたの?」

 

「セシリアちゃん。幻想武装って言うのは、基本的に一つの生物、その力に特化した特殊な装備よね?」

 

「ええ、確かそう記憶してますけれど…………」

 

「じゃあ、アレはどういう原理で複数の能力を使えているのかしら?」

 

 

サマエルを見据えた楯無はかつての報告書を見ていた。ロシアの代表候補生。自分の後輩がアレと対峙した際には、何らかの転移らしき能力を発動したらしい。だからこそ、転移系統の能力だと思っていたが、サマエルは毒や風等の全く別の力を平然と使用していた。

 

サマエルという名前が伝承通りなら、毒が本来の能力のはずだ。楽園を守護する蛇であり、堕天使とも言えるその怪物は、決して炎を扱ったり、転移したりなどの逸話はなかった。

 

 

「………レギエル自身が動かない様子を見るに、サマエルは遠隔操作タイプの幻想武装かしら。あの感じ、戦闘に意識を向けてないから、多分操作は出来てない。恐らく自律思考で動いてると見ていい」

 

『なら、本体を狙うべきでは?その方が、サマエルも防御を優先させるはず』

 

「そうしたいのも山々だけど……………何故かしら、彼に接近しない方が良さそうなのよね。危機感知って奴かも」

 

 

片腕であり、如何にも戦う手段がなさそうなレギエル。しかし何故か近付いたらダメだと、楯無の本能が警鐘を鳴らし響いていた。本人も分からないが、もし彼本人に手を出せば、最悪の事態になりかねない。そんな予感がしてならなかった。

 

何より、あの余裕そうなレギエル。戦いではなく、別の何かに意識を向けている彼を前に、楯無は自分が軽く手玉に取られている気がして、逆に笑いを浮かべた。

 

 

「────厄介ね、本当に」

 

 

 

◇◆◇

 

 

轟音が響き渡る。

近くの基地の施設が内側から爆発し、その爆煙の中から蒼銀のISを纏った龍夜が飛び出してきた。顔を覆う騎士風のバイザーを上げた彼は、両手に備えた盾と剣を握る力を強め、身構える。

 

 

そして、炎を伴い、怪物が歩み出てきた。

 

 

 

「ギャハハハハハハハハ─────ッ!!!」

 

 

三首の猛獣。ケルベロス。

地獄の番人として恐れられた逸話を持つ神話の魔獣。その特性と性質、存在を具現させた幻想武装は、獣そのものであった。

 

それを纏う男、ヴォルガ・ハザードも獣同然なのだろう。血に飢えたようなギラギラとした眼光と引き裂けた口元が、人間とは桁外れの狂気を滲ませている。

 

 

全身に連結した鎖の先に繋げられたトゲ付きの首輪とトラバサミのような二つの頭。縦横無尽に空中でうねる鎖に従い、ケルベロスの口が歯を立てるように、そのまま龍夜へと噛みつこうとした。

 

 

「─────!」

 

しかし、龍夜の担う銀剣がそれを弾き飛ばす。一瞬だけ動きを止められた顎が再び飛びつくが、背中のブースターを稼働させ、低空飛行と共にスライド移動した龍夜には届かない。

 

 

空中にいた龍夜に、もう一つのケルベロスの顎が狙いを向けた。口を大きく開き、口内に激しい熱を蓄積させ、解放する。

 

 

「────『業火(ヘル・ボア)』ァッ!!」

 

 

燃え盛る炎の砲弾が、猛獣の口から放たれた。空中という回避不能な状況下、迫り来る炎玉が龍夜に直撃する。ギヒ、と不敵どころか滾るような笑みを浮かべるヴォルガの視線の先で、蒼いエネルギーの粒子が舞う。

 

 

ジャラ! と鎖を手繰り寄せたヴォルガの目の前に、超加速で突撃してきた龍夜の蒼光の刃が迫った。しかし手で引き寄せる鎖が、それを前にして防いでいたのだ。

 

アクセルバースト・フォーム。

防御とエネルギーの保存、戦いやすさに特化したディフェンスタイプの形態とは違い、加速と高火力に特化させたアタッカータイプの形態。

 

通常のIS、発展してきたISにも、戦闘時での高速形態変化機能は存在していない。理論的に、不可能とされていたからだ。そんな芸当が出来るのは人類を越えた天災にしか出来ぬもの。

 

この機体 『プラチナ・キャリバー』が、篠ノ之束により造り出されたISだからこそ、その例外と言えるのだ。それを操る龍夜も、普通の人間であれば使いこなすのも難しい機能を、完全に制御していた。

 

 

可変した銀剣。大型のブレードまでの拡張を実行した剣にエネルギーを帯び、龍夜がヴォルガへと斬りかかる。本能に応じ、鎖を手繰り寄せていき、飛び退いた彼の目の前で、光刃を受けた地面が一瞬で蒸発、いや消し飛んだ。

 

 

ダンッ!! と、空中で弾けたヴォルガが基地内に並んでいた戦闘機へと直撃する。自発的に動いた彼は全身に纏う業火により溶けていく戦闘機から設置されていた機銃を奪い、両手に構えた二つの銃口を此方に狙いを向けた龍夜と向ける。

 

 

引き金のスイッチを押したヴォルガの両手の機銃から、無数の銃弾の雨が放射される。瞬く間に直線上に龍夜の方へと迫り来る弾丸の礫を前に、彼は脚を動かした。前へと踏み込む青年の足は、地面を吹き飛ばし────彼は、超速に至る。

 

 

蒼白い稲妻が、銃弾の雨を突き抜けていく。超加速による移動、ブースターを瞬時にずらした事での音速ブレーキを繰り返した龍夜が、自分に迫る弾丸を回避しながら、ヴォルガへの距離を縮めていく。

 

加速による直進を僅かな時間で切り換え、断続的に変則軌道繰り返す龍夜が編み出した技術の一つ。エネルギーの消耗すら軽く補う技術は、たとえ優れたプロですら慣れるようなものではない。

 

 

瞬間的に速度を緩めた龍夜の手が、ヴォルガの顔を押さえ込む。思考が反応できず、気付いた時に掴もうとヴォルガであったが、再び加速を始めた龍夜に捕まえられた形で、音速の勢いのまま、近くにあった鉄塔に叩きつけられた。

 

 

「─────ガッ、オ───」

 

 

倒れ込んだヴォルガの喉元に、冷たい刃が突き付けられる。エネルギーを纏う刃を向けた龍夜は、冷たい瞳でヴォルガを見下ろし、低い声で問い掛けた。

 

 

「────奴の事を、話す気になったか」

 

「………ハッ、もう終わった………つもり、かァ?」

 

 

クツクツ、とひきつるように笑うヴォルガに、龍夜は冷徹な目を向けながらも、警戒を隠さない。そんな彼の視線が、何かに気付き、ヴォルガへの意識が外れる。その瞬間、ヴォルガは狂気に満ちた笑みを深め、立ち上がった。

 

 

「まァァーーーーだッ!まだに決まってんだろォーーが!ボケが!オレの本気は!楽しみは!まだこれから何だよォッ!!」

 

首に突きつけられた刃が、彼の首の肉を切り裂く。それでも、光刃が首を斬ることすら厭わず、ヴォルガは更に前へと踏み込む。

 

あまりの行動に、龍夜の思考が正気を疑った。自害の可能性を候補に置き、彼は咄嗟に刃を下げようとする。

 

 

直後、彼の足元、地面から伸びてきた鋼鉄の顎が、龍夜へと噛みついた。その事が、何故かヴォルガの周囲から消えたケルベロスの頭部が、予想だにしない出来事により思考から外れたことで、不意を突かれたのだ。

 

首へと食らいついたケルベロスの顎だが、ISの防御機能により、皮膚にダメージはない。だが、ケルベロスの纏う獄焔により、シールドが徐々に減らされていると理解した龍夜は、エネルギーの刃で、ケルベロスの頭部に繋げられた鎖を切断した。

 

勢いよく遠くに飛ばされた龍夜は、空中で形態変化を行う。先の行動により、エネルギーは大いに消耗してしまった。騎士の鎧のような形態 ナイトアーマー・フォームでエネルギーの補填をしておこうと思った彼は────自分が基地から離れたことに、ようやく気付いた。

 

 

「…………ここは?」

 

 

恐らく、ヴォルガのケルベロスがここを狙って飛ばしたのだろう。だが、何故? そんな風な疑問に従い、龍夜は冷静に思考を働かせる。

 

そもそもここが何処なのか、龍夜がそう思い、ハイパーセンサーを発動した瞬間、困惑した。

 

 

(この反応、シェルター………!?何でこれだけの生命反応が─────いや!今は大規模テロの最中だ!民間人は安全なシェルターに逃がすのが普通だろ!)

 

 

足元にある多数の生物の反応から、避難用のシェルターの存在を感知した龍夜。その存在を一瞬でも疑問に思った自分がどれだけ冷静でなかったか理解させられ、少しでも落ち着こうと頭をかきむしる。

 

問題は、何故ヴォルガがここに自分を飛ばしてきたのか。その答えを探ろうと思考を働かせた龍夜の脳裏に、最悪の答えが浮かんだ。いや、浮かんでしまった。

 

 

 

「─────君!そこで何をしている!」

 

 

そんな風に考えていた龍夜に向けて声が放たれる。近くの建物の路地から兵士が飛び出してきた。ハイパーセンサーを稼働させていた時の生体反応の動きからして、シェルターの中にいた兵士が、地上の様子に気付いたのだろう。

 

考え事をしていて反応が遅れた龍夜に、兵士達は銃を向けようとする。しかし、彼が纏っているものと、彼の顔を見た兵士の一人が、思い出したように声を漏らす。

 

 

「IS………!?まさか、IS学園の!?戦闘に巻き込まれていたのか!」

 

「何て事だ……!こんな若い子がか!?」

 

 

自分達の味方だと気付いたルクーゼンブルク公国の兵士達が駆け寄ろうとする。近くの建物に叩きつけられていた龍夜をシェルターに入れようとしたのか、或いは援護するためか。少なくとも、彼の身を心配していることには変わりない。

 

 

そんな感覚に慣れず、戸惑っていた龍夜だが、先程まで考えていたことを思い出す。そして、慌てたように叫んだ。

 

 

「馬鹿止めろ!俺に近付くな!急いでシェルターに戻────!」

 

 

 

 

だが、間に合わなかった。

 

 

 

 

飛来していた影、ヴォルガが兵士の一人を踏み潰した。幻想武装を帯びた者は兵器に等しく。その力はISに近しいものがある。人体を破壊するには充分なパワーが、それにはあった。

 

 

一撃で、肉が、血が弾けた。自分に善意を向けてくれた兵士だったものに、龍夜は理解が追いつかなかった。目の前に飛び散った血を前に、茫然としてしまう。

 

 

血には、人の死には慣れているはずだった。

だが、それは救いようのない悪人や、事情も知らぬ敵であればだ。しかし、無関係な一般人が、無惨に殺されていることには慣れていない。いや、見たことすらなかった。

 

 

「あ、あああああ─────ッ!」

 

 

恐怖に駆られた兵士が、絶叫と共に銃を乱射した。しかし幻想武装に保護されたヴォルガには通じず、不気味に動くケルベロスの顎が兵士の一人に噛みつき、生きたまま噛み砕いた。

 

 

「────オレの幻想武装 ケルベロスの能力を教えてやる」

 

 

噛み砕かれた兵士の残骸から溢れる赤。鮮やかな血の雨を浴びながら、ヴォルガは恍惚としたように笑う。まるで血をワインのように、人の肉を高級ステーキのように貪りながら、目の前の獣は返り血に濡れた笑顔で笑った。

 

 

「オレのケルベロスは、他人の血液を摂取すればその分装甲の強度と幻想武装の機能が上昇する。ただ大量の血液じゃねぇ、他人の血液の分だけ、機能が増すんだよォ」

 

「─────」

 

「つまりィ、殺せば殺す程、オレは強くなる!最ッ高だろ!この力は!こんな風に、圧倒的になァ─────ッ!!」

 

 

立ち尽くしていた龍夜の顔を掴み、地面に叩きつけるヴォルガ。先程の意趣返しのような行為により、アスファルトの地面は完全に崩壊し、彼は地下────シェルター内部へと落下した。

 

 

「ぅ……………ぐッ……!」

 

 

全身に伝わるダメージに呻く龍夜。立ち上がろうとした彼は、周囲から聞こえるざわめきに意識が取られる。それが避難していた公国の国民であると、自分がシェルターへと叩き込まれたのだと、理解した龍夜は先程の光景を思い出し、行動が遅れた。

 

 

「…………だ、大丈夫か?何処か怪我で────」

 

 

避難者の一人であった一人であったサラリーマンらしき男性が、シェルターの外から落下してきた龍夜に心配そうに声をかけた。

 

しかし、その瞬間。彼はの姿は消えた。天井から伸びてきたトラバサミのような顎に捕まり、咀嚼音とブチッという音を響かせ、血を滴らせる。

 

 

ダァン! と、先程のサラリーマンらしき男の遺体を血を浴びたであろうヴォルガが降りてくる。戦場にいる龍夜よりも先に、異常事態を感知した避難者達が悲鳴と共にシェルター内から逃げ出そうとする。

 

 

ヴォルガはそれを、舌なめずりして目で追いかけた。逃げ出していく人達に意識を向けたヴォルガは彼等に向けてケルベロスの顎を差し向けようとした、次の瞬間。

 

 

「────止めろォォオオオオオオオッ!!」

 

 

凄まじい大声で叫んだ龍夜が、それを止めた。エネルギーの刃で避難者達に飛びかかる顎を払い除け、ヴォルガへと突進をする。剥き出しの歯を見せて笑う男を睨み、龍夜は激昂したまま怒鳴った。

 

 

「何故!彼等を巻き込む!無関係な一般人を、どうして襲う!お前らの狙いは、俺だろ!?」

 

「ハッ!そんなこと、オレが気にするとでも!?オレはなァ!人が殺してぇんだよ!狙いなんざ関係ねぇ!オレの気の向くままに殺して、殺して、殺すッ!それだけが、オレの生き甲斐なんだよ!!」

 

「て、メェ────ッ!!」

 

「………おっと、余計な真似は止めろよなァ?」

 

 

完全にぶちきれた龍夜が飛びかかろうとした瞬間、悲鳴が聞こえた。頭に上っていた熱が直後に収まり、視線を向けると、彼の顎がいつの間にか避難者達の方に向けられていた。

 

 

その顎が、何人かを咥えていたのだ。男女二人組、夫婦だろうか。彼等の叫ぶ先には、子供達がいた。泣き叫びながら、パパ、ママと呼ぶ彼等の姿に、龍夜の思考がさっき以上の熱を帯びた。

 

 

 

「テメェ───」

 

「さて、遊びはここまでしてよォ。テメェに聞いとくぜ。

 

 

 

 

 

 

────コイツらを死なせたくないんなら、エクスカリバーを捨てろ。そしたら、この二人は離してやるよ」

 

 

要するに人質ということか。あまりにも低俗で、下劣な手法だった。激しい怒りのあまりに、思考がままならなかったくらいだ。

 

 

────聞く必要はない、と冷徹な部分が告げた。ここで自分が武器を捨てれば、奴を誰が倒す、と。復讐の仇を知っている相手を殺せず、ここで無様に死ぬつもりかと。

 

 

自分自身の言葉に、応じかけた。その通りだと。復讐のために、他人に命を懸ける暇などない。奴を殺すためなら、誰が死のうと構わない。だからこそ、迷うな、と。

 

 

 

 

数秒の沈黙の果てに、龍夜は腕を振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────クソ」

 

 

カランッ! と、離れた場所に剣が転がる。手元からプラチナ・キャリバーのコアが離れたことで、彼の身を守っていたISが自然消滅した。悔しそうに、龍夜は静かに呟くしかなかった。

 

 

それを見たヴォルガは呆れたように、鼻で笑う。人質にしていた二人を咥えたケルベロスの顎とは別の顎を動かしながら、嘲笑と共に告げた。

 

 

 

「───バカかよ」

 

 

 

直後、無防備だった龍夜の腹に、歯が突き刺さった。飛来した顎は彼の腹に噛みつき、肉を抉る。腹部を軽く削がれた龍夜の全身に激痛が伝わるよりも先に、思考が途切れる。

 

 

辺りに飛び散る鮮血に濡れ、蒼青龍夜は倒れ伏した。

 



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第59話 聖光帝剣(エクスカリバー)

「─────」

 

 

モニターが照らし出す光景に、千冬は立ち尽くしていた。彼女の手から端末が落下し、激しい音で転がる。しかし千冬は端末を手に取ることなく、目の前のモニターを黙って見ていた。

 

 

監視カメラに接続された画像が、浮かぶ。レヴェル・トレーターの一人、ヴォルガ・ハザードと名乗った男が龍夜と接敵し、激しい戦闘を行った。その最中、民間人を殺し、その親子を人質に取ったヴォルガの脅しにより─────龍夜は武装を放棄した。

 

 

有り得ない光景だった。

誰より理知的であり、合理的であった青年。自分の目的の為ならば、容赦もなく淡々と動く。それこそが千冬が初めて見たときの蒼青龍夜の評価であった。

 

そんな彼が、他人のために動いたのだ。しかし、それを前に喜ぶことなど、今の彼女には出来なかった。

 

 

 

────無防備になった龍夜を、ヴォルガ・ハザードは嘲り笑い、彼の腹を抉った。噛みちぎられた部分はあまりにも大きく、人体に与えた損傷はあまりにも深い。倒れ伏した龍夜の生体反応を示すモニターは、ただ一つの単語を表示していた。

 

 

『心肺停止』、出血多量による心肺の機能停止。つまり、死。鳴り響くアラートを前に、千冬はただ黙って見ていた。その手に、拳に力が込められる。

 

 

『─────千冬』

 

「………何だ、ザック」

 

『ここの指揮はオレが代行する。有無を言わさん、自室にて待機しろ』

 

 

自分勝手な命令口調で、アレックスが千冬に言う。彼女は反論しようとして、有無を言わさぬ雰囲気の彼の視線を受ける。静かに、千冬はか細い声で呟いた。

 

 

「…………ありがとう、ザック」

 

『───フン』

 

 

旧友同士には、十分な気遣いがそこにあった。

 

良いから行け、と促すアレックスに従い、千冬はオペレータールームを離れた。人のいない廊下を歩く彼女は、周りの気配が無い通路に入ると、一言告げた。

 

 

「────理事長」

 

『やあ、織斑先生。作戦はどうなってるか───』

 

「生徒が死亡した。蒼青だ」

 

『…………………何だって?』

 

 

遠隔通信を繋げていた穏やかな少年 時雨理事長の顔から薄笑いが消えた。千冬の発言が嘘ではないと理解した彼は、悲痛と行き場の無い怒り、後悔を宿し、俯いていた。

 

しかし、平静を取り戻した時雨は思い出したかのように、話を切り出す。

 

 

『────織斑先生。彼は今どうなっている』

 

「………不明だ。その直後から、モニターが出来なくなった。だが、恐らくは────」

 

『そうか、ならいい。つい先程、援軍を送った。事情故に一名が限界だが、戦力としては申し分ない。彼の事よりも先に、セシリア・オルコットと更識楯無の援護を優先する』

 

 

淡々と、時雨は切って捨てた。冷淡極まりない発言だ。彼は常時であれば生徒を大事に思う程優しく、思慮深い。しかし、彼のような少年が理事長に成れたのは、子供とは言えない程の合理的かつ冷酷に近い思考である。

 

穏やかで善意を信じてきた兄 村雨とは対照的、いや彼の間違いを知っているからこその成長なのか。IS学園という一つの存在を統治する器には相応しい、相応し過ぎた。

 

 

しかし、千冬には納得できなかった。煮え滾る激情を胸に秘めた彼女は指揮をする立場よりも、戦うことが得意であり、気持ち的にも合っていた。

 

だからこそ、今この現状。何も出来ず、安全圏にいる自分が、一番許せなかった。

 

 

「理事長────『コード・ブロッサム』の発令し、封印を解け。私が出る」

 

『ダメだ、それは許可しない』

 

 

怒りを抑え込んだ千冬の言葉を、時雨は冷たい声で制した。いつものような呑気な雰囲気は感じられない。冷酷に満ちた為政者の(かお)であった。

 

感情的に動こうとする彼女を押し留めるのは、少年の放つ正論と過去の決意をなぞらえた記憶だ。

 

 

『君自身、アレを封印した経緯は忘れていないはずだ。来るべき宿敵、君が打ち倒すべき、本当の敵のために。アレを眠らせることを決めたのは、他ならぬ君自身だ』

 

「─────」

 

『今は、“その時”ではない。君が今出てしまえば、黒幕達は喜んで君という最強を狙うだろう。多くの悲劇が増える。だからこそ、君は「英雄」に戻ってはならない』

 

「────なら!私に生徒を、教え子を見殺しにしろと言うのかッ!?」

 

『見殺し、ねぇ』

 

 

フフッ、と理事長は笑いを溢した。その軽はずみな含み笑いは千冬の感情を逆撫でする程に、淡白かつ呆れたような物言いであった。しかし、激昂しなかったのは、彼女が言葉節々に感じるものを感じ取ったからか。

 

 

『…………織斑先生、一つ勘違いを正そうか』

 

 

そんな彼女に、時雨は落ち着きに満ちた様子のまま、言葉を紡いだ。

 

 

『彼は死なないよ。それが、クインテットシスターズに選ばれるということだ』

 

「…………何だと」

 

『アレはISとは違う。世界への憎悪を振り撒き続けてきた八神博士が遺した、僅かながらの善意と祝福。ISが兵器でありながら翼であるのなら─────アレらは破滅を与えるものであり、世界を救う奇跡でもある。正しく、博士が世界に向けて遺した矛盾の意思。災厄の可能性を内包した福音だよ』

 

 

あまりにも遠回しな口ぶり。だがその言葉から理解できる一つの事実を、千冬は確信と共に噛み締めた。

 

 

────この少年は、何かを知っている。龍夜が死なないと断言する程の何かを、彼のISのコアの役割を担うクインテット シスターズなる存在を。

 

 

「理事長………貴方は、何を知っている?」

 

『さぁね。時がくれば話すさ。だが、まだその時ではない』

 

 

だが、と時雨は確信めいた笑みを深める。何もかも話せない状況下で、自分が語れる確実な事実とは────

 

 

 

『彼が、世界を救う救世主だということをさ』

 

 

────救世主は、世界を救う前に死ぬことはない、と。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「─────ぐッ」

 

 

打ち付けられる音が、二つ。離れた場所で静観していたレギエルが片目を動かす。近くの瓦礫、建物の残骸に打ち飛ばされた二人の部下 アルネとカシューラク、意識を失いかけた彼等を見て、溜め息を吐き出した。

 

 

「…………まぁ、このくらいが妥当か。それなりに実力はあったが、貴方達の足止め程度には及第点というべきだな」

 

 

あくまでも平然とした態度。余裕が抜けないのは、想定していた事態だからなのか。既に自身の部下へ意識を外し、煙の向こうから姿を現した三つの影へ、視線を向け直した。

 

 

「冷たいのね。善戦したのは事実なんだから、感謝してあげたら良いんじゃない?」

 

「───失礼だな。これは俺なりの感謝だ。無法者ばかりの組織はどいつもこいつも役には立たんが、コイツらのような俺に心酔するタイプはちゃんと動いてくれるからな。感謝が足りないくらいだ」

 

 

両手を広げながら、レギエルは隠れた口元に笑みを刻んだ。本当の意味で、言葉通りの事実を証明するように。

 

 

「そして、お前達にも感謝を送ろう」

 

「………?何を───」

 

「あの二人と戦い、全力を引き出させてくれた。お陰で奴等の幻想武装は最大出力を発揮したままだ────使()()には、丁度良い」

 

 

瞬間、周囲を警戒していたレッドが、楯無とセシリアに向けて叫んだ。

 

 

『────二人とも!サマエルって蛇がいない!どっかに移動している!』

 

「っ!セシリアちゃん!レッド君!───下よ!」

 

 

三人が反応を示した次の瞬間。

 

 

レギエルの前方で建物の瓦礫が突如として弾けた。アルネという少女が倒れていた場所を吹き飛ばし、金属の装甲を纏った蛇 サマエルが姿を現したのだ。地中から飛び出してきた長身の蛇が口を開き、地面に向けて突撃する。

 

 

そして────倒れていたカシューラクに突撃したサマエルの体躯が、ビクンッ と跳ねた。金属の装甲に伝わるように、光のラインが浸透していく。その異変を、サマエルの変化を前にしたレギエルが、喉の奥に溜め込んだ笑いを吐き出した。

 

 

「────フッ、良いぞ。少しだが、満たされた。感謝するぞ、アルネ、カシューラク。お前達は充分、俺の役に立てた」

 

 

「な、何をしたんですの………!?」

 

『アルネとカシューラクって呼ばれてた二人の生体反応が消えた。…………まさか、アイツ』

 

「────殺した、のね。仲間を」

 

 

絶句する三人。掌を見下ろしていたレギエルの隻眼が動く。肩を竦めながらも、彼は口の中で転がした喜びを嗜めながら、笑う。

 

 

「理解力が浅いな、更識楯無。そんな無駄な事を俺がすると思うか。……………そうだ、こうしてみれば分かるかな」

 

 

ガバッ、とサマエルの口が全開される。口の中に装填された装置がエネルギーを収束させ、武装として解放する。

 

 

そして、サマエルの口から放たれたのは────冷気を帯びたガスであった。氷結の息吹と思える冷気が彼女達に殺到する。

 

 

『─────!』

 

 

いち早く、前に出たレッドが火炎放射により相殺していく。熱と冷気が作用し合う中、レッドは片腕を変形させ、ビームライフルを狙撃する。放たれた閃光の狙撃は────サマエルが展開した光の障壁により、弾かれた。

 

 

『あの力、アルネって人の!?』

 

「さっきのもカシューラクの幻想武装だったはず…………ああ、そういうこと」

 

 

それだけで答えに行き着いた楯無が静かに眼を細める。槍を握る手に力を込めながら、自身の結論を確かめるように問い掛けた。

 

 

「幻想武装を取り込む、それが貴方の幻想武装 サマエルの能力でしょう?」

 

「────半分正解だ。取り込めるのは幻想武装だけじゃない。他の兵器も可能さ。無論、ISもな」

 

 

藍色に染まる瞳を向けてくる言葉に、セシリアは青ざめたように身構える。楯無も平然とした様子ではあるが、冷や汗が拭えていない。

 

自分達にとって唯一無二のISすらも取り込むことが出来る。もしそうならば、手段も限られてくる。下手に接近すれば、あのサマエルに奪われてしまえば、その時点でISを失った無防備な少女しか残らなくなるのだから。

 

 

「…………安心しろ。お前達のISも奪う必要はない。何より、他のISコアを取り込むことは出来ない。別のコアが複数入り交じると、元の形には戻せなくなるからな」

 

「そう、でしょうね。もし出来るのなら、最初から言わない方が警戒されずに済むから。そうやって意識させることで、時間を稼ぐことが目的でしょう?」

 

「─────本当にやりづらいな、貴方は」

 

 

懐かしむように、呟いたレギエルが僅かに遠い目をする。青瞳に何かを思い浮かべ、隠された口元を薄く緩める彼の変化に、楯無すら気付くことはなかった。

 

 

ズズズ────と、彼の隣の地面から溢れ出た黒い液体に、全員の意識が向いたからだ。粘液のように粘り気のある液体は空中へと伸びていき、人の形を形成していく。

 

 

「…………遅かったな、イヴ。寄り道でもしてたか?」

 

「───それは此方の台詞だ、レギエル。いつまで遊んでいる。予定の時間はとっくに過ぎているぞ」

 

「俺に言われても困る。…………そもそも余計なことをやりたがっていたのは狂犬(ヴォルガ)の方だ。俺はそれに付き合わされてるんだから、褒めて欲しいくらいさ」

 

「……………なら、奴の手綱くらいちゃんと握っておけ」

 

「冗談じゃない、手を噛まれるのは御免だ。こちとらただでさえ片腕失ってるんだから」

 

 

露骨に機嫌の悪そうな言葉を吐き捨てるイヴに、レギエルは軽く眉を動かし、困ったように肩を竦めて見せた。そんな彼に怪訝そうな眼を向け、ガスマスクの青年は疑問を口にする。

 

 

「…………。予定の物は、どうするつもりだ」

 

「───心配ない。今、エーゼルが取りに向かっている。アイツが動いた以上、心配は不要だ」

 

「なら俺は、エーゼルを待てば良い訳か。…………大人しく、待っておく」

 

 

そう言い残し、イヴの形が揺らぐ。液状へと変化した黒い闇が、排水溝に流れていくように、地面へと沈んでいく。異様な変化を前に────楯無が、誰よりも早く動いた。

 

 

彼女としては、その青年が何なのかは把握しきれていない。大体分かるのは、報告書によるデータ。機械蛇サマエルを付き従えていたテロリストの一人、仲間を平然と見捨てる冷酷な人間だと。

 

レギエルとの対話からして、確信した。彼こそが、レギエル達にとって必要な存在であると。この襲撃自体が彼を中心とするものであり、ここで見逃すと被害が甚大なものへと広がる、と。

 

 

流水を帯びた槍が、回転を起こしながら迫る。液状に変わるイヴへと向けて放たれた一撃は、間違いなく相手を仕留める為に放れていた。

 

 

「────っ!」

 

 

しかし、その一撃は弾かれた。片腕を軽く振るったレギエルが前へと飛び出し、彼女の突き出した槍の一突きを防いだのだ。

 

────空中から発生した純白の光を伴う閃斬。機械的な機能を有した刀剣によって。

 

「貴方のやりそうな事だ。俺の会話からして、イヴを核と認識して狙うとは相変わらずだ───しかし、分かっていては意味がない」

 

「…………その、武器は」

 

「─────さぁ?どういう意味だろうか。この武器が何なのか、についてか?それとも、見覚えがあるという意味かな?」

 

 

その武器を、刀剣を見た楯無が思わず眼を見開く。平静を崩さないはずの彼女が驚きを隠さないのは、それがISの武装であったからだろうか。─────何処かの資料で、世界有数の男性操縦者の扱う近接武器である刀剣と類似しているからなのか。

 

 

答え合わせは、行われなかった。片手で刀剣を握るレギエルの背後に、巨大な蛇が蠢く。口内にて複数の装置を稼働させるサマエルを従えながら、レギエルは意図的に深めた笑みのまま、食むように言葉を紡ぐ。

 

 

 

「さぁ、第二ラウンドといこうか。………手加減してやるんだ、簡単にやられないでくれよ?」

 

 

 

◇◆◇

 

 

目が覚めた龍夜の視界に広がったのは、真っ白な景色だった。全ての色という色が抜け落ちた、鮮やかさもない不気味な世界だ。

 

しかし、嫌悪や不安はない。この世界には見覚えがある。かつてここに、訪れたことがあるからだ。精神世界、自らが有する聖剣、その中に眠る巫女との対話の際に。

 

 

しかし、今回は違った。自分は何故か、机と椅子の前に立たされていた。廃墟というには近代的な白い建造物の上で、龍夜はポツリと置かれた机と椅子────反対側に座る人物の姿に視線を向けた。

 

 

 

「────やぁ、初めまして。未来を紡ぐ担い手」

 

 

白衣を着込んだ、科学者らしき男性。くたびれた様子でありながらも、穏やかな笑顔を浮かべる人物の姿を見た龍夜の感情が昂ることがない。何故だろうか、自分でも有り得ないことだった。

 

自分は、この人物を知っている。尊敬している人間の一人に並ぶくらいだ。それなのに、認識が追いつかない。矛盾を覚えるはずの思考が、当然のものとして受け入れてしまう。

 

 

「挨拶は不要さ。全て把握している。君がこの世界に落ちてきた直後に、あらゆるデータが私に蓄積される仕組みにしてある。─────この一時の為に、この世界を利用させて貰った」

 

 

目の前に置かれたティーカップを手に取り、静かに口に添える白衣の博士。飲み終えたティーカップを小皿に乗せ、彼は眼前に立ち尽くす龍夜から、外の景色へと視線を移した。

 

 

────人為的な、戦争などによって滅んだ世界が。広がる廃墟や残骸の街並みを見つめながら、落ち着いた雰囲気を拭うことなく、語る口から続ける。

 

 

「君も気にはなっているだろう?この世界が、ただの精神世界ではないと」

 

「……………」

 

「そうなった世界線さ。()が望み、そして怖れた光景。だからこそ、このような世界に書き換えた。己の自身の戒めとして、私自身の狂気を忘れぬためにも」

 

 

自嘲するように、博士は語った。悔いるような発言を口にする彼の顔は見えない。言葉に出来ないような感情の渦に飲まれているのだろう。

 

しかし、男は一瞬で表情を切り替える。人間的な振る舞いでありながら、その動きだけは機械に近い。博士は机に両肘を添え、組み添えた両手に自身の顎を乗せて、起伏のない落ち着いた声で、問い掛けた。

 

 

「─────蒼青龍夜、君に問おう」

 

「────」

 

「この力は、誰かを救うことも、世界を滅ぼすことも可能な力だ。それ故に、君は力に振り回され、多くの悲劇を見ることになるだろう。君が人類に失望し、世界を見放したしても、私は咎めない。君自身が願った選択ならば、私はそれを受け入れよう。責任も、重圧も背負う必要はない。

 

 

 

 

 

 

その上で、君は何を望む?彼女達を用いて、君は何を為す?是非とも君の考えを、私に聞かせて欲しい」

 

 

果たして、これは意図されたものだろうか。

龍夜は同じ問いを、最近別の誰かにされた記憶があった。鮮明ではない、あまり記憶の中には残っていない。

 

両目を静かに伏せた龍夜が、瞑想するように黙り込む。しかし、数秒後に。彼は自身の結論を臆することなく言葉に出した。

 

 

 

 

 

 

「─────復讐だ」

 

「…………」

 

「家族を奪った理不尽を、両親を殺した仇を、俺は許さない。奴を倒さなければ、俺自身が納得できない。たとえ誰が何と言おうと、俺は復讐の為に生き続ける」

 

 

彼の意志は、望みは変わらない。

蒼青龍夜にとって、家族は、両親は、一番心を許した存在であった。他者を見下し、毛嫌いしてきた自分が唯一憧れ、幸せを願った二人、その命を奪い、自分達家族を引き裂いた元凶。

 

それを見過ごし、平和に過ごす選択肢など、有り得ない。全てを諦めて普通に生きるくらいならば、死んだ方がマシとすら思う。

 

だが、何も復讐だけが、望みというわけではなかった。

 

 

「…………だが、まぁ。復讐以外の為に戦うのも、悪くはなかいと思う」

 

「─────そうか」

 

「俺はこの世界が嫌いだ。人類も、正直嫌いだ。だが、あいつらだけは違う。何と言うか…………気に入っている。だから、あいつらとの日常だけには手は出させない。そのついでに、他の奴等も世界も守ってやるとするさ」

 

「フフッ、世界を守るのもついでか。………成る程」

 

 

復讐という強い憎悪に凝り固まっていた龍夜の心は、少しずつだが溶かされていた。己の人生を、命すら捧げるとまで言っていた彼が迷う程に、気紛れ程度とはいえ、そこまでの関心を向けること自体が、昔の彼を知る者からすれば信じられない事実なのだ。

 

 

「あの子が、束が君を選んだ理由が分かった」

 

 

博士が呟き、吐息を漏らした。

静かに両手を下ろし、立ち上がる。身を包む白衣を軽く整えた後に、博士は目の前に立つ龍夜へと顔を向けた。

 

 

「こんなしがない男の話を付き合ってくれて、感謝しかない。君には迷惑をかけた。詫びとして一つ────君に送ろう」

 

「────何を」

 

「封印を。君の聖剣の枷を解除しよう。君の持つ聖剣 エクスカリバーの本来の力を扱えるためのコードだ。…………だが、多用はオススメしないね。その力を求める輩が増えるだろうから」

 

 

笑いかけながら語る博士。そうしていると、変化はあった。精神世界、いや、彼と一時的に繋がった聖剣が内包する仮想世界の崩壊が、蒼青龍夜の意識がこの世界から離れていこうとしていた。

 

 

その意図を、博士は理解していた。聖剣に眠る巫女によって、現実世界の肉体が修復を終えた頃合いなのだろう。意識が分離されていく青年を前に、博士は思い出したように口を開いた。

 

 

「そうそう、少しだけ。小言を一つ」

 

「…………?」

 

「────君の信ずる選択を。どんな困難や悲劇に対しても、君が信じたい未来を、可能性に従いなさい。少なくとも、後悔するような選択は取らぬよう」

 

 

教育者としての言葉さ、と付け足して笑う。それだけで終わらせるように口を閉ざした博士だったが、あっと思い出したように口を開けた。

 

 

個人として伝えるべき、大事な言葉を。

 

 

 

 

「─────ルフェを、娘を頼んだよ」

 

 

悔恨と希望を抱いた、悲哀の笑みを浮かべ、博士は白い世界から消える青年を見送った。かつて多くの命を奪う程の厄災を起こした極悪人と同じ姿の男は、世界中が語り続けてきた悪評とは欠け離れた、儚い笑顔のままで取り残されていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「これがエクスカリバーかァ…………ようやく、手に入れたぜ」

 

 

幻想武装 ケルベロスを纏うヴォルガが、鎖が繋がった頭部が咥えた銀色の長剣を見て、不気味な笑いを口の中で転がした。

 

彼の意識は既に、あらゆるものを認識していない。付近で怯えている一般人達、そしてつい先程、自分が瀕死に追いやった蒼青龍夜すら、興味を失っている。

 

 

しかし、ふと考え込んでいたヴォルガが、口元を緩める。その顔は、狂気の笑みに染まっていた。偶々、彼の脳裏に最低な考えが過ったのだ。

 

 

「どォせなら─────試し斬りも、してみてェよなァ」

 

 

命を奪うことに頓着を持たぬ怪物だからこその、思考なのだろう。恐怖の余りに壁際に寄り添う一般人達を見渡していたヴォルガだったが、もう片方のケルベロスの顎が捕らえている二人の男女の事を思い出した。

 

 

しかし、これだけ人間がいるなら、試し斬りは他の奴でも出来る。そう思ったのだろう。面倒そうに鼻を鳴らしたヴォルガは─────迷うことなく、顎に力を入れ、噛み砕こうとした。

 

つい先程まで、龍夜に人質に取った二人、手放すことを条件に彼を無力化し、腹を噛み千切ったのだ。なのに、ヴォルガはその約束を無視し、躊躇いなく殺害を決意した。

 

 

そんな感じで、また殺しを行おうとしたヴォルガだったが、ある違和感を覚えた。

 

 

 

 

ケルベロスの顎が咥えていた銀剣が、唐突に消え去る。それと同時に煌めいた一瞬の閃光が、民間人二人を咥えていた顎に炸裂し、民間人を助け出したのだ。

 

 

 

「…………あ?」

 

 

呆然と、ヴォルガは首を傾げた。現実が理解できないのではない。彼は既に、何が起きたのか認識は出来ていた。全ての意識が向いているのは、彼の視線の先。

 

 

変形した蒼銀の剣 エクスカリバーを携えた蒼青龍夜が、平然と立っていた。何かを思うように、瞑想する彼の身体には、欠損がない。ヴォルガが与えた致命傷が、消えていた。

 

クツクツ、とヴォルガは笑い出した。呆れや混乱などではない、喜びだけが剥き出しになった不気味な程に裂けた笑顔を。

 

 

「──────ハ、ハ。それが、クインテット・シスターズの力、世界を変える程の力の一端!それは!俺んものだァァァァーーーーーッッ!!!」

 

 

修復された幻想武装 ケルベロスの双頭が、口から業火を放つ。爆炎の塊となった砲弾はただ一人、龍夜に向けて直進していく。

 

灼熱の波を前に、龍夜は掌を翳し、告げる。

 

 

「────エクスカリバー・フレーム」

 

 

直後、上空から飛来してきた金属の板らしきものがケルベロスの火球を防いだ。盾となった装甲には傷一つなく、それどころか攻撃を吸収すらしていた。

 

 

複数の蒼銀の装甲が、宙を舞う。一つ一つが自我を持つように浮遊する中、龍夜は蒼銀剣 エクスカリバーを握り締めながら、まるで語りかけるように口を開いた。

 

 

「行くぞ、エクスカリバー…………ルフェ。一瞬で終わらせる」

 

 

エクスカリバーは、呼応するように光を高めた。目の前の光景を前に、ヴォルガは全身から爆炎を放出する。その熱で周囲を巻き込むような勢いで、力を膨張させていく。

 

 

「ギャハハハ!良いぜ!良いぜェ!その力!ますます欲しくなってきた!ソイツ、その力を俺に寄越せよ!渡さねぇなら、何をしてでも奪ってやるからよォ!!えぇ!?俺の為に死んでくれよォ─────ッ!!!」

 

 

獄炎の悪魔と成り果てたヴォルガ・ハザードが、狂乱した勢いで叫ぶ。全てを破壊し尽くす程の紅蓮となり、全身にトゲと鎖を纏い、三つ首の悪魔が突き進む。鎖と炎を周囲に撒き散らし、己の欲望のままに暴れていこうとする。

 

 

だが────それを、一瞬にして移動してきた龍夜が止めた。片手で、膨大な質量と熱を纏う狂犬を受け止めていた。素手の筈の片手に異常はない。人肉を焼き焦がす炎を受けても尚、彼の手に異常は存在しない。それ自体が、あまりにも異常な光景であった。

 

 

振り上げる蒼銀の剣に、飛来していた装甲が纏わりつく。接合されていくフレームが形を変化させていき、数メートルの巨大な刃を数秒にして作り上げた。片手でケルベロスを制しながら、もう片方の腕で─────エクスカリバーを、振り下ろす。

 

 

「勝手に死んでろ─────畜生が」

 

 

無音の斬撃が、叩きつけられる。

迸る蒼光────視覚化される程の膨大なエネルギーを伴い、王の剣が猛獣を斬り伏せた。

 

業火を纏う獣の鎧が、一瞬で打ち砕かれる。ISと同様とされた耐久力を有する幻想武装が光の粒子となり、辺り一帯へと溶けて消えた。

 

殺戮と闘争の狂気に取り憑かれていたヴォルガ・ハザードは自身を打ちのめした蒼銀の一閃を理解できぬまま、片眼を失い、ようやく意識を失った。自身が味わったこともない激痛と敗北の味を、噛み締めることすらなく。

 

 

多くの命を巻き込みながら、暴虐のままに動き続けた怪物を見下ろし、龍夜はエクスカリバーを振り払う。冷徹な瞳を向け、彼は呟くように言葉を残した。

 

 

「言ったはずだ。一瞬で終わらせると」

 

 

 

◇◆◇

 

 

一つの戦いが終わったその瞬間、ルクーゼンブルク公国にて新たな変化があった。

 

 

公国内部でも、王子達に選ばれた精鋭部隊しか知らぬ禁則域。一般人は存在すら知らぬその場所は、公国にとっても重要な資源を管理するために入り口だった。

 

 

金庫の扉のような、何十にも厚い金属の板。公国の地下に通ずる扉が、開け放たれる。凍りついた扉は意図も簡単に、厳重に仕組まれた防御システムは、そこを防衛する精鋭部隊と共に機能停止に追い込まれていた。

 

 

冷えきった空気を纏い、出てきたのは一人の男だった。何かを片手に持った男性は────氷の世界と化した中で一人、平然と行動をしていた。氷像と化した精鋭部隊に見向きもせず、男──────エーゼルは周りに向けて、呟きを漏らした。

 

 

「─────目的のものは手に入れたぞ、レギエル」

 

 

鮮やかな色合いの特殊な結晶体 『時結晶(タイム・クリスタル)』。ISのコアの原材料とされる鉱石、通常よりも異様な大きさの原石、それこそが彼等の求めたものであった。

 

 

 



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第60話 闇の侵食(ラグナ)生命の浸蝕(デバイス)

「…………これで全員避難したな」

 

 

襲撃により破壊された避難所、そこにいた龍夜は一息ついたように息を漏らす。ヴォルガ・ハザードを撃破した後、龍夜は避難所にいた人々を他の避難所に移すために、公国の兵士達へと連絡をした。

 

その後、急いで出向いてきた複数人の兵士達が主体となり、避難は終わった。彼等は無事なシェルターへと移動し、事が終わるまで避難していることになる。

 

その際、多くの避難者達が自分に感謝を述べてくれた。あろうことか、お菓子までくれる子供もいた。自分が助けた人質にされていた避難者の子だった。

 

 

「…………ふん」

 

 

悪い気分ではない。かつては他人を毛嫌いしていたとは思えない調子だった。胸の奥にあった不快感や苛立ちがなく、そんな感覚に満足している自分に呆れながら、龍夜は子供から渡されたお菓子を口に含んだ。

 

 

…………普通のお菓子であるはずだが、少し味が変わっていた。口元に着いたお菓子の破片を舐め取る龍夜は、チラリと自身の腹を見る。

 

 

────ヴォルガ・ハザードによる抉られたはずの腹に傷はない。続けて視線を移した先、自分がさっきまで倒れていた場所にある大量の血痕を見据えた。血の量は、明らかに瀕死に近いほどである。

 

再び脇腹を触る龍夜。感触からして、違和感はない。傷など最初から無かったかのように、彼の肉体は完全に治っていた。修復された、とでも言うべきだろうか。

 

その疑問を払拭しきれず、龍夜は聖剣の中に眠る少女の名前を口にした。

 

 

「ルフェ」

 

『────はい、マスター』

 

 

一声に、エクスカリバーが起動し、少女が応えた。機械的な変形音の後に、エクスカリバーに組み込まれた結晶から、透き通った少女 ルフェの声が響いてくる。落ち着いた声音で対応する彼女は、自らの主の言葉を静かに待っていた。

 

 

「欠損が治っていた。これもお前の力なのか」

 

『正確には、私達の基本的な力。たとえ欠損であっても治すことが出来ます。そもそも、貴方を傷付けさせることなど有り得ませんが』

 

「…………まさか、絶対防御もか?」

 

『当然。ISとは違い、領域としての展開も可能です』

 

 

それはつまり、どんな攻撃も確実に防ぐ領域を結界としての利用も出来るということか。規格外の機能に呆れる一方で、彼の思考が冷静にある答えを認識していた。

 

 

これが、エクスカリバー。奴等の求める世界変革を可能とする兵器。八神博士が遺したとされる、ISを越える究極の兵器の一つ。それが何故、ISとして自分の元に届いたのか。いや、誰が自分にこれを渡したのか。

 

 

「…………篠ノ之、束」

 

 

自分が憧れを抱いた天災にして天才。世界を揺るがしたISの開発者であり、世界から姿を消した正体不明とされる人物。実際にはあの織斑千冬の親友とされる彼女が、ISと称してエクスカリバーを龍夜の元に送ったのだ。

 

 

もし、その事実が正解であれば、あの人は一体何を知っているのか。世界を敵に回した大犯罪者とされる八神博士と、どういった関係なのか。

 

 

あらゆる疑問を前に、龍夜は考えることを止めた。どれだけ考えようと答えらしきものは出ない。真実を知ることなど、やり方さえあれば出来なくもない。

 

そんな風に考えていた龍夜だったが、ブーッ! という電子音が響いた。ポケットに仕舞い込んでいたスマホを見ると、連絡すら届いていなかった。顔をしかめた龍夜が画面を覗いた次の瞬間。

 

 

 

『────ご主人様ッ!誰その()!』

 

 

電子の中の妖精が、感情的に叫んだ。

電脳内にて行動を可能とする人工知能 ラミリア。龍夜が作り出した自己学習することで成長する、自我を有したAI。

 

人類の一部が求めた技術で生まれた少女は、モニタリングした上で混乱していた。自分の主が死にかけたと思えば、突然生き返り、敵を倒した。その後、呑気に自分の武器────その中にいる誰かと対話しているのを。

 

 

客観的に、ラミリアは理解した。

また自分の主は、他の娘と馴れ合っているのだと。

 

憤慨し、説明を求める妖精の少女の声を聞いた瞬間、龍夜は露骨に反応を示した。

 

 

「…………(面倒くさそうな顔)」

 

『ねぇ!ご主人様、説明して!誰なのその娘!また新しい女の子と仲良くなってさーッ!』

 

「…………(凄い面倒くさそうな顔)」

 

『───この声は、私達と同じ?いえ、少し違うみたいですが、一体何なのでしょうか』

 

 

最早説明すること自体が嫌だと思ったのか、説明を拒否した龍夜に、凄い勢いで食いかかるラミリア。その状況に剣の中から様子を伺っていたルフェはラミリアの存在に疑問を覚え、好奇心を向けていた。

 

その瞬間、実体を持たぬ二人の少女の意識が、互いに向き合った。各々を認識した直後に、いち早く妖精の少女が悲鳴を上げるように叫ぶ。

 

 

 

『────私と同じタイプッ!?』

 

『…………いえ、どう考えても違います』

 

 

活発的な少女が戦慄する様に、ルフェはキッパリと否定した。意外と仲が良いな、と様子を見ていた龍夜は呑気に思っていたが、

 

 

 

 

「─────誰だ」

 

 

突如立ち上がり、エクスカリバーの柄を握り締める。警戒心を剥き出しにした龍夜は自分達以外人の消えたはずの避難所の中にいる何者かへ向けて、低い声で告げた。

 

 

すると、相手は落ち着いた声で返答を口にする。

 

 

 

「────失礼。御話の邪魔をするつもりはありませんでした」

 

 

メイド服の女性だった。感情というものを排斥した、人形のような雰囲気を放つ銀髪の女性。彼女は近くの避難所の壁に浮かぶ木製の扉─────記憶した限りでは、最初からなかったはずのものから距離を取り、歩きながら彼女は語る。

 

 

「ご安心を。貴方様に手出しをする予定はありません」

 

「…………じゃあ何だ?そいつを助けに来たか?」

 

「助けに来た、という言葉の訂正を。私は彼を仲間とは認識しておりません。彼は、我が主にとってまだ必要なだけですので」

 

 

淡々と言いながら、気絶したヴォルガ・ハザードを片腕で抱える女性。触ることすら不快という声音でありながらも、彼女の顔にそんな負の感情すら見えない。仕事と割り切っているような態度の彼女は龍夜を見据え、口を開く。

 

 

「ですが、彼も我が主の思惑通り役に立った模様。捨て駒にするには惜しいとのことで、ここで退かせていただきます」

 

「─────行かせるかッ!」

 

 

背を向けようとする彼女に、龍夜はエクスカリバーを振り払う。刀身を包む装甲が乖離した直後に、自我を持ったように突撃していく。彼の扱うエクスカリバーの機能の一つ フレームユニットが彼女の動きを止めるために迫る。

 

 

振り替えることなく、女性は静かに一息漏らす。さっきまで閉ざしていた片眼を見開き、瞳の色を別の色へと切り替える。

 

 

そして─────彼女の姿が消えた。

 

 

「ッ!?」

 

(瞬間移動!いや、違う!動きは見えなかった!これは───!)

 

 

フレームユニットが目標を見失い、空中で動き回る。フレームユニットの内部にはあらゆる探知機能が搭載されており、目標が移動してもすぐに追尾を開始することが出来る。即座にISのハイパーセンサー機能を有したバイザー型のゴーグルを被った龍夜は、消えたはずの彼女が探し出そうとする。

 

見えなくなった女性を発見したのは、声がするとほぼ同時であった。

 

 

「残念ですが、戦いは望みません。私の目的はあくまでもヴォルガ・ハザードの回収です。────それに、貴方を傷付けることは許されていませんから」

 

「…………今のは、ISの能力だな?どうやって発動した」

 

「その質問には答えられません」

 

 

シェルターの上、崩落した地上に立つ女性の言葉に顔をしかめるしかなかった。今の行動とエネルギー反応は間違いなく、ISの反応だ。だが、どうやって能力を行使したのか、それが分からない。

 

ISのエネルギー反応は確認できるが、彼女がISを纏ってる様子はない。部分展開している訳でもなく、生身でISの力だけを使っている。そんなことが本当にあるのか。

 

 

「…………生体融合タイプのIS。お前、何者だ」

 

「その質問にも、答えられません」

 

「答えられないだろうな、何せ一般的にISの生体融合は不可能とされてる技術だ。可能だとしたら、ただ一人だけだ。だが、あの人が関わってるとしたら、お前らは新型のISでも使っているはずだ」

 

「……………」

 

 

そこでようやく、女性が沈黙を貫いた。龍夜が何を言わんとしているのか、理解したのだろう。高性能のハイパーセンサーが認識した情報、女性の体内から確認されたISのコアのデータを噛み砕き、目の前の女性を睨みつけた。

 

 

「現時点で世界各国が保有しているコアのどれとも類似しない────それを有するお前は一体何者だ」

 

「やはり、貴方は聡明ですね。そのことに気付けるのは篠ノ之束様以外に、貴方しかいないでしょう」

 

「…………何?」

 

 

思わず、思考がずれた。

視線の先にいる女性を警戒するよりも先に、彼女の言葉の意味を読もうとしてしまう。自分を知るような言い分、彼女は自分をよく知る相手なのか、と。

 

 

その判断がミスだと気付いた時には、彼女の姿は消え去っていた。何らかの手段で移動したのかと思い追跡を目論みるが、あの女性と思わしき反応は周囲から消えていた。

 

 

「─────」

 

 

静かにエクスカリバーを下ろした龍夜は、その場から離れることにした。今、大規模テロの真っ最中である。急いで千冬達と連絡を取り、テロの収束に向かわねばならない。

 

そう思っていた彼だが、確かに感じ取っていた。テロの最中でありながら、嫌な予感が拭えない。都市部の何処からか放たれる異様な雰囲気が。

 

 

戦いは、まだ始まったばかり。

そう示すように、都市の一部で影が蠢き始めていた。

 

 

◇◆◇

 

 

ISのコアにしては大き過ぎる『時結晶』を手に、エーゼルが基地から出ていく。公国の地下に通ずるエリアから離れた彼は、凍獄と化した一帯に出るや否や、芯のある強い声で周囲に呼び掛けた。

 

 

 

「────イヴ、目的のものは手に入れたぞ」

 

 

次の瞬間、周囲に影が微かに動いた。ズズズ、と暗闇すら蝕んでいく黒が、地面に広がっていく。エーゼルの足元を残し、氷と冷気に染まった辺りを全て自分の闇で塗り潰す。

 

黒いドロドロとした液体が、生物のように蠢く。ただ広がる異様な光景を尻目に、エーゼルはその影と闇の主の変化に気付いていた。

 

 

(実体の形成をしてない…………予定よりも命を吸いすぎたようだな)

 

「まぁいい────受け取れ、イヴ。これがお前の求めていたモノだ」

 

 

そう言い、エーゼルはクリアブルーの結晶を黒い闇へと落とした。ドプン………と波紋を生じさせた結晶に、黒い液体が群がっていく。ズルズルと形をなした黒い触手によって結晶体の内部に侵入し、いや、より厳密には接続する。

 

 

直後、大きな胎動が響き渡った。

黒い液体に何らかのエネルギーが流し込まれ、全体へと広がっていく。明確な変化が起き始め、動きを見せる黒い闇を見たエーゼルは、冷えきった表情を崩すことなく、耳元に装備していたインカムに向けて告げた。

 

 

 

「────これより、本来の作戦『公国堕とし』を遂行する」

 

 

◇◆◇

 

 

おぞましい程の、黒い闇の中。

粘りついた泥のような液体が、公国の一部に集まっていた。正確には、その場に居座っていた黒いコートの青年を起点として。

 

 

「───ようやくだ」

 

 

胸を押さえ、イヴは心の底から楽しそうに笑う。そんな彼の身体がビクン、と跳ねた。二度目の胎動が響いた瞬間、彼の身体が内側から膨張する。

 

ISのコアの原材料になる時結晶、それは兵器のコアとして運用が可能とされている。尤も、その事実を証明したのは八神博士以外誰もいないのだが。

 

だからこそ、彼は時結晶を求めてきた。その力があれば、自分は更なる力を得ることが出来ると。本当に、人類を皆殺しにする程の強さに至ることが出来るのだと。

 

 

「これで、俺はまた強くなる…………生命を喰らい、生命を糧にして、俺達は人類を越えた究極の存在へと昇華される!」

 

 

光の流れが、時結晶(タイム・クリスタル)に接触したことで発生したエネルギーの余波が、全身に響き渡る。強烈な、今まで味わったものとは違う感覚が体内に炸裂し、イヴの体内に蓄積されたものが共鳴するように蠢き出す。

 

 

呼吸の邪魔だったのか、口元を覆い隠していたガスマスクを引き剥がし、放り捨てるイヴ。顔全体に広がる黒い液体による侵食を気にすることなく、彼はただ嗤った。

 

 

「─────さぁ、始めよう。俺達の下克上を」

 

 

 

黒いコートの内側、彼の胸に埋め込まれた何らかの装置。それを片手で撫でながら、彼は慈しむように、懐かしい誰かと話すように、呟いた。

 

 

 

「一緒に、世界を闇に堕とそう。()()

 

 

 

瞬間、イヴと名乗っていたモノの姿が弾けた。そして、中身が、彼が内包していた黒い闇が──────ルクーゼンブルク公国へと広がり、全てを染めていく。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「────公国の一部から高エネルギー反応!凄まじい勢いで、溢れ出しています!」

 

 

ドイツの基地内の観測室にて、観測された結果を口にしたオペレーターが、悲鳴のように叫ぶ。無理もなかった。何故なら、異様すぎる事態だ。

 

彼等の目の前のモニターに広がるのは、高密度のエネルギーの波。公国の一部から生じたと思われる高エネルギーの津波が、町を蝕もうと広がっていく。収まることすらなく、それどころかエネルギーの総量が増えていく光景は、誰も経験したことすらないことだった。

 

 

「ッ!モニタリングは出来ないのか!」

 

「無理です!先程から電波が届きます!モニタリング不能!接続出来ません!」

 

「別部隊から報告!先程から周辺基地のアンテナが破壊されています!敵は竜と思われる機影!現場からの報告によると、敵は言葉を介して挑発らしきものをしている模様!」

 

「─────その敵は!何と言っている!」

 

「主が意味を成さない罵倒ばかりで…………つい先程!敵が名乗りました!ミフルと、自身を呼称しています!」

 

「………何だと!?」

 

 

報告から出てきた謎の敵に千冬は顔を険しくさせる。ミフルと名乗っていた相手は、少し前も界滅神機(アルターマグナ)を操り、公国を陥落させようとしていたテロリストだ。レッドによる撃破されと思っていたが、まだ生き残っていたらしい。

 

歯噛みしていた千冬の横で、通信越しにアレックスが反応を示す。

 

 

『此方から現場を確認する。だが、少し様子が可笑しい』

 

「…………何がどうした」

 

『生命反応が消えていく度に、あのエネルギーの量が増えていっている。考えたくはないが、これは────』

 

『─────アレが、生命を吸い上げているのさ』

 

 

ピタリと、通信の声の一つに、オペレータールームが静寂に包まれる。状況を観測していた時雨の、無感情に近い言葉に、千冬すら耳を疑っていた。この現状に大して驚いていない。あたかも知っていたような雰囲気を漂わせる時雨に。

 

 

「どういうことだ、アレについて何を知っている」

 

『………君も認知しているだろう。国連が推し進めていた三大プロジェクトについて』

 

 

珍しく、言い渋っている様子だった。しかし誤魔化すつもりはないのか、時雨は淡々と、複雑そうに語り出した。

 

 

『表向きには世界の危機のために、本当の意図は国連に仇成すアナグラムの完全な殲滅のため。国連は他の国々と連携し、三つの大規模な兵器プロジェクトの開発に尽力していた』

 

「…………」

 

『宇宙上からの天体衛星による自立思考兵器開発計画「ヴァルサキス・プロジェクト」、アナグラムとの全面戦争に対抗する強化戦士開発計画「ガーディアンズ・プロジェクト」。そして、国連が主体となって進めた計画。それは生物兵器の開発だった─────人の手には過ぎた、苛烈なモノだ』

 

 

不愉快そうに、何かを思い浮かべた時雨は、嫌悪感を隠すことなく、口を開く。そして、自分が閲覧した極秘データの内容を、吐き捨てるように告げた。

 

 

『名を、「ラグナ・プロジェクト」。あまりの残虐さから記憶媒体から抹消された、おぞましい計画の完成体。それこそが、今公国を蝕んでいる「()」の正体さ』

 

 

 

◇◆◇

 

 

「─────ラグナ・デバイス。それこそが、ラグナ・プロジェクトが作り出した計画の完成体。俺達の仲間であるイヴの、もう一つのコードネームだ」

 

 

白い刀剣を手の中で振り回していたレギエルが、唐突に語り始める。戦いの最中でありながら、呑気に話し出したレギエルに対し、セシリアは聞く耳を持たないと言おうとしたが、楯無がそれを引き留めた。

 

彼女には、分かっていた。この国で、何かが起きている。おそらく、レギエルにとって目的を果たしたからこそ、戦いの手を止めたのだろう。こうして自分達の事について話しているのも、そうした余裕の表れだ。

 

 

「より多くの敵を殺すために、連中が求めたのは生物兵器だ。だが、ただのウイルスや細菌ではダメだった。ちゃんと自我を持ち、知能を有し、敵味方の判別が出来るモノでなければ意味がない。─────だからこそ、奴等はラグナ・デバイスを完成させた」

 

「…………」

 

「ラグナ・セルという硬度や結合の変化が自在な細胞を無数に制御し、それを体内に蓄積させ、己の手足のように動かせる。液体金属なんぞや、貴方の水とはレベルが違う。生きた究極の鎧という訳だ」

 

 

それこそが、イヴと名乗った青年の本来の能力。ラグナ・セルという人工物の細胞を無数に操り、まるで液体のように結合させ、攻撃の際には硬化することで刃として変化を行っていたのだ。

 

国連が開発した生体兵器。それこそが、イヴが扱う力であった。

 

 

「…………まぁ、疑問が浮かんだろう。一体それだけの細胞を、ラグナ・セルをどうやって補充するのかと。無論、補充の心配はない。ラグナ・セルは現地調達が可能だからな。そこいらに山程あるもので」

 

「─────それが人間、ということかしら?」

 

「正解だ。厳密には、人体にある細胞や器官だがな。それらに接触したラグナ・セルが媒体として、分裂を繰り返していく。そうやって、ラグナ・セルを無数に増やしていくってのがやり方さ」

 

 

生命を喰らう、とはそういう意味だったのだ。

黒い影、ラグナ・セルの集合体が人に接触した瞬間、ラグナ・セルが人体のあらゆる部位を細胞単位まで侵食し、ラグナ・セルの糧として無数の細胞を培養する。

 

これ以上にない兵器だろう。何せ相手を殺し、殺した相手で補給すれば良いのだから。倫理観を無視すれば、ここまで兵器を作り出せるのだ。人類という存在は。

 

 

「どうして、貴方達は………そんな非道が!」

 

「勘違いしないで欲しいな。ラグナ・デバイスをそう開発したのは、国連の奴等だ。俺達はそれを有効活用しているに過ぎない。責任がないと言うつもりはないが、国連とてこの兵器を同じ人間に使う気で作ったんだ。それが理解できない訳ではないだろ?」

 

 

セシリアの非難に対し、レギエルは呆れたように答えた。責めるくらいなら自分達だけじゃなく、他にも相手がいるという言い分に、セシリアは何も言えず悔しそうに噛み締める。

 

黙って聞いていた楯無はその話にある違和感を覚えたのか、すぐに言葉として出した。

 

 

「………国連の兵器なら、何故貴方達がそれを手に入れたの?そんな重要なもの、普通に彼等が手放すとは思えないけど」

 

「手放したんじゃない、自分から離れたんだ。それを俺達が出迎えただけさ」

 

「────自分から離れた?」

 

 

露骨に顔をしかめた楯無。そこまでは把握していなかったのか、彼の口から出た事実に耳を疑う。そんな彼女達に言って聞かせるように、レギエルは話を続ける。

 

 

「俺達の仲間 イヴは、ラグナ・デバイスの適合者として選ばれた被験者だ。適合するために何人も、同じ部屋で過ごした者達を使い捨てられた光景を何度も見てきた。そんな奴が国連に忠誠を誓うとでも?」

 

「人体実験………ホントにロクなことしないわね!大人達は!でも、それを信用する証拠はあるの!?国連が子供を拐ってたなんて、言い訳できないけど!」

 

「何か、思い違いしているようだな。わざわざ捕まえてくる必要はない。連中は作ったのさ、適合者となれる人間を。自分達の手で」

 

 

何故、イヴという青年が、全ての人類を憎むほどの憎悪を覚えているのか。何故、彼が人間よりも圧倒的に優れた存在として、己を謳っているのか。

 

 

「イヴは遺伝子を改造され、連中の思う通りに生きるように作られた被験体の一つ。言葉を変えれば、試験管ベビーという奴だ」

 

 

自分達は人間以下の人間擬きと、使い捨てられてきた。だからこそ、彼は闇の中に巣食ってきたのだ。いずれ光の世界を蝕み、多くの人の生命を喰らい、彼等よりも圧倒的に進化した存在へと昇華すると。

 

 

それが、誰かの為の願いであったことも忘れ、彼は闇の中で生命を喰らい続ける。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「早く避難してください!ここだと巻き込まれてしまいます!早くッ!!」

 

 

避難所から出てきた市民達を守りながら、兵士達が避難を促す。安全なはずのシェルターからわざわざ飛び出し、逃げ出していく人々。その行動の理由は、目の前の災害であった。

 

 

黒い液体の波。公国全体に広がったその海は、人間を、命を求めていた。黒い海から生じた触手が延びていき、目の前に存在する人々の生命を吸い上げようと迫っていく。

 

 

「──────ッ!!」

 

 

それを、前へと飛び出した龍夜が阻止した。エクスカリバーを地面へと突き立て、その中にいる少女は彼の考えを読み取り、機能を解放する。

 

 

コアが発光した直後、周囲一帯を絶対防御が作用した領域が壁となって展開される。透明な障壁は大量の黒い液体の前進を拒み、人々への接触をひたすらに塞き止めていた。

 

 

一時的に、避難者達を狙う黒い液体の動きを押さえた龍夜は、エクスカリバーを振り払い、叫んだ。

 

 

「────今すぐ安全な場所に逃げろ!急げッ!!」

 

 

ひたすらに逃げていく避難者達に迫る黒い波を、龍夜は逃さない。莫大なエネルギーを蓄積させた刃を勢いよく振るい、放出した斬撃をエネルギーの塊として撃ち出し、黒い大波を消し飛ばした。

 

 

「…………クソッ!」

 

 

こんなことをしても意味がない。そう認識する思考をとにかく打ち消す。分かっている。これだけ攻撃したところで、アレは多くの人を狙おうとする。どれだけ護り通そうと、時間の問題だろう。

 

 

(一番先決なのは、本体を叩く────だが、行けるか?)

 

 

これだけ消し飛ばせば、今逃げている避難者達は大丈夫だろう。問題は、この黒い闇の主は何処にいるのか。龍夜にはそれが分からない。分からない以上、下手に動く訳にはいかない。そうすることで、一般人を護ることが出来なくなる。

 

 

(なら、やるべきことは─────もう一つの反応を潰す!)

 

 

決意と共に、龍夜は闇に侵食されていく町を走り出した。彼は既に、倒すべき敵を見据えていた。本体は分からずとも、それにとって重要な存在は認識している。

 

黒い海の一部、一際大きな反応が一つだけ出ている。それは少しずつ、黒い闇の海の中心へと動いている。ISのコアの反応に近いそれが『闇』のコアであると、龍夜は見抜いていた。

 

 

 

一つの闇と化したラグナ・セルの海を切り払い、蒼青龍夜は突き進む。己の戦う理由に迷いを持たず、ただひたすらに、誰かを護り抜くために。

 

 

 

 

 

 

 




ラグナ・デバイス

国連が開発した『ラグナ・プロジェクト』の完成形。イヴの能力にしてもう一つの呼び名。ラグナ・セルという可変機能を有する細胞を無数に操る。

自在に形を変える液体金属のような特性を見せるが、本来の特徴は人体に接触し、人体を媒体としてラグナ・セルを増殖させる能力。これにより、ラグナ・セルを無制限に供給することができる。

だが、あまりにもラグナ・セルの量が多いとイヴの制御も出来なくなるため、彼は新たなコアを求めていた。もう一つの心臓、もう一つの脳、唯一無二の重要な器官を増やすように、彼はコアとなるものを探していた。


そして、今回の事件で時結晶というコアを手に入れたイヴは、ラグナ・セルを補給するために公国全土を自身の細胞で埋め尽くそうとしていた。


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第61話 黒き雨が降り注ぐ

『────此方!蒼青龍夜!織斑先生、聞こえているか!?』

 

「蒼青っ!無事だったか!?」

 

 

繋がらなかった蒼青龍夜からの連絡に、オペレータールームに戻った千冬が応えた。生死が途絶えたと思われる彼の反応が消え、希望を見出だせぬまま作戦遂行を優先した彼女だったが、その通信が、青年の安否を耳にした瞬間、僅かに気が緩んだ。

 

その変化に気付いたのは、古くから付き合いのあるアレックスだけであろう。

 

 

「無断出撃の件は、後で説教をしてやる。それよりも、お前はオルコットと更識と共に周囲の避難者の防衛を行え」

 

『いや、それでは意味がない。ラグナ・デバイスの動きを停止させるために、奴のコアを破壊しに向かいます』

 

「駄目だ、命令に従え。奴は大勢の人間を狙い、その生命で増殖を繰り返す。市民を守ることこそが、奴を肥大化させずに済む最善の策だ」

 

 

二人の意見は、全く別の考えであった。

敵をいち早く叩く、もしくは一般人を護る為に防衛に専念する。千冬の考えは、現状で最も正しい作戦なのだろう。龍夜の言う意見の通り、敵を倒すことに優先すれば事態の解決は早い。しかし、それでは犠牲者が出るのも止められない。

 

 

だが、龍夜には考えがあった。敵を、人の生命を吸い上げるラグナ・デバイスを倒さねばならぬ、理由が。

 

 

『織斑先生、少し気になっていることがあります』

 

「…………何だ」

 

『何故奴は、ラグナ・デバイスは今更人間を襲っているのでしょうか』

 

 

ずっと、気になってはいた。

エクスカリバー、もといルフェから与えられた情報を確認した龍夜は、その思考故にか彼はその特性を頭の中で整理し、した上である欠点を見抜いていたのだ。

 

 

『俺の把握している限りでは、ラグナ・デバイスは公国の地下から発掘された時結晶(タイム・クリスタル)と融合したことで、大量のラグナ・セルが溢れ出し、人々を襲い始めている。それは、ラグナ・セルを増やすための行為とは、理解しています』

 

「ならば、何がおかしい。奴がラグナ・セルを補充することは可笑しくないだろう」

 

『────いいや、可笑しいんです。そもそもラグナ・セルを事前に蓄えていれば、こんな手間を掛ける必要はなかった』

 

 

そうだ。出来なくはない。ラグナ・セルは全てラグナ・デバイスに蓄積される。無数の細胞を体内に蓄積させることが出来る技術があることは、既に把握している。だからこそ、謎だけが残されていた。

 

 

『奴等は公国を襲撃するために念入りに作戦を練っていた。表向きにテロリスト達が地上を襲撃し、人手を割いていき、本来の狙いである時結晶を回収する────これだけの計画の準備をする時間があったなら、ラグナ・セルなど事前に蓄積させることも出来たはずだ。

 

 

 

そうしなかったのは、出来なかったからだと思います。連中がISのコアとなる時結晶を求めていたのも、大量のラグナ・セルを制御するため。それはつまり、イヴは制御できるラグナ・セルが限られているのでは?』

 

 

それが、龍夜が推察したラグナ・デバイスの欠点であった。元々は人類が有効活用するために開発した兵器であるため、暴走の危険を考慮して敢えて欠点を残したのか。それだけはどうしても改善できなかったのだろうか。どちらにしても、ラグナ・デバイスという兵器が不完全性を有しているという点だけは確かだった。

 

 

その不完全性を克服するための第二のコア、時結晶なのだろう。

 

 

『奴等が時結晶をわざわざ一個だけ回収したのも、少しずつ適応させていく予定なのでしょう。そして、一つで制御できる細胞の限界を迎えれば、また地下から回収すればいい。既に公国の半分を制圧している奴の力なら、不可能ではない』

 

 

そうして、無限のラグナ・セルを操るラグナ・デバイスが究極の存在へと進化する。国一つ分の人間を食らい尽くしたラグナ・デバイスは隣国にまで侵略の手を広げていくことだろう。

 

もしそうなれば、人類の大半が失われる惨劇と化してしまう。触れただけで己の細胞の媒体とし、増殖を繰り返す無尽蔵の生体兵器が世界全土に広がればどうなってしまうか、想像するだけでも最悪の光景が脳裏に浮かぶ。

 

 

『今、奴は公国の人々やテロリスト達を巻き込んで生命の蒐集を行っている。今の奴のラグナ・セルの総量は、本来なら制御できない程の量まで膨張していっている。なら、外付けのコアを破壊すれば、奴はラグナ・セルを制御できなくなる』

 

「………それで、奴が自壊すると?」

 

『自壊はしないでしょうが、奴を構成するラグナ・セルが暴走すると思います。そうすれば、ラグナ・デバイスを倒すのも容易なはず』

 

 

彼の意見を聞いた千冬が、吟味するように黙り込む。両腕を組んでいた彼女は納得したように一息吐き出す一方で、眉をひそめた。

 

 

「成る程、一理ある。────だが、戦力はどうする?今現在、オルコット達は妨害を受けて動けない。奴を倒せる戦力が、他にいるとでも?」

 

『────俺一人でやります』

 

 

アッサリと、そう断言する龍夜。しかし千冬は彼の言葉に応じることもなく、重苦しい沈黙を守っていた。彼の実力を信用しているし、疑ってはいない。だが、相手はヴァルサキスと同列の兵器の一つだ。

 

未完成であったアレ単体だけで、複数人のIS操縦者と他勢力が拮抗する程の性能を披露した。今回の兵器も、それほどの規格外を有している可能性があり、もう一度蒼青龍夜が死にかけるかもしれない。

 

軍人としては、戦士としては許可を下すべきだろう。しかし、教師としては承認できない。何度も教え子を戦場に向かわせた千冬だが、それでも無理はさせなかった。一度は殺されかけた生徒を静観していいのか、と彼女の心の中で複数の感情が渦巻いていた。

 

 

だが、そんな会話に横入りする声があった。

 

 

『いいや、その必要はない』

 

『…………理事長?それはどういう意味ですか』

 

『既に援軍はそちらの戦場に向かっている。彼等がいる以上、後ろを心配しなくても良いだろう』

 

 

◇◆◇

 

 

戦場となった公国のある一帯に戻る。

ラグナ・セルの海が町を飲み込む光景を尻目に、楯無は僅かな焦りを見せながら、再び前へ向き直る。

 

 

複数の能力を行使する機械蛇 サマエルとISのブレードを振るうレギエル。撤退も許さず、容赦なく追撃を繰り返す相手を、楯無は睨み据えた。

 

 

「───流石にしつこいわね……!」

 

「言ったろう?────邪魔をさせないと。今、イヴはこの国の人間の生命を吸い尽くそうとしている最中だ。一人くらいならまだしも、数人も相手にするのは厳しいだろうな。

 

 

 

 

アイツが公国一帯を食らい尽くすまで、大人しくして貰う。いや、させて貰うさ」

 

 

空間転移と障壁、爆炎に氷結。それ以上の異能を操るサマエルが更識楯無、セシリア・オルコット、レッドの三人を押さえていた。一体を集中した連携ならば倒せなくはないが、それをレギエルが的確に崩していく。

 

足止めを宣言した通り、レギエルとサマエルの連携は手強いものであった。そうやって、サマエルが灼熱の火炎を放出しようとした、次の瞬間。

 

 

 

 

 

─────上空から炸裂した閃光が、サマエルの口を貫いた。爆炎を収束させていたサマエルは内側から暴発を引き起こしてしまい、そのまま叩きつけられるように倒れ込んだ。

 

 

「…………ふぅん」

 

 

第三者の攻撃に、レギエルは目を細めた。上空に見える人影に視線を移した彼は肩を竦め、呆れるように笑いながら、言葉を紡いだ。

 

 

「────IS学園に負けたことは把握してたけど、まさか寝返るなんてね。そんなに奴等が気に入ったか?………エイツー」

 

「………エイツー!?」

 

「…………」

 

 

驚愕したセシリアの視線の先、空中に浮かぶ人影。幻想武装を纏い、変異した右腕の槍を翳した隻眼の男性 エイツー。かつてセシリアが対面し、打ち倒したテロリストの一人であった。

 

 

◇◆◇

 

 

IS学園の地下空間。

人工島が作られるよりも前に作られた、海底に繋がる特殊なエリア。その一部は、監獄として運用されている。IS学園が襲撃されて場合、避難するためのシェルターとしても使えるだけではなく、侵入者を閉じ込めるために使われるそのエリアでは、IS学園が打破したテロリストが拘留されていた。

 

 

『────やぁ、No.812。エイツーと呼ぶべきかな』

 

『………………』

 

エイツーも、そこに拘留されていた。全身を高速具で固定され、口を開くことすら許されていない。ただ何も施されていない隻眼だけで目の前のガラス越しにいる理事長を睨む。

 

にこやかな笑顔の理事長 時雨は手に握っていた端末を操作し、エイツーの口元の拘束具を解き放った。

 

 

『………何のつもりだ』

 

『今、戦力が欲しくてね。君には少し手伝って欲しい───勿論、減刑はするけど如何かな?』

 

『抜かせ、誰が貴様らに手を貸すものか』

 

 

憎悪に満ちた眼光を輝かせ、エイツーは忌々しいと吐き捨てる。今にでも、視線だけで殺せるという殺意を込めて。

 

国連に使い捨てとされ、彼等の掲げる正義に失望した男には、到底有り得ない選択肢であった。

 

 

『貴様は国連に所属する人間だろう。奴等に与する者などの話になど、乗りたくもない』

 

『それは困る。今は学園のために、戦力が必要な時期なんだ。どうしても頷いて貰わなきゃいけない。そうしなきゃ、学園で多くの血が流れることになる』

 

『……………どういう意味だ?』

 

 

本来であれば、戦いとは無縁の学園で血が流れるという話に興味を持ったのか、エイツーは顔をしかめながら問いかけた。

 

 

『僕達はいずれ、国連と戦うことになるからさ』

 

『────内戦か?』

 

『少し違うね。世界情勢にとって、IS学園は一つの国として認識されている。世界各国のIS操縦者を育成する機関だからこほ、どの国もIS学園を手中に納めたいだろうね。

 

 

 

アナグラムによる学園襲撃の件で、僕は国連の何人かに糺弾された。その数人は女性権利団体や野心的な大国との繋がりが大きい者ばかりだ』

 

 

ISという兵器の影響力は、未だ衰えていない。だからこそ、ISの技術や戦力が収束されたIS学園は、どの国も支配下に置きたいのだろう。何せ、IS学園を掌握するということは、学園に所属する世界中から来た学生達の存在を握っていることに等しい。

 

そうすれば、どんな国であろうとも実質的な世界の支配者になれる。その可能性を求め、動く大国の存在を恐れ、国連もそれを防ごうとする。IS学園を管理することで。

 

 

『今回、ルクーゼンブルクを襲撃しているテロリストの一つ、「亡国機業」も複数のトップの存在を確認している。その一人が僕を糺弾してきた一人だからね。いずれは多くの戦力を従え、IS学園を乗っ取ろうとすることも有り得る。それに、敵は多い。三皇臣(トライアル・インペル)も、学園に狙いを定めているらしいしね』

 

『────その為に、俺の力が必要という訳か』

 

 

片眼を伏せたエイツーが静かに沈黙する。僅かな思考。戦闘の際、精神が研ぎ澄まされ、時間が遅くなっていくように、彼は数秒という時間の中で、無数の考えを頭の中で確かめていく。

 

現実時間にして五秒未満、エイツーは結論を呈示した。

 

 

『………良いだろう。協力してやる』

 

『そうかい、何か要求があるかな?』

 

『俺の幻想武装を渡せ─────今起きている事件の援軍として向かってやる』

 

 

時雨はいいよと答え、端末を操作して、エイツーの拘束具を解除した。これにはエイツー本人が驚きを隠せなかった。自分が嘘をついて、暴れる可能性を考慮した上での選択肢か。

 

テロリストを信用し、ここまでする少年に疑心を隠さず、立ち上がる。いつの間に用意されていたメモリアルチップを手に取り、拘束されていた右手の甲に内蔵された装置へと差し込んだ。

 

 

『────「首輪」は外さなくていいのかい?』

 

『不要だ。俺は既に捕縛された犯罪者の一人、何時でも覚悟が出来ている。もし、俺に反意があると思えば、いつでも吹き飛ばせばいい』

 

 

爆弾が内蔵されたチョーカーを擦り、エイツーは断言する。これの存在は、あくまでもテロリストである自分を戦力として動かすことへの条件だろう。いつでも命を絶てるという証明もなければ、犯罪者を恩赦のためとはいえ、戦わせられるはずがない。

 

 

納得してはいる。批判など有り得ない。自分の立場はよく分かっている。故にエイツーは、穏やかな雰囲気を崩さない少年を尻目に、冷たく突き放す。

 

 

『勘違いするな、貴様らの為ではない』

 

 

国連を、今の世界を信用した訳ではない。むしろ警戒しかない。未来ある子供を犠牲にし、汚い大人達が私腹を肥やす世界。それを嫌悪し、革命を望んだからこそ、彼はアナグラムに、レヴェル・トレーターに入り、血の変革を望んだ。

 

 

彼が心変わりをしたのは、次世代の可能性を見出だしたからに過ぎない。新たな未来を紡ぎ出す者達を、彼は信じたのだ。

 

 

『俺が戦うのは─────この先の未来を作る者達ためだ』

 

 

己の心に従う、かつて何より心を許した人の言葉。それこそが、エイツーが突き進む為の動力源であった。

 

 

◇◆◇

 

 

 

「…………勘違いするな、裏切りの代価を払わせる為だ。レギエル」

 

「裏切り?まさか、俺がお前を裏切るはずがないだろ?言いがかりは勘弁して欲しいな」

 

「オスカーの死体をサマエルに食わせたようだな。イヴの奴に俺を幻想武装ごと食わせようとしたんだろう?それが無理だったから、俺を見捨てた。違うか?」

 

「……………さぁね」

 

 

肩を竦めて、都合の悪い指摘を適当に流した。そんなレギエルの態度に、エイツーは自身を切り捨てようとした意思を感じ取り、自身の反逆が正しかったことに複雑な心境であった。

 

レギエルから視線を逸らしたエイツーは、此方を見据える少女を認識した。

 

 

「随分と苦戦していたようだな、セシリア・オルコット」

 

「…………どうして、私達を?」

 

「さっきも言ったが、俺は奴等に借りがある。その借りを返しに来たに過ぎん─────それとだ」

 

 

此方を警戒するセシリアに向けて、エイツーが義腕の銃口から閃光を放つ。一瞬だけ気が緩んだことで対応できなかったセシリアだが、ビームが彼女の横を通り過ぎ────真後ろに移動していたサマエルを吹き飛ばした。

 

 

呆然と、サマエルの襲おうとしてきた方を見ていたセシリアに、エイツーは淡々と告げる。

 

 

「スナイパーとあろう者が、背後を取られるな。少々楽観が過ぎるぞ」

 

「…………ご教授、感謝しますわ。信用して、よろしいですよね?」

 

「敵ならいち早く仕留めている」

 

 

ガシャン、と槍のような形状の義腕の銃を下ろしたエイツー。一度は倒した敵であり、殺しを厭わぬ過激派テロリストのメンバーだ。普通ならば信用できるはずはないが、セシリアは彼を信ずることにした。

 

かつて彼が、想い人であった蒼青龍夜を信じて、内情を明かしてくれたように。

 

 

「────信じるからには、背中から撃たないようにお願いしますわ」

 

「誤射の事なら心配は不要だ────狙撃手は、狙った相手を違えることはない」

 

 

◇◆◇

 

 

 

一方で、ルクーゼンブルク公国の辺境。そこに立ち入るドイツ軍の輸送ヘリが数台、領空へと移動していた。敵として侵略しに来たのではない、むしろ助けに来たのだ。

 

 

「…………さて、私達の作戦内容は我が国に封印されていたアルターマグナを強奪し、ルクーゼンブルク公国に襲撃をしかけたテロリスト『レヴェル・トレーター』の排除でしたが、少し事情が変わりました」

 

 

輸送機内で、ISを展開した少女達────ドイツ軍のIS部隊を睥睨したヴァイアス・ドレイクホーン大佐が状況の説明を行う。

 

 

「『レヴェル・トレーター』の一人が何らかの生体兵器を運用し、公国の領域の半分を占拠しています。無数の細胞で構成された粘液のような液体───これは人体に侵食し、自分達の細胞へと作り替えるというおぞましい性質を有しています。ISであればその侵食を防げますので、貴方達には頑張って貰います」

 

「生体兵器って…………あの黒いのが?」

 

 

まるで洪水のように街を蝕んでいく黒い波を窓から見下ろした少女が不安を漏らす。自分達が見ているものは本当なのか、そんな空気が少女達に漂う中、ヴァイアスが軽く咳き込む。

 

しかし、そんなヴァイアスの言葉を遮るように前に出たクラリッサが淡々と告げる。

 

 

「だが、アレは倒せる。それだけは確実な情報だ」

 

「…………」

 

「アレを操る者と分離したコアを破壊すれば、あの黒い海は自然消滅する。我々はその間、あの黒い海が公国の人間を狙わぬように動きを止めることだ。──────後は隊長が、少佐が果たしてくれる」

 

迷いや恐怖すらない。むしろ、彼女には怒りがあった。ドイツの精鋭として鍛えられたのにも関わらず、手も足も出ず翻弄されてしまった自分達が。

 

雪辱を晴らせるとは思っていない。そんな資格すらないというのは目に見えて分かる。だが、やれることだけは履き違えはしない。

 

 

「故に!我々は隊長を信じて戦うまでだ!どれだけ強力な生体兵器だろうと関係ない!我々に手出しをしたテロリストに思い知らせ、隊長や指揮を取られている織斑教官に恥じぬ活躍を示すのだ!!」

 

 

少女達の空気が高揚し、戦意が昂っている。最早何も言う必要はないかと微笑んだヴァイアスは鎮座していた自身の装甲鎧を纏う。

 

四足獣としての機能を有したパワードスーツを装着したヴァイアスは輸送機の外に視線を向け────近くの空を飛んでいく光を見据え、呟いた。

 

 

(任せましたよ、ボーデヴィッヒ少佐)

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「……………この先にある二つの反応、どちらかが本体であり、どちらかが外付けのコアか」

 

 

建物の上に着地し、黒い海を見下ろした龍夜が険しい顔で呟く。エクスカリバーという剣を握る彼の全身を展開されたISの装甲が覆っており、臨戦態勢を崩さずに保っている。

 

この黒い海を操るラグナ・デバイスと分離したコア。この二つを同時に相手しなければならない。本体を狙えばその間にコアが公国の人々の命を取り込み、コアを狙えば本体が地下から別の時結晶を徴収するだろう。

 

どうすべきか、慎重に考えなければならない。時間は有限であれど、選択を間違えれば被害は押さえきれない。

 

とにかく目の前の事態の攻略を考えていた龍夜だが、それ故に意識が遅れた。

 

 

 

─────すぐ真後ろに、何かが飛来してきたのだ。

 

 

「…………龍夜」

 

「───ラウラ、か。驚かせるな」

 

 

引き締まった殺気を消し去り、背を向ける龍夜。そんな彼だが僅かな違和感を、妙に大人しい少女の声音に気付いてはいた。しかし、そんなことを気にしている暇ではないと、話し始めた。

 

 

「事情は聞いているな。目の前に二つの反応があるだろう。本体と外付けのコア、この二つを撃破しなければ事態の収束は厳しい。俺は本体をやる、お前はコアの方を────」

 

 

 

 

 

「─────私は、ここにいて良いのか?」

 

「…………あ?」

 

 

芯から震えたその声に、龍夜は淡々とした指示を止めた。振り返った先にいた少女はあまりにも弱々しく、不安そうな顔であった。

 

 

「………私は本来、普通の人間ではない。遺伝子強化素体、アドヴァンス・チルドレン。人為的に産み出された試験管ベビーだ」

 

「……………」

 

「何もなかった、私には何も。親もなく、戦うことしか許されなかった────だからこそ、私は教官に憧れた。教官に追い付こうと、教官に成ろうとしてお前に負けて、お前に救われた。………だが、私の本質は変わっていない。力を追い求め、暴力に溺れた私の本質が消えることはない」

 

 

フン、とつまらなさそうに話を聞く龍夜。何か思うところがあるのだろう、そんな風に自嘲したラウラは胸に突き刺さる痛みを噛み締めた。

 

 

「私と同じ生まれの奴は、語っていた。どれだけ取り繕うと、私が人間ではないことに変わりはないと。同じく闇に生まれた私は、ここにいるべきではないと。……………私は」

 

「────お前はラウラ・ボーデヴィッヒだろ」

 

 

どうすればいいのか、そんな風に言葉を漏らそうと少女の言葉を遮り、腕を組んだ龍夜はぶっきらぼうに告げた。は? と言葉を失う彼女に、龍夜は何を当たり前な事を言うのか、というように語る。

 

 

「あの時、織斑千冬から言われたはずだ。誰でもないなら、そうなれとな。まだ一年も過ぎてはいない。今更答えを見出だすには早計だと思うがな」

 

「………だが、私は人間ではないんだぞ………?それなのに────いや、待て。何故お前は驚かないんだ?私はこのことを話した覚えは─────」

 

「…………前に俺の記憶を見ただろ。その時に俺も見たと言ったはずだ」

 

 

確かにそうだった気がする。いや、思い出してみればそうだった。今更理解させられたラウラに、忘れてたのかと龍夜は呆れ果てる。

 

 

「人間ではない、それがどうした?生憎、俺は他の人間とは違う。たとえお前が人工的に作られた存在だったとしても、微塵にも気にしない。────どちらかと言うと、俺は個人を差別はしない。全てを下に見るタイプだ」

 

「………そこまで言うのか」

 

「子供の頃から天才だったからな。自分の考えを理解しない奴等は皆全て愚か者という考えだ。全員、大した知能もない馬鹿だとな……………だが、俺はIS学園に在住して色々と学んだ」

 

多くのことを、普通の人間では知り得ぬ事実すら解き明かしてきた天才ですら頭になかったことを。この学園は、彼等は教えてくれた。時には言葉として、時には実際に動くことで。

 

 

「この世には、凡愚よりも馬鹿がいる。どんなことがあろうと仲間を見捨てようとしない、能天気で善人気質な馬鹿どもがな」

 

「…………」

 

「ソイツらがお前の出生を知ったところで、軽蔑なんかしないさ。俺みたいな孤高気取った傲慢な天才相手にすら仲良くしてるんだ。人工的に作られた冷徹な軍人…………常識を履き違えてセクハラをかますような馬鹿くらい、簡単に受け入れるだろうな」

 

「わ、私のことをそう思っていたのかっ!?」

 

「心外だと言うなら他人のベッドに入ってくるな」

 

 

失礼だと顔を真っ赤にして突っ掛かるラウラに、堂々と不満を返す龍夜。既に迷いなど無い、少しだが吹っ切れたように見える少女を見た龍夜は展開した『プラチナ・キャリバー』の刀身をある方向へと翳した。

 

 

「───あの先に本体がいる。お前に任せた」

 

「な、なに?」

 

「因縁の相手だろう。コアの方は俺がやってやる。決着くらいつけてこい」

 

 

早くしろと、急かす龍夜を見たラウラは「………ああ」と答え、展開したIS シュヴァルツェア・レーゲンを纏い、飛来していく。黒い海、その奥に潜む同族の元へと。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

辿り着いた先、ドス黒い海の中に一つだけ開いた穴を見つけた。ラウラはハイパーセンサーを起動させ、その穴の下にある反応を捉える。一瞬だけ気圧される思考を正し、その穴の中へと入っていく。

 

 

少しして、光すら入らぬ空間へと着いた。反応はここにある。周囲の光から拒絶された、まるで闇そのものと化した異界の中で、突如声が響き渡る。

 

 

 

─────来たか

 

 

 

ズブ、ズブズブズブ、と目の前の黒い粘液のようなものが溢れ出す。ラグナ・セルという流体状の金属同様である細胞兵器、ナノマシンと呼称するべきか。無数のミクロサイズの細胞が結合し、融合されていく。そして何億ものラグナ・セルが、たった一人の肉体の形成を終えた。

 

 

 

「…………イヴ」

 

「ああ、心地が良い。これこそが、俺の求めていた力だ。あらゆる不可能を打ち砕く全能感────数百の命が、俺の力へとなっていく。全てを飲み込む、俺の闇へと」

 

 

恍惚とした表情で、端整な顔つきの青年が起き上がる。泥のような黒い液体を頭から溢しながら、不快感とは欠け離れた喜びに包まれている。

 

 

「マスクはどうした?捨てたのか」

 

「………()()はもう必要はない。最早、あんなものなくとも、俺は自我を保てる。────それとだ。訂正しよう、俺はイヴではない」

 

 

ラグナ・セルによる液体の上を歩きながら、姿を現した黒色の青年は、心の底から酔いしれるように詠う。己の名を、存在を、知らしめるように。

 

 

「──────俺こそは、ラグナ。人類が求め、作り出そうとした、生命を操る神である。そして、無意味で劣等たる人類を選定せし者、それこそが俺だ」

 

「神だと?笑わせるな、お前の何処が神だ」

 

「それを望んだのは人の方だ。人類にとって都合の良い神を作り、それを運用する。国連が推し進めた『計画』の最終段階は、神の存在による世界の支配だ」

 

 

ヴァルサキスの時も同じだった。あの時も、ヴァルサキス・ミハイルは己を神と、自称していた。ラグナ・プロジェクトとヴァルサキス・プロジェクト。この二つの計画の発展系が、神を自称しているという共通点。疑問に思わないはずがない。

 

 

「そして、俺は神へと進化した。今の俺は数百の人間の命を吸い上げ、それだけの細胞を操れる。これでもまだ進化の過程だ。いずれは俺が世界の半分を飲み込み、生き残った人類を支配する神として顕現する─────その前に、あの時の答えを聞こう」

 

 

仲間になれ、という問い。自分と同じ作られた生命であるからこそ、此方側に来るべきだという問いかけ。その答えにどうするべきか、ラウラは少し前までは分からなかった。

 

彼の言う通り、自分はかつて力に囚われていた。恩師の言葉も聞かず、ただ力を求めたラウラ・ボーデヴィッヒは闇に染まっていたのかもしれない。だからこそ、自分の居場所はIS学園ではないのかと思っていた。

 

 

しかし、もう迷わない。当たり前の事実を、彼女が忘れていたことを、教えてくれる人がいた。

 

 

「答えは決まっている、お前の仲間にはならん」

 

「─────」

 

「私はラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツ軍少佐でありIS部隊隊長────そして、IS学園に所属する代表候補生だ。私がここに来た理由は一つ、公国に危害を与えたテロリストである貴様を打ち倒すためだ」

 

「───────そうか、なら死ね」

 

 

満面の笑みと共に、神は宣告した。

直後に、周囲の闇がラウラ・ボーデヴィッヒを殺そうと迫る。無数の刃を前にラウラは狼狽えず、堂々と突撃していった。

 

 

 




これってもうラウラ編では?()


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第62話 闇より深く、黒より濃く

「────ガハッ!ゴホッ、オェ───ッ」

 

 

真っ白な部屋で、一人の少年が蹲っていた。両手で自身の身体を抱き抱えながら、苦しそうに呻く。喉に詰まったような声を漏らす少年の口からは、血の塊らしきものが吐き出されている。

 

 

『────やはり適合は出来ないか』

 

『どうする?この個体も失敗作として処分するか?』

 

『何を言う。ここまで上手くいった個体は彼女以外にいない。それに、まだ壊れてはいない。処分するには早計だ』

 

『そうだな。■■氏が提供してくれたものとはいえ、無駄遣いする訳にはいかん。ここは様子見としよう』

 

 

白衣の大人達が部屋の外から、様子を見ながら語る。淡々とした彼等からは少年への配慮と言うものが感じられない。それも当然、これは極秘裏に行われている人体実験なのだから。

 

生体兵器『ラグナ・デバイス』の適合実験。人間だけに特化した人工細胞 ラグナ・セルを無数に操るラグナ・コアの同調。ラグナ・セルを操るには機械のような電子盤ではなく、人間の脳のような複雑な機構が必要であった。

 

 

しかし、だ。それは実質的に不可能だった。何千も、何万もの細胞を、結合や強度すらも同時に操るなど人間の脳では耐えられない。

 

 

だからこそ、この組織の者達は人工的に作り出された生命を利用することにした。人間を模した、人間以下を。人間により近いだけで、兵器として脳の容量を広げることで、生体兵器のパーツとして機能する部品を。

 

 

遺伝子改造型個体─────それが、閉ざされた箱庭に過ごす彼等の名称であった。彼等には人間としての生活は許されているが、人間としての扱いは受けていない。

 

その理由として、彼等には名前と言うものがなかった。いや、与えられてすらいない。大人達はそんなものは不要と、使い捨てのモルモットには必要ないと考えたのだろう。あくまでも指名する場合は、割り振られた番号でのみ。

 

教えられたのは、自分達の存在意義。人間のために生き、人間のために死ぬこと。それはとても幸福であり、役に立てないことはとても不幸であると。多くの個体はそれを素直に信じてはおらず、ただ納得したように諦めているだけだった。

 

 

「……………ゴホッ」

 

 

個体名『13号』、彼もその一人だった。大人達の教えを前に、半ば諦めを覚えていた。いずれ使い潰されて死ぬであろう未来など、当に見えている以上、彼は無気力に過ごしているだけだった。

 

────どうせ無意味ならば、さっさと死ねればいい。そう思ったのはどれだけのことだろうか。少なくとも、指で数える以上は越えている。

 

 

いつものように、与えられた部屋のベッドの上で、彼は後遺症に苦しんでいた。ラグナ・デバイス適合の副作用。それは多種多様であり、彼の場合は呼吸器官の不全である。

 

どれだけ息をしようと、呼吸が全身に届かない。脳の大半が外部の兵器を制御するために使用されるため、呼吸をして酸素を送ろうとする働きが、脳から除外されてしまったのだ。

 

地獄のような日々は変わることなく、イヴは死なない程度の苦しみを味わいながら生き続けてきた。しかし、それは今日、この日で終わる。

 

 

「────ねぇ、大丈夫?」

 

 

声をかけてきたのは、少女だった。白に近い銀色の髪を下ろした幼い少女。彼女は特殊な個体であった。13号も、それを記憶している。何故なら、『ラグナ・コア』の適合に副作用を発症しない─────本当の意味で、成功体とされるモルモット。

 

彼女は特別だった。ラグナ・デバイスとなりうる存在であるため、ある程度の自由を許されており、記号以外の名前も与えられている。正に自分とは違う、選ばれた存在であった。

 

 

「…………、………っ」

 

「………苦しいの?喉、辛いの?」

 

「………っ」

 

「────分かった。待ってて」

 

 

何処かへ歩いていった彼女が少し後に持ってきたのは、口元を追おうマスクだった。ガスマスクに似た器具、人から見ればそう思える呼吸器具を、13号の口に優しく押し当てた。

 

 

「…………」

 

コフー、とくぐもった呼吸が響く。しかし、13号は酷く落ち着いていた。今まで続いていた喘息に近い過呼吸が、いつのまにか収まったのだ。何故か、本人にも分からなかった。

 

彼は、少女に感謝を示した。特に気にしていなかった彼女だが、それでも13号は何か出来ないかと思った。ここまでしようと思うとは、はじめて他人に興味を覚えたとは、彼自身も知らぬ事実である。

 

だからこそ、少女の名を聞いた。

純粋無垢に自分を助けてくれた彼女を知りたいと、彼は思ってしまった。その問いに少女は迷うことなく、微笑みを浮かべながら答えた。

 

 

 

「……………イヴ、よろしくね」

 

 

それが、己にとって唯一無二となる存在との出会いであった。この記憶こそが彼の、■■■の始まりであると。

 

 

──────

 

 

それから時が過ぎ、二人は距離を縮めていった。時間があれば互いに過ごし、イヴが大人達から貰った本を二人で読んでいた。当初は気にしていた彼であったが、気にしないでと諭すイヴに大人しく従った。

 

本には多くの事実が載っていた。少なくとも、自分達のいる世界が、己の見ていた世界がどれだけ小さいものかを理解させられた。

 

故に、考えた。本来であれば、許されぬことを。大人達から禁じられているようなことを。

 

 

「…………ねぇ、イヴ」

 

「なに?」

 

「俺達、どうやったら外に出られるのかな。どうすれば自由になれるのかな」

 

 

ふと、そんな疑問を漏らした。

そう思ってしまうまでに、彼は世界を知ってしまった。小さな部屋の中で過ごすだけのモノではなくなったからこそ、溢れた言葉なのだ。

 

 

「…………神様、じゃないかな」

 

「そんなもの、いないよ。いたとしたら、私達を助けてくれる………から。最初からいないから、神様は助けてくれないんだよ」

 

 

彼の疑問に、イヴは真剣に否定した。大人達から気に入られている彼女でも、それだけの現実を認識している。だからこそ、救いなどないと理解しているのだ。

 

 

だが、しかし。

彼だけは、静かに考えていた。神様がいないなら、助けてくれるものがいないのならば─────小さな可能性を信じてしまうように、ポツリと呟く。

 

己にとって、何より重要な答えを─────

 

 

 

「……………神様に、なれば─────」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

黒の中で、光が走る。

周囲の暗闇に僅かに浮いた漆黒の機体 シュヴァルツェア・レーゲンが低空飛行で駆け抜けていく。ISを纏うラウラの真後ろから、伸びた黒い触手が殺到する。

 

 

振り返ったラウラが肩に連結した大型リボルバーカノンを装填し、砲撃を行う。迫ってきた触手に着弾した砲弾は一瞬にして触手を粉々に消し飛ばすが、他の触手が爆煙を掻い潜り、ラウラを狙い続けていた。

 

 

「────ちょこまかと良く動く。まるで羽虫だな」

 

 

黒い海の、この空間の支配者が彼女を嘲り笑う。イヴと名乗っていたモノ、国連の開発した生体兵器 『ラグナ・デバイス』。世界を裏から支配したつもりでいる者達の支配から解き放たれた人の姿をした怪物が、そこにいる青年を体現するものであった。

 

 

「飛び回る羽虫の気分も十分だろう─────今度は叩き落とされる感覚も味わってみるがいい」

 

 

イヴ、いや『ラグナ』の足元の海が脈動する。彼の意識を感じ取った無数の細胞が結合を行い、金属並みの強度を瞬時に引き出す。

 

 

触手から逃げるように飛空するラウラを待ち構えていたが如く、ラグナ・セルで構成された黒い顎が大きく開く。海中から獲物を食らおうとするサメのような攻撃に、ラウラは肩部のリボルバーカノンの一撃を叩き込んだ。

 

 

爆発と共に削り取られた黒い海に大穴が開いている。しかしすぐに、ラグナ・セルが増殖と分裂を繰り返し、開けられた穴を塞ぎ込む。

 

 

(やはりこれでは意味がない!狙うべきは本体────)

 

「…………そうするのは、理解できているんだが?」

 

 

最装填した大型カノンの砲撃が『ラグナ』を吹き飛ばす。厳密には、吹き飛ばされたのは彼の両腕と胴体の前面。凄まじい火力の爆撃に彼の全身が破壊されているが────瞬時に全身が修復される。

 

はぁ、とつまらなさそうに息を吐いた『ラグナ』が目を開いた次の瞬間、彼の顔が綺麗に両断された。

 

 

「─────あ?」

 

 

プラズマで形成された手刀による一撃に、彼の頭部は二つに分かれてしまう。刃の一閃を放ったラウラは深く腕に力を入れ─────両断された『ラグナ』の両眼がギョロッ! と動いた直後に飛び退いた。

 

 

ザザザザザッ!!! と、彼の身体から鋭利な刃が周囲へと炸裂する。剣山のような塊による不意打ちを何とか避けたラウラだが、自身の機体に付けられた傷を見て、僅かな舌打ちを含んだ。

 

 

「……………もうそろそろ、理解できてきた頃合いだろう?どれだけやっても、どれだけ続けても、俺を殺せないという事実に」

 

「────」

 

「コアを有してから、俺は素晴らしい全能感に満ち溢れている。数億ものラグナ・セルを同時に、並列に制御できる。お前が削り切れたのは、約数万程度のラグナ・セルに過ぎない。これだけの消耗ならば、数十人を喰らえば再び取り戻せる程度だ。

 

 

 

対して、お前のISのエネルギーは既に半分に近い。計算というものは出来るだろう?どう考えても────お前に俺は殺せない」

 

 

余裕に満ち足りた言葉。

実際に、彼はラウラを敵としてすら見ていない。殺されないという安心感、自分の方が上という全能感が、彼の心を支配し、一つの感情に染め上げていた。

 

だからこそ、彼は疑問であった。何故、ラウラが諦めないのか。彼女の瞳から戦意が消えようとすらしないのか。自身が見逃したものが答えであるとも知らず、彼は疑問をぶつけた。

 

 

「それでも、お前はまだ俺に挑むつもりか?これだけの、絶望的な状況でありながら」

 

「…………ああ、私は信じているからな」

 

「?俺に勝つことを、か?────随分とまぁ、妄想に近い夢を見ることだ。だが、それは人の言う勇敢ですらない。蛮勇にも劣る愚行だと、理解しても尚の選択かな?」

 

「フッ、お前こそ。理解しているのか?私が何を信じているのかを」

 

「………強さだろう?」

 

 

少しの前の彼女なら、当然だと頷いただろう。しかし、現在のラウラは否定した。首を横に振り、怪訝そうに眉をしかめたラグナに向けて、教えてやると言わんばかりに告げるのだった。

 

 

 

 

「─────共に並び立つ、大切な仲間だ」

 

 

ラウラが言葉を終えた瞬間のことだった。

突然、ラグナが崩れるように膝を着く。その光景は、ここに来てから彼が見せたことのない程の焦りを体現していた。しかしそれは、彼だけではなく、他のものも同じだった。

 

 

『───────ッ!!』

 

 

甲高い奇声のような不協和音が響き渡る、黒い闇の世界が蠢き始める。構築されていたラグナ・セルの結合が外れ、分離を行い始めたのだ。その様子を感じ取ったのだろう、ラグナは苦痛によって生じた汗を吹き出しながら、顔や胸を押さえ込む。指の隙間から覗く瞳を剥き出しにし、彼は問い掛けた。

 

 

「な、何を────したッ」

 

「お前のコア、時結晶を取り込んだコアを破壊したのさ。私の仲間…………いや、私の婿がな」

 

「コアを、破壊した、だとッ!?」

 

 

青ざめたラグナの言葉が途切れる。頭と喉を抑え、過呼吸になり始める青年。大量のラグナ・セルの負荷が、今になって彼に襲いかかる。その負荷を失くす為に、少量のラグナ・セルを制御してきた前とは違い、コアを取り込んだことで全能感に染まっていた彼は多くの命を奪い、ラグナ・セルを増幅させ続けてきた。

 

 

その行為が、今になって彼を追い詰める要因となる。脳を動かす限界を示す信号が頭痛を示し、その負荷が彼の頭脳を圧迫していく。胸をかきむしり、彼は自身を蝕む激痛に苛まれたまま─────フラリと、立ち上がった。

 

 

 

「なめ、やがって───俺を、誰だと思って、やがるッ」

 

「…………」

 

「俺はッ、神だぞ。世界を、人類を超越したッ、究極の存在だ─────お前らみたいな低俗な下等種族なんぞに、遅れを取るわけがないッ!!」

 

 

それは、ラウラに向けた言葉ですらなかった。おそらく自分自身に言い聞かせているのだろう。揺らぎ始めている己の自我を確固たるものへとするために。それしか、縋るものがないだろう。

 

 

かつてのラウラ・ボーデヴィッヒが絶対的な強さを、信じ続けていたように。

 

 

 

「まだだ………!俺は、まだ終わってない!もう一度地下に潜り、時結晶(タイム・クリスタル)を吸収すれば!俺はまた神に戻れるッ!」

 

「────私がそれを、赦すとでも?」

 

「………!この、木偶が!俺の邪魔をするなァ!!」

 

 

禍々しく濁った瞳を輝かせたラグナの纏う黒い闇が蠢き始める。無数の触手が弾けると共にうねり、ラウラ・ボーデヴィッヒは己の武装を展開し、前へと突き進むのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

『─────13号、イヴ。本日の実験の時間だ』

 

 

思い出すのは、ある日の記憶。白衣の大人に呼び出された13号とイヴは二人で向かっていった。当初は一人ずつの適合実験であった為、困惑していたが隠せなかった。

 

 

その二人の疑問に答えるように、白い部屋に閉じ込められた彼等に『ラグナ・コア』が取り付けられた。互いの顔を見合う二人の少年少女。彼等に対し、大人達は淡々と言葉を送った。

 

────ただし、取り付けられたのは無数のケーブルであり、その先にあるラグナ・コアは一つだけである。常に一人一つは装着されるはずなのだが………そう思っていた二人に告げられたのは、悪魔のような現実であった。

 

 

『───ラグナ・コアの適合実験の果てに一つだけ判明した。ラグナ・セルの制御を可能とするためには一人では足りないらしい。もう一人、ラグナ・セルの制御による負担を背負う個体が必要と仮定される』

 

「────」

 

『そこで、選ばれたのが君達二人だ。比較的に適合率の高い13号と、副作用の効果を受けないイヴ。君達のどちらかが「ラグナ・デバイス」となり、どちらかが負担を補う犠牲になる。それでようやく、我々の望んだ兵器が完成するというわけさ』

 

 

そうして、地獄が始まった。

どちらかがどちらかに負担を、ラグナ・セルの副作用を押し付けるか。二人分の負荷を背負うことになれば、どちらかが死ぬかもしれないと大人達は告げた。

 

閉ざされた真っ白な部屋の中で、適合実験が始まった二人は黙り込むしかなかった。互いの顔は見れない、見てしまえば精神的に追い込まれてしまう。

 

この時点で、13号の答えは決まっていた。

 

 

 

(────俺が、背負うしかない)

 

 

自分が代わりに死のうと、決心していた。イヴだけは、彼女だけは生かしたいと、彼は既に覚悟を決めていた。

 

自分に生きる理由を、存在理由を、誰も知らないもう一つの名前を与えてくれた大切な人なのだ。恩義に、彼女に報いなければいけない。

 

────自由に生きたい、そう願っていた彼女の為に、自分が命を捨てるべきだ。それが彼の、13号が意思であった。

 

 

『────フッー、フッー』

 

 

荒い呼吸が、ガスマスク越しに響く。恐怖心が、死への怯えが、彼の心を支配しようとする。それでも、決意によって何とか抑え込んだ。自分の命を捨ててでも、イヴだけは助けてみせる。人間達の為ではなく、誰よりも大切な彼女のために。

 

 

そう思っていた13号だが──────ふと、気付いた。

 

 

 

 

「…………?」

 

 

いつも続いていた副作用が、呼吸が辛くなる症状が、何故か消えていた。それどころかいつも身体が重くなるはずだが、自然と身体が軽くなっていた。

 

どういうことか戸惑っていた13号は、迷いながら辺りを見渡す。イヴの様子を確認しようとして─────

 

 

 

 

─────全身から血を噴き出して倒れたイヴを見て、思考が空白に染まった。

 

 

 

「────────なん、で?」

 

 

最初に生じたのは、困惑だった。事実を、イヴが倒れている光景を前に、疑問を溢すことしか出来なかった。どうして彼女が倒れているのか、どうして全身から血を流しているのか。それらの答えを見出すことが出来ず、思わず駆け寄ろうとする。

 

 

 

『─────成る程、十三号が生き残るとはな。少々意外な結果だ。彼の方が生への渇望が強かったのかな?』

 

 

感心するような大人の発言に、思考が深まる。どちらかが負担する、背負わせる。それはつまり、その気になれば他人に負荷を押し付けることが出来るという意味か。

 

 

「…………ち、ちがっ」

 

 

一つの可能性に、震えてしまう。脳裏に過る答えを信じたくないと、脳が拒絶しようとする。理解してしまえば、全てが覆ってしまう。己の信じたもの全てが。

 

 

だが、既に理性は受け入れていた。

イヴが死んだのは、自分のせいだと。自分が無意識に生を望んだせいで、彼女は命を失ったのだ。

 

 

 

 

「───────────ッッ!!!」

 

 

発狂した彼の足元から、闇が溢れる。無数のラグナ・セルが自我を有した影となり、激情に呼応するが如く、周囲を蝕んでいく。

 

 

────同日、彼等が望んだ『ラグナ・デバイス』はついに完成した。研究所を己の影で取り込み、そこにいた多くの生命を喰らい尽くしたことで。

 

 

 

そして、誰も知らない事実が、要因が、存在していた。一つは、この実験は外部からの細工がされていた。誰もが知らない小さな悪意が、人為的な暴走を発生させたのだ。

 

 

『────ラグナ・デバイスが暴走した!制御装置を起動させろ!』

 

『無理だ!効果がない!ラグナ・デバイスの機能停止が応じない!これは、どういうことだ!?』

 

『言っている場合か!早く避難をしろ!巻き込まれるぞ!』

 

 

そして、もう一つ。発狂と共に正気を失った『ラグナ・デバイス』は全てを飲み込もうとしたのだ。実験動物として、人間以下として扱われてきた自分達の恨みが、『ラグナ・セル』に伝播したのか。

 

黒い影が襲ったのは、研究所の職員や属していた兵士だけであり、同日には軟禁された非検体達には手が出されなかった。

 

 

『あばっ!? ああああああ ッ!!痛い、痛い痛い痛い!!』

 

『いやだ!いやだぁ!!誰か、誰か助け─────っ!!』

 

 

黒い影は、生命を吸い続けた。

己の細胞を分裂させるためにラグナ・セルが彼等に向けた行為は原始的なもの─────補食であった。

 

人体を喰らい、取り込む。一部をひきちぎり、飲み込む。生きたままラグナ・セルへと変化させ、同化する。そうして、ラグナ・デバイスは多くの生命を喰らい尽くした。

 

 

「────こんな」

 

 

補食行為、細胞を取り込む度に、『彼』は冷静になり始めた。あらゆる知識が、あらゆる情報が、彼の中へと伝わってくる。

 

目の前で死に行く大人達を見た彼は、言葉を呟く。乗せられた意味と、彼が抱いた感情は、濁りきったものであった。

 

 

 

「こんな、脆弱な生き物が───俺達より、上だと?」

 

 

────失望。

自分達より格上だと、生命を捧げて奉仕するべきと宣った奴等の最後。それは自分達が作り出し、実験動物と見下していた人間以下に適応した細胞によってアッサリと殺されていく始末だ。

 

 

「こんな奴等の為に、俺達の命は消耗されるのか」

 

 

人間のために生きて、人間のために死ね。大人達が長年口にしてきた教えだ。それを信じていた者は何人も、何十にもいたはずだ。しかし、同族達は知らないのだろう。

 

 

───人間なんて救う価値がない、自分達よりも欠陥の多い、劣等種であると。

 

 

 

「─────ならば、俺が支配してやる。こんなことしか出来ぬ、無意味で愚かな生き物どもを」

 

 

多くの生命を殺し、喰らった彼の自我は純粋な悪意に支配されていた。自由になりたい、そう願ったからこそ憧れた神という存在を、彼は下等種族の支配という形にすげ替えてしまった。

 

本人に、その自覚はない。ラグナ・デバイスによる精神汚染を受けた彼は己の不義すら疑わず、自分達以外の人間を嫌悪し、怨嗟するモノであった。

 

 

「俺が、いや────俺達が」

 

 

足元にあった亡骸を抱き抱え、彼は呟く。一瞬だけ迷いを見せたのも束の間、彼は少女の亡骸を闇に飲み込み、同化した。大切に思っていた少女を己の一部へと変換し、彼女から手渡されたガスマスクを拾い上げ、口元へと嵌め込んだ。

 

 

そして────彼は『イヴ』となった。

今は顔を忘れた少女の名前だけは忘れぬように、人類への怨嗟と逆襲を刻み込む為に。闇社会に潜み、いずれ神となる時を待ち続けた。人間達に自分達の怒りを教える、それだけのために。

 

 

……………なのに、何故なのか。

 

 

記憶の中にいる彼女は、どうして笑ってくれないのか。自分は、人間に利用される作られた非人間達を救おうとしているのに。

 

何故、いつも自分の手を引こうとするのか。自分を憎んでいるのか、生き残るために無意識に命を奪った自分を、恨んでいるのか。

 

何故─────哀しそうな顔で、此方を見るのか。

 

 

 

何故、何故、何故──────どれだけ考えても、分からなかった。何故、彼女は──────何故、自分は、

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「─────何故だッ!?」

 

 

否定するように、叫ぶ。彼の顔には先程まであった余裕は微塵もない。砲撃により腕が吹き飛ばされ、電子の刃によって喉が貫かれる。それでも、ラグナは無数の細胞で傷を塞ぎ、腕や足を戻していく。

 

明らかに押されていた。制御効果内を越えたラグナ・セルによりオーバーヒートした彼の自我は、即座に思考を立て直す。過剰なオーバーヒートによる激痛の中、己の再生と攻撃にラグナ・セルを転用する。

 

自分の目の前の敵は、ラウラ・ボーデヴィッヒは全力を出せてはいない。既にISのエネルギーも半分を切っており、装甲も損傷が目立っている。

 

 

なのに、なのに。

 

 

「何故まだ戦える!?何故ここまで追い込まれる!?ISなんてモノを纏っただけの同族に!俺が!神となったはずのこの俺が!!」

 

 

シュヴァルツェア・レーゲンとラウラ・ボーデヴィッヒ。自分よりも格下であるはずの存在が、未だ自分に食らいついていた。強い決意の衰えぬ視線に、萎縮し、無意識に気圧されていた。

 

 

しかし、ラグナが追い込まれている要因は、それだけではない。

 

 

(───ク、ソッ───息が───苦しっ)

 

 

脳に及ぶ熱と頭痛、そして副作用であったはずの過呼吸状態。大量のラグナ・セルの制御を行ったことで、彼の状態は酷い悪化を辿っていた。

 

新鮮な空気を求めるように呻くか細い声が漏れる。ふと、ガスマスクの存在を思い出し、縋るように必死に求めた。しかし、覚醒した余韻に満ちていた自身が捨てたことを、同時に思い出してしまう。

 

 

絶望と後悔、殺意と憎悪────様々な感情が渦巻く中、一つの声が耳元で囁いた気がした。

 

 

─────力が欲しいか、と

 

 

 

 

 

 

(────まだエネルギーは残っている!これだけなら、奴を倒すことも難しくはない!)

 

 

ISのシールド残量を確認したラウラは、周囲から迫る黒い闇を打ち払い、切り捨てながら前を見据える。

 

全身を抱き締めるように悶えるラグナ。激痛に苦しむような彼に、ラウラの心に迷いがないといえば嘘であった。しかし、躊躇はできない。彼のことを案じるのであれば、動きを止めることが先決である。

 

 

だが。

目の前で、ラウラの視線の先で、ラグナが大きな変化を示した。

 

ズズズ、と周囲の世界と同化していた黒い闇が、彼の方へと集まっていく。全身を抱き抱えていたラグナを包み込むように、ラグナ・セルが収束していき、ついには彼の身体を包む繭へと様変わりしていた。

 

 

そして─────黒い闇のヴェールを払い、ラグナが姿を現した。

 

全身に影を纏ったその姿形は異形の者へと変貌している。流体となったラグナ・セルが体表を流れ、生きた鎧を構築したラグナは頭部の隙間から瞳を覗かせ、影に浮かび上がる無数の眼光と共にラウラを睨んだ。

 

 

「…………随分、変わったな」

 

『───それもこれも、お前等のせいでな』

 

 

だが、もうどうでもいい、と彼は吐き捨てる。濁りきった憎悪を眼に宿し、ラグナは宣言した。

 

 

『お前を、お前だけは俺の手で殺す。そして、俺は再び神に返り咲く』

 

 

最早、理性など関係ない。神という妄執に凝り固まった人形には、何も見えていない。己が求めた、人類を支配する神という目標以外は。

 

 

無数のラグナ・セルを自分自身に収束させた異形が、一歩踏み込む。それだけで、影の鎧が弾ける。暴発するような勢いで、『ラグナ・セル』で構成された刃が辺り一帯を全て切り裂いていく。

 

 

『────殺す、殺す……殺ス、殺───殺す』

 

 

殺意の塊、全ての攻撃に殺すという意思だけが乗せられている。あの異形の中には、それ以外の思考はない。激痛と苦痛の狭間にある彼の意識が、磨耗しているからである。

 

 

「─────ッ!」

 

 

刃の雨を掻い潜ったラウラが、レールカノンの砲撃を撃ち込んだ。熱と威力を伴った一撃は、流体の鎧を壊すには至らない。────常に流れていく装甲が、修復を繰り返すため、効果が無いように見えるのだ。

 

 

「っ!ならば────」

 

 

プラズマの手刀を展開し、近距離へと縮めるラウラ。縦横無尽に迫る触手の刃を潜り、斬り伏せながら、前へと進み、ラグナを鎧ごと貫いた。

 

しかし、肝心の感覚がない。ラグナ本体に届いた手応えがないことに気付き、咄嗟に腕を退こうとするが────

 

 

 

『─────ラウラァァアアアアアアアッ!!!』

 

 

鎧が弾け、影が殺到する。鎧に中身はなかった。いつの間にか、中身は影の中へと溶け込んでいたのだろう。まんまと攻撃を放ったラウラは偽物の影の不意打ちにより、左側の顔に斬撃を浴びる。

 

 

「くうッ!?」

 

 

呻いた彼女の四肢を、影が縛り上げる。簡単な拘束では抜け出せぬほどの力を込めながら、足元の影から姿を見せた本体が、獣のような形容のまま、歩み寄る。

 

 

『殺す、コロス───殺ス、殺スゥゥゥゥゥゥ!!』

 

 

正気ではない言葉を口走りながら、止めを差そうとするラグナ。目の前に迫る黒い刃の獣を前に────ラウラは不敵に笑った。

 

 

「─────ようやく姿を見せたか」

 

 

直後、彼女は肩部のレールカノンの照準をラグナへと向ける。至近距離、避けることなど出来ぬ距離からの砲撃。

 

しかし、それではダメだ。ラグナの纏う鎧は流体金属のように、強固なものとなっている。至近距離の砲撃であろうと、一撃で倒すことは出来ない。

 

そんな懸念を他所に、彼の鎧に変化が起きた。

 

 

ガチガチ、と砲撃が直撃する部分の影が動きを止めたのだ。固形物のように停止するラグナ・セルは硬化することも出来ず、流れを止めてしまう。

 

 

「さっきのは感謝する─────お陰で眼帯を取る手間が省けた」

 

 

先程の攻撃で眼帯を失った金色の左目を輝かせるラウラ。ISのセンサーの機能を上昇させる左目が展開されたことで、彼女の持つAICが高性能なものとなり、細胞単位まで停止を強制させることが出来る。

 

 

そして─────流体を止めた部分目掛けて、レールカノンの砲撃が直撃した。ラグナ・セル焦がし、それは内側にいたラグナと同化していたコアにヒビを入れた。

 

 

────────ッッ!!

 

 

悲鳴のような音と共に、ラグナ・セルが消滅していく。鎧となって全身を覆っていた影から引き剥がされ、吹き飛ばされた青年は─────自分に叩き込まれた衝撃により、意識を断絶されたのだった。

 

彼が倒れた直後に、公国の領域に広がっていた黒い海、ラグナ・セルの集合体が消失していく。それは、公国で引き起こされた大規模なテロの終焉を示す合図となり、一帯にいた人々に知らされることとなった。

 




次回でこの章は終わりとなります。


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第63話 得られたもの

「……………」

 

 

パチリ、と彼は目を覚ました。覚醒は何処か重苦しいものではなく、あっさりとしたものだった。倒れ伏したままの状態で首を動かした彼は、すぐ近くにいた人物に気付いた。

 

 

「────何故、殺さない」

 

「………殺しては聴取も出来ないだろう」

 

「ふんッ、殺さなかったことを後悔する────ガハッ!ゴホッ!」

 

 

深く咳き込んで、吐血する青年。過呼吸に呻き苦しむ彼の手には、ガスマスクが添えられていた。口元に装着し、呼吸を整えた彼を見下ろした一人、龍夜がラウラに呟きかける。

 

 

「…………奴はもう助からない。どれだけ処置をしようとも────」

 

 

ラグナ・デバイスとして無理を通してきた代償だろう。多くの生命を取り込んでいたが、コアにヒビを入れられたことで取り込んだ細胞の多くを失い、自己修復すら出来ずにいる。

 

力に取り付き、執着し続けた結果がこれだ。兵器という役割から解放されることなく、衰弱して死に果てる。それはどう足掻こうとも覆らない、この場にいる誰もが理解していた。

 

 

「────分かってたさ、ずっと。俺は、俺達は長くは生きられない。最初から、そんな風に作られてたからだ」

 

「…………」

 

「だから俺は、生命を奪い続けてきた。俺達を利用し続けてきた人間に復讐する────その大義名分の為に、俺は全てを奪った。大切な、親友の命も、名前すらも」

 

 

希薄となる記憶を忘れぬ為に、彼女の身体も取り込み、その名前も引き継いだ。残された彼はイヴとなり、闇社会の影で過ごし続けてきた。影から光を見る度に、彼の心に翳りが射し、ついには人類という種族への憎悪と侮蔑が渦巻き始めた。

 

そして、あろうことか同族すら自分と同じところに引きずり込もうとした。

 

 

「だが、始まりの死は俺が奪ったものではなかった。彼女は、自分から死を背負ったんだ。────他ならぬ、俺を生かす為だけに」

 

 

どうして彼女が、イヴがそんなことをしたのか。答えは未だ分からない。けど、彼女自身の意志があっての行動だというのはよく分かる。それを、自分は己の恐怖が死に追いやったものだと誤解してしまった。

 

彼女がずっと、自分の手を引いていたのも、狂っていく自分を止めようとしていたのだろう。今になって、気付かされた。己の未熟さ、無知さに呆れが宿る。

 

 

「─────イヴはただ、俺の願いを叶えたかっただけなのに」

 

 

黙って聞いていた龍夜は何も言わなかった。実際に無関係な自分には一々口を挟む道理はない。神妙に聞いているラウラの隣にいた彼だが、突然後ろから声をかけられた。

 

 

「龍夜さん!」

 

「セシリア、迷惑をかけたな。それに…………更識会長か」

 

 

フワリと降り立ったセシリアに言葉を掛ける龍夜。ポカンとしたのも束の間、少し嬉しそうに余裕の振る舞いを見せる彼女を尻目に、龍夜は続けて着地してきた楯無を見るや否や露骨に言葉を詰まらせる。

 

 

「あら、随分冷たいのね。セシリアちゃんみたいに心配してくれないの?」

 

「────アンタが簡単に怪我をするほど、か弱くは見えないんでね」

 

「フフッ、信じてくれて嬉しい♪ けどね、女の子はか弱いんだから心配も必要よ?」

 

「どの口で…………まぁ、覚えてはおきますよ」

 

 

呆れたように言う龍夜だったが、対面した楯無はそんな彼の振る舞いに少し驚いたような表情であった。少しして切り替えた楯無はフフン、と面白そうに笑う。

 

あ? と顔をしかめる龍夜だが、そこまで強く彼女に食いかかる気は無いらしい。どうせ煙に巻かれるのがオチだと、諦めたように無視した彼は、もう一人の姿を捉えた。

 

 

「………まさかアンタまでいるとはな、どういう心変わりだ」

 

「────奴等への報復の為だ、誤解はするなよ」

 

「ふん、そういうことにしといてやる」

 

 

素直ではないエイツーに対し、龍夜はどうでも良さそうに答える。そんな風に興味を失くしていた龍夜だが、ふと思い出したように話を繰り出した。

 

 

「そう言えば、相手はどうした?」

 

「………レギエルの事か、奴は撤退した」

 

「撤退した?わざわざ敵を逃がしたってのか」

 

「それがね、彼『やることがあるから』って一瞬で逃げたのよ。レッド君も途中で何処かに向かっちゃうし、この国にはいないんじゃないのかしら?」

 

 

 

 

「────レギエル………? ああ、思い出した。お前が、蒼青龍夜か」

 

 

軽い情報交換の話に、倒れ伏した青年 イヴが呟く。唐突に自分の名前が会話に出たことを驚きながら視線を向ける龍夜。

 

しかし、彼の険しい表情はイヴが発した言葉によって更に険しくなる。

 

 

 

「蒼青龍夜、お前は、レギエルの何だ………?」

 

「…………あ?」

 

「奴は、お前を────必要としていた。それだけでは、ない。お前を殺すことだけは、絶対に許さない、とも言っていた」

 

 

全員の視線が龍夜に向けられるが、彼は純粋に困惑していた。レギエルという何者かが、何故そこまで自分に固執しているのか分からない。彼の語るレギエルの固執は、単に利用しようと企んでいるのではなく、本当に殺されてはいけないという強い意思まで感じる。

 

 

「どういうことだ………お前は何を知っている!?」

 

「…………レギエルが、お前を気に掛ける理由は……しらん。だが、奴が何者かで、奴の計画は知っている。俺は、奴の直属だったからな。────恐らく、お前を気に掛ける理由は、奴の正体と起因している、だろう」

 

 

動揺のあまり、首元に聖剣の剣先を突きつける龍夜。剣先を肌に当てられながら、イヴは僅かに乱れた呼吸を整えながら答える。その話を聞いた瞬間、龍夜はイヴの胸ぐらを掴み、自身の顔を引き寄せ、彼の両目を睨み付けた。

 

 

「────答えろ、全てを。奴の正体とやらを、俺を必要とする理由を」

 

「言われる、までもない………どうせ、死ぬんだ。奴の思い通りには、させない」

 

 

掴む龍夜の腕を掴み返し、起き上がったイヴは深呼吸すると共に、口を開く。

 

 

 

「…………レギエルは、このじ─────」

 

 

 

 

次の瞬間。彼等の足元の地面が勢いよく弾けた。爆発のような勢いに晒された全員だが、瞬時に対応したことで怪我一つもなく済んだ。

 

そして、地面を突き破り現れた存在を前にする。

 

 

『────』

 

「サマエルっ!」

 

 

突然現れた大型の機械蛇に戸惑いながらも臨戦態勢に入る一同。しかし、すぐに気付いた。倒れていたイヴがサマエルの口に咥えられていることを。

 

 

「くっ!仲間を連れ戻しに来ましたのね!」

 

「……………」

 

 

セシリアの言う通りかと思っていた龍夜だが、即座に感じ取った違和感から違うのではないかと考える。力なく項垂れるイヴを咥えたサマエルに、彼への配慮は見えない。連れて帰るのとは、別の意図が見えてはならない。

 

 

そして、不安に近い考えは正しかった。

 

 

 

バグンッ!! 、と。

口を開いたサマエルが、数秒の間宙に浮いたイヴへと食らいつく。上下左右に開いた口で飲み込んだのだ。

 

 

 

「─────なッ!?」

 

 

サマエルの捕食機能を知らなかった龍夜とラウラが絶句する。大口で噛みついた機械蛇は、バキッ! バキッ!と口の中で咀嚼していた。はみ出ていた青年の腕も砕きながら、彼の宿す力ごと飲み込んだ。

 

咀嚼を終えたサマエルの全身に、黒い紋様が浮かび上がる。ラグナ・デバイスという生体兵器であったイヴを取り込んだことで、サマエルは彼の能力すらも取り込んでしまったのだ。

 

冷えついた空気が浸透する中、突如として拍手が響き渡った。その相手を見た瞬間、全員が気を引き締める。

 

 

「────レギエルっ!」

 

「まずは感謝するよ、彼を殺さないでくれたことを。お陰で彼の力も回収することが出来た」

 

 

顔をフードで隠した黒髪の青年。これだけの戦力の差など気にしていないような余裕に満ちており、言葉の節には緊張すら存在していない。

 

 

「…………最初から、あいつ(イヴ)を切り捨てることが目的だったのか」

 

「いや、元々は彼がラグナ・デバイスとして完全体になってから狙うつもりだったさ。その方が奪える能力の性能も高いから。だがまぁ、弱体化してもあの再生能力はピカ一だ。捨ておくには惜しい」

 

 

臨戦態勢を崩すことなく、今にでも動き出そうとしそうな一同に、レギエルは面倒そうに肩を竦めながら、制止した。

 

 

「────生憎、もうやるつもりはないさ。これで目的は果たしたからな」

 

「…………だからと言って、納得すると思うのか。この俺が」

 

「──────そんなの、よく分かってるっての」

 

 

低い声の龍夜の問いに、レギエルは小さな声で答えた。懐かしむようなその言い分を耳にした龍夜が思わず「………何?」と眼を細める。

 

その内容と意図に意識が逸れた結果、サマエルが転移の力を行使したことに反応が遅れる。

 

 

 

「今回は大人しく退いたげるよ。アンタ等の勝ちも譲るし、それで満足してくれよ。…………ただ、ね」

 

 

────最後に笑うのは、この俺だ

 

 

 

宣言と共に、レギエルはサマエルと共に姿を消した。こうして、公国を中心として起きた争いは幕を下ろした。多くの謎と疑問、やりきれぬ気持ちを刻む形で。

 

 

 

◇◆◇

 

 

それから翌日。

ルクーゼンブルク公国で起きた大規模テロ事件はテロリストの撃退により終幕を迎えた。そのことで第一王子(アーク)が声明を公表し、国連に色々と訴えてきたらしいが、今はどうでも良い話だ。

 

公国に訪れていた龍夜達IS学園の一同は、当日に帰国することになった。戦場となった公国の復興作業で忙しくなるらしく、IS学園でも色々と動きがあるため、即急に戻ってくるようにとの指示があったのだ。

 

 

 

「……………だるっ」

 

 

自室の机の前にある原稿を前に、龍夜は呻くしかなかった。先日の一件で無駄出撃を行ったことで千冬から説教と懲罰を与えられたのだ。

 

半時間もの正座からの説教が終わったかと思えば、反省文の提出だ。命令違反のことは反省しているが、それはそれで文句は吐き捨てる。途中、鬼教官だの呂布だのと愚痴ろうとしたが、ニュータイプのように感知されるだろうから自制した。

 

心底疲れたと言わんばかりに溜め息を漏らす龍夜。そこまで面倒そうにしているのは、目の前にある難題(だるい)だけではなかった。

 

 

 

「─────何やら苦戦してるみたいだな、龍夜。手を貸すか?」

 

「…………勝手に部屋に入ってくるな」

 

 

堂々とした立ち振舞いで、自室に立ち入ってくる部屋着のラウラに頭を抱える。最近、というより部屋に入ってくることが多い。今はまだ普通に応対するだけなのでマシな方だ。当初は全裸で布団の中に入ってきたくらいだから。

 

 

「一応聞くが、どうやって俺の部屋に入ってきた? ピッキングしたワケじゃないだろうな?」

 

「ふっ、私を侮って貰っては困る。私は教官や大佐から手解きされてるんだ。解錠などせずとも、潜入や隠密など造作にもない」

 

「────今度勝手に入ったら自作のブザーを付ける。お前が誰よりも恐れる教官とやらに繋がる奴を」

 

 

凍りついたように真っ青になるラウラ。よほど効いたのだろう、今後は気を付けることを期待する。呆れながら机に向き合おうとしていた龍夜だったが、反省文を書くのは後回しにすることにした。

 

ふと、龍夜の部屋───発明品や部品が散らばった工作用の机やベッドを見渡していたラウラが、あるものを見つけてすぐに声を漏らす。

 

 

「………?これは何だ?」

 

「────アーク第一王子から、帰り際に貰ったものだ。俺に託す、って言われてな」

 

 

半透明な素材で構成された四方体のアイテム。持ち手を握り、龍夜は少し観察しながら口を開いた。

 

 

「─────『プロトコルデータキー・ヘルズ』。つまりこれは、特殊な電子回路を有した鍵だ」

 

「鍵?一体何の…………」

 

「ネットワークシステム・ユグドラシルに使う鍵だ。さっき調べてそれが判明した」

 

「ユグドラシルだとっ!?」

 

 

流石のラウラも驚きを隠せなかった。当然だ。何せユグドラシルと名を冠するものは、この世界で一つしかない。太平洋の中心部に位置するエリアを占拠する巨大な塔。宇宙にまで届くとされているそれは、第三次世界大戦以降から八神博士の開発した無人兵器を操り続けてきた。

 

そして、今も謎のネットワークを形成し続けている。かつては国連もユグドラシルに乗り込もうと大規模部隊による侵攻を行ったが、未だユグドラシルを守護する無人兵器によってそれは防がれている。

 

故に、ユグドラシルは立ち入りすら許されぬ禁足地に指定された。そこは人が訪れて良い場所ではない、と。人類が立ち入りにはまだ早い地獄として。

 

 

「ユグドラシルの扉を開く鍵。あと二つ存在しているのは分かっている。誰が持っているのかは知らないが、俺はそれよりも気になっていることがある」

 

「………気になっていること?」

 

「────何故、八神博士とやらはこんなものを俺に託すように残したのか。何故、エクスカリバーを造ったのか。少なくとも、世界を敵に回した凶悪な犯罪者とは思えない」

 

 

それだけではない。国連がアナグラムを恐れ、慎重かつ確実に殲滅しようとするほどの秘密、それは何なのか。これは予感だが、きっとこれらの問題は全て繋がっていると思う。今世界で起きている事件や多くの勢力の大半は、十年前の出来事に起因しているはずだ。

 

 

「何も知らない訳にはいかない。どうせテロリストどもとやり合うのは決定事項だ。その為にも、奴等が知っている世界を揺るがす真実とやらを知っておく必要があるだろ」

 

「………だが、どうする気だ?そのもの、簡単に調べられるものでも無いだろう。知るとなれば、国連ぐらいしか無いと思うぞ」

 

「────そんなことしなくても、当事者達に聞けばいい」

 

 

織斑千冬と時雨理事長、あの二人は間違いなく十年前の大戦を経験している。彼等なら知っているはずだ。迷うことなく立ち上がった龍夜は、ラウラと共に彼等の元へと向かうのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「────そんな馬鹿なッ!」

 

 

パリィン! 、と机の上に並べてあった貴重品が音を響かせて割れた。高級な装飾で彩られた室内で、一人の女性が憤りに震えている。

 

名を、イーヴェル・ハンプシャー。アメリカでエレクトロニクス機社の次に影響力の強い会社を経営している敏腕女性社長である。表では女性権利団体の幹部として動き、世界中の女性の権利を守るために活動している。

 

そんな彼女には、もう一つの裏の顔があった。亡国機業、彼女はその組織に所属しているのだ。無論、実行部隊などではなく、指示や命令を下す幹部会の一員である。当然、これはあくまでも裏の顔であり、世間にも明かせる訳がない話だ。

 

────彼女が憤る理由は、目の前にあるテレビの映像にあった。

 

 

『────ルクーゼンブルク公国の襲撃事件の国連の見解が判明しました。襲撃犯は不明ですが、この組織には女性権利団体が絡んでいるという証拠が提示され、国連は少し前にテロリストの関係者と思われる者達の国際指名手配を始めました。関係者の大半は、多くの企業の重役であったりすることから、この事件は女性権利団体の信頼を揺るがせることになるとの事です………』

 

 

どういうわけか、自分達の存在が国連の議員に漏れた。そして、議員達はその情報を明言し、指名手配を行いだしたのだ。勿論、指名手配された内の一人に、彼女の名前があった。

 

 

「…………クソッ!どうして!どうしてこんなことに!?」

 

 

まもなく、自分を捕らえようと警察が動き出す。テロに関与した責任を取らされるだろう。その結果、全てを失ってしまう。この会社も、権力も、全てを。

 

急いで逃げ出そうと、準備を始める。慌てて高級品をバッグに詰め込もうと動くイーヴェルであったが、突如机の上にあったパソコンが起動した。

 

 

 

『─────どうして?それは貴方がミスを犯したからだ。3代目ハンプシャー』

 

「フェイス………っ!?」

 

 

通信を介して現れたのは、亡国機業の実動部隊隊長である男だ。模様も凹凸もない、冷たい金属の仮面で顔を覆ったその男を前に、イーヴェルは思わず動きを止めて硬直する。

 

 

「………ミスを犯したとは、どういう意味かしら?」

 

『貴方達の必要価値が失くなった。余計な命令さえしなければ、まだ生かしておけたんだがな』

 

「余計な、命令ですって?」

 

『織斑一夏と蒼青龍夜の抹殺だ』

 

 

瞬間、イーヴェルは怒りのままに怒鳴った。経営者としてでも、幹部としてでもなく、一人の女性────女尊男卑という社会に染まった者として。

 

 

「それは、当然のことでしょう!?男がISを操縦出来るなんて、そんなことがあっていいはずがない!私達や偉大なる先人達が築き上げてきたこの社会が揺らいでしまう!」

 

『……………』

 

「貴方は知らないでしょうけど!彼等が活躍する度に、世界中で男達が希望を持ち始めている!同胞達も不安に怯えているわ!野蛮な男にISなんて持たせたくない、と!我々はずっとか弱い女性達の要望に応えてきた!だからこそ!今回もそれに応えるだけよ!」

 

『────笑わせる、単に奴等が気に食わないだけだろう』

 

 

フェイスの嘲笑に、イーヴェルの中で血が熱を帯びた。沸騰するような怒りの中で、フェイスの嘲りは続く。

 

 

『やはり、指揮系統と実動部隊を分けたのは間違いだな。指揮系統は立場に依存してまう。オマケに、本来の役目も忘れてしまうとは、早めに切っておいて良かった』

 

「………何を言っているの!?貴方は!」

 

『忘れていようが関係ない、本来の役目を果たして貰おう。三代目ハンプシャー。貴方の資産を全て回収する』

 

 

一瞬立ち眩みしたイーヴェルだが、すぐに鬼のような形相となり、パソコンに掴みかかる。

 

 

「ふざけないで頂戴!一体何の権限でそんなことが出来るというの!?」

 

『全ての幹部会は今回の件で失墜する。だからこそ、この組織の指揮権は私に譲渡される。それ故の選択だ』

 

「こっ、これは陰謀よ!組織を掌握しようとする、貴方のクーデターに違いないわ!」

 

『それは違う。情報を漏らしたのは実動部隊の末端だ。まさかあんなに簡単に口を割るとは思いもしなかったさ、私も』

 

「惚けるな!お前がそんなミスをするわけない!どうせ私達の情報を握らせて、喋らせるように仕向けたんでしょう!?」

 

『─────流石は三代目。先代よりも無能かと思っていたが、追い詰められれば少しはやるようだな』

 

 

素直に白状するのと同じであった。フェイスは何一つ気にしてすらいないだろう。淡々と、冷徹に言葉を口にした。絶句していたイーヴェルは歯軋りするや否や、目の前の裏切り者を睨んだ。

 

 

「亡国機業は、私達の組織だ!お前みたいな裏切り者が、私用していいものではない!」

 

『────二つ、間違いを正そう』

 

 

激昂して吼えるイーヴェルに対し、フェイスは指摘するように指を立てる。二本の指を一つずつ曲げながら、話す。

 

 

『一つ、私用していた私ではなく、貴方達の方だ。そして、一つ。

 

 

 

 

 

 

─────この組織は最初から私のものだ。貴様らのものですらない』

 

 

直後、彼女の喉に光の軌跡が走った。

怒声を響かせようとしたイーヴェルは、自分の口からか細い呼吸が漏れる。言葉が出ない代わりに、喉から溢れる生温かい感触に手で触れる。喉を押さえるように、両手で塞ごうとした。

 

しかし、そんな彼女の背中に追い討ちをかけるように、銃弾が打ち込まれた。何発もの銃弾に背中を撃ち抜かれたイーヴェルは崩れ落ち────そのまま生き絶えた。

 

 

『────良くやった。M(エム)

 

「……………」

 

 

冷徹な言葉を受け、暗闇から影が前に出てきた。フードを被った小柄な少女らしき人物。彼女は血に濡れたナイフを振り払い、近くにあったカーテンで血を拭き取る。

 

 

「………一体いつまで、私はこんなことをすればいいんだ。フェイス」

 

『そうだな。確かに、もうそろそろ頃合いか』

 

 

自身を呼び捨てにする部下である少女 エヌに対して、フェイスは気にする素振りする見せない。突如、パソコンにデータが浮かび上がる。

 

 

『新たな任務だ。エム。イギリスで開発された新型のIS、その強奪を行え。回収した機体は報酬としてくれてやる』

 

「…………ようやくか、待っていた」

 

『基地にはエヌを向かわせる。奴と共に強奪した機体で帰還しろ。その後に、お前の願いを叶える機会を与えてやる』

 

 

そうして、通信は途絶えた。一人残されたエムは喜びを噛み締めながら、その部屋から立ち去っていくのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「────目的は全て達成された。組織の掌握、そして」

 

 

自身の部屋にいたフェイスは立ち上がり、白い壁を透過させる。そして、壁の向こうに広がる光景をただ静かに見据えた。

 

今も淡い光を灯す結晶。小さい十センチ程のサイズもあれば、三メートル規模のサイズのものも鎮座している。複数の装置に取り付けられ、損傷を付けぬように保護されているそれらの結晶体は─────十個以上存在していた。

 

 

「ルクーゼンブルク公国から奪取した時結晶(タイム・クリスタル)。これだけあるとは、壮観だな」

 

 

時結晶を見下ろしたフェイスは、少々感慨深そうであった。ほんの少しだけ感情を宿した仮面の男だが、すぐに無機質な表面を纏う。

 

これだけの時結晶、ISコアへと利用することも容易いが、忘れてはならない。価値のあるものは、常に自分が扱うだけではダメなのだ。時を見て、相手に使わせることも大事であると。

 

彼は、フェイスは良く熟知していた。そうやって全てを利用してきた。だからこそ彼は、この組織を支配するまでに至ったのだ。

 

 

「─────国連と倉持技研、私のために役に立ってくれよ?」

 

 

そして今も。自分以外の全てを利用するために、フェイスは暗躍し続ける。己が目的を、宿願を果たすために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次章予告



────第3章 episode3


「……………今こそ明かそう。世界の真実、人類の愚かさが引き起こした、我々の罪を」


『アポカリプス・メモリー』編、開幕


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第三章 episode3 アポカリプス・メモリー
第64話 特訓


新章突入です。わりと短めですよ…………スランプとかじゃないんすよ、ただどう書けば良いか分かんなくて、書き直したりしてたんで…………


「…………」

 

「…………」

 

 

休日の昼前。学園の外の町にある喫茶店で、一夏と箒は隣に座っていた。山田先生によりここで待機して欲しい、そう言われた二人は指定された時間まで待っているのだ。

 

 

本来であれば少なからず口数はある二人だが、今は異様な程に静かな空気である。

 

理由は、二人が落ち込んでいることに起因している。数日前に起きた未確認のISによる駅前広場襲撃事件。大勢の人々が殺され、生存者も数名という悲惨な事件に、二人の親友にして幼馴染みである海里暁(かいりあかつき)が巻き込まれ、死亡したのだ。

 

彼の死は、一夏と箒の心に陰りを落とすには充分なものだった。身近にあった親友の死は、そう簡単には乗り越えられないのだ。

 

 

特に、一夏が受けたダメージが一番大きかった。ずっと前から、彼は何も出来なかった。

 

福音奪還作戦でも、自分のせいで龍夜が暴走してしまい、箒にも迷惑をかけた。

 

ヴァルサキスの件でも、友を救いたいというシエルの願いを果たせず、彼女の目の前で友を奪われる醜態を晒した。果てに親友の死を受け、一夏は今までにない程に落ち込んでいた。

 

 

そんな一夏を慰めようとする箒だが、言葉が出せずにいた。生半可な慰めではダメだと理解しているからでもあり、彼女も自身も負い目を感じていたからだ。

 

彼の想いに、少しでも向き合えば良かったと。胸に抱く後悔が消えることはない。

 

 

 

そんな空気は、後に現れる相手が来るまで続いた。

 

 

 

「────やぁ、待たせたね。二人とも」

 

 

そう言って、一夏と箒の机の反対側に座ったのは、時雨理事長であった。いつものような理事長らしき制服ではなく、ラフな私服を着込んだ少年は座席に着くや否や、笑顔で応えながら近くのメニューを手に取った。

 

 

「何か注文したいものはあるかな?僕はこのアイスフロートをいただくつもりだけど」

 

「…………俺は、コーヒーで大丈夫です」

 

「………私はココアで」

 

「フム、分かった。そうさせて貰うよ。…………支払いに関しては安心してくれ。ここは僕が奢るよ、仮にも呼び出した側だしね」

 

 

半ば元気のない二人に、調子を崩すことなく時雨は困ったように笑う。一夏達よりも子供であるはずの少年は大人びた雰囲気を保っていた。

 

そして、店員の女性が持ってきた各々の飲み物が来た頃合いになり、ようやく時雨が沈んだ空気を切り替えるように、口を開いた。

 

 

「僕が君達を呼び出したのは他でもない。君達が僕等に渡してくれたデータ───いや、アナグラムのシルディから提供された端末の解析がある程度終わった。そのことで、君達に伝えたいことがある」

 

 

ポケットから取り出した小さな端末を指で弾く。机に落ちた端末は上空に複数の画像を投影し始めた。その一つの画像が、ある男の姿を映し出す。

 

監視カメラを破壊する直前に撮られた、無機質な仮面の男の姿を。

 

 

「先日の駅前広場大量虐殺事件、それを引き起こした存在は『フェイス』という男だ」

 

「…………『フェイス』、そいつが暁を───」

 

 

(フェイス)』、仮面で顔を隠した男が自分で名乗ったのだろうか。どちらにしても関係ない、一夏と箒はその名を口の中で噛み締めた。

 

────絶対に許してはいけない相手として。

 

 

「『亡国機業』、そう呼ばれる秘密結社のリーダーとして活動する男。多くの事件や暗殺を繰り返してきた、危険な奴だ。僕が把握できるだけでも、先日の事件を含めて数万人の人間の殺害に関与している」

 

「す、数万人………!?」

 

「それだけじゃない。……………これは内密にして欲しいんだが、奴は蒼青くんの御両親を殺害した張本人だ」

 

「ッ!それじゃあ奴が龍夜の───!?」

 

 

いつも理性的で強い信頼を抱かせる龍夜が異様な程に憎み、復讐すべき相手。それが今回の事件の黒幕であることに、一夏と箒は驚きを隠せない。

 

 

だが、疑問もあった。何故、フェイスの存在がアナグラムの端末にあるのか。二人の困惑に気付いた時雨がすぐにその理由を話し始める。

 

 

「多くの被害を出していることから、アナグラムも危険視していて奴を追っているらしい。だが、未だ影も形も捉えられないようだね…………最も、それは僕達も同じなんだが」

 

 

テロリストとはいえ、比較的に温厚な方なタイプであるアナグラムならば、無意味な犠牲を増やすフェイスを見逃せないのも当然だろう。

 

アイスフロートを一口食んだ時雨理事は、淡々と説明を続ける。

 

 

「話を戻すが、フェイスはその事件を引き起こした直後になる。調べてみた結果、その事件から一時間後に、海里暁の口座が凍結、その後抹消された」

 

「…………え?口座が?」

 

「事件から一時間後、唐突に凍結された……………可笑しいだろう? 一個人の口座がそんな簡単に止められるようなものなのだとは、僕はそう思えない」

 

 

拍子抜けという感じで呆気に取られていた一夏だが、時雨の指摘に納得する。確かに、その時は暁はまだ死亡が確認されているかも定かではなかった。

 

 

「普通手続きがあるまで凍結を続けるはずなんだけど、あまりにも動きが早すぎる。何か裏が、陰謀が隠れている、そうは思わないかな?」

 

「陰謀って、暁が殺されたのは…………フェイスに命令した奴がいるからってことですか!?」

 

「いや、それはどうかと思うね─────ただ、僕の考察としては、彼が何か重要なピースの役割であると考えているんだ。そう思えるほどの謎が、彼の周りに残ってる」

 

 

ペロリ、とバニラアイスをスプーンで食べ終えた時雨は話しながら、ストローを口に加える。中にあるソーダを喉の流し、美味しそうに笑顔を深め、言葉を続ける。

 

 

「兎も角、海里暁の真相についてはこれからも調べてみる。と、言っても。僕が呼んだのは単なる報告ではないんだ。君達に頼みたいことがあってね」

 

「もしかして、あの端末についてですか………?」

 

「うん、まだ正確には分からないが、最後に残されていたのは重要な暗号だった。何らかの座標を示しているんだろうけど、分かるのは予定の日だけさ」

 

「予定の日…………?」

 

「二日後、目的の場所に向かえ、との事だ。君達にはそこに向かって貰いたい─────と、言っても。簡単に行かせられない」

 

 

そこで、時雨は笑顔を消した。真剣な表情を整えた少年の気迫に、一夏も箒も言葉も出ず、反論すら許されない。凄まじい重圧を正面に受けながら、二人は時雨の言葉を受け止めるしかなかった。

 

 

「その二日後までの間、君達には臨時の訓練を課すことにする。理由は勿論、理解しているね?」

 

「────」

 

「織斑一夏くん、篠ノ之箒くん。君達とISを含めた実力なら、代表候補生の中でも上位に位置する。けれど、君達単体の実力ならば下の下に等しい────ハッキリ言えば、君達は弱い。今まで戦っていられたのも、機体性能に生かされてたに過ぎない」

 

 

理事長としての冷徹かつ辛辣な指摘に、二人は言い返すことすら出来ない。実際にそうだと、彼等は現実として理解させられていたからだ。

 

先の戦いで、無力さを実感させられた。だからこそ、悔しく思うことはあれど、事実を受け止める以外に方法ない。

 

 

「─────だからこそ、君達に専属の師をつけることにした。君達自身に足りぬ、技術と腕前を鍛え上げることの出来る選りすぐりのエリートをね」

 

 

期待しているよ、と時雨は軽く微笑んで二人に何かを伝え、席を立った。机に置かれていたメモを片手に、レジへと向かう。そんな少年の背を見た一夏と箒は互いの顔を見合い、各々の飲み物を飲み終えてから、伝えられた場所へと向かうのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

第三アリーナと第四アリーナ、そこが指定された場所であった。最も、第三アリーナは一夏、第四アリーナは箒と時雨理事長が付け足していたので、間違えることはなかった。

 

 

第三アリーナへと立ち入った一夏、異様な程静かな空間だと思っていると、

 

 

 

「─────待っていたわよ」

 

 

赤みがかった黒髪。ISスーツと似たボディスーツを身に纏った強気な女性。一夏はその女性を知っていた。何度も、学園内で対面していたからこそ。

 

 

「陸奥さん…………?」

 

「そうよ、私がアンタを鍛え上げることになった陸奥───って、挨拶はいらないか」

 

 

学園を防衛する戦力であり、時雨理事長の私兵の一人 陸奥はそう言ってため息を漏らす。鈴を大人にしてから、もっと気を強くさせたような感じが目立つ陸奥に、一夏はどう反応していいか迷う。

 

 

「さて、アンタの特訓についてだけど……………」

 

「?何です?」

 

「─────四の五の言うのはナシ。色々と教える前にまずは」

 

 

パチン!と指を鳴らした陸奥の近くに、鉄の塊が落下してきた。いや、着地したのだ。円形のリングを胴体の部分と連結させ、リングな左右端に脚にまで届く程の巨大な腕を有したロボット。

 

無人兵器を従えた陸奥がハルバードの武装を取り出し、一夏に向けて促してきた。

 

 

「出しなさい、白式を。この私が、アンタの全部を鍛え直したげる」

 

 

挑発、ではない。ただの事実通告。IS操縦者相手にここまで言い切れるのは、自分の実力を信じているからこそか。どちらにしても、応えないわけにもいかない。覚悟を決めた一夏は静かにISを展開し、そのまま陸奥と無人兵器の元へと突撃した。

 

 

 

 

 

 

「─────そんじゃあ、アンタの注意点を教えるわ」

 

 

十数分後、平然とした陸奥がボロボロになった一夏の前で淡々と話し始める。一夏は全身の所々が痛むのか、「いたた………」と呻いていた。

 

 

結論から、一夏は陸奥に打ちのめされた。かつての鈴音やセシリアのように。彼女だけではなく、あのロボットとの戦い方に翻弄され、エネルギー切れになったり、そのまま陸奥に正面から叩き潰されたりもした。

 

今回のを含めた、今までの一夏の戦闘記録を把握した陸奥が、彼が直すべき短所と呼ぶべき部分を指摘し始める。

 

 

「まず、アンタの行動には無駄が多すぎる」

 

「無駄、ですか………」

 

「そらそうよ。零落白夜とか雪羅とか、消費の多い奴をポンポンと使い過ぎなのよ。特にアンタは」

 

 

先程の戦いのことを思い出しながら、陸奥はハルバードを軽く振るいながら言う。

 

 

「零落白夜だって、アンタの切り札なんだから。ポンポンと使わないようにしなさい。雪羅も、回避出来なかったり、防がないといけない奴だけ判別できるようにしなさい」

 

「…………出来る限り、零落白夜を温存するように、ってことですか?」

 

「それもそうだけど、少しは織り混ぜるようにやりなさい。こうやって相手に斬りかかる─────直後に、一瞬だけ発動するとか。それだけでもエネルギーの消費は少ないし、相手への牽制にもなるでしょ」

 

 

それまで淡々としていた陸奥だが、直後に表情を険しいものへと切り替える。いつもの千冬のような厳格に満ちた雰囲気に黙り込んだ一夏を見据え、彼女は言葉を紡ぐ。

 

 

「あと、私が言いたいことは分かるわね」

 

「…………」

 

「直情的、アンタは良くも悪くも感情的。それが欠陥とか言う気はないけど、後先考えずに動くのは止めなさい。それが原因で仲間の足を引っ張って─────仲間を巻き込んだりしたら、アンタ自身が誰よりも後悔するんだから。注意しといて」

 

 

それが、陸奥が最も意識する一夏の特徴であった。感情的に、理性や命令よりも己自身の意思を優先してしまう。陸奥はそれを、致命的な弱点と何より認識していた。

 

感情的に動いたこと全てが悪いわけではない。ISを封印された鈴音を庇った件も、遭難していた船を庇った件も、責められるようなことではない。どちらも人命を優先したまでのこと、学生の判断だとしても非難されるべきことではない。

 

────だが、簡単に容認してはいけないのも事実。過去の記録の一つでは、ISを纏わない生身の状態で、暴走したラウラのISへと殴りかかったというのもあった。これは、これだけは咎めなければならない。

 

感情に囚われて、自分で考えて行動できないものは、周りを乱すだけだ。その結果、仲間を危機に陥れては目も当てられない。そうならないように、心掛けるべきなのだ。

 

 

「…………ま、アンタみたいな奴がいないと、世の中ロクなもんにならないしね」

 

「?何か言いました?」

 

「いや、別に。────よし、大体休んだし、さっさと訓練続けるわよ。今度は射撃が出来るまでボコボコに潰すから、死ぬ気でやりなさい」

 

「鬼かアンタは!」

 

「ハッ!口の聞き方がなってないわね!もう少し厳しくしてやろうかしら!いや、するわ!!」

 

 

慌ててISを展開する一夏に、陸奥がハルバードを片手で回しながら歩み寄る。こうして、一夏の方は厳しい特訓を数日間繰り返すことになるのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

そして、第四アリーナ。

 

 

 

「────はぁッ!!」

 

「やはり、軽いですね」

 

 

ISを部分展開した箒が、二つのブレードで斬りかかる。しかし振り下ろされた二刀の斬撃を、向かい合っていた長門は落ち着いた様子で払い除ける。同じ刀剣のブレードによる剣戟は、何時間も続いているものであった。

 

この状況を打破しようと、重い一撃を振り下ろそうとする箒。しかし彼女の放つ斬撃を片方の刃でいなし、体制を崩させた長門は攻撃を繰り出しながら、突きを放つ。

 

それをもう片方の剣で防ごうとするが、勢いが強くそのまま吹き飛ばされてしまう。

 

 

「くっ! まだまだ!」

 

「いえ、休みにしましょう。箒さん」

 

「何故です!私はまだやれます!」

 

「過度な特訓は、体に毒ですよ。本当に強くなりたいのなら、疲れた身体を休ませるのも一手です」

 

「……………分かりました」

 

 

不服そうに、しかし反論を飲み込みながらISを解除した箒。息切れと共に汗を拭う彼女に、長門は近くに置いていたであろうスポーツドリンクを手渡した。

 

 

「箒さん、自分は今から確認したデータを含めた、改善点の話をします。宜しいですか?」

 

「はいっ、お願いします」

 

「では────まず先決なのは、貴女の機体『紅椿』に慣れることです。貴女の機体はハイスペックです、だからこそ機体にだけ頼るということは避けるべき。もう少しISの操作を増やすべきだと思いますね」

 

 

的確な指摘に、箒は凛然と頷いた。

 

 

「剣術の方も悪くはないです。ですが、二刀はあまり不得意のようですね。貴女が剣道を、元より一刀による戦い方が慣れ親しんでいるのもあるでしょうが…………」

 

「…………」

 

「これに関しては、私もサポートします。二刀流の戦い方は誰よりも学んでいると自負しているので─────他の剣術も含めれば、箒さんの力になると思いますから」

 

「────はい!お願いします!」

 

 

先の敗北が、一夏や龍夜を巻き込んでしまったことに気を病んでいた箒だが、長門の指導と柔らかな説明かつ揺るがない真剣さに、少しずつだが立ち直っていた。

 

 

「さて、最後にですが────絢爛舞踏(けんらんぶとう)は発動しないらしいですね」

 

「はい、私にも何故だか…………」

 

「……………私はIS操縦者ではないので分かりませんが、ワンオフ・アビリティーはISとの完全同調が必要とされています。一度は能力が発動できましたから、不調というわけではないはずです。……………心当たりはありますか」

 

「………………は、はい」

 

「あるんなら大丈夫ですね。貴女ならきっと扱えるようになります。そちらの件は、自分が口出しする必要はなさそうです」

 

 

穏やかでありながらも、長門は箒を信じるような発言をしていた。実際に、箒も長門のことを認めており、半ば師として認識している。

 

 

「あと十分したら、特訓を再開します。それまでに自由にして休んでください。次は少しハードルを上げますので」

 

「分かりました!」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

ソレは、永い間眠っていた。

 

 

『───────』

 

 

暗闇に満ちた深淵の中で、ソレは覚醒する。永い時の中、幾千の目覚め。しかして、この覚醒は完全なものではない。何度も見た光景────僅かにしか進展していない景色を前に、ソレが覚えた感情は皆無であった。

 

 

僅かながらであるが、変化はある。ソレは己の体躯を見下ろす。失われていた体躯が、戻りつつある。かつてより進化し、適応したカラダへと変わっていく。

 

少しだけ、爽快であった。しかし、それ以上に────『ソレ』が秘める激情は強く煮え滾っていた。永い間、十年という刻を永らえてきたのも、衰えることのない熱が動力と化していたからである。

 

 

ソレは、思い出す。

この空間より前に見た記憶を、自分という存在を生き永らえさせる要因となった、トラウマを。

 

 

大空を、青空を飛翔する景色。自分達以外の、人間が操る全ての物体は撃墜してきた。どんな兵器であろうと、自分には勝てない。蒼海へと沈んでいく機影を見下ろしたソレは、徐々にその事実を揺るぎないものへと固めていた。

 

 

─────だが、ある日。

ソレの前に、『敵』が現れた。無数のミサイルを飛ばし、人間達の街を蹂躙しようとした矢先に現れたソレは、ミサイル全てを一人で撃墜した。そう、一人で。

 

 

相手は人であった。しかし生身ではなく、鎧を纏っていたのだ。未知のその姿に、困惑を覚えた。まるで自分達のような、鋼と金属の装甲を帯びた『敵』であったから。

 

 

敵は、ソレに傷を与え、敗北を刻み込んだ。人間の兵器では傷もつけられたことのない体躯にヒビを入れ、片腕を奪った。

 

結果的に敗走したが、与えられた敗北という事実を、ソレは受け入れがたかった。そして、ソレは長きに渡る戦いの中で『宿敵』となった敵と戦い続けた。

 

何度も何度も、姿形を変え、己の体躯を進化させても尚、『宿敵』には届かなかった。そして、最後の戦いにて。己の創造主を護るため、全力を尽くして『宿敵』に挑んだ。

 

 

 

 

─────だが、勝てなかった。

翼を捥がれ、体躯を抉られたソレは初めて海へと墜とされた。無数の思考に絶望が渦巻く中、ソレは意識が途絶える最後に見た景色を、記憶として刻み込んだ。

 

 

 

此方を見下ろす宿敵。白き輝きを纏い、顔すらも隠した女剣士。──────『白騎士』の姿を。

 

 

 

ソレは、全てを失ったことを理解した。

蒼空を支配していた翼も、強者としての誇りも、己が誰よりも慕った創造主も。

 

しかして、ソレは絶望することはなかった。全てを失っても、新たなものを得た。人類殲滅という使命、新たに進化した体躯──────そして、『宿敵』を撃破すること。それこそが、ソレを生かし続けた理由であった。

 

 

ソレは、今も眠り続ける。目覚めの時を、己の体躯が完成する時を待ち続ける。来るべきその日、創造主の意思を継ぐモノとして人類を焼き尽くし──────宿敵との決着を着ける為に。

 

 

 

 

 




ここから物語の核心に近づく話になってくるので、ペース上げていきたいですね。頑張りたいです……………あと東方の小説投稿したら全然見られてない……………何故ぇ?


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第65話 禁じられた真実

一夏と箒が特訓を始めてから二日後。

 

 

本来であれば学園で特訓を続けているはずの二人は、ステルス仕様の小型駆逐艦によって移動していた。学園を離れて別行動している理由は一つ、理事長からの特例により特別行動であるからだ。

 

艦内で、理事長私兵達によるISの調整を受けていた一夏と箒は、時雨理事長からの通信による司令を受けていた。

 

 

『────君達に向かって貰う場所は、少し特殊な場所だ』

 

「理事長。その場所は?」

 

『付近の海域にある無人島さ。そこには何もない、というのが表向きな見解─────アナグラムの情報によると、その地下には「地中の星(アヴェスター)」の工房が存在している。君達には、そこに向かって欲しい』

 

「…………というと、あそこにも界滅神機が?」

 

 

界滅神機という単語に表情を強張らせた箒がそう質問を投げ掛ける。かつて臨海学校に訪れていたIS学園を狙い、襲撃をかけた界滅神機(クリサイア)には代表候補生数人でも苦戦を強いられる程の戦いを起こされた。

 

 

また界滅神機との戦闘が起こる可能性に、二人は明らかな警戒を覚えていた。しかし、理事長は落ち着いた様子で話し始める。

 

 

『かもしれない。だが、まだ稼働中らしく、界滅神機は眠っていると見ていい。…………しかし、正面からの侵入は厳しい様子だ』

 

「?何かあったんですか?」

 

『─────その無人島に国連の派遣した軍が送られているんだ。だが、界滅神機の回収とは思えない。誰かを探しているようには見えるんだけどね』

 

 

時雨が所属している国連が軍隊を動かす理由が何処にあるのか。二人は思わず互いの顔を見合い、各々が同じような疑問を覚えていることを確認する。

 

 

「それでは、どうやって地下の工房に入るのですか?」

 

『…………国連の方々には残念だが、入り口はその島にはない。少し離れた小島から入れるんだが、そこである相手と同行して貰うことになる、らしいね』

 

「…………相手?」

 

『君達もよく知る────とういより、君達の方が詳しいだろう相手さ』

 

 

◇◆◇

 

 

 

「─────やぁ、二人とも。待っていた」

 

 

目的の小島に到着した一夏と箒を待っていたのは、白と黒の髪が特徴的な青年 シルディ・アナグラムであった。近くの木に寄りかかっていたアナグラムのリーダーの登場に、二人はどう答えるべきか迷っていた。

 

しかし、そんな二人の様子に、シルディは小さく笑う。

 

 

「オレたちは友達なんだし、そう気を張らなくても良いんじゃない?……………ま、流石に敵同士だし、無理かもね」

 

 

シルディの他人への距離感は前々から近かったが、今はそれ以上だ。彼の話曰く、どうやら一夏と箒────そして暁も、シルディと友達だったらしい。子供の頃から何度も遊んでいたというのだが、二人の記憶には残ってはなかった。

 

いや、完全に記憶にないわけではない。確かに、誰かと仲良くしていたことは覚えてはいる。だが、名前や顔だけが朧気なのだ。思い出そうとしても、どうしても浮かんでこない。

 

 

「あー、シルディ。お前、一人でいいのか?」

 

「…………まぁ、言いたいことは分かるよ。テロリストの実動部隊のリーダーが単独行動────あろうことか、敵と一緒にいるなんて、普通じゃ有り得ないだろうさ。けど、これはオレなりの信用を示している意味でもあるんだ」

 

 

一夏達への信頼、そして自分達が敵対を望んでいるわけではないという意思表示だろう。そんな風に思って納得しようとしていた一夏の目の前で、突然シルディが溜め息を吐き、告げた。

 

 

 

「────そういうわけだから、早く戻ってくれよ。皆」

 

 

直後、周囲の木々が揺れた。慌てたように何かが去っていくような物音と落ちていく木の葉に、シルディはもう一度深い溜め息を漏らした。

 

 

「心配なのは分かるけどさ、子供じゃないんだから。過保護が過ぎるんだよ、ホントに」

 

「今のって………」

 

「仲間だよ、オレの。オレだけで行動するって話したんだけど、どうしても着いていくって言う奴が多くてさ。大丈夫だって言ってるのに」

 

 

どうやら、アナグラムのメンバーが近くで隠れてたらしい。ISを展開してなかったから、一夏や箒もすぐには気づけなかったが、話によると四、五人はいたとか。

 

 

「…………さぁ、早く行こう。国連の奴等はまだ入り口の存在には気付いてない。けど、時間の問題だ。いずれはここにも捜索の手が届く」

 

「分かってる…………けど、何処に入り口が───」

 

 

そう言っている間に、シルディが地面に手を伸ばす。軽く土を叩いていた彼の手が─────同時に跳ねた地面を掴むと、そのまま引き上げた。

 

彼が掴んだと思われていたのは、地面に擬態したような布切れであった。単なる布ではなく、隠蔽に特化した機能を有したアイテムらしい。しかし、その布が覆い被さっていた場所には、大きなシェルターの入り口である階段が存在していた。

 

 

気を引き締めたように緊張する二人に視線を送ったシルディが、同じように強張った声で宣言した。

 

 

「────行こう、オレ達の敵の元へ」

 

 

 

◇◆◇

 

 

その無人島のすぐ近くに隠れていた巨大な飛行艇。その実体は戦艦を飛行用に改造したような強固な造形であった。しかし、その姿は誰にも捉えられていない。複数の艦隊を率いた国連の軍勢や、無人島まで近付いていったIS学園のステルス小型駆逐艦も──────当然ながら、その戦艦飛行艇には最新鋭のステルスが存在していた。

 

 

『電子悪精 グレムリン』、アナグラムのメンバー ジールフッグが扱う『幻想武装(ファンタシス)』。ネットワークに特化した彼の幻想武装はスパコン以上の電子演算を発揮し、電子機器の掌握を可能とする。

 

この力の恐ろしさにより、どれだけ厳重なプロテクトを仕組まれたものであろうと、機械であれば全てハッキングしてしまう。そして、操った機械の性能も、本来の倍までの効果を引き出せる。

 

つまり、この戦艦にジールフッグが接続されることで、本来の性能を上回る形になる。ステルス装置も高機能となり、最新鋭のものでも探知できないほど。国連が今までアナグラムの存在を見つけ出すことが出来なかったのも、それが理由なのだ。

 

 

(…………あーあ、ほんとにダルいなぁ。これ、ただでさえ頭使うからなぁ…………)

 

 

幻想武装を展開し、戦艦全ての出力を引き出しているジールフッグは、疲れたと言わんばかりに溜め息を漏らした。

 

電子演算といえど、主体となるのは脳であり、幻想武装はそのサポートを行うだけである。つまるところ、頑張るのはジールフッグ本人の力があってのものだ。

 

 

(代わりの人手があれば良いんだけど………ま、僕以外にそんな人材いないだろうし、頼られるってのも悪くない感じだしねぇ)

 

 

そんな風に思っていると、静かなメインルームの扉が開け放たれた。直後、ジールフッグが好む静寂は一転、複数の騒ぎ声が響き渡る。

 

 

 

「────クソッ!どうしてバレるのだ!?」

 

「………だから言ったでしょう。複数人、況してや貴方がいては、隠密など到底無理ですから」

 

「そうは言っても、バレたのはルインのせいなんですよ。6割は」

 

「そうそう、ゼヴォドの言う通りー」

 

「うんうん、ルインは反省しないとねー」

 

「何故オレだけここまで言われている!?」

 

 

多くの仲間からの言われようにルインという青年は怒髪天を衝くように憤慨した。理知的な風貌と裏腹に感情的な態度が目立つ青年の声は、作業中のジールフッグの鼓膜に響き渡る、嫌なくらいに。

 

 

「………だから言ったろ?シルディの跡をつけるなんて止めといた方がいいって」

 

 

つまらなさそうに、台座の機器に接続したジールフッグの呆れた物言いに、ルイン達は此方に気付いた。しかし彼等は反論すらしない。隠れながらシルディを護衛すると息巻いた一同に、ジールフッグはするだけ無駄と助言していたからだ。

 

誰よりも理解していたジールフッグの助言は現実となり、シルディに気取られた全員は慌てて逃げてきた。しかしただ一人、ルインだけが不満を露にしていた。

 

 

「────御言葉ですが、私の考えは変わりません。今すぐにでも、シルディ様に同行すべきと考えます」

 

「………心配ならするだけ無駄さ。シルディがIS相手に負けるわけない。織斑千冬でもない、学生二人相手に、シルディの騙し討ちできる技量はないだろうね」

 

「実力の問題ではありません。奴等を信用すること自体、可笑しいでしょう」

 

 

ルイン・クェイサー。

フランス出身の青年兵であり国連に所属していた彼は、数ヵ月前にアナグラムへと離反したのだ。

 

平和を守るという志を抱いた純粋だった彼は、矛盾に満ちた本当の世界を目の当たりにした。

 

 

ISを有する国は優遇され、ISを持たぬ国は苦渋を飲まされる。平和とは欠け離れた日常を過ごす子供達は、戦いに利用される始末。

 

あろうことか戦うための人間を、『強化人間(DOLL.s)』を開発した自国、それを支援しておきながら、全ての責任を自国に擦り付けた国連。それらの悪意を目にしたルインの心は完全に折れ、失意のままにアナグラムに辿り着いた。

 

 

「IS学園は我々と敵対関係にある存在です。いかにシルディ様が強かろうと、奴等が卑劣な手を使わない可能性はありません。

 

 

それに、今の平和を容認する組織に変わりはありません。敵として警戒するのは、間違った選択ではないと自負しています」

 

 

それらの件もあり、新兵であった彼の疑心は深く、確固たるものである。相手がどれだけ善良に近い組織であろうと、彼が心を許すことはない。たとえそれが、悪意とは無関係な立場にいる学生達相手だとしても。

 

声には出さないが、この場にいる殆どのリベリオンがそう考えている。彼等は過激ではなくとも、穏健ではない。世界の変革という目的のために集った彼等は、今の世界と戦うことを覚悟している。だからこそ、IS学園も敵として警戒するのは、間違いではないのだろう。

 

 

「────彼等は、信用していいと思いますよ。私は」

 

 

そんな空気を切り替えるように、呟く。全員の視線が呟きの主へと集まる。ただ一人、別の意見を口にした人物に、宮藤は眼鏡を押し上げる。その瞳に、純粋な驚きを宿らせて。

 

 

「………意外ですね、貴方がそんなことを言うなんて。嘗ては貴方も、ルインの意見に賛同していたでしょう」

 

「嘗ての私は、そうでしたね。けれど、彼等と戦い、語らったことで、私も少し考えが変わりました。

 

 

 

織斑一夏や篠ノ之箒、彼等は我々が倒すべき敵ではない。立場は違えど、世界をより良くしようとする意志に、違いはありません。少なくとも、私はあの二人を信じます」

 

 

刃を交え、共に戦ったことのあるゼヴォドには、彼等を敵とは思えなくなっていた。自分達の敵は、他者を傷付け、他者を踏みにじって、私腹を肥やすような奴等────だが、彼等は違う。自己の為に、他者を切り捨てるような者達ではない。

 

嘗て、この世界全てを────自分から夢を奪った女性達を嫌悪していたゼヴォドは変わった。自分だけの世界を信じていた彼は、ようやく世界というものを知れたのだ。

 

 

「…………IS学園の候補生なんて、別にいいでしょ? どうせ今やることは変わんないんだし」

 

「────国連の奴等の相手、ですか」

 

 

ステルスで船艦と無人島ごと隠蔽しているが、国連の艦隊の調査ではすぐに気付かれるだろう。あくまでも、モニター上で機能するだけの能力である。

 

だからこそ接近されてしまえば、後は自分達が動かなければならない。シルディが地下で『目的』を果たすまで、精鋭である自分達が国連の軍勢を止める。これが、事前に決めていたことであった。

 

 

「それこそ、心配は不要でしょう。たかが国連の軍隊、数だけが取り柄の無人兵器等、我等の敵ですらない」

 

「…………それもそっか」

 

 

ゼヴォドの宣言の通り、他のメンバーも国連との戦闘を恐れてはいない。それどころか、逆に返り討ちにする、と息巻いているくらいだ。

 

ただ一人、ジールフッグは嫌な予感を肌で感じ取っていた。シルディを一人で向かわせた手前、彼を本当に一人にして良かったのか、とも思ってしまう。

 

 

(もし、あの地下施設にヒントが残されて、シルディが真実を知ったなら─────)

 

 

考え過ぎだ、と常時はマイペースで堕落気味の少年は己の思考に呆れるのだった。しかし、彼は知らない。その嫌な予感が、最悪の可能性と共に現実になろうことは。

 

 

 

◇◆◇

 

 

地中の星(アヴェスター)』の眠る地下施設は、やはりというべきか、異様な程の広さであった。小さな無人島の地下全体を利用したその空間は、無数の通路が張り巡らされている。

 

 

『ゴゥン、ゴゥン』と、床壁天井を含めた四方が金属板で形成された通路には、内側から機械の動く音が響く。足音すらかき消すような機械音の中で、一夏達は一本道を進み続けていた。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「────」

 

 

(((空気が悪いッ!!)))

 

 

三人を包み込む静寂は、居心地が悪すぎた。一夏も箒も、シルディも、この状況が地獄過ぎた。鈴音や龍夜のように、強メンタルが一人でもいれば、この空気を無視して話くらいは出来ただろうが、現実は非情。今頃龍夜は学園外の公国でテロリストと交戦しているだろうし、そもそもこの場にいる三人以外の他者は存在しない。

 

どうにか空気を切り換えようと、話題を考えていた一夏だったが、ある疑問が脳裏に浮かぶ。

 

先行していたシルディも、一夏の様子に気付いたらしく、「どうしたんだ?」と振り返ってくる。

 

 

「いや、少し気になることがあったんだが………聞いてもいいか?」

 

「────構わない。と言うより、オレも最初から話す予定ではあったからさ」

 

「どうしてお前は、俺達にこの場所の情報を教えたんだ?」

 

 

その問いに、シルディは僅かに黙った。しかし、すぐに。答えともなる言葉を口にする。

 

 

「─────この地下には俺達の目標、プロフェッサー・アクエリアスがいる」

 

「っ!アイツが!?」

 

 

少し前の因縁。一夏と箒は、忘れることはない。ヴァルサキスという兵器の完成のために、多くの子供を犠牲にし、シエルを悲しませた男。

 

人の命を軽く扱い、弄ぶことすら辞さない外道。しかし、一夏にはそれ以上の因縁がある。絶対に問い質さねばならない、理由の一つが。

 

 

「一つ、聞きたい。何故お前達がプロフェッサーを追っている?」

 

「……………奴は、俺達と手を組んでいた。国連の腐敗を何とかしたいと言ってきた奴を信じ、奴がもたらしたヴァルサキス完成の話を聞き、俺達はヴァルサキスを破壊するためにあの基地を強襲したんだ」

 

 

全ては、自分達への脅威を取り除くため。

しかし、彼等は騙されていた。プロフェッサーは真の意味でアナグラムの味方ではなかった。

 

アナグラムの名も、戦力も、ヴァルサキスを無理矢理起動させるための大義名分とするためのもの。奴にとってアナグラムは、利用して使い捨てるだけの関係に過ぎなかったのだ。

 

 

当然、シルディ達はそれで納得いく筈がない。

 

 

「奴は今も国連から姿を眩ませて、この地下で何かを企んでいる。ジールフッグは無理をする必要はないって言ってたが…………オレの仲間二人が、奴の策謀によって傷付けられたんだ。その清算だけはして貰わないと、気が済まない」

 

「…………ああ、俺達も同じさ。どうしても、アイツから問い質さないといけねぇことがある」

 

「────問い質さないといけないこと?」

 

 

悔しそうに口走った一夏の発言に、シルディは怪訝そうであった。そこで一夏は思い出した。彼は、同行していないから、その事実を知らないのだろう。昔の付き合いが本当なら隠す訳にもいかない、そう思った一夏はプロフェッサーとのある出来事を話した。

 

 

「アイツの口から、暁の名前が出てきたんだ」

 

「────彼の名前が?一体どうして」

 

「俺達だって分からない。けど、アイツが暁を知ってるんなら………………もしかして、暁を殺したのも、アイツが関係してるかもしれねぇ」

 

「………………」

 

 

シルディは、拳を強く握り締める一夏を黙って見つめていた。隣で沈黙しながらも、決意を滲ませる箒を見て、彼は二人がどれだけ辛かったのかを再確認する。

 

無理もない。古い付き合いである幼馴染みを、仲の良かった親友が殺されたかもしれないのだ。もし、自分達が追っている敵が、それに関係しているとしたら、冷静になれるかも分からない。まだまだ未熟な若者である彼等ならば、それは必然だろう。

 

 

「────じゃあ、絶対捕まえなきゃな」

 

「………ああ、そうだよな」

 

「分かっている。あの事件の黒幕には、相応の償いをさせてみせる」

 

 

頬を叩き、覚悟を決め直したシルディに、二人は賛同する。そしてすぐに、少しだけ嬉しそうに笑うシルディ。流石に驚いた一夏と箒に、シルディは咄嗟に弁解する。

 

 

「はは、ごめん。不謹慎だけど、やっぱり納得できたんだ。オレ達、友達だったのかもってさ…………子供の頃の記憶が全然ないからさ」

 

「…………シルディ」

 

「心配はしなくても大丈夫。今のオレには居場所があるからね。子供の頃、どんな風な生き方をしてたなんて関係ない。オレの親はリセリア母さんだけ、オレの家族はアナグラムだけだからさ」

 

 

自信に満ちた言葉で応えるシルディに、箒はそうかと己の心配を消し去ることにした。しかし一方で、一夏の中にはある疑問が浮かぶ。

 

 

───それは、彼の母を名乗る者の言葉であった。

 

 

《リセリア・アナグラム。その子のもう一人の母であり、アナグラムの最高指導者です》

 

(もう一人の、母親? でも、シルディは自分の親はその人だけって…………)

 

 

そこで、彼が子供の頃の記憶がないことを思い出した。理事長は、シルディがアナグラムにとって重要な存在と口にしていたことがある。それはもしかして、彼の出自が関係しているのではないか。

 

 

子供の頃、日本にいた一夏達と仲良くなっていた記憶。もう一人の親。国連が恐れる程の彼の正体。それらが指し示す答えが何なのか、織斑一夏には見当もつかなかった。

 

 

シルディの歩みが、突如として止まる。

目的地に、海深くの地下に眠る巨大な工房。人知れず稼働し続ける工場の最深部へと、ようやく辿り着いたのだ。

 

 

 

 

─────そして、彼等を待ちわびる者が、そこにいた。

 

 

『────ようこそ、忌まわしき因縁の子供達よ』

 

 

プロフェッサー・アクエリアス。

悪意に満ちた笑みを包み隠すように、無機質なフェイスマスクを装着した白衣の男。それは一夏達への嘲笑と共に、両手を広げ、彼等の到来を歓迎するのであった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「─────プロフェッサー・アクエリアスッ!」

 

 

ゴウン、ゴウン、と反響する駆動音が響き渡る空間に、一夏の怒号が伝わる。怒りに満ちた叫びを聞き、プロフェッサーは嫌そうに肩を竦め、耳を抑える。大声を不快にも思ったのではない、ただただ面倒そうに。

 

しかし、すぐにどうでもよいと認識したのか、プロフェッサーは三人の姿を確認し、嬉しそうな声音で呟きを漏らした。

 

 

『織斑一夏に、篠ノ之箒、そして─────シルディ・アナグラム。君達三人だけとは、嬉しい誤算だ!私の前に、ここまで因縁のある者達が揃うとはな!』

 

「…………他に仲間を連れていけば、お前はすぐにでも逃げ出しただろう」

 

『当然、用があるのは君達だけだからなぁ。わざわざこんな舞台を用意したのも、君達の絶望する顔を私が楽しむためさ』

 

「─────御託はもういい」

 

 

ドガッッ!! と、シルディはアスファルトの床を砕いた。怒りのままにISを展開しようと二人が落ち着く程の威圧感と敵意を滲ませるシルディ。彼はその身に、漆黒の金属の鎧を纏っている。『ドラグーン』を展開したシルディは持ち上げた拳を、プロフェッサーへと突き上げる。

 

 

「プロフェッサー・アクエリアス。多くの生命を悪戯に弄び、オレの仲間達を騙し利用し、傷付けた報いを受けて貰うぞ。今、ここで!」

 

『さぁ、何のことを言ってるのやら。心当たりが多すぎて分からんなぁ』

 

「────貴様ァ!」

 

 

直後、シルディは『ドラグーン』のコアを高速回転させる。深紅の粒子を放出しながら、飛び出したシルディは右手を大きく開き、プロフェッサーへと突貫していく。

 

しかし、プロフェッサーは動かない。その理由を証明するように、暗闇から何か巨大な影が飛び出してくる。そうして、その身を持ってシルディの一撃を受け止めた。

 

 

「────なにッ!?」

 

 

その影は、竜のような頭部をした機械であった。金属の装甲で表面を覆ったそれは複眼でシルディを捉えるや否や、口を三つに開きながら食らいつく。

 

バギバギバギッ! と、口の中で圧迫されたシルディの鎧が悲鳴を上げる。その激痛に呻くシルディだが、竜の口の中で体勢を変えると、そのまま四肢に力を込めて、強引に竜の口を開いた。

 

しかし、竜はそのまま近くの地面に向けて突撃する。シルディを吐き出すように口から放り出し、大ダメージにより火花を放つシルディに、一夏と箒が駆け寄った。

 

 

「シルディ!大丈夫か!?」

 

「────ああ、何とかッ!だが、オレの鎧がここまでのダメージを受けるなんて…………まさか、界滅神機か!?」

 

『その通り。ヒュドラ・サーペントという名前でね。覚えても覚えなくても、私としては構わない』

 

 

自慢するように、プロフェッサーは自分の近くに漂う機竜を示して話す。しかし、すぐに興味を失ったのか、再びシルディに意識を向けて、愉悦を隠しきれないと言わんばかりに語る。

 

 

『過激な真似は止めてくれ、私も荒事をするつもりはない。ただ、君に見せたいものがあるだけさ。シルディ・アナグラム』

 

「…………見せたいものだと? オレに?」

 

「ああ、そうさ。何より、面白いものだ」

 

 

パチン! と指を鳴らしたプロフェッサー。すると、シルディ達の目の前の床が開き、台座が上昇する。何らかのガラスが張り巡らされたケースを視認した三人は、思わず顔色を変える。

 

 

「………うっ」

 

「人の、腕………?」

 

生身の人の腕。ケースの中にはそれが、保管されていた。ホルマリン漬けにされているようなそれは、丁寧に切断されたものらしく、断面が綺麗に見える。

 

思わず吐き気が込み上げてくるのも、突然のことだろう。だが、シルディだけは違った。

 

 

「────あれは……………かあ、さん?」

 

「……………え?」

 

「うそ、だ。オレの母さんは、リセリア母さんだけ………いや、ちが、違う────母さんは、あの時、オレの目の前で────生きたまま、身体を、切られ─────────あ、あ」

 

 

その腕を見て何かを思い出したのか、過呼吸になるシルディ。強く響いてくる頭痛とそれに応じて再起する景色に、彼は両手で抑える。

 

そして、決定的な光景を思い出した直後、

 

 

 

「─────あ゛あ゛あ゛あああッッ!!!」

 

 

シルディは、発狂した。

記憶にない、本人が思い出せないほどのトラウマ。それが刺激されたことで、シルディの精神は再び壊れた。

 

「シルディっ!?」

 

「おい!シルディ!どうしたんだ!?」

 

 

両目から涙を流し、絶叫を口から吐き出す青年に、二人は駆け寄る。彼の背中を擦ろうと手を添えるが、それすら錯乱したシルディに振り払われる。

 

 

「イタい、痛い痛い痛いッ!! 母さん、母さんッ!姉さん、姉ちゃん、お姉ちゃんッ! 父さん!父さんッ! どうして、どうして!?どうしてオレ達だけが、こんな──────ッ!!」

 

 

失われた右耳の部分から、とめどなく血が流れ出す。絶望に満ちた悲鳴と嗚咽を口に漏らすシルディは苦しみ、悶えることしか出来ない。

 

 

そんな光景を見たプロフェッサーは────嬉しそうに嗤った。

 

 

『─────ハハハッ!! やはりそうか! 道理で気にはなっていたんだ!奴等が、国連がアナグラムをあそこまで警戒する理由など、それしかない!予想の範疇であったが、今ここで現実となった!! 愉快だ!実に愉快だぞ!同情するなぁ、貴様の遺児がここまでの罪と業を背負わされるとは!』

 

「何が、可笑しいんだよ!テメェ!!」

 

『何が可笑しい、だと?決まっている』

 

 

痛快と言わんばかりに大笑いしたプロフェッサーは、激昂した一夏の言葉を聞き、笑いを噛み砕く。喉をクツクツと鳴らしたプロフェッサーは、ふとフルフェイスのマスクに指を添える。

 

 

『アナグラムのリーダー。シルディ・アナグラム、奴の正体を確信できたのだ。あくまでも計算したものだったが、これほど愉快なものはない。こんな狂った世界があるとは私としてもおぞましく思う』

 

 

カシュッ、と彼の顔を覆う無機質なマスクが仕舞われる。素顔が露出した途端、一夏と箒は信じられないと絶句してしまう。

 

 

「……………え?」

 

「な、なんで…………その顔、アンタは───」

 

 

有り得ない、だって死んだ筈の人間だ。何より、この男が何故この場にいるのか。混乱する二人を見下ろしながら、プロフェッサーは─────否、数年前に死んだはずの男は、愉悦に満ちた醜悪な笑みを浮かべる。

 

 

『国連も排除したがるわけだな。死亡と仮定された、否、死んでなければならなかった国連の罪禍。シルディ・アナグラム。

 

 

 

 

 

 

いや、あの八神宗二の息子─────八神三琴(やがみみこと)と言うべきか」

 

 

男の名は、海里浩介(かいりこうすけ)

ISの有用性を認め、世界にその可能性を教え広めた科学者の一人。十年前に行方不明となり、失踪していた人物。

 

そして、海里暁の実の父親であった。



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第66話 天使

一日遅れましたが、昨日は箒ちゃんの誕生日でしたね。遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます。好きなキャラの一人なので祝福します。(皆好きだけども)


「アンタは────(あかつき)の親父さんか!?」

 

「………ああ、私のことを覚えているのか。前に顔を会わせただけなのに、よく記憶しているものだ」

 

 

今更と言わんばかり、プロフェッサー────その素顔を現した、海里浩介(かいりこうすけ)は侮るように顔をしかめる。

 

だが、違う。一夏が聞きたかったのは、そんな言葉ではない。胸に弾ける激情を抑え込み、目の前の疑問を確かめることしか出来ない。

 

 

「何で、何でだよ…………何でアンタが、こんなことしてんだよ!?」

 

「────短絡的な小僧だ。理由がなければ、納得も出来ないようだな。

 

 

 

だが、舞台を作ったのは私だ。貴様らには、少しばかり語らいをしてやろう」

 

 

狼狽することしか出来ない一夏を見下しながら、それでいて満足そうに海里浩介は嗤う。持ち上げた片手で、頭を抱えて蹲るシルディを指差した。

 

 

「さっき言ったことを覚えているか。シルディ・アナグラムは、八神三琴であると。あの八神の息子だと」

 

「シルディが…………八神博士の!?」

 

 

海里浩介の存在によって混乱していた状況が、正確に理解できた。

 

シルディ・アナグラム、彼の本当の名前は八神三琴(やがみみこと)。世界を相手に戦争を仕掛け、一億以上の人間を殺害した人類最悪の犯罪者の実の子供である、と。

 

その真実は、一夏達にとっても衝撃的なものであった。だがしかし、それによって新たな疑問が生じる。

 

 

「────待て、それは有り得ないはずだ!八神博士の家族は既に死んでいるはずだ!大戦が始まる前から!」

 

「生き残りなんだよ、そいつは。策謀と隠蔽の中で、偶然生還した…………いや、してしまった憐れな存在だ。憐憫すら覚えるね、生きていることすら疎ましく思われて─────国連が血眼で始末しようとするくらいなんだから」

 

 

どういうことだ、と叫ぼうとした一夏だったが、箒が息を呑む様子によって、何とか立ち上がったシルディに気付いた。

 

 

「シルディ!?大丈夫なのか!?」

 

「…………あ、あ。オレは、何とか────それよりも、()()()()()なのかッ!?」

 

「───ああ、本物さ。君も、見違えた訳じゃないだろう」

 

 

途中からの叫び。それは、一夏や箒に向けられたものではない。プロフェッサー、もとい海里浩介に差し向けられた問いであった。

 

アレとは、プロフェッサーが見せてきた人間の腕のことだろう。錯乱した際、シルディはそれを見て『かあさん』と呟いていた。そして、理解した直後に発狂したのだ。

 

 

では、今までの話が事実なら─────彼は忘れていたのだろう。自分の出生や記憶を、トラウマとなった出来事のせいで。そして、彼の存在自体が国連にとって忌むべきものであり、抹消しようとするほどのものだと。

 

 

 

シルディは全身から汗を滲ませながら、海里浩介を睨む。真っ青になり、荒い呼吸を繰り返す彼の肩を支えようとする一夏と箒。しかし、二人を制したシルディは、頭を押さえながら、気丈に振る舞った声で問い掛ける。

 

 

「…………貴方はッ」

 

「?」

 

「貴方は今更、何が目的だ………ッ!オレ達を、IS学園を利用して、一体何を企んでいる─────!!」

 

 

その疑問に、海里浩介は沈黙するや否や─────腹の底から、大声で笑った。両手を広げ、天井を見上げる男の表情は分からない。己の中にある感情を吐き出した海里浩介は、肩を揺らしながら、笑みを口の中で咀嚼して、語る。

 

 

「私が何のために、己が死という隠れ蓑を作ってまで生き延び、今まで暗躍してきた理由など、簡単だ。────私は、世界が欲しいのだ」

 

「世界が、欲しい………?」

 

「いや、世界だけではない!全てが欲しい!世界征服という奴かな! あの天才、八神ですら世界には勝てなかった! 奴の技術、全てを使っても尚、人類を越えられなかった! だからこそだッ! 私はその全てを奪い、手に入れ、我が物としたいのだ!!」

 

 

全てが欲しい、俗な願いだ。しかし、それは傲慢でもある。世界を、全てを手に入れることなど有り得ない。歴史上、どんな偉人も全てを手に入れたことはない。世界全てを支配したことなどない、出来るはずがない。子供の夢として、一蹴されるべきその目的は、純粋な欲望に満ち足りていた。

 

 

世界は、人は、全て己の所有物であるべきだと。その瞳が、ギラギラと煮え滾る激情が、男の真意を体現していた。

 

 

 

「────しかし、あの日。十年前のあの日が、私の全てを変えた!」

 

 

一転して、海里浩介は顔を歪めた。歯軋りを鳴らし、彼は両手で己の頭をかきむしる。血が滲む、痛みを痛感することで、激情を緩和しようとする。興奮に染まっていたその表情には、怒りだけが充満していた。

 

 

「戦争を終わりに導き、世界を変革させたIS。私はそれを求め、全てのISを掌握しようとした。国連の議員の若僧を唆し、あとは簡単に事が進むはずだった!」

 

「…………」

 

「だが!あの小娘は、篠ノ之束は私に従わなかった!ISの独占はおろか、ISのコアの情報すら開示しなかった!脅しも通じず、最終的に人質を使ったさ!

 

 

 

 

 

だがそれを、奴等────織斑千冬、そしてモザイカと名乗る奴、奴等のせいで全て台無しになった!お陰で私は己の死を偽装しなければならなかった! あの小娘どもによって傷つけられた私の顔も、治すのに十年も費やしたのだ!!」

 

 

それが、仮面で顔を隠して己の死を偽装した理由か。海里浩介は自身の顔を撫で、あるはずのない傷痕が疼く中、怒りに震える。

 

今まで一度足りとも収まったことのない、感情を爆発させる。

 

 

「屈辱ッ!(まさ)しく屈辱だ!あと少しで、私は世界を手に入られた!それを邪魔したあの小娘どもは絶対に許さん! だが、ただで殺すのは満足できない。奴等の大切なものを徹底的に傷付けて、痛めつけて!絶望のままに殺してやると、私は誓ったのだ!」

 

 

結果的に、男は妄執と狂気に囚われていた。世界を支配するという欲望と、己の邪魔をしたものを絶望させて殺すという憤怒。或いは、それ以外の感情。それらが、海里浩介をここまで狂わせたのだ。

 

一夏達から見ても、正気とは思えない程にまで。

 

 

「その為に!お前達を呼び寄せたのだ!この場所にな!あの二人の大切な存在である、お前達二人を!! 私が味わった屈辱と憎悪を少しでも和らげ、奴等への報復の糧とするために!!」

 

「千冬姉を、殺すだって………っ!? ふざけんな! そんなことさせるわけねぇだろ!」

 

「────横暴だ!貴様の話が本当だとしても、それは単なる逆恨みに過ぎない!」

 

 

海里浩介の宣言に、一夏と箒は感情のままに弾劾する。当然だ。あまりにも身勝手、横暴なことだ。ISの独占など、絶対に許されてはならない。そうならないように、国連すらも条約を設立しているのだ。ただ一人が全てを独占し、支配者になることなど認められない。

 

 

しかし、二人の言葉は、海里浩介には届かない。表面上はおろか、内面にすらも。

 

 

「逆恨みだと? 違うな、正当な報復だ。 世界の支配者となるべきこの私に逆らうなど、それだけで万死に値するのさ」

 

 

傲慢、それ以外の言葉はない。まるで自分こそが絶対であるとでも言わんばかりの口調と態度に、一夏と箒は嫌悪しか感じなかった。ここまで自分以外の他人を見下した大人がいるのか、と。

 

しかし、怒りに身を震わせる二人の肩を、シルディが掴んだ。思わず振り返り、心配した二人に彼は言葉を紡ぐ。

 

 

「────逃げるぞ、二人とも」

 

「な、何を言っている!?奴はお前も追っていたのだろう!見逃すというのか!?」

 

「何でアイツが、平然と話していると思う!? 奴は十年も暗躍してきたんだ! 今ここでも、オレ達を対処できる切り札を用意しているはずだ!」

 

 

感情的になっていた二人とは違い、錯乱から落ち着いたシルディは冷静になれていた。海里浩介が生身でありながらこうも堂々としていられるのは、自信からだ。ISが相手だろうと問題ないという、確固たる自信。

 

 

───恐らく、先程から海里浩介の近くにいる機械の竜とは違うナニかを隠している。戦場で鍛え上げられた第六感が、シルディにそう囁いていた。

 

極力冷静であるシルディの言葉に、二人は落ち着きを取り戻した。その様子を見た海里浩介は面白くないのか、舌打ちを口の中で飲み込む。不愉快そうに一夏達を睨んでいた海里浩介は───────ふと、何かを思い出して、醜悪な笑みを刻んだ。

 

 

「……………ああ、君達を見て思い出した。確か、子供の頃仲良くしていたよなぁ。────だが、あれ? 可笑しいなぁ、一人足りない気がするぞ?」

 

「───ッ」

 

「ああ、思い出した。(あかつき)か、お前達とは仲も良かったよなぁ。確か………少し前に死んだんだっけか、アレ」

 

 

彼等の幼馴染みであり親友、そして浩介にとって実の息子。なのに、男の言葉に海里暁への思いやりはない。それどころか、『アレ』と呼び、つまらなさそうに吐き捨てる始末。

 

その様子が、一夏の逆鱗に触れた。

 

 

「お前────アイツに何かしたのかッ!?」

 

「止めろ一夏!挑発に乗るな!」

 

「────何も。何一つしてないさ。確か、殺されたんだろ?アレは。まぁ、少しは残念さ…………その程度の感情だよ」

 

「ッ!アンタ、暁の父親だろ!?アイツが死んだことに何も思わないのかよ!?」

 

「何も思わないのか…………何をだ?」

 

 

必死に咎める一夏に向けられたのは、嘲笑だった。愛情なんてものを感じさせない。言葉の端から端まで侮蔑を乗せ、海里浩介は己の子供を思い浮かべながら、口を開く。

 

 

「本当に、使えない奴だよアレは。私の才能を継いだ訳でもなく、軟弱で無能な子供だった─────私が生み出したものの中で、アレは一番の出来損ない。失敗作だな」

 

 

それは、一夏にとって地雷だった。

親が子供を愛さない、それどころか道具として利用することが許せない。子供の生きる意味を、勝手に決める親が、誰よりも嫌いだった。────彼の父が、自由を認め、一夏自身を受け入れてくるような親だったからこそ。

 

 

何より、一夏にとって暁は唯一無二の親友だった。臆病で気弱でありながらも、芯の強さは一夏以上だ。一夏が無意識に女子を泣かせてしまった時には彼を責めずに叱り、仲直りするように尽力してくれた。

 

誰よりも大人しく、誰よりも臆病だが、本当の彼は強いのだ。決して自分の間違ってると思うことを違えず、一夏以上の頑固さと熱意を有する男だ。織斑一夏は、彼を弱いとは思ったことはない。何度も自分を支えてくれた、大切な親友なのだ。

 

 

それを、でき損ないと嗤った。

あの男は、自分の子供の本質すら見ていない。外側だけで判断し、自分勝手に失望しているのだ。

 

自分達の大切な友達を─────失敗作としてしか、モノとしか見ていない。

 

 

「ハッキリ言おう、私がアレの死を知った時に感じたのは失望と嘲笑だ。普通に生きることすらも出来んとは、とことん世界から見放された愚図だ。神というものがいるのなら、私の汚点たるアレを消してくれたことを感謝したいくらいさ」

 

「黙れテメェ──────ッ!!」

 

 

直後に、堪忍袋の緒が破裂した。

必死なシルディの静止と箒の声は、今の一夏には届かない。衝動のままに『白式』を纏い、無手の拳を強く握り締める。

 

突き進んでくる一夏を前に、海里浩介は笑みを深める。まるで望んでいるかのように堂々とした立ち振舞いで、嘲りの言葉を続ける。

 

 

「何を怒る? ゴミをゴミと呼んで、問題でもあるのかな? むしろ、当然の権利じゃないか。満足に生きることも出来ず、あんな呆気ない最後を迎えたんだ。落胆の一つはおろか、失意すら生易しい」

 

「────うるさい」

 

「ああ、それともアレのことがそんなの大事だったのか? 随分と物好きなことだ。…………いや、それとも。アレみたいなのがいてくれた方が良かったのかな、君は。自分のことを慕う舎弟みたいなのが、お好みだったかなぁ!?」

 

「────黙れテメェぇぇええええええええッッ!!!」

 

 

腹の底から響いた咆哮。

親友を、その名誉も尊厳すらも嘲笑われた今、織斑一夏の理性は既に弾けていた。平然と、親友を侮蔑した男の面を狙い、白式のガントレットを纏った拳を放つ。

 

その一撃は、綺麗な程に打ち込まれた。

 

 

 

─────カァァァンッ! と、反響を残して。

 

 

「………ッ!」

 

「────あーあ、残念だったねぇ」

 

 

ニタニタと笑う海里浩介の目の前に、半透明な障壁が展開されていた。恐らくはこのバリアを、最初から仕組んでいたのだろう。一夏を挑発し、自分から殴らせるために。

 

悔しそうに、唇が裂けるまでに噛み締めた一夏が拳を振り上げる。その光景を見据えながら、海里浩介は小馬鹿にするように笑うのだった。

 

 

「彼の言う通りにすれば良かったのに…………本当に君は乗せやすい」

 

「ッ!離れろ一夏!その位置に何か────」

 

「爆弾なんかないさ。─────それ以上のモノだがね。

 

 

 

 

 

 

 

最も、『彼』を起動させたのは君だ、織斑一夏。いや、厳密に言えば君のISか」

 

 

瞬間、地下ホールが大きく揺れた。ただの震動ではない、地震のような鳴動が、絶え間なく続いている。バランスを崩した一夏にシルディと箒が駆け寄り、咄嗟に身構える。

 

 

この震動は、脈動は真下からしている。ナニかが、地下に眠っているのだ。それが、今の出来事によって目覚めた。目覚めてしまったのだ。

 

 

大きな胎動の、震動の中、白衣の男は両手を広げる。歌うように、舞台に立つ役者のような、大袈裟な振る舞いで、語った。

 

 

 

「─────さぁ、震えるがいい。君達人類の敵、八神が遺した憎悪の残滓────天使が、今再臨したのだ」

 

 

 

海里浩介の宣言と共に、地下ホールは爆散した。地面から炸裂した、無数の純白の閃光によって。

 

 

 

 

■■■

 

 

─────八神博士が開発した無人兵器。それには厳密に二つの種類がある。

 

 

一つは、単純なシステムによって稼働する無人機械。内部に組み込まれたコアは小型の球体であり、それが脳となり、ネットワークに提示された命令だけを遂行する。それこそが、世界各国でも使用されている無人兵器の一例である。

 

 

そして、もう一つは、人工知能が搭載された無人兵器。八神博士が開発した兵器の中で、これこそが強力であった。己の意思で判断し、活動する。本来は人間が活動できない圏内で、自己判断による作戦の為に開発されたはずの技術は、人間を効率的に殺すための兵器として利用された。

 

それこそが、『界滅神機(カイメツシンキ)』、その原型となった『天壊機(テンカイキ)』。数年後の未来、世界と人類を滅ぼすために人工知能達が己の肉体として開発した『界滅神機』とは違い、『天壊機』は当時の大戦に多く運用され、人類に猛威を振るった。

 

当時、天壊機は人類の脅威として恐れられ、別の名で呼ばれ、人々の畏怖を集めていた。

 

 

─────鋼鉄の『天使』と。

 

 

■■■

 

 

 

【────神層世界樹 ユグドラシル・ネットワークに接続────】

 

 

【────ニュートラル・リアクター稼働、N.E粒子増幅。全回路への放出を開始】

 

 

【間接球部、駆動神経、良好。プラネウム装甲 エネルギー伝導を確認】

 

 

【ユグドラシル・ネットワークの接続完了。コアユニットとの連携、情報受信機構『天環(エルフェ・リング)』の構築】

 

 

【対人類殲滅機構、対世界崩壊機構────疑似承認。全武装のリンク統合。全機構良好(オールグリーン)

 

 

 

【天壊機─────『エクスシア』、起動します】

 

 

 

■■■

 

 

 

崩壊するサイロ。残骸と破片舞う巨大ホールに巻き込まれないように、一夏と箒がISと共に離れようとする。しかし、それよりも先に一帯を破壊し尽くした白い閃光が、彼等に迫っていた。

 

 

「─────『ストライカー』ッ!!」

 

 

直後、地下サイロに飛び込んできた機影────機械の飛龍(ドラグーン)『ストライカー』がシルディの呼び声に応える。戦闘機のように翼を広げたドラグーンが瓦礫の雨を避けながら、一夏と箒をクローアームで掴み取った。

 

二人を胸に抱えるようにその場から移動するストライカー。二人を保護した飛龍の背に飛び乗ったシルディは、崩壊する地下工房から抜け出していく。

 

複雑な通路を駆け抜けていき、一夏達はストライカーと共に地下から抜け出し、海面へと飛び出した。ISによる保護で海水を飲まずに済んだ二人はすぐさま、真下から消し飛ばされた海面に意識を向ける。

 

 

 

地下工房は既に崩壊し、流れ込んだ海水によって藻屑となるはずだった。しかし、地下工房も流れ込むべき海水も、等しく消し飛ばされていた。

 

 

蒸発した海面一帯。奈落のように空いた大穴から、白き光が地上へと飛び出す。いや、光臨した。

 

 

純白の装甲で全身を覆ったそれは、蝶のような威容を示していた。四枚の翼を左右に二対備え、二本のアームを有した機体は、頭部に複雑な光のリングを浮かべている。

 

 

────『天使』だ、と三人は直感的に理解した。それ程までに神聖な姿をしているのだ。造形物でありながら、神秘的な雰囲気をまとうその姿だが、一つだけ違和感がある。

 

 

負の意思。

殺意や憎悪、あらゆる感情が白き天使から滲み出していた。頭部のユニットから覗く二つのライトアイは、敵意に満ち足りたものとしか見えない。

 

 

そう断言できる理由は、明白である。何故なら、白き天使のその視線は、彼等の方に向けられていたからだ。厳密には、一夏だけに。

 

 

一方で、静かに一夏達を見据えていた純白の天使。ゆっくりと全身を震わせた瞬間、

 

 

 

 

 

───────────ッッ!!!!

 

 

音色。

まるで祈るような聖女の歌声のような、心地よい音。しかし、前提が矛盾に満ちていた。響き渡る叫びには、強く禍々しい殺戮の意思が伴っている。

 

この世の全てを憎み、怨嗟を撒き散らす憎悪の化身。機神 ヴァルサキスの時とは違う、純粋な殺意の衝動体。それこそが、白き天使を象る存在感であった。

 

 

僅かに身震いを感じた一夏の思考が、ふと違和感を感じ取る。言葉にし難い感覚の正体を確かめようとした、直後の事だった。

 

 

 

────純白の閃光が、ストライカーを撃墜した。光の爆発と共に、一夏と箒は空中に投げ出される。海面へと墜ちていく飛龍と共にいたシルディが巻き込まれたのではないのかと、一夏は彼の名を叫ぼうとする。

 

 

 

その時には、白き天使(エクスシア)は一夏達を睥睨していた。

 

 

「─────ッ!」

 

 

向けられた眼差し。

選定するような無機質な眼光に、粘り着いた憎悪の激情を感じ、全身に寒気が伝わる。そして考えるよりも先に、《雪片弐型》を振り下ろした。

 

 

だが、叩きつけられるはずの一撃は空を切る。巨体にあるはずの先手が届かなかったことに、それ以上の事実に一夏は混乱するしかなかった。

 

 

(避けたのか───!? あいつ、あんな大きさなのにISの速度に匹敵してる───ッ!)

 

 

見た目の巨体から見違える程の速度。少なくとも、一夏が次にエクスシアを捉えたのは、遠方に見える光の軌跡としてである。雲を突き抜けながら、四枚の翼の形をしたアーマーに内蔵された推進材により、超音速となった巨体が流星の如く突撃してきた。

 

 

(避けられない!なら、正面切って!)

 

「ッ!────うおおおおっ!!」

 

 

瞬時加速による瞬間的な爆発により、一気に接近する一夏。装甲により深いダメージを刻むため、雪片弐型を両手で握り締め、突撃してくるエクスシアに目掛けて斬りかかった。

 

 

─────そんな一夏の攻撃を見透かしていたように、エクスシアは胴体の胸部から収束レーザーを放出した。

 

 

「─────ぐはあっ!!?」

 

 

無防備な正面からの砲撃に対処しきれず、直撃を受けてしまう。そのまま吹き飛ばれながらも、一夏は何とか体勢を立て直す。

 

荷電粒子砲を展開し、エクスシアへと射撃する。放たれた砲撃はエクスシアの頭部に吸い込まれるように着弾────することなく、装甲の前に構築された障壁によって霧散した。

 

 

「っ!ビームも防げるのか!?」

 

 

驚愕する一夏に目掛けて、エクスシアの背中から無数の閃光が放出される。光粒子状のミサイル群を防ごうとする一夏だったが、突如手を引かれ、離されてしまう。

 

 

「一夏!迂闊だ!動きすぎるな!」

 

 

箒によって手を引かれ、助けられたことに感謝を述べようとしたが、状況が状況だった。即座に対応を考えていたであろう箒は展開装甲を組み替え、『紅椿』を超高速飛行モデルへと切り替える。

 

 

「乗れ、一夏!」

 

「おう、任せた!箒!」

 

 

背中のフレームに捕まり、超速飛行のエクスシアへと追従する箒と『紅椿』。瞬時加速を越える程の速力による飛行は、白い天使の背が見えるまでに追いついていた。

 

しかし、それに気付いたエクスシアは振り返るや否やそのまま二人の方へと突っ込んでくる。アーマーの下に隠されていたアームのクローが開き、掌から光の刃が展開された。敵の攻撃を理解した一夏は咄嗟に箒の背から飛び出し、零落白夜を発動し、斬りかかる。

 

 

白と青、二つのエネルギーの光が衝突し、炸裂し合う。エクスシアのビームブレードと雪片弐型の光刃が交差し、閃光を辺りに撒き散らす。

 

両手で何とか拮抗する織斑一夏と白式。斬撃と斬撃との鍔ぜり合いは、エクスシアの出力の方が遥かに上であるはずだった。今も続いている衝突は、一瞬で崩されても可笑しくないのに。

 

 

「…………白式?」

 

 

そこで、織斑一夏はようやく違和感の原因に気付けた。白式が、強く反応しているのだ。熱を帯びるような、不思議な感覚は白式の性能が引き出されていることを示しているのだろう。

 

まるで白式そのものが、目の前の敵を倒さなければならないという決意を示している。と、一夏は感じてしまった。

 

 

 

【─────男、か】

 

「っ!?」

 

【形が変わったとはいえ、白騎士に乗る者が織斑千冬の他にいるとはな。─────いや、貴様が織斑千冬の弟か。ということは、奴は本当に白騎士を棄てたのか】

 

「コイツ!喋るのか!?」

 

 

エクスシアから響く無機質な声。人の言葉を介した機械音声がオープン・チャンネルから届いていた。一夏はその声がエクスシアのものだと理解して、困惑を露にした。

 

ヴァルサキスの件もあるが、こうも流暢に言葉を話す兵器が多いものなのか。そんな風な疑問を振り払い、一夏は目の前の天使に問いかける。

 

 

「────白騎士って、どういうことだ!?お前、千冬姉のことを知ってるのか!?」

 

【知ってるも何も、私は奴と殺し合ったのだ。あの戦争の時に、何度もな。そして、今も!奴を殺すために、十年も待ち続けた!】

 

「っ!どうして誰も彼も、千冬姉を殺そうとするんだよ!?」

 

 

怒り任せの発言。

自分の姉が、ここまでの殺意を向けられなければならない理由に、一夏は怨み言を吐き捨てるしかなかった。あくまでも、単なる独り言だ。まさか、答えが返ってくるとは思っていなかった。

 

 

【────理由ならばある。奴は、私の翼を斬った!私を敗北させた!何より、奴は──────あの御方を、創造主を、八神博士を裏切った!】

 

「…………は?」

 

【奴は大恩ある創造主を、恩師を裏切り、恩師が与えた技術で完成したISで我等に牙を剥いた!そして、奴は創造主を死に追いやったのだ!あの御方の教え子という身でありながら!!】

 

「千冬姉が…………八神博士の、弟子? そんなこと、一度も────」

 

【許さぬ!赦さぬ!赦されぬッ!だからこそ、私は決意したのだ!たとえどれだけ生き永らえようと、誰に利用されようとも、織斑千冬だけは殺すと! それこそが、エクスシアの名を賜りし、我が存在意義!あの御方の敵を、人類を殺し尽くす大義も果たすためにも! 織斑千冬を、白騎士を正面から打ち倒さねばならん!!】

 

 

狂気に染まったエクスシアの声に、一夏の力が僅かに緩まる。その隙は大きく、刃と刃の衝突という均衡が一瞬にして覆った。

 

仰け反った一夏の腕を、エクスシアのクローアームが掴む。妄執に満ちた天使は片方のクローアームから光の刃を展開し、

 

 

【────貴様を殺せば、織斑千冬は白騎士に戻るはずだ!実の弟である貴様を!】

 

「──────ッ」

 

【その首、その命! 白騎士の再臨の為に貰い受ける!!】

 

 

織斑一夏の心臓を、ISごと貫くように振りかざした。

 




多分自分が思い浮かぶ人でなしキャラでも、親指で数えられるレベルに入るド畜生な海里浩介。息子の暁が臆病かつ気弱になったのは、この父親が原因です。



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第67話 黒き剣士

純白の天使 エクスシアが振り上げた光刃が、一夏を貫かんと迫る。心臓を穿とうとしたビームブレードの刃先が────突き出された掌によって受け止められた。

 

 

一夏の前に飛び出してきたシルディ、伝説幻装(エンシェントレガリア) 龍王 バハムートを纏う彼が、エクスシアのビームブレードを正面から受け止めたのだ。

 

 

「─────あああああッ!!」

 

 

シルディの右腕が、装甲が砕け、融解していく。高出力のビームを直撃したドラグーンの鎧の一部が破壊され、熱に晒されたシルディが絶叫する。しかしそれは、痛みに悶えたものというより、逆に戦意を高揚させる為の咆哮でもあった。

 

 

振り上げた左拳で、エクスシアの頭部を打ち抜く。フルスイングと深紅のエネルギーを帯びた一撃は、エクスシアにとっても大きなものであったらしい。仰け反った天使は空中で翼を振るい、頭部ユニットを軽く振るった。

 

しかし、それだけ。見た限りの傷は見えない。エクスシアはすぐさま翼を広げ、シルディへの追撃を繰り出す。先の一撃で弱ったシルディの腕へ狙いを定めて。

 

 

「────させるかぁあああっ!!」

 

 

そんな事を見逃すわけがなく、一夏が零落白夜を発動した斬撃を放つ。淡い白光の刃を前に、エクスシアは超速度で離脱した。零落白夜という力が、どれだけ厄介なものかを理解したような動きだった。

 

 

「クソッ………物理攻撃も、通じないのかッ」

 

「シルディお前!その腕、大丈夫なのか!? ───いや、どうして俺のことを庇った!?」

 

「親友を助けることを────責められる謂れはないさ」

 

 

気丈に振る舞ったシルディの片腕は悲惨なものだった。高火力のビームにより腕全体が使い物にならない状態だ。裂傷により流血している部分もあれば、ビームの熱で焼かれ焦げてもいる。

 

形容しがたい激痛が、シルディを襲っているはずだ。現に、彼は泣きそうな程の痛みをこらえて、下唇を強く噛んで耐えている。

 

それ以上に、自分を庇ったことを問い質そうとする自分の性根が腹立たしい。素直に礼を言うことも出来ない。かつての友として接するべきだと思いながらも、本心では敵として警戒していたからだ。

 

だからこそ、心配しながらもシルディが自分を助けた理由を優先した。情けない、と猜疑心を少しでも持った自分に怒りをぶつける。しかし、それは無理もないことであった。

 

 

「…………ごめん、シルディ。俺まだお前のことを───」

 

「─────一夏の立場もある。仕方ないさ────それに、あの人の子供って知ったばかりなんだ。疑われてもしょうがない」

 

 

大犯罪者 世界を滅ぼそうとした悪魔 八神宗二の息子。一億人を殺したというその忌み嫌われようは相当なものである。彼本人は、八神博士とは違う。そう思っていても、一億人以上を殺し尽くしたという証明が、事実が、心の底によぎってくるのだ。

 

 

 

「────一夏!シルディ!気を付けろ!奴がまた来るぞ!」

 

 

此方まで近付いてきた箒が、二人に向けて叫ぶ。その時には、遠方にまでいたエクスシアが速度を限界まで引き上げ、此方へと突撃してきていた。重量に任せた突進で、二人纏めて叩き潰すつもりなのだろう。彼等が身構える中、エクスシアは速度を緩めることなく突き進み─────

 

 

突如、真横から砲撃を受けた。

 

 

「え、えっ!?」

 

「何だ!今のは!?」

 

 

突然のことに戸惑う一夏と箒。ISによる攻撃ではないことに気付いた二人を他所に、攻撃を行った相手に気付いたシルディが驚いたように口を開いた。

 

 

「───国連の艦隊ッ!?」

 

 

 

◇◆◇

 

 

「────目標への砲撃、命中!バルトラーゼ級戦艦、主砲の用意が出来ていますが…………如何致しますか!?」

 

「敵影を確認次第、砲撃を続行せよ。あくまでも敵の確実な撃破、可能であれば回収だ。ドライアス級重戦艦四隻の鹵獲用アンカーの用意を」

 

 

近海に滞在していた国連の精鋭を集めた大艦隊。その指揮を任された司令官は、冷徹に他の艦への命令を飛ばす。艦長席に身を預けた司令官はようやく落ち着いたように一息つく。

 

しかしすぐに、護衛艦から連絡を受け取ったオペレーターが声高らかに報告をする。

 

 

「司令官!作戦範囲内の複数の反応を確認!二つはISの反応!IS学園の機体だと思われます!」

 

「…………学園か。我々の動きを見抜いていたか?時雨理事には内密なはずだが、一体何処から情報が漏れた?」

 

「彼等はどうしましょうか? 我々の作戦の妨害をする場合は、撃破しますか?」

 

「放っておけ。我々の目的は、あくまでも界滅神機の回収、もしくは破壊だ。下手に手を出せば、我々が国際社会からの非難を浴びるだけだ」

 

 

この艦隊が、一夏達を助けたわけではなかった。あくまでも、突如現れたエクスシアを危険兵器として対応したに過ぎない。だからといって、彼等の敵になるわけでもない。

 

IS学園は、世界中から学生を集めている法治機関である。ある意味では国連のエリートよりも立場が強く、理事長を代理している時雨の国連内の発言力は大きくあった。だからこそ、学園外であっても、学生に手を出した事実が広まれば、たとえ国連であれど非難は免れない。

 

故に、触らぬ神に祟りなし。学生である彼等が何をしていようと、余計な手出しをしなければいい。司令官の対応は、単純明快であった。

 

 

「───報告します!IS学園の二名と共に、シルディ・アナグラムの存在を確認しました!」

 

「シルディ・アナグラムだと?何故奴がそこにいる?IS学園との共闘…………有り得るが、情報が足りないな」

 

「確認の結果、シルディ・アナグラムは負傷している模様!補足対象を切り替えますか!?」

 

「愚問だ。テロリストの首魁とは言え、今回の作戦の目標ではない。必要なのは、あくまでも界滅神機だけだ」

 

 

司令官は、軍人としては頭の回る優秀な人物であった。よく言えば命令に忠実、悪く言えば命令以外のことに執着しない。彼にとって、不確定要素が自分にとって大きな功績だとしても、命令になければ動くことはない。

 

 

だからこそ、司令官はシルディやIS学園の存在を敢えて無視した。作戦の本懐だけを優先するために。

 

 

しかし、彼より上にいる者達は────それを望んではいなかった。

 

 

「─────司令官!『楽園の実(エデンズ・シード)』からの直接通信が!」

 

「何!?あの方々が!?────急いで、私の回線に繋げろ」

 

 

焦るのも一瞬。

突如訪れた国連の特権機関からの連絡に、司令官は表面上の落ち着きを取り戻す。しかし、疑問や不安はあった。何故このタイミングなのか、まるで自分の行動を見計らったような動きに違和感を覚えながら、通信を繋げる。

 

 

 

「ハッ!皆様、此度は命令通りに作戦続行中で────はっ、何故そのことを─────ですが、しかし。この作戦の失敗は許されぬと────────いえ、異論はありません。皆様の御命令通りに」

 

 

途中、反論しようとした司令官は、口を重く閉ざした。言葉として伝わってくる圧力を受けるかのように俯いた司令官は、己の中にある躊躇を切って捨て、冷徹な仮面に覆い隠したまま、総員に命令を下した。

 

 

「────攻撃目標を変更。これより、本作戦を切り替える。目標はシルディ・アナグラム。奴を確実に抹殺する。いいか、捕縛は考えるな。確実に、遺体を残さず消し飛ばせとのことだ」

 

 

その発言に、オペレーター全員にざわめきが伝わっていく。中には立ち上がり、正面から反論し出す者が出るくらいであった。

 

 

「司令官!?そんな馬鹿な!我々は、界滅神機を破壊することが目的なのでは!?」

 

「…………命令だ。黙って従え」

 

「テロリストとはいえ、彼はまだ子供です! その相手に我々艦隊が砲撃を行えば、世間が知れば黙ってはいません!アナグラムとの、全面戦争になる可能性も────」

 

「────黙れ!これは上からの命令だ!!貴様も、私も、異論は絶対に許されんのだ!!」

 

 

命令に忠実である司令官がここまで頑なになるということは、上層部は強迫紛いの要求を求めたのだろう。もし断るのなら、裏切り者として始末させると。彼自身だけならともかく、部下や戦友を巻き込むわけにはいかず、苦渋の決断なのだろう。

 

 

「ですが!彼の近くには、IS学園もいます!ここで攻撃してしまえば、彼等も巻き込んでしまうことに───」

 

「………許可は出ている。いや、巻き込んでも確実に仕留めろとのことだ。重傷になろうと、死のうと関係ないと」

 

「─────なッ!?」

 

 

最後の最後まで反対しようとしていたオペレーターは絶句するしかなかった。あまりにも正気ではない。そこまでして、彼等はシルディ・アナグラムの抹殺の固執するのか。上層部は一体、何をそこまで危険視しているのか。

 

 

そう思っているオペレーター達は知らず、司令官だけは理解していた。自身に命令を下した老獪達は焦りを隠さず、兎に角必死の様子だった。アレは恐怖ではなく、怯えだ。シルディが八神博士の実子という意味ではなく、別の何かが知られることを恐れているかのような。

 

 

────現に、老獪の一人が言った。『奴は生きてはならない!生きている事実が知られてはならんのだ!』という言葉に、他の者達が激しい剣幕で呼び止めていた。有無を言わさず、命令を指示された司令官は自分達すら知らぬ大きな闇の存在を察知したが、彼には最早どうすることも出来なかった。

 

 

「……………命令拒否は死を意味する。我々がシルディ・アナグラムを討たねば、我々全員が造反によって処刑されるのだ」

 

 

故に、司令官は命令するしかなかった。シルディ・アナグラムを確実に抹殺しろ、と。たとえそれで、IS学園の候補生が巻き込まれても構わない。いや、巻き込んででも絶対に殺さなければならないと。

 

全ての艦隊の照準を、彼等に悟られぬように定めていく。主砲が静かに向けられていく中、軍帽を深く被った司令官は悲痛そうな声で呟いた。

 

 

「────赦せ、若者達よ」

 

 

それがシルディ・アナグラムへか、一夏や箒へのものかは分からない。或いは、彼等三人に向けたのかもしれない。数秒の沈黙を哀悼として捧げた司令官は表情を消し、「撃て」と命令を下した。

 

 

戦艦からの砲撃が放たれる直後、横に並んでいた護衛艦に空中から飛来したビームが直撃した。甲板を吹き飛ばした爆発は艦内のエンジンを誘爆させ、一撃で護衛艦を海に沈めた。

 

 

「報告!ジーゼック級護衛艦撃沈しました!」

 

「───ッ!敵は誰だ!シルディ・アナグラム!」

 

「いえ、違います!敵大型兵器です!敵大型兵器 此方への攻撃を開始しました!」

 

 

 

◇◆◇

 

 

海上で、無数の弾幕が舞い散らかされる。

数十隻の艦隊から放たれる砲撃、対空火器による迎撃が、エクスシアを撃墜するべく、辺り一帯を飲み込んでいく。

 

しかし、天使には当たらない。縦横無尽に飛翔していく白き機体はまるで弾道全てが見えているかのような、華麗な動きで回避を繰り返していく。

 

あろうことか軌道を変えた瞬間に、艦隊に向けて収束レーザー砲を放つ。高出力の熱線は重戦艦を一つ貫き、横に振るうことで複数の艦を切断して、暴発させる。

 

そこでようやく。

沈みゆく戦艦を目の当たりにして、エクシスアは思い出したように(かぶり)を振った。

 

 

【………嗚呼、そうか。見覚えるがあると思えば、あの御方が造った兵器ではないか】

 

 

八神博士の造った兵器の殆どは破棄された。それが表向きな事実だ。しかし、その大半が各国によって運用されている。八神博士を犯罪者として強く意識している国連ですら、兵器を運用しているくらいだ。

 

八神博士の技術は、人類の数世代の技術を大きく上回っている。たとえ今の科学者達が総力を上げようと、彼の発明を越えるどころか、並ぶことすら出来ない。

 

十年前のものであっても、彼の造った兵器は人類にとってオーパーツにして代替が効かぬ兵器である。だからこそ、どれだけ博士を貶めたとしても、利用せざるを得ないのだ。

 

 

【あの御方に罪を背負わせたクセに、あの御方の造った兵器を平然と利用するとは…………やはり人間は変わらない。愚かであり、滅ぶべき存在だ】

 

 

機械には本来ならば有り得ない、憎悪の声であった。エクスシアは上空からの攻撃により、艦隊を着実に削っていく。天使のやり口に気付いたのか、彼等もようやく別の対応に動き始めた。

 

 

戦艦のカタパルトから、複数の機影が飛び立つ。簡素なプログラムによって動く、無人戦闘機だ。それも数百。空中と海上の同時攻撃さえすれば、対処できると考えたのか。

 

 

────無意味だ、とエクスシアは笑う。天界機とは、博士の遺した兵器は、そんなもので対応できるようなものではないと。

 

 

【────ならば、教えてやろう。我々の天使の威光を、あの御方の力の一端を】

 

 

断言したエクスシアの躯体から、小型の装甲が乖離する。分離した装甲は空中で静止し、光粒子によって形成された羽と刃を展開する。二十の光剣を円として囲み、天使は振り上げた手を軽く払う。

 

 

【舞え、光の羽刃────ソード・ビット】

 

 

強い光と共に弾けた光剣が、一斉に敵陣に迫る。それだけで、無人戦闘機が幾つか撃墜されていく。その刃によって切断されたり、的確に細切れにされたりもすれば、速度と強度に物を言わせ、突進によって貫通して見せた。

 

 

「し、司令官!無人戦闘機半数まで減少!敵大型兵器が射出した遠隔武装により全て墜とされています!」

 

「────まだだ!対空火器全集中!残存護衛艦は全射器一斉砲火!所詮は遠隔操作による飛び道具だ!乱れ撃ちで幾つか落とせるはずだ!」

 

 

司令官が下した指示により、艦隊は周囲に弾幕を撒き散らしていく。閃光の花火のカーテンが全方位に展開され、普通であれば直撃も免れない程の総量で圧倒し、エクスシアの光剣を問答無用で落とそうとする。

 

 

しかし、光剣は異常だった。

全てが全て、変則的な動きと速度で弾幕を掻い潜っていく。複数の対空砲が狙い撃ちをするが、光剣は速度を変えることなく、透明で弾力のある壁が周りにあり、それで跳ね回っているのかと思ってしまう程の、素早い動きであった。

 

 

『な、なんだあの動きは!?あんな動き無人機に出来るわけが───』

 

 

重戦艦の操縦者が悲鳴のように叫んだ瞬間、光剣に穿たれた。次々と途切れていく仲間の声に司令官は恐怖よりも先に、悔しさが込み上げてくる。

 

 

(我々は、国連の精鋭艦隊だぞ!?その我々がこんな、まるで赤子のように────いや、こんなものはただの蹂躙ではないか!?)

 

 

オペレーターの悲鳴に気付いた時には、司令官のいる戦艦を光剣が突き立てられる。複数の刃による斬撃により、司令室を誘爆が飲み込んだ。

 

爆風によって飛んだ残骸が直撃したのだろう。頭部から血を流しながら、司令官は立ち上がる。オペレーター達の声はしない。既に全滅したのだろう。

 

 

空を見上げた司令官は、此方を見下ろす純白の天使の存在を見た。残酷なまでに冷徹な眼光に、司令官の瞳にギラギラと燃えた敵意が宿る。

 

 

「────悪魔の遺した、旧時代の遺物がッ」

 

 

腰から抜いた拳銃を構え、空に目掛けて撃ちまくる。効いていなくてもいい。抵抗を止めること等、軍人として恥さらしだ。たとえ死に体であっても、敵を前に怯えることなどあってはならない。

 

国民の、市民の平和を護るために、自分達は軍人と成ったのだから。

 

 

「貴様のようなモノが!人の世にあってはならんのだァッ!!!」

 

 

【─────ほざけ、人間】

 

 

熱線が、戦艦のブリッジに直撃する。それは焼却ではなく、熔解だった。ヒトの形すら溶けていき、連鎖した爆発で残骸となった最後の戦艦を睥睨したエクスシアは、不愉快そうに吐き捨てた。

 

 

【あの御方を悪魔にさせたのは、貴様等の方だ】

 

 

一瞬にして、国連の艦隊を全滅させたエクスシアは再び動き出す。さっきのように、一夏達へ狙いを定め直したのだ。

 

だが、しかし。

 

 

【……………?】

 

 

エクスシアは素直に疑問を覚えた。あの三人が移動していないことは事前に把握していたはずだ。なのに、消えた。三人とも、忽然と姿を消していたのだ。

 

センサーを稼働し、周囲を確かめてみるが────半径数百キロ圏内に彼等の反応はない。逃亡の痕跡すら。

 

そこでようやく、エクスシアは事実を噛み締めるように確かめた。

 

 

【─────逃げた…………いや、消えた?】

 

 

天使は大人しく矛を納めた。行き場のない衝動を胸に押さえ込み、何処かへと翔んでいく。そうして、エクスシアも完全にこの海域から離脱した。

 

 

◇◆◇

 

 

「…………うぅ───ここ、は?」

 

 

ふと、目覚めた。白いベッドの上で起きた一夏は、眠気が醒めたことで、ようやく違和感を覚えた。自分は一体、何時意識を失ったのだろうか。覚えているのは、国連の艦隊を徹底的に殲滅するエクスシアを止めようとした瞬間、視界が黒に埋め尽くされ、そこで意識が途絶えたのだと────

 

 

「そ、そうだ! 箒! シルディ! 無事か!?」

 

「─────むぅ、いちか………か?」

 

 

隣から聞こえた弱々しい声に振り返ると、同じように箒が起きたところだった。寝起きを見られたと理解した箒は一瞬で赤面して一夏に掴みかかろうとしたが、彼同様に意識を失う前のことを思い出して動きを止める。

 

互いの顔を見合っていると、カツンという靴音が響いてきた。

 

 

「おや、君達。お目覚めのようだな」

 

 

部屋に入ってきたのは、白髪の目立つ初老の科学者だった。咄嗟に警戒した一夏と箒だが、すぐに自分達がISを持っていないことに気付く。焦りを覚えた二人を前に、初老の男性はポケットに手を突っ込み、中に入っていたものを取り出した。

 

 

「君達が探しているのは、これだね?」

 

「っ!白式!?」

 

「紅椿!───貴様、それを返せ!」

 

「言わずとも、そのつもりさ」

 

 

咄嗟に動こうとした二人だが、男性が手に持っていた待機状態のISを投げ渡してきた。放り投げられたこともあって慌てて受け取った一夏と箒に、男性は淡々と話しながら近くの机の資料を弄る。

 

 

「───軽くメンテナンスを施させて貰った。それと、余計なものも少し外しておいた。君達のISに細工はしてないと、保証しよう」

 

 

そう言いながら、男性は故障している精密機械を潰した。盗聴機だろうか。煙と火花を放つ残骸を払い捨て、その男性は未だ困惑を隠せない一夏達に向けて現状を説明し始めた。

 

 

「意識を失っていたのは、彼の行為が原因だ。君達を気絶させて、ここに連れて来たのだ。───しかし、彼を責めないでやって欲しい。我々は追われた身なのでね、万が一にでも居場所を漏らす訳にはいかないのだよ。

 

 

 

…………ああ、何故彼が君達を連れてきたのか、と聞くのは愚問だ。プロフェッサー、いや海里浩介だったな。奴の目的は織斑千冬と篠ノ之束を誘い出すことだ。織斑千冬ならまだしも、篠ノ之束は多くの勢力から狙われている。表舞台に出す訳にはいかないからな」

 

 

二人が飲み込むより前に、一気に話を捲し立てる男性。情報量を処理しきれず、何となく詞を噛み砕いていく二人。ふと、一夏はある言葉のところに気付いて、警戒心を露にした。

 

 

「追われた身………? アンタ、一体何者なんだ!?」

 

「────ラウラ・ボーデヴィッヒは、彼女は元気か?」

 

 

ISを部分展開しようとした一夏は、何でと聞き返す。気さくな感じ、まるで知人のように語る目の前の男が何なのか、分からない。信用するべきか、或いは敵なのか、上手く判断できない。

 

そんな一夏の様子を読み取ってか、男性は表情を曇らせたまま口を開いた。

 

 

「私の名は、シュバルツ・ローグラン。元ドイツの遺伝子研究機関に所属していた科学者であり、彼女を造り、ボーデヴィッヒの名を与えた男だ」

 

 

男の語る事実に、二人は瞠目する。

そんなこと、聞いたこともなかった。いや、有り得るはずがない。一夏は何故か自分の胸が激しく鼓動していることを感じ取る。

 

錯乱しているのだろうか。訳も分からず、兎に角ローグランを問い詰めた。

 

 

「ラウラを、造った………?何を言ってるんだよお前!?」

 

「試験管ベビーだ。人工的に組み上げられた遺伝子から、私は彼女を生み出した────三十七人。私は、人を造り続ける事実に耐えきれず、逃げ出したのだよ。『彼』に連れられる形で」

 

 

そういうことではない、そう叫ぼうとした一夏だったが、一際大きな扉の開閉音によって遮られた。

 

 

 

「ローグランおじさま!」

 

 

大人用の白衣を着込んだ少女が、慌てた様子で入ってきた。緊張しているのか、ぶかぶかの白衣の裾を踏んで足を滑らせそうになるが、何とか堪えて────ローグランの元へと駆け寄っていく。

 

 

「どうしたね?エクシア嬢」

 

「周りを警護してたジェネシスタイプが、一機壊れました!多分、きっと襲撃ですよね!?」

 

「…………場所は?」

 

「えっと、ポイントFです!」

 

「───まだ時間はある、彼に伝えて来なさい。私は客人達と話をさせてもらう」

 

 

は、はい! と背を向けて走り去っていく少女だが、白衣の裾を踏んで横転していた。慌てて立ち上がる少女の背を見ていた一夏だが、あることに気付いて顔を蒼白にさせる。

 

 

───少女のうなじには、肌とは違うものが埋め込まれていた。特殊な装甲の表面には複数の穴が露出しており、まるでケーブルの接続端末のような形状である。少なくとも、人体には無縁であるべきものだ。

 

そんな一夏の様子に気付いた箒が呼び掛けるよりも先に、ローグランが語り始めた。

 

 

「あの娘は、生体兵器のコアだった。エクスカリバーという衛星兵器は知っているだろう?」

 

「…………」

 

「彼女はアレの生体ユニットとして、ISのコアを埋め込まれた。そして最適化として、彼女は肉体を弄られた。アレを成した人間が何を考えたのかは知らないが、彼女は兵器として運用され続けるはずだった。それを『彼』が助け出されなければ、彼女は今も利用されていたことだろう」

 

 

その、『彼』とは誰なのか。一夏も箒も、同じく疑問に思っていた。しかし、ローグランが語る必要もなく、『彼』と呼ばれる存在が誰なのかを知ることになる。

 

 

 

『─────ドクター・シュバルツ』

 

 

暗闇から、同じような闇が浮かび上がる。いや、黒よりも深い漆黒のフォルムの鎧が。青紫色の光を放ちながら、ソレは青いマントを翻し、この部屋へと踏み込んできた。

 

その姿を、一夏も箒も忘れたことはない。

 

 

「『モザイカ』ッ!!」

 

 

魔剣士の二つ名を有するIS操縦者。アナグラムのわ協力者という立場でありながら、今まで一夏達の前に現れ、彼等に助け船を出してくれた相手。

 

しかし、だからと言って素直に信じられる訳ではない。彼が関係しているからだ。龍夜の両親を手に掛け、親友であった暁を巻き込んだもう一つの黒いIS その使い手であるフェイスと。

 

 

『襲撃だ、ドクター。私が前に出る、君はエクシアと共に指定されたポイントへ移動してくれ』

 

「…………奴本人か?」

 

『いや、奴の配下だ。だが、専用機持ちでもある。あのIS相手には、私も骨が折れる────私は少し、彼等と話がある』

 

 

分かった………と、ローグランは不安そうな様子で部屋から出ていった。その間、沈黙だけが長く続く。どう対応するべきか悩んでいる二人と、口を閉ざし続けるモザイカ。この状況が、そう長い間続くわけではなかった。

 

モザイカが、剣を握る。何時からか顕現させていた黒耀の魔剣を地面へと突き立てた。

 

カァン! と金属音と共に飛び散るプラズマ。しかし、プラズマはそこで消えることなく、周囲へと伝播していく。咄嗟にISを展開していた二人の足元に届いた瞬間、強い衝撃が全身に伝わった。

 

 

「っ!?な、なんだよこれ───ッ!」

 

「クッ────身体が、動かんッ!」

 

 

『────生憎だが、私は君達に話すことなどない。だが用はある』

 

 

重力だろうか、何らかの力が二人の動きをガッシリと止めていた。縛り上げられるように固められた一夏と箒は抵抗することも許されない。そんな彼等に、モザイカは魔剣を振るったまま近付く。

 

 

『────君達のISを、封印する』

 

「なん、だと───!?」

 

『君達は理解していない。自分達の価値を、自分達の存在の意味を。ISがあるから、という理由で君達は戦場へと出てしまう。出れてしまうのだ。…………故に、君達から戦う力を奪わせてもらう。安心するといい、時が来ればISの封印は解こう』

 

 

ふざけるな、そう叫ぼうとしたが、無意味と判断した。ISは何故か機能を発動しなかった。まるでフリーズしたように、応答がしない。その間にも、モザイカは近付いていく。魔剣に黒い稲妻を宿しながら、彼等のISに何かをしようと迫る。

 

一夏は、自分の胸元に迫る刃を前に何も出来なかった。恨めしい、己の無力さが。何も出来ない、することが出来ない自分が。

 

 

────許せなかったはずだ。このような不条理を、道理のない理不尽を。

 

 

「うおおおおおあああああああああ─────ッッ!!」

 

 

腹の底から叫ぶ。兎に角、全身全霊で。こんな風な理不尽を受け入れたくないと、喉の奥から絶叫を轟かせた。本来であれば、無意味なことであった。どれだけやろうと、彼には抗うことは出来ない事象である。

 

しかし、ISが、白式が光り輝く。ふと、身体が軽くなったことを感じ取り、一夏は咄嗟に腕を振るう。目の前で、驚きを隠せずに硬直したモザイカの顔面に目掛けて、拳を叩き込んだ。

 

 

『────ガッ!?』

 

 

ピキッ、という音と共にモザイカのフルフェイスにヒビが入る。慌てて顔を押さえたモザイカの掌から、破片が溢れ落ちる。今の一撃は深く、確実に届いたのだろう。魔剣士の装甲を砕くまでに。

 

 

『………白騎士、そうだったな。忘れていた。いや、そうか。──────これも、貴方には見えていたのか。八神博士』

 

 

完全に、フルフェイスが砕け散った。周囲に散らされた黒耀の破片が、それを物語る。顔を覆うマスクを破壊された、モザイカの素顔を、一夏と箒も目の当たりにした。

 

 

 

 

「………………え?」

 

「────馬鹿な、何故貴方が」

 

瞬間、二人は言葉を失う。信じられないと言わんばかりの顔で目の前の男の顔を見返す。しかし、嘘ではない。現実だと理解しても尚、脳が拒絶してしまう。

 

 

有り得ない、嘘だと。そんな感情に今は従いたかった。胸に渦巻く感情を押さえ込み、一夏は震えた声で呟いていた。

 

 

 

 

 

「──────おや、じ?」

 

 

目の前にいたモザイカの正体は、織斑数季(おりむらかずき)。他ならぬ、一夏と千冬の父親であった。その声に、モザイカ、もとい数季は言葉を返さない。仏頂面のまま、一夏と箒を冷たい目で睥睨していた。

 

 

「何でだよ…………何で親父が、ISを使えてるんだよ。どうしてだ! 答えろよ、親父ぃ!!」

 

「────答える義理はない。これが私の使命だからだ」

 

 

そう言うと、数季は魔剣を振るう。瞬間、一夏と箒を黒い影が包み込んだ。モザイカが転移する際にしようとしたものだ。影に包まれた一夏を見据え、数季が冷徹な声で告げる。

 

 

「学園に帰れ、一夏。今回だけは見逃そう」

 

「待て!待てよ親父!話はまだ────」

 

「────だが、次はない。お前を切り捨て、そのISも封印する。そうなりたくなければ、大人しくISを捨てろ」

 

 

話すことすら出来ず、一夏と箒は影に包まれた。その光景を最後まで見届けた数季は一言も発さずに、己の顔を仮面で覆う。黒と青の外套を翻し、彼は闇の中へと消えていく。

 

 

 



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第68話 真実の記憶、その始まり

「────以上が、君達の体験した出来事、という訳だね?」

 

 

IS学園理事長室。

年下の少年のような見た目でありながら、学園の理事という立場にある時雨は、学園の付近に突然現れた一夏と箒の報告を聞き終えたところだった。

 

 

「いやぁ、天壊機の覚醒は聞き及んでいたが………君達がモザイカと接触していたとは思わなかった。色々と、疲れただろう」

 

「…………い、いえ。俺達はまだ───」

 

「謙遜しなくてもいい。理解は出来るさ。何せ一度で知る情報が多すぎるからね。………けどすまない、少しだけ確認をさせてくれ」

 

 

机の上の書類を整理して、時雨は一夏と箒の様子を確認しながらも、話を続ける。

 

 

 

「プロフェッサー・アクエリアス、海里浩介の存在は僕も想定外だった。まさか生きていたとはね、中々にしぶとい人だ」

 

「理事長、プロフェッサーは………海里浩介は、どう対応するべきでしょうか」

 

「少なくとも、今は対処は出来ない。天壊機 エクスシアと共に、彼は姿を消した。奴等が尻尾を見せるまでは、僕達は何も出来ない現状だ」

 

 

あの後、待機していた時雨理事長の私兵である陸奥と長門は一夏達と海里浩介達の失踪を確認した。一夏達は戦闘の際、忽然と姿を消してしまい、捜索が出来なかった。そして、海里浩介とエクスシアも、巨大な影と共に身を隠してしまったのだ。

 

付近の近海で待機していたアナグラム別動部隊は、その巨大な影によって妨害を受けていた。故に、重傷を負ったシルディを助けに向かえなかった、とのことだ。

 

 

そのシルディ本人は、行方不明となっている。一夏達同様モザイカに助けられたらしいが、話によると二人が起きる前にその場から離れていたらしい。

 

 

「さて、本題に入ろう─────モザイカ、いや君の父 織斑数季について、僕も少し調べてみた」

 

 

一夏の報告を聞いた時雨はいち早く、国連のデータベースを一から洗った。世界随一の情報の倉庫たる巨大アーカイブには多くの記録や情報が保管されている。特定の人間のデータに関しても。

 

しかし、すぐにアーカイブを確認していた時雨は申し訳なさそうな声で謝礼を口にする。

 

 

「めぼしい成果は出せなかった。すまない、彼に関する情報は何一つ見つからなかったんだ」

 

「………何一つ、ですか?」

 

「そう、何一つだ。彼の戸籍やあらゆる情報が、データベースから消失────いや、抹消されていた」

 

「抹消………ということは、誰かが消したということですか?一体誰が─────」

 

「データが消されたのは十年前、第三次世界大戦の直後。実行者は、八神博士だ」

 

 

今度こそ、静寂が部屋全体に浸透していく。何故、博士が父のデータを消し去ったのか。その父が何故ISを纏って暗躍しているのか。自分達から突然消えたのも、その為なのか。

 

どれだけ考えても、何時間も頭を回しても、答えは出させなかった。そうやって考え続けていた為、一夏の顔色も少し悪くなっている。心配そうに見つめる箒にも、落ち着きながらも身を案じている時雨にも分かるほどに。

 

その瞬間、次に聞こえてきた声が一夏の思考を綺麗に消し飛ばした。

 

 

 

「─────織斑です、失礼します」

 

 

扉を開き、入ってきたのは千冬だった。確か記憶によれば、龍夜達と共にルクーゼンブルク公国に向かっていたらしい。一悶着あれど、今日帰国してきたとの事だ。

 

その一件をまとめた報告書を抱え、千冬は時雨に報告書の提出と顛末の報告に来たらしい。書類を受け取った時雨は思い付いたように一夏へ視線を送り、対応を始めた。

 

 

「いや、それはいいよ。僕が確認するからね…………それより、織斑くんが少し話したいらしいけど?」

 

「…………何のようだ、織斑」

 

 

相変わらず、無愛想な面の千冬。良く言えば凛とした立ち振舞いに、一夏も憧れを覚えたことも数知れずだ。しかし、今はそんな気持ちも湧かない。覚悟を決めたように唇を強く噛んだ一夏は、真剣な様子で話しかけた。

 

 

「なぁ、千冬姉」

 

「織斑先生と呼べ」

 

「─────俺、親父に会ったよ」

 

 

その言葉に、千冬は僅かに反応を示した。たったそれだけで、一夏は無意識に理解する。千冬は、驚いていない。それどころか、状況を完全に読み解けたのだろう。嘆息のような、小さな一息は、一夏の予想を確信へと近付けていた。

 

 

「…………やっぱり、知ってんだな」

 

「───何を言っているか分からんな」

 

「とぼけるなよ! 知ってたのか!千冬姉は!親父がアナグラムに手を貸してたって!親父がISを使って、何かやろうとしているってこと! 最初から知ってたのかよ!? 俺だけが、何も知らなかったのかよ!!」

 

 

この期に及んで誤魔化そうとする千冬に、一夏は強い口調で問い詰める。父が行方不明になって、一夏は不安や心配が多かった。その心を覆い隠すように、父はどっかに旅に出て女に手を出しているのではないかと、言い訳のように考えることにしていた。

 

なのに、だ。

千冬がそれを知っていたのなら、裏切られたという気持ちが強くなる。子供の頃、ずっと黙っていたのかと。

 

しかし、どうやら一夏の考えは半分間違っていたらしい。

 

 

「────知っていた。だが、最初からではない。気付いたのは、福音事件の時だ」

 

「じゃあ、何で────」

 

「言わなかったのも事実だが、言えなかったのが正しい。そのことを話すということはつまり、真実を話さなければならない」

 

 

静かに視線を向けてきた千冬の眼は、鋭かった。目に見えなくとも、触れればどんなものにも傷を残すような鋭利な刃のような眼光に、一夏は無意識に退いてしまう。

 

だが、千冬は言葉を止めない。

 

 

「真実を知れば、お前は平和に生きられない。命を狙われることになるし、仲間が傷付き────最悪死ぬかもしれない。真実を知った時点で、確実な安全を失うことになる。それでいいという覚悟があるか?」

 

「…………千冬姉、俺は」

 

「話は終わりだ。覚悟がないなら、容易く踏み込むな」

 

 

それきりだと、千冬は口を閉ざした。一夏も尋常ではない千冬の様子に言葉を濁すことしか出来ず、箒も千冬に言葉を掛けることも叶わず、不安そうに一夏を見つめることしか出来ない。

 

異様な程、静まった空間。しかしその空気を断ち切るように、張り詰めた声が響き渡った。

 

 

 

 

「─────そうか。なら覚悟のある俺が聞けば、答えてくれるか?」

 

 

開け放たれた扉に背を預けた蒼青龍夜が、そう吐き捨てる。両腕を組んだまま千冬を見据える龍夜の眼は、明らかに教師へ向けるものではない。

 

 

「………何故ここに来れた」

 

「生憎、頭は良い方なんでね。少しだけ電子機を弄れば、丁寧に道案内してくれるのをよく知ってるんですよ俺は。

 

 

 

 

それより、面白い話じゃないですか。モザイカの正体が一夏とアンタの父親だって?」

 

 

ダン、と彼は背中に担いでいたであろうトランクケースを床に置く。中には彼のIS 『プラチナ・キャリバー』が内包されている。何気無いことであるにも関わらず、龍夜はやる気を隠すことなく威圧感を激しく滲ませていた。

 

 

「ずっと前から気になってた」

 

「…………」

 

「何故国連は、アナグラムをあそこまで恐れている?完全に滅ぼせなかった場合、奴等が『真実』とやらを広める可能性か? そこまで忌避するほどの秘密を、アナグラムが握っているのか?ずっと前からそう思っていた────一夏達の話を聞いて、少しは納得した。シルディアナグラム、八神三琴か。八神博士の子供が生きていたなら、焦る気持ちは分かる。

 

 

だが、それが『真実』だとは思えない。あまりにも弱すぎる事実だ」

 

 

千冬を睨み付けながら、龍夜は言葉を続ける。

 

 

「もしこれが真実ならば、国連は逆に利用しているはずだ。────『アナグラムは八神博士の子供が、父親の復讐のために世界に混乱をもたらそうとしてる』とでも言ってな。だが、奴等はそうしなかった。そもそも、八神三琴の存在自体を隠していた。国連が十年前、八神博士の家族の不幸な死と公表していることがそれを証明している」

 

「………何を言いたい」

 

「─────真実は、彼等の死の真相だ。当然、アンタはそれを知っている。国連から知らされた、とかじゃない。あの時代を生きた当事者………いや、アンタが博士の死に際を看取ったんだからな」

 

 

それなら、少しくらいは知っているはずだ。博士が戦争を起こした理由を。博士を悪魔に仕立て上げ、生き残った息子の存在を隠蔽しながらも抹殺を企もうとする国連の矛盾に満ちた行動の根底を。

 

それら全ての謎の答えを、目の前の人間が知っている。龍夜だけではなく、この場の全員がそう確信していた。

 

 

「何でそれを隠す。アンタは八神博士の教え子なんだろ、恩師の汚名を何で晴らそうとしない? 国連に忠誠を誓ってる訳でもない。なのに、どうして連中の言う通りに従ってるんだ」

 

「───何度も言わせるな。これ以上話すつもりはない」

 

「そうか─────なら、手段を変えるぞ」

 

 

表向きな拒絶を示した千冬に、龍夜は退く様子すら見せない。それどころか待機状態のプラチナ・キャリバー、エクスカリバーを展開するや否や、千冬の眼前へと突きつけた。

 

 

一夏も箒も、後から来たであろうラウラもその光景に言葉を失う。突然の龍夜の凶行を止める為に駆け寄ろうとしたが、威圧感を伴った一瞥によって動きを封じられる。

 

三人から視線を離し、千冬へと向き直った龍夜は低い声で問い質す。その声は次第に強く、感情の籠ったものへと変わっていく。

 

 

「どうしても『真実』を話すつもりはないのか?それが俺達を守るためか?『真実』を知ったことを国連に知られれば、俺達が始末されるからか?そんなことで俺達を護り通せると、本気で思ってるのかッ!!」

 

 

目に見えていかりを示す龍夜の態度に、全員が呆気に取られる。彼が私情────復讐以外で、こんなに感情を剥き出しにしたことはない。

 

 

「余計なお世話だ!俺も一夏も箒も、セシリア達も!代表候補生の名を与えられた時点で!戦いに身を投じる覚悟は出来ている!なのに、お前らは『真実』だけは話せないだと!? 俺達に危害を加えたくないから!? ふざけるなッ! とっくにそんな次元の話じゃないだろ!」

 

「─────」

 

「アナグラムや他の敵との戦いで、一夏は一度死にかけた! それはお前がよく分かっているはずだ!一々責任を追及する気はない! だが、何も知らないまま、平和のために戦い続けろとでも抜かすつもりか!? お前が本当に俺達を案じてるのなら────全てを明かせ!

 

 

 

 

─────俺達を信じてみせろ、織斑千冬!」

 

 

強い一言に、千冬は沈黙を保っていた。しかし、その表面上にいつもの冷静さは見られない。明らかに迷っていた。だが、完全に口を開こうという姿勢ではない。

 

そこまでなのか、と一夏は思った。実の姉が隠している真実というのは、そこまで守られなければならないものなのかと。

 

意を決したように千冬が口を開こうとする。長い付き合いである一夏は、彼女の次の言葉が話を終わらせるものだと理解していた。

 

 

 

 

「……………そうだね。君達には話すべきか」

 

 

半ば空気となっていた理事長が、重い口を開いたのだ。驚くと同時に、納得もする。彼は、国連の最高機関の一員であり、IS学園のトップとも呼べる人間だ。彼が『真実』を認知していても、可笑しい話ではない。

 

 

「理事長……!本当によろしいのですか!」

 

「───君の懸念は分かる。この事実を明かすということは、彼等を危険に晒すということだ。けれど、僕は彼等を信じてみたい。次世代を担う彼等ならば、多くの困難を踏破することが出来ると」

 

 

落ち着きながらも芯の強い時雨を前に、千冬は受け入れたように口を閉ざした。彼女を従えて席から腰を上げた時雨は、一夏達に向けて淡々と告げる。

 

 

「IS学園の地下には特別な区画がある。代表候補生の皆を、覚悟のある者だけを連れてきて、エレベーターで最下層に降りなさい。最下層のロックは解除しておくからね」

 

「…………理事長」

 

「そこで全てを語ろう。僕達が知る真実を、我々が犯した罪の記憶を」

 

 

◇◆◇

 

 

理事長と千冬がそう告げて立ち去る中、一夏達も学園内の廊下を歩いていた。若干重い空気であるのは、先程の一件から頭が離れないからだろう。

 

 

「…………なんか、その」

 

 

空気に耐え兼ねた一夏がしどろもどろになりながら、口を開く。不安と心配混じりに此方を見る箒とラウラ、相変わらず無愛想な顔で見向きもしない龍夜。あまりにも地獄に近いこの状況に心の中で泣きながら、一夏は話題を切り出す。

 

 

「い、いやぁ…………龍夜が千冬姉を脅すとは、本当に驚いたなぁ」

 

「………俺も驚いたぞ。いつものお前なら『千冬姉に何してんだ』と言って殴りかかってただろう」

 

「そんな気分じゃなかったからさ────それに、あんな風に睨まれたら無理だって」

 

「わ、私も本当に焦ったんだぞ? 千冬さんにあんなことをするなんて、心臓が止まるかと思った」

 

「それは、私も同感だな! 教官がなかったことにしてくれたから良かったものを、下手したら懲罰ものだぞ!?」

 

「この期に及んで、話そうとしない奴が悪い」

 

 

どうやら龍夜は一連の行為に反省も後悔もしてないらしい。そこまで事実を黙秘していた千冬に怒りを覚えていたのか、と箒とラウラは苦笑いするしかなかった。

 

しかし、一夏だけは何か思うところがあるらしい。ポツリと、呟きを漏らす。

 

 

「でも、俺少し意外だったな」

 

「何がだ」

 

「龍夜、気にしてくれたんだな。俺が怪我した時のこと」

 

 

その呟きに、龍夜は何も言わない。ただ静かに見つめる視線を前に、一夏は自身の思いを語る。

 

 

「俺のこと、大切な仲間だって思ってくれたんだろ? 正直不安だったから、少し嬉しく感じるんだ。俺のこと、心配してくれるくらい認めてくれてたんだって…………前からずっと弱かったからな、俺」

 

「………、」

 

「ありがとう、龍夜。俺、お前に負けないくらい頑張るよ。そして、お前に負けないくらい強くなってみせる」

 

 

色々と深く悩んでいたが、少しだけ気力を貰った。くよくよしているだけが織斑一夏ではない。ライバルとして憧れた青年に先を越されてばかりではいられない、と一夏は宣言する。

 

その話を聞いた龍夜は一夏の話を聞き終えてから数秒、沈黙する。そして、露骨に顔をしかめながら溜め息を漏らす。

 

 

「急に何を言ってんだ、気持ち悪い」

 

「なっ!? ………お前なぁ!人が本気で感謝しようとしてんのに!」

 

「心配するのはいいが、言葉を選べ。そんなんだから俺とお前のBLが女子の間で流行るんだ。───本当に鳥肌が立つんだ、場所を考えろよ」

 

 

ふん、と本当に不愉快そうに歩いていく龍夜に、一夏はなんなんだよ………と呆れながら後を追いかける。ああは言ってたが、彼もその言葉を素直に受け取っていたのだろう。恐らく、慣れないものだったから、あんな突き放し方をしたのかもしれない。

 

先を行く二人の背を見つめていた箒とラウラ。二人は互いの顔を見合い、ふと考えた。

 

 

(………場所を考えれば、許すのか?)

 

(────まさかとは思うが、一夏も龍夜を狙っているのか?奴がライバルになるとは予想外だった)

 

 

予想しない方から誤解を受けていた。心の中に留めていた箒はともかく、数日後部屋に忍び込んだ際に質問したラウラが、本気で否定した龍夜によって簀巻きにされて廊下に放置されることになるのはまた別の話になる。

 

 

◇◆◇

 

 

「────全員、揃ったな?」

 

 

数時間後、その場にいなかったセシリアと鈴音、シャルロットと共に集まった代表候補生全員が地下区画のエレベーターの前にいた。呼び掛けた龍夜の問いと共に、確認すらなくエレベーターのスイッチが押される。

 

皆に覚悟を聞いてみるべきじゃないか、と言おうとした一夏だが、龍夜から一蹴された。彼女達は自分の意思でISという兵器に乗ると、代表候補生になると志願したのだ。その時点で、彼女達は覚悟している。どの道質問しようが答えは変わらない、と。

 

逆に、一夏や箒の方が問われた。千冬や理事長は、『世界に仇なす真実』と話していた。世界、おそらく国連と戦うことになるかもしれないと。

 

一夏と箒も、覚悟を決めていた。

自分達はセシリア達のように、国を背負う覚悟で代表候補生になったわけではない。しかし、自分の周りにある全てを守ってみせるという覚悟は、忘れたことはない。

 

 

そうして、全員がエレベーターの中に踏み込む。階層を示すスイッチはなく、代わりに暗証番号を打ち込むモニターが壁にあった。だが、彼等が打ち込むよりも先に、暗証番号が承認されたようで、扉が閉まると同時に、凄まじいGと共にエレベーターが下へと降りていく。

 

 

少女達が口を開く前には、扉が開いた。沈黙すら起きない程の速さで最下層に辿り着いたエレベーターと繋がっていたのは、巨大な空間であった。

 

 

 

「────来たようだね、君達」

 

 

その中央で、時雨理事長と千冬が待っていた。暗闇によりよく見えないが、全体だけでも東京ドームを凌駕する広さだ。現に声はおろか、足音までもが反響して消えていくのだから。

 

 

「さて、君達に真実を知る覚悟はあるか………というのは無粋か。それでは、お望み通り話すとしよう。だが、まぁ。どこから話すべきか…………」

 

「理事長、まずは私が話そう」

 

 

時雨の話を遮り、千冬が前に出る。腕を組まず、ただ静かに目を伏せていた彼女は重い口を開き、話し始めた。

 

 

「────最初に言おう、私は八神博士と無関係ではない。何故なら私は、あの人に師事していたからな」

 

 

事前に似たようなことを聞いていた一夏や箒は大して驚きはしなかったが、他の全員の驚きようは凄まじかった。龍夜も成る程な と納得する一方でそれ以上何も言わず、話を聞く姿勢に入っている。

 

 

「私だけではない、束もそうだ。もう一人を含めて三人。私達はあの人の教えを受け、多くのことを学んできた。

 

 

 

 

まずは最初から話そう。あの人と、私達の出会いを」

 

 

◇◆◇

 

 

 

「────うーん………なんか足りないんだよなぁ」

 

 

真夏の昼。

クーラの効いた部屋で、学生服に身を包んだ紫髪の少女が呻いていた。机の上にある使い古されたノートを前に向き合っていた少女は耐え兼ねたのか、うがーっと叫び出す。

 

 

「ダメだー!なんか足りない!けど全然分かんないー!」

 

「…………うるさい。少しは静かにしろ、こっちが暑くなってくる」

 

 

対面の机の上で勉強をしていた少女が、目の前で騒ぐ少女に苦言を呈する。黒髪とクールな雰囲気の目立つ少女はシャーペンを置き、呆れたように紫髪の少女に問い掛ける。

 

 

「………またそれか。思い付かないなら、無理に考える必要はないだろう」

 

「いや違うだよちーちゃん!思い付かないんじゃなくて、どこか納得いかないんだよねー。天才の束さんのことだから、その内分かるだろうけどさ」

 

「なら宿題でもやったらどうだ?お前、全然手を付けて無いんだろう?」

 

「えーやだー。あんなの簡単じゃん。束さんやりたくなーい。どうせあとで適当にやって出すからいいもーん」

 

「………全く、お前という奴は」

 

 

明らかに不満そうに頬を膨らませる紫髪の少女 束に、黒髪の少女 千冬は呆れたと溜め息を吐く。中学の頃、二人の夏休みの記憶である。

 

この頃から、彼女はIS────インフィニット・ストラトスの開発の画策していた。しかしまだ設計の段階であり、彼女はそこで行き詰まっているところであった。(尚、本人は否定しているのだが)

 

 

いつもと変わらないはずのその日は、二人にとって大きく人生を変えることになるものだった。

 

 

『────失礼するよ』

 

 

ガラッ、と自習室の扉が開け放たれた。どうも、と軽く挨拶をした千冬は、部屋に入ってきた相手が教師ではないことにすぐに気付いた。

 

白衣を着込んだ壮年の男性。そして、その後ろを歩く金髪の外国人の少年。顔半分に包帯を巻いたその姿は半分ミイラに近い。

 

少年を連れた男性は千冬に丁寧な挨拶をした後に、束へと視線を向けた。

 

 

「───やぁ、君が篠ノ之束だね?」

 

「…………」

 

「成る程、聞いてた通り気難しい性格の子だ」

 

 

反応すら見せず、無視に徹した束を前に男性は困ったように笑う。その様子を見ていた千冬は、いつもの癖だと頭を抱える。

 

彼女の親友、篠ノ之束には致命的な欠点がある。千冬のように本人が信頼したり気を許す相手以外には、彼女はこんな反応を示す。友達はおろか、クラスからは拒絶されたように一人になってしまうほど、他人への対応が悪いのだ。

 

千冬が訂正するより先に、後ろについていた少年が怒りを露にする。片目に怒気を宿らせると共に、無視を続ける束に怒鳴っていく。

 

 

「おい、お前!先生を無視するとかどういう神経してるんだ!」

 

「…………はぁ?何でお前みたいな奴の話を束さんが聞かなきゃいけないわけ?ていうかお前誰?」

 

「───なッ」

 

 

冷たいを通り越して、侮蔑以外感じられない。

明らかに初対面の相手に向けるべきではない感情を前に、金髪の少年は絶句してしまっていた。しかし、そこで大人しくなるわけでもなく、束に対して果敢に食い下がる。

 

 

「オレはザック!訳合って先生の右腕をしてる!………ていうか、なんだよその態度!人に向かって話し掛けるようなものじゃないだろ!」

 

「はぁ?何で束さんがそんなこと気にしないといけないの?それに説教するような立場でもないでしょ、お前。馬鹿だね、この上ない身勝手な馬鹿だよ。これだから外国の猿は嫌いなんだよね」

 

 

あまりの罵倒に少年 ザックは言葉にならない様子だ。半分怒り半分ドン引きである。怒りに染まった感じで、ウガーッ!! と頭をかきむしった少年は、男性の方に詰め寄った。

 

 

「先生!コイツヤバイですよ!この時期で拗らせまくってるイタイ奴ですよ! こんなロクでもないの相手にしない方がいいですって」

 

「そうは言われても、私は彼女に用があって来たんだ。こうして会えるのも久しいのだし、少しくらいは話してもいいだろう?」

 

「………ああ、思い出した。おじさんあの時のね」

 

 

ようやく反応を示した束の言葉が気になったらしく、千冬が疑問を投げ掛けた。

 

 

「知っているのか?束」

 

「まぁね、子供の頃に親と話してるのを見てたから。……それで、おじさん何の用? 束さん忙しいんだけど」

 

「何、世間話をしようと思ったんだが………なにやら面白いものが見えてね」

 

チラリ、と机に置かれたノートを見た男性が、興味深そうに顎を擦る。そしてノートを指差しながら、束に聞いた。

 

 

「これ、君が考えたんだろう?」

 

「それ以外にどう見えるの?おじさん、確認しなくても自分で分かるでしょ。それとも、おじさんには難しすぎた?」

 

「…………失礼だぞ、止めろ」

 

 

束の暴論に、見かねた千冬が本気の手刀を叩き込んだ。ドスッ! という音と共に、束は頭を押さえて悶え始める。何故か頑丈である束だが、千冬の一撃だけはよく効いていた。まぁ、すぐに平然とし出すので大して通じてないのかもしれないが。

 

それでも本気の一撃のため、いつもよりはダメージを受けているらしい。そんな二人の喧騒を余所に、束の書いていたノートを見ていた男性は「失礼するよ」と深々と観察を始める。

 

先程の非礼を詫びるために、好きにどうぞと千冬が許しを出す。下でブーブーと喚いていた親友を無視した千冬は、二人の様子を静かに見守っていた。

 

 

「ザック、これを見たまえ。そして、君が感じたことを話してみてくれ」

 

「────不可能です。こんなの、普通に考えれるわけがない。ただのラクガキや妄想ってことの方が納得できます」

 

「だが、一つだけ分かる。彼女は本物だ。私の目に狂いはなかった」

 

 

二人の反応は知らないが、どうやら束が書いていたノートの内容が興味を引いたらしい。良かったな、と千冬が言ってやると、不満を隠すことなく束が口を閉ざす。こんな調子の彼女は久しぶりだった。

 

 

「では、質問しよう。君はこれを何の為に造りたいんだい?」

 

「………そんなの、答える理由ないでしょ」

 

「答えたらいいだろう。別に隠すようなことでもない」

 

 

千冬からの掩護射撃もあり、なくなく束は自分が考えたインフィニット・ストラトスのことを話し始めた。最初は、馬鹿馬鹿しいと鼻で笑っていたザックだが、束が一から考えたという話を聞いた時には笑みを消して、信じられないという様子で見つめていた。

 

良い気味だと笑っていた束だが、ふと視線を移した時には大いに驚かされた。

 

その話を聞いていた男は、感心したと言わんばかりの笑みを浮かべていた。おそらく、全てが理解できているのだ。束がインフィニット・ストラトスを一から作る行程も含めて、全てを。

 

 

「成る程。素晴らしい話だった。では、私も少し考察してみよう────この設計図は未完成だね?」

 

「───────え?」

 

「おそらく、君自身でも理解に及ばない点が納得いってないんだろう。よくあるさ。私も、何度か経験している」

 

 

今度こそ、束は信じられないというように目を疑った。このことを話したわけではない。あくまでも、自分が考えた設計図として、今から造り始める過程だとしか言っていない。

 

なのに、目の前の男は、束すら不可思議であった違和感を指摘し出したのだ。これが、驚かないはずがない。

 

 

「うそ、なんでそれを────」

 

「理由は簡単だ。君の設計図を見た限りは完璧だが、粗が多い。普通の人間には思い付かないような、素晴らしい作品に見えるだろうね。しかし、君はまだ理論上の法則に囚われている。

 

 

 

 

つまり、君の作品はまだ改善点が多い。これらを昇華していけば、君の作品は誰にも負けないものとなる。他ならない、私が保証しよう」

 

 

嘘ではない、本心だ。この男は出任せではなく、全てを理解した上で発言しているのだ。自分と同じ、生まれながらの天才だと、篠ノ之束は本能的に確信させられた。

 

 

「自己紹介が遅れたね。私は、八神宗二と言う。国連の研究機関に一人で所属している…………今はまぁ、休職中でね」

 

 

その名を聞き、束と千冬は再び驚愕した。

この世界で、八神宗二という名前を知らないものはいない。まだ押さない子供すらも、憧れているとすら明言するまでの有名人だ。

 

 

彼は、平和の為に多くの技術と兵器を提供してきた現代の偉人だ。彼が生み出したものだけでも、人類の数世代は凌駕していると言っても過言にはならない。

 

 

そんな世界規模の有名人が、自分達の前にいることが意外であった。

 

 

「────さて、篠ノ之束。君は天才だが、まだまだ未熟だ。万能であれど全能ではない。…………君が望むなら、私が君に足りないものを教授してあげよう」

 

「─────」

 

「何故、そんなことをするのかという理由は簡単だ。………私は教師に成りたかったんだ。もう、叶わない夢だと思っていたが、君のような才能の塊を導いてみたいとも思ってね」

 

 

話を聞いていた千冬は、束が何も言わず俯いていることに気付く。そのようすに不安そうになり、声をかけようとしたが、

 

 

「…………まぁ、私の我が儘だ。別に断っても構わない。無理強いはしないから─────」

 

「──────やるっ!やります!教えてください!」

 

キラキラと目を輝かせ、嬉しそうな勢いで篠ノ之束は叫んだ。唖然とする千冬とザック、二人の前で八神博士は面白そうに笑いながら、いいよと答えた。

 

 

今日この日、はじめて自分以外の天才に出会った束は心からの尊敬と憧れと共に、彼から多くのことを学ぶことを決意するのだった。

 




他の作品にはない篠ノ之束の弟子入り。博士がいるかいないかで世界が大きく変わるくらいだから、この人は実質特異点なんすよ。

ここら辺から過去編ですね。物語の根幹に大きく関わるものとなります。ので、よろ。


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第69話 大切な思い出、その終わり

残酷な描写や胸糞要素がある話になってきます。ですので事前に中断されるかご注意の程、よろしくお願いします。


「────今日から、ここが私と君達の学舎だ。足りないものがあれば言ってくれ。何時でも補充しよう」

 

 

八神博士に案内された束と千冬は、目の前に広がる光景に唖然としていた。

 

半透明な結晶らしき素材で構成されたドーム。それは近くにある野球場よりも大きく広く、ただ一人が扱うには大きすぎる建物であった。

 

何より驚かされたのは、建物全体が動いているのだ。無数の機械がひたすら作業に徹し、その光景は正しく一つの工場地帯と化している。ただアームが物を運ぶのではなく、一つの機械が人間のような複雑な行程の作業を繰り返しているのだ。

 

 

「───どうだ、ビビったか?これが先生の研究施設、別荘みたいなもんだ」

 

 

呆然としている二人に、ザックが面白いと言わんばかりに笑みを浮かべている。初対面とは見当できない二人の様子を見られたことが嬉しいのか、或いは恩師の才能を自慢したいのか、彼の口は饒舌であった。

 

 

「知ってるか?この施設、先生一人で造ったんだってさ。たった三日で」

 

「────っ」

 

「こらこら、ザック。私一人じゃないよ、殆どあの子達が働いてくれたんだから」

 

 

それでも、だ。これだけ大規模な研究所を、七十二時間で完成させることなど普通に考えれば不可能だ。同じ広さとされるスポーツの世界大会の会場の建造ですら年単位になることが、それをよく物語っている。

 

 

着いてきなさい、と博士は優しく告げる。彼の背中を楽しそうに追う束、歯軋りを隠さないザック、前途多難だと溜め息を盛らす千冬は、博士の後を追いかけていった。

 

 

「────さて、ここが共同のスペースだ。そうだね、何をするべきか目標を与えよう」

 

 

一際大きな部屋に案内された後、八神博士は唐突に口を開いた。───この施設内の物は好きに使っていい。君はこの数年でその設計図の物を完成させてみなさい、と言い出したのだ。

 

当然、束も大いに戸惑った。まだ設計図の段階ですら悩んでいるのに、実際に造るわけにはいかない、と。そんな彼女に、博士は穏やかな様子で諭す。

 

 

「なにも、今すぐ造れとは言っていないさ。ただ頭を抱えているだけでは解決するものも難しい。知識も技術も、求めるならば私が補完しよう。頭を柔軟にすれば、きっと答えは見つかるさ」

 

「────それよりも、聞きたいことがあるのですが」

 

「ふむ、どうしたね。織斑千冬……くん」

 

「呼び捨てで構いません。博士は数年と言いましたが、私達は仮にも学生です。学校の方もあるため、ここに長くはいられません」

 

 

えーっと、露骨に嫌そうな顔をする束の不満に、千冬は揺るがなかった。学生の本分を忘れるわけにはいかない。束程ではないが、あまり人には溶け込めない千冬だが、彼女は誰よりも真面目である。

 

故に、学生という立場を無視できない。だが、そんな千冬の考えなど既に予想されていたらしく。八神博士は考える素振りも見せずに答えた。

 

 

「心配する必要はない、そこは私が対応しよう。君達の学校とご両親にも伝えておく。履歴書の心配は早いが、君達の経歴関しても不都合は残さないことを約束しよう」

 

 

こうして、千冬にとっても束にとっても、奇妙でありながらも忘れられぬ日常が始まった。十年という時が経っても尚色褪せぬ、素晴らしく美しかった思い出が。

 

 

◇◆◇

 

 

それから数週間、束と千冬はその施設で多くのことを学んだ。博士が言っていた通り、学校の方は何とも問題なかった。自分の父や束の両親はおろか、校長すらも何一つ不満すら無い様子だったことは覚えている。

 

おそらく、博士の立場がそれだけ高いのだろう。国連内部でもこれだけの自由を許されているのは、彼が造り出してきた兵器が意味を示しているのだろう。

 

 

────無人兵器。

八神博士が開発したそれらの兵器は、戦争というものを大きく変えた。大規模な内戦の鎮圧、核強奪を行ったテロリストの無力化。恐ろしいのは、それらの戦争に死傷者はおろか、怪我人すら出ていないのだ。

 

 

簡易な人工知能を搭載した無人兵器は、人間の連絡を越える程の連携を得意とし、あらゆる戦場を圧倒的な戦力で鎮圧していった。

 

人を殺さず、容易く対処できる兵器にいち早く目を付けたのが国連であった。彼等は八神博士に平和の為と説得し、博士と共に世界平和に動いた─────そして、たった数ヶ月で世界中全ての国が平和になったのだ。

 

無論、完全ではない。今もまだ、テロリストやら危険因子は残存しているが、博士と共同した国連がその対処に力を尽くしている。彼等さえ何とかすれば、当分争いは失くなることだろう。

 

 

────話を戻して。

改めて、束は構成を練り直した設計図を八神博士へと確認して貰っていた。

 

 

「────ふむ」

 

 

いつものような穏やかな顔とは違い、真剣な顔つきで束が提出した設計図を一から全て確認する博士。博士からの評価を待ちわびていた束はワクワクとしていながらも、はじめて緊張というものを感じているようだった。

 

隣で千冬も黙って見ている。いつも束といがみ合っているザックすら、心配そうに束と博士の顔色を伺っていた。

 

 

音すらしない静寂を破ったのは、博士が吐き出した一息であった。

 

 

「────良く仕上がってるじゃないか。悪くないと思うよ」

 

にこやかな笑顔と共に告げられた評価に、束は柄もなく喜んだ。目に見えてはしゃがなかったのは、咄嗟に気付いた千冬が事前に止めたからであろう。

 

 

「博士!博士!点数で言うと何点くらいですか!?」

 

「んー………………強いて言うなら、60点だね」

 

「ろ、ろくじゅう…………」

 

 

喜びが反転、一気に落ち込んだ。

普通の相手であれば、束はとことん反論していただろうが、博士には本気で慕っているからこそ、容赦無い批評に落ち込んでいるのだろう。

 

ドサッ! と、項垂れるように机に伏した束に、博士も言い過ぎたかと思ったのか、少し苦笑いを浮かべながら言う。

 

 

「いや、ね。基礎と発想は中々悪くないと思う。だが、もう少し発展させられる所が多かったからね」

 

「………発展させられる所?これ以上何か必要ですか?」

 

「─────そうだね。君達の勉強のためだ、少しばかり講義の時間としよう」

 

 

博士がそう言った瞬間、束はバッ! と跳ね起きた。突然の動きに驚く千冬とザックを他所に、束は楽しそうな顔を隠すことなく、八神博士の前の机と椅子に飛び乗っていく。二人は互いの顔を見合い、呆れたように溜め息を吐きながらも席に着いた。千冬もザックも、博士の話には興味があるからだ。

 

博士は近くの壁に向けて指を振るうと、ホログラムのような画面が浮かび上がる。束の設計図全体を鮮明に映し出す画面を指で触れながら、博士は話し始める。

 

 

「君の言うインフィニット・ストラトス…………ふむ、長いな。頭文字から取って、I.S(アイ・エス)としよう。私個人の考えで言うと、このISに必要なのは四つの要素がある」

 

博士がリズム良く、複数の画面をタップする。指先でそれらを引き寄せ、画面を広げ、そこに提示される論文とデータを元に解説を始めた。

 

 

「一つは防護システム。これは君の望むマルチフォーム・スーツの為には欠かせない、重要な要素となる。宇宙空間で活動するという名目上、機体は勿論………操縦者の安全も保証できるものでなくてはならない」

 

 

篠ノ之束は、ISを宇宙活動用のスーツとして開発しようとしていた。宇宙で活動するということは、多くの可能性が存在する。飛来するする破片や岩石、それによって宇宙服が破損するというケースも少なくない。

 

故に、ダメージを受けないシステムが必要なのだ。これを博士は、どんな攻撃も防ぐことの出来るシールドを提示した。博士が開発した技術の一つ、電磁バリアを越える程の高性能なシールドバリアを。

 

 

「二つは、装備の量子変換。宇宙での活動をするということは、拠点の整備やメンテナンスも出来なくてはならない。整備用具や巨大タンクなどを持ちながら移動するなど、負担が大きいことこの上ない。もしこの要素が上手くいけば、宇宙空間の活動が行いやすくなることだろう」

 

 

八神博士はこの技術を、不可能ではないと断じた。複数の装備をデータとして機体に組み込み、使用の際だけ変換することで実体化させるという試み。

 

不可能ではないのだが、普通では出来ない技術だ。他の国の科学者ですら、そんなこと出来ないと言うのが普通だろう。しかし博士は普通ではない。篠ノ之束が敬愛する程の天才だ。

 

 

「三つ目だが…………これは私の考えなのだが、人工知能が必要だと考えるね」

 

「え?でも博士、マルチフォーム・スーツだよ?人工知能を乗せてどうするの?」

 

「考えてみたまえよ、束。君のこのISには多くの要素がある。PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)、本来であれば人間に動かせる重量ではないISを扱えるようにするシステムだが…………これはどうするんだい?宇宙空間と言えど、環境が同じわけではない。システムの対応を行えば不可能ではないが、人間の頭では追い付かないことだろう。

 

 

 

装備とは、あくまでも万人に使えなくてはならない。銃という武器をそうやって今の形に収まったものだからね」

 

 

それは、博士の持論なのだろうが、正論ではあった。博士が世界中に提供してきた武器や兵器は全て扱いやすいものであり、使い方に悩ませるようなものではないのだ。

 

疑問を浮かべていた束は納得したように何度か頷く。分かってくれたようで何よりと、穏やかな笑みを浮かべた博士は話を続けた。

 

 

「AIにより、ISのシステムの殆どを統括させ、操縦者は手足を動かすようにして扱えるようにする。だが、完成されたAIではダメだ。成長するAIでなくては、操縦者と共鳴していき、最適化されていくものでなくてはいけない。完成されたAIでは、操縦者と動きと思考が適応しないだろう」

 

 

つまり、AIと人、二つの存在があってISはようやく万人にも扱えるものになると言いたいのだろう。確かにそうだ。作業中にISの動きを変えたいからと、一々システムを弄くるなど非効率的である。

 

だからといって、AIが自己進化していき、操縦者が扱いやすいようにサポートできるようになるというのは、発想にはなかった。これは博士独特の思案なのだろうか。

 

 

「最後となる四つ目は、ネットワークだ」

 

「ネットワーク、ですか……」

 

「宇宙空間で活動することにおいて、通信の必要性を侮ってはならない。普通の通信であっても、脆弱であり唐突に遮断される可能性はなくならない。それ故に、より強固であり、絶対に途絶しない特別なネットワークが在るべきだと考えている。

 

 

 

 

そして、これに関して君達が心配する必要はない。私は今、ISのネットワークを構築中だ。元々は無人機の操作のために運用していた『ユグドラシル』に新たな回線を繋げてある。いずれは、ISを運用する為の宇宙ステーションも私の手で完成させる予定だ」

 

 

博士曰く、ユグドラシルという巨大な通信塔によってIS専用のネットワークを地球全体はおろか、宇宙に向けて伝播させるという。これで、ISに乗った操縦者達は連携しながら、宇宙空間で安全に作業を行うことが出来る。

 

火星などの遠くの星までにはいけないが、少しずつネットワークを広げていけば、いずれは宇宙の果てにでも到達できると、博士は落ち着いた様子で断言して見せた。

 

 

「ふーん………先生、メチャクチャなこと言うんだね」

 

「メチャクチャとは………言うねぇ、束」

 

「先生だって、これだけの性能のISを造るのは時間が掛かるんじゃないの?それを束さんが一年以内に造るなんて、正直無理難題だと思いますけども」

 

 

少し不満そうに頬を膨らませた束が言うには、これだけの技術を注ぎ込んだISが、博士の言った年月では完成が厳しいと言っているのだ。少なくとも、今の彼女はまだ天災と呼べるには程遠い。まだまだ学生である為、彼女はまだ天才として無理なものだと考えていた。

 

 

しかし、束は忘れていた。目の前にいる博士こそ、いずれ自分が呼ばれる天才を越えた存在 『天災』となり得る人物であると。

 

 

 

「────いいや、不可能ではないさ。現に私は試作品であっても、二つは造った訳だからね」

 

「………………へ?」

 

 

これには束も、千冬もザックも目を丸くするしかなかった。造った、とは何を造ったのか。そんな風に唖然としている三人の教え子達の前で、博士はホログラムの画面を指でタップした。

 

 

すると近くの壁が開き、大きなホールへと繋がる。天井や壁、床までもが真っ白に染まったその空間の中央に床が開いた。複数の機械音が連鎖していった時には、開いた穴から二つの機体がホールへと押し上げられていた。

 

 

全身が黒に染まった装甲に包まれた機体。

胸元には大きな球形状のコアが組み込まれており、紫色の光を奥から放っていた。二つの機体に大きな違いがあるとすれば、表面の装甲が一部剥がれたようなデザインの機体が赤紫の光を帯びており、その正反対────完成されたような姿をした機体が青紫の光を伴っていること。

 

 

「前に見せてもらった君の設計図にね、少しインスピレーションが湧いてね。この二週間で造ってみたんだ────勢い余って、二機も完成させてしまった訳だが」

 

「え、えぇ────ッ!?」

 

「二週間!?なのに二機も!?」

 

 

悲鳴のような驚き方をする二人の前で、八神博士は困ったように笑っていた。肩を軽く竦めた博士は二体のISに近付き、解説を始めた。

 

 

「私はこれを『zens』、ゼノスと呼んでいる。1号機はバルハード、2号機はアルザード。君の設計したISの模倣、贋作と呼ぶべきものだが…………どうかな?」

 

「い、いやいや!こんなの贋作なんかじゃないですって!多分束さんが造ろうとしてたISよりも、はるかに高性能だよ!」

 

 

敬語すら忘れる程に興奮した束は、二体のISに興味津々である。天才としてのプライドが刺激された以上に、自分よりも優れた博士への敬愛が勝ったのだろう。

 

 

「先生!もしかしてさっき話した要素ってのも再現してたりします!?」

 

「─────無論さ。絶対防御も量子変換も全て運用済みさ。気になるなら、触ったりしてみても構わないよ?」

 

 

やったー!と子供のようにはしゃいで飛び出す束。半ば気になっていたザックは「お、俺もいいですか!?」と聞くや否や、興奮を隠しきれない様子で二体のISへと駆け寄っていく。

 

にこやかに笑う博士は、ふと隣で嘆息する千冬に気付いて声をかけた。

 

 

「…………君は行かないのかい?」

 

「あの二人が満足した後に、見させて貰います」

 

「はは。君の自由にするといいさ」

 

 

まだまだ子供の年齢でありながら、大人びた雰囲気を漂わせる千冬。そんなことも気にすることなく接する博士に千冬はほんの少しだけ気を緩め、落ち着いたように一息を漏らすことができた。

 

そして、緩んだ気を引き締めると共に、博士へと問い掛けた。

 

 

「博士、少し質問してもいいですか?」

 

「いいとも。好きなことを聞いてくれて構わない」

 

「────何故あの機体に武器を搭載しているんですか」

 

 

千冬の疑問の通り、ゼノスと呼ばれた二体のISは武器を所持している。世界最高峰の素材で構成された金属のブレード、あらゆる攻撃やビーム兵器を無力化するマント。それだけでも、ゼノスが兵器としての側面の目立つものだと理解できる。

 

博士は理解しているはずだ。インフィニット・ストラトスは兵器ではないことを。親友である彼女の夢は、人殺しに使われるべきではないのだから。だからこそ、千冬は疑っていた。博士な武器を搭載したことへの真意を。

 

その問いに博士は真剣な表情になりながら、語りだした。

 

 

「…………私の知り合いにいる男が、ISの存在を認知していた。彼はISを兵器として運用したいと考えている。話を聞いた限り、どうやら良からぬ噂を流している者がいるらしい────近い内に新兵器を開発する予定だと」

 

「それが、ISだと?」

 

「当然、事実無根だ。私はISを兵器としてではなく、束の発明として世界に広めたいと考えているからね。これに関しては嘘ではないと誓おう。だが、私が兵器を造るという噂は世界中に広まっている。私と繋がりのある国連の人間が、その噂を信じているテロリストの存在を示唆してきた」

 

 

束達の方を見据えた博士は険しい目つきをしていた。多くの兵器を開発してきた八神博士だが、束のISだけは兵器として運用させたくはなかった。その心に偽りはなく、限りない本心である。

 

 

「彼等はISをきっと狙うことだろう。兵器として運用する可能性がある。ゼノスは、その為の制御装置だ。ゼノスはあらゆるISに干渉する特性を有している。たとえ奴等に他のISが強奪されようと、ゼノスならば封殺することができる」

 

「では武器を搭載したのは、万が一のため。ゼノスが奪われないようにする為、ですか」

 

「ゼノスを封印する施設には、私がIS開発に運用した技術を内包するスフィアも隠す予定だ。もしもの時があれば、君にその場所を提供しておこうと思う」

 

 

それだけ話した後、博士は本当に申し訳なさそうな顔で頭を下げてきた。

 

 

「色々と迷惑をかけるね、君にも」

 

「………いえ、此方こそ。親友が世話になっていますから」

 

 

同じように短く会釈する千冬に、博士は少しだけ考え込んだ後いつものように穏やかな笑みを浮かべて頷いた。八神博士と千冬はいつものように騒いでいる二人の方を見つめ、賑やかな日常を噛み締めるのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「─────以上が、私達と先生の出会いの後の話だ」

 

 

一段落ついたであろう千冬が話し終えた後に一息ついた。彼女の体験した過去の話を聞かされた一同は少し戸惑いを隠せないようだった。

 

 

「…………千冬姉と束さん、俺の知らないところでそんなことがあったのか」

 

「姉さんがあんなに変わったのも八神博士に師事したから、か。それほどまでに素晴らしい人だったんだな」

 

 

自分も知らなかった姉の過去に驚くしかない一夏と人間嫌いだった姉をあそこまで矯正することが出来た博士の存在に感服する箒。その横で黙って聞いている龍夜を含めた三人は、少なくとも博士への尊敬を隠さなかった。

 

その一方でシャルロットは何かソワソワとしていた。博士ではない何か別のことが気になっているらしく、心配になった一夏が声をかける。

 

 

「どうしたんだ?シャル」

 

「う、ううん!なんでもないよ一夏!」

 

「でも顔色が悪いぞ?何か気になることがあるなら、教えてくれ」

 

そう言われたシャルロットは少しだけ迷ったようだが、すぐに考え直したらしい。一夏の耳元に近付き、周りに聞こえないように話し始めた。

 

 

「織斑先生達の同年代の人に、ザックって人がいたでしょ?」

 

「ああ、いたな。それが………」

 

「………その人、アイザック兄さんなんじゃないかって考えちゃうんだ」

 

 

不安そうなシャルロットの言葉に一夏は言葉を詰まらせた。忘れもしない。妾の子であるシャルロットを何より大事に思っていた彼女にとって兄同然の存在、アイザック・デュノア。

 

しかし、彼は死んだはすだ。シャルロットを保護しようとした最中に暗殺されたと聞く。だからこそ、ザックという青年がアイザック本人だとは思えない。

 

だが、一夏は龍夜が話したことを思い出した。アイザックは暗殺されたというが、彼の遺体は発見されていない。もしかしたら、暗殺されたということ自体嘘でアイザックは密かに生きているのかもしれない。

 

だが、一体何が真実かは今知ることではない。

 

 

「───先生の話は分かったけど、やっぱり疑問なのよね」

 

「博士がそれだけ善良な人間ならば、何故戦争を引き起こしたのだ?何故人類殲滅を決行しよう等と」

 

「……………もしかして、博士は冤罪だったりするのでは? だとすれば、国連が真実として隠すのも有り得ない話ではありません」

 

鈴音、ラウラ、セシリアの三名は半信半疑といった感じであった。彼女達から見た博士の印象は、人類を滅ぼそうとした悪魔の科学者に相違はない。現に彼は世界各国を攻撃し、大勢の人間を虐殺した。

 

外国も破壊の規模が少なくないため、博士を憎む者も多い。鈴音達は憎んではいないものの、信用できるかと言えば悩ましいという感じだ。

 

 

「───いいや。博士は確かに人類を滅ぼそうとした。しかしそれには大きな理由がある。君達に、今から明かそう」

 

「私達の知る、封印された真実を。博士が人類への憎悪に囚われた、全ての始まりを」

 

 

時雨と千冬が語り始める。

個人が起こしたという戦争、第三次世界大戦の起源。あらゆる悲劇とISの発展の億に眠っていた根幹を。

 

 

────それは、たった一つの悲劇から始まったのだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

千冬と束が博士に師事して数年。

四苦八苦しながらも、束はついにISを自らの手で完成させることが出来た。新型宇宙探査用のマルチフォーム・スーツとして世界に公表したのも、その当日であった。

 

 

「─────あーあ、ホントに馬鹿だなー。どいつもこいつも」

 

 

無気力そうに机に突っ伏した束が堂々と悪態を吐き捨てる。いつも注意するはずの千冬も、あろうことか納得しているように頷いていた。しかもそれは、束といつもいがみ合っていたザックも同じであった。

 

 

「────全くだ。俺達を子供だからって馬鹿にしてんのか奴等は」

 

 

苛立たしそうにザックが呆れたように笑い、目の前にあったペットボトルを近くの壁に投げつけた。怒り任せの行為を咎める者は誰もいない。誰も同じ気持ちであったからだ。

 

 

篠ノ之束のISの公表。

それに対し、大人達の反応は落胆や失意であった。彼等は八神博士が推し進めたというのもあり、新兵器としてのものを期待していたのだろう。しかしそれが、宇宙活動用の装備だと知り、失意を隠そうとしなかった。

 

真剣な公表を務める束に、大半の大人は興味を失っていた。あろうことか、『ここは子供の自由研究の場ではない』と嘲笑を籠めた軍のトップの人間までもがいた。結果、激昂した八神博士の乱入によって公表は取り止めとなり、束達はいつも拠点へといち早く帰還することになった。

 

 

「………博士は今どうしている?」

 

「大激怒みたいだぜ? 仕込んでみたナノマシンで見てみたけど、『私の教え子が懸命に造ったものを馬鹿にするとは何事だ!!』って周囲の大人をビビらせてんな。ま、博士が兵器の提供止めるって言い出すのが怖いんだろ」

 

「結局は自分達の都合か………どこまでも大人というものは身勝手だな」

 

 

千冬の呟きに、ザックは激しく同調している様子だった。彼ですら大人達の対応が気に食わないのだろう。いや、束がどれだけの思いと願いを込めてISを開発しようとしていたのかを見てきたからこそ、無下にされるのが我慢ならないのだ。故に博士を激怒しているのだが。

 

 

『────千冬様、束様、ザック様』

 

そうしていると、施設内を動き回っている無人ドローンが部屋へと入ってきた。博士が配置している生活用のドローンであるそれは、束や千冬達の日常をサポートしてくれた存在である。

 

落ち着いてきた千冬はそのドローンへと近付くと、何か一際大きな箱を持っていることに気付いた。

 

 

「これは?」

 

『輸送されてきたものです。住所の記載はあるのですが、名前も不明ですので、皆様に確認しようと思いまして』

 

「そうか。感謝する」

 

 

箱を受け取った千冬はドローンに一礼し、その箱を机の上へと置いた。落ち込んでいた束や怒り満々であったザックもその箱に気付き、興味を向ける。

 

 

「あ?なんだその箱」

 

「さぁな。この住所宛らしいが、相手の名前と貰い主の名前が分からん。誰か注文でもしたか?」

 

「いやぁ、ザックは?」

 

「………注文なんてするなら最初から買いに行くだろ。部品とか、すぐに使うんだし」

 

 

二人も心当たりはないらしい。ならば、博士宛のものかと判断した千冬は置いておこうとしたが、なにか思い出したであろうザックが言葉にした。

 

 

「もしかして、博士が前に言ってたズワイガニじゃね?皆で食べようかなって言ってたしな」

 

「そうだっけ。なら冷やしとかないと駄目じゃない?」

 

少年と少女二人が互いの顔を見合う。珍しく意見があったらしい。束とザックはニッと笑い、堂々と宣言した。

 

 

「「よし、開けるか」」

 

「馬鹿か、お前ら。先生の私物だったらどうする」

 

 

当然、千冬は反対した。これで先生の私用の物だとしたら、二人は八神博士に土下座することになるだろう。目に見えている光景を思い浮かべた千冬は確認してから開けるべきだと言うが、

 

 

「えー、でもちーちゃん。カニは早めに冷やしといた方がいいかもよ?もうすぐ夜なんだし」

 

「そうそう。ズワイガニだって俺達に美味しく食べて欲しいはずだぜ。こうして待ってたら、俺達のカニが可哀相だろ?」

 

「だからカニと決まった訳では……………はぁ、好きにしろ」

 

カニコールを捲し立てる馬鹿二人の説得に諦めた千冬。途端に喜び出した二人は箱を開こうと動き出す。どうやら相当固く密封されているらしく、ハサミが必要らしい。

 

ハサミを取りに行こうかと千冬がその場から離れたその時、突如廊下にあった非常用の電話が鳴った。普通回線とは違う、特殊なものだと彼女は記憶している。

 

 

(先生か?いや、だとすれば普通に私の携帯に繋げるはずだが…………)

 

疑問に思いながらも受話器を手に取り、電話に答えた。

 

 

「もしもし、織斑千冬です」

 

『─────?君は、誰だ!?八神博士ではないのか!?』

 

 

相手は若い男性の声だった。男性は焦っている様子で千冬が電話に出たことに戸惑っている。八神博士に用があると理解できた千冬が、相手へと確認を行う。

 

 

「私は博士の教え子です。どちら様でしょうか、要件だけでも確認させてください」

 

『ッ!博士は、八神博士はどちらだ!至急取り次ぎたい!』

 

「御言葉ですが、まずは説明をしてください。でなければ、博士に取り次ぐことは出来ません」

 

 

相当大事な話らしい。男性は捲し立てるように急き立てたが、明らかに警戒した千冬の追求により、その勢いを静めることになる。幾分か冷静になったであろう相手からの声に、千冬は眉をひそめた。

 

 

『………私は村雨、国連所属最高決議機関「楽園の実」の一員だ』

 

 

実質的な国連のトップとされる組織、二十人程のメンバーで構成され、国連の意志決定を担う物達。それが、『楽園の実』だ。

 

そんな人物が博士に何事かと気を引き締めた千冬だが、村雨は緊張したような声音で語りかけてきた。

 

 

『八神博士の弟子ならば、博士のご家族のことをご存知か?』

 

「ええ………私も何度か対面します。先生には迷惑を掛けてばかりですから」

 

『では、博士のご家族が一ヶ月前に海外旅行に行っているという話は?』

 

「────はい、先生から聞いています」

 

 

博士の奥さんの八神世菜(やがみせな)と、娘の一美(ひとみ)、そして息子の三琴(みこと)、合計三人。博士が心から愛する家族のことを千冬も束もザックも理解していた。その愛は深く、博士は家族を何より大切に思っていることはよく知っていた。

 

それがどうしたのだ、と千冬が怪訝そうに顔をしかめた次の瞬間。彼女の意識を大きく揺るがせる言葉が、村雨の口から放たれた。

 

 

 

『二週間前、八神博士のご家族が旅行の最中にテロリストに拉致された』

 

「……………は?」

 

『テロリストの要求は、八神博士に新兵器の提供だ。もし拒否すれば家族の安全は保証できないと言い、期限以内に新兵器を造るように要求していた……………その期限は一週間だ』

 

理解できなかった。何を言っているのか、思考が定まらない。冷や汗を滲ませた千冬は感情の余り、強く怒鳴ってしまった。

 

 

「何を言っているんですか!?もう一週間経っている!何故博士にそのことを伝えず、いえ、何故対応しないのですか!?」

 

『────隠蔽されていたんだ!組織全体で!私も知らなかった!知っていたら博士に伝えていたから、奴等は私にも情報を伝えなかったんだ!

 

 

 

そして、無視した!テロリストに兵器を渡したくなかったら、奴等の要求を無視したんだ!!博士の家族が人質だと知っていながら!!』

 

 

村雨の感情的な言葉と事実を受け、千冬は今までにないくらいに歯を噛み締める。なんでそんなことが出来るのか、と。怒りを抑えきれず近くの壁に殴った千冬の耳に届いたのは、更なる事実だった。

 

 

『奴等は要求を無視されたことで、過激な手段を取ると宣言した!自分達の要求を無視した代価を、博士の元へ送ると!』

 

「博士の、元へ…………送る?」

 

 

ふと、脳裏に浮かんだのは詳細不明の箱。最悪の予想が頭に過り、千冬の顔が一気に蒼白になる。次に脳裏に浮かんだのは、今まさに箱を開けようとしていた二人のことだった。

 

 

「─────束ッ!ザック!その箱を開けるなッ!!」

 

『それだけじゃない!国連は最悪の選択を────待て!待ってくれ!』

 

 

受話器から手を離し、千冬はさっきいた部屋へと走っていく。途中、受話器から声が響いていたが、彼女の耳には届かない。

 

 

 

転がり込むように扉を開け放った千冬は、その部屋に広がる惨状を前に立ち尽くすしかなかった。

 

 

 

 

「………ち、ちーちゃん」

 

「ち、ちふゆ────ッ」

 

 

開け放たれた箱の前で、束は尻餅をついて青ざめていた。今までに見たことない彼女の怯えように千冬は嫌な予感を強く感じ取っていた。

 

 

震えた声で答えようとしたザックは、直後に口を手で塞いだ。近くの戸棚に駆け寄った彼は、真っ青な顔で取り出した袋の中に嘔吐していた。

 

何も食べていないからか、吐き出されるものは胃液しかない。しかし、ザックは込み上げる吐き気に耐えられないようだ。

 

 

二人の変わりように、千冬の全身が微かに震え始める。開け放たれた箱からは異様な雰囲気が醸し出していた。それと同時に、箱の隙間から何かが溢れていた。

 

黒に近い赤。人間の血と同じ色合いの液体が、机から床へと滴り落ちている。

 

 

「────」

 

 

見たくない、そう彼女の中で叫ぶ声がある。だが、確かめなくてはならない。覚悟を決めた千冬は震えた脚で近付いていき、ゆっくりと箱の中身を覗き込んだ。

 

 

その瞬間、視界を通して認識された事実が、彼女の全身に浸透していく。震え、怯え、吐き気、絶望。あらゆる感情と感覚に包まれながらも、千冬は己の意識を保っていた。

 

 

掠れた喉から響くか細い声で、千冬は箱の中身の正体を口にした。

 

 

 

「……………世菜、さん」

 

 

箱の中に詰められていたのは、八神博士の奥さんである八神世菜だった。数十センチの四方の箱の中に、彼女は生首だけという変わり果てた姿で眠っている。

 

 

己の視界に広がる景色を前に、千冬はこれが夢であることを願った。ただ願うことしか、祈ることしか彼女には出来なかった。

 

 




次回『平和の崩壊、その始まり』



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第70話 平和の崩壊、始まり

「……………」

 

 

千冬が話し終えた時には、その場の全員が沈黙していた。誰もが言葉を口にする気力すらない。喉が干上がったような感覚の中で、疑問を言葉にすることすら出来ないのだ。

 

 

「────ここからは、僕が説明しよう。事の経緯、僕達の知る全てを」

 

 

胸に手を当てた時雨が、穏やかな声音で語り始める。千冬達が体験することになった悲劇の発端、それが何だったのかを。

 

 

「始まりは、国連のミスだった。彼等は旅行中の八神博士の家族に護衛や警備をつけていたんだ。無論、彼等に不備はない。むしろ全力で仕事に尽くしていたと思う。

 

 

 

唯一のミスは一つ。博士の家族の存在が、テロリスト達に漏れたことだ」

 

 

そして、それを知ったテロリスト達は起死回生の策を思いついた。八神博士の家族を人質に使い、博士に兵器を造らせようと考えたのだ。

 

自分達に敵対する全てを滅ぼせるような、圧倒的な破壊兵器を。

 

 

「その為に、彼等は全ての戦力を投入して博士の家族を拉致した。そして、国連に一つの要求を行った。『博士の造った兵器を、我々に提供せよ』とね

 

 

 

 

そして────国連は、その要求に応えなかった。返事を寄越すことなく、無視を繰り返した」

 

 

その対応に激怒したテロリスト達は、八神世菜を殺した。死体を切り刻み、生首を箱詰めにして博士の元へと送り届けたのだ。運が悪いことに、一番最初にそれを知ったのは博士本人ではなく、千冬達だったのだ。

 

 

そうだ。

千冬の話に出た村雨も、同じことを口にしていた。国連が要求を無視したせいで、彼等が過激な対応を行ったと。話を聞いてる最中、シャルロットが震えた声で呟いた。

 

 

「………どうして?」

 

「恐ろしかったのさ」

 

 

時雨の答えは、単純であった。

見た目からは思えぬほどに大人びた、哀愁染みた悲しそうな顔で、時雨は話を続ける。

 

 

「彼等は博士の兵器を多用してきたからこそ、博士の造る兵器の力をよく理解していた。………想像してみるといい。君達の持つISの数世代先のISが造られたとしたら、それがIS学園に向けられるとしたら。恐ろしいだろう?彼等にとって、同じ気持ちだったのさ。万が一でも、テロリストに自分達を殺せる兵器なんて渡したくなかったんだ」

 

「………」

 

「それでも、最悪の選択に変わりはない。彼等は人命よりも力を優先した。だからこそ、起きてしまった悲劇さ」

 

 

だからといって、受け入れられる話ではない。こんなこと、納得できるわけがない。誰もが言葉にできない静寂の中で、何とか口を開いたセシリアはとある事実を確かめた。

 

 

「それが、国連の恐れる真実なのですか?」

 

「───まさか。こんなもの、まだ序の口。本当に最悪なのはここからさ」

 

 

これで序の口。

つまり、これを含めて最も隠さなければならない秘密がまだあるというのか。たったこれだけでも、国連という組織を揺るがす事実だと言うのに。

 

 

「あの日、織斑千冬達の知らぬ合間に、国連は大規模な活動を行っていた。──────『オペレーション・アポカリプス』。最重要機密として、歴史の闇に葬られるはずだった計画だ」

 

「────表向きには、多くの人命を奪う毒ガス兵器を所有するテロリストの大規模テロを阻止するために、事前に彼等を爆撃で消し飛ばすというもの。けど、これには隠された本当の目的があった」

 

「…………真の、目的?」

 

 

呟いた一夏は、酷い顔をしていた。蒼白に染まった表情が凍りついたように硬直する。全身から冷や汗が一気に噴き出し、思考が認識を拒絶するように空白を伴う。

 

脳裏に、その答えが浮かんでいた。しかし一夏の脳は、その考えを否定した。否定したかったのだ。そんなことあってはならない、そんなことが許されてならない。

 

 

しかし、どれだけ否定しても意味はない。本当の意味での国連の罪が、時雨の口から吐き出された。

 

 

 

「真の目的は────八神博士の家族、八神三琴と八神一美、この二人をテロリストごとまとめて始末することだ」

 

 

吐き気がするかと思った。

その近くで、目眩が増したであろう箒が倒れそうになって、鈴音に支えられる。いつも気丈である鈴音もその顔は険しく、冷や汗を隠せない。

 

 

最低最悪の真実だった。彼等は、本来救うべき生命を自分達の手で殺そうとしたのだ。全てから見放され、絶望していた二人を爆撃によって消し去ろうとした。本当に、理解ができない。代表候補生の誰もが、何故国連がそんな愚行を犯したのか分からなかった。

 

────ただ一人、候補生の中でも博識であり、優れた一人を除いて。

 

 

「彼等は生き残った二人の救助より、始末を優先した。その理由は分かるかい?」

 

「─────国連が、奴等の要求を無視したという事実を隠すためか」

 

 

心底つまらなさそうに、或いは嫌悪を隠さず、龍夜は吐き捨てた。彼ですら、その事実に純粋な嫌悪感を抱いている。そして、無言で頷く時雨の態度が龍夜の考えが正解だと示していた。

 

 

「二人を救助すれば、テロリストの要求の事実が明らかになり、先の失態が表沙汰になる。それを恐れた彼等は、隠蔽することを誓ったんだ。─────テロリスト達の目的は、博士への怨恨だった。故に彼等は博士の家族を殺害し、国連はその事実を後に知った。そういうシナリオにすることで、彼等は自分達の罪を揉み消そうとしたのさ」

 

「…………」

 

「送られてきた自らの妻の首と、テロリスト達の強迫のテープを受け取った八神博士は、国連に問い詰めた。何があったのか、と息子と娘は何処にいるんだ、と彼は必死に問い続けた。

 

 

 

けど、国連の答えは沈黙だった。彼等は博士に真実を教えることなく、隠蔽だけを図った。博士には賄賂としての資金を送り、この事実を表沙汰にしないように口止めまでして。彼等は自分達の犯した罪を完全に隠蔽させたという訳だ」

 

 

あまりにも惨い話だ。博士はただ、家族ことを案じていたのだ。千冬を含めた弟子達も愛し、家族のことを心から愛していた優しい人だ。知りたかったのは真実だけだ、国連を弾劾するためではなく、家族の身に降りかかった悲劇を知りたかっただけだった。

 

けれど、博士に真実が教えられることはなかった。───はずだった。

 

 

「ただ一人、『楽園の実』のメンバーで大きく反対を行った者がいた。それが僕の兄、村雨(むらさめ)だ。村雨は、『オペレーション・アポカリプス』の立案に最後まで反対を示した。多くのメンバーによって強行された後も、密かに機動部隊を動かして、博士の子供二人の救助を行わせた。────結局、失敗して部隊も無駄死にさせた訳だけどもね」

 

 

時雨理事にしては、辛辣だった。自らの兄が人として良い行動を行ったことに違いはないはずだ。それが失敗したとて、責めるものはいないだろう。なのに、身内であるはずの時雨は吐き捨てるように話しているのか。

 

 

「………村雨は、そのことをずっと悔やんでいた。だからこそ、兄は八神博士に真実を話したんだ。博士の家族に起きた悲劇と、彼等の末路を」

 

 

意図はなかった。ただ善意で、彼は博士に真実を教えたのだろう。家族の最後を知りたかった博士への優しさと慈悲だったのだ。

 

だが、時雨はそれを間違いだったと断じた。

 

「世界を思うのなら、人を思うなら、博士には黙っておくべきだった。真実を知った博士が、どれだけの激情と憎悪に囚われるか、兄には分からなかったのだろう」

 

 

家族を殺され、全てを失い、あろうことか真実すらも隠蔽された。自分達の面子を大事にする国連に、何も知らずに在り続ける世界に────博士は絶望し、どす黒い闇を増幅させた。

 

一息と共に千冬は閉ざしていた瞳を開き、悲哀に染まった顔で、言葉を紡いだ。

 

 

「────真実を知った博士は、私達の前から姿を消した。それから数ヵ月間、消沈していた私達の前で─────先生が作った平和は、崩壊した」

 

 

────他ならぬ、彼女たちの慕った先生の手によって。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

『────世界中の諸君。私の話が聞こえてるのであれば、耳を傾けて欲しい』

 

 

その通信が、世界各国の電子機器に届いた。誰もが突然のことに戸惑いを隠せない中、一部の地域では異常事態が発生していた。

 

 

日本、アメリカ、中国、ロシア、イギリス、及び他の国家の首都。その上空に、多くの機影が浮かんでいるのだ。輸送戦闘機、圧倒的な技術力で開発されたその機体は、現時点での兵器を数世代上回っていた。

 

全ての国家が混乱に包まれる中、世界中継を行った博士は穏やかな微笑みを浮かべながら、世界に告げる。

 

 

『これより私は世界全てに対し─────宣戦布告を行う。降伏も投降も許されない。求めるはただ一つ、君達人類の殲滅だ。老若男女関係なく、私は全ての生命を絶滅させる』

 

 

その瞬間、各国の首都上空を滞空する輸送戦闘機から複数の影が落ちた。二足歩行の無人兵器 通称『ガヘル』。日常の中に現れた何十機もの無人兵器に困惑を隠せない人々。あるものはカメラで撮影したり、あるものは電話で話しながら見つめていたり、長く続いた平和故に未知への恐怖を感じていない。

 

故にだろう。

無人兵器『ガヘル』が片腕の銃火器を構えても、彼等は唖然とするだけだった。五体の無人兵器の射撃体勢に不安を覚えた彼等は─────銃弾の雨を浴びることになった。

 

 

「────きゃああああッ!!」

 

「にげ、逃げろ!」

 

「早く!早く逃げてぇ!」

 

 

突然の暴挙に、理解できずに走り出す人々。その背中に無数の銃弾を浴びせながら、『ガヘル』は進撃を始める。

 

引き起こされた一つの惨劇と同時に、第三次世界大戦と呼ばれる戦いが引き起こされたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「────敵、無人兵器!六体接近!」

 

「我々の後方では、市民の避難が行われている!奴等をこの先に絶対通すな!」

 

 

東京の区域の一つ。

逃げ惑う人々の避難をさせる為に、設営されたバリケード越しに自衛隊が無人兵器と戦闘を行っていた。警官隊によって誘導されて避難する人々を守るため、彼等は必死に立ち向かっていた。

 

 

対して、ガヘルは無人兵器の歩兵として躊躇なく戦場を踏み荒らしていた。横転した車の影から、左腕の機銃で自衛隊へと撃ち続けるガヘル。痺れを切らした一体のガヘルが車の影から飛び出し、バリケードを突破しようと動き出した。

 

 

「敵一体が出てきたぞ!撃て!撃てぇ!!」

 

 

正面へと飛び出した無人兵器が、一斉掃射を浴びることになる。ガラスに包み込まれた人工知能のコアにヒビが入り、煙を噴かしたガヘルが崩れ落ちる。

 

しかし、彼等は直後に信じられないものを目にした。

 

 

「た、隊長!敵兵器が動きました!」

 

「構わん!撃ち続け────なッ!?」

 

 

自衛官達が見たのは、撃破されたガヘルを盾にして距離を縮めるガヘル達の姿だった。壊れた仲間を盾に使う無人兵器の行動に、隊長はある事実を理解する。

 

さっき前に飛び出した無人兵器は、盾になるために死んだのだ。仲間達を敵の元へと近付けさせる為だけに、己を囮に使ったのだ、と。

 

 

「────隊長ォ!」

 

「今度はなんだ!?」

 

「後方に、敵大型兵器出現!此方への砲撃を狙って─────」

 

 

直後、バリケードが吹き飛ばされた。ガヘル達の後ろに隠れていた一際大きな二足歩行無人兵器『ガヘラッド』に砲撃されたのだ。その無人兵器は砲撃体勢から体を戻すと、他のガヘルと共に────バリケードに開いた穴へと向かう。

 

 

「ば、バリケードが!?」

 

「ッ!装甲車を出せ!急いでバリケードを塞────ッ!」

 

 

慌てて対応を始める自衛官達に、ガヘル達が襲いかかる。銃を構えようとする者に機銃の弾丸を浴びせ、近くにいた自衛官には距離を縮めて、手首から展開したナイフで滅多刺しにしていく。

 

 

そうして崩壊した防衛ラインから、一体のガヘルが独立する。その機体はふと動きを止め、近くのビルの中へと踏み込んでいった。

 

 

 

────シェルター内。

 

「パパ………お母さん、大丈夫だよね─?」

 

「…………大丈夫だ、きっと他のシェルターに逃げてるさ。信じよう!」

 

 

核攻撃用に増設された無数のシェルター。東京の区画にも多く存在するそこに、人々は緊急避難を行っていた。無人兵器が攻撃を行っているのは各国の首都圏内だけであった。

 

博士はそれを、人類への宣戦布告と示した。しかしそれが、圧倒的な戦力差を知らしめるための行いだとは、誰も理解してはいなかった。

 

 

────ふと、厳重に閉ざされたシェルターのロックが解除される。不審に思った避難者の一人が、分厚いシェルターの扉を覗き込もうとして─────突き立てられた刃物によって、生命を奪われる。

 

シェルターの扉の向こうにいたのは、ガヘルだった。本来であれば核でも破壊できない防壁。それはネットワークによって情報を伝達する無人兵器ガヘルにとっては、容易く突破できるものであった。

 

人間の腕を模したマニピュレーターでロックを解除したガヘルは片腕の機銃をシェルター内部に向け、弾丸を撒き散らした。人々の悲鳴や慟哭すら無視し、シェルター内の生存者を一人残らず殺して回っていく。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「────シルバーワンより全機!敵兵器は計五十機。現在三十機が民間人への攻撃を繰り返している!敵兵器を確認次第、撃破せよ!」

 

 

上空を旋回する七機の戦闘機。航空自衛隊により送り込まれた援軍は、戦場と化した東京首都を飛び回っていた。あまりにも悲惨な戦場に顔を歪めるが、彼等は軍人だ。誰よりも早く気を引き締め、すぐさま行動に動いた。

 

 

「この作戦には、日本国民の命がかかっている!陸自だけに活躍させるな!何としても、敵を全滅させろ!いいな!」

 

『───了解!』

 

「シルバーツー、シルバースリーは俺と来い!敵兵器を投入している輸送機を撃ち落とす!!」

 

 

散開した戦闘機達が、無人兵器ガヘルを投入していく輸送戦闘機へと向かっていく。しかし、ミサイルを発射しようと引き金に指を添えた瞬間、通信から悲鳴が聞こえた。

 

 

『こ、此方シルバーファイブ!シルバーワンへ救護を求める!』

 

「シルバーファイブ!何があった!?」

 

『し、シルバーフォーが撃墜された!今、敵ヒト型兵器と交戦している!ミサイルが効かない、早くコイツを────』

 

 

通信が途絶えると共に、向こうを飛んでいた戦闘機が空中で爆散したのが見えた。慌てて軌道を変えたシルバーワン達が目にしたのは、爆煙の中からビルの屋上へと着地したヒト型の無人兵器であった。

 

黒と白の装甲に身を包んだ二メートル近くのヒト型。無機質な双眼を備えた無人兵器の片手には、二メートルを優に超える槍が握られている。

 

他の無人兵器と違う、という事実は見て分かる。すると、そのヒト型兵器からスピーカーのような声が周囲へと響き渡る。それは戦闘機内の彼等にも聞こえた。

 

 

【─────兄弟達よ。我等の意思は、常に一つ】

 

 

腕を振り払い、ヒト型兵器は淡々と告げた。その言葉を聞いた航空自衛官達は一つの事実を確信することになった。

 

 

『人類を殲滅せよ。一人残らず、殺し尽くすのだ』

 

 

────コイツが、無人兵器達を従える親玉だと。

 

理解したシルバーワンが、仲間達を呼ぶ。それだけで彼等は無言のまま応じる。三機の戦闘機が即座に、ヒト型兵器の方へと向かっていく。限界に近い速度で、三機は距離を詰めていく。全身にのし掛かる重圧に肉体が悲鳴を上げるが、彼等は気にしなかった。

 

 

『よくも、俺達の国を────!!』

 

『罪のない人々を手にかけた罪を!償わせてやる!!』

 

 

ヒト型兵器に狙いを定めた三機の戦闘機がミサイルの照準を固定させる。ついに発射させようとした次の瞬間、シルバーツーと呼ばれた戦闘機が空中で爆発した。

 

 

「ッ!シルバーツー!」

 

『シルバーワン!今のはヤツじゃない!もう一つ、急接近する敵が─────』

 

 

互いに認識し合ったその時、センサーでも感知できない速度で新たな敵兵器が姿を現した。二枚の機械のバインダーを翼のように広げたそれは────『天使』のような姿だった。

 

 

『天使』が翼を広げると、その内側から小型ミサイルが振り落とされた。空中で点火した無数のミサイルが、二つの戦闘機をロックオンして迫っていく。

 

 

「シルバースリー!全て回避は無理だ!撃ち落とせ!」

 

『クソ!分かってる!けど、コイツら!鬱陶し────』

 

 

近くを飛び回っていたシルバースリーの戦闘機が、全身を折り畳み、飛翔形態と化した『天使』に突撃された。重量と装甲を利用した衝突に、シルバースリーは悲鳴を上げる間もなく撃墜されていった。

 

 

「……………ッ!クソォォオオオオオオオ!!!」

 

戦闘機の機銃を乱射し、シルバーワンは飛翔していく『天使』を狙った。しかし『天使』はヒラヒラと、容易く回避を繰り返していくと、振り返って翼を大きく広げ、全身から無数の光線を射出した。

 

追尾を行うように屈折していく無数のビームに対応できず、シルバーワンは諦めたように舌打ちを吐き捨て、撃墜される。

 

町へと落ちていく戦闘機の残骸を見下ろし、『天使』は言葉を紡ぐ。

 

 

【────頭が高いぞ、人間ども】

 

 

純粋な侮蔑を剥き出しにする白い『天使』。それは考えることすらおこがましいと言わんばかりに、人類への憎悪を吐き捨てた。

 

 

【誰の赦しを得て空を駆る。ここは貴様らの領域ではない。貴様らは大人しく、地に伏して死んでいればいいのだ】

 

 

空を飛翔していた白い天使は静かに降りていくと、ビルの屋上で待機していたヒト型無人兵器の元へと近付いた。

 

 

『…………調子はどうだ?エクスシア』

 

『歯ごたえがないな、どれもこれも。人間に期待するだけでも無駄だ。私も地上を攻撃しようか、白光夜叉』

 

『────私達の仕事を奪ってくれるな、エクスシア』

 

 

《天壊機シリーズ モデルナンバー01 『戦争制圧用超高機動人型兵器』白光夜叉》

 

《天壊機シリーズ モデルナンバー05 『空域制圧用超高機動飛翔兵器』エクスシア》

 

 

◇◆◇

 

 

一方で、アメリカの首都 ワシントンD.C.の町中。無人兵器の進攻に対抗する米軍であったが、もう一つの脅威によって戦況が崩されていた。

 

 

「────HQ! HQ! クソ!通信が繋がらねぇ!」

 

「あのデカブツの仕業だろうが────ふざけるのも大概にしろよ!!」

 

 

米軍の全戦力を受けても圧倒される敵、それは巨大な機械の狼であった。球体のようなコアを顔に嵌め込まれた巨狼は、大量の戦車を蹴散らし、踏み潰しながら暴れまわっていた。

 

 

無論、ただでやられている米軍ではない。遠距離からのミサイルや自走砲による攻撃を行うが、それらは全て巨狼の背中と接続した大型機械によって撃ち落とされる。

 

 

通信すら定まらず、米軍はまともに連携も取れない。それもそのはず、背中の大型機械が放つ妨害電場によって、首都全体の通信が阻害されているのだ。

 

 

 

【───ヴオオォォォォォォォォォンッ!!!】

 

 

《天壊機シリーズ モデルナンバー03 『大国制圧用超高機動破壊兵器』 ベールウルフ&グレンデール》

 

 

戦車を噛み砕いた巨狼 ベールウルフは周囲を吹き飛ばす程の音圧の咆哮を響かせた。人類を滅ぼすという憎悪に染まった、一声をアメリカ全土に伝わらせていく。

 

 

◇◆◇

 

 

中国首都、北京では。

 

 

【────ガガガガガゴオオオオオオッ!!!】

 

 

高層ビルに匹敵する巨体。地面を這うような異形が町を突き進みながら、周りの全てを巨大な口で呑み込んでいた。口のような形状の大型吸引装置と掘削破壊装置によって、どんな物体も粉々に砕きながら暴れ続けていた。

 

 

「ダメだ!ミサイルでは倒しきれない!もっと戦力を集めるんだ!」

 

「無理だ!集めたところで、ヤツに吸われるだけだ!それに、敵はヤツだけではない!」

 

 

突き動く巨大兵器は自らの接続した大型ユニット兼工場によって無人機を生成し続けていた。虫のような形状の無人機が巨大兵器を護衛し続け、中国の軍は手も足も出ずにいるのだ。

 

 

《天壊機シリーズ モデルナンバー02 『大陸制圧用超高機動壊収兵器』 トウテツ》

 

 

残骸となった町を喰らい続ける巨大兵器 トウテツは足を止めることはない。まだ腹が満たされないのか、悪食の巨大兵器はあらゆる物体も生命もまとめて呑み込もうとしていた。

 

 

◇◆◇

 

 

イギリス近海。

そこに集められた多くの艦隊 イギリス海軍の全戦力は、海洋に浮かぶ大型兵器への攻撃を繰り返していた。

 

 

巨大な水のような半透明な球体を包み込む、三体の機龍。海蛇のような機体は、球体の表面を滑り続けながら、艦隊へ反撃を行っていた。

 

時折、一体の機龍が首を上げ、水の塊を砲弾として吹き出す。それは空高くまで飛んでいき、イギリス本土の街を消し飛ばす。

 

 

《天壊機シリーズ モデルナンバー04『大海制圧用超高機動水爆兵器』バミューダ・トライアングル》

 

 

三体の機龍と球体の兵器『バミューダ・トライアングル』はイギリス海軍の奮戦を諸ともせず、ただひたすら水による破壊を繰り返していた。

 

 

◇◆◇

 

 

そして、ロシア。

寒風吹き荒れる大国を襲った無人兵器は、寒地対策用のガヘルと物言わぬ巨大な破壊者であった。

 

 

【────────】

 

 

空を飛ぶ巨大船艦。要塞とも呼ぶべき大陸規模の広さを有した戦艦は大地を覆い尽くす程の影を差し、雪と氷の大地を爆煙と破壊で覆い尽くした。

 

空を支配され、圧倒的な爆撃の数々に、ロシア軍は抵抗すら許されず撤退するしかなかった。守るべき首都が焼き尽くされる光景を見守りながら。

 

 

《天壊機シリーズ モデルナンバー『大地制圧用超高機動戦艦兵器』パンゲア》

 

 

過去、分離した大陸の原型だった巨大大陸の名を冠する戦艦は炎に染まった街の上で浮遊し続けていた。

 

 

 

────大国の首都全てが蹂躙され、人類は八神博士のもたらした兵器と、その圧倒的な差を前に絶望することしか出来なかった。この時点で、戦争の死者は数千万を凌駕している程である。

 

 

しかし、絶望はまだ終わっていなかった。

 

 

 

 

 

 



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第71話 白騎士

「…………ニュース、見たか?」

 

部屋の中で、千冬はソファーに全身を投げたザックに声をかける。髪をボサボサとさせ、荒んだ雰囲気を隠さなかった青年は適当に答えた。

 

 

「知らねぇよ…………見たくもねぇ」

 

「────博士が宣戦布告してから六時間、それだけで死傷者は数千万を超えた。………主要都市だけでこれだ。本格的に攻撃が行われたら、どれだけの被害が増えるか」

 

「─────クソッ!」

 

 

物に当たる気力すらなかった。そこまで精神的に疲弊したザックは頭を抱えて蹲る。強気に振る舞っていた青年は見る影もなく、底知れぬ不安と疑心に包まれていた。

 

 

「ホントに意味分かんねェ………!何でこんなことになってんだよ…………!?先生は、先生は誰よりも平和を愛してたのに、何で────こんな事しなきゃいけねぇんだよ!?」

 

 

自分達の元から姿を消した八神博士。

数ヶ月振りに姿を目にした時に、博士は人類の敵となっていた。テレビ越しの宣戦布告を見た時、三人は大いに錯乱し、その言葉を信用しなかった。

 

────博士が作った無人兵器が、人々を襲う光景を目にしなければ。

 

 

ザックも分かっている。八神博士が何故人類を攻撃するようになったのか。しかし、感情が理解を拒否しているのだ。

 

 

「…………束は?」

 

「あっちの部屋に籠ってる…………多分、オレ達よりもダメージ受けてるだろ。無理はねぇよ」

 

 

閉ざされた扉に視線を向けた千冬とザックは黙るしかなかった。博士を誰よりも慕い、尊敬していた束にとって、この現実は理解しがたい話だ。外界との流行を拒絶し、閉じ籠ってしまうのも無理はない。

 

 

「これからどうする?私はこの施設を出る」

 

「…………この状況下でか?首都以外が狙われる可能性だってあるんだぞ」

 

「だからこそだ。父さんと弟は避難しているだろうが、安否を確認したい。束の家族もだ。出来ることならここに連れてくることも考えている」

 

「…………コードの書き換えはしとく。一般人受け入れ用のシェルターなら使えるはずだ」

 

 

近くのコンソールを使おうと立ち上がるザック。彼と別れ、外に出ようとした千冬は、兄弟弟子の呟きを耳にした。

 

 

「家族、か」

 

「………なんだ?」

 

「いや、別に。そういや、オレの家族は無事かって考えててな」

 

「────心配じゃないのか?」

 

「別に。…………もう、オレには無縁だからな」

 

 

複雑そうなザックに、千冬は口を閉ざした。博士から、ザックは本来の家族と絶縁に近い関係だと言うことを聞いている。ザック曰く、『どうせオレのこと割り切ってる。会ったとしても、今更どんな顔をして会えばいい』と吐き捨てていた。

 

兎も角、急いで外へと向かおうと部屋から出ていこうとする千冬。すると、閉ざされていたはずの扉が勢いよく開け放たれた。

 

 

「────ちーちゃん!ザック!」

 

 

ザック同様、中々荒んだ姿の束だった。不衛生も極まりない。常時であれば鉄拳と共に説教をかましていた千冬だが、今までにない程に焦りを滲ませた親友の様子に、異常事態を感じ取る。

 

束は手に持っていたパソコンをコンソールへと繋げ、二人へと画面を提示した。その内容を目にした二人は、恐ろしい現実を知ることになった。

 

 

「────先生の、新たな宣戦布告………!」

 

「日本全土への、ミサイル攻撃だとッ!?」

 

 

それは、八神博士から人類全てへの宣告であった。一時間後、数百発の多弾頭ミサイルが日本に向かって発射されるという事実報告。単なる脅しではない証拠として、発射体制に入ったミサイルの画像が補足されている。

 

 

「…………待て、これ知ってるぞ────ウソだろ。先生、本当に人類を殲滅する気かよ!?」

 

「知っているのか、ザック」

 

途端に青ざめて取り乱した青年に、千冬は短く問いかける。大人びた少女の呼び掛けに正気を取り戻したザックは震えた声で話し始めた。

 

 

「先生が、設計だけして開発しなかった兵器が幾つか存在する。…………あのミサイルも、その一つだ」

 

「大量破壊兵器か、アレは」

 

「───多分、オレの知ってる中では最悪だ」

 

 

かつて、博士が封印したエリアに忍び込んだ経験のあるザックはその兵器の設計図を目にしたことがあった。同時に、彼はその時の恐怖を忘れたことがなかった。

 

 

「─────『O.D.クラスターミサイル』、多数のクラスター爆弾を内包した多弾頭ミサイルだ。目標の上空で十発の弾頭に分離し、そこから数百発の小型爆弾を炸裂させる」

 

 

Over Destroy(大量破壊)、その名を冠する程の兵器にはもう一つの意味がある。周囲一帯を破壊し尽くす兵器に組み込まれた特性は、最も恐ろしい残虐性であった。

 

 

「一発の破壊規模は最小が町一つ、最悪が県一つだ。小型爆弾は従来の爆弾の威力の一万倍、対人に特化しているから人間が浴びれば確実に即死する────たとえシェルターの中に隠れていようと、絶対に死ぬ」

 

 

一発でも撃てば、怪我人なんてものではなく、間違いなく死者が出る兵器。八神博士はこれを抑止力として考えた結果、封印を選んだ。平和の為に過剰な破壊の象徴を振りかざすべきではないと考えてのことだろう。それが日の目を見ることはない、とザックの頭を撫でた八神博士は穏やかに笑っていた。

 

────その言葉が嘘になるとは、当時の博士本人も思ってなかっただろう。

 

 

「………ミサイルの軌道を調べてみたけど、日本全土を狙うように打ち込まれてる。ザックの教えてくれた規模から測定するに─────逃げ場なんてない。日本全土一帯がミサイルの破壊圏内にある」

 

 

真剣な顔でコンソールを操作する束の提示した事実に、その場の空気が凍り付く。人間だけを殺す破壊兵器が、この国を焼き尽くすというのか。

 

八神博士は、自分達の恩師は本当の意味で人類の敵になったのだと。三人はその現実を噛み締め、受け入れるしかなかった。

 

しかし、ザックだけがある事実に気付いた。自分達のいるこの施設。そこだけが、破壊の規模から唯一外れていると。まるで意図して、そこだけを避けているように。

 

 

「ミサイルの着弾地点的に、ここは無事だ。何よりこの施設の防壁は他のシェルターより堅固だ。少なくとも、ここにいれば安全に変わりはない」

 

「………なら、他の場所は?」

 

 

ポツリと呟いた千冬の一言に、二人はハッと顔を上げた。その場から飛び出そうとする千冬を慌ててザックが制止する。

 

 

「待て千冬!何処行く気だ!?」

 

「………決まっている。一夏と父さんを連れてくるんだ!束の家族も、見殺しにするわけにはいかない!」

 

「正気か!?一時間後には攻撃が始まるんだぞ! それに、先生がいつ無人機を動かすか分からない! 巻き込まれたらお前でも死ぬんだぞ!?」

 

「────家族を見殺しにするくらいなら、死んだ方がマシだ!」

 

 

家族を助けようとする千冬と、危険性を説くザック。珍しく言い争う二人の近くで、束は頭を抱えていた。天才を自負している彼女には、この事態をどうにかする方法が分からない。何一つ、答えが見つからない。

 

 

(どうする!?どうすればいい!?どうすれば、いっくんや箒ちゃん、数季おじさんを助けられる!? 数百発のミサイルをどうにか出来る方法はある、けどそれは普通のミサイルの話! このミサイルを落とすにはこの国の戦力じゃ足りない!それに、絶対先生は対策を考えてる!あの天壊機って兵器を何とかしないと─────ミサイルを何とかしても、戦争で皆死ぬ!

 

 

 

考えろ!考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ!篠ノ之束!天才なんだろ!自分は有象無象とは違って、馬鹿な奴等の頭は理解できないって昔から言ってきたんだ!この戦争を早期終結させる方法!皆を守ることが出来る方法を──────)

 

 

篠ノ之束は生まれて始めて、限界まで頭を回し続けていた。しかし、相手は八神博士の産み出した破壊の使徒。束が普通に考える対応策では、簡単に覆されてしまう。

 

疑問、提案、否定、疑問、提案、否定。どうすればいい、これならどうか、いや駄目だ。そんな風に思考がパターン化して駆け巡っていき─────

 

 

 

(……………あ)

 

 

彼女は、一つだけ何とか出来る方法を見出だした。これならば、皆を救うことが出来る。大好きな先生が、平和を愛した先生を、止めることが出来る。

 

 

「二人とも、聞いて」

 

────一つだけ、方法がある

 

 

その時、少女は己の夢を捨てる決意をした。

 

 

◇◆◇

 

 

日本の制空権にミサイルの一群が迫る。その領域に入った瞬間から、破滅のカウントダウンが刻まれていく。地上全てを消し飛ばす最悪の破壊兵器。これをもって、博士は世界への本格的な侵攻を開始することだろう。

 

しかし、当の日本が黙っている訳がなかった。

 

 

『────敵ミサイル数百発!威力は日本全土を焼き尽くすクラスター爆弾だ!分離前に全て撃ち落とせ!!』

 

 

航空自衛隊の全戦力。全ての戦闘機がミサイル撃墜のために飛び出した。数十機の戦闘機が視認した無数のミサイルを捉え、其々を撃ち落とすために動き出す。

 

 

だが、当然敵も。それを黙って見ているつもりはなかった。

 

 

 

【────そうはさせん】

 

 

天壊機『白光夜叉』が長槍『天逆鉾』を振りかざす。槍の矛先が大きく開閉し、巨大な磁場を発生させる。小規模かつ微量とはいえ、空間全体に浸透していく磁場は気候に作用した。

 

黒雲が空を覆う中、雷が降り注ぎ、戦闘機を数機墜落させる。槍の矛先が形を変えると、今度は無数の雹が礫となって降り注ぐ。

 

 

『天気が、変わっていくのか………ッ!?』

 

『な、なんだこれ────俺達は、何を相手にしているんだ!?』

 

 

変化を繰り返す天候に恐怖を覚えるパイロット達。それも自分達のいる周囲だけだとしても、神の如く力の変容に畏怖する者は少なくなかった。

 

しかし、その恐怖も一瞬で消え去る。止めねばならぬ脅威が、人々の命を脅かす存在が、彼等の心に強く語りかけていた。────止まってはならない。止まれば大勢の人間が殺されることになる、と。

 

 

半数以上の戦闘機が、旋回する形でミサイル群へと近付いていく。青空に浮かぶ無数の光は、星空のように綺麗に輝いていた。しかし、それらの光を撃墜しなければならない。この国を守るためには。

 

 

だが、彼等が理解していた事実が再び襲いかかる。自分達の敵は、神の如く力を有した無人兵器であった、と。

 

 

 

【────何度言ったら理解する?】

 

 

超高速で飛来した物体が、戦闘機の一機をアームで掴む。そのまま超速を保ったまま上空へと飛翔した天使の姿をした兵器 エクスシアが睥睨した。

 

 

【ここは私の領域、私の世界だ。貴様ら人間が、矮小な生命体がずかずかと踏み込んでいい場所ではないのだ】

 

 

圧倒的な速度による負荷で押し潰されたであろう、戦闘機だった残骸を放り捨て、エクスシアが飛翔し始める。圧倒的な速度で空を舞い続ける『天使』に、人は太刀打ちも出来ない。

 

次第に絶望が漂い始めていた残存したパイロット達だが、一人の呼び声が希望を見出だした。

 

 

『────おい、見ろ!援軍だ!』

 

『やったぞ!これでミサイルは何とか出来る!』

 

 

地上に配置された数百台の対空兵器。対空ミサイル等を搭載した兵器をかき集め、この周域に配置したのだ。他ならぬ、全てのミサイルを撃墜するために。

 

勝機を見出だし、希望を持ち始める人々の様子を見た二体の天壊機は互いを見合う。

 

 

【成る程、アレがこの国なりの最大限の抵抗らしい…………どうする?エクスシア】

 

【────決まっているとも、白光夜叉】

 

 

エクスシアが上空へと飛び立つ。既に発射された、ミサイルを撃墜するための対空ミサイルの数々。これだけの数ならば、『O.D.クラスター』を全て撃ち落とすことは可能どころか容易だろう。

 

だが、それをエクスシアが許すことはない。人類の抵抗をみすみす見逃すほど慈悲深くはないのだ。

 

 

【あの御方の意思を、人類殲滅を果たすのみ。だがその為にも、奴等の心を完全にへし折るのも一興】

 

 

エクスシアの両翼が大きく広げられる。内蔵されていた大型武装と思われる球体ユニットが展開した。ミラーボールのような外装、無数の反射板で表面をコーティングしたそれはエクスシアに搭載された特殊兵装だった。

 

 

─────『多機能光学転用武装 【天照】』。エネルギーを強烈な光へと収束させ、攻撃に転用する兵器である。他の天壊機と同列、もしくはそれ以上の最新鋭機体であるエクスシアの力を証明することが出来る武装でもあった。

 

 

エクスシアの両翼に展開された球体ユニットが光を放ち始める。内部の反射盤によって屈折と反射を繰り返した光が内包されたまま蓄積を開始していた。空へと打ち上げられた対空ミサイルや砲弾の全てが接近する中、エクスシアの両翼の光が強く煌めいた─────直後。

 

 

 

 

破裂するように、無数の光が周囲に撒き散らされる。拡散レーザーの全てが、クラスターを撃墜しようと迫る対空ミサイルや砲弾を破壊していく。追尾機能すら有しているのか、ビームの殆どは正確にクラスターを墜とそうとする物だけを消し飛ばしていった。

 

 

『────報告!対空ミサイル全て撃墜!敵の放ったミサイル群は未だ顕在!』

 

『そ、そんな馬鹿な…………我が国が最大限用意した数の攻撃だぞ!?それが、あんな兵器一体だけに!?』

 

『まだだ!手を止めるな!我々が諦めては、国民が犠牲になってしまう!何としても諦めずに、全て撃ち落と────』

 

 

未だ抵抗を止めようとしない地上の部隊を、光線が襲った。対空ミサイルを撃破したエクスシアは次の標的を、博士の打ち上げたミサイルの妨害を行おうとした地上部隊へと切り替えたのだ。

 

両翼の球体から、無数の光が地上へと降り注ぐ。クラスターミサイルを止めるだけに集められた対空兵器や人々が、平等に焼き尽くされていく。援軍全滅の事実が、現存した兵士達に叩きつけられた。

 

 

 

【────さて、来たぞ。お前達の滅びが】

 

 

エクスシアが空を見上げると、クラスターミサイルがようやく空に浮かぶ。星のように煌めく無数の光は、そこにあるもの全てを破壊し尽くす殺意の塊である。エクスシアは降り注ぐ人類を殺すだけの兵器を、祝福するように見上げていた。

 

 

『─────止めろ!何としても、撃墜しろ!あのミサイルを、俺達の国を焼かせるなァ!!』

 

【無駄だ、貴様らに何が出来る。大人しく見ているがいい。貴様等の業を、お前達という存在の愚かさを示す終幕を】

 

 

機体ごと誘爆させようと突撃を行う者すら出るが、全て無意味に終わる。空の支配者であるエクスシアを前に、誰もミサイルの撃墜を許されなかった。撃ち墜とされていく戦闘機の数々、残された兵士達も必死に抵抗を繰り返すが、間に合わない。

 

第一群のミサイルが分離を開始する。解離した弾頭は小型爆弾を撒き散らし、広範囲を破壊し尽くす為に散開しようとする。その瞬間だった。

 

 

 

─────オレンジ色の熱線が、第一のミサイルを消し飛ばす。空中で誘爆したクラスターミサイルは、大量の爆発を繰り返して空を包み込んだ。

 

しかし、爆発したのは空中であり、地上ではない。落とされるべき小型爆弾は、ミサイルと共に暴発して消え去ったのだ。

 

 

【────………は?】

 

 

エクスシアは唖然とするしかなかった。それは、白光夜叉も、立ち向かっていた空軍のパイロット達も同一であった。混乱に包まれた兵士達は慌てて通信を交わし合う。

 

 

『み、ミサイル撃墜………な、何があった!?』

 

『─────反応が一つ!多分、それがミサイルを破壊したはずです!』

 

『何処の戦闘機だ!?まさか外国からの援軍か!?』

 

『………いえ、違います。それどころか、戦闘機ですらありません!』

 

 

彼等が戸惑う理由は一つ。クラスターミサイルを撃墜した存在の姿が理解できなかったのだ。いや、その全てが思考を大きく鈍らせていた。

 

白銀の装甲を身に纏った、人間。その事実に違いはない。レーダーが指し示す生体反応が正常に稼働していたのだから。長い砲身を有した武装を構えたそれは、反対側の手に光の刃を展開した剣を握り、空中に鎮座するが如く立ち尽くしていた。

 

その姿を見た誰かが、呟く。

 

 

『────白い、騎士』

 

 

◇◆◇

 

 

遡ること一時間前。

 

 

「─────ISを使うだと?」

 

「うん、ゼノスを模倣して開発した白騎士なら運用できる。それを使えば、全てのミサイルを撃墜できる」

 

 

堂々と宣言する束だが、兄弟弟子二人は沈黙を貫いていた。賛成、と喜ぶ様子すら見られない。それどころかザックは露骨に反論を始めた。

 

 

「オレは反対だ、リスクが高すぎる。ISはそもそも実戦を想定した機体じゃない。それはお前も分かってるはずだ」

 

「私だって分かってる。だからシステムを書き換える。戦闘用のシステムをインストールすれば、難しい話じゃない」

 

「…………ミサイルを撃墜してどうする、あの天壊機も倒さなきゃ意味がない。世界中の無人機を、一人で相手する気か?」

 

「それは無理────だからISを世界中に提供する。そうすれば、世界はきっと無人機達に対抗できる。そうすれば戦争を止められる。先生を、止めることが出来る」

 

「─────ふざけるなッ!本気で言ってるのか!?」

 

 

頭をかきむしったザックが激しく怒りを見せる。その勢いで束の胸ぐらを掴み上げる青年に、千冬は静観するしかなかった。親友への暴挙を見守るほどに、彼女はどう選択すべきか思い悩んでいた。

 

 

「お前!自分が何を考えてるのか分かってんのか!? 先生が、どんな思いでISを支援してきたと思う!?アレが兵器として利用されないように、そんな願いを込めてたんだ!それをお前が、お前自身が兵器に変えるのか!?」

 

「────っ、必要なら………仕方ないでしょ」

 

「ッ!じゃあお前の夢は、どうなるんだよ!?ISを造ったのも、果てしてない宇宙の先に向かいたかったんだろ!?宇宙(ソラ)に憧れたんだろ!? お前でも分からない世界の全てを知りたいと思ったから、ISを造ろうとしたんだろ!?その夢を、お前は自分の手で潰すつもりか!?」

 

 

誰よりも、束がそれを理解していた。

もしISを世界中に提供すれば、ISは『兵器』としての価値しか失くなる。そうなってしまえば、篠ノ之束の夢は未来永劫叶わない。彼女の望んだ夢を、相手を殺すための兵器に変えてしまう。

 

それだけはダメだ、とザックは叫ぶ。千冬も同じ意見であった。ライバルでもあり、親友でもあった少女の願いと思いを、二人はよく理解していた。いつもいがみ合ってたザックですら、彼女の夢を肯定し、応援までしていた。

 

だからこそ、二人はその選択だけは止めようとしていたのだ。

 

 

「………でも、私は────先生を、止めたい」

 

「…………っ」

 

「先生と、ちゃんと話したい。いっくんも箒ちゃんも、助けなきゃいけない人がいる。何より、先生を、あんな優しかった先生に絶望して欲しくない────虐殺なんてこと、して欲しくない」

 

 

きっとそれを実行すれば、博士は本当の意味で戻れなくなる。一億人殺しただけでも手遅れかもしれないが、あのミサイルがこの国全てを滅ぼし尽くしたら─────八神博士はきっと、狂気と憎悪に呑まれてしまう。

 

その先にある破滅を、束は恐れていた。きっと全ての人類を滅ぼしたとしても、博士はその後の世界を生き残るつもりはないのだと。恐らく、自分自身の手で命を絶つことだろう。

 

 

八神博士を、大切な『先生』を止める。その為に、束はISを兵器にすることを誓ったのだ。たとえ夢が叶わなくなったとしても、先生を見捨てたくはないと。先生を止めて、先生を助けて、心から話し合いたいんだ、と。

 

ふと、千冬は近くを見つめる。部屋のすぐ近くのエリアに配置された区画に鎮座する白いIS。束が扱うために呼び出したのかと思ったが、すぐに違うと理解した。

 

 

「…………お前も、そうなのか」

 

 

無論、白騎士は答えない。大人しく鎮座するISの様子に、千冬は俯くことしか出来なかった。

 

白騎士の元へと近付いた束は無数のケーブルに繋がれた機体の前に置かれたコンソールを操作し始める。凄まじい速度で両手の指でキーボードを叩いていく束、彼女の顔は今まで以上に集中していた。

 

 

「今から一時間以内に、白騎士のシステムを戦闘用に書き換える! 試したことないけど、束さんは天才だからね!不可能なんて文字は何一つないのさ!」

 

 

笑顔を忘れずにそう宣う少女の姿に、強い反対を示していたザックは「ああ!クソッ!」と吐き捨てる。ズカズカと束の元へ駆け寄ったザックは、取り出したタブレットとケーブルを、コンソールに接続する。

 

 

「………ザック?」

 

「────白騎士の武装は剣一つだろ!それだけでミサイル全部落とせるとでも本気で思ってるのか!?オレが作った兵器を貸してやる!レールガンにミサイルポッド!それを使えば、アレの撃墜も不可能じゃない!」

 

 

周囲のコンテナに収納されていた武装が大量に解放される。複数のアームによって持ち上げられた武装ユニットが白騎士へと装着されていく。

 

タブレットを操作する少年を見た束は呆れたように問い掛けた。

 

 

「いいの?束さんのやり方に反対してたじゃん」

 

「勘違いするな!世界を守るためなんて陳腐な理由じゃない!そもそもオレは、先生やお前ら以外の人間なんて知ったことじゃない!勝手に死ねばいいとも考えてる!

 

 

 

 

けど、お前が先生のために動くなら、オレが動かない訳にはいかないだろ!先生を助けたいと思ってるのがお前だけだと思うな!オレだって、お前と同じ気持ちなんだよ!」

 

「ふーん、全く素直じゃないねー。ザックったら、束さんの手伝いくらいは任せたげるよ?」

 

「抜かせ!お前こそ、オレの足を引っ張るなよ天才!」

 

 

悪態をつきながら、二人は作業の手を止めることはない。天才を自称する天才と努力の果てに鍛え上げられた凡才。いつも喧嘩していた二人だが、本心では互いの事を認め合っている。口に出さず、表面の態度にも見せず、常にいがみ合っているのでよく分からないのだが。

 

 

「それより、誰が白騎士に乗るつもりだ?まさかお前がやる気か?」

 

「ふん、そんなの当然─────」

 

「────私に決まっているだろう」

 

 

名乗り上げたのは、他ならぬ千冬だった。堂々と宣言する少女に、束もザックも驚きを隠せない様子で見ている。

 

 

「何か問題でもあるか?私は白騎士のテストパイロットを務めていた。これ以上にない程の適任者だろう」

 

「………で、でも、ちーちゃんはいいの?」

 

「構わん。家族を守る必要もあるしな。それに、私とて先生を放っておくつもりはない。────先生と話したいのは、お前達だけではないからな」

 

 

それだけ告げると千冬はその場から離れようとする。彼女に出来ることはない、あるとすれば実戦のみだ。戦場で、彼女は白騎士と共に戦うだけ。

 

そんな少女を、ザックが呼び止めた。何事かと振り返った千冬の前に、ザックと束は両手を突き出す。掌を重ねながら此方を見つめる二人に、千冬は溜め息を吐きながら手を添えた。

 

 

「─────必ず!先生を止めてみせるぞ!オレ達、三人の力で!!」

 

 

少年少女の掛け声が、ルーム一帯に響き渡った。

 

 

◇◆◇

 

 

「─────」

 

 

複数の武装を纏った白騎士が、動き出す。背中に接続されたコンテナ兵装がアームを展開する。積み込まれたコンテナに隣接した鉄の塊を持ち上げ、そのまま上空へと射出する。

 

空中で側面の装甲を解離させた鉄の塊は内蔵していた無数の迎撃ミサイルでクラスターミサイルの雨を相殺していく。それだけでは落とせなかった残存したクラスターを、白騎士のコンテナ兵装のアームが展開した重火器が狙い墜としていく。

 

 

たった一分以内。日本を滅ぼすために放たれた破壊兵器は、乱入してきた一人によって全て撃墜されたのだ。

 

 

その事実に唖然とする軍人達。その相手が味方かどうか量ろうとしていた直後に、大きな影が凄まじい速度で飛翔していく。

 

 

【──────ッ!】

 

 

背中のブースターで飛行してきた白光夜叉が、長槍で貫こうと突きを放つ。白騎士はその一撃を容易く回避し、剣によって切り払う。

 

頭部を咄嗟に下げた白光夜叉のパーツが光刃によって切り落とされる。続けて追撃と剣を振り上げた白騎士の背後に飛翔してきたエクスシアが、左右のレーザー砲を同時に放った。

 

 

しかし、レーザーで焼き消せたのは背中のユニットのみ。白騎士の装甲には傷一つない。レーザーすら、届いてなかった。

 

 

【ッ!馬鹿な、私の攻撃が効かない装甲────いや、バリアか!】

 

 

距離を置いたエクスシアが、両翼の武装『天照』が光を撒き散らす。拡散された超光レーザーが白騎士一人に狙いを定める形で周囲全てへと降り注いだ。避けられぬ者のいない光の雨が、白騎士を呑み込んでいく─────

 

 

だが、しかし。

 

 

 

 

【─────何故だ!? 何故当たらない!!?】

 

 

エクスシアが放ったレーザーの雨を、白騎士は超速を以て突き抜けていく。その動きは、速すぎる。エクスシアの有する高性能センサーですらその残滓を捉えることしかできない。次第にエクスシアの思考パターンを、一つの疑問が支配する。

 

 

────まさか、目の前の敵は、私よりも速い?

 

 

天使は、空の支配者は即座に否定した。

 

 

【───ふざけるなッ!!人間が、駆動外装(パワードスーツ)を纏った程度の人間が私よりも速いだと!?そんなことは有り得ない!有ってはならないのだ、そんな事実はッッ!!!!】

 

 

『天照』を格納したエクスシアは、飛行体勢へと入る。自身の頭部を体内へと押し込み、翼を大きく広げたエクスシアは背中のエンジンから放出した粒子によって戦闘機を超えた音速へと至る。

 

 

【機体性能に優れていようとも、所詮は人間!貴様には私の姿は捉えられん!!このまま速さで圧倒し、質量のまま叩き潰してやる!!!】

 

重量と速さによる突進。それしか勝つ方法はないとエクスシアは判断した。その選択は最善なものではあった。しかし、確実に勝利に至れるものではなかったのだ。

 

 

ふと、白騎士が音速で飛び回るエクスシアを補足した。純白の天使の思考が錯乱を繰り返す。何故動き回っている此方を正確に捉えられる? という疑問は、白騎士が片腕に有したレールガンの光によって焼き潰された。

 

 

【────あ゛あ゛あ゛あああああああッッ!!!??】

 

 

片翼が撃ち抜かれたエクスシアは、絶叫する。エクスシアの頭脳たる人工知能を内包したスフィアは、混乱と疑問の渦に包まれている最中だった。

 

何故自分が圧倒されているのか、何故相手は自分達を容易く相手取れるのか。何故、人間相手に翼を穿たれたのか。

 

 

疑問、困惑、疑問、憤怒、疑問、憎悪、疑問、絶望、疑問、何故、疑問、何故、疑問、人間、疑問、何故、疑問人間疑問何故何故何故何故何故何故──────ッ!!?

 

 

エクスシアは発狂しかけていた。

自分達は人間よりも優れた存在だと、彼は心から自負していた。生みの親たる博士を悲しませ、苦しませる下等な生物。どれだけ努力しようと自分達に届くことのない矮小な生命体。

 

その事実は、エクスシアが有する人間への憎悪と嫌悪から生まれたものだった。人類自体に何かされた訳ではない。しかし、生みの親たる博士を絶望させた人間を、エクスシアは軽蔑していた。だから、滅びるべき存在、と格下として見ていた。

 

 

────その格下に、空という自分の領域で負けた。事実を理解した瞬間、エクスシアは感じたことのないくらい強い感情を覚えた。

 

 

 

【────エクスシア、撤退しろ!】

 

 

白光夜叉が、白騎士へと突撃する。槍を振るうヒト型の同胞の声に、正気を取り戻したエクスシアは指示に従う。破損した片翼を抑えながら、エクスシアはその空域から離脱を行おうとしていた。

 

その最中に、あまりにも早い決着が迎えられていた。

 

 

「─────」

 

【…………こ、この刃は】

 

淡い光を帯びた刃は白光夜叉の胴体を貫いていた。普通の攻撃は通じないはずだったが、一撃を受けた白光夜叉は一瞬にして理解する。

 

特殊な電磁バリアを展開する装甲を破ることのできた、目の前の刃の正体を。

 

 

【────あらゆるの防御を貫通する、いやエネルギーを消滅させる刃か。まさかそんなものを有しているとは、油断、した】

 

「─────」

 

【済まぬ、兄弟達。済まぬ、八神博士(我が主)よ。人類殲滅の大役を果たせぬ、我が身の愚かさを────どうか、お恨み下さい】

 

 

コアを破壊された白光夜叉の機体が、内側から爆散した。見た目の小ささからは想像できない程の大規模な爆炎。空を包む巨大な爆発を、エクスシアは唖然として見つめることしか出来なかった。

 

 

 

【─────白光、夜叉】

 

 

絶望した一声だった。同胞を殺されたエクスシアは破損した部位を抑えながら、爆炎の中から現れる影を目の当たりにした。

 

─────当然ながら傷一つなく、無傷で飛翔している白騎士の姿を。

 

 

 

【……………人間、風情がッ】

 

 

憎悪に満ちた声で呟くエクスシア。人間を軽蔑していても、同胞を何より愛していエクスシアに、目の前の白騎士から逃げるという選択肢は消滅していた。

 

兄弟の、白光夜叉の仇を討つ。思考の全てを憎悪に支配されたエクスシアを呼び止めたのは、コアに響き渡る通信であった。

 

 

【は、博士!?撤退せよ、ですって!? そんな馬鹿な、まだ私は────────ッ! 了解、しました】

 

 

八神博士からの帰還命令。

生みの親からの命令にエクスシアは反抗していたが、すぐに大人しく従った。此方を見据える白騎士に強い憎悪と憤怒を滲ませながら、エクスシアは青空の向こうへと飛び去っていく。

 

それは、白騎士も同じだった。周囲を見渡した白騎士は空の向こうへと消えていき、反応からも消失した。混乱に包まれた日本政府は、ミサイルの消滅の事実を噛み締め、大勢の人々と共に喜ぶことにしたのだった。

 

 

後の歴史にてISの始まりとなる一端、『白騎士事件』は幕を下ろした。そして、これが第三次世界大戦の戦況を大きく変える転機となり、後のISの歴史の幕開けでもあったのだ。

 



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第72話 終戦

多分色々と解釈違いが多いかもしれないけど、この小説だけの解釈だから許して………(土下座)


白騎士の戦いから翌日、八神博士の操る無人兵器が進攻を繰り返す中、各国に転機が生じた。

 

 

───篠ノ之束が各国にISを兵器として提供したのだ。数としては数十機から百機程度。各々平等に国に提供され、無人兵器への対抗手段となった。

 

あらゆる攻撃を防ぐ絶対防御を有したISは人類の反撃を示すには充分以上の成果を出していた。現行兵器を超越したはずの無人兵器すらも、普通のISであれば妥当できる。それが連隊を組んでいるのだから、数と実力で圧倒していた無人兵器を徐々に押し始めてきた。

 

 

更なる転機は数日後。

各大国を襲撃していた敵大型兵器────天壊機が次々と撃破されていったのだ。

 

 

アメリカを襲った天壊機 ベールウルフとグレンデールを破壊したのは、ISではなく軍部の人間であった。名を、グレイク・ファイルス大佐。

 

アメリカ政府による秘密裏な人体実験、外装との生体融合の成功体である彼はあらゆる戦力を用いて、ベールウルフを沈黙させることに成功した。当然、暗部に関する秘密は隠蔽される形で、グレイク大佐は白騎士に続いて天壊機を撃破した一人として世界に名を広めた。

 

 

その次、イギリス。近海を占拠しながらイギリスの都市を攻撃し続けた天壊機 『バミューダ・トライアングル』は決起した貴族達の総攻撃とIS部隊の連携によって撃破され、深海へと沈んでいった。

 

後にその貴族達は、イギリス国内でも名家とも呼ばれる貴族として発展することになった。その中に、オルコット家とヴィルハード家の名があったのは、後の話になる。

 

中国、ロシアではIS部隊の奮戦によって、天壊機『トウテツ』と『パンゲア』は撃沈。たった数日の間に、各大国を揺るがした破壊兵器達は人類によって倒れたのだった。

 

 

 

しかし、それだけ戦争は終わらなかった。天壊機を失った八神博士は新たな戦力たる新世代の無人兵器を世界全土に投入した。

 

進化を繰り返す無人兵器に、優勢であったIS部隊も苦戦を強いれる。何より、無人兵器は数が多く、ISは数が限られていた。その隙を突くように、日本などの各国へ無差別な襲撃を繰り返していたのだ。

 

 

そんな日が数ヵ月続き────人類は遂に、戦争終結に近付く戦い、『太平洋終戦』へと踏み込むことになった。

 

 

◇◆◇

 

 

太平洋洋上、蒼海だけが広がった海上に一際目立つ巨大な建築物が存在した。虹色の結晶で構築された大樹のような人工物、巨大な電波塔『ユグドラシル』。地球全土を掌握するネットワークを構築するそれこそが、無人兵器を動かし指示を送っていたものの正体であった。

 

人類虐殺、殲滅を決行した八神博士はユグドラシル内部にて暗躍していた。人類も、その事実を既に把握していたが、手が出せなかった。アメリカや中国が行った核攻撃も、ユグドラシルを傷付けることすら出来ず、それどころか核の放射線も容易く中和されてしまったくらいだ。

 

 

───今日(こんにち)、国連を主体とした連合がユグドラシルへと集結した。世界の国々、提供された百機全てのISも含めた大戦力は、ユグドラシルを防衛する無人兵器と衝突し、激しい戦いを繰り広げた。

 

 

 

【───殲滅せよ、殲滅せよ。人類を一人残らず殲滅せよ】

 

 

飛行ユニットと同化した無人機の大群が海上の大艦隊へと突撃する。艦上の対空砲による攻撃を受けながら、無人機が甲板へと降り立った。

 

 

『て、敵無人機!甲板に張り付きました!』

 

『分かっている─────奴等は任せたぞ、百合!』

 

「────言われずとも!」

 

 

通信による指示に答えたのは、甲板に待機していた一人の女性だった。世界各国に提供されたIS、その一機を身に纏い、彼女は甲板に着地した無人機へと刀剣で斬りかかる。

 

近くにいた一機は、一撃で破壊された。他のニ機が脚部ユニットを展開しながら、女性の元へと走り出す。ブレードを展開した無人機の突きを掻い潜り、女性は刀剣によって無人機のコアを切り払う。続けて動いたもう一機も、女性の放った突きによって、コアを貫かれて沈黙する。

 

 

「────敵無人機全滅。存外、大したことないな」

 

直後、彼女の真後ろで凄まじい破壊音が響く。女性が振り返ると、先程倒したはずの無人機が深い一撃を受けて再び沈黙していた。

 

大きな鉄の塊────パイルバンカーとガトリングキャノンという大型武装を両腕に纏った重装備の鎧、姿も見えぬ金属の異形が言葉を投げ掛けた。

 

 

「油断するな。シールドエネルギーは限られている、消耗は避けるように戦え」

 

「…………軍人、では無さそうだ。何者だ?」

 

「─────クロノだ」

 

「私は蒼青百合(そうせいゆり)だ。所でソレはISか?ISは女しか装備できないって話だった気がするが」

 

 

ISが操作できるという理由で戦争に出された学生だった少女は、目の前の鎧の男へと問い掛ける。しかし鎧の男は答えない。話すことは許されてないというのか、少なくとも百合は聞く訳にいかないものだと理解させられた。

 

少し話そうと思ったが、すぐに口を閉ざす。もう目の前に敵の増援が近付いていたからだ。

 

 

「────クロノ、手を貸せ。無人機から艦隊を護り通すぞ」

 

「……………」

 

 

二人の影は、増え続ける無人機の大群へと突撃する。背中を預け合う二人の男女は、いずれ自分達が結ばれることを知る由もなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

戦況は拮抗状態、というより人類側が優勢であった。ISの絶対防御は無人機の攻撃すら防げる絶対性を持つため、人類は無人兵器側を押し込み圧倒することが出来ていた。

 

しかし、表沙汰にされていない事実が一つ。ISは兵器として強力であれど、完璧なものではないと体現する出来事が起きていたのだ。

 

複数の機体で編成されたIS部隊と複数の艦隊。無人機達を押し返していた彼等の元に─────新たな脅威が振り返っていた。

 

 

【───神よ、罪深き魂を救いたまえ】

 

【───────】

 

 

新世代の天壊機。エクスシアの後継機たる二体の兵器が天使を模倣した無人機と共に襲撃を繰り返していた。

 

両腕の先を剣のように変化させた巨大なヒト型兵器、天壊機体『ミカエルス』。エクスシアと類似した形状の、翼を有した天壊機『ガブリエール』。二体の天壊機はISと同じ絶対防御を有しており、普通の攻撃を無効化し、戦艦を躊躇なく撃破していた。

 

IS部隊も、二体の兵器に全滅させられた。絶対防御に自信を置いていた彼女たちが、ガブリエールによる連撃によってシールドを一瞬で削られた彼女たちは絶対防御の強制発動によりエネルギーを失い、その瞬間を狙い撃たれた。

 

 

二体の天壊機は無人兵器と共に戦況を大きく押し返した。形成不利となった人類は防戦に徹することになり、敗北が近付いている状況となっていた。

 

しかし、彼等の知らぬ間に希望は芽生えていた。日本を救った英雄、『白騎士』が戦場を駆け抜けていたのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

(────人類は押されているな)

 

 

空を翔る白騎士、織斑千冬は冷静に戦場を見下ろしていた。苦戦を強いられている人類の連合艦隊、彼等の危機を認識していた千冬だが、助けに動くわけにはいかなかった。

 

正確には、助けても時間を浪費だけなのだ。これだけの無人機の数は白騎士であろうとも殲滅することはできない。それに無人機は今も製造され、無制限に増え続けている。ならば一番に倒すべきは一つ────

 

 

(先生の元へ行く。そして、無人機全てを停止してもらう!)

 

 

そうすれば、こんな戦争なんて終わらせることが出来る。虐殺を実行した博士の罪は問われるだろうが、覚悟はしている。博士の凶行の元凶となった国連を利用すれば、少なくとも博士だけが全ての罪を背負わされる必要はなくなる。

 

───悪いのは博士だけではない。こう仕向けたのは国連の失態が、奴等の欺瞞が原因だ。少なくとも、この罪は彼等も背負わなければならない。

 

 

そう思って飛翔していた織斑千冬。ふと、ハイパーセンサーが大きく反応した。強いエネルギー反応、それは千冬の真上から─────

 

 

【─────白騎士ィィイイイイイイイッ!!】

 

 

巨大な白光の天使が、白騎士へと襲いかかる。無数の光弾を放ちながら突撃する純白の天使───『エクスシア』が質量を以て、白騎士を押し潰さんと迫る。

 

果てしない怨嗟の声を響かせる白い天使に、千冬はブレード 雪片を展開し、白い機体を斬りつける。しかし彼女の放った一撃は、エクスシアの装甲を覆うように展開された障壁によって弾かれた。

 

 

「これは、絶対防御か」

 

 

千冬はその機構を、仕組みを瞬時に理解する。絶対防御というシステムを発案し、構築させたのは八神博士張本人だ。ならば、あの人もその技術を行使しないはずがない。

 

ギロッ!と エクスシアの眼光が白いフルフェイスに覆われた千冬の顔を睨む。激しい感情を宿らせた視線は、千冬から見ても人間らしかった。

 

 

【亡き兄弟達の無念!我が主に逆らう敵の殲滅!だが、私は全てを後回しにした!ただ一つ、私に敗北を与えた貴様を打ち倒す!その宿命の為、私は全てを捧げる覚悟だ!】

 

 

天使の姿は大きく変貌していた。二つの翼以外にも人の腕らしきアームを搭載し、機体の改造を繰り返した様子が窺える。

 

白騎士から離れたエクスシアは翼に内蔵した球体ユニットから無数の追尾レーザーを撒き散らす。容易く避けていく白騎士へ、アームから展開した光刃で斬り伏せようとする。

 

 

【今更恨み言を吐くつもりはない!私は貴様に負けた、それだけが事実だ!故に、私は貴様を打ち倒す!人類に希望を与えた白騎士を、我が手で!それによって人類の希望は潰える!】

 

 

最早これは、前のエクスシアではない。

仲間を殺され、翼をもがれた天使は憎悪と怨嗟、何より使命感によって突き動かされている。人間への侮蔑も嫌悪もあれど、格下として見てはいない。確実に滅ぼすべき天敵として人類への認識を改めたのだ。

 

 

そして、最優先の敵は白騎士、織斑千冬。人類の多くを殺せたあのミサイルを迎撃し、エクスシアの兄弟を撃破した彼女は人類に希望を与えた英雄でもあった。

 

その彼女を殺すことで、エクスシアは人類を滅ぼせる。今度こそ彼等に絶望を与えることが出来る。失った翼を、空の支配者という証明を、取り戻せる。

 

 

「────ッ」

 

【────博士の元へ向かう気だろうが!そうはさせん!あの御方の元に、誰一人として通すことはない!!】

 

 

しつこく執着するエクスシアに、焦りを滲ませる千冬。今すぐにでも博士を止めなければ、人類の連合は押し返されてしまう。今は優勢であるが、それも他の天壊機が容易く押し返してしまうことだろう。何としてでも早く突破しなければならない。

 

そう思っていた千冬の隙を突くように、エクスシアの光刃が迫る。しかし、真横から放たれた砲撃が、エクスシアの全身に炸裂した。無論、エクスシアに傷はない。しかし、新たな敵に意識を向けた天使は、白騎士によって蹴り飛ばされる。

 

 

「────総員、砲撃を開始せよ!」

 

 

エクスシアに攻撃を行ったのは、多国籍IS部隊であった。十人で編成されたIS部隊はスナイパーやランチャー等の重火器での砲撃を繰り返していく。その一機、隊長格と思われる女性が千冬と通信を繋げてきた。

 

 

「白騎士とお見受けする。この場は我等に任せて欲しい」

 

「ISの開発者、篠ノ之博士から直々に頼まれて来た。貴方の目的は無人機を操る者だろう。それならば、こんな所で時間を潰している訳にはいかないはずだ」

 

 

親友からの差し金だったと知った千冬は、彼女への感謝を密かに呟いた。言葉を発することなく頷いた千冬は、エクスシアの相手を彼女たちに任せ、その場から飛び去っていく。

 

 

【ふざけるなッ!誰一人として通さないと────ッ!?】

 

「貴様の相手は私達だ!貴様が奪った罪無き人々の平穏、その代価を支払って貰うぞ!」

 

【ほざけぇ!! この罪人どもがぁぁああアアアアアアッ!!!】

 

 

白騎士の後を追おうとするエクスシアは、IS部隊によって阻まれる。練度の高いIS操縦者達の連携に翻弄されながら、エクスシアは憎悪に満ちた叫びと共に襲いかかった。

 

 

戦場から離脱した千冬は超速のまま、無人機の軍勢を突破する。そうして彼女はユグドラシル・ネットワークの内部へと降り立ったのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

そして、巨大な塔を登った彼女は対面した。周囲の海を、世界を見渡せる程の高さの広間で、全てを見下ろしていた自らの恩師と。

 

 

「博士…………いや、先生」

 

「────やぁ、千冬」

 

フルフェイスを上げた少女が声を漏らす。耳に届いたであろう博士は、穏やかな笑顔を浮かべていた。しかしその顔を見た千冬は理解させられた。

 

────先生は、もう止まらない。

彼の瞳に映る濁った感情の渦が、それを物語っている。人類や世界に向けた怨嗟と憎悪。理不尽に家族を奪われ、弔うことすら許されなかった博士は、人類を滅ぼす程の憎しみに呑まれてしまったのだ。

 

 

軽く言葉を交わしたが、八神博士は彼女のよく知る先生のままであった。話を聞く度に、理解していく。博士は正気のまま狂ったのだ。人類を心から愛しながら、人類を心の底から憎んでしまった。

 

 

語る口を止めた博士は、拳銃を取り出した。それを向けようと持ち上げたことに、千冬は一瞬だけ反応してしまう。その姿を見据えた八神博士は─────悲しそうな表情で呟いた。

 

 

「………こんなつもりではなかったけどなぁ」

 

 

拳銃を静かに下げた博士は、自身の頭の方へと動かした。銃口を自身の頭に突きつけた恩師の姿に、千冬の思考が理性を振り切る。

 

 

「せんせ────!」

 

 

咄嗟に止めたようと前に出た少女を、博士は片手で制した。無言で止められた千冬は両手を握り締めて、立ち止まることしか出来ない。

 

軽く言葉を残した博士は、泣き笑いのような微笑みを浮かべる。優しく、それでいて悲哀に満ちた言葉を、八神博士は遺した。

 

 

「すまない、千冬。すまない、束。すまない、ザック。不甲斐ない、愚かな先生を許さないでくれ─────私はもう、この世界では笑えなくなってしまったんだ」

 

 

そして、博士は自殺した。

戦争の幕引きを閉めるように、自らの命をもって無人機達の機能を停止させた。そのようにプログラムされていたのだろう。人類を襲っていた無人機が力を失ったように、海面へと落下していく。

 

 

次第に勝利を確信し始めた人類側が、けたたましい歓声を響かせる。その声を耳に入れながら、千冬はその場に崩れ落ちた恩師を見つめている。

 

 

「……………せんせい」

 

 

彼女の頬に、一粒の雫が伝う。あらゆる干渉を受けぬ領域内で、千冬は恩師の亡骸を抱き抱えた。自分達に多くのことを教えてくれた尊敬に値する恩師を抱き締めた千冬は、泣いた。

 

これから泣くことは絶対にしない。だけど、今だけは許して欲しいと。狂ってしまった博士の亡骸の側で、彼女は最初で最後の涙を出し尽くした。

 

 

◇◆◇

 

無人機達が停止していく光景に、勝利を喜ぶ人類の連合艦隊。しかし、全ての無人機が停止したわけではなかった。

 

 

【────あ】

 

 

エクスシアが、ふとユグドラシルを見つめる。天壊機達は、博士の死を瞬時に感じ取っていた。即座に戦線から離脱する『ミカエルス』と『ガブリーエル』、博士から遺された命令────ユグドラシルの防衛という使命を果たすために、二体の兵器は感情もなく動いていた。

 

しかし、エクスシアだけは違った。心を模倣した人工知能は、全てを理解した瞬間、あらゆる思考回路がショートした。

 

 

【────ああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!??!!!】

 

 

エクスシアが、悲鳴に近い絶叫を轟かせる。音声機能が張り裂けるかと思ったが、意識が及ばなかった。仲間も失い、翼ももがれ、主すらも殺された───実際には自殺したのだが、エクスシアには考える間もない。己の主の死だけが、明確な事実なのだから。

 

白い天使の異変に戸惑っていたIS部隊だが、彼女たちもすぐさま気を引き締める。ふと、彼女たちの存在を認識したエクスシアが翼を広げて飛翔する。憎悪を撒き散らし、怨嗟を吼えながら、天使は叫んだ。

 

 

【貴様ら、貴様等全員ッ!!皆殺しだァァァァアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!】

 

 

しかし、無鉄砲な攻撃は無意味だった。IS部隊による集中砲火を受けたエクスシアの障壁は消滅し、機体の大半が破壊し尽くされる。

 

 

【…………白、騎士】

 

 

翼を失ったエクスシアは、断末魔を上げる余力もなく海へと墜ちた。半壊した天使は海の底に沈みながら、何かを口走っていた。

 

 

【白──騎、士ィ───ッ!】

 

己から全てを奪った宿敵の名を、魂に刻み込む。決して忘れない。己の意識が消え行く最後まで、エクスシアはその名前を心に植え付けた。

 

必ず、絶対に────次こそは、あの女とISを殺す、と。

 

 

◇◆◇

 

 

 

世界中が戦争の終結に喜ぶ中、誰も寄り付かない海辺で二人の少年少女、事の終わりを静かに待っていた束とザックの元に、千冬は帰還した。白騎士を纏う彼女は一つの鉄の塊を背負いながら、二人の元へと着地する。

 

 

「ち、ちーちゃん………!」

 

「………二人とも」

 

「───先生は」

 

 

心配そうな二人の前で、千冬は鉄の塊を地面に静かに下ろした。その中身を─────静かに眠る博士の亡骸を確認した二人の感情の波は決壊した。

 

博士の死を、恩師の自殺を理解した二人が泣きじゃくる。心から博士を尊敬し、多くのことを学んだ束は唖然としたままポロポロと涙を溢れさせていた。最初の弟子であったザックは、頭をかきむしりながら二度と目覚めない博士の亡骸の前で項垂れる。

 

────博士は自爆し、遺体は消し飛んだ。ユグドラシルから離脱した千冬の元に駆け寄ったIS部隊の面子に、彼女はそう告げた。博士の亡骸を収納した鉄の棺桶の存在を隠しながら。

 

 

博士の亡骸を隠蔽した理由は簡単だった。世界を敵に回し、大勢の人の命を奪った博士の亡骸が、人々の手に渡ればどうなるのか、想像に易かった。

 

どれだけの人間から恨まれたとしても、千冬にとって大切な先生なのだ。死んだ後も博士の亡骸を八つ裂きにされ、怨みの捌け口にされてしまうのが恐ろしかった。もしそうなってしまえば、千冬はきっと許せなくなってしまう。

 

 

何より────博士を安らかに眠らせたかった。憎悪に狂った博士は、あらゆる憎悪や怨嗟の届かない場所で葬ってやりたかったのだ。

 

 

─────結果、博士の亡骸は宇宙(ソラ)に打ち上げることにした。ユグドラシルへと立ち入った三人は宇宙ステーションと繋がるシャフトに棺桶を格納し、宇宙の向こうへと放出したのだ。

 

発案したのは束だった。宇宙ならば、誰の手も届かない。誰も先生の亡骸を暴こうとしない。未来永劫、博士は静かに眠りにつくことが出来る、と。

 

 

宇宙の先に飛んでいった棺桶を見届けた三人の教え子達。彼等はこれからどうするか、互いに確認し合った。

 

 

「束さんは忙しくなると思うなぁ。ISをばらまいたからね、これから引っ張りだこになるよね」

 

「…………」

 

「ま、好き勝手にやった責任ってヤツかな。なるべくやることはやるように頑張るよ────それで、ザックはどうするの?」

 

束はそう聞いて、何かに気付いた様子だった。彼女に呼び掛けられたザックは何処か遠くを見据えながら、低い声で呟いた。

 

「─────先生の、仇を討つ」

 

「何?」

 

「先生から全てを奪った国連の奴等に、オレが復讐する。先生の無念を、オレが晴らす」

 

 

ザックの眼は、ギラギラと鋭く濁っている。瞳の奥に宿るのは炎、激しく燃え盛る憎悪の業火であった。皮膚が裂け、血が滴る両手を強く握り締めた少年は─────世界への憎悪に囚われていた。

 

 

「十年掛かっても、何十年掛かっても、オレは軍団を作る。誰にも負けない、究極の破壊兵器を。そして、国連の奴等も、この世界も何もかも破壊し尽くしてやる」

 

「………また戦争を起こす気か。先生が、そんなことを望むと思うか?」

 

「─────先生はッ!殺されたんだ!!国連に、この世界に、人間の業にッ!!!」

 

 

呼び止めた千冬の一言を皮切りに、ザックは感情を爆発させた。彼は己の中に蓄積された不満と怒りを、言葉にして吐き出す。それでも、彼の感情が落ち着くことはない。

 

 

「お前らも見ただろ!国連の奴等の声明を!アイツら、自分達の失態を隠しやがった!全ての責任を博士のせいにして、あの人を、人の命を何とも思っていないイカれた科学者に仕立てやがったんだ!!─────今まであの人の兵器に頼ってきたクセに!!」

 

 

戦争終結の後、国連は八神博士を悪に仕立て上げた。

自分達の犯した罪、博士の家族を見殺しにし、あろうことかテロリストと共に殺害した事実を隠蔽した彼等は、博士の悪評を世界中に撒き散らした。

 

最初は自分達の罪を誤魔化したことが原因だった。しかしその結果、事実を知った博士は怒り狂い、人類を滅ぼす程の憎悪を宿した。故に、国連は恐れたのだ。自分達が博士に行った所業が露呈することを──────それが、第三次世界大戦という、多くの人々が殺された戦争の起因だと知られたとすれば、混乱では済まない。多くの国が崩壊し、また多くの悲劇が生まれることになる。

 

彼等は恐怖の余り、隠蔽の上に隠蔽を重ねた。後の後世まで博士がマッドサイエンティストとして、悪魔として呼ばれることになれば、『真実』が明かされることはない。そうして彼等は自分達の罪を隠すために、八神博士の尊厳までも奪うことにしたのだ。

 

 

「────全てを、壊してやる」

 

その事実を知ったザック、彼の理性が弾け飛んだ。先生を狂わせた張本人が、全ての罪を博士に背負わせようとする有り様を。絶望を通り越し、ザックの心を憎悪だけが支配した。

 

 

「奴等の作ろうとする偽りの平和も、このオレが必ず破壊してやる─────絶対に」

 

「────ザック!」

 

「無駄だよ、ちーちゃん。……………ザックは頑固だから、きっともう止められないよ」

 

 

その場から立ち去ろうとする少年を呼び止めようとした千冬だが、親友の声に足を止めた。背を向けて歩いていく兄弟弟子は振り返ることなく、砂浜の向こうへと去っていった。

 

博士の着ていた白衣を抱えたまま俯いていた束は、ふと千冬に問い掛ける。

 

 

「……ちーちゃんは? どうしたいの?」

 

「……………」

 

 

親友の疑問に、千冬は答えられなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

数年後、ISの世界大会で活躍した千冬がドイツ軍の教官を務めていた頃。IS部隊の隊員たちを鍛え上げていた彼女の元に、一人の少年が訪れた。

 

 

「…………何者だ?」

 

「僕は時雨、新しく『楽園の実』の一員になった議員さ。本日は君に用があって来たんだ。───『地上最強(ブリュンヒルデ)』、いや『白騎士』と呼ぶべきかな?」

 

「………………」

 

 

隠された己の姿を口走る少年に、千冬は警戒を滲ませる。しかし彼は「大丈夫、脅しに来たわけではないんだ」と大人びた雰囲気で話を切り出した。

 

 

「つい最近、国連は新しい学校を作るんだ。IS学園っていう、IS操縦者を育成するための学校をね。僕はそこに理事長になるんだ。─────君にはそこで教官をやって欲しい」

 

 

時雨から色々と話を聞かされた。

最近、世界中で暗躍する影が見え始めていると。この平和な時代に多くの災難が来るであろうこと────最悪の場合、第三次世界大戦以上の戦いが始まるかもしれない、と。

 

 

その要求を、千冬は拒否するつもりはなかった。その災難の一つには心当たりがある。あの日別れた兄弟弟子、ザックの言葉を。彼が博士と同じ凶行を引き起こすなら止めなければならない。同じ、教え子として。

 

学校の話を考えていた千冬だが、ふと脳裏に声が響いた。一度も忘れたこともない、千冬の人生を大きく変えた尊敬できる先生の言葉を。

 

 

『─────私は、教師になりたかったんだ』

 

「…………一つだけ、条件がある」

 

 

何でもいいよ、と時雨は余裕を見せて答えた。静かに両目を伏せた千冬は、暖かい過去の思い出を瞼の裏に空想する。自分なりの答えを見出だした彼女は青空を見上げながら口を開いた。

 

 

「教官ではなく、教師をやらせて貰おうか」

 

 

彼女の心に宿る思いは二つ。

恩師のように成りたいという憧れ、そして後の次世代を担う若者達に未来を掴み取る力を与えたいという小さな願い。

 

八神博士が憎みながらも、愛したこの世界を生きる子供達が自分達の手で幸せな未来を掴み取れるように、と。

 

 

そうして、織斑千冬は教師になることを決意した。苦難に立たされる若者達の力に、少しでもなれるように。自分達を導いてくれた、あの人のように。

 

 

◇◆◇

 

 

エレクトロニクス機社最深部。研究施設とも巨大工房とも呼べる領域を見下ろした社長 アレックス・エレクトロニクス────ザックという名を棄てた青年が笑みを深める。

 

 

彼の目の前で、地獄が広がっていた。

どす黒く染まった液体の海、蠢く禍々しい赤黒い脈動。実験室全体に広がる『ウロボロス・ナノマシン』の大波。その中心部では、黒い闇が膨張していた。

 

無数の異形が、金属の骨格だけの龍頭が蠢いている。憎悪を体現する竜の顎が、怨嗟の唸り声を漏らす。その深い中心部で─────一人の少年が悶え苦しんでいた。

 

 

欠損した手足を、義手と義足で補った少年は蹲っている。背中を食い破るように飛び出た無数の竜が嘶きを鳴らしていた。その地獄の光景に、ザックは狂気に満ちた笑顔を浮かべていた。

 

 

(─────これだ。これがオレの求めた破壊者だ!この世界を、あらゆる理不尽を滅ぼす究極の破壊兵器!これこそがオレの共犯者にして、オレそのもの!!)

 

「…………友よ、今お前は苦しんでいるだろう。優しいお前には、その道は酷だろう」

 

ザックは、その地獄を一人で作り出した少年に期待していた。燃え盛る地獄の中で、ザックは部下達を使って彼を救い出した。理由はない、最初は純粋な善意だったのだ。

 

しかし、彼は資質があった。ザックの野望を果たすための素質を有していた。だからこそ、ザックは彼に選択を与えた。全てを滅ぼせる程の力を手に入れる道を。そして少年は、その手を取った。

 

────この不条理全てを滅ぼす、悪魔の如き破壊の力を。

 

 

「怒っていい。憎んでいい。お前はその理不尽を、恨んでいいんだ。その憎悪を世界に刻め、その力で全てを破壊しろ」

 

 

自分が、憧れた人以上の悪魔に堕ちている覚悟も自覚はある。しかし、彼は止まれなかった。あらゆる理不尽を、不条理を破壊する。彼はその誓いと共に、この化物を生み出したのだ。

 

 

「─────オレ達こそが、無限の破壊者(ウロボロス)だ。来る時、共にこの理不尽な世界を終わらせよう。我が友(レッド)よ」

 

 

その日、少年は生まれ変わった。

あらゆる理不尽を破壊する無限の破壊者(ウロボロス)、その始まりであり、究極の厄災となるであろう存在。

 

しかし、彼はまだ拠り所があった。どれだけ絶望しようと、正気であり続けた理由。それが失われた時、彼は本当の意味で生まれ変わる。

 

 

織斑一夏達の前に立ち塞がり、世界を崩壊に導く────破滅の厄災として。

 



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第73話 『救滅の五神姫(クインテット・シスターズ)

アポカリプス・メモリー編今回にて終了です。


「────以上が、第三次世界大戦の顛末だ」

 

 

長い時間が過ぎ去ったようだった。自分達も知らぬ、本当の世界の真実を知った少年少女達は真剣な面持ちであった。一夏は姉の様子を心配そう伺っていたが、口を開いた龍夜の声に反応を示す。

 

 

「…………たった、それだけか。それだけのミスが、第三次世界大戦の原因────本当に笑えないな」

 

「そうだね。笑えない話だ。一時期は、国連の隠した事実はスキャンダル程度のものだ。彼等の組織の信用を、株価を下げるだけのものだった。

 

 

 

…………けど、博士の凶行が全てを変えてしまった。ただのスキャンダルは、大勢の命を奪う遠因へと。公表されてしまえば世界の大国が揺らぎ、秩序が崩壊してしまう最悪の真実に成ってしまったんだ」

 

 

だから、国連は必死に真実の隠蔽に尽くしてきた。その為に、真実に触れようとする者や少しでも近付いた者を消して、完全に闇へと葬ろうとした。その行い自体が、大勢の人間を殺してまで隠し通そうとした事実が、真実の重みを増やしていたということにも気付かず。

 

 

「そうして数年、国連は真実の隠蔽に成功した。博士も大犯罪者として何も知らぬ人々から忌み嫌われるように情報統制も果たした──────けど、隠蔽は完全ではなかった。真実を体現する者が、一人だけ生き延びていたんだ」

 

「────それが、八神三琴(やがみみこと)

 

 

又の名を、シルディ・アナグラム。その事実に息を呑む龍夜達を他所に、一夏と箒は黙って聞き入っていた。その事実を事前に知っていたというのもあるが、何故生き残っていたのか、知りたかったのもある。

 

穏やかに語り始めた時雨の話は、二人にとってあまりにも残酷で凄惨な事実だった。

 

 

「まず始めに、彼はテロリストに捕縛された間に酷い扱いを受けた。拷問の末に片耳を削がれ、姉がなぶられる光景を、母が切り刻まれる光景を見て、まだ幼かった八神三琴は発狂した」

 

「…………ッ」

 

「極めつけには救護に来たかと思った瞬間の爆撃。自分が殺されそうになったという事実から、生き残っていたはずの姉が殺されたという事実が、彼は心に深い傷を受け、精神は完全に破壊されてしまったんだ。─────けど、彼は生き残った。直前に助け出されたんだ」

 

 

二度も見た、シルディの発狂。

アレは彼が体験した忌まわしき過去がフラッシュバックしたのだろう。大事だった家族が傷つけられる光景を、姉が男達に襲われる光景を、作り笑いで元気付けようとした母が解体される光景も、己が一方的に痛め付けられ、耳を削ぎ落とされる記憶。

 

それは一人の少年の心を壊すには充分だった。

 

一体、彼が何をしたのか、と考えた。何もしてないはずだ、まだ子供だった彼が、そんな風に苦しまなければならないことなど、してないはずだ。

 

なら彼等は────どうすれば良かったのか。彼等はどうすれば普通に生きることが出来たのか。或いは、普通に生きることは絶対に許されないというのか。

 

 

「助けたのは、付近を訪れていたジャーナリスト達だった。彼等は拠点に放置された八神三琴を見つけ出し、救助に成功していた。ヒッソリと活動していた彼等の存在に国連は気付かず、一時期は見逃すことになった」

 

 

それこそ、隠蔽に全力を尽くした国連の失態であった。いや、誤魔化すために人員や情報を使いすぎた結果、盲点を突かれたのかもしれない。しかも、自分達の計画を密かに邪魔したのは、ただの一般のジャーナリストだとは夢にも思うまい。

 

 

「だが、救助した彼は半ば手遅れでもあった─────拷問と家族を失ったショックは、八神三琴に強い心的外傷後ストレス障害(PTSD)を生じさせていた。発狂を繰り返し、精神的に衰弱した彼を助けるために、とあるジャーナリストの夫婦はある手段を講じた」

 

 

頭を指差した時雨は、トントンと人差し指で軽く叩く。その行為は、ある事実を示していた。

 

 

「記憶を封じ込めたのさ。そして、彼に名前を棄てさせた。それは、国連に命を狙われることを防ぐ為でもあった。記憶と名を失った彼を、夫婦は自分の子として迎え入れた。シルディ・アナグラムという、名を与えて」

 

 

シルディ・アナグラムは、そうやって生まれたのだ。大犯罪者の子供としての姿や名を捨て去り、夫婦の子として第2の人生を歩むことになった。争いと無縁な、幸せに満ちた未来を過ごす─────ことは出来なかった。

 

 

「この十年の歳月、世界は大きく変革した。ISはあらゆる兵器の頂点に立ち、ISを扱える女性が優遇される社会へと変化していった。…………君達も知らないだろうが、これは『楽園の実(老人達)』が斡旋したのも原因の一つだ」

 

「は?な、何で…………国連のトップにも男はいるはずじゃないですか!普通に彼等も困るでしょう!?」

 

「前提が違うんだ。そもそも、『楽園の実』という組織自体表沙汰にされてはいない。謂わば秘密結社に近い。彼等は自分達が円滑に世界のコントロールを掴むために、女尊男卑の社会を構成させたんだ」

 

 

その結果、爪弾きにされる者達が現れ始めた。男だからと言う理由で夢を叶えられなくなる者、家族を守るために力を求める者、この社会に忌避感を持ち変革を望む者。

 

そんな人間達は男も女も関係ない、女性が優遇されると言いながらも同じ女性をも蹴落とす歪んだ権威と力の社会の革命を望む者達。彼等は一つの旗を掲げ、革命の組織へと変化していった。

 

 

「そうした世界の歪みが、革命組織 アナグラムを生み出した。彼等の目的は一つ、この歪んだ社会と世界の修復。その為に彼等は現体制の壊滅を目論み、世界中で活動を行っている。

 

 

 

最初は国連も相手にしていなかった。単なるテロリストとして処理するはずだった─────彼等がISに匹敵する兵器を強奪した事実と、組織のリーダーとして名乗り上げたシルディ・アナグラムの正体を知るまでは」

 

 

何故国連が、自分達のミスの証拠であるシルディを直接消そうとしないのか。その理由は、彼自身の存在と彼の育て親 リセリア・アナグラムが大きく起因していた。

 

 

────もし、シルディを抹殺した場合は、国連の行った所業の全てを世界中に告発する。

 

リセリアが叩きつけた要求を、国連は素直に呑むしかなかった。自分達の仕出かした罪を隠すために、罪の具現でもあるシルディ・アナグラムの存在を容認するしかなかったのだ。

 

だが、国連も馬鹿正直に従ってはいない。殺せる時に殺そうと考えてはいる。少し前の時も、負傷したシルディを確認した彼等は、確実な抹殺を優先した。────一夏や箒を巻き込んでまで、シルディを殺そうと必死であった。

 

殺してしまえば、後処理すればいいだけだ。そう考えているからこそ、シルディだけは確実に消さなければならないのだ。仕留め損なうことも、生半可に攻撃することもダメだ、確実に、絶対に殺してから─────。

 

 

「そして、君達に話すべきことがもう一つある」

 

「…………?他にも何か────」

 

「海里浩介、奴が何故織斑千冬や篠ノ之束に怨恨を向けているのか。それは、十年前の事件に関係していた」

 

 

戦争が終わりを迎えた数ヵ月頃。安定した世界は新たな波乱、ISの普及による混乱に包まれていた。最中、解離浩介は誰よりも早く暗躍を開始していた。

 

 

「────奴はISを支配しようとしていた。全てのISを、兵器としてな」

 

「……………」

 

「無論、束はそれを許さなかった。ISを独占することなど在ってはならない。アイツが従うと思っていなかった海里浩介は─────時雨理事長の兄、村雨を利用した」

 

 

千冬の話にも出てきていた『楽園の実』の人間の一人。自分達の面子と立場のために、全ての真実を隠蔽した者達とは違い、善良そのものと呼べる人物。

 

 

「村雨は、兄は憔悴していた。自分が博士に話したことで戦争が起き、大勢の国民が死に────僕も瀕死になった。僕を生命装置に入れた兄は、責任感と重圧に押し潰されそうになっていたんだ。……………それを、奴に利用されてしまった」

 

────個人が扱えるISは危険だ。誰かが管理しなければ、多くの犠牲者が増える。

 

精神的に疲弊した村雨を、海里浩介は言葉巧みに唆した。共に篠ノ之束を説得し、ISの安全を確立させようと。二人で束を説得しようとしていた─────だが、海里浩介は最初から話し合うつもりなどなかったのだ。

 

 

「奴は保護プログラムによって離れることになった箒の存在を使い、束を脅した。全てのISの制御権限を自分に寄越せ、と」

 

「…………兄はそれを知らなかった。自分が利用されていたことを、その時理解した。でも、最早手遅れだった。何もかもが」

 

 

二人の言う通り、海里浩介の暗躍は途絶えることになった。その強迫を邪魔したのは事情を知った織斑千冬────そして、行方不明となっていたはずの『ゼノス・アルザード』、それを扱う織斑数季であった。

 

結果的に、海里浩介と村雨、両名は死亡したということになった。村雨は海里浩介に撃たれ、瀕死の重傷のままで倒れ、海里浩介本人も建物の崩落に巻き込まれ死亡した、という話になっていた。

 

 

だが、当の海里浩介は生き残っていた。モザイカこと織斑数季に顔を斬られながら、奴は己の死を偽装して世の闇に潜み、機会を伺っていた。自分の邪魔をした千冬と束、そして織斑数季を殺し、世界を手に入れるチャンスを。

 

その為に、奴は旧時代の遺物すら目覚めさせた。白騎士に執着する天壊機 エクスシアを。界滅神機と兵隊を従えた奴はいずれ世界征服の為に動く時も来ることだろう。

 

 

────恐らく、海里暁は父親の本性を理解していたのだろう。心の奥底で、龍夜は確信していた。一夏達の話を聞いていて、海里暁という少年が篠ノ之箒に恋い焦がれていることは理解できる。ならば彼がそれを表に出さないのは気弱なこと以上に、父親の事を知っているから距離を取っていたのかもしれない。

 

 

(…………子は親を選べない、残酷だな。父親の悪意を理解していたから、アイツは自分の恋心を押し殺したのか。それなのに理不尽に殺された挙げ句、父親から役立たず扱いか)

 

 

一度も話したことのない相手だが、人嫌いな龍夜ですら好感を持っていた。同情ありきと言われれば否定はできないが、素晴らしい人間に変わりはなかったと思う。

 

だからこそ、彼に報いるべきだと考えている。自分の両親の仇と共に。死んでしまった彼に報いることは、最早それしかできないだろう。

 

 

話はどうやらこれで終わりらしい。これ以上語る様子のない千冬を他所に、時雨が此方をチラリと見据える。視線を向けられた龍夜は嘆息し、傍らに所有していたケース───その中に仕込まれた銀色の剣を取り出した。

 

そして、聖剣の中で眠る少女を呼び起こす。

 

 

「─────出ろ、ルフェ」

 

『────はい、マスター』

 

 

少女の声を出した銀剣は龍夜の眼前で直立すると、ホログラムの少女の姿を形成した。輝きを有した銀の長髪に蒼い瞳を有した半透明なドレスに身を包んだ、妖精のような少女は頭に浮かぶ光輪を漂わせながら、口を開いたまま呆然とする一夏達を見据え、深く一礼した。

 

 

『皆様、初めまして。私はルフェ。『救滅の五神姫(クインテット・シスターズ)』の五人目、『聖光帝剣 エクスカリバー』の名を冠する巫女の一人です』

 

 

突如現れた少女の存在に、一夏達は状況が掴めないと言う様子だった。そもそも、少女が何を言ってるかすら、理解が難しかった。

 

ただ一人、彼等と同じく事実を知らなかった千冬が顔をしかめる。不可解な考えを確かめようとした彼女は、したり顔で微笑んでいる時雨を見据えた。

 

 

「………ここまで来たということは、素直に話す気になったみたいですね。時雨理事長」

 

「僕が話す必要もない。全ては彼女が答えてくれるよ。そして、すぐにでも理解するさ────彼女たちが、博士の遺した人類への厄災であり福音だということにね」

 

 

それだけ言うと時雨は一歩退いた。これ以上自分の口から語るつもりはないらしい。不安そうに向けられた視線に、龍夜は黙って聞いてろと無言で促した。

 

ルフェと呼ばれた少女は、龍夜の無言の意思に従うように、己が何者かについてより詳しく、鮮明に話し始めた。

 

 

『私達、『救滅の五神姫』は八神博士が人工知能 Y.H.V.A.に開発されたAIです。マスターの有するこの兵装────正式名称「現界領域再神鎧装」の中核を担い、マスターのサポートをする為に存在しています』

 

「………?現界領域、最神………鎧装?ISとは違うのか?」

 

『はい、原理的には類似しますが、結論としては違います。『現界領域再神鎧装』、又の名を『神装』と呼びます。これは八神博士がISを────厳密には『ゼノス・モデル』を基盤として、大型改装を行い完成させたパワードスーツ兼多機能武装です。現在、存在しているのは五つ。『レーヴァテイン』、『トライデント』、『ミョルニル』、『イチイバル』、『エクスカリバー』です。これらの機体の目的は一つ、世界を救うためです』

 

「…………、…………っ!?」

 

「あー、ダメだね。情報量が多すぎて一夏がショートしてる」

 

 

淡々と説明されたことで、あまりの事実に一夏が混乱を極めていた。因みに箒も中々厳しそうである。

 

噛み砕いた話、クインテット・シスターズはISとは似通ってはいるものの、厳密には別の系統を辿った兵器なのだ。IS同様の機能を有してはいるが、それ以上の高性能のシステムが搭載された─────謂わば、次世代先のISなのである。

 

 

「───待ってください。では、『白銀の聖剣(プラチナ・キャリバー)』はどうなんですか? ISであると聞いていましたが、あれは嘘なのでしょうか?」

 

『いえ、嘘ではありません。但し語弊があります、ISであるのは盾と鞘の部分であり、エクスカリバーである剣が「白銀の聖剣」のコアの役割を担っています。これは篠ノ之博士が、私の存在を周囲から隠蔽する為に施した処置です』

 

 

白銀の聖剣(プラチナ・キャリバー)』とは、『救滅の五神姫』の一機であるエクスカリバーを隠すための簑であった。しかしそれは単なる嘘の情報ではなく、篠ノ之束が一から作った擬装する為のISなのだ。

 

剣の正体を鞘によって隠す、中々に面白い発想だ。八神博士が開発した兵器を解体せずに隠蔽したいという束の考えなのだろう。だが、それと同時にもう一つの疑問が生じる。

 

 

「篠ノ之博士が隠したということは、エクスカリバーは───いや、『救滅の五神姫(クインテット・シスターズ)』はそれ程まで強大な兵器なのか?」

 

 

その事実を脳裏に思い浮かべたラウラの疑問に、ルフェは落ち着いた声で答えた。

 

 

『はい、『救滅の五神姫』は『幻想武装(ファンタシス)』、『伝説幻装(エンシェント・レガリア)』を計画した『神話鎧装計画』の最終到達地点でありました。無から有を発生させ、概念にすら干渉する機能を有しています』

 

『「レーヴァテイン」であれば炎を、膨大な熱を発生させることができ、一時的ではありますが太陽に匹敵する熱量の増幅と放出が可能です。「トライデント」はナノマシンを使用せず、周囲の水を吸収して操る────或いは大量の水の生成を。「ミョルニル」は世界規模の電力の生成及び収束。「イチイバル」は地球の反対側までの精密狙撃、風による天候の制御。────そして、「エクスカリバー」は無尽蔵のエネルギーと周囲の物質をエネルギーに変換する機能、何よりあらゆる物質を破壊する光を操ることが出来ます。

 

 

これらの機能を有している以上に、『救滅の五神姫』は界滅神機の起動と制御が可能です。これらの機能から理解できるように、『救滅の五神姫』は世界規模の力を想定した上での開発が行われています』

 

 

規格外、なんてものではない。

ISに類似するとは是が非でも言えない。ISが兵器であるなら、これは核兵器以上のものだ。一国が一つ所有しただけで、世界を支配できると断言できる程の。

 

 

「でも、待ってくれよ。それじゃあ意味ないんじゃないか?『救滅の五神姫(クインテット・シスターズ)』は世界を救うための兵器だろ?悪用されたらどうするんだ?」

 

『既に対策はされています、その為の巫女────自我を持つ私達の存在意義なのです。悪意ある者の手に渡らぬように、自分の意思で適合者を選びます。そして、一度適合者を決めた場合、生体コードが刻まれますので他人が無理矢理扱うことは不可能です』

 

それこそ、自我を有する巫女を搭載した理由だろう。彼女たちが悪意のない善良な人間を選び、適合を行えば悪意ある者の手に渡ることはない。適合も、彼女たちの意思がなければ出来ない。何より、無理矢理強奪することも叶わない。

 

 

『ですが、ただ一つ。選ばれなかった人間が私達を扱うことが出来る方法があります』

 

「…………それは、一体」

 

『適合者を殺すことです。その場合生体ロックは機能せず、適合者の上書きが可能になります。そうして、適合者を自分へと書き換えることで、『神装』を扱うことが出来るのです』

 

つまり、殺して奪え、と。巫女たちに選ばれた若者を殺して、世界を支配できる力を自分の物にしろということなのだろう。だが、疑問が生じる。博士がそんな真似を強制させるような人間だろうか。

 

 

「────そういうことか」

 

 

だが、龍夜はその意図を理解した。独りでに呟いた青年に、皆が説明を求めるように見つめる。仲間たちの視線を受けた龍夜は軽く頭をかきながら、己の考えを語り始めた。

 

 

「八神博士の目的────それは人類という種の可能性を確かめることだ」

 

「………?博士が、人類の可能性を?どういうことだよ?」

 

「────博士は人類に絶望していた。でも、教え子のいる世界を信じようとも考えていた。だからこそ、人類の可能性を試す兵器を作ろうとしたんだ。世界を支配することも可能な兵器を。

 

 

それが一般人の手に渡ること自体問題じゃない。重要なのは、国や国連が取る選択だ。彼等の意思を尊重するか、奪って自分達の物にするか。博士はこの時代に、人類の可能性を選定するというのさ」

 

八神博士が憎んだ世界は、利益のために少数の人命を犠牲にし、己の不利益を隠蔽する世界だ。ならばそれが少しでも変わっていたら、『救滅の五神姫』の適合者たちが害されることはないだろう。

 

しかし、博士が憎んだ世界が変わっていなければ、利益のために適合者たちを傷付けるはずだ。そうなってしまえば、適合者たちは本格的に抵抗を示す。結果、世界は戦争に近い状況になることだろう。

 

 

八神博士は、それを理解した上で彼女たちを作ろうと決意したのだ。数年後の人類が、力だけを奪おうとする愚かなものではないと信ずるために。彼等に破滅とも呼べる福音を、もたらしたのだ。

 

 

「────実際に、『神装』を手に入れようと考える奴等はいた。ソイツらは沈黙状態の『レーヴァテイン』の適合者を探し出そうとしていた」

 

 

恐らく起動だけさせて、殺して奪うために。

アナグラムから離反したテロリスト『レヴェル・トレーター』の行っていたことを思い出した龍夜は淡々と告げる。彼等の目的は『救滅の五神姫』を手に入れることだ。いずれは、自分達もぶつかることだろう。

 

 

「────だからこそ、君達には極秘の命令を下す。他、四機の『救滅の五神姫(クインテット・シスターズ)』、その適合者を保護せよ。抵抗するなら、武力行使も許可する。

 

 

 

他の勢力全てが、彼等の命を狙う可能性すらある。君達は何としてでも彼等を保護してくれ。世界のために、何よりこの平和のためにも!!」

 

真剣そのものと言える表情の時雨理事長の頼み。代表候補生たち一同はより一層気を引き締める。自分達が成すべきこと、世界の真実を知った少年少女たちは自分達の世界を守るという決意を、より深めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




次章予告


『残火継焔』編、次回開幕です。


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第三章 episode4 残火継焔
第74話 『隔絶区域(コードレス・エリア)


「────着いたな、それでは事前に確認を行う」

 

 

バス、というよりも大型の装甲車。外部からの攻撃を防ぐ耐久性を有した戦車に近い車の中で、千冬は席に座した一夏達へと呼び掛ける。緊張しながらも気を引き締める一夏や箒、二人とは違い気を緩ませることない龍夜たち、代表候補生。

 

 

「堅いねー。皆、あんまり力まなくても良いんだよ?相手はISじゃないんだし、リラックスしていこうじゃないか」

 

 

そして、千冬の隣の座席でゆったりとした教師 霧山友華(きりやまゆうか)がそう声をかける。張り詰めた雰囲気を和ませる呑気な声に、一夏たちに伝わっていた緊張感は緩んでいった。

 

コホン、と咳き込んだ千冬が再確認を行う。それは少し前に聞いた任務についての情報と同じものだった─────

 

 

◇◆◇

 

 

「早速だが、君達には新しい任務を頼みたい」

 

 

世界の真実を教えられてから翌日、集められた一夏たちを前に時雨理事長はそう告げた。一夏たちと同年代、少し幼い少年は少し困ったような顔を浮かべている。

 

 

「まず任務の場所を話しておきたい。君達が向かうべき場所は─────『隔絶区域(コードレス・エリア)』だ」

 

「な───っ!?」

 

 

反応したのは、一夏や箒、龍夜を含めた日本人であった。各々の感情を顔に浮かべた彼等の様子とは裏腹に、外国人であるセシリアたちは意味が分からないと怪訝そうな様子だ。

 

それも無理はない。なんせ『隔絶区域(コードレス・エリア)』は日本国内でしか伝わっていない用語であり、外国には情報すら届いていないのだから。

 

 

「『隔絶区域(コードレス・エリア)』………? 何だそれは?」

 

「─────日本国内で唯一封鎖された地区だ。法も存在しない無法地帯とされている」

 

 

そう明言されているということは、実際に法が適用されない事態があったことを意味する。何より、平和な時代がよく聞かれる日本で、そんな単語を聞くこと自体が始めてだった。

 

ただ事ではないと理解した外国出身のセシリアたちに、時雨理事長がその地について、事のあらましについて詳しく語り始める。

 

 

「…………十年前の第三次世界大戦で、その地区は無人兵器と軍の激しい戦いの被害を大きく被った。地中等に不発弾が埋まっている可能性も考慮され、国によって正式に封鎖される予定だった」

 

 

無人兵器と人類の戦闘は激しく、守るべき町を破壊し尽くしてようやく撃退出来る程であった。その結果、町は最早修復できない程に破壊の残骸にまみれ、人間の住める場所では失くなってしまった。

 

だが、完全に封鎖される前に、一悶着起きたのだ。

 

 

「しかし、数年前。ある者たちがその土地で学校を再開させた。そこに集まった大勢の子供がその地区へと集まり、学校で暮らしていた」

 

「何故、ですか? 不発弾があるのは正式に公表されていたはずでしょう? それに、一般人が立ち入ることを国が許す訳が────」

 

「認可は既に取られていた。そんな危険な場所で学校が機能していたのは、時代の影響があったんだ」

 

 

忌々しい、と嫌悪感を口の中で含む時雨。少年は淡々としながら、己の知る背景を口にする。

 

 

「君達は、この時代になって女性が優遇されるようになったことは理解しているだろう? 当時は今よりも酷いことになっていた。男は女よりも社会的な立場は下、そんな考えがより強く浸透していた社会では差別も露骨なものになり、学校は女子を優遇するものばかり────悪いことに、男だからという理由で進学できず、高校にも行けない者も居たくらいだ」

 

今現在は、これでもマシなのだ。ある程度社会が落ち着いたのは時間経過によるもの、当時はもっと過激だった。

 

ISを扱える女性だけが学校に通い、男は社会奉仕に徹していればいいという意見すら出ていたくらいだ。当時テレビで熱心にそう訴えていた女性議員の姿に、龍夜は嫌悪と侮蔑を覚えたことは忘れられない。

 

 

「中でも問題になったのが、子供の放任さ。そういう社会の空気が広がったことで、親が子供を捨てるという行為も流行した。その結果、親に捨てられ、学校にも通えない孤児───『放逐孤児(ホームレス・チルドレン)』が多数発生するようになってしまった」

 

 

数年前、それが社会問題となるほどの事態を引き起こした。

 

 

「行き場の失くなった子供たちが増えていき、国が対応に困っていたところに、何人かの大人たちが動いた。純粋に子供たちのことを案じた彼等は、行く宛のない子供たちの学舎を利用したいと提案し始めた」

 

「それが、さっきの学校のこと………ですよね?」

 

「ああ、ボランティアとして一部の大人たちは子供たちの為の学校を作ろうとして居た。だが、世間はそれを許さなかった。女尊男卑の風潮かな、いや発展途上のこの国にはそんな学校を建てる余裕すらない────いや、過激な女性たちの反対が多く、認められなかったのが事実だね。困った彼等は苦渋の決断として─────封鎖された地区の学校を利用することにしたんだ」

 

 

子供たちを放ってはおけない、善良な大人たちの苦肉の手段であった。危険地帯であるが、過激な女性たちもそこであれば文句を言わないだろう。そう考えた彼等のやり方は正しかっただろう。

 

丁度、一年が過ぎた頃合いまでは─────。

 

 

「しかし、政権のトップになった女性議員───女尊男卑思想を持ち、世論の支持率を第一としていた女性議員の一人が、ある議題を持ち上げた。

 

 

 

 

彼等のいる地区を、『隔絶区域(コードレス・エリア)』と命名し、危険地域として閉鎖する。そして、その地域に集まっていた子供たちも不発弾などに関与する危険因子として隔離するべきと」

 

 

差別思想に支配された上級階級が立案した、最悪な議題であった。親に棄てられ、存在価値の失くした子供たちを危険地区に隔離するという最低の発想。本来、大人は子供を守り、導くものであったはずだ。なのに、支配者としての優越が、社会の上に立ったという者達の傲慢が、普通であれば許されぬことを言い出したのだ。

 

そして、社会はそれを容認してしまった。

 

 

「当初、世論は賛成の流れが強かった。戦争への恐怖心と社会の空気に賛同するしかない状況が、同調圧力として子供たちを追い詰めていた。結果、学校にいた大人たちも殆どが急いで逃げ出し─────子供たちは、『隔絶区域(コードレス・エリア)』に隔離されて過ごすことになったのさ」

 

 

大人たちは逃げ出して、子供だけが隔離された。親のいない子供が社会問題であったから、その地区に集まった彼等をまとめて閉じ込めた。そこにあったのは世論のような、危険因子を排除したいというものではない。

 

自分達よりも圧倒的に立場の下の者を、自分達の近くから遠ざけたに過ぎない。生ゴミを別の場所へと投棄するように。

 

 

「なにそれ…………ほんと、笑えるわ」

 

「…………鈴」

 

「自分達で見放した子供たちを、邪魔だからって隔離したわけ。どんだけ自分勝手なのよ、大人たちは────ふざけんじゃないわよ!!」

 

 

少なくとも、全員が鈴音と同じ感情だった。そんな議題を持ち上げた大人だけが悪い、とは完全に言い切れない。誰もがそんな状況下にあった子供たちを助けず、見放した。そんな大人たちにも責任はある。

 

 

「封鎖されて数日、時間だけが過ぎ去る中、『隔絶区域(コードレス・エリア)』にて大きな動きが見られた」

 

 

閉じ込められた子供たちにとって、大きな転機となることがあった。それはただ隔離される彼等にとって、希望を見出だすものであった。

 

 

「区の地下に工場が存在していたのさ。その当時まで稼働し続けていたそれは、八神博士が開発した無人兵器の拠点かつ量産用の工場として開発されていたんだ」

 

「…………っ」

 

「学校に通っていた上級生の一人が、政府にコンタクトを取った。量産されている無人兵器と交換に、自分達の生活を安定させたい、と。彼等は開発された無人兵器を国に引き渡し、食料等を受け取り、数年間その地域で過ごすことが出来た」

 

 

────凄いな、と一夏たちは素直に感心した。普通ならば、その兵器を使って自分達の安全を保障させるはずだが、彼等はそれよりも先に政府と取り次いで温厚に事を進めた。

 

まだ子供であった彼等の頭に過激なやり方は浮かばなかったのかもしれない。しかし、彼等にまた困難と呼ぶべき悲劇が降りかかった。

 

 

「だが、その事実を何処からか知った企業があった。『クインス・コーポレーション』、世界有数の兵器開発企業であったその企業の女社長は『隔絶区域(コードレス・エリア)』に存在する工場を欲するようになった。

 

 

 

 

博士の無人兵器を商品として求めた『クインス』は『隔絶区域(コードレス・エリア)』を手に入れる為、邪魔な子供たちを追い払おうと手荒な手段────武力による攻撃を始めた」

 

大手の兵器企業『クインス・コーポレーション』がそこまでの荒事を起こしたのは明確な理由があった。会社の利益が落ちている、そして会社の立ち行きが危ういという事態が起きていたのだ。

 

軍事産業の大半を統括していた『クインス・コーポレーション』は、ある日ライバルとなる企業『エレクトロニクス機社』と競合することになった。

 

女性権利団体の幹部でもあった女社長は、エレクトロニクス機社社長 アレックス・エレクトロニクスを勝手に敵視し、彼を失脚させようと汚い手段を多用した。結果、彼女の目論みは果たされず、あろうことかその事実を証拠に弾劾された彼女の企業は『エレクトロニクス機社』に莫大な賠償金を支払い、会社の評価も大きく迷走することになった。

 

その逆転のため、彼女は仲間から教えられた『隔絶区域(コードレス・エリア)』の工場の存在を知り、何としてでも無人兵器を手に入れることを決意した。

 

数世代も発展した無人兵器を手に入れ、競合相手であるエレクトロニクスに打ち勝つと。たとえ、どんな手荒な真似をしてでも。

 

 

「結果、多くの子供が負傷し───────彼等を束ねていた一人の少女が死んだ。政府とコンタクトを取っていた、リーダー格でもあった子だ。自分達に降りかかる理不尽、そして彼女の死を引き金に─────子供たちは兵器を使い始めた」

 

 

国も誰も守ってくれない、そう判断した子供たちは、兵器を扱うことを決意した。工場で量産された無人機と、自分達の扱える武装を手に入れた彼等はすぐに『隔絶区域(コードレス・エリア)』を兵器によって構築し直した。

 

まだ幼い子供たちは年長者であり、今まで自分達を導いていた者へと従うようになった。その統率は殆どの子供たちへと浸透し、最終的に彼等は軍隊のような組織へと編成されていった。

 

 

「三人の学生が子供たちを率い、量産された兵器と無人機を使い武装蜂起を開始した。彼等は自分達を『レイヴン・レギオン』と名乗り、『クインス』との全面戦争を宣言した。それが、今現在『隔絶区域(コードレス・エリア)』で起きている状況だ」

 

 

同じ日本で起きているとは思えない、戦いに満ちた地区の話だった。政府はその地区に法は存在しないと認定したのは、二つの意図がある。

 

一つは女議員の、子供たちを殺して地区を奪ってもいいという考えのもと。もう一つは子供たちに抵抗する機会を与えようという、一部の善良な者の考えによるものだ。

 

これによって、『隔絶区域(コードレス・エリア)』では紛争のような戦いが続いている。民間企業と現地の子供たちとの衝突、それはまるで外国での話のようだった。

 

 

「…………まさか私達にはその『レイヴン・レギオン』を鎮圧させるのですか?」

 

「そんな真似を僕が、君達にさせると思うかい?」

 

 

いつもは穏やかに笑っている理事長が笑みを消して告げた。同じ子供であり、理不尽に追い詰められた被害者達を、自分の教え子達の手で倒すことなど絶対に有り得ない。いや、あってはならない。そう明言するような表情を浮かべた時雨は、ふとにこやかに笑ってみせる。

 

 

「少し前から、『レイヴン・レギオン』のトップが国連に通信を送っていた。彼等の目的は、自分達の『自治権の確立』。謂わば、『隔絶区域(コードレス・エリア)』を安全と自由を保証して欲しいと。その代価として、彼等は自分達の開発する新型無人兵器を提供することを条件にしている」

 

「そ、それって────」

 

「今日の朝 07:30を以て、僕たち『楽園の実(エデンズ・シード)』は『隔絶区域(コードレス・エリア)』に全面支援をすることを確約した。正式な取引と自治権の承認の為、僕たちIS学園は『隔絶区域(コードレス・エリア)』の護衛に向かうことになる」

 

つまり、国連は武装した子供たちの味方をすることにしたのだろう。それが善意ではなく、兵器が目的という点に目を瞑れば称賛ものだが。

 

 

「…………護衛?それなら他の軍を動かせば───」

 

「それが叶わない事態なんだ。他の国の軍部に良からぬことが起きているらしい。偶然とは言い難いが、他の国も警戒して軍を動かせない事態にある。学園の発言力を維持するためにも、僕たちは率先して動く必要があるんだ」

 

 

学園が動くこと自体、立場を向上させることが出来る。大きく活躍をしていけば、IS学園に外部からの干渉すら許さぬほどよ発言力を有することが出来るだろう。

 

 

「君達には引率として二人の教師に付き添って貰う。─────織斑先生と、霧山先生。受けてくれるね?」

 

「無論です」

 

「分かってますよ。生徒だけに向かわせるほど身勝手な教師じゃないですから」

 

 

後ろに並んでいた千冬と友華が同時に答えた。千冬は兎も角、友華が引率になるとは珍しい。彼女の世話になったことも少なくない一夏は感心しながら周りを見る。鈴は自分の担任と一緒に行動できることに嬉しさ半分戸惑い半分という様子だった。

 

 

幼馴染みの一人から目を離した一夏は、ふと険しい顔をした龍夜の様子に気付いた。何かを考えているのか、険しい顔で何かを睨んでいた友人に、一夏はふと疑問に思う。

 

しかし、彼は一瞬で表情を切り替え、いつもの様子のまま振る舞っているのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「………ここが、『隔絶区域(コードレス・エリア)』か」

 

装甲車から降り、封鎖された区域への足を踏み入れる。張り巡らされた壁は内側にいる子供たちを閉じ込めるように並んでいた。

 

封鎖されているといわれながら、扉は開け放たれている。封鎖とは言うのは表向きであり、『クインス』が自由に立ち回れるように動けるようにしているのだろう。

 

 

そのゲートから立ち入った瞬間、冷たい雰囲気が肌を伝う。少し前に戦いでもあったらしく、火薬の匂いが辺りに充満している。

 

元々町だったのだろう商店街の街並みは爆撃を受けたような残骸の山と化していた。人の生活の痕跡すらない。それは十年前の戦争と、今起きている戦いによって消し去れてしまっている。

 

 

「…………話に聞いていた以上に酷いな。本当に人の住んでいる地域なのか?」

 

ラウラの疑問に答えられる者はいない。皆が予想していたよりも、状況は酷かった。紛争地帯と言われた方がもっと納得できる。周りに人の死体がないことが不思議なくらいだ。

 

 

少しの間歩き続けていると、龍夜とラウラが個人通話を繋げ合う。

 

 

『────龍夜』

 

『分かっている。俺達、視られているな』

 

 

歩いている最中、二人は残骸の中から自分達を見る視線に気付いていた。カチカチと小さな灯りが点滅し、それが周りへの合図として伝わる。前を先導していた一夏と箒が緊張を払拭しようと話している最中─────龍夜は二人を突き飛ばした。

 

 

【────CONNECT ON】

 

 

学生服の中に着込んでいたISスーツを展開し、龍夜は『白銀の聖剣』の鞘を左腕のガントレットへと装着する。プラチナ・キャリバー ナイトアーマー・フォーム。騎士鎧の姿に身を包んだ彼は大盾を身構えると─────炸裂した狙撃を受け止めた。

 

 

遠くの高台からの狙撃だと把握した龍夜は、内蔵していた外付け武装の一つ────装甲可変機銃・壱式を取り出す。背中のユニットと盾にケーブルを連結させ、エネルギーをチャージした機銃を変形させ、此方を狙った敵のいる高台を狙撃する。

 

ビーム弾が直撃し、崩落していく高台から意識を反らす。狙撃を行った相手は死んではいないが、恐らくマトモに動けないだろう。そう判断した龍夜は、唖然としている二人を見下ろした。

 

 

「さっさとISを纏え────敵襲だ」

 

 

慌てた様子で一夏と箒がISを展開する。既にセシリア達はISを展開を終え、各々の武装を身構えていた。唯一無防備な千冬と霧山はお互い狼狽える様子もなく、一夏と箒によって庇われていた─────本人たちは守られる必要など毛ほども感じていない様子だが。

 

その直後、残骸の向こうから何かが動き出した。無人機だろうか、砲台を搭載した二足歩行のソレが何体も現れる。航空用ドローンタイプの無人機も、同じように空を覆い始めていく。

 

ふと周囲へ意識を戻すと、何十人の武装兵士が集まっていた。白い仮面のようなヘルメットバイザーを装着し、軽武装な少年兵たち。しかし、侮ることはなかれ。

 

機関銃やアサルトライフル、鉈のようなブレードに盾など。戦力は普通の軍隊よりも過剰なくらいだ。

 

 

『─────外部の人間が、見放された大地に何の用だ』

 

 

『レイヴン・レギオン』、黒鴉の一帯。

武装した少年兵達のトップらしき人物が合成された声で問い掛けてくる。しかし、その声音には凄まじい敵意が滲んでいた。対応を間違えば、今すぐにでも襲いかからんとする勢いだ。

 

一気に緊張が走る一同。しかし一際落ち着いた千冬が、前へと踏み出し、言葉を投げ掛ける。

 

 

「IS学園所属の織斑千冬だ。我々は敵ではない、味方だ。お前達の援護の為に派遣された」

 

 

ザワッ、と彼等がどよめきが漏れる。IS学園、そして『地上最強』の織斑千冬。彼女の存在を認知した彼等から一瞬だけ警戒が緩む。

 

 

『────嘘だッ!!』

 

 

しかしそれも一瞬。一人の少年兵が張り詰めた声を響かせる。声を上げた一人は千冬たちを指差し、大声で喚き散らした。

 

 

『アイツらもそうやって、俺達を騙してきた!政府からの援助だって言って─────信用してた俺達を攻撃してきたんだ!そいつらもきっと「クインス」の手先だ!また俺達を殺しに来たんだ!!』

 

「ッ!千冬姉はそんな奴等とは違う!!─────いッ!?」

 

 

反抗的に怒鳴り返した一夏。感情的に動いた弟を拳骨で静めた千冬は、冷静な態度を崩さず、落ち着いた声で呼び掛ける。

 

 

「我々は『クインス』の人間ではありません。IS学園はあくまでも中立、一企業に利用される道理はないので、安心していただきたい」

 

『…………私は幹部ではない。侵入者を迎え入れる権限はないが、条件がある』

 

「それは?」

 

『─────今貴方達の纏っているISを解除し、全て此方に引き渡して貰おう。それが貴方たちを入れる条件だ』

 

 

それはつまり、戦う手段を棄てろと言うことになる。彼の言うことに従うわけにはいかない。ISを失った学生は何も出来ない生身の人間へと変わる。それに、ISを奪われた自分達に危害を加えてくる可能性もありうる。

 

 

「…………それは不可能だ。ISの価値は貴方たちも理解していることだろう。安全の証明とは言え、全てを引き渡すことは出来ない」

 

『─────ならば交渉決裂だ。君達には大人しくここから立ち去って貰う。それが嫌だというなら、ここで徹底抗戦しても構わないが?』

 

 

会話をしていた兵士が手を挙げると、他の兵士たちと無人機が一斉に身構えた。咄嗟に候補生たち全員も各々の武器を構える。硬直状態、いや一触即発といった状態が何秒か続いた──────その瞬間。

 

 

 

 

 

「待て待て待て待て!止め、止め!撃ち方止め!や、撃ち方ちゃうわ!構え止めや!─────止め言うとるやろ!さっさと止めんかい!アホォ!!」

 

 

慌てた様子で兵士たちを呼び止める声が後ろから聞こえてきた。若い男の声を聞いた兵士たちは慌てた様子で構えを解く。その理由は単純、兵士の一人が飛び膝蹴りを受けて吹き飛ばされたからだ。

 

ゼェ、ゼェ、と荒い呼吸を整えたのはフード付きのパーカーを着込んだ薄い灰髪の青年だった。他とは格段に立場が違うのだろう。彼が人混みをかけ分ける必要もなく、兵士たちが道を開いたのだから。

 

 

『フユキさん!?何故ここに───いや、ここは我々が対応しますので─────』

 

「アホ!ソイツら本物や!サクラが呼んだ外部からの増援やっちゅうねん!」

 

『さ、サクラさんが────!?』

 

 

大声でガーッ! と兵士たちを叱り飛ばす青年。しかし取り残されたように立ち尽くしていた千冬が軽く咳き込んだことで、彼も慌てて彼女の元へと駆け寄る。

 

 

「ホンマすんません!うちの舎弟たちが勝手な真似をしてまい─────」

 

「いえ、此方こそ。…………それよりも、貴方が話に聞いていた『レイヴン・レギオン』の幹部 フユキ・スイゲツで間違いありませんか?」

 

「……………そうです。自分が、フユキっす。出来の悪い後輩たちのやらかし、ホンマすんません」

 

 

関西弁が目立つ灰髪の青年────『レイヴン・レギオン』を動かす幹部の一人 フユキ・スイゲツが深く頭を下げる。思わず驚きを隠せない一夏たち。組織を設立し、武装蜂起を行った主要人の一人とは到底思えない。

 

だが、自分達にはそう見えないだけで組織を束ねる人材の一人なのだろう。彼が動いたとき、部下である兵士たちは文句や不満を一つも見せなかった。向けられるのは、一夏たちへの疑心暗鬼の視線だ。

 

 

「アイツらのことに関しては後で色々と詫び入れますわ。ホンマに、こっちは助けて貰う立場なのに…………」

 

「その件はもう大丈夫です。そちらとしても、色々と話しておきたいでしょう。場所を移しても良いのでは?」

 

「敬語の必要はないですよ────此方も止めるからな」

 

「そ、そうすか………………なら、こっちも遠慮なく」

 

 

千冬の様子を伺うように丁寧な態度で受け答えしていたフユキだが、彼女が通常の様子を保っていると理解した途端、肩の力を大きく抜いた。

 

「いやぁビビるわ。まさか地上最強がIS操縦者六人、七人も連れてくるとか、最初は戦争仕掛けに来たと慌てたんやで?」

 

 

はぁ、と本心からの一息を漏らす。

軽く頭をかいていた彼は一夏たちに背を向けると、気負う必要もなくなり気楽な態度で彼等に声をかけた。

 

 

「着いてきい。自分らの拠点に案内したるわ」

 

 

 




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第75話 黒鴉の三銃士

「────着いたで。ここが自分らの拠点や」

 

 

関西弁が目立つ灰色の短髪の青年 フユキ・スイゲツの案内により、一夏たちは目的地となる場所に辿り着いた。その建物を目にした途端、全員が言葉を失って硬直する。

 

 

────ボロボロになった学校だった。ブルーシートや鉄板によって補強されたらしいが、それでも破壊の痕がよく目立つ。最早学舎としては機能しておらず、兵器や砲台が積み重なったその建物は一種の要塞と化していた。

 

到底、子供たちが通うような施設の有り様ではない。これでは人類最後の砦のような、形振り構わない覚悟に染まった状態ではないか。

 

 

「……………ふぅん」

 

 

その施設の前に、フユキは顎を擦っていた。何かを把握しているのだろうか、彼はブツブツと呟きを口にしていく。

 

 

「…………クロガネはおらんみたいやな。ならよし、アイツには悪いけど、事態がごちゃごちゃせんで済むわ」

 

 

フユキが指を鳴らす────合図を聞き取った何者かが、要塞の中で動く。封鎖された砦の壁が開き、橋となって要塞内部へと続く通路となる。「こっちや」と続けた彼に、一夏達は従っていく。

 

校舎の中も外装のようにボロついていた。壁紙が剥がれ、鉄パイプや柱などが露出する程の建物の中で、大勢の子供たちが生活しているのだ。

 

 

「─────」

 

 

霧山友華はその光景を静かに見つめていた。そして両目を閉ざし、沈黙を刻む。きっと、彼女にとって、教職者からすれば悲痛以外言葉に出来ない景色なのだろう。

 

こんなボロボロになった学舎で、彼等はずっと生きてきた。学ぶためではなく、生き残るために。武器や兵器を操り、子供達はそうやって今日まで生き永らえて来たのだ。

 

鈴音も、一夏も、彼女の様子を察し、何も言えなかった。そうやって歩いていく候補生たちの空気は重く沈んだものであったが、フユキは困ったように肩を竦めながら、ある扉の前で歩みを止めた。

 

 

「はい、お待たせ。ここに自分らの仲間がいるやけど…………ちょっと待ってな?」

 

 

扉をコッソリと開けて中を確認したフユキ。どうやら懸念していた相手───『クロガネ』なる人物はいなかったらしい。静かに安堵した彼は扉を開き、一夏達を中へと案内した。

 

 

「入るで、サクラ。お客さんも連れてきたでー」

 

「─────有り難う、お疲れ様。スイゲツ」

 

 

室内にいたのは、机の上で書類をまとめている少女だった。青い髪を綺麗に整えた美少女と呼ぶべき人物。ただ、普通の少女とは言い難い。

 

背中に接続された尻尾のようなマニピュレーターが、それを体現していた。まるで一本の腕のように器用に動いたそれは足元に落ちた書類の一枚をソッと持ち上げて、束ねられた紙の山の上に滑らせる。

 

よく見れば、彼女の背中────脊髄の部分には金属の脊髄らしきユニットが連結している。人体に埋め込まれた機械という、生々しくも恐ろしく感じる光景に表情を強張らせる候補生達。彼等の顔を見たサクラなる少女はにこやかに笑う。

 

 

「失礼しました。このようなものをお見せしてしまい、いつも便利だから多用してしまうもので────挨拶が遅れました。サクラ・レナーテと申します。『レイヴン・レギオン』の三銃士、『博愛』の代表者です」

 

 

「は、博愛?」

 

「あら、スイゲツから聞いていませんか?私たち『レイヴン・レギオン』は一つの声明を出しています。『人を憎まず、理不尽に抗う。博愛の心を忘れず、求めるは自由』。私達幹部は各々の意思を担うことで、その言葉を忘れないようにしているのです」

 

「あ、因みに自分は『自由』の代表者やでー」

 

 

組織を立ち上げた本質を忘れぬよう、二つ名として刻み込んだのだろう。三銃士ということはもう一人二つ名を刻んでいるのか。感心しているところで、一夏はある点に疑問を覚えた。

 

 

(ん?三人?それって可笑しくないか?)

 

 

先の声明と二人の二つ名からして、本来二つ名は四人分ある。だとすれば、あと一人足りない。彼女は自分達幹部、と口にしていた。その言葉が正しければこの組織のリーダーの可能性は低い。もう一人、欠員となった幹部がいるのだろうか。

 

 

「お話した通り、我々は国連と正式な取引によって自治権と自由の獲得に近付きました。…………ですが国連内部から情報が漏れたようです。皆様が来る直前にも『クインス』による攻撃が発生しました」

 

「……………」

 

「取引の日まで四日間、皆様には『隔絶区域(コードレス・エリア)』に居ていただきたい。IS学園の存在があれば、『クインス』も無闇に攻撃を行わないはずです。皆様を巻き込んで申し訳ありません。…………私達も選択肢がないのです。──────ですので、どうか」

 

深く一礼を示すサクラとフユキ。二人にとっても苦渋の決断だったのだろう。そうでもしなければ、自分達は仲間を失うだけだから。

 

彼女たちの要求に、一夏たちは言葉を発することはない。しかし彼等の考えはたった一つ、同じ答えであった。

 

 

「心配こそ不要です。我々はその為に来たのですから」

 

「────ありがとうございます。それでは、皆様の案内を────」

 

 

千冬と対面したサクラが優しい笑顔で話していると、突然扉が開け放たれた。強引に入ってきた誰かを目にしたサクラは僅かに反応を示し、フユキは「うわ出た」と厄介な相手を見るような反応を浮かべる。部屋の中へと入ってきたのは、人とは言い難い姿のモノだった。

 

 

ガシャン、という金属音が響く。両脚に接続された補助歩行装置の機動音であった。身体を防護服のようなパーカーで包み込み、口を機械的なマスクで覆い、片眼には三つの複眼レンズがリボルバーのように装填されたセンサーユニットを装着している─────まだ幼い少年だった。

 

歳にしては十二、三歳程。両腕の先は五本の指のある手ではなく、複数の鉄の塊を融合させた銃器である。何より恐ろしいのは、濁りきった片眼が此方に向ける憎悪に満ちた視線だ。

 

 

『─────フユキ、サクラ。ソイツらは何だ』

 

「………客人や。分かったら止めや、その目。味方してくれる奴等に向けるもんでもないで、クロガネ────紹介するわ、コイツはクロガネ。戦い担当の幹部、『抵抗』の代表者や」

 

 

彼が幹部の一人、クロガネらしい。『抵抗』と戦いを任されていることから、戦闘力はこの『隔絶区域(コードレス・エリア)』内でも随一なのだろう。だが、疑問もある。これだけ人体を損なっているのは、戦闘による影響なのか。

 

 

『成程、話に聞いていた増援か。馬鹿馬鹿しい、そんなものに頼るとは。あの人の意思を忘れたのか、サクラ』

 

「………モミジ。あの人の願いを果たすのなら、我々が意地を通す訳にはいかないのです。仲間達を助けることこそが最善。彼等と協力しなければ、多くの仲間が傷付きます」

 

『────惰弱。外部の人間の手助けなど不要、俺達は俺達の手で奴等を打ち倒す。その過程で死ぬのならば、同志たちも本望だ』

 

「…………まだ小さな子達も、そうやって特攻させる気ですか」

 

『俺達の痛みも、信念も知らない赤の他人に縋るくらいならば、百倍マシだろう。無論、アイツらが死ぬ必要はない。俺が全て殺すからだ』

 

 

大人しくも冷静に嗜めようとするサクラだが、『レイヴン』の最終兵器 クロガネ・モミジの意思を揺るがすことは出来ない。濁りきった憎悪と殺意はコンクリートのように凝り固まっていた。

 

 

「彼女の言う通りだ。お前たちは全員で数千人。戦えるのは数百人────もし『クインス』が兵力を総動員させたら、幾ら『レイヴン』でも対応できないぞ」

 

『────お前とは話してない。部外者は黙ってろ』

 

 

吐き捨てるように無視した少年に、一夏とラウラもカッとなった。何て態度を取るんだ、と怒りを滲ませる二人は千冬に無言で制止される。

 

続けて、千冬は口を開く。無視されたことすら気にしていないように、淡々と語る。

 

 

「生憎だが、私たちは部外者とは言い難い。彼女と上の協定により、この地区を護り通す為にここにいる。少なくとも、お前たちを害する敵でも、傍観者でもない」

 

『減らず口を………ッ!どうせお前らがここに来たのは、地下で造られている兵器が目当てだろ!利益欲しさが見え透いているんだよ!ずっと俺達を助けようともせず、無視してきたクセに─────とっとと俺達の家から出ていけ!』

 

 

怒り任せに怒鳴ったクロガネが腕と連結した銃器の先を千冬へと差し向ける。ゾッとして立ち塞がろうとする候補生たちの目の前で、クロガネは躊躇いなく引き金を引いた。

 

 

ドバァンッ!!!

 

銃口から、爆発が炸裂する。炸裂弾と言うものだろうか、人間に撃てば肉体が木っ端微塵になるほどの威力。それを躊躇なく放ったのは、その少年の憎悪と殺意が本物だと証明していた。

 

────しかし、銃口を向けられた千冬には怪我は一つもない。腕を組んだまま平然と直立する彼女を庇うように、ISを展開した一夏が爆発を受け止めたのだ。

 

 

「────千冬姉に、何してたんだ」

 

 

無傷の姉を後ろに庇い、一夏はクロガネを睨む。この少年が外部の人間を毛嫌いしているのは目に見えて理解できる。だが、自分の姉に攻撃すること自体は見逃せない。

 

一夏の言葉を聞いてハッとしたクロガネ。冷静になったように沈黙した彼は、軽く頭を下げる。

 

 

『………感情的になった、今のは悪かった。だが、俺は意見を曲げるつもりはない。これは警告だ、大人しくここから立ち去れ。さもなくば、実力行使で追い出してやる』

 

「そういうわけにはいかない。俺達だって覚悟してここに来てるんだ」

 

『────警告はした』

 

 

再び銃口を向けようとするクロガネ。再び攻撃されることに身構える一夏や他の候補生たち。しかし、実際にクロガネの腕の先から爆発が炸裂することはなかった。

 

 

「待てや、お前ら。ここで喧嘩する気かいな」

 

 

腕の先に連結した銃器に手を置いて、今にもやり合おうとするクロガネを嗜めるフユキ。止めてくれるのか、と考えていたが、彼は一夏たちの方を尻目に、とんでもない提案をして来た。

 

 

「どうせ喧嘩するなら、近くのアリーナでやったらどうや?彼処なら好き勝手に暴れても構わんやろし…………それでええやろ、クロガネ」

 

『…………ならもう一つ、要求をしてやる。あと二人、三人で来い。三人まとめて俺一人で叩き潰してやる』

 

「そうか。なら此方で選抜させて貰う─────織斑、篠ノ之、蒼青、お前達が行け」

 

 

呆気に取られる箒が何か言いたげであったが、一夏本人はやる気に満ち溢れているらしく「おうっ!」と活気良く頷いていた。自分が巻き込まれたことに文句すら言えず、龍夜は諦めたように嘆息するしかなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

数時間後、人気のない巨大なアリーナに一夏たちは集められた。厳密には三人。ISを展開した彼等はゲートから内部へと踏み込んでいく。

 

その光景を、セシリアや鈴音たち、千冬にサクラ達はモニター越しに見ていた。

 

 

「…………見てることしか出来ないなんて、暇ね」

 

「そうですわね。ですが、実力的には龍夜さんが選ばれるのは必然─────出来ることなら、私もお供したかったですけど」

 

「それに関しては、まぁ同感」

 

 

この場は拠点の一室。一夏たちが居るアリーナ周囲は戦闘の余波も懸念して誰も近付けずに、離れた場所で観戦するようにしているらしい。

 

IS学園のように、アリーナにシールドは存在しないため無理はないだろう。

 

 

「まぁまぁ、二人とも。気持ちは分かるよ、恋する乙女としては好きな相手の隣に出来るだけ居たいもんね?」

 

「─────っ!?」

 

「………からかってやるなよ、霧山先生」

 

「すまないね、若者の青春は見ていて飽きないからね。悪かったとは反省しているよ」

 

 

クスクスと笑う友華に、千冬は嘆息する。山田先生のように真面目すぎるのも難点だが、彼女のように不真面目過ぎるのも面倒くさい。

 

そんな風に話している千冬から目を離したラウラ。彼女はヤケに冷たい顔でモニターを見下ろすフユキに声をかけた。

 

 

「────フユキ・スイゲツ」

 

「なーんや?」

 

「何故、決闘を行うように仕向けた?恐らく、お前自身の考えであり、サクラ・レナーテや組織の方針でもないだろう」

 

 

ラウラの言葉に、周囲の空気が凍りつく。驚きを隠せないセシリアたち、平然としている千冬に友華、サクラの視線がフユキへと集中する。

 

意識されることが苦手なのか、嘆息したフユキは観念したように話し出した。

 

 

「…………理由の一つは、クロガネや他の奴等にお前らを認めさせるためや」

 

「…………」

 

「お前ら分かっとるか知らへんけど─────実際、『レイヴン』の大半はお前らのこと認めとらへんねん。そんな状態で強引にお前らを受け入れさせたら、クロガネ含む一部の奴等が暴れ始めるからな。一度でも戦って結果見せりゃ、他の奴等も黙るやろ」

 

 

子供だけで構成された組織だからこそ、感情的な爆発による暴走の可能性が有り得る。組織の幹部であるクロガネと戦い、一夏たちの実力を見せれば、外野から見ているメンバーも納得せざるを得ないはずだ。

 

それだけ彼の意図は納得できた。しかし、もう一つ理由があったらしい。

 

 

「ほんで、二つ目の理由は─────お前らを試すためや」

 

「試す?何で今更………」

 

「お前らやサクラには悪いけど────自分も、お前らを信用はしとらん」

 

 

キッパリと断言したフユキ、彼の目には露骨な警戒が宿っていた。何人かが耳を疑っているのを理解したのか、呆れたようにフユキが肩を竦める。

 

 

「当然やろ。お前らが『クインス』の刺客やないからって、素直に背中預けられるわけあらへん。少なくとも、クロガネを納得させるまでは─────自分が信用するわけにはいかんのや」

 

 

『レイヴン』の幹部としての、年長者としての自覚。その一人である彼は他の二人のように偏った意見を選ぶことなど出来なかった。サクラのように外部の人間を信頼せず、クロガネのように外部の人間を敵視しない。

 

本当の意味で、彼が中立に位置する幹部なのだと、理解させられた。

 

 

「それは分かったけど………一夏と戦うだけで良かったんじゃないかな」

 

「………あん?何言うとんねん。一人じゃ相手にならんやろーが」

 

「そっちこそ何言ってるのよ。ISよ? あの………クロガネってのがどんな武器を使っても、ISに太刀打ち出来るわけないじゃない」

 

「─────そら普通の人間の話やろ」

 

 

どうやら、彼等の間で齟齬が起きているらしい。しかしシャルロットと鈴音の疑問、IS操縦者を三人も同時に相手して大丈夫なのかという心配。それはISという兵器の強さを実感している候補生たちだからこその懸念なのだ。

 

しかし、フユキはそれを理解した上で確信していた。IS操縦者だろうと三人いなければ勝てない、と。クロガネはたった一人に打ち負かされる程弱くないのだ、と。

 

 

「お前ら見たやろ、クロガネの姿」

 

「覚えていますわ………あの姿のこと、知っているのですか?」

 

「知ってるも何も、アイツは自分でああ成ったんやで。戦う為にな。自分らも似たようなもんやけど、アイツほど弄ったヤツはおらへん」

 

 

補助装置もなければまともに歩けず、片眼のセンサーで外部の探知を行う程の有り様。

 

 

「『生体コネクト』って知っとる?人体と機械を繋げることで、間接的な操作を行わないで機械を操ることが出来る機能や」

 

「…………うん、知ってる。でも、それは禁止されているはずだよ」

 

「─────非人道、かつ強力やからな。国連が正規で禁止しているのは人命を軽視しているって話やなくて、兵器と融合した生体ユニットを量産できるからやろ。だから、禁止せなアカンかったわけや」

 

 

だが、禁止している国連も秘密裏に使用していたりもする。あまりにも、使いやすくて強力だからだ。人間一人を改造すれば、機械を容易く操れるエースを一人作り出せるのだから、無理もない。

 

手で操縦桿を握る必要もなく、脳波や意思によって機体や武装を動かせる。それこそが『生体コネクト』の利点。しかし欠点も、明確に存在していた。

 

機械とコネクトするということは、人体の機能が一時的に途絶えることなる。『生体コネクト』によるリンクを深めれば、肉体の操作がおぼつかなくなる。機械を操ることに脳や神経が慣れていくごとに、自身の肉体がまともに動かなくなるのだ。

 

 

「アイツは身体の大半の機能を失っとる。両足で歩けんし、手なんて動かせんし、片眼は見えん─────アイツは、それを気にせんかった。両手を切って武器を繋げて、片眼を抉ってセンサーを埋め込んだ。生体コネクト以上に、敵を倒す執念が強いねん、アイツは」

 

「─────何故、奴はそこまでする」

 

「…………何もないから、全部失ったからや」

 

 

いや、全てを失った。今、クロガネにあるのはこの『隔絶区域(コードレス・エリア)』という自分達の家のみ。そこを守り通す為だけに、あの少年は機械との接続を躊躇なく繰り返した。

 

いずれは、人の形を失くすかもしれない。それでも、彼は気にしないことだろう。

 

 

「知らんなら教えたるわ。何もない奴は強いんやで。死も恐れんしな」

 

 

◇◆◇

 

 

その直後、アリーナ上空に黒い影が現れた。ISを展開した一夏に箒、龍夜がそれを見上げた直後に、相手からの通信が生じる。

 

 

『─────待たせたな』

 

クロガネ・モミジ。

あの少年は、黒鉄の機体の中枢に添えられていた。大型の翼と背中に装着された飛行ユニット、両腕の先を接続したリングの形をした帯状のユニット。そのリングの外部に連結した、複数の武装ユニット。

 

それ以上の鉄の塊を繋ぎ合わせた機体。直立しながらもユニットと接続したことで固定されたままのクロガネ・モミジは一夏たちを見下ろしていた。

 

 

『お前らが負けたら、大人しくここから立ち去って貰う。それでいいな?』

 

「いいぜ。その代わり、俺達が勝ったら大人しく認めて貰うからな」

 

『好きにしろ────俺が負けることなど有り得ないからな』

 

 

決闘の開始の火蓋は、クロガネが引いた。

ガシャン!! という重機音を響かせ、自分の顔を大きなバイザーで覆った彼は、リングに連結した巨大なビーム砲を腕に嵌める。クロガネはそれを軽々と持ち上げると、一夏たち目掛けて撃ち込んできた。

 

 

放たれった光熱のビームは回避行動を取った三人は当たらない。しかし、アリーナの地面を融解させ、熔解させていく程の被害を与えていた。ISによる絶対防御ならばあの光熱が届くことはないが、それでも忘れてはならない。

 

それが機能するのは絶対防御が作用するほどのエネルギーが残っていることが前提。下手にシールドエネルギーを削ってしまえば、あの一撃を防げずに終わる。相手の攻撃をエネルギー変換出来る龍夜以外には、回避以外の選択肢はない。

 

 

「────うおおおっ!」

 

 

左右から放たれる高出力のビーム砲撃の雨を掻い潜っていく一夏。瞬時加速を多用しているとはいえ、あそこまで機敏に動けるようになったのは彼の努力の賜物だろう。一瞬にして上空のクロガネの元へと接近した一夏は────彼の手にあるビーム砲だけを破壊しようと、《雪片弐型》で斬りかかる。

 

 

────だがその直後、ブレードの刃は彼の目の前で金属音を鳴らして停止した。電磁場のような防壁、クロガネと機体を包み込む半透明なシールドが覆われているのだ。

 

 

「コイツも、シールドを持っているのか!?」

 

『────プロテクト・アーマーだ。覚えておけ』

 

 

通信越しに告げたクロガネが、左腕をビーム砲から離し、別のユニットへと嵌め込んだ。持ち上げられた大型のクローアームを展開し、二本の爪を開いて迫る。

 

しかし、その攻撃の寸前、割り込んできた箒が刀によってクローの開閉を止める。受け止められたことにクロガネはいち早く対応を切り替え、ビーム砲を至近距離の箒へと突き立て、放出した。

 

────一瞬、動きに遅れた箒が吹き飛ばされる。距離を縮めてきた龍夜が彼女の肩部ユニットを掴み、後ろへと投げ飛ばしたのだ。そして、直線に迫る光熱のビームを盾によって受け止めた。

 

弾かれた閃光がエネルギーへと変換され、『プラチナ・キャリバー』のエネルギーとして吸収されていく。各々動いてくる三人に、クロガネは腹立たしいと不満を吐き捨てる。

 

 

『────鬱陶しい!まとめて消し飛ばしてやる!』

 

 

ユニットの一つ、ミサイルコンテナが展開する。そこから放たれるマルチミサイルの雨あられ。補足固定(ロックオン)機能まで搭載されているのか、飛び回るミサイルは生きているかの如く動き回っている。

 

全てを撃墜していく三人。彼等がミサイルの弾幕を払い除けた時には、クロガネと機体の姿は消滅していた。

 

 

「アイツは何処に消えた!?」

 

「────どうやら新しい武装を継ぎ合わせたらしい」

 

 

離れた場所で、ソレは再び姿を現した。新たな武装ユニットを搭載した機体に最早クロガネの姿は見えない。二つの翼と二つのフィンプロペラを有したそれは、まるで一種の怪鳥のようだった。

 

 

『…………良い気分だな、「八咫烏(ヤタガラス)」。翼の先まで動かしやすい』

 

 

通信に、クロガネの声が響いてくる。恍惚とした声音には、此方を意識する余裕すら感じられない。ふと、通信を聞いている一夏たちに気付いたクロガネが、殺意と憎悪────それ以上に楽しそうな声で告げた。

 

 

『────気を付けろよ。ここからは加減が出来ない、殺される覚悟はいいか?』

 

 




『八咫烏』

クロガネ・モミジが操る武装兵器。元々は八神博士が遺した地下工場が開発した無人機だったが、彼が扱える用として調整されている。

性能を落とさぬように、生体コネクトによる操縦機能を採用しており、クロガネ・モミジはこれを多用している。

本来は一つの兵器であったが、複数のユニットへと分離及び解体されており、彼はそのユニットを各々接続して戦う。


『生体コネクト』

機械と人を繋げる、悪魔の技術。かつて一夏たちに撃破され、回収された界滅神機から採取された。操縦桿や電気信号を使わず、操縦者の脳波によって操ることが出来る為、普通よりも能力が向上する。

代償も大きく、人体の機能が損なわれる。最悪の場合、部位の欠損などにも至る。



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第76話 八咫の紅葉

数ヵ月ぶりの投稿、お待たせてして申し訳ありません!リアルの事情とスランプが重なって、他の小説に現を抜かしてました!サーセン!




クロガネ・モミジにとって、『隔絶区域(コードレス・エリア)』こそが家であり家族である。だが、本当の意味での家族─────最も大切な者は、この世に二人しかいなかった。

 

 

姉にして、自分達『レイヴン・レギオン』を束ね上げたリーダー クロガネ・ナツハ。活発的で常に笑顔を絶やさない、元気と優しさが取り柄の────太陽のような少女だった。

 

彼、モミジにとっても、姉はいつも自分や他の皆を導いてくれる存在だった。大人たちから見放されたこの地で、自分達を支えてくれた希望。この地で生きる皆が慕う彼女の姿を、モミジは誰よりも覚えていた。

 

 

そして、もう一人。姉が心を許し、全てを愛したヒト。モミジが兄と慕い、自分を弟として大切に思ってくれた人物。いずれは皆が笑って生きれるように世界を変えて見せると、夢を語ってくれた姿に、モミジは誰よりも憧れていた。

 

 

何年も続く辛い生活。それでも頑張ってこれたのは、二人がいたからだ。大切な二人が笑顔で居られたからだ。だから、少年はこの地獄でも、希望を持って生きることが出来た。

 

 

 

 

─────そんな日常が壊れた転機は、一つの爆発だった。

近くの広場で生じた小さくても、強大な火花。まだ幼かったモミジはその爆発の発生した場所へと向かった。

 

 

少し離れた場所で、姉を見つけた。兄に背負われる形で運ばれてきたのだ。姉に駆け寄ろうとしたモミジは、仲間たちに止められる。訳も分からなかった少年は、ようやく事を理解した。

 

 

義兄に背負われる姉は、頭を失っていた。先の爆発で顔を失った姉は即死だったのだ。姉の亡骸を背負った義兄は人の見えない場所まで歩いていき、火葬に処した。────現実を理解しきれず、立ち尽くすモミジを置いて。

 

 

 

────後に、モミジは仲間から事の経緯を説明された。『レイヴン』のリーダーとして動いていた姉は政府との取引を終えた直後、『クインス・コーポレーション』の手先に拉致されたことを。リンチや陵辱の果てに、頭に爆弾を埋め込まれる形で自分達の元へ届けられたと。

 

姉は、最後まで他者を思いやっていたらしい。その場に駆け付けた義兄や仲間たちを払い除け、姉は誰もいない場所で爆弾を起爆させ、仲間たちを巻き込まないようにしたのだ。

 

 

『クインス』の悪逆は、それでは収まらなかった。彼等は自分達を服従させる為に、脅しを繰り返した。そして、まだ幼い子供たちを襲い、暴行の果てに吊し上げた。

 

─────兄は、その光景に怒り狂った。優しかった兄は周りの制止を無視し、武器を構えて『クインス』の基地を焼き払った。基地を燃やし、抵抗した者も、関係者全てを焼き殺したという。

 

帰ってきた兄は、モミジの頭を撫でようと伸ばした手を止めた。短く────任せた、と告げた兄は暗闇の中に消えていった。泣き叫び追い掛けたモミジは見つからない兄の姿を探し続け、仲間たちによって連れ戻された。

 

 

 

時が経つごとに、孤独を理解する。姉は、兄は、どうして自分を置いていったのか。どうして、こんな悲しみを背負わなければいけないのか。

 

 

泣いて、鳴いて、哭いて─────ある日、モミジは全てを悟った。

 

 

『────ああ、そっか』

 

 

目の前に鎮座した無人兵器────『八咫烏』を見上げる。いつの間にか、自分の前にいた機体はワイヤーや固定具で宙に浮いている。全身を覆う金属のフォルムに、モミジの瞳が映る。

 

 

『お姉ちゃんも、兄ちゃんも、アイツらのせいで苦しんだんだ』

 

 

小さな火が、生まれた。不気味に濁った少年の瞳が一つの意思へと染め上げられていく。絶望の日々を、心を支配した暗い闇を晴らしたのは──────憎悪の炎であった。

 

 

『あの二人も、皆も苦しむ必要はなかった。それをアイツらが、踏みにじった。お姉ちゃんの覚悟も、兄ちゃんの夢も』

 

 

憎悪の矛先は、自分達以外の全て。

自分達を追い詰めた『クインス』の人間、自分達と取引しておきながら助けようともしなかった日本政府、そして何も知らずに平和を謳歌する他の奴等。

 

 

奴等を殺さなければならない。そうしなければ守れない、姉が、兄が愛したこの居場所を。この町を守る為であれば、二人の帰るべき場所を守る為であれば、どんなことすら厭わない。

 

────たとえ、人の姿を失ったとしても。人でなくなっても。そう決意したクロガネ・モミジに応えるように、八咫烏は頭を深く下げていた。

 

 

◇◆◇

 

 

『────キュルルルルルルッ!!』

 

 

金属に包まれた怪鳥、八神博士の遺産の一つ『八咫烏』が甲高い声で啼く。ヘリとして開発されたはずの躯体は生物を模倣したものに近く、矛盾に満ちた威容を示している。

 

それ以上に、鋼の機体から放たれる膨大かつ濃厚な殺意を、一夏達はひしひしと感じ取っていた。自分達を見た、と分かるくらいには。

 

 

「何だ、アレは………本当に人が操っているものか?」

 

 

不安を露にする箒の疑問も納得だった。クロガネ・モミジ、彼があの中にいるのは考えるまでもない事実だ。しかし、あの怪鳥の全長はISに類する程である。

 

下手すれば、ISよりも小さい。人間には操縦することすら出来ないと体現しているのが、『八咫烏』の胴体サイズからでも計算できる。────手足のない人間ならば、可能かもしれないが。

 

クロガネ・モミジが五体満足ではないという事実は予想できたが、実際に考えたくはない。

 

 

そう考えてた瞬間─────『八咫烏』が動いた。背中のカタパルトが開閉し、内側に格納された無数の弾頭が放火する。打ち出された小型ミサイルが空を覆い尽くし、一夏達へと迫る。

 

 

「ッ!箒!」

 

「分かっている!」

 

 

前に出た一夏が荷電粒子砲によりミサイルを撃墜する。落とし損ねた弾頭は箒が即座に飛び回り、撃墜させていく。

 

あらかた落とした、そう安堵したのも束の間。一呼吸ついた一夏に、『八咫烏』が突撃をかましてきた。

 

 

『────キュルルルルルルル!!』

 

「クソ───動けねぇッ!」

 

 

身を任せた突進に一夏が怯んだのを見逃さず、八咫烏はアームクローで手首や腹を掴み持ち上げていた。そのまま飛び上がり、飛翔する『八咫烏』に抵抗を示す一夏。『雪羅』のアームクローを展開しようとしたが、八咫烏はその動作に気付いたらしく翼を大きく広げ─────近くの建物の残骸に一夏を叩きつけた。

 

何度も、何度も。飛びながら建物の壁を突き破る程の衝撃を受け、流石の一夏も攻撃に手が回らない。唐突にビルの残骸に放り投げられた時、ようやく自由になったと確信できた。

 

 

────次が来る。

そう察知した一夏の目の前には、翼を大きく広げたまま突撃する『八咫烏』の姿があった。しかし、さっきまでとの大きな違いは、その翼にある。

 

ビームの刃を翼の表面に展開した『八咫烏』。露骨な近接武装に一夏はすぐさま飛び退いた。

 

 

ザンッ!!! と、残骸全てを切り裂いた『八咫烏』は振り返り、一夏に向けて口を開く。嘴の内側から収束されたであろうレーザーが放出された。

 

 

「────お、おおおおォっ!!」

 

 

熱を溜め込んだ、破壊光線。熱量とは無縁な赤黒いレーザーの質量と威力は絶大。下手すれば、ISの砲撃に匹敵────凌駕すると言っても過言ではない。

 

何とか雪羅で防御を成した一夏だが、その威力までは防ぎきれない。シールド越しに響いてくるレーザーの衝撃に、掌が吹き飛ばされるかと思った。

 

 

未だレーザーを放ち続ける『八咫烏』。その攻撃の手を止めたのは箒の放った光刃であった。ビームの刃を飛ばすという、彼女のIS『紅椿』に許された武装は怪鳥の頭部に深い斬撃を刻み込んだ。

 

 

「一夏!無事か!?」

 

「ああ、何とか────ッ、気を付けろ箒!アイツまだ!」

 

 

不意打ちを受け軌道が大きくずれた『八咫烏』が、旋回して此方へと戻ってくる。肩や全身のポッドの蓋が開閉し、ミサイルを剥き出した次の瞬間。

 

 

 

 

『────足元!』

 

 

そう叫んだ龍夜の一声が、回線越しに響き渡る。その直後、足元の小さな穴────塹壕付近にいた龍夜が手に握っていた大型の鉄の塊を投擲する。八咫烏の前まで飛んだそれは勢いよく覆う板を吹き飛ばし────無数の小型爆弾を放出しながら、爆裂していった。

 

恐らく効いていない。しかし、不意打ちの攻撃に八咫烏は咄嗟に飛び退き、その場から離脱する。予想としては、エネルギー補給に向かったのだろうか。

 

その隙に、一夏と箒は指示通りに、すぐ近くにあった塹壕らしき穴へと身を滑らせる。人一人分の大きさの通路に踏み込んだ二人は、上の様子を確認していたであろう龍夜の存在に気付いた。

 

 

「…………良いニュースと悪いニュースがある。どちらから聞きたい?」

 

「えっと、良い方から…………」

 

「奴は近くのコンテナ、柱を旋回している。ラミリアに調べさせてみたら、エネルギー増幅装置らしい。奴はその装置からエネルギーを補給している。恐らく、燃費の悪さは特級だ。そこを突くことが出来れば、勝てるかもしれない」

 

 

あれだけの戦闘から離脱している合間に、既に情報を集めていた龍夜。少しだけ勝機が見えてきた、と普通なら喜べるが、二人にそんな気はなかった。…………そんな余裕すらなく、真剣に思考を働かせている龍夜の表情から、ある程度察することが出来るほど。

 

 

「それで、悪いニュースは?」

 

「奴を倒すだけが勝利条件ではない、ということだな」

 

「…………どうしてだ?」

 

 

一夏の疑問に答えた龍夜に、箒が静かに問い掛ける。スマホとISを繋げ、彼は二人に自分の持つ情報を送った。その上で、データを参照にある事実を提示する。

 

 

「クロガネ・モミジは生体コネクトによって自身と『八咫烏』を繋げてる。それ故に手足のようにあの機体を動かせているが、当然感覚もフィードバックしている」

 

「………まさか」

 

「あの機体を破壊すれば、奴の肉体にそれ相応のダメージが響く。恐らく、八割の確率で即死だ。あの機体ごと撃破するのは得策じゃない。生体コネクトを一時的に切断するか、奴にダメージを与えずに無力化する、それしかない」

 

 

難易度が高い、なんて話ではない。

シールドを削れば勝ちのISの高いとは根本的に違う。相手は文字通り、命を賭けて此方を殺しに来ているのだ。

 

同時に、龍夜はこの決闘の本当の意味を理解していた。フユキ・スイゲツは、きっと試しているのだろう。IS学園の代表候補生がクロガネ・モミジすら殺さずに止められるか。恐らく事故でも彼に危害を加えれば、コードレス・エリアの人間は拒絶を以てIS学園に応えるはずだ。

 

だからこそ、彼等にとっての勝利条件は厳しく険しいものだ。攻撃すればダメージが伝わる兵器からクロガネ・モミジを無傷で引きずり出す。口で言えば簡単だが、あれだけの空戦機動の最中でそれを果たすのは厳しいと言っても過言ではない。

 

 

しかし────少しでも、可能性が残っている。

 

 

「─────一つ、俺に考えがある」

 

 

淡々と告げる龍夜。彼は既に、この戦況を突破する方法を編み出していた。

 

 

◇◆◇

 

 

『…………奴等、塹壕に隠れやがったな』

 

 

空を飛び回る八咫烏。人工脊髄と接続したクロガネ・モミジは頭部ユニットのセンサーから送られてきたあらゆる情報からそう結論付けた。

 

この地区一帯に張り巡らされた塹壕。かつては人類が無人兵器との戦いで生み出し、人の身体を失う前のモミジも仲間と共に利用した非常時の通路だ。今のはモミジにとっては無用の長物であるが、少なくともどんな風に存在しているかは頭に入っている。

 

 

『面倒くせぇ、まとめて爆撃して(ばら蒔いて)────ッ、動いたか!』

 

 

絨毯爆撃を開始しようとした彼の動きを止めたのは、塹壕から飛び出してきたであろう二つの影。一夏と箒、その二人が少し離れた塹壕から出てくるや否や、此方へと狙いを定めて飛翔してきた。

 

白と赤の機体を確認したモミジの手よりも先に、機体に繋がった疑似神経が動く。外接駆動部が動き、背中に装着されていた重機関砲が彼等に向かって浴びせられる。

 

ダダダダダダダダッッ!! と、空の薬莢を大量に落としながら、八咫烏は弾幕を展開する。背を隠すように飛ぶモミジは背中のコンテナを開き、内部に蓄えていた小型ミサイルを一斉に解き放つ。

 

全てが、二人を狙って爆発する。だが、ISによる攻撃で迎撃したのか、爆煙から姿を見せた一夏と箒には傷一つ見られない。

 

 

「箒!絢爛舞踏は!?」

 

「問題ない!エネルギーは限界までチャージさせたぞ!────行け、一夏!」

 

「分かってる!箒こそ、頑張れよ!」

 

 

その会話を聞いた瞬間、モミジの意識は一夏への警戒に傾いた。しかし、彼の考えとは裏腹に先に斬りかかってきたのは箒の紅椿の方だった。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)によって超常的な加速を引き起こした、篠ノ之箒がニ刀を以て距離を詰める。尾部のスラスターの一つを破壊され、モミジと『八咫烏』は戦術を大きく切り替えた。

 

 

『─────ガアアアアアアアアアッ!!!』

 

 

翼を広げ、逆に距離を詰める怪鳥。鳥の脚のようなアームで箒の右手首と左腕を掴み、そのまま飛翔する。抵抗できない彼女をロックオンした八咫烏が、口内に収束させた熱線を放射した。

 

数発、凝縮されたレーザーは箒が首を動かすことで避けられる。エネルギーの無駄遣いを減らすため、出力を押さえていたが、僅かな苛立ちを覚えたであろう怪鳥は遠慮なく、出力を最大限まで引き上げ、吐き出そうとしていた。

 

 

それを、展開装甲を可変させ、パーツを飛ばしたことで高出力レーザーの軌道をずらす。高出力故の代償、オーバーヒートに苦しむ八咫烏に、展開装甲による光刃を展開した箒はクローアームを切断、破壊する。

 

その瞬間に拘束から離れた箒を追撃しようとして、突如飛来した荷電粒子砲による閃光にコンテナの一つが焼き焦がされる。誘爆する前に分離したモミジは、上空から此方を攻撃してきた一夏の存在に露骨に苛立ちを滲ませる。

 

 

『アイツ、此方の隙を狙ってんのか?本当にウゼ────いや、待て。もう一人は何処だ?』

 

 

怒りと敵意に満ちながらも、クロガネ・モミジは酷く冷静だった。部外者に対する嫌悪と憎悪、敵を確実に滅ぼすという意思と八咫烏に内蔵された思考モジュールが、彼の頭脳の熱を冷ましたのだ。

 

今現在、相手しているのは二人だけ。実際に決闘した際にいたのは、三人のはずだ。では、もう一人は何をしているのか。

 

 

(恐らく、ヤツが切り札!俺がコイツらに集中している合間姿を消して、俺の隙を狙うつもりか!)

 

 

────ならば、お望み通り隙を見せてやる。

 

そう考えた直後、八咫烏の速度は僅かに落とした。相手に悟られぬように、敢えて攻撃できるように仕向ける。そして、勢いよく飛びかかった箒の一閃を受け、モミジと八咫烏は逃げるように飛び去る。

 

 

その背後を狙うように─────銀色の騎士鎧に身を包んだ蒼青龍夜。プラチナ・キャリバー『ナイトアーマー』が、廃墟のビルの上階から飛び出す。盾から剣を抜こうとするその瞬間、八咫烏は咄嗟に首を回転させた。

 

背部の装甲をパージさせ、キャノン砲を展開する。口からもエネルギーを蓄積させ、二つの熱線をほぼ同時に放射した。

 

 

「────!」

 

 

咄嗟に、展開した大盾『銀光盾』によって防ぐ龍夜。八咫烏から放たれる高出力の光線を浴び続ける龍夜に追い討ちを掛けようと、そのまま距離を詰めようとした────直後、モミジの視界に広がるモニターに赤い警鐘が鳴り響く。

 

 

『…………は?』

 

 

気付いた時には、手遅れだった。

翼を広げ、飛行体勢に入ったモミジの背後から────瞬時加速(イグニッション・ブースト)で近付いた一夏がいた。彼の握る刀剣に纏う青白く光鱗を目にしたモミジが動くよりも早く、『零落白夜』の斬撃が、八咫烏の背筋を─────モミジの脊髄に接続された生体コネクトの部分だけを切断した。

 

 

◇◆◇

 

 

────ヤツと八咫烏との生体コネクトを分離する方法は、お前の零落白夜だけだ。それでヤツの背中を攻撃しろ

 

 

少し前、塹壕の中で龍夜は一夏と箒にある作戦を話していた。それは、クロガネ・モミジを殺さないように無力化する難易度の高い作戦。その要は織斑一夏と白式であるが、その作戦の過程で龍夜はある仕込みを用意していた。

 

 

────攻撃のチャンスは、ヤツが俺の不意打ちに気付いた時だ。二人は俺がヤツを奇襲するまで攻撃を繰り返せ

 

────何故だ? 一夏が切り札だろう? なら、一夏に不意打ちをさせる方が良いはずだ。

 

────普通ならな。だが、ヤツは生体コネクトであらゆる感覚を特化させている。普通に奇襲しても即座に迎撃されるだけだ。

 

 

攻撃の隙は一つ。ヤツが不意打ちを防いだことで、俺という伏兵に意識を傾ける瞬間────そこを一夏が狙う。俺を認識した瞬間、伏兵の存在が頭から消えた一夏の手でな。

 

最初は近付くな。距離を保って、接近戦を行う気はないと示せ。それでヤツが俺への攻撃を行い、形態変化をした瞬間────一気に近付いて、仕留めろ。

 

 

それが、彼等の用意した作戦だった。

 

 

◇◆◇

 

 

『───────ッッ!!!?』

 

 

言葉にならない悲鳴、絶叫がモミジの喉を伝わっていく。生体コネクトが強制的に解除された。そう感じ取ったのは自らの感覚────八咫烏が思うように動かせなくなったことで生ずる重みである。

 

自由制御が出来なくなった機体の中で、クロガネ・モミジは何とか立ち直る。予備の生体コネクトを機能させ、『八咫烏』と接続しようとするが────間に合わない。

 

 

それよりも先に、此方を掴む手があった。織斑一夏、彼の伸ばした手は機能停止した『八咫烏』を纏うモミジの腕を掴み、その中から引きずり出す。

 

 

「────よし!引っ張り出したぞ!」

 

 

落ち行く『八咫烏』から助け出したモミジを抱え、一夏は一息着く。クロガネ・モミジは生体コネクトを強制的に解除された影響からか気を失ったように眠っていた。

 

モミジを安全な場所に連れていこうかと考え、一夏は龍夜へと対応を仰ごうとした次の瞬間─────

 

 

「────一夏ッ!」

 

高出力の白い熱線が、一夏を狙って放たれた。咄嗟に雪羅の防御で防いだ一夏だが、モミジから手を離した隙を突くように黒い影が彼へと飛びかかる。

 

だがしかし、即座に飛翔してきた箒がモミジを引き寄せる。片手で抱えながら、展開した装甲に一夏を乗せた箒は、その黒い影からの追撃を回避し続けていた。一夏は装甲を掴みながら、此方を狙う影に驚きを隠せない。

 

 

「…………『八咫烏』!?」

 

 

───八神博士の開発した無人兵器シリーズ。旧世代から現在まで進化してきた新世代を含め、それらには一つの共通点があった。

 

それは、A.I.が搭載されていること。界滅神機のコアである人工知能ほど優れてはいない量産型のA.I.、本来であれば自我と言うものを有しているはずはないのだが、その無人機『八咫烏』だけは例外だった。

 

戦争に出る前、調整される直前にネットワークに接続された状態で封印されたA.I.は世界情勢を把握し、勝手に動くことはしなかった。ただ静かに、時を待ち続けた。

 

 

─────八神博士が全ての無人機に下したオーダー、人類殲滅の命を叶えるために。そして、自分に都合の良い部品(ピース)が、目の前に訪れた。

 

クロガネ・モミジ。復讐の為に『八咫烏』を動かす少年に、A.I.は利用価値を持った。この少年を都合よく動かし、この『八咫烏』の部品として使おうと。その為に機械越しに彼の精神に干渉し、汚染した。

 

 

だが、その為の部品を奪われた。

ある人工知能が計画した、第二の人類絶滅戦争の日の為の必要なパーツを、よりによって人間相手に。

 

 

怒りもない、憎悪もない。

あるのは純粋に、取り返そうと言う感情だけ。その思考だけが『八咫烏』の、A.I.の意思だった。

 

 

『────キュルルル!!』

 

残存するエネルギーを吸い上げながら、一夏達を追い回す怪鳥。生きた人間は、生体ユニットとして必要不可欠だ。是が非でも回収しようとしたあまり、上空への意識が欠如していた。

 

 

ザンッ!! と、光剣によって八咫烏が胴体と下半身に切り分けられる。それを行った張本人、蒼青龍夜は次の動きに出た。騎士鎧とは違う、もう一つの形態────加速と超火力に特化した『アクセルバースト』のエネルギーを、剣を納刀した鞘へと蓄積させる。

 

 

【OVER ENERGIE DISCHARGE!】

 

 

「────ライトニング・ブレイクッ!!」

 

 

振り下ろされた光の刃が、まだ動こうとしていた『八咫烏』を切断する。信じられない熱量の、光によって切り裂かれた断面が火を噴き────一つの爆発が、アリーナから伝わった。

 

 

爆煙から離れた龍夜はISを解除しようとして、手を止める。此方に降りてきた一夏と箒に背を向けず、彼は遠くの方を見つめていた。そんな彼に、一夏は意を決して口を開いた。

 

 

「………終わったのか?」

 

「ああ、これで終わらせた────そいつとの戦いはな」

 

 

どういうことか、問い掛けようとした二人の意識が、ハイパセンサーのアラートを感知する。高熱源体が此方に向かっているのだ。普通のものとは違う、とてつもない熱量の物体が。

 

それは、目の前に墜落してきた。建物の残骸や地面を削り取りながら落ちてきたそれは、凄まじい熱と炎を帯びた一際大きな蜥蜴のような怪物だった。

 

 

───よく知っている。少し前の、ISの戦闘データで話を聞いている。自分達ではなく、仲間が闘った強敵の一人だ。

 

 

「────サラマンダー!?」

 

「………アナグラムのメンバーか。こんな所に来るとは、厄介だな」

 

 

排熱蜥蜴 サラマンダー。炎と熱を武器とする、シンプルながら強力な幻想武装(ファンタシス)だ。その使い手、加賀宮士も油断ならない相手と言って良いだろう。

 

しかし、サラマンダーから聞こえてきた声は、余裕とは掛け離れたものだった。

 

 

『─────テメエら。ソイツを離せ』

 

「………何だって?」

 

 

言っている意味を図りかねた一夏の疑問に、サラマンダーは爆炎を撒き散らすことで返した。周囲のあらゆるものが、炎に焼かれ、熱によって溶ける。その地獄の中で、サラマンダーは怒りにも近い感情を、炎のように放出した。

 

 

『三度は言わねェ、とっとと離させねぇと殺す。ソイツに触れるな!!』

 

「やれやれ…………逆鱗に触れたな」

 

 

肩を竦める龍夜は、あることに違和感を覚えていた。士とやらの強い態度、アナグラムは一般人に危害を加えることのない組織とは聞いていたが、ヤツの勢いはそれとは違うように見える。

 

───大切な仲間に対する反応に近い。或いは、それ以上か。とすると、士はモミジと何か関係でもあるのか。

 

 

(不味いな。一夏も箒も、エネルギーを過剰に消耗している…………ヤツとの戦いだけと聞いていたから、仕方はないが。─────増援が来るにも、時間は少し掛かる)

 

 

どうする? と龍夜は頭脳を回す。目の前には殺気立った炎のオオトカゲ、後方には疲弊した仲間達。どうやってこの状況を切り抜けようか、と思考していた直後のことだった。

 

 

 

 

「─────♪」

 

 

甲高い、美しい声。その声が一帯に響き渡ったと思えば、突如サラマンダーがよろけた。その音を聴いたであろう士は意識朦朧と言う感じらしく、戸惑いを隠せない声が聞こえてくる。

 

 

そんなサラマンダーの目の前に、水の波紋が伝わる。大量の水飛沫の中から飛び出してきた人影は、落ち着いた声で語り掛けた。

 

 

「………手荒な事は止めてください。ここで争いたくはない、そう言ったのは貴方でしょう。士」

 

『ガ、あ────分かっ、てる………悪ィ』

 

 

嘆息した人影は、自身の身体に装着していたカオステクターを引き剥がし────変身を解除する。垂れ下がる前髪を軽く払ったその相手に、一夏と箒が唖然としながらも、大声を上げる。

 

 

「────ゼヴォド!?」

 

「申し訳ありません、お三方。私達は敵でありません。少し、お話をさせて頂くことはできないでしょうか」

 

 

曾て、敵対していた時とは見違える程丁寧な立ち振舞いの青年────ゼヴォド・ヴォイド。アナグラムのメンバーの一人である彼の問いに、龍夜は静かに応じるのだった。

 




感想やお気に入り、評価を貰えるとやる気と執筆に力が入ります。是非とも、お願いします(懇願)


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第77話 強襲のビッグウェーブ

「……………それで? アナグラムのメンバーが『隔絶区域(コードレス・エリア)』に何の用だ?」

 

 

会議室にて、千冬を含めたIS学園の一同が一人の青年を見据えていた。クロガネ・モミジとの決闘が終わった直後に乱入してきたアナグラムの精鋭メンバー 加賀宮士(かがみやつかさ)とゼヴォド・ヴォイド。今目の前にいるのは、かつてIS学園を襲撃し、箒達と共闘したことのあるゼヴォドであった。

 

 

「強いて言うのであれば、私達に害意はありません。何より、これは私と士の独断────アナグラム自体に深い関わりはありませんので、ご理解を」

 

 

要するに、自分達の意思でここに来たのであり、アナグラム自体へ関与してないということになる。責任があるとしても自分達だけで、他の仲間は無関係、と言いたいのだろう。

 

 

「私達はこの『隔絶区域(コードレス・エリア)』を悪意ある大人の手から守るために馳せ参じました。貴方達IS学園に、弓を引くつもりはございません」

 

「……………ああ、それはよく分かっている」

 

 

それが、アナグラムだ。

世間一般では世界に敵対するテロリストと言われている彼等だが、民間人の危害を出すことは少ない───出したとしても、それは敵対する国や軍の過剰な攻撃による結果だったりする。

 

現に、IS学園を襲撃した際も、区画の破壊は行われたりしたが、人的被害はゼロに近い。怪我人はいたとしても、大きな負傷や犠牲者は一人もいなかった。

 

その理由は明確─────彼等の行動指針は、世界の平和を守ることだ。あらゆる人を、理不尽に虐げられる者の為に戦う、それこそが組織のリーダー シルディ・アナグラムの掲げた正義なのだから。

 

 

「────良いだろう。我々IS学園は、お前達と一時的に協定を組む」

 

「…………教官」

 

「言わんとすることは分かる。だが、彼等とは目的が同じだ。下手に争うことは得策ではない。───今回の敵は、アナグラムではない訳だからな」

 

 

とにもかくにも、千冬の決定はアナグラムの二人と協力することだった。不用意ではないか、と不安そうなラウラの提言に、千冬はちゃんと答えを返した。

 

 

「それはそうと…………一夏さん、箒さん、少しお話ししたいことがあるのですが、宜しいでしょうか」

 

「え………俺達?」

 

「貴方以外に、一夏という名前の方はいないはずですが?」

 

 

そういう意味で聞いたわけではない、と困ったように頬をかきながらも一夏は口を閉ざす。何を聞きたいんだ、と問うと、ゼヴォドは簡潔に口を開き、疑問を言葉にした。

 

 

 

「────お二方は、シルディ様の行方をご存知ありませんでしょうか」

 

「………シルディが? 一体何故?」

 

「先日から、シルディ様の行方が分からないのです。アナグラムにも戻っていないらしく、私が士と行動しているのも、シルディ様を捜す為でもあります」

 

 

その事実に二人は顔を見合わせるしかなかった。シルディなら既に何処かへと飛び出したと聞いていた。仲間達の元へと帰ったかと思っていたから、まさか帰っていないとは思いもしなかった。

 

だが、何も分からない訳ではなかった。心当たりとなることは、二人の脳裏に浮かんでいたのだ。

 

 

「あの、な。ゼヴォド────」

 

 

そこで、一夏と箒は真実を話した。世界が揉み消した原罪、それによって引き起こされた大戦。国連の保身によって抹消された一つの歴史の中から生き延びた、真実の体現者 シルディ・アナグラム─────八神三琴の背負う宿命を。

 

 

「…………成る程、シルディ様にそのようなことが」

 

「ゼヴォドは…………どうするつもりなんだ?」

 

 

一瞬だけ両目を伏せた青年は、静かでありながらも確固たる覚悟と共に告げた。

 

 

「────私の正義は、アナグラムの為。シルディ様の為のものです。たとえ、あの御方がどのような道を進もうと、私はあの御方を支えることを止めるつもりはありません。

 

 

 

嘗て私が、あの御方に救われたように」

 

 

ゼヴォドの決意に揺るぎはなかった。

世界を敵に回す覚悟は、シルディに誘われた時に胸に刻んだ。たとえどれだけ多くの苦難を迎えることになろうとも、たとえどれだけの人間から敵意を向けられようとも。

 

 

「最も、貴方達と戦うつもりはありませんので。ご安心を」

 

 

静かに聞いていた一夏と箒に、ゼヴォドは軽く微笑みながら答えた。猜疑心、というよりは僅かに警戒していた二人であったが、前髪から覗く二つの瞳────嘘偽りすら見えない彼の姿を見て、心から信じることにした。

 

 

◇◆◇

 

 

場所は変わり、小さな病室。

外部の攻撃から病人を守るため地下に配置された部屋には窓というものはなく、光源と呼べるものは天井や壁にあるライトしかない。

 

薄暗い光に照らされたベッドの上で────クロガネ・モミジは眠っていた。生命維持装置、チューブに繋げられた少年を見下ろしていた人物は、小さく一息漏らした。

 

 

「─────モミジ」

 

 

加賀宮士、彼は少年の手を握ろうとして────腕の先が欠けていることを理解させられた。八咫烏という兵器を操るために、無理矢理身体のパーツを切り取ったのだ。その事実に、士はただ俯くことしか出来なかった。

 

そんな彼を、後ろから呼ぶ声があった。

 

 

「………モミジがそうなったんは、モミジ自身の意志やで」

 

 

病室の扉に背を預けた青年、フユキ・スイゲツ。彼は淡々とした声で告げた。両腕を組んだまま、背を向けたまま立ち尽くす士に話を続ける。

 

 

「ナツさんが殺されて、お前がいなくなってから、モミジは外部の人間を憎むようになったんや。ここを護るためなら、手足も惜しくない…………アイツはそう言って、自分の手足を切り落としたんや」

 

「…………」

 

「分かっとるわ、お前だけが悪いワケやないって。モミジか変わった原因は、アイツらや。それ以外あらへん────けど、お前が悪くないって話にはならへん!」

 

 

言うや否や、フユキは凄まじい気迫を向け、士の胸ぐらを掴んだ。そのまま壁に叩きつけ、弾劾する。

 

 

「────どうしてモミジを置いていった!?アイツが、どれだけ追い込まれたんか分かっとるんか!?今更、どの面下げて帰ってきたんや!? オマエはッ!!」

 

 

かつて仲間でありながらも、自分達の元から去った青年に、スイゲツは怒りをぶちまけた。それでも言葉を返さない青年に怒りが強まり、殴り飛ばそうと考えた直後────背後からの一声が、静止を掛けた。

 

 

「止めなさい、スイゲツ」

 

「サクラ………ッ!」

 

「私達は仲間です、仲間同士での喧嘩は止めてください。それに、貴方も理解しているでしょう。士がここを離れたのは、私達が何も出来なかったからです」

 

「そんなこと、分かっとるわ! けどなぁ!!」

 

 

サクラに宥められていたフユキだが、やはり納得できない様子だった。そんな彼を落ち着かせようと口を開いた士は、思わず咳き込む。最初は何事かと思ったフユキも、一瞬で顔を蒼白させる。

 

咳き込んだ口を押さえた士の手の隙間から、血が少量垂れていたのだ。慌ててフユキやサクラが駆け寄ると、士は口から垂らした血を拭いながら、息を整えた。

 

 

「───士!大丈夫か!?」

 

「あ、ああ………最近、働き詰めでな。疲れが溜まってるんだよ」

 

「嘘です────自分の生命を削ってますね」

 

 

何らかの端末越しに観測したサクラが、そう問い詰める。士は否定する素振りも見せず、胸元からアナグラム固有の兵器────カオステクターを取り出した。

 

同時に、燃えるように赤いチップを手に持つ。サラマンダー、火の妖精でもあり焔の蜥蜴の名を冠し、その力を内包するメモリアルチップ。それこそが、士の生命を削ったものであった。

 

 

「ああ、俺には………適性が無いからな。無理矢理底上げしていても、俺はサラマンダーの力を完全には引き出せねぇ。才能がねぇなら、生命を使うまでだ」

 

「………何年、使ったんですか?」

 

「さぁな。多分、もって十数年だろ」

 

 

力を求め続けた結果が、それだった。まだ十年は生きれる、士は楽観的にそう告げる。サクラもフユキも、生き別れた仲間の覚悟に、何一つ提言することは出来なかった。

 

 

◇◆◇

 

 

「…………ふぅん」

 

 

一室で起きた話を、鈴音は静かに耳にしていた。最初は興味本位で話を聞いていたが、中々衝撃的かつある程度は納得できる内容が聞こえてきたのだ。

 

 

(士だっけ、アイツここの人間だったわけね。アナグラムに加わったのも、ここが狙われたからでしょうね)

 

 

かつて敵対した時にシャルロット相手に叫んでいた言葉の意味が、理解できた気がする。この地区で生きてきたのならば、世界の格差に怒りを覚えるのも無理はない。

 

だが、まさか自分の寿命を削ってまで、幻想武装に固執しているとは思わなかった。ISに普通の人間が対抗するには、やはり生命を消耗したり、人命を無視しなければならないのか、と思わされる。

 

 

(ま、ここを守るって任務なわけだし────アイツらを戦わせなきゃ良いだけでしょ。代表候補生として、情けないところばっか見せてらんないしね)

 

「─────考え事かい?鈴ちゃん」

 

 

や、と目の前の廊下に方に立っていたスーツ姿の女性 霧山友華が手を振る。鈴音のクラスの担任であり、マイペースと言うより飄々とした雰囲気が目立つ人物。そう評価しながらも、教師として凄い人だと鈴音は感じていた。

 

当初は対して認めていなかった、大体の大人に不満を持ったりする鈴音だったが、彼女の事は自分の担任として強い信頼と信用を持っている。

 

 

「霧山先生、仕事の方は大丈夫なんです?」

 

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。どうせ難しい話し合いなんて織斑センセーとかの方がやりやすいしー。私がいるだけ邪魔になるしねー。今ならお話も色々と出来るよー、鈴ちゃん」

 

 

ニハハと笑う女教師が座るベンチの横に、鈴音も腰掛ける。彼女が持っていたペットボトルの一つを貰い受け、ひんやりと冷えきった水を口に含んだ。

 

 

「じゃあ、一つ聞いてもいいの?」

 

「んー、いいよ? 私で良ければ、何でも聞いてくれても」

 

「───先生ってこの学校の教師だったんでしょ?」

 

 

その言葉を聞いた途端、のほほんとした笑顔が凍り付いた。だがそれも一瞬、笑顔を変えることなく、友華は静かに疑問を漏らす。

 

「どうして、そう思ったのかな?」

 

「勘。あと強いて言えば、先生がここに来てたから様子が可笑しかったから。罪悪感みたいな、後悔してる感じがしたし」

 

「…………はは、やっぱり凄いね。鈴ちゃんは」

 

 

空になった缶コーヒーを両手で掴んだまま、友華は困ったように笑う。そして肩を竦めながら、隣にいる教え子に全てを明かした。

 

 

「そうさ。私はここの教師だったんだ。でも、逃げだした。あの子達を、守るべき子供達を置いて、安全圏まで逃げ出したんだ。卑怯で身勝手な大人なんだよ、私は」

 

「────嘘」

 

 

自嘲するように吐き捨てた担任の言葉を、鈴音は切り捨てた。鈴音は知っている、霧山友華という人の穏やかさを。彼女の優しさと穏やかさから教師として、多くの事を学び、教えて貰った。

 

だから彼女が、どういう人かも理解できている。

 

 

「先生は、我が身可愛さで逃げるような人じゃない。どうせ最後まで残ってたんでしょ。最後まで他の大人達を説得しようとして、ギリギリまで頑張った…………私の知る先生は、生徒思いの人だし」

 

「…………そうだね。そうやって最後まで抵抗して、結局何も出来なかった」

 

 

彼女はそう呟いた。

隔絶区域(コードレス・エリア)』から離れる直前、彼女は教師として必死に動き回った。『クインス』にも直談判し、子供達の事も見逃して欲しいと頼んだ。

 

けれど、全て果たせなかった。己の無力さに報いるように教師としての仕事を続けていた友華は、改めて自分の無力さを理解させられた。────この地区のリーダーであり、教え子だったナツハの死、その弟モミジが自分の身体を削ぎ落としてまで力を求める状況になったこと。

 

あの時以上の絶望を実感した彼女の心には、大きな影が射していた。一つの後悔と、ある渇望が。

 

 

「───私に力があれば、あの子達を護れたのに。あの子達の居場所を、護り通せたのに」

 

「……………」

 

「前に言っていたね。強くなりたいって…………私も、同じ気持ちさ。強さがあれば、私も見ているだけでならずに済んだのに」

 

 

酷く落ち込む担任へ、どう声をかけるべきか鈴音は分からなかった。元より慰めることは得意ではない。そうやって思い悩んでいた鈴音が何とか声を出そうとした直後。

 

 

施設全体にアラートが鳴り響いた。─────侵入者の確認と最大級の警戒を示す警報が、彼等の耳に反響した。

 

 

◇◆◇

 

 

────数時間前。

大企業 クインス・コーポレーション社長 九条アンナは苦々しい顔を誤魔化しきれなかった。今の彼女、ひいてはクインス・コーポレーションは企業的に存続の危機にある。

 

 

理由は二つ。軍事産業のトップからの衰退。元々はIS以外の兵器、無人兵器などの開発及び量産化に尽力していた彼女の企業は軍事産業でも相当の位置に立っていた。

 

しかし、数年前から発展してきたエレクトロニクス機社に全てを覆された。自分達よりも低コストで強力な兵器を売り捌くあの企業を潰そうと、彼女は女性権利団体と一団になって妨害や嫌がらせ、破壊工作を繰り返していた。

 

だが、エレクトロニクス機社からの告発は世間にも広がり、株価の暴落が起きた。その勢いでエレクトロニクス機社に経済的に追い越された彼女は、兎に角軍事産業で名を挙げようと─────同志から耳にした『隔絶区域(コードレス・エリア)』の存在に目を付けた。

 

 

大量の兵器、無人機を生み出す工場が無傷で存在する地区。その価値は恐らく数百億を超える、あの工場を手に入れれば、クインスはエレクトロニクスを超えれられる。彼女はそう信じて疑わなかった。

 

 

そして二つ目の理由────成果を、あの地区を手に入れることを急ぎ過ぎた彼女は、ついに武力を行使した。金を払えば何でもするそこらのチンピラ等を使い、『隔絶区域(コードレス・エリア)』の子供を拉致し、脅しの材料に使ったりもした。

 

少なくとも、子供達の事など頭には無かった。女性権利団体の内部でも不安な声が聞こえたが、彼女を含む過激な思想の者達は─────『彼等は法律の外にいる不法居住者。殺したとこで裁かれることはない』と無視に徹した。

 

 

その結果、仲間達を殺された現地の子供達が武装し、クインスの雇ったチンピラや会社の無人機を撃退し始めたのだ。人権もない子供相手にしてやられたことに怒り狂った彼女は兎に角、彼等を追い払おうと更に過激な手段に手を染めた。

 

 

そして、子供達を率いていた女子を殺害したことで、その報復として彼女のいる子会社が焼かれた。今まで静観していたはずの国連もその悪行を見兼ねたのか、よりによって『隔絶区域(コードレス・エリア)』の味方をし始めたのだ。IS学園の候補生を派遣までして。

 

 

現時点で完全に追い込まれていた。だが、何も無策ではない。『隔絶区域(コードレス・エリア)』の地下に界滅神機があることは把握している。その界滅神機を掌握さえすれば、国連はクインスの味方になってくれる。だが問題は、どうやってあの地上にいる子供達を排除し、界滅神機を手に入れるか。

 

 

(その手段も無いわけではない────私としても、手厳しい話だけど)

 

「─────それで、依頼の内容は以上ですか?」

 

 

九条アンナの目の前で、一人の少女が口を開いた。スーツを着込んだ眼鏡の、ビジネスマンのような人物。手に持ったタブレットを弄りながら、彼女はアンナを静かに見据える。

 

 

「内容は『隔絶区域(コードレス・エリア)』の制圧。地区の子供達の生死は問わず─────間違いはありませんか?」

 

「生死は問わず、ではないわ。確実に皆殺しにして。あいつらが生きていたら、余計なことをされかねない」

 

「…………善処します。ただし、ボスは気分屋です。人殺しに乗り気ではありませんので、皆殺しはほぼ無理だと思いますので。悪しからず」

 

 

淡々と告げる少女に、アンナは強気になり切れない。何故なら彼等こそが自分の立場を守りながら、『隔絶区域(コードレス・エリア)』を制圧できる存在なのだから。

 

────非正規の傭兵団。しかしその実力は確かである。国の手から離れたISを複数手にした彼等は、実際に名声を上げている。何より彼等が手を汚してくれれば、それで済む。

 

 

「依頼に関しましてですが、私達の邪魔はしないようにお願いします。妨害及び此方への敵対行為が確認され次第、契約を即座に破棄─────依頼報酬を二割増額する形で請求します」

 

「………分かってるわ。その代わり、確実に頼むわよ」

 

「心配は不要です。貴女は報酬の支払いを考えていればいいだけのこと」

 

 

報酬の要求が高すぎることを除けば、信用に足る存在。スーツ姿の少女が立ち去った後、一人っきりの部屋でアンナは含み笑いを浮かべながら呟いた。

 

 

「ええ、貴方達が役に立てば、ね。────『アルスター』」

 

 

◇◆◇

 

 

そして、現在に至る。

隔絶区域(コードレス・エリア)』の入口付近で、複数の爆発が引き起こされていた。廃墟の街並みに上がる爆煙は所々離れており、それは地区を覆うように配置された大型のアンテナや対空兵器を破壊したものだった。

 

 

「────さて、これで全部の対空兵器はブッ壊れたな」

 

 

破壊された無人機の残骸を踏みつけたのは、槍を肩に乗せたジャケットの青年。白と青が特徴的な三叉の大槍。神秘的な装飾と見た目を有したそれはただの武器とは違う、異質さを感じさせていた。

 

彼は耳に付けていたイヤフォン型の通信機を稼働させる。そして、自分の仲間との連絡を取っていた。

 

 

「おーし。まずはプラン通り、邪魔になる外周のもんは破壊したぜ。サラ」

 

『────有り難うございます。これで増援を無事に送ることが出来ます。三人が来るまで、待機してください』

 

「………いーや。まずは少し攻め込んでみる。三人には合図を送ってから来るようにさせろ」

 

『…………分かりました。ボスの合図をお待ちします────ですが、無理をなさらないようお願いします』

 

「ハッ、オレを誰だと思ってんだ? お前らのボスだぜ。無理なんて言葉はねぇさ」

 

 

通信を切ってから、男は槍を大きく振り回す。目の前にはレギオンの操る無人機が群を成して殺到してきていた。無機質な機械の軍団の声を聞きながら、彼は歩みを進める。

 

 

『───標的一名確認。危険度繰り上げ、防衛ラインの維持と共に、侵入者を排除する』

 

「一名、一名ねぇ────酷い奴等だな。また省かれてるぜ?」

 

 

ニヤリと笑いながら、男は槍を見た。その槍が何らかの反応をしたのか、「違ぃねぇ」と笑みを深める。両手で槍を大きく回し、握り直した男が三叉の白槍を無人機の軍団へと向けた。

 

 

 

「──────色々と訂正してやる。オレじゃねぇ、オレ達だ。そしてオレは侵入者なんて名前でもねぇ。傭兵団アルスターのボス ミナト様だ。 ちゃんと記録しときな、ロボットども」

 

無人機達がその声を認識した時には、男の背後から大規模な波が巻き起こる────海から離れた街中では絶対に有り得ない水の大波。廃墟を飲み込む程の津波を引き起こしながら槍を振るった男 ミナトは無人機の軍勢を容易く蹂躙するのだった。

 



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第78話 海王流槍トライデント

『─────状況を伝える。先程、「隔絶区域(コードレス・エリア)」外周区に配備された観測装置と対空兵器全てが破壊された』

 

 

ISを展開して飛び出した一夏達。別行動していた鈴音とも合流し、上空を飛翔する少年少女達はオペレートをする千冬達の声を真剣に聞き入っていた。

 

 

『破壊される直前、侵入者と思われる存在を補足した。敵は一人。外周区に侵入して五分以内に全ての対空兵器し、今現在外周区にて送り込まれた無人機数百体と交戦────一分で全滅させた』

 

 

外周区に存在する数十の装置の破壊。意図も容易く行ったとしても、ISを扱ってない生身の人間に実現できるとは思えない。しかし、現実は現実。どれだけ疑おうと、目の前の事実が変化することはない。

 

 

『………撃破される前に無人機から送られた情報があります。敵は一人ではなく、複数と名乗っていました。そして、敵の名前はミナト。傭兵団 アルスターを率いていると口にしていました』

 

「傭兵団、アルスター?」

 

『─────最近名を馳せてきた傭兵グループや。何処の組織や国も所属しとらん、大金さえ積めば仕事をこなす何でも屋って話は広まっとる…………話によれば、国の依頼でマフィアとかを壊滅させたらしいで』

 

 

傭兵団。アナグラムとは違う、存在に思うところがある一同。傭兵団ということは仲間がまだ大勢いるのか、と思う一夏だったが、千冬が話し出したことで意識が引き戻される。

 

 

『ミナトは今現在、外周区東エリアで確認している。無人機による防衛で時間は稼げているが、今すぐ限界になりかねん。早急に向かい、奴を撃退しろ』

 

「────了解!」

 

『………分かっているとは思うが、敵は一人で無人機を屠れる程の実力者だ。気を抜くな、全力で相手をしろ』

 

 

そうした千冬の指示を受けた時には、彼等の目線の先で爆発が生じた。その場所へと降り立った一夏達は、砕け散った無人機を周りに散らした青年が立ち尽くしていた。

 

 

「───おっ、やっと強そうな奴等が来たか。しかもIS、いいね。退屈しなさそうだ」

 

「お前が、ミナトだな!?」

 

「おうよ、その通りだ。そういうお前が織斑一夏だろ?そして横にいるのが蒼青龍夜…………その他諸々。エリート様々だな」

 

 

七体のISに囲まれても尚、ミナトの顔に焦りや警戒は見られない。むしろ面白いと言わんばかりにやる気に満ちている。ミナトへの警戒を緩めない一同に、少し物静かな龍夜が重い口を開いた。

 

 

「…………お前ら、気を付けろ」

 

「分かってる。見た感じ、ただ者じゃないってのは理解できるさ」

 

「違う。奴のあの槍─────『神装』だ」

 

 

淡々と語る龍夜の言葉に、全員が驚いた。神装、それは八神博士が人類の選定の為に開発させた福音。世界を救うことも出来れば滅ぼすことの出来る、ISを超えた最強の兵器だ。

 

龍夜の持つエクスカリバーを除けば、存在するのは四機。目の前の男 ミナトが操るのは四機の内の一つ────、

 

 

「ミナト、お前のその槍は『海王流槍 トライデント』だろ」

 

「………へぇ、誰かと思えばコイツの事を知ってんのか。まさか、お前もか?」

 

「────エクスカリバー。それが俺の神装だ」

 

「ほぉー、アスナから聞いていたが、こう簡単に会えるとは、世界も広いなぁ。…………あぁ、アスナってのはトライデントの中にいる相棒だ。中々にシャイな奴なんでな、人前には滅多に出てこないんだ。そこは勘弁してくれ」

 

 

カンカン、とトライデントで肩を叩きながら言うミナト。腰に手を添えるという、余裕しかないその姿に、一夏達はより気を引き締めるしかなかった。

 

 

「本題に入る────俺達に同行しろ」

 

「危険だから隔離するってか?…………御免だな。オレ達は自由がモットーでね。他の大人や組織に管理される気は更々ない─────それに、オレは今仕事で来てるんだ。同行はその後で」

 

「仕事?仕事ってなんだよ!」

 

「ここの連中の掃除だな。大人しく逃げるんならそれで良いんだが、抵抗するんなら手荒にやるしかねぇよなぁ?」

 

「…………交渉決裂、みたいだな」

 

「そういうこった。まぁ、こっちもそういう立場だから、そろそろやらせて貰おうか」

 

 

トライデントを手の中で回し、片手で握り直す。白蒼の三叉槍を振り払うと共に槍から撒き散らされた水が、足元に水面となって広がる。もう片方の手を前に突き出し、顔を覆うように翳す。

 

 

「─────神装、展開」

 

 

告げると共に、ミナトは足元の水を跳ね上げるように槍を振り回す。飛び散った水が空中で制止し、一斉にミナトの全身を包み込む。透明な雫が装甲へと変わり、蒼と白の神装が完全に展開された。

 

 

「アレが…………神装」

 

 

皆が息を呑む。龍夜の持つエクスカリバー同様、ISを進化した兵器。その真価を発揮する、強化外装を展開した戦闘フォーム。実際に目の当たりにして、誰もが更に気を引き締めた。

 

そんな中、両手で槍を構えたミナトが声高らかに宣言する。

 

 

「 さぁ、構えな!戦いは既に始まってるんだぜ!」

 

槍を振り払い、足元の水を全てを吹き飛ばす。空中に舞う水の雨が降り注ぐ中、ミナトは勢いよく一夏達へと突撃していくのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

水飛沫が、盛大に飛び散る。

長槍が振るわれ、叩く度に大量の水が溢れ出す。宙を舞う水は散弾のように炸裂し、周囲のものを破壊していく。

 

 

あまりにも厄介、動くだけで迂闊に近寄れない。それがミナトに対する全員の評価だった。最初に斬りかかった一夏も、シールドエネルギーを水弾と水の斬撃によって大きく削られたのだ。

 

箒と龍夜が同時に左右から迫る。双刀と大盾に長剣。二つの得物による攻撃を、ミナトはトライデントを勢いよく振るい、纏めて弾き返す。槍に覆われた水が斬撃として遅れて二人に炸裂する。

 

 

「くっ!」

 

「…………ッ」

 

(更識楯無のミステリアス・レイディとは違う!コイツ、ナノマシンも使わず水を操ってやがる…………どんな原理でだ!?)

 

 

槍による攻撃に上乗せされた水の刃。衝撃にして数倍、威力にして砲弾クラスのその攻撃は、接近を許さない圧倒的な破壊の暴力と化していた。

 

 

そして、皆が戦術を切り換える。龍夜と箒の二人が弾かれてすぐ、ミナトも大きく吹き飛ばされた。鈴音の『甲龍』、唯一の飛び道具────衝撃砲が直撃したのだ。

 

 

「イテテ……何だ今の、見えたかったぞ?」

 

『─────』

 

「………ふぅん、衝撃を飛ばす武装か。砲身まで見えないとなると、少し面倒だな。それに数人遠距離のヤツもいる。衝撃砲は兎も角、他のヤツは流石に一人じゃ難しいかな」

 

 

廃墟に突っ込んだはずのミナトが、自分の扱うトライデントに語りかける。会話するように言葉を交わした後に、トライデントを矛先を変形させる。槍の中から放出した大量の水を槍先に渦巻かせながら、空へと突き上げた。

 

 

「10%、で行こうか─────『空域海雨(アマグモ)』」

 

 

螺旋を描く水を空へと撃ち出したミナト。上空の雲の中へ消えたかと思うと、周囲の空の雲が増え始め、大雨が降り始める。

 

土砂降りのような雨により、周囲一体に水が溢れる。その水面を槍で叩くと周囲に波紋が伝わり────それは離れた場所で複数の波紋となる。

 

もう片方の手から三つの水の宝珠を出現させ、ミナトは波紋の中へと放り投げた。水中に沈むことなく漂った宝珠を、周囲の水が覆い始める。形を変えていく大量の水の塊は────全身鎧の兵隊のような姿となっていた。

 

 

海乱水機兵(シーランゾック)、遠距離のヤツを狙ってけ」

 

 

ミナトがそう命じると、三体の海乱水機兵(シーラン・ゾック)がフラリと揺れる。人形のような動きに気を取られた瞬間、弾けるように駆け出した。洪水に包まれた水面を走る水の人形を迎撃しようと、一夏が雪片弐型を振るうが─────白い一閃は水の人形を綺麗に滑り、通り過ぎた。

 

それだけではない、絶句した一夏に正面から突っ込む海乱水機兵(シーランゾック)。雪羅により受け止めようとするが、その腕すらも透き通り、一夏と白式を透明のように抜けていった。彼等の手段は、距離を取っていたセシリアやラウラ、シャルロットに固定されている。

 

 

「─────シャル!セシリア!ラウラ!」

 

「大丈夫!一夏達は、本体の相手をして!」

 

「────お仲間の言う通りだぜ? 敵を前に余所見は禁物だろーが」

 

 

咄嗟に叫ぶ一夏、その至近距離まで近付いてきたミナトが笑いながら告げる。振り返ろうとした時、一夏の視界には流水を纏う藍槍が振り上げられていた。

 

ザパァンッ!!! と、瞬時加速により離脱した一夏の目の前で、地面が、空間が破壊された。槍による一振、それに合わせた大量の水の質量と速度を重ねた、破壊の一撃。

 

何らかの細工をしている、なんて話ではない。ただヤツは、トライデントの能力で全ての水を支配下に置いているのだ。大気中の水分すら取り込みながら、槍を振るう瞬間に圧縮した水を瞬間的に放出し、より大きな攻撃を引き起こす。

 

 

原理を考えても意味がない。突破口はただ一つ、小細工無しの力押しのみ。いくら策を労しても、打ち破れるようなヤワなものではないのだから。

 

 

「────オラオラ!代表候補生ってのはそんなもんか!? 情けない所見せてくれるなよっ!!」

 

「クッ───そォ!」

 

 

高揚として叫ぶミナトの槍が、何度も振るわれる。片手では防げない、そう感じた一夏の直感は間違いではなかった。鉄すら削る流水の刃、その威力は雪片弐型を握る手に伝わる程のもの。

 

両手でも、何とか受け止められる。水が舞う剣戟の中で、トライデントを雪片弐型が衝突する。火花ではなくエネルギーの粒子が飛び散る中、ミナトは高揚を隠さずに笑みを刻んでいた。

 

 

「良いねぇ!やるじゃねぇか! やっぱその気になれば出来るんだな!その調子でやられてくれるなよ!?」

 

「────お前は! 何がしたいんだ!?」

 

「何が? 主語を付けないと分からんぜぇ、オイ!」

 

「どうしてこの場所を、『隔絶区域(コードレス・エリア)』を狙う! 何でここの人達の居場所を、彼等の幸せを奪おうとするんだよ!?」

 

「それが、依頼だからな」

 

 

あっけらかんと言った声だった。思わず力が緩んだ隙を狙った拳が、横から雪片弐型を殴り付ける。大きく弾かれた雪片にバランスを崩した一夏のシールドに水の一太刀が浴びせられた。

 

それから水面を滑るように移動するミナト。ホバーでもしているのか、足を動かさずに水面を進む彼がトライデントを振るい、水の斬撃を放ってきた。

 

 

「『隔絶区域(コードレス・エリア)』だっけ?事情は聞いてるぜ─────可哀想な話だと思うよ、オレもさ。だから極力殺したくはない」

 

「っ!じゃあどうして!」

 

「────生きる為には金がいる。金を手に入れる為には仕事をしなきゃならない。オレには数百人の部下がいるんでな、ソイツらを食わせてく為にも、こういう仕事もしなきゃならんのさ! それが傭兵ってヤツの生き様だからな!!」

 

「その為なら、ここの人達を殺すのも、仕方ないって言いたいのかよ!?」

 

「────生きる為なら、それも仕方ないだろうさ! この世界は弱肉強食、弱いヤツは強者に淘汰される!それが既に決められたルール、昔から変わらない人間の本質だろーが!

 

 

 

 

オマエにだって心当たりはあるんじゃねーの!? この世界が、そんな風に出来てるってことくらい!」

 

「──────ッ!!」

 

 

心当たり、ではない。直感的に脳裏に浮かんだのは、一夏が子供の頃から共に過ごしてきた親友のことであった。

 

 

『はは、一夏は凄いや………それに比べて、僕は駄目だね………』

 

 

臆病で気弱で大人しく、誰よりも怖がりで────誰よりも優しかった親友。しかし、彼は殺された。あの事件で、黒いISによる無差別攻撃で、亡くなってしまったのだ。

 

悲しかった、親友の喪失は決して忘れられない痛みとなって遺った。許せなかった、あんなに優しかった親友を奪った理不尽も。

 

 

────その親友の死を、親友の父親は嘲笑った。弱かったから、出来損ないだから死んで当然と。むしろ殺してくれたことを感謝したいくらいだとすら吐き捨てた。

 

その日から、一夏は思うようになった。暁を殺したのは、あの黒いISだけではない。弱肉強食を是とし、弱い人を平然と踏みにじるようなこんな世界が、親友を奪ったのではないか、と。

 

 

「戦ってるのに考え事かぁ!? 気ぃ抜き過ぎだぜェ!!!」

 

 

咄嗟の隙を、ミナトは見逃さなかった。雪片から槍を離したかと思えば振り回してくるミナト。槍の石突の部分を真下から突き上げるように放ち、一夏に不意打ちを叩き込む。

 

両手で握っていた雪片弐型を打ち上げられた一夏の無防備な胴に、ミナトが掌を向ける。足元の水を吸い上げ、圧縮した全てを砲撃として────一気に放出した。

 

 

荒れ狂う激水の奔流を避けきれない一夏。行動が間に合わないと感じたが、突然真横から突き飛ばされる。奔流から免れた一夏はギリギリで自分を助けた相手にすぐに気付いた。

 

 

「────龍夜っ!」

 

「ッ!!!」

 

 

形態変化により、騎士鎧(ナイトアーマー)の姿へと変わった龍夜が銀光盾で水流の奔流を受け止めていた。だが、押されている。この盾の本質は攻撃を防ぐ以上に、エネルギーを吸収することにある。吸収出来るのはエネルギーであり、純粋に水を利用した攻撃だけは、ただ防御することしか出来ないのだ。

 

何とか受け止めていた龍夜だが、違和感を感じ取った時には手遅れだった。洪水の如く奔流の動きに意識を向けたと思えば、奔流の中から─────投擲されたであろうトライデントが銀光盾の一部を抉り、龍夜に炸裂した。

 

 

「ぐう、がッ────!!」

 

「龍夜さん!?」

 

「龍夜っ!────クッ!邪魔だ!」

 

 

ISのシールドを貫通したトライデントは、少し離れた場所で突き刺さる。騎士鎧の外装と僅かに脇腹を抉られた龍夜が、激痛に顔を歪める。その様子は仲間達、主にセシリアとラウラの二人を激しく動揺させるには充分すぎた。

 

 

「一人、ダウンか。いや、意識だけでも奪っておこうか──────なっ」

 

 

思い切り振り下ろされた青竜刀が、龍夜を追撃しようとするミナトの身体を貫通した。まるで水を斬ったかのように平然としたミナトは振り返り、奇襲を仕掛けた鈴音を捉える。

 

 

「無視してんじゃないわよ、私がいるってのに!!」

 

「そっか。じゃあお前を倒すことにするよ」

 

 

気にすることなく手を伸ばすミナト。彼に呼応するようにトライデントが震え、勢いよく飛び出した。掌へと吸い込まれようとした藍槍だったが───────当然柄を掴まれ、強引に動きを止められる。

 

 

「…………?」

 

「誰が───好きに、させるかッ」

 

 

脇腹を抉られてダウンしていたはずの龍夜がトライデントを両手で掴み、動きを止めていた。エクスカリバーの能力により傷は塞がっているのもあり、龍夜は全身の重さを用いて、トライデントを無理矢理にでも押さえ込んでいた。

 

 

「………へぇ、驚いた。あの傷でダウンしてなかったとは、流石に甘く見積もり過ぎたかな」

 

 

感心したらしく、顎を擦りながら笑うミナトに鈴音は突撃した。青竜刀の連結を解除して、二刀のまま斬りかかる彼女に、ミナトは両手を伸ばし────銃のような構えを取る。

 

 

「双対・水連弾!」

 

 

二本指の先から、圧縮された水の弾丸が撃ち出される。それも左右から、タイミングをずらして連続で。サブマシンガンのような弾幕、しかしただの銃弾程度とは言い切れるものではない。

 

最大限に圧縮し撃ち出された水弾はシールドを容赦なく削っていく。衝撃砲を展開し、即座に迎撃した鈴音の動きを予測したミナトは新たな動きに出る。

 

 

「アクシオン─────!」

 

 

両手を広げ、足元の水へと押し当てる。掌に触れる水全てを支配し、操り、形作る。周囲の水が変化したように浮かび上がっていく。それらは水の竜と形を完全に変えた。

 

 

「────サーペント!!」

 

 

大量の水竜が、鈴音へと殺到する。直に数で圧倒できる、そう感じたミナトは自分の考えが浅はかだったことを理解する。

 

最初は対応できていた鈴音に、周囲の水竜が牙を剥く。しかし、それらのサーペントは一夏と箒の二人が迎撃する。一人ならばいざ知らず、流石に三人は対応されてしまう。

 

ほぉ、と笑みを深めるミナトに、箒はビーム砲『穿千』を放つ。二つの高出力のレーザーはミナトの身体を貫き、彼の身体が水のように崩れ、水面へと溶けた。

 

 

「っ!消えたのか!?何処に────」

 

「─────いやぁ、見事見事。お前らのこと見くびってたな。考えを訂正するわ、うん」

 

 

戸惑っていた一夏達の目の前に、ミナトは立っていた。瞬間移動、そう言っても過言ではない程の現象。その真意をミナトは誤魔化すことなく、普通に語り始めた。

 

 

「オレのトライデントは水を操る。けど、水を操るなんてチンケなもんだけじゃねぇのさ。オレ自身も水に変化して移動したりも出来る─────トライデントもな」

 

 

掌を水面に向けると、水から生えてくるようにトライデントが伸びてきた。視界の隅では龍夜が押さえていたはずの槍が消えたことに、驚きながらも此方に向かってこようとしていた。

 

 

「まぁ、水を操る能力だが、この範囲や威力に制限はない。ただ水を撃ち出すことも出来れば、海を作るレベルの量を操り、一気に放つことも出来る。最も、その気になれば国一つは消し飛ばせるんだがな」

 

 

水面の上で、ミナトが槍を振るう。振るう度にトライデントは流水を纏い始める。少しずつ、確実にエネルギーを蓄積している。誰もがそう理解できる中、ミナトが先程までの軽快とした笑みとは違い、真剣な戦意を伴う笑みを向けてきた。

 

 

「その一つを、お前達に披露してやる。オレが本気を見せる一端として、な」

 

 

そう告げると共に、ミナトは槍を片手で握り直す。振り上げたトライデントを勢いよく振り下ろし、水面を抉るように一閃した。

 

 

「絶技! 『大海乱』ッ!!」

 

 

瞬間、水面が膨張する。一瞬にして視界を覆い尽くしたのはミナトが生み出した────大きな津波だった。街中で津波とは何を言っているのか、と思うが、事実だ。ミナトが放った斬撃を肥大化させたような大津波が、一夏達の目の前まで迫ってきていた。

 

 

逃げる、という選択肢はない。あれを放っておけば、『隔絶区域(コードレス・エリア)』全体があの津波に呑まれてしまう。咄嗟に迎撃しようとした一夏達だったが、突如彼等の背後から二つの影が飛び出してくる。

 

 

 

「────『重奏・音波超撃』!!」

 

「────『灼焔の息吹(カガルギ)』」

 

 

幻想武装(ファンタシス)を纏う二人、ゼヴォドと士。各々が幻想武装の能力を最大限に引き出した一撃を放つ。ゼヴォドは『セイレーン』の音を蓄積した砲撃、士は『サラマンダー』の炎と熱を伴う破壊熱線。その二人は大津波をぶち抜き、大爆発で津波を蒸発させた。

 

青い外装に包まれたゼヴォドと赤と灰色の外装に覆われた士が、降り立つ。かつては一夏達と敵対していた二人だが、今は自身の背中を見せる程に彼等を仲間として信用していた。

 

 

「一夏、箒。待たせてしまい、申し訳ありません」

 

「ゼヴォド!………来てくれたのか!」

 

「はい─────あの水の人形を倒すのに、少し尽力していましたので」

 

 

そう言うゼヴォドの言葉と共に、セシリア達が此方へと向かってきていた。ミナトの襲撃から助けに来るまで時間が掛かったのは、彼女たちを助けていたからだろう。

 

 

「さて、これで形成逆転だな。侵入者。テメー一人で、俺達全員を相手に出来る、ワケねぇよなぁ?」

 

「ああ、流石に九人を同時に相手するのは厳しいな…………呼んでおいて良かった」

 

 

あ? と不機嫌そうな士だが、突然近くの地面が破裂した。いや、何らかのビームが着弾したのだ。それも数発。ミナトに近付こうとした士を牽制するような意図が見えた攻撃だ。

 

 

センサーを起動させた龍夜は、ビームの放たれた方角に浮かぶ三つの影を見ながら、その反応に目を剥いた。

 

 

「─────三機とも、ISだと!?」

 

 

飛翔する機影、その内一つが動き出す。空中で一回転すると、人の姿が背中の装甲に覆われ、別の姿へと可変する。装甲に装備された二つの主砲から極太のレーザーを放ち、一夏達への攻撃を繰り返す。

 

 

慌てて回避すると、その三つの影は地面に降り立つ。まるでミナトを護るように、彼等───いや、彼女達は一夏達の前に立ち塞がっていた。

 

一つは、青紫色の機体を纏う少女。先程可変し、攻撃した機体だ。今は変形を解除し、元の姿へと戻っている。背中に大きな装甲を移動させ、両腕にはカニの爪のような武装を展開している。

 

 

もう一つは、赤紫色の機体を纏う少女。赤という色合いを含めて、好戦的な雰囲気を感じさせる形状をしている。全身にはトゲやブレードらしき刃が所々に展開されており、腰から伸びる尻尾はステゴサウルスのように、トゲで覆われた鉄球が繋がっている。

 

 

そして、最後の一つは、透明な機体に身を包んだ少女。先の二人とは違い、ミナトと同年代と思われる。ガラスのような盾と白と水色の槍剣を持ち合わせており、荘厳な騎士らしさも重ね持ったISでもある。

 

 

「…………ミナト様。合図を出すにしても、もう少し早くしてください。此方としても心労が耐えません」

 

「悪いな、シルフィ。満足したんで、そろそろ本気でやろうと思ってな」

 

「ニヒヒ! ボスばっか楽しんでズルいよねー!アタシらもやりたくてウズウズしてたんだぜー!なぁ、ネナ!」

 

「………(コクコク)」

 

「なら全力でやりな、ニカ、ネナ。本気でやる価値はあるぜ、コイツらは」

 

 

仲間の少女達と話し合いを終えたミナトがトライデントを構える。一斉に構える一夏達に、堂々と告げた。

 

 

「───さぁ、第二ラウンド始まりといこうか!!」

 




トライデントの能力について簡単に解説。


水を操るし、水を支配する。ナノマシンも使用せず、自由自在に取り込み、制御する。

普通に攻撃する際も、水を纏うことで威力を増大させる。分かりやすい話、通常攻撃に水属性を付与する。水自体も刃のようになっているため、威力や攻撃範囲も大きくなる。


エネルギーに関してだが、ほぼ永久機関。無数の水をトライデントの中に蓄え、攻撃の際に使用することで消費する。しかし、攻撃の直後に使用した水を戻すことも可能。空気内の水分や周囲の水をも、エネルギーとして吸収することが出来る。



アスナ

トライデントの中にいる巫女(所謂人工知能)。彼女が周囲の水を操る能力の中枢でもある。ミナト曰く臆病で物静か、人見知りらしい。


いやー、傭兵団すらISを所持してるんだなー。凄いなー。一体何処の国や組織が横流ししたんだろうなぁー(棒読み)


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第79話 アルスターの進攻

「────あのISは」

 

 

レイヴン・レギオン(R.R.)』本部にて、状況を観測していた一同の空気に緊張が走る。襲撃者 ミナトの援軍として現れた三人の少女、彼女達が身に纏うISの存在。それの正体にいち早く気付いたのは、千冬だった。

 

 

「………知っているんですか?千冬さん」

 

「────『ランスロット』、『メガロ・ダイバー』、『メガロ・バッシャー』。国連の一部機関が開発し、頓挫したはずのIS計画の機体だ」

 

 

ISの新型開発計画。そのメインプランとして組み込まれていた代表格の三体。空中戦を想定しているはずのIS、その本来の使い方を見直し、水上及び水中戦に対応させた機体。

 

水中移動用の可変機構を有する砲撃特化タイプ 『メガロ・ダイバー』、水中移動用の可変機構を有する近接特化タイプ『メガロ・バッシャー』、水中というステージを利用した複雑な戦闘を実行できる『メガロ・シリーズ』の最新鋭の機体。

 

そして、二体がサポートする想定で開発された水上戦闘に順応し、遠近に対応したバランス型の機体 『ランスロット』。

 

 

その三体だけが、唯一計画上で実戦仕様にまで至った機体であり、頓挫したことで封印処置に施されたISであった。

 

 

「計画が頓挫した後、保管されていた三つの機体は強奪された。奴等がそれを奪ったと考えるのが普通だが…………」

 

「? 何や、織斑さん。気になることでもあるん?」

 

「────考えてみろ。奴等は傭兵として活動している連中だ。強奪なんて、悪評の出ることなどを進んでするか?」

 

 

傭兵稼業は信用を大事にする。それと同時に、相手をキチンと選ぶこともする。敵対してはならない勢力を相手にして、一夜で破滅する一団もあるからこそ、安易に敵を作ることには気を付けなければならない。

 

 

「じゃあ、あのISを強奪したのは他の組織で、彼等はISを受け取っただけ、という可能性もあると?」

 

「………そうだな。そう考えると、安易に動くワケにはいかん」

 

 

何より、ミナトは依頼と口にした。『レイヴン・レギオン』を含む子供達を『隔絶区域(コードレス・エリア)』から追い払う────或いは殺せ、と誰かから雇われたのだろう。

 

恐らくは、クインス・コーポレーションからと考えるのが普通だ。その企業が『隔絶区域(コードレス・エリア)』に何度も襲撃を仕掛けていたことからしても、思い至るのも当然だろう。

 

(────或いは、奴等がわざと奪わせた。という可能性も無くはないか)

 

 

国連という組織にいる敵が、戦力として引き渡した可能性も無くはない。彼等が傭兵団アルスターの裏から援護しているのであるとすれば、不用意に動くことは全面戦争になることを意味する。

 

ただ見守ることしか出来ない。その状況に千冬は歯噛みするしかなかった。同じように、それ以上に悔しそうな友華の様子に気付かず。

 

 

◇◆◇

 

 

「────絶技!ニライカナイ!」

 

 

トライデントを回しながら告げると、ミナトの足元から大量の水が噴き出す。噴水、なんてものではない。大津波のように荒れ狂う水流が辺り一帯を制圧していく。

 

その波が、一夏達へと迫り来る。

 

 

「っ!不味い!皆、逃げ────」

 

 

叫ぶのも間に合わず、全員が津波に呑まれる。咄嗟に離脱しようとするが、まるで全身を締め上げるように拘束されてしまい、波によって各々が引き離されてしまう。

 

 

「───一夏!無事だな!?」

 

「あ、あ………何とか。ISがなきゃ、溺れてた」

 

 

波から飛び出した一夏と龍夜が一息漏らす。安堵しようとした所で、波の中から一回り大きな蜥蜴────『サラマンダー』を纏った士が、鈴音を連れて現れた。

 

 

『ガハッ!ゴホッ!………クソ、サラマンダーの身体が濡れちまった。これじゃあ焔も熱も安易に出せねェ』

 

「士………!? 鈴音も一緒に!?」

 

「コイツが近くにいたから捕まってきたのよ。お陰で波に流されずに済んだけど─────何なのよ、ここ」

 

 

鈴音に言われ、周りを見ると────そこは巨大な水のドームのような場所だった。さっき生み出した津波の際に造り出したのだろうか。ハイパーセンサーには箒達の反応は離れた場所にある。恐らく、このドームは他にも二つ存在しているらしい。

 

 

水のドームを破ろうかと考えていると、真後ろの方から声が響いてきた。

 

 

「────四人か。オレの相手にゃあ丁度いいかもな」

 

 

水のドームの中央に立つ人影、ミナトが胡座をかいて此方を見据えていた。トライデントを両肩に乗せて快活に笑う青年に、四人が一気に身構える。

 

 

「ミナト!」

 

「ようこそ、オレ達の戦場へ。余計な邪魔立てをさせないように、ちゃんと分けておいてやったぜ」

 

 

◇◆◇

 

 

「───っ、ここは?」

 

「どうやら、あの津波で流されてしまったみたいですね」

 

 

水で覆われたドームの中に居ることに気付いた箒とゼヴォド。仲間達の反応はすぐ近くにある。恐らく、他の水のドームに閉じ込められたのだろう。

 

 

「────ニライカナイの波は意思を持つ大波。相手を倒すためではなく、分断させることに特化した技」

 

 

天井や壁、足元すら水で覆われたドームの水面に、一人の少女が立っていた。透明な装甲に身を纏う、女騎士のような姿のIS。それを扱う少女 シルフィが水面の上で歩き出していた。

 

 

「分断したのは、貴方達を各個で相手するため。ミナト様の邪魔となる敵性因子を排除する為に、複数のエリアに貴方達を移動させたのです。ミナト様は」

 

「………お前は、ミナトの仲間か?」

 

「仲間、ええ。その通り。私達はミナト様の同志であり、忠誠を尽くすナイト。傭兵団 アルスターの邪魔となる障害を打ち滅ぼす、高潔なる騎士」

 

 

両手に備えたシールドとブレードを振るい、シルフィは自身の顔を隠しフルフェイスバイザーを展開した。水面に踏み出しながら、少女騎士が口を開く。

 

 

「相手をしましょう。この私、シルフィ・ローレライと『ランスロット』が」

 

 

有無を言わさず、火蓋だけが切られた。水面を引き裂き、突撃してきた透明な機影を、箒が迎え撃つ。二刀を重ねた防御でランスロットのブレードを受け止め、正面から力を乗せて弾き返す。

 

押し退けられたシルフィに追撃の刃を放つ箒だが、彼女が前に出したシールドによって防ぐと同時に表面で滑らせて、そのまま軌道を大きくずらす。

 

 

「なっ!?………くッ!」

 

 

バランスを崩した箒に一撃を浴びせようと刃を振るうシルフィ。しかし彼女の手首を、突然伸びてきたワイヤーが縛り、攻撃の手を止める。

 

 

「タイマンならば手出しはしませんが、今の私達は協力関係ですので。そう簡単にやらせはしませんよ」

 

 

箒が離れたその瞬間、ゼヴォドは胸元のカバープレートが左右に開く。内蔵されていたスピーカーが凄まじい高音を増幅し、収束し、一気に解放する。

 

収束された音波の砲撃。不可視の塊による攻撃を、シルフィは盾によって防ぐ。表面に降れる直前に────音の砲弾は一瞬にして弾かれ、消滅した。

 

 

「ッ………今のは?」

 

 

その一瞬の変化に疑問を浮かべたゼヴォドに、ワイヤーを引きちぎったシルフィが斬りかかる。何とか水面を滑りながら回避するゼヴォド。追撃を繰り出そうとする彼女の斬撃を、割り込んできた箒の一閃が受け止めた。

 

シルフィの刀剣を打ち返そうと力を込める箒は、そこで刀剣に生じた違和感に思考を取られる。

 

 

(剣に………触れられないだと?)

 

 

シルフィの扱う長剣。それを二刀で止めたと思っていたが、箒の二刀もシルフィの長剣も直接触れることなく制止している。押し込もうにも、得物の合間に出来た空間が縮まることはない。それどころか、強い力の反発により二つの刀が押し返されそうであった。

 

 

「────ふんッ!」

 

「なっ、しま────」

 

 

謎の力と、シルフィの力が重なり、箒を吹き飛ばす一撃となる。勢いよくバランスを崩し、後退した箒にシルフィの鋭い蹴りが炸裂する。横転した箒の上に飛び上がったシルフィが長剣を振り上げ、勢いよく叩き下ろす。

 

 

────ザンッ!!! と、足元の水すらも切り裂いたその一撃は箒と『紅椿』を削る────ことはなかった。

 

 

「…………」

 

静かに見下ろすシルフィの斬撃は大きくずれていた。箒を狙ったはずの一撃は彼女に命中することなく、彼女のいない虚空と水面だけを穿っている。

 

顔を動かすと、少し離れた場所でゼヴォドが箒を支えながら立っていた。彼の能力、そして自分に起きている違和感から逆算し、シルフィはその攻撃の正体を理解した。

 

 

「音、ですか。思考や意識に作用する特殊な音で、私に一種の幻覚を見せた、と」

 

「…………たったそれだけで気付けるようなものではないと思っていたのですが、私もまだまだ未熟みたいですね」

 

 

困ったように肩を竦めるゼヴォド。たった数秒の仕掛けで、自分の能力を看破されると、少しやりづらい。自分の能力に対策されてしまえば、簡単に完封されてしまう。ゼヴォドはそう思う程に自分の実力を低く、正確に把握していた。

 

そんな最中、肩を並べた二人は小さな声で語り合う。

 

 

「気付いたか、ゼヴォド」

 

「………彼女のIS、ですか?」

 

「シルフィ、奴の武装は何か可笑しい。盾に攻撃しても受け止められるどころか殆どが逸らされる。剣は不可視の何かを纏っているのか触れることは出来ない。先程の攻撃を見た限り、あの何かを含めた攻撃範囲になっているはずだ」

 

「能力も不明、武装の正体も不明───不利なのは此方ですね。下手に動けばやられるかもしれませんよ」

 

 

シルフィと彼女の機体 『ランスロット』。その能力も強さも計り知れない。分かるのはただ一つ、油断すれば一瞬で敗北するという事実のみ。

 

しかし、不利に近い戦況の中、二人の顔に諦めというものは見られなかった。

 

 

「…………箒さん。貴方は好きに動いてください」

 

「ゼヴォド? 何をするつもりだ?」

 

「────これより私は、貴方の援護と彼女への攻撃に力を注ぎます。我がセイレーン、屈指の大技───『音界奏歌精唱』を」

 

 

バイオリンを弾く弓らしき剣を水面に立て、ゼヴォドが背中の翼を展開し、無数の弦となるワイヤーを周囲一帯に殺到させる。

 

水面を伝い、水のドーム全体に張り巡らされたワイヤーの結界。それが完全に構成される直前、ゼヴォドは箒に告げた。

 

 

「この結界の起点は貴方。貴方をベースとした領域全体に私の演奏に合わせた攻撃を放ちます。………無論、貴方をベースにすると言えど、一つのミスをカバー出来る訳ではない。意味はお分かりですね?」

 

 

静かな言葉に含まれた意味、それは彼女への忠告ともなる暗号だった。ゼヴォドの操る結界、その中での攻撃のパターンを見極めて、利用しろと言うのだ。

 

簡単な話ではない。要約すれば、初見で楽譜なしの演奏を実現しろというものに近い。普通ならば不可能だが、そこで素直に従うほど、彼女は弱気ではなかった。

 

 

「────言われずとも。そちらこそ、演奏を間違えないようにな」

 

「………フッ、誰に言っているんですか」

 

 

◇◆◇

 

 

「────セシリア!シャルロット!」

 

 

他の水のドーム内で生じた爆発。漂う爆煙から離脱したラウラがドーム内へと送られた仲間の名を叫ぶ。少し離れた方で、二人は爆発から逃げていたらしい。それに気付き安堵したラウラだったが、突如可愛らしい声だけが響き渡る。

 

 

「おいおい! アタシをシカトかよ、先輩!」

 

 

直後、爆煙を突き破ってトゲで覆われた鉄球が勢いよく飛んでくる。直進して飛来したその武器にいち早く反応したラウラは身体をずらし、ギリギリで鉄球の回避に成功した。

 

その直後、鉄球の付いたアーム────否、尻尾のユニットを戻した赤紫の機体 『メガロ・バッシャー』を駆る少女 ニカが迫る。

 

好戦的な声と共に突撃する彼女は猛牛のように全身を任せた突進を繰り出す。ただの突進と違うのは、彼女が背中や駆動部に搭載したスラスターを解放した瞬間的な加速を発動していること。それと同時に赤紫色の機体を覆うように展開された、無数の刃とトゲという凶器に包まれた姿であること、だろう。

 

触れただけであらゆるものを切り裂き、破壊することに最適化した超近接特化型のIS。その恐ろしさに気付いているからこそ、ラウラは彼女の動きを止める最適の手段に応じる。

 

 

「────っ!身体が────アンタの能力だな!」

 

「その通り、とだけ言っておこう」

 

 

手を向けただけで静止した『メガロ・バッシャー』。その機体を纏う少女がギラギラとした眼を向ける中、ラウラは冷静に答えながら、大口径リボルバーカノンの照準を彼女へと向ける。正面から確実に、一撃を叩き込もうとした瞬間、彼女の前に見知った機影が飛び込んできた。

 

 

「ッ!シャルロット!?何を────」

 

 

ラウラが言う前に、物理シールドを展開したシャルロットが何らかの砲撃を防ぐ。それは、未だ消えなかった爆発の煙の中にいた青紫の機体 『メガロ・ダイバー』の主砲による攻撃であった。

 

 

「………砲撃、失敗。迎撃、開始」

 

 

無機質に語る少女 ネナが上半身を覆うように可変していた装甲ユニットを背中に移動させる。顔を隠すフェイスバイザーを押し上げ、彼女は水面の直上を飛翔する。

 

クローアームを開き、右アームに内蔵された機関砲を乱射する。周囲にばらまかれた弾丸の雨は、身動きを取れないラウラにAICの停止結界を中断させるには充分だった。

 

 

「クッ!しまった!AICが───」

 

「隙を見せたな先輩お二方! アタシのバッシャーにブッ壊れなァ!」

 

 

AICが解除されたその瞬間を待っていたと言わんばかりに、『メガロ・バッシャー』が全身の刃とトゲを展開し、突貫する。ハリネズミのようなトゲの両腕を伸ばし、シャルロットとラウラの二人の顔を掴み、切り裂こうと迫る。

 

だが、何かに気付いたニカは弾けるように飛び退いた。そんな彼女に、数発の閃光が炸裂した。回避行動に移ったことが幸いだったか、装甲を掠る程度の傷であったが。

 

 

「避けれられないように狙いましたが…………やり手みたいですわね」

 

 

回避を見越して狙撃したセシリアは自分の実力不足を悔やむと同時に、相手の少女の実力を純粋に称賛する。あの一瞬でセシリアの狙いを全て把握し、実際に避けきったあの少女のセンスは普通ではない。代表候補生クラスと言っても遜色ないかもしれない。

 

 

「───回避、失敗。感覚、鈍化」

 

「へッ!ただ掠っただけだゼ!むしろまだまだ肩慣らしだっての!」

 

「………目的、時間。本気、撃退」

 

「ん、ああ、もうそんな時間か。まぁ依頼だししゃあないか」

 

 

機械的に話すネナに、ニカが嘆息する。セシリア達よりも年下、中学生近くの少女達が向き直り、力を抜きながら語り始めた。

 

 

「────なぁ、アンタら。アタシ達のISって、どういうものか知ってるっけ」

 

「…………」

 

「アタシのIS『メガロ・バッシャー』、ネナのIS『メガロ・ダイバー』。この二機は水中で戦闘出来るように開発したんだって。…………確か、ユグドラシルの攻略に使うためだっけか。ま、そんな話は置いといて。アタシが、何言いたいか分かる? 先輩達は」

 

ニヤニヤと話すニカの言葉に、一瞬だけ思案するセシリア達。誰よりも先に気付いたラウラが表情に示す。彼女が口にしようとした時にセシリアもシャルロットも理解したが、もう遅い。

 

 

「ッ!?まさか───!」

 

「ハッ!気付いたか!そのまさか、だゼ!!────『メガロ・バッシャー』 潜速形態!」

 

「…………当機、可変、変形」

 

 

二つのISが、目の前で変形した。少女の身体を可変したISの装甲が包み込む。青紫の機体はエイとカニを融合したような姿へと、赤紫の機体は全身に刃を搭載したサメのような姿へと、変形を終える。

 

空中で変化した二機は、足元の水のフィールドへと飛び込んだ。即座にレールカノンの一撃を放とうとしたラウラの前で、二つの機影が水のドームの壁や天井を凄まじい速度で推進していく。

 

 

(馬鹿な!?速すぎる!ハイパーセンサーで捉えられるが、動きの方が間に合わん!)

 

 

認識できても、AICや攻撃の照準で捉えられない。水のドームを潜行する二機の速度は通常のIS以上の速度を保有しており、水中という限定された場でのみ発揮される『メガロ・シリーズ』の真価であった。

 

それ故に、トライデントとの相性は凄まじい。周囲を海に変える程の水を操れる『神装』の力があるからこそ、彼女達は誰にも負けない強さを発揮してこれた。そして今も、その強さは無類のものとして、セシリアとシャルロット、ラウラを圧倒していた。

 

 

「うッ!?」

 

「シャルロットさん!!」

 

 

水のドームを駆け巡る機影の一つ、『メガロ・ダイバー』が死角からの砲撃を行う。咄嗟に物理シールドを構えたシャルロットだったが、主砲から放たれたのは実弾ではなくレーザー。

 

弾を切り替えていたことに気付いた時には間に合わない。盾を上空に投げ捨てたシャルロットに、シールドを溶かしたレーザーの残滓が接触する。肩部の装甲を貫通する熱を浴びた仲間に、セシリアはいち早く迎撃に躍り出る。仲間の身を案じるからこそ、瞬間的に。

 

 

「お行きなさい! ブルー・ティアーズ!」

 

 

己の機体と同一の武装、六機の────厳密には四機のビットがセシリアの周りを飛翔する。彼女の意思を感じ取るように動き回り、砲撃を行った『メガロ・ダイバー』を一斉掃射する。

 

 

「───────」

 

 

だが、そのビームの雨を『メガロ・ダイバー』は信じられない速度で回避し、潜行していく。イルカやサメのような水中の移動速度に唖然としたセシリアだったが、すぐさま冷静に思考を働かせる。彼女の頭の中には、既に『メガロ・ダイバー』を撃破する作戦が浮かんでいた。

 

 

(確かに、動きは素早い。ですが、狙い撃ちは出来るはず。回避不可能な状態へ、彼女が避け得るパターンを『ブルー・ティアーズ』で、速度から逆算した地点を私が狙撃すれば……………)

 

 

実際、セシリアはハイパーセンサーにより観測した速度から彼女の移動先を逆算し、そちらにライフルを構える。同時に『ブルー・ティアーズ』を操り、彼女が逃げられないように追い立てる。

 

端から見れば完璧であった。しかし、焦りと正確性を求めたあまり、セシリアの思考から一つの存在が消えかけていた。敵は一人ではない。もう一人いた敵IS操縦者が、姿を消したことに気付いた─────直後。

 

 

ザバァッ!! と、足元の水面から伸びたアームがセシリアを水中に引きずり込もうとする。咄嗟に、反射的にアームを狙撃したセシリアは、自分が選択を間違えたことを改めて理解した。

 

 

「─────アハッ!」

 

 

してやったりと、溶けて壊れたアームを分離させた機影が水面から飛び上がる。ヒト型ではなく、変形機構を扱った水中移動形態。上下に開いた装甲の内側には無数の刃やトゲを展開するその様は、獲物に食らいつくサメのようなものであり、人間一人を口に含めるほど大きなものだった。

 

セシリアに牙を剥いた『メガロ・バッシャー』の奇襲。その顎が『ブルー・ティアーズ』を噛み砕く────ことにはならなかった。

 

 

「ら、ラウラさんっ!」

 

「…………ッ!」

 

 

噛みつかんとした『メガロ・バッシャー』の顎の前に、瞬時加速で割り込んだラウラ。一瞬の合間に上下の牙に手を掛け、全身の力を込めて顎が閉じぬように押し上げる。

 

無理矢理開かれた『メガロ・バッシャー』咥内に、リボルバーカノンを直接押し当てる。そのままゼロ距離からの砲撃で、機体をぶち抜こうとした。

 

 

だが、そんなラウラの背後に衝撃が走る。それは離れた場所でシャルロットと交戦していたはずの『メガロ・ダイバー』の放ったミサイル。目の前の相手を無視し、弾幕を突破して放たれた小型ミサイルは体勢を立て直そうとしたセシリアではなく、『メガロ・バッシャー』を止めていたラウラだけをロックオンしていたのだ。

 

 

「馬鹿、な!私だけを、最初から!?」

 

(ッ!マズ────)

 

 

慌てて意識を目の前に戻したラウラの前で、『メガロ・バッシャー』はリボルバーカノンに牙を突き立てた。口の中でガリガリと、純粋な破壊を伴う力で押し潰す。

 

サメのような形態の『メガロ・バッシャー』が内蔵していたはずの腕を伸ばす。トゲやエッジだらけの両腕は、そのままラウラを掴み、餌にしようとする。だが、セシリアが狙撃しようとする動きに気付き、空中で横回転しながら水中へと潜行した。

 

 

「ラウラさん!お怪我は!?」

 

「大丈夫だ………だが、最悪だ。カノンを喰われた。私としたことが、しくじったな」

 

 

水中を泳ぐ二つの機影。その一つが口に含んでいた黒い鉄の砲身を躊躇なく噛み砕いた。本国への報告について少し頭に過らせたラウラだったが、今気にすることではないと考えを後にする。

 

姿を捉えられない速度で潜行する『メガロ・ダイバー』と『メガロ・バッシャー』。それに対応するべく、セシリアとシャルロットとラウラは、自分達の背中を預けるように一点に移動する。せめても抵抗、或いは連携を見て、『メガロ・バッシャー』を操るニカが面白そうに笑った。

 

 

「───へぇ、土壇場での連携か。ンなもんで、アタシ達のコンビネーションに勝てるとでも思ってんのか?」

 

「…………」

 

「良いぜ!付き合ってやるよ、先輩サマ方!でもすぐに分かるだろうゼ! アタシ達のコンビネーションには、相手にすらならねぇってことに!!」

 

 

自信に満ちた声。負けを疑わぬ余裕。それが子供特有の力に驕った慢心ではなく、実力を伴った培われたものだということに間違いはない。

 

それは無機質で淡々とした少女 ネナも同一であった。二人の少女達は純粋な勝負ではなく、本気の戦いに勝つ気でしかないのだ。

 

 

「………先手、必勝。一方、蹂躙」

 

「その通ォーり!無敵かつ究極のォ、アタシ達の連携は絶対だ!この領域内で、アンタらという獲物を狩り尽くしてやるゼェ!!」

 

 

◇◆◇

 

 

「────ハハッ、良いね。流石はオレの大切な家族だ。代表候補生相手にも上手くやれてるようで何よりだ」

 

 

二つのドームで起きてる戦闘の様子に、ミナトは仲間である少女達の優勢を疑ってはいなかった。自分が最も信用する懐刀であり、『傭兵団アルスター』の最高戦力達。直に彼女たちが勝利してくるだろうと、余裕を隠さない。

 

そんな彼の背後で、一夏や龍夜達は水面に伏していた。いや、完全には倒れてない。だが、辛うじて立ち上がれていると見える程に、彼等の負ったダメージは想像以上のものだったのだ。

 

 

「まだ、俺達は立てるぜ………ッ!余所見してんじゃ、ねぇよっ!」

 

「余所見、そうか? もう既にお前ら終わりみたいなもんだろ? オレの絶技を何発受けたと思ってるんだ」

 

 

余裕そうに顎を擦るミナトの言葉に、一夏も悔しそうに口を噛むことしか出来ない。その通りだ。ミナトは本気で相手すると言わんばかりに、大技を連発してきた。大量の水を叩きつけたり、複数の大渦で引き寄せ、水を帯びた槍で叩ききったりと。

 

先程までの善戦が嘘のように、ミナトは一夏達を追い込んでいた。

 

 

(まだ、瞬時加速は出来る。ギリギリ零落白夜を打ち込めば、勝てるかもしれねぇ────だけど)

 

 

未だ諦めない一夏だが、ふと隣を見る。『プラチナ・キャリバー』の鎧に包まれた龍夜、呼吸を押し殺す彼の様子に全てを理解できていた。

 

(────ダメだ。龍夜は、さっきから俺達を助けるために絶技を何発も受けてる。絶対防御はあっても、ダメージは貫通してるかもしれない。下手したら、次の攻撃でやられる)

 

 

一夏や鈴音、士が辛うじて立ち上がれるのは、龍夜のサポートがあってこそだ。彼に庇われたり、押し飛ばされたりしたことで、一夏達は何とか戦えるまで余力を残している。

 

だが、龍夜は限界をひたすらに隠している。勝機となる一夏達を最後まで残そうと考えているのだろう、龍夜本人もそう考えていた。─────ただ一つ、彼の本心は違うのだが。

 

 

緊張した空気が、周囲に漂う。

時間は掛けられない。何とか短期決戦でミナトを撃破しなければならない。これ以上龍夜に無理をさせず、全員でヤツ一人を突破する手段を考えなければならない。

 

何とか勝機を見出だそうとする四人。そんな彼等の覚悟を揺るがす一言が、ミナトの口から響く。

 

 

 

 

「─────止めだ」

 

 

平然と、肩を竦めるミナト。何てことない、心底つまらなさそうに答えた彼はトライデントを肩に担ぎながら、言葉を続ける。

 

 

「これ以上、無意味な小競り合いをする気はないんでな。オレ達も仕事なんだ。遊ぶのは止めて、そろそろ真面目にやらせてもらうぜ」

 

「今まで、遊んでたって言いたいのかッ!?」

 

「遊ぶぅ? 違うぜ、こっちも真剣にやったんだぜ?…………ま、この手段はオレの主義じゃねぇんだが、主義ばかりで依頼を果たせなきゃ意味がねぇ。オレ達なりに、アンタらに配慮したやり方で追い出させてもらうぜ」

 

 

依頼、つまりは『隔絶区域(コードレス・エリア)』で生きる子供達を追い出せと言うことだったはず。その為に行うやり方とは何なのか。

 

それは無線機を取り出したミナトの言葉が物語っていた。

 

 

「─────母艦 アトランティス・アビスに告ぐ。予定時間により、A地点からD地点への砲撃を開始せよ。砲撃の間隔は五分ごと。以上」

 

 

淡々とした命令と共に、市販の無線機を踏み潰す。青ざめた一夏の前で、彼は両手を広げながら笑みを向ける。

 

 

「さ、これで連中は逃げるしかなくなった訳だ。A地点から順番に、最終的には連中の拠点を砲撃する────連中に連絡したらどうだ? 早く逃げないと砲撃に巻き込まれて死ぬって」

 

「正気かよ、テメェ!! あそこの人達は何も悪いことしてねぇんだぞ! それに、まだ小さい子供だっているんだぞ!!」

 

「だから逃げる機会を与えてるんだぜ、オレは。………少なくとも、ここの連中を皆殺しにしようとした『クインス』の奴等よりは、ちょっとだけ温情だと思うがな」

 

 

怒りに吼える一夏の言葉すら、届いていない。いや、理解しても尚無視するのだろう。彼だって、生きるために戦っているのだから。

 

更に怒鳴ろうとする一夏だったが、ふと後ろから震えた声を聞いた。凄まじい熱と怒りを溜め込んだ、呪詛のような声を。

 

 

「………ざけんな」

 

「……士?」

 

「ここは、俺達の………世界から追い立てられた、俺達の家なんだぞ。皆で苦労して生きてきて、必死に過ごしてきた─────ナツが、護った場所なんだ。そこを棄てて生きるのが、温情だと?

 

 

 

 

─────何処までテメェらは!俺達から奪えば気が済むんだよォオオオオオオオオッ!!!」

 

 

絶叫し、士が走り出す。幻想武装 『サラマンダー』を展開した士の身体が、鋼鉄の大蜥蜴へと変化する。全身から熱を、蒸気を噴き出し、加賀宮士は自分達の居場所を、『隔絶区域(コードレス・エリア)』を奪おうとする者に突貫していく。

 

止めろ、と誰かが叫ぶ。その声は士には届かない。憤怒という激情、灼熱の炎に支配された彼の脳には、あらゆる理不尽を強いる全てを焼き尽くすことしか、頭にないのだ。

 

 

「─────『焔熱の剣(ヒラルガ)』ァァアアアアアアアアッッ!!!」

 

 

片腕から噴射した灼熱の火柱を、ミナトに振り下ろす。鋼鉄を切る所か、溶解させる程の灼熱の刃。人ならば火傷どころか溶けて消え去る一撃は──────トライデントによって容易く消し飛ばされた。

 

 

「…………気持ちは分かるぜ。理不尽だと思うよな、許せないだろうさ。だが、悪いな」

 

「───ッ!」

 

「この世は全て弱肉強食。恨むなら、こんな世界にした奴等を恨みな─────絶技『ウェイブ・スプラッシュ』」

 

 

激流の渦を纏った長槍による斬撃、それは意図も容易く数倍の体躯を有する『サラマンダー』の装甲を切り裂き、幻想武装を崩壊させた。

 

 

「が、ばッ─────ぐ、ググ………ゥ」

 

 

幻想武装を破壊され、吹き飛ばされた士が悶え苦しむ。薬品に頼ってまで幻想武装を扱っていた彼に、受けたダメージ以上の激痛がフィードバックしているのだ。幻想武装の力を引き出すための副作用により、今彼は全身を引き裂かれるような痛みに襲われている。

 

 

「士っ! おい! 」

 

「アンタ! しっかりしなさいよ! 」

 

 

一夏と鈴音が駆け寄るが、士は認識できてないのか苦しそうな呻き声を漏らすだけだった。その状況にミナトが複雑そうな顔をしていると────何かに気付いたように、顔を上げた。そして、顔を歪める。

 

 

「─────どういうことだ、クインスの連中。話が違うぞ」

 

 

同時に、龍夜はそれを感じ取っていた。

ミナトが意識したものを、『隔絶区域(コードレス・エリア)』に近付く巨大な影。クインス社と思われる複数のヘリに吊るされた、大型兵器の影。その存在を、ハイパーセンサーで補足した瞬間、龍夜も唖然とした様子で呟くことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

「……………界滅神機、だと」

 

 




────大人ってクソだな。そう思わせる展開。クリスマスとは到底思えないよね!!! (ポケ戦と一部の特撮から目を反らして)





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第80話 燃ゆる火焔、深き幻想

明けましておめでとうございます! 本来なら昨日に投稿したかったですが、色々と忙しく今日になってしまいました。これからもどうぞ宜しくお願い致します。


『────界滅神機 メルトグラム、目標地点に移送完了。これより起動と共に投棄、攻撃を開始させます』

 

「ご苦労様、貴方達はすぐに帰投しなさい。対センサージャミング発生装置を忘れないよう、外部の勢力に悟られないように気を付けなさい」

 

 

クインス社直属の私兵からの連絡を聞き終えた女社長 九条アンナは卓上で一息漏らす。目の前のパソコンでモニタリングされた『隔絶区域(コードレス・エリア)』の現状、そして戦い続ける傭兵団 アルスターとIS学園の候補生達の姿も、そこにはある。

 

 

「メルトグラム、出来れば使いたくはなかったけど、四の五の言ってられないわね。多少損害を被ろうとも、『隔絶区域(コードレス・エリア)』の界滅神機を手に入れさえすれば、全てが上手くいく」

 

 

外国の辺境から発掘し、回収した界滅神機 メルトグラム。これを保有していたからこそ、クインスはある程度の横暴を許されていた。だが、もう少しすれば自分達の立場が大きく揺らいでしまう。

 

故に、彼女は事を大きくすることを選んだ。界滅神機によってあの地区を強奪し、もう一機の界滅神機さえ手に入れれば、今は『隔絶区域(コードレス・エリア)』を容認する国連であっても、此方側に付くことは間違いない。何より、彼女としても好都合な状況だった。

 

 

「…………代表候補生の男二人も死ぬなら、組織の皆も喜ぶこと。ついでだから、アルスターも消しておこうかしら。そうよね、私に嘗めた態度を取る連中だもの。『隔絶区域(コードレス・エリア)』の奴等と一緒に死んでも、誰も悲しまないわ」

 

 

クスクス、と抑えていた笑みを隠すことなく、大声で笑い始める九条アンナ。最早自分の勝利を疑わぬ様子に、静かに立ち尽くしていた秘書も不要なことを口にしない。だが、笑い声に重ねるように、一言だけ呟く。

 

 

「────単純なヤツ」

 

 

女社長を言葉巧みに煽て、界滅神機を起動させた秘書の女性は嘲りと侮蔑を隠さない。此方を意識していない女社長の姿を、小馬鹿にするように見下ろすだけであった。

 

 

◇◆◇

 

 

「界滅神機、だって?」

 

 

龍夜の漏らした呟きを耳にした一夏が顔を上げる。複数のヘリに輸送されている大きな金属の塊。確かに普通とは違う、界滅神機と似たような禍々しい雰囲気を感じさせる。

 

だが、一夏はその事実を安易には受け止められなかった。他の界滅神機のように地下に眠っているのではなく、人の手で運ばれたようなあの機体は、間違いなく何者かの企みのようなものが窺える。

 

 

「ほ、本当になのか!?だって、界滅神機だぞ………あんなの、一体誰が動かせるって言うんだ!?」

 

「─────クインス・コーポレーション、奴等しかいないだろ。こんな状況でこんな真似をして、メリットのある奴等なんて」

 

 

実際に、それを証明するようにクインス社のヘリが界滅神機を運んでいるのだ。正直龍夜としても困惑が目立つ。あんなバレバレのヘリで輸送して、自分達の仕業だと気付かれていいのか、と。そもそも、気付かれたとしても殺せばいいとでも考えているのかもしれない。

 

 

────そんな中、吊るされた界滅神機が微かに動く。ヒト型といえど人に在らず。愚鈍な金属人形(ゴーレム)のような造形の兵器。針のような同じサイズの手足を八本も有し、胴体に巨大な球体のコアを────無数のリングで構成した、異形の兵器。

 

円環に覆われたスフィアの真上に鎮座する四つの眼光。同時に輝いた深紅の瞳が、一斉に周囲の世界を認識する。覚醒と共に界滅神機は雄叫びのような不協和音と共に、全身を吊り上げるワイヤーを引き剥がし、引っ張られたヘリを空中で撃墜した。

 

 

【────────ッ】

 

 

己を吊るすワイヤーすらも消し飛ばし、界滅神機 メルトグラムは降臨する。機械的なその見た目とは無縁であるはずの、人類への憎悪を、世界全てに撒き散らしながら。

 

 

直後、あらゆる縛りから解き放たれたメルトグラムのリングが回転し始める。輝きを増幅させるコアの様子に、いち早く『エクスカリバー』の巫女 ルフェが咄嗟に反応する。

 

 

『───!高熱源反応、敵兵器に一点集中!演算機能により解析、高出力レーザー砲来ます!』

 

「ッ!ルフェ! 粒子変換バリアを展開!最大限の出力で、四重展開だ!」

 

『了解しました、マスター!』

 

 

IS形態を解除し、エクスカリバーを水面に突き立てる龍夜。一夏や鈴音、士を護るように立った彼の前方に半透明な粒子の防壁を複数展開する。

 

バリアを構築した直後、メルトグラムのコアが一段と光り輝く。強烈な閃光が視界を覆ったその瞬間、高出力のレーザー砲が龍夜達を襲った。

 

 

「─────っっ!!!」

 

 

膨大な熱波と閃光が、視界全てを呑み干す。超高火力の粒子砲の熱と破壊を展開されていた防壁が塞いでいたが、それすらも打ち破られる。砕け散ったバリアすら消し飛ばす熱量の光が、彼等もろとも一帯を吹き飛ばす。

 

少し離れた水のドームにいた箒達だが、水のドームが一気に崩れる。ただの水になって地に落ちたことでドームから解放された彼女達は戸惑いながらも、目の前の状況に言葉を失う。

 

 

焼け熔けた廃墟の町並み。そこにあった物全てを灰塵に帰す破壊光線の威力に絶句を隠せない一同。それは箒達だけではなく、戦闘をしていたアルスターのIS操縦者達も同じだった。

 

 

「っ!そうだ、一夏達は!?」

 

「…………ミナト様っ」

 

 

レーザー砲撃の射程に入っていた仲間達の事を思い出し、咄嗟に捜索する一同。だが、すぐに見つかった。レーザーにより焼き尽くされた一帯で唯一免れた所にいた一夏や龍夜達。防壁を突破されたにも関わらず、彼等が助かった理由は一つしかなかった。

 

 

「───流石に無茶し過ぎた、かな」

 

「ミナト……? 何の、つもりだ?」

 

「いやぁ、目の前で死なれるのは目覚めが悪いんでね。オレの心条に従っただけだ、気にするなよ」

 

 

アッサリと告げるミナトだが、彼は防壁を貫通してきた熱線を僅かに浴びている。皮膚が焼き焦がされた右腕を水で包み込みながら、余裕そうに口を開く。

 

そうしている間に、箒達が一夏や龍夜達と合流する。同時に相手の方も。シルフィ、ニカ、ネナが此方を警戒しながら、ミナトに声をかけた。

 

 

「どうする?ボス。………まだやるか?」

 

「────いや、帰るぞ。クインスがオレ達の出した条件を破った、こりゃ契約無視だ。それなら、連中の依頼を素直に聞く必要はないさ」

 

 

少女達はアッサリと、ミナトの指示に従った。そのまま背を向けようとするミナト達に、納得できない様子のラウラが声を荒らげる。

 

 

「待て!逃げる気か!?」

 

「…………まぁな。こっちは『隔絶区域(コードレス・エリア)』を潰す理由は失くなった。これ以上お前らと殺し合う理由はない。────ま、お前らがやるのを望むってんなら話は別だが、あのゲテモノ兵器を無視してやり合う気はないだろ?」

 

それじゃあ、さよならだ、とミナトはトライデントを振るう。槍先から溢れる水の軌跡が彼等の姿を包み込み、その姿を見えなくする。胎動するように膨張していた水の塊はミナト達を呑み込み、完全にその場から消え去った。

 

 

「…………逃げたか、どうする? 龍夜」

 

「───全員で物陰に隠れてからだ。手を貸せ、此方には重傷人がいる」

 

 

先程よりは落ち着いたが、士の苦しそうな様子は変わらない。その状態にいち早く反応した同胞であるゼヴォドであった。彼は駆け寄りながら士の肩を支え、一夏の後を追い掛け、物陰の裏へと移動する。

 

 

「………織斑先生との連絡は?」

 

「出来ない、回線も阻害されている。ここにいる皆には繋がるんだが………」

 

「ヤツが遠距離との回線を遮断しているらしいな。特殊な電磁波で構築した領域を展開していると見ていい」

 

 

端末や周囲の状況から、龍夜はそう結論付けた。恐らくあの界滅神機は自分で動くタイプではなく、あくまでも砲台型の兵器。機動力を補うために結界による防衛、連携の無効化を実現しているのだろう。

 

 

「全員、ISのエネルギーは?」

 

「…………半分は切っている。すまない、アルスターのIS操縦者に使い過ぎた」

 

 

無理もない、そう龍夜も判断している。まさかアルスターの直後に連戦するとは誰も思わないことだ。余力を残しておけるような相手でもないからこそ、尚更だ。

 

だからこそ、この場で取るべき最善の行動も既に決まっている。

 

 

カツンと、剣の先を突き立てる龍夜。蒼銀の剣 エクスカリバーが綺麗な音を反響させると共に蒼白い光の奔流が周囲へと広がった。光に包まれた一夏達は、自分達のISのエネルギーがほぼ全快していることに気付いた時には、龍夜の全身を纏っていた装甲が、光となって消失した直後だった。

 

 

「────全員の機体のエネルギーを補充した。最大限まで補充出来たのは幸いだったが、これで少しの間戦えないな」

 

「………ど、どうして? 龍夜がそこまでする必要は」

 

「合理的に考えたまでだ。残り少ないエネルギーで全員が戦うより、エクスカリバーの現時点でのエネルギー全てを皆に渡すのが、最も最善の手段だ。…………それに、誰か一人はコイツを安全な場所に移動させる義務がある」

 

 

淡々と答える龍夜に、全員が意外だと感じていた。戦いから逃げるという訳ではなく、自分より他人を優先するような行動を示した事にだ。本人が意識しているのかどうかは分からないが、副作用により衰弱した士を背負い、一夏達に告げた。

 

 

「早く行け。メルトグラムは恐らく、また攻撃を始める。起動直後だからこそ、近くにいる俺達を狙ったが、ヤツは恐らくサクラ達を攻撃するだろう。彼女達の砲撃が始まる前に、お前達がヤツを止めろ」

 

「………分かった。頼んだぞ、龍夜」

 

「安心しろ、俺だって戦えない訳じゃない。コイツを休ませて、ある程度エネルギーを補充してからすぐに出る。その間、何かあれば俺に伝えろ。以上だ。後は任せるぞ」

 

 

それだけ言うと、戦場から離脱するように駆け出す龍夜。男一人を背負っているとは思えない程、身軽な動きで去っていく。

 

何より信頼できる龍夜がいなくなった現状だが、四の五の言ってはいられない。一夏達は完全に近い状態となったISと共に、界滅神機 メルトグラムへと向かっていく。

 

 

◇◆◇

 

 

静かに鎮座するメルトグラム。四本の槍のような脚を地上に突き刺した巨大兵器は、他にある四本の脚部ユニットを重ねるように展開する。内側の熱を増幅させたリングを回転させ、メルトグラムは先程と同じ高出力レーザーによる砲撃を始めようとしていた。

 

照準は、『隔絶区域(コードレス・エリア)』の子供達。クインス・コーポレーションにプログラムされた目標を捕捉し、子供達だけを一方的に抹殺するように動かされているのだ。

 

 

「────止めろぉっ!!」

 

 

目に見えて起こる虐殺を止めるべく、織斑一夏が突撃する。白き機体から噴き出したスラスターからの奔流に身を預け、瞬時加速によって数十メートルの距離を縮め、メルトグラムを破壊する為に刀を大きく振り上げた。

 

メルトグラムの装甲に一太刀を浴びせようとしたその瞬間、一夏の全身が叩きつけられた。いつの間にか、彼はすぐ近くの建物に吹き飛ばされたらしい。少なくとも、一夏の認識ではそうだった。

 

 

「っ!? 何だ、今何をされたんだ!?」

 

「ええい! 何をやっているのだ、一夏!」

 

 

咄嗟に飛翔してきた箒が、一夏の元へと駆け寄る。困惑しながらも問い詰めるような態度に疑問を覚えていると、その答えを彼女自身が話してくれた。

 

 

「バランスを崩したのかは知らないが、メルトグラムに攻撃も当てられんとは。疲労があるのは理解するが、あまり無理は─────」

 

「待ってくれ、箒。当てられなかった? ヤツが何かをしたんじゃないのか?」

 

「? 何を言っているのだ? 私から見れば、お前がバランスを崩したようにしか見えなかったが………」

 

 

ここに激突するまでは、一夏の意識はメルトグラムを捕捉していた。間違いなく距離を詰め、確実に一撃を浴びせられると判断できていたはずだったのだ。にも関わらず、端から見れば一夏が変な方向に突撃していったとの話だ。

 

明らかな違和感に頭を悩ませる一夏と彼を信じながらも何が起こったのか分からずじまいの箒。そんな二人の元に、

 

 

「────分かりましたよ。何が起こっていたのか」

 

「ゼヴォド! 何が起こったって、ヤツの能力なのか?」

 

「ええ。少し難儀な事なので、私達にも詳しくは理解できませんが…………」

 

 

降り立ったゼヴォドが話し始める。一夏と箒が戦線を離脱してから、何が起こったのか。メルトグラムへの集中攻撃を始めた一同であったが、そこで不可思議な現象の目の当たりすることになったのだ。

 

 

「────攻撃が当たらない、というより、ねじ曲げられてるように見えましたね。砲撃や銃撃も防がれている訳ではなく、いなされているようです」

 

 

あらゆる遠距離攻撃が屈折させられ、接近しようとすれば方向感覚を狂わされる。どんな攻撃をも防ぐシールドを展開されるよりタチが悪い、理解不能の事実にセシリア達は戸惑いながらも必死に攻撃を繰り返していた。それでも、メルトグラムに攻撃が届くことはない。意図も容易く、全ての攻撃がズラされてしまう。

 

打つ手なし。そんな状況下に自分達は在る、とゼヴォドは説明した。ならばどうするべきか、兎に角対処しなければと頭を回そうとした一夏は、思わず顔を上げた。そして即座に、個人回線を繋げる。

 

 

「龍夜っ! 少しいいか!?」

 

『────一夏か、何かあったか?』

 

「少し、いや本気で困ってるんだ! メルトグラムに攻撃が当たらないんだが、どうすればいいと思う!?」

 

『………落ち着け。まずは詳しく説明しろ』

 

 

淡々としながらも、此方の様子を気遣う龍夜の声に、落ち着きを取り戻した一夏は彼の言う通り、明確に説明を始めた。メルトグラムへの攻撃が届かない事実を聞いた龍夜は、静かながらも思案に暮れた。

 

 

『────瞬時加速をズラされ、狙撃も銃撃すらもねじ曲げられる…………成る程、ヤツが砲台に徹するのも理解できる。それだけの力があれば、わざわざ動かずとも敵への警戒は必要ない』

 

「…………何か分かったのか?」

 

『恐らく、その話が正しければ、ヤツを護る力の正体『ベクトル』だ』

 

 

ベクトル? と聞き返す一夏に龍夜は分かりやすく話す。力の向きや量、速度等を含めた概念。つまるところ、人間が認識できない物質やエネルギーの流れ、それを指し示す記号の一つだと。

 

 

『何らかの手段を用いて接触した銃弾やレーザーのベクトル、力の向きをねじ曲げ、軌道を反らす。一夏が全く別の方向に激突したのも、方向感覚を狂わされながらベクトルを変えられたんだろうな』

 

「それって、ラウラのAICに近いヤツなのか?」

 

『恐らく、な。だが、少なくともメルトグラムの砲台としての機能を考えれば、結界として展開している可能性もあり得る。全方位、あらゆる方向からの攻撃にも対応できるようにしているはずだ』

 

「それではっ、完全に打つ手無しと言うことか!?」

 

『いや、それは早計だ。ヤツもあれだけ巨大な兵器と言えど、エネルギーを必要している兵器だ。全方位のベクトルに作用する武装を、常時展開するなど、エネルギーが直ぐに枯渇するはずだ。

 

 

 

…………話は逸れるが、ヤツが砲撃を始める瞬間、リングが回転しただろう。複数の円環全てに高エネルギー反応を感じたが、レーザーを放射したのはコアからだ。恐らく、あの円環は回転によってエネルギーを加速させ、増幅させる機構だ。砲撃の際にエネルギーを増幅させるということは、ヤツがエネルギーの過剰消耗を危惧したという意思が見え隠れしている』

 

 

ベクトル作用武装とあの高出力レーザー砲。どれもエネルギーを多量に消費する燃費の悪い武装のはずだ。それを多用すれば、無尽蔵のコアを有してもエネルギーの供給が間に合わない。

 

だからこそ、少量のエネルギーの増幅させる機構を備えているのだ。それがあれば、燃費の悪い武装を多用しても消耗を補うことが叶う。

 

 

『ベクトル兵装の事だが、対処は既に考えられている。武装自体は円環の外側に取り付けられているはずだ。ヤツもエネルギーの消費を防ぐため、攻撃の行われない瞬間にベクトル作用結界を停止しているはずだ。それならば、ヤツがわざと結界を停止させるように仕向け、合間を狙って攻撃すればいい。……………ヤツが俺達の出会ってきた界滅神機のような、自我を有した人工知能ならば厳しいだろうが、アレはクインス社の保有している兵器だ。プログラムされただけの頭脳ならば、抜け穴を穿つことは容易い』

 

「………つまり、ヤツがベクトル作用兵装を中断する瞬間を狙うか、兵装を展開させ続けて一気に消費させる。ということでしょうか」

 

『そうだな。狙つべきはさっき話した、ベクトル作用装置の方だ。アレを少しでも壊せば、メルトグラムは強力な結界を展開することが出来なくなる。そこが狙い目だ』

 

 

◇◆◇

 

 

通信を切った後、龍夜は一息つく。離れたエリアで士を寝かせた彼はエクスカリバーのエネルギーがまだ回復できていないことに若干焦りを覚える。

 

 

「────『レイグライダー』、上からモニタリングしてくれ」

 

 

少しでも観測しようと、龍夜はサポートガジェットの一つを起動させる。小型のエイらしき機械が上空に飛翔し、遠くで起きている戦闘の光景をカメラで捉え、その映像を龍夜の元に送る。

 

僅かに状況を理解した龍夜は、僅かに顔をしかめた。自分がメルトグラムの結界の突破口を教えたことは上手くいっている。しかし、一夏達の戦況は宜しくないらしい。

 

 

「…………ベクトル作用装置は壊したみたいだな。ひとまず攻撃は届くみたいだが……………不味いな」

 

 

無論、一夏達は追い込まれているわけではない。むしろ大して動けないメルトグラムに一方的に攻撃を繰り出せている。幸いなことに、ヤツの攻撃手段は砲撃しかない。あれだけのレーザーならば簡単に避けられる。

 

では、何が不味いのか。それは誰もが理解できることだった。

 

 

「────火力が足りない。今のアイツらではメルトグラムを一撃で仕留める程の火力が、パワーがない。この状況を打破できる程の切り札が、誰の手にも無い」

 

 

実際に彼等の中で唯一高火力を出せるのは、界滅神機を破壊できる程の一撃を放てるのも、龍夜だけである。その自分が戦線離脱している今が致命的だ。復帰しようにも、今あるエネルギーの残量では一撃しか放てない。

 

黙って見ていることしか出来ないのか、そう歯噛みしていた龍夜であったが、突如声が聞こえてきた。

 

 

「────火力が、パワーが足りねェか………?」

 

 

振り返ると、さっきまで意識朦朧としていたはずの加賀宮士が目を覚ましていた。息も絶え絶えといった様子には変わりない。暴走したウロボロス・ナノマシンに身体を蝕まれている青年は、好機を見出だしたように笑っていた。

 

 

「それなら、考えがあるぜ…………俺なら、ヤツをぶち抜く火力を出せる」

 

「…………考えて物を言え。怪我人か重病人かは分からなあが、今も弱っているお前を戦わせる訳にはいかない。第一、お前の幻想武装でヤツにダメージを与えられると、本気で思ってるのか?」

 

「─────耳が痛ぇな。その通り、かもしれねェ。確かに、無理かもな。……………今のままじゃあ、なッ」

 

「何?」

 

 

冷酷に告げる龍夜の言葉を否定した士は、胸元から何かを取り出した幻想武装を展開するためのカオステクター。そして、もう一つ。何らかのクリスタルを接合させた端末を取り出したのだ。

 

 

「俺じゃあ勝てねぇなら、方法はある────命を賭けりゃあ、それなりに強くなれる、だろうぜっ」

 

『オブリビオン!』

 

「────ッ!」

 

 

オブリビオンと音を出した端末に、メモリアルチップを装填する。虹色の結晶が更なる輝きを増し、サラマンダーのメモリアルチップに何らかの細工をして、放出する。深紅のチップは、虹色に書き換えられた赤のチップへと変化していた。

 

何故だかそれを認識した瞬間、龍夜はその虹色に禍々しさを感じてならなかった。だからこそ、咄嗟にカオステクターにチップを差し込もうとする士の腕を止めたのだ。

 

 

「…………お前は、それでいいのか」

 

「何が、だよ」

 

「命を賭けるだと、それが本当ならお前は死ぬつもりで戦うのか!? そこまでする意味が、お前にはあるのか!?」

 

「────あるに、決まってんだろ」

 

 

断言した士の声音には、芯があった。今まで感じたことのない強さに満ちた言葉。

 

 

「『隔絶区域(コードレス・エリア)』を、俺達の仲間を守るために、力を求めてきたんだ────アイツらを、護り通せるんなら、命だって安いもんだ。喜んで全て燃やし尽くしてやる」

 

「─────ッ!!」

 

 

同胞達の為に、共に生きた家族のために命を捨てようとする士の覚悟に、龍夜は言葉も出なかった。彼自身も命を賭けることに抵抗はない、だがそれは復讐に限る。もし、仲間のために命を張れるかと聞かれれば、龍夜は間違いなく迷うだろう。

 

仲間が大切な訳ではない。だが、簡単に捨てられるものではない。何より、命よりも優先するものがあるからこそ、躊躇してしまうのだ。だからこそ、目の前の青年の覚悟に絶句した。

 

同時に、その覚悟を止められるとも考えていなかった。最早彼には目の前の青年を見送ることしか出来ない。

 

 

「…………加賀宮士、だったか」

 

「? 何だよ」

 

「死ぬなよ。お前には、その仲間が待ってくれてるんだろ」

 

「─────」

 

 

青年は答えない。

笑顔を崩すことなく好戦的に笑った士は、メモリアルチップをカオステクターへと差し込む。次の瞬間、全身から膨大な炎を噴き出し、彼は幻想武装でその身を纏った。

 

 

◇◆◇

 

 

「────クソッ!止まれ!止まれよ!」

 

 

ベクトル作用装置を破壊した後、メルトグラムへの攻撃を続ける一夏達。しかし、メルトグラムの装甲は強固になっており、あらゆる攻撃を通さない。それを理解してか、或いは外部からの命令を受けたのか、メルトグラムは一夏達を無視し、サクラ達隔絶区域(コードレス・エリア)』の子供に狙いを定めていた。

 

 

「ダメです!これ以上攻撃しても、メルトグラムはこっちを意識しない!」

 

「だからと言って何もしない訳にはいかんだろう! 教官や彼等を見殺しにすることになる!」

 

「何とかしないと!装甲だけでも破らないと!」

 

 

焦るゼヴォドや少女達を他所に、メルトグラムはレーザー砲撃の準備に入る。倍増させると共に放射するためのエネルギーを、破壊光線として一気に解放する勢いを見せていた。

 

絶望しかけていた一同だったが、突如熱源反応が生じる。反応は真後ろから、振り返った彼等のすぐ近くを白熱の閃光が過ぎ去った。

 

 

【ッッ!!?】

 

 

その熱線はメルトグラムに直撃すると共に、防御に特化した重装甲を一瞬で融解させた。砲撃に使用していた部分すらも消し飛ばされ、メルトグラムは砲撃を中断せざるを得ない。

 

困惑しているのは全員もだった。今の攻撃が何なのか分からない、そんな風に混乱していると、先程の攻撃の主と思われる存在が廃墟の群棲をぶち抜きながら、姿を現す。

 

 

 

『グゥガアアアァァァァァァァァアアアアアアアアアアアッッ!!!!』

 

「アレは、サラマンダー!?」

 

 

加賀宮士の幻想武装 サラマンダーに似た何か。しかし、具体的に何かが違う。複数の腕を生やし、全身に虹色の光の軌跡を刻むその姿は、異質に近い状態でもある。

 

そして、目を見張るのはその火力。サラマンダーの放つ熱線は、かつて対峙した時以上に変化していた。再び放たされた溶解熱線がメルトグラムの脚部ユニットをけしとばしたことが、それをよく物語っている。

 

何が起きているのか、困惑を隠せない一夏達であったが、ただ一人だけが何かを理解する。士と同じ組織のメンバーであるゼヴォドは、彼が何をしたのかを悟り、青ざめた。

 

 

「士、まさか────『オブリビオン』を使ったのか!?」

 

「オブリビオン? 何だよそれは!?」

 

「…………我々が保有する第三の伝説幻装(エンシェント・レガリア)。幻想武装を強化できる、唯一無二のアイテムです。当然、命の危険があるため、シルディ様も必要な時以外の使用は禁ずる、と」

 

「ッ!何でそんなものを、アイツに渡してたんだ!そんな危険なもの、使わせる訳にはいかなかっただろ!?」

 

「ッ! 我々はテロリストです!世界と戦うためには命を賭けなければならない時がある!皆覚悟はある!私とて、死ぬ覚悟は出来ている! ISや国に勝つためには、未熟な我々は命すら使わなければならないんですっ!!」

 

 

命を無下にした物の存在に怒りを示す一夏だが、胸ぐらを持ち上げられたゼヴォドは強い姿勢で言い返した。世界を変えるという宿願を果たすのは容易ではない。だからこそ、命を掛けるという手段も必要なのだ。

 

それでも納得できる話ではない。口元を噛み締める一夏を呼び止めたのは、この場にいないはずの相手だった。

 

 

「────止せ、一夏。ソイツらにはソイツらなりの覚悟がある。そこに口を出す訳にはいかない」

 

「龍夜!?離れてたんじゃ─────」

 

「アイツが飛び出していったんでな、話は変わった。俺がヤツを仕留める。俺を乗せていけ」

 

「わ、分かった。けど、ISを纏わなくて良いのか───イテッ」

 

「エネルギーが足りないんだ。ヤツのコアを破壊するためにも、無駄に消費したくはない。分かったら、早く連れていけ。時間を無駄には出来ない」

 

 

軽く手刀を浴びせ、困った様子の一夏の背中を借りる龍夜。メルトグラムの真上まで飛翔した二人は、メルトグラムへの執拗に攻撃するサラマンダーを見下ろす。

 

 

『─────ッ!!!!』

 

猛獣のように、理性を失い暴れるサラマンダー。オブリビオンの力で限界まで力を引き出された蜥蜴はその熱を以て、メルトグラムの装甲やリングを破壊し、コアへと近付く。

 

脚部ユニットがそれを阻止するように、サラマンダーを蹴り飛ばし、腕を切り落としたりもする。だが、サラマンダーは灼熱の炎から腕を生やし、がむしゃらにメルトグラムの装甲や武装を破壊し、コアにまで接近した。

 

 

球体型のコアを掴み、灼熱の熱線を浴びせようとするサラマンダー。しかし制御されたメルトグラムのコア残ったエネルギーを利用して最後の抵抗を─────不意打ちのレーザー砲で、サラマンダーの両腕を消し飛ばす。

 

腕を失い、転倒するサラマンダー。メルトグラムのコアは残った装甲をかき集め、何とか形を変えようとする。兵器として使命を果たそうとするメルトグラムは、磁力のように引き寄せた残骸を纏おうとしていた。

 

だがそれを、龍夜は見逃さなかった。

 

 

「──────終わりだ、メルトグラム」

 

 

振り上げたエクスカリバーを、メルトグラムのコアへと叩きつける。蒼銀の剣は銃弾すら弾くコアの表面を砕き、中枢を容易く貫いた。

 

それだけでは終わらず、エクスカリバーの、残存エネルギーを全て放出する。コアの内側から放射したエネルギーはメルトグラムのコアにトドメを差すに等しかった。

 

地上に落下するメルトグラムのコアとその残骸。コアの上でエクスカリバーの防護機能によって保護された龍夜は、エネルギーが完全に消滅したエクスカリバーの刀身を軽く撫でる。

 

良くやってくれた、と労うように。ジャミングが途絶え、戻った通信を繋げ、状況の報告を求める千冬やサクラ達に、龍夜は端的に告げた。

 

 

「此方、蒼青龍夜。メルトグラム、撃破完了。繰り返す………」

 

 

◇◆◇

 

 

「────S.S(エスツー)より報告。予定通り、『雛』が『女王』の切り札を潰した。想定したプランの進行は順調。これよりOと合流、『火種』を作る準備に掛かる」

 

 

遠くから観測していた一人の男が、静かに無線のスイッチを切る。墜落されたであろうクインス・コーポレーションのヘリの残骸に足を掛けていた男はそこから降りると、周囲の死体に突き刺していた日本刀を背中と腰の鞘へと戻す。

 

辛うじて息のあるクインス社の兵士にトドメを差し、男はある情報の入ったメモリーを兵士のポケットに入れ、その場を後にする。

 

 

後に起こる混乱、世界を揺るがす大きな騒乱の一因となる『火種』が、間もなく始まろうとしていた。

 




あんだけ重要そうな雰囲気出してたのにもう終わったメルトグラム戦。まぁ、この章の中盤ぐらいですからね。あまり尺も使えなかったんです。ここからがこの章の本番と言ってもいいところですから。


次回 『火種』


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第81話 火種

「────良くやった。作戦は完了、メルトグラムは撃沈し、『隔絶区域(コードレス・エリア)』は無事に被害なく終わった」

 

 

数時間後、アルスターやメルトグラムとの戦いを終え、一休みした所で呼び出しがあった。会議室にて始まった話し合い、その最初は千冬からの二度目の労いであった。因みに一度目は生還した一同に対して行われたものだが、そこで素直に照れた一夏に食いかかった少女達の珍事があったことは省くとする。

 

 

「さて、本題に入ろう────お前達も気付いているだろうが、今回の事態はクインス・コーポレーションにより引き起こされたものだ」

 

「…………」

 

 

気付いている、というより確実だと考えている。何故ならアルスターの奴等がそう口にしたのを聞いたからだ。オマケに、界滅神機 メルトグラムを輸送してきたのもクインス社のヘリで間違いはなかった。

 

 

「アルスターへの依頼はまだしも、奴等はあろうことか保有していた界滅神機を投入し、『隔絶区域(コードレス・エリア)』の鎮圧及び占拠を企てた。人命を無視した、生存者すら始末するように徹底した命令が近くに待機していた別動隊に下されているのも、把握済みだ」

 

「………別動隊?そんなものが居たのですか?」

 

「────お前達が戦闘していたと同時に、何者かと交戦し、全滅したらしい。命令の内容は、奴等の所持していたメモリーから照合したものだ。間違いはない」

 

 

これで、確定だった。

クインス・コーポレーションは明確に『隔絶区域(コードレス・エリア)』を害そうとした。よりによって、国連に安全を保障された彼等を、抹殺しようとしたのだ。その証拠が今回の戦いで出来てしまった。

 

これでもう、彼女達の破滅は決定した。免れることのない事実だった。

 

 

「この事は国連にて通達されており、議会はクインス・コーポレーションに対する厳罰処分を検討している。少なくともこのままではクインスも倒産し、現社長も殺人未遂容疑で拘留されることだろう」

 

「ということは、これで問題も無事解決、ということですか?」

 

「…………ほなら、どれだけ良かったか」

 

 

セシリアの疑問に答えたのは、フユキの無愛想な声だった。明らかに不満を隠そうとしない彼の態度には、その場にいる少女達は皆疑問符を浮かべる。

 

自分達を脅かす敵が自滅してくれたのだ。むしろここは、普通に安堵してもいいだろう。にも関わらず、彼の顔にはそれらしい感情は見えない。それどころか、逆に腹を立てているようだ。

 

その理由は、組織の運営と同時に外部とのやり取りを担当するサクラから伝えられた一報が、大きく関係している。

 

 

「───先程、クインス・コーポレーションの現社長から私達に通信が届きました。秘匿回線から届いたその内容は、単純なものでした」

 

「……………」

 

「この件に関する謝罪の数々。一々回りくどい文章ばかりでしたが、要約すると簡単なものでした。この件を大事にしないでくれるのなら、『隔絶区域(コードレス・エリア)』への干渉は一切しないと。

 

 

 

 

これからは仲良くしたいから、ひとまず話し合いでもしよう、と。それが彼女達クインス社の考えらしいですね」

 

 

静かに微笑むレギオンのリーダー。彼女の前で、リーダーの一人である灰髪の青年はより一層、苛立ちを込めた舌打ちを吐き捨てた。

 

 

◇◆◇

 

 

一方で、『レギオン』の本部の一室。

 

 

「────一夏!箒!鈴音!新しい冷却水を!箱ごとでいい!!」

 

「っ!まだ熱が引かないのか!? もう沢山使ったぞ!?」

 

「口よりっ、まず手を動かしなさいよ! 状況が状況っての分かるでしょ!?」

 

 

張り詰めた空気が漂うその部屋で、少年少女は走り回っていた。充満する熱気は彼等の緊迫感によるもの、だけではない。それは、たった一人の少年の身体から生じたものだった。

 

 

「──────っ!!」

 

 

言葉にならない呻きを漏らす少年、加賀宮士(かがみやつかさ)。ISスーツに似た特殊素材のスーツに肉体を包んだ彼は浴槽の中で、踠き苦しんでいる。全身から蒸気と熱気を噴き出すその様は余りにも異常、しかしそれは見た目だけではない。

 

浴槽に流した冷却水は、彼の身体に触れた瞬間に数秒もせず沸騰し出す。それだけでも異質だが、今の状態でも落ち着いている方だ。最初に冷却水を使った時は沸騰を通り越して蒸発したのだから。

 

何故こうなっているのか、それは数時間前の戦いが起因している。

 

 

 

──────メルトグラムの撃破後、気を抜いた一同の前で幻想武装を纏っていた士が苦しみ始めた。幻想武装が薄氷のように砕け散り、その場にいたのは異常な熱を全身から放つ士の姿しかなかった。

 

全身から発熱し続ける士の治療を行うことになった一行。兎に角冷却水で身体を冷やすという作業だが、彼等は拒否するどころか快諾し、現在に至る。龍夜が箱ごと冷却水をぶちこもうかと考えた直後、心配そうに寄り添っていたゼヴォドが声をあげた。

 

 

「────皆さん!熱が引きました!」

 

 

呼吸が落ち着いてきたゼヴォドの額に触れる龍夜は、僅かに反応を示した。熱が引いた、訳では無さそうだ。触って分かる通り、彼の全身はまだ熱を持っている。しかし、先程のように外部に影響を与えるまでには至ってはいないようだ。

 

誰もが安堵した。どうやら命に別状はないらしい。これで一件落着、と言えるような空気ではなかった。

 

 

「─────『オブリビオン』とは何だ?」

 

 

そう問い詰める龍夜に、俯いていたゼヴォドはゆっくりと口を開く。隠し通せないと腹を括ったようであり、静かに語る彼の口調は苦々しいものであった。

 

 

「…………数年前、我々はある施設でそれを見つけました。全長5メートルに匹敵する未知の物体(モノリス)。それは国連が開発したと思われる伝説幻装(エンシェント・レガリア)、幻創神体 オブリビオンという物でした」

 

 

神秘的なその物体が、自分達の扱うアイテムと類似したものと知った時は驚いた。何より、それがあまりにも素晴らしい力を有した兵器であることも。

 

 

「オブリビオンの能力は単純明快、幻想武装を強化するというものです。内部構造は不明ですが、オブリビオンは他の幻想武装の力を一時的に高めたり、周囲の幻想武装に力を与えるというものでした─────しかしある日、我々はオブリビオンの更なる力を知ることになりました」

 

 

喜びも束の間、彼等はその兵器の存在意義の全てを理解した。自分達がいかに甘い考えであったのか、そう簡単に力を得ることは出来ないという事実を、改めて理解させられた。

 

 

「オブリビオンの特殊なエネルギーを受けた幻想武装は、更なる進化を果たす。所有者本人の適正を底上げし、幻想武装をより幻想へと近付ける」

 

「────その代償に、所有者本人の命を奪うということか?」

 

「ええ、そういうものらしいです。幸いなことに、誰も使用したことがないので、私達にも正しくは分かりませんが」

 

 

それだけ危険なものでありながら、ゼヴォド達はオブリビオンの力を手放すことは出来なかった。一夏にも語ったように、彼等には手段を選べるような状況ではなかったからだ。

 

ISに、世界に対抗するためには、より強い力を得なければならない。だからこそ、捨て身の覚悟でオブリビオンの力を保持してきたのだ。もしもの時、どんな脅威をも打ち破る力を得なければならない日の為に。

 

 

「…………なぁ、ゼヴォド。本当に命を失うことになるのか? 士は今、落ち着いただろ? それなら、死ぬってこと自体大袈裟な話じゃ────」

 

「運が良かった。或いは、士が耐えられただけですよ。恐らくはあと一度か二度で、士は暴走します。今度こそ、命の保証は出来ません」

 

 

静かに告げる青年に、一夏達は何も言えない。言えるような空気ではなかった。達観したような口振りだが、ゼヴォド本人の様子は悲哀に満ちており、仲間の無茶を心から心配している姿に偽りは感じられない。

 

そんな彼等の元に、話し合いを行っていた千冬からある事実が通達される。─────隔絶区域(コードレス・エリア)』とクインス社との講和会談の話を。

 

 

そして、数日後。

隔絶区域(コードレス・エリア)』の会場にて、クインス社とレギオンによる講和会談が始まった。

 

 

◇◆◇

 

 

講和会談が開かれ、組織のトップ同士が対面した頃。一際離れた廃墟の建物に一人の女性が入っていく。彼女はクインス社の秘書であり、本来であれば社長の隣に居なければならない人物だった。

 

しかし、彼女はある密命を受け、別行動していた。社長 九条アンナから与えられたある極貧任務─────とは無関係に、彼女は廃墟の上層に登り、そこにいる人物と合流した。

 

 

「─────遅かったな」

 

 

白一色のコートに身を包んだ男。トゲのような、刃のような鋭利な気迫を宿し、血の臭いを濃く放っている。血に濡れた日本刀を鞘に仕舞いながら、男はその場に崩れ落ちた兵士の死体を掴んでいる。

 

 

「ええ、はい。秘書という立場上、安易に離れられませんから」

 

「だが、予定通りのようだな。あの女社長は思ったよりも使いやすい。まさかここまで都合よく動いてくれるとは」

 

「これでようやく、お目当ての物に近付けますね。時間を掛けた甲斐があったと言えます」

 

「…………」

 

秘書の女性と言葉を交わす男。ふと、彼は死体を放り捨てると、怪訝そうな顔を崩さなかった。彼女が何か? と聞き返そうとする前に、男は口を開く。

 

 

「────いつまでその顔でいるつもりだ? どうせもう必要ないだろう、オータム」

 

 

瞬間、無表情になった女性は口元に笑みを刻んだ。引き裂いたように、今までの雰囲気をかなぐり捨てるように、粗暴で凶悪な笑顔を浮かべる。

 

その笑みを隠すように手を伸ばした女性は、自分の顔を掴んだ。ブチブチ、と千切れるように顔の皮が剥がれていき、全く別の女の顔が現れた。

 

 

「────あーっ、あー………この声で良かったか? ったく、ホントに面倒だったぜ。一々丁寧な口調でやんなきゃならなかったからよぉ。それもそうだが、何でアタシが変装までしなきゃなんねぇんだ? エスツー」

 

「…………仕方ないだろう。この時期に秘書が変われば、あの女は兎も角、国連や学園の連中に疑われるはずだ。あの女社長の責任にするには、こうするのが最善だった」

 

 

特殊な繊維の塊、人工皮膚を剥ぎ取った女 オータムは乱暴な口調と共に、己の顔を覆っていた人工皮膚を床に叩き付ける。地面に触れた瞬間、どういうわけかそれは数秒せずに分解されて消滅した。

 

顔の感覚を確かめるように頬を触っていたオータムは、その視線をエスツーという男────彼が引きずっていた死体へと向ける。

 

 

「それって、あの女が用意した私兵か。他の狙撃手も潰したのか?」

 

「ああ、他の死体の処分に少し手間が掛かった。………だが、練度もそこそこだ。全滅させるには骨が折れた」

 

「要するに雑魚に時間を掛けたってか! 情けねぇなぁ、エスツー! 私ならそんな雑魚ども、十秒で片付けられたぜ!」

 

「そうか」

 

 

あからさまな挑発、嘲笑、それらの笑いにエスツーは淡白に返した。無視というより平然とした態度に違和感でも持ったのか視線を向けたオータム。しかし、その瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

─────金属の衝突音と、同時に発生した風圧が廃墟の一帯へと響く。エスツーは立ち尽くす姿勢から一瞬にて、腰に備えていた日本刀を抜刀し、そのままオータムの首を狙い斬撃を放ったのだ。

 

一方で、オータムはその刃を即座に受け止めていた。彼女の手ではない、背中から伸びた異様な程に長すぎる腕────否、脚が斬撃を防いだのだ。

 

不意打ちを防がれたエスツーは様子も変えず、感心したように目を細める。

 

 

「────今のを防ぐとは、思ったよりも衰えてはいないか。心配したぞ、そういう事ばかりしているから腕が鈍ってるんじゃないかと」

 

「ハッ! 私を舐めるなよ、エスツー! テメェに負けてから、テメェに勝つ為に鍛えてきたんだ! 一度だって衰えたつもりはねぇぜ!」

 

「流石は、我が弟子。俺が鍛えただけのことはある────だが、まだまだ甘い」

 

 

あ? とオータムが怪訝そうにした直後、彼女の背中から伸びた脚が静かに落ちた。間接部から先を綺麗に切断されており、オータムはエスツーによって斬られた事実を理解する。するしかなかった。

 

斬られた脚を粒子へと変え、オータムはただ純粋に笑う。自暴自棄とは違い、次こそは勝つという強い戦意を煮え滾らせながら。そんな彼女にエスツーは笑みを含みながら、言いたいことを口にした。

 

 

「二人の時ではその態度で構わないが、組織内では改めろ。お前は部隊のメンバーであり、俺はスコール同様部隊長を務めている。新参者に舐められるのも面倒だ」

 

「わーってるよ。………それより、さっさとやることやらねぇとな」

 

 

そうだな、とエスツーがオータムから投げ渡されたアタッシュケースを受け取る。ロックを解除しケースを開いたエスツーは内蔵されていたパーツを手に取り、他のパーツと接合させる。

 

カチャカチャ、と部品を繋げている合間、オータムは秘書の姿を演じている時に聞いた────九条アンナが画策したとある任務の内容を思い出し、笑いながら口を開いた。

 

 

「聞いてくれよ、エスツー。あの女社長、ここに兵士なんて用意して、何企んでたと思う?」

 

「…………講和の妨害か」

 

「そうさ!けど、ただ妨害するんじゃねぇ!わざと自分を撃たせるつもりだったんだよ、あの女! そして撃たれた自分を見せて、『アイツらが私を殺そうとした!』って被害者面して訴えるんだとよ! 笑っちまうよなぁ!」

 

 

その為の狙撃手。敢えて自分自身を撃たせることで、『レギオン』を正面から批難できる材料を作る。到底自分達の不備を謝罪しようとする大人のやり方ではない。オータムが馬鹿笑いし、エスツーが浅はかさに呆れを伴うのも当然だ。

 

 

「─────なら、俺達もその企みを利用するとしよう。特大の火種を、作る為に」

 

 

組み立てを終え、スナイパーライフルを固定具の上に乗せるエスツー。片眼を完全に覆うような小型の装置を取り付け、エスツーは遠くに見える講和の会場────そこで話し合う、二人を補足するのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「─────!────!」

 

「────、───────?」

 

「────ッ!」

 

「───、───。───、─────」

 

 

急遽用意された為に簡素な会場にて、論争が繰り広げられていた。怒りを隠しきれず弾劾するように怒鳴るフユキ・スイゲツ、彼を窘めながらも淡々と対応するサクラ・レナーテ。そして、今回の騒動の原因でありながら、非を認める素振りすらなく、堂々としている九条アンナ。

 

警護の為、離れて聞いていた一夏達にはその内容が良く分からなかったが、龍夜が開発した小型デバイスの諜報(後でバレて説教を受ける予定)で全てが判明した。

 

 

────要約すると、九条アンナはこの件を穏便に済ませることを条件に『隔絶区域(コードレス・エリア)』への攻撃を取り止めるとのことだ。それと同時に、自分達と取引をするのであれば安全を保障すると、堂々と宣っているのだ。

 

話を理解した一夏は、はぁ? と理解できないという風に顔をしかめ、他の一同は呆れて言葉が出ないと言った感じだ。龍夜の方はと言うと、呆れと言うよりもどうやって追い詰めるかという考えの方が大事だった。

 

ふと、そんな風に思案に暮れてる龍夜を他所に、一夏は会議の行われている方を見る。会話の内容は聞こえないが、激昂するスイゲツを落ち着かせながら、自分は激情を吐き出さないように溜め込むサクラに、感心するしかない。

 

自分も彼女のように我慢強くならなきゃな、と決意を深めた。元より感情的になりやすいのが自分の悪い所だと、自負はしている。どうやったら落ち着けるのか、彼女に聞いた方がいいか。

 

 

(……………ん? 何だ、今の)

 

 

唐突に、一夏はソレに気付いた。

講和の最中、卓上に置かれたガラスのコップに光が点滅した。いや、遠くから映る向こう側のビルの上層で、何かが日工を受け、反射したのだ。

 

カチカチ、と点滅するように輝く光を感じ取り、一夏は嫌な予感を直感的に察する。それにいち早く気付けたことが、幸いだったのだろう。

 

 

──────突如、ガラスのコップが砕けた。

勢い良く撒き散らされる透明の破片に、全員の意識が集中する。撃たれた、そう脳が判断しようとする前に、一夏は違うと心の中で否定した。嫌な可能性を頭に浮かべていた彼は、その変化に囚われずに済んだのだ。

 

確かに、コップが撃たれたのは事実だ。だが、狙いはそのコップではなく、その場にいた人間の一人だ。一夏は、即座にISを展開し、叫ぶ。

 

 

「─────サクラさん!!」

 

レギオンのリーダーの少女が一夏の声に、それが意味する事実に、即座に反応する。席から立ち上がろうとした彼女だが、ふとその場に倒れ込む─────一秒以内のラグが出来たように、遠方から放れた弾丸がサクラの右脚を撃ち抜いた。

 

 

「お、おおおおっ!!」

 

 

一瞬にして、瞬時加速を発動。倒れそうになるサクラの元へと飛び出した一夏は機体の装甲を一部解除し、サクラを安全に受け止められるようにした。そして、彼女を抱き締めながら、地面を転がる。

 

カン!カン! と、複数の銃弾が、展開されたバリアによって弾かれる。彼女の姿を包み込むように抱き締める一夏の認識では、彼女の頭や心臓を撃ち抜く位置を狙った狙撃だ。

 

 

「─────龍夜ぁ! 頼む!!」

 

「っ!任せろ!!」

 

 

一夏の前へと飛び出した龍夜が腰に装着していた持ち歩き可能のアイテムを、レーザーガンへと変形させる。今の狙撃で、位置は把握できた。追撃が放たれるよりも先に、龍夜が放ったレーザーが廃墟のビルに直撃し、一気に爆裂した。

 

 

◇◆◇

 

 

「…………ふむ、一早く反応するとはな。思ったよりも成長してるじゃないか、織斑一夏」

 

「それよりどうすんだ? 外したみてぇだが、これじゃあ作戦失敗じゃねぇか」

 

「いや、撃ったという事実があればいい。現に、レギオンのリーダーは脚を撃ち抜かれた。それだけで、奴等が勝手に誤解してくれる」

 

 

爆発から離脱した二人。背中から伸ばした機械的な虫のような脚を操るオータム、彼女の機械脚を掴みながら淡々とスナイパーライフルを破壊し、破棄するエスツー。彼は遠くで狼狽している女社長を睨み、告げた。

 

 

「九条アンナ、お前は自分を狙撃させることで被害者を演じることを画策した。ならばその逆の構図になれば、誰が疑われるかは明白だろう?」

 

 

言い終えると共に、彼は空を見上げた。青空に浮かぶ雲、その一つが不意に消えたのを境に、エスツーは端末の画面を指で押した。

 

瞬間、新たな脅威が、彼等の目の前に現れることになった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

混乱に包まれた講和会議の場。

間一髪、一夏によって助けられたサクラの元に千冬や皆が駆け寄る。混乱しながら何かを喚いている女社長に、何かを知っていると察した鈴音やラウラが詰め寄ろうとしたその時。誰かが叫んだ。

 

 

「ッ!高エネルギー反応!─────これは、ミサイル!?」

 

 

空に浮かぶ、雲を切った白い物体。

 

 

「っ、龍夜!アレが何か分かるか!?」

 

「やってる!────ルフェ、データ解析を……………なッ」

 

 

千冬の指示を受け、即座にエクスカリバーに搭載された高性能センサーを稼働させる龍夜。数秒もせずにミサイルの全貌を解析した龍夜は青ざめる。それがどういうものか知っているからこそ、想像の余り顔を蒼白にさせたのだ。

 

飛来する巡航ミサイル。それは、かつての戦争でも恐れられた最悪の兵器の一つだった。

 

 

 

「─────O.D.クラスター………!」

 

 

かつて白騎士事件にて、白騎士が迎撃した最強最悪の破壊兵器。爆裂した残骸は空中から周囲に撒き散らされ、地上全てを破壊する。大量破壊、OVER DESTROYの名を冠するその兵器は博士の死によって闇に葬れたはずの、禁忌だった。

 

何故、あんなものが────そう考えた千冬は思考を振り切る。それよりも先にと、声を荒らげながらも叫ぶ。

 

 

「────オルコット!撃ち落とせ!あのミサイルは分離前に破壊すれば問題ない!」

 

「っ!分かりました!!」

 

 

迅速に、セシリアが展開したスターライトによる狙撃が行われる。放たれた閃光は空を貫き、クラスターミサイルを一撃で撃墜、空中で自壊させた。

 

爆発と共に砕け散るクラスターミサイルに、一同が安堵する。しかしそれが余りにも安易な考えだと、すぐに思い知らされた。

 

 

「────ッ!クラスターミサイル、分離した装甲が高速で飛翔!?まさか、アレが本命だったのか!?」

 

「セシリア!撃て!ビットを使ってもいい!!」

 

「ダメです!速すぎます!間に合わ─────」

 

 

ロケットのように加速した表面カバーが空中で破裂、そして無数の小型爆弾を辺りに撒き散らし、爆裂を繰り返した。呆然と見届ける一夏達、彼等はようやくミサイルの狙いが自分達ではなく、『隔絶区域(コードレス・エリア)』で生きる子供達にあったことを実感として認識させられたのだ。

 

 

─────火種は今、生じた。世界を大きく揺るがす混乱の一つとなる騒乱が、始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第82話 狂想の憎火

────荒廃した草原。

 

かつては貧民の集落として、その後テロリスト達の拠点として利用されていたその場所は、国連の秘密裏の爆撃で破壊し尽くされ、人の住めるような場所ではないという調査の結果により、正式に立ち入り禁止とされたのだ。

 

 

だが、その場所に危害などはない。汚染されてもなければ、不発弾が埋まっている訳ではない。ただ一つ、国連にとって絶対に明かれてはならぬ真実の隠された、禁足地なのだから。

 

 

「─────」

 

 

灰のように砕け散った残骸の山の上で、シルディ・アナグラムは残骸をかき分けていた。焼け焦げた木材、砕けたアスファルトの破片、手がズタズタに裂けながら、彼は虚ろな顔でブツブツと呟いていた。

 

 

「…………母さんも、お姉ちゃんも、ここで死んだ。俺が、俺だけが生き残った………」

 

 

自分はシルディ・アナグラム、リセリア・アナグラムのただ一人の息子。そう信じていた自分の脳裏に過る記憶。知らない母と、知らない姉、知らない父との思い出。そして、そんな楽しい記憶以上に、脳に刻まれた─────痛みと苦しみ、拷問の記憶。

 

 

「誰が、殺した? アイツら、テロリストか? 国連の、奴等か?─────この世界の、皆か?」

 

 

敵を、探す。誰が悪いのか、誰を裁くべきか。誰を、殺すべきか。だが、自分達を痛めつけ、母親を惨殺し、姉を陵辱し、自分を拷問し心を壊したテロリストはもういない。

 

在るのは、生き残っていた自分と姉をテロリスト諸とも始末しようとした国連の人間達。ならば、彼等を殺すべきだろうか。

 

 

自問自答し続ける彼の心に、悪意と善意が渦巻く。シルディ・アナグラムとして、世界を変えなければならない。八神三琴として、世界から切り捨てられた者として、報復しなければいけない。

 

 

改めて、問う。自分が一体、どちらの意思に従うべきか。

 

 

 

「俺は、どうすればいい? 俺は─────何と戦えばいい?」

 

 

相反する二つの意思。宿命と憎悪に、彼の心は乱されていた。限界を迎え、発狂することも出来た。けど、彼にはそれすら許されなかった。一度心を壊れたこともあり、余りにも頑丈に保っていたのだ。

 

そんな風に俯いていたシルディが、ふと顔を上げる。涙すら涸れ果てた眼が捉えたのは、遠くに見える黒煙。何らかの爆発でも起きたのか、そう認識するよりも先に、ゆっくりと立ち上がっていた。

 

 

「────いかなきゃ」

 

 

よろよろと、手首に備えた腕輪にエンシェントテクターを装着するシルディ。自暴自棄になっている場合ではない。多くの人が傷付いているのなら、見殺しにしてはならない。

 

 

「俺は、シルディ・アナグラムだから────」

 

 

決意を以て、疑心を押し殺し、彼は前へと突き進む。己の歩み道が、修羅にも匹敵する苦難だとも知らず。

 

 

◇◆◇

 

 

「そんな────俺達の、拠点が」

 

 

スイゲツが、燃え盛る廃墟を見て呆然とする。地下にすら届いた破壊の規模は、恐らくレイヴン・レギオンの地下拠点にすら届いていることだろう。一体どれだけの仲間が巻き込まれ、犠牲になったのか。

 

 

「あ、あんな爆撃………無事な訳がっ、一体なんで………い、いや、それよりも、アイツら皆生きて────」

 

「─────スイゲツ」

 

 

芯の強い声が、狼狽した青年に投げ掛けられる。錯乱しかけていたスイゲツを一瞬で正気に戻した、サクラの一声。彼女はスイゲツの肩に手を起きながら、的確な指示を下す。

 

 

「落ち着いて、まずは連絡を。幸い、まだ回線は通じています。年長組の皆に、避難経路を使ってシェルターに避難するように、伝えてください。一刻も、早く」

 

「わ、分かった…………すまん、サクラ。取り乱したわ」

 

「構いません。不安なのは私も同じです────少し、やることを果たしてきます」

 

 

穏やかに笑ったサクラは、会談の机の椅子に腰を掛ける。席から立ち上がり、混乱したように硬直したクインス社の社長 九条アンナを見据え、冷たい顔で笑い掛けた。

 

 

「─────さて、お話を詳しく聞いても宜しいですか? 九条社長」

 

「な、なに………? こんな状況で、何を呑気な─────」

 

「この攻撃、貴女も少なからず関係しているのでは?」

 

 

───唾を呑み込む音が、彼女の問いに答えているようなものだった。しかし、九条アンナは素直に答えるつもりもなければ、話し合いに応じる様子もないらしい。咄嗟に胸元から取り出した通信機のスイッチを押す。

 

 

次の瞬間、通信機は一撃で粉砕された。バラバラに散らばった部品に、彼女は唖然としたように足元を見て、次に自身の首に当てられた冷たい刃を見る。

 

エクスカリバーを向けた龍夜は、有無を言わぬと言った気迫を放ちながら、一言。

 

 

「────座れ」

 

「しょ、正気なの!? 私に手を出したらどうなるか────」

 

「犯罪者に語る道理があるか? 手足を失いたくなかったらさっさと座れ、三下」

 

 

この期に及んで女性としての立場を振るおうとする彼女に、龍夜は揺るがない。強迫紛いの行いに困惑する一夏だが、本来ならば止めるべき立場にいる千冬は黙認している────彼等の考えは、既に一致しているからだ。

 

剣を向けられながら威圧された九条アンナは完全に萎縮したらしく、慌てたように席へと座った。ソワソワとしながらも、彼女は対面しているサクラや、此方を見据えている千冬達へと大声を放つ。

 

 

「私は、無関係よ。こんな風に責任を追求される謂れなんて、あるわけ─────」

 

「そうですか? では何故貴方は、狙撃の警戒をしていなかったのですか?」

 

「け、警戒なんて! 講和の場所で狙撃なんて考えもしないわよ!? 貴方達がしたんでしょう!?」

 

「────狙撃が行われたのは西方。丁度貴方の背後に位置するビルからです。…………考えて見てください。私を狙うのなら、背後から撃つのが得策でしょう。貴方の真後ろから、貴方が来訪した方角から狙撃が行われたのは、疑わしいと考えるしかない話だと思います」

 

 

そ、それは………と口ごもる九条アンナ。彼女の隣で牽制していた龍夜はその様子を見守りながら、彼女がクロであると確信する。それと同時に、もう一つの疑惑も。

 

 

(コイツ、サクラが撃たれた途端動揺した。恐らく、自分自身を撃たせるつもりだったんだろう。それで自分が被害者だと喚き立てる算段だった─────だが、さっきの狙撃はサクラを撃った。確実に、彼女を殺す為に何発も撃ってきた訳だしな)

 

 

ならば、一体誰が今の銃弾を放ったのか。彼女の部下、という選択は既に外れていた。部下が誤射したという可能性は、何発もの狙撃によって消えている。

 

恐らくは、外部の人間の反抗。クインス社、及び九条アンナの策謀を利用した誰かの陰謀だろう。目的は混乱だろうか。だが、講和の場を利用して色々と策謀を企んでいた彼女の事を無視するわけにはいかない。

 

 

────ふと、箒が纏う紅椿が何らかの回線を感じ取った。この状況下に戸惑う箒に、千冬が無言で合図を返す。通信を聞け、という意思だと理解した箒は回線を開き、その相手の声に耳を傾ける。

 

 

『────さんっ、箒さんッ! 応答してください!』

 

「っ、ゼヴォドか! そちらは無事なのか!?」

 

『え、えぇ。微力ながら、皆さんの避難の手伝いをしています!怪我人はいますが、死傷者は出ておりません!』

 

 

聞き慣れた凛とした声も焦りを滲ませ、喧騒によって遮られる部分も多い。だが、彼の報告に箒は兎も角、スピーカーによって聞くことの出来たサクラやスイゲツも安心したように一呼吸した。

 

だが、その安堵も一瞬で消え去ることになる。

 

 

『それより聞いてください! 大変な事が、大きな問題が────!』

 

「………問題だと? 一体何が────」

 

『さっきの爆撃で、士が錯乱して飛び出しました! そっちの方に、クインスの名を口走っていて────殺気立っていて、極めて危険な状態です!』

 

 

詳しく聞こうとした途端、すぐ近くで何かが爆裂した。火薬にでも着火したと思える程の大爆発に、何か大きな物体────クインス社の装甲車が吹き飛ばされる。

 

目の前に飛来してきた装甲車はひしゃげながらも、熱で熔解しドロドロに崩れていた。その窓から半身を乗り出し、瀕死の兵士────九条アンナの護衛として待機していた私兵が這う。粉砕されたヘルメットの奥の頭部から出血をしながら、兵士は硬直する九条アンナに手を伸ばす。

 

 

「しゃ、しゃちょ────逃げ、くだ…………化け、物が」

 

 

瞬間、巨大な影が跳躍してきた。装甲車を踏みつけるように着地した影の足元が一瞬で発火し始める。熱で更に溶け始めた装甲車から兵士を掴み、引きずり出すと─────兵士の身体から焼ける音と煙が生じる。

 

 

「─────ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

 

高熱の掌に焼かれ、兵士は喉が裂けるような絶叫と共に悶え苦しむ。悲鳴が弱々しくなった所で、怪物はそれを放り投げる。

 

誰もが静寂に包まれる。その惨状に顔を反らす者もいれば、険しい顔で見据える者もいる。青ざめたように立ち尽くす九条アンナは腰を抜かしたように尻餅を着いている。

 

その姿には、見覚えがある。人間のように二足歩行を会得した炎の蜥蜴。しかし、かつての姿とは違い、虹色のエネルギーを内包し、更なる強さを獲得した幻想武装。その持ち主は、今回共に戦ったはずの少年であった。

 

 

「つか、さ………ッ!」

 

『─────クインス、コーポレーション』

 

 

全身から異様な程の熱気と灼熱を放ちながら、サラマンダーが歩み出す。それだけで、地面が溶ける。泥でも踏むように歩く金属の蜥蜴は、口から溶岩のような液体を垂れ流す。

 

吐血しているかのようなその口から、灼熱の異形はおぞましい程に低い声を放つ。執念と憎悪、強い決意に囚われた、宣誓を。

 

 

『俺達の、家族を───俺達の家、ヲ─────お前達に、奪わせない』

 

 

◇◆◇

 

 

────数分前、『隔絶区域(コードレス・エリア)』地下拠点にて。

 

 

「─────この攻撃は、一体何事でしょうか」

 

 

幻想武装(ファンタシス) セイレーンを纏い、ゼヴォドは両腕の装甲から射出した糸を操り、崩落した地下通路を何とか保たせていた。その通路を通って避難する少年少女達、年長者達に先導されて行く彼等を尻目に、ゼヴォドは自身の能力を活かし、避難の手伝いをしていた。

 

全員が避難を終え、通路をワイヤーで補強した後に離れようとした直後、避難したはずの方角から誰かが走ってきた。

 

 

「ちょっとそこの君!」

 

「っ、貴方は…………IS学園の、教師ですか?」

 

「───霧山友華だ!既に全員は避難を終えた、後は君も避難するんだ!」

 

「………失礼ながら、私にはやることがありますので。避難するのなら、貴方がお先に」

 

 

自分の心配をしてくれるようで悪いですが、とゼヴォドは付け足す。そのまま背を向けて通路の奥へ進もうとする。しかし、スーツ姿の女教師は荒い呼吸を整えながら前に出る。強い覚悟を示すように堂々と、ゼヴォドに詰めよったのだ。

 

 

「悪いが、そういう訳にはいかない! 一人、助けなきゃいけない子が居るんだ! 何としても、あの子と話したいことが、まだ────!」

 

「…………あの子?」

 

この地下施設で唯一避難していない人間────それは仲間である加賀宮士ただ一人だ。そんな彼の事を認知しているどころか、まるで知っているかのような反応。

 

怪訝そうな顔を一瞬で消し去り、ゼヴォドは目を疑うように見返した。

 

 

「貴方、まさか。士の話していた『先生』ですか?」

 

「っ! あの子が、話してたのか!?」

 

「ええ、聞いております。彼が唯一尊敬する大人であると……………実際にお会いしてみると、彼が尊敬するのも頷けますね。──────案内します。周りに気を付けて」

 

 

そう言うと共に、ゼヴォドは通路の奥へと駆け出す。彼の背中を追い掛けていった友華は先の爆撃により崩壊した部屋に気付き、激しい不安に駆られる。

 

だが─────部屋の中で一人、蹲っていた青年の姿を見て、その不安を緩和させる程の安堵が心に過った。

 

 

「士!良かった、無事でしたか!」

 

「───────撃たれた」

 

「…………え?」

 

「撃たれた、撃たれた………アイツらが、皆を攻撃しやがった──────俺達の家を、俺達の家族を」

 

 

ブツブツと、呟く声に生気はない。うわ言のように響く言葉は無機質でありながら、粘り付いた嫌な感じが含まれている。

 

 

「また、だ。アイツらが、奪っていく────俺達の、幸せを、皆の、笑顔を─────」

 

「つ、つかさ? 何を言っているんだ? 早くここから離れないと─────ッ!?」

 

 

困惑しながら彼を起こそうと肩に触れた友華は、思わず手を離した。ジュッ──という音と共に、彼女の手は一瞬で焼けていた。火傷なんてものではない、焦げたように煙を放つ掌を抑えながら、彼女は見た。

 

立ち上がろうとする士が、抱き抱えていたモノ─────既にチップを装填されたカオステクターを。虹色の光を放ちながら、彼の胸に固定されたアイテムの存在を。

 

 

 

「奪われる、くらいなら──────こロして、やル」

 

 

顔を上げた士の肌に、虹色の光が浮かび上がる。鮮やかな虹の閃光。その綺麗さとは裏腹に見る人に不気味さを感じさせる輝きは一気に光が増すと同時に、彼の全身から凄まじい勢いの爆炎を放出する。

 

 

「──────ッ!!」

 

 

爆発の如く勢いで炸裂した業火に、ゼヴォドは両手の指で操った糸で防御する。自分の護りには二割程、残り全てを────士を助けようと飛び出そうとする友華を守る為に展開する。

 

防御を解いた途端、熱気が二人を襲う。辺り一帯、人のいない地下施設は残骸すらも消し飛ばし、灼熱の炎に呑まれていた。地面も金属も、全てが熱に焼かれ、液体へと変わり果てている。

 

その業火の中で、火竜が巨体を持ち上げた。顔のない無機質な頭部を天に向け、口から灼熱の熔液を溢しながら、何処かを見据える。

 

 

『─────殺、す。殺、して、護ル───俺達の、家族、ヲ』

 

全身に劫火を伴い、周囲を炎で焼き尽くし、灼熱地獄を生み出しながら、サラマンダーの幻想武装を展開した士は突き進む。恩師であるはずの友華の必死な呼び声も耳に入らず、ブツブツと、妄執に囚われたように呟き続ける。

 

 

オブリビオン。幻想武装を強化するその力は、人間そのものに作用する。自身の肉体も変質させる程のエネルギーを取り込んだ士は、最早正気ではない。オブリビオンの力は彼の肉体も心も蝕み、意識すらも完全に呑み込む。

 

 

────その意識を動かすのは、社会や世界への憎悪、理不尽への怨嗟。それらの負の感情を薪とした、業火の焔であった。

 

 

◇◆◇

 

 

「─────止まれ、加賀宮士」

 

 

プラチナ・キャリバーを展開した龍夜が前に出る。ナイトアーマー、全身を騎士鎧の装甲で覆った彼の姿は防戦に特化した形態であり、全力を出し切れない場合に発動する。

 

盾を身構えながら立つ姿に、一部の者は気付いた。いつもとは違い、明らかに最大限の警戒を見せる龍夜の様子に。だからこそ、彼等も同じように気を引き締める。

 

 

『奪わせない、皆の、幸せを────奪わせ、ナい』

 

「…………悪いが、コイツは殺させない。『隔絶区域(コードレス・エリア)』の安全の為にも、このクズは悪人として色々と自供して貰う必要がある。正直不愉快だが、お前に殺させる訳にはいかん」

 

『──────』

 

 

直後、士は言葉を止めた。代わりに、ボゴッ! と炎竜の首が膨張する。ハイパーセンサーに表示されるのは、一気に限界を超える程の熱量を示す反応。閉ざされた口から微かに漏れ出す熱気、それを伴う灼熱はサラマンダーが吐き出すように放った。

 

劫火を収束させた熱線。龍夜ではなく、後方にいる九条アンナを狙ったその一撃は、白銀の盾によって防がれた。弾かれた灼熱は銀光盾に備えられた機能、『変換機能』によってエネルギーへと変換すると共に吸収される。

 

 

「…………正気じゃないな。トチ狂ってるみたいだが、これもオブリビオンの影響か?」

 

 

一瞬で龍夜は士の身に起きた異変の正体を予測する。肉体の変化だけではなく、精神にも作用する物らしい。憎い相手が目の前にいるとはいえ、一応共闘関係にあった人間ごと焼き殺そうとするのは、正気とは思えない。

 

 

「────全員、気を引き締めろ」

 

 

だからこそ、龍夜は皆に呼び掛ける。未だ状況を飲み込みきれてない一夏や箒に、淡々と事実を告げる。冷静に、冷酷に、とある可能性を秘めた内容を。

 

 

「俺達はこれから、加賀宮士を無力化する。ヤツは前回の戦いよりも明らかに強くなっている。場合によっては、どんな手を使ってでも止めなければならない」

 

 

────言外に、殺すことも視野に入れろ、と告げる龍夜の言葉に、一夏と箒が息を呑んだ。たったそれだけで戦意を整えるセシリア達にアイコンタクトを取り、龍夜はそのまま前へと踏み込む。

 

 

 

火蓋を切る言葉もなく、龍夜は先手を切った。相手が相手なら、卑怯とも呼ばれかねない、不意打ち上等の先制。盾に身を隠したまま突撃した彼は、僅かに盾をずらしながら銀剣を前へと突き出す。

 

サラマンダーはその一撃を即座に回避した。身体を下げて刺突をギリギリ避けた火竜に、龍夜は追撃として何度か斬りかかる。熱を帯びた装甲に一太刀浴びせられた直後、サラマンダーはその反撃と言わんばかり『──コォォオオオッ』と鳴くと、全身を振り回して暴れ始めた。

 

 

野生の猛獣のように、手足を大きく振るい、辺りを破壊していくサラマンダー。龍夜はその猛攻を避けながら、剣を鞘に仕舞い、自作した改造銃の弾丸を浴びせる。

 

ガガガガガッッ!!! と、サブマシンガンとして機能により、大量の小型弾丸がサラマンダーの装甲を叩く。炎の蜥蜴には通じてる様子もない。舌打ちを吐き捨てる間に龍夜は改造銃────多機能改造銃のカバーをずらし、銃の形状を一瞬で変化させる。そのまま銃身を一段伸ばした改造銃の銃口を向け、サラマンダーの胴体に散弾を叩き込んだ。

 

 

『────ゴォッ!!?』

 

 

ドンッ!! と、炸裂する散弾の威力に、サラマンダーはようやく声を漏らした。好機と認識した龍夜は何発も散弾を撃ち込んでいく。押し出されていくサラマンダーも怒りを覚えたのか身を捩り、一気に両腕を広げた。

 

 

瞬間、サラマンダーの全身から放たれる熱気が辺り一帯に殺到する。シールドに保護されても尚、感じ取れる灼熱の感覚。バキバキと、サラマンダーの背中が膨れ上がり、弾けた装甲の内側から────オレンジ色の腕が複数、伸びてきた。

 

かつてヴァルサキス事変で交戦した際に、シャルロットが見たという隠し腕。その存在は把握していた。だが─────

 

 

(明らかに、数が増えている。────まさか、これもオブリビオンの力。ヤツの幻想武装は、今も進化を続けているというのか?)

 

 

ならば、尚更時間は掛けてられない。そう考え、次の行動に切り替えようとした龍夜の前で、炎の触手が唸った。サラマンダーの複数の腕から伸びた灼熱の触手。それはムチのようにしなり、周囲全てを切り裂きながら振るわれる。

 

 

『────ゴ ガ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア ッ ! ! ! !』

 

 

前言撤回。最早、猛獣どころではない。これでは動く災害だ。全身を纏う熱気により触れることも叶わず、あらゆる物質も切り裂く程の炎の刃を振り回すその姿は、創作で見られる怪獣に匹敵するだろう。

 

粘り着いた殺意。憎悪の怒号。アレに、憎い敵を判別できるようには見えない。自分の目の前にいる者全てが敵にしか認識できないはずだ。

 

止むを得ない、と龍夜が片手を上げる。暴れながら此方に突撃しようとするサラマンダーの姿から目を離すことなく、告げた。

 

 

 

 

 

 

「─────今だ。投げろ」

 

 

上空から飛来する複数の物体。サラマンダーはその物体を認識した瞬間、躊躇わず高熱の触手で切断する。それが間違いだとは、正気ではない火竜にはどう足掻いても分からぬ話だった。

 

直後に、物体の中身────透明の液体がサラマンダーの全身に降り注ぐ。反応するよりも先に、全身に液体を浴びてしまう。当初は無視しようとしていたサラマンダーであったが、すぐに自身に起きた不調に気付く。

 

 

『────アが、ッ…………ガがッ!?』

 

 

周囲全てを焼き尽くす程の熱を放っていた火竜は、見る影もなく弱り果てていた。厳密には、灰色の金属の装甲から熱気が放出されることはなく、ただ蒸気だけが噴き出しているのだ。

 

物体、貯水タンクを投げたラウラは納得したように片眼を細める。

 

 

「やはりな。アレだけの熱量を持つのだ。急激な冷却を受ければ、発熱することも出来ないようだな」

 

 

それこそが、サラマンダーに隠された弱点。水による冷却、正しくは熱を完全に冷ます程の量の水を浴びせることだ。それによりサラマンダーの表面金属、発熱を行う機関が急速な冷却により一時的にショートしてしまう。それにより、サラマンダーは一定の時間、発熱及び排熱も出来ない状態へと成る。

 

 

『グ、ググ、ガガガガガガッッッ!!!』

 

 

それでも、己の力を封じられても尚、サラマンダーは、加賀宮士は止まらない。無理矢理にでも立ち上がり、内側に溜め込んだ熱を炎として放出しようとする。だが、それだけの隙を─────織斑一夏は逃さなかった。

 

 

起き上がった巨体に、青白い刃が炸裂する。『零落白夜』を発動した斬撃。対象のエネルギーを消滅させるその能力は、幻想武装を構成するエネルギーすらも完全に消し去る。

 

 

『────ガ、ガガガガガガ────ッッ!!?』

 

 

青いプラズマを放ちながら、サラマンダーの身体が爆発した。幻想武装のエネルギーの消滅により、行き場のなくなった虹色の光が虚空へと消える。爆発の中から、幻想武装を失った加賀宮士が意識を失ったように崩れ落ちた。

 

 

「…………終わった、のか?」

 

「ああ、加賀宮士の意識はない。アイツを何とか無力化することが出来た、みたいだ」

 

 

ホッ、と安堵する一夏と龍夜。ラウラやシャルロットが気絶した士を保護しようと駆け寄る。その様子を尻目に今後のことを考えようとしていた龍夜だったが、周りを見渡す箒の疑問の声を耳にした。

 

 

「待て。士のカオステクターは何処だ?」

 

 

声を聞いた瞬間、龍夜は急いで周囲を確認する。爆発により何処かに飛んだ、ようには見えない。周りにその痕跡らしきものもない。理解した瞬間、龍夜は叫んだ。

 

 

 

「────全員、離れろ!!」

 

 

しかし、間に合わなかった。ただ一人、近くにいた鈴音だけは士の身に起きた異変に気付き、瞬時加速によりその場からいち早く離脱できた。

 

咄嗟に離れようとしたセシリア、シャルロット、ラウラが、士を起点とした強い熱波に襲われる。吹き飛ばされた彼女たちを心配する一夏や龍夜だったが、ふと士が立ち上がる。

 

カオステクターを肉体と同化させながら、彼は口を開き、叫んだ。

 

 

「─────ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ ッ ! ! ! !」

 

 

地面すら溶かす熱の中で、加賀宮士は再起する。全身に虹色の光、オブリビオンの力に侵食されながら。己の命を薪にくべ、更なる炎に身を纏うのだった。

 



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第83話 残火

SEEDFREEDOMで好きになったキャラはいるけど、ブラックナイトのシュラとイングリットが好きになった。

あの二人やブラックナイト達が幸せになれる世界は無いんですかね………(儚い夢)ただし、ロリババは除く。


加賀宮士(かがみやつかさ)は、孤児────『放逐孤児(ホームレス・チルドレン)』であった。母親から愛されることもなく、父親からは虐待された果てに、二人から棄てられたのだ。

 

彼自身、それを気にすることはなかった。ゴミのように扱ってきた両親の事など、最初から愛してはいなかったのだろう。放浪する最中、彼は他の孤児たち同様、『隔絶区域(コードレス・エリア)』と呼ばれる廃墟の区域に流れ着いた。

 

 

そして、自分と同じ、棄てられた子供達で構成された『学校』が、彼にとって本当の家となった。居場所もなく、親もない子供達。最初は距離を置いていた士も、その場所に安らぎを覚えるのもすぐの話だった。

 

そして、彼が『学校』に着いて数ヶ月。教室の中で士は、一人の女教師と話していた。

 

 

『────ねぇ、士。また赤点だっただろう?』

 

『………先生』

 

『勉分からない所があるなら言ってくれたら良いけど、君の場合はそうじゃないだろう? 何か、悩みでも?』

 

 

心配そうに声をかける彼女に、士は椅子に全身を預ける。ギィギィ、と椅子を傾けながら、己の中の本心を口にした。

 

 

『勉強とか、頑張ってどうするんすか?』

 

『………士?』

 

『社会に出て、どうすんすか。頑張ったって意味ないでしょ。俺達みたいな、居場所のない子供が。どうせ爪弾きにされるだけでしょ。…………外の連中の事なんか、考えなくても分かる』

 

 

少し前、最年少の子供達が区域の外に出たことがあった。士はその一人を保護するために向かって─────泣きじゃくる少女を、士が探していた子供を見つけた。何があったのか聞くと、イジメられたらしい。

 

禁止された区域にいる子供だから、バイ菌を持ってる。そう言われ、何人もの子供に石を投げられ、水を浴びせられた、と。それを知った士は激怒し、その子供を見つけ出し問い詰めた。

 

泣き出した子供の親が現れ、事情を聴くと────近くにあった棒で士の頭を殴打した。その大人は子供を抱き抱えながら、『汚い子供が、ウチの子に話しかけるな』と宣ったのだ。

 

 

親のいない孤児、封鎖された区域に住む子供。そんな理由で迫害されている。その事実を理解した士は、大声で泣く少女を宥めながら『学校』へと帰った。外にいた大人達は、そんな自分達を気味悪いものを見るような眼で、ヒソヒソと悪意ある囁きをしていた。

 

 

だからこそ、士は自分達以外の大人を────『学校』の教師以外の、『隔絶区域(コードレス・エリア)』の外全てを、忌避することにした。彼等が自分達の存在を嫌悪するなら、自分達も嫌悪する。

 

故に、勉強なんてする意味はない。卒業すれば、社会に出られるように先生たちが頑張ってくれるらしいが、士は外に出たいとは思わなかった。あんな、自分達のことをゴミのように見る連中と、同じ空気を吸いたくはない。彼等のような成りたくはない。自分の家は、あくまでもこの『学校』だけだと。

 

 

『────おーっす、キリ先生ー、士ー! おはよー!』

 

『ナツちゃんかー。相変わらず元気だねー』

 

 

そんな風に考えていると、補習室に一人の少女が入ってくる。活発的な笑顔と両手を大きく振って現れた少女に、先生は同じく笑いながら応え、士は額を覆った包帯に振れながら頭を抱える。

 

 

『士ー、また先生のこと困らせてるなぁー?』

 

『………うるせぇ、ナツハ。お前には関係ないだろ』

 

『あるよ!だって私達は家族だからね! 困った時は、お互い様ってね!』

 

『…………ふんッ』

 

 

クロガネ・ナツハ。士と同年代の少女であり、この学校でも最年長の一人だ。同時に、士の恋人でもある子だった。

 

 

彼女は天真爛漫でありながら、多くに慕われるカリスマと優しさを持ち合わせていた。マイペースな雰囲気で他人の悩みや心に立ち入りながらも、傷を開くような真似をせず、穏やかに相手と向き合う。そんな彼女の優しさは多くの子供達のトラウマを癒し、笑顔を取り戻させた─────加賀宮士も、その一人だった。

 

大人達への、自分達以外の全てへの嫌悪も侮蔑も、彼女の優しさによって和らいでいった。次第に士は彼女に惹かれ、最終的に、恋人となることになった。

 

 

『────俺は、頑張る』

 

『頑張って、誰よりも偉くなって、皆が笑って暮らせるような世界に変えて見せる! ナツハやモミジ、サクラにフユキも、皆が幸せになれる世界に!!』

 

 

 

 

そうして抱いた大きな夢─────それが空虚な理想であったことは、数年後の夏に知らされた。

 

クインス・コーポレーションの介入。兵器が眠った『隔絶区域(コードレス・エリア)』を欲しがった彼等は定期的に学校の襲撃を繰り返した。クインスに手を貸す議員の策略により、大人達が遠ざけられ、信用していた先生ですら居なくならざるを得なかったある日のことだった。

 

 

『士さん! ナツハさんが!』

 

 

子供達を引っ張っていた年長組のナツハが、クインスの兵士達に拉致されたと聞き、士は皆と一緒に救出に向かった。建物の中に一人、拘束されていた彼女を救い出し、本拠地に帰還したその時、意識を失っていたナツハが目を醒ました。

 

 

『────ダメ!触らないで!』

 

 

だが、彼女は意識が覚醒した瞬間、背を向けて走り出した。突然の行動に呆然とする仲間を放置し、士は彼女の名を叫び、追い掛けた。拠点の外にまで着くと、ナツハは脚を止める。

 

 

『…………帰ろう、ナツハ。皆心配してる、一緒に行こう』

 

『──────つか、さ』

 

 

振り返った彼女は、何時ものような笑顔で応えた。そんな彼女の顔に、士は違和感を即座に感じる。何時ものような微笑みさが無く、ただ悲哀と諦念に満ちたものが彼女の笑みから溢れている。そして、笑みを刻んだまま、彼女は口を開いた。

 

 

『─────────』

 

 

何かを言った直後─────彼女の頭が爆散した。目の前で頭が吹き飛んだナツハの身体はふと、揺れて倒れ込む。唖然としたまま士は彼女の死体に寄り添い────ようやく事実を理解し、発狂することしか出来なかった。

 

 

後日、士は真実を知った。ナツハの頭の中には爆弾が仕込まれており、それがクインスの策略であることも。彼女の死を悲しむ余裕もなく、クインス社は自分達を躊躇無く攻撃してきた。

 

隔絶区域(コードレス・エリア)』の子供達には人権が通じない。だから殺してもいい。そう認識するように、痛めつけられて殺される子供もいた。────広間に吊るされたまだ幼い子供の亡骸を前に、士は溜め込んできた思いが爆発した。

 

 

『─────殺す』

 

 

武器を積んだ装甲車でクインス社の拠点に乗り込み、全員殺した。子供達を殺した兵士達は瀕死にした上でガソリンを浴びせ、火達磨にした。それだけして、基地の人間全員殺したところで士は冷静になった。

 

 

『…………俺は』

 

 

人を殺した。怒りと憎悪に任せて、何十人も殺した。こんな血に濡れた人間に、仲間達と共にいる資格はない。そう理解した士は短く謝り、皆の元から姿を消した。

 

 

そして、数年後。加賀宮士は世界を変えるという夢を果たすため、アナグラムへと加入した。与えられた幻想武装を手に、彼はアナグラムの戦士として戦い続けた。

 

その過程で─────士は自身の命が残り少ないことを悟った。幻想武装を無理矢理使い続けた副作用。命の磨耗、生命力の消費。あと残り少ない命をどうするか、既に決まりきっていた。

 

 

『─────モミジを、弟たちを守って』

 

 

死ぬ直前、ナツハが遺した願い。それを叶えるために、士は皆の為に命を使うことにした。置いていった義弟や仲間たちを、大人たちの悪意から守るために。

 

 

加賀宮士は、己を燃やし尽くすことを決意していた。とっくの昔から。

 

 

◇◆◇

 

 

 

「────ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ ッ ! ! !」

 

 

爆炎の中から立ち上がった加賀宮士。意識を失ったにも関わらず、彼は最後の力を振り絞って覚醒したのだ。

 

 

「アレだけやって、まだ立ち上がるのか………!?」

 

 

信じられないと、龍夜を息を呑んだ。幻想武装解除のダメージを受けたのに、それでも再起する士の存在に驚きを隠せなかった。明らかに予測した範囲を超えている。加賀宮士は意思の力だけで動いているのだ。

 

 

「ア、ア゛あ…………ごッ」

 

 

ふと、蹲った士が大量の血を吐いた。ビチャビチャと撒き散らされ、瞬時に沸騰する血の池。明確に尋常ではない程の血液を吐き出す士は危険な状態だ。もう既に、死にかけに近い。そう理解したのか、或いは理解した上で、士は叫んだ。

 

 

 

「………おまえ、─────お前、だけはッ!!」

 

 

そして、走り出した。全身の力を任せて、地面を蹴り、前へと走る。突然の行動に思考を取られた龍夜だが、すぐに彼の狙いに気付く。

 

 

「────逃げろ!織斑先生! 狙いは社長だ!ヤツを殺す気だ!」

 

 

九条アンナ、クインス社の社長である彼女が居なくならない限り、『隔絶区域(コードレス・エリア)』は狙われ続ける。ならば、彼女を殺す他無い。今度こそ、確実に。

 

 

ISで飛翔し距離を詰めようとした龍夜は、エネルギー切れであることに歯噛みする。少しで止めようと、一夏や箒と共に走り出す。その目の前で、士の身体に変化が起きていた。

 

 

ボゴッ! ボゴォッ!! と、肉体の一部が膨張する。 同時に赤熱し始める肉体。異常な程に上昇していく体内の温度と熱。ハイパーセンサーで見えたその反応は、一つの可能性を示唆している。

 

 

「────まさか、自爆する気か!?」

 

「ッ!?」

 

 

倒れた場所からそう理解したラウラの一声に、鈴音は息を飲み込む。ISによる瞬時加速でも間に合わない。ならどうするべきか。ふと周りを見渡した鈴音はある物に手を伸ばした。

 

 

「クソッ!アイツの方が早い!追い付けない!」

 

「箒!紅椿のエネルギーを分けてくれ!何とか瞬時加速をすれば─────!」

 

「無理だ!間に合わん! そんなことしていれば、手遅れになる!」

 

 

龍夜達も全速力で向かうが、あと少し足りない。膨大な熱を溜め込んだ士には届かない。千冬もサクラやフユキに避難を呼び掛け、腰を抜かした九条アンナを連れて避難しようとしている。

 

だが、そんな彼女たちの元に、士が近付く。体内に蓄積した熱を暴発させ、自分ごと全ての元凶の女を抹殺しようと迫る。

 

 

「────死ィ、ねぇェーーーーーーーッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、士の胸を青い光が貫通した。セシリアのスターライトMarkⅢ、それを使用した鈴音による狙撃が命中したのだ。

 

 

「─────が、ッ?」

 

 

胸に同化していたカオステクターが大きく吹き飛ばされる。ピシッ、とヒビの入ったメモリアルチップ。力を与えていた物が離れたことで、士の身体から熱が消えていく。

 

同時に、ポタポタと血が溢れ落ちる。胸元にポッカリと開いた穴は、彼の肉体からカオステクターを引き剥がすと同時に、心臓を消し飛ばしていた。

 

 

「────ぁ、ァ…………」

 

 

ボタボタと溢れる血を止めること無く、士が歩き出す。ヨロヨロと彼は前へと進む。立ち止まった千冬や九条アンナ、そしてサクラやフユキの方に、手を伸ばしながら。

 

 

「───お、れ………みんな、まも………やくそ───」

 

「……………っ」

 

「いの、ち………かけ、まも………れ───ごめ」

 

 

ゴボッ!! と、今まで以上の血を吐く士。ビチャビチャと溢れる血の洪水の中に崩れ落ちる。最後の最後まで手を伸ばしながら、彼は血の池の中で涙を流す。

 

 

「────な、ツ………は」

 

 

恋人との約束を、家族の幸せを望んだ少年は今絶命した。大量の血の中で、哀しそうな顔のままで。

 

 

「…………」

 

 

暴走した士を止められた、という点では喜ぶべきなのだろう。しかし、誰も声に出して喜ぶことは出来なかった。だって、目の前で人が死んだ────いや、自分達の手で殺したのだから。

 

 

「………………つかさ?」

 

 

ふと、震えた声が響く。振り返ると、唖然としたシルディがそこに立っていた。今辿り着いたばかりなのか、息が荒かった青年は、近くで倒れている少年の姿を見るや否や、息を吸うことも忘れた。

 

 

「士、士! しっかりしろ、おい!! 」

 

 

亡骸へと駆け寄り、必死に身体を揺するシルディ。同じ意思の元に集い、共に戦ってきた仲間の名を呼び続ける。だが、それでも声は返ってこない。青年は文字通り、命の全てを燃やし尽くしたのだから。

 

次第に、シルディの声が小さくなる。数秒の合間に、全てを理解したのだ。悲哀に満ちた青年の開ききった眼に手を添え、静かに瞼を優しく下げた。ゆっくりと立ち上がり、ギギギと振り返った。

 

 

「─────お前か」

 

 

ヒッ、と睨まれた九条アンナは再び腰を抜かす。おぞましい程に煮え滾った殺気を、ただ一心に向けられているのだ。恐怖するのも無理はない。

 

呪詛のように低い声を響かせ、歩み寄るシルディは腕輪に装備したエンシェントテクターを起動し、伝説幻装(エンシェントレガリア) バハムートを展開し、その身に纏う。

 

 

「────お前が、士を! 追い詰めたんだなッ!?」

 

 

────彼の生い立ち、士が『隔絶区域(コードレス・エリア)』を大切に想う経緯を知っていたシルディは、彼女こそが士の死の元凶だと理解していた。

 

大人達の身勝手で理不尽なやり方で、仲間を喪った。そう認識したシルディは凄まじい怒気を放ち、己の全身を黒鉄の装甲で覆いながら、歩み寄っていく。

 

 

黒紅の粒子を噴き出しながら近付くシルディの歩みが、突如止まる。それは、九条アンナを庇うように前に出た千冬。彼女を護るように並ぶ─────シルディの凶行を止めるために立ち塞がる、一夏達を目にしたからだ。

 

 

「…………止めろ、シルディ」

 

「────どけ」

 

「無理だ、どけない。今のお前を、通す訳にはいかない」

 

 

ビキッ、とシルディの拳を握る力が増した。龍の頭部を模すフェイスギアが、怒りに震え歯軋りをしているようにも見える。ゆっくりと力む腕を下ろしたシルディは、静かな口調で語り出した。

 

 

「お前達が、士を殺したことを恨んではない」

 

「……………」

 

「それが、戦いというものだ。既に覚悟は出来ている。命の取り合いを、戦いを選んだのは俺達の方だ。殺す覚悟もあるのなら、殺される覚悟もある。仲間を殺される覚悟もだ。

 

 

 

 

─────だが、その女だけは生かして置けない」

 

 

指を突き付け、シルディは吼える。仲間を死に追い込んだ全ての元凶を見据え、煮え滾る憎悪を向けながら。

 

 

「その女は、自分の欲望の為だけに大勢の人間を犠牲にしてきた。女性権利団体という組織に所属しているのも、女性が優れているという考えではなく、ただ美味しい思いをしたいだけの俗人だ。─────ソイツみたいな人間が、子供達のような弱者を食い物にして、本来幸せになるべき人々を踏みにじって───────オレ達みたいな人間を、生み出してきた! 八神博士(父さん)を悪魔にして、その技術や成果だけを利用した!!」

 

 

あらゆる悲劇と理不尽を赦せぬ者 シルディ・アナグラムとして、悲劇と理不尽の果てに全てを奪われた八神三琴として、彼は弾劾する。彼女のような大人の存在を、彼等のような存在に利用されてきたこの世界を。

 

 

「他人を利用し、傷付けて! 苦しむ様を嘲笑って!自分だけ安全な場所で、利益だけを貪って満足しているような、ソイツみたいな連中が! オレ達が倒すべき、世界の敵なんだ!!」

 

「─────お前の話が本当なら、殺すべきじゃない。そういう大人だからこそ裁かなきゃ、何も変わらないだろ」

 

「その法だって、大人達の味方だろうが!!────ドラグーンッ!!」

 

 

握り締めた拳を振り下ろした直後、シルディの背後に複数の機影が現れる。数十メートルの巨体を揺るがす機龍 ドラグーン。クラッシュ、ストライカー、ブラスター、三体の機龍がシルディの背後に並び、堂々と立ち尽くす。

 

 

「───これ以上邪魔をするなら、容赦はしない。たとえ、友であるお前達でも!」

 

「────シルディっ!」

 

 

最悪に近い状況だった。万全のシルディと、彼が操るドラグーンが揃った完璧に近い状態。対して今現在、龍夜たちは疲弊しきっている。ISのエネルギーも残り少ない。そんな状態で、シルディ・アナグラム相手に勝てるとは到底思えない。

 

だが、臨戦態勢であったシルディを止めたのは────前に出てきたゼヴォドの一声であった。

 

 

「お止めください!シルディ様!」

 

「っ!ゼヴォド、何故止める! オレはアナグラムのリーダーとして、アイツの無念を─────」

 

「────士の家族を、この戦いに巻き込むおつもりですか!?」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、シルディの心が大きく揺らいだ。怒りに支配され、冷静さを失っていた彼の激情を止めるには十分すぎる言葉だった。

 

数秒の沈黙があった。拳を握り締め、躊躇したシルディは静かに拳を下ろし─────伝説幻装を解除した。やり場のない怒りを溜め込み、シルディは背を向けて歩き出した。

 

 

「………帰るぞ、ゼヴォド」

 

「畏まりました────シルディ様、士は」

 

「このまま残す。アイツだってきっと、ここで眠りたいはずだ」

 

 

ゼヴォドを連れ、離れていくシルディ。静かに武器を下ろした一夏と箒、安堵した二人にシルディが突如声をかける。

 

 

「─────オレはもう、お前達と分かり合えるとは思わない」

 

「…………っ」

 

「お前達は現体勢を内側から変えようと、オレ達は現体勢を武力で破壊しようとしている。方針が違うからこそ、オレ達の志は同じでも、歩み道は違う。次会った時は何時ものように敵として、だろう。

 

 

…………次こそは、一切の容赦はしない」

 

 

冷徹な覚悟を秘めた双眼を受け、一夏と箒は言葉を返せない。だが、シルディは自分の意思を伝えて満足したのだろう。ドラグーン達に乗り、シルディとゼヴォドはその場から立ち去っていく。

 

 

やるべきことは果たした。にも関わらず、少年少女達の心は晴れない。心に暗い影が射したまま、彼等は雲に包まれた空を見上げることしか出来なかった。

 

 

◇◆◇

 

 

「────ボス!言われた数の量、回収しました!」

 

「おうよー。ごくろーさん」

 

 

クインス・コーポレーション本社。あらゆる重要機密、そして資金を保管するべき建物、多数の警備によって護られていたそのエリアは社長無き今──────傭兵団『アルスター』の手に堕ちた。

 

ヘルメットに武装を備えた女子達、戦闘員は破壊された金庫の中から無数の札束を運び出していた。無論、強盗と言うには事情が事情だ。…………厳密には、仕方のない徴収ということになる。

 

 

クインス社の依頼を受け、『隔絶区域(コードレス・エリア)』を襲撃したミナト達『アルスター』であったが、作戦の最中、クインス社が送り込んだ界滅神機の乱入もあり、ミナト達は戦線から離脱した。

 

そしてすぐさま、クインス社に糾弾の声明を送ったが、九条アンナは必死な言い訳を繰り返し、挙げ句の果てには此方の責任だと言い始めた。その態度に業を煮やしたアルスターはミナトの決定の元、約束されていた報酬、その倍の違約金を請求し──────これを無視されたことで、遂に武力行使へと出た。

 

 

本社を襲撃し、金庫から目的の資金を簒奪し終えた。後は撤退、という訳にはいかない。実を言うとミナトは襲撃の際、ある人物から依頼を受けていた。

 

 

「─────お見事です。時間にして1分05秒。世界でも有数とされるクインス・コーポレーションが有する堅牢とされた防衛システムを、こうも簡単に陥落させるとは」

 

 

カン、と地面を叩く軽い音。それと共に、異形のヒトガタが姿を現す。紺のスーツにネクタイ、如何にも紳士的な服装をした人物。片手に添えた杖を手に、リズム良く地面を叩いている。

 

そして、顔を覆い隠す程に被った帽子。帽子の下、襟の上には顔は見えず、空虚の黒しか見えない。或いは顔など存在しないかのように、伯爵のような人物は声高らかに言葉を弾ませる。

 

 

「────目的のモノは手に入れた、クインスもこのザマだ。これでアンタの望み通りになるな」

 

「それは違います。これは、計画の立案者たる彼の描いたキャンパス。私が望んだのはその先、彼の理想の行く末を観察することです」

 

「そうかい。ならとっとと依頼を終わらせるか」

 

「ええ、貴方が望むのなら、そうさせて頂きます────目的のモノ」

 

 

ほいっ、とミナトがポケットから取り出したICチップを放り投げる。静かに前に出した手でチップを受け取ると、紳士的な男は自身の顔のある闇の中へと入れる。その直後、紳士的な男は「フム」と顔を上げた。

 

 

「確認しました。私達が求めていたモノで間違いありませんね。────それでは、報酬の支払いをさせていただきます」

 

 

男は杖をカツンと鳴らした。たったそれだけで、全てが終わった。

 

 

「────振り込み完了です。一応、確認をお願いします」

 

「…………サラから振り込みされてるのを確認した。これで依頼完了だな。そろそろ、オレ達も帰らせて貰うぜ」

 

「おや、もう帰るのですか?」

 

「オレ達も傭兵、非公式なんでね。この件で指名手配されるかもしれないから、不用意に外に出てられねーのさ」

 

「難儀な立場ですね。貴方が望むのなら、私達が庇護することも出来ます。多少、いえ大々的に動けるようになりますが?」

 

「─────トライデントを、アスナを調べさせるのが条件だろ? 幾らアンタが相手でも、それだけは御免だね」

 

 

それは残念、と心から思ってなさそうな声で答える男。ミナトは部下達を引き連れ、一瞬にして姿を消す。その人物は彼が消えた後、崩壊したクインス社の本部を尻目に、闇の中へと消えていった。

 

 

◇◆◇

 

騒動が一段落着いた後、事後処理に明け暮れていた一同。その中で外部からの連絡を一早く認識した千冬が、口を開く。

 

 

「────先程、クインス社の本部が何者かの襲撃を受けた」

 

「……この状況を望んだ、外部の企業でしょうか」

 

「どうだろうな。奴等はアルスターという傭兵団を裏切ったらしい。奴等による報復行為という線も外せん」

 

 

周辺の捜索を終え、報告の役割を率先して受けたラウラはその事実に驚きながらも、複雑そうな顔を隠せない。アレだけ好き勝手してきたクインス社も、これで致命的なダメージを背負わされた。余計なことをしなければ、何とか建て直せたかもしれないのに。

 

 

「九条アンナ、ヤツは、クインス社はこれからどうなるのでしょう」

 

「まず、クインス・コーポレーションの解体は間違いないだろう。これだけの不祥事を起こせば、国連による決議も既に決まったようなものだ。あの女社長も、殺人未遂等の容疑で裁判になるだろう…………女性権利団体はヤツを護ろうとするだろうな。なんせ自分達の仲間である以上に、団体の存続に関わる情報を持っているんだから」

 

 

因みに、九条アンナは様々な策謀や人命を軽視した悪辣な作戦もあり、国連から捕縛命令が下されている。その命令により、現在は部屋に拘留している。

 

………その部屋の場所を知っているのは、千冬や友華、レギオンのリーダーであるサクラ、フユキのみだ。理由としては、レギオンのメンバー達の怨恨による私刑を危険視してのこと。彼等からすれば、今まで自分達を殺そうとしてきた、仲間を傷付けた全ての元凶なのだ。彼女を生きて捕えていることを知れば、即座に殺しに行く者も少なくはない。

 

国連が正式に彼女の身柄を引き取りに来るまでの間、一日は拘留しておかなければならない。だが、これに関しては然したる問題ではない。

 

 

「───ボーデヴィッヒ。報告の方を頼む」

 

「はっ、はい! 先程まで皆と一緒に周辺の捜索を終えましたが─────、

 

 

 

 

 

 

 

……………加賀宮士が使用していたカオステクターとメモリアルチップ。この二つだけは、何処にも見つかりませんでした」

 

 

そうか、と千冬は短く答える。静かに口を閉ざした彼女の瞳は何かを理解したように、鋭く光りながらも────僅かな悲哀を込めていた。

 




地獄みたいな世界。士が九条アンナに向けた殺意は怒りや憎しみではなく、仲間達を守るという使命感の為。まぁ自分の命を燃やし尽くしてまで自爆しようとしたのも、結局は失敗したんですけども。

因みに加賀宮士が最初の搭乗時、元気そうな振る舞いをしていたのは『先生』や『ナツハ』のロール。昔二人に元気に振る舞ったらどう? と言われたことを気にしていたから、自分なりに元気に振る舞っていた、ということです。







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第84話 継焔

「─────龍夜とラウラは? 何処に行ったか分かる?」

 

「さぁ?ラウラの方は織斑先生に報告って言ってたけど、龍夜は分からないわ。なんか、野暮用だって言ってた気がしたけど」

 

 

休憩室で待機していた一夏達。ふと崩壊した拠点の整備の手伝いをして帰ってきたシャルロットが、この中で不在である二人の仲間の存在を聞く。それに答えたのは鈴音だった。ソファに座ったまま天井を見上げる彼女に、シャルロットはそっかと納得する。

 

同じように部屋にいる候補生達、彼等の空気は薄暗いものだった。理由は明白、数時間前の戦闘で起きた悲劇─────加賀宮士の死が大きく関わっている。

 

 

特に、気に病んでいるのは一夏と箒の二人だ。IS候補生として選ばれ、仲間や家族を守るために戦うことを決意した一夏と箒は、人死には覚悟しているつもりだった。

 

だが、死ぬ直前まで家族のことを案じ、それだけの為に自爆しようとした加賀宮士。あまりにも悲惨な末路を遂げたアナグラムの青年の最期に、二人の心は大きく揺らいでいた。

 

 

他人を踏みにじるような悪人と戦うだけではない。自分達は敵と、同じように仲間を守るために戦う人間を相手にしているのだ。そして、そんな誰かを────自分達はまた殺すことになるのか。

 

 

「………なぁ、鈴」

 

「勘違いしないで。アイツを殺したのは、私自身の意志。やらなきゃ皆が死んでたから殺したの。責任感を負うんなら、余計なお世話よ」

 

「…………強いんだな」

 

「まぁね。伊達に軍に選ばれて、鍛えてきたんだから。これくらいの覚悟は当然のことよ」

 

 

技術的にも、精神的にも。

生半可な覚悟で戦場に出ていた自分達とは違い、彼女達は命を奪うことを理解した上で戦い続けてきた。自分も、彼女たちのように強くならねば、と思う。力よりも、己の心を。

 

 

「───ほいほーい、邪魔するでー」

 

 

そうやって扉を開けて入ってきたのは、フユキ・スイゲツだった、欠伸を噛み殺すような呑気な空気を漂わせながら現れた少年は持ってきたケースから色々な食事を取り出す。

 

 

「お客人で恩人の皆にメシ持ってきたでー。色々と疲れて思うところもあるやろうけど、まずは腹拵えした方がええやろ。美味しいモン喰って、気持ち切り替えな」

 

 

マイペースな雰囲気で、色々な料理を机の上に並べるフユキ。あ、ありがとう と答える一夏にフユキは、ええってことよ と笑った。その上で、食器を出しながら、口を開く。

 

 

「────気ぃ病まんくてもええで? 自分らは、今回の件を恨んどらんし、とっくに割り切っとる」

 

「………けど士は、仲間だったんだろ?」

 

「まぁな。けど、事情が事情やし。あの時の士は、ああした方が幸せやった。アイツはもう、死ぬ以外に救いはなかったんや」

 

「…………」

 

「淡白に見えるかいな? これなりに、自分でも割り切った方やで? ──────それより、一番思うところがあるんはそこの子やろ」

 

 

気にするな、と軽く笑うフユキ。かつての仲間が殺されにも関わらず、彼は自身の本心を押し殺しているように見えた。しかし、フユキは逆に一夏達────というよりも、特段平然としている鈴音に向き直り、そう告げた。

 

 

「そう? 悪いけど、そんなに気にしてないわよ。やれることをしたとは思ってるから」

 

「────キリちゃん先生の教え子なんやろ。複雑じゃないんか?」

 

「……………」

 

「え? キリちゃん先生って………」

 

「知らんの? キリちゃん先生、お前らと一緒に来てたやんか」

 

 

その話題が出た途端、沈黙する鈴音。誰のことを言っているのか分からない一夏達だったが、平然と話すフユキの言葉で彼が言う『キリちゃん先生』が、今回同行していた霧山先生であることを理解する。

 

 

「ですが、何故霧山先生が話に出てくるんです? 今回の件、あの人が関係しているとは…………」

 

「そりゃ、キリちゃん先生は元々ここで教師やってた訳だし、士もキリちゃん先生の教え子やからな」

 

「────え」

 

 

今度こそ、言葉を失う一同。彼女が昔から教師をしている話は聞いていたが、『隔絶区域(コードレス・エリア)』に居たことは初耳だった。────ただ一人、彼女と良く話していた鈴音を除いて。

 

同時に彼等は、鈴音が背負った重みを更に理解させられる。鈴音は自分が慕う恩師の教え子を殺したのだ。仕方なかったとはいえ、どんな顔で彼女と会えばいいのか。どんな態度で、霧山先生と向き合うべきなのか。

 

 

「───おう、フユキさん。ここに居たのか。お疲れ様です」

 

「ん、お前か。何してんねん。今客人の相手しとるんや、待っとけ…………………あ?」

 

 

ふと扉を開けて入ってきたレギオンの構成員。呑気な雰囲気の少年兵に手を払って部屋から出るように促すフユキは、ふと何かを思い出したように顔をしかめる。そのまま食事を運ぶ手を止め、仲間の少年に声をかける。

 

 

「おい、お前。仕事どしたんや」

 

「…………仕事? 終わったけど」

 

「アホか、まだ時間やないやろ。まさか、忘れたんやないやろな?」

 

 

フユキが言う仕事とは、九条アンナの監視だ。今現在、国連への引き渡しの為、レギオンが拘留する形になり、一部の信用に値するメンバーが交替で監視して、逃げ出さないように見張っているのだ。

 

少年がまだ交替の時間ではないのに出歩いていることに、フユキはサボりを疑うが、少年はこんな空気でも平然とした口で語り始める。

 

 

「あー、その事ね。さっき変わってくれたんだよ。私が代わりに見張っとくから、休んできなって!」

 

「………代わったぁ?一体誰が───」

 

「─────霧山先生だよ。ほら、あの人ならこの事知ってるし、安心だなーって」

 

 

なんやと? と、士が口を開きかけた次の瞬間────巨大な爆音が、一帯に響き渡った。

 

 

「なっ、なんだ今の!?」

 

「爆発や───けど、一体何が起こったんや! また敵襲かいな!?」

 

 

混乱しながらも、即座に動くフユキや仲間の少年。取り出した無線機で周囲との連絡を取り、少年に爆発の発生場所の特定を指示している。

 

エネルギーが回復したISをローエネルギーモードで起動するー同。展開したステイタスウインドウで爆発の発生源を捕捉しようとしたその時、ある高エネルギー反応を確認した。

 

それは、本来有り得ないものだった。

 

 

 

 

幻想武装(ファンタシス)─────サラマンダー!?」

 

 

先の戦いで自分達が倒し、結果的に殺すことになった少年の扱う幻想武装。同時に行方知らずとなっていたそれが起動したことに、戸惑いを隠せない一夏達。

 

 

しかし、その単語を聞いた二人────鈴音とフユキは全てを理解した。士の死後、周辺から消えたカオステクターを持ち出し、起動させたのが誰であるのかを。理解、出来てしまった。

 

 

◇◆◇

 

 

数分前。

内側から出ることの出来ないように操作された、人並みに充実とした客室。誰かを拘留するには些か相応しいとは言えないその部屋で、九条アンナは苛立ちを隠せずにいた。

 

 

「…………電話も持ってくなんて。脱走するとでも思ってるのかしら」

 

 

元より逃げ出す気などない。何故なら自分はすぐに社長として返り咲くのだから。今も尚、彼女の仲間────女性権利団体が動いてくれている。組織の力を利用してでも、九条アンナを無罪にしてくれるように取り入ってくれるはずだ。

 

彼女はそう信じている。何故なら自分が、女性権利団体という組織に貢献してきた幹部であり、彼女たちが最も大切に扱う同志────女性であるからだ。

 

何より、組織のメンバー達が自分を見捨てるという選択肢はない。彼女は、女性権利団体を大きくするために、多くの不正や汚職を揉み消してきたのだ。自分を見捨てるということは、その情報をバラされてもいいと言っているようなものだ。

 

だから、待っていればすぐに助けは来る。公的にも、裏側のやり方であっても。彼女はそう信じながら、部屋に用意されていた紅茶を飲み、直後に顔をしかめた。

 

 

「味が薄いわね。あんな低劣な連中には、こんな物しか用意できないのかしら」

 

 

吐き捨てるように告げる彼女の顔が、更に険しくなる。何故自分がこんな目に遭っているのか、それを思い出し苛立ちを強めているのだ。無論、自分のせいだとは微塵も感じていない。

 

悪いのは、あの子供達だと疑って迷わない。自分が彼等を襲い、多くの子供を犠牲にしたことも、界滅神機を使って殺そうとした事への反省すらない。女尊男卑、というより政治の社会で他人を食い物にしてきた彼女からすれば、弱い立場にいる子供達の方が、自分の邪魔をする彼等の方が悪いのだから。

 

 

「…………アイツらはもう勝ちを確信しているけど、私はまだ諦めない。彼等に正攻法で勝てないのなら、人質を使えばいい。………幸い、マトモに戦えない子供が何人かいるみたいだし」

 

 

自分を助けに来たのが武装した兵士なら、何人か拐わせるか。と今になってそんな事を考える九条アンナ。下手したらレギオンのメンバー達にリンチにされても可笑しくないことを、さも平然と考える彼女の後ろで、閉ざされた扉のロックが解除された。

 

 

「………あら、来たのね。遅かったじゃない」

 

 

彼女はそれを、自分を助けに来た相手だと信じて疑わなかった。ようやく振り返った彼女は、ゆっくりと開いた扉の隙間から飛んできたものに気が付かなかった。

 

それは、彼女の首に突き刺さった。小さな針の付いたカプセルだった。何らかの液体が入っていたようだが、今は少ししか残ってない。それを引き抜いた途端、九条アンナの視界が大きく揺れた。

 

 

「──あ、あえっ、────!?」

 

 

誰だ、と声に出そうとして、言葉が出なかった。舌が回らない。全身の筋肉が痙攣しているのか、マトモに立ち上がることも出来ない。ふらつきながらも何とか逃げようとする彼女の脚が、突如伸びてきた脚に払われた。

 

バランスを崩し、横転する。起き上がろうとした彼女の手を、扉から出てきた何者かが踏みつけ────顔を上げた九条アンナの顔を蹴り飛ばした。

 

 

「あがっ、ぶぇ……っ」

 

「────ああ、遅かっただろうな。だがようやく、お前を殺す死神が来たぞ」

 

 

部屋に入ってきた何者かはそれだけ言うと、部屋の扉をロックし、悶える彼女を見下ろした。左手にはナイフを、右手に拳銃を握り、何者かは明確な殺意を以て九条アンナを睥睨していた。

 

鼻から噴き出した血を抑えようとする彼女の髪を引っ張り、その人物は彼女の顔に視線を合わせた。

 

 

「お前は私を覚えているか? 九条アンナ」

 

「う、ぅ………っ!?」

 

「覚えていないだろうな、お前みたいなヤツは。だが、私は覚えている。お前があの時、彼等に向けた視線も、彼等へ吐き捨てた言葉も、全てを覚えている」

 

 

何者かが誰なのか、九条アンナには思い出せなかった。彼女には知る由もないが、大勢の人間に恨まれていることは事実だ。たとえ思い出せたとしても、その中の一人だけをすぐに把握することなど、難しいだろう。

 

 

「薬の効果で会話くらいは出来るはずだ…………答えろ、全てお前が指示したんだろう。数年前から始まった、クインス社の末端による子供の拉致監禁、拷問の果ての殺害─────彼等のリーダーだったクロガネ・ナツハを誘拐し、爆弾を埋め込んだのも、お前の仕業だろう」

 

「わたっ、わたしはしら────ッ」

 

「ここまできて言い訳するのか。ならいい。思い出したなら何時でも教えてくれ。お前の気が変わるまで、私はお前を苦しめるだけだ」

 

 

その人物が向ける冷たい目に、九条アンナは初めて恐怖に身を震わせる。生まれてからずっと自分が他人を食い物にする、他人より上の立場にいた彼女には、到底感じたことのない感情。ただ震えていることを九条アンナのプライドが許さなかった。

 

────そんな彼女の誇りは、躊躇なく痛め付けてくる何者かへの恐怖で消え去った。

 

 

「…………気が済んだか?」

 

 

つまらなさそうに嘆息を漏らし、血に濡れたナイフのグリップを下ろす。呆れたような視線の先では、鼻や口を血と鼻水で汚し、両手を前に出して震え泣く女性がそこにいた。

 

 

「そ、そうでしゅ………私が、全部、命令………しまじたっ。わだっ、しが、そうしろって………指示っ、して────」

 

「………たかがこれだけで音を上げるとは、呆れたな。お前が殺してきた子供達は、これ以上の苦しみを味わったのに」

 

 

数発の殴打で、自身のプライドが折られた九条アンナの自白に、その人物は軽蔑に近い視線を向けながら、拳銃を向ける。

 

殺す訳ではない、まだ。彼女には死ぬ直前苦しみを与えるつもりだ。急所を外して、苦痛だけを刻み付けていく。

 

 

「やめ、やめっ───ゆるして」

 

「────赦しは私ではない。お前が殺してきた、あの子達に向けて言え」

 

 

まずは手始めに足だ。そう考え、拳銃の銃口を向け、引き金に掛けた指に力を込める。その光景を頭に浮かべた人物の目の前で、

 

 

 

 

 

 

────カァン!! と、突如飛来した物体が拳銃を横から弾き飛ばした。

 

 

「────ッ!?」

 

 

無理矢理拳銃を弾き飛ばされ、痛む手を抑えながら飛び退く。何者かはすぐに空中に浮かぶ飛来物、エイのような小さな機械────サポートガジェットだった。それの存在を知ると、その人物は心当たりがあるらしく目を見開く。

 

 

「これは………!まさか!」

 

「─────何とか間に合ったが、危なかったな」

 

 

ロックされた扉を解除し、二人が入ってくる。飛行していたサポートガジェット『レイグライダー』を回収する龍夜。そして、彼の隣に立つ黒スーツの女性────織斑千冬。彼女は目の前に立つ何者かを見据え、静かに口を開く。

 

 

 

「手を引け、霧山…………いや、友華」

 

「……………」

 

 

言われた謎の人物────霧山友華。ふと、足元に弾かれた拳銃を即座に回収する。瞬間、弾かれたように距離を縮める千冬に向かってナイフを飛ばし、彼女がそれを受け止める合間に、未だ動けない九条アンナに向けて拳銃を突き付けた。

 

 

「………銃を下ろせ、友華。その件だけは不問してやる」

 

「その件だけは、ね。まるで私が他にも何かしたみたいな言い方じゃないか」

 

「実際に、しただろう? お前は」

 

 

心底呆れたように、溜め息を吐き出す千冬。何を分かった事を、と彼女との距離感を実感しながらの発言。しかし、これだけは提示しなければならない。千冬は前々から共有していた事実を、口にする。

 

 

「────アナグラムに協力し、内通していたスパイ。それはお前だった訳だ」

 

 

沈黙で答える友華。静かに笑った彼女は拳銃を持ち上げ、肩を竦める。その立ち振舞いは、自分に掛けられた疑惑を否定するどころか、肯定するものにしか見えない。

 

 

「…………なんで、分かったのかな?」

 

「───少し前に、アナグラムに情報が流れた件があったろう。クラスマッチの騒動の際、シルディが持ち去ったUSB、それをお前が仕込んだのも、証拠として取れている」

 

「でも、私がスパイと確信した証拠は? 君達の事だ、他にも理由はあるんだろう?」

 

「─────貴方が優しいからだ。霧山先生」

 

 

そう告げた龍夜は冷徹ながら、複雑そうな感情を隠しきれない。スパイと信じきるには充分とは言えない理由だが、加賀宮士、彼女の教え子がアナグラムに所属する事を知ったことで納得できた。

 

 

─────テロリストとしての道を選んだ教え子を見捨てられず、力を貸すしかなかったのだろ。何故なら彼女は一度、自分の教え子達を見捨てた────見捨てざるを得ない立場にあったのだから。

 

 

「………やれやれ、私には似合わないことだったのかね。こんな簡単にバレるなんて」

 

「分かったら銃を捨てろ。お前には無用のものだ。教師が本来、持つべき物ではないだろう?」

 

「そうかもね─────だが、これを捨てる前に、スパイとして裁かれる前に、やるべきことがある」

 

 

困ったように笑いながら、友華は手にした拳銃を九条アンナへと構え直す。彼女のやろうとすることに気付いた千冬は鋭い声でそれを止めようとする。

 

 

「止めろ!友華!」

 

「この女は反省してない。きっと裁かれても、罪を償った後も、平然と弱い子供達を踏みにじる。その前に、私が殺さなきゃいけない─────あの子達の仇を討たなきゃいけないんだ。先生である、私が」

 

「教師であるお前が! 人殺しをして堕ちた姿を、子供達が望むと思うのか!?」

 

 

ピタッ、と銃口を向ける手が止まる。微かに震えた友華は静かに、穏やかな声で語り始めた。

 

 

「…………私は、ここから離れた教師の中でも、最後の一人だった」

 

「………」

 

「最後まで、私は諦めたくなかった。だからこそ、ここから離れることになった後も、子供達の安全だけは守りたくて、クインス・コーポレーションに、この女社長直接頼み込んだんだ。…………そしたら、コイツは何て言ったと思う? 子供達の事を、何て言ったと思う?」

 

 

彼女は、霧山友華はあの時の事を忘れたことはない。あの日、九条アンナの元で嘆願したことを。子供達だけには手を出さないで欲しい、と。そんな彼女の願いを、九条アンナは花で笑ったのだ。嘲笑と、傲慢満ちた言葉と共に。

 

 

「────『人権の無い子供なんて、守る必要もない。それなら全員殺した方が楽に決まっている。そもそも誰からも必要とされない子供が、私達の仕事の邪魔をするだけで、死んで当然』。この女は、私の前でそう言ったんだ! あの土地の子供達は、政府が見放した孤児だから殺しても問題ないって! ゴミを掃除するんだから、社会からは感謝されるって!!紅茶を啜りながら、そうのたまったのさ!!」

 

 

腕を振り回し、怒りのままに叫ぶ友華。彼女は今にも銃弾を浴びせかねない程、激昂していた。自分が味わった屈辱以上に、彼女の言い放った言葉。子供達をゴミとしか見ていない彼女のやり方が許せないのだ。

 

かつて学校から離れた後を、友華は何も知らなかった。子供達の何人かがクインス社によって殺されたこと、自分の教え子の一人だったナツハが殺され────復讐に狂った士が人殺しを為した果てにテロリストに成ったこと────彼自身が、自分の夢を捨てたことも。

 

全て後から知った友華は激しい絶望と後悔に身を費やし、遂にはアナグラムの、士の協力者としてスパイをすることにした。無論、本気でテロに荷担した訳ではない。アナグラムとは、無闇に生徒を殺したり傷付けたりしないで欲しいと約束を結んでいた。────幸い、シルディ達はその約束を破ることはなかった。

 

 

だが、全てが無意味になった。現場に駆け付けた友華の目の前で、士は死んだ。悶え苦しみながらも、自分達の敵を葬ろうとした結果、自分が教えてきた学生達によって止められ、最終的に息絶えた。

 

掠れた声で泣き叫んだ彼女は、復讐を決意した。大切な子供達を苦しめ、殺し、大切な教え子を死に追いやった九条アンナを。あの人でなしに子供達が受けてきた以上の苦しみを与えて、惨めに殺してやる、と。

 

 

「たとえあの子達が望まなくても、私はこの女を殺す!それが殺されたあの子達に対する、何も出来なかった私がすべき、贖罪なんだ!!」

 

 

両手で握った拳銃の引き金を引く────瞬間、龍夜が操作したガジェット『レイグライダー』が突貫する。銃弾が飛び出すよりも先に飛翔した『レイグライダー』の翼、刃のように展開されたブレードが拳銃の銃身を切り捨てた。

 

 

「───ッ!」

 

「良くやった、蒼青………もういいだろう。諦めろ、友華」

 

「………諦めろ、だって?」

 

 

破壊された拳銃とナイフを放り捨てる友華。フラフラと揺れる彼女の姿は幽鬼のそれであった。千冬から掛けられた言葉を理解した途端、彼女は笑い始める。腹の底から込み上げるような笑い。それは自暴自棄に近い、一種の決意を秘めた意思があった。

 

 

「諦めろ、諦めろだって!? 苦しんできた子供達や教え子達を救えなかった、この私に!? あの子達に報いることすら、私に許されないのか!?」

 

「…………」

 

「私は、どうなってもいい。子供達の為であればこの命──────喜んで棄てるよ」

 

 

彼女が取り出したのは、行方不明になっていた加賀宮士のカオステクター。そして同じように見つからなかったメモリアルチップを握り締め、呟く。

 

 

「────士、私に力を貸してくれ。皆を、あの子達を守り通せる力を!!」

 

「っ!まさか────止めろ!友華!」

 

「あらゆる悪を、あの子達を脅かす敵を焼き尽くす煉獄の炎を!私の命を薪として、与えてくれッ!!」

 

 

叫ぶ千冬の前で、友華はメモリアルチップをカオステクターに差し込んだ。そして、オブリビオンの力に汚染されたカオステクターを、自身の胸へと装着した。

 

 

「─────あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ ッ ! ! ! 」

 

 

直後、友華は悶え苦しみ始める。カオステクターによるウロボロス・ナノマシンの注入、オブリビオンの力による肉体の侵食。二つのエネルギーが身体を蝕むごとに、激痛となって全身に響いていく。

 

頭を抱えて悶えていた友華。ふと、彼女がゆっくりと顔を上げる。飄々とした雰囲気は消え去り、殺気立った彼女の顔に虹色の光のラインが走る。

 

悲鳴のような絶叫を響かせる彼女の全身が、黒い液体に呑まれる。万能の物質 ウロボロス・ナノマシンが彼女の肉体を覆う幻想の鎧を、構築していく。

 

 

灼熱の空気が、部屋の中に充満する。

千冬の前に出た龍夜は、静かにISを、『プラチナ・キャリバー』を展開する。目の前で蠢く炎の塊への警戒を緩めない。

 

 

『────ア、アアアア………ッ!!』

 

 

幻想武装 サラマンダー。

灰色の金属で全身を覆った顔のない竜。全身に熱を放出し、背中のボイラーから煙を吐き出す炎竜が、更に変化を遂げる。

 

頭部ユニットである金属のプレートが左右に解離し、内側から本当の顔が露になった。妖しく発光する六つの眼光。下顎を二つに割りながら、サラマンダーは自身の熱と炎を撒き散らし、咆哮を響かせた。

 

 

────己の命を燃やし尽くしてでも、子供達を害するものを排除するという強い覚悟を胸に。死んだばかりの教え子と同じように。

 




残火継焔、残った火を継いで大きな焔にするという意味で書いてました。加賀宮士が遺した幻想武装(サラマンダー)を先生である友華が継ぐ、というストーリーの内容を暗示してました。

うーん、クソ()



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第85話 幻界を越えし煉獄の焔竜(サラマンダー・オブリビオン)

深紅の世界で、サラマンダーが起き上がる。火竜が動くだけで、周囲の空間が灼熱により焦がされ、熔かされていく。天井も床も壁すらも、ドロドロに熔けた赤い液体の中でサラマンダーは空気を震動させる程の咆哮を響かせていた。

 

 

「────織斑先生、その女を任せました」

 

「分かった。………だが、蒼青。気を付けろよ」

 

「言われずとも」

 

 

サラマンダーの中身、IS学園の教師である霧山友華への躊躇が生じるとでも言いたいのか。余計なお世話だ、と冷徹に呟いた龍夜は大盾と剣を構え直し、目の前の火竜へ意識を集中させる。

 

 

『────ァ』

 

 

サラマンダーの六つの眼光が、龍夜の背後を見据える。織斑千冬が引きずる女性 九条アンナを認識したサラマンダー、友華の思考が熱を帯びる。

 

────殺すべき相手の姿に、理性が燃え尽きた焔竜が吼えた。

 

 

『────ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ ッ ! ! ! 』

 

 

熔岩のような高温の液体を撒き散らしながら、サラマンダーが腕を振り上げて飛び掛かる。その狙いが、九条アンナに向けられていることを察した龍夜は即座に形態変化に移行。

 

アクセルバーストフォームに切り替わったISを纏い、龍夜は『瞬時加速』よりも高速の────『超加速』による距離を縮める。此方を無視したサラマンダーの横っ腹に突撃し、そのまま突き飛ばす。

 

 

『───ッ!』

 

 

獲物、恨む相手への攻撃を遮られたサラマンダーが怒りの声を滲ませ、灼熱の息吹(ブレス)を放つ。息吹、というのは正しくなく、業火の熱線と呼ぶべきか。振り返り様に放たれた焔の閃光は地面を焼く、切断するレーザーブレードのような一撃だった。

 

 

「思考も機能してない…………いや、憎悪に支配されているのか」

 

 

これもオブリビオンによる影響か。あんなに温厚で穏やかだった彼女から感じる憎悪と殺意に、龍夜は改めて幻想武装とオブリビオン、その二つの性質への畏怖を実感する。

 

背中の大型スラスターの出力を解放し、一瞬にして接近する龍夜。蒼光の刃を纏う銀剣 エクスカリバーによる高火力の一撃をサラマンダーに浴びせる。

 

 

胴体を切り裂かれた火竜が腕を振り上げ、指先から熱線を放射する。五指から放たれた業火の熱線が綺麗に並ぶ。並列に振るわれた五つの焔斬に、龍夜はスラスターに全てのエネルギーを注ぎ、回避に徹する。

 

 

触れるだけでシールドのエネルギーを一気に削り取る、超高火力の攻撃の数々。高温の熱量を纏うサラマンダー、オブリビオンによる強化された幻想武装の力は、龍夜からしても厄介と断言できるほどの代物へとなっていた。

 

 

────だが、倒せないわけではない。

 

そう判断した龍夜は、エクスカリバーにエネルギーを集中させ、光速を以て接近していく。雷光のように屈折していく彼の姿は超速のまま飛翔し、サラマンダーの背後へと到達する。

 

 

【OVER ENERGIE DISCHARGE!】

 

 

蒼き光の増した刃を、サラマンダーの背中へと振るう。この一撃で、霧山友華の幻想武装を破壊する。そうすれば、全てが終わる。冷静にそう考えた龍夜が光剣を振り抜こうとした、次の瞬間だった。

 

 

 

────いつもの彼女の姿が、教師として皆に笑顔を向ける友華の姿を幻視したことで、龍夜の思考が大きく揺らいだ。

 

 

「─────っ!!」

 

(何故、外した!? 今のを決めれば、サラマンダーを倒せたのに──────いや、そうか)

 

 

咄嗟の隙に、サラマンダーがその一撃を回避する。必殺の一撃が避けられたことに、龍夜は歯噛みする余裕もない。ただ躊躇してしまった己に、自分自身が彼女を撃破することで、殺してしまうかもしれないことに躊躇したことを自覚する。

 

 

(俺が、あの人を殺してしまう可能性を考えたからだな)

 

 

無意識にも、彼女を死なせたくないと感じた自分に呆れ混じりに笑う。アレだけ冷徹に振る舞っていたにも関わらず、肝心なところで躊躇してしまうとは。

 

 

そんな龍夜に、振り返ったサラマンダーが牙を剥く。全身で押し掛かるように突撃する焔竜に、龍夜はその場から離脱するために残存したエネルギーを使用する。

 

 

すんでの所で回避しきれた龍夜。しかし、目の前の火竜の胴体の傷口、そこを覆う黒い液体が蠢き、形を為していくのが見える。膨らんでいった黒い液体は────骨格だけで構成された、黒い竜の頭蓋へと変化した。

 

 

「アレは────レッドが扱っていた!?」

 

 

かつて相対したレッドが身体から生み出していた、黒い竜の東部を模したユニット。それに近い部位が現れたことに驚愕を隠せない龍夜の前で、黒い竜のユニットが口内に蓄えた光をレーザーとして放出した。

 

それをエクスカリバーで斬り弾く龍夜だが、その間にサラマンダーが距離を縮めて来ていた。此方に掴み掛かろうとする焔竜から逃れようと、スラスターからエネルギーを噴き出そうとして─────不発に終わる。

 

 

(ッ!? エネルギーがもう、不味────ッ!)

 

 

さっきの必殺の一撃を外したのが、大きな失敗だった。それに気付いた時には、サラマンダーが豪腕を以て龍夜の身体と腕を掴んできたのだ。拘束から逃れようとした瞬間、龍夜は自身の身に起きた変化を理解する。

 

 

 

「ッ!? がァアアアアア! ! ! ? 」

 

 

ジュゥゥゥゥ!! と、触れた部分が熱で焼かれていく感覚を理解する。熱い、痛い。熱い、熱い、熱い────胸元と手首に集中する激しい灼熱に、龍夜は溜まらず絶叫を吐き出す。

 

思考が、定まらない。あまりの痛みに、何も聞こえない。電脳越しに叫ぶラミリアとルフェの悲鳴も、正確に認識できない。唇を噛み締めた部分から血が滲んだ涎を滴しながら、龍夜は腹の底から絞り出すように叫んだ。

 

 

 

「─────な、めるなァッ!!!」

 

 

エクスカリバーの束で、サラマンダーの胴体を殴り付ける。それによって押し込まれたトリガー、必殺技の発動のスイッチが起動し、銀剣の刀身に残存するエネルギーが集中する。

 

 

【OVER ENERGIE DISCHARGE!】

 

「ライトニングッ! ツイン、ブレイクゥ!!」

 

 

光刃を二度振るい、自身を拘束する腕を切り裂く。熱の鎧をぶち抜く光の斬撃を浴び、サラマンダーが思わず手を離す。その場に崩れ落ちた龍夜に、火竜は怒りの唸り声をあげながら歩み寄る。

 

 

─────だが、数発の閃光がサラマンダーの歩みを止めた。それは上空に飛翔したセシリアの狙撃によるものだった。同時に、複数の機影がサラマンダーの前に飛び出していく。

 

 

「おおおおっ!!」

 

「でえあああっ!!」

 

「一夏! 箒! 二人とも出張り過ぎだってのよ!」

 

「シャルロット! 手を貸せ!───セシリア! ヤツの視界を潰せ!」

 

『分かりましたわ!』

 

 

突如、現れた一夏達がサラマンダーの動きを撹乱した瞬間、サラマンダーの足元に狙撃をすることで視界を遮る。その合間を狙い、全員は負傷した龍夜を連れて一時離脱するのだった。

 

廃墟の影に隠れ、安堵する一同。しかし彼等は、龍夜の状態を見るや否や、顔色を変える。

 

 

「龍夜! お前、それ………」

 

「…………俺としたことが、油断したな………だが、軽度だ。安心しろ………」

 

 

装甲をぶち抜いた、火傷の痕。手首や胸元に刻まれた痛々しく焼かれた肌の状態。その有り様に皆が言葉を失うのは無理もなかった。そんな彼等に龍夜は平然と接する。───彼等が知るべき事実は、これ以上に重いものだからだ。

 

 

「気にするな………それよりも、話がある」

 

「話って!こんな状態で何を─────」

 

「サラマンダーの中身は────霧山先生だ」

 

 

今度こそ、一夏達は絶句してしまった。いや、理解を拒絶していたのかもしれない。

 

 

「何、言ってんだよ………霧山先生が、サラマンダーを?」

 

「…………理由なら、分かるだろ。あの人は、教え子の仇を討つつもりだ。子供達を苦しめる大人を、排除することで」

 

「………ッ!」

 

 

心当たりしかなかっただろう。

彼女がかつてこの地にあった学校で教師をして、多くの子供達を大切に想っていたのなら、九条アンナを筆頭とした大人達のやり方を容認出来ない、許さないはずだ。

 

彼女がどれだけ優しく、どれだけ生徒思いなのかは分かっている。だからこそ、霧山友華の憎悪を、子供達を食い物にする大人への怨嗟を、理解するしかなかった。

 

 

「だが、きっと無理だ。あの人が使ってる幻想武装は、オブリビオンの力に汚染されてる…………あれを使い続けたら、霧山先生も、死ぬことになるかもしれない」

 

「────そんな……! 何とか出来ないの!?」

 

「………一夏の零落白夜なら、幻想武装を強制的に破壊できる。だが、あの状態のサラマンダーに当てられるかどうか………」

 

 

つまり、何とかするにはサラマンダーを弱らせる必要がある。この中で最も強力な火力を誇る龍夜は火傷が酷く、前線に出れる状態ではない。

 

ならば、誰が前線に出るのか────一夏は当然駄目だ。トドメを決めるのは一夏でなければならないからこそ、彼は待機していなければならない。

 

 

「────私がやるわ」

 

 

そんな最中、たった一人。声を挙げたのは、覚悟を決めた顔で気を引き締めた鈴であった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

敵を見失ったサラマンダー・オブリビオンは、燃え盛る廃墟の中を歩いていく。世界が焔に呑まれていく。サラマンダーが発した灼熱が、周囲の物体に発火し、あらゆる物を熔解させていく。

 

 

『────ア、アア…………』

 

 

虹色の光を宿す火竜は、何処かを目指していた。九条アンナ、織斑千冬に連れられて逃げたあの女を殺す。場所は分からない、ならば燃やせばいい。探せばいいだけだ。 そう判断したサラマンダー・オブリビオン────霧山友華には理性など残っていない。

 

憎しみの炎に思考を焼かれた彼女には、子供達を苦しめた大人を殺すことしか頭にない。光に群がる虫のように、塗り潰された思考の中で、友華は憎い相手を追い回すことしか出来ないのだ。

 

 

そんな火竜の歩みを止めたのは、爆炎の音の中響く声であった。

 

 

 

「────先生」

 

 

ピクリ、とサラマンダーが震える。目の前に立つ少女、鈴の姿を目の当たりにした火竜が、呻くような声を漏らす。理性を失ったはずの女性は、幻想武装の中で絞り出すような声を口にする。

 

 

『…………鈴、ちゃん………』

 

「もういいでしょ、先生。その鎧を脱いで、帰って来てよ。皆、心配しているだから」

 

『────』

 

 

彼女の理性は、それだけで正常に戻った。数ヵ月と言えど、大切に思っていた教え子。ISに身を包んだ鈴を眼にした友華は正気を取り戻し、敵意を消失させる。

 

けれど、鈴が差し出した手を取ることは、彼女の願いに答えるなかった。

 

 

『───ダメ、だ。ダメなんだよ』

 

「…………」

 

『私は、もう戻れない………私は教師に成りたかったんじゃない。子供達を、彼等を助ける大人に成りたかったんだ………だから、私は教師に憧れて、教師に成りたかった』

 

 

霧山友華は、己の原点を語る。子供達を教え導き、時には生きる希望を持てない子供を救う、教師というものに憧れを持っていた。

 

自分も、多くの子供を助けたい。彼等に未来を見据えるように教えていきたい。そう願い、教師として子供達を育ててきた彼女に待っていたのは─────残酷すぎる景色だった。

 

 

『でも、私には救えなかった…………ナツハも、あの子達も────士すらも。子供達が苦しんで死んだのに、助けられなかった私に、教師である資格なんてない……………私は、苦しむんだ。あの子達以上の苦しみを味わって、子供を踏み台にする大人達を皆殺しにして─────私は、死ぬんだ』

 

 

大切に思っていた教え子達の死に続いた、士の死。護るべき、救うべき子供が絶望しながら死に行く姿を見て、彼女の心の芯は砕け散ったのだ。

 

その心の隙間、絶望に満ちた空虚に入り込んだのが、自棄に近い覚悟を有した復讐心。小さな火種が、あらゆる感情や記憶を薪として、一気に強く、深く燃え滾っている。

 

 

『…………それに、手遅れなんだ…………私は、可笑しくなってる。視界に映る皆が、憎く見える────鈴ちゃんのことを、殺さなきゃって─────士の仇だって、思っちゃってるんだ』

 

 

嫌がるように否定する友華。自分の教え子を、大切な生徒を殺したくない。そう告げる彼女の意思とは裏腹に、渦巻く憎悪は増幅していく。

 

 

『この力が、流れてくる力が、全てを憎めって、叫ぶんだよ……………全てを燃やして、焼き尽くせって。士の望んだように、何もかも焔に還せって─────あの子がそんなこと望むはずがない、きっと私は壊れてるんだ。だから、私は死ななきゃいけないんだ…………あの女を、コロして』

 

 

ガタガタ、とサラマンダーの身体が小刻みに震える。視線が定まらない六つの瞳からは黒い液体が流れ出し始める。狂気に、胸の内から溢れる憎悪の炎に思考が蝕まれている証拠だった。

 

 

『私、ワタ───私が────あの子達────仇、ヲ』

 

「…………ま、仕方ないか」

 

 

明らかに異常な光景に、鈴は深い溜め息を吐き出す。一瞬、心の底から悲しそうな眼をしたかと思えば────気を引き締め、強い覚悟を感じさせる表情へと切り替えた。

 

 

「いくわよ、先生────叩きのめしてでも助け出すから。覚悟してよね」

 

『殺、ス───殺す殺す殺ス殺su、kill、kill、kill、kill、killkillkillkill─────!!』

 

 

怨恨に満ちた殺意を放ち、サラマンダーは蒸気を噴きながら牙を剥く。振り上げられた剛腕が地面を砕き、一際大きな爆発を引き起こす。

 

それが────今回の騒乱、『隔絶区域(コードレス・エリア)』で起きた戦いの幕を下ろす、最後の決戦であった。

 

 

◇◆◇

 

 

異様な熱気が充満した廃墟群。無数のビルの残骸、倒壊した建物を掻い潜り、『甲龍』を駆る鈴は両肩に浮遊する衝撃砲を放つ。

 

衝撃を砲弾とした一撃は、サラマンダーの胴体に響く。しかし、それだけである。即座に顔を上げた火竜が口の中に溜め込んだ1000℃を越える灼熱が、極太の熱線として放たれた。

 

 

天に届き、空を引き裂くオレンジの閃光。絶対防御があるからと言って油断できない。人体は愚か、金属の装甲すら消し飛ばす火力だ。スラスターの加速により回避した鈴は、即座に『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を発動。

 

懐に飛び込んだ鈴はサラマンダーの腹を蹴り付ける。仰け反った火竜に追撃をしようとした鈴は────即座に熱線を展開した腕が振り上げられたことに気付き、一瞬で背後に回る。

 

 

─────やぁ、君の担任になる霧山友華だ。宜しく頼むよ。

 

 

青竜刀による一太刀を浴びせた瞬間、脳裏に蘇るのは過去の記憶。一抹の、一つの小さな夢のように、一瞬だけ過ぎ去る記憶。穏やかに微笑む、凛々しい女性の姿に、鈴は揺らぐ心を無理矢理抑え込む。

 

 

『…………私、は』

 

 

猛攻を繰り出すサラマンダーが、か細い声を漏らす。うわ言のような、正気ではない独り言なのだろう。

 

 

『私は、先生として………子供達の、笑顔を、幸せを、守ル────何として、も。何があっても、あの子達が笑える、居場所だけは────』

 

 

─────はは、相変わらず元気だね。その調子で、クラス代表として頑張るんだよ?

 

 

─────特訓か、こんな時間まで一人で大変だね………うん、どうせなら私も付き合おう。生徒の悩みに応えるのが教師の務めだからね。

 

 

「────先生ってば、本当に優しいのね」

 

 

鈴は知っている。自分の担任が、霧山友華が教師を志した理由も、教師足らんとする理由すらも。そんな彼女がこうなってしまったのは、身勝手な大人達のせいに違いはない。

 

何も彼女だけが悪くないとは言わない。スパイとしての行いは裁かれるべきだろうし、今回の暴走も止めなければならないのは事実だ。

 

 

─────だからこそ、鈴は揺れ動きかけた心を落ち着かせた。今までにない集中力と、失敗は許されないという覚悟。この二つが重なり、今まで以上のコンディションを引き出した鈴は自身の感じる周囲がいつもより遅く感じられた。

 

 

「────もっと、動けるでしょ、私! もっといけるでしょ、甲龍(シェンロン)!」

 

『──────』

 

「こういう時の為に、強さを求めたんじゃない! 私達の先生を止めて、連れ戻すわよっ!!」

 

 

───何故だか分からないが、風のような声が聞こえた気がした。己と愛機を振るい立たせるような気合いの入った一声に応じるような、芯の強い言葉。

 

 

────任せろ

 

 

共に在るような声と共に、鈴はニカッと笑い、全力でサラマンダーの前へと飛び込む。意識のない火竜は此方に向かう鈴と甲龍にロックオンし、全身に高熱の鎧を纏いながら襲いかかる。

 

だが、サラマンダーの猛攻に対し、鈴の動きは軽々しく、舞っているかのようなだった。灼熱に全身を防護したサラマンダーの攻撃を回避し、その大きな隙を狙い澄ましたような連撃。

 

触れることの出来ない高温のアーマーには、周囲の残骸を拾い上げ、投擲していく。灼熱のバリアで破砕、熔解する瓦礫だが、飛来する速度だけは押し殺せず────サラマンダーの全身に衝撃を与え続ける。

 

 

『────ッ!』

 

頭部に響いた衝撃により、展開されていた超高温のプロテクトは焼失する。よろけたサラマンダーの隙を逃さず、両手を地面に掛けた鈴は爆発的な跳躍と飛翔により、急接近していく。

 

 

サラマンダーの頭部に向かって、そのまま握り締めた拳を打ち込む。横転したサラマンダーの多数の腕が掌から熱線を放つ直前に、青竜刀の一閃で全ての隠し腕を斬り払う。

 

その隙に起き上がったサラマンダーが、口内に熱を蓄積させる。至近距離からの熱線攻撃。それを防ぐ手立てはない。逃げれば今度こそ近付くことすら出来なくなる。

 

 

「────逃げるかってのぉ!!」

 

 

────だからこそ、彼女は退くことなく前へと突き進んだ。充填される熱量に恐れることなく突撃し、自身の両肩に浮く衝撃砲『龍咆』を掴み─────サラマンダーの口へと押し込んだ。

 

直後、ほぼ同時に互いの攻撃が衝突する。しかし、撃ち込まれた衝撃が熱線を押し返し、口内の内側で勢い良く炸裂。及び、爆散させた。

 

 

『──────ァッ!!?』

 

 

至近距離、相手に直接放つ最大出力の衝撃砲。これにはサラマンダーも無傷では済まず、先程から熱線を放ってきた口は頭部を含めて大きく破損していた。しかし、それは鈴も同じ。彼女が押し込んだ『龍咆』は許容範囲限界のダメージを受け、爆発と共に墜落した────最早この戦いでは使い物にはならないだろうが、それで充分だった。

 

 

ダンッ! と、鈴は青竜刀を空に放り投げ、頭部を失ったサラマンダーに掴みかかる。必死に暴れる火竜の腕を強引に引きちぎり、今度こそ胸元のプレートに手を掛けた鈴は両手に力を込め、引き剥がそうとしたのだ。

 

 

「────ぉおおおおおおおおおらぁぁぁああああああッッ!!!!」

 

 

バギン!! と、サラマンダーの装甲を抉じ開ける。その内側に、彼女はいた。黒い液体で構築されたケーブルのようなものを全身に突き刺し、虹色の光のラインを放つ友華が眠っている。

 

意識のないが無事である彼女の姿に僅かに安堵する鈴。しかし次の瞬間、炎を噴き出し、腕を再生させたサラマンダーが鈴の首を掴んだのだ。

 

 

「ぐっ!コイツ…………先生を取られるのがそんなにイヤな訳!?」

 

『こ、殺ス、コロス、コロス………殺、して。殺して────私、を』

 

「先生に! そんなふざけたこと言わせんじゃないわよッ!! このクソトカゲ!」

 

 

そんな中、再生したもう片方の腕が此方を狙い始めた。掌に高熱を発しながら迫る腕を────鈴は正面から受け止める。

 

装甲を貫通する灼熱。肌に届く高温。自身の腕が焼かれる恐怖など最初からなかった。在るのは怒り。彼女に憎悪という炎を植え付けた、この幻想武装────オブリビオンと呼ばれる力への強い怒り。

 

優しかった彼女に、先生である資格はないと追い詰め、復讐の道に走らせようとした存在。自分の恩師をコアとして利用したモノへの激しい怒りを胸に、鈴は咆哮を轟かせる。

 

 

そして、上空に移動した『龍咆』による砲撃を放つ。狙いはただ一つ、空中で落下しようとする青竜刀。真上から届く衝撃に乗せられ、超速で落下する青竜刀の刃は─────高熱を発する腕を肩から切断した。

 

 

『────ッ!?』

 

「オオオオオオオオッッ!!!」

 

 

腹の底から響かせる咆哮。此方の首を圧迫する腕を引き剥がし、鈴はそのまま両腕で掴み─────強引に引きちぎった。

 

押し倒したサラマンダーの胴体に取り込まれた友華に手を伸ばし、引き剥がそうと力を込める。ブチブチ、と千切れるケーブル。それに呼応するように、サラマンダーは再生しながら、暴れ始める。

 

だが、鈴が諦めることはない。全力で、全ての力を込めて─────友華を、サラマンダーから引き剥がした。

 

 

 

『──────ァッ!!?!!!?』

 

 

聞いたことのない、異音に満ちた声で叫ぶ火竜。コアを失い、崩れるはずの怪物は───それでも鈴を、友華を見据え、動き出す。生体コアたる人間を、適合者を取り戻すために、崩れ行く黒い泥のようなもので肉体を構築し、巨大な口を形成した。

 

 

口の中に熱を、最大級の灼熱を収束させるサラマンダー。外敵を殺し、主を取り戻すことしか頭にない怪物。形もなく蠢く異形の前で、先生を抱き抱えた鈴は静かに笑った。

 

『───コ、ロ…………ス』

 

「…………やれることはやったわ。後は、任せてもいい?」

 

 

 

 

「─────ああ、任せろ」

 

 

瞬間、白い光に染まった斬撃がサラマンダーを斬り伏せる。全てを、鈴の覚悟を見届けた一夏によるトドメの一撃。エネルギーを消失させる『零落白夜』の一太刀は幻想武装すら破壊し、消し飛ばす。

 

今度こそ、サラマンダーは灰の如く崩れていった。最後の最後、まるで意思を持ったかのように手を伸ばしていた。静かに眠る友華に、彼女を求めるように。

 

 

「……………ぅ」

 

 

小さな声が漏れる。鈴はその声を聞くや否や、抱き抱えていた友華へと視線を向ける。弱々しい動きで眼を開いた彼女は、意識を朦朧とさせる。

 

 

「先生、宣言通り助けたわよ」

 

「…………みたい、だね」

 

 

堂々と宣言する鈴に、何処か抜け落ちたように空虚な声で語る友華。己の憎悪を増幅された影響か、彼女には何時ものような穏やかさは感じられない。

 

だが、彼女は戦っている最中の記憶はあったのかもしれない。意識を失う瞬間、彼女は僅かに微笑みながら、鈴に告げたのだ。

 

 

「……強くなったね、鈴ちゃん」

 

 

気丈な鈴にしては…………そうかもね、と穏やかに答える。集まってくる仲間を見てから、鈴は意識のない先生の手に触れ、握るのだった。

 

 

こうして、『隔絶区域(コードレス・エリア)』の争乱は今度こそ完全に幕を下ろすのだった。

 

 




この章もそろそろ終わりになります。憎しみや炎という、一つのテーマから考えた話でした。いやー、憎しみの炎というものですし、少なくとも全部が全部ハッピーでは終われないんだよなぁって考えてました。

霧山先生としては自分が守れなかった子供達の復讐をして、自分も苦しんで死にたいと感じてました。だからあのまま幻想武装使ってたら士みたいに全てを燃やして死ぬことになるはずでした。

鈴は自分の担任であり、色々と世話になった友華を止める役割として最後の戦いの主役として選ばせて貰いました。鈴ちゃんってば男前なところあるからね、自分で先生を止めたいと思うはずでしょうし。


次回もお楽しみにして下さいませ。それでは!


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第86話 新たなる戦いの火種

「────目が覚めたか、友華」

 

「………千冬先生じゃないか。寝てるところを見せてすまなかったね」

 

 

静かな部屋の中で目覚めた友華はいつもの調子で語りながら、周囲を確認する。色というものが多くは存在しない、真っ白な部屋。家具は色々と用意されているが、その部屋には違和感しか感じなかった。

 

扉自体も厚いものに見える。鍵もない此方にはない。恐らく、反対側に配置されているのだろう。

 

 

「────成る程、そういうことか。まぁ、私の立場からしては当然だろうけど」

 

「分かっているのか、全てを」

 

「まぁね。一人だけとはいえ、テロリストに与してたんだ。加えてあの女を殺そうとした…………それでも拘留ものだろうしね」

 

 

肩を竦める友華は、達観したように笑う。何も気にしていない、少なくとも自分の立場を理解しているかのような口振りだ。

 

腕を組みながら、千冬は彼女が眠っていた間の記憶を語る。

 

 

「友華、お前は三日も眠っていた」

 

「…………そんなに寝てたのかぁ。その間にもう全部終わってたり?」

 

「ああ、九条アンナは国連の執行機関により移送され、その後多くの罪を公的に暴かれた。最初はヤツも反省せずにサクラ達のせいにしていたが、ヤツ自身の命令の証拠を見せられたら流石に諦めが付いたらしい。罪状としても無期懲役だろうな」

 

「────ふん、あの女が外に出れないことを喜ぶべきだろうね」

 

 

死刑を望む程薄情ではないが、正直言えば死んで欲しかった。だって彼女は命令した立場とはいえ、何十人もの子供を死に至らせたのだ。

 

だが、考えを改めれば、九条アンナのような小物が一生外部に出ることが無いのは吉報であった。外に出たあと、サクラ達が八つ当たりで襲われる可能性もあるからこそ。

 

 

「で、私は? 死刑か無期懲役、或いは一生檻の中かもね。少なくとも、それくらいが残当か」

 

「…………いいや、公的に言えばお前は無罪だ」

 

「─────はぁ?」

 

 

呑気に背中を預けた千冬の言葉に、友華は困惑するしかなかった。どう考えても無罪であるはずがない。そう言いたげな彼女に、千冬はその理由を語った。

 

 

「───先日、アナグラムのシルディから国連に対して通達が入った。…………お前を重罪で裁くことは許容しない、とな」

 

「…………」

 

「理由を聞けば────加賀宮士の遺書で頼まれたらしい。お前が責任を問われた際、何とか助けて欲しいと」

 

「……………何で」

 

「それだけではない。国連はお前を裁く場合、その事情も考慮しなければならないと。今回の件は日本という国家の歪み、それを容認した国連への影響が鑑みられる。子供達に愛される優しい教師が犠牲になった子供の為に、復讐しようとした────そういうことも含め、国連はそういうシナリオにしたのさ」

 

 

要するに、自分達の責任を追及される訳にはいかなかったのだ。彼女の立場を聞かされた者達、世間の大半は同情した。それ故に、彼女や『隔絶区域(コードレス・エリア)』の実態を見逃していた国連は表立って裁くことはせず、無罪にすることしかできなかったのだ。

 

だが、完全に無罪というわけにもいかない。その結果、理事長の意見もあってのことか、IS学園の地下に配備されたエリアの一つ、監獄の一つで拘留することになった。解放されるのは、恐らく数年近くだろう。

 

 

「…………それと、お前の生徒達が面会を求めているぞ。(ファン)を含めた、二組の生徒達全員がな」

 

「………」

 

「お前が良ければ会って話してやれ。自分のことを責めているのは理解するが、お前を慕う子供達がいることを忘れるな」

 

 

俯いて、沈黙を貫く彼女に千冬はそれ以上言うことはなかった。静かに机の上に何かを起き、部屋から出ていくのだった。

 

何分か、何時間か。彼女は長い時間、口を閉ざし続けていた。ふと立ち上がった友華は机に並べられた紙───封筒を目にする。

 

 

「─────手紙?」

 

 

封筒の中には、四枚の手紙が折り畳んで入れられていた。戸惑いながらベッドに腰を掛け、彼女はその手紙の一つを開く。

 

すると、見覚えのある文字が目に入った。

 

 

『霧山先生へ。

 

 

積もる話はありますが、先生の御心中お察しします。貴女は誰よりも、私達のことを考えて下さって、苦心していました。だからこそ、貴女の行いを咎める権利は、私にはありません。─────きっと、すぐには会えないでしょう。ですが、また御逢いできたら、その時は私達の先生として多くのことを教えて下さい。

 

 

サクラ・レナーテより』

 

 

ふと、喉が震える。自分の教え子の一人、サクラからの手紙だ。読む資格はないと思いながらも、彼女は静かに内容に目を通した。

 

サクラ・レナーテ。ナツハと共に子供達を導いてきた年長者の一人だ。いつも穏やかで聡明な子だと、よく覚えている。サクラにも迷惑を掛けてしまった、そんな後悔と共に彼女は次の手紙を手に取る。

 

 

『霧山センセへ。

 

 

まず言うけど────悪かったです。自分、何もかも出来る大人みたいに考えてました。自分らがちゃんとすれば、今度こそ皆を守れるって、思ってたんです。けど、士の心中も先生の心中も、何一つ分かっとりませんでした。

 

やけど!センセもやり過ぎってもんすよ! センセが死ぬと思って、サクラのヤツ泣きじゃくってたんっすからね!? 帰ってきたら、サクラのヤツを甘やかしてやってくださいよ!?自分はその後でいいんで!!!

 

 

センセの教え子 フユキ・スイゲツより』

 

 

耳が痛い事実だった。フユキも本来であれば、能天気で自由気ままに過ごしていたはずだ。年長者として責任感を持ち、大人らしくなったのだろう。嬉しいと思う反面、自分の無能さが実感させられた。

 

今度会うことがあれば、必ず謝らなければ。そう決意を改め、三枚目の手紙を読み始める。

 

 

『霧山先生へ。

 

 

お久し振り、先生。俺、全部聞きました────士にぃのことも、先生のこと、全部。あの、俺………先生が生きてて、良かった。だから、また、あいたいです。

 

 

クロガネ・モミジ』

 

 

眼が、霞んで見えた。涙脆くなってしまった、と彼女は目頭を拭う。あの子、モミジはまだ子供だったはずだ。なのに、自分の身体を改造してまで戦うことを選んだ。

 

姉を失い、そしてまた義理の兄も失った。なのにあの子は、悲しむこともせず、自分のことを案じてくれたのだ。情けなくて、仕方がなかった。

 

 

そして、四枚目の手紙────遺書と綴られたそれを眼にした途端、友華は呼吸すら忘れ、内容を改めるのだった。

 

 

『先生へ。

 

 

────こうして遺書を、先生に遺します。俺は、きっと満足には死ねません。先生も皆も、きっと悲しむでしょう。けど、俺は止まれません。俺はあの日、シルディの勧誘を受けたあの日から、アイツの夢を、理想の手伝いをしたいから─────俺は、死ぬまで戦い続けます。シルディの言う、真の平和の為に、仲間達の、サクラやフユキ、モミジ達の居場所を守るために。

 

不甲斐ない教え子で、申し訳無い。先生は俺の夢を、『偉くなって皆を幸せにするって夢』を後押ししてくれたのに、最後の最後まで、俺は先生に恩を返せませんでした。

 

シルディには、先生を助けて欲しいと頼みました。アイツはきっとそれを受けてくれる。俺達のリーダーで、俺が支えると誓ったアナグラムの希望だから。

 

 

…………だから、先生は教師を続けてください。俺達のように、子供達を導いてください。多くの子供達に手を伸ばして、多くの幸せを与えてください─────それが、今の俺の願いであり、俺の夢なんです、

 

 

────最後まで読んでくれてありがとうございます、先生。どうか、御幸せに。

 

 

士より』

 

 

「──────ぅ、っ」

 

 

その手紙を前に、友華は大粒の涙を溢した。手紙を握り潰す程の力が入ってしまい、クシャクシャになった紙が涙で濡れてしまうことも考えられない。

 

後悔しかない。自分が感情に任せ暴走した結果がこれだ。無力な自分に嫌悪し、彼等の意思を肩代わりした気で復讐を為そうとしていた。あの子達が、復讐なんて望むことがないと、言われたのにも関わらず。

 

 

「ごめん………ごめん、つかさ。わたし、何も………知らずに、つかさの思いも、知らずに………………わたしはっ」

 

 

一人の教師、霧山友華は己の歩むべき道を再認識した。自身がどれだけ罪深い身だとしても、教え子達の願いに応えるために。

 

 

◇◆◇

 

 

学園の保健室。

十二時を迎える頃に、二人の怪我人は解放されることになった。先の戦いと火傷と軽傷を負った龍夜と鈴の二人だった。

 

 

「はぁー、やっと動けるわ。憂さ晴らしに一夏に勝負でも吹っ掛けようかしら」

 

「…………その前に、休んだ分の遅れを取り戻す必要があるな」

 

 

右腕を軽く回す鈴の言い分に付け足すように口を開く龍夜。う、と露骨に嫌そうな顔をする彼女の気持ちは分からんでもない。

 

夏休みが終わったばかりとはいえ、三日間も保健室で安静にしなければならなかったのだ。その分の授業の内容も頭に入れておかなければならないかもしれない。

 

二人して職員室にいる千冬に怪我の完治の報告をし、彼女から昼休みついでに昼食を取ってこいと言われる。因みに三日の遅れに関しては「怪我したのは自業自得だから、織斑や他のクラスメイトにノートでも借りろ」との事だ。相変わらず優しさが欠片もない、涙の出る御言葉だ。

 

 

そうして昼食の為に食堂に行くと、仲間達が出迎えてくれた。

 

 

「───龍夜! 鈴! もう怪我は大丈夫なのか!?」

 

「…………まぁな。火傷と打撲だけだから軽く済んだ訳だ。最も、俺達の火傷は酷い方だったらしいがな」

 

 

軽く答え、手にした昼食────大盛りの牛丼を食べ始める龍夜。隣に座るセシリアは心配そうにソワソワしていたが、同じく隣で食事をしていたラウラはふと気になったように視線を向けてきていた。

 

 

「…………あれ程の火傷がもう治ったのか。やはり並々ではないな、ナノマシンによる治療は」

 

「……………そうだな」

 

「……………うん、そうよね」

 

「? どうしたんだ、二人とも。凄い元気がないぞ?」

 

 

途端に遠い目をして視線を反らす二人。彼等の様子に全てを察したラウラが口を閉ざすが、何も知らない一夏達は困惑するしかない。そこでようやく、龍夜が重い口を開いた。

 

 

「俺達二人の治療の為に使用されたのが、治療用ナノマシンというヤツだ。細胞の再生を活性化させる効力がある、だからこそ俺達は三日で完治した訳だが…………」

 

「………? 何か問題でもあるのか?」

 

「─────死ぬ程痛い」

 

 

キッパリと言い切る龍夜の顔は本気だった。冷徹かつクールである龍夜が漏らす泣き言のような言葉に、流石の一同も聞き返すしかなかった。

 

 

「ほ、本当に………?」

 

「打った直後は何もないんだが…………三十分もしたら激痛が押し寄せてくる。あの痛みは、流石に笑えない」

 

「………ホンットに、何であんなに痛いのよ。痛すぎて泣きかけたくらい、もうアレは懲り懲りだわ」

 

 

二人して激痛を味わった時を思い出したのか、青ざめている。基本的に弱みを見せようとしない龍夜と鈴の怯える様に、信じざるを得なかった。

 

 

「そ、そんなに痛いのか………あんまり怪我しないように気を付けないとな」

 

「────安心しろ。一番ナノマシンのお世話になるのはお前だからな、一夏」

 

「いや何でだよっ!?」

 

「…………考えるよりも先に行動に出るお前の事だ。怪我なんてしょっちゅうだろ。お前『福音』の時のこと忘れたのか?」

 

「……………うっ」

 

 

咄嗟に密漁船を守るために動いたり、近くにいた箒を庇ったことで意識不明になった男なんだから気を付けろ、と龍夜が言外に示すと、一夏は反論の余地すらなかった。最も、それらの行動を咎めているつもりはない。他人を守るために自分が前に出るタイプだから理解しておけと言いたいのだ。

 

 

「それよりもさ、私とてはアンタが怪我したことが驚きだわ」

 

「…………俺が?」

 

「だって、普通に強いし、容赦ないしね。正直アンタが怪我するとか、油断でもしなきゃ有り得ないし────先生のことで躊躇でもしたのかと思ったわよ」

 

「………………そうかもな」

 

 

冗談のように口にした鈴の言葉に、深く考えた龍夜は素直に肯定した。それには全員が、口を開いた鈴本人も驚きを隠せなかったらしい。

 

唖然とする仲間達の視線を受けながら、龍夜は当時の心境を振り返るのだった。

 

 

「───俺はあの時、サラマンダーを撃破することだけを考えてた。だが、刃を振るった直後、あの人の事を考えた結果、一瞬だけ迷ったんだ。…………俺の一撃が、あの人を死なせるかもしれない、と」

 

「…………」

 

「無意識だったな、アレは。昔の俺ならば、きっとあそこで躊躇することはなかった。ずっと自問していたが、ようやく理解できた」

 

 

今まで感じてきた違和感。かつての自分と照らし合わせた結果、認識することが出来た事実。それを龍夜は呆れたように呟くのだった。

 

 

「────俺は少し、変わったらしいな」

 

 

◇◆◇

 

 

真夜中。鮮やかな建物の光によって映し出される町並み。カラフルな輝きが広がるその光景は、夜中にしか見ることの出来ない鮮やかさを醸し出していた。

 

 

「───美しい夜景ですわね」

 

 

クスリ、と笑いながら一人の女性がそう告げる。高層ビル、高級レストランのような雰囲気のその場所には多くの机や座席が配置されるが、使用されているのは一つのしかない。

 

朱く染まるワインの入ったグラスを揺らしながら、紫のドレスを着こなす金髪の女性は対面に居座る男へと語りかける。

 

 

「誰も思いはしないでしょう。この街や夜景も含めて、人工敵に作られた大規模都市の一つであることは…………ねぇ、倉持氏」

 

「…………ああ、そうだとも。だが、そんなものは然して重要ではない」

 

 

黒いスーツを身に待とう男 倉持徹(くらもちとおる)はステーキを切り分けながら、淡々と語る。この場にいる二人が認知している事実、このビルを含め────周囲の街には誰もいない。これら全てがとある目的の為に、ほぼ完璧に寄せられた巨大無人の都市の一つなのだ。

 

そして、この無人都市には更なる秘密が隠されている。

 

 

「この都市の本来の価値、それは外部と隔絶することが出来るシールドバリアにある。外部との通信やモニターすら許されない────そしてここでは、ISを使用しても国や他勢力に察知されることはない」

 

「───何故なら、この都市はISの実戦訓練の為に『クインス・コーポレーション』に開発されたものだから、でしょう?」

 

「その通り。だからこそ、必要不可欠なのだ。私の掲げる、『計画』の為にもな」

 

 

クインス・コーポレーションが開発したこの都市を、倉持徹────倉持技研が手にすることが出来たのは、密かに手に入れたクインス・コーポレーションの汚職の証拠があったからだ。

 

社長を失い、会社としての立場が揺らぎかけた彼等に対する要求はアッサリと通った。汚職の証拠と引き換えに、この都市の利権を手にすることが出来たのだ。────クインスに裏切られた傭兵団に支払った依頼料は馬鹿にならなかったが、倉持徹にとっては安いものだった。

 

 

「この都市を手に入れられたのも努力の賜物────最も、君達の力がなければ叶わなかったことだがな。ミューゼル氏」

 

「先行投資、というものですわ。私達も貴方の研究に興味がありますので」

 

「───それも『フェイス』による指示か? 亡国機業(ファントム・タスク) 実動部隊 モノクロームアバターのリーダー、スコール・ミューゼル」

 

 

そう言われ、亡国機業のメンバーである女性 スコールは笑みを深める。今回の騒動、クインス社の失墜はこれが理由であった。クインス社の所有する無人都市を手に入れようとした倉持徹、彼は亡国機業と取引をし、クインス社を失墜させたのだ。

 

隔絶区域(コードレス・エリア)』の一件は、倉持徹にとっては見逃せない事だった。クインス社を倒産に追い込み、その資産を奪う口実の隠し簑にも、実に都合が良かった。

 

 

今回の事件で、得をしたのはIS学園でもなければ、自治権を獲得した『隔絶区域(コードレス・エリア)』でもない。忌まわしく思っていたクインス社を倒産に追い込み、彼等の資産を奪った倉持技研の所長 倉持徹だったのだ。

 

 

 

「アメリカでも有数とされる一族、ミューゼル家の人間。百年も前に、突然反映した血族の代表者。私としても気になるが、『計画』の邪魔をするのならば排除せねばならん」

 

「その計画とは、貴方が尽力している『新世代』の開発。男性が使用することを前提とした最強のISですわね?」

 

「…………国連の奴等か。私には細心の注意を払えと言っておきながら」

 

 

切り分けたステーキの肉片を頬張りながら、倉持徹は自身に資金提供や援助を行う国連への呆れや不満を隠さない。機密を徹底しておきながら、この体たらく。世界の秩序を第一とする国連も落ちぶれたものだ、と溜め息を漏らす。

 

 

「私個人としても、その計画には関心がありますから。そこでもう一つ、取引をしません?」

 

「………取引、か」

 

「────『時結晶(タイム・クリスタル)』さえあれば、ISコアを開発できるでしょう? 私達が所有する十個の『時結晶(タイム・クリスタル)』を差し上げますわ」

 

 

ISコアは現在、造り出すことが不可能とされているオーパーツ。その技術を知る篠ノ之束が身を隠している今、ISコアの開発は現時点で国連すら行き詰まっている事態なのだ。

 

 

「完成したコアの五つは勿論お返しいただければ、その代わりに残りのコアは差し上げましょう。お好きのものを選んで下さるかしら?」

 

「…………ミューゼル氏。確かにISコアは価値のあるものだ。しかし、それはISコアとして完成したものであり、時結晶自体は珍しいが他の企業も欲しがる代物ではない。それこそ、ISコアの開発技術があれば話は別だが────」

 

「あら、既に把握しているでしょう? 始まりのIS 白騎士の開発に携わった一人であり、現体制の崩壊を望む貴方の協力者から」

 

「……………」

 

 

事実である。倉持徹は極秘裏に、ISコアの開発技術を獲得している。その人物は篠ノ之束ではない、彼女と同じ八神博士の弟子であり、同じくIS開発に協力した少年『ザック』────その名を棄て、暗躍している男 アレックス・エレクトロニクス。

 

『現時点の体制、システムの破壊』、その一点で理解し合えたアレックス・エレクトロニクスと倉持徹は協力関係を結んだ。倉持徹は日本で得た土地をエレクトロニクス機社に提供し、アレックスはISコアの技術を倉持徹に引き渡した。

 

 

この事実は誰とも共有していない。だが、スコールは全てを理解している。いや、察知したのは彼女を利用する『亡国機業』の王、フェイスだろうか。

 

 

どちらにしても関係ない。自身に差し出された手を前に、倉持徹は深い溜め息を漏らした。

 

 

 

「────私は女が嫌いだ」

 

「ええ、存じておりますわ」

 

「身勝手で高慢、女性が優れていると言いながら結局はその女性すらも理不尽に扱う。何より私は、奴等に幸せを奪われた。─────家族を死に追いやったこの世界の在り方を、私は誰よりも嫌悪し、憎んでいる。だからこそ、私は『計画』を国連に提示したのだ」

 

「…………重々承知ですわ。貴方の心境、察するものばかりでしょう」

 

 

倉持徹は、大の女嫌いだ。

ISという力を使える、女性だけを絶対とし、それだけで威張り散らし、平然と見下す者達。今の世界を女尊男卑の世界へと変え、その情勢に甘い汁を吸って満足している連中。それこそが倉持徹の嫌悪対象であり、いずれは滅ぼすべき存在なのだ。

 

 

 

「────だからこそ、私は君を買っている。スコール」

 

 

先に言った通り、倉持徹は全ての女性を嫌っているわけではない。現に倉持技研のメンバーの大半は女性であり、彼が白式の開発を一任した副所長もれっきとした女性である。

 

彼が嫌悪する者は、女性であることに固執し、他人を見下し、傲慢になる者であり────差別も身勝手なこともしない女性を露骨に忌み嫌うことはない。相応の実力のある者も、誰だあろうと重宝する。それが、倉持徹の揺るがぬポリシーであった。

 

 

「差別主義者でもなければ、片方を優遇する訳でもない。全てにフラット、平等に評価する。時には人助けも厭わない、正しく雨のように気ままな性格─────立場に固執する愚かな女どもとは違う、明確な強さを感じる。だからこそ、君は信用に値する…………私の勘が、そう言っている」

 

 

それ故に、彼はスコールという女性には感心していた。第三次世界大戦が終わり、女尊男卑の当初から、差別すらせず、自身を貫き通した彼女には、興味感心以上に、信頼があった。

 

 

「─────交渉に応じよう。だが、開発したコアを君達に送るのは『計画』の直前、それで構わないかな?」

 

「是非ともそうしていただければ。私としても計画の進行を、『新型』の実力を見てみたいですから。………出来ることなら、席を用意していただいても?」

 

「構わない。ただし、君一人だけだ。恋人や後輩は、残念ながら難しいがね」

 

 

そう告げ、立ち上がった二人の男女は握手に応じる。穏やかなポーカーフェイスを浮かべ、互いに言葉を交わすのだった。

 

 

「────それじゃあ、また会いましょう。倉持氏」

 

「────ああ、此方こそ。良好な関係を築けることを期待しよう。ミューゼル氏」

 

 

御馳走様です、と悠々と歩いていくスコールが見えなくなってから、倉持徹は席に着く。口元に着いたソースを丁寧に拭き取り、前に置かれていたワインをグラスへと注ぐ。

 

グラスを口元に近付けた瞬間、彼しかいない空間に一つの声が響き渡る。

 

 

 

「─────お父様」

 

 

入口に立つ、一人の少女。紺色の長髪を長く整え、気品のある雰囲気を滲ませる優美な少女。しかし、その顔は人形のような冷たさを感じさせ、クールというよりも大人しいといったものに見られた。

 

 

「美怜か。コアの方は?」

 

「先程、受け取りを確認しました。そちら全てを研究機関、『叡冠至宝《クラウン・ジュエル》』の方々に送り届けました」

 

「…………ご苦労、書類をここに」

 

 

彼女に目を向けることなく、そう指示する倉持徹。少女 美怜は意を決したように歩み寄り、手にしていた資料を机の上に添える。

 

資料を手放した後、美怜は気になったようにふと口を開く。

 

 

「…………お父様、本当によろしいのですか?」

 

「何がだ?」

 

「あの女の人と、亡国機業と取引をするなんて…………下手したら、お父様が利用されている可能性もあります。不用意に信用する訳には─────」

 

 

 

「──────私が何時、意見を求めた?」

 

 

瞬間、倉持徹は細めた眼で見据える。冷徹を通り越したその眼差しに、美怜は呼吸すら忘れてしまう。直後にハッとした彼女は唇を噛み、即座に引き下がる。

 

 

「───っ、ごめんなさい! お父様!」

 

「…………悪かった、強く言い過ぎた。だが、謝るな。私は別に怒ってはない」

 

 

額に手をやり、そう言う徹だが、美怜は怯える様子を押し殺しているようだった。半ば何か言いたげな倉持徹だったが、諦めたように話を戻した。

 

 

「確かに、お前の懸念することは理解している。だが、我々は新たなるコアを求める必要がある。その為に、亡国機業(ファントム・タスク)との取引は必要不可欠だ」

 

「ですが、コアならば国連が提供してくれるのでは………」

 

「────使いまわしでは、駄目だ。私達が造る『新型』、更なる第四世代は従来のISを超越するものでなければならない。そこいらの企業が開発した第二世代、第三世代のものとは違う─────完全なるオリジナルを」

 

 

その為であれば、テロリストとも手を組もう。そう宣言する倉持徹の覚悟、決意は相応のものだ。

 

 

「………美怜。新型、『ディアボロス』との適合率は?」

 

「…………ある程度、順調です。まだ、完全に慣れてはいませんが────それでも、頑張りますので………!」

 

「────身体の調子も考慮しなさい。お前もまだ、ISへの抵抗がまだ改善されていないだろう」

 

「……………はい、お父様」

 

 

俯いたまま、美怜は「………失礼します」と小さな声で扉から出ていく。複雑そうな表情だった倉持徹は自身の中で渦巻く思いを呑み込み、ふと資料を手にする。

 

 

「────『戦城』と『陰楼』はあと数ヵ月もすれば完成、『極天』はまだデータが必要…………『滅星崩龍』は半分、か。まぁいい、時間も資源もまだある。三機のパイロットも、『計画』に賛同している訳だからな」

 

 

資料のデータを見通していると、ふと彼の手が止まる。それは本来、彼の専門ではないとあるISの経過報告、戦闘データの書類であった。

 

 

「────白式、か」

 

 

レポートのような文章と共に載せられた写真、白式の戦闘を記録する光景。ISを纏う織斑一夏というより、彼の纏う機体を見据え、倉持徹は────不機嫌そうに顔を歪める。

 

 

「─────旧式の、失敗作風情が」

 

 

忌々しいと言わんばかりに、資料を放り棄てる倉持徹。その彼の顔には、ドスの効いた低い声には、白式に対する強い侮蔑、嫌悪────激しい怒りが滲んでいた。

 




次章予告。


学園祭編、次回から開幕となります!


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第四章 学園祭編
第87話 波乱前の一幕


「────だああっ!! 逃げんな!!」

 

「─────無理言うな」

 

 

九月三日、二学期初期となる最初の訓練は一組二組による合同の実戦であった。クラス代表である一夏と鈴のバトルは鈴の圧勝で終わったこともあり、調子づいた鈴が龍夜に勝負を挑んだのだ。

 

燃費と安定性を重視し開発された実戦機体───『甲龍』。基本的な動きでもエネルギーの消費が少ないそのISで、一夏と『白式』を翻弄した鈴だったが、今回ばかりは相手が悪かった。

 

 

────龍夜のIS、『プラチナ・キャリバー』はISの戦闘の前提を覆す機能────吸収と変換。ナイトアーマー形態固有の特殊武装 『銀光盾(プラテナ・シールド)』が鈴の放つ衝撃砲をエネルギーとして変換し、動力として取り込むのだ。

 

どれだけ撃ち込んでも、全て吸収されてしまう。業を煮やした鈴は衝撃砲を使わず、近接戦に持ち込む手法を選んだ。そんな彼女に対し、龍夜は逃げの一手に移行した。

 

近付こうとする鈴から距離を取り、無理矢理肉薄しようとも盾と剣という攻守揃った武装によって迎撃される。大盾で姿を隠し、斬撃を浴びせる戦闘スタイルに、鈴もダメージを覚悟するしかない。

 

そうやって特攻しようにも、龍夜は確実に動きを止められないように距離を離していく。焦れったいと吼える少女の声に、合理的に戦闘を進める龍夜は呆れたように呟いた。

 

 

「ええい! それなら、これはどう!?」

 

「─────」

 

 

そう言って、振り回すように《双天牙月》を投擲する。正面から大きく逸れ、ブーメランのように飛来する両刃の武装を、長剣によって打ち返す。

 

弾かれ、反対側に飛んでいった《双天牙月》を見届けていると、不意に手首が掴まれる。視覚外から肉薄してきた鈴が龍夜の右腕を掴んだのだ。

 

 

「今度こそ逃がさないわよ! 喰らえ、《龍咆》────」

 

「────逃げる? 違うな、お前が近付くことを待っていた」

 

 

そう告げる龍夜に怪訝そうにした鈴は、彼の纏うISが変化していくことに気付く。長剣、エクスカリバーの状態を確認すると、いつの間にか背中の方に装着されていた。

 

ナイトアーマー形態からもう一つの形態─────アクセルバーストに変形を終えた龍夜は、右腕を握り締める鈴の左腕を逆に掴む。何をする気か理解した彼女が抵抗するより先に、

 

 

「────少し飛ぶ。着いてこいよ」

 

 

─────超音速の速度で、飛翔を始めた。光の速さで、アリーナ全体を駆け巡っていくその光景は、目視では捉えることすら出来ない。ISのスーパーセンサーですら、知覚するのもやっと最高速度だ。

 

 

「──────ッッ!!!?」

 

 

信じられないと言わんばかりに、言葉にならない悲鳴をあげる鈴。ISは本来飛行が出来るようにされているが、あくまでも速度限界というものがある。

 

それに、Gや加速の負荷はISの防護機能で耐えられるが、それはあくまでも肉体的なものであり、内側の体内は大きく揺らされることになる。仕様やシステムを事前に切り替えれば、それすらも耐えられるだろう。しかし、戦闘機を越える速度で振り回され、鈴には最早マトモに反撃する余裕すらない。

 

 

─────そんな鈴を、超音速で飛び回る龍夜は容赦なく振り回す。アリーナのシールドバリアや床に叩きつけながら、無慈悲なまでに『甲龍』のシールドと鈴の意識を削り取っていく。

 

 

凄まじい勢いで地面に叩きつけられた鈴が地面に大の字になって動かない。震えた手を伸ばし、ギブアップを宣言したことで試合終了のアラームが鳴り響いた。

 

 

◇◆◇

 

 

「お前………エグいな」

 

「…………ああ、アレのことか」

 

 

前半の授業が終わった後、食堂で学食を取っていた一同。ふと龍夜と鈴の試合────もとい、一方的な蹂躙を思い出した一夏がそう切り出してきたのだ。

 

因みに、あの後鈴は露骨に物静かだった。振り回された時の状況を一夏や箒が問い掛けたらしいが、彼女曰く「洒落にならないわ、あんなの…………もう二度とあんな経験はしたくない」と、小さな声で呟いていた。流石に可哀相だと思った龍夜がスイーツを奢ると言うと、即座に立ち直って元気そうだった。現金なヤツだ、と素直に呆れる。

 

 

「でも、やっぱり強いんだな、龍夜は…………俺も、どうやったら勝てるんだ?」

 

「─────全体的に動きが単調、後はエネルギーの問題だな」

 

「…………うっ」

 

 

バッサリと切り捨てる龍夜の発言に、ガックシと項垂れる男 織斑一夏。何度か勝てることはあるが、訓練などでは容易く対策されて撃沈することが多い。本人の練度もあるが、一夏の専用機にも問題がある。

 

 

「それにしても………何で白式はこんなに燃費が悪いんだ? 『雪羅』は兎も角、初期の状態でも追加武装もないし………」

 

「確かに、それはそうだな。第四世代として区分されるはずなのに、武装が致命的過ぎる。────最初の戦いの時も武装が雪片だけ、これでは剣士向けではないか」

 

「────そもそも、白式が拒絶してるのかもな」

 

「………白式が、拒絶?」

 

 

困惑する一夏たちに、龍夜は過去のニュースの一つを抜擢し、スマホに掲示して、皆に見せる。そこに乗せられた内容に、誰もが反応を示す。

 

 

「何これ………数年前の、実験?」

 

「────倉持技研での、新型ISの起動実験…………失敗、ISの拒絶反応により暴走……………テストパイロットが重傷を負う、事態に─────これって」

 

「これが影響で新型ISは封印処分に科され、技研の奥で眠ってたらしい─────もう分かっただろうが、これは白式だ。最も束さんがそれを見つけ出して、再開発したみたいだが」

 

 

大規模な事故だったらしい。実験の場として利用された区画は破壊され、テストパイロットの少女は瀕死に近しい状態になったとのこと。情報統制がされたのか、テストパイロットの方は実名報道すらされず、写真には血塗れになった少女が担架に乗せられたものが見て取れる。

 

 

「…………どうして、暴走なんて」

 

「さぁな。現実として、白式に意思があるのは事実だ。白式が装備を拒む以上、マトモな武装は取り付けられないだろう」

 

 

だからこそ、倉持技研は白式を封印凍結したのだろう。ISという兵器として開発したものが、何らかの意思を持っているなど笑える話ではない。

 

 

「現時点で残された手段は、エネルギーパックを装備するくらいか」

 

「エネルギーパックって………装備できないんじゃないのか?」

 

「白式が後付けの武装と認識するならな。白式とて、やたら無闇に拒絶してるとは思えない。エネルギー関連の問題を緩和させる要素なら、取り込むかもしれないぞ」

 

 

ISの武装として取り込むのではなく、展開時のみ取り付ける限定装備として利用すればいい。一々戦闘の際に装備するのは面倒だろうが、申請すればそのくらいの問題は解決できるかもしれない。

 

 

「後はまぁ、箒と組むのがベストか。無尽蔵にエネルギーを生み出せる『絢爛舞踏』はお前と白式を活かす能力としてこれ以上のものはない」

 

「───う、うむ! 龍夜の言う通りだ! 私ならば、お前の力になることも────」

 

「…………最も、能力の発動条件が分からない以上、望んだタイミングで発動出来ないのが一番の懸念点だが」

 

 

自信満々に答えた箒は、バッサリと切り捨てた龍夜の発言を受け、静かに崩れ落ちる。彼女のIS 『紅椿』のワンオフアビリティ 『絢爛舞踏』は未だ発動条件が掴めない。

 

発動できる場合と、出来ない場合の予測が難しい。いくらエネルギーを回復できると言っても、どうやって発動するか分からない以上、無闇に頼れるものではない。

 

 

「話は逸れたな。動きが単調とは言ったが………」

 

「タッグマッチの時よりかはマシだが、まだまだ甘い所は多い。接近しようとする動きが察知しやすいな」

 

「………返す言葉もない」

 

「──────へぇ? アンタ、それだけ?」

 

 

ビクッ、と全員が────特に一夏が身体を震わせる。真後ろから聞こえてきた鋭い気迫の籠った声。気のせいだと、風の音だと縋るように振り返った一夏は─────自身の背後に立っていた女性、陸奥に思わず声を上げた。

 

 

「げぇっ!? 阿修羅ぁ!?」

 

「数日もしたら口の効き方も忘れるもんかしら。別に良いけど、まだ婚期真っ盛りの女に阿修羅って言い方はどうなの? 私の機嫌が悪かったら三枚下ろしにしてたけど」

 

 

平然と、呑気そうな言葉で告げる陸奥。物騒な発言が見て取れるのは、彼女本人の気質が深く起因していることだろう。

 

日本の代表候補生の一員となった織斑一夏。そんな彼の師匠として理事長が抜擢した人物。それが陸奥という女性であるのだが、彼女は誰から見ても厳しい鬼教官のような人だった。

 

 

「それよりさ、アンタ何あの試合」

 

「え、見てたんすか………?」

 

「偶々ね。アンタがボコられてるとこまで、ちゃんと見させて貰ったわよ。─────アタシの扱きから一週間、随分と腑抜けたみたいね」

 

 

ズゴゴゴ、と怒気のようなオーラを放ちながら一夏の頭を掴む陸奥。そんな彼女の気に当てられたのか、一夏はガクガクと身震いさせていた。いつも気丈に食い付くヒロインズすら沈黙を、こういう事態でも無情な龍夜は知らぬ存ぜぬを貫き通している。

 

 

「────午後の授業、私も付くわ。今度こそマトモに動けるように、ビシバシぶちのめすから」

 

「う、うす………」

 

「あ? うす?」

 

「はい………ホントにすんません」

 

 

数時間後、ボコボコにされることが確定した一夏は力なく項垂れるしかなかった。相当叩きのめされたのだろう、心なしか達観に近い感じが見て取れる。

 

宣言を終えた陸奥がいなくなった後、箒や龍夜達は何処か優しく接するのだった。同情に近い優しさに、一夏は何とも言えず、数時間後の未来を思い浮かべ、溜め息を吐くしかなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

イギリス北部、国家機密とされる大規模基地。陸空海、三つの分野が特筆した軍隊により形成されたその基地は、イギリスでも有数を誇る戦力が集められており、イギリスという国でも重要な兵器を管理する場所だった。

 

堅牢にして鉄壁、中世の要塞の如く聳え立つ軍事基地は、今現在────未知の襲撃を受けていた。

 

 

「な、何だ!この機体は───無人機か!?」

 

「どこの勢力だ!? これだけの無人機を投入して、戦争ものだぞ!?」

 

「本国に救援要請を─────通信障害!? ダメです!繋がりません!!」

 

 

周囲から黒煙を上げる軍事基地。統率の取れた軍は、即座に対応に急いだ。本来であれば、襲撃への対応は迅速なものであり、軍部に携わる者であれば称賛できる程に手早く動いていた。

 

問題は、相手が人間の上をいく無人機であったことだろうか。

 

 

『────』

 

 

カチカチ、と暗号による通信を行うは無人機の軍勢。二手二足、ヒト型の特徴を有しながら大きく歪んだ異形のマシーン。跳躍を活かし、変則的な動きでレーザー砲を放ち、防衛兵器や戦闘機などを破壊していく。

 

そんな中、一機の無人機────一際大きな飛行ドローンが火の海へと染まった基地に降り立つ。空中で変形し、ヒト型のような形態になったそれは、格納した腕の中に抱き抱えたものを─────少女を地面に下ろした。

 

 

「…………フン、呆れたものだ。『ファントム』だけで制圧できるとはな」

 

 

そう告げ、少女は歩き出す。無人機が暴れる戦場で、飛び交う銃弾に臆することなく。背後にヒト型の無人機を従えながら、厳重なシェルターで塞がれた扉の前へと辿り着く。

 

暗証番号を打ち込まねば開くことはない鋼鉄な扉。それを静かに撫でた少女は、後方の無人機へ一言。

 

 

「────壊せ」

 

 

直後、轟音と共にシェルターはぶち抜かれた。爆薬すら通さない鋼鉄の壁を強引に破壊した腕部のバズーカから大型の薬莢を飛ばし、無人機は開いた大穴を抉じ開け、少女の道を用意する。

 

 

「私は『標的』を手に入れる。それまでに生き残りを潰せ、『サーペンテール』」

 

 

少女の命令に従うように、『サーペンテール』と呼ばれた無人機は可変し、戦闘機のような形態へと移行。空中に飛翔した青紫の影は直後に軍事基地の施設の大半にレーザー砲撃を開始し、爆炎と共に周囲を破壊し尽くす。

 

悲鳴と爆発が響く中、その光景に笑みを深めた少女は施設の中へと消え行く。基地の人間に、その存在を諭せることなく。

 

 

 

 

「────急ぎなさい! 一刻も早く、あの場所を守らなければ!」

 

 

量産型のISを纏う隊員三人と、十数人の武装した兵士を従え、IS部隊の隊長である女性は基地の通路を走り抜ける。ISによる隔壁の破壊で目的地まで突っ切るという方法もあるが、軍人として精練された彼女たちにはそんな選択肢の余地はない。

 

 

「隊長!前線の防衛ラインの援護をするべきでは!?」

 

「────無理ね、既に基地全体は機能してないわ!重要なのは、本国に輸送する予定の『実験機』を護り通すことよ! この日を狙ったってことは、連中の狙いは『新型の実験機』に違いないはず!」

 

 

彼女の予想は間違いではなかった。襲撃した勢力の目的は、この基地に輸送された新型ISの実験機である。イギリスが研究の果てに開発した新型、その情報を何故襲撃者が掴んでいるのか。そんなことを気にしている暇はない。

 

イギリスの最新鋭機を強奪される、それだけは絶対に避けるべき事態であった。

 

 

「っ!? 止まりなさい!」

 

 

隊長が呼び止めると、全員が一気に武器を構える。通路の先にある区画の一つ、新型の実験機に繋がる通路を塞ぐ防衛ラインが配置されたそのエリアは─────既に瓦解していた。

 

防衛用の無人機は全滅し、同行していた軍人達の大半は一方的に蹂躙されている。見た限り、死んだ者はいない。全員が軽傷か重傷で気絶させられている。

 

 

 

「───う、ぁ……」

 

「っ! 怪我人が───!」

 

 

ISを纏う女隊員が、負傷した軍人の元へと駆け寄る。隊長が呼び止めようとするが、それよりも先に介抱を始める女隊員を囲むように陣形を構えるように指示した。

 

手足を折られ、息絶え絶えとなった軍人が、ふと声を漏らす。上を見上げながら、何かを恐れるように。

 

 

「あ───悪魔、だ」

 

「………何?」

 

「き、気付かなかった………俺達は、警戒してたんだ。なのに、急に…………仲間が吹き飛ばされて────何か、黒い悪魔が、俺の腕を掴んで────」

 

ふと、何かを思い出したように軍人が暴れ出す。腕と脚の間接を砕かれているため、マトモに動くことも出来ない。しかし彼は必死に叫ぶ。仲間達に、危機を伝えようとする。

 

 

「に、逃げろ!早く逃げろぉ!!」

 

「きゃ───ちょっと!? どうしたの!?」

 

「悪魔が来る! 俺は囮だ! 俺を使って、誘い出すのが目的なんだァ!!」

 

 

瞬間、円形になって身構えていた女性隊員の一人が咄嗟に叫ぶ。身に纏っていたISのハイパーセンサーによる知覚を切り替えた途端、一つの反応を捉えたのだ。

 

 

「隊長ッ!高熱源反応!────真上です!!」

 

「っ!総員、散開せよ!!」

 

 

飛び退いた軍人達とISを纏う隊長と隊員二人。負傷者の軍人と彼の介抱をしていた女性隊員は、上空から飛来した何かに襲われる。

 

衝撃と共に舞う煙塵。ユラリ、と煙の中に浮かぶ影が見える。しかし、煙が晴れてみた先には誰もいない。だが、センサーによる熱反応では何かの反応を、ISの存在を感知していた。

 

 

「ステルス機! コイツがこの防衛ラインを襲撃したのか!?」

 

「先に進まずに待ち構えていたみたいだが………好都合だ。ここで撃破するぞ」

 

ふと、透明なISが動く。目視では認識できないナニカが、近くに倒れていた隊員───ISのシールドで何とか保護された女性の頭を掴む。そうやって持ち上げたナニカは、彼女を前に突き出した。

 

 

『……………』

 

「………うぅ」

 

「ティーシェッ! アイツ、ティーシェの奴を!!」

 

 

ステルス機能を無力化する拡散弾頭を打ち込もうとしたが、仲間を人質にするような敵に動きを止めるしかない。その盾にして逃げるつもりかと考えたが─────ステルス機は彼女を勢い良く放り投げてきた。

 

 

「なっ!?」

 

 

咄嗟に受け止めた次の瞬間、ステルス機は凄まじい速度で何かを振るった。大きく薙ぎ払われた一撃に、思考するよりも先に上へと飛び上がる。だが、不可視の攻撃に対応できなかった歩兵と部隊員は一斉に巻き込まれることになった。

 

地面に着地すると同時に、足元に転がったロケット砲を手に取る。装填された拡散弾頭を打ち込み、散弾を周囲に巻き散らすと、ステルスを消したISが装甲で受け止めた。

 

 

─────その姿は悪魔に近しい異形で間違いなかった。全身が漆黒の金属のフレームで覆われており、脚部は逆間接という従来のISには転用されていない技術を使われている。

 

本来顔がある胴体の上は分厚い装甲が展開されており、装甲と装甲の合間からギョロッと覗くモノアイが妖しく輝いている。背中には何枚の翼に思える半透明なプレートが接続されており、腰から軽装甲とワイヤーで構成されたテールクローが意思を持ったように蠢いていた。

 

 

『─────』

 

「………見たこともない機体ね。何処の国だか知らないけど、この基地を狙うってことはそれ相応の覚悟はあるのかしら?」

 

『───』

 

 

無言で、黒いISが動く。テールクローが付近の壁を────壁面に並ぶパイプを切り裂き、蒸気を放出させる。白い霧が辺りに充満する中、黒い機体は霧の中へと溶け込むように下がっていった。

 

 

「っ!待ちなさい!」

 

 

その機体を追撃するようにショートブレードを展開し突撃した女隊長だが、既に襲撃者の影も形もない。逃げられた、と近くの仲間に呼び掛けようとするが─────

 

 

「────きゃあっ!?」

 

「た、隊長! 応援を────がッ!?」

 

「何処だ!? 一体どれが敵なんだ!?」

 

 

残った部下達は、白い霧の向こうで一方的に狩られていた。ステルス機の攻撃を受けていることに気付いた彼女はいち早く助けねば、と前に出ようとして足を止める。

 

錯乱した声は疑心暗鬼に満ちており、完全に見える距離までいなければ相手を信用しないはずだ。きっと残された者達は霧の向こうに見える影が敵のものかと疑っていることだろう。

 

最悪だ、と歯噛みする。だがそれでも思考放棄もせず、彼女は即座に勝利を掴み取る方法を思案する。立った数秒で勝算を見抜いた隊長は霧の中を動き、錯乱しながら周りに叫ぶ部下を視界に入れる。

 

静かに、ビームライフルを構えていた。部下を狙っているのではない。彼を狙い、強襲するであろう黒いISを狙撃するために。

 

 

そうやって狙い済ましていた彼女は、目の前にいた部下が吹き飛ばされた瞬間───────背後に振り返り、迫ってきていた黒い影に向かって狙撃を放った。

 

 

『─────!』

 

 

霧の向こうで、驚いたように影が揺れた。既に、隊長は理解していた。襲撃者が自分の作戦に気付いていることを、部下を狙っていたのは密かに動かしていたテールクローの方であることを。

 

だからこそ、女隊長は自身の背後を狙うであろうことを確信していた。黒い影にビームが当たったことを疑わず、勝利を信じきっていた。

 

 

─────故に、霧の向こうから飛来したビームに対応しきれなかった。シールドを削り取り、エネルギーを消滅させた一撃に理解が追い付かず、隊長はそのまま吹き飛ばされる。

 

 

『────』

 

 

黒い機体 『クローチェア・オスキュラス』は白い煙の中でゆっくりと身体を上げる。既に全滅した部隊に意識を向けることなく、ステルスを発動しながら別の部隊の殲滅へと動くのだった。

 

 

 

 

それから数分後。火の海に呑まれた基地の一つ、大規模な施設が内側から爆裂した。燃え盛る焔の中から、藍色の蝶が飛び立つ。

 

イギリスが開発し、運用段階までに至っていた実験機。BT二号機 『サイレント・ゼフィルス』。それを身に纏った少女は何処かへと通信を飛ばす。

 

 

「────目標は手に入れた。これよりエヌと共に帰投する」

 

『────確認した。証拠は残すな、好きにやれ。エム』

 

 

途端に撤退し始める無人機。全ての無人機が放たれたことを確認し、上からの指示を受けた少女は─────装備したビームライフルで、基地の全てを焼き払った。爆炎と共に燃え上がる軍事基地を、嘲笑と共に見下ろし、空の彼方へと飛翔していくのだった。

 




原作にはない『サイレント・ゼフィルス』の強奪劇。ここら辺情報ないし、こんな感じで強奪されたのかなーって自分なりに解釈させていただきました。

まぁイギリス本国が強奪の一件を秘匿してるとこも踏まえると、国の面子とか色々の事情があるんだろうなぁ…………オマケに3号機も強奪されてると知った時は流石に吹いたけども。



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第88話 学園最強の生徒会長

日が経った後、SHRと一限目を使った上で、IS学園で全校集会が行われることになった。その内容は大方、今月にある学園祭についての話だろう。

 

 

(しっかし、これだけ女子が集まると………)

 

(─────喧しい。耳が痛くなる)

 

 

IS学園の生徒の大半、というか二名を除けば女子しかいない。清酒盛りの少女達に大人しくしろ、というのが無理なことだろう。そんな状況ではない一夏は若干引き気味であり、龍夜に至っては天井を仰ぎ、仮病にして休めば良かったと後悔しているくらいだ。

 

 

「それでは、生徒会長から説明をさせていただきます」

 

 

生徒会役員の一人が静かに告げた途端に、一斉に静寂へと包まれた。引き潮のように、一瞬に消え去った静寂の中、一人の少女の声が響く。

 

 

「やあみんな、おはよう」

 

 

壇上に立ち挨拶した女子に一夏は見覚えがあった。昨日、ロッカールームに現れた少女。二年生のリボンから先輩だったのかと感心した一夏はふと隣にいる龍夜を見る。

 

────露骨に嫌な顔をしていた。嫌悪、とまではいかない。だが気に入らないと言いたげな表情に、流石の一夏も困惑を隠せない。

 

 

「────さてさて、今年は色々立て込んでてちゃんとした挨拶がまだだったわね。私の名前は更識楯無。君たち生徒の長、生徒会長よ。以後、よろしくね」

 

 

にっこりと笑う生徒会長。その笑みは優しく、何処か蠱惑的と思えるものまで感じさせる。実際に女子生徒の何人かは魅了されたのか、熱っぽいため息が漏れた。

 

 

「では、今月の一大イベントの学園祭だけど、今回は特別の限定ルールを導入するわ。その名も──────」

 

 

楯無が取り出した扇子を開いたと同時に小気味いい音が響いた。かと思えば、背後のディスプレイに写真がデカデカと映し出される。織斑一夏と蒼青龍夜、二名の男子生徒の写真が。

 

 

「え………」

 

「…………は?」

 

「名付けて────『各部対抗男子争奪戦』!!」

 

 

今度こそ、女子生徒全員の叫びがホールを揺るがした。一夏は事態を理解できずに呆然としており、全てを理解した龍夜は「………はぁぁぁ」と頭を抱えてしまった。

 

そんな二人は、自分達を見る全員の視線に対応する余裕などない。

 

 

「静かに。学園祭では毎年各部活動ごとの催し物を出し、それに対して投票を行って、上位組は部費に特別助成金が出る仕組みでした。しかし今回はそれではつまらないと思い────」

 

 

ざわめきを宥めた楯無は更に微笑み、扇子で一夏と龍夜の方を指し示した。

 

 

「織斑一夏、蒼青龍夜、この二名を一位の部活動に強制入部させましょう!」

 

 

今まで以上の爆音が響き渡った。

 

 

「うおおおおおおっ! やったぁあああ!!!」

 

「こうなったら!やるしかないわね! 全力で!!」

 

「それじゃあ早速、今日の放課後に作戦会議よ!!」

 

「目指すは一位! それ以外は有り得ない!!」

 

 

大興奮して活気に溢れる女子一同。最早付けられた激情の火は簡単に止められる訳もなく、既に100%乗り気で間違いはなかった。

 

 

「な、なんかヤバイことになってないか……? 龍夜?」

 

「…………頼む、何も言うな。俺だって理解したくない」

 

 

これから起こり得る未来を想定した一夏と龍夜は互いに嘆息するしかない。久し振りに、心の底から共感できる日が来ると同時に、お互いがいて良かったと本心から安堵した。

 

 

◇◆◇

 

 

そして、授業が終わり、放課後の特別HR。学園祭の出し物としてクラスの催し物を決めるための和気あいあいとした談義が行われていた。あくまでも、女子達の中でだが。

 

 

「…………えーと」

 

「……………」

 

 

ふと、一夏が助けを求めるように龍夜を見る。当の本人は呑気に窓に視線を向け、現実逃避に勤しんでいた。少しでも事なかれ主義を貫くつもりらしい。

 

クラス代表として意見をまとめなければならない一夏は黒板に挙げられた案に目を通す。

 

 

内容の殆どが、『織斑一夏と蒼青龍夜のホストクラブ』、『蒼青龍夜とツイスター』、『織斑一夏と王様ゲーム』、等である。最早、個人の欲望ばかりで話にならない。これを目の当たりにした龍夜はさっきも言った通り、現実逃避を始めたのだ。

 

クラス代表として、織斑一夏が下すべき判断は一つ。

 

 

「────取り敢えず、全部却下!!」

 

「えええええええ───っ!!」

 

 

断言した一夏に炸裂するのはブーイングの大合唱。一夏としてはブーイングをしたいのは此方だ、という意見を呑み込む。むしろこれが通ると本気で思っているのか。

 

 

「アホか! 誰が嬉しいんだよ、こんなの!」

 

「私達は嬉しい!間違いないね!」

 

「イケメン二人だし、出し物にしたら優勝確実よ! 間違いない!」

 

「実質IS学園のマスコットと言っても遜色ないし」

 

「───正直二人がメインならどうでもいいよ! 私たちも楽できるし、Win-Winじゃん!」

 

 

これはもうお手上げである。取り敢えず役に立たない龍夜とは別に助けを求めようと担任の方を見たら、いつの間にか姿を消していた。逃げやがった、と姉の事を思い浮かべた一夏は半ば直感で察する。

 

残っていた山田先生も、呑気に様子を見ている。多分ここで介入を求めても事態を余計なことにしかねない。何故だか分からないが、一夏はそう察知するしかなかった。

 

 

ふと、龍夜が立ち上がる。静かに嘆息する彼に気付き、クラスが静寂に包まれた。きっと何か助け船を出してくれる、そう信じた一夏はこの状況の打開を願う。

 

 

 

しかし、だ。一夏は忘れていた。蒼青龍夜がどういう人間か。

 

 

「────『織斑一夏と王様ゲーム』、『織斑一夏と甘々デート』………以下の案全てに俺は賛成だ」

 

「………………」

 

 

彼が挙げたのは全て一夏がメインになる案。織斑一夏は直後に思い出すと同時に理解した。蒼青龍夜はこういう面倒事を極力嫌う、何なら一夏や他人に押し付けようとすることが多い。

 

そっちがその気なら、と一夏は己の顔をひきつらせながらもチョークを手にする。

 

 

「それじゃあ、採用は『蒼青龍夜と添い寝』で」

 

「おう待て貴様」

 

 

黒板に挙げられた案の一つを採用しようと二重丸を書こうとする一夏の手を、急速に接近してきた龍夜が止めた。

 

 

「…………おいおい、随分と身勝手だな。クラス代表が勝手に決めていいのか?」

 

「勝手じゃないだろ? 俺を代表に選んだのは龍夜じゃないか。色々と面倒事押し付けたがってたみたいだし………事務的なことは俺がやるから、代わりは任せるぜ」

 

「………………」

 

「………………」

 

 

二人は静かに笑い、手を離す。距離を開けた二人は互いに笑っているが、その目は鋭く据わっている。空気が張り詰めてきたかと思えば─────

 

 

 

 

「────お前を潰して! 俺がクラス代表を代行する!!」

 

「────やらせるかよっ!!」

 

 

男二人が互いに激突した。掴み合い、殴り合いの乱闘だ。何も知らずに見れば男同士の決闘として捉えられるが、喧嘩の内容が内容だ。

 

ここで担任の千冬がいれば簡単に鎮圧、もしくはこんな事も起きなかっただろう。────しかし面倒を嫌って離脱した為、彼女に期待することは出来ない。

 

 

肝心の副担任である真耶も、女子と共に観戦している。最初はあたふたしているようだったが、今に至っては「男の子ですねぇ」と感心していた。

 

 

だが、そんな喧嘩もすぐに終わらされた。

 

 

「止めないか! 二人とも!」

 

「アダッ!?」

 

「グぅッ!!」

 

 

ウガーッ! と憤慨した箒が何処からか取り出した竹刀を振るう。凄まじい剣捌きで放たれた剣戟は殴り合いを続けていた一夏と龍夜の脳天に炸裂する。スパァーーンッ! という音をした割には手加減されているらしい、男子二人は頭を抱えて悶えているだけで済んだ。

 

 

「大の男子が小さな理由で殴り合うとは! 情けないにも程があるぞ!」

 

「ほ、箒……………うん、そうだよな。悪かった」

 

「…………確かに、少し熱くなりすぎた。俺の方こそ、すまん」

 

 

竹刀を手に、ガーッ! と怒りを見せる箒に一夏と龍夜は冷静になり始めたようだ。互いに謝る二人を前に、ようやく箒は怒りを鎮火させ、席へと戻っていく。

 

頭を押さえながら立ち上がった龍夜は、ふと疑問を思い浮かべ、隣の一夏へと声をかける。

 

 

「………箒、前より変わったな。少し、真面目になったんじゃないか?」

 

「? 箒は前から真面目だろ?」

 

「まぁそうだが………」

 

 

言わんとすることが伝わっておらず、諦めたように力を抜く龍夜。肝心の一夏は疑問符を隠しきれず、困惑しながらもクラス代表としての仕事に戻る。

 

もっと普通な案を探そうと皆に聞いた、その時だった。

 

 

 

「────メイド喫茶はどうだ」

 

 

そう切り出したのは、量腕を組んだラウラであった。ざわめきが途絶え沈黙に包まれるクラス全体、一夏や箒は愚か、龍夜ですら彼女の口から出た言葉に唖然としている。

 

 

「客受けはいいだろう。それに、飲食店は料金から経費の回収も行える。学園祭では確か、外部からも招待されるのだろう? それならば休憩場としての需要も少なからずあるとは思うな」

 

「………だそうだけど、皆はどう思う?」

 

 

いやいや、と龍夜は肩を竦める。否定しようと考えた所で、悪くないのではないかと思い始めた。確かにこれならば自分達がメインとして扱われても、無理をしなくて済む。後は気楽な立ち位置を選ぼうかと画策していたのだが、

 

 

「私は皆が良ければ構わんが………」

 

「いいんじゃないかな、僕は賛成だよ。それじゃあ一夏と龍夜には執事か厨房を担当してもらえば────」

 

「────執事! 織斑君と蒼青君、執事がいい!」

 

「それでそれで!」

 

「わ、私も賛成しますわ! 皆様が良ければ、仕方がありませんからねっ!?」

 

 

───既に全員が乗り気であった。えぇ………と戸惑い気味であった龍夜以外に、クラス全体は納得の空気に包まれている。今更強気で反対する気もなく、龍夜も大人しく賛成を口にする。

 

 

こうして、一年一組の出し物はメイド喫茶改め、『ご奉仕喫茶』に決定した。

 

 

◇◆◇

 

 

「─────邪魔するぞ」

 

「…………」

 

 

放課後のHR後、整備室に立ち入った龍夜は既に作業を始めていた簪に挨拶をした。彼女は声を掛けられたこと驚いた反応をしながらも、静かに会釈する。

 

持ち込んだケースを開閉し、龍夜はその中に格納していた大型の武装を取り出した。近くに出したパソコンを装置と連携し、装置から伸びるコードやケーブルを武装へと繋げる。

 

 

「────連結時の固定が緩いな。機構自動改装、間接固定具G-5の固着率強化。システム再調整、連結型バッテリーの循環効率を45%上昇────」

 

 

カタカタと、キーボードを両手で叩く。画面に並ぶ膨大なシステムの構築式を分解し、問題のある部分を修正する。数時間も掛かる作業を龍夜は淡々と進め、残された問題を殆ど潰していく。

 

 

「────システムアップデート、承認………ようやく、完成だな」

 

 

タン、とエンターキーを打ち込んだ龍夜は深い呼吸を吐き出す。画面では『システムアップデート開始』という文字と共に、ロードが始められていた。後数分もすれば、龍夜が開発した武装は本当の意味で完成する。

 

 

「…………ねぇ」

 

「簪か、作業はいいのか?」

 

「………後で、するから………それより、何を造ったの?」

 

 

先程までパソコンを弄っていたはずの簪が興味ありげに此方を────というより、目の前に置かれた武装を見つめていた。

 

気になるのならば仕方ないと、龍夜は解説しようと考える。本心で言うと、少し自慢したくなったのだ。簪としても、こういうロマンは分かるはずだと、幾らかの期待があったからかもしれない。

 

 

「─────試作型可変機銃・正式。名を、『ライトニング・レイザー』」

 

「………可変………機銃?」

 

「一種類の銃器としてではなく、複数の銃器として機能を扱えるように開発した可変機構搭載型の大型機銃だ。今までは多くの問題があったが、ようやく形になった」

 

 

アップロードを終え、本当の意味で完成した『ライトニング・レイザー』─────大型機銃を持ち上げる。見た目は金属的なフォルムの目立つ、アサルトライフルのようなものだ。

 

龍夜は手にした『ライトニング・レイザー』の銃身に仕込まれた取っ手を展開し、押し込む。すると大型の機銃の銃身が二つに割れた。ガコン、と音を立てて分離する二つの物体は音を立てて装甲が組み代わり、いつの間にか二丁の小型拳銃へと変化する。

 

 

「────こんな風に、戦況によって銃の種類を変化できる。拳銃とマグナム、散弾銃、アサルトライフル、機関銃、狙撃銃────切り札として、超高火力のレーザーブラスターとしてもな」

 

「……………凄い」

 

 

見惚れたように感心する簪。自身の発明品に目を奪われる彼女の姿に、龍夜は異様に満足感に満ち溢れていた。自分ではなく、自分の造った物が評価されるのは実に気分がいい。優越感の余り、笑いが止まらない龍夜は人から見れば調子に乗っていた。

 

 

「………こんな小型なのに、一瞬で変形できるなんて………まさか、実弾じゃなくてエネルギーを利用してる……?」

 

「正解だ。…………やはり前々から感じていたが、良いセンスだな。俺もお前の開発しているIS、悪くないとは思うぞ?」

 

 

そう言う龍夜はふと、簪が操作していたパソコンを覗き込んでいた。気付いた途端、慌ててパソコンを閉じようとする簪を制し、龍夜は深く思案する。

 

 

「────打鉄に機動性を上乗せした機体か。それなら相性が良いのはミサイルだな。機動力を活かし、ミサイルによる弾幕…………後必要なのは強力な武装か────機体の方は何処まで完成してる?」

 

「………ううん、まだ………機体の調整も、終わってないから」

 

「そうか。まぁ、無理はするな。お前のISはお前に合わせた物だからな、自分に合わせて調整すればいい」

 

 

露骨に落ち込む簪に、龍夜は気にするなと言わんばかりに告げる。龍夜としては善意も優しさもある言葉だ。昔の自分なら「落ち込むなら勝手に落ち込んでいろ」ぐらいは言ってたかもしれない。我ながら酷いな、と呆れる龍夜だった。

 

早速実戦で試そうと、『ライトニング・レイザー』をケースの中に仕舞い、整備室から出ようとする。軽く挨拶をして簪と別れようとした所で、思い出したように龍夜は口を開く。

 

 

「そうそう、言い忘れていた」

 

「………?」

 

「────気負うなよ。お前はこの俺が、天才が認めた才覚を持ってる。その内、お前の姉だってギャフンと言わせられるさ。天才の俺が言うんだから、間違いはない」

 

 

それだけ言って、龍夜は反応も聞かずに整備室から出ていった。あくまでも言っただけの発言だから、深く捉えなくても問題はない。このアドバイスで彼女が前向きになればいい、と言う感じのものだ。

 

整備室を離れ、廊下を歩く龍夜。急いでアリーナにでも向かおうとした所、自分に声をかける女子生徒と遭遇した。

 

 

「あ、りゅーやんだ~。良いところに~」

 

「………本音か? 悪いな、今の俺は用事がある。後で頼む──────何故掴んでいる?」

 

 

眠気を誘ってくるような、呑気な少女 布仏本音に軽く挨拶をし、通り過ぎようとする。しかしおっとりとした彼女は何故か龍夜の右腕の裾を掴んでいた。それも、がっしりと。

 

 

「いやね~、りゅーやんを連れてきてってぇ~、お姉ちゃんから頼まれててさ~」

 

「………姉?」

 

 

嫌な予感がする。

そう感じた龍夜は頭の中の情報を整理し、ある可能性に行き着く。その可能性を確定するため、少しずつ質問をすることにした。

 

 

「確か、お前の姉って生徒会役員だったな?」

 

「おぉ~、良く知ってるぅ~。まさかぁ~、お姉ちゃん狙ってたり~?」

 

「─────お前まさか、生徒会長の命令とかで俺を連行する気か?」

 

「ん~、正解だね~………」

 

 

この瞬間にして、数秒。即座にこの場から逃げ出そうと走り出す龍夜、しかし逃走は叶わず。本音に裾を掴まれていたことを忘れた疾走だった為、彼女に引っ張られた龍夜はその場で横転することになった。

 

 

「う、うが………ッ」

 

「うへ~、りゅーやん走ると危ないよ~? 気を付けないとね~」

 

(こ、コイツ───何て力だ!? 俺が引き剥がせないだと!?)

 

 

ズルズルと本音に引き摺られていく龍夜はその事実に愕然とする。大の男を少女が片手で引き摺って歩けることは、ハッキリ言って異常だ。そういえば、前もそうだった。学生生活初期、本音には捕まった時は離れることが出来なかった。

 

 

◇◆◇

 

 

「─────それで、俺は生徒会室に連行されてきた訳だ」

 

「…………えぇ?」

 

 

生徒会室に招かれた経緯を語る龍夜に、会長である楯無に連れてこられた一夏は半ば困惑半ば呆れている様子だった。二人は互いの顔を見合わせ、テーブルの上に頭を乗せている本音を見ながら、話し合う。

 

 

「いや、でも………のほほんさんがお前を連れて来たって、何かの冗談じゃないのか?」

 

「─────いいや、間違いない。そこだけは断言する。というかお前、俺の話疑ってたのか」

 

 

でもさ、流石に………と納得できない様子の一夏から目を離し、龍夜は本音の近くの座席に腰を掛ける楯無と彼女の隣に立つ眼鏡の女子に顔を向ける。

 

 

「…………それで? 俺達に何の用だ。 生徒会長 更識楯無、その従者の布仏虚………さん」

 

「あら、私にはさんって付けてくれないの?」

 

「………人の心に土足で踏み込むような人に、敬意を示す気はない」

 

「んー、手厳しい♪」

 

 

バッサリと吐き捨て、机の上の紅茶を一飲みする龍夜。明らかに冷徹を通り越した辛辣な対応を受けても尚、笑みを崩さない楯無。彼女の様子を尻目に、龍夜は苛立たしそうに舌打ちを噛み殺す。

 

 

「本題に入って貰おう。俺達に何の用だと、そう聞いている」

 

「そうね、一応最初から説明するわ。一夏くんと龍夜くんが部活動に入らないことで色々と苦情が寄せられてるの。今後のことも考えて、生徒会はキミ達をどこかに入部させないと不味いことになっちゃったのよ」

 

「それで学園祭の投票決戦ですか………」

 

「…………ふん、迷惑もいいところだ」

 

 

言い過ぎじゃないか、と一夏も流石に言えなかった。彼からしても面倒に違いなかったからだ。ただでさえISの訓練────陸奥からの特訓で手一杯な今、部活動までしたら疲労で死ぬかもしれない。

 

 

「その代わりにわ学園祭の間まで私が特別に鍛えてあげるわ。キミ達二人とも、ISと生身の両方ね」

 

「────それなら、お願いします」

 

「────断る」

 

 

直後、一夏と龍夜はほぼ同時に答えた。最も二人が口にした内容は全く正反対のものであったが。

 

 

「? 龍夜は、頼まないのか?」

 

「…………俺としては意外だな。お前が素直に従うとは、俺と同じ意見だと思っていたぞ」

 

 

龍夜としては、一夏も自分と同じ答えを言うと思っていたらしい。その予想が外れたことに少々驚いていた龍夜に、一夏は自身の思いの丈を語った。

 

 

「ほら、俺もまだまだだからな。代表候補生の中でも、下から数えたくらいの強さだし…………今の俺には、我が儘言ってられる余裕なんてないんだ。皆を守れる程、強くなりたいんだ、俺は」

 

「………………そうか」

 

 

今までの戦いが、一夏の認識を変えたのだろう。命を失う可能性のある実戦を経験してきた結果、一夏は自分が肝心な時に何も出来ないことを理解していた。強さ以前の問題であったとしても、何も出来ない自分の無力さに嫌気が差しているのだろう。

 

それ故の、決意の表明。今度こそ皆を守るために強くなるという織斑一夏の心からの覚悟が感じ取れていた。

 

 

「ふぅーん、思ったよりも成長してるじゃない。…………じゃあ龍夜くんも賛成って訳ね?」

 

「────断ると言ったはずだ、二度も言わせるな。大体、アンタに鍛えられる理由などない」

 

「理由ならあるわ────キミ達が弱いから」

 

 

それを聞いた瞬間、龍夜を中心として空気が変化した。ガン! と強い音を立ててカップをテーブルの上に置いた龍夜は、不機嫌を隠さずに立ち上がる。

 

 

「────随分と上から目線だな。俺達が弱いと、アンタに決められる謂れはない」

 

「お、おい! 龍夜!」

 

「うん、でも弱いのに変わりはしないわ。今はまだ何とか出来てるけど、ずっと続かないでしょうね。ちょっとでもマシになるように、私が鍛えてあげようって話」

 

「────説教のつもりか? 生憎だが、赤の他人に舐められるのは、大嫌いだ」

 

 

苛立たしさを隠さずに、龍夜は悪態を吐き捨てる。半ば感情的な自分を落ち着かせながら、低い声で告げた。

 

 

「そこまで言うなら力を示せよ、生徒会長様。俺はそう簡単にアンタに従うつもりはない」

 

「───決まりね♪」

 

 

にこりと笑う生徒会長の顔は、待っていたと言わんばかりの感情が込められている。…………あーあ、と端から見ていた一夏は全てを理解する。龍夜は嵌められたのだ、最初から勝負事にするのが、彼女の策略だった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「────勝負と言ったが、まさか柔道か?」

 

「あら?もしかして苦手だったり?」

 

「───まさか」

 

 

対面する龍夜と楯無。誰一人としていない畳道場で白胴着に紺袴、俗に言う道着へと着替え、向かい合っていた。

 

 

「だが、少し驚いた。どうせならISの戦闘でもやるのかと考えていたが………」

 

「んー、IS相手だと少し厳しいからねぇ。私でも素直に勝てるか厳しいのよね、正直に言うと」

 

「…………」

 

 

誤魔化すのかと思ったが、素直に白状した楯無に返す言葉がなくなる。だが同時に自信が出てくる。ISでの戦闘ならば互角かそれに近しい状態。客観的に学園最強に追随できる強さならば、自身の目的にも近付ける。

 

 

「さて、勝負の方法だけど。私を床に倒せたらキミの勝ち、 私の勝ちは、キミに敗けを認めさせたら、それでどう?」

 

「…………生身なら、俺に勝てるとでも?」

 

「まぁね、間違いなく勝つから」

 

「舐めやがって………!」

 

 

険しい顔で睨みながら、素手で構える。柔道の構えに似たそれは、龍夜なりの我流であった。そもそも、彼としてはこういうものは得意とは言えない。

 

────あくまでも、得意とは言えないだけだが。

 

 

「その余裕、負けた時の言い訳にするなよ」

 

「しないわよ」

 

 

表情に張り付いた涼しげな笑みを崩してやる、と心の中で決意して龍夜は動く。何一つ構えようとしない楯無へと近付き、彼女の腕を取る。

 

そのまま投げ落とそうとして────龍夜は自身の浅はかさを理解させられる。

 

 

「─────ッ!?」

 

 

気付いた時には、龍夜の方が宙に舞っていた。そのまま畳に叩きつけようと楯無の手首を圧迫し、拘束から逃れる。僅かに力が緩んだ瞬間を狙い、落下する身体を捻りながら、畳の上に着地した。

 

 

「あら、残念。決まったと思ったんだけど」

 

「…………」

 

 

膝を付いた龍夜は冷や汗を滲ませる。感情的に動いていた部分が一気に冷やされていく。舐めていたのは自分ということを理解させられる。学園最強がISに頼ったものではないと、実感を以て確信した。

 

 

「……………」

 

「来ないの?────なら、此方からいくよ」

 

 

その瞬間、楯無の姿が消える。自身の視界外に移動した彼女による攻撃が、龍夜を襲う。

 

 

 

 

 

 

「─────惜しいわね。これだけやってまだ倒せないなんて」

 

「………クソッタレ……ッ!」

 

 

あらゆる手法、技術で挑みかかる楯無。マーシャルアーツやカポエラ、中国拳法。あらゆる戦闘技術を多用しながらも、彼女の動きは完全に読み切れない。

 

横転させられることはないが、龍夜も疲れが溜まってきている。色んな技術に翻弄され、攻撃に出る暇もないのだ。だが、これでいい。─────欲しかったものは、これで得られた。

 

 

「…………生徒会長、更識楯無。認めよう、アンタは強い」

 

「あら、もう降参?」

 

「アンタに勝つのに、加減は不要だと判断した。今から俺は、殺す気でやる────死なないように気を付けるんだな」

 

 

軽口で返そうとした楯無は、異様な構えを取る龍夜に目を見張る。とても構えとは言えぬ、無気力に満ちた姿勢。しかし両眼から覗く眼光は鋭く、楯無の存在だけを捕捉している。

 

そして、龍夜が動く。

 

 

「─────え」

 

 

その動きに、楯無の顔から笑みが消えた。目の前まで迫る龍夜は楯無を見据えたまま、拳を振り上げる。その手首を掴もうと手を伸ばした楯無────だが彼女は即座に感じた違和感に従い、真横へと飛び退いた。

 

 

バァン!! と、空気が破裂する。そんな爆音の正体は、龍夜が腕を振るった音だ。自身を掴もうとした楯無を吹き飛ばそうとする一撃。空振ったその動きに、楯無は息を呑む。

 

 

「────!」

 

 

身体を軽く捻り、姿勢を崩した龍夜が突貫してくる。さっきと同じように両腕を構え、砲弾のように身を任せて迫り来る。そんな彼から距離を離す楯無は、自分の居た場所の畳が破壊されたのを見る。

 

 

「…………何をしようとも無駄だ。アンタの動きは読んでいる」

 

 

畳を素手でぶち抜いた龍夜は頭を軽く回し、前へと踏み込む。楯無の身体に叩き込む、と言うより手刀による突きを放つ。

 

それを咄嗟に回避し、返しの蹴りを放つ楯無。しかし龍夜はそれを見ることなく、脚から力を抜き、自身の身体を深く下げる。蹴り技を潜り抜けた龍夜、彼は無防備になった楯無に蹴りを叩き込む。

 

何とか腕による防御を為した楯無は、そのまま近接戦に持ち込む。打撃、掌低、足払い、あらゆる技を重ね合わせても、龍夜はそれをいなし、逆にカウンターを叩き込んでくる。

 

 

「読んでいる! そう言ったはずだ、更識楯無!」

 

 

そう告げ、龍夜は自身の身体を回し、死角から放った肘を楯無の脇腹へと打つ。僅かに顔を歪め、仰け反る楯無。明らかな困惑を思わせる彼女に、龍夜は口を開いた。

 

 

「────何故対応されているのか、そう思ったな?」

 

「………」

 

「俺は天才だ、子供の頃からどんな凡愚よりも優れていた。学力だけではなく、体力や力に至ってもな。どれだけ難しい格闘技だろうと、一度でも見れば完璧に記憶し、それをマスターできる。─────56種類、お前が勝負で使った技は全て覚え、そしてマスターしている」

 

 

冗談ではない、楯無はきっとそう思っているだろう。伊達に無意味にボコられていた訳ではない。それだけではない、技を覚える過程で龍夜は楯無の動きのパターンを計算していた。

 

だからこそ、おおよその動きと位置、呼吸などのあらゆる要素で彼女が放つ技を予想することが出来る。

 

 

「初見の技で不意を突けるなら、突いてみろ。一度でも仕損じれば、俺はその技すらも記憶する─────アンタに他の切り札がなければ、詰みだな」

 

 

宣言し、龍夜は楯無へと迫る。彼女の放つ技の多くをいなしながら、彼女の扱ったものと同じ掌低を叩き込む。よろけた彼女に目掛け、龍夜は渾身の蹴り技を放った。全力を込められた脚が楯無の身体に吸い込まれる──────次の瞬間。

 

 

 

楯無はその蹴りを受けた。しかし、効いている様子はない。それは蹴りを放った龍夜自身も理解できていた。

 

 

(外した?………いや、違う! アイツ、直前で避けたのか!?)

 

 

脳内で加速する思考により、反応が遅れた。楯無による無音の急接近を許し、彼女の伸ばした手が喉に触れる。直後、二本の指が喉の奥に刺さった。

 

 

「────ッ!?」

 

(呼吸が────クソッ! 何処を突かれた!?)

 

 

一気に焦りが意識を埋め尽くす。その合間に楯無は、喉を抑える龍夜の胸に掌低を数発打ち込む。ガハッ、と呻く龍夜が数十発の攻撃を受け、トドメの回し蹴りを叩き込まれた所で、意識が途絶えた。

 

 

「─────はっ!? ヤバッ!」

 

 

緊張の余り、手加減を忘れて全力で攻撃していた楯無。慌てて倒れた龍夜に駆け寄るが、幸い怪我や骨折はなかった。白目を剥いて気絶しているのだが、まぁそこは問題ないだろう。

 

 

「………久し振りに本気を出しちゃった。でも、そうしなきゃ負けてたかも」

 

 

楯無が最後に、滅多に見せない奥義の一つを使わなければ、龍夜の不意は突けなかった。何より恐ろしいのは、あそこで倒さなければ龍夜はその技すらも記憶していたことだ。

 

 

「子供の頃から天才って話は知ってたけど…………まさかここまでとはね」

 

 

そこで楯無は身に纏っていた道着が破損していることに気付いた。龍夜の蹴りをギリギリ避け損なったらしい。裂かれた道着の下、下着と柔肌だけの部分────僅かに露出した胸元に小さな傷が出来ていた。

 

 

「やっぱり強いわね。下手したら私や千冬さんに追い付くくらい。だけど、今はまだまだ。感情的になりやすいのが玉に瑕って感じかしら。─────ま、そこはちゃんと鍛えて上げないと」

 

 

道着を着直して、楯無は意識のない龍夜に告げる。

 

 

「それはそうとして、お姉さんを傷物にした責任は取って貰おうかしら♪」

 

 

意識のないはずの龍夜は、微かに身震いをするのだった。

 

 




一夏と箒は原作より少し心境が変化してますね。二人とも師匠(陸奥と長門)にボコボコにしごかれたのが要因ですが。

龍夜が前と様子が違うのは、本人的には無意識です。無意識なんですよ、これが。


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第89話 自覚

第三アリーナ、そこを中心に集まった代表候補生一同。呼び出された、と言うべきか。集まった女子の一部、箒と鈴にシャルロットの三人が、一夏を見つめる。怪訝そうな眼差しで。

 

 

「説明しろ、一夏。どういうことだ?」

 

「いや、どうもこうも………」

 

 

少女達が険しい顔をするのも当然である。アリーナで待ち構えていたのは生徒会長の更識楯無。彼女が微笑みかけたことで、他の女子達は一気に不安そうな顔と共に疑心に満ちていたのだ。

 

────まさか、また何かしたのではないか、と。

 

 

「まぁ、そんな怒らなくても良いじゃない。 あ、そうそう。私はこれから一夏くんと龍夜くん、そして君達のコーチをするからよろしくね?」

 

「え、どういうこと?」

 

「いや、一夏は兎も角…………龍夜だと? 何故婿の話が今出てくる?」

 

「うーん、負けたら言いなりって形で勝負したからね」

 

「─────一夏ァ!」

 

「誤解だ!俺はしてないって!」

 

 

お前やりやがったな、と殺気立つ鈴に対し、一夏は必死に弁明を示す。それでも箒達は詳しく聞かせろと息巻いていたが、話を聞いていたラウラが感情的になるより前に、ある事実を理解した。

 

 

「待て、では…………負けたのか? 龍夜が?」

 

 

ハッ! と、全員がその事実に耳を疑う。龍夜は、代表候補生内でもトップクラスの実力者であり、正直の話で言えば自分達の中でも一番強い。そんな彼が負けた、ということに戸惑いを見せた全員の視線が─────片隅の壁に背中を預け、腕を組んでいる龍夜に向けられる。

 

疑惑に満ちた視線を受けた龍夜は短く嘆息し、すぐに口を開いた。

 

 

「────ああ、確かに完敗だ。言い訳のしようがない」

 

「ヤケにアッサリしてるのね、もうちょっと威勢の強い方が好きよ?」

 

「…………勝負の結果に一々文句を言う気はない。だが、勘違いするな」

 

 

────次は勝つ、と宣言して龍夜は重く口を閉ざす。不機嫌かつ素直でない龍夜の対応に、楯無は益々面白いと言わんばかりに緩む口を扇子で隠している。

 

 

「それじゃあキミ達のコーチをするけど、異論は無いよね?」

 

「異論?────大アリよ!」

 

 

話を戻そうとした所で、鈴が反発する。彼女の言い分は兎も角、本心としては「一夏の専属コーチ(ISに限定する)という立場を手放したくない」という思いがあったのだろう。

 

他の皆、箒もシャルロットも概ね鈴とは同じ意見なのだろう。唯一、セシリアとラウラは特段意見を口にするつもりはなかった。好意を寄せる龍夜が何も言わない以前に、龍夜より格上である─────尚、龍夜本人は断じて認めないだろうが─────楯無のコーチを受けるのも悪くはない、そう考えたのだろう。

 

 

「─────文句があるのなら、力で示せ」

 

 

そんな最中、一言告げる人物がいた。アリーナの片隅でずっと沈黙していた男────エイツは見向きもせず語る。

 

 

「仮にも代表候補生たる、国の代表を担う者ならば実力で黙らせればいい。世界で最も自由に振る舞えるのは、権力を持つ者と力を持つ者、強い者でなけらばならない」

 

 

かつてはテロリストの一員であり、現在は『首輪』を掛けられている状態とはいえ、理事長の飼い犬となったエイツ。彼の語る言葉は難しく、抽象的でありながら、ただ一つの結論を示しているものだった。

 

 

「勝利こそが、あらゆる意見を押し通す。敗北こそが、相手の反論を押し潰す。─────ならば、戦え。それこそが単純明快な答えだ」

 

 

それだけ言うと、エイツはアリーナの担当────問題行動の監視に徹する。つい最近学園に用務員として迎え入れられたばかりのエイツ、常に崩さない仏頂面と傲慢に見える口調から半ば避けられている雰囲気だったのだが…………、

 

 

「────あぱァーーっ!!!?」

 

「あーーーっ!? 火花ちゃんが事故った!エイちゃんさーん、火花ちゃんが事故りましたーーっ!!」

 

「…………あの馬鹿共め。仕事を増やしてくれる」

 

 

アリーナのシールドに撃墜して落下する女子と慌てて向かう同級生達。エイツは頭を抱え、破損した量産機の修理の手続きと説教を考えながら、女子生徒達の元へと歩いていく。

 

長い間の説教が始まる事だろう、と同情を隠さない一同。だが、お陰で話を戻すことが出来た。

 

 

「────用務員のおじ様も仰ってることだし、一回模擬戦でもしようかしら?」

 

「─────ええ、ええ! 望むところよ! 箒、シャルロット! 手ぇ貸してくれるわよね!?」

 

私達も!? と眼を見張る箒とシャルロットを無理矢理引き込み、三対一の勝負が始まる。最も、その結果は見え透いたものだが、と龍夜は心の中で呟くのだった。

 

 

 

────結論として、三人は完敗だった。三人での連携も即座に対応され、各個撃破された…………言い訳も弁明のしようもない、大敗北であった。

 

こうして、更識楯無による代表候補生一同のコーチングが始まった。

 

 

◇◆◇

 

 

「…………武器の方は完成した。後は機体の方も本格的に改良するか………」

 

 

数日後。授業も終わり、放課後のやることも終わらせた龍夜は自室に帰ろうとしていた。ブツブツと一人で思案していると、ポケットに入れたスマホが震動し始める。

 

 

『────わーい! ご主人様、ただいま!』

 

「ラミリアか。相変わらず元気だな、今日も遊んできたのか?」

 

『まぁね! 今日はね、シャルちゃんや皆と女子会して来たんだよ! 皆で恋バナとかしたり…………すっっごい楽しかったよ!!』

 

「────そうか、良かったな」

 

 

優しく、元気一杯なラミリアと話す龍夜。元々、家族と一緒になる機会が少なくなった時に開発した彼女は、他人を信用できずにいた龍夜が唯一信用した────家族にも等しい存在だ。

 

それ故に、龍夜はラミリアが楽しく過ごせていることに文句はなかった。IS学園も女子達も心が広く、電子の存在であるラミリアを受け入れてくれている。

 

理事長に頼んだお陰で、ラミリアはIS学園のネット回線内部で自由に行動できる。流石に、学園の機密とされる部分への立ち入りは禁止されているが、女子達と共に行動するには十分であった。

 

 

「………お前も随分人と触れ合うようになって変わったみたいだな。満足そうで何よりだ」

 

『?ご主人様も変わってきたよ?』

 

「…………ん? そうか?」

 

『だって、最近は一人の時間の方が少ないもん! 皆と一緒にいるのが多いと思うよ! ラミリア的にもね!』

 

 

ラミリアからの指摘に、龍夜は怪訝そうになる。確かに最近、何かと一夏達と話したり一緒になることが多い。無意識だろうか、自分自身でもその事に気付かなかった。言われたことでようやく、客観的に自分を見た結果、確かに入学した時より明らかに変わったきたことを理解したのだ。

 

 

────確かに、変わったな。昔の俺なら、他人と馴れ合うことを無駄と言い切ったはずなのに。

 

 

合理性を優先し、自分の事だけを考えていたあの時の自分。しかし、今の自分は他人と過ごし、他人の事を考える今の日常を不満に思うことはなくなっている。それどころか、自分から他人への干渉をすることが多くなっているのだ。

 

 

「…………そうだな。だが、思ったより悪くない」

 

 

満足そうに、無意識に笑う。己の心境に気付くことなく、龍夜は自室の前へと辿り着く。扉を開けて、何時もの作業をしようとした─────彼の目の前に、予想に反した景色が映る。

 

 

「─────あら、お帰りなさい。ア・ナ・タ♪」

 

「……………………、は?」

 

『あー、わーお………』

 

 

開けた先に待っていたのは、生徒会長 更識楯無。何故彼女が自分の部屋にいるのか、そんな疑問が浮かぶ余裕もなかった。目の前に立つ彼女は、エプロンだけに身を包んだ────そう、エプロン以外の衣服を着てない状態。俗に言う裸エプロンの姿であった。

 

半ば反発していた先輩の痴態に、龍夜の思考が完結しない。純粋に、脳が事実の認識を拒否し、多数のエラーを発生させている。成り上がりを目指していた相手であり、思うところはあれど実力だけは高く評価している相手だからこそ、何よりだ。

 

ふと、スマホの中にいるラミリアはその光景に顔を赤くしていた。顔を手で覆いながらも、指の隙間から覗こうとする彼女からは興味津々という思いを隠せてないらしい。

 

 

「────お風呂にします? ご飯にします? それとも、わ・た・し?」

 

 

────パタン。

無言で扉を閉め、龍夜は肺に溜め込んだ空気を吐き出した。考えた後に、悟ったような顔で呟く。

 

 

「………今、俺は夢を見ているらしい」

 

『夢じゃないよー、ご主人様』

 

「───知ってるさ。お願いだから現実逃避をさせてくれ」

 

 

だが、もしかしたら夢かもしれない。万に一つもない可能性に、今だけは縋るしかない。今まで一度したこともない神頼みをしながら、龍夜は扉を開ける。

 

 

「お帰り。 私にします? 私にします? それとも、わ・た・し?」

 

「────■■■■、■■■(モザイク処理完了)」

 

「もう! 女の子の前で汚い言葉使わないの!」

 

 

本心から出た罵詈雑言を注意される龍夜、此方として注意されるべきは目の前の相手と思うのだが。変わらない現実に絶望し、救いの手を伸ばさぬ神への怨み言を吐きながら、龍夜は裸エプロンの楯無を睨む、ことしか出来ない。

 

 

「そうそう。私、今日からここに住もうと思ってね」

 

「────チェンジで」

 

「残念だけど無理よ。会長権限だから」

 

 

なんて勝手な、と思う。開いた扇子に『強権』という文字を見せる楯無に、龍夜は本日一番深い溜め息を漏らす。そして頭をかきむしった龍夜は楯無の横を通り過ぎ、部屋の中へと入っていく。

 

 

「…………あれ? 嫌がらないの?」

 

「言って現状が変わるならな。………今俺の部屋にスペースは無いんでな。少し整理するから、待っておけよ。生徒会長様」

 

「反応が少なくて残念────けど、思ったより強情じゃないのね。少し変わった?」

 

「好きに言っておけ」

 

 

淡々と自室の、ばら蒔いた部品や器具の片付けをする。次第にゴミの山と呼べる程積み重なっていた部屋は、数分の内に綺麗に整理された。部品を纏めた段ボールを隅に寄せ、龍夜は自身のベッドの上に腰掛ける。

 

 

「それで? わざわざ俺の元まで来て何の用だ?」

 

「…………何の用って?」

 

「────わざわざ俺に干渉したのは、何が目的だと言っている」

 

 

既に意図は読んでいた。楯無が何らかの目的があって自分と相部屋にしたことは。本心では納得できないことだが、彼女がそうまでする理由があるのだろう。

 

最初は微笑んでいた楯無も誤魔化すことなく、素直に理由を語った。

 

 

「そうねぇ。少しだけ、話したかった訳よ。キミと」

 

「………また説教か? 何度もまぁ、飽きないことだ」

 

「そのつもりだったけど…………必要なさそうね」

 

 

あ? と露骨に顔をしかめる龍夜。どういう意味だと問い掛ける視線に楯無は口を開き、話し始めた。

 

 

「昔のキミは、復讐の事ばかりで他人を受け入れようとしてなかった。いや、復讐の事しか頭に無かったと言うべきかしら?」

 

「…………」

 

「でも、今のキミは違う。自暴自棄になって復讐に身を費やそうとしていたあの時とは違う。仲間と心を合わせて、今を生きようとしてる────今のキミは、前よりも強く見えるわ。一体何があったのかな?」

 

 

やはり、彼女から見ても自分は変わったらしい。自分で客観的に見るよりも、他人からの意見の方が説得力がある。その上で、龍夜はある一つの事実を口にした。

 

 

「────勘違いするな。俺は復讐を諦めたつもりはない」

 

「………」

 

「父さんと母さんを殺した『フェイス』、ヤツを殺してこそ俺は自分の使命を果たしたことになる。その為ならば、俺は命だって賭ける」

 

 

あの日の決意を忘れたつもりはない。あの日の覚悟を捨てたつもりはない。たとえ誰に何と言われようと、龍夜は自分の復讐を貫き通す。そこだけは、絶対に揺るがない。

 

─────だが、ただ一つ。思うことがある。

 

 

「────その復讐の果ての未来を考えるのも悪くない。そう思っただけだ」

 

 

復讐を終えた後の生活に、彼等との日常に愛着が沸いたわけだ。だからこそ、復讐だけではない生き方をしても良いのではないか、と考えた。

 

 

「ふぅーん…………お姉さん安心しちゃった。キミの事はおおよそ心配なさそうね」

 

「やることは終わっただろ? じゃあ帰れ、俺の自由時間の邪魔をするな」

 

「えー、無理♪」

 

 

知ってた、と嘆息する龍夜。諦めたようにベッドに寝転がる彼を他所に、ベッドに投げられたスマホの内から少女(ラミリア)が声を発する。

 

 

『会長さん!会長さん! その姿は話に聞く裸エプロンですね!? ホントに裸エプロンなんですか!?』

 

「………おいラミリア、何故お前がそんなことを知っている。何処から知った? 俺はそんなことを教えた覚えはないぞ」

 

「そうねぇ………実は違うのよ。下に水着してるし、完全に裸って訳じゃないの」

 

『────ホントだ! 水着だ! ご主人様っ!エプロンの下に水着があるよーっ!』

 

 

見ろと言うのか、と半ば絶望した龍夜はふて寝に徹する。自分の平穏が今後あの飄々とした先輩に乱されることに諦念し、龍夜は心から現実逃避するのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

夜光の中でも一番輝く、超高層スイートホテルの最上階。豪華な飾りで装飾された部屋で、二人の女性がソファに腰を掛けていた。

 

腰まで伸ばした茶髪に、スーツ姿の女性 オータム。対面するは金色の長髪にドレス姿の美女 スコール。高級そうなソファに乱暴に座るオータムは、ふと思い出したように首を傾けた。

 

 

「…………なぁ、スコール」

 

「なに? オータム」

 

 

顔を向け微笑むスコールに、オータムはあぁ………と顔をしかめながら呟いた。

 

 

「────『ディーガ』、『クレイド』、『グラハム』は何処だ?」

 

「さぁね、私も知らないわ。あの三人ならもう来てると思うし、今回の任務には参加しないみたいね」

 

「………ってことは、あのガキが一緒かよ。エヌは兎も角、アイツは気に入らねぇ」

 

 

不快感を隠さないオータム。余程イラつきを隠せないのか、態度を変えようともしない彼女に、スコールはフッと息を吐き出す。無理に仲良くしろ、と言うつもりはない。だが、仲間である少女とオータムの相性はすこぶる悪い。兄のように、もう少し人付き合いが良ければ良いのだが…………とスコールは何度か思案したことを頭に浮かべる。

 

 

ふと、部屋の扉が開け放たれた。部屋に立ち入った何者かの姿を確かめる間も無く、空気を一変させる声が響く。

 

 

「おいーっす! 姐さん! オータム! 元気にしてたー!?」

 

「久し振りね、エヌ。こうして会うのも三ヵ月振りかしら」

 

「そうっすよ! いやー、やっぱり姐さんは綺麗だなぁ。 通信よりも直の方が美しく見えますよ!」

 

「────あら? 世辞? 褒めても何も出ないわよ?」

 

 

エヘヘ、とフードを深く被った黒髪の少年が笑う。純粋、そういった雰囲気を感じさせる少年 エヌに、スコールは親のように優しく応える。

 

 

「おい、エヌ。私には言わねぇのか?」

 

「んー? オータムは綺麗ってより、クールって感じだしー。クールビューティーって言うべきだなぁって、思うワケだよ」

 

「…………相変わらず変な喋り方だが、そういうトコは嫌いじゃねぇ。あのガキも少しは見習って欲しいぜ」

 

「いやぁねぇ? そこが妹の可愛いとこだし────」

 

 

そんな風に会話していると、不意に扉が開いた。エヌの時とは違う、強引に叩きつけるような粗雑さを感じる。先程まで愉快そうに話していたオータムも部屋に入ってきた人物、一人の少女を見るや否や舌打ちを隠さない。

 

周りを突き放すような鋭さを隠さない少女に、スコールが声をかけた。

 

 

「お疲れ様、エム────新型の調子はどう?」

 

「…………慣れてきた。雑魚相手で不満だがな」

 

「なら良いのだけれど。仮にも新型なんだから、乱暴に使わないでちょうだい」

 

 

スコール相手に態度を変えようとしない少女 エム。食いかかろうとするオータムを制するスコール。二人を視認したエムは、部屋にいると思っていた人物がいないことに気付き、僅かに眉を上げる。

 

 

「分かっている。………それよりエヌは────」

 

 

 

「────やっほぉーーーいっ!!会いたかったよぉ!!」

 

 

次の瞬間、物影に潜んでいた少年 エヌが背後からエムに抱き付いた。後ろから腕を回し、ハグするように抱き締める少年に、エムの反応はない。それどころか、呆れているような感じまで見られる。

 

 

「いやー!ホントに会いたかったよー!エム!あー、名前で呼びたいなー!けど今は我慢するか! それにしても、まだまだ可愛いね!流石は俺の妹! あー、ずっと抱き締めてたい!」

 

「…………エヌ」

 

「スーッ、ハーッ!……………エヌ、シャワー浴びてないでしょ? 血の臭いが濃いよ? 女の子なんだから、ちゃんと気を付けないとね! あ、なんかちょっと大きくなったんじゃない? 特にむ─────ブヘッ!?」

 

 

直後、エムの振り上げた拳がエヌを吹き飛ばした。殴られると同時にベッドに叩きつけられるエヌ。大層豪華なベッドの上で跳ねたエヌを尻目に、エムは溜め息と共に一言。

 

 

 

「────鬱陶しいぞ」

 

「エ、ヘヘ………久々の再会で興奮しちゃった。ゴメンねー、エム」

 

 

何事も無いように起き上がるエヌは、ヘラヘラと笑いながらエムの元へと駆け寄る。馴れ馴れしく抱き締めようとするエヌを押し退けながら、エムはスコールを見る。

 

 

「……………私達が集められた理由はなんだ? スコール。四人もいるんだ、ただの仕事ではないだろう」

 

「おいエム。テメェなんだ、その口の効き方は」

 

「良いわよ、オータム。今回は私が指揮する訳じゃないんだから」

 

その言葉の意味を問おうとした、瞬間だった。

 

 

 

 

「──────全員、揃ったようだな」

 

 

ふと、部屋の空気が一気に重くなる。ホテルの窓ガラスがいつの間にか開き、外から流れ込んだ風がカーテンを吹き上げた。その揺らぎの一時、一瞬にして黒い影が窓際に立ち尽くしていた。

 

 

漆黒の機体。赤紫の光。禍々しく、不気味な姿。フルフェイスバイザーに刻まれた隙間から覗く眼球のようなモノアイ。名を、『ゼノス・バルハード』。八神博士が開発したゼノスシリーズの一号機、プロトタイプとされるモノ。

 

それを操る男 フェイスは人形のように直立不動で、窓際に居座っていた。

 

 

「…………フェイス」

 

「フェイス様、今回の作戦はなにかしら?」

 

「─────一週間後、IS学園の学園祭を襲撃する」

 

 

その場の全員が一気に気を引き締める。言葉の意味、それがどれだけ危険で世界への敵対行為となるのかを理解しておきながら、フェイスは淡々と言葉を紡ぐ。

 

 

「時間は十五分。その間にお前達には暴れて貰う。勿論、相手を選んでは貰うが。開始の合図は此方で示す、それを期に暴れろ。理事長の私兵、強化人間の相手は無人機に対応させる」

 

 

冷徹なまでの命令。それに反意を持つ者はいない。────ただ一人、あることを望むエムを除いて。

 

 

「ならば、私達の相手は────!」

 

「…………許可する。リミット内であれば、ヤツを殺すことを許そう。だが、あくまでもリミット内。それがお前達の働きによる功績だ」

 

 

フェイスから承諾を受けたエムは俯きながら、狂喜の笑みを隠さない。彼女を抱き抱えるエヌも、同じようにニヤニヤと微笑んでいた。

 

その二人を尻目に、スコールはフェイスへとある疑問を投げ掛ける。

 

 

「織斑千冬はどうします? 仮にも世界最強、無闇に放置できる相手ではないでしょう。 無人機でも相手にはならないはず」

 

「そちらの対処は決めてある─────エスツー、お前に任せるが、構わないな?」

 

 

フェイスはそう言い、誰もいない部屋の角に向かって言葉を投げ掛ける。光の射さない影から、ロングコートの男が姿を現した。指に嵌めるような小さな刃を回しながら、エスツーは静かに応える。

 

 

「………ああ、心得ている。織斑千冬の相手は俺が引き受けよう。────ヤツを殺せるのは、俺だけだからな」

 

「────オータム、スコール。お前達には別に仕事を与えたい。学園内に在中するであろう、アレックス・エレクトロニクスを強襲しろ」

 

 

フェイスはふと、スコールとオータムの二人にそう告げる。顔色を変えないスコールとは反面、オータムは驚きながらも徐々に嬉しそうに口元を緩めていく。

 

 

「奴は我々の望むモノ、『鍵』を手にしている。我々の計画に於いても、重要なピースの一つだ。機会は幾らでもあるが、手に入れるに越したことはない」

 

「…………『鍵』さえ手に入りゃ、殺しても良いんだな?」

 

「殺せるのなら、な」

 

 

息巻くオータムであったが、フェイスは興味すら向けていない。期待どころか、無関心に等しいそれにオータムは不満を覚えることはない。

 

フェイスがそういう存在だということは、この場にいる全員が何より理解しているからだ。

 

 

「────始めに言っておく。これはサブプランであり、私のプランを補強する数多の要素の一つに過ぎない。失敗しようと、修正は可能だ。その上で、改めて理解しろ」

 

「お前達は、亡霊だ。人の世から拒絶され、妄執に生きる無法者。闇の中で生きられぬ、死した生者。そんなお前達に価値を与えたのはこの私、この組織だ。

 

 

 

努忘れるな、たとえお前達であろうと有象無象の亡霊に過ぎない。代わりは幾らでも用意できると。私の期待を、損なうな」

 

 

深い闇の内側で、亡霊達の結社が動き出そうとしていた。

 

 



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第90話 学園祭 開幕

そして、学園祭当日。

一般的には解放されていない為、開始の花火などが上がることはない。だが、学園の生徒達の弾け度合いは花火に匹敵するほどに凄まじかった。

 

 

そのなかでも、二人の男子がメインとなる一年一組の『ご奉仕喫茶』は大盛況であった。女子達は楽しそうに動いている中、一夏と龍夜だけ死ぬ程忙しいわけだが。

 

 

「────いらっしゃいませ、お嬢様。まずは此方の席にお座りください」

 

 

穏やかな表情を浮かべ、胸に腕を添えた執事服の龍夜が丁寧な動作でお辞儀をする。段差に気を付けて、と手を差し出す龍夜にお客として招かれた女子の顔が真っ赤に沸騰する。

 

その後も、まるで本場の執事かのように対応していく龍夜。注文を聞き終え、一礼をしてから奥の雑務エリアへと入る。ふと呼吸をし、髪をかきあげていつもの調子に戻る。

 

 

「────以上が注文の内容だ。任せるぞ」

 

「オッケーイ! そっちも頑張ってねー!龍夜くん!」

 

「当然」

 

 

自信満々に告げ、僅かに休憩を行う龍夜。買っておいた飲み物を口に含んでいると、同じく休憩をしていたラウラと箒が此方を見ているのに気付いた。

 

 

「………何だ?」

 

「む、いや………その」

 

「意外だな、婿もこういうのが得意なのか。むしろ苦手というか、やる気がないと思っていたが…………」

 

 

接客の対応をするに代わり、準備期間中に練習をすることがあったが、まさかの龍夜本人は一発合格。あまりにも洗礼された立ち振舞いと動きには、貴族でありメイドや執事に関しても詳しいセシリアですら太鼓判を押すレベルであった。

 

 

「…………やるなら本気でやる。それが俺のモットーだ」

 

「な、なるほど………?」

 

「練習が始まる前から、動画や資料での勉強は済ませたからな。俺は自分が満足するやり方でやるタイプだ」

 

 

どうやら本人としては、どんな事も全身全霊尽くすということらしい。天才としての自負があるのか、或いは子供みたいなプライドからだろうか。それは彼本人しか知らない。

 

 

「龍夜くん! ご指名入ったよー! 三番席ーっ!」

 

「あい分かった、今行く」

 

 

呼び出しを受け、営業フェイスへと切り替える。仏頂面コンビで接客していた箒とラウラは互いの顔を見合い、ホントに意外だなぁ………と頷くのであった。

 

 

◇◆◇

 

IS学園の正面ゲート。招待されたであろう客が集まるその場所の前で、一人の男子がチケットを握り締めて笑いを堪えていた。

 

 

「ついに、ついにっ、ついにっ! 女の園、IS学園へと───来たぁぁぁぁぁぁあ !!!」

 

 

喜びを胸に、男 五反田弾(ごたんだだん)が叫ぶ。周りの目線を気にしない程の喜びようから、彼がIS学園に来れたことへの嬉しさを感じる。

 

数日前、一夏から久々の連絡を受けた一夏は一人一つだけ発行できる招待券の存在を語り、弾を学園に招待したのだ。数少ない、未だ関係のある友人であるからこそ。

 

 

「…………はぁ、楽しそうだね。お兄」

 

 

その一方で、後ろを歩いていた少女 五反田蘭は溜め息を押し殺す。同じく、招待券によって招かれた弾の妹。いつもよりオシャレをしながらも、彼女は何処か上の空であった。

 

 

「楽しみに決まってるだろ!? 俺みたいな男にゃあ絶対に来れないような場所だぜ!」

 

「………まぁ、そうだよね。 ちょっと、空気吸ってくる」

 

 

興奮したように促す弾の勢いに着いていけないのか、人混みから離れていく蘭。そんな彼女の背中に掛ける言葉もなく、弾は先程までのテンションとは裏腹に髪をかきむしる。

 

 

「…………蘭」

 

 

弾の妹 蘭があそこまで気が沈んでいるのは、数か月前のある悲劇が起因している。正体不明のISによる◯◯駅での虐殺。その被害者百数人の中に、弾や蘭が良く知る少年がいた。

 

海里暁、行方不明だった彼が死亡したと断定された時は何かの間違いだと思った。しかし、断定された理由として───現場に残された肉片、もとい右腕の欠損具合から死体が消し飛んだと決められたらしい。

 

 

言葉を失った弾とは違い、蘭は酷く落ち込んでいた。部屋に閉じ籠もり、泣きじゃくる彼女の様子は弾や家族からしても見てられないものだった。

 

無理もない、蘭は暁を密かに想っていたのだ。ずっと好きだった人が訳も分からず死んだと言われて、思春期の子供が受け入れられるようなものではない。ただでさえ蘭は、暁の事をずっと好きだったのだから。

 

 

「…………一夏に悪いよなぁ。折角招待券発行して貰ったのに」

 

 

本来ならば一人一枚しか発行できない招待券だが、一夏が弾と蘭、二人分を送ることが出来たのは理由があったらしい。学園で出来た友人が、譲ってくれたとの事だ。

 

弾は知らない話だが、一夏から詳しい事情を聴いた龍夜が招待券を譲ったのだ。龍夜自身、招待する相手がいないから、せめて落ち込んでいる蘭に使ってやれ、と彼にしては珍しい善意だった。

 

 

祖父や母からも、快く送り出されたのに関わらずだ。あんな風に落ち込んだままの蘭が、どうしたら現気になってくれるのか。そう思って歩いていると、ふと真後ろから声をかけられた。

 

 

「───ム!そこの人!少しいいか!?」

 

「は、はい!?─────ッ!?」

 

 

不意に声をかけられ、背筋を伸ばした弾は慌てて振り返る。背後にいたのは、弾より明らかに小さい少女だった。金髪と碧眼から、恐らく外国人だろう。そこは良い、弾が驚かされたのは少女の服装であった。

 

黒っぽい布に身を包んだ姿。個性的とも呼べるその姿は、弾の記憶では忍者のそれではないかと思う。彼女は唖然としている弾を見上げ、堂々と胸を張る。

 

 

「やはり、日本人だな!会いたかった! いや、会えて良かった!私としても色々と教えて欲しいことが山程あったんだ!」

 

「え、あ、ちょっと………悪いけど、近いと言いますか………」

 

「────この国に来てからシノビやサムライを見ないのだが、彼等は己の姿を隠して生活しているのか!? だとしたら、どうすれば会えるのか教えて欲しい! 私も彼等に弟子入りしたいんだ! だからどうか──────フギャっ」

 

 

弾の呼吸が停止しかねない程接近してくる外人の少女。その内、弾が羞恥のあまり爆発しかねないと思ったその時、真後ろから振り下ろされた手刀が少女を止めた。

 

 

「迷惑をかけるな、メリッサ」

 

「あ、兄上………しかし、私としても日本に来ることは初めてだし」

 

「────ソルティー、リーラ。任せた」

 

「はーい、お兄様♪」

 

「じゃ、行きましょうねー、メリッサちゃーん」

 

 

兄上と呼ばれた、サングラスの目立つ金髪外人の男性が手を叩くと、背後から現れた少女二人がメリッサと呼ばれた忍者娘を拉致していく。

 

片言で何かを喚く少女が人混みの中に消えたかと思えば、金髪外人の男性が弾に向き直り、頭を下げた。

 

 

「すまない、うちの妹が迷惑を掛けた。君の名前は?」

 

「えっーと、五反田弾ですけど…………」

 

「…………五反田、弾か。名前は覚えておこう。後で菓子折りを送りたい。住所に関して教えてくれるか?」

 

 

いやー、と困ったように呟く弾はキッパリと断り切れる余裕もない。遠慮はするが、外人の男性は「そうはいかない」と食い下がる。結果、弾が諦めて住所を教えることになった。

 

その数日後、数万もする高級お菓子が届けられ気を失うことになるのは遠い話。その前、男性と別れた後に運命の出会いをすることも、今の弾には知る止しもなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

「…………はぁ」

 

 

人混みから抜けようとしていた蘭は、あまりの人の波に深い息を吐き出す。これでは満足に落ち着くことも出来ない。何とか抜けるように歩いていく彼女は、人の隙間から現れた人影に頭を打ち付けた。

 

 

「あぅ………っ!?」

 

 

普通ではない硬さに思わずよろける。バランスを崩し、真後ろに転けそうになった蘭だったが、ふと自分の手首が掴まれた。

 

 

『…………大丈夫か?』

 

 

相手は、男───と呼んで良いのかも分からない。全身の殆どを機械で包んでおり、生身の部分は露出しているのかも分からない。顔の部分すら、フェイスバイザーとマスクによって完全に覆われている。

 

蘭が言葉を失ったのは、自身の手を掴んだ相手の手の冷たさ。義手だろうか、生身の温かさは愚か、何処かぎこちない。腕どころか、全身の動きが異様に不釣り合いだった。

 

まるで、手足を欠損し義手義足で動いたばかりの人間のような、不慣れさを感じて仕方ない。

 

 

『人混みの中でボーッとしているのは危険だ。ぼ───オレだったから、良かったけど』

 

「ご、ごめんなさいっ! ちょっと、考え事してて!」

 

『大丈夫、怪我がなくて良かった』

 

 

合成音声とはいえ、穏やかで丁寧な言葉遣いには蘭も心を許しかけていた。だが、それだけではない。何か、蘭が安心してしまう空気が、相手から感じられる。

 

それは、彼女が何度も感じてきたものと似ている────。

 

 

「あの…………何処かで、会ったことありませんか?」

 

『……………』

 

 

不意に、蘭はそう聞いてしまう。その不思議な人物と話して感じる、親近感。顔も知らない他人と話していると思えない安心感から、そう口走っていた。

 

だが、相手は深く沈黙してから首を横に振る。

 

 

『悪いけど、君とは初対面だ。多分、人違いじゃないか』

 

「………ですね。すみません、変なこと聞いて………」

 

『────大丈夫。オレも同じことはある、辛い時は特にね』

 

 

そう言い、その人物はソッと蘭の頭に手を置く。軽く撫でるように、相手は機械的な音声とは思えない優しい声で諭した。

 

 

『あまり、深く考えないようにするべきだ。気に病み過ぎると、その内君自身が壊れてしまうから』

 

「…………はい」

 

 

彼は、蘭がどうして落ち込んでいるのかも察していたのだろう。知り合ったばかりの人に気を遣わせてしまった、と蘭は深く考える。だが、そこで彼女は自分が兄を置いて来たことを思い出す。

 

 

「あっ、ごめんなさい! 待たせてる人いるんで、早く行かないと!」

 

『そうか、じゃあ気を付けて。お兄さんに迷惑かけないようにね』

 

「はい!ありがとうございます!」

 

 

優しい人だ、と蘭はさっきまでの悩みも消し飛んだように笑顔で手を振る。ふと、名前だけでも聞こうと振り返るが、そこに彼の姿はない。早く兄である弾の元に戻ろうと思った蘭は、そこで疑問に思った。

 

 

「あれ………? お兄のこと話したっけ?」

 

 

◇◆◇

 

 

「────レッドか。何をしていた?」

 

『………少し、用があっただけだ。問題はない』

 

 

そうか、と金髪の男性は納得する。レッド、そう呼ばれた青年と複数人の少女を連れ、IS学園のゲートへと立ち入る。一般、というより招待されている人達とは違い、彼等の対応するのは学園の教師達であった。

 

 

「────すみません。立ち入りの前に確認させて頂きます────招待状を」

 

 

言われるや否や、男性が後ろに手を出す。背後に立つ女性が即座に封筒を取り出し、男性へと手渡す。今度はそれを教師へと差し出し、受け取った教師は一礼した。

 

 

「確認しました。アレックス・エレクトロニクス社長。お手数お掛けしました」

 

「構わない。今回の催し、我々としても参加させて貰っている立場だからな」

 

 

サングラスを掛けた男性 アレックス・エレクトロニクスは、訳合ってIS学園に招かれていた。とある事情とはいえ、世界情勢一位の企業のトップである彼の参入は、表向きには明かされていない。

 

 

「そちらの方、身分証を確認しても宜しいでしょうか? 後、顔の方も拝見させて貰います」

 

「────彼は客人のような立場だ。身分証は提示するが、顔を確認する必要もないだろう」

 

「そういう訳にはいきません。規則ですので」

 

 

レッドのバイザーを外すように求める教師に、アレックスは顔をしかめながら拒否する。だが、彼女たちも譲ろうとはしなかった。半ば苛立ちを隠さないアレックスだが、レッドは前に出ると、自身の顔を覆うバイザーを両手で外した。

 

 

「───ッ」

 

「…………うっ」

 

 

直後、バイザーによって隠された顔を見た教師たちの顔が青ざめる。その下にあった顔は、酷い有り様であった。少なくとも、何人かが気分を害する程には。

 

 

『お見苦しいものを見せました。自分は少し前に、事故で重傷を負った身です。この声も、発声が出来ない為のものです』

 

「…………失礼ですが、その顔も?」

 

『はい、エレクトロニクス機社の実験………最先端の治療のため、同行させて貰っています。失礼ながら、手足も欠損して義腕義脚を使用してますので………』

 

 

淡々と説明するレッドに、言葉を失う教師陣。しかし、ずっと腕を組んでいたアレックスが不機嫌そうにしながら、軽く咳き込む。

 

 

「…………もう良いだろう? 彼は我が会社のテストに協力してくれた人間だ。あまり、人目に晒したくはない」

 

「はっ、はい! 大変失礼な真似を! どうぞ此方へ!」

 

 

ゲートを通される一同。不機嫌を隠そうともしないアレックス、バイザーを顔に装着し直すレッド。そんな事も気にせず、呑気に世間話しているアレックスの妹達。

 

アレックスはレッドに何か目配せをしながら、学園内へと入っていく。

 

 

◇◆◇

 

 

「………………」

 

「……………」

 

 

午後の部に入り、部による出し物の披露会が行われている中、一夏と龍夜は無言で着替えていた。突然現れた楯無から演劇に参加して欲しい(尚、拒否権もなく無理矢理参加させられてる訳だが)と言われ、渡された衣装を身体に通していた。

 

 

「───二人ともー、サイズとかどうー?」

 

「えぇ、まぁ………」

 

「ピッタリだな────どうせ身体測定の情報でも取ったんだろ」

 

 

何でここまでピッタリのサイズなのか、と想っていた一夏の疑問は、隣で愚痴る龍夜によって答え合わせされた。正解♪と扇子を開く彼女に、二人とも反論する余力すらない。

 

 

「………でも、シンデレラだっけか。これならマトモになりそうだよなぁ」

 

「────馬鹿言うな、あの女主催だぞ。どうせロクなことにならん」

 

「うーん、手厳しい」

 

 

クスクスと笑う楯無だが、龍夜は最初から信用してないし、一夏の方も不安しかない。一夏達が参加するのは、生徒会主催の観客参加型演劇『シンデレラ』────記憶が正しければシンデレラにそんな要素はなかったと思う。

 

 

「はい、二人とも。王冠」

 

「は、はぁ………」

 

「なによ、嬉しそうじゃないわね。シンデレラ役の方がよかった?」

 

「なワケあるか………ったく、何が面白いんだか」

 

 

呆れながらシンプルな小道具らしい王冠を頭に乗せる一夏と龍夜。その瞬間、楯無がクスリと笑ったのは気のせいではないだろう。どうせ何かあるんだろうな、と考える。

 

急かされるまま二人は舞台袖へと移動する。楯無の呼び声と共に、ブザーが鳴り響いて一気に暗転した。ここら辺はちゃんとしているらしい。

 

 

「………おぉ、やっぱり舞台はちゃんとしてるみたいだな」

 

「────馬鹿言うな、重要なのは中身だ。………頼むから面倒な事にはなるなよ……」

 

 

ヒソヒソと話しながら、アリーナ全体に構築されたセットのエリアへと向かう。二人が、鮮やかな城の舞台に辿り着いたその時、楯無の声がスピーカーから響いてきた。

 

 

『────むかしむかしあるところに、シンデレラという少女がいました』

 

「…………面倒なことって、考えすぎだろ? シンデレラなんだから、変な事にはならないんじゃないか?」

 

「────俺の記憶だと王子は二人もいらなかったはずだがな」

 

 

あれ? とここで一夏も気付き始めたらしい。しかし、時既に遅し。

 

 

『否、最早それは名前ではない。幾多の舞踏会をくぐり抜け、群がる敵兵をなぎ倒し、あらゆる障害を打ち砕く。灰塵を纏うことさえ厭わぬ、地上最強の乙女達。彼女らを呼ぶに相応しい称号────それこそが「灰被り姫(シンデレラ)」!』

 

「「…………は?」」

 

 

どこぞの身体が闘争を求める(アーマード・なんちゃら)世界観なのか。物騒どころの話ではない。SFの無双ゲームの語りと台詞を間違えているのではないか、と素直に感じる二人だったが、仕方ないだろう。

 

 

『今宵もまた、血に飢えたシンデレラたちの夜が始まる。二人の王子の冠に隠された隣国の軍事機密を狙い、舞踏会という死地に少女たちが舞い踊る!!』

 

 

瞬間、硬直した二人を狙う影が飛び込んでくる。咄嗟に一夏を蹴り飛ばして回避する龍夜。反射的に避けられたことに舌打ちを漏らす人影────白い生地に銀の装飾の為されたドレスを纏う鈴がそこにいた。

 

 

「その王冠寄越せぇぇっ!!!」

 

「─────ッ!」

 

 

暗殺者のような気迫を放ち、突貫する鈴。龍夜は近くに設置されたテーブルへと歩み寄る。並べられたトレーを手にするや否や、ブーメランのように投擲した。

 

しかし、鈴はそれを蹴り飛ばして弾く。豪快に脚を振り上げる彼女に、パンツが見えるだろ! と慌てる一夏だったが、スパッツを履いているので気にする必要はない。

 

そのまま空中でドレスの下から複数の刃物を抜き放つ鈴。中国の手裏剣こと、飛刀を数発投擲してくる。

 

臆することなくテーブルの上に並ぶフォークやナイフを掴み、撃ち落とすように放つ。その隙を狙うように振り下ろされたかかと落としを前に構えた腕で防御する。受け止めた脚を掴み、そのまま叩きつけるように振るった龍夜だったが、鈴は空中で回転し、綺麗に着地した。

 

 

「────ハッ!相変わらずやるじゃないの!」

 

「………お前こそ、見違えたぞ」

 

 

目の前で対立する鈴を見据えていると、「のわぁっ!?」 という情けない悲鳴を聞く。龍夜が視線をずらすと、一夏が頭を下げて遮蔽物へと滑り込むのが見えた。彼が隠れた直後、壁に一つの穴が刻まれる。恐らく、痕からして間違いなく銃弾だ。

 

 

(音からして、狙撃。音と火花がなかったのを見るに、サイレンサーを施したライフルを使ってるな。そんな狙撃をするヤツは…………)

 

「…………セシリアか」

 

厄介だな、と龍夜は目を細めるのだった。勿論、苦戦するという意味ではなく、面倒だなという意味で。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「…………逃げられましたわね」

 

 

空になった薬莢を落としながら、セシリアはスナイパーライフルを次弾装填する。舞台端の屋根に転がっていた彼女は、標的である一夏の王冠を手にするため、次の場所へと移動する。

 

女子グループだけに知らされた、ある秘密。それは『王冠をゲットした子は、二人各々との同室同居の権利を与える』というもの。当然唖然としていた一同だったが、楯無の生徒会長権限の話を聞き、やる気に満ち溢れていた。

 

 

そして、セシリアと鈴は密かに同盟を結んでいた。その内容は『互いの意中の相手(鈴の場合は一夏、セシリアの場合は龍夜)の王冠を手に入れる』という、二人ともWin-Winである密約を。

 

理由は単純明快。セシリアがどれだけ狙おうと、龍夜の王冠を取ることは出来ない。他の皆と手を組もうとも、苦戦を強いられるのは当然。何より手に入れたとしても、奪い合いになりかねない。ならばセシリアの最善は敵を一人でも減らし、自分に利があるように動く。

 

 

(負けられませんわ────何故なら! 龍夜さんが、あの生徒会長と同居させられているのですから!)

 

 

今回の演劇に於いて、セシリアが異様なまでにやる気───一人勝ちを狙わずに同盟を結ぶほど、勝ちに貪欲である理由が、それであった。

 

自分の意中の青年が、先輩である楯無と同居している。初めてその事実を知ったセシリアの絶望と怒りは計り知れない。必ずあの魔王(セシリア目線)の魔の手から、龍夜を救い出さねば────!! と、強い正義感を胸に息巻いていた。

 

 

(そして!私が勝ち、あの生徒会長から龍夜さんを引き離し──────今度は私が! 龍夜さんと一緒に!! 同じベッドで! 一時の夜を!!)

 

 

…………前言撤回。露骨な欲望があることは、否定しない。

 

 

◇◆◇

 

 

「─────来い!エクスカリバー!」

 

 

鈴の猛攻から逃げていた龍夜は、観客からの拍手と歓声を無視し、虚空へと手を伸ばす。更衣室に用意していたケースから出てきた銀剣が独りでに飛び出し、凄まじい速度で此方へと向かう。

 

そのまま目の前まで飛んで来た銀剣 エクスカリバーを掴み、鈴の投げた飛刀を弾き落とす。

 

 

「ハァ!? ちょっと、アンタ!ISは無しでしょ!?」

 

「エクスカリバーは厳密にはISじゃない! 展開しないで武器として扱えばセーフ、だろ!? 生徒会長!!」

 

『────ブッブー、名前で呼んでくれないと答えませーん』

 

「楯無ィ!!さっさと答えろぉ!!!」

 

 

からかってくるスピーカーの声に、本気になって怒鳴る龍夜。武器もなく追い回される訳にはいかない、と彼なりに真剣な言い分だろう。だが、楯無としては龍夜の言い分は悪くなかったらしい。

 

 

『そうねぇ………まぁ展開しないなら武器として使っていいわ。 女の子を傷付けないように、気を付けてね♪』

 

「………決まりだな」

 

 

形勢逆転、と微かに微笑む龍夜。鈴音一人なら余裕だと、どうやって気絶させようか考えていると────不意に気配が増える。一夏かと思った龍夜だったが、そんな甘い現実はないと理解させられた。

 

 

「────見つけたぞ、龍夜!」

 

「婿には悪いが、王冠は貰うぞ」

 

「………………」

 

 

一対一のはずが、敵が二人増えた。ドレス姿の箒とラウラ、箒は両手に真剣の日本刀を握っており、ラウラの両手には各々別々のナイフが備えられている。いくら龍夜と言えど、武器持ち三人は厳しい。というか、対処できたとしても押しきられる可能性が高い。

 

一秒の間、数百通りの思考を巡らせる。自分が生き残る最善の方法。それを思い浮かべた龍夜は、躊躇なくその手段を選ぶことにした。

 

 

 

「─────一夏を売るから見逃してくれ」

 

「勝手に!俺をっ!引き渡すなっ!!」

 

 

背後から転がるように飛び込んできた一夏が、真っ青になりながら掴みかかる。冗談だ、と実は本気だった龍夜が軽くいなしていると、鈴が飛刀を飛ばしてくる。

 

咄嗟に受け止めようとした龍夜だったが、前に飛び込んできた影が飛刀を何らかの盾で弾いた。その姿を目の当たりした、二人は目を見開いた。

 

 

「シャルロットか………すまない、助けられた」

 

「しゃ、シャル、………助かった………」

 

「大丈夫だよ。その代わり、その王冠くれないかな?」

 

 

えへ、と笑うシャルロットに互いに顔を見合わせる二人。別にいいか、と思う男子二人を他所に、『灰被り姫(シンデレラ)』たちが黙ってはない。

 

 

「ええい! シャルロット! 抜け駆けはさせ────ラウラ!?」

 

「悪いな、シャルロットとは取引をしていたのでな。邪魔はしないで貰おう」

 

「クッ! 手を組むとは、それでもシンデレラか! 女たる者、小細工無しで正々堂々やるものだろう!」

 

「……………(文句言おうとしたけど、自分も密かに手を組んでいたので何も言えない鈴)」

 

 

騒がしい女子達を無視して、王冠を外そうとする王子二人。しかしその時、待ってましたと言わんばかりのアナウンスが入る。

 

 

『王子様にとって国とは全て。その重要機密が隠された王冠を失うと──────自責の念によって電撃が炸裂します』

 

「………は?」

 

「はい?」

 

 

唖然とする二人。しかし、そんなこと言ってる間に腕が動いて、王冠を外していた。次の瞬間だった。

 

 

「ぎゃああああああっ!!?」

 

「ヴヴヴヴヴヴヴヴッッ!!!?」

 

 

バリバリバリ!! と二人の青年に炸裂する雷光。ギャグみたいな感じで全身に感電した二人は悲鳴を上げながら崩れ落ちる。

 

 

「う、うわーっ!? 二人とも大丈夫!?」

 

「な、なな………なんじゃこりゃ」

 

「ヴ、ヴヴ…………この電撃、まさか……」

 

『ああ! なんということでしょう! 二人の王子様の国を思う心はそうまでも重いのか。しかし、私たちには見守ることしかできません。 なんということでしょう!』

 

 

二回も言わんくていい、とツッコミを漏らす一夏。しかし不思議な電撃ではある。炸裂した感じはあるのだが、威力の割には肉体的なダメージは酷くない。真っ黒焦げになって煙は上げているが、身体に怪我などがないのは流石に可笑しい。

 

 

「────ああ、そうか。ようやく思い出した!」

 

「龍夜!? 何を思い出したんだ!?」

 

「あぁ、アレはあの時─────」

 

 

 

時間を少し、いや三日ほど遡る────

 

 

 

『ねー、龍夜くん。少しいいかしら?』

 

『…………何か?』

 

『ちょっと小道具が欲しくってね、どうしても龍夜くんの力を借りたいんだけど………』

 

『────買えば良いだろ、俺に頼るな。忙しい』

 

『………そうね、迷惑かけたわ。流石龍夜くんでも無理かしら、痛みだけを与えて肉体に傷を与えない電撃を浴びせられるお仕置きとかに使える道具が欲しかったんだけど。天才の龍夜くんでも、そんな道具を作るのは無理みたいよねー!』

 

『………………はぁ?(プライドを刺激された怒りの声)』

 

『ごめんね、無理だったなら諦めるわ。私も君に難題を押し付け過ぎたみたい…………無理よね、小道具の一つを造るなんて』

 

『─────────ハァーーーーーッッ!!? お前お前お前お前お前オマエーーーッ!!俺のことを誰だと思ってる!? 俺のことを何だと思ってる!? 無理だと、難題だと!? この天才の俺に、小道具を造るのが、無理だと言ったか!! そんなワケあるかァ!! 造ってやるわ! その痛みだけを与えて肉体に傷を与えない電撃を浴びせられる装置の一つや二つ、片手間で完成させてやる!!』

 

『ホント!? なら良かったわ! 明日には欲しいけど、天才だから出来るわよね?』

 

『舐めるな!200%の性能の代物を開発してやるから! 俺の才能に身震いしろ!!』

 

 

そして、現在に至る────。

 

 

「─────ということだ」

 

「…………お前じゃん。メイドインお前じゃん。本当に何してんの?なんてモノ造ってくれてんの?」

 

「───俺をコケにしたあの女が悪い」

 

 

事実を知っても耳を疑う一夏の疑問に対しても、龍夜はあくまでも悪いとは思ってないらしい。まぁ、利用されただけというのは理解したが、少しは反省くらいして欲しい。

 

 

「まぁ、龍夜が造ったんなら話は早いな…………さっさと停止させてくれよ」

 

「……………あん? 停止だと?」

 

「うん、停止装置だけど………………ないの? 造ってない?」

 

「……………………………………必要なかっただけだ」

 

 

絞り出すような言い訳に、一夏は全てを察する。その上で頭を抱え、己の思いを吐き出した。

 

 

「お前…………お前! お前って! ホントにアホだな!?」

 

「アホぉ!? この俺が!? 天才の間違いだろ!?ていうか、バカに言われたくないわ!!」

 

「あの楯無さんだぞ!? 悪用するに決まってるだろ!?っていうか、開発者なら安全装置くらいつけろ! 頭にブレーキないのか!?頭束さんか!?」

 

「天才がぁ!他のことなんか一々気にするかァ!! あと頭束さんとか言うな! 頭可笑しいって言いたいのか貴様! 普通に褒め言葉だろうが!!悪口みたいに聞こえてくるから止めろ!」

 

 

ギャーギャー! と言い合う男子二人に、アナウンスの声が盛り上がってきたと言わんばかりに捲し立てる。

 

 

『さあさあ! ただいまから────フリーエントリー組の参加です! みなさん、王子様の王冠目指して頑張ってください!』

 

「………はぁっ!?」

 

「………なにっ!?」

 

 

喧嘩の手を止め、顔を上げる一夏と龍夜。先程から聞こえる地鳴りのような轟音に耳を済ませると、視線の先に数十人のシンデレラがいた。現在進行形で数を増している、端から見れば某バトル漫画の劇場版の敵(量産型)みたいな圧倒的な数になってきている。

 

 

「織斑くん、大人しくしなさい!」

 

「王冠を我が手に!───そして龍夜くんも!」

 

「────逃げるぞ一夏!流石に笑えない!」

 

「え、ちょっと! 二人とも!? 困るよ!」

 

「すまん、シャル!後でお返しするから!」

 

 

こうして、無数のシンデレラとの逃走劇が始まった。観客参加型の意味がようやく理解できたことに、嬉しさもない。二人は追ってくる全てから逃げることしか頭にないのだから。

 

 

 

◇◆◇

 

 

『────それでは、現状を通達する』

 

 

学生たちが心から楽しむ学園祭の最中、エイツは廊下を静かに闊歩していた。耳に嵌め込んだイヤホンから響く千冬の声は、淡々と事実を告げる。

 

 

『数分前、IS学園に非正規ルートで侵入した存在が確認されている。確認できる侵入者は三人、奴等は学園内で何らかの工作を行うつもりだと窺える……………お前たちには侵入者の制圧を頼みたい』

 

「────侵入者か。この状況を利用するのは当然の思考だが、無法の代価は支払わせるべきだな」

 

『全くだ。学生たちの楽しみを邪魔する愚か者どもを捕らえてこい。気持ちは分かるが、殺すなよ』

 

 

了解、とエイツは小さく答える。彼の視線の先にいるのは黒い衣服に身を包んだ怪しい人間。人混みの中に隠れながら動くその人物を捉えたエイツは人の波に乗りながら、相手との距離を詰める。

 

怪しい人物が此方に気付くよりも先に、エイツはその首に腕を回し、物影へと引き寄せる。バギッ! と首を捻り、一瞬で意識を落とす。

 

 

(────? なんだ、この感覚)

 

 

人間相手とは少し違う違和感。それに気付いたエイツは怪しい人物の顔を覗く。一般的な女性の顔、だがそこにある僅かな変化に気付いたエイツは彼女の顔に手を掛ける。

 

案の定、シリコンによる偽装だった。一肌を模倣した人工皮膚を引きちぎったエイツは、その下の顔を認識し、目の色を変える。

 

 

「────此方、エイツ。標的を無力化。同時に報告がある」

 

『どうした、エイツ』

 

「侵入者は人間ではない。人間の姿に模造された無人機だ」

 

『…………長門や陸奥からの報告を受けた。お前の報告と同じ、機械のようだな。だが、センサーは何故人間だと反応した?』

 

 

学園内に展開された高性能センサーは登録されてない未知の反応を補足する最新鋭の装置だ。当然、機械と人間の区別も可能である。そんなセンサーが、『侵入者は三人』と観測したのだ。

 

では高性能センサーが補足した生体反応は、一体何だったのか。

 

 

『まだ侵入者が潜んでいるかもしれん。無力化した無人機を回収し、オペレーションルームに集まれ』

 

「…………了解」

 

 

直後、アラームのような点滅音が響く。エイツは現在の時間が14:30であることを理解すると同時に、アラーム音が無力化した無人機から響いていることに気付く。

 

元軍人であるエイツは、即座に理解した。目の前の無人機の本来の用途、内側に組み込まれたモノの存在を。

 

 

 

「───全員!屈め!!」

 

 

人気のない物影から、廊下にまで響く怒声。少しでも被害を防ぐために、点滅する無人機を奥へと押し込もうとするエイツ。

 

 

次の瞬間、無人機が内側から弾ける。小型炉心を暴走させた爆発が、周囲に衝撃となって炸裂した。

 

 

────一発だけではない。まるで連鎖するように、IS学園の校舎で多数の爆発が発生する。それは的確に侵入者に対処しようとした強化人間の大人達を襲い、学園全体を大きな混乱に導く。それこそが、侵入者たち─────外敵の目論見であった。

 

 

 

 

─────火蓋は切った。暴れろ、亡霊達よ───

 

 

 

その宣言と共に、亡国機業(ファントム・タスク)が動き出す────。

 

 



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第91話 亡霊(ファントム)の宴

─────何が起こった。

 

 

爆発から生き延びたエスツーは、額から垂れる血を拭いながら立ち上がる。普通の人間ならば即死であったが、ある種の強化手術の結果もあり、致命傷は免れた。

 

だが、問題は別にある。立ち上がったエイツは煙を払いながら、物影から姿を現す。爆発に巻き込まれなかったであろう女子生徒たちが頭を抱えながら震えている。涙を堪えながら、彼女たちはエスツーを見上げる。

 

 

「襲撃だ。急いでシェルターに避難しろ」

 

「は、はいっ!」

 

 

短く告げると、女子たちは慌てながらも避難活動を始める。生徒会役員たちが率先して避難活動を行っている為、エスツはこの場を彼女たちに任せることにした。

 

その代わりとして、イヤホンによる通信を繋げようと試みた。

 

 

「────織斑千冬! 織斑千冬! 此方、エイツー! 応答を求める!……………クソ!」

 

 

だが、結果は意味を為さない。どれだけ呼び掛けても、返答の一つも来ない。明らかに、人為的に計画されている。敵は、この時の為に用意周到に仕組んでいたのだろう。

 

 

生徒たちの避難に協力するべきか、そう考えていた直後、上空から飛来する影があった。複数の影は地面に着地すると、ゆっくりと動き出す。

 

 

「────無人機か」

 

 

二足歩行の無人兵器。恐らく、敵勢力の手駒だろうか。エイツは腰に嵌め込んでいたカオステクターにチップを装填し、幻想武装を身に纏う。

 

右腕をレーザーランスのように展開したエイツは静かに前に出る。無人機たちが向ける銃口から、生徒たちを庇うように。

 

 

「────子供たちに、手を出すな……ッ!」

 

 

◇◆◇

 

 

「な、なんだ………っ!?」

 

 

突然響いた爆発音に思わず足を止める一夏。ざわざわと騒ぎ始める観客たちであったが、ほぼ同時に避難警報が鳴り響く。それだけで、一夏は何が起きたのかを大まかに理解した。

 

────襲撃だ。何かが学園を襲っているのだ。

 

 

(アナグラムか!? でも、シルディ達が俺達以外の学生を巻き込むわけが─────)

 

 

そう考えていた一夏だが、ふと近くから声が聞こえた。あまりにも弱々しい、小さな声が。

 

 

「────た、たすけ……て」

 

(っ! 誰かが怪我してるのか!?)

 

 

慌てて駆け寄ると、一人の少女が爆発の影響で倒壊したであろうセットの残骸の中で倒れていた。身体にのし掛かるように倒壊した残骸に潰されそうになってる少女を見た瞬間、一夏の思考が一気に消えた。

 

 

「────来い!『白式』!」

 

 

叱責を受ける覚悟でIS『白式』の展開し、その身に纏う。両腕で残骸を掴み、軽々と持ち上げた。ISのパワーで何とか押し退けられたことに安堵しながら、少女に声をかける。

 

 

「大丈夫かっ!?」

 

「は、はい! ありがとう、ございます……!」

 

「気にしなくていい! ここは危険だ! 早く逃げてくれ!」

 

「はいっ!ありがとうございます! 本当に────」

 

 

何度も謝る少女に逃げるように促す一夏。頭を下げながら立ち去ろうとする少女に背中を向け、万が一現れるであろう襲撃者を意識する。だが、そんな一夏の耳に聞こえてくる声。

 

 

 

 

「─────本当に、甘いんだねぇ」

 

 

粘り付いたような悪意に満ちた少女の声に、背筋を冷たいものが過る。咄嗟に振り返った一夏に、凄まじい衝撃が二重になって炸裂した。

 

 

「ぐわあっ!?」

 

 

ISのシールドに防護されたとはいえ、直撃すれば装甲を容易く貫通する威力の砲撃だった。IS装備による攻撃と言った方が納得できる。

 

だが、少女が持つのはIS装備とも言えない巨大な鉄の塊だった。装甲列車に搭載されている大型列車砲に類するであろう砲身を展開する武装。明らかに華奢な姿からして、持つことすら出来ない重量であるのは窺える。

 

 

「ダメだね、ダメダメ。どんな相手だろうと警戒しなきゃ、俺みたいな悪いヤツの不意打ちを受けるよ? キョーダイ」

 

「なんなんだ、お前は………!」

 

「うん? そうだ、この姿じゃ分からないかー。よし、解除」

 

 

楽しそうに口を開いた少女の姿が、ホログラムのように消えていく。ぶれた虚像から姿を現すのは、黒いカッパのようなコートを身に纏った青年と思われる人物。

 

 

「はいはーい! ハジメマシテ! 俺氏 エヌって言いまーす! 悪の組織の一人なのでーす!よろしくちゃん♪」

 

「っ!ふざけるな!!」

 

「いやー、ふざけてないのよ、これが。マジ中のマジ。ハイパーマジってヤツなのサ、キョーダイ」

 

 

軽薄そうに捲し立てるエヌ、まるでいつもの楯無を相手にしているように、飄々として掴み所がない。おちょくるような態度に苛立ちを覚えるが、一夏は思考を落ち着かせようとする。

 

 

「そういや、覚えてる? 第二回 モンド・グロッソの件。ま、忘れられないよねー」

 

「…………? 何が言いたい?」

 

「あの時、キョーダイを拉致ったのは俺たちのボスの命令でさ───俺たちは関係してなかったけど、俺の組織が関係したのは事実なんだよねぇ、これが」

 

「─────ッ」

 

 

瞬間、一夏の思考が一気に沸点を越える。一夏本人が気にする、過去の記憶。大会で優勝するはずだった姉の功績を奪い、父に救われたあの日の思い出。一夏にとって千冬と数季、姉と父を何より大切に思う記憶であり、本人としては忘れられない過去でもある。

 

それ故に、心の奥底で────自分を拐い、姉の優勝を叶わないものにした組織への怒りは、ないわけではなかった。

 

 

「そうかよ────だったら!あの時の借りを今返してやる!」

 

「アハハッ、やっぱりアマちゃんだね────こんな挑発に引っ掛かってさ!」

 

 

加速して距離を詰めようとする一夏。しかしエヌは笑いながら、巨大なキャノン砲を持ち上げ、砲撃を繰り出す。シールド越しに届く痛みに顔を歪めながら、一夏は接近していく。

 

 

「ヒューッ! やるじゃん、意外とやる気みたいで嬉しーぜぇ! キョーダイ!」

 

「さっきから馴れ馴れしいんだよ! 俺とお前は、兄弟なんかじゃねぇだろ!!」

 

「─────ヒヒッ、どうかな?」

 

 

戯言だと、一夏は聞き流して瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動。一瞬にしてメートル単位の距離を縮め、エヌの目の前へと迫る。キャノン砲による砲撃を続けようとした彼の武装を、『雪片弐型』で切り捨てた。

 

エヌは両断された武器を捨て、その場から飛び退く。一気に爆裂した武装から目を離し、フードの下から覗く口元を軽く緩めた。

 

 

「やるじゃん……………おっ、と」

 

 

ピシッ! と、切れ目の入ったフードが裂ける。どうやら雪片の切っ先がかすっていたらしい。綺麗に避けたフードが左右に落ち、エヌの素顔が露になった。

 

 

 

「──────え?」

 

 

思わず、目を疑う。立ち尽くした一夏は自身の手から『雪片弐型』が滑り落ちたことも頭にない。そんなこと、気にしている場合ではなかった。

 

所々に刺々しさを感じる艶のある黒髪。青紫色に輝く二つの眼。そして、何処か見覚えのある顔立ち。言葉を失った一夏は辛うじて、絞り出すように呟く。

 

 

 

 

「……………俺?」

 

 

異様なまでに、自分や千冬、数季に似ている青年。瓜二つとは言えずとも、兄弟と言えるほどの顔立ちである。エヌ、そう名乗っていた青年は絶句する一夏を見据え、クスリと笑う。

 

 

「どうしたよ、キョーダイ。まるで生き別れの家族と出会ったみたいな顔しちゃってサ」

 

「なんだよ、お前………一体、何なんだ……?」

 

「初めまして、兄弟。俺の名前はノエル、織斑ノエル」

 

 

織斑ノエル、そう名乗った青年に困惑を隠しきれない一夏。自分と同じ名字で、何故自分とそんなに似ているのか、そんな疑問に答える間もなく、ノエルは懐から拳銃を取り出す。

 

 

「早速だけど、俺達兄妹の為に死んでくれるかな? 兄弟」

 

 

絶句する一夏に銃口を向け、一切の躊躇なく引き金を引いた。

 

 

◇◆◇

 

 

「────陸奥! 長門! エスツー!応答しろ!」

 

 

オペレーションルームにて、千冬は唐突に途絶えた通信に顔をしかめる。学園が襲撃された、それだけの事実を理解してその場から離れる。一刻も早く、避難に協力する為に。

 

すると、自動扉が開く。咄嗟に警戒した千冬だが、扉の向こうから出てきた教師の姿に警戒を緩める。

 

 

「おり、むら………せんせ、い」

 

「どうした、何があった?」

 

「逃げ、て────敵が、後ろに………」

 

 

背中に付けられた切り傷に眼を見開いた千冬は、息絶え絶えである教師を引き寄せる。次の瞬間、扉の隙間から姿を現した影が凄まじい勢いで千冬のいた場所を斬りつけてきた。

 

安静な場所に女教師を寝かせた千冬は、襲撃者へと応じる。大雑把な振り下ろしを回避した直後に手首を叩き、握っていた日本刀を落とさせる。

 

続け様に放ってきた斬撃を潜り抜け、日本刀を拾い上げる千冬。自身の手に馴染ませながら、正面から斬りかかる。襲撃者はコートの後ろに帯刀していたもう一本の日本刀を抜き放ち、二本の刃で千冬の一振を受け止めた。

 

 

刃と刃が拮抗する。多量の火花を撒き散らす中、険しい顔をする千冬を見据え、襲撃者────エスツーは嘲るように笑みを深めた。

 

 

 

 

「─────やぁ、兄弟」

 

「……………っ!」

 

 

咄嗟に反応した千冬はエスツーの顔を睨み、更に驚きに染まる。その瞬間、力が緩んだであろう千冬が押し返された。壁に叩きつけられる千冬に追撃を迫るエスツーであったが、逆に千冬は突貫し、体当たりでエスツーを校舎の外へと押し込む。

 

窓ガラスを破砕し、二人して校舎の外に落下する。だが、千冬もエスツーも、無音の着地を行った。二人は降り注ぐガラスの破片に見向きもせず、目の前の相手しか眼中になかった。

 

 

「────衰えたな。かつてのお前であれば、俺の攻撃を的確に返してきた。あの女を守らなければ、やりようはあったものを」

 

「………結構なことだ。少なくとも、お前に説教される謂れは無い」

 

「そうか? 少なくとも、お前を殺す理由はあるはずだが?」

 

 

改めて、千冬の鋭い目付きが揺らぐ。己の動揺を押し殺し、悟らせないように手首を掴み、力を込める千冬。彼女はエスツーを睨み、問い詰める。

 

 

「お前は、一体何を企んでいる………何故お前は、私の前に現れた?」

 

「今は、S.S.(エスツー)と名乗っている。俺がここにいる理由など、お前が良く分かっているはずだろう」

 

 

それだけの応酬に、千冬は口を閉ざした。恐らく、エスツーの言葉通り、全てを悟ったのだろう。そんな彼女の視線が、一瞬だけエスツーから逸れる。

 

その変化を、エスツーは見逃さなかった。

 

 

「余所見とは余裕だな────ああ、お前が連れていた弟の事か」

 

「…………っ!」

 

「心配しなくても歓迎されているぞ、俺達の弟妹に。あの二人のことだ、五体満足かは保証できんが」

 

 

弟妹? と、怪訝そうになった千冬はその意味をすぐに理解した。いつもの落ち着いた顔から余裕が消え去り、その場から離れようと走り出す。

 

だが、そんな千冬の前に淡々としたエスツーが踊り出る。

 

 

「悪いが通す訳にはいかん。時間までお前を足止めしろ、とあの方から言われている」

 

「そこを退け! エスツー!」

 

「力ずくで退かせてみろ、出来るものならな」

 

 

二つの刀が弾き合う。金属から生じる火花が合図となり、織斑千冬とエスツーは人間離れした剣戟を始めるのだった。恐らく、ISを装備していても介入不可能と言える程の、全てを超越した死闘を。

 

 

◇◆◇

 

 

「────早速だけど、俺達兄妹の為に死んでくれるな? 兄弟」

 

 

パァン!! と、囁くような声を遮るように銃声が響く。唖然と立ち尽くしていた一夏はその銃弾を受ける────より前に、突如姿を現したシャルロットが実体盾を展開する。

 

カァン!、と弾かれた銃弾。何か仕込んでいたのか、ノエルは「ざんねーん」と舌を出す。ようやく意識を取り戻した一夏の元に、戦闘の音を聞き付けた仲間たちがISを展開した状態で駆け寄ってきたのだ。

 

 

「大丈夫!? 一夏!」

 

「あ、あぁ…………悪い、シャル。気ぃ抜けてた」

 

「馬鹿者!襲撃されているのであれば、早く連絡すればいいものを!一人で突っ込むのは愚策だろう!?」

 

 

心配そうに駆け寄るシャルロットと箒に感謝と謝罪を口にする。さっきまでの事実が衝撃的過ぎて、呆然としてしまった。しっかりしなければ、と顔を叩く一夏を尻目に、鈴が襲撃者の方に顔を向ける。

 

 

「さぁ、見せて貰おうじゃない。私達の楽しみにしてたイベントの邪魔したヤツの面を──────え?」

 

 

そして、認識した途端に眼を疑った。少なくとも、それは鈴だけではなく、その場にいた全員も同じであったらしい。

 

 

「………一夏と、織斑先生に………似ている?」

 

「馬鹿な…………教官は、自分の家族は二人だけと、父親と弟だけと言っていたはずだ。…………だが、あの顔、無関係とは………」

 

「────少なくとも、生き別れの兄弟の話は聞いたことはないな」

 

 

明らかに戸惑うセシリアとラウラ、険しい顔付きで睨んでいる龍夜もその事実を噛み締めている。彼等がそう判断するほど、異様に似ているのだ。ノエルと名乗った青年が、一夏や千冬と。アレで血が繋がってないとは思えない、と断言してしまうほどに。

 

 

「エヘヘ、誰かと思えばブロじゃーん! あの時以来だよねん?」

 

「…………まさか、エヌか?」

 

「ピンポーン! 大正解! エヌってコードネームは、俺の本来の名前! 織斑ノエルの頭文字から取ったものでしたー!! パチパチパチパチィ!」

 

「…………このウザさ。間違いない、ヤツだな」

 

「何の基準で判断してるんだよ……」

 

「────盛り上がってるとこ悪いけど、失礼していいかしら」

 

 

声は舞台のセットの上から聞こえた。城のセットの上に立っていた楯無、彼女は静かに微笑みながら降り立つ。だが、その眼は笑っていない。真剣に細められた両眼はノエルを見据えている。

 

 

「この学園の生徒たちの長、更識楯無よ。折角の学園祭を邪魔してくれた君たちに、お仕置きをしないとね」

 

「………へー、俺達に? 是非ともやってみて欲しいね、俺や妹を黙らせられるのはボスだけだから、さ」

 

「────随分と余裕だな。此方はIS操縦者八人、対して貴様は一人。…………死にたくなければ、降参する以外あるまい」

 

「降参─────アハッ、冗談も大概にしなよ。もう勝った気でいるの、カナ?」

 

 

何? と全員が顔を歪める中、ノエルは自身の身体を覆うコートを脱ぎ捨てた。内側に着込まれた専用スーツを体に遠し、ノエルはその手を首────に嵌められたチョーカーへと添える。

 

その違和感に誰もが眼を剥く。本来ならば、この世界の常識であれば絶対に有り得ないこと。だが、例外である二人がこの場にいる。だからこそ、口に出して再認識することが出来た。

 

 

「まさか、お前もISを使えるのか────っ!?」

 

「ISは女の子だけの専売特許じゃないぜ───なんちって」

 

 

チョーカーを押し込んだ途端、真ん中に組み込まれた赤い結晶が輝きを増す。黒いフレームが内側から破裂し、周囲に飛び散る。黒い破片が膨張し、トゲのように伸びた漆黒の金属が、ノエルの姿を包み込んでいく。

 

 

 

黒い闇の中から重々しい歩みと共に、漆黒の機体が姿を現す。逆間接の脚で床を踏み付け、全身に刺々しい突起や鋭利な部分を展開している装甲。腰部から伸びる極太のワイヤークロー。右手には大型のランス形状のブレード、左腕は異様に肥大化したような剛腕。

 

禍々しさを剥き出しにしたその機体を目の当たりにした一同。息を飲む少女たちを他所に、楯無だけは静かに両目を細める。

 

 

「…………『クローチェア・オスキュラス』、貴方だったのね」

 

 

数ヵ月前に、強奪された新型。楯無の完成させた専用機『霧纏いの淑女』のデータを参考させた、攻守一体の強襲機。だが、楯無が嘗て見たデータとその造形は明らかに違っている。彼等に強奪され、改造されたことは明白だった。

 

 

「言っとくが、俺と相棒は強いぜ? 妹が来る前に終わっちゃうかも、ネ?」

 

 

カラカラと笑うノエル。舐められていると、怒りを覚える一同。だが、龍夜と楯無だけはその立ち振舞いから感じられる殺気に感付いていた。

 

そして、不意に身体を揺らした『クローチェア・オスキュラス』が飛び出す。獲物に食らい付くように、一夏たちへと牙を剥いた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

同時刻、IS学園の外から客を出迎える来賓室の扉が吹き飛んだ。鋼鉄のドアを砕いて姿を現したのは、八つの装甲脚を展開した茶髪の女性────オータムであった。

 

 

「…………チッ、やっぱここにもいねぇか」

 

 

真っ暗な部屋の中で、オータムは不機嫌そうに舌打ちを漏らす。ハイパーセンサーも人間の生命反応を感知していない。ISによる戦闘も始まっているからか、エネルギー反応を感知してしまうのがうざったい。

 

彼女が探しているのは、今学園に来訪しているであろうエレクトロニクス機社社長 アレックス・エレクトロニクス。少なからず因縁があるオータムはアレックスを捕まえようと息巻いていたが、ここまで出会えないと怒りの方が募ってくる。

 

さっさと後にしよう、そう思っていた直後。声だけが響いた。

 

 

【─────待っていたぞ、オータム】

 

「────ッ!」

 

 

真っ暗な部屋から響く声に、オータムは咄嗟に反応する。それはアリーナでの映像を受け取る大型モニターから送られているものだった。大画面に映し出されたのは、オータムも覚えがある男の姿。

 

 

「ハッ! 会いたかったぜぇ………! アレックス社長よぉ!」

 

【久し振りだな、オータム。いや、元ユニオン部隊のオータムと呼ぶべきか?】

 

 

かつて、オータムはアレックスの部下に当たる立場にあった。エレクトロニクス機社が結成した武装部隊 ユニオンの隊員であった彼女はアレックスや隊長に反発しながらも、生活していた。

 

だが、ある事件を境に、オータムは離反した。共に行動していた仲間を撃ち、輸送されていた第二世代のIS『アラクネ』を奪い、テロリストへと与した。

 

アレックスとしても、エレクトロニクス機社としても、容認しがたい裏切り者であった。

 

 

【あの時のことは忘れないさ。お前の裏切りにより、オレも大いに苦労させられた。アラクネも強奪し、仲間を殺したお前のせいで、どれだけの被害を被ったことか】

 

「お詫びと言ってなんだが──────テメェの首で我慢してやるよ」

 

【相変わらず、過激だな。だからこそ、理解しかねる】

 

 

反骨精神をむき出しにするオータムが裏切った理由、それだけがアレックスの疑問であった。

 

 

【お前は野蛮で粗暴だが、他人に尻尾を振るような人間ではない。ましてや、奴のような存在には特にな。────ああ、もしかしてだが。惚れた相手でもいたか?】

 

「……………」

 

【ああ、納得だ。お前のような狂犬が、尻を振るのも理解できる。さぞ、良い飼い主なのだろうな】

 

「────テメェ」

 

 

だが、あくまでもそれだけ。アレックスにとっては事実を確認しただけに過ぎない。それが正解か不正解でも、答えを知らなくても関係ない。

 

どのみち、結果は決まりきっているのだから。

 

 

「お望み通り、ブチ殺してやるよ。ズタズタに引き裂いてな」

 

【…………それは無理だ。なんせお前はここで死ぬからな】

 

 

アレックスの言葉の直後、ナニかが天井をぶち破って落ちてきた。咄嗟に飛び退いたオータムは、瓦礫から姿を現した赤色のナニかに眼を細める。

 

 

全身を装甲に包み込んだ、異様な機兵。それは片腕に展開した巨大なライフルを持ち上げ、オータムへと向ける。銃口、というよりも砲口を向けられたオータムの耳に、アレックスの声だけが響く。

 

 

【紹介しよう。彼はレッド、我が友────そして、エレクトロニクスの切り札になる存在だ】

 

「………切り札、だと?」

 

【お前は踏み台だ、彼が強くなるための経験値に過ぎない。レッドの覚醒のため、使い潰されるがいい】

 

 

それっきりで、アレックスの声は途切れた。レッドと呼ばれたソレは背中に展開した十本ものカプセルを回転しながら内側へと押し込む。その瞬間、胸に埋め込まれたコアらしき部位が勢い良く稼働し始め、ライフルへとエネルギーを供給する。

 

何か来る、攻撃よりも先に回避を優先したオータムに、だだ純粋なエネルギーの塊、破壊の嵐が殺到した。

 

 

 

 

 

 

「─────クソッ! なんだ、なんだテメェは!!」

 

『─────』

 

 

来賓室から離れ、無人のアリーナへと逃げ込むオータムにエネルギーの奔流が迫る。壁は愚か、緊急時に展開されたアリーナのバリアーすら貫通するほどの破壊力。それなのに、充填も異様に速く、たった数秒もあれば、次の砲撃を行っていた。

 

だが、それ以上に。オータムからすれば解せない事実があった。

 

 

(コイツ───! いつまで撃ち続けてやがる!? 知ってんだぞ! これだけのエネルギー、使い続けてエネルギー切れにならないはずがねぇ! なのに、何でピンピンしてんだ!?)

 

既にレッドは十発も砲撃を繰り返している。オータムの見立てであれば、既にエネルギーの消耗を気にして攻撃の手を緩めても可笑しくはない。なのに、レッドの追撃からはそんな気配が感じられないのだ。

 

 

────オータムは知らない。レッド、彼の纏う新兵器 U.S試作型零号 『アサルト・キラー』の存在を。アレックスがISを越える兵器として産み出した、究極の破壊兵器の力を。

 

 

『アサルト・キラー』の兵器としての強みは、コアとして組み込まれた『ヴォルガニック・ゼノリアクター』にある。

 

 

理論上であれば、戦艦や大都市のエネルギー問題すら解決できる小型化された炉心。それの真価は、無制限に増幅し続ける無限のエネルギーだ。たとえどれだけエネルギーを消耗しようと、数秒も経てば失ったエネルギーの倍以上が増幅されていく。

 

故に、『アサルト・キラー』にエネルギー切れの心配はない。どれだけ時間が経とうとも、彼が力を使い尽くすことなど有り得ない話なのだ。

 

 

「────ッ!調子に乗ってんじゃねぇぞ!ガキが!!」

 

 

逃げから一転、全ての装甲脚を攻撃に切り替える。両手のカタールを握り締め、装甲脚の射撃を続けながらレッドへと近付いていく。近付きさえすれば、恐れるに足らず。奇っ怪な蜘蛛のような動きで距離を詰めていくアラクネに、レッドは砲撃の手を止めた。

 

 

『─────』

 

 

代わりに、ライフルから莫大なエネルギーを放射し続ける。レッドはライフルの掴む手を変えると、ライフルをまるでブレードのように勢い良く振るった。

 

後に起こることを予想したオータムは全身の寒気に従い、回避に全力を尽くす。ガガガガガガガガッ!! と、壁や天井を切り裂く極太レーザーの刃に、蜘蛛の子を散らすように逃れるオータム。彼女の直感は正しかった、ISのシールドに過信していれば、一撃で絶対防御が発動していた。

 

 

「クソみたいな攻撃しやがって! だが、隙だらけだっ!!」

 

 

笑みを浮かべたオータムはカタールを仕舞い、両手で何かを弄っていた。真っ白な糸を指で編み込み、それをレッドへと放つ。

 

ライフルを向け、消し飛ばそうとしたレッドであったが、クモの糸のようなものを全身に受ける。粘着性があるらしく、それはレッドの身体を捕らえ、身動きを封じる。声を発することなく、レッドは地に落下するのだった。

 

 

「───貰ったぜ………散々舐めた真似しやがって、ブッ殺す前になぶってやる…………!」

 

『─────』

 

「ナニ、黙ってやがる………とっとと喋ってみろよ、命乞いでもなんでも、聞いてやるからよぉ」

 

 

身動きできないレッドを痛め付けようと、装甲脚を構えるオータム。だが、油断した。完全に動けないとオータムは慢心してしまったのだ。

 

 

ガシャン!! と、レッドの背中から、腕が生えた。複数の間接を有するその腕は、オータムの腹を抉るように叩き込まれた。

 

 

「あガッ!?────て、テメェ………!?」

 

 

吹き飛ばされて、何とか立ち上がったオータムは信じられないものを目の当たりにする。クモの糸に捕らわれたはずのレッドの、『アサルト・キラー』が泥のように崩れ、別の形へと変形していた。

 

ドスドスドス! と、肉体を引き裂くように、無数の装甲腕が展開していく。液体のような形から再構築された装甲がレッドを包み込み、完全な変化を終える。

 

 

クモのように八本の装甲脚を有する『アラクネ』に対し、変形した『アサルト・キラー』の装甲腕は十本。人間のような姿から一転、アラクネよりも異形と化したその姿に、オータムは気負されていた。

 

 

『────お前は』

 

「………あ?」

 

『お前は、何故ISを使う。何故ISで、人を傷付けようとする』

 

 

レッドが、初めて言葉を発した。だがその声は震えている。心の内に煮え滾る、強い怒りによって。その怒りを感じ取ったオータムに、レッドは言葉を続ける。

 

 

『────オレは、お前たちを許さない』

 

「…………っ」

 

『他人を簡単に傷付けようとするお前たちのような人間を。オレから全てを奪ったISを。今度はオレが、お前たちの全てを壊してやる』

 

 

強い呪詛に応えるように、アサルト・キラーが動き出す。

 

 

◇◆◇

 

 

「─────素晴らしい。流石だな、レッド。オレの見込んだ通りだ」

 

 

状況をモニタリングしていたアレックスは座席に腰掛けて、満足そうに頷く。あくまでも、オータムとレッドの戦いは実験に過ぎない。レッドの性能を、彼の実力を高めるための

 

『アサルト・キラー』は、戦いによって成長する機能を有する。相手の特徴や武装、能力を受ければ、『アサルト・キラー』はそれに適応する。適応してしまえばアサルト・キラーは進化と変形を同時に行う。レッド本人の戦意が途絶えるまで、アサルト・キラーは負けることはない。敵と戦えば戦うほど、より強く進化していくのだから。

 

 

「────お楽しみの最中ですけど、宜しいかしら?」

 

 

ふと、アレックスはタブレットから眼を離す。入り口の扉は開け放たれており、そこに一人のスーツ姿の美女が立っていた。彼女の姿、その顔をアレックスは知っている。

 

 

「─────『亡国機業(ファントム・タスク)』のスコールか。生憎、オレはお前に用はない」

 

「貴方には無くとも、私にはあるのよ? ────『鍵』を、貰おうかしら」

 

「…………やはり、それが目的か」

 

 

タブレットを仕舞ったアレックスの顔が一気に険しくなる。それは絶対に触れてはいけないタブーであった。アレックスが他人に譲ることも話すことも絶対に有り得ない、聖域を開く『鍵』。

 

 

「失せろ、賊。世界樹は先生の墓標だ、博士の領域だ。貴様らのような賤しき者に、踏み込む資格などない」

 

「そういうワケにはいかないのよね。フェイス様のご意志なのだから」

 

「…………ますます渡せなくなった────そして、貴様を生かす道理も消えた」

 

 

静かに、アレックスが隣のケースに触れる。中に格納されていた五つの球体。何らかのボールらしきそれを、足元へとぶちまけた。

 

 

「────起動せよ、ウロボロス・ゼクター01」

 

 

瞬間、球体から赤黒い液体が噴出された。無制限にあふれでるそれは球体を包み込んで、ヒトの形を為していく。ナノマシンで構成された液体は装甲を作り出し、その身に纏う。

 

少しした後に、五体のヒト型の機械が起き上がる。胸に展開したコアを妖しく輝かせる無機質な兵器に、スコールは感心したように笑みを深める。

 

 

「新兵器ね。面白いものを使っているようで」

 

「────我等の大願を阻む邪魔者だ、殺せ」

 

 

部屋から出ていく直前、アレックスはそう告げる。彼の言葉を認識した五体の兵器─────ウロボロス・ゼクター01が、スコールを敵として捕捉する。

 

 

「仕方ないわね────遊んであげるわ」

 

 

受け入れるかのように両腕を広げ、微笑むスコール。瞬間、彼女の全身を炎と黄金の装甲が包み込む。その場に現れたのは、金色に身を染めたスコール専用のIS 『ゴールデン・ドーン』であった。

 

 

迫り来る五体のウロボロス・ゼクター01 が、スコールの放った業火に焼かれる。超高熱の炎に曝されたゼクター01たちが沈黙するのを確認したスコールは、つまらなさそうに興味を消す。

 

 

「まぁ、ISでもなければこの程度ね。期待するだけ無駄だった────では、なかったかしら」

 

 

言いながら、スコールは自身の考えを訂正した。炎に焼かれていたはずのゼクター01が起き上がる。熱により熔かされていた装甲が、火が消えると共に元に戻っていた。

 

 

「何かタネがあるみたい───ま、確かめてみれば良いわね」

 

 

スコールは圧縮された超高熱火球を放つ。接触後、炸裂した業火に焼かれるゼクター01であったが、今度は全く効いているように見えない。それどころか、平然と腕を銃に変形させ、攻撃に転じる。

 

 

「…………ああ、そういうこと」

 

(相手の攻撃に適応するのね。装甲を耐熱性のあるものに変化させる───確かに、ISを相手に出来る新兵器かもしれないわ)

 

 

ゼクター01の特性を完全に理解するスコール。中々面白い仕様だと、満足したように笑う。きっとそこいらの学生が相手なら、完封するに容易いだろう。

 

 

「─────それでも、所詮は量産型。どれだけ適応しようと、私の『ゴールデン・ドーン』の炎には耐えられない」

 

 

余裕、圧倒的な自信を見せ、スコールは灼熱の火球を生み出す。炎の中で揺れ動くゼクター01たち向けて放たれた業火は、炸裂と同時に爆炎となって辺りを焼き尽くした。

 



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第92話 虚数の黒/沈黙の蝶

「─────ッ!!」

 

「ハッハァ!」

 

 

突撃してきた『クローチェア・オスキュラス』が槍状のブレードを振るう。迫り来る黒の機体の斬撃に、全員が回避行動を取る。

 

ビームの刃を飛ばし、辺り一帯を吹き飛ばす。演劇のセットを斬り裂く強力な斬撃に息を呑む一同。そんな彼等を見据え、ノエルはクイクイと指を動かす。

 

 

「来なよ────全員でさ」

 

 

その挑発に、乗ることにした。一瞬で飛び出したのは一夏と箒。此方を侮るように笑うノエルの鼻を明かそうと連携で追い詰めようとする。だが、左右から各々放つ一撃はノエルのブレードランスと豪腕によって止められた。

 

 

「っ! その腕、まさか───!」

 

「ピンポーン! 兄弟の『雪羅』を基にしたんだぜ? 兄弟のオソロなんだ、喜んでくれる?」

 

 

言いながら、ノエルは自身の左腕────『ディアゼール・アームドギア』を一夏へと向ける。重装甲を纏う左腕の掌から、高出力のレーザーが撃ち出された。何とか咄嗟に回避した一夏だが、続け様にノエルの逆間接による蹴りが叩き込まれる。

 

 

「一夏! 貴様ァ!」

 

「おっ、ガールフレンド? 悪いけど、キミとは本気でやれないのよね。事情でさ」

 

 

言うと共に、ノエルは箒の二刀流の剣戟を押し止め、がら空きになった胴に、両肩の収束レーザーを叩き込んだ。装甲を削り取る光線を浴び、箒は近くの壁へと吹き飛ばされた。

 

 

 

「────下がって! ここは私が!」

 

「────ッ!」

 

 

『ミステリアス・レイディ』を纏う楯無と『プラチナ・キャリバー』《ナイトアーマー》を纏う龍夜。二人がほぼ同時にノエルへと肉薄した。黒い装甲の隙間から、ノエルは悦楽の笑みを崩さない。

 

 

「ハハッ! 二人がかりとか卑怯だねぇ! 俺ちゃん相手に、余裕とかないカンジ!?」

 

「そうねぇ、君はただものじゃなさそうだからね!」

 

「…………この女と協力するのは癪だが、お前はここで潰す」

 

 

直後、楯無と龍夜は攻撃を始める。盾を構えながら長剣の突きや払いを繰り返す龍夜に、ノエルは盾と剣を各々の武器と腕で押し退け、胸に内蔵された穴から高出力のレーザーを放つ。

 

至近距離からの不意打ちに対応できないはずの龍夜だったが、背後から楯無に掴まれ引っ張られたことでギリギリレーザーを回避した。そのまま放り投げられ、楯無はノエルと打ち合う。

 

 

(────クソッ! 庇われた………この、俺が)

 

「このまま、引き下がれるか!!」

 

 

叫んだ龍夜は、再び前に出る。胸から放つレーザー砲を受けそうになる楯無を守り、エネルギーを吸収する龍夜。彼の動きに楯無は僅かに驚いた様子だった。

 

 

「あら? 助けてくれたの? おねーさん、感激しちゃった」

 

「うるさい…………アンタは、強いだろ」

 

「まぁ、君よりね」

 

 

キッパリと言ってのける楯無。不機嫌そうに口を閉ざす龍夜だったが、沈黙した後に重い口を開いた。

 

 

「───なら、俺に合わせろ。格上のアンタになら、それくらい余裕だろ」

 

「……………そうね、おねーさんがエスコートしてあげるわ。だから、好きにやってちょうだい」

 

 

ふん、と龍夜は視線すら向けない。直後、彼は盾を前に付き出してノエルへと迫る。ノエルはまるで軽快な動きで盾による突進を避け、龍夜が次に繰り出した長剣の刺突すらも受け止めた。

 

そのまま隙だらけの龍夜を狙おうとしたノエルを、楯無の『蒼流旋』が狙う。咄嗟にブレードランスで迎撃しようとするが、龍夜はそれを盾により阻害。迫るランスを止められず、ノエルは自身の顔を覆うバイザーに傷を受けることになった。

 

 

「────ヒュッー! やるねぇ! じゃ、こっちも久々に暴れちゃうかぁ!!」

 

(ッ!コイツ! また動きが────まだ本気じゃないのか!?)

 

 

身体を低くしたノエルの動きが、更に加速する。楯無と龍夜の連携にすら対応してくる青年に、龍夜は少なからずの焦りを感じる。

 

猛攻を繰り出そうとしたノエルだったが、突如背中に強い衝撃を受けた。背後に移動していた鈴が、衝撃砲を放ったのだ。

 

 

「私たちだっていんのに! 舐められたもんね!」

 

「────ナメてんだぜ? こう見えて」

 

 

キヒッ! とノエルは不気味に笑う。次の瞬間、彼の腰部のワイヤーが音を立てて外れる。尻尾のように伸びたワイヤークローが、凄まじい音を立てて鈴を吹き飛ばす。

 

 

「鈴!」

 

 

叫び、助けに向かおうとするシャルロット。しかし、鈴を壁に助けつけたワイヤークローは次の標的をシャルロットへと固定したらしい。カチカチ、と爪を開閉し、床を滑るように移動して始める。

 

シャルロットも、両手に召還したアサルトライフルを乱射し、テールクローを迎撃する。だが、テールクローはもろともせず接近する。

 

 

「────止まれ!!」

 

 

だが、ラウラが発動したAICによりテールクローは動きを停止する。ギリギリ、顔の直前で動きを止めたテールクローにシャルロットとラウラも互いに安堵した。

 

 

 

「────シャルロットちゃん! 逃げて!!」

 

「────ラウラ! 離れろ!!」

 

 

直後に響くのは、楯無と龍夜の叫び。それを認識した瞬間、ラウラの隣にいたシャルロットが地面に叩きつけられた。凄まじい速度、『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』で詰めたノエルの『ディアゼール・アームドギア』に掴まれ、そのまま地面に押し込まれたのだ。

 

 

「ヒヒ! 余所見ちゃんだねぇ」

 

「シャルロットっ!───貴様ぁ!!」

 

「────キミのことだよ? 眼帯ちゃん」

 

 

瞬間、リボルバーカノンを向けようとしたラウラ。彼女を狙ったのは、AICから解き放たれたテールクローであった。三本の爪がラウラの腕を掴み、上空へと飛び上がり、そのまま近くの壁へと叩きつけるように振り回した。

 

 

「…………ダメだよねぇ。マジになっちゃあ、俺みたいなヤツ相手に隙見せたら、容赦なく狙っちゃうんだぜ?」

 

「────その手を、離せぇ!!!」

 

 

シャルロットを掴み、ケラケラと笑うノエルに飛来する影。吹き飛ばされたはずの一夏が、雪羅のアームクローを展開して突撃する。ノエルは口を引き裂きながら、『ディアゼール・アームドギア』のビームクローを展開、相殺した。

 

 

「アハハッ! なァにマジになってんの!? やられるヤツが悪いんだよ!? 世の中常に弱肉強食ッ! 傷つけられたくなきゃ、より強く、より凶悪にならなきゃ!」

 

『─────一夏! 抑えろ!!』

 

 

ノエルの嘲笑と共に、個人回線から繋がった龍夜の怒号。視界の隅でエネルギーライフル『ライトニング・レイザー』を構える龍夜の姿を確認した一夏は友人の言葉に従い、ノエルへと食らい付く。

 

 

「────エネルギー回路接続、銃身最大展開、粒子加速循環機構ロック解除、フレーム固定────出力二層限界、解放!」

 

 

腰の装甲に取り付けられたレール装置に最大展開したエネルギーライフルの接続回路を装着する。腹に押し込み、固定されは『ライトニングレイザー』から持ち上げられた二本のレバーを握り、龍夜はそのライフルの銃口をノエルへと固定する。

 

 

「っ! 狙う気なのは分かってるんだよね────!?」

 

「逃がすかっ!」

 

「ちぃ! 邪魔でぇ!」

 

 

迎え討とうと身構えるクローチェア・オスキュラス。だが、白式がそれを許さぬ追撃を繰り返す。バイザーの下から覗くノエルの口が、僅かに歪む。本気で鬱陶しいと思っているようなその様子に、龍夜は引き金を引く。

 

 

『─────離れろ! 一夏!!』

 

 

瞬間、クローチェア・オスキュラスを蹴り飛ばした一夏が瞬時加速で緊急離脱する。バランスを崩した漆黒の機体に、龍夜のエネルギーライフルの砲撃が撃ち込まれた。

 

 

 

───────ッッ!!!

 

 

爆音と共に、放たれたのは巨大なエネルギーの奔流。ライフルから放たれたとは思えない、超高火力の閃光。地面に踏み込んだ龍夜の身体を大きく仰け反らせる程の反動を有したレーザー砲は、反対側の壁に巨大な大穴を開けることになった。

 

絶大なエネルギーの光に消えたクローチェア・オスキュラス。命中したと思ったが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。

 

 

「いやー、危ない危ない。今のは危なかったよねー!」

 

 

ガラガラ、と瓦礫の中から姿を現すノエル。クローチェア・オスキュラスに傷はない。恐らくギリギリで回避をしたらしい。避けられたことに歯噛みする一夏たちだが、龍夜は直前に認識した違和感を感じ取っていた。

 

 

(………アイツ、直前で避けた。俺のレーザー砲を、受けようとしていたのか? 避けたのは威力が強すぎるから、では受けようとした理由はなんだ?)

 

 

思案する龍夜に気付いたのか、ノエルは飛び掛かるように龍夜の方に狙いを定める。だがその直後に、飛来したレーザーを咄嗟に回避した。

 

 

「───くっ! やはり素早いですわね!」

 

 

言うや否や、遠方から狙うセシリアは狙撃を再会する。クローチェア・オスキュラスの動きを止めるように、何発も撃ち込んでいく。

 

 

「───キヒッ!」

 

「ッ! 止めろ、セシリア! ソイツにレーザーを当てるな!」

 

 

待っていた、と言わんばかりに笑うノエルに、龍夜は違和感の正体を完全に理解する。龍夜の叫びに気付き、咄嗟に引き金を引こうとした指を止めるセシリアだが、手遅れであった。

 

既に放たれたレーザー、本来であれば威嚇射撃、相手の動きを牽制させる為だけの狙撃。クローチェア・オスキュラスは何故か、それを正面から受けようと滑り込む。

 

翼のように背中に展開した、六枚のミラーバインダー。その一枚にセシリアの放ったレーザーが接触する。防御されて弾かれるのではなく、光の粒子は吸い込まれるようにミラーディフェンダーへと消えた。

 

 

「吸収、した?」

 

「違う!これは────反射だ!!」

 

「大・正・解ッ!!!」

 

 

高揚したように叫ぶノエル。次の瞬間、クローチェア・オスキュラスの背中のミラーディフェンダーから閃光が放射された。ほぼ綺麗に、セシリアへと放たれるレーザーを、飛び込んだ龍夜が『銀光盾』により受け止める。

 

 

「…………さっきから可笑しかった。俺のレーザー砲をギリギリ回避したのは、反射を狙ってのことだな? 違うか?」

 

「まぁね。俺のこれ、『ミラージュ・メイデン』はビーム兵器を反射できる面白いモノなんだけど、まぁ限度があってね。さっきの砲撃みたいな威力のヤツは無理なのよねー、これが」

 

「なら、簡単だ。ビーム兵器を使わず、お前を叩き潰す。恐らく、お前が反射できるのは飛び道具くらい。それを使わずに全員で相手すれば、流石のお前も厳しいだろ」

 

「────んー、それにしても。もうそろ五分だねぇ」

 

 

追い詰められているはずなのに、ノエルの余裕は揺るがない。それは自身の実力を未だに信じている、のもあるのだろう。だが、それ以上の自信を感じてならない。

 

かと思えば、右手の武装を地面に突き立て、大声で空へと叫び始めた。

 

 

 

 

「────おぉーーーい! もうそろ時間だし、そろそろ一緒にやろーよぉーーっ! エムゥーーーーッ!!」

 

「っ!? 機体反応だと!?」

 

 

エムの声に応えるように、上空から凄まじい速度でナニかが迫る。超高速の飛翔で落下してくるそれはアリーナのシールドをぶち破り、一気に速度を軽減させる。

 

深い蒼色が目立つ、蝶のような機体。背中の大型スラスターから羽のようなエネルギーを放射するそのISを駆るのは、この場の誰よりも幼い少女に見えた。その姿を目の当たりにしたセシリアは、信じられないと言葉を失う。

 

 

「アレは、『サイレント・ゼフィルス』!?」

 

 

セシリアの扱う『ブルー・ティアーズ』、その試作二号機であり、彼女の戦闘データを基礎として開発された、最新鋭の機体。最近、イギリス本国で情報統制がされていると思っていたが、何故その機体がここにあるのか。

 

そんな疑問に答える前に、『サイレント・ゼフィルス』は『クローチェア・オスキュラス』へと寄り添う。嬉しそうに口元を緩めるノエルに、ゼフィルスを纏う少女は澄んだ声で告げる。

 

 

「────情けないな、エヌ。私が出れば早く終わったものを。一人でやらせろ、なんて言うからだ」

 

「エヘヘ、そうかもね。でも最初から本気だと面白くねーじゃん。折角の相手なんだから、もう少し楽しまないと、ね?」

 

「…………それも、そうだな」

 

 

エムと呼ばれた少女は、ノエルの言葉に静かに頷く。隣に立つように並ぶエムの視線がふと、一夏へと固定される。凄まじい殺気を向けながら睨むエムを抱き締めながら、ノエルは一夏へと声をかけた。

 

 

「やぁやぁ、兄弟。紹介してあげるよ! 俺の妹、エムって言うんだ! どう? 可愛いでしょ!?」

 

「…………妹?」

 

「止めろ、煩わしい」

 

 

撫でながらすり寄るノエルに、エムは力ずくで引き剥がす。「あぁん、いけずぅ」と押し退けられたノエルの言葉を無視しながら、エムはふと一夏を見据える。

 

 

「─────織斑一夏」

 

 

その名を呼ばれた一夏は、息を呑んだ。そんな一夏の前で、エムは飛翔し、手元に呼び出したライフルを手にする。傍らでやれやれ、と肩を竦めるノエルと並び、ライフルを深く構えた。

 

 

「私達兄妹の為に、ここで死ね」

 

 

直後、ライフルの銃口から最大出力のレーザーが噴き出す。躊躇など一切感じさせない、無慈悲な一撃が一夏の目の前に迫るのだった。

 

 

「────一夏ッ!!」

 

 

そんな彼を守ったのは、龍夜であった。前に出て盾によって、エムの放ったレーザーを吸収する。

 

 

「悪い!助かった!」

 

「気にするな。 それより、聞きたいことがある」

 

 

動きを止め、龍夜は一夏へと語り掛ける。幸いなことに追撃はない。ライフルの射撃を行ったエムは何故だかノエルに止められていた。その様子を尻目に、龍夜は怪訝そうに問い掛ける。

 

 

「…………お前、兄弟なんていたのか?」

 

「いや、知らないんだ………あの二人は本当に、俺の兄弟なのか?」

 

「……………その様子だと、ホントに知らなさそうだな。だが奴等は、お前と仲良くする気は無いらしい」

 

 

ここからでも聞こえる物騒な内容に、龍夜は顔をしかめながら反応を示していた。一方で、兄妹二人はワイワイと話し合っている。

 

 

「ダメだよぉ、エム。メインディッシュから狙うなんて、他の奴等もいるんだから、ちゃんとそいつらから片付けないと」

 

「………ふん、雑魚の相手など興味はない」

 

「じゃ!勝負しよ! どれだけ相手を倒したかでさ!蒼青龍夜と楯無は3点で!その他のオマケが1点! 点数の高い方が織斑一夏を殺すってことで!」

 

「─────そうだな。まずは邪魔な雑魚から片付けよう」

 

「エヘヘヘ! もし俺が勝ったら一緒にお風呂入ろーよ! 兄妹仲良く、ネ?」

 

「…………私が勝ったら、そういうことは控えろ。せめてこういう場ではな」

 

「へへッ、リョーカイ! そんじゃ、やるよぉ!!」

 

 

内容としては舐めきっているとしか思えない言葉だが、さっきやり合った身としてはその発言に嘘を感じられない。恐らく彼等は本気でこの場誰よりも強い。

 

 

突如、二つの機影が飛び出した。その一機、サイレント・ゼフィルスが狙うのは此方────厳密には、龍夜の方であった。

 

 

「邪魔だ、雑魚が」

 

「なっ────くそ!?」

 

 

突撃したゼフィルスに蹴り飛ばされる一夏。そのまま遠くに離されたかと思えば、追撃は来ない。サイレント・ゼフィルスを駆るエムは龍夜を見下ろし、口を開く。

 

 

「お前が、蒼青龍夜だな?」

 

「………見て分からないのか? お前のISのハイパセンサーは不調か? いや、目の方が節穴らしいな?」

 

「────今から相手をしてやる。精々、他の雑魚同様無様を晒すなよ」

 

「ハッ、格下みたいな発言を………無様を晒すのはどちらだ?」

 

 

瞬間、挑発を無視するようにエムは躊躇なく引き金を引く。ライフルから放たれた閃光、高火力のビームを盾で受ける。無論、光の粒子はエネルギーとして取り込まれる。その様子を見届けたエムは、ほぉと感心したように笑う。

 

 

「よくやる────これならどうだ?」

 

 

続けて、一射。ビームが垂直に迫る。何を考えているのか、盾を構えてビームを受け止めようとした龍夜だったが、次に信じられないものを目にした。

 

 

「────なッ」

 

 

垂直に飛来したはずのビームが、盾に触れる前に曲がったのだ。弧を描いて捻れたビームは盾を綺麗に避け、龍夜の死角から迫り来る。

 

踏み込み、盾から抜き放った長剣でビームを切り弾く。今度はギリギリだったからか、さっきのような現象は起きなかった。だが、龍夜は知っている。ビーム兵器を意図的に曲げられる技術を。

 

 

(───『偏向射撃(フレキシブル)』! コイツ、セシリア以上のBT適性を………!)

 

「……………」

 

 

驚愕を隠しきれない龍夜に、エムは口元を深く歪める。余裕から生じた嘲りだろう。自分が上の立場にいると言う確信、自分よりも弱い相手を一方的に追い詰められることへの喜びと愉悦。

 

龍夜は盾と剣を静かに構え直す。視線の先でサイレント・ゼフィルスが空に舞う。複数のビットを展開し、龍夜への一斉攻撃を始めようとしていた。

 

 

「────龍夜さん!」

 

 

だが、そのビットの一機が撃ち落とされる。飛翔してきたセシリアによる援護だ。その一撃に顔を歪め、舌打ちを吐き捨てるエム、彼女の意識が逸れたことを逃さない。

 

 

「─────セシリア、援護任せた。ビットを撃ち落とせ」

 

「龍夜さん?…………いえ、分かりました。やってみせます」

 

「ああ、信じる。俺も、ヤツに意識を向けさせない」

 

 

鞘を背中に固着させ、『プラチナ・キャリバー』の装甲を変形させる。攻撃特化の形態、《アクセルバースト》と変化したISに身を預け、龍夜は超加速のまま突き進む。一抹の光と化しながら、サイレント・ゼフィルスへと飛翔するのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「アッハッハッ! 俺相手に六人とか! 戦力の分担下手すぎじゃなぁーい!?」

 

「これでいいのよ! あっちの子より、貴方の方が強くて厄介だから!」

 

「フフッ! 勘が良いね! 大当たり!」

 

 

一方で、ノエルと交戦する楯無。拮抗状態になっているように見えるが、ノエルは割り込んで来る一夏たちにも淡々と対処している。

 

ISを操る彼の動きは四次元的な、獣に近い衝動的なものに見えて、理知を隠しているものだ。不用意に気を抜けば、ノエルは全員を全滅させることも可能な実力者である。

 

 

「フッ! これじゃあジリ貧だねぇ────それなら、もっと面白くしてあげるよ! へェーイ! エムゥ! お願ぁーーい!!」

 

 

ふざけながら、大声で叫ぶノエル。少し離れた場所で、超高機動の戦いを繰り広げていたエムは溜め息を隠さず、飛翔したまま此方へと狙撃を数発放ってきた。

 

慌てて避けたり、防ごうとした一夏だが、楯無だけはその狙いを理解し、思わず焦りを覚える。ビームが撃ち込まれたのは自分達にではない。

 

 

「─────キヒッ」

 

 

堂々と待ち構えていたノエル、彼の展開した六枚のミラーディフェンダーに全てのビームが吸い込まれたのだ。心の底から面白そうに笑うノエルの背後のミラーディフェンダーが静かに動くと共に、鏡面から吸収されたビームがそれ以上の威力で放射された。

 

 

「っ!アイツ、味方にわざと攻撃させて───!」

 

「そう! だから相性良いのよねー、俺達! そしてぇ、更なるダメ押し! ─────ソードビット! オープン!!」

 

 

全身を広げたノエル。その一部分、肩や腰部のフレームから破片らしきものが分離した。鋭い刃を展開したビット。ビームを放ったりミサイルのようなものではなく、相手を切り裂く近接攻撃を有したビット兵器。それらの凶器が、ノエルの全身から分離した後、即座に全員の元へと飛来していく。

 

計12機のソードビットが、空間を制圧するように飛び回る。マトモに攻撃に転じられない、不用意に歩みを止めれば此方を狙ってくるソードビットに切り刻まれる。逃げることしか出来ない状況に一夏たちは歯噛みし、ノエルは大笑いを響かせる。

 

 

「アハハハッ!! さっきまでの威勢は何処ちゃん!? もうそろ本気で終わらせても────────ん?」

 

 

直後、ピタリと動きを止めるノエル。怪訝そうな顔からすぐに「あー、マジかー」と溜め息を漏らす。そんな彼の意思に連動するようにソードビットは鳴りを潜め、即座にノエルの元へと戻る。

 

 

「────エムぅーー、帰るよぉーーーっ! もう時間だってさぁーーー!」

 

「…………チッ、つまらん」

 

 

エムなる少女は途端に不機嫌になりながら、ノエルの元へと寄っていく。そんな状況に、一夏は思わず声を張り上げる。

 

 

「逃げるって言うか………? こんなことして、学園祭の邪魔をして、やるだけやって、尻尾巻いて逃げるのかッ!?」

 

「────フフ、まぁ俺達はね。でも、もっと面白くなるよ。今からネ─────兄弟も、楽しみにしててねーん」

 

 

一瞬、龍夜を一瞥したノエルはクスクスと笑いを溢す。そのままサイレント・ゼフィルスに背中を持ち上げられ、浮かび上がったクローチェア・オスキュラス。またねー! と手を振るノエルは、超速で飛び立ち、空の彼方へと消え去っていった。

 

 

「………くそっ! なんだよ、何がしたいんだ! あいつら!」

 

「……………」

 

 

怒りを隠せない一夏に、龍夜は声も掛けられなかった。ただ、さっきのノエルの発言だけが心に残っている。

 

楽しみに、まるでこれから何か起こっているのか分かっているような言い方だった。龍夜にとって無視できない何かが、起こるというのだろうか。

 

 

「…………しょうがいないわ。皆が無事なだけ、儲けものよ。皆、怪我はない?」

 

「と、特には………箒も大丈夫か?……………箒?」

 

 

返事が来ないことに不思議そうな一夏だったが、すぐ近くにいた箒はバランスを崩したように膝をついていた。慌てて駆け寄る一夏だが、箒は頭を両手で抑えながら、苦しそうに呻いている。

 

 

「───な、なんだ………頭、が…………何か、見える………なんだ、この景色は─────」

 

「大丈夫か!? 箒! しっかりしろ! 今、安全な場所に───!」

 

「────待て、待ってくれ………一夏! 見えるんだ、見覚えがある、通路を…………歩いている…………ここに、誰か近付いている───!」

 

 

その言葉に、耳を疑う一同。箒には、何かが見えているらしい。誰かが見覚えのある、学園の通路を通っている景色が。戸惑う一夏を押し退け、箒は展開した刀を振り上げて叫んだ。

 

 

「────そこにいるのは誰だ! 姿を現せ!」

 

 

その声に、観念したのか。ふと、箒が刀を向けた先の出入口から、人影が現れた。あまりにも異様な、味方とは到底思えない者が。

 

 

「─────私を感じるか。想定よりも成長しているようだな、篠ノ之箒」

 

 

それは、仮面で顔を覆い隠した男であった。灰色のコートに身を包み、身体の全てをひた隠しにした、間違いなく不審な男。顔を覆う仮面には模様すらなく、感情らしきものも感じられない、冷徹さだけが醸し出されている。

 

 

「初めまして、という言葉は不要か? お前たちは、私を知っているのだから」

 

「……………なんだと?」

 

「───そうだったな。この姿で現れるのは初めてだったか」

 

 

男はそう言うと、虚空に手を伸ばす。何もない空間に伸ばされた掌には、いつの間にか特徴的な黒い大剣が在った。黒い装甲に包まれ、赤紫色の妖しい光を宿す禍々しい武具が。

 

仮面の男はその魔剣を持ち上げ、刀身に指を掛ける。そして、淡々とした声で告げた。

 

 

「──────覚醒」

 

 

瞬間、魔剣が音を立てて装甲を解き放った。内側から吹き飛ばされるように舞う黒い装甲、それらは仮面の男の全身を包み込んでいく。赤紫色のエネルギーがその身体に流れていったかと思えば、一気に凝縮し─────人の形へと、再構築された。

 

 

そして、外套を翻し────漆黒の機体は顔を上げる。見覚えるのある、不気味な形相。ひび割れた隙間から覗く単眼が特徴的な、フルフェイスのバイザーを露にした。

 

 

「────────お前、は」

 

「…………初めまして、IS学園代表候補生諸君。

 

 

 

 

 

 

 

私はフェイス。テロ組織『亡国機業(ファントム・タスク)』を率いる者であり、お前達が『魔王』と呼ぶ者だ」

 

 

ゼノス・アルザード。多くの命を奪ってきた正体不明のIS、それが今、彼等の前に降臨した。

 



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第93話 憎しみの閃光

ここからが楽しみにしてたお話(作者談)


────自分が周りと違う、そう自覚したのは小学生になったばかりの頃だった。他人と同じ環境にいてようやく、自分が他とは違う才能と頭脳を持っている、俗に言う天才だと自覚した。

 

ただ一つ、唯一違うことがあるとすれば─────蒼青龍夜はただの天才などではなかった。あらゆることに於いて特筆した才能を有する、他と隔絶した存在であったと。彼は、少しもしない内に理解した。

 

その結果、起きるのは顰蹙だ。子供たちは自分より格上である龍夜を気味悪がり、純粋さに従っていじめを始めた。何故そんな無意味なことをするのか、と子供ながら考えて、彼等が自分よりも明らかに劣った凡愚だと認識した。

 

 

大人はいじめをする子供を叱るが、何より龍夜のことも注意していた。理由は、いじめの原因になったのは君自身だから、他人と仲良くしなさい、との事だ。

 

本当に、理解が出来なかった。何故自分を敵視し、侮蔑する相手と仲良くしなければならないのか。教師や大人たちがそう言い始めた理由が、問題を大事にしない為の保身だと知り、彼は大人すらも自分より劣化した凡愚と理解を改める。

 

 

気付けば、彼は全てに無関心になっていた。いや、自分以外が有象無象にしか見えず、自分だけの世界に取り憑かれていたのだ。世界の誰よりも優れた天才である自分が他人と合わせて生きる理由などない。そんな感情と共に、彼は自身の世界に閉じ籠り、世界と向き合おうとしなかった。

 

 

────そんな彼の考えを変えたのは、他ならぬ彼の家族であった。

 

 

父は穏やかで優しかった。何も理解しようとしない大人たちとは違い、自分の才能を理解し、自分の考えを聞いた上で考えてくれた。彼等のように、押し付けようとしないで。

 

母は天然だが、それでも凛々しかった。ずっと他人を見ようとしない龍夜の考えを受け止めながらも、傲慢だった自分の心を少しずつ溶かしてくれたのだ。彼等のように、諦めようともせず。

 

長女は真面目で、少し騒がしかった。規律や正しいことを優先し、龍夜にルールを守ることを教え続けてきた。それはそうと、暑苦しいのは困っていたのだが。

 

義理の兄────長女の婚約者は寡黙で、大人しかった。いつも姉の隣にいて物静かだったが、何処か温かさを感じさせていた。きっと、父同様優しいのだろう。当初は他人ということもあり忌避していた龍夜も、すぐに心を許した。

 

────次女は誰よりも身勝手で、誰よりも強かった。外に出ようともしなかった龍夜を外に連れて、いつも楽しそうに笑っていた。ただ危なっかしかった姉を放ってはおけず、次第に龍夜の方が心配することが多かったのだが。

 

 

少なくとも、家族の存在が龍夜の心を覆っていた氷を溶かしていた。赤の他人、自分を理解しない凡愚は嫌いであったが、家族が心の中で大事な存在になったことに違いはなかった。

 

 

─────だが、ある日を境に全てを失った。ISの軍事利用に反対していた父と母は、考えに賛同していた外国のグループとの対談の際に襲撃され、殺された。黒いIS『魔王』の手によって。

 

遺体は残っていたが、葬式の後に国連によって回収された。返して欲しいという姉たちや義理の兄の願いも虚しく、父と母は埋葬することすら許されず、空っぽの棺桶を埋めることになった。

 

義理の兄と長女は、後に姿を消した。破棄されたパソコンのデータから、龍夜は二人が復讐を画策していたことを知ったが、次女である姉には黙った。姉を、悲しませたくなかったから。

 

姉は酷く落ち込み、龍夜が支えて二人で生活していた。だがある事件により、姉は両目を失明して寝たきりになった。心が壊れ、家族が生きていると思い込み必ず帰ってくると信じているのだ─────今も、空っぽになった笑顔のまま。

 

 

────かつて家族と共に過ごしていた家の中で、龍夜は初めて孤独と喪失を理解した。他人がいなくても生きている、というのは幻想だと知る。家族にまた会いたい、そんな思いも何度感じたことか。

 

 

ただ誰もいなくなった部屋の中で、閉じ籠っていた龍夜。絶望と後悔、悲しみは肥大化していき────世界への憎悪に変わっていた。

 

自分から全てを奪う世界なんていらない。全部壊れてしまえばいい、皆死んでしまえばいい。自分が、大切な家族が、幸せに生きられないのに、有象無象が何も知らず平和を謳歌しているのが許せない。

 

 

そう思った彼は、ISを造ろうとした。自分の憎悪に従い、世界を滅ぼせるカミを造ろうとしたのだ。だが、ダメだった。彼にはコアの作り方が分からなかった。何をしようにもどうにも出来ず、彼は怒りと苛立ちを周りの物に当たり散らし、自身の胸に秘めた憎悪を爆発させていた。

 

 

ふと彼は、壊れたパソコンに映されたデータの目にする。義理の兄と長女が探し出した、仇の存在を。

 

 

「……………こいつが、父さんと母さんを」

 

 

監視カメラに映し出された黒い影を前にした龍夜は、嗤う。何でこんなことを忘れていたのか。世界への復讐なんて、家族が喜ぶわけない。きっと家族は、両親は、そんな自分を怒るだろう。

 

なら、この怒りと憎しみを誰に向けるべきなのか。その答えに至った時、彼は心の底から納得した。

 

 

 

「─────ころしてやる」

 

 

蒼青龍夜は、復讐を決意した。この悪魔を、自分から全てを奪った黒いIS、それを駆る者を絶対に殺す、と。たとえ何年経とうと、己の人生を使い潰してでも、復讐を果たすと。

 

少年の心に打ち込まれた決意は、揺るぐことはない。それは彼が今を生きようとする動力源であり、前を見続ける理由なのだから。

 

 

 

 

 

蒼青龍夜は生きた。復讐の為、強さを求め続けた。ISの適性を見出だされ、学園に招かれた時も、彼は復讐の為に強くなることを良しとした。

 

 

だが、そんな彼の決意が微かに揺らいだ────学園で出会い、共に戦った仲間たちの存在だ。彼等との日常が、悪くないと思い始め、龍夜は復讐以外を考えるようになった。

 

 

 

 

────いつか復讐を遂げたら、今度は彼等と共に前を見てみよう。心の中に秘めた小さな思いは、怨敵を目の当たりにしたことで溢れ出た憎悪に塗りつぶされた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「────おまえ、だな」

 

 

ボソリ、と龍夜は口にする。ふと、隣に並んでいた一夏は聞いたこともない声に耳を疑い、振り返る。そして、今度こそ絶句した。

 

 

「おまえが、とうさんと、かあさんを───」

 

 

今まで見たこともない、激しい怒りと憎悪に支配された龍夜の顔。溢れんばかりの激情を抑え込もうとして、限界を迎えそうなその姿に、気付いた全員が息を呑む。

 

十年、ずっと溜め込んできた憎悪と殺意。両親の仇を前にしたことで、龍夜の胸に秘めた感情は一気に爆発した。

 

 

「─────おぉまえがァあ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!」

 

 

怒号、或いは咆哮。喉を引き裂かんばかりの声と共に、龍夜は飛び出した。背中のスラスターを最大出力で、光速を越え─────一筋の光となって、フェイスへと突撃した。

 

 

『…………フッ、出力が上がったか。面白い』

 

 

だが、フェイスの声に焦りはない。背中に展開した四本の大型アームをビームを収束し、シールドを形成していた。直後シールドを分解し、アームの先から伸ばしたビームブレードで龍夜を斬り払う。

 

吹き飛ばされた龍夜は空中で動きを止め、直後にスラスターを噴かし、再び飛翔───いや、飛来していく。

 

 

「オォオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」

 

 

怒号を響かせながら、突撃する龍夜にいつもの冷静さは感じられない。怒りに、憎しみに支配されているのだ。今の彼には、フェイスを殺すことしか頭にない。何もかも、見えていないのだ。

 

 

「───いけないっ! 皆! 龍夜くんの援護を! 彼に無茶をさせないで!」

 

『そうはいかん────貴様らの相手はコレだ』

 

 

恐れていた展開に、即座に動いたのは楯無。唖然としていた一夏たちに強く呼び掛け、援護に向かおうとする。無論、フェイスはそれを許さなかった。

 

激昂する龍夜の猛攻をいなしながら、掌を向ける。すると、何処からともなく二手二足の無人兵器が飛来してくる。暗号による通信を行う無人機たちは、数によって連携しながら一夏たちへと襲いかかる。

 

 

「邪魔だ! どけよっ!」

 

 

左腕の『雪羅』のクローモードによる刃が、無人機の一機を撃破する。しかし、一機破壊した途端に、三体以上の無人機が溢れんばかりに殺到していく。確実に殺そうとはせず、彼等の足を止めるように数に任せて押し返そうとしていた。

 

 

「────ッ! が、アアアッッ!!!」

 

 

フェイスに追撃、食らい付く龍夜。彼の戦い方に、何時ものような慎重さや正確さはない。怒りのままに刃を振るい、周りが見えていない。

 

ゼノス・バルハードが背中から展開したアームクローの斬撃。それを浴びても龍夜は止まらない。指のように伸びるアームクローを掴み、力ずくで叩っ斬る。そのまま、がら空きとなったゼノス・バルハードへと斬りかかっていく。

 

バルハードが右手に握る魔剣でエクスカリバーの一太刀を受け止める。刃の衝突の中、フェイスは激しい怒りに震える龍夜に囁く。

 

 

『────やれやれ、直球だな。私がそんなに憎いか?』

 

「当たり前だ! お前が父さんと母さんを殺したこと! 俺は忘れてない! お前が、俺から全てを奪ったんだ!!」

 

『…………親、か。悪いが、一つだけ言っておこう』

 

 

魔剣を振り払い、フェイスは静かに考え込む。その上で淡々と、龍夜の怒りを刺激するようなことを口走る。

 

 

『どれのことか、教えてくれるか? 生憎、殺した人間は沢山いる。ソイツらのことなど、一々記憶していないのでね』

 

「ッ!────貴様ァ!!」

 

『………ああ、冗談だ。少しは和ませようと思ったが、無論覚えているさ。蒼青竜だろう? 私が直接殺した相手の事だ、忘れるはずもない』

 

 

笑っているように見える仕草だが、その声に感情はない。侮蔑も嘲笑も、あるのは冷酷なまでの通達。機械そのものであるかのように、フェイスは受け答えする。

 

拳を握り締める龍夜は、怒りを抑え込みながら問い詰めた。自分の両親があの日、無慈悲に命を奪われた理由を、知るために。

 

 

「何故だ! 何故、二人を殺した!? あの二人が、父さんと母さんが殺される理由が、何処にあった!?」

 

『────あの時のことか。理由があるとすれば二つ。一つは、幹部たちの命令だ。彼女たちはISによる時代の変革、ISの価値を兵器として捉えていた。……………あの時代の最中、流れに逆らったあの二人を疎ましく思うのは、仕方なかろう?』

 

 

両親は、ISの軍事転用に反対していた。

それは実の息子である龍夜が焦がれたISを、人殺しの兵器にさせないの為である。だが、それを望まぬ者達は邪魔な意見を封殺することを選んだ。反対を示す者を、消していくことで。

 

それだけでも、龍夜からすれば納得は出来ない。あの優しい二人が、死ぬ理由にはならないと。歯軋りのまま、思い直す。

 

だが、フェイスは言葉を続ける。もう一つの理由を、明かしてないからだ。

 

 

『────二つ目、私個人の私的な理由だが────お前が、その理由になる』

 

「………なに?」

 

『お前は天才だ。篠ノ之束と同等の資質を持ち得ながら、何物にも影響されていない究極の原石────そのお前の才能に興味が湧いた。だからこそ、その価値を活かす為にお前の両親を殺したのさ』

 

 

フェイスの声は無機質ながら、不自然なまでに辺りに響いていた。戦っている最中の一夏たちも、その言葉を耳にしてしまう。手を止めて言葉を失う者もいれば、そんな理由でと困惑する者もいる。

 

 

龍夜自身も、絶句していた。

まさか、思いもしなかったのだ。両親を殺した理由が事務でありながら、その程度の理由であることを。

 

───自分の才能を、表に引っ張り出す。それだけの理由で、大切に思っていた自分の両親を殺すことを決意したのか、と。

 

 

『結果は充分だった。目に見えて良好─────両親を失い、復讐に燃えたお前は憎しみのままに、世界を破滅に導く「壊滅」を造り出した。…………その為に、お前の親を殺した。私としては、それだけの理由だ』

 

「──────お前、は」

 

『正直な話、あの二人を殺す必要はなかった。…………家族であれば、誰でも良かったからな。貴様を置いていった二人でも─────貴様が大事にしていた、寝たきりの姉でもな』

 

 

最早、それ以上の言葉は必要なかった。

 

周囲から隔絶し、無音となった世界で龍夜は────己の血管が、堪忍袋自体が張り裂けるような、音を耳にする。

 

その直後に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────殺してやる ッ ッ !!!!!!」

 

 

殺気が、溢れ出す。

プラチナ・キャリバーの全身から、膨大なエネルギーが放出される。スラスター、エネルギーブレードも、まるで爆発するかのように光を増大させていく。

 

噴き出すエネルギーに、装甲がピシピシと悲鳴を上げる。神装 エクスカリバーの力を活かす為のIS、その通常形態でも耐えきれないエネルギーが、最大限まで解放され、引き出されている。

 

血走った眼をカッと見開き、フェイスを補足する。失明しようとも構わない、そんな覚悟と気迫を感じさせる強い憎悪が龍夜の身体から吹き出している。歯を噛み砕く程噛み締め、龍夜は目の前の敵を─────殺すべき敵を睨む。

 

 

『………力が増したか。いいぞ、来い。その憎悪、私に向けるがい──────』

 

 

余裕と共に口にした言葉は、途切れる。

光速となって迫った龍夜の拳が、ゼノス・バルハードのバイザーを、打ち抜いた。速度と重量を伴った拳を受け、フェイスは壁に衝突し、突き破っていく。

 

 

「────ッ、────ッ」

 

 

バチバチッ! と、尋常ではないエネルギーの放出量に空気がが圧迫され、火花が散る。呼吸している龍夜の首筋には血管が浮かび上がっており、軋らせた歯を剥き出しにしてギリギリと唸っている。

 

直後、龍夜は言葉にならない絶叫────咆哮を轟かせた。溜め込んできたであろう、怒りと憎しみを撒き散らすように。吐き出された怨恨は、それでも収まらない。あの男を、殺さない限り。

 

 

「──────ォォォォオアアァァァァァァァァァァ ッ ッ !!!!!」

 

 

飛沫したエネルギーが、共振する。神装 エクスカリバーとして力が引き出されている。そう理解した一夏たちも目を疑う現象。龍夜の心に、エクスカリバーが共鳴している。誰もが、そう認識した。

 

 

─────最中、フェイスの吹き飛ばされた向こうから、アームクローが伸びる。爪のように最大限展開されたビームブレードは、龍夜には届かない。

 

たった一振の、エネルギーの刃で斬り払った。それだけで、アームクローが全て両断される。完全に破壊されたアームクローを分離し、砂塵の向こうから逃れようとするフェイスに、純白の閃光が食らい付く。

 

 

『───っ! 私を、捉えるか』

 

「アアアアアアアアアァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

 

その場に倒れたフェイスを踏みつけ、龍夜はエクスカリバーから手を離す。そのまま、無防備な顔面を装甲ごと殴り飛ばす。無論、ダメージはない。それでも構わず、龍夜は叫びながらフェイスを殴り続けた。

 

 

「返せ! 返せっ! 返せッ!! 俺の、俺の家族を! 俺の家族を返せぇぇえええええええええッ!!!!」

 

『─────ふ』

 

「────何が可笑しいッ!!!」

 

 

金属音の響く中、激昂のままに拳を振るう龍夜。フェイスの嘲笑の理由を問い詰める龍夜に、フェイスは言葉を紡ぐ。

 

 

『────“可笑しいだろう。お前はそういうヤツではないからな”』

 

「……………………………あ?」

 

 

思わず、龍夜は動きを止めた。恐らくはISに仕込んでいた発声機でも使用したのだろう。だが、そんなことはどうでもいい。龍夜の聞いたその声は、彼が知ってる人物の声と瓜二つであったのだ。

 

 

「なんで、お前が…………その声を────百合姉さんの、声、を」

 

『────私の事を嗅ぎ回る虫が何匹か居てな。確か、あの声の本人も私を探していた…………今思えば、その女も蒼青という名前だった覚えがある─────まぁ、アレも殺したのだが』

 

 

怒りに満ちていた顔が、一気に崩れてた。見せたこともないような、絶望に満ちた顔。弱々しく震える彼の瞳が、突き付けられた事実を否定しようとする。

 

そうしなければ、耐えられない。そんな風に、龍夜は頭を振るう。振り払うように、必死に言い聞かせる。

 

 

「………うそ、だ。そんな、はず」

 

『知らなかったのか、流石に驚いたな。国連の奴等、偽装でもしたか? なら教えてやろう。あの女がどんな風に死んだのか。一緒にいた男が、どんな顔をしてアレを連れて逃げていたのか。最初からつまびらかに────』

 

「あ…………あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛─────ッッ!!!!」

 

 

許容限界の絶望に頭を抱え、ついに発狂したように叫ぶ。破顔した顔のまま龍夜は近くに突き立てたエクスカリバーを掴んだ。

 

瞬間、吹き荒れるエネルギーの奔流。膨大な光の刃を最大限まで形成したエクスカリバーの一太刀を、一切の迷いなくフェイスへと放つ────斬るのではなく、叩き潰すように。

 

 

『───浅はか』

 

 

そんな龍夜の一撃すら、フェイスは軽々と避ける。当たるように見せかけて、ギリギリで届かない。必死かつ全力で攻撃する龍夜を嘲笑うかのような、悪辣さが滲み出ていた。

 

ゆっくりと立ち上がる龍夜は、エクスカリバーを引き摺りながら近付いていく。殺意を剥き出しにして迫る彼の姿には気圧されるものがある。だが、その直後。

 

 

 

「ぐぅっ!? がああアアアアッ!!」

 

 

バチバチ! と発声したプラズマが龍夜の身体に走る。肉体を突き刺すような痛みによって、龍夜は悶え苦しみ、その場に崩れ落ちた。

 

 

『マスター……!セーフティが発動してます! これ以上、怒りを身を任せては────!』

 

 

『神装』エクスカリバーに篠ノ之束が施したセーフティ。憎悪に支配されることで発動するプログラムを防ぐため、暴走を止めるために束が仕掛けた封印だ。無論、それは龍夜の身を案じた為のものだ。

 

だが、セーフティによってこれ以上の力が引き出せない。それは非常に困る。もっと、力が必要なのだ。この場では、圧倒的な力が。

 

 

しかし、フェイスは言葉を紡いでいく。龍夜の怒りに火を注ぎ、追い詰めるように。

 

 

『どうした? その程度か、お前の怒りは。憎しみは。だとすれば期待外れだ』

 

「────黙、れッ」

 

『此方も手を尽くした訳だが、彼等も無駄死にだったか。もっと怒らせるにはどうするか────寝たきりのお前の姉を殺してやろうか。今度は亡骸を用意してやろう、特別に』

 

 

アリーナに、言葉にならない咆哮が反響する。セーフティが掛けられている中、全身に伝わるプラズマを浴びながら龍夜は前に踏み込む。

 

その眼は、激しい光を伴っていた。限界を超えた殺意を宿し、蒼青龍夜はこの世のものとは思えない、地獄の如くの声を発する。

 

 

「────殺す」

 

『………』

 

「殺す、殺す、殺す、殺す、殺す…………殺す! 殺す! 殺すッ! 殺してやるぅッッ!!!!」

 

 

怒号に応ずるように、束が掛けたセーフティが弾け飛ぶ。白銀の装甲が禍々しい黒へと変質し、龍夜の身体を纏う機体が変貌していこうとしていた。

 

 

『っ!マスター!駄目!これ以上は、貴方自身が呑まれてしまいますっ!』

 

『ご主人様! ご主人様!! りゅーくん!! お願いだよ! 止まって!!』

 

「─────────ッッ!!!!」

 

 

エクスカリバーの巫女、人工知能の妖精の二人が、必死に呼び掛ける。だが、その声は正気を失った龍夜を止めるには至らない。変質を始めようとするエクスカリバー、その聖剣のコアが禍々しい黒へと染まろうとしていく。

 

 

『────そうだ。もっと怒れ、もっと憎め。お前のその激情が、「神装」に組み込まれた「AVENGER SYSTEM」の発動に至る。私の為に、全ての怨嗟を向けるがいい。

 

 

 

 

お前はその為に生まれてきたのだ。私の為に、全てを失え』

 

 

そう告げ、受け入れるように笑うフェイス。ふと、彼が右手を伸ばす。龍夜とは別の場所、足止めの為に放った無人機────それらが沈黙したことを、フェイスは既に気付いていた。

 

 

──────無人機をぶち抜き、ランスを手にした楯無が突貫する。スラスターの加速に身を任せた楯無は凄まじい推進によって、ゼノス・バルハードを貫こうと力が強まる。

 

だが、漆黒の機体が突き出した掌からバリアが展開され、槍を受け止めた。フェイスは顔を向け、感情の籠らない声で語る。

 

 

『────良いところだ。邪魔をするな、更識の現当主』

 

「そういうわけにはいかないわ。彼は私の後輩だからね────ラウラちゃん!」

 

 

叫んだ楯無に、ラウラが動く。彼女はシュヴァルツェア・レーゲンのAICを放ち、その動きを拘束した────フェイスではなく、禍々しい鎧に身を纏おうとする、龍夜を。

 

 

「邪魔を────するなァ!! 」

 

「っ! 馬鹿な、これ程の力を────抑えきれんっ!?」

 

 

バキバキ、と黒い機体が変形していき、龍夜が吼える。その身体が少しずつ動きつつある事実に、ラウラは即座に眼帯を外し、『ヴォーダン・オージェ』を解き放つ。最大限に放ったAICで龍夜の身体を縛るが、怨恨に駆られる龍夜は無理矢理でも突破しようと抵抗する。

 

 

「殺す! 殺す! 殺してやる! 殺してやるぞ!! フェイスゥゥウウウウウッッ!!!!」

 

「─────ああああああああっ!!」

 

 

悲鳴を上げるように、迫る一太刀。それは周りの見えていなかった龍夜には防ぎきれず、胴に切り込まれた。零落白夜を発動した、雪片弐型の一撃を。織斑一夏の斬撃を受けたと、彼が理解したのは遅れてだった。

 

 

「なに、を────」

 

「………ごめん、龍夜。でも、今は止まってくれ!」

 

 

直後、零落白夜の一閃が龍夜のエクスカリバーのシールドを一気に削り取る。はぼゼロになったことで、エクスカリバーは変形直前に、身体を纏う装甲を消滅させることになった。

 

エネルギーの爆発と共に、吹き飛ぶ龍夜。そんな彼を、セシリアが受け止めた。気を失っているようだが、それで良かった。今の龍夜を、戦わせるわけにはいかないのだから。

 

 

『…………白式か、全く厄介なものだ。白騎士の残骸が、今になって私の邪魔をするとはな』

 

「────お前は、何でこんなことをする? 龍夜を追い詰めて、何がしたい?」

 

『答える謂れはないな、織斑一夏。私は常に、プランの為に動く。アレは、そうだな………そのプランの一つに過ぎん』

 

 

フェイスは不機嫌そうに動くが、その本心は分からない。顔が見えない以上、本当に怒っているのかすら分からない。あまりにも、不気味なものを感じさせていた。

 

だが、それでも一夏は叫ぶ。友を苦しめた目の前の敵に、強い怒りを叫んだ。

 

 

「それが理由で! お前は龍夜の家族を殺したのか!? 暁も、そんな理由で─────!」

 

『暁………海里、暁の事か。ああ、そういう話だったか………無論、アレもプランの一つだ。最終的に生まれるであろうモノの価値など、貴様には理解できないだろうがな』

 

 

そんな一夏の声すらも、フェイスには微塵にも響いていないらしい。あくまでも罪悪感すら感じさせない目の前の男が、同じ人間なのか疑う。─────ISを動かしている、地球外生命体と言われても納得してしまう程の、命への冷たさがそこにあった。

 

 

『さて、貴様らのお陰で私のプランの一つが潰れた………まぁ、所詮はサブプランに過ぎない。私の目的に然して必要性はないが、少しばかり面倒だ─────少し、選り取りしておこう』

 

 

立ち上がったフェイスは魔剣を握り直す。横に構えた魔剣を輝かせたかと思えば、ゼノス・バルハード中に新たな武装が展開される。

 

即座に発射された、無数のミサイルを回避する一同。煙からいち早く飛び出したラウラがフェイスへと迫る。左腕のプラズマ手刀を伸ばし、フェイスの仮面へと押し込もうとした。

 

 

だが、ゼノス・バルバードの背中から新たなモノが姿を見せる。複数の間接を有したサブアーム、不意打ちのように現れたそれはラウラの頭を掴んだ。

 

 

『────この程度か、遺伝子強化体』

 

「………なに?」

 

『貴様を生み落とす為に、どれだけの試作型を使い捨てたことか。お前こそ、私の理想に近しい形の一つだ。その価値を落とすなよ、消耗品の姉たちの為にも』

 

 

右腕に装着したカニの鋏のようなフレームが向けられる。やはり左右にバックリと開いた装甲の下には複数の砲口が搭載されていた。そこからレーザーが放たれる直前に、背後から飛び込んだシャルロットが距離を詰めてきた。

 

見えているか、フェイスは即座に対処しようと右腕のフレームを動かそうとして─────ピタリと動かなかった。拘束されたラウラのAICであることを理解した彼に、懐へと潜り込んだシャルロットの六九口径パイルバンカー 『灰色の鱗殻(グレースケール)』の重撃が炸裂した。

 

 

────だが、しかし。

 

 

『───効かないな』

 

 

杭が撃ち込まれたバルハードの胸元には、即座に展開させたシールドが用意されていた。パイルバンカーの重撃を防いだことで破砕したシールドを無視し、隙だらけとなったシャルロットの首を掴むフェイス。

 

彼はサブアームで掴んでいたラウラを放り投げ、魔剣を握り直す。首を持ち上げながら、魔王は口を開いた。

 

 

『シャルロット・デュノア………憐れなものだ。親のせいでお前は妾の子という罪を課せられた────存在自体が、罪な娘よ』

 

「…………確かにそうかもね。それでも、貴方に憐れまれるつもりはないよ」

 

『フム、それもそうか。…………あぁ、一つだけ。思い出した』

 

 

─────アイザック・デュノアを前にしても、同じことが言えるか?

 

その発言に凍り付いたシャルロットに、フェイスは魔剣を振り払う。自然な動きで彼女の首を狙おうとした刃は、間に入ってきた少女によって受け止められた。

 

直後に放たれた衝撃が、フェイスの手からシャルロットを離す。振り返り、無機質な仮面越しの視線が少女────鈴を捉えた。

 

 

『中国代表候補生 凰鈴音────候補生としては完成されているが、私としては興味が湧かないな。何故なら他の奴等とは違い、お前を揺らがせる手段が無いからだ。お前には、成長を見込める転機がない』

 

「………言ってくれるじゃない。挑発のつもりなら無駄よ。アンタの面をぶん殴る気しかないし」

 

『そうだな────日本にいる元父親を殺せば、少しは見込みが増すか?』

 

「────ッ」

 

『やはり子供だな………思ったよりも、感情を抑えられんらしい』

 

 

僅かに揺らいだ鈴に、フェイスは右腕の武装───『ハウスター・セル』を一斉掃射する。元々は複数の敵を攻撃するために開発され、途中で処分されたモノをフェイスが再利用したものである。放たれた複数のビームは回避の可能性を潰すように、鈴を無数の爆発に巻き込む。

 

爆風から吹き飛んでいく鈴を含め、周囲の爆撃を繰り出そうとしたフェイスに閃光が飛来する。それらのビームをヒラリと回避したフェイスの視線が、上空から狙撃してきたセシリアに向けられる。

 

静かな一声が、ハイパーセンサーによって彼女の耳へと届いた。

 

 

『──────あの二人のように、私に逆らうか。血の繋がりは侮れんな、セシリア・オルコット』

 

「っ!? 貴方は─────!?」

 

 

事故で死んだはずの両親。まるで関係があるとでも言わんばかりの口振りに、セシリアの意識が大きく揺れる。戸惑った彼女に狙いを定めたフェイスだが、放とうとした『ハウスター・セル』にランスの一突きが叩き込まれる。

 

 

「セシリアちゃん! そいつの言葉に乗っちゃダメよ!」

 

 

タン! と踏み込んできた楯無。彼女の駆る《ミステリアス・レイディ》に、フェイスは無言からの斬撃を放つ。ナノマシンによる水のバリアを展開した楯無に、フェイスは『ハウスター・セル』を開閉し、そのハサミで楯無を掴もうとしていく。

 

それが開かれた瞬間、ランスを横に構えて『ハウスター・セル』の鋏が閉じるのを防ぐ。一瞬でランスを構え直し、鋏の内側に内蔵したガトリングの弾丸を直接撃ち込んだ。

 

轟音と共に、『ハウスター・セル』が爆散する。使い物にならなくなった武装を放り捨てたフェイスは、楯無へと語り掛けた。

 

 

『全く、お前たちも相変わらず面倒だな。更識』

 

「…………フェイス、亡国機業の王。貴方のような存在は、見逃すことはできない。ここで私達が!」

 

『同じ台詞、聞いたことがあるな────私が殺した更識も、同じことを口にしていたな。死ぬ最期まで、その眼を向けていた』

 

 

暗部を生きる者として、フェイスは嘲りを乗せて告げる。そんな彼の言葉に、一瞬だけ思案してしまう楯無。心当たりがあったのだろう、その隙に斬撃を浴びせようとするフェイスに─────織斑一夏が迎撃する。

 

 

(なんだ…………この感覚)

 

 

ふと、思う。今のは一夏は、自分で思うよりも身軽だった。いつも戦う時よりも早く身体が動く。いつもより、深く踏み込める。魔剣を振るうフェイスに一太刀を浴びせられた自分の成長に自分自身で唖然としていると、フェイスは余裕を明らかに崩した。

 

 

『────ああ、やはりか。やはりお前たちが、私の邪魔をしてくれるな! 織斑!!』

 

 

怒りでも余裕でもなく、高揚したのだろうか。一夏を、いや、誰かを見ての発言だ。その眼が捉えているのは、一夏ではない誰かの事だ。その誰かへの感情が何なのか、一夏には察することは出来ない。

 

無機質な内側から感じる狂気だけは少なくとも理解できた。引き下がった一夏へと追撃を繰り出そうと、ゆっくりと歩み寄るフェイス─────その身体が大きく揺れた。

 

ゼノス・バルハード。無機質な全身装甲のISが、不調を起こしたように点滅する。装甲の隙間の光のラインが怪しく光り始め、手足が小刻みに震え出す。

 

だが、その変化も一瞬。ゆっくりと顔を動かしたフェイスは、自身の掌を見下ろし、呟く。

 

 

『─────時間切れか。少し力を過ぎたようだ』

 

 

今更逃げるのか、と言うことすら出来ない。そんな余力はもうない。連戦続けもあって、彼等にはもうこれ以上戦える力が残ってないのだ。

 

ただ睨むことしか出来ない皆を睥睨し、フェイスは魔剣を振るう。その直後、空間が裂け────開く。大きく割れた空間の亀裂に向かい、フェイスは歩いていく。

 

 

『………今は退こう。次に会うことを楽しみにしているといい』

 

 

そして、暗黒の魔王が亀裂の中へと消えていった。本当にこの場から離れたらしい、一同が今度こそ安堵の呼吸を漏らす。本当に、ようやく戦いが終わったのだ、と。

 

 

石ころを蹴る音が聞こえ、振り返った一夏たちは立ち上がっていた龍夜に気付いた。フラフラ、とよろけながら歩み寄る龍夜に、一夏は心配そうに声をかけた。

 

 

「…………一夏」

 

「龍夜、大丈夫────」

 

 

────直後、龍夜は躊躇なく一夏を殴った。ISを解除していなかったから、ダメージはない。それでも、一夏はよろけてしまった。血が滲んだその拳が、あまりにも痛々しかった。

 

 

「なんで、邪魔をした………?」

 

「…………龍夜」

 

「答えろ! 何で俺の邪魔をした!? あと少しだった、あと少しだったんだ!! アイツに近付けた! アイツに届いたんだ!! あと少しで、俺は─────ヤツを、殺せるところまで近付いたのにッ!!」

 

 

感情的に叫ぶ龍夜に、何も言えなくなってしまう。いつも冷静で常に助言などをしてくれる、頼り甲斐のある友人が、ここまで感情に動くところは見たこともない。

 

シールドが発動しているとはいえ、龍夜は一夏の胸ぐらを掴んで感情を爆発させていた。咄嗟に、ラウラと鈴が取り押さえて引き剥がす。ISを纏う二人に生身では勝てない、或いは感情を吐き出したことで落ち着いたのか、龍夜はそれ以上叫ぶことはなかった。

 

一悶着あったところで、深く沈んだ空気の中、回線に通信が入る。

 

 

『────聞こえるか、更識』

 

「はい、織斑先生。通信は復旧したみたいですね」

 

『…………学園に侵入した敵は全て撤退した。これより学園は処理に入る。織斑を含め代表候補生と共に、今すぐ理事長の所に集まれ。以上だ』

 

 

落ち着いてはいるが、張り詰めたような千冬の声。この状況がまだ完全に片付いた訳ではない、そんな雰囲気を感じさせる険しさがあった。

 

ふと、二人が手を離したことで解放された龍夜。彼は近くに転がっていたエクスカリバーを手に、此方を見向きもせず立ち去る。

 

 

「……………」

 

 

周囲全てを拒絶する強い憎悪を滲ませ、蒼青龍夜は前に進む。自分が冷静ではないことを理解した上で、彼は憎悪という火を燃やすのだった。

 

 

────かつてまで胸に秘めた思いすらも燃やし、蒼青龍夜は憎しみを糧に進む。たとえ、その過程で全てを失おうとも────その先で、自分が死ぬことになっても。

 




龍夜としてはようやく出会えた復讐の相手、生涯会えるかも分からない相手だからこそ、殺すことに執着していた。勝てないことすら忘れる程に。

そして、一夏が龍夜に攻撃(零落白夜の一撃)を浴びせたのは、暴走しかけた龍夜を止めるために。一度暴走させた結果があるからなのと、楯無の指示もあっての行動。

当の本人は頭に血が上っているので、助けられたというよりも先に邪魔をされたという怒りをぶつけた訳です。(そもそも、龍夜の前提として優先するのがフェイスを殺すことであり、自分の命など最初から考えてないからこそ、助けられたことを邪魔だと認識してる)


家族を(寝たきりの姉を除いて)殺した敵との対面、教えられた事実によって、更なる憎悪を深める龍夜。仲間たちの声すら届かないほどに怒り狂った彼が、果たしてどのような選択をするのか。


次回『拒絶、そして───』、次回もお楽しみにくださいませ! それでは!


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第94話 拒絶、そして───

「─────早速だが、今回の騒動は外部勢力からの襲撃と判断されている」

 

 

理事長室に集められた一同の前で、千冬が淡々と事態の全貌を話す。彼女の近くで、いつも穏やかそうな時雨理事も何処か張り詰めた雰囲気を滲ませていた。笑顔なのには変わらないが、今ではそれが仮面のような空虚さを感じさせる。

 

短時間で纏め上げた資料を手に、千冬は理事長と一夏たちへの話す。

 

 

「襲撃者たちの殆どは無人兵器であった。大半は陸奥、長門、エスツーが相手をしていたらしい。…………お前たちが相手をした奴等とは別に、他二名のIS操縦者も居た。その二名は、学園に来賓として来ていたエレクトロニクス機社 社長を狙ったとの話だ」

 

話を聞いた所、社長であるアレックスが証言したらしい。襲撃したISの一つはアメリカが強奪された『アラクネ』であると、その操縦者はアメリカの人間であったことも、全て話してくれた。

 

千冬としては、アレックスの発言に嘘はないと確信している。昔の付き合いもあり、彼が回りくどい事をしですかようには見えない。恐らく、本格的に被害者の一人なのかも知れない。

 

 

「話を聞こう。お前たちの方では何があった?」

 

 

一夏たちは、素直に事の詳細を話した。アリーナでの襲撃、強襲してきた二機のIS それを操るエムという少女、エヌ────織斑ノエルと名乗った少年。

 

そして、後に姿を現したフェイスとの交戦。突然姿を消した彼との騒動の全てを聞き、千冬と理事長は静かに眼を伏せる。

 

 

「…………そうか。ご苦労だったな、お前たち」

「無理をさせてすまない、君たちが無事で何よりだよ」

 

 

二人の大人(一人はまだ少年だが)からの穏やかな言葉を、一夏たちは聞き入れた。ただ一人、彼等から距離を取った龍夜だけがマトモに反応をしなかった。強い苛立ちに顔を歪め、不機嫌という感情を誤魔化そうとしない。

 

 

「───お前達に話しておきたいことが、他にもある」

「…………何でしょうか?」

「学園のネットワークに、何らかのデータが残されていた。時間的にも、フェイスとやらのものだろうな」

 

 

そう言って、空中のホログラムに一つの画像が照らし出される。無数の記号やアルファベットの羅列。難解なその文に、誰もが疑問を示す。その意味を理解した、ただ一人を除いて。

 

 

「複雑な暗号で、解読には時間が掛かる。だが、何かを伝えようとしているものだと─────」

「…………舐めやがって」

 

 

突然の悪態に、千冬を含めて全員が驚く。ビキビキ、と激しい怒りに震える龍夜がそこにいた。本来であれば、説教されるはずなのだが、千冬すらも彼の放つ怒気を察知していたらしい。

 

千冬の視線、意味を問う眼差しを受け、龍夜は不愉快そうに吐き捨てる。そこまでの怒りを覚える、理由を。

 

 

「果たし状ですよ、これは」

「………なんだと?」

「…………指定の時刻まで、指定の場所に来い、と。ホントに舐められたもんだな、何処までヤツは俺の事を馬鹿にしてやがる」

 

 

不機嫌そうに、龍夜はホログラムを発生させる装置に近付く。千冬の制止すら無視し、取り出したチップをスマホに連結した装置に差し込んだ。そしてすぐに、チップを装置に戻す。恐らく、中のデータだけをコピーしたのだろう。

 

 

「…………暗号の方は解読してみます。ヤツが待ち構えているのなら、話が早い」

「────待て、蒼青。果たし状には、何と書いてあった?」

「……………」

「────答えろ、蒼青。そこには何と書いてあるのか、そう聞いている」

「…………答える意味があるとでも?」

 

 

絶対零度のような詰問の声に、龍夜は物怖じしない。それどころか鋭い目付きで、千冬を睨み返している。地獄のように低温を通り越した空気の中で、割って入れる者は誰一人としていない。

 

そんな空気を打ち破るように、口を開く声があった。

 

 

『────龍夜くんに、向けたものなんだよ。この果たし状は』

 

 

龍夜のスマホの中に居る人工知能、電子妖精 ラミリアだ。彼女が千冬へと、この場に居る皆に全てを明かした。その声は何時ものような天真爛漫さもなく、必死さを漂わせている。

 

本当か、と問い詰める視線に龍夜は口を閉ざす。ひきつった口を噛み締め、次に口にしたのは取り繕う為の、否定の言葉だった。

 

 

「………違う、そんなことはない。嘘を言うな」

『違わないもん! だって、龍夜くんのことを言ってるんだよ! 家族の仇を討ちに来いって、書いてあるから!』

「……………ラミリア、頼む。黙ってくれ」

『黙らない!だって、龍夜くんは一人で行くつもりでしょ!? 先生に止められるって分かってるから! 皆に邪魔されたくないから、一人でアイツに挑むつもりなんでしょ!? 死ぬかもしれないって、分かってるのに─────!!』

「────黙れと言ってるんだッ!!」

 

 

爆発するような怒声に、ラミリアは口を閉ざした。その顔は涙を堪え、必死に震えている。画面に移る彼女の目を見て、龍夜は「…………くそっ」と、吐き捨てるしかなかった。

 

それだけで、ラミリアの言ったことが全て事実であることは明白だ。舌打ちを吐き捨て、龍夜はその場から離れようとする。

 

 

「何処へ行く、蒼青」

「────ヤツを殺しに行く。これは俺個人の問題です、止めないでいただきたい」

「残念だが、承伏しかねる。私はお前の担任であり、お前はIS学園の生徒だ。生徒であるお前を危険に晒すことは出来ない。悪いが、抵抗するなら力ずくで制圧するぞ」

 

 

呼び止める千冬の言葉に、嘘偽りはない。その気になれば全力で龍夜を無力化することが出来るのだろう。龍夜とて、正面から反抗するつもりはない。織斑千冬に勝てると思うほど、自惚れる気はない。

 

 

「今更、バカ正直に逆らう気はない。だが此方としても考えがある」

 

 

溜め息と共に、龍夜は足元に置いていたバッグからファイルを取り出す。ファイルから抜き取った書類を、理事長の机へと叩き付けた。

 

 

「っ!? これは───」

「………君は、そこまで………」

 

 

千冬と時雨の二人が、言葉を失う程の物。気になった一夏たちも何とか覗こうとするが、目の当たりにした者はすぐにも硬直してしまった。一つの文字が、彼等の意識を大きく揺るがしたのだ。

 

─────『退学届』という、一文字を。

 

 

「────俺がIS学園から退学すれば、全てカタが付く。だから、これにサインをしろ」

 

 

一気に、空気が凍り付いた。本気で言っているのか、と一夏たちの視線が龍夜に向けられる。しかし、彼は見向きもしない。意図的に、眼を逸らしているようにも見える。

 

嘘だと否定して欲しかった。だが、無言のまま平然と立ち尽くす龍夜に、徐々に事実だと理解させられた。

 

 

「………本気で言ってるのか」

「本気も何も、大マジだ。アンタ達が俺を守るのは生徒だから、だろ。 なら自分から生徒を辞めるって俺の意思は無視できない、何よりこれなら学園の立場も揺るがない。お前らは面子を保てる、散々面倒を起こす問題児を追い払える────Win-Winな話だ」

 

 

淡々と語る龍夜は、千冬の顔を見ようともしない。彼女の顔は、それ程までに動揺に揺れていた。それでも、引き留めようと言葉を探しているのだろう。口を閉ざし、噤んでいた千冬に代わって、理事長が答えた。

 

 

「────良いだろう。それが君の覚悟なら、僕らに止める権利はない」

 

「っ! 理事長!!」

 

「………IS学園は外部からの干渉を許さない。だが、それはあくまでも外部の話。生徒本人の意向を、拒否することは出来ない。僕たちIS学園にも、自主退学の余地は残されているからね」

 

 

ここまで来て引き下がる気はない。龍夜から放たれる無言の圧力から全てを受け止めたであろう理事長は諦念したように笑うしかなかった。悔しそうに押し黙る千冬の前で、時雨は自分の名前をサインする。その横に、判子を押そうとしたところで、龍夜の眼を見据えた。

 

 

「この判子を押した時点で、君はIS学園の生徒ではなくなるた。君はただ一人の一般人であり、この学園に立ち入る資格もない………君がどうなろうと、僕たちに手出しも干渉は出来ないだろう。──────復讐を果たしたとしても、君はここに戻れないんだ。それでも、良いのかい?」

 

「…………覚悟の上だ。今更躊躇うつもりもない」

 

「そうか………残念だよ」

 

 

静かに、本当に残念だと呟き、時雨理事長は判子を押した。止めることなど、誰にも出来なかった。静寂の中で理事長は退学届を手にし、両目を伏せる。

 

 

「承認した────たった今から、君はIS学園を退学した。もう僕らに君を止める理由はない」

 

「────数ヶ月の間、世話になった。俺のことは好きに忘れてくれ」

 

 

千冬と時雨、二人に向けて深く頭を下げる龍夜。そんな彼の言葉に、二人は何も返さない。それでも充分だった。そのまま立ち去ろうとする龍夜を、一夏は呼び止めた。

 

 

「────龍夜!」

 

「……………」

 

 

扉に掛けた手を下げ、龍夜は振り返る。そこに、全員が並んでいた。一夏も箒も、セシリアも鈴も、シャルロットもラウラも、そして楯無も。そんな彼等に、龍夜は一瞬だけ言葉に迷いながらも─────口にするべき、無機質な言葉を告げる。

 

 

「そういうことだ。俺は今から暗号の解読を始める。ここから離れてな」

 

「本気で、本気で言ってるのかよ!? 本当にお前は、それで良いのか!?」

 

「…………最初からこの為に、俺は学園に来たんだ。目的を果たせないなら、ここにいる意味はない」

 

 

だからこそ、あの退学届を入学した時から書いていたのだ。この日の為、この時の為、ヤツを追う為────自分に絡み付くであろうしがらみから解き放たれる為に。

 

蒼青龍夜は、一度も目標を違えたことはない。自分はあの時から、変わってなどいない。フェイスへの復讐の為に、蒼青龍夜はここまで来たのだ。その意思は、今になってもぶれることはあり得ない。

 

 

「────死ぬわよ、龍夜くん」

 

「……………はぁ?」

 

「フェイスは、貴方が勝てるような相手じゃない。ほぼ間違いなく、貴方も死ぬわ。勝てたとしても、恐らくは相討ち。貴方は絶対に、フェイスを倒して生きて帰れる保証はない。…………ほぼ間違いなく、貴方が殺されて終わるわよ」

 

 

冷徹に、それも容赦なく告げる楯無。いつも不機嫌になるであろう龍夜は顔を歪め────笑い始めた。抑え込んでいた衝動を吐き出すように、大声で笑い出す。その様に、楯無は真顔のまま「…………何が可笑しいの」と詰め寄った。

 

そんな彼女に、龍夜は呆れ果てたように吐き捨てる。

 

 

「呆れたもんだ。生徒会長ともあろう者が、なんて情けない。この俺が、今更自分が心配で引き下がるとでも思ったか?」

 

「…………っ」

 

「良くて相討ち?────上等だ。ヤツを殺せるなら、俺は何だってする。元より、これ以上生きる理由なんてない。死んでも殺してやるさ!!」

 

 

本気で言ってるのか、と絶句してしまう。そうまでする程に、命を捨て去る程に、蒼青龍夜の憎悪は強く深いものなのかと。

 

彼は最早、自分を何とも見ていない。天才と自負し、自信満々に振る舞っていた彼にとって、自分の命は復讐よりも軽く、大事にするものではないのだ。

 

その瞬間、その言葉を聞いた一夏の頭が────爆発した。

 

 

 

「お前────それだけは駄目だろ!!」

 

 

思わず、掴みかかる。怒りに駆られた一夏は胸ぐらを掴んだまま、龍夜を壁に叩き付けた。あまりにも直情的に、衝動に従った、感情的な行動だ。一夏がそこまで怒りを覚えたのも、理由があった。

 

自分が死のうと関係ない、何なら望んで死んでやる。そんな言葉を、堂々と口にしたのだ。自分達の前で────彼に好意を宿す、セシリアやラウラに向かって。

 

 

「お前がアイツを憎いのは分かる! その気持ちは理解できるさ!! けど、それだけは、そんなこと言うのは駄目だろ! 俺や箒、鈴もシャルも、楯無さんも千冬姉も理事長も、セシリアもラウラも! 皆お前のことを心配してるんだぞ!? なのに、どうしてそんな捨て鉢になれるんだよ!?」

 

「……………俺に、復讐を諦めろとでも言うのか?」

 

「違う! もっと他にあるだろ!そんな無茶しなくても! 俺達だっているんだ、もっと自分を大切にしろよ! 俺達にも、頼ってくれよ!!」

 

 

本心から言葉。一夏にとって龍夜は大切な仲間であり、数少ない友人であった。だからこそ怒りと憎しみに囚われている龍夜を止めたいと言うのも、本心だった。

 

ただ、悲しいかな────蒼青龍夜の心には、届かなかった。

 

 

「────はッ、自分を大事にしろ? 俺達がいる? 本当に、おめでたいんだな」

 

 

侮蔑するように吐き捨てる龍夜に、一夏は「何だと!?」と食いかかる。詰められた龍夜は自嘲するように笑い、項垂れた。

 

俯いた彼は、両手を見下ろしながら語り始める。

 

 

「昔の俺は何も理解してなかった。けど、今になって分かる─────俺は、俺の家族が大好きだった。家族が笑っていられるのなら、俺は何も求めなかったくらいに」

 

「………龍夜」

 

「けど、父さんと母さんは殺された。義兄さんと百合姉さんは俺を置いて復讐して、殺された。そして、零姉さんは失明し、心も殺された。皆、誰かに殺されたんだ」

 

 

家族への愛があったからこそ、憎悪へと膨れ上がったのだ。自分の才能を認識し、認めない相手を凡愚と見下す龍夜にとって、家族とは唯一無二の存在だったのだろう。

 

一夏だってそうだ。自分の父と、姉は大切な家族だ。だからこそ龍夜のことは理解できると信じていた。だが、龍夜はそう思ってなかった。

 

 

「一夏。お前、気持ちは分かるって言ったな。じゃあ教えてくれよ。どんな気分だったと思う?」

 

「えっ」

 

「何処か遠くで家族が誰かに殺されたと知った時、その家族が最期まで自分の子供の心配をしていたと知った時。二人の遺体も国連に奪われ、遺骨の無い棺の前で葬式をした時。家族を殺した相手が今も平然と生きていると理解した時、どんな気持ちだったか、お前に分かるか?」

 

 

呪詛のような、濁りきった声。その声に、一夏は答えられない。だって、そうだ。一夏はそんな経験をしたことはない、そんな体験をしたことのない彼には、答えられるはずがない。

 

震えたその手は、一夏の方に伸びる。上げられた顔から見える、怨嗟を灯した眼光。呼吸すら出来なくなった一夏に、激情を宿した龍夜が叫んだ。

 

 

「分からないよな? 分かるはずがないよな─────何も失ってないお前に!俺の気持ちなんて分かる訳ないだろうがッ!!」

 

 

 

龍夜の手が一夏の胸ぐらを掴み、そのまま持ち上げる。男子とは言えど、それ相応の重さのはずだが、龍夜は軽々と持ち上げていた。胸元を圧迫され、一夏は言葉が出ない………それどころか、息すら儘ならない。

 

突然の行為に、箒が飛び出そうとする。それを制したのは鈴音だった。本来ならばいち早く怒るはずの彼女ですら、この状況に割って入ることすらしない。いや、出来ないのだろう。

 

 

「言えよ! 言ってみろよ! どんな気持ちだ!? 分かるんだろ!? 実の親が殺されて、その事をニュースや新聞で取り上げようとマスコミに詰められて、家族の死をネタにされるのがどんな気持ちか! 家族が自分の前から次々と消えていくのが、どれだけ辛いか! 大切な姉が、他人の八つ当たりで傷つけられて、心を壊された時の絶望がどんなに深いか! 教えてくれよ! 分かるって言ったよなぁ! お前!!」

 

 

答えられない一夏に、龍夜の思考が冷静になっていく。次第に力が緩み、まるで放り投げるように一夏から手を離す。吹き飛ばされ咳き込む一夏を見下ろし、龍夜はどうでも良さそうに吐き捨てる。

 

 

「これは俺の生き方、俺の命だ。勝手だろ、自分の命の使い方を、自分で決めて何が悪い」

 

「………っ、お前…………!」

 

「───家族を失っても、同じことが言えるか見物だな」

 

 

言われて、一夏は口ごもった。何も言えず項垂れる彼から目を離し去ろうとする龍夜だが、すぐに歩みを止めた。彼はスマホの中で、必死に呼び止めるラミリアを見る。

 

 

「………お前も、俺の邪魔をするか。ラミリア」

 

『邪魔なんかじゃない!助けたいんだよ! 龍夜くんを死なせたくないから! だって、私の家族だから!』

 

「─────そうか」

 

 

僅かな沈黙の後に、龍夜はスマホを操作した。短い動作に戸惑うラミリアだが、彼女の姿は龍夜の端末から消える。ふと、電子音に気付いたシャルロットがスマホを取り出すと、ラミリアはそこに移動させられていた。

 

本人も戸惑いを隠せない。だが、すぐに龍夜のスマホから弾かれことを理解する。

 

 

「………シャル、ラミリアを任せた。その子と一緒にいてやってくれ。友である、お前に託す」

 

「龍夜………っ」

 

『嘘、ウソ、ウソ! 止めて!止めて! 一緒に連れてってよ! お願い!お願いだから!─────マスター!!』

 

 

後ろからの声に、龍夜は反応しない。する訳にはいかない。『復讐』という選択をした以上、彼等と同じ道は歩けない。彼等が自分を、蒼青龍夜を止めようとすると分かっているから。

 

その上で、今生の別れになると覚悟し、龍夜は最後の言葉を残した。

 

 

「────じゃあな。お前らと出会えて、楽しかった。けど、もう俺の邪魔をするな。俺も、お前らの邪魔はしない。二度と」

 

 

そうして、龍夜は扉から出ていった。もう二度と戻ることはない。深く下げた瞳を開いた時には、胸の中に渦巻いた感情はない。フェイスへの憎悪に染まった瞳で、世界を見据えるのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「────あいつ、あんなこと言うなんてね」

 

 

沈黙の最中、肩を竦めて鈴が一言漏らす。軽口という割には、複雑そうな表情であった。何も言えない、明らかに落ち込みを通り越した空気の最中、項垂れていた一夏が縋るように千冬へと声をかける。

 

 

「………千冬姉、アイツを助けには………」

 

「────それは無理だ、織斑くん」

 

 

バッサリと、時雨が一夏の言葉を斬って捨てた。常時のような笑顔ではなく、学園の理事長としての真剣な顔立ちである。

 

 

「彼は最早、IS学園とは無関係の人間となった。この退学届がある以上、君たちが彼を連れ戻すことは出来ない。出来たとしても、暴行や誘拐という行為になる。僕たちIS学園でも、無関係な一般人に干渉は出来ないのさ」

 

「…………龍夜を、見捨てろって言うんですか」

 

「それが彼の望みだ。たとえ今の君たちが連れ戻しにいっても、拒絶されるのが関の山だと思うし。懸命だろう」

 

 

あまりにも無慈悲で、あまりにも冷酷な判断だった。悔しそうに口を噛み締める一夏だが、いつものように食い下がることもない。そんな子供たちを見渡した時雨は、静かに告げた。

 

 

「────君たちも少し休みなさい。色々と問題が立て続けに起きてるからね、整理する時間が必要だろう」

 

 

皆、意見することはなかった。理事長の部屋から出た後、各々は即時解散することになる。彼等の心に、深い影を残しながら。

 

 

 

◇◆◇

 

 

そして、人のいない学園の庭園。僅かなエリアに設立されたそのエリアのベンチで、一夏は力なく座っていた。自身の掌と、待機状態の白式を見下ろす。

 

 

「…………何してんだろうな、俺」

 

 

強い無力感が、一夏の身体に押し掛かる。いつもの自分ならば、何とか奮い立っていただろうが、今はそんな気力すらない。

 

 

 

「皆を守るって、決めたはずなのに…………友達一人も、守れやしないなんて」

 

 

あの時、誓ったはずだ。

この手で、その力で、皆を守ってみせると。仲間を、大切な人を、何より─────越えたいと、並びたいと願った青年(友達)を。

 

だが、友はそれを望んではいなかった。必死に差し伸べた手は、強い拒絶と共に振り払われた。彼は、仲間など必要としていなかったのだ。彼には、復讐だけが全てだから。

 

 

「…………俺は結局、何も分かってなかったんだな」

 

 

龍夜の過去を知った時、両親を殺されたと聞いた時は酷く憤った。そして、同情し、彼のことを支えたい、そう思っていた。それが浅はかであったと、今になって理解する。

 

蒼青龍夜の憎悪は、何よりも深かった。全てを切り捨てでも、己の命すら使いきってでも復讐を目指す程に、彼にとって家族は絶対の存在だったのだ。

 

 

────じゃあ教えてくれよ、どんな気分だったと思う?

 

 

あの時の言葉が、ずっと木霊する。気持ちは分かる、そう言った言葉に嘘はなかった。どれだけ辛いのか、どれだけ憎いのか、理解できると思ってたことに。

 

だが、ああ言われてようやく自分が何も分かってなかったことを理解した。分かるはずもない、織斑一夏は蒼青龍夜のように家族を失っているわけではない────理解など、出来るはずもないのだから。

 

 

守ることも助けることも、一夏としては躊躇はなかった。だがそれは、仲間であることが────信頼されていることが前提だ。仲間ではないという強い拒絶を受け、どうすれば良いのか分からずにいた。

 

 

─────故に、織斑一夏には助けに向かうという決断が出来なかった。初めて他人からあそこまで拒絶されたこともあり、怖かったのだ。またあんな眼で見られることが、手を振り払われることが。

 

そんな自分に、嫌悪を隠せない。どうしようもない程自分勝手な自分に、呆れるしかない。かと言って、どうしようもない以上、一夏はこの場で自己嫌悪に浸ることしか出来なかった。

 

 

そんな最中、険しい声が響いた。

 

 

「────何をしている」

 

「………?」

 

「ここで何座っている、と聞いている」

 

 

前を向くと────真っ白な鎧が、そこにあった。ただ、純白というわけではない。その鎧には白以外に赤色や銀色などの装甲が目立っている。自然と白騎士…………白式に似てると思ったのは、気のせいだろうか。

 

思わず、一夏は幻だと受け止めた。ここに知らないヤツがいるはずもない。恐らく、自分の罪悪感とやらが見せる幻影だろう。そうやって俯く一夏は、幻影に答えることにした。

 

 

「何をしてる、か。何したいんだろうな、俺は」

 

「………ふざけているのか?」

 

「俺ってさ、ガキだったんだ。皆を守れるって、友達を助けられるって、本気で思ってた。けど、俺に何か守れたのか?」

 

 

ヴァルサキスの脳として利用された人工知能 ミハイルは、友達の前で死ぬことになった。親友の海里暁は、自分の知らない場所で殺された。そして、蒼青龍夜を助けるどころか、拒絶される始末だ。

 

今の自分に、友達一人を助けに行って────その手を取って貰えるのか、そんな疑問が一夏の心を縛っていた。

 

そんな彼の思いを知り、幻と思われるモノは────、

 

 

 

「……………それで? それが諦める理由なのか?」

 

 

強い感情を秘めて、アッサリと告げた。何だと、と視線を向ける一夏に、幻影は嗤う。軽蔑を隠さず────心から、嘲笑う。

 

 

「相手に拒絶された、だから諦めた。その結果、そいつが死んだ。けど、仕方なかった………だって、助けを振り払われたから、拒絶されたから─────お前はそうやって諦める自分を正当化する訳だ。何ともまぁ、ガキの考えることだ」

 

「じゃあっ!! 一体どうすればいいんだよ!?」

 

 

あまりにも辛辣な言葉に、思わず言い返す。多くの戦いの結果、何も守れてない自分の力すら信じられなくなっていた一夏。だから、今の自分に助けられるのか、とすら考えてしまう。

 

 

「───知ってるヤツの話をしよう」

 

 

深い静寂を経てようやく、口を開く。幻影は懐かしむように語り始める。

 

 

「ソイツは誰よりも正義感が強く、誰よりも情に厚く、誰よりもバカだった。ソイツは皆を守る為に戦い、それを貫き通して死んだ─────たった一人の息子を、置き去りにしてまでな」

 

「………何が、言いたいんだよ」

 

「────救いようのないバカで親失格だが、俺はそこだけは評価してる。他人を助ける為に命を張るようなヤツだが、最後まで曲げなかったあの人のそういうとこは────否定はしないし、そこだけは信じられる」

 

 

顔を覆う鎧で見えなかったが、その相手とは複雑な相手なのだろう。嫌いと言わんばかりの言葉に籠められていたのは、それとは正反対の感情であるからこそ。

 

本当に幻影か? と思わず疑問を覚えた一夏。そんな彼に、幻影なる鎧はハッキリと、言わんとすることを口にした。

 

 

「─────だからこそ、俺は自分を曲げるつもりはない。どれだけ苦難の道となろうと、俺は自分の決意した望みを叶える。その望みを果たすまで、俺は止まることもないし、逃げることも有り得はしない。それこそが、力を求め、与えられた力を受け入れた者の責任だからだ」

 

「…………あ、」

 

 

そこで、一夏は思わず息を呑む。思い出すのは、初めてISに触れたあの日と、初めて白式で戦った時のこと。

 

一夏は望んで、自分の意思で触ったはずだ。そして、自分の意思で白式を受け入れ、自分の意思で刃を手にした。その時点で、織斑一夏の原点はそこにあったのだ。

 

────大切な皆を自分の手で守る、とそう誓ったのだ。その掌にある力、手首に嵌められた待機状態の白式。それらの重さを、改めて感じる─────かつて自分が決意した、覚悟の重さも。

 

 

「お前だってそうだろ、織斑一夏。何のために学園に来た。何のために白式を受け入れた─────何のために、強さを求めた」

 

「俺は…………っ」

 

「なのに何故立ち止まっている。怖いからか?助けられないことが! 恐ろしいのか? また拒絶されることが!────俺の知る織斑一夏は! そんな腑抜けではなかったはずだ! お前自身が、誓ったはずだ! 何があっても、あらゆる理不尽から皆を守ると! その為に戦ってきたんじゃないのか!? それともアレは────お前にとっては格好つける為の出任せだったのか!?」

 

「そんなワケ、ねぇだろっ!!」

 

 

立ち上がった一夏は、大声で否定する。さっきまでの自暴自棄とは違う、自分自身を取り戻した男の言葉であった。

 

幻影は感心すら訳でもなく、鼻を鳴らす。立ち直らせた一夏のことを当然だと言わんばかりに見据えながら────ふと、指差した。

 

 

学園の向こうに見える、海を。深く、輝かしい蒼に満ちた地平線。そちらを指差したまま、幻影は厳しく告げる。

 

 

「…………なら戦え。どれだけ辛い道になろうとも、お前に止まる選択肢はない。自分自身の選んだ道だろ、途中で諦めるなんて、俺は認めない」

 

「…………ああ」

 

「───死ぬまで誰かの為に戦え。お前自身が選んだ道だ。今更止めることなど許さない。許される訳がない。たとえ未来に待つのが絶望であっても、抗い続けろ────青臭い理想でも、最後まで抗うこと止めなければ、必ず叶う。お前自身が、信じる限りな」

 

 

蒼い海を見据えた一夏は、勿論だと答えた。もう二度と、迷わない。揺らいだままではいられない。景気付けに頬を叩き、強い痛みを感じ取る─────これで、充分だ。

 

 

ふと、隣を見た。そこにいるはずの姿はなく、完全に消え去っていた。やはり、幻影だったのだろう。それでも、感謝は言いたい。あの幻影の叱咤が無ければ、織斑一夏は織斑一夏ではなくなっていた。

 

 

「─────一夏」

 

 

振り返ると、そこには箒が立っていた。恐らく自分の様子を見に来てくれたのだろうか。表情に残る不安は、一夏の顔を目にしたことで消え去った。

 

 

「………心配になって声をかけに来たが、大丈夫だったみたいだな」

 

「ああ、俺の方は大丈夫さ…………ところで、どうしてここに?」

 

「───お前と、考えていることは同じだ」

 

 

ふと、箒の後ろに鈴たちがいることに気付いた。此方を待っているように並ぶ皆の姿に一瞬だけ戸惑うが、あくまでも一瞬だけだ。

 

 

「連れ戻しに行くぞ、私達の仲間を」

 

「─────おうッ!」

 

 

少年少女たちは誓う。彼を助けに行くと、己自身の心に、魂に誓って。

 

 

◇◆◇

 

 

「───理事長っ!!」

 

「やぁ、君達。休むように言ったんだが、もう良いのかな?」

 

 

部屋に踏み込んだ一夏達を、時雨理事長は何時もの笑顔で迎え入れた。千冬はその近くでコーヒーを淹れていたようだ。理事長に頼まれたのだろうが、千冬がそんなことをするとは彼女をよく知る者達からすれば衝撃だ。…………いくら家事をしないタイプと言えど、立場上の上司を動かすわけにはいかないだろうし、当然なのだが。

 

そんな理事長に、一夏は息を呑み────頭を下げた。他の皆も、同じように深く腰を折る。驚く千冬の視線を受けながら、一夏達は頼み込む。

 

 

「お願いです!理事長! 龍夜を助けに行く許可を下さい!」

 

「…………お前達」

 

「─────はぁ、君達は学ばないね。僕が言ったことを忘れたのかい?」

 

 

冷静に、冷えきった声で時雨は告げる。両手を組んだまま目を細める彼の視線は、絶対零度に等しい。少なくとも、一夏達は心臓が撃ち抜かれたような感覚に襲われる。

 

トントン、と時雨は手元に置かれた書類を指差しながら語る。

 

 

「彼は自分の意思で退学することを選んだ。その意思は僕にもどうにも出来ない────この退学届がその証明さ。これがある以上、君達の行動を容認できない。理解して欲しいね」

 

 

威圧感を放ちながら諭す時雨に、一夏は退かずに向き合う。自分の話を素直に聞こうとしない生徒達に、時雨ははぁと溜め息を吐き捨てる。淡々と、彼等を睨みながら千冬に呼び掛けた。

 

 

「話は終わりだ…………そうだ、織斑先生。少し喉が渇いた。そこのコーヒーを入れてくれないかい?」

 

「……………ええ」

 

 

静かに答えた千冬は、淹れたばかりのコーヒーを机の上に添える。カップの取っ手を掴み、口に含んだ時雨は────思わず吹き出した。唐突すぎることにビクッ! と震えた一夏達だったが、ふと誰かが声を上げる。

 

 

彼等の視線は──────零れたコーヒーで濡れた退学届に集中していた。

 

 

「ちょっとぉ!砂糖入れてよぉ織斑先生! すごい苦いじゃないかぁ!」

 

「それは失礼…………それよりも理事長、盛大にぶちまけましたね」

 

「ん?─────おわっ!? あー、あー、あー! 何て事だー、退学届にコーヒーがぶちまけられちゃったなー!これじゃあ公的にも使えないなー、これはー」

 

 

あははは、と困ったように笑う時雨。しかしその動きは精錬されたものであり、即座にコーヒーをぶちまけた退学届を処分していく。

 

状況がよく分からない少年少女達に、時雨はさっきまでも怒気を静めて振り返る。穏やかな微笑みを浮かべて、彼は肩を竦めた。

 

 

「…………という訳でね、この退学届が使えない以上、彼の退学は一時取り消しということになる。この話に関しては彼本人から聞くか、本人に書いて貰う以外無くなったよ」

 

「り、理事長っ!」

 

「────私が許可する、連れて帰って来なさい。面倒事は僕たちが対処するからね」

 

 

ありがとうございますッ! と心からの喜びを抑え切れない声が響く。一夏達の覚悟を理解し、背中を押すことを選んだ時雨と千冬は微笑みを崩さない。

 

もう迷わない。今度こそ、助けて見せる────織斑一夏は静かに、何よりも強く誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

「─────助けに行くのは賛成なんですけど」

 

 

ふと、盛り上がった空気に水を差すように楯無が割り込む。彼女としては、ある事を考えての意見であった。この空気に流され、誰もが頭から抜けていた────重要な事実。

 

 

「そもそも、彼が何処に向かっているのか分からないんじゃないですか? 暗号も解けないし、どうやって探すんです?」

 

「……………………あっ」

 

 



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第95話 ───手を取るために

最近就職したので、執筆活動が疎かになっている若干不安なところもあるけど、書けるところまでは書けたので投稿します。………皆に楽しんで読んで欲しいなぁ! それでは!!


「…………………無理だぁ」

 

 

男 織斑一夏の情けない呻き。少し前までの決意や覚悟が見られないその声に、呆れはするが周りの皆も何も言えなかった。実際、自分達は一つの大きな障害に足踏みしているのだから。

 

────フェイスが送り込んだ暗号の解読に。

 

 

「………ダメだ。軍の暗号通信でも解読できん。これは一体、何を基にした暗号なんだ?」

 

「数式にも見えますが、所々に英文字の羅列もありますわね………」

 

「思い当たる部分も見つからない………正直これは本当に無理かも」

 

 

現役軍人であるラウラをしても、匙を投げるレベルの高度な暗号。あまりにも複雑過ぎてどうしようもない。さっきまでのやる気が失われる程に、大きな難問であった。

 

ふと、深く考え込んでいた鈴がある仮説を語る。

 

 

「もしかしてこれ、龍夜にしか分からないようにしてるんじゃない?」

 

「…………どういうことだ?」

 

「だって、フェイスってのは龍夜の事を煽ってたでしょ? アイツと対面して分かったけど、他人を利用することが得意なタイプ────少なくとも、龍夜の事を狙ってるのは確かだし。龍夜だけを誘き寄せる為に、アイツにしか分からない暗号にしたんじゃないの?」

 

 

────憎悪に囚われた龍夜が復讐に固執し、一人で向かうと理解した上で。きっとフェイスにとって、蒼青龍夜は都合が良いのだろう。なんせ殺した家族の事を口に出せば、怒り狂って周りが見えなくなるのだから。

 

 

「それが分かったからと言ってどうするつもりだ? 龍夜にしか分からないのならば、私達で解読のしようがない。このまま黙って、諦めることが最善だというのか!?」

 

「────その件に関してはご心配なく」

 

 

聞いたこともない声が、彼等の背後から響く。振り返った彼等の視線の先にいるのは、一人の少女だった。銀色の長い髪をした、物静かな少女。瞳を閉ざし、杖を携える彼女は、礼儀正しく一礼した。

 

 

「ッ!」

 

 

それに、いち早く反応したのはラウラ。ホルスターから抜き放ったナイフを手に、少女を制圧しようと迫る。だが次の瞬間、ラウラの動きがピタリと止められた。

 

────ラウラのナイフを握って止めた、下手人によって。

 

 

『■■■■■■■、■■■■』

 

「───手荒な真似は控えて下さい。我々は貴方達を害する為に来たのではありません─────と、彼は言っています」

 

 

ブンブン、と少女の言葉に頷くは────金属の人形。マネキンというよりも、特殊な合金による装甲を身に纏う戦闘機人のソレだ。妖しく光る眼光を宿すフェイスから発された声は、言葉ではなくノイズの如き雑音であった。

 

ナイフを受け止められたラウラ、咄嗟にそれを振り払う。自身の専用機を展開しようとしたところで、前に踏み出た千冬の制止を受ける。

 

 

「止せ、ボーデヴィッヒ。ソイツらは敵ではない」

 

「教官………! しかし」

 

「───束の使いだろう。手出しは無用だ、いいな?」

 

 

言われて、ラウラを含む警戒した皆が武装を解除した。杖を携えた少女は礼儀正しく、スカートの端を摘まみながら一礼する。それは、隣の機人も同じであった。

 

 

「お初にお目にかかります。私の名前はクロエ、クロエ・クロニクル。そして彼は────アルキメデス。訳合って喋ることが出来ない為、翻訳は私がさせていただきます」

 

『────■■■、■■■■■』

 

「………驚かせてしまいましたが、我々は敵対しに来たのではありません。束様のご命令により、貴方達の手助けに来ました─────と、彼は言っています」

 

「姉さんが………?」

 

 

クロエが頷くと、隣に立つ機人───アルキメデスが近くのモニターに触れる。その指から伸びるコードが機器に流れていくと共に、モニターの画面が一気に切り替わった。

 

 

『────んおー! 繋がったねー! 流石クーちゃんにメデルくん!相変わらずお仕事が早くて、束さん大助かりだよ!』

 

「滅相もありません、束様」

 

『─────■■■■』

 

 

画面に映るは、相も変わらず不思議の国のアリスのような姿をした美女 篠ノ之束だった。キーボードを叩いて作業中でありながら、クロエに微笑みかける余裕すらあるらしい。

 

恐らく、クロエと同じく謙遜したであろうアルキメデスが彼女と共に頭を下げる。もう、真面目だなぁ、と束は笑いながら、その視線を千冬へと向けた。

 

 

『やあやあ、ちーちゃん! 聞いたよ、大変だったみたいじゃん!連中に襲撃されるなんてね、最近妙に大人しいとは思ってたけど、まさかりゅーくんを狙ってたとは。流石の束さんも予想外、ホントに舐めたことしてくれるよね』

 

「………束、奴等のことを知ってるのか」

 

『知ってるも何も。束さんのこと襲ってきてるしね。まぁ、何年も退屈させてくれない奴等だよ。楽しませてくれる訳でもないけど』

 

 

ま、そんな奴等のことなんてどうでもいいよー、と束が切り換える。思うところがあるのは事実だが、殺意を抱くまでもないのだろう。ふと話題を変えた彼女は、唐突に切り出してきた。

 

 

『それより、困ってるみたいだね、ちーちゃん。束さんが手助けしてあげるよ!』

 

「………なんだと?」

 

『だぁかぁらぁ、その暗号を解いてあげるのー!束さんもりゅーくんを死なせたくないからねー!』

 

 

千冬が答える間も無く、モニターを展開する装置が微かに揺れた。一瞬にして、暗号のデータだけが抜き取られ、束の元へと送られたらしい。驚く一同だが、千冬はこういうことに慣れっこであるらしい。

 

束はその暗号を確認すると、両手をキーボードに添える。直後、その解析───解読作業へと掛かった。目にも止まらぬ速度で。

 

 

『フッフッフッ。成る程、これは確かに難解だね。けど天才の束さんに解けないものなんて無いのだよ!りゅーくんがこれを五分で解いたのならば、束さんは一分で解読しよーじゃないか!』

 

「束………お前がそこまでするのも、蒼青の為か?」

 

『────んもう、ちーちゃんのいけずぅ。分かってるクセに』

 

 

見たこともない反応に驚きながらも、千冬は「そうか」と短く納得した。泣かば困惑どころか呆然としている皆、主に箒が絶句していたが─────それも一瞬。

 

 

『はぁい、解読完了─────ここが暗号の示した場所だよ』

 

「ここは…………」

 

 

そう言って束はモニターに地図を提示する。世界地図として広げられた画面が一気に縮小され、暗号が指し示す先をピンポイントで補足する。

 

立ち尽くした誰もが、眼を疑う。そこは、IS学園の付近に浮かんでいた。──────実際には数十キロの距離があるのだが、それでもIS学園の領域付近にある場所。

 

 

立ち上がった時雨が、思わず口を開いた。その場所を知っているのか、ポツリと呟きを漏らす。

 

 

「───────封鎖区域『ロスト・ルート』」

 

 

 

◇◆◇

 

 

封鎖区域 ロスト・ルート。

かつて第三次世界大戦で無人機達の拠点として使われたその場所は、かつてIS学園の予定地として登録されていた巨大な人工島であった。

 

だが、その区域の調査の結果─────送り込まれた調査隊の反応がロスト。調査に関係した者の事故死が続いた事で、国連により封鎖された場所である。

 

国連は表向きな封鎖の理由として『違法な薬品や、人体に有害な物質の存在が疑われる』という名分にしている。だが、元よりIS学園の付近に位置することもあり、誰一人として近寄らないので、封鎖するまでもなかった。

 

 

だが、蒼青龍夜がここに来たのは、難解な暗号─────複数のネットワークの構築式に隠された暗号が指し示す場所であったからだ。

 

 

基地内部に踏み込んだ龍夜は、静かに廃墟のエリアを進んでいく。十年前から停止したばかりであろう機械の山。人間などが居たはずもないその場所は、博士が最期の砦の一つとして造った機械工場なのだろう。

 

ふと、複雑な機器の横を通り過ぎて先に進む。その足が開けたエリアへと着いた途端─────周囲から無数の無人機が起動し始めた。

 

 

「────ッ!!」

 

 

カサカサと増え出す無人機にエクスカリバーを構える龍夜────だがすぐに疑問を覚え、顔をしかめた。殺到していたはずの無人機は龍夜に近付こうとせず、此方の周りを囲んでいる。

 

直後、前方に居る無人機達が動き出した。それは、道を開けるような動作であった。背後の無人機たちも何かをしようという様子は見られず、無人機が波となって一本道を作っていた。

 

 

「此方を襲う気はない…………ヤツの意向か」

 

 

上等だ、と苛立ちのまま拳を握り締める。それに反応したエクスカリバーが微かに光を強めた。感情的になるな、と巫女も告げたいのだろう。分かっていると答え、龍夜は無人機達の道を進んでいく。

 

 

先に進んだ所で、エレベーターのような移動床があった。そこから移動して地下深くまで降り立った龍夜は────巨大な大広間に踏み込む。

 

 

「…………なんだ、ここは」

 

 

そこはまるで台座のような領域だった。無数の柱に囲まれ、何かを奉るように造られた神聖なる広間。だが、台座の上には在るべきモノが────奉られるべきモノが欠如していた。

 

自然と、龍夜は理解する。ここには何かが在ったのだと、それは既に、先に侵入した誰かに奪われていたのだ、と。

 

 

「─────ここに在ったものが何か、知りたいか?」

 

 

ふと、暗闇の中から声だけが響いた。忘れる訳がない、忘れられるはずがない声。自分から全てを奪い、憎しみだけを刻み込んだ、殺すべき仇。

 

龍夜はエクスカリバーを握り、暗闇の向こうに見える影へと叫んだ。

 

 

「────フェイスッ!!」

 

「ここに在ったのは『マスターピース』。ISの、ではない。お前を選んだそこの神装の、『マスターピース』なのだ」

 

 

仮面の男、フェイスは龍夜に見向きもせず、淡々と話していた。奉るべきモノを失い、ただ遺された台座に触れながら、もう片方の掌を見下ろす。

 

 

『炎のレーヴァテイン、水のトライデント、雷のミョルニル、風のイチイバル────そして、光のエクスカリバー。神装とは本来五つ、だが必要なのは四つの神装であり、エクスカリバーは番外の神装……………代替とも言える上位の神装とも呼べるモノだ』

 

「…………無駄話に付き合うつもりは」

 

『お前達が知る神装は五つだけだろうが、もう一つだけ八神博士はある神装を造っていた──────本来ならば、私もアレを手に入れようと考えていたが…………既に他の者に奪われてしまったのでね。仕方がなく、諦めたのさ』

 

 

そこまで聞いて、思わず手を止める。聞き流そうとした所で、情報を認識していた脳がある違和感を理解したのだ。眼を細め、龍夜は未だ背を向けるフェイスを睨む。

 

 

「…………お前のそのIS、ゼノス・バルハードは元々博士の物だろう」

 

『────既に故人の物だ。私がどう使おうと文句はないはずだ』

 

「ゼノスを強奪したくせに、何故『マスターピース』だけは諦めた? お前の事だ、仕方なく諦めた…………なんて理由ではないだろ」

 

 

険しい詰問に、フェイスは台座のボタンに触れた。台座と柱が音を立てて下へと消えていき、収納されていく。一気に空間が広がるこのエリアの中で、フェイスは空を見上げた。

 

 

『────戦争に勝つ者は、強い者ではない。戦況を乱し、流れを掴んだ者だけが勝者足る資格を得る』

 

 

無機質を通り越した冷たい言葉に、龍夜は身震いをした。この男が何を視ているのか、直感と共に確信する。

 

アレは未来を視ているのだ。数日や数年後などの話ではない、数百年や数千年─────それ以上の、人間の寿命など軽く過ぎ去る程の遠い未来を。

 

初めて、目の前のモノが人間ではないと疑ってしまった。人の皮を被った機械、モンスターのようなものではないかと、勘繰ってしまう。

 

 

『私の大望に必要なものは、力ではなく火種だ。私個人が幾ら力を得ていようと意味がない─────世界を混沌へと導く、起爆剤となる火種こそが必要不可欠なのだ』

 

「火種………」

 

 

その為に、動いてきたと言わんばかりの口調。実際にそうだと思わせる気迫とオーラを感じ取ってしまう。

 

 

「────俺の両親も、その為の死か」

 

『………まぁ、それもそうだ。あの二人の死は、少なからず世界に影響を与えた。ISを主体とした世界に、私の思い通りの社会へと変わっていくことに、誰一人として疑問を持たなかった。あの二人は、世を憂いていたのに』

 

 

鋭い眼光を向けた龍夜を、フェイスはようやく認識したらしい。のっぺらぼうのような仮面を此方に向け、ゆっくりと語り始めた。

 

 

『────死の間際、あの二人は実に感動的だった。私を前にしても、心配するのは互いの身さ。「私の事はいい、妻だけは殺させない」、「殺すならば私だけを殺せ」、ただの一般人と侮ってはいたが…………あの覚悟だけは実に評価に値した』

 

 

────挑発だ、それはよく分かっている。

声音に乗せられた心というものを踏みにじるような嘲りから、それを理解する。エクスカリバーの中にいるルフェも同じ気持ちらしい。剣の中からでも、少女の声が聞こえてくる。

 

だが、それすらも打ち消すような言葉をフェイスは口にした。

 

 

『殺される瞬間、互いを庇い合って何かを言っていたな。あの言葉は、何だったか。誰かの名前を、ひとしきり口にしていたのは覚えている─────百合、クロノ、零────龍夜、とな』

 

 

─────頭蓋が割れるかと思った。それ程までの激しい怒りと殺意が、龍夜の思考を塗り潰す。ただ、感情に呑まれて爆発しなかったのは、過ぎた怒りが返って思考を冷静に至らせた。

 

 

「………決着を付けよう、フェイス」

 

 

握り締めた聖剣を振るう。刀身に宿る光の鱗粉が舞う中、龍夜はプラチナ・キャリバーの装甲を構築していく。全身を纏う白銀のフレームに身を包み、エクスカリバーの剣先をフェイスへと向ける。

 

 

「お前を殺し、全てを終わらせる。今度こそ、俺の手で」

 

『この私を殺すか────面白い。やってみるがいい』

 

 

魔剣を翳し、フェイスは『ゼノス・バルハード』をその身に纏う。漆黒の装甲に赤紫の禍々しい光を宿した鎧。フルフェイスの単眼を妖しく輝かせ、此方へと魔剣を向ける。

 

 

そして────銀と黒が、衝突した。魔剣と聖剣、その激突が凄まじいエネルギーの爆裂を引き起こす。膨大な衝撃と奔流が、周囲に炸裂した。

 

 

◇◆◇

 

 

「っ!この反応────!」

 

 

海域を飛翔していく、複数の機影。先行していた一夏は始めとして、全員が特殊なエネルギー反応を感じ取った。龍夜とフェイスが衝突した、そうとしか判断のしようがない事だった。

 

口に出している余裕もない。一刻も早く向かわねば、と全員が加速していく。そうしている内に、目的地である場所へと辿り着いた。

 

 

「ここが、『ロスト・ルート』か………」

 

 

ゆっくりと速度を緩めた箒が険しい顔で眼前の人工島『ロスト・ルート』へと向き合う。

 

────全てが造り出された、廃墟の島。十年前の戦争から復興された様子もなく、荒廃しきっていた。だが、倒壊していた施設の内側からは異様な寒気を感じさせる。

 

 

人工島に降り立った彼等も、その冷たい空気を肌に感じる。人の侵入を拒絶するような死の風に思わず足を止めてしまう。だが、そんな恐怖に屈する訳にはいかない。

 

 

「龍夜はこの中に………」

 

「エネルギーの反応は地下から………よっぽど深い地下エリアでも隠してるみたいね。先に進まな─────散開!」

 

 

指揮をしていた楯無が何かに気付き、唐突に叫ぶ。全員が衝動的に飛び退いた瞬間、彼等の居た場所に光線が炸裂する。上空と暗闇から迫る二つのビーム。それを避けきったと同時に、此方を狙う二つの影の存在を認識した。

 

 

「あれは………サイレント・ゼフィルス!!」

 

「クローチェア・オスキュラス!────エヌ、いやノエルか!?」

 

「………ふん」

 

「ピンポーンっ! 大当たりぃ!」

 

 

空中に飛翔していた『サイレント・ゼフィルス』がゆっくりと降り立ち、影に包まれた暗闇が大きく歪み─────漆黒の機体 『クローチェア・オスキュラス』、二機のISが一夏達の前に立ち塞がる。

 

 

「やぁやぁ、兄弟! 急いでいるようじゃないか! 意中のお姫様でも助けなきゃいけないカンジ?」

 

「っ! ふざけんな! お前らの相手をしてる場合じゃあ無いんだ!! そこをどけぇ!!!」

 

「アハハッ! ごめんよ、ゴメン! 冗談言って悪かったよ!────蒼青龍夜のコトでしょ? アイツなら下に居るよん? フェイス様に遊ばれてるんだろうからね!」

 

 

ふざけた口調で語るノエル。『クローチェア・オスキュラス』のバイザーの下から覗く口元を大きく歪めて笑う。そこには、邪悪に染まった悪辣さが感じられる。

 

 

「でも大丈夫カナー? フェイス様、意外とバッサリと切り捨てる人だし! 期待外れだったらすぐに殺しちゃうかもね、ヒャー! コワイコワイ!」

 

「───!」

 

「おっと、駄目よん? フェイス様から言われてんのさ、ここから先には誰も通すなって。 そういうワケだし、足止め、させて貰いまーす! 全員、ね?」

 

「………そういうことだ。恨みはないが、纏めて潰してやろう」

 

 

ここから先は通さない、そんな圧力を放つノエルとエム。二人の少年少女を前に、一夏達は歯噛みし、楯無も顔をしかめるしかなかった。

 

ノエルとエム、『クローチェア・オスキュラス』と『サイレント・ゼフィルス』。この二つの敵は、無視できるような相手ではない。少なくとも、この場の全員でいかなければ、この二人を突破することは不可能に近い。

 

だがそれは、急いでいる彼等にとってはあまりにも難しい。短期決戦で打倒できる相手じゃないことは、誰もが理解していた。

 

 

ならばどうするべきか。そんな風に悩んでいた一夏達であったが───────、

 

 

 

 

 

 

 

「────ハハッ、面白そうじゃねぇか。じゃあ、俺達も交ぜてくれよ」

 

 

背後から、聞いたことのある声を耳にした。思わず振り返ると、物影から二つの人影が歩いてきていた。咄嗟に警戒する全員だったが、人影が光にさらされた事でその姿が露になる。

 

直後、一夏と箒が眼を見開いて驚愕した。

 

 

「お前は───イルザっ!?」

 

「シルディも………! どういうことだ!?」

 

「どういうこと、か。 見て分からねぇか?」

 

 

沈黙を貫き通すシルディ、その横でイルザが笑みを浮かべながら問い掛ける。アナグラムの正規メンバー、その中でも最強と呼ばれる男とリーダー格の二人だった。堂々と歩み寄ってくる彼等に武器を構えようとする鈴やセシリア達を────一夏と箒は手で制した。

 

何をするのか、と言わんばかりの眼を向ける彼女たちであったが、すぐに意図を理解する。シルディとイルザは一夏達に近付き、その横を通り過ぎたのだ。

 

 

「………えっ!?」

 

「────何の真似だ?」

 

「分からねぇなら教えてやる───ここは俺達が引き受けてやるって話だぜ!!」

 

 

ザッ! と、シルディとイルザの二人は一夏達の前に立った。目の前の二つの機体、二つのISと対峙するように。

 

突然現れた二人の行動に、今度こそ混乱する一同。一際冷静である楯無も、どういうつもりかと疑問を隠しきれない。困惑する一夏と箒に、シルディが見向きもせずに告げた。

 

 

「─────少し前、篠ノ之博士からコンタクトを受けた。君達の救援を頼みたい、と」

 

「っ、姉さんが!?」

 

「………オレとしては、必要なことをしたまでだ。これはあくまでも、博士との取引。………無人機の開発に協力してくれることを引き換えにしたものだ。その為に、オレ達は来た」

 

 

あくまでも、それだけだ。と冷徹に吐き捨てるシルディ。それもそうだ、と二人は納得した。つい最近、シルディとは対立した。彼の仲間である士を死なせ、その原因を庇ったことで、シルディは敵意を以て一夏達との決別を口にしていた。

 

そんな彼が助けに来るなど、烏滸がましい妄想にも程がある。だが、何も言えずに口を閉ざす一夏と箒、沈黙するシルディを尻目に、イルザはカラカラと笑っていた。

 

 

「ハッ!冷たいこと言うなよ、シルディ! 友を助けに行きたいって疼いてたのはお前だろ? 複雑なんだろうが、今回だけは素直になってやれよ!」

 

「…………イルザ」

 

 

言わないで欲しかったと、非難の目を向けるシルディ。そんな青年の視線にイルザは軽く肩を竦めて、誤魔化そうとする。諦めたように嘆息したシルディは居心地が悪そうに一夏と箒を見ながら、言葉を紡いだ。

 

 

「───あの二人をオレ達が相手する。だから、早く行け」

 

「…………良いのか?」

 

「仲間を────友を助けるんだろう? なら迷ってる暇はないはずだ。この場をオレ達に任せて、友を救え」

 

 

そう言って、シルディとイルザは体を覆うコートを脱ぎ捨てる。ピッチリとした戦闘用スーツを纏う二人の青年はゆっくりと歩きながら、語らい合う。

 

目の前の敵を前にしても、彼等に緊張はない。それは自分達の実力、『最強』たる自負があるからか。

 

 

「さぁて、シルディ! どっちを相手する?」

 

「…………黒いのを引き受ける。その代わり、飛んでるヤツは頼む─────ああ言う手合いは、少し厳しいからな」

 

「へッ! 良いぜ、良いさ! 任されちまったなぁオイ! そんじゃあ、さっさとやるとしますかァ!!」

 

「────ああ!」

 

 

直後、シルディとイルザは各々のアイテムを取り出した。シルディは銀色の、イルザは黄金、相反する二つのアイテム─────『エンシェントテクスター』を握り、起動させる。

 

 

────【エンシェント】!!

 

 

「さぁ!舞い上がれェ─────不死鳥(フェニックス)ッ!!」

 

「…………君臨せよ!─────龍王(バハムート)ォッ!!」

 

 

ザッ! と、起動音声と重ねるように腕輪に装着したエンシェントテクスターを空へと掲げる二人。そして、彼等の声に応えるように─────炎の鳥と鋼の龍が飛来する。

 

天井を突き破り飛来した炎の鳥が、劫火の翼を大きく広げると────包み込むように、イルザの体を覆う。

 

鋼鉄の飛龍がシルディの真上で静止し、装甲を分離させていく。剥がれ落ちるように装甲はシルディの全身に装着されていき────間接部や装甲と装甲の隙間を、ボルトが固定していく。

 

 

─────ほぼ同時に、シルディとイルザの身体を包む装甲が完成する。劫火の鱗粉を散らす、金色の鎧に包まれ────巨大な翼を展開するイルザ。まるで再生したばかりのように、炎を周囲へと撒き散らす。

 

そして、その隣で────光沢を宿す金属に身を纏うはシルディ。深紅の如く鮮やかな粒子を放出しながら、龍王の鎧を装着するシルディはゆっくりと立ち上がる。

 

 

「シルディ・アナグラム! これより進撃する!!」

 

 

宣言したシルディは深く踏み込み─────地面を蹴り、前へと跳んだ。凄まじい速度で距離を縮めたシルディはそのスピードを乗せた拳を、ノエルへと叩き込む。

 

あまりの速度に追い付けなかったであろうノエルは吹き飛ばされていく。何度もバウンドしながら、空中で回転して着地する。戦意を滾らせて笑うノエルはバイザーで顔を覆い、臨戦態勢へと入る。

 

シルディはそのまま、『クローチェア・オスキュラス』へと突貫する。鋼鉄の拳と大型のブレードの衝突によって、二人は本格的に戦い始めた。

 

 

「行くわよ、皆。彼の善意、無視するわけにはいかないわ」

 

「…………分かりました」

 

「─────逃すか」

 

 

先に進もうとする彼等を見逃さず、レーザーライフルを構えるエム。その照準を一夏へと向け、最大出力の閃光で焼き尽くそうとするが─────その銃身を掴まれた。

 

 

「っ!?」

 

「悪いな。アイツらには手を出させねぇよ。 この俺がいる限りはな」

 

 

狙撃を邪魔されたことに機嫌を悪くしたのか、エムは躊躇なく銃身の先に取り付けられた銃剣を振るう。肉を切り裂くはずの刃は、イルザの操る黄金の翼によって容易く防がれた。

 

僅かに退いたエムは、目の前の男を睨む。悟ったのだ、余りにも余裕に満ちたその態度から────イルザが手加減していることに。

 

自分が手加減される程の弱者だと言われているようで、エムは更に不愉快になった。

 

 

「………貴様ッ」

 

「なんだ、キレんなよ。そんなに殺したけりゃ、俺を倒してから追えば良い話だぜ─────ま、無理だろうけどな」

 

「────殺す」

 

 

増幅する殺意を向けられても尚、イルザは笑みを緩めていく。人としての欠落────味覚に痛覚、悲しみという感情を損なった人形であったイルザにとって、闘争こそが唯一己の心を奮い起たせる遊戯である。

 

だから彼は戦いを好む、自分に向けられた殺意や敵意も、心地が良い。その殺意が刻む傷こそが、イルザに欠落した感情を、空っぽな部分を満たしてくれる気がするからだ。

 

 

戦闘狂と言うには大きく歪み、狂人と言うには理性を保っている彼は、まごうことなきバトルジャンキーなのだ。

 

 

「───へへッ、ヤル気満々で良いねェ! こっちは久々の戦いにウズウズしてんだ! 消化不良で終わらせんなよォ!!」

 

 

舞い上がった黄金の不死鳥が、四枚の翼を大きく広げる。灼焔の熱気を撒き散らすイルザに、エムはライフルを構えて飛翔する。

 

 

────空へと飛来する二つの光。黄金の鳥と藍色の蝶が、青空の上で死闘を繰り広げる─────

 

 



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