ハイスクールDxDにクレイモアがいたら (三和)
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本編
1


はぐれ悪魔の攻撃をかわしながら私は手に持つ大剣を振るう。

 

種族こそ人間には見えないだろうが力を得た自分の攻撃をあっさり見切り身の丈程もある大剣を振り回す私に驚いているのがなんとなく伝わってくる

 

「わかるかな?これが力の差だ。自分の力に振り回されてるお前とは違うのさ…」

 

違う。私は虚勢を張ってる。この身は所詮紛い物

"彼女"には到底届かない。だが、この程度の相手に遅れはとらない、とるわけにはいかない

 

「さあ、そろそろ終わりにしよう。いい加減本気を出してくれ。私も暇じゃないんだ。これ以上醜態を晒すならこのまま叩き斬るぞ?」

 

私は目の前のはぐれの腕を大剣で受け止めながらそのまま大剣で無理やり向きを代え圧し切ろうとする

 

「!…ふっ、ふざけるなあ!」

 

多腕のはぐれが他の腕を奮ってくるが…

 

「それは悪手だな。」

 

私は大剣を振り奴の腕を切り落とす

 

「!…ギャアアアア……!貴様アアア!」

 

そのまま手を抜かず私は先程まで大剣で押さえ付けていた腕も落とす

 

奴はもう言葉を話す余裕も無いようだ

 

「…腕は無くなったな。さてどう…おやおや」

 

奴は私から背を向け逃げようと…

 

「逃がさんよ。」

 

私は跳躍し奴の上に馬乗りになるとそのまま奴の頭を上顎と下顎を別ける形で両断した

 

「……あっ、間違えた。首を落とすはずだったのに…」

 

しばらく残った舌が動いていたがやがて奴は動きを止めた

 

「…遊び過ぎたな。これも油断と言うのだろうか…」

 

我ながら滑稽だ。また"彼女"を模倣してる

私はああはなれないのに

 

私は髪をかき揚げる

奴の血がワックス代わりになり髪が固定される

 

私はポケットから携帯を取り出しクライアントに電話をかける

 

「…テレサだ。今終わったよ。迎えを寄越してくれ。」

 

電話を切ると今度は年下の同居人に電話をかける

 

「…クレアか?終わったよ。もうすぐ帰るからな。ああ。そうそう風呂を沸かしといてくれ。……大丈夫だ。怪我はしていない。返り血だからな。うん。うん。わかった。今度何処か…そうだな、遊園地なんかどうだ?うん。わかってるさ、今度はちゃんと予定空けておくから。じゃあ後でな」

 

電話を切る。……同居人相手でさえ"彼女"になりきって会話をするのだから哀れだな、私は…

 

この世界……ハイスクールDxDの世界に転生するとき神とか名乗るあいつに特典は何がいいかと聞かれクレイモアの力がいいと言っただけなのに何故か私は公式チートの"彼女"の姿で転生した

 

親は不明

というか幻想種が数多く存在するこの世界でも私と同じ者は居ないらしい

 

結局追われる身となった私は悪魔と取引をすることで今はこうしてフリーの身で活動している

 

家族も出来たしもっと稼がないと。その点ではこの力をくれた事に感謝はしている

 

自分の自業自得かもしれないが次にアレに会う機会が会ったら一発ぐらいぶん殴らせて貰うことにしよう。でなければ割に合わん…



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2

「やっと見つけたわ!」

 

「ん?…げっ…」

 

私は今、リアス・グレモリーとその眷属と対峙していた。

 

 

リアス・グレモリー…悪魔の中でも名のある家グレモリー家の時期当主の少女だ…ハイスクールDxDの主人公で神器「赤龍帝の籠手」を宿す兵藤一誠を後に眷属にしている…こいつがとにかく変態で女となった私には典型的な天敵なのだが(人外とは言えテレサは普通に美人だしな)まあこの場合一番の問題はリアス・グレモリーだろう…何故なら…

 

「貴女ね?最近この町ではぐれ悪魔狩りをしているのは?」

 

「…ふむ…だとしたら、どうするんだ?」

 

「っ!この町の主は私よ!勝手な真似をしないでくれるかしら!?」

 

「…ハア…。」

 

リアス・グレモリーが面倒な所はこの性格であろう…。主か…少なくともこの町にいる人間は誰もこいつを主とは思ってはいないはずだ。…事情を知るものも含めてこの町には人外より純粋な人間の方がずっと多い筈。

 

「…そうは言うがね、私も仕事でやっているのだよ。…正式な依頼で動いている以上君に指図される覚えは無いんだがな」

 

「…どうやら言っても無駄みたいね。朱乃!祐斗!小猫!」

 

「…乱暴だな。仕方無い、少し遊んでやるよ。」

 

向かって来るリアス・グレモリーの眷属たちを見ながら私は舌なめずりをした…。

 

 

 

「…硬い!」

 

「…生憎この剣は特別製なんだ。その程度の強度では足りんよ。」

 

魔剣を手に向かって来る木場祐斗の剣を受け止める…ふむ。受けただけで折れるとはな。そもそもこいつの剣自体も軽すぎる…。

 

「…何て力…!」

 

「…良い拳だがそれじゃあ届かんよ。」

 

塔城小猫の拳を片手で受ける。…力は強いがまだ振り回されているな…

 

「二人とも退いてください!」

 

姫島朱乃が使う魔術を躱して行く…この身体にどの程度効果があるかは知らんが好き好んで食らいたくはないからな。

 

「…惚けてて良いのか?」

 

「…!しまった!」

 

三人をスピードで置き去りにしつつリアス・グレモリーの方へ向かう…いかに転生悪魔と言えども仮にもクレイモアが元人間に早々速さで負けられん。

 

「…私に向かって来るなんて…!食らいなさい!」

 

「…遅いな。」

 

「…!そんな!」

 

リアス・グレモリーお得意の滅びの魔力を横移動し躱す…改めてこの身体のスペックは凄いな…お陰で使いこなすのに時間はかかったが…くそっ。自業自得とは言え思い出したらイラついて来た…絶対いつかあのクソ神を殴る!

 

「…!何の真似…?」

 

私は大剣をリアス・グレモリーの首に当てると止める。

 

「…眷属を引かせてくれないか?私は元々、別に争うつもりは無いのでね。」

 

私は遠巻きにこちらの様子を伺う眷属たちを見ながら言う。

 

「…卑怯者。」

 

「それはそちらだろう?こちらは一人、そちらは四人もいるじゃないか。」

 

「…皆!私に構わないで!こいつを殺しなさい!」

 

「…良い覚悟だな。お前たちはそれで良いのか?私は本当に斬るぞ?」

 

四人分の殺気を感じながらどうするか考える…これでは私も動けないじゃないか…。クレアが待っている…早く帰らないと。…ん?

 

「……何の音?」

 

「…私の携帯だ。出ていいかな?」

 

「…好きにしなさい、私に決定権は無いわ。」

 

携帯を取り出し…おや?…良かった。これで帰れる。

私は携帯に表示された名前を見て笑った。

 

「もしもし、テレサだ…あー…その前にちょっと良いかな?うん…実は面倒な事になってな…今、お前の妹と一緒にいるんだが…察しが良くて助かる…ちょっと説明してくれ。…ほれ、出ろ。」

 

私はリアス・グレモリーに電話を渡す。

 

「もしもし?…お兄様!?」

 

電話口で慌ててるリアス・グレモリーを見ながら私は剣を下ろ…せないな、これでは…サーゼクス、早くしてくれ…事情をまだ知らないため収まるどころか膨れ上がる一方の眷属三人分の殺気を受けながら私は再び溜息を吐いた…。



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3

「…その、ごめんなさい…まさかお兄様のお知り合いだったなんて…」

 

「知り合い…と言う程の者じゃないがね…まっ、付き合いは長いがな。」

 

サーゼクスから話を聞いたリアス・グレモリーが頭を下げるのを制す。…早く帰りたいんだが…

 

「…詳しい話を聞きたいなら後日でも良いかな?家族を家に待たせてるから今日はこれで帰りたいんだ。」

 

「えぇ…さっきの番号に連絡すれば良いんですね?」

 

「…そうだな…あー…取って付けたような敬語は要らんよ。堅苦しいのは苦手でね。」

 

「…そう?それなら普通にするわね。」

 

「…さて、獲物を横取りしたお詫び…と言う事でもないが、一つアドバイスと行こうか。」

 

「…何かしら?」

 

「…力の使い方を覚える事だ。お前の使うその力、強力だが、お前が未熟なせいで振り回されている…。」

 

「……」

 

「年寄りの要らぬお節介と思って聞き流してくれても構わないが、心の内には留めておくといい。取り敢えず、そうだな…せめて的には確実に当たるようにしておけ。」

 

先の小手調べの際、私は敢えて躱したが…あれでは躱す必要も無かったのが正直な感想だ。…何せ私の動きを捉えられず在らぬ方向に飛んで行っていたからな…。

 

「…分かったわ。…最後に一つ良いかしら?」

 

「…何かな?」

 

「年寄りって言ってたけど貴女、本当はいくつ位なの?」

 

難しい質問だな…私は一般的な転生者と違ってこの姿でこの世界に来たから正確な年齢が判断出来ん…クレイモアは基本不老不死で見た目が変わらんしな…まあ私が言ったんだが…

 

「…口に出した私が言うのも何だが…同性とは言え、女性の詮索をあまりするものじゃないぞ?」

 

「…そうね。ごめんなさい。」

 

「…強いて言うなら…サーゼクスたち現魔王連中とは割と長い付き合いだとだけ言っておこう。」

 

「…!…そう…それだけ聞ければ十分よ。」

 

「…ではここで失礼する。…ここが私の住むアパートなのでね。」

 

私は同居人と暮らすアパートを手で示す。…すっかり遅くなってしまったな…クレアの奴、へそ曲げて無いと良いが…。

 

「分かったわ…本当に今日はごめんなさい…。」

 

「だから気にする「テレサ~!」…と。」

 

走って来た小柄な影を受け止める…どれ、頭でも撫でてやるか。

 

「もう!遅いよテレサ!」

 

「ははは…すまんな、ちょっとアクシデントがあって…あー…紹介しよう、私の妹のクレアだ。」

 

「…リアス・グレモリーよ、宜しくね。」

 

「クレアです!宜しくね、リアスお姉ちゃん!」

 

…先程の険しい顔から一転して口角の上がるリアス…こうやって愛想を良くして人の懐に入り込むなんてのは私には出来ない芸当だ。…クレアはこれを素でやってるんだから本当にとんでもないな…。

 

「…クレア、リアスはサーゼクスの妹なんだ。」

 

「そうなんだ。サーゼクスおじさんには良くお世話になってます!」

 

「…そうなの。」

 

そう言って軽く談笑を始める二人…丁度良い…原作に関わるつもりは無かったがどうせこうなっては仕方無いしな…

 

「…リアス、この後特に用は無いのか?」

 

「え?別に無いけど…」

 

「家に寄って行かないか?」

 

「!…いやさすがにそんな訳には…」

 

「私、もっとお姉ちゃんとお話したいなぁ…」

 

「…分かったわ、それじゃあ少しだけ…。」

 

私はリアスを家に上げることにした…。



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4

「さて、何から聞きたい?」

 

あの後夜が遅い事もありクレアはリアスと軽く話してあっさり眠ってしまった。帰ろうとするリアスを引き留めお茶を入れるとそう切り出す。

 

「…え?」

 

「いや、え?じゃないだろう?そちらが事情を聞きたいと言うから急遽とはいえ、こうやって話す場を儲けたんだろう?」

 

「…いや、後日のつもりだったし、唐突だったから…でも、そうね…それなら貴女は何者なのか、から聞かせてもらいましょうかしら?貴女はどう見ても悪魔じゃないし、私の知るどの種族とも違うように見えたから…」

 

「…そこからか。まあ当然だな、では話を…ん?すまん、来客の様だ…ちょっと待っててくれ。」

 

リアスに断りを入れ、私はドアに向かった。

 

「…誰だ?」

 

「…私だ、夜遅くにすまない、そちらにリーアはいないかね?」

 

サーゼクスか。

 

「…ああ、いるぞ。私の事情を聞きたいと言うから取り敢えず上がってもらったんだ。…何なら今夜は止めて帰すが?」

 

「成程。そういう事なら構わない。…いや、私も同席していいかな?どうせなら君の事を知っている者がいた方が良いだろう?」

 

「…それもそうだな。なら、入ってくれ。」

 

私がそう言うとドアが開く。

 

「…久しぶりだね、テレサ」

 

「…そうだな。…最近忙しいのか?クレアがお前が会いに来ないと寂しがっていたぞ?」

 

「…それはすまない。クレアはどうしているかな?」

 

「今は眠っている。時間も遅いからな、今度はもう少し早くに来い。」

 

「…そうする事にするよ、…そもそも君がもう少しクレアと一緒にいるようにしたら良いんじゃないかな?」

 

「…先立つ物が無いと暮らしていけないからな「だから昼間の普通の仕事を紹介しただろう?」…サーゼクス、私は戦士だ。」

 

「…頑固だねぇ。」

 

「…テレサ?家族が出来たのですよ?少しは落ち着いたらどうですか?」

 

「グレイフィア、そう言われてもな、これが私の性なんだよ…。今日は説教は勘弁してくれ。リアスを待たせてる。」

 

二人を部屋に上げる…原作重要キャラがこんな狭い部屋に三人か…私は病気とは無縁の筈のクレイモアの身体なのに胃が痛くなって来たような気がした…。

 

 

 

二人が部屋に来て目に見えて慌てるリアスを宥め話を始める…

 

「…異世界人?」

 

「…私を人に数えて良いのかは知らんが、そうだ。私はこことは違う世界から来た。」

 

転生者と言うと話がややこしくなるので私はクレイモア原作をベースに話をする…世界観についてはともかく、テレサ本人の身の上話は原作でも詳しい描写が無いから創作も混じるが…

 

「…貴女と同じ人は他にいないの?」

 

「…それは私から答えよう。彼女に会った後、人間界も冥界も調査したが今の所彼女と同じ種族の者は発見されていない…天界は分からないが、多分いないだろう…幸い、彼女の言う妖魔も未発見だ。」

 

「…とまぁ、私自身が希少な種族という事もあるのと、そもそも自分で言うのも何だが私自身の戦闘力が他と隔絶しているせいもあり、当初かなり狙われたのだよ。…今はこうして悪魔側の庇護を受けているがね…」

 

「でも貴女、悪魔には転生してないのね…」

 

「その意味が無いからな。」

 

「どうして?」

 

「リーア、彼女は元々不老不死だ。…実は彼女と出会ってもう十年以上経つが、彼女の見た目はあの頃と変わっていない。」

 

「……」

 

「そういう事だ。…この身体は戦うのに非常に都合が良いんだよ。…と言うか、本当は私は特定勢力に余り肩入れしたくなくてね…元々はフリーだったくらいだからな。」

 

「なら、何でこっちに?」

 

「…クレアに会ったからだよ。彼女はクレアを引き取ると決めたものの何も後ろ盾は無かった…」

 

「それまでの私は衣食住にあまりこだわる必要が無かったのだよ…極端に丈夫な身体、傷の治りも早い。食事もほとんど必要無い。精神も戦闘に特化しているからほぼストレスも感じないから娯楽も要らない…これは凄いことなんだがな、私と同じようにクレイモアになった連中の多くは精神が破綻しているからな…。」

 

そう言って自嘲の笑みを浮かべる…そもそも志願者の多くは家族を食われた復讐のためその捕食者の血肉を身体に入れた者たちだ。歪じゃないわけが無い。…そうでない者は親に売られたり、攫われた連中だ。どちらにしろ狂って当たり前だ。

 

「…私が当初彼女に会った時、彼女はとても危なっかしくてね…何度も嗜めたんだが聞かなかった…。」

 

「昔の事だろう?そもそも私は致命傷じゃなければ死なんからな。」

 

「…とまぁ…何度言っても聞かなくてね、だから驚いたよ、家族が出来たから後見人になってくれないかと言われた時は。」

 

「私は戸籍すらないからな…クレアを育てるならどうしても後ろ盾が必要だった…。その点…サーゼクスなら何とか出来ると思ったのさ。」

 

「…嬉しかったよ…私を頼ってくれるのが。純粋に友人として、ね。」

 

「こんな得体の知れない奴を友人呼びだからな、本当にお前の兄は変わり者だよ…。」

 

感謝はしている…もちろん口に出すつもりは無いが。

 

「素直じゃないんですね。」

 

「うるさいぞ、グレイフィア。」

 

クスクス声を上げて笑う女にジト目を送る…こいつ変わりすぎじゃないか?最初の頃は私を物凄く警戒していた癖に。

 

「さて、長くなったが分かったかな?」

 

「…ええ。良く分かったわ…」

 

「…まぁまだ話があるなら携帯に「おや?その必要は無いだろう?」…サーゼクス、黙ってろ。」

 

余計な事を言おうとするサーゼクスを制する…これ以上私は原作に関わりたくないんだが…

 

「…君は普段は駒王学園で用務員をしているじゃないか。」

 

「え!?」

 

あーあ…せっかく気づいてなかったのに。

 

「…そうだ。私はお前の通う駒王学園で働いている。…ちなみにソーナ・シトリーだったか?確か生徒会長の…お前と友人と聞いたが?」

 

「ええ。そうだけど…まさか…!」

 

「…あいつは私の事を知っているぞ?そもそもあいつの姉とも私は長い付き合いだしな…何だ、聞いてなかったのか?」

 

私は笑みを浮かべる。困惑しているな?小娘を揶揄うのもなかなか楽しいじゃないか。

 

「…相変わらずその性格の悪さは変わらないね。改めないとクレアに悪い影響が出るかも知れないよ?」

 

「…問題無い。あいつは私に似ずとても良い子だ。」

 

「…反面教師振ってないでもうちょっと考えたまえ。君は奔放過ぎるよ…とにかくはぐれ悪魔狩りは少し控えたまえ。そもそも君がやり過ぎるからリーアの琴線に触れたんだろう?…用務員の仕事で君ら二人が十分に生きていける分を渡している筈だ。」

 

…痛い所を付いてくるな…

 

「…そう言うな。人生は楽しんでなんぼなのだろう?」

 

「…君からそんな言葉が聞けるとはね…だが、敢えて強く言わせてもらおう…クレアの事を考えるなら戦いは出来るだけ控えなきゃならない…それは君も分かっているだろう?」

 

「分かっているさ。…だが戦いを求めるのは戦士としての本能だ。例え将来的に全てが破綻するとしてもな。」

 

「ねぇ?それどういう意味?」

 

「……」

 

私は口を噤む。これに関しては早々口には…

 

「…リーア、彼女たちクレイモアは妖力…我々で言う魔力を解放してその力を上げて戦う事があるそうなんだが…力を解放し過ぎると暴走し覚醒者という妖魔と同じく人を食らう化け物になるそうなんだ。」

 

「何ですって!?」

 

サーゼクス、何故言うんだ…

 

「……どういうつもりだ。」

 

「何れ言うつもりだろう?なら、良いだろう。…そして彼女は私に頼んでいる…もし、自分が化け物になったら自分を殺してくれとね。」

 

「そんな!?そしたらクレアは…」

 

「…なあ、リアス?私たちクレイモアは何れ覚醒者になる…その際に私たちは親しい同僚に自分を殺してくれと頼む風習があるんだよ。私にとって、サーゼクスが一番の友人なのさ。」

 

「…本当にその友情の示し方は嬉しくないよ。頼むからそんな事を言わないでくれ。…私は君を殺したくない。クレアの為にもね。」

 

「今は大丈夫さ。私はこの世界に来てから妖力の解放をしていない。」

 

「そういう問題じゃない。手遅れになってからじゃ困るんだ。出来るだけ戦いは控えてくれ。」

 

「…分かった分かった。肝に銘じる…と、もうこんな時間か。そろそろお開きにしようか。」

 

「ではリーア帰ろうか。」

 

「…はい。」

 

「リアス、お前は何も気にしなくていい。そう簡単に私も人を辞める気は無いさ…さて、改めて話があるなら学校で話そう…これでも人生経験は豊富でね、進路の事でも、眷属の事でも何でも相談に来るといい…」

 

「…うん。」

 

私は三人を見送った…。



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5

「…帰ったぞ。出て来たらどうだ?」

 

三人を見送り完全に気配が遠のいたのを確認してから私はもう一人(一匹?)の同居人に声をかける。

 

「……」

 

そこにいたのは黒い髪に猫耳の生えた妖艶な女性だった…また露出の高い格好をしているな…性別が女性になって以来、女性に大して劣情を抱く事は無くなったがそれでも目のやり場には困るから勘弁して欲しいのだが…。何せ私よりもスタイルが良いから変な対抗心燃やしそうにもなるしな。

 

「…また、サーゼクスに借りを作ったにゃ…。」

 

「…向こうもお前が留守な訳ではなく在宅していたのは気づいていたようだしな…敢えていないものとして扱った様だが…しかし、何故だ?」

 

私は理由を察しつつも敢えてそう問う。…ハイスクールDxDの話はいよいようろ覚えになりつつあるがまだこれくらいは覚えている…。

 

「…あの子、リアスちゃんだっけ?あの子の眷属に「いるのか?お前の妹が?」…そうにゃ…。」

 

「ふむ。…何故言わないんだ?それで妹には再会出来ただろう?」

 

「…私の手配はまだ正式に解かれてにゃいにゃ。…大体、私はあの子を見捨てたにゃ。今更どの面下げて会えば良いにゃ…。」

 

「何を言っている?この顔、この姿で会えば良い、ただそれだけだろう…?」

 

私はニヤニヤ笑いながら彼女に近付くとその頬を摘んで引っ張った。

 

「いひゃいにゃ!止めるにゃ!」

 

「う~ん…スベスベで悪くない触り心地だな、もう少し…」

 

背筋からえも言われぬ寒気が立ち上ってくる…成程、これが背徳感か。美女の顔を崩すのがこうも楽しいとは…!

 

「いいきゃげんにするにゃ!」

 

「…おっと。」

 

爪を振るわれ躱す…本気では無いとは言え、段々私に追随出来るようになってないか、こいつ?

 

「何のつもりにゃ!」

 

「そう怒るなよ、単なるスキンシップだろう…?…なあ、黒歌?何言ったってお前が姉である事実は変わらないだろう?見捨てたのも事実何だろうが、だから何だ? そんなに怖いか?妹に罵声を浴びせられるのが?」

 

「っ!怖いに決まってるにゃ!怖くにゃい方がどうかしてるにゃ!」

 

「それでもお前はその子の家族なんじゃないのか?その事実は覆るまい?」

 

「…あんたはどうにゃの?あんたはあの子の…クレアの姉だって!家族だって!胸張って言えるの!?」

 

「知らんよ。決めるのはクレアだ、私じゃない。そもそも私は人間ですら無いからな。」

 

「そんにゃの関係にゃい!」

 

「あんまり大声を出すな、クレアが起きる「あの子、リアスちゃんが思ったより声が大きかったからとっくに騒音防止用に仙術を使ったにゃ。」そうか。」

 

「…あんたは馬鹿にゃ。それも特大の大馬鹿者にゃ!」

 

「そうだな…。」

 

「…先に休むにゃ。あんたもとっとと寝るにゃ。」

 

そう言ってクレアの眠る部屋に入って行き、ドアを閉める黒歌。…言われずとも分かっているさ、私は馬鹿だ。だから何だ?…ふん。これだけは言わせてもらおうか?

 

「不器用なのはお互い様だろう?」

 

「…あんたに言われたくにゃいにゃ…」

 

そんな不機嫌気味な声が返って来た…。



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6

目が覚める…何時も通り二人はもう起きているようだ…私はクレイモアである以上睡眠も最低限で良いため遅く寝て早く起きる習慣が出来ているのだが二人は何だかんだ私より早く起きる…多分二人で朝食の用意をしている事だろう…。

 

「…テレサ!起きてる…?」

 

「ああ、起きてるぞ。」

 

何時ものパターンなのだがこうして律儀にクレアは声をかけてくる。

 

「…良かった…。朝ご飯出来てるから早く来てね。」

 

「分かった、着替えが終わったら行く。」

 

カーテンを開け朝日を浴びる…今日も天気が良い…。

 

 

 

「…テレサ、あんたもたまには手伝うにゃ。」

 

「私は料理が出来ん。…知っているだろう?」

 

「やらないと上手くならないにゃ。」

 

「…分かったよ。…その内にな。」

 

「…何時もそう言ってるにゃ…。」

 

黒歌の小言を流す、何時もの事だ。黒歌も強くは言って来ない…以前はこれに反論したり、私が意味無く黒歌を煽ったりしていたが何度かそれを繰り返している内にクレアが本気で泣き出してしまった為、私たちの間に暗黙のルールが出来た…即ち、三人が部屋に揃う朝は絶対に喧嘩をしないという協定だ。さすがの私もクレアに泣かれるのは辛い…そもそも私も別に黒歌が嫌いなわけじゃないしな…つい揶揄ってしまうだけで。

 

 

 

「…テレサ、髪が寝癖だらけにゃ。」

 

クレイモアは普通横になって寝ないが黒歌とクレアがうるさいので横になって寝るようになった…今は前のスタイルにはとても戻せない…。

 

「…別に良いだろう?この位?」

 

「良くないにゃ。…焦れったいにゃ、ちょっとじっとしてるにゃ。」

 

黒歌が私の髪を整え始める…前世の事はよく覚えてないが私も母親等に髪を整えてもらった事があるのだろうか…?

 

「…終わったにゃ。…ん?クレアもそこに座るにゃ。」

 

クレアも黒歌に髪を整えて貰ってご満悦だ。さて、そろそろ時間だな。

 

「…それじゃあ行ってくるにゃ。あんたもさっさと用意して行く…クレア、ちょっと待ってるにゃ…テレサ、魔術が解けかかってるにゃ、それじゃあ正体がバレるにゃ。」

 

そう言って私の拙い魔術?魔法?を仙術で補強し始める。

 

「…終わったにゃ。それじゃあ行くにゃ。」

 

「ああ、行ってらっしゃい。」

 

黒歌はサーゼクスと交渉して仙術で姿を変えて喫茶店で働いている(どうしても私に養われるだけなのは嫌なんだそうだ)クレアの通う小学校は彼女の通るルート上にあるので送って行くのが何時ものパターンだ…私は駒王学園が反対方向なのと、単純に出勤時間が違うので一緒に行く事は無い。

 

「…平和だな。」

 

ハイスクールDxD原作を知っていると本来とても出ない発言だったが、私の周りは基本、特に大した事件も無い…。退屈そのものだ…原作に関わりたく無いのは本音だが、何か事件が起きれば良いのにとも思ってしまうのだ…。



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7

「昨日の今日で本当に来るとはな…まあ確かに何時でも来いとは言ったが…と言うか、今は授業中じゃなかったか?」

 

「仕方無いでしょ。貴女なかなか捕まらないし…。」

 

「…それはすまなかったな…用務員と言うのも割かし忙しいのでね…。」

 

現在絶賛授業中…私の城である駒王学園用務員室を訪れている者がいる…。

 

「…で、何の用なんだ、リアス?」

 

「…昨日の話、申し訳無いんだけどもう一度、今度は私の眷属に話して欲しいの。」

 

「お前から話せば良いだろう?別に必要以上に言いふらさなきゃ話しても構わんしな。」

 

「…私が言うより貴女から言った方が「私が反感持たれているのは容易に想像が着くが…それこそ主のお前が黙らせれば良かろう?それとも何だ?お前そんなに人望無いのか?」…貴女ねぇ…!」

 

笑いながらリアスを挑発する…このままキレるかと思っていたら意外にも怒りは霧散した。

 

「…お兄様から聞いていた通りね。貴女その性格改めないと敵ばかり作るわよ?」

 

そう怒りの雰囲気は全く感じられない笑顔を向けて来る…ふむ。二次創作系では良くドクズ且つ無能扱いされるリアス・グレモリーだが…ここにいるのはそうでは無いらしい…素質が感じられるし見所はある様だ…私は持って生まれた能力以上に上がることは無いからな、少し羨ましい…まあそれはそうと…

 

「…可愛くない奴だ…揶揄い甲斐が無いな。」

 

「…それ、私の眷属の前では止めてね?さっき貴女自身が言ったようにかなり反感持ってるから…」

 

「何だ?私が説明するのは決定事項か?」

 

「良いじゃない。さすがに放課後は暇でしょ?」

 

「…用務員の仕事と後ははぐれ悪魔「…仕事は終わるまで待つけど…そっちは駄目よ。私たちにも面子があるし、何よりクレアを悲しませたくないもの」…ふん。私の勝手だ、お前らが取り逃がした奴は貰うぞ?」

 

「取り敢えず今日は学校に残ってて頂戴。終わったらアパートまで転送するし、何ならクレアも呼んでいいから。…あの子、初対面の相手でも物怖じしないし大丈夫でしょう?」

 

「…卑怯だな。」

 

クレアの話を持ち出されたら断れないじゃないか。

 

「何とでも言いなさい…それじゃあ放課後迎えに来るわね?」

 

「……好きにしろ。」

 

 

 

「…オカルト研究部?」

 

「そうよ。」

 

「…普段はそこで活動してるのか?」

 

「そうだけど…何、その顔?」

 

「…いや、オカルトの塊である悪魔がオカルト研究部を名乗るとは皮肉かと思ってな。」

 

「…返って自然じゃない?」

 

「…言われて見れば確かに逆にバレないかも知れんな…。」

 

あからさま過ぎて逆に自然に見えてくる…。

 

 

 

「…ここよ…悪いけどちょっと待っててくれる?」

 

「…ああ、早目にな。」

 

部屋に入るリアスを見送り、壁に背を預けた…。



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8

「…おい、リアス?どう考えても歓迎ムードには程遠いんだが?」

 

「…さっき言ったでしょ?貴女がやり過ぎるから警戒されてるのよ…。…一応言っておくけどチラッとは説明してあるからね、貴女の事。」

 

主の口から説明してこれなら本人とは言え何言っても無駄だと思うがな…。

 

「…テレサだ。私の事は聞いてるとの事だからな…まあお前らが聞きたいのは一つか?…私が敵か?味方か?」

 

「……」

 

誰も何も言わないがその沈黙が雄弁に語っている。

 

「…結論から言えばどちらでも無い。私はサーゼクスの庇護を受けているが、別に悪魔には転生してないし、悪魔陣営に積極的に関わるつもりもない。…サーゼクスと個人的に付き合いがあるだけだ。…つまりお前らが私の邪魔をしないなら私からは何もせんよ。」

 

「…テレサ、貴女…」

 

「リアス、私は歩み寄る気の無い奴におべっかを使う気は無い。…私も暇じゃないんだ、手っ取り早く行こう…今更隠す事も無い…私がどんな種族か教えておく…それで今日は帰る。」

 

私は魔術を解き人に近い姿からクレイモアとしての姿に戻ると、着ているジャージの前を開け、中のシャツを捲り上げる

 

 

「テレサ、貴女何して…!それは!?」

 

「…これが妖魔の血肉を入れる際に着いた傷だ。これだけは何があっても治らん。…それから…」

 

私はポケットに入れっぱなしになっていたカッターを取り出す…警戒度が上がるが気にせず作業に移る。

 

「…悪魔は傷の治りも早いし割と丈夫だそうだな…では…!」

 

私はカッターを腕に当てると力を入れ横に引く。…意識して攻撃に対する耐性を上げなければこんなチャチで大して斬れ味の良くない刃でもクレイモアの身体を傷付けることは出来る。

 

「何してるの貴女!?」

 

「黙って見てろ。…見ろ、もう治り始めて居るだろう?これが妖魔の血肉をその身に取り込んだ人間、半人半妖のクレイモアと呼ばれる化け物の身体だ。…分かったか?」

 

言葉も無い、か。さて…

 

「もう良いか?私は帰りたいん「お待ちなさい!」ん?お前は?」

 

姫島朱乃か。何か言いたい事でもあるのか?

 

「確かに貴女の事をろくに知ろうともせず敵意を向けた私たちが悪いのかも知れません…ですが!説明だけなら斬らなくても良かったでしょう!?自分の身体を傷付けるなんて何を考えてるんですの!?」

 

何を言ってるんだ、こいつ?

 

「…別に良いだろう?治るんだから「そういう問題じゃありませんわ!」何なんだ…?」

 

「貴女は…女性でしょう?」

 

「…私はただの化け物だ。それ以上でも以下でも無い。」

 

「違います!貴女は人間です!人を愛する事の出来る人間です!」

 

「…リアス、何なんだこいつ?」

 

「…ハア…ここまで貴女が自分を蔑ろにするなんて思わなかったわ…言っておくけど朱乃はこうなると長いわよ?クレアを迎えに行くわね?大丈夫。クレアの携帯の番号は聞いてるから…」

 

「何が大丈夫なんだ、おい!?「テレサさん!?聞いていますの!?」…何なんだ、本当に…。」

 

この後私は姫島朱乃に散々説教をされた…途中で逃げようにもクレアが見ているんじゃそうもいかないしな…全く。来るんじゃなかった…。



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9

「君は一体何を考えているんだ…!」

 

あれから姫島朱乃や涙目のクレアに説教され、仕事も終わり、家で待機していた黒歌にまで小言を言われて精神的に疲れていた所にやって来た来客にまで説教されていた…全く…何て日だ…。

 

「…そんな事を言うために忙しい中わざわざやって来たのかサーゼクス?…お前は私の親か?」

 

「私は君たちの後見人だ。…では、親も同然だとは思わないかね?」

 

「……」

 

暴論だと反論しようとしたがあながち間違いでも無い事に気付く…。もう今日は説教はうんざりだぞ…。

 

「そもそもだ、テレサ?君の名前を言ってみたまえ…無論フルネームで、だ。」

 

「…テレサ・グレモリー…」

 

満足そうに頷く顔にいっそ拳を叩き込んでやりたくなるが堪える…黒歌だけならまだしも、クレアもまだ起きているし…何より…

 

「……」

 

先程からサーゼクスの横に控えてるグレイフィアから発せられる殺気のせいで下手な動きが出来ん…この状況で無理に動くなら妖力の解放が必要なレベルだろう…魔王とその眷属の女王だとは知っているが、昔から変わらずこいつらの実力は計り知れんな…。そもそもあの頃より上がっている気がするんだが…。

 

「私は言ったね?後見人になるのは構わないがクレアの教育はどうするつもりなんだと?クレアは君が引き取った時から姓が存在しなかった…クレアを学校に通わせるならいっそ君たち二人とも私たちの家族になった方が良いんじゃないかと、ね。」

 

「…ふん。」

 

「…直系としてはさすがに迎え入れるのは難しかったから遠縁と言う事になっているが…私は当然君たちを友人である前に家族だとも思っているよ。…そんな大事な家族が自分の身体を傷付けた…心配にならない方が可笑しいと思うけどね?」

 

「…テレサ?いい加減に答えなさい?どういうつもりなんですか?」

 

「…何度も言わせるな。私は私のやりたい様にやる…お前らに借りはあるがそこまで干渉される謂れは無い。」

 

「テレサ!「グレイフィア、止めたまえ。」しかし!」

 

「…そういう所は変わらないな、君は。」

 

「…私は変わらん。…永久にな。…最も死ぬまでの話だが。」

 

 

「…いや、変わってる所もあるよ…クレアのおかげかな…そして黒歌…君の存在も確かに彼女を変える事が出来ている…」

 

「…この馬鹿は無茶ばかりするにゃ。…まっ、人の事は言えにゃいけどにゃ。」

 

「すまないね、友人を良き方向に導いてくれた礼では無いが何れ必ず君を自由の身にすると誓おう。」

 

「…期待しないで待ってるにゃ。…でもあんたが頑張ってるのは知ってるにゃ。…クレアがそろそろおねむみたいだにゃ。寝かせてくるにゃ。」

 

 

 

「…さぁそろそろ帰れ。クレアも寝た事だしな。」

 

「…また来るよ。帰ろう、グレイフィア。」

 

「テレサ、次こんな事をしたら許しませんよ?」

 

「…分かったよ…。」

 

揶揄いたくなるのを堪えてそう返す…こいつをあまり怒らせると面倒だからな…。私は二人が帰るのを見送り、部屋に戻った。



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10

「お前らここを溜まり場にするな…そもそも用が無いなら生徒は立ち入り禁止だぞ、ここは。」

 

「あら?良いじゃない。」

 

駒王学園用務員室…最近昼休みになるとここに弁当を持ち込み、休み時間一杯まで居座る馬鹿共がいる…リアス・グレモリーとその眷属共だ。

 

「…はい、お茶のお代わりですわ。」

 

「……」

 

姫島朱乃のいれた淹れたお茶を飲む…紅茶は飲み慣れ無いが悪くは無い…そうじゃないな…。

 

「…お前もどういう風の吹き回しだ?あれ程私を警戒していただろう?」

 

「今更ですか?貴女を警戒する意味は無さそうなので「私は暴走したら多分お前らを食うぞ?」貴女を戦わせなければ宜しいのでしょう?私もクレアちゃんの悲しむ顔を見たくありませんので。」

 

「ふん。馬鹿な連中だ。」

 

「…僕はまだ貴女を信用しきれません…。ですが剣士として貴女の事は尊敬します…それで、あの「私の剣なら教えんぞ」…残念です。」

 

「いや、何度目だ?このやり取り?」

 

そもそも片手で剣を振るう木場祐斗に両手剣を使う私の剣を教える意味は無い…考えるまでも無い話だ…。

 

「…やっぱり貴女から黒歌姉様の匂いがします…。」

 

「…何度言えば分かる?私は知らん。」

 

黒歌には借りがある。…普段揶揄ったりはするがそう簡単にあいつの事を漏らすつもりは無い。…まあさすがにこいつ、塔城小猫の落ち込んだ顔には来るものがあるが。

 

「……」

 

こちらを見ながら複雑な顔をするリアス…どうやらサーゼクスから事情は既に聞いているらしい…さて、それよりも、だ…

 

「…リアス、そこで見てないでこいつを何とかしてくれないか?」

 

「…無理ね。」

 

「嫌です。貴女から黒歌姉様に似た匂いがします…離れたくありません。」

 

塔城小猫は昼食を食べ終えると大体私の背中におぶさり離れようとしなくなる…。非常に邪魔なんだが…。

 

「…ところでリアス?」

 

「…何かしら?」

 

「…最近授業終わりの休み時間や放課後にここに生徒が来るようになったんだが…」

 

「あら?私が言ったのよ?ここの用務員は面倒見が良くて経験豊富だから悩み事相談に最適って。」

 

「…何をしているんだお前は…」

 

高校生の勉強は分かる。教師に聞けと思わなくも無いが別に教えるのは問題無い。だがな…

 

「…さすがに私は恋愛相談は出来んぞ?後、女性の身体の事情を相談されても困るんだが?この身体になってからその辺の煩わしい問題からは解放されてるし、なる前の記憶もあまり無いしな。」

 

そもそも私は転生前は男だからな…。

 

「…あら?そうなの?」

 

こてんと首を傾げるリアス…殴りたくなったが止めておく…私が殴るとリアスが尋常で無い距離を吹っ飛ぶ事になるだろうしサーゼクスが殴り込みに来る…。

 

「とにかくお前が言って頻度を減らしてくれ。教師程書類仕事は無いが進まないし、そもそも学校内で仕事をしていても話しかけてくるから迷惑だ。」

 

「…仕方無いわね…。」

 

渋々と言った体のリアスに溜息を吐きながらこのままなし崩し的に原作に関わる流れになるんじゃないだろうな…?と私は不安に駆られていた…。



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11

「そう言えば聞いていい?」

 

「何だ?」

 

「貴女はぐれ悪魔狩りをしてるのよね?私たちと違って大公から依頼が来る訳じゃないだろうしお兄様が貴女に依頼するわけも無いし…何処からはぐれ悪魔の情報を得ていたの?」

 

「…大分今更だな…まあ答えてもいいが、まずは…お前はぐれ悪魔に賞金がかけられてるのは知ってるか?」

 

「えっ?そうなの?」

 

「…お前らは正式に依頼を受けて討伐し報酬を貰っているんだろうが、私たちの様な個人の言わばハンターは大抵そっち方面の情報を専門の情報屋に流してもらうのが一般的だ…そして狩ったら賞金が報酬として入る訳だ…言っておくが賞金はピンからキリまである…恐らくお前らが貰うよりずっと多くの額を貰っている場合もあるだろうな…あー…これ以上は言わんぞ?このシステムを利用してるのは私だけじゃないのでね。」

 

「…えーっと…その言い方だと貴女以外にはぐれ悪魔狩りをしているフリーのハンターがいるって意味に聴こえるんだけど?」

 

「聞こえるも何もそう言っているんだが?駒王町にもそれなりの数がいるぞ?」

 

「……嘘でしょ?」

 

「嘘を言ってどうする?」

 

「…何処の誰とかは教えてくれないわよね?」

 

「…そもそも遭遇した事はあっても素性は知らん。もちろん知ってても教えられんよ。」

 

「そう、よね…」

 

「言っておくがこれは仕方の無い話だ…お前を無能だと謗るつもりは無いがお前らが動く分じゃ手が足りないんだよ…そもそもお前らは未熟過ぎる…」

 

実際私が相手した中にはこいつらでは荷が重すぎる奴はいたからな…。

 

「…テレサ、頼みがあるんだけど「断る」まだ何も言ってないわよ…」

 

「お前らを鍛えて私に何のメリットがある?大体、同業者を失業させる程私は堕ちて無いつもりだ…」

 

私の様に昼間の仕事が出来てる奴が珍しいんだ…給料も破格だしな。

 

「…と言うか今更お前らを鍛えても間に合わないだろうな…。」

 

「何故?」

 

「…駒王町は魔窟だ…どういうわけか実力の隔絶したはぐれ悪魔が数多く集まる場所がここだ。他の町で名を馳せたハンターが数多く返り討ちにされている…実力的には当然お前らより遥かに上の連中だ…はぐれ悪魔狩りが本業だからな。それで食ってるプロが勝てないのに所詮はぐれ悪魔狩りを他の事の片手間でやってるお前らを鍛えても無駄だ…そもそも私がやるとお前ら…私がどう手加減しても五分とかからずにくたばるぞ?…はっきり言う…諦めろ。」

 

どうせ原作通りに行けばこいつらは勝手に強くなるしな…原作に関わるつもりの無い私が鍛える必要は無い。

 

「…貴女は元々強いからそんな事が「何を言っている?」え?」

 

「私たちクレイモアは半人半妖になった時から与えられる力は決まっている。個人差はあるがな…だから剣の腕を磨くのさ。妖魔も馬鹿じゃない。如何に妖魔を叩き斬れる剣があっても当たらなければ無駄だ。」

 

「……」

 

「その点お前らは違う。お前らは可能性がある。…見た目も能力も変化しない私たちとは違う…焦るな、ゆっくり強くなれば良いんだ。」

 

と、柄にも無くアドバイスをしてリアスを見れば…何だその顔は…?

 

「いや、何か妙に優しいから…その、逆に不気味で「とっとと出てけ」ごめんなさい…。」

 

慣れない事をするものでは無いな…取り敢えずこいつには二度と助言などしないと決めた。そもそも原作に関わりたくないのにこいつに余計な事を吹き込むものでも無い…。



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12

原作に関わりたくない…そう言いつつサーゼクスと懇意にしていたり、リアスに助言の様なものをしてみたり、そんな矛盾した事をしていたからかも知れないな…この光景を見てしまっているのは…

 

その日、私は用務員の仕事を休んでいた…と言うか休みを取らされた…

 

クレアの通う学校が授業参観を行うそうなのだが…クレアがそのプリントを私に見せず隠していたのを黒歌が見つけ、私に行けと言ったんだ…無論、何だかんだ行きたいのは山々だが用務員の仕事をどうするのか聞けば、自分が仙術で私に化け行くつもりだと…。

 

基本黒歌は器用なタイプだ…仕事そのものは問題無くこなすだろう…そう考えた私は黒歌に任せる事にした…。

 

学校からの帰り、少し散歩しようと遠出したのもいけなかったかも知れないな…通りがかった公園で兵藤一誠が堕天使に襲われている光景を見てしまっているのは…

 

兵藤一誠の事は原作知識抜きに当然知っている…と言うか何度か女子生徒の頼みで逃げる三馬鹿を捕獲した事すらあるからな…。しかし…

 

「テレサ!イッセーお兄ちゃんを助けて!」

 

「……」

 

クレアが兵藤一誠と面識があると言うのは何の冗談なんだ…?クレアがレイナーレと歩く兵藤一誠に気付く…そんな事が無ければ決定的なシーンを迎える前にさっさと通り過ぎたと言うのに…!これでは助けない訳にいかないじゃないか!?

 

「…チッ!」

 

既にレイナーレから攻撃は放たれようとしている…いくら私でもこの距離を普通に走っては間に合わん…!

 

「仕方無い…。」

 

私は妖力を解放する…良くこの世界に来てからした事が無いと言ってるが…実際の私は正真正銘初めてだ…!やり方は分かる…だが、一体どれくらい解放すれば追いつける!?やり過ぎれば私は覚醒者になる…!そうでなくても勢い余って通り過ぎれば瀕死の重症を負う兵藤一誠の姿をクレアに見せる事になる…!

 

「…ふざけるな。私は…テレサだ…!」

 

兵藤一誠がどうなろうとどうでもいいがクレアを悲しませるつもりは無い!確実に助ける!

 

「…なっ…!」

 

尻もちを着き惚けている兵藤一誠の襟を掴みレイナーレの前を走り抜ける。…上手くいったか…。

 

「…ゲホ!ゲホ!」

 

首が締まったのか噎せる兵藤一誠を公園の植え込みに放り投げる…気絶しなかったのは褒めてやっても良いが何時まで惚けている!?

 

「ボケっとするな!とっとと逃げろ!」

 

「は?…え?」

 

「チッ!クレア!兵藤一誠を連れて逃げろ!」

 

「うん!お兄ちゃんこっち!」

 

「…へ?クレアちゃん?何でここに?」

 

「良いから早くこっちに!」

 

クレアが兵藤一誠を連れ公園を出ていく…さて…

 

「よくも邪魔してくれたわね…!」

 

「個人的にはアレがどうなろうと別に良いんだがな。…妹の知り合いなら話は別でね…まぁとにかくだ…!」

 

私はレイナーレに向かって妖力を解放しつつ一気に踏み込むと顔面を殴りつけた。

 

「…ガハッ!」

 

吹っ飛ぶレイナーレに告げてやる。

 

「…戦争の火種になっても困るからな、殺しはしないがそれなりに痛い目にはあってもらうぞ。」

 

とっととこいつを潰してクレアたちと合流しなきゃならん…今駒王町を訪れている堕天使は恐らくレイナーレ一人では無い筈だからな…。



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13

「…くそっ!面倒臭い!」

 

「ほらほら!さっきの威勢はどうしたのかしら!?」

 

私はレイナーレに苦戦していた…。

 

レイナーレを殴り飛ばし、そこから追撃に移ろうとした私の目の前でレイナーレは翼を広げ飛んだ…そう、先程の攻撃は奴が低空を飛んでいたのと奇襲だったから当たっただけで上空を飛び回られれば空を飛ぶ手段の無い私にレイナーレを捉える術は無い…!…いや、一つだけ可能性があるか…。

 

「…駄目だ…それだけは出来ない…!」

 

覚醒者になればと過ぎった考えをすぐに打ち消す…とはいえ私も現在ギリギリの状態だ…妖力解放の制御には何とか成功したがこのままの状態をずっと維持するのは不可能だ…!気を抜けばどちらにしろ私は覚醒者になってしまうだろう…クレアの事も心配だ。これ以上長引かせる訳にはいかん…!

 

「虫のように地面を這いずり回って!良いざまね!あんたは簡単には殺さないわ!このまま嬲り殺しにしてあげる!」

 

「生憎、被虐趣味は無くてね…!」

 

レイナーレが投げて来る光槍を必死で避ける…何か!何か無いのか!?考えろ!この状況をひっくり返す方法を!

 

「…ふん。お前だってその虫を捉えられない間抜けな鳥だろう?…いや、鳥に失礼だったな…お前は羽虫、と言った所か?」

 

「減らず口を…!決めたわ!あんたを嬲り殺しにするのは止めた!今この場で私の全力で屠ってあげる…!」

 

そう言って上空で制止し力を溜め始めるレイナーレ…馬鹿、だな…!

 

「…動きを、止めたな…?」

 

「…なっ!?」

 

私はその場で跳びレイナーレの更に上を取る…

 

「上手く受け身を取るんだな?多分相当痛いぞ?」

 

「…くっ!」

 

逃げようと溜めを止めるレイナーレに向かって踵を振り下ろす…!

 

「遅い!潔く落ちろ!」

 

「があっ!?」

 

女とはとても思えない悲鳴を出すレイナーレと共に地上に落ちる…着地の心配はしなくて良さそうだな。

 

レイナーレをクッションに地面の上に着地する…地面にクレーターが出来てしまった…まあ私のせいじゃないか…さて、レイナーレは…

 

「…あっ…がっ…!」

 

「…生きてる、か。堕天使もなかなか丈夫だな。」

 

まさか上空から地面に叩きつけられても生きているとはな…まあ殺す気は無いからな…正直に言えばやり過ぎたんじゃないかと心配したが…。さて…

 

「…良い格好だな堕天使?地上を這う気分はどうだ?」

 

「…がっ…ゲホッ!…あっ、あんた…私にこんな事して…!」

 

ここで威を借るか…小物だな…大体原作通りの性格ならアザゼルがこいつを庇う訳ないだろうに。盲目だな。

 

私はレイナーレの上に跨ったまま拳を振り上げる。

 

「…何を…?」

 

「私は被虐趣味は無いが一方的に殴るのは嫌いじゃなくて、ね。」

 

「…!まっ、待って!やっ、止め「行くぞ?私が満足するまで耐えてくれよ?」ヒイ!」

 

私はレイナーレに向かって拳を振り下ろした

 

 

 

 

「…やっと気絶したか。まさか地面に叩き落としても死なない所か、気絶すらしないとは思わなかった…。」

 

私はレイナーレの顔のすぐ横に拳を振り下ろした…実際私には被虐趣味も無ければ別に加虐趣味も無い…そもそもレイナーレに時間を取られてる場合じゃない。

 

「…クレア…!」

 

携帯のGPSアプリを作動させ、一箇所から動かないのを確認し走る…間に合ってくれ…!



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14

GPSアプリが示す場所に向かいながら私は電話をかける

 

「…アザゼルか?」

 

堕天使総督アザゼルとはそもそも古い付き合いだ。最もこいつの人柄はあまり好きじゃないのが本音だが…

 

『おう!どうしたテレサ?電話してくるなんて珍しいじゃねぇか!何だ?とうとう俺に一晩付き合う気に「今、さっき堕天使を一人ボコった」……詳しく話せ。』

 

「悪いが無理だ。クレアが狙われている。」

 

『…成程。好きにしな。』

 

「……良いのか?」

 

『殺さなきゃ別に構わないぜ。お前さんと事を構えるより良いしな…そもそも一応お前中立だから多少無茶してもどうにかなんだろ…何より…お前は結構いい女だからこれからも個人的に仲良くしておきたい。』

 

「悪いが私にその気は無い…だが、今度何らかの形で埋め合わせはしよう。」

 

『頼むぜ。…こっちでも問題起こした馬鹿の事を調べておく。』

 

原作知識が多少あるから敵の事は知っているのだがな…。

 

「ああ、分かった…恩に着る。」

 

『こっちはお前さんに借りがある。…じゃあな、忙しくなるから切るぜ。』

 

「…サーゼクスと違って過干渉はして来ないし話は早いんだがな…。」

 

外道でも無いが善の側にもいない…それが私の抱くアザゼルの印象だ。…最も私も本質は人でなしだからこいつを批評出来んが。

 

『…テレサ?どうしたの?』

 

困惑気味のリアスの声…そもそも私はリアスに電話をした事は無いから当然だな。

 

「クレアが堕天使に追われている『どういう事!?』説明してる時間は無い。…今から言う場所に来てくれれば良い。」

 

『…テレサ、悪いんだけど「何だ聞いてないのか?私は一応グレモリー家の人間と言う事になっているんだぞ」えっ!?』

 

サーゼクスの生暖かい笑顔が浮かんでくる…良し!今度殴ろう!

 

『そっ、そういう事なら確かに私たちが動く理由にはなるわね…』

 

「勘違いするなよ?私は既に現地に向かっている…お前たちにやって欲しいのは後始末だ。」

 

『何言ってるの!?敵の規模は分からないのよ!?それに貴女が戦ってもし暴走したら「手遅れだリアス。私はもう妖力を解放して堕天使を一人倒してるし今も妖力解放して向かってる」なっ!?』

 

「殺してはいない。…だが、もし私が覚醒者になれば相手を殺すだけでは終わらない…お前らはその為の保険だ。…お前たちに倒しきれるとは思えんが…最悪サーゼクスを呼んでくれればいい…私が言ったところでサーゼクスは立場上動けんがお前が言えば奴は戦場に出てくる口実が出来る…!」

 

『…分かったわ、出来れば私たちが着くまで無茶をしないで。』

 

「……約束は出来ん。」

 

私は電話を切る…先程からGPSはずっと同じ場所を示している…逃げ回っている時に携帯を落としてしまったならまだマシだが、恐らく既に敵に会ってしまっていると考えるのが妥当だろう…。

 

「…クレア…私はお前に伝えてない事がたくさんある…!」

 

お前には死んで欲しく無いんだ!私はまだ…お前に何も…!



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15

漸く現地に着いた私の目に飛び込んで来た光景は…!

 

「…敵は…裸に直接着てるようにしか見えないスーツ…カラワーナか…にしてもやるじゃないか兵藤一誠…まさかクレアを身体を張って守るとは…」

 

クレアを庇うようにしてカラワーナに対峙する満身創痍の兵藤一誠を見て評価を上げる…さて、奴の頑張りに答えてやるか…!

 

「良くやった。後は…任せろ…!」

 

「なっ!?」

 

カラワーナを殴り、地面に落とし踏みつける…起き上がる気か…?参ったな、一応私も制御出来るギリギリまで妖力を解放してるのだが…!

 

「…あっ、あんたさっきの…って、もしかしてテレサさん!?」

 

私の正体を看破した兵藤一誠に舌を巻く…何故分かった?私はもう隠す意味も無いだろうと思い姿を誤魔化す魔術を解いて…いや待て。こいつ今、私の何処を見て…成程。そういう事か…。

 

「…兵藤一誠、後で話がある…。」

 

「ヒイ!」

 

兵藤一誠に殺気を向ける…評価を下方修正しなければな…いや、これ以上下がらんか。…先程兵藤一誠が私の正体を看破した理由、それは胸だ。…こいつは私の胸を見て正体に気付いた。…そもそも人の姿をしている時の私は多くの場合ボディラインの分かりにくいジャージを着たりしているのだが…こいつはそれでも見分けが付いたらしい…私が元男であることを鑑みてもこいつの女体…特に胸への情熱はドン引きするしか無い…。

 

「…くそっ!退け!」

 

「退けんよ。そこにいる私の家族とそれを守った馬鹿を殺されたくは無いのでね。」

 

無理矢理私を退けようとするカラワーナ…こいつも気絶させるか?

 

「テレサ!」

 

「リアス?やけに早いじゃないか。」

 

転移出来るとはいえ、てっきり近くに移動してくると思ったのだが…まさか現地に直接来るとはな…。

 

「…そこにいる男の子がたまたま私の配ったチラシを持っていてね。それを目印に来たの。」

 

「…成程な。」

 

「それでこいつが?」

 

「…ああ。敵の堕天使だ…幸いクレアもそこにいる男子、兵藤一誠も無事だ…多少手傷は負っているがな。」

 

「…そう言えば朱乃を公園の方に行かせたんだけど…」

 

「…さすがにやり過ぎか…?」

 

「…他に方法は無かったんだろうし、仕方無いわ…最も後始末はお兄様に丸投げするしか無いのが申し訳ないけど…」

 

「立場が上の者は責任取るためにいるのさ…それはそうとこいつを捕縛してくれないか?そろそろ限界が近いのでね…」

 

「そうだったわね…もう足退けて良いわよ…。」

 

「…ふぅ。…リアス、ありがとう…今日はさすがに助かった…。」

 

「…あら?どういたしまして。…貴女がそんな事を言うなんてね…明日は雨でも降るかしら…?」

 

「…はっ倒すぞ?…そもそも明日の天気予報は雨だ。」

 

「…冗談よ。そんなに怒らないで。」

 

こいつはこいつで私に慣れつつあるな…全く…何でこうも原作キャラと関わりが「テレサ!」おっと。

 

「…大丈夫か、クレア?」

 

「うん…。イッセーお兄ちゃんが守ってくれたから…。テレサは大丈夫?」

 

「大丈夫だ、別に怪我もしてないしな「そうじゃなくて…その」大丈夫だ。私はまだ大丈夫だ…。」

 

私はクレアを抱き上げると惚けている兵藤一誠の元に向かう。

 

「ありがとな、クレアを守ってくれて。」

 

「えっ?えと、はい。…あの…テレサさんですよね…?」

 

「…ああ、そうだ…どうせお前胸見て気付いたんだろう?普段なら殴る所だが…クレアを助けてくれたし不問にしてやる…!」

 

「はっ、はい!」

 

「取り敢えず詳しい事情は明日で良いかしら?もう時間も遅いし…。貴方にも心の準備が必要でしょう?」

 

「…はい…。」

 

美少女のリアスを前にしても腑抜けた返事をする兵藤一誠…無理も無いか、こいつに取っては有り得ない事の連続だったろうしな…。

 

「それじゃあ明日の放課後、貴方のクラスに迎えを出すから…。今日は送って行くわね?」

 

「お願いします…。」

 

怪我を魔術で治してもらいリアスに送って貰う兵藤一誠を見送り、私もクレアと帰路に着いた。



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16

「今日は大変だったようだね…」

 

「…まあな…」

 

家に帰り、寛いでいるとサーゼクスがやって来た…何れ来るだろうとは思ったが…まさかこうも早く来るとはな…余程暇なのか…と一瞬頭を過ぎったが…さすがに口には出さなかった…

 

「…暇なのか、と聞きたそうな顔をしているね…」

 

「……」

 

口を噤む。一瞬そう思ったのは確かだがそれに素直に答えるのは癪だ。…そもそも…

 

「…結論から言おう…暇では無い…今回の件、思いの外事が大きくなっていてね…後始末に追われている…」

 

「…すまんな…。」

 

あれだけ被害を出したのだ…こいつが暇なわけが無いか…疲れが顔に滲み出ているサーゼクスに謝罪する…さすがにこれは揶揄えんな…。最も今回デカい借りを作ったのは確かだからな…そこまで私も面の皮は厚くない。

 

「…いや、君のせいじゃないからね…幸い君は堕天使たちを殺さないでいてくれたからね…もし一人でも死んでいたら…」

 

「アザゼルが堕天使を引き連れ駒王町に乗り込んで来る…で、行き着く先は泥沼の戦乱か?」

 

「…そこまで大袈裟な話じゃないが…アザゼルも動かざるを得なかっただろうからね…。」

 

「一応アザゼルにも殺すなとは言われたからな…。正直ギリギリだったが…。」

 

そもそもレイナーレに関しては事後承諾だしな…。

 

「…妖力解放をしたそうだね…。」

 

「…ああ。他に方法は無かった…はぐれ悪魔のほとんどは翼を活かせていなかったからな…まさか空を飛ばれるとああも厄介だとはな…。そもそも私もブランクがあった…何度も制御を離れそうになったよ…。」

 

いや、実際は初めて妖力解放をしたんだがな…。

 

「…まあそれに関しては仕方無い。こうして君はここにいる…。それだけで十分さ…。」

 

「…そうやってどんな女も引っ掛けるの控えろよ?そのせいで私は最初の頃グレイフィアに散々目の敵にされたんだからな…。」

 

「…実は最近は忙しくてグレイフィアともご無沙汰でね…」

 

「そんな夫婦間の事情を私に話すな。…話が逸れてる。どうせまだ言いたい事があるんだろう?とっとと話せ。」

 

「…君はリアスに自分がグレモリー家の人間だと言ったらしいね…。」

 

「…ああ…。」

 

「それが何を意味するか分かってるね?」

 

「私は悪魔陣営に属してる事になる、か?」

 

「…リアスもその可能性を考え私にのみ話して来た。」

 

「…今までのように中立を名乗るのは難しい、か。」

 

「そもそも今回の件で君は堕天使陣営の若手には顔を覚えられてしまった筈だ…それに駒王町にいるその他の勢力も君の事を知ってしまっただろう…。」

 

「…お前は改めて私を勧誘しに来たのか?」

 

「…どうするかは君に任せるよ…。ただ、君が何を選んでも私は尊重しよう…。」

 

「…それは本当に選択肢を与えてるつもりか?」

 

「脅しに聞こえたのなら誤解だと言っておこう。…私は君に無理強いをするつもりは無い。」

 

「…ふん。」

 

そろそろ潮時か…。今回の事を期に、私は選ばなければならない…本格的に原作に介入するか、否か…。



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17

初の妖力解放をしての戦闘を行った翌日…私は何時も通りの用務員業務をしていた…

 

「おっ、降ろしてくれ~!」

 

「かっ…あっ、頭に血が上って…!」

 

「…お前ら学習能力が無いのか?」

 

最も今やってるのは用務員業務とは全く関係無いがな…駒王学園名物の三馬鹿の内、天井から逆さ吊りにされる二人を見ながら溜息を吐いた…。

 

「…ところで今日はお前ら二人だけか?兵藤一誠はどうした?」

 

「…あっ、そっ、それが何か今日のイッセーはノリが悪くて…」

 

「…そうか。」

 

まああんな事の後にそんな事が出来る程肝っ玉が座った奴には見えなかったからな…ここもある意味原作通りか…。最もあのタイミングで私が介入したせいで兵藤一誠が悪魔に転生してないからもう完全に原作ブレイクしてしまっているが…。

 

 

「いた!テレサさ~ん!」

 

「ん?来たか…。後はあいつらに任せるからな。」

 

「…あっ、そっ、そんな…!」

 

「てっ、テレサしゃん…おっ、お慈悲を…!」

 

「自業自得と言う奴だろ?…まあその、何だ…死ぬなよ?」

 

二人にそう声をかけ、女子たちの元へ向かう

 

「ありがとうございますテレサさん!毎回こいつら逃げ足早くて捕まえるのが大変で…。」

 

「構わんさ…毎回毎回廊下を走り回られても困るからな…。」

 

「本当にありがとうございます!また用務員室に甘い物持って遊びに行きますね!」

 

「…あそこは一応遊びに来て良い場所じゃないんだがな…」

 

そもそも私も一応味覚はあるし、甘い物が嫌いな訳じゃないが…とても食いきれんから困るのだが…まあ家に持って帰ればクレアが嬉嬉として平らげたり、黒歌がカロリーがどうのと文句を言いつつ結局食べるから無駄にはならんが…。

 

掃除用具などの凶器を持って目をギラつかせながら二人の元へ向かう女子たちに軽く引きながら私は業務に戻った…。

 

 

 

放課後、オカルト研究部のドアをノックする。

 

『どなたですか?』

 

姫島朱乃か…。

 

「テレサだ。」

 

『…どうぞ。』

 

「…失礼する…ん?リアスはどうした?」

 

今部室にいるのは塔城小猫と姫島朱乃だけだ…。木場祐斗は兵藤一誠を呼びに言ってるんだろうが…。

 

「今、シャワーを浴びてますわ。」

 

「…この後兵藤一誠が来るんだよな?」

 

「ええ。」

 

「……」

 

原作知識で分かってはいたが…改めて考えるとな…正直あの馬鹿にこんなサービス要らんだろ…。

 

 

「突っ立って無いで座ってくださいな、今お茶を淹れますから…」

 

「ん?ああ、頼む…?」

 

先程から何か姫島朱乃が浮ついているというかソワソワしていると言うか…何だ?…まあ今は良いか。

 

「……」

 

「…塔城、邪魔なんだが…」

 

ソファから下りると椅子に座った私の足の上に無言で座る塔城小猫…重くは無い…寧ろ私がクレイモアである事を鑑みても異様な程軽い…こいつちゃんと飯食ってるのか?

 

「…下りたくないです…。」

 

「……」

 

そんな悲しそうな声で言われるとキツく言う気にはならんな…元々そんなに困っては無いし…良いか。…全く。黒歌、お前がちゃんとフォローしないからお前の妹は色々拗らせているようだぞ…?

 

 

 

「…どうぞ。」

 

「ん?ああ、ありがとう姫島「朱乃」ん?」

 

「朱乃と呼んでください…リアスばかり名前で呼んでずるいです…」

 

「……」

 

あの日より私に対する対応はかなり柔らかくなったが…今のこいつは何時ものそれとは明らかに違う…目元が潤んで熱に浮かされた様な…まるで恋でもしてる様な…まさか…!

 

「姫し…朱乃、すまないが…私に加虐趣味は無い…お前のそれには応えられない…。」

 

「……え?」

 

「公園の惨状と痛めつけられたレイナーレを見て私なら自分を満足させられる…そう思ったんだろう…?」

 

「…どうして…?」

 

これはどっちなんだ?単純に隠していた筈の自分の秘めた想いに何故気付いたのかと聞いてるのか?それとも…自分の期待に応えられないと言われた現実に対して零した言葉か?

 

「…勘、かな?…お前良く男子にはまるで女王様に対するそれの様な願望を向けられるし実際そういう想いに応える事もある様だが…お前、どちらかと言えば被虐願望持ちだろう…?」

 

原作や二次創作では姫島朱乃は良く加虐趣味として描かれるが…原作を丹念に読んでいくとどちらかと被虐趣味の方が大きい様に見えて来る…私の偏見と言えばそれまでだが…少なくとも目の前の姫島朱乃は明らかにそれを求めているように見える…。

 

「…すまない…。」

 

「…残念です…貴女なら、と思ったのですが…。」

 

目に見えて暗い雰囲気を出し始める姫島朱乃にさすがに罪悪感が生まれてくる…仕方無い…。

 

「…まあ、その何だ…何時でも家に遊びに来ると良い…」

 

「……え?」

 

「…クレアが喜ぶし…私も相談にくらいは乗る…それと、もう一人の同居人なら多分お前のそれにも応えられると、思う…。」

 

こいつの事は黒歌に任せよう…姫島朱乃は母親がいない…そもそもこいつのこの歪な関係性を求める感性は愛情に飢えてることから来てるのかもしれん…黒歌なら愛情を与える事も、こいつの劣情を満たす事も出来る筈だ…うん。それが良い…悲鳴を上げ、頭を抱える同居人の姿が過ぎったが私は無視した…。

 

「…ずるいです…私も名前で呼んで欲しいです…」

 

「…分かった、小猫。…これでいいか?」

 

「…はい。」

 

機嫌が良くなって何よりだよ…姫島朱乃の様に劣情は向けて来ないから扱いやすい…もう少ししたら黒歌に丸投げ出来るから気も楽だしな…そう打算的な事を考えながら私はすっかり冷めてしまった紅茶を飲んだ…。



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18

「兵藤一誠君を連れて来ま…し…た?」

 

「…ん?こんにちは、だな木場。先に来てるぞ、兵藤も昨日ぶりか?今日はお前を捕まえてないしな。」

 

「…はぁ、こんにちはテレサさん…それでこの状況は一体…?」

 

今私の膝の上に塔城小猫が座り、私の肩に頭を乗せリラックス仕切った姫島朱乃がいた…そりゃ困惑するよな…

 

「…良く分からんが妙に懐かれてな…取り敢えずお前ら入ったらどうだ…?」

 

嘘だ。二人とも理由は何となく把握している…とにかくだ…さすがに何時もこの状況になるのは辛い…絶対に黒歌に丸投げしなければ…

 

「…そう、ですね…」

 

「…お邪魔します…」

 

その後、原作ではシャワールームからリアス・グレモリーが出る際に姫島朱乃がタオルを渡す展開だったが、今回は肝心の姫島朱乃が私の傍から一切動こうとしないため目を閉じた木場祐斗がタオルを渡しに行くと言う器用な事をする羽目になった…。

 

 

 

「兵藤一誠君?貴方悪魔になる気は無いかしら?」

 

夜中の通販番組より酷いリアス・グレモリーの悪魔になる事のメリットをプレゼン…もとい、説明し終わったリアスが兵藤一誠を勧誘する…お前デメリットは言わんのか?堕天使が目を着けたと思われる兵藤一誠の神器が目当てなんだろうが質が悪すぎるぞ…。

 

「…その…悪魔になればハーレムを実現出来るんですか?」

 

「…貴方次第よ。悪魔にに妻は一人なんて法律は無いし、そもそも今の悪魔は絶対数が少ないから寧ろ推奨されるでしょうね。」

 

「…じゃ、じゃあ俺悪魔に「兵藤」…え?」

 

「お前本当にそれでいいのか?…さっき私の事を説明したな…?」

 

私の事情は全て説明した…当然不老不死である事も。

 

「…ええ。聞きました。俺はその上でハーレムの為に悪魔に「お前の好いた女性が悪魔になる保証はあるか?」……え?」

 

「…例えば…お前が悪魔になった後好きになった中に人間の女がいたとする…それでお前は言うわけだ…悪魔になって俺の伴侶の一人になってくれって…承諾が得られなかったらどうするんだ?」

 

「…そっ、その時は諦めて別の女性を「それが本音か?お前女なら…胸が大ききれば誰でもいいんだよな?」ちっ、違…!」

 

「…まあその件で別にお前を責める気は無い…。何故ならお前はお前の都合で女を選ぶというクズの行動をしようとしてるが、リアスはリアスでこう言ってるも同然だ…お前に種馬になれってな。」

 

「テレサ!何を言って…!?」

 

「…俺は…」

 

「そもそもお前、初めて自分を好きだと言ってくれた女に裏切られて昨日殺されかけたばかりだよな?そうも簡単に信じられるのか?人間でも無い女を?」

 

「…あの…やっぱりちょっと考えさせてください…」

 

「それは構わないけど…」

 

「良く考える事だ…。不老不死になれば全てが変わる…お前が思う程簡単な事じゃないんだよ…。」

 

原作でなし崩し的に悪魔になってしまった兵藤一誠と違いこいつはまだ人間だ…にも関わらず簡単に人間を辞めようとするこいつにイラついた。…だから余計な事を言ってしまった…部室を出て行く兵藤一誠を見ながら私は後悔していた…



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19

「…テレサ、貴女一体「リアス、昨日兵藤を送って行ったんだろう?親に会ったか?」え?ええ。優しそうなご両親だったけど…?」

 

「…単刀直入に聞く…お前の眷属に親はいるのか?」

 

「それは…」

 

「ここにいる全員色々訳ありだ…違うか?」

 

「……そうよ。」

 

「お前そういう奴としか接してないから麻痺してないか?普通の人間の子を持つ親はな…子供がある日突然事故で亡くなったり、大怪我をして二度と歩けなくなったりしないかと心の何処かで不安になりつつも普通の生活を送り生きていてくれる…いや、そうあって欲しい…そう願うもんなんだよ…だから…種族が変わるなんてのは普通の親に受け入れられる様な物じゃないんだよ…要するにお前はその優しそうなご両親から大事な大事な息子を奪おうとしているも同然な訳だ。」

 

「そんな!?別に悪魔になったからって見た目が大きく変わったりする訳じゃ「何年経っても姿の変わらない息子…周囲には…特に親戚一同には何て説明する?」それは…」

 

「不老不死になれば兵藤一誠は人間社会からおさらばだ。…お前は兵藤一誠の人生をお前の一存で勝手に変えようとしているんだぞ?」

 

「…私は…」

 

「…あの…テレサさん…もうそのくらいで…」

 

木場祐斗に諌められ頭が冷える…私は何を熱くなっているんだ…?私には兵藤一誠がどうなろうと何ら関係無い筈だ…

 

「…すまんな…今日は帰る…子猫、朱乃、退いてくれ。」

 

「…あの…今日家に行って良いですか?」

 

姫島朱乃がそう聞いて来る…別に良いか…

 

「…好きにしろ、今からだと遅いな。泊まりの用意をしてくるといい…」

 

これ以上厄介事はごめんだ…このまま黒歌に押し付けてしまおう。

 

「…ずるいです…私も…」

 

「すまんな。ウチはあまり広くないんだ…悪いが五人もいたら定員オーバーだ…。」

 

塔城小猫はまだ黒歌に会わせるわけにはいかない…本来は姫島朱乃も会わせるのは不味いが放っておくと私がもたないからな…。

 

「…分かりました…」

 

「…じゃあな。…では朱乃、家で待っている…。」

 

「…はい。」

 

 

 

「…あんたは何を言ってるにゃ…。」

 

家に帰り、先に帰って来ていた黒歌に姫島朱乃の事を説明する…何をだと…?

 

「だからこれからリアス・グレモリーの眷属の一人でマゾヒストの女が来るからお前に相手して欲しいと「聞こえないからもう一回言えって言ってんじゃねぇにゃ!何でその子の相手を私がしなきゃならないのかって言ってんだにゃ!?」何でってお前Sだろう?」

 

「私はノーマルだにゃ!」

 

「ゑ?」

 

「その顔止めるにゃ!あんた私を何だと思ってんだにゃ!?」

 

「サディスト猫女。」

 

「良し!表出るにゃ!」

 

「…テレサ、黒歌お姉ちゃん喧嘩してるの…?」

 

「けっ、喧嘩じゃないにゃ!?」

 

「ああ。お前は何も気にしなくて良いからな。」

 

 

 

「…その子が訳ありなのは察したにゃ…。優しくしてやれにゃらまだ分かるし、普通に協力もするにゃ…。何でわざわざ虐めなきゃにゃらにゃいにゃ!」

 

「そいつがMだからだよ。虐められるのがそいつにとっての幸せだからだ。」

 

「ふざけんじゃねぇにゃ!そんなの絶対可笑しいにゃ!」

 

「…まあ接し方はお前に任せる。」

 

私は役割を丸投げ出来れば良いからな。

 

「…あんたも少しは協力するにゃ。」

 

「断る。私はノーマルだ。」

 

「私もそうだってさっきから言ってるにゃ!?」

 

と言うやり取りが結局姫島朱乃が家を訪れるまで続いた…。



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20

家にやって来た姫島朱乃に渋る黒歌を引っ張って来て自己紹介させる…名前でさすがにピンと来た様だがそこは原作でも聡明な姫島朱乃だ…多少変な所へ振り切っていてもそこは変わらず私が唇に人差し指を当てて、その後首を横に振るという動作のみで察してくれたらしく黙って頷いてくれた…ファーストコンタクトは問題無いな…さて…

 

「それでは改めまして…テレサさん、黒歌…お姉様、今夜は宜しくお願いします。」

 

『…良し、黒歌…後は任せるぞ?』

 

『待つにゃ!?あの子の目を見るにゃ!?明らかに私に変な期待してるにゃ!?』

 

『……頑張れ…』

 

『ふざけんじゃねぇにゃ!?』

 

ここまでアイコンタクトによりほとんど一瞬で交わされた会話だ…同居人と心が通じ合っているようで私は嬉しいよ…

 

『現実逃避するんじゃねえにゃ!?とっ、とにかく今のあの子と二人きりにしないで欲しいにゃ!?』

 

『何とかしろ。今のあいつをクレアに会わせて変な影響受けたら困るだろ?』

 

『だからって私を生け贄にするんじゃねぇにゃ!?』

 

『…安心しろ…骨は拾ってやる…』

 

『お前最低だにゃ!?』

 

「…あの…どうかしましたか…?」

 

「…ん?いや、何でもない。…黒歌、朱乃の事を頼むぞ?…朱乃、今夜は存分に可愛がって貰うといい。」

 

「…はい…。」

 

「…仕方無いにゃ…。取り敢えず私の部屋に案内するにゃ…。」

 

私たちが住む部屋は狭いが二人分の寝室は確保出来ている…要するに私とクレアの相部屋で黒歌が一人部屋だ…と言っても大抵黒歌はクレアにせがまれて私たちの部屋で一緒に寝ているので黒歌はほとんど使ってないが…。

 

 

 

「…もう朱乃は寝たのか?…なかなかテクニシャンじゃないか。」

 

「…誤解を招く様な事を言うんじゃないにゃ…。…あの子、あんたが思ってる通り愛情に飢えてるみたいだったから単に抱き締めた後、リラックスした所で布団に寝かせて子守唄を唄ってあげただけにゃ。…最悪仙術で無理矢理寝かせるつもりだったから、あっさり寝てくれて正直ホッとしたにゃ…。」

 

「…本人も色々気張ってたんだろうさ…リアスは眷属を家族の様に思っている様だし、特に朱乃とは立場を越えて親友でもある様だが…本人はあくまでもリアス・グレモリーの女王としてリアスを立てることの方が多い様だしな。」

 

「…歪だにゃ。」

 

「他に生き方を知らないんだろうさ。」

 

「…この子の相手は私には荷が重いにゃ…。」

 

「…確かお前も母親を知らないんだったか?」

 

「…少しは覚えてるにゃ…私が言ってるのはそういう事じゃないにゃ。そもそも私はあくまでも他人でしかなくて…折り合い付けるのはあの子自身にゃ…こんな関係性絶対あの子に良くないにゃ…。」

 

「…そう言うな。私より人生経験は豊富だろう?」

 

「…あんたがそういう事言うと歳の話で煽ってる様にしか聞こえないにゃ…まあ確かに所詮背伸びしてるだけのあんたより豊富な自信はあるけどにゃ。」

 

「…人間は守る物があるから成長するし身の丈以上の物を求める…それが何か間違ってるか?」

 

「…どの口が言うにゃ…あんたはどうせ自分を人間と定義してないにゃ…そもそもあんたはクレアと必要以上に触れ合おうとしないにゃ…これの何処が守ってるって言えるにゃ…」

 

「…所詮、私に愛情を与える事は出来ない。…人間ではない私には…。」

 

「……それ、クレアに言ったら私はあんたを殺すわ。」

 

「…ああ。私が暴走したら殺してくれ。」

 

「……もう寝るにゃ。今日は自分の部屋で寝るにゃ。」

 

「…ああ…。」

 

最近黒歌と会話するとこんな暗い話ばかりになるな…。



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21

「黒歌お姉様が…凄く情熱的で…優しくて…」

 

「…良いなぁ、私も黒歌お姉ちゃんと一緒に寝たかったなぁ…」

 

翌朝、朝食の時間にて微妙に噛み合って無い少女二人の会話を聞きながらあくまでも心中でクレア、お前は普段は普通に黒歌とも一緒に寝ているだろうとツッコミつつ同居人にアイコンタクトを飛ばす

 

『おい…お前は姫島朱乃をただ眠らせただけじゃなかったのか…?』

 

『……そうにゃ…誓う神はいないけど何もしてないと誓うにゃ…』

 

『…じゃあ、お前との夜を姫島朱乃が頬を染めながら寄りにも寄ってクレアに語ってるのは何だ?』

 

『私は何も知らないにゃ!?』

 

狼狽えつつも表情に出さず、しかし引き攣った笑顔を浮かべつつもしっかり視線を送って来る同居人に感嘆しながら、私は姫島朱乃を観察していた…

 

…恐らく拗ねてるんだなあれは…結局一晩の間に抱き締められた事以外手を出されてないから…で、分からないのを良い事にクレアに話して黒歌の反応を見ているのか…

 

実際それは効果的と言える…黒歌は必死で取り繕おうとしてるが笑顔は引き攣りまくりだし、テーブルに流れ落ちる冷や汗は止まる様子が無い。…ははは、こいつは手強いな、黒歌に投げて置いて良かったよ…あの表情を見る限り黒歌の焦りには気付いている…と言うかやはり加虐趣味も持ってるのか…本当に面倒だな…

 

『…まあ頑張れ?黒歌お姉様?』

 

『……不幸だにゃ…。』

 

最も、目論見通りとはいえ私以上に懐いてくれたらしく拗ねて黒歌を焦らせていた事で満足したのか艶々していた姫島朱乃が学校に行くのを嫌がって黒歌の働く喫茶店に着いて行こうとした時は私が全力で止めるしか無かったためこれから先も私の苦労は終わりそうにないが…澄まして今夜も泊まる気満々の様だしな…一応現在朱乃は一人暮らしだから実はこのままこちらに住んでしまうつもりなのかもしれん……どう考えてもクレアに悪影響しかないからそれは断固阻止しなければ…

 

 

 

さて、放課後…

 

「このままこちらに向かわず帰るなんて言いませんわよね?」

 

「…もちろんだ…あの空気にしてしまったのは私だし、ここまで来たら兵藤一誠の選択を私も見届けたいからな…」

 

姫島朱乃が迎えに来てオカルト研究部へ…正直に言えば帰りたかったんだがな…本当は兵藤一誠が何を選ぼうと私には関係無いからな…まあ私もそろそろ現実逃避してる場合じゃないだろうしな…これだけ派手に原作ブレイクしてしまった以上無関係ではいられんだろう…

 

前途多難になる予感をひしひしと感じながら姫島朱乃と旧校舎へ…いや、私にその視線を向けないでくれ…それは黒歌に要求すればいい…何だかんだ昨日の黒歌が期待外れだったせいか結局熱っぽい視線を向けられる事に私は辟易していた…。



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22

「部長!俺決めました!俺はやっぱり自分の夢を諦められません!俺、悪魔になります!悪魔になって俺のハーレムを実現します!」

 

「良く言ったわイッセー!」

 

「……」

 

…目の前の茶番を冷めた目で見つめる…兵藤一誠の性格を知るならばこの展開は容易に予想出来た筈だ…私は何をしたかったんだろうな…?

 

「…最低です。」

 

「……」

 

さて、すっかり私の近くが定位置になった二人だが…塔城小猫の反応は原作と変わらず…姫島朱乃は…明らかに兵藤一誠に興味を持っていないな…これは後々確実に面倒な事になる気がするぞ…

 

「…あの…テレサさん…」

 

「…ん?何だ兵藤?」

 

兵藤一誠が私に話しかけると二人が一斉に反応した…塔城小猫は精々蔑みの視線を向けている程度だが、姫島朱乃に至っては…

 

「……」

 

「…あっ、あの…?」

 

これは最早殺気を向けているレベルだな…。兵藤一誠は気圧されて喋れなくなっているようだ…仕方無い…。

 

「…止めろ、朱乃。」

 

「…はい。」

 

そう言うと殺気が霧散する…

 

「…すまんな、それで何だ兵藤?」

 

「…あの、すみませんでした…。テレサさんは俺の事を思って言ってくれたのに…。」

 

「……」

 

……勢いで言ったとはいえ、別に兵藤一誠の事なんて考えてもいなかった。それは確かだな…。でもまあ良いか…。

 

「…決めるのはお前だ。お前の好きなようにしたらいい。」

 

「…はい!ありがとうございます!」

 

そう言って空いてる席に座る兵藤一誠…そこに色々話しかけるリアス…一人で離れた席に座る木場祐斗…認めたくないが明らかに女三人、甘い空気の流れる私の座る席…カオスだな…と言うか誰も木場祐斗の事を気にしないのか?かなり寂しそうに見えるんだが…。

 

「テレサさん、お茶のお代わりはどうですか?」

 

「ん?ああ、貰えるか?」

 

甲斐甲斐しく私の世話を焼く姫島朱乃…私の膝の上に何が楽しいのか口角の上がり緩み切った顔で座る塔城小猫。

 

「……」

 

真面目に誰か木場祐斗を構ってやれ…さすがに不憫過ぎる…私が言葉をかけてやりたいが…動けん…。と言うかリアスも長なら何とかしろ…そう思い兵藤一誠との会話に夢中になっている筈のリアスに視線を向ければ向こうもこちらを見ていた…

 

『木場が不憫過ぎるんだが…』

 

『ごめん、無理…そっちにフォローしてもらうつもりだったんだけどダメそうね…』

 

木場祐斗、お前の仕える主は思いの外薄情だぞ…

 

 

 

「テレサさん、今日もお世話になりますわね?」

 

「…お前…悪魔の仕事は良いのか?」

 

「しばらくは他の人に任せますわ。…新しい人も入った事ですし。」

 

どうやら姫島朱乃はもう兵藤一誠の名前すら覚える気が無いようだ…。…最早これは私には修正不可能だな…。完全に原作の流れは壊れてしまった…。

 

「……」

 

取り敢えずはずっと一人でいる木場祐斗の行く末を案じてやる事にしよう…どうせ祈るだけならタダだしな。



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23

「~~~!」

 

「…可愛いですわ…。」

 

さて、姫島朱乃が部屋に来ていざ寝ようとした時…

 

「皆と一緒に寝たい。」

 

…と言うクレアの一言で女四人同じ部屋に寝る事になった訳だが…

 

「っっっ…やっ、やめ…!」

 

「…ふふふ…」

 

完全に私の想定と逆で焦れた姫島朱乃が黒歌を責め立てると言う状況が出来上がっていた…鳴かされつつもクレアが熟睡している所を見れば黒歌が仙術を使っているのは分かる…何故私には使わないのか…止めて欲しいのか、単なる嫌がらせか…ちなみにこれを聞かされてる私はと言えば…

 

「……うるさい…」

 

クレイモアの多くは初期の頃に生まれた男性型と違い、欲情してる描写は原作ではほとんど確認出来ない…極一部にはいるようだがな…そのせいなのか分からないが少なくとも私は同性に興味が無いからとか付き合いの長い同居人だからとか関係無く全く今の状況にそういう反応をする事は無い。…要するにこれは単なる安眠妨害にしかなっていない…時折身動ぎする私に気付いているのか姫島朱乃の視線を感じるがそういう展開を望んでいるのか?

 

結局同居人の喘ぎを聞きながら私は何時の間にか眠りに落ちた。

 

 

 

翌朝…

 

「…テレサ、黒歌お姉ちゃん具合悪いのかな…?」

 

「ん?まあ風邪みたいなものだろう…悪いが店に連絡しておいてくれないか?」

 

「…分かった。」

 

私の言葉を疑うこと無く電話をかけに行くクレア…ああ、お前はまだそのままでいてくれ…

 

「…昨夜の…聞こえていたんでしょう?貴女も参加なされば良かったのに。」

 

「…生憎、私には性欲が無いようでね。」

 

ふざけた事を宣う姫島朱乃にそう返す…まあ出来ないわけでは無いんだろうが…正直私を巻き込まないで欲しい…。

 

「…本当に残念ですわ…では貴女がその気になられるまで黒歌お姉様と楽しませて頂きますわ。」

 

「……程々にな。」

 

黒歌には悪いが私とクレアに影響が無ければ構わないのが本音だ。…頑張ってくれ、私とクレアの安寧の為に。

……私はさっき漸く眠る事の出来た同居人に心中で告げる…。

 

 

 

「……勘弁して欲しいにゃ…」

 

「…ああ、まあそうだろうな…。」

 

昼…黒歌の看病の名目で家に残った私に起きて来た黒歌が発したボヤきに私はそう返す…。

 

「…他人事みたいに言うんじゃないにゃ…あんたがあの子を連れて来たんだにゃ…。」

 

「…いや、まあそうなんだが…敢えて言うなら私には性欲が全くと言って良い程無いのでね…まああれだけ喘いでたんだ、満更でも無いんだろう…?」

 

「~~~!」

 

そう言うと目に見えて狼狽え始める黒歌…ああ、これは堕ちるのも時間の問題だな…。

 

「まあそんなに嫌ならお前が逆に堕とせば良いだろう?」

 

「…あんた、本当にクズだにゃ…。」

 

今更だな。私が人でなしである事など分かりきっているだろうに。



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24

そういう調子で数日間に渡って姫島朱乃に散々鳴かされた黒歌は結果、最も効果的なストライキに出た…

 

「…黒歌お姉様…」

 

「…にゃあ…」

 

黒歌は姫島朱乃の前では本来の姿である黒猫の姿をとるようになった…

 

「…人間態になってくださいませんか…?」

 

「…にゃあ!(絶対嫌にゃ!)」

 

「……」

 

比較的長く付き合って来たせいか私はこの状態でも何となく黒歌の言いたい事は伝わる事が多い…それはそうとこの後何が起こるか大体想像出来る気がしたが、元々黒歌に押し付けたのは私だしな…段々やつれていく同居人を見ていれば思うところも無い訳では無いから、まあ甘んじて受ける事にしようか…

 

黒歌を連れたクレアを黒歌の部屋に行かせ二人で寝かせる…そして私の部屋…

 

「…こうやって二人きりになってくれると言う事はそういう事で宜しいんですわよね…?」

 

「…先に休め。私は睡眠時間が短いんだ。」

 

部屋を出ようとする私の手を引く姫島朱乃…

 

「そう言わずに…せっかく二人きりなんですから…!」

 

「……分かったよ…」

 

…何て力だ…!これでは妖力解放でもしなければ振り解けないな…仕方無いか…

 

布団に入ると隣に敷いた布団を無視して私の布団に入る姫島朱乃…

 

「…狭いんだが…」

 

「…良いではありませんか…一緒に寝ましょう?」

 

「……好きにしろ。」

 

完全に獲物を狙う目だな…まあ良いか…。

姫島朱乃が服越しに私の身体をまさぐるのを感じながら私は溜息を吐いた…

 

 

 

一時間後…

 

「……」

 

「…だから、私に性欲は無いと言っただろう?」

 

黒歌を鳴かすまで手慣れていたからな…恐らく姫島朱乃は元々何度か同性とした事もあったのだろう…そして自信満々で私に手を出した結果がこれだ…私は一声も上げないし、何なら濡れたりする事も一切無かった…男なら問答無用でぶち込めば良いだろうが女性同士ではそうもいかない…攻められてる方に反応が無ければ攻める方に張り合いが無いし仕舞いには冷めてしまうだろう…結局姫島朱乃はそれ以上何もする事無く無言で私の布団から出ると隣の布団に入り横になり寝息を立て始めた。

 

 

 

「…それでは先に向かいますわ」

 

「行ってくるね、テレサ!」

 

「…ああ、行ってらっしゃい。」

 

翌朝、先に学校へ向かうクレアと姫島朱乃を見送る…黒歌はまだ猫のままか…まあこっそり一緒に出て姫島朱乃が見えなくなったら人間態になってクレアに合流するんだろうが…

 

 

「…テレサさん…」

 

「何だ?」

 

「…私諦めせんから…もっと腕を磨いて来ます…!」

 

「…私の身体は元々そういう風には出来ていない。お前がどれほどの腕を持ってようと無駄だ…。だが、それでも良いなら好きにしろ…」

 

「…はい!」

 

……これでしばらく姫島朱乃はウチには来ないだろう…漸く厄介事が一つ減ったな…



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25

オカルト研究部の部室…相変わらず塔城小猫と姫島朱乃の二人にくっつかれながら私は考え事をしていた…

 

…この後はどうなるんだ…?

 

ハイスクールDxD原作の始まりは簡単に言えば堕天使レイナーレに主人公の兵藤一誠が殺される所からスタートする…そこにやって来たリアス・グレモリーの手によって悪魔に転生し、と言った所だ…既にこの流れが私の介入で壊れている…そもそもその後平たく言えばアーシア編にて再び対峙する筈の堕天使四人の内リーダーのレイナーレと部下のカラワーナを既に倒してしまっているからな…

 

つまり通常通りアーシア編に移行するか分からない…更に不安要素がもう一つ…残り二人の堕天使、ミッテルトとドーナシークの所在は不明のままだ…アザゼルの話によるとレイナーレとカラワーナ曰く、『アジトにいなければ何処にいるか分からない』だそうだ…

 

ドーナシークはともかく、ミッテルトはそこまで優秀では無かった印象があるのだが…

 

……仮にこの二人が地下に潜るとして…その目的は何だ?次はどう動く?…やはりアーシア・アルジェントの神器「聖母の微笑み」が目的なのか?…駒王町界隈の教会など当にアザゼルが押さえてる筈だ…アーシアをここに呼ぶ名目が無い…分からん…まあ良いか。私は頭脳労働は余り得意な方じゃない…なる様にしかならん…大体今日まで動きが無いんだ…ずっと何も無い訳は無いがしばらくは様子見で良いだろう…

 

「…テレサさん?」

 

「ん?何だ?」

 

「…何か考え事ですか?…それもかなり深刻そうな…」

 

「大した事じゃない…大丈夫だ…。」

 

「…テレサさん…」

 

「ん?」

 

「…何かあるなら何時でも言ってくださいね?…それとも私はそんなに頼りないですか?」

 

「…ありがたいが…まずは自分の事を何とかした方が良いぞ?大体、お前は何時まで私にくっ付いてる気なんだ?」

 

「…良いじゃありませんの。」

 

拗ねたような声音でそう言う姫島朱乃…これで頼りになるわけ無いだろう…取り敢えずオカルト研究部に広がるこの緩み切った空気も問題だな…この後問題が起きても全く対応しきれないぞ…そう言えばこいつら最近はぐれ悪魔狩りはしてるのか?…後でリアスに聞いてみるか…

 

 

 

 

「…依頼が無い?」

 

「…そうよ。…ここの運営程度なら資金源にはそこまで困ってはいないけど…正直このままだと有事の際に対応出来ないわね…テレサ、最近は「最近の私ははぐれ悪魔狩りをしていない」…そう。」

 

最近は姫島朱乃が泊まりに来ていたしな…

 

「…でもそれ以前に今ならはぐれ悪魔にも勝てるかどうか…イッセーはまだ戦った事が無いから他の皆に任せるのは当然としても…」

 

「…今のあいつらは緩すぎるな…そもそも連携も一切取れんだろ。」

 

戦いの際数の利点を活かすにはお互いの事をどれくらい知っているかは戦闘経験と同じくらい重要なファクターだ…緩いのはまだ良いとしても…姫島朱乃と塔城小猫は私にくっ付くばかりで兵藤一誠とも、リアスとも会話しようとしない…木場祐斗は完全に孤立している…相手が弱いなら良いが…格上の相手なら無理だな…

 

「…正直に言えば…チームとしては私に初めて会った時の方がずっと強いだろうな…リアス、どうする気だ?」

 

「……」

 

「早い内に答えを出せ。…何か起きてからでは遅いぞ。」

 

私はリアスにそう告げると背を向ける…私はクレアを守りたい…ただそれだけだ…こいつらに手を貸すのも所詮それが理由だ…



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26

「……」

 

「…あの、テレサさん?」

 

「……何だ?」

 

「…何か怒っていらっしゃいます「何でもない」…そ、そうですか…」

 

あれから数日経ったが特に事件は無い…嵐の前の静けさと考えるのが妥当だが、そもそも何も無いに越したことはないのは確かだ…だが…だからと言ってこのオカルト研究部の状況はいい加減目に余る…。

 

そして本来ならそれについて呆れるだけで済ます筈の私はつい、塔城小猫や姫島朱乃が近付かなくなるほどの殺気を垂れ流している…自覚はある…だがこのイラつきはそもそも端的に言えば欲求不満から来たるものだ…私にも抑えようが無い…

 

リアスにはぐれ悪魔討伐の依頼が無い事を無意識に他人事と思っていた私は今、自分の馬鹿さ加減を文字通り思い知らされている…まさか私が狩れるはぐれ悪魔もいないとはな…どうも誰かが片っ端から狩っているらしい…誰だか知らんが余計な事を…!狩りすぎたらどうなるか位分からんのか…実力は一流かも知れんが…ルールを知らん愚か者だ…!

 

リアス・グレモリーが冷や汗を流したり、兵藤一誠が完全に怯えていたり、いよいよ不味いと判断したのか姫島朱乃が顔色の悪い塔城小猫を背負って部室を出て行こうとするのが視界の端に映るが…駄目だ…抑えられん…!

 

「…あの、テレサさん…」

 

「……何だ?」

 

「…僕に剣を教えて貰えませんか?」

 

「……」

 

めげないな…。しかもこの状態の私にすら頼んでくるとはな…ふん。良いだろう…どうせそろそろ何でもいいから暴れたいと思っていた所だ…!

 

「……良いだろう。」

 

私がそう言うと今さっき出て行こうとした姫島朱乃と塔城小猫、それからリアス・グレモリー、そして何故か木場祐斗も反応する…いや、お前は何でだ?お前から頼んで来たんだろうに…

 

「…何だその顔は?私は恐らく二者択一だろう選択肢…平たく言えばはいかいいえで答えられる質問にただお前の希望通りはいと答えただけだが?」

 

「…あの…本当に…良いんですか?」

 

「…さっき良いと言っただろう?…リアス、悪いんだが私の家に行って私の剣を持って来てくれないか?」

 

「…それは構わないけど…どうしたの、突然?」

 

「…ちょっとな…。」

 

一番の理由は欲求不満の解消だが他にも理由はある。

 

「…先にグラウンドに行っておけ。」

 

「…はい。」

 

私は完全に冷めてしまった紅茶を飲み干した…。

 

 

 

「…どうしたリアス?早く持ってこい。」

 

「簡単に言わないで!?何この剣…!信じられない位重いんだけど!?」

 

「…どうしてもこちらまで運べないと言うなら投げろ…ほれ、早くしろ。」

 

「…あーもう!分かったわよ!受け取りなさい!」

 

散々重いなど、情けない事を言っていたが何だかんだ投げた剣は私の頭上を越えていく…何だやれば出来るじゃないか。

 

「…ふん!」

 

私は剣の元まで跳ぶと柄を殴り付け地上に落とす。

 

そして木場祐斗の足元の地面に突き刺さる。

 

「…テレサさん、何の真似「その剣と同じ物を作れるか?」え?」

 

「…初めて私と会い、戦った時…お前の剣は私がただその剣で受け止めただけで折れてしまったのを覚えているだろう?」

 

「…はい。」

 

「…技術を磨くのは戦いの基本だがまず、お前はそれ以前の問題だ…お前の剣は脆すぎる…如何に優れた剣士であっても剣が鈍なら勝てる物も勝てなくなる…だからまずお前はその剣に匹敵するものを作れ…そうだな、まずこれから私とお前の使う剣二種類をその剣を目指して作ってみろ、…あー…気負う必要無い。最初はまず、斬れ味はしょぼくて良いから硬い剣を「それは僕に対する挑戦ですか?」ん?」

 

「作って見せますよ…その剣程じゃなくても最低限硬さと斬れ味両方を有した剣を…!」

 

「ほう?…面白いな、やってみろ。」

 

「…行きます…!はああああ…!」

 

私の見てる前で時間をかけて作られて行く剣…そもそも溜めに時間がかかる以上、実用性は皆無なんだが…今言うのは無粋か…

 

「…ハア…ハア…!出来ました…!」

 

木場祐斗の前の地面に私の剣を挟むように突き立つ大剣、片手剣と言う二本の剣…ふん。さてお手並み拝見と行こう…!

 

「っ!…ほう?」

 

木場祐斗が瞬時に踏み込むと作った剣の内、大剣の方を私に向かって投げつける

 

「…おっと!」

 

顔に刺さる直前で大剣の柄を掴む…成程見れば見る程見た目はそっくりだ…さて…

 

「……」

 

剣を適当に振り回す…少し軽いが振った感じは悪くない…なかなか手に馴染む…まあ後はどれ程使えるかだな…

 

「…さて、こんなものでいいか…。」

 

私は背中の鞘に剣を納める…

 

「…さあ、来い木場…」

 

「…どういうつもりですか?」

 

「…私が剣を抜かないのが不服か?…良いからさっさと打って来い…」

 

「…行きます…!」

 

私に向かって来る木場…なかなか早いな…最もあくまで私の知る中で比較的早い方と言った程度だ…実際私にはかなりのスローペースにしか見えん。

 

「…はあ!」

 

「……」

 

遅いな…!

 

「ふん!」

 

「…なっ!?」

 

自分の剣が弾かれ、更に身体が浮いた事に驚く木場…今のこいつにこの技はもったいなかったな…

 

「…どうした?私が何をしたか分からないか?ならそのまま死ぬだけだ。」

 

「…ぐうっ!」

 

空中の木場に追撃をかける…見えてはいないようだが反射で受けている様だ…良くやる…とは言え、私が使ってる武器が重い大剣で無ければ何回死んでいるだろうな?

 

「…ふん!」

 

「…がはっ…!」

 

斬撃を止めると受けに回した剣ごと木場祐斗の腹を蹴り飛ばす。その一撃で再び剣は折れ、私の蹴りが木場祐斗に刺さる…やり過ぎたか?悪魔の肉体の強度がどれ位か分からんからな…まあそれで死ぬと言うなら所詮その程度かも知れんな…吹っ飛びリアスの張った結界の壁に当た…おいおい…もう罅が入っているぞ…やはりサーゼクスを呼ぶべきだったか?

 

地面に倒れる木場祐斗にリアスが駆け寄るのを見ながらそんな事を考えていた…。



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27

「テレサ!?どういうつもりなの!?貴女らしくないわ…何があったか知らないけど…こんなの…ただの八つ当たりじゃない…!」

 

リアスの言う事に溜息を吐く。

 

「…八つ当たり、ね。…多分にその辺りが含まれていたのは否定せんが…何も私はそれだけで木場を痛めつけたわけじゃないさ…。」

 

多少スッキリしたのは認めるがね…

 

「…じゃあ、一体…?」

 

「…そうだな、先ずは…木場は完全に気絶してるから聞けないとして…残りのお前らに聞く。…お前らの中にさっき私がやっていた事が見えていた者はいるか?正直に答えろ…」

 

……ゼロ、ね…

 

「…次の質問だ…では私が何をやっていたか分かる者はいるか…?」

 

……これもゼロ…予想以上だな…

 

「…誰も分からないか…教えてやろう…ただ剣を抜き、振り、また鞘に仕舞った…ただこの三動作を早くやっただけだ…言っておくが私は妖力解放すらしてないからな?」

 

黙りこくる面々…おいおい…そんなに衝撃的か?

 

「…この技を編み出したのは私では無い。私とは違う世代の戦士が編み出した技だ…私は模倣したに過ぎん…実際の彼女の技、風斬りには遠く及ばん。」

 

「…さて、序だから…彼女の強さがどれ位か教えておこうか…クレイモアにはそれぞれNo.47~No.1まで数字が割り振られている…この数字が若くなるほど実力は高いと見て良いわけだ…ちなみにさらに詳しく言ってしまえば…多くの場合No.47~No.10までは実力的には大した事ない。それぞれの実力もある程度どっこいどっこいだしな…最もだからと言ってNo.47がNo.10に追随出来る事はまず無いがな…さて問題はNo.9からの連中だ…主にこいつらが本物の実力者と認識して良い。大抵持って生まれた能力以上を持たないクレイモアだがそれでも勝率をあげるために多くの連中は独自の技を磨く。」

 

まあこのNo.制は実は組織の都合で割り振ってる面もあるし…上位になるほど秘密も増えたりするから一概に実力順とも言えないがな…

 

「…そしてNo.の他に技名にちなんだ二つ名が着くんだ…まあこれは多くの場合同じクレイモアの同僚や後輩が尊敬と畏怖、あるいは友愛で呼ぶものだ…さてここでもう一つ問題だ…この風斬りを使っていた戦士…彼女は何番だと思う?…リアス、答えてみろ…」

 

「え!?う~ん…そうねぇ…その風斬りは同じ戦士にも見えないの?」

 

「…少なくとも序列が下の連中はほとんど見えてない…最も妖力解放をしていない以上、この場合は単なる戦闘経験の有無によるだろうから例外はあるが。」

 

「…No.4位かしら?」

 

「…8だ。」

 

「…え!?」

 

「…彼女は愚直にこれだけをやり続けそしてこの序列を手にした…その後は…」

 

「…どうなったの?」

 

「……考えるまでも無いだろ?私たちは何処まで行っても消耗品だ…長々と語ったが要はこういう事だ…お前らは手を抜いてる私にすら勝てん…という事だ…それでいいと思ったか?…ならばお前たちにこの町を治める実力はこれから先も無かろう…この町に来るはぐれ悪魔の中には私が苦戦した相手もいたからな。」

 

「…嘘!?」

 

「…前にも言った筈だ…ここは魔窟だと。…ここまで言ってもこれから先も今みたいな弛んだ姿を晒すようなら…私が貴様らに引導を渡すぞ?…私が守りたいのはクレアだけだ…これ以上荷物は要らん。」

 

「……」

 

「…じゃあな…木場に伝えておけ、やる気があるなら何時でも相手してやる…だが次もそんな腑抜けた戦い方をするなら…斬る。」

 

私は木場祐斗の出した大剣を地面に刺す。…これだけ言えば事の重大さが伝わる…よな?正直こいつらに関してはとてつもなく不安なのだが…。



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28

「……」

 

「テレサ?どうしたにゃ?」

 

「…黒歌、少し出かけてくる…」

 

「え?あっ、ちょっと!?」

 

私は布に包んだ大剣を掴むと家を飛び出した。…感じる…!今まで一度も感じた事の無いはずの感覚だが…分かる。…これは…妖気だ!…しかも…私の様な半端者に分かるという事は…

 

「…誘っている…」

 

一体何のために…?そもそも今の私にはこれが果たして妖魔の物なのか、それともクレイモアの物なのか…或いは覚醒者の可能性もある…

 

「…妖魔なら可能性があるかもしれないが覚醒者では恐らく勝ち目が無いな…クレイモアだとしても果たしてまともに話が出来る相手かどうか…」

 

まずは行ってみるしか無いか…それで答えは出る…

 

 

 

「…誰もいないな…。」

 

妖気を感知した場所は普通の住宅街の一角で特に問題は無い…人気が無いのが気になると言えば気になるが…今が夜間である事を考えるとそこまで不思議な事でもない……!

 

「こんばんは!」

 

私は咄嗟に大剣を抜き振り向…!

 

「…ぬぐっ!」

 

抜いた大剣を挟むようにして横薙ぎに首を狙って来る大剣を受け止める…くっ!…何て力だ…!押し切られる…!

 

「…がはっ!」

 

相手が私の腹を蹴る…勢いを利用し後ろに下がる…衝撃は多少逃がせた筈だが思いの外ダメージがある…!

 

「…あら?少しはやるわね、貴女。」

 

私は突然攻撃して来た人物の顔を見ようと目を凝らす…クレイモアは闇夜でも人間と違い、ある程度は見えるがさすがに相手の顔の識別は出来ん…だが分かることもある…

 

このシルエットに大剣…!こいつもクレイモア…!

可能性は考えていたもののやはり衝撃は大きい…私は今何故か味方に攻撃されているのだからな…!その時良いタイミングで雲が晴れ、月光に照らされて相手の姿が見えて来る…!…こっ、こいつは…!?

 

「…オフィーリア…!?」

 

よりによって何故こいつなんだ…!?

 

「あら?私の事知ってるの?…う~ん、顔に覚えは無いわね…貴女名前は?」

 

言わないと言う選択肢は無さそうだな…まあいい。このまま会話に持ち込んで奴の目的を確認しよう…

 

「…テレサだ。」

 

「テレサ?…何か聞き覚えあるわね~…う~ん…何処だったかしら…?」

 

…一見無防備に見える…が、駄目だ…奴から隙を見つけられない…!これでは攻撃は元より逃げる事も出来ん…そもそも私は絶対にこいつには勝てない!真っ向勝負など以ての外だ…!

 

「…ああ!貴女もしかしてあの微笑のテレサ?歴代最強のNo.1だって言う?」

 

「…同名の別人だよ。私は彼女の足元にも及ばないさ…。」

 

「そうなの?残念ねぇ…どうせなら一度戦ってみたかったんだけど。…最も私の知る限りじゃ死んだって聞いてるけど。…仕方無いわ。貴女、どうも期待外れみたいだけど頑張って私を満足させてね?」

 

その言葉と共にオフィーリアの姿が消え…!違う!奴は今私の周りを高速で動いている…駄目だ!動きが見えない…!

 

「…うがっ!?」

 

次の瞬間顎を打ち上げられその勢いのまま私は後ろに吹っ飛んだ…。

 

「…くっ!先程といい…!何のつもりだ!?」

 

「何って決まってるじゃない。…私、退屈なのよ。この町のはぐれ悪魔は大した事ないし、そしたらある時お仲間がいる事に気がついたのよ。それでちょっと手合わせをお願いしたくてね…もちろん貴女の事よ?まあ本当に暇潰し以上にはならなさそうだけど。」

 

言葉だけなら模擬戦をお願いされてるだけだ…思いっ切り舐められているがそれも仕方無い…私はこいつに勝てないだろうしな…だが…こいつはさっき首を狙って来た…!あの時もし、私が奴の攻撃を防げなければ私の首は飛んでいた…さすがのクレイモアも首を刎ねられれば死ぬ…こいつはそれを知らんわけでもあるまい…つまりこいつは私を殺す気だ…!

 

「…断る。お前は私を殺す気だろう?」

 

「ごめんなさいね、貴女に選択肢は無いの。やらないなら貴女はどっちにしろこの場で私が殺すだけよ。」

 

つまりこのまま棒立ちでも私は殺される…やるしか無いという事か…



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29

オフィーリアはNo.4。この時点でどれ程の実力か分かりそうなものだが…そもそもこいつの厄介な点はその性格だ…こいつは興味を持った相手なら同じクレイモアや人間にすら斬りかかりかねない危険人物なのだ…!その癖…!

 

今こいつは遊んでいる…!

 

「…どうしたの?反撃しないならこのまま殺すわよ?」

 

抜かせ…!お前が私を防戦一方に追い込んでいるんだろうが…!

 

私はオフィーリアの剣を受けるだけで精一杯だった…

こいつは私の実力を正確に測り、私に見えるギリギリのスピードで攻撃して来る…。そして反撃に転じようとすれば一段階早いスピードで攻撃をして来る…私はそれを受け切れず傷を負う…!

 

…そしてその二パターンを想定して受けている際、時折わざと遅い動きで首などの急所を狙う致命の一撃を繰り出して来る…!悪辣な…!下手に前に出れば私は何度死んでいるか…!…まさか私が木場祐斗と同じ気持ちを味わう羽目になるとはな…所詮は私も驕っていた…というわけか…。

 

「…つまらないわ。」

 

「グフッ!?」

 

突然腹に衝撃を受けて後ろに倒れ込む…また蹴られたか…リズムが乱れ、息を荒がせ、喘ぐ…無様だな…いまの私は…

 

「…ねぇ?貴女本当にお仲間?」

 

そんな私を見下ろし声をかけるオフィーリア…何を言っている…?

 

「…どういう意味だ…?」

 

「…言葉通りの意味だけど?」

 

私の傍にしゃがみ込むと私の首に剣を当てがう…動けない…迂闊に動けば私の首は飛ぶ…何でもいいから答えるしか無いか…

 

「…大剣を持ち、銀色の髪に銀色の瞳…これこそ妖魔の血肉を取り込んだ半人半妖の戦士の特徴「分かってないわね~。そういう事じゃないわよ。」何?」

 

「貴女妖気の扱いが下手過ぎるのよ。…ちなみに貴女の使っていた技、確かNo.8のフローラが使っていたって言う風斬りの真似でしょう?」

 

「……」

 

「そうなると単純に貴女は妖力が戦士になった時点で元々少なかった…だから妖力解放の要らないその技を使う様になった…と言うのが考えられる可能性かしら?…それなら妖力の扱いが下手なのも一応は辻褄が合うしね…無理に使うとすぐに限界を超えるだろうし。」

 

「…いけないか?創意工夫をしてこその私たちだが自分で編み出すより先駆者がいるなら無駄な努力を積むくらいなら結局はそれに習った方が効果はあるだろう?」

 

こいつは何を言おうとしている…?一体何に気づいた…?

 

「…私を舐めないでね?戦士を見たら大体どれ位の妖力を持っているのか位分かるわよ…貴女は持っている妖力がかなり多い…つまり風斬りに頼る必要は無い…ましてや貴女は明らかに風斬りを使いこなせてない…多分真似する様になったのも最近じゃない?」

 

「…はっきり言え。何が言いたい…!?」

 

「…貴女は正式な戦士じゃない…というか、そうねぇ…上手く説明出来ないけど…正式に戦い方を学ぶ事無くその姿になったと言うか?…もっと言えば…」

 

まさか…こいつ…私が転生者だと…私が偽物だと気付いたのか?

 

「…これが一番しっくり来るかしら?ガワだけ戦士で中身はまるでつい最近までろくに戦いも知らなかった一般人みたいな…ね?」

 

「…!…何を根拠にそんなわけの分からない事を…」

 

「動揺が声に出てるわよ?…最も顔にも出てるけど。貴女は隠し事の出来ないタイプみたいね?」

 

「……」

 

「…そうねぇ、せっかくだから答えてもらおうかしら?貴女一体何者?…あー、答えないなら別に良いわよ?このまま首を刎ねるだけだし。…どうせ貴女もうろくに動く事も出来ないでしょ?」

 

「…答えたら、私はどうなるんだ?」

 

「殺すわ。…良いわよね、この世界。組織も無いから面倒臭い掟も守らなくていいし。」

 

どっちにしろ私は殺されるのか…

 

「…殺せ。」

 

「…教えてくれないの?」

 

「さっさと殺せ。」

 

「…そう、残念ね…なら、お別れね。」

 

彼女が剣を振りかぶるのを私は黙って見詰めた…ああ…後数秒とかからず私の首は地面に落ちるだろう…クレア…私はお前を…

 

その時何処からか魔力弾が飛んで来てオフィーリアが私の前から飛び退いた…何が起きた?

 

「テレサ!」

 

声の聞こえた方を見ると久々に見る険しい顔を浮かべたサーゼクスが立っていた。



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30

「…無粋ね。」

 

私の元まで走って来たサーゼクスが倒れたままの私を起こす。

 

「テレサ、大丈夫か?」

 

「…これが大丈夫に見えるか?」

 

「…いや、見えないね。君は取り敢えず休んでいて「馬鹿を言うな、悪いが私を立たせてくれ」…分かった。」

 

私を支えるサーゼクスの補助で立ち上がる…

 

「…せっかく女同士で楽しんでたのに邪魔するなんて酷いじゃない?」

 

「…すまないね、私もお邪魔だったのはもちろん分かってるよ…ただ、私も友人が殺されるのを黙って見ていられる性分じゃなくてね。」

 

「あらそう。それで色男さん?名前を聞いても良いかしら?」

 

「…これは失礼をした。レディに対する態度では無かったね…私はサーゼクス・ルシファーという者だ、以後お見知りおきを。」

 

「…あら有名人じゃない…まさかこんな所で現魔王の一人に会えるなんて思わなかったわ。」

 

「…知って貰えているとは光栄だよ…それで麗しきレディ?君の名前は教えては貰えないのかな?」

 

「あらごめんなさい、オフィーリアよ。そこにいるテレサの一応お仲間よ。…面識は無いけどね?」

 

「そうなのか。…ところで古い知り合いにしても随分乱暴な交流があったと見えるが…」

 

「…ちょっと退屈しててね、彼女に手合わせしてもらったのよ」

 

「…そうか。見ての通り彼女はもう限界だ…今日はこれで帰っては貰えないかな?」

 

「…そうねぇ。結構良い男だから許すけどそもそも貴方の乱入で私も興が削がれちゃったし、今夜はこれで失礼しようかしら…?…でもその前に…!」

 

「っ!サーゼクス!」

 

「なっ!?」

 

「貴方に一傷位は刻んで行こうかしら?」

 

一瞬でこちらの目の前に到達したオフィーリアがサーゼクスに向けて剣を…!

 

「…くそっ!」

 

「…!テレサ!」

 

咄嗟に私はサーゼクスを突き飛ばし奴の剣の前に立つ…あれは漣の剣か!?

 

「せっかく命拾ったのに…死んだわね、貴女。」

 

「チッ!」

 

剣を抜き、受け…!

 

「…遅いわね。」

 

「…テレサ!?」

 

…鮮血が飛ぶのが見える…あれは誰の血だ…?

 

「テレサ!」

 

倒れ込む私を支える力を感じる…いや、私は何故倒れようとしてる…?

 

「…ぐっ!」

 

痛みで意識が戻って来る…!私は斬られたのか…。

 

「…土壇場で妙な足掻きを見せるのね貴女…まさか身体を逸らして剣を流すなんて…この技で仕留められ無かったのは貴女で二人目よ」

 

「オフィーリア…!」

 

「怖い怖い。それじゃあ私は行くわね?」

 

「っ!待て「駄目だテレサ!傷が深い!もう動くな!」チッ!」

 

私は家の屋根を伝い逃げて行くオフィーリアを睨み付けていた…。



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31

「…手酷くやられたね…」

 

「……」

 

私の傷はかなり深い…さすがにすぐには再生しないだろう…

 

「…取り敢えず家に帰ろうか?送って行こう。」

 

「…その前に、一つ良いか…サーゼクス?」

 

「何かな?」

 

「…お前、 何でここにいるんだ…?」

 

「今言わなきゃ駄目かな?」

 

「…ああ…」

 

助けて貰って何だが…さすがにこれは気になる…

 

「…先に謝っておこう、すまない。実は今日は仕事が一段落したんで私とグレイフィアとで君の所に寄るつもりだったんだが、家に着いたら君がちょうど家から出てくる所を見かけてね?どうも君の様子が可笑しかったからグレイフィアに後を任せ、私は申し訳ないが跡を着けさせて貰ったんだ…最もすぐに見失ってしまったが…その様子だと私の尾行に気付いていてスピードを上げた訳じゃないようだね?」

 

「…ああ…」

 

就けられていたのか…全く気付かなかった…

 

「…ん?私を見失ったんなら…どうして、ここに来れたんだ…?」

 

「…戦闘の気配じゃないが力の流れを探ったんだ…魔力はともかく君の言う妖力とやらを探るのは初めてだったが…」

 

「…お前、妖気を…感知したのか…!?」

 

「…そうだね…私にとっても賭けだったが…何とか間に合って良かったよ…」

 

まさか妖気を感知出来る様になるとは…!本当にこいつは底が知れん…一つアイディアが浮かんだ…一人なら試す気にはとてもなれなかったが…妖気感知を身に付けたこいつなら…!

 

「…サーゼクス、頼みがある…」

 

「…それも今じゃなきゃ駄目なのかい?クレアたちが君を心配しているよ?」

 

「…ああ、寧ろ、クレアたちには…見せられない…!」

 

「危ない事なら協力しかねるが…」

 

「…問題無い。この傷を治すのに、妖力解放をするだけだ「何を言ってるんだ!?」サーゼクス、この傷はそう簡単には治らん。…だがお前の懸念通りこのレベルの怪我を治そうとすれば間違いなく覚醒するだろうな…」

 

「ならば手当をすれば良い!魔術による治療は難しいかもしれないがそれなら効果はあるだろう!?」

 

「それ以上に試したい事が一つあるんだ。…サーゼクス協力してくれ…。」

 

「……まずは内容を教えてくれ。」

 

「…半覚醒を…したいと、思う…」

 

「半覚醒?」

 

「…クレイモアの内、何人かは…覚醒が決定的になった者や、完全に覚醒した状態から見た目だけなら、通常時に戻った者が存在する…。」

 

「…見た目だけとは?」

 

「クレイモアとしての能力に、変化が訪れる…今以上の力の底上げが…測れるのは確かだ…デメリットがあるとすれば必ず戻れる訳じゃないことと、メカニズムが不明な事…それから、人を食べたくはならないが食事量が極端に増える事だ…」

 

「…成功するのかい?」

 

「…戻れたのは数人の戦士だけだ。「なら!」待ってくれ。だからこそ、お前に協力して貰いたい。」

 

「……何をすればいいんだい?」

 

「…覚醒者から戻るには…人の側に意識と妖力を調整する必要がある…だが性的快楽にすら匹敵するこれに抗って妖魔側である…覚醒者に傾かないのは難しい…だから妖気感知の出来る様になったお前にそちらの調整をお願いしたい…要はそちら側に引っ張って、欲しいんだ…!」

 

「何を言ってるんだ!?私は君の言う妖気感知が出来る様になったばかりだ…そんな事出来るわけが「奴に勝つならそれしかない!多分奴はまた私の元に来る!私はまだ死ねないんだ…!」テレサ…」

 

「…頼む!協力してくれ…!」

 

「…分かった。」

 

サーゼクスは目を閉じる。

 

「…分かるか?私の妖気が。」

 

「…ああ、分かるよ…」

 

「…今から妖力の制御を離す。…頼むぞサーゼクス?」

 

「…ああ、任せてくれ…テレサ?」

 

「…何だ?」

 

「私はこの場で君を消したくは無い。必ず戻って来てくれ…」

 

「……お前次第だ。…じゃあ行くぞ?」

 

私は妖力を解放した…!



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32

「アアアアア…!」

 

「テレサ!」

 

サーゼクスの声が遠く感じる…無理だ…これは抗えない…!…これは耐えられないのも納得だ…ダッテ、コンナニモ…

 

『…おい、そっちじゃ無い…こっちだ…』

 

…ダレダ?

 

『良いから早く来い。』

 

コエノスル方へワタシの意識は引っ張ラれる…

 

 

 

「…何時まで寝ている気だ?とっとと起きろ。」

 

目を開く…

 

「…やっと起きたな。…で、お前か?私の身体を使っているのは?」

 

私の身体?

 

「何黙りこくってる?口が無いわけじゃ無いだろ?」

 

「…どういう意味だ…?」

 

「…言葉通りだ…それとも、私が誰か分からないか?」

 

私は目を凝らして目の前の存在を見る…今まで輪郭しか見えなかった物が見えてくる…お前…は…

 

「…テレ…サ…?」

 

「そうだ。私はテレサだ。」

 

「…本物…なのか…?」

 

「…知らん。少なくとも私には組織に所属し戦士として生きた記憶が確かにある…これで満足か?」

 

「…どうしてお前が…」

 

「…何言ってる?お前が人の身体で醜態を晒すからわざわざ出てきてやったんだ。」

 

「……オフィーリアとの戦いか…」

 

「分かったらとっとと剣を抜け。」

 

「…何…?」

 

「早く抜け。…私が戦い方を教えてやる…それとも…」

 

「…っ!」

 

「この場でその首を刎ねてやろうか?…今私はサーゼクスの補助をする形でお前を人間の側に引っ張ってる…つまりここでお前が死ねば手綱は外れる…サーゼクス一人では抑えられないからお前は間違いなく覚醒者になるだろうな…」

 

「……分かった。」

 

私はテレサに向けて剣を構えた。

 

 

 

「どうした?もっと早く剣を振れ。」

 

「…くそっ!」

 

「そもそもお前に私と同じ戦いは出来ないんだよ。…熱くなりやすいお前に妖気を感知しての先読みは向いてない。」

 

「…痛っ!」

 

「…カウンターは出来ない以上もっと早く動け!妖力解放による限界超えを恐れるな!その程度は本来、出来て当たり前なんだよ…自分の意思で捩じ伏せろ!」

 

「…くそっ!簡単に言うな!私はお前じゃない!私はお前の様な…!」

 

「何を今更…私は私でしかないし、お前はお前にしかなれん。…大体私だって別に天才とかじゃない。…妖気感知を使いこなすにはそれ相応の経験が必要だ…居場所を測るくらいならまだしも普通、戦闘中も絶えず感知して相手の次手を見極めるなんて狂気の沙汰なんだよ…出来なくて当然だ。」

 

「だが!お前は出来た!だから…!」

 

「そもそも妖魔のいないお前の世界で妖気感知能力を磨くなど不可能だ。」

 

「…私には真似しか出来ないんだ…!」

 

「だったらそれで良いだろう…模倣も極めれば自分の力だ…お前は何処までも中途半端だ…技の本来の使い手に失礼だと思わないか?」

 

「テレサアアアア!」

 

「…本当に熱くなりやすいな、お前は。何処までも私と正反対だよ。…だからこそお前に興味が湧く…!」

 

「アアアアア!」

 

「どうした?まだ遅いぞ?早くこの首を取って見せろ。」

 

その余裕が私をイラつかせる…!高みから見下ろすその態度がただ、気に入らない…!



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33

妖力解放による限界を超える恐怖すら忘れ、私はテレサに剣を振り続けた…そして…

 

「…おめでとう、お前の勝ちだ。」

 

気が付くと私はテレサに馬乗りになり大剣を振り上げていた…

 

「…何が起きた…?何故私は…」

 

「…何だ覚えてないのか?締まらない奴だな…結論から言えばお前は私の読みを上回ったんだ…無意識に妖力解放を使いこなしたお前のスピードを追えなくなり、予想外の攻撃を受けた私は一瞬集中が乱れた…そこを引き倒された…」

 

「…どうしてだ?もし、お前が妖力解放をしていたら死んでいたのは私だった筈だ…」

 

「…私はお前に戦い方を教えに来ただけだ…それに私は途中から本気だった…普段私は基本的に妖力を解放しないからな…つまり間違いなくお前は本気の私に勝てた…という事だよ。」

 

「……」

 

「…さあこの首を取れ。それで終わりだ。」

 

私はテレサの首に大剣を当てがい、振り上げ…

 

「やらない。」

 

「…何?」

 

「私はお前を殺さない。」

 

剣を下ろした…。私にこいつは殺せない…何故なら…

 

「…思い出したんだ…私がクレイモアになりたいと言った理由…私はお前に憧れた…お前になりたかったから…。」

 

そうだ…それが私がこの力を望んだ理由…

 

「…本当に締まらない奴だな…だがどちらにしろもう時間切れだ…」

 

「テレサ!?」

 

テレサの姿が薄れて行く…消えて行く…テレサが…!

 

「駄目だ消えるな!私はまだお前と!」

 

「…人の顔で情けない表情をするな。…お前だって分かってるだろ?そもそもこの出会い自体が奇跡の様な物…本来私たちは出会う事が無かったはずなんだ…」

 

「頼む…!待ってくれテレサ!」

 

「だから泣くな…テレサはお前だろ?」

 

「違う!私は…!」

 

「お前はテレサだ。他ならぬ私が認めてやるよ。」

 

「違う違う違…テレサ?」

 

私の頬に手を当てるテレサ…

 

「泣くのはそろそろ止めろ…もう私とお前は出会う事が無いんだぞ?最後くらいしっかりしろ。」

 

「…テレサ…」

 

「…クレアを頼むぞ?…仮にも私を騙るなら守り切って見せろ、身体も、心もな。」

 

「…分かった。」

 

「…じゃあな、そろそろ目を覚ます時間だ。行って来い、お前を待ってる奴がいるだろ?」

 

「…サーゼクス…」

 

「…羨ましいなお前は…」

 

「…えっ?」

 

「私にはついぞ、クレア以上に大事な物は何も見つからなかった…だから守りたいものがたくさんあるお前が少し羨ましい。」

 

「…私にそんな資格は…」

 

「…さっき言った筈だ。仮にも最強の私を騙るんだ…全部守り切れ。…出来ないとは言わせん。」

 

「…分かった、本当にありがとう、テレサ…。」

 

「…礼には及ばんさ、お前は私だからな。…さあ帰れ。」

 

私は彼女に背を向けて歩く。…私は本当に強くなれたのか…?…いや、もうそんな事は考えない。私は…テレサだ…。



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34

目を開く…横目に魔力を手に込めるサーゼクスの姿が…

 

「…待て。この通りちゃんと帰って来た…。せっかく戻れたのに消されてはかなわんよ…。」

 

サーゼクスの手を掴む…全く気の早い…いや、それだけ私が長く意識を失っていたのか…。

 

「…君を消さずに済んで良かったよ…。」

 

魔力が霧散するのを見て手を離す…ふぅ…正直肝が冷えた…まさか起きて早々命の危機とは…

 

「…傷の具合は…聞くまでも無いかな?」

 

私は自分の身体を見る…横になった状態で視線を下にやっただけだが…見る限り…

 

「…見ての通り、だ。一応治っている…」

 

戻ってさえ来れれば傷も治る筈だが…改めて見ると安心するな…ホッとする序に腹が減って…!…成程。これが半覚醒の影響か…。…家に帰れば何か残ってるだろう…若しくは途中で何か買うか…そう考えながら立ち上が…!

 

「…さあ、帰ろう…今夜の事も詳しく聞きたいし、皆心配して…どうしたんだ、テレサ?」

 

「…てない…んだ…」

 

「ん?」

 

「立てないんだ…今ので体力を使い果たした…」

 

思ったより疲れるんだな…その前にあれだけの戦闘をすれば妥当とも言えるが…そもそも傷もクレイモアである事を差し引いても重症だったしな…

 

「…仕方無い…さっ、乗りたまえ…」

 

そう言って私に背を向ける形でしゃがみこむサーゼクス…?何の真似だ…?

 

「…何を…している…?」

 

「何っておんぶだが?」

 

「…お前な、仮にもレディを相手にするんだからそこはあれだろ、所謂お姫様抱っことかな…」

 

「…君からそんな言葉が聞けるとはね…どうしてもと言うなら君は私の家族だし吝かでは無いが…この辺りは私が先程結界を張ったから人はいないが結界を出ればまだそれなりに人がいるんだが…」

 

「……冗談に決まってるだろ…勘弁してくれ…」

 

揶揄うつもりで言ったのに私がダメージを受けているな…!…むっ…今まで羞恥などこの世界に来て余り感じた事が無かったはずなんだが…これもテレサと話して吹っ切れたからか…。

 

私はサーゼクスの背に掴まり首に手を回す。

 

「…では行こうか?」

 

「…家までエスコートを頼みますよ、サーゼクスお兄様?」

 

「…君の様に手のかかる妹はちょっとね…正直リアスだけで十分だよ…。」

 

「…何だ、お前が言ったんだろ?私は家族だと。」

 

「…そうなんだがね…まあ君がそう呼びたいなら…構わないが…」

 

「…遠慮しておく。しかし、リアスより手がかかるは聞き捨てならないんだが?」

 

「…強敵に勝手に一人で挑んで重症を負った挙句、暴走寸前まで行って、散々人を心配させた君がリアスより手がかからないって?」

 

「…悪かったよ…もう勘弁してくれ…。」

 

これからはいよいよサーゼクスに頭が上がら…いや、これからクレアや黒歌、更にはグレイフィアにも怒られるんだろうな…どう切り抜けるか…あくまでサーゼクスだからこの程度で済んでいるんだろうしな…気が重くなって来たぞ…

 

「…サーゼクス、私は半覚醒の影響で体質が変わった事で腹が減っているから何処か店に「クレアたちが食事を用意してるんじゃないかな?今夜は私たちも頂く予定だったし、多目に用意してると思うからもう少し我慢したらどうだい?」……」

 

逃げようが無いな…。仕方無い、腹を括ろう。…そうだ、どうせならとことん話をしよう…やっと色々吹っ切れたんだからな…



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35

黒歌とグレイフィアからの説教はクレアからの「ご飯が冷めるよ…」と言う涙声で終わりを告げた…それでも一時間くらい私は正座していたんだが…と言うかサーゼクスもミリキャスを連れて来てるならそう言ってくれ…クレアは今更だが余りミリキャスにこういうみっともない姿を見せたくは無かったのだが…ちなみにクレアの機嫌はミリキャスに言われた「クレアお姉ちゃん、泣かないで…」と言う一言で直った。…食事の際、私も皆と食事を共に出来るようになったと伝えればクレアは更に笑顔になった…

 

……実は未だに強くなった実感が無いのだがこの笑顔を見れただけ半覚醒をした甲斐が…おい、お前ら!その生暖かい笑顔を止めろ!?お前らは私の親か!?…クレア、私は笑ってなどいない…そうとも、私は揶揄われて怒ってい…!お前もかクレア!?その笑顔は止めろ!?

 

…と言う一幕もあったが私の記憶には無いな、うん…友人に家族と同居人にも裏切られ、思わず見たミリキャスの表情は……もっと覚えてない…

 

 

 

「…さて、詳しい話を聞こうかな?」

 

「…構わないがミリキャスはどうするんだ?」

 

ミリキャスはクレアと遊んでいる内にクレア共々、寝てしまった…今は部屋に寝かせている…。

 

「無論、後で転移させるよ。…さあ話してもらおうかな?」

 

「…そんな凄味出さなくてもちゃんと話すさ…。…とは言えお前らにはある程度私の事や、私のいた世界の事情は話してるだろう?その上で聞きたい事があるならそちらから聞くといい…私の分かることなら全部答えるさ…。」

 

「…では、二人は君の戦闘を見てないから私が代表して聞こう…まず、彼女…オフィーリアとは何者かな?」

 

「…組織の序列ではNo.4に当たる戦士だよ。それしか分からん…奴も言っていた通り奴とは面識が無いからな…こちらが一方的に少し知ってるだけで。」

 

「…ふむ。実力者という事だね?…で、君の序列はそもそも知らないが…何故初対面で戦う事に?…彼女の言っていた手合わせ、は通らないよ?君は危うく殺される所だったんだからね?」

 

「……別に私が何かした訳じゃない…そもそも聞いた話だったんだが奴には面倒な特性があってな…」

 

「…面倒な特性?」

 

「…戦闘狂。それも自分が興味を持てば仲間はまだしも、人間にすら斬りかかりかねない狂人。…それが奴に関する私が聞いた評判だ…」

 

「…しかも彼女の場合、試合の結果として相手を殺してしまう、か。…友好的には絶対なれないタイプだね…。」

 

「……聞きたいのはそれで全部か?」

 

「…この際だ、君自身の事を聞いておこう。」

 

「…私の事は以前大体話しただろう?」

 

「まだ残っているよ?少なくとも私は君の序列を一度も聞いた事が無い。」

 

「……そうか…そうだな…」

 

…言ってしまうか…もう隠しておく理由も無い。

 

「……サーゼクス、私はお前に今まで隠していた事がある。」

 

「…それは私の質問と関係があるのかい?」

 

「…ある。…実は私には序列が無い…と言うか正式なクレイモアですら無い。私はクレイモアのいる世界が架空の物語として語られていた世界から登場人物の一人であるテレサの姿と力を得て今いるこの世界に転生した…元はただの一般人だ…。」

 

「…成程ね。君のいた世界はもしかしてこの世界にそっくりなのかい?…いや、君から聞いた話だとクレイモアのいる世界はどうもこちらで言う中世の時代背景を想像させたのだが、どうにも君はこちらの世界の常識を分かっている気がしていたのでね…」

 

「…その通りだサーゼクス。私のいた世界は時代背景が現代。つまりこことそう変わらない…最も向こうの事はあまりよく覚えてないが…ちなみにここの事も私の世界では創作物として扱われていた。」

 

「…では、君は未来が分かると?」

 

「…分からない…実はもう私の介入で話は一人歩きしている…。」

 

「…そうか…。」

 

そう言って私に近づくとサーゼクスは私を抱き締めた。

 

「…何を…して…いる…?」

 

「…辛かったんだろう?他人を演じるのが?そして自分が本当は弱い事を知られるのが?」

 

「…だから…何を…!」

 

横からも感触を感じる…黒歌にグレイフィア…

 

「…テレサ、気づいてにゃいのね…あんた、今泣いてるよ…」

 

「…泣いてる…私…が…?」

 

「…泣いても良いんですよテレサ?私たちは貴女の味方ですから…」

 

「…そう…か…ありがとう…」

 

テレサと会った時と良い、今日は私は泣いてばかりだ…



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36

「…それで…今の君に聞くのは酷だとは思うが…身体はどうかね…あー…傷の話では無いよ…?」

 

「…そんなに気を使わなくて良い…正直に言えば良く分からない。」

 

「…分からない…?どういう事かな?」

 

「…半覚醒をした場合、まず特徴として今までには無かった飢餓感や基礎能力の向上がある…そして特筆すべき点は限界が分からなくなる事だ…。」

 

「…取り敢えず飢餓感について聞こうか?先程君は私たちと食事したが、特に普通の成人女性と食べる量は変わらなく見えたが…」

 

「…以前話したと思うが…クレイモアはそもそもほとんど食事を必要としない。数日間飲まず食わずでも戦闘を含む活動が出来る程だ…私は一応毎日食事はしていたが…ほとんどが液体で固形物はろくに量を取れなかった…」

 

「…成程。それが半覚醒をした事で空腹を覚える様になりまともな量を食べる様になった…これだけ聞くと寧ろ良い事の様に聞こえるね…クレアも喜んでいたし。」

 

「…実際はそんなに簡単な話じゃない…この飢餓感は本来、完全に覚醒した者が最初に抱く欲求だ…そして覚醒者の主食は…人間だ…転生も含む悪魔や他の種族も対象になるのかは知らないが…」

 

「…君は今…人を食べたいと思うかね?」

 

「…今の所普通の食事で問題は無い。飢餓感が続いてる訳でも無い。さっきので十分だ…寧ろ少し多いかもしれんな…」

 

「…そうか、なら安心だね「良いのか?私は今からでもお前らを食うかも知れないぞ?」何も黙って食われるつもりは無いのでね、そうだな…取り敢えず君が正気に戻るまで殴り付けるとしようか?」

 

「……指を鳴らすな…お前ら二人も身構えるな…冗談だ…。」

 

「…では、次に行こう…基礎能力の向上は取り敢えず置いておくとして…限界が分からないと言うのはどういう事かな?」

 

「…そのままだ。何処まで妖力解放すれば覚醒するのか分からなくなる…」

 

「……それは元に戻れるのかい?」

 

「…戻った例もある…だが、私は次に覚醒したら多分戻れない…」

 

「…先程、私は君の妖力の調整をしたが…君の意思はもちろん、私でも完全には引っ張れなかった様だったしね…成程。現状クレイモアの味方がいない以上君は戻れないか…そう言えばあの時は何故か急に妖力が安定したんだが…何をしたんだい?」

 

「…私は何もしていない…テレサが助けてくれたんだ…」

 

「…それは本物の…と言う意味かな?」

 

「…ああ。あれは恐らくテレサ本人だ…組織の序列はNo.1。それも歴代最強のNo.1…二つ名は微笑。…奴には固有の技が確認出来ず、その代わり微笑を浮かべてる様に見えたから付いた二つ名だ…」

 

「…彼女は私に大き過ぎるこの名とクレアの事を託して消えた…彼女はもういないんだ…。」

 

「…そうか…ん?何故そこにクレアが出て来るんだ…?」

 

「…テレサ本人も少女を拾ったんだ。名はクレア、彼女を守るためにテレサは掟を破り人間を殺した。そして粛清の場で戦士を殺さず無力化し、組織を抜けた…」

 

「…それからどうなったのかな?」

 

「…その後追っ手が差し向けられ、実力的にはテレサの方が遥かに上だったが、その中の一人が覚醒し、油断した所を首を刎ねられ死んだ…」

 

「…君はそうならない事を祈りたいね。」

 

「…クレアのためなら私は殺すだろうな…人間も悪魔も関係無く…正直に言えば私はテレサと…テレサが死んだ後、テレサの後を追うように戦士になったクレアにも憧れていたんだ…だからだろうな…最初はそれだけでそっくりな彼女を拾ったんだ…名前も同じとは思わなかったが…だが、今は彼女を家族として見ている…彼女のためなら全てを投げ出したって惜しくは無い。」

 

「…君とは敵対したくないな…上に立つ者としても、個人的にも…だからこれからも宜しく頼むよ。私は君と当分良好な関係でいたい。」

 

「…もちろん私も味方ですよ。…だからこの場で誓いましょう、私は一度だけ悪魔陣営としてでは無く貴女の求めに応じて個人的に貴女とクレアの味方をします。」

 

「…私もあんたとクレアの味方にゃ…でも、ごめん…白音の方が優先順位は上だにゃ…。」

 

「…私は何時向こう側に堕ちても可笑しくない身だ…だから何かあったら私を見限ってクレアを守って欲しい…。」

 

「…君らしいね…分かったよ…」



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37

「そう言えばまだ礼を言ってなかったね、ありがとう…君があの時私を突き飛ばしてくれなかったら私は今どうなってたか…」

 

一通り私の話が終わった後サーゼクスがそんな事を言って来た…

 

「…礼は良い。そもそも最初に助けられたのは私だからな…」

 

それにお前なら多分どうにか出来ただろうという言葉は飲み込む。

 

「…そうかい?…君がそう言うならそれで良いか…君の場合ここで何らかのお礼を用意しても受け取らないしね。」

 

「当たり前だろう?普段から色々して貰ってるのにこれ以上貰えんよ…。」

 

「…そう言うと思ったよ…ああ、そうそう…今日は憎まれ役ご苦労さま。」

 

「…何の事だ?」

 

「…リーアから聞いてるよ、彼女たちに少々キツイ事を言ったそうだね…あー…怒ってるわけじゃないんだ…リアスの事は私も不安視してたからね…」

 

「…止してくれ…あいつの言った通り理由の大半は所詮は八つ当たりだ…それに偉そうな事を言った割に私も未熟である事を今夜の事で痛感した…大体、あいつらはあいつらなりに努力してるんだ…私程度が言って良い事では無かった…」

 

「…そう卑下しなくて良い…今夜は相手が悪かったし、リーアが甘かったのは確かだ…私から言おうとも思ったんだが、私はどうも彼女に甘くなりそうでね…」

 

「…本来はそれで良い筈なんだがな…私の知る限りこの世界のはぐれ悪魔は強過ぎる…確かもう少し弱かった筈だ…」

 

「…君が来た事が原因とは考えにくい…他の誰かの手がかかっている可能性を考えた方が良いね…」

 

「…今のままだとあいつらは死ぬ。…私としても死なれるのは寝覚めが悪い…クレアも間違いなく悲しむしな…」

 

クレアはあいつらに懐いているからな…

 

「…私もこれからの事に警戒しておこう…リアスたちは…自分たちで奮起してもらうしかないね…私もそこまでは今は手は回らない…」

 

「…もしかしてもう、三勢力の協定の話が出てたりするか?」

 

「…ああ。今は何処も戦争を続けられる余力は無いからね…だが、最近は君も知っての通りどうも堕天使勢力がきな臭い…特に総督のアザゼルは最近神器持ちを集めたり…力を蓄えて何を考えているのか…」

 

「…それは渦の団と言うテロリスト集団への警戒の為だ。」

 

「…それは君の知る知識かい?」

 

「…それもあるがアザゼルから聞いてもいる…私は立場上フリーだし、万が一の為に警告も兼ねて伝えられていた…オフレコで、とは言われてるが…オフィーリアが単独か分からない以上お前にも伝えて置いた方が良いだろう。」

 

「…彼女が所属しているとなると厄介な事になりそうだね…ちなみに他の構成メンバーを聞いても?」

 

「……私も正直うろ覚えだし、メンバーが変わっている可能性のある以上余り意味は無いだろう…ただ、私の記憶ではその停戦協定の場が襲われていた…」

 

「成程。協定そのものはもう少し先だし、先に知っておけばある程度対処が出来るね…アザゼルとは情報の擦り合わせをしておくよ…君の正体については取り敢えず黙っておいた方が良いかな?」

 

「そうしてくれ…万が一目をつけられたら面倒だ。」

 

「…分かった。今夜聞いた事は私たちの胸の内に置いておこう…では、そろそろお暇するよ…行こうか、グレイフィア?」

 

「…分かりました。今準備しますね?」

 

「ミリキャスを連れて来る…」

 

部屋に入って行くサーゼクス…ん?何故ミリキャスを連れて来ずにドアを閉める?

 

「…テレサ、二人がお互いにしがみついて寝ている…」

 

「…ふむ、なら良い。明日はちょうど学校も休みだ。ミリキャスはこっちで預かろう。」

 

「…すまないね…。」

 

「気にするな。お前には返し切れない恩があるからな…」

 

「…では今夜はこれで失礼するよ…」

 

「テレサ、あんまり無茶をしてはいけませんよ?」

 

「…肝に銘じよう…今回はさすがに懲りた…」

 

「「「……」」」

 

私にジト目を向ける三人…酷くないか?

 

「…ではこれで…テレサ、今度は何も無い時にゆっくり話そう…」

 

「…ああ。」

 

魔法陣が起動しサーゼクスとグレイフィアが部屋から消えた。



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38

オカルト研究部…そこのドアに手をかけると私は一気に開く…

 

「…テレサ!?」

 

リアスが大声で私の名前を呼び、他の面子は…固まってるな…

 

「…何だ?歓迎してくれないのか?」

 

「!…いえ!どうぞ!?」

 

姫島朱乃の案内で空いた椅子に腰掛け…

 

「…座るか、小猫?」

 

私を見ながらソワソワしていた塔城小猫に声をかける

 

「!…はい!」

 

そう言って私の元に走って来ると私の膝の上に座る…何と言うか…案外落ち着くものだな…

 

「…あっ、あの…テレサさん?」

 

「…ん?何だ?」

 

「…何で…私の頭を撫でてるんですか?」

 

「…おっと、悪い…」

 

背丈もクレアとそう変わらないし、ちょうどいい位置にあったから無意識にやっていた様だ…私は慌てて手を引っ込め…

 

「…どうした?」

 

引っ込めようとした手を塔城小猫が掴んでいる…もしや…

 

「…撫でて欲しいのか?」

 

「……はい…」

 

消え入りそうな声だったが私には聞こえた…私は塔城小猫の頭に手を乗せると今度は意識して優しく撫でる…

 

「…ふあ…」

 

……ただ撫でてるだけでどうしてそうも満ち足りた顔してるのか…悪くは無いが…

 

「…紅茶です…!…あの…テレサさん…」

 

「ん?」

 

「…私も撫でて欲しいです…」

 

「…構わないぞ?隣に座れ。」

 

「…はい!」

 

こっちはこっちで物凄い笑顔だな…。

 

 

 

一頻り撫で二人が蕩けきった所で…紅茶のカップに手をかける…何だ…また冷めてしまっているな…まあ良いか…私はカップに口を付ける……さて、本題に入るとしよう…

 

「…木場…」

 

「…え!?なっ、何ですか!?」

 

相変わらず孤立していた木場祐斗に声をかける…何故そんなに驚く…

 

「…先日は悪かったな…さすがにあれはやり過ぎだった…」

 

「え!?いっ、いや…!あれは僕が未熟だっただけですから…」

 

「…そうかもしれないが私はまだ実力差があるのは分かってたんだ…ならば、やはりあれは良くなかった…だから…すまなかった…」

 

私は座ったまま頭を下げる。…私は醜いな…こんな事で許してもらおうなど虫が良すぎる…

 

「いや!?頭を上げて下さい…!確かに荒っぽかったかも知れないですけど…僕としては無駄な時間ではありませんでした…僕は自分の未熟さを知れましたから…!」

 

「…そうか…なあ木場…」

 

「…何ですか?」

 

「…お前が強くなりたいのは…いや、何でもない…」

 

……私は何を言おうとした…?ずっと復讐の為だけに牙を研いできた木場祐斗に…第三者でしかなくこいつの本音を聞いた事も無い私が口出せる事など何も無い…。

 

「…お前らも悪かったな…言い過ぎた…お前らはお前らなりに信念を持っているのに私がそれを否定する権利は無いよな…」

 

周りを見渡したリアスが声をかけてくる…

 

「…良いのよテレサ。私たちも本当は分かっていたの。今のままじゃいけないって…でもそれぞれ皆言い訳つけて甘んじていたのよ…貴女のおかげで目が覚めたわ…実はね、次の週末からはオカルト研究部で合宿をしようと思っているの…実力はすぐには上がらないかも知れないけど…せめてチームでの戦い方は身に付けた方が良いと思って…イッセーも入ってきたしね…」

 

「…そう…か…」

 

原作より早いな…これも私の影響か…

 

「……ねぇ、テレサ…何かあったの?」

 

「…ちょっと色々あってな…」

 

「…何があったの?」

 

「…悪い…今は言えない…私の中でも実はまだ吹っ切れてないんだ…どうしても聞きたいならサーゼクスに聞くといい…」

 

オフィーリアがいつ襲って来るか分からない以上注意を促す為にこいつらに言う必要はあるが…今はまだ私の口から詳しい事は言えんな…どちらにしろ今のこいつらがオフィーリアに出会ってしまえば間違いなく抵抗する間も無く殺される。……なら下手に情報与えて首突っ込まれるより返って知らん方が良いのか…?最も私が教えなかった所でリアスがサーゼクスに聞けばわかってしまう話なのだがな…



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39

『よぉ、災難だったな、テレサ…』

 

「…そうでも無い。本当に運が悪ければ私は死んでいた…」

 

『…みたいだな…お前が勝てない相手…となるとこっちも警戒しなきゃなんねぇな…』

 

「…偉そうに言うわけじゃないが…お前ら堕天使陣営の若手は誰も勝てないだろうな…」

 

最もその辺は悪魔陣営も一緒だが…こっちに関しては異質な奴が割といるようだから…どうかね…

 

『…だろうな…俺でも何処までやれるか…何せサーゼクスが不意をつかれる程だって言うじゃねぇか…』

 

「…クレイモアの戦闘方式はこの世界の人外と違い、基本特殊な能力は無いが妖力解放による身体能力強化に特化してる…近接戦が出来ないなら圧倒的に不利だ…余程強大な力をぶつけるなら話は変わってくるがな…」

 

そんな奴若手にそうはいない…それに中途半端に近接戦が出来たところで下手に突っ込めば視認する間もなく斬られる。…単なる脳筋タイプの筈なのに敵だとここまで厄介とはな…しかも何故か私は極微量だが魔力を有してる…仮にオフィーリアも魔力を持っていたら?ましてや私より魔術を使えるとしたら?…不安要素を挙げればキリがない…

 

『…本当に面倒な事になったもんだ…デカい仕事も控えてるってのによ…』

 

「…奴はそんな事は気にしない…渦の団に所属してなくても強い奴が集まる会合の場に確実に乱入して来ると私は思っている…」

 

『…まっ、来りゃ迎え撃つしかねぇけどな…』

 

「…いや、それは私がやる…」

 

クレイモアの相手なら肉体は同類である私がすべきだ…

 

『お前、一度は負けたんだろう?何か手はあんのか』

 

「……」

 

『……まさか無いのか…?』

 

「…なるようになるさ。」

 

最悪奴は刺し違えてでも私が殺す…それで良い…。…テレサとの約束を破る事になるが奴を野放しには出来ん…。

 

「…そう言えば悪かったな…勝手に渦の団の情報を流して…」

 

『ん?ああ…構わねぇよ?事情が事情だしな…それに俺もいずれ協定の前にサーゼクス個人には伝えるつもりだったしな…予定が少し早まっただけた。』

 

「…そうか…。」

 

原作では協定の場で話すんだがな…私の存在を通して二人は個人的に付き合う様になった(友人ではなくあくまでビジネスライクの付き合いの様だが…お互いに嫌ってはいないようだ)……私が例え、兵藤一誠を助けてなくても良く考えればこれはもう原作から乖離していたかもしれんな…

 

『まっ、こっちは今度そっち行くからよ…悪いと思ってんなら一晩付き合ってくれよ…ああ、別にそういう意味じゃねぇぜ?何ならクレアや例の猫又連れてきたっていいしな…』

 

「…お前欲に正直な堕天使だろう?本当に食事だけで良いのか?」

 

『美人や美少女を眺めるだけなのも乙なもんさ。』

 

「……今度、な。」

 

……何だかんだこいつはあまり嘘をつかん。今回は信用しても良いだろう…

 

『…ん?…わぁーった!わぁーった!今戻るって!…悪ぃシェムハザがうるせぇから切るな?』

 

「…ああ、じゃあな…」

 

……今度シェムハザに胃薬でも送ってやるか…



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40

『…で、要はそのアーシア・アルジェントって奴が駒王町に行くようにすりゃ良いのか?』

 

「ああ。」

 

…このまま原作の流れに行くとリアスたちは戦力不足に陥る可能性が高い…そう踏んだ私は多少リスクを侵してもいっそ無理にでもアーシアを引き込んだ方が良いと踏んだ。

 

『…今更お前の情報の出処を気にするつもりは無いけどよ…どういう風の吹き回しだ?』

 

「…何がだ?」

 

『確かにそいつの処遇がお前の言う通りなら俺でさえ思う所はある…だが…お前それで無償で人助けする様なお人好しじゃねぇだろ?』

 

「…打算だよ。このまま駒王町管理者側の戦力不足が目立つと私も困るんでね…回復役がいれば修行も捗るだろう?」

 

『…成程。だがアーシアは悪魔になるかは分かんねぇぞ?…そもそも俺たち側にいるかどうかもはっきりしねぇんだろ?』

 

「…そっちにいたらで良いさ。…別に悪魔にならなくても私が引き取る。」

 

とは言うものの原作と同じ様な扱いをアーシアが受けたなら堕天使側にいる可能性は高いだろう…

 

『まあお前が良いならそれでいいがな…個人的にはその極上の神器、俺がじっくり研究してぇとこだが…』

 

「……手を出すなよ?」

 

『……安心しな。お前を敵に回してまでやる気はねぇよ。』

 

「…どうせ和平条約の際、駒王町に来るんだろう?渦の団への警戒を理由に駒王町に居着けば良いんじゃないか?」

 

『…おっ!その手があったか!それならお前にも何時でも会えるしな!』

 

「…仕事中じゃなきゃ構わないぞ?クレアもお前を気に入ってるようだしな。」

 

私はどうしてこう面倒な奴に好かれるんだろうな?

 

『良し!そうと決まりゃ何時でもシェムハザに仕事を押し付けられる様にしとかねぇとな!』

 

…すまんシェムハザ…強く生きてくれ…

 

『じゃあな。また何かあったら連絡してくれ…アーシアの件は了解した…こっちで探しとく。』

 

「ああ。頼んだぞ…」

 

電話を切る…

 

「…ねぇ、あんたの言ってるアーシアって子…」

 

「ん?…ああ、私の知る限り本来ならもうリアスの眷属になってる筈なんだが私の介入で予定が狂ってしまってな…と、悪かったな…勝手に引き取るなんて言ってしまって…」

 

「今更だにゃ。あんた何時も私に黙って決めるじゃにゃい…私は居候だしそんな事で一々文句言わにゃいにゃ…」

 

「…すまんな。」

 

「そもそも私じゃにゃくてまずクレアに先に相談するのが筋にゃ…」

 

「まだ決定事項じゃないからな…」

 

「…にゃら…私もこの場では何も聞かなかった事にしておくにゃ。」

 

……私の周りは大半が変わり者だが…皆お人好しばかりで本当に助かるよ…



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41

私はアーシアに接触するに辺り一つ失念していた事があった…原作で兵藤一誠と普通に会話出来てた印象が強かった為、私が接触しても問題無いだろうと思っていたのだ…

 

「ありがとうございます!本当に助かりました!…誰に話しかけても通じなくて困ってたんです…」

 

「…そっ、そうか…」

 

……そう、アーシアが日本人では無い事を忘れていたのだ…兵藤一誠がアーシアと問題無く会話出来たのは悪魔に転生していた事が原因だった…

 

…原作通り道に迷い途方に暮れていたアーシアを見つけた時、最初私は放っておくつもりだったのだが…既に原作とは展開が変わってしまった今、無事に兵藤一誠と接触出来るか分からなかった為、仕方無く私から話しかけたのだが…そこで日本語で声をかけた際のアーシアの困惑顔を見て私はやらかした事に気付いた…

 

……幸い前世の私は語学が堪能だったらしい…その後のアーシアの言葉は普通に分かり私からも違和感はあまり感じる事無く話しかける事が出来たが…これからはもっと気をつけなければ…

 

「…でも驚きました…てっきり駒王町界隈の教会に赴任したと思っていたのにこの住所がテレサさんの家だなんて…」

 

「…お前のいる堕天使勢のトップとは訳あって昔から懇意にしててな…」

 

アザゼルめ、確かに場合によっては引き取るなんて事を言ったが…何故最初から行き先が私の所なんだ…!…いや、これは寧ろ感謝しなければならんか…原作通りならこの後間違い無く面倒事に巻き込まれていたからな…とは言え認めるのは癪だ。私も食事が出来るようになった事だし、次に奴に会った時には思いっきり高い店を奢らせるとしよう…!

 

「……聞かないんですか?」

 

「…ん?何がだ?」

 

アーシアから話しかけられ思考の海から戻って来る。

 

「…その、どうして人間の私が堕天使の所にいるのかって…」

 

……アザゼルの奴…私の事を話してないのか?

 

「…私からは聞かんよ。色々あったのは想像出来るがな…話したくなったら何時でも話せば良い。」

 

…そもそも私は原作知識があるから知ってるしな…それに情報屋に調べさせれば多分出て来るだろう…奴の情報の出処こそ私は知りたいが…

 

「……どうしてそんなに優しくしてくれるんですか?」

 

……こいつは本当にアーシア・アルジェントなのか?原作であった一見儚げだが芯は強かった鮮烈な印象が全く見受けられないが…いや、そもそも今まで良くしてくれた人間が突然手の平を返して迫害を始めたんだ…普通はこの位人間不信に陥っていても可笑しくないか…

 

「…短い間かもしれないが家族になる…それが理由じゃいけないか?」

 

「…家族…」

 

……吐き気がする…私はアーシアを利用しようとしてるだけだ…こんな事を宣う資格は無い筈だ…!…いや、こんな事を考えるべきでは無い…言った以上は本当にしなければな…私はテレサなのだから…

 

「…そう、家族だ…だから気にするな…大丈夫だ。私の家には他にも二人住んでて一人はお前と言葉は通じないが、きっと二人共お前を歓迎してくれる…」

 

……黒歌は反対しなかったし、クレアは家族が増えるかもしれないと言ったら大喜びしていたからな…やはり寂しいのか…はぐれ悪魔の討伐も今は出来ないし、どうせならもう少し一緒にいるようにしようか…黒歌も何時までもいるとは限らんからな…

 

「…私は…魔女と呼ばれました…今まで私を聖女と呼んでくれた人たちから…私は聖女になんてなりたいわけじゃなかった…ただ皆に笑っていて欲しかっただけ…!」

 

「…そうか。」

 

……敵わんな。兵藤一誠はどうやってこれだけの負の感情を浄化したんだろうな…素行は最悪の一言に過ぎるが…やはり良く言われる主人公補正とは違う何かがあるのか…

 

「…私は生きていても良いんですか…?」

 

「…私はあまり笑えないが…二人は笑ってくれるだろうさ。ただ、お前が生きているというその事実だけでな…」

 

私に泣きながら抱き着いてきたアーシアを受け止める…あまりこういうのは得意じゃないんだがな…クレアや塔城小猫よりは大きい少女の頭を撫でながら私は必死に知り合いが通らない事を神が存在しない事を知りつつも必死に祈っていた…



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42

原作に介入する…その意味は分かってたつもりだった…そうだ…この状況は予想出来た筈だ…!

 

「あぎゃぎゃ…あんたみたいな化け物が家族ごっこ?俺っち笑いが止まらないよ。腹が捩れそうだ…どうしてくれる?」

 

「…フリード・セルゼン…!」

 

私は今、半壊したアパートの傍らに転がるクレアと黒歌に剣を向けるフリード・セルゼンと対峙していた…

 

アーシアを連れ家に戻って来て飛び込んで来たこの光景に一瞬惚けそうになるのを何とか持ち直し、妖力解放し割り込むと二人に振り下ろされるフリードの剣を掴む。

 

「あらら…何何、俺っちの事ご存知?」

 

「悪名高きはぐれエクソシストだろう?確か殺人に快楽を見出して神の陣営を追放されたと聞いたが?」

 

「…わーお。俺っちも有名人か。特にあんたみたいな化け物に知られてるとは最っ高!」

 

フリードが剣に力を込める…これが本当に人間の力か!?妖力は今は抑えているとはいえ、素の私の身体能力に追い付くとは…!

 

「…なかなかの力だな…!歪んでいるとはいえそれも信仰とやらか?」

 

「あぎゃぎゃ。…信仰?何それ美味しいの?」

 

必死で取り繕うが…多分隠し切れて無いだろう…人間とはいえ奴は一応プロだ…!私に余裕が無いのは分かっている筈…!

 

「…何それ?遊んでんの?本気でやってよ…そいつら殺しちゃうよ?」

 

…駄目だ。今こいつを殺すのは不味い。この場では人目に着きすぎる…!

 

「…良いのか?そんな事をしたら間違い無くお前が死ぬが?」

 

「あぎゃぎゃ。そんな事言っちゃって…あんたこの場では本気出さないつもりでしょ?…化け物の癖に人間の振りしちゃってさぁ。」

 

「その私と渡り合うお前も十分に化け物だろうが…!」

 

ふざけた奴め!…くそっ…アザゼル…アーシアは最悪引き取るつもりだったとはいえこのおまけは聞いてないぞ…!?

 

「止めてくださいフリードさん!何でこんな事をするんですか!?」

 

先程から呆然としていたアーシアがこっちに…!

 

「駄目だ!来るなアーシア!」

 

「あぎゃ!余所見はいけないよ?」

 

「なっ!?」

 

一瞬気が緩んだ所で頭にハイキックを喰らい…吹っ飛ぶ…原作で薬物で身体能力を上げてるのは知ってたが私にダメージを与える程なのか!?

 

「…いってー!ちょ!?おたくどんだけ化け物なの?俺っちの足がやばいんだけど!?」

 

最も奴も無事では無さそうだがな…足が在らぬ方向に曲がっているのが分かる。

 

「フリードさん!」

 

アーシアが仰向けに倒れ込み足を押さえながらのたうち回るフリードの治癒を始める…成程。これが神器「聖母の微笑み」の力か…数分で奴の足は元通りとなった。

 

「…ふぅ。ありがとう、アーシアちゃん「お礼なんて良いです!それより何でこんな事を!?」何言ってんのアーシアちゃん?これは俺っちのお仕事よ?」

 

「…え?」

 

「駄目だアーシア!聞くな!」

 

いずれは言うつもりだったが今言われるのは不味い!フリードの所へ向かおうとしたが足元が覚束無い…!視界も揺れている…!脳を揺らされたのか…!?

 

「そこに転がってる女いるでしょ?それ悪魔よ、悪魔。」

 

「…えっ!?」

 

「チッ!」

 

……これで私が何を言ってももう無駄になった…!こうなれば決めるのはアーシアだ…!

 

「でっ、でもこの人はこんな目に遭わされるほど「アーシアちゃん?悪魔は悪い奴でしょ?狩らなきゃ駄目でしょ?」…なっ、ならそこにいる子は…その子も悪魔なんですか!?」

 

「違うよー?その子はただの人間「なら、何で!?」悪魔と一緒に家族ごっこなんてしてたんだよ?殺されて当然っしょ。」

 

「そんな…。」

 

「…あー…何か凹んでる所悪いんだけどさぁアーシアちゃん?」

 

「…え?」

 

「…そこにいる女も人間じゃないよ?」

 

「…えっ!?」

 

アーシアが私の方を見て来る。

 

「じゃっ、じゃあテレサさんも悪魔「あー違う違う。それねぇ、何か詳しくは知らないけど下級悪魔よりずっとやばい化け物」…えっ!?」

 

「……」

 

…知られてしまったか。これによりアーシアの私に対する印象が変わろうとも私は気にしないが…この場で不安定なアーシアに不信感を抱かれるのは不味いな…

 

「…それでも良いです。」

 

「…んあ?」

 

「テレサさんは私を家族だって言ってくれました!私はテレサさんを信じます!フリードさん!もうこんな事は止め…あぐっ!」

 

アーシアがフリードに殴り飛ばされ地面に転がる…そしてフリードが剣を振り上げるのを見た瞬間、私は地を蹴った…!

 

「あっそ…もういいやー…サイナラアーシアちゃ…ぶごっ!」

 

視界に入るクズの横っ面を殴り飛ばす…間違い無く骨まで行ったな…だがどうでもいい…私はこいつを今この場で殺すと決めた…!

 

「いってー!?マジで痛てぇ!?」

 

起き上がるクズ…まるでゴキブリだな…!だが、その方が良い。

 

「…覚悟は出来てるなエクソシスト?…お前は私の家族に手を出した…安心しろ、本気は出さない…わざと力を抑えて…嬲り殺しにしてやるよ…!」

 

こいつを消し飛ばすのは多分簡単だが…それでは私の気が済まない…!



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43

「怖い怖い…少々怒らせすぎましたねぇ…では俺はこれで失礼しますよ?…まだ死ぬわけに行かないんで、ね!」

 

「…!しまった!?」

 

奴の武器は剣と銃…今まで剣しか出してないから忘れていた…!…私では無くクレアたちに向けて放たれた銃弾を追って走る…追いつくでは無い…追い抜く!

 

「ぐっ!?」

 

ギリギリで追い付き銃弾を受ける…確か中身は祓魔弾だったか!?私に特に影響は無いだろうが…さすがに普通に痛いな…!

 

「…フリード!…何処だ!?」

 

姿は見えない…!完全に逃がした…!

 

「…仕方無い…とにかくこの場を離れなければ「テレサ!」リアス!?何故ここに!?」

 

「話は後よ。取り敢えず部室に貴女たちを転移させ「駄目だ!そこにいるクレアとアーシアは人間だ!私と黒歌は転移出来るが二人は出来ない!」大丈夫。もうお兄様が動いてるわ。二人の事は任せましょう。」

 

「しかし…!」

 

黒歌が転移すれば塔城小猫に正体が…!

 

「今は一刻を争う事態よ!彼女は人間の病院じゃ治療出来ない!…それに、何時かはバレる事よ…。」

 

「…そうだな…分かった。」

 

間違い無く私は黒歌に恨まれるな…

 

「ほら!早く!」

 

黒歌を背負いリアスの示す魔法陣に向かった。

 

 

 

オカルト研究部の部室に着いてすぐ塔城小猫に反応があったが黒歌の怪我を見て状況を察したのか彼女は何も言わなかった…。これは私が説明しなければならないんだろうな…

 

 

 

「…テレサ、何があったの?」

 

「…サーゼクスたちが来るんだろう?悪いが連中が来てからでいいか?」

 

「…分かった…ちゃんと話してくれるのよね?」

 

「…ああ。お前たちも巻き込んでしまったからな…」

 

 

 

「…テレサ、君がトラブルを引き寄せる体質なのはもう嫌になるくらい理解してる…だけどね、今回の事はまず相談して欲しかった…」

 

「…すまんな…」

 

「…アザゼルから聞いたよ…君が会ったのははぐれエクソシストのフリード・セルゼンだね?」

 

「…ああ…」

 

「…悪魔とそれに関わった人間も殺し、且つその殺害に快楽を覚える異常者との事だが…」

 

「…ああ。合っている…」

 

「…君の知識では先程のアーシア・アルジェントがこちらに来る際、奴はいたのかね?」

 

「…いた。」

 

「では君は奴と遭遇する可能性があったのに一人で動こうとしたわけかい?」

 

「…事態は私の手を離れた…リアスたちが弱いと後々私が困るからな…そもそも奴が出てきたくらいでお前が出張る事も無かった…」

 

「そりゃ駆けつけるさ。クレアは普通の人間だからね?」

 

「…すまん…」

 

忘れていたのだ…私が動く事で家族が…親しい者が…巻き込まれるリスクを…何が守り切る、だ…これでは…!

 

「…ねぇテレサ?」

 

「…何だ?」

 

「…私は、いえ…私たちは頼りない?」

 

先程私の正体を聞いたリアスから投げられる問い…前にも聞いた気がするな…

 

「…いや、そんな事ないさ。私はお前たちに助けられている…確かにまだ戦いの上では実力不足かも知れないが…」

 

「なら…もう少し私たちを頼ってくれても良いんじゃない…?それとも貴女はまだ私たちを物語の登場人物だと思ってる?」

 

「…当初はそう思っていた…でも今は違う。お前たちは確かにこの世界で生きていて…私もこの世界で生きている…本当にすまなかった…次はちゃんと相談する…」

 

「…あまり次が無い事を願いたいね…君は無茶をし過ぎる…」

 

「…分かっているさ…」

 

私はやはりお前のようにはなれないな…テレサ…



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44

「ゴタゴタして聞きそびれていたが…君は怪我は無かったかね?」

 

「…足に祓魔弾を食らったくらいだよ…私には影響は無いし、もう弾も取り除いた…とっくに傷も塞がってる…」

 

……頭に蹴りを食らった事については特に語る必要は無い…せいぜい痣が出来る程度だしもうそれも消えた…最もあの蹴りを食らったのが仮に普通の人間であれば首と胴が泣き別れしていただろうが…

 

「…クレアたちはどうだった…?」

 

「…クレアとアーシアは軽傷だよ…クレアは身体のあちこちに傷が出来ていたそうだがそれ程酷くは無いし、傷自体も数日もあれば消えるそうだ…アーシアは君の証言通り殴られていたが…一応相手は加減をしたのか顔が多少腫れたくらいだ…こっちも跡は残らない…ちなみにかなり取り乱していたが今は落ち着いている…現在は別室にてグレイフィアを介して二人で話している事だろう…」

 

「…黒歌、は…」

 

声が震える…分かっているさ…本来なら聞くまでも無い…クレアの傷は見る暇が無かったが私は彼女の姿に関しては確認出来ていた…

 

「…重傷だ…恐らくクレアを庇ったんだろう…具体的な傷の詳細は省くが…万が一の事はあるかもしれない…もちろんこちらも手を尽くしているが助かるかは五分五分だそうだ…」

 

「…助かるさ。」

 

「…何故、そう言い切れるんだ?」

 

「あいつが…黒歌が妹を残して死ぬわけが無い…何だかんだせっかく再会出来たんだ…小猫ときちんと話をするまで死なないさ…」

 

……それは要は話し終えればそのまま黒歌は息絶えると言っているわけだ…

 

「…彼女を信頼しているんだね…」

 

「……長い付き合いだからな…」

 

違う。私がそう一方的に信じたいだけだ…でなければ私は罪悪感に押し潰される…!

 

「…アパートの…他の住人は…」

 

あの時間何人かの住人は部屋に残っていた筈…

 

「…軽傷が二名、重傷者四名…そして死者が二名…」

 

「…そう、か…」

 

それについて出てきた言葉は自分でも驚く程に感情は乗っていなかった…そうだ…私にはアパートの他の住人がどうなろうと本当はどうでもいいんだ…偶に会えば挨拶くらいはするが私はほとんど交流を持っていないからな…名前も知らない…最もクレアと黒歌はそれなりに付き合いのある住人はいたという…死者が二名、か…二人は悲しむんだろうな…私は少なくともクレアと黒歌がこの場では無事で良かったと思っている…あいつは死なない…私はそう信じ…て…

 

「…テレサ、本当は心配なのでしょう?黒歌の事が…ちゃんと助かるか不安で仕方無いんでしょう…?」

 

リアスの指摘に私は何故か慌てて反論していた。

 

「違う。私はあいつを信じている…それに私はクレアが無事なら…」

 

「でも…貴女とても辛そうな顔してるわ。」

 

「…行ってくるといい。詳しい事情はまた聞くとしよう。」

 

「良いのか?行っても私にはどうせ何も出来ないぞ?」

 

……まだ理由を付けて黒歌の元へ行くのを渋る自分がそこに居た…

 

「…こちらはもう手を尽くした。後は親しい者が声をかけて引き戻すしか無い。…今の状態ではとてもクレアや小猫君には会わせられないが君なら良いだろう…行ってあげると良い…」

 

「…そう、か…なら行って、くる…!」

 

そう言うと私は思わず駆け出していた…生きてくれ黒歌…!私はお前に伝えたいんだ…!お前が同居人でも、居候でも無くクレアと同じ家族だと…!だから死ぬな!



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45

「あの…お兄様?本当にあれで良かったんですか…?」

「ん?何がだい?」

「その、だって…」

「リーア…私は別に嘘は言ってないよ?…黒歌が深手を負ったのも本当だし、生死の境をさまよったのも本当だよ?」

「…でも、黒歌はもう目を覚ましてますよね?あれだと今も意識は戻ってない、みたいに聞こえたんですけど…?」

「そう言ったからね…実を言うとこれはグレイフィアのアイディアでね…」

「…え?」


…黒歌のいるという部屋の前に立つ…どうする?ノックをしてみるか…?

 

「今更迷っても仕方無いな…」

 

私は取り敢えずドアを叩く…返事は無い。私は旧校舎特有の木造の引き戸を壊さないように気をつけながら軽く力を入れ引き開け…

 

「…思ったより抵抗が無いな…手入れはきちんとされてるのか…」

 

中に入り戸を閉める。…私は旧校舎内の清掃等に割り当てられておらず基本オカルト研究部に行くくらいしか来ないのでここの構造を知らない…どうやらここは元は保健室だった様だ…

 

「…黒歌…」

 

幾つかある内のベットの内、カーテンを閉められている方に声をかける…白い、な…今も使われる事があるのか…?私はカーテンに手をかけ、開く。

 

「……」

 

目的の人物はそこに横たわり眠っていた…思ったより穏やかな寝息を立てる彼女を見て…安心…ん?

 

「黒歌。」

 

「…!……」

 

今動いた気がしたが…私は近くにあった丸椅子を引き寄せ座るとベットから投げ出されている黒歌の手に触れ…!

 

「…黒歌…起きてるのか?」

 

「…バレたにゃ…」

 

そう言って目を開ける彼女を見て私は…

 

「…てっ、テレサ?何で泣いてるにゃ…?」

 

「…多分、安心したからだよ…お前が無事なのを見てな…」

 

「…そうにゃの…」

 

「…すまなかった…」

 

「…へっ?」

 

「私が迂闊な事をしたせいでお前にこんな怪我を負わせてしまった…謝って許して貰える「テレサ」…何だ?」

 

「クレアは無事だったの?」

 

「…ああ。お前のお陰でな。」

 

「…そう。にゃら…良かった…」

 

「…何言ってる。お前はこんなにボロボロじゃないか…なぁ黒歌…」

 

「…にゃに?」

 

「…私は今まで素直になれなかった…心の何処かで大切な物を持つ事を恐れていた…クレアだけでも守る…それが私に出来る限界だ…だからお前を何時も邪険に扱って来た。…私自身がお前を大事じゃないと思い込む事で有事の際は情を捨て、切り捨てられるように…そしてお前が私を嫌ってくれる事を期待していた…私ではお前を守り切れないから…」

 

「…それで?」

 

「…だがお前は結局私の手から離れなかったし、クレアの為かと思えば何時もお前は私にも世話を焼いた。…分からなかった…何故こんな私に優しく接してくれるのか…」

 

「…一度結びついた縁はそう簡単に切れにゃいにゃ。それに…あんたみたいな不器用な奴を私は良く知ってる…一人にしたら絶対に潰れる…そう思ったから…クレアの事以上にあんたが心配で離れられなかったにゃ…」

 

「…そうか…」

 

「でも正直に言うとね、何度も出て行こうって思ったにゃ…だけど…その度に昔の世捨て人の様なあんたの姿が過ぎったにゃ…」

 

「……」

 

「答えてテレサ…あんたに取って私は何…?」

 

「…家族だ…お前は…私の家族だ…私には…お前が必要だ…!」

 

「…そう、それを聞けて安心した…」

 

「…クレアも心配しているだろう…元気になったら一緒に帰ろう…新しい家族も紹介したい…」

 

「…うん…楽しみに待ってる…」

 

私は掴んでいた彼女の手を少し力を入れて握る…彼女からも握り返されるのを感じた…ああ…生きている…黒歌は…生きてる…!私の頬にまた水滴が伝うのを感じた…

 

「…ああ…ここは雨漏りが酷いな…」

 

「古い建物みたいだからそんな事もありそうだけど…少なくとも今は雨は降ってにゃいにゃ…」

 

「…お前から窓は見えないだろう?何で分か「私は猫にゃ」……」




「黒歌はね、ずっと不安だったんだそうだ…テレサに取って自分がどういう存在なのか分からないから…家を出たいと言う黒歌にグレイフィアは一つ提案をしていた…いっそそれならしばらくこっちに住んだらどうかと…いなくなればテレサにも貴女のありがたみが分かるでしょう…とね。…まあこの状況は不謹慎ではあるけどテレサの本心を確かめるにはチャンスだったからね…最初は渋っていたけど最後には黒歌も承諾したよ…」

「…そういう事だったんですか…」

「…ちなみにさっきの会話シーンもちろん録画住みだ。黒歌が元気になったら改めて渡す予定だ…実を言うと彼女が余談を許さない状況なのも事実だ…まあ彼女なら心配は要らないだろう…彼女をあそこまで駆り立てる物が小猫君なのか、クレアなのか、それともテレサなのかは分からないけどね…」

「……」

「…さあ、私はクレアとアーシアの様子を見て来るが君はどうする?」

「…小猫の様子を見て来ます…本人は顔に出さないようにしてましたけどあれはさすがにショックだったでしょうから…」


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46

「ところでテレサ?」

 

「ん?何だ…あ…」

 

黒歌が無言で私の腕を指差す…見てみればパーカーの袖が破けていた…

 

……この世界に初めて来た頃、私の着るものはクレイモアの装備一式しか無かった…クレイモアの甲冑は全身鎧ではなくパーツタイプで後は薄手の布で出来た服のみである…初期の頃私はこの身体のスペックを活かしきれずはぐれ悪魔の攻撃を何度も食らった…当然の事ながら金属部分以外の部分は妖魔より弱いと思われる下級悪魔の攻撃でも何れは破けて使えなくなる…最終的にはぐれ悪魔狩りで稼いだ金で服を買ったが、はぐれ悪魔の攻撃を受けなくなったところで私の無茶な動きに耐えられる筈もなく服は破ける…

 

「…直しておくにゃ…そこに置いていくにゃ。」

 

「…いや、黒歌…今はあまり無茶をしては「置いていくにゃ」…はい…」

 

……黒歌が来て、毎回の様に服を使い捨てにする(戦闘が無くても普通に用務員の仕事をしているだけで、時折力加減を間違えて破いてしまう…)私を見兼ねたのか今ではこうやって黒歌が服を縫ってくれるのが定番になった…ちなみに使えなくなったクレイモアの甲冑用の服を新しく作っているのも黒歌である…仙術で布の強度を上げているらしく私の動きにもある程度ついてくる…本当に黒歌には頭が上がらない…。

 

「…黒歌…」

 

「…にゃに?」

 

「…いつもありがとう…」

 

「…どういたしましてにゃ。」

 

やれやれ…もう私は彼女を手放せんよ…小猫に何て説明すれば良いんだろうな…?

 

 

 

黒歌のいる部屋を出る…心配だがここにいれば取り敢えず安全だろう…クレアたちの様子を見に行こうか…

 

 

 

…ドアの前に立つ…静かだな…私はノックをした。

 

「…どうぞ」

 

グレイフィアの返事があり私は中に入った。

 

「…テレサ…」

 

「…二人はどうしてる…?」

 

「…さっき漸く眠ったところですよ…大変でした…二人共黒歌の様子を見に行きたいと聞かなくて…」

 

「…そうか…」

 

同じ布団で眠る二人を見る…クレアは分かるが、アーシアもか…こいつなりに責任を感じてしまったのかも知れんな…

 

「…随分仲良くなったんだな…」

 

「…言葉が通じないのはこの二人に取って壁にはならなかった様ですよ…」

 

「…そうか…」

 

どうなるかと思ったが…不謹慎だが返って良かったのかも知れんな…

 

「…しばらくは貴女と黒歌がいれば問題無いし、クレアもアーシアも覚えが早い様ですから何れ通訳は必要無くなるでしょう…ところで…」

 

「…何だ?」

 

「…これからどうするつもりですか…?」

 

「…漠然とし過ぎて分からん…どうするとは?」

 

「…まず貴女たちは住むところが無くなりました…」

 

「……そうだな…。」

 

「…住む所はこちらで用意出来ます…でも、このまま駒王町に戻ればまた狙われるかもしれません…」

 

「……」

 

「…そこで提案です…冥界に来る気はありませんか…?」

 

確かにサーゼクスたちの目の届く所にいた方が安全か…だが…

 

「…私の一存では決めれんよ…転移出来れば学校も変わらなくて済むがクレアたちにはそれなりに苦労を強いることになるしな…」

 

「…では、四人で話し合って決めて置いてください…今日はこの後私たちの所に泊まると良いでしょう。」

 

「…分かった。…すまんな、世話になる…」

 

「…テレサ、遠慮は要りません。私たちは家族なんですから…」

 

「…ありがとう…」

 

私は頼ってばかりだな…



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47

結局その日はそのまま旧校舎に泊まった…そして翌朝…

 

「…眠い…」

 

今朝は何やらやけに眠気が強い気がする…何時もと同じ時間に寝た筈なのだが…

 

「…きっと例の半覚醒とやらで睡眠サイクルが変わって来たのにゃ。これからは早く寝るにゃ。」

 

「…分かってる…」

 

「…あの、テレサ?」

 

「…ん…?…何だ…リアス…?」

 

一応大事をとってサーゼクスたちと同じく泊まってくれたリアスが声をかけて来る…何なんだ朝から…

 

「…貴女、朝が弱いのね…意外だわ…」

 

「…私は寧ろ日常生活は弱点だらけだよ…ある意味でお前らの方が優れているだろう…」

 

「…そう…」

 

そう言って私を見詰めるリアス…何だ…?…何か変か…?

 

「…多分リアスちゃんは私に髪を整えて貰ってるあんたを見て驚いてるにゃ。」

 

「…何か変か…?」

 

「…変って訳でもないけど、ね…さすがに前日大怪我した家族に身の回りの事して貰ってるのは問題だと思うわ…」

 

「…分かってはいるがどうも朝は駄目でな…本当に黒歌には頭が上がらないよ…」

 

そう言えば着替えもまだだったな…グレイフィアに私たちの無事な服をアパートに回収しに行ってもらってるが…何時戻って来るかね…?

 

 

 

「…テレサ、服を持って来ました…」

 

「…ああ…すまないな…」

 

私はグレイフィアから服を受け取る…

 

「…テレサ…貴女の服なんですが…」

 

「…何だ…?」

 

「…ジャージやパーカー位しか無かったんですが…」

 

「…何か問題あるか?」

 

「…お洒落に興味は無いん「無い」…即答ですか…」

 

「…こいつ元が良いのを良いことに化粧もほとんどしないからね…本当にもったいないにゃ…」

 

「…別に良いだろう…」

 

前世の記憶がほとんど無いし、今の私の性自認は確かに女だが…元は男性だったせいか、そこら辺は非常に面倒臭く感じる…

 

「今度私と服を買いに行きましょう?」

 

「面倒臭「行きましょう?」…分かったからその笑顔を止めてくれ…」

 

「…もちろん私も行くにゃ。」

 

「分かった分かった…降参だ…」

 

どうして女共はこういう事で団結するんだろうな…そうでなくても私の周りは本当にお節介な奴ばかり…まあ悪い気はしないが…

 

「…さて、黒歌の状態は安定してるようですしクレアたちを連れて来ますね?」

 

「…もう起きてるのか…?」

 

「ええ。リアス様に様子を見てもらってます…では失礼します…」

 

部屋に二人きりになる…気まずいな…さっきはまだ寝惚けていたから気にならなかったが…昨夜あんな事を言ったし…そもそも黒歌がこうなったのは私の…!

 

「…テレサ?」

 

「ん?」

 

「…あんたが気に病む必要は無いにゃ。クレアを庇ったのは私の意思だし、あんたは私たちをちゃんと守ってくれたにゃ。」

 

…私の家族は本当にお人好しだ…私の様な人でなしにはもったいない限りだよ…



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48

あれから一週間が過ぎた…黒歌はまだベッドの上だが経過は良好らしい。黒歌がいなくなった代わりに、ではもちろん無いがアーシアは予定通り我が家族の一員となっている…言葉がまだはっきり分かるわけじゃ無いだろうがクレアのジェスチャーの意味は分かるらしく今朝も二人で朝食の用意をしていた(私か?私は皿を並べていた…料理下手では無い。どうせここのキッチンは狭いのだから二人が限度なのだ。…全く入れないわけじゃないし面倒なのも事実だが。)

 

「…ん?」

 

オカルト研究部のドアに手をかけようとすると何やら中が騒がしい…この時期に何かイベントはあっただろうかと朧気な記憶を探る…

 

「…成程。随分時間がズレたな…」

 

これも私のせいなのかね…私はドアを開けた

 

こちらに視線が集中するのを無視して奥に進む…さて…

 

「…何の騒ぎだ、リアス、グレイフィア?」

 

その場で一応当事者で顔見知りのリアスとグレイフィアに声をかける…リアスの手を掴む金髪ホスト風の男はガン無視する…

 

「ん?この女、悪魔じゃないだろう?何で部外者がここにいるんだ?」

 

「…止めてライザー…彼女は私のか…友人よ…」

 

私の事を家族と言おうとしていたリアスに少しだけ殺気を向けて止めさせる…悪いなリアス…それは一応迂闊に言えないんだ…

 

「だから部外者だろう?悪いけどこれは俺たちの問題だ…出て行けとまでは言わないけど黙ってて貰おうか?」

 

「…ふむ、一理はあるな…では私は席を外させて貰おう…」

 

そうして私は出て行こうと…

 

「ん?なぁ、ちょっと待ってくれよ。」

 

「……何だ?」

 

「あんた人間にしちゃ美人だね。俺の眷族になる気は無いか?」

 

人間だと思った割にこういう言い方をするという事は私が関係者ではあると思っているのか…

 

「その美貌、歳取ったら失ってしまうよ…悪魔になればその美しさを保つ事が「他を当たれ」…へぇ…」

 

金髪のホスト風の男…ライザー・フェニックスの雰囲気が変わる…どうも自分の誘いを無下にされたのが余程気に入らなかったらしい…

 

「人間如きが随分な口を「その口を閉じろ」…あん?」

 

強めの妖気を込めた殺気を送ってやる…ほとんどの種族はこれを感じ取れないがある程度の実力者なら力の強さは分かる筈た…

 

「…何なんだお前…!」

 

「若手悪魔風情が…つけ上がるなよ?」

 

下級の悪魔なら当の昔に失神するか、即死してるかもしれない力を浴びせてるのだがな…悪魔には妖気を感知出来ないから防御の術も無い…当初能力上げしか出来無いものと思っていたがこうゆう副次効果もあるのをはぐれ悪魔との戦いで知った。(とは言え本当に弱い奴は自然に出てる妖気でも勝手にビビるのを知ってただけで実際に任意で解放してやるのは今日が初めてだがな)こういう半端な実力で偉そうに振る舞うやつの鼻を折るには持って来いのやり方…

 

「…止めなさいテレサ…!」

 

グレイフィアに言われ殺気と妖気を収める…これは後で怒られるか?…参ったな…

 

「……じゃあな…」

 

私は三人に背を向け部室を出た…。



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49

その晩、サーゼクスとグレイフィアが部屋にやって来た…(旧校舎の空き部屋を間借りしている…居住スペースが何故あるのか疑問だが)

 

「…貴女は自分が何をしたか分かってますか?」

 

「ああ分かってるさ…」

 

「じゃあ、何故挑発したんですか!?」

 

「…あいつが気に入らなかった。それだけだよ…」

 

「貴女…!分かってるの!?最悪戦争になってたかも知れないのよ!?」

 

あっ、敬語が取れた…これは本気で怒ってるな。

 

「…グレイフィア、その辺にしたまえ。」

 

「…申し訳ありません、サーゼクス様…」

 

……グレイフィアは私から見てもかなりの実力者だ。それをあっさり威圧して黙らせる辺りやっぱりこいつも魔王と言う事か…

 

「…さて、君の事だ、状況は分かってるんじゃないかな?」

 

「…あいつはライザー・フェニックス…リアスの許嫁だろう?最も政略結婚で二人の間に愛など無いが。」

 

「…話が早いね。ではこの後の事も分かってるかな?」

 

「レーティングゲームで婚姻が取り消されるか決まるんだろう?」

 

…どうせなら私もあいつらの特訓をしてやるかな…私もこれで無関係とは行かなそうだ…

 

「…ではこれは君でも分からないね…レーディングゲームをするに辺りフェニックス家から条件が一つ…君が出場する事だ。」

 

「……冗談だろう?私は悪魔じゃないし、もちろんリアスの眷族でもない。」

 

「…そうなると思って挑発したんじゃないのかい?」

 

「さっきも言った。あいつが気に入らなかっただけだと。」

 

「とにかくだ、君が出場すると言わなければこの話は流れる。」

 

「…そうか、良いぞ。」

 

そう言うと目を見開く二人がいた…何だ…

 

「…何故そんなに驚くんだ?」

 

「…そりゃあ驚くさ…どういう風の吹き回しだい?」

 

「忘れたか?そもそも私は多少戦闘狂の気があるからな…しなくて済むならその方が良いが、やれと言うなら否やは無い…私がまいた種だしな。」

 

「分かった…ではリアスたちに伝えておこう「一つ良いか?」ん?」

 

「どうせ明日から奴らは特訓だろう?私も同行させてもらおう。…私があいつらを鍛える。」

 

「…加減はしてくれよ?」

 

「……善処はするさ…」

 

木場の件で懲りてる…

 

「…では私たちはそろそろお暇「サーゼクスおじさん…アーシアお姉ちゃんとご飯作ったけど」そうなのか。では頂こうか、グレイフィア?」

 

「そうですね…」

 

……アーシアは余り騒ぐタイプじゃないし、しかも黒歌の事で自分を責めてるらしくあまり喋らない…クレアも気丈に振舞っているが元気は無い。……その晩の食卓は久しぶりに賑やかになった…

 

「…では、失礼するよ…後は明日、リーアに聞くといい…」

 

「ああ。」

 

泊まって行ったら…というクレアの言葉をやんわり断り(そもそも何処で寝るのか…?)サーゼクスとグレイフィアは帰って行った…

 

「…さて…ん?…やれやれ…」

 

後片付けが終わったのだろう…クレアとアーシアは二人でソファーの上で眠っていた…

 

「仕方無い…運んでやるか。」

 

私は二人を担ぐと部屋に運んで行った…。



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50

私は転移魔法陣を使えるがクレアとアーシアは使えない。

 

…クレアを放置する訳には行かない。黒歌はあの状態だしな…アーシアは元々この為に呼んだのだから置いていく選択肢は無い。もちろん協力するかは本人の自由とは言ってるがな…なので私たちはリアスたちの乗る冥界に行く電車に便乗させて貰った。(人間界の山中だと私が暴れられん…冥界なら良いという意味でも無いがまだマシだ…)…連中に気を遣わせないため一応別の車両に乗ったのだが…

 

「黒歌お姉ちゃん!?」

 

「久しぶりにゃクレア。…と言っても同じ建物にはいたんだけどにゃ…そっちはアーシアちゃん?初めましてにゃ。」

 

「はっ、初めまして…アーシアです…」

 

私たちの乗る車両に乗って来てクレアとアーシアに挨拶する黒歌に私は呆然としていた…何だこのサプライズは…

 

「にゃ?何ボーッとしてるにゃテレサ?早く座るにゃ?」

 

「…お前…動いて大丈夫なのか…?」

 

「…一応日常生活には復帰して良いと言われてるにゃ…あまり無理は出来にゃいけど…今回の目的はリアスちゃんたちとあんたの修行でしょ?…白音に仙術を教えられるのは私だけだから…」

 

「…大丈夫か?」

 

「…うん。どうせ何時かは話さないといけにゃいから…それに!これは家族四人で初めて旅行行くチャンスにゃ!私だけ仲間外れにゃんて嫌にゃ!」

 

「…冥界はお前の嫌いな悪魔の住処なんだが…」

 

「…サーゼクスを見てると分かるにゃ…悪魔でも悪い奴ばかりじゃにゃいって…」

 

…意思は変わらないのか…あ…

 

「お前指名手配されてなかったか?」

 

クレアとアーシアの事を考え黒歌に耳打ちする…

 

「大丈夫にゃ。仙術で姿を変えるし、にゃんにゃらしばらくは猫の姿でいるにゃ。」

 

成程な…そもそも黒歌がここにいるのはサーゼクスの取り計らいだろう…無闇に外出しなければ問題無いか…

 

「…あの…黒歌、さん?」

 

「ん?どうしたにゃ?」

 

「黒歌さんの怪我は私のせいですよね…?怒らないんですか…?」

 

「アーシアお姉ちゃん!それは違「クレア、ダメだ」何で!?」

 

私はクレアを遮る。これは黒歌が決める事だ…

 

「…怒ってにゃんてにゃいにゃ。…アーシア、あんたはにゃにも悪くにゃんてにゃいにゃ。…強いて言うにゃら人にろくに相談もせず勝手に話を進めたそこの馬鹿と、部下の事も把握してにゃいどっかの堕天使のせいにゃ。」

 

…手厳しいな…ぐうの音も出ないが。…ちなみにアザゼルからはあの後ちゃんと謝罪の電話があり自身は出向けなかった様だが、代わりにフルーツの詰め合わせが見舞いの品として贈られてきた…量が多過ぎるのと、重いものを受け付けられないその時の黒歌一人では当然食い切れず結局大半が私たちの口に入った。

 

「おいおい…一応話しただろ?」

 

せめてもの抵抗にそう言うと向けられるジト目…何だ?

 

「忘れたにゃ?聞いたのはあんたがアザゼルに引き取る話をした時にゃ。…つまり事後承諾にゃ。」

 

「……」

 

私は顔を逸らした。

 

「だから気にしにゃくて良いにゃ。クレアも私もアーシアに怒ったりしてにゃいにゃ」

 

「…私は…貴女たちの家族で良いんですか…?」

 

「もちろんだ。少なくとも私は最初に会った時そう言ったろう?」

 

「うん!私もテレサに賛成!」

 

「私も歓迎するにゃ。アーシアは家族にゃ。」

 

泣きながら黒歌に抱き着きその背中を撫でられ、クレアに頭を撫でられるアーシアの泣き声を聞きながら、私はは目を閉じ眠り始めた…。



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51

グレモリー家に着き、さて、いざ修行開始…と言っても私の出来る事は格上の相手に対してチームとしてどう動けるかを想定した実戦訓練しかない。

 

「木場!剣を壊されようが一々怯むな!何でもいいからとにかく出せ!兵藤!木場が前衛を務めている以上お前の今の役割は補助だ!私を撹乱するようにとにかく動き回れ!役割の交代を何時でも出来る様にしとけ!」

 

「「はい!」」

 

「っ!朱乃!隙を突くのは悪くないが今の密着した状態で雷を使えば二人にも当たるぞ!タイミングを考えろ!」

 

「分かりましたわ!」

 

「小猫!攻撃が遅すぎる!もっと早く動け!」

 

「はい…」

 

「リアス!迂闊に攻撃するな!お前の役割は司令塔!戦場を俯瞰して次手を導き出し、適切な指示を出せ!」

 

「分かったわ!」

 

先ずこいつらの動きは甘い…木場はまだ隙が多いし、実戦経験の無い兵藤の動きは論外…午後は走り込みさせるか。最も木場が器用なせいで連携は取れてる方だがな…朱乃は…時々木場たちを巻き込む勢いで雷を使って来るな…実戦ではそういう戦法もありだが模擬戦でやるのは意味が分からん…リアスはリーダーなのに一々攻撃を入れて来るのが問題だな…しかもまだコントロールが甘い。…しかし全体的に見ればチームとしては機能している…今日までにしていた修行の効果が出ているようだ…ただ、問題は…

 

「…小猫、黒歌の事を気にしているのか?」

 

「!…分かるんですか…?」

 

小猫は明らかに動きが悪い。…生き別れの姉とようやく再会出来たと思えばそれが瀕死の重傷で今日まで会う事も出来なかったからと考えれば当然だが。

 

「…午後はお前の仙術の習得の為特別講師が着く。…取り敢えずそこで休んでろ。」

 

「!…私はまだやれます…!」

 

「そんな状態で何言ってる。今のお前は戦力外だ。良いから下がってろ。」

 

小猫を睨むつける…罪悪感は多少あるが今の小猫にこの訓練の意味は無い。

 

「…分かりました…」

 

そう言って私に背を向け離れて行く小猫…やれやれ…むっ?

 

「何を突っ立ってる!さっさとかかって来い!」

 

そう言うと一斉に戦闘態勢を整える四人…全く。仲間が気になるのは分かるが…

 

そして昼食…

 

「…テレサ、あんた料理出来にゃいって言ってにゃかった?」

 

「言ったぞ?お前たち程には出来ない、と。」

 

クレアは休憩中連中にスポーツドリンクやタオルを渡し、フォローに走っていたため疲労困憊。アーシアも怪我の手当てをしていて同上。黒歌に無理をさせるわけにも行かないし、私としては敢えてリアスたちとは別の場所で食事を取っているのにグレモリー家専属のメイドに迷惑はかけれないから久々に腕を振るった。

 

「……」

 

「後は面倒だから出来ないっていうのもあるな…すまん…」

 

そもそも私は対して食べなかったから自分で料理をする理由も無いからな…サボる口実にもなった…とか考えてたのがバレたのか黒歌の目がだんだん冷たくなって来たため私は思わずその場で頭を下げた…これからはちゃんと手伝うとしようかな…



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52

午後は自主練という事になっている…チームとしての戦術だけ磨いても理論のみで身体が動かなければ何の意味も無いからな…私も念の為自分の鍛錬もしておきたい…一応時折私が様子を見に行く事にはなっている。…サボりそうなのは兵藤位だが他の奴は…特に木場が気になるな、根を詰め過ぎないと良いが…とはいえその前に一つ私は確認したい事があった。

 

 

 

「黒歌姉様!」

 

「ごめん…!ごめんね白音…!」

 

「……」

 

…クレアはあの日少しの間だけ会う事が出来たし、その後今日までまともに顔をも合わせられなかったがそもそも一緒にいた時間はかなり長いし、喪失期間は短い…アーシアはあの日は結局また寝てしまい、今日改めて会えて初めて会話をしたわけで接点は無い。……経過を見に行く名目で怪我人の黒歌に世話されていた(いや、私は本当にその目的で来てたんだが黒歌が勝手にやってただけだ…)私は論外だろう…

 

……今この場で黒歌の身内の中では一番情の深く、一番長い喪失感を味わった小猫が今ようやく姉に再会したわけだ…

 

……良かったな、黒歌…

 

これだけ離れていても黒歌には聞こえてしまうので声には出さなかった…泣きながら抱き合う二人を見ながら私は黒歌との出会いを思い起こしていた…

 

 

 

「テレサ!」

 

「どうしたんだ、クレア?…酷い怪我だな…動物病院はこの時間まだやってたかな?クレア連絡してみてくれ…そう慌てるな…急患が他にいたりしたら後回しにされかねないからな、確認はしといた方が良い…そこが一杯なら他を回れるからな。…後お前も着替えろ、ビショビショだ、風邪を引くぞ?」

 

「分かった!」

 

あの雨の日…ずぶ濡れになったクレアが怪我をして弱りきった黒猫を抱えて来た。

 

私はコートを羽織りつつ黒猫の方を見た…

 

…まさか…黒歌って事は無いよな?

 

ハイスクールDxDの話で黒猫と言えば黒歌を連想する。まさか私もこんなタイミングで原作キャラと関わるとは思ってなかったからその時は一瞬浮かんだ考えをすぐに打ち消した。

 

…幸い黒猫の怪我は一件目の動物病院で問題無く見てもらえ、手当ても無事済み、黒猫は私たちの部屋の一員となった…

 

…最初数日間は特に何事も起こらず、黒猫もクレアに良く懐いていた。……何故か私には一向に懐かなかったがな。

 

そんなある日の夜、黒猫は突如消えた。

 

取り乱すクレアを宥め、二手に別れ探す事にした。…クレアには悪いが私としては見つからなくても仕方無いとその時は思っていた…猫は気紛れだからな、そもそも飼い猫だった可能性もある…

 

夜になり、一度二人で部屋に戻り、黒猫を待っていたものの帰ってくる気配は無い…もう一回探すというクレアを留め私が一人で探しに行った…そして行った先で私ははぐれ悪魔と、それに襲われる黒歌の姿を見た。



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53

「あんた…にゃんで…!?」

 

黒歌に攻撃をしようとするはぐれ悪魔を横から殴りつける…大剣を持ってくれば良かったか…

 

「…私を知っている…という事はやはりあの黒猫か。」

 

「…あっ…」

 

「話は後で聞く…立てるか?」

 

「…うん。」

 

黒歌の手を掴み、立たせると怯んだはぐれ悪魔から逃げた。

 

 

 

「…騙しててごめん…」

 

辿り着いた公園のベンチに二人で座る…

 

「私は別に騙されたとは思っていない。あの黒猫の姿もお前なんだろう?」

 

最も私は原作知識で知ってただけだが。頷く黒歌に先を促した。

 

「私は猫又にゃ。知ってるにゃ?」

 

「定義としては猫が歳を経て変ずる妖怪だろう?」

 

「それで合ってるにゃ。私は猫又で仙術の素質が有ったにゃ、だから同じ才能を持つ妹と一緒に悪魔に狙われたにゃ。…私は妹を守るためにそいつの眷族になったにゃ…でもあいつは散々こき使った末に妹も眷族にしようとしたにゃ…だから私はあいつを殺したにゃ。」

 

「…はぐれ悪魔の黒歌、主を殺して逃亡中…懸賞金は破格。」

 

「…やっぱり知ってたのね…」

 

「お前がただの猫じゃない、とは薄々感づいていた…確信を持ったのはさっきだが。」

 

「あんた、フリーのハンターにゃのね…私を殺すの?」

 

「…お前が家を出たのは妹を探すためか?」

 

「…違うにゃ。私があそこにいたらクレアやあんたが狙われるにゃ。白音の事は気にはにゃるけど…」

 

「…私の強さはさっき見ただろう?家に戻る気は無いか?」

 

「…にゃんで?あんたはぐれ悪魔を狩るのが仕事なんでしょう?」

 

「…帰って来い。クレアが待ってる…クレアならお前を受け入れてくれる。」

 

その時の私にはそんなぶっきらぼうな事しか言えなかった。当時は黒歌に今程の情は湧いて無かったからな…結局黒歌は私と家に帰り家で待っていたクレアに説明し、クレアも私の予想通り黒歌を受け入れた…その後色々あったが無事に今日を迎える事が出来た…

 

…現実に戻って来る…ん?…ハア…

 

「…何してるお前ら…?…いや、隠れても分かるからな…?」

 

そう言うと姿を現すリアス・グレモリー眷族一同とクレアとアーシア…何やってるんだこいつらは…

 

「…何で分かったのかって顔をしてるな?…種明かしはしない、自分で考えろ。」

 

単にこいつらが隠れるのが下手なだけだがな…

 

「行くぞ。黒歌は怒るとヤバいぞ?」

 

実際黒歌も何だかんだ強い。こいつらじゃ足元にも及ばん…あっ…

 

「…どうやら手遅れの様だ…黒歌がこっちを見ている…」

 

そう言うと一斉に逃げ出す面々…全く…せっかく気配を消して見てたのに私もバレてしまったではないか…いや、黒歌の場合、最終的に私の気配も普通に読んだかもしれないから今更か…

 

私に殺気を込めながら睨み付ける黒歌に背を向け私はその場を後にした。



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54

「…で、お前も覗きか、サーゼクス?」

 

私は一人だけ逃げずしかも私の後をつけて来た奴に声をかける

 

「…さすがだね。…しかし覗きとは人聞きの悪い…私は単に、小猫君の後をつける君が気になっただけだよ?」

 

「…ストーカーも十分質は悪いと思うが…そもそも何の用何だ…?お前、少なくとも今日は一日執務だと聞いているが?」

 

「…ストーカーも止めて欲しいね…やってる事はその通りだから反論もし難いが…君はこれから妖力の調整の練習をするんだろう?私なら手伝えると思ってね…ちなみに今は休憩時間だ。」

 

……妖力と言うと黒歌も適任であるように思われるがそもそも私たちクレイモア(恐らく妖魔や覚醒者含む)の妖力と妖怪の妖力は別物らしい…黒歌も私の力を完全に読み取る事は出来ないそうだ…まあ出来てもしばらくは小猫に付きっきりだろうし、こっちはかなり体力を使うから迂闊に頼めないが…つまりサポートして貰うならサーゼクス以上の適任はいない…

 

「良いのか?せっかくの休憩時間だろ?」

 

「…ああ、構わないよ。私にとっても得るものはあるだろうしね。」

 

そう屈託無い笑顔向けるサーゼクス…こいつにも何だかんだ頼りっぱなしだな…しかしこいつは私の何に恩を感じているのやら…?戦争終盤とはいえ介入は出来たはずの私はこいつらの要請を無視して中立を気取ってた位なのに…

 

「…私はね、君がいたから今の自分があると思っているよ…強くなり過ぎても力に溺れなかったのはグレイフィアの存在はもちろんだが、何者にも縛られない君がいたからだよ。」

 

「人の心を読むんじゃない。…全く。良くそんな恥ずかしい事を堂々と言える物だ…」

 

「…そう言うなら少し位照れたらどうかね?」

 

「羞恥心が多少有ってもそうそう感じないからな…」

 

全く何も感じないわけじゃないが私自身は別にそこまで恥ずかしくは無い…今となっては昔の私自体は黒歴史として記憶から抹消したいとも思うが。

 

 

 

「では、始めるが…確認する事はあるか?」

 

「そうだね…取り敢えずゆっくり上げていってくれ。私もまだ感知を出来るようになったばかりだからね。」

 

「…確かにそうだな…私も限界が何処なのかもう分からないしな…了解だ、では行くぞ?」

 

私は妖力を解放した…

 

 

 

「…テレサ、それくらいにしたまえ。」

 

「何言ってるまだ「そろそろ一時間だ。君も疲れている筈だ…」…もうそんなになるのか?…分かった…」

 

妖力を抑える…うっ…!

 

「…と、大丈夫かい?」

 

「…っ!ああ、すまん…」

 

立ちくらみがしてサーゼクスに受け止められる…

 

「無理をし過ぎのようだね…屋敷に戻った方が良い。」

 

「この後は剣の鍛錬の予定だったんだが…」

 

「今日はダメだ。帰ろう。」

 

「…分かったよ…」

 

サーゼクスに肩を貸されながら屋敷に戻る…やれやれ本当に頭が上がらんよ…



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55

サーゼクスに肩を借り…というか身体に力が入らなかったので途中から背負われながら帰る(誰にも見られてないと思ったが実はリアスたちにしっかり見られており揶揄われこそしなかったが生暖かい視線を送られ、私は羞恥に悶える事になる…)

 

…私を見て焦ったグレイフィアに言われるまま昼食の残りを適当にパク付き、宛てがわれた部屋のベッドに横たわる…

 

 

 

私が黒歌を連れ帰って来た日から、黒歌は家では人間態で過ごすようになった。献身的にクレアの世話をする黒歌を見て、勝手に安心した私はより一層はぐれ悪魔狩りに勤しむ様になった…

 

……当時私はテレサを演じる事に躍起になっておりクレアを引き取ったのもその延長線上にあるという想いが強かった…もちろん大事な存在ではあった…が、引き取られたその日からろくに優しい言葉をかけることも無い私に笑顔を向けてみたり、初日から家事をしてみたり、アパートの他の住人に挨拶してみたりと、色々しっかりしてるクレアに気後れしていたのは確かで…平たく言えば当時私はクレアとどう接したら良いかなんて分からなかった…

 

…長い付き合いの人間とすらコミュニケーションの取り方が分からないのに新たな住人との距離を詰め方なんて分かる筈もない…所か私は黒歌がいるのを良い事に今までは最長で一週間位だった家を開ける時間が二週間になり、三週間と…だんだん家には帰らなくなった。

 

これに黒歌がキレた。

どんな伝手を使ったのか私を探し出し、路地裏で野宿をしていた私を無理矢理家に連れ戻し説教を始めた。

 

『あんたが私を家に連れ戻したくせに何で今度はあんたが帰って来なくなるの!?あんたはクレアの家族なんじゃないの!?』

 

……その時の私は何も答えられなかった…最終的には折り合いを着けたし、今ならはっきり私はクレアと黒歌、そしてアーシアの家族だと言えるのだがな…今思えばクレアにも黒歌にも悪い事をしたと思う。

 

…結局黒歌の言葉に何も返せないまま私ははぐれ悪魔狩りに出かける頻度を減らし、勝手にサーゼクスと話を着けた黒歌に言われるまま駒王学園の用務員の職に就く。

 

……この頃からだ、黒歌と言い合いが絶えなくなったのは。怒号飛び交う家の中(主に私が挑発して黒歌がキレる)は決して健全とは言い難いがお互いに言いたい事を言う様になり多少私たちの距離が縮まったのは確かだ…クレアを泣かせる事にはなったが。…とにかくあの日からまだ家族とは言えないが私と黒歌…お互いに縁が出来たんだ…そしてこれを契機にクレアとの関係性を考え直す事にもなった…今でもつい揶揄う事はあるが黒歌には本当に感謝している…本人には言えないが。

 

 

 

「…懐かしい夢だ。」

 

目が覚める…先程黒歌との出会いを思い出していたせいかその後の事も思い出した…やれやれ…あの頃の私は本当に酷かったな…正直記憶から消し去りたいが…それはいけないな。あの頃の私がいるから今の私がいるのだから…

 

「…テレサ?起きてますか?」

 

「…グレイフィアか。ああ、起きてるぞ?で、何だ?」

 

「夕食の支度が出来ました。…起きるのが辛いなら部屋に運びますけどどうします?」

 

「…いや、起き上がれない訳じゃない。そっちで食う。」

 

「そうですか。では外で待ってますので。」

 

「…分かった。」

 

先に行っててくれて構わないんだが…まぁいいか。待たせるのは悪い、急ぐか。



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56

…何なんだこの雰囲気…

 

遅ればせながらリアスたちのいる食卓に着いてみれば(黒歌の存在を隠す理由が無くなったので別々に食事を摂る意味が無い)何やら妙な空気が漂っている…

 

「…あの、テレサ?」

 

「ん?」

 

「…実はさっき貴女がお兄様に…」

 

「…あっ…」

 

みっ、見られていたのか…。

 

「……グレイフィア、私はやはり部屋で食事を「ここまで来てそれも無いでしょう?座って下さい」…はい…」

 

「きっ、気にしないで。理由は聞いてるし、ね…!」

 

「…ああ…」

 

「…あの「ああ」……」

 

「テレサ?」

 

「ああ」

 

「ダメにゃ…完全に自分の世界に入ってるにゃ…」

 

黒歌が何か言っているが私は聞こえない…何も…

 

 

 

「…はっ!?」

 

「今頃復帰ですか…」

 

気が付けば私はグレイフィアに手を引かれ廊下を歩いていた…何が起きたんだ…?

 

「…グレイフィア、私はどうなったんだ…?」

 

「…サーゼクス様に背負われて屋敷に帰った所を目撃されていて貴女が思考停止したんです…ああ、活動も停止してましたね…」

 

「…そうなのか…」

 

恥ずかしいのは確かだが何かだんだんメンタル弱くなってないか、私?…いや、今までどうでもよかった事が気になる様になってしまったのか…

 

「…今は大事をとって私が部屋に送っている所です…ちなみに貴女の恥ずかしい話はこれで終わってませんが…続きを聞きますか?」

 

「…これ以上何があるんだ…」

 

「貴女の分の食事は黒歌が貴女の口に運んでました。」

 

「……あー…それは、まぁ…別に良い。」

 

「はい?」

 

「…いや、普段から黒歌に世話されてるからな、今更感がだな…」

 

「……」

 

「そんな目で見るな…分かっている…」

 

このままではいけないのは分かってるんだがな…

 

「…部屋に着きました。一応今夜は黒歌が着いてくれると言ってましたがあまり無理をしないように。…というかそもそも黒歌自身も病み上がりですからね?これ以上負担をかけないように。」

 

「……分かっている。」

 

「…本当ですか?」

 

「ああ、今日はこのまま寝る。」

 

「…なら良いわ。私はこれで失礼します。…おやすみなさい、テレサ。」

 

「…ああ、おやすみ。」

 

 

 

「…二人きりで寝るのは初めてだったかしら…?」

 

「そうだな…」

 

…黒歌の場合語尾ににゃが着いたり言葉の端々にも混じるが…主に特定の時だけ口調が変わる…それは…

 

「…無茶をしたみたいね…」

 

「…そういうつもりはなかったのだがな…高々あれぐらいで立ちくらみを起こすとは思ってなかった…」

 

真面目な話をする時、奴の口調は変わる。大抵は説教をする時だ(ところでクレアより私の方が黒歌に説教される回数が多いのはやはり問題だろうか…?)

 

「一時間もぶっ通しで集中してれば誰でも疲れるわよ…」

 

「…そういうものか…」

 

前世の人間だった時の記憶は曖昧だからな…

 

「…とにかく明日は無理しない事!良いわね?」

 

「…分かったよ…」

 

「…分かれば良いにゃ。さて寝ると「おい」何にゃ?」

 

「…さっきから思ってたんだが…この部屋はベッドが隣にもあるだろう…何でお前私と同じベッドに入ってるんだ?」

 

「……ダメにゃ?」

 

「…別に構わんが…」

 

「…ならさっさと寝ましょう。明日も早いし。」

 

そういう頼み方をされると断れないんだがな…まぁいい。ベッドの上で目を閉じるとまだ疲れが残っていたらしくすぐに私は眠りに落ちた。



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57

「…テレサ、そろそろ起きるにゃ。」

 

「…ん…むっ…眠い…」

 

最近の私は朝が弱い…一度目が覚めてしまえばあまり関係無いが…これでは修行所では無いからな…何せ午前中は私が教える立場だ、黒歌はその辺も踏まえて早目に起こしてくれたんだろうが…やはり眠いな…ん?

 

「…黒歌、何時からその体制何だ…?」

 

私は隣で寝転がる黒歌から顔を覗きこまれていた…近い…起こすためだけならそこまで近づく必要は無いし、別に私が黒歌を抱き枕代わりにしてしまったとかではない様なので何なら先にベッドを出ていても問題無い筈だ…

 

「ん?…んー…ありゃ?三十分位経ってるにゃ。」

 

……何やってるんだこいつは…?

 

「…朝っぱらから人の顔見て何か楽しいのか…?」

 

「あんたの寝顔見るのは割と楽しいにゃ。」

 

…私は普段どんな顔して寝てるんだ…?

 

「…そっちの趣味は無いんじゃなかったのか…?」

 

「そういう意味じゃないにゃ。それより口の端、涎垂れてるにゃ…ああ!?服で拭いちゃダメにゃ!…全く…子供みたいにゃ…」

 

「…顔を洗って来る…序にシャワーも浴びて来るかな…」

 

黒歌が避けるのに合わせ身体を起こす…そう言えば昨日は浴びてない…体質柄、そこまで汚れないとは思うが…まあ気分の問題だ…

 

「…あんたの場合あんまり風邪は引かなそうだけど一応水じゃにゃくてお湯の方にするにゃ。」

 

「…ああ…お前は風呂の方が良いか?この後入るなら湯を溜めておくが…?」

 

「今日は良いにゃ。私もシャワーにするにゃ。」

 

「了解。」

 

「…テレサ!」

 

「ん?…おっと。ん?こいつは…」

 

「…しっかりするにゃ。あんた着替えは愚か、タオルすら持ってかないつもりにゃ?そのまま出て来たらカーペットがビショビショになるにゃ。」

 

「…そうだったな…すまん。」

 

家では普通にやってたから忘れてたな…寝起きなのもあるだろうが。

 

 

 

「…いや、テレサ…何でゴロゴロしてるにゃ?」

 

私の後にシャワーを浴びて来た黒歌が聞いて来る。

 

「ん?いや、まだ時間があるから「せめて髪くらい乾かすにゃ…あんた長いんだからまた癖つくにゃ…」…別に良いだろ?動いたらどうせ乱れるし「傷むからダメにゃ。あんたほっといたら櫛もろくに通さにゃいし」面倒だからな。」

 

どうせならもうバッサリ切るかな、私としてはもうテレサを演じる事に拘ってないからこの髪型の必要も「ダメにゃ。」

 

「何だいきなり…」

 

「…あんた髪切ろうって思ったでしょ。ダメよ。」

 

「長いと手入れが面倒で「あんたどうせ自分でなんてやらないじゃないの。とにかくダメ。」…分かったよ…」

 

正直今は鬱陶しく感じる時の方が多いんだがな…



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58

「ところで肝心の進捗はどんにゃ感じにゃ?」

 

黒歌と廊下を出てのんびり歩く。…予定通りならリアスたちは現在、朝のランニングをしている筈だが私には別に参加義務は無い。

 

「…まだ一日目が終わっただけだぞ?気が早いな…でもまぁ、一言で言うなら…駄目だな。」

 

「…やっぱり?」

 

「普段からろくに戦闘をしておらず、模擬戦は愚か、個人的な鍛錬すらここに来るまで出来てなかった連中を高々二週間やそこらで一端の戦士に育てられる程教え上手じゃないんでね。」

 

はぐれ悪魔との戦闘が無いのは厳しい。…堕天使との戦いが無くなったのは完全に私のせいとはいえ、あいつらたるみ過ぎだ…これをどう叩き直せと言うのか…最低限向上心があるのと、ガタガタだった連中の連帯感は戻りつつあるのが救いだな、原作ではしばらく微妙な間柄だった兵藤と木場が思ったより仲は悪くなさそうなのもポイントだ…何があったのか非常に気になる所ではあるが。

 

「参考までに個人の問題点を挙げていくなら…リアスは一々攻撃に参加する癖がある…リーダーのあいつに求められるのはその頭脳だと言うのに。

 

朱乃は味方、特に前衛組の二人、兵藤と木場を巻き込んで雷を落とす…奇襲としてはありだが毎回狙うのはナンセンスだ…そもそも味方を潰してどうするんだか。

 

木場はそれ程問題は無い。剣技は寧ろ私より洗練されているし、素人の兵藤の援護までしている…強いて問題を挙げるなら私以上に熱くなりやすい事と未だに私をライバル視している節がある事。

 

…兵藤は言う事は無い。所詮は素人だからな、寧ろそう考えれば良く動けている方だ。最低限の動きは口頭でも伝えてるし身体にも叩き込んでるがどうなる事やら…基礎体力は結局自分で付けて貰うしかないし、神器の扱いについては私は専門外だ。」

 

そこで私は一息着く…そんな顔するな、ちゃんと話してやるよ…

 

「…で、お前が一番聞きたいだろう小猫だが…昨日はお前の事が気になって身が入らなかったようで評価は難しいが、…先ず攻撃は直線的で単調。せっかく与えられた重い拳と蹴りが活かしきれて無い…あいつの攻撃パターンが分かりやすいせいでその小柄な身体から発せられるスピード、それから視点を下げないと相手からは動きが見づらいという優位性を自分から殺してる…女子に使う言葉じゃないが完全に脳筋だな…」

 

「…褒める所はにゃいのね…」

 

「…いや、脳筋とは言ったが周りはちゃんと見えているらしく他の前衛二人との連携は取れていた。そこは評価出来る…」

 

と言っても本当はそれこそ出来て当たり前なんだがな…

 

「…お前の方はどうなんだ?仙術の教えは順調か?」

 

「…まずまずって所にゃ。滑り出しは本当に順調…期限が二週間じゃなかったらね…」

 

「間に合わんか?」

 

「二週間じゃ基本を教えるのがやっとにゃ…とても実戦で使えるレベルににゃんて…」

 

「…お前もそんな感じか…まっ、私たちは出来る事をやるしか無いだろうさ…」

 

「…他人事みたいに言ってるけどあんたも出るんでしょ?あんたの方は問題無いの?」

 

「…今更若手悪魔の眷属程度に私が負けるとでも?…というか私は当日は積極的に動くつもりは無いよ…あいつらの成長の妨げになる…」

 

そもそも私にはハンデが付きそうだがね…それに…

 

「眷属は問題無くても私には王のライザーを倒す決め手が無いからな…万が一、私が動く事になっても最後はどっちみち神器や能力持ちのあいつらに任せるしか無いがな…」

 

傷を与えても再生するあいつを物理攻撃に特化した私が倒し切るのは不可能だ。…さて、本当にどうするかねぇ…



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59

「…結局の所方針は決まってるの?」

 

「…午前は連携を詰める…午後は個人トレーニング…一週間である程度結果が出なければこのままだ。」

 

「…私は白音に何を教えたらいい?」

 

「…身体能力を上げる仙術を教え込め。」

 

「…それだけ?」

 

「後は私の方で小技を教えておく。…どうせ奇襲が苦手なら威力を上げるしか無いからな…」

 

「…私に他に出来る事は?」

 

「…後は小猫次第だ…仮にもし、小猫が一週間の内にさっき言った術を使いこなせる様になったら言って来い…他の連中は…最低限私がどうにか出来るのは木場位だが…お前が担当出来そうなのは…手が空いたらそうだな…リアスと朱乃の様子を見に行ってくれ…お前なら多少なりともアドバイス出来る事もあるだろう…」

 

「…兵藤一誠は?」

 

「…放置だ。そもそも自分がどれ程周りと差があるのか知ってもらわないとな…と、戻って来たか…」

 

屋敷に戻って来たリアスたちに声をかける…ん?

 

「…兵藤は、どうした?」

 

何となく想像はつくが。

 

「…周回遅れでまだ走ってます…」

 

小猫から答えが返って来る…これは予想以上に酷いな…

 

「…後五分して戻って来なかったら朝食は抜きだな。」

 

…さて、どうこの差を埋めるべきか…?

 

 

 

二日目午前の連携訓練に特筆事項は無い。…強いて挙げるなら小猫の動きが昨日より良かった事と小猫に小技、特に正面から突っ込んでも比較的相手の不意を突ける足技を教えた事と、後は朝食を食い損ねたせいか兵藤が訓練どころじゃなかった事位か…

 

 

「…さて、木場。」

 

「はい!」

 

…今日は私の鍛錬を止めて木場が今どの程度動けるのかを見てみる事にした…黒歌にはああ言ったがそもそもこいつのレベルによっては私が教えられる事なんて無いからな…お荷物…もとい、兵藤がいないと何処まで出来るのか見せてもらうことにした…以前やった時は私の蹴りで吹っ飛んで終わったが…あれからどう変わったのか…見せてもらうとしよう。

 

「…では…!…一瞬で作れるようになったか…」

 

木場の作った剣が飛んで来る…作るスピードもさることながら、前回の課題だった重さも悪くない。

 

「…始めるか。好きに打ち込んで来い!」

 

「行きます!」

 

木場が振るう剣を弾き、流す。…ん?

 

右、左、右、左、右、右?

 

…まるでゲームのコマンドの様なこれは奴の振るう剣の軌道だ。敢えて法則性を作ってこっちを惑わす気か?

 

「…っ!」

 

右から振ると見せかけて無理矢理振り戻された奴の剣を…!

 

「…悪いが見え見えのフェイントに乗ってやる理由は無い。」

 

木場に足をかけ、払…!

 

「っ!これが狙いか!」

 

半歩下がり躱した木場が私の足を剣で獲りに来る…!先に私の動きを封じる方針か…しかし…

 

「…甘いな。」

 

「…えっ!?」

 

私はその剣を左手で掴んで止め、右手で持った大剣を振り木場の首で止める…

 

「…どうだ?まだ手はあるか?」

 

「…参りました。」

 

…こういうイレギュラーな戦い方に弱いなら私にも十分教えられる事がある様だな…



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60

「…大丈夫ですか…?」

 

「ん?ああ、助かった。ありがとうアーシア。」

 

「いえ、お役に立てて良かったです…それで…」

 

「あー…悪いがクレアと黒歌には内緒で頼む。」

 

「…分かりました。あんまり無理はしないで下さいね?」

 

木場の剣を掴んだ左手の傷は思いの外深く直ぐ塞がらなかった…練習にもなるし妖力の解放をしようとした所、ちょうどアーシアが通りががったので治して貰う事にした。

 

「…それじゃあ私は他の人の所を回りますから…」

 

「ああ。…悪いな、面倒な事をさせて。」

 

そもそもこれは今のアーシアには無関係だ…少なくとも率先してリアスたちの治療のため歩き回る必要は無い…

 

「いえ、好きでやってる事ですし。」

 

去っていくアーシアの背を見送る。

 

「…さて、アクシデントがあったが…続けるか木場?」

 

「はい!お願いします!」

 

 

 

木場の横っ面を狙い、繰り出した拳が躱され…

 

「…そこで終わりだと思ったか?」

 

「…くっ!」

 

拳を開き木場の服の襟を掴み、こちらに引き寄せ頭突きを喰らわせる。

 

「…がっ!」

 

威力は抑えたつもりだったが鮮血が飛ぶ。…怯んではいるが目は死んでない。なら、応えなければな…

 

「…ふん!」

 

「…うごっ!」

 

後退した木場を追い懐に入り大剣の柄を鳩尾に叩き込む…むっ?

 

「捕まえました!」

 

鳩尾に入った大剣を左手で掴み、私の首に向け剣を…

 

「…いや、武器を捨てれば良いだろ。」

 

「…あぐっ!」

 

安易にさっきの私と同じ手を使った木場に半歩下がってから勢いを付けて膝を脇腹に叩き込む。

 

「…今日はこれで終わりだな、大丈夫か?」

 

「…大…丈夫です…ありがとうございました…」

 

「…すまんな、やり過ぎた。」

 

「…いえ…」

 

「…屋敷まで送る。」

 

仰向けに倒れている木場の身体を持ち上げ、担ぐ…軽い…本当に男か、こいつ…筋肉は着いてるし、ガッシリした身体付きだが、余りに軽過ぎる…

 

……明らかに同年代の男子より軽い木場に驚きながらも私は屋敷に向かった…

 

 

 

 

「…アーシア、疲れてる所悪いが…」

 

「…いえ、大丈夫です…」

 

今日は一体何回神器を使ったのか…顔色の悪いアーシアに罪悪感を感じながらも木場の治療をして貰う…やれやれ…途中から少々本気になってしまった…

 

 

 

「…お疲れみたいね…」

 

「黒歌、今日は私に着いてなくて良いんだぞ?」

 

何故か今日も同じ部屋、同じベッドに入ろうとする黒歌に言う。

 

「……ダメにゃの?」

 

「…構わないが…そう言えばクレアとアーシアはどうしてるんだ?」

 

昨日は疲れてて気にならなかったが…二人は何処にいるんだ?

 

「…リアスちゃんたちと一緒だにゃ。」

 

「…そうか。」

 

それ以上考えるのは止めにする…目蓋が重くなって来た…今日も爆睡出来そうだな…



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61

「四日目が過ぎたけどどうにゃ?調子の方は?」

 

「…予想外…と言ったら失礼かもしれんが意外に成長が早い。」

 

初日、二日目、三日目と大して結果が出ないまま日にちは過ぎて行った…とはいえ、だ…別に全く成果が無いわけじゃない…レギュラーの特訓でイベントが無いのなら十分なペースで伸びてはいる…が…たった二週間先に格上との戦いが待ってるならこのペースでは遅過ぎる…原作では一度負けた後、特例で兵藤一誠がライザーを下して終わらすなんて贔屓にも程がある展開があった記憶があるが、そこはそれ、この世界でも同じになるとは限らんし、私が教える以上無様な負けを認めるわけにはいかない…そう思って三日目はかなりキツい事を言ったところ…

 

…奮起するものがあったのか、四日目には見違える程に成長が見られた(出来るなら最初からやれと思わんでも無いが今のあいつらにそこまで求めるのは酷だろう…)

が…問題もある…

 

「チーム戦である事を考えればこのままでは駄目だな…」

 

「…兵藤一誠の事にゃ?」

 

「…あいつだけ伸びが悪い…完全に足を引っ張っている…あいつはあいつなりに頑張っているつもりなんだろうが…足りん。」

 

素人である事を差し引いても成長が遅過ぎる…今のリアスたちのレベルに見合わないのだ…

 

「どうするのにゃ?」

 

「…放置、のつもりだったがこのままでは間に合わん…少し仕込みをする…」

 

「…具体的には?」

 

「…ドライグと話す…此方から接触しないと埒があかん…」

 

「…方法は?ドライグは兵藤一誠を相棒と認めてないんでしょう?」

 

「恐らく、な…兵藤は存在を感じてもいないようだ…」

 

「…どうするの?」

 

「…今日のランニングは出なくて良いと言ってある…グレイフィアに用意して貰った薬を使った…まだ眠っている筈だ…そこを突いてドライグと対話する…で、黒歌…一つ頼みがある…」

 

「…何かしら?」

 

「…恐らく今日、私は午前中の修行に付き合えん…お前に代わりを頼みたい…」

 

「頼ってくれるのは嬉しいけど…リアスちゃんたちの相手を今の私が一人でするのは骨が折れるんだけど…」

 

「…心配するな、今日は全員自主トレをしろと言ってある…お前がするのは監督だ…クレアとアーシアと一緒に当たってくれ。」

 

病み上がりの黒歌に無茶はさせられんからな…

 

「…それくらいなら良いけど…あんたは大丈夫なの?」

 

「…さぁな…案外いきなり敵意を向けられるかもしれん…当たってみるしか無いだろう…」

 

実は私は兵藤一誠を含むリアス眷属一同には自分の正体を話していない…即ち、自分が観測世界からの転生者だと言うことを、だ…変な先入観を抱かれても困るからな…ドライグは正体の分からない私を警戒しているだろう…

 

「…あんたはどうせ駄目って言ってもやるんでしょ?」

 

「…すまんな、苦労をかける…」

 

溜息を吐く黒歌に私は苦笑いしか返せない…

 

「…今更ね…行くんなら早く行って来なさい…今日の事は引き受けたから。」

 

「…ありがとな、埋め合わせはちゃんと「要らないからちゃんと戻って来なさい」…ああ、分かった。」

 

黒歌と別れて兵藤一誠の部屋に向かう…さて、鬼が出るか蛇が出るか…おっと、出るのはドラゴンだったな…



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62

兵藤の部屋に…ん?

 

「…気配…?」

 

部屋のドアに耳を付ける…防音がしっかりしてるからか音は聞こえない…しかし…

 

「…やはり気配は…ある…起きてるのか?」

 

…寝ていても気配はするが…ここまで濃くは無い…グレイフィアの仕事は疑ってない。つまり自力で起きてきた訳だ。…元々薬に耐性があったのか、それとも…

 

「…それだけ焦りを感じているか…」

 

前者ならまだ良い…だが後者ならば私は兵藤の想いをこれから蔑ろにする事になる…

 

「だがやらない訳にはいかん。」

 

兵藤には悪いが間に合わんのだ…こいつにだけ合わせてはいられん…こいつの実力そのものが伴わない以上これは必須なのだ。

 

「……」

 

そっとドアを開ける…

 

「…ふむ。」

 

ドアの隙間から見える兵藤は身支度をしている様だ…今朝のランニングには少なくとも参加するなと言ってある…この後の修行には参加する気なのか…

 

「…すまんな…」

 

ドアを一気に押し開け、妖力解放をすると即座に兵藤の背後に立ち…

 

「…がっ!?」

 

「…すまん…寝ててくれ…」

 

首に手刀を叩き込み、兵藤を気絶させると同時にドアが閉まる。

 

「……こうやって見ると顔は悪くないのだがな…」

 

念の為完全に気絶している事を確認しつつ目に入った兵藤の顔を見ながら思わず呟く…いくら顔が良くてもこいつの偏執じみた女体への執着が全てを台無しにしている…最も最近は私もこいつも忙しいせいか、あの二人と一緒に行動しているところを見ないがな…

 

「…木場よりは重いな…」

 

気絶はさせたが起きないとも限らない。先日の木場とは違いゆっくり抱き上げるとベッドに乗せる…

 

「…念には念を入れるか…」

 

閉まったドアに向かい鍵をかける…

 

「…何と言うか、まるで夜這いにでも来たかの様だな…」

 

最も今は早朝で、性別的には逆だし、私にその気は全く無いのだが…さてと。

 

「…兵藤は気絶しているが、お前は起きているのだろう…?」

 

ドアにもたれかかり腕を組み、敢えてドライグの名を口にせずそう声をかけてみる…これ以上余計に警戒されたくは無いからな…

 

『やはり貴様は俺の存在に気付いていたか…』

 

気付いていたのではなく知っていた、が正しいが今は言う必要も無いな…

 

「…兵藤一誠の神器に宿る存在だろう?名前は?」

 

『…名を尋ねるなら貴様から名乗るべきでは無いのか?…最も俺は知っているがな…ドライグだ。』

 

「…ドライグ、だな…さて、私はお前に用があったからこの様な場を整えさせてもらった…そっちに行っても良いかな?」

 

『…好きにしろ。所詮今の俺はこいつに宿る神器に封印された存在だ…何も出来ん。』

 

……警戒はされているが話も出来ないという状況はこれで回避された…まずは第一関門突破だな。…部屋にあった椅子を掴みベッドまで行くと椅子に腰掛ける。

 

『…で、この俺に何の用だ?』

 

「…単刀直入に聞く。何故お前は兵藤一誠に力を貸さない?」

 

『……何を言ってる?こいつは神器を使っているだろう?』

 

「違う。確かに兵藤は赤龍帝の篭手を使用しているがそこにお前の意思は介在していない。」

 

『…俺はこいつを認めていない。いや、これからも認める気は無い。』

 

「…何故だ?」

 

……本当は聞かなくても分かっている…こいつが見ているのはその心の強さだ。兵藤の戦う機会を尽く私が奪ってしまった為、こいつが兵藤一誠を信頼する理由が無くなっている事はな。

 

『…こいつは未熟過ぎる…才能も無い。』

 

「…決め付けが早くないか?こいつはまだろくに戦う機会を与えられてないんだ…長い目で見ても良いんじゃないか?…私もそれなりに長く生きているが、それよりも更にお前は長寿だろうに。」

 

『…そういう問題では無い。そもそも俺はこいつが大嫌いなんでね。』

 

「…ふん。ドラゴンの癖に随分人間臭い事を言うじゃないか。」

 

敢えて挑発する…仮にこいつがキレて兵藤の身体を使い襲い掛かって来たら兵藤を傷付けずに止める自信は無いが、この場ではこいつにもう少し語ってもらわなければ先に進まん。

 

『…化け物風情が。この俺を矮小な人間と一緒にするか…!』

 

「…その矮小な人間に使われるのが今のお前だろう?仮にも厄災を起こした存在が落ちぶれたものだな?」

 

『貴様…!』

 

「…怒るなよドライグ。事実だろう?…それにお前は人間を嘗め過ぎなんだよ。…英雄は大抵人間から誕生するものだぞ?」

 

『…気安く呼ぶな。…貴様はこいつが英雄に値すると思っているのか?』

 

「…いや思わん。…そうだな、お前はいつ兵藤の中で目覚めた?」

 

『…こいつがこの世界に誕生した時には朧気ながら意識はあった…が、しっかり状況を認識したのは最近だ。』

 

「…ならば…お前は知っているな?こいつが堕天使に襲われた事を?」

 

『…知っている。無様だったな。歴代でもここまで弱く馬鹿な奴を見た事が無い…何せ襲われた理由が騙されたから、だからな…実際ここでこいつがくたばるのは妥当だとすら思った…寧ろさっさと死ねとすら思った…こいつがくたばれば次の持ち主に俺は宿るだけ…幸い憎たらしい堕天使は俺を使う気が無かったようだしな…それを貴様が邪魔をした…!』

 

「…すまんな…私も知らなければ放置しただろうがこいつは家族の友人だった。助ける理由があったわけだ。」

 

『…理解出来んな、こいつにそんな価値があると?貴様程の者がそう言うのか?しかも貴様の家族は人間だろう?何故それだけの強さを持つ貴様が弱者と群れる?』

 

「…厄災の龍にそう言われるのは光栄だな…だが私は弱い…お前は人間が矮小だと言ったな?人間は強いぞ?私やお前よりもずっとな…」

 

『…何を言ってる?』

 

「…こいつは私の家族を堕天使から守った。…驚いたよ、自分の宿る物を知らず、且つ、まだ悪魔になる前、生身の人間のままこいつは身体を張ってクレアを庇ったんだ…」

 

『…貴様が来るまで一方的に嬲られるだけだったこいつが強いだと?しかも相手は手加減をしていたんだぞ?』

 

「…大切な者の為に例え勝ち目が無くても強大な敵に立ち向かえる強さを持つ者…それが人間だ…お前には弱い者が身の程も弁えずただ吠えてる様にしか見えないだろうが、同時にそれが強さでもある。」

 

『…分からん。貴様が言ってるのは単なる綺麗事だろう…強ければ生き、弱ければ死ぬ…それが自然の摂理の筈だ。』

 

…本当に人間臭いなこいつ…歴代の所有者達がこいつに影響を与えているのか?

 

「…それが全てじゃない。それでも抗い、チャンスがある限り何度も挑み、そして最後には強大な存在を打ち破る…それが英雄と呼ばれる者達だ。…私は信じているんだよ…こいつにも英雄としての資質は今のところ感じられないが、そうなれるかもしれない強さがある、と。」

 

『……』

 

「家族を守ってくれた贔屓目もあるかもしれないがな、だからこそ私はこいつを買っているんだ。」

 

『…成程な。ならば証明して見せろ。…こいつにそれだけの強さがあると言うのならば。』

 

「…どうしろと?」

 

『…今だけ…今だけ俺がこいつに全面的に力を貸す。お前はこいつと戦え。それでもし、こいつがお前に勝てるならば…こいつを認めてやっても良い。』

 

…漸くここまで来れた。この展開は私の望むところ。この状況で必要だったのは兵藤一誠がドライグに認めて貰う可能性を作る事。

 

「…良いだろう。だが知っての通りこいつはまだ未熟。私は多少手を抜かせて貰うぞ?」

 

『…それでいい…だがお前がわざと負ける様なら…』

 

「やるからには必要以上に手は抜かん…そうだな、こうしよう…もしこいつが本気の私に一撃でも入れられたら…その時はこいつの勝ちだ…それで良いか?」

 

『…お前の思惑に乗ってやる…ではこいつを叩き起すぞ?』

 

「…分かった。」

 

…兵藤、お膳立てはしてやった。後はお前次第だ…私を失望させてくれるなよ?…勝手に発動した篭手で殴り付けられ、文字通り叩き起された兵藤を見ながら私はそう考えていた…



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63

「がはっ…!」

 

私の蹴りを鎧の上から喰らい、崩れ落ちる兵藤一誠…それを見ながらさっきまでの事を思い出す…

 

 

 

…叩き起された兵藤は赤龍帝の篭手が勝手に発動している事と私が部屋にいることに驚いていたが、時間が惜しい…今しかないのだ…ドライグが気紛れを起こしている今しか、兵藤が強くなる方法は無い…

 

簡単に説明したが奴はあっさり納得した。…ドライグの存在を信じるかどうかの話になるかと思ったのだが奴曰く…

 

『いや、それが…何か起きるなりうるさいくらいに頭の中で声が響いてまして…信じざるを得ないと言うか、何と言うか…』

 

戸惑いはある様だが状況を理解しているなら話は早い…私は兵藤を外に引っ張り出すと剣を向けた。

 

 

 

「…兵藤、それで終わりじゃないよな?勝手な言い分で悪いが、これでも私はお前に期待しているんだ…失望させないでくれ…」

 

「…ゲホッ!分かってます…俺は男です…女性に期待されて応えない訳に行きません…!」

 

…良い目だ。理由はともかくこいつはまだ諦めていない…だが…

 

『急げよ人間、今のお前がその姿を保てるのはせいぜい五分が限度。それ以上は死ぬぞ?』

 

「うるせぇ!分かってんだよそんなの…!」

 

時間限定の禁手…それがドライグの貸す力。…確かに兵藤一誠は私のスピードについてくるようになった…そしてパワーも私と打ち合いが出来るレベルに達してる…

 

『…化け物め。俺がここまでしてやっても互角に持ち込むのがやっととはな…!』

 

「…これでも人を辞めて長い。高々悪魔になって数週間で、しかもろくに戦いをした事も無い奴に負けられん。」

 

例え兵藤一誠がここで負けたとしてもこれ以上譲歩は出来ん…早く私を破れ…兵藤…!

…腕の時計をチラ見し、既に時間が残り三分程になったのを確認しつつ私は構え直した。

 

 

 

「おりゃあ…!」

 

『explosion‼︎』

 

「どうした?闇雲に殴りかかっても当たらんぞ?」

 

兵藤が殴りかかって来るのを横にすり抜ける様にして躱し、肘を側頭部に叩き込む。

 

「…ぎいっ!」

 

兵藤が木を何本かへし折りながら吹っ飛んで行く…ん?

 

「っ!らあっ!」

 

一際太い木に足を着けて着地しその木を蹴飛ばし私に向かって飛んで来る…

 

「…ふむ。」

 

「ゴフッ!」

 

兵藤が眼前に来た所で私は奴にアッパーを叩き込んだ…重い手応えだな…加減はしたが顎に罅位は入って…おや?

 

「…があああ!」

 

空中に打ち上げられ、地面に背中から落下した兵藤一誠はまるでそのダメージが無いかのように立ち上がると私の腹に拳を…

 

「…良く頑張ったな。お前の勝ちだ兵藤…良いよな?ドライグ?」

 

『…ふん。良いだろう、約束は約束だ。及第点を与えてやる。』

 

ろくに力の入ってない拳を叩き込んだというか押し当てた状態でそのまま気絶した兵藤一誠を私は抱き留めた…



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64

「何があったんですか!?」

 

ボロボロになった兵藤を黒歌達の元へ連れて行くとアーシアがキレた。

 

「…こんな…ここまでする必要があったんですか…!?」

 

「ほら、アーシアお姉ちゃん…早くイッセーお兄ちゃんを治してあげないと…」

 

クレアに連れられるアーシアにリアス達がついて行き…

 

「…上手く行ったの?」

 

「…一応な、後はあいつの問題だ。」

 

「…そう。」

 

「…お前は向こうに行かないのか?」

 

「私はあんたの方が心配にゃ。」

 

「…私の何を心配する?見ての通りダメージは無い。」

 

「…肉体的にダメージが無くても…あんたは優しいからね、結構キツかったでしょ?」

 

「……ああ…」

 

兵藤を含むあいつらは既に身内みたいなものだからな…やはり一方的に痛めつけるのは答える…

 

「…あいつらに…説明すべきだったと思うか…?」

 

「…間違い無く反対されたわね…あの子たち兵藤一誠の事はもちろん、あんたの事も心配してるから…」

 

「…参ったな…悪い気はしないが…」

 

分かっているんだ…そんな事は…だからこそ私はあいつらを、そして今目の前にいるこいつを守りたくなる…

 

「実力的に隔絶した奴を心配する精神が分からないんだがな。」

 

「…傲慢な事言ってもあんたの本心はバレてるにゃ。」

 

「……うるさい…」

 

照れ臭いんだよ…察しろよ、長い付き合いなんだから…

 

 

 

アーシアの治療で兵藤の怪我は治ったが、体力を使い果たしたのか兵藤は目覚めないまま夕食の時間となった…

痛いくらいの静寂とはこういうのを言うのか…沈黙の中私たちは食事を終えた…

 

 

 

「クレア。」

 

「何?テレサ?」

 

「お前、兵藤とは知り合いだったんだろう?何処で知り合ったんだ?」

 

夕食後、兼ねてより気になっていた事をクレアに聞いていた…クレアは小学生で兵藤一誠は高校生…接点なんか無い筈だ…あいつも別にロリコンじゃなさそうだしな…違うよな…場合によっては私はあいつを抹殺しなければならん…!

 

「…どうしたのテレサ?すごく怖い顔してるよ…?」

 

「…いや、何でもない。それで…」

 

「…イッセーお兄ちゃんと何処で知り合ったかだよね?前に黒歌お姉ちゃんがいなくなった時に公園で会って一緒に探してくれたの。」

 

…黒歌が正体を見せる前の話か…

 

「黒歌は知ってるのか?」

 

「ううん。知らないと思うよ。それからも時々遊んだりしてくれたけど黒歌お姉ちゃんはいなかったし。」

 

……単純に聞けば黒歌と一緒に行動していない時に兵藤に会っていたという意味に取れるがクレアの場合…

 

「……それはそのままの意味か?」

 

「そうだよ?」

 

……クレアは私や黒歌の気配が分かるのだ。(察知の仕方を教えた覚えは無いのだがしかも困った事に本人は誰でも出来る事だと勘違いしている節がある…)要するにクレアは黒歌と行動していない、且つ近くに気配が無い時にしか兵藤の会った事が無いという事だろう…本当に偶然か?やはりあいつロリコンじゃないだろうな…?



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65

クレアと別れた後私は兵藤一誠の事を黒歌に聞いてみた

 

「イッセーちんがロリコン?多分それはにゃいにゃ。」

 

「…根拠は?」

 

「…あんた…気づかなかった?兵藤一誠は私やあんた、後はリアスちゃんや姫島朱乃ばかり見てるわよ?もちろん見てるのは胸。」

 

「…やはりか…」

 

気にし過ぎだったか…

 

「…にゃんでそう思ったにゃ?」

 

「…それがな…」

 

私はクレアから聞いた事を黒歌に話した。

 

「…成程。確かに割と私はクレアの様子をよく見に行ってたけど兵藤一誠と会ってたのは見た事無かったわね…でもそれこそ偶然でしょ?そもそも兵藤一誠に私やあんたの気配なんか分かりっこないでしょ。クレアが分かるのも不思議だけど…」

 

「……それもそうだな…今更だがお前がクレアに教えたわけじゃ無いんだよな?」

 

「…どうやって教えるのよ…気配の感知なんて経験の問題で普通、理論立てて説明なんて出来ないわよ…最も本能的に察知出来るのはいるけど…クレアはそっちの方じゃない?」

 

「…本能的に気配を察知してると?」

 

「…クレアの場合、近くに知り合いがいるのが分かる程度だけどね…ただ、ある程度隠しても見つかった事あるから本能的だけで説明していいのか微妙だけど…」

 

「…実際お前が見つけられるんだから相当だな…」

 

本格的に隠れられると私にも黒歌の発見は難しい…増してや黒猫の姿で隠れられるとほぼ見つからない…

 

「…何を心配してるのか分からないけど…クレアが私たちの気配を感じられるのがそんなに問題?」

 

「……」

 

「あんたは気にし過ぎ。そんな事で何かがあるわけないでしょ?」

 

「…どうにも嫌な予感がしてな…」

 

別にクレアが私たちの気配を感じ取れる様になったのは最近の話じゃない…今更なのは分かっている…だがどうにも不安なのだ…予感以上に何かを忘れてる気がする…くそっ…何だと言うんだ…この際、懸念事項は出来る限り潰しておきたい所なんだが…

 

「…テレサ。」

 

気付くと顔に柔らかい感触が…

 

「……何の真似だ…?」

 

私は黒歌に抱き寄せられ胸に顔を埋めていた。

 

「…一人で抱え込まないで。あんたは一人じゃないし、私に取ってもクレアは家族よ…心配事があるなら一緒に考えましょ?一人なら無理でもきっと二人なら良いアイディアも浮かぶわよ。」

 

そう言ってくれる黒歌に私は…

 

「…いや、お前猫だから数え方は匹だろう…?」

 

「…ここでそれを言う…?あんたね…照れ隠しにしても酷過ぎない…?」

 

「…照れてない。気になっただけだ。」

 

「…はいはい。もう良いわ。明日も早いんだからさっさと寝ましょう。」

 

「…私は照れてない…黒歌?」

 

「……」

 

……眠っているな…今日は黒歌の方も大変だった様だし疲れたんだろう…

 

「…おやすみ黒歌」

 

私はそう告げると目を閉じた…。



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66

「…ん…むっ…朝か…いや…今何時だ…?」

 

明らかに何時もより多めに寝てしまった事を察知し起き上がろうとして…顔が柔らかい物に触れている事に気付く。

 

「…そうか…昨夜は結局あのまま寝てしまったんだな…」

 

目の前にある物が黒歌の胸である事に気付き昨日の記憶が蘇る…いくら柔らかいとはいえ、ずっと顔に押し付けられていればさすがに寝苦しさで目を覚ますと思うが夜中に目覚めた覚えは無い…つまりこいつは寝ながら私をずっと絶妙な力加減で抱き締めていた訳だな…器用な奴だ…

 

「…ありがとな。」

 

…小さい声で礼を言う…私も面と向かっていい寝心地だったとは言えん。気恥しいにも程がある…さて、このまま惰眠を貪りたい所だが…

 

「…そろそろ起きなければ…く…。」

 

名前を呼んで起こすのを寸前で踏みとどまる…昨日は黒歌も大変だった筈だ…朝食までまだだいぶ間がある筈…ギリギリまでは寝かせてやりたい。

 

「…むっ…!…ダメだな。」

 

力加減が絶妙で身動ぎは出来るがさすがに起きるにはこの手をどうにかしなければ…だが無理に退けようとすれば黒歌は起きてしまうだろう…

 

「…どうすれば「テレサ?黒歌?入りますよ?」あ…」

 

部屋に入って来たグレイフィアと目が合う…気まずい沈黙の後…

 

「…遅いから呼びに来たんだけど…お邪魔だった?」

 

「…ニヤニヤしながら戯れ言を抜かすな…ちょっと手を貸してくれ…」

 

その一言で何をしたいか察したのだろう更に笑みを深くしながらこう言って来た。

 

「あら?もう少し堪能してても構わないわよ?朝食までもう少し時間あるし。」

 

こいつは…!

 

「…真面目に困ってるんだ…!早くしてくれ…!」

 

焦る私を後目に奴はデジカメを…おい!?それどっから出した!?待て!?撮るな!?撮るなよ!?おい!?

 

「記念に一枚♪」

 

やめろ!?

 

……黒歌を起こしたくないが為に大声を上げる事も出来ず結局散々写真を撮られた後「朝食出来たら呼ぶからごゆっくり♪」の一言と共にグレイフィアは出て行った…

 

 

 

「…えっと…何かあったの、テレサ?」

 

「……何でもない。」

 

「…そっ、そう…」

 

リアスが声をかけてくるが私は真面に返事をする気力も無かった…朝食も味がろくに分からなかった…くそっ!どうして私がこんな辱めを…!

 

その日の訓練はついつい力が入った。兵藤や木場が何度か宙を舞ったが…その都度すぐに復帰してくる辺りやはりこいつらも見込みはあるな…私は冷静になってからそんな事を考えていた…

 

 

ちなみに…

 

「おい!あの写真を消せ!」

 

「嫌ですよ♪」

 

結局あの写真はサーゼクスとリアスと眷属全員、それからクレアにもアーシアにも回された…



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67

「…ゴハッ!?」

 

あの写真を見て、揶揄って来たリアスたちをボコ…もとい、特訓を着ける…大体のノルマを果たした様だから多少本気を出しても問題無いだろう。

 

「…ウオオオオ!」

 

「……」

 

後衛と前衛に別れて私の相手をさせる…今は前衛の三人だ。私の攻撃を受け慣れている兵藤が肉盾になり、大半の攻撃を受けつつ、前衛二人の攻撃チャンスを作り、自分もしっかり攻撃を入れてくる…兵藤のダメージがデカすぎるな…アーシアは今回出場しないわけだからこの潰し戦法は改めた方が良いと思うが…指摘はしない。自分で分かるだろうしな…

 

「…お前らな…そんなに分かりやすい攻め方だとすぐ受けられるぞ?」

 

「くっ…!」

 

兵藤の赤龍帝の篭手を大剣で受けつつ、側面から斬りかかって来た木場の顔面に裏拳を喰らわせ吹き飛ばす…背後の小猫の顎を足で蹴り上げる。

 

「木場!小猫ちゃん!「余所見をしてて良いのか?」しまった!?」

 

二人に気を取られ私から視線を逸らした兵藤の腹を蹴り…飛ばされながらも追撃を警戒したのか身構える兵藤を見て私は…

 

「…お前を追うと言ったか?」

 

「…あっ!?」

 

私は妖力解放をすると体制を立て直そうとしていた木場の元へ到達する…

 

「なっ!?「遅い。」がっ、はっ…!」

 

木場が身構える前に鳩尾に私の拳が刺さり木場が沈む…ん?

 

「…良い連携だ、木場、小猫。」

 

木場が自分の身体全体を使って完全に私の腕を掴み止め、そこに後ろから最大まで力を貯めた小猫が殴る…本当に成長したな…更に瞬時に自分の役割を理解したのだろう兵藤が私を殴ろうとむかって来ているのも評価に値する。だが…

 

「…ライザーは再生するんだろう?」

 

「なっ!?」

 

「はっ!?」

 

「えっ!?」

 

私は木場に捕まえられている腕を大剣で切り落とし木場を蹴り飛ばすと背後の小猫に向き直り瞬時に距離を詰めると殴りかかって来た小猫を躱し、カウンターで大剣の柄を鳩尾に叩き込む…!

 

「ガハッ!」

 

大剣を戻すと同時に気絶した小猫を抱きとめ…そこから兵藤に回し蹴りを喰らわせる。

 

「おぶっ!?」

 

あっ…顔面に当たった…まあ、死にはしないか…私は大剣を地面に刺し、小猫を地面に下ろす…さて…

 

「…アーシア、悪いがこいつらの手当をしてやってくれ…」

 

クレアと共にタオルを取りに行っていたアーシアが私を呆然と見ているのを確認しつつそう声をかける…

 

「…アーシア?「何やってるんですか!?」何って修行だろう?」

 

「腕は何処ですか!?テレサさんはくっ付くんですよね!?回復しますから早く腕を「私は自分で出来るからこいつらの手当てをしてくれ」あっ、ちょっと!?」

 

アーシアが説教モードに入りそうなのが分かったので私は腕を持ったまま気絶している木場から腕を回収するとその場から歩き出した。



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68

生来のお人好しとはいえ、一応アーシアが着いてきてないのを確認すると一息付き、切り落とした右腕を見る。

 

「…我ながらあっさり切り落としたな…」

 

躊躇は無かった。痛みは…ある…今もズキズキと訴え続けている…さっさとくっ付けるか。腕を傷口に合わせ、妖力解放をしようとして…ふと思う。

 

「…私は、攻撃型か?」

 

クレイモアには攻撃型と防御型の二種類がおり、攻撃型は腕力等が上がる代わりに、腕や足が千切れるともう生えて来ない(極論だが人間並みの筋力を持った物なら数日時間をかければ生やせるらしい…)防御型は力が攻撃型より劣る代わりにほとんど同じ筋力の手足を生やす事が可能だ。半覚醒をしたものならほぼ瞬時に再生させる事も出来る場合がある…私は見た目は攻撃型だったテレサだがそもそも…

 

「…私は半覚醒をしている…」

 

クレイモア原作で半覚醒をしたのは原作主人公のクレアを含む極数人だけだ(テレサは作中で妖力解放自体ろくにしてないので覚醒の可能性そのものが無かった…)…そしてその共通点は妖魔化した愛する者の血肉を取り入れている事…らしい…

 

「…テレサも半覚醒が出来た可能性はゼロでは無いが…」

 

悩んでいても仕方無いな…試してみるか…

 

「…ふんっ…!」

 

腕を地面に置き、しゃがみこむと傷口を押さえ、妖力を解放する…!

 

 

 

「…ダメそうだな…」

 

しばらく粘ったが腕は生えて来なかった…やはり私は攻撃型の様だ…

 

「…さっさと腕を付け…あ…」

 

腕を付けようとして気付いた…生えてこそ来なかったが傷口は塞がっていた…

 

「…剣を置いて来てしまったな…」

 

場所が分からない…という事は無いが、今戻るとまだアーシアがいるんじゃないだろうか…?

 

「…面倒だな…」

 

……後にしようとも考えたが…切り離された腕は腐るかもしれん…

 

「…何をしているんだ…?」

 

「…!…サーゼクスか…」

 

背後から突然声をかけられ思わず身構えたが…そこに居たのはサーゼクスだった…考え事をしていたせいか、気配をまるで感じなかったぞ…

 

「…何でここが分かった?」

 

さすがに偶然とは考えにくい…

 

「忘れたのかな?私は妖気を感知出来るんだよ?」

 

「…そうだったな…」

 

「…で、何をしているのかな?」

 

「……お前も説教か?勘弁してくれ…」

 

「…私から言ってもどうせ君は聞かないからね。…だが黒歌とグレイフィアには報告させて貰おう。」

 

「…まあ、仕方無いか…そもそもアーシアにはバレてるからな…」

 

今日は寝れないかもしれんな…取り敢えず剣を取りに行こうか…



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69

剣を取りに戻れば、当然の様に未だ目を覚まさない三人を必死に介抱していたアーシアと遭遇…あれから結構経ってるぞ…治したのなら別に放置しても良かっただろうに…

 

戻って来た私に注意をしようとするアーシアをあしらい、傷口を再び作るために剣を掴み切り落としたらそれを見たアーシアが気絶した。…咄嗟に受け止めたから良かったものの、下手すれば大怪我だな…アーシアはここに転がってる連中と違って人間だしな…

 

「…やれやれ…あんまり手間をかけさせないで欲しいものだ…」

 

…と言いつつ、恐らく私の口角は上がっているのだろう…本当に私は丸くなったな…

 

アーシアを下ろし腕をくっ付ける…先程の実験で消耗していた事もあり、覚醒の危惧をしていたが問題無く腕はくっ付いた…気持ち少し腕が短くなった気がするな…

 

「…さすがに四人ともなれば多少重みがあるな…」

 

男子二人を肩に担ぎ、小猫を背負い、アーシアを横抱きにする…

 

「…屋敷に戻る前に二人に声をかけて行くか…」

 

放置するわけにはいかんからな…私は自主練をしているリアスと朱乃の元に向かった…

 

……行った先で事情を説明したら二人にも説教を喰らいそうになったので妖力解放して逃げた。…四人の顔色が悪くなった気がするがスピードはさすがに抑えたし、人間が耐えられるレベルのGしかかかってないし大丈夫な筈だ…

 

 

 

 

さて、屋敷に戻れば当然黒歌やグレイフィアからの説教が待っていた…結局四人が目覚めても終わらず、夕飯時まで続いた…このまま食事抜きの流れかと思ったがそれは免除された…理由を聞いてみれば…

 

『あんたの場合、一食抜いても別に罰にならないでしょ?』

 

…ごもっとも。私の場合、元々三日間飲まず食わずで活動していた時期が永かった上に、最近になって出た食欲も人並みだ…食事に関する価値観も違うからな、食事が無いなら無いで別にそんなに困らん。恐らく飢えを感じる様になった今でも一日位は耐えられるだろう…

 

『それにわざわざ作ってくれたここの使用人の人たちに申し訳無いでしょ?一人前が割と量あるから誰も二人前食べられないし』

 

…この屋敷で現在出されてる食事の中でも夕食はそれなりに量が多い…日中ハードワークをしてるんだから当然だがな…とはいえ、兵藤と小猫が多少多い位で他は一般的食事量とそんなに変わらん…早い話が誰も二人分は食えない量なのだ…つまり私が食べないと食卓に乗ったこの料理は廃棄されるしか無い。…まあせっかく手を付けた料理は既に冷めてしまっていたがな…私に説教をしていた流れで二人も冷めた料理を口にしているのはさすがに申し訳なく思った…

 

…最も今日私がやった事を反省するつもりは更々無いがね。

 

 

 

「サーゼクス、グレイフィア、ちょっと良いか?」

 

就寝前、サーゼクスとグレイフィアの部屋に向かいノックをすると声をかける。

 

「何ですか?」

 

扉から聞こえて来る声は低い…まだ怒ってるのか?

 

「そんなに怒るな、開けてくれないか?真面目な話なんだ…」

 

「…鍵は開いてます、手が離せないので勝手に入って来てください…」

 

…どうもまだ仕事中だった様だ…私はドアを開ける…

 

「…悪いな、こんな時間に…」

 

「…良いさ…で、何かな?」

 

思いの外憔悴しきったサーゼクスを見て止めようかとも思ったがそれでは来た意味が無いな…

 

「…明後日がライザーとの対決だな。」

 

「そうだね。それで君は何をいいに来たのかな?」

 

「…グレイフィア。」

 

話しかけて来たのはサーゼクスだが私は敢えてグレイフィアに声をかける。

 

「…何かしら?」

 

「…私の記憶だとリアスたちとライザーのレーティングゲームは実際にある場所、この場合は駒王学園の旧校舎を模した空間で行われた…今回もそうなのか?」

 

「…隠しても仕方無いわね。ええ、おそらくそうなると思うわ。」

 

「…もし今、それと同じ、若しくは似たような異空間を作れと言ったら可能か?」

 

「…条件次第だけど一応可能ね。…何となく話が見えて来たけど聞きましょう、何かしら?」

 

「…頼みがある…」

 

あいつらの負けを覆す為に一つ布石を打っておく事にしよう…



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70

廊下を歩く…来たか。

 

「…木場、気配を消すのが上手くなったな…だが、攻撃の瞬間に殺気が漏れてる。」

 

近くの教室のドアを破壊して飛び出して来た木場の剣を腕で受け止め、弾く。

 

「…くっ。もっと努力します…!」

 

「…その意気だ。お前の強みはスピードとその剣技だ。腕力は多少足りないが十分に補える範囲だ。それはそうとだ…」

 

「…そんなっ!?」

 

背後から殴りかかって来た小猫の拳を振り向きざま、手で掴み投げ飛ばす。

 

「…私が木場に集中している間に奇襲をかけてくるのは良いが、お前も殺気が漏れてる…いきなり気配やら殺気を消せと言われても分からんだろうがこういうのは経験の問題だ、必ず分かる時が来る。」

 

「「…はいっ!」」

 

「…良い返事だ。では…!」

 

床に叩き付けられた小猫の腹を踏み付け、木場の首に肘を叩き込む。

 

ダメージが許容量を超えたのだろう…二人の姿が光に包まれ、消える…

 

 

 

私がグレイフィアに頼んだのは予行演習の準備だ。私を敵対勢力に見立て、実際のレイティングゲームで使う空間に入り私とリアスたちが戦う。…グレイフィアからは苦言を言われたが本番の空気を体験しておくのは悪くない筈だ。

 

「…さて、時間内迄にあいつらは私に勝てるのか…面白くなって来たな…」

 

あいつらの勝利条件は制限時間である四時間の内に私に三発分攻撃を当てる事。私の勝利条件は生き残る事だ…あいつらは何をしても構わないし、やられても休憩後にまたこの空間の何処かに転送される…要するにいくらでもチャンスはある。

 

「……」

 

時計を見る…既に一時間が経過していた。

 

「…失望させてくれるなよ?」

 

私はまた廊下を歩き始めた…

 

 

 

私の記憶が曖昧だから若干の勘違いがあったが、特に問題は無い…記憶違いの内容はレーティングゲームの異空間の規模だ…旧校舎では無く、駒王学園全体がフィールドとなる。

 

 

「…広いな…さてと。」

 

グラウンドに出れば頭上に気配…思い切った事をするな。

 

「…兵藤、その高さからそのスピードで落下してくるなら確かに気配を感じても手遅れかもしれないが…」

 

「げっ!?」

 

私はその場から飛び退く…校舎の屋上から飛び降りた兵藤の拳が地面に叩きつけられ、一帯が砂煙に覆われる…

 

「…くそっ!何処「……」んぎっ!?」

 

兵藤の背後に立った私は兵藤の襟を掴み近くの木に向かって投げ付ける…

 

「うわぁ!?」

 

兵藤の当たった木はへし折れ、更に…

 

「…きゃあ!」

 

木の影に居た朱乃に当たる…近付いて行けば二人とも気絶していた…二人が転送される…

 

「…大丈夫か?こんなんで?」

 

未だに私は一切ダメージを受けてはいない。先が思いやられるな…



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71

連中が少々不甲斐ないのでさすがに冷めて来る…あくまで予行演習とはいえ、もう少し楽しめると思ったんだが…!

 

「…ふんっ!」

 

「わひっ!?」

 

並んでいるロッカーの内、一台を蹴り飛ばす。ドアが変形するのと同時に中から声が聞こえた。

 

「……兵藤、ここは男子更衣室だぞ?そういう趣味もあったのか?」

 

「…ちっ、違いますよ…!そんな事言ったらテレサさんだって…!」

 

ここを通りかかった際、気配を感じた時は何の冗談かと思ったが…

 

「…なら、何でこんな所に隠れた?私が来るとは限らないだろう?」

 

「…テレサさんは俺の気配を読んでるんでしょう?」

 

「…誘いをかけたつもりか?だがお前はこうやって見つかって「いえ、貴女がここに来て俺と話し込んでる時点で俺の作戦は成功です…木場!」何!?」

 

私の背後のロッカーが開き中から木場が現れ斬りかかって来る…チッ。兵藤の気配に気を取られた…!受け止めなくては…!

 

「…成程な。木場の方が囮だったのか。」

 

「…いえ。どっちに最初に対処するのかは賭けでした。テレサさんは一人しかいませんからね、必ずどちらかを先に相手しなきゃならないでしょ?」

 

私の背中には兵藤の拳が当てられていた。

 

「…良いだろう、一ポイント先取だ。…木場、兵藤、この場は見逃してやるよ。」

 

私は手で掴んだ木場の剣を離す。…油断したな、上等だ。もう少し本気を出すとしよう…!

 

私の元を二人が脇目も振らず走りながら去っていくのを見送る…

 

「…殴るのではなく当てるだけ…甘いな…」

 

兵藤のあの甘さは何れ自分の身だけでなく味方も危険に晒すだろう…この戦いを通じて矯正出来れば良いがな…

 

 

 

 

理科室で私に倒れて来た棚を剣で両断する。…いないな。

 

「…私が見失うとは今回一番成長してるのは木場かもしれんな。」

 

木場がここにいるのは間違いないが具体的な場所は分からん…最低でも一クラスが授業を受ける事を想定してるからかある程度の広さはあるがそこまでじゃないんだがな…

 

「!…そこか!」

 

並んだテーブルの内の一つに剣を刺す。

 

「惜しいですね!」

 

僅かに逸れたらしい…木場の近くを刺してしまった剣は抜けなくなった…木場が掴んでいるらしい…

 

「…それではお前も動けないだろう…どうするんだ?」

 

「…部長!」

 

「…ほう?」

 

これまで一度も会わなかったリアスがここで、か。

 

「…ありがとう祐斗。テレサ、悪いけど勝たせてもらうわよ!」

 

入り口から入って来たリアスから放たれる魔力弾を見ながら私は…

 

「…ふんっ!」

 

テーブルを蹴飛ばす…固定されていた筈のテーブルが浮き上がりテーブルに刺さった剣を掴んだままの木場と一緒に空中に…

 

「…なっ!?祐斗!避けなさい!」

 

魔力弾がテーブルに当たる直前に木場は剣から手を離し、テーブルを踏み台に無理矢理その場から飛び退く…

 

「…グフッ!」

 

妖力解放をして剣を引っこ抜くと同時に木場に近付いた私は体勢を立て直される前に側頭部を蹴り、吹き飛ばす…

 

「祐斗!「余所見は感心しないな」しまった!?」

 

吹き飛ぶ木場に気を取られたリアスに近付き剣を横向きにしてリアスの頭に向けてフルスイングした…

 

 

 

 

「…三時間経ったか。」

 

二人が転送されたのを確認しつつ、時計を見る…中々奮戦しているが私に攻撃を当てられたのは先の兵藤の一発のみ…さすがに後一発位は当てて欲しい所なんだがな…私は付近に気配が無いのを確認すると理科室を出た。



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72

「…全員でかかって来るとはな…」

 

制限時間が残り三十分を切った所でまた兵藤の気配を感じ家庭科室に入ったら共に閉じ込められた。異臭がすると思っていたらどうもガスの元栓を開けていたらしい…瞬時に兵藤の元まで距離を詰め、胸ぐらを掴み抱き抱えた後、窓ガラスに突っ込んだ所で後ろで家庭科室が爆発。地面に降りた所で兵藤以外から総攻撃を受けた。

 

「…中々容赦無いな?お前の仲間は?お前を盾にしても躊躇無く攻撃して来たぞ?」

 

「問題ありません…これは俺が考えた作戦です…こんな事しか今の俺は役に立てませんから…!」

 

「……」

 

こいつがここまで劣等感を覚えているとはな…私のせいか…最もこれは私にはどうしようも無いがな…

 

「…その辺はあいつらと話し合え。私からは何も言わん…さて、無茶な作戦だったが一応は合格だ。」

 

兵藤を盾にしたと言っても本当に兵藤に攻撃を受けさせる気は無かったからな…兵藤を抱えたままいくつかの攻撃は弾き、躱したが結局何発か当たってしまった…その分返したから連中は転送されたがな…

 

「…テレサさん…俺は…!」

 

「…取り敢えずお前も帰れ。」

 

私は兵藤を空に放り投げ、地上に落ちる前に蹴飛ばし、転送させた。

 

 

 

 

「……」

 

ベッドの上で眠るアーシアをチラ見する…殺気を感じ一応視線を戻す。

 

「…やり過ぎ。アーシア、あの後倒れたのよ?」

 

目の前にいる黒歌の低い声を聞きながら、また視線を戻す。

 

「…仕方無いさ、あいつらろくに実戦やってないんだ。少しはレーティングゲームの雰囲気だけでも味わって貰わないとな。」

 

「…あんたは連中を痛め付けるだけだから良いけどね…治療しなきゃいけないアーシアの事も考えたら?」

 

「…あれでも加減したんだがな…」

 

顔面に打撃を叩き込んだり大剣の腹で急所殴り付けたり…奴らの身体の強度ならまともにやれば打ち付けられた箇所は斬るまでも無く泣き別れしている…

 

「…それにな、あいつらだって律儀に本気で殺す気で来てたんだぞ?」

 

特に不意を突かれ、リアスからの魔力弾を掠った時とラストの爆発はやばかった…

 

…前者はマントの一部が消失し、後者は逃げる際に背中を焼かれた…手段を選ばないにも程があるだろ…危うく兵藤も巻き込まれる所だったしな…しかも本人の提案である辺り問題の根は深い…死ぬ気だったのか、あいつ…?

 

「…あんたあんなので死なないでしょ?」

 

「…私だって消滅させられたら復活しないし、全身に大火傷を負ったらどうなるか分からんさ…そもそもクレイモア自体首飛ばされたら普通は死ぬんだぞ?」

 

覚醒してる場合ならある程度例外はあるが。

 

「…もう良いわ。休みましょ…あんたも今日は疲れたでしょ?明日は本番だしね…」

 

……お前が説教を始めたんだろう…とは口に出さなかったがジト目を向けて来た所を見ると気付いてはいるらしい…



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73

遂に迎えたレーティングゲーム当日。

 

朝食を早々に済ませ、簡単に自主練を終えた私たちはライザーとの顔合わせの後、ゲームの舞台となる異空間へ入った。

 

「…暇だな…」

 

「なら、貴女も出れば良かったんじゃない?」

 

ここは今ゲームのスタート地点のオカルト研究部だ。…そう、私は事前に行っていた通り、ここから動かなかった。…ライザー側たっての希望で私にハンデは付けられなかったためルール上、別に動けない訳では無いのだが…

 

「…偉そうに言いたくは無いが、私と足並み揃える事は出来るか?」

 

「……無理、ね…」

 

私とこいつらの実力は隔絶している…今回の特訓で確かにこいつらは強くなった。恐らく原作のライザー戦の時より実力はある筈だ(まあアーシアが出場してない等細かい違いはあるが、そこは微々たる差だ…今更ライザーの眷属と戦った所で深手を負うほど生半可な鍛え方はしていない)…だがそれでもまだ私には及ばない。

 

「…でもね…」

 

「ん?」

 

「…私たちは追い付くわ。必ず貴女の隣に立つ強さを手に入れる…だから待っていて。」

 

「…ああ。楽しみにしている。」

 

自信に満ちたリアスの言葉に私はそう返す…良い顔だ。原作と違って不安が全く無いからだろうな…これなら何も心配は要らないだろう…

 

「…冷めないうちにどうぞ?」

 

「…ああ。」

 

リアスの入れた紅茶に口を付ける…ふぅ…

 

「…初めて紅茶を飲んだ…みたいな反応ね?」

 

クスクス笑うリアスにジト目を向けつつ私は切り返す。

 

「…ここ最近は冷めたのばかり飲んでたからな…」

 

「それは別に私のせいじゃないわよ?寧ろ私が文句言いたいわ…人の眷属を誑かさないでって。」

 

「…私はそんな事した覚えが無いのだが…」

 

「…何か黒歌が可哀想ね…」

 

「…あいつはそういう趣味は無いと自己申告してるが?」

 

「貴女それ信じてるの?」

 

「……」

 

「…きちんと確認した方が良いわよ?」

 

私は急激に乾き始めた口を潤す為、もう一度カップに口を付ける…

 

「…このゲームが終わったら聞いてみる…」

 

「…黒歌の事ばかり気にしてないで朱乃と小猫の事も考えてあげてね?」

 

「……ああ…」

 

朱乃はともかく小猫は違う気がするが…

 

「…ふぅ…」

 

眉間に手をやり、揉む…眠い…

 

「…あら?眠いの?」

 

「…ん?ああ、少しな…」

 

「…少し仮眠する?」

 

「さすがにそういう訳にもいかんだろう…」

 

「…入れ直しましょうか?濃いめに入れることも出来るけど?」

 

「…頼む…」

 

「はいはい。少し待っててね?」

 

「…ああ…」

 

…と言ったもの瞼が重い…少し目を瞑る、だけ…と目を閉じると同時に私は眠りに落ちた…



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74

「…やってしまった…!」

 

何時の間にか寝ていた私が起きるとリアスは部室にいなかった…寝惚けた頭に原作知識が過ぎった私はすぐさま妖力解放をし、邪魔な部室のドアを蹴破ると走り出した。

 

 

 

「…へぇ…今頃来たのか。でももう手遅れだな。」

 

戦闘の気配を感じ取った私が辿り着いたのはグラウンドのど真ん中。…そこで目にしたのはホスト風の格好をしたニヤケ面のムカつく男…ライザー・フェニックスとそれに相対し、ボロボロになりながらも両の足で立ちリアスを守る兵藤。…他の連中は負けて転送された様だな…

 

「…テレサ…来てくれたのね…でも、もう良いわ…私は降参するから「諦めるのか?」私はイッセーの主人だもの。」

 

それで守ったつもりか?馬鹿が…!

 

「…それはお前のために戦ったこいつや他の奴らの想いを踏みにじる行為だ。…兵藤、何を腑抜けてる?お前の想いはその程度だったのか?そんな雑魚に負けるのか?」

 

「…テレサさん…俺には…無理です…」

 

「…兵藤、お前の願いは何だ?」

 

私には確信があった。こいつならライザーを倒せると。原作知識があるからではなく…今日までのこいつを見ていてそう感じていた…後はこいつが一歩踏み出すだけ。

 

「…俺には無理です「下らない事言ってないで答えろ」っ…!俺はハーレムを…!」

 

「そうだな。だがそれは手段に過ぎんのだろう?ではお前の原点は何だ?何故お前はハーレムを求めた?」

 

「…俺は…!…テレサさん?」

 

私は兵藤の横に立つと肩に手を置く…ヒントは与えた。後はこいつ次第だ。

 

「…自分の本当の願いを思い出せ。…ここは

引き受けてやる…だが、悔しいが恐らく私にはこいつを倒しきれん…お前がケリを着けるんだ。」

 

「…無理よテレサ…!もうイッセーは「リアス」…え?」

 

「お前は主人としてこんなにボロボロになってまで自分を守ってくれた眷属のこいつに報いる気はあるか?」

 

「…あるわ…でも今更私に何が「答えはこいつが出す。」

 

それだけリアスに告げると私は背中の剣を抜きライザーに歩み寄る。

 

「…何だ?待っててくれたのか?」

 

「…正直あんたと戦うのが楽しみでね。…簡単に倒れないでくれよ?」

 

「…お前のお眼鏡にかなうよう努力するさ。最も兵藤が復帰するまでだかね…ところで一つ賭けをしないか?」

 

「そいつが今更復活するわけないと思うがね?…で、何だ?」

 

「…もし、兵藤がお前を倒せなかったら私はお前の眷属になる…というのは?」

 

「…テレサ!?何を言って「リアス、黙ってろ」……」

 

「…へぇ…ちょっと張り合いが出て来たよ…そんなにそいつに期待してるのか?」

 

「…ああ。強いぞ、こいつは。」

 

…そう、私よりもずっとな…



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75

「…速いな。それにその剣…俺にも剣士が眷属にいるけど多分あんたの方が上だわ、素人考えだけど。」

 

「そりゃどうも。」

 

私とライザーの戦いは予想通り膠着状態に陥っていた…ライザーの攻撃は全て躱し、私は的確に手やら足やら、何なら首を切り落としたりもしたがこいつは再生するから余り意味は無い…

 

この手の不死の者に勝つ方法は実はいくつかある。

 

一つ、再生が間に合わなくなる程のダメージを与える、二つ、再生してもお構い無しに殺し続けて恐怖を与える、三つ、細胞レベルで完全消滅させる、

 

…こんな所だろうか?…斬るしか能の無い私に出来るのは二つ目の恐怖を与える以外の攻略法は無い…しかし…

 

「…そろそろ理解出来たろ?俺は死なないんだって。あんたはもちろん、そこの眷属君にも俺は倒せないよ?降参したら?」

 

こいつは死に慣れている…恐らく後何回斬り殺したところでこいつの精神は削れない。

 

「…気が早いな。」

 

ライザーから放たれる炎に飛び込み、斬り掛かる…!

 

「…悪魔でも無いのに丈夫だね、あんた。」

 

「お前らが特別だと思わない事だな。」

 

私の移動スピードが早いおかげでそれ程酷い火傷は負わず、特に問題無く治る…が、そう長くはもたない…限界が先に来るのは私だろう…

 

「ああ…ますます欲しくなって来たな…あんたは傷を負って尚美しいぜ。」

 

「…悪いが私の身体は醜いぞ?」

 

「人間と俺たちの美意識は違うんだぜ?大丈夫、あんたもちゃんと愛してやるよ。」

 

「…自分が絶対に愛されると思ってる辺り反吐が出るな…!」

 

妖力解放し、炎を斬り裂く…!

 

「…驚いたな。躱されるとか、防がれるならあるけど斬られたのは初めてだ…本当に面白いな、あんた。」

 

「なら、もっと驚いた顔したらどうだ?涼しい顔して…」

 

…だんだん私の攻撃が当たらなくなっている…本気まではまだ遠いが…!

 

「…そう言えば俺が眷属君に負けたらどうするか決めてなかったな?」

 

「…そうだな…」

 

油断した瞬間に懐に入られ、顎を掴み、持ち上げられる…

 

「…そういう割にもう勝ったつもりか?私はまだお前の物にはなってないぞ?」

 

奴の手を払い除け、離れる。

 

「…お前が負けた場合の条件だが…ゲームの結果としてはリアスとの婚約解消で良いんだな?これは私との個人的な賭けの結果として別で良いんだな?」

 

「…現魔王の一人が見ているのに嘘は付かないさ。」

 

「…ではこうしよう…お前が兵藤に負けた場合、フェニックスの涙をグレモリー家に定期的に供給しろ、もちろん無償でだ。」

 

「…それでいいのか?それだとあんたにメリット無さそうだけど?」

 

「どうせ余興だ。」

 

別に私自身は欲しい物は無いからな…



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76

埒が明かん…私は剣を地面に突き刺した。

 

「ん?何、降参?」

 

「…まさか。」

 

そこから私は妖力解放をして奴への距離を詰める…!

 

「なっ!?消え…ぐえっ!」

 

ライザーの背後に回った私はスピードを殺さず奴の背中を蹴り飛ばし、追い掛ける。

 

「…チッ!お前、今まで手を抜いて…!痛っ!?やっ、止め…ギャアアア!!!!止めろ…!髪が抜ける!!」

 

奴の髪を掴み、引き摺りながら校舎まで走る。適当な教室の窓に放り込み、私も中に入る。

 

「…テッ、テメ…ぶごっ!?」

 

上体を起こした奴の顔面を殴り付け、吹っ飛ばし、また追い掛ける…やはりな、原作の兵藤が何故勝てたのか分かった気がする…奴の身体は普段は炎を纏っているため打撃を受けた経験が少ないのだ…その癖先程より速い私のスピードに対応出来ず、今奴は混乱の極地にいる

 

…ちなみに私は手を抜いていた訳では決して無い…実は今出してるスピードに私自身がまだ対応しきれていないのでこのスピードで動くとかなりの頻度で剣を空振るのだ…斬り掛かる際、一々止まってたら隙になるからな…その点打撃なら慣れてるから問題無い。

 

…ただせっかくこの身はクレイモアである以上剣で戦いたいのだが…まあこうなれば仕方無い…兵藤の御株を奪う事にもなりそうだし、抵抗出来ない奴を一方的に嬲るのは趣味では無いが…一つ、このムカつく男をボコボコにするとしようか…私は舌舐めずりをすると更にライザーに追撃を加えていった…

 

 

 

「っ!?アアアアアア!!!?」

 

眼球に指を突っ込み(自分でやっといてなんだが指先から感じる独特のグチュッとした感触が非常に気持ち悪い…)眼窩に引っ掛け、持ち上げ、放り投げ…胴体が千切れて首だけ飛んで行った…私は残った胴体を首と同じ方向に蹴り飛ばした…どれくらい経った…?私はライザーを追い掛けながら時計を見る…

 

「…三十分程か…チッ!まだか兵藤…!」

 

私には他人を虐めて悦に浸る趣味は無いので単に疲れるだけだ…そろそろ限界なのだが…何時まで迷ってるんだあの童貞は…ただリアスに胸を提供して欲しいと言うだけだろうに…

 

「グアアアアアアア?!?!?!?!」

 

……あれだけ痛め付けられてもまだ立ち上がろうとするライザーに薄ら寒い物を感じながら無防備な下半身目掛けて足を振り下ろし、股間を踏み付けると一際煩い悲鳴を上げ、ブクブクと泡を吹き始めた…全く…一々喚くな、どうせ再生するんだろうが。…ん?やっとか…散々待たせてくれたな…

 

「…テレサさん…あの、これは…?」

 

「やっと来たか。見ての通り前座を務めさせて貰った…私は疲れたから寝る…後は頼むぞ?」

 

私とピクピクと痙攣しつつも何とか立ち上がろうとするライザーを見比べてあからさまにドン引きする赤龍帝の鎧を纏った兵藤の肩をポンポンと軽く叩くと私は半壊した校舎を出た…



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77

「…っ…!やはり無茶だったか…」

 

……数千度の炎を纏ったライザーを殴った私の手は炭化こそしてないが重度の火傷を負っていた…良く見れば先程確認した時計は腕に張り付いている…止まってないのが不思議なくらいだな…

 

「…足は黒歌のおかげで無事だな…こういう時はこの身が人でなくて良かったと思うよ…」

 

最もまた説教されるんだろうな…クレアとアーシアに試合を見せなくて良かった…無茶した事を知られるのもそうだがあんな蹂躙劇見せられん…

「…手を治しておきたいが…まずこの時計を削ぎ落とさなければ…」

 

 

 

「テレサ!?どうしたのその手!?」

 

「ライザーを殴っただけだ…あー…説教は勘弁してくれ…疲れてるんだ…」

 

リアスからの言葉を聞き流し、剣で腕に癒着した時計を皮膚ごと削り落とし、妖力解放をして手を修復する…

 

「…それじゃあ私は寝る。終わったら起こしてくれ。」

 

その場で横になる…さすがに疲れた…スタミナ不足をどうにかするのもこれからの課題だな…

 

「テレサ!?「お休み」…もう…」

 

 

 

その後、兵藤は見事ライザーを屈服させたらしい…と言ってもダメージの七割方は私が与えたものらしく本人はかなり不満そうだったが知らん。…やり過ぎたとは思うが反省はしない。兵藤としてはどうか知らんが私はあいつが嫌いだからな…

 

 

 

「…さて、これをクレアたちに見せるかどうかだが「ダメだ」しかしだね、二人は君の活躍を見るのを楽しみにしてるんだが…」

 

「…黒歌がリアルタイムで見たのは仕方無いとはいえ、あんな物見せられるわけないだろうが。」

 

今、私はサーゼクスの部屋にて黒歌と共に今ゲームの映像を見せられていた…やってる当初はあまり気にならなかったがこうやって改めて見ると私にやられてるライザーがとにかくグロい…こんな物二人に見せられるわけがない…

 

「…私にゃら良いって言うのは納得いかないにゃ。」

 

「そもそもお前まだ病み上がりだろう?無理して動かないで休んでれば良かったんだ…別にこんなの見なくてもだな「家族の晴れ舞台を見に来ちゃいけにゃいの?」…そういう言い方は反則だろう…」

 

「…改めて聞くけど…他にやりようは無かったの?」

 

「…無いな。ライザーは弱くは無い。あの時も何時の間にか私のスピードに追随していた…私が剣で攻撃出来るギリギリのスピードなら何れ攻略されていた…私自身長期戦は苦手だしな、さっさと決めるならあれしか無かった…」

 

「…そもそもあんたはにゃんでライザーとしか戦ってにゃいにゃ?」

 

「私が出るとあいつらの成長の妨げに「理由はそれだけ?」……寝てた…何故かリアスは起こしてくれなくてな…」

 

「リアスちゃんに聞いたら起こしたけど起きなかったって聞いたけど?」

 

「……先にあいつに聞いたなら私に聞く必要無いだろうが…」

 

「その辺の話は今は置いておこうか。…それでどうするのかな?編集しようにも君が参加したのはこの一戦のみだからそれも難しいのだが…」

 

「…二人には見せない。悪いがカメラのトラブルで映像が無いとでも言ってくれ。」

 

「…個人的には私もこれは見せられないと思うからね…二人にそう伝えておくよ…」



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78

「私の話はもう良いだろ?元々お前本命は妹の方だろ?どうだったんだ?」

 

「…サーゼクス…映して。」

 

険しい顔をした黒歌の発した言葉に応じてサーゼクスが無言でリモコンを操作し、映像を戻す…何だ、一体…?

 

「…ちょっと見てもらえる?」

 

「ん?……成程。」

 

そこに映っていたのはライザーの眷属が振った剣を紙一重で躱し、相手の腕を掴み、それを支点に無理矢理自分の身体を相手の頭上に持ち上げ、相手の顎に膝を喰らわせ、相手が倒れ込んだ後、更に相手の肘の関節を破壊した小猫が映っていた。

 

「…で、これが?」

 

「…これ、あんたが教えたの…?」

 

「…あいつの場合どう力が上がっても拳の威力はたかが知れてるからな、足の使い方を教えただけだ…あそこまでえげつない手は教えてない…だが、あれが何か問題か?黒歌、お前だって敵対者には容赦ないタイプだろう?小猫は今まで甘かったのさ…寧ろ成長を喜ぶべきじゃないのか?」

 

「……」

 

黒歌は唇を噛み締めたまま黙っている…やれやれ…

 

「…あのなぁ…妹にこうなって欲しくなかった、は今更だぞ?こいつは遅かれ早かれこうなってたさ…」

 

……とはいえこれは原作には無い変化だ…本来は私はもっと気にすべき事なのかも知れない…だが…

 

「…自分の妹とその仲間を信じろ。あいつは道を間違う事は無い。」

 

「…何でそんなに落ち着いてられるの…?」

 

「…あいつがお前の妹だから。それだけで私にとっては信頼に足る。」

 

「…あんたって冷たいのか、甘いのか分からない…」

 

「…私は元々単なる合理主義者だ。…だから本当は感情論より打算が大きい…だが血も涙もある…」

 

「…あんた泣き虫だしね…」

 

「…揚げ足を取るな。…全く…」

 

「…テレサ、打算とはどういう意味かな?」

 

サーゼクスが水を差してくる…どうしてお前はそんなに鋭いんだ…そこはスルーするところだろうに

 

「私は強くなってもらいたいのさ、あいつらに。…私が覚醒者になった時首をはねられる候補は多い方が良い…」

 

「…私たちだけでは足りないと?」

 

「…足りない。この身は最強。もし、覚醒したらお前たちだけで抑えられるか分からん…だからこんな所でつまづいて貰っちゃあ困るんだよ…」

 

だから私はあいつらを徹底的に鍛えた…結果的にあいつらは今原作のライザー戦後より強くなっている筈…問題はアーシアが眷属じゃない事…タイミングがズレている事…挙げてみると不安になって来た…大丈夫なのか?そもそも一番の不確定要素は私だが…

 

「…オフィーリアの事もある…あいつら全員を耐えず私がガードするのは無理だ…と言うかもう一度戦っても勝てるか分からないしな…」

 

…リターンマッチがしたいと思わないでも無い…だが、全てを賭けて戦うには私はもう大事な物を増やし過ぎた…何も無かった昔なら…いや、やはり負けていたかも知れないな…何となくそんな気はする…



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79

「まあ小猫の事は置いといて、だ「もっと真面目に考えるにゃ」…ここまで来て蒸し返すな。そんなに気になるなら姉妹で勝手に話し合え。倫理的な話なら私は専門外だ。私に教えられるのは結局戦いに関する事だけだからな。」

 

「…私だって無理にゃ…」

 

「なら、どっちみちこの場で何言っても無駄だ。…辛気臭い顔するな…取り敢えず会って来たらどうだ?サーゼクス、今小猫は何処に居る?」

 

「隣の部屋でリーアたちと休んでいるよ。」

 

「だとさ。ほれとっとと「後にするにゃ」…なら、好きにしろ。サーゼクス、次だ」

 

「では誰を映せば良いかな?」

 

「…木場だ。」

 

「…ふむ、何故彼なのかな?」

 

「ちょっとな…まず映してくれ。理由は後で話す。」

 

「分かった…では…」

 

サーゼクスが再び操作をし、映像が切り替わる…そして木場祐斗の姿が映し出された…

 

「むっ?サーゼクス、ちょっと止めてくれ。」

 

「…と、どうしたんだ?まだ戦闘が始まってすらいないが?」

 

「黒歌、見てみろ。」

 

「にゃ?…あっ。」

 

映像に映し出された木場は両手にそれぞれ一本ずつ剣を持っていた…成程。こういう風になるのか。

 

「すまない…私にも分かるように説明してくれないか?」

 

「…魔剣使いとしての木場祐斗は多くの場合、剣を基本的に一本しか使わないんだよ。」

 

「成程。この映像では二刀流になってるね。しかし、改めて指摘したのは何故かな?君は既に見てる筈「私との戦いで奴は二刀流を披露していない」成程。」

 

「間違いなく私への対策だろうな…この時点でライザーは既に眼中に無かったのだろう…」

 

実際、私の見立てでは今のあいつらは一体一に持ち込めるなら木場祐斗を含め、全員ライザーの眷属にはほぼ遅れを取らないだろうと見ている…もちろん一番成長の遅れている兵藤一誠も含めてな…

 

「成程。手数で君を圧倒するつもりなのだろうね…」

 

「現状、純粋に腕力で劣る木場では私との打ち合いはほぼ不可能だからな…」

 

まあ私の場合、大剣がまともに振れないなら他の武器を使うか、徒手空拳に切り替えてボコボコにするだけなのだが。

 

「私の記憶では後にある理由から木場は二刀流主体に切り替えるんだ…」

 

「…君の知る歴史と変わって来ている訳だね…君はこれが重大な不確定要素に成りうると?」

 

「…いや、念の為だ。変化なら既に私の存在があるし、ライザーと戦うタイミングもズレてるから今更だ。」

 

…最も本音を言えば…先程小猫の問題をスルーしたからこの場では言えないがここまで変化がある以上、何が起きても可笑しくないと思っている…しばらくは警戒を続けなければ…



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80

「さて、次は「もういい。」……まだ残っているが…」

 

「これ以上は無駄だ…残りの三名に関しては本人と直接話した方が早い…そもそも本来であれば兵藤以外は専門外だ…心の問題に関してなら大人としてアドバイス出来なくも無いがな…」

 

……完全に能力頼みの遠距離戦闘を行う二人に関して私から戦術的にこれ以上言える事は何も無い…それに…

 

「私の知る歴史との違いなら尚のこと直接見た方が早い…どうせ当分は修行をつける羽目になるんだ…」

 

しかしこれ以上何を教えたら良いものやら…頭が痛くなって来る…

 

「…成程。ではこれで…?」

 

部屋のドアからノックが聞こえた…誰だ?こんなイベントに覚えは無いが…サーゼクスがこちらに視線を向けて来たので首を横に振る。

 

「…取り敢えず私が出るにゃ。」

 

「…ああ、頼む。」

 

そう言ってドアへ向かう黒歌…その間に私は黒歌にずっと抱き着かれて居て強ばった腕を回し解す…やれやれ…

 

「誰にゃ?」

 

「俺です…兵藤です…」

 

「イッセーちんにゃ?」

 

兵藤?どうしたんだ?黒歌が一応サーゼクスの方を見れば黙って頷いた…まあ私からも特に断る理由は無いが…

 

「待ってるにゃ、今開けてあげるにゃ。」

 

黒歌が念の為かけられていたのだろう部屋の鍵を外し、ドアを開けた。

 

「どうしたにゃ?私たちもそろそろそっちに行こうと思ってたけど?」

 

「…あっ、いえ、俺がと言うか…その…」

 

兵藤が言い淀む…何だ、一体?

 

「…歯切れが悪いにゃ…はっきり言うにゃ。別に私たちもよっぽどふざけた話じゃなきゃ別に怒ったりしにゃいにゃ。」

 

「…それがその…さっきライザーの奴がやって来て…思わず身構えたんですけど…何か俺たちでも部長でもなくてテレサさんに用だ、とかで…」

 

「……ライザーが…テレサに?」

 

どういう事だ?…何だ?この悪寒は…

 

「…一応部長が用件を聞いたんですけど良いから会わせろ、の一点張りで…取り敢えず俺が代表でここに…」

 

「そう…。」

 

黒歌が私に視線を向ける…

 

『どうするの?』

 

『…会うさ。あんな奴でも名家の人間だ、まさか魔王のいるこの場で暴れ出す程分をわきまえない、という事は無いだろうしな…』

 

『…そっ、分かったわ…』

 

「…分かったにゃ。なら、入っても「いや…それがその…二人だけで話したいとかで」……はっ?」

 

黒歌から底冷えのする様な声が聞こえた…

 

「どういう事?」

 

「そっ、それが…俺にも良く…」

 

「とにかく駄目よ。そんなの認められるわけ「構わない。会おう」テレサ!?」

 

「良いのかい?向こうは仮にも魔王である私を蔑ろにして君を指名してきてるんだ…何なら私の口から断っても「問題無い。会うだけだ…そんなに心配するな」…テレサ…」

 

「呼ばれたのは私だ…そこまでお前に面倒はかけられんよ…」

 

私は席を立つ…「テレサ…」

 

「…何だ、グレイフィア?」

 

「気をつけて…」

 

「…ああ。」

 

ドアに向いて黒歌の横を通…おい…

 

「離してくれ黒歌「嫌にゃ。」おい黒歌…」

 

黒歌が私の服を掴んでいるので動けない。

 

「どうしたと言うんだ?大丈夫だ、ただ会って話を「嫌にゃ!」黒歌…」

 

やれやれ…私は黒歌の頬に手を当てた…

 

「……嫌な予感がするにゃ。」

 

ああ…正直私も感じてるよ…いや、多分この部屋にいる全員が感じているのだろう…

 

「…大丈夫だ、私を信じろ。」

 

私はもう片方の手で黒歌の指を一本ずつゆっくり開いて行った…どれほどの力を込めたというのか、黒歌の爪が私の服を貫通し黒歌の手に血が滲んでいた…全く…馬鹿な奴だな…

 

「…グレイフィア、大した事は無いと思うが一応こいつの手当てを頼む、じゃあな、黒歌…行ってくる…」

 

私は兵藤がドアから離れるのに合わせ、部屋の外に出るとドアを後ろ手に閉めた。

 

「…さて兵藤、悪いがライザーの所まで案内して貰えるか?」

 

「はっ、はい!こっちです!」



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81

兵藤の案内で駒王学園旧校舎の廊下を歩く…兵藤がかなり緊張している様だ…そんなに厳しくした覚えは無いのだが…黙っているのもなんだし、少し話でもしてやるか。

 

「…しかし意外だな?」

 

「えっ?」

 

「いや、お前がこうしてライザーの為に私を呼びに来た事だよ。」

 

「…すみません…無理を言って…」

 

……いや、本当に原作と違い過ぎるだろ…何でこんなに卑屈になるんだ?

 

「…気にするな、呼び出したのはライザーだろ?お前がそんなに気に病む事は無いさ…そもそも用があるなら私の所へ直接来れば良いというのに「いや、難しいんじゃないですかね?」…ん?」

 

「実はあいつ、妹に支えられながら俺たちの所に来まして…どうもテレサさんにボコられたのと更に俺の攻撃の影響で再生が間に合わなかったらしくて…」

 

「……成程。そもそも私のせいだったか…すまなかったな…」

 

「いっ、いえ!それなら俺のせいでもありますから…」

 

まさかそんな状態になってるとは…やはりやり過ぎたか…?…いや、奴には良い薬という気もするが…

 

「…まあ…そんな状態ですから実を言うとこっちも毒気抜かれちゃいましてね…頭まで下げられましたし…」

 

「……」

 

そこまで劇的に変化があるとはな…

 

「それで…さっきの質問の答えですけど…部長をライザーのいる部屋に行かせることになるのも抵抗があったし…そうなると直ぐに動けるレベルの軽症の奴は俺しかいませんし…それに…」

 

「それに?」

 

「…ライザーの気持ちも…まあ、男として少しは分かる気がしたんで…」

 

「どういう意味だ?」

 

「…詳しくはライザーの奴に直接聞いてください…元々俺の推測でしか無いですし…どちらにしても俺から口に出すわけにはいきませんから…」

 

 

 

 

「…来てくれたか…あー悪いな、呼び出して…」

 

「構わんさ…こういう事情なら私にも責任がある…」

 

「取り敢えずかけてくれよ…まっ、つっても俺の部屋じゃないけどな。」

 

私はベッドに身体を横たえるライザーの向かいに置かれた椅子に座った…

 

「…で、何の用なんだ?…身体が動かないなら何も、今でなくても良かっただろ?…まあどうしても今恨み言が言いたいとかなら「いや、そういう事じゃ無いんだ」ん?」

 

「これは報いさ…アンタやリアス、そしてその眷属たちの力を侮った…その結果がこれだ…納得こそすれ、俺がアンタやリアスたちを責める事は絶対にねぇ。…もちろん、これは俺の眷属も共通しての意見だ…」

 

「…ますます分からんな…そういう話じゃないなら何だ?」

 

「どうしてもアンタに今この場で言っておきたい事が有ってな…」

 

「…ここまで来たんだ…聞いてやる、何だ?」

 

「…俺はアンタに本気で惚れた。…俺と添い遂げて欲しい。」

 

「はっ?」

 

何を言ってるんだ、こいつ…

 

「…言っておくが…これは嘘でも気の迷いでも無いぜ?俺は本気だ。…まあ眷属たちを手放す気は無いがな…俺が一番愛してるのはアンタさ…」

 

「虫のいい話だな…まあ、しかしだ…仮にもし、お前がこの場で眷属たちを私の為に放逐するとほざいていたら…間違いなく私はお前をさっき以上の力で殴っていただろうよ。」

 

女として見ればクズの論理だろうが…私一人を愛するために仮にも全てを捧げて着いてきた眷属たちをあっさり放り出すようなら最早ただの畜生だ。それこそ塵芥にも劣る…

 

「…さて、私の返事だが…あの時と一緒だ…他を当たれ。」

 

「…やっぱ振られちまったか…何せ出会いも最悪だったからな「勘違いするな」ん?」

 

「もしも今回の様な出会いじゃなくても私はお前を選ばない…お前に教えといてやるよ、一般的に気が多い男を選ぶのは極小数なんだよ…誰もがお前を選ぶと思わない事だ。」

 

「…肝に銘じて置くさ。…まあ…でもさ、想うのも、アタックするのも俺の自由じゃないか?気に入らないならアンタが俺を袖にし続けりゃ良い。」

 

「…好きにしろ…今回のゲームの結果にも、お前との個人的な賭けの内容にも…そんな条項は含まれてない。」

 

「…良かったよ、言わなくて。…まさか俺の方がアンタに本気になるなんて思ってもみなかったからな…本当にツイてるぜ…」

 

「…但し節度は守れよ?…約束出来るなら…二人で出かける位はしてやる。」

 

「マジか?…俄然やる気が出て来たぜ…」

 

…そう言って獰猛な笑みを浮かべるライザー…やれやれ…嫌な予感の元はこれだったのか…また厄介事を背負い込んでしまったな…

 

「…さて、私はもう帰る…あー、そうだ…携帯位は持っているんだろ?…私の番号だ…落ち着いたら一度連絡して来い…まあ暇だったら出てやるよ。」

 

手帳に番号を書くと千切って渡す…何もここまでしてやらなくても良い気はするが…まあ今回、気に入らない相手とはいえ、やり過ぎたと思わないでも無いからな…これぐらいなら良いか…

 

「…ありがとう。今度連絡させて貰うよ。」

 

そう言って爽やかな笑顔を浮かべるライザー…

 

「止めろ。寒気がする…」

 

「…参ったな…これで大抵の女は堕ちるんだが…やっぱアンタ手強いよ…本当に堕とし甲斐があるぜ…」

 

「生憎私はお前が嫌いだがな…まっ、精々頑張れ…じゃあな。」

 

私は席を立った。



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82

「…と、忘れる所だった…ライザー?」

 

「何だ?」

 

「こんな状況のお前に言うのも酷な話かもしれんが…敗者としてきっちり約束は守れよ?」

 

「…分かってるさ、当然アンタとの約束も守る。」

 

「…あっちに関しては単なる口約束なんだがな「アンタへの点数稼ぎさ。」…単純な奴だ「それにな」ん?」

 

「何もアンタの為ってだけじゃない…まあ元々アンタには一切メリットの無い話だけどな…正直、結構悔しかったんだぜ?情婦の様に扱っちまう事も多いが、俺の眷属たちは皆一流の戦士だった。それだけは確かに言えた…俺だって何もして来なかったわけじゃない。…だが俺たちは負けた…それも平和な学園生活とやらを送ってる筈の連中に、だ…!」

 

「……」

 

「自惚れて無かったとは言わねぇ。だが、実際俺たちは確かに今までレーディングゲームで勝利を掴んで来たし、相手は初心者、万に一つも負ける事は無かった筈だ…!」

 

「悔しくないわけ、ねぇだろ…!…チッ…熱くなっちまった…まあ何を言っても負けは負けだ…受け容れるさ…だが次は負けねぇ…!更に強くなったあいつらに勝利する…!」

 

「…そうか。」

 

自分の敵を育てる、ね…こいつも戦闘狂か…

 

「…今、この場で宣言する…!次は「水差して悪いが…あいつらは受けるだろうが次は私はもう戦わないからな?」へっ?」

 

やはり私も頭数に入っていたのか…

 

「私はアイツらと違って基本的にあまり成長しないんだよ…そういう種族なんだ…だからやらない。」

 

「……勝ち逃げはさすがに酷くないか?」

 

「何とでも言え。戦うのは嫌いじゃないが、私は負け戦が大嫌いなのさ。…大体、少々鍛えた位では私には届かんぞ?」

 

「……」

 

「まあ次にリアスたちと戦うのを楽しみにしていろ…何せ私が鍛えるんだ…次もアイツらが勝つぞ。」

 

「…冗談。次に勝つのは俺たちさ。」

 

「言ってろ。じゃあな。」

 

ドアに向かい、開ける…

 

「…あっ、テレサさん…」

 

「兵藤、何故ここにいる?戻ってろと言ったろ。」

 

廊下には兵藤が立っていた…まあいたのは当然気付いていたのだが…

 

「いっ…!いやあの…このまま帰ったら黒歌さんに殺されそうですし…」

 

……有り得るな。

 

「…そうか。待たせて悪かったな?…話は終わった。…戻るぞ?」

 

「…はっ、はい…!」

 

 

 

「ところで兵藤?」

 

「えっ?」

 

「……話を聞いていたか?」

 

「…いっ…!いや!もちろん聞いてないですよ!?やだなぁ…!」

 

「…そうか。……ドアの開く音が聞こえたのだが?」

 

「えっ?俺は開けてないですよ?ただドアに耳を付けただけで…あっ!?ちっ、違うんですよ!?…痛ぁ!?」

 

私は横にいた兵藤の頭に拳を落とした。



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83

とまぁ…その後は黒歌にライザーの事を説明して黒歌がブチ切れてライザーの所へ向かおうとするのを私とサーゼクスにグレイフィア、果ては兵藤まで加わって漸く鎮圧したり、リアスにライザーとの賭けについて咎められたり、何とか自力で動ける様になったライザーとサーゼクスたちが冥界に帰るのを見送ろうとした際、ライザーの妹、レイヴェル・フェニックスから「お義姉様とお呼びしても?」と聞かれ、黒歌の機嫌が悪くなる等…ゲームが終わったのにその日は私の苦労が絶えなかった…今更ながら、ライザーを挑発したのを後悔している…

 

……なぁ黒歌?そろそろ機嫌を直してくれないか?お義姉様云々についてはちゃんと断っただろう?……やれやれ…それにしても黒歌がここまでキレるとは…その癖何故か、クレアとアーシアはライザーに会っても居ないのに乗り気だし…勘弁してくれ…

 

 

 

そうして漸く厄介事を片付けたと思っていた私に数日後、また新たな問題が勃発した。

 

『そういやお前、レーディングゲームに出たんだってな?』

 

「……何故堕天使のお前がそんな事を知っている?」

 

原作でもこいつが何らかの方法で他勢力の情報を集めてる描写は有った…そう言えばどんな方法を使ったのかは覚えていないな…もしかしたら記述は無かったかも知れないが…

 

『サーゼクスから聞いたぜ?』

 

「……あの、馬鹿…!」

 

何で非公式のレーディングゲームの結果をよりによって他勢力の人間に話すんだ…?

 

『そんでよ、実はお前が使えそうなもん作ったから試してみねぇか?』

 

「どういう事だ?」

 

『いや…サーゼクスに映像見せられたんだけどよ…お前、炎を纏ったライザーの身体を素手で殴ってただろ…再生するとはいえ、やっぱダメージはあんだろ?』

 

「……まあな。」

 

実際あの時私の手は大火傷を負っており、殴れなくなるのも時間の問題だった…

 

『剣技主体とは言え、ステゴロも使うお前には篭手なんてどうか、と思ってよ、試作品が出来たからちょっと試してみてくれねぇか?』

 

「……耐えられるのか?」

 

当たり前だが普通の装備は私には合わない…大半が壊れる…実際、妖力解放して耐えきれるあの大剣が異常なのだ…そろそろ甲冑にもガタが来てるし、黒歌が作る服も何度か使えばやはり壊れている…せっかく作って貰っても生半可な装備では意味が無いのだ……

 

『その辺は試してもらわねぇと正直分かんねぇな…でもまぁお前さんも何れ替えの鎧が欲しいとか思ったりもしねぇか?』

 

「…専属の鍛冶師に名乗りを上げられてもこっちには返すものが無いんだがな…」

 

『もちろん金なんて要らねぇ。俺が欲しいのはお前との時間だな。』

 

「そんな事で良いのか?…欲深な堕天使の言葉とは思えないな?」

 

『俺にとっては値千金なのさ。それこそ幾ら積んでも惜しくねぇ程にな。』

 

「…金は要らん。今の所生活には困ってない。」

 

黒歌もクレアもアーシアも贅沢はしないし、私も食べる量が増えたとはいえ、十分賄える量だ…いや、まだお釣りが来るな…結局はぐれ悪魔狩りも出来ないしどうせなら今度何処か出かけてみようか…

 

『まっ、そう言うだろうと思ったぜ。俺としては懐が痛まなくて良いがな、趣味で作ってる物を提供するだけでお前と過ごせるんだからな。』

 

「コストはかかってるだろ?全く釣り合ってないじゃないか。」

 

『趣味は金かけてなんぼなんだよ。…で?何時なら都合が付く?迎えに行ってやるよ。』

 

……そして私は後日アザゼルと出かける事に……何事も起こらないと良いのだが…黒歌に聞かれなかったのは救いだな…あいつに聞かれたら多分絶対に面倒な事になる…



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84

「よぅ、テレサ。」

 

「…ああ。…そう言えば顔を合わせるのは久しぶりだったか?アザゼル?」

 

ワゴン車を私の横に停め、助手席のドアを開けて来るアザゼルにそう返しながら私は車に乗り込む。

 

「そういやそうだったか?…つっても結構頻繁に連絡は取ってたからそういう気もしねぇなぁ…」

 

「……単純に考えても一年は顔を合わせてないと思うのだがな」

 

「何だかんだ昔より忙しいからな…戦闘なら歓迎だが、実際は書類仕事ばかりで嫌になるぜ…」

 

「……もし今…この場でお前が暴れたら少なくとも人間界は影も形も無くなるだろうよ。」

 

実際問題こいつが暴れ出したら私では止められまい…

 

「……今更こっちから喧嘩ふっかける気はねぇよ。…最も抑止力は必要だと思ってるがな。」

 

「渦の団、か?」

 

「そういうこった……暗い話は止めるか。さて、何処行きたい?」

 

「……お前がエスコートしてくれるんじゃないのか?」

 

「……そう思ったんだが…まともなコース決める時間なくてよ…それにお前の場合、サプライズで堅苦しい店予約しても下手すりゃ店着いた瞬間帰るだろ?」

 

「……まあな。」

 

予約したアザゼルには悪いがそんな高い店を奢ってもらう謂れは無い。最も…

 

「…ホントもったいねぇよなぁ…お前今でも綺麗なんだから着飾ったら絶対に映えるだろうによ…」

 

「……身体に醜い傷の有る私に露出の高い装いをしろ、と?」

 

「…いんや、普段は露出控え目な奴が良い。…俺はお前の肌を他人に見せたくねぇ。それは二人っきりの時、部屋でじっくり見てぇ。」

 

「……本当に物好きだよ、お前は。」

 

……まあ、一回位はこいつに付き合うのも悪くないかもしれん…。

 

「それはそうと何時出発するんだ?」

 

「ん。」

 

「何だ?…あっ…」

 

アザゼルがミラーを指差すので見れば見覚えのある三人が…

 

「…連れて来ても良いぜ?多分こうなるだろうと思ったからこいつにしたのさ。」

 

そう言ってアザゼルがダッシュボードを指で叩く。

 

「…すまんな、行ってくる。」

 

私は車のドアを開けた。

 

 

 

 

「よぅ…久しぶりだな、クレア?」

 

「…はい、アザゼルおじさん…」

 

「…で、何でお前らここにいるんだ?」

 

……件の三人とはクレアに黒歌、それにアーシアの事である…一応三人には何も告げなかったんだがな…

 

「…勘にゃ。何となくアンタの事が気になったから後をつけたにゃ。」

 

「…私は面白そうだったから…ごめんなさい。」

 

「わっ、私は二人を止めようと思って…!ごめんなさい、テレサさん…」

 

……言い訳はともかく…きちっと謝っているし、取り敢えずクレアとアーシアに関しては良い…ただ…

 

「…お前は他に言う事は無いのか?…黒歌。」

 

「無いにゃ!私はアンタが心配だっただけにゃ!」

 

……まあ野次馬根性でこんな事をするタイプじゃないしな、こいつは。

 

「まあいい…取り敢えずお前らも来るだろ?何せアザゼルが今から私たち四人に何でも奢ってくれるそうだからな。」

 

私は運転席のアザゼルの肩に手を置いた。

 

「…構わねぇが飯だけな。そもそも今日は俺もあんま時間ねぇからな」



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85

「…で、本当にここで良いのか?」

 

クレアの提案で私たちがやって来たのはチェーン店の回転寿司屋だった。

 

「私たちに高級料理の味が分かると思うか?」

 

「お前金あんだろ?お前やそこの猫又はまだしも、クレアとアーシアにはもっと良いもん食わせてやりゃ良いのによ。」

 

「何時までも金が有るとは限らんしな…そもそも二人が将来自分で稼ぐ様になった時、金銭感覚が崩壊していたら問題だろう?」

 

「……この二人に関してそんな心配必要か?」

 

「……」

 

私はクレアとアーシアの方を横目で見ると直ぐに逸らす…クレアが食べたのは比較的安いネタを五皿のみ…育ち盛りである事を考えれば少々少ないのでは無いのだろうか…?…そしてアーシアの方はと言うと…

 

「…美味しいです…!」

 

外国人である(そう言ったらクレアも本来そうなのだろうが)アーシアに生魚は食べられないのではないか、と思っていたが、意を決して口に運んだ所、あまりの美味しさに感動したらしく泣き出してしまった…食べるペースが異常に落ちているので、私たちはアーシア以外はもう全員食べ終えているのに席を立つ事が出来ない…

 

「……確かにこの二人に関しては杞憂かもしれないな…」

 

実際アーシアも大した量は食って無い様だ…

 

「アーシアにはもっと美味い物食わしてやれって、マジで。」

 

「…外食の機会を増やすか。…どう思う黒歌?」

 

「私も別に異論は無いにゃ。…と言うか、アーシアちゃんが来てからまだ一回も行ってないんだけど?」

「……そう言えばそうだったな…」

 

アーシアが来たその日からずっとバタバタしてたのもあって忘れていた…

 

「まだ歓迎会もやってないにゃ。」

 

「お前の時はやっていたな…」

 

「猫の時と人型になってからの二回、ね。」

 

「……私がそう言う祝い事に気の乗らないせいもあるが、二回もやった奴が他にいるのにやらないのは問題か…」

 

「元々提案したのもクレアだけどね…」

 

「何かお前ら、何時もクレアが中心にいるのな。」

 

「…否定はしない。そもそもクレアがいなかったら私たちは一緒には暮らしてなかったかもしれん。」

 

「当時聞いた時は驚いたぜ…まさかお前がガキと暮らし始めるなんてよ。」

 

「…そうだな…」

 

……当時はあくまで"テレサとして"身寄りの無いクレアを引き取っただけだったが…あいつは原作のテレサよりもずっと不器用に接する私と向き合い続けた…今では私自身にとって本当に大事な存在だ。

 

「…アンタが私を拾うわけないし、そもそもクレアを通してのアンタを見ていなかったら、正直私の方からアンタを見限ったと思うわ…」

 

「…だろうな…」



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86

「トイレに行ってくる。」

 

そう四人に告げて席を立つ…この手の店は割と広かったりするが特に迷う事は無く辿り着いた。

 

 

 

……特に何があるわけでもなく普通に用を足し、個室を出る。手を洗い、乾かし、外に出る…大抵トイレ近くの通路は比較的狭い。前から来た女性客に会釈しつつ、身体を避けながらすれ違う…

 

「あら?ねぇ、ちょっと貴女…」

 

……後ろから声をかけられた気はするが私は別に彼女に心当たりは無い…無視して歩き続ける。

 

「ちょっと!」

 

後ろの女に肩を掴まれ…!何て力だ…!

 

「何をす…!「Hello♪」お前…!オフ「ハイ、ストップ♪」ウグッ!」

 

振り向いた先にウィッグを外したオフィーリアがいて思わず声を上げようとした私の口に奴の手が置かれ、更に顎を掴まれそのまま壁に叩き付けられる。

 

「お久しぶり♪今は私もプライベートなの…少し静かにして貰える?」

 

「ヌグッ…!」

 

呼吸が…顎が軋む…!

 

「今からこの手を離すわ。で・も・いきなり大きな声出さないでね…約束出来るわね…?」

 

「ウッ…!」

 

どちらにしろここでこいつに暴れられたら一般客はまだしもクレアたちも被害を受ける…私に否やは無い。

 

「…ハイ。喋って良いわよ。」

 

オフィーリアが手を離す…

 

「…ッ…お前、何でここに…!?」

 

壁に背をつけたまま床に座り込み、顎を押さえる私の前でしゃがみこむ奴に問いかける。

 

「だ・か・ら・私もプライベートなの♡あっちではこんなお店無かったからちょっと興味があってね。」

 

「……一人でか?」

 

「いーえ。ちょっと素敵な殿方と一緒に♡ここに行きたいと言ったら彼、すごい面食らってたわね。」

 

そう笑う奴は本当に楽しそうな笑顔を浮かべていた。

 

「…楽しそうで何よりだ…で、私に何か用なのか…?」

 

「別に何も♪久しぶりに会ったんだし、挨拶くらいするでしょ?」

 

「…覚えておけ…久しぶりに会った相手に普通暴力は振るわない…ここはそういう世界じゃないんだ…」

 

まああっちなら良いというわけでもないんだが…

 

「あら?そうなの?」

 

「…分かってて言ってるだろ、お前…」

 

「もちろん。私も本当はそれぐらい知ってるわよ?でも貴女も悪いのよ?いきなりこんな所で大きな声出したら迷惑でしょ?」

 

「…お前相手なら警戒して当たり前だ…!」

 

「あら怖い♪こんなか弱い女の子に向ける殺気じゃ無いわよ、それ。」

 

「…本当にこの場で戦うつもりは無いんだな…?」

 

「さっきそう言ったじゃない。それじゃ、また何時かの夜に…決着はその時着けましょ。」

 

そう言って立ち上がり、私から離れ、トイレのドアに向かって行く…私はその背に向かって何故か声をかけていた。

 

「…今、この世界で送る日常が楽しいなら自分から壊す必要は無いだろ…?…私とお前が戦ったらどちらかが死ぬんだぞ…?」

 

奴は歩みを止めた。

 

「そうねぇ…確かに貴女もあの時より強くなったみたいだし、次は私の方が負けてしまうかもしれない…でもね…」

 

そこで奴が振り向く…

 

「疼くのよ…この身体が…戦いたくて…堪らなくなるの…」

 

……私は先程とはまた違ったその蕩けきった笑顔を直視出来ず目を逸らした。

 

「じゃあね♪」

 

その声に視線を向けるとオフィーリアがドアの向こうに消えて行く所だった。…ドアの閉まる音が聞こえ、私は漸く一息付いた…



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87

「さて、何時までもこのままという訳には行かないか。」

 

大してダメージがあったわけでは無いが…精神的疲労か、床に手を付けて力を込めても上手く立ち上がれず、壁に背中を擦りつけながら立ち上がり、軽く深呼吸して首をゴキゴキ鳴らした…そう言えば…

 

「私の記憶が確かなら原作でクレイモアがトイレに行くシーンは無い。…私は半覚醒して以来、何故かこうやって用を足しに行く事が当たり前になったが、オフィーリアもそうだとは考えにくい…恐らく私が特殊な例な筈だ…」

 

原作で書いてないだけで普通に用を足す事もあるかもしれん…単に私が忘れているだけ、という可能性もある…最も今回オフィーリアは男と来た、との事だから化粧直しかもしれんな…何にしてもここに長居して鉢合わせしたくは無い…他の客や従業員に見られるのも面倒だ…考察は帰宅してからにするか…

 

 

 

「随分遅かったわね、テレサ。」

 

「ん?アーシアももう食べ終わっていたか、待たせてしまったな…すまん。」

 

「ねぇ、テレサ…」

 

「…どうした?」

 

「何か…あったの?」

 

……やはりクレアには気付かれてしまうか…だが、クレアには言いたくないな。

 

「…何でもない……いや、久しぶりに出かけたから少し疲れたのかもしれんな…」

 

「…そう…」

 

「まっ、そういう事もあるだろうよ、そろそろ帰ろうぜ、俺もいい加減戻らなきゃなんねぇ。」

 

「すまんな…」

 

アーシアとクレアを先頭に乗って来た車に向かう…と、

 

「…で、何があった?」

 

「……分かるのか?」

 

「恥ずかしい話だけどクレアが聞くまで分からなかったわ。」

 

「……クレアとは一番長いからな…そう簡単には隠しきれんようだ…最もクレアには話したくない…お前らにも…と言っても無駄か…」

 

「当然でしょ。」

 

「悪いけどな、俺はお前のためなら全てを投げ出す覚悟もあんだぜ?」

 

「…勝手に捨てようとするな…私のせいで堕天使たちに何かあったら笑えん。…まぁでも、そうだな…お前らにも無関係じゃないかもしれ…ちょっと待て。」

 

「「どうした(にゃ)?」」

 

「あそこのカップルの女の方…分かるか?」

 

ちょうど店から出て行く男女の後ろ姿を指差す。

 

「見えるけど…」

 

「後ろ姿しか見えねぇが…俺にゃ分かるぜ?ありゃ相当の美人だな。」

 

「…オフィーリアだ。」

 

私の言葉に反応して声を上げようとした黒歌の口に咄嗟に手を当て、黙らせる。…アザゼルの方は顔を顰めて腕を組んだだけだった…さすがだな…ほとんど動じていない。そこで黒歌が私の手を軽く叩いたので手を離した。

 

「…成程な…良く何とも無かったな…お前…」

 

「……幸い奴は変装してまで人間としてのデートを楽しんでいたらしく戦う気は無かったようだからな…最も、警告はされたがな…」

 

「アンタの話聞く限り異常者だと思ってたけど…あれだと普通の人間の女にしか見えないわね…」

 

「異常だよ…本人は戦いの方が好きらしいからな…」

 

私でさえ戦いが全てでは無いというのに…いや…私はさっきあいつの顔を見られなかった…それは…

 

「…まっ、今は戦う気が無いなら、こっちから手を出す事もねぇだろ…逆に言やあ、今ならどうにか…どうした?」

 

「テレサ…顔色が悪いわよ?やっぱりあいつに何かされたの…?」

 

「…大した事はされてない。本当に警告だけだ…少し、疲れたがな…」

 

私も何れ、ああなるかもしれない…そう思えて怖くなったからだろう…



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88

「そう言えば何でクレアはアンタの事、呼び捨てにゃの?」

 

「はっ?何だいきなり?」

 

黒歌の質問により部屋にいる筈の無い者たちが声を上げる。

 

「そうだな、私も気になっていた。」

 

「私も。どうして?」

 

「俺も気になるな、教えてくれよ、テレサ?」

 

私たちの部屋に現魔王の一人であるサーゼクス、その眷属にして女王であり妻のグレイフィア、残りは堕天使トップのアザゼル…図らずも悪魔、堕天使…実質二大勢力のトップがいるという状態である……何でこうなったんだ…?

 

切っ掛けは…今回オフィーリアが私に接触して来た事実を重く受け止めた黒歌がサーゼクスに連絡する、と言い出した…それは別に良い…アイツが何を考えてるか分からないが奴の言葉から推測するに近日中に再び私と接触して来る可能性は高く、それが私一人の場合なら良いが会談の場を襲撃して来る可能性がある…既に注意喚起はしてあるが一応、改めて伝えておいても良いだろう。

 

……そうだな、黒歌の判断は何も間違って無い…問題は私の事を心配したサーゼクスとグレイフィアの二人が家に来ると言って聞かなかった事、加えて…「あいつが来るなら丁度良い…後々の事考えて俺も直接顔を合わせて話したいと思ってた所だからな…止めても無駄だぜテレサ…これはもうお前一人の問題じゃねぇからな。」…と言ってアザゼルがシェムハザに帰れない報告の電話をかけた事か(あの時電話からはほとんど悲鳴に近い声が響いて来た……私を恨まないでくれることを切に願う…)

 

という事で、お世辞にも広いとは言えない、旧校舎の一室の狭いテーブルを囲んで二大勢力のトップが非公式とはいえ、揃う事になったわけだ…ちなみにクレアはミリキャスと一緒に別の部屋で遊んでいる…あー…胃が痛い…これは本当に気の所為なのか…?と、そこで思考を打ち切る…起こってしまった事はもう仕方無い…先ずは…

 

「…今、そんな事気にしてどうすると言うんだ…お前らはこれからの事を話し合うためにこんなクソ狭い部屋に集まって来たんだろうが。」

 

逸れてしまった話の方向性をさっさと元に戻す事…それが今、私のやるべき事だ…そもそもなぜ私が進行しなきゃならないんだ…私は一応どちらの勢力にも正式には所属していない一介の賞金稼ぎだぞ…戦闘の実力だってこの二人に関しては一応私より上だろうに…

 

「そうは言ってもだね、議題に上がった以上処理すべき案件だと思うのだよ、私は…ほら、議題を上げた、黒歌はもちろん、グレイフィアとアザゼルが興味津々じゃないか。」

 

「おいおいサーゼクス…そりゃねぇだろ。お前だって気になってんだろ?俺たちを出汁にすんじゃねえよ…なぁ?アンタもそう思うだろ、グレイフィアさんよ。」

 

「…本当に馴れ馴れしい方ですね…でも、私も同意見ですわ。」

 

「ほらテレサ、皆気になってるみたいだからさっさと答えるにゃ。」

 

……黒歌め…何時か絶対何らかの形で報復してやるからな…!

 

「…答えてもいいが、別に大した話じゃないんだよ…クレアを引き取る際、私の事を何て呼んだらいいのかとクレア本人に聞かれた。…私は母親なんて柄じゃないし…立場としては姉が良いと言った…そしたらお姉ちゃんと呼ぼうとしたから私が全力で拒否して……何だ、お前ら?」

 

私がそう言うと四人が冷たい目で私を見て来る…何なんだ…?

 

「クレアはお姉ちゃんと呼びたがったのに断ったの?」

 

「テレサ…それは…」

 

「おいおい…そりゃねぇだろ。」

 

「テレサ…貴女…」

 

「……そんな目で見るな…お姉ちゃんなんて呼ばれるのはどうしてもしっくり来なかったんだ…」

 

どうして私がそんな視線を向けられなければならない…?

 

「…さっきも言ったが…今そんな話良いだろ?さっさと本題に戻ろう。」

 

取り敢えず私はこの話を打ち切ろうとしたが、私は結局それからずっと冷たい視線を向けられ続け、いたたまれなくなり…とうとうその場で頭を下げる羽目になった。



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89

私が頭を下げた後、謝る相手はクレアだろうと言う四人からの総ツッコミから派生した雑談を何とか終わらせ…オフィーリア対策についての話を進めることになったがその前に私はアザゼルに話す事があった。

 

「へー…お前、観測世界の住人だったのか。」

 

「ああ…というかここにいるお前ら三人もそうだが…良く信じるな、こんなふざけた話…」

 

オフィーリアが会談の時に来るかは分からないのでこれから先起こる筈のイベントの何処かで奴が襲ってくる可能性を考えると、私がこの世界の未来がある程度分かる事実をこいつに話しておかないと肝心の話し合いが進まないまま終わってしまうからな…話す予定は無かったがこうなっては仕方あるまい…

 

「少なくとも私やグレイフィアが君を疑う事は無いよ、逆に言えばそれだけ君を信頼していると言う事だ…それにあの涙が嘘とは思えなくてね…」

 

「あっ、馬鹿…!?」

 

「ほう…そいつは…ちょっと詳しく聞かせてくれよ。」

 

余計な事を…!アザゼルがニヤニヤしながらこっちを見ているじゃないか…!

 

「アザゼル、悪いがその先は遠慮して貰いたい…家族の話だ。」

 

「家族、か…分かった、聞かねぇ。」

 

そう言って真顔になるアザゼル…普段からそうしてくれたら話が早いんだがな…

 

「…話を進めるぞ?…というか、お前は結局私の話を全面的に信じる、で良いのか?」

 

「この状況でそんな意味の無い嘘つく必要性ねぇだろ。…つか、俺としてはそれが事実の方が面白いんでね。」

 

そういう基準か…こいつらしい…

 

「…信じてるならそれで良い。…まあそもそも信じて貰えなければこの先の話をする意味が無いんだが…さて、オフィーリアの件だが、特徴として奴は私以上の戦闘狂で、性格も文字通り狂っていると考えてくれて良い。」

 

「成程な…しかし、イカれてるタイプなら行動パターンは読めねぇだろ?今回の会談を襲撃して来る理由は何だよ?しかもどう考えても団体行動出来る奴じゃねえだろ?渦の団の連中と組む理由がねぇ。」

 

「…所属してるとは限らんな…あいつの場合、単に派手に暴れられれば良いんだろうからな…」

 

「強敵と戦えるならそれで良いという考えなのは間違いないだろうね…最初にテレサが襲われた時、助けに来た私の正体を知った上でも平気で斬りつけて来たからね…戦争が起きようとも構わないと思っているのは確かだ…」

 

「…最初にサーゼクスにまで斬りかかった話を聞いた時、てっきりこの世界にいる勢力について知らなかったか、何か考えがあっての行動だと思ってたんだが、マジかよ…じゃあ、あいつは本当にただ強い奴と戦いたいだけなのか?」

 

「この町のはぐれ悪魔が弱過ぎて退屈している、と本人は言っていたからな…自ら火種を作ろうとしても何ら不思議は無いな…」

 

「…成程な…じゃあ会談の場に単独でも普通にノリで乱入して来る可能性は高いわけだ…だがテレサ…オフィーリアを封じる対策は何かあんのか?」

 

「無いな「即答かよ…」だがもし、奴が来るなら恐らく正面から来る可能性が高い…」

 

「うへぇ…めんどくせぇな…」

 

「当たり前だが、渦の団の襲撃中にこいつが来たら最悪全滅の危機がある…私も戦いに巻き込まれているだろうし、オフィーリアに構ってる暇があるかどうか分からん…以前お前との電話で私が奴の相手をすると言ったが…良く考えれば私の手が空かない可能性もある…」

 

「…最悪の場合私が相手をしよう…彼女はどうも私にも興味がある様だからね「サーゼクス様!それでは」グレイフィア、彼女は危険すぎる「でしたら私が相手を!」そう言うと思ったよ…だが、駄目だ…現状彼女の相手が出来るのは私とテレサだけだ…」

 

「盛り上がってる所悪いんだけどよ、別に俺でも良いんじゃねぇか?」

 

「そうか!ならお前に任せよう!」

 

「そうだね!適任かもしれない!」

 

「……おい、お前ら何時結託した?」

 

……サーゼクスは割とノリが良いからな…即興でやったのだが見事に汲み取ってくれた。

 

「冗談はさておきだ、結局この三人の内誰かが相手をするというのが一番良いんじゃないか?」

 

「……本音を言えば、三人全員で当たりたいぐらいだな…最もこの面子で、連携を取るのは難しいだろうし、どっちみち手も足りなくなるから論外だが。」



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90

「皆さん!お茶が入りましたよ!」

 

「…ん?そうか、なら休憩にするか。」

 

アーシアが来たのでそう言うとグレイフィア以外の三人から緊張が解けていくのを感じた…いや、だから何で私が進行を…もう良いか。

 

「はい、サーゼクスさん。」

 

「ありがとうアーシア。」

 

「はい、グレイフィアさん。」

 

「……ありがとう…」

 

……おいグレイフィア、そんなに引き攣った笑顔を向けるな、アーシアが困るだろうが。

 

「はい、アザゼルさん。」

 

「おう、ありがとよ。」

 

「はい、黒歌さん。」

 

「ありがとうにゃ、アーシア。」

 

「はい、テレサさん。」

 

「ああ、ありがとう、アーシア…面倒な事をさせて悪かったな、クレアたちの所へ行っていいぞ。」

 

「いえ、好きでやってる事ですから…それじゃあ失礼しますね。」

 

アーシアが部屋を出て行った。

 

「紅茶も中々悪くねぇな…アーシアか、ありゃいい嫁さんになるぜ。」

 

「……やらないぞ?」

 

「おいおい早速親バカ発言か?…あいつは元はと言やあ俺の所にいたんだぜ?大体、誰と付き合おうとあいつの自由だろ?」

 

「親では無いが…何処の馬の骨とも分からん男にアーシアもクレアもやるつもりは無い…というかお前はなまじ知ってる分駄目だ…何せ絶対お前女泣かすタイプだからな…」

 

「おいおい…馬鹿言ってんじゃねぇよ…俺は結構一途な方なんだぜ?」

 

「欲に溺れる堕天使が何を言う。…そもそも普段はお前、私にモーションかけてるだろうが…議論は時間の無駄だ…この場で一戦交えるか?アーシアが欲しかったら力づくで奪うんだな…」

 

「良いぜ?お前とは一度やり合ってみたかったからな…」

 

私はその場から立ち上がった…

 

「馬鹿じゃないのあんたたち?…いい加減にしないと引っ掻いて黙らせるわよ?」

 

「怒るな黒歌、冗談だよ…」

 

私は腰を下ろした……ふむ、即興コントはやはり受けが悪いのか…?

 

「ヒヤヒヤさせないでくれ、全く…」

 

「いや、サーゼクス…お前もさっき私と即興でアザゼルを嵌めたろ?なら、このノリも分かると思ったんだが…」

 

「いや、分からないよ…二人とも目が本気だったからね…」

 

「そりゃ、こういうのは本気でやらねぇと面白くねぇだろ?」

 

「先程は私も参加したし、分からないでもないがもう少しおふざけだと分かる範囲でやって欲しいね…」

 

「…悪かった、じゃあそろそろ続きを…どうした、グレイフィア?」

 

「給仕なら私がやれば…何もアーシアにやらせなくても…」

 

「まだ納得してなかったのか?…あのなぁ…さっきも言っただろう?お前、当日は間違い無くサーゼクスの護衛として出席するんだからこの場で席を外すのは可笑しいだろうと。」

 

「…だって…」

 

……メイドとしての矜恃か、それとも子供のアーシア一人にこの頭数の飲み物を用意させた事による罪悪感か…グレイフィアの場合、両方か。

 

「そう言えば、私じゃ駄目だった理由は何なの?」

 

黒歌から有り得ない疑問が飛んで来て危うく紅茶を吹き出しかけた…おいおい…本気で言ってるのか?

 

「…気付いてなかったのか?…お前、立場上会談には参加出来なくても、襲撃の可能性を把握している以上、どうせこっそり来るつもりだろ?…小猫がいるし、何だかんだリアスたちに情が移ってるみたいだしな…なら、当日の私たちの動きを知らせておいた方が良いだろう?」

 

「あー…そういう理由だったの「理由はまだある」えっ?」

 

「サーゼクス。」

 

「全く…こちらにも予定というものがあるのだが「こうなっては仕方ないだろ?早く言ってやってくれ」…黒歌、正式な発表はまだ先だが、君に良い報せだ…君の指名手配は先日、解除された。」

 

「えっ…ええええ!?」

 

……この話を聞かされた時私も本当に驚いた…黒歌が当日暴走する可能性があったため、サーゼクスに相談していたのだが、まさか黒歌の手配が既に解除されていたとは思いも寄らなかった…もう少し時間がかかると思っていたが…

 

「…とまぁそういうわけだ…手配が解除された以上、お前を戦力に組む事が出来るようになったから、参加させたわけだ…とはいえ今のお前にはどうでも良い事だな…こう言おう…喜べ黒歌、お前はもう何時でも妹と一緒に暮らせるぞ。」

 

「本当に…?本当に私は…もう…?」

 

「ああ。私から断言しよう…君はもう罪人じゃない。」

 

「やった!これで私は白音と皆で一緒に暮らせるにゃ!」

 

「良かったな…ん?皆?」

 

小猫と二人で暮らすんじゃないのか?

 

「黒歌お前…小猫と二人で暮らすんじゃ「何言ってるにゃ!私はあんたの家族にゃ!」お前と言う奴は…」

 

全く…この狭い部屋に更に人数が増えたら生活に支障が出るぞ…こうなるといよいよ新しい住居を探さないとならないな…人間界に残るか、それとも冥界に行くのか…さて、どうしたものか…



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91

「話を戻す前に言っておきたいんだが…そもそもお前ら私を信用しすぎじゃないか?私は、嘗ての、三勢力の戦争中に突然現れた、得体の知れない生き物だぞ?」

 

そう言うと三人が顔を見合わせる…頼むからもう少し疑ってくれ…現状敵はお前らの身内にもいるんだから…

 

「…では、先ず私から言わせて貰おうかな?…当時の私たちの君への共通の印象としては…魔力はほとんど感じられないのに何故か強者の風格を漂わせ、どの勢力の誘いにも乗らず、近寄ってくる者を片っ端から基本的に殺さず、打ちのめす謎の戦士…今の若手は単に魔力等、自分たちの身近にある力を感じ取れないだけで弱者だと決め付けがちだが…当時、戦争に参加して他勢力の実力者を見て来た私たちにはハッキリ分かっていたよ…君は強く、気高く…」

 

「何を…言っている…?」

 

「そして…悪人では無い、と。」

 

「馬鹿馬鹿しい…実力云々はまだしも、見ただけで私の性格まで分かっただと?ふざけた冗談だ…」

 

「何故分かるのかと聞かれても分からねぇな…ただ、俺も、サーゼクスも…お前はただ不器用なだけの奴にしか見えなかったんだよ。…後、付け加えるなら俺はすげえ良い女だと思ったぜ?」

 

「お前な…私より良い女なら堕天使勢にも沢山いるだろ…」

 

「私はまた違う意見ですね…私が感じた貴女への印象は一つだけ…覚えてない?…当時、死にかけていた私を救ってくれたのは貴女なのよ?」

 

「……全く…覚えてない…」

 

私は頭を抱えた…原作に関わりたくないと言っていたのは一体何だったんだ…?私はもう原作開始前からやらかしていたのか…

 

「私はそもそもその頃の事を知らないからね…でも、私からしたらあんたは日常生活がだらしなくて、何時も何か問題に巻き込まれて、一緒にいたら面倒臭いって分かってるのに放っておけない…そんな、素敵な家族。」

 

「……お前それ、最後以外はほとんどただの悪口だろ…」

 

「つまりだね、これらの事から…私たちには君を疑う理由が全く無いんだ。」

 

「…主観ばかりじゃないか…もっとマシな理屈を言えよ…もう良い…長い付き合いだし、どうせ今更お前らが私を疑うとは微塵も思ってない…で、何で突然こんな話をしたかだが…お前らにもう少し身内を疑う事を覚えて欲しいんだよ…特にアザゼル。」

 

「おい何だよ、いきなり「忘れたのか?戦争終結してから表面上は今まで大した問題は何も起こらなかったのに、今年に入って私が巻き込まれた事件…アレをやったのは堕天使だったろう?しかもお前の命令ならまだしも完全な独断…お陰で私はこんな警戒をする羽目になってるんだぞ?」……」

 

兵頭を助けに行ったのは結局私の意思だ。だが、そもそもあいつらが余計な事をしなければ私は動かずに済んだ。…原作開始のターニングポイントだから起こらない可能性自体ゼロで完全に八つ当たりだが、正直文句は言わないとやってられない。



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92

「もう良いだろ…勘弁してくれ…こっちも大変なんだぜ?実力も無いのに口だけ達者な連中が多くてよ…」

 

「そんな話をされても知らん…堕天使トップはお前だろ…さて、前置きが済んだ所で私の知る「おい」…何だアザゼル、水を差すな…ただでさえ脱線して話が進んでないんだぞ?」

 

「今更だがよ、聞くのは俺らだけで良いのか?」

 

「……天界陣営の連中がこんな話信じると思うか?」

 

「ミカエルなら信じるだろ。…俺もあんまこの場に呼びたくねぇんだが…」

 

「…意外に思うだろうが私は現トップのミカエルと面識が無い…というか天使自体にあまり良い感情が無くてね…」

 

「戦時下だってのに他の勢力そっちのけで討伐されかけたもんな、お前…」

 

「思い出させるな…確かに当時の私の対応も良くなかったと思うが…あいつら、こっちの言い分は堕天使以上に全く聞かないからな…お陰で私は歳を誤魔化す羽目になってしまった…」

 

今の若手に当時の戦争時の私の行動を知られれば面倒な事になる…特に天界陣営は不味い。

 

「一応、ミカエルもお前の素性の隠蔽には協力してるんだけどな…」

 

「だから味方と思えと?…あいつらは信用出来ないよ…堕天使の方がまだマシだ…欲に溺れてる分、懐柔も比較的しやすい。…また脱線したな…取り敢えずこの場に天使は呼ばない…今から言う話をミカエルに伝えるかはお前の判断に任せる…で、サーゼクス…」

 

「ん?」

 

「今更だが…言って良いのか?今この場でこの話をすると悪魔陣営の情報が堕天使陣営に流れる事になるが…」

 

「…良くはないが、どうせ和平を結ぶからね、それにアザゼルの協力を得られるならそれもアリだ。」

 

「…では、先ず…会談の場を襲撃する渦の団には幾つか派閥が存在し、その上に無限の龍神オーフィスが「おい」…いい加減にしろ…話が進まん…」

 

「マジで言ってんのか?」

 

「…オーフィスは宿敵に勝って住処に帰りたいだけだ…組織運営には全く興味無いし、基本的にはただ奴は加護を貰う為に利用されてるだけだ…最も加護を与えられた者は絶大な力を手にするが。」

 

「厄介さが一気に増したんだが…」

 

「対策については知らんよ…今、私は私の知る事を話しているだけなんでね。…で、まぁ派閥構成について詳しくは言わん…というか私もいい加減記憶が朧気でね…一応今回襲撃の中心になるのは魔王派…サーゼクス、所属しているのは全員お前らの前の旧魔王の者たちだ。」

 

「では、私の方で彼らを「全員を今の段階でどうにかするのか?証拠は揃ってるのか?」…一応きな臭い動きをしているのは掴んでいたが「何にしても待て…下手な事をすると何が起きるか分からない。」それはどう言う意味かな?」

 

「未来を知っている人間が、未来に大きな影響を与えるだろう行動を過去でしても、結局歴史の流れは大きく変わらない、という話を聞いた事は無いか?」

 

「歴史の修正力って奴か…確かに聞いた覚えはあるな。」

 

「起きると既に決まっている事は大抵の場合、必ず起きる…大きく流れは変わらないと言っても当事者である私たちにはどんな影響があるか分からない…」

 

「しかし…敵が誰か既に分かっているのに有事が起こるまで放っておくというのは…」

 

「そうじゃない。こう考えろ、一網打尽にするチャンスだと…若手にも裏切り者はいるだろうからな…それに、私の行動で既に流れはある程度変わっている…こうなると必ずしも私の言う通りの勢力が来るとは限らなくなって来るしな。」

 

「…結局、襲撃はあるという想定はした上で、こちらは対策を立てるしかないのか…しかもこちらから先に大きな行動を起こす事は許されない…」

 

「来るのは分かってるんだからまだマシだろ…仮に何も起こらないならそれで良いからな…」



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93

「…で、襲撃とは言ってもだ、三勢力のトップが揃い踏みして一応護衛も付いてる状態でいきなり正面から来る程連中も馬鹿じゃなかった…まぁそれでも特攻かけて来そうな狂人がいるわけだがそれはもう良いな…」

 

オフィーリア…実際一人でも何とかなりそうな実力を持ってるからタチが悪い。

 

「そこで奴らが考えたのが…今、私たちがいるのとちょうど同じ屋根の下にいる…とある転生悪魔の力を使う事だ。」

 

「まさか…!」

 

「おい?どういう事なんだ?この建物にいるってのは…」

 

「サーゼクス、本当に言っていいんだな?…一応考えてから言ってくれよ?…アザゼルは神器マニアだ。」

 

「…この状況で言わないのは無理だろう?構わない。」

 

「本当はリアスにも許可を取りたいんだがな…一応あいつの眷属だからな…まぁ仕方無い…その悪魔の名はギャスパー・ヴラディ。…転生前は言い方は悪いがダンピール…要するに吸血鬼と人間のハーフだ。」

 

「で…問題のそいつの神器ってのは?」

 

「本人の視界に入る者の時間を完全に止める『停止世界の邪眼』…ここまで言えば危険性は分かるな?しかもこいつは現状自分での神器の制御が一切出来無い…だから、今もこの旧校舎の一室に封印されている。」

 

「では、彼が敵に回ったと?…さすがにそれは…」

 

「…いや、本人に制御出来ないのを良い事に利用された…」

 

「…なら、話は早えな…そいつも会談の場に召還すりゃ良いだろ「いや、それが駄目なんだ。」何でだ?」

 

「彼はそもそも極度の対人恐怖症なんだ…だから封印と言っても実際は旧校舎内ならある程度行動していい事になっているんだが…」

 

「本人は自分の部屋に引きこもって絶対に出て来る事は無いんだよ。ちなみに会いに行っても無駄だぞ?時間を止められて逃げられる…本人の恐怖心に同調して無差別に発動するからな…恐らく私たちの誰が行っても話は出来ない。」

 

「参ったな「そう言えば」何だ、まだ何かあんのか?」

 

「良く考えたら私も止まってしまうだろうな…これを何とかしないと私は最悪戦力から外れてしまうな…」

 

「マジかよ…」

 

「しかし、それであればオフィーリアも「そうとも限らない」何故かな?」

 

「前にも言ったが、そもそもクレイモアが魔力なんて持ってる筈無いんだよ…だが、私は微量だが魔力を持っている。」

 

「おい、だとすると…」

 

「私は何も出来ないが、仮にオフィーリアが相当量の魔力を備えていたら、自分で対策を取れるかもしれない、という事だ…つまりだ、私が一切動けない状態のまま、奴と戦わなくてはならない可能性が出て来るわけだ…」



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94

頭を捻っていた所、今まで黙っていた黒歌から提案があった

 

「…クレアと話をさせてみたらどうにゃ?」

 

「ん?…あー…良いかもしれんな…」

 

「しかし…クレアは普通の人間だろう?」

 

「身内贔屓に聞こえるだろうが…クレアの場合、ある特性があってな…要は極端に悪意のある者で無ければ基本的に誰とでも仲良くなれるんだ。」

 

「そうは言ってもよ「ひねくれ者の私が丸くなり、自分以外誰も信じられない状態だった黒歌が心を開き、そして…相性はどう考えても最悪の私たちが今も共に暮らしている、という事実だけを見れば…どうだ?」ん…。」

 

「率直に聞こう…元々お前らは、どちらかと言えば人間に近い性質だと思うが…クレアに初めて会った時どう思った?」

 

「礼儀正しくて良い子だと…む…?」

 

「私は優しくて頭の良い…あら…?」

 

「俺は…面白そうな…ん…?」

 

「何でか分からないけど…この子と一緒にいたいって…」

 

「気付いたみたいだな…クレアは初対面でも何故かほとんど悪印象を持たれないんだよ…そして軽く話をするともう好意を抱いてる。」

 

「クレア本人は私に、普段どうやって他人と仲良くなっているのか聞かれてこう答えたよ『その人が嫌がる事を言わない様に気を付けてるだけだよ』…クレアは初見の相手にこれをやってのける…警戒心の強い相手の心に何ら違和感を感じさせず、心の深い所に入って来る。

 

「しかし…彼は悪魔で「それどころか確実に迫害にあっただろう元ダンピール…誰も信じられなくて臆病…こういうタイプはクレアには抗えないよ…言い方は悪いが寧ろ、最もやりやすい手合いだ…」だが、神器の制御が…」

 

「ギャスパーが恐怖を抱かなければ神器は発動しない。…あいつは人間を恐れるが…クレアはほぼ確実にギャスパーを恐れない…それはお前らも断言出来るだろう?…仇となる可能性はあるが、試してみる価値はあると思うぞ?」

 

「…君がそこまで言うなら…では、後日正式に彼の封印を解く許可を出そう…後は君に任せよう…さて、君の時間を止められない様にする対策だが…」

 

「アザゼル、どうだ?」

 

「無茶振りだろ…そいつの神器がどんな物か見て見ねぇ事には何とも言えねぇよ…まあ何とかやってはみるがよ…」

 

「他陣営のトップのお前がギャスパーに接触出来る大義名分はそもそも無いな…要するにリアスの立会いの下、ギャスパーに会う場にお前はいられないって事になるな…」

 

「なら、やっぱ今行くしかねぇだろ。」

 

「慌てるな…話はまだ終わってない…サーゼクス、この後リアスは呼べるな?」

 

「呼べなくも無いが…本当にクレアにやらせるのか?」

 

「なら、他の方法は思い浮かぶのか?」

 

「……」



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95

「アザゼル。」

 

リアスを呼びに行くためサーゼクスがこの場からいなくなった所で私はアザゼルを連れて廊下に出た。

 

「ん?どうした?」

 

「…コカビエル。」

 

「…あいつの事も知ってんのか。…何かやらかしたか?」

 

「監視をしておけ。」

 

時期がズレたからな…果たして聖剣の話まで行くかどうか…

 

「……理由は?」

 

「…時期がズレた為にどうなるか分からんが…近いうちに現在七本存在するエクスカリバーの内、三本が奪われる可能性がある…」

 

「それにあいつが…?」

 

「ああ…そして、コカビエルは駒王町で行動を起こす…再び戦争を起こすためにな…」

 

「…何でさっきの時点で言わなかった?それ、起こるとしたら確実に会談の前だろ?しかも今はサーゼクスがいないんだぜ?」

 

「この話、リアスたちは巻き込まれるだけで本来何の関係も無い。」

 

「…仕掛ける側になる俺が言う事じゃないけどよ、そうも行かねぇだろ…」

 

「リアスの眷属に一人、聖剣に因縁がある奴がいてな…私が知る限りそいつは主のリアスの言う事を聞かず暴走した…結果的に何とかなりはしたが…この世界ではなまじ私が鍛えてしまった為にどういう結末になるか分からない…出来ればこの事件が起こる可能性そのものを潰しておきたい。」

 

「お前…さっきと言ってる事が違うぜ?あっちは放置して、こっちは潰す…そんな事出来ると思ってんのか?」

 

「分かっている…だが…」

 

「……監視はする…だが、事が起きるまで俺は何もしねぇ「アザゼル!」…珍しい物を見たな…普段一歩引いてるお前が他人の為にそこまで感情を出すなんてよ…ちょっと嫉妬しちまうぜ。」

 

「茶化すな…!私は真面目に「テレサ」何だ!?」

 

「お前…ここまで来て、何甘い事言ってんだ…?」

 

「甘い…?」

 

「お前言ってたよな?起こると決まってる事は大抵の場合必ず起こるってな…なら、下手に手を出してどうなるか…結果はきちんと想定してるんだよな…?」

 

「それは…」

 

「お前の言う歴史の修正力が本当にあるとしてだ、そうなると最終的に同じ結果を産もうとも過程は大きく変わって来るだろ…最悪の場合…そいつは死ぬ…それも覚悟の上でこんなふざけた話してんだよな?…仮にその覚悟があるってんなら…良いぜ、昔の誼だ、協力してやる…だがお前はサーゼクスやそいつの主からは確実に恨まれる事になるぜ?」

 

「……」

 

「全然考えて無かったらしいな…悪いがろくに覚悟も出来て無い奴に付き合えねぇ…下手したらこれがまた火種になっちまうからな…とはいえ、戦争は俺ももう起こしたくねぇからな…監視はしてやる…だが、俺はさっきも言った通り事が起こるまで何もしねぇ。」



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96

「てか、この話…この後サーゼクスだけに話してもどうにもなんねぇな…とはいえ、ミカエルに話してもどうにも出来ねぇが。」

 

「……」

 

「そう睨むなよ。下を締められてないのは俺の責任だがよ…お前のその甘さは今更通らないのは分かんだろ。」

 

私としては木場に戦って欲しく無いのだが…確かにアザゼルの言う通り甘くなったかな…

 

「…すまない…アザゼル…確かにこれは筋の通らない話だな…」

 

「…一つヒントをやろうか?」

 

「ヒント?」

 

「そいつは聖剣と因縁がある…だがそいつは転生とはいえ既に悪魔で、その一件には関われねぇ。当然だな…言うなれば天界陣営と堕天使陣営の話だからな…場所が自分たちの治めてる場所とは言え、な。…で、そいつ離反覚悟で主と仲間から離れて一人で暴走したわけだ…ところでテレサ?」

 

「何だ…?」

 

「お前、自分の身分、分かんだろ?」

 

「私の身分…あっ…!」

 

「お前は便宜上グレモリー家預かりになってるらしいが実際は今もフリーだろ…お前は何処の陣営の問題だろうが関係ねぇ…自分の思うがままいくらでも首突っ込めるってわけだ。…お前がそいつを助けてやりゃ良いんじゃねぇのか?…最も程々にしないとイチャモン付ける奴はいるだろうがな…」

 

「成程…ありがとうサーゼクス。」

 

「俺はまだ何もしてねぇ。戻るぜ、さすがにサーゼクスがもう戻って来てんだろ。」

 

 

 

サーゼクスの案内で旧校舎の中を歩いて行く…

 

「…この場に堕天使がいるのが一番納得出来ないけど、ギャスパーにクレアを会わせるのは「リアス」……何?」

 

「お前、私の話を信じたのか?」

 

「正直、半信半疑よ…あの…何でそんなに嬉しそうなの…?」

 

「…いや、この場にいる連中…まあクレアには話してないが…お前以外は私の話を全面的に信じたから逆に不安になっていてな…お前がそう言ってくれて非常に安心している…そうだよな?こんな話信じられるわけないよな?」

 

「…貴女はお兄様たちが身内に甘いって思ってるんでしょうけど、多分そうじゃないわよ?」

 

「何…?」

 

「貴女だから…信じたのよ…私だって貴女を疑ってはいないわ…あまりに突拍子も無い話だから整理しきれないってだけ…って、今度は落ち込まないでよ…全く信じて貰えないより良いでしょ?」

 

良くない…良くないんだよリアス…本当にこいつらの中で私はどんな位置付けなんだ…?…また胃が…胃薬が必要なのはシェムハザでは無く、私の方では無いだろうか…?最も効かないだろうがな…

 

「えと…私は何をしたら良いの…?」

 

そうこうしているうちに着いたようだ…

 

「いや…この部屋の中に精神的に不安定な子がいてね…それで君に頼みがあるんだ…」

 

「何、サーゼクスおじさん?」

 

今更だがおじさんと言われて地味にダメージを受けているサーゼクスを見ながら少し悦に浸っていると横にいるリアスから「悪趣味よ。」と言われ、我に返る…何でバレた?

 

「…もしかして、気付いてなかった?割と貴女色々顔に出るんだけど…私も分かるようになったのは最近だけどね。ちなみに普段、朱乃や小猫に引っ付かれてる時は面倒臭そうな言動の割に結構嬉しそうな顔してるわよ?」

 

……そうなのか…私も気付いてなかった…

 

「私が話をするの…?でもその子、私が来ても怖がるんじゃ…」

 

「そうだね…だから無理だと思ったら戻って来て良い…ただ、一つだけ良いかな?」

 

「何?」

 

「あの子には自分ではどうにも出来ない力がある…それを怖がらないで欲しい…難しいとは思うが…」

 

「ううん…分かった…行ってきます。」

 

クレアが中に入って行く…私はサーゼクスの所へ向かった。

 

「サーゼクス、ドアを閉めろ。」

 

「何を言っているんだ…?」

 

「良いから閉めろ。鍵をかけろって言ってるんじゃない…ただ閉めろ…後はクレアの仕事だ。」



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97

「ヒィ!誰ですか!?こっちに来ないで!」

 

「わ!?大丈夫だよ!だから暴れないで!?」

 

私の背後から大声と物音が聞こえる…

 

「本当に大丈夫なの…?」

 

「ああ…クレアなら…問題無い……多分…」

 

「テレサ、せめてこっち向いて言って。」

 

「……断る…」

 

……私は今振り向くと確実に取り乱すからな…

 

「そうにゃ!クレアなら多分大丈夫…な筈…にゃ…」

 

「黒歌、貴女も…それではクレアを信じて無いのと一緒ですよ?」

 

「嫌にゃ…!」

 

黒歌も完全に背を向けてしまっているらしい…というか何で私たちの部屋は防音がしっかりしているのにこの部屋の音は外に丸聞こえなんだ…!不安で仕方無いじゃないか…!?

 

「外には出たく無いですぅ!」

 

「あれ…?……あっ、いた!大丈夫だよ!無理矢理外に出したりしないから!私とお話しよう!ね!」

 

「ヒィ!?何ですぐにバレるんですか!?怖いですぅ!」

 

時間を止めて移動したが思いの外早く居場所に勘づかれてギャスパーが驚いているようだ…そりゃ分かるだろうな…その部屋にはお前の気配しか無いんだから…クレアの場合、無差別に感じ取っている為、対象の識別は出来ないが…他に誰もいないなら間違え様が無い…まあ部屋自体あまり広くないとはいえ、気配を感じ取れるというのが既に異常なんだが…

 

「本当に話すだけですか…?」

 

「うん、私は何もしないよ。」

 

「嘘…」

 

「驚いたな…あれ程警戒心の強い彼が…」

 

「アレがクレアだ…最も私もあそこまでやれるとは思わなかったが…取り敢えず一旦ここを離れるぞ?…ギャスパーにこれだけの人数が部屋の外にいるのに気付かれたらクレアのやった事が無駄になる。」

 

「だが、クレアに何も伝えず離れるのは…」

 

「あいつは自分で気付くさ…それにクレア自身、かなり好奇心の強い奴だからな…しばらくは出て来ないだろう…」

 

 

 

 

「それでね、ギャスパーは可愛い物が好きなんだって!」

 

それから数時間後…一旦リアスたちが引き上げた後で、ギャスパーの部屋から出て来たクレアは自分で私たちの部屋まで戻り、嬉しそうにギャスパーの事を報告して来た。

 

「そうか…楽しかったか?」

 

「うん!」

 

……そうやって満面の笑みを向けられると今更だが罪悪感が増すな…完全にクレアに丸投げしてしまったからな…

 

「それで…どうだ?」

 

「えと…私の事は怖がらなくなったけど…多分まだ他の人には…」

 

「そうか…どうにかなりそうか?」

 

「分からないけど…やってみる…私もギャスパーともっと仲良くなりたいし…」

 

「そうか…悪いが頼む…このままにしておくのはギャスパーの為にも良くなくてな…」

 

「でも、私は無理に外に出さない方が良いと思う…」

 

それは私も分かっている…逼迫した事情があるとはいえ、無理に引っ張り出して神器の力を暴走させられても困るし…何よりギャスパーの事を考えれば当然だ…

 

「ああ…だからもしギャスパーが外に出てみたいと言ったら…お前が手を引いて欲しい…ギャスパーもお前という友達がいるなら不安も薄れるだろう…」

 

……ギャスパーの持つ力は絶大だ…クレアに戦う力は無いが、ギャスパーならクレアを守る事も出来る…下手をするとギャスパーをクレアに依存させる事になるか…我ながら狡いやり方だな…こんな事をクレアにさせなければならない自分の不甲斐なさが本当に嫌になる…

 

「分かった…テレサ?」

 

「ん?」

 

「私は大丈夫だよ?…だから気にしないで?」

 

「…そうか、ありがとう…」

 

……クレアの一言に安心しそうになる自分を呪う…これではギャスパーを依存させるより先に私自身がクレアに依存してしまっているな…私は何時かクレアが自立出来る様になったら、さっさとクレアから離れた方がクレアは幸せになれると常々思って来たが…悠長な事を考えないで早目に離れた方が良いのかもしれんな…クレアはもう自分の足で立てる…結局、離れたくないのは私の方だ…全く…我が事ながら…反吐が出る…



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98

「そう言えばギャスパーって結局どんな子にゃの?」

 

既に夜も更けていた事もありクレアが眠ったので、事の顛末をサーゼクスたちに電話で報告した後、黒歌がそう聞いて来た…そうか…黒歌にはまだ最低限の事しか伝えていなかったな…言おうとして気付く…あいつの事をどう伝えれば良いのだろうか…?……ありのままを伝えるしか無いか…

 

「…女装趣味の男子高校生。」

 

「…えっ…?はっ…?…どういう事…?」

 

「いや、だから今言った通りだよ。特徴を聞きたいんだろう?…ギャスパーは女の子の服を着るのが好きな元ダンピールで、今は転生悪魔の男子高校生。」

 

「……本当にクレアに会わせて良かったの…?」

 

「さぁな…クレアはどうやら普通にファッションとして受け容れた様だ…事前に男だと説明してるから、間違えている、という事も無い。」

 

「いや、さぁなって「ちなみに、本人は一見すると本当に女の子にしか見えないレベルだぞ?つまり、酷いなら問題だが…奴は完璧に着こなしている。」……そういう問題じゃないにゃ…」

 

「異性装はファッションとしては普通にアリだと私は思うが…」

 

というか私も服装は女らしさの欠片も無いからな…

 

「いや、あんたみたいのが男装するのとはわけが…」

 

「同じだよ。結局似合っているかどうかって話だ。」

 

まぁ私が着るのは実質男女どっちでも着れるパーカーやジャージが主だが。

 

「……そんなに似合うの…?」

 

私はクレアの携帯を渡した。

 

「…?…にゃに?」

 

「クレアはギャスパーと写真を撮ったんだ…見ていいぞ?クレアから許可は出てる。」

 

「そうにゃの?にゃら……えっ…!?これ…!本当に…!?」

 

「そう、そのクレアの横に写ってるぎこちない笑顔を浮かべてるのがギャスパーだ……何度も言うが…男だからな?」

 

携帯には所謂ゴスロリ服を着たギャスパーが写っていた…というか、良く見たら横のクレアも着てるんだが…もしかしてこいつの前で着替えたのか?……まぁこいつなら良いか…正直そう思えるくらいこいつに男の要素が無い…ほとんど骨格レベルで女性に近いのだろう…それに本当に目の前で着替えたなら兵藤と違い、寧ろギャスパーの様なタイプにとっては地獄だった事だろう…

 

「…まぁこのレベルにゃら良いかも「お前服買って持って行こうとか思ってないよな?…こいつはまだ他人が怖いんだ…下手に会いに行ったらクレアのやった事は全部パーだぞ?」もちろん分かってるにゃ…少し残念だけど…しょうがないにゃ。」

 

「マジで行くなよ?フリじゃないからな?」

 

「分かってるにゃ!にゃんにゃの!?そんなに私を信用出来ないにゃ!?」

 

「大きな声出すな、クレアが起きる。」

 

「もう…!失礼しちゃうにゃ!」

 

黒歌はテーブルにクレアの携帯を置くと、喚きながら寝室として使っている部屋に入って行った。



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99

黒歌も部屋に入り一人きりになる…私はクレアの携帯を手に取り先程の写真を表示した…先に見たのとはまた違った笑顔を浮かべたクレアの隣にぎこちないが一応笑顔を浮かべたギャスパーが写っている…ふと、今更だが転生したとはいえ、吸血鬼は写真に写るのか?…と、いう疑問が頭を過ぎるがはっきり言ってどうでもいいのでさっさと隅に追いやる。

 

「…言ってしまえば私は…ギャスパーの事も利用しようとしているんだよな…」

 

単なる引きこもりではなく、実は今も眷属としてきっちり仕事をこなしているだろう女装が趣味の少年について思い浮かべる…実は昼間も普通に行動出来るのに完全に昼夜逆転生活になってるんだよな…

 

「自分からやると決めた以上、ここで私が痛痒を感じてしまうのは可笑しいな…いや、私はクレアに投げただけだからそれを感じる事も本当は無いわけか…」

 

ギャスパーにだけはせめて事情を話すべきなのだろう…あいつなら信用出来る…もしもの時、私や黒歌が駆け付けられないなら…あいつにクレアを守って欲しいと考えるのは勝手な想いだろうか…

 

「……」

 

私はテーブルに置いたクレアの携帯にまた触れる…そして電話をかけた…

 

『…もっ、もしもし…クレアちゃん?……どうしたの?…あっ、あれ…?もしもし「もしもし」ヒッ!?クレアちゃんの声じゃない…!だっ!誰ですか!?』

 

電話越しなのにも関わらず思いっきり怯えるギャスパーに苦笑しつつ、用件を伝える事にする…クレアがまさか初日でギャスパーの携帯の番号まで手に入れるとは思いもしなかったな…

 

「そう怯えないでくれ…私はクレアの姉でテレサと言う名だ…少しお前と話がしたくてな…」

 

『クッ、クレアちゃんのお姉さん…?』

 

「そうだ…突然知らない番号から電話が来てもお前は出ないだろう?だからクレアには悪いがこの携帯からお前に電話をかけさせて貰っている…」

 

『そっ、そうなんですか…そっ、それで僕に何の用で…』

 

「…そうだな…少し、長い話になる…今、時間は大丈夫か?」

 

『大丈夫ですけど…』

 

電話越しであるお陰か落ち着いて来た様だ…ずっと怯えられても話が出来ないから助かる…

 

「…そうか、実はクレアには内緒の話なんだ…この後私の携帯からかけ直す…出てくれるか…?」

 

『…分かりました…お待ちしてます…』

 

「そうか…では、少し待っていてくれ。」

 

私は電話を切り、通話履歴を呼び出し、削除した…すまんなクレア…お前は最初にギャスパーと電話したかっただろうに…クレアの携帯をテーブルに置くと、今度は自分の携帯を手に取り、私は部屋を出た。

 

廊下を歩きながら、私はギャスパーに電話をかける…しばらく呼び出しが続いたがやがて相手が電話に出た。

 

「もしもし?」

 

『もっ、もしもし…テレサさんですか?』

 

「ああ、私だ…すまないな、忙しいだろうに…」

 

『大丈夫です…』

 

「…さっきも言ったがクレアには内緒の話なんだ…だが、非常に大事な話だ…突拍子も無い話だが、出来れば信じて欲しい…」

 

私はクレアのやろうとしている事を無駄にしようとしているだろうか…?…ギャスパーは嘘は苦手なタイプだろう…私がこうしてギャスパーと話をしてしまった事はクレアにはバレるだろうな…その時、クレアは私の事をどう思うのだろう…

 

『…信じる?…あの…そもそもクレアちゃんは知らないんですよね…?…どうして…僕に?』

 

「…お前は気付いたか分からんがクレアは人間なんだ…出来れば巻き込みたくない…これから聞かされるお前には悪いが…お前からも今から言う事は…クレアには内緒で「あの…」どうした?」

 

『…ぼっ、僕が偉そうに言う事じゃないと思いますけど…そう言うのって良くないんじゃ…家族なんですよね…?』

 

……そうか…こいつも…

 

「…お前にはまだ分からないかもしれないが…家族だからこそ絶対に言いたくない事もあるんだ…仮に伝わる時が来るとすれば…それは…私が死んだ時で良い…」

 

『そんな…そんなの……テレサさん…』

 

「何だ?」

 

『僕が…判断します…僕が…聞いてクレアちゃんに話すべきだと思ったら…話します…それで良いですか…?』

 

臆病な筈のこいつが私に条件を付けてくる、か…いや、こいつは元々強い…今まで表面上現れなかっただけだ…そして…こいつは既にクレアの事を大事に思っている…本当にこいつを選んで良かったな…こいつならクレアを守ってくれるだろう…

 

「構わない…それではまず、私の正体から明かそう…あー…ここまではクレアも知っている話だ。私は…」



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100

『あの…それ、本当なんですか…?』

 

「ああ、本当だ…やはり信じられないか?」

 

廊下をゆっくり歩きながらギャスパーと会話する…信じそうにない雰囲気を醸し出すギャスパーを嬉しく思ってしまう辺り、私ももう重症だな『いえ、信じます』…私はその場で転けそうになり咄嗟に壁に手を付いた…おい、まさか…お前もなのか…?

 

「信じるのか…?話した私が言うのも何だが、かなり出鱈目な話だぞ?」

 

『信じます…貴女はクレアちゃんのお姉さんで、貴女も嘘を付いているようには感じなかったから…』

 

こいつもそういうタイプか…事実では無く、自分の直感に従う…

 

「…そうか…まぁ、それなら話は早い…にしても…驚いたな…?」

 

『えっ?』

 

「お前が私の話を信じたという事は…お前が敵に襲われるかもしれない、という事を受け容れた、という事になるが…」

 

『あの…僕…初めてじゃないんです…狙われるの…僕は元々吸血鬼と人間の子供で…ずっとそれで狙われて来たから…』

 

「そうか…」

 

目的地に着いた…私は足を止める。

 

『…テレサさん?もしかして今、近くにいます…?』

 

驚いた…確かに私は今、ギャスパーの部屋の前にいる…

 

「…分かるのか?」

 

『僕…ずっと狙われて来たから…さすがにそれだけ近くにいたら…分かります…』

 

「すまないな…戻ろう…お前を怯えさせたいわけじゃ『入って来て良いですよ』……良いのか?」

 

『僕…テレサさんに会ってみたくなりました…だから…』

 

「分かった…」

 

私が電話を切ると…部屋の鍵が開く音が聞こえた…私はドアに手をかけた…

 

 

 

「ギャスパー…いるのか…?」

 

部屋の中を見渡す…部屋にあるのは恐らくギャスパーの私物だろう小物や服、それから電源の付いたままのパソコン…その前の椅子に部屋の主は座っていない。

 

「ここです…テレサさん…」

 

くぐもった声が聞こえ、見るとダンボール箱に頭を突っ込み、こちらに尻を向ける形になっているギャスパーらしき物がそこにいた…

 

「ごめんなさい…いざ会うとなったら怖くなって…慣れるまでこのままでも良いですか…?」

 

……私にそういう趣味は無い筈だが、いっそ鷲掴みにしたくなる、異様な程形の良い尻を見ながら答えた。

 

「ああ…構わない。」

 

ギャスパーと言えばコレ…とも言える迷シーンに立ち会えた事に少し興奮して来るな…命のやり取りが無いから安心して楽しめる…

 

「それであの…大体の話は…分かりました…僕も何とか神器を制御出来る様に努力します…それで話の続きですけど…僕にクレアちゃんを守って欲しいというのは?」

 

ギャスパーの尻に見とれていた私はそこで我に返る…そうか…そこまで話したか…

 

「言葉の通りだよ…お前にクレアを守って欲しい。」

 

「でも…テレサさんは強いんですよね?それに…もう一人強い人が家族だって…」

 

「以前…私が不在の時、クレアと黒歌は襲われた。」

 

「えっ!?」

 

そこでギャスパーがダンボール箱から飛び出し、私と対面する事になった……成程な…確かに男には見えない…というか完全に美少女のレベルだ…これは道を踏み外しても何ら可笑しくないな…

 

「クッ、クレアちゃんが襲われたってどういう!?」

 

…そこまで取り乱す程、ギャスパーがクレアを想ってくれているのが本当に嬉しく感じた…こいつなら任せられるな…

 

「…クレアとは別にある少女を引き取った…こちらも特殊な神器を有してはいるが人間だ…その関係で少しな…誤解の無いように言うがそいつ自身は悪い奴じゃない…寧ろ異常な程善人だ…何れ、クレアに紹介されるかもしれんな…追加になってしまうが…出来ればそいつの事も守って欲しい…」

 

「それよりクレアちゃんが襲われたって…」

 

「そうだったな…結局、襲撃者は撃退出来たが、私が遅れた事でクレアは軽傷だったが、黒歌は生死の境を彷徨うほどの重症…」

 

「そんな…それじゃあテレサさんは僕に「まだ話は終わってないぞギャスパー」えっ?」

 

「クレアを殺す可能性があるのは外敵だけじゃない…さっき話したな?私は何れ覚醒者という化け物になると?」

 

「きっ、聞きましたけど…それが一体…まさか…!」

 

「お前に私を殺せなくても、お前が私の時間を止めてくれれば他の奴は簡単に私の首をはねられる…そういう理由もあるんだよ…お前に頼むのは…今言ったのは一応リアスたちにも内緒で頼むな?…話は終わりだ…邪魔したな。」

 

私はギャスパーに背を向けた。



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101

「駄目ですよ…テレサさん…」

 

気が付くとその綺麗な顔を怒りに歪めたギャスパーが目の前にいた…さっき私はこいつに背を向けた筈…何が起きた?…いや、もしかしてこれが…

 

「止めたのか?私の時間を?」

 

「はい、止めました…まだ完全じゃないけど少し使い方が分かる様になりました…それにテレサさんにもちゃんと効く様で良かったです…」

 

……予想以上だ…こいつがきっちり神器を使いこなせる様になれば…

 

「…そうか。それを完全に使いこなせる様に頑張ってくれ…じゃあな。」

 

私の立ち位置は変わってない…ギャスパーが目の前に来ただけでドアは今もギャスパーの後ろにある…横をすり抜けようとするとギャスパーも其方へ動く…逆へ行こうとするとギャスパーもまた動く…何のつもりだ?

 

「ギャスパー、退いてくれ。」

 

「僕の話も聞いてください…テレサさんが一方的に話して僕の話は一切聞かないのは不公平でしょう?」

 

「……後日じゃ駄目か?」

 

「さっきの話…クレアちゃんに話しますよ?部長たちにも全部話します。」

 

綺麗な顔して…中々意地の悪い事を言う。

 

「……卑怯だな。」

 

「卑怯でも何でもいいです…僕よりもっと卑怯なのはテレサさんですよ…僕の話も聞いてください。」

 

「それだけ強い事を言えて引きこもりか?」

 

「…自分の不始末を他人に尻拭いさせようとするテレサさんよりマシですよ…僕、これでもちゃんと部長の眷属として仕事はしてるんですよ?」

 

「知ってるよ…それじゃあ悪いが無理矢理通らせてもら「させません!」…何?」

 

「妖力解放しようとしましたね?今なら僕もある程度自由に神器を使える様で、良かった…逃がしません…僕の話を聞くまでは…絶対に。」

 

今のこいつから逃げるには再起不能にするしかないな…恐らく殺しきれない…それに…

 

「分かったよ…降参だ…」

 

私はその場に座り込んだ…別に私はこいつを殺したいわけじゃない…クレアを大事に思ってくれるこいつには好感も持てる。

 

「…この部屋にも椅子と飲み物くらいありますから…持って来ます…」

 

ギャスパーが部屋の奥の暗がりに向かう…今なら逃げられるんじゃないか…私の中でそういう考えが過ぎる「逃げようとしても駄目ですよ?また僕が…止めます…」……無駄だった様だ…

 

 

 

「それで何の話だ?」

 

ギャスパーが持って来た紅茶を飲む…紅茶の味は良く分からないが…朱乃の味に似てる気が「副部長直伝です」

 

「……何で分かった?」

 

「実を言うと…部長からテレサさんと思われる人の話は聞いてたんです…それでよくその人は副部長の入れた紅茶を飲んでると聞いたので。」

 

「そうか…」

 

「…で、僕の話ですけど…嫌ですよ、そんなの…何でせっかくクレアちゃんと友達に成れたのに何で恨まれるような事を僕がしないといけないんですか?」

 

「クレアを大事に思っているならだな「貴女はクレアちゃんの想いを蔑ろにしてます…身勝手だとは思いませんか?」……」

 

「自分の家族が、自分の力に負けて化け物になって、友達に殺された…そんなの納得出来る人いるわけないじゃないですか。」

 

「……」

 

「僕に神器を使いこなせる様に努力しろと言うなら貴女もやってくださいよ…使いこなしてくださいよ…暴走なんてしないように…頑張ってくださいよ…」

 

「もう分かったから…勘弁してくれないか…?泣きながらそんな風に怒られると胃が痛くなって来る…」

 

顔が綺麗だから尚更、な…

 

「知りませんよ…貴女が悪いんです…ねぇ?僕の気持ち分かりますか?せっかく出来た友達の姉を殺す手伝いをしてくれって…その姉本人から言われて…しかも妹である友達には黙ってて欲しいって…分かりますか…そんな気持ち?…何も分からないから…そんな事言えるんでしょう?」

 

「すまなかった…」

 

「クレアちゃんとその子を守る件は了承しました…後日それとなく貴女に聞いた事にしてクレアちゃんに連れて来て貰って、会ってみます…でも貴女を殺す手伝いなんて…出来ません。」

 

「分かった…それだけで十分だ…ありがとう…」

 

「帰ってください…しばらく僕は貴女に会いたくありません。」

 

「ああ…私の事は大いに嫌ってくれ…だが、クレアとアーシアの事は「ふざけないでください…僕が気持ちの整理が着くまでって意味です…永遠に会いたくないなんて意味じゃない…!」…ギャスパー…」

 

「何れ僕の方からそっちに行きます…それまで待っててください。」

 

「頼みを聞いてくれてありがとう…また会おうギャスパー…」

 

私は席を立ち、ギャスパーに背を向けるとドアに向かった。



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102

「……」

 

私は部屋を出て歩き始めた…ギャスパーの部屋からある程度離れたところで私は壁を殴り付けた…妖力解放こそしてないものの思いの外大きなヒビが入り、冷静になる…

 

かなり大きな音がしたのでリアスたちが来るかと思ったが…その気配は無い…今日はいないのか?

 

「くそ…」

 

別に私は自分を殺す手伝いをしろと頼むつもりなど無かった…本当にもしもの時のためにクレアとアーシアを助けて欲しいと頼むつもりはあったが…それだけだ…何故私はあんな事を言った…?…ああ…そうか…

 

「やはり…私には無理だよ…テレサ… 」

 

今までずっと自己暗示をかけてやって来たが…限界が来ているのだ…私は覚醒者になるのが怖い…周りの者を傷付けてしまうのが怖い…そんな風に思ってはいけないのか…なぁ…答えてくれ…テレサ…

 

「ッ!…そうか…有り難い…今日この時を私の終わりにしよう…」

 

私は廊下を歩き、部屋に向かった。

 

 

 

そっとドアを開ける…誰も起きてはいないようだ…私は押し入れからしまい込んでいた剣を取り出した…かけていた布を取り去る…

 

「…すごいな…放ったらかしにしていたのに錆び一つない…」

 

剣には刃こぼれ一つ無い…本当に何で出来ているんだ?

 

「……」

 

眺めていた剣をテーブルに置き、甲冑と黒歌がまた手直ししてくれた戦闘服を取り出し、着替えた…テーブルの剣を掴み…

 

「…じゃあな。…楽しかった…これまでずっと…ありがとう…」

 

私はそう声をかけると剣を背負い、部屋を出た。

 

 

 

オカルト部の部室の前を通るが電気は消えており、誰もいない…何処へ行ったんだ?…いや、どうでもいいか…好都合だしな…

 

私は旧校舎を後にした。

 

 

 

あの場所へ向かう…あの日、初めて奴と戦った場所へ…

 

「…あら?早いわね…誘いを掛けてはいたけどこんなに早く来るとは思わなかったわね…」

 

「そっちこそ。昼間の時点では何時かの夜に…とか言っていたじゃないか?まだ数時間だぞ?もう我慢出来なくなったのか?」

 

「実はそうなの♡貴女に会ったら抑えられなくなっちゃって…」

 

オフィーリアが自分の身体を抱き、恍惚とした表情を浮かべる…

 

「良いだろう…今夜はとことん付き合ってやる…」

 

「あら素敵な顔♡ゾクゾクするわ…ところでそれって…もちろんどちらかが死ぬまでよね?」

 

「それで構わない…ここを離れるぞ…こんな所でやったらまた邪魔が入る…」

 

まあリアスたちにバレるよりも先に一般人にこのスタイルを見られたら通報されてしまうがな…

 

「同感。もう横槍を入れられるのはゴメンだわ…」

 

そこで私が跳ぶと同時にオフィーリアも跳躍し、電柱の上に着地…山の方に向かった。



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103

「あの時と全然違う!素敵よ貴女!」

 

「お前に褒められるとはな!そんなに私は強くなったか!?」

 

奴の剣を力任せに弾き、腹を蹴る。

 

「…ッ…良いわね…甘さが無くなったわ…!」

 

顔を顰めているが咄嗟に後ろに下がられたために、大したダメージは与えられなかった筈だ…やはり私よりも何倍も上手だな…全開でなくては奴に迫れない!

 

「フッ!」

 

突進しての風斬…これならスピードに慣れ切って無い私でもスピードを活かして当てられる…

 

「それじゃあ斬れないわね…」

 

奴の方が私に突っ込んで来て懐に…私は剣を僅かに抜き、力任せに仕舞う。

 

「えっ「悪い…ブラフだ。」剣を仕舞う勢いに身を任せ、斜めに上体を崩しつつ、身を躱し…自分から飛び込んで来てくれたオフィーリアの腹に拳を叩き込んだ…

 

「ゴフッ…やってくれるわね…!」

 

「いや、まさかこんな手が通用するなんて思わなかったよ…やってみるもんだな…」

 

クレイモアの身体を殴るなんてのは初めてだが感想は…悪魔を殴った時とそんなに変わらない、だ…多分人間ともそう変わらんだろう…

 

「なら、これはどうかしら?」

 

奴の腕が動く…波打つように…

 

「漣の剣…」

 

「そう。これは破れる!?」

 

向かって来るオフィーリアを見ながら私は急激に冷めてくるのを感じた…

 

「えっ!?ちょ「お前だって人型だ。剣の間合いの内側に入られたら両刃であっても斬れないだろ?…腕が届かないんだから。」

 

私は自分からオフィーリアの方に飛び込むと懐に入られた事で腕が届かず、慌てるオフィーリアに膝蹴りを入れた…漣の剣を止めれば背中から私を刺せるのにな…まぁこの状況で私を仕留めようとすれば最悪自分にも剣を刺す羽目になるが…

 

思ったより低い呻き声を漏らし、苦しげに身を捩らせるオフィーリアの後頭部に手を当て私の背後にあった木に顔面を叩き着けた…

 

「~~~!」

 

「…悪い…何を言っているか、分からない。」

 

顔面を叩き着け、更に足で頭を踏み付けて木にめり込ませてる状態でペラペラ喋れる奴がいたら見てみたいがな…次いで、私は背中から剣を抜き、オフィーリアの剣を持つ方の腕に向けて振り下ろした。

 

「!?…ンンンン!?」

 

「お前も攻撃型だろ?腕を切り離したら再生しないよな?」

 

落ちた腕に剣を刺し私の方に引き寄せる…負けようと思ってたのにな…まさか勝ててしまうとは…上手くいかないものだな…最期だから…今までは無謀だと思ってやって来なかった事を試したかっただけなんだが…

 

「オフィーリア…屈辱か?…私を殺したいか?…それとも戦いを忘れ…静かに生きるか?…好きな方を選べ。」

 

私は足を離す…オフィーリアが咳き込みながら蹲った…



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104

「ゲホッ…!許さない…!殺す…!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺してやる…!」

 

「ッ…止せオフィーリア!」

 

私の言った言葉にキレたのだろうオフィーリアが妖力をどんどん解放して行く…怒りで頭に血が上ったのだろう…力の上昇が止まらない…!

 

「殺す!アンタは殺す!絶対に!」

 

「止めろ!覚醒者になりたいのか!?」

 

「構わないわ!アンタを殺せればそれで良い!」

 

「馬鹿な…!」

 

……私は何故オフィーリアを止めようとしているんだろうな…このまま放っておけばオフィーリアは覚醒し、私は為す術も無く殺されるだろう…

 

「…あれだけ忌み嫌っていた覚醒者に再びなって、それで私を殺して満足か?しかも私は死にたがってるとしたら…どうする?」

 

「ッ…ナニヲ…!」

 

あの時奴は自分の編み出した漣の剣で殺せなかったのは私で二人目と言った……クレアとの記憶があるのかもしれない…

 

「馬鹿らしいと思わないか?クレアと違って私は死にたがっているのさ…」

 

こいつに私が殺されてそれで終わり…じゃないんだ…こいつはもう戻れない…そしてこのまま街に食い物を求めて彷徨うだろう…そうなればクレアたちは…

 

「…ソウネ…ソンナヤツ…コロスノ…バカラシイ…デモネ…ワタシ…モウ…モドレナイ…アノトキハ…イミガワカラナカッタケド…イマナラワカル…モドレナイシ…アラガエナイ…」

 

「くそっ…!」

 

目の前には異形と化したオフィーリアがいた…

 

「…ニゲナサイ…イマナラ…アナタハ…ミノガシテアゲル…」

 

「…言っただろう?私はもう死にたいんだ…それに…このままお前を逃がしたら、私の家族が食われる。」

 

「…イマサラナンデソンナモノガキニナルノ?…シニタインジャナイノ?」

 

「お前を止めないと家族が死ぬ…家族に死んで欲しいとは思っていない。だから…」

 

私はオフィーリアの腕から剣を抜き、オフィーリアの元へ歩く…

 

「ッ!クルナ!」

 

私の真横を棘の様な物が飛んで行って木に突き刺さる。

 

「何処を狙ってる?私は、ここだぞ…目は、見えているんだろう?しっかり狙え。」

 

「コナイデ…!」

 

今度は掠ったが、致命傷どころが掠り傷にもならん。

 

「だからしっかり狙え!私はここだ!」

 

私は妖力解放すらせずにゆっくり歩く…また当たらない…いや…当てる気が無いのか?

 

「そんな顔するな…大丈夫だ…今のお前なら戻れるさ…」

 

「コナイデ…!コナイデヨ…!」

 

まるで子どもの様だ…その異形と化した顔を歪めて泣く様を見てそう思った…

 

「初めて覚醒者になった時の事を後悔してるのか?…怖かったか?…それとも怖いのは私か?」

 

奴の目の前で剣を地面に刺すとその蛇のようなオフィーリアの身体に抱き着き、目を閉じる…

 

「ナニヲシテ「落ち着け…今のお前なら多分戻れる…戻れ…私が手伝ってやる…」ムリヨ…ムリにキマッテ「出来る!諦めるな!…あの時店で会ったお前は…私には楽しそうに見えた…良いのかオフィーリア…ここで化け物として終わってしまって?」…ワタシハ…モウ…バケモノニナルノハ…イヤ…!タスケテ!」

 

「良く言った!気をしっかり持て!お前ならまだ戻れる!」

 

テレサのお陰でやり方は分かっている…だが、実際に私に出来るかどうかは分からない…やってみるしか無いか。



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105

「…死ぬ気になれば…何とでもなるものだな…」

 

「私…戻れたの…?」

 

「私の目が確かなら…お前はもう化け物の姿はしていないな…」

 

「どういう事…一度覚醒したらもう戻れないんじゃないの…?」

 

「半覚醒…と言ってもお前は知らないか…簡単に言うと一部のクレイモアは覚醒寸前、若しくは完全覚醒した直後に戦士としての姿に戻れる事があるんだ…」

 

「一部…?なら、条件は?知ってるんでしょ?教えて…?」

 

「……さあな、私にも良く分からない…」

 

半覚醒を出来る者の条件は自分の親しい者…特に家族の妖魔の血肉を取り込んでいる事…と、言われている…戻れるかは私にも賭けだったが、こうして戻れた以上オフィーリアもそうだったのだろうか…伝えない方が良いだろうな…今この場では…原作に有ったこいつの過去を見る限り…こいつには刺激が強過ぎる…

 

「ちなみに、お前の世界にいたクレアも半覚醒者だ…私はつい最近そうなった。」

 

「そう…」

 

お前が、原因でな…

 

「ねぇ?礼は言わないわよ?」

 

「要らん…お前何処かの勢力に所属しているか?」

 

「冗談でしょ?せっかく組織から解放されたのに…」

 

「だが、その格好じゃ何処にも行けないだろ?サーゼクスに連絡する…あいつなら悪い様にはしないさ…そのまま保護してもらえ。」

 

今のオフィーリアは覚醒した際に服も甲冑も駄目になってしまい裸だ…これではもう何処にも行けない…

 

「貴女がどうにかしてくれるんじゃないの?」

 

「それこそ冗談だろ?もう私に帰る場所は無い…何処に連れて行けと言うんだ。」

 

「大体、死にたいってどういう事よ?家族がいるんでしょう?」

 

「お前に色々言っといて何だが、私も結局覚醒者になるのが怖いのさ…だが、化け物になるのが怖いのでは無く、私は家族や仲間を食ってしまうのが怖い…」

 

「そう…。」

 

「サーゼクスに連絡する…後の事はあいつに頼れ…私が知っている事は全部あいつに話した…半覚醒について詳しく知りたいならあいつに聞いたら良い。」

 

「私が彼に何かするとは思わないの…?」

 

「思わない「何でよ?」お前、もう一回覚醒者になりたいか?半覚醒状態になったら例えベテランの戦士だったとしても…限界はもう自分では分からなくなる…」

 

「……もう戦うなって事…?」

 

「出来ればその方が良いだろうな…大丈夫だ…お前なら、すぐ他の楽しみが見つかるだろ…私は…昼間のあの店でお前が見せた笑顔は本物だと思っている…」

 

「馬鹿ね…」

 

「これでも昔はもっと冷血だったんだけどな「昔って…貴女何時からこの世界に?」知りたかったらサーゼクスに聞け…あー…サーゼクスか?」

 

『君は今何処にいるんだ!?突然君がいなくなって今も皆君を「オフィーリアを捕まえた」…本当なのか?今、何処に…?』

 

「駒王町近辺の山の中さ。」

 

『成程…なら、すぐそっちに「こいつはもうお前らにも私にも危害は加えない…だから…そっちで保護してやってくれ」…君が言うなら彼女を信じても良いが…彼女が危険なのには変わりない…君が監視を「無理だな」……何故かな?』

 

「私は…もうそっちには帰らない。」

 

『何を言っているんだ!?』

 

「何れ来る筈だった別れを早めようと思ってね、とにかく早くオフィーリアを迎えに来てやれ…じゃあな、今までありがとう…サーゼクス。」

 

『待つんだ!テレ…』

 

電話を切り、放り投げ、落ちてくる携帯を剣で断ち割り、破壊した。

 

「どういうつもりなの…?」

 

「何がだ?」

 

「何故私を助けたの?」

 

「…そっちか。お前を助けたわけじゃない…お前をそのまま放っておいて家族が食われるのは嫌なんでね。」

 

「じゃあ、何でその家族から離れようとしてるの?」

 

「質問が多いな…私にはもう無理なんだ…あいつらを食ってしまうのが怖くてね…」

 

「……」

 

オフィーリアが黙り込む…潮時か…そろそろあいつらも場所を把握してる筈…

 

「じゃあな…私はもう行く…後はサーゼクスに聞け…お前の剣…貰っていくぞ?もう必要無いだろ?」

 

自分の剣とオフィーリアの剣を背負うと背を向けた…

 

「ねぇ?」

 

「…何だ?これで最後にしてくれよ?あいつらが来てしまう…」

 

「貴女…これからどうするの…?」

 

「…そうだな…何も考えてないが…いっそ何処かの勢力に喧嘩でも売るかな?…いや、お前が私を殺してくれてたらこんな事考えないで済んだんだけどな…」

 

「何よ…じゃあ剣を返しなさいよ…今なら勝てる「無理だ…お前気付いてないだろ?」何をよ…!」

 

「お前はもう戦えない…戦うのが…いや、私と戦うのが怖いから。」

 

「……ムカつくわ…早く行きなさいよ…」

 

「お前が呼び止めたんだろ…じゃあな、オフィーリア…」

 

「そこは…またな、とかじゃないの?」

 

「私とお前は…もう会う事は無い…永遠にな…戦いを忘れて…普通に生きてみろ…オフィーリア…」



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106

旧校舎の一室…私はそこに閉じ込められていた…ノックが聞こえる…

 

「…起きてる?」

 

「…ああ。」

 

外の南京錠を外す音がして、ドアが開いた。

 

 

 

 

あの日、オフィーリアを山に置いて、さっさと町を出ようとしてある問題に直面した…すぐに遠くへ行くつもりが、そうも行かず…仕方無く路地裏で身を隠していたが…

 

「まさか…三日も経ってまだこんな所にいるなんてね…ハイ、確保♪」

 

「なっ!?オフィーリア!?」

 

何を思ったかサーゼクスたちに協力したオフィーリアに捕まり、私は連れ戻された…そして取り敢えず反省しろと言われ、ここに放り込まれた…

 

「それにしても本当に驚いたわよ…まさか…あんな事言っといて三日も経ってまだ町を出ていないなんて…何、結局寂しくでもなったとか?」

 

私の食事を持って来たオフィーリアが痛い所を突いて来る…黙っているのは無理か…

 

「違う「何が?」……分かってるんじゃないのか?」

 

「ええ、分かるわよ…でも、私は貴女の口から聞きたいの♪言ってごらんなさい?」

 

「……財布も着替えも持ってなかったから町を出られなかった…」

 

それを言った直後にオフィーリアが吹き出した。…くそ…こいつ…!

 

「私がやらかしたのがそんなに可笑しいか?」

 

「…いや、そりゃ笑うわよ…だってあれだけカッコつけてそんな理由で町から動けなかったって言うんだから…」

 

「大体、何でお前がサーゼクスたちに手を貸したんだ…?」

 

「そりゃあね…三日も衣食住世話になった上、他にも色々良くして貰ったらさすがに情も湧くわよ…貴女の事も気にはなったし…だから私から提案したのよ?私なら妖力を探れば貴女を探せるから手伝わせてってね…サーゼクスも一応出来るみたいだけど…当然、私の方が精度は高い…でも本当、三日も経ってまだ町の中にいるなんて…見つからなかったのが不思議な位…どうだったプチ家出の感想は?」

 

「うるさい…お前がいなければ見つかる事は…!」

 

「…いや、私がいなくても路地裏で寝泊まりしてたら何れ見つかるでしょ?あの子たちにとってここは庭同然みたいだし。」

 

「……」

 

「まっ、しばらくはこの中で大人しくしてるのよ?言っておくけど、無理矢理外に出ても捕まえるからね?…それくらいの恩は感じてるし。」

 

そこで椅子に座る私に合わせ、しゃがみこんでいたオフィーリアが立ち上がった。

 

「さてと、それじゃ、また来るわね、お馬鹿さん♪」

 

「…オフィーリア。」

 

「ん?何?」

 

「……楽しいか?」

 

「…そうね…悪くないわ…今まで戦う事だけに執着してたのが不思議なくらいよ…」

 

「そうか…なら、良い…」

 

オフィーリアが部屋を出て行き、再びドアに南京錠がかけられた。



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107

閉じ込められてから一週間…さすがに耐えられなくなった私は、今日も食事を持って来たオフィーリアにとうとう声を上げた…

 

「なあ?」

 

「何?」

 

「何で毎回お前が私の食事を持って来るんだ?何の嫌がらせだ?」

 

私がそう聞くとオフィーリアはあからさまに何言ってるんだこいつ…?という顔をした…何でそんな顔をされなきゃならない?

 

「何言ってるんだこいつ…?」

 

「……伝わってるのは分かっただろ?何で口に出した?」

 

「大事な事なので何とやらって、奴ね。…ねぇ?貴女今、だいぶふざけた質問してるの気付いてる?」

 

「どういう意味だ?」

 

「…そんなに聞きたい?なら、順を追って説明しましょう…まず、貴女が戻って来てから一週間…私以外に貴女に会いに来た人はいたかしら?」

 

「誰も来てないから…聞いたんだろ。」

 

「それじゃあまずサーゼクスがどうしてるのか、から行きましょう…と言っても大体想像つくだろうけど…忙しく働いてるわ…聞いたら彼に関してはある意味いつも通りらしいわね。…と言っても本来なら貴女と話を作る時間くらい作るタイプみたいだけど…今はそれも出来ない程忙しい…後はリアスたちね…」

 

「……」

 

そこからならサーゼクスの次はグレイフィアの事を語るのが自然では無いかと思ったが黙っておく。

 

「…と言ってもこっちも会いに来ない理由は単純…禁止されてるからよ…要するに貴女、謹慎中みたいな物だし…さてと最後は貴女の家族の事ね…名前はクレア、アーシア、そして、黒歌…合っているかしら?」

 

「合っている…何故そんなに勿体ぶる?」

 

「彼女たち三人は今、冥界にいるそうよ…貴女の家出で精神的に不安定になったから、身柄を一時、グレモリー家預かりにしたとか。」

 

「……本当なのか?」

 

「…散々家族がどうの言ってて自分が出て行ったらどうなるかの想像も出来てなかったのね、貴女…私はてっきり家族にだけはお別れを済ませてるのかと思ってたわ。」

 

「そんな話は良い…どうなってるのか教えてくれ。」

 

「黒歌は貴女の家出の話を聞いて錯乱状態になって自傷行為をした後、意識を失ったらしいわ…今も昏睡状態だそうよ…アーシアも暴れたりこそしなかったものの意識を失い、眠ったまま…クレアは一人で二人の世話をしてて倒れたとか…たまたま様子を見に来たリアスがサーゼクスに知らせて引き取る事が決定したそうよ?」

 

「……」

 

「もう分かると思うけど…こういう時に貴女を世話する役目を負うだろうグレイフィアは三人の世話に追われて貴女を構う暇は無い…ちなみにサーゼクスが忙しいのはグレイフィアの補助が無いから…こういう理由で私が貴女にご飯を持って来てるわけ…ちなみに、私が作ってるんだけど…気付いてた?」

 

「…全く…分からなかった…」

 

「そっ。まあいいわ…そういうわけだから明日からはもうちょっと味わって食べてね?」



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108

そこから更に一週間…私には外の情報は唯一の接触者であるオフィーリアが話してくれないので分からない…いや、今の私は何を聞かされても受け止められないか…クレアたちが壊れてしまったと聞いて以来、私の方もまともとは言い難いのだから…そして今私は…

 

「ん…中々…上手になったじゃ…んあ!?ちょっと…!?待って…!…ん…!」

 

「クッ…!オフィーリア!」

 

オフィーリアと身体を重ねるのが日課になってしまった…

 

 

 

 

「貴女に言うのはお門違いと分かってるけど…私ももう限界なの…証をちょうだい…この世界に来てからの私は戦いを糧に生きてきた…でも貴女は知ってるのよね?本当は私にはそれは手段に過ぎなかったのを?」

 

「……ああ、お前は家族の敵の妖魔…もとい、覚醒者プリシラを追っていたんだろう…?そしてお前はクレアにプリシラを殺すのを託し、死んだ。」

 

「でも、状況はどうあれ…生きているのなら他人に託す必要は無い…とはいえ向こうに戻れるとしても何時になるのか…何にしても私には戦いしか無かった…でも貴女に取り上げられた…そしてプリシラも既に倒されている事を知ってしまった…私にはもう何も無い…生きている証をちょうだい…私に…」

 

「どうすれば良い…ッ…何だ…?」

 

オフィーリアが私に抱き着き、キスをする…

 

「…分かるわよね?」

 

「お前は私が嫌いなんじゃないのか?」

 

「そうね…大嫌いよ?…でも私の事を理解出来るのはこの世界には貴女しかいないのよ…そして…逆も然りじゃないの?」

 

「止めろ…!私は…!痛っ!何をする!?」

 

「やっぱり…貴女、感じないのね?…クレイモアにも異常な程敏感な子とまるで感じない子と色々いるんだけど、こういう場合は痛い程してあげると感じるのよ。」

 

「痛っ…?止めろ!?」

 

最初の痛みとは違ったものが身体を駆け巡る…もう止めてくれ…!

 

「貴女を堕としてあげる…ゆっくり時間をかけて…ッ!何!?」

 

「私は一方的にやられるのは嫌いでね…確か…こうだったか?」

 

先程オフィーリアが抓り上げた場所を私も抓り、捻じる…

 

「痛っ!?止めて!?私はそこまでしなくても…痛い!あふっ!?」

 

「…声が甘く変わって来てるのは私の気のせいじゃないよな?成程、お前もマゾ気質なのか。」

 

「んっ!?噛まないで!」

 

「勝手な事を言って私に襲いかかって来たが…実は私も辛くてね…何せ、お前以外誰も会いに来ないのだからな…付き合ってくれるのだろう?私の退屈を埋めるのを?」

 

……その日、私はクレイモアの身体でも快楽を得られる事を知った。



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109

「…お前、何時までここにいるんだ?」

 

解けた髪を束ね、ズボンを履き、パーカーを羽織り、チャックを閉める…というかそれは上下とも私のだよな?…私の服を勝手に着るのも問題だが、最近は下着も着けない辺り、もう私とするのを楽しみにしている…と、考えてしまうのは自惚れだろうか?

 

「そうね…会談が終わるまではいるわよ?襲撃があるんでしょ?」

 

「戦うのか?」

 

「…これを、最後にするつもりよ…何?借りをそのままにしておくつもりは無いのよ、私。」

 

「今、あいつらはどうしてる…?」

 

そう言うとオフィーリアは黙って私の顔を見詰める……何だ?

 

「今の貴女に何を言っても無駄ね…だから教えないわ。…貴女も分かってるでしょ?聞いてもどうせ何も出来ない、って?」

 

「……」

 

「それじゃ、戻るわね…あー…そうそう、この部屋、防音はしっかりしてるみたいだけど最近はあの子たちが何か感づきそうなの。」

 

リアスたちか…まあ同じ建物にいるしな…

 

「だから明日から頻度を減らしま…あら?」

 

私はオフィーリアに後ろから抱き着いた。

 

「頼む…今夜は…もう一度だけ…」

 

「…今の貴女の弱い姿を見せてれば、貴女はここまで壊れなかったんじゃないかしら?」

 

「そんな事は出来ない…あいつらにこんな姿は見せられない…!」

 

「そっ。まあ良いわ…なら今夜はもう一回だけ…私が貴女を堕とそうとしてたのに、何か私の方が絆されて来てるわね、ある意味…」

 

オフィーリアがパーカーを脱ぎ捨てた。

 

 

 

 

「朝になったわね…あら?寝てる?しょうがないわね…」

 

オフィーリアが私の身体に手早く衣服を着せ、毛布をかけた…

 

「じゃあね♪」

 

オフィーリアが部屋を出て行った…私は目を開け、布団から身体を起こす…

 

「オフィーリア…」

 

名前を呼ぶ…小声だ…奴に届く事は無いだろう…

 

「このままで良いのか…私は…?」

 

…と言っても今の所私は何もする気にはなれないが…オフィーリアの言う通り私も壊れている…クレアたちの事を聞いたあの日から…

 

「……」

 

最近は無限ループしかしなくなった思考を打ち切る…何も考えない…オフィーリアが来るまで…時計を見る…部屋を見渡す…この部屋にも一応最低限、本などは置いてあるが雑誌などは無い(私が興味を示さないのを知っているからだろう)どちらにしても読む気にはなれない…

 

「……」

 

布団に横になり、私は目を閉じる…何だかんだ気を使うからな、あいつは…今日は昼過ぎまで…もう来ないだろう…

 

「オフィーリア…」

 

この感傷が単なる恋愛感情に起因する物なら私も納得出来るのだが…私にはオフィーリアに対する恋愛感情は無いとはっきり言える…全く…本当に厄介なものを刻み付けて行ったものだ…いや、一度や二度の過ちで済ませられなくしたのは私か…最近は私の方から求めているのだから…



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110

「あら?全然食べてないわね?どうしたの?」

 

「これ以上お前の世話になるわけにも行かないからな…」

 

オフィーリアがせっかく作ってくれたのに悪いが…私は食事に手を付けなかった。

 

「…あー…成程ね…断食して今の精神状態をどうにか元に戻そうとしてるわけ?…半覚醒してるとはいえ、私たちはそう簡単に餓死なんてしないから、胃を空にして、精神を安定させるのは難しいと思うわよ?元々私たちにとっては使わなくても問題無い臓器だし「だが、やらないよりは」確かに普段よりまともな目付きしてるけど…正直私も言い難いんだけど…もうそういう段階じゃないのよ…今何時だか、分かる?」

 

……今の時間…?私は時計を見る…なっ…!?

 

「気が付いた?今の時間は午前九時「そんな馬鹿な!私は今朝少し眠っただけの筈」…そこまでは覚えてるわけね…貴女にとっては酷な話になるけど…聞く?」

 

「……聞かせてくれ…」

 

「貴女は"昨日"昼になる少し前に起きて、そのまま暴れ始めた…私が見に行ったら完全に可笑しくなっていた…と言うかアレは子どもの癇癪ね…貴女は幼児退行を起こしてた…止めようとしたけどどうにも出来なくて仕方無く放っておいたら夜になって漸く大人しくなって眠ったの…で、今朝改めて見たら貴女は目を覚ましてて元に戻ってたってわけ。」

 

「まさか…!」

 

「分かった?要するに貴女は、今更食事を抜いた所でどうしようも無い段階に来てるの…一応サーゼクスにも報告してるけどどうしたら良いか決めあぐねてるみたいよ?普通の人間の病院には連れて行けないし、冥界の医師でも今の貴女の症状をどうにか出来るか怪しいそうよ?…というわけでほら、口を開けなさい…今の貴女は食事を削っても体力が無くなって衰弱死するか、飢餓に負けて覚醒者になるかの二択しか無いの…ほら、あ~ん…」

 

私はもう余計な事を考えるのを止めた…ただオフィーリアの言う通り開いた口に運ばれる物を咀嚼して行く…

 

「これが最後よ…はい…それじゃあ歯を磨くわね「それぐらい自分で」貴女昨日の記憶飛んでるのよね?一人で、なんてさせられると思う?」

 

口を開け、オフィーリアの膝の上に横になった私の歯にオフィーリアがブラシを当て、一定の力で動かして行く…情けなくて涙が出そうになるが、堪え「あら?泣いてるの?」られなかったらしい…

 

「ハイ、これで良いわ…それじゃあ私は戻るわね「オフィーリア…その」ごめんね、今日は無理「どうして?」…さっきは濁したけど…昨日貴女、幼児退行したまま私に襲いかかったの…半日以上、無理矢理…されたから…身体がちょっと…まさか頑丈な筈のこの身体で回復が追い付かないなんて思わなかったわ…だから今日は…ごめんなさい…」

 

そう言って頭を下げたオフィーリアが背を向けて出て行く…私はもう…駄目なのかもしれないな…



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111

沈んで行く…現実を否定し、全てがもうどうでも良くなった私の意識は何処までも…もう戻る事は…

 

「……ん?…何故私が今更この身体で目覚める?」

 

「いや、突然何を言ってんのよ…?」

 

「……オフィーリア、か…?」

 

「…あら?貴女…誰?」

 

「…成程…そう言う…私はテレサ…サーゼクスに聞いてないか?…私は…奴が本物と呼ぶテレサだ。」

 

 

 

 

「…で、貴女自身も自分は消えたとばかり思ってたのに、実際は心の奥底で眠ってて…あの子の意識が完全に沈んだ事で目覚めたって事?」

 

「そうらしい…肉体というか、脳の防衛本能って奴じゃないか?このままだとこの身体は抜け殻になるからな…全く…私の役目は終わったとばかり思っていたが…」

 

あいつがキツい戦いとなるだろうと予想した和平会談まで…そう日は無いだろう…この大事な時に眠りについているとはな…

 

「目覚めたばかりの貴女には悪いけど…戦力には組み込ませて貰うわね…サーゼクスに伝えて来るわ「その前に一つ良いか?」何?」

 

「あいつの精神へのダメージが原因かは分からないが、読み取れる記憶が穴だらけなんだ…まず、お前が何故こちら側にいるのか説明してくれ。」

 

「貴女の中で私は敵のままなの…?」

 

「そうなるな…その様子だとあいつと深い間柄になったのか?…いや、私が聞く話では無いか。」

 

「そうね…聞かないで…今の貴女には戦いの妨げにしかならないから…理屈だけなら簡単よ…私、負けたの…で、行き場の無い私はここに一時保護されたわけ。」

 

「…で、何故私はこの部屋に幽閉されているんだ?」

 

「詳しい事情は良く知らないけど…何か、自分が暴走するかもしれない恐怖を抑えきれなくなって、ちょうど誘いをかけた私に殺されようと思ってたけど何を間違ったか勝ってしまって…仕方無く旅に出ようとしてたら着の身着のまま出て来てしまったから、お金も持ってない上に格好もクレイモアとしての格好のままだったから町から出られなくなって、隠れてた所を私が捕まえて「いや、だいぶ詳しいと思うぞ?」そう?…まあとにかく反省のためにここに押し込まれたのよ…」

 

「…で、多少反省させるだけのつもりが、あいつが壊れてしまったと…理由に心当たりはあるか?」

 

「家族の方が先に壊れたから…あの子…自分が家族の中でどんな位置付けだったか分かってなかったみたいでね。」

 

「成程…気にはなるが、私が会うべきでは無いだろうな…」

 

「私でさえ分かったんだから…彼女たちには別人だとすぐに分かるでしょうね…もう良い?いきなり出せって言われても無理だから取り敢えずサーゼクスには伝えておくわ…これ、食べて?貴女は気付いて無いと思うけど…その身体、半覚醒してるから…食べた方が良いわ。」

 

「分かった、貰おう…」



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112

「なぁ…そうやって見詰められると食べにくいんだが…」

 

「ごめんなさい…つい…」

 

あれから三日程経過したがまだ私はこの部屋から出られない…中身が変わったとはいえ、一応復活した事実をさっさと受け容れて欲しいんだが…私も早く身体を慣らしておきたいからな。

 

「でも不思議ね…」

 

「何がだ?」

 

「見れば見る程、貴女はあの子に似ている…見た目の話じゃないのよ?仕草や口調とかね…」

 

「似ていて当然だな…あいつは初め、自分を私に似せようと努力していたからな…」

 

あいつはあいつにしかなれないのにな…今は…似ている…程度で済んでる以上、演じるのは止めたのか。

 

「でも、やっぱり違うところがいくつか…特に…」

 

「?…何だ…?」

 

オフィーリアが私の顔を両手で包む…

 

「あの子はこんな風に自然には笑えなかった…」

 

「…私があいつに関わったのは短い間だったが…それでも分かる事はあったな…あいつは何があっても笑顔が浮かんでしまう私よりずっと感情豊かだったよ…その癖最後の最後まで笑う事は無く…笑うのが下手くそだった…」

 

「…ッ…ごめんなさい…食事の邪魔したわね…私はもう行くからゆっくり食べて…」

 

オフィーリアが立ち上がり背を向ける…

 

「オフィーリア。」

 

「何かしら…?」

 

「…そんなにあいつが気に入ったのか?」

 

「……いいえ…嫌いよ…殺したくて…殺したくて…堪らなくなる程に…」

 

オフィーリアが部屋を出て行く…嫌い、ね…

 

「…じゃあ…何でそんなに声が震えてる?」

 

私は自分の仕事をするためにいるだけだ…こういうのは専門外だな…私はもう別に身体を返して欲しいとは思っていない…戻ってやれるなら戻ってやりたいが…

 

「下手に潜ると…私も帰って来れない可能性があるな…」

 

あいつが何処まで潜ったのかは分からん…はっきりしてるのはあいつを引っ張るのに失敗したら…次は恐らく私の意識は浮上しない…本当にこの身体は抜け殻になってしまうだろう…今この状況自体がイレギュラーなのだ…

 

「…ここにこうして出て来てしまった以上、最低限の事はしてやる…だからさっさと目を覚ませよ?テレサはもう私ではなく…お前なんだからな?」

 

取り敢えず食事を再開しよう…こうやってまともな量の食事をするのはクレイモアになってからは初めてか…だが、意外な程食べるのに抵抗は無い…味も悪くない…オフィーリアは料理が上手いのか、意外な才能だな…最も食べさせたい相手は私ではなくあいつなんだろうが…不憫な奴だ…そもそもクレイモア同士で恋愛など無理だ…それぐらい分かっていると思うんだがな…



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113

更にそこから数日…漸く私は部屋から出され、テレサの部屋でサーゼクスに会う事になった…

 

「オフィーリアから聞いてもまだ信じ難かったが…こうして実際に会うと分かるよ…確かに君は別人だ…」

 

「…そういう事、だ。期待させて悪いな、サーゼクス。」

 

「…いや、勝手に期待したこちらが悪いのであって君のせいでは無いよ…それで取り敢えず会談の際はテレサ…あー…君もテレサだったな…」

 

「ややこしくなるだろうが私もテレサ、としか名乗れないな…使い分けの必要は無いさ…戦力面では同じ物として扱ってくれ…そこら辺はある程度記憶はある様だから多少擦り合わせるだけで済むだろ…最も、あいつと私では戦い方も異なるがね…」

 

「分かった…そういう事であれば…では君は会談の際はテレサとして予定通り護衛として立つ、という事で良いのかな?」

 

「あいつにとってもそれが心残りだろうさ…こうして出て来たんだ、私が代わりに請負う…それ以降は知らないがな。」

 

「それは…どういう意味かな?」

 

「それ以上を求めるのはお門違い…ではさすがに薄情が過ぎるか…いや、どちらにしろ無理なんだよ…私も、恐らく…あまり長くこちらにはいられそうに無いんでね…会談の日までさすがにもうそんなに日数は無いだろ?」

 

「…二週間後だ…持ちそうかな?」

 

「…ギリギリな。話は終わりか?なら、オフィーリアを連れて身体を慣らしに行って来る。」

 

「その前に一つ頼みがあるんだ…聞いてくれないか?」

 

「…何だ?」

 

「クレアたちに「悪いな、断るよ」…何故かな?」

 

「彼女たちに会う気は無い…お前がそう思ったように彼女たちにとっても私は別人なんだ…余計にショックを与える事も無いだろう?…戻れるなら今すぐにでも戻ってやりたいがね…」

 

「…その身体は元は君の物なんだろう?返して欲しいとは思わないのか?」

 

「いや?全く思わないよ?…誤解するな、サーゼクス…私の役目は当の昔に終わっているよ…私はこの非常時に眠ってるあの馬鹿の代わりに最低限の仕事をしておいてやろうとしているだけだ…あいつに戻る気があるなら何時でもこの身体を明け渡すさ…説教くらいはさせて貰うがね。」

 

この体たらく…一度殴ってやらんと気が済まない。

 

「じゃあ行ってくる…いや、しかしツイてるな…リアスたちは万が一に備えて冥界で修行中だったか?戻って来る心配は無いだろうからそれなりに派手に暴れられそうだ。」

 

「…程々にしてくれ…この建物が壊れると「私とオフィーリアは技主体の戦士の様でね…周りにそれ程被害は出ないよ…覚醒者にならない限りはな」……」

 

「冗談だ…じゃ、行って来る。」



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114

「オフィーリア…不意打ちは良いが漣の剣は止めろ…サーゼクスに言われてるだろ?出来るだけ相手を殺すなと…その剣では最悪相手を殺してしまう…」

 

「仮にも裏切って侵攻してくる相手を殺すな、なんて甘い考えだと思わない?」

 

「その辺の事情は私は興味が無いよ…首も突っ込みたくない…まあサーゼクスもあくまで処罰出来る大義名分こそ出来るものの、殺してしまっては角が立つ…だから正式に自分たちの法に基づいて裁きたい…大方、こういう理由じゃないかな?」

 

「納得行かない「それはそうと早く腕を治せ、時間が経つとくっつかなくなるぞ」…そうね。」

 

オフィーリアは地面に突立った剣を掴んだまま切り離された腕を修復し始める…

 

「酷いわね…何も切り落とさなくても良いじゃない…」

 

「いや、仮に受け止めてもこちらの腕の方がイカれるか、最悪腕そのものを持ってかれるのが確定している技を止めるなら、相手の腕を落とすか、首を落とす以外の選択肢は無いだろ?…あいつの様な脳筋戦法は私には難しいのでね…」

 

「そもそもどうしてそんなに的確に私の攻撃位置が分かるの?」

 

「…あいつは私の戦い方について話して無かったのか?なら、お前には話しておくべきか…共に戦うわけだしな…私は相手の身体の妖力の流れを読んで次の動きを見極めて対応、攻撃をするんだ…この時点で分かると思うがこの戦い方は妖魔、覚醒者、クレイモア以外には使えない。」

 

「どうするつもり?」

 

「別に妖力を読めない=戦えないなんて事は無いさ…やりようはある。」

 

「…それ、私にも出来る?」

 

「いや、私が教えるまでも無いよ…私は基本に従って戦うだけだからな…連中、自分の強大な魔力を良いことに実技面が怪しいらしい…そこをクレイモアとしてのスピードで突っ込んで叩けば良いだろう?」

 

「貴女もだいぶ脳筋だと思うわよ?」

 

「あいつよりマシさ…さて、続きと行こう…ッ…いきなりか。」

 

私の首を狙って繰り出される剣を受け止める…ん?やれやれ…

 

「あら!?「足元がお留守だぞ」きゃ!?」

 

突然しゃがみこまれ、力をかけていた為に前のめりになり慌てるオフィーリアの足を払う…所謂水面蹴りという奴だ…ふむ…思いの外御しやすいな…アクシデントに弱いのか…これではある程度相手の実力が高いとすぐに付け入れられそうだな…

 

「くっ「いや、終わりだよ…一旦仕切り直すぞ?」…分かった…私の負け。」

 

立ち上がろうとするオフィーリアの眼前に剣を突き付け、クールダウンさせる…やれやれ…こうも相手に気を使いながら戦うのは疲れるな…今まで他のクレイモアと組む、という事があまり無かったからな…



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115

「今日はもう止めだ。」

 

私は剣を背中に背負った。

 

「あら?もうへばったの?私はまだ「いや無理だろ、お前、頭の中ぐちゃぐちゃだし」何それ?妙な言い掛かり付けないでくれる?」

 

「言い掛かりじゃないだろ…お前には悪いが私には分かるんだよ。私は妖力を読めると言ったろ?感情が乱れれば妖力も乱れる…そもそも太刀筋からしてブレるんだ…私でなくても気付くと思うぞ?…それとも、自分でも分かってないのか?」

 

「……」

 

「こういうのは柄じゃないし、苦手だからハッキリ聞く…正直に答えろ、あいつが好きなのか?…もちろん、恋愛的な意味でだ。」

 

「……正直、良く分からないの…これが恋愛的な意味でなのか…それとも身体の相性が良過ぎて執着してるだけなのか…」

 

「やはりあいつと肉体関係があったのか…なら…」

 

「えっ…?…ちょっ…!」

 

「身体の相性が良くて執着してるなら、私とすれば済む話だな?何せ、中身が違うだけで同じ身体だ…」

 

オフィーリアの肩を掴み、逃げられない様にしながら、顔を近付けて行く…

 

「止めて!」

 

私の顔を引っぱたき、怯んだ私からオフィーリアが距離を取った…

 

「…あっ…ごめんなさい「答えが出たな」…えっ…?」

 

 

「"私"を拒絶したという事はお前のそれが恋愛感情で無いにしても、お前は肉欲に関係無く、確実にあいつ個人に執着している…という事だよ。」

 

「そう…ねぇ?貴女はどう思う?」

 

「…お前のそれが恋愛感情かどうか、なんてのは私に答えは出せないな、それはお前の抱いている感情で私の物では無いのでね。」

 

「それにしたって…貴女は変だと思ったりしないの?…私たちは同性だけど。」

 

「同性だからと言って別に恋愛感情を抱くのが可笑しい、という事は無いだろ。そもそもそれを言ったら、同性で肉体関係がある時点で既に可笑しいだろうしな。」

 

「…だって…それは「色々鬱屈した物を抱えていても同類でない者には吐き出せない、そもそも同性である戦士としか交流を持つ事が出来ない…組織の者には異性がいるが想いを吐き出す事は出来ない…自分と同じじゃないから…大抵はこんな所だろ?…若しくは戦士になる前、妖魔に陵辱された為に男性恐怖症になってる場合もあるかもしれんが」…詳しいのね。」

 

「これでもこの身体になって長い…色々な奴を見て来たからな「貴女は誰かと深い関係になった事はあるの?」…肉体関係はあったが、恋愛に発展した者はいない…いや、違うな…大抵はそうなる前に死んでいるか、私が殺している筈だ…」

 

「…ごめんなさい。」

 

「気にするな…昔の話だ…。」

 

「せめて男性の戦士がいてくれたら私たちも普通の恋愛を「ん?何だ知らなかったのか?」何を?」

 

「昔は男の戦士がいたんだ…お前、覚醒者狩りには良く行ってたんだろ?男の覚醒者と戦った事は無いのか?」

 

「…いたような気はするけど…大抵はろくに喋らせる事も無く首を落としてたし…それに、てっきりそう見える女性なのかと思って…」

 

「そう言う理由か…実を言うと私も会った事は無いし…そう詳しく事情を知っているわけじゃないが…昔はそう数は多くないが男の戦士は確かに存在していたんだよ…一応、ある程度長くからいる戦士の間では割と有名な話だよ。」

 

「そう…どうしていなくなったのかしら?」

 

「妖力解放自体に快楽を感じて、すぐに覚醒者化するから組織が作らなくなった…という話だ…」

 

ミリアの調べた事実についての記憶はあるし、私自身もっと深く事情は知っているが…まあ別に語る必要も無いだろう…

 

「惜しいわね…せめてまだ男性の戦士がいたら「いや、お前も男性恐怖症のクチじゃないのか?だから同性である戦士に手を出してたんだろ?…本当に異性相手に性欲を満たしたいだけなら、一般人に手を出せば良かった話だ…組織の連中もその程度なら結果さえ出してれば文句は言わないし、私たちの様な身体であっても金を払ってまでしたがる物好きは腐る程いたからな…そもそもお前だって組織の命令で娼婦の振りくらいした事あるだろ?」……」

 

「…と言っても、先に言った通りお前は出来なかったクチなんだろうが「さっきから何で分かるの?」覚醒者狩り専門に回される奴なんて大抵は普通の町中に放り込んだら問題起こす奴しかいないからな…お前自身それを目的としていたわけだから丁度良かったんだろうが。」

 

「それが…何か悪いのかしら…!」

 

「怒るなよ…別にそんな事言ってないだろ。覚醒者狩りだって組織に貢献している立派な仕事だよ……余計な事を知られかねないから疎まれるがな。」

 

「……」

 

「そこまであいつが同性である事実がお前の足枷になっているなら…一つ朗報だ…」

 

「えっ?」

 

……あいつはこれだけは誰にも言っていないんだよな…本来は無理に言う事でも無いんだろうが…あいつもオフィーリアの抱えてる物には薄々感づき始めていた筈だ…にも関わらず、オフィーリアにまで何も言わないのはフェアじゃないだろう。

 

「あいつはこの半人半妖の身体になる前、つまり、私たちのいた世界とこの世界…両方を観測出来る世界にいた頃は…普通の人間の男性だったらしい。」

 

「……本当なの?」

 

「あいつはその時の自分自身の事はまるで覚えて無いようだが、これ自体は本当の話だ…これならお前も少し、心のハードルが下がるんじゃないか?」

 

必死で顔がニヤケない様に堪えようとするオフィーリアに苦笑しながら…こいつに関しての処遇をどうするか考えていた…思考が乱れまくってるのは問題だが、浮ついてるのも駄目だ…最悪、今回の戦いからは降りてもらうしかないな…正直、そんな奴に背中を任せるくらいなら一人でやった方が良い。



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116

「オフィーリア。」

 

「…ッ…何かしら?」

 

私に声をかけられ真顔に…出来てないな、これは…

 

「いや、無理だろ…今のお前を事情の知らない者が見ても十人中、十人が浮かれてると言うだろうよ…」

 

「……」

 

俯くオフィーリア…いや、しおらしくされても面倒なだけなのだがね…

 

「お前…それを抑える気が無いなら今回の件からは降りて貰うしかないが…」

 

「何言ってるのよ…私は戦え「いや、降りてくれ…一緒に戦う私としても困るが…サーゼクスたちの為にも言ってるんだ」…どういう意味?」

 

「さっき言わなかったか?私は肉体関係にあった戦士が大抵死んでいるか、私自らの手で殺している、と。」

 

「……ええ…言ったわね…で、それが「いや、分からないか?…私だって仲の良かった者を突然惨殺する趣味は無いよ…そいつらは覚醒者になったから親しい者として私が手を下したんだ」…そう、それで?」

 

「大抵、離れた場所で覚醒者になりそうになったら組織の者に黒の書を託すのが普通だ…だが、私は…自分の方が私より本当は強いと思い込んだ面識の無い勘違い女からしか貰った事は無い…」

 

「…それじゃあ…もしかして…」

 

「そう…そいつらは大抵私の目の前で覚醒し、その場で私が首をはねている…毎回そんなに都合良く事が運ぶと思うか?…結果として私は妖力を読み取っての戦いのノウハウを得たが…友人をどんどん失って行く辺り、それ程メリットだと思った事は無い。」

 

「…何が…あったの?」

 

「新人の戦士であっても、普通はいきなり大量の妖力解放をしたりはしない…それは怖いからだ…少しずつ妖力を解放して限界を見極めなければすぐに覚醒者になるからな…だが、ベテランであってもタガが外れる事はある…ところで…お前、向こうとこっち、二回も覚醒したな?」

 

「そうね…したわ「原因は覚えてるか?」…それは…ムカついたから…」

 

「普段抑制していても感情の昂りでその留め金はあっさり外れる…お前は怒りが抑制を無くしたが…感情が昂るのは何も怒った時だけじゃない…」

 

「もしかして…そんな…嘘でしょ…」

 

「…私と親しかった者たちは私の想いを語っている最中に覚醒した…私はその場でその首を落とした…お前、自分以外の戦士はクソ真面目だと思った事は無いか?お前は何時もヘラヘラ笑ってたらしいが…」

 

「…そうね…確かに思ってた…」

 

「私たちは感情表現一つで簡単に覚醒する…だから感情を殺している奴が普通は長く戦士として生きられる…もう分かるな?つまり、お前がその情愛を抑えられないなら…私はお前に戦いに出るな、としか言い様が無いんだよ。」

 

「この気持ちを捨てなきゃ駄目なの…?」

 

「別にそこまで言ってないさ…だから戦わないのも選択肢だと言っている…妖力解放自体をしなくなれば、覚醒もクソも無いからな…私たちは老化する事は無いが、腕は使わなければやがて錆び付く…その内弾みで解放する事も無くなるだろう…」

 

「…それが一番良いのは分かってる…でも、無理…私は、これを最後にしたいの…」

 

「なら、その気持ちを一旦しまえ…万が一覚醒しても私にはお前の首を落とすことしか出来ない…あいつはあいつでお前に執着はしているからな…お前を殺したら顔向け出来んよ…」

 

最もアレは本人の感じた通り恋愛感情では無いが…快楽に沈めたのもあいつが壊れた要因の一つだとこいつに言ったらどんな顔をするんだろうな…自分に恥をかかせた相手を自分の物にして辱めてやりたい…という歪んだ想いが比較的まともな情愛に変わるのだから分からない物だな…そして、傍から見ればとても滑稽だよ。

 

「…この戦いが終わればあの子は帰って来るかしら…?伝えたいの…」

 

「…何を?」

 

「色々と言いたい事が出来たから…それまでは私はこの気持ちを抑えるわ…それで…良いんでしょう…?」

 

「出来るのなら私から文句は無いよ。」

 

恐らく私は戦いの途中で戻る事になるだろう…そして…あいつは…恐らく帰っては来ないだろうな…



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117

「後でそっちに行くわ。」

 

「…ああ。」

 

フリで顔を近付けただけで引っぱたく程、過剰な拒絶をする訳だから、仮に私といた所でそういう事にはならない…か。

 

「そんなわけ無いだろう…」

 

テレサの部屋にあるソファに触れる…柔らかい…私には合わんな…

 

「すまん…」

 

カーペットを剥がし、床に剣を刺し、その刀身に寄りかかり座る…

 

結局あの後は試合を続けること無くさっさと終わらせた…オフィーリア自身は明日もやる気の様だが…私からしたら二週間で本格的にやっても仕方無いのでほぼ慣らしも終わった今、あまりやる必要は無いように思う…

 

「ッ…あー…成程…この身体になってからは初めての経験だな…」

 

空腹感…これが半覚醒の影響なのか…

 

「わざわざ作らなくても良いと言っているのだが…」

 

オフィーリアがこの後着替えてわざわざ飯を作りに来ると言う…中身が違うのは理解してる筈だが…何であんなに嬉しそうなんだかな…さっき言った事を本当に理解してるのか?

 

「来たわよ…あら?貴女…」

 

「見ての通りだ…あいつやお前と違って私は習慣を捨てれていなくてね。」

 

「…まっ、仕方無いんじゃない?取り敢えず食事の用意するわね?」

 

「手伝おうか?」

 

「…やった事あるの?」

 

「あいつの料理の知識はあるが私はやった事は無いな「なら、座ってて。」…分かった。」

 

オフィーリアの料理をする姿を眺める…

 

「…ねぇ?そんなに信用出来ない?変な物入れたりしないわよ…少なくとももう何度か食べてるわよね?」

 

「そんなつもりは無かったが「さっきの貴女のセリフを返す事になるけど…自分で気付いてないの?貴女のそれは、何の気なしに見てるとかじゃなくて…余計な事をしないように見張ってる、なのよ…」…分かった、向く方向を変えよう。」

 

立ち上がり、剣を刺し直し、座る…テレビがある様だが…特に見たい物は無い…というか、あいつもあまり興味は無かった様だ…

 

立ち上がり、近くの棚から本を取り出す…この本、あいつはもう読み終わってる様だな…一ページ目を見た時点で大体のあらすじからオチまで浮かんで来た…本を閉じた。次の本…これも読み終えてるな…割と本を読む方だったのか?さっさと閉じ、剣を刺している所まで戻る…

 

 

 

「それにしても貴女…着替えないの?」

 

私の今の格好は甲冑を外しただけ…この服、黒歌が縫ってるのか…結構器用なんだな…

 

「面倒でね…というか、お前が着てる服に至ってはあいつの服じゃないのか?しかも下着は身に付けて無いだろ?」

 

「…良いじゃない…別に…」

 

「なら、私も言われたくないな。」

 

そこで会話が途切れる…私からは別に話題は無いからな……いや、あったか…

 

「何でお前も床に座るんだ?お前はもう、癖は抜けてるんだろ?」

 

オフィーリアは私から離れた位置の床で、剣こそ刺して無いものの座り込んでいる…

 

「別に良いでしょ。」

 

それきりまた会話は終わる…今更こいつを警戒するのも馬鹿らしい…やる事が無い以上寝てしまうか…

 

私は刀身に軽く体重を預け、目を閉じ…寝ても大丈夫だよな?このまま意識がまた沈んだりしないよな…?…大丈夫だよな…?しばらく起きてはいたもののやがて私は眠りに就いた様だ…



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118

『テレサ…』

 

誰かが私を呼んでいるようだ…

 

『テレサ…』

 

目を開ける…

 

「お前か…どの面下げて私に会いに来た?」

 

私の前にあいつがいた…

 

『すまない…私は…お前に託されたのに…』

 

「謝罪は要らない。さっさと戻れ『それは出来ない』…何だと?」

 

『私はもう戻らない…もう現実を見たくは無いんだ…』

 

「随分…ふざけた事を抜かすじゃないか…!」

 

私はあいつに近付くと胸ぐらを掴んだ…

 

『ッ…テレサ…』

 

「お前、どれだけの人間に迷惑をかけているのか、分かっているのか?」

 

『テレサ…私にはもう無理だ…その身体は…お前に返す…』

 

「…私の言い方が悪かったんだな…この身体は私の物じゃない…正真正銘お前の物だ…」

 

『何を言っている…?だってお前はあの時、私の身体を使ってる、って…』

 

「ああでも言わなければ、お前は抗うのを止めてしまっただろう?…思い出せ…私の本当の身体はどうなったのか…」

 

『あっ…!』

 

「私の身体はクレアに取り込まれてもう無い。つまりこれは本当にお前の身体だ…何故私の意識が宿っているのかは分からないが…」

 

『それならこのまま私が消えさえすれば…!』

 

「お前なら分かると思っていたんだがな…良いか?私の役目はあの日、あの時に既に終わっているんだよ…今更新しい生を謳歌する気なんて更々無い。」

 

『だが私はもう…!』

 

「最低限の仕事はしてやる…その後はお前次第だ…戻るも、戻らないも…お前の自由だ。」

 

『私は戻らない…その身体はお前が…』

 

「所詮、いくら見た目が同じでも別人の身体だ…早い話が合わないんだよ…やがては身体の方から拒絶される。」

 

『でも…私は…!』

 

「お前のその葛藤まで受け止めてられん…お前のお陰でこっちは忙しいんだ…手遅れになる前にどうするか決めておけ。」

 

『テレサ!待ってくれ…!お願いだ…!私は…もう嫌なんだ…!』

 

私の意識が浮上していくのを感じる…

 

「もう朝よ、起きて。」

 

目を開ける…オフィーリアが目の前にいた。

 

「良くその体勢で爆睡出来るわね…」

 

「いや、昔はお前もやっていただろう?」

 

「…そうね…今はとても真似出来ないわ。」

 

オフィーリアが退けたのに合わせ、私は立ち上がる…

 

「グラウンドにいるから、準備出来たら来てね。朝食はテーブルの上にあるから食べて。」

 

「ああ…ありがとう。」

 

「良いわよ…別に…」

 

オフィーリアが出て行くのを見届け、テーブルに向かう…トーストに目玉焼き…オーソドックスな朝食だ…

 

「……」

 

さっさと食べようかと思ったが…思いとどまり、電子レンジにかける…こうやって見ると明らかに私のいた世界より文明は進んでいるな…

 

「…あの馬鹿…!」

 

グルグルとゆっくり回るトーストと目玉焼きの皿を見ながらこの身体の本来の持ち主について考える…元が普通の人間であった事を鑑みてもあまりに腑抜けている…

 

「もう一度会って喝を入れに行っても良いが…最悪次は戻って来れないからな…やるわけにはいかないな…」

 

取り敢えず腹ごしらえと行こう…オフィーリアを待たせている事だしな…私は加熱の終わった皿を電子レンジから出してテーブルに置いた。



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119

「昨日の勢いが無いわね!どうしたのかしら!?」

 

オフィーリアの剣を受けとめる…漣の剣は使っていない…力任せ一辺倒の剣だが、仮にも一桁ナンバー…剣の扱いはかなり上手い…

 

だがな…

 

「なっ…!?」

 

「悪いな…これでも、私も一桁ナンバーなんだ…簡単には負けられないな。」

 

それまでして無かった妖力解放を行い、オフィーリアの剣を弾き上げる…無防備になった腹を蹴り飛ばした。

 

「ぐっ…!」

 

モロに食らい、怯むオフィーリアに追撃…さて、一つやってみるか…!

 

「嘘っ!これって…!?」

 

「ミリアの様には行かないが…」

 

妖力解放をしての高速移動により、残像を生じさせ、相手を惑わす技…あいつの記憶から読み取った…クレアと仲間であった戦士…幻影のミリアの幻影を再現してみた…この技…相手が妖魔や覚醒者、クレイモアで無くても使えるが燃費が非常に悪い…最終的に本人は妖力解放無しで使える様になった様だが私には出来そうも無いな…

 

「どうだ?お前はミリア本人の幻影を見た事はあるんだろう?…あいつの記憶にあった物を再現してみたのだが…」

 

「そうね…悪くないわ…もしかしたら何れ本人にも迫れるかもしれないわよ?」

 

「それは光栄だな。」

 

オフィーリアの剣は残像を避けて真っ直ぐこちらに向かって来る…

 

「本物はこっち?」

 

「やっぱりバレるか…一応何で分かったのか聞いていいか?」

 

「ミリアの動きは当然ながら幻影とほぼ同じ…でも貴女は幻影と動きが明らかに違う。」

 

「そうか…やはり私には向いてないか。」

 

「そう謙遜した物でも無いと思うけどね。」

 

オフィーリアが力をかけて剣を押し込む…私は力を抜いて、倒れ込んだ…

 

「ちょっ!」

 

「お前アクシデントに弱過ぎないか?あいつに負けたのも懐に入られたのが原因みたいだしな。」

 

前のめりに倒れ込むオフィーリアを地面に背中を付けながら腕を掴み、腹に足をかけ、投げる…変則的ではあるが巴投げの体勢に近いだろうか…

 

「痛っ!?」

 

受け身もろくに取れないまま、オフィーリアが地面に叩き付けられた。…今回の襲撃を行う連中にこんな攻撃をする奴はまずいないだろうが…まあどんな状況にも対応出来る様にしておくのは良い事だろう、うん。

 

「さて、仕切り直しだな?」

 

私が立ち上がりオフィーリアにそう声をかけると、向こうも立ち上がった。

 

「そうね…それにしても貴女、ある意味あの子以上にめちゃくちゃね…」

 

「私は妖力による相手の動きの先読みしか出来ないからな…取れる手は何でも取るさ。」

 

そう言いながら校舎の時計を見る…おっと。

 

「オフィーリア…そろそろ気の早い生徒が来るだろう…ここで止めるぞ?」

 

「あら?もうそんな時間?…仕方無いわね…引き上げましょう。」

 

剣を背中に背負い、旧校舎に向かう…

 

「お昼は何か食べたい物はある?」

 

またこいつが作るのか…

 

「選り好み出来る程食材あったか?」

 

「サーゼクスからいくらか貰ってるし、何なら買ってくるわよ?」

 

「……すぐ出来るもので良い。」

 

「張合いが無いわね…」



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120

オフィーリアと別れ、部屋に入り、座る…昼まで数時間はあるな…

 

「……」

 

特にやる事は無い…本来なら私は用務員の仕事があるんだろうが、今の私に出る義務は無い…私がいない場合、誰がやるんだろうな…基本的に何も無ければあいつは毎日出勤していた様だが、あいつが出れない日は誰が?…兵藤一誠を助けた日は黒歌が代わりに出ていたようだが、今の黒歌には無理だろう…

 

「どうでも良いか…」

 

私には関係の無い話だ…

 

 

 

「そう言えば貴女、出かけたりはしないの?」

 

結局退屈になり、本棚から適当に本を引っ張り出し読んだ(良く考えたらあくまであいつが読んだ時の記憶が朧気にあるだけで私は読んでないからな)昼になり律儀にやって来たオフィーリアから質問が飛んで来る…

 

「私、というかあいつは家が無くなる前からこの近辺に住んでいたからな…」

 

「そう言えば…貴女は迂闊に知り合いに会えないのよね…」

 

頷く…あいつが関わった相手の記憶は当然あるが…別人の私が接触して何らかの問題が起きても面倒だからな…

 

「一応サーゼクスからは魔王や、今回の会談にやって来る中で貴女の知り合いに関しては貴女の事情を話しているそうよ…あの子たちを除くけどね…」

 

「リアスと兵藤に木場の三人は何とかなるが、姫島と塔城に関しては確実に面倒事になる…」

 

部屋に乗り込んで来られても私にはどうしようもない。

 

「後、あの時間を止めちゃう子…」

 

「ギャスパーか…あいつも旧校舎にいるようだが会ったのか?」

 

「ええ…すごいのね、あの子…私まで止められるなんて…」

 

オフィーリアは止められたか…あいつの心配は杞憂だった様だな…ん?

 

「あいつは確か引きこもりだと聞いていたが…」

 

「既に旧校舎内なら行動出来るようにはなってるみたいね…だから、あの子は会談に出るつもりみたい…良かったわね、仮にあの子が出て来なかったら最悪私たち二人とも止められて終わりだったわ。」

 

「そうだな…そう言えばあいつはリアスたちについて行かなかったんだな…」

 

「まだ旧校舎からは出れないって。ちなみに遭遇しても良いように貴女の事は話してあるから…で、そのギャスパーから伝言…」

 

「ん?「テレサさんに会えたらありがとうと伝えてください…腹は立ちましたけど…でも、貴女のお陰で少し勇気が出ました…だ、そうよ?」それは私に向けた物では無いな…」

 

「ええ…出来るなら貴女から直接伝えて。」

 

「あの馬鹿なら多分、この場で聞いてるだろうよ。」

 

「……起きてるの?」

 

「恐らく…私を通して色々見聞きしてるだろう。」

 

「戻って来れないの?」

 

「本人にその気があるなら今すぐにでも身体を返すが…今の所戻る気は無い様だ…」

 

「そう…もう戻らないつもりなのかしら…」

 

「戻りたくないとは言っていたな…」

 

「それなら戻るまで貴女がその身体に「いや、この一件の最中に私は精神の奥底に戻るか、追い出されるだろう…つまりその時までに奴がこちらに戻らなければそれで終わりだな…戦いの中で動けなくなったらどういう扱いを受けるか想像はつくだろう?」…そんな。」

 

「それともお前一人で守ってみるか?」

 

「…守るわ。誰にもその身体は渡さない…!渡してたまるものですか…!」

 

「落ち着けオフィーリア…妖力が漏れてる。」

 

「あっ…」

 

「不安になって来たんだが大丈夫か?守るのは勝手だがお前が覚醒したら話にならないぞ…次も戻れるとは限らんしな…」

 

完全覚醒した場合、仮に理性が一時的に残ったとしても妖力の調整が出来る者がいなければ元には戻れない…やがて、強烈な飢餓感と全能感になけなしの理性は消し飛ばされるだろう…

 

「気を付けるわ…それじゃ、私は行くわね…夜にまた来るから…」

 

「ああ。」

 

来なくていいんだがな…オフィーリアが部屋を出て行くのを見ながらそう考えていた。



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121

昼食を食べ、本を読み、夕食…そして、部屋に戻らないオフィーリアと敢えてどうでもいい話をしながら生徒がいなくなる時間まで待つ…

 

「オフィーリア。」

 

「何?」

 

「今日が最後で良いな?」

 

「…ええ…本当は分かってたわ…意味は無いって事くらいね…」

 

「…なら何で今日まで続けた?」

 

たった二週間で今更私たちの実力が上がるわけは無い…あいつなら伸び代があるかもしれんが…私は既に用意されたカードで勝負するしか無いし、それはオフィーリアも同じ事。…他に私たちに出来るのはルールが無い、若しくは私たちには守る必要が無いと意識するだけ…当日まで何が起こるかはっきりとは分からない今、少なくとも二人で戦う理由が無いのだ…なのに…

 

「私ね…ずっと戦いたかったのよ、本物の貴女と…あの子の身体だから傷付けたくないと思ってはいても…抑えきれなくて…」

 

「そうか…」

 

実は私が本当にこいつや、あいつが思う本物かは分からないのだがな…本来私の意識はあの世界で戦士となったクレアと共にある筈…本当に私はテレサなのだろうか…

 

「…それで?ここでやるのか?」

 

「サーゼクスと話は着けてあるわ…冥界でやりましょう…」

 

オフィーリアがグラウンドの隅を指差す…魔法陣…

 

「…やはりお前も魔力持ちか。」

 

「ええ…でも、貴女たちと同じよ…私もせいぜい転移が出来る程度の魔力しかない。」

 

魔法陣に近付くと木の影から見覚えのあるメイド服の女…

 

「疲れてるのにごめんなさいね…」

 

「ここで暴れられるよりマシですから…久しぶりね、テレサ…いえ、今の貴女は初めましてかしら?」

 

「そうなるな…だが、あいつもどうせこの場で話を聞いてるし、記憶は共有しているからな…どっちでもいい…テレサの為に聞いておこう…三人はどうしてる?」

 

「最近は三人とも眠ったままです…食事も取ってませんから衰弱が酷いですね…やっぱり貴女は別人なのね…」

 

「ん?」

 

「テレサなら…三人の状況を聞けばきっと…取り乱すから…」

 

「そうだろうな…」

 

「ごめんなさい…貴女に何かを求めても無駄よね…」

 

「そうだな…さっさと始めてくれないか?」

 

「ええ…」

 

魔法陣が光り、私とオフィーリアは足を踏み入れる…

 

 

 

 

「冥界の山中に転移しました…一応結界もかけておくのでご存分に。」

 

グレイフィアが魔法陣に入り、消える…

 

「…始めましょうか。」

 

「ああ。」

 

オフィーリアと向かい合い、構える…

 

「見届け人がいないのが残念だけど…」

 

「必要無いさ。当事者である私たちが結果を知っていれば良い。」

 

「…そう言えば私たち、どうやって帰るのかしら?」

 

「今更だな…だが、今はどうでも良いだろう?」

 

「涼しい顔して…貴女も乗り気じゃない…!」

 

「本当に戦うのが嫌いなら戦士なんてすぐに辞めていたよ!」

 

今の様に後腐れ無く、命令でも無く、心置き無く戦えるシチュエーションすら嫌いなら…すぐに自分の首を落としてたさ!

 

「やる前にもう一つだけ聞きたいの…良い?」

 

「何だ?」

 

「貴女に想いを告げようとした子は要するに皆、興奮し過ぎて覚醒したのよね?」

 

「そうだな。」

 

「貴女…止めなかったの?」

 

「…止めた事は無い…ただの一度も。」

 

「どうして?」

 

「分からなかった…私だって信じたかったんだ…慕ってる相手にただ、秘めた想いを告げるだけで化け物になる程、私たちがつまらない生き物だと思いたくなかった…」

 

「それは言い訳ね…貴女が止めてれば数人、いえ、最後の一人くらいは救えていた筈よ。」

 

「それは分からん…結局止められなかったかもしれない…もう良いだろ?お前には関係の無い話だ…」

 

「そうね…私が口を出して良い話じゃなかったわ…ごめんなさい…それじゃあ始めましょう!」

 

妖力解放し、漣の剣も解禁し、向かって来るオフィーリアを見据える…私が本気を出して良い相手か…今一度見極めさせて貰うぞ、オフィーリア。



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122

「あら?起きた?」

 

「…あいつ程、寝起きは悪くなくてね…」

 

結局、私たちの戦いは夜明けまで続き、実は近くにいたグレイフィアによって人間界に戻された。

 

被害状況は…山が広範囲に渡って更地…地面も相当抉れたので生態系に多大な影響が出た可能性が高いとか…そして私たちの方はと言えば…

 

「…で、日常生活もそうだが、戦いは出来るのか?」

 

「取り敢えず手伝って?食事の支度も難しいの…」

 

「無理に作りに来なくても良いと言ってるんだがな…」

 

斬り飛ばしたオフィーリアの右手が行方不明になった。…私たちは消耗が激しくなければ自前の妖力で回復出来るので大して傷は残らない…なので被害はそれくらいか…

 

「お前攻撃型だったな…」

 

「そうよ…だから再生は難しいわね…」

 

「クレアがイレーネに言われた話だが…時間をかければ攻撃型でも腕は生えるらしいぞ?」

 

「そうなの?」

 

「数日かかる上に、人間並の筋力しか無いらしいが…」

 

「それじゃ、使えないわよ…剣が振れないし。」

 

捜索はされてるらしいが、見つかるか…

 

「サーゼクスの話によると更地になってる事もあって探しやすくはなってるそうよ?ちなみにグレイフィアがあの状況を伝えたら胃薬一瓶一気飲みしたらしいけど…」

 

「そうか。」

 

その感想を聞いてもへー…という感想しか出て来ないな。…まぁその辺はオフィーリアも同じの様で…

 

「お見舞い行く?」

 

「面倒だし、私たちが行っても余計に体調が悪くなるんじゃないか?」

 

「そうよね。じゃあ行かなくて良いか。」

 

サーゼクスの様な奴は普段、机に向かっていて前線に出ない代わりに、最終的な責任を取るためにいる…例えそれが下の我儘に端を発した物であっても…それが組織に所属する戦士として現場で戦っていた私たち二人の共通意見だった。

 

「取り敢えず早く腕が見つからないと不便よねー。」

 

「私たちも探しに行くか?」

 

「サーゼクスからは君たちが行くと更に被害が酷くなりそうだから待っていてくれ…ですって。失礼だと思わない?」

 

「いやそれはさすがに同意する。」

 

私たちはかなり大雑把な方だからな…

 

「えー…何で?」

 

「いや、お前見つかるまで木を切り倒すだろ?」

 

「そりゃ邪魔なんだから当然でしょ?」

 

「…それをされたくないから止められたんだろ。」

 

「えー…別に更地になった所は畑でも作れば良いと思わない?」

 

「掘り返され過ぎた上、そもそも私たちにもどういう力なのか分からない妖力の影響を受けたせいなのか、土の状態があまり良くないらしいぞ?」

 

「…妖力って他の物にも影響出る力だったの?」

 

「知らん…だが、そうとしか考えられないらしい…あの場所はこれから先、百年位は何も生えてこないそうだ。」

 

「ふ~ん…そんなに長い時間じゃないだろうし、そんなに目くじら立てなくても良いでしょうに。」

 

……サーゼクスたち、悪魔は元々長命種だし、私たちは何も無ければほぼ不老不死だからな…百年くらいなら問題無いだろうという結論になるわけだ。

 

「ふわぁ…それじゃあ部屋に戻って寝るわ…この身体、食べてすぐに寝ても太る心配は無いから、そこだけは喜べるわね…」

 

「ああ…おやすみ。」

 

オフィーリアが望んだ通り、ほぼ結果が出た以上…残りの日程は戦う必要は無いわけだが…だからと言って気を抜き過ぎじゃないか…?

 

「いや、そんな事も無いか…」

 

そもそも私たちが本気で爆睡する事はこれから先も絶対に無いからな…どうせ敵が来ればすぐに目覚める…なら、その間は力は温存しておくべきか。



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123

あまりにも暇な為、用務員の仕事を出来ないかサーゼクスに確認すると、とんでもない事実を聞くことになった…

 

「体調を崩した私は休みを入れている、という事になっている…それは良い…だが、代わりはいないまま、業務はそのままになっている、は不味いだろ…」

 

用務員室に顔を出してみれば書きかけの書類や白紙の申請書類が乱雑に置かれている…いないのだから別に保管すれば良い物を…

 

「半人半妖としての身体能力なら大抵の事は出来るから、逆に代わりがいなくても仕方無いんじゃない?…下手すれば睡眠や食事も削れるからね、私たちの場合。」

 

書類を書く手を一度止め、向かいに座る奴に一言言う事にする。

 

「オフィーリア…何もお前まで付き合う必要は無かったんだぞ?」

 

「部屋で一人でいるのも暇なのよ…寝るのも飽きたし。」

 

最もこの量を一人で片付ける事になっていた事を考えればありがたいのは確かだがな…オフィーリアのサインでは書類を提出出来ないが、書類を整理するだけでも十分役に…いや、待て…

 

「なぁ?」

 

「何?」

 

「お前、私のサイン真似られるか?」

 

「どれどれ…下手では無いけど…結構癖があるのね…出来るか、出来ないかで言えば出来るわよ?…でも何で分かったの?」

 

「勘。」

 

「…貴女のそれはもう一種の能力か何かだと思うわ…」

 

「まあ別に無理にしてくれと言うわけじゃないが…」

 

別に私一人でも片付かない事も無い…恐らく今日一日かければ置いてある書類に関しては終わるだろう…ただ判子押すだけの書類もあるしな。

 

「別に良いわよ、やってあげる。」

 

「助かる…そう言えばお前、こうしてしばらくこっちにいたわけだが、自分の仕事は良いのか?」

 

「ん?とっくに辞めてるわよ…私表向きはフリーターだったの…ちなみに身分の証明が出来ないから雇ってくれるとこ全然無くて…まあこの身体は食費を削れるし、体力は有り余ってるから選り好みしなきゃかなり良い条件の仕事が見つかったけど。」

 

「成程…考えてみれば私の方が可笑しいわけか。」

 

「はぐれ悪魔狩ってる中ではね、どちらにしろとっくにこの町はハンターたちは見切りをつけてるでしょ。私のせいとはいえはぐれ悪魔が来なくなったんだし…それで私たちの話だけど、客観的に見れば人間でないどころか存在しない筈の種族なのに表の仕事で稼いでる私たちが異常なのよ…貴女に至っては偽物とはいえまともな身分付き、しかも高給…考えたら少しムカついて来た。」

 

「私、というかあいつが雇われたのはたまたまサーゼクス…現魔王と古い付き合いだったからだ。」

 

「私も戦争時代にこっち来てれば違ったかしら?」

 

「…お前の場合、何処の勢力とも敵対する未来しか見えんな…その場合同種族のあいつも敵対する事になっていただろうが…」

 

「その癖私と貴女…じゃない、あの子は組まないだろうから泥沼の状況…」

 

「私なら組めたかもしれないが、あいつとは組めないだろうから、そうなるな…」

 

「私、来たのが終わってからで良かった。」

 

「そもそもあいつがここに来たのは数百年は前だからな…文明の進み具合もお察し、だ。」

 

「うん、間違い無く終わって、人類社会が発展してからで良かったわ…今となっては恩恵を受けてるから…ちょっと文化レベル落ちるのなんて考えられない。」

 

「お前は順応が早かったんだな。」

 

「まあね…最初は苦労したけど…」

 

そうなると元々そういう世界にいたのに、身体がクレイモアになってしまい、時間が便利にはなる前に遡ったとはいえ、記憶の中にある文明レベルに時代が追い付いてから、本人がその便利さに再び慣れるまでに十年以上かかったあいつは何なんだろうな…



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124

用務員の仕事は本来、学校の見回りが主であり、書類を大量に捌くことでは無い。…見回りと言っても、別に不審者がいないか見るわけでも無い…そもそも滅多に来ないしな…

 

少なくとも昼間あいつがやっていた時は外部から不審者がやって来た事は無いようだ…まあどうせ本当に来た場合、一介の用務員に出番は無いが…制圧出来ない事も無いが、普通は契約してる民間警備会社か、警察に連絡するのが普通だろう……話がズレてしまったが、学校を見回る理由は…

 

「学校内の備品の点検…?」

 

「そうだ…壊れている物があったら後で修理を依頼出来るようにメモしたりだな、後は、自分で修理出来るものならその場でしてしまうわけだ…最も、今の私は回れないがな…」

 

あいつは一般生徒の知り合いは結構多い…特に女子生徒に人気があった様だ…あいつは迷惑していた様だがな…別人だと気付かれかねない以上、会うわけにはいかない…そうでなくても私は休みを取っている事になっているから、授業の始まってしまった今、用務員室からも迂闊に出られないのだが…

 

「それ、私がやっても良いかしら?」

 

「ん…まあ良いんじゃないか?…生徒に聞かれたら臨時の用務員と答えろよ?」

 

「分かったわ。」

 

「一応地図を渡しておく…本当に良いのか?…全部回ったら結構かかるらしいが…」

 

「良いのよ。どうせ暇だし…それより悪いわね…この地図見る限り、どうも今日はもう書類手伝えなさそうね…」

 

「良いさ、これだって仕事だからな。」

 

「そう。じゃあ行って来るわ「オフィーリア」何?」

 

「気を付けろよ?右手はまだ万全じゃないんだろ?」

 

オフィーリアの右手は発見され、グレイフィアの手によって届けられたが、曰く…

 

『発見時は泥だらけの上、その…虫が集っていまして…一応洗いはしましたが…』

 

……オフィーリアも戦士だからな…多少嫌そうな顔はしたものの、それ程気にする事無く腕の修復作業に入った…結果としてくっつきはしたものの、時間がたったせいなのか、それとも不純物が混じったせいか、今もあまり動きが良くないらしい…

 

「大丈夫よ。ただ、学校内を見て回るだけでしょ?それじゃ、行ってくるわね。」

 

「ああ、行ってらっしゃい。」

 

「行ってきます…ふふ。何か良いわね、こういうの。」

 

オフィーリアが部屋を出て行った。書類に目を落とし、止めていたペンを動かす…

 

 

 

 

…携帯の着信音で我に返る…誰だ…?…ん?

 

「オフィーリア?…もしもし?」

 

『ごめんなさい、忙しいのに…』

 

「別に構わない…何かあったか?」

 

少なくともこいつはこっちが忙しいのを知ってて雑談目的で電話する様な奴じゃないだろう…

 

『それがね…どうも女子更衣室に覗きが出たらしくて…』

 

「外部の人間か?」

 

『それが…どうもここの生徒みたいで…どうする?既に女子が追ってるみたいだけど、私も追った方が良い?生徒じゃ下手に警察呼んだらさすがに不味いでしょ…?』

 

まさか…

 

「二人組の男子生徒か?」

 

『いや、男子に決まってるでしょ。人数は確かに二人みたいだけど…』

 

多分、あいつらだな…

 

「すまない、私の言う通りにして貰えるか?」

 

『良いわよ?何をしたら良いの?』

 

「その二人を現在追ってる女子より先に追いついて制圧しろ。」

 

『えっ…?』

 

「大きな怪我さえ負わせず、学校の物さえ壊さなきゃ何をやっても良い…あっ、後多分その二人撮影もしてるな…カメラやカメラになるものは二度と復元出来ないように完全に粉砕しろ。」

 

『えっ…ちょ…本当に良いの…?』

 

「そいつら恐らく常習犯だ…どういうわけかこの学校では覗きと盗撮では退学にならんしな、反省を促す為にも徹底的にやってくれ。」

 

『まあ…そういう事なら…取り敢えず怪我させないのと、学校の物を壊さなきゃ何をやっても良いのね?』

 

「ああ…というか、どうせもう追ってるんだろう?」

 

こいつが一々私の指示なんか仰ぐとは思えない。…ん?

 

「そう言えばお前男性恐怖症だったよな?大丈夫なのか?」

 

『あら…訂正してなかったわね…私、もうある程度克服してるわよ?少なくとも向かい合って会話したり、軽いボディタッチ程度なら問題無し。…そう言えば貴女の記憶には無いの?…私、二度目にあの子と会った時は男連れだったのよ?』

 

「そうだったのか…それなら任せるが…気を付けろよ?記憶にある限りそいつらそれなりに人間離れした動きをするらしいからな…」

 

『冗談…では無さそうね…分かった、気を付けるわ。』

 

「制圧し終わったら、追って来た女子に引き渡すんだぞ?じゃあな。」

 

 

電話が切れる…あの二人ごときにオフィーリアが遅れを取るとは思えないが、万が一という事もあるからな…



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125

「本当に驚いたわよ…妖力解放無しの素の脚力だと中々追いつけないし、試しに出してみた蹴りはあっさり躱すし…本当にあの二人、ただの人間なの?」

 

放課後、書類が一通り終わり帰り支度をしている最中に校内の見回りが終わったオフィーリアが戻ってきて先の電話での一件を報告して来た。

 

「…本当に生物学上、純粋な人間だよ…悪魔だったりはしない…何らかの特殊な一族なのかもな…あいつも一々追っかけるのが面倒だから手間かかるのは承知の上でトラップを仕掛けて止めていたらしいな…」

 

「それなら先に言ってくれたら「私もそうだが、お前一々相手の通る場所予想してちまちまトラップ仕掛けるなんて性に合わないんじゃないか?それに発動したトラップも、不発のトラップも自分で片付けないといけないんだぞ?」うっ…確かにそうね…」

 

そう考えるとあいつは本当に面倒な手段を使っていた物だな…ただあの二人には非常に有効だが…あいつら正面からの致命の攻撃はどれだけのスピードであっても確実に躱してくるからな…その代わりアクシデントにはとにかく弱いからトラップには面白いほど引っかかる。

 

「それで?何だその袋は?」

 

オフィーリアが手に持っている袋を指差す。

 

「ああ、これ?…あの子の知り合いだって言ったら、あの子にお見舞いとして渡そうとしていたお菓子を渡されたのよ。ほら…」

 

オフィーリアが袋から出した物を見て絶句する…

 

「お菓子というか菓子折りだろこれ…」

 

外箱入りの和菓子の箱…高校生がお見舞い程度で持って行く物じゃないだろ…

 

「それだけあの子が慕われてたって事ね…というか今どきの高校生のお小遣い程度でも特に懐痛めずに買えるわよ、これくらい。…どうやって渡そうとしてたのかは知らないけどね。」

 

「そうだな…」

 

私の元住んでた家は既に無く、というか生徒は私の元の家の場所すら知らなかった筈…教師連中も私の現在の所在を知らなかっただろうから、オフィーリアに会わなかったら渡せずにいただろう。

 

「取り敢えずこれは渡しておくわね、ハイ。」

 

「…私に渡してどうするんだ?」

 

「貴女が食べたら良いじゃない?…身体は同じなんだし…ある程度長持ちはするだろうけど、放っておいたら腐っちゃうわよ?」

 

「…仕方無い。」

 

私は袋を受け取った。さて、

 

「書類は終わってるの?」

 

「ああ…生徒はまだいたか?」

 

「ええ。…部活の生徒は残ってるけどね。」

 

「むっ…まだいたか…」

 

「いや、そんなにいるわけじゃないし、後は帰るだけだし、何とかなるんじゃない?」

 

「そうだな…行くか。」

 

仮に見つかったらその時考える事にしよう…



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126

「何と言うか、改めて考えるとホントちょっと悔しいわねぇ…」

 

オフィーリアが部屋までくっついて来て夕飯を用意し、食い終わった後も帰らず、愚痴る…

 

「素の力なら上回る人間はそこそこいるだろ?そんなに気にする事も無いだろ。」

 

最もあいつの記憶通りなら多少妖力解放したくらいではあの二人には無傷で逃げられそうだがな…

 

「そうは言ってもねぇ…これでも私No.4まで行ったのよ?」

 

「あー…」

 

そうか、こいつは知らなかったんだったな…

 

「何?その反応?」

 

「んー…まあ、良いか…どうせお前にも私にももう関係無い話だ…」

 

「何よ?何か知ってるの?」

 

「具体的に言うとな、ナンバーが必ずしもそいつの実力を示してるとは限らないって事だよ。」

 

「…どういう事?」

 

「そんな顔するな、お前のそのNo.4は間違い無くお前の実力だ…ただ、このナンバー…どういう基準で付けられるものかは知っていたか?」

 

「それは貴女がさっき否定した…そう、普通に実力順だと思ってたけど…」

 

「そうか…じゃあ何でそれが分かる?」

 

「えっ?」

 

「戦士でも無い組織の連中が何故その振り分けが出来るのか聞いてるんだ。」

 

「それは仕事をこなした数とか…」

 

「仕事をただ淡々とこなすだけなら最下位のNo.47でも出来る…現にクレアはやっていた…だが、結局組織の基準では上がる事は最後まで無かった。」

 

最もクレアの場合、タイミングが悪かったとも言えるが。

 

「それはほら、上に戦士がいたら中々上がれないし…」

 

「私に黒の書を送って来た勘違い女の話をしたろ?」

 

「えっ?ええ、聞いたわ。」

 

「そいつはNo.2で、私の前にNo.1だった奴だよ。」

 

「それじゃ…」

 

「上に戦士がいても実力が下にいる奴の方が上だと感じたら、組織は普通に序列を上げるということだ。」

 

「…ふぅ。降参よ、そろそろ答えを教えてくれない?」

 

「分かった…組織が序列を決める基準だが、お前の言った事も実は間違いじゃない…そもそも仕事がこなせなければナンバーは上がらないからな、だが大きな基準は妖力の大きさだ。」

 

「えっ?いや、それこそ無理でしょ。あいつらに妖力なんて感じられるわけないじゃない。」

 

「そこで最初に言った話に戻って来る…」

 

「ナンバーが必ずしも個人の実力を示した物じゃないって奴?」

 

「そうだ…組織が作る戦士には大きく分けて二種類の戦士がいてな、一つが主に、妖魔を狩り、報酬を出させ、組織の活動資金を稼ぐ奴だ…これは主に私やお前が該当するな。最も、お前は通常の妖魔狩りからは実質外されていたが…それで、二つ目が基本的に妖魔狩りはせず、組織の為に動く奴だ。」

 

「組織の為にって、主に何をしてるの?」

 

「……お前の様な奴の監視。」

 

「えっ?」

 

「お前の様な放っておくと問題を起こし、組織に不利益を与える奴の監視をして、やらかしたと判断したら即排除する役目を負うのがこいつらだ…こいつらは普通に強いが、わざと下位の戦士としてナンバーを振っている。」

 

「ちょっと待って!私、そんな戦士に監視されてるなんて「そりゃ分からないだろうな。」えっ?」

 

「こいつらは私以上に妖力を感じ取るのに優れていてな、超遠距離から妖力を探るという方法で監視する…同じく妖力を感じ取れる奴以外、存在に気付けなくて当然だ。」

 

「そっ、それじゃあ私「お前やらかしても目撃者を消せば問題無いとクレアに語ったらしいな…監視は…付いていた筈だぞ」そんな…」

 

既に終わっている話なのに怖がるオフィーリアを見て少し悪戯心が湧く…もう少し語ろうか…

 

「お前にとってもう一つ怖い話をしようか?」

 

「えっ?これ以上何が「お前とクレアが語った時妙な戦士が現れただろ?」えっ?ええ…「そいつはお前の監視をしていた奴じゃないからな」えっ!?」

 

「あれは高速剣のイレーネと言ってな、私がクレアの為に離反した時に結成された討伐隊のリーダーで…組織の方ももう死んだと思っていた元戦士だよ…つまり、あの場でタイミング良く現れたのはただの偶然、本当にただの通りすがりだ。」

 

最もあの世界での出来事が物語であった事を考えれば、物語の主人公として位置付けられているクレアの危機に突如、クレアに縁のあるイレーネが現れ、クレアを助けたのは必然、とも言えるのかもしれんが…実際にあの世界で生きた記憶のある私としてはそんな風には考えたくないな。

 

「そんな…じゃあ、何で最後まで私の元にはクレアしか「組織の方でもどういうわけかお前らの事を追えなくなった様でな…想定以上の何かが起きてしまったと漸く分かったのがお前の死体が見つかってからだった。」……」

 

そこで私は口を閉じて、傍らのコップを取り、水を飲み、口を潤す。

 

「いや、何かもう整理しきれなくて「もう一つ面白い話があるぞ」まだあるの!?」

 

「イレーネは私の討伐隊のリーダーだと言ったろ。そのメンバーの中にいたのさ…当時戦士だった頃のプリシラがな。」

 

「……」

 

「私との戦闘中にプリシラが覚醒、下位ナンバー…ん?少し違うのか…討伐隊結成時ら既にNo.2に上昇している様だな…経験も少なく、未熟でありながら潜在能力の高かったプリシラは実力者揃いの討伐隊を全滅させ、私の首を落とし、クレアを見逃してその場を去った…当然ながらタイミング的にお前の元に現れたのは「もう良いわ…分かったから」…分かった。」

 

「今日はもう部屋に戻るわね…色々と…考えたいの…」

 

「そうか、じゃあな。」

 

椅子から立ち上がり、オフィーリアは部屋を出て行った。



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127

「お昼はお弁当で良い?」

 

「まあ、今日も用務員室には顔を出すからな。」

 

「そっ。分かったわ。」

 

オフィーリアは昨日の話が無かったかの様に私と会話をしていた。

 

 

 

 

「書類仕事は昨日大半終わったんじゃないの?」

 

「…私もそう思ったんだがな…」

 

私は押し入れを開けた…

 

「えっ…ちょっと何これ…?」

 

押し入れには大量の未記入の書類が入っていた…

 

「まだこれだけ有ってね…まあ、今日中には終わるだろう…」

 

「…授業が始まる時間までは手伝うわ。」

 

「助かる…先ず、この書類からだ。」

 

 

 

「それじゃ、見回り行ってくるわね。」

 

「ああ…昨日の二人な…」

 

「ん?」

 

「あれは別に昨日が特別じゃなくてね、基本的には日常茶飯事でね…今日もやると思ってくれ。」

 

「…何で退学にならないのかしら…」

 

「さあな…」

 

いや、本当に何で退学にならないのか…

 

「まあ良いわ、行ってくる。」

 

「行ってらっしゃい。」

 

「行ってきます。」

 

オフィーリアが部屋を出て行った。

 

 

 

 

『ねぇ?何であの二人、あんなに元気なの?加減はしたけどそれなりに痛めつけたんだけど…』

 

昨日に引き続き鳴った携帯に出る…

 

「そういう連中だ。」

 

『学習能力無いの?私が捕まえに来たら喜んでるんだけど…』

 

苦笑する…あいつも以前そう評したらしいからな…ちなみに今のオフィーリアは金髪のウィッグを付けて、カラーコンタクトをしている…顔は化粧はせず、そのまま。

 

「美女、美少女がとにかく好きだからな、そいつら…」

 

『…取り敢えず制圧は終わったわ…天井から吊るす形になってるけど…良い?』

 

これまた苦笑する…あいつもトラップ仕掛けて逆さ吊りにした事があるからな…

 

「ああ、二人が動けないなら別に構わない…後は女子に任せていい。」

 

『そっ。じゃあ、伝えたら巡回戻るわね。』

 

「了解。」

 

電話が切れる…

 

「オフィーリアの奴、何だかんだ楽しんでる様だぞ…どうする?お前の仕事取られるぞ?」

 

相変わらず返事は無し…答える方法なんていくらでもあるだろうに。

 

 

 

 

「…お前と話したい?」

 

「そうなのよ…何か女子生徒たちから妙に気に入られて…」

 

「……普通にお前の部屋で応対すれば良くないか?」

 

「旧校舎に間借りしてるんだけど良いの?」

 

「別に良いんじゃないか?」

 

一時的な住居では無く完全に自宅として生活しているのもいるんだし。……というか、お前どうせ家賃は入れてないだろ。

 

「お前が会談後もここにいるかは知らないが少なくとも一回は普通に週末が来るんだから、招いてゆっくり話せば良いだろ。」

 

「そうね…そうしようかしら。」

 

「当たり前だが…手を出すなよ?」

 

「……それくらいの分別はつくわよ。」

 

なら、その間は何なんだ?…とは聞かなかった。



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128

「良く考えたら用務員の仕事は当面、私だけ行っても問題無いんじゃない?」

 

「一通り書類は終わってるし、そうなるな…寧ろメインの仕事がこなせない以上、私が行っても仕方無いだろう…」

 

「いっそ本当に就職しようかしら…」

 

「そこら辺は会談が終わってから、あいつとサーゼクスと話せ…私に言われても知らん。」

 

「…あの子の仕事を盗りたいわけじゃ無いのよね…」

 

「交代制が狙いか?どっちみち、あいつが戻らなければお前がやるしか無くなるな。」

 

「戻って来て欲しいわ…貴女と一緒に仕事するの…悪くなかったから…貴女はずっとこっちにはいられないのよね…?」

 

「そうだな…大体、お前が一緒に居たいのは私じゃなく、あいつだろう?」

 

「……そうね…。」

 

「まっ、そろそろ出た方が良いぞ?」

 

「分かった…朝食と昼食は作ってあるから。」

 

「お前、私に相談する気あったのか?」

 

作り置きしてる時点で既に一人で行こうとしてるだろ…それに作らなくて良いと言っているんだが…

 

「あったわよ…でも結論としてはそうなるだろうと思ってたの。それじゃ行ってくるわ…何か困った事があったら電話するから出てね?」

 

「基本、今の私は暇だからな、出るさ…行ってらっしゃい。」

 

「行ってきます。」

 

オフィーリアが出て行き、部屋に残される…

 

「……ギャスパーの所に行くか。」

 

夜に仕事をしている事を考えればまだ寝てても可笑しくないが…まあ良いか。

 

 

 

ドアに掛かってる鍵を力技で破壊…中に侵入した…ギャスパーは…

 

「…寝てるな。」

 

ギャスパーは寝ていた……ダンボール箱の中で身を縮めて。

 

「ベッドが奥にある様だが…こいつは猫か何かなのか?」

 

ダンボール箱好き過ぎだろ…某蛇を思い出す……何で突然蛇が出て来る?…妙な電波を受診し、困惑する私だったが、幸い、あいつの記憶に答えがあった。

 

「ダンボール箱をこよなく愛する凄腕の兵士…?…あまり関わりたくない人種だな…」

 

さっさと思考から追い出し…眠るギャスパーを眺める…何もしないつもりだったが…ダメだ…イタズラしたくなる。

 

「……」

 

部屋の中を見渡し、デスクトップ画面を映すだけで特に何の作業も行っていないPCがある…他に何か無いか…?

 

「おっ。」

 

ペンを見付けた…油性ペンだな。

 

「顔に落書きしてやろう…」

 

キャップを外し、ギャスパーの顔に先端を近付けた所で手が止まる…

 

「こいつは時間を止められるから…下手すると後で報復されるかもしれん…」

 

ペンのキャップを閉め、片付ける…出来るだけ後に残らないイタズラが良いのだが…ん?

 

「ギャスパーの携帯か。」

 

携帯を手に取る…パスワードか…さすが、普段PCを使って仕事をこなしてるだけある…これは無理だな…置こうとしてふと気付く。

 

「携帯にうるさいアラームをセットでもしてやろうと思ったが…」

 

それはPCでも出来るよな。幸い電源は入ったままで、インターネットへの接続までそのまま。…適当にネットを周り、うるさそうな音を探す…チラッと背後を見る…

 

「寝てるな…と、これなんか良さそうだ…」

 

かなりうるさそうな音を見付けた…無料だな…ダウンロードし、PCのアラームとしてセットする…設定時間は…五分後にしておこう。

 

「……」

 

椅子から静かに立つと、ゆっくり足音を出来るだけ立てないように…「んん…」不味い…!

 

「フッ!」

 

妖力解放して即座に出口へ行き、ドアをそっと閉める。鍵は壊れているが気付くのには時間がかかるだろう…再び妖力解放して一気に部屋の前から離れる…外にいるとギャスパーは気付くらしいからな…

 

「何とまあ…多分、今までで一番無駄な妖力解放だったな…」

 

少し凹んだが、気を取り直してそのまま廊下の角で腕時計を見ながら五分が経過をするのを待つ事にした。

 

 

 

 

「後5秒…4…3…2…1…時間か。」

 

ギャスパーの部屋から甲高い電子音が鳴った。

 

「ヒイッ!なっ、何ですか!?」

 

「……」

 

電子音に混じってギャスパーの慌てる声が聞こえる…私は必死に笑いを堪えながら部屋に戻った。



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129

私がギャスパーに仕掛けたイタズラは犯人が私であるとバレるのが予想より早かった…いや、元より候補がそういるわけじゃないから、バレて当たり前なのだが…ちなみに怒りが色々振り切ったらしく無表情で静かに怒るギャスパーは私から見てもなかなか迫力があった…顔が整っているから尚更だな…

 

こいつはもう怒らせない様にしよう…ところでバレた理由に気になる点があった。ギャスパーの部屋から逃げる私を目撃した者がいたらしい…誰かは本人の意向らしく教えてはくれなかった…だが、妖力解放をして逃げた私を目視出来る者など限られる…私はサーゼクスに電話をかけた。

 

「サーゼクス…黒歌はどうしている?」

 

『おや?まだそっちに着いてないかい?』

 

やはりか…私を目視出来る可能性のある者はオフィーリアを除けば全員が冥界にいる…何だかんだ仕事は真面目にしているだろうオフィーリアは最初から候補から外れる…後は冥界にいる連中になるが、私は何人か候補がいる中で何故か確信していた…

 

黒歌であると。

 

電話を切り、今度はオフィーリアにかける。

 

『もしもし?貴女からかけてくるなんて珍しいわね…どうしたの?』

 

「黒歌が来なかったか?」

 

『…やっぱり良い勘してるわね…ええ、来たわ…今の貴女の事、色々聞かれたわよ…正直に答えたわ…それでも貴女に会いたいって。…そろそろ着くんじゃない?……妬けるわね…本当に…一瞬…負けそう…って思ったもの…余計な事を話したわね…それじゃ、忙しいから切るわね?』

 

オフィーリアから電話を切られる…携帯をテーブルに置いた所でドアがノックされた。

 

「……」

 

黒歌が来たんだろうな…サーゼクスやグレイフィアにオフィーリア…三人を責めようとは思わない…事情を伝えても本人が会いたいと言うなら…私にさえ止められないだろう…私は歩いてドアまで向かい、そのドアを開けた。

 

「テレサ!」

 

ドアの向こうにいた者の姿がハッキリ見える前にそいつはこっちに飛びかかって来た…戦士の本能で迎撃しそうになるが、ギリギリで堪え、受け止める。

 

「テレサ!テレサ!テレサ!テレサ!テレサァ…!」

 

「……」

 

私の胸で名前を連呼しながら泣きじゃくる黒歌に困惑しながら私はその頭を撫でた。

 

 

 

 

「取り乱して悪かったにゃ…」

 

しばらく泣いて、漸く落ち着いた黒歌はそう頭を下げて来た。

 

「いや…構わないさ…私も気持ちが分からないわけでもないからな…ただ、私の事は聞いてるな?」

 

黒歌には酷だが、ハッキリ言わなくてはいけない…私が別人であると。

 

「聞いたわ…今の貴女は本物の方のテレサだって。」

 

「そうだ「ありがとう」…何がだ?」

 

「貴女はあいつを助けてくれた…だから、ありがとう。」

 

あいつの記憶にある黒歌は強い女性として鮮烈にそこにある…成程…確かに彼女は強い…一時は自傷行為に走る程取り乱したが、彼女なりに折り合いは着けたのだろう…でなければこんな言葉は出てこない筈だ…

 

「そう大した事はしていない…あの時、あいつに本気で戻る気が無ければ私だってあいつを見放していたからな…まっ、今はまるで戻る気は無いようだが…」

 

家族の黒歌と私を通して対面してもあいつからは特に何の反応も返って来ない…

 

「そう…今はどうしてるのか分かる?」

 

「寝たフリだな…あいつに言いたい事があるなら言え…あいつは私を通してしっかり聞いている。」

 

「それなら…私とクレア、それにアーシア…私たちがどれだけ心配したか分かる?…悩んでいるなら言って欲しかった…相談してくれればいくらだって聞いたのに…一人で抱え込む必要なんて無かったのに…私たちはあんたの弱い姿に幻滅したりしない…寧ろ嬉しかったと思う…あんたはずっと私たちの前に線を引いてたから…ゆっくり話がしたいの…だから…戻って来て…」

 

「……」

 

私が言われてるわけじゃないのに結構キツいな…

 

「…本当に届いてるの?」

 

「ああ…間違い無く、な。」

 

「そう…一つ良い?」

 

「何だ?」

 

「私は貴女にも消えて欲しくないと思ってる…何とかならないの?」

 

「ならない。私はまた眠るか、消える以外に無い。」

 

「そんな…」

 

「私の事を気に病む必要は無いさ…あいつが戻って来る事だけを祈っていればいい。」

 

「既に死んでいるから?でも、オフィーリアは今の新たな人生を楽しんでいるのに…」

 

「私とあいつでは事情が違うよ…あいつは納得していなかった…私は…もう納得している…そういう事だよ…黒歌、気にするな…私は…もう良いんだ。」

 

「そんな顔で言われたら…もう何も言えないわよ…」

 

また泣き始める黒歌の頭を撫でる…全く…私の為に泣く必要など無いと言うのに…



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130

「やっぱり私は納得出来ない…貴女は勝手に自分は終わったと思って納得してるけど…私は納得出来ない…何か…考えましょ…絶対に何か方法がある筈…」

 

「お前がどう思おうと勝手だがな…私はもう生を望んでないんだ「それは嘘」……何?」

 

「貴女今日、ギャスパーの部屋から出て来たでしょ?それも凄い急いで…」

 

「……それがどうかしたか?」

 

「ここまで言って分からない?私、全部見てたのよ?」

 

「……」

 

「廊下の角に潜んだ貴女は楽しそうに時計を見てた…それからしばらくしてギャスパーの部屋から凄い音が鳴って…ギャスパーの慌てる声も聞こえて来た…貴女笑いそうになってたでしょ?」

 

「それが…何だと言うんだ…」

 

「生きる事に大層な理由なんて要らない…大事なのは貴女がどう思うか…どうしても理由が欲しいなら何だって良いのよ?…美味しい物をお腹いっぱい食べたいとか、仕事を頑張りたいとか…幸せを感じ取れる事なら何だって理由になるの…そんな、傍から見たら下らない事だって生きる意味になるのよ?」

 

「……」

 

「答えてテレサ…貴女はもっと普通に笑ってみたくない…?ちゃんと生きて…そんな取って付けたような笑顔じゃなくて…自然に笑ってみたくはない?」

 

「……そんな事は無い…と言えば嘘になるな「じゃあ!」黒歌、お前は残酷だ「えっ?」無いんだよ…方法なんてな。」

 

「…ねぇ?その身体は本来貴女の身体なんでしょ?あいつの事を考えてくれるのは嬉しいし、あいつに戻って来て欲しい私が言う事じゃないけど、本来身体を借りてるあいつに遠慮して身を引く事なんて「ああ、そこからか」えっ?」

 

「あいつには最近夢という形にはなるが会う事が出来てな…その時にあいつには説明したんだが…誤解なんだよ…私の言い方が悪かったんだ…この身体はな、私ではなく、あいつの身体なんだ…だから、立場上本当は身体を借りてるのは私の方なんだ…」

 

「えっ…?…でも「あいつに私の身体、という言い方をしたのはそれであいつを奮起させる為だ」そんな…」

 

「自惚れになるがあいつと初めて会った時の出来事はきっと強烈なビジョンとして焼き付いた筈だ…だから、あいつから事細かにその時の事を聞いてる筈だな?…思い出してみろ、私は身体を返せとか、渡せとか言っていたか?」

 

「言ってない…貴女は消えようとしてた…」

 

「その時点で私も消えるつもりだったし、消えた物だと思っていた…どちらにしろ考えてみろ、身体の本来の持ち主では無い私は何れ身体の方から拒絶される…私が何を思おうと消えるのが必然だ。」

 

「そんなの…!絶対に可笑しい…!」

 

「何故、そんなに私の事を気にする?」

 

「あいつから貴女の話を聞いて思うところはあったの…そこにこうして出会ってしまったら…放ってなんかおけないじゃない…!黙って消えるのを待つなんて絶対に出来ない…!」

 

「同情か?一介の猫又如きがこの私に?…それが私に対する侮辱だと分かっているのか?」

 

「睨みつけたって怖くないわ…同情でも良い…貴女がそのまま消えるのを認めたくなんてない…それに多分、あいつが戻って来れない理由の一つが貴女だから…」

 

「何…?」

 

「あいつが戻ったら…今表に出ている貴女の意識は眠りにつくか、消えてしまう…他にも理由はあるだろうけど…きっとそれが一番の理由なんだと思う。」

 

「……黒歌、お前の気持ちは分かった…正直嬉しく思う…だが、何度も言うが無理な物は無理なんだ…」

 

「そんな事無い「そんな事あるんだよ…諦めて…ん?すまん…電話だ…出るぞ」…うん。」

 

オフィーリアから電話が来て…私はこの話題から逃げられた事に安堵しながら電話に出た。

 

「もしもし?どうしたんだ?」

 

『もしもし?それがね…あの二人の内の片割れなんだけど…脳天に拳骨を落としたら妖力解放こそしなかったけどちょっと力入れ過ぎちゃったみたいで…起きて来ないの…一応救急車を呼んだけど、他に私がしなきゃいけない事ある?』

 

「取り敢えず呼吸はしてるんだな?」

 

『ええ…』

 

「なら、対応としては良い…場所が頭だからな…余程苦しそうな体制じゃない限りは救急車がやって来るまで動かすな。…お前の対応だが当然一緒に救急車に乗れ、基本は救急隊員と医者の指示に従うんだ…その後はサーゼクスに連絡して指示を仰げ。」

 

『分かった…ごめんなさい…黒歌と大事な話、してたんでしょ?』

 

「緊急事態なんだから仕方無いだろ。…とにかく後はサーゼクスに聞け…心配するな…そんな事で死ぬ様なタイプじゃないからな。」

 

『分かった…本当にごめんなさい…』

 

電話を切り、携帯を置く。

 

「にゃにかトラブルにゃ?」

 

「ん?ああ…あいつから聞いてないか?例の問題児三人…いや、最近は二人か…主に更衣室の覗きを常習的にしてる連中なんだが…」

 

「あー…確かに聞いた事あるにゃ…それで?」

 

「オフィーリアにはあまり容赦せず制圧する様には言っていたが少々やり過ぎてしまったようでな、一人が昏睡状態に陥ったらしい…」

 

「……大丈夫なの?」

 

「大丈夫だと思うけどな…攻撃を食らったのが頭らしいから万が一の可能性はある…一応救急車に一緒に乗車してその後の対応についてはサーゼクスに指示を仰げと言ったよ。」

 

「それなら、サーゼクスに言わなくて良いの?」

 

「あいつが自分でかけるだろ。今、私が下手にかけると電話相手の競合になるからな…現場にいるあいつからの電話がサーゼクスに届かなかったら不味い。」

 

「確かに…」

 

オフィーリアとその生徒には悪いが助かった…お陰で面倒な話を逸らす事が出来た…



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131

「話を戻すけど「いや戻すな。お前やあの馬鹿がどう思ってくれようと無理な物は無理なんだよ。」やってみないと「何をやる?…その発言は何かアイディアがあって初めて言える言葉なんだがな。」それは…」

 

「仕方無いな…私を生かすのに必要な課題を提示してやる…それをクリアする方法が思い浮かばないなら諦めろ。」

 

「分かった…言ってみて。」

 

「先ず、この身体には二つの意思が宿ってる…これは謂わば一つの器に二つの魂、つまり二人の人間がいると言っていいだろう…当然一つの器に二人の人間は共存出来無い…だからどちらかは消えねばならない…つまり消える前にどちらかを身体から出せば良い。」

 

「出して…どうするの?」

 

「どうやって出すのか?…とは聞かないんだな…」

 

一応…これが第一関門なんだが…

 

「…私の使う仙術は簡単に言えば生命エネルギーを扱う術…心当たりがあるの…それで?出してどうするの?」

 

「…器だ。魂を定着出来る器…つまり死体では無い抜け殻の身体が必要だ…魂の定着が出来るなら、人形で良いだろう…冥界にはいそうだな、そんなの作れる奴。」

 

「…解決してない?多分、サーゼクスなら心当たりが「まだだな」どうして?」

 

「これがそのまま通るのは普通の人間だった場合だ…私は人間では無い…この世界では完全に未知の生物、妖魔と融合した半人半妖…魂だけだから私が戦いを諦めれば良いと思うだろうが、私は魂も変化してる様でね…普通の人間を模した身体では自壊する可能性が高い。」

 

「探すわ…絶対にいるわよ…貴女を受け容れられる身体を作れる人が…!」

 

「期待しないで待つさ…どうせ、サーゼクスに丸投げするしか無いからな。」

 

さて、準備するか。

 

「黒歌、悪いが留守番しててくれないか?」

 

「良いけど何処に行くの?」

 

「いや、ほらさっきオフィーリアがやらかして生徒が病院に行く事になったろう?あいつは所詮臨時で私は正式な用務員だからな…多分私にも声がかかるだろう…と、来たか…もしもし…」

 

『もしもし?…さっきオフィーリアから聞いたが…』

 

「すまないな…私の監督不行届だ…一応オフィーリアにはお前の連絡を優先させただけで病院の場所も聞いてないんだが…」

 

『では迎えに行くからこれから共に向かおう…私もまだ詳しい事情は聞けてなくてね…現地で彼女と落ち合う事になっている…すまないな、今の君を付き合わせる気は無かったのだが…』

 

「お前もオフィーリアもその生徒の事をあまり知らないだろう?素性を知る私が行かないとややこしくなるからな…それに、私にも責任はある…少なくとも出勤さえしていれば現場で対応出来た筈だからな…」

 

オフィーリアはそうやらかすタイプでも無いんだろうが、誰でもミスは犯す…一応私も行っているべきだった…

 

『そんなに自分を…いや、今の君には言うべきでは無いね…もうすぐグレイフィアとそっちに行く…準備をして待っていてくれ。』

 

「分かった…というわけで私も病院に行ってくるから一応留守番を頼むぞ?」

 

「分かったわ…テレサ?」

 

「何だ?」

 

「私は絶対…貴女を助けるから…」

 

「……期待しないで待つさ…」



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132

「取り敢えず異常が無くて良かったな…」

 

「それは良いけど…記憶を改竄したのは良かったの…?」

 

「漫画の世界じゃないからね…脳天に拳骨落としたからと言って、普通は昏倒する程の衝撃を受ける事はまず無いからね…」

 

「…まあ…道具を使ったんじゃないかと散々聞かれるのも分からなくないけどね…」

 

結局オフィーリアに殴られた馬鹿は私とサーゼクスが病室に着いた所で普通に起きて来た…レントゲンにも異常は無し…と、なればこちらが責任を負う状況にする事も無かろう…本人は覗きの常習犯でもあるわけだしな。

 

「こっちの正体が伝わるくらいなら無かったことにした方がマシだ…幸い異常は無かったんだからな…」

 

「どちらにしろ…しばらくは今まで通り用務員は不在にした方が良さそうですね…」

 

「そうだな…」

 

グレイフィアの提案に頷く…これでは私か、オフィーリア…どちらが出ても面倒な事になるからな…

 

さて、旧校舎の前に着いた。

 

「では私たちはここで失礼させて貰おう…」

 

「ああ…すまなかったな、二人共…」

 

「ごめんなさい…」

 

「…気にしないでくれ…幸い大きな問題にはならなかったんだ。」

 

「それじゃ失礼するわね…」

 

二人は背を向けて去って行く…何処かで転移するんだろうな…

 

「帰りましょうか…」

 

「そうだな…」

 

 

 

 

「いや、お前はいい加減自分の部屋に帰れよ。」

 

「良いじゃない、別に。」

 

「食事なら黒歌が作ってると思うが…」

 

「じゃあ、お呼ばれするわ。」

 

「呼んでないだろ…」

 

仕方無くオフィーリアと部屋に入った。

 

 

 

 

黒歌は特に嫌な顔をする事無く食事を勧めた…というかそもそも三人分用意していたようだ…

 

食べ終わった後はさすがに気を遣ったのか軽く話して部屋に戻って行った。

 

「何と言うか…あいつが言ってた程、ヤバい奴とはとても思えないにゃ…」

 

「価値観が一気に変わったからだろうな…ちなみにあいつは会談の後は戦いを捨てるつもりらしい…」

 

「…寧ろ仲良く出来そうにゃ。」

 

「それは微妙だけどな「にゃんで?」…オフィーリアはあいつに執着してるからな。」

 

黒歌には伝えておくべきだろう…最も、黒歌があいつをどう思ってるのかは分からないが…

 

「そうにゃの?」

 

「何処まで言って良いんだろうな…まあ良いか…オフィーリアとあいつは結果的に肉体関係まで行ったんだよ…」

 

「……はい?」

 

「聞き間違いでも冗談でも無い…今言った通りの関係性だったんだよ…」

 

「……今、貴女が入ってる身体の話なのに随分淡々と語るのね…それとも貴女もしたとか?」

 

「いや、私はしていないよ。」

 

「あいつ感じないわよね…?」

 

「やりようはあるからな…」

 

「やけに詳しいのね…」

 

「私も嘗て同僚と関係を持った事があるからな…」

 

「……詳しく聞いて良い?」

 

「…ああ、良いよ。」

 

私としては今更隠す様な話じゃないからな…



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133

「…とまあ、こんな所だ…少し刺激が強かったか?」

 

「……」

 

「お前は同じ場所に派遣されて共に任務をこなしてるうちに、とか考えたのかもしれないが…そもそも恋愛に発展する方が稀なんだ…所詮は傷の舐め合いだよ…妖魔の血肉を受け容れて、先ずここで適合しない奴は死ぬか処分される…そして、適合した奴は子供の頃から訓練に明け暮れるんだ…この訓練にすらついてこれないのは居たし、卒業試験に至っては本物の妖魔と戦わせるんだ…貴重な青春時代を無駄に消費するんだ…まともな恋愛観なんて持てる筈が無い。」

 

「何で…そんなに辛い道を選ぶの…?」

 

「…選べた奴はまだマシだ…というか、そいつらだって大抵は復讐したい…もう自分には復讐しか無いとか思ってる奴だ…端的に言えば自殺志願者と何も変わらん…後は金銭的問題で親から売られたガキなんかもいる…こっちに至っては選ぶ事すら出来無いな…」

 

「辛い訓練を乗り越えて戦士になっても褒められもせずただ組織の言いなりになって妖魔を狩り続けるだけの毎日…娯楽は肌に合わず、戦いの為に作られた身体だ…欲を持つ事は基本無いが、虚しくはなるんだよ…だから自分で慰めてみたり、慰めあったりするんだ…快楽を感じてる間は、その虚しさすら一時とはいえ忘れられるからな。」

 

「そんな関係性だからな…遊びにしておかないとさっき上げた例の様にろくでもない結果になる…私の場合は好意を持ってくれていた相手が片っ端から覚醒者になったりな…そうでなくても同性、というのは色々トラブルの元になると…あの頃、本当に嫌という程思い知ったよ。」

 

「何が一番タチが悪いって組織の連中も積極的に止めようとはしないんだよ…お陰で仕事で一緒になると、休憩時に他の同行者そっちのけで乳繰り合ってるからな…」

 

「……本当に思ってたより業が深いのね…」

 

「外部のお前らからしたらそうだろうが、私たちからしたら割と普通の話だな…戦いに快楽を求める戦士だって一定数いるが元が人のせいか…そいつらだって結局はこういう方法に最後は落ち着く…思いたくないのさ…殺す事が、全てだと。」

 

「他に楽しみは「さっき言った…見つけようが無い。私たちの身体その物が人間向けの娯楽の大半を拒絶する」……」

 

「戦いが不完全燃焼に終わって興奮状態が続くとそのまま覚醒者になりかねん…だから鎮める為に同行者に襲いかかるとんでもないのもいるからな…」

 

「それは…性的に?」

 

「……お前の思っている通りだ…性的にも、戦いを挑む者もいる…何を話しているのか分からなくなったな…脱線したが良いかな?これがおまえの知りたがった私、及びクレイモアの恋愛事情だ。」



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134

「余談になるが、同性である以上に私たちはそもそも子供も作れん…そういう身体なんだよ。」

 

「本当に救いが無いわね…」

 

「同性に走るのではなく外で男と交わろうとする奴もいたようだが…お前も知っての通り、この身体を見て勃つのは普通、一種の変態しかいない…それ相応に嫌な思いをした事だろう。」

 

「最初の頃は男の戦士がいたんでしょ?」

 

「…それも聞いてるか。ああ、いたようだ…形はどうあれ、一応…後に女の戦士と結ばれたのもいるらしいな…ただ、男の戦士が全盛の頃は女の戦士自体が少なかったしな…そうでなくても先ず結ばれない理由がある…」

 

「何?その理由って…?」

 

「単純だ…男の戦士にとって性行為より妖力解放の方がより強く…しかも手軽に、快楽を感じられる…つまり女を欲する理由が無くなってくる…で、快楽に抗えなくなるから、どれだけ精神力が強い奴でも軈て覚醒する。」

 

「……」

 

「大体、戦士になった時点で我も強くなる…いくら見た目が良くても、ただでさえ気の強く、自分の思い通りにならない同僚の女としようとする必要も無いだろう…女が欲しくなったら、人間の女を力で屈服させて襲えば良いとか考えるのは道理だ…で、どうせヤッてる最中に覚醒する。」

 

「人間に危害を加えた戦士は粛清されるって聞いたけど…」

 

「そんな掟機能しないだろうな…女性型戦士よりずっと早く覚醒するから手が足りなくなる…」

 

「……」

 

「まあ、こんな所で良いだろう「ねぇ?」何だ?」

 

「その…結ばれた…男の戦士と女の戦士って…」

 

「あいつから聞いてないか?私もこの組み合わせしか知らないが…No,1のリフルとNo.3のダフ…」

 

「それって確か…深淵の者とかって…」

 

「深淵の者、西のリフル…初期の女戦士の中で、最も早く覚醒した者らしいな…詳しくはあいつの記憶でしか知らないが…私も噂を聞いた事はあったよ…」

 

「……さて、こんな物で良いだろう…」

 

私は床に置いていた剣を掴み、着ていたパーカーを脱ぎ、洗濯カゴに入れた…

 

「えと、何してるの?」

 

「寝るんだよ。」

 

黒歌が戻したのだろうカーペットをまた剥がすと剣を床に刺した。

 

「あっ!ちょっと「おっと…説教は勘弁してくれ、私はあいつやオフィーリアと違って布団やベットで寝れなくてね」…もう…」

 

刺した剣の腹に背を預け、目を閉じる。

 

「おやすみにゃ、テレサ。」

 

「おやすみ、黒歌。」

 

黒歌が部屋を出て行く…恐らく自分の部屋で寝るんだろうな…ん?戻って来たぞ?

 

「よいしょ…」

 

黒歌のそんな声と共に床の上に何か乗る音…私は気になって目を開けた。

 

…私の横に黒歌が横たわっていた…身体の上に毛布をかけている…

 

「いや、お前は床で寝る事無いだろう?」

 

「別に良いでしょ…それともダメ…?」

 

「……構わないがもう少し離れろ…剣の近くだと斬れてしまうかもしれないからな…」

 

「分かった…」

 

黒歌が立ち上がり、私から少し離れた床に横たわり、毛布をかけた。それを見ながら私はまた目を閉じた…



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135

「…で?まだグダグダ悩んでいるのか?聞こえていたよな?お前に対して投げかけられた言葉が?」

 

『……』

 

その日、再びあいつが現れた。

 

「私を言い訳にして引きこもるのは止めろ…良くギャスパーの事を色々言えたもんだな…あいつは自分の部屋から出て来れるようになったぞ。」

 

『私は…!』

 

「どうした?それ以上何も言い返せないか?…強く振舞って、勝手に壊れて、無様としか言い様が無いよな?」

 

『弱い姿なんて見せられなかった…!私はあいつらのために…!』

 

「それが間違いだ…言った筈だぞ?心を守れと。…それが強い振りして壁を作る事じゃない事ぐらいは分かると思っていたがな…」

 

『……』

 

「挙句、守ると誓った連中を捨てようとする…甘ったれるな。お前は子供か?何でそんな状態になるまで何も言わなかった?自分の闇を曝け出さないことを強さだとでも思っていたのか?」

 

『……』

 

「それが強さでは無い事を少なくともギャスパーは良く分かっている…ところでお前、内心でギャスパーを見下していただろう?」

 

『なっ!?そんな事あるわけが「眠っていたからと言って今現在も身体も精神も共有している私が分からないと思っているのか?」……私、は…』

 

「……これ以上私はお前に何も言わない…早く決断しろ…どうしようがお前の勝手だ…じゃあな。」

 

意識を浮上させていく……

 

「……」

 

目を開ける…黒歌は…眠っているな…時計を見る…夜明けまでまだ少しあるな…

 

「……」

 

私はジャージを着ると部屋の外に出た……一声かける事にする。

 

「…何か用なのか、オフィーリア。」

 

「あら、バレてた?」

 

左側から声が返って来る…やれやれ…

 

「あいつでも横にいれば気付くだろ…というかお前、さっきまで私の部屋にいただろう?」

 

「…そっちもやっぱりバレるのね…そうよ…ごめんなさい…」

 

私たちクレイモアが普通なら絶対に爆睡出来ない体制で寝るのを強いられるのは、敵の襲撃を警戒している為だ…だから本来なら部屋にいる筈が無く、しかも妖力を発しているオフィーリアが部屋に入って来た時点で通常なら私は目覚めそうなものだが…あいつに会っている時は予想以上に深く眠ってしまっているらしい…妖力の残滓が部屋に無ければ私も気付けなかっただろう…

 

「別に謝罪は要らん…何かされたわけじゃないしな…で、何か用だったのか?」

 

「…えと…その…!」

 

オフィーリアがソワソワし始める……成程な…

 

「疼いているのか?」

 

「……」

 

「私は別人だが…良いのか?」

 

「……」

 

「…お前の部屋に行こうか?私の部屋は黒歌がいるからな…」

 

無言で頷くオフィーリア…別に喋るなとは言ってないんだが…そんなに余裕が無いのか…並んで歩きながら私はオフィーリアの肩を抱いてみた。

 

「ッ!…」

 

一瞬ビクッとしたものの、抵抗はせずされるがまま…全く…立場が逆転しているじゃないか…これで仮にあいつが戻って来たらどうするんだ?あいつがこんなに積極的に動くとは思えん…そんな事を考えながら私はオフィーリアの部屋のドアを開けた。



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136

「…聞いて、良い…?」

 

「ん?」

 

「貴女は…今までも…何人かの戦士と関係を持ったんでしょ…?」

 

「そうだな。」

 

「…貴女から、誘ったの?」

 

「…私が自分から誘ったのは二人目だけだ…後は…全員相手からだな…」

 

「そう…」

 

「…私の経験人数なんて確認する必要も無いだろう?…あいつは初めてだった様だしな…」

 

……女同士でするのは。

 

「…さて、もう良いか?」

 

「ええ…ホント…悔しい…私ばっかり…」

 

「何言ってる…お前がされたかったんだからそれで良いだろう?」

 

「だって…」

 

「私はもう戻るからな。」

 

ジャージのチャックを閉め、ドアに向かって行く…

 

「ねぇ!」

 

「何だ?」

 

「また…付き合ってくれる…?」

 

「…あいつか、黒歌に頼め。」

 

「あの子はともかく、黒歌は何で…?」

 

「お前割と黒歌を気に入ってるだろ?」

 

「…正直、揶揄うと面白そうだとは思ったわね…」

 

「あいつ自身、同性同士は経験少ない様だからな…中々可愛い反応を返してくれるだろうさ…」

 

「あらそう?…ちょっと楽しみになって来たわ…今夜辺り誘おうかしら…私にあんまり警戒してない様だし。」

 

そう言って舌なめずりするオフィーリア…

 

「程々にしておけよ、色魔。」

 

「あら…ちょっと人聞きの悪い事言わないでよ。」

 

「数日と我慢出来なくて色魔じゃないわけだろ。…ちなみに黒歌はそれを嫌がってるから多分、手を出そうとしたら猫に戻るぞ。」

 

「えー…でもなら、その状態で手を出してみたいわね…」

 

見境の無い奴だ…

 

「どちらにしろ、黒歌に手を出すなら抵抗に気を付けろ…黒歌はあいつとある程度互角に戦えるからな?相当骨が折れるだろうさ…」

 

「え!?…そっ、それって…性的によね…!?」

 

「馬鹿か。戦闘の話に決まってるだろ。」

 

「……」

 

「じゃあな、もう行く。」

 

オフィーリアの部屋を出た。…既に日が昇っている…

 

 

 

「あっ、帰って来たにゃ?」

 

「ん?起きてたか。」

 

「もう朝九時よ?一般的にこの時間起きてなかったら問題じゃにゃい?」

 

…こいつの口調…普段から統一してくれないと気になって仕方無いのだが…最も真面目な話してる時にこの口調だとキツい物があるが…妹の方は基本、標準語だから単なるキャラ付けの為なんだろうな…

 

「ん?にゃに?」

 

「いや?何でもないよ。」

 

「ふ~ん…で、何処行ってたにゃ?」

 

「……分かるんだろ猫又?オフィーリアの所だよ。」

 

出る前にシャワーは一応浴びて来たが、こいつなら鼻が利くから分かるだろ。

 

「……責めるつもりは無かったけど…何かそう開き直られると何かムカつくにゃ…」

 

「同僚…というか後輩を慰めに行っただけだからな、別に責められる謂れは無いな。」

 

「確かに貴女の話聞いたら仕方無いのかもって…思うけど…」

 

「寂しかったなら丁度良かったな、お前に朗報だぞ?」

 

「……寂しかったつもりは無いけど…何?」

 

「オフィーリアは…今夜はお前を誘うそうだ。」

 

「へっ?……えっ!?どういう事にゃの!?」

 

「いや、だから今夜は多分お前がオフィーリアに襲われる事になる、と「いやいやいやいや!?にゃに言ってんの!?」だからだな…」

 

「何回も言わなくても分かってるにゃ!だから何で私がその、オフィーリアと…!?」

 

「あいつがしたいからだろ?嫌なら断れば良い。」

 

「どうやって!?馬鹿な事言ってないで助けて!?」

 

「嫌だ「何で!?」面白そうだからに決まってるだろ。」

 

「お前最低だにゃ!?…あっ、そうだ猫に「オフィーリアはその状態でもヤる気だぞ?」嘘でしょ…!?」

 

「良いから黙って食われろ…その方が…私は楽しい。」

 

「この鬼!悪魔「違う、私は化け物だ。」何言ってるにゃ!?」

 

ギャーギャー騒ぐ黒歌を無視して私は黒歌が作った朝飯を皿に盛り付け、食べ始めた。



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137

「ククク…思ったより早く帰って来たな…ククク…」

 

「……」

 

結局昼の時点までは何も言って来なかったオフィーリアは夜になって黒歌に飯を集り、そのまま部屋に誘った…一応着いて行った黒歌は十五分程で帰って来た。

 

「ククク…いや、そうムスッとしないでくれ…結局オフィーリアには何もされ…いや、させなかったんだろう?」

 

「…貴女、こうなるのを予想してたの?」

 

「お前に何も言わなかったのは悪かった…謝ろう…そうだな、この結果は大体予想出来てた…戦闘に関して自信も理由も失っているオフィーリアはお前を組み敷く事は出来無いだろう、とな…そうでなければ私もお前を送り出さないさ…最も、仮にお前が今のオフィーリアをあくまで身体だけの関係と割り切って受け容れるならそれはそれで良いとも思っていたがな…」

 

「確かに一瞬断るのも躊躇する程、壊れ切っていたけど…どうして?」

 

「…お前が聞きたいのは二つか…何故オフィーリアは可笑しくなってるのか?、何故こんな事を計画したのか?」

 

「そうね…オフィーリアを焚き付けたのは貴女なんだろうし…でも、取り敢えず何でオフィーリアが可笑しくなってるのか、から教えてくれる?」

 

「あいつはオフィーリアが単なる戦闘狂として説明したようだがそれが全てじゃなくてね…オフィーリアは強くなりたかったのさ…全ては一本角の妖魔…いや、覚醒者プリシラを殺す為…最も戦いが荒んだ心を癒す一因だったのは確かだがな…」

 

「じゃあオフィーリアが可笑しくなったのって…」

 

「プリシラは既に倒れている…クレア、というか私が殺したからな…それが一つ、もう一つは自分が玩具にしようとしたあいつに恋愛感情に近い物を持ってしまったから。」

 

「そう…哀れね…」

 

「淡白だな。」

 

「他人を弄ぼうとして、好きになったけど手遅れで、やり過ぎて壊してしまった、じゃ同情もしにくいわ…」

 

「まっ、確かに同情の余地は無いな…とはいえあいつが壊れた一番の理由は本当はお前らの事を聞いたからだがな…オフィーリアも原因ではある…と、私は言わなかったが、本人も何となく気付いてはいたのだろうさ…」

 

「じゃあ次は何で貴女はこんな事をしたのか教えてくれる?」

 

「私はあいつを慰める事しか出来なくてね…そもそも近いうちに消えるから支えになってやる事も出来ん。…あいつに任せるのは論外…で、お前に白羽の矢が立ったと。」

 

「勝手ね…で、どうするの?私、オフィーリアを引っ掻いて来ちゃったんだけど?」

 

「それで良い。…戦い以外の生き甲斐を見つけたのは良いが、限度があるからな…あいつは放っておいたらこれしかしなくなるだろう?一度断られた方が懲りるだろうとな…悪かったな、お前にこんな役をやらせて。」

 

「で、この後貴女がまた慰めに行くの?」

 

「誰が行くか、めんどくさい。」

 

「…うん。何となくそう答える気はしてたわ…」



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138

「ねぇ…本当に放っておいて良いの…?」

 

「例えばの話になるが…私たちの身体能力で暴れてるならさすがに分かるだろ?物音一つ聞こえない、大人しくしているよ…気配も、妖力も感じ取れるから、部屋にいるのは間違いない。」

 

翌朝、黒歌にせっつかれてオフィーリアの部屋の前に来ていた。

 

「でも、急に暴れ出すのもそうだけど…剣を使われたら…」

 

「オフィーリアの剣は私が預かっている。」

 

「え…何時?」

 

「…お前が来る前。」

 

より具体的に言えば、右手が帰って来た日にお前、剣があったら利き腕の調子が悪くても振りそうだから…と今思えば訳の分からない理屈を捏ねて半ば強引にオフィーリアから取り上げた…あの時点ではこの状況を予測していた訳では無いが、何となくそうした。

 

「じゃあ何処にあるの?部屋では剣は一本しか見た覚え無いけど…」

 

黒歌の肩を叩き、念の為にオフィーリアの部屋から離れた所に誘導し、耳打ちする…

 

「ギャスパーの部屋だ…」

 

「本人に許可は…?」

 

「部屋に入って、オフィーリアの剣を隠しておいてくれって言った。」

 

「……だから…本人の承諾は…?」

 

「嫌がってたな…」

 

「許可取れて無いじゃない…」

 

「良いだろ?置くだけだし…別に魔剣の様なヤバい剣では無いからな。」

 

素材不明の剣だがな…果たしてこの世界に同じ金属は存在するのだろうか…?

 

「オフィーリアの剣技は私でもまともに受けるのは難しいが、肝心の剣が無いならいくら暴れられても鎮圧出来る…というわけで戻ろう…私にカウンセラーの資質は無いからな…今、完全に打ちのめされているだろうオフィーリアに会うのがとにかく、非常に、とてつもなく、めんどくさい。」

 

仮に自分を追い込み過ぎて、自傷行為に走るなどの危うい精神状態だとしても、剣が無ければ首を落とせないのだから死にはせん…死なない限り傷もすぐ直る…まっ、あいつだって戦士だ…立ち直りも早い筈だ……多分…覚醒者になる可能性?ならその程度の奴だったという事だ…その場合はダダ甘なあいつと違って、私はとっとと奴を見限って首を取るだけの事。

 

「…貴女が計画した事でしょ?」

 

「引っ掻いて逃げ出したのはお前だろ?」

 

「……止めた…貴女に口で勝てそうにないもの。」

 

「では、帰ろう。」

 

そう言って来た道を戻って行く…さて、現実逃避はこれくらいにしようかね……意外にも黒歌には聞こえなかった様だが…実は部屋の前に立った時、私の耳には何やらボソボソとオフィーリアが喋っている声が聞こえていた…幸いなのかどうかこっちの声には反応していなかった…内容は分からないが、やはり今は行かなくて正解だったのかもしれん…それにしても精神状態はかなりヤバそうだな……黒歌の言う通り、昨夜フォローに行くべきだったのか…?



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139

オフィーリアの部屋から離れ、私の部屋で黒歌の作った朝飯を食っている最中…

 

「…ん?」

 

「どうしたにゃ?」

 

「…オフィーリアがこの部屋に近付いている。」

 

「……貴女か私に用?」

 

「若しくは両方か。」

 

さっき部屋の前に来た時、オフィーリアがこちらに気付いている様子は無かったが…

 

「…どうするの?」

 

「来たらさすがに出るさ…会話出来る状態なら普通にするし、夢遊病に分類される様なヤバい状態なら即座に意識を奪う。」

 

「……出来るの?」

 

「当然だ…ちなみに…覚醒する様ならその場で確実に首を落とす。」

 

万が一来て妖力解放する様ならその場で殺る…恐らく今のオフィーリアは抑える事無く覚醒してしまうだろう…あいつの様に引き戻す様なまどろこっしい事はしていられん。

 

「…歩みを止めない…かなり近くまで来てるな。」

 

「この距離なら私も分かるわ…」

 

軈てオフィーリアは部屋の前まで来て……止まる事無く通り過ぎた。

 

「…通り過ぎたみたいね…何だったのかしら?」

 

少し待ってから、そっとドアを開けて廊下を見る…オフィーリアが廊下の角を曲がって行くのが見えた…ウィッグを着けて、あいつのパーカーを着ている…

 

「どう?」

 

その色々な意味が込められた黒歌の言葉に見たままを答える。

 

「…変装用のウィッグを着けて、あいつのではあるがちゃんとした服を着ていた……出かけるんじゃないか?良く考えたら旧校舎を出るにしても、ここを通る必要があるからな。」

 

「放っておいて良いの?」

 

「問題無いだろう。少なくともちゃんと服を着て、変装用のウィッグまで着けてるんだ…まともな思考は出来てるんだろうさ。」

 

「出かけた先でトラブルを起こすとか…」

 

「私が様子を見に行けばさすがに気付く。」

 

まあ…奴が今も戦士であるつもりなら…自ずと何をしに行ったかは分かる気はするな…

 

「恐らく行き先は新校舎。」

 

「えっ?不味いじゃない…大体何しに?」

 

「仕事をしに。」

 

「えっ…?」

 

「私の知る限り、戦士の大半がワーカーホリックだ。うだうだ悩むより行動する連中が大半なんだよ。何の解決にもならなくてもな…しかもそういう時に限って妖魔狩りは普段より上手くやれる。…今のオフィーリアに戦う相手はいないからな…多分用務員の仕事をこなすつもりだろう…」

 

「トラブルを起こしたばかりよね?」

 

「記憶の改竄はされている…当事者も他の生徒もな。」

 

「いや、そうじゃなくて…」

 

「人間と違って余計な事を考えないからな…例え精神状態がガタガタでもな…問題無い…放っておくぞ、どうせ部屋に篭ってるよりは健全だ。」

 

まあ妖魔狩りとはまるで勝手が違うし、本当は見に行った方が良いんだろうが…はっきり言ってめんどくさい…



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140

『いや…本当に申し訳無いが…それはさすがに様子だけでも見に行ってくれないか?』

 

黒歌がサーゼクスにはさすがに連絡した方が良いとしつこく言うので仕方無く電話し、ある程度の事情を説明すると予想通りの言葉が返って来た。

 

「行かないとダメか…?今のオフィーリアに見つかると非常にめんどくさいんだが…?」

 

『事情は聞いたから、下手に君が行くのは不味いのは分かるが…その状態の彼女を放置したら生徒が危険に晒されるかもしれないからね…何も彼女に接触しろと言う訳じゃない…君は離れた所からでも妖力を感知する事で彼女の様子を探れるんだろう?』

 

「あのなぁサーゼクス…私が奴の様子が確実に分かる距離まで近付くと最悪奴もこっちに気付くんだが?」

 

妖力感知による、戦士の監視を専門にやっている奴と違って私はそれ相応の距離まで近付かなかれば、正確に行動を探る事は出来ない…今のオフィーリアの精神状態が一時的にまともな状態なのか、それとも完全に吹っ切れているのか定かでは無いが…気付く可能性は大いにある…

 

『すまないね…グレイフィアの手が空いてるなら様子を見に行かせる事も出来るんだが…』

 

「…グレイフィアの話を出されると私も断りにくいな…分かったよ…行こう。」

 

黒歌が復帰したとはいえ、今もグレイフィアはクレアとアーシア、二人の世話をしているからな…黒歌とアーシアはともかく、嘗て短い間とはいえ、共に過ごしていたクレアには特別な想い入れがある……例えそれが、実質見た目が似ているだけの別人であってもな…

 

『すまないね…仕事があるから申し訳無いがこれで切らせて貰おう…また何かあったら連絡してくれ。』

 

「分かった。」

 

電話を切る…ハァ…

 

「サーゼクスは何だって?」

 

「一応様子を探って来てくれだとさ…全く…面倒だ…」

 

自分がした事の結果とはいえ納得は行かないし、気も進まない。

 

「貴女は妖力を感知して行動を探れるんでしょ?」

 

「チラッと説明したと思うが…私はあくまでも戦闘の際に相手の次の行動を予測するために使っているだけであってだな…問題のある奴の監視を専門にしている連中程に妖力感知が使いこなせる訳では無いんだよ。」

 

連中程の精度なら、距離だけで言えば恐らくこの部屋にいても新校舎の用務員室にいるだろうオフィーリアの事を探れるだろう…最も、実際は建物の中にいる事を考えれば多少精度は落ちるだろうがな…

 

「全く…まさかこうもオフィーリアのメッキが剥がれるのが早いとはな…」

 

「私の事は切っ掛けに過ぎないだろうし、プライドをズタズタにしたのは結局あいつと貴女でしょ?自業自得なんじゃない?」

 

「あいつの件に関しても、私の事に関しても…元々先に絡んで来たのはオフィーリアの方からだぞ?」

 

この件に関してはあいつの擁護もしよう…私も無関係では無いから、というのもあるが。

 

「それはそうだけど…」

 

「まあ、私も通常時ならまだしも、今のオフィーリアに関して大丈夫だという確実な保証があるわけじゃない…やらかして死人でも出されたら面倒だからな…何とかやってみるさ…」



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141

「…で、私がヤケになって暴れるかも、とか思って剣まで持って来たの?」

 

「…まぁな…お前の部屋の前行ったら独り言ブツブツ言ってたし、シャレにならんかもしれんと思ってな…」

 

オフィーリアの様子を見に行ったら速攻でバレてしまった…少し凹んだが…まあ当然か…こいつだって私と同類だ…だが正直、教師や生徒に見られず旧校舎から新校舎敷地内に入るの自体は難しくないしイケると思ったんだが…侮り過ぎた…取り敢えず剣を背負い、厚手のコートを羽織り、用務員室が見え、オフィーリアから目視で気付かれる距離ギリギリまで近付き…妖力感知をしようと集中した瞬間に携帯が振動した…

 

『そんな所で何してるの?しかもそんな怪しいカッコで…取り敢えず今は授業中だから廊下にあまり人はいないわ…入って来たら?』

 

そして訪問目的を説明させられた…

 

「少しは信用して欲しいわね…自問自答もしたらダメなの?…色々これからについても悩みたくなったけど…自分のせいとはいえ、あの後だと貴女たちのいる部屋に相談にも行けないしね。」

 

「信頼して貰えないのが分かってる辺り、まだマシだがな…お前、あいつに初めて会ってから、私が出て来て…そして更に今日に至るまでの自分の行動を思い返してみろ…何処に信用出来る要素がある?…ちなみに黒歌も昨夜のお前を壊れる寸前だと評していたぞ?」

 

「……そんな風に見えてたのね…確かに私の自業自得ではあるけど癒しを求めたらいけない?」

 

「お前、限度を分かってないだろ。」

 

「そんな事無いわよ…ただ、貴女に一方的に攻められて悔しかったから…ちょっと気絶するまで黒猫ちゃんを虐めようかな、とか思ってただけなのに…」

 

「……それがジョークじゃないなら完全にアウトだろ…」

 

「ちなみに、貴女に嵌められたのに気付いたのは黒歌にあっさり逃げられてからね…まさか後ろから襲いかかろうとした瞬間に引っ掻かれて逃げられるなんて…」

 

「その状況なら仮に私が黒歌に何も言ってなくても反撃されただろうな…あいつ、一時期は追っ手が付いてたらしいからな…」

 

「あら…理由を聞いてもいい?」

 

「黒歌に直接聞け…最も、あいつはもう当分お前と身の上話をする気になんてならんだろうが。」

 

「そう…残念…過去を聞けたらそこから堕とせると思ったのに。」

 

「黒歌はもう救われている…その方面からお前の入る余地は無い。」

 

「それもあの子の功績?」

 

「いや、あいつとクレアの二人にな…まあその分、少し依存してしまった様だが…どちらにしろ、他人のお前には到底無理な話だ。」

 

「じゃあアーシアも含めて纏めて「無駄だろ。こちらのクレアもかなり精神は強い様だぞ?何せ自分より歳上の家族二人を一人で看病してた様だからな」あー…そう言えばそうね…八方塞がりか…取り敢えず情報どうも…もうあの子とだけ繋がれれば私は良いわよ…欲を言えばせめて貴女も欲しい所だけど。」

 

「だから私は消えると言ってるだろ…取り敢えず大丈夫なんだな?じゃあ私は帰る…仕事なら勝手にやれ…結局誰もいないならやる奴がいた方が色々と良いだろ…言うまでも無いが、もう問題を起こすなよ?」

 

「はいはい…帰るなら早く行ったら?ほら、もう授業終わっちゃうわよ?生徒や教師が出て来たら帰れなくなるわよ?」



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142

「それでそのまま帰って来たの?」

 

「ああ…思考がまともならそれ以上私は何かするつもりは無いよ。」

 

あの後、授業が終わる前に新校舎を出て、旧校舎に戻って来た…仕事は果たした気でいたが黒歌がジト目をむける。

 

「何だ?」

 

「オフィーリアの発言聞く限り、私どころか…クレアやアーシアまで狙ってたみたいなんだけど…本当に諦めたの?」

 

「…私からは保証出来んよ。…不安なら、やはり殺すか?それなら頼んでくれて構わないぞ?得意分野だしな。少なくとも精神安定上はその方が良いと思うが?」

 

別に殺せ、というなら私としては殺っても構わない…本気で身を守りたいならそれが自明の理だ…あいつには多少の申し訳無さもあるが本来の家族が狙われてるんだから納得はして貰わないとな。

 

「物騒ね…何もそこまでしなくても良いわよ…」

 

……ここで自分と家族の為にオフィーリアを殺して欲しいと私に頼めないのが黒歌の優しさであり甘さなのか…あいつを壊した原因の一つが奴だと言うのに…

 

「オフィーリアがまだその気なら、これからも狙われる可能性があるが、良いのか?」

 

「うっ…それは確かにちょっと嫌かも…でも、オフィーリアにだってそこに拠り所を求める理由はあったんだし、普通に友人として仲良くなれるならしたいなと私は思うのよ。」

 

……驚いたな…こいつは甘いが、強い…いきなり後ろから襲いかかられたのは襲撃には慣れていても黒歌にはやはり恐怖でしか無かった筈だ…その相手とこいつは向き合おうとしている…クレアの影響か…それともこいつが元から持っている物なのか…

 

「なら、今夜にでもまた会ってみるか?…会談の後、あいつも私と同じく、ここにはいないかもしれん…本当に友人になりたいならあまりチャンスは無いかもしれんぞ。」

 

「いないって…何で?」

 

「どうなるか分からんが…仮に無事に会談を終えたとしてだ…ライフワークにもなってる戦いそのものをあいつは捨てる、と言ってるんだ…ここにいて得られる物が無いと思えば旅にでも出るんじゃないか?…鬱屈した想いを抱えたままだがな…」

 

「……引き止められないかしら?」

 

こいつは…何故にそんなにオフィーリアに拘るんだ?

 

「何故そこまでアレを気にする?…また同情か?それをぶつけたらあいつもさすがにキレると思うぞ?」

 

「安い同情って言われたら何も言い返せないんだけど…昨夜のオフィーリアの姿を見ると放っておけない、とも思うのよ…本人は自分がそこまで深刻だと思ってなかったんでしょ?」

 

「その様だな…参考までに聞かせてくれ…あいつは一体どんな状態だったんだ?」

 

「……顔はこっちに向いてるのに視線は一度も合わない…それから普通の会話をしてるだけなのに泣いてた…泣きながら笑ってた…私、昨夜、その姿があまりにも恐ろしくて、怖くて…指摘も出来なかったの…」

 

「…本当に殺さなくて良いのか?」

 

本人は気付いてないが会話の相手が恐怖を覚える程異常な状態なら、普通の人間なら問題無いかもしれんが、私たちの場合は本当に不味い…何をするか分からんからな…

 

「だから、良いわよ…私もただ逃げて来たのを後悔してるの。」

 

「分からない奴だ…」

 

強情な黒歌に何かを言うのが面倒になって来たのでそこで会話を打ち切ろうとして、携帯が振動する…バイブにしたままだったな…相手は…オフィーリア……何をやらかしたんだ?

 

「もしもし?……お前、今度は何をやった?」

 

『…いや、私じゃないわよ…それがね、例の二人がまた女子から逃げてたのよ…で、今回、私は積極的には追わなかったんだけど…女子の一人が階段を駆け下りてる内に足を踏み外して…咄嗟に…庇っちゃったのよ。』

 

「それで、大丈夫だったのか?」

 

『彼女を抱き抱えたまま、階段を転げ落ちてね……彼女は大した怪我はしなかったんだけど、私がちょっとヘマしちゃって頭から出血しちゃって…治せるから大丈夫だと思ってから気付いたんだけど…考えてみたら治せないわよね…正体がバレるし…で、救急車呼ばれる事になっちゃって…』

 

「お前、どうやって電話してるんだ?その状況なら電話なんてさせて貰えないだろ?」

 

「一旦トイレに駆け込んだの…悪いんだけど何とかして貰えない?病院で検査されたら終わりだから…そもそも怪我が治せないから不便で…」

 

「サーゼクスに話は通してみるが…どうなるかは分からないぞ?…それなりの騒ぎになるのは覚悟した方が良い。」

 

『了解…取り敢えず救急車来たみたいだから、行ってくるわ…』

 

電話が切れる…

 

「オフィーリア?また何かしたの?」

 

「今回は巻き込まれた側ではあるんだがな…生徒を庇って怪我をしたんだと…それなりに大きい怪我だから救急車を呼ばれてる。」

 

「…それは…不味いわね…というか何でそんなにスムーズに話が進むの?オフィーリアの存在って生徒たちにどういう風に認知されてるの?」

 

「簡単に言えば会えば普通に存在を思い出して臨時の用務員と思って貰えるようになっている…旧校舎に住んでる以上、いつ遭遇しても可笑しくないからな…」

 

「あー…そういう…」

 

「取り敢えず行って来る…」

 

適当に支度して部屋を出る…参ったな、何処の病院か分からないぞ…馬鹿が運ばれたのと同じ病院なら話は早いんだがな…



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143

「…という事なんだが…」

 

旧校舎を出て、人目につかないところで私はサーゼクスに電話をしていた。

 

『……彼女は大人しくしてても問題の方からやって来るタイプなのかな…?』

 

サーゼクスの電話口でもハッキリ分かるレベルの疲れた声が聞こえてくる…その嘆きも分かる…あいつでさえ、ここまでの問題を立て続けに起こしてはいない…

 

「…奴の事を私に聞かれてもあいつの記憶の中でしか知らんよ…戦士としての世代が違うからな…ただ、一般人との関わりが比較的少ない覚醒者狩り専門に回されていた訳だから組織でも問題児扱いだったのは確かだろう…」

 

戦士の成れの果てである覚醒者は妖魔と違い、戦士としての経験を持っている為、並の戦士では荷が重い。…しかも戦士時代に強かった奴は往々にして、覚醒者になった時も当然強い…だから組織の方も全滅させられるのも覚悟で一桁台の戦士を筆頭にチームを組ませる。それも覚醒者一人相手にだ…リスクの割にリターンはほぼ無いに等しいのにそこまで躍起になるのはクレイモアが常に妖魔を遥かに超える化け物になる可能性を孕んでいる事実を一般人に隠したいからだ…

 

クレイモアが味方よりも敵になる可能性の方が高いと知られてしまえば…例え、妖魔への対抗手段が基本的にクレイモアしか無いとしても面倒な事にはなる…ちなみに一般人と下位の戦士には覚醒者は異常食欲者、つまり単純に強い妖魔の個体としているが、怪しむ奴は出て来る…だから報酬が出なくても事前に組織の方で、覚醒者を探させ、討伐に向かわせる…

 

『…組織は事実の隠蔽の為に基本、一般人に存在が露見する前に捜索し、討伐に向かわせる…いるのがバレていないので基本的に倒した際の報酬は当然出ない、にも関わらず実力のある貴重な一桁ナンバーの戦士をそれ専門にするのは確かに損にしかならないね…つまりそうしなければならない程一般人との関わりを出来るだけ無くしたいと考える程に厄介な性格という事か…』

 

「そういう事だ。」

 

『……改めて説明されると本当に関わりあいになりたくないタイプだね…まぁ君たちの影響か、ある程度丸くはなった様だが…』

 

「戦う事に積極的にならなくなっただけさ…今でも面倒なタイプである事には変わりない。」

 

『その様だね…ん?…そうか、ありがとう…テレサ、今確認が取れた、彼女はあの少年の時と同じ病院に運び込まれた様だ…』

 

「病院での対応はどうなってる?」

 

『……オフィーリアは昏睡状態を装っている上に頭を打ってるからね、検査をするのが当然の判断だが…幸い、病院内にいる我々の関係者が身内が来るまで待った方が良いと言う方向性に持って行ってくれている。』

 

「つまり、私たちが行けば問題無いと『いや、今回は君は残った方が良いだろう』ん?」

 

『前回の時、敢えて記憶の改竄を甘くしただろう?行けば向こうの医師や看護師は当然中身はカバーストーリーではあるが君の事もオフィーリアに続いて思い出す…君たちの身分はこちらもかなり無理をして用意しているからね…何処から怪しまれるか分からない…』

 

「…行った先で素性を怪しまれて調べ上げられると面倒だから一応身元のしっかりしたお前らだけの方が都合が良い訳か。」

 

『そういう事だね…すまない…』

 

「謝らなくて良い…私もその方が楽だ…すまないな、面倒をかける…」

 

『いや、君のせいじゃないからね…取り敢えず私に任せてくれ…何とかなると思う。…では、失礼するよ。』



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144

『…で、今回は彼女のせいでは無いが…もう正直あまり自由にしても結局面倒事が起こる予感しかしないからね…会談の日の前日までそのまま入院して貰うことにした。』

 

それから三時間後…携帯がなり、私はサーゼクスから事の顛末を聞かされていた。

 

「…それで、奴は納得したのか?」

 

『…特に文句は言って来なかった。彼女も迷惑をかけたと思っている様だし…一応、彼女の世話はこちらの関係者のみにして、更に女性で固めさせて貰った。』

 

「……手を出すかもしれないぞ?」

 

『その点はそこまで問題無い…彼女と同じ趣味の子ばかりだからね…寧ろ皆、彼女の顔を見たら喜んで引き受けたよ…しかも彼女がいるのは関係者以外立ち入り禁止の区画にある病室だ。』

 

「…ほとんど推奨している様な物なんだが…」

 

『……不満を溜めて問題起こされるよりずっと良い。』

 

「成程…理にかなっている…だが、覚醒者になったらどうする?」

 

『……君と私にすぐ連絡が行く手筈になっている…その時はすまないが…』

 

「…そういう事なら分かった。その時はすぐに私がオフィーリアの首を取る。」

 

『すまないね…君にこんな役をやらせたくは無いんだが…』

 

「気にするな、私はあいつと違って奴に特別想い入れは無い…あいつには納得して貰うしか無いがな…」

 

『そうか…さて、もうすぐそちらにグレイフィアが向かう…さっき言った区画に入るにはIDカードが必要なんだ…一応君と黒歌の分を用意させたから受け取ってくれ…最も、私個人としては黒歌をオフィーリアに会わせたくは無いんだが…』

 

「会おうとしてるのは黒歌の意思だ…私はもちろん、お前にも…当然グレイフィアにも止める権利は無い。」

 

『そうか…ところで序では無いが、クレアとアーシアもそちらに連れて行くそうだよ。』

 

「……なぁ?今の私は『グレイフィアの話だと初めはショックを受けていた様だが、もう二人とも、事実をちゃんと受け止めているらしい…だから君は自然体で会ってくれて問題無いそうだ』…本当に大丈夫なのか?黒歌は私の顔を見るなり泣きながら抱き着いて来たんだが…泣き止ませるのにもそれなりに時間もかかったんだが…」

 

『それは…申し訳無いがこちらにもどうする事も出来ない…彼女たちが帰りたくないならこちらとしても考えるが、戻るのを希望しているのは彼女たちの方だ…私たちでは止められない。』

 

「…分かったよ、会ってみる…」

 

最も、私に選択肢は無いようなものだが…

 

『すまないね…』

 

「良いさ、お前らも何時までも二人に構ってもいられないだろう?そろそろ日が無くなってきたしな…ただ、お前が言った通り、私はあくまでも私、として二人に接するだけだ…あいつの様には出来ないからな…」

 

所詮私に取ってあの二人は他人だ…家族としての反応を向ける事は出来ない…その資格も無い…私にとってあいつらが赤の他人である様にあいつらから見た私も、何処まで行っても別人なのだから…



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145

「そう…二人が帰って来るんだ…」

 

「ああ…どうした?何故お前がそんな顔をする?私と違ってお前はあの二人に会いたくて仕方が無いんじゃないのか?」

 

「…だって…向こうにいる間、二人にとても心配かけたから…私、二人と違う部屋にいたの…一緒にするのは危ないからって…だから今日まで一度も会ってないの…どんな顔して会えばいいのか「あいつは言ったらしいな?」え?」

 

私は黒歌の顔を両手で包む…

 

「家族なんだろ?お前はこの顔で、笑顔を浮かべて会えば良い…そして一言、おかえりと返せば良い…記憶の中にあるお前らを見る限り…お前がこれからするのはそれだけで良い。」

 

黒歌の顔から手を離す。

 

「何か貴女…あいつより優しいかも…」

 

「そうか。」

 

……あいつと違って私がこの場で黒歌に何もしないのはそれ程興味が無いからなんだがな…私はクレアが居ればそれで良かった…究極を言えば一緒にいる必要すら無い…クレアが幸せなら…ただ、それで良かった。…そして今からやって来るクレアは私の知るクレアじゃない…一応あいつはあいつなりにクレアにちゃんと、人間としての幸せを与えた…それだけは褒めてやっても良い。…私はクレアを守り切れなかった…まさか戦士になる道を選ぶとは…あの時クレアと話をして、後悔が無いのはもう分かっているがな…

 

「…じゃあ私は引っ込んでるから家族三人感動の再会をだな「何言ってるの?私はまだ諦めてないから…貴女も家族よ。」……」

 

逃げるタイミングを失った…偉そうな事を言っても私もクレアには会いたくない…私は彼女に大して想いが強過ぎる…

 

「クレアの事を考えてるの?あの子は事情を知ってるわ…強い子よ、きっと貴女の事も受け止められるわよ?」

 

「それは…私が会う理由にはならないな。私にとっても彼女は別人だよ。同じ想いを抱く事は絶対に無いし、気持ちを伝える事も無い。」

 

「そう、貴女が知るクレアとあの子は別人…で、それが何?クレアはそれをそのまま受け止められるのよ。」

 

「あんな子供に背負わせる気なのか、お前は?」

 

「例え私やアーシアが何を言ってもあの子は勝手に貴女に手を伸ばすわよ…そういう子なの。」

 

「異常だ…」

 

私が会った彼女も化け物の私に物怖じせず想いをぶつけて来たが…記憶の中の彼女を見る限り、そんなレベルじゃない…間違いなく壊れている…何があった?…そもそもあいつの記憶の中に彼女の過去についての話が無い…あいつの記憶にはただ、雨の中立ち尽くす彼女をクレアに似ているからという理由だけであいつが保護し、サーゼクスに相談した所からしか、彼女についての記憶が無い…挙句、クレアは名前以外の記憶が無いと来てる…サーゼクスが調べても出生記録すら見つからない?……そこまで考えて戦慄する…どうして私は今頃気付いた?何故私は違和感を持たなかったんだ…?

 

「どうしたの?」

 

「クレアの事を考えていたんだが…お前は変だと思わないのか?」

 

「……そういう事。可笑しいな、とは感じる事は私も今まで何度かあったわよ?でも、私がどうこう言う事じゃないわ…クレアが…決める事だもの。」

 

「……何かあったらどうする?」

 

「…貴女もそんな顔するのね…本当に貴女にとってクレアは特別なのね…大丈夫、そのために私たちがいるのよ?でも、無理に守る必要は無いかもしれない…あの子は敵がいないの…あいつの記憶があるなら分かるでしょ?根っからの悪でも無い限り、あの子と接したら自然とあの子に惹かれるのよ。一種の才能ね…そして、あの子自身は悪意が全く無い…悪い方向に向かう事は無いわ。」

 

「馬鹿な…何れ破綻するぞ…!」

 

「もちろんそんな事にはさせない…あの子がその小さな手を伸ばし過ぎないようにする為にも私たちがいるの…あの子、放っておいたら誰彼構わず手を伸ばすから…そうね…話は少し逸れるけど、貴女が残る理由にこれはどう?あの子と一緒に生きていく為…どうかしら?」

 

「私には…無理だ…」

 

成程な…漸く分かった…これならあいつが長年クレアと向き合うのを躊躇ったのも分かる…どうやってそんな奴と接したら良いのか…あいつと違って家族ですらない完全な他人である私にはまるで分からない…



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146

「それでね…アミちゃんは…」

 

私に向かって、あいつも何度も聞かされただろう自分の友達の事を笑顔で説明する、嘗て短い間とはいえ、共に過ごした少女に似ているが、私の知る彼女より少し幼い風貌をした少女…その声は私の知る彼女より高く、何より聞いていて、とても心地好い…知っている話であっても、聞いていて苦では無い…寧ろもっと…もっと…ずっと…永遠に聞いていたい…

 

そう思ってしまう…言葉では決して言い表せない得体の知れない何か…これは…抗えない…癒し…違う…これは毒…心に傷がある者にとっての毒…その壁を溶かしていく甘い毒だ…

 

彼女から私は、すぐ離れるべきだったのかもしれない…だが、最初の言葉…彼女から発せられた言葉のせいで私はその場を離れたくなくなってしまった…

 

アーシアは私を見て、つい、あいつと混同して私に話しかけ、私の反応が思わしく無かった為、気まずげに黙ってしまった…それが普通だ…中身が違うと言われても理解出来る訳が無い…黒歌でさえ、私の事を見ようとしつつ、時折私の中にあいつを見ている…だが、三人の中で一番幼いクレアは私を見てこう言った…

 

『初めまして!私はクレア…貴女の知ってるクレアじゃないけど私もクレアっていう名前なの!』

 

彼女は戸惑う事無くこの一言を笑顔で私に言い放った…彼女はこの場にいるのがあいつじゃなく、別人である事をしっかり理解し、私個人をきちんと見ていた…

 

「あっ、ごめん…私ばっかり喋っちゃった。ねぇ、テレサの事も教えて欲し…あれ?」

 

クレアが私の顔の前に手をかざし、上下に動かす…何を、している、んだ…?

 

「テレサ眠い?疲れちゃった?」

 

「そう、だな…そうかもしれない…」

 

言われて気付く…最近オフィーリアの件で色々あって疲れていたからなのか…それとも…

 

「テレサ。」

 

…彼女の声が…私に…とって…あまりにも…心地好すぎるから…なのか…

 

「すまない…私は…もう休む…明日…また話そう…」

 

「うん。また明日、だね。」

 

眠気に抗えず、その場に横たわる…床から私の頭が持ち上がった…何だ?…その頭が柔らかい物の上に乗った…

 

「おやすみテレサ。」

 

頭の上から声が聞こえる…髪を通る柔らかい手が…とても…そのまま私の意識が沈んで行くのが分かった。

 

 

 

 

『テレサ。』

 

声が聞こえる…私は目を開けた

 

「…お前か。」

 

あいつが私の前に佇んでいた。

 

「…一つ言わせてくれ。良くお前、彼女といてまともでいられるな。」

 

『まともじゃないさ…今なら認める事が出来る…私はクレアに依存している…昔からな。』

 

「……」

 

こいつはそれを認める事の意味が分かっているのだろうか…?最も、私も今は彼女の膝の上で寝ているのだから何も言えないがな…

 

『じゃあな…私はまた眠る…クレアたちの事を頼むぞ?』



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147

「なっ…ちょっと待て…!立ち直ったなら戻れ…私はもう彼女といたくない…!」

 

『お前は私を救ってくれた…だからお前にも救われて欲しい…というのはいけないだろうか?』

 

「…ふざけるんじゃない…!本来の身体の持ち主のお前と違って私は戻らきゃいけないんだ…!」

 

『そうかもしれない…でも何とかなるんじゃないかな?』

 

「何?」

 

『お前を通してずっと…見ていた…黒歌は救えるよ…そういう奴だからな。』

 

「私は残る理由が無い…!」

 

『嘘だ…お前はもうクレアと離れられない…気付いていたか?…私は外の会話だけじゃなく、お前の思考も届くんだよ…本当はクレアと離れたくないんだろ?』

 

「……」

 

『お前を通して見て…分かった…昔の私もこんな気持ちだったんだって…クレアといるのは心地好い…それがいけない物に思えてしまう…化け物には過ぎた幸せだと…でも化け物でも良いと言うんだよクレアは。私を人間だと言った朱乃と違い、化け物の私と一緒に居たいって言うんだ…だから、私も応えようと思った…臆病な私はそれを貫けなかったが…』

 

『素直になったら良い…仮に身体が用意出来なくても問題無い…時々、私がお前を叩き起こす…身体を貸してやる…何時でもクレアに会える…お前を消えさせたりなんてしない。』

 

『お前の為だけに言ってる訳じゃないんだ…お前の力も貸して欲しい…自信が無くてさ…敵と戦う事よりクレアたちとの穏やかな暮らしを守って行く方が私にはずっと難しいから…私がまた壊れない様に、お前の力を貸して欲しい…』

 

「…変わらないんだなその弱さ…あれだけ言ったのに。」

 

『私は変われない…結局この恐怖を消す事は出来なかった…でも、一生付き合っていくしか無いんだろ?』

 

「……そこまで言えるなら私からは何も言わない…いや…言えない…私も本当は臆病者だからな…その話、受けても良い…お前の中に棲まわせてもらう家賃代わりだ…だが、その前に…」

 

『何だ…?』

 

「先ずは謝って来い。話は、それからだろう?」

 

『それは今じゃない…あいつらには悪いが…』

 

「何故だ?」

 

『お前が表にいないと身体から出せないだろう?』

 

「…余程黒歌を買っているんだな…」

 

『長い付き合いだからな。』

 

そう言って笑うあいつからはもう影は感じられない…全く、さっさと戻れと言うのに…こいつは…

 

「分かった…ギリギリまで待つ事にしよう…では、私は行く…」

 

『ああ…いや、少し待ってくれ。』

 

「今度は何だ?」

 

『先に一つ頼みがある。』

 

「お前…いや、良い…何だ?」

 

『ギャスパー…あいつを導いてくれ…私にはどうにもあいつにかけられる言葉が無くてね。』

 

「お前の方が適任だと思うが…まあ良い…出来る範囲でやってやるさ……クレアと接するよりは気が楽だ…」

 

『ありがとう…じゃあな私…次は外の世界で対面出来るのを願っている。』

 

「早く戻って来いよ…引きこもりの私…」



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148

「…まさか本当にこんな時が来るたァな…長生きはしてみるもんだぜ…」

 

「そうか。」

 

今、私は自分の部屋でバスローブ一枚でアザゼルの前に立っていた…

 

 

 

全ては黒歌に相談を受けたサーゼクスから私に電話が来た所から始まった

 

『確かに、そういう人物の知り合いは居ない事も無いけどね…妖力解放は元より、素の身体能力であっても破格の力を持つクレイモアの魂を定着出来る器の身体を作れる程の職人の知り合いはちょっと居ないね…』

 

「まっ、そうなるだろうな『ただ…』ん?」

 

『悪魔の中には居ないがそれ以外なら心当たりはある…』

 

「誰なんだ?私、というかあいつの知ってる奴なのか?」

 

『もちろん彼女の良く知る人物だ…君とは初対面になるがね…アザゼル…彼なら、或いは…』

 

そしてサーゼクスからアザゼルに話が通り、本人曰く…『魂には元々宿ってた肉体の記憶が眠ってるモンだ。…素材はともかく、まるで見た目の違う身体には定着しにくい筈だ…だから身体の型を取る必要があると思うぜ?』

 

それでこういう場が設けられた訳だ。

 

「私としては他人の身体だし、クレイモアになった時点で女としての自分を捨ててるからな…特に見られても気にしないんだが…」

 

「…そういう夢の無い話をすんなよ…こっちは感無量なんだぜ?俺が夢にまで見たモンが今この場にある…」

 

「そんな良い物じゃないんだかな…あいつも言ったように…決して見て気分の良い物じゃない。」

 

「知ってるよ…アンタが知ってるのかは知らないがあいつに散々説明されたからな…この場で改めて言ってやるよ…俺はこの身体を抱けるってな。」

 

そう言って手をわきわきさせるアザゼル…本当に変わり者だな、こいつは…

 

「ねぇ?この場には私もいるの忘れないでね?テレサの身体に変な事したら引っ掻いてやるから。」

 

「……安心しな、猫又。こいつは仕事だ…私情を持ち込むつもりはねぇ…さすがにある程度触って確かめないと身体を再現する所じゃねぇからそれは許してもらうけどな…まぁ個人的には折角の機会にそれ以上何も出来ないのが非常に惜しいんだが…」

 

「その辺はあいつに頼むか、或いは…本当に私の身体が再現出来て、魂の定着が出来たなら…私で良ければ礼代わりに一度位はお前と寝てやるよ。」

 

「ほぅ…!そりゃ、やる気出るな。」

 

「ちょっと!?何言ってるの!?」

 

「黒歌、これぐらいは好きにさせてくれ。私はこの忙しい時にここまで来てくれたアザゼルに感謝しているんでね…何なら、仮に上手くいったらお前ともしてやろうか?」

 

「ふざけないで!「おっと、すまん。お前はあいつが良いんだったな」そっ、そんな事…!ある訳…無いじゃない…!」

 

……その反応だと肯定している様な物なんだがな…脳内であいつが悲鳴を上げてる姿が浮かんで来た…まぁ実は満更でも無いのを私は知っているんだがな?

 

「なぁ?急かしたくは無いが、俺も割と忙しいんだ…早くして貰えると助かる。」

 

「…そうだったな…じゃあ脱ぐぞ…」

 

バスローブの前の紐を解き、前を開け、脱ぎ去る…

 

「…どうだ?私の身体じゃないからあまり言いたくは無いが…予想以上に醜いだろう?」

 

「…んにゃ、確かにその傷は痛々しいが…悪くない…俺は良いと思うぜ…上手くいったら是非お相手願いてぇなって思ったわ。」

 

「…本当に物好きなんだな…分かった、約束だ…上手くいったら本当に一晩相手してやるよ。」



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149

「…成程…こんな感じなのか…面白いな…テレサ?肉体のベースは人間なんだよな?」

 

「そうだ…私たちは元人間…妖魔の血肉を取り込む事でこの様に変異する…最もこの身体はどうやら最初からこの状態だった様だが…」

 

「…まぁそこについては気にしなくて良いだろ…で、あいつから妖魔の正体も実は元人間と聞いている…その血肉を取り込むだけでこうなるもんなんだな…」

 

「言っておくが、もし、研究なんか始めたら…私かあいつ…若しくは両方が戦争覚悟でお前の首を取りに行くと思え。」

 

「…この消えない傷見てそんな風に思うかよ…そもそも成功例の方が少ないんだろ?コストがかかり過ぎるからこれから先何が起きても手を染める事はねぇよ。」

 

「なら良い。」

 

私は殺気を引っ込めた。

 

「ヒヤヒヤしたぜ…」

 

そう言ってアザゼルは私の胸に置いた手を動かすのを再開する…

 

「いい加減にしなさいよ!アンタ揉む時間長過ぎ!」

 

そう言ってアザゼルの顔を引っ掻こうとした黒歌の手を掴んだ。

 

「落ち着け、黒歌。まだせいぜい五分ぐらいしか経ってない。」

 

「ッ!…貴女の感覚可笑しいわよ!五分も経ってるのよ!?少しは可笑しいと思ってよ!?」

 

「そんなに可笑しいか?」

 

……まぁ正直に言えば私も少々長いと感じなくもないが、何もそこまで目くじら立てる事も無いだろう…ちなみに途中からアザゼルがただ揉む感触を楽しんでるだけなのには一応気付いているが。

 

「…ふぅ……何も言わないんだな、アンタ…俺が途中からつい、仕事忘れて楽しんでたのは気付いてたんだろう?」

 

黒歌が後ろに引っ込んだ所で小声でアザゼルがそう聞いて来る…いや、黒歌は聞こえるからな?…まぁ良いが…私は黒歌を手で制止しつつ、一応アザゼルに習って小声で答えた。

 

「そりゃ分かるさ…さっきも言ったろう?感謝している、と。さすがにこの先を求めるなら今はまだ阻止するが…この程度なら私は何も言わないさ…それに…」

 

相も変わらず胸に置かれ、動く手に軽く触れる。

 

「捨てた、とは言っても私も生物学的にちゃんと女であった様でね…そういう部分が喜んでしまっているんだよ、向こうで私を見た男は先ず、欲情などしないし、したとしてもそれはただの変態ばかりでな、こうも優しい手付きでは扱ってはくれなかったからな…全く…自分の身体じゃない上に、感じにくいのが惜しいくらいだ…」

 

「へぇ…見る目が無かったんだな、そっちの男共は。もったいないぜ…見た目は同じなんだよな?あいつとアンタは…俺だったら絶対にアンタを放っておかないし、アンタが望まないなら乱暴にしたりしないのによ…」

 

そう言って手を動かすのを再開する…私は一度離した手で再び触れ、今度は少し力を入れる。

 

「ただ、限度はある…お前も時間が無いと自分で言っていたし、黒歌がそろそろ限界だからな…お前も、もう作るのは確定事項なんだろ?そろそろ切り上げてくれないか?…先も言った通り、身体に定着さえしたら、時間のある時にお前の心ゆくまでゆっくり相手してやるから。」

 

「…そうだな…名残り惜しいがこんくらいにしとくか…まだどうなるか分かんねぇけどよ…もし上手くいったらその時は…頼むぜ?」

 

「もちろんだ……何せ、私もその時が楽しみになって来たんでね、私からも是非お願いしよう。」



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150

「…ふぅ…堪能…いや…計測は済んだぜ…もう服着ても良いぞ?」

 

「結局、半日かかったな…お前、計測より人の身体弄ってる方が長くなかったか?」

 

「…それぐらいは役得「それ以上は止めろ…この後どうやって黒歌を宥めるか考えるだけで頭痛いんだから、これ以上煽るな」悪かった…」

 

黒歌は私の後ろで殺気を発している…私の制止が無ければ今すぐにでもアザゼルに飛びかかりそうだ…

 

「一応散々触わったのにも理由あるんだぜ?妖力解放時の身体の変化を調べられるからな。」

 

「そうか。」

 

その割に触るだけで私に一度も妖力解放をさせず、変化後の姿を見ていないのは突っ込まないでおこうか。

 

「先に言っとくが、理論上、完全解放時にも耐えられる身体を作るのは恐らく不可能だ…どれほど精巧に作れてもやったら自壊すると思え。」

 

「その場合、どちらにしろ終わりだからな…その方が良い…最も私が戦う時が来ないのが一番良いだろうが…」

 

「妖気を抑えて人間並になる事も出来るんだろ?」

 

「…あいつはまだ、どうにも頼りないからな…基本は任せるが、私も何かあったら出られる様にしておきたい。」

 

「…まっ、良いけどよ、多分もうあいつには勝てなくなると思うぜ?」

 

「お前がどの程度の器を作り、魂もどこまで定着出来るか分からんが…ある程度戦える身体なら当分は勝ちを譲るつもりは無いよ。」

 

「意外と負けず嫌いなんだな…あいつに聞いた印象と実際のアンタの性格がどうにも繋がらねぇ。」

 

「…私も変わったのさ…いや、戦士になる前はこんな性格だったのかもしれないな…」

 

「…良いんじゃねぇか?何となくアンタに合ってるって感じするぜ。」

 

「そうか?…なら、良いか。」

 

そこで私の身体にバスローブがかけられた。

 

「もう!貴女何時まで裸でいるのよ!?」

 

「ん?ああ、忘れてたな…」

 

「ホントにもう…」

 

バスローブの前の紐を軽く縛る。

 

「くっ…惜しいぜ…もう少し鑑賞したかったのに「だから止めろ」いや、だってよ…」

 

仕方の無い奴だな…

 

「…そこまで言うなら見るだけでなく、もう少し触れて行くか?……私の身体じゃないしな。」

 

バスローブの紐に手を掛ける

 

「マジか!?「テレサ!アンタもいい加減にしなさいよ!?終わったならさっさと帰ってよ!」チッ…わあったよ。」

 

出していた物を仕舞い込み立ち上がるアザゼルに声を掛ける。

 

「…アザゼル、先の約束は守るから、その時にゆっくり、な。」

 

「…おう。何せ俺が楽しむ為にやるんだ…飛び切り上等な身体を用意してやるぜ…最もどれだけ急いでも会談の日の前日まではかかるな…上手くいったらお前もあいつと会談に出るんだろ?悪いな、慣らしの時間取らせてやれなくてよ…」

 

「気にするな、忙しい時にわざわざ来てくれただけで有難いからな。」

 

「そうか?なら、後は俺がお前の身体を用意するだけだな「早く帰れ!」…わあった!わあった!…じゃあなテレ…そういやアンタの事はこうは呼べなくなるんだな…何て名乗るつもりなんだ?」

 

あいつがいるからな…見た目そっくり、双子として誤魔化すにしても名前も同じでは不味いか。

 

「そうだな…テレサ…テレ…テレーズ…そうだな…では、これからはテレーズとでも名乗ろうか。」

 

「テレーズ、な。良いと思うぜ?じゃあな、テレーズ。」

 

「ああ。」



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151

「…何度も言うがな、あれはその場限りの言葉じゃなくて本気だ…良いだろう?別に一回くらい「テレサ!じゃなかった、テレーズ!」いや、あのな…まだテレサで良いからな?」

 

まだこの身体から出られんし。

 

「…貴女に自分を大事にして欲しいとか思ったら駄目なの…?」

 

「その辺はあいつに言え…記憶にある限り私以上に自分の事に無頓着だぞ?」

 

「今はあいつの事じゃないでしょ!貴女の話してるの!」

 

「…気遣いは嬉しいがな、そもそも価値観が違うんだ…そう言われてもな…別に普段は安請け合いするつもりも無いよ…聞いてるか?アザゼルは実質的タダ働きになる予定だったらしいぞ?…現状まだ和平に合意してないからな…他種族でまだ敵対している事になっているサーゼクスから正式に報酬を出す事は出来ず、私たちからはろくに金も出せない…代わりにこれくらいの礼はしてやろうという気にはなっても良いだろう?」

 

「そうじゃなくて!「あのな…私は別に出す物が無くて仕方無く自分の身体を差し出すって言ってるわけじゃないんだぞ?」じゃあ何よ…」

 

「だから言っただろ?全部本気なんだよ…これだけ醜い身体が褒められた…女として扱われて嬉しかった…戦士になってからまともな男と接した事がまるで無くてね…そこへああも情熱的に私を求められたらそういう気にもなる…女として当然の欲求じゃないか?良い男と寝てみたい、というのは…お前だって人間じゃないが、性別的にはメスなんだろう?オスを求めた事くらいあるんじゃないか?」

 

「そっ、それは…!でも貴女…そういうの無いんじゃ…」

 

「無かったら同性相手でも寝ないさ…私たちの場合出にくいが普通に性欲もある…いや、そういう奴もいなくは無いんだがな…それは人間でも同じだろう?私の知る限り、逆にほとんどモンスター状態の奴もいたしな。」

 

「でも私は「お前はあいつがいるから良いだろう?あくまで私が身体を手に入れてからの話だ」だからって…!そっ、それに私はそんなんじゃ…!」

 

「いや、お前…さっきは言わなかったが、それはもうほぼしたいって言ってるような物だからな?」

 

「…正直に言えばテレサにそういう好意を持っちゃってるのは確かだと思う…でも同性なんて「そんなに悩む様な話か?」えっ…?」

 

「別に同性としてはいけないなんてルールは無いだろう?お前はただ正直になれば良い。」

 

「でも断わられたら「あいつは既にオフィーリアとしてるから忌避感は薄い…実際、頼めばしてくれるだろうさ…そこから関係を発展させるかはお前次第…精神的には既にオフィーリアに惹かれ始めてる様だがら、寧ろ襲うくらいの気概で行った方が良いぞ?」……」

 

「リードされてる以上、私の事に拘ってる場合じゃない筈だな?お前は私がこの身体から出たら私の事なんて気にせず、さっさとあいつに迫れば良いんだ…私とセッ「何言おうとしてるのいきなり!?」だからセッ「言わせるわけないでしょ!?」ヘタレだな…とにかく誘う気になったら私に言え、何時でも場を整えてやる。」

 

騒ぎ始めた黒歌を無視して部屋を出る…あいつとの約束を果たしておかないとな…私はギャスパーの部屋に向かった。



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152

「それで、黒歌お姉ちゃんはテレサが好きなんだよね?」

 

「ああ…そうだな…」

 

ギャスパーの部屋に行った私はいくら同性でもあの場に二人をいさせる訳には行かないから、という黒歌の配慮で部屋を出たクレアとアーシアの二人が何処に行ったのかを考えていなかった…何も知らずに部屋に来た私は先に来ていたクレアとアーシア、ギャスパーを交えこうしてガールズ(?)トークに付き合わされている…この部屋にいる平均年齢層の割に話が生々しいんだが…クレアに至っては小学生だしな…

 

「なぁ、アーシア…?」

 

「何ですか、テレーズさん?」

 

……アーシアに小声で話しかける…ちなみに三人に一応私が名乗る事になるかもしれない名前を教えたら早速呼び始めた…アーシアに至っては私をどう呼ぶかでずっと悩んでいたらしく、伝えた瞬間から嬉しそうに名前を呼んでいた辺りこいつも相当だな…こういう奴ばかりいるから私が離れられなくなるのだが…まっ、しばらくはいてやるか…あいつがもう少ししっかりして来るまでは、な……一々理由付けないと一緒にいられないのかだと?黙ってろ引きこもりが…全く……さて…

 

「クレアの言っている事だが…」

 

「…クレアちゃんは黒歌さんが、テレサさんに向けている好意がlikeじゃなくてLoveだと気付いていたみたいですよ…私も何となくそうじゃないかと思ってましたけど…テレーズさんが言うなら本当なんですね…」

 

そう言って頬を真っ赤に染めるアーシア…さすがの私でもこの空間には居づらい…というかクレアは何で身内のアレな話を嬉々として出来るんだ…?というかギャスパーは恥ずかしがって俯いてないで何か発言しろ…アーシアでさえ、積極的に話をしてるし、何でお前が一番反応が少女っぽいんだ…?

 

 

…ん?そうか…アーシアは旧校舎で以前たまたま会った兵藤一誠が好きなのか……やっぱりお前はそうなるんだな…いや、あいつの記憶の話は気にするな…その気持ちは今この場にいるお前が確かに感じている物だ。何も気にする必要は無い、大事にしろよ?…ん?アドバイス?そうだな…アレはお前がアタックすればすぐに堕ちるぞ?…真面目に?…いや、お前なら全く問題無い。だからさっさと押し倒せ……何でそこで照れる?

 

 

……私の恋愛体験談?…あるにはあるが……ん?悪い…あいつが全力で話すのを止めるビジョンが脳内に浮かんで来たから止めておく…まぁお前らがもう少し大きくなったら話してやるから待っていろ。

 

 

おい、ギャスパー…お前は何か無いのか?ん?恥ずかしいから嫌だ?…それは少なくとも好きな奴がいると言っているも同然だと気付いているのか?…どうしても無理?私だって話していないんだから良いじゃないか、だと?…では、お前には少し話してやろう、耳を貸せ……その表情で色々と察しました、ごめんなさいだと?……ヘタレが。

 

 

 

 

結局何だかんだ言いつつも、私も途中からノリノリで話に参加してしまい、その内二人が帰ろうと提案して来たが私がギャスパーに大事な話があるから先に帰っていてくれと言ったら顔色を変えて……いや、そんな話じゃないからな?…いや、何でお前はそんなにソワソワしてるんだ…残念ながら違うぞ……おい、凹むな…めんどくさいな…殴るぞ?…そう、それで良い。…やれやれ…やっと話が出来るな。



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153

「…さて、ギャスパー?」

 

「はっ、はい…!何でしょうテレーズさん…!?」

 

少しビビらせ過ぎたか…?

 

「…そんなにガチガチにならなくて良い…少し深呼吸しろ…ほれ、吸ってー」

 

「はっ、はあ…?分かりました…すぅ…」

 

「吸ってー吸ってー吸ってー吸ってー吸ってーはい!止めろ!……「エフッ!何やらせるんですか!?」早いな、もうちょっと頑張れよ。」

 

「いや理不尽過ぎます!?何のつもりですか!?」

 

「そんなに怒るな…少しは肩の力も抜けただろ?」

 

「…釈然としませんけど…まあ、確かに…それで何の用なんですか?…というか忘れてましたけどあの剣、何か怖いので持って帰ってくれませんか?」

 

そう言えばオフィーリアは居ないんだから部屋に持って帰っても良いか。

 

「そうだな…この後持って行こう…それで何だが…実はテレサにお前の事を頼まれてな…」

 

「テレサさんが?」

 

「ああ…あいつが直接話すのが筋だと思うんだがな…まぁあいつはもう立ち直っているが、先も言った通り、私の魂を取り出すまで表には出られない様だしな…取り敢えず私から何か伝えられる事があれば、と思ってな…とはいえ、お前はもうあまり色々言わなくても大丈夫だよな?」

 

「…クレアちゃんやテレサさん、それにテレーズさんのお陰です…それに僕はまだ…この部屋からは出られても旧校舎から出る勇気は出ませんし…でも、部長たちが帰って来たら改めて話がしたいとは思っているんです…」

 

「…いや、私やあいつはお前の背中を蹴り飛ばしただけだ…クレアも自分は何もしてないと言いそうだな…」

 

「…何かお二人に本当に蹴られたら、僕一応不死に近いのに死にそうなんですが…まあそれはそれとしてクレアちゃんは確かにそう言うかもしれないですね…」

 

「本人は新しい友達が出来たと喜んでいたからな…全く気負ってる様子が無い…だが…」

 

「分かります…クレアちゃんは僕の事も含めて皆を無意識に背負っちゃうタイプなんでしょう?…だからテレサさんも僕に守って欲しいって言ったんだと思います…守ります…全員は守れなくてもクレアちゃんとアーシアさんはきっと…」

 

「あいつから聞いてると思うが…私もあいつもクレアに関して想い入れがとても強い…仮に人質にでも取られたらすぐにお前らの敵に回るだろう…その時は「その先は言わせません…僕がクレアちゃんを絶対に守ります…頼りないかもしれませんけど」…いや、十分に心強いよ、お前はただ全力で守れ…お前が取りこぼした分は私かあいつ、若しくは私たち二人がちゃんと拾い上げる。…本当に強くなったな、ギャスパー。」

 

「…ありがとうございます…」

 

「…さて、実は私もあいつもお前に対して大事な事を言うのを忘れていてな…上げて落とすつもりでは無いが、これからちょっとキツイ話になるかもしれないが…聞く覚悟はあるか?」

 

「はい…僕は、もう逃げません。」

 

「良い返事だ…では先ず…今回の会談にお前は出るんだったな?」

 

「はい。テレサさんの記憶だと会談を襲撃されて、その時一人でここにいた僕が利用されて、せっかく戦力が揃っていたのにそのせいで対応が後手に回ってしまうんですよね?だから僕も皆のいる場に出席した方が良いって。」

 

「…そうだな。で、私もあいつもすっかり忘れていたんだが…お前のその神器、当然まだ制御しきれてないな?」

 

「はい…ごめんなさい…」

 

「いや、責めてるわけじゃない…今まで出来なかったのにこの短期間でそこまでやれという方が無茶だ…だが、こうして私と話が出来てる以上、無差別に作動するわけじゃないんだな?」

 

「はい…今の僕はテレーズさんがそれ程怖くないので…ヒィ!?」

 

私はギャスパーに殴りかかった…その瞬間に違和感を感じる…成程、こういう感じなのか。

 

「…ギャスパー…すまなかった…もう何もしないから出て来てくれないか?」

 

私の時間を止めている間に隠れたのだろう…机の下で震えているギャスパーに声をかける。

 

「ほっ、本当ですか…?」

 

「ああ…本当だ。」

 

そして机から出て来たギャスパーが震えながら椅子に座り直す…さすがに可哀想になりつい、その頭に手を伸ばし、撫でる。

 

「テッ、テレーズさん…?」

 

「悪かった…そんなに怯えないでくれ。」

 

「もう大丈夫です…あっ…」

 

手を離すと名残惜しそうな顔をする…いや、そんな捨てられた子犬の様な顔をしないでくれ…話が進まないから…

 

「…そっ、それであの…一体何でこんな事を…?」

 

「まあ…敵が親しい相手に化けて接触してくるかもしれないからもう少し警戒してくれって意味もあるがもう一つ…そうだな…話は変わるが、お前ゲームは好きか?良くあるだろう?ロールプレイングゲームとかシューティングとか…後は、戦略シミュレーションとかな。」

 

「それはまあ…人並みに…でっ、でも仕事の合間に少しだけですよ…?」

 

……こいつ、実はかなりやり込んでいると見た…とはいえ…

 

「いや、責めてるわけじゃない。お前はちゃんと自分の仕事をしてる様だからな…それでだ、そんなお前に聞きたいのだが…今回の会談の様に要人が一堂に会する状況…敵にとっては最高のタイミングだな?さて、お前が仮に敵の側、それも指揮官だったら、どの様に襲撃をかける?…おっと、要人が実力者…または護衛がそうである…或いはその両方…という可能性も踏まえてだ。」

 

「えと…そうですね…味方がどれくらいとか、襲撃する建物にどれくらいの規模の護衛がいるかとかによっても変わりますけど…先ず、部隊をいくつかのチームに分けます。」

 

「ほう。で、それから?」

 

「…分けたチームは見張りがいるだろう入り口を避けて建物を囲む様に配置します…そして会談が始まり、ある程度時間が経って敵が気を抜いてる所を窓を破って、突入させます…もちろん全員じゃありません…そこから時間を置いて第二部隊を同じ要領で突入させて行きます…その方が失敗も少ないので…それから…」

 

「いや、そこまでで良い…良し。概ね正解だ、恐らく今回もそうなるだろう…そして本来であれば更にお前の部屋に突入する別働隊がいたわけだな。」

 

「そうですね…でも今回、僕は皆さんと一緒にいますから「安心するのはまだ早いなギャスパー?」え?」

 

「さっきの状況を思い出してみろ、お前は警戒してない筈の私を何故停止させた?」

 

「そっ、それは…テレーズさんがいきなり殴りかかって来て…」

 

また震え始めているが、今度は何もしない…こいつに現実を教えなければならない。

 

「そうだな…つまりお前は自身に危機が迫れば無意識に神器を発動させる訳だ…そこでさっきの話だ…先ず第一部隊が窓を破って突入…さて、お前はどうする?」

 

「どうするって言われても…僕は制御出来ませんからその場で神器を発動させて…あっ…」

 

「気付いた様だな…第一部隊が会談の場に突入して来たらお前は視界内の者を無差別に停止させる…言っては悪いがこういう時、最初にやって来るのは雑兵…いわば捨て駒…そして主力は第二部隊…ここで問題だ…お前の神器が発動し、敵味方問わず全ての者が停止している中、そこへ主力が投入されたら……どうなると思う?」

 

「どっ、どうなるって、そんなの…!」

 

「お前が続けて神器が発動出来るなら良いが…出来なければ…不意を付かれた仲間たちは最悪、お前の目の前で全員殺される。」

 

「そっ、そんな!僕はどうしたら…!?」

 

まあサーゼクスと一誠に関しては動けてるかもしれないが…こいつらでも全員は助けられんからな…確実に想定外の犠牲者が出るだろう…

 

「落ち着けギャスパー…方法はある。」

 

「何ですか!?言ってください!僕に出来る事なら何だってします!」

 

私はこいつに言わなければならないな…こいつに実質死ね、と。

 

「先ず想定外の事態を避ける為…ギャスパー、お前はこの部屋にいるんだ「でも、それだと…まさか!?」お前はお前を狙って来る連中を…油断して…やって来るそいつらを迎え撃て…恐らく全員は止まらないが、お前の殺れない奴はお前に注目して動けない内に私か、あいつが確実に始末する。」

 

「そんな!?僕がやるんですか!?そんなの僕に「クレアとアーシアはお前と一緒にいる事になるだろうな、会談の場にいさせる方が危険だし、バラけるよりはお前が守りやすい」…ずるいですよ…そんなの断れるわけないじゃないですか…!」

 

「すまないな…これしか方法は無い…お前は多分ただではすまないだろうが…もちろん逃げられるなら時間を止めて二人を連れて逃げても良い…だが、止まらないのは確実にいる。」

 

「……」

 

「ここまで言ってなんだが…断っても良い…対応が遅れるかもしれないが…私たちが別行動を取り迎撃する方法もあるが…」

 

「それだとテレーズさんたちが危ないじゃないですか!」

 

……私たちを心配出来る程のこいつの心の成長が素直に嬉しい…私も本当に丸くなったかな?

 

「やりますよ!僕がやります!…テレーズさんたちが絶対に来てくれるんでしょう?僕、信じて待ってますから。」

 

「……良いんだな?」

 

「僕を信じて下さい…!」

 

「…分かった。私は、お前を信じる。…では、これで失礼する…詳しい打ち合わせは明日しよう。」

 

「…はい。」



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154

ギャスパーの部屋を出て、廊下を歩いている最中…頭の中に声が響いて来た…足を止め、壁にもたれ掛かる…

 

『おい、テレーズ…』

 

……お前にそう呼ばれると非常にむず痒いな…そんな物とは無縁の筈だが、蕁麻疹が出そうだよ…

 

『慣れろ。これから先、何度も呼ぶだろうしな…』

 

仕方無いか…さて、さっきギャスパーの部屋でお前の声が聞こえたのはやはり幻聴では無かったか…なぁ、引きこもり?

 

『どっちがだ?お前に至っては仮にこの世界に私が来た時から私の中にいたんだとすれば、百年は引きこもってた事になるんだが?』

 

……めんどくさい事を言ってくれる…その頃は私は目覚めてないんだろうから知らん…で、何の用だ?というか何時から夢以外で私に話し掛けられる用になった?

 

『…知らんよ…まっ、恐らくお前がこちらにいられるリミットが近付いて来た事で私が表に出やすくなったんだろう…で、何の用だ、だと?お前、何故ギャスパーにあんな事を言った?』

 

……お前が忘れていた事を伝えただけだろ?最も、私も今日まで忘れていたし、強くは言えんが。

『……お前はギャスパーに囮になれと言ったんだぞ?』

 

……他にどう言えばいい?既に他の策を講じる時間は無いんだよ…ギャスパーが神器の完全な制御が今日の時点で出来て無い以上、残りの時間で出来るとは思えん。

 

『…そうかもしれないな…だが、お前は嘘をついただろう?』

 

どういう意味だ?

 

『お前はギャスパーを信じていない。』

 

…ああ、そうか…表にいる奴の思考は引っ込んでいる奴に筒抜けだったな…そうだな、私はギャスパーを信用も信頼もしていない…当然だろ?止める以外、現状満足に戦えない奴が敵を殺せるわけあるまい?例え、そいつらが指一本動かせなくなったしてもな…というか何甘い事言ってる?これはな…殺し合いだ…奴らに話し合いに応じる気なんて無い筈だろう?

 

サーゼクスは甘い事を言ってるが間違い無く死人は出る…味方に死人を出す訳にはいかないが、あいつらは殺すしかない…もちろん、後々の事を考えれば全員殺す訳には行かないし、だからオフィーリアに牽制もした…だが、一人も殺さずに済む訳は無い…まさか実際に三大勢力の争いを目にして、はぐれ悪魔を散々狩り続けたお前がそんな甘い事を考えてたりはしないだろうな?

 

『私は…そうだな…確かにそれは甘い考えなんだろう…私自身もそう思うし、昔の私ならすぐにでも一蹴しただろう…』

 

だろう?『だが』ん?

 

『私もその綺麗事を通してみたくなった…私たちなら殺さずに終わらせられるんじゃないか?』

 

……私やお前が殺らなくてもオフィーリアは殺る…オフィーリアが本当に殺さずに終われると思っているのか?

 

『あいつは殺さないさ…その理由が無い。』

 

戦いで殺すのは報復される可能性の排除、だ。…相手は見逃せば、次はもっと強くなるかもしれない…卑怯な手を使って来るかもしれない…お前は守り切れるとでも?

 

『出来るさ…これからはお前がいる。』

 

私が殺さないとでも?仮にオフィーリアが確実に殺らなければいけない理由が無ければ殺らないタイプだとすれば、私は確実に殺れる時に殺るタイプだ…一度それで油断して殺されている…今私が死ぬ訳には行かないだろう?だから殺る。

 

『お前は殺せないよ…いや、今のお前は殺さずにすむならそれで良いと思ってしまっている…だから殺さない。』

 

「何で…そう言える…!」

 

口に出してしまった…何故だ?焦っているのか、私は…?

 

『お前は優しくなったから…』

 

「馬鹿馬鹿しい…!これ以上は時間の無駄だ…!もう黙れ!」

 

私は奴の言葉を無視する事にした。私は殺す…殺さなければ守れない…!



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155

『…とまぁ色々言った訳だが「ッ!今度は何だ!?」落ち着け、また口に出てるぞ?』

 

誰のせいだ誰の…!お前が下らない事を言うから私は部屋に戻れず旧校舎内をウロウロする羽目になってると言うのに…!

 

『…お前はある意味私以上にクレアに対して想い入れが強いんだな…』

 

当たり前だ…あの子は私の知るクレアよりずっと幼い上に、あまりにも危うい…あいつの行動次第で黒歌やアーシアの運命すらも変わりかねない程にな…私たちと同じく異物でしかない上にこの世界への影響力が強過ぎる…本来なら排除すら考えるレベルだ…だが…

 

『お前にそんな事はもう出来無い…クレアを知った者は大抵が彼女を愛し、守ろうとしてしまう…例え、自分を削っても、彼女を幸せにしたくなる…』

 

……あんな、あんな歪なあり方をする子どもがいてたまるか…!私も、嘗てお前が自分をそう評した様に人でなしだが、アレを放置せず、殺すのではなく、どれ程犠牲を出しても守りたいと思う程にはまともでいるつもりだ…!

 

『……こうして離れて見て良く分かる…あの子は人を変えていく力がある…それは一見、良き方向に変わる様に思えるが…大抵は依存し、他が全て二の次になる…自分の命さえも…お前でさえこうも変わる…冷静になれ、テレーズ。このままではあの子は自分が変えた者に潰される…他ならぬお前が壊してしまう…!力のある私たちだからこそ、あの子をちゃんと正しく見極めなければいけない。……良いか?あの子は確かに異常だが、結局はその手で掴める物の限界も分からない、まだ幼いただの子どもだ…』

 

……分かっている…だが、私にはもうあの子しか見えない…!だからあの時離れたいと言ったんだよ…こうなるのが分かってしまったから…!私は、あの子に会うべきじゃなかった…!あの子の声も、髪も、目も、その歪な在り方でさえも…!その全てが今、私には愛おしい…!もう離れられない…誰を犠牲にしてもあの子だけは救いたい…!……黒歌もアーシアも本当はどうなろうが知った事じゃない…!あの子が二人を大切に思っているからついでに守るだけ…邪魔になるなら何時だって切り捨てる…本当に嫌になる…!あの子はどうせこの歪んだ愛情さえ受け止めてしまうのだろう…!

 

『そうだろうな…今は直接顔を見る事も声を聞く事が無いから良いが…もし対面すれば、私もお前の様になる…いや、戻ってしまうだろう…だが、だからこそ過ちを起こしてはいけない…一度道を外れたらもう戻れない…!後には引けなくなる…』

 

だから殺すな、と?あの子と生きていく為に…それが本当の理由なのか…?

 

『そうだ…あの子にはまだ綺麗事を信じていて欲しい…子どもの世界は広いようで狭い…見える物が限られるから、当然だ…悪意に近付き過ぎればそれが世界の全てであると思ってしまう…普通の子どもなら立ち直れるかもしれないが…純粋過ぎるあの子には刺激が強過ぎる…だから、近くにいる私たちは迂闊に理を外れる訳には行かないんだよ…』

 

そんな事は…無理だ…!



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156

「下らないわね…」

 

私はしばらく旧校舎内を彷徨き、不毛な議論をした後唐突にやって来た黒歌に無言で部屋に連れ戻された…聞けば私は何度かギャスパーの部屋の前を通っていたらしく、私のデカい独り言を聞いて、さすがに可笑しいと感じたギャスパーは今現在唯一、旧校舎にいる私の関係者で番号を知っているクレアの携帯に連絡…

 

…私を待ち続け、疲れて既に眠っていたクレアの代わりにアーシアが電話に出て、ギャスパーから聞いた内容をそのまま黒歌に伝え、こうして私を探しにやって来ていたらしい…そして今、二人の前で正座させられ、こうしてあいつとの話の内容をそっくりそのまま話したのだが…下らないだと…!?

 

「三時間も二人で議論して、内容がそんな事じゃ、ねぇ…」

 

「黒歌…少なくとも私が大事なのはクレアだけだ…この場でお前を斬っても「好きにすれば?」……はっ?」

 

私の怒りは消し飛んだ…こいつは…何を言っている…?

 

「何?気付かなかったの?私も同じなの。さっき聞いたらアーシアももう、そうなんだって…私はあいつに好意を抱いているけど…そんな想いよりクレアの方が結局大事なの…ハッキリ言うけどクレアに救われてまともなのは多分、もうギャスパーしか居ないわよ?」

 

「私もクレアちゃんが幸せならそれで良いって…そう思ってるんです…どうしてか分からないけど…その為に私がどうなろうと気にならないかな、って。」

 

「…という訳で貴女でも、あいつでも良いけど私たちがあの子の幸せに邪魔だと言うなら、斬れば?…抵抗したいけど本気で来られたら私も厳しいわ…アーシアに至っては戦えないし…そもそもこの場で唯一貴女と戦える私が積極的にアーシアを庇う気、全く無いから。」

 

背筋が凍るのが分かった…こいつらは本当にこの場で私に殺されても構わないと思っている…

 

「…というか、最悪私がアーシアを殺す可能性もあるでしょうね…この状況が可笑しいと思ってるなら貴女は所詮、まだ正常よ。」

 

「私は…悔しいですけど普通にやってもお二方に勝てませんし…最も寝てる時なら、とか考えなくも無いですけど。」

 

吐き気がして来た…何だこれは…!?

 

「…で?殺るの?殺らないの?」

 

「……」

 

……なぁ?お前はこうなると思っていたのか?

 

『…薄々は、な…こいつらが私たち以上にもうイカれてるのは気付いていた…もう戻れない…どうするんだ?』

 

「…私には出来無い…!」

 

結局私はクレアの方が上でも…本当はこいつらだってもう大事なんだよ…!私には殺せない…!

 

『安心したよ…お前がまともで…私なら、斬っていたかもな。』

 

「…あっそ。なら、この話はおしまい…貴女のご飯取って置いてるから食べて…私とアーシアはもう寝るわ。」

 

「お前ら…お互いの気持ちを知って何とも思わないのか…!?」

 

「…私は別に貴女やあいつ、アーシアが嫌いな訳じゃないわ…単にクレアが最優先ってだけ。」

 

「私も…もう皆さんの事は大好きですから…それじゃ、おやすみなさい。」



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157

あの一件の直後、よりにもよって遅めの夕食を取る私のすぐ側で横になり、そのまま無防備に寝息を立て始めた黒歌に絶句し、若干の恐怖を覚えながら私は食事を終えた…食器を片付け、さすがにそのまますぐに黒歌とアーシアのいる部屋で眠る気にもならず、私はそっとドアを開け、部屋を出た。

 

さっきと変わらず人気の無い廊下を今度はゆっくり歩く…なぁ?

 

『何だ?』

 

アレは一体何なんだ?私の方が気後れしてしまったよ…

 

『分からん…と言いたいが、推測は出来る…アレは…そうだな、親が子供に向けるそれだな。…多少過激だが。』

 

……どういう意味だ?

 

『…幼い時に家族を亡くしたらしいお前には分からなくても無理は無いし、実は私も親の記憶が無いから理屈しか分からないが…多くの、特に母親は仮に自分か子供、どちらかしか助からないという状況に陥った場合、迷わず子供の方を優先するそうだ。』

 

……私には理解不能か。…だが、黒歌は生きて来た年月、クレアに接した時間もそれなりに長いから分からないでも無いが、アーシアは…

 

『母性本能は幼い時に目覚める事も多いらしいし、クレアが相手である事を考えればそれ自体は不思議じゃない…問題は、明らかに度を過ぎてるという事だ…天秤に乗ってるのが赤の他人なら、子供を選べるかもしれないが、乗ってるのが他の家族だった場合、普通は迷う筈だ…だが二人はその状況で躊躇わない。』

 

これは…ギャスパーとも話す必要があるな…

 

『お前はギャスパーを信じていないんじゃないのか?』

 

…この状況でそんな事言ってられるか。あいつにはクレアとアーシアの事を任せてある…守る対象に生き残る気が無ければ守りたくても守りようが無いんだ…!

 

『それを伝えてどうする?ギャスパーにはどうしようも無い。』

 

それだけの為じゃないさ…ギャスパーが今、クレアにどんな想いを抱いているのか…確かめておきたい…

 

 

 

 

「あの…そんな話されても僕にはどうしようも無いです…申し訳無いですけど…」

 

「だろうな…そう言うだろうとは思っていた…」

 

ギャスパーの部屋に行き、私の事を心配するギャスパーに先の一件を話すと、予想通りの返事が帰って来た…にしても…

 

「お前は取り乱さないんだな…」

 

「え?…あー…僕も色んな人を見て来ましたし、それにあまり面識の無い黒歌さんはともかく、アーシアさんに関しては一目見て危ういのは見て取れましたから…」

 

「そうか…」

 

私もギャスパーを過小評価していたのかもしれないな…

 

「取り敢えず分かりました…僕はテレサさんに頼まれた通り、クレアちゃんとアーシアさんを守るだけです…アーシアさんがそれを望まなくても。」

 

「…なぁ?お前は何でまともなんだ…?」

 

私は思わずそう口にした…先の一件、引き金を引いたのは私だ…あの時余計な事を言わなければこんなにも悩む必要は無かった…そう思っているのに聞かずにはいられなかった…

 

「…あの…?もしかして、テレサさんもテレーズさんも僕の性別忘れてます…?」

 

「『ん?』」

 

「僕男ですよ?母性本能は女性の方が芽生えやすいんじゃないですか?」

 

「『あ…』」

 

「何かショックなんですけど…まあとにかく…僕、確かに女の子の格好しますけど…完全な女性化願望は無いので…クレアちゃんには現状、友だち以上の気持ちは無いです。一緒に暮らしてれば家族と思ったりもするでしょうけど…どちらにしてもそこまで行くとは考えにくいですね。」

 

「私は…どうしたら良いと思うギャスパー…?」

 

「…クレアちゃんが大事なのは二人と一緒なんでしょう?なら、そんなに気にしなくても大丈夫だと思いますよ?」

 

「そうだろうか…?」

 

「テレーズさんは強いんでしょう?守れば良いじゃないですか、二人が何言ってもちゃんと三人とも。もちろんテレーズさんも、テレサさんも一緒に生き残れば良い。」

 

そうか…簡単な事だったんだな…

 

「そうだな…ありがとうギャスパー…お陰で私のやるべき事が分かった。」

 

私は守れば良い…そうだ全員、もちろん私自身も。

 

「序に僕も守ってくれたら幸いです。」

 

それを聞いて椅子から転げ落ちる。

 

「お前なぁ…」

 

「いや、だって僕戦えないですし。」

 

「……決めた、会談が終わったらお前を優先的に鍛えてやる…私とあいつとオフィーリアの三人でな。」

 

狼狽え始めたギャスパーを無視して紅茶を飲み干し、部屋を出た。



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158

黒歌とクレアは勘が良い…だから、私が部屋を抜け出したのはバレているだろうと思って身構えながらドアを開けてみれば二人は普通に寝ていた。

 

……寝てるな。

 

『…先の一件、何だかんだ神経を使ったんだろうからな…疲れてるんだろう…』

 

……寝るか。全く…拍子抜けしてしまったよ…

 

私は毛布を掛け、床に雑魚寝する黒歌の横に立ち、剣を…

 

「……」

 

私は剣を布で包み、押し入れにしまい込んだ…そのまま床に横になった…何だ、硬い床の上なら寝れるんじゃないか…そのまま目を閉じる。

 

『良いのか?剣を置かないで?』

 

……もう覚悟は決まってる…仮に、二人のどちらかが私の首を取りに来ようともう気にせん。

 

『そうか…』

 

そして私は眠りに落ちた…

 

 

 

翌朝、三人が朝食を作るのを眺める…特に変わった様子は無い…ここ何日かと大して変わらん光景だ。

 

「ボーッとしてないで皿ぐらい並べて欲しいにゃ。」

 

「…ん?ああ、分かった。」

 

本性を知っている為、今は取って付けた様にしか感じられない黒歌の猫口調に相変わらず違和感を感じつつ、指示された皿を四人分並べる……女四人はこのテーブルだとギリギリだな…ここにお前とオフィーリアが加わるんだな…テーブルを買い替えるべきか…

 

『それよりいい加減新しく住む部屋を探した方が良いかもしれないな…』

 

……そんなに金あるのか?

 

『使い道無いからな…』

 

 

 

 

四人で食事をする……全く昨日の事を引きずってる様子が無い…クレアの前だから、では無いらしい…私にも二人は何時ものテンションで話を振ってくるからな…これは、やはり…

 

『二人は昨日の一件をあくまで日常の一コマとして流した、という事だろう…』

 

……二人は最悪死んでいたんだがな…何でこうもあっさり切り替え出来るのか…

 

『…自分が死んでもクレアが幸せなら問題無いからだろう…そもそもお前に大して全く警戒していない…』

 

……私はどう動けば良いと思う…?どう考えても問題の根が深そうなんだが…

 

『何だ…随分弱気じゃないか。お前の取るべき腹は決まったんだろう?』

 

そうなんだが……さすがにこの異常事態を目の当たりにしたらお前だって不安になるだろう?

 

『……いや…私だったら…この光景を目にした可能性は低い…』

 

何?どういう事だ?

 

『……私は改めてお前を凄いと思ったよ…昨日言った筈だ…私なら斬っていたかも、と…かもとは言ったが、実際はあの場にいたのがお前ではなく私だったなら……九割方抑えが利かずに斬っていただろう…その場にいなかったから冷静でいられただけで…本当は…私は二人が心底恐ろしかった…』

 

……そうか。なら、お前に意見を求めても無駄という事か。

 

『…まぁ…傍観してた立場から言わせてもらうなら…』

 

…何だ?

 

『昨日の一件を忘れること無く、危ういバランスの上にいる事を認識した上で…こいつらの様に振る舞うしかないだろう…得意なんだろ?そういうの?』

 

……こいつら相手に演技をし続けるのは辛い…そう思える程には大事だ…だが、これ以上引きずっている場合では無いのだろうな…



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159

『…そうか…確かに…その可能性を考えていなかったな…』

 

「まぁ私も昨日まで忘れていたからな…リアスたちには予定変更を伝えておいてくれ。」

 

サーゼクスにギャスパーが会談の場に出席する事の問題点を電話で伝える…取り敢えずこれで唐突な予定変更でリアスと揉める事も無いだろう…

 

『しかし…彼だけにクレアとアーシア、自分も含めて三人分の身を守らせるのは不安だね…』

 

「一応、私かあいつのどちらかが、ギャスパーの所へ向かうつもりだ。」

 

『まだ、どちらが行くのか決まって無いのかい?』

 

「そもそも明日、私の魂の定着に成功しなければこの身は一人分しかないからな…最悪そちらの守りはオフィーリアが居れば十分だろう?」

 

そもそもあの場に揃うのは、相当の実力者ばかりだ…私たちの力が必要かどうかも分からん。……それにしても明日か…改めて、もういよいよ時間が無くなって来たと感じるな…

 

『そうだね、戦力的には十分過ぎるくらいだ…最も、ハッキリ言って私はまだ彼女を信頼しきれないからね…監視役として居て貰いたい所だけど…』

 

「黒歌とアザゼルの仕事が上手くいくのを祈れ。…悪いが、私とあいつは基本的に三人を守るのを優先させて貰う。あいつはともかく、私はギャスパーを信頼しきれないからな…」

 

サーゼクスに多少皮肉を込めて返してやる事にする…そもそもギャスパーがどれだけ上手く立ち回ろうとアーシアを守れるかは分からん…クレアの為なら平気で死を選べるのだからな…

 

 

『そうか…まあ仕方無いね「そんなに気にする事も無いだろう?お前ならすぐにオフィーリアを止められるだろう?」…彼女クラスだと最悪殺す必要があるのだが…』

 

「殺せば良いだろう?オフィーリアが本気で暴れたら野放しに出来ないのは想像出来る筈だ…何だ?情でも移ったか?」

 

『…たった三日間彼女と接しただけだが…実は破綻者でも無ければ、単なる悪人でも無い事はすぐに分かってしまったからね…』

 

「そうか…お前がそう言うなら良いんじゃないか?」

 

今の私も十分に甘いからな。

 

『さて、では失礼「悪い…一つ相談しても構わないか?」何かな?あまり時間は無いから出来れば手短に頼むよ?』

 

「実はな…」

 

私は昨日の黒歌とアーシアとの一件を話してみた…

 

『成程ね…そんな事が…』

 

「お前にどうする事も出来ないのは分かるが取り敢えずグレイフィアには話しておいてくれないか?あいつは個人的に黒歌と仲がいいみたいだしな…」

 

『伝えておこう…後でグレイフィアから連絡があると思うから出られる様にして置いてくれ…では、また…』



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160

電話を切り、左右を何となく見渡す…誰もいない…まぁ存外この学校に通ってる連中は真面目な奴が多いのだろう…わざわざ旧校舎まで来て授業をサボるのは相当物好きに当たるらしい…お陰でこの手の人に聞かれたくない話をするのは楽なのだが…

 

「……」

 

視線を戻し手元の携帯を見詰める…

 

『どうした?』

 

ん?いや…何処ぞの馬鹿があっさり破壊した物がこうしてまた手元にある事に妙な感慨を覚えてな…

 

『……言うな…何か変なテンションだったんだあの時は…良く考えたら破壊する事は無かったと後で気付いたんだから…』

 

…このご時世、電子マネーという便利なサービスがあるそうだな…携帯を壊さなければ、財布が無くても最悪電車には乗れたんじゃないか?…まぁあの格好で電車には乗れないかもしれないかが…

 

……クレイモアの甲冑姿はこの世界ではとにかく目立つ…コスプレで誤魔化すにしても、剣についてはさすがに警察の目に付いただろう…

 

ちなみにこの携帯自体は『頃合を見て、あの子に渡して欲しいってサーゼクスに頼まれたの』と私が目覚めた日にオフィーリアに渡された物だ…

 

『……乗れなかったのは確かなんだから良いだろ…』

 

で?それは壊した事に対する理由にはならんが?

 

『関係性を断ち切りたかった…』

 

お前の携帯の番号、お前の記憶通りだとクレア、黒歌、アーシア、サーゼクス、グレイフィア、それからリアスと姫島にアザゼルの分しか入ってなかったよな?…私の手元に戻って来たと同時に全部連絡先が戻って来たぞ?入ってた写真や動画にしても、黒歌の携帯に入ってた物と大差無かったからそっちもあっさり戻って来たな?

 

『やめろおおお…!掘り返さないでくれえええ…!』

 

うるさい。頭の中で騒ぐな…ん?

 

そうこうしてる内に携帯が再び鳴る…グレイフィアか…

 

「もしもし?」

 

『もしもし…グレイフィアです。』

 

いや、こっちに名前と番号出るから誰かくらいは分かると思ったがこいつが生真面目なのは知ってるので今更突っ込むつもりも無い。

 

『話はサーゼクス様から聞きました。』

「…私は今、あいつと脳内で会話が出来る…で、あいつはアレを母親が自分の子に向ける物に似ていると評した…お前は母親だったな?どう思う?」

 

『そうですね…似ているかも知れません…でも…』

 

「ん?」

 

『私は…自分の命と引き換えにミリキャスを救う事は出来ても、貴女やテレサ…それに、サーゼクス様を犠牲にする事は出来ないわ。』

 

「…そうだな…それが普通だと思う。」

 

『もちろんそれは…クレアや黒歌、アーシアであっても同じです。』

 

「私は…もう何も言わない事に決めた…お前はどうする?」

 

『私は看過出来無いわ。友人として、家族として黒歌にもアーシアにも一言言わないと気が済まない…!』

 

「そうか…私やあいつの言葉は多分もう届かない。お前から言ってやってくれ…一言と言わず、いくらでも…」

 

『ええ。会談が終わったら其方に伺わせてもらうわ…テレーズ?それからテレサ?一つ良いかしら?』

 

「『ん?』」

 

『そろそろ生活の拠点を冥界と人間界…どちらにするのか決めておいてね?』

 

「…決めるのは私じゃない…」

 

『ええ、でも…あの子も聞いているのでしょう?』

 

おい?

 

『分かった…会談が終わってから伝える…』

 

……。

 

「……会談が終わったら伝えるそうだ。」

 

『分かりました。待っています…テレーズ?』

 

「何だ?」

 

『貴女が無事に自分の身体を手に入れる事を願ってる…』

 

「ああ…ありがとう…」



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161

震える手で携帯を弄り、目的の人物に電話を掛ける…頼む…!出てくれよ…!

 

『もしもし?どうした、テレーズ?…悪ぃ、俺、今忙しいんだわ…まだ、お前の身体の作成に時間かかってて「アザゼル…」…マジでどうした?そんな深刻そうな声…いや、待て。お前…もしかして…!』

 

「私はテレサだ…アザゼル…」

 

『お前…どうして「すまない…あいつは今寝ている…何故今になって私が主導権を握れてるのか分からないが多分、私が今表に出れてるのは一時的な物だ…詳しく話してる時間は無いんだ…すぐ、本題に入らせて貰いたい」…そうか…で、何の用なんだ?』

 

「お前に一つ、頼みがある…」

 

 

 

 

『…成程な…俺も考えていたし、それぐらいなら出来無くはねぇだろうよ。』

 

「なら頼む『待て。』何だ?」

 

『出来無くは無いが…俺は少なくともお前に言われるまでやるつもりは無かった…理由は二つ…多少とは言え、見た目に変化が訪れるからどんな影響があるか分からねぇのと、もう一つは…あいつがそれを望んでいるか分からねぇからだ…テレサ、お前はテレーズに許可は取ってねぇな?』

 

「ああ『なら、勝手に俺たちがそれをやる事が本当にあいつの為になんのか?』…私はあいつに幸せになってもらいたい…そう考えたらいけないか?」

 

『何でそこまでする?』

 

「あいつは…私にとって憧れの存在だ…本当なら身体を共有するのではなく別の人物として出会いたかった…何も今更、私を選んで欲しいわけじゃない…私も他にかけがえの無い相手を見つけてるからな…ただ…人としての幸せを掴んで貰いたい…どうか…私の頼みを聞いて貰えないだろうか…?」

 

『……良いだろう…さっきも言った通り俺も考えていたからな…最も…俺がその方が楽しめるって理由だからだけどな…』

 

「あいつはお前を割と気に入っている…あいつだって綺麗な身体でお前と繋がりたいと、きっと思う筈だ。」

 

『…お前の言っている事は推測でしかねぇな…そうだったら俺も嬉しいけどよ……まぁ、良いわ…請け負うぜ。』

 

「ありがとうアザゼル…では、私は眠る…」

 

私は電話を切り眠りについた…

 

 

 

 

夜になり漸くアザゼルが布に包まれた身体を携え、やって来た…

 

「遅くなって悪ぃな…注文の品だぜ。」

 

布に包まれている為全容の見えないそれを見ながら私は黒歌に言った。

 

「黒歌…やってくれ…」

 

「本当に良いの?…正直言うと成功するかは「良いさ…私はもうお前を信じた…例え失敗しても私も、あいつも…お前を恨まない。」

 

「分かった…やるわ。」

 

黒歌が目を瞑り、何事かを呟き始める…ボソボソ話しているせいか、内容は聞き取れない…だが、少しずつ私の意識が上に上がっていく感じがする…比喩表現として正しくは無いのだろう…だが、私にはそれしか表現出来無かった…

 

軈て、私は目の前が真っ暗になり、何も分からなくなった…



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162

目を開ける…暗い…目は確かに開いているのに視界は暗い…人の気配を感じる…恐らく腕があるだろう部分に力を込める…動く…右手を上げ、顔の上にかかっている布の様な物を退けた。

 

「おっ。目が覚めたか…身体の調子はどうだ、テレーズ?」

 

視界に入って来たアザゼルの声に応じて、右手の指を握り、開く…左手も同じ様にする…ふむ…動く、な。

 

「…良好だ…良い仕事だな、アザゼル。」

 

「当然だろ、俺がする為に作った身体だぜ?」

 

「フッ…そうだったな…約束は忘れてないから、安心しろ。」

 

床に手を付け、力を入れて上体を起こす…身体の上に掛かっていた布がズレる…何となく下を見る、裸の私の身体が見えて…?

 

「…アザゼル…傷が…無いんだが…」

 

クレイモアは攻撃型でさえ、腕や足を無くす、という致命的な物で無ければ、大抵の傷は治るが…例外として半人半妖の身体に成る前の傷と、妖魔の血肉を肉体に取り込む際に付いた傷は治らない…だが、私の身体には傷が無い…

 

「…下手に見た目を変えてどんな影響があるか分からないから、俺も渋ったんだが…あいつ…テレサの言葉で吹っ切れてな、敢えて傷を付けなかったのさ……あった方が良かったか?」

 

私はその部分を右手で撫でた…

 

「……いや、無いなら無いでそれで良い。…あいつと話したのか?「ああ、昨日の夜にな。」…そう、か…あいつは何と言っていた?」

 

「…憧れていたお前に…人としての幸せを掴んで欲しい…だとさ。」

 

「フッ…ハハハ…あの…馬鹿…」

 

私が幸せになるなら、お前だってそうならなければ私が納得出来無いだろうに。

 

「あの馬鹿に一言言わなければ、な…あいつはどうしてる?」

 

そう言うとアザゼルの顔は曇った…何だ?

 

「どうした?」

 

「いや、それがな…」

 

 

 

私はドアを開けた…

 

「あ…テレーズ「あいつは?」…それが…まだ目を覚まさないの「退いてくれ。」あ…」

 

仰向けに横たわるあいつの前にいた黒歌を押し退ける…全く…

 

「何時まで寝てるんだこの寝坊助が。とっとと起きろ!」

 

「ちょっと!?」

 

私は身体の慣らしも兼ねてあいつの顔に懇親の蹴りを放った…放っておいてもじき、目覚めるだろうが…そろそろやって来るサーゼクスたちと明日の事について打ち合わせをせねばならんからな…

 

「痛あ!?…何するんだテレーズ!?「うるさい。寝坊助を起こしてやったんだ、感謝しろ。」ふざけるな!?」

 

起きるなりあいつが噛み付いて来る…

 

「何だ?それともキスで起こして欲しかったのか?お前、アザゼルに私に人としての幸せを掴んで欲しいとか言ったそうだな?…憧れなのはチラッと聞いていたが…まさか、そういう意味だったとはな…私は鈍感じゃないからな、そこまで聞けは大体分かるぞ?」

 

「な!?アザゼルお前、テレーズに話したのか!?」

 

「おう。別に話すなとは言われてねぇしな。」

 

そこでまた騒ぎ始めた馬鹿の頭を殴り付ける。

 

「痛!?「何時までやってるんだ、そろそろ切り替えろこの馬鹿が。」お前のせいだろ!?」

 

……結局、サーゼクスたちがやって来るまでこの馬鹿は騒いでいた…全く…先が思いやられるよ…



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163

「それにしても…本当にそっくりね…まぁ見分けは…何とかつくけど。」

 

黒歌にそう言われて思う…身内がかろうじて分かるレベルなら他の奴は本当に見分けがつかないだろうと。

 

「では、私が髪を切「ダメ!貴女だって切ったら生えてこないんでしょ?」…じゃあどうしろと…いや、そうだな…ではこうしよう…」

 

私はテーブルの上にたまたまあった輪ゴムで髪を頭の後ろで纏める…所謂ポニーテールという奴だ…

 

「おっ、中々似合うじゃねえか、テレーズ。」

 

「ん?こういう髪型が好みなのか、アザゼル?」

 

「おう。結構好きだぜ?」

 

「そうか、好評で何よりだ…お前は…おい?自分と同じ顔相手に一々照れるな…」

 

全く…やりにくいな…

 

「ちょっと!」

 

「何だ?どうしたんだ黒歌?似合わなかったか?」

 

「髪型は似合ってるけど、ダメよ、輪ゴムなんかで纏めたら…リボン持って来るからちょっと待ってて「いや、リボンは勘弁してくれ…せめてヘアゴムにしてくれ…」えー…」

 

戦ってる最中に千切れたり、無くしたりしたらさすがに寝覚めが悪いからな…ん?来たか。ドアがノックされ、あいつが応対する…案の定、客はサーゼクスたちだった。

 

「すまない…遅くなってしまった…ん?どうやら上手くいった様だね。」

 

「良かったですね。」

 

「えと…何で貴女たち増えてるの?」

 

サーゼクスとグレイフィアに続いてやって来たオフィーリアが疑問の声を上げる…

 

「何だ?オフィーリアに話してなかったのか?」

 

「行って、実際に会えば分かると思ってね。」

 

……いや、説明が無いんだから困惑するだけだろ…仕方無い…

 

「簡単に言えば、お前が好きなのがこっち、テレサな、で、私がテレーズだ。」

 

「端折り過ぎにゃ…それじゃ余計に困惑するにゃ…」

 

結局、輪ゴムを外して、櫛で整えながら、リボンで私の髪を纏め様とする黒歌が後ろでそう言う…ヘアゴムにしてくれと言ったのに…

 

 

 

「えーっと…つまり、アザゼルの作った身体に本来のテレサ…テレーズが入ったって事?」

 

「そういう事だ…」

 

何と言うかアレだな…こいつには散々消えると言っていたからいざこういう説明をするとなると気恥ずかしく感じる…

 

「へぇ…じゃあちょっと味見を「……」えっ!?ちょ…んん!?」

 

オフィーリアに口付け、混乱から回復する前に、舌を突っ込む、口内を舐り、舌を吸う。……ふむ、舌の動きも良好の様だな。

 

「え!?何してるのいきなり「いや、オフィーリアへの対処としてはアレで正しい…あいつに主導権握らせると色々面倒だ…私はああも自然に動けないし、あそこまでのテクニックは無いから先にやってくれて助かった」いやそうじゃなくて…!」

 

一通り口内を往復した後舌をさっさと引っこ抜く…名残り惜しげに舌が追いかけて来るが、無視を!?…こいつ、歯を…!危ない所だった…!唾液の糸が垂れ下がり、床に落ちる。

 

「……ねっ、ねぇ…?このまま…続きを「寝てろ、色魔」あ…」

 

首の後ろに手刀を叩き込み気絶させる…倒れ込んで来た身体を受け止め、床に寝かせた…あれだけやってまだ元気とはな…冗談じゃない…この身体、思いの外感度が良いから、あれ以上やってたらこっちまで上がっていたぞ…アザゼルめ、変な所に気合いを入れたな…まぁ元々あいつが楽しむ為の身体なんだからそう文句も言えないが…さて…

 

「…そこの興味津々で見ていた男二人…キスで良ければこの場で付き合ってやるが…どうする?」

 

私はサーゼクスとアザゼルに声を掛けた。

 

「中々情熱的な光景だったな…いや、俺は見てるだけで割と満足したからな…その権利は実際にお前とヤる時まで取っておく。」

 

「サーゼクス様…?」

 

「ちっ、違うんだ…グレイフィア…!」

 

ふむ…二人はしない、と。

 

「お前らはどうする?」

 

「なっ、何言ってるの…!?しっ、しないわよ、私は…!」

 

「……したくないと言えば嘘になるかな「テレサ!?」さっきお前も聞いてただろ?憧れなんだよ、あいつは…私にとって…だが、止めておく…これからいくらでもチャンスはありそうだからな。」

 

「馬鹿か。私は今、気が向いたから言っているだけだ…そう簡単にしてやる物か。」

 

正直、下手すると私の方が抑えられなくなるからな…



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164

「さて、それじゃあ明日の動きを「ちょっと待って」ん?どうした黒歌?」

 

「いや…何であんな事の直後に普通に始められるのか聞きたい所だけど…」

 

……前日、最悪死んでたかもしれない状況で次の日、普段通り且つ、自分を殺していたかもしれない人物に普通に接していたお前に言われたくない。

 

「まぁそれは今は良いわ…それで、サーゼクスは怒ったグレイフィアに引っ張られて帰っちゃったし、オフィーリアは気絶したままだし、テレーズは突然部屋を出てそのまま戻って来ないし、この場にはアンタと私とアザゼルしかいないんだけど良いの?後、ギャスパーはこの場に呼ばないの?」

 

「…サーゼクスとグレイフィアには何か決まった事があれば後でも伝えられるし、オフィーリアは元々当日の流れで適当に動いて貰う予定だったから問題無い…テレーズはしばらく戻って来ないだろう「何で?」…お前も女なんだから気付けよ…アザゼル、あいつの身体に細工したな?」

 

さっきのあいつは明らかに普通じゃなかった…それ程好き者というわけでもないのにちょっとキスしたくらいで、ああもあからさまに誘ったりはしない。…しかも誘ってしまってから自分の様子が可笑しいのに気付いたんだろうな。

 

「人聞き悪い事言うなよ。お前の身体感じにくいんだろ?そのまま再現したらさすがに興醒めだから、ちょいと感度良くしただけだぜ?」

 

「ちょっと!?何してんの!?」

 

黒歌が騒ぎ始めたが…私としては…

 

「アザゼル「ん?」……良くやった「テレサ!?」「おう。」「あんたたち!?」」

 

アザゼルに向かって親指を立て、奴も返して来る…初めて奴と本気で気が合ったな。

 

「と、いうわけでテレーズは恐らく今、何処かで一人でシている「言わなくても分かるわよ!」後、ギャスパーの動きは本人にテレーズが伝えたから問題は無いな。」

 

「…ねぇ?じゃあこうして話してる意味って…」

 

……ん?

 

「…良く考えたら…ちょっとした打ち合わせ程度だったとはいえ、全員揃わなかった時点でもう意味は無い。…茶番だな。」

 

「うし。なら終わりだな、明日までの書類が残ってるんだ、帰らせてもらうぜ?」

 

「ああ、じゃあな…明日は宜しく頼むぞ?」

 

「…いや、頑張るのはお前らだろ?明日はあまり俺が動かなくて済むのを祈りたいぜ…」

 

「安心しろ。間違い無くお前にも仕事はあるからな。」

 

「マジかよ…ハァ…しゃあねぇか、じゃあな、テレサ。」

 

「ああ。」

 

アザゼルが部屋を出て行った。

 

「さて…」

 

毛布を引っ張り出して来て、オフィーリアに掛ける…私も寝ておくとしよう…

 

「ねぇ?テレーズの事、放っておいて良いの?」

 

ふむ…

 

「探しに行きたいなら行って来たら良い。ただ、私と違ってあまり弱味を見せたくないタイプだろうから怒るだろうな…で、その勢いでお前に襲いかかりかねないが…良いのか?」

 

「……やっぱり止めとくわ。」



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165

「そう言えばクレアとアーシアには教えてるのよね…この事。」

 

「…クレアには襲撃の可能性がある、という事にしている…アーシアは確定事項として話している…アーシアはそういうのは当然分かる歳だし、クレアに至っては先に言っておかないと何をするか分からないからな…」

 

「今日はギャスパーの所にいるのよね…」

 

「そうだな…」

 

「……放っておいて良いのかしら…?」

 

「ギャスパーにそんな度胸は無いよ…そもそも仮に手を出したら…私より先にテレーズがブチ切れる…まだ小学生のクレアは論外だし、アーシアは…何にしてもギャスパーには現状責任は取れないからな。」

 

「…何でアーシアに関して濁したの?」

 

「決まってるだろ?年齢。…私はアーシアの親じゃないし、本人たちに責任が取れるなら文句は言わないよ。アーシアだけに関してなら結局テレーズも同意見だろ。まぁ有り得ない訳だが…アーシアも身持ちは固い…ギャスパーもああは言ったが普通に誠実だよ。」

 

最も仮にそうなった場合、産まれてくる子供は吸血鬼の血を引く事になる訳で……止めた。面倒事の予感しかしない。

 

「…テレーズ、遅いわね…」

 

「だから、気になるなら見て来たら良いだろう?」

 

「いや、食われる覚悟では行きたくないわよ…」

 

「……」

 

ここでこいつに私と同じ姿だぞ…と、言ったらどうなるのか、という疑問が湧く当たり、私もやはりクズなのだろう…そもそも何時だって澄ました笑顔のあいつがその顔を快楽に歪めて恥も外聞無く、乱れる事を想像するのが既に楽しかったりするのだから今更か…

 

「アンタ、また妙な事考えてない?」

 

「いや別に?何でそう思った?」

 

「何となく。」

 

「理由がそれで疑われたらたまったものじゃないな。」

 

「そう。で、何考えてたの?」

 

「ん?どんな時でも余裕かますあいつが今、劣情を抑えきれずに自分を慰めてるとか考えたら最高に笑えるな、と。」

 

「……やっぱりアンタ最低だわ。」

 

「今となっては褒め言葉だな。続けて言ってくれとは思わないが。」

 

「じゃあ、褒め言葉じゃないんじゃない?」

 

「一回言われれば伝わるからな、何度も言わなくて良いだろ。」

 

「…アンタ、テレーズに似て来てない?」

 

「私はあんなに口は上手く無いよ「う~ん…」ん?…ああ、起きたのかオフィーリア。」

 

起き上がったオフィーリアを見ながら時計をチラ見してみればあれから一時間が過ぎている…時間はまだあるとは言え結局寝れてないな…

 

「あら?サーゼクスたちは?」

 

「……もう帰ったよ。元々軽い話し合いの予定だったしな。」

 

「…テレーズは?」

 

「あいつなら…あ…」

 

そうだ…こいつをぶつけてみよう。

 

「テレサ、アンタまさか「テレーズなら、アザゼルの用意した身体の感度が良かったせいでお前とのキスで欲情してしまったから慰めに行った「テレサ!」「えっ!?」今ならヤレるんじゃないか?」

 

「…へぇ…そうなの。じゃあ様子を見て来なくっちゃねぇ…」

 

「ああ、行ってこい。」

 

オフィーリアが部屋を出て行った。

 

「どういうつもり?」

 

「お前が行かなくて済んだんだから良いんじゃないか?」

 

「大体アンタ、彼女に憧れてるんでしょう?自分が行けば良かったのに。」

 

「だから言ってるだろ?私はあいつが快楽に溺れる所を見てみたいんだよ…別に私が相手である必要は無いし、それに…それも女としての幸せの一つじゃないか?」

 

「……クズね、そしてヘタレだわ。」

 

「何とでも好きに言えよ。」



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166

あれから二時間が経過した…明日は朝から行動するつもりだからそろそろ寝ておきたいのだがな…

 

「…なぁ?お前何時まで起きてるつもりなんだ?」

 

「何よ…アンタは寝たら良いじゃないの…」

 

「大体、乳繰り合ってるだけの奴の何を心配するんだかな…餌をやったんだからそろそろ戻って来るんじゃないか?」

 

「餌?どういう意味よ?」

 

あー…成程。

 

「さっき私が言った事が原因か…良く考えてみろ、キスだけでトロトロになる奴が主導権握れる訳ないだろ。オフィーリアは自分の欲望を満たそうとしてケダモノの所に行ったのさ…そろそろ散々オフィーリアを嬲ったあいつが帰って来て「お前の中で私はどれだけ鬼畜な奴なんだ?」ほら、帰って来ただろ?」

 

再び気絶したオフィーリアを肩に担いで帰って来て、床に下ろそうとしたのを黒歌が慌てて受け止めて、そっと床に下ろした。

 

「どうだ?満足したか?」

 

「この馬鹿を寄越したのはやはりお前だったか…冗談じゃない…こいつが勝手に喘ぎまくっただけでこっちは欲求不満だよ…もう良い。シャワー浴びて、寝る…全く…せっかく手を出さずに済むように部屋を出たというのに。」

 

「ほう?手を出さずに済むように、ね。」

 

「……何が言いたいのか知らんが、あの時この部屋には見た目の良い奴が六人もいたからな。」

 

「そ、そうか…」

 

そう言って服を脱ぎ、洗濯機に放り込んで行く…六人、ね…男女問わない上に、ちゃっかり自分と同じ見た目の筈の私が数に入ってる事に対してどういう反応を返せば良いんだ…?

 

「あっ、ちょっと…オフィーリアはどうするの?」

 

そうか…あいつとヤってたならオフィーリアも汚れてる筈だな。

 

「最低限の後始末はしてやった…いきなり問答無用で襲いかかって来る馬鹿にはそれで十分だろ。…本当はいっそ、そのままトイレに放置してやろうかと思ったんだからな。」

 

そう言ってさっさとシャワーを浴びに行ってしまった…

 

「あ…もう…しょうがないわね…テレサ、オフィーリアの服脱がせるの手伝って…まさか嫌とは言わないわよね?」

 

「…分かったよ、確かに私にも責任があるからな。」

 

しかし…まさかここまで面倒な事になるとはな…

 

 

 

オフィーリアの服…と言っても、相変わらず人の服を下着を付けないで着てるだけの状態だったのでそれ程問題は無かった。仰向けのオフィーリアのパーカーのチャックを下ろし、前を開いた所で黒歌の手が止まってしまう…

 

「……」

 

「どうした?身体を吹いてやるんだろう?」

 

「うん…そうなんだけど…」

 

成程な…

 

「どうした?私で見慣れてるだろう?」

 

クレイモア特有のあの傷が気になっているか。

 

「……」

 

「こういうのは淡々とやるもんだ…何時まで経っても終わらないからな…取り敢えずタオルを持って来い…後は私が脱がせておく。」

 

「分かった…」

 

そう言ってキッチンに向かう黒歌を見送る…さて、とっとと脱がすかな。



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167

「酷いわね…」

 

「普通だろ。」

 

オフィーリアの身体を黒歌が拭いていくのを何となく眺める…

 

「だって…あちこち歯型が…怪我まで…」

 

「激しいのをご所望だったんだろうさ。一々気にしてたら終わらないぞ?」

 

オフィーリアの身体はボロボロだった。細かい傷が大半で半人半妖のこいつの身体なら既に治っていても可笑しくない筈だが、意識が無いせいか中々治らない。

 

「あいつも言ってたが、こういうのは先に手を出した方が悪い「けしかけたのはアンタでしょ」…そう言われたら何も言えないが、な…だが、色魔には良い薬になったろ…見境無く手を出せばどういう事になるかいい加減身に染みて分かった筈だ。」

 

それにしても…あいつはもうクレイモアの身体では無いのにここまでやれるとは…この分なら戦闘でも足手まといにはならないだろう…本当に底が知れないな…ん?そう言えば…

 

「何だ?わざわざ身体を吹いてやってるのか?さっきも言った通り後始末はして来たんだがな。」

 

ある事に気付き、考え込んでいた所ちょうどあいつが戻って来た…ちょうど良い、寝られる前に疑問は解消しておこう。

 

「テレーズ!何も…何もここまでやらなくても良かったんじゃないの!?」

 

「…何を言うかと思えば…先に手を出して来たのはそこの馬鹿だ。大体、私はもうクレイモアじゃないんだぞ?こいつにヤられたら私の身体の方がもたなかったかもしれん。」

 

「それは…そうかもしれないけど「なぁ、テレーズ?一つ聞きたいんだが…」テレサ、アンタこんな時に何を「悪い…大事な事なんだ。」…はぁ…分かったわよ…」

 

「何だ?さすがに疲れてるから手短に頼むぞ?」

 

「オフィーリアは…覚醒しなかったのか?」

 

「あっ!」

 

「…成程な、その事か。有り体に言えばアザゼルは人の身体に余計な細工こそしたものの、それ以上に良い仕事をしてくれたんだ…オフィーリアが絡んで来た時、私は敢えて執拗に攻め立てたんだ…主導権握らせたらこっちが潰されかねないからな…で、当然、オフィーリアは妖力解放を始めたが、私自身も妖力解放して抑え込んだのさ。」

 

「無茶をしたな…つまり最悪、オフィーリアが覚醒していた可能性もあったわけだ…」

 

「…正直私も、終わった…と思ったな…地力は向こうが上だから仕方の無い事とは言え…今の私は覚醒者を狩るのは難しいだろうからな…」

 

「良く分かってるじゃないか…お前がいない間にちょっと気になったから、アザゼルに電話でお前の身体はどの程度クレイモアの身体を再現出来てるのか聞いてみたんだよ…そしたらな…『全体の七割程度なら力を解放しても問題ねぇだろ。計測の時採取した、お前の身体の一部から作り上げた特別製だからな。最も、それ以上は保証出来ねぇがな』…だとさ…」

 

「そうか…なら、戦闘でもあまり足を引っ張る事は「後だな」ん?」

 

「その身体…妊娠するそうだ…」

 

「えっ!?」

 

「余計な事を…」

 

「つまりお前は本当にこれから女としての幸せを享受出来るわけだ…良かったな?」

 

「…何処がだ…クレイモアは基本、妊娠しないから楽だったのに…」

 

「どうでも良いが…確か、リフルとダフは子供を作った覚えがあるのだが…」

 

「アレはまた特別なんだろ…そもそも私たちにはアレが来ないんだぞ…ッ…そうか…妊娠するならこれから来る様になるわけか…」

 

「そうなるな…クレイモアになる前の事をどの程度覚えてるのか知らんが、一度レクチャーは受けた方が良いぞ?黒歌…お前、人と同じ生理は来るのか?」

 

「私は元々猫だから、月経が無いから本来は来ないけど…今は人の身体になってるから一応来るわよ「なら、テレーズに教えてやってやれ」…仕方無いわね…何時来るか分からない以上、今晩中に教えておきましょうか…テレサ?オフィーリアの身体を拭き終わったから着替えさせてくれる?」

 

「了解。」

 

「それじゃ、テレーズ?こっちに来て?」

 

「…仕方無いか、分かった。」

 

黒歌と部屋を出て行くテレーズを見送り、オフィーリアに着せる服を出す為、タンスを漁る…服はまぁ、また私ので良いか…問題は下着か……面倒だし着けさせなくても良いか…

 

ジャージを出して来て、着せる…意識の無い奴から服を脱がせるのはそう難しくないが、着せるのは非常に面倒臭い…まさかこれから毎日の様にこんな事しなければならない訳じゃ無いよな?オフィーリアがこれで少しは懲りてくれると良いんだが…さて…布団を敷いてやる必要も無いか…さっきの毛布をそのまま掛けてやれば良いだろう。…疲れた…私ももう寝よう…あの二人の事は放っておいても大丈夫だろう…



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168

翌朝、私たちは新校舎に向かっていた…

 

「…大丈夫か?」

 

「……いや、あの後結局徹夜だったからな…」

 

「私も何か…疲れが取れなくて」

 

「「知るかボケ。」」

 

「酷くない!?」

 

オフィーリアの場合は自業自得だからな…

 

「はぁ…それで何で休業中の用務員業をわざわざ渋ってるサーゼクスに無理矢理許可を取ってまで再開する事にしたの?…別に会談の始まる夜に動いても良かったじゃない…」

 

「仕事はついでさ、一応顔合わせをしておいた方が良い、古い知り合いがいてね…」

 

「ん?…ああ、あいつか…」

 

「え?誰?」

 

私の中にいたテレーズは合点がいった直後にゲンナリした顔をし、オフィーリアは対照的に誰の事か分からないと言った顔をする…まぁ私の身体にいた時に記憶を直接見たテレーズと違い、過去に私が関わった人物の説明すら詳しくしていないオフィーリアが知らないのは無理も無い。

 

「…まぁ会えば分かるさ…かなり個性の強い奴だからな…」

 

 

 

用務員室に入り、相変わらず溜まっていた書類にうんざりしつつ、三人で手分けして片付けて行く…身内の事情も大体終了したし、会談後は通常通り業務をこなしたいから、さっさと終わらせておかないとな…そこまで考えてから気付く…私にも戦いが必要無くなりつつある事に…オフィーリアは元々本気で今回の一件が済んだら戦うのを止める気のようだし、テレーズは元々しなくて済むならそれで良いと思ってる節がある…クレイモアで無くなったせいもあるかもしれないが。

 

……私も平穏な生活を…いや、当分は無理か…

 

 

 

書類をある程度片付け、オフィーリアに留守を任せ(あいつをまだあまり他の奴のいる所に出したくない…)テレーズの紹介を兼ねてちょうど休み時間を迎えている新校舎の廊下を二人で歩く…認識を誤魔化す魔術を黒歌の仙術による補強ありきで使っているが、そっくりには見える様で、生徒に驚かれ、聞かれる度に私が病欠から復帰した事と、テレーズが双子の姉妹だと説明する…にしても…

 

「…何でお前が姉なんだテレーズ?」

 

「後から出て来た方を上にするのが双子の基準だろう?」

 

「…今の法的には逆だぞ。」

 

「身分詐称をしている私たちに今更法律を適用するのか?」

 

「…もう良い。お前とこういう言い合いをしてもどうせ勝てないからな…」

 

いつもの様に覗きをしたのだろう、こっちに向かって走って来る馬鹿二人をすれ違いざま、足を掛けて転倒させる…普段は普通に躱す癖に今日に限って引っかかった事に多少驚きつつも横を見ればテレーズも同じ事をしていた様だ…本当に双子の様だな…

 

二人を逃がさないように首根っこを掴み、後から追い付いて来た女子たちに引き渡す…当然私とテレーズの事で驚かれたが、さっきの説明をして納得して貰う…何気にほとんどの生徒に顔を覚えられてるからな…この説明を今日一日ずっとしなければならないのか、と考えてたら面倒になって来た…校舎の見回りは控えるべきだったか…今更嘆いても仕方無い、か…さて、見回りに戻るか…

 

その後、書類を終わらせる為、早々に切り上げて用務員室に戻って来た。

 

 

 

 

「…で、今日はそもそも授業参観があるんだったか?」

 

「ああ。黒歌が久々に妹に会えると喜んでいたよ…本当はアーシアも今日までに通わせたかったんだがな…」

 

原作のアーシアと比べて、どうにもまだあいつは不安定だ…知らない奴の多くいる学校に通わせるのは非常に不安だった…

 

「今朝までずっと冥界にいたんだったかしら?良く普通に学校に通えるわよね…」

 

「どんな手を使ったか知らんが公欠扱いになっているらしい…最も補習を受ける事は確定してるがな…どうせ、兵藤辺りは今日の授業について行けず発狂してるだろう…」

 

この学校、元々レベルはそれなりに高い様だから、な…あいつに関しては素行も最近は大人しかったとはいえ、かなり悪かったんだから補習だけで済むかどうか分からんな。

 

「さて、そろそろ授業も終わる時間だが、お前ら書類は終わってるか?」

 

「私は終わってるわよ。」

 

「ちょっと待て…私も終わったぞ。」

 

「良し、では朝に言っていた古い知り合いに会いに行こうか。」

 

「本当に会うのか?」

 

「先に会っておかないとうるさいからな…」

 

まぁ…先に会っていてもうるさい奴だが顔合わせをしていないよりマシだからな…

 

「…ねぇ?結局どんな奴なの?」

 

「会えば分かるよ…そろそろだぞ?」

 

体育館に歩を進めるにつれ、人の声が大きくなって来る…相当の人数が集まっている様だ…

 

「えっ!?何この人の数!?何かやってるの!?」

 

「コスプレ撮影会だよ…但し非公式の、な。」

 

体育館にいる人波を掻き分けながら、前に出る…

 

「あっ!テレサちゃん!久しぶり☆」

 

「ああ…久しぶり、だな…!」

 

「えっ!?…きゃあああ!?」

 

横にテレーズがいるのに一直線にこっちに向かって来る魔法少女のコスプレをしたセラフォルーの抱き着くつもりだったのか、広げていた両手の内、左手を掴み、一本背負いの要領で投げて、体育館の床に叩き付けた。

 

「お前ら、撮影会はもう終わりだ、とっとと解散しろ。」

 

睨みを効かせて集まっていた生徒たちを帰す…さて、ゆっくり古い知り合いと昔話でもするかな?

 

……投げられた直後に私に上にのしかかられたせいか、ずっと涙目で呻き声を漏らす昔馴染みの顔を見ながらそう思った。



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169

「うう…痛いよ、テレサちゃん…」

 

「学校での無許可のイベントは禁止だ。どうせ許可なんか取れないがな。」

 

「だって…皆に見てもらいたかったから…」

 

「だってもクソも無い。似合うのは認めるが、そもそも歳を考えろ。」

 

「あっ!酷い!?それはテレサちゃんも言えな…痛っ!?いたたたた…!ごめんなさい!謝るから止めて!?」

 

セラフォルーのこめかみに指を掛け、力を込める…歳の事を言われても普段はあまり気にならないが、こいつに言われると何故か非常にムカつくな。

 

「ねぇ?結局アレ誰なの?」

 

「セラフォルー・レヴィアタン…アレでも現四大魔王の一人だ。」

 

「えっ…アレが…?」

 

「あいつに良いようにされてるが、相当強いぞ?」

 

「……」

 

「…戦ってみたいか?」

 

「う~ん…良いわ別に、面倒臭いし。」

 

「おい!…ありゃ?誰もいな…ん?テレサさん?」

 

「ん?匙か、久しぶりだな。」

 

「はい、お久しぶりです…それでこれは…て…テレサさんが二人!?」

 

驚くのが遅くないか、匙?

 

「あっ!ホントだ!」

 

……いや、もっと遅いのが居た様だ…

 

「そうだな…お前ら生徒会メンバーも今夜の会談に出るんだろ?」

 

「えっ?まぁ会長と違って俺たちは裏方ですが一応…あー…テレサさんも呼ばれてるわけですね…」

 

生徒会メンバーは私の正体をある程度知ってるからな、話は早い。

 

「会談の前に少し時間があるだろう?その時に説明してやる…で、ソーナは今来てるのか?」

 

さすがに実の姉のこんな状態を見たくは無いだろう…

 

「えっ?えと…俺が先に様子を見に来て、多分後から「なら、もうイベントは中止させたから帰れ。」えっ、でも今回の一件一応書類に纏めないと「馬鹿か…鈍い奴だな…今、私の下にいるコスプレ女はあいつの姉だ」えっ?…あー…成程、そういう事でしたら…俺は何も見なかった事にします。会長にも連絡して帰しますから。」

 

原作で匙は色々言われる事が多いが、こいつはハッキリ言って有能だ…正直やらかす可能性の高い、リアスの眷属より何倍も使える。

 

「えっ!?ソーナたんが来るの!?会いたい「お前、この姿を妹に見られたいか?」えっ!?そんなのやだ!早く降りてよ~テレサちゃん!」

 

「反省してないらしいな…このまま私にひん剥かれるのと、帰ってまともな格好に着替えて戻って来る、のどっちが良い?」

 

「どっちもヤダ!ソーナたんに会いた…えっ!?ちょっと服引っ張らないで!?本当にこの場で脱がす気なのテレサちゃん!?」

 

「そのつもりだが?安心しろ、これでも給料良いんだ…破いたお前の衣装代はちゃんと払ってやる…おい匙!見てないで早く帰れ!」

 

「はっ、はい!」

 

匙が体育館を出て行った…さてと…

 

「ほら早く選べ…本当にこのまま引き裂くぞ?」

 

「ヒィ!?分かった!着替えて来るから止めて!?」

 

その後…セラフォルーは泣きながら帰って行った…あれが四大魔王の一人なんだから…どうしようも無いな…



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170

帰ったと思ったセラフォルーは早々に戻って来た…聞けばそもそも初めは今着てるレディーススーツで妹の授業を見に行っていたらしい…TPOを弁えてるなら妙な事をするなよ…

 

戻って来たセラフォルーが妹に会わせろとうるさいので、生徒会室に案内する事にする…まず私だけが入り、匙を呼び出し、先程の事を口止めした上でセラフォルーたちを連れて中に入る。

 

妹にベッタリなセラフォルーを放置して私が観測世界の住人である事は伏せた上で、私たちの事を説明する…全員いてくれて助かった…後からまた説明するのは面倒だからな…ソーナ以外、会談をするオカルト部の部室には入らないし。

 

 

 

「セラフォルー、そろそろ行くぞ。」

 

「えーやだ「ここにいたらこいつらの仕事の邪魔になる…何ならもう一回投げられてみるか?」うう…分かった。」

 

「さて、取り敢えずお前らセラフォルー連れて用務員室に行ってろ、匙、ちょっと来い。」

 

「え?はい、分かりました。」

 

廊下の角まで行き、匙に話し掛ける。

 

「セラフォルーの事だが…どう思った?」

 

「ちょっとぶっ飛んでますけど優しそうなお姉さんだな、と。」

 

「ほう。…ところで話は変わるが、お前ソーナが好きだよな?」

 

「え?…ええ!?何で知ってるんですか!?」

 

それを聞いて思わず笑ってしまう。

 

「クク…いや、あのな…当のソーナとセラフォルー以外、お前を見てたら全員が分かると思うぞ?」

 

「そ、そうですか…」

 

「さて、そんなにお前に一つお節介をしてやろう…」

 

「何でしょうか?」

 

「お前、ソーナと結ばれる為に強くなろうとして頑張っているようだが「無駄だと言いたいんですか…?」早とちりするな、その心掛け自体は間違って無いし、ソーナはちゃんとお前の努力には気付いている。」

 

「そっ、そうなんですか…!「だが、それが恋愛感情に発展するかはまた別の話だ」…うっ「それと」何ですか…」

 

「お前セラフォルーが優しそうと言ったな「え、はい」とんでもない勘違いだな。」

 

「え?」

 

「あいつは妹を溺愛していてな、妹の為なら平気で世界を滅ぼす奴だ。」

 

「え…あの「冗談では無い。」えっ!?ちょっとマジ「シー。声がデカい」は、はい…すいません。」

 

「今のお前は言っては悪いが、弱い。」

 

「はい…」

 

「そんなお前がソーナを狙っているとあいつが知れば全力でお前を潰しに来る。」

 

「いや、そんな…嘘ですよね…?仮にも四大魔王の一人が「だから言ってるだろ、あいつは四大魔王の一人セラフォルー・レヴィアタンである前に、ただ、ソーナ・シトリーを溺愛するシスコンなんだよ。」マジすか…あの…俺、どうしたら…」

 

「…ソーナを諦めたくないか?」

 

「ッ…はい!俺は諦めるなんて絶対嫌です!」

 

「なら、一つアドバイスをしてやる…お前のその周りにバレるくらいの気持ちをもう少し抑えろ。」

 

「えっ!?」

 

「強い想いはそれだけ力にはなるが、ここぞという時に出すので無ければ逆に戦いの妨げになる…分かるか?」

 

「はい…何となくですけど…」

 

「お前の実力が伸び悩んでいる原因の一つはそれだ…先ずはその想いを、普段もう少し抑える所から始めてみろ。」

 

「はい!やってみます!」

 

「良し、戻って良いぞ。」

 

「ありがとうございますテレサさん!」

 

匙が生徒会室に戻って行く…さて…

 

廊下を歩き、生徒会室を通り過ぎ、空き教室のドアを開けた。

 

「…何でそんなにあいつに目を掛けてるんだ?」

 

「お前は何でそんな所にいるんだ?…テレーズ。」

 

「質問に質問で返すな、とは言えないか…この場合隠れて聞こうとしてた私が悪いしな…何となくお前の事が気になったからここに隠れて見てたんだ…話の内容は良く聞こえなかったが、あの様子を見るに何かアドバイスをしたんだろう?」

 

「…単純な理由さ、あいつには期待してるんだよ、ある意味兵藤以上にな。理由は分かるだろう?私の記憶を見たお前なら?」

 

「…あいつの神器『黒い龍脈』は現状トカゲ頭から伸ばした舌から相手の力を吸い取れるだけで言ってしまえば凡庸…範囲も限られるし、仲間のサポートをするにしても奪える能力の総量もそれ程高くなく微妙…そもそも相手に近付かないと奪えない…正面切ってのタイマンは本人が未熟なのと奪う以外に出来る事が無く、決め手が無いので無理…後々確かな強さは手に入るが…成程、お前としては成長を早めたいわけか。」

 

「その方が私が楽出来るからな。」

 

「確かに私ももう、あまり戦いたくないからな…そもそもこの身体は、な…」

 

「お前が無理に戦う必要は無いさ…オフィーリアは単純に後が面倒だから、戦って欲しく無いな…確実に私やお前の仕事が増える。」

 

「フッ…確かにな…まぁあまり面倒ならサーゼクスに後始末を押し付ける手もあるが。」

 

「あまり無茶をして過労で倒れたり、暴発されると結局最終的に私たちが駆り出されるからな…」

 

「それは…確かに困るな。」



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171

テレーズと二人でオフィーリアとセラフォルーが居る筈の用務員室へ肩を並べて歩く…

 

「…で、結局あいつに何を言ったんだ?」

 

「あいつはソーナを好きだろう?とはいえあいつが弱いままだとセラフォルーに殺されるからな、だから強くなれ、とな。」

 

「……具体的には?」

 

「…普段から好きですと、周りにバレるくらい態度に出てる様な奴が普通に修行したとして強くなるとでも?」

 

「…無い、な。強くなるのに必要な感情は先ず怒りだ…それだって普通に爆発しただけなら余程才能が無ければ、敵には勝てん…待ってるのは死だ。好意に関しては邪魔とは言わんが、ただ単に好きな奴にカッコイイ所を見せたいとか思ってるだけの奴はハッキリ言って戦場には要らん…味方の足まで引っ張るからな…昔の私なら問答無用で斬っている。」

 

「実際に組織に所属して戦っていたお前が言うとさすがに説得力が違うな…私は基本一人で好きな様に戦ってたし、良く分からんが。」

 

「良く言う。…まぁあいつに関してだけ言うなら、どれだけ強くなっても味方ありきの力しかないからな、単独でもある程度までの奴なら方をつけれるだろうが、格上なら間違い無く歯が立たないな。」

 

「サポート役としてなら一級だよ。…単独での戦力面は私も初めから当てにしてない。」

 

「…ちなみに肝心の恋愛面はどうだ?お前が来て変化はあったのか?」

 

「…無いな。相変わらずソーナの意識としては言ってしまえばあくまで上司と部下。あっても扱いは弟の様な物…さすがに私も鬼じゃないからな、初めから選択肢に無いから普通にアタックしても先ず無理だ、とは言えなかったよ…」

 

「縁談の数だけならリアスより多いんだったか?」

 

「尽く断ってる様だがな…余計に匙の勘違いが強くなってる様だ…」

 

「現状脈は無い以前の問題なんだがな…言った方が良かったんじゃないか?」

 

「…私からは言えんよ。」

 

「まぁ私は口出しするつもりはこれ以上無いがな…人の恋路に口出しする事程、面倒な事はそうは無いからな。」

 

「言えてるな…私も本来なら何も言いたくないんだがな…」

 

そうして用務員室が見えて来た辺りでテレーズが足を止める…

 

「どうした?」

 

「…いや、この場合私に原因があるが今オフィーリアはセラフォルーと二人きりでここにいるんだなと思ってな…」

 

「あ…」

 

「よりにもよって和平会談当日に魔王の庇護を受けてるにも関わらず、別の魔王に手を出す程アレが馬鹿だとは思いたくないが…」

 

「性格はともかく、黙ってれば普通に美女だからな、セラフォルーの場合…」

 

見慣れた用務員室のドアがまるで異界の入り口の様に見えて来る…

 

「まぁ…この距離でも何も聞こえないし「いや…仮に何も無くても、セラフォルーの性格から考えて初対面の相手でも黙ってる事は先ずない…つまり、これだけ近付いても何も聞こえないということは…それだけこの部屋は防音がしっかりしている、という事だ」…中で実際何が起きてるのかは分からない、か…入りたくないな。」

 

「そうも言ってられんだろう…トップが揃う会談で万が一、セラフォルーが出席しなかったら面倒な事になるぞ…」

 

「手遅れだったらどっちみち会談どころじゃないだろ。そこまで言うならお前が開けろ。」

 

「いや、お前が開けろ…私は…嫌だ。」

 

「状況次第ではオフィーリアを実力で沈める必要がある…今の私では無理だ。」

 

「……仕方無い、私が開けるしかないか…」

 

用務員室のドアに手を掛ける…引き戸だ…立て付けは悪くないのでそれ程力は要らない…ちょっと力を込めれば開く…私は軽く深呼吸して一気にドアを引き開けた…

 

「…あっ!テレサちゃん助けて!私この子に食べられちゃう!」

 

ドアを開けた先に飛び込んで来たのはレディーススーツを脱がされ、下着姿になったセラフォルーの上にオフィーリアが乗ってる光景だった。

 

「あの、馬鹿…!」

 

私は妖力解放し、一気に踏み込むとオフィーリアの顎に膝をたたきこみ、昏倒したオフィーリアの服の襟を掴み、外に放り投げた。

 

「テレーズ!その馬鹿を部屋に持って行って縛っておけ!」

 

「分かった!後を頼むぞ!?」

 

外から聞こえたテレーズの声を聞きつつ、取り敢えず泣きながら抱き着いて来たセラフォルーの頭を撫で、先ずこいつをどうやって宥めるか考えていた…



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172

気絶したオフィーリアを肩に担ぎ、窓から外に出る…一応、今日は一般生徒は部活の生徒を除いてさっさと帰るよう話が言っている為か、廊下に人気は無いが、楽観は出来ん…周りに誰もいないのが確認出来たので、さっさと旧校舎に入る…

 

部屋のドアを勢い良く開けると、中には黒歌と塔城がいた…しまった…こいつを連れて来てたのか…

 

「…テレーズ?どうしたにゃ?…その、担いでるの、オフィーリアよね?」

 

「あの…お邪魔してます…」

 

「ああ…それで何だが…」

 

私は塔城の顔を見る…

 

「あ…私は今日はこれで帰ります…黒歌お姉様、また…」

 

察しが良くて助かるよ…

 

「うん、ごめんにゃ、白音…」

 

「すまないな、黒歌は今は基本的にここにいるから、また何時でも遊びに来たら良い…」

 

「はい、それでは夜にまた…」

 

塔城が私に頭を下げ、少し寂しそうに出て行った…

 

「邪魔をして悪かったな…」

 

「…良いわよ。貴女が言った通り、何時でも会えるし。それで…もしかしてまたオフィーリアが何かやったの?」

 

「あー…実はな…」

 

私はオフィーリアを縛りながら先の一件を黒歌に説明した…

 

「それはまた…何と言うか…救い難い大馬鹿者ね…」

 

「とんでもない事をしてくれたよ…幸い、未遂ではあったが、セラフォルーはそれなりにショックを受けていた様だしな…最も今回の場合、手を出そうとしたオフィーリアが悪いとはいえ、こいつだけが原因じゃない気がするが…」

 

「どういう事?」

 

「それがな…」

 

 

 

 

「…落ち着いたか?」

 

「うん…ありがとう…」

 

しばらく泣きまくった後、セラフォルーは自分で私から離れた…

 

「さて、こちらとしては状況を確認しなければならないが…大丈夫か?」

 

「うん… 」

 

「そうか…とはいえ起きた事自体は私とテレーズの見たまんまだろうから、特に詳しく聞く必要は無いだろう…私が確認したいのは一つ…セラフォルー、お前からオフィーリアを誘ったのか?」

 

「…うん…ごめんなさい…」

 

「はぁ…」

 

私はセラフォルーの予想通りの言葉に溜息をついた…

 

 

 

 

「…セラフォルーの方から誘った?…でも、テレサに助けを求めたんでしょう?」

 

「あいつの知ってるセラフォルーには悪癖があってな、気に入った相手は誰でも誘うんだよ…男も稀に誘うが、大抵は女の様だな…実際、あいつ自身も何度か口説かれたらしい。」

 

「…それは分かったけど…自分から誘ったなら何で…」

 

「そこがあいつの面倒なところでな…大抵、相手がその気になると逃げるんだ…要は揶揄ってるだけなんだよ…実際あいつ自身実力は確かだから力で捻じ伏せようとしても返り討ちにあうのがほとんどだ…で、今回もいつもの如くオフィーリアを揶揄おうとしたら思いの外強い力で押さえ付けられてビビってしまったと…普段戦闘で向けてる力をそのまま平気でそれにぶつけられられるのが私たちだ、実際はろくに経験も無い癖に余裕をかましてるだけの奴がどうこうできるわけもない…最も全力で抵抗していれば押し負けたのはオフィーリアの方だった筈だがな…」

 

 

 

 

「お前な、あの頃何度も言ったよな?実際はその気も無い癖に安易に揶揄ったりするのは止めろ、と。…しかも実際はそんな事した事も無い癖にな。」

 

「う…だって…オフィーリアちゃん、改めて見たら結構可愛かったから…つい…まさかあんなに強い力で押し倒されるなんて…」

 

そう言って自分の身体を抱きながら震える…自業自得、とは言いづらいな…それに…

 

 

 

 

「え?オフィーリアは気付いた上で襲いかかったって事?」

 

「当然だろ。一目見て分かった筈だ…そこで止めて欲しかったんだけどな…ん?」

 

「私ね…あっ、テレサだわ…もしもし?…うん、居るわよ?…分かった、今代わるわね?はい、テレサが代わってって。」

 

そうか、私の携帯はまだ無かったからな…私は黒歌から携帯を受け取り、電話に出た。

 

「もしもし、ああ…私だ…セラフォルーは落ち着いたか?」

 

『ああ…で、今回の一件の切っ掛けなんだが「誘ったのはセラフォルーの方から、で合ってるか?」…お前もそう思ったか…そうだ、今さっきセラフォルー本人から確認が取れたよ…』

 

「で、どうするんだ?」

 

『誘ったのがセラフォルーの方からとはいえ、本人はまだ怯えていて、私から離れようとしないんだ…このままだと会談どころじゃない…』

 

「延期は出来ないのか?」

 

『無理だろ。悪魔同士の会談ならまだしも、他勢力が来るんだ…アザゼルには話を通す事も出来るが、もう一方は…』

 

「…取り敢えずサーゼクスには話を通した方が良いか?」

 

『いや、もう少し待て…サーゼクスに話したらここに出向くしか無くなるだろ?…男にヤられそうになったならまだしも、襲って来たのは女だぞ?一緒に来るだろうグレイフィアにすら迂闊に会わせられんよ。』

 

「…お前がどうにかするしかないわけか…出来るのか?」

 

『出来無いとは口が裂けても言えないだろ…全く面倒な事になった…取り敢えずセラフォルーがほとんど経験が無いのにすぐ気付いた癖に襲おうとしただろうオフィーリアはきっちり絞っておいてくれ。』

 

「お前なぁ…簡単に言うが今の私が真っ向からオフィーリアに挑んで勝てるとでも?今、この場で首を落とせ、なら出来無い事も無いが…」

 

幸い、今のオフィーリアはまだ気絶しているからな…

 

『馬鹿か。襲撃があるのは分かってるのに大事な戦力を減らしてどうするんだ…人手不足なんだぞ?…言うまでもないが、遊ばせておくのも論外だ…会談が予定通り行えるなら出て貰わないと困る…だが、その馬鹿が戦闘が始まるまで大人しく出来無いならセラフォルーは会談の場には出て来れない。』

 

「じゃあ、どうしろと『犯せ』…今何て言った?」

 

『その馬鹿が満足するまで犯せ』

 

「正気か?」

 

『正気で言えるか、こんな事…!こっちも余裕が無いんだ…!』

 

「……お前、今セラフォルーと何してる?」

 

『分かってるんだろ!現在進行形で私が襲われそうになってるんだよ!変なスイッチが入ったらしくてな!』

 

「…取り敢えず分かった…何とかしてみよう…お前はお前で頑張れ。」

 

『棒読みで言うな!くそっ!万が一失敗したらお前を殺してやる!』

 

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ…じゃあな。」

 

私は電話を切り、黒歌に返した。

 

「どうするの?」

 

「……」

 

私は縛られた状態のオフィーリアを担いだ。

 

「えっ?ちょっと、何処行くの…?」

 

「会談までには戻る…」

 

私は部屋を出た。



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173

旧校舎内をセラフォルーと歩く…はぁ…

 

「セラフォルー…そろそろ離してくれないか?」

 

「やだ☆」

 

セラフォルーがずっと私の腕に抱き着いたままなので非常に歩きづらい…

 

「何度も言うがな、私はお前の気持ちには応えられないぞ?」

 

オフィーリアに食われかけたセラフォルーは何を思ったか、私を求めた…散々説得したが聞き入れず、結局そのまま…あれだけ怯えていたセラフォルーがこうして会談に出ようとしているのを考えれば悪い事でも無いのかもしれないが…問題はその後だ…

 

『私はオフィーリアちゃんに襲われそうになった恐怖を忘れたくてテレサちゃんと交わった訳じゃないの。あの時のテレサちゃん、とってもカッコ良かった…』

 

『そうか『それでね』ん?』

 

『これからは貴女と同じ道を歩いて行きたいの……ダメかな?』

 

……無論、断ったがセラフォルーは私から離れようとはしない。

 

「私ね、諦めが悪い方なんだ。今はまだ友だちのままで良いから…だから…もう少しだけ…このままで…お願い…」

 

「……もう好きにしろ…」

 

ここで拒否出来無いのが私の甘さなのだろう…

 

 

 

会談の場所であるオカルト部の部室が近い事を指摘すると漸く離れ…

 

「えへへ…」

 

「……」

 

今度は手を繋ぎたいらしい…さっきよりはマシだから良いか…何と言うか、図体のデカい子どもを相手にしてる様な気分になって来たな…

 

 

 

「あっ!遅いじゃないテレサ!」

 

黒歌が怒って駆け寄って来て私とセラフォルーが手を繋いでいるのを見て絶句する…こいつ、どさくさに紛れて恋人繋ぎに変更しているな…

 

「……どういう事?」

 

「……会談の後に説明する…」

 

黒歌の目から光が消えた…目のハイライトって本当に消えるんだな…

 

…黒歌は一応私に好意があるんだったな…オフィーリアには無反応だったが…あー…そうかセラフォルーはあまりにもあからさまだしな…

 

「その様子だと私たちが最後か?」

 

咳払いしながら黒歌に聞けばすぐハイライトは戻り、返事が帰って来る。

 

「そうよ、相手方はもう来てるし、魔王の一人がいないって事で結構ザワザワしてたわよ…」

 

「……言ってないよな?」

 

「言えないでしょ…原因はこっちの身内なんだし…」

 

「なら、良い…」

 

セラフォルーはまだ手を離す様子は無い…心做しか黒歌を見た時、私の手を握る力が強くなった様な…黒歌が私に好意がある事に気付いたのだろうか…

 

 

 

オカルト部の部室の前に着いて、漸くセラフォルーは離れ、サーゼクスたちに合流した…

 

「その様子だと上手く行ったのか?」

 

「上手く、ね…アレがそう見えたのか?」

 

そう言ってテレーズの方を見れば、オフィーリアが腕にしがみついていた…

 

「…どうしたんだそいつ?」

 

「いや…お前の言う通り仕方無くヤリまくったら今度は完全に気に入られた様でな…」

 

「…ご愁傷様で良いか?」

 

「それはお前にも当て嵌まるんじゃないか?」

 

「…そいつに好かれるより何倍もマシだろ。」

 

「確かにな…」



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174

「ねぇ?前から思ってたんだけど、二人して私の扱い酷くない?」

 

「「やっぱり馬鹿だろお前?」」

 

「え!?」

 

「いや、あのな…向こうでやらかした事もそうだが、ここに来てから、お前がした事を考えてみろ…最大のやらかしが今日の一件だ。仮にもし、あのままセラフォルーの精神が安定せず、会談に出席しなかったら、和平会談自体がフイになってたかもしれなかったんだぞ?」

 

いくら三大勢力のトップのほぼ全員が和平に乗り気だったとしても、欠席者が一人いるだけでそれなりに激しい追求がある事は想像に難くない…しかも理由は身内間のゴタゴタで到底他勢力の奴には話せない…

 

「だっ、だって…!向こうから誘って来たし、普段から遊んでるタイプなのかなって「嘘付け。押し倒す前から本当は口だけの奴だと気付いてただろう?」そっ、それは…!初物なんて私からしたら結構レアだし、ちょっとくらい味見したいなって…つい、力が入って予想以上に怯えてくれるから、クラって来て…でも、膜は残してあげるつもりだったのよ?」

 

「……お前のその相手が嫌がっても堕とせばOKの理屈はいよいよ理解出来ん…言っても分からないなら本当に殺すぞ?」

 

「え!?やっ、やだ…!」

 

そう言って一層強い力でテレーズの腕にしがみつくオフィーリア…こいつ、まさか…

 

「わっ、私は本当にテレーズが好きになったの…!だから離れるのは嫌…!」

 

「……テレーズ?」

 

「…私としては…こいつが本気なら応えても良いと思っている…」

 

「正気か?」

 

「あの時言っただろう?私にはクレア以上に本当に大事な物は見つからなかったんだよ…この世界なら私たちの様な者でも普通の恋愛が出来そうだからな。最も、私はもう実質クレイモアでは無い訳だが。」

 

「本当に良いのか?」

 

「ああ。…アザゼルとの約束は果たすが、それ以降こいつ以外とする事はもう無い…お前としてもその方が良いだろう?こいつも大人しくなる事だしな。 」

 

「お前が良いなら別に私は構わないがな…」

 

予想外の結果にはなったが、確かにオフィーリアが大人しくなるならそれは確かに私としても喜ばしい…

 

「というかだな…お前、私の事を気にしてる場合なのか?」

 

「何がだ?」

 

「え?だって…ついさっきそうなったセラフォルーに黒歌、それからリアスの眷属の姫島朱乃だっけ?貴女にそういう気持ちを向けてるのがざっと例を出しただけでも三人もいるのよね?」

 

「あ…」

 

そうだった…私はこいつらに構ってる場合じゃなかった…

 

「まあ下手するとこの面子に加えてオフィーリアがいた訳だ…良かったな?一人減ったぞ?」

 

「ちょっと待て!三人の相手を私にしろと!?」

 

「三人で、良いのかしら?姫島朱乃については良く知らないけど、残り二人に関しては明らかに独占欲が強そうよ?」

 

「クッ!テレーズ「いや、協力しないぞ。私はこいつの相手だけで手一杯でね」いや、しかしだな「アザゼルに関してはテレーズの身体を用意してくれた恩もあるし一回くらいは仕方無いけど…それ以上は私がテレーズを殺しちゃうもの♡これ以上他の子とするなんて私が嫌なの♡」そんな…」

 

お前がそれを言うのかオフィーリア!?

 

「まぁ、お前の自業自得だな「何で、だ…」…いや、お前気付いて無かったのか?割と勘違いしても仕方無い態度をかなりの頻度で取ってるぞ…正直発覚してないだけで私はお前が今まで堕とした奴はこの三人だけじゃないんじゃないかと思っているんだが…」

 

「馬鹿な…!?」

 

「まっ、私はもう降りたから後は頑張ってね、テレサ♡」

 

「取り敢えず今落ち込むのは止めろ。まだ仕事が終わって無いだろ?」

 

「そうね。私も公私は分けるわ…この後どうするにしても、この仕事は確実にこなすつもり。」

 

「という訳で…さっさと立ち直れ…何なら一発殴って喝を入れてやろうか?ん?」

 

「良いわね♡私もやってあげるわよ?」

 

「勘弁してくれ…今お前らに殴られたら多分終わる…」

 

「じゃあしっかりしてくれ。実力的にお前がこっちの守りに付く必要があるからな。私はギャスパーの所に行ってくる…成長著しい塔城と一緒だからな、こっちの事は気にするな。じゃあオフィーリア、後でな?」

 

「うん♡待ってるから♡」



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175

「…退屈ね…欠伸が出そうだわ…」

 

「我慢しろ、とは言えんな。私も同意見だ。」

 

この会談…一応今代の赤龍帝と白龍皇、嘗ての戦争の頃にいた私と今更になって発見された同じ種族のオフィーリアのお披露目、それから私の中にいたテレサもといテレーズの話をした以外は特筆事項も無い…あくまで護衛でしか無い私たちは発言権も無く(別にこの会談に異存も無ければこれからについての意見も無いが)紹介が終わってからは完全に奥に引っ込み、こうして小声でオフィーリアと会話する余裕すらある訳だ…

 

まぁ強いて私の記憶と違いがあるとしたらリアスを含むグレモリー眷属(私がいない間に入ったのだろうゼノヴィアを除く)が私の記憶のそれより強い事、アーシアがおらず黒歌がいる事、それと…

 

「あ…セラフォルーがまた貴女と目が合って照れてるわね。私が横にいるのに全く気にしてないみたい。」

 

「言うな…今は忘れさせてくれ…」

 

あいつがあの反応を見せる度に黒歌からの視線が強くなる…あいつは話せばある程度は理解するタイプだし、先に説明すべきだったか?…ッ!

 

「来たわね…向こうはかなり恨みが強そう…」

 

「奇襲のはずなのにここまでの殺気を送って来るか…相手はただの馬鹿で安心した。」

 

…明らかにはぐれ悪魔の方が強そうと感じる辺り、やはりこの世界には異変が起きている様だ…考察は後にしておこうか…ここにいる連中、実力はともかく長く戦いから離れていたせいか大半がまだ敵襲には気付いていな…いや、サーゼクスとグレイフィア、それにアザゼル、後はリアスたちもゼノヴィアを含め全員気付いている様だ。…正直、少し見ない間に予想以上に兵藤が強くなっている事を嬉しく思う。

 

「…サーゼクス、ちょうど和平は成ったな。…私たちは動いて良いか?」

 

「ん?もう好きに動いてくれて構わないよ?ギャスパー君の事はテレーズに任せているのだろう?ここは私たちに任せてくれて良い…では、話の途中だがここで切らせてもらおう…敵襲だ!」

 

その言葉と同時に校庭から爆音が聞こえる…派手な登場だな…襲撃の基本は奇襲だと知らないのか?

 

……それにしても…時間が止められている様子は無いな…あいつら、別働隊の任務の成功も確認しないで動いたのか?…まあ、そもそもテレーズと私が鍛えた小猫、それから覚悟の決まったギャスパーがいる部屋を襲撃しても無駄だがな。

 

さて、窓を開けてと…

 

「私たちが雑魚を蹴散らすまでお前らここを動くなよ?「まさか私も動くな、なんて言わないでしょうね?」まさか。期待しているよ黒歌、そもそもお前は私が何言っても勝手に戦いに出るだろう?お前とリアスたちにはちゃんと働いて貰うさ。…では、行こうか?」



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176

いざ外に出てみれば、恐らく魔術師であろうローブを被った連中と剣やら、斧やら、武器を持った連中が…?……ここに来るのは魔術師だけでは無かっただろうか?…まあいい、考えるのは後だ。…大した使い手でも無さそうだしな。

 

「…リアスたちはチームを組んで当たれ、最低でも二人以上で行動しろ、黒歌、こいつらのフォローにまわってもらって良いか?」

 

「りょ~かい。…あんた指揮出来たのね…結構板についてるわよ?」

 

「好きでやってるんじゃない…本当は苦手なんだ…私とオフィーリアは好きに動く、巻き込まれたくなかったら手伝おうなどとは考えない事だ…自分たちの獲物に集中してろ。」

 

「適当ねぇ…貴女の指示なら聞いてあげても良いと思ってたのに。」

 

「…お前がいざ戦闘始まってから律儀に指示を聞くとは思えんからな…ッ!来るぞ!散れ!」

 

こっちに魔術師の一団が滅びの魔力を放とうして来るのが見えて、慌てて指示を出し、私もその場から飛び退く…巻き込まれた奴は無し、と。…そこで目を閉じ、意識を切り替える…あの頃、右も左も分からない中、真っ先に身に付いたスキルがこれだ…すぐにでも戦闘に特化した状態に意識を切り替えられなければ、この世界では所詮、中途半端な強さしか無い私などとっくに死んでいた…目を開ける…

 

「……」

 

見える…敵の動きは元より、味方であるリアスたちの動きも…黒歌の動きも把握出来る…?オフィーリアは?

 

「ちょっと?」

 

「…ん?お前、何で横にいるんだ…?」

 

非常時なのに惚けた声が出てしまった…何だ?こいつの性格的にもう真っ先に斬りこんでいると思ったんだが…

 

「…そんな顔しなくても良いでしょ?私だってこの状況でただ暴れれば良い訳じゃない事くらい分かるわよ…聞き忘れた事があったの。」

 

「…何だ?手短にな。」

 

何時の間にか、武器を手に持った連中に囲まれているのに気付き、オフィーリアと背中合わせになりながら会話に応じる…こいつに背中を任せる事になるとはな…疑ってる場合でも無いが。

 

「貴女もテレーズもこの場では基本的に殺すな、が方針の様だけ、ど!」

 

「そうだ、な!」

 

会話の間もこちらを待つ事無く、向かって来る連中を殴り飛ばし、蹴飛ばす…やはり弱い…最も私とオフィーリアにとっては、だが。黒歌はともかく、まだあいつらにはこの程度の使い手でも辛いだろう…

 

「ふぅ…本当に斬らないの?私と貴女、黒歌はともかくあの子たちにはこいつらの相手はキツイわよ?」

 

「…何を言うかと思えば…」

 

こいつに自分や、私とテレーズの事ならまだしも、それ以外の連中を気にしている事に少しの驚きを感じつつもこいつの勘違いを正してやる事にする。

 

「私もテレーズもお前に言ったのは殺すな、という事だけだ…分かるだろ?この場にはクレアもアーシアもいない…だから、現状武器の無いテレーズがギャスパーたちの所に行ったのさ…」

 

「そういう事…難しい注文するわね…」

 

「おや?仮にも元No.4がそれくらい出来無いとでも?」

 

先の攻撃で実力の差が見えたのか、警戒して中々、向かって来ない連中から視線を逸らさず、オフィーリアを煽る…いや、さっさと向かって来いよめんどくさい…

 

「言ってくれんじゃない…分かったわ…じゃあ、私は暴れさせてもらうから、貴女は貴女で頑張ってね♡」

 

ちょうど私が剣を抜いた所で、オフィーリアも剣を抜いていた…堪え性の無いこいつが今まで剣を抜いていなかった事が今日一番の驚きだよ…そしてオフィーリアが先に自分の目の前の敵に突っ込むのが分かった…さて、私も行こうか…!

 

目の前に振り下ろされる武器を躱し、その腕を斬り落とす。上がる叫びを意識から切り離し、もう片方の腕と、両足を切断…序に両目を潰す…要は殺さず、戦う力を削げば良いのだ…ショック死する可能性もあるが、さすがにこいつらそんなヤワな奴らじゃないだろう…さすがにこの場にクレアやアーシアがいたらこんな光景は見せられんがな…

 

囲んでいる敵を、オフィーリアと共に蹂躙しつつ…周りを確認すれば、リアスたちも分かってるらしく、敵を無力化している…本当にお前らの成長が嬉しいよ…ゼノヴィアは元々分かっているようだ…まだ未熟な様だが、木場と同じく、剣の素養があるだけあって良い動きをしている…終わったらあいつの稽古も付けてやるかな…ゼノヴィアが望むのなら、だが。

 

……さて、終わらせようか!

 

無駄な思考に回していた意識をカット。目の前の敵を潰す事だけに集中する…



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177

あいつらと別れ、ギャスパーの部屋に向かう…塔城が守りについているとはいえ、念の為だ…それに今の私には武器が無い…アザゼルめ、せめて適当に硬い剣でも用意してくれれば良かったものを…!…ふぅ…焦っているな…アザゼルも時間のない中、私のこの身体を用意してくれたのだ…感謝こそすれ、責めるのは間違いだな…

 

…と、着いたな…

 

「騒がしいな…」

 

相変わらず防音の緩いギャスパーの部屋からは四人分の騒ぐ声が聞こえて来る…主に女子三人に、ただ一人の男子だが、女にしか見えないギャスパーが色々弄られている様だ…私も入って揶揄ってやりたい所だが…

 

「無理だな…」

 

ギャスパーは敵襲時に唯一闘える塔城すら止めてしまうだろう…フリーで動ける奴がどうしても必要だからな…

 

私は壁にもたれながら目を閉じた…

 

 

 

 

「ッ!来たな。」

 

部屋の中に直接転移したらしく連中の騒ぐ声が聞こえるが、すぐに声が聞こえなくなる…止めてしまったか…

 

「…良し、私が…ッ…無理か…」

 

廊下にいる私の前にも転移して来た奴らがいた…これでは私はここを動く事は出来無い…

 

「…何だ?お前ら?」

 

それに対して奴らの返事は…無言で武器を構える事だった。

 

「ふん。会話する気は無しか。良いだろう…遊んでやるよ。」

 

私はこちらに向かって武器を振り上げ、向かって来る連中を溜息をつきながら見ていた…

 

 

 

「全く…歯応えの無い連中だ。」

 

襲って来た連中が全員床でのびている…まさか素手の私に武器を使って、一太刀も浴びせられないとはな…おまけに狭い場所である事を意識出来無いらしく、何度か味方同士で攻撃する始末である…こんな連中の事はどうでも良い…さっさと部屋に入るか…静かになっているギャスパーの部屋のドアを開け…

 

「…ギャスパー…」

 

「テレーズさん…僕…」

 

ドアを開けてすぐの所に震えるギャスパーとローブを着た魔術師らしき連中が数人倒れていた…こいつがやったのか…?

 

「ギャスパー…これはお前が…?」

 

「はい…」

 

そう言ってギャスパーは俯いてしまう…これだけの勇気を持った奴を私は信用していなかったのだな…本気で情けなくなって来るよ…

 

「…ギャスパー、お前は間違って無い…友人を守る為、動いたお前が間違っている筈は無い…」

 

「でも…僕…」

 

何とも不器用な肯定の仕方だな…この場に居たのがあいつだったなら素直に褒める事も出来ただろうに…。

 

「…そうです、ギャー君は私たちを守ってくれました…間違いだなんて誰にも言わせません…絶対に…」

 

「小猫ちゃん…」

 

「…そういう事だ…塔城、クレアとアーシアはどうしてる?」

 

「クローゼットの中に隠れてもらってます…敵はギャー君が倒してしまいましたし、今の所は安心です…ッ!今の音は…?」

 

「…外の方に会談の場を襲撃する連中が到着したんだろう…ここは私が引き受けるから行って来い。」

 

「え…でも「暴れ足りないんだろう?」…正直に言えば…はい…よりによってギャー君がこいつら皆倒してしまったので…!」

 

「こ、小猫ちゃん…何か怖いよ…!?」

 

守ろうと思っていたら、逆に守られて怒る、か…まあ気待ちは分からんでも無いが…

 

「塔城、それをギャスパーに向けるな、八つ当たりなら連中にして来い…」

 

「…そうですね「今行けば、黒歌と一緒に戦えるぞ?」ほっ、本当ですか!?」

 

「ああ、間違い無くあいつも戦場に出ている。」

 

「分かりました…なら、ここはお任せしま「待って!」…どうしたんですか?クレアちゃん?」

 

「行ってらっしゃい!小猫お姉ちゃん!」

 

「ッ…はい…行ってきます…!」

 

それから私の目でも追い切れないスピードで塔城は走り去って行った…あいつ確かパワータイプじゃなかったか?正直、今のは木場より速かった気がするぞ…途中でバテないだろうな…?最後、クレアにお姉ちゃんと呼ばれて表情も緩み切っていたし……まあ気にしても仕方無いか…今の私はあっちには行けないからな…

 

「クレア、先に部屋に入っててくれ「分かった。」…さて、ギャスパー…こいつらを縛るぞ?」

 

「え…?」

 

「…気付いて無かったのか。こいつらまだ生きてるぞ?」

 

つまり、倫理的な面から見てもこいつは間違って無いのだ…

 

「分かりまし…テレーズさん!」

 

「ん?」

 

私の後ろで武器を振り上げた奴をギャスパーの方を見たまま蹴りあげ落ちて来た所で蹴り飛ばす…気絶したな…

 

「…どうかしたか?」

 

「いえ…何でもないです…」

 

「そうか…あー…取り敢えずロープか何か部屋から持って来てくれ。」

 

「はい。」

 

ギャスパーが部屋に入る…

 

「…そっちは問題ないよな?」

 

私に離れていても味方の事が分かる特殊能力なんてものは無い…無事を祈る事しか出来無い訳だが…

 

「…いや、私が気にする事では無いか。」

 

あいつはテレサなのだ…この程度の連中に遅れをとってもらっては困る…オフィーリアもいるし、黒歌もいる…私が心配する必要も無いだろう…



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178

一通り片付いた所で紫色の魔法陣が現れ、そこからとある人物が出て来る…

 

「…あれが貴女の言ってた先代の魔王?」

 

「ああ…カテレア・レヴィアタン…セラフォルーの前の魔王だよ…どう思う?」

 

カテレアは戦場にいる私たちを無視して旧校舎…いや、中にいるセラフォルーを睨み付け、色々口上を述べているが、ハッキリ言って興味は無いので意識から追い出す。

 

「…どうもこうも…貴女も分かってるんじゃないの?」

 

「まあ、そうだが…戦士としての経験はお前の方が上だろう?その上で聞きたいんだ。」

 

私の言葉に呆れ顔をしながら、オフィーリアが答えた。

 

「良く言うわ。…でも、純粋に私の意見を言わせてもらうなら、セラフォルーの方が強いでしょ、間違い無く。向こうは自分は実力では負けてないと勝手に思っている様だけど。大体、怒り混じりにまだ勝ってもいないのに自分の目的をペラペラ喋る奴なんて三下のそれでしょ。」

 

カテレアは自分がセラフォルーを打倒して魔王に舞い戻る気の様だ…確かに反逆の理由をあっさり喋る辺り皮算用も良い所で、オフィーリアの言っている事にも確かに一理あるが…

 

「中々辛辣だな…」

 

「雑魚を雑魚と言って何か悪い?もちろん、自分の弱さをきっちり分かった上で努力してるなら、見込みもあるけど…アレはプライドが先行して自分が強いと思ってるだけのただの馬鹿ね。」

 

……こいつに馬鹿と言われるなら終わりだな…

 

「…アザゼルが出るな。」

 

「これも貴女の話通り…あら…あー…アザゼルは引っ込めた方が良さそうよ?」

 

「何でだ?「だって、ほら…」ん?…成程な。」

 

オフィーリアが指を指した方向には既に氷の魔力が目に見えるレベルで身体から盛れ出しているセラフォルーがいた…相当怒ってる感じだな…私の記憶では古い付き合いのせいか、ああもカテレアに本気では怒らなかったのだが…

 

「…色々吹っ切れたんでしょ?貴女を好きになった事で。」

 

「あのな…私からしたらアレは事「それは今言わない方が良いんじゃない?ただつっ立ってるだけで、あれだけの魔力が盛れ出してるのよ?セラフォルーの事を考えるなら事故だったなんて言わない方が良いわ…多分貴女の口からその言葉を聞いて心が折れたらあの魔力は全部セラフォルーに帰ってくるわよ?」…まあ、取り敢えずアザゼルには退いて貰おう…アザゼル!」

 

「あ!?何だテレサ「やる気になってる所悪いんだが、お前は退いた方が良さそうだぞ?」何で…チッ…しゃあねぇ…ここは譲ってやるよ。」

 

私が指を指した方向にいたセラフォルーを見て、アザゼルはすぐに退く事に決めた様だ。カテレアが煽って来る…

 

「怖気付いたのですか?まあ、貴方がどうしようと勝手ですが逃がすとでも「自分に酔うのは勝手だけどよ、周りはもっと良く見た方が良いぜ?」なっ、何を…きゃあ!?」

 

アザゼルが飛び退いた所でセラフォルーの放つビームがカテレアに当たる…煙が晴れない中、セラフォルーが無言で更に撃ち込む…

 

「…少なくとも知り合いではあるんだっけ?容赦ないわね?」

 

オフィーリアでさえ引いているようだ…セラフォルーの攻撃は続いているが、カテレアの気配は動いていない…どうやら動けないまま攻撃を食らい続けている様だ…

 

「さっさと終わらせたいのかしら…貴女よっぽど愛されてるみたいよ?」

 

「冗談じゃない…愛が重過ぎて震えて来るよ…」

 

「あー…お前ら、何か知ってるのか?説明して貰って良いか?」

 

困惑したアザゼルがやって来た…あそこまでセラフォルーがキレてる理由を聞きたい様だ…

 

「今のセラフォルーにとって、これは些事って事でしょ。早く終わらせてこの子と話したいのよ。」

 

「どういう事だ?」

 

「…私がセラフォルーから実質プロポーズに近い事を言われてね…断ったんだが…」

 

「…あの見境無く声掛ける奴が本気でねぇ…変われば変わるもんだな…」

 

「…勘弁して欲しいよ…あいつ含めて三人、いや、四人から好意を向けられてるんだ、私は…」

 

今更になってライザーからも好意を向けられてる事を思い出す…結局私が携帯を壊した日でさえ、特に連絡は無かった…身内では無いので今持ってる携帯にあいつの番号は入っておらず、私も番号を覚えていないので連絡は取れない…最も、私から取る気は無いのだが…

 

「おいおい…一人忘れてるぜ?」

 

「誰…お前な…」

 

笑顔で自分を指差すアザゼルを見て溜息をつく…というか…

 

「お前本気だったのか?」

 

「あのなぁ…俺は最初から本気でお前を口説いてるんだぜ?」

 

「テレーズは「姿は同じでも別人だろ?お前はしてくれないから一回くらいして欲しくて約束はしたがな」「一回だけだからね、テレーズは私を選んでくれたから♡」「へぇ…そいつはめでてぇな…じゃあお前、子供作りたくねぇか?」「えっ!?出来るの!?」……」

 

私をスルーして盛り上がる二人に溜息をつく…溜息をつくと幸せが逃げるとは言うが、私は今、現在進行形で不幸な気がする…あっ…

 

「アザゼル…」

 

「ん?どうした?」

 

「お前に言い忘れた事があってな…」

 

「何だよ…嫌な予感しかしねぇんだが…」

 

「この後ヴァーリが裏切る。」

 

「もっと早く言えよお前!?」

 

アザゼルが怒るのも無理は無い…今ちょうどヴァーリが放った物と思われる光弾が飛んで来ているからだ…

 

「…アレ食らったら私たちでもやばくない?」

 

「アザゼル…結界を貼れ、今すぐに」

 

「ざけんな!?」

 

そして光弾は私たちに直撃した。



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179

「起きなさいよ…」

 

……声が、聞こえる…

 

「なら、永遠に寝てたら?…私が首をはねてあげる。」

 

そこで完全に目が覚めた。

 

「…物騒な事を言うな。」

 

「あら?起きた?」

 

「お前の目覚ましが効いてな。」

 

顔を覗き込んでいたオフィーリアが退いたので、立ち上がろうとしたが身体が動かない…?

 

「動こうとしても無理よ。」

 

「何があった…ッ!…この痛みは…?」

 

「あら?もしかして覚えてない?んー…そうね、取り敢えず今の状況から先に言われるのと、そこに至るまでの過程から入るのどっちが良い?」

 

「…私の傷の具合を言え。…まだ頭が回らないが、それなりに酷いダメージを受けたのは分かるが…」

 

「あっそ。なら先に言いましょうか。…貴女は今、真っ二つにされてるの。」

 

「は?」

 

「だから…貴女は今、お腹の所で綺麗に上半身と下半身に分けられている状態なの。」

 

「な、に!?」

 

何でそんな事になってる!?

 

「落ち着きなさい…つまり、さっき言ったのもあながち冗談って訳じゃないの…元はと言えば万が一の為に首を落としておこうと思ったのよ…一応声をかけたら流暢に返事が帰って来てこっちが驚いたわ…」

 

「ッ…この痛みはそういう訳だったのか…」

 

「思ったより冷静ね…取り乱して覚醒でもしたら首を落としてあげようと思ったのに。」

 

「ほう…出来るのか?私は「今の私にとって貴女はテレーズに顔が似た別人でしかない…殺れるわよ?…というか、仮にそうなったら貴女もそうして貰った方が良いんでしょ?」…まあな。」

 

意外に冷静さを保てる自分に驚い…いや、これはアレか…生命の危機を感じて脳が完全な理解を拒んでいるのか…さすがにこの身体でも身体が二分割されては永くは生きられんだろう…

 

「何が…あった…?」

 

「声が掠れてきてるわよ?あまり時間は無いと思うけど…それでも聞きたい?」

 

「ああ…聞かせて…くれ…」

 

「…あの時私たちの所にはヴァーリが放った光弾が飛んで来てた…それは覚えてる?」

 

「…そこまで…はな…」

 

「そっ。じゃあ、その後何があったかね…あの時悪態はついたけど一応アザゼルは結界の用意をしてたみたいなの…でも当然間に合わない…そこでアンタは…!」

 

そこで私は胸倉を捕まれオフィーリアに顔を引き寄せられた。

 

「アンタはね、よりによってアザゼルと私を庇おうとしたの!何考えてるの!?ふざけないで!覚えていないなんて言わせない…!」

 

「…ああ…思い出した…」

 

確かにそんな記憶がある…

 

「答えなさい…!アザゼルはともかく、何で私まで庇ったの!?」

 

「…さぁな…あの時は咄嗟に身体が動いた…理由なんて、無い…」

 

オフィーリアは私をゆっくり下ろした。

 

「…馬鹿な奴…その後どうなったのか聞きたい?」

 

「ああ…」

 

「…貴女の姿を見て、セラフォルーが取り乱してカテレアへの攻撃が止んだ…満身創痍のカテレアはふらつきながらもセラフォルーを攻撃しようとして、貴女が私と同じく咄嗟に突き飛ばしたお陰でほとんど無傷のアザゼルが止めを刺した…黒歌は発狂して敵味方問わず攻撃を始めた所を駆け付けた塔城小猫が泣きながら気絶させた…ヴァーリは兵藤一誠と今も交戦中よ…」

 

「…ヴァーリと…兵藤一誠の戦闘は…どんな感じだ…?」

 

そこでオフィーリアは私から首を逸らし、やがて戻した

 

「…互角、よ…もしかして貴女の記憶では違うのかしら?」

 

「ああ…あいつはヴァーリの足元にも及んでいなかった…それにしても…アザゼルは無傷か…」

 

私の記憶では…アザゼルはカテレアとの戦いで片腕を失っているからな…にしてもまさか兵藤がこの段階でヴァーリと互角…本当に成長したな…もう私では敵わないかもしれんな…

 

「そっ。誇ったら良いじゃない?この結果は、間違い無く貴女が引き寄せた物よ。」

 

「…そうだな…良かった…」

 

「ッ!良くないでしょ!?」

 

そこでまた胸倉を掴まれる…

 

「…オフィーリア…苦しい…離せ…後…唾が飛ぶ「うっさい!」…理不尽だろ… 」

 

「アンタのお陰で、大きな怪我を負った奴は現状誰もいないわ…アンタを覗いてね!」

 

「そうか…なら、良いじゃないか「アンタは!これで良いの!?このままだとアンタは死ぬか、覚醒者になるしかないのよ!?」…後者は…無いだろう…?お前が責任持って…殺してくれるんだろう…?」

 

「何度も言わせないで。ふ・ざ・け・る・な!」

 

「私を含む全員が助かって…!アンタだけが死ぬなんて…私は!絶対に認めない!」

 

「……なら、どうしろと言うんだ!?」

 

この状態で私が生き延びる方法など…!

 

「…決まってるでしょ。貴女の足は幸い消滅してない…修復しなさい…それで…少しは命が繋がる可能性も出て来る…」

 

「馬鹿か…!?そんな事をしたら私は「借りは…返す主義なの…あの時貴女がした様に私が引っ張るわ…貴女を覚醒者にはさせない…少なくとも、完全に覚醒した私を戻した貴女の作業よりは簡単でしょ?」…簡単じゃ…無い…!」

 

あの時私が出来たのは…嘗てテレサ…いや、テレーズが引っ張ってくれた時の事があったからだ…全くの知識ゼロの状態で出来る程、簡単な事じゃない…!

 

「あら?良いじゃない♪難しい作業は好きよ♡しかも命懸けだなんて…!どうしよう…最後の最後で楽し過ぎるわ♪辞めるのが惜しくなりそう♪」

 

「この…異常者が…!」

 

「…異常?化け物の私に今更何を言ってんのよ?とにかく!このままアンタに借りを作ったまま死なれるなんてごめんだわ…意地でもやって貰う…!いい加減アンタも覚悟決めなさい…大丈夫よ。ヘマしたら私も一緒に逝くから♪…後始末はテレーズがしてくれるでしょ。」

 

「クレイモアで無くなったあいつに出来る訳が「なら、貴女が頑張るしかないでしょ?」…くそ…!やれば良いんだろう…!?」

 

「聞き分けが良くて助かるわ♪じゃあ…はいこれ、貴女の足…ここに置くわね?」

 

オフィーリアが視界から消え、置かれた物に手が触れる…これが、そうなのか…

 

「…先に言っておくけど…覚醒したくないからって半端はダメよ?原型こそ残ってるけど、貴女の身体は上半身も、下半身もボロボロなの…くっ付けただけだと、まだ危険よ…覚醒を恐れず、一気に解放しなさい…傷が全て治るまでね。」

 

「分かった…」



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180

ッ!…今の、は…?……チッ!

 

私は今、ギャスパーの部屋で何故か、何かあっても中断出来る遊びという事で、四人でポーカーをやっていた現実を思い出しつつ、今感じてる焦りを顔に出さない様にしながら自分の手札を一応、裏返したまま、机の上に置いた。

 

「すまん…ちょっと席を外…す…?どうした?お前ら?」

 

そこで気付く…クレアとアーシアの二人は身体を小刻みに震わせ、泣きそうな顔をし、ギャスパーが、必死で恐怖を押し殺しているのか強ばった顔をしていた…

 

「…テレーズさん…今のは…一般人でも分かります…!」

 

「ッ…そう、か…」

 

「…行って、ください…!二人は…僕が…!」

 

……何だろうな…今にも折れそうに見えるのに、今のギャスパーは多分、誰よりも頼もしいと感じる…

 

「あまり気負うな…多分…もうそれ程強い敵は出て来ないさ。」

 

そんな気休めにもならん言葉を吐きながら立ち上がる…どうにもあいつの様には行かないな…

 

背を向け、部屋のドアに向かって歩く…急ぎたいが、あまりこいつらを不安がらせてもいけない…

 

「テレーズ!」

 

ドアに手をかけ開けた所でクレアの声が聞こえた。

 

「テレサを助けて!」

 

…そうか…分かるのか…

 

「ああ。」

 

私は振り向きそれだけ言うと外に出てドアを閉めた。

 

 

 

 

「しっかりしなさい…!アンタの方でも頑張らないと戻って来れないわよ!」

 

…オフィーリアの声が遠い…私の意識が消えて行くのが分かる…あの時とは違う…ろくに痛みももう感じない…あいつは私の中にいない…私を繋ぎ止める物が…何も無い…

 

「失望したな…」

 

そんな声が聞こえた…

 

「お前はお前だ…だが、私は名を譲った…」

 

足音が聞こえる…

 

「自分で言うのも少々気恥しいが…その名、そんなに軽い物では無いつもりなんだがな…」

 

気配が近付く…

 

「お前の名はテレサ…最強の名なんだよ…譲った私にまで…恥を掻かせる気か?」

 

手を掴まれ、握られる…!

 

「起きろ、寝坊助…お前を待っている奴がいるんだろう?」

 

「ッ!アアアアアア…!?」

 

濁った声で叫んだ…!そうだ…!こんな所で消えられるか…!

 

「それで良い…今からオフィーリアと二人でお前を引っ張り上げてやるよ…もう下らない事で私の手を煩わせるなよ?」

 

今まで自分の意識を食い潰そうとしていた物を気力で捩じ伏せ、手を先程より強く掴む…!

 

「良し…もう大丈夫だな…」

 

そんな言葉が聞こえ、私は意識を手放す…先程の様な意識を食い潰されるのではなく、心地好い睡魔に私は身を委ねる…ッ…眠気に抗い、無理矢理言葉を紡ぐ。

 

「後を…頼む…」

 

「分かった…オフィーリア共々、借りはきっちり返して貰うからな…私はもうお前の中にいた頃と違って一人の人間なのだから…」

 

その言葉を最後に私は目を閉じた。



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181

そこで私は言葉を切り、カップに口を付け…温い…その味に少し、懐かしさを感じながら飲み干した。

 

「…私が話せるのはここまでだ…後はお前の方が詳しいだろう?何せ私はあの後、三日も眠っていて、起きた時は全て終わった後だったからな…まっ、どうしても聞きたかったら、テレーズに聞くといい。」

 

私の前に座る少女、ゼノヴィアが何時もとは違う神妙な顔で頷いた。

 

「さて、もう良いかな?外も暗い…お前の場合、大丈夫だと思うが一応送って行こう「あの…」ん?」

 

「テレサさんの昔の話を聞きたいんですが…」

 

「昔の、と言うと…私がこの世界に来たばかりの頃の話か?」

 

上げかけた腰を一旦下ろす…ふむ…

 

「…あまり面白い話では無いんだが…」

 

「私は貴女の強さに尊敬の念を抱いています…その強さの秘訣は何か、私は知りたい…不躾な願いだとは分かっていますが…」

 

「…そんなに聞きたいなら構わないが「本当ですか!?」だが、今日は無理だな…大して話せるエピソードも無いが、こちらもそれなりに長い話になる…気になるなら先にサーゼクスたちに聞いておくと良い…さっきの話にも出したが、私はグレイフィアの危機を救った事など覚えていなかったからな、私が話すより、詳しい話を聞ける可能性もある…さて、支度をするからちょっと待ってろ。」

 

ゼノヴィアの前にあったカップを引き寄せ、ポットから紅茶を注ぎ、またゼノヴィアの前に置くと、席を立つ…座るゼノヴィアの横を通る時に、その頭を軽く撫でてから部屋に向かった。

 

 

 

…先程ゼノヴィアに話さなかった話の続きを思い起こす…あの後は交戦中の兵藤にテレーズ、オフィーリア以外はとても戦闘どころでは無かったらしい…私一人が倒れたくらいでそこまで混乱の極地にいられても困るのだがな…結局最終的に兵藤とヴァーリが相打ちになりかけたところで原作通りに美猴が到着したのだが…ここからが笑った…テレーズとオフィーリアに散々追い回された挙句に、ヴァーリを置いて転移してしまったそうだ…ただ本人は『必ず迎えに来てやるからな!』と叫び、後日反省と称して、アザゼルに軟禁されていたヴァーリを本当に回収に来た訳だから義理堅くはある様だ。

 

…さて、この後の事は今でこそ冷静に思い出せるが…あまりに目まぐるしく変化して当時は状況にまるで着いていけなかった印象がある…まず、私が目覚める前にテレーズとオフィーリアの二人はサーゼクスとグレイフィアと相談して、さっさと二人で住むマンションの一室を決めてしまったらしい…

 

ちなみにサーゼクスとグレイフィア以外、誰にも言わなかった筈なのに何故か今までオフィーリアがこの世界で手を出した女が大量に押し掛けて来て揉めた話を後になってテレーズに散々愚痴られた…あまりに憔悴しきっていたのでそれも覚悟の上で一緒になると決めたんじゃないのか?…とは言えなかった…未だに答えを出してない私より遥かにマシだしな…

 

私は目が覚めた後もすぐには起きれず、一週間入院した…オフィーリアが入院した病院で、しかも同じ病室のある区画だったのは何の嫌がらせだったんだろうな…お陰で毎日貞操の危機を感じていた…もちろん退院後は黒歌とグレイフィア、それに私を含めた三人で入院の手続きをしたサーゼクスを問答無用で半殺しにした…

 

私は結局、人間界に残る事に決めた…決め手はクレアの『冥界だと友達を家に呼べないよ…』だった…セキリュティレベルの高い所を、とサーゼクスに注文したらテレーズとオフィーリアの住む部屋の隣を紹介されたのを行ってから知り、一悶着あった…引越し祝いと称してやって来たサーゼクスをテレーズと二人で風呂場に引っ張り、水の張った湯船に二人で気絶するまで沈めた手の感触が今も残っている…その後、テレーズと二人で何故かハイタッチした感触も…あれから一ヶ月以上経つのだがな…

 

そんな怒涛の一ヶ月の間、特に死人が出る様な事件は起きていない(サーゼクスが何度か私たちに殺されかけてるのはノーカン…そう簡単に死にはしないしな)

 

非常に不安だ…私はもうこの後の事が分からないからな…何故か私は目が覚めた時、和平会談の後の原作の記憶を完全に失っていた…今まで朧気には残っていた筈なのだが…これまでにサーゼクスたちに和平会談の後の事を話していなかったのが災いした…これでは本当にこの後に起きる事に大して対処が出来無い…いくら私の中にあった原作の記憶と、この世界には差異があると言ってもそれはそれだ…まあ、結局成り行きに身を任せる事にした訳だが。

 

更に変化があるとすれば、黒歌の求めで私たちの方で小猫を引き取った事、私たちの部屋の隣(テレーズとオフィーリアの部屋の逆)に朱乃とセラフォルーが住み着いてしまった事だろうか…どうなるか不安だったが、一応仲は良好なのだろう…夜、私の寝室に黒歌を含めた三人全員で乗り込んで、勝手に誰が最初に私とするかジャンケンで決めようとして、私が全員気絶させてそれぞれの部屋に運ぶのが日々のルーチンだからな(クレアとアーシアと小猫は相部屋)

 

そんなこんなで迎えた休日(私とテレーズ、オフィーリアは用務員業を続けている)いつもうるさい面々は部屋に居ない…クレアとアーシアと小猫はギャスパーのところへ遊びに、というか泊まりに行き、黒歌たちはオフィーリアと共にテレーズの服を買いに行ったらしい…買い物が終わった後はこちらも泊まり込みでテレーズの美意識を変えるそうだ(南無…)

 

私も誘われたが断った…何が悲しくて自分と同じ顔の奴が着せ替え人形にされるのを見せられなければならんのか…最も私も行けば同じ目に遭わされていただろうし、後日、結局同じ目に遭うんだろうが…

 

そうして暇を持て余していた今日、最近になって私に無理矢理弟子入りしたゼノヴィアがやって来た…休みの日に何の用かと思えば私の事を聞きたいと…つい、盛り上がって要らん事まで話してしまったな…と、いかん。思考に埋没して思いの外時間が経ってしまった…ゼノヴィアを待たせてる…急がねば…

 

私はクローゼットから適当に一着コートを取り出すと羽織り、ゼノヴィアのいるリビングに戻った。



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番外編1
@1


私のお姉ちゃん 3年2組 クレア グレモリー

 

わたしにはお姉ちゃんがいっぱいいます。

 

テレサとテレーズと黒歌お姉ちゃんとアーシアお姉ちゃんと小ねこお姉ちゃん、それからオフィーリアお姉ちゃんにあけのお姉ちゃんにセラフォルーお姉ちゃん、とにかくいっぱいいます。

 

いっしょに住んでいるのはテレサと黒歌お姉ちゃんとアーシアお姉ちゃんと小ねこお姉ちゃんだけだけど、あけのお姉ちゃんとセラフォルーお姉ちゃんはよくあそびに来てくれます。お部屋がとなりなのでわたしもよくあそびに行きます。

 

みんなすごくやさしいです。

 

テレサとテレーズはわたしを見ると頭をなでてくれます。あんまりお話してくれないけどそれでもやっぱりうれしいです。

 

黒歌お姉ちゃんはよくわたしをひざの上に乗せて歌を歌ってくれたり、なでてくれます。

あと作ってくれるご飯がすごくおいしいです。

 

アーシアお姉ちゃんは色々しっぱいもしたりするけどすごくがんばってます。実は外国の人で言葉がまだよく分からないそうです。

 

小ねこお姉ちゃんはテレサとテレーズよりもしゃべらなくて少し悲しいなって思います。でも、わたしを見るとわらってくれます。すっごくかわいくて大すきです

 

オフィーリアお姉ちゃんはよくこわいわらい方をします。でもだきしめてくれます。よく、あんたはいつもすなおでやさしい子のままでいなさい。わたしみたいになったらぜったいにだめよ。と言います。オフィーリアお姉ちゃんはやさしいのに何でってふしぎに思います。

 

あけのお姉ちゃんはよくこうちゃをいれてくれます。はじめは味が無くて苦手だったけどいまではすきです。あけのお姉ちゃんもよくだきしめてくれるけど、むねが大きいので少し苦しいです。

 

セラフォルーお姉ちゃんはいつも元気でわらっています。こすぷれが大すきでよく、家の中でまほうしょうじょのかっこうをしています。わたしもよくいっしょにしています。楽しいです。

 

黒歌お姉ちゃんとあけのお姉ちゃんとセラフォルーお姉ちゃんはテレサが大すきで、夜になるとよく三人でテレサの部屋に入って行きます。何をしてるのかはよくわかりません。でもいつもすぐ三人ともテレサにかつがれて出て来ます

 

オフィーリアお姉ちゃんはテレーズがすきです。三人がテレサがすきなのと同じすきみたいです。それと、オフィーリアお姉ちゃんから、もうすぐ子どもが出来るわ。あんたの弟か、妹になるからかわいがってあげてねと言われました。楽しみです。わたしはテレーズの大きくなったおなかにいつもこえをかけてあげてます、早く生まれて来てねって。

 

ちょっと変わってるかもしれないけどわたしはお姉ちゃんが大すきです。

 

 

 

 

「…うん…良いんじゃないかクレア。」

 

「ホント?」

 

「ああ。テレサたちも喜んでくれるだろう。」

 

「良かった。早くテレサたちに聞かせたいな…」

 

 

 

 

クレアが帰って行った。

 

「良かったの?アレ。」

 

「クレアが純粋な気持ちで書いたものにケチをつけられるのか、お前は?」

 

ソファに座り、最近重くて仕方無いが不思議と不快にはならない腹を撫でながら、オフィーリアに答える。

 

「まさか。でも、私たちの事は今更だけど、アレ学校で他の生徒や、親がいる中で読まれたら、あの四人真っ青になるんじゃないかしら?」

 

そう言ってクスクス笑うこいつに随分自然に笑える様になったんだな、今まであんなに悪意ある笑い方をしていたのに…という感想を抱く…

 

「なるだろうな…ちょっと楽しみだが、惜しいな…発表の日はこいつが産まれる予定日と重なってしまったからな…」

 

「だから来れない私たちのために先に読んでくれたのよね?本当に優しい子よね…どうしてもあの子の面影があるから私としては複雑で…つい、変な対応の仕方をしてしまったけど、まさか私の事を嫌ってないなんて…」

 

「お前の場合、根は良い奴だとバレていたからな…完全にクレアからはツンデレにするのと同じ様な対応をされていたな…本人は無意識だろうが。」

 

「ホント…苦労しそうよね、あの子…将来変な男に引っかかったりしないかしら?」

 

「……下らない男だったら私は冷静でいられる自信が無いな…」

 

「…こうやって愛されるのがあの子の持ってる才能みたいな物よね…少し…嫉妬しちゃう…」

 

何時の間にかソファから立ち上がり、私の首に手を回して後ろから抱き着いていたオフィーリアの腕に力が籠り、首が締まる。

 

「…お前も同意見じゃないのか?」

 

「当然♪クレアを苦しめる様な奴なら殺すわ♪」

 

腕の力が少し弱まる…ふぅ。

 

「その前に私を殺さないでくれよ?私の命はもうお前の物だが…こいつを産むまでは死ねん。」

 

「あら…ごめん、つい力が入っちゃった♪」

 

腕の力が抜ける。

 

「貴女は生きてね?私は何時まで今のまま生きられるか分からないけど「何を言ってる?私がお前をそう簡単には死なせんよ。少なくとも覚醒者にはもうさせん。」…嬉しいけど、これじゃあどう考えても子供を授かるの逆よね…?」

 

「女として大事な物を色々捨ててる自覚はあるがな…仕方無いだろう?まともに使える子宮を宿しているのが私だけだったんだから…」

 

「まっ、私はどっちでも良かったけどね♪貴女と私の子供なら…どちらでも。」

 

「そうか…お前が良いなら、それで良いか。」



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番外編2
*1


「…で、私、というか私たちの仕事を見学したいと?」

 

「うん!」

 

クレアの授業参観に小猫とアーシアを除き家族総出で行ったら見事赤っ恥を掻いた…ちなみに親たちの反応は生暖かい目で見守り、子供たちの反応もそれ程悪くないという物…クレアが虐められるなどという事は先ず考えられないが、保護者の私たちに向けられる視線にも悪意が無いとはな…それから数日経った今日…今度は親の仕事について書く作文の宿題が出たと…クレアに親はおらず、実は家族は戸籍上記載された姉の私とテレーズがいるだけでサーゼクスたちは親戚になっているため、確かに私の仕事を見に来るのは妥当といえば妥当だが…

 

『おい、どうすれば良い?』

 

『別に良いんじゃない?』

 

たまたま家に来ていたオフィーリアに小声で話し掛けるとそう返事が返って来た…

 

『どういう巡り合わせか知らないけど、明日はクレアの学校、開校記念日なんでしょ?私たちのしてる事って基本は毎日同じ事しかしてないし、口頭で説明しても作文は書けないんじゃない?』

 

『しかし『貴女の懸念はあの変態二人組?』…そうだ。あの二人に関わって欲しくない…』

 

『あの二人もさすがに当日の朝、一言注意すれば分かると思うけど。』

 

テレーズは産休でいないとはいえ、クレアの頼みだと断れない可能性は高い…オフィーリアに期待していたんだが…まさか賛成されるとは…くそっ…お前らも見てないで何か言え。

 

ちょうど私たちとリビングにいた黒歌とセラフォルーに視線を向けると二人で一斉に顔を逸らした…こういう時だけ変な団結するな。

 

「ダメかな?テレサ…」

 

「うっ…」

 

「私は賛成だけど、どうするの?貴女が嫌ならしょうがないけど。」

 

「…分かった。明日は一緒に行こうか「ありがとうテレサ!」っ…」

 

その笑顔を見て断らなくて良かったと思ってしまうのはどうなんだろうな…

 

 

 

その後、クレアが寝たところで私は行動を起こす事に。

 

「…ねぇ?何してるの「見れば分かるだろ。明日はあの変態の存在がクレアにバレないようにしなければならん。」…ふ~ん。」

 

「というかお前はもう帰ったらどうなんだ?身重のパートナーが部屋にいるだろ「部屋は隣だし、さっき電話で貴女の事伝えたら『妙な事しない様に見張っておけ!』って言われたから。」…見張りならそこに二人程いるだろ。」

 

「『二人はどうせ、最初は止めても最後はテレサの意思に流されるだろうから当てにするな。』とも言われたわね。」

 

そう言ってオフィーリアが多少、殺気を込めた笑顔を向けるとまた黒歌とセラフォルーが顔を逸らす。

 

「一応私とテレーズの働いてる職場でもあるし、あまり大事にして欲しくないのよ。」

 

「じゃあ「別に放っておけとは言わないわよ?私もそうだけど、多分テレーズもあの二人はいい加減目に余ると思ってるだろうし、ここらでちょっとキツい灸を据えても良いんじゃないかと思う。」…何か考えがあるのか?」

 

「ちょっと携帯貸して。」

 

「構わないが…どうするんだ?」

 

「電話よ……もしもし?……ええ、そうよ。混乱するのは分かるけどさっさと本題入らせて貰うわ…あのね…」

 

そうしてオフィーリアは電話先の奴に二人の対処を頼んでいる様だ……誰にかけたんだ?

 

「…引き受けて…へぇ?あらそう…じゃあ私にお仕置きされるのと…後でご褒美を貰う…の二択だったらどっちが良いかしら?…うん。物分りの良い子は好きよ?…でも一回だけだからね?私は…そうそう分かってるなら良いわ…じゃあね。」

 

オフィーリアが電話を切り、携帯を私に返して来る。

 

「…誰にかけたんだ「兵藤一誠。私、番号知らないから携帯借りたのよ。」…何故?」

 

「クラスが同じで且つ、あの二人の行動を完全に把握出来て、完膚無きまでに叩き潰せる様な奴なんて他にいると思う?」

 

「…兵藤は引き受けたのか?あいつ割と仲間思いだと思ったが?」

 

「当然♪お仕置きとご褒美チラつかせたら一発よ♡」

 

「……内容は?」

 

「聞きたいの…?」

 

「……遠慮しとくよ。」

 

その笑顔見れば想像がつく。それにしても…

 

「お前、パートナー出来ても変わらないのな。」

 

「あら?人聞き悪い事言わないで。別に誰彼構わず手を出す訳じゃないわ…割とあの子の事は私もテレーズも評価してるのよ?」

 

「……つまりテレーズ公認だと?」

 

「そういう事♪」

 

「…お前「自分を安売りしてる訳じゃないわ。クレアの為ですもの…それに今言った通り、私は兵藤一誠の事を嫌ってないの。」…お前が良いなら、それで良いが…」

 

「気負う必要は無いわ…クレアが大切なのは貴女だけじゃないって事よ。」

 

「……」

 

「それじゃ帰るわね?明日は宜しく。」

 

オフィーリアが部屋を出て行った。



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*2

翌日、私はクレアを伴って職場に向かう…

 

「ねぇ、テレサ?」

 

「ん?」

 

「オフィーリアお姉ちゃんは?」

 

「後から来る…」

 

「待たなくて良かったの?」

 

「…あいつを待ってたらギリギリになるんだ。」

 

オフィーリアは基本、時間にルーズなタイプの様で…こうして正式に雇われるようになって少しすると時間通りには来なくなった…まぁ朝から来ててもそんなに仕事がある訳じゃないから良いがな…明らかに書類の量が可笑しい時は呼べばすぐに来るし、最近はいよいよテレーズも自力での日常生活が難しくなって来たらしくその世話もあるからあまりうるさくも言えん…

 

「……」

 

「待ちたかったか?」

 

「うん…」

 

「そうか、なら覚えておくと良い…職場に時間通りに来るのは当たり前の事だ…とはいえ、仕事以上に大切な事だってある訳だがな。」

 

「えと…例えば?」

 

「ん?そうだな、例えば…自分の体調の悪い時、若しくは家族の体調が悪い時、後は……家族が死んでしまった時。」

 

「……」

 

「そう暗い顔をするな。私やオフィーリア、テレーズもそうだが、お前の家族は皆、そう簡単には死なないさ…」

 

テレーズはどうなるか分からん…アザゼルが定期的にメンテ(実際はあいつが楽しんでるだけの時が多いらしい…)はしているから問題は無いと思うが…私とオフィーリアは身体の寿命は不明だが、少なくとも他の家族は大半が人間では無いから先ず死なん…寧ろ人のままのクレアやアーシアが先に逝くだろう…クレアが死んだら私は…

 

「テレサ。」

 

「ん?どうした?」

 

考え事をしたまま歩いていたらクレアに声をかけられ、足を止めてクレアを見るが、何も言わない。

 

「どうし…っ…何だ?本当にどうしたんだ急に?」

 

取り敢えずクレアに目線を合わせる為、しゃがんだらクレアがいきなり抱き着いて来た…

 

「テレサ…何か暗い顔してたから…」

 

「何でもない「嘘だよ」…何で…そう思うんだ?」

 

「だって…今も辛そうな顔してる…」

 

「…大丈夫だ…ふぅ。分かったよ…ちょっと、先の事を考えてしまってな…」

 

「先?」

 

「これから先、お前は大人になって、やがてはおばあちゃんになって死ぬ…その時も私はまだ生きているだろう…そしたら私はどうなるのかと思ってな…」

 

口に出してから自己嫌悪に襲われる…まだ子どものクレアに私は何を言っているんだ…

 

「テレサ?」

 

「何…だ…?」

 

「私がもし、悪魔に…えと、転生だっけ?そしたら怒る?」

 

言わせてしまったな…

 

「…ああ。それが例え私の為であってもな…」

 

「そっか…」

 

「不老不死なんてろくなもんじゃない。お前にはそんな道を歩んで欲しくない「でも…テレサもテレーズも、オフィーリアお姉ちゃんだってそうだし…黒歌お姉ちゃんにセラフォルーお姉ちゃん、それに朱乃お姉ちゃん、後小猫お姉ちゃんも…私の周りは皆そうだよ?」…お前には人間の友だちだっているし、アーシアだっている。」

 

最も、アーシアは転生するかもしれんな…兵藤の為に。

 

「なぁクレア?最終的にお前がどうしてもそうしたいなら止めない…だが…それが私の為、というなら…それは駄目だ…お前にはさ、これからも普通に人間として生きて欲しいのさ…私以外の者もそれを望んでいる。」

 

既にこの話は私を含めたクレアを知る者たちの間で結論が出ている。クレアには人のままでいて欲しいと…ただ、そこにクレアの意思は介在していないし、この言い方が卑怯なのは分かっている…私はクレアの人の想いを無視出来ない優しさにつけ込んでいるのだ…

 

「分かった…もう言わない。」

 

「そうか…じゃあ行こうか?」

 

クレアが離れ、私が立ち上がったところで私の手にクレアの手が触れる…その手を軽く握り、歩き出した。



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*3

駒王学園の前で一息つく…少々暗い話をしてしまったが、仕事はしなきゃならん…登校して来た生徒が私に挨拶をしつつ、クレアの事を聞いて来る…妹だと言えば、可愛いを連呼され、クレアに抱き着いて来るのもいる…男子ならはっ倒すが、寄って来る奴の大半が女子だ。ちなみにもみくちゃにされてるクレアはそれでも笑顔で応対している様だ…まぁクレアが嫌でないなら良いか…私としても少し誇らし…いや待て待て。ずっとこの状態だと校舎に入れん。私はクレアに群がる人並みを掻き分け、クレアの前に立つと声を張り上げた。

 

「お前らいい加減にしろ!通行の邪魔になるし、私たちが中に入れんだろ!」

 

私がそう言うと、女子たちが私とクレアに謝りながら解散して行く…やれやれ先が思いやられる…まぁお陰で先の気まずい雰囲気なんて吹っ飛んだから良しとしようか…

 

「あの…テレサさん?」

 

「何だ「後でまたクレアちゃんに会いに来て良いですか?」……」

 

今、私の前には良くあの二人を引き渡す時に会う女子の一人がいた…どうも代表として聞きに来たらしい…本来なら断るだろうが…

 

「…休み時間だけだぞ?後、大人数で来るのも禁止だ…それが守れるなら良い。」

 

この後、用務員室行っても書類仕事しかないからな…私がクレアの相手を出来なくなる…

 

「ありがとうございます!クレアちゃんまた後でね!」

 

「うん!」

 

……クレアのこの、誰とでも仲良くなれる…というのは悪い事では無いが、誰彼構わず寄って来させてしまうのでこういう時はあまり宜しくないな…

 

 

 

「クレア、退屈じゃないか?」

 

「ううん。そんな事無いよ?」

 

用務員室に入ったが、私のやってる事は相変わらず溜まってる書類を片付けるだけ…って、これは教師が書く書類じゃないのか?…全く…間違って置かれていた書類を避ける…クレアは当初目を輝かせて何やらメモを取っていたが、今は私が書類を書くところを見詰めているだけ…何なんだ?

 

「…クレア、来る時、黒歌に本を持たされてただろ?暇ならそれを読んでて「ううん大丈夫。」いやしかし、私が書類書いてるところなんて見てても飽きるだろ?」

 

「そんな事無いよ。テレサ、カッコイイ。」

 

「……そうか。」

 

何がカッコイイのか知らんが…悪い気はしない。

 

「おはよう…遅くなってごめんね?」

 

オフィーリアが部屋に入って来た。

 

「謝罪は良いから早く入れ。見ての通りまた書類が溜まってる…手伝え。」

 

「うわ…また一杯あるわね…昨日ある程度片付けたわよね?何でまだこんなにあるの?」

 

「どうも昨日の夜に誰か持ち込んだ様だな…ほれ、確認が甘かったのか私たちの管轄外の書類がいくつか混じってる。」

 

「あら?本当ね…めんどくさいわね…一々避けながらやらないとダメじゃない…」

 

そう言いながらオフィーリアは既に書類に手を付け始めていた…何だかんだ仕事は出来るんだよな、こいつ…

 

「ところでアンタは何してるの?」

 

「テレサが書類書いてる所見てるの。」

 

「…楽しい?」

 

「うん!」

 

「そう……良かったわね?」

 

「……」

 

私に意味ありげな視線向けてないで仕事しろ…

 

 

 

 

休み時間になり女子生徒がやって来てクレアの相手をしてくれている…

 

「正直、貴女の懸念よりクレアがここに来て退屈になるんじゃないかと心配してたんだけど…大丈夫そうね。」

 

「そうだな…」

 

クレアはやって来た女子生徒二人と部屋の隅で楽しそうに会話している…私たちに気を使ってるのか小声だ。内容は……聞こうと思えば聞けるが…まあ、止めておこうか。

 

「あっ、そうだ…また携帯貸してくれる?」

 

「構わないが何でだ?」

 

「一応兵藤一誠に電話をね…」

 

「…確か昨日、お前自分の携帯に番号登録しなかったか?」

 

「……携帯忘れたのよ…だから貸してくれない?」

 

「…仕方無いな。ほら…」

 

「ありがとう…少し出るわね?」

 

「ああ。」

 

クレアに内容を聞かれたくないしな。

 

 

 

 

オフィーリアが退出したのを見た女子生徒が声をかけて来る。

 

「あれ?オフィーリアさんは何処へ?」

 

「トイレだ。」

 

「そろそろチャイム鳴りますけど…」

 

「私たちにはあまり関係無いからな…というかチャイム鳴るならお前たちはちゃんと教室戻れよ?」

 

「はい…クレアちゃん、またね?」

 

「うん。」

 

女子生徒たちが部屋を出て行き、部屋が静かになり、しばらく私がペンを動かす音だけが響く…しばらくしてオフィーリアが戻って来た。

 

「ただいま♪」

 

「おかえ…何でそんなにテンション高いんだ?」

 

「フフ…ちょっと、ね…」

 

そう言って舌なめずりしながら笑うオフィーリアから目を逸らす。

 

「…用件を済ませたならさっさと座れ。」

 

「は~い♪」

 

子どもの様に片手を上げて返事をしながらオフィーリアが座る…聞いて欲しい様だが、聞くつもりは無い…クレアとオフィーリア二人分の強い視線を受け、居心地の悪さを感じながら私は書類を片付けていった。



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*4

「お前…兵藤に何を言った?」

 

「…昨日は普通に二人をどうにかするよう頼んだだけだったんだけど「今日は?」…やっぱり渋ってたからやる気を出させる為に渾身の喘ぎ声を電話越しに…ごめんなさい…まさかここまでやるなんて…」

 

昼になり弁当を食おうとしてたらドアをノックされ、開けると良くあの二人を追っかけてる女子の内の一人が立っていた。…弁当をここで食おうとしてたのかと思えばそれもあるが、少し違うらしい…部屋に入れてみるとこう言われた。

 

『今日、あいつらの姿を見かけないんですよ。私、あいつらとクラス違うんで知らなかったんですけど聞いたら、朝はいたみたいなんですよ。いないならいないで平和で良いのは確かなんですけど…何か、気になって…』

 

…既に転入し、兵藤と同じクラスになっているアーシアに確認した所、確かに朝は兵藤も含めて三人ともいたらしい…私の方も嫌な予感がした為、渋るオフィーリアを引っ張り、その女子にクレアを任せて探しに来たところ…

 

「完全に気絶してるな…」

 

三人は体育館の裏で傷だらけで倒れていた。…推測しか出来ないが…

 

「…多分、兵藤が呼び出して注意したら二人が反発してこうなったんだろうな…」

 

「じゃあ…やっぱり私のせい…?」

 

「お前からのご褒美が欲しかったのか、お仕置きが怖かったのかは知らんがな…」

 

「……」

 

「まっ、ここまで結果を出したんだ…責任は取れよ?」

 

「それは当然だけど…この状況、どうしたら良いのかしら…?」

 

「ここまで私たち以外、誰も発見していないのが既に奇跡みたいな物だろうな…」

 

最も生徒がこの光景を見る分には放置する可能性はあるが…

 

「一番穏便に済ますならアーシアを呼んだ方が早いが…」

 

アーシアは兵藤を好いている…間違い無く協力はしてくれる…問題は…

 

「こうなった理由…答えられる…?」

 

「……」

 

アーシアはクレア程では無いが、それなりに無垢なのだ…あまり下世話な話をしたくない、というかこの光景を見せたら確実に泣かれる…

 

「放置したら不味いわよねぇ…」

 

「放っておいても死にはしないだろうが、教師が見付けたら騒ぎにはなるな…」

 

やむを得ん、か…私は携帯を取り出した。

 

「アーシアにかけるの?」

 

「ああ…他に方法は無い。」

 

取り敢えずオフィーリアを用務員室に帰らせ、アーシアに電話をして呼び出す事にした。

 

 

 

 

「一体何があったらこんな事に…!?」

 

「んー…そうだな…男はな、普段仲が良くても譲れない物があってな…たまには殴り合いの喧嘩もしたくなるもんなんだ…」

 

「そんなんじゃ納得出来ません…!大体、イッセーさんはともかく他の二人は普通の人間なんですよね…?」

 

「…こいつらは妖力解放していない素の私たちに追随出来るからな…今の兵藤とならまともに殴り合い出来ても別にそれ程不思議じゃないんだ…」

 

「……」

 

「とにかくこの三人をこのままにしておくのは不味い…何とか治してくれないか?」

 

「…分かりました「アーシア?」はい?」

 

「男には女に語れない事情って言うのはあるものさ…逆も然りだろう?」

 

「はい…」

 

「最も…お前が本気で兵藤と一生付き合っていきたいなら…躊躇する必要も無いがな。思いっきりぶつかって行けば良い。」

 

「でも…それだと私は…」

 

「良く考える事だ…クレアには私の為に転生などチャンスがあってもするなと言っているが…お前はもう自分の道は決められる歳だ…愛する男に合わせたいなら私も反対はしない。」

 

「……」



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*5

「…で、アーシアに治してもらった後、ここに運んで来たと。」

 

私は担いでいた三人を旧校舎の私が前に住んでいた部屋の床に寝かせた。

 

「他に場所があるか?」

 

「……無いわね…」

 

あの後アーシアに三人を治療させてから教室に帰し、ここまで三人を運んで来た。外を通り、呼び出したオフィーリアに窓を開けてもらい、そこから侵入したが…校内を通るよりマシとはいえ、良く見つからなかった物だ…

 

「全く…お前が動くと本当にややこしい事になるな。」

 

「あら、言うじゃない。そりゃ確かに面倒をかけたとは思うけど…昨夜、クレアにバレないように二人をどうやって排除するか計画立ててた奴のセリフとは思えないわね…少なくとも貴女がしようとした事よりは穏当な結果になったと思うけど?」

 

まあ、あの時の私が動くとそれなりに二人には大きな怪我をさせてしまっただろう…私が冷静さを欠いていたのは確かだ…

 

それを思えば、個人的な理由で普段仲の良い男子生徒三人が喧嘩をして怪我をした…最近は三人揃う所をあまり見なかったが、この三人の仲の良さを私は良く知っている…この程度で仲違いをする事は先ず無い。…学校側が事態に気づいたとしても、盗撮で退学にならないような学校だ…処分は無い、若しくは軽い…怪我はそもそもアーシアが治してしまった…

 

つまり、ここで酷い目にあった奴はいないのかもしれない…だが…

 

「……お前のやり方は好かん。」

 

私はイラついていた。これが単なる言いがかりに近いのは分かっていても…やはり認められない。

 

「…そっ。まあそれは仕方無いのかもね。で・も!これが私なのよ。」

 

「……今更お前に何を言っても無駄なのは分かっているさ…これは私自身の価値観の話だ。」

 

「そう…ところで聞いていいかしら?」

 

「何だ。」

 

「貴女が気にいらないのはテレーズと一緒に暮らしているのに兵藤一誠を誘おうとしている事なのかしら?」

 

「……」

 

「仮にそうなら私も貴女が気にいらないのよ。」

 

「何がだ「貴女、あの三人に答えは出した?」…突然何を言い出すんだ?お前には関係無いだろう?」

 

「そうね、少なくとも私には何の関係も無い。私はもうテレーズを選んだから。」

 

「なら「でもハッキリさせておきたいのよね。貴女黒歌たちと関係を持つようにはなったんでしょ?」…そうだな。」

 

「貴女なりに責任は取ってると言えるのかもね…三人は今のところそれで満足してるみたいだし。」

 

「何が、言いたい…!?」

 

「…筋が通らないって言ってんのよ。アンタ、黒歌たちに内緒でアザゼルとライザーの二人とも関係を持ってるでしょ?」

 

「なっ!?」

 

何で、知っている!?

 

「三人は今更別に自分たち以外に貴女にそういう相手がいてもそんなに文句は言わないでしょ。貴女とシているだけで今は幸せみたいだし…だけどね、三人に黙って関係を続けてるのは論外じゃない?」

 

「…お前には関係無い…!」

 

「そうね。でも、だからこそ言いたいわけ。貴女に私の事で文句言われる筋合いは無いってね。」

 

「私は…何も言ってない…!」

 

「じゃあ何時までも私を睨んでんじゃないわよ!答えの出ない苛立ちを私にぶつけんな!」

 

胸ぐらを掴まれ、そう怒声を浴びせられて私は漸くイラつきが引いていく。

 

「……クレアを待たせてるわね。私は先に戻るわ…気持ちが落ち着いたら戻って来なさい。」

 

そう言ってオフィーリアは私から離れ、部屋を出て行った。



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*6

私は部屋に置いてあったソファに座った…落ち着かない。今の私の部屋にはテーブルがある…食事する際は床に座るしか無いが、ソファに座っても前にはテーブルがあるという状況が常なのだ…今、この部屋にテーブルは無い…アレはこちらが持ち込んだ物だったからな…

 

「……」

 

ソファに浅く腰掛け、頭を預ける…黒歌やセラフォルーは硬いと言っていたが、私はこの感触が嫌いでは無い。寧ろ今の部屋にあるソファの方が柔らかすぎて、私は苦手だ。

 

「……苛立ちをぶつけるな…か。」

 

お前のやり方が好きでは無い、は建前だな…そもそもオフィーリアがそういう奴なのは私自身が良く知っており、今更反発する事は無い筈だった…今更になって納得出来ないと言い張った理由はやはり同族嫌悪なのだろうか…?私は何時の間にかあれ程嫌っていたオフィーリアと同じ行動を取るようになってしまった…だが、それ程いけない事だろうか?私は好意を向けて来る相手に身体だけの付き合いとはいえ、気持ちには応えてるとは言えないだろうか…?分からない…

 

昔の私なら悩むどころか唾棄すべき問題に一切答えが出せない…いや…やはり悩んだ事が無い問題だから答えが出せないのだろうか…?……一人で悩んでても無駄か…一つ聞いてみるとしよう。

 

「…兵藤「ッ!」…起きてるんだろう?」

 

「…すみません、テレサさん…」

 

仰向けに寝かされていた兵藤が身体を起こした。

 

「…お前らの状況は把握出来ている。一応、聞いておこうか。何時から、起きてた…?」

 

「アーシアに治療して貰ってる時です…」

 

「……そこから起きてたなら、自分で歩いて欲しかったんだがな。」

 

「すみません。タイミングを逃しちゃいまして。」

 

まぁ状況が状況だったとはいえ、すぐに気付かなかった私も悪いがな。

 

「まぁいい。さっきの話は聞こえていたんだろう「すみません!黒歌さんたちには黙ってますから!」…いや、怒ってはいない…少なくともその資格が私に無いのはお前も良く分かるだろ?」

 

その場で土下座を始めた兵藤に少し戸惑いながら、止めさせる…弱味を握ったと揶揄われたり、批判されるのは覚悟していたがこれはさすがに予想外だ…まさか優位に立った筈の兵藤から土下座されるとは…そんなに怖いのか?私は…割と長い付き合いの兵藤にそういう反応を返されて、少し凹みながら、私は聞いてみる事にした。……こいつなら、答えまで行かなくても、ヒントくらいなら出してくれるかもしれん…

 

「なぁ兵藤?私はどうしたら良いと思う?」

 

「…何で俺に聞くんですか…?」

 

「いや…恥ずかしい話だが…今までこういう事で悩んだ事が無いせいか、どうにも煮詰まってしまってな…お前なら何か意見を出してくれるかと思ったんだ。」

 

「…何で俺なんですか?」

 

「この場にいて聞いてしまったのがお前だけ、という事もあるが、私とオフィーリアとある意味同類のお前なら、と思ってな…」

 

「……あの…俺の正直な意見を言っていいんですか…?」

 

「ん?ああ。私はこれでも本気で悩んでいてな、おふざけは無しで…真面目な意見を貰いたい。」

 

「そうですか…ならハッキリ言わせてもらいます…俺は貴女とオフィーリアさんと同類ではありません。」

 

「んん?」

 

私は困惑した…同類じゃ、無い…?

 

「言っておきますけど…俺がハーレム目指してるだけで、今はそういう事してる相手がいないからとかそんな理由じゃありません…ある意味オフィーリアさんには近いのかもしれませんけどテレサさんと俺は同類じゃありません。」

 

「何故だ…?理由を教えてくれ…」

 

「簡単な話ですよ。…俺は好意を向ける相手が複数います…具体的に名を挙げるならアーシアと部長です…オフィーリアさんは好意をテレーズさんに向けてます…他の人に気持ちを向ける事も無くはないみたいですけど…」

 

「分からん…私と何が違うんだ…?」

 

「だって…テレサさん、黒歌さんたちに恋愛感情向けてないでしょう?」

 

「な、に…!?」

 

否定しようと声を上げようとしたが…出来無い…!私は…兵藤の言ったそれが…否定出来無い…!

 

「やっぱり否定出来無いんですね…テレサさんは多分…黒歌さんたちから向けられている好意に流されるまま…その…身体を重ねてるだけなんです…アザゼル先生とライザーに至ってはもっと酷いですね…多分、無意識だとは思いますけど、完全に遊びと認識してると思いますよ?まあアザゼル先生はそれでも良いって言うと思いますけどライザーには同情しちゃいますね…テレサさんに本気みたいですから…」

 

先生と付いてる事で少し前にアザゼルがどんな手を使ったのかこの学校に教師として赴任した事を頭の片隅で思い出しつつ…私は必死で兵藤の言っていることを否定する材料を探そうとしていた。

 

「俺からは何も言うつもりはありませんけど…テレサさんが本当に本気で悩んでいると言うなら…全員に全てを話して、決着が着くまできちっと話し合いをすべきだと思います…多分それからでないと何も変わらないと思います…」

 

「…私はずっと一人で悩んでいた…この関係性をどうすれば良いのかと…」

 

「すみません…その時間が無意味だったとは思いませんけど…もうその段階をとっくに超えてると思います。一度ちゃんと話し合った方が良いです…大丈夫ですよ、皆テレサさんが好きなんですから、そんなに悪い事にはならないと俺は思います。」

 

「そうか…分かった。検討してみよう…」

 

「あまり偉そうな事言いたくないですけど…早くした方が良いと思いますよ?…後で発覚したりするともう話し合いどころじゃ無くなるかもしれませんし…」

 

「ああ…ありがとう、兵藤。」

 

「い、いえ…俺は何もしてませんし…あーほら!クレアちゃん待たせてるんでしょう?早く行った方が良いですよ。俺たちは放課後、生徒がいなくなった辺りでこっそり帰りますから。」

 

「ああ…こっちが落ち着いたら、声をかけるからまた家に遊びに来い…アーシアが喜ぶ。」

 

「はい!」



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*7

『…で、何で私に電話して来た?私にはまるで関係無い話なんだが?』

 

「いや、そのな…」

 

私は兵藤にはああ言ったものの、いざ話すとなると急に尻込みしてしまい、取り敢えずテレーズに電話をかけていた。電話の理由を説明すれば、先の返事が返って来た…真面目に聞け!とは言えないな…私も同じ立場なら同じ様な返事を返してしまっただろうからな。

 

『仕方の無い奴だ…そもそもな、お前が時々二人とヤっているのに最初に気付いたのは私でもオフィーリアでも無いからな?』

 

「まさかそんな…嘘だろう…?」

 

『現実を教えてやる。…最初に気付いたのは黒歌だ。私たちが知っていたのは黒歌の方から私たちに相談して来たからだな。』

 

「そんな…」

 

『お前らの関係性が関係性だからな、黒歌も別に二人と関係があるのは怒っていなかった…分かるよな?あいつが気にしてたのはお前が何も言わない事だ。』

 

「だが、何故あいつは私に何も…」

 

『お前の出自を考えれば分からなくてもそれ程可笑しくは無いが、分からなくても良いわけでは無いな。』

 

「だから、どういう事なんだ…!?」

 

『自分たちに隠れて男と寝ている?もしかして自分たちに満足していない?…捨てられるのかも!?…とか思っても仕方無いとは思わないか?』

 

「しかし、黒歌はそんなに弱くは『そうじゃないからお前に言わないんだろ?』……」

 

『お前の事だ、連中を裏切った…それで自分が殺されるなら仕方無いとか思ってるかもしれんが、それで済めば良いな?』

 

「それ以上何があると言うんだ?」

 

『黒歌に言われた事をそのまま復唱してやる…私たちに何かあったら、クレアとアーシア、それに白音の事を頼んで良い?…だ。』

 

「なっ!?」

 

『このタイミングでこんな事を言う理由は一つしか無いよな?このままお前が黙ってたらあいつら自害しかねんぞ。お前を巻き込んでか、お前を残して死ぬのかは知らんがな。』

 

「それではもう『落ち着け。あいつはギリギリまでお前を待つと言っていたよ…どれくらい我慢出来るのかは知らないが。』私は…!」

 

『取り敢えず今日はもう仕事に戻れ。大体、全員に言うにしても今日から数日、セラフォルーが仕事でいないんだろ?』

 

「何で知ってるんだ…?」

 

『昨日の夜中、人の部屋押し掛けて来てお前に会えないと愚痴って行ったからだが?……ちなみにオフィーリアが敵と勘違いして危うく殴りかかるところだったからな?』

 

「すまん『謝らなくて良いから奴に伝えておけ。夜中に連絡も無く突然来るな、とな。』分かった…」

 

『じゃあ切るからな…最近あまり体調が良くないんだ…下らない事で連絡して来ないでくれ…』

 

「悪かった…ゆっくり休んでくれ。」

 

身重のテレーズに無理させた事を反省しつつ、電話を切った…

 

「…取り敢えず仕事に戻るか…後は帰ってから考えるしか無い…」

 

私は旧校舎の廊下の窓を開け、外に出ると新校舎に向かった…



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*8

それからは用務員室に戻り、普通に仕事を続けた…そう言えば、今日は見回りをしてないな…まあ良いか…今日は捕まえなければいけなかったあいつらも結果的に出没しなかったわけだしな…それにしても…

 

「……」

 

私はオフィーリアの方を見る…何も言って来ない。さっきの事は無かった事にするつもりらしい…オフィーリアが戻って来た時点からクレアは眠ったままのようだから、てっきりまた話を振ってくると思ったのだが。

 

「…何?」

 

「いや…何でも「手が止まってるんだけど?用があるからこっち見てるんじゃないの?」……」

 

「…さっきの話なら私からこれ以上何か言うつもりは無いわよ。決めるのはアンタよ。どうせ既にテレーズに電話でもして色々聞いてるんでしょ?その上でどうするか自分で決めなさい。」

 

「……お前の意見を聞きたいと言ったら?」

 

そう言うとオフィーリアがわざとらしいほど大きな溜息を吐いた。呆れ顔をして聞いて来る。

 

「本気で言ってんの?」

 

「……」

 

「なら、言ってあげるわ。とっとと自分の首斬り落として死んだら?…アンタがそんなんじゃ待ってくれてる黒歌が可哀想よ。」

 

「…しかし、ここで私がいなくなったら「アンタに覚悟が無いんだもの、当然でしょ?…心配しないで。黒歌たちはもうどうしようも無いけど、クレアとアーシアと塔城小猫は私とテレーズできっちり守るわ。」……」

 

「どうせ今はもう自害する度胸も無さそうだけど、アンタがただ自殺したいだけなら私は介錯はしないわ。本気で死にたくなったら言って。見届けてあげる…後の事は任せてくれて良いから。」

 

「黒歌たちの事も守ってくれないか「それはアンタが自分でやんなさい。そもそもアンタがいなくなったらあいつらは間違い無く後を追うわ。…黒歌に頼まれてるし、クレアたちは守ってあげるけど自分で決めて死のうとしてる連中を止める義理は無いの」しかし朱乃はまだ「本人がそう決めたなら私は何もしないわ。そもそも、誰が悪いの?」それは…」

 

「取り敢えず集中しなさいよ、手が止まったままよ?」

 

私はクレアの事をチラッと見た後、書類に向き直った。

 

 

 

 

「今日は話し合いは無理よね?だからって帰らないつもり?」

 

「少し考えたくてな…」

 

「そう。クレアは連れてってあげるけど…理由は適当に誤魔化すでも良いから黒歌に連絡はしておきなさいよ?部屋に着いてからわざわざ説明するの面倒だから。」

 

「ああ…」

 

「じゃあ、また明日。」

 

クレアを背負い、オフィーリアが出て行くのを見送った。

 

 

 

「テレサ?どうしたの?ここに来るなんて久しぶりじゃない。」

 

黒歌に仕事をある程度片付けたいから遅くなると連絡し、私はオカルト研究部のドアをノックしていた。中から出て来たリアスと会話する。

 

「ああ…ちょっとな…朱乃と小猫はいないのか?」

 

「…今日は家にいるけど?最近はそれ程大きな仕事も無いし、あまり全員は集まったりしないのよ。」

 

「そうか…」

 

「……帰らないの?」

 

「ここに来たら駄目なのか…?」

 

「そういう訳じゃないけど…何かあったの?」

 

「……」

 

「…良いわ、入って。今は私しかいないから気兼ねしないで良いわよ。」

 

「ああ…」



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*9

「そこ座って。」

 

「ああ。」

 

リアスに言われ、この前まで良く座っていた席に座る…どうにも妙な気分だ…何だろう、この何と言うか…何かが欠けたような違和感は…

 

「何かソワソワしてるわね、テレサ。」

 

「そうか…?」

 

紅茶のカップとポットをお盆に乗せて持って来たリアスが私を見て笑う。

 

「貴女がその席に座る時、大抵は朱乃と小猫がくっついているでしょ?」

 

「…そうだな、確かにそうだ。」

 

最近の私は仕事をして、家に帰るだけの生活だ…放課後ここに来る事も無い…こいつと他の連中も何時の間にか用務員室に来なくなったしな。

 

「朱乃と小猫は何時でも貴女に会えるし、何より…」

 

「テレーズとオフィーリア、か?」

 

…明らかに考えがバレた事を気にすべきなのかもしれないが聡明なこいつの事だ、今の話の流れから気付いた可能性もあるし、単なる偶然という事もある…

 

「そうね…今はテレーズが休みを取ってるからアレだけど…あの二人がイチャついてるのを見せられるのはハッキリ言ってキツイのよ…」

 

「そうか…」

 

私はいよいよ見慣れてしまったがな…まあ仕事中はオフィーリアでさえ、真面目だから文句も言いづらいのだがな…

 

「で、どうしたの?何時もの貴女ならとっくに帰ってる頃よね?それに今日はクレアが来てた筈でしょ?…一緒じゃないの?」

 

「そうだな…」

 

こいつに言った覚えは無いがな…まぁ朱乃か小猫から聞いたのだろう…

 

「まぁ今更取り繕っても仕方無いか。悩み事と言う奴だよ…」

 

「えっ…?貴女が…?」

 

「そんな驚く様な事か…?」

 

「そりゃまあ…」

 

「私だって悩んだりするさ…」

 

「じゃあここに来たのって…」

 

「意見が聞きたくてな…まぁここにいたのがお前だけだったのは僥倖か…小猫と朱乃には言えんし、兵藤には意見を聞いた。オカルト研究部の連中は残りはお前以外はどうもな…」

 

ギャスパーはこの手の問題は真面目に取り組んでもこれ以上の意見が出て来るかは分からん…ゼノヴィアは正直、斜め上の回答が飛んで来そうだからな…

 

「まあ私で良いなら良いけど…」

 

「頼む!」

 

「ちょ、ちょっと!?何をそんなに悩んでるのか知らないけど頭なんて下げなくて良いから!」

 

「ああ…」

 

「相当に深刻なのね…良いわ、取り敢えず話してみて。」

 

「実はな…」

 

 

 

「え~っと…何と言うか、意外ね…」

 

「何がだ?」

 

「…お兄様と違って真面目だから…貴女がそういう事で悩んでるのがどうもね…」

 

「…そうか…お前にはそう見えたか…」

 

実際、私の知ってるサーゼクスにしてもグレイフィアに会うまで、声をかけた女はかなり多い様だ…無論、私を含めてな。…というかグレイフィアと交際を始めた当初はまだ私に声をかけてたからな…グレイフィアと揉めたのがまるで昨日の事の様に思い出せる…これに関しては今も忘れられん…何かムカついて来たぞ…。

 

「その様子だと貴女もお兄様と色々あったの…?」

 

「巻き込まれただけだよ。あいつが勝手に口説いて来ただけで私は何もしてない…最もグレイフィアには関係無かった様だが。」

 

「じゃあ、その縁が今も?」

 

「ああ…だが、その頃私は色々と荒れていたからな、私の事を調べた後、私の所に来たあいつにまるで関係無い筈の私の私生活の事で散々説教されたよ…」

 

「それで今もお義姉様に頭が上がらないのね…」

 

いや…何で私の昔の話になってるんだ…?

 

「……その話はもう良いだろう?それで「ハッキリ言っても良いの?」…もちろんだ。」

 

「ほぼイッセーと同じね、黒歌たちに言うしか無いんじゃない?」

 

「やはりそう思うか…?」

 

「複数の人と関係あったって悪魔としての私が批判する事は無いけど…身内にもそういうのがいるし、そもそも悪魔の間で伴侶が複数いるのなんて珍しくも無いし…でも本来のパートナーたちが知らないのは不味いと思う。」

 

「やはりそうか「それにね」ん?」

 

「オフィーリアみたいに過激な事は言わないけど…私個人としては気に入らない話よ。」

 

「そうか…参考になった…」

 

「取り敢えず今日はもう帰ったら?きっと皆心配してるわよ?」

 

「そうだな…少し落ち着いた、ありがとうリアス。」

 

「…貴女たちには返し切れない恩があるわ…良いわよ、これくらい…その代わり、ちゃんと黒歌たちと話をしてね?…クレアを悲しませる事になったら私だって怒るから。」

 

「ああ。じゃあな…」

 

席を立ち、オカルト研究部のドアを開け、外に出て、閉める…

 

「……」

 

廊下の窓を開け、外に出た。

 

「フッ!」

 

妖力解放し、家まで走る…着いた…見つかってないよな?まだ人気のある時間だが、さすがに私の姿が見える程の実力者はいないはずだ…

 

「しまった…」

 

部屋の前まで来て立ち尽くす…すぐに会うのは気まずい…普通に歩けば良かったか?

 

「…まあ仕方無い…いい加減腹を括ろうか。」

 

そもそも部屋の前まで来た時点でバレるのだ…そうでなくても短時間とはいえ、妖力解放したのはテレーズとオフィーリアにはバレているだろう…下手をすれば黒歌にも…ここで逃げても私の立場が悪くなるだけ…

 

「……」

 

私はドアを開け中に入った。



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*10

気合い入れて入って来たのは良いが、今日からセラフォルーがいないので今日私の口から話しても仕方が無いし、そして…

 

「おかえりにゃ、テレサ。」

 

「…ただいま、黒歌。」

 

事前に連絡をしていた為、多少遅くなったところで別に黒歌から文句が飛ぶ事も無く、こうして私は黒歌に笑顔で迎えられながら帰宅してしまっている訳だ……

 

「結構早かったわね、遅くなるって聞いたけど?」

 

「ああ、思ったより早く片付いてな…クレアはもう戻ってるか?」

 

「…ついさっき、オフィーリアが連れて来たにゃ。」

 

「…そうか「テレサ?」ん?」

 

「何で帰って来るだけで妖力解放したにゃ?」

 

やはりバレるか…

 

「…早く帰ってやりたくてつい、な…」

 

「…私としては嬉しいにゃ…でも…」

 

「分かってる…悪かった…」

 

「良いにゃ。でも、テレーズとオフィーリアが話があるからご飯食べたら部屋に来てだって。」

 

「……ああ。」

 

食事をする…黒歌は何も言わない…何を考えてるのかは私にも分からんな…あの後起きたのか食事をしているクレアを含めた残りの面子は気付いても…いや…それも分からないな…

 

クレアが今日、私の職場に来て感じた事を話すのに相槌を打ちながら私はそう考えていた。

 

 

 

 

そして現在…テレーズとオフィーリアの部屋に私はいた。

 

「…で、何の話をしたいのか分かるな?」

 

「ああ…」

 

「じゃあ言ってみろ。」

 

「私が妖力解放した事、だろ?」

 

「戦闘をしていたのか?」

 

「いや…そうじゃない…まぁ強いて言うなら気分の問題だな。」

 

「…別にお前が戯れに妖力解放して加減ミスって覚醒者になろうが私には関係無い。オフィーリアが殺しに行くだけだからな。」

 

「そうね…それぐらいはやってあげる。」

 

「だが…戯れにしろ、訓練にしろ、敵もいないのに町中で妖力解放するのは頂けないな…」

 

「私はね、普通に生きたいのよ…テレーズと一緒にね。貴女が普段、自分の力を抑えられないと見なされたら、テレーズは大丈夫だとしても、私は確実に危険視されるわよね?」

 

「そうだな…」

 

「次にやったら…まぁ言うまでもないな。」

 

「ああ。すまなかった。」

 

「謝罪は……一応受け取っておこうか。今日はお前の電話で起こされて、その後のお前の妖力解放でまた起こされたからな、私は。」

 

「……」

 

「私としてもこの腹に関して日常生活を送れないことにに不便さを感じてはいるが、不快では無い。産まれてくるのが普通の子供でないのは間違い無いが、単なる化け物でない限りは無事に育てたいんだ…これ以上私の心労を増やさないでくれないか?」

 

「本当にすまなかった…こっちの問題もさっさと解決する…」

 

「お願いね……私としても黒歌たちの死体は見たくないから。」

 

「分かった…ッ!…何だこれは…!?」

 

「お前の部屋からだな…相手はかなりの魔力持ちか…?」

 

「すまん…今日はこれで「一応私も行くわ。」助かる。」

 

 

 

 

「…何が起きた?」

 

「それが…女の子が部屋の中に入って来て…」

 

「女の子?」

 

「ゴスロリ服を来た女の子が…」

 

…?何だ?何か引っかかる…そんな知り合いは私にはいない…いや…何か大事な事を忘れている様な…ん?

 

「オフィーリア?どうした?顔色が悪いぞ?」

 

「…アンタはもう覚えてないんだったわね…アンタ、前に私に自分で話したんだけどその記憶も無い?」

 

「…私がそいつを知っていたと?」

 

「多分…オーフィスじゃない…?」

 

「…あ!」

 

しまった!?

 

「そいつは何処に行った!?」

 

「クレアの部屋に…あ…」

 

私は黒歌を押し退けるとクレアの部屋のドアを開けた…

 

「我、クレアの友だち。」

 

「うん!もうオーフィスちゃんは一人ぼっちなんかじゃないから!」

 

「…クレア?」

 

「あっ!テレサ!この子オーフィスちゃんって言うんだ!友だちになったの!」

 

「そっ、そうか…なぁクレア、ちょっとこいつを借りていいか?話が「オーフィスちゃんだよ、テレサ。」…オーフィスに話があるんだ…良いか?」

 

「うん。分かった。」

 

「じゃあオーフィス、一緒に来て貰って良いか?」

 

「我、分かった…テレサについて行く。」

 

 

 

 

「おい…まさかそいつ…」

 

「そう言えば、私と記憶を共有していただけのお前なら原作知識は残っている筈だな…オーフィスだ…あー…慌てるな、多分こいつは今の所は何もしないよ、クレアと話した後だしな…ここにも素直について来た。」

 

オーフィスを連れて、テレーズの部屋に戻って来た…さて、先ずは話をするか。

 

「お前に敵意が無いのは分かるが、一応確認はしておきたい…何をしに来た?」

「我、テレサに会いに来た。」

 

……黙ってついて来た辺り、薄々そうじゃないかと思ってはいたが…私はオーフィスに少し待つ様に良い、テレーズとオフィーリアを部屋の奥に連れ出した。

 

「あいつは私に会いに来たらしいが…」

 

「あいつは確かグレートレッドドラゴンを倒したいらしいからな…その協力を頼みに来たんじゃないのか?」

 

「何故私に?」

 

「私たちの力がオーフィスにとって未知だから…じゃない?」

 

「なら、テレーズは違うにしてもお前でも良かっただろうに…」

 

「言い方が腹立つわね…でもアンタの所に来た理由は分かるわ。」

 

「そうだな…私も分かるな。」

 

「なっ、何故!?」

 

「「今日のお前(アンタ)の妖力解放。」」

 

「は!?」

 

「恐らくは…和平会談の時のお前らの戦いをオーフィスは見ていて興味を持った…で、探してはみたものの普段私たちは力を抑えてしまっていてなかなか見つからなかった。」

 

「…で、今日アンタが久々に妖力解放したから、その力を辿って来たんでしょ。」

 

「…じゃあ…私のせい、か?」

 

「そういう事、だな。」

 

「きっちり話着けなさいよ?こっちは巻き込まれたくないから。…クレアが話してるとはいえ、まだ諦めてないかもしれないわ。」

 

「分かったよ…行ってくる。」



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*11

「……」

 

オーフィスの前に戻って来てから思った…こいつにどういう話をすれば良いんだ…?こいつの性格を前の私は覚えていたのかもしれないが今の私には分からない…ただ、先のやり取りから察するにこいつはまだ赤子とそう変わりない…感情論を述べても理解出来ないだろう…どうしたものか…

 

「オーフィス?」

 

「何?」

 

「お前は何で私に会いに来たんだ?」

 

結局ストレートに聞くのが一番早い気がした…何となくだが分かる…こいつは聞かれた事には必ず答える…そして絶対に嘘はつかない。

 

「我、テレサの戦ってる所を見た。テレサは私の知らない力を使ってる…だから興味を持った。」

 

「…私に逢いに来たのはそれが理由か。で、会った感想は?」

 

会ってどうするの気だったのかと聞きそうになったが堪える…話を急ぐのはあまり得策じゃない気がした…

 

「テレサの力が何なのかは分からない…でも一つ分かった事があった。」

 

「…何が分かった?」

 

「テレサは弱い、我の方が強い。」

 

「そうか…そうだろうな…間違い無く私はお前より弱い…お前は強い奴を探しているのか?」

 

「そう。」

 

「何の為に?」

 

「我、次元の狭間に帰りたい…でもグレートレッドいる。」

 

「…そいつをどうにかするのに味方を探しているのか?」

 

「そう。」

 

「お前、仲間は?元はいたんじゃないのか?」

 

「いない。我、元々一人だった。」

 

「…グレートレッドを倒してもそこにはお前しかいないんだろう?連れて来た奴が残ってくれなかったらお前は一人に戻るな?寂しくないのか?」

 

「寂しい?クレアにも言われた…良く分からない。」

 

…長い年月、こいつに向き合う奴がいなかったのだろう…寂しいという感情も理解出来無いか…

 

「そうか。クレアの事をどう思う?」

 

「クレアは弱い…でも強い。」

 

「…それは心の話か?」

 

「そう。我が近付くと皆怯える…クレアはそうじゃない。」

 

「クレアと話してどう感じた?」

 

「暖かい。」

 

ここら辺が落とし所か。

 

「お前が向こうに戻ったらもうそれは感じられないかもな…どうする?」

 

「…我、クレアと一緒にいたい。」

 

…次に言う事を想像したら胃が痛くなって来たな…仕方無いか…

 

「なら、一緒にいれば良い…家族になれば一緒にいられる。」

 

「家族…そしたらクレアとずっと一緒?」

 

「そうだ。私たちと一緒に暮らそう。」

 

「我、テレサの家族?」

 

「そうだな、お前は今日から私たちの家族だ。」

 

この日家族が一人増えた…

 

 

 

 

あの後まだ起きていたクレアにオーフィスを引き取った事を伝えたら大喜びしていたが…後の事を考えると非常に胃が痛い…こっそり正体を教えた黒歌も顔色が悪くなったからな…後処理はサーゼクスに丸投げするとしてその後はどうしようか…取り敢えずサーゼクスから胃薬を分けてもらうのは確定だな…自分の事で精一杯なのに何で余計な問題を増やす羽目になるんだ…

 

テレーズとオフィーリアからは家族の一人として接しはするがその他の面倒事はこっちでどうにかしろと言われたし…あー…胃が痛い…



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*12

これからの事を考えつつ、クレアをオーフィス(あいつ睡眠取るのか…?)と一緒に寝かしつけてから私はある事に気付き、私はまたテレーズとオフィーリアの部屋を訪れていた…

 

「…で、今度は何だ?」

 

「オーフィスの事なんだが…」

 

「…引き取ったのは良いが、今の状態だと昼間は結局部屋に一人になる、か?」

 

「……」

 

私も黒歌も働いているし、クレアとアーシア、それから小猫と朱乃は学校…普段は家にいるセラフォルーも今は出張中…不味い…非常に不味い…

 

「…寧ろ、何時気付くのかとオフィーリアと話していた所だ。」

 

「いや…さっきはそれが最善だと思ったんだが…」

 

「…そもそもあの子、お飾りとはいえ今は一応渦の団の首領なのよね…間違い無く取り返しに来ると思うわ。あの子が何も考えずに一人で戦ったらこのマンション無くなるわよ?」

 

「それで済めば良いがな…最悪この付近一帯が更地…いや、それ以上の被害が出るかもしれんな…」

 

「…つまり当面は最低でも私たちクラスの人間が残るべきだと?」

 

「いや、私は今戦えないからな?」

 

「というかこっちを巻き込まないで欲しいんだけど?」

 

「そこを何とか…!」

 

「オフィーリア?」

 

「冗談。クレアの妹になるとはいえ、あの子にそこまでする義理無いわよ。」

 

「……」

 

「こっちはてっきり、諸々どうにかする自信あって引き取ったんだとばかり思ってたがな。」

 

「…無茶言うな…もう渦の団に所属してる奴の名前もろくに出て来ないんだぞ…」

 

「…記憶なんて一番当てにならないだろ?今のお前の様に忘れたりするしな。どうしてメモを取っておかなかったのか甚だ疑問なんだが?」

 

「いや…それは…しかし、お前らは私が話した内容は覚えてるだろ?テレーズは私と記憶を共有していたし…」

 

「…確かに私も聞いたけどね…こっちや、サーゼクスたちに話した情報も微々たるものよね。というか…既にあの時の時点であやふやだったわよねアンタ。」

 

「ちなみにお前から共有した記憶なら既に虫食いだらけだったが?良くアレでどうにかなると思ったな…」

 

「……」

 

「話が逸れたな…で、オーフィスの事はどうするんだ?」

 

「…取り敢えず明日からしばらくの間…オフィーリア、お前一人になるが仕事を任せても良いか?」

 

「……別に、出来無くは無いけど。」

 

「何だ?」

 

「いやね、さっきまで二人で話してたのよ、こっちにオーフィスを預けるつもりじゃないかって。」

 

「……実を言うと浮かんではいたな…ちなみにそっちで頼んでたらどうしてた?」

 

「……オーフィスの生活費を入れてくれるなら受けてはいたな…」

 

「……いくら取るつもりだったんだ?」

 

「…さぁな。結局お前は頼まなかったんだから良いだろ。」

 

「…で、明日からしばらく私一人で行けばいいのね?…で、何時まで?分かってると思うけどずっとじゃ困るわよ?テレーズが心配だし。」

 

「アザゼルも成長が異様に早い事以外何も分からないらしいからな…ハッキリしてるのはもう何時産まれても可笑しくないと言う事だ。」

 

「…二週間…いや、一週間くれ。」

 

「ふ~ん…分かった、一週間ね…あっ、先に言っておくけどテレーズに何か起きたら帰るからね?」

 

「いなきゃいないで放置になってる仕事だからな…良いんじゃないか?」

 

「……」

 

「おっと…お前は困るよな、書類が溜まる一方だし。」

 

「産まれた後は悪いけど仕事どころじゃないからね、後はアンタがどうにかしてね…それで良いかしら?」

 

「…分かった…その条件で明日から頼む。」



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*13

翌朝、オーフィスと二人で部屋に残る事になったものの…私は子どもは基本的に聡明なクレアしか接した事が無い…クレアが学校に行き、他の家族も私以外家に残らない事を聞き分けてくれた時にはホッとしたが…早速私は二人きりになった事を後悔していた…

 

「「……」」

 

私は基本、相手が話しかけてこない限り自分から話を振る事はあまり無い。オーフィスも自分から話を振る気は無いようで気不味い沈黙が続いていた。

 

一週間…咄嗟に私が言った期間だが、あの時一週間でこいつに何をしてやるとも私は考えていなかった…クレアとこいつが少しでも長く一緒にいられるようにするためにはこいつが小学校に通える段階まで教育する必要がある…そうでなければ後見人を務めるサーゼクスたちは納得しないのは確かだ(そもそもまだ引き取った事実も伝えてないがな)オーフィスは地頭が良いのは間違い無いだろうが、こいつは人間社会の常識を知らん。先ずはそこを教えなければならないのだがどう切り出せば良いのかまるで分からん。

 

これならあいつらの言う通り戦闘は私が請け負い、普段の世話はテレーズとオフィーリアに任せるべきだった…生活費さえ入れればあいつらはそこら辺は協力してくれるつもりだった様だしな…失敗した。今更テレーズに協力してくれと頭を下げに行っても無駄だろう…今のあいつはオフィーリアがいないと日常生活を送る事もままならん…私がやるしか無い訳だが…どうしたものか…

 

胃が痛い…昨日チラッと二人に聞いてみたが私のこの胃痛はクレイモアである以上、間違い無く気のせいだろう(クレイモアは基本的に病気とは無縁)と言われたがそうは思えない…私はこの痛みを現実の物として確かに認識している。

 

「テレサ。」

 

「!…どうしたオーフィス?」

 

思索に耽っていたところ、オーフィスに話し掛けられた…何時の間にか近くにいた事に気付き、驚くが何とか顔に出さないようにして返事を返した…胃痛が更に酷くなって来たぞ…

 

「どこか痛い?我、心配。」

 

「……私を心配してくれるのか?」

 

今度のは完全に驚きが声に混ざった…恐らく顔にも出てしまっているだろう…

 

「クレアから家族が苦しんでいたら心配すると聞いた…テレサ、我より弱いから心配…」

 

……見た目が子どものこいつに心配されるのは妙な気分だ…そもそもこいつの事を考えているから胃が痛いのだが…いや、元々の前提が間違っていたんだな…クレアの言葉で仮初でもそういう情緒が芽生え始めているのなら…黙っている方が愚策だろう。ここは一つ正直に語ってみるとしよう…

 

「お前のこれからの事を考えていてな…」

 

「我の事?」

 

「…クレアと家族でいたいならお前は人間として生きなければならない。その為には人を知らなけれはいけないのさ。」

 

「我、クレアと家族でいたい…どうしたら良い?」

 

「一緒に学んで行こうか、オーフィス?実を言うと私も人間を辞めてしばらく経つせいか、クレアと暮らす様になって時間が経った今でも齟齬が生じるのさ。だから…共に学ぼう、オーフィス。」

 

私はオーフィスの頭を撫でながらそう言った。そうだ、時間はまだある…先ずは部屋に篭ってないで何処かに出かけてみようか…渦の団の連中が現れるかもしれんが、ここにいてもこいつに何も教えられない。問題が起きたらサーゼクスに後処理をさせるとして…さて、先ずは何処に行こうかな?



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*14

「…で、色々回った挙句、何で最後に来るのがここなのかしら?」

 

「いや…私の場合、どうも最近の娯楽には疎くてね「貴女、元は人間でここに近い世界の今くらいの時代に生きてた人って言ってなかった?」…数百年は前だからな。当時、何をして楽しんでたかなんてとっくの昔に忘れたよ。」

 

「どうだか…」

 

私はオーフィスを連れて夕方頃まで適当に彷徨いた後、結局、そのまま私の職場の駒王学園・用務員室を訪れていた。

 

「それにだ、仕方無いだろう?今のオーフィスじゃ、何処に行ってもどう楽しむのか説明するだけで終わるんだから。」

 

「…それが本音、ね。どうせ貴女が説明下手なだけでしょ?というか、私はもう帰るんだけど?」

 

「あー…気にするな、この後はオカルト研究部に行くから「もう夕方よ?クレアも帰って来てるだろうし、リアスたちに迷惑かけるぐらいなら家に帰れば良いじゃない」……そうだな。」

 

「忘れてたのね…寧ろクレアの方が会いたがってるんじゃない?本人は妹が出来て喜んでたし。」

 

「そうだな…オーフィス、そろそろ帰ろう。クレアがもう帰っている頃だ。」

 

用務員室の隅で暇そうにしていたオーフィスに声をかけた…予想以上に大人しかったな…

 

「テレサ…我、もうクレアたちに会える?」

 

「ああ。もう皆帰っている頃だ…悪かったな、私と一緒じゃあ退屈だったろう?」

 

正直、オーフィスを普通の子どもとしてすら扱えて無かったな…やはり私に子守りは向いてなかったか…今からでもオフィーリアに頭を下げて…

 

「テレサ。」

 

「ん?どうした、オーフィス?」

 

「…我、今日はテレサと一緒で楽しかった。」

 

……オーフィスが笑っ、た…?

 

「……ホントにすごいわね、クレアは…ほんの短時間話しただけでしょうに…」

 

「そうだな…」

 

「……テレサ…我、何か変だった…?」

 

「ん?何がだ?」

 

「クレアから楽しかったら笑うと聞いた…我の笑い方…変だった…?」

 

悲しそうな顔でそう言うオーフィスに驚いていると溜息を吐きながら私の背中を小突いたオフィーリアが言った。

 

「…いいえ。そんな事ないわ。貴女、今とても人間らしいわよ……私なんかよりずっと、ね…」

 

「…そうだな…お前が学校に通える様になるのもそう遠くないだろう…痛っ…今度は何だ?」

 

「もっと気の利いた褒め方無い訳?」

 

「…良いだろう、本人は嬉しそうだしな「クレアと黒歌の苦労が分かった気がするわ」どういう意味だ?」

 

「貴女が朴念仁だって事よ。」

 

「……口数が少ないのはテレーズ譲りだ「それは貴女のイメージでしょ?それに、貴女よりは良く喋るわよ?」……」

 

「テレサ?オフィーリア?」

 

「「何(だ)?」」

 

「我、早く帰ってクレアたちに会いたい。」

 

「…さっさと帰りましょうか。」

 

「…そうするか。」



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*15

「…で、君の言ってる事では勝手に引き取ると決めた事や、今日まで私たちに黙っていた事の説明にはなっていないんだが?」

 

「……」

 

結局私はセラフォルーが戻って来る日まで、オーフィスを引き取った事をサーゼクスに切り出す事が出来なかった…

 

「ッ…何をしているんだ…?」

 

私は正座したまま床に手を付き、頭を下げた。

 

「…すまなかった。私はお前たちの事を信じ切れなかった…だから今日までお前たちに何も言えなかった…クレアも懐いている…気に入らないなら、私の首をやっても良い…だから、家族としてあいつの事を見守ってくれないか…?」

 

「私たちが貴女を責めないと分かっているなら何故…!…いえ、そうね…私でも…言えないわね…」

 

「……確かに…幸い、オーフィスが渦の団の首領である事は上の立場の者は私とグレイフィアにアザゼルしか知らないとはいえ、公にするのは難しいだろうね…だが…だからこそ一言、言っておいては欲しかった…」

 

「……」

 

「取り敢えず頭を上げて。悪い様にはしないから…それでは話も出来無いわ。」

 

「……ああ。」

 

「…話を続けるが、私たちに頼みたいのはオーフィスの後見人となってクレアと同じ学校に通わせる事、だね?」

 

「……その通りだ。」

 

「それがどれ程難しい事なのか承知しているね?」

 

「ああ…」

 

「オーフィスは元々その強大な力を危険視されている…譬え今の見た目がいくら子どもにしか見えなくても、だ。」

 

「……」

 

「クレアと君の話を疑う訳では無いが、少なくとも今現在、オーフィスが懐いているのは君たちだけだろう?…セラフォルーに至っては会ったばかりで警戒されている様だし。事は君が命を懸ければ済むという問題では無い。」

 

「……ああ、分かっている…」

 

「なら、これも分かるだろう…?彼女がクレア以外の子どもたちに危害を加えない保証が無い……無理だ。」

 

「…どうすれば良い…?」

 

私には分かっていた…サーゼクスは頭ごなしに否定している訳では無い…必要なのは…

 

「……彼女がその強大な力を迂闊に奮わないという確実な証明、それから、彼女を取り戻しに来る渦の団の追っ手をどうにかする事の二つ…だね。」

 

「……」

 

前者は問題無いと言っていい…既にあいつはクレアと二人きりで行動する事が多くなっている…その間、奴は一度も問題を起こしてない…後は…

 

「…一つ目に関してだが、オーフィスはクレアが学校に行ってる時以外は一緒に行動している。平日は一人で行動しているが今の所問題は起こしてない。もう一つの方は私が何とかしよう。」

 

「どうするんだい?」

 

「私が渦の団を壊滅させる。無論、時間はかかるがな。」

 

「簡単に言うが、君は何処に本拠地があるのか分かっているのかな?」

 

「……」

 

私は口を噤んだ…原作知識の失われている今、私には場所が分からない…いや、違うな…テレーズに聞いてもその知識が欠けてしまっていた事がはっきりしている…だが方法が無いわけでも無い。

 

「オーフィスが知っている。あいつは既に渦の団を見限っている様だしな…聞けば答えるだろう。」

 

「彼女が喋る様なら私の方も彼女を味方だと信じる事は出来る…ただ、彼女が本当の事を言うとは限らないよ?」

 

「言うさ、賭けてもいい…あいつはクレアを選んだのさ…約束を守らない不義理な連中より、本当に自分に必要な物を指摘し、与えると言ってくれた少女をな。」

 

「…そうか。なら君に任せよう…手が必要なら何時でも声をかけてくれ。」

 

「……良いのか?」

 

「魔王として、オーフィスをそう簡単に信じる訳にはいかないが、家族としての君の言葉なら私個人としては信じられるからね。」

 

「私も同じよ…そもそもテロ組織でしかない、渦の団を放っておくわけにも行かないでしょう?」

 

「…分かった。その時が来たらお前らにも頼もう。」

 

「ん?私たちも?」

 

「いや…元々、一人でやるつもりだったんだが…実を言うとな、セラフォルーを含む私の家族が既に渦の団討伐への参加を表明していてね…」

 

セラフォルーどころか、オフィーリアまでオーフィスを助ける為動こうとするとは思ってもいなかったがな…やはりあいつは変わったな…まぁもう戦わないと言っていた事に関しては突っ込んだがね…

 

「そうか…それでは私たちの出番は無いかもしれないね…」

 

「そうでも無いさ…敵の正体が掴めないんだ…警戒し過ぎるという事も無い…お前らにも声はかける。」

 

「…では、私たちも何時でも動ける様に準備はしておこう…行こうか、グレイフィア。」

 

「はい…それじゃ、テレサ…また。」

 

「ああ。」



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*16

「なぁ?」

 

私はここ最近こちらの部屋に入り浸るオフィーリアに声をかけた。

 

「…ん?何?」

 

「お前ここ最近夜になるとこっちに来てしばらくいるが、テレーズの所に戻らなくて良いのか?」

 

「何?お邪魔?」

 

「いや…そういう訳でもないが、な…」

 

私は床で寝ている黒歌とセラフォルー、それから朱乃に目をやる…最近はオフィーリアがやって来て、酒を飲んでこいつらが早々に潰れる…というのが定番になっている。……正直毎晩の様にこいつらに襲われ、相手をするのは精神的にキツいのでオフィーリアの存在に助かっている所はある。こいつはもう私に手を出す気が無いようだから気も楽だ。ただ…

 

「いや…あいつ何だかんだ言っても初めての経験だろ?お前は出来るだけ傍にいてやるべきじゃないのか?」

 

オフィーリアが溜め息を吐き、点けっ放しになっていたテレビをリモコンで消し、持っていたビールの缶をテーブルに置くと新しい缶を開けた。そのまま口を付け、傾けていく…やがて口から缶を放し、テーブルに置いた。

 

「本人の希望なのよ…一人にしてくれって、ね…」

 

「……」

 

「アレで結構ピリピリしてるのよ。私に当たったりはして来ないけど。」

 

「……予定日は当に過ぎたのに未だに産まれる様子が無いからな…」

 

あの授業参観の日…テレーズも行きたかった様だが、出産予定日当日だったので辞退したのだ。…まぁそもそもあれだけ腹大きくして行くのは誰が見ても無茶ではあったが。

 

「今回の話にも参加出来ないし…ちなみに私が行くのはオーフィスやクレアの為というより、テレーズ本人から頼まれたからよ。」

 

「……お前が行くとあいつを守る奴がいなくなるが「仕方ないじゃない。自分が行けない以上、テレーズは私にしか頼めないんだから」…私一人で行くわけじゃなし、別に今回は任せてくれて良かったんだがな。」

 

「本人は割り切れないんでしょ。そう言えば何時行くの?あれからもう一週間は経つんだけど?」

 

「ん…それなんだがな、ちょっと迷ってるんだ。」

 

「迷ってる?」

 

「敵がどんな手を使うか分からないのに、懐に飛び込むのは無謀じゃないかと思ってな…」

 

「あー…言われてみればそうね…でも、だからって向こうからやって来るのを待つつもりなの?」

 

「……」

 

「向こうが万全の準備を整えて来たらそれはそれで不利じゃない?」

 

「こちらが先に動いたからって危険なのは同じだ…後手になるのがこちらになるのは変わらん。なら、こっちのフィールドで相手した方がまだマシだ。」

 

「…確かに一理あるわね…」

 

「まあどうするか結論だけはそろそろ出すからもう少し待て…ついでに言えばその間に子どもが産まれてくれたらこっちの肩の荷も降りるんだかな…」

 

「一応何時産まれても不思議じゃないってアザゼルからは言われてるんだけどね…成長速度も含めて、良く分からない事が多いらしくて頭抱えてたわ。」

 

「……このままの状態が続くと自分で腹を斬って取り出すかもしれんな…」

 

「有り得そうね…私としては止めて欲しいけど……ん…そろそろ帰るわ。」

 

「ああ、テレーズに宜しくな。」



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*17

「…で、本当に良いのか?」

 

私がそう聞くと電話口からは息を吐く音が聞こえた…溜息か。

 

『仕方無いさ…私の方もクレアの願いなら余程の事で無い限りは出来るだけ叶えてやりたいからね…』

 

「…すまんな。」

 

『良いさ…そもそも自分の子供の願いでもある。』

 

電話の相手はサーゼクスだ、私は今回少々面倒な頼み事をしていた…さすがに状況が状況だ…断られるかと思ったが…にしてもミリキャスも会いたがっていたとはな…

 

「取り敢えずは…そうだな…二週間だ…」

 

『……その期間で全ては終わる…と言う事かな?』

 

「…いや…何となくだ、その間に何も無ければそれでも良い…」

 

『…戦士としての勘とかでは無いのかな?』

 

「……私の勘は戦いの中では働くがな、基本的にこういう時は役に立たない…まあ外れたらまた考える…」

 

『…取り敢えず話は分かったよ…明日、グレイフィアをクレアたちの迎えによこそう…』

 

……私は考えた結果、今回は奴らの襲撃を敢えて待つ事にした…そしてクレアとアーシアを巻き込まない為、サーゼクスの所で匿ってもらう事にした。

 

『しかし…私は良いが…良くリーアが承諾したね…?』

 

「…ギャスパーからの希望もあったからな、私が頼んだだけではさすがにあいつも承諾しないさ…そもそも元はギャスパー本人が言い出した事でね…」

 

そして…そこに、ギャスパーが護衛としてついて行く事になっている…残ると決めた時、どうしても巻き込む事になるだろうリアスたちに今回の話をしたら珍しくギャスパーが部室にいてクレアたちについて行くと聞かなかったのだ…理由を聞けば…

 

『約束したじゃないですか、クレアちゃんにアーシアさんは僕が守るって。』

 

……本人がやる気である以上、主のリアスでも止められん…普通、部下が個人的な目的の為持ち場を離れるなど論外だが、リアスはそこら辺甘いからな…身内に不自由をさせたくないという想いが前面に出る…甘い…だが、その甘さは私個人の感想を言わせてもらえば、嫌いでは無い…加えて今は戦時下では無い…

 

『…私としては、彼が自分でそう言い出した事に驚いているよ…』

 

「背中を押したのはクレアだが…歩き始めたのはギャスパーの意思だ、成長と言ってしまえば容易いが、私はアレがギャスパーの本質だと思っている…」

 

『……では、まだ先があると…?』

 

「…アレが成長ではないならそうだな、つまり奴はこれからもっと伸びる…この程度で驚いている場合では無いと言う事だ。…まあ時間はかかるかもしれないが。」

 

どれ程時間がかかろうとそれが奴のペースなのだ…特に急ぐ事情は無い今、奴のペースで伸びて行ったら良い…仮に時間制限がつくなら私か、それとも他の誰かが、ケツを蹴り飛ばせば良い…奴はもうそんな事で歩みを止めない強さを既に持っているからな…

 

……他の連中には悪いが…今、一番伸びているのもギャスパーだ……まあ私やオフィーリアが度々喝を入れに行っていたせいもあるかもしれないが。

 

「まあ、何にしてもすまなかったな、仮にこの二週間のうちにもし、向こうが動いたら、お前らの出番は無しだ…クレアたちを守ってもらう必要があるからな…」

 

まだまだギャスパー一人には任せておけん…

 

『私はそもそも家族のために今回の話に乗ったからね、それならそれで彼女たちを守るために全力を尽くそう…』

 

「私が言う様な事じゃないだろうが、油断するなよ?お前たちの方に来る可能性もあるからな。」

 

『……肝に銘じよう…と言っても、三人に加えてオーフィスも預かるんだ、油断などしないさ…そちらも気を付けてくれよ?本体はこっちだが、複製はそちらに残るのだろう?』

 

「……ああ、分かっている。」

 

今回冥界で匿ってもらう話をオーフィスにした際…

 

『我、テレサたち心配…』

 

そう言ってこっちに残ると思いの外強固にごねた為、何度か説得し、オーフィスの妥協案が…

 

『なら、我の代わりを残す。』

 

そう言ってその場で自分の複製を用意した……本人曰く本体より弱いらしいが、それでも駒王町を消し飛ばして余りある力はあるようだから味方としてはまあ、心強い…やり過ぎてしまわないか非常に心配だが。

 

……とにかく今やれる事はこれで一通り済んだ(元々、大して出来る事も無かったが)後は成り行きに任せるしかあるまい…



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*18

「おうテレサ!何で黙ってたんだよ!水臭ぇじゃねぇか!」

 

グレイフィアが来てクレアたちを引き取り、クレアとアーシア、それにギャスパー(最近になって毎日ではないが、ちゃんと授業に出る様になった)の休学の連絡を学校にして、取り敢えず連中に対する誘いの意味を込めて、複製のオーフィスを連れて出かけようとしていた所、アザゼルがやって来た…

 

「何でって、お前な…自分の立場を考えてみろ。」

 

「俺はお前の「友人、仲間、家族、単なる腐れ縁…後は下品な言い方をするなら愛人か?どれでも今なら私は受け入れるが、それとこれとは別問題だ」…ふぅ。まっ、指摘されるまでも無く分かってたけどよ、一言伝えるだけなら出来たんじゃねぇか?」

 

今回の一件で元とは言え、堕天使総督だったアザゼルが悪魔の土地(ということになっている)の駒王町で勝手な動きをしようものなら、協定も無かった事になりかねんからな…だから敢えて伝えなかったんだが、まさか直談判に来るとは…何処まで本気か知らんが、今この場に黒歌やセラフォルー…それに朱乃…既にアザゼルの事はあいつらに伝えてあるが、もし今この場にいたらどうなってたか…咄嗟にオーフィスを奥にやって良かった…アザゼルを黙らせる為とはいえ、今回は迂闊だった…我ながらとんでもない事を口走った物だ…

 

「どうやって私がオーフィスを匿った事を知ったのかは知らんがな…結局お前何しに来たんだ?…まさか本気で私を揶揄うためだけにここに来たわけじゃないよな…?」

 

アザゼルにケンカを売りたくはないがさすがにふざけた理由だったら今回ばかりは一発殴る。

 

「ああ、もちろんそれはついでだ、本命はこっちだ、ほれ。」

 

アザゼルに紙袋を渡された。

 

「ん?これは「篭手だよ」……今度は使い物になるんだろうな?」

 

「さあな…つか、もうちょい大事に扱ってくれねぇか?いくら何でも壊す頻度が多過ぎるぞ…」

 

何時かのレーディングゲーム…ライザーと戦った私はあいつを素手で殴り、大火傷を負い、さすがにその戦い方を気にしたアザゼルが私の為に篭手を作った。……作ってくれたのは良いが、私の妖力に耐え切れず毎回壊れる…既にこれが四つめだ。

 

「知らんよ、私だって壊したくて壊してる訳じゃない…まあせっかくだ、万が一連中がやって来たら使わせて貰おう。」

 

「おう。じゃあ、俺は帰る、サーゼクスに宜しくな。」

 

「ああ…」

 

アザゼルが部屋を出るのを見送る…さて…

 

「待たせて悪かったなオーフィス?行こうか?」

 

「分かった。」

 

「…すまんな、お前だってコピーとはいえクレアと一緒に「違う」ん?」

 

「我、一緒。」

 

……抽象的に聞こえたが何となく意味は分かった。

 

「本体とコピーは記憶を共有している…?」

 

「そう。我、クレアとテレサ…一緒にいる。」

 

「そうか、なら寂しく「テレサ寂しい?」んん?」

 

「テレサ、我いないと一人…寂しい?」

 

……ふぅ。全く…妙な心配をする物だ。

 

「……そうだな、一人だと寂しいかもしれないがお前がいる、だから私は寂しくないさ。」

 

「そう…」

 

オーフィスの頭に手を乗せ、撫でる……ふむ、やはりこいつは撫で心地が良い…。クレアと良い勝負だな。



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*19

オーフィスの手を引き、歩く…今日は平日である為か、一帯に人気は無い…いや、建物の中に気配はあるが。特に私たちに注意を払っている者は無く、つけられていたりもしない。……ふむ、一旦警戒を緩めても良さそうだな。

 

「オーフィス、何処か行きたい所はあるか?何処でも良いぞ?」

 

足を止め、オーフィスにそう声をかける。

 

「……」

 

オーフィスは黙って私を見上げるだけで何も言わない。……?んー…?こいつは自己主張はあまりしないが、聞けば大抵何らかの返事は帰って来るんだがな…仕方無く私はしゃがみ、オーフィスに目線を合わせつつ、また声をかけた。

 

「どうした?クレアたちと色々と行きたい所を話していただろう?残念ながら今日この場には私しかいないが、何処でも付き合うぞ?」

 

「…我、テレサと一緒なら何処でも良い。」

 

……対応に困るコメントを返して来たな…懐かれて悪い気はしないが、そう言われるとこちらはどう反応したら良いか分からないんだが…

 

「…そうか、なら前みたいに適当にぶらつくか?」

 

頷く……参ったな、今更こいつを危険な存在として扱うつもりも無いが、子どもとして見ても接し方が分からん…クレアやアーシア程で無くても良いからもう少し自己主張してくれたらこっちも対応の仕方もあるんだが…同じ喋らないでも小猫なら割と顔見れば何となく分かったりするが、こいつは普段表情があまり無いから分からん…

 

「……」

 

私は頭を掻きながら何処に行くか、考え始めた…

 

 

 

やって来たバスに乗り、たまたま空いていた一人席にオーフィスを座らせる…やれやれ…空いていて助かった…私は良いが、見た目子どものこいつも一緒に立たせておくと目立つからな…

 

「テレサは座れない…?」

 

「ん?ああ、そうだな…見ての通り、他は空いてないからな…あー…気にするな、目的地はすぐだからな。」

 

先に釘を刺しておく…クレアの影響か、こいつは私たちに必要以上に気を使う様になったからな…

 

「……我、下りる。」

 

やっぱり言って来たか…

 

「良い。私の事なら気にするな…すぐに着くからな。」

 

腰を上げかけたオーフィスの肩に手を置き、座らせる…目的地のショッピングモールまでは二つ先の停留所で降りる必要がある…こいつ、それ迄我慢出来るのか?

 

…こいつがこういう感情を持つ事を悪い事だとは思わないが…どうも極端なんだよな…どうやって教えたら良い物か…実際、間違っている訳じゃないしな…

 

「……」

 

私が少し気を抜いた瞬間にまたオーフィスが席を立ちそうになったのに気付き、今度は少し力を入れて座らせる…頼むから大人しく座っててくれ…

 

……私の頭の中で走行中のバスで席を立ち、転けるオーフィスの姿が頭を過ぎり溜息を吐く…こいつがその程度で怪我をするとは思わんが、好き好んでそんな光景を見たいとは思わん。



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*20

結局あの後、何度もオーフィスが席を立とうとするので信号待ちの間にオーフィスを抱き上げ私が席に座り、私の膝の上にオーフィスを座らせるという形に落ち着いた……何か…非常に疲れた…初めからこうすれば良かったな…

 

 

 

オーフィスに小銭を渡し自分で料金を払わせる事にする…私がまとめて払っても良いが、今後の事を考えたら覚えさせておいた方が良いだろう…

 

「……」

 

意外と緊張していたのか手つきがたどたどしかったが、特に問題無く小銭を放り込んだ。そのままオーフィスに降りてもらい、私も料金を払って降りる。

 

「…テレサ。」

 

「ん?…ああ、成程…ほら。」

 

先に降りて待っていたオーフィスが私の手に触れて来たのでその手を軽く掴み、繋ぐ…こうして見ると本当に子どもと変わらんな…そう言えば昔は老人の姿だったんだか?……この姿で良かったよ…それで今の様な振る舞いだと厳しい物がある…まあ今の格好もだいぶ目立って…

 

「……」

 

改めてオーフィスの格好を見ながら思い出す…今は普通にゴスロリ系のドレスを着ているが、当初はゴスロリ風だったんだよな…というか、上はガウンを羽織っているだけでほぼ裸、見えてはいけない箇所は隠れていたものの、正直同性の私が連れて歩いても面倒な事になりそうな格好だった…

 

クレアや黒歌の言葉を素直に聞いてくれて本当に助かった…ゴスロリドレスも普段着としては浮くが、元の露出の高過ぎる格好よりマシだ。

 

 

 

モール内の服屋に立ち寄る…今のオーフィスに娯楽品を見せても興味を持つかは分からんから比較的無難な所から行く事にした。

 

「……」

 

「オーフィス、気に入ったのはあったか?」

 

普通の子供服の店舗でも良かったのだが、せっかくだから今オーフィスの着ている様な服を専門に扱った店に来てみた…案外興味津々なのかキョロキョロと店内を見回すオーフィスを横目に、マネキンの着ている服の値札を見てみる……結構値が張るんだな…まあ普段私は散財しないし、これくらいなら払えるが。

 

「……これ。」

 

「ん?それか。」

 

私はオーフィスが指を指した服を手に取る…私はこういうのを選ぶセンスは無いからな…自分で気に入ったのを言ってくれるのははっきり言って助かる。

 

「このまま買っても良いが、試着してみるか?」

 

「……しちゃ、く?」

 

……ん?…ああ…意味が分からないのか…

 

「悪かった。説明しなきゃ分からないよな…一度着てみるかって事だ。」

 

オーフィスのサイズは分からないからな…まあこれが本来の姿じゃないだろうから、自分である程度弄れるのかもしれないが。

 

「……着てみたい。」

 

「分かった、行こうか。」

 

 

 

 

試着室にオーフィスを連れて入る…あ…

 

「それ、脱げるのか?」

 

確か今着てるのはオーフィスが自分の魔力で作った物の筈…

 

「…多分。」

 

「そうか、じゃあ私は外で…どうした?」

 

出ようとするとオーフィスが服を掴んだ。

 

「……脱がせて。」

 

「は?」

 

「脱ぎ方が分からない。」

 

……自分で作った服なのに分からない、は無いと思うが…まあ良いか。

 

 

 

意外と脱がすのが難しく、時間がかかってしまった…やれやれ…普段こういうのを良く着てるギャスパーにでも話を聞いておくべきだったか…

 

「……」

 

漸く脱がせて一息ついてから思う…これは着せる所までやらないといけないのでは…

 

……もちろん、オーフィスは着方も分からないらしく苦労して今度は服を着せた…全く…これなら普通の子供服の店に行くべきだったな…



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*21

それから十数着程、オーフィスに試着をさせ、全部買ってやった……数着程本人が気に入ったのを購入するつもりが…買ってやると言ってるのにオーフィスがあまりにも渋るから思わずやけくそになってしまった…

 

「テレサ…本当に良いの…?」

 

「何度も良いと言っただろう?駄目なら駄目とちゃんと言うさ。」

 

全く…子どもの癖に妙な遠慮をする…こんな所までクレアやアーシアに似なくて良いと言うのに…まあ実際は私よりも何倍も長生きなんだろうが…

 

「でも…」

 

「あのなぁ…クレアたちにも言っているが、一々妙な遠慮をするな。家族なんだ、もっとワガママを口にしてくれてもいいんだぞ?大丈夫だ、確かに高い服ではあるが、この程度ならもう十着程買ったとしても大して痛手にはならん」

 

……現状、クレアだけでなく、アーシアや小猫の進学費用が出せるくらい、文字通り腐る程口座に金が入っているからな…特にセラフォルーの稼ぎが入って来る様になってからは、更に金が余るようになった…そもそも何であいつは給料を全部黒歌に渡してしまうのか…私でさえ、自分で使う金は残すと言うのに。

 

……まあその私も無趣味だから、実際はほとんど使い道は無いんだが。…ん?私の服の値段?……今持ってる服の十分の一くらいの値段だな。……しかし…これは無駄遣いになるのだろうか…正直、黒歌ならオーフィスの気に入る服を自分で作れそうだからな…こんなに買う必要は無かったかもしれん…

 

 

 

モール内のフードコートに行き、昼食を取る…時間をかけ過ぎたな…もう午後になってしまった…もう少し色々回ろうと思っていたのだが…

 

「オーフィス、まだ何処か行きたい所はあるか?もうあまり時間は無いが。」

 

奴らを誘い出す為とはいえ、これから先オーフィスには人間と同じ生活習慣を身につけて貰わないといけないからな、夜の外出は控えておきたい…

 

「我、本を読んでみたい…」

 

「そうか、なら本屋を見に行こう。」

 

……オーフィスは字は読めるのだろうか…まあ学校に通うなら後々必要にはなる…私が…いや、クレアたちに教えさせようかな…?

 

 

 

オーフィスが指指した絵本を取ってやる…どうやら文字は読める様だ…と言ってもこの絵本は全てひらがなで書いてあるようだから、それ以外は読めるのかは分からないが。

 

「……」

 

しばらく黙々とページをめくっていたがオーフィスが本を閉じ、渡して来る。

 

「もう、戻して良い。」

 

「…気に入らなかったのか?」

 

「ううん…面白かった。」

 

「気に入ったのなら買ってやるぞ?」

 

「良い。」

 

まあ本人が良いならこれ以上グダグダ言うつもりも無い。……改めて考えたらどう考えても服を買い過ぎたからな…これ以上荷物を増やすのは厳しいしな…



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*22

その後もオーフィスが本を読み、そろそろ日が暮れる時間が近付いて来たのでオーフィスを促し、帰路に着き、"それ"を見た。

 

「ちょっと!何するのよ!?」

 

「良いから良いから。俺たちと遊ぼうよ。」

 

二人組の男に路地に追い込まれて行く駒王学園の女子生徒…しかもよりにもよってその顔に見覚えが…昔の私なら放置一択だが…この場にはオーフィスもいるし…

 

「テレサ…」

 

「ん?」

 

「……我、待ってる。」

 

「……なるべく早く戻る。」

 

私は片手に持っていた荷物を置き、路地に入って行った。

 

 

 

 

「止めてよ!誰か!誰かぁ!」

 

「良いから騒ぐなって!どうせ誰も「さっさと下りろ下衆が」あがっ!?」

 

女子生徒の上に覆いかぶさっていた男の頭を蹴り飛ばした。

 

「やれやれ…怪我は無いか…?」

 

頭を掻きながら女子生徒の方を見る…ふむ擦り傷はあるし、制服も少し破れているが、特に大きな怪我は無さそうだな…

 

「はっ、はい…ってあれ?テレサさん…?」

 

「久しぶりだな、最近は訳あって学園には行けてないからな…と、詳しい話は後にしよう…」

 

さっきの奴が起き上がろうとし、見張りをしていたのか、もう一人の男がこちらに駆けてくるのが見えた…私は着ていたパーカーを脱ぐと、彼女の肩にかけた。

 

「ありがとうございます「先にここを出ろ、外に女の子がいるからそいつと一緒に待っててくれ」え、でも「早く行け、私があの程度の連中に負ける訳が無いだろ?」分かりました…」

 

「テメェ…!何勝手な事を「させると思うか?そんなに溜まってるなら私が相手してやるよ」ぎゃああああ!? 」

 

女子生徒に向かって手を伸ばす男の手を掴み、折る。

 

「この女…!」

 

腕を折られた方は私を睨み付けているが、後ろのもう一人は完全に私にビビっている様だ。

 

「ほら、どうした?喚いてないでさっさと来い。」

 

「この…!」

 

奴がもう片方の手をポケットに突っ込み、折り畳み式のナイフを取り出した。

 

「ほら、どうした!?ビビって声も出ねぇのか!?」

 

出したは良いが奴は突っ込んでは来ず、そのまま歩いて向かって来る…ハァ…

 

「…呆れてるんだよ…女一人にナイフを向けて、優越感に浸る情けなさにな…」

 

「テメェ…!刺せないと思ってんのか…!?」

 

「ほほう…?刺せるのか?」

 

「当たり前だろ!俺は今まで何人もこいつで殺ってるんだ!」

 

……嘘だな、手が震えている…まぁ普通は刃物向けた相手はビビるからな…

 

「そうか、なら…『やってみろ』」

 

「っ!」

 

殺気を向けてやる…どうした?お膳立ては十分だろ?

 

「ほら、私はこの場から動かないからさっさと刺してみろ。その手、治療にはしばらくかかるぞ?私が憎いだろう?」

 

「っ!あああああ!」

 

男が向かって来て、ナイフを突き刺す…私の右腕に。

 

「どうだ!?やって「馬鹿か。こんな所刺しても死なんだろ」うげっ!?」

 

離れようとした男の襟を掴み、引き寄せ、腹に膝蹴りを叩き込み、腹を押さえながら膝から崩れ落ちた男の顔面を蹴る…何だ、もうノビたのか。

 

「そっちのお前はどうする?まだやるか?」

 

「ヒッ!?ヒイイイイ!」

 

悲鳴を上げながら逃げて行った…仲間を放置して行くなよ…

 

「さて、戻るかな…と、いかん。」

 

ナイフを引っこ抜き、妖力を解放し、再生…やれやれとんだ事に巻き込まれた物だ…

 

「警察を呼ぶ気は無いが、事情は聞かなければならないか。」

 

はぁ…めんどくさい。



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*23

さすがに強姦されかけた少女、それも恐らく知り合いをもう助けたからと言ってはい、さよなら…出来る程人でなしでも無い…そう考えながら路地を出てみれば、人目を引くのも構わず、オーフィスに抱き着いている、パーカーを来た少女の後ろ姿が見えた。困り顔のオーフィスを見ながら思い出した。

 

 

 

……こいつ、誰かと思えば良く三馬鹿を追っかけている内の一人か。リアスが適当な事言ってやって来るようになった生徒たちよりも前からの知り合いで、出会いも強烈だから、人の顔をあまり覚えない私にも印象に残りやすい…後、学園にクレアを連れて来た時に真っ先に抱き着いたのもこいつだ。…クレアと違ってオーフィスはこういうのは慣れてないだろうし、さっさと解放してやるか。

 

呆れながらも声をかけようとして近付いた時、気付いた。……震えている。自分よりも小さな子に抱き着く程怖かったのか。

 

「…落ち着いた…?」

 

「ごめん…オーフィスちゃん…もう少しだけこのままでも良い…?」

 

「……少しだけ、なら。」

 

「ありがとう…」

 

……面倒な事に巻き込まれたと思ったが、オーフィスの成長を改めて見れたのだから、収穫はあったな。

 

 

 

「あの、ごめんね…オーフィスちゃん…」

 

「大丈夫…」

 

「テレサさんもごめんなさい…」

 

「謝罪は良い、無事で良かった…で、何があったんだ?」

 

近くのファミレスに入り、話を聞く…まあこいつに原因があった訳じゃないと思うが、念の為だ…

 

「…そう言われても…私、帰る前に友人と買い物に行く事になって、買い物も終わったんで皆と別れて帰ろうとしたら…あいつらに声をかけられて…私、早く帰りたかったし、誘いを断ったら腕を引っ張られてあそこに…」

 

そう言って震え始める…これ以上聞いても無駄か、嘘をついているようにも見えない…ん?

 

「……」

 

オーフィスがテーブルの上に身を乗り出し、彼女の頭を撫でていた。

 

「…悪かった。今日はもう帰ろう…家まで送って行く…一応聞くが警察には相談するか?」

 

「いえ…良いです…。」

 

「そうか、少し待ってろ…オーフィス、悪いがそいつの事を頼むぞ?」

 

「分かった。」

 

彼女の肩に手を置き、歩き出す。

 

 

 

三人分のコーヒーの料金を払い、店を出る…外はもう暗くなっていた。さっきの路地に向かう。

 

「まだ気絶してるとはな。」

 

あの女子生徒が平静を取り戻すのに時間がかかったので一時間程経ってる…さすがにこのままにはしておけない。

 

「…生徒が襲われてるんだ、奴も傍観する、とは言わんだろう。」

 

私は携帯を取り出すと、電話をかけた。

 

 

 

『成程ね…確かに放ってはおけないわね…』

 

サーゼクスが忙しくて手が離せないらしく電話にはグレイフィアが出た。

 

「ただなぁ、相手は完全に普通の人間なんだ…」

 

『襲われたのも人間の少女でしょう?大丈夫、私たちは主立って動けないけどやりようはあるわ。』

 

「良い手があるなら頼む…私にはこれ以上何もしてやれないからな…」

 

私がそう言うとグレイフィアが軽く笑い声を上げた…何を笑ってる…!

 

「おい…!笑い事じゃないんだぞ?」

 

『…ごめんなさい。でもね、嬉しいのよ、貴女がそうやって誰かの為に積極的に動こうとするのがね…』

 

「……」

 

『話は分かったわ、何とかしてみる…まず今いる路地からはもう離れた方が良いわ。見つかったら困るでしょう?』

 

「ああ、そうだな…悪いが、後を任せる。」

 

『ええ…ところでテレサ?』

 

「何だ?」

 

『怪我は無かった?』

 

「……女相手にナイフ出す様な輩に私を傷つけられる訳無いだろう?」

 

『……それもそうね、それじゃあ切るわね?』

 

「ああ。」

 

電話を切り、携帯を仕舞おうとして考える。

 

「黒歌にも電話しておこう。」

 

あいつをあのまま自分の家に帰らす訳には行かないからな…一旦私たちの家に連れて行く事にして、面倒を見てくれる様に頼んでおこう。私は既に帰宅しているだろう、黒歌の携帯に電話をかけた。



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*24

「あの…やっぱり私帰ります「無理強いするつもりは無いが、制服破けてるぞ?家に予備はあっても、家族には間違い無く心配されるだろうが良いのか?」……」

 

幸いにもこいつの家は私の住むマンションから近かった為、流れで家に誘う事は出来た……最も軽く誘いをかけたら断られて、仕方無くこうして少々狡い手を使って部屋の前まで連れて来たんだが。

 

「別に取って食おうってんじゃないさ。ウチに寄って行けば怪我の手当ても出来るし、更に言うと私の家族は裁縫が得意でね…」

 

まあ元はやった事なんて無かったのに、私が毎回服を破くから仕方無く覚えた様だが。

 

「…でも「お前には悪いが、家族には今日の事を伝えてある」っ!?「大丈夫だ、皆口は固い。」そういう問題じゃ…!」

 

「お前が悪い訳じゃないが、今日は帰りが予定より遅くなって…!?痛っ…何するんだオーフィス。」

 

オーフィスに足を踏まれた…子ども並みの筋力には抑えてくれた様だが地味に痛い。

 

「……テレサ、意地悪。」

 

「ハァ…分かったよ…悪かった、これでも私はお前の事を心配していてな…」

 

「いえ…良いんです…分かってますから…。」

 

「まぁ、取り敢えず寄って行け。お前の家には連絡しておくから。」

 

「あ…それなら大丈夫です…」

 

「ん?何故だ?」

 

「私の両親、何時も帰り遅いんで…」

 

……つまりこの後家に帰しても誰もいない訳か。

 

「…せっかくだから今日はウチに泊まっていくか「え!?でもそんな訳には」良いさ、今日は親戚の所にクレアが行っていていないんだ、オーフィスの相手でもしてやってくれ。」

 

「そんな事言われても…大体、何でオーフィスちゃんだけ家に残ってるんですか…?」

 

「……訳アリ、だ。察してくれると助かる…言っておくが、別に私たちもその親戚も、もちろんクレアもこいつを蔑ろにしてる訳じゃない。」

 

「そうは言っても「ねぇ?あんたたち部屋に入る気無いの?」」

 

そこに部屋のドアを開け、黒歌が顔を出した…良いタイミングだ、黒歌。

 

「そんにゃところで立ち話もにゃいでしょ?早く入りにゃさい。」

 

「そうだな…あー…紹介しておこう、私の家族の黒歌だ。」

 

「宜しくにゃ♪」

 

「え!?はい、宜しくお願いします…!」

 

笑顔でウインクする黒歌にものすごい勢いで頭を下げる…その直前、彼女の顔が真っ赤になっていたのが見えた…まぁ同性から見てもかなりの美女だからな、黒歌は…おまけに相変わらず露出が高いから刺激も強いだろう…

 

「……」

 

「ん?どうしたにゃ「自覚しろよ…彼女はお前に見とれてるんだ」……そういう反応されても私は困るんだけど。」

 

彼女は再び顔を上げた瞬間、黒歌の顔を見たまま静止した……部屋の前でこの状態だと私も正直困る…いや、いっそ今の内に部屋に入れてしまおうか。

 

「黒歌、セラフォルーは部屋にいるか?」

 

「今日は仕事で帰れないって言ってたにゃ。」

 

「そいつは良かった…セラフォルーに会った時までこの反応だったら私も困「朱乃ちゃんはいるんだけど…」何とかなるだろ、多分…」

 

取り敢えずオーフィスと黒歌に奥に行ってもらい、私は女子生徒を横抱きにして部屋に運び込んだ。



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*25

「ちょ…!危ないからそろそろ離れて欲しいにゃ!」

 

「……」

 

家に彼女を運び込み、しばらくして復活した彼女は私やオーフィス、そして朱乃には目もくれず黒歌を探し始めた。

 

彼女の制服の破れた箇所を繕っていた黒歌は最初は真っ赤な顔をしつつ、食い気味に話しかけて来る彼女に軽く引きながらも対応していたが、やがて彼女の方が我慢出来無くなったらしく、突然抱き着いて離れなくなった…どうも抱き着き癖があった様だ…

 

『テレサちょっと助けて『断る、めんどくさい』っ!ふざけにゃいで!彼女が不安がってるのは分かるし、普通にゃら私だって文句言わないけど、今針使ってるから本当に危にゃいんだってば!?』

 

相変わらずのアイコンタクトで会話を成立させる…まだこれ出来るの黒歌だけなんだよなぁ…

 

『一旦制服と針をどっか置いたら『ダメにゃ、万が一針が抜けて、見つからにゃくにゃったら大変な事になるにゃ』そう言われてもな…』

 

私はまだしも、朱乃にすらまるで反応しないんだ…どうやって引き離せば良いと言うんだ…そもそも朱乃は朱乃で今は夕飯の支度をしているから呼べん。

 

『仕方無い…なら私が気絶させ『ダメにゃ』……お前な、じゃあどうしろと言うんだ…』

 

『だから、あんたから一旦離れる様に言ってよ!』

 

『そいつは今、お前しか見てない。私の説得なんて無駄だ。』

 

『だって私の話、全然聞いてくれないし『そもそも撃墜したのはお前だ、責任持て』そんな事言ったって…私はただ…挨拶しただけなのに…』

 

自覚無しか…本当にタチが悪……巨大なブーメランが向かって来る幻が見えて来た……疲れているんだろうか…?

 

『…仕方無い、取り敢えずその制服を一旦寄越せ。』

 

『それは助かるけど私は一体何時までこのまま『そいつ、今日はさすがに疲れただろうさ…もう少ししたら寝るんじゃないか?』…もう少しって…具体的に何時…?』

 

私はそれには答えず黒歌から制服を受け取ると背を向けた。

 

「ちょっと!?何処に「そいつの事は任せた。」待つにゃ!?」

 

私は部屋のドアを閉めた。

 

 

今日買ってきた服の入っていた袋に制服を放り込み、部屋の隅に置き、椅子に座る……ふぅ。

 

「…アレ、放っておいても良いんですか?」

 

「さあな、どうにかなるだろ…多分。」

 

調理をしつつ、こちらに話しかけて来た朱乃にそう返す…やれやれ…何か本当に今日は疲れたよ…

 

「……」

 

「小猫、今日はさすがに相手する体力無いんだが「だって…黒歌お姉様が」……膝の上に乗るくらいなら許してやる…大人しくしてろよ?」

 

黒歌があいつの相手をしているものだから小猫はこっちに必然的に引っ付いて来る…ハァ…オーフィスは隅で大人しくしているが、こっちを見て、ソワソワしている…ハァ…

 

「オーフィス、こっちに来るか?」

 

そう言うとあからさまに嬉しそうな顔をした…なのでてっきり、こっちに来るかと思えば意外な言葉を口にした。

 

 

「良い「我慢しなくても良いんだぞ?」大丈夫…」

 

大丈夫な顔では無いな、それは…クレアとアーシアに影響されて自分の欲求を抑える事ばかり覚えて行くな…成長、と思っていたが…これは行き過ぎだ…本当にどう教えたら良いのか分からないな…



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*26

結局あいつは黒歌に抱き着いたまま寝てしまい、取り敢えず黒歌が彼女の携帯から母親に連絡し、今日は泊まらせる事を伝えた。最初はこちらが理由も言わないせいもあり当然渋ったものの…私の名前を出したら承諾が取れたという事で困惑した……普段あいつは母親に私の事をどんな風に話しているんだ…?

 

その後…今いるメンツで話し合い、彼女の事は明日様子を見る事にして、まだ彼女の制服の繕いが終わらない、黒歌を残して私と朱乃、オーフィスが子猫と、別々に眠りに着いた…

 

 

……そして朱乃に抱き枕にされた私は夢を見た。

 

 

 

「やあ、お久しぶり。」

 

「……お前か。」

 

何処とも分からん霧の深い場所…そこにいた私は声をかけて来た奴を見て自然とうんざりした声を出していた。

 

「あれ?あれれれれ?僕、一応君を転生させてあげたんだけど「そうだな。」うわぁ…態度が全然変わらないよ…」

 

そう言って目を擦る…子ども…そう、子どもだ…男か、女かも見た目からは良く分からないが…確かにこいつは子どもの姿をしている…子どもが私の前で泣いている…

 

「…嘘泣きは止めろ。」

 

「…うわぁ…酷い。……いや、確かに泣いてないけどさ。」

 

私はこの世界…ハイスクールDxDの世界に転生する前に短い時間だがこいつと会話した…その時に分かった…こいつはクズだと。

 

「今更何か用なのか?私を転生させた事でお前の暇潰しは終わったんだろう?」

 

「う~ん…まあそうだね、最近はずっと君を見てるけど退屈はしないよ。」

 

「じゃあ何だ?」

 

「これも暇潰しだよ…というか、ちょっと構って欲しくてさ…」

 

「帰れ。」

 

「酷い…」

 

そう言ってまた目を擦り始める。

 

「まあ良い…ちょうど良かった。お前に一つ聞きたい事があったんだ。」

 

「ん?何かな?」

 

「お前は言ったな?自分は神だ、と…」

 

「……それは質問じゃなくて確認だね?うん、そう言ったよ。」

 

「……お前は嘗てハイスクールDxDの世界にいた神と同じ存在か?」

 

「何それ?何でそんな事聞きたいの?」

 

「…良いからさっさと答えろ。」

 

「せっかちだな…まあ良いや。その質問の答えなら、YESだよ。」

 

「……そうか。なら、つ「おっと。質問は一つだけの筈だよ?」チッ。まあ良い。」

 

「舌打ち!?」

 

「前世は覚えてないから分からんがな…こっちは別に神を敬おうと思う程、育ちは良くないんだよ。」

 

「ふ~ん…ねぇ、君…気にならないの?」

 

「何がだ?」

 

「前世の自分はどう「興味無い。」え?」

 

「昔ならいざ知らず…今は気にならん。前世はどうであろうと今こうして生きているのは私だ…この場にいる私が全てで、過去など今更どうでも良い。」

 

「へ~…それはあの黒猫ちゃんや、ハーフの子、それから魔王の女の子のおか「…」!?」

 

私は妖力解放し、奴との距離を一気に詰めると、奴の鼻に拳を叩き込んだ。

 

「ちょ…何を「別に?ただ、強いて言うなら殴りたくなった。」理不尽!?」

 

私は右肩の上に手をやり、握る…"それ"を引っこ抜くと尻餅を着いている奴に向かって振り下ろした。

 

「うわ!?ちょ、え…?それどっから出したの!?」

 

今の私は寝る時に剣を傍には置いてない…眠った時の格好でここに来た私は剣を持ってはいない筈だった訳だが…

 

「当然だろう?ここは別にお前の創った世界とかでは無く、私の夢なのだから。」

 

「嘘ぉ!?」

 

狼狽えつつも、きっちり私の剣を躱す奴にうんざりしながらも剣を振るう…っ!?何だ…?急に目眩が…

 

「時間切れさ。君はもうすぐ目が覚めるんだ…じゃあ、また来るよ。」

 

「……もう来なくて良い。」

 

また泣き真似をする奴を無視しつつ、私は睡魔に身を任せる…夢の中なのに寝るとは妙な物だ…私は最後にそんな事を考えた…



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*27

「最悪な目覚めだ…っ!?」

 

目が覚めた瞬間そう口に出してしまい、私は横を見る。

 

「…すー…すー…」

 

「良かった…寝ているな…」

 

朱乃が寝息を立てているのを見てホッとする…やれやれ…

 

「…常人なら悲鳴をあげる程度では済まないレベルの力で抱き締められているからな…本来、文句の一つも言った所でバチは当たらないと思うが…」

 

こいつのこれは無意識らしいからな…寝てる訳だし当然と言えば当然か…指摘してこいつが凹むのを見るのは私の精神衛生上、非常に悪い…別に死にはしないし、黙っている事にしよう…

 

「グッ…いっつ…ふん。」

 

とは言え、目覚めて自覚してしまえば私だって痛みは感じるし、自分の身体が軋む音を聞かされれば気が狂いそうにもなる…妖力解放しつつ、起こさないよう、細心の注意を払って振りほどいた。

 

「…たまに寝ぼけ方が酷いと私に電流を流すからな、こいつは…」

 

とは言え、それで離れたいと思わない辺り、私も既に何処か壊れているのだろう…マゾでは無い…断じて違う。

 

 

 

 

「…何だ、まだ起きてたのか?」

 

「…思ったより手間取ったにゃ。」

 

茶の間に行ってみれば結局徹夜したと思われる黒歌がいた。

 

「すまんな…」

 

「……良いにゃ。取り敢えず今日は仕事休んで寝るにゃ…そう言えはあんたは何でこんな早く起きて来たにゃ?」

 

「……朱乃がな…」

 

「あー…大丈夫…?」

 

…そうか…頻度は私が多いが、こいつやセラフォルーも被害にあった事があるんだったな…

 

「大丈夫だ…少なくとも死にはしない。」

 

「そういう事じゃにゃいんだけど…もう良いにゃ…私は寝るにゃ…その子の事頼んだにゃ。」

 

ソファに昨日連れて来たあいつが毛布をかけられて眠っていた…

 

「面倒だが、仕方無いな…分かったよ。」

 

 

 

 

「ご迷惑をお掛けしました…」

 

「良い、気にするな…というかそれは黒歌に言ってやってくれ。」

 

それから二時間程してあいつは起きて来た。

 

「う…」

 

「その様子だと昨日の事はちゃんと覚えてるんだな?」

 

「はい…黒歌さんに何て言ったら…」

 

「…さすがに限度はあるが、あいつは甘えられるのを怒ったりはしない方だ。あまり気にしない事だな…」

 

「何処にいますか?私、謝らないと…」

 

「お前の制服の手直しに時間がかかってな…まだ寝ている…どうしても気になるなら後日…またここに来い。」

 

「はい…」

 

「さて、今日は平日だが、学校には行けそうか?」

 

「はい…あっ、でも制服「お前の制服は今、洗濯している所だ。取り敢えず一旦鞄持って帰れ。お前が今日の授業で使う教科書やら持ってここに戻って来る頃には着られる状態の筈だ」はい…何から何まですみません…」

 

「だから気にするな。それよりお前の家は近くだし、時間もまだ多少余裕あるが一応急いだ方が良いぞ?」

 

「はい…行って来ます…」



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*28

「…という訳でだ、お前の方で色々フォローしてやって欲しい…」

 

「……いや…何が、という訳なのよ…ケンカ売ってるのかしら?」

 

あいつが部屋を出て行った後、私はオフィーリアを呼び出していた。

 

 

 

「…大体、それを聞いて私にどうしろって訳?」

 

「ほら、私は学園に行かない訳だけだからな、お前にフォローして貰えると「だから!フォローって具体的に何をしろって言うのよ。当事者でもない私が色々言うのはどう考えても余計なお世話よね?」そうかもしれんが…」

 

「…別にね、私だってそれ聞いて何も思わない程クズじゃないけど…少なくとも昨日の今日よ?変に気を遣われる方が彼女には良くないんじゃないの?てか、その子には言ってないみたいだけど、黒歌たちだけじゃなくてよりにもよってあんた、サーゼクスに話してるんでしょ?それも勝手に。」

 

 

「……グレイフィアに言っただけだ「どうせ最終的には伝わるし、同じよ。彼女は間違い無くサーゼクスに言うわ。あんただって今、不味いって思ったから私から目を逸らしたんでしょう?」……」

 

「そもそも…理事長とは言っても、一応悪魔であるサーゼクスがこの一件にどう介入するって言うのよ?アレは慎重なタイプだと思うけど…今回の場合、対応を間違えたらその子、面倒な事になるわよ?」

 

「……お前はどう思う?いっそ殺しておくべきだったと思うか?」

 

色々言われて頭がキャパオーバーになったのか、自分でも驚く程、物騒な言葉を口にしていた。

 

「……死んで当然のクズと思わなくも無いけど、街中で死体の処理なんか出来る訳も無し。…ま、あんたが一度手を出した時点で…もう手遅れ…多分、その後どう行動しても悪手だったと思うけどね。」

 

「……助けない方が…良かったと言うのか?」

 

「そうなるわね。ま、正直な所…実際は私でも助けたと思うけど、ね。」

 

「……」

 

「一番不味いのは学園にそのまま行かせようとしてる事かしら?もし、学園にいる時、些細な事が原因で思い出したりしたら…」

 

……どうなるかなんて…考えるまでも無い、な…

 

「…私なら休ませるわ。…ま、あんたと違って学園に仕事をしに行く私としては余計な面倒事を背負い込みたくないからってのが主な理由だけど。」

 

「…しかし…本人は大丈夫そうだし、普通に行くと…」

 

「多分、一夜明けて、少し落ち着いたってだけでしょ?この後はどうなるか分からないわ。」

 

「……」

 

「まあ、本人が来たら改めて確認したら?ちなみに私は面倒だから、今回の事はこの場では聞かなかった事にしとく…私が手を出した案件じゃないし、積極的に関わるつもりは無いからね。」

 

オフィーリアはそう言うと、こちらが止める間も無く部屋を出て行った。



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*29

それから少ししてあいつは戻って来たが、表面上問題は無さそうに見えたので制服を渡し、学園に行かせた……朱乃の付き添い付きで。

 

 

 

 

「あり?出かけてなかったにゃ?」

 

「……妙に早い目覚めじゃないか。どうしたんだ?」

 

それから二時間程して、黒歌が起きて来た。

 

 

 

 

「オーフィスはな、今日は家で過ごしたいんだそうだ…さっき部屋を覗いて見たら漫画を黙々と読んでいたよ。」

 

「……良いの?」

 

「…奴らの誘き出しはそもそもついでだ、本来の目的はあいつに人間としての情緒を芽生えさせる事、だ。」

 

「…なら、問題無いのかしらね…」

 

「少々極端ではあるがな…その辺はまあ、おいおい教えて行くしかないさ…とはいえ、問題は山積みだがな…」

 

サンプルになる二人がそもそも極端だからな…

 

「それで?何でこんなに早く起きて来たんだ?ゆっくりしてれば良い物を…」

 

「……あんたの事が気になって眠れなかったにゃ。」

 

「…私の?一体何が気になった?」

 

「……今朝、朱乃ちゃんの事以外で何かあったの?」

 

「……」

 

長い付き合いだからな、気付かれるか…

 

「ちょっとな…夢見が悪かっただけだ…」

 

「どんな夢?」

 

「……気になるのか?」

 

「…あれから時間は多少経ってるし、持ち直してたんなら聞かないけど…」

 

「……調子が悪そうに見えるか?」

 

「…どっちかって言うと、ピリピリしてると言うか、イラついてると言うか…」

 

……成程。間違って無いだろうな…

 

「夢でムカつく奴が出て来てな…そうだな、お前にも言っただろう?私は転生者だと。」

 

「…そうね、聞いたわ。」

 

「…夢にな、私を転生させた自称神が現れてな…」

 

「……何か言われたの?」

 

「…というか、私はあいつが大嫌いなんだ…初対面で既に印象が最悪でな…具体的に言えば…先ずあの時私は目覚めてすぐにあいつから私が死んだ事を伝えられた…」

 

「…それで?」

 

「……前世の事が一切思い出せず、狼狽える私にこう言ったんだ『暇潰しに付き合って欲しい』ってな。」

 

「それって…」

 

「……あいつは暇潰しで寿命を全うしてた筈の私を殺し、強引に転生させた。転生する際にどんな姿になりたいか聞かれて、悔し紛れに『クレイモア…半人半妖の身体に生まれ変わりたい』と言った…せめてもの抵抗のつもりだったが、あっさり受理されてな…そしてこの世界に転生した私はテレサになっていた…」

 

「……」

 

「ムカついたよ…確かにテレサに憧れてはいた…だが、最強になりたかった訳じゃない…この姿になる、という事が私にとって何を意味するのか…奴は考えてもいなかった…私は誓ったよ、神である以上まともにケンカを売ってもどうせ歯が立たない…だが、せめて何時かあいつを必ず殴り飛ばしてやる、と。」

 

「そう…実際殴れたの?」

 

「……殴ったよ。大してダメージは無かったようだがな…幸い、私の夢の中だったからな…剣を取り出す事は出来たが、殺す事は出来無かった…」

 

「そっか…」

 

「……誤解の無いように言っておくが、私はこの世界に転生した事を後悔してはいない…少なくとも今はな…昔は気になって仕方が無かった前世の事も今更興味は無い…奴は教えてやる姿勢を私に見せ付けて揶揄う気だったんだろうがな…実際はもうどうでも良いし、奴の遊びに付き合ってやる気も更々無い。」

 

「…本当に後悔してないの?」

 

「少なくとも私はお前やクレア、他にも大事な物を手に入れた。今更前世を想う事は無い…まあ、どんな人間だったのか全く気にならない訳じゃないが…今より幸せだとは思えないからな。」

 

「そう…なら、良かったんじゃない?」

 

「…だが、奴は許し難い…次に出て来たら絶対に斬り刻む。……聞いてくれてありがとな、少しスッキリしたよ。」

 

「良かった…確かに今のあんた良い顔してる…あら?」

 

携帯の呼び出し音が聞こえる…私のか。

 

「…ん?」

 

「どうしたにゃ、あら?オフィーリア?」

 

「……奴が今更電話?」

 

基本あいつは仕事中に電話はして来ない…何か問題発生か?

 

「……出ないの?」

 

「どう考えても厄介事だろうからな…」

 

「…今のオフィーリアが問題起こす事は無いんじゃない?」

 

「…どちらにしろ出ないと止まらなさそうだな…」

 

私はボタンを押した。

 

「もしもし?」

 

『ちょっと、何ですぐ出ないのよ?』

 

「悪かった…で、何だ?」

 

『例の子、ちゃんと学園行っても大丈夫か確認したの?』

 

「本人は大丈夫と言っていたが、何かあったのか?」

 

『あの子、倒れたわよ。』

 

「……確かか?」

 

『…確かも何も…保健室に運んだのは私よ。倒れた現場にたまたま居合わせてね、どうするのよ?あの子の友人や他の生徒もその場にいたわよ。』

 

蟠りが消えたこのタイミングでの厄介事に私は溜め息を吐いた。



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*30

「取り敢えず状況を教えてくれ。何があった?」

 

『…私が見たのはあの子が悲鳴を上げて、過呼吸を起こして倒れたところで詳しくは知らないわ…一応その場にいたあの子の友人に経緯を聞いてるけど…聞く?』

 

「ああ。」

 

『…その友人の子とあの子が廊下で話してる所に彼女に用があった男子が後ろから肩を叩いたの。彼女が後ろを振り向いて…悲鳴を上げて、そこから過呼吸を起こしたそうよ。……考えるまでも無く自分の身体に触れたのが男だった事にショックを受けたんでしょうね…ちなみに、何処ぞの変態と違ってその男子は比較的まともな方で、あの子とも割と話す仲だったそうよ。』

 

「成程な…」

 

『…親しい男子が軽く肩に触れただけで過呼吸起こして、倒れるなんてどう考えてもヤバいんだけど…あんた本当に確認したの?』

 

「…言い訳はしない。完全に私のミスだ…もっと話を聞くべきだった…」

 

『私に対して非を認めても仕方無いわね。ところでこれからあの子の親が迎えに来るそうだけど…あんたこっちに来るわよね?まさかとは思うけど、又聞きの私に事情を説明させるつもりじゃないわよね?』

 

「…分かっている、そう詰るな…幸い今日は家にいるからこれから向かう…そう時間はかからない筈だ…」

 

『…そっ。じゃあ早く頼むわね。』

 

電話が切れる。

 

「…さて、聞こえていたか?」

 

「一応…ね。」

 

「これから私は学園に向かう…悪いがオーフィスの事を頼む。」

 

「分かったわ…」

 

黒歌の顔色が良くないな…

 

「そう気にするな、別にお前のせいじゃ無い。」

 

「でも…昨夜私がもう少しあの子の相手が出来ていたら「それは違うな」え?」

 

「そもそも私が助けるのを躊躇しなかったら、あいつが傷つく事も無かった……悪いのは私だ…オーフィスの事を気にし過ぎた。」

 

「でも…それは仕方無「だから…違うんだ」え?」

 

「……あの時もしオーフィスが背中を押してくれなかったら……私は多分あいつを見捨てていた…」

 

「でも…迷ったんでしょ?」

 

「そもそも迷う事自体が問題だと思わないか?あの時私が見たのは知り合いが路地裏に押し込まれる光景だけだ…だが、男の方がそういう目的なのは明らかだった…一刻も早く動かないといけないあの状況で…私は動けなかった……迷ってしまった。」

 

「テレサ…」

 

「すまんな…とにかくだ、気にするな…悪いのは私であってお前じゃない…寧ろ…お前はあの時良くやっていた…私じゃ、とてもあんな接し方は出来無いからな…さて、それじゃあ出かける用意をして来る。」

 

私は立ち上がると部屋に向かった。



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*31

「…どうだ?変な所は無いか?」

 

着替えを終えた私は部屋から出ると黒歌にそう聞いていた。

 

「……変な所って言うか、にゃんであんたこんな時でもラフな格好にゃの?」

 

「私はスーツなんて持ってないぞ「前に買っといた方が良いって言わにゃかった?」……聞いた気がするな…」

 

「間違い無く言ったにゃ…というか、つい最近もセラフォルーにまで言われてにゃかった?」

 

「……そんな事もあった気がするな…」

 

適当な事を言ったが、実はそっちは良く覚えている……あいつの仕事は主に魔界の外交方面を担当している…要は人に会うのだ…その分仕事の時の服装にはアレでも人一倍気を使っていたな…まあ、ほとんど私服と化してるコスプレ衣装もそれはそれで中々受けが良いらしいが。

 

……とまぁ、そんなセラフォルーからあの時は珍しく真面目なテンションで私の持ってる服について色々言われたが…さすがに説得力はあったな…その後にコスプレの良さについて長々と語り始めたから途中から聞き流していたが。

 

「まあ、良いだろ。どうもあいつの親は私の事を知っている様だし、普段通りでも…て、そんな事は良いんだ…」

 

私は先程から感じていた違和感について聞いてみる事にした。

 

「お前は何でスーツを着ている?」

 

「にゃんでって私も行くからだけど。」

 

……聞き間違いじゃ無さそうだな…

 

「お前にはオーフィスの事を頼んだ筈だが「私も行く気にゃかったけど、オーフィスが行きたいって言うから…ちなみに今、あんたの後ろにいるけど」っ!?」

 

後ろを向くと確かにオーフィスがいた。瞬間、思わず後ろに飛ぶ…振り向くまで一切気配を感じなかった…複製とはいえ、これほどの魔力を持ったオーフィスに気が付かなかったとは…

 

「…オーフィス、本当にお前も行きたいのか?」

 

離れた距離を詰め、聞いてみる…

 

「うん…」

 

「さっきの電話を聞いていたのか?」

 

「ごめんなさい…」

 

「別にそれは良い…で、何で行きたいんだ?」

 

「我、あの子心配…」

 

「……」

 

こいつを連れて行ってどうなるか頭の中で思い描く…案外、そう悪い事にはならなそうではあるが…

 

「……連れて行くか。」

 

「どちらにしろこの子…あんたの許可無くても行くと思うけど。」

 

「勝手に来られる方が面倒ではあるな…」

 

そういう意味では…或いは良かったのかもしれんな…

 

「じゃあ行こうか。」

 

私たちは部屋を出た。

 

 

 

 

学園に向かう道中で、私はオフィーリアと、今回の一件に出て来ざるを得ないだろうサーゼクスに連絡し、オーフィスを連れて行く事を伝える。

 

オフィーリアは特に気にしていなかったが、サーゼクスにはそれなりに渋られた…まあ確かにまだオーフィスの事に関しては不安だが…

 

「……」

 

改めて私と黒歌の手を握って歩くオーフィスを横目で見る…目敏く私の視線に気付き、首を傾げる…

 

「…テレサ?どうかした?」

 

「……いや、何でも無い…」

 

不安が無くなった訳では無い…だが、不思議と今のオーフィスなら大丈夫なのでは無いか?…私はそう感じていた。



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*32

「そう言えばふと思ったんだが…」

 

「ん?にゃに?…もう着くんだけど今聞かにゃきゃいけにゃい事にゃ?」

 

「…ちょっとした疑問だよ、お前やセラフォルー、朱乃もそうだが、私を連れて服を買いに行くとスーツの話を全くしないが、何故だ?」

 

「…単純に行ってる店の問題よ。場所を選ばず着れる服を探しに行ったら必然的にスーツを扱ってない店になるでしょ。そう言えば少し前に買った服着てくれないのね?」

 

「……私にスカートは似合わん。」

 

「そんな事無いと思うけど…それにしたって、今の格好もどうかと思うわ…」

 

「……最初に質問をした私が言うのもなんだが、何でこのタイミングで言う?」

 

既に学園の傍なんだが…

 

「さすがにラフ過ぎない?」

 

私は改めて自分の格好を見る…上はパーカー、下はジーンズ……不味いか?…いや…

 

「…今回の場合、こっちに落ち度のある話じゃないだろ。」

 

「……あの子が暴行されかけたのを黙っていた事については…?」

 

「本人が嫌がったからな。」

 

「私は知ってる。でも、あの子の親は知らない…」

 

「…今更グダグダ言っても仕方無い…行こう。」

 

 

 

「来たね…」

 

「……あいつの親はまだ来てないのか?」

 

「電車が遅れているらしくてね…」

 

理事長室ではサーゼクスが待っていた。

 

「…どうせあいつの親が来た時に説明するが、グレイフィアから聞いてるか?何なら私の口から改めて話しても良いが。」

 

「……いや、グレイフィアから大体聞いてるから良いよ…ところで「オーフィスか?」…何故彼女が一緒に来たのか聞いても良いかな?」

 

「何故と聞かれてもな…オーフィスと二人でいた時にあいつを助けたんだ…心配なんだと。」

 

「しかしね「あいつは今、色々不安な筈だ…少なくともここにいるオーフィスと黒歌には気を許してるからな…」…むぅ…」

 

「それはそうとオフィーリアは何処だ?少なくともあいつも倒れた現場にはいたんだろう?」

 

「……詳しい話を知ってる訳じゃないから席を外す、だそうだよ。君が来れないなら彼女を引っ張り出す事になっただろうが、こうして来てくれたからね。」

 

「来たくて来た訳じゃないがな…ちなみにあいつの親…そう言えばどっちだ?オフィーリアからは親としか聞いてなかった。」

 

「…母親の方だね、娘の事をとても心配していたよ…落ち着かせるのに苦労した…」

 

「当然と言えば当然だな…事情は何処まで説明した?」

 

「全部だよ、君がグレイフィアに話してくれた事は大体伝えてある…君に一言、礼を言いたいそうだ…」

 

「…罵声じゃないのか?」

 

私はオーフィスがいなければ見捨てていたかも知れない…礼を言われる資格は無い…

 

「何故?」

 

「自分の娘が暴行されかけたのを黙っていたんだぞ、私は。」

 

「君が助けた事実は変わらない…少なくとも向こうはそう思っている、という事だと私は思うよ。」

 

「……」



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*33

「さてと。あちらが遅れてるのはある意味、都合が良いかな。」

 

「……どういう事だ?」

 

突然そんな事を言い始めたサーゼクスに私は聞いた。

 

「…テレサ、君の服装だが「不味いか?」…君は一応この学園に雇われているからね、普通に会うだけならまだしも今回の場合は少々ね…」

 

黒歌に続いてこいつにまで言われるか…

 

「……生憎だが、私はこういうのしか持ってない。」

 

そう言うとサーゼクスが笑った…何なんだ、一体…?

 

「そう言うと思ったよ。隣の部屋でグレイフィアが待ってるから行ってみてくれ。」

 

「…行かなきゃ駄目なのか?」

 

笑顔のまま頷くサーゼクスに溜め息を吐く…やれやれ…

 

「そういう訳だ、少し行って来る…」

 

私は黒歌とオーフィスにそう伝え、理事長室を出た…私に何をさせたいのか知らんが、客が来るんだ…それ程時間はかからんだろう…

 

 

 

「待ってたわ。早速だけどこれに着替えて。」

 

「おい、何だこれは?ちょっと待て!おい!」

 

私はグレイフィアが寄越して来た紙袋を突き返そうとしたが、グレイフィアは受け取らず部屋を出て行く……参ったな…本当に着替えなきゃいけないのか?

 

「仕方無い…ん…?これは…」

 

 

 

 

「テレサ、終わったかしら?」

 

「ん?ああ。」

 

数分後…ノックをして、声をかけて来たグレイフィアに返事をする…ドアが開いた。

 

「…似合ってるわよ、テレサ。」

 

「…堅苦しいのは苦手なんだが、な…」

 

私はグレイフィアに背を向けると、わざわざ用意したのか、それとも元々あったのか分からないが、振り向いた先にあった鏡で自分の姿を改めて確認する…

 

「てっきり婦人用だと思っていたがな…」

 

私が着てるのは一見すると何処にでもありそうなビジネススーツだ…だが…

 

「下はズボンでネクタイ付きか…」

 

「貴女、女性物じゃ着たがらないでしょ?」

 

「確かにな…あまりこういうのは好きじゃないが…悪くは無い…いや、寧ろ上出来か。着心地もこういう系統にしては中々だ。」

 

私がそう言うとグレイフィアが笑顔になる…何だ?

 

「それはそうでしょうね。それ、オーダーメイドだもの。」

 

「……そうなのか?」

 

「ちなみに用意したのは私じゃなくてサーゼクス様よ。そのスーツはプレゼントするそうだから、そのまま持って帰って。」

 

「……」

 

そりゃあ私のサイズに合わせて作ってるんだから、私が持って帰らない訳にいかんだろうな…何もそこまでしなくても…

 

「サーゼクス様は貴女の事を家族だと思ってるわ…家族に服をプレゼントするのは普通の事だと思わない?」

 

「人の考えを読むんじゃない…」

 

全く…ん?

 

「グレイフィア、少し気になったんだが…」

 

「何かしら?せっかく服装を整えたんだし、髪も纏めたいんだけど?」

 

「……私はサーゼクスにサイズを教えた覚えが無いんだが…」

 

「あら?そうなの?」

 

「不思議そうな顔をするな…普通親子でもなければ、夫婦でもない関係性の男にサイズは教えないだろう?」

 

「…そう言われてみれば…」

 

「…まあ、後で聞いてみるさ…」

 

別に知られたからって減るもんじゃないからな…



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*34

疑問はあったが、あまり時間は無いのでさっさと用意された椅子に座る…やれやれ…

 

「しかし…何もこの為だけにスーツを発注しなくても「それは違うわよ?」ん?」

 

「考えてみて。このタイミングで用意するなんて無理だと思わない?」

 

「……言われてみれば確かにそうだな…」

 

あいつが倒れるのは想定外の事態だった…サーゼクスが例え、私のサイズを知っていたところで発注してもさすがに間に合わない…しかし…そうなると…

 

「サーゼクス様は前々から貴女に渡す為に用意していたの。渡すタイミングが中々無かっただけ。」

 

「タイミングなんていくらでもあったと思うがな…」

 

「女性物よりマシとは言っても…普通に渡したところで、貴女は受け取らないでしょう?」

 

「……さすがにオーダーメイドのスーツなら受け取るさ。」

 

金がかかってるのは分かるからな…

 

「はい、出来たわ。」

 

「……普通に縛るだけで良かっただろ。」

 

グレイフィアは私の髪をわざわざハーフアップにしてまとめていた。

 

「綺麗な髪だし、それじゃあ勿体無いわ…本当はテレーズの方も弄りたいくらいよ。彼女、いつも適当に縛ってるだけだし。」

 

「黒歌が渡したリボンを今もそのまま使ってるだけ、あいつには譲歩した方だろう…というか、私じゃなくて本人に言え。」

 

「最近は会えて無いけど、ちゃんと何度か言ったわよ。その度に断られるけど。」

 

「だろうな…」

 

元が男だった私よりマシとは言え、あいつだってオシャレとは無縁だった筈…着せ替え人形扱いされてもあまり文句こそ言わないが、あいつにとってはそれなりに葛藤はある筈…まあ、私はそれすら逃げたいがな…

 

 

 

 

「それじゃあ私は行くわね「お前は来ないのか?」私は学園の関係者じゃないからね、このまま屋敷に帰るわ。」

「そうか…あー…クレアたちに宜しくな。」

 

「ええ、伝えるわ。じゃあね。」

 

 

 

 

「戻って来たね…ふむ…良く似合っているよ、テレサ。」

 

「そうか。」

 

理事長室に戻って来てすぐにサーゼクスからそう言われる。

 

「普段からそうしてたら良いのに。」

 

「勘弁してくれ…面倒臭い。」

 

「どうせ自分でやる訳じゃないでしょ?私がやってあげるわよ?」

 

「……その話は帰ってからな。」

 

黒歌の申し出を必死で断る…いやまあ…黒歌の言う通り自分でやる訳じゃないし、やって貰える分には良いのかもしれないが…ん?

 

「オーフィス?どうした?」

 

私を見詰めるオーフィスの視線に気付く…何だ?

 

「……テレサ。」

 

「ん?」

 

「……似合ってる。」

 

「そうか…」

 

オーフィスはそう言って私から離れ、理事長室にあったソファに腰掛ける…ふむ…

 

「サーゼクス、ちょっと良いか?」

 

「何かな?」

 

私はサーゼクスに近付くとある事を耳打ちする…

 

「しかしそれは「オーフィスがこの場にいても仕方無いからな…そもそもオーフィスはあいつが心配だから来たんだ」う~ん…」

 

「頼む!」

 

私はサーゼクスに頭を下げた。

 

「分かったよ…先に聞くが、本当に彼女を信じても大丈夫なんだね?」

 

「ああ…今のオーフィスなら大丈夫だ…それに、黒歌について行かせれば良いだろう?」

 

「ちょっと?にゃんのはにゃしにゃ?」

 

「黒歌、オーフィスを保健室に連れて行ってやってくれないか?場所は分かるだろう?」

 

「一応分かるけど…」

 

次に私はオーフィスに目を向けた。

 

「オーフィス。」

 

「良いの?」

 

「気になるんだろう?」

 

「……我、行きたい。」

 

「ああ、行って来い。」

 

そう言うとオーフィスはソファから立ち上がり、走って出て行った。

 

「…余程心配だったんだろうね…ただ、彼女は保健室の場所を知らないんじゃないかな?」

 

「…黒歌、頼むぞ?」

 

「…しょうがないわね、それじゃあ頑張って。」

 

黒歌もオーフィスを追って理事長室を出て行った。



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*35

「娘を助けて頂き、本当にありがとうございました!」

 

オーフィスたちが出て行って、三十分程してあいつの母親がやって来た。サーゼクスの事はさすがに知っていた様なので、私が自分の名前を告げるといきなり礼と共に頭を下げられた……やれやれ…今日は朝から精神的に疲れる事ばかりだな…口を開く前に一応頭の中で言う事を整理する…さて…

 

「…頭を上げてください。私もたまたま通りがかっただけですので…」

 

「でも…娘の恩人ですから「上げてください。それでは話も出来ません…貴女も詳しい事情をお聞きしたいでしょう?」…はい…お願いします…」

 

私がそう言うと漸く彼女は頭を上げてくれた…勘弁してくれ…ただでさえ、この世界に来てから敬語もろくに使った事が無いというのに…

 

「とは言え…申し訳ありませんが、私もこの学園の用務員ではあるとは言え、ここ最近は訳あって休みを取っていまして…彼女が倒れた時の事は知りません…取り敢えず、私は彼女が襲われた時の事しか話せませんが…宜しいですか?……後で彼女を保健室まで運んだ私の同僚を呼びますので…」

 

私が悪いのは分かっているが、私だけがこんな目に遭うのは何となく癪だ…こうなったらオフィーリアも巻き込んでやる…!

 

「はい…お願いします…」

 

さて…先ずはどう話したものかな…?

 

 

 

 

「…という訳です…」

 

取り敢えず私とオーフィスの事情は伏せ、私が見たものをありのまま話す事にした……まあさすがに相手がナイフを出して来た事や、私が刺された事は省いたが…それに…

 

「それで…昨夜の事ですが…」

 

「テレサさんの家に泊めてもらったそうで…」

 

これに関しては当然除く訳には行かなかった…ふぅ…参ったな…

 

「…一応助ける事こそ出来たものの、彼女は怯え切っていまして…聞けば家に帰っても誰もいないとの事で…」

 

「最近は仕事が忙しくて…」

 

「あー…いえ、責めてる訳ではありません…まあ、それで私から半ば強引に泊まって行く様、提案したんです…家は近くとはいえ、彼女を一人にするのは不味いと感じましたので…最も、彼女の制服が汚れていた上に、破れていたという事情もありまして…そう言えば…今朝、彼女は私が貸した服を着て家に戻った筈ですが…」

 

「すみません…今朝は私も家を出るのが早くて…」

 

「…成程…ところで…」

 

「はい?」

 

「こちらこそ申し訳ありませんでした…本当は真っ先に貴女にこの話を伝えるべきでした…」

 

今度は私が頭を下げる…やれやれ…人に頭を下げられるのは落ち着かないのに自分が下げる事に全く抵抗は感じないものだな…まあ、全く悪いと思ってない訳でもないが、な…

 

「そんな…娘の事ですから自分から私に伝えないで欲しいと言ったんでしょう?あの子は何時も私に気を遣いますから…」

 

……子どもが親に"気を遣う"のは多くの場合、親に心配をかけたくないから、というよりも言った所で何も出来無い…若しくはしてくれないから…というひねくれた言葉が何故か浮かんで来たが、この場で口に出したりはしない。

 

「それだけではありません…今朝、私は彼女に体調を聞きました……もっと良く確認すべきでした…まさか倒れるとは…思ってもいませんでした…本当に申し訳ありません…」

 

沈黙が続く……そろそろ誰か何か言ってくれ…首が痛くなって来たぞ…悪いと思ってない訳でもないが、これはさすがに辛い…

「…頭を上げてください…テレサさんのせいではありません…寧ろ貴女は娘を助けてくれたのですから…」

 

「分かりました…私から話せるのはこれくらいです…後はオフィーリア…あー…今回彼女を保健室まで運んだ私の同僚をお呼びしましょう…少し待っていてください。」

 

私は理事長室を出ると携帯を取り出し、現在用務員室にいる筈のオフィーリアに電話をかけた…数回呼び出し音が聞こえた後、声が聞こえて来た。

 

『…もしもし?…何よ、今忙しいんだけど?』

 

「今、あいつの母親が理事長室に来てるんだが…」

 

『……それで?』

 

「お前に話して欲しいんだ、あいつを運んだ時の事をな…」

 

『…あんたにも電話で話した筈だけど?』

 

「実際に運んだお前が話した方が伝わりが良いだろう?」

 

『…ふぅ…仕方無いわね…今から向かうから、先方には少し待つ様に言って。』

 

「ああ。分かった…」

 

私は切れた電話を仕舞うと理事長室に戻った。



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*36

それから少しして、オフィーリアが理事長室に入って来た…

 

「…まあ、詳しい事情、と言っても私も聞いただけなので…」

 

入って来るなり自己紹介もそこそこに今回の一件について話を始めるオフィーリア……そこでこっちをチラチラ見るな…全く…

 

「…取り敢えずそこの彼女からある程度の事情は聞いた、との事で宜しいですか?」

 

「はい…」

 

「…では、私の知る事をお話しますね?では、先ずは…」

 

そう前置きしてオフィーリアは話し始めた…

 

 

 

 

「…と、こんなところですね…幸い、倒れる時に受け止めるのが間に合いまして、頭は打ってないとは思いますが…そうですね、私は素人なのであまり言及するべきでは無いと思いますが、彼女の倒れた原因は間違い無く精神的な物でしょうね…恐らく症状の程度は分かりませんが、間違い無く男性恐怖症になっているかと…」

 

「…そう、ですか…」

 

「…私からは、しばらく学園を休むべきとしか言えませんね…ここは共学ですから……少々、悪戯が行き過ぎる男子もいますし…仮に多少症状が軽かったとしても親しい筈の男子に触れられただけで気絶するレベルだと正直どんな悪影響があるか…」

 

「そんな…」

 

「さて、申し訳ありませんがこれで私は失礼します。」

 

そう話した後、オフィーリアはこちらが止める間も無く出て行った……大事な事を聞きそびれてしまった…

 

『おい、サーゼクス…』

 

小声でほとんど置物と化してるサーゼクスに話しかける…こいつ…母親がやって来てから結局ろくに喋って無いな…

 

『…何かな?』

 

『さっきオフィーリアが話した件なんだが、現場にいた奴の話をした時一人、気になる奴がいたんだが…』

 

『…奇遇だね、私も気になった人物がいた…』

 

『…赤い髪の女子生徒、と言うのは…』

 

『十中八九、リーアだろうね…』

 

『…その様子だとお前も聞かされてなかったか。』

 

『初耳だね…』

 

本当にこの場に呼んで良かった…あいつめ、大事な事を省いていたな…

 

『……あいつは一誠たちと同じ学年だからな…リアスが誰に用が会ったにしても、別にいても不思議では無いが、何であの時言わないんだ…』

 

オフィーリアに丸投げするつもりが…余計に面倒な事になったぞ…

 

「あの…ところで娘のいる保健室は何処に…?」

 

そう考えてる内にあいつの母親が声をかけてきたので考えを打ち切る。

 

「私が案内します。」

 

理事長室のドアを開け、あいつの母親を廊下に出し、少し待つ様に言って戻る…やれやれ…

 

「それじゃあ行ってくる「やはり私は行かない方が良いかな?」…オフィーリアの話を聞いてなかったのか?男性恐怖症…正直私も同意見だ…お前が来ると面倒な事になる可能性がある…」

 

「…仕方無いね、分かったよ…」

 

「……心配なのは分かるが…あまり思い詰めるな。仮に責任があるとしたらお前にでは無く、私にある。」

 

「…彼女はこの学園の生徒だ…割り切れないさ。それに

、君だけに押し付ける訳には行かない。」

 

「……やはり、お前は変わってるよ。」

 

とても"悪魔"、それも魔王ルシファーを名乗る者とは思えん…私はそんな事を考えながら理事長室を出た。



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*37

「では、案内しましょう…こちらです。」

 

「はい…」

 

強ばった顔の母親と横に並んで歩く(先導しようかとも思ったが、間違い無く後ろが気になって仕方無くなるのが予想出来たので止める)それに、だ…

 

「…一つ、宜しいでしょうか?」

 

「え?」

 

「…私が言って良い事でないのは承知していますが…それは娘に向ける顔では無いですね。」

 

「……」

 

これから娘に会おうとするこの女が今浮かべている表情が…見ているとどうにもイラつくのだ。

 

「…色々と思う事もあるでしょう…ただ…今一番不安なのは貴女ではなく、娘さんの方である筈です。」

 

「はい…それは分かっていますが…でも「面倒臭い女だな」え?」

 

あ~あ…遂に敬語が崩れてしまったな…だが、先程からどうにもこの女がムカついて仕方無かった…

 

「別に心に傷を負った娘に無理に笑顔を向けろとか言ってるんじゃない。逆効果になる可能性が高いからな…だが、ただでさえ不安になっている筈のあいつが、母親であるお前の今の顔を見れば余計に気持ちが落ち込むだろうが。」

 

「いや、あの…え?」

 

「グタグタ考えるな…いつも通り接しろ。例えどれだけ娘に罵倒されたとしても…それが"母親"という物じゃないか、と私は思う。」

 

「…私は…本当にそれで良いんでしょうか…?」

 

「…さて。今のはあくまで一個人としての意見です。気に入らないなら無視しても構いません。」

 

「……」

 

それきり黙ってしまった母親に話しかける事無く廊下を歩いて行く…何やら考え込んではいるようだが、彼女は足を止める様子は無い。

 

 

 

「さて、着きましたが…少し待って頂いても宜しいですか?」

 

「え?何故…」

 

「実は私の家族が彼女を心配してここにいるんですが…仰りたい事は何となく分かります…ですが他人だからこそ吐き出せる事、と言うのもあるものです…」

 

「……」

 

「取り敢えず私が先に様子を見て来ます…貴女が彼女の母親だからこそ、見せたくない、聞かせたくないものと言うのもありますから。」

 

「……分かりました…娘の事、宜しくお願いします。」

 

そう言ってまた頭を下げる母親を制し、私は保健室のドアをノックし、中に入った。

 

 

 

「…テレサ。」

 

「オーフィス、あいつの様子はどうだ?」

 

「…今さっき眠った所。」

 

「…そうか。」

 

私はベッドに近付き、ベッド周りを囲むカーテン越しに声をかけた。

 

「黒歌、いるのか?」

 

「ええ。」

 

「…開けても大丈夫か?」

 

「大丈夫よ…でも静かにね。」

 

「了解。」

 

私はカーテンを出来るだけ音を立てないようにゆっくり開いた。



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*38

「…良く寝ている様だな。」

 

「……あんたはそれしか感想出て来ないだろうけど、こっちは結婚大変だったんだからね?」

 

カーテンを開けてみれば件のあいつはベッドの上で、穏やかな寝息を立てておりその横の椅子に黒歌が眠っていた…

 

「…お前のその皺だらけになったスーツと崩れた髪型を見れば色々あったのは想像が着く。」

 

「…にゃら、その一言で終わらせにゃいで欲しいにゃ。」

 

ベッドの上にいるそいつには表面上変わった所は無い…ただ、黒歌の方は完全に服装が乱れていた。

 

「…相当、壮絶だったんだろうな…すまなかった。」

 

「…あんたが分かってくれるにゃら私はそれでもう良いにゃ。」

 

「…で、こいつの様子はどうだったんだ?」

 

「…私とオーフィスが来た時にはもう起きてて…完全に取り乱してて…咄嗟に抱き締めて落ち着かせたにゃ。」

 

「…保険医はどうした?」

 

「いてもらったらかえって危にゃそうだったから、取り敢えず一旦強引に追い出したにゃ。」

 

「…その後、仙術で眠らせた、か?」

 

「興奮し過ぎてて…にゃかにゃか効かにゃかったけど…にゃんとか。」

 

「…一応聞くが保険医は女性だったか?」

 

「ん?…ああ、そういう事にゃ。女性ではあったにゃ…でも多分この子、保険医の人と面識がにゃかったんだと思うにゃ。」

 

……説明するまでも無く、こいつの状態を何となく把握してくれて助かるよ。

 

「…つまり、男性恐怖症に続いて初対面の人間も駄目だと…思った以上に深刻だな…」

 

「…自分の前にいるのが誰にゃのかも良く分かってない、みたいにゃ感じだったから落ち着けばそっちは大丈夫だと思う…でも…」

 

「男性恐怖症の方は駄目か?」

 

「多分…」

 

改めて自分の罪の重さを自覚させられるよ…

 

「…記憶は消せないのか?」

 

「…サーゼクスはにゃんか言ってた?」

 

「母親が来てから一言も喋ってな…いかん、忘れていた…もうあいつの母親は外に来てるんだ。」

 

「……早く入れてあげなさいよ。実の母親が来たんなら私たちの方が出て行くべきでしょ?」

 

「ああ、呼んで来る…」

 

私は保健室を出た。

 

 

 

 

「おまたせしま…何してるんだ、オーフィス?」

 

廊下に出てみれば屈んで泣いている母親の頭を撫でるオーフィスがいた。

 

「悲しそうな顔…してたから…」

 

「……」

 

こういう姿を見ていると思う…クレアに良く似ている、と…だが単なる模倣では無い…

 

「……」

 

今のオーフィスの目を見てると分かるのだ…ただ、クレアの真似をしているのでは無く、こいつは本当にこの女の事を心配しているのだと…

 

「…少し待っていてやるか。オーフィス、その女が落ち着いたら連れて来てくれ。」

 

「分かった。」

 

だから、そんなオーフィスに私はこの場を任せる気になった。



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*39

数分後、母親はオーフィスに手を引かれて保健室に入って来た。

 

「ご迷惑をおかけして…あの、何か…?」

 

恐らく私は今、苦笑いを浮かべているのだろう…何故なら…

 

「…いえ、実は娘さんからも今朝同じ様な謝罪を受けまして、ね…少なくとも私たちは特に迷惑はしてないのでお気になさらず…」

 

「はい…」

 

「ところで…どうします?娘さんをこのまま連れて帰りますか?」

 

「はい…早く帰って休ませてやりたいので…」

 

「…ここにいる黒歌の話なんですが…」

 

「え?」

 

「当初黒歌がこの子、オーフィスと共に保健室に着いた時、暴れて手が付けられなかったそうなんです…なので敢えて彼女と面識の無かったと思われる保険医に出て行って貰った上で寝かし付けたそうで…」

 

「……母親の私に対しても暴れる…そう仰りたいんですか?」

 

「…失礼な事を言っているのは重々承知しています…ですが…一応注意はしておいて下さい。」

 

「…分かりました。何から何まですみません…」

 

「さっきも言いましたが、お気になさらず…では、私たちはこれで失礼します。もし、何かありましたらここにご連絡下さい。」

 

私は携帯の番号を書いた紙を渡し、黒歌とオーフィスを連れ、保健室を出る…やれやれ…やっと一息付ける…私はネクタイを緩めた。

 

「さて、帰るか「テレサ?元々着て来た服はどうしたにゃ?」…そうか。理事長室に置きっ放しだな…仕方無い、取りに行くか。」

 

 

 

 

「…どうやら話は済んだようだね。」

 

「ああ。後は頃合いを見計らって娘を連れて帰るだろう。」

 

私は自分の服が入った紙袋をサーゼクスから受け取りながら答えた。そうだ…さっきの話を聞いておこうか。

 

「サーゼクス、ちょっと聞きたいんだが?」

 

「何かな?」

 

「…あいつの記憶は消せないのか?」

 

「…黒歌、君の意見は?」

 

「…私の仙術でも多分記憶は消せるにゃ…でも…止めておいた方が良いと思うにゃ…」

 

「…つまり君も同意見、という訳だね…恐らく理由も同じだろう…彼女は危機に見舞われていた…最悪命を奪われるとも感じた事だろう…彼女にとっても多分、これから先一生無い程印象に残った出来事だった筈だ…そうなると無理に消しても完全には消えない可能性が高いんだ…」

 

「記憶の異常には多分すぐに気付くにゃ…別の何かがあったと偽の記憶を植え付けても…きっと今回の出来事が印象的過ぎて…それにそれだけならまだしも…最悪、悪夢としてずっと苦しむ羽目になるかも…」

 

「成程な…」

 

安易に消せば済むと言うものでも無いんだな…

 

 

 

 

「…テレサ。」

 

「どうした?」

 

帰り道、オーフィスが声をかけて来た。

 

「あの子の家に行きたい。」

 

「……何故?」

 

「…心配…だから…」

 

「…黒歌。」

 

「…しょうがないにゃ…分かったにゃ。でも今日は駄目にゃ。後日私と一緒に行くにゃ。」

 

「…分かった。」

 

ま、あいつは二人には懐いている様だしな…寧ろ良い影響を与えるかもしれんな…



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*40

オーフィスを追って渦の団の連中が現れる可能性を考えれば本来自由に出歩きさせるのは宜しくない…だが、だからと言って閉じ込めておくのはあまりに不憫だ…しかもこいつは他人を心配して行動しようとしている。

 

私に今のこいつを縛る気にはとてもなれない…黒歌とこいつなら追っ手を振り切るのは容易だしな。二人に会う事で彼女の回復に繋がるのなら尚更だ。

 

……無論、最悪の事態を想定していない訳じゃない。考えられる一番最悪の展開は何か?それは、彼女やその母親が連中に捕えられる事だ。その場合はどうするか?決まっている、私が助けに行く、若しくは二人を私が殺す。……単純な二択だ。私にとってあの二人が死ぬのはまるで損失にはならない…所詮、一番優先すべきなのは家族だから…そしてその中にはもうオーフィスが入っているのだ…

 

天秤がどちらに傾くかなど考えるまでも無い…実際、もしもの時はサーゼクスやグレイフィア、それにリアスたちやアザゼル…仲間であるこいつらを殺す覚悟を決めている私にとって全くの赤の他人であるあの二人を殺すのに一切の躊躇など無い。

 

二人で楽しそうに話をする黒歌とオーフィスを見ながら私は自分にそう言い聞かせていた……本当は分かっているさ、どうせ今の私にあの二人を躊躇わず殺す事なんて出来無いなんて事は…全く…儘ならないものだな…

 

 

 

このままただ帰るのも味気無いと言う黒歌の提案でファミレスへ向かう事にした。

 

「…オーフィス、もう良いにゃ?」

 

「うん。」

 

オーフィスは少食だ、恐らくクレアやアーシアよりも更に食べない…家でもあまり食べなかったし、私は外食でも食べる量は少ないのは知っているが、黒歌としては外食ですら食べないオーフィスの事が気になる様だ…

 

『これは…一応言った方が良いのかしら…』

 

『そもそもこいつの場合、人間態の状態で人の食べ物をそんなに食べた経験自体が少ないのかも知れないからな…キツく言った所で困惑するだけだろう…』

 

『別にキツく言うつもりは無いけど…』

 

同じテーブルに着いてる上、人間では無いオーフィスでは小声で話してもどうせ聴こえるんだろうが、そこはそれだ…オーフィスも空気を読んでいるのか話に入って来ようとはしないしな…

 

『最終的にどうするかはオーフィスに任せるさ…無論、これに限った話じゃないが。』

 

『良いのかしら…?』

 

『何が正解かなんて私にもお前にも判断する権利は無い…あるとしたらこいつだけだ…何せ、結局はこいつ自身の事なんだからな…』

 

そう言いながら私はオーフィスの頭を撫でた…



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*41

学園の生徒に見つかったら面倒なので、軽く話したらさっさとファミレスを出て家路に着く…その間一応気を張っていたが幸い携帯は鳴らず、家に着いてからも鳴る事は無かった…

 

「…結構強めにかけたからね、多分しばらくは目覚めないと思うにゃ。」

 

「…先に言ってくれ。」

 

黒歌にそう言われて私は携帯から目を離した。…全く。無駄に緊張してしまったじゃないか…

 

「案外、気にしてるのね?」

 

「…何かあったら寝覚めが悪いだろ。」

 

「捻くれてるにゃ。」

 

「…他人より家族優先だからな「家族じゃにゃいけどただの他人とも思えにゃい…でしょ?」…ふん…さぁな。」

 

これだとそうだと言っている様な物だな…最近の私は本当に素直過ぎる…前はこんなんじゃなかったんだが…

 

「それで良いのにゃ、あんたは人間に近付きつつあるのにゃ。」

 

「私は「……」…ハア…そうかもな。」

 

考えを読まれた気恥しさもあり、私は化け物だと嘯こうとして黒歌の笑顔を見て何も言えなくなる…私はこれから先、もうずっとこいつに頭が上がらないのだろう…それを悪くないと思ってる今の私がいる訳だがな。

 

「さてと、ちょっと出かけて来るにゃ「ん?何処に行くんだ?」テレーズの様子を見に、にゃ。オフィーリアに時々見に行って欲しいって頼まれたにゃ。」

 

「私は聞いてないが「妊婦の世話にゃんて出来るにゃ?」……」

 

「じゃ、行ってくるにゃ。」

 

 

 

「テレサ。」

 

「…んん…オーフィスか…どうした?」

 

暇でつい、ウトウトしていた私は身体を揺さぶられて目を覚ます、部屋にいる筈のオーフィスがいた。

 

「…これ。」

 

オーフィスが手に持っていた物を私に差し出す…これは…

 

「クレアの絵本か。」

 

クレアは漫画の他に絵本も読むので普通に部屋にある…しかし、これをどうしろと?

 

「…読んで欲しい。」

 

「……私で良いのか?」

 

「うん。」

 

頷くオーフィスを見つつ、少し困惑する…クレアは自分から読んで欲しいなんて言った事が無いからな…さて…どうしたものか…?

 

「……」

 

……悩むまでも無いか。明らかに期待しているオーフィスの目を見て私は腹を括った。

 

「…分かったよ……読むのが下手でも笑わないでくれよ?」

 

私がおどけてそう言えば力強い頷きが返って来る…そういう真面目な返しが欲しかった訳じゃないんだが…今のこいつにそこまで求めても酷か…さて、何々…

 

「じゃあ読むぞ?…昔々、ある所に…」

 

私は精一杯情感を込めて絵本に書かれた文章を朗読し始めた…

 

 

 

 

「…めでたしめでたし…さて、どうだったかな?」

 

「……面白かった。」

 

「そうか「他のも読んで欲しい」…あー…それはそこに隠れてる奴に頼め…おい。」

 

私は玄関に向かって声をかけた…玄関に併設されたトイレのドアが開く…

 

「何やってるんだ?…朱乃。」

 

「…申し訳ありません…出るタイミングを失ってしまいまして…」

 

「…だからと言ってわざわざそんな所に隠れる事も無いだろう?早く入って来い。」

 

「はい…」



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*42

神妙な顔して入って来た朱乃だが、そもそも私は怒っていないし、何だかんだ子どもが嫌いでは無い朱乃はすぐにオーフィスの相手を始めた…手の空いた私はしばらく二人を見ていた…筈だったのだが…

 

「テレサ、いい加減起きるにゃ。」

 

「ん…黒歌、もう戻って来たのか。」

 

「戻っても来るにゃ。もうオフィーリアも帰って来てるにゃ。」

 

「……マジか。」

 

と、言う事は私は夜まで寝ていた訳だ。朱乃とオーフィスの二人を眺めていた筈だが、そう言えば途中から記憶が無い。

 

「そろそろ夕飯にゃ。」

 

「分かったよ、今…?何だ?」

 

座っていたソファから立ち上がろうとしたが足が動かない…私の足の上に何か乗っている…?

 

「…こいつ、何時から私の膝の上にいるんだ?」

 

下を見れば私の膝の上に頭を乗っけてセラフォルーが寝ていた。

 

「つい、さっきにゃ「その割には本気で爆睡している様だが」…多分、疲れてるんだと思う…動かしても起きないだろうし、寝かせておいてあげたいけど…セラフォルーはご飯食べるか聞いてないのよね…」

 

「成程な、なら私が起こそう。」

 

どちらにしろ、こいつを寝かせたまま退けるのが面倒臭い。私はセラフォルーの身体を揺さぶった。

 

「ん…ふわぁ…何?テレサちゃん「人の膝の上で勝手に寝といて何、も無いだろう?まあ良い、それより飯だそうだが、お前は食うのか?」…う~ん…食べる~…」

 

「だ、そうだ「了解にゃ。」ほら、飯食うんだろ、下りろ。」

 

「う~ん…もうちょっと「取り敢えず私の膝の上からは下りろ、動けないだろ」…う~…分かった。」

 

セラフォルーがノロノロ頭を起こした所で私はソファから立ち上がる…そのまままたソファの上にセラフォルーが頭を落とした。

 

「おい、寝るな。飯食うんだろ?」

 

「う~…もう出来てるの「もう少しかかるにゃ」…出来たら起こして~…」

 

「おい…全く。」

 

「相当疲れてるみたいにゃ。」

 

「それなりに神経使う仕事の様だからな…」

 

「スーツぐらいは脱いだら良いのに…皺になるにゃ。」

 

「こいつの場合、自分でアイロンぐらいかけるだろ。」

 

オーダーでも無い普通のレディーススーツだからな…手入れもそう難しくないだろう。

 

「もう放っておこう。出来たら私が起こす。」

 

「分かったにゃ。」

 

 

 

 

「いい加減起きるにゃ。ほら、口から溢れてるにゃ。」

 

「う~…」

 

飯が出来たのでセラフォルーを起こしたが、こいつは半分寝ており、とても自分一人で食べられる状態じゃなかった。

 

「…もう良い。私が叩き起こす。」

 

私は席を立つとセラフォルーの頭を殴った。

 

「痛あ!?何々!?何が起きたの!?」

 

「テレサ…グーはダメにゃ…」

 

「良いだろ、別に。」

 

「大丈夫ですか?セラフォルー様。」

 

「朱乃ちゃん?今何が「私がぶん殴った」何で!?」

 

「何で?お前が寝ながら食おうとして溢してるからだろ。」

 

「うう…だからって何も殴らなくたって…」

 

「疲れてるのは分かるが、飯くらいちゃんと食え。大体、自分で食うって言ったんだろ。」

 

普段ならなあなあで済ますが、今日は厳しく言う事にする…何せ、ここにはまだ人間社会の常識に疎いオーフィスがいるんだ…

 

「う…ごめんなさい。」

 

「全く…しっかりしてくれ…」

 

説教なんてするのは柄じゃない…ただでさえ面倒事を抱えてるんだからこれ以上問題を増やさないでくれ…



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*43

「痛っ…!…全く…こいつは…」

 

身体に走った激痛で目を覚ます…朱乃がまた私を抱き枕にして寝ていた…

 

「…人を殺す気かと思う程締め付けるのも問題だが、電流を流されるのも…」

 

どっちかなら良いと思う辺り私ももう手遅れか。

 

「……」

 

幸い、今回は締め付け自体は緩いのでさっさと振りほどき、ベッドから起き上がった…

 

「…ハア…」

 

ベッドの上に寝ている面々と自分の身体を見て溜息を漏らす…あの後、覚醒したセラフォルーは私に襲いかかった…最初はあしらっていたものの、オーフィスがいた事もあり、お預けを食らっていた黒歌と朱乃も加わり…まぁ…ヤッてしまったのだ…オーフィスには黒歌が仙術をかけて眠らせた。正直本当に効くのかと思ったが、オーフィスは寝た…それを確認すると同時に、という訳だ……誰に説明してるんだ私は…

 

「……」

 

取り敢えず床に転がっていた誰のか忘れたパンツを履き、(私の下着が上下とも見つからない…)これまた床に転がっていた自分のパーカーを羽織り、チャックを上げる…次にジーンズを履いた。

 

「…まだこんな時間か…」

 

壁にかかっている時計を見れば二時を指している…深夜か…

 

「……」

 

朱乃が電流を流そうがその程度では私はもう早々、目覚めない可能性が高い(慣れだな…)何か危機を感じ取って起きたのかと思い、一応気配を探るが特に異変は…いや…

 

「…テレーズ?」

 

外にテレーズの気配を感じた…起きてるのか?

 

「…会ってみるか、そう言えば最近はろくに会話してないからな…」

 

私は玄関に向かい、サンダルを履くと外に出た。

 

 

 

 

「……お前か。」

 

「…私だと分からなかったのか?」

 

部屋の外に出てみればテレーズが自分とオフィーリアの部屋のドアに寄りかかりながら立っていた。

 

「…気配を探ろうとしなければ誰なのかなんて分かる訳ないだろう?」

 

「確かに。」

 

それが半ば習慣になっている私が可笑しいのか。

 

「…その様子だと私の気配に気付いて出て来た訳か…何の用だ?」

 

「……」

 

聞かれて気付く…特に用が無かった事に。…ふむ。

 

「別に用は無い「なら、戻ったら良いだろう」良いだろう、別に。」

 

「…ふん。」

 

……思いの外、機嫌が悪そうだな…

 

「何か、あったのか?」

 

「……何も無い…強いて言うなら、お前らが乳繰りあっているのを感じ取っただけだ。」

 

「……悪かった。」

 

何だ、私たちのせいか…

 

「…別に怒ってない「怒ってるだろ」いや…本当に怒ってはいない…少なくともお前らの事ではな。」

 

「じゃあ…何なんだ?」

 

「…こいつの事を考えていた。」

 

テレーズがそう言って大きく膨らんだ自分の腹を撫でた。

 

「相変わらずなのか?」

 

「…ああ。正直、私にももう分かるんだ、こいつは外に出たがっている…」

 

「…何で出てこないんだろうな。」

 

「さあな…それは私にも分からん…」

 

テレーズがそう言って乾いた笑い声を上げる…

 

「さて、私はもう戻る「もうか?」…お前もさっさと戻れ、あいつらが心配するだろう…ましてや、そんな格好ではな…」

 

「分かるのか?」

 

「…我ながらスタイルは良いんだ…パーカーを着た所で身体のラインは出る…お前ブラしてないだろう?」

 

「…ああ。」

 

「…早く戻れ。」

 

「分かったよ、じゃあな。」

 

私は部屋のドアを開け、中に入った。



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*44

部屋のドアを閉める…む…?

 

「…テレーズが動かないな…戻ると言ったのは私を帰らせる口実だったか…」

 

とは言え、別に指摘しようとも思わん…この後また会いに行った所でどうせ私に出来る事は何も無いだろうからな…

 

玄関を歩く…リビングへ…

 

「…テレーズ大丈夫だった?」

 

声が聞こえて一瞬身構えるが、直ぐに警戒を解く…

 

「…脅かすな…お前も起きてたのか…?」

 

横を見れば黒歌が立っていた…良く考えたら声をかけられるまで気配を感じなかったな…私が気を抜いていたのもあるだろうが…こいつ自身が既にそれなりの領域にいるのを改めて実感し、戦慄した。

 

「…朱乃ちゃんに、ね…」

 

「あー…そうか…」

 

大抵、私がいないと一番に被害に遭うのは黒歌だったりする…何か安心する要素が…いや、あいつの嗜好の問題か…今でこそ黒歌はある程度受け容れているとは言え、何とも言えんな…

 

「…嫌なら嫌と言えば良いだろう「あんたがそれ言うにゃ?」……」

 

……私はもう諦めているからな、と言う言葉を飲み込んだ。

 

「私も結局は受け容れているけど…だからってあんたに言われたくないにゃ…」

 

「…分かったよ、私が悪かった…」

 

今更こんな事で言い争いをするのはめんどくさい…それも、こんな時間に。

 

「別に怒ってないにゃ…それよりテレーズは大丈夫だったにゃ?」

 

先の質問が繰り返される…そう言えば…

 

「何で知ってるんだ「聞かにゃくても分かるんじゃにゃい?」……」

 

そうか…こいつなら…

 

「……気配を探ったのか?」

 

「夜中にあんたがいにゃかったんだから探すのが普通じゃにゃい?」

 

「……ご最も。…悪かったよ。」

 

「部屋の直ぐ外にいただけだし、別に怒ってないにゃ…それでテレーズは大丈夫だったにゃ?」

 

「…お前の思ってる通りだよ、かなり深刻だ…」

 

「子どもの事?」

 

「ん?ああ…正直、私じゃ何も出来無いな。」

 

「…良いんじゃにゃい?変に余計な事を言ったり、やったりしたら間違い無く逆効果ににゃるにゃ。」

 

「…アザゼルの見立てを聞いてるが、とっくに産まれて来てても可笑しく無いそうだ…まあ、人間の子どもの妊娠から出産までの期間を考えたら早すぎるが…」

 

一般的に人間の子どもは妊娠してから出産まで十ヶ月前後かかると言われている…数日の誤差がある場合もあるが、大抵はそれぐらいなのだ…最も一ヶ月程度早まる早産のケースもあるが…あってもその程度だ…だが…

 

「あいつの妊娠が確認されてから、精々、数ヶ月程度だ…十ヶ月には程遠い…」

 

テレーズの腹にいる赤子は成長が早すぎる…間違い無く、人間として産まれる事は無いだろう…

 

「…焦ってるのね…」

 

「焦る?あいつがか?」

 

「…初めての事でしょ?誰だってそうなるわ。」

 

「そういう物か…そう言えばお前は妊娠するんだったか?」

 

「…一応、ね「私との子どもが欲しいと思ったりするか?」…正直、オフィーリアみたいに割り切れないにゃ…」

 

「ん?」

 

「…不安になるの…世間に受け容れて貰えるかどうか分からないから…だって同性同士から誕生する子よ?」

 

「…テレーズとオフィーリアの子どもの話はクレアが広めてしまったがな。」

 

聞いた面々は事情を全く知らない筈なのに好感触だった…まあ、私も実際にはどうやってやったのか、アザゼルに聞いたりはしてないが…

 

「でも…それを聞くって事はあんたは欲しいの?」

 

「さぁな。私も良く分からない…ただ、私は妊娠しない身体だからな…負担は大半がお前に行く事になる…その上でお前が良いなら私は構わない…」

 

「…あんたは別に欲しいって訳じゃにゃいのね?なら、私は良いにゃ。」

「そうか。」



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*45

「それじゃ、私はもう一眠りして来るにゃ…あんたはどうするにゃ?」

 

「…目が冴えてしまったからな、起きてるさ。」

 

「…にゃら、私も「私に合わせる事は無い。眠いのなら寝て来たら良い」…む…分かったにゃ。」

 

そう言うとあからさまにムッとした顔をする黒歌…黒歌の為を思って言ったつもりだったが…また何か間違えたか、私は…?

 

「そう怒るな……若しくは私を心配してくれているのか?別にこの後何かやったり、前の様に突然消えたりはしないさ。」

 

「……本当に?」

 

「本当だとも。」

 

「…消える時は書き置きを残したり、一声はかけて行く、とかそう言う意味じゃにゃくて?」

 

ふむ…思った以上に信用無いんだな、私は…

 

「分かったよ…ならはっきり言おう…私はもう消えたりはしない。…お前らと離れたくないから。」

 

結局、離れてみて私が感じたのは余りにも強過ぎる喪失感だった…最初は一人であの頃は何も感じなかったのにな…意味無く私を構うサーゼクスや、私に大して色々と世話を焼こうとするグレイフィアを鬱陶しく思っていた程なのにな…私は間違い無く弱くなった…だが、悪くは無い…しがらみが増えて身動きが取れなくなってるのは分かるが、自分でも思ってしまう…

 

もう何一つも手離したく無い、と。

 

「…それを聞いて安心したにゃ。」

 

それを聞いて笑顔を浮かべる黒歌を見て、悪くは無いと改めて思う…残念ながら恋愛感情は今の所無いが、家族としてこれから先も大事にして行きたいと。

 

「じゃ、寝るにゃ。」

 

「ああ、おやす…そう言えば…」

 

「どうしたにゃ?」

 

「お前、どうやって朱乃から離れたんだ?」

 

黒歌は器用な方だが、能力的な相性もあるのか、朱乃を起こさず離れるのは難しい…大抵は起こしてしまい、朱乃が離れるのを嫌がり、元の体勢に戻ってしまう…大抵その事で後で私が文句を言われる(朱乃が私の次に黒歌を気に入っているのを知っていて、押し付けるパターンの多い私はそれについて何も言えないが…)

 

「…セラフォルーに押し付けたにゃ。」

 

「…だからか。さっきからあいつらの気配を寝室から感じるのは。」

 

セラフォルーが朱乃に締め上げらたり、電流を流されて起きない訳は無いからな…

 

「…起きてるの?」

 

黒歌でもさすがにまだ意識して探らないと分からないか…

 

「起きてるな「先に言って欲しかったにゃ…あんたと子どもの話したから、抜け駆けしたって二人から責められるにゃ」…そうなのか?」

 

青い顔をする黒歌を見て、事態の深刻さを知る…いや、待て。

 

「話を振ったのは私からだが「それでも割り切れないモンなのにゃ」…そういう物か。」

 

そう言うのも正直、良く分からないな…そもそも私は元は人間の筈だが…どうにも元の自分の事が曖昧だからか、価値観のズレを感じる…まあ、私が深い付き合いをしている人間は実質、クレアとアーシア位だがな…

 

「こうなったらあんたも来るにゃ。事情を説明して欲し「断る、めんどくさい」…にゃんで?」

 

「あの二人が私との子どもを欲しいかはともかく…今行けば確実にヤる羽目になる…」

 

「……聞こう聞こうと思ってたけど、あんたは嫌にゃの?」

 

「…元々、私に性欲はほとんど無いからな…まぁ、質問に答えるなら、嫌な訳じゃない…ただ、お前ら限度を知らないからな…面倒にもなる。」

 

「それは…あんたが余りシてくれないから…その癖アザゼルたちとは隠れてシてるって言うし。」

 

……和解した気でいたが、まだ気にしていたか。

 

「言い訳するつもりは無いが言わせてくれ…正直、あいつらとヤってる頻度もそう多くないんだ…お前らとの方が多いくらいだよ。」

 

「本当に?」

 

「ああ。…何ならあいつらに聞いてみると良い「それを言えるあんたの神経が分からにゃいにゃ」……悪かった。」

 

最近は理由が分からなくても謝る癖が着いてしまったな…めんどくさい以上に単純にもうこいつを怒らせたくないからだが。…良く挑発して、じゃれていた頃が懐かしい…そんなに時間は経って無い筈なんだが、どうしてこうなったのか…

 

「…にゃんで私が怒ってるのか分からにゃいにゃら謝らないで欲しいにゃ。」

 

「……」

 

バレたか…

 

「とにかく!さっさと来るにゃ。」

 

「分かったよ…」



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*46

『…で、こんな時間に何の用かな?…テレサ。』

 

「…お前にとっては真昼間みたいな物だろう?サーゼクス。」

 

三人を何とかあしらった後(眠ったと言うか、半分気絶に近い)結局暇な私は夜中である事を一応気にしつつも、サーゼクスに電話をかけてみた。

 

『…そう思うなら忙しいのも想像がついたと思うが…結局何の用なんだ?』

 

「…目が覚めてしまってな…暇潰し……切るのは待ってくれ、何もそれだけの為に電話した訳じゃない。」

 

『では、何かな…?』

 

「…松田、それに元浜…これらの名前に聞き覚えは?」

 

『…もちろん有るよ。有名だからね、悪い意味で。』

 

「…なら、やっぱり苦情はお前の所まで届いてるんだな?」

 

『…来ているね、生徒はもちろん、教師や保護者からも。』

 

「…だったら何で退学させない?あの二人のやってる事は普通に犯罪だぞ?」

 

『……』

 

「お前らには人間の法律など関係無いのかもしれないが『そうでも無いさ、基本的には遵守しているよ、こうして人間界で活動している訳だからね』では、何故だ?」

 

『…逆に聞きたいんだが、何故今になってそんなに気にするのかな?』

 

「…前から気にはしていた。面倒事に首突っ込みたくないから黙っていただけだ…そもそも連中に関わる事こそ多いが私は教師では無いからな…私が言う事でも無いと思っていた…ただな…」

 

『ただ?』

 

「今回の一件で思ってしまったのさ…あいつらの存在は害にしかならない。…オフィーリアの話を聞いた時に感じたんだ、あいつらがいる限りあいつがまともに学園に来れる訳は無いとな。」

 

『…何も知らない彼らがいつものテンションで振る舞えば彼女に影響があるか…』

 

「そういう事だ、もう一つ聞くが、どうせお前そこまで考えてなかったんだろう?」

 

『……』

 

「都合が悪くなったからって黙るなよ。男としてあいつらの行動に思う所があるのかもしれないが、それで済まされる話じゃないだろう…一回や二回ならまだしも、あいつらの場合は度が過ぎてる。」

 

『…確かにね…』

 

「さっさと追い出せ…それとも何かあるのか?」

 

『どういう意味かな?』

 

「…元はあの二人+兵藤がいた…最近は比較的まともになって来ているし、そもそも今のあいつはリアスの眷属だ…だから放置するのは分かる…だが、あの二人を置いておく必要は無い筈だ…何かあるのか?あの二人に罰を与えられない理由が?」

 

『…そんな物は無い「なら、とっとと追い出せ」…何もそこまで…』

 

「ふざけてるのか?お前は甘過ぎるぞ。」

 

『……』

 

「あいつら覗きだけならまだしも盗撮もしているからな…悪用されたら終わりだぞ?」

 

『…分かった、検討しよう…とは言え、手続きの問題もあるし、いきなり退学には出来無い…そのくらいは分かってくれるね?』

 

「ああ…その返事が聞けただけで十分だ…これ以上、無茶を言うつもりは無い。」

 

『…では、切るよ…』



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*47

「「よろしくお願いします!」」

 

「…良いから早くかかって来い…敵は律儀に挨拶を返すとは限らないんだからな…」

 

 

 

 

渦の団の連中がやって来る前提の話である以上、駒王町を守る事になるリアスたちのレベルアップは必須だ…だから…

 

「「ハアッ!」」

 

「…甘い。」

 

聖魔剣の木場とデュランダルのゼノヴィアの相手を私が務めているのは仕方無い事なのだ……と、自分に言い聞かせなければ納得出来んな、この状況は…

 

結局サーゼクスと話した後も朝まで起きていた私の部屋にやって来たのがこの二人だ…意外な組み合わせ、と思えば二人は使う武器の共通点故か、会った当初は木場が一方的にゼノヴィアに敵意を向けていた物の、改めて話してみればウマの合う所も有ったらしく、最近は二人で模擬戦をする事も多いのだとか。

 

それは良いが、よりにもよってまさか二人で挑みに来るとは…

 

人間界で戦う訳にも行かない私たちは仕方無くサーゼクスに連絡を取り、冥界で戦っている…

 

「…お前らの気質的に仕方無いんだろうが、毎回正面から突っ込むのは止めろ…」

 

「しかし…」

 

「分かっています…でも僕たちは…」

 

「実力が拮抗してるならまだしも、私に傷一つ着けられてないぞ?二人がかりでそれなんだからもう少し考えろ…」

 

二人は自分の今の実力が知りたくて来たらしいが…これではもう続ける理由も無い。

 

「…やる気が無いなら私は帰りたいんだが「もう一度!もう一度だけお願いします!」ハア…」

 

他の連中を連れて来れなかったからな、この場には私たち三人と、グレイフィアしかいない。

 

「グレイフィア、時間は大丈夫か?」

 

「私は問題無いけど…貴女は良いのかしら?」

 

「さて…あいつらが何を考えてるか分からんからな…早く戻りたいのが本音だが…」

 

今日はセラフォルーが休みだった…にも関わらず私だけ冥界に行くと言えば当然ごねたからな…私としても最近は余り構ってやれなかったし、襲われるよりマシだから今日一日は相手してやろうと思っていたのだが…

 

「…分かった。もう一度だけ相手してやるから、今度はもっと真面目にやれ。」

 

「「はい!」」

 

……返事は良いんだけどな…全く…

 

 

 

「テレサさん!私の剣はどうでしょうか!?少しは強くなりましたか!?」

 

そう話しかけて来るゼノヴィアに若干引きつつも答えてやる事にする。

 

「…良くなっては来ているな。今までお前はデュランダルに振り回されるばかりで使いこなせていなかったが、今はある程度お前の手の内にある様だ…木場との戦いはお前にとって得る物があった様だな?」

 

「はい!」

 

ゼノヴィアの質問に答えつつも私は今の状況の異常さについて考えてしまう…絶対に折れず、傷一つ着かない聖剣デュランダルに問題無く打ち込める私の持つ大剣について…ゼノヴィアと戦うのは初めてじゃないのに、どうしても毎回気になってしまう…

 

「っ!やはり止められますか…」

 

「…いや、直前まで気付けなかった…お前も殺気を消せる様にはなっている様だな…」

 

ゼノヴィアに気を取られる私の隙を突こうとして突き出された魔剣を腕で受け止める…いや、何だかんだ本当に成長はしてるんだよなこいつら…まだまだ負けてやれないが。

 

「…そろそろ私も帰りたいからな。お前ら二人の最大の一撃を打って来い。」

 

「え…」

 

「でも、それだと…」

 

「良いからやれ…それで私が負けるならそれまでという事さ。」

 

さて、後は二人次第か…何を見せてくれるんだ?



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*48

「あの…大丈夫ですか…?」

 

「ん?…ああ、問題無い、気にするな。」

 

私の胸に斜めに走る一文字の傷…それを見て心配そうに話しかける木場に私はそう答えた。

 

 

 

 

最初に攻撃して来たのはデュランダルを持つゼノヴィアだった。予想より早いスピードで突っ込んで来るゼノヴィアを見てつい、気を抜いてしまっていた私はすぐに躱せないと判断、大剣で受け止めようとしたが、力任せに振り下ろされたゼノヴィアの剣は剣を持つ私の腕を勢いのまま下ろしてしまった。

 

ガードの崩れた私は追撃を防ぐ為、咄嗟にゼノヴィアの腹を蹴り飛ばした…加減出来ず、吹っ飛ぶゼノヴィアを見てヤバいと思い、追おうとしたら横から割り込む影が…そのまま私は木場に斬られた…恐ろしい事に硬い胸当ての部分ごと斬り裂かれた。

 

「…中々悪くなかったぞ?ただ、次は鎧の隙間を狙え。見ての通りまだ浅いんでな。」

 

出血こそしているが、実際はそう大した傷じゃない。

 

「…そんな顔するな、寧ろ私は嬉しかったんだぞ?お前が確かに成長しているのが分かったからな…まあその辺はゼノヴィアにも言える事だが…と、いかん。木場、私の事は良いからゼノヴィアを見に行ってくれないか?」

 

「え…?」

 

「実はさっきの蹴り、余り力を抜けなかったんだ…」

 

「え!?わっ、分かりました!」

 

「悪いな、私もこの傷を塞いだらすぐ向かう。」

 

私に背を向けてゼノヴィアの飛んで行った方へ慌てて向かう木場を見ながら私は妖力解放し傷を塞ぐ…さて…

 

「グレイフィア、一応アーシアを呼んでくれないか?」

 

「…そんなに酷いのかしら?」

 

「…もちろん全力で蹴った訳じゃないが、正直何とも言えん…最悪内臓破裂位は覚悟した方が良い。」

 

「……分かったわ。」

 

「すまんな、私は先に向かう。」

 

 

 

 

「……大丈夫か?」

 

「…はい、頑丈なのが私の取り柄ですから…」

 

行った先では木場に抱き起こされるゼノヴィアがいた。やれやれ…私とした事が…

 

「…痛むのか?」

 

「…いえ。」

 

そう言いつつもゼノヴィアは私が蹴ったと思われる箇所をずっと摩っている。

 

「無理するな、もうすぐグレイフィアがアーシアを連れてここに来る「いえ、違うんです…」ん?」

 

「私はあの時全力でした…ですがあっさり受け流されて「いや…何言ってるんだ?」え?」

 

何でそんな勘違いをする?

 

「さっきのお前が振り下ろした剣は私のガードを完全に崩した…言ってしまえば私の負けだよ。そして追撃を防ごうとしてな、つい、まともに蹴ってしまったんだ。」

 

「え?でも「お前からしたら受け流された気でいたのか?私は受け止めるつもりだったんだ…剣が下りたのはお前の膂力を私が止められなかったからだぞ?」…そっ、それじゃあ…!」

 

「その後に木場に手傷を負わされてるしな…チームとしてならお前らの勝ち…そうでなくてもお前は私を破っている。」

 

「そうですか…でも、まだそれなら勝ててないですね…私たちは貴女に本気を出させる事は出来無かった筈です…」

 

「あのなぁ…私が本気で蹴っていたらお前は間違い無く死んでいるからな?」

 

「…でも…私は本気の貴女と何れ戦ってみたいです…」

 

「……その内な。」

 

こいつ、私の"本気"がどういう意味なのか分かっているのだろうか…?まあ良い。今の所本気になる必要も無いからな、考えるのはそうなった時で良いか。



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*49

グレイフィアに連れられやって来たアーシアはゼノヴィアの治療をしつつ、私に小言を言って行く…やろうと思ってやった訳では無いが、悪いのも私なので甘んじて聞き…流し…

 

「テレサさん!?聞いてるんですか!?」

 

「もちろんだアーシア「じゃあ私はさっき何と言いましたか!?」……」

 

ここで適当な言い訳の一つも思い浮かばないのが私なのだ…やれやれ…これは長くなるか?早く戻りたいんだが…どう見ても既に治療も終わってるのに未だに動けないゼノヴィアが不憫だしな…

 

「分かった…これから気を付けるから…取り敢えず木場とゼノヴィアは帰してやれ…怪我その物はお前が治せるが、失った体力自体は全ては戻らないだろう?早く休ませてやらないか?」

 

アーシアの神器は現状傷の手当てと、体力の回復を同時には出来無い…と言うかほぼ完全に傷の手当てに特化してしまっている…

 

「そう、ですね…それじゃあ私は行きますけど、ゼノヴィアさんも、こんな怪我しない様に気を付けてくださいね?」

 

「あっ…ああ…すまなかったアーシア…」

 

今アーシアがゼノヴィアに向ける笑顔は目が全く笑ってない…笑顔は元は威嚇行為だと言うが、私でさえ一瞬恐怖を覚えるとは…戦いにはほとんど出てない筈なのに、ここまで殺伐としてしまっているのはやはり私のせいなのだろうか…?

 

 

 

 

「そう言えばテレサ?」

 

「ん?」

 

アーシアが屋敷に帰り、木場とゼノヴィアを帰した後、グレイフィアが話しかけて来る…

 

「一応屋敷にはフェニックス家から届けられるフェニックスの涙が大量にあるんだけど、何でアーシアを呼び付けたのかしら?」

 

「……ああ、あいつまだ約束を守ってたのか。」

 

グレイフィアに言われ、漸く嘗てライザーとした賭けの内容を思い出す。あれから結構経っているんだがな…

 

「…あの賭けを持ち掛けたのは貴女だった筈だけど、まさか忘れてたの?」

 

「…正直に言えばな。良いじゃないか、確かアレは外傷以外には効果が薄い筈だろう?」

 

「そうだけど…ちなみに貴女時々ライザーに会ってるのよね?その話しないの?」

 

そう言えば、こいつにも話したな…

 

「……全くしないな…本人は自分の功績を一々口にしない方がカッコイイとか思ってるんじゃないか?そもそも私はまるで覚えて無かった訳だが。」

 

「不憫ね…」

 

「そんなに会ってないが、奴の要求には応えている、それで十分だろう?」

 

「貴女にとっては義務なの?」

 

「そこまでとは言わないさ…ただ私自身にそういう欲求が薄いんでね…」

 

「そう…」

 

「そうジト目を向けないでくれ…私も酷いとは思ってるさ…ただ、さっきも言った通り、私にそういう欲求が薄いんだ…」

 

悪魔の男は一部を除いて性欲は旺盛な方と聞く…ライザーみたいなタイプは特にそうだろうが…私も毎日は相手出来ん…正直黒歌たちだけで手一杯だ…



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*50

「ちなみにフェニックスの涙の備蓄量についてだが…」

 

「…貴女の想像してる通りよ…そろそろ置く所が無くなるわ…」

 

そんなに余ってるのか…

 

「あいつら一応、普段から修行を怠ってる訳じゃないんだろう?減らないのか?」

 

「毎月、まるで戦争でもやれって言ってるのかって位には送られて来るわね…」

 

「確かにそれなら減らないだろうな…」

 

普段から組んでる連中が実戦形式で本気のつもりで戦ったとしても所詮は模擬戦の域を出ない。真剣を使ったとしてもお互いの動きを知り尽くしている以上、それ程酷い怪我も負わないだろうな…フェニックスの涙は体力の回復には使えないから怪我をしなければ使う事は無い。

 

「渦の団が来る事を「想定したとしても多いわ…そもそも今現在置く所が無くなりつつあるんだから、一旦供給量を減らすか止めてもらわないと処分するしか無くなるわ」…それは勿体無いな…」

 

フェニックスの涙は悪魔以外にも効果があり、致命傷であっても治す事が可能でかなりの高値で取引される事もあるらしいからな…

 

「売ったらどうだ?言いたくは無いが決してグレモリー家の財政状況はよろしくないんだろう?」

 

「……一応、グレモリー家は貴女に援助してるんだけど。」

 

「それは分かってるさ…だからフェニックスの涙を売ったら良いんじゃないかと言っている。」

 

「…ふぅ。そうね、一応貴女の手柄だしね…正直に言うと売ってるわよ?と言っても口の固くて、まともな家の悪魔にしか売れないから…」

 

「余剰分もそんなに売れないか…考えてみれば他の種族には迂闊に話を持って行けないだろうしな…」

 

「そうよ。だから今屋敷にはフェニックスの涙が有り余ってるの。」

 

「分かったよ、今度ライザーに会った時に供給量を減らす様に言っておく。」

 

「お願いね?まあ、戦いが始まったら足りなくなるかもしれないけど…」

 

「なら、戦いの時に優先的に回す様に…は無理か。」

 

「フェニックス家とは今も友好関係にあるわ…戦いが始まったら戦闘の協力要請を出すだろうし、ゴタつくだろうから最悪それどころじゃないかも…」

 

「平時に有り余る程あるのに有事の際に足りなくなったらさすがに笑えないな…」

 

「そもそも笑い事じゃないけどね…救いがあるとしたら長期保存が利くこと位かしら…」

 

「あの時はろくに考えないで言ってしまったが大量にあれば良いというものでも無いんだな…」

 

「当然でしょう?何だってそうじゃない?」

 

「…確かに。まあ、ライザーには言っておく。」

 

「本当に早目にお願いね?そろそろ倉庫が一杯だから。」

 

「…今更だがもっと前に私に言えば良かったんじゃないか?そうでなくてもフェニックス家に直接言えば「ゴタゴタして言う暇が無かったのよ」…悪かった。」

 

良く考えたら普段から割と私が迷惑をかけていた事に気付く…やれやれ…近い内にライザーに会わないとな。全く…面倒だ。



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*51

「ところでお茶でも飲んで行く?」

 

「……」

 

時計を見てそろそろ帰ろうと思っていた私にグレイフィアからそう声をかけられる…断ろうとしてふと気付く。

 

 

……実はクレアより長い付き合いのグレイフィアだが、こういう誘いを私にして来た事が今まであっただろうか、と。

 

当時、私のねぐらに勝手に押し掛けて来たのは記憶にあるが、比較的穏やかに話が出来る様になってからですら普通に誘われた事は無かったんじゃないだろうか?…ふむ。

 

「…何か、相談事か?」

 

「別に?他意は無いつもりだったけど?…でも、まぁ良いわ、それなら少し愚痴に付き合ってくれる?」

 

「分かったよ。」

 

 

 

「ここよ。」

 

「お前の部屋か?」

 

「そうよ…と言っても余り使ってないけど。」

 

グレモリー家の屋敷に入り、メイドたちに声かけしつつ歩いていたグレイフィアが部屋の前で止まり、鍵を使ってドアを開けた。

 

手で示されるまま中に入る。

 

「…使ってない割には綺麗にしてるな。」

 

「当然でしょ?私の立場を考えてみてよ…ま、整頓が行き届いてる、と言うより単に物が無いとも言えるけど。」

 

グレイフィアの部屋は小物も含めてほとんど物は無く、ベッドなどの最低限の物しか置かれていなかった。……多分趣味の物は大半が夫婦としての部屋にあるのだろう…と言ってもどっちみちこいつが場所を取るような物を置くとは考えにくいが。そんな事を考えながら私は部屋の奥に向かい、ベッド横にあった机の表面を指でなぞる。

 

「…埃も被ってない。使わない部屋の掃除を一々してるのか?無駄を嫌うお前らしくも無い。」

 

「…私にもあるのよ…一人になりたい時が…ここにはサーゼクスも入れた事無いわ…」

 

「そいつは光栄だ。」

 

グレイフィアは私とサーゼクスしかいない時、それから私と二人きりになると敬語は完全に消える…まぁ別に私が特別な訳じゃなくサーゼクスと二人きりになった時もそうなんだろうがな。

 

「お茶を入れるわ、座ってて。」

 

「……」

 

座れと言われても、この部屋に椅子は机の前に一つしか無く、グレモリー家の屋敷は西洋式なので基本土足だ…グレイフィアが掃除を怠ってないのはさっきので分かったが、さすがに床に座るのは昔ならまだしも、今の私では抵抗がある…仕方無く私は机の前にある椅子に腰掛けた。

 

 

 

「あら?椅子にしたの?」

 

「昔と違って西洋式の屋敷の床に座るのは抵抗があってね…」

 

「成程ね。」

 

そう言いながらグレイフィアが私にカップを渡し、机横にあったベッドに座るのを見ながらカップに口を付ける…っ…これは…

 

「お前…」

 

「あら?口に合わなかった?少しブランデーを足してみたんだけど…」

 

「……」

 

少しじゃない…温い紅茶に混ざる濃いめの味…これはかなりの量が入っている…ハァ…私はもう一度カップに口を付け、カップの中の温い紅茶を全て飲み干した。

 

「あら?お代わりはいる?」

 

「…ふぅ…紅茶はもう要らん…全く…回りくどい事しないで飲みたい気分ならはっきりそう言え。」

 

「…ごめんなさい…そうね、付き合ってくれる…?」

 

「長い付き合いだ、今更遠慮は要らんよ…何ならこの場にあいつら呼んでくれると助かるんだが?」

 

「…後でも良いかしら?先ずは貴女と飲みたい気分なのよ…」

 

「分かったよ。」



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*52

「もしもし?」

 

『もしもし?私だ、グレイフィアは今どうしているかな?』

 

「……」

 

あれからしばらくして明らかに無理をしてると分かるペースでグラスを空けまくったグレイフィアはベッドの上で突っ伏す様にして完全に眠りこけていた…やれやれ…

 

「サーゼクス、普段色々迷惑をかけてる私が言う事じゃないと思うが聞かせてくれ…お前最近、グレイフィアを構えてるか?…一緒に仕事をしてるとかは無しだぞ?」

 

『…それはプライベートな時間を取れてるか、という意味かな?』

 

「ああ。」

 

『…正直に言うと最近は…』

 

サーゼクスの言葉を聞きながらグラスを傾け中の酒を飲む…

 

「……サーゼクス、グレイフィアなら今、酔い潰れて寝ているよ。」

 

『……本当かい?』

 

「…私がお前を責める資格が無いのは分かっているが、言っておく…本当にグレイフィアを大事に思ってるならきちんと二人きりになる時間を取る事だ…敢えて内容を語るつもりは無いがこいつは色々溜め込んでいた様だ…」

 

酒が入ってからのこいつの口は止まらず、ずっと恨み言を吐き続けていた…酔いが回って来ると支離滅裂で言ってる事が良く分からなくなる事もあったが、聞いてる限り、矛先は全てサーゼクスだった…

 

『…すまな「私に謝るな…謝るならグレイフィアにしておけ」…しかし、君は彼女の相手をしてくれたんだろう?』

 

「だから謝るな…こいつとは古い付き合いなんだ…今更迷惑だとは思わん…と言うか、別に迷惑をかけられるのは初めてじゃないから良い。」

 

『ん?』

 

「お前が…グレイフィアとの婚約が決まってからも一時期私を口説こうとしていたせいで、こいつは当時私に文句を言いに来ていた…私のねぐらに乗り込んで来てな…知らなかったのか?」

 

『すまない…まさかそこまで君に迷惑をかけていたとは知らなかった…』

 

「…ま、言わないだろうな…こいつはお前に嫌われない様にずっと努力していたからな…言っておくが、こいつ本当は完璧な様で割とガサツな方だからな?」

 

私は良く知っている…素のこいつはこんな大きな屋敷でメイド長をやっている様なタイプでは無い事を。

 

『…あの頃も今も…私の前では素では無かったんだね…』

 

ま、今はだいぶ素を出す様にはなってる様だがな…

 

「失望したか?」

 

『…いや、嬉しいよ…今まで知れなかった新しい彼女の一面を知る事が出来たからね…彼女本人からでは無く、君から聞いたのが少々残念だが。』

 

「お前は本当に変わっているな…これで惚れ直すのか?」

 

『今更、私が彼女を嫌う事は何があっても有り得ないよ…彼女から私が嫌われる事はあるかも知れないがね…』

 

「そう思うなら普段からちゃんとケアをしろ…こいつはこいつなりにずっと苦しんでいたんだ…分かってるよな?原因は夫であるお前にある…」

 

『ああ…取り敢えずそっちに行くよ…何処にいるんだい?』

 

「グレイフィアの部屋だ。…場所は分かってるんだろう?」

 

『そうなのか…だが、それなら私は「お前、入る許しを未だに貰ってないらしいな?」…実はそうなんだ…』

 

「取り敢えず来い、許可の貰ってないお前を部屋の主でもない私が勝手に入れる事は出来ないが引き渡す事は出来る…後、グレイフィアが寝てるせいで私が人間界に帰れないから早く来て貰えると助かる。」

 

『分かった、すぐに向かうよ。』

 

電話が切れる…私は携帯を机の上に置くと机の上に置いてあったブランデーの瓶を掴み、グラスに中身を注ぎ、瓶を置くとグラスに口を着けた。



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*53

『テレサ?いるのかな?』

 

ドアの向こうからノックとサーゼクスの声が聞こえた。

 

「ああ、いる。ちょっと待ってろ。」

 

私は手で弄んでいたグラスの中身を飲み干し、次に半端に残っていた瓶に口を着けそれも飲み干すとベッドに向かった。

 

「…む?」

 

ベッドで眠っているグレイフィアを見た瞬間違和感を感じたが、今はサーゼクスを待たせている…私は横たわるグレイフィアの身体の下に手を差し込み、抱き上げた。

 

「っ…」

 

声が漏れる…グレイフィアの身体からは女性特有の柔らかさを感じたが、それ以上に思った事があった…重い…私が抱き抱えた女なんてそうはいないが、一般的に女はこうも重いのか?正直、黒歌や朱乃…それにセラフォルーよりも重く感じるのだが…別に持ってられない重さでもないから良いが。グレイフィアを抱き抱えた私はドアに向かい、開ける。

 

「…やあ。」

 

「……」

 

思った以上に疲れた顔をしたサーゼクスを見て言葉を失ってしまう…ふむ、これからは余り苦労をかけさせないようにしたい所だが…オーフィスの問題が片付くまではそうも行かないか…

 

「ほれ、お前の嫁だ…どうした?」

 

抱き抱えたグレイフィアをサーゼクスに差し出すが受け取ろうとしない…おいおい…

 

「…おい?何してる?早く受け取れ。」

 

「……っ…あー…すまない、思った以上に絵になる光景だったのでね…見惚れてしまっていた…」

 

「…自分の嫁を同性とはいえ、他人に抱かせてアホなこと抜かしてるんじゃない。さっさと受け取れ…ただでさえおも…痛…」

 

重いと言おうとした私の腕に痛みが走る…

 

「どうしたんだい?」

 

「…いや、何でも無い…早く受け取れ。」

 

「ああ…」

 

漸く両腕を伸ばしたサーゼクスに引き渡す…グレイフィアはサーゼクスの腕の中に収まった。

 

「…ふぅ。迷惑をかけたね、本当にすま「さっきも言ったろ。謝るな。」いや、しかし…」

 

「だから、謝るならグレイフィアにだ…そうだな、今日はもう仕事は中断してこのままグレイフィアの相手をしてやると良い。」

 

「…しかし、彼女は眠っているが「グレイフィアの不満の理由は欲求不満だ」…そう、なのか…?」

 

「我慢してるのはお前だけじゃないって事さ…お前だって相当溜まってるんだろう?この後はそのまま襲ってしまえ、こいつもそれを望んでいる。」

 

そう言いながら私はサーゼクスの顔から視線を落とし、サーゼクスの腕の中にいるグレイフィアを見た。

 

……そこにはカタカタと小刻みに震えつつも、頬を赤く染め、口角が上がり涎を垂らした雌がいた…そう、グレイフィアは既に起きていた。はっきり確信したのはさっき重いと言おうとした時だが、サーゼクスが来てこいつを確認した時の違和感…恐くあの時点でもう起きていたのだろうな…と言うかここまで顕著な反応を示してるのにサーゼクスは気付かないのか…?

 

「しかし…眠ったままの彼女を「だから問題無い…こいつも限界なんだ…本当はヤりまくりたくて仕方無い筈だ…」……」

 

少なくともこのグレイフィアの様子に気付けば私が言ってるのが私の勘違いでは無いのは分かる筈だがな…

 

「まぁ、とにかくだ…この後こいつをどうするのかは勝手だが、先に私を人間界に帰してくれよ?」

 

「…ああ、そうだね…分かってるよ…それじゃあ「ちょっと待て。」ん?」

 

私は部屋に戻ると、戸棚を開けて中の瓶を何本か取り出した。良し、行くか。

 

「もう良いぞ。」

 

「テレサ…それは?」

 

「こいつの酒だよ…今日は久々にセラフォルーが休みだったからな、本当はオーフィスとセットと言う形にはなるが、一日相手をしてやる予定だったんだ…このままだと予定はパーになりそうだけどな…」

 

時計を見る限り、そろそろ日が暮れそうだ…休みが続くなら良いが、残念ながら明日からまたセラフォルーは仕事なのだ…

 

「木場とゼノヴィアの相手をしたらすぐ帰るつもりだった…グレイフィアとの一件は予定外だからな…これぐらいの報酬は貰ってもバチは当たらんだろう…と言うか、このまま土産も無しに帰ったら私がタダじゃ済まない。」

 

私がそう言うとまたグレイフィアに反応があった。

 

……小刻みに震えるのは同じだが、口は真一文字に引き結んでいる…どうも怒っているようだな…ま、ここまでお膳立てしてやったんだ、感謝こそされ、怒られる言われは無いと思うんだがな、全く…



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*54

私はサーゼクスに貰ったリュックに酒瓶を詰め、背負うと床に描かれた魔法陣の上に立った。

 

「…じゃ、またその内にな。」

 

「その内、なんて言わなくても…別に何時でも遊びに来てくれて構わないよ?連絡してくれれば迎えに行こう。君は…家族だからね…」

 

「……嬉しくない訳ではないし、更に言えば今現在クレアたちを預かって貰ってる以上、言える事ではないが、そんな酷い顔でそんな事言われてもな…」

 

「そんなに酷いかな?」

 

「そうだな…そこで寝てる嫁に化粧の仕方でも習った方が良いんじゃないかと思うくらいにはな…寝不足もそうだが、お前最近ちゃんと飯食ってるのか?」

 

「……君には適わないね…」

 

「ま、その辺の問題もお前の嫁が解決してくれるだろうがな…お前、正直一緒にいるだけでも癒されるくらいには惚れてるんだろう?」

 

「もちろん。彼女の笑顔を見れれば後一週間は徹夜出来るね。」

 

「馬鹿か?一週間も起きてたら寧ろ仕事にならないだろ。この後ヤる事ヤったらとっとと寝るんだな。」

 

「そうしたいのは…山々なんだけどね…」

 

「ま、良いさ…それじゃあ「本当にクレアたちに会わなくて良いのかい?」…どうせ帰ったら疑われるんだろうが、ここで本当に会ったらそれはそれで責められるんだよ…私一人に執着してる様で、あいつら全員普段からクレアたちの身を案じてるからな…」

 

「そこは私も、もちろんグレイフィアも一緒の筈さ。」

 

「じゃ、帰る…と、忘れるところだった…おい!」

 

私は今も寝た振りを続けるグレイフィアの頭を殴った。

 

「テレサ!?」

 

「痛!?何するのよ!?」

 

「全く…何時まで寝た振りしてるんだ…」

 

「寝た振り?「サ、サーゼクス様違「こいつ、お前が部屋に来た時にはもう起きてたんだぞ?」「何でバラすの!?」」

 

「知るか。ほら、サーゼクス早く私を帰してくれ。」

 

「あっ、ああ…「待ちなさい!その前にその荷物は置いていって!」「断る。早くしろ、サーゼクス。」」

 

グダグダ喚くグレイフィアを見て戸惑うサーゼクスを急かす…早く帰らないとどんな目にあわされるか…

 

そして光に包まれ、私の目の前から二人の姿が消えた。

 

 

 

 

「…で、それがグレイフィアの所からかっぱらって来たお酒にゃ?」

 

「ああ。これだけあればしばらくは酒を買う必要は無いな。」

 

私はどちらかと言えばそれほどアルコールが好きな訳では無い。いわゆる酔いたいから飲む、と言うタイプだ…最も体質柄か、並の量だとほとんど酔えないのだが…

 

「ところでセラフォルーは何処だ?明日も早いだろうし、余り起きてられないだろうが、せめて今日の予定が潰れた詫びのつもりで飲もうと思って持って来たんだが…」

 

「……朝から不貞寝してるにゃ…その…オーフィスを抱き枕にして…」

 

「大丈夫なのか?」

 

「にゃんどか様子見に行ったけど…普通に寝てたにゃ。」

 

「……叩き起こすか。さすがに半日以上も寝てるのはな…」

 

「飲むなら夕飯食べた後ね?」

 

「ああ。お前も飲むだろ?」

 

「……付き合うにゃ。」



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*55

「…で、やっぱりこうなるんだな…」

 

「不満な訳?」

 

「…こいつら酔っ払ったら更に性欲旺盛になるからな…お前が来るとそういう雰囲気は無くなるから正直助かる…いや、と言うかお前と飲むのは割と悪くないとも思ってるな。」

 

「…何か、今日は馬鹿に素直ねぇ…」

 

私の向かいでグラスを傾けるオフィーリアが溜息を吐く…

 

「普段私はそんなに捻くれてるか?」

 

「そうね、正直に言えば。」

 

「…そうか。」

 

「何?酔ってるの?」

 

「昼間も飲んでるからな…」

 

そうだ…私は酔っている…先程から、こんなに憂鬱に感じるのはそのせいだ…きっとそうに違いない。

 

「そう…そんなので大した酔わない癖に。」

 

「お前はお前で今日はやけに突っかかるな…私と二人で飲むのはそんなに不満か?」

 

「そうは言ってないけど…何?口説こうとしてるの?それなら私じゃなくて…そこに転がってる三人にした方が良いわよ?」

 

「そんなんじゃないさ…」

 

そう言いながら私は床の上で酔い潰れて寝ている黒歌たちを見回し…溜息を吐く…

 

「…何考えてるか知らないけど…特殊な体質の私たちと同じ様に飲み続けられる生物なんてそうはいないわ…それくらい分かってるでしょ?」

 

「まぁな…」

 

オフィーリアがグラスに入っていた酒を飲み干すと近くの瓶を掴み、自分のグラスに酒を注ぐ…

 

「何か知らないけど…良いわ、暇だし付き合ってあげる。」

 

「そうか…」

 

私は今日何があったのか聞かれ、改めて今朝からの自分の行動を振り返りつつ話し始めた…

 

 

 

 

「ふ~ん…この大量の酒瓶、グレイフィアの所から持ち出して来た奴な訳。」

 

「何か…文句があるのか…?」

 

「別に無いわよ。タダ酒飲んでる身だしね…で、あんたは何を悩んでるの?」

 

「悩む?」

 

今現在私が悩まなければならない深刻な問題は…別に無い筈だ…

 

「…自覚無し…それじゃあ私もどうしようも無いわね。と言うか、そう言うのこそ、そこに寝てる子たちに言ったら良いのに。」

 

「素面じゃ言えんよ。多分な…」

 

「そういう事言って抱え込んでたらまた潰れるわよ?」

 

「…あれはお前も原因だろ?」

 

「…今更私に責任が無いとは言わないわ…でも、うじうじしてるより良いんじゃないの?」

 

「そもそも何が原因なのか私にも分からないんだ…」

 

本当にどうしたんだろうな…今日の私は…

 

「漠然とした不安でも、口に出せばまた違う物よ。言えば良いのよ…家族なんでしょ?聞いてくれるでしょ、彼女たちなら…」

 

「お前じゃ…駄目なのか?」

 

「今更私に相談したい?私にそういう事で語れる言葉は何も無いわね…出来るのは…そうねぇ…身体を重ねる位かしら?」

 

「…それは…結局何も解決してないんじゃないか?」

 

「そこに集中している間は余計な事を考えなくてすむもの…で、どうするの?ヤる?」

 

私は自分のグラスの中身を飲み干し、グラスをテーブルに置いた。

 

「…お手柔らかに頼む。」

 

「…今日は本当に素直ね…でも正直それは無理かしら?だって…」

 

オフィーリアが私の頬に触れる…

 

「今の弱々しい貴女…とても魅力的なのよね…やり過ぎたら…ごめんなさい…」

 

オフィーリアの顔が近づき、頬に置かれた手が後頭部に回り、押される…私は逆らわず、自分の顔を近付けて行った…



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*56

「やぁ。」

 

「……お前もマゾだったりするのか?」

 

私は目の前にいる胡散臭い笑みを浮かべた子供にそう言ってやった。

 

「え?何でそうなるの?」

 

「私の前に出て来るとどうなるかくらい分かってるだろ?」

 

「ふふふ…そんな事言っても本当は斬らないよね、君は?」

 

「何だと?」

 

「君は今生きている世界を気に入ってる。分かってるよね…僕の裁量次第で全部無かった事に出来るんだよ?」

 

「チッ…」

 

ニヤニヤしているそいつに舌打ちを返してやる…

 

「早く本題に入れ、どうせ構って欲しい、が本当の目的じゃないんだろ?」

 

「察しが良いね…実は「聞いたのは私だがちょっと待て」何?」

 

「さっきから思っていたが、何でこいつがここにいる?」

 

私は眠っているオフィーリアを指差した。

 

「ああ、それ?」

 

それ…だと…?

 

「う~ん…僕も良く分からないな…何でここにいるんだろ?」

 

こいつは…ぬけぬけと…!

 

「こいつは帰せ「え~…めんどくさい。そもそも今更隠す事無いよね、全部教えてやったら良いのに」…私の勘がはっきり告げているんだよ…それこそ面倒な事になる…と。早く向こうに帰せ。」

 

「無駄だよ…その子起きてるし。」

 

「っ!?」

 

私は片足を上げると、オフィーリアの頭に向かって振り下ろした。

 

「…!…あっぶな…!何するのよ!?」

 

足が頭の直上に来た所でうつ伏せで横になっていたオフィーリアの身体が動き、仰向けになり、目の開けたオフィーリアが私の足を両手で受け止めていた。

 

「それはこっちのセリフだ…起きてるなら寝た振りしてるんじゃない。」

 

「だって…何か変な話してるっぽかったから…タイミング外しちゃって…」

 

「ハァ…もう良い。ほら、早くこいつを戻せ。」

 

「良いじゃん、聞かせてやっても。僕は構わないと思うけど?」

 

「…ふざけるんじゃ「ここまで聞かせといてさよならは無いわよね?」…お前…」

 

「そんな怖い顔しないでよ…それで先ず、この胡散臭い子供は何なの?」

 

「胡散臭い!?」

 

ガーンと口に出しながらそいつはその場に座り込んだ。

 

「…私を転生させた自称神だよ「いや、本当に僕は神なんだけど」……私を転生させた神(笑)だ。」

 

「(笑)!?」

 

「へぇ「ちなみに」ん?」

 

「人であった私を殺した張本人でもある。」

 

「そう…で、何しようとしてるの?」

 

「決まってるだろ?」

 

私は背中から無いはずの剣を取り出した。

 

「あれあれ?何の真似…ヒッ!?」

 

私が奴の股間を斬りつけようとしたら奴はその場で跳んで躱した。

 

「え!?ちょっと何!?」

 

「大丈夫だ、多分死にはしないからその場を動くな。」

 

「ひょえ!?」

 

神とは思えない悲鳴を上げながら逃げようとする神(笑)の後ろ襟を掴んだ。

 

「神だろ?潔く斬られろ。」

 

「どういう意味!?普通に嫌だよ!?」

 

「神は死んだ!!…とか、一度言ってみたいじゃないか?最もこの場合死ぬのはお前の逸物だがな。」

 

「助けて!?」

 

神(笑)がオフィーリアの方に声をかける。

 

「え?嫌だけど?」

 

「えぇぇぇぇぇ!?」

 

「普段見てる割に理解してないのな…オフィーリアがお前みたいのを助ける訳無いだろ?ほら、動くなよ?」

 

「やめて!?」



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*57

「ちょっ、ちょっと待って…!僕言ったよね…!僕を斬ったら…ヒッ…!」

 

その言葉に対する返事として屈んだ私は尻餅を着いた奴の足元に刺した剣を妖力解放した右手で掴み奴の方までスライドさせて行く…

 

「…お前のあの言葉だが…私は人間で言う致命傷になる傷を与えなければ良いと言う意味だと思ったのだが、違うのか?」

 

移動させた剣を奴のアレの有るだろう位置の直ぐ前で止める。

 

「何その拡大解釈!?僕に危害を加えるの全般ダメって意味に決まってるじゃん!?てか普通の人間の男は無麻酔でアレを切り落とされたら普通死ぬと思うんだけど!?」

 

「お前人間じゃないだろ?」

 

「そうだけど…!って違う!とにかくダメ!」

 

「ふぅむ…」

 

私は剣を抜くと背中に持って行き、仕舞う動作をする…背中から重みが消えた。

 

「つまり、私がお前に危害を加えなければ良いんだな?」

 

「そ、そうだよ…!」

 

「そうか…オフィーリア!」

 

「何?」

 

「こいつの最近の趣味は私を通してこの世界の観測をするこ…!」

 

私はその場から飛び退いた。

 

「ヒッ!?何で君が!?」

 

妖力解放をして奴まで一気に距離を詰めたオフィーリアは無言のまま、機敏に動く奴に向けて剣を振るう。

 

「そりゃ怒るだろ…お前今日、いや…もしかしたらもう昨日になるかも知れないが、当然私たちの事を見てたよな?」

 

「そっ…それは…わ!?」

 

夢の中とはいえ、既に酔いの冷めた私からすると黒歴史になるのは確実だが、私はオフィーリアと致してしまっている…そしてこいつはそれを見てた。

 

私は今更だからそれ程気にしないが、いくら奔放なオフィーリアでも、許可も出してない…それもこんな存在自体がふざけている奴に覗き見をされていると知れば普通は心穏やかではいられないだろう…

 

「いきなり漣の剣とは…良かったな、オフィーリアは全力でお前を消す気満々みたいだぞ?」

 

「良くないよ!?わぁ!?」

 

腰が抜けたのか、四つん這いの奴に振るわれた剣を奴はその体勢のまま、跳んで躱す。

 

「はっ、早く止め「断る。今のそいつを止めようとすれば最悪私も斬られる」今日は本当に用があって来たんだってば!早くしないと時間切れに…!あ~もう!」

 

頭の上で振り下ろされた剣を奴が両の手の平を合わせて止めた。

 

「ふ~…やっと止ま「…」ぶげら!?」

 

「白刃取りは勝手だがな…私たちは基本、別に剣士として正々堂々戦う事を信条にしてる訳じゃないんだ。剣が使えないなら他の物を使うだけの話だ。」

 

奴はオフィーリアに顎を蹴り上げられて悶絶していた。それでも剣を止めた手は離れないんだからさすがだな…さて、そろそろ止めるか。

 

「オフィーリア…もう良いだろ?どうせこいつは少々斬った所でどうせ死なんし、この世界には制限時間があるらしい…余り時間を無駄にしたくない。」

 

「あんたがそれ言う訳?…あんまり納得行かないけど…まぁ良いわ…今回はこれくらいで勘弁してあげる。」

 

オフィーリアがそう言うと剣から奴の手が離れ、オフィーリアが剣を背中に刺す…

 

「たっ、助かった…!」

 

「…で、結局何の話なんだ?さっさと話せ。」

 

「む…!その前に謝「オフィーリア」ごめんなさい!」

 

その場で綺麗な土下座を始める神(笑)に溜め息を吐く…最初に攻撃を仕掛けた私に問題あるのかも知れんが…それにしたってこれは酷い…本当に何の為に出て来たんだこいつは…



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*58

「えっとねぇ…そろそろ原作きっちり進めてくれないと世界滅ぶから…伝えたかったのはそれだけ。んじゃ、また何時か「「ふざけるな!!」」ヒッ!?」

 

神(笑)が軽い調子で笑いながら言った言葉にブチ切れてオフィーリアと叫ぶ…本当にこいつは…!

 

「どういう事なんだ…!ちゃんと説明しろ!」

 

「どういうって言われても、君のいる世界は元々創作物の世界なんだ…もう君いるし、多少内容変わっても問題無いだろうけど、さすがに話が全然進んでないとそう言う影響も出るって。」

 

「私にはもう原作知識が無いんだ…!どうしろと言うんだ…関わらせたいなら記憶を「あっ、ごめん無理」何だと!?」

 

「だって君の記憶消したの僕じゃないし~。」

 

「…私がいるのはお前が管理している世界では無いのか?」

 

私は嫌な予感がしながらもそう聞いてみた…私は前世での自分がどういう人物だったかは分からないが、向こうで読んだ(と、思われる)小説等の記憶はあるのだ…その中にはネットで定番の異世界転生物や、二次創作物等も含まれる…

 

「ん?そんなのしてないよ?僕はそもそもたまたま下界で読んだ面白い話に君を転生させただけだし~。」

 

「お前…!」

 

「そう目くじら立てないでよ。簡単でしょ?主人公は誰かは知ってるんだし。そいつから目を離さなきゃどうにかなるんじゃない?」

 

「…兵藤一誠か。」

 

「そうそう。」

 

「…何かあいつ、何もしてなくてもそれなりに迷惑かけるのね…」

 

「主人公だからな…そもそも異物でしかない私の周りでばかり問題が起こるのが可笑しいんだ。」

 

「それは単純に貴女がこの世界では強過ぎるからじゃないの?この世界、人外は多いけど実力ははっきり言って皆大した事無いし。」

 

「規格外が極一部いるぐらいだからな…と言うか、お前が知ってる勢力は天使と堕天使と悪魔だけじゃないのか?」

 

「他にもいるの?」

 

「少なくとも日本には妖怪がいるしな…他には北欧神話の勢力なんかも存在していた筈だ…」

 

「北欧神話ってなると…オーディンとか?」

 

「……適当に名前出したみたいだが実際に存在するからな?」

 

「…神は死んでるんじゃなかったかしら?」

 

「それは天界勢力のトップの聖書の神の話だ…他の神話勢力に神と崇められてる者は多くが今もまだ生きてる…と言うか、そう簡単に死んだらそれはとても神とは思えんがな…」

 

「確かに…ちなみに会った事は?」

 

「…一度だけ、な。」

 

「……もう貴女が主人公になってるのかも知れないわね。」

 

「勘弁してくれ…」

 

大体、会ったと言ってもそんなにシリアスな話じゃない…この世界に来たばかりの頃にあいつに背後から胸を揉まれたのと臀を鷲掴みにされただけだ…奴が正体を明かすまで誰か分からなかったし、奴も直ぐに姿を消した…あの時は原作でも大物の人物(神だが)がセクハラの為だけに下界に降りてきたのかと考えたら、頭が痛くなった記憶がある…

 

「…と、時間切れか…」

 

目眩と、強い眠気を感じる…

 

「何よこれ…!」

 

「落ち着け、戻るだけだ…」

 

焦り出すオフィーリアを宥める…ま、私も前回は焦ったしな…

 

「じゃ、またその内に「おい」な~に?」

 

首を傾げるそいつの首を衝動的に絞めたくなったが堪える…

 

「最後に聞かせろ…オフィーリアが転生したのはお前の仕業か?」

 

千歩くらい譲って、私の中に本来のテレサ…テレーズがいたのはまだ納得出来る…だが、オフィーリアは可笑しい…こいつは普通にクレイモアの原作世界に生きていた奴なのは間違い無い…私は一応手順を踏んで外部から転生しているし、そう考えれば本当にイレギュラーなのはこいつの方なのだ…

 

「ん~ん知らない。少なくとも僕がやった訳じゃないよ。」

 

「そうか。じゃあな、もう人の夢に出て来るなよ…神(笑)」

 

「さようなら…神(笑)さん?」

 

「だから!(笑)って何!?」

 

奴が叫んだと同時に私は目を閉じた。



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*59

……その後の話?別に大した問題は起きてない…強いて問題があったとしたらあの日…目を覚ましたら何時の間に部屋に入って来たのかテレーズがいて、裸の私とオフィーリアをしゃがんで見下ろしていたくらいか…

 

テレーズは完全にニヤニヤしており、別に怒っていたりはしなかった(妙に機嫌が良かった気もする…)

 

『早く服を着た方が良いぞ?』

 

…と、言われた事だけが未だに記憶に残っている…ちなみにその瞬間はまだ呆然としていたが、直ぐそこに黒歌たちが眠っているのを思い出し、オフィーリアとかなり焦りながら服を着た。

 

そう…本当にそれくらいなのだ…それ以上の問題は起こらず、渦の団の連中からは何のリアクションも確認出来ないまま約束の日程が過ぎ、クレアたちが戻って来てしまった…オーフィスのコピーは普通に消えた。クレアがごねる間も無く、本体のオーフィスが戻るのと同時に自壊した。僅かな欠片も残さず完全に消滅したのだ。

 

本体が記憶を共有していたのは間違い無く救いだろう…例の少女に早く会いに行きたいと言っているしな…

 

 

 

そして私は用務員業務に復帰した…渦の団をどうこう出来て無い以上、私が家を離れるのは悪手にしか思えないがオーフィスは大人しくなっているし、それ以上に今は優先すべき事が出て来ている…

 

それはもちろんハイスクールDxD原作主人公である兵藤一誠の動向を見る事…だが、一ヶ月以上経っても何の問題も起こらなかった…と言うか、起きようが無いと言えば無い…何せ中心になるオカルト研究部の活動自体がろくに無いのだから…とは言え、リアスたちは時々は全員で集まり、ちゃんと特訓をし、レーディングゲームには参加しているらしい…

 

…そもそも私には観戦する権利も実質無ければ、参加資格も当然無いのだから、ここで問題が起きていても本当にどうしようも無い訳だ…と思っていたのだが…

 

『いや、別に観戦は構わないよ?』

 

…そうサーゼクスにあっさり許可を出されて拍子抜けした…ま、見れる様になっただけで結局私が何も出来無い事には変わりないがな…

 

何にしても私ももういい加減気付いている…今ある問題を片付けなければ恐らく原作は進まない…そしてその問題の内容も分かっている…もう兵藤一誠がどうの、という段階の話では無いのだ…こういう展開になったのは間違い無く私のせいで、私が動かなければどうにもならない。

 

……もう出方を待つのは止めだ…どうせ奴らはこの世界の都合に従い動かないし、このままなら奴の言う通りこの世界は滅ぶのだろう…ならば…

 

「オーフィス、渦の団の本拠地まで私を案内してくれるか?」

 

その日…私はこの世界に来て、恐らく初めて物語に積極的に関わる選択肢を選んだ。



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*60

最近スランプ気味なので、予告編のみです…本編ですら途中ですし、こちらを続きとして書くのもいつになるか分かりませんが…


「ふむ、とうとう行くのかい?」

 

「ああ、少々急がんとならん事情も有ってな…」

 

「……事情?」

 

「…悪いが話せないな…まぁ、あまり宜しい話では無いと言うのも有るが…」

 

「……分かった、聞かないでおこう。で、何か必要な物は有るかな?出来るだけ用意しよう。」

 

「……良いのか?」

 

「フッ…本来こちらでどうにかしないとならない事を任せる訳だからね…それくらいはさせてくれ。」

 

「助かる、なら…」

 

 

 

 

 

「漸く会えたな…Shall We Dance?(私と踊ってくれませんか?)」

 

「I'd be honored…but I decline.(光栄だな…だが、断る)…女を誘うならその下卑た態度を改めろ…何より、百年早い。もっと良い男になってから来るんだな…ヴァーリ・ルシファー?」

 

「そう言わないでくれ。アザゼルから聞いて、あんたと戦うのを楽しみにしてたんだからさ…」

 

「……全く…どいつもこいつも…まぁ、良い…アザゼルとの約束も有る…少しだけ、遊んでやるよ。」

 

 

 

 

 

「オフィーリア、そっちはどうだ?」

 

『どうもこうも、あまりに歯応えが無くて拍子抜けしてるわ…と言うか、敵の人数がやけに少ない気がするのよねぇ…』

 

「……私たちが来るのに気付いた?」

 

『かも知れないわねぇ…取り敢えず、あんただけ先に戻ったら?何か嫌な予感がするのよ…』

 

「分かった、何か有ったらすぐに連絡しろ。」

 

『……多分しないと思うわ、こっちは私と黒歌だけで十分だもの。』

 

「頼もしいな…」

 

 

 

 

 

「あら、テレサ…戻って来たの?」

 

「……こっちの事が気になって来たんだが、どうやら杞憂だった様だな…」

 

「まぁ、私もサーゼクス様も…これでも鍛錬は怠ってないからね…」

 

「ま、無事ならそれで良い…引き続き、クレアとアーシアの護衛を頼む。」

 

「……少し、休んで行ったら?」

 

「…そうするか、幸い格下ばかりが相手だったとは言え…少々疲れた……ああ、忘れてた…こいつをどっかに運んでくれないか?」

 

「あら、貴女が背負ってるのって…ヴァーリ?」

 

「ああ。こっちに連れて来るのは不味いかとも思ったがな…もし出会ったら連れ戻してくれと、アザゼルに頼まれていてな…」

 

「……あまり丁重には扱えないけど。」

 

「こいつも立場が立場だしな。仕方無いだろう…まぁ、面倒ならさっさとアザゼルに引き取って貰え。」

 

「分かったわ。」

 

「……じゃ、一時間だけ寝る…何か有ったら起こしてくれ。」

 

「ちょっと…何も床に直に寝なくても…」

 

「ここでベッドに入ったら、多分起きて来れなくなるからな…」

 

「ハイハイ…毛布くらいは持って来るから、少し待ってなさい。」

 

「ああ、頼む。」



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番外編3
#1


「あんたとやるのは何度目だったかな?」

 

「…私がレーディングゲームに参加した時を含めれば…十六回目だな。」

 

私は手を組んで、身体を捻りながらライザーの疑問に答えた。

 

 

「何時もは二人だけでやるが…私の仲間を呼べとはな…そんなに自信があるのか?」

私は改めて周りを見渡しながら、ライザーに聞く…所謂コロシアムを模した空間…観客席の奴の背後側には奴の眷属、私の後ろは私の家族であるクレアにアーシア…それにもちろん黒歌と朱乃、セラフォルーもいる…何故か、リアスたちにテレーズとオフィーリアもいるがな…と言うか、リアスはともかく…サーゼクスとグレイフィアはこっちで良いのか?

 

「惚れた女に何時までも負けたままってのはどうにも男としてさ…やっぱりきっちりケリは着けたいんだ。」

 

「……それが十五敗してる奴のセリフでなければ格好もつくんだがな…いい加減諦めてくれないか?」

 

「そう言うなって。てかもう長い付き合いだから分かるよ。あんたやっぱり押しに弱いだろ?やらないとか言っててこうやって受けてくれるもんな?」

「アホか…お前がしつこいからだ…全く…ガキが…」

 

「目上振るならさ、どうせ身体も許してくれたんだし、これも一回くらい譲ってくんないか?」

 

「ほう…それでお前は良いのか?」

 

「冗談。マジのあんたに勝てないと意味無いさ。」

 

「何時になるんだろうな?」

 

「今日俺が勝つかもしんないぜ?」

 

「言ってろ。そろそろ始めるぞ?」

 

「良いけど…あんた本当にそれで良いのか?」

 

「何がだ?」

 

「…剣を使わないのか?」

 

「お前ごときに抜く必要は…フッ…冗談だ…お前を斬っても時間の無駄だからな…殴った方が早い。」

 

私を篭手を嵌めた片手を奴に向ける…

 

「不服か?」

 

「いや、それならあんたは俺を思いっきり殴れるって事だろ?正直興奮するぜ…」

 

「変態め。」

 

「惚れた女には…男は誰でも変態さ。」

 

「反吐が出る…とでも言えば勃ったりするのか?」

 

「おう!勃つ勃つ!」

 

「……今日はこの後家族サービスだ…お前が余計な事を考えない様に握り潰してやるよ。」

 

「そんなプレイも楽しそうだな!」

 

「…最近お前の眷属にお前の変態度が増してると愚痴を言われるんだが…私のせいか?」

 

「俺は元々あんたの容赦の無さに惚れたかんな。」

 

……何時もの事だが、やる気が失せて来るな…無駄な会話をせずにさっさとやって終わらせば済むんだろうが…ついついこいつと会話してしまうんだよな…

 

「もう良い…始めるぞ。」

 

私は半身になって構える。

 

「あれ?動かないのか?」

 

「良いから早く来い。」

 

「へぇ…じゃ、遠慮無く行くぜ!」

 

奴の足が炎を纏い、地面を滑る様に移動し、私の前に到達し私の顔面に拳を繰り出す…

 

「ハアッ!」

 

燃え上がるその拳を顔に受けた瞬間、私は奴の腹を殴りつけた。

 

「グエッ!?」

 

情けない悲鳴を上げて吹っ飛ぶ奴を私は冷めた目で見詰めた。



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#2

「チィ…!」

 

くの字に身体を曲げ、吹っ飛ばされていた奴は燃えた足を振り下ろし、熱で溶けた地面に足を差し込み、止まった。

 

「おー…良く耐えたな。」

 

「痛てぇな…」

 

腹を擦りながら足を抜き、立ち上がる。

 

「やはりお前は打撃の方が効果は有りそうだな?」

 

「ああ…つっても普通はそんなに効かないんだがな…やっぱあんたとイッセーの拳は重たいぜ…」

 

「おいおい…未熟なあいつと比べるな…私はカウンターで打ち込んだだけでろくに力も入れてないぞ?」

 

「こっちは割とギリギリだったのにな…」

 

「案外痛そうだな、止めるか?」

 

「まさか!勝負はこれからだぜ!」

 

一気に私に肉薄したライザーの足が私の頭まで振り上げられる…

 

首を後ろに曲げて躱そうとしたが…間に合わず掠って顔が少し切れた…右手で足を掴み左の肘を落とし、下から右膝を当て、挟み…足を圧し折る…足自体にしか火を纏っておらず脛はそのままだから楽だな…

 

「ぐおおおお…!?」

 

「うるさいな。」

 

「ぶごっ!?」

 

鼻を殴り、そのまま拳を引かずに押し付け、地面に叩き付けた。

 

「痛ってーな…うお!?」

 

踵を振り下ろすと転がって避け、立ち上がった。

 

「あっぶねー…」

 

「そこは受けてくれないか?興が冷める…」

 

「ふぅ…無茶言うなよ…あんなの食らったらすぐ落ちちまうじゃないか…もっと楽しませてくれよ?」

 

そう言って奴が顔に手を翳すと鼻が炎に包まれる…やがて炎が消えると奴の鼻は綺麗に治っていた。私は溜め息を吐いた…

 

「全く…ほんっとうに!面倒な身体だな!?」

 

「便利だろ?あんたは治さないのか?俺がやったとは言え、そのままだと綺麗な顔が台無しだ…」

 

「ほう…顔に火傷を負った私は嫌だと?」

「まさか。そのままが良いならそうしなよ。俺はどんなあんたでも愛してるさ!」

 

「そうかい!」

 

 

 

 

「もう…また顔に傷作って…!」

 

「そう言うな黒歌、どうせ私たちは治るからな…多少の傷は気にならないのさ。」

 

ま、最初のアレは私も無茶だったとは思うが…多分思ったより早くて対応が遅れたんだろう…本当は綺麗に躱してカウンターを叩き込むつもりだったんだろうな…

 

「女性なんだからもう少し気にしてよテレーズ!」

 

「おいおい…私に八つ当たりするな…私は自分の事をちゃんと省みてるぞ?」

 

私は大きな腹を撫でながら言ってやった。

 

「…気にしてるなら…何でこっちなの…?モニター観戦だって出来たのに。」

 

「今日は妙に調子が良くてな…ま、多分私よりもコイツが見たいんだろうさ…」

 

「コイツって貴女の「テレーズと私の、よ…黒歌。」そう、だったわね…」

 

「ま、そういう事だ…何かあったらオフィーリアもいるしな…お前が気にする事は無い。」

 

私は前に向き直る…ちょうどライザーがあいつに投げられて、地面に叩き付けられたところだった…あいつが顔に向かって振り下ろした足をライザーが掴み、地面に引き倒す…

 

「結構やるじゃない、ライザー。」

 

横のオフィーリアがそう言う…

 

「十五回も負ければさすがにあいつの動きは見えて来るだろうさ…」

 

「そうね、でも貴女は自分の半身が負けると思ってないわね…」

 

「半身じゃない…私は居候だっただけさ…それに、お前だってあいつが勝つと思ってるだろ?」

 

「当然!あの程度で負けられたらたたじゃおかないわよ。」

 

「フッ…私も同感だな。」



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#3

殴りかかって来た奴を地面に叩きつけ、顔面を踏みつけようとしたら足を掴まれ、地面に落とされた。油断したな…そう頭に過ぎった私の腹の上にライザーが跨り座る…

 

「……で?」

 

チャンスにも関わらず、ライザーはそのまま中々動こうとしない。

 

「いや、ここからどうするかなぁと思って…いでぇっ!?」

 

戯けた事を抜かすライザーの股間を鷲掴みにする…

 

「追撃の当てが無いなら…とっとと降りてもらおうか?」

 

「いでででで!?いやじゃあキスだけ!それだけ頼む!?」

 

コイツ…!

 

「試合中に言うなボケが!終わってからならこっそりしてやるから早く降りろ!」

 

「言質取ったぜ!?」

 

「降りろ!」

 

「ぶぎゃ!?」

 

顔面に拳を叩き込み、奴が仰け反ったところで強引に立ち上がり、再び地面に倒れ込んだ奴の顔面を今度こそ踏みつける…

 

「うぎぎぎ…!」

 

「ギブアップか?」

 

咄嗟に顔を横に向け、顔を踏まれるのは避けたライザーの側頭部に乗せた足に力を込める。

 

「しねぇ!…て、おい!?それ以上やられたら抜けなくなるだろ!?」

 

奴の頭が地面に沈んで行く…

 

「地面で溺死寸前なんて中々無いだろ?後で感想でも聞かせてくれ。」

 

「ちょ…!さすがにふざけ…!クソっ!」

 

「お?」

 

突然手に力が加わり、地面に叩き付けられる寸前…地面から出したライザーの顔が目の前にあった。

 

「しゃあ!唇ゲ「させるかアホが」グエッ!?」

 

頭を後ろに逸らし頭突きをする…怯んだライザーのスーツの襟を掴み、耳に口を近付ける。

 

「後で…してやるから…いい加減真面目にやれ…!クレアとアーシアが見てるんだ…」

 

奴のスーツの襟を掴む力を強くして締め上げながら囁く…

 

「待て…!死ななくても窒息はするから勘弁…!?」

 

「…最近相手出来無かったのはこっちも反省してる…だからさっきも言った通り…キスくらいならしてやる…」

 

「……マジだな?」

 

「女に二言は無い。」

 

「もちろん舌入れて良いんだよな?」

 

「好きにしろ…」

 

「よっしゃ。なら、離してくれ…仕切り直ししようぜ?」

 

私はライザーの襟から手を離した…その瞬間奴が飛び上がり、地面に着地する…そして一気に私の方へ距離を詰めて来た。

 

「オラオラァ!」

 

「……」

 

奴の繰り出す拳と足のラッシュを捌いて行く…ふむ…この感じ…全ての攻撃に私を倒す意思が感じられない…スピードはだんだん上がって行ってるがそれだけ…何を狙ってる?

 

「しゃあ!」

 

「っ…ほう?」

 

逸らそうとした右の拳が勝手に横に逸れ、一気に引き戻された奴の右手が捌くために出した私の左腕を掴み…!?

 

「あんたがやるのを見て…ずっと練習してたんだ…」

 

「眷属相手にか?」

 

「ああ、妹もな…感謝してる…まさかあんたをこうして投げられるとは思わなかった…」

 

取った腕を引かれ、奴の背に負われそのまま投げられた…別に投げられるのを防げなかったわけでは無いが、敢えて私は受けた…驚いたのも事実だがな…

 

「で?次は?」

 

当然ながら別に地面に叩き付けられた程度で気絶はしないし、私を倒したいなら追撃がいる…見下ろすライザーに問い掛けた。

 

「いやぁ…それがさ…コレを披露する事ばかり考えてたから他に何も無いんだわ…ギブアップで。」

 

「……お前この後のご褒美が楽しみなだけだろ?」

 

「否定はしないぜ?」



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#4

ぴちゃぴちゃと水音が耳に届く…今日は一段とねちっこいな…そんな事を考えながら、私の胸に置かれた手を掴む…やれやれ…私はライザーから離れた。

 

「誰が触って良いと言った?」

 

「いやぁ…それもサービスの範囲で…いでっ!?」

 

ふざけた事を宣うライザーの指を腕を掴んだのとは逆の手で折り畳む…

 

「ちょ!?折れてるって!?」

 

「治るんだから良いだろう?試合の時も言ったが今日はソレの相手は出来ん。」

 

手の甲に完全に張り付いた指を握り締める。

 

「いだぁ!?」

 

「お前にとってはご褒美だろう?」

 

「痛いだけだっての!?早く離してくれ!?治せねえから!?」

 

「何でだ?このまま治せば良いだろう?」

 

「あんたの手が焼けるだろうが!」

 

「今更そんなのを気にするとはな…私もその程度なら治るんだぞ?」

 

「そういう問題じゃねえんだよ!?マジで離してくれよ!?」

 

「うるさい奴だ…サービスで手を握ってやったのに。」

「逆に曲げる事無いだろ!?」

 

「贅沢だな。さて、そろそろ私は行くぞ?お前の方で都合が着いたら連絡して来い。」

 

「あー…もう…細かい傷治すのは時間掛かるんだぞ?」

 

「だから治るんだから良いだろ。」

 

「…本当はあんただって分かってるだろ?そう言う問題じゃないってさ。大体、痛いものは痛いんだぜ?」

 

「はっきり言え、どうしろと?」

 

「今日は出来ねぇんだろ?少しは慰めてくれよ。」

 

「眷属が泣くぞ?」

 

「今、俺はあんたを見てんだぜ?」

 

「それで?お前の望みは?」

 

「舐めてくれ。」

 

「……何処を?」

 

「今日はこの指を舐めて欲しいな。」

 

「それぐらいなら良いが、治してからな。」

 

「このままじゃダメなのか?」

 

「何で出血して血だらけの指を舐めなきゃならん?」

 

「そもそもあんたがこうしたんじゃねぇか。」

 

「ハア…分かったよ。」

 

こういう時…最後は断れないから…こいつとの関係も今日までズルズル続いてしまってるんだろうな…

 

私は床に座るとライザーの手に舌を伸ばした。

 

 

 

 

「……満足か?」

 

「もうちょっと「アホ。この後はクレアたちと出かけると、言ったろうが。」つれねぇなぁ…」

 

「後日付き合ってやるから今日はそれで我慢しろ。じゃあな…」

 

私は部屋のドアを開け「……」!?

 

ドアを開けると目の前に黒歌がいた…また気配を感じなかったぞ…

 

「もう良いにゃ?」

 

「ああ…悪かったな、待たせて?」

 

「私じゃなくてクレアとアーシアに言って欲しいにゃ。」

 

「そう言えば結局今日、小猫の事は良いのか?」

 

今日、何故かこの場に小猫はいない…ついてこなかった。

「あの子も私たちにずっとベッタリじゃ困るし、ね…」

 

「それにしたって一人か…」

 

「あの子も他に友だちいるみたいよ?」

 

「なら、安心…で良いのか?」

 

「どっちにしても本人が行かにゃいにゃら私が無理に連れて行く事はにゃいにゃ」



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#5

「そう言えば何で「何でクレアとアーシアを連れて来ようと思ったの…か?」……そうにゃ。」

 

言おうとした事を遮られた上、先回りして言い当てられた為か少しムスッとする黒歌に私は思わず少し笑ってしまった。

 

「ククッ…いや、そう怒るな。長い付き合いなんだ…お前の言いたい事など大体分かるさ」

 

「……それで?私の質問に答えてないにゃ。」

 

「…あの戦いを見たら分かっただろう?ライザーも実力を伸ばしてるんだ、恐らくあまり酷い事にはならないだろうと思ったのさ…」

 

ライザーの最初の攻撃はカウンターできっちり返すつもりが見えなかった……テレーズやオフィーリアには恐らく見抜かれているだろう…この後お小言を貰うかもな…

 

「ちなみに今まではどんな感じだったにゃ?」

 

「……聞きたいのか?」

 

「……大体分かったから遠慮するにゃ…」

 

「その方が良いぞ。」

 

いや、初めの頃は本当に酷かった…ほとんどあのレーディングゲームの時の焼き増しだったからな…その癖、私自身の格闘の技量は上がって行ったからだんだん私は傷を負う事が無くなるし…う…さすがに少し吐き気がして来たな…私は耐性のある方だが、毎回毎回ああ言うのを見せられていればさすがに精神的に来るものがある…

 

「…顔色悪いわね…今日は出かけるの止める?」

 

「大丈夫だ、気にするな…それだけあいつのやられっぷりが酷かったと言う事だ…大体、今日は中止には出来んだろう?私たち全員が休みを取れるなんて滅多に無いんだからな…」

 

少なくとも私と黒歌は比較的容易に休みは取れるが現役の魔王の一人である上、外交方面を担当するセラフォルーはアレでも非常に忙しい立場にある…普段は多少無理をしても私、引いてはクレアとアーシアと過ごす時間を取っているが一日休みを取るのは難しい…

 

逆にあいつが休みを取れても私はテレーズが体調を崩せば、オフィーリアが仕事に出れない以上は出なきゃならんし(ま、出るか出ないかは私の自由だが出ないと嫌がらせの様に片付けなきゃならん書類が増える…)黒歌は喫茶店のウェイトレスと言う事もあり、店が忙しい時期はさすがに出なきゃならん…そもそも聞けば黒歌も自分の店を持ちたいと言う夢があるらしいから、出来るだけ出るに越した事は無いだろう…

 

「具合悪いなら、無理しなくて良いのよ?休みなんていつでも「私やお前はまだ良いが…セラフォルーは取れないだろう?」あー…」

 

「あいつはあいつで…無理をしてまで私たちとの時間を作ろうとしてるのに無下には出来んさ…たまに私たち二人が家にいられない時は強引ににでも家でクレアとアーシアの相手をしてくれる程だしな…それ以上にクレアとアーシアにあまり我慢をさせたくは無い…」

 

「あの子たち、いつも全然ワガママ言わないものね…」

 

「そういう事だ…ま、今回連れて来たのは本当はまた違う理由だがな…」

 

「その理由って?」

 

「…私たちの様なモノと一緒に過ごす以上、結局戦いとは無縁ではいられない…という事さ…大体、今日だってライザーがコレが殺し合いでは無く、あくまで試合である事を意識して引き際を弁える様になったから言い様なものの…あのまま続けていたらお互いにそれなりに傷付く事にはなっただろう…治るとは言え、な…」

 

「それは…あんたがもう止めるって言えば良いんじゃない?…まだまだあんたの方が格上みたいだし。」

 

「若手だからって簡単に花を持たせる気は無いよ、私は。」

 

「相変わらず負けず嫌いね「だが、それ以上に」え?」

 

「私がわざと負けを認めたところで…どうせあいつは反発してしつこく挑んで来るからな…ある程度はこっちもまともに付き合ってやらないと終わらん…」

 

「なるほどね。」




「ところでしつこいって…ベッドの上でも?」

「……生憎お前らよりはずっと淑女だよ。」


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#6

「そう言えばリアス?」

 

帰りがけ、小猫を除く眷属一同と寛ぐリアスに声をかけた。

 

「何かしら?」

 

「小猫の予定は把握してたりするのか?」

 

「…私は眷属の事を家族の様に思ってはいるけど、プライベートには干渉しないわ…寧ろそう言う貴女は知らないの?一緒に住んでるでしょ?」

 

「いや…分からないな…」

 

「じゃ、貴女もそうって事でしょ?」

 

「……」

 

ま、良く考えればそうなのだが…私たちは休日も割と一緒に過ごす事が多いからな…人見知りの気があるアーシアは当分無いにしても、何れクレアも友人との予定を優先したりするのだろうか…?

 

「テレサ?」

 

「…ん?ああ、何だ…?」

 

「…何だじゃ無くて会話の途中で貴女が黙り込んだんでしょ?どうかしたの?」

 

「いや…何でもない…悪かったな…」

 

私は何を考えていた…?クレアがそれで良いなら…私も良い筈だ…やれやれ…やはり今日は少し疲れているのかも知れんな…ま、今更今日の予定は無しには出来んからな…

 

「…謝る程の事じゃないけど、具合でも悪かったりする…?」

 

「私たちは病気とは無縁だ…」

 

「…人間がなる病気なら、悪魔もあまりかからないけど…種族特有の病なんかはあったりするわ…貴女たちにもそう言うのあったりするんじゃない?」

 

なるほど…

 

「…あるかもな…と言っても私は把握して無い…」

 

「テレーズに聞いてみたら?」

 

「そうだな…」

 

「テレサ、そろそろ行くわよ?」

 

黒歌に呼ばれたか。

 

「ああ…じゃあな、リアス…」

 

「ええ、また…」

 

 

 

現世に戻ろうとしたらゼノヴィアが見送りにやって来た…と言うかあいつら今日は冥界に残るんだな…

 

「皆さん、また…」

 

各々挨拶しながら魔法陣に乗ってアパートの近くに戻ったらふと思い出した事があった…私は歩きながら黒歌に耳打ちする…

 

「黒歌。」

 

「ん?にゃに?」

 

「ゼノヴィアに女らしさを教えてやってくれないか?」

 

「……自分の事棚に上げて良く言えるわね…」

 

私も正直そう思う…だがな…

 

「以前、ゼノヴィアが兵藤を襲おうとした事があったそうでな…」

 

「あの…襲うってまさか…性的に…?」

 

「そうらしい…あの頃よりマシになってるだろうとは思うが…万が一って事もあるしな…頼めないか?」

 

「ん~…分かった…取り敢えず何か考えとく…」

 

「助かる…」

 

「お二人で何か内緒話ですか?」

 

「朱乃、そう怖い笑顔をするな…別に大した話じゃないさ…」

 

「あら、ごめんなさい…そんなつもりは無かったんです…それで何か深刻な話ですか?」

 

「ふむ…どちらかと言えばお前には言った方が良い話だな…ゼノヴィアの話だ…」

 

「あー…なるほど…」

 

「名前を言っただけで何か思い当たる事があったのか…?」

 

「素行が悪いと言う程ではありません…愛嬌の範囲には収まっています…彼女の事を黒歌さんに?」

 

「まぁな…」

 

「そう言う事でしたら私も「「う~ん…」」あの…お二人とも、何か…?」

 

「そうだな…お前は気の着いた辺りで軽く声をかける程度で良い…」

 

朱乃は優秀な奴だが、張り切ると割と空回りするタイプだからな…

 

「基本的に私がやるから大丈夫にゃ。」

 

黒歌もその辺は良く分かっているのではっきり断りを入れている…

 

「はぁ…分かりました。」

 

不思議がってはいる様だが、朱乃は引き下がってくれた。やれやれ…



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#7

家で軽く用意をしてから遊園地へ…と言うかこの面子で行ったの初めてじゃないか…?クレアと二人でいた頃は時々来ていたのだがな…

 

「…で?何でお前らも来る?」

 

私は何故かついて来た二人に声をかけた。

 

「お邪魔か(しら)?」

 

テレーズとオフィーリアがそう答えた。

 

「…お前らも家族みたいなもんだから別に良いが、どう言う風の吹き回しだ?」

 

と言うか、オフィーリアも来たらまた書類が…ま、良いか…後日二人で片付ければ…二人がかりなら大した手間でも無い…と良いんだがなぁ…

 

「良いんじゃにゃい?少なくともクレアとアーシアは喜んでいるし。」

 

「お前らは良いのか?」

 

「私は構いませんわ。」

 

「私も良いよ☆」

 

…朱乃はともかく、セラフォルーが良いなら良いか…

 

来たは良いものの…人数がそれなりに多いので結局別れて回ることに…後で合流する事にして私はクレアと黒歌と共に乗り物に乗っていたが、黒歌に一旦クレアを任せて、私は何処かに落ち着く事にした……疲れは無いが、この類いのアトラクションは実はあまり楽しめないのが正直なところだ…クレアは少し残念そうにしていたが、承諾し、黒歌は苦笑いしていた…ま、あいつなら分かるだろうな…

 

ふぅ。昔ならクレアと二人だったからこういう事は出来無かったが、今は何も言わなくても分かってくれる家族がいるから楽で良い…ん?

 

「ちょうど良い…」

 

適当に歩いているとベンチを見つけた…座るとしよう…

 

「っ!?」

 

座ってすぐ違和感を感じた…ベンチそのものには問題は何も無い…この感じは…

 

「おい、そこのお前…」

 

私は後ろに振り向き、さっき後ろを通った人物に声をかけた。顔に見覚えは…ある気がするな…

 

「ん?私か?」

 

この声…少し低めだが女か…間違い無いな…

 

「お前…クレイモアか…?」

 

「どう言う意味だ?」

 

「惚けなくて良い…お前から妖気を感じ取れる…」

 

「ふむ…質問に質問を返す様で悪いが、お前もそうじゃないか?」

 

そこで私は舌打ちをした…そう言えばこいつがそうなら私の事もすぐ分かった筈だ…わざと声をかけさせたのか…

 

「ああ。そうだよ…私も半人半妖の身だ。」

 

「そうか、なら…私はミリアと言う。」

 

…道理で見覚えがある筈だ…

 

「嘗てのNo.6…幻影のミリア、か?」

 

「私を知っているのか?」

 

「別にお前と面識は無いよ…と、私から声をかけてなんだが…一旦立ち去った方が良いぞ?」

 

「何?どう言う「あら?お話中だった?」っ!?」

 

ミリアがちょうどやって来たオフィーリアの声に反応してしまった…不味いな…

 

「ミリア…そいつは…お前の思っている通りの奴だ…だが…動くな…もし…今ここで戦る、と言うなら私はお前を止めなくてはいけない。」

 

「…どういう事だ?奴は死んだんじゃないのか?」

 

「ちょっと…ミリアってまさか…」

 

「お前…覚醒者狩りの仕事で以前組んだ事があるだろう?No.6…幻影のミリアだ…」

 

「あー…なるほどねぇ…で?貴女はどうするの?この場で私と戦いたい?」

 

未だに妖気の漏れ続けるミリアにオフィーリアが声をかける…

 

「馬鹿、煽るな…ミリア、頼むからこの場は引いてくれ…コレは私の携帯の番号だ…それぐらい持ってるだろ?後で落ち着いたら連絡してくれ…」

 

私が差し出したメモを奪う様に掴むと、ミリアは去って行った。

 

「行ったわね…」

 

「全く…心臓に悪い…」

 

「何でここに彼女が?」

 

「知らん。向こうから接触して来たが…お前が来て殺気立ち始めたから用向きを聞けなかった…」

 

「それは…悪かったわね…」

 

「…ふぅ。良いさ、今回は仕方無い…と言うかお前一人か?テレーズはどうした?」

 

「少し離れたところにいるわ…私は飲み物を買いに来たの「あっちには自販機の一つも無かったのか?」テレーズに渡すミネラルウォーターが売り切れだったの…」

 

「なるほどな…取り敢えず、ミリアがこの場であれだけの妖気を撒き散らしたんだ…間違い無くテレーズも気付いただろう…」

 

「そうよねぇ…やっぱり説明しないとダメかしら?」

 

「当たり前だろう?そもそも向こうは私の携帯の番号を書いたメモを受け取った…また接触して来るだろう…テレーズへの説明は任せて良いか?」

 

「…貴女もしかしてここでクレアたちを待ってたの?」

 

「じゃなきゃ、私が一人でいる訳無いだろう?」

 

「…そっ。分かったわ…じゃ、後でね…」

 

「ああ。」



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#8

ミリアからの連絡は家に帰って少ししてから届いた。

 

「もしもし。」

 

『今、良いだろうか?』

 

「ああ、構わない。」

 

『話がしたい…今から会えないだろうか?』

 

「…それならオフィーリアも交えて話をした方が良いだろう…今度は落ち着いて話せるな?」

 

『ああ…すまなかった…』

 

「…因縁の相手なら仕方無いさ…これから言う場所に来てくれ。」

 

『分かった。何処に行けば良い?』

 

 

 

「お前たちは…!?」

 

話し合いの場をテレーズとオフィーリアの部屋に指定して部屋に入れた後、使っている魔術を解けば予想通り驚かれた…テレサとしての私がいる事も驚きの理由だろうが…何せテレーズと私は…顔はそっくりだからな…

 

「取り敢えず私たちの事について話してやろう…さて、何処から話すか…」

 

 

 

「観測世界からテレサの姿と半人半妖としての力を手に入れこの世界に来た、か…」

 

「信じられないか?」

 

「…そう言いたいが、少なくともテレサが二人いる時点で普通じゃない事が起きてるのは分かる…それで…」

 

「私の事かしら?」

 

「…何故お前は生きている…?」

 

「…生きている、と言って良いのかしらねぇ…少なくともあっちではちゃんと死んだと思うわよ?クレアに負けてね…」

 

「それで…何故ここに…?」

 

「分からない。」

 

「……ふざけているのか?」

 

「そんな事言われてもねぇ…分からないものは分からないのよ…それじゃ、聞くけど…貴女は何故ここにいるの?」

 

「……分からない、気が付いたらここに…」

 

「ほ~ら。私と大して変わらないじゃない」

 

「おい、あんまりからかうな。」

 

「別にからかって無いわよ、正論を言っただけ。 」

 

全くこいつは…!

 

「取り敢えずこいつはお前が思っているよりは丸くなっている…だがまあ…この通り性格が悪辣なのはあんま変わって無くてな…あまり気にしないで貰えるとこっちも助かる…」

 

「…納得は出来無いが、取り敢えず分かった…」

 

「で、話を続けるが…と、その前に…お前何処かの勢力に属しているか?」

 

「この世界で目を覚ましてすぐに堕天使のアザゼルを名乗る男に拾われた…他の二人と一緒にな。」

 

なるほど…だから最近何度か忙しいと愚痴の電話があいつから来るのか…ん?

 

「…アザゼルの事はよ~く知ってるが…二人?」

 

「ああ、私以外にヘレンとデネブの二人が…どうした?」

 

私は今、そうとう酷い顔をしているのだろうな…

 

「いや…お前がこの場に二人を連れて来なくて良かったと思っただけだ…」

 

「…私たちの事は本当に物語として読んだんだな…」

 

「ああ、不快に思うかも知れないが事実だから仕方無い…とにかく二人を連れて来なくて本当に良かった…」

 

「…なるほど。私はまだ納得出来無くも無いが、二人からは相当の反発が予想されるな…」

 

「…私もこれでも平和ボケし始めていてな…それは非常にめんどくさい…テレーズは今戦えんし…」

 

「さっきから思っていたんだが…テレ…テレーズのその腹は…」

 

「ああ、妊娠している…さっきも言ったがあいつの身体は純粋な半人半妖としての身体じゃなくてね…子供を宿す事が出来るのさ…ちなみに言い忘れていたがアザゼルの作った身体だ…」

 

「お前たちの事は…軽くアザゼルからは聞いていた…この世界に来たのもほんの数日前で会う場を整えるとの事だから詳しくは聞かなかったが…これ程複雑な事情だったとはな…安易に接触したのは間違いだったか…」

 

もっと複雑な事情もあるがな…

 

「あー…お前にはあまり関係の無い話だが、テレーズの子供はな「私との子よ!」チッ…テレーズ、ちゃんとそいつを抑えといてくれ…」

 

「無茶言うな、この身体だぞ?いくら今日は調子が良いとは言え、こいつが本格的に暴れ始めたら押さえ付けてなんていられるか。」

 

「ちょっと待ってくれ…どう言う事なんだ?」

 

「…言葉の通りだよ、この腹の中にいるのは…こいつと私の子だ…」

 

「そう言う事♪」

 

「……本当なのか?」

 

「詳しくは知らないが、アザゼルが何かしたらしい…少なくともオフィーリアは男体化したりはしてない…女性の身体だ…」

 

「聞きたいなら別に「「そんな生々しい話聞きたくない」」え~!?」

 

ミリアとハモってしまった…やれやれ…誰が他人の性事情を詳しく聞きたいと思うのか…

 

「アザゼルはあれでマッドなところがあるからな…ま、深くは気にしない方が良い…多少行き過ぎるところはあるが、付き合い方さえ間違わなければ良い奴だよ。」

 

「そう言う面倒な事を言わないでくれ…この後私はそいつのいるところに帰るんだぞ…」

 

「ちなみにあいつに何かされたりとかは?」

 

「…いや、今の所特には無い…寧ろ、私もヘレンもデネブも良くして貰っている…そう聞くと言う事は何かあるのか…?」

 

まぁ良いか…

 

「私とあいつは肉体関係がある。要するに半人半妖の身体に興奮出来る、と言う事だ…気にするかどうかはお前次第だ…誘われるかは別としてお前が嫌ならあいつは無理にはしないよ。」

 

「それは…そもそもどう言う経緯でそうなったんだ…?」

 

「…さて、成り行きの様なものかな…あいつとはそれなりに長い付き合いでね…」

 

「…なら、私たちは恐らく問題無いな。」

 

「ん?何がだ?」

 

「…推測になるが…アザゼルは半人半妖の身体が好きなのでは無く、お前が好きなんだろう…」

 

「お前までそう言うか…?」

 

「長い付き合いの辺りで…ほとんどの奴はそう予想すると私は思うがな。」

 

私は溜め息を吐いた…

 

「どうした?」

 

「いや…結局私が悪いのかも知れないが…好意を向けて来る相手が多くてな…」

 

「私たちの様な身体で抱くには贅沢な悩みだな。」

 

「そう思うか?」

 

「大いに思う。私たちの様な者はまともに男と恋愛など「いや、女性の方が多いんだ」…と言うと?」

 

「男性はアザゼルを含めて二人、後三人は女性なんだ…」

 

「ちなみに一時期私もその中にいたのよ♪」

 

「…テレーズ、話がややこしくなるから黙らせろ。」

 

「拒否する、面倒だからな。」

 

「……取り敢えずお前が見境が無いのは分かった。」

 

「そう言う納得の仕方は止めろ、全員私から手を出した事は無いんだ…」

 

セラフォルーの場合は微妙だが…向こうが求めて来たしな…

 

「受け身は勝手だが、その態度があまり続くようだと刺されるんじゃないか?」

 

「同感だな、寧ろこいつは一度はそうならないと分からないだろうと私は思っている…」

 

「だから…私から手を出した事は…「いや、確かに手は出して無いがどの例もお前の方が好かれる行動を積極的にしている…お前の中にいた私が断言してやる」……」

 

「言っておくが…これから先、そう言う誘いを断らない様ならまだまだ増えて行くぞ?」

 

「そう言うなよテレーズ…これ以上は増やす気は無いよ…」

 

「どうだかな…と、話が逸れたな。」

 

「…いや、聞きたい事は大体聞けた…アザゼルが後回しにしたのが良く分かったよ…相当にお前らの事情は複雑だ…」

 

「これから先、組織立って敵対する事は無いとは思うが…何せ既に和平も結んでるしな…だが、今はまだお互い大っぴらに会える間柄じゃないからな…本来ならば。」

 

「確かにな…取り敢えず今日の事はアザゼル「伝えた方が良いぞ?どうせ奴は知ってる」……監視か?」

 

「さてな、元々知れる筈の無い事を知っている事が多い奴ではあると言っておく。ま、そう警戒するな…堕天使総督は降りたとは言え…奴も立場、と言う物がある…監視を付けている可能性はあるがそれも仕方の無い事だ。」

 

サーゼクスが身内に極端に甘いだけだ…アザゼルも甘さは相当あるが、それ以上に甘い…

 

「分かった…ああは言ったが、正直今日は話せて良かった…では、これで失礼させて貰おう。」

 

「今度は回りくどい事をせず、プライベートで普通に会いに来い…実を言うと、お前に会わせたい奴ももう一人いる…」

 

私はこの世界に来てから出会った少女の顔を思い浮かべた…

 

「分かった、楽しみにしておこう。」



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#9

「帰ったな…」

 

「そうだな…」

 

ミリアが部屋を出て私が溜め息と共に言葉を吐いたところでテレーズも言葉を零した…

 

「お前はミリアと面識はあったんだったか?」

 

「いや…はっきり記憶にあるのは最後の戦いの時、クレアの身体を通して私が表に出た時くらいだろう…他に接点は無い筈だ…と言うか、あの時もほとんど話した記憶は無い。戦いが終わった後は私もすぐ引っ込んだしな…」

 

「そうか…」

 

「ところで聞いても良いか?」

 

「何だ?」

 

「何故奴にまた来いと言った?次は多分二人を連れて来るぞ?」

 

「……」

 

そう言われ、考える…そう言えば何故だろうな…厄介事になる可能性が高いと言うのに。

 

「…その様子だと特に何も考えてなかった様だな…理由が有ったとしても大方…クレアに会わせて反応が見たいとかそんなところか?」

 

「……」

 

「私がまだお前の中にいた時から…と言うか、この世界に来た頃からそうなんだろうが…お前は口では面倒事を嫌いだと言いつつ…自分から巻き込まれる様な言動、行動を取るよな?矛盾してるぞ?」

 

「…ふぅ…正直、何も言い返せないな。」

 

「ま、今…私とお前は同じ存在では無いし、こちらに飛び火する様な事が無ければこれ以上何も言うつもりも無いがな…それでも敢えて一言言わせてもらうなら…一応自分のスタンスはちゃんと考えた方が良いぞ?」

 

「気を付けるよ。」

 

「私からも念押しするわね、もう少し行動を改めた方が「テレーズは良いが…お前に言われたくは無いな」何でよ?」

 

「私にいきなり攻撃を仕掛けて来たのは何処の誰だったかな?結局謝罪すらされてないぞ?最も今更謝られてどうなる話でも無いんだがな…」

 

「…昔の話を何時までもグチグチと…器が小さいわよ?」

 

「うるさい、これが私なんだ…さて、私はそろそろ帰るからな…と言っても隣だが。」

 

「良いからさっさと行け、割と長々と話していたからな…あいつらがキレても知らんぞ?」

 

「分かってるさ。じゃあな、テレーズ、オフィーリア。」

 

「ああ。」

 

「ええ、またね。」

 

 

 

「…で、大丈夫だったにゃ?」

 

「オフィーリアの十倍はまともだよ…あいつの連れ以外は。」

 

「相当立派な人なのね…」

 

「個人主義者が多いクレイモアの中で、数少ない指揮官適正持ちだからな…」

 

北の戦乱…仮にあの時、私がミリアの立場だったらどうなってたか…正直薬を使って死を偽装させる事すらままならず全滅させていたかも知れん…実際あいつより上手くやれる奴など、そうはいないだろう…

 

「そんなにすごいの…?」

 

「あいつの戦士時代のナンバーは6だが、集団戦ならNo.1以上と言われていたからな…」

 

「テレーズとどっちが…あ、比べる基準が違うかしら…」

 

「あくまで指揮官として、そして乱戦や多人数戦なら最強と言う話だ…それに戦士時代のテレーズは歴代のNo.1とは一線を画している…タメを張れる程では無いだろう…」

 

「何でかしらね、あんたがしっかりお墨付きを出してるのに問題が起きそうな気がする…」

 

「奇遇だな、私もだよ…大体、一緒にこの世界に来た二人はオフィーリア程じゃないが割と問題児だ…確実にこのままでは終わらん…」

 

「そんなに面倒な奴にゃの…?」

 

「……オフィーリアよりは遥かにマシだし、ミリアがいるならあまり暴走はしないだろう……多分。」



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#10

「テレサの友だちの人、もう帰っちゃったの?」

 

リビングにいたクレアに聞かれ、横にいた黒歌の方を見れば相変わらずアイコンタクトで答えが返って来た。

 

『あんた、そもそも自分が本当はどう言う存在なのかクレアにはちゃんと説明してないでしょう?そう言うしか無かったの…』

 

そう…私は未だに自分が半人半妖で、同じ種族たちがいる世界から来たと言う嘘(全部がそうでは無いが)は伝えても自分がそいつらとはまた別のところから来たと言う真実をクレアに伝えていない…アーシアにはもう言ってあるが。

 

「…友だち?」

 

そして何時帰って来たのか、リビングのソファで寝転がって…と言うか、ソファに座るクレアの太ももの上に頭を乗っけていた小猫がノロノロと身体を起こしながらそう呟く…そう言えばこいつにもまだ言ってなかったな…さて、どう答えるべきか…大体、別にミリアは友人じゃないんだが…そもそもあいつの事を下手に広げていいものか…こいつらが言い触らす事は無いだろうが、サーゼクスに伝わるのは不味い…

 

ミリアの言った通りなら、アザゼルは恐らく正式な場を設けて三人を紹介するつもりだろう…どうするか…

 

『何を悩んでるのか、想像はつくわよ?少なくとも二人は念を押せば誰にも言わないと思う…と言うか、まだ言わないつもりなの?白音はともかく、クレアとは私より長いでしょ?』

 

『まだ…早い気がするんだ…』

 

『早いも遅いも無いわよ…結局あんたが言うか言わないだけ…二人はそれで今更あんたに対して何かが変わる訳でも無いでしょうに…』

 

私はそこで黒歌を見るのを止めた。

 

「…ああ、ま、今度来た時に紹介するよ…あいつら、今はアザゼルのところにいてな…」

 

「え?アザゼルおじさんのところに?」

 

「そうだ…サーゼクスも同席した場で会ってからでないと会わせるのは難しいんだ…悪かったな…」

 

「ううん…分かった…また来てくれるんだよね?」

 

「ああ…」

 

多分、な…

 

「あの…それはどう言う…?」

 

…クレアはこの説明で黙るが、小猫は当然聞いてくるよな…仕方無い、か…

 

「小猫…ちょっとこっちに来てくれ…」

 

結局私の正体を教える以外に無い…まさか、今更になって教える事になるとはな…

 

 

 

「…それが貴女の正体ですか…?」

 

「ああ…」

 

小猫に全て伝えた…私が今の様になる前、男だった事以外は…と言うかコレに関して知ってるのはテレーズだけの筈だがな…

 

「姉様は…知ってたんですか?」

 

「ごめん…言うタイミングが無かったにゃ… 」

 

嘘だ。言うタイミングなら今まで何度もあった…と言うか、この様子だとはなから怪しんでいただろう…そもそもテレーズが私の中にいた別人格などと言う説明は会合の場でされたが…誰が聞いても怪しい…私たちの事を知れば知る程、そんな程度の関係では無いと気付く筈だ…

 

何にしても…さっき黒歌が言った通り全ては私が言うか言わないかそれに尽きる訳だ…私は庇ってくれた黒歌に内心謝罪しつつ、小猫の言葉を待った…

 

「じゃあテレーズさんは…」

 

「本来のテレサだ…恐らくはな。」

 

最も、本来はそれこそ居る筈の無い存在だが…

 

「…そう、ですか…分かりました。」

 

そう言って小猫が口を閉じる…ん?

 

「小猫…怒ってないのか…?」

 

「何を、ですか…?」

 

「それは…」

 

「…黙っていた事に関して思うところが無い訳じゃないです…それどころか、この家で知らないのが私とクレアちゃんだけだったと言う事も…でも…怒れません…私がテレサさんの立場だったら…多分、言えませんから…」

 

「そうか「だけど…許せない事なら一つあります」…何だ?」

 

「どうしてクレアちゃんに言ってあげないんですか?姉様より、ずっと前から一緒にいるんですよね?」

 

「ああ。付き合いは…本当に長いよ…」

 

「言わないんですか?」

 

「まだ…言うつもりは無い…」

 

「じゃあ、何時ですか?」

 

「何れは…言う…」

 

「……分かりました、じゃあ私からは今回の件についてはもう何も言わないです…それでその、今日来た友人の事ですけど…」

 

「お前の考えてる通りだ…友人じゃない…ただ、あいつがクレイモアであると言う事だ…」

 

「クレアちゃんが会って…大丈夫な人ですか…?」

 

「ああ、大丈夫だ。保証する…それとも私の言葉はもう信用出来無いか…?」

 

「…いえ、信じます…信じられないならいくら姉様がいるからって初めから同じ家に住んだりなんてしません…信じます。」

 

「そうか…それで今回の事は「言いません。クレアちゃんはもちろん…部長にも」…ありがとう。」

 

リアスに言えば…サーゼクスには言ってしまうだろうな…

 

「それじゃ私は戻ります…」

 

「ああ、先に部屋に入っててくれ。」

 

万一にもクレアに聞かれない為に、外で話していたんだが…私と違い、部屋着では小猫は少し寒そうだな…本当に悪い事をした…しかも私が黒歌と話そうとしてるのまで察するとはな…

 

私はドアを開けて部屋に入って行く小猫を見送った…



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#11

「結局、白音には言うのにクレアに言わないのね…」

 

「そうジト目を向けるなよ…さっきも言った通り何れは言うさ…」

 

小猫が部屋に入ってすぐに黒歌からそう詰られた…

 

「そう言えば朱乃ちゃんとセラフォルーにはあっさり言ったわね…」

 

「セラフォルーはアレで口の固い方だし、サーゼクスが知ってる以上、何処かで知っても可笑しく無いからな…最も、あいつも悪戯に口に出す事は無いだろうがな…」

 

「朱乃ちゃんは?」

 

「……お前やセラフォルーが知ってて、自分が知らないってなると後で知られた時が絶対にめんどくさい…」

 

「あー…」

 

その言葉と共に黒歌がこめかみを押さえた。

 

「あいつ、学園が休みだと割と家にいるよな?私がいない時は家でどうしてる?」

 

「…基本的には良い子よ…基本的には、ね…」

 

黒歌の疲れた顔がそれ以上聞かないでくれと、口にしなくても雄弁に語っていた。

 

「ま、言いたくないなら良い…」

 

「そうして。」

 

そう言って口を閉じ、黒歌が私を見詰めて来る…何だ…?

 

「どうした?お前も寒いだろ?戻ったらどうだ?」

 

「あんたは戻らないの?」

 

「ああ。もう少しいる…飯もまだ出来無いだろうしな。」

 

「…偉そうに言ってないでたまにはあんたもやったら…?」

 

ふむ…

 

「感謝してないわけじゃないさ…そうだな、明日の担当はお前だったか?」

 

「え?そうだけど…」

 

「明日の朝と夜は代わってやろう。」

 

「……」

 

「どうした?」

 

「いや、別に私は有難いから良いけど…本当に良いの?」

 

「自分から言ったのに撤回はしないさ、最も人数も多いし、私では簡単な物しか作れないからあまり期待されても困るが。」

 

「…そんな事気にしなくて良いわよ。」

 

「ん?」

 

「あんたが作ってくれるってだけで皆喜ぶわよ。」

 

「そうなのか?」

 

「ええ、もちろん私もね。」

 

「そうか…取り敢えずそろそろ部屋に入れよ。」

 

「…ふぅ、分かったわよ…あんたも早く戻って来るのよ?」

 

「ああ。」

 

 

 

「ふぅ。」

 

何となくその場に座り込み、息を吐く…

 

「疲れた…」

 

正直今日のアレは心臓に悪過ぎた…まさかまた今になってクレイモアに会うとはな…しかも、よりによってオフィーリアと因縁ある相手が…いや、良い方に考えるか…あの性格だ…オフィーリアと因縁ある相手なら腐る程居そうだし、たまたま原作知識で知っていた相手だから対処も出来た…ましてやミリアは性格そのものはかなり真っ当だ…仮にオフィーリアより危険な相手だったら…

 

「仮定に意味は無いか…」

 

と言うかこれ以上考えたくない…ミリア以外の二人は性格的に厄介だし、下手すると増えそうだ…それは非常に困る…ま、この程度で済んで良かったと思うべきなんだろうな…ふぅ。さて、戻るか。

 

「よいしょ…ん?…フッ、私もすっかり緩くなってしまったな。」

 

私は立ち上がると部屋のドアを開けて中に入った。



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#12

中に入りドアを閉めたところで、うっかりポケットから出すのを忘れていた携帯が鳴ったので取り出してみた。

 

「……アザゼル?」

 

出ようとして、思い留まった…ふむ。

 

「……」

 

私はドアを開けると再び外に出た。

 

 

 

「さて…」

 

しばらく待ってみたが電話は鳴り続けている…これは…やはり出なきゃならんか…

 

「…ねぇ?あんた何してるの?」

 

「!?…何だ、お前か…」

 

私の正面から声が響き、携帯を見詰めていた顔を上げると、黒歌が立っていた…何で最近のお前は一々気配を消して私に近付くんだ…嫌がらせ…いや…無意識なのか?

 

「……アザゼルから?」

 

「ああ「何で出ないの?と言うか…何で外に出たの?」…落ち着けよ。ミリアの事があるだろ?今日の事情を伝えていないクレアとアーシアに聞かれるのは不味い内容かと思っただけさ…」

 

……紛れも無く今の私は浮気を糾弾されている立場だな…と言うかお前はもう私がアザゼルと肉体関係がある事は知ってるだろうに。

 

「……出ないの?」

 

……部屋に戻ってろ、と言ってもどうせ聞かないんだろうな…ま、こいつには聞かれても良いか。私は携帯のボタンを押した。

 

「もしもし…」

 

『もしもし…テレサか?』

 

「…これは私の携帯だが?何だ?間違い電話か?」

 

『…いや…俺が今用があんのはお前だよ。』

 

冗談に乗って来ない、と。ふむ…なるほど。

 

「…それで?何か用なのか?」

 

『今日お前…誰かに会わなかったか?』

 

……妙な聞き方をするものだ。

 

「誰かとは?今日、私は休日で余暇を家族と人の多いところで過ごしたからな…誰とも知れない奴とそれなりの回数すれ違っているが?」

 

『……』

 

思った通りの答えが得られなかったからって黙り込むな…どんだけ余裕が無いんだ…

 

「はぁ…悪かったよ。ミリアだろ?会ったよ。」

 

『……お前ら以外に会った奴は?』

 

「顔を合わせたのは私とオフィーリアとテレーズだけだよ…黒歌たちには事情は伝えているがな…」

 

『セラフォルーにもか?』

 

「悪いが言ってある。どうせ後で悪魔側に正式に紹介するつもりだったんだろ?事情を知ってる奴がこっちにいた方がお前も楽だろう?」

 

『…ま、そうだがよ…』

 

「お前がそんなに責任を感じる必要は無いさ。ミリアはそもそも他人を使わず一人で組織相手にスパイ紛いの事をやってた様な女だ…お前が行動を縛れなくても仕方無い。」

 

『もっと早くに知りたかったぜ…』

 

「…それならせめて私には言っておくべきだったな。ま、今日の事は貸しにしといてやるさ。」

 

『おい、さっき責任がどうとかって…』

 

「悪いが私個人のスタンスとしては違ってね…ミリアはああやって行動力が有り過ぎる以外はお前が匿ってる他の女よりは遥かにまともな性格でね…もう私にもお前にも迷惑はかけないだろうさ。」

 

『なら、何で「ミリアは向こうでオフィーリアと揉めた事があってな…最も非はオフィーリアにあるが」…察したよ、何か悪かったな…』

 

「今言ったろう?貸しにしといてやる、と。」

 

『…あんまり面倒な事は頼まねぇでくれよ?』

 

「その言葉…覚えてはおくさ。まだ何を頼むかも考えて無いしな…で?話はそれだけか?」

 

『おう。今回はこれだけだ…全く最近忙しくてたまんねぇぜ…早くお前に癒して貰いてぇよ。』

 

「…暇が出来たら連絡しろ。愚痴くらいは付き合うさ『俺はお前の包容力に期待してんだぜ?』…気が向いたら相手してやるよ。」

 

『そう言って何だかんだ俺の頼み、何時も聞いてくれるよな?』

 

「…そろそろ切るぞ?」

 

『ん?おい、ちょっと待…』

 

私はボタンを押し、電話を切った。

 

「…これで良いのか?」

 

「…ま、良いわ…いい加減部屋に戻りましょう。」

 

「ああ、そうだな。」



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#13

遊園地そのものは楽しめなくても家族と共に出かけるのは…その…ま、何だかんだ楽しいものだ……昔の私ならこんな事を思い浮かべる事すら無いどころか、時空を超えて全力で私を殺しに来そうだな…やれやれ…

 

最も本当にそんな事が起きようものなら全力で嘲笑ってやるがな…どう強がったところで本当は寂しいに決まってるんだからな。

 

さて、問題はこの後か…ミリアと会ったのも割と面倒事だったが、奴が性格はまともなおかげで何とかはなった…だが、連れ二人は面倒通り越して厄介だ…ミリアが会った事を知れば大人しくしているとは思えん…何を仕掛けて来るか。

 

「テレサ!朝だよ!起きてる!?」

 

「ああ。」

 

……今考えても仕方無いか。今日は出勤しないとな…昨日はオフィーリアが一緒に来てしまったから書類が…やれやれ…面倒になって来たな…全く…

 

もちろん仮病など使えないから、私は起き上がり部屋を出た。

 

 

 

学園までの道を緩慢に足を動かして進む…相変わらず、睡眠が上手く取れないのか欠伸が口をつく…軽く額を小突き、眠気を覚ます…こんな状態で歩いていたら何か起きても対応出来…!?

 

「…んなっ!?」

 

横から突き出されたナイフを持った手を首を後ろに逸らして躱し、その腕を叩き落とすと、相手がいるだろう私の横に肘を突き込む。

 

「おお…!?スッゲェ…はっや…」

 

その肘はそいつの突き出した掌に止められていた。

 

「…世辞はいらん。…ヘレンだな?」

 

「…正解。何で分かった?」

 

「ミリアから聞いてないのか?…私は…お前たちの事を良く知っているよ…そして…」

 

私の後頭部に向かって来ていた拳をヘレンを攻撃したのとは逆の手を肩越しに伸ばし、掌で受け止み、掴む…

 

「ヘレンがしくじっても、お前が来る…それも、分かっている…デネブ。」

 

「強いな、本当にあのテレサを相手にしてるかの様だ…」

 

「…私は弱いよ?…それに私はただのイミテーションだ。」

 

二人と言葉を交わしつつ、私は二人の姿を観察する…ミリアは現代の衣服を着て、銀髪はそのままに、カラーコンタクトをしていたが…こいつらはコートを羽織って、フードをしっかりと被っている…まさかとは思うが…

 

「そのコートの下…戦士の鎧をそのまま纏ってるとか言わないよな?」

 

「あ~?だってよ、仕方ねぇじゃん?アザゼルがまだあたしらの服を用意してくんなかったんだからさぁ…」

 

「……それで?何か私に用か?」

 

「…お前の実力を知りたい…と、言ったら?」

 

「…この世界で剣を使った戦いがしたいなら…基本的に然るべき場を設けて貰わなければ無理だ…ふぅ…とは言え…そう言われてもお前らどうせ帰る気は無いんだろう?話なら付き合ってやる… ちょっと待ってろ。」

 

私は二人から離れると携帯を取り出した。



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#14

今更ながらに今日眠いのはそもそも家族の食事を作る為に早く起きたからじゃないのかと思いながら意外にも大人しく私を挟む様にして、ソファの両端に座るヘレンとデネブの二人を横目で見ながら考える…

 

と言うか案外手間はかかったな…良く考えたら、外で食べざるを得ないセラフォルーと自分の勤めてる店で食べる黒歌に小学校で給食の出るクレア以外は基本的に昼食を作る必要が出てしまう…具体的にメンバーを言えば、朱乃、アーシア、小猫の三人…好き嫌いはあまり無く…そこまで量の食わないメンツだ(少なくとも朱乃と小猫は平均…クレアとアーシアが少な過ぎる…)

 

…だがやるとなればつい、凝ってはしまうわけだがやはり大変なのは大変だ……正直こう言うのはこれからもたまにやるだけにしておこう…

 

「なぁ、まだなのか?」

 

「知らん。文句はサーゼクスに言え…と言ってもあいつも割と忙しいからな…大人しく座って待ってろ。」

 

そう結局サーゼクスにはミリアたちの事をバラした。と言うかただでさえ眠い朝から二人にいきなり襲われた時点でもう知るか、と言う思いに駆られたのが正直なところだ…

 

「あんた私を子供扱いしてないか?」

 

「気の所為だ…」

 

「……」

 

逆方向にいるデネブが…胸のところで腕を組んで、目を閉じたまま黙りこくってるデネブが…とにかく不気味で不気味で仕方が無い…

 

今別室でサーゼクスと話してるミリアとアザゼルが本当に羨ましいな…立場的にこっちの方が面倒だ…

 

 

 

それから更に十分くらいして(体感的には倍は長い…主に横でうるさいヘレンと、黙ったままプレッシャーかけ続けるデネブのせいで)

 

「待たせて悪かったね…」

 

「いや、良い…アザゼルとミリアから事情は聞いたな?」

 

「ま、聞きはしたけどね…」

 

「ふぅ。サーゼクスには先に言うべきだったな?アザゼル?」

 

「……おう。」

 

「すまない…私が会いに来てしまったから…」

 

「ミリア、敵味方の判断がしにくい今のお前の状況じゃ仕方無いだろうさ…」

 

「いや!姐さんが悪いわけじゃ「ヘレン、この状況では私たちが無闇に発言する方がミリアの立場を悪くしてしまう」でもさ!」

 

「はぁ…落ち着けよ、別に私もサーゼクスも…そこで空気読んで黙ってるグレイフィアとアザゼルも別にミリアの事は責めてないさ…もちろん私もな…最も、お前らがいきなり襲って来た事については思うところもあるが。」

 

「…私たちは何をすれば良い?」

 

「デネブ、今責めてないと言ったろう?反省する気があるなら今更グダグダ気にするな…悪い様にはしないさ…そうだな、お前らもこの町…駒王町で暮らしてみないか?」

 

「そんな事…出来るのか?」

 

「可能さ…少なくとも私は出来ている…アザゼル、もう住む場所の目処は立ててるんだろう?」

 

「まぁな…その事を何れサーゼクスに相談しようと思ってたんだけどよ…」

 

「予定が早まっただけだろう?今からすれば良いじゃないか…さて、話が纏まったところで私は行くぞ?仕事があるからな…サーゼクス、悪いが後は任せていいか?」

 

「ああ、構わないよ……この三人は信用して良いんだろう?」

 

「オフィーリアの十倍は信用出来るさ。」

 

「なら、大丈夫だね…」

 

「そういう事だ、じゃあな。」



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#15

「あら?遅かったわね?」

 

私が用務員室のドアを開けると珍しく私より先に来ていたオフィーリアがそう声をかけて来た。

 

「…確かに何時もより遅いがお前に言われると反論したくなるな。」

 

「何よ、どう言う意味かしら?」

「普段遅刻してる奴が何を言う…どうせ今日だってギリギリだったんだろう?」

 

「もう…悪かったわよ…で?何かあったの?」

 

……すぐに謝る辺りこいつも変わっては来てるな…さて…

 

「何かとは?」

 

「…どうせあんたの家族があんたを寝坊なんてさせないでしょ?だから何かあったんじゃないかと思ったのよ。」

 

「寝坊前提で話を「じゃ、仮に誰もあんたを起こさなくても起きて来るのかしら?」……」

 

反論しようとして、こいつには私が割と朝に弱い事がバレていた為…口を噤んだ…いや、基本的には起きてるんだが、たまに起きれず起こされる事も無くも無い。

 

「ま、それは良いわ。で、結局何があった訳?」

 

私は部屋に入り、床の上に座った。

 

「…昨日ミリアの話に出て来た二人の事を覚えてるのか?」

 

「…ああ、確かヘレンとデネブだっけ?」

 

はしゃいでた割にちゃんと話は聞いていた様で助かるよ。

 

「今朝、あの二人に襲われた。」

 

「…えと、襲われたって言うのは?」

 

「そのままさ。ヘレンがナイフを持ち、デネブは多分…素手でな。」

 

「朝っぱらから随分飛ばしてくるわね、そいつら…」

 

「…夜なら良いって訳じゃないぞ。」

 

「あら?誰の事かしら?」

 

「……」

 

お前に決まってるだろ。

 

「ミリアから半端に私の事を聞いたせいで、余計に興味を持たれた様でな…ま、向こうも本気じゃなかった様だし…さっさと終わらせてサーゼクスに連絡してやったよ。」

 

「……黙ってる筈じゃなかったの?」

 

「ミリアもそうだが、この世界のルールも自分たちの立場もろくに考えずにこうも好き勝手に動くなら何時他の勢力の奴と揉めても可笑しくないからな…もう黙っておく方が悪手だ…あの二人も具体的に事情を話したらさすがに顔色が悪くはなっていたな。」

 

「…なるほど、 そこまでの覚悟は無かった訳ね。」

 

「誰しもお前の様に狂ってないって事さ。」

 

「失礼ね、私はそこまでイカれて無いわよ。」

 

「……」

 

現役の魔王の正体を知った上で斬りかかった奴が何を言う…全く、こいつはまだ何かやらかしそうな気がするな…

 

「話はもう良いか?とにかく今の話は帰ったらテレーズにも伝えておいてくれ。」

 

「了解…ってちょっと待ちなさいよ。結局その二人、処遇はどうなったの?」

 

「ん?お咎め無しさ、幸い、奴らが斬りかかったのも事情を知ってる私だったしな…」

 

「甘いわね…」

 

…ふむ、ちょっと聞いてみるか…

 

「参考までに聞くが、仮に襲われたのがお前だったらどうしてた?」

 

「聞くまでも無いでしょ。殺すわよ、確実にね。」

 

……本当に、襲われたのが私で良かったよ。



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#16

溜まっていた書類を片付けているうちに昼になったので弁当を出そうとして気付く…しまった、自分の分を用意していなかった…ふぅ、仕方無いか…

 

「あれ?テレサさん?どうしたんですか?」

 

立ち上がったところでそう声をかけられた。今でこそオカルト研究部の連中は来ないが、何が楽しいのか他の生徒がわざわざローテーション組んでこの部屋にやって来るんだよな…オフィーリアも何だかんだ面倒見は良いからキツく注意もせんし…

 

「弁当を忘れてな、何処かで食べて来る。」

 

そう言うと部屋にいた三人の生徒が顔を見合わせる…何だ?

 

「私たちのお弁当分けましょうか?」

 

「いや、良い…お前ら昼の量減らすと辛いだろ?私の事は気にするな、じゃあな。」

 

「あ…」

 

部屋を出る直前、女子生徒たちの少し落ち込んだ顔とオフィーリアのしかめっ面が目に入った…やれやれ…

 

 

 

学園を出て近くのファミレスに入…った瞬間、回れ右して帰りたくなったが、向こうにはどうせバレるし、私は嫌々ながらも足を動かす…若い女性の店員が声をかけて来る…どうも昼時と言う事もあり、少々人数が多いと…そこまで聞いたところで私は口を挟んだ。

 

「いや…知り合いがいるから相席させて貰うよ。」

 

店の奥にはなるがここから見える位置なので私が座ったら水を持って来て欲しいとだけ告げてそのテーブルまで向かう…

 

「…今朝ぶりだな?」

 

「…テレサか。」

 

私は席に座ってパスタを食べていたミリアに声をかけた。

 

「食事の邪魔をして申し訳無いが、店が混んでるそうだ…相席させて貰っても構わないか?」

 

「ああ。」

 

私はミリアの向かいに座ろうとしたところで気付く…水の入ったコップが二つ…?

 

「連れがいるのか?」

 

「…ああ。アザゼルがな。」

 

「なるほどな。」

 

ミリアの向かいにはコップが置かれている…私は横にズレて座る事にした。

 

 

 

「ミリア、戻ったぜ…ん?」

 

「よう。トイレか?少し長かったんじゃないか?」

 

「まぁな、ところでどうした?お前平日のこの時間は何時も弁当だと言ってなかったか?」

 

「…今日は家族の分を私が作ったんだが、うっかり自分の分を用意するのを忘れてしまってね…」

 

「そりゃドジな話だな…で、ここに食いに来たと。」

 

「そういう事だ。にしてもお前ら二人だけか?ヘレンとデネブはどうした?」

 

「あの二人なら自主謹慎だ。つっても一応誘ったんだけどな…」

 

「あれであの二人は根は善良だ、少なくともミリアとお前に迷惑をかけたと感じたんだろうさ。」

 

「…私たちの事を客観的に知ってるお前がそう言うと、何と言うか…説得力があるな。」

 

「おっと。あの二人には私がそう言ってたと言わないでくれよ?」

 

「分かっているよ。」

 

「…ふぅ。そろそろ引き上げようぜ、ミリア。」

 

「ああ。」

 

ミリアとアザゼルが席を立つ。

 

「じゃあな……今度は時間のある時にゆっくり会おうぜ。」

 

「時間があったらな。」

 

そう言ってアザゼルが背を向けて歩いて行く。

 

「…忠告するが「ん?」程々にしておいた方が良いぞ。」

 

アザゼルとの関係の話か。

 

「分かっているさ。」

 

「なら良い。それじゃあまた…」

 

「ああ、じゃあな。」



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#17

せっかく相席したのに私の料理が来る前に二人が帰ったが特別話したい事があった訳でも無いし、元々一人の方が気楽だ…多少腑に落ちない気分にはなるがな…そんな事を考えていたら料理が来た。

 

…そろそろ昼休みも終わる時間だし、誰かが相席しに来る前にとっとと食べてしまおう。私は運ばれて来たドリアにスプーンを差し込んだ。

 

 

 

 

食い終わり、コップの水を飲み干してそのまま席を立ち、レジへ向かう…で、何で釣りを貰った後適当に礼を言って、軽く愛想笑いしただけでこの店員の女は顔を逸らすのかね…単に態度が悪いならそれはそれで別に良いのだが…耳が赤くなっているのが私からははっきりと見える…どうやらさっさと立ち去ったほうが良さそうだな…やれやれ…当分弁当は忘れな…いや、しばらくは自分で作る気も無いから問題は無いか。

 

 

 

学園が見えて来たところで近くの電柱の影に隠れる…おいおい…頼むから見間違いであって欲しいんだが…電柱から顔を出す……見間違いじゃ、無かったか…私は来た道を戻り、角を曲がったところで立ち止まり、携帯を取り出した。

 

「もしもし…アザゼルか?…そっちにヘレンとデネブはいるか?」

 

『…それがよ、ミリアと店から帰ったらいねぇんだ…こうして電話して来たって事はどっかで見たのか?』

 

「いや、学園の前にいるんだ…」

 

『マジかよ…』

 

「あいつら相変わらずコート着込んでるしな…正直かなり怪しい…」

 

『今からそっちに行く…』

 

「そうしてくれ、と言うかお前ここの教師だろ?」

 

『…ミリアを送ってから戻るつもりだったんだよ…あの二人の例もあるし、正直不安だったからな。』

 

「まぁ良い、急いでくれるか?間違い無くあいつら私に絡んで来るからな…と言うか、話したのか?私が学園で働いているのを?」

 

『誤解の無い様に言っておくがよ、言ったのはサーゼクスだぜ?』

 

「……今夜にでも呼び出して半殺しにするか。」

 

『おー怖…サーゼクスに同情するぜ…』

 

「被害者は私だぞ?」

 

『やり過ぎだろ、どう考えても。大体、この場合責められなきゃなんねぇのはあの二人の方だろ?ちゃんと自分たちが今どういう立場なのか説明したしよ。』

 

「…一理あるな。そうだな…そんなに相手してやりたいなら受けてやるか。」

 

『町中でやる気か?』

 

「サーゼクスにセッティングして貰うさ。あいつも原因だしな」

 

『勝てるのか?』

 

「正直に言えば分からないな…」

 

『何だ、そんなに強えぇのか?』

 

「未知数だな…ただ、そもそも決して弱くは無いよ、あの二人は。」

 

『へぇ…そいつは見物だな。』

 

「主催は悪魔側だ。お前堕天使だろ?見物料取るぞ?」

 

『硬ぇ事言うなよ。ま、どうしても払えって言うなら払うけどよ。実際それだけの価値はあるだろうしな。』

 

「お前が実際に見て面白いかは分からんがな。」

 

『ま、とにかくもうすぐ着くからよ。』

 

「ああ、待っている。」



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#18

『それで、本当にやるのかな?』

 

『じゃなきゃ、あいつらは納得しないさ…向こうで戦う必要が無くなったとは言え…あいつらは戦士だったんだ。剣すら大っぴらに持ち歩けず、平和ボケ…した様に見える世界に否応無しに送り込まれ、挙句監視されているかの様な生活…鬱憤も溜まるだろう…私も少しは気持ちは分かるからな…』

 

『勝てるのかい?』

 

『……お前には言っておこうか。はっきり言おう、自信は無い。』

 

『それ程の実力者であると?』

 

『人柄は比較的まともだ、警戒の必要はあまり無い…だが、単純な話…そもそも私との相性が非常に悪い。』

 

『と言うと?』

 

『ヘレンは攻撃型の戦士だ。半覚醒の影響で、手足が自在に伸びる…そして本来なら伸ばした毎に強度が弱まる筈だがそれもほぼ無い…並の覚醒者なら縛り上げて完全に動きを封じる事すら可能だ…デネブは防御型。同じく半覚醒しており、再生が極端に早い…時間さえかければ覚醒しかねない致命傷すら治る程にな…そして何より…』

 

『何より?』

 

『…二人とも激高しやすい割に戦い方は上手い。元々コンビを組む事も多く、公私共に仲の良い二人のコンビネーションは非常に厄介だ…何時もの様に挑発などしようものなら逆に私は不利になる。』

 

『一人ずつ戦うと言うのは…』

 

『無理だろ、正直奴らの内どちらとやっても、仮に私が無傷で勝ったとした所でもう一方と戦う元気は無い…日を改めた所で最悪…今回の繰り返しになりかねん…二人一遍にやるしか無い…オフィーリアが来てくれたらこんなに悩まないで済むんだがな…』

 

今回の一件をオフィーリアに伝え、一緒に戦わないかと聞いた所…

 

『面倒だからパス。』

 

…と言う返事が返って来た。丸くなったと言えば聞こえば良いが、こんな時に協力してくれんとはな…

 

『ふふふ…』

 

オフィーリアのことを考えていたらサーゼクスが吹き出した…

 

『…何を笑っている?笑い事じゃないんだぞ?私はどうやってあの二人とやり合って勝つか考えるので『気が付いて無いのかい?』…何をだ?』

 

『嫌なら断れない事も無いし、何も本気でやる必要など無い筈だ…でも君は本気で彼女たちと戦い、何より勝つ気でいる…それどころか…』

 

『何だ?』

 

『君は今、とても良い顔をしているよ。本当は楽しみなんだろう?彼女たちと本気でぶつかるのが。』

 

『…チッ…まぁ良い。場所は用意してくれるんだろう?』

 

『元々私にも落ち度はある様だし、その程度ならお安い御用さ…存分にやってくれて構わない。後の事は全て私に任せてくれ。』

 

『…頼もしいな。何時もそうだと楽なんだが『何時もはそうでは無いと?』…自分の普段の行いを鑑みて見るんだな。』

 

それだけ告げてサーゼクスに背を向け…おっと、忘れる所だった。

 

『サーゼクス?』

 

『ん?何かな?』

 

『外部の者は呼べるか?』

 

『…構わないが相手による…アザゼル以外に誰か?』

 

『ああ…』

 

 

 

「さて、こうして場をセッティングした訳だが…感想は?」

 

「狭いな…」

 

「同感。やりにくいったら無いぜ。」

 

「…仕方無いさ。この世界で勝手に道端で私闘など出来無いからな、ま、ここはこの通り余計な障害物は無く逃げる場所は無い。ここなら思いっきりぶつかれる。」

 

「…戦いが見世物か、ここでは。」

 

「そういう事だ…生憎やれるだけマシだと思って欲しい。こういう闘技場でさえコネが無ければ使えないんだからな…さて、そろそろ始めるか?審判はいないからな、このコインが地面に落ちた瞬間から始めよう…行くぞ?」

 

手に持っていたコインを親指で弾く…そこで目を閉じる…集中しろ、相手の妖気を感じ取れ…先ずは先手を取らないとこの二人を獲るのは難しい…そしてコインが地面に落ちた音がはっきりと私の耳に届いた…



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#19

『よう。』

 

『ああ…おい何の真似だ?』

 

『イデッ!ちょ、鼻に掌底…!』

 

『治るんだから一々騒ぐな。』

 

『何だよ、キスくらい『調子に乗るな、今日は雑念入れたくないんだ、察しろ 』…嫉妬するぜ、俺相手にももう少し本気になって欲しいってもんだ。』

 

相変わらず似非ホストな格好でニヤけるライザーの足を踏み付ける。

 

『イダッ!?…何だよ、そっちから呼び出した癖に随分邪険に扱うじゃないか。』

 

『空気ぐらいは読めるだろ?何の為に呼び出したのかは分からなくてもだ、もう少し真面目に出来無いか?』

 

『…こんな場所に呼び出すんだ、逢い引きじゃねぇ事くらい分かるさ。ちょっとしたジョークだよ。』

 

『全く…』

 

『で?誰とやるんだ?』

 

『そこの二人だ…』

 

『ん?…なぁ、あいつら『分かるだろ?私の同類だよ』…へぇ…じゃああんたは…』

 

『光栄に思え。お前に今の私の限界を見せてやるよ。』

 

『…限界?本気じゃなくてか?』

 

『私の「本気」がどう言う意味かは知ってる筈だろ?』

 

『…なるほどな、ま、俺もあんたとここでサヨナラなんてごめんだしな…ところで…』

 

『何だ?』

 

『…やっぱり嫉妬するぜ…あんた今本当に楽しそうだもんな…』

 

『そう見えるか?』

 

『取り繕ったって無駄だぜ?俺に限らずあんたと付き合いの長ぇ奴なら誰だって分かるだろうさ。』

 

『……お前にまでバレてると思うと非常に癪に障るな。』

 

『そんなにか!?さすがに傷付くんだが…』

 

『ふん、どうせ心の傷だって傷は傷だろ?治せば良いだろう?』

 

『いや治んねぇよ!あんた俺を何だと思ってんだよ!?』

 

『ゾンビ。』

 

『マジか!?』

 

『お前の身体の修復のされ方…とにかくグロいんだよ。』

 

『あんたが毎回容赦ねぇから修復が中途半端なんだろ!?普通は一瞬で治るんだぞ!?』

 

『騒ぐな…顎と舌を斬り落とすぞ?』

 

『怖ぇよ!?』

 

『全く大の男が騒いで…みっともないな。』

 

『…はぁ…もう何も言わねぇ。あんた今楽しそうである以上に殺気立ってるからな、何言っても怖い返事が返って来そうだぜ…』

 

『ふん、それはそうとお前の眷属はどうした?』

 

『今日は俺しかいねぇよ…あいつらあんたからの呼び出しだって言ったら満場一致で一人で行けって言い出してな…』

 

『……』

 

名前こそきちんと把握してないが、こいつの眷属と話す機会は多い…生じ性格を把握してる分…嫉妬してるのか、私との仲を後押しするつもりなのか分からないな…どっちのパターンでも私には面倒だが…

 

『まぁ良い、そろそろ行くからな?』

 

『おう。客席で目一杯応援『デカい声で騒ぐ様なら半殺しにするぞ』……分かった、静かにするからそう睨まないでくれよ…』

 

『それで良い…後でな。』



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#20

コインが落ちる音が聞こえるのとほとんど同時に、こちらに向けて放たれる妖気を感じ取り、上に飛んだ。

 

「チッ!躱された!」

 

目を開ければ先程まで私の居た場所まで伸ばされたヘレンの腕…危なかった…妖気の感じから察するに、見てから飛んでも間に合ったかどうか…っ!

 

「ヘレンばかり見ていて貰っては困るな。」

 

私を追って飛んでいたデネブの剣を受け止める…くっ!予想していたより重い!これで防御型だと!?ふざけた冗談だ!

 

「悪いが…」

 

「っ!」

 

下から振り上げられたもう一本の剣を咄嗟に上げた足で何とか受け止めた。…そうか、忘れていたな…

 

「私は二刀流だ。」

 

「…ああ、忘れていたよ「良し!デネブ!」…なっ!?」

 

ヘレンの声が聞こえるのと同時にデネブが私から離れ、デネブの後ろにいて死角になっていたヘレンの姿が目に入る…捻れた腕…!不味い!この距離では躱せな…

 

「…と、言う訳でも無いんだな、これが。」

 

「んがっ!?」

 

ヘレンが仰向けに倒れる…何の事は無い、たださっきデネブの剣を受け止める為に上げた足を伸ばして、ヘレンの顔面に足の裏を叩き付けただけ…俗にヤクザキックなどと言われるアレだ。

 

「うごっ!?」

 

「悪いね、私は足癖が悪いんだ。」

 

そのまま前に出て腕の範囲外、ヘレンの頭の横まで行ってから顔面を踏み付け…さて…

 

「…助けないのは意外だったな…デネブ。」

「…咄嗟だったから身体が動かなかったと言えば信じるか?」

 

「いや。」

 

「そうか…そうだろうな…」

 

デネブは自分は技巧派だと口にした事がある…となれば…

 

「…1体1がお前の望みか?」

 

「…テレサの戦いを見た時、敵わないと思いつつ…それでも仮に本当に私が戦ったら何処まで食らいつけるのかと…」

 

「私は別人なんだがな…あまり剣の扱いが上手い方でも無い…それでもやりたいなら付き合うが?」

 

「ちょ!?人の顔踏んだまま会話すんなって!」

 

「ん?ああ、悪い…今足を退けるが…襲って来ないよな?」

 

「…デネブがやる気だし、ここは譲るよ…最もあたし一人で何処までやれるのかは怪しいから別にやって欲しいって事も無いけどさ。」

 

「そうか。」

 

私は足を退けた。

 

「私が踏んどいて何だが、顔が汚れている…細かい傷が治ったら拭いてもらえ。」

 

「へいへい、分かったよ…なぁ?」

 

ヘレンがデネブに声をかけた。

 

「何だ?」

 

「一人でやりたいなら…何で言わなかった?」

 

「抜け駆けするつもりは無いさ。」

 

「…言ってくれればあたしは降りたのにさ。」

 

「正直に言えば…お前がやる気になってたから言い出しにくかった。」

 

「…分かったよ、邪魔なあたしは退散するから。」

 

そう言って私たちから背を向けるヘレンから目を逸らし、私はデネブを見詰めた。



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#21

誤字報告ありがとうございます。自分で書いてて何ですが、量が量なので正直直し切れないので助かります…


ハイスクールDxDの原作記憶はほぼ完全に消えてしまい、この世界に来てから改めて知った事しかもう私には分からないが…対照的にクレイモアの原作記憶はしっかりとある…その上で私からはっきり言えるのは…

 

デネブの剣に関して特別これと言って言及出来る物は何も無い、という事だ…

 

ただ…強いのは間違い無い…そうでなければあの北の戦乱で生き残る事は無かった…あの時点で組織からは切られていた為、死を偽装し、身を隠す事が出来無ければ結局生き残る事は出来無い…と言う状況を加味してもだ…それは間違い無い。

 

逆に言えば…こいつが振るう剣がどの様な物か分からない為、私が勝つ手は何も浮かばないと言える…

 

「…考え事か?随分余裕じゃないか。」

 

「…ふん、何処かの脳筋と違って…私は頭脳派なんだよ。」

 

何時の間にか、何か突破口は無いかと思考に耽っている内に完全にデネブに懐に入られ、首を狙って下から振り上げられた剣を身体を後ろに逸らし、剣を持ってない左手を地面に着けて逆立ちし、そこからバク転に移行し後ろに逃げる…デネブは二刀流だ…受けるのは不味い…咄嗟の判断とは言え、思わず自分のやった事を褒めてやりたくすらなる…

 

「…中々…器用なやり方で逃げる物だな。」

 

最も逆立ち状態で振り上げた足がデネブの顎にでもヒットしてくれれば百点満点と言う所だが、残念ながらそう上手くは行かないらしい…あ…とか考えてたら着地を少しミスった…右脛を地面に着ける…幸い、デネブは先の場所から動いていないのでしくじったのを誤魔化す為、さっさと立ち上がる…

 

「…何だ…追わないのか?一応挑発したつもりだが…」

 

「一々意味の無い事でキレるのは止めたのさ。」

 

冷静さも兼ね備えてる、と。こいつの二刀流は読みづらいし、間違い無くヘレン以上の強敵だ…寧ろ奴の技は一撃必殺で、本来の使い手ジーンより汎用性が高いとは言え、結局誰かの援護が無ければほぼ使えない上、躱そうとは思えば躱せない事も無いしな…

 

「お前…正直ヘレンのお守りをしない方が強いんじゃないか?」

 

「…あいつと組んで長い、やり易いのは確かだ。」

 

私の質問に答えていない…ま、ほとんど答えは確定してるし、正直実際に答えてもらったほうが私の絶望感が増すのだが…

 

「悪いが休ませる気は無い、畳み掛けさせて貰う…!」

 

「くっ…!」

 

 

 

「苦戦してるわね、あの子。」

 

「あいつの剣は我流で、教科書通りの基本を極めてる相手には元々相性が悪いからな…当然の結果だよ。」

 

今日はあまり体調が良くないが、正直デネブの戦いには興味があったのでこうしてオフィーリアに無理を言って私は試合を見に来た…

 

「…何それ…それって私が弱い「そうは言ってないさ」じゃあ何よ?」

 

そうやって横から私の方に口を尖らせるオフィーリアを見て、その程度の抗議で済むんだから本当に穏やかになった物だと感じる。

 

「お前の様な特徴のある剣技はな、初見で相対すると確かにキツいかも知れないが…第三者目線で見ると自ずと攻略法は見えて来るし、何より…お前結局一度目であいつを始末しなかっただろ?初見じゃなければ尚、対応策も出来て来る…最もあの時は単なる偶然だった様だがな。」

 

「…二度目だから破られたのは分かるけど…第三者目線?」

 

「あいつは観測世界から来てるだろ?」

 

「あー…そう言えばそうね…」

 

「もっと言えば…私がお前を破れたのもそれが理由だ、あいつの中にお前の剣についての記憶があったのと、私がやる前にあいつは勝ってるんだ…いくら戦い方が違うからと言って負ける道理は無い。」

 

「…」

 

「ん?どうした?」

 

黙りこくったオフィーリアを不思議に思い、声をかけたら逆隣から服の袖を引っ張られた。

 

「何だ、黒歌?」

 

「あのねテレーズ…あんたがオフィーリアに勝ったのって普通に初見の時でしょ?」

 

「そうだが…さっきも言った通り、あいつと共有した記憶があるし、あいつが勝てたんだから別に私が勝てても…」

 

「あんた…あいつと戦い方違うんでしょ?逆に聞くけどテレサと同じ様に戦ってはいないって事よね…?」

 

「そうなるが…それが?」

 

「普通それで勝てないわよ…あいつの中にいる間イメージトレーニングでもしてたならまだしも…あんたずっとテレサの中で眠ってたんでしょ?それならいきなりやって勝つ方が可笑しいと思う…」

 

「そう、なのか…?」

 

周りを見れば観客席に座るリアスたちや、サーゼクスにグレイフィアまでもがコクコクと一斉に頷きを返して来る…何だ?そんなに可笑しいか?

 

「…それぐらい条件が整ってて勝てないなら、クレイモアなどやれんさ…」

 

何となくいたたまれなくなって…苦し紛れにそんな事を口にしてみれば…

 

「絶対、そんな事無い…」

 

…と、オフィーリアから小声だが…強めの否定が返って来た…そんなに可笑しいか?……分からん…もしや、私の代より妖魔や覚醒者が弱かったのだろうか…?

 

私の中にそんな疑問が湧いて来ていた…



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#22

「くっ…ハァ…ハァ…!」

 

「…私の疲れを狙っていた様だが…その様子だとお前の方が先に潰れそうだな。」

 

「ハッ…まだまだ潰れないさ!」

 

デネブを警戒していたつもりだったが…まだ甘かった様だ…こいつは本当に強い!間違い無く、ヘレンと組むより単独の方がこいつは実力を発揮出来る…理由の考察は色々出来るが、今の私にそんな事をする理由は無い…いや…余裕が無い。だがな…

 

「まだまだ私は底を見せたつもりは無い…侮って悪かった…ここからは全力で行く…!」

 

私は自分の頭から流れ出て来た血を舐め取り、妖力解放してデネブに向けて突っ込んだ。

 

 

 

「やっとか…あいつは本当にスイッチが入るのが遅い。」

 

「ここから反撃開始って事にゃ?」

 

「甘いな、そう上手くは行かんさ…さっきも言った通りあいつはデネブと相性が悪いんだ…命を賭けて…漸く五分に持ち込めれば良い方だ。」

 

「命って…!」

 

「黒歌、それが私たちだ…そもそも駆け出しにとっては妖魔でさえ最初は格上。自分を振り絞らなければ生き残る事など出来はしない。あいつは今までが緩かったのさ…あいつにとって本当の意味で格上と言えば私か、オフィーリアしかいなかった…はぐれ悪魔に苦戦した事はあった様だが…オフィーリアが単独で駒王町で狩る事が出来た様に…それはやはり大した実力では無かった…」

 

「……」

 

「黒歌、あいつは今、岐路に立っている…これから先奴が強くなるかどうか…それは今にかかっている…」

 

「そういう事よ。家族なんでしょ?最後まで見届けてあげなきゃ。」

 

「…あんな傷だらけで…勝てる方法なんて…あるの…?」

 

「…強いて言うなら…デネブは先も言った通り、私たちが組織預りになって最初に習う剣を実戦で使える様に昇華させただけ。」

 

「つまり…?」

 

「奇抜である事が隙になる私とはまた違うけど、だからこそ付け入れる部分があるって事よ。要するに基本の抜けてるあの子がデネブの剣を見て学べば攻略法はいくらでもあるって事…基本を詰めてるなら防御も所詮は教科書通り…それは決して悪い事じゃないけど、だからこそ基本に無い動きには弱い…そこを突けば勝てるわ。寧ろ…あの子には得意分野な筈ね。」

 

「…二人はもしかして…もう勝ち筋が見えてたりする訳…?」

 

そこで私はオフィーリアの方を見る…そこには自信に満ちた笑顔があった…なるほど…当然お前もか…私は黒歌の方に振り向く…

 

「「当然だ(よ)」」

 

 

 

本当に何時もそうだ…私はギアが上がるのが遅い…せめて自分で制御が出来れば良いのだがな…

 

「っ!」

 

胴を狙って繰り出された剣を自分の剣で受け止める…どうせ逃げる体力なんて無いんだ…致命傷になる攻撃は全て見極め、受ける…もう一本の首に向かう剣は…!

 

「グッ!」

 

「足りない部分はそうする訳か…」

 

妖力で強化した左腕で受け止める…見栄えなど今更考えるな…死ななければ…良い。…そら、身体が空いたぞ。

 

「っ!」

 

デネブの腹を蹴って距離を離し、そのまま追いかける…そうか、簡単な事だったな…原作で取り上げられなかった以上、デネブの剣は結局は何処までも基本に忠実だったんだ…なら、私ならは…!

 

「オオ…!」

 

突っ込んだ勢いのまま、腰だめに繰り出した剣はデネブの左の剣に止められる…もう一本は…

 

「そう来ると思っていたよ。」

 

「っ!」

 

首を斬るため振られた剣を横に曲げた首と肩で挟んで止める…

 

「漸く私の間合いだな…!」

 

「グフッ…」

 

右の膝を溝尾に入れる…ここまで流れる様な動作…今までで一番上手く行ったんじゃないだろうか…

 

「…私は剣よりこちらの方が得意なんだが…このままお前が気絶するまでやるか?」

 

「…いや…良い…こんなジリ貧な戦い…模擬戦レベルで続けたくは無い。」

 

「つまり?」

 

「…私の負けだ、それで良い。」

 

私は首を戻し、デネブから離れた。



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#23

「ま~た派手にやられたもんだな…」

 

「ホント、ボロボロね…」

 

私は今、観客席の狭い通路の床の上にて正座させられている…全く…そろそろ発言させて貰おうか…

 

「私は一応勝ったんだが…何でこんな目に遭わされてるんだ…?」

 

「アレが勝ったとお前は胸を張って言えるのか?」

 

私はテレーズから顔ごと目を逸らす…テレーズの隣にいたオフィーリアが立ち上がり、私の頭を掴…って痛!?こんな事の為だけに妖力解放するな!?分かった!ちゃんと向くから止めろ!?

 

「で?どうなんだ?」

 

「そうだな、アレを勝利だとは言えないだろうな…」

 

「そもそも何でそんなにボロボロになってるかは自分で分かってるのか?」

 

「私がデネブの剣を見切れなかった「違う」何?」

 

「あんたももう分かってるでしょうけど…デネブの剣は私たちが最初に習う剣を実戦用に昇華させた物…二刀流でもそれは変わらないわ。だから必ず何処から振って来ても最後は必ず急所を狙って来る…あんたもそれが分かったから最後の連撃を止められたんでしょう?」

 

「そうだな「そこだ」ん?」

 

「何が来るかわかってるのに何であんな無茶な体勢で止めなきゃならん?」

 

「アレしか思い浮かばなかったが…他に何かあったか?」

 

そう言うと二人揃って溜め息を吐いた…何だ、一体?

 

「左は胴を狙いに来るのは分かっていただろう?ならば切り落とせば良かった筈だ…如何に再生の早いデネブと言えど、既に必殺の体勢に入っているなら左を落とせばお前は手が空いた筈だ。」

 

「そうなれば首に来る右は剣で止められた筈ね。そしてあんたはしなくても良い無茶な体勢で剣を止めた。」

 

「…止められたんだから良いだろう…それにその後の膝があったからデネブが降参した訳で「あんな体勢から膝入れて大した威力が出る筈無いだろうが。デネブがお前の狂ったやり方に引いて試合を止めたのがまだ分からないか?」……」

 

私はこちらを遠巻きに見るヘレンとデネブの方を見た…

 

「いやさ…あたしもデネブは模擬戦にしてはやり過ぎかなって思わなくはなかったけど…さすがにアレは無いと思うぜ?」

 

「…お前もそう思うか…?」

 

「…そうだな…私としては…いや、この場は何も言わないでおこう…一応誤解の無い様に言っておくが、私は負けたと思ったから止めたんだ、それだけは言っておく。」

 

「ま、何にしても少しは反省する事だな…取り敢えず家族には謝った方が良いぞ?」

 

「私たちは言いたい事は大体言ったから良いわ…後は黒歌たちね…ホント、この場にクレアやアーシア…それから小猫を呼んでないのがまだ救いかしら?」

 

「分かったよ…」

 

 

 

「ま、それなりに見苦しい所は見せたが、試合そのものは満足したって事で良いのか?」

 

「あたしはもう当分良いよ…あんたと1体1じゃ勝てる気はしないし。」

 

「デネブはどうだ?」

 

「私も当分良い…あんな手で止められる辺り、まだ自分が甘いと痛感したしな…しばらくは大人しくしているさ。」

 

「…そうか。ま、あの程度が所詮、現状の私の底だ…ただお前たちに一つ朗報だ。」

 

「「何だ?」」

 

「ここにいるオフィーリアとテレーズ…二人は私より強いぞ。」

 

「は?」

 

「また勝手な事を…」

 

悪いが私は根に持つ方でな…戦った直後の私を正座させて説教したんだ…それだけの実力はあると証明して貰おうか…

 

「まず、オフィーリア…こいつは嘗てのNo.4…しかもぽっと出の私と違って正式なクレイモア…向こうでクレアに負けてこそいるが、こちらに着いて経験を積んだ…その後やり合った私に一度負けてこそいるが、そこから更に研鑽を積んでいる…間違い無く今の私よりも強い…」

 

「だから勝手な事をペラペラ宣うの止めてくれない?」

 

「そうは言うが、二人の戦いを見て火が着いただろう?内容はまぁ…お粗末だったかも知れないが…」

 

「…あんたと組まなかったのは後悔してないし、内容も確かに酷い物だったけど…ま、そうね…少しはやる気が出て来たかもね…」

 

そう言ってオフィーリアが狂気的な笑みを浮かべて舌舐めずりをする…怖いな…今回は私に向けられてないから安心だが…

 

「オフィーリアもこの通り…その気だ…私はすぐにこの状態から脱却出来無いだろうからまた我慢出来無くなったら先ずはオフィーリアに挑め…ただ、一つ注意がある…」

 

「何だよ?」

 

「…オフィーリアが凶人であったのは知ってるだろう?日常生活では本当にあの頃の陰が見えない程丸くはなったが…いざ戦いになったらそうは行かない…もしやるなら…命を懸けて挑め。」

 

「そうね…私を満足させられないなら…殺しちゃうかも♡」

 

「マジかよ…」

 

「そんな意味の無い戦いをしたくない…と、言うなら大人しくしている事だ…見ての通りオフィーリアより強くてお優しいテレーズは妊娠中だ…それでも挑むなら…私はもちろん、オフィーリアを含めてこの場の全員がお前らを獲りに行く。」

 

「過保護だな…私は別にやっても良いぞ?正直、今のお前らなら無傷で潰せるからな。」

 

「それは…私たちを嘗めてるのか…?」

 

「デネブ…残念ながら事実だ…やるならミリアを連れて、全力で挑め…殺されなくても間違い無く心は折られるだろう…最も、さっきも言った通り今のテレーズを戦わせる気は更々無いが。」

 

「分かった…」

 

「ふぅ…さて、そろそろ帰って貰うぞ…さすがにもう、何で今日ミリアやアザゼルが来なかったか見当が着いているだろう?」

 

「そりゃ…さすがに分かるよ…」

 

今日ミリアが来なかったのは自分のツレが本格的に迷惑をかけている事実故、だ。アザゼルはその付き添い…ま、ミリアはさすがにやらないだろうから、実際に来たとして…観客席にアザゼルと共に座るだけだから今更そんなに変わらんのだが…

 

「お前らも魔力持ちだろう?そこの魔法陣に入れ、グレイフィアが送ってくれる。 」

 

「…では、お二人ともこちらに。」

 

グレイフィアの言う事に二人は大人しく従い、二人が入ると同時に魔法陣が光り出し、三人は私たちの前から消えた。



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#24

「絶対安静?」

 

「当然でしょ?」

 

リアスたち眷属一同+サーゼクス、ライザーに見送られつつ…人間界に帰って来るなり私はそんな事を黒歌から言われた…

 

「いや…傷は見ての通りもう治って来てるんだが「駄目って言ったら駄目」いや…だからな…」

 

「あんだけダメージ受けてたら疲れも溜まってる筈でしょ。」

 

「……」

 

そんな事は無い…そう言おうとしたら身体から違和感を感じた…

 

「あんた長い付き合いだから私の考えてる事なんて分かるって言ったわよね?そのまま返すわ…今あんた動けないでしょ?」

 

「…何で分かった…?」

 

「…その顔見たらそもそもこの場にいる全員が分かるわよ、それと…私たち全員、似た様な経験あるからかしら?」

 

後ろから肩を掴むオフィーリアがそう答え…ん?もう片方にも掴まれた感触が…

 

「そういう事ですわ。取り敢えず今日はこのまま横になってください。」

 

なっ!?朱乃!?お前向こうに残ったんじゃないのか!?……ふぅ…掴まれている今でさえこいつの気配をほとんど感じないが、それはまぁ良い…取り敢えずは…

 

「どういう経験だ…?」

 

「…傷そのものは治っても、結局疲れはするって事よ、あんたさっきまでずっと気張ってたでしょ?あんたはさっきまでの戦いの疲れが今、身体に一気に降り掛かってるの…動けなくて当たり前よ。」

 

「……」

 

「じゃ、私とテレーズはこの後アザゼルの所に寄るから…この馬鹿の事、お願いね?」

 

「ん…?文句でも言うのか?」

 

「…何で巻き込まれたのがあんただけなのに私たちが文句言うのよ…どっちにしろ今日はテレーズの検診の日なの…全く、今日来てくれてたら話は早かったのに。」

 

そう言ってオフィーリアが私から離れたところで、何時の間にか前に回っていた朱乃と…黒歌の横に立ち、黙って佇んでいたセラフォルーが私の所に来て私の手を引っ張る…

 

「…ハァ…両手を引くな…このまま部屋まで私を引きずって行くつもりか…?全く…お前らどっちでも良いから肩を貸せ。」

 

結局私はセラフォルーに肩を借りながら部屋まで歩く事になった…

 

 

 

当たり前だが…部屋の前に直接転移すれば誰に見られるか分からん…だから比較的人気の無い所に転移し、こうして私たちの住むマンションまで歩く事になる訳だ。

 

「…で?お前は何時までくっついて来る?仕事は終わっただろう?戻って良いぞ。」

 

「私はサーゼクス様に貴女が部屋に入るまで見届ける様に言われてるの…ま、言われてなくてもそのつもりだったけどね。」

 

ただでさえ大所帯(しかも一人は別の一人に支えられている…)で移動してるのにお前が後ろから付かず離れずの距離でマンションの中まで入って来たら目立つだろうが…全員(多少癪だが、私も含めて)見た目は美女だしな…最も服装は普通なのが救いか…全員一応人間には見える…ただな…

 

「…お前のメイド服がめちゃくちゃ目立つんだよ。」

 

「知らないわ、私はこれが仕事着兼普段着だもの。」

 

「さすがに嘘だろ…」

 

その後グレイフィアはマンションのロビーから私たちと共にエレベーターに乗り、部屋の前まで本当に着いてきた…

 

「……もう良いだろ?部屋にはこうして着いた…まさか…中まで来るつもりか?」

 

「まさか。今日は別に招かれた訳じゃないし、来るならサーゼクス様と…そうね、ミリキャスを連れて来るわよ。…それじゃ、お大事に「どうせここまで来たんだから上がって行ったらどうにゃ?」……」

 

「お前は何でこれから帰ろうとしている奴を誘う?」

 

「いや…ここまで来てそのまま帰すのも何かなって…」

 

「そうね…せっかくだから上がって行こうかしら。」

 

「……お前も簡単に乗るんじゃない…」



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#25

予定外の客が来たとは言え、助かる事もある…

 

「じゃあ今日の夕飯や、クレアたちの事は任せて良いから。」

 

「え?でも…」

 

「良いから。私としてはお客さんみたいに扱われる方が正直落ち着かないし…」

 

そう、ほとんどプロのグレイフィアが面倒事を片付けてくれると言うのだ…最も…

 

「それに貴女たち…彼女に言いたい事色々あるでしょ?さっきも言った通り、家の事やクレアたちの事は任せてくれて良いわ…家に帰って来たテレサの姿見て割とショックだったみたいだし…私も放ってもおけないから…」

 

……要するにこれから私はこの三人にテレーズ、オフィーリアに続いて説教される訳だ…

 

「じゃ、三人は外に連れ出すから…ごゆっくり。」

 

そう言って寝転がる私を一瞬見て、グレイフィアか部屋から退出する…さて…

 

「…ふぅ…良いぞ、言いたい事があるなら言ってもな。」

 

「じゃあ私が代表して…」

 

そう言って私を見詰める黒歌…っ…

 

「……痛いな?」

 

いきなり頬を貼られて、それなりに強烈な痛みが走る…やれやれ…

 

「……満足か?」

 

「…ま、今更説教なんてしても…ね…クレイモアの戦い方やそれに賭ける想いなんて私たち全員分からないし…」

 

「そうか「でも…一つ聞きたい事があるにゃ」ん?」

 

「あんたがそんなにボロボロになった理由…あんたはデネブの剣を見切れなかったって言ったけど…テレーズは違うって…」

 

……アレか。

 

「二人は最後の攻撃の防ぎ方についてしか言及してないからな、そりゃあ…意味が分からないよな…」

 

「うん…結局アレってどういう事?」

 

「一つ言うなら…私は二人に嘘をついた…二人にはバレていた様だがな。」

 

「嘘?」

 

「…嘘とは少し違うかも知れないが…私がボロボロになった理由を聞かれて…私はデネブの剣を見切れなかったからだと言った…」

 

「…確かに言ったわね「そこだ」え?」

 

「私は割と早い段階でデネブの振るう剣がそういう剣だと何となく気付いていた…ま、確証を持ったのは本当に最後の瞬間だがな…」

 

「…そう言えばあんた、一回剣と腕でデネブの剣を防いだわよね…」

 

良く見てるな…

 

「そうだな…」

 

「…なら、何であんな無茶を…?あの時あんたの首から血が飛んだの…ちゃんと見えてたんだからね…?」

 

「だからな…私は本当に他に方法が思い浮かばなかったんだよ…デネブの剣を完全に止めた上で反撃する方法がな…さすがに足を斬られれば私の負けは確定だからな…」

 

「じゃあ二人は…」

 

「私が何処まで考えて…ああいう手を使ったのか全部分かった上で…敢えてそのやり方だけを注意したのさ、考え無しの阿呆だとな。」

 

「…馬鹿じゃない…防ぎようが無いなら降参してまたやれば「次なんて、無い」……え?」

 

「そもそも私たちに次なんて無いんだよ黒歌。負ければ死ぬ、それが私たちクレイモア…半人半妖の戦士たちだ。」

 

「でも、あんたは違う。」

 

「そうだ…だが、だからと言って簡単に…例え相手が正式なクレイモアだからって負けを認める理由など無い。なった経緯は違えど、この身は間違い無く奴らと同じ半人半妖だからな…」

 

「でも…もしそれで死んだら私たちはどうしたら良いの!?」

 

「たらればに意味は無い…こうして私は生きてる…それが全てだろう?」

 

「……やっぱりあんたは大馬鹿者にゃ…」

 

「……その私についてこようとするお前らも結局同類だよ。」

 



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#26

『……じゃあもう大丈夫なんだな?』

 

「あのな…お前らとなった経緯は違っても、一応私も半人半妖だぞ?」

 

『……そうだったな…』

 

あれから少しして、私はミリアからの電話を受けていた…

 

 

 

「…何度も言うが別に謝罪とかは要らん。アレは私と二人の問題だ…今更お前に責任は無い。」

 

『そうは言うがな…』

 

「お前って…割と律儀、で聞かんか…お人好しだよな…」

 

『…そう見えるか?』

 

「…任務先で出会っただけの面子をいくら自分と同じく危うい立場だからって、必要以上に世話を焼こうとしたり…北の戦乱の際、死んだ奴のことを想い、凹んでる姿を見ればな…」

 

『……』

 

「そもそもだ、付き合いの長い二人の事を心配するだけならまだしも…お前、今回の一件の謝罪よりも私の事を心配してるからこうして電話して来てるだろ?何が悲しくて会って間もない私の事なんて気にしなきゃならんのだか…」

 

『…いけないか?』

 

「少なくとも、何でもかんでも背負い過ぎだと私は思うがな。」

 

『それはお前もじゃないか?』

 

「ん?」

 

『捨てる事が出来無かったから…周りに何時も誰かいるんだろう?』

 

「…時折思うんだ…この世界に来た頃、まだ身軽だったあの頃が懐かしい…とな。」

 

『…ま、何だ…今度はお前からかけて来い。』

 

「ん?」

 

『今回の詫びのつもりじゃないが、そう言う愚痴なら多少聞いてやっても良い…お前の言う通り、私はお人好しの様だからな。』

 

「…多くのものを守ると言う点ではお前の方が先輩か…」

 

『…そんな事は無い、私は失敗した身だ…』

 

「皮肉じゃないが…少なくとも私は誰一人あの戦いで生かす事は出来無いぞ…」

 

『…私だって苦肉の策だったさ…下手すれば私を含めて誰一人生き残れない可能性だってあったんだ…私は複数の戦士の命を使って…ギャンブルをやったのさ…指揮官としては最低だよ…』

 

「私が指揮官なら、作戦考えた奴の首を獲るがな。」

 

『…お前、テレーズ以上に組織に馴染めそうに無いものな…』

 

「あいつは従ってる振りしつつも…自分の実力を低く見せて、遊んでたぐらいだからな…」

 

『やりそうだな…』

 

 

 

「そろそろ切るぞ?夕飯が出来たらしいからな。」

 

『ん?そうか…悪いな、長々と…』

 

「良いさ、得る物もあった…」

 

『得る物?』

 

「友人が三人…と、言った所かな。」

 

『私は良いとしても、あいつらも友人と呼ぶのか、お前は…』

 

「踏み台にする予定の友人だがな…私はまだまだ強くならなければならない。」

 

『この世界で我々の様な者の力が必要だと?』

 

「今は比較的平和に見えるだろうが…何れ必ずまた必要になる、と私は思っているのさ。」

 

『…成程な、手が必要なら私たちにも声をかけろ、必ず行く。』

 

「その時は有難く声をかけよう…じゃあな。」



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#27

あれから…結局特に何事も起こらず半月程が過ぎた…

 

「まさか私がこんな仕事をする事になるとはな…」

 

「感慨に耽ってないで座ってくれないか?見ての通り片付けないといけない書類が多いんだ…」

 

ミリアが私の職場を同僚として訪れていた…

 

 

 

あの後、魔王一同とミリアたち三人の顔合わせは済んだ。私とテレーズ、オフィーリアという前例があった為、比較的スムーズに事は運んだ(最も、身分が堕天使預かりと言う事もあり多少揉めはしたが…)

 

そして迎えた今日…

 

「随分多いな…」

 

「早く慣れろよ?コレは寧ろ少ない方だ… 」

 

「……」

 

そこで口を閉じると奴はペンを取り、書類に向き直った。

 

 

駒王町で三人を迎え入れると決まった後、問題なのは三人にどういう生活をさせるかという事だった…

 

……昔なら私の様に賞金稼ぎも出来るが、今は駒王町に狩るべきはぐれ悪魔はほぼいない。比較的信用の得てる私はともかく、三人は基本的にまだ外部に出る事は許されなかった…つまり、この時点でハンターの道は閉ざされたわけだ…

 

戦闘でも一級クラスの実力を持つ私たちの様な者をただ遊ばせとく理由は無い…

 

最低でもその有り余った力を活かせる仕事を、とは…普通なる訳だが…

 

「…何か…質問はあるか?」

 

「…特にはな…いや…この字が読めんな…悪いが教えてくれないか…?」

 

「ん?どれだ?」

 

ミリアの場合…回転の頗る早い頭がある為、そちら方面の仕事が良いのでは無いか?と言う意見が出た。

 

……最もいくら回転が早いとは言え、まだこの世界の常識も浅いミリア…将来を見据えるにしろ、必然的にそう言うのを教える役が必要になって来る…

 

そこでこの仕事が回って来てしまった…

 

「しかし…良かったのか…?」

 

「ん…?何がだ…?」

 

「いや…私がこの仕事をしている事だよ…」

 

ヘレンは運送業務、デネブには建築の仕事が回って来た…両会社とも悪魔がトップに着いてるところとは言え、従業員の大半は人間である上、ミリアがおらず…その癖二人を別々にするのは非常に不安でしか無いのだが…その辺はさすがに二人を信じるとしようか…

 

「…少なくともオフィーリアは喜んでいたよ、毎日出なくても済むようになったからテレーズに長く着いてられる…とな。」

 

「…お前はどうなんだ?」

 

「ん…私か…?」

 

私は書き終えた書類を纏めて持ち、底をトントンと叩き、きっちり揃えられたのを確認して机に置く…次いで、自分の肩も軽く叩く…

 

「別に私は文句は無いさ…人が増えたお陰で、何かあったら私も仕事を代わって貰えるからな…最も、実際にそう出来るまでは教える事もそれなりにあるかも知れんが。」

 

「……」

 

「どうした?」

 

「いや…実際には迷惑をかけているんじゃないかと思ってな…」

 

「……多少、安心する言い方をしてやろうか?」

 

「ん…?」

 

「少なくとも、ヘレンやデネブ…比較的長い付き合いにはなったが…オフィーリア…こいつらよりはずっと気が楽だ…」

 

「…あの二人は仕方無いとして…オフィーリアも、か…?私の知っているあいつとは印象が明らかに異なるし、アレで真っ当に生きている様に見えたが…」

 

「想像着くだろ?確かに丸くなったが、あいつは基本的にトラブルメーカーなんだよ…本人にどの程度自覚が有るのかは知らんが…」

 

「そうなのか…」

 

「だからな…お前が同僚なら私も肩の荷が降りるんだよ…」

 

「……」

 

「さてと…書類は一段落したか?」

 

「ん…ここまでなら出来たが…」

 

「見せてみろ…んー…ま、ここまで出来てれば十分だろ、何も今日中に終わらす必要も無いしな…何ならこの後も続きをやるからな。」

 

「続き?この後何かやるのか?」

 

「ああ…フッ…そんなに身構えるな。大した事じゃない…学園の見回りに行くだけだよ。」

 

「見回りだと?」

 

「だから一々身構えるな。ほら?学園って言うのは学生や教師…それなりに大人数が共同で過ごす事になるだろ?その場合、特に何も無くても建物周りが傷んで来てな…」

 

「…成程な、その箇所を確認して回るのか。」

 

「そうだ、話が早くて助かるよ…要はその箇所を確認、メモして後で業者に修理を頼んだり、直せるなら自分で直すのも用務員の仕事でな…ま、習うより慣れろ、だ…行こうか?」



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#28

「…行事…じゃ、ないよな…何の騒ぎだ?」

 

「……」

 

今、私たちの目の前を見覚えのある二人の男子が走り抜け、その後ろを複数の女子が手に得物を持ち、二人を追いかけて行く、と言う…

 

「…ああ、すまん。うっかり説明を忘れていたよ…」

 

「いや…だから何なんだ?…いや、良い…移動しながら説明してくれ…この廊下は狭い…あいつらをあのままにしておいたら危ないだろ?早く止めた方が良いんじゃないか?」

 

「そうだな…順を追って説明するよ。」

 

私はミリアと共に、今連中が駆け上がって行った階段を登り始めた…

 

 

 

「……覗きに盗撮?」

 

「ああ…この学園では最早風物詩になっていてな…あの男子二人が常習犯で、女子たちが武器を持って追いかける…そういう事がほぼ毎日の様に起こっているんだ…」

 

「…私はこの世界に来たばかりだが「言いたい事は分かるさ、もちろん普通に犯罪で、本来なら罰せられる案件だ」…この学園はどうなっているんだ…?少なくとも退学にはなる筈だろう?」

 

「その辺は何処ぞのバカに言ってくれ…」

 

 

 

「…で、連中を捕まえるのが一番良いんだろうが…どうするんだ?」

 

「…一応、実力行使の方が楽では有るんだがな…」

 

「は?…いや、私たちの力は「あの二人、素の私たちの力では中々止められ無くてな」…だからと言って妖力解放する訳にも行かないだろう…」

 

「…やはりお前が同僚で助かったよ…」

 

「何だ、突然…?」

 

「…オフィーリアが正式にここで働く前…臨時で用務員をやった時にな…よりによってあの二人の内、片方の頭を殴ったらしくてな…」

 

「……どうなった?」

 

「……気絶した…しかも中々起きて来なかったそうでな…」

 

「……つまり正面からは止めにくい上、仮に決定打を与えられたとしても…奴らの実態は運動能力が飛躍的に高いだけの…普通に生身の人間だから何が起こるか分からない、か…」

 

本当にこいつ相手だと、一々話が早くて助かる…

 

「そういう事だ…面倒だろ?」

 

「…さすがにそのままにしてはいないだろう?お前は普段どうやって止めてるんだ?」

 

「廊下にトラップを仕掛ける…片付けの手間はかかるが、一番効果的だ…あいつらはな、こっちが物理的に攻撃を仕掛けても片っ端から躱して行く癖に、そう言うのは面白いくらい引っかかるからな。」

 

「……あいつらの行動パターンは分かってるんだろう?手伝おう、何処に仕掛けるんだ?」

 

本当にこいつが同僚になってくれて良かった…!

 

 

 

「「助けて~!」」

 

「「……」」

 

十五分後…私たちの目の前には天井からぶら下がるバカ二人がいた……そう言えば何気に新記録じゃないか?今まではこいつらとっ捕まえるのに三十分はかかってたからな…

 

「……天井に仕掛けろ…なんて言われた時は何の冗談かと思ったが…」

 

「言ったろ…?こいつら身体能力は異常な程高いんだ…テレーズやオフィーリアなんてこういうの面倒くさがるから苦労するらしいぞ?行動パターンは頭に入ってるから良く挟み撃ちにするらしいんだが…大体、壁や天井を走られて逃げられるそうだからな…」

 

私たちは同じ事をしようと思えば出来るが…何処から人間じゃない疑惑が出るか分からんからな…最も、そんな事言ったらここに人間離れした事を平気でやる純粋な人間が二人もいる訳だが…

 

「…さてと…そろそろ来るかな?」

 

「ん?何がだ?」

 

「こいつらのお迎えだよ。」

 

「どういう意味…成程な。」

 

しばらくしてこっちに走って来た女子たちを見てミリアも察したらしい…

 

「ついでだから自己紹介でもしておけ…大体何時もメンバーは一緒だから、良く顔を合わせる事になるしな。」

 

「…分かった…いや、名前をそのまま言っても良いのか?」

 

「フルネームじゃなくても別にあいつらは気にせんよ。」



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#29

「何と言うか…女子高生とは元気なものだな…」

 

「また、随分年寄り臭い発言だな。」

 

あの後、やって来た女子たちに新しく用務員になったと称してミリアを紹介したのだが…ミリアの場合、私やテレーズとも、オフィーリアとも明確に異なる点がある…それは基本的に笑顔を浮かべない、という事だ。

 

要するに良く言えばクールビューティ、悪く言えば愛想が無い…とパッと見はそう見える…ま、ヘレンやオフィーリアの様な奴が珍しいのであって、クレイモアはこういう奴が大半だ…テレーズは微笑を浮かべてるのがデフォなだけで性格は私と同じく、多少ぶっきらぼうな方だ…

 

とは言え、どちらかと言えばこの学園の女子の多くは、不思議と前者のイメージを抱く…そしてミリアの場合、ここで問題がある…ミリアはその見た目に反して人当たりが悪くないどころか、オフィーリア以上に面倒見が非常に良い方なのだ。

 

ま、早い話が女子たちにとてもミリアはモテたのだ…本人は普通の対応をしたつもりだったのに、その見た目に反したキャラのギャップに女子たちが完全にやられた。ほとんど揉みくちゃにされているが、怒鳴ったりもしないミリアに女子たちは更に調子に乗り始めた。途中からミリアは困った様な視線を私に送って来ていたが、私は無視していた…

 

「もっと…早く助けて欲しかったんだが…」

 

「あのな…これからもあいつらと会うんだぞ?自分であしらえる様にならないと毎回こうなるぞ?」

 

私も面白がっていたが、一向に女子が離れて行かないので結局私が割り込んだ…全く…お人好しも程々にして欲しいものだな…

 

「そうは言っても…どうしたら良いんだ…」

 

「言っておくが何時も私がいる訳じゃない…ローテーションはオフィーリアとも相談する事になるだろうがな。」

 

「……確かに一人で出来無くもないか…」

 

「基本、人手が足りないのは書類に関してだけだ。見回り自体は一人で出来る筈だし、あの二人を追うのは別問題だからな?」

 

そう話しながら私は自販機から出て来たスポーツドリンクを壁にもたれかかり、息を吐くミリアに投げ渡す。

 

「ほら。」

 

「おっと…」

 

……投げ渡してから気付いた。

 

「……別に馬鹿にしてる訳じゃないが、開け方は分かるか?」

 

「…そう言う風に思われても仕方無いからな、大丈夫だ、ちゃんと分かる。」

 

「そうか。」

 

 

 

「さて、そろそろ戻るか?もう授業も始まったし、生徒もいないだろう。」

 

「ああ…また書類か…」

 

「切り替える癖を付けた方が良いぞ?コレから毎回こういうのが日常になるからな?そもそも、本来はこうして休んでる場合じゃないんだ…何せ見回りは終わってないからな?新しい方の校舎だし、毎日やるほど傷みが酷い訳でも無いが、異常をきちんと確認しておかないと何か事故が起きてからでは遅いからな?」

 

「分かっているさ、明日からはきちんとやる。」

 

ミリアは早くこの仕事に慣れてもらう為今週一杯出ずっぱりだ…ちなみに今日を含めた二日間は私と、次の二日間はオフィーリアと出て貰う事になっている(実質最終日に当たる五日目は一人)

 

……私といる二日間は良いが、オフィーリアとの二日間は正直不安だ…この二人は今でも相性が良いとは思えないからな…(寧ろ最終日の方は全く心配していない、こいつなら自分で何とかするだろう…多分)



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#30

「…とまぁ、先ずは一日体験して貰ったが…どうだ?」

 

「…そうだな、少なくとも書類仕事そのものは問題無さそうだ。」

 

「…見回りについては結局全部回れなかったからな。」

 

「…悪かった…」

 

「ま、良いさ、重点的に回らないといけない場所なんかは明日改めて説明する…今週は私がいるのは明日が最後だからな、ちゃんと覚えてくれよ、なんて…お前に言わなくても何とかなるか…」

 

「…随分信頼してくれてるんだな…」

 

「…それもあるが…」

 

「ん?」

 

「…失礼を承知で言うが…正直、お前とオフィーリアが普通にコミュニケーション取れる気がしなくてな…」

 

「……」

 

「別に無理に譲歩しろとは言わんし、アレは間違い無くオフィーリアが悪い…ただ、これも仕事だからな…」

 

「…分かっているさ…」

 

「…どうしても嫌なら必要以上に話しかけなくても良い…最も、オフィーリアの方が話しかけて来るかもしれんがな…あいつはお喋りだからな…」

 

「…割り切るさ…昔の話…と、簡単に言える話じゃないがな。」

 

「…駒王町の地理は把握出来てるか?」

 

「ん…?何だいきなり…いや、まだそんなに詳しくは無いな…最近は色々忙しかったしな…」

 

「…この後時間あるか?」

 

「ん?特に予定は無いな…ヘレンとデネブとも特に約束はしていない。」

 

「…ま、二人の仕事はどう考えてもこっちよりハードだし、帰りも遅いだろうしな。」

 

「それで?私の予定を聞いてどうするんだ?」

 

「この後付き合えよ。」

 

「…まぁ構わないが…」

 

 

 

「ここは?」

 

「ショッピングモール…ま、要はいくつかの店が入ってる施設だよ。」

 

「…いや、それは分かるが…何でここに?」

 

「…お前、今日書類の字が読めなくて私に聞いて来たろう?」

 

「そうだな…」

 

「ひらがな、カタカナは問題無く読めるんだろう?なら辞書が使える。」

 

「…ああ、辞書か。」

 

「その知識はあるのか?」

 

向こうにも似た様な物は有りそうだけどな…

 

「まぁ…持ってはいないがな…」

 

「…意外だな、アザゼルはその辺しっかりしてそうだが…」

 

「さっきもチラッと言ったが、私もアザゼルも忙しくてな…」

 

「…ま、これから本屋に案内してやるよ…買っておくとこれから色々便利だぞ?…オフィーリアに聞く、なんて事もしなくて良いしな。」

 

「…気を使わせてしまったか。」

 

「気にするな、これからは同僚だ。…貸しだと思うなら、これから返すチャンスなんていくらでもあるさ…ああ、もちろん戦う事以外でな。」

 

「…私にも戦うなと?」

 

「何かあった時力を貸して欲しい、なんて事を言っておいてアレだがな…私たちの力なんてこの世界では普段は過剰過ぎるんだ…最もいざって時に必要とも言える…この世界には人間以外の種族が多い…今でこそ三大勢力が休戦協定なんてものを結んでるが、あくまで上が決めただけだ…若手が守るかは怪しいんだよ。」

 

この世界は本当に危ういバランスで成り立っている…何時何が起きても不思議は無い。

 

「…少なくとも、私はお前らに味方するさ。」

 

「……私はまだ何か起きるなんて言ってないぞ?」

 

「…お前が考えてるのは戦争の可能性だろう?」

 

「…悪魔も若手は…血の気の多い奴が結構いるらしくてな…」

 

「…アザゼルも頭を抱えているよ…堕天使も下が相当纏まりが無いらしくてな…」

 

「…上に立つ奴と懇意にしていると…お互い、余計な事まで聞いてしまうな…」

 

…と、こんな話をする為に来たんじゃなかったな…

 

「悪い、脱線したな…さっさと本屋に寄って帰ろう。」

 

「ああ、案内を頼む。」



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#31

「…国語辞典や漢和辞典はまだ分かるとして、何でまた英和辞典や和英辞典まで買ったんだ?」

 

「いけないのか?」

 

「……いや、すまなかった…これは私の説明不足だな…」

 

そうだな、普通そこら辺を説明しないといけないよな…

 

「…日本語はこの世界でもかなり難しい言語の一つと言われていてな…漢字一つでも複数の意味を持つ事も珍しくないんだが、その癖時代と共にその意味も変わって行く傾向にある…具体的に言えば消えたり、逆に増えたりする…ただ、基本的に英語は昔から特別そこまでの変化は無いんだよ……う~ん…何と言えば良いかな…要は…」

 

「…そこまで言えば分かるさ。要するに時代と共に変化するこの国の言葉を学びたいなら辞書は最新の物を求めるのが普通だが、英語は昔から特別そこまで変化が無いから新しい物でなくても問題は無い…つまり中古で良かったんだ、と言いたいんだろう?」

 

本当にこいつは頭の回転が早いな…

 

「ああ…そういう事だ、悪かったな…先に説明しておくべきだった…」

 

「それなら寧ろ聞かなかった私の落ち度だ。お前が気にする事は無い…ま、現状の生活費を渡しているアザゼルには申し訳無くなるがな…」

 

「…アザゼルに関してそこまで気にする事は無い、寧ろもっと金を寄越せと言っても良いぐらいだと思うぞ? …とか言ってもどうせお前は気にするんだろうが。」

 

「…給料が入るのはまだ先だ…そこまで面の皮は厚くなくてね…」

 

アザゼルの場合、美女の助けになるならある程度打算抜きで、立場なんて簡単にゴミの様に捨てるバカだからな…とまぁ、そう言う事情は今は置いておいてだ、ミリアは今現状立場的には私よりも色々複雑な立ち位置にある…

 

身分は本来堕天使預かりなのに、悪魔たちにとって重要な場所である駒王学園で働いているのは内容だけ見れば堕天使側から差し出された人質の様なものだ…少なくとも裏の事情を知らない者が聞けばそう判断するだろう…今は協定が生きているから友好の証、と言う建前で体良く利用されている、とも取れる…ただ…

 

「お前は身分は堕天使預かりなんだ、頼れる分は大いに頼ったら良い…今回の仕事だってずっと出来るかは分からないんだからな…」

 

実態は単に悪魔が運営に関わってる場所でたまたま堕天使側の者が雇われているだけで、特別深い意味など何も無いのだ…ミリアたちに人質としての価値はそもそも無いし、何ならミリアは何時でも仕事を辞めていいし、こちら側もクビにするならしても良い…それで協定が崩れる事は有り得ないのだ…

 

「…分かっているさ。」

 

…と言う話を特別ミリアにはしてないが、こいつならそれぐらいは私以上に深く理解してそうだな…



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#32

話をしたまま何となく流れで私はミリアたちの住んでいる部屋に(ま、こいつらと私たちの住んでいる部屋は同じマンションの同じフロアなんだが)

 

「そう言えば…お前は和平条約と言わないんだな?」

 

私はミリアの出した茶を少し啜ってから答えた。

 

「…確かに三勢力のトップが結んだのは和平条約だ…だが、どうせ若手は守らん。すぐに破られる様な物を条約とは言わん。」

 

「この均衡は長く続かない、という事か…」

 

「今のトップが健在の間は持つ…ならまだ良いんだがな…」

 

「そんなに短いか…」

 

既に意図を理解しているのだろうミリアがそう零す。

 

「三種族とも長命種、と言うか何も無ければ実質不老不死だがどうせ世代交代はあるからな…そうでなくても遠くないうちに何か起きるだろう…と、私は思っている。」

 

「…それはお前の言うところの"原作知識"とやらか?」

 

「……私はもう忘れているよ、これは単純に私の勘だ。」

 

また茶を啜る…

 

「…ちなみに真っ先に問題起こしそうなのは…堕天使だな。」

 

「…そうなのか?」

 

「堕天使の若手は自分の事を何て言うか知ってるか?「至高の堕天使」だぞ?」

 

「それはまた滑稽だな…」

 

「ん?何がだ?」

 

「所詮、堕(落)ちたから堕天使なのだろう?」

 

その言葉に私は自然と笑いが込み上げていた。

 

「ククク…確かにな…堕ちたから堕天使、なんだよな……ま、とにかくだ…あいつらプライドだけなら三種族一なんだよ…とは言え悪魔もプライドばかり高くて身の程知らずの若手が多いからそこばかり言えんがな…」

 

最も大言壮語を吐くだけあり、戦士としては恐らくクレイモアの基準で二流クラス程度の実力を持つ奴ならそれなりにいる…堕天使も然りだが。

 

「天使はどうなんだ?」

 

「知らん。私は天使と交流は無いよ、そもそも嫌いだしな。」

 

「…揉めたんだな、その様子だと。」

 

「あいつら口調は丁寧でも、自分たちに都合の良い嘘を平気で吐く上、正当化する癖に他者からの言葉は正論すら許さない連中だよ…そもそも人間はまだしも、他種族を排斥したがっているしな。」

 

「…それなら戦端を開くのは天界勢力なんじゃないのか?」

 

「それは無い、あいつらは向こうから攻めてきたって言う大義名分が無ければやらん。」

 

「面倒な話だな…」

 

「だから堕天する連中は多い。敬虔な信徒の人間を集めて、天使に転生させたりさせてるが焼け石に水だ…そもそも崇めるべき神もどうせもういないんだ…今はリアスの眷属になっているゼノヴィアもそれを知って天使から転生して来たクチだからな…」

 

「このままだと天使は自然消滅が関の山か?」

 

「さて、そうとも言えんな…現トップのミカエルは詐欺師の様だからな…集める為の謳い文句を考えるのは得意の様だ…残念だが集めた連中を纏めあげるだけの器は無い様だが。」

 

「そんなに酷いのか?」

 

「堕天使を抑える奴がいなければすぐにでも揉め事起こして、悪魔そっちのけで攻め入ろうとする動きが生まれるだろう…と、言うくらいには…はっきり言って人望が無い。」

 

「仮に堕天使とやり合ったとして…勝てるのか?」

 

「…私の意見で良いのか?アザゼルに聞く方が正確だぞ?」

 

「一応聞かせてくれ。」

 

「…なら私の意見だが…ま、勝てないだろうな…天使が。」

 

「そうなのか?」

 

「確か…絶対数も堕天使の方が多い筈だからな…そうでなくても天使の若手なんて所詮は元人間…どっちが強いかなど明白だ…そもそも信仰を力にしてる奴なんて結局メンタルが弱い。捧げるべき対象がいない事を知ればすぐにでも堕天するぞ…やらないのが吉だ。」

 

そこで私は時計を見る… ん?

 

「…つい話し込んでしまったな、そろそろ帰る。」

 

「ん?ああ…もうこんな時間か…じゃあな、黒歌たちに宜しく伝えてくれ。」

 

「ああ。」



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#33

翌日…若干の不安はあったものの、いざ仕事を始めてみれば…

 

「……」

 

向かいに座るミリアをチラ見する…黙々と書類に向かってペンを動かす姿を見る限り、少なくとも問題は何も無さそうだ。時折やはり読めない漢字があるのか手が止まる事はあるものの、きちんと昨日購入した辞書を見ながら書類に書き付けて行く…この分なら後は仕上がりを見れば良いだろう…私は視線を自分の書類に落とした。

 

 

 

 

「…そろそろ見回りに行かなくて良いのか?」

 

ミリアにそう言われ、時計を見る…かなり集中していた様だ…

 

「そうだな、そろそろ行かないとならんな…」

 

そう言って腰を上げ…あ…

 

「今更だが一緒に回っても能率が悪い。地図を渡すから、二手に別れないか?」

 

「…私はまだ二日目だが?」

 

「お前なら出来るさ…オフィーリアだってそれくらいは出来てたしな。」

 

「……微妙な信頼のされ方だな…大体、私は奴の事は苦手だが、アレで仕事は出来る方だと思うんだが…」

 

 

 

用務員室を出る…

 

「何か聞きたい事があったら携帯に連絡をくれ…あー…今からだと休み時間に被って来るからまた女子が寄って「分かってるさ、昨日の様な失敗はしない」なら、良い。」

 

 

 

しばらく校内を回り、そろそろ授業が終わるな…と、思った辺りで携帯が振動する…ミリアからだ。

 

「…どうした?」

 

『例の男子二人を発見した…』

 

そこで私は首を傾げる…今はまだ授業時間だ、さすがに覗かれたからと言って授業すっぽかしてまで追いかける事は無いと思うんだが…

 

「…何処でだ?」

 

『屋上。』

 

「……特に問題を起こしてないなら私たちの出番は無いぞ?授業をサボってる事に関しては私たちの管轄外だ、後で報告はしなきゃならんだろうが。」

 

『いや…一人が見張りをしつつ、もう一人は屋上の柵から宙吊りになっている様だ。』

 

…少し考えただけでその行動の意味が見えて来る…やれやれ…とんでもない事をするものだ…

 

「そういう事か…全く、たかが覗きにそこまで命を賭けるか…」

 

もちろん、やられる側はたまったものじゃないだろうが。

 

『さすがに捕まえた方が良いんだろうが、下手に声かけて落ちられても困るだろう?』

 

「そうだな…う~ん…ちょっと待っててくれ、電話は繋げたままで良い。」

 

『分かった。』

 

 

 

私は校舎の影からそいつの姿を伺う…

 

「……事前に更衣室の窓の鍵を開けたは良いが、開けるのに手間取っているか…」

 

そこにはロープで宙吊りになりながら、手をバタつかせるバカがいた…

 

「なまじ、私が毎回吊るすから慣れてしまったのかね…」

 

さて、いつまでも見ていても仕方無い。とっとと捕まえなくてはならんな…

 

「…ミリア、そっちはどうだ?」

 

『…向こうはこっちに気付いてはいない。何時でも捕まえるのは可能だろう。』

 

「…こっちもバカを見付けた…私の合図でお前も動け…どっちかを捕まえれば何だかんだ仲間意識はある様だから、片方は大人しくなるだろうよ。」

 

『分かった…』

 

「そう緊張するな、あいつら丈夫だから妖力解放さえしなければ腹とかに蹴り入れた程度じゃ死なんしな。」

 

『そう言われてもな、加減するのは中々難しいんだ…』

 

「…そっちの奴は地に足付けてるからまだ楽だろう?こっちは宙吊りだぞ?しくじったら面倒な事にはなる…」

 

全く仕事を増やしてくれる…この後はサーゼクスには報告するが、さすがに停学にぐらいはしてくれないとやってられん…

 

「ほら、行くぞ?…3…2…1…行け!」

 

携帯を地面に置き、妖力解放しながら跳ぶ!

 

「!…テレサさん!?」

 

「……」

 

宙吊りになってるそいつの足に抱き着き、手刀でロープを切る…!

 

「うわぁ!?」

 

「っ!」

 

落ちる際にそいつの体勢を変え、地面に着地する!

 

「…ふぅ。」

 

「あわわわわ…!」

 

図らずも横抱きの状態になってるそいつの首筋を叩き、意識を奪う…

 

「やれやれ…」

 

そいつを地面に下ろすと携帯の置いている所まで戻る…

 

「…ミリア。」

 

『こっちも捕まえた。…気絶させてしまったが、構わないか?』

 

……さすがだな。

 

「目立った怪我が無いなら別に良い、ちょうど地図に載ってるだろ?保健室までそいつを運んでくれ…私もすぐに行く。」

 

電話を切り、意識を失ってるバカの所まで戻る事にした。



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#34

ノックをする間も惜しみ、保健室のドアを開け放つ…突然入って来た女性二人がそれぞれ男子生徒を抱えていたせいか、顔に驚きを浮かべる保健医に口を開く…(そう言えば…この女は私は一応顔見知りではあるが、ここで会うのは初めてだな…)

 

「…ベッドは空いてますか?」

 

「え…?ええ、空いてますが…一体何が「すみませんがまだ話せません」いや…さすがに納得出来無いん「良いから!取り敢えずサ…理事長を呼んで貰えますか?」だから何が…!」

 

中々動かない目の前の女にイラついて来る…何とか他の生徒に見られずに済んだのにこのまま騒ぎになったらどうするんだ…!

 

「そうカッカするな、テレサ。…すみません、実はこの二人がちょっと危険行為をしてまして…普通に声をかけてもかえって危ないので、止むを得ず気絶させた次第でして…申し訳ありませんが…内容が内容なので理事長を呼んで貰えませんか?」

 

見兼ねたミリアがそう言うと、やっと事態を把握した保健医が出て行く…やれやれ…

 

「…すまん。」

 

「…良い、あのままお前が怒鳴っていたりしたら更に面倒な事にはなっていただろうからな…」

 

 

 

二人をベッドの上に寝かせ(正直、同じベッドで良いんじゃないかと思ったが…さすがに分けた…)一息吐く…あ…

 

「今更だが…二人の紹介をしてなかったな。」

 

「…要るのか?普通に考えたら…退学コースだと思うが…」

 

「賭けても良いが、どうせサーゼクスは退学にしない。」

 

「……本当にどうなってるんだ…?この学園は…」

 

「…その辺は今から来るだろうバカに言ってくれ…ま、とにかくだ…私が運んでいた坊主頭が松田で、お前が運んでいた眼鏡をかけた男子が元浜だ…名前は良いよな?」

 

ま、実は私も苗字しか把握してなかったりするがな…

 

「ああ。」

 

 

 

しばらくして、保健室にノックの音が響く…

 

「私が行こう…お前は二人の様子を見ててくれ。」

 

「分かった。」

 

ミリアに声をかけ、ドアの方に向かう。

 

「…誰だ?」

 

言ってから一応敬語を使うべきだったかと気付くが…ま、良いだろう…

 

「私ですよ、理事長を連れて来ました。」

 

私はドアを開けた…保健医の後ろに続いてサーゼクスが入って来る。

 

「…取り敢えず何があったのか聞かせて貰えるかな?」

 

「あー…」

 

私は保健医の方に一瞬視線を向け、サーゼクスに戻す。

 

「…成程…すみませんが一旦席を外して貰えますか?」

 

「え?ですが「何かあったらお呼びしますから」…はい。」

 

サーゼクスに言われ、渋々その女が出て行く…

 

「…さて、事情を聞かせて貰えるかな?」

 

 

 

「…そう言う話か。」

 

サーゼクスが顔を顰めて、額を押さえる…私からしたら普段からこの二人に仕事を増やされてるんだから大いに悩んで欲しいところだな。

 

「…ま、どうせお前は退学にはしないだろうが「いや、今回はさすがに検討させて貰うよ。覗きであるとか言う前に危険行為だからね」…そう言って結局した試しが無いがな。そもそもの話…今回に限らず、こいつらと女子が展開する普段の追いかけっこ自体が既に危険行為なんだよ。被害者である女子たちはまだ擁護出来るが、逃げ切る為にどんな手でも平気で使うこいつらはあまりにもタチが悪い…関係の無い生徒まで巻き込まれるしな…」

 

「私にも言わせてくれ…どうしてこんな奴らを野放しにしてるんだ?」

 

「…耳が痛いね「それで済ます気か?そろそろ殴るぞ」…勘弁して欲しいね…」

 

「大体、ここは元は女子校だった筈だ…何を思って共学にしたのか問い詰めたいところだ…五時間くらいは。」

 

「……そんなにかい?」

 

「私もミリアも…もちろんオフィーリアもテレーズもだが、こんな奴らをとっ捕まえる為に用務員なんてやってるんじゃないんだよ。こいつら追っかけてると見回りは終わらないし、書類も貯まる一方だ…酷い時だと休日出勤してるんだが?…ま、お前はもっと忙しいんだから、そこら辺はあまり言うつもりも無いが。」

 

「……」

 

「…今回は私からはこれくらいにしておく。ミリア、お前は何か言いたい事はあるか?」

 

「…いや、良い。」

 

「…そうか。…サーゼクス、私たちはこれで失礼する…こいつらの処遇が決まったら一応教えてくれ。」



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#35

「…ま、予定外の出来事はあったが…大丈夫か?」

 

「ああ、特に問題は無い。」

 

「…なら、続きと行こう…特に何も無ければ昼までには切り上げて、用務員室に戻ってくれていいからな。」

 

「分かった。」

 

 

 

十二時を少し回った頃に顔に若干疲れの滲み出たミリアが部屋に入って来る…

 

「…遅かったな、何かあったか?」

 

「…いや、女子生徒をあしらうのに少々苦労してな…」

 

「…そうか…早目に慣れろよ?」

 

「分かっている…」

 

そう言って自分のバックから弁当の包みを出して来て広げる(何気にデネブと交代でしっかり家事をこなしているらしい…)ミリアに私は告げる。

 

「…お前、忘れてるだろ?」

 

「何がだ?」

 

「…通常の休み時間に来る頻度こそ減ったが、昼は無条件で女子が来るんだぞ?」

 

「あ…」

 

「昨日もお前、それで苦労してただろ。」

 

「……」

 

「ま、とにかく慣れろ。これから先ずっとこうだからな…この仕事を続ける以上は。」

 

「……ああ。」

 

 

 

ミリアは別にコミュニケーション能力に問題がある訳じゃない。寧ろ私よりずっと社交的な方だ…ただ、律儀に誰の相手でもするから…毎回、無駄な疲労をする羽目になる…

 

「…大丈夫か?」

 

「ああ…」

 

女子と話が弾むのは良い、私と違って初めから純粋な女性だった事もあり、話はしやすいだろう。オフィーリア以上に面倒見が良いから慕われるのも分かる…ただな…

 

「次からは時計を持ち歩け、それから時折確認する癖を着けろ…私が言わなかったらあいつら午後の授業に遅刻してたぞ?」

 

ま、私が声をかけた時点でギリギリだったがな…

 

「…すまなかった。」

 

「…深刻な相談でも無い限りはキリの良いところで多少強引にでも切り上げるべきだ…ま、本気の内容ならあまり褒められた方法じゃないが、休みの日にでもお前の裁量で自分たちの部屋に招くのも手だ。」

 

「…お前はやった事があるのか?」

 

「…今の所無い。…と言うか、私がそんなに面倒見の良い奴に見えるか?」

 

「いや…」

 

「ちなみにオフィーリアは面倒見は良いが、招いた事は無い筈だ…多分な。」

 

「…呼んだら分かるのか?いくら隣とは言え…」

 

「…あいつの場合、女子生徒なら食うからな。」

 

「……テレーズがいるのにか?」

 

「そういう奴だよ、あいつは…ま、問題にならないレベルなら好きにしろと私は思っているが。あのマンションは防音もしっかりしてる様だしな。」

 

「……」

 

「さて、書類の進み具合はどうだ?」

 

「ここまで終わった…」

 

「見せてみろ…ま、ここまでなら良いだろ。今日はもう切り上げよう。」

 

「良いのか?まだ午後の授業すら済んでないが…」

 

「問題無い、元々ある程度はこっちの好きにして良い事になっている…もちろん、最低限仕事をしているのが条件だが。」

 

クレイモアの中でも半覚醒者は人間とそれほど変わらないレベルで飯を食う。そして昼飯を食った今ぐらいの時間は眠くなりこそしないが、効率は落ちる…進まない時は進まないからさっさと止めて明日に回した方がマシだ……断じて私がサボりたい訳では無い…

 

「…明日からは私は着かないが、仕事の流れは頭に入ったか?」

 

「大体はな…」

 

「…気が進まないだろうが今日の様にイレギュラーがあれば必ずオフィーリアに言え。ま、自分でどうにかなるなら構わないがな…」

 

「分かっている…仕事だからな、私情は挟まない…」

 

「そうか…なら、帰るとしよう。」



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#36

平日突然休みを入れたところで他の面子はそれぞれ学業に仕事がある…なので私は必然的に家でゴロゴロする事になる訳だ(隣にテレーズはいる筈だが、特に用が無いのに部屋に行こうものなら、今の状態のあいつだとキレさせかねない…飯ぐらいは誘うかも知れないが)

 

「……」

 

ソファに横になりながら、ミリアとモールの本屋に行った時についでに買った本の文字を目で追う…推理物だ…私は犯人を予想するのが決して得意な方では無いが、無心で話を読んで行く分には特に問題は無い…時間も潰せるしな。

 

「…ほう。」

 

思わず声が出た…最近の作家に詳しくないので今まで読む事が無かったが、悪くは無い…解答編の前から既に内容が変則的なので、疲れてる時に読みたくは無いが今日くらいの調子なら特に問題無く読める…ん?

 

「誰からだ…?」

 

私の携帯が鳴っている…取り敢えず本に付いてきた栞を挟む…閉じたときに帯紙が目に入った…映画化するのか…クレアやアーシアが好む作品だとは思えないが、黒歌たち三人の内、誰かを連れて観に行くのも良いかも知れんな…などと考えながら携帯に表示されてる名前を見れば…

 

「…ミリア?」

 

携帯に表示されてる時間を見れば午前十時を過ぎたところ…さすがに音を上げるのが早過ぎないか?

 

「もしもし?…何かあったのか?」

 

「…テレサか?」

 

出てみれば妙に疲れた声のミリア…どうしたと言うんだ、一体…

 

「どうした?さすがに疲れるには早過ぎるぞ?」

 

「……それは分かっている…ただ、オフィーリアが、な…」

 

……成程。

 

「大体分かった…取り敢えずアドバイスするなら…一々あいつの挑発に乗らない事だ…お前も分かってる通り、そう簡単にあいつと決着を着ける機会など来ない…からかいに反応すればする程、オフィーリアが嬉々としてお前を弄りに来るし、ストレスが溜まる一方だぞ?」

 

「……分かっているが、どうにもな…」

 

「…相手をキレさせる事には天才的だからな、あいつは…」

 

その癖、キレて向かって来た相手を返り討ちに出来る実力は有るからタチが悪い…

 

「…で?電話出来てるって事は見回りの最中か?」

 

「ああ、私一人でな…」

 

「…オフィーリアがいなくて逆に大丈夫か?」

 

「三日目だぞ?いい加減対応の仕方も学んださ…女子をあしらうだけで済むから本当に楽だな…オフィーリアとも顔を合わせずに済むしな。」

 

「あいつらは無期停だ、本当に楽だろうよ。」

 

あのバカ二人にサーゼクスがようやく罰を付けた…昨夜連絡して来たが、その時散々説教してやった。

 

……そもそもまともな処分を付けるのが遅いし、あれだけの事をしたのだ…本来は退学でも良いくらいの処置だろうよ…

 

「女子の相手が面倒ならオフィーリアに押し付けろ。はっきり言って、私やテレーズより適任だ。」

 

「そうなのか?」

 

「アレでも面倒見が良いのさ、あいつは…」

 

それから二、三適当に雑談をして電話を切る…やれやれ…ま、この程度ならトラブルの内に入らんから別に良いが。

 

「続きを読むか…」

 

 

 

 

「…別に飯など作らなくても良いんだぞ…?」

 

「馬鹿を言うな、今のお前を下手に放置したら私が黒歌やオフィーリアに殺されるよ…」

 

「……」

 

 

 

昼時…テレーズとオフィーリアの部屋のインターホンを押し、ノックもしたが返事が無く、今のテレーズが出かける訳は無いから確認の為に合鍵で中に入ると……また体調を崩したのかソファに横になるテレーズがいた。私の姿が目に入ったのか、ノロノロと身体を起こす…

 

「……何か用か…?」

 

こころなしか顔色も悪い…全く…やれやれだな…

 

 

 

「私が部屋にいたのは分かっていただろう?体調が悪いなら連絡ぐらい寄越せ。」

 

「…横になっていれば問題無かったんだ…」

 

「…ま、とにかくこの通り飯は用意した…私は作ってる最中に済ませたし、お前はとっとと食って寝ろ…何か問題が起きたら今度こそ電話しろよ?…ま、夕方ならオフィーリアが帰って来るだろうから私の手など必要無いだろうがな。」

 

「…ああ…世話になった。」

 

「お前には借りが有るし、気にするな…じゃ、私は帰るからな?養生しろよ。」



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#37

『そう、悪いわね…何か押し付けちゃったみたいで…』

 

「お前からそんな殊勝な言葉が聞けるとはな…」

 

部屋に戻ってから、一応テレーズの状態についてどれだけ把握してるのか確認する為にオフィーリアに電話する…

 

「その様子だと、特に深刻な状態だとは思ってなかったのか…?」

 

『…ええ、少なくとも私が家を出る時は普通だったわよ。』

 

「そうか。ま、私が言う事でも無いだろうが、家に帰ったら一応気を使ってやれ。」

 

『…朝は無理してたのかもしれないしね。忠告は有り難く受け取るわ。』

 

「…ついでになるが、あまりミリアをからかうなよ?」

 

『…その様子だと、彼女から何か聞いたのかしら?』

 

「さてね…とは言え、お前がちょっかい出すのは容易に想像が着くからな。」

 

『善処するわ「そこは何もしないと断言しろよ」だってねぇ…貴女やテレーズより反応が良いんですもの。』

 

「問題起こしてクビになったらさすがに恥ずかしいぞ?」

 

『…私もそろそろ長いものね…分かったわ、さすがに気を付ける…』

 

「なら、良い…じゃあな。」

 

『え…?ちょっと待って。』

 

「…何だ?何か用なのか?」

 

『いや…今あの子いないんだけど…正直会話弾まなくて…』

 

「…だからってからかうのは止めろ。あいつは真面目だし、まだお前との掛け合いに慣れて無いんだ。」

 

『分かったわよ…ねぇ…でも、一つ聞かせてくれる?』

 

「何だ?」

 

『…貴女はあの子の性格大体知ってるんでしょ?私はどう接したら良い…?』

 

こう聞いてくると言う事はこいつになりにあの事を気にしている、と言う事だろうか…?

 

「…あいつには誠実に接すれば良い…それならいくら因縁のあるお前相手でも邪険にはしない…あいつは歩み寄る努力をしてる奴をそういう風には扱えない…何せ、お人好しだからな。」

 

『そう…分かったわ…何とかやってみる。』

 

そう言ったオフィーリアが電話を切る…やれやれ…本当は余計な事しない方が円滑に進むと言ってやるべきだっただろうか…?何となく二人が噛み合わないまま終わりそうな気がするんだよな…

 

「…ま、どっちか…或いは両方かもしれんが相談に来たら受けてやるか…私が言った事の責任は取るべきだろうしな…」

 

休日なのに要らん苦労を背負い込む事になったのを認識し、私は溜め息を吐いた…

 

 

 

外に干した洗濯物を取り込み、タンスに詰め込む…食事を作らない上、今日は一人で休みなんだからこれぐらいはやらんとならん…やれやれ…後は掃除か…?これなら午前中にやっておくべきだったか…?今からやるのは非常に面倒臭いな…

 

「仕方無い、か。」

 

私は掃除機の電源を入れる…あいつらが帰って来る前に終わると良いんだがな…



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#38

結局真面目に掃除をしようとしていた私はある事を思い出し、手早く終わらせた…

 

実は普段から週の何処かで休みの取れた奴が率先して掃除を含む家事をやっているのだ。割と綺麗好きな黒歌はもちろん元々比較的真面目な朱乃…更に言えば、ズボラそうなセラフォルーまで一人であってもきちんとやるらしい…色々釈然としないが、クレアやアーシアは言うまでも無い(と言うかクレアは私と二人で暮らしていた頃から普通に一人でこなしていた)

 

……要はだ、今私が真面目にやらなくても部屋はそれなりに綺麗なのだ…そうでなくても平日の日中は部屋に誰もいないのだからそもそも大して汚れない。

 

つまりここで私がサボっても何の問題も無い訳だ。…そう考えたら一気にやる気が無くなった。

 

「……寝るか。」

 

帰って来るのが不規則になりやすいセラフォルーと違い、学生組と黒歌は後二時間程で帰って来るだろう…それまでは寝る(夕食?基本的に飯を用意するのは私では無い)

 

実際口に出してみると名案に思えたそれを実行する為、掃除機を片付けた私は自分の部屋に来るとベッドに寝転がった…

 

 

 

「テレサー…起きてー…」

 

「ん…」

 

クレアの声が聞こえる気がする…

 

「起きてー…もう夕方だよー?」

 

「ん…むぅ…後一時間…」

 

正直…もう少しこの微睡みの中にいたい…

 

「いや長いってば…」

 

「珍しいですよね、テレサさんがこんなに寝起き悪いなんて…」

 

「…私と二人で暮らしてた時はたまにあったけど…」

 

「案外、色々あって余り寝られてないのかもしれません…出来れば寝かせておきたいですけどね…」

 

「でも…お客さん来てるし…ご飯も冷めちゃうよ…」

 

「……客…?」

 

私は目を開ける…目の前にクレアとアーシアの顔があった…

 

「あ、良かった…テレサ、お客さん来てるよ?」

 

私が上体を起こすのに合わせ、私の顔を覗き込んでいたクレアとアーシアが退ける…頭の後ろを書きながら欠伸をした。

 

「…わざわざ起こしに来てくれたのか…すまなかったな…で、客とは誰だ…?」

 

「ミリアさんと、オフィーリアさんです。」

 

「……何だ…あいつらか…」

 

私は起こしていた身体を戻すと目を閉じる…

 

「いやいや寝ないでってば。」

 

「…あいつらならそこまで気を使う事も無い…三十分ぐらいなら待たしても良いだろう…」

 

「わざわざ来てくれてるんですから待たしちゃダメですよ…大体、もう夕食出来てますから…」

 

「…むぅ…そうか…分かったよ、なら起きる…」

 

再び上体を起こし、ベッドから立ち上がろうとする私をアーシアが止める…

 

「待ってください…そのまま行くんですか?」

 

「どういう意味だ…?飯が出来てるし、二人が待っているんだろう…?」

 

「だってテレサ…髪、寝癖だらけだよ?」

 

「別に良いだろ…」

 

「ダメですよ。…クレアちゃん、私が直しますから先に行ってて貰って良いですか?」

 

「うん、分かった。」

 

クレアが部屋を出て行く…

 

「…アーシアも行って良いぞ?寝癖ぐらい自分で「後ろががっつり跳ねてますし、自分ではさすがに難しいと思いますよ?」…ハァ…分かったよ、なら、頼む…」

 

「はい。」

 

アーシアが何時も持ち歩いてるのか知らんが、ポケットから櫛を取り出して私に後ろを向くように促す…ふむ…

 

「…アーシア。」

 

「何ですか?」

 

「…日本語、上手くなったな。」

 

「……大体話せるようになってもう結構経つんですけど…ありがとうございます…」



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#39

「テレサさんの髪って、綺麗ですよね。」

 

「…お前の髪の方が綺麗だろうよ。そもそも私の髪は半人半妖としての体質故か、形が崩れにくいってだけさ。…癖は多少、着いてしまうがな。」

 

そう、私たちは単に身体に変化がほとんど無いってだけなのだ。この髪も自然に抜ける事こそほぼ無いが、短くなる様にバッサリ切ってしまえば基本的にもう生えては来ない……最も、完全覚醒でもしていれば話はまた別になるだろうがな。

 

「もう…褒めてるんだから素直に受け取ってください。」

 

……アーシアの不満そうな声が後ろから聞こえて来て、私はやらかした事に気付いた…

 

「…あー…すまんな、どうにも私は昔からひねくれていてね。」

 

「いえ、良いです…はい、終わりましたよ?」

 

「…ん?もう終わったのか?中々手際が良いじゃないか。」

 

「テレサさんの髪って、癖が着く割にごわついてる訳じゃないので結構櫛を通すの楽なんですよ。」

 

「そうか…ま、ありがとう。コレで下に降りれる…」

 

「そうですね、行きましょうか。」

 

 

 

「…お前らが二人していきなり来るから何事かと思えば…単に飯を食いに来ただけとはな…」

 

「何か不満?私は黒歌から誘われたから来ただけよ?…ついでに、帰っても暇だって言うからミリアを連れて来ただけ。」

 

「別に不満は無いがな…」

 

最も、特段私に用が無いなら…私は寝てれば良かったな、とか思ってもしまうのだ…ま、もう飯が出来てるのに寝たいから食わないとか言って、今日料理を担当した黒歌をキレさせるのは間違い無く悪手なので起きるしか無いのだが。

 

「…と言うか、読んでた本くらい片付けなさいよ。ソファに置いてあったの気付かなくて上に座っちゃったじゃない。」

 

「…ん?別に破れたりとかしてなければ私は構わないぞ。」

 

「構わないとかじゃなくて…てかこの場合、それで破れて読めなくなってもほぼあんたの責任だと思うけどね。」

 

「だから私も責めないと言ってる。」

 

興味深い題材ではあるが、特別思い入れの深い作品であったりはしない。本が駄目になったのならそれはそれで諦めは着くし、何ならまだ本屋に行けば追加で手に入る…その程度では今更別に懐も痛まん。

 

「……ちなみにそこでミリアが黙々と件の本読み耽ってるのは別に良いのかしら?」

 

「…ん?ああ、構わない。私はさっきまで眠気に負けて寝てたくらいだ…今読んでもどうせ頭に入らんし、何なら…ミリアがどうしても読みたいと言うならしばらく貸してやっても良い。」

 

「……あんたって結構ミリアに甘かったりしない?」

 

「何でそうなる…別にこれくらいは普通だろ…つか、一番お人好しなのはそこに居るミリア自身だしな。」

 

「…ん…?今私の事を話していたのか…?」

 

「……気にしなくて良い。それより、お前はそろそろ部屋に戻らなくて良いのか?ヘレンとデネブが帰って来るぞ?」

「…こんなに時間が経っていたのか…ああ、そろそろお暇する…テレサ、本を返そ「いや、良い。それくらい貸してやるから読み終わったら返しに来い」…良いのか?」

 

「…ハマったんだろう?私は飽きっぽいからそう言うジャンルはお前みたいに一気に読めないし、この後惜しくなったりは別にしない。」

 

「そうか…なら借りて行くとしよう。」



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#40

その後、オフィーリアも私や黒歌たちと少し話すと、普段家に来るとなし崩し的に遅くまでいたり、泊まって行ったりするあいつには珍しく早々に帰って行った…(テレーズが体調を崩している事を考えれば当然の判断では有るが)

 

翌日は意外にもミリアから連絡は無く、二人が仕事が終わった後家に来るなんて事も無かった(テレーズは相変わらず寝込んでいたが)

 

……で、更に次の日…

 

 

 

「何て言うか…ホント変な構造よねぇ…このマンション…」

 

「いや今更か?」

 

部屋の階段を箒で履いているオフィーリアがそう零すのに対し、クローゼットを開けて中の服を確認していた私がそう返した。

 

 

事の発端は今朝セラフォルーに頼まれ事をされた事だ…

 

『最近…忙しくて部屋の掃除が全然出来て無いの…朱乃ちゃんが時間を見つけて時々してくれてるみたいなんだけど…手を付けれてない部分も多いらしくて…』

 

もう二人が私とクレア、黒歌にアーシアと小猫で住んでいる部屋に入り浸る事が多いので忘れていたが、そもそも二人は隣の部屋の住人なのだ…

 

『…で?私に掃除をして欲しいのか?…今日明日は暇だから別に良いが…一人でやれと?』

 

どうせ物置になってるのは容易に想像が付く…

 

『お願い…私、今日も仕事だし…別に明日もやれって訳じゃないし、出来る範囲で良いから…オフィーリアちゃんにももう声かけてあるし…』

 

あいつも私と二人なら良いと言ったらしい…ふむ…

 

『ま、良いだろ…その代わり今度時間ある時に飯でも奢ってくれ。』

 

『うん!それくらいなら全然良いよ!』

 

 

 

クローゼットの中の服を洗濯する為に出し、ついでに補修が必要な物に分けて行く…手を動かしながら改めてこのマンションの事について考えて行く…

 

……実はこのマンション…部屋の中に階段が有り、二階に上がれるのだ…それも一部屋部分に無理矢理上層スペースをつけたのでは無く、本当に二階部分まで行けるのだ…普通のマンションの部屋の天井をぶち抜いてる印象だな…最も、ここは設計時点で元々そう言う構造なのだが…

 

「ま、確かにあんまり聞かないが…無い訳でも無いんだぞ?部屋を広く取れるから便利とも言われてな…」

 

「その割に本当に全然聞かないんだけど…何でかしらね…?」

 

私に聞くより調べた方が早いんだがな…ま、多少は知ってるが。

 

「実際はデメリットの方が大きいからだ。」

 

「それは?」

 

「…先ず、部屋に階段が有る場合結局一角を占有してしまう…それと、夏場はまだ良いが、冬場は場合によっては地獄だ…」

 

「地獄?」

 

「エアコンや電気ストーブなどの暖房器具を付けた場合、暖気は全て上に行くだろ?部屋が縦に広い場合どうなる?」

 

「…あー…成程ね、これだけ縦に広いと二階部分は暖まるだろうけど、一階は寒いままになるわね…」

 

一階部分しか無い一部屋に上層スペースを付けたのではなく、本来の二階層部分まで上が有るのだ…当然一階部分にほとんど暖気は来ない事になる…

 

「ま、そんな話は良いが、そっちは終わったか?」

 

「…二階部分の掃除と服の確認、大体済んだわよ…後は洗濯ね…そっちは?」

 

「こっちもそろそろ終わる…」

 

「…と言うか…コレ人の住んでる部屋じゃないわよね…」

 

「そこは…私も同感だな…」

 

この部屋…置いてある物がほぼセラフォルーの衣装の入っているクローゼットのみなのだ…当然朱乃の私服なども置いてあるが、セラフォルーの服の量に比べれば微々たるもの…それ以外の僅かな私物でさえ、セラフォルーの物の方が断然多い…

 

「ほとんどセラフォルーの衣装部屋と化してるが、朱乃は定期的に掃除をしていたと言うからな…」

 

「不憫ね…」

 

「…別にあいつだって全くやってない訳じゃないと言うし、そうでなくてもあいつは忙しい…出来無いのも仕方無いと言える…」

 

「それにしたってこの量は「いや…コレ全部あいつの買った物じゃないのは確かだぞ」え?」

 

「行った先で衣装を貰うんだそうだ。貰う=今度着て来て欲しい、と言う要求だからな…特別好みじゃない物もかなり有るそうだが、捨てるに捨てれないと言うのが正直なところらしい…」

 

「それにしたってどうにかしないと増えて行く一方じゃない。」

 

「ちょうど手入れもろくに出来て無いし、あまりにもボロボロなのは処分して良いとの事だ…直すのは黒歌だからな、私も本格的にヤバいのは持っていくつもりも無い。」

 

とは言え…それでも量は多い…ただでさえ普通に洗濯機で洗えない服も多いしな…

 

「…コレ、洗濯に関しては今日中に終わらなくない?」

「…仕方無いな…ま、明日も天気が良いから日干し出来るのが救いか…最も、日向に出せない服も有るが。」

 

やれやれ…明日までに終われば良いがな…



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#41

如何に私たちがバイタリティに溢れていようが物理的に無理なものは結局どうしようも無い…結果セラフォルーの衣装は一部こそ洗って干す事が出来たものの…

 

「ベランダ…スペース足りないわねぇ…」

 

「ま、半ば予想はしてたが…仕方無い。幸い、今からならまだ洗った分は干してしまえば夕方までには乾くだろう…私たちの部屋にも干そう。」

 

「いや私たちって…あんたと私の部屋?」

 

「異議ありか?」

 

「ハァ…ま、良いわよ。」

 

 

 

「終わったな…取り敢えず今日出来る分はだが…」

 

セラフォルーの衣装は、洗えば使える物に関してはまだ半分程部屋に残したままだ…やれやれ…

 

「こいつらは黒歌に直して貰っておくとして…今日はもうこれ以上出来る事は無いか…」

 

後は残りの日程で終わるだろう…休日が飛びそうだがな…

 

「明日はミリアは休みの筈だし、声をかけてみるか…」

 

あの二人もいれば良い、手伝わせよう…休日は返上になるがその分、セラフォルーに奢らせれば良い。

 

私やミリアたち三人はもちろん、オフィーリアも含めて特別舌が肥えてる訳では無いが、さすがに五人分払うとカツカツになりそうなセラフォルーに少し同情する…大体何であいつは財布の紐を黒歌に握らせるのか…と言うか…

 

「結局テレーズを除く全員で行く羽目になるだろうな…」

 

最も小猫は来るか分からないから一応除外しても九人…セラフォルー本人含めて十人…

 

「あいつ払えるのか…?」

 

救いはまだ食べ盛りでも可笑しく無いクレアとアーシアがそれ程食べない事か…と言うか…

 

「十人全員で座れる店…?」

 

……ま、何も一遍に座らなくても別にテーブルを分けても良いのだが…

 

 

 

…で、実質二日有る休日は完全に潰れ…一日目はミリア、二日目からはヘレンとデネブも加わり、何とかセラフォルーの服(+朱乃の私服)の洗濯は終了した…

 

……それから数日が過ぎ…

 

「えっと…何で私はご飯奢るって言っただけなのに旅館にいるの…?」

 

「ヘレンが悪ノリしてな…その場で旅館予約の電話を入れてしまったんだ…」

 

その日私たちは総勢十一人の大所帯で温泉旅館に来ていた…

 

 

 

「約束とは違ってしまっているからな…気に入らないなら私が全額払うが…?」

 

「う~ん…それなら私も半額出すよ、元はと言えば面倒な事頼んだの私だし…」

 

「そうか……大丈夫か…?」

 

「うん…貸し切り料金にはなってるけど旅館の料金自体は格安だし、黒歌ちゃんにも前言われたからお金も自分でいくらか持ってるから…それに、冷静に考えたら皆と旅行行くなんて初めてだし!」

 

「……ま、お前が良いなら良いがな…」

 

寧ろ…この後大変なのは三人を駒王町から出してしまった為に責任を取らされるサーゼクスとアザゼルだろうしな…

 

生け贄二人のお陰で面倒な事に巻き込まれずに済むんだ、こっちは純粋に楽しむとしよう…



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#42

部屋に入ってから、黒歌に隣の部屋に来る様に誘われ私は黒歌と共に部屋に入る…

 

「…あの三人ってまだ駒王町から出るの禁止じゃないの…?」

 

その言葉に少し考えてから私は答えた。

 

「…サーゼクスとアザゼルも馬鹿じゃない…少なくともこの旅館を経営してるのは人間じゃないのは確かだ…」

 

揉められるのが一番問題だからな…そう言ってから改めて黒歌を見れば普段あまり見ない険しい顔をしていた…

 

「どうした?」

 

「…あんたはやっぱり分からないのね…この旅館にいる従業員は確かに人外だけど…全員、悪魔でも堕天使でも無くて…妖怪よ…?」

 

「……本当か…?」

 

「…私、今は悪魔だけど、元は妖怪だから…」

 

説得力あるな…とか、冷静に考えてる場合じゃないな…

 

「取り敢えずサーゼクスに連絡を取る。」

 

「うん…すぐ確認した方が良いと思うわ…」

 

 

 

旅館を出て、外で携帯を使う…(金曜の夕方に出発した為、今は夜だが幸い見咎められずに済んだ…)

 

「…もしもし、サーゼクスか…?忙しい時に悪いな、実はな…?」

 

 

 

『…成程…それは確かに由々しき事態だね…』

 

「要するにお前の方では把握して無かったんだな…?」

 

『こちらも忙しかったからね…寧ろ旅館に行くと言う話すら寝耳に水だったらね…ミリア経由でアザゼルに聞いた時も本当に驚いた…』

 

「…お前が忙しいのは分かるがな…ま、今回は私も文句言える立場に無いからこれ以上何も言わないが…」

 

『…いや…その辺の確認は本来間違い無く私たちの仕事だからね…』

 

「ま、それは良い…取り敢えず私たちはどう動くべきだ…?」

 

『…何もしないでくれ。』

 

「…何…?それで良いのか…?」

 

何となく何が言いたいのか分かったが、私は一応確認の為に聞いてみた。

 

『…入って来た時点で、何も無かったなら向こうもあからさまに危害を加える気は無い、と言う事だと思う。なら君たちは普通に温泉旅館に来た客として振る舞うべきだろう…揉め事を起こさないならば外に観光に行っても問題は無いだろう…』

 

「……外に出ると何かやりそうなのが二人いるんだが…?」

 

『外に出さないでくれ。』

 

「……正気か…?」

 

『仕方無い、私たちはそちらに行けないからね…君の方でどうにかして貰うしか無い…』

 

「……ふぅ…分かったよ…やれやれ…休日を過ごしに来たのにこんな面倒な事になるとはな…」

 

『…その辺はヘレンを先に止めた上で相談してくれれば状況は変わった筈なのだがね…』

 

「……そうだな、それに関しては悪いと思っているよ…」

 

『…この時間から問題を起こす事はさすがに無いだろう…この後二日間…ヘレンとデネブの二人が揉め事を起こさないようにしっかり見張ってくれ。』

 

「分かったよ…もし何か起こったら連絡する…」

 

『早目に頼むよ?』



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#43

この旅館…開発し、道は開けているとは言え…一応山の奥の方にある…こうして貸し切りにして、仮に一人一部屋で割り当てても相当数の空き部屋が出るくらいには建物自体が大きい…その割に格安なのは立地条件の問題なのだろう…と、思っていたのだが…

 

「…こうなって来るとそれすらも誘いに思えて来てしまうな…最も、ヘレンは一応宿泊料金の安い所を基準に無作為に選んだ筈なのだが…それとも、あの時点で何らかの精神操作でも受けていたのか…?」

 

ヘレンも馬鹿じゃない、可能性は低い……とは、正直言い難い。ヘレンが馬鹿じゃなかったとしても妖力による身体強化以外の特別な能力の無い、私たちクレイモアはそういう術との相性ははっきり言って宜しくない…少なくともかけられてしまえばそう簡単に解くのは難しい…

 

「チッ…面倒臭い…ゴチャゴチャ考えるのは私の趣味じゃないな。」

 

原作に関わると決めてから…少しでも上手く立ち回ろうと原作知識を駆使し、そうする事によって逆に起こる不測の事態に備えて色々考えを巡らせた事もあったが…その原作知識も当に失われた今、はっきりしている事は何が起きたとしても結局素の私のまま相対するしか無い、という事だ…ま、そもそもこの一件が原作と関係ある話なのかも分からんがな…

 

「ヘレンがそういう状態なら元々懸念するだけ無駄だ、明日色々釘は指すだろうが、仮に問題が起きたとしても全て叩き潰せばいい。」

 

何せヘレンを抜きにしたとしても戦力過多なぐらい戦える面子が揃っているのだ…一人は本気を出せば私より強いしな…それにしても…

 

「やはり私は脳筋なんだな…」

 

テレーズも脳筋な様で実際はアレで頭の回転は早い方だ。そもそも私が持っていた知識を読み取り、戸惑い無くすぐ自分の物にする辺りあいつは異常だ…本人は否定していた様だが…やはりあいつは一種の天才なのだろう。

 

「さて…方針も決まったな…」

 

携帯を取り出す…ふむ…時間も遅めだが、緊急事態だしな…

 

「…もしもし…オフィーリアか?」

 

この場に戦える面子を呼び出して、今後の方針を伝えておくとしよう…

 

 

 

「うわ…何その面倒臭い話…」

 

話を聞いたオフィーリアが、心底嫌そうな顔をする…

 

「そう言われてもな、事実なんだから仕方無いだろうが…大体、お前は何で来たんだ?テレーズの世話をしていれば巻き込まれずに済んだだろう?」

 

「…ふぅ。本人体調悪いせいもあって…逆にあんまり干渉されるの嫌がるのよ…だからあいつらが旅行行くなら一緒に行って来いって…言われちゃってね。」

 

「…ま、来たからには手伝って貰うぞ…何、今日これから問題が起こる事は無いだろうし、滞在日数も短いんだから結局何も起こらない可能性の方が高い筈だ。」

 

「フラグに聞こえるわよ?」

 

……そう言葉を零す黒歌はスルーさせて貰う事にする。

 

「しかし…本当にヘレンを呼ばなくて良いのか…?」

 

「…デネブ、ヘレンが本当に操られてるかは別にしてだ…警戒しろ、と言ったら…あいつの場合どうなる?」

 

「……」

 

黙ってしまったデネブの代わりにミリアが答えた。

 

「ヘレンの場合、恐らくどうしても顔に出てしまうな…」

 

「ああ。良くも悪くも素直だからな、あいつは…」

 

戦闘時はデネブと協力して搦手も使って来るのに、どうしてあいつはああも隠し事が苦手なのか…

 

「…で、結局の所…最優先護衛対象はクレアとアーシア・アルジェント…それに、塔城小猫で良いのか?」

 

微妙に脱線しそうになった話をデネブが軌道修正して来る…ああ…話が早くて助かる…

 

「そうなるな、小猫はある程度の実力は有るが、まだ未熟だしな…残り二人は人間だ…戦闘能力についても論議するまでも無い。」

 

とは言え、この話には一つ問題がある…

「…私たちにとっては身内だが、お前らにはそもそも無関係な話だし、身分も堕天使預かりだからな…コレは私からの個人的な依頼、と言う事にさせて貰おう。」

 

縁こそ出来たが、こういう問題はなあなあで済ませる訳には行かない。こういうのを後で放置すると後々もっと大きな問題になったりするのだ…きっちりしておく方が良い。

 

「それは…つまりお前が報酬を出す、と言う事か。」

 

「そういう事だデネブ。ヘレンにも帰ってから私から事情は説明するし、報酬も渡そう…異論は有るか?」

 

「「……」」

 

沈黙…つまり反論は無し…いや、額は応相談にはなるが報酬は出すんだからこの場で文句を言われても困るんだがな…

 

「ちょっと待って。」

 

そう考えていたら身内から反論が出た。

 

「何だ黒歌?何か意見が有るのか?」

 

「文句が有るに決まってるでしょ?何であんたが報酬を出すのよ?」

 

「依頼するのは私だからな。」

 

「私だって三人の家族よ、そもそも…白音は本来私の妹なんだけど?」

 

「…分かったよ、なら半々で「私も出すよ☆」…ハァ…なら、セラフォルー…お前も含めて三等「私も出しますわ」お前は駄目だ朱乃…大体お前まだ学生だろう?個人収入は有るんだろうが、お前からは取れない。」

 

「言っとくけど私は出さないわよ?その代わり、手は貸してあげる。」

 

「ああ、それで十分だ…そもそもこれから先何かと色々入り用になるお前からは取れないさ…」

 

さて、話は纏まったな…

 

「…それじゃあ解散と行くか…全員バラバラに帰る事になるが、行きで見つからなかったからと言って…帰りに気を抜いて見つかる様なヘマはするなよ?」



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#44

その後は私の見る限りでは特に何事も起こらず夜は明けた。寝たフリをして警戒を続けたものの、何者かが部屋に忍んで来る事も無ければ、部屋がいきなり吹っ飛ぶなどと言う考えうる限りの最悪のパターンももちろん起きていない…寧ろ、元気ではあっても普段大人しく、手のかからないクレアが興奮して中々寝ない事の方が問題だったくらいだ…

 

……遊園地は元より、屋内遊戯施設などに連れて行ってもはしゃぎ過ぎると周囲の人間に迷惑がかかる、と無意識にブレーキがかかってしまうのだろうクレアが、だ。実質、家族である私たちしかいなかったからだろうな…問題とは言ったが、寧ろ同部屋に割り当たった私や黒歌…小猫は微笑ましく見守ってたくらいだ…最も深夜を過ぎる頃にはさっさと寝る様に促したがな…

 

……で、翌朝…

 

「観光を、と思ったけど…この辺何にも無いわね…」

 

「何せモロに山の中だからな…下まで降りれば色々ある様だが…お前も行くか?」

 

よっぽど楽しみだったのか…普段より遅く寝た筈のクレアは既に起きて嬉々として出かける用意をしている…まだ朝食も来てないんだがな…

 

「…白音もまだ寝てるし、留守番してるにゃ。あんた達もあんまり遠くまで行かないで散歩程度にしておいた方が良いと思うにゃ。」

 

「…朝食もまだだしその方が良いか…それなら二人で少し出かけて来る。」

 

一般的に旅館の朝食は午前八時くらいの所が多いと聞くが、ここもその様だ…まだ一時間近くある…下に降りて観光するにはちと時間が足りないが、山の中を少し歩く程度なら十分過ぎる程だ…良い感じに腹も空いて来るだろうしな。

 

 

 

「おや?お出かけでございますか?」

 

旅館の仲居らしき女と廊下で遭遇し、思わず動揺してしまった…成程。改めて見てみれば気配自体明らかに人のそれでは無いし、それどころか私の知っている人外のどの種族とも纏っている雰囲気が違う…

 

「…ええ、ちょっとこの子と散歩に…朝食までには戻りますから…」

 

「分かりました。…この山は似た様な木があったり目印になる様な物も少ないので、指定されたルートから絶対に外れないように気を付けてくださいね?」

 

「ええ、それでは…」

 

「行ってきます!」

 

二人でその女とすれ違う瞬間…

 

「……夜はあまり出歩かない方が良いですよ…?この山…遭難する方も多いので…」

 

「っ!?」

 

そう耳元で声がし、思わず振り向くと…女はこちらに背を向け、向こうに歩いて行く所だった…

 

「テレサ?どうしたの?」

 

「……いや…何でもない。行こうか、クレア?」

「うん!」

 

……この旅館の連中…私の思った以上に厄介な奴らかも知れんな…



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#45

普段家の中でも見ないはしゃぎっぷりを見せるクレアに気後れしつつ…歩調を少し早めながら山の中を歩く…

 

…最も、風情や情緒なんて物には普段は無縁と言える私でも時折聞こえる虫の声や鳥の囀り、小川のせせらぎ…視界に入るのもほぼ緑一色なんて状況に置かれればこうして感じ入る所はある…自然と口角は上がり、足取りも軽やか…仕舞いには鼻歌なんて物が出て来る始末だ…

 

気を多少抜いていたのは否定しない。とは言え…

 

「それ、何の歌?」そうクレアに聞かれて「…さぁな、何処で聞いたのかも思い出せんよ…」と…生返事に近いが返答もしたし、完全に緩んではいないつもりだった…

 

「…随分機嫌が良いわね。」

 

だから…横からそういきなり声をかけられて、私は反射的に後ろに飛んでしまった…

 

「いや…何でそんなに驚くのよ…」

 

「……何だお前か…突然声をかけるな…」

 

一瞬血の気が引いたが…視界に入って来た奴を認識して、私は一気に力が抜け、その場で座り込みそうになる…

 

「…ちょっと…!本当に何でそんな事になるのよ…」

 

件の人物、オフィーリアに腕を掴まれて何とか踏み止まる事が出来た…

 

「…お前が気配を消して声をかけるからだろう…」

 

「はぁ?気配なんて消してないわよ。さっきクレアにも声をかけたわよ?あんたが上の空だっただけでしょうが。」

 

「……本当か?」

 

「こんな下らない事で嘘ついてどうするのよ…てかそんなのは良いからちゃんと立ってくれる?重いのよ。」

 

「……悪かったな…」

 

近くの木に手を着き、曲げていた膝を伸ばし、何とか立ち上がった……膝が完全に笑っている…そもそも声で誰かはすぐ分かる筈なのに何でこんなに怯えたんだか…

 

「…お前はこんな所で何をしてたんだ?」

 

「何ってあんたたちと同じよ、散歩。」

 

「そうなのか?」

 

「何?私が山歩きしてたら可笑しい?」

 

「…別に可笑しくは…無いな…」

 

「…その言い方だと可笑しいと思ってるわよね?…ま、良いわ。ところで…」

 

「何だ…?」

 

「…いくら何でも気抜きすぎじゃない?昨夜警戒しろって言ったのはあんたでしょうが。」

 

「…お前はどうなんだ?一人で散歩なんてして「その言葉、そっくりそのまま返すわよ?」……」

 

「それに…あんたと違って私は一人…仮に何か起きても自己責任だし、実際…大抵の事は自分でどうにかして見せるわ。そもそもあんたはクレアを連れていたんだから一番気を抜いてたら駄目な筈でしょ?」

 

「……返す言葉も無いな…」

 

「ハァ…ねぇ、そもそもあんた…クレアとはぐれてたのも気付いてないでしょう?」

 

「何!?クレアは…クレアは何処にいるんだ!?」

 

「一旦落ち着きなさいよ、クレアなら向こうで待ってるわ…私はね、クレアにあんたがいないって聞いたから…こうして探しに来たわけ。」

 

「そう、だったのか…」

 

「ほら、さっさと行くわよ…全く、世話が焼けるわね。」

 

「…何で手を繋ごうとする…子供か、私は…」

 

「少なくともねぇ…同行した人間、それも子供とはぐれた事にも一切気付かず…仕方無く迎えに来てみたら肝心の本人は呑気に鼻歌歌いながら歩いてたなんて…幼稚園児以下のレベルじゃないかしら?」

 

「……」

 

確かに…改めて考えたら相当にヤバいな…

 

「だからこうして迷子のテレサちゃんのおててを繋いであげてるわけ。…それで?何か言いたい事は?」

 

「分かった…分かったよ…それならもうこれで良いから早く連れて行ってくれ…クレアを待たせてるんだろう?」

 

「そうそうそれで良いのよ、素直で助かるわ。じゃ、行きましょうか?」



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#46

「それにしても…本当に油断したものよね…?」

 

「……何がだ?」

 

何の事を言っているのかはさすがに分かるが、ただ認めるのも癪なのでそう惚けて見る…と言うかいい加減手を離して欲しいんだが…

 

「さっきも言ったけど、私は向こうでクレアに会って声をかけてるの…あんたがクレアの気配が離れた事に気付いてないのもそうだけど、私の妖気すら感じ取れてないって言うのがね…」

 

「何か引っかかると「そう思いたいのはあんたでしょ?はっきり言うわ、何も無いわよ。少なくとも私が分かる限りではね」……」

 

「そもそも仮にこの場所が"そう言う場所"なら同じ妖怪の…未熟な塔城小猫はともかく黒歌は絶対に気付くでしょ?」

 

そうだ…黒歌なら気付く…そしてあいつはその時点で私とクレアだけの外出は認めない…

「…そう、だな…」

 

「つまりあんたは本当にただボーッとしてただけ。ちょっと弛んでるんじゃない?」

 

「返す言葉も無いな…」

 

「大体、本当に何かあったらさすがに分かるし…そうなったらあんたなんて放っておくわよ。敵は間違いなく一番弱そうなクレアを狙うだろうしね…」

 

「…そうだな、お前がその辺抜かりある訳無いよな…」

 

普段から色々問題行動の多いこいつだが…事、クレアの身の安全については初めて顔を合わせた時から既にそうなんだろうが…ある意味私や黒歌…それこそテレーズ以上に注視している節が有る…ま、こいつがこの世界にいる少女とは違う"クレア"と言う名の戦士に抱く執着が(無意識だろうが)そういう面で現れてしまっているのだろう…

 

「しっかりしてよね?あんた…あの子の姉なんでしょう?全く…たまたま私が外にいたから良かったものを…」

 

「分かった…分かったからそう何度も責め立てるのは止めてくれ。」

 

こいつに色々言われると正直…深く受け止めたり、落ち込んだりするより先にイラつきが来る…こればっかりははっきり言ってどうにもならない…あの最悪のファーストコンタクトや、時折自分が起こす騒動の事を棚に上げて、私に説教するこいつに…さっきから文句を言いたくて仕方無いのだ…

 

未だに、私の手をしっかり掴んで離そうとしない事もこちらの不満に繋がっている…

 

全く…何時まで私を子供扱いするつもりだ…最近はさすがに減ったとは言え、普段ガキレベルの問題を起こすのはお前だろうに…

 

「…で?クレアは何処にいるんだ?」

 

「ハイハイ…慌てないの。クレアならこの先にいるわ…あの子はあんたと違って、馬鹿じゃないんだから動かないで待ってる様に言った以上はちゃんといるでしょ。」

 

「…ああ…そうだろうよ…」

 

こいつにこうやって諭されるのは本当に一々癪に障るが、今言ったクレアの事については確かに同意出来る…

 

「…私に色々言われて気に入らないのは分かるけど、いい加減その仏頂面止めなさい。そろそろ着くわよ?」

 

「ふん…そうだな、分かったよ。」



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#47

「テレサ!!」

 

「おっと。」

 

漸く見知った気配を感じた所で小柄な影が横から飛び込んで来る…聞き慣れた声が揺れており、不安を感じとったので少々慌てたが…特に勢いは無く、ポスッと…軽い音がしただけだった。……別に全力で来られても全く問題は無いのだが、向こうが気を使ったらしい…

 

「もう…心配したんだよ…?」

 

「…ああ、悪かったな…」

 

いつの間にか離されていた右手を背中に置く…やれやれ…初めて来る場所で有ったせいも有ってか、思いの外不安にさせてしまった様だな…

 

「もう大丈夫だ…私は…ここにいるからな。」

 

少し離れた所からジト目を向けられているのが分かったが向こうは特に何も言って来ない…全く…空気を読めるなら普段からそうしてくれるとありがたいのだがな…

 

「ねぇクレア?」

 

…と、思っていたら発言して来た…家族が増えて以来こうして甘えられる事も少なくなったからもう少し余韻に浸りたいんだが(ま、今回の場合…はぐれたのは私の方で歳不相応にしっかりしているクレアに甘えているのは私の方なんだがな…)

 

「何?オフィーリアお姉ちゃん?」

 

「…そのおばかさんも見つかった事だし、そろそろ旅館に戻らない?」

 

「…うん、そうだね。」

 

クレアが私から離れようとしたので右手を下ろす……一瞬、手に力を込めようとしたのは多分気の所為じゃないな…私自身…そんなに温もりに飢えているとは自分でも思いたくないが…(普段しつこいくらい私を構う奴らがいる訳だしな…)

 

 

 

「おい。」

 

「何?」

 

旅館への道中…クレアの少し後ろを歩きながら横に着くオフィーリアに声をかける。

 

「…どういうつもりだ?」

 

「何の事かしら?」

 

「今日のお前はやけに面倒見が良いからな…何か有るんじゃないかと思ったんだ。」

 

「何それ?だって…クレアよ…?」

 

「……なるほど。」

 

聞くまでも無かったか…こいつにとってもそれが全てなのだ…今日旅館に来てないテレーズも含めて全員がクレアに堕ちているのだ…何れ産まれて来るテレーズの子供もそうなって行くのだろうか…

 

こうして私たちと一緒にいると言うのはクレアの意志の様で…結局縛っているのは私たちの方なのか…いや…私たちの方から関係性を切ろうと思えば切れる筈だ…ただ…そうしていないだけ…それだけの筈だ…

 

「あんたは…どうせもう誰も捨てられないわよ。」

 

「……何か言ったか…?」

 

「…別に?空耳じゃない?」

 

「そうか…」

 

嘘付け、言っただろう…最も、改めて"ソレ"を口に出せば…後戻り出来無くなるのは私の方だ…

 

「…何考えてるか知らないけど…今はこれ以上の問題が起きない様に神経傾けるべきなんじゃない…?」

 

「……そうだな。」

 

何も言わないこいつに…感謝すべきなんだろうな、私は…



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#48

保護者である筈の私が迷子になると言う、到底笑えないハプニングは有ったが…幸いその後は何事も無く旅館には戻って来れた。

 

旅館の受付に聞いてみると既に食事は出来ているらしく、部屋に置いて有ると言うので私とクレアはオフィーリアと別れて部屋に戻った。ちなみに部屋割りは…

 

銀杏の間…私、クレア、黒歌、小猫

 

楓の間…朱乃、セラフォルー、アーシア、オフィーリア

 

金木犀の間…ミリア、ヘレン、デネブ

 

…と、なっている(部屋の名前こそそれぞれ花の名前が付き、別の部屋の体裁だが…身も蓋も無い話をすれば部屋の造りは全て一緒の様だ…)

 

……改めて考えるとセラフォルーとオフィーリアを一緒の部屋にするのは非常に不安だが、部屋もある程度広さが有るとは言え、五人は少々手狭に感じるからな…とは言え、あの三人の方にオフィーリアを入れるのは不安通り越して最早危険を感じるレベルだ。

 

…一応、万が一オフィーリアに何かされそうになったらすぐ駆け付けてこっちに引き取って拘束しておくから連絡しろ、とは…セラフォルーには言ってある…(セラフォルー自身は普通に今は友人の感覚でいる様だが、ふとした拍子にスイッチの入ったオフィーリアが襲いかからんとも限らない…)

 

最も部屋自体は他にも空いてる様だから旅館側に事情をある程度話してオフィーリアだけ反省を兼ねて一人部屋に変えてもらうと言う手も有る…まぁ、コレに関しては事が起きてしまってからになるだろうな…セラフォルーもいよいよ耐性は着いてる様だから(時々、今でもセクハラスレスレのスキンシップをされるらしい…)今更あまり取り乱す事も無いだろうが。

 

さて、それで今は…

 

「やはり多いな…旅館の食事は…」

 

昨日も食ったが、やはり一人前の量が多い…私は一般的な量しか入らないからこの量はさすがに辛い…と言うか、朝食でもここまでの量が出るとは思わなかった…

 

「多いなら残しても良いんじゃにゃい?この後出かけるなら、お腹キツキツだと辛いわよ?」

 

「そうも行かんだろう…」

 

昨日着いてすぐに出された夕食を食って何も無かったのだから、食事の方に特に悪意の無い事は既に分かっている…だったら無闇に残す気にはなれん。

 

「多少苦しくはなるかも知れんが、私は体質柄消化は早いからな…別段問題は無い。」

 

不味いなら拷問も良い所だが、さすが旅館を名乗るだけ有って味は野菜ですら絶品だ。コレで残すのは贅沢と言うものだろう…

 

「あー…そう言えばあんたって「当然ろくに食べる物の無い頃も経験してるからな、最もあの頃はそれ程食べる必要も無かったからそこまで苦労した記憶も無いが」…そう…」

 

「あの…せっかく美味しい物を食べてるのに、何でそんな深刻な話になるんですか…?」

 

「ん?あー…悪かったな、小猫…」

 

黒歌は逃亡生活も長かったし、ある程度極貧生活も体験して…且つ色々有ったからもう吹っ切れてる節が有るが…小猫にとっては姉と別れた頃の事で有る事もあって、まだトラウマ物の記憶になるよな…(最も、手の止まってるクレアの方を見ながら言ってるからクレアを気遣ってる面の方が強そうだが…)

 

「ごめんにゃ、白音…」

 

「いえ、良いですけど…」

 

……一緒に暮らす様になった事も有り、小猫から黒歌に対して蟠りは消えつつ有るが…どちらかと言えば今の様にまだ小猫の方に何処か遠慮が出る事が多い…そんな事を考えてたら隣から服の袖を引っ張られた。

 

『テレサ…』

 

『ん?どうした?』

 

隣に座っていたクレアから小声で話し掛けられたので私も小声で返す…

 

『黒歌お姉ちゃんと小猫お姉ちゃん、もうちょっと仲良くならないかな…?』

 

小猫の場合、突然スイッチが入った様に今までの分を埋めるかの様に黒歌に甘えに行く事が有るが…基本的には今の様に何処かよそよそしい態度を取る事も多い…そこをクレアは気にしてるんだろう。

 

『大丈夫だ、二人は元々実の姉妹だからな…』

 

そう言ってクレアの頭を撫でる…そもそもの話、この話も二人には小声でもこの距離なら聞こえてしまうんだがな…まぁ聞こえてた所でいきなり改善もされないだろうが。

 

コレに関しては焦っても仕方の無い問題だ、離れてた期間がそれなりに長かった。未だ一緒に暮らし始めた時よりその頃の時間の方がとにかく長いんだ…そう簡単には関係は変わらない。

 

なまじ自分より歳下のクレアがあまり周りに甘えたりしないせいも有るのだろう…仮にもう一人…この場にそう言う存在が居たら、自然と自分もそうしたいと思うのかも知れないが。

 

……結局その後は微妙に気不味くなりながらも私たちは食事を終えた。



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#49

「思ったより混んでなくて良かったにゃ。」

 

「観光シーズンには被るが、今日はただの休日だからな…そりゃ殺到はしにくいだろう。」

 

食事が終わり、私たちは山を下りて下の温泉街を見て回っていた。

 

ちなみに面子は私、クレア、アーシア、黒歌、小猫、セラフォルーだ。朱乃は珍しく一緒には来ず、オフィーリアたちと風呂の方に行くらしい…(不安だから問題が起きたらすぐ私に連絡を飛ばす様に言って有る…)

 

「ふ~む…」

 

並ぶ建物は基本的に旅館や土産物屋が主で、私にとっては特別見て面白味を感じるとかは別に無い。クレアとアーシア、小猫は本当に年相応に楽し……アーシアが感動して涙を流しているんだが…まぁ、アーシアからしたら本当に初めて見る建物ばかりだろうしな…こういう時、真っ先に動くのは私たちの中では大体朱乃だったりするが、今はクレアがハンカチを渡してやっている…(アーシアもまだ子供とは言え、どっちが歳上か分からなくなるな…)

 

「何考えてるにゃ?」

 

「特別な事は別に何も。」

 

警戒そのものは怠っているつもりは無いが、特に複雑な思考は働かせていない。

 

「ボーッとしてたらまたはぐれるわよ?」

 

「……クレアから聞いたのか?」

 

「あんたと散歩中にはぐれたってメール来たから。」

 

「…どっちみちはぐれようが無いだろ。」

 

私はそう言って黒歌とセラフォルーに掴まれている両手を持ち上げる…

 

「そろそろ離してくれないか?これじゃあ私が子供みたいなんだが「いやにゃ(だ☆)」ハァ…私にばかり構っていて、それこそあいつらがはぐれたらどうするんだ…」

 

「必要以上に離れなきゃ大丈夫じゃないかな?そもそも財布は私たちが持ってるよ?」

 

「あいつらの場合仮に欲しかったら小遣いの範囲で勝手に買うだろ…そもそも無駄使いもしない。じゃなくても最終日ならまだしも、今何か買っても嵩張るのは良く分かってる筈だ。」

 

別にどうしても今先に大物を買いたいとかなら持ってやるのもやぶさかじゃないが、あいつらはそんな事を言い出すタイプじゃないし…そもそもちょっとした小物ですら基本的に欲しがらん…

 

「こっちから買ってあげるって言わないとダメかしらね…」

 

「あいつらの場合言われても混乱すると言うか、悩むのが目に見えてる。」

 

日常的な買い食いとかですら基本的に一人の時はやらないからな…まぁこちらが家に菓子のストックを普段用意してるせいも有るだろうが。

 

「…昼食もある事を考えたら食い物は喜ばん…かと言ってちょっとした小物程度ですら渋るだろう…」

 

「遠慮しなくて良いのにね…」

 

「それが身に付いてしまってるのがあの三人だ…矯正しようとしてどうにかなるもんじゃないし、無理強いしても仕方無い…」

 

口から溜め息がこぼれる…この場に朱乃が居るなら自然に色々買い与える可能性は有るが…私と黒歌はこの手の問題には頭を悩ませる事も多く、正直どうするのが正解か良く分からない…

 

「う~…でもせっかくここまで来て何も買わないなんてもったいないよ。」

 

そう言ってセラフォルーが私の手を離す…まぁセラフォルーならそう言うか…

 

「…程々にな。」

 

「うん!大丈夫!」

 

セラフォルーが少し前を歩く三人の所まで走って行く…

 

「…セラフォルーに任せて大丈夫にゃ?」

 

「空回りする可能性は有るが、やり過ぎるならこっちで止めれば良いだろう…そもそも根が子供に近いから、性格的にはあいつは色々適任だ。」

 

最も、昔のあいつを知ってると今の変わり様に驚くのだが…何がどうなったらああなるんだろうな…?



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#50

「頼む見逃してくれよ!」

 

「駄目だ。」

 

あれからしばらくして、私と黒歌は一人の男を連れて交番を探していた…

 

 

 

大体一時間程前の事だ、私と黒歌の前を歩くセラフォルー達と男がすれ違った直後、セラフォルーが物凄い勢いでこっちに振り向いて視線を飛ばして来た……正直、私がアイコンタクトのみで会話出来るのは横に居る黒歌だけでは有るが、そいつが私の横を通り過ぎ様としたところでセラフォルーの視線の意味に気付いた。私の尻の辺りに伸ばされた奴の手を掴む。

 

「んなっ!?」

 

「まさかセラフォルーを出し抜くとはな…とは言え、女だと思って気を抜き過ぎだ。」

 

「…まさか、痴漢?」

 

「ダイレクトに触ったなら、セラフォルーがさすがに先に反応するだろ。」

 

黒歌の質問に私は掴んでいる男の手を見せる…

 

「あら…?コレ、あんたの財布…?」

 

「ああ。…お前、スリだな?現行犯だから言い逃れ出来無いぞ?取り敢えず今お前が持ってるコイツと…あそこにいる女から盗んだ財布は返して貰おうか?」

 

 

 

 

「おい!財布は返したじゃねぇかよ!?」

 

「それだけで済む訳無いだろ?スリは普通に窃盗だぞ?」

 

男から受け取ったセラフォルーの財布を投げ渡し、クレアたちの事をセラフォルーに一旦任せ、こうやって喚くバカを引き連れて私たちは街中を練り歩いている…全く、せっかくの旅行にもうケチが着いた…早い所このバカをどうにかしたい…

 

「…お前地元の奴なんだろ?私たちは土地勘が無いんだ、早い所交番に案内しろ。」

 

「嫌に決まってるだろ!?」

 

「…ねぇ?結局何も盗まれてにゃいんだし、今回は見逃してやったらどうにゃ?」

 

あの後全員の荷物を確認したが、結局財布を盗まれたのはセラフォルーだけで、私を含めた全員の持ち物が無事だった。……まぁ正直私らしくない事をしている自覚は有る…何でわざわざせっかくの家族との時間を潰してまで私はこんな事をしているんだろうな…?考えてみれば騒ぎを起こさない予定だったのに、結局私が問題を起こしている事になるんだよな…

 

「……仕方無いな、行けよ。」

 

私は掴んでいた男の手を離した。

 

「!……良いのか?」

 

「良いから私の気が変わらない内にとっとと行け。」

 

「ありがとう!この恩はきっと「何度も言わせるな、こっちはせっかくの旅行に水差されてイラついてるんだ…さっさとこの場から消えないと気絶させてでも交番に運ぶぞ」ああ!本当にありがとな!」

 

一目散に逃げて行く男を見ながら溜め息を吐く…やれやれ…無駄な時間を過ごしたな…

 

「戻るか。」

 

「そうね…」

 

今朝のは私の不注意だろうが、コレは純粋なハプニングだ…この後はさすがに何も起こらんとは思うが…何故か非常に嫌な予感がする…まさかコレが始まりだとでも言うのか…?



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#51

その後はセラフォルーと連絡を取りつつ合流…観光を再開した。

 

……あの時感じた予感…気にはなったが幸いその後は問題無く観光は終わり、旅館に戻った。

 

…昼食にはまだ時間が有る。聞けば昼食に関しては先に言ってくれれば、外で食べて来ても構わないとの事…(まぁ、レストランを別に用意してる旅館とかじゃないから先に言うのは必要だよな……夜は外の店が閉まるのも早いそうだから必然的にここで食う事になるが)

 

朱乃は残るが、オフィーリアたちは外に食いに行く気の様だ…(全く外に出さない、は…そもそも無理な話だが…それ以前にあいつらを一緒にしておく方が気にはかかる…)

 

「ミリア…」

 

「どうした?」

 

私たちと入れ違いになる形で出掛けようとするミリアを捕まえて声を掛ける。

 

「…お前なら大丈夫だと思うが…「今も蟠りが無いとは言わないが、大丈夫だ…人に迷惑を掛ける訳には行かないし、騒ぎは起こさない」…そうか。」

 

基本的にオフィーリアは煽るだけなので、問題を先に起こすとしたら必然的にミリアたちの方にはなる…

 

「…まぁ何かあったら連絡「そもそもなんだが…お前に連絡してどうするんだ?」ん?」

 

「いや…お前だってスイッチの入ったオフィーリアを無傷のまま止められないだろう?確実に騒ぎになるぞ?」

 

「う~む…」

 

今のオフィーリアは色々吹っ切れている…そのせいか丸くもなったが、ハッキリ言える事が一つある…少なくともオフィーリアは強い…恐らくあの世界にいた時よりもだ…私自身も最初に戦った時より実力は上がってるんだろうが…

 

「なら、私たちでどうにかした方がまだマシだ…違うか?」

 

「…結局条件は同じじゃないのか?」

 

「いや、違うな。」

 

「何故だ?」

 

「…あいつは恐らく強敵との戦いを今でも望んでる…心の何処かでな…それなら実力がほぼ互角のお前を呼ぶのは悪手でしか無いだろう…お前とオフィーリアは手の内を知り尽くした者同士…それに奴は元々一種の狂犬だ…死闘になるぞ?」

 

「むぅ…」

 

「なら、オフィーリアの悪い癖が出た瞬間に私たち三人がかりで強引に意識を刈り取った方が早い…お前が来るのを待ってたら手遅れになる…」

 

私が妖力解放を行い、全力で山を下ったところで恐らく…数秒はかかるな…

 

「幸い、守る対象に入って来るだろう奴が誰も居ないんだ。その手間が無い分こっちの苦労は少ない。」

 

「…あいつの事、任せて良いか?」

 

「そもそも気にし過ぎだ…あいつが今も私が初めて会った頃と同じ起爆寸前の爆弾だったら…今日を迎える前に私が殺しにかかっているさ。」

 

「確かに、気にし過ぎか…分かったよ、こっちは家族の事だけ考えるさ…」

 

「…言ってもどうせ無駄なんだろうが、あんまり気負うなよ?少しは楽観的に考えないと何しにここに来たのか分からなくなるぞ?」

 

「ああ、分かっている…」



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#52

旅館…と言う事も有り当然ここには温泉が有る。私の場合例の傷が有るから、普段なら入るのを遠慮する所だが…

 

「入らないとは申しませんわよね?」

 

「…笑顔で圧をかけるのは止めろ、朱乃…貸し切りなんだし入るさ…と言うかお前はもうあいつらと入ったんじゃないのか?」

 

「…皆さん、本当にスタイルが良いですわね…」

 

朱乃の声音が妖しい色を帯びる…

 

「……何もしてないだろうな?」

 

連絡は無かったし、良く考えたらあいつらの場合…そこまで初心じゃ無いだろうが、後で妙なクレームを入れられても困る…

 

「!…そ、それはその…オフィーリアさんがいましたし…」

 

「…ああ、成程な…」

 

同性…それも美女に目が無い朱乃だが、実は自分が主導権を握れない状況は苦手だったりする…それ以上にオフィーリアにはトラウマが有るだろうがな…

 

 

 

以前、いつもの様にオフィーリアが私たちの部屋に飲みに来た時の話だが…酔った勢いか知らんが、朱乃はよりにもよってオフィーリアに絡み出した…最初はあしらおうとしていたオフィーリアは自分に撓垂れ掛かる朱乃の姿に途中で意図に気付いたらしくニヤリ、と笑顔を浮かべ、自分の首に回された手を掴んで外し…朱乃の頬にもう片方の手を置きながら顔を見詰め出した…

 

『フフッ…そこまでするって事は覚悟が有るのかしら?』

 

『え…?』

 

『テレサ~…この娘、ちょっと借りても良いかしら?』

 

黒歌やセラフォルーもあの場には当然居たが、あの時は酔い潰れて寝ていた…だから私にだけ声を掛けたのだろう…二人が健在ならさすがに止めるだろうが、私の答えは決まっている……一応自分がやらかした事に漸く気付いたのか、私に必死な顔を向けて来たので一瞥はくれてやったが、私の心は変わらん。

 

『…多少痛い目は見せてやっても良いが、傷は着けるなよ?』

 

『大丈夫♪何か調子に乗ってるみたいだから、ちょっとお灸を据えてあげようと思っただけよ♪』

 

『……そいつ、処女じゃないからな。そっちは気にしなくても良いぞ?…テレーズがあの状態なら、お前も欲求不満だろ?』

 

『あら?意外と遊んでるの、この娘?』

 

『いや…どうせ自分で破ったんだろ、多分女としかヤった事は無い筈だ。』

 

少なくともレイプされた経験が有るとか、男の恋人がいたとか言う話は聞いた事が無い…ま、コイツの場合有ったら私たちには言うだろうし…本当に無いんだろうな…

 

『あら勿体無い…でも…それならこっちも多少本気でやっても良いのね?』

 

『…さっきも言ったが、残る様な傷を着けないなら構わん…そいつは人間よりは丈夫だが…傷はある程度残るからな…』

 

『もちろんそれぐらいはこっちも加減はするわ……じゃ、行きましょうか…?』

 

『あ、あの…無かった事には『ごめんね~…あんな事されたら私もちょっと抑えが利かないわ…しばらくは身体がまともに動かないかも知れないかもだけど…許してね♪』テ、テレサさん!?』

 

朱乃がこうまで狼狽えるとはな…珍しい物を見た…まぁ私の答えは先と変わらん。

 

『自業自得だ。言っておくが、そいつの経験は間違い無く私どころかお前より遥かに上だからな…お前が今まで感じた事の無いだろう、めくるめく絶頂と言う奴をゆっくり味わって来い。…何なら明日は学園を休んでも良いぞ。』

 

『明日はってまさか…朝まで!?』

 

『そいつは元々かなりの絶倫だ。まぁお前のテクで対抗したら早く終わるかもな…万に一つも有り得ないが。』

 

『そんなに褒めないでよ…照れるじゃない。』

 

『褒めてない。良いからさっさと行け…色魔。』

 

『失礼ね、今回誘って来たのはこの娘の方なのに…まぁ良いわ。部屋、借りるわね?』

 

『ベッド以外汚すんじゃないぞ?最悪お前に清掃費を請求するぞ。』

 

『それくらいならいくらでも払ってあげるわ♪』

 

満面の笑みを浮かべたオフィーリアと対照的に、絶望の色を顔に出している朱乃がオフィーリアに手を引かれながら寝室に入って行った。

 

『…止めなくて良いにゃ?』

 

『ん?起きてたのか?』

 

『途中から…ね。』

 

黒歌が身体を起こし、テーブルの上に有ったミネラルウォーターのキャップを取ると口を着け、一気に飲み干して行く。

 

『フゥ…で、良いの?』

 

『あいつにも言ったが自業自得だ。見境無く手を出そうとするから悪い…大体、起きてたならお前が止めれば良かっただろう?』

 

『だって…オフィーリア…スイッチ入っちゃったし、下手な事言うと私も連れてかれるじゃない…』

 

ここで例えばセラフォルーが襲われる、とか言う状況なら自分が代わるとか言うのだろうが…朱乃に対してはそう言う気にはならないらしい…まぁ当然とも言えるが。

 

『それに、あの子には良いクスリかなぁとも思って…』

 

同意見だが、一言言いたい。

 

『結局止める気が無いなら私に言うな。』

 

『だって…私だけ悪者って何か嫌なんだもん。』

 

『ならいっそ、そのまま寝てれば良かったんじゃないのか?』

 

『寝たフリしててもあんたどうせ気付くじゃない…ね…二人はするって言うし、せっかくだから私たちも『~~~!』うわ…』

 

早くも部屋の中から、朱乃の悲鳴とも嬌声とも取れる声が響いて来た…

 

『そうだな『ひぅっ!?』…アレを聞きながら出来るなら…付き合っても良いが?』

 

『…止めた、何か失せちゃった…』

 

『ねぇ、今何か凄い声したんだけど…』

 

おっと、セラフォルーも起きてしまったか…しかし本当に煩い…クレアたちが起きてしまう…私は座っていた床から立ち上がり、二人のいる部屋のドアの前に立って声を掛けた。

 

『おい、煩いぞ。朱乃の口でも塞いでおけ。』

 

『…あら?そんな事して良いの?』

 

いっそ情熱的なキスでもしとけって意味で言ったんだが、どうもオフィーリアは違う意味でとった様だ…

 

『…好きにしろ。そいつはMだから、多少ハードなプレイでも問題無い『テ、テレサさん助け…!ムグッ!?』『これで良し、じゃあ続きをしましょうか』……』

 

私はドアから離れ、また床に座り適当な缶をテーブルから取り、封を開けた…まだ声は響いているが多少はマシになったな…

 

『…良いにゃ?』

 

『ん?クレアたちが起きる前には止めさせるし、アレで朱乃が大人しくなるならそれで良いだろ。』

 

『それはまぁそうだけど…私はちょっと心配かな…』

 

『そう思うんならお前ら代わるか?』

 

『『絶対嫌(にゃ)!』』

 

結局オフィーリアが出て来たのは明け方だった…朱乃の様子を見に行ったのだが、身体中…まぁ下品な言い方をするなら汁塗れで、完全に気絶していた…しばらくして目が覚めた後はさすがにショックだったのか、しばらくは大人しかった……まぁ一週間程で元に戻ったが。

 

 

 

「何をお考えですか?」

 

風呂場に向かってる途中、いつの間にか横に居た朱乃に声を掛けられて我に返る…まぁ、言っても良いか。

 

「お前がオフィーリアに食われた日の事をな…」

 

「…それは…忘れてください…お願いですから…」

 

「…仮に私が忘れてもオフィーリアは忘れんだろうな…聞けばお前が気に入ったそうだしな…」

 

「そ、そんな…」

 

「苦痛より快楽の方が大きかったんだろう?なら、歓迎すべき事じゃないのか?」

 

「長く快楽ばかり続くと言うのは…案外地獄なんですよ…?」

 

「…それを黒歌やセラフォルーに向かって言えるのか?」

 

「それは、その…」

 

「前から言ってるが、誘うなら相手を確認しろ…大体、本当はされたい派の癖に相手を一方的に責めるから…変な奴に好かれたり敬遠されたりするんだろう?」

 

「お二人の優しさに甘えてる、と言うのは理解してます…でも私は…」

 

「程々にする分には、二人も受け入れるだろうけどな「テレサさんは違うんですか?」…受け入れるも何も…お前の手管で私を堕とせた事無いだろ?」

 

「やっぱり私じゃ無理ですか…?あそこまでやらないと駄目なんですか…?」

 

「勘違いしてる様だが、オフィーリアはアレでも手加減した方だぞ?」

 

「そうなんですか!?」

 

「仮にオフィーリアが本気だったら…最悪お前は死んでる…快楽よりも苦痛を感じてな…」

 

「……」

 

良い機会だ、言っておくとしよう…

 

「アレに限った話じゃないが…いい加減お前は割と恵まれている事を自覚した方が良いな……実の家族の事で色々有った様だが、それでもリアスに拾われたお前は…本当に運が良かったんだぞ?」

 

「それは…分かっているつもりです…」

 

「なら、先ずは手始めに他の…もっと健全な趣味を探す事だな。」

 

「…善処は、します。」

 

「今はそう言えるだけでも良い…あいつらも程々ならそこまで文句も言わん。…一応、私もな。」

 

「…そ、それじゃあ是非今夜「バカか。私と黒歌はクレアと小猫と同室だ」そう、でしたわね…」

 

「ま、そう落ち込むな…しばらくは付き合ってやるさ…」

 

朱乃の頭に手を置き、撫でる…普段ほとんど撫でる事は無いが、コイツも案外撫で心地が良いな… さて。

 

「いつの間にかあいつらに置いてかれてしまったな。そろそろ行くぞ?」

 

まぁ、どうせ雰囲気で色々察して気を遣ってくれたんだろうが。

 

「はい、行きましょうか。」



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#53

脱衣場に来て、服を脱いで籠に入れて行く……畳むのなんて面倒臭いし適当で良いな…と、そこでこちらに注がれる視線に気付く…

 

「……何だ?」

 

「テレサさん…やっぱりスタイル良いですわね…」

 

「……それは皮肉か?」

 

それを口にした女は…少なくとも私以上の凶器を持っていた…

 

 

 

「もう…私は素直な気持ちを口に出しただけですわ…」

 

「…普段鏡見てるか?そんなバカデカい物二つぶら下げて何を言ってるんだ…と言うかだな、せっかく温泉に来たんだから同性の裸ガン見してないでそっちを純粋に楽しめ…大体、私の身体なんて見慣れてるだろ?」

 

「それは…でしたらせめてもう少し隠してくれたら…」

 

「家族の上、同性しかいないんだから気を遣う必要有るまい…と言うか、普通この傷に先に目が行くと思うんだがな…」

 

私は身体を洗う手を止めて、胸のそれを指でなぞる…

 

「その…見るのも初めてじゃないですし…」

 

「……私は今更あんまり気にしないが…まさかあいつらにまでそれをやってないよな?」

 

クレイモアなんて連中は……顔面偏差値はかなり高い上、スタイルも抜群だ…出る所はちゃんと出て引っ込む所は引っ込んでいる…さすがに偏見だろうが…組織が意図的にそういう少女を拾ってるんじゃないかと思う程だ…まぁ妖魔の血肉が自動的にそう言う…所謂戦いに向いた肉体を創った結果…そうなってる可能性も有るが(それでも顔はさすがにそう変わるまい……ま、これ以上追求しても仕方無いが。)

 

「…さすがに無遠慮に見てはいません…オフィーリアさんはともかく御三方とは…あまり話した事も有りませんし…」

 

仮に慎ましやかにしてたんならヘレン辺りが悪ノリして絡んで来そうだけどな…とは言えアレで一応最低限の線引きはするし、その癖こっちが嘗めて掛かってうっかり地雷を踏むと普通にキレるのがヘレンと言う女だったりもする…まぁキレた時一番怖いのは、あの中ではデネブだろうがな…ミリアも相当だろうが、あいつは沸点は高い方だ…余程の事が無ければ怒らん…オフィーリアは……考えるだけ、時間の無駄だな…

 

「なら、そもそも私の方も見ないのが普通じゃないのか?」

 

「だったらせめて隠して欲しいんですけど…」

 

「さっきも言ったが…ここに居るのは私の事情を知る家族だけで、しかも全員同性だ…今更隠す理由が何処に有る?」

 

大体、隠してないからってジロジロ見ても良いって事にはならんだろ。

 

「…何と言うか…私が居ても、皆さんあんまり気にしなかったんですよね…」

 

「前にもチラッと言ったかも知れんが…元々クレイモアは女として大事な物を色々捨ててるからな…今回は貸し切りで共に来てるお前は同性で訳を知っており、他は同類しかいない…特に隠そうとは思わんだろうな。」

 

半人半妖としての自分を誇ってはいなくても、結局それが今の自分なのだから今更その辺を深く気にはしないだろうな…元々そうなったら人には戻れんのだから気にするだけ無駄と言える…

 

「ま、経緯は違うし…私がクレイモアについて偉そうに語ったなんてのはあいつらには内緒だぞ?」

 

「はい、分かりました…」

 

「…重めの話をしたとは思うが、こんな所まで来てそんな顔する事無いだろ?…良し、せっかくの機会だ…たまにはお前の背中でも流してやろう。」

 

「……良いんですか?」

 

「……変な期待をするな。あくまで洗うだけの話だ…」

 

ま、あいつらは既に全員風呂に向かった様だし、たまにはこんなサービスも良いだろう…そんな事を考えながら朱乃の後ろに座り、石鹸の付いたタオルで朱乃の背中を擦る…

 

「それだけでも、正直嬉しいです…」

 

「…お前が自重するなら、私も黒歌もセラフォルーも…普段お前と一緒に風呂にぐらい入るんだがな…」

 

一人一人分かれて風呂に入れば当然色々無駄が出る…だからウチでは二人くらい纏めて入るのが普通だ…ま、私は面倒臭がって入らない事も多いのだが。

 

「何でお前だけ一人だけで入らされるパターンが多いのか…理由は分かるよな?」

 

「はい…」

 

「入浴時間も無駄に長くなるしな…一々手を出して来ないならいつでも一緒に入ってやる。」

 

「本当ですか…?」

 

「お前が我慢出来るならな。」

 

就寝時間の行為の後でシャワーを浴びるだけで良いならまだ納得もするが、普通に入浴する時にまで行為に及ばれたら溜まったものじゃない。だから私たちは基本こいつと風呂に入らないし、クレアたちと一緒に行かせる事も出来無いのだ…

 

「……」

 

「いや本気で悩むなよ…それくらいも我慢出来無いのか?」

 

「…クレアちゃんや小猫ちゃんはギリギリ我慢出来ますが、アーシアちゃんはちょっと…後、テレサさんたち相手だったらその…どうやっても私の理性が…」

 

「……」

 

クレアたちですらギリギリとは…これは当分無理だな…私はもう何も言う気力も無くなり、無言で朱乃の背中に汲んだ湯をかけた。



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#54

私の右腕に二つの丸い凶器を押し付け、しがみついて来る朱乃に溜め息を吐きつつ(悪魔の力全開の様で、引き剥がすには妖力解放以外無さそうなので諦めた…怪我をさせたくは無いしな…)露天風呂まで向かう…

 

来て早々…既に湯に浸かっている連中が私たちの事を見て揉め始めて、また溜め息を吐いた…

 

「良い加減にしろ…朱乃はまだ良いにしてもお前らが率先して騒ぐってどう言う事なんだ?……そこで静かに湯に浸かっているガキ共を少しは見習え。」

 

「「だって…」」

 

「クレア、アーシア…それに小猫。そんな隅に居なくても良いだろ?こっちに来い。」

 

「「あっ!ズルい!」」

 

「黙れ。」

 

歳だけ無駄に重ねても、中身は子供のままの女共を一蹴し…ソワソワしつつもこちらをチラチラ伺っている三人を呼びながら、一瞬気の緩んだ隙に朱乃の身体に収まっていた腕をさっさと引っこ抜き湯に浸かる……むっ…少し熱いな…まぁ、温泉ともなればこんな物か…

 

呼んだ三人がゆっくりこっちにやって来る……全く、全員まだ子供の癖に遠慮ばかり覚えて行く…まぁ、それでも普段は私もあんまりこいつらの相手をしてやってないしな…そう言う理由も有るか……大部分はそこで未だにグダグダ喚いている年長者三人のせいも有る気がするがな…

 

『……』

 

小猫とアーシアが私から肩幅分くらい空けてそれぞれ隣に陣取り、クレアが前に…ハァ…

 

「ひゃっ!?」

 

「キャッ!?」

 

「わっ!?」

 

横二人の肩をそれぞれ抱く様にして、引き寄せ…クレアを開いた私の両の足の間に座らせる…

 

「子供がそう遠慮するな…せっかくの機会だ、もうちょっとくっ付け……あ、そこの馬鹿三人は放置して居て良いからな?」

 

更にヒートアップする三人を尻目に三人の温もりを堪能する…いや、本当に落ち着くな…馬鹿三人と違ってこいつらは私に邪な気持ちは持ってないからな…たまにはこう言うのも悪くない。

 

 

 

 

 

それからしばらく温泉に浸かって、私は一人…先に湯から上がる…やれやれ…この身体は温泉も長時間は駄目か…全く持って難儀な物だな…

 

その後全員が戻って来てから運ばれて来た昼食を頂く… …また量が多いが、まぁ食えなくは無い…味は文句無しだしな。

 

飯を食ってからは、私は特に何もせずボーッと過ごしていた……まぁ、今はまったりするにはちと向かない状況だがな…何でちゃんと部屋を分けたのに、オフィーリアたちもこの部屋に居るのか…

 

「おい。」

 

「ん?」

 

旅館の部屋に良く有るテラスに置いてあった椅子に腰掛けて居た私は、私は取り敢えず向かいの席で本を読んでいたミリアに声を掛けた。

 

「戻って来たのは良いが、お前らは何でこっちに来る?部屋は分けただろ?」

 

「……邪魔か?なら、私たちは戻るが?」

 

「別に邪魔って程でも無いが…」

 

ミリアは元より、残り二人も比較的大人しいしな…部屋の中は大人数が居る為に少々手狭では有るが。

 

「なら良いじゃないか。」

 

そう言ってまた本に目を落とすミリアから顔を逸らし、部屋の中に目を向ける…

 

「おっしゃ!上がりだぜ!」

 

ヘレンがそう叫び、持っていたトランプを場に捨てる…今は、何のゲームをしていたんだったか…?

 

「なぁ?」

 

「ん?」

 

今度はミリアの方から声を掛けられ、そちらに顔を向ける…

 

「暇なら、私になんて構わずあっちに混ざって来たら良いじゃないか。」

 

「……無理だろ。」

 

実は私も少し前まであちらに居たが、人数が増えたので抜けた…トランプのゲームは大人数でも出来るのが売りだが…ベストはやはり四人か、有っても五人くらいだろう…どうしても一人一人の手札の数が減って来るしな…

 

今だってデネブとオフィーリア、それに朱乃とセラフォルーは入ってないのに、それぞれの手札の数がかなり少なめになっている様だ…あれ以上入ったらもうゲームは成立しないだろう。

 

「何なら本でも読むか?私の荷物に何冊か有るが?」

 

「……お前、給料まだ入ってないんじゃなかったか?」

 

少なくとも今読んでるのは私が以前貸した物では無い…本自体は、既に私に返却されている…

 

「アザゼルに頼んで、何冊か見繕って貰ってな…」

 

「お前もすっかり、読書家だな。」

 

「普段特にやる事も無いからな…元々嫌いでは無いが。」

 

「まぁ良い、なら一冊貸してくれ。」

 

「ああ。」

 

ミリアが持っていた本を閉じた。



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#55

「取り敢えず持って来たが、読みたいのは有るか?」

 

「どれ…」

 

ミリアが渡して来た本は三冊…と言うか、さっきまで読んでたの含めて四冊も持って来たのか…まぁ、私と違ってペースが早い方なんだろうな…良く考えてみたら、さっきの本もページが既に終わり近くまで来てた様に思う…そんな事を考えながらそれぞれ冒頭部分を適当に流し読み……ん?

 

「全部推理物なのか?」

 

「最初にお前が勧めて来たのがそれだったからハマってしまってな…何だ、気に入らないか?」

 

「別にお前の好みにケチは付けんよ。」

 

最も、私は元々そんなに読む方では無いがな…まぁ、三冊とも単発物だし、厚みもそれ程無い様だから読めなくは……良く見ると文面がやけに古めかしい…もしやと思い、裏表紙を開いてみた。

 

「……随分古いのにハマったんだな…」

 

「本屋で見掛けた最近のも悪くなかったんだが、不思議と…私はこちらの方が好みでね。」

 

西洋人系の見た目のミリアが、初版が昭和真っ只中に発行された日本の推理小説を読んでると言うのは…何ともまぁシュールとも言える…ある意味こいつらしいかも知れんが。

 

「…で、結局どれを読むんだ?」

 

……読むんだと聞かれてもな、さすがにその頃の推理小説となると私の好みからは外れる…とは言え、わざわざ持って来て貰って借りないと言うのも問題か…

 

「……じゃあこいつを貸してくれ。」

 

何となくで一冊を選び、他二冊をミリアに返す。

 

「ああ。」

 

まぁ、たまには普段読まないのを読むのも良いだろう…

 

 

 

 

「ミリア。」

 

ある程度まで読み進めたところで私はミリアに声を掛けた。

 

「ん?」

 

「……お前、意味分かって読んでるのか?」

 

「どう言う事だ?」

 

「いや、日本の歴史知識位は頭に入ってないと理解出来無い箇所が有るだろ?」

 

「……調べたよ。色々有ったんだな、この国は…」

 

まぁ、ミリアならそうするか…最も、前世では恐らく日本人だっただろう私は既に投げ出したくなってるんだがな…偉そうに言ったが、私自身思った以上に知識が欠けてしまっていたらしく…話の内容がまるで頭に入って来ない…

 

と言うか、この頃の小説だと当たり前の様に戦時中の話が出て来るんだな…

 

「ギブアップか?」

 

「!…何?」

 

「普段愛想の無いお前の顔が、今は三割増しで険しくなってるからな…」

 

「……そう言うお前は、随分穏やかに笑う様になったんじゃないか?」

 

「そうか?」

 

「ああ。」

 

まぁ、あちらとこちらでは文明レベルからして違う…こいつは器用だから、適応こそ比較的早かった様だが…それでもしばらくこいつからは何処か余裕の無さを感じていた…今のこいつにはもうそれが無い。本当の意味で、この世界に馴染んで来た証左だろう。

 

「そうか…なら、それも良いかも知れんな…」

 

「向こうに、帰りたいか?」

 

「さて、どうだろうな…大体、帰れるのか?」

 

「さぁな…」

 

私は、向こうでのミリアたちの事を原作知識としてしか知らない…故に、例え帰りたいのだとしても…私から掛けてやれる言葉は何も無い。

 

「愛想が無くても、感情は顔に出るんだな…お前は。」

 

「!…そんなに分かりやすいか?」

 

「最近な、何となくだが分かる様になった。……何、お前が気にする事じゃないさ…ところで。」

 

「ん?」

 

「お前はお前でずっと色々気を揉んでる様に見えるんだが…何か悩んでる事でも有るのか?」

 

「有るさ、色々な…」

 

それこそ、睡眠のほとんど必要の無い半人半妖の身体で無かったら…確実に睡眠不足で可笑しくなる程にはな…

 

「日中は良い…だが、夜になるとな…時々色々と考えてしまう…」

 

「色々?」

 

「ああ、色々だ…」

 

考える事が苦痛にはならない…本来、私に睡眠は必要無いのだから…

 

「……いつからだ?」

 

「さぁな、もう覚えていない。」

 

多分、初めてこの世界に来た時からずっと…今はあの頃の記憶も余程印象的な出来事でも無い限り、曖昧だからな…

 

「相当、根が深そうだな…」

 

「別に悩む事は悪い事じゃないだろう?」

 

「限度が有る…大体、一人で解決出来無い悩みならいくら悩んでも仕方無いぞ?」

 

「個人的な事さ、他の奴には頼れん。」

 

「……まぁ、以前も言ったが…愚痴くらいなら別にいつでも聞いてやる。」

 

「ああ、その時は頼む。」

 

……もしその時が来たら、な…



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#56

ここで読むのを止めても暇なのは変わらんし、何となく悔しい。なので携帯で歴史を調べつつ…読み進めて行く事にする…と言うか、こうやって改めて調べてみると分かるが…私の予想以上に日本の歴史を忘れている…今まで気付かなかったのも問題だが、それ以前にこんな状態でミリアに色々言っていたのかと思うと…腹が立つのを通り越して非常に恥ずかしい…

 

「熱心だな…まぁ、肝心のページは全く捲られないが…」

 

「思っていた以上に忘れている事が多くてな…」

 

「……後から調べるのでは駄目なのか?別にその本はこのまま借りてても良いが…」

 

「ありがたいが、多分早くても一ヶ月は読み終わらないぞ…」

 

と言うか、ここから帰った後は多分私はこいつを読まん…

 

「……お前、そこまで歴史忘れてて今まで気付かなかったのか…?」

 

「そうは言うがな…」

 

良く考えたら…

 

「日常生活では特に意識はしないからな…」

 

学生なら嫌でもやるだろうがな…

 

「お前、この世界に来る前は似た様な世界に居たんじゃなかったのか?大体…この世界に来てからもリアルタイムで色々体験してる筈だろう?」

 

「百年をとうに越して、ずっと世棄て人だったからな…細かい所は一々覚えとらんよ。」

 

「……もしかして自分の正確な年齢も分からないんじゃないか?」

 

「分かる訳無いだろ…そもそも私はこの世界に来た時からこの姿で、仮にその日を誕生日にするにしてもそれすらさっぱりだ…」

 

「……では、誕生日を祝った事も無いと?」

 

「クレアは祝いたがっていたから好きにさせた事も有るが、特に日付けを決めてはいない…まぁ、戸籍には仮の誕生日を載っけて有るがな…」

 

そんな事を言ったら、この世界に居たクレアの正式な誕生日だって私は知らん…クレアも私に会う前までの事に関しては未だに口を噤むからな…あいつの誕生日だって私と出会った日を誕生日として戸籍に登録した。

 

「別に戸籍上の日付に拘らず、年に一回…気が向いた時にやってくれたら良いと言ったら…何だかんだ毎年何処かで祝われる様にはなったな…」

 

「しかし…戸籍を作ったなら仮の年齢は有るだろ?」

 

「さて、いくつだったかな…」

 

それも一々覚えてないな…そもそも見た目も変わらんから、そこで増えても全く実感が無い。

 

「まぁ、どうせ見た目は変わらないんだ…何とでも好きに言えるじゃないか?」

 

「どうせろくに活用もした事が無い癖に良く言う…」

 

「良いだろ、別に。」

 

見た目変わらず、過去の事も大して覚えてない…そんな私に年齢など元々意味を成さん。と言うか…

 

「お前だってそこら辺は大して変わらないだろ?向こうでその身体になってからは、一々数えてもいないだろうに。」

 

「まぁ、そうだがな…ちなみに本名は?」

 

「本名?」

 

「こっちに来る前、まだお前が人間だった頃…その時の名前だよ。」

 

「知らん。」

 

そう言えば…こいつは元よりクレアたちにも私が元は男だったとは言ってないんだよな…まぁ、当時の事は本当にまるで覚えてないからそこら辺気にするだけ無駄と言えば無駄なんだが…

 

「今では、当時自分がどんな顔だったかも覚えてない…いや、そんなに深刻な顔されてもな…私自身、元の自分がどんなだったかなど今は気にもしてないからな。」

 

まぁ、あの糞神への恨み自体は今も消えないが。

 

「そうか…」

 

「お前はアレか?半人半妖になる前の自分…ルーツを大事にしてるクチか?」

 

「当然だ、それも有っての私なんだからな。」

 

聞いてから思ったが、その辺はクレイモアの中でも意見の分かれる所だろう…オフィーリアなんて、どうせ過去そのものが地雷になるだろうから恐ろしくて同じ質問をしたくも無い。

 

……その後はヘレンがミリアを向こうに引っ張って行った為、会話が途切れた…何となく溜め息を吐いた所で、空いた向かいの席に座る奴が居る……送られる視線が気になり、続けて溜め息を吐きながら声を掛けた。

 

「何だデネブ?人の顔をじっと見て…何か用か?」

 

「別に。特に用は無いな。」

 

私の知る限り、デネブは基本的に自分からは必要な時に必要な事しか喋らん…こいつが用は無いと言った以上、こちらから突っ込んで話し掛けない限り本当にそれ以上何も言わんだろう。

 

「そうか…」

 

とは言え、わざわざそんな面倒な事をする気は無いので私は携帯の画面に視線を戻す……相変わらず視線を感じるが、別に害は無い…しまいに向こうも飽きて、勝手に居なくなるだろう。



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#57

ずっと視線を向けて来るデネブに若干の不快感は有ったものの…結局私は無視をし続けた。まぁ、そもそも…デネブの向けて来る視線自体に別に悪意は無いからな…とは言え、本人は単に観察しているだけのつもりかもしれないが(理由は分からんがな…)

 

……デネブが私以上の仏頂面のせいも有って、睨んでいるようにも思えて来て精神的に来るものが有る…なのでさすがに見兼ねたのか、最終的にヘレンがデネブを部屋の方に引っ張って行った時は本当にホッとした…最もヘレンが一瞬だけこちらにウインクして来た時は思わず溜め息を吐きたくなった…まぁ、ヘレンは自分が認めた相手以外にはこう言う事はしないとの事だからな…悪く思われていないと言うのは喜ぶべきなのかも知れんが。

 

全く…正直せっかくの旅行なのに、何回溜め息を吐いたり吐きそうになったか分からん…これじゃあ普段と何も変わらないぞ…

 

 

 

 

ところで、話は全く変わるが…私はミリア、ヘレン、デネブの三人が現れてからずっと気になっている人物がいる…オフィーリアに会った事を何処ぞの神(笑)が知らんと言うのだから(真偽の程は知らん、あいつは胡散臭いからな…)これから先出会うのかは判断しづらいが。

 

ただ…ハッキリ言える事として、オフィーリアを含めたこの四人には明確な共通点が有る…それは、クレイモア原作の主人公クレアに深い影響を残している人物だと言う事…今では私では無い原作のテレサ本人とも言えるテレーズまでこの世界に現れてしまっている…なら、少なくとも後一人か、あるいは二人…私はこの世界で出会うのかも知れない。

 

「タバサ、ユマ、シンシアはまぁ…除外しても良いか、北の戦乱以降関わった連中も今の所は除外して良いだろう…ならば…」

 

今は既に夜…食事も終わり、温泉に向かう誘いを断り…私は部屋で寛いでいる…普段とは違う環境で一人切りなせいか、こうして普段はあまりしない取り留めの無い思考に耽っている…

 

「何を一人でブツブツ言ってんだよ?」

 

……いや、訂正だ…こいつも誘いを断っていたな…と言うか、ミリアはまだしもデネブまで付いて行ったのにこいつが残ったのは心底意外だったりするが…

 

「いや何…大した事じゃない…」

 

つい、考えていた事の一部が口から漏れる程気を抜いていた自分に呆れつつ…私は答えた。

 

「仲間の名前が出て来てそれで納得しろって?…あんたなら会った事無い筈の奴の名前が口から出て来ても…そんなに驚かないけどさ…」

 

まぁ、仲間の事は大事にしていたヘレンならそう言う反応になるか…

 

「ふぅ…いや、お前らに会ってから時折考えていたのさ…次は誰がこの世界に現れるのか、とな。」

 

「あたしらみたいにまだ誰か来るってのか?」

 

「恐らく、な…」

 

「……何でそう思うんだよ?」

 

「お前らの共通点、何か分かるか?」

 

「あたしらの共通点?」

 

「正確にはお前らとオフィーリアの共通点だ…」

 

「いや、姉さんはまだしも…あたしとデネブはあいつと向こうで会った事も無いんだけど…」

 

当然そう思うよな。ただ、今回それはあまり関係が無い。

 

「お前ら自身が面識が有るかは別に問題じゃない。」

 

「は?」

 

「間接的にお前らを繋ぐ者が居るだろ?」

 

ヘレンは少し考えていた様だが、やがて得心が行ったらしくポンと、手を打つ。

 

「クレアか!」

 

「そうだ、向こうで戦士クレアと特に深い付き合いが有った者がこの世界に来ているんだ。」

 

「!…じゃあ次にこの世界に来るのは…」

 

「No.8…風斬りのフローラか、お前も影響を受けたNo.9のジーン…あるいはその両方…仮に二人共来るとして、一人ずつ来るのか…一遍に来るのかも分からんがな…」

 

「あたしとしては二人には会いたいけど、あんたはそうでもなさそうだな…」

 

「個人的には二人に会って話の一つもしてみたいとも思うが…いや、色々フォローが大変そうでな…まぁ、お前とデネブと違って気性も穏やかだし…どうにかなりそうでは有るがな…」

 

正直ヘレンとデネブの二人が今この世界で大人しくしてるのは奇跡だとすら思うからな…いや、仮に本気で暴れられたらどれ程の被害が出てるか…考えるだけで胃が痛い(やっぱりこの痛みは気の所為じゃ無いよな…?)

 

「ハッキリ言うなぁ…まぁ、確かにあんたには色々迷惑掛けたとは思うけどさ…」

 

「全くだ…まぁ、仮にお前らがやらかしても被害の後始末は私がする訳じゃないからまだ楽だがな…」

 

私の役目はこいつらの首を刎ねるだけだ…正直こいつらと戦う方が遥かに楽だ…最も確実に私も無傷では済まんし、何なら本気で殺り合ったら覚醒しても普通に私が負けるかも知れんが。

 

「だから悪かったって…で、二人はいつ来るんだ?」

 

「知らん。」

 

「は?」

 

「オフィーリア、それからお前らが来た時期…そこには特に共通点が無いからな…数日中に来るのか、数ヶ月後か…何なら数年、数十年後になるかもな…」

 

と言うか、期待してる所悪いが…結局現れない可能性も有る…

 

「何だよそれ…」

 

「まぁ、どうせ私たちは不老不死だ…時間はたっぷり有る…いつかは会えるんだから別に良いだろ。」

 

かなり無責任な事を言ってる自覚は有るが…まぁ、良いか。現れなかったらその時はその時だ…

 

「そうだけどさ…」

 

その内風呂に行った連中が戻って来たので、自然と話は打ち切りになった…まぁ、今考える事じゃないのは確かだな…気になって仕方の無い話では有るが。



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#58

私がそれに気付けたのはほとんど偶然に近い…いよいよ明日帰宅、と言う事になり…名残惜しいのか今夜も興奮し、中々寝ようとしないクレアを宥め、漸く寝かし付けた後…黒歌、小猫と共に床に入る……どうせ明日帰る、と言う事も有り最早私も気を抜いていた筈なのにどうにも寝付かれない(今思えば、予兆の様な物は感じ取っていたのかも知れん…)

 

仕方無く夕刻の様にテラス席に腰掛け、暗闇に包まれる外を見詰めていた時、有る物を感じ取った。

 

「……妖気?」

 

本当に極微弱で微かなソレ…最早気の所為とも思えたそれを私は無視出来無かった…

 

「……近いな。」

 

目を閉じ、集中して感じ取ってみれば間違い無くそれは慣れ親しんだ……ん?

 

「クレイモア?」

 

妖魔でも無ければ覚醒者でも無い…それは間違い無く同胞の、クレイモアの妖気……念の為探ってみるが私以外…例の四人の妖気はちゃんと部屋の中に有る…こいつは、誰だ?

 

「行ってみるしか無いか…」

 

少なくともいつかのオフィーリアの様な誘いでは無いだろう。ただこのまま放置、と言う訳にも行くまい。

 

……気付けば妖気は段々遠ざかりつつ有る…急いだ方が良さそうだ。…あいつらには、声を掛けなくて良いか…少なくとも今の所、向こうに戦闘の意思は無さそうだしな…

 

そして、私は山道を進み、辿り着いた先で一人の女と出会った…シスター服を纏ったその女…直接の面識こそ無いし、後ろ姿では有ったが…私はそいつが誰だかすぐに分かった。

 

「……ガラテア?」

 

「?」

 

そうだな、こいつの事を忘れていた…あの二人以外…こいつも確かにクレアに多大な影響を与えた存在だった…こうして、私はいつ会えるか分からないと言っていた新たなクレイモアに出会ってしまった…ハァ…やはり厄介事になった…複数の傷が付き、閉じられた目蓋が特徴的な顔を困惑に染めたその女を見て…私はそう思った。

 

 

 

 

『記憶喪失だぁ!?』

 

「ああ、恐らくな…」

 

私を警戒するガラテアらしきその女を何とか宥め、従業員に見付からない様…慎重に部屋まで連れて来てからしばらく後…私は取り敢えずアザゼルに電話を掛けていた。

 

「本人はイギリス、と言うか…イングランド南西部の港町ライに有る教会の牧師夫妻の一人娘…ルナと名乗ってる。」

 

どうやら当人は妖力解放の仕方すら覚えてない癖に、感知は無意識にしてるらしく…それなりの大きさである私の妖力に本能的にビビってしまった様で、あいつから色々聞き出すのに本当に時間が掛かった…異変を感じてクレアたちが起きて来てくれなかったら、朝になってもろくに話を聞けなかったかも知れん…

 

「最も、当然ながら実の娘じゃない…本人は三年前に夫妻に右も左も分からぬまま町をさまよっていた所を拾われる前の事は本当に何も覚えていないそうだ……もちろん、自分が人間じゃない事も分かってない。」

 

『そいつが嘘を付いてる可能性は?』

 

私はクレイモア原作でのガラテアの性格を思い出す…

 

「……正直無くは無いが、あの姿が全部演技だったら私はあいつを舞台女優にでも推薦するさ。」

 

『成程な…』

 

「全く苦労したよ、本人はここが日本だと言う事も分かってなくてな…始めはパニックを起こしてずっと英語で色々捲し立てていたからな…」

 

まぁ、幸い私には意味は分かったし…会話も成立したのだがな…ただ…

 

「何とかここが何処か説明したら、今度はまた困惑されてな…何でも本人は自分の家である教会で、ついさっきまで仕事をしている最中だったそうだからな……最も、三日前の話だが。」

 

『あ?どう言うこった?』

 

「どうもこうも無い…あいつが教会で仕事をしていたのは三日前…それで気が付いたら別の国、しかも三日後の未来に居たって事さ。」

 

何ともデタラメな話だ…本来なら、私も信じられないが…ああまで取り乱されてはな…

 

 

 

 

『主よ…!主よ…!ああ…!主よ…!』

 

『おっ、おい…!?』

 

私も英語は分かるが、一応日本語は話せるとの事で油断してればコレだ…その場に蹲り、躊躇無く…土の上に顔を擦り付け…祈りを捧げるあいつを落ち着かせるのに本当に苦労した…少なくとも原作で見たガラテアの姿はそこには無かった…ただ、不幸な事に巻き込まれただけの女がそこに居た…

 

 

 

 

 

『ま、話は分かった…で、何でサーゼクスじゃなくて俺だ?』

 

携帯越しにアザゼルの言葉が届き、私の意識が現在に戻って来る…まぁ、確かに私が保護したのであれば…サーゼクスに先に連絡するのが筋だろう。

 

「住民登録やら、戸籍やら…海外のその辺の事情は知らんがな…見た目こそ日本人では無いとは言え…突然見知らぬ女が町に現れて、一悶着も無くその辺どうにか出来るとは思えん…で、拾ったのが牧師夫妻なら…お前が一枚噛んでないかと思ったんだが、その様子だと何も知らん様だな。」

 

『ああ、俺は何も知らねぇな…てか、教会ならミカエルに聞いた方が早ぇんじゃねぇのか?番号知ってんだろ?』

 

……確かにあの会談の後、一方的に教えられたがな…

 

「……私が天使と話をしたいと思うか?」

 

『要は、俺に聞けってか。』

 

「良いだろ、今は一応同盟も組んでる事だしな。」

 

『まぁ、良いけどよ…けど、多分あいつも知らねぇんじゃねぇか?』

 

「まぁ、知らないだろうな…と言うかガラテアの方も…どうも悪魔や堕天使がこの世界で普通に人間社会に溶け込んで生活してるのも知らんっぽいしな…その夫妻はどうか知らんが。」

 

『……取り敢えずそいつは元の場所に返してやりゃ良いんじゃねぇのか?別に向こうへの渡航費くらいは出せるんだろ?』

 

ま、別に出してやっても構わないがな…あいつはあいつで向こうに生活基盤が有るんだしな…ただ…

 

「出会ってしまったからな…」

 

『あ?』

 

「あいつは、今は表面上落ち着いてはいるんだがな…私に会った事がどうも刺激になってしまったらしくてな…」

 

『……まさか、記憶が戻るかも知れねぇのか?』

 

……話が早くて助かる。

 

「戻るのが向こうに返してからにしろ、今にしろ…クレイモアとしての記憶なんて今のあいつには劇薬にしかならん…思い出さない方が良いんだが、あれでは目が離せん。」

 

『つっても多分向こうは今も探してんじゃねぇのか?三年も家族として生活してたんなら…』

 

家族、か…

 

「ふぅ…どっちみち正式な渡航は今は無理だ…扱い上、今のあいつは密入国者だぞ…気が付いたら外国に居ましたなんて、誰が信じる?」

 

『あー…まぁ、そうなるか…』

 

「境遇には同情するがな…問題は山積みだよ、全く…」

 

一体誰の仕業だ?本当に面倒な事をしてくれる…取り敢えず、あの糞神には改めて色々問い質したい所だがな…

 

『ま、とにかくさっさとサーゼクスに連絡しろよ。俺はミカエルにも一応聞いてみるからよ…』

 

「ああ、頼む……あー…悪かったな、夜中に…」

 

『今更だ、気にすんな。』

 

アザゼルとの通話が終了し、私は携帯をポケットにしまう……ハァ…本当に溜め息ばかり出る旅行だったな…さて。

 

「……」

 

山の中を歩き、旅館まで戻る事にする…ハァ…部屋に戻りたくないな……歩きながら考える…サーゼクスへの連絡は、朝になってからで良いか…全く、旅行になんて来るんじゃなかったよ…本当に。



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#59

「ハァ…」

 

「だいぶお疲れみたいね…」

 

「ふぅ……疲れもするさ、気を抜いてればこれだからな…」

 

結局懸念事項だった身内が特に揉め事を起こす事は無く、旅行中荒事に巻き込まれる事も無かった…これだけを見れば普通の旅行だったとも言えるだろう…昨日の日中は私もダラダラしてただけだしな……本当に、そのまま何事も起こらず今日を迎えたかった…そう考えながら、私はクレアとアーシアに手を引かれつつ…私たちの前を歩くシスター服姿の女の後ろ姿を見詰める…

 

『…で、結局ガラテアってどんな奴にゃ?』

 

声を潜めて聞いて来る黒歌に私は答えた。

 

『……分からん。』

 

『は?』

 

『ガラテアのNoは3、二つ名は神眼…正直ハッキリ分かる素性はその位だ…ガラテアは普通の戦士では無く、以前話した組織の監視役の一人だからな…元々、情報のほとんどが伏せられていたんだよ…まぁ、かなりの実力者なのは確かだがな…』

 

『……あの顔の傷に付いては?』

 

『アレか。ガラテアは例の北の戦乱後に組織を抜けていてな…素性を隠す為に自分で両目を潰したんだよ…あの世界で銀髪はまだしも、銀眼はさすがに誤魔化しが利かないからな…』

 

『…と言う事は、人間として生きてたって事?』

 

『ああ。いつからかは知らんが、向こうでも離反後にとある町の教会でシスターをやっていた…あー…その時は記憶喪失では無かったぞ。』

 

『性格的にはどうにゃの?』

 

『町の人間を守る為に町を狙う覚醒者と戦った…一人では勝てないと判断して、自ら自分の居場所を組織にバラしてやって来る追っ手と共に狩ろうとしていたんだ…その後、自分が殺されるのを覚悟の上でな…』

 

『……少にゃくとも、最後は人間の味方だったのね…』

 

『ま、結果だけ言えば上手くは行かなかったんだがな…』

 

『え?』

 

『まぁ、この場では関係無い話だ…』

 

今話すと少々長くなる…

 

『そう…で、結局彼女…どうするの?』

 

『その話なら私も気になる…結局、サーゼクスは何て言ってたんだ?』

 

私たちの後ろにいたミリアがこっちに来て、そう聞いて来る…ハァ…

 

『半人半妖としての記憶が蘇った時、それを受け止め切れずに暴走…覚醒者になったら困るから、取り敢えずは様子見…と言うか、しばらくこっちで監視してくれだとさ…』

 

要は、万が一このままあいつが覚醒したら斬るしか無くなるのだ…まぁ、記憶が戻ると同時にあいつが『ルナ』では無く『ガラテア』になるならそうする必要も無いがな……と言うか、私もさすがに今のあいつを斬れと言われたら後味が悪過ぎる…今のあいつはどう見ても戦う力なんて無いただの女だからな…

 

『と言うか、あいつはあの通り目が見えないからな…そこら辺のフォローもしないとならん…』

 

『てか、彼女は向こうに帰りたいと思うんだけど…その辺は?』

 

『事情はどうあれ、今のあいつは密入国者だ…諸々手続きに時間が掛かるから、しばらくはこっちで暮らすしか無いと納得させるしか無い。』

 

『世話するのはこっちなんだけどね…』

 

『嫌か?』

 

『……そんにゃに薄情な事言わにゃいわよ。』

 

『まぁ、時折グレイフィアをあいつの身の回りの世話に寄越すと言ってるから問題有るまい。』

 

と言うか、サーゼクスにそう約束させた。何が悲しくて全部こっちでやらないとならないのか…

 

『にゃら、本当に問題にゃいんじゃない?』

 

『……そう言えば、身の回りの世話で思い出したんだが…』

 

『ん?』

 

『いや、私たちは基本的にトイレには行かないし…生理すら来ないんだが、それで自分の事を普通に人間だと思ってるってどう言う事なんだ?』

 

……まぁ、生理の方はともかく…私は普通に催すから何とも言えんがな…

 

『不可解では有るがな、それとなく確認しても本人は何故か全く不思議がって無いんだ…下手に突っついて、記憶が戻っても困るから追求はやめたが。』

 

『やっぱり面倒事ににゃるかもね…』

 

『良い、もうあいつの世話に関してはグレイフィアに丸投げする…』

 

これ以上付き合ってられるか…



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#60

駒王町に戻るまでの数時間…あいつの事を気にしていたが、特別目立った問題は起きず無事に我が家で有るマンションまで帰って来れた。取り敢えずミリアたちは部屋に戻り、私とオフィーリアだけでテレーズに今回の一件を報告する…

 

「……またお前は妙な事に巻き込まれているな…一度お祓いにでも行った方が良いんじゃないか?」

 

「……」

 

相変わらず体調は思わしくないらしく、顰めっ面でそう言うテレーズにすぐに反論の言葉は出て来なかった。とは言え…

 

「そうは言うがな、元々はここまで酷くなかったんだ…」

 

ここ最近、どうにも色々な事が起き過ぎている…当初は暇で仕方無いとか思ってたのにな…

 

「…ハァ…で、ガラテアの話だが…」

 

「何か思う所が有るか?」

 

「……別にガラテアの監視に付いて不満は無い。と言うか、今の私じゃ何も出来無いしするつもりも無いが。」

 

「じゃあ何だ?」

 

「そうさな……いや、私がこの場で言える事は特に無いか。」

 

「言い掛けといてやめるな、何だ一体…」

 

「多分今夜辺り進展が有ると思うが、そんなに聞きたいのか?」

 

「何か有るなら先に言え、後から知る方が面倒だ。」

 

「……そうか。なら、ガラテアの事なんだが…」

 

そして、私はテレーズからとある仮説を聞かされる…

 

「……ほう?」

 

「合ってるかどうかは…先も言った様に今夜分かるだろうさ…と言うか、お前なら気付いても良さそうなものだが?」

 

「まぁ、そうかもな…さて、そろそろ戻る…じゃあな、養生しろよ?」

 

「ああ。」

 

 

 

 

 

「すみません、ご迷惑をお掛けして…」

 

「気にするな……正直、慣れてるからな。」

 

「そっ、そうですか…」

 

三年間は盲目のまま暮らしてはいても…やはり環境が変わると出来無い事はあるものだ…実際何をするにしても、やはり介助は必要になる…

 

「まぁ、窮屈な思いをさせる分…こっちで出来るだけの事はする…何か有ったら言え。」

 

「そんな…突然転がり込んだのに、こんなに良くして頂いて…」

 

「気にしなくて良いにゃ、家族が増える方が楽しいにゃ。」

 

「その、ありがとうございます…」

 

初めこそこいつに警戒はされたが、今はこいつの精神状態も安定している様だ…この分だとあまり執拗に監視しなくても良さそうだな……ま、後は出来ればテレーズの予想が外れてくれると良いんだがな…最も、正直それも見込めない様な気はしているがな…

 

 

 

 

 

……やがて慌ただしい時間も過ぎ去り、明日は普通に平日なのでクレア、アーシア、小猫を寝かせ…そして今日は朱乃とセラフォルーも自分の部屋に行って貰っている(朱乃はともかく、セラフォルーには居て貰った方が良いんだが…明日からまた出張だと言うから無理強いは出来ん…)

 

「…で、どう言う事にゃ?」

 

「いや、テレーズの方から一つ聞かされた話が有ってな…もう少し待て。」

 

「何を待ってるにゃ?」

 

「正確には誰を、だ。」

 

「?」

 

テーブルの上に置かれたビールの缶を開けて口を着ける…っ…来たか。

 

部屋のドアが開き、一人の女が部屋から出て来る…

 

「にゃ?眠れな「黒歌」ん?」

 

私は話し掛ける黒歌を遮り、その女に声を掛けた。

 

「初めまして、で…良いのか?……ガラテア。」

 

「え!?」

 

シスター服から黒歌に借りたパジャマに着替えたその女が口を開く…

 

「記憶は共有してるから自己紹介は必要無い。いつ、私の事に気が付いたんだ?」

 

「いや、気付いたのは私じゃない…まぁ、取り敢えず座れよ…そう警戒しなくて良い。」

 

「説明して欲しいんだけど…一体どう言う事にゃ?」

 

「簡単に言えば…こいつの身体には二つの意識が宿ってるのさ。日中はルナ、そしてルナが眠りに付く夜間にはこいつ、ガラテアが目覚める……そうだな?」

 

私の言葉にガラテアは頷き、胡座をかいて座る…

 

「難儀なものさ、この世界に来た日からずっとこの状態だからな…」

 

「と言いつつ…そこまで不便さを感じてる様にも見えないが?」

 

「三年もこれなら嫌でも慣れるさ…最も、私の活動出来る時間はそう長くないからな…未だにこの世界については分からない事だらけだが…」

 

「それでもどうにかなってる様に見えるのは、ルナの方にこの世界の知識が有るからか?」

 

テーブルの上の未開封の缶を手に取り、ガラテアに差し出す。

 

「ああ。最も、自分の事も分からない奴みたいだがな…それでも、お陰で助かってるが。」

 

ガラテアが缶を受け取り、封を開けて口を着ける…

 

「あー…そっか、あんたとテレーズも元は…」

 

「ああ。だからテレーズもすぐに思い当たったのさ。」

 

「何の話だ?」

 

「私も元は他人と身体を共有していたって話さ。」

 

「……詳しく聞かせて貰えるか?」

 

「構わないが、先ずは今後の事を話しても良いか?お前だってずっとそんな生活するのは不便だろ?」

 

「……それもそうだな…しかし、方法は有るのか?」

 

「さて、お前と私では色々事情が違うからな…まぁ、何か考えるさ。」

 

取り敢えず純粋な記憶喪失よりはマシだが…どうしたものかね…



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#61

「取り敢えず確認するが、あくまで記憶の共有はお前が『ルナ』の記憶を見れるだけで…ルナの方はお前の存在すら知らないんだな?」

 

「ああ。」

 

「……本人はそれで違和感を感じてないのか?」

 

「この世界に来てから三年…あいつが自分の事を不思議がった事は私の知る限りでは一度も無いな…」

 

「生理が来なかったり、食事の量が極端に少ないのはまだ有り得るが…トイレにも行く必要が無いんだろう?」

 

「あいつはな、何故か自分がそうで有るのは普通の事だと思ってるんだよ。私としても理由はさっぱりだ…例の牧師夫婦はそこら辺全く追求して来ないしな……良く考えたら、私も聞かれないのを良い事に自分の事をろくに話してないから余計厄介な事になってる気もするが。」

 

「お前の存在も一応認知はしてる訳か。まぁ、それでも私たちの事を一般人に説明した所で理解を得られる筈も無いがな…」

 

「しかし…この世界にはある意味、我々以上の化け物がゴロゴロ居るんだろ?」

 

……本当に神話級の怪物がわんさかな。こいつからしたら、カルチャーショック極まれりと言った所か。

 

「そうだな、この世界でも上位の連中には逆立ちしたって勝てないだろうよ…言ってしまえば、私たちなど上澄みの連中からしたら吐いて捨てるレベルでしか無いと言う事だ……少しは気が楽だろ?」

 

向こうだと、絶えず暴走の危険が有るにも関わらず…それでもクレイモアは人類に対しての脅威で有る妖魔にほぼ唯一対抗出来る存在だからな…だが、この世界には元々妖魔自体が居らず…私たちに戦いを強要する組織も存在しない、そんなお役目を背負う必要が無い。

 

「どうだかな…上に立つに値する性格なのか?」

 

「ふっ…まさか。大半が破綻者に決まってるだろ。」

 

サーゼクスの様な話の分かる連中などごく稀だ…私が未だに天使陣営と和解出来無い理由の一つだな。

 

「上に居る奴らからしたら下に居るのは虫ケラ以下…そもそも視界にすら入らんだろうな。」

 

「とんでもない世界に来てしまったな…」

 

「最も、お前には関係無い話だがな…」

 

「ん…そうなのか?」

 

「この世界に来てからも三年も人間の振りして生きて来たんだ、今更人外共と積極的に関わる理由も有るまい?」

 

「……確かにな。」

 

ガラテアは自らの意思で戦いを捨てた…クレアたちと違い、組織と戦う道も選ぼうとはしなかった。覚醒者、鮮血のアガサさえ居なければあのままあの町で人として生きていただろう……まぁ、それでも何れ正体はバレていただろうがな。

 

「だからな、お前はこれからの事だけ考えたら良いんだ…今の生活は不便でも、この世界の事は嫌ってないんだろう?」

 

「愛着は有るがな。」

 

「……親に甘える気分はどうだ?」

 

「そんなにガキじゃないさ…最も向こうは、ルナは元より私の事も娘として扱ってくれているがな……そうだな、悪い気はしない。」

 

「なら、そう生きれば良い。」

 

「いや、帰って良いのか?」

 

「……」

 

さっさと国に帰してやりたいが、帰せないんだよな…

 

「肉体の主導権が完全にお前に有るか、ルナの方が自分の身体の事をきちんと把握してるなら問題無かったんだがな…お前の方から伝えられないのか?」

 

第三者で有る私たちから伝えてもあまりに現実感の薄い話になる…本人は自分の事を人間だと信じてる訳だしな…

 

「無理だ…何度か試したが、私の呼び掛けがあいつに届いた事は無い。私が眠っている間あいつが目覚め、あいつが眠ると私が目覚める…ただそれだけの関係性だな。」

 

当時の私とテレーズの関係性はいわば鏡…幸い向かい合う事は出来たし、今では完全に別の存在になった。

 

……だが、ルナとガラテア…話を聞く限りこの二人は最早コインの裏表…お互いの姿を見る事は出来無い。

 

「黒歌、分離出来ると思うか?」

 

私はここまで黙って話を聞いていた黒歌に水を向けた。

 

「多分出来るにゃ、でも…」

 

「ルナの方の影響が計り知れないか?」

 

「最悪、自我が崩壊するかも…」

 

「……そんなにか?」

 

「だって…今まで"そうである"状態で生きて来た訳だから…」

 

「私としては…あいつを消したくないな。」

 

「半身にも愛着が湧いたか?」

 

「三年も同じ肉体に同居してればな。ま、妹みたいな物さ…」

 

もちろん消すとなれば、私としても寝覚めは悪い。

 

「記憶を消すか?」

 

「元々記憶喪失の子にゃんでしょ?これ以上何を消すって言うにゃ?」

 

「そもそも何でそんな状態なんだ?何か心当たりは無いのか?」

 

「さぁな…私にもあいつの分かる事しか分からん…」

 

「……と言う事は、更に空白の時間が有ると?」

 

「少なくとも私がこの世界で目覚めた時には既にあいつと身体を共有していた…当初知らない奴の記憶が頭の中に有って、面食らったのはこっちだ…おまけに、どうにかしようにも昼間は私も何も出来無いしな。」

 

「長時間は起きてられないのか?」

 

「遅くても夜明け前には私も眠ってしまうな…加えて言うと、あいつが夜起きていたら私は出て来れない。」

 

「成程、だから昨夜私が会ったのはルナだったと…と言うか、あの後ルナに睡眠を取らせたんだが?」

 

「それなんだがな、何故かあいつが寝てても私が出て来れない時が有るんだ…」

 

……まさか。

 

「段々出て来れない時の方が多くなってるとか言わないか?」

 

「鋭いな。」

 

これは、早急に手を打たないと不味いかも知れんな…

 

「もしかして、少しずつ食われて行ってる…?」

 

「恐らくな…」

 

このままだとガラテアの方が先に消える…

 

「やはり、そうなるか…」

 

「今お前に消えられては困るな…ルナでは間違い無く抑えられず、覚醒してしまう。」

 

やはり、無理にでも分離するしか無さそうだ…

 

「ガラテア、まだ起きてられるか?」

 

「……正直…今日はもうそろそろキツいが、何をすれば良いんだ?」

 

「妹へのビデオレターを撮るのさ。」

 

私は携帯のカメラを起動する……さて、先ずはルナに自分の身体の状態を知って貰う所からだな…受け止め切れるか分からんが、それでも受け入れて貰わないと困る…全く、どうして最近はこう厄介事ばかり舞い込むのか…この一件が無事に済んだら、本当にお祓いに行くべきかも知れんな…



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#62

「あー…もう喋って良いのか?」

 

「録画出来る時間はあまり長くない、お前もそろそろ限界なんだろ?早く話せ。」

 

「分かった…んんっ…あー…初めまして、と言っておこうか。私はガラテア、言ってしまえばお前の同居人だ。」

 

「その説明じゃ分からん…もっと具体的に言え。」

 

「そもそも私からしたら、今になってこんな説明するのかと言う感じなんだが…」

 

「仕方無いだろ、ルナの認識は一般人と変わらないんだからな…」

 

「もう…一々茶々入れてたら話が全然進まないにゃ、先ずは好きに喋らせたらどうにゃ?」

 

「それもそうか…」

 

時間が無いのが分かってても、ついついツッコミを入れてしまう私に黒歌からストップが入る…仕方無いだろ、あまりに見ててもどかしいんだから。取り敢えず一旦撮影を止めて、再びカメラを起動する…

 

「ん…良いぞ。」

 

「ああ……私はガラテア、お前と同じ身体の中に居る…いわばもう一人のお前だ。こんなチャンスは当分無いだろうし、親睦でも深めたい所だが生憎時間が無い…それは何れ対面出来た時に取っておくとして、これからするのはお前にはあまりにもショックな話になる…だが、お前のこれからにも関わる大事な話だ…しっかりと聞いていて欲しい。」

 

そこで、ガラテアが一度言葉を切る…一息吐いてから、再び口を開いた。

 

「良いか…?お前と私は…」

 

 

 

 

 

「こんな物で本当に良かったのか?」

 

「ああ。伝わらなかったら補足はこっちでしてやる、結局重要なのはお前から話したと言う事実だ…別に全てがこの映像で伝わらなくても良いのさ。」

 

自分と寸分変わらず同じ顔の人間が、自分の知らない事を話している…先ずはその状況さえ、ルナが認識出来れば良いんだからな。

 

「何と言うかすまんな…来て早々、本当に迷惑を掛ける…」

 

「ルナにも言ったがな…気にするな、色々巻き込まれる事には慣れている…」

 

「……もし、無事あいつと分離出来たら…その時は「その先は言わなくて良い」ん?」

 

「お前はこれ以上こっちに関わらなくて良いと言ったんだ。生きろ、人間としてな…」

 

事が済んだら、サーゼクスとアザゼルにはこいつから手を引いた方が良いと伝えるつもりだ…こいつが今後こちら側に来る事は無い。

 

「しかし、それでは「ガラテア」何だ?」

 

「どうだった?人の営みの中で生きるのは?」

 

「……」

 

「良いか?それはな、お前にしか出来無かった事なんだ…組織から逃れる事が出来ても、大抵の奴は人とは関わらずに生きるんだ…そして、一生一人で自分の身体に向き合って行く…間違っても人間を食う事が無い様に…皆臆病なんだよ、粛清対象として自分を探す組織の追っ手に怯え、自分自信にも怯えて…そんな生き方をずっと続ける…それがほとんどの離反者の行く末だ…だが、お前は違った…お前は、確かに人間として生きていた…」

 

「……少なくとも、お前だって出来ているじゃないか。」

 

「そりゃそうだ、私とお前では事情が違う…さっきチラッとだが、話しただろう?始まりからして異なるんだよ。」

 

「こことはまた違う観測世界からの転生者で、しかも妖魔すら存在しない世界からやって来たんだったな…且つ、いきなりその身体にされて…ずっと手探りで今日まで生きて来たと…」

 

「妖力解放のやり方こそ何となく分かってはいても、習った訳じゃないからな…覚醒してしまう可能性を考えたら危なくて出来る訳も無い。もっと言えば大剣なんて一度も振った事も無い…最も、そもそもこの身体になる前の事なんてろくに覚えてないからそれも怪しいものだが…」

 

「ただ言えるのは、お前らの居た世界やこの世界の裏を知る奴からしたら呆れる程…平和ボケした世界からやって来たのは間違い無いだろう…しかも今でこそこの世界の治安もそこまで悪くないが、当時は戦時下。私も否応無しに戦闘に巻き込まれた…」

 

「戦時下だと?」

 

「悪魔、天使、そして堕天使の三大勢力による戦乱…よりによって私はその真っ只中、この世界にやって来た…当然、得体の知れない私は当時三勢力全てに狙われた…今、こうして生きているのが不思議なくらいだな。」

 

と言うか、今じゃ敵だった悪魔の庇護を受けて生活しているのだから本当に奇跡的と言えるだろう…

 

「四方八方…何処を見渡しても敵しか居ない、そんな状況で出来る生き方など決まっている…」

 

「……」

 

「だからな、今こうして人の様に私が生きてるのは結果論なんだよ…元はと言えば自分で選択した覚えも無い。」

 

気が付いたらそうなっていた、今でも私はそう思っている…最も、確かに切っ掛けとも言えるクレアを引き取ったのは私の意思では有る…だが、仮にクレアに出会わなければ…情勢の安定している今ですら、私は世捨て人のままだった筈だ…何なら、普通に指名手配されているはぐれ悪魔たちと同じ扱いだっただろう…ここに居る黒歌とだって、一緒に生活するどころか戦闘になっていたかもな……と、もう良いか。

 

「ま、とにかくだ…これでも私はお前を尊敬しているんだぞ?仮に私がお前らの世界で生きていたとしても、お前と同じ生き方は出来無かったとハッキリ言い切れるからな。」

 

「そこまで大層な事をしたつもりは無かったんだがな…」

 

「素直に賛辞として受け取れ、嫌味でも皮肉でも無い私からの率直な感想だからな。」

 

「……お前の言い分は分かった。だが、それで済ませろと?恩を感じてる私の感情はどうすれば良いんだ?」

 

「そう言うな。大体、成功するとは限らないぞ?」

 

私とテレーズの場合ですら、いくつもの奇跡が重なって漕ぎ着けた例と言って良い。下手したら、あいつの存在は消えていた可能性の方が高かった…そして、こいつの状況はある意味あの時より酷い。

 

「今現在身体から追い出されてかけているのはお前だが、そもそもその身体はお前の物の筈だ…何故お前の方が消え掛けているのか、その原因が分からなければどうしようも無い。」

 

「私を身体から出せば良いんじゃないのか?と言うか今更だが、そもそもそんな事が出来るのか?」

 

「出すだけならな…そこは気にするな、嘗て私も通った道だ…成功例がここに居る以上、少しは気楽に考えてくれて良い。」

 

「それ、やるのは私にゃんだけど?」

 

「協力する気が無いと?」

 

「そんにゃ事言ってにゃいじゃない…」

 

「まぁ、そこら辺…任せても良いんだな?」

 

「まぁね…ただ、一つ訂正。」

 

「ん?」

 

「出すのはあんたじゃ駄目にゃ。身体を用意して、ルナの方を移す必要が有るにゃ。」

 

「残るのがルナでは、その身体を制御出来無いだろうからな…」

 

「成程、確かに…そうか、その場合…やはり消え掛けてる私の事が問題になるのか…」

 

「お前は消えても良いとか思ってそうだがな、ここでお前が消えたらこっちの後味が悪いんでな…お前が消える原因を突き止めないとならん…ま、移したらその兆候が完全に消えた、とかなら話は早いがな。」

 

「……本当に、恩を返し切れなくなりそうだな。」

 

「だから言ってるだろ?要らない。強いて言うなら、見せてくれ…その身体でも人間として生きる姿を、お前のその生き様をだ…」

 

存在を忘れていたから説得力は無いが、こうして改めてこいつと出会って思う…誤解を恐れずに言うなら私はこいつのファンだ、私はこいつに惹かれている…『テレサ』とは別のベクトルで確かな憧れを抱いている…

 

「分かった…改めて、『私達』の事を頼む。」

 

「ああ。」



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#63

その後ガラテアが宛がった部屋に戻るのを見送り、ドアが閉まると同時に溜め息を吐いた…

 

『あいつのケアをするってなると、しばらくは普通の生活を送れないな…』

 

『そうね…』

 

当然小声での会話になる…あいつでもルナでも良いが、どっちにしても聞こえてしまうからな…

 

『と言うか、本当にこれからどうするの?』

 

『先ずはルナの方の協力を取り付けないとならん…アザゼルとの交渉が上手く行かないとははなから思ってないが、問題はルナだ…人間として作るにしろ、身長体重などのデーターが取れないとアザゼルもさすがに身体は用意出来ん…』

 

『ガラテアが出てる時にデーターを取るとかは?』

 

『それも手だが…そもそも肉体は同じなんだから、男に自分の裸見られる点は変わらないぞ…』

 

『大体においてそこが問題にゃのよね…こっちで身長や体重測れないのかしら?』

 

『まぁ、私たちの時程…念入りに測る必要は無い筈だからな…データーが有るなら作れる、と言う可能性は有る…最もまだ分からんが。』

 

『てか、アザゼル…本当に受けてくれるの?』

 

『あー…それに関しては問題無いな。』

 

『にゃんで?』

 

まぁ、私としてはあんまり認めたくないのだが…

 

『……ふぅ…あいつは私にベタ惚れだからな…最低でも一日、あいつの為に付き合えば大体の頼みは聞く。』

 

『本気になられたり、みたいのは…』

 

『無いな。…と言うか、多分あいつは本命は別に居るからな。』

 

『そうにゃの?』

 

『確証は無いがな…』

 

最も、恐らく天使の方に居るからどうしようも無いのだが…そもそも天使の方は肉欲はご法度だからな…

 

『本命が居るのに、あんたにアプローチ掛けてるにゃ?』

 

『その辺はあいつにも色々有るからな…私としては一日付き合うだけで、向こうは大抵の頼み事は引き受けるから良いと思っているんだがな……デート代も向こう持ちだしな。』

 

『そうは言っても『と言うか、何なら他の奴同伴でも気にしないからな…あいつは』まぁ、確かに私も奢って貰ったけど…』

 

『ま、それに今回は問題無い。』

 

『ん?にゃにが?』

 

『例のミリアが接触して来た時の一件は貸しにしてあるからな、それを盾に協力させようかと思っててな…』

 

『……さすがに酷くにゃい?』

 

『そう思うか?』

 

『アザゼル、最近もずっと忙しいんでしょ?』

 

『まぁな…正直に言えば、罪悪感が無くも無い。』

 

『……あんたが付き合う以外に何か方法無いの?』

 

『あいつ、金は全く受け取らないんだよな…よっぽど私にご執心の様でな…』

 

『つまり、デート行くしか無いと…』

 

『そのまま更にホテルまで行ってやれば少しは癒されるんだろうな…もちろん私がそう思ってるんじゃなく、あいつがそう言ってるんだがな… 』

 

……正直毎回思うが、俗に言うマグロ状態の私とヤッて何が楽しいのか聞きたいのだがな……何せ余程力入れてやってくれないと、良くも悪くも私の身体は反応しないからな…

 

『それを私の前で言うんだ?』

 

『お前が貸しを盾に協力させる事について、酷いんじゃないかとか言ったんだろ?』

 

『そうだけど…』

 

『まぁ、あくまで考えてるってだけだからな…今回はやはり借りを返させるつもりだ。』

 

『不憫にゃ…』

 

『ん?アザゼルと出掛けても良いのか?』

 

『うー…』

 

『まぁ、今回は行かないからそんなに唸るなよ…』

 

ま、アザゼルが協力してくれても、結局ルナが嫌がったらどうしようも無いんだがな…



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#64

やがて黒歌の方も眠りに付いたが、私は何となく起きている…時計は既に深夜三時を回っている…正直今から寝ても仕方無い…今日はこのまま徹夜の流れになるか…

 

まぁ、ルナの世話をする事を考えれば明日はさすがに仕事には行けないだろう…今の所、クレアを除けば比較的信用を得られてるのは私だけだからな…

 

「ふぅ…」

 

飲んでいたビールの缶をテーブルの上に置く…元々、個人的な感想を言わせて貰うなら別に私はアルコールの味が好きではない…あまり酔いを感じる事も無いしな…

 

「……」

 

ただ、飲んでる間は余計な事を考えなくて済む…実際、素の私はどちらかと言えば相当ネガティブなタイプだろう…あいつらも、そこら辺分かってて付き合ってくれてる節は有る。大抵は先に酔い潰れるが…まぁ、それでも…あいつらが近くに居る間は私も陰鬱な考えに浸る事は無い…最も、時々は今の様に一人になりたい時も有る…複雑な思考の果てに決して答えが無いとしても、こうして埋没して行きたい時は有る…

 

そして、今私が考えているのは…

 

「結局…どうして私はここに居るのだろうな…」

 

……もちろんそれに関してはもう答えは出てる筈だ、私は…単にあの糞神の暇潰しでこの世界に送り込まれただけなのだから…だが、それ以上に…

 

「あれだけ一人で居る事に固執していた私が…今では大所帯の中で生活しているのか…何とも、滑稽な話だ…」

 

贅沢な話だ…日中は充実を感じる事も有る癖に、こうして夜に一人切りになると…今の状況に何とも言えない煩わしさすら感じてしまう…

 

「……ん?」

 

外に繋がるドアから物置が聞こえ、私は我に返る…かなり小さな音だが、これはノックをしてるのか……時間を考えれば、無視するのが正解だろうが…

 

「……ヘレン?」

 

テレーズ譲りと言うべきか…私の今の妖気感知能力は同じクレイモアで、知り合いで有れば分かるレベルに有る様だ…しかし…ヘレンか。ミリアとは同僚になった事も有り、それなりに会話はするが…正直ヘレンとデネブに関してはあまり親しいとは言えん…少なくとも夜中に訪ねて来られる言われは無い筈だ…

 

「ふむ…」

 

微かでは有るが、ノックの音は続いている…この部屋にクレイモアは私しか居らず…加えて向こうは私が起きているのは感じ取れている筈…このまま無視してても角が立つか…最も、特に用が無いならこんな時間に訪ねて来て欲しく無いのが本音だ…この部屋に住んでるのは私だけでは無いのだからな…

 

「ハァ…」

 

仕方無く私は立ち上がり、玄関まで向かう…先ずは声を掛けるか。

 

「おい、やめろ…私以外の奴はもう寝てるんだ…」

 

ノックが止まる…少しして…

 

「悪かったよ…でも、あんたは起きてただろ?」

 

「そう言う問題じゃない…他の奴の事も考えろ。」

 

考え事を邪魔されたせいか、私は少々イラついているらしく口調もキツくなってるが…それでも文句を言う権利は有ると思っている…この状況で一番最悪なケースがルナが起きて来る事だ…奴はさっきまでガラテアとして起きていたからな…このまま今度はルナとして起きて来たらどんな影響が有るか分からん…出来ればあいつには朝まで寝ていて貰いたい…

 

「だから悪かったって……なぁ?」

 

「何だ?」

 

「……入っても良いか?」

 

「何か用か?」

 

「……」

 

いや、そこで黙り込むなよ…何なんだ一体…?ハァ…最近の私は溜め息ばかり吐いてないか…?

 

「分かったよ…だが、静かにな?」

 

「おっしゃ!そう「やめろ…静かに出来無いならこの話は無しだ」悪かったって…」

 

早速デカい声を出すヘレンに釘を刺す…全く、言ってる側からこれだからな……最も、それでも私は案外…この状況を喜んでいたりするのかも知れんがな…



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#65

「なぁ…これ、飲んでいいのか?」

 

「……好きにしろよ。」

 

部屋に入るなり、テーブルの上に有ったビールの缶に注目するヘレン…本当にこいつ何をしに来たんだ…?

 

「へへっ…どうせなら一緒に飲まないか?」

 

……良く考えたら、ヘレンは普通に酔っ払うタイプだった様な気が…まぁ、ビールなら大丈夫だと思うが…

 

 

 

 

とまぁ、そんな感じで…私は今、ヘレンに酒を飲む許可を出した事を後悔していたりする…

 

「だからよぉ…あんたはさ、あたしらに遠慮してる気がすんだよな…」

 

「あー…そうかもなぁ…」

 

ヘレンの言葉に私は雑な相槌を打つ…まぁ、これが言いたかったのは分かるが…何せもうこの話は五回目だからな、さすがに飽きて来た…

 

……正直、酔っ払いに何言っても無駄な様な気がするが…一言言っておく方が良いのか?

 

「ヘレン。」

 

私はヘレンの方に顔を向けずに、声を掛けた。

 

「んあ?」

 

「……私はな、踏み込んで欲しくないのさ…私とデネブは…違う。」

 

何だかんだ、こいつが私の事を気に掛けてるのは分かっていた…だが、私からすれば余計なお世話だ…正直、今更…と言う想いも有る…

 

「……あんた、本当にそれで良いのか?」

 

ヘレンの口調に違和感を感じて、そちらを見る……こいつ…

 

「酔ってたんじゃなかったのか?」

 

「さてね…てか、あんたそれで良いのか?」

 

「……ああ。お前にだって有るだろう?口出しして欲しくない事の一つや二つ?」

 

「言いたい事は分かるし、実際あたしにも有るけどさ…でも、あんたの場合…相当根が深そうに見えるけど?」

 

……ミリアにもそんな事を言われたかな。

 

「良いんだよ、この悩みは私だけの物だ…悩むのは私の権利だ。」

 

「義務になってたりしないか?」

 

「そうだとしても…お前には一切、関係が無い。」

 

「そんな寂しい事言うなよ…力になりたいとか、思ったら駄目か?」

 

「何故、そんなに私の事を気にする?」

 

正直嫌ってるとまでは言わないが、こいつとのファーストコンタクトは最悪だ…寧ろ私の方がこいつから嫌われていても不思議は無い……ミリアには友人だと言ったがな、少なくとも今日までほとんど絡んで来ないから嫌われているのだとばかり思っていたのだが…

 

「いや、だって…あんただって仲間じゃんか。」

 

「私はまた事情が違うのだがな…」

 

「結局は同じだよ、姉さんも…デネブだってそう思ってるさ…」

 

実際のクレイモアとの乖離…出自の違いすら私の悩みの一つなんだが、あっさり仲間だと言われたな…

 

「そう言ってくれるのはありがたいんだがな…それでも言えんな。」

 

「何でだよ?」

 

「悩みの大半は私の生まれが関係している…そうなると、お前にも助言は出来無いだろう?」

 

「そんなの聞いてみないと分かんないじゃんか。取り敢えず言ってみなよ…少なくとも、あんたの家族にだって言わないしさぁ…」

 

しつこいな…まぁ、こいつがそう簡単に諦める訳が無いか…ある意味、私以上に拗らせていたデネブを懐柔した程だからな…

 

「ハァ…分かったよ、確かに堂々巡りの思考にも飽き飽きしていたしな…」

 

「お、話してくれるのか…じゃあ、言ってみな「アホ、後日に決まってるだろ」いや、ここは語る流れだろ?」

 

「もう夜が明けるだろ?今日はそろそろ帰れ。」

 

「ちぇ…まぁ、仕方無いか…分かった、今日は帰るよ…で、いつ会う? 」

 

「わざわざ予定決めるのか?」

 

「あんたの場合、決めないと無かった事になりそうだしな…」

 

ちゃっかりしてるな…

 

「じゃあ今夜な…」

 

「今夜?随分急だな…」

 

「不服か?」

 

まぁ、今日は平日で明日も普通に平日なんだがな…

 

「いや、良いよ…会うのはここでか?」

 

「いや…今日からセラフォルーが出張でな、部屋が空くんだ…そこを使う。」

 

どうせ朱乃はこっちの部屋に来るだろうしな…

 

「分かった、今夜…隣の部屋でだな?ちゃんと来いよ?」

 

「……まぁ、約束は守るさ。」

 

「その間は何だよ?」

 

「あんまりしつこいと無かった事にするぞ?」

 

「何だよ、その変な脅しは…」

 

「約束は今夜隣でだ…何か文句が有るのか?」

 

「無いって…面倒臭いな…」

 

その言葉は…そっくりそのまま返したいな。

 

「まぁ、とにかく今夜隣でな。」

 

「ああ…深夜に来るなよ?」

 

「あー…何時ぐらいに来たら良いんだ?」

 

「……携帯の番号を教えろ、こっちの都合の良い時間に連絡してやる。」

 

「了解…ほら。」

 

ポケットから取り出した携帯をそのまま私に渡して来る…おいおい…

 

「何の真似だ?」

 

「いやぁ…実はあたし、まだ交換の仕方良く分からないんだよなぁ… 」

 

……ミリアは普通に使えてたな…と言うか、分からないからって普通に相手に携帯を渡すのか…別に見られて困る物は入ってないんだろうが…取り敢えず私はヘレンの携帯の番号を確認する…赤外線を使おうかと思ったが、こうなるとこのままコレに電話した方が早いな…電話番号を押していく…ヘレンの携帯が鳴った所で電話を切った。

 

「……番号の登録の仕方くらいは分かるだろ?それぐらいは自分でやれ。」

 

「おう、サンキューな。」

 

「良し、さっさと帰れ。」

 

「そう邪険にすんなよ。片付け位は手伝うぜ?」

 

まぁ、ビールの空き缶がテーブルの上に大量に残ってるしな…最も、袋に詰めるだけだから正直一人でも全く問題無いんだが…

 

「ふむ…じゃあ頼もうか。」

 

「あいよ。捨てるんだろ?どうすれば良い?」

 

「……そこのゴミ袋に入れれば良い。」

 

…と言うか、良く考えたら今日が缶を捨てる日だな…この後捨てて来るか。

 

……やれやれ…結局徹夜してしまったな…まぁ、途中からその気だったから良いと言えば良いのだが…



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#66

「……」

 

既に夜も明けた、ヘレンは帰ったし…今日これからの事を考えるべきなのだが…

 

「むぅ…」

 

いや、とにかく眠いのだ…クレイモアには本来睡眠は必要無い筈なのだが、あの半覚醒以来…私の身体は時折まるで人間の様な反応を見せる…食欲も普通の成人女性並には有るし…何ならトイレにも行かないとならん…

 

「こう言う時、こうなる前の頃が羨ましくなるな…」

 

私の場合、確かに半覚醒前より身体のキレが良くなったとは感じるし…使いこなせさえすれば強いと言えなくも無い能力も手に入れたが…まぁ、中途半端としか言えないのが本音では有る…

 

「上位互換が既にこの世界に居るから、尚の事そう思うな…」

 

実際、一度はあいつを出し抜けた…だが、仮に次が有れば攻略されるだろう…二度目は本当に勝てる気がせんな…

 

「しかし…聞かれないならそれでも良いんだが、あいつは気にならないのだろうか…」

 

まぁ、見たのはあいつだけじゃないがな…全員、特に確認はして来ない…何せ、あの三大種族の会合の際の戦いの時だって使わなかったんだがな……出し惜しんだと言うより、乱戦では使いにくかったせいだが。

 

「ふぁ……いかんな…」

 

頭を働かせていると余計眠い…私は思考を打ち切る事にする…

 

「飯でも作るか…」

 

結局朝まで起きてたんだから、たまにはそれくらいやるべきだな…さて、今日の当番は…

 

「……アーシアか。」

 

あいつは割と朝は早い、聞けば祈りの時間を取ってるからだそうだ(私やクレアは良いが、他の面子は悪魔だからな…第三者が唱える祈りの言葉でも耳に入った時点でそれなりにダメージが有るらしく、あいつはそこら辺気を使って朝に多目に祈る時間を取る様にしているとか…)

 

「さっさと準備するか…」

 

取り敢えず私は台所に入り、冷蔵庫のドアを開けた。

 

 

 

 

 

夜は既に明けているとは言え、私が作業を始めてから数十分程でやって来たアーシアに驚きつつ…手を進めて行く…

 

「テレサさん、大丈夫ですか…?」

 

「ん?…ああ、大丈夫だ…」

 

「……代わりましょうか?」

 

「いや、自分の作業に集中しろよ。」

 

「だって…何か手付きが危なっかしいので…」

 

まぁ、半分寝ながらやってるしな…

 

「私の場合包丁で切った程度なら治るし、何ならお前が治してくれるだろう?」

 

「あのですね…もし指切り落としたら、私だって治せませんよ?」

 

「その時は私の方で治せるから問題無い。」

 

「もう…そうならない様に気を付けるのが普通でしょう?切り落とす前提で返事しないでください…と言うか、そうなったらテレサさんの血の着いた物を食べる事になるんですけど……まぁ、かえって喜びそうな人たちが居ますけどね…」

 

……こいつも最近遠慮が無くなって来たな…

 

「そうだな、気を付ける…」

 

「……いや、やっぱり代わってください…同じ怪我でも火傷の方がまだ私も治せますし。」

 

「ふぅ……分かったよ。」

 

遠慮が無くなったのは良いが、最近私はアーシアに色々小言を言われる事が多い気がする…正直、昔のグレイフィアを思い出すから微妙な気分になるんだよな…



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#67

粗方朝食の用意が済んだ辺りで、アーシアにわざわざ朝飯の準備の為に早目に出て来たのかと問えば呆れ顔をされた…

 

「何だ?」

 

「……テレサさん、ルナさんのお仕事…何か分かりますか?」

 

「シスターだろ?」

 

「そこまで分かってるなら分かるじゃないですか…多分、今日は皆さん早目に起きて来ますよ…」

 

「……あ、そう言う事か。」

 

そこまで言われて漸く思い当たる…如何に色々忙しくなりそうなシスターと言えど、冬場ならまだしも…夜明けの比較的早い夏季期間の明け方から起きてるのは普通に考えると少々早過ぎる様に思う…要はウチの面子がいつも通り朝食を食べようとすると当然ルナと鉢合わせして祈言を聞く羽目になるのだ…改めて考えるとシスターで有ってもウチの連中に気を使って食事時に祈らないアーシアが特殊なんだよな…その分、朝に早起きして祈ってるみたいだが…

 

「すっかり忘れていたな…」

 

「私の所と教義自体は違うかも知れませんけど…神様に祈る言葉で有る事には変わりありませんしね…」

 

「何と言うか…済まないな…」

 

「……別にテレサさんが悪い訳じゃないでしょう?それに、私は好きで皆さんと一緒に暮らしてますし…」

 

「ま、それなら良いんだがな…」

 

アーシアはあいつらに気を使うのはもちろんだが、特に祈言を聞いても影響の無い私とクレアに布教をしたりはして来ない。以前理由を聞いてみた所…

 

『お二人が望むならまだしも…無理強いしたい訳じゃ有りませんし…それに、私…まだ学生で正式なシスターとも言い難いですから…』

 

そもそも…この国に来る前こいつの居た教会はこいつの存在自体無かった事にもしているだろうから、こいつが普通にシスターを名乗る事自体無理が有るかも知れんがな…

 

「アーシア。」

 

「何ですか?」

 

「ルナにしろガラテアにしろ、あの二人はシスターを務めていた女だ…相談事が有るなら、あいつらに言ってみろ。」

 

「……でも、今お二人は色々大変なんですよね…?」

 

「ガラテアは現状夜しか出て来れないし、ルナだってあの身の上で特に回せる仕事とかも無いからな…どうせどっちも当分は暇だ…」

 

切羽詰まってるのは確かだが、アザゼルだってアレで色々忙しいし…呼び出したってすぐには来れない上、身体だってそんなに早くは出来上がらん…結局どうしたってあの二人は暇なのだ…

 

「ルナなんてまともにシスターやってたなら、さすがに何もしないって言うのは耐えられないだろう…大いに頼って良い筈だ……」

 

ま、あいつからも何処と無くお人好しの雰囲気が出ていたしな…

 

「なら…あ、でも…言葉が「私が分かるから通訳してやる…と言っても、ルナはイングランドから来てるからな…普通に母国語は英語だ。お前なら落ち着いて聞けば自分で理解出来ると思うぞ?」それなら…どうしても通じなかったらテレサさんを頼ります。」

 

「私も現状は割と暇だからな…いつでも呼べ「と言うか、テレサさんに相談したら駄目なんですか?」私は無神論者だ、悪いがお前のそう言う悩みに答えは出せん。」

 

「……」

 

いや…何もそんなに凹まなくても良いだろ…私はアーシアの頭に手を置いた。

 

「そんな顔するな…別にどうしても私が良いと言うなら構わないぞ?」

 

「はい…」

 

……そう言えば、アーシアの頭なんて普段そんなに撫でないな…こいつは結構しっかりしてるからなぁ…もっと言えば普段朱乃が甘えん坊なだけで、高校生と言う歳頃を考えたら無闇にそう言う事をすべきでは無いかと思っていた…ただ、今のアーシアの反応を見ていると…偶にはやってやるべきなのかとも思う…



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#68

あれから更に二時間程経過しただろうか…ルナは予想より少し遅めの時間に部屋を出て来た。

 

「えっと…皆さんは…?」

 

「ん?…実はこの家の連中の大半は割と朝は早い方でな、もう飯食って仕事に行ったんだ。」

 

「……そう、ですか。」

 

……ルナの少し硬い表情を見ながら思う…まぁ、さすがに早いと気付くか。最も、ある程度遠くの会社に電車で通うサラリーマンなら…寧ろ少し遅いとも言える時間でも有るんだがな…

 

「一応、朝飯はお前の体質に合わせて少な目にしたが…大丈夫か?」

 

「ええと…正直に言うと、十分過ぎる程です…」

 

「そうか…ま、多かったら別に残しても良い。」

 

「え…でも…」

 

「気にするな。どっちみち、またお前の口に入る物だからな。」

 

どうせこいつも半覚醒前の私と体質はそう変わらん筈だ…固形物はほとんど食べられないのは分かっている…要するに、今こいつの分はスープとパンしか出してないんだから取っておくのは容易なのだ。

 

「そう言う事なら…」

 

「この程度で多いなら、こっちは経済的負担はほぼ無きに等しい。……ま、とにかく全く気にする必要は無いと言う話だ。」

 

と言うか、今はこの中では私の方が最も食べる量が多いのは皮肉だな…元々、クレアとアーシアは少食だからな…それでも、さすがに二人はルナよりは食べるだろうが。

 

「はい…」

 

……そう言っても気にするよな…いや…私の言い方が悪いのも分かってるから、ジト目を向けるのをやめてくれ…アーシア。

 

「ほら、ルナお姉ちゃん…食べよ?」

 

「……そうですね、じゃあ…」

 

ルナが両手を胸の前で組み、口から祈りの言葉を紡いで行く……まぁ、あいつらと違って私は聞かされても特にダメージは無いが…退屈には感じるな…最も予想してたよりは短く、数分程であいつの口は閉じ…両手を下ろした。

 

「えっと…すみません、お待たせして…」

 

「いや、良い…私とクレアは別にお前の信仰を妨げる気は無いからな…もっと言えば、ここに居るアーシアはシスター見習いだ……最も教義は違うだろうから、話もあまり合わないかも知れないが。」

 

「え?そうなんですか?」

 

「ええ…ただ、今は私は務めてる教会は有りませんし…ほとんど普通の学生と変わりませんけどね…それと、一つ良いですか?」

 

「何でしょうか?」

 

「……私とここに居るお二人は問題無いですが、他の方々はその…宗教関連の話は苦手なのでそこだけ気を使って貰えたらな、と。」

 

……私から言うつもりだったんがな、アーシアに言わせてしまったか…

 

「あー…すまんな、さっきも言った様に私とクレアは気にしないんだが…他の連中はどうもな…」

 

「あ、いえ…日本人の方はそうだと聞いた事が有りますし、そう言う事でしたら…」

 

あいつらにとっては苦手どころか、ほとんど命に関わるレベルだろうがな…

 

「……まぁ、どうしてもそっち方面で気になる事が有ったらアーシアに相談してくれ。私とクレアは苦手って程では無いが、特に神を信仰するつもりも無くてな…」

 

「いえ、本当に大丈夫ですから…どっちにしても私、今は聖書を持ってないですし…」

 

……あ、そうか…こいつはほとんど着の身着のままこっちに来たから、それも当然所持してないよな。

 

「日常的に目が見えないってなると、当然点字印刷の聖書か…そうだな、出版社とか具体的な教義の内容を教えてくれればそれくらいこっちで用意してやろう。」

 

「え…でもそんな「気にするな、しばらくは向こうに帰れないんだ…お前には無いと困るだろう?」でも…」

 

渋る気持ちも分からないでも無い。聖書は普通の本屋でも探せば見つける事は出来るが、何せ値段は決して安くは無い……ましてや、製作に手間のかかる点字印刷ともなれば…その値段もさらに跳ね上がる事だろう。

 

「気にするな、こっちもちょっとした伝手が有るから…多少安く手に入れられるだろう。」

 

……嘘だがな。まぁ、ミカエルに頭下げれば本当にタダで手に入るかも知れんが…正直、死んでも御免だ…

 

「……本当ですか?」

 

「ああ、だから気にするな。」

 

と言うか、宗教に興味が無いと言ってるのに宗教関係者に伝手が有ると言うのをこいつは怪しいと思わないのだろうか…騙されてくれた方がこっちも気が楽だが。

 

「その…何から何まで「気にするな」でも「何度も言わせないでくれ」あの「腹減ってるんだ、もう良いだろ?」はい…」

 

別に実際はそこまで空腹では無いが…正直このやり取り続けるのが面倒だからな……分かってる、分かってるから二人してそんなにジト目を向けるな…全く、やりにくいな…



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#69

「あの…何かお手伝い出来る事は…」

 

「ふむ…申し訳無いが、見えない以上…お前に出来る事は無いな…」

 

「……そうですか。」

 

あれから全員朝食も食べ終わり、クレアとアーシアを送り出した後…私は何となく本のページを目で追いつつ…リビングでボーッとしていた。

 

「三年も見えないまま生活してたんだ、向こうでは何処に何が有るかも大体把握してたんだろうが…残念ながらお前はまだこの部屋の構造も良く分からんだろう?」

 

目が見えない奴に良く有るのが…自分の家や友人の家等…勝手知ったる場所はどれだけ広くても、記憶を頼りにほぼ杖要らずで移動出来ると言う事だ。だから本来で有れば私が教えれば普通にこの部屋で過ごせた……だろうな、ここが普通の構造のマンションの一室で有ればな…

 

「見えないからはっきり分からないだろうが、ここは部屋の中に階段が有ってな…危ないからウロウロしないでくれ、頼むから。」

 

教えれば部屋の何処に階段が有るかは覚えられるだろうが、正直何をするにしても一人で上られでもしたら足踏み外して落ちる予感しかしないからな…外階段と違って手摺りは有っても壁は無いから、手摺りから手が外れたら…最悪まともに受け身も取れないまま下の床まで真っ逆さまだ……一応下まで落下しても、この程度の高さなら半人半妖の身で死ぬ可能性は低いだろうが…もし怪我を治す為に無意識に妖力解放なんてされたら、多分こいつはそこから覚醒までまっしぐらだ…自覚の無いまま覚醒した奴を半覚醒の状態まで持って行くなど私には無理だ…

 

隣の部屋にテレーズは居るが、今のあいつに手伝わせる訳にも行くまい…まぁ、オフィーリアにも残って貰うべきだったのかも知れんがな…

 

「はい…すみません「一々謝るな…好きに寛いでくれてて良い」はい…」

 

それきり私の横に居たあいつは口を閉じる…ハァ…やはりやりにくい…暇なのは分かるし、こいつなりに私に気を使おうとしてるのも一応分かるんだがな…日中から寝室に篭ってろとも言い難いからここに残したが、失敗だったか…

 

そもそも…私がこうして仕事を休んで部屋に居るのもほとんどこいつに対する監視の意味合いが強い。元々…こいつに身の回りの世話なんてほぼ必要無い。何せこいつはトイレには行かないし、それ以前に食事もろくに取らないからな…

 

「そんなに暇なら付近を散歩でもするか?付き添いはしてやる。」

 

私を読んでいた本を閉じた。

 

「え…でも、本を読まれてたんじゃ…」

 

まぁ、音は聞こえるか…最も、邪魔をしてると分かるなら初めから声を掛けるな、と言う一言は何とか飲み込んだ…さすがにそれは意地が悪過ぎる…

 

「構わん…実は昨日夜更かしをしてしまってな、眠気でほとんど頭に入って来ないんだ…眠気覚ましにはちょうど良い……で、来るか?」

 

「その…ご迷惑で無ければ…」

 

……あ、そうだ。

 

「これから先、私や他の奴がお前に付いたりはするだろうが…それでも外を出歩くならやっぱり杖は要るよな?ついでに見に行くか?」

 

「え…でも…」

 

「何度も言うが、金銭面については別に気にするな…何だかんだ私は高給取りなんだよ。それに、無理なら無理だと初めから私は言うさ…」

 

「本当にすみま「しつこい、そろそろ謝罪以外を口にしてくれないか?」……ありがとうございます。」

 

……別に感謝の言葉を聞きたくてやってる訳じゃ無いが、それでも何度も謝られるよりは良い。私も多少、気持ちは楽になる…

 

「…と、忘れてた…出掛けるなら着替えないとな。」

 

こいつの今の格好は黒歌のパジャマのままだ…最もそうなると…

 

「どうだ?」

 

「えっと…大丈夫です。」

 

黒歌の服を勝手に出す訳にもいかん…かと言って例のシスター服はどうにも悪目立ちするだろうし、必然的に私の服を着せるしかない。指示を出したり手を貸したりしつつ…何とかルナを着替えさせてから少し考える…パッと見サイズこそ一応大丈夫そうなものの、何となくこいつに私のパーカー着せると違和感が有る…

 

「どうやら服も買った方が良さそうだな…」

 

そうなる気もしていたが…まぁ、要はこいつはジャージやパーカーとか…そう言ったラフな格好がどうも似合わないんだよな…実際、服を選ぶセンスなんて皆無だろうとハッキリ言い切れる私がそう感じるんだから…相当な物だ。

 

「えっと…向こうに戻ったら「要らんよ。と言うか、お前の所の教会…そこまで金有るのか?」……」

 

こいつの言いたい事を先読みして口にする……黙ってしまった…会話するにしろ何にしろ、黒歌にはやはり残って貰うべきだったかと考えるが、後の祭りだ…何ならオフィーリアでも良かっただろうがな…あいつも話題は色々豊富だろうし、服装選びのセンスだって良いからな…最も、あいつは大抵見返りを求めて来るだろうから面倒臭いのだが。

 

「さて、行くか?」

 

取り敢えず私の方は問題無い、このまま外には出られる…

 

「はい…あ。」

 

私はルナの手を軽く掴んだ。

 

「力が強かったら言ってくれ、あまりこう言うのは慣れてなくてな…」

 

別に手を繋ぐ、と言う経験が無い訳では無い…何ならクレアを始め、私の周りに居る連中は自然と私に要求して来るしな…ただ、目の見えない奴を誘導するなんてさすがにやった事は無い……筈だ…この世界に来る前の事は覚えてないし、来てすぐの頃の事もそれなりに曖昧にはなって来ているが。

 

「いえ、大丈夫です。」

 

「良し、じゃあ行くか。」

 

今更だが、大の大人がこうして手を繋いでいる姿も相当目立つのでは無いだろうか?まぁ、文句言っても仕方無いんだがな…



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#70

こうして私が付き添いに付いている上、こいつは目が悪くても別に足に異常は無い…普通に外を歩かせてやろうと思ったのだが…

 

「……」

 

「あの?何か?」

 

「ん?いや、何でもない…店まで多少距離が有るし、タクシーを呼ぼうか。」

 

「え?でも…」

 

「気にするな。」

 

見えなくても他人の視線には気付くか…そんな事を考えながら、私は携帯でタクシー会社に電話を掛ける…

 

……ふぅ…出来る事なら、普通に行動させてやりたいのだがな…

 

表面上、治安は日本で一般的なレベルとも言える駒王町…はぐれ悪魔の姿もほとんど見なくなった今となっては危険度は更に低くなったと言えなくも無い…ただ、ここの人間は単純にマナーの良くない印象が強いんだよな…

 

特に酷いのがナンパだ。黒歌やセラフォルー、朱乃はまだしも…見た目中学生に見えるか怪しい小猫ですら一人で行動しているとたまにしつこく声を掛けて来るのが居るらしい…

 

改めてルナ(ガラテア)の方を見る…

 

……顔の傷は非常に痛々しいし、目が見えないと言う判断も恐らく付くだろうが…それでも間違い無くろくでもない連中が寄って来るよなぁ…寧ろ、"見えない"のを良い事に邪な事を考える奴は多そうだ…

 

ガラテアなら多分…何の問題も無くあしらえるだろうが、ルナだと対応に苦慮するだろう…今の所、こいつを外で一人にする気は無いが…私が横に居ても強引な手に出て来る奴は確実に居る筈…まさか殴り飛ばす訳にも行かんし、トラブルの芽は初めに潰すべきだろう…

 

「(ま、店の中でも声を掛けて来るのは居そうだが…外での面倒事は避けれる…)分かりました……ルナ、すぐに来てくれるそうだ。」

 

「はい。」

 

いつまでこっちに居る事になるのかは別にして、目が見えないので無ければ色々護身の手段は教えてやれるんだがな…

 

 

 

 

やって来たタクシーにルナの手を引いて乗り込み、運転手に行き先を告げる…ん?

 

「どうした?」

 

「……」

 

どうにもルナの様子が可笑しい…ふむ。

 

「緊張してるか?」

 

「!…はい、その…向こうではあまりタクシーを使わないので…」

 

「……」

 

タクシーは割と高く付くしな…住み込みで教会勤めなら、生活も私の思っているよりずっと質素なんだろうな…

 

「目的地まではすぐだ…そう緊張するな、と言っても無理か。」

 

「はい…正直慣れる気がしなくて…」

 

「……取り敢えず私が離れる事は無い、それでは駄目か?」

 

「っ…はい、大丈夫です。」

 

握られた私の手に力が加わる…クレアはともかく、私は出会いもアレだし、会ってそう間も無いのだが…本当に妙に信頼されたものだ…と言うか、先程から微かにルナの身体が震えてる気がしないでもないのだが…

 

「狭い所は苦手か?」

 

「!…そうですね、見えなくても何となく圧迫感を感じて…あまり好きでは無いです…」

 

……何となく思った事を聞いてみれば正解だった様だ…やれやれ…本当にやりにくい…せめて昼間がガラテア、夜がルナなら良かったのだがな……最もその場合、昼間は私の付き添いなど全く必要無いだろうがな…



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#71

ルナはずっと不安そうな表情をしていたものの、特別車内では何も問題は無く…目的地まで無事辿り着いた。いや、その場合運転手が曲者で有ると言う状況以外有り得ないから…私は容赦無く運転手に脅しを掛けるがな、多少暴力を振るったって…結果的に目撃者は誰も居ない事になる事だし。

 

まぁ、結局は本当に何も起こらず普通にショッピングモールで車は停まった。そのまま車は駐車場に入って行く…

 

 

「ありがとうございます。」

 

運転手に礼を言って、財布を取り出す…

 

「……帰りもどうですか?」

 

運転手からそう声を掛けられ、私は手を止める…

 

「それは…待っていてくれると言う意味ですか?」

 

「ええ。もちろん、その分の料金は頂きますが…」

 

一応電話した時に説明はしてないのだが、ルナが盲目で有る事に気付いた事での提案か…それはまぁともかく、提案そのものは正直願ったり叶ったりだ。買い物を終えた後再びタクシー会社に電話しても来るのに多少なりとも時間は掛かるだろうし、何より…普通に面倒だ…追加料金を取られた所で、私には元々大した痛手でも無い(買い物をする訳だし、モール内のATMでおろす必要は有るかも知れないが)

 

「あの…私、大丈夫ですよ?」

 

横でルナがそう言って来る…それは帰りは歩きでも良いと言う意味だろうか……タクシーに乗りたく無いんだろうし、金を払う私に気を使ってるのも分かるが…正直、全然大丈夫じゃ無いんだよな…実際、店内の方がトラブルが起きてもどうにかなる可能性は有る…が、ハッキリ言って外ではどうしようも無いからな…

 

と言うか、極端な話…トラブルが起きる事自体はそう問題は無いのだ…相手にもよるし、最終手段では有るが…結局大抵は私がぶん殴れば終わるからな…(どう手加減しても、一応死んではいない程度の…確実にやり過ぎの状況にはなるだろうが…)

 

一番困るのは警察が出張ってくる事だ…家族に迷惑は掛かるとは言え、普通にこの国に戸籍の有る私はまだマシな結果にはなるが…ルナは今、自分の身分を証明出来る物は何一つ持ってないからな……そもそも、パスポートが無い時点で完全にアウトでは有るが…と言うか、実際にルナが日本語をどの程度話せるのか確認したら…本当にかろうじて話せるレベルで…一部複雑な内容はほとんど聞き取れもしない状態だったからな…アレでは日本人のフリさせるのも無理だろう(いや、どっちみち身分証明が出来無ければどうしようも無いか…)

 

……とまぁそんな感じで…一瞬で頭をフル回転させた私がルナに言えるのは一言だけだ…

 

「気にするな「えっ、でも」き・に・す・る・な「……」ふぅ…すみません、ではしばらく掛かるとは思いますが…待ってて貰えますか?」

 

結局の所、無理矢理黙らせるしか無いと言う結論になるんだよな…と言うか、ルナの雰囲気的ににここまでの可能性には一切思い至らないまま発言してる気はするんだよな……今更だが、サーゼクスにでも頼んでパスポートの偽造でもしないとこいつをこれから先外出させるのは無理な気がする…まぁ、その辺完全に忘れてた私が悪いのだが…

 

「ええ、ごゆっくりどうぞ。」

 

……そんなに長く店内に居られないだろうがな…正直もう、さっさと用事を済ませて帰りたいのが本音だ…



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#72

「こちらのお洋服はいかがでしょうか?」

 

「あの…そう言われましても…」

 

「良いんじゃないか、それも試着させて貰えば。」

 

店員がほとんど総出で入れ代わり立ち代わりで、私たちの元までやって来るのを私は半ば投げやりな気持ちで見ていた…

 

 

 

 

結論から言えば、店内では想定していた様なトラブルは起きそうも無かった…何せ、モール内のどの店舗行っても女性店員が競う様にやって来て私たちを囲むからな…

 

もちろん、明らかにそう言う目的の男の視線は時折チラホラ感じるが…これでは到底近寄れないだろう…と言うか、どう見ても彼女同伴で店に来てる男の方までそう言う視線を向けて来てるのは命知らずとしか言い様が無い…正直私の知る限り、この世界だと一般人女性ですら並の男だと歯が立たないレベルだと感じてるからな…

 

あ…早速一人、連れていた女から鉄拳制裁を食らってるな…にしても結構な頻度で思うが、この世界の男共は全員馬鹿しか居ないのか…まぁ、それだけ…ああして店員に囲まれてるルナ(と言うか、肉体はガラテアの物だが)が綺麗だと言えばそれまでなんだが…

 

実際こうして離れて見てる限り、店員は職務に徹してるから何とか耐えてる様子だが…一部客として来てる女性陣はもう既に何人か落ちた節が有るしな(一緒に居ると騒ぎに巻き込まれそうなので、ルナの相手はもう店員に任せる事にした…)

 

「あの…貴女は、良いんですか…?」

 

最も、今みたいに離れていても…何故か一部物好きがこうして私に声を掛けて来てるんだがな…あの輪に入れなかったにしても、何も私の所に来なくても良いだろう…

 

「私は着飾るのには全く、興味が無いもので。」

 

「そんな…それなら、私に任せて貰えませんか!?」

 

「……」

 

いくつかの洋服店を回ったが…何と言うか、先程から私の所に来るのはルナの方に来てるのとは別のベクトルで面倒な奴らばかりな気がする…正直、もう疲れたぞ…私の事はあいつのおまけみたいな物と思って欲しいのだがな…

 

……ま、無理も無いとも言える…私の元になっている「テレサ」も相当な美人だしな…多少見た目は弄ってるが、基本的に顔はほとんどそのままだしな…

 

「ハァ…ではお任せします、適当に見繕って貰えますか?」

 

もうそろそろ断るのも面倒なのでそう返事を返した。

 

「はい!少々お待ちください!」

 

店員が物凄い勢いでその場から姿を消した……私が見失うとは、相当だな…やれやれ…それにしてもだ、昔の私なら何が有ろうと絶対に断っていただろう事を考えれば本当に丸くなった物だ…まぁ、一緒にこの手の店に来る度に私を着せ替え人形にする"家族"が居るからいい加減慣れてしまったとも言える…

 

と言うか、普段はそうでも無いのに今回ここまでの騒ぎになってるのは確実にルナのせいだが……ま、良いか。ルナが着飾ってるのに、私がラフな格好だと逆に悪目立ちするのが目に見えてるからな…ならば、私も多少なりとも釣り合うようにコーディネートして貰うとしよう…

 

しかし…私は一体いつ、帰れるんだろうな…こう言うのはとにかく長いと相場が決まっている…ハァ…とっとと帰りたい…



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#73

「良くお似合いですよ。」

 

「……そうですか。」

 

結局、私は白のブラウスにスーツと比較的無難な格好に落ち着いた(まぁ、私が女性的な服装を嫌がったせいだが…)

 

一応上はジャケットに近く、比較的薄手で下もベルト無しのズボン…と言うよりはパンツと言う方が正しいか…ま、普通に外行きの格好としてはこんなもので良いだろう…

 

ちなみに、ルナは未だに店員たちに捕まっている様だ(普通にあれから二時間経過してるんだがな…)

 

……私としてはこのまま待ってても良いんだが、横の店員はまだまだやり足りないと言う顔をしてるのでさっさと店を出たい所だ(今着てるやつ以外に、似た様なのが後二着ほど既に私の持ってる袋に入ってるんだが…まだ買わせる気なのか…)

 

正直溜め息を吐きたくなったが、この場ではな…やれやれ…

 

 

 

「…で、体調は大丈夫か?」

 

「えっと、店員の方々は気を使ってくれましたので…」

 

私らしくない事をしている自覚は有るが…まぁ、こいつは結局三時間も店員に囲まれてたからな…さすがに気にはする…ちなみにルナの今の格好は黒のブラウスに白のカーディガン、足首近くまで覆うベージュのプリーツスカートになっている…

 

……正直似合ってるかと聞かれれば私でも似合ってるなとは思う…最も、こいつは今…自分がどんな格好してるか分からん訳だが…

 

「あの…変じゃないでしょうか?」

 

「いや、普通に似合ってるぞ?……どうした?」

 

「その…何となく視線を感じるので…」

 

どうも様子が可笑しいので聞いてみれば、周囲の目が気になる様だ…まぁ、こいつが見られてるのは似合ってないからじゃないがな…

 

「それはな、お前が綺麗だから周りの目を惹いてるんだ…」

 

「そう、なんですか…?」

 

……ガラテアは多少見えてる様だったが、ルナの方は本当に全く見えてないだろうからな…そう言われても分からないか。

 

「さてと…取り敢えずお前の杖を見に行くか?」

 

「あ、はい…お願いします。」

 

見えないのにそこら辺グチグチ説明しても仕方無いからな…さっさと次に行くに限る。

 

 

 

 

買いに来といてなんだが、私は杖が何処に売ってるのか知らん…ショッピングモールで買えるのか携帯で調べると意外な事実を知った…

 

「まさか薬屋に置いてるとはな…」

 

今居るのはモール内に有るドラッグストアだ。取り敢えず目的の物を見付けたので適当に見てみるが…

 

「……」

 

値段は素直に安いと言える…ただ、正直強度に不安を感じる…ルナの場合、素の腕力でも脆い杖だと壊す可能性が有るからな…

 

「あの…どうかしましたか?」

 

「ん?…いや、ちょっとな…取り敢えずこれ持ってみろ。」

 

立て掛けて有る杖の内…一本を手に取り、ルナに渡す…良く考えたら、ルナの意見も聞かないと駄目だからな…

 

「……どうだ?」

 

「…大丈夫ですよ。」

 

……若干の間が有ったな…どうもこいつも不安を感じている様だ…

 

「他を当たるか。」

 

「え?ですからこれで大丈夫だと「正直に言え」…その、何となく壊しそうで…」

 

……今確認したら、このモール内には他にも杖を扱ってる場所が有るらしい…そちらも回ってみる事にしよう…こうなるんなら先に色々調べておくんだったな…



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#74

杖を探して、やって来たのは介護専門のコーナー…値段はさっきドラッグストアで見たものより遥かに張っている…まぁまぁ期待出来るかと思いつつ、試しに手に取ってみたが…

 

……正直、こいつも駄目な気がするな…

 

きちんとしたデータは取れないが、同じクレイモアでさえ…素の時にしろ、あるいは妖力解放時にしろ…確実に腕力や握力に個人差は存在するだろう…(そもそも、攻撃型と防御型の時点で既に違うのが普通だろうしな…)

 

だから一概には言えないが、それでも…私はガラテアと同じ攻撃型では有る…当然ながら、私が持っていて不安ならガラテアの身体を使っているルナでもこいつの強度は足りないと見て良い……一応、確認はさせるが。

 

とは言え、コレで駄目と言われても今この場ではどうしようも無いのが本音だ…安物じゃないのですら駄目なら、通常市販されている品は全て使えないだろうからな…そうなると特注品しか無い…もちろん、私も別にそこで予算をケチる気は無いのだが、ルナは向こうに自分の本来持ってる杖が有る筈だ…つまり特注するのは、ハッキリ言って無駄でしか無い。

 

むぅ…最悪向こうに帰る時予備として持って行かせるか?そもそも予定通り行けば、こいつは最終的にクレイモアの身体では無くなるんだしな…そうなったらそもそも強度云々も…

 

「あの…どうかしましたか?」

 

「ん?…ああ、すまん…ちょっと考え事をな…」

 

どうもずっと黙っていたからルナを不安がらせてしまった様だ…そうだったな、結局決めるのはこいつだ…私が一人で気を揉んでいても仕方無い…ま、私は金は正直腐る程有るし、何なら元々今悩む話じゃないか…こいつの事はまだどうなるか、分からないんだしな…

 

「取り敢えずこいつだ、持ってみろ。」

 

私は持っていた杖を渡す…さて、どうなるか…

 

「…そうですね、結構良い感じです。」

 

……これまた間が有るが、それでも好感触と言った所か…まぁ、元々こいつを一人歩きさせる予定は無いし、壊れたらまた買えば良いか。

 

「良さげならそれにするが、どうする?」

 

「えっと…本当に良いんですか…?」

 

「ああ、気にするな…そいつはさっきのより値は張るが、それでもまだ私には安物の範囲だ。」

 

まぁ、値段自体は一気に倍以上に跳ね上がってはいるがな……ふぅ…そもそも私たちの様な者が問題無く使える強度の杖なんて、市販されてる訳が無いと言えばそれまでなんだがな…

 

「その…じゃあこれを…」

 

「ん…じゃあ行くか。」

 

ルナから返された杖を手に持ってレジに向かう。…と、一応聞いておくか。

 

「先ずお前…多分だが、腕力や握力は人より有る方じゃないか?」

 

「え?…えっと、そうかも知れません…最初の内は良く、グラスを握り潰してしまったりはしました…」

 

まぁ、やるだろうな…私もこの世界に来たばかりの頃はかなり苦労したのを覚えている…

 

「じゃあその辺に売ってる杖なんて、ほとんど使えないだろう?特注品を使ってたのか?」

 

……と言うかこれ聞くなら、ここで買った意味を考えねばならないか…まぁ、元々間に合わせの品だし良いか…

 

「それなんですけど…私、初めから杖を持ってまして…」

 

……初めから?

 

「要するに、お前が覚えている範囲…三年前に夫妻に引き取られた時点で杖を既に所持していたと?」

 

「はい。聞けば相当良い作りだそうで…一度うっかり転びそうになった時に握り締めてしまった事が有るんですけど…確認して貰ったら、凹みも無ければ…亀裂も一切入って無かったそうで…」

 

……クレイモアが握り締めてダメージの無い杖だと?非常に気になる話では有るが…

 

「そうか…ソレはさすがにそいつには劣るだろうな…まぁ、あくまで間に合わせの品だからな…万が一壊したり不満が有るなら言ってくれれば良い。」

 

ま、正直深入りしない方が良いだろう…その辺下手に探りを入れたら面倒事になる気がしてならない…こいつもガラテアも…何の憂いも無く普通の生活に戻るべきだ、余計な事をする必要も有るまい…

 

「そんな…何から何まで本当に「気にするな」」

 

また申し訳無さそうにするルナの言葉を強引に遮る…良く考えれば、平和に暮らしていた筈のこいつらに不自由させてるのはこっちだ…今の所国に帰してやる事も出来無いしな…寧ろ、謝罪はこっちがするべきなんだろうな…



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#75

『何よアンタ、出掛けてる訳?』

 

「そうだが、何だ?突然連絡して来て…」

 

取り敢えずルナの外出用の服も手に入ったし、杖も強度に不安は残るが無事買えた。ルナの場合、小腹が空くと言う事も無いだろうし…正直こいつとここに居るのは面倒な事になる気がするのでさっさとモールを出た所で携帯が鳴った…確認すると何ともまぁ、珍しい相手からの連絡だった。

 

「あいつは向こうから何にも持って来てないからな、買ってやろうと思ってな…」

 

『アンタにしちゃ、気が利くじゃない?』

 

「妙に突っかかるな、お前…何なんだ、一体…」

 

『別にそう言うつもりも無いけどね…』

 

「ハァ…なぁ、オフィーリア…大して用が無いならもう切って良いか?あいつをタクシーに乗せたままなんだ…」

 

『内容聞かれると困るのは分かるけど、それなら店の中で待たせれば良いじゃない?』

 

「アホか。目が見えない上、あれだけ容姿の良い女を店内に一人で残してみろ…最悪、普通に連れ去られるぞ…」

 

『その辺はタクシーでも一緒じゃないの?』

 

ま、確かに二人きりだとあの美貌に目が眩んで…とか言う可能性は有るがな…

 

「車のナンバーはちゃんと記憶してるし、アレは個人タクシーじゃない…最悪、いくらでも探す方法は有る…」

 

『へぇ…アンタにしちゃ考えてるのね…』

 

「だから、何なんだ…何でそんなに機嫌悪いんだ?仕事の方で何かトラブルでも有ったのか?」

 

『ふぅ…どうもね、何かモヤモヤするのよ朝から…』

 

「愚痴ならミリアにしたらどうだ?今日来てるんだろ?あいつも多少は聞いてくれるんじゃないか?」

 

『そんなにあいつと仲良くないわよ、私は。』

 

「だからって私に言われてもな…どうしろと言うんだ?」

 

『電話越しで良いから、ちょっと話付き合いなさいよ。』

 

「後で良いか?さっきも言った様に、あいつを待たせてるんだ…」

 

『てかアンタ…杖が何処に売ってるのかなんて知ってた訳?そもそも、アンタに人の服なんか選べるの?』

 

「失礼な奴だな…ま、確かに服は店員に選ばせたがな…杖に関しては、携帯で調べたら出て来たからすぐに見付けられたぞ?」

 

『先ず、私たちがまともに使える杖なんて有るのかしら?』

 

「……壊れない前提なら結局特注じゃなきゃ無理だろうよ…ま、そもそもクレイモアごとに腕力や握力に個人差は有るだろうしな…実際買ったやつも私が持った感じ不安が残る代物だった…ガラテアは私と同じ攻撃型だし、正直もたない『ちょっと待ってくれる?』ん?」

 

『いや、ガラテアなら私も向こうで面識自体は無かったけど…話そのものは聞いた事有るわよ?』

 

「ガラテアは組織でも相当の古株だったと言う話だからな…で?」

 

『ガラテアは確か、防御型だった筈だけど?』

 

「ん?そうだったか?」

 

『ええ、間違い無いと思う。』

 

「……そうか、勘違いしていたか…」

 

まぁ、あいつを今の所戦わせる予定は無いし…間違えててもあまり問題無い様な気もするが。

 

『しっかりしなさいよ。最低限、そこの知識はちゃんとしてるのがアンタの強みでしょ?』

 

「そうは言うがな、クレイモアと本格的に敵対でもしない限りはほぼ使わない知識だろ?この世界には妖魔も居ないしな。」

 

『これから先、無いとも言えないと思うけど?』

 

「お前みたいのが、まだゴロゴロ居ると?」

 

勘弁してくれ…

 

『あのねぇ…アンタが知らないだけで、これでも私なんてまだまともな方なんだけど?』

 

まぁ、クレイモアなんてそもそも皆何処かしら狂ってる前提で捉えるべきか…

 

「そもそも原作で出て来なかった戦士なら私は知らない訳だから…どっちにしろ意味無いぞ?」

 

当然、物語内には登場しなかった戦士は実際存在するだろう…あるいはもしかしたら、私が把握してないだけで漫画とアニメ以外にもクレイモア関連の作品が有った可能性も有る…そう言う場合は私も本当に分からない…おまけにそこに出て来た奴なら、変な補正掛かって実力もそれ相応に高くなってそうだな…少なくともゲストキャラでは有っても、当然モブでは無い訳だから…雑魚と言う事は無い筈だ…

 

『ま、何にしても一応気を付けなさいよ?知識なんて、いつどこで役に立つか分かんないだから…』

 

「分かったよ、肝に銘じるさ……で、もう良いか?後で私の方から掛け直すんじゃ駄目か?」

 

『……ちゃんと電話して来なさいよ?』

 

「ああ。」

 

……電話を切る…やれやれ…思ったより時間を食った…さっさと行かないとな…と、歩き出してから一つ思い出した。

 

「ガラテアは…監視要員じゃなかったか?」

 

まぁ、正直あいつに関しては変に噂が伝わってても可笑しく無い気はするがな…恐らく、真に存在を隠したい戦士は他に居た筈だからな…例えばミリアの様な知りたがりの為にわざと組織で情報を撒いていた可能性は有るか……と、今はどうでも良いか…早い所戻るとしよう。



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#76

「…悪いな、待たせたか?」

 

「いえ…大丈夫です…」

 

タクシーのドアを開け、私の方に顔を向けたルナの表情を見て少し言葉に詰まった…運転手の方に何かされた様な雰囲気は感じない…となると…

 

「本当に狭い所が苦手なんだな…」

 

「はい…」

 

取り敢えず頭を掻きつつ、タクシーに乗り込む…早く帰るか…オフィーリアが待ってるんだろうしな…と言うか、いい加減もう少し仲良くして欲しいものだ……まぁ正直、ミリアとオフィーリアがにこやかに会話してる姿なんて欠片も想像出来無いがな…そもそもオフィーリアが笑うのは相手をからかう時くらいで、素の時は寧ろあまり笑わなかったりするからな…

 

 

 

 

 

車内では特に会話も無く、無事に家まで辿り着いた(何か有ったら困るがな…)

 

部屋に入り、ルナを下に残して取り敢えず私は二階に上がる…(暇を持て余してるんだろうからせめて本でも読ませてやりたい所だが、携帯で調べた所…点字印刷の本は普通の文学本でも通常の本屋には売ってないらしい…難儀だな…こうなるとさっさと身体を用意してやるべきかね…しばらくは戸惑うだろうが、それでも目が見える様になれば当然出来る事も増えて来る筈だからな…)

 

「……」

 

オフィーリアに電話を掛ける…確かに私も暇では有るが、ああ言うテンションのあいつと会話するのは非常に面倒だ…本当なら掛けたくない…とは言え、こうして時折ガス抜きはしてやらないと…あいつの場合何をするか分からんからな…

 

『もしもし?……本当に掛けて来たの?』

 

「…お前が掛けろと言ったんだろ。」

 

……何で掛けたら掛けたで、複雑そうな反応をされるんだ…ハァ…切ってやりたくなったのを堪えて、私は続けて口を開いた…

 

「約束通り、愚痴に付き合ってやるよ…」

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

結局オフィーリアとの会話の内容は本当に他愛も無い愚痴ばかりで、別段特筆すべき事は特に無かった…問題が有るとすれば、あいつが普通に三時間はぶっ通しで喋ってた事くらいか(仕事しろよ…)

 

「まぁ、悩みの内容も平凡と言えば平凡だし…丸くなったと言えば聞こえは良いんだがな…」

 

実際、今も自分の存在に悩む私からしたら少し羨ましくなるくらいにはあいつはこの世界に馴染んでいる…聞けば以前寿司屋で会っていた男…あくまで友人扱いらしいが、何とまだ関係が続いているらしい…しかもテレーズにも会わせてると言うのだから何ともまぁ…

 

「全てを打ち明けられないとは言え、友人まで居て一体何が不満なのか…」

 

何ともまぁ、贅沢な話だ…っ…

 

「眠い…」

 

気を抜くと同時に眠気が襲って来た…昼寝しても別に問題は無いと思うが、せめてルナの様子は見ておかないといかんな…やれやれ…

 

 

 

 

 

「ルナ、私はちょっと寝るから…何か用が有ったら起こせ。」

 

「え…あ、はい…」

 

「……別に遠慮せずに、起こしてくれて良いからな?」

 

「はい、分かりました。」

 

正直、本気でそう思う…一人で何かやらかすくらいならそうしてくれた方がマシだ…っ…駄目だ、本格的に眠い…とっとと寝るか…

 

「じゃあ、おやすみ…」

 

「はい、おやすみなさい。」

 

私はソファに寝転がり、目を閉じた……あ。

 

「すまん、一つ頼んで良いか?」

 

「あ、はい…何でしょう?」

 

「…出来れば夕方…!…いや、やはり良い…」

 

「……えっと、良いんですか?」

 

「ああ、気にするな…」

 

夕方には起こして欲しいと頼もうとして思い留まる…良く考えたら…こいつは時計は見えないし、外の景色も当然見えないから時間帯は分からんだろう…頼むだけ無駄だな…ま、夕飯時には誰か起こしてくれるだろうし…良いだろう…そう考えつつ、私は再び…目を閉じた。



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#77

「おい、起きてくれないか。」

 

「ん…どうしたル…!…お前、ガラテアか…?」

 

「ああ、そうだ…」

 

身体を揺さぶられる感覚で目を覚ます…半分寝惚けていたのと、声からルナだと思ったのだが違った…目を開けた私の視界に入って来たその顔を見た瞬間、違うと分かった…身体を起こし、腕に嵌めたままの時計を確認するが…今は午後に入ったばかりの時刻…何故こいつがこの時間に表に出ている…?

 

「…どうして今、お前が出て来ている?お前は夜にしか出て来れない筈じゃなかったのか…?」

 

「それが私にも分からない…何故かルナは眠っているし、あいつの記憶も途中で不自然に途切れていてな…困惑してるのはこっちも同じなんだ…」

 

「そうか…なら「まぁ、それも気にはなるが…今は他に問題が有るんだ」…何が有った?」

 

「…半人半妖の奴は…今この世界には、私以外はお前とテレーズ…それからオフィーリアにミリア…後は、ヘレンとデネブしか居ない筈だな?」

 

「そうだが、それがどうし…!まさか、それ以外の奴の妖気を感じた…とか言わないよな?」

 

「そのまさかだな…」

 

「……ふぅ…どれくらいの距離から、感じた?」

 

正直取り乱し掛けたが、何とか気持ちを落ち着かせて聞いてみる…こいつは元々戦士の監視をしていた奴だ…妖気を感じ取れる距離限界に関しては確実にテレーズより遥かに上…つまり、相当遠方に居ても分かる…と言う事になる…

 

「ここから少し先……場所を教えようにも、私はこの町の地理が分からない…地図は無いのか?」

 

「ふむ…いや、待て…そいつはこの町に来てるのか…?」

 

「ああ…恐らく、な…」

 

「……一応確認する…そいつは覚醒者でも妖魔でも無く、確実にクレイモア…半人半妖なのか?」

 

「ああ、それは間違い無い…ただ、この世界に来たばかりなのか…何処か戸惑いの様な物を感じるな…」

 

こいつの感知能力なら、感情まである程度読み取れても不思議は無い…とは言え、そいつが本当に来たばかりで何も分からんとか言う状態なら非常に厄介だ…仮に比較的まともな奴だったとしても、一体何をしでかすか…

 

「…モタモタしてられんか…地図は何処かに有る筈だ…ちょっと待って「それと」…これ以上何か有るのか?」

 

「一人じゃない…来たのは、複数だ。」

 

……頭痛と腹痛の両方が一気に襲って来るのを感じつつ、私は地図を探しに行った…

 

 

 

 

 

『……それは本当なのか?』

 

「ああ…ガラテアは元は監視要員だ、間違いは無い…」

 

『…場所も確かに私たちの方が近いな…分かった、先に行って確認しよう…』

 

「すまんな、面倒な役目を『良いさ、力を貸すと言ったからな…これくらいなら任せてくれ』頼む…」

 

電話を切る…取り敢えずミリアとオフィーリアなら心配は要らんだろう…後は…テレーズとサーゼクス、それからアザゼルには一応伝えておくか…

 

「なぁ?」

 

「何だ「私も行こうか?」…お前は一人の身体じゃないだろ?お前に何か有ったら、ルナも消えるんだぞ?」

 

「それは、そうだが…」

 

と言うか、こいつは武器も持って無いのに行ってどうしようと言うのか…

 

「…さて、私も行って来る…お前はテレーズと待っててくれ…一応向こうに気になる動きを感じたら携帯に「いや、持ってないんだが?」そうだったな…その時は、テレーズに伝えてくれ。」

 

ここ最近、本当に面倒事が続いているな…と言うか、何で今になってこうもクレイモアが何人もこの世界にやって来るんだ…まさか…何れは妖魔や、覚醒した奴まで来るとか言うんじゃないだろうな…?妖魔はともかく、覚醒者は相手によっては私では確実に勝てん…ハァ…全く、そろそろ勘弁して欲しいものだ…



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#78

私は今、ミリアとオフィーリアに遅れる形で現地に向かっている…

 

「…で、結局直接の面識は無いのか?」

 

『そもそもお前も知ってると思うが、私の役目は主に"組織の目"だったからな…基本的に普通の戦士の前に顔を出す事は無い…まぁ、クレアには結局顔を晒してしまったし…その後組織を抜けてからは、もっと多くの奴に姿を見られているがな…』

 

現在、テレーズから携帯を借りたガラテアに一応話を聞いているが…正直あまり意味は無さそうだな…

 

「分かった…こっちももうすぐ着くから、一旦切るぞ?何か分かったら改めて連絡して『いや、ちょっと待ってくれ』…何だ?まだ何か有るのか?」

 

『…場所が遠いから、さっきはハッキリとは言えなかったが…連中の内、一人とは…あるいは直接顔を合わせてるかも知れん…良く良く考えれば、覚えの有る妖気だと感じる…』

 

「……そいつは誰だ?」

 

『恐らく…』

 

 

 

 

 

ガラテアが示した場所…駒王町郊外に有り、嘗て私とオフィーリアが戦った山…そこの入り口に立つミリアとオフィーリアの姿が有った。

 

「…あら、思ったより早かったわね?」

 

「何だ…まだ入ってなかったのか?」

 

「偵察するにしても情報は少ないからな…お前も来るとの事だから一応待つ事にしたんだ…」

 

「成程な…ただ、警戒の必要はあまり無いかも知れん…」

 

「誰か分かったのか?」

 

「…少なくとも、一人はガラテアが知っている奴だった…そしてミリア、お前も良く知ってる奴だよ。」

 

「!…そうか、確かに懐かしい妖気だ…この距離なら、私にも分かる…」

 

「…向こうから近付いて来てるな、探す手間が省けて良い…」

 

「何、アンタの知り合い?」

 

「ああ…最も、そう長い期間共に居た訳じゃないがな…」

 

そうだろうな。ミリアにとっては、所詮あの北の戦乱の時だけの付き合いだ…それでもこいつの中で、奴の姿は強烈に印象に残っている事だろう…

 

やがてその姿が見えて来る…あまり柄では無いが、迎え入れるのは私がやるべきか…何せ私は、この世界に最初に足を踏み入れた半人半妖だからな…

 

「異世界にようこそ…ジーン。」

 

私達三人の目の前に現れたのは嘗てのNo.9…ジーン…クレアに救われ、そして最期は…恩人で有るクレアを救う為に死んだ戦士…

 

「……そこに居るのはミリアなのか?すまないが、状況を説明してくれないか?何が起きてるのか、さっぱりなんだ…」

 

「私もそうしてやりたいんだが、どうやら客はお前だけじゃないらしくてな「いや、良い…先にジーンを連れて行け」…良いのか?」

 

「他の連中に関しては友好的かどうか分からん…最悪戦闘になる可能性も有る…さすがに来たばかりのジーンを巻き込む訳には行かないだろ「私の他にこの山に居た奴の事か?なら、一人は味方だ」ん?そうなのか?」

 

「ああ、直接会えてはいないが…間違い無く知っている妖気を感じた…」

 

ガラテアによれば、この山に現れた未知のクレイモアは三人…一人はこいつ、ジーン…こいつの言う通りなら、残り二人の内、片方はもしや…

 

「まさかと思うが、そいつはNo.8…風斬りのフローラとか言わないよな?」

 

「…知っているのか?」

 

……まさか、あの時ヘレンに言った私の予想が本当に当たるとはな…正直、全く嬉しくない…

 

「ふむ、そう言う事なら悪いがお前も来て貰えないか?私も一方的に奴を知ってるだけで、別に知己の間柄とかじゃないんだ…」

 

「…分かった、ミリアも一緒に居る事だし…お前の事を信じよう。」

 

「助かる…」

 

……ま、正直このまま会えずに元の世界に戻って貰いたいのが本音…いや、駄目か…ジーンもフローラも向こうでは既に死んでいるんだったな…となれば、戻れば二人には死が待っている訳か…さすがにそれは寝覚めが悪いな…全く、どんどん面倒事が積み重なって行くな……うっ…頭痛と腹痛が…今ハッキリ分かった、コレはストレスによる痛みだ…これ以上こんなのが続くと、私もいよいよ倒れるかも知れん…



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#79

「あー…分かる分かる…確かにコレは妖気よねぇ…」

 

山に入って少し…漸く私たちにも二人分の妖気をハッキリ感じられる様になった……とは言え、クレイモア一人一人…それぞれ、妖気に特徴が有るのはもう知ってるが…それでもだ、まだ距離が有る事も有り…私ではあいつらと区別が付けにくい……テレーズなら、この距離でもある程度識別出来そうでは有るが…

 

「ミリア…ヘレンとデネブは仕事中なんだな?」

 

「ああ、来る途中電話して確認した…私とオフィーリアと違って簡単に抜けられる仕事じゃない上、更に言えば…今はちょうどたまたま二人とも隣町まで行ってるらしくてな、駒王町には居ないのも確認出来ている…」

 

とまぁ…こう言う質問をする必要も一応有る訳だ……最も、二人とも性格に多少難は有るが…何だかんだ根は真面目で、仕事はきっちり熟すタイプだ…この時間にこんな所に居るのはサボり以外に有り得ないから…先ず考えにくい可能性では有る…と言うか、それならガラテア程の感知能力なら分かるだろうしな…

 

「…で、二人ともそれぞれ反対方向なんだけど…どうする訳?」

 

「ちなみに、フローラはあっちだ。」

 

ジーンが一方向を指差す…

 

「念の為聞くが、合流しようとは思わなかったのか?」

 

「妖魔や覚醒者は居ない様だが、状況が分からなかったからな、先ずは山からの脱出を優先する事にしたんだ…」

 

「ふむ…」

 

まぁ、実際理に適ってるとは言える…全く未知の場所に居るのに、無理に仲間と合流した所で迷子が二人になるだけだからな…幸い、敵は居ないとハッキリ分かってる訳だし…先ずは出口の場所を確認するのが普通だろう…向こうの居場所は分かるんだから、合流はその後でも可能だしな…仮に私がこいつの立場でもそうするだろう…

 

「さて…そうだな、二手に別れよう…ミリア、ジーン…それにオフィーリア…お前らはフローラの方に行け、私はもう片方の方に「ちょっと待ってくれる?」何だ?」

 

「いや、何ナチュラルに一人で行こうとしてるわけ?」

 

「そうだな、相手が未知で有る以上…一人で行くのは危険だな…」

 

オフィーリアはまだしも、ジーンにまでそう指摘されるとはな…ただな…

 

「いや、しかし…ミリアとジーンはフローラと面識が有るだろう?知り合いの方が、話もしやすいじゃないか。」

 

「じゃあ私はアンタの方に行けば「あのな…お前、どうせ向こうに居た頃は多方面にケンカ売ってたんだろう?万が一因縁の有る相手だったら不味いだろうが…だったら、二人と一緒に行って貰った方がまだ良い」…まぁ…それは、そうかも知れないけど…」

 

オフィーリアがバツの悪そうな顔して、私から目を逸らす…私の知る限り、昔のコイツは口が悪いなんてレベルで済まされないからな…

 

「話は分かったが、そもそも前提が可笑しくないか?」

 

「ん?何がだ?」

 

「フローラとハッキリ面識が有って、確実に信用が得られるのは私とミリアの二人…つまり、どちらかが行けばそれで良い筈だ。だったら…一人がオフィーリアと共にフローラの方に向かい、もう一人がお前と行けば良いんじゃないか?」

 

「むぅ…」

 

「道理だな…と言うか、お前ならそれくらい分かる筈だが?」

 

「……」

 

「…成程、お前の性格が分かって来た…」

 

「ん?」

 

「お前…自分から危険な役目を負いたがるタイプだな?」

 

「……そんなつもりは無いが?」

 

「いや、合っている…コイツはそう言う奴だ…」

 

「そうね、もっと言うと…呆れる程のお人好しよ。」

 

「……」

 

私は、違う…

 

「ふぅ…ジーン、来たばかりで悪いが…お前にフローラの事を頼んで良いか?」

 

「構わないが、私はまだ詳しい事を何も聞いていないぞ?」

 

「説明はもう一人の奴と合流してからの方が良い…それと…」

 

ミリアがジーンに近付き、耳打ちする…何を言ってるのかは分からん…少しして、ミリアがジーンから離れた。

 

「……頼めるか?」

 

「それくらいなら問題は無い…合流はこの山の入り口で良いな?」

 

「ああ。」

 

「…分かった、相手はどんな奴か分からん…気を付けるんだぞ?」

 

「分かっているさ…ほら、行くぞ?」

 

「っ…分かった、分かったから引っ張るな…」

 

全く、人を子供扱いするな…

 

 

 

 

 

「…で、何でお目付け役がお前なんだ?」

 

「…お目付け役が必要な自覚、ちゃんと有ったんだな。」

 

「……」

 

「そう、拗ねるな「拗ねてない」クク…いや、なら聞くがな…ジーンと会話が弾む自信、有るか?」

 

「……」

 

正直に言えば、無い…初対面とか関係無く、今の私に…あいつと肩並べて行動する自信は無い…

 

「私の知る限り、ジーンは悪い奴じゃないが…生真面目だからな…お前ここ最近、私たちの事含めて…色々有り過ぎて疲れてるだろ?」

 

「……分かるのか?」

 

「そりゃ分かるさ…と言うか、デネブですらお前を心配していたぞ?」

 

「……あいつに伝えてくれないか?言いたい事が有るならハッキリ言え、と。」

 

あの旅行中…ずっとあいつの視線が絡み付いていた…心配するのは勝手だが、正直余計に気が滅入った…

 

「…あいつは不器用だからな…その辺はちゃんと言っておこう…まぁ、そこは今置いといてだ…今のお前がジーンと二人きりだとキツいだろ?」

 

「……」

 

確実に…今も感じてる頭痛と腹痛が悪化するだろうな、とは思う…

 

「かと言って、オフィーリアと一緒だとそれはそれで全く気が休まらない…あいつが何をしでかすかと不安になってしまう……違うか?」

 

「そうだな…」

 

「だろう?だから、どうしたって私しか居ないと言う事だな。」

 

……本音を言えば、お前と居ても駄目なんだがな…まぁ、マシな方か…

 

「最も、他にも理由は有るがな…」

 

「ん?」

 

「知ってるだろう?私の頭の中には、歴代の多くの戦士のデータが入っている…つまり、私がこれから会う相手の事を知っている可能性は大いに有る訳だ…仮に話が拗れて向こうが暴れたとしてもだ、戦い方を知ってれば御し易くなる訳だ…何よりお前、正直口下手だろう?」

 

「…まぁな。」

 

今思えば、この世界に来たあの頃…私がもう少し社交的な性格だったら、あそこまで状況は拗れなかったかも知れないとさえ思う…結局私は運が良かっただけだ…下手すれば私は、今日この日を迎える事無く死んでいた可能性も有った…今なら分かる、サーゼクスにアザゼル…あの二人はあの頃何度も私と話し合いの場を持とうとしていてくれたのだと……ミカエルは知らんが。

 

「ハァ…分かったよ、基本的に説得はお前に任せる…」

 

「そうしてくれ…と言うか、一つ良いか?」

 

「何だ?」

 

「…この件が済んだら少し休め…顔色が悪い。」

 

「休め、と言われてもな…」

 

さすがに休養が必要な自覚は有る…正直、気を張ってないともう本当に倒れそうだ…とは言え、ルナとガラテアの事も有るし…どうすれば良いのか……と言うか、元から血色の良くないクレイモアに顔色もクソも無いだろうに…

 

「お前の家族でも、何なら私たちでも良い…他にはサーゼクスやアザゼルだって居るだろ…とにかくだ、もう少し…人に頼る事を覚えろ。」

 

「……分かっている。」

 

……例の妖気の持ち主…そいつの所まで近付いている…いや、分かる…私は足を止めた。

 

「誘ってるな…」

 

「向こうにも、もう私たちが山に入って来たのは分かってる筈だ…賢いやり方だ、敵になるとしても情報を持っている私たちに出会った方が都合は良い…あちらは、中々強かな相手らしいな…」

 

……なまじ頭が良いとなると、本当に会いたくない…敵対した時、抑える自信が無い…っ?

 

「何の真似だ…?」

 

頭にコツンとミリアの拳が当てられた…殴られたと言う程のレベルでは無い…要は小突かれたのだ。

 

「今さっき言った事をもう忘れたのか?お前一人で気負うな、私も居るだろう?」

 

「…そうだな、もしもの時は…頼む。」

 

「ああ…最も、そこまで不安がる事は無いかも知れんぞ?少なくとも向こうは馬鹿じゃない…話は通じる筈だ。」

 

「だと良いがな…」

 

面倒なのは悪意の有るタイプだった場合だ……具体的に言えば向こうで覚醒し、人間を食料として見る事に何の躊躇も無くなった元覚醒者の奴とかな…そんな奴なら殺すしか無いが、あの世界では…何故かそう言う奴に限って普通に強い…ミリアと二人掛りでも勝てるか分からん…

 

「とにかく進むぞ…ここで立ち止まっていても仕方無い。」

 

「ああ。」

 

向こうは動く様子が無い…やはり私たちを待つつもりの様だ…歩みを再開したが、私の動きは緩慢だ…最も、横に居るミリアもそうだ…ああ言いつつも、コイツも不安には感じてるらしい…

 

「ミリア…」

 

「ん?」

 

「もし、私が斬れと言ったなら…迷わず背後に回って首を飛ばせ…お前のスピードなら、確実に向こうに何もさせずに殺れる。」

 

私は卑怯だ…自分で殺れば良いのに、ミリアに手を汚させるなど…だが、コイツは私より速い…私では、悟られる…

 

「テレサ…」

 

「何だ?」

 

「気にするな、お前が殺れと言うなら殺るさ…お前の判断を、私は信じる…」

 

「……すまない。」

 

「良いさ。」

 

近い…もうすぐ姿が見える筈……見えた…っ…

 

「!…驚いたな…お前、テレサか?」

 

私の顔を見た向こうが驚く…最も、私も少し驚いている…まさかコイツに出会う事になるとは…だが、良く考えれば当然かも知れん…すっかり存在を忘れていたが、コイツもクレアに影響を与えた人物…何より、ジーンと同じくクレアにとってはコイツも命の恩人だ…違いが有るとすれば…コイツは、クレアと別れた後も生きていた…

 

「久しぶりだな、イレーネ……フッ…なんてな、悪い…私は、お前が知るテレサとは別人なんだ…」

 

そう、私たちの目の前に居るのはNo.2…高速剣のイレーネ…テレサの討伐に来た奴と言う事も有り、思わず身構えてしまったが…幸い、斬り掛かって来る気は無い様だ…と言う事はコイツは片腕を失い、組織を離反した後のイレーネと言う事か…何にしてもまだ気は抜けない…つい、変におどけたのが良くなかったのか…今、私は向こうに圧を掛けられている…クッ…今の弱った私にこれは辛い…気を抜くと、このまま倒れてしまいそうだ…

 

「話が見えんな…一体、何が起こっている…?」

 

「落ち着いてくれ…私たちは敵じゃ…違うな、組織の追手とかじゃない…」

 

「…組織は、もう無いんだろう?」

 

……そこまで知っている…と言う事は、更に後…原作のラストでクレアと再会した時のイレーネと言う事になるのか…あるいは、その後の可能性も有るが…

 

「取り敢えず、私たちと一緒に来てくれないか?お前の知りたい事も、そこで教える…」

 

「分かった…お前たちの事を信じよう。」

 

圧が消えた…そこで力が抜け、その場に座り込…

 

「…しっかりしろ、お前も戦士だろ?」

 

確かに有った筈の距離がゼロにされた…イレーネにあっさり懐に入られ、右手を掴まれた事で辛うじて…私は立てている…

 

「すまん…」

 

「仕方無い…そこのお「ミリアだ」…ミリア、お前も手を貸せ…コイツ、支えてやらないともう歩くのも無理そうだ…」

 

「ああ…ほら、私の肩に…」

 

「悪い…」

 

くそ…いくらイレーネに圧を掛けられたのがトドメになったにしてもコレは変だ…何故か身体に全く力が入らん…どうしてしまったんだ私の身体は…



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#80

「重い……まだ自力で歩けないのか?」

 

「……すまん。」

 

「ハァ…取り敢えず今お前の抱えてるソレ……そう、布に包まれてるソレだ…寄越せ、私が持つ。」

 

一瞬躊躇した…本当にコイツにコレを渡しても大丈夫なのか…?

 

「テレサ、大丈夫だ…何とかなる…」

 

イレーネと逆隣…左側で私を支えてくれているミリアがそう言う…何を根拠に…確かに、今更イレーネを疑う理由など無い…それは頭では分かっている…ただ、怖い…正直、イレーネ程の相手だと…私が回復したとして、ミリアと二人で戦っても勝てるかどうか……何より、コレを渡したら…私に武器は無くなる…

 

「大丈夫だ、武器なら…有る。」

 

「……本当だな?」

 

「ああ。」

 

「分かった…イレーネ。」

 

「ああ……ミリア、一人でも大丈夫だな?」

 

「問題無い…ほら、頑張れ…もう少しで入り口だ…」

 

イレーネが剣を持って私から離れる…右の支えが急に消えた為に、そのまままるで地面に引かれる様に倒れ込みそうに…

 

「おい!…全く、しっかりしろ…」

 

「っ…すまん…」

 

ミリアが左腕を引いた事で何とか地面との直撃は免れた……くそっ…何故動けないんだ…

 

「…警戒して殺気飛ばした私も悪かったとは思うが、それでもこいつ可笑しいぞ?何でこんなに消耗してるんだ?ここに来る途中で戦闘でも有ったのか?」

 

「こいつの場合、色々背負い込む癖が有るみたいでな…まぁ、要するに心労が溜まってこうなってるんだろうな…」

 

「…成程、難儀な性格してるらしいな…」

 

「っ……」

 

私は喉まで出かかった否定の言葉を飲み込む…どうせ今更何言った所で…結局、他に原因は考えられんからな……ハァ…本当に弱いな、私の心は…

 

「サーゼクスには連絡してあるんだろう?なら、もう迎えも来てる筈だ…取り敢えず、もうちょっと頑張れ。」

 

「…すまんな、本当に…」

 

「ふぅ…ま、気にするな…と言っても無駄か…なら、貸しだと思えば良いさ…気が向いた時に返してくれたら良い。」

 

「……」

 

こいつに私から返せる物は何も無い…

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと…どうしたのこいつ?」

 

「張り詰めていた糸が切れた、とでも言えば良いかな…」

 

「……ま、こいつなら有りそうね…」

 

「……」

 

オフィーリア…お前にそんな風に言われたくは無い…お前だって、私のストレスの原因の一つなんだぞ…

 

「…何か妙な空気になってしまったが、久しぶりだな…フローラ。」

 

「ええ…それで、この状況についてお聞きしたいのですが…」

 

「分かっている…ただ、先ずは落ち着ける場所に移動したい…その…確か、グレイフィア…だったか?」

 

「フフ…覚えてて頂けてるとは光栄ですわ。」

 

……見る限り、どうもグレイフィアの機嫌が悪い…まぁ、ミリアたちに(正確には、悪いのはヘレンとデネブの二人だが)サーゼクスが迷惑を掛けられた事を思えば…ミリアに対して隔意が有っても仕方が無い、か…

 

「…私に対して友好的になれないのは分かる…ただ、テレサが見ての通りの状況だ…早い所、転移をさせて貰えるとありがたいんだが…」

 

「……ええ、それは分かっています…ただ…」

 

「…何か有るのか?」

 

……私にはグレイフィアが何を言いたいのか分かる…口を開いた…

 

「…転移魔法陣で移動出来るのは魔力持ちのみ…私とミリア…それにオフィーリアは問題無いが、残り三人…ジーン、フローラ…そしてイレーネ…この三人が魔力持ちで無ければ最悪ここに置き去りにされる……そうだな?」

 

「ええ、そうよ…」

 

……私以外の奴も居るのにグレイフィアの敬語が消えた…どうやら機嫌が悪いのは疲れのせいも有った様だな…

 

「…とは言え、魔力持ち以外も飛ばせる魔法陣も有る筈だろう?」

 

「ハァ…簡単に言うけどね、どっちもやれって言われたら結構疲れるし…手間なんだけど?」

 

「分かっている…だが、それでも頼む…こいつらをそのまま…町中に出す訳には行かないだろう?」

 

戦士の格好そのままで、普通に剣を背負っているジーンとフローラ…そして、徹底して肌を見せない様にする為なのか…その身体に大量のベルトを巻いているイレーネ……まぁ、仮にコスプレイヤーと言い訳するにしても三人とも非常に怪しい…確実に、警察に目を付けられる…そもそも、大剣が既にアウトなのだ…もし捕まったら、三人ともしばらくは出られないだろうし…何より、こいつらの素性そのものが元々厄ネタで……うっ…考え事してたら頭痛が更に酷く…

 

「ハァ…頭を上げてちょうだい…ごめんなさいね、意地の悪い事言って…」

 

「良いさ、お前も疲れてるんだろう…?」

 

「……帰ったら自分の顔、鏡で確認してご覧なさい…今の貴女見てたら、口が裂けても疲れてるなんて言えないわよ…」

 

「そんなに、酷いのか?」

 

「ええ…と言うか、無理に笑わなくても良いわ……その、普通に不気味だし…」

 

「そんなに、か…」

 

「おい、無理して喋るな…余計に体力を消耗するぞ?」

 

「分かったよ…」

 

そこまで言われては仕方無い…

 

「ふぅ…で、グレイフィア…先ずは全員纏めてこいつの住んでるマンション近くまで転移してみてくれないか?仮にそれでこいつらが転移出来無かったら、迎えに行けば良いだろう?」

 

「…私はタクシーじゃないんだけどね…まぁ、良いわ…ちょっと待ってて…」

 

グレイフィアがその場を離れる…

 

「ふぅ…ややこしい説明だったとは思うが、聞いていた通りだ…この後、全員でとある場所に移動する…」

 

「転移、とか言ってたな…そんな事が本当に可能なのか?」

 

イレーネが訝しげに聞いて来る…まぁ、言葉の意味は分かったんだろうが、それでも理解は出来無いだろうな…ただ、私も仕組みを具体的に説明出来る訳じゃないし…仮に聞かれてもそう言う物、としか言い様が無いんだがな…

 

「可能だ…最も、最初の転移ではお前ら三人は移動出来無い可能性が有る…だから置き去りにされても慌てず、ここで静かに待っててくれ…さっきの女が迎えに来るからな。」

 

「私たちは何もしなくて良いのか?」

 

「そうだ、ジーン…ただ待っていれば良い…結局注意する事は一つ、二度目になるが…仮に置き去りにされても、絶対にその場を動かないでくれ…それと、具体的な説明は後でするが…この場で大事な事を先に伝えておく…ここは…お前たちが元居たのとは違う、完全な異世界だ…私たちの常識は、一切通用しないと思って欲しい…」

 

「異世界…そんな事が…」

 

「フローラ、無理に受け入れろは言わない…ただ、今この場では疑問は飲み込んで欲しい…」

 

「分かりました…後で説明してくれるんですよね?」

 

「お前の疑問を完全に払拭出来るかは分からないが、説明はする…安心してくれ…」

 

「ミリア…」

 

「何だ、イレーネ?」

 

「安心、と言ったな…?だが、お前はさっきこう言った…ここは私たちの常識の通用しない異世界だと。」

 

「そうだ。」

 

「ならば聞こう…何処に安心出来る要素が有る?この世界が私たちに牙を剥く事が無いと…どうして言える?そこを先にきっちり説明してくれなければ…到底納得など出来無いぞ?」

 

イレーネの言葉は最もだ…自分たちの常識が非常識となる世界だと言うなら…それは何気無しにやった行動が、一歩間違えばルールに反した行いになると言う事…ルールを侵している以上、この世界そのものが敵となる可能性が有ると言う事だ……そして、世界と敵対すれば普通一個人に勝ち目など無い…ただ、何を間違えたのかも分からないまま理不尽に死ぬのだ…そんな結果を飲み込める訳など無い…

 

「……その質問の答えとして、この場で出せる適切な物は無い「だったら」落ち着いてくれ…適切では無いかも知れんが、解答は有る…私たちだ。」

 

「どういう意味でしょう?」

 

「フローラ…私たちは三人は今全員、まるで人間の様に生きる事が出来ている…この世界には妖魔が居ない…この世界の人間たちは、誰一人半人半妖の戦士で有る私たちの事を知らないんだ…だから、お前たちは人間に対する守り人として…そして、狩人としての役割から完全に解放される…!全く制限が無いとは言えないが、それでも確かに自由を得られるんだ…!どうだ!?これ以上の安心、安全など有るか?私たちに、それ以上が必要だと言うのか!?」

 

語るミリアからかなりの熱量を感じる……ああ、そうか…お前はこの世界が好きになったんだな…不思議だ…私は元はこの世界に似た世界で生きていたせいなのか、今…とても嬉しいと感じている…

 

「本当にそんな事が可能…いや、待て…戦士としての役割を取り上げられて…それで私たちにどうやって生きろと言うんだ?」

 

「心配するなジーン…普通に労働すれば良いだけだ、ただ戦う必要が無いだけなのさ…この世界ではな、私たちの様な者は引く手数多なんだ…」

 

ミリアの言ってる事は正しい…不景気と言われて久しいが、それでも肉体労働はまだまだ多くが人手不足なのだ…そして…人間と違い、何なら数日間飲まず食わずでも動き続けられる私たちは何処に行っても重宝される…仕事には事欠かない…そして、人より食べないのだから金に困る方が難しくなる…自分の力で、生きて行く事が出来る……まぁ、不老不死で有る事など無視出来無い問題は有るが…それでもしばらくは人として生きられる…元々、こいつらは人間だったのだ…また、人として生きられると言う誘惑に抗える訳が無い…

 

「準備が出来ました、こちらに…」

 

グレイフィアが戻って来た…説明は途中だったが、問題は無いだろう…こいつらはもう落ちている…私たちを疑う事など無い……ま、元々ミリアは嘘は吐いてないがな…それでも今ミリアが話したのは、あくまでこの世界の一側面に過ぎん…何も世界そのものが無条件でこいつらの味方になる訳じゃない…ルールが守れないなら、異邦人だろうがなんだろうが…所詮この世界にこいつらの居場所など無い。排斥されるだけだ……例え、元居た世界に戻る方法が無くてもだ…郷に入っては郷に従え、と言う事だ…三人が戸惑いつつもグレイフィアの方に向かうのを確認しつつ…私は小声でこう言った…

 

『素晴らしい演説だったな…詐欺師の素質が有るんじゃないか?』

 

『…人聞きの悪い事を言うな…別に嘘は言ってないだろう?』

 

『そうだな…"嘘は"一言も言ってないな…』

 

……ただ、説明が足りてないだけだ…まぁ、これから先…きっとあいつらは騙されたとも思わないんだろうがな…何故なら、あいつらには元々悪意が無いから…普通に振舞っても、ルールを侵してしまう事も先ず無い…極端な話…寧ろあいつらより先にこの世界に来たオフィーリア、そして…ヘレンとデネブの方がまだ危うい…私は、いつも怯えている…いつか、あいつらが本当に取り返しの付かない事をやらかすのでは無いかと…

 

『…今、あいつらの事を考えてるな?』

 

『……さぁな。』

 

『何回言わせる気だ?言っただろう?一人で気負うな、と…』

 

『ふん…なら、お前も背負ってくれるのか?』

 

『ああ。』

 

『…期待して良いんだな?』

 

『もちろんだ。』

 

『そうか…なら、これからは大いにお前に頼るとしよう……当然、撤回しないよな?』

 

『くどいな、二言は無いさ…』

 

……スっと、身体に掛かる重みが一つ消えた様な気がした…そうだな、これからどうなろうと…きっと何とかなる…

 

『ミリア…』

 

『今度は何だ?』

 

『その…友として、これから宜しく頼む。』

 

……気取ってはみたが、そう言えば…既に一度、ミリアの事をそう呼んだ事が有る様な気もする…まぁ、ハッキリ覚えてないと言う事は…まだ私も本気では無かったんだろうがな…

 

『……今更過ぎないか?』

 

『ん?』

 

『随分前から…私はお前の事をそう思っていたんだがな…』

 

……そうだったのか。

 

『それは光栄だな…』

 

『ん?何がだ?』

 

私は憧れていた…クレイモアと言う半人半妖の戦士たちに…その為、いつも線を引いてしまっていた…テレーズにすら、だ…

 

『ナンバーの無い、正式なクレイモアでは無い私を…お前程の奴が友人だと思っていてくれた事が…素直に嬉しいと言ってるんだ…』

 

『そうか…では、私からも友人として一つ言わせてくれ…』

 

『何だ?』

 

『一々自分を卑下するな、もっと胸を張れ…お前だって、戦士だろ?』

 

ああ…悪くない…ただ…

 

『いや…戦士の姿か、これが?』

 

『分かってるならもう少しちゃんとしろ…休める時にきちんと休むのも、戦士としての心構えの一つだぞ?』

 

『ふぅ…分かったよ、精進するさ…』

 

今は何も無いから良い…だが、有事の際に動けなかったらそれで終わりだ…そうなれば、私に戦士の資格など無い……さて、やる事は多い…ただ、私を支えてくれて…そして私自身も、支えてやりたくなる友人が横に居てくれれば…きっと何もかも大丈夫だ…私は今、そう確信している…




『……あ。』

『何だ…まだ何か有るのか?』

『すっかり忘れていたが、さっきジーンに何を頼んだんだ?』

『…ああ、アレか…要は、お前に対して私がやった事と同じだな…オフィーリアの監視を頼んだ……最も、お前と理由は違うがな…』

『……成程な、確かにジーンなら…オフィーリアを止められるかも知れん…』

あいつ程、戦士としての姿を体現出来る奴を私は他に知らん…それこそ、命を賭けてでもオフィーリアを止めようとするだろうな…

『まぁ、本気で戦う事になれば負けるのはジーンかも知れないが…関係無いな。』

『そうだな…問題は、無いだろうな…』

オフィーリアは…結局ただ相手をおちょくりたいだけなのだ…自分の命が危うくなるなら、それ以上はやらない…昔ならともかく、今ではそうなのだ…だから…ジーンが例えオフィーリアに勝てなくても止める事は出来る…それは分かる…だが…

『お前、そこまでジーンに説明したのか?』

『いや…ただオフィーリアが問題起こさない様に監視しろと言っただけさ。』

生真面目で律儀なあいつなら、命を捨てる覚悟で役目を全うしようとする…そこまで分かっていたのに、それしか言わなかったと…

『やはり、お前は詐欺師に向いてるな…』

『ふむ…敢えて言わせて貰うが、お前には出来無いやり方だろう?』

『……』

『結局、どちらも死なないのは確実なんだ…なら、それで良いんじゃないか?』

『……そうかもな。』


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#81

あの日…ジーン、フローラ…そしてイレーネ…この三人がこの世界に来てから…それなりの時間が経った…

 

「おはよう……そうか、今日はお前らだったか。」

 

「おはよう…ああ、そうだ。」

 

「おはようございます……何か引っかかる言い方ですね…何かご不満でも?」

 

「邪推するなよ、フローラ…特に深い意味は無いさ…」

 

……ただ、私は未だにお前が苦手なんだよ…それだけだ…

 

三人はこの世界で生きる事に前向きだった。でだ、生活して行くにはどうしても金は要る…そして、働く事に異論は元々無く…この世界では基本、戦う必要が無いと言う事にも賛同はした…ただ…

 

「お前らもイレーネも…結局三人ともこっちで働いてるのは、何の因果なんだろうな…」

 

私がそう口にすれば、書類に目を落としていた二人が顔を上げ…キョトンとした目を私に向ける…

 

「何だ、突然…?」

 

「えっと…もう私たちがここで働き始めて半年経ってるんですが…今更じゃないですか?」

 

「ま、そうなんだがな…」

 

しかし…三人とも私と同じ駒王学園の用務員やってるのは何なのかとは思う……まぁ、本当に今更なんだがな…っ…

 

「外が騒がしいな…」

 

「ああ、またあいつらだろうな…」

 

「捕まえないといけませんね…と言うか、本当に何で退学にならないんですか?」

 

「以前も言ったが、文句はサーゼクスに言え…と言うより、今更退学にしても仕方無いと思うがな…あの二人も…もうすぐ、嫌でも卒業して…この学園を出て行く…」

 

「……本当に出来るのか?確か、元々進級すら危うい成績だっただろう?」

 

「やめろ、ジーン…そう言う事言うと、またあいつらがこっちに泣き付いて来るフラグになるかも知れないだろ…」

 

「嫌なら、もう見放してしまえば良いのでは?」

 

「お前が言うな…何だかんだ、一番お前が親身になって二人の面倒見てただろうが。」

 

「やる気が有るなら、私も邪険にするつもりは有りませんから。最も、あの二人元々別に頭は悪くないんですから…真面目にしてれば恋人だって普通に出来ると思うんですけどねぇ…」

 

そこで私はジーンに視線を送る…

 

『ジーン…』

 

『いや、私は何も言わないぞ…どうせ無駄だからな…』

 

……何だかんだ、私はミリアの次にジーンとは仲が良いと思う…こんな感じで、今ではアイコンタクトだけである程度話が通じてしまう程だしな(少し前まで、こんな事が出来るのは黒歌ぐらいだったんだがな…)確かにこいつは口数は少ないし、あまり笑ったりもしないが…それでもノリは良い奴なのだ……ちなみに、ミリアと同レベルに面倒見も良い上、滅多に見れないその笑顔のギャップにやられてる生徒は多いらしい…ただ、ファンの多くはほとんど女子だがな…

 

『しかし…』

 

『無駄だと言っている…あいつらはフローラに好かれたくて頑張っていたとか言った所で、どうせフローラが靡く事など無いんだからな…と言うか、未だに覗きはやめないんだからフローラの好感度が上がる訳無いだろう…と言うより…仮に覗きをやめていても全く意味が無いのも分かっているだろう?』

 

フローラは男女問わず人気が有る…ただ、私はオフィーリアと接していた事も有ってか、早い段階で気付いてしまった…こいつは、恐らく同性にしか興味が無い…幸か不幸か、本人にまるで自覚が無い様だがな…

 

「あの?お二人とも先程から何か…?」

 

「「何でも無い…」」

 

……最も、気付いて無いならそのままでいて欲しいと思う…オフィーリアみたいのが増えるのは私も御免だ…オフィーリアと違って基本的には真面目な奴だから、尚の事そう思う…要はオフィーリアと違ってガス抜きをした事が無いから、目覚めてしまったら…オフィーリアなんて目じゃない程の問題起こす気しかしないのだ……まぁ、あいつはあいつで生徒を食ってるから…仮にそうなった所で…今更と言えば今更と思わなくも無いが。同性同士なら妊娠も無い訳だから、表面化しなければ好きにすれば良いとすら思う……ただ、フローラの場合元々そう言う事をしてなかったんだから隠せない気もする…

 

……今こんな事を考えても仕方無いな…

 

「…今日は長いな、やれやれ…やはりこっちで捕まえるしか無いか……誰が行く?」

 

わざわざ三人で行く必要は無い…何なら一人で良い…基本、イレーネも含めて私たちのやり口は同じだ…手間は掛かるが、あいつらには最も効果的な手段を私たちは選ぶ…

 

「私が「あら、ジーンさんは前回も行きませんでしたか?」…そうだったか?」

 

「そうだな…と言うか、本当は忘れてないだろ?相変わらず生真面目な奴だ…別にお前だけ頑張る必要は無いんだぞ?」

 

……どの面下げて言ってるのかとは思う…ただ、こいつは律儀過ぎる…誰かがストッパー役やらないと、一人で必要以上に色々やってしまおうとする癖が有る…確かに私の心労は減ったが、いつもこれだと私も逆に心配になって来る…

 

「ジャンケンだ、ジャンケンで決めるぞ…」

 

 

 

 

 

「お前な…結局出て来たら意味無いだろ…」

 

「ただ待ってるのはどうも性に合わなくてな…」

 

「いや、書類書けば良いじゃないですか…そっちが私たちの本業ですよ?」

 

「お前もだフローラ…負けたのは私だぞ?」

 

「その…手伝ってあげようと思いまして…」

 

「ハァ…もう良い…三人で行って、さっさとあいつら捕まえて戻るぞ。」

 

まぁ、何だかんだ言いつつこの仕事は楽しい…あいつらが卒業したらそれはそれで多少退屈はしそうだが…それでもきっと悪くはない気分でいられるだろうな…

 

 

 

 

 

「お前な…いい加減にしろよ?見境無く手を出すから、毎回修羅場になるんだぞ?」

 

私は遂にやらかしたバカに呆れつつも言葉を掛けている…

 

「えっと…可愛かったから…つい…」

 

「ついじゃない…先ず名前で気付け…何で姉妹両方に手を出すんだ…そりゃすぐに発覚するだろ…」

 

「…名前聞いても忘れるのよねぇ…」

 

「猿かお前は…全く、いつかこうなるんじゃないかと思っていた…」

 

本当に、こんな奴の何が良いのかさっぱり分からん…

 

「その…あの子たち大丈夫だった…?」

 

「外だったしな…サーゼクスに言って、揉み消して貰ったよ…あいつらは停学にも退学にもならない…もちろん、警察が出て来る事も無いから安心しろ…」

 

「そう…なら、良かった…」

 

「良かったじゃない…少しは懲りろ…お前は腹刺されたくらいで死なないから良いが…危うく二人の将来が台無しになるとこだ…」

 

「…ねぇ、私の心配…してくれないの?」

 

「自業自得だろ?言っておくが、二人の記憶はもう消されてるから…お前との事は何も覚えてない…もう声を掛けるんじゃないぞ?」

 

「ハァ…分かったわよ「と言うか、お前もう親だろ?テレーズにばかり任せてないで、少しは子育てに協力してやれよ」…私じゃ、教育に悪いと…」

 

「戯言を言うな…何を言おうと、お前はもう親だ…少しは自覚しろよ…」

 

言ってて思うが、こんな奴が親で有るなど世も末だな…まぁ、子供に躾以外の理不尽な暴力を振るう親よりは…こいつの様な放任主義の方がまだマシとも言えるのか…?

 

「はいはい…分かったわよ…」

 

「一応、お前は病欠扱いになってる…産休取ったと思って、しばらくは大人しくしてるんだな。」

 

「…ねぇ、私…親になんてなれるのかしら?」

 

「なれるかじゃない…なれ。あいつの親は、お前とテレーズしか居ないんだからな…」

 

「……分かった、頑張ってみる…」

 

「…なら、良い…っ…とにかく私は学園に戻る…これでも忙しいんだからな…」

 

 

 

 

 

「…帰るのか?」

 

「学園に戻るんだよ……テレーズ?」

 

「ん?」

 

「…本当にあいつで良かったのか?」

 

「…さぁな…あいつが私を選び、私が受け入れた…ただ、それだけの話だからな…」

 

「そうか…」

 

正直、両親二人共こんなだと…せっかく産まれて来た子供の将来が心配になって来る…これからも様子を見に来るしか無いな…

 

 

 

 

 

「なぁ?恋愛相談は私にされても困るんだが?」

 

何せ、未だ私もハッキリした答えを出せてないんだからな…

 

「って言っても、他の奴は少しさぁ…」

 

他は今の所恋愛経験自体無い…あるいは、一途なこいつの参考にはとてもならん例しか無いな…最も、私も大概だが…

 

「まぁ、分からなくも無いがな…で、本気なんだな?」

 

「ああ「お前の身体の事、打ち明けてるのか?」…その…まだなんだよ…」

 

外歩けば、人間のフリして何食わぬ顔で人外が当たり前の様に闊歩しているこの世界だ…異種族間の恋愛は自由だと、私は思う…ただな…

 

「…ヘレン、どう言う結末になるにしろだ…言わないと悲劇しか待ってないんだぞ?お前は半人半妖の不老不死で、向こうは正真正銘人間で…寿命も有る…」

 

駒さえ使えば同じ種族に出来る悪魔と違い、この世界では…私たちと同じになる方法は存在しない…まぁ、有っても使わせるつもりなど更々無いがな…仮に方法を見付け、広めようとするバカが居たら…私は見せしめに、そいつを八つ裂きにするだろうな…

 

「言ったって、結末は変わらないじゃんか…」

 

「言わないと…お前らはもっと苦しむぞ?」

 

「……分かってる、分かってるんだけどさ…」

 

「…と言うか、もう一度言うが人選ミスだ…私は何人の間を行き来してると思ってる?」

 

そもそも私の相手には同性も居るからな…

 

「良く修羅場にならないよな…オフィーリアはあんな事になったって言うのに…」

 

「そもそもあいつらは…その辺分かった上で私が良いと言い続けてる物好き共だ…今更修羅場になりようが無い。」

 

……まぁ、危なかった瞬間が一度も無いとは言わないがな…

 

「そうやって、開き直れたら…アタシも楽なんだけどな…」

 

「……ヘレン…一つだけ、アドバイスしてやる…」

 

「何だ?」

 

「…仮にお前の正体を知って、離れて行く様な奴なら…そもそもその程度の男だったと言う事だ…」

 

「!…そう、だよな…」

 

そう、人間同士のカップルだって同じだ…パートナーの事情を受け入れられないなら…最初からそいつらが結ばれるのは不可能だ…

 

「…ふぅ…じゃ、私は帰るからな…」

 

「ああ…姉さんと、デネブに宜しく…」

 

「…ああ、一つ言い忘れていた…」

 

「ん?」

 

「たまには帰って来い、だそうだ……デネブが寂しがってるらしいぞ?」

 

「……デネブが?」

 

「当然だろう?あいつにとって本当の意味で友人や、家族と言えるのは結局お前だけだ…ミリアでは、代わりにはならない。」

 

「分かったよ…明日にでも帰る。」

 

「じゃあな。」

 

 

 

 

 

この部屋に来る度、少々気が滅入る…本当に必要最低限の物以外何も無いからな…私ですら本を置いたりしてるからな…この部屋はいつも、何処か冷たさが漂っている…

 

「どうだ、最近は?」

 

「…お前はどうなんだ?」

 

「充実してるな…で、お前は?」

 

「…そうだな…ハッキリ言って、暇を持て余している…」

 

こいつ…ほとんど出掛けてないと言う話だが、休日の時間はどうやって潰してるんだろうな…

 

「…お前の場合、あいつらとは戦士としての世代も違うし…テレーズに関しては子育てに忙しいしな…何なら何か、趣味でも見付けたらどうだ?」

 

「趣味か…お前は何か有るのか?」

 

「私はせいぜい本を読むくらいだな…最も、悪くは無いと思うぞ、この世界の物語も。」

 

「成程な…」

 

「まぁ…私の場合乱読派で、ジャンル問わず読むから…これと言ってオススメ出来る物は逆に無いが…深く物語に浸りたいなら、ミリアに声を掛けろ。」

 

「…ミリアに?」

 

「あいつは古い推理小説や時代小説にハマっている…事前知識として、この世界の歴史の知識は必須にはなって来るが、それでも一度ハマるとアレもコレもと同じ系統なら色々読み漁りたくなるくらいにはどっぷりハマるらしい…まぁ、私は残念ながら…あまり合わなかったがな…」

 

不思議と、こいつはかなりハマる様な予感が有る…まぁ、そうなってくれたら…私も毎回様子を見に行かなくても良くなるだろう…

 

「ふむ…そうか。」

 

「……イレーネ?」

 

「ん?」

 

「たまには散歩に出るとかで良いから、仕事以外でもうちょっと外に出る癖を付けた方が良い…私たちは一日中部屋に篭ってたって別に病気にはならんが、それでもやはり不健全だぞ?」

 

「分かっているさ…」

 

「…ま、次は初心者向けの小説でも持って来てやるよ。」

 

「ああ、楽しみにしている…」

 

 

 

 

 

「新しい仕事にはもう慣れたのか?」

 

「ああ…正直に言えば、毎日とても楽しいとさえ思う…」

 

ああ、顔を見ただけで分かる…こいつの今のこの顔…仮に組織の連中が見たら、気持ち悪さに卒倒するんじゃないか?……まぁ、私は綺麗な笑顔だとしか思わんが。

 

「古書店の店員…お前にとっては天職だったか。」

 

「お前たちと用務員やってるのも悪くなかったんだがな…」

 

「フッ…別に私たちに気を使う必要は無いぞ?お前の人生だ、好きにすれば良い…」

 

「……ありがとう。」

 

「私は別に何もしていないな、礼なら職場を探してくれたアザゼルに言うべきだろうさ…」

 

「いや、お前と出会わなかったら…こんな生活は考えられなかった…考えても見ろ、私はこの世界の文字すらろくに読めなかったんだぞ?」

 

「だから私に助けられたと?何言ってるんだかな…私は切っ掛けを作ったのはそうかも知れないが、結局お前は…最終的に自分で読み書きを覚えたじゃないか。それはあくまで、お前自身の功績だろう?」

 

「相変わらずだな、お前は…」

 

全く、どの口が言うんだかな…

 

「人はそう簡単に変わらん…お前だって、そうだろう?」

 

笑顔が増えた以外、こいつの性格に変化は無いと思う…と言うより、実は今の姿がこいつの素なんだろうな…

 

「ああ、そうだな…」

 

「……と、話が逸れたな…結局相談とは何だ?」

 

「そのな、今の部屋…引っ越そうかと思っていてな…あの部屋からだと、今の職場が遠くてな…」

 

「成程な…つまり、デネブの面倒を見て欲しい…か?」

 

「ヘレンが出てってから、あいつはどうも不安定でな…見ていてはやりたいんだが…」

 

「さっきも言った…お前の人生だ、どうしようとお前の自由で…デネブの事に関しては最終的に答えを出さないとならないのはデネブ自身で…そこにお前が必要以上に手を出すのがそもそも間違ってるのさ…ま、ご近所の好みだ…しばらくはこっちで様子を見ていてやるよ。」

 

「すまんな…」

 

「友人だろう?頼ってくれて良いさ…その分こっちも色々頼む事もあ…!…そうだな、すまないが早速一つ…頼まれてくれないか?」

 

「?…ああ、構わないぞ。で、何だ?」

 

 

 

 

 

「ハァ…あのなデネブ、気持ちが分かるとは言わん…と言うか、ぶっちゃけ今のお前が何考えてるのかなんて分からん…正直に言えばどうでも良い…一応自分の食い扶持だって稼いでるし、仕事以外は自堕落に過ごしていたとしても…結局はお前の人生だ、こっちに迷惑さえ掛けなきゃ好きにしろと言うさ…」

 

最も、聞けば最近のデネブは仕事の方も普通だと有り得ない様なミスを連発しておりそろそろクビになるかも知れない状況らしい…とは言え、だとしてもだ…それは結局こいつの問題で、ミリアに頼まれていたとしてもまだ生活詰んでる訳じゃないなら私も一々何かを言うつもりは無い…私は別にこいつの親じゃないんだからな。

 

「……じゃあ何だ…?お前はここに何をしに来た…?」

 

「大抵の事は私も黙って見逃す…この世界のルールの範疇を逸脱してないなら全てはお前の勝手、自由だ…ただな、半覚醒者のお前が…飯もろくに食っていないのは到底看過出来ん。」

 

「……それで?」

 

「今のお前は…飢えたら確実に人間を襲う…そうなれば、私はお前を狩らないといけないんだよ。」

 

「だから、何だ…?文句が有るなら…今すぐこの首、取ってみるか…?」

 

こいつ…!

 

「…甘いと言われるのを承知で、それでも敢えて言わせて貰う…私は、お前を殺したくない。」

 

「…何故だ…?今の私を生かしておいて、お前に何の得が有るんだ…?」

 

「損得の話じゃない…」

 

「なら、何だ…?」

 

「…お前は私にとって大事な友人の一人だ…所詮これはエゴで、何処までも押し付けでしかないのは分かっている…それでも言わせてくれ…私に、友人を殺させないでくれ…」

 

「っ…馬鹿が…!」

 

「っ!デネブ!?」

 

ソファに寝転がっていたデネブが立ち上がり、私の胸倉を掴んで床に引き倒す…そのままのしかかって来たデネブがいつから持っていたのか、その手に持った包丁を私の首に当てた…

 

「……ふぅ…何の真似だ?」

 

「文句が有るなら!口で言ってないで、さっさと掛かって来たらどうなんだ!?」

 

「ハァ…あのな…」

 

そうだな、今なら思う…確かに私はお人好しなんだとな…全く、どうしてこんなどうしようも無い奴を放っておけないのか…私は身体を強引に跳ね上げ、デネブの額に向けて頭突きをする…っ…包丁で首が斬り裂かれたが、知らん…今はどうでも良い…

 

「っ…お前…!」

 

「今のお前は何だ?この程度の反撃でせっかくの武器は落とす…と言うか、そもそもこんな物でクレイモアで有る私を殺せると思ってたのか?」

 

包丁を当てられた時の感触…それだけですぐに分かった…こいつはもう、剣すら満足に振れないだろうと…

 

「何が掛かって来いだ…今のお前では私を殺すなど、到底無理な話だな…」

 

「っ…お前に何が「知るか…私はお前じゃない」…だったら「デネブ」何だ!?」

 

「どうせ仕事ももうクビになりそうなんだろ?さっさと辞めろ…で、心身共に鍛え直せ。」

 

「……何だと?」

 

「然るべき場を用意してやる…あの時有耶無耶になった決着を着けよう、デネブ。」

 

「……お前、は…」

 

「私の話は理解出来たか?じゃあ試合の日は一ヶ月後だ…言っておくが、当日もこんな状態だったらさすがに私ももうお前の事など本当に知らん…望み通り、私がお前の首を取ってやるよ。」

 

さっき殺したくないと言っておいて、舌の根も乾かない内にこんな事を言ってる自分に嫌気が差す…だが、それでも…言わせたのはこいつだ…

 

「……」

 

「じゃあ私は帰るからな…と、忘れていた…ほら、先ずはこの金で飯を買って来るんだ…」

 

「要ら「言っておくが、食わずに人間を襲ったら…その時はお前を殺すのは私じゃない…ミリアとヘレンが、お前の首を取りに来る」なっ…!?」

 

「分かったらとっとと行くんだな…ああ、もう一つ伝えないとな…」

 

「何だ「ミリアは…もうここには帰って来ないぞ?」…何をした…!?」

 

「人聞きの悪い事を言うな…別に私は何もしてないぞ。あいつはな、もうお前を見放したんだよ…」

 

「……」

 

「ふぅ…後は伝える事は無いか…デネブ、一ヶ月後…また会おう…私を失望させるなよ?ああ、後必要な金はまとめて口座に入れておくから…忘れずにおろすんだぞ?じゃ、私は帰るからな…」

 

 

 

 

 

「テレサ…その血の跡…」

 

「すまんな…ちょっと色々有って…じゃ、納得しないか?」

 

「話してくれるなら聞くにゃ。」

 

「そうか…実はな…」

 

 

 

 

「そう、デネブが…」

 

「分かってると思うが「分かってる…襲いかかったりとかしないから安心して」助かる…ああ、それと…私はしばらくここには戻らん…」

 

「デネブと顔を合わせたら不味いもんね…」

 

「そう言う事だ…すまんな…」

 

「良いにゃ…私もデネブの事、心配だったし…」

 

「……ふぅ…大丈夫だ、あいつはきっと元に戻るさ…」

 

と言うか、そうなってくれないと困る…何せクレアがあいつに懐いてるからな…殺したら、私が恨まれる…

 

「…でも、ここに帰らないって…これからどうするつもりにゃ?…まさか、また昔みたいに「心配するな、もうそんな事はしないさ…そうだな、誰かの家に泊めてもらうさ」…それなら良いけど…でも…」

 

「何だ?」

 

「テレサ変わった…少し前までなら、きっと一人で何とかしようとしてたと思うから…」

 

「あいつらどいつもこいつも…揃いも揃ってもっと自分に頼れって、言ってくれるからな…なら、大いに頼らせて貰おうと思ってな…」

 

そもそも…デネブの事を頼んで来たのはミリアだ…そしてヘレンにも責任は有る…少なくともあの二人には、全面的に協力して貰わないとな…

 

「じゃ、すまんがもう出「ちょっと待つにゃ!」ん?」

 

「その服、着替えないと騒ぎになるにゃ。」

 

「…あ、それもそうか…」

 

 

 

 

 

「すまんな…まさかそこまで事態が拗れるとは…」

 

「ま、仕方無いさ…私もあそこまでデネブが荒れてると思わなかったからな…と言うか、悪かったな…」

 

「ん?」

 

「私が勝手な事を言ったせいで、部屋に戻れなくなって…」

 

「…あー…それなら構わないぞ?私はあの部屋の家具はそもそも何も持って行く気が無かったからな…」

 

「本は良いのか?」

 

「引っ越すのを決めた時から、一つずつ手放したからな…もう、何も残ってないぞ。」

 

「……つまり、もういつでも動ける状態だったのか?」

 

「ああ…と、私は今日このままビジネスホテルにでも泊まるが…どうする?お前も来るか?」

 

「そうだな、今日は一緒に行くさ…」

 

「……明日は、ヘレンの所か?」

 

「…まぁ、どうせまた恋愛相談されるだろうがな…」

 

「…聞こうと思ってたんだが、お前的にはどう思う?」

 

「ヘレンの恋愛についてか?良いんじゃないか、好きにすれば…私は別に良いと思うぞ?ほとんど先入観だけで無条件迫害されていたあっちと違って、こっちではお前らは何はばかる事は無いんだからな…異種族恋愛、大いに結構じゃないか。」

 

「そうか「大体、そんな事言ったら私やオフィーリアなんて肩身が狭いと思わないか?」…お前らの場合はさすがに、もう少し自重すべきじゃないか?」

 

「私の場合、肉欲に負けて自分から手を出したパターンは無いから…本当ならノーカンだと思うんだがな…」

 

「…まぁ、その辺…私から言える事は別に無いが、な……言っておくが私はノーマルだ、手は出さないでくれよ?もちろん、ヘレンにもだが。」

 

「分かっているさ…」

 

「…ところで例の頼み、この結果を予想しての提案だったのか?」

 

「……いや、さすがにたまたまだったんだが、こうなるとお前には本格的に手を貸して貰わんとならないが…良いか?」

 

「まぁ、もうOKを出してしまったし…私にも原因が有るから構わないが…あくまで仕事に影響の出ない範囲でお願いしたいんだが?」

 

「心配せんでも、私も仕事を休む気は無いからな…と言うか、デネブにああ言った手前…私がそれで仕事休んだら、何かやる前から負けた気がして来るだろうからな…」

 

「自分で自分の首、締めてないか?」

 

「そこまで酷い状況じゃないさ…そもそも話したと思うが、昔の私は用務員とハンターの二足の草鞋だったんだぞ?正直、今更だな。」

 

「それなら良いんだがな…」

 

「…さてと…取り敢えずホテル行くより先に、腹ごしらえでもしないか?」

 

「そうだな、行くか。」

 

と、そこで携帯からメール専用の着信音が鳴る…誰からだ…?

 

「……マジか。」

 

「どうした?」

 

「それが、ガラテアからだ…」

 

「いつもの近況報告、じゃないのか?」

 

「…いや、別にいつもって程、頻繁にやり取りはしてないぞ?」

 

ルナもだが、あいつらはあいつらで色々忙しいからな…

 

「ふむ…で、何だ?」

 

「いや、日本に来るつもりらしい…」

 

「ん?そうなのか?」

 

「ああ…正直、来て貰っても相手は出来無いんだがな…」

 

ちなみにルナとガラテア…一悶着有ったが、結局あの二人の分離自体は幸い無事に済み…二人は故郷に帰って行った…あれ以来、時折メールでのやり取りはしていたが…改めてこっちに来るのは今回が初めての事で有ったりする…

 

「まぁ、今回は仕方無いんじゃないか?」

 

「そうだな…いや、どうせなら…この際ガラテアにも少し手を貸して貰うかな…」

 

「あいつ…戦えるのか?」

 

「まぁ、そこら辺は元々…私も期待してない。ただ、あいつは戦士としては古株らしいからな…口頭で何かアドバイスでも貰えればと思ってな…」

 

「成程な…」

 

私はガラテアに今回の顛末を書いて、送る…まぁ、さすがにすぐに返信は来ないだろう…これから飛行機に乗ると書かれていたし…取り敢えず携帯をしまう…

 

「さて、何を食いに行くか…?」

 

「そうだな……ふむ…にしても改めて考えたら、燃費は良くないと言う印象だった半覚醒…裏を返せば、人並みに食えると言うのは良い事なのかも知れないな…」

 

「ま、幸せな事だろうよ…体質的には不安定では有るから、喜んでばかりもいられんがな…」

 

実際、時々イレーネの事が羨ましくも思える…贅沢な話だとは思うがな……あ、そう言えばフローラも半覚醒はしてなかったか…どうしてもイレーネの印象が強いな…

 

「まぁ、いざ分離したら…何故か同時に半覚醒したガラテアに関しては…少し不憫とも思えたが…」

 

「いや、あれはあれで順応してただろ?もちろん、戸惑いが無かった訳では無いだろうがな…」

 

一つの身体に二つの意識…あの後結局ルナの記憶は戻らず、何故あの状態だったのか分からないまま…消え掛けていたガラテアの存在定着の代償(だと思われる…)でそのままいきなり覚醒まで一直線に向かい、ガラテアが自分で妖気を調整しての半覚醒と言う結果になった…

 

「まぁ、アレは結局最後まで良く分からない話だったな…」

 

「分からないと言えば、ルナが握っても損傷の無かったと言う杖の事も気になる…多分、素材は…」

 

「私たちの大剣と同じ…お前は、そう睨んでるんだろう?」

 

「…と言うより、他に考えられないだろ?」

 

「まぁ、な…」

 

結局実物を見せられた訳じゃないから、何とも言えんが。

 

「事前に来ると言ってくれれば、持って来て欲しいと頼めたんだが…」

 

「いや、新しい身体に入ったルナはもう盲目では無いし…ガラテアはそもそも必要無い…持って行く理由が無い以上、空港で止められるんじゃないか?」

 

「それもそうか……ん?」

 

ちょうど視界に入って来たラーメン屋の看板…ふむ。

 

「ミリア…ここにするか?」

 

「そうだな、悪くないか。」

 

正直普段はあまりこの手の店に入らないから、新鮮だ…味に期待させて貰うとしよう。



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#82

「くあっ…」

 

込み上げて来た欠伸を殺す事無く出し切り、軽く伸びをする…んー…さすがに少し睡眠が足りなかったかぁ?

 

「…随分リラックスしてるわね…」

 

「んー…まぁな。」

 

若干呆れた声を出している、 グレイフィアに緩く返事を返す…いや、そう目くじらを立てないで欲しいんだがな…

 

「…黒歌から話を聞いた限り、君にとっては決して楽しい戦いでは無いと…そう思っていたのだが、何とも余裕の雰囲気だね…」

 

「フッ…正直言うとな、楽しくないどころか…気を抜くと武者震いが止まらなくなりそうな程でな…」

 

悪くない…あと少しあと少しで…!

 

「今、私は絶好調だ…少なくとも半年前より、確実に私は…強い。」

 

「フッ…その様だね…」

 

「あー…それはそうと悪かったな…忙しいだろうに、面倒なお願いをしてしまってな…」

 

「構わないさ…彼女の事は間接的に聞いただけでは有るが、それでもずっと気に掛けていた…」

 

「お前はお前で、相変わらず余計な荷物を背負い込むのが好きだな…」

 

「それは、君に言われたくは無いかな…」

 

「ま、それはそうだろうな…」

 

っ…駄目だな、口が勝手に笑みの形を作る…抑えられん…

 

「あの…その顔、どうにかならないの…?凄く不気味なんだけど…」

 

「悪いなグレイフィア…私にも、どうしても止められないんだよ…私自身も気付いて無かったが、あの日、デネブとの試合の結果に私は納得していなかった…そして、今回私はリベンジしようと思っている…お前らには本音を言っておこう…正直、デネブが自棄になっているとか…ミリアやヘレン…そして、黒歌たち私の家族を含めて…あいつと交流の有る奴皆があいつの事で気を揉んでいるとか…今の私にはどうでも良い…ハッキリ言って、知った事じゃない。結局私はただ、もう一度あいつと戦いたかっただけなのさ…」

 

「…良いんじゃないかな?彼女は私の知る限り相当にプライドの高いタイプだ…寧ろ、変に同情される方が傷付くだろうしね…」

 

「かもな…ただ、それも今の私には関係無い…ぷっ…ククク…あー…楽しみだ……最後だ、他の奴には絶対に黙っていて欲しい…私は、あいつを殺す気は無い。だが、私自身はこの戦いで死んでも惜しくないと思ってしまっている…もし、私の首が宙を舞ったなら、それも結果と受け入れてしまえるだろうな…」

 

「…っ…テレサ、もう少し抑えられないかい?」

 

「ん?」

 

「殺気が漏れている…っ…正直、私も抑えが利かなくなるんだが…」

 

「クク…何なら本当にやるか、サーゼクス?」

 

座っていたソファから立ち上がり、テーブルを挟んで向かいに座るサーゼクスに手を伸ばす…っ…

 

「やめなさい…そろそろ、冗談が過ぎるわよ?」

 

グレイフィアが私の手を掴んだ…

 

「悪い、生憎冗談じゃ「冗談に、しておきなさい…私、貴女を殺したくないから」…ふぅ…分かった、今日はもう帰る…」

 

怖いな…グレイフィアから殺気を浴びせられて、少し頭が冷える…正直、このままだとグレイフィアにもうっかりケンカを売ってしまいかねない…

 

「手を離すわよ?変な動き、しないでね?」

 

「っ…早く離してくれないか?それとも、この場でやるか?」

 

「ハァ…普通の試合なら今度付き合っても良いけど…今の貴女とは絶対嫌よ…だって、殺し合いになるでしょ?」

 

「……何なら、性的な方でも全く構わないが?」

 

「…夫で有る私の目の前で人の妻を口説くとは…中々良い度胸じゃないか…?」

 

「っ…」

 

サーゼクスからも殺気が飛んで来る…駄目だ、そんな物ぶつけられたら我慢出来無くなるだろ…

 

「…何ならお前も混ざるか?もちろん、性的な方でも構わないぞ?」

 

「いい加減頭を冷やしなさい…貴女、今日ちょっと可笑しいわよ?」

 

グレイフィアの手が離れる…私はその手を掴んだ。

 

「っ…何のつもり?」

 

「前から思ってたんだが、綺麗な手だな…お前当主の妻で有る前にメイドだろ?やけに小綺麗にしてるじゃないか。」

 

「…メイドだけど、私は妻でも有る…磨くのは当然よ…と言うか、今の貴女…見た目が崩れて来てるわ…」

 

「ん?」

 

「成程…今の君は内側の気は充実してるが、確かに見た目は明らかに傷んでいる…食事と睡眠、相当削ってるね?」

 

隠していたものを指摘されて、さすがに今度こそ冷静になる…

 

「っ…余計な物を削ぎ落としてるだけさ…私は、これでもデネブを信じている…あいつが全盛期の力を取り戻す為に努力するなら、私もそれに応えないとならん…」

 

「……今すぐ生活サイクル戻しなさい…それは本当の強さじゃないわ。デネブがそうなるより先に、貴女本当に壊れるわよ?」

 

「私の勝手だ…私はな、本当にこの戦いで終わってしまっても惜しくないんだよ。」

 

この半年…特に大きな事件は何も無かった…まるでそれまでが嘘の様に…そしてその分、日常がとても忙しかった…そして、私はそこに飲まれて行った…

 

「見届けてくれ…全てを捨てた私の強さをだ…」

 

この半年間で、確かに私は変わったのだろう…少なくとも、一々些細な事で取り乱す事は無くなった…精神的余裕と心の強さを得た…だが、それでデネブに勝つ事など出来無い。あいつの力は、1体1で戦った私が一番良く分かっている…あいつに勝つには、日常生活から培った精神的な余裕と心の強さは確実に余分なのだ…

 

「もう残り半月を切った…もっと仕上げないとならん…」

 

もちろん当初は、普通に強さを磨く気でいた…少なくとも、こんなやり方をするつもりは無かった…ただ、安定した状況での鍛錬は…見事に私を鈍らせた…駄目なんだ…デネブに勝つなら、それでは駄目なんだ…

 

「サーゼクス…三日後にまた会いに来る…」

 

「っ!待ちなさいテレサ「追ってはいけない!」サーゼクス様、何故…」

 

「彼女の目を見て分かった…もう彼女は私たちが何を言っても止まらない…私たちに出来るのは、最早見届ける事だけだろう…」

 

 

 

 

 

 

「ウゲェェ……あー…胃も可笑しくなってるな…」

 

帰ろうとしたのに、吐き気が止まらなくなってそのまま屋敷のトイレに駆け込む…我ながら、何とも締まらんな…

 

「っ…しつこいな。」

 

携帯が鳴る…電源は、切った筈なんだがな…今回、私は繋がりに関して物理的に絶ってはいない…それでは意味が無いからだ…あいつらを追手と仮定し、逃げ回り自分をひたすらに追い込む…私はボタンを押した。

 

「もしも『テレサ!お前、今何処に』…うるさいな、サーゼクスの屋敷さ…もう帰るがな。」

 

以前、こっちに来た際にサーゼクスとグレイフィアに急ぎの仕事が入って帰れなくなった事が有った…だから、私が一人でも帰れる様に今では魔法陣がそのままだ…

 

『迎えに行くから、そこで「ミリア、私は待たないぞ?」っ!確かに私はデネブの事を頼んだがな、そこまで自分を追い込めとは言ってないぞ!?』

 

「仕方無いだろ、こうでもしないとあいつには勝てないからな…あいつも、今…削って、研ぎ澄ましてる最中だろ?なら、こっちもそうしないとな…」

 

『それであいつに勝って、一体何の意味が有るんだ!?』

 

「意味なんか知らん…ミリア、もう私の中で趣旨が変わってるのさ…私とデネブが戦って、それでデネブが前を向けるかどうか…そんな事はもう知らん……いや、本当は初めからどうでも良かったんだろうさ…」

 

二週間だ…たった二週間…あの日、たまたま出会ったデネブに私は圧倒された…本気で、恐怖した…そして悟った…普通に鍛えた所で、こいつには絶対勝てないと。

 

……最も何も怖かっただけじゃない…同時に思った…あいつと同じ領域に私も行ってみたいと…そして、どちらが強いのか…試してみたいと。

 

「時間が勿体無い…もう切るぞ?」

 

『おい!話はまだ「じゃあな」……』

 

「ふぅ…静かになったか…」

 

取り敢えずまた電源を切っておこう…しかし、確かに電源は一度切った筈なんだがな…まぁ、良い…急がないと、ミリアや他の奴が来てしまう…



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#83

『ハァ……で、本当にあいつとやんのか?』

 

『ああ…改めてすまんな、苦労掛ける…』

 

『…まぁ、約束果たしてくれんなら…俺は良いけどよ…』

 

『分かっている…ケリが着いたら、一晩でも二晩でもお前に付き合うさ……寧ろ、一生分搾り取られるくらいの気概でいろよ…と、お前は不老不死だからこの言い方は適切じゃないか…ま、今言っても皮算用だし…終わった後、私がすぐに約束を果たせる状況に無いだろうがな…』

 

『……果たせる状況以前に、お前…実は死ぬつもりじゃねぇのか?』

 

『何も自分から死ぬつもりは無いさ…』

 

 

 

 

 

篭手を嵌める……すっかり馴染んだな…まぁ、寝る時は元より、食事の時も着けていたから当然か…

 

 

 

 

『…で、どうなんだ私の身体は?主治医の意見を聞かせてくれ。』

 

『…んなもんになったつもりはねぇよ…たくっ…まぁ、結論だけ言えばな…戦うどころか、とっととベッドに押し込みたいところだな…』

 

『んー…?誘ってるのか?』

 

『馬鹿か…人間だったらとっとと入院させてるって意味だよ…あのな、お前の身体…今この瞬間も少しずつ自己崩壊してんだよ…完全に半人半妖の身体の再生スピードを上回る勢いでな…』

 

『ほう…そんなに酷いのか。』

 

『もうちょい慌てろよな…ちなみにデネブも同じだな…まぁ、あいつにもしたアドバイスだがな…早めに決着着けろ…長引くと最悪勝手に覚醒するか、あるいは肉体が崩壊して二度と元に戻らねえ。』

 

『全力の戦闘に耐えられる具体的な時間は?』

 

『テメェ…人の話聞いてなかったのか?ハァ…初めから全力で行くな…そうでなくても、多分…数時間もてば良い方…精神の方も相当に終わってるから、極端な話…普通に妖力身体に回しただけでも覚醒するだろうな…絶えず気を張ってろ…人間のままでいたいならな。』

 

『成程…なら、問題無いな…今のあいつ相手に気など一切抜けんからな。』

 

『…その集中力だって、大してもたねぇと思うぜ…?』

 

『アザゼル…』

 

『ん?』

 

『感謝する…お前のお陰で、装備も間に合った…』

 

『ケッ…趣味でちまちまやってたのを急げと言われて急いだだけだ…本当にゼロの状態から言われてたら、到底間に合わなかっただろうよ…』

 

 

 

 

 

 

履いたブーツの調子も悪くない…と言うか、最早履いてる意識すら無い程に軽く、履き慣れたせいも有るだろうが、そこを差し引いてもお釣りが来るくらい私の足に良くフィットする…これで、クレイモアを蹴り飛ばして…ガードの上からでもある程度のダメージを与える事が出来るくらい硬さも有るのだからとんでもないな…本当に、あいつは天才だよ…

 

 

 

 

 

『つか、本当に良かったのか?俺はあいつにお前と同じ物を渡した…戦士としてのレベルは確実にデネブの方が上なんだろ?勝ち目は、相当に薄いと思うぜ?』

 

『言った筈だ…もし、あいつが恥も外聞も無く手を貸して欲しいとお前に頭を下げるなら…その時は全面的に協力してやって欲しいとな…あいつはあの日の時点で既に錆び付いていた…多少鍛え直した所で、どうせ一ヶ月では私には勝てん。』

 

『…じゃあ、何で一ヶ月とか言ったんだ?もっと長く時間取りゃ…』

 

『ふぅ…駄目なんだ、アザゼル…あいつはもう追い込まないと…それこそ放っておいたら覚醒するか、自害でもしかねない状態だったからな……まぁ、あそこまできっちり自分を追い込むとは私も予想外だったがな…』

 

『…で、だからお前を自分を追い込んだと…何でそこまであいつの為にやった?』

 

『それももう言った筈だがな…もう今ではあいつの為じゃない…私が、あの状態のあいつと戦いたくなったのさ…同じ領域に行ってな…』

 

『ハァ…前から思ってたけどよ、お前って…本当に大馬鹿だよなぁ…』

 

『その私に、力を貸すお前も大概だろう?』

 

『バーカ。報酬は確かに魅力的だったけどよ、結局は俺もお前の為じゃねぇ…俺の趣味の一環だ。』

 

『趣味か……』

 

 

 

 

 

 

ドアをノックする音が聞こえた…

 

「良いぞ、入って来い…今回は妙に律儀だな?ホテルで私がシャワー浴びてる時は、勝手に入って来る癖に…」

 

「その時も一応声は掛けてるだろ?「待ってろと言っても結局入って来るだろ…お陰で、ただ洗うだけなのにいつも無駄に時間が掛かってる」…ハァ…一応今日は真面目モードってやつなんだ、お前もどうせなら合わせろよ。」

 

「そうかい…なら、こっちも無駄口は叩かんさ…一つだけ聞かせて貰おう…デネブの様子はどうだった?先にあいつに会ってきたんだろう?」

 

「…お前とほぼ同じ状態だよ。お前ら的には絶好調とか、全盛期と言った所か?」

 

「あいつ、ある意味では全盛期には程遠いとは思うけどな…まぁ、散々自分を追い込んだ事で…マイナス要素はある程度打ち消されてるんだろうがな。」

 

「その辺はお前も同じだと思うけどな……そろそろ時間だぜ?もう出られんのか?」

 

「いつでも良い…何なら、この部屋に今デネブが駆け込んで来ても対応可能だ。」

 

「やめてやれ、フラグになるだろ…万が一にもここで始めたら、サーゼクスがさすがに泣くぞ…」

 

「グレイフィアもブチ切れそうだな…さすがにデネブとグレイフィア二人まとめて相手したら絶対に勝てないな…」

 

「分かってんなら早く行こうぜ…テレサ?」

 

「ん?」

 

「…良く似合ってるぜ、その装備…」

 

「…今更か?もう見慣れただろ?」

 

もう何日身に付けたままだったと思ってる…しかも、その間…ずっとお前と一緒に居たのに…

 

「…皮肉なもんだよなぁ…ボロボロの今のお前だからか、一番似合って見えるんだよなぁ…」

 

「フッ…惚れ直したか?」

 

「…今すぐにドレスに着替えてくれたら、口説きたくなるくらいにはな…」

 

「……それなら、普段と特に変わらないじゃないか。」

 

 

 

 

 

『…趣味にしては物騒な物ばかりだな…改めて考えれば渦の団への警戒にしてもこれは過剰だ…お前、何処かと戦争でもする気か?』

 

『…別に作るだけなら何もねぇだろ…?』

 

『…そうかもな。』

 

 

 

 

 

「…来たか。」

 

あいつの姿が視界に入る……成程、今の私たちは周りからはこう見えてるのか…パッと見は問題無いが、確かに良く見ると肉体の崩壊が始まっている…そして、クレイモアとは違う、背中の大剣以外全てアザゼルの作った装備…私と、同じだ…

 

「言葉は要らん…やるぞ、デネブ。」

 

「来い…私のこの首…取って見せろ。」

 

私たち二人は、同時に背中の剣を抜いた…



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#84

「くぁっ…」

 

眠い…

 

「はしたないにゃ…あんたはもう母親なんだから、もう少ししゃんとするにゃ…」

 

「ハァ…うるさいな…大体、私の子はお前が抱き抱えてるじゃないか…私の事など、全く気にしてない。」

 

「だからって「黒歌お姉ちゃん、痛いよ」あ、ごめんにゃ…これで良いにゃ?」

 

「うん。」

 

……我が子は産まれてからたった半年で、見た目は大体人間で言う5~6歳くらい…最も、精神年齢と知能面は恐らく既にそれ以上…全く、将来有望だよ…どう育てれば良いのか、検討も付かんがな…アザゼルの見立てでは、何れ成長スピードも人間とそう変わらんレベルまで落ちるだろうとの事だが…一体いつになる事やら…このままだと、普通の教育機関には到底通わせられない…それ以外にも問題は有る…あの子はその身に宿る、とても子供とは思えないレベルの妖力を既にある程度コントロール出来ている上、総量は少ないらしいが魔力まで持っている…そして、私たちの操る剣技に対しての興味も尽きない…

 

これからの成長が非常に楽しみでは有るが、不安も大きい…全く、前途多難だな…

 

「親馬鹿…ここに極まれり、ね…」

 

「ん?もしかして口に出てたか?」

 

「多分…ほとんど全部、ね…」

 

「…そうは言うが…お前だって、あの子がこれからどうなって行くのか楽しみだろ?と言うか、そもそもお前の子でも有るんだぞ?」

 

「私は不安の方が大きいわよ…大体、やっぱり私に母親なんて…」

 

……産まれる前まで、方々に自分と私の子だと自慢しまくってた癖にいざ産まれるとこの体たらく…まぁ、今思えば確かにあいつの言う通り、パートナーをこいつに選んだのは間違いだったのかも分からん…最も…

 

「それでも、あの子はお前の血を引いてる…その事実は変わらん……それとも、納得出来無いか?」

 

「そんな事は、無いけど…でも、あの子とどう接したら良いのか…私、分からないのよ…」

 

「大丈夫だ、私にだって分からん「もっとしっかりするにゃ!」…って言われてもな、大体…何故かそいつはお前に一番懐いてるくらいだしな…」

 

「それは…私にもにゃんでか分からにゃいけど「あ、私多分分かるよ☆」セラフォルー…?」

 

「猫って…確か昔から母性本能強いって言うし、この子にもそれが分かるんじゃない?」

 

そう言ってセラフォルーがあの子の頭を撫でる……そうか、そう言えば黒歌は元々化け猫だったな…小猫と違って、頭の猫耳以外猫を示す兆候がまるで無いから忘れそうになる…

 

「ん?テレーズ、にゃに見てるにゃ?」

 

さすがに一瞬悩んだが、結局私はコイツに対する印象をそのまま口に出した…

 

「いや…相変わらず、何とも猫らしくない奴だと思ってな…」

 

「え"…わっ、私って猫に見えないにゃ!?」

 

……そんなに驚くか?仙術使いの上、元々化け猫と言う事も有って普段から人間の姿してるから…ハッキリ言って余計に猫に見えないんだが、自覚無かったのか?

 

まぁ、それを今更言っても仕方無いし…この狼狽え様を見るに、そこを指摘してもさすがに少し可哀想にも思えるから…別の理由を口に出す…

 

「お前は基本、パートナーで有るあいつにベッタベタだからな…猫って言うのは確か、元々警戒心の強い動物で…人にはほとんど懐かないんじゃなかったか?」

 

……あ。言ってから思った…この理由だと、ベクトルは違ってもあいつは元より、クレアにも懐いてる小猫も猫の定義からは外れるのか…

 

「私…」

 

……結局と言うか、それともやはりと言うべきなのか…小猫にも飛び火した様だ…ふむ、もうちょっと考えて発言すべきだったか…

 

「そっ、それだけにゃら私…猫じゃないって事にはにゃら「お前、随分前から猫の姿には戻ってないだろ?普段は、ほとんど人間と変わらんぞ?」うぅ…」

 

反論して来るものだから、指摘した手前…つい、少しムキになって…黙ってるつもりだった事まで口から出てしまう…

 

「だっ、大丈夫だよ!?黒歌お姉ちゃんも小猫お姉ちゃんも…ちゃんと猫だよ!?」

 

クレア、そんなに慌てて否定したら…お前も実はそう思ってないと言ってる様にしか見えんぞ…ふむ、こうもあからさまに落ち込む二人を見てるとさすがに罪悪感も湧くな…とは言え、どうフォローすれば良いのか…

 

「えっと…結局どっちでも良いんじゃない?」

 

そう思ってると我が子が突然そんな言葉を口に出す…いや、それは最早トドメだろ…続けて何かを言おうとするから遮ろうとすれば…

 

「黒歌お姉ちゃんは黒歌お姉ちゃんだし、小猫お姉ちゃんは小猫お姉ちゃん…猫かどうかとか、別に良いんじゃない?」

 

……何故か、二人の纏う暗い雰囲気が霧散したのを感じた…

 

「そうですよね、私は…私ですよね。」

 

「私は私…そうね、そうかも…」

 

何やら納得する二人を見ながら思う…結局お前らのアイデンティティは未だ否定されたままなんだが、それで良いのかお前ら…そして…我が子に改めて視線を向けて、浮かべてる表情を見て…続けて思う。

 

……今の発言は…単に二人が落ち込んでる姿を見るのが、面倒臭かっただけなのだと…この弄れ方、紛れも無く私の子だな…こんな事で実感を持ちたくなかったよ…

 

そして…連中の横に居て、一連のやり取りを見ていたサーゼクスとグレイフィアが苦笑を浮かべているのを見るに多分、その辺りの事情には気付いているな…何も言わないのは、二人の優しさか…

 

俗に、"可愛いは正義"なんて言葉が有ると言うが…子供にあっさり言いくめられるこいつらは、本当に単純な連中だと思う……そして…澄ました顔をしている銀髪銀眼をした我が子を見ながら、もう一つ思い出した言葉が有る…

 

即ち、"可愛いは作れる "と言う言葉だ…コイツは、自分の容姿をどう使えば効果的なのか良く分かっているらし、い…っ…

 

「……」

 

自分に向けられた視線に気付いたのか、こちらに顔を向けたあの子が浮かべている笑顔を見て戦慄する…アレは、普通の子供の出来る表情では無い…と言うかこの笑顔…まさか、うっかり失言をした私のフォローをしてやったとでも言うつもりなのか…?

 

「っ…」

 

いつの間にか私と同じく、あの子の方を見ていたオフィーリアが息を飲むのが分かった…気付けばあの子はもう正面を向いている…もう笑顔は浮かべていない…一瞬幻覚だったのかと思ったが、違う。アレは…間違い無く現実だった…

 

「ホント、我が子ながら…不気味な子よね…やっぱりどう接したら良いのか、分からないわ…」

 

オフィーリアのその言葉を聞きながら思い出す……笑いが込み上げそうになった…何だ、安心したよ…

 

「まぁ…その言葉には一応同意するが、不気味…は、聞き捨てならないな…やはり、あの子は可愛い我が子だよ。」

 

「?…何よ急に…アンタだって、さっきそう思ったんでしょ?」

 

「ま、そうだがな…」

 

教えてるやる必要は無いか…あの子のあの顔は、お前にそっくりだったよ…

 

「あ…」

 

「ん?どうしたにゃ?」

 

「サーゼクスおじさん…」

 

「っ…おじ…お兄さんで、お願い出来るかな?」

 

いや、サーゼクス…初めて会った時もそう言われただろ?何で改めてショック受けてるんだお前は…大体、お前の年齢なら最早おじいさんのレベルなんだから…一々そんな事でダメージ受けるんじゃない。

 

「…サーゼクスお兄ちゃん、もう始まってるよ。」

 

「う"っ…」

 

……先と同じく、サーゼクスが胸の辺りを押さえてその場に膝を着く…今度はお兄ちゃん言われて昇天仕掛ける、か…だから…前回もやっただろ、その下りは…と言うか、お前はあの笑顔が見えないのか…仮にも現役の魔王が一々ガキに手玉に取られてるんじゃない…

 

「ふぅ…その、始まってるとはどう言う事かな?」

 

「だから…テレサお姉ちゃんとデネブお姉ちゃん、もう戦ってる…」

 

……ゾッとした…あいつらが戦う事になってる山中から、今私たちが居る屋敷まで相当離れている筈だが…

 

「適当に言ってる…って、感じじゃないわね…」

 

「ああ、間違い無くあの子は今、二人の妖力がぶつかり合ってるのが分かったんだろうな…サーゼクス、早く映せ。」

 

「…いや、まだ開始の合図は出してないんだが…」

 

「戦士同士…それも模擬戦と言えど、私たちが戦う時に本来合図など必要とせん…今回の場合、恐らく…二人とも始めから試合として戦う気が無いと言う意思表示だろうな…」

 

そもそもアザゼル曰く、二人は相当ギリギリの状態らしいからな…わざわざ合図など待っていられない、と言う事か…

 

「むっ…アザゼル?……分かった。」

 

携帯を取り出し、アザゼルと会話をしていたサーゼクスが機械を操作する…目の前のモニターに何か映し出される…

 

「…ちょっ、ちょっと…本当にもう戦ってるにゃ…」

 

モニターに映っているのは、見慣れない装備を身に付けたあいつと、デネブがお互いの剣をぶつけ合う姿…

 

「…ねぇ、テレーズ?」

 

「何だ?」

 

「アンタ今…二人の妖気、感じ取れる?」

 

「……いや、分からん…」

 

妖気感知能力はガラテア以上、と言った所か…と言うか、この場合他に比較出来る対象が居ないだけで…実際は普通に、ガラテアを遥かに超えているんだがな…

 

「お前たちの子供は規格外だな…」

 

今まで黙っていたミリアがそう口を開く…口調だけならからかってる奴のそれと思うが、実際は声が震えている…

 

「ふぅ…ホントにな…」

 

とは言え、私もそう口に出すのがやっとだ…素質が有ると感じてはいたが…まさか、ここまでとは思っていなかった…自然と、改めて我が子の将来について思いを馳せて行く…

 

「…本当に、どうしてやれば良いんだろうな…」

 

この世界は…あの子には文字通り狭過ぎるだろうな…せめて…せめて生を受けたのが私たちの居たあの世界なら、また違ったのかも知れないが…

 

「テレーズさん?」

 

「……ん?」

 

フローラが声を掛けて来たので、思考を打ち切った…

 

「自分の子供の事を危惧するのは分かりますけど、先ずは試合を見ませんか?あの子も、夢中になって見てる事ですし…」

 

その言葉に改めて、あの子に視線を向ける…目は画面から全く逸らされない…その真剣な表情は、まるで二人の戦いを僅かも見逃すまいとするかの様…

 

「まぁ、何とかなるんじゃないか?」

 

「何が言いたいんだ、ヘレン?」

 

「アンタとオフィーリアの子なんだ…元々変に能力が高くたって別に不思議じゃないだろ?それでも、あいつがその強い力を無駄に奮ったりせず…押さえ付けてるのは…アンタだって、見てたら分かるだろ?」

 

「……確かにな。」

 

それが既に出来てしまってる事がそもそも問題では有るんだがな…それに、恐らく…あの子の力はまだ上がる…

 

「私も見てて分かります…あの子は、きっととても優しい子だと…」

 

「……」

 

優しい、か…本当に優しいならこんな戦いを…あの無表情の中に隠し切れない高揚感を滲ませながら、目に焼き付けたりしないと思うがな…

 

……やがて、無限に続くかと思われた二人の剣戟の応酬が終わった…二人が後ろに下がる。

 

「…今の所、互角且つ…お互い無傷って所かしらね…」

 

「…まぁ、結果的にはそうなって「ううん…違う」ん?」

 

またあの子が口を開く…

 

「何が違うにゃ?」

 

「えっと…最後二人が離れたのは、お互いの攻撃を食らったからだよ。」

 

……いや、私も見えなかったんだが…正直、モニター越しだと全部は分からん…

 

「テレサお姉ちゃんがデネブお姉ちゃんのお腹への蹴り…デネブお姉ちゃんが右の拳でテレサお姉ちゃんの顔を殴ってるよ。」

 

「…成程。」

 

確かに画面には腹を押さえるデネブと口から血を流すあいつの姿が…?何か地面に吐き出したな…

 

「マリア、今あいつが吐き出したのは何か分かるか?」

 

今度は私からあの子に声を掛ける…二人の姿は、山中に配置した使い魔の持ったカメラを通してこの場のモニターに映し出されている…この映像越しだと、あいつの吐いた物が何か、良く見えない…画面にハッキリ映って無い以上、本来ならあの子にも分からない筈だが…

 

「うん、多分…歯が欠けてる。」

 

……多分、と言う割にほとんど確信を持って言っているのが分かる…

 

「あ…」

 

「今度はどうした?」

 

「テレサお姉ちゃん、全部の歯を出してない…」

 

「?…つまり、欠けたのは一本じゃないのか?」

 

「うん、多分…最初は全部吐き出そうとしたけど、武器にする為にやめたんじゃないかな…あ、ほら…」

 

次に、映し出されたのはあいつとの距離を詰めようと前に出たデネブの顔にあいつが口から何かを吐き出す姿…確かに、あの子には大体見えているらしい…そして…欠けた歯を口の中に留めておいて、更に武器にすると言う発想…既にあの子の中で、ある程度戦闘理念が出来上がってる様だ…なら、もう一つ質問するか…

 

「さっき、あの二人は互角だったな?それは何故か分かるか?」

 

「何故って、それは…二人は今、剣の実力が同じだから「ううん、違う」え?」

 

あの子が黒歌の発言を遮る…まぁ、そう思うのが普通なんだがな…

 

「多分、本当だったらデネブお姉ちゃんの方が強い…デネブお姉ちゃんが下手になったから、テレサお姉ちゃんが追い付けてるの。」

 

「…それは間違い無いと思うぞ?アタシから見ても、確かにデネブの剣の腕は落ちてる…」

 

……本当に、末恐ろしい子だよ…ただ、やはり将来は楽しみとも思える…

 

「あいつ、その内俺に預けてみねぇか?」

 

横からそう声が聞こえて、私はそちらに顔を向ける…

 

「…アザゼル、いつ屋敷に戻って来たんだ?」

 

「さっきな…お前とオフィーリアのガキ、中々面白いじゃねぇか…正直まさか、ここまでの逸材とは思わなかった…ちょっと、育ててみたくなったぜ…で、どうだ?」

 

「……考えておこう。」

 

指導者としてのコイツの能力は、その辺素人の私から見ても申し分無い…ただ、何となくコイツに任せると脳筋になりそうな気がしてならない…あの子は一応女の子なんだがな。まぁ、それでも私やオフィーリアが修行付けるより…遥かにマシな気はするが。



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#85

先ずは挨拶代わり…そんなつもりで繰り出した私の剣…それが起こした結果に、その場で凹みそうになる…

 

……デネブの剣の腕が錆び付いて無かったら、確実に私の首は飛んでいた…

 

絶好調と思っていた私の精神は…実際はアザゼルの言う通り不安定だったらしく、突きつけられた現実に文字通り目の前が暗くなりそうになる…駄目だ、気を抜くな…分かっていた筈だろう?そもそも私の剣の腕では…デネブには勝てない、と。

 

それに、だ…

 

(…さっきの打撃…篭手のお陰も有るとは思うが、それでも分かる…今の奴は、間違い無く徒手空拳も一定のレベルに有る…今はギリギリ私の方が上、と言った所か…)

 

「ペッ…」

 

口の中で異物感を感じ、中に有る物を取り敢えず地面に吐く…

 

(…歯が欠けたか…って、もう一本有るな…私は攻撃型とは言え、歯の一本や二本ならさすがに再生するかも知れんが…やはり少しショックでは有るな…ふむ、せっかくだ…コイツは残しておくか…あいつに、プレゼントしてやろう…)

 

思ってもみなかった一撃を食らったせいか、何処か茹だっていると言うか、夢見心地の私に向かって一直線にデネブが突っ込んで来る…

 

「…プッ!」

 

「!?」

 

(…ふむ、初めてする攻撃だが…中々どうして、上手く行く物だ…)

 

私の吐き出した歯は寸分違わず、デネブの左の眼球まで到達した…さすがに怯むデネブに向かって空いている距離を詰める…辿り着くと同時に…私は現在死角になっているデネブの顔の左側まで自分の右手を伸ばす…耳を掴み、デネブの頭を強引に下げた。

 

「ガッ…貴さ「お前も顔に食らっておけ」ハグッ…!」

 

上げた右膝をデネブの顔面に直撃させる……この感触…恐らく鼻が潰れたな…私の受けたダメージとは全く釣り合ってないだろうが…まぁ、お釣りって事にしておこう…

 

「グッ…!」

 

右手で鼻を押さえながら、デネブが私から下がろうとする…ふむ、それでは警戒が足らんな…私は左足でデネブに足払いをかけた。

 

「なっ…!?」

 

「足元注意…思わぬ攻撃を食らって、一度下がりたくなる気持ちは分からなくは無いがな…」

 

左足をそのまま上げ、デネブの腹を踏み付ける…このブーツは硬さは有るが、重さは無い…それでも私の体重は掛かるし…ブーツは金属製との事だから、何なら普通に痛い筈だ…

 

「くっ…」

 

「どうした?もう終わりか?」

 

「……ブフッ!」

 

「…んなっ!?お前!?」

 

鼻を押さえたまま倒れ込んだデネブが鼻から手を離し、私に向けて吐き出した物…それは恐らく鼻から流れていた血…くそっ…今度は私の視界が潰された…っ!しま…!

 

「…そんなに泥臭い戦いが好きか?」

 

「…がはっ!?」

 

デネブの腹に乗せられていた足が持ち上がり、その足が掴まれたのが見えなくても分かった…そして、直後に地面に頭から叩き付けられる…

 

「さすがにさっきの攻撃はお前の受けたダメージには釣り合わんな…お前が払い過ぎた分を今から返してやるよ。」

 

「っ!?」

 

私の身体が持ち上がった……いや、恐らくデネブが私の両足を掴んで持ち上げている…

 

「!…ぎいっ!?」

 

「これだけ勢い付けたら…きっと相当痛いんだろうな…ほらせっかくだ、もう一回行くぞ?」

 

今顔面に感じた痛みは…ひょっとして近くに有った太い木に顔から叩きつけられた時のものか!?…クッ…もう一回だと!?くそっ!冗談じゃない!何か、何か手は…!?

 

「そら!」

 

 

 

 

 

「あー…アレ、ホントに痛そうね…」

 

「まぁ、あのやり方ではデネブを怒らせて当然だな…少しでも優位に立つとすぐ調子に乗るのがあいつの悪い癖だ…治ってなかったらしいな……ふむ、この世界ではこう言う時は確か…そうだ、くわばらくわばらとか言うんだったか?」

 

この言葉は…要は近くで起きている災害に巻き込まれない様に唱える魔除けの呪文で有るそうだ…基本的には、何らかの災難に見舞われている奴を見た時に自分はそうならない様にと唱える物らしい…

 

「ちょっと!?アレ良いの!?」

 

「格闘技の試合じゃないんだ…反則、とか言う戯言は通らんよ…と言うか、そんな事を言ったら最初に口の中に有った欠けた歯をデネブの顔に向かって飛ばしたあいつが既にアウトだしな……ところで黒歌?不便だろうし、手を退けてやれ…マリアは多分、目隠ししても何となく何が起きてるか分かるだろうしな…」

 

「黒歌お姉ちゃん…」

 

「っ…分かったにゃ…」

 

「…とは言え、ホントにこんなの見せて良いんでしょうか…」

 

「フローラ…そもそもこの場には、小猫はまだしも…クレアとアーシアも居るの忘れてないか?」

 

「あ!」

 

とは言え、いざ二人に視線を向ければ…どう見ても私たちのやり取りなんて耳にも入ってない…今この瞬間も、真剣にモニターを見詰めている……ちなみに、もちろん姫島朱乃もこの場に居たりするが…まぁ、あいつは良いか…さっきからずっと発言するタイミングが無くて、非常にもどかしそうにしてるのも見なかった事にする…私には関係無いからな。

 

「あー…にしてもデネブの奴、アレは本気でキレてるな…」

 

「……」

 

フローラはさっきから顔が険しい…ふむ。

 

「…こう言う戦いは見るのも嫌…」

 

「え…」

 

「図星だろ?」

 

そう、実は本当に目を背けたいのはフローラの方だったりするのだ…

 

「その…こう言うのはどうしても少し苦手です…」

 

「まぁ…普通の模擬戦ならまだしも、ほとんど殺し合いレベルの応酬してる…しかも味方の筈の戦士同士で…見てて、そりゃ気分は良くないよな…」

 

「とは言え、こう言う戦いも有る…私も少し、形を気にし過ぎるきらいは有るからな…色々、参考にはなる。」

 

ヘレンが語り、最後はミリアが締める…最も、ここまで聞いてもフローラにはまだ納得し難い様だがな…

 

「小綺麗なばかりが戦いじゃないのよ?ねぇ、お姫様?」

 

「!…そう言うの、やめてくれませんか…?」

 

オフィーリアとフローラ…この場で二人の睨み合いが始まる…正直二人の相性が悪いのはこうなる前から分かっていた…だから、用務員のシフトでも二人を同じ日にした事は無い。

 

……まぁ、それはそうと…この場で戦われるのはさすがに私も少し困るか…大体、オフィーリアの場合はそれを私やあいつに体験させられた側で…別にお前の専売特許では無いだろうに…

 

「やめろ…それとも、二人纏めて私が相手してやろうか?」

 

「っ…ハイハイ…分かったわよ…」

 

「私は…ちょっとやってみたいです…」

 

「…ふむ…良いぞ、今度な。」

 

私が殺気を飛ばせばオフィーリアは大人しくなる…それは分かっていた。最も…フローラは戦いたい、か…まぁ、フローラは元々ジャンキーの気は有った様だしな…ちなみに、私的にはやりたいと言うなら日を改めてくれれば特に問題は無い…何せ子供産んで、もう半年だ…全盛とはさすがに言い難いだろうが、とっくに体力もある程度戻っている…まぁ、ブランクも有るし…先ずは身体を慣らす必要は有るだろうが。

 

「ねぇ!?あいつ全然動かないんだけど!?」

 

「大丈夫だよ、テレサお姉ちゃんなら起きてるから。」

 

「!…え?」

 

「アレ、多分気絶したフリだから…」

 

その言葉通り、動かなくなったあいつの腹の上に座り、マウントポジションに入ったデネブの眼窩に自分の指を押し込むあいつの姿が画面に映る……本当に、この子は何処まで見えているんだろうな…



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#86

自分でもイカれてしまっているのは分かる…何回木の幹に叩きつけられたのか、途中から痛みも消えていた(良く折れないな…いや、それとも途中で別の木に変えたのか?)まぁ、私の精神状態については…今はどうでも良い…ハッキリしてるのは、デネブから食らわされた血糊のせいで、開かれる事の無い私の両目…且つ、この状況で私が声一つ上げないと言う二点……結論を言えば、デネブからは当然の如く、私が意識を失っていると判断されると言う客観的事実のみ…

 

「…ふん、口程にも無い…まぁ、この場でお前の首を落とせばそれで終わる訳だが…それもつまらんな…」

 

「っ…」

 

地面に叩きつけられたのか、背中に受けた衝撃で少し息が漏れる……まぁ、冷静になってから思うのは…別に目が見えなくても結局はどうにかなるな、と言う事で有ったりする…これは、クレイモア…自分が半人半妖で、敵も同じ半人半妖であれば…何ならあるいは妖魔や覚醒者でも問題は無い、結局は同じだ…何を言いたいのかと言えば、今言った条件さえ揃ってるなら…私たちの場合目が見えなくても…妖気を感じ取れさえすれば、相手の位置はある程度分かるのだ……ただ、強いて言うなら…もう少しデネブが近付いてくれればな、と…

 

「っ…!」

 

デネブが近付いて来る…何とか、興奮を抑え込む…もっと…そうだ、あと少し…もう少し近くまで…

 

「!……」

 

腹に重みが加わる感触…デネブが私の腹の上に座っている…と言う事は次に来る攻撃は…まだだ…まだ抑えろ…意識を集中しろ、奴の攻撃するタイミングが分かる筈だ…コイツはかなり慎重な奴だ…攻撃する一瞬の隙を付かなければ、コイツには当たらない…そう、そうだ…腕を振り上げ…っ!今!

 

「がっ…!お前…」

 

伸ばした二本の指から伝わる感触にほくそ笑む…おっと、これで終わりにしてはいけないな…

 

「…これで条件は同じ…じゃないんだよな…お前は再生するからな…」

 

まぁ…別にデネブの様な防御型じゃなく、私の様な攻撃型でも眼球に関しては再生するだろうが…コイツの場合は少し事情が違う…コイツは…早いんだ…ほとんど一瞬と言っても良いスピードで、身体の失われた部位が再生してしまう…だから…やるなら徹底的に、だ…

 

「!…クッ…」

 

「おっと…悪いがこの指は抜かないぞ?抜けば、その瞬間にお前は一気に再生するもんな?」

 

下がろうとするデネブの眼窩に指を曲げて引っ掛ける…悪いが逃がさない…決して、何が有ろうとな…私はもう片方の手…左手を右の指が有る場所から少し下の方に向けて手を伸ばす…そして指が触れた部分を掴んで力を込めた…

 

「ぐうっ…!お前!?」

 

「コレはお前の首だな?」

 

このまま絞め落とす…それで、終わ…!

 

「がっ…!そう、だよな…お前も、そうするよな…」

 

今、私の首も掴まれている…と言うか、コイツ今両手で締めているな…?てっきり、私の指を抜くのが先だと思ったんだが、な…

 

「っ…お前の考えは分かる…!お前は、今…こう思った筈だ…"私の指を抜くのが先では無いのか"とな…ナメるなよ?このままお前を絞め殺せばそれで終わる…!」

 

「がっ…!はっ…!」

 

当然だが、片手で絞めるより両手で絞める方が効果は有る…そして…私たちクレイモアを殺すには…首を斬り飛ばさなければならないと言う先入観に囚われがちだが、実はそうでも無い…当然私たちにも、窒息死は…有るんだよな……くそっ…意識が、飛…ぶ…

 

 

 

 

 

「サーゼクス!早く止めて!テレサが殺される!」

 

「っ!待てサーゼクス!止めるな!」

 

私はその場で叫んだ。

 

「しかし「決着は、まだ着いていない」……」

 

「っ!もう我慢出来無い!私、行く「寝てろ!」……」

 

セラフォルーが立ち上がったタイミングで近くに居たヘレンに視線を向ければ、汲み取ったヘレンがセラフォルーを殴り付けて気絶させた。

 

「良いか?全員、この場を動くな…」

 

その場に殺気を飛ばす…腰を上げかけていた黒歌や朱乃の動きが文字通り止まった…ちなみに、小猫とアーシアに関しては私の殺気に当てられた様で…もう意識は無い様だ…クレアは自分の身体を抱き抱えて震えてはいるが、ちゃんと意識を保っている…

 

「大丈夫…テレサお姉ちゃんが勝つよ。」

 

この場ではその声は良く響いた…まさか、私の殺気で意識を飛ばさないどころか…平然としているとはな…と言うか、今マリアは多分とは言わなかった…さっきから、マリアが解説し私たちが納得すると言う異様な流れが出来上がっている…そして、今のは説明をした訳じゃない…

 

「マリア…何故あいつが勝つと思ったんだ?」

 

マリアが口を開いた…

 

「……分かんない。」

 

それは、ここまでで初めての言葉だった…

 

 

 

 

 

「くそっ…!しぶとい奴だ…!」

 

「っ…!っ…!」

 

目が見えない…その状態から更に目の前が黒く塗り潰されて行くのが分かる…苦しい…きっとこのままこの闇に身を委ねたら、楽になれるだろうと思った……だが!

 

「っ!…ふんっ!」

 

「っ…何処にまだそんな力が…!?」

 

指をデネブの眼窩から引っこ抜き、そのまま私の首を掴んでいるデネブの両の手首を掴み、砕く…さすがに緩んだデネブの手を私の首から外した…手首を離し、右手の方も首に掛け……足りない!

 

「グフッ!?」

 

デネブの首を締め上げたまま、地面に押し倒す…抑えていた妖力を解放…更に力を込めて行く…

 

「オォォォォ…!!!!!」

 

「っ!ふざけるな!」

 

既に再生したのだろう、見えないが…再びデネブの両手が首に掛かったのが分かる……惜しいな。悪いが、私の勝ちだ…

 

「っ!っ!…かっ…はっ……」

 

「…漸く、落ちたか…」

 

デネブの呼吸が止まった…力を緩め、しばらく待ってみるが…起き上がる様子は無い。

 

「あの瞬間、デネブの手を外せなかったら…先に呼吸が止まったのは私だっただろうな…」

 

コイツの手を外した事で私の呼吸は楽になった…だが、デネブの方はずっと絞められたままだったのだ…そうなれば、最終的にコイツの方が落ちる…

 

「ケホッ…ケホッ…くそっ…」

 

その場に足を投げ出して座る…もっと悪態ついてやりたいが、先にコイツの首を絞めたのは私だしな…文句も言えんか……あ。

 

「私の携帯か…」

 

血糊を袖口で拭き取り…目を開けたところで、私の視界に地面に落ちているソレが目に入る…

 

「さっき木にぶつけられた時に落としたのかね…」

 

と言うか、良く見ればその近くに大剣も有る…デネブの剣はここに落ちてるから、アレも私のだな…

 

「っ…」

 

ゆっくり立ち上がり、足をほとんどずりずりと引き摺る様にしながらそこまで向かう…デネブから通り過ぎようとしたところで視線を向けるが、動く様子は無い…

 

(殺してないよな…?)

 

途中、本気になり掛けたが…元々、私はデネブを殺す気は無かった…客観的に見ても異常な精神状態まで自分を追い込んだとは言え、そこだけは変わらない…

 

「……」

 

私が立ってるのはデネブの顔の横だ…その場に屈む……反応無し…ゆっくり、口元まで手を伸ばす…

 

「……呼吸はしてるか。」

 

止まった呼吸はちゃんと戻っている…良く見れば微かだが、胸も上下している…生きている。

 

「私の勝ちだ、デネブ。」

 

眠るデネブの顔を見ながら…もう一度、今度は口に出して宣言する…かなり酷い内容だったとは思うが、勝ちは勝ちだ…文句は言わせん……まぁ、デネブが納得してくれるかは知らんがな…

 

「っ…やはり迎えに来て貰わんと駄目か…」

 

とてもじゃないが、屋敷まで自力で帰れる気はしない…ましてや、デネブを運ぶのなんて絶対に無理だ…

 

「さっさとサーゼクスに連ら「その必要は無いわよ」…よう、グレイフィア…」

 

後ろから声が聞こえたので振り向けば…恐らく転移して来たのだろうグレイフィアの姿……おお…機嫌悪そうだな…

 

「そう怒らないでくれ…もう、こんな無茶は当分しない。」

 

「当分じゃなくてずっとって言って欲しいし、何なら…それは私じゃなくて黒歌たちに言った方が良いわね……ハァ…でも、安心したわ。」

 

「ん?」

 

「ここ最近の貴女…ちょっと怖かったからね…でも、今はいつもの貴女に戻ってる…」

 

「まぁ、前日に主治医の命令で一食だけだがまともに食ったし、何なら…睡眠も一応数時間は取ってるからな…」

 

まぁ、それでも付け焼き刃も良い所だろ……いや、あるいはそれがこの結果を生んだのかもな…デネブは本当に今日…ギリギリまでどっちも極限まで削っただろうしな…

 

「転移陣はこの先か?」

 

「ええ…残念ながら、少し歩いて貰うしか無いわね…あ、それと…」

 

「ん?」

 

「デネブは…貴女が運んでね?」

 

「……冗談だよな?」

 

「私はね、祟ると分かってる神に触れる気は無いの…」

 

「悪魔が"神"と口にするか…何の皮肉だ?」

 

まぁ、グレイフィアが言ってるのは"触らぬ神に祟りなし"と言う慣用句から来てるのだろうが…

 

「急に目覚めて暴れられても困るもの…だから、貴女が運んでね?」

 

「ハァ…分かったよ…」

 

どうやら私が休めるのは…もう少し先の事らしい…



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#87

「ハァ…」

 

「何溜め息吐いてるにゃ?」

 

「そりゃ、数日寝たきりだからな…気も滅入る…」

 

「アンタの自業自得だにゃ。」

 

……まぁ、そうなんだがな…何だかんだ言って…結局、最後は私が戦いたかっただけでは有るしな…

 

 

 

 

 

とは言え、それでも納得出来ん部分は有る…

 

「…いや、だが私はデネブを「何か勘違いしてる様だがな…そもそも、勝手に自滅の方向に向かってる奴にお前まで合わせる理由は無かったんじゃないのか?」よう、ミリア…見舞いに来てくれたのか?」

 

「他に有ると思うか?」

 

気は滅入るが、退屈はしない…こうして、代わる代わる会いに来るのが居るからな…と言うか、ミリアやヘレンは引っ越してるし…ミリアも用務員を辞めたから、今は通常の状況だとほとんど会う事も無いだろう……ヘレンはともかく、ミリアは引っ越しももう済んでると言うし…私に対する相談事はもう特に無いだろうしな…

 

「…ところで、デネブには会ったのか?」

 

「ああ…」

 

「…あれ以来、私は会ってないが…どんな様子だ?あいつも私と同じ状態だろ「ほら、テレサ…あ~ん」あー……美味い。」

 

「…そうやって…大口開けてりんご食ってるの見ると、病人にはとても思えんな…」

 

「…ま、そう見えるだろうな…最も、実は一昨日まで流動食だったんだがな…」

 

食事ガッツリ抜いてたせいで、イカれてしまった内臓が中々元に戻らなかったからな…しかも、結果的に体力は戻ってたとは言え…あいつと戦う前日にまともな物食ったのも良く無かったらしい…アレが見事にトドメになったそうな……最も、アザゼルの話だと…食ってなきゃ食ってないで、到底戦うどころの話じゃなかった様だが…デネブの場合はその体質故、内臓もある程度一定の状態を保てたらしいが、私は違うからな……仕方無いと言えば仕方無いが。

 

「…話を逸らしてしまったが、お前よりは元気だったぞ……身体はな。」

 

「身体は、か…」

 

「ああ。」

 

まぁ、確かにあのやり方で…あいつの精神が戻る訳無いよな…私との決着も、到底納得出来る物では無かっただろう…最も、あの状態のあいつではどう展開変わったとしても、私が死ぬか…そうでなければあいつが泥臭く、不完全燃焼な敗北する以外の道は無かった様に思う…要するに、結局あいつの納得する終わりは…私が死ぬ以外に無かったんだろうな…

 

「荒れてたのか?」

 

「……いや…寧ろ、俗に言う燃え尽き症候群に近い…ある意味では大人しいものだった…誤解してると思うが、あいつはあの敗北自体は受け入れてたぞ?」

 

「……そうなのか?」

 

「…『何を言おうと、結局負けは負け』…あいつはそう言っていたよ…」

 

「そうか……自害する可能性は?」

 

「無くも無い、が…私たちも四六時中あいつを見張ってもいられん…それに、誰か居たら居たで余計鬱々として来る様でな…早々に、引き上げたよ。」

 

「そうか…心配だな…」

 

「……あれだけやっといてか?」

 

「心外だな…そうは見えなかったと思うが、これでも私は…始めからあいつを殺す気は無かったんだぞ?」

 

……危うく、殺ってしまいそうにはなったが。まぁ、あいつが基本的に死なない限りは…多少無茶な事してもほぼ何度でも再生する防御型だったのもやり過ぎた理由の一つだろうがな…仮にデネブが攻撃型だったら、私ももう少し自重しただろう…

 

…ま、それはそうとだ…

 

「…正直言うとな、私には分かるんだよ…あいつが何で自棄になったのか…」

 

「……そうなのか?」

 

分からないだろうな、自分の道をきちんと歩けてる今のお前ではな…もちろん、今回はヘレンでもハッキリとは分かってないだろう…付き合いの長さも有るから、まともに言葉として定義出来無くても…何となくは分かるかも知れんが。

 

「ハァ…会ってやらないと駄目か…恐らく、今…本当の意味であいつの事を理解出来るのは私だけだ…最も、残念ながらまだ動けそうに無いがな…」

 

いや、本当に文字通り動けなくなってるんだよな…あいつとの戦いが終わった直後はまだ少しは動けてたんだがな……まぁ、要するに筋肉痛みたいものと思えばこの状況に納得出来無くは無いんだが(戦いが終わった直後とそれから三日の間は有った身体の痛みも今は無い…ただ、身体が動かないだけだ…)

 

「…ま、幸い今…あいつの元には優秀な見張り兼、カウンセラーが居るからな…しばらくは安定してるだろうが。」

 

「……誰の事だ?」

 

正直、その定義に当て嵌る様な奴は私にはクレアしか浮かばん…最も、クレアは学校も有るし…ずっと見張らせるのは無理だ…と言うか、今のあいつは恐らくクレアにも会いたくないだろうが。あそこまで拗れた奴が相手だと、クレアの存在はもう毒にしかならんだろうしな…

 

「マリアさ…」

 

「……あいつか…才能豊かなのは散々聞かされたが、そんな素質も有るのか?」

 

テレサは元より、ガラテアを遥かに上回る妖気感知能力持ちなど…正しくチートだ……最も感知に関しては、妖魔の居ないこの世界ではあまり役に立たない能力では有る…まぁ、習った訳でも無いのに…自分の妖力を無意識下で完全にコントロールしてると言う事実で既にヤバいんだが…私ですら、妖力のコントロールには本当に苦労した…と言うか今でも、正直まだ粗が有る程だしな…

 

「ちなみに…」

 

「ん?」

 

「イレーネ曰く…大剣こそまだ持てなかったが、恐らく高速剣をすぐに物にするだろうとの事だ…」

 

「……つまり、既に完全覚醒した片腕のコントロールを物にしてると?」

 

ミリアが頷いた……いや…どんな化け物だ、それは。

 

「何でも、一度見ただけでやってのけたらしい…」

 

「……ガキ相手に大人気無いとは思うが、普通に嫉妬するぞ…何だ、その才能の塊…」

 

まぁ、最も…

 

「とは言え、この世界では結局過剰な能力だがな…」

 

「今の状態でもうアレだからな、将来的には本当にどうなってるか…」

 

要は、マリアは確実に早い段階で私たちの手に負えなくなる実力を手にするだろう…と言う事だ…

 

「まぁ、高速剣擬きが出来るのも不味いだろうが…」

 

「?…まだ何か有るのか?」

 

「……マリアは幻影まで出した…それも、妖力解放無しでだ…」

 

「まるで高野豆腐だな…」

 

「例えとしてどうかと思うが、まぁ…言えてるか。」

 

高野豆腐はスポンジより、遥かに吸収力は上だ…確かにダサい例えかも知れんが、他にしっくり来る表現が無い…

 

「ちなみに、妖力解放有りきの幻影ももちろん使える…」

 

「……剣さえ持てる様になれば、風斬りもすぐ使える様になるんじゃないか?」

 

「それがな…」

 

「今度は何だ?」

 

「新聞丸めて、剣に見立てた物で風斬り擬きを出した…」

 

「……要領はあいつの中でもう分かってるから、後は剣さえ持てれば…今すぐにでも普通に使えると?」

 

「そうなるな…正直、現状あいつに確実に使えないと言えるのは…ジーンやヘレンの使う旋空剣くらいだろうな…」

 

「アレはほとんど、特有の体質だから出来る技だからな……漣の剣はどうだった?」

 

「…使えなかった…オフィーリア程の身体の柔らかさは、受け継いで無かったらしい…」

 

とは言え、それはつまり…

 

「要するにそれは…結局柔軟をやって、身体が今より柔らかくなったら…普通に使えると言う事じゃないのか?」

 

「まぁ、そうなるだろうな…」

 

寧ろ、何が出来無いのか教えて…ああ、旋空剣は無理だったな…

 

「ちなみに、妖気を感じ取っての戦闘「お前とオフィーリアが嘗て戦ったと言う山…あそこで試しに隠れんぼやったら、五分と掛からず…私、ヘレン、イレーネ…それからフローラの全員を見付けた…私は幻影使っても、本体をその場で見抜かれて身体にタッチされた…次にあいつに目隠しさせて、さっきの面子全員で鬼ごっこやったら…そのまま普通にあいつが一時間逃げ切った…しかも、最終的に捕まった理由が…疲れて動けなくなったから、だ…スタミナが続く様なら、普通にまだ逃げれただろうな」……」

 

寄って集ってどんだけガチでガキ一人を追い込んでるんだと呆れるやら、改めてマリアの規格外さに感心通り越して…寧ろ恐怖するやら…

 

「ハァ…これから先も、私たちの苦労は続きそうだな…」

 

「お互いにな…ま、退屈はしなくて良いんじゃないか?」

 

「……最近、退屈だった頃を懐かしく思っているよ…と言うか、割と私ばかり苦労してる様な「ん?それに関してはちょっと違わない?」んん?何がだ?」

 

さっきから黙っていた黒歌が口を開く…何が違うと言うんだ?

 

「確かにそれは違うだろうな…」

 

「いや、だから何がだ?」

 

「お前の場合、毎回ほとんど自分から一人で背負いに行ってるんだよ…おまけに、事態を大事にするのも大抵お前自身だ…」

 

「そんな事は「今回のデネブとの一件…それからお前、前に一回家出したそうだな?しかも携帯まで破壊して、物理的に繋がりを絶とうとしたとか?」……」

まぁ…デネブの件はともかく、そこ言われると反論はしにくい…

 

「後は相当前の話みたいだが、仮にも悪魔の貴族に派手にケンカ売ったとか聞いたな?…今は和解してるらしいが。」

 

「……和解と言うかだな…まぁ、その…あいつは今では…アザゼルと同じセフレだ…」

 

最近は色々忙しくて会えてないが…まぁ、聞いたらあっちも今はそんな感じらしいがな…

 

「……ま、とにかく…結局お前はいつも自分から首突っ込んでると思うが?」

 

……いや、スルーか…別に良いが。

 

「…まぁ、どっちみちマリアの事に関しては私一人でそもそもどうこう出来る事でも無い…と言うか、実はあんまり会話した事が無いんだよな…」

 

「そうなのか?」

 

「クレアとアーシア、小猫…それからギャスパーとも仲が良いとは聞いてるが…本当にそれくらいしか知らん…」

 

「…まぁ、嫌われてはいないと思うぞ?」

 

「何故だ?」

 

「結局、今回お前の勝利を最後まで信じていたのはあいつだけだ…お前の家族はデネブに首を絞められた辺りで全員狼狽えたし、私たちの方もどっちが勝つとあの時点ではまだ判断出来ていなかった…その状況で、あいつは…お前が勝つと、断言していたよ…」

 

「その…悔しいけど、あの時…私たち皆、アンタが負けると思ったにゃ…でも、あの子だけがハッキリとアンタが勝つと言い切ったにゃ…」

 

「ふむ…」

 

確かに少し、会話してみたくはなったか。

 

「ちなみに、あいつは親である筈のテレーズとオフィーリアとは一定の距離を置いてるのに、黒歌にはベッタリなんだが…それも知らないか?」

 

「黒歌?」

 

「ええ、それは本当…セラフォルーは私が猫で、母性が強いから自然とあの子が惹かれて来てるんじゃないかって…言ってたけど…」

 

……まぁ、あくまで推論の域を出ん…そこら辺は、本人に聞かないと分からんか…

 

「まぁ、心根は今の所確実に善の方向に寄ってるが…少々扱いにくい所も有る…」

 

「あの子、自分の気持ちはほとんど何も話してくれないのよね…変に大人っぽい所が有るって言うか…毎回あからさまに、こっちの顔色を伺ってる節が有ると言うか…」

 

「…例えば背伸びしてるとか、単に大人ぶってるとかじゃなくてか?」

 

「まぁ、場の空気に関しては私たちの中で一番読めてるな…そして、何より…子供特有の無邪気さがほとんど無い…まだ教えてない事も有り、常識的な所が色々欠けてる部分を差し引くと…口調こそ幼げだが、時折まるで…大人と会話してるかの様にも思えて来る事が有るからな…」

 

「……」

 

「何考えてるにゃ?」

 

「…いや、実は私と同じ様な存在だったりするんじゃないかと思ってな…」

 

「…つまり、中身はあいつらの子供に転生した…前世の記憶持ちの大人では無いかって事か?」

 

「……やはり、無理にでも確認した方が良さそうだな。」

 

そうだったらそうだったで、私が居るんだからそこは今更だが…実は悪意の有る奴だったら不味いからな……まぁ、それはそうと何か忘れてる気が……あ。

 

「すっかり話が逸れたが、あいつがデネブのカウンセラーやってると言うのはマジなのか?」

 

「マジだ…デネブも今の所、何故かマリアとは色々と話すらしい…カウンセラーと言うか、最早マスコットの様な物だ…ほとんど一緒に居るだけでもあいつの精神安定に貢献している……まぁ、あいつの悩みそのものは聞けてない様だがな…」

 

改めて話だけ聞いてると、最早クレアの上位互換だな…

 

「…ま、心を開いてるのを良い事に…デネブに何かする訳じゃないなら悪意は無い、と言えるかもな…」

 

まぁ、まだ根拠としては薄いがな…と言うか、戦闘に関して何の知識も無かった奴…しかも子供が…ひたすらに戦闘の解説してたとか、それはどう考えても普通の子供の姿じゃないからな…いくら聡明だと言っても違和感は有る…

 

「!…悪いな、そろそろ帰る…この後仕事なんだ。」

 

「あー…午後からのシフトなのか…分かった、じゃあな。」

 

「ああ。」



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#88

「う~む…」

 

「さっきから何唸ってるにゃ?」

 

「…いや、ここまでスルーして来たんだがな…改めて考えたら、マリアの事がどうも引っ掛かるんだ…」

 

「引っ掛かる……あー…うん、漠然とだけど何が言いたいかは分かるにゃ…要するに、違和感を感じてるのね?」

 

「ああ…ただ「でも、その違和感がにゃんにゃなのか分からない…って、とこにゃ?」…そうだ、もうあと少しの所まで来てるんだがな…」

 

何か、何かが可笑しいんだ…むぅ…もどかしい……あ。

 

「…もうこんな時間か。黒歌、お前もそろそろ仕事休めないんだろ?帰って良いぞ?」

 

「……一応聞くけど、大丈夫よね?」

 

「もう身体がろくに動かん以外、特に問題は無い…と言うか、忘れたのか?ここはサーゼクスの屋敷だぞ?最悪グレイフィアが世話してくれ…ん?」

 

「どうぞ、入って良いにゃ。」

 

「…どうですか、具合の方は?」

 

「…身体は動かんが、既に痛みは無いし…もうまともな飯も食える…悪くは無いな。」

 

「そうですか…ホント、元気になって良かったです。」

 

そう言って笑顔を浮かべる女に溜め息を吐きたくなる…何せ、コイツは素でこれが言えるんだよな…

 

「…ふぅ…と言うかフローラ、今回の一件…お前はミリアやヘレンと違ってほとんど関わり無いだろ?別にこんなに頻繁に来なくても良いんだぞ?」

 

と言うか、用務員の仕事のシフトの都合も有るから…時間はズレたりするが…コイツは休日だったら普通に朝から来て夕方まで居たりするし…仕事の日だって、夕方の仕事終わりにやって来たりすると…そのまま夜まで居たりするからな…

 

「…あの…そんなに私の事、嫌いですか?」

 

「そうは、言ってない…」

 

とは言え、コイツの場合100%善意なのは分かってるからなぁ…ただ…やっぱりどうにもコイツの事は苦手だ…二人きりになったりすると、何となく落ち着かない気分にはなる…と言うか、何故コイツはいつもこう、精神的距離をグイグイ詰めて来るのか…

 

『黒歌…』

 

『…いや、帰るにゃ。ここからはフローラに任せるにゃ。』

 

……とは言え、黒歌は私とは逆にフローラと一番仲が良く、信頼も大きい…私が苦手にしてるのは分かってても、残るとは言わない…まぁ、そもそも…この場合私を世話する人間が二人居ても効率が悪い訳だから黒歌の反応は至極当然とも言えるのだが……最も、そこが分かっていてもどうしてもコイツと二人きりになりたくない私は続けてアイコンタクトを飛ばす…

 

『黒歌…あいつと二人きり…私は、嫌だ…』

 

『そもそも、にゃんでそんにゃに苦手にゃ?』

 

『……分からん。』

 

とは言え、正直苦手理由に関してはハッキリコレと示せる物は特に無い…強いて言うなら、私はとことんこいつと相性が悪いんだろうと思う…まぁ、どうにも会話が弾みにくいとかも理由の一つだとは思う……ちなみに、コイツがオフィーリアと同類で有る事については私も黒歌も…別に危惧はしてない…黒歌もこいつがそうで有る事に気付いてはいるが、本人に自覚が無いのは分かってるし…仮に目覚めたとしても、友人かどうかと言うのは関係無く、相手が嫌がってるのに無理矢理手を出す奴じゃない、と言うのも共通意見だ(オフィーリアの場合は…仮に例え振られても落としに掛かるから、そこら辺があいつとの大きな違いだな…と言うか、実際あいつはただヤリたいだけのドクズだ…)

 

「あの…そんなに嫌ですか…?私、帰った方が良いですか…?私は…本当にテレサさんが心配だから、来てるだけなんですけど…」

 

……コイツは、善人の筈…ただ、時折こうやってこちらの罪悪感に付け込んでくる…っ…黒歌が肘で小突いて来た……ハァ…分かったよ…

 

「分かった、悪いが世話を頼めるか?」

 

「!…ええ!」

 

……どうして他人の世話をする事になって、そんな満面の笑みを浮かべられるんだかな…普通に面倒だろうに……やっぱり私は、コイツとは合わん…

 

「その…私、明日はちょうど休みですから…ここに泊まりますね?」

 

「いや、そこまでしなく「お願いするにゃ、私は明日仕事だから…朝から来れにゃいし」……」

 

まぁ、こうなると私からの拒否はもう通らん…と言うか、さっきから言ってる様に私は動けないから…逃げ場は元々無いんだよな…

 

「ハイ!任せてください!」

 

……まぁ、本当にただ真面目で …そして、責任感も強かったコイツは…向こうで、ろくな抵抗も出来ずにあっさり殺されてしまった事実を…私は知っている…そして、クレアにとって…コイツもジーンと同じく生きていて欲しかった存在だった事を…あそこは、良い奴から先に死んで行くを地で行く世界なのだ…

 

「…さてと…テレサさん!お腹、空いてませんか?」

 

「…そうだな、何か貰えるか?」

 

だから、ただ私の世話をするだけでこうして満面の笑みを浮かべていると言う状況…少なくともそれは良い事なのだろうと思える……唯一問題が有るとすれば、この世界には"戦士クレア"が居ない事か…どうせなら、見てみたいがな……命を脅かされること無く、彼女が仲間たちとただ笑い合う姿を…この世界のクレアでは、やはりその代わりにはならないのだ…

 

「テレサさん?」

 

「!…ん?」

 

「どうか、しましたか?」

 

「…何がだ?」

 

「その…暗い顔をしていたので…」

 

「…いや、別に何でもないさ…」

 

そして本来なら、クレアが担って居ただろうポジションに私は居るのだ…何も感じない、と言う訳には行かない…ふぅ…コレも、こいつを苦手にしている理由の一つなのだろう…どうしてもコイツと居ると、気持ちは下がっていく…

 

コイツの距離が近過ぎるせいだ…お前は、私に"クレア"のポジションを押し付けている……まぁ、コイツは無意識にやってるんだろうし、そこに文句付けても仕方無いんだろうけどな…



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#89

「えっと…力が強かったり「いや…同類相手にその対応意味無いだろ」……」

 

「ハァ…別に問題は無い、これで良いか?」

 

「そうですか…なら良かったです…」

 

「……」

 

黒歌が帰り、コイツの補助で飯を食った後…私は身体を拭かれている…コイツの性質を思えば、無防備過ぎると思わなくはないが…まぁ今更だ…

 

「…あの、改めて聞いて良いですか?」

 

背中越しにフローラの声が聞こえた。

 

「何だ?」

 

「どうして、そんなに…私の事が苦手なんですか…?」

 

「……」

 

……実は私は、フローラに面と向かって『お前の事が苦手だ』とハッキリ言った事は無い…ただ、コイツには他人を観察する癖が有る様で早々にバレてしまっていた…

 

「ふぅ…さぁな、正直…私にも分からん…」

 

この…コイツと一緒に居ると時折襲われる不快感…その理由は、私にも分からない…

 

「そうですか…じゃあ苦手でも良いです…でも出来れば…もう一つだけ、聞かせて貰えませんか?」

 

「何…!…何だ、いきなり?」

 

「何を悩んでるんですか?…その、良ければ話して貰えませんか?」

 

背中に感じる感触は恐らくフローラの頭…コイツが私の背中に自分の頭を押し付けて来ている…

 

「貴方はいつも何処か辛そうに見えるんです…私で良ければ、話して貰えませんか…?」

 

……そうか、そう言う事か…今、コイツを不快に感じてる理由が分かった…そして、実感する…私は、不快なんて通り越してコイツが嫌いなんだと…

 

「ふぅ…ノブレス・オブリージュ…と、言った所か?」

 

「っ…」

 

正解か…フローラが後ろで息を飲むのが分かる…

 

「向こうにも有る言葉なのかは知らんし…」

 

言葉として有る可能性は高い…漫画クレイモアの作者は確か日本人だ…つまり、日本人が分かる言葉なら…普通に向こうにも有る可能性は高い…そうでなくても…

 

「お前は努力家だ…この世界の言葉についてなら、多分今はミリアよりも詳しいだろう…で、この言葉をお前的に解釈するなら…持ち得る者は持たざる者の為に、とでも言った所か…?」

 

「っ…」

 

「フローラ、今ハッキリ分かった…私は…お前が嫌いだ。」

 

「っ…そう、ですか「ただな」…え?」

 

「嫌いでも関わってしまった以上…問題点をそのまま放置するのは私の主義に反するんだよ…先ずは一言言わせて貰う…余計なお世話だ…大体お前はな、他人の悩みに関わってる場合じゃないんだよ…今問題を抱えてるのは、お前の方だ…」

 

「え?な、にを「良いから聞け」っ…」

 

「フローラ、私はこれからお前を徹底的に否定する…私はお前が嫌いだ…だから手は抜かん…」

 

「っ…「逃がさないぞ、人の悩みに勝手に踏み込もうとしたんだ…お前もそうされて然るべきだと思わないか?」…離して、ください…」

 

私はフローラに背を向けたまま腕を掴んでいる…離せ、か。

 

「離して欲しければ、いっそ払い除けたらどうだ?今の私は身体に力が入らん…外そうとすれば今すぐにでも外せるだろ?」

 

「離して、ください…お願い、ですから…!」

 

「駄目だ…言っただろう?お前を否定する、と。」

 

コレは単なる八つ当たり…要はストレス発散に過ぎん…だが、それでもコイツに文句を言わないと…私は気が済まん…

 

「覚悟しろよ、フローラ?私がここまで他人を嫌うなど、そうは無い…」

 

後ろを向いた時に目に入ったのは、とても戦士とは思えない怯え切った女の目…コイツには罪悪感すら湧かん。ま、甘んじて私からの批判を受け止めて貰おうじゃないか…



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#90

「持ち得る者は持たざる者の為…大層なお題目だよな…どうだ?気持ち良かっただろう?思考停止させて、ただ従うのは。」

 

「私は…別にそんなつもりは…!」

 

「その割に、あの言葉に過敏に反応したよな?…戦いを取り上げられて、目的を失った…つまり、何かそれに代わる物がお前には必要だった…で、今お前はソレを体現してる気になってる訳だ…良いか?ハッキリ言うが、お前には他人の闇を受け止める覚悟が無い…違う、とは言わせんぞ?」

 

「っ…!」

 

「誰かの悩みを聞くって事は…それだけ悪意をぶつけられるって意味だ…例え対象が自分じゃなくてもそれなりにキツい物を見聞きするのが普通だ…だが、今のお前はどうだ?私にこうして圧をぶつけられ、そして…言葉の刃だけで心を壊されかかっている……とてもじゃないが、こんな奴に…自分の悩みなど話せんよ。」

 

「私は…」

 

「……もう良い、今日は帰れ…私の世話なら、グレイフィアがしてくれるからな。」

 

まだまだ言い足りないが…今言っても無駄だな…もう私の言葉なんてろくに届いてないだろう…と言うか、さっきも言った通り私はこいつが嫌いだ…今は正直視界にも入れたくない…吐き気がして来るからな…

 

「っ…分かりました、帰ります「フローラ」…何ですか?」

 

「お前のその中途半端な感情…ジーン辺りにぶつけてみろ…あいつなら、受け止められる…」

 

「え…?」

 

「言った筈だ…例え嫌いな奴だろうと、問題点をそのまま放置する気は無いとな。」

 

「…はい、分かりました。」

 

「分かったなら良い…行け。 」

 

「はい。」

 

フローラが部屋を出て行く…やれやれ…やっと気を抜け…あ。

 

「あいつ明日休みとか言ってたな…まさか、明日も来るんじゃないよな…?」

 

正直私の周囲に居るのはこう、私に依存してる奴が多い(私自身も執着はしてるから、人の事は言えんがな…)

 

「……」

 

最後、フローラがしていたのは…こっちに縋ろうとする目だった…ジーンに話せと、言ったんだがな…

 

「ハァ…」

 

私は枕元に有る机に置いてあった携帯を手に取る…仕方無い、お膳立てはしてやるか……自分でやらないだけで手を貸してやってる事には変わりない…やはり私はお人好しなんだろうな……時間は、まだ大丈夫か…

 

「…もしもし?」

 

 

 

 

 

『…で、フォローを私がやれと?』

 

「ああ。」

 

『……』

 

「不満か?」

 

『…いや、あいつは仲間だし…頼って来ると言うなら、相談に乗るのは別に吝かでは無い…ただ、一つ聞かせてくれないか?』

 

「何だ?」

 

『……何故、私が適任だと思った?』

 

……そう言えば、何故だろうな…?

 

「…具体的な理由は無い…何となくだ…」

 

『…お前の見立てだ、疑う余地は無いが「いや、随分信用してくれてるんだな?」…信用を得てるのはお前にそれだけの実績が有ると言う意味でも有る…少なくとも私は…信用どころか、お前を信頼している。』

 

「……良く素で言えるな、そんな事…」

 

『私たちにアルコールはほとんど効かん…今、私は素面だ。』

 

普段一緒に酒飲むと何故か、ベロベロに酔っ払う同類の事が頭を過ぎった…

 

「…ヘレンは、どう思う?」

 

『私の見た所…アレはほとんど、場酔いに近いと思うがな…』

 

場酔いでアレか…いや、今は良いか…

 

「一応夜も更けている…無駄話はこれくらいにするか…で、明日お前からフローラに声を掛けて貰えないか?」

 

『…そんなに急ぐ話か?』

 

「…いや、あれだけ言ったのに…普通に明日ここに来そうなんでな…」

 

『あー…まぁ、分かったよ…あいつの部屋は隣だしな…朝にでも部屋に行ってみるさ。』

 

「ああ、頼む。」

 

電話を切る……イレーネ、フローラ…そしてジーンの三人は私たちの住むマンション…それも私たちが居るフロアから一つ下のフロアに住んでいる…まぁ、イレーネ以外の二人は時折私たちの部屋に来る事も有るから…その辺の距離に付いて深く考えた事は無いがな…



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#91

「……痛…で、診断結果は…?私の身体はどうなっているんだ…?」

 

ジーンとの電話を終え、一応様子を見に来てくれたグレイフィアと少し話した後、そろそろ寝ると伝え…グレイフィアが退出しようとした直前…私の身体に異変が起きた…ここ最近は無くなっていた筈の身体の痛み…それがぶり返し……いや、そんなものじゃない…それを遥かに超える激痛が走った…呻くどころか、最早叫び声を上げる私にグレイフィアは慌てながらも取り敢えずサーゼクスを呼びに行った…そして、グレイフィアと共にやって来たサーゼクス曰く…

 

『君の妖気が乱れている…何とか自分で抑えられないか?』

 

『ガアァァァ…痛…ハァ…ハァ…無理だ…サーゼクス…!』

 

『何『今すぐ私を殺せ!覚醒するかも知れん!』っ…待つんだ…アザゼルを呼ぶ!彼なら…あるいは…!』

 

『悠長な事を言ってる場合か!?ぐぅっ!私にも、抑えられ…ガァァァァ…!』

 

『っ!グレイフィア!』

 

『落ち着きなさい!まだ駄目だって決まった訳じゃないわ!』

 

とまぁ…アザゼルが来るまで数時間程、私は痛みに悶え…幸か不幸か、漸くアザゼルが来てくれた時には私は意識を失っていた…現在は夜が明けたばかり…今は幸い妖気の乱れも収まり、痛みも少しはマシになっている…

 

「あー…それなんだがな…」

 

「良いさ、言ってくれ…お前が一番クレイモアの身体に詳しい…お前の言葉なら信じられる…そして、どんな結果でも受け入れよう…」

 

「…分かった。お前のその痛み、恐らく…ただの筋肉痛だ。」

 

「……は?…アザゼル、冗談は「いや、冗談じゃねぇよ…お前の身体に特に目立った異常はねぇ…他に原因は考えられねぇよ…ちなみに、もう身体の崩壊も止まってるぜ?」いや、だが…数日前までの痛みがそうだったんじゃないのか…?」

 

「いや、お前デネブとの戦闘中…途中から痛みが無かったって言ってたろ?多分、数日前のやつはその痛みが後から来ただけだ…」

 

「……じゃあ…本当にただの筋肉痛…?」

 

「…何だかんだお前、ここ最近大きな戦闘はやってなかったんだろ?訛ってる状態であれだけ無茶すりゃそうもなんだろ…随分後から来たな、とは俺も思うけどよ…」

 

「じゃあ…妖気の乱れは「そりゃ痛過ぎて、お前さんが過敏に反応してただけだな…仮に覚醒してたら、あまりに間抜けな理由だったと思うぜ?」…ハァ…何だ…そうか…」

 

「溜め息吐きたいのはこっちよ…本当に、大変だったんだからね?」

 

「あー…すまなかった…」

 

これは、グレイフィアにとっては完全にとばっちりだな…

 

「アザゼルも悪かったな…こんな事で呼び出して…」

 

サーゼクスにも謝罪したい所だが、忙しいらしく…ちょうど席を外している…

 

「……まぁ、危うく覚醒仕掛けたのも事実だしな…俺は気にしてないぜ?」

 

「ハァ…これは本格的に補助が必要か…グレイフィア、お前も忙しいんだろ?」

 

何とか話す事も出来てるが、今は真面目に身体が痛い…本当に全く動けない…

 

「ええ…誰か手の空いてる人…居る?どうしても無理なら仕方無いから私がやるけど?」

 

「……」

 

黒歌は元より、私の家族は今日全員仕事だ…さすがに呼べん。テレーズやオフィーリアは今呼ぶのは不味いな…ミリアやヘレンも今は何だかんだ忙しいそうだし、一日私の世話をするのは不可能…ジーンやイレーネは今日は用務員のシフトが入っている……マジか。

 

「今日休みなのはフローラしか居ない…」

 

「じゃ、呼ぶしかねぇだろ「いや、別にお前でも良いんだが?」あのよ、お前散々暴れたから今汗だくだろ?俺に拭かれたいのか?」

 

「別に構わん…と言うか、私の裸なんてもう散々見てるだろ?」

 

「……いや、悪ぃがどっちにしろ無理だ…俺も仕事有るからな…」

 

「グレイフィア?」

 

「手の空いてる人居るならそっち呼びなさい…私も忙しいから。」

 

「どうしても…駄目か?」

 

「そもそも、何でそんなにあいつが嫌なんだ?」

 

「昨夜、ちょっとな「そうね、聞こうと思ってたのよ…黒歌はフローラに任せたって言ってたのに、結局彼女帰っちゃうし…貴女、何かしたの?」……」

 

「いや、そこで今更黙っても仕方無くねぇか?」

 

「デネブの件も有るわ…これ以上揉め事の種を作らないでくれる?」

 

「…ハァ…分かったよ、全部話す…」

 

私は昨夜の事を二人に話した…

 

 

 

 

 

 

「成程ね…まぁ、確かに貴女らしく無いけど…」

 

「つかよ、お前…それマジの八つ当たりじゃねぇか。」

 

「…アザゼル、私があいつを嫌いな理由…分かるのか?」

 

「…いや、私にも分かるんだけど?要するに、同族嫌悪の類でしょ?」

 

……そう、それが私がフローラを嫌う理由だ…散々色々言ったが、結局私とフローラは似ているのだ…

 

「違う部分が有るとしたら…お前の場合、無意識に他人の為に行動してしまうって事だな。」

 

「…でも、フローラはそれを意識的にやってる…それが、貴女には気持ち悪くて受け入れられないって事でしょ?」

 

「ふぅ…ああ、そうだ…私にはあいつのその在り方が受け入れられない。」

 

だから…結局八つ当たりでしかないのだ…そもそも同じ事をしてしまってる以上、私にあいつを否定する権利は無いと言うのに…時間が経ったのと、今はあいつが居ないから私も冷静だ…そして、今の気分は最悪だ…自分のやった事に反吐が出る…

 

「お前とフローラは要するに同類だ…逆に言えば、お前の気持ちは一番良く分かってくれる奴だと思うぜ?」

 

「ハァ…あいつはな、脆すぎるんだよ…他人の闇を背負えないんだよ…」

 

「……何言ってるの?」

 

「ん?」

 

「今の貴女は一人で背負う必要は無い…そして、元々…誰かに全部背負わせる気も無い。」

 

「きちんと話し合え…確実にお前らは分かり合える筈だぜ?」

 

「……私に、今更その資格が有るのか?」

 

「ケッ…資格もクソもねぇだろ。」

 

「結局同類なんだから、全部お互い様じゃない?」

 

「……」

 

「ハァ…俺はそろそろ帰るぜ?」

 

「私も仕事有るからね…ま、さっさとフローラに連絡するのね。」

 

二人が部屋を出て行く……いや、連絡に関してはそっちでして欲しいんだが…ハァ…仕方無い、か。

 

「痛…!」

 

腕を伸ばすのすら辛いが…連絡しないと今日はもう何も出来ん…携帯を掴まなければ…っ…良し…後はボタンを押すだけ…何とか掛けれた…頼む…!出てくれ…!

 

「……フローラか?…昨夜あんな事を言ったのに悪い…ちょっと、こっちに来てくれないか?」

 

……まぁ、連絡出来ればそれで良い…どう謝るかは…いや、素直に言えば良いか…

 

「っ…ああ、頼む…お前だけが頼りだ…」

 

……一度突き放した相手に苦しい時だけ頼る、か…あまりのクズっぷりに吐き気がして来る…まぁ、フローラが来たら来たで余計に体調も悪くなりそうだが…こうなってしまっては、もう仕方無いか…



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#92

「フローラ…その…来てくれたのはありがたいが、何でそいつが居る…?」

 

「それが…私の部屋の前に立ってまして、テレサさんのお見舞いに行くと言ったら付いて行くって聞かなくて…」

 

「……」

 

あれから大体一時間程経っただろうか…漸くやって来たフローラには何故かおまけがくっ付いていた…銀髪銀眼の小柄なその姿…ちょうどクレイモアを小さくした様なそいつ…

 

「マリア…どうした?私をじっと見て…」

 

別にこいつが来た事に文句は無い…と言うより、フローラと二人きりより遥かにマシだ…ただ、無表情且つ…無言で私を見詰めてるだけだから非常に居心地は悪い……ふむ、何か私に用でも有るのか?

 

「……フローラ、どうもこいつは私に用が有るらしい…来て貰って早々悪いんだが…」

 

「分かりました…そう言う事なら部屋の外で待ってます…マリアちゃん?私は外に居ますから、何か有ったら呼んでくださいね?」

 

「うん。」

 

フローラが部屋を出て行く…さて…

 

「…で、結局何か用か…悪いが、遊びたいとかなら「やっと、ちゃんと会えた」ん?」

 

「ずっとテレサお姉ちゃんに会いたかった…」

 

「私に?「……」っ!…どう、した…?」

 

一瞬…マリアの動きを見失った…ドアの前にいたマリアが気付けば私のベッドの横に居り、そのまま私に向かって飛び込んで来た…この状態の私が受け止められたのは最早、奇跡に近いかも知れん…

 

「テレサお姉ちゃんとお話したかった…!」

 

「…っ…私と話したいなら、今までいくらでもチャンスは有っただろ…?」

 

「ううん…二人で話したかった…」

 

「私は…お前について何も分からん…それとも、母親と勘違いしてるのか…?」

 

私とテレーズは、顔はそっくりそのまま同じだ…

 

「ううん…テレーズお母さんは関係無い…私は…テレサお姉ちゃんと話したかったの…」

 

痛…!腕がもう限界だ…!

 

「分かった…話ならいくらでも聞いてやるから…下ろしても良いか「や!」…そう言われてもな…」

 

いや、何でこんなに懐かれてるんだ…?正直、全く分からん…今までこいつとは…ろくに話した事も無いんだが…

 

「痛…!すまん…本当に勘弁してくれ…話は聞いてやる…だから、一旦下りてくれ…!」

 

「うー…分かった…」

 

マリアを何とか床に下ろす…くっ…腕が震えている…

 

「…痛むの?」

 

「っ…ああ、少しな「ごめんなさい」…いや、気にするな…」

 

正直、テレーズとオフィーリアにまともな躾が出来る様には思えないが…何処と無く育ちの良さみたいのを感じる…

 

「それで…私と何の話がしたいんだ…?」

 

「う~ん…色々!」

 

「色々…」

 

漠然とし過ぎてて分からん……あ。

 

「ちょうど良い、私もお前に聞きたい事が有った。」

 

「うん、何?」

 

こいつに感じていた違和感…それに、私は今気が付いた…こいつが何者なのか、この場で確認しよう…

 

「お前は…私とデネブの戦いを見ていた…それで、解説をしていただろう?」

 

「うん…」

 

「…まぁ、お前が解説してた事自体は別に良い…どうして色々分かったのか、聞いても無駄なんだろ?」

 

「うん…だって、分かったから…」

 

……明らかに言葉が足りないが、要は…"何となく"分かったと言う事だろう…ただ、それでは納得の行かない点が一つ有る…

 

「お前自身に、戦闘面の知識が有ると言うのは別に良い…実際は知識と言うよりお前の想像力が豊かと考える方が妥当だ…だが、お前は言ったそうだな?デネブの剣が下手になってると?」

 

「うん、言ったよ。」

 

「…何故、デネブの剣の腕が落ちたと分かった?お前は…ああなる前のデネブの剣を見た事が無い筈だ…」

 

そう、ここだ…この部分だけは絶対に可笑しいのだ…デネブの元の剣を見た事が無ければ、下手になったとは判断出来無い…

 

「だって…見てたから。」

 

「見てた?お前はこの世界で生を受けたのは半年前だ…あの戦いの前に、デネブの戦ってる姿を見た事は無い筈だ…」

 

この世界でデネブが戦ったのは二回…どちらも私が相手だ…ほぼ全盛期だったろう一度目の時…その時、こいつはまだ産まれてもいなかった…

 

「私は…全部見てたから…テレーズお母さんのお腹の中で。」

 

「……お前、あの時既に意識が有ったのか?」

 

「うん…お腹の中で、全部見てた。」

 

……改めて思う…こいつは普通の子供では無い…そして、これから先も普通には生きられないだろうと……いや、まだ可笑しいな…

 

「そうなると、テレーズの腹しか目に入らなかった筈だが?」

 

「ううん…ちゃんと外の様子…見えてたよ?」

 

そう言えばミリアが…こいつは目隠しした状態であいつらから逃げ切ったと言っていたな…まさか…!

 

「…成程な…お前、目隠ししても外の状態が見えてるんだな?」

 

「うん、見えるよ。」

 

透視能力…最早、クレイモアとは何の関係も無いだろう特殊能力…ああ…駄目だ…こいつが普通に生きる未来が見えて来ない…殺す必要が有るとも思えないが…こいつは、この世界で普通の子供としては絶対に生きられない…

 

「何故、その能力を私に話した?」

 

「?…聞かれたから。」

 

「っ…」

 

こいつは、それを可笑しい事だとは思っていない…

 

「そう、か…話を逸らして悪かったな…改めて聞こう…どうして、私と話したいと思ったんだ?」

 

「…あの時、デネブお姉ちゃんとテレサお姉ちゃんが戦うのを見てた…」

 

「それは…お前がテレーズの腹の中に居た時…最初に私とデネブが戦った時の話だな?」

 

「うん…それで、どうして戦ってるのか…分からなかった…」

 

「どうして、とは?」

 

「だって…あの時は絶対…デネブお姉ちゃんの方がテレサお姉ちゃんより強かった…多分、テレサお姉ちゃんはそれに気付いてた…それなのに、どうして戦うのか…分からなかった…」

 

「……それをわざわざ聞きに?」

 

「うん。どうして?どうしてテレサお姉ちゃんは戦ったの?」

 

「ふむ…無謀だと、そう思ったか?」

 

……言ってからしまったと思う…こいつにこんな難しい言葉が分かる訳が…

 

「うん、分からなかった…そして、怖かった…」

 

……要らぬ心配だったか…こいつは、私の言った事が理解出来ている…怖かった、か…意味の分からない行動を取ってる奴が怖い…まぁ、歳不相応だとは思うが…子供らしい反応とも言えるか…

 

「怖かったか…なら、何で会いに来た?私が…怖いんだろう?」

 

「うん…でも、テレサお姉ちゃんが勝った…どう考えても勝てる見込みが無いのに勝てた…その理由を聞いてみたかったし、それに…」

 

「それに?」

 

「あの時のテレサお姉ちゃん…凄くカッコ良く見えた…!」

 

「っ…」

 

マリアの言葉が私の心に響いたのが分かる…全く取り繕わない素直な賛辞…こんなに嬉しいものなんだな…こいつに依存したデネブの気持ちは分からなくもない…こいつは、クレア以上に甘い毒だ…

 

「…ふぅ…で、理由か?」

 

「うん…教えて?」

 

「ふむ…正直に言えば、私にも分からん…あの時デネブが降参しなければ…私は確実に負けていた…無様にな。」

 

…とは言え、こいつのその憧憬は勘違いだ…私に、その賛辞を受け取る資格は無い。

 

「そうなんだ…」

 

「ああ、そうだ…今回も、私はデネブに勝てていたとは思えん…それが正直な感想だ……幻滅したか?」

 

「ううん…何でかは分からないけど…やっぱりテレサお姉ちゃんはカッコ良いと思う。」

 

「っ…そう、か…」

 

こいつは…一々、私の心を的確に撃ち抜いて来るな…

 

「デネブの事は…どう思う?最近、一緒に居たと聞いてるぞ?」

 

「デネブお姉ちゃん?う~ん……分かんない!」

 

「…分からない相手と一緒に居るのか?」

 

「だって…デネブお姉ちゃん、あのままだと壊れちゃうから。」

 

「……」

 

こいつは…ま、ハッキリはしたな…こいつは良くも悪くも能力が突出し、頭も良いが…やはり子供だ…そして、確かに良い子なんだろうな……少し屈折してもいるが…

 

「…後、話したい事は無いか?」

 

「無いけど…えっと…」

 

「何だ?」

 

「今日一緒に居ても良い?」

 

「ふむ…別に構わないぞ?」

 

「ホント!?」

 

「ただし…私は動けない…そして、身体が滅茶苦茶痛い…だから、遊んだりも出来無いが…それでも良いか?」

 

「うん!大丈夫!」

 

……何が大丈夫なのか分からんが、本人が良いなら良いか…

 

「良し、じゃあフローラを呼んで来てくれないか?」

 

「うん!分かった!」

 

出て行くマリアの後ろ姿を見ながら思う…あいつは、確かに子供らしさはあまり無い…と言うか、好き嫌いが異様にハッキリしてるだけなんだろう…私を含めて、心の開ける奴相手なら…子供らしい無邪気さが顔を出す…まぁ、それは良いんだが…

 

(……将来的に不安過ぎる…何より、あいつは明らかにテレーズに懐いていない…)

 

親より、親に顔の似ているだけの私を慕ってるのはどうなんだろうか…まぁ、そもそもあの二人が普通に母親やってる姿も想像出来無いんだが…

 

(ま、今はまだ…何処まで行っても子供…軌道修正はいくらでも出来るか…)

 

最も、親には全くと言って良い程…懐いてないからな…私がやるしかないのか…ハァ…やれやれ…また、厄介事を背負う事になりそうだ…



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#93

「えっと…正直、急に呼び出されてビックリしました…」

 

「…まぁ、私も昨夜色々キツい事も言ったからな…さすがに呼ぶつもりは…痛…無かったんだが…」

 

「…でもまぁ、私としてはお役に立てるなら良かったです…」

 

「っ…そうか…」

 

やはり…どうしてもこいつとは相容れる気がせん…まぁ、この場合妥協しないといけないのは私の方だ…と言うのも分かるんだがな…

 

「…ちなみに、ジーンには会えたか?」

 

「ええ。今朝、仕事の前に部屋に寄ってくれました…」

 

「…ひょっとして、ジーンは私がお前を嫌いな理由に気付いていたか?」

 

「っ…ええ…最も、帰って来てから冷静になって考えたら…私にも分かりました…」

 

「っ…」

 

まあこいつは決して馬鹿では無い…そりゃ気付くか…

 

「そこまで分かってて何で来た?」

 

「テレサさん、私…貴女が思ってる程、弱い女じゃないつもりなんですよ?…でも、私も急ぎ過ぎました…ごめんなさい…」

 

「っ…いや、アレは私が悪かったのさ…お前がどんなお題目掲げようとお前の勝手さ…ハァ…ただな?」

 

「何でしょう?」

 

「私の悩みは私の物だ…悩むのは、私の権利なんだよ…」

 

「っ…そうですか…」

 

「ふぅ…そうだな、普通のアドバイスをしてやる…人の悩みを聞くのは好きにしたら良い…ただ、全ての奴の悩みを一人で解決出来ると思うのは…ただの傲慢だ。」

 

「っ…はい「だがな」え?」

 

「聞くと決めたなら簡単に引くな…お前は、あからさまにそこの覚悟が足りてない…例え、どれだけ罵倒されようとそいつの闇を受け止める覚悟がな…」

 

「はい…」

 

「お前がその覚悟を持てない理由…何か分かるか?」

 

「…借り物の信念に縋ってるから、ですか?」

 

「…結局、お前の信念には中身が無い…ただ、耳障りの良い言葉を掲げてるだけだ…そうでなくても、元々単に目的が無くなったからそれに従ってるだけ…元々な、義務感で人の闇を暴きに行ったら…相手は分かるんだよ…余程の単純馬鹿か、本当に藁にも縋る思いの切羽詰まってる奴でも無い限りはな…要は、自分の語れる言葉を全く持ってない奴に相談事なんて、誰もしたくないものなのさ…」

 

「…ふぅ…分かりました、私には向いてない生き方だったんですね…私は、貴女の様に語れる物が無い…」

 

「おっと…勘違いするなよ?」

 

「え…?」

 

「私の場合、単に無駄に長く生きた経験が有るだけなんだ…結局、いつもただ説教臭くなるのさ…まぁ、所詮は…年寄りの戯言に過ぎん。」

 

「そんな…」

 

「お前に響いたと言うならそれはお前の勝手…どう受け取るかもお前の自由…私はな、語れる言葉は有っても…結局、いつも他人の抱える問題の解決は出来て無いんだよ…それでも上手く行ったとしたら…最終的にたまたまそいつが、自分で出した結果に過ぎん。」

 

「……」

 

「ふぅ…お前に向いてないかどうかなど知らん…お前には経験が足らないってだけだ…経験さえ積めたなら、将来的にそう言う仕事に就くと言うのもお前の自由…好きにしろ、お前の人生だ。」

 

「…う~ん…テレサさんの方が、そう言う仕事に向いてませんか?」

 

「ハッ…誰がやるかそんな物…これ以上色々背負いたくなどない。」

 

「…結局そう言っていつも背負ってしまう…貴女は、そう言う人なんですよね?」

 

「知らん…勝手に思ってれば良い…」

 

「はい!私は勝手にそう思ってますから!」

 

「急に元気になったな…気持ち悪い奴だ「酷くないですか?」知らんな…私はお前が嫌いだと言ったろ?」

 

やっぱり駄目だ…私は、こいつが好きにはなれん…

 

「私は…好きですよ、テレサさんの事。」

 

……所謂、そう言うニュアンスじゃないな…こいつは今、純粋に親愛の感情を私に向けて来ている…

 

「そうか…勝手に言ってろ。」

 

「はい、勝手に言いますね?」

 

「…ふぅ…ん?そう言えば、マリアが静かだな…」

 

「え…あら?寝ちゃってますね…」

 

「まぁ、こいつには退屈な話だったか…」

 

いつの間にか、椅子に座ったマリアが眠っている…こうやって見るとただの子供なんだがな…しかし…寝てるなら、チャンスか…

 

「フローラ…」

 

「何ですか?」

 

「ちょっと…そこに有る携帯で、アザゼルに掛けて貰えないか?」

 

私は横に有る机の上に置かれた携帯を指差す…

 

「…えっと…良いんですか?」

 

「…別に見られて困る様な物は入ってない…っ…真面目に動けないんだ…悪いが、早く掛けて貰えると助かる…」

 

「はぁ…分かりました…」

 

フローラが私の携帯を操作する…少しして、私に渡して来る…

 

「はい、どうぞ?」

 

「すまんな……もしもし?アザゼルか?…あー…忙しいのに悪いな…ちょっと、大事な話が有ってな…」

 

……チラッとマリアの様子を確認する…起きてはいない、よな…?

 

「ああ……マリアの話だ。今日で無くても良いが…出来るだけ、急ぎで調べて欲しい事が有る…」

 

私がしようとしてるのは…ひょっとしたらパンドラの箱を開ける行為なのかも知れん…到底私の手には負えん災厄の詰まった箱を、だ…ただ…それでもあの神話では、最後に箱の中に残った物は希望だったと言う…なら、私のやる事も最悪とは限らない…柄では無いが、そう信じてみるのも…たまには悪く無いだろう…



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#94

『まーた面倒事持って来るな、お前さんは…』

 

「いや、今回は私のせいじゃないだろ…」

 

アザゼルは先の時点では本当に忙しかったらしく…私も触りの部分だけ話して電話を切った…しばらくして、一段落したのか…向こうから掛けて来て、こうして改めて話をしている…

 

『透視能力な…で、お前は何を懸念してんだ…?』

 

「鈍いな、アザゼル…お前らしくも無い…確かにあいつはどう見ても普通の人間じゃないし…あの能力自体も強い妖気感知能力の副産物の可能性は有る……だが、そうじゃない場合はどうだ?」

 

『そうじゃない場合だと…?』

 

「マリアの透視能力が仮に、人間も持ち得る異能力だったとしよう…そして、この世界で異能持ちと言えば?」

 

『っ!…まさか、神器持ちだってのか!?』

 

「その可能性は有る筈だ…どうだ、アザゼル?興味は出たか?」

 

『…元々、あいつの事は調べたいとは思ってたけどよ…どうにも、ガキにしては妙な点が多いからな…』

 

「神器に関してなら、お前程の専門家は居ない…先ず…あいつの透視能力が常時発動型なのか、あるいは…何らかの理由で視界が塞がった時のみ発動するものなのか、それすら分からん……早急に、調べる必要は有るだろ?」

 

『…ほぼ害は無い様な物だと思うんだが、本当に必要なのか?』

 

確かに、ただ視界を遮る物を透過出来るだけの力ならほぼ問題は無いと言える…まぁ、男ならともかく…あいつは女だからな…これから先、覗きに使うとも思えん…ただ、問題はそこじゃない…

 

「…あいつは…ハッキリ私よりデネブの方が強いと言い切った…そこも既に可笑しいと思わないか?…ただ、壁の向こう側が見えるだけの能力とは…とても思えん…」

 

『…相手の実力もある程度丸裸に出来る力だってのか?』

 

「恐らくな…」

 

『…それがマジなら、確かに知られたら狙われる可能性は有んな…』

 

「隠さないといけない、とすら思ってないからな…あいつは心を開いた相手には…多分、誰にでも話すぞ?」

 

『そこはガキなんだな…厄介な話だぜ…』

 

「アザゼル…頼む、マリアを調べてくれないか?」

 

『俺は構わねぇけどよ…いくつか、良いか?』

 

「何だ『それは先ず、マリアが俺を信用しねぇと無理だって事と…後は、少なくとも親で有るテレーズとオフィーリアには許可取んねぇと駄目だろ…あいつらには言ってあんのか?』…いや、まだだ…」

 

『まだだ、じゃねぇよ…普通そっちが先じゃねぇのか?あの二人には懐いてないんだから、当然能力についても知らねぇんじゃねぇのか?』

 

「…今知ってるのは恐らく、直接本人から聞いた私と…私の世話をする為、今日ここに居るフローラだけだ…ミリア辺りは、薄々感づいてそうだがな…」

 

『…俺の方は良い…時間は作ってやる…ただ、親には許可取れよ?後、本人が嫌がったら…さすがに無理だぜ?』

 

「そんな事言ってる『いや、場合だよ。急がば回れって言うだろ?そもそもしばらくはお前らからあいつが離れる事はほぼねぇだろうし、懸念事項にするには早過ぎる…第一、まだ神器だと決まった訳でもねぇんだぜ?』しかし…」

 

『焦んなよ。それでお前…今まで尽く、失敗して来てるじゃねぇか。』

 

「っ…確かに、そうだな…」

 

『先ずは親の方に言いな。例え娘の方があんまし懐いてなくたって…あいつらが親だって事実には変わりねぇんだぜ?』

 

「そう、だな…確かに、少し急ぎ過ぎたかも知れん…」

 

『まぁ、あの二人のどっちかの許可でも取れたらもう一回連絡しな。こっちも出来るだけ、時間は作る様にするからよ…』

 

「ああ、すまん…」

 

『俺に謝る必要はねぇぜ?…ま、じゃあな。』

 

「ああ…」

 

電話を切る…

 

「私が聞いて良い話じゃないのもそうですけど…私も、先ずお二人に相談すべきだったと思いますよ?」

 

フローラからも釘を刺される…まぁ、そりゃそうだよな…ちなみに電話を持ってられなくなったのでさっきの内容はスピーカーにしていた…つまり、フローラは全部聞いている…

 

「っ…まぁ、こうやって…一人で、つい突っ走るのも私の悪い癖でな…」

 

「その様ですね……今からお二人に連絡します?」

 

「…いや、私が元気になった時…それも、二人と共にマリアが部屋に居る時が良いだろう…焦る必要は無い。」

 

「なら、携帯はもう戻しましょう?身体痛いんですよね?さっきから、無理し過ぎですよ?」

 

「…ああ、分かったよ…」

 

携帯をフローラに渡す…やれやれ…いくら時間が経っても、私のこの癖は治らんな…

 

「そろそろお昼ですね…何か貰って来ましょうか?」

 

「っ…すまんな、苦労を掛ける…」

 

半覚醒していないフローラには、出来るだけ人並みに食べないといけないと言うのは…本来分からない話だよな…

 

「良いんですよ、今日は頼ってください…マリアちゃんは……まだ寝てますね…この子はどれくらい食べるんですか?」

 

「…悪い、もう一回携帯取ってくれ…二人に聞かないと分からん…」

 

「フフッ…ハイハイ。」

 

……全く、こいつは何が楽しいんだかな…頼られる事で、こいつにとって満たされる物が有るのは何となく分かるが…それでも私には、やはり理解出来無い感覚だよ…



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#95

現在、起きて来たマリアが昼飯を食っている…

 

「…少し、多くないですか?」

 

「いや…あいつらの言った通りだし、普通の人間の子供より少し多いくらいで……まぁ、やっぱり普通の範疇だな(私の家族の子供組は皆割と少食気味だし、見た目小さいクレイモアだから、どうしても異様な光景に見えるがな…)」

 

「美味し~!」

 

「……いや、やっぱり多いですよ…だって、テレサさんは普通の成人女性並の食事量でしたよね…?どう見てもあの子、テレサさんより食べてますよ…?」

 

「…あいつは半年で身体もあのサイズだって話だしな…まぁ、育ち盛りの凄い版って思えば良いんじゃな…っ…フローラ、何か胸焼けがして来た…私の分の飯、食うなら食って良いぞってマリアに伝えてくれないか?」

 

「……良いんですか?」

 

「やはりアレ見てたら、普通に吐きそうだ…ハァ…認めるよ、あいつは…確かに食い過ぎだ…」

 

さすがに現実逃避も限界だ…あいつ、どう見ても…成人男性並の平均量…しかも三人前はかっ食らってるからな…私も電話して聞いた時は、何の冗談かと思ったが…そりゃ身体も一気にデカくなるよな…にしても普通は…いくら育ち盛りでも、あの量をガキの頃に食ってたら…身長伸びるより先に先ずデブると思うんだが…一体、あの小柄な身体の何処にあの量が入ってるんだ…?

 

「えっと…本当に良いんですね…?渡しちゃいますけど…」

 

「せっかく作って貰ったのに、そのまま残すよりは良いだろ?アレ見てたら、とても普通に食ってられんよ… 」

 

「はぁ…分かりました。」

 

フローラが私の皿をマリアに渡しに行く…

 

「マリアちゃん、テレサさんが自分の分も食べて良いって言ってますけど…要ります?」

 

「え!?良いの、テレサお姉ちゃん…?」

 

「ああ…構わんぞ。」

 

「わーい!ありがとう!」

 

「…これで更に半人前追加…って、所ですかね…?」

 

「あいつ…テレーズたちとの食事の時はセーブしてたな…?多分あいつ、もっと食えるぞ…」

 

「あの子なりに気を使ったんですかね?」

 

「……一応テレーズに伝えておくか…テレーズとオフィーリア、さすがに二人の給料で十分に賄えるだろうしな…」

 

「まぁ、あの仕事…結構給料高いですもんね…」

 

「多分、食わせた方が逆に成長ペースも安定するだろ…」

 

「…際限無く食べる可能性も有りますけど…」

 

「一応あいつも生身の生物だぞ?さすがに、何処かで限界来るだろ…」

 

「そう、ですよね…」

 

そこで私は声を潜める…

 

『まぁ、どっちみち…この場でお代わりと言われても多分出せないだろうがな…』

 

『テレサさんとあの子の分は…あくまで追加分ですもんね…』

 

そう、この家に住んでる奴が食う量は大体決まってるからな…今回は、あくまで臨時で私たちの分を追加しただけだ…リアスたちが来てる時の様に、大人数が食うのを想定してた訳でも無いから…仮に後からお代わり出せって言ってもさすがに無理だろう…

 

 

 

 

 

 

「あー…テレーズ?あいつ、確実にお前の言ってた量より食えるぞ?」

 

『……そうなのか?』

 

「今日ここに来てるフローラとの共通意見だな…あいつは多分、お前らと食う時はセーブしてる…そこら辺、これからの為にもちゃんと聞いた方が良い…」

 

『その辺り…全然話してくれないんだよな…今、あいつはどうしてる?』

 

「食う前にも寝てたんだがな…食ったらまた寝てしまったよ…さすがに何しに来たんだと思ってる所だ…」

 

まぁ、あいつの中で…目的はもう済んでるんだと思うがな…

 

「まぁ、とにかく…あいつが帰ったらその辺、ちゃんと話し合った方が良い。」

 

『分かったよ、何とかやってみるさ…』

 

電話を切る…

 

「ホント、何処までも規格外の子ですよね…」

 

「幸い、悪意はほとんど無いがな…話聞く限り、多少性格悪い所も有る様だが。」

 

……まぁ、それでもまだ可愛い範囲だ…正直、もう一人の母親のオフィーリアより何倍もマシだからな…まぁ、今の所飯さえ食わせておけば完全に爆睡するみたいだから…あまり手も掛からんか…ただ、量が異常に多いがな…少なくとも、今日食った分の優に倍は食えるのは間違い無いだろう…



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#96

「…結局、ダラダラしてる内に夜になったか…」

 

「私も、ほとんどやる事無かったですね…」

 

「…いや、何か悪かったな…休みの日に呼び出して…」

 

「いえ、気にしないでください…」

 

……一日駄弁ってたせいか、こいつに対する不快感ももう薄れている…と言うか、アザゼルやグレイフィアの言った通り…わざわざ争う理由自体が無いからな……寧ろ、退屈はしなかった…真面目な話…動けないと本当に暇だからな…さすがに、見舞い客ももういい加減途切れてるし…

 

「取り敢えず…そろそろ夕飯ですね。」

 

「私…と言うか、そこで寝てるマリアが食い終わったらもう帰ってくれて大丈夫だぞ?お前、明日は確かシフト入ってるだろ?……あ、後悪いんだが…」

 

「分かってます。マリアちゃんはちゃんとお家の方に連れて行きますから…と言うか、帰る場所は同じですし…」

 

「ま、そうだな…そいつは割と素直な奴だろうから大丈夫だとは思うが、一応気を付けろよ?」

 

「…いや、さすがに何に気を付けたら良いのか分からないんですけど…?」

 

「まぁ、仮にも戦士で有るお前に気を付けろも何も無いとは思うがな…取り敢えず、あいつがまだガキなのは頭に入れておけよ?」

 

「それはまぁ、分かってますが「あ。」…マリアちゃん?」

 

マリアが急に目を覚まして、椅子から立ち上がり…そのままドアの方まで向かう……立ち止まった。

 

「どうしたマリア?腹が減ったのなら、これからフローラが「デネブお姉ちゃんが来るよ」……何?」

 

こいつの感知能力に疑いの余地は無い…しかし…私には未だ感知出来無い…

 

『フローラ…』

 

『すいません…私もまだ…』

 

『…いや、悪い…多分お前と私の感知可能範囲はそう変わらん筈だ…私が分からない以上、お前も分かる訳無いよな…』

 

とは言え、マリアが言ってるのなら…やはり間違いは無い筈だ…

 

「マリア、デネブは今…何処に居る?」

 

「えっと…屋敷の前だよ。」

 

「…何をしに来たんだ、あいつ…?」

 

「警戒、すべきでしょうか…?」

 

「警戒も何も…今、私は戦えんぞ…」

 

「私も…さすがに今回は剣を持って来てないです…」

 

「……不味いな。」

 

デネブの精神状態が分からん…何をして来るか…

 

「大丈夫だよ。」

 

「?…マリア、何が大丈夫なんだ…?」

 

「デネブお姉ちゃん、武器になる様な物…何も持ってないから。」

 

「……何も?」

 

「うん、何も。」

 

「…これは、何処まで信じて良いんでしょうか…?」

 

「フローラ、帰っても良いぞ。」

 

「っ…え?」

 

「私はマリアの言葉を……いや、デネブを信じる事にした。」

 

「…なら、私も残ります…」

 

「ん?」

 

「何も無いなら、居ても良いでしょう?」

 

「ふぅ……ま、別に良いがな。」

 

そもそも慌てても仕方無いのだ…どうせ、私は動けないからな…それに、仮にデネブがケンカを売りに来たなら…そもそも屋敷には入れない。確実に、グレイフィアが黙ってない…フッ…来てるな…この距離なら、もう分かる…

 

「っ…一応ノックぐらいしろよ……ふぅ…ま、今更無粋な事を言う必要も無いか…久しぶりだな、デネブ…少しは、頭が冷えたか?」

 

「……中々、無様な姿だな。」

 

「お互い様だろ?どう見てもお前…しばらくまともに寝れてないって分かるぞ?」

 

「…食事は、ちゃんと取ってたさ。」

 

「そうか……で、何の用だ?見舞いに来たって訳じゃないだろ?」

 

「……お前の首を取りに来た、と…言ったら?」

 

「…素手で、か?」

 

「私の剣の腕は…もう錆び付いているからな。」

 

「…ああ、あの戦いの時も…結局お前一本しか使わなかったな…」

 

確かにデネブの剣の腕は落ちた…ただ、それでも…あの時二本使ってたら、私が普通に負けてた気がするがな…

 

「…で、やるのか?」

 

「っ!テレサさん!」

 

「……お前は今、動けない様だな…」

 

「筋肉痛だとさ、情けない話だろ?その前だって、内臓ボロボロだったそうだ……再生するお前とは違うな。」

 

「……やめだ、動けないお前を殺しても仕方が無い。」

 

「…良く言うな。」

 

「何だ…?」

 

「どうせ、私が動けないのは察していたんだろう?にも関わらず、武器を持たずに来る意味が無い…錆び付いてようが、相手が動けない以上…殺すのは簡単だった筈だ…」

 

今のデネブが、普通に剣を持って屋敷に来ていればグレイフィアは止めていただろう…だが、結局それなら…ナイフでも隠し持ってれば済む話。

 

「……」

 

「もう一度聞く…何の用だ?お前は、ここに何をしに来た?」

 

「……ふぅ…お前なら、答えを知っているかと思ってな。」

 

「答え、か……ハァ…唯一の生き甲斐だった戦いを取り上げられ、気付けば仲間も進むべき道を見付け…どんどん自分の側から居なくなって行く……分からないんだろう?自分が、どうしたら良いのか?」

 

「っ…」

 

「図星か、デネブ…お前、多分この世界に来なくても…組織が無くなったあの時点で…何れは、結局同じ悩みに苦しんでいた筈だ。」

 

「…お前には、分かるのか?」

 

「デネブ……私の中に、お前の求める答えは無い。それは、結局自分で見付けるしか無い…そして、私も…未だ答えは見付けて無い。」

 

「…何?」

 

「私が…自分の道を歩けてる様に見えたか?違うぞ…私はな、未だに迷い続け…流されてるだけなんだよ…未来など全く、見えてない…私の時間は、今もずっと止まったままだ…」

 

「…お前、は…」

 

「私が他人に構うのは…自分の事が分からないからだ…先すら見えないから、誰かの為に動く…そうすれば、余計な事は考えずに済むからな…」

 

「……」

 

「デネブ、自らの足で答えを探しにここに来たお前は…私より遥かにマシだよ。お前なら、きっと自分の道を見付けられるさ…」

 

「…お前は、どうするんだ…?」

 

「知らん。これからも流されて、ただ悩み続けるだけだ…どうせ、答えなんて無いのを分かっていてもな。」

 

「……」

 

「これで満足だろ?もう帰れ…お前を、心配してる奴が居る…」

 

「……」

 

デネブが背を向ける…そして、ドアに手を掛ける…ふぅ…冷や冷やした…一目見て、デネブが私を殺す気が無いのは分かったが…それでも、私が選択を間違えていたら…結局は、殺されていただろうな…

 

「テレサ…」

 

「っ…何だ?」

 

「今は……私より、お前の方が憐れに見えるな。」

 

「っ…そうか。」

 

デネブがドアを開け、部屋を出て行った…



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#97

「あの…聞いても良いですか?」

 

「まぁ、急にあんな事聞かされて…聞きたい気持ちは分かるが、な…」

 

何だかんだ、こうしてこいつと出会ってからの半年間…当人の気質、それから…戦いを捨てざるを得なくなり、唐突に目標も…文字通り何もかも無くなったこいつが、これからの自分を納得させる為掲げてしまったそのお題目…それ故か、私にいくら邪険にされ様と…普段鬱々としている私の様子を見て来たのがフローラだ…そんなこいつが、あんな事を聞かされれば…色々聞きたいのは当然だろう…

 

「色々聞きたい事は有りますけど…取り敢えず一つに集約する事にします…時間が止まってるって、一体、どう言う事ですか?」

 

「……それな…ふぅ…正直に言おう、フローラ…私は今、お前を信用している…だから、私の言える事を話す…」

 

「言える事…?」

 

「私は以前、この世界に来たばかりの事を良く覚えていない…お前やジーン…それからイレーネの前でそう語ったな…?」

 

「ええ、聞きました…」

 

「実を言うとな、本当に私には過去の多くが無いのさ…」

 

「え…?」

 

「私は過去の大半の記憶を、文字通り失っているんだ…だから、いつも過去を誰かに聞かれてもはぐらかしてたのさ…」

 

「失ってるって、何で…?」

 

「サーゼクス…」

 

「え…」

 

「全てを知りたければ、あいつに聞け…私の残ってる数少ない記憶に…答えはあいつが知っていると有る…」

 

「……ふぅ…そこまでで、何となく分かりました…」

 

「…何?」

 

「確か、サーゼクスさんやグレイフィアさんは都合の悪い記憶を消せるとお聞きしました…貴女は多分、お二人…あるいはサーゼクスさんに、当時の記憶のいくつかを消されている…」

 

「ふぅ…そうだ、恐らくな…そして…私も覚えてない事だからこれまた推論になってしまうが…それを望んだのは、多分私自身だ…あいつらは…私がそうしてくれ、とでも言わん限り…そんな事はしない。」

 

私は…サーゼクス、グレイフィアに対してある程度の信頼を抱いている…その上で、思う…仮にあの二人がそんな事をするとすれば、私が…望む以外には無いと…

 

「そうですか…でも、テレサさんは…何故そんな事を…?」

 

「分からん…そこら辺は私にもさっぱりだ…それに、消すにしても全てを消されてる訳じゃない…私は明らかに、過去の記憶が中途半端に残っている…普通私が記憶を消すなら、全て消すのを選ぶだろうにな…」

 

実際、未だ残っている記憶が…今の私を悩ませる原因の一つになっている…元は人間の、それも"男"だったと言う記憶…少なくともこれだけでも消していれば、私は…ここまで悩み続ける事は無かった筈だ…だが、そこを中途半端に残している…

 

「あの二人も、さすがにピンポイントに都合の悪い記憶だけを纏めて消す、と言うのは不可能だ…下手をすると、単なる記憶喪失では無く…廃人が出来上がるリスクが有る程…記憶の消去とは難しく、繊細な作業になるらしい…」

 

「…なら、本当に何故そんな事を…理由を聞いてみた事は無いんですか?」

 

「ああ、無い…あの二人が、特にサーゼクスがそんな事をするなら…それ相応の理由が必ず有る筈だ…そう思う程には…私はあいつを信頼している…だから、聞いた事は今まで一度だって無い。」

 

「…テレサさん?」

 

「何だ?」

 

「…可笑しいと思いませんか?」

 

「…何がだ?」

 

「以前、サーゼクスさんとは長い付き合いだと言ってましたよね?」

 

「そうだな、覚えてない事も多いが…あいつとは、相当古い付き合いなのは間違い無い…」

 

少なくとも、あいつがグレイフィアと知り合う前からの付き合いなのは確かだ…そして、当初…あいつが私に対して恋愛的なアプローチを掛けていた頃が有ったのは…確かに覚えている…

 

「貴女は過去の多くを覚えてない…なのに、どうして…貴女はサーゼクスさんをそこまで信じられるんですか…?」

 

「……ふぅ…お前、あいつを疑ってるのか?」

 

「そりゃ、信じてるテレサさんには悪いですが疑いますよ…だって…貴女の記憶を消したのはサーゼクスさんなんですよ?…そして、記憶の操作が出来ると言うなら考えてもしまいます…消すだけでは無く、自分に都合の良い記憶を植え付ける事も出来るんじゃないかって…」

 

「…ふむ、そうだな…それは当然考えないとならない事だな…だが、それでも…私は、あいつを信じている…」

 

「何故、ですか…?」

 

「朧気に残る記憶の中…確かに有るんだよ…友人の様な、家族の様な…一周回ってただの腐れ縁の様な…そう言う深い付き合いをあいつとした記憶がな…」

 

「…それが…後から植え付けられた物じゃないって、どうして言い切れるんですか…?」

 

「さてな、結局は…どっちでも良いのかも分からん…それが後から植え付けられた物だとしても…あいつと居て、私が苦しんだ覚えも無いからな…だったら、それが偽りでも…私は、構わない。」

 

「……納得出来ません…」

 

「そうだろうな…」

 

「…一つ、良いですか…?」

 

「何だ…?」

 

「…その事を、これから私がサーゼクスさんに問い質しても構いませんよね?」

 

「…ああ、構わん…お前にはもう、その権利は有る…好きにしたら良い…ただ、今日はやめとけ。」

 

「何故…あ。」

 

私は部屋の隅を指差した。

 

「相変わらずそこで寝ているガキを、家に帰してやれるのはお前だけだからな…」

 

デネブが帰ってすぐ…再び眠りに付いたマリア…身体の動かせない私は連れて行くのは無理だし…それから、仕事の忙しいサーゼクスやグレイフィアも論外…

 

「頼んで良いよな?あいつの事を?」

 

「ハァ…そうですよね、分かりました…今日はやめます……あ、すっかり忘れてました…ご飯貰って来ますね?」

 

「ああ、頼む…」

 

フローラが慌てて部屋を出て行くのを…私は黙って見送った…



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#98

相変わらず、その小さな身体には確実に多過ぎると感じる量を笑顔で頬張るマリアに溜め息を吐きたくなりながらも…私はフローラが口に運んでくれる物を咀嚼する…

 

…元は、昼と同じ様に私の分をマリアに渡そうと思っていたのだが…

 

『でも、テレサお姉ちゃん…お昼の分を私にくれたから食べてないし…夜はちゃんと食べないと駄目だよ…』

 

……何処と無くクレアを彷彿とさせる顔でそんな風に言われたら、私も従わざるを得ない…まぁ、持ってって良いと言われたのに…一応ハッキリ断られて、困り顔のフローラの顔を見てるのも落ち着かないしな……まぁ、そう言いつつも私の顔とフローラの持つ食事の皿…マリアが両者に向けて物凄い勢いで視線を往復させていたのはこの際見なかった事にした(こいつは、頑張った…)

 

「はい。」

 

「ああ…あー……ふぅ…しかし、何か食べにくいな…』

 

私は途中で声を潜めた。

 

『え?……あー…私にも分かります…何度かあの子の視線が、こっちに飛んで来てますね…』

 

『食べたいなら食べたいと、言えば良かったのにな…』

 

『一応、あの子はあの子なりに気を使ったんでしょうし…』

 

『ここで私が、やっぱり食うか?…と、聞いても多分無駄なんだろうな…』

 

『…あの子は食べかけでも多分気にしないでしょうけど…それでも一度言い出した以上、拒否するだろうなって言うのは…まだ接した時間の短い私でも何となく分かります…』

 

『ハァ…変な所で頑固そうだものな…』

 

『何となく…貴女の家族の方のクレアちゃんに似てますね…』

 

『あの二人、割と仲良いそうだからな…影響は受けてそうだな…』

 

全く、あいつ相手なら良い影響も多そうだが…何もそんな所まで真似なくて良いんだけどな…

 

……結局、少しでも我慢出来る様にする為なのか…マリアは昼の倍以上の時間を掛けて自分の分を完食した(それでも、実は…明らかにペースは常人よりかなり早かったりするんだがな…)

 

 

 

 

 

 

飯も食い終わり、いい加減マリアを帰さないといけない時間になった(さすがに夕飯の後はこいつも起きてたな…今日最初に有った事が嘘の様に大人しかったが)

 

「あー…マリア、腹は減ってないのか…?」

 

「大丈夫だよ、テレサお姉ちゃん…」

 

…それは、大丈夫な奴の返事じゃないんだよな…と言うか、明らかに我慢してるのはその顔見てたら何となく分かる…寧ろ、この顔見てて…テレーズとオフィーリアは普段の食事が足りないのが分からないのかと問いたい……それとも、それだけこいつが…今、私とフローラに心を開いてる証左かも知れんが……ふぅ…取り敢えずフローラに言っておくか…

 

『フローラ…』

 

『何ですか?』

 

『帰りに何処か寄ってくれないか?』

 

……言ってから言葉が足りないのに気付いた…要は、何処かでマリアに飯を食わせてやってくれと言う事を伝えるつもりだったのだが…

 

『あー…私もマリアちゃんの事が心配なので良いですけど…でも、テレーズさんかオフィーリアさんに食べさせて良いか…一応確認した方が良いのでは?』

 

…さすがだな、今ので通じるか…

 

『まぁ、私がこれから確認しても良いが…』

 

『あ、いえ…それなら私が帰りに連絡しますよ…と言うか、私の方が良いんじゃないですかね…』

 

『ん?何でだ?』

 

『一緒に居る私の方が、実際にマリアちゃんの食べる量を正確に伝えられますしね…』

 

『……それも、そうか。』

 

確かに、その通りだな…

 

「さて、マリア……元気になったらまた会おうな。」

 

「うん…」

 

今のは割と自然に、と言うか…完全に無意識に出た一言だった…実は、言った私も少し驚いている…まぁ、ある種の納得も有るのだが…今日までろくに会話もした事が無かったが…今日一日だけで、私もかなりこいつに絆されて来ていたらしい…

 

「ふぅ…フローラ、こいつの事…頼むぞ?」

 

「はい、任せてください……テレサさん?」

 

「ん?」

 

「今日の事…後日ちゃんと、サーゼクスさんに確認しますからね?」

 

……律儀な奴だな、既に許可は出してるんだがな…

 

「好きにしろ…とにかく今日は、マリアの事に集中しろ。」

 

「分かってますよ…じゃ、また…」

 

「ああ……あー…次は、学園で会えると良いな。」

 

「え……もしかして、デレてくれたんですか…?」

 

何処でそんな表現を覚えたのやら…

 

「ハァ…余計な事を言ってしまったな…やっぱり私は、お前が嫌いだ。」

 

「酷いです…うう…」

 

どう見ても嘘泣きを始めるフローラ…?…服の袖を引かれる感触を感じて、下を見る…

 

「テレサお姉ちゃん、フローラお姉ちゃんを虐めたら駄目だよ…」

 

……いや、どう見てもそいつ泣いてないだろ?…とは、さすがにこの場では言えず…

 

「あー…悪かったよ、フローラ…」

 

「クスッ…良いですよ?」

 

いや、もう少し取り繕えよ…いくら何でも泣き止むのが早いんだよ…ハァ…やっぱりこいつの事は好きにはなれん。

 

「フフッ…じゃあ、帰りますね?」

 

「とっとと帰れ…じゃあマリア、待たな?」

 

「うん!……フローラお姉ちゃん、今ので良かったよね?』

 

『え…ええ、良い感じでしたよ?』

 

……いや、小声でもこの距離ならさすがに聞こえるからな?と言うか、要するにマリアは嘘泣きなのを分かっててあんな事を言った訳か…この性格の悪さ、クレアには無い物だな…まぁ、強かなのは良い事か…

 

『おい、フローラ……マリアに免じて、この場は許してやる… 』

 

『クスッ…どうも。』

 

「ハァ…ほら、とっとと行け。」

 

「ええ…では、また…行きましょうか、マリアちゃん。」

 

「うん。」

 

二人が私に背を向け、ドアに向かう……出て行った…ハァ…やれやれ…急にデネブが来た事も有り、正直少々疲れた…もう今日はいっそ、このまま寝てしまうか…



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#99

「くっ…!」

 

机の上の携帯に手を伸ばす…もう少ししたらグレイフィアが様子を見に来てしまう…出来れば、その前にこの用事は済ませてしまいたい…

 

「っ…届いた…!」

 

間違って握り潰してしまわない様、慎重に携帯を掴む……まぁ、弱ってる今の状態でも…私の身体なら逆に加減間違えてやるとか有りそうだしな…

 

「……」

 

慎重にボタンを押して行く…チッ、辛いな…やはり昼間無理し過ぎたのか、今更になってまた痛みが酷くなって来ている…

 

「もしもし…」

 

『…辛そうな声だな…ハァ…何か用か?さすがに、まだあの二人に話は着けてねぇだろ?』

 

「いや、何…さっきちょっと色々有ってな…どうしてもお前に聞きたい事が出来た…」

 

『…色々ね…で、何が聞きたい…?』

 

「アザゼル…お前、マリアの能力については知らなかったんだよな…?」

 

『…ん?ああ…今日、お前に聞くまでな。』

 

「ふむ…ただな、それだと…一つ納得出来無い事が有ってな…」

 

『…何だ?言ってみろ…』

 

「私はな、やはりアレは神器だと思っている…そして、アザゼル…マリアが産まれてすぐ…お前はマリアを調べたんだったよな…?」

 

『そうだな…本当に簡易的な検査にはなるがな…お前は俺を神器の専門家と言ったが、それ以上に…嘗て、お前の身体を散々調べた事で…この世界でなら、俺はお前ら半人半妖の身体に誰よりも詳しいと思っている…ま、だからな…ノウハウが有る以上、ちょっとした検査でもアレだけのデータが出て来た訳だ。』

 

嘗て…マリアの身体について、調べたのはこいつだ…だから、あいつが妖力、魔力持ちなのも…成長スピードが可笑しいのも分かった…ただ…

 

「…半人半妖の身体にいくら詳しくても、半人半妖から産まれる子についてはお前にとって未知だった筈だ…でだ、お前がな…身内のガキだからって突っ込んで調べなかったと言うのは…どうにも、納得が出来無いんだよ。」

 

『……つまり、俺を疑ってるって訳か?』

 

「まだそこまで言ってないんだがな…いや、取り繕うのはやめるか…いや、何…さっき有った色々のお陰でな…私も、たまには身内を疑ってみるか…と、なったのさ…」

 

『……』

 

「アザゼル、正直に答えろ……お前、あいつの能力に気付いていたな…?」

 

 

 

 

 

 

「悪かったな、フローラ…マリアの相手どころか、飯まで食わせてもらって…」

 

「あ、いえ…良いんですよ…元々私はテレサさんのお世話をしに行って…その、言い方は悪いですけど…ほとんどついでみたいな物ですし…と言うか、特に手を煩わされたとかも無いんですよ…マリアちゃん、凄く大人しかったですし…」

 

「向こうではずっと寝てたんだったな…」

 

「ええ…ぐっすりと…家でもそんな感じですか?」

 

「ん?まぁな…手は掛からんが、普段あまりにも寝てる事の方が多いから逆に心配にはなってるさ……なぁ?」

 

そろそろ良いだろう、いくら何でも回りくど過ぎる…

 

「何でしょう…?」

 

「話の切っ掛けが掴めないのは分かるし、最初に話振ったのも私だが…お前は、ここにマリアの話を聞きに来た訳じゃないんだろう?」

 

「…やっぱり分かります…?」

 

「…普段、自分からはケンカ売らないお前が…私たちが出迎えるなりオフィーリアに殺気飛ばしてまであいつを下がらせたんだ…それ相応に大事な話が有ると思うもんじゃないか…?」

 

「……オフィーリアさんには後で謝っておきます…ちょっと、焦り過ぎました…」

 

「ま、あいつはお前の状態を察してただろうし…気にもしてないだろうがな…で、何の話だ?」

 

「……テレサさんの事で聞きたい事が有ります…」

 

……わざわざフローラが溜める物だから一瞬嘗ての私の事を指しているのかと思ったが、さすがにあいつの事だろうな…

 

「…あいつの?何が聞きたいんだ?」

 

「…テレーズさん、テレサさんの記憶が…意図的に消されている事に気付いていましたか?」

 

……それか…いつか、誰かが私に聞こうとすると思っていた…ただ、最初に聞きに来るのはあいつの家族だと思っていたんだがな…まさか、よりによってこいつとはな…

 

「…意外だな。」

 

「え?」

 

「お前…どちらかと言えばあいつに嫌われているのは気付いていたんだろう?」

 

「…ええ…と言うか、今日ハッキリ嫌いだと言われました…」

 

「…自分が嫌われてるのを分かった上で、嫌ってる奴の事を聞きたいと?」

 

「…それと、この事を聞こうとする事に…関連性は有りません…それに、結局私が…テレサさんを心配なだけですし…後、嫌ってるのは本当なのでしょうけど…それでも、彼女は私を信用してくれました…そして…彼女本人の口から、自分の記憶に不自然な欠落が有ると言う事を聞きました…」

 

「あー…あいつ、自分で言ったのか。」

 

家族には何も言わない癖に、よりによってこいつに言うとはな…

 

「…ちなみに、それはサーゼクスさんに消されたんじゃないかと私は指摘しました…まぁ、彼女自身…そうなんじゃないかと勘づいていたみたいですけど。」

 

「ふむ、そこまで分かってて…これ以上、私に何を聞きたいんだ?私は…あいつの過去についてはほとんど何も知らんぞ?…何せ、私があいつの中で目覚めたのは…割と最近の話だからな…その前の事など分からん…さっさとサーゼクスに問い質せば良いだろう…あいつが、自分でお前にそこまで話したんだ…お前には、聞く権利は有る筈だ。」

 

「テレサさんと同じ事を言うんですね…確かに、マリアちゃんもこうして家に届けましたし、何なら…今から行って、聞いて来るのも良いかも知れませんね…でも、まだなんですよ…」

 

「ん?」

 

「貴女は…テレサさんの中で、彼女の記憶を見た事が有る筈です…そして…どう考えても不自然な欠落が有るのも当然分かった筈…」

 

「……それで?」

 

「…先ずお聞きします…貴女はその事を、テレサさんに指摘しなかったんですか?」

 

「そうだな、ハッキリ聞いた事は無いな…」

 

「…何故?」

 

「その必要が無かったから。私は、あいつの家族じゃないんでな…」

 

「……貴女もですか…」

 

「ん?」

 

「皆さん、テレサさんが普通の状態じゃないのは分かっていた筈です…それでも、誰もその辺について詳しく聞いた様子が無い…何故ですか?」

 

「……」

 

「テレーズさん、少なくとも貴女は…気付いていたんじゃないですか、テレサさんの記憶を消したのが…サーゼクスさんだと…」

 

「…ああ、すぐに気付いたな。」

 

「貴女は、その事をテレサさんに?」

 

「…言ってないな、何も。」

 

「どうして…?」

 

「それをする理由が、私には無いからだ。」

 

「理由が無い…」

 

「フローラ、私はな…テレサの家族じゃないんだよ。そして…テレサの家族は誰一人…その辺について聞いて来ない…」

 

「……」

 

「テレサが何も言わないのもそうだがな…あいつら、皆色々気付いているのに、テレサに何も聞かないのさ…こうして私を問い質しに来たのも、お前が初めてだ…」

 

家族では無い…だが、私は…時折気には留めている…

 

「さて、フローラ…改めて聞かせて貰おう…何故、お前がそんな事をしないとならない?」

 

「え…」

 

「お前が、あいつにそこまでする理由を聞きたいのさ…」

 

サーゼクスに聞く前に私に聞く必要が有ると思ったのは…いっそ、その慎重さを褒めてやっても良い…あいつの家族だったら、普通に私を飛び越えてサーゼクスの所に行くだろうしな…ただ、それではサーゼクスは何も語らんだろうと…私は思っている…何故なら、それは…きっと口止めをしたのはテレサ自身だから…そうである以上…義理堅いあいつは、簡単に口を割らない。

 

「…答えられないか?」

 

サーゼクスが口を割るだろう情報…テレサが、今もひた隠しにしようとしている事実を…私は一つ知っている…だが、フローラ…お前の答えによっては私は何も教えるつもりは無い。

 

「私は…」

 

「フローラ…どちらかと言えばテレサも、知恵袋的役割でアザゼルに意見を求める事が多いし…サーゼクスはポンコツな印象も有ると思う……だがな、頭脳面で本当に優れているのは…恐らくサーゼクスの方だ…それは、恐らくアザゼル自身も認めている…この程度で答えあぐねるなら、あいつからは何も聞けないぞ?」

 

「……」

 

「良く考えて発言しろ…お前は、何でテレサの為にそこまでしようとする?」

 

それでも、期待はしたくなる…私にはどうしたって解決出来無いテレサの抱えてる問題…それを、どうにか出来る奴がいるなら…と。



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#100

「…心配してる、ってだけじゃ…不足ですか…?」

 

「足りないなフローラ…そもそも心配、と言うのは一方的な押し付けに近い…と言うか、結局あいつじゃない私にそれを言うのは可笑しいだろう?足りない…私を納得させるには、それではな…」

 

記憶が無かろうと、あいつとサーゼクスの付き合いは確実に長い……もちろん、それがあいつの思い込み…あるいはそうだと思わされている可能性は有る…が、そうだとしても…サーゼクスがどう言う性格なのかは良く分かってる筈だ…そして、そのままフローラがサーゼクスを問い質した所で…どうせ奴は何も語らんと言う事も。

 

「……」

 

悩んでるな…このままこいつが折れるなら、それも仕方無いとは思うが…今のあいつには味方が必要だ…家族でも仲間でも無く、全てを共有出来る味方がな……ふぅ…考えが纏まるまで、もう少し喋ってやるか…

 

「そもそも…私が何でこんな事を言ってるか、分かるかフローラ?」

 

「…正直に言うと、分からないです…」

 

…頭の良いこいつでも、それはそうだろうな…

 

「お前はあいつに信用されたと言った…だが、信頼には至ってない。」

 

「そう、でしょうね「問題はそこだ」え?」

 

「あいつは脳筋の様に振舞ってるし、実際…行動も誰が見ても脳筋のソレだ…だが、あいつはアレでいつも色々考えている…基本、思考を本当の意味でやめる事は無い…更に言えば、頭の回転も早い…その結果、大抵はあいつが深く考えた末に出した行動が…周りには"脳筋"に見えると言う事になるパターンがほとんどだ…身体を共にしていた私ですら、完全にあいつの考えは読めん…」

 

「それは…でも、何となくは分かります…」

 

「…ま、あいつも無意識なんだろうが…毎回問題事を一人で解決しようとする癖が有るせいも有る…基本的に、周囲の連中の動きを計算に入れない…自分だけで動く事のみを念頭に置いて、最終的に出来ると思ったら…そのまま誰にも相談もせずひた走る…そりゃ、脳筋にだって見える…」

 

本人はいい加減自覚した様で…実際は全然だ…誰かが直前で止めないと、結局あいつはいつも…勝手に動く。

 

大抵、周りが気付いた時にはあいつはもう後戻り出来無いし…何なら、もう強引に詰めの段階に入ってたりするな…

 

「今回のデネブさんとの一件…少なくとも、ミリアさんやヘレンさんには相談すべきだった筈です…彼女は自分が戦いたいだけだったと言ってました…それも本音なのでしょう…でも、デネブさんの事を…本当はずっと気に掛けていた筈です…だから、同じ土俵に乗らないと自分の想いは伝わらないと判断したんだと思っています…でも、周りとの関係を切るのは可笑しいです…何より…デネブさんと付き合いの長いミリアさんや、ヘレンさんも…ずっとデネブさんの事を心配していたのですから、二人には…起こってる状況をちゃんと伝えるべきでした…」

 

「…そもそも、私は後から聞いたが…あいつはミリアに修行を着けて貰う気だったらしい…元々、あいつはデネブがまともな状態且つ…殺す気で向かって来ていたら、負けるのは分かっていただろうから当然だな……結局、自分で約束を反故にした様だがな…」

 

「ミリアさんに…ひょっとして、幻影を学ぼうとしたんですか?」

 

「恐らくな…ちなみにあいつが、風斬りを使った事が有るのは知ってるか…?」

 

「ええ…少し前に聞いた事が有ります…どうせなら、私にも相談しに来てくれば…きっと、何か教えられる事も有ったと思うんですけど…」

 

「元々…普通の戦いをする気が無かったからだろうな…いや、当初は本当にそのつもりだったんだろうが…まぁ、どっちみち…結局お前には何も聞かなかったかも知れないがな…」

 

「私はテレサさんに嫌われてますしね…」

 

「…考えが微妙に似てるのに、絶対に相容れないと言う結論に一度至ると中々そこを受け入れるのは難しいからな…仕方無い…と、話が逸れてしまったがな…頭の回るあいつは結局、肝心な事をお前に話してないのさ…仮に、そのままサーゼクスに話を聞きに行ってもサーゼクスが何も語らない所まで…あいつは分かっていた筈だ…」

 

「…つまり私は…」

 

「ただあいつに言いくるめられただけ、と言う事だな…」

 

「……「とは言え、慎重なお前は私に先に話を聞こうとした」…でも、それは…マリアちゃんの事が有ったからで…それが無ければ、私はそのままサーゼクスさんの所に行ったと思います…」

 

「…マリアの事を気にしろ、多分そう言ったのは…あいつじゃないのか?」

 

「そうです…」

 

……成程な。

 

「…やはりあいつも、心の何処かで…味方を欲しているのかもな…」

 

「え…」

 

「さっきも言ったが、お前がそのまま聞きに行っても恐らくサーゼクスは何も語らん…お前に冷静になる時間を与えたのは、この状況を期待したんじゃないかと思ってな…まぁ、どうせ無意識なんだろうがな。」

 

「……」

 

「ま、どちらにしても…お前が先に私に話を聞こうとした…それに関しては正しい。」

 

「…そう、なんですか?」

 

「サーゼクスは恐らく、嘗てのあいつに口止めされている…それが、何も語らん理由だ…逆に言えば、今のあいつに何も言わないのも…それが理由だ。」

 

「……一つ、良いですか?」

 

「何だ?」

 

「何故テレーズさんも、そこまでサーゼクスさんの事を信じられるんですか?」

 

「成程…そこは気になるよな…ま、あいつと違って一応私は客観的な理由が有るがな…」

 

「理由、ですか?」

 

「元々あいつは、この世界の外から来た…言わば観測者…つまり、本来ならこの世界がどうなって行くのか…その記憶が有る…今は、多くが失われているがな…」

 

「…その辺も、聞いた事が有ります…ちなみに、私たちの世界の記憶も有るそうですね…」

 

「そっちも残念ながら最近は忘れて来てるみたいだがな…ま、要するに…あいつはこの世界の未来を知っていたのさ…サーゼクスもあいつと長く付き合う内に、何処かでそれを知った筈だ…なら、普通サーゼクスはどう言う行動を取ると思う?」

 

「そうですね、どんな手を使っても味方にすると思います…そして、最後はテレサさんの知ってる事を全て聞き出すと…あ、そう言う事ですか…」

 

「結局あいつは…テレサの生活を援助する以外、ほとんど何もやってないからな…そこは一応、味方と判断出来る要素でも有る…と言うかだな、極端な話…最終的にサーゼクスよりアザゼルの方が裏切る可能性は高い…だから、サーゼクスを疑ってる場合じゃないと言う事も有るな…アザゼルの考えは私は元より、あいつも読み切れて無いだろうからな…逆に言えば、アザゼルの動きが分からない内は…慎重派のサーゼクスは迂闊な事はしないだろう、って事にはなる。」

 

「…つまり、アザゼルさんの動きによっては…」

 

「サーゼクスも動く可能性は有る…だが、それを今言っても仕方無いって事さ…ま、私の本音を言えばな…私も全面的にサーゼクスを信用してる訳じゃないって事だ……あいつは、本気で信頼してるだろうがな…」

 

「……」

 

「さて、そろそろ考えは纏まったか?…今のあいつには、味方が必要だ…家族でも仲間でも無く、な。」

 

「テレーズさんは…違うんですか?」

 

「私か?私は…あいつより優先するものも有るからな…これから先、状況次第では…残念ながらあいつの敵になる可能性は有る…まぁ、その前にあいつが思い詰めた末…全員を敵に回すかも知れないな…」

 

「そんな…」

 

「だから、そうならない様に今のあいつには味方が必要だ…再度になるが聞く、フローラ…何故お前はあいつの為にそこまでしようとする?」

 

少し、喋り過ぎた。オフィーリアが待ちくたびれそうだし、そろそろケリを着ける…さぁ、フローラ…私を納得させてみろ…



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#101

フローラは目を閉じ、真剣に考え込んでいたが…やがて口を開いた…

 

「…そうですね、じゃあこう言いましょう…ただ、私がテレサさんを気に掛けているだけです…嫌われてるかどうかなんて、知りません。それが嫌だと言うなら…まだ付き合いの短い私にすらバレるくらい、苦しい表情をするテレサさんが悪いんです…あんな顔…普段から見せられたら、放ってなんておけないじゃないですか…だって、私にとっては恩人の一人なんですよ?そんな人が…いつもあんな苦しそうな顔をしてて…放ってなんておけません。」

 

「…フッ…良いぞ、悪くない。それも結局押し付けでは有るが、あいつに対しての接し方は実はそれで良い…あいつの家族にも、もう少しその自分勝手さが欲しいものだな。」

 

「家族なんだから、私よりもずっと…テレサさんが苦しんでるのは分かっていた筈です…多分、家でもずっと…悩んでいたでしょうから…私には分かりません…どうして、聞いてあげようとしないのか…」

 

「そりゃ、出来無いだろうな…下手に踏み込むとあいつの場合、また何処かへ消えようとしかねないからな…」

 

「例の家出の件、ですか…」

 

「実際はそんなに可愛いもんじゃないがな…あいつ、あの時は自分の携帯まで破壊したからな…まぁ、財布すら持って来てない突発的なものだったから…結局駒王町からも出られず、すぐにオフィーリアに保護されたからまだマシでは有る…それにあの件は、私がこうして表に出る切っ掛けにもなったから…一概に悪い事だったとは言えないんだろうがな…」

 

「…家出の理由は、何だったんですか…あの件については、私も詳しくは聞けてないんですよね…」

 

「家族を食いそうで怖いから…と、本人は言っていたが…まぁ、それは建前だな…」

 

「建前?」

 

「あいつは本当は臆病なんだよ、自分の抱えてる色々なものを自分を慕ってる連中に知られたくないから、また一人になろうとしたのさ…ま、結局本人ももう捨てたくても捨てられない事を再確認しただけだったがな…」

 

「…捨てる事は出来無いでしょうね…だって、テレサさん自身が皆さんの事を大好きなんですから…私だって、まだ付き合いは短いですが…見てれば分かります…」

 

「…確認するまでも無く、当時…あいつの周りの連中全員が分かってた事だろうけどな…根が寂しがり屋の癖に、元は一人だったから…また一人になるだけとか思ってた様だが…出来る訳無いだろ、あいつは寂しがり屋だからな…」

 

「私も見てて分かってしまうんですよね…あの人、結局誰かが側に居ないと駄目なんだと…」

 

「あいつが一人だった頃は本当に酷かったらしいぞ…自分の身体は人間の様に衣食住が必要じゃないからと、路上でその日暮らしだった様だからな…大体、いくら半人半妖の身体でも一切食事を取らんのは無理だ…とは言え、本人は当時ギリギリのレベルまで食事を抜いていたからな…あの頃グレイフィアがあいつを探さなければ、恐らくいつかは覚醒していただろうな…」

 

「あー…セルフネグレクトってやつですか…」

 

「…ネグレクトは聞いた事が有るが、セルフ?」

 

…いや、考えるまでも無いか…

 

「要するに、自分に対する興味の一切を失って…まともな生活をしなくなる事を言う訳か…」

 

正しく当時のあいつだな…最も厄介なのは、食事を多少抜いたぐらいでは私たちは仮に半覚醒していても中々死ねない事だな。

 

「病気や精神的なもの…原因は色々有りますけど、この世界では最近どんどん増えてるケースだそうで…昨今では、孤独死の原因になってるとか…」

 

……まぁ、言ってる事は分かるんだが…半年で随分この世界に染まったな、コイツは…

 

「…面白い話では有るが、その話続けるなら後日にして貰っても良いか?」

 

「あ!ごめんなさい…」

 

アレだな…覚えたての言葉を使いたいと言う典型的なものを感じた…ま、この世界に馴染んでるなら良い事か…

 

「…その、結局私には…」

 

「…ふぅ…ま、良いだろ…一つ、私の知るあいつの秘密をお前に教えてやる…」

 

「秘密、ですか?」

 

「ああ…あいつから聞いたと、サーゼクスに言ってみろ…多分、何らかの反応が確実に有る筈だ…」

 

「それ程の…それは、一体どんな…?」

 

「至極単純な事…逆に言えば、今も周りの奴にあいつが隠し続けている秘密は…私もこれしか知らん…ちなみに、オフィーリアには話の流れでうっかり漏らした事は有るな…ただ、他の奴は知らん筈だ……サーゼクス以外はな…」

 

「…教えてください、その秘密を…」

 

「…半人半妖の身体になる前、あいつは人間の"男"だった…」

 

「……は?」

 

「言った通りだ、本当にあいつは元は男だったんだよ…まぁ、性別以外の事は…ほとんど何も覚えてないがな。」

 

「…それも、サーゼクスさんに?」

 

「いや、本人の話通りなら元からじゃないか?あいつの過去をサーゼクスから聞けたのなら…もうその辺、あいつも隠さないだろうから改めて聞いてみたら良い…」

 

「…分かりました、ありがとうございます…」

 

フローラがその場から立ち上がる……いや、ずっと床に正座してたのに良く普通に立てるな…

 

「これからサーゼクスの所に行くのか?」

 

「…いえ、明日は仕事ですし…それに、さすがに日にちは開けますよ。」

 

…思いの外、冷静だな…

 

「あいつが男だったと聞いて、思う事は無いのか?」

 

「う~ん…正直に言うと、特には…と言うか、寧ろ納得も有るんですよね…テレサさん、どちらかと言うと男性的な印象強いですし…それに、半年程度とは言え…それなりの時間一緒に居ましたから…と言うかテレサさんの周りの人は誰一人、気にしない気がしますけどね…今更、と言う気もしますし…」

 

…まぁ、正直…私もそう思う…あいつは今もずっと…隠し続けているがな…

 

「じゃあ、遅くにすみませんでした…これで失礼します…」

 

「いや、良い…マリアの事も有ったしな…」

 

「…では、また…」

 

「ああ、またな…」



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#102

アザゼルはしばらく電話先で沈黙を保っていたが…私が引き下がらないと言うのを悟ったのか、やがて深く息を吐いた後…再び声を出した。

 

『…分かったよ、本当の事を教えてやる…ああ、最初の検査の時点で…あいつの能力には気付いていたぜ?』

 

「やはりか…何故言わなかった?」

 

『その意味が無かったからだ、あの時点では…』

 

……まぁ、その言い分自体は…分からんでも無い。

 

「あの時点で…あいつの肉体成長スピードがあそこまで早いとは思っていなかった…そんな所か?」

 

『ああ、そうだ…だから…俺もまだ、話すには早いと思った…』

 

……アザゼル…コイツを無条件で信じるのは非常に危険、それは分かっている…だが、それでも…

 

「アザゼル、もう一つ聞かせてくれ…お前は、悪戯に争いの目を残す奴じゃない…少なくとも私は、そう信じている…」

 

『……』

 

「何故放置した?…お前なら、せめて能力の封印ぐらいは出来たんじゃないのか…?」

 

そうだ、この点だけはどうしても納得が行かない…先の時点で、この事を聞かなかった自分を殴り付けてやりたいとすら思う…

 

『ハァ……お前な、俺を某青いネコ型ロボットか何かだと勘違いしてねぇか?』

 

もし、私の考えてる事が事実なら…

 

「マリアはお前が創った様な物だろう?」

 

『馬鹿か…確かに母体で有るテレーズの身体を妊娠が可能な様に創ったのは俺だし、同性であるオフィーリアとヤッても妊娠する様に手も加えたがな…そもそも、オフィーリアの方は女性としての生殖能力がほとんど死んでいたから…そこをどうにかするのもかなり苦労したし、実際に妊娠するのだって…そこまで高い確率だと思ってなかったんだぜ?』

 

「……お前、それで子供が出来ると豪語したのか?」

 

『ケッ…そりゃ出来るって言うさ…何せ、"俺が"そうなる様に創ったんだからな……ただ、本当に出来るまでヤると思ってはいなかったがな…』

 

まぁ、オフィーリアの方がかなり積極的だったし…そうなるのは想像に難く無いが…しかし、そうなのか…

 

「じゃあアイツは…お前が二人の遺伝子を採取して創った、試験管ベビーとかじゃないのか? 」

 

『違ぇよ、アイツは…ちゃんと正規の手順を踏んで受精し、テレーズの子宮に着床した…正真正銘あの二人の実子だよ。確かに受精の際にオフィーリアの身体に手を加える必要は有ったが、それだけは間違いのねぇ事実だ……そして当然、アイツの能力も異常な成長スピードも…全部アイツの自前のモンさ…俺は、アイツ自身には一切何もしちゃいねぇ…それだけは、誓って言えるぜ。』

 

「……信じて良いんだな?」

 

『神器を植え付けたりとかは別にしてねぇ…まぁ、規格外になる所までは一応想定の範囲内だ…最も、せいぜいクソヤベェガキになるか…あるいは全く普通の子供になるか…の、二択まで想像してたぐらいだけどな。』

 

「……」

 

『…で、俺は隠してた事は話したぜ?これ以上何を聞きてぇ?』

 

……どう考えても、今はここでやめるべき…少なくとも、私の理性がそう告げている…だが、我ながら単純な奴だとは思うが…私はもう、アイツを放っておく事など出来無い…この短時間で私は既にクレアや黒歌たちとと同じくらい、アイツを大切に思ってしまった…だから…

 

(聞かねばなるまい…)

 

「アザゼル、アイツの成長スピードは本当に緩やかになるのか…?止まって、くれるのか…?」

 

『……気付いちまったか。』

 

「ここまで来てそこに思い至らない程…私は馬鹿では無いつもりなんでな。」

 

『……正直に言うぜ?俺にももう分からねぇよ…お前の危惧は分かってる…アイツがこのまま止まらず、一気に老化する可能性を考えてるな?』

 

「ああ……どうなんだ?」

 

『何度も言わせんな…分からねぇ…無責任って言われても仕方ねぇけどよ、本当に分からねぇんだよ…ただ、両親共に不老不死の存在から誕生したガキだ…さすがに何処かで止まると思うがな…』

 

「一気に年老いて死ぬよりはマシだが、それでも…私は不憫に感じる…出来れば、止まって欲しいんだかな…」

 

『…子供時代ってのは誰にとっても貴重な時間だものな…気持ちは、分かるぜ?』

 

アイツは大人びているが、確かにまだ子供だった…あのまま一気に歳を取るなど、容認したくない…何も知らない子供のままで居させられなかったクレアが身近に居るから…尚の事、そう考えてしまう…

 

『ただな…余計なお世話って可能性も有るぜ?気付いてんだろ?アイツ、肉体のスピードに追い付いてはいないがそれでも、知能の方も加速度的に上がって行ってるのをよ?』

 

「だが、急ぐ事は無い筈だ…まだ生まれたばかりの子供で有るなら、そのまま子供のままで居たら良い…そう思うのは私の……いや、大人のワガママだと思うか?」

 

『いんや、お前は間違ってねぇよ…俺だってその方が良いと思ってる…こうして関わっちまったらな、放っておくなんてのは出来ねぇさ……ただ現状、出来る事は何もねぇ。そもそも、原因も分からねぇんだよ…俺だって、どうにかなるならそうしてやりてぇって思うぜ?』

 

「本当に全く分からないのか…?」

 

『……一つ、仮説で良いなら…思い当たる事は有る…』

 

「それは?」

 

『…アイツが、自分の意思で早く大人になろうとしている…』

 

「…つまり、成長スピードに関しては…実はアイツが始めから自分で制御出来ていて…自ら、早くしていると?」

 

『実はアイツの身体をいくら調べてもな、細胞分裂のスピードが異常に早い理由が…科学的に全く、説明が出来ねぇんだよ…当たり前だが、特殊能力がどうのとか不老不死の血を引いているとか言うのとは…コレは全く別の話だ…そもそも、お前ら半人半妖の老化スピードは人間とそう変わらねぇんだろ?』

 

「恐らくな…まぁ、人間より少し老化スピードが遅いと言う所じゃないか?…と言うか、一定年齢で肉体の老化がほぼ完全に止まる訳だから何とも言えんが…」

 

戦士候補の奴は大抵、幼少期に組織に拾われている筈だ…その後、すぐ妖魔の血肉を身体に取り入れるのか…それとも間を置くのかは知らないが…で、血肉が身体に完全に馴染んでから訓練をしているのは確実…手術後、すぐに亡くなる奴もいるだろうがそれは間違いが無い筈だ…そして、馴染んだ後は全盛期の十代後半から二十代前半まではちゃんと肉体が成長している筈……まぁ、この辺の説明はクレイモア原作でもそこまでやってなかった気がするが…

 

『まぁ、とにかくだ…誕生要因の中には成長スピードが早くなる原因が無いんだよ…何度も言うが、コレは普通…特殊能力とは別の話だ…先天的に能力を持ってたって、そこは間違いねぇ…ま、例外は有るんだがな…』

 

「……つまり理由が有るとすれば…アイツは透視以外にも肉体の成長スピードを自分で調整出来る能力を持っており、それを…今この瞬間もフルに使用している…?」

 

『アイツ、普段妙に昼寝の時間が長いらしいな…仮に能力を絶えず使用してるなら、当然体力…あるいは、それ以外の何かを使用している筈だ…全く代償のねぇ力なんて、普通は存在しねぇからな…』

 

「何故、そこまでして…」

 

『それは結局アイツにしか分からねぇな…と、慌てんなよ?こいつは…あくまで俺の仮説でしかねぇからな…』

 

「…だが、辻褄は合う…」

 

『俺はあくまで、一番可能性の高い事を言ってるだけだ…ただ、そうだとして…全く理由が思い浮かばねぇ訳じゃねぇ…』

 

「…一体、どんな理由が有ると…」

 

『…守り、支える為…誰をかは、俺も何とも言えねぇがな…』

 

「守る?」

 

『子供ってのは、結局何処まで行っても守られる前提の存在だろ?力も弱いしな…ただ、当人自身に守りたいモンが有んならそれでは都合が悪いだろ?なら、強くなりたいと思うのは当然だ……そして、その一番の近道は…』

 

「肉体を急速に成長させる事…」

 

『…実はそう考えると説明の付く事がまだ有る…お前らの肉体は必ず全盛期で老化が止まり、ずっとそのままなんだろ?なら、何があろうと全盛期の状態を保とうとする訳だ…そこで質問だ、お前が仮に今突然、半人半妖の身体のまま子供の姿に…まぁ、普通は先ず有り得ない話だが逆行したとする……どうなると思う?』

 

「…戦士として最高のパフォーマンスを発揮させる為、その場で急激な肉体成長と加速度的な老化現象が起こる…そう言いたいのか?」

 

『まぁ、その辺は実際にそうならないと確かめらんねぇ事では有るがな…ただ、アイツの身体にそう言う現象が起きてる可能性が有るって話だ…』

 

……いや、別の問題が出て来たんだが…

 

「それでは能力では無く、アイツの身体がアイツの意志と関係無く成長を促してる可能性が出て来ないか?」

 

『そのパターンも有り得るな…どっちみち、証明出来ねぇ話だが…まぁ、そうだった場合…アイツ自身にも止めようが無いって話になるが…』

 

「……本当に他に方法は無いのか?アイツが、自分でやってるから…説得してやめさせる…それ以外に、防ぐ方法は無いのか…?」

 

『そうだ…もし、アイツが自分でやってる訳じゃねぇなら…俺たちには結局どうする事も出来ねぇって話だ…』

 

「何て事だ…!」

 

無力感に苛まれてしまう…私は、何もアイツにしてやれないのか…!?

 

『まぁ、今はな…』

 

「……アザゼル?」

 

『この俺が、そんな問題いつまでも放置する訳ねぇだろ。俺が黙っていたのは結局…まだ解決法が見付かって無かっただけだ…探してるに決まってるだろ、今もな。』

 

「アザゼル『大体、そこまで問題が有んのか?』…何?」

 

『高々二十代そこそこの知能持ったくらいで何が大人だよ…俺もお前も、一体いくつだと思ってる?そんなんで一人前語るなんざ、それこそ百年早ぇっての。』

 

確かに、そうだったな…

 

『いっそ、嫌ってくらい甘やかしてやりゃ良いのさ…見た目や中身がどうだろうと…所詮、相手はまだまだ知識も経験も浅いケツの青いガキみてぇなもんなんだからな。』

 

「前向きだな、お前は…」

 

『お前が相変わらずネガティブ過ぎんだよ…昔からちっとも変わりゃしねぇ…』

 

「これでも、少しは変わったと思ってるんだがな…」

 

『何処がだよ…まぁ、慎重なのは悪い事じゃねぇとも思うけどな…』

 

「…で、マリアの事…任せて良いのか?」

 

『言い方は悪いが、肉体の成長スピードが異常なんてのは俺に言わせりゃそれは"ただの病気"だ…こうして関わった以上、治そうとする事は有れど放置は絶対にしねぇよ…本人の意志だって言うなら尚、ふざけんなって言うさ…絶対にそんな能力封印してやる…俺はな、子供が子供らしく緩やかに且つ、健やかに成長して行くのを見るのは嫌いじゃねぇし…実際そうなるべきだと思っている…そこを捻じ曲げるなんて本人が望んでても許されねぇし、そもそも俺が絶対許さねぇ…舐めてんじゃねぇ…ガキはガキらしく、素直に生きてたら良いんだよ。』

 

「傲慢な言い分だな…だが、嫌いでは無い…」

 

何より、私も同意する…

 

『チッ…年甲斐も無く熱くなっちまったぜ…で、もう切って良いか?俺は忙しいんだ……あ、取り敢えず今の話は…』

 

「分かってるさ、まだ誰にも言わない…」

 

テレーズはともかく、今…マリアの周りはコイツを含んで皆お人好しばかりだ…こんな話聞いたら、私より遥かに大騒ぎするのが目に見えてる…

 

『頼むぜ?じゃあ、切るぞ?』

 

「ああ……アザゼル?」

 

『ん?』

 

「…アイツを…マリアを、助けてやってくれ…」

 

『…任せろ。頼まれるまでも無くそいつは俺の仕事だ…大船に乗った気で居な。』

 

「…ありがとう、お前と話せて良かった…」

 

『ヘッ…礼はお前との時間で手を打ってやるよ。』

 

「フッ…良いとも、こんな身体で良ければ好きなだけ貪れば良いさ…」

 

今、私はとても機嫌が良い…こんな言葉も、口を吐いて出て来てしまうくらいには…

 

『おう、楽しみにしてるぜ…じゃあな。』

 

電話が切られ、私も携帯を机の上に置いた……アイツがあそこまで言い切ったのだ…失敗は無い…時間は掛かるかも知れないが、必ず成功する筈だ……なら、私のすべき事は…

 

「成功を"祈る"事…まぁ、願いを叶えてくれそうな神はとっくに死んでる上…神を敬うなど反吐が出るとすら思うが…祈る相手は居なくても祈るだけなら結局タダだしな…私はいつも何でも一人でやろうとしてしまうし、偶には…他力本願も悪くは無いか…」

 

自分が無力と感じるのは最早日常的とも言えてしまうが…今回はそれでも良いとすら思う…と言うか、今回はアイツが本気で動くと決めてる以上…私の出る幕はそもそも無いだろう…

 

「さて…」

 

いい加減時間も遅い…寝るべきか…とは言え、今私は少々目が冴えてしまっている…いざ寝ようとおもっても、な……ん?

 

「良いぞ、入って来い…」

 

ノックの音が聞こえたので返事をする…こんな時間に誰が?

 

「…まだ起きてたの?」

 

部屋に入って来たのはグレイフィアだった。

 

「お前こそ…いや、お前ら悪魔はこの時間には寝ないか…」

 

「まぁね……貴女は寝ないと駄目よ?」

 

「そうしたいんだがな…と言うか、どうしたこんな時間に?」

 

「…部屋の近くを通り掛かったら、貴女が起きてるのが分かったから、ね…」

 

……しれっと言ってるが、それは…

 

「……お前も妖気感知出来る様になったのか?」

 

「…多分、私たち悪魔はコツが分かれば皆出来るかも知れないわね。最も、私もサーゼクス様にやり方を聞いてたから出来た訳だし…実際にやったのも、今日が初めてだけど。」

 

「まぁ、本来は必要無い能力だからな…」

 

この世界に妖魔を含む妖気持ちは数える程しか居ないからな……最も今の所、この世界に妖魔は居ないんだがな…ふむ。

 

「…ま、時間が有るなら少し…話でも付き合ってくれないか?」

 

「…心細いとか寂しいとか、そう言う話?」

 

「……そうかも知れんな…」

 

実際に指摘されると、そうで有る気がして来る…さっきの出来事はまだ私の心に影を落としているらしい…アザゼルに任せる…アイツに任せれば問題無い…そう思った、筈なのだがな…

 

「…そんな不安そうな顔されたら断れないわね…分かったわ、少しなら…付き合ってあげるわ。」

 

「……ありがとう。」

 

本当に私は友人に恵まれているな…普段、中々意識はしないがな…



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#103

「…まぁ、正直に言えば…特に話題は無いんだがな…」

 

「ま、そうでしょうね…貴女しばらく外にも出てないし…テレビとかも全く見ないものね…」

 

「……そもそも、部屋に置かれてないが?」

 

「別に見るなら持って来たけど、貴女結局見ないでしょ?」

 

「まぁ、な…」

 

基本、世の中の出来事は新聞読んで知るのが私のパターンだしな…そもそも家にも現状、テレビが無かったりもする…(いや、家族の誰かが見るなら置くんだが…クレアも含めて、特に見たいと言う奴が居ないんだよな…)

 

「そう言えば、新聞とかは取って無いのか?」

 

「……ここ、人間界じゃないの忘れてない?」

 

「あー…」

 

そりゃ、この屋敷には届かんよな…

 

「ま、どっちみち私の身体が動かないから読めんのだがな…」

 

「欲しいなら持って来るけど、何なら読んであげましょうか?」

 

「…そりゃありがたいが、そんな暇有るのか?」

 

「……あら?冗談のつもりだったけど…まぁ、私もやってあげたいのは山々なんだけどね…」

 

「ふぅ…お前が忙しいのは分かってるし、それに…私らしくない事を言ってるのは分かってるさ…何だかんだ、今までお前にそんな頼みをした事は無いしな…」

 

「…ま、貴女とは長い付き合いでは有るけど…正直、こうやって普通に話せる様になったのも割と最近の事だしね…」

 

「当初はお前がかなり突っかかって来たしな…」

 

「だって…最初はサーゼクス様が貴女にアプローチ掛けてて…嫉妬してただけなんだけど、貴女の生活状況があまりにも酷いんですもの…そりゃ色々と言いたくもなるわよ。」

 

「…正直、私はお前と会った頃の事に関してはもう曖昧になって来てるんだが…そこまで酷かったか?」

 

「いや、だからってまさか…全く覚えてない訳じゃないでしょう?…ハァ…私は、忘れられないわ…サーゼクス様がよっぽどご執心だから一体どんな女かと思って会ってみれば、認めるのも癪だけど…同性の私から見ても絶世の美女…でも、いざどんな奴か改めて調べてみたらまさかの路上生活者…さすがに目を疑ったわよ…一応お金は有るのに、一体何でそんな生活してるのか…思わずその場で怒鳴りつけたのを…今でも、私は忘れられないわよ。」

 

「あー…そうだったそうだった…」

 

と言うか、考えれば考える程…昔は顔を合わせる度に散々コイツに怒鳴られたり、色々お小言を言われた記憶しか無い…お陰で、しばらく私はコイツが本当に苦手だった…コイツの場合、こっちが言い返そうものなら…説教の時間が十倍になるからな…かと言って、実力行使で勝てるかと言えば…今程コイツが強く無い事を加味しても普通に無理…まぁ、戦争も実質終わって戦いに出る事の無くなった今のコイツにすら、私は勝てる気がしないがな…

 

「…改めて考えると、ろくでもない事ばかり浮かぶんだが…」

 

「路上生活もそうだけど、食事もろくに摂った形跡が無いんですもの…いくらそんなに必要無いって聞いたところでこっちは気にするし、怒りもするわよ…」

 

「面倒だったからな…」

 

「これだもの…本当に当時、何しに貴女の所に来たんだか忘れちゃったわよ…」

 

「……いや、この話続けるのか?」

 

「他に話題有るのかしら?」

 

「……」

 

無い…無いが、一応私にとっては黒歴史なんだがな…

 

「何考えてるのかは大体分かるけど…貴女の場合一回、色々振り返った方が良いと思うわよ?」

 

「何故だ?」

 

「…貴女、自分で落ち着いたとか思ってる?」

 

「……まぁ、何だかんだ色々やらかしてる自覚は有るさ…」

 

「正直、昔の貴女の方が問題は少なかったかも知れないわね…」

 

「…昔は、しがらみが無かったからな…変に気を使わんで済んだな…」

 

「でも、今の生活の方が健全では有ると思うわよ?」

 

「楽では無いけどな…」

 

「でも、それは普通に生きてたら…誰もがする苦労よ。と言うか、貴女の場合ずっと一人では生きられないと思うけど?」

 

「……何故だ?」

 

「貴女、一人だと寂しいんでしょ?」

 

「……」

 

否定の言葉は浮かんで来なかった…結局、その通りだからな…

 

「そもそも、貴女…自分でお金は稼げても生活力は無きに等しいものね…いえ、まともな生活する気がそもそも無いと言うのが正しいのかしらね…」

 

「ふぅ…ま、当時の私は食事をごっそり削れたからな…まぁ、半覚醒した今もある程度は削れるがな…」

 

「…ハァ…先ずは削るとか削らないとか…そこの考えを良い加減改めたらどうかしら?…良い?貴女は当時…結局戦争には参加してないし、今は…停戦協定が結ばれてる…普通の生活、すれば良いのよ?」

 

「ま、そうなんだがな…」

 

とは言え、その"普通"の定義がもう私には怪しいのだがな…この世界に来るまで、私はどんな生活してたのか…そもそもどんな奴だったのか、そこら辺がとにかく曖昧だ…ま、今更な話だが…っ…

 

「…あら?眠くなった?」

 

「ああ…」

 

「じゃ、もう良いわね?私は行くから…おやすみなさい。」

 

「ああ、おやすみ……あー…ありがとな?」

 

「…今日は妙に素直ね?」

 

「ま、たまにはそんな日も有るさ…」

 

正直、今日はもう疲れた…さっさと寝るか…私はグレイフィアが部屋を出て行くのを見送り、目を閉じた…



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#104

「ん……ああ、結局あのまま寝れた訳か…」

 

部屋の窓から日差しが入って来ている…時計を見れば八時を指している…取り敢えず身体を起こして、伸び…を…ん?

 

「身体が動く…何だ、あっさり回復したな。」

 

前日まで、ろくに動かないどころか…無理に動こうとすると激痛の走っていた身体は多少の違和感こそ有るが、ちゃんと動く…痛みも無い。

 

「ふぅ…起きるか……っ…」

 

ベッドから出て、立ち上がると目眩がしてふら付いた…まぁ、しばらく寝たきりだったしな…むぅ…屋敷の中を歩こうかと思ったが、この分だと一度ベッドに戻るべきか…正直、誰かが手伝ってくれないと動くのは厳しそうだ…ん?

 

「良いぞ、入って来い。」

 

ドアがノックされたので、取り敢えずベッドに腰掛けてから返事をする……座っていても若干の気怠さを感じる…すっかり身体が鈍ってしまった…元通りに戻すのは時間が掛かりそうだな…

 

「……ハァ…やっと起きたわね。」

 

「ん?やっと?」

 

部屋に入って来たのはグレイフィア……いや、ここ最近は確かに散々迷惑を掛けたとは思うが…そんなに皮肉めいた事を言われる程か?と言うか、午前八時ならそこまで遅くないとは思うが…

 

「…その様子だと、状況は分かってない様ね…」

 

「何がだ?」

 

「貴女、三日間眠り通しだったのよ。」

 

「……は?」

 

「えっと、確かフローラとあの子…マリアが来てくれて…あの日はデネブも来たんだったかしら?その後…貴女は私と少し話した後眠ったのかしら?」

 

「…ああ、そこまではちゃんと記憶に有る…その後、私は目覚めなかったのか?」

 

「ええ…こっちがいくら声を掛けても貴女は起きて来なかったわ…あの日から今日までの三日間…そのまま、ね…」

 

「冗談…では、無さそうだな…」

 

「そんな冗談、面白いかしら?」

 

「いや…」

 

まぁ、正直面白い話では無いな…

 

「ちなみに、二日目はルナとガラテアが貴女の様子を見に来たわ…ま、貴女は完全に寝てたけどね…」

 

「何だ、それは残念だ…」

 

あいつらは色々忙しいだろうに、わざわざ来てくれたのか…とは言え、起きていても私は特に話題は無かっただろうがな…

 

「他に何か動きは有ったか?」

 

「いえ、何人か貴女の所に来てくれたけど…特別他には何も無かったわ…ちなみに、デネブは来てないわよ?」

 

「そうか…」

 

あいつ、結局どうしてるんだろうな…正直に言えば心配だ…

 

「…で、もう起きれるの?」

 

「ああ。もう身体の痛みも無いし、問題は無い…と、言いたい所なんだが…しばらく寝ていたせいか、身体が少々不調の様でな…立ち上がるとふら付いてしまうんだ…」

 

「…そう。なら、今日の朝食は持って来るわね?」

 

「ああ、頼む……ちなみに、今日は誰か来るのか?」

 

「……」

 

「どうした?」

 

「ある意味、運命なのかしらね…」

 

「どう言う意味だ?」

 

「今日はね、ライザーが来るわよ。」

 

「……本当か?」

 

「ええ…貴女が寝たきりになったって聞いて…すぐに行こうとしてたけど、忙しかったみたいでね…今日やっと仕事が片付いて、様子を見に来る事になってるわ。」

 

「……グレイフィア、断れないか?」

 

「…逆に聞くけど何故?少なくとも、仲は悪くないんでしょう?」

 

まぁ、悪くはないだろう…と言うか、身体の付き合いは有る相手だ…致してしまった当初はともかく、今となっては特に後悔も無い……ただ…

 

「あいつにこんな情けない姿を見せたくなくてな…」

 

「…今更?てっきりライザーは、貴女の弱い所もそれなりに知ってるから…今みたいな付き合いが出来てるんだと思ってたけど…」

 

「……」

 

まぁ、否定はしない…改めて考えたらアレだけボコボコにして、見下してもいた相手とそう言う関係になってしまった事自体が既に問題では有るが…もう、私はそこら辺受け入れてしまっているし…有る一点を除いて、ライザーに対して隠し事の様な物は特に無い…だがな…

 

「アザゼルはまだしも…歳下だぞ?こう、歳上の余裕の様な物を見せておきたいじゃないか…」

 

「…貴女って、そんなに見栄を気にするタイプだったの?」

 

「煩いな…」

 

私だって元は男でも、こうして女として生きて来て長い…歳下の男にこう、情けない姿を見せたくないだとか…そんな風に思ったりもするさ…

 

「少なくとも幻滅される事は無いんじゃないかしらね…寧ろ、好きな女性の弱ってる所を見せられて喜ぶんじゃないかしら。」

 

「それだと私が惨めだろ…」

 

「そんな状態になってるのは誰のせいかしら?結局、自業自得でしょ?」

 

「……」

 

そうだがな…

 

「ライザーは貴女の様子を見る為に、わざわざ忙しい時間の合間を縫って会いに来ようとしてるのよ?追い返すなんてとても出来無いわ…サーゼクス様からもちゃんと客人として出迎える様に言われてる…追い返すなんて、とても出来無いわ…」

 

嫌味か…二回も言わなくて良いだろ…

 

「……良し、分かった…なら、私は今から逃げ…っ!「立ち上がっただけで足が縺れたわね…そんな状態で何処に行く気かしら?」…くっ…頼む…」

 

「却下よ…有りのままを見せれば良いじゃない…ライザーが男として、どれ程の甲斐性を持ってるのか確認する良いチャンスだと思わない?」

 

「あのな…私はあいつとそう言う関係になるつもりは無いぞ?」

 

「肉体関係に至ってるし今更だと思うけど…そもそも、ライザーも今では本気で関係を発展させる気は無いんじゃないかしらね…眷属との兼ね合いも有るし。」

 

「……」

 

まぁ、表面上…あいつらとの関係も私は良好だったりはする…ちなみに何処まで本気なのか、何れ私も含めた全員でヤリたいとか言われてたりもする……さすがに御免こうむるが。

 

「ま、とにかく…そろそろ私は行くわね?朝食を持って来るから暴れたりしないで、大人しくしてるのよ?」

 

「……分かったよ、静かにしてるさ…」

 

ま、さすがに今は暴れる体力なんて無いがな…やれやれ…これなら今日も寝てるべきだったか…何でこんなタイミングで起きてしまったんだ私は…



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#105

「…よう、久しぶりだな…」

 

「アンタのそんな姿を見せられるとは思わなかったな…」

 

その日の昼下がり、ライザー・フェニックスがやって来た。…そう言えば、何だかんだ一年以上会えていなかった…ここ最近、コイツはマジで忙しかったらしいからな…

 

「来るなりご挨拶だな、お気に召さないか?」

 

「…いや、状況聞く限りアンタが会ってくれるとは思ってなかった。こうして弱った姿見せてくれるって事は、俺をそんだけ信用してくれる様になったって事だろ?」

 

「……」

 

会いたくなかったが、グレイフィアに会えと言われたから会っただけ…そう言えば良いだけなんだが、何故か…その一言が出て来なかった…が、理由は私も分かっている…

 

(確かに、何だかんだ私は…コイツに対してある種の信用と信頼を向けている…)

 

グレイフィアにもチラッと言ったが、結局その通りなのだ。

 

「嬉しいよ…いつの間にか俺は、アンタにとって…そんな存在になってたんだな。」

 

「……」

 

調子に乗るな、ただその一言が…私の口から出て来ない。

 

「ハァ…そのキザな顔と口調、私に向けなくても良いだろ。」

 

苦し紛れに口に出せたのはそれだけ…で、奴の反応は…

 

「毎日…眷属の女たちに見せてるさ、でもな?」

 

「ん?」

 

「俺は…他ならぬアンタに会って、話をしたかった…」

 

「……そうか。」

 

それを言われて、こっちはどんな反応を返せば良いのか…

 

「やっと仕事が一段落したと思えば、アンタはこんな状態だからな…」

 

「そうだ、少なくともしばらくはお前の相手は出来ん……失望したか?」

 

「いや、久々にアンタに会えて良かった…最近は辛かったからな…」

 

「っ…」

 

不覚にも、奴の浮かべた儚げな笑顔に見蕩れた…どんだけ大変だったんだろうな…

 

「私では無く、眷属に癒して貰えば良かっただろう…」

 

「あいつらは皆、気を使ってくれたさ…妹もな。だが、やはり…アンタに会いたかった。」

 

「私の一体何が、そんなに癒されるんだかな…」

 

コイツと良いアザゼルと良い、サーゼクスもそうか…とにかく私に寄って来る男は、大体こんな奴らばかりだ…正直、訳が分からん…

 

「まぁ、見ての通り…せっかく来て貰っても私は相手が出来ん…」

 

「…話す元気も無いのか?」

 

「…それぐらいは出来るが、私は特に話題は無いぞ?」

 

何せ、しばらく部屋から外に出てないからな…

 

「じゃ、少し付き合ってくれよ…俺の方は色々話題も有る……あ、疲れたら言ってくれ…その時は俺も帰るさ。」

 

そう言って、ベッド横の椅子に腰掛ける…

 

「……見舞い品か?」

 

近くの机に置かれていた果物の入っている容器に目を向ける…ライザーが徐に手を伸ばし、りんごを手に取る…

 

「…良いぞ、食っても。」

 

「…いや、アンタのだろ?小腹空いてないか?せっかくだから剥いてやるよ…」

 

そう言って自分の懐に手を入れ、中から装飾付きの高そうなナイフを取り出した……いや、私は腹減ってるとは言ってないし、何より…

 

「お前、出来るのか?」

 

「…まぁ、見てなよ。」

 

ライザーがゴミ箱を手に取り、自分の膝の上に置く…そのままりんごにナイフを通した……ほう?

 

「結構器用なんだな…」

 

「まぁな…まさか、アンタに見せる日が来るとは思わなかったけどな…」

 

りんごの皮は途切れる事無く剥けて行く…やがて一度もちぎれず、皮は綺麗に剥けた…さて、ライザーは恐らく気付いてない様だが…

 

「剥いてくれたのは良いが、今この部屋に皿は無いぞ。」

 

「!…あ。」

 

やはり気付いて無かったな…やれやれ…

 

「…その状態で貰いに行く事も無いだろ?そのまま持ってろ…」

 

「ん?…っ…。」

 

私は取り敢えずベッドに寝ていた体勢から身体を起こす…横を向き、口を開けて…そのままライザーの持ってるりんごに齧り付いた。

 

「…ん?何だ?」

 

シャリシャリと音を立てて咀嚼していると、ライザーが今まで見た事も無い顔をしているのに気付いた。

 

「……いや、何でも無い…」

 

「…そうか。」

 

私の方もライザーの反応に微妙に困惑しつつも、続けて齧り付く…美味い…どうやら少し喉が乾いていた様だ…そう言えば、水差しも空だったな…食い終わったらライザーに入れて来て貰うか…どうも今はコイツも暇な様だしな…忙しい中、時間作って来てくれた奴に対する対応では無い気もするが…まぁ、動けないものは仕方無いと思う事にしよう…




「…手がりんごの汁だらけだな。」

「アンタの顔もな、今拭いてやるよ」

「……」

「っ!…何を…?」

「何だ…舐めとって欲しいのかと思ったが、違ったか?」

「…いや、アンタが自分からやってくれると思わなかったから驚いたが…悪くない…っ!もう、良い…その、歯止めが利かなくなっちまう…」

「…すまんな、元気なら相手してやるんだがな。」

……ちなみにこの時、ライザーの身体のある部分がしっかり反応していた。…この程度でそうなるとは、眷属ともしばらくシてなかったのか?マジでどれだけ忙しかったんだコイツは…


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#106

ライザーがポケットから取り出したハンカチで私の顔を拭いて行く…

 

「…良し、綺麗になったぜ?」

 

「ああ、すまんな…」

 

「…そう言や、結局何でそんな状態になったんだ…?」

 

「ん?何だ、聞いてないのか?」

 

「…いや、電話した時はあんたに直接聞けって言われてな…まぁ、俺は元々部外者だしな…どうしても話せないってなら別に良いけどな。」

 

「……」

 

ライザーに話す義理はもちろん無い…と言うか、私個人のみの話なら別に話しても良いんだが…この一件はデネブの方の問題も有る…

 

…ま、それでも…正直こっちは煮詰まってる状況だ…出来れば第三者の意見を聞きたい…

 

私自身口にも出したが、現状デネブの心中を本当の意味で理解出来るのは私だけだ…あいつが自力で、本来のらしさを取り戻せるなら…あのまま放っておいても良い…と言うか、その場合は…最早これはお節介なんてレベルじゃないな…

 

……だが、もし…これから先もデネブが何の答えも出せないままだったら…多分次は、本当に洒落にならない何かをやらかす気がしてならない…そして、そうなれば…もう私にも止める事は出来無い…

 

「どうした?」

 

「っ…!」

 

ライザーの声が耳に届き、私は我に返る…取り敢えずライザーに視線を向けると、予想以上に深刻そうな顔をしたライザーの顔が目に入った……こいつ、こんな真面目な顔も出来たのか…

 

「…いや、ちょっと考え事をな…」

 

「……悩み事か?」

 

「ふぅ…まぁ、な…」

 

「…あんたが普段から色々悩む奴なのはもう俺も知ってるけどな、今回はマジで厳しい悩みみたいだな…」

 

「ああ、解決法は見付からない…おまけに、下手に放置出来る問題でも無い…」

 

「そんなにか…それ、あんたの話じゃないな…」

 

「ん?」

 

「あんたの身近な誰かの話だろ?」

 

「……何で、分かった?」

 

本当に驚いた…何故こうも簡単にバレた…?

 

「…普通自分の事って言うのは、ある程度なら放置出来るパターンがほとんどだ。そこまで深刻になる事は滅多にねぇだろ?」

 

「成程な…そうだな、一つ…お前に聞いて貰いたい…」

 

「…相談相手は俺で良いのか?」

 

「事情の知らない第三者に、意見を聞いてみたくてな…」

 

「最早藁をも掴むって感じだな…良いぜ、あんたに相談されるなんて光栄だ…話してみな。」

 

「すまん…」

 

 

 

 

私は今回のデネブとの一件を話した…

 

「あー…そう言う話かよ…ま、突然義務を取り上げられて…なまじ、変に自由を与えられたらどうしたら良いのかは分からなくなったりするよな…ましてや、そいつにとってここは異世界で当然勝手も違う…自暴自棄にもなるよな…ただ、一つ良いか?」

 

「何だ?」

 

「…仮にも殺されかけた相手をそこまで気に掛けるって言うのは…普通なら有り得ねぇぜ?」

 

「ま、そうだな…だが、コレは私の性の様でな…」

 

「…相変わらず面倒な性質だな…ま、その辺は良いか…俺がどうこう言う事じゃねぇしな…で、俺の意見だったか?…意見って言ってもなぁ…俺はもうこの世に生まれた時から道は確定してる様なもんだしなぁ…」

 

「ま、そうだよな…」

 

こいつはフェニックス家の中では三男で、家を継ぐ必要は無い…それでも…

 

「家の為に生きる、か?」

 

「自分で言うのも何だが、デケェ家だからな…俺みたいな奴にも仕事は色々回ってくんのさ…」

 

「成程な「ま、それでも言える事は有るかな」ん?」

 

「あんたにも言える事だけどな、別にあんたやそいつは何の力も無いって訳じゃねえだろ?じゃ、探せば出来る事はなんだって有るだろ…なら、結局それをただ我武者羅にやってみる以外にねぇだろ。」

 

「…そうすれば、何かが見付かると?」

 

「やるだけやって、目標の一つも見付からなきゃ今度は他の事をすりゃ良いだろ…俺もあんたもそいつも…人間と違って不老不死…時間は腐る程有るだろ?」

 

「…結局燻るだけで終わる可能性も有るだろ。」

 

「仮に百年や千年費やしたって、別に無駄にはならねぇだろ?それだって経験の一つにはなるだろ?」

 

「…その経験に意味は有るのか?」

 

「無いって言い切れるか?」

 

「……」

 

言えないな…何十年、いや…何百年と掛かるかも知れないが、確かにいつか…何かの役に立つのかも知れないな…

 

と言うか、こいつこうも色々考えてたのか…

 

「成程な…確かに、面白い意見だった…ありがとう。」

 

「役に立ったなら何よりだ……とは言え、そいつは割と強情な奴なんだろ?」

 

「まぁ、な…」

 

「なら、あんたから言っても…また殺し合いになるかも知れないぜ?」

 

「そうかもな…」

 

次にあいつを怒らせれば、勝つのは私かあいつか…そしてあいつが勝ったなら、私はきっと殺されるだろう…

 

「なぁ?」

 

「ん?何だ?」

 

「…そいつ、デネブって言ったか?」

 

「そうだが「会わせてくれないか」…本気か?下手に刺激したら、ただでは済まないぞ?」

 

「忘れたか?俺は、死なないんだぜ?」

 

「そうだったな…」

 

確かに、こいつにデネブを会わせたらあるいは…何かが変わるかも知れんな…

 

「分かったよ、連絡を取ってみる。」

 

取り敢えず机の上の携帯を手に取ってからふと気付く…

 

「…いや、何故だ?」

 

「ん?」

 

「何故お前がそこまでする?私への点数稼ぎか?」

 

「稼がせてくれるのか?」

 

「…今更だな。少なくともお前は、もうある程度私の好感度を稼いでるぞ?」

 

「そうか「ま、恋愛関係になるつもりは無いがな」…急ぐ気は無いさ…と言うか、無茶をしてあんたの周りの女共を敵に回したら…それこそただじゃ済まないだろうしな…」

 

「…なら、何でだ?」

 

「寧ろ、俺がその女に興味を持ったからだな…」

 

「…デネブを口説く気か?」

 

「まぁ、あんたには悪いとは思うけどな…」

 

私は…仮にそれであいつが幸せになるならそれも有りかと思った…こいつの場合、何だかんだ関わった女を不幸にする事は無いからな……まぁ、こいつは気が多いと言う問題は有るが…一度受け入れたなら暮らしやすいだろう…デネブが正直こいつの眷属と仲良くなれる気がしないと言う懸念も有るが、その辺はこいつの手腕次第と言う気がしないでも無い…

 

相棒のヘレンが幸せを掴もうとしてるんだ…どう言う形であれ、あいつも幸せになるべきだろう……まぁ、押し付け感も凄いんだが。

 

「…いや、あいつが幸せになるなら…それも良い。」

 

「…あんた、結局人の事ばかりだな…」

 

「ま、そうだな…」

 

確かに私は…改めて考えれば自分の事を二の次にするパターンは多い…だが、私はお人好しでは無い…ただ、自分の事に関しては時折希薄になるから…そちらにリソースを裂けてしまうだけだ。やはり歪だな、私は…ま、その辺も…私は結局どうでも良いんだがな。



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