黄金のヒーローアカデミア【二人の王様】 (エヴォルヴ)
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この先、王がいるぞ。だから、黄金律が有効だ。

『素晴らしき王政』
二人の王が行う王政を讃え、旗を掲げ、黄金律の加護を得る。

『ロアジャム』
二人の王が人間でも食べられるようにと、品種改良を行ったロアの実を蜂蜜と煮詰めて作ったジャム。ほどよい甘味と上品な酸味がある。
品種改良しようともロアの実はロアの実。与えるとトレントは喜ぶ。

『復興の遺跡石』
狭間の地を治めた二人が最初に行ったケイリッド復興事業に活躍した遺跡石。人が住めぬ場所に遺跡は要らぬ。人は信仰だけでは生きてはいけないのだ。


 赤い荒野で幾人もの戦士が巨大な英雄に向かって突撃していく。ある者は王家から与えられた大剣を振るい、ある者は壺の体を回転させ、最強に挑み続ける。

 

「甘いわぁあああ!!」

 

「ゲエッ!? もう腐敗から回復したのか!」

 

「もう状態異常効かねぇだろこれ……! 最強の一角め……!」

 

 そして、同じ鉄笠を被り、同じ流浪の装束に身を包んだ少年達もまた、理性を取り戻した最強の一角──デミゴッド【星砕きの英雄ラダーン】と戦っている。

 

「人使ィ! 青聖杯は!?」

 

「もう一本しかねぇよ!! 律は!?」

 

「同じく一本!」

 

「なら突っ込むぞ! 屍山血河引っ張り出せ! 俺も鞭で行く!!」

 

「あいよぉ!!」

 

 人使と呼ばれた少年が銀色の鞭を虚空から二本取り出したと同時に、黄金の月を思わせる瞳の少年──王金律(おうごんりつ)も刃毀れを起こしたような赤い刀を虚空から引き抜く。幾多の人を殺めたであろうその刃は血を求めて妖しく煌めいた。

 

「ラダァァァァンッッッ!!」

 

「うおぉおおおお!!」

 

「来い! 黄金律の王達よ!!」

 

 本来なら腐敗に体を蝕まれ、理性を失い獣のように荒ぶっていたラダーンは言葉を介し、英雄たる者達との闘いを楽しんでいる。これには、律の力──『個性』によるものがある。

 律の個性は母親の異形型個性と、父親の発動型個性が混ざり合い、突然変異した個性。名を『黄金律』。この世界『狭間の地』へと己や他人を呼び寄せる個性だ。発動したのは遥か昔の話で、当時共に遊んでいた友人、心操人使も巻き込んだ結果となっている。

 当時の二人は混乱しながらも狭間の地を何度も何度も巡り、殺し、殺されを繰り返した。繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、八回は優に超える回数黄金律を修復したのだ。その結果、デミゴッド達は全盛期の力を取り戻し、コミュニケーションすら取れるようになっている。

 

「大量出血で気絶しろ!!」

 

「鞭も味わってくれよ!!」

 

 ちなみにだが、狭間の地で個性は使えない。つまり、無個性の状態で化け物を倒さなければならないのだ。

 

「ヌゥウウンッ!!」

 

「ゲボォッ!?」

 

「律ゥッ!?」

 

 そして、全盛期のデミゴッドの強さは凶悪な敵以上。生半可な実力ではただひたすらに死に続けることになる。

 

「まだまだ甘いぞ王よ」

 

「くっそ……ラニに笑われる……! って、重力矢拡散させんじゃねぇよ!?」

 

「おい律、これ……詰みじゃね?」

 

「──ああ、そうだなぁ!!?」

 

 悟ったような表情を浮かべ、二人は迫り来る重力の矢と飛び立ったラダーンを見て叫んだ。

 

 

「「クソボスがあぁあああああ!!?」」

 

 

 その叫びと共に、二人の世界は白く染まった。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 時は飛びに飛んでラダーン祭りの終わり……二人は憔悴しきった表情で豪勢な食事を摘まんでいた。

 

「今年のラダーンフェスティバル……俺らの負けかぁ……」

 

「めっちゃ頑張ったぞ……強すぎんだろ星砕きの英雄……」

 

「落ち込むな、律、人使。今回はラダーンが強かった。それだけだ」

 

「うむ! 来年こそは我らが勝つぞ!」

 

 周りには同じくラダーン祭りに参加していた戦士がおり、思い思いに酒を飲み、肉を食らい、騒ぎ続けている。そんな本来であればあり得ない光景に、更にあり得ない光景が追加される。

 

「つーか、来賓のてめぇらも戦えやゴラァ!?」

 

「律の王よ、それは悪手というものだ」

 

「私達が混ざれば破砕戦争の再来だろう」

 

「正論ッ……!」

 

 設けられた来賓席に、デミゴッド達がいるのだ。あり得るはずがない。だが、世界の律が何度も修正された結果がこれなのだ。最初は黄金律の王である二人でさえ戸惑っていたが、デミゴッド達が何度も挑んでくる(公務をやらせようと連れ戻しにくる)現実を見て、受け入れている。

 

「──さて、ラダーン祭りも終わったことだ。王としての責務を果たしてもらおうか?」

 

「ヒエッ……」

 

 瞬間、ガッチリと四本の腕で律の体が拘束された。彼を拘束した張本人は薄い笑みを浮かべ、律の逃げ道を塞いでいる。魔術を行使して擬似的な封牢すら作り出している時点で、彼女の本気度を感じ取れてしまう。

 

「嫌だ! 俺は、俺達はまだ中学生だぞ!?」

 

「千年はここにいるだろう?」

 

「助けてブライ──って居ねぇ!?」

 

 何かを感じ取ったらしい四本腕の女性──【魔女ラニ】の臣下であり律の友である【半狼のブライヴ】はいつの間にか消えていた。

 

「人使ィ! 助けてぇ!?」

 

「ふっ、悪いな律。俺は先に失礼──」

 

「あなたもやるのよ」

 

「うぉおおお!?」

 

 律を生け贄として逃走を図ろうとした人使は、片目を閉じた黒髪の女性に捕らえられる。彼女は【メリナ】。二人を導き続けた巫女であり、人使の秘書兼女王である。

 ちなみに、二人は一度だけメリナに生きてほしいと願い、狂い火を宿したことがあった。その時、全力でガチギレされたこともある。

 

「暴れるなよ、私の王」

 

「暴れないで、私の王」

 

「「嫌だー! 公務嫌いだー!!」」

 

 バタつく二人を引き摺るようにして霊馬トレントに乗せ、魔術を行使する二人。哀れ若き王。そんな思いで見ていた褪せ人や壺男やデミゴッド達は、ふと、不思議な気配を感じ取った。まるで、こちらの世界と別の世界を繋ぐような、引き戻そうとしているような、そんな気配を。

 

「……あ?」

 

「……お?」

 

 もちろん、この世界の王である二人も気付いている。

 

「……人使、これ……」

 

「ああ。これ、あれだな」

 

 忘れるはずもない。この世界にやってきた時と同じような空気。空が輝き、地が揺らめき、何かを元に戻そうとする黄金律の力が発動している。

 このようなことは何度もあったが、今回は規模が違う。本来なら部外者だったはずの二人を、この世界から引き抜こうとしているのだ。もちろん、エルデンリングは王を守ろうとしているため、綱引き状態。

 

「何度もあったけど、今回は特にだな……」

 

「だな。どうする?」

 

「……そうだなぁ……」

 

 戻るのか、留まるのか……選択を迫られる日がやってきた。帰られるなら、帰りたい。だが、ここに居たいという思いもある。

 両親が共働きだったため、律はいつも一人だった。洗脳という個性が発現したために、人使は一人だった。だが、この世界でなら一人ではない。友と呼んで慕ってくれる者達が、愛してくれる人がたくさんいる。この世界から出たら、またお互い一人になるような気がした。

 

「人使は? もうちょい居たいなら付き合うぞ?」

 

「お前こそ。……てか、個性なんだから発動すればまた戻れるだろ?」

 

「分からねぇぞ? こんな世界に吹き飛ばす個性だし」

 

 自分が発動した個性だが、もう戻ってこれるかも分からないのだ。千年もいれば、愛着だってある。二度と暖かい場所に戻れないかもしれないと思えば、遠くに見える歪みへと飛び込めなくなる。

 そんな躊躇を感じ取ったのか、言いにくそうにラニが口を開く。

 

「────律、言っていなかったが、お前の力は凄まじいものとなった。だから、向こうに行っても、こちらへの入り口を維持できるはずだぞ」

 

「えっ」

 

「それと、個性? はもう別物となってるはず。あなたも、人使も」

 

「「え、何それ聞いてない」」

 

 トレントの上で縛り上げられた二人が同時に口を開き、間抜けな表情を見せる。なぜそれを言わなかったと言わんばかりに首をかしげている二人を見て、メリナは溜め息を吐いた。

 

「二人共、私達を見た瞬間逃げるから、言えなかっただけ」

 

「「申し訳ありませんでしたァッ!!」」

 

 鍛え上げられた律の筋力99と、人使の技量99から繰り出される華麗? な脱出&土下座。綺麗過ぎて逆に反省の色を感じさせない。

 

「……世界が、必要としているのかもしれないな」

 

「世界が?」

 

「求めている?」

 

「お前達をだ」

 

 この時のラニの予想は当たっていた。エルデの王となった律の個性は、個性であって個性ではなくなっている。絶望的な世界の危機に対して起動するカウンター個性。狭間の地が修復された今、元の世界の危機に反応して個性が発動しているのだ。

 

「世界の危機と言えば……マレニアの癇癪腐敗ばら撒き作戦レベルか?」

 

「いや、モーグの酒の勢いニーヒルかもしれない」

 

「止めて、デミゴッドのライフはもうゼロよ」

 

 真面目な表情で世界の危機を考察するたび、デミゴッド達の精神に深い傷が生まれていく。ちなみに、狙ってやっているのではなく、真面目に考えている。

 そうこうしている間に、律と人使の体を引っ張る力が強くなり、空間の歪みが大きくなっている。数秒顔を見合わせた二人の王は、ニヤリと笑った。

 

「楽しそうじゃねぇか人使」

 

「律もな。……行こうぜ、その危機とやらを見にさ」

 

「なら、公務はちょっとお預け──ってはならねぇよな……」

 

 ラニとメリナからそっと渡された紙束に溜め息を吐いた律と人使は、文句を言わずに受け取って、鉄笠の紐を締め直す。

 旅立ちの時だ。誰が言うでもなく、赤獅子城に集まっていた勇者や騎士、デミゴッド達が立ち上がって各々の武器を天に掲げた。

 

「王の出陣である! 勝鬨を上げよ!!」

 

 星砕きの英雄ラダーンが己の武器を掲げて叫ぶ。

 

「「「黄金律あれ!!」」」

 

 それに続いて誰もが口を揃えて叫ぶ。あまりそういった激励を好まない二人ではあったが、この時だけは嬉しく思って笑う。そして──己の女王に目を向けて左手を見せる。

 

「んじゃ、ちょっと行ってくる!」

 

「ああ。……そのうち呼んでくれ」

 

 青白い彼女の言葉に律は頷く。

 

「……じゃあ、またなメリナ」

 

「うん。またね」

 

 暖かい火のように微笑んだ彼女の言葉に人使ははにかむ。

 

「トレント!」

 

「ブルルッ……!」

 

 二人を乗せたトレントが気合の入った鼻鳴らしを行い、力強い加速を行って歪みに突っ込んでいく。それに合わせて二人の王の視界が白一色に染まり、視界が回復した時──

 

 

「「────地図の断片探さなきゃ」」

 

 

 狭間の地にあまりにも慣れ親しみすぎたせいで、定着した思考が言葉として飛び出した。それでいいのか王様。

 これからどうしたものかとぼんやりと空を眺めている時、律は思い出したように手を叩いた。

 

「そういや狭間の地に千年はいたよな?」

 

「おう」

 

「こっちでも千年経ってるとするじゃん?」

 

「……おう」

 

「……住む場所……なくね?」

 

 冷たい風が、真顔になった二人の頬を撫でる。

 

「野宿だな?」

 

「野宿だな。……幸い火には困らない」

 

 そもそも体温低下で死ぬことなど、褪せ人である二人にとってあり得ないことではあるが、一種のパニック状態に陥っている二人は思いもしない。

 

「食料も腐るほどある」

 

「…………家を作るか!」

 

「それだ」

 

 違う、そうじゃない。

 

「材料は?」

 

「腐るほど集めた遺跡石先生だろ。ケイリッドの復興にも大活躍だった大先生だぞ」

 

 王となった二人は最初、人が住めない場所に遺跡はいらねぇと言わんばかりに遺跡石を集めた。そしてそれを建設業に利用して住む場所を確保していた。ケイリッドの腐敗をどうにかするのも課題ではあったものの、住む場所がなければ復興も糞もなかったためである。

 食料は蛮地から肉類を、ならず者からカニ肉やエビ肉を大量に仕入れ、ロアの実をどうにか食べられるように品種改良など、何度も何度も死ぬレベルで労働環境を整えてきた。二人の王が初代王ゴッドフレイことホーラ・ルーよりも支持率が高い理由はそこにある。

 

「建てる場所は?」

 

「山奥だろ。不法建築にはなるけど、背に腹は代えられない」

 

「んじゃあそうするとして──」

 

「か、火事だ──!?」

 

 二人が建築会議をしていると、誰かの叫び声が聞こえてきた。女性の叫び声だ。どこかと探して体を動かしていると、何かが焼ける臭いが鼻を付く。

 

「……危機ってこれか?」

 

「規模が違うだろ」

 

「そりゃそうか」

 

 個性などという超常現象が当たり前である世界で、火事程度が世界の危機に直結するわけがない。

 

「それはそうと、行く?」

 

「まぁ、行くだろ」

 

 困っている人は見逃せない。それが人の姿をした化け物だったとしても、人助けは二人にとって当たり前であった。そうでなければエルデの王としてデミゴッド達から支持されることはないだろう。

 

「消火作業用に砂を用意しろ!」

 

「山ほどあるんだよなぁ……」

 

 いつの間に準備していたのかバケツに入った大量の砂。それを虚空から取り出した荷車にどんどん担ぎ込み、トレントとエルデの王二人の共同プレイで現場へと運んでいく。

 人力&馬力の速度とは思えない速度で現場へと突き進む二人と一頭。そんな光景を野次馬の誰もが目撃し、驚愕した。

 

「そこのけそこのけ霊馬が通りますよっと」

 

「よーし、律、砂をかけろ!」

 

「はいよぉ! ──そーれ!」

 

 唐突に現れた鉄笠二人組による消火活動に、誰もが困惑の表情を浮かべる。

 

「ワーッショイ!」

 

「ソーラサァ!」

 

「ヨーッコイセー!」

 

 そんな消火活動を続けること約数時間。消防車が来た頃にはほぼ完全に消火が完了していた。大炎上していたはずだが、どうやって砂だけで消火したのかとか、野暮なことは聞いてはいけない。

 

「……砂で消火?」

 

「はい」

 

「大火事だったのに?」

 

「はい」

 

 消火活動をしに来た消防隊やヒーローに大困惑されている王様二人。一応砂での消火は一部を除いて効果的ではある。消火器がない場合は実践してみるのもいいだろう。その前に消防へ連絡は必要だが。

 

「個性を使用してないよね?」

 

「もちろん。砂だけですよ」

 

 無論、嘘である。荷車もバケツもトレントも一応律の個性から派生したものだ。

 

「……まぁ、嘘は言ってないみたいだし……君達名前は?」

 

「王金律です」

 

「心操人使です」

 

「…………王金と、心操……? ──────もしかして行方不明者の……!?」

 

「行方不明?」

 

 はて、と首をかしげる二人を他所に、ヒーローや消防隊、警察などの動きが騒がしくなっていく。騒がしくなってきたなぁ、家をどこに建てようかなぁ、と空を見上げていた律と人使は事情聴取を行っていた警察官に声をかけられる。

 

「ちょっと署まで来てくれるかい?」

 

「「傀儡にはしないでください」」

 

「傀ら──!? しないしない! ちょっと戸籍とかを確認するだけだよ!!」

 

「「あ、それなら大丈夫です」」

 

「君達、息ぴったりだね……」

 

 こうして、狭間の地から凱旋した王二人の始まりは、なんとも締まらないものとなった。

 

 

 

 

 




ぶっ飛んでいるのはいつものこと。トンチキキング、いざ参らん。


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犬……? この先、友人があるぞ。

『勇者の寄せ鍋』
蛮地から仕入れた肉塊をぶつ切りにして、カニやエビと共に香草などで煮込んだ鍋。一時的に冷気に耐性を持つ。
燻製だけでは味気ない。友と、家族と共に鍋を囲むといい。

『星条旗の槍』
かつて、黄金律の王がアメリカで叔母から贈られた旗を槍に巻き付けたもの。無骨な槍に巻き付けられた星条旗は叔母の力によって破れない。
戦技は『新たな秩序を』。星条旗を掲げ、一定時間の加護を得る。


「────それで、君達は……」

 

「何度も言うように、狭間の地に吹っ飛ばされました」

 

 警察署にて、王二人は数日に渡って取り調べを受けていた。内容としては今まで何をしていたのか、何があったのかを重点的に取り調べられていたのだが、話した内容を見直した警察官は頭を捻る。

 

「その、狭間の地というのは?」

 

「狭間の地は狭間の地としか……」

 

 実際そんな感じだ。あの世界を言葉で言い表せる者がいるとすれば、それは知らないだけか、世界の全てを知り尽くした者だろう。偉大な師である者達に片っ端から魔術や祈祷などを学んだ二人ですら分からない。

 

「行ってみます? 多分数秒であの世への片道切符貰えますよ」

 

 狭間の地は侵入者に容赦をしない。エルデの王が共にいるのであれば別だが、他の人間が来たのであれば即刻兵士や戦士がやって来て殺されるだろう。

 

「おい律、マジだとはいえ、もっとオブラートにだな……」

 

「遠い記憶で虚言は犯罪になると聞いた」

 

「それならしゃあないな」

 

 事情聴取を執り行っている警察官の個性、『虚偽発見』が反応しない。この個性は相手に真実のみを自白させるというもので、嘘は言うことができない。

 だから、この二人が話していることは真実なのだが……納得できない。なぜなら、彼らの話は荒唐無稽で夢物語ではないかと思うものばかりだったのだ。

 

「うーん…………とりあえず質問は終わりにするよ。前も言ったように、身元がちゃんと判明するまで待機してもらわないといけないけど、いいかな?」

 

「問題ないです」

 

「むしろラッキーです」

 

「──分かった。じゃあ仮眠室に案内するよ。付いてきて」

 

 警察官の誘導の下、仮眠室に向かった律と人使は、今後の方針をどうするべきかを考えていた。

 まず、住む家がないということ。人間は衣食住が揃ってやっと人間となれる。一つ欠けただけでそれは獣と変わらないのである。次に稼ぎがないため、生活の基盤を確保できない。生活保護を受けようにも行方不明だった自分達は、もう死亡として判別されているだろう。そうなってくると保険も加入できないのだ。

 

「どうするかなぁ……」

 

「まぁ、なるようになるとしか言えねぇわな」

 

 どんな場所であっても生きていける褪せ人のキャリア千年は伊達ではない。祝福さえあれば彼らは生きていける。

 

「……とりあえず公務やる?」

 

「……だな……」

 

 どさりと置かれた紙束を見て、同時に溜め息を溢した二人。千年生きていても公務は苦手である。

 

「えーと……作物の収穫量の推移は……あれ、結構多いなぁ。去年どんくらいだっけ」

 

「去年は麦が病気で減ったな。品種改良を進める必要性を問われたはず」

 

「ああ、そうだったそうだった。うーん……品種改良かぁ……黄金麦……寒さに弱いんだっけ……」

 

「巨人の釜の近くにある麦の仲間は比較的寒さに強い。あれをどうにかして交配させれば……」

 

「そこは追々かな。次! 人口……あ、ツリーガードの人第二子生まれたって」

 

「なぬ……そろそろ育休出してやらねぇとな……」

 

 エルデの王の仕事は多岐に渡る。地上から地下世界の住民まで保護し、万民共通の言語や学習、法律を浸透させること。公務で各地に飛び回ることもある。二人にとってフィールドワークは得意分野ではあったが、狂暴な野生動物に襲われることは慣れない。

 羽ペンで書類にサインを書きながら、要確認の書類は省いていく。苦手だが、やらなくてはならなかった公務。裏方作業が得意だったモーゴットや、書類によく触れているカーリア学院学長のセレンなどに教えを乞いながら行っていた頃が随分懐かしく思えた。

 

「ライカードに法律のこと、また教えてもらわなきゃ……」

 

「法律関係面倒だよなぁ……」

 

 王であってもできないことはある。なので、二人はできない部分をデミゴッド達に任せることにしている。

 

「戻るにしても、色々確認してからだな」

 

「だな。……こっちの作物の種土産にしようぜ」

 

「天才か?」

 

 もはやこの世界ではなく、狭間の地が実家となってしまった二人。子供はいないが一応既婚者である二人は、自分の女王に想いを馳せ始める。

 

「ラニに会いたい」

 

「同じく、メリナに会いたい……」

 

 狭間の地から出て数日も経っていないというのに、ホームシックのそれに陥っている。なんだかんだ言っても、一番近くにいて支えてくれた者は大事なのだ。家族の大切さは失ってから気付くとは言うが、彼らの場合離れて気付いた。もちろん、あの場所にいた時も公務以外の時間は一緒にいたし、仲のいい夫婦である。

 つまるところ、二人揃って嫁バカというか、超が付くレベルの愛妻家なのだ。

 

「帰りたい……」

 

「分かる……」

 

 虚ろな瞳で書類を整理し終えた二人は、虚空から熱々の鍋を取り出して器に盛り始める。香草などで煮込んだ肉や野菜に舌鼓を打っていると、仮眠室のドアが開かれる。

 

「やぁ、君達が王金律君と心操人使君かい?」

 

「ん──!?」

 

「はい──!?」

 

 入ってきた存在を見た瞬間、二人は臨戦態勢に移行する。ネズミのようにも、犬のようにも見え、二人を警戒させるには十分な気配を持っていた。

 

「そう警戒しなくてもいいのさ! 僕は君達と話をしに来ただけだからね」

 

「……亜人か……?」

 

「ボックの仲間……ではねぇよな」

 

「そのボックが誰なのかは知らないけど、君達の味方さ」

 

 その言葉で若干警戒を解く。しかし若干である。いつでも飛び掛かれるように二人は左手にタリスマンを持って器用に半歩下がった。その動きは洗練されており、雄英高校の校長である根津は心の中で感嘆の声を上げる。

 

(見事なまでの動き……中堅──いや、ベテランのプロヒーローでも警戒されていることに気付かないかもね。これは逸材なのさ!)

 

「それで……そちらのドア向こうにいらっしゃる人は……?」

 

「──気付いたのかい?」

 

「まぁ、それだけ気配があれば誰でも気付くかと……」

 

 特に律は個性の影響で歪んだ気配に敏感である。本来なら歪みを完璧な黄金比に整える個性だったのだ。……突然変異を起こしてそんなものではなくなっているが。

 

「そうかい。……もう入ってきていいよ八木君!」

 

 根津の言葉で入ってきた男性は、律や人使の目に恐ろしく歪んで見えていた。まず体。栄養不足なのか血の巡りが悪そうな肌。これでは神肌剥ぎの連中も忌避するだろう。次に重心が微妙に左側を守る形となっている。大怪我をしていると暗に主張しているようなものだ。そして最後に──

 

「なんっ……はぁっ……!?」

 

「気持ち悪っ……!? なんでそんな気配が……!?」

 

「えっ、何……!? 君達から見て私どんな風に見えてるの!?」

 

「「気配が八つ。継ぎ木みたいな感じ」」

 

「──!!」

 

 八木と呼ばれた男性は驚愕の表情で顔を強ばらせる。そう、二人の目に映った八木は、八人の気配が宿っている。気配は本来一人につき一人だというのに、この男は八人の気配が一人の体に宿っているのだ。そんな状態、あり得てはいけない。

 

「ゴドリックよりかはマシ……ではあるけど……どうすればこうなるのさ……」

 

「い、いやぁ……色々あってね……」

 

「で、あんたら二人は何を聞きに来たんだ?」

 

 千年も生きていれば記憶が磨耗しているため、仕方がないとはいえ、雄英高校の教師とトップヒーローがやって来た理由は律の家庭環境にあった。

 

「まずは落ち着いて聞いてほしい。律君、君のご両親は敵に殺されている」

 

「あー……そうなんですね……なんとなくは知ってましたけど」

 

 一応家族の記憶はあったため、少し残念ではあったが……律はほんの少ししか残念としか思わなかった。肉親ではあるが、大切な家族が狭間の地にいるためである。死に続ける中で寄り添ってくれた人と、仕方がないとはいえ一緒にいなかった両親──どちらに天秤が傾くのかは明らかだった。

 

「──あまり動じていないね?」

 

「まぁ……向こうで大事な人もできましたし……」

 

「向こう……というのは、狭間の地という場所かな?」

 

「ええ、まぁ。人使もそうですよ。どっちも既婚者です」

 

 ハイスペックという個性が発現している根津でもそれは予想外だったのか、一瞬硬直する。

 

「君達……年齢は?」

 

「飛ばされた当時は中学一年でしたね。今は千歳突破してます」

 

 冗談とは思えない声音での発言。事実を話しているだろうと仮定して、根津は話を進めることにした。

 

「今日、君達と話をしようと思ったのは、君達の生活を保護しようと思ったからさ!」

 

「……見返りとして俺達に何を求めるので?」

 

「随分頭の回転が早いね」

 

「そりゃあ、あんなところにいれば思考速度も早くなりますよ」

 

 アンバサ戦士、魔法戦士、狂い火ビルドなど、近接攻撃は武器で行って遠距離攻撃を魔法や祈祷で行うスタイルで狭間の地を駆け抜けてきた二人。並列思考や、戦いながら目まぐるしく変わる状況を瞬時に対応することなど当然である。また、律と人使の知力は99。磨き上げられた思考力で、根津が何を求めているのかを弾き出す。

 

「考えられるのは三つ。一つは俺達への首輪。化け物を繋ぎ止めておきたいからってのと、強大な力による抑止力的効果を期待している。一番確率が高いな」

 

「二つ目はそこの歪な人を治すこと。負傷してから凄い時間が経ってるから、これはあんまり有力じゃあない」

 

「んで最後……一番ありえないけど、俺達を純粋に助けようとしてくれている。ただ、これだとあんたらに俺達のような戸籍不明を抱え込むメリットがないから有力じゃないね」

 

 二人の予想は大体当たっている。正解としては一つ目と三つ目を合わせた形となるが。彼らの力が敵達に知られることになれば、確実に首輪を付けようと目論むだろう。その前に雄英で保護したいという考えであった。

 余談にはなるが、律の父方の叔母は現在アメリカでヒーローとして絶賛活躍中である。彼が見つかったとなればすぐにでも日本に来日してくれるだろう。オールマイト並みに行動力に優れている。

 

「大方正解なのさ。……包み隠さず言うと、君達の安全で健全な生活を守るためにも、雄英に来てほしいのさ」

 

「その代わり、力を貸せと?」

 

「子供に力を借りるなんてことにならないように僕達教師はいるのさ! ……それで、来てくれるかい?」

 

「俺はいいですけど、人使は? 両親はまだ存命でしょう?」

 

「存命ではあるけど、死亡届けを撤回するまで時間がかかるんだ」

 

「面倒だなぁ……」

 

 二年間行方不明だった二人は死亡したことになっており、それを撤回する手続きには時間がかかる。その間、彼を守るための措置。それを把握した人使はゆっくりと首を縦に振った。

 

「そういうことであれば。……今日からそちらにお邪魔する形……で、いいんですよね?」

 

「そういうことになるね」

 

「じゃあさっさと行きましょう。ここも中々いいんですけど、いかんせん祝福がない」

 

 褪せ人にとって祝福がないのは死活問題なのだ。

 

「「祝福がないと呼べないしなぁ……!」」

 

 それ以上に女王と会えないというのは、彼らにとって凄まじい負担である。

 

「呼べないというのは?」

 

「「俺の女王」」

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 時と場所は変わって狭間の地、王都ローデイル。復興が進み、人の往来が激しくなった輝かしき王都で、ただひたすらに虚空を見つめる二人の女性がいた。

 

「……はぁ」

 

「……三日も会ってない……」

 

 何を隠そうエルデの女王ラニとメリナである。エルデの王二人が向こう側に向かった後三日でこの状態となった。平たく言えば王ロス状態。律と人使がなんだかんだ言って二人に会いたがるように、彼女らもまたそんな感じになっている。

 

「……あのー、モーゴット様……女王陛下のお二方は一体……?」

 

「……王がお呼びにならないことに少々ショックを受けている」

 

 ローデイルの騎士の一人がモーゴットに問い、モーゴットはそれに答えた。ラニやメリナが窶れているように、他の生き生きしていたデミゴッド達も少々窶れている。モーゴットもその一人であり、なんだかんだ言ってしっかり公務を行っていた二人の代わりを務め、疲弊していた。

 

「王かぁ……律様と人使様のことだよな? 俺、謁見したことないんだよなぁ」

 

「ああ、お前は最近入った新入りだからな。会ってないのも当然か」

 

「お忍びでストームヴィル城の祭りに来てたりはしてたらしいけど、お目にかからなかったんすよね」

 

 廊下を歩く騎士達の中でも若い衆がそんなことを話す。お忍び(擬態のヴェール)でこっそり祭りに参加していたりする王二人は国民から親しまれ、愛されている。

 曰く、超が付くレベルの愛妻家、女王とは超ピュアなお付き合いをしている、王と女王の鬼ごっこはローデイル名物であるなど、あれこれ知られており、彼らがどれだけ親しまれているかが分かるだろう。

 

「……お? あそこにいるのは……貴腐騎士の方々か?」

 

「赤獅子の方々もいるぞ? なんだ、喧嘩か?」

 

 雑談をしながら歩いていた騎士達の視界に、狭間の地には円卓に席を置く騎士団が複数存在する。その中でも一目置かれているのが貴腐騎士団と赤獅子騎士団だ。デミゴッド【幼き神ミケラ】、【ミケラの刃マレニア】と【星砕きの英雄ラダーン】がそれぞれ率いる騎士団であり、どちらも覚悟のキマり方が違う。

 そんな騎士達が一触即発の空気を纏って対面しているのだから、誰もが警戒する。そんな状況の中、赤獅子騎士が口を開いた。

 

「今年の建国祭だが、飾り付けはどうするつもりだ?」

 

「昨年はローデイルの黄金騎士達が黄金をお題にしていた。だから今年は花をお題にする」

 

「予算は?」

 

「そこが問題でな。騎士団の旗を模した花火を打ち上げたいのだが……」

 

 ああ……と、周囲の人間が納得する。毎年行われる建国祭などの一大行事は騎士団やデミゴッドが主導で行う。基本はエルデの王である律と人使が率先して行っているが、今年は王二人が不在の可能性があるのだ。だから、くじで当番を引き当てた貴腐騎士団と赤獅子騎士団が先導しているのだが……

 

「「「律様と人使様はどうやって予算を遣り繰りしていたのだ……!?」」」

 

 復興はほぼ完了したとはいえ、破砕戦争の傷跡は未だ各地に残っているため、祭りに使える予算はあまり多いとは言えない。そんな予算で律と人使は国民全員が楽しめるようにしていた。偉大なり、我らがエルデの王──騎士団達や国民の支持率がまた上がった瞬間である。

 その時であった。ローデイルの中心にある黄金樹が淡いながらも強く輝いた。

 

「ん?」

 

「黄金樹……?」

 

「……確か、こういう反応は……王か女王が外に出た時だったよな……? 転移したり、呼び出されたり、デートに行ったりする時の」

 

「「「………………」」」

 

 数十秒の沈黙。

 

「「「よし、仕事再開!!」」」

 

 そして復帰。できる騎士達は今日も頑張っている。

 

 

 

 




ラダーンって全盛期のオールマイトと真正面から殴り合いできそう。


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おお、恋人。おお、恋人。

『鎮め火の指輪』
エルデの王、人使がその伴侶に贈る指輪。暖かい生命の火が宝石の中で揺らめいている。
誰よりも寄り添ってくれた人への、精一杯の贈り物。我が火よ、伴侶を守りたまえ。


 雄英高校には四つの学科が存在する。

 一つはヒーロー科。プロヒーローを目指す者が入る学科であり、倍率は驚異の三百倍。狂気すら感じる。

 二つ目はサポート科。ヒーローが扱うサポートアイテムの作成や、そのために必要なライセンス取得を目指す学科だ。

 三つ目は普通科。特筆するものはないが、進学率及び就職率は結構高い。

 四つ目は経営科。簿記などの経営に関係することを中心に学ぶ学科である。

 以上の学科全ての説明を、口頭と書類で聞いた二人の王は息を吐く。

 

「カーリア学院とここまで違うか……」

 

「そもそも教本も違うしな……要点だけ纏めろよ教本……」

 

 狭間の地最大の学院であるカーリア学院の教本──スクロールは無駄な時間を省くために、要点のみを分かりやすく纏めている。魔術も祈祷も時間は有限なのだ。

 

「とりあえず理解したか?」

 

「ええ、なんとなくは。お時間を使っていただき、ありがとうございますイレイザー・ヘッド」

 

「何も知らないお前らを指導しないのは、合理的じゃないからな」

 

 説明をしてくれたヒーローに頭を下げる。彼は合理主義の権化であるイレイザー・ヘッド。個性は見た者の個性を消し去る『抹消』……強い個性ではあるが、彼のドライアイ体質がもったいなさを強めてしまう。

 その分を補っているのが卓越した対人戦闘の巧さ。人使のメイン武器であるホスローの花弁などの鞭のように自由自在に捕縛布を扱う彼は、エルデの王をして正面から戦いたくないと思うのだ。

 

「……俺らはヒーロー科に入らないとダメですかね」

 

「まぁ……今後も狭間の地とやらに行くのであれば必要だ。個性の無断使用は犯罪だからな。……それに、虚空から取り出す武器の数々だって銃刀法に引っ掛かる」

 

「ですよね。……あ、イレイザー・ヘッド。今後のカリキュラムに狭間の地での授業を入れるのはどうですかね?」

 

「……メリットはあるのか?」

 

「まぁ、個性が使えなくなりますから、幅は広がるかと。……通形先輩なんて特に」

 

「おい、いつ通形と会った?」

 

「「ついさっきの休憩時間ですね!」」

 

 雄英高校ヒーロー科二年生、通形ミリオに出会った二人は、彼の可能性に目を輝かせていた。鍛え上げられた肉体と、応用、予測能力は目を見張るものがある。狭間の地で鍛えれば更に強くなってくれるだろう。

 

「筋力25は堅いぞあれ」

 

「技量は30と見た。人間としては凄まじいものだぜ……!」

 

「お前らも人間だろうが」

 

 イレイザー・ヘッドこと相澤消太が知るよしもないが、二人はもう人間としての範疇をトランポリンで飛び越えている。なので視点も人外視点なのだ。

 

「ここに冷たいグレートソードと炎のグレートソードがありまして……」

 

「こいつ二刀流でブンブンしますよ」

 

「そりゃ人間業じゃねぇな……」

 

「でしょう?」

 

 あり得ない重量を見ただけで物語る巨大な剣──グレートソードを見た相澤は溜め息を吐く。

 

「とりあえず却下だ。得体の知れない場所で訓練をやらせるほどイカレちゃいねぇよ」

 

「そうですか……」

 

 心底残念そうにしている律と人使は、貸し与えられた一年A組の教室……誰もいない教室の一角、二人にしか見えない黄金の揺めきを見て笑みを浮かべる。

 そう、何を隠そう祝福が教室にあるのだ。狭間の地の各地に点在する祝福。もちろん地球には存在するはずがないものだが、律が出入口を用意している間はこちらにも祝福が現れる。これには褪せ人の二人もにっこり笑顔。

 

「あー、王金、心操……お前らの視線の先に何かあるのか?」

 

「あ、イレイザー・ヘッドには見えませんよね。祝福」

 

「ああ。お前らがなんでそこまで祝福とやらにこだわるかも分からん」

 

「まぁ、そりゃあそうでしょうよ」

 

 祝福は狭間の地に住む者にしか喜ばれないし、見ることができない。メリットは感じないだろう。

 

「極論を言うと、俺達は祝福さえあれば生きていけます。食事は娯楽です」

 

「……ランチラッシュの指導がありそうな話だな」

 

「そんな我々、あるものがないと精神崩壊を起こします」

 

 精神崩壊と聞いて相澤が身構える。保護観察中の人間が精神を崩壊させたとなれば、どんなことをしでかすか分からない。警戒しながら次の言葉を待っていると、

 

「「嫁に会えないのは死活問題ですからね!」」

 

 すっとんきょうな答えが飛び出してきた。

 

「嫁……?」

 

「あ、存じ上げてません? 俺達既婚者で──」

 

「それは聞いてる。なぜ嫁とやらに会えないのが死活問題になる?」

 

「単純に会えないのが苦痛になるのと、王は女王がいてこそですので」

 

 神人の伴侶が王となる。遥か昔から狭間の地に伝えられる伝承だが、律と人使もその例から外れない。そもそも二人は元々人間であって、デミゴッド達とは根本的に違うのだ。女王が傍にいなければ力の半分も出せないのである。……半分以下であっても普通に武器を振り回せる時点でデミゴッド達となんら変わりはないが。

 

「まぁ、最大限の力を発揮するには、女王がいないといけないわけですよ」

 

「狭間の地だと大体いつも一緒だったんで、分からなかったんですけどね」

 

 現在の二人のステータスはオール50~65といったところ。ラダゴンの爛れ刻印や、伝承タリスマンで底上げはしているため、大体70前後である。頭がおかしい。

 

「……お前らの嫁とやらは……」

 

「「強いですよ」」

 

「だろうな」

 

 ローデイル名物『エルデの王の鬼ごっこ』の勝者は、大体女王であるラニとメリナだ。王自身、捕まえてほしいのか速度はそこまで出していない*1ため、捕まってしまうのだが……それでも化け物じみた拘束能力だろう。

 

「というか会えないだけで苦痛になるのか?」

 

「一度過剰なまでの愛情与えられてみてくださいよ、脳が溶けます」

 

「パーンてなりますよ、頭が*2

 

 愛情とは少量でも人を溺れさせる劇薬である。片や両親が共働きで、幼少期から両親が家にいなかった律。片や洗脳という個性が芽生えたせいで友人だった者が離れていった人使。辛い思いをしてきたからこそ、彼らは溺れに溺れた。繰り返すが、無償の愛情とは依存率百%の劇薬なのだ。

 

「お前ら大丈夫か?」

 

「正常な状態で最初期の狭間の地なんて歩けませんよ!」

 

「倫理は捨てるものです」

 

「捨てるな、拾っとけ」

 

 ヒーロー云々の前に倫理観の授業が先なのではないかと思う一方で、二人の動きがどんな状況であっても戦うことができる動きになっていることに相澤は、ほう、と心の中で呟く。

 

(おちゃらけているのは相手の神経を逆撫ですることでの逆上を狙っているわけか……目はこちらを見ているようで、合わせてはいない。王金の個性はともかく、心操の個性は『洗脳』……逆上して我を失った相手なら知っていても倒せてしまう初見殺し。並列思考とフィジカルもプロ並みかそれ以上……金の卵ならぬ金の鳥ね……)

 

 見込みのない生徒を全員除籍にした相澤だが、それは彼なりの優しさからくるものである。天災、敵、二次災害などの理不尽は当たり前、助けられなかった市民の遺族の罵声や隣にいたヒーローの死……自分は明日を迎えることができないかもしれないという恐怖を押さえ付けて、ヒーローは人を、命を守る仕事なのだ。

 

 常にピンチをぶち壊していくもの、なんて言えるのはトップヒーローだけ。綺麗事を実践するのがヒーローだが、どれだけ頑張っても救えない命がある。理不尽と常に隣り合わせの状況に折れる者だっている。なら折れる前に、理不尽に奪われるくらいならと、心を鬼にして彼は全力で折りにいく。

 

 そんな彼から見たエルデの王は、理不尽を知り尽くした顔に見えた。狭間の地でどれだけの理不尽と戦ってきたのか、その手から溢れたたくさんのものを置き去りにして、泣きたくても泣けない、泣いている暇なんてないと自分に言い聞かせて進んできたのか、想像するだけで目眩がする。『見込みあり』、なんて言葉では到底言い表せないものが、二人の王にはあった。

 

「……今は四月中旬か」

 

「? それがどうかしましたか?」

 

 ならば導こう。この王様が更によりよい王様になれるように。こちら側で学ぶことが少なかろうと、それが教師である自分達の役目なのだから。相澤はニヤリと笑い、口を開く。

 

「これから来年の入学式まで、徹底的に学ばせてやる。王様なら一般教養はもちろんのこと、経営にも携わるよな?」

 

「なんとなく話が読めたぞ……?」

 

「察しがいいな。君達二人には一年間、授業カリキュラムを全て学んでもらう」

 

「「最高かよ雄英!!」」

 

 全ての授業が受けられるなんて、と大喜びする元中学二年生。カーリア学院の卒業生(学長のセレンの直弟子のため)二人にとって、相澤の提案は願ってもない申し出だった。魔術、祈祷、戦技など、学べるものは全て学んだ彼らは知識欲の塊なのだ。竜贄祈祷だろうが源流だろうが学べるものは全て学んできた二人の知的好奇心は留まることを知らない。

 

「その前に、お前らの嫁とやらを呼んでおけ。お前らの女王なら、こっちのあれこれを学んでもらう必要がある」

 

「分かりました! 授業はいつからですか!?」

 

「とりあえず体力測定だ。このジャージを着て校庭に来い」

 

 四着のジャージが教卓に置かれ、相澤は先んじて教室から出ていく。

 

「……じゃあ、呼ぼうか」

 

「だな」

 

 祝福に近付き、手を伸ばす。求めるのは身も心も捧げた己の女王。扉を維持しているのは律だが、二人が揃うことで鍵として機能する。今は、二人と祝福がないと呼べない。

 

「暗月の王律が告げる」

 

「鎮め火の王人使が告げる」

 

「暗黒の星、冷たい夜。全てを凍てつかせる青い氷よ」

 

「極光の火、熱き夜。全てを狂わせる黄色の火よ」

 

「「我が女王を呼びたまえ」」

 

 祝福がエルデンリングに反応して強く輝く。そして、青いサインとオレンジのサインが現れ、そこから人の姿が現れる。

 

「会いたかったよ……やっとだ……」

 

「三日も会ってなかったからな……!」

 

 現れた女王が何かを言う前に抱擁する。四本腕の彼女からは優雅で気持ちのいい、月下美人の香りがして、片目を閉じた彼女からはオレンジとヒマワリの香りがした。女性本来の柔らかい匂いも混じり、律と人使は表情を崩す。

 ちなみに、王二人はどちらも甘い匂いがするらしい。それはものが焼けている匂いなのでは……とか思ってはいけない。

 

「ふふ、三日ぶりだな」

 

「なんだか甘えん坊になった?」

 

「「ああ……滅茶いい匂いする……」」

 

 遺伝子レベルで刷り込まれた好みの匂いに、二人は陥落した。されるがままの女王は、王の頭を撫でながらキョロキョロと教室を見渡す。

 

「……城……ではないな。学院か?」

 

「ああ、うん……こっちの世界だと名門中の名門の学校」

 

「人使と律はここに通うの?」

 

「……そうなるな」

 

 女王の匂いを堪能していた律と人使は復活して、本日行われるイベントの説明を行った。体力測定は狭間の地では行われていない行事のため、興味深そうに聞いた女王二人は説明を聞き終えてから頷く。

 

「なるほど……学徒の体力を調べるのか……」

 

「騎士志望の人達にこれ使えるか?」

 

「どうだろう……騎士と言ってもたくさんいるから」

 

 ストームヴィルの騎士なら嵐の戦技を使えるなら迎えられる。カーリアの騎士なら魔術を修めることで迎えられ、赤獅子騎士や貴腐騎士なら武勇や度胸などを見られる。背律騎士なら守るためならば手を赤く染めることすら厭わない覚悟を求められるなど、騎士によって必要とされるものが違う。

 余談にはなるが、どの騎士団も一度はカーリア学院で多くのことを学ぶ。某魔法学校のような組○け帽子的なものが適正を伝えてくれるそうだ。

 

 

 嵐の騎士は蛮勇を勇気に。高らかに叫び、強くあれ。

 カーリアの騎士は学びを力に。学びは武力よりも強いかも? 

 赤獅子騎士は武勇と無骨さ。最強目指していざ往かん。

 背律騎士は心の強さ。守るための覚悟を君は持っている。

 貴腐騎士なら気高くあろう。生まれがどうあれ、君は気品ある騎士さ。

 獣竜騎士は貪欲に学ぼう。力も心もより強く! 

 どんな騎士になろうとも、王は誇りに思うだろう。騎士ではなくても、変わらない! 君が生まれたことに乾杯しよう!! 

 

 

 こんな感じで歌ってくれるらしい。

 

「……うん、難しいな」

 

「とりあえず行こうぜ。懐かしの体力測定に」

 

 人使の言葉に頷き、律は教卓の上にあるジャージを見て、あっ、と声を上げる。

 

「ラニの腕四本だから、ジャージ入らないじゃん」

 

「……久しぶりの針子作業か……」

 

 エルデの王専属のお針子である【お針子ボック】がいないため、久しぶりの針子作業に手を焼く二人であった。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 時は進んで体力測定。ここからはダイジェストでお送りする。

 

 

 第1種目:握力

 

「あ゛あ゛!」

 

「こちら側で筋力99のパワーを使ってはいけない(戒め)」

 

「「……これが限界」」

 

 律、人使記録測定不能! 

 ラニ、メリナ、握力両手揃って49! 

 

 

 第2種目:上体起こし

 

「「やじろべえが如く」」

 

「……無理」

 

「辛い……」

 

 律、人使、記録100回。

 ラニ、記録15回。

 メリナ、記録19回。

 

 

 第3種目:長座前屈

 

「いでででで!!」

 

「相変わらず硬いのなお前……」

 

「そこは普通なのかお前ら」

 

 律、人使、ラニ、メリナ、揃って49cm。

 

 

 第4種目:反復横飛び

 

「「猟犬ステッポの出番だ……」」

 

「……どれくらいやれる?」

 

「「FP切れるまでならいくらでも!」」

 

「そうか」

 

 ちなみにラニとメリナは転移を繰り返している。

 律、人使揃って記録90回!

 ラニ、メリナ揃って記録57回! 

 

 

 第5種目:持久走

 

「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! ウヴォエッ!?」」

 

「あ、二人共倒れた」

 

「……無理をするからだ」

 

「ブルルッ……」

 

 律、人使、全力疾走で3分。

 ラニ、メリナ、トレントに乗っていたため2分! 

 

 

 第6種目:50m走

 

「「オラァアアアア!!」」

 

『6秒00!』

 

「速いな」

 

「速くなったね」

 

 律、人使、揃って記録6秒00! 

 ラニ、メリナは転移を使っていたので測定不能! 

 

 

 第7種目:ハンドボール投げ

 

「ダッシャイッ!!」

 

「おー、飛んだ飛んだ」

 

「……1098.76m」

 

「しゃあっ!」

 

「負けたか……」

 

「誤差の範疇だ、気にするな」

 

「負けず嫌いだよね、君達」

 

 律、記録1098.74m。

 人使、記録1098.76m。

 ラニ、メリナ、揃って記録∞! 

 

 

 第8種目:立ち幅跳び

 

「せー……のっ!!」

 

「筋力だけでよく飛べるなお前……」

 

「ふふ、流石だな律」

 

「まぁ、私達は浮けるんだけどね」

 

 律、記録40m。

 人使、記録38m。

 ラニ、メリナ、揃って記録∞! 

 

 

 以上、エルデの王と女王による体力測定。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

「疲れた……公務やりたくない……」

 

「逃げるな親友……しろがねの治療研究費用の見積り、まだやってねぇぞ……」

 

 全力で行った体力測定もとい、個性把握テストによって撃沈した二人は、自身の女王の膝を枕にして唸っていた。

 

「私達も手伝うから頑張れ」

 

「建国祭もあるけど、それは大丈夫。だから頑張って」

 

 祝福を囲ってうつ伏せになったエルデの王と、彼らの頭を撫でる女王。これがローデイルの執務室であったなら、モーゴットや律の義弟に当たるライカード、ラダーンなどに苦笑されることになる。

 

「「頑張ったらご褒美を──」」

 

「「頑張ります!」」

 

 そしてそんな二人の扱いを理解しきっている女王二人。エルデの王は尻に敷かれているのだ。

 

 

 

 

 

*1
普通に全力疾走一歩手前

*2
狂い火の頭抱えてる待機モーション




峰田とかが見たら血涙流して発狂すると思う。

ところで、原作の人使君はよくヒーローを目指そうと志したな、と思うんです。いい意味で、ですよ?
だって「敵向きの個性だね」とか言われたら普通グレますよ。私だったらグレます。「お? お? 処されたいか?」って黄金樹バフと火よ力をと霊薬飲んで冷たいグレソと炎のグレソブンブンします。

次回はやべーやつが来日します。フロム的なやべーやつではなく、ヒロアカの世界でのやべーやつが来日します。


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この先、殴り合いを制せ。

『星の指輪』

エルデの王、律が指に嵌めている指輪。暗月の指輪に似せられて作られた指輪であり、ラニの夫である証。
神人から贈られた品には力が込められている。
「私の王、私だけの王。いつまでも共にあれ。お前は私だけのものだ」
神人の愛は得てして強く、そして甘いものだ。

感想で聞かれてたので、こちらでも律と人使の素性と装備をば……

律の素性:放浪騎士
右手:月隠or暗月の大剣or冷たいグレートソードor遺跡の大剣
左手:冷たい長牙or炎のグレートソードor遺跡の大剣orルーサットの輝石杖
タリスマン:義手剣士、二本指、捧闘の剣、腐敗翼剣
頭:浪人の鉄笠
胴:浪人の鎧
手:竜騎士の手甲
足:ブライヴの足甲

人使の素性:侍
右手:蝕のショーテルor血のホスローの花弁orヴァイクの戦槍or神の遺剣
左手:蝕のショーテルor血のホスローの花弁orヴァイクの戦槍or神の遺剣or黄金樹の聖印
タリスマン:星砕き、星見少女、集う信徒の誓布、古き王のタリスマン
頭:浪人の鉄笠
胴:浪人の鎧
手:竜騎士の手甲
足:白備えの足甲


 雄英高校体育館γ。ヒーローであるセメントスが考案した必殺技を身に付けるための施設だ。

 

「遅い遅い! もっと予測と反応を速くしてください!」

 

「手厳しいね! でもやるよ!」

 

「はいそこ、出力制御に手間取らない。そっちは判断を早めて」

 

 そんな体育館γで、王様と三人の二年生が対峙していた。今日は祝日だというのに、わざわざ学校に来てまで二人と組手をしている三人。それは後にビッグ3と呼ばれるまでに至る三人の生徒である。

 

「むー、攻撃速い……!」

 

「動きが読めない……!」

 

「はいはい、止まらないでください。追加入りまーす」

 

 チリン、チリン、と鈴の音が鳴り、人使の目の前に5体の霊体が現れた。大盾兵の遺灰──大盾を持った5体の霊体は天喰の周囲を囲み、ジリジリと距離を詰めていく。

 

「さぁ、どうします? 残りの制限時間で、俺と律、そしてそこの大盾兵達を拘束して人質を確保しなけりゃならない。けど──」

 

((これじゃ巻き込──))

 

「巻き込んでしまう」

 

「「ッッ!?」」

 

 食い気味に心情を読み取られた二人の表情が驚愕に染まった。白面の下で人使はニヤニヤと笑みを浮かべて続ける。

 

「お二人の考えが手に取るように分かりますよ。波動先輩なら射線に天喰先輩がいて、天喰先輩は個性を使えば人質を巻き込む……ククッ、さぁ、どうします?」

 

 人質はプロヒーローであり、彼らの担任のスナイプではあるため、巻き込んでしまっても回避できるだろう。だが、プロの現場で巻き込んでしまえば大惨事になる。そうなるように丁寧な誘導をしてみせた人使の作戦の悪辣さが分かるだろう。

 ちなみに、人使とモーグ、ライカード、ヴァレーをチームアップさせると恐ろしく悪辣で悪質で厭らしい作戦が出来上がる。更に言うと律には通用しない。彼は罠の数々を踏み抜きながら踏破して、カウンターでアステールメテオを放ってくる魔筋なのだ。頭のいい脳筋ほど厄介なものはない。

 

「さぁ、頭を使ってください。知恵を振り絞って」

 

 こんな悪質な手口を見せてはいるが、ちゃんと勝ち筋は用意してある。彼の装備は死体漁りの曲剣のため、近付かなければ攻撃が当たらない。なので、中距離からチクチク攻撃して、残り一人が人質を救出すればいいのだが──

 

「ビィィィイイムッ!!」

 

「「「はぁあああああああああああ!!??」」」

 

 さっきまで通形を相手取っていたはずの律が彗星のようなレーザーを放ってきた。源流魔術の師であるアズール卿の生み出した魔術、彗星アズールである。これにはいないはずの学長セレンや、遠くで見守っているラニもにっこり。ちなみにメリナはというと、人使のことを微笑みながら見ている。張り切ってる自分の王が可愛らしくて仕方がないらしい。

 

「2、1……タイムアップですね」

 

「しゅーりょー! 人使、二人相手させて悪かったな」

 

「適材適所だろ。お前より俺の方が二人の指導しやすいだろ」

 

 ノーダメージで王様二人が拳を打ち合わせる中、たんこぶを作った通形が合流する。

 

「いやー、強いねお二人さん!」

 

「手も足も出なかった……」

 

「個性使ってないんだよね? 不思議!」

 

「「伊達に王様やってませんよ」」

 

 8回目以降のデミゴッド及びその配下、円卓などに集う褪せ人達の攻撃は一撃で瀕死に追い込まれるものばかりだ。そんな環境に身を置き続けてきた二人の実力は、ヒーロービルボードチャートJPのトップ10に位置するヒーロー達かそれ以上に匹敵する。タイマン勝負であれば一撃ノックアウトも可能だろう。殴り合いでエルデの王に勝てる人間は少ない。

 

「で、どうだった王金、心操」

 

「うーん……通形先輩は……上質戦士ってよりも、脳筋な気がするんですよね……技術ある脳筋……人使は?」

 

「天喰先輩と波動先輩、どっちも中遠距離が強いな。頭の回転は凄くいいし」

 

 手も足も出なかった割には好感触な二人の講評に三人は驚く。恐ろしいほどの戦闘技術に目を付け、三人の指導を依頼したスナイプはよく見ていると心の中で感嘆の声を漏らした。

 

「お二人はよく考えてる。そして、状況もよく見えてます。天喰先輩は囲まれても突破口を開こうと、波動先輩は巻き込まないルートを考えて行動していた。考えすぎて個性の出力が遅れてるところはありますけど」

 

「否定できない……」

 

「うん、否定できないねー」

 

「通形先輩は単騎、タッグ、トリオ、どのスタイルでも戦える珍しいタイプです。個性の使い方がもっと上手くなれば、オールマイトだって超えるでしょうね。ただ、予測が遅いです」

 

「うーん、ここは反復だよね!」

 

 軽くではあるが、指摘とフォローをした二人は、ラニとメリナが持ってきたホワイトボードに『並列思考&個性発動速度UP』と大きく書き込む。

 

「お三方にはこれからこれをやってもらいます」

 

「並列思考……?」

 

「そこら辺は俺らではなく、ラニとメリナにやってもらいます。この二人は感覚理論派ではなく、理論感覚派なので」

 

「それ同じじゃないの?」

 

「全く違いますよ」

 

 感覚理論ではまず、その感覚を掴んで理論に落とし込んでいくというもので、理論感覚は理論を理解してからそれを感覚に落とし込むのだ*1。やり方の順序が違う。

 

「というわけで……ラニ、メリナ、頼んだ」

 

「そこ座るといい。2時間──いや、1時間で叩き込んでやろう」

 

「正確には30分で覚えてもらう。残り30分で実践」

 

「「「よろしくお願いします!!」」」

 

 女王二人が理論を叩き込んでいる間に、王二人は溜まっている書類を処理することとなる。出ようにも、ラニとメリナの合作封牢で閉じ込められた二人は書類が終わるまで出ることができないのだ。

 

「やりますかぁ……」

 

「だな…………お、ライカードから施策のアドバイス来てる」

 

 福利厚生法律を作る前に、法務官であるライカードに聞いてみた二人への返事が来ていた。読んでみれば、その法律によるメリットとデメリット、どこを修正すべきかなどを彼なりに考えた改正案もセットで送られている。

 流石狭間の地最初期から存在する法務官ライカード、抜け目がない。

 

「そういや律、お前の叔母さんってどんな人なんだ?」

 

「ん? キャシー姉さんのこと? ヒーローだよ、アメリカの。スターアンドストライプ」

 

「へぇ……」

 

 昔だったら凄く驚いたであろう情報に、人使は軽く応じる。ヒーローに憧れた昔ならともかく、今は大切な人ができて、最高の相棒がいる。それだけで満たされているのだ。

 

「強いのか?」

 

「知らん。キャシー姉さんとは正月とかクリスマスにプライベートでしか会ったことなかったからなぁ」

 

 遠い記憶を辿りながら書類にサインを書き続ける律や人使は、最近の書類は子供が生まれたことなどに関してが多いことに気付き、思案する。

 

(子供、かぁ……俺達は不死だから後継ぎはいらないけど……)

 

(子供ねぇ……俺も律も不死だし、今が一番幸せだから考えてなかったけど……)

 

 封牢の外、三人の先輩に理論を叩き込んでいる最中の女王を見て、溜め息を溢す。

 

(ラニは、欲しかったりするのかなぁ……子供……)

 

(メリナは、欲しいのかね……子供……)

 

「「うーん…………ん? ブルータス、お前もか」」

 

 思考が被ったことを察した二人は異口同音の言葉を発して、ゲラゲラと笑い、笑いに笑ってから、また溜め息を吐いた。

 

「子供かぁ……」

 

「子供ねぇ……」

 

 実際問題、ラニとメリナは子供が欲しいとは考えていない。もちろん、子連れの者を時折羨ましくは思うが、ラニもメリナも独占欲が凄まじい。下手をすれば子供の相手をする王を見て、自身の子供にすら嫉妬をする可能性があるのだ。彼女らにとっても、臣下や旅仲間としてではなく、やっと見つけた隣で寄り添ってくれる人である律と人使──誰にも渡すつもりはないらしい。

 

「……でもさ、人使……」

 

「……おう」

 

「「手を繋ぐだけで心臓バッバクなんだよなぁ……!」」

 

 こいつら手を繋ぐ以上のことしてるくせに、こんなにもピュアである。恋愛観は中学生なのだ。

 

「大体さぁ、ラニはズルいんだよ! 寝る時とかそっと手を握ってきたり……」

 

「んなこと言ったらメリナだってそうだぞ。疲れたな、って時に的確に現れて撫でてくれたり……」

 

 突然始まった惚気話。千年単位で生きているとはいえ、こいつら本当に元中学二年生か? ……まぁ、それはともかく、この封牢──実はラニやメリナからは何を話しているのかなどが筒抜けなので、この会話の全ては彼女らの耳にしっかりと入っている。今夜も王は女王に可愛がられることになるだろう。

 

「さってと……書類も終わったし、出るか。…………どうやって出るんだ?」

 

「時間になりゃ出れるだろ」

 

 虚空からパンとロアジャムを取り出して口にする人使と、それもそうかと呟いてゆでカニをモシャモシャと食べ始める律。蟹たまなどよりも身を食べたい男なのだ。

 

「んー……そういや俺の身元保証人ってキャシー姉さんになるのかなぁ……」

 

「ああ、そういやそうか」

 

 両親が殺された律は、引き取り先を探している状態。本人はそこまで気にしていないが、雄英がいつまでも保護するわけにはいかないことを理解している。

 親戚との交流が少なかった律にとって、身元保証人になってくれる可能性が一番ある者が、アメリカにいる叔母であると考えていた。国籍がどうなるのかが不明だと思案していると、封牢が音を立てずに消える。

 

「「お、死屍累々」」

 

 淡々と口にした二人の目の前には、理論を叩き込まれて実践をした結果、脳がショートしている三人の先輩の姿があった。

 

「どうだった、二人共」

 

「筋は悪くない。が、狭間の地の戦士と戦えば秒で殺されるな」

 

「いやぁ、皆と比べちゃダメでしょ。──あ、そういえばそろそろ決闘祭りの時期だね」

 

 狭間の地には多くの祭りが存在するが、その中でも熱狂的なファンが多いのが決闘祭りや、ラダーン祭りだ。決闘祭りでは円卓に席を置く騎士達や、まだ見ぬ強者を求めてやってくる者、己の実力を試したいがためにやってくる者などが集まる。

 

「今年は……律も出るんだったか」

 

「ん、そうそう! 今年は戦うんだ! 楽しみ!」

 

「相変わらず変態だよなあの祭り……」

 

 決闘祭りでは己の肉体のみを武器とするため、全員が武装がセスタスのみ。純粋な肉と肉のぶつかり合いを見るために、各地からファンも集まってくるのだ。

 

「皆楽しみにしてたよ」

 

「今年は誰が上ってくるかなぁ」

 

「Dとか?」

 

「優勝候補の一人はアレキサンダーらしい」

 

 決闘祭りの優勝候補、鉄拳のアレキサンダー。豪胆でおおらかな性格の最強壺戦士であり、普段は世界各地を旅して回る勇者。あらゆる難行を超えて、遂に砕けぬ壺となった彼はエルデの王を力を以ってしても手こずること間違いなしである。

 日本人らしからぬ黄金の長髪を揺らして、律はにこにことセスタスを取り出す。

 

「アレキサンダーかぁ……ブライヴとかイジーは出ないの?」

 

「いや、ブライヴとイジーは仕事だ。……ああ、そういえばホーラ・ルーも来るらしいぞ? 筋肉に磨きがかかったそうだ」

 

「「まだ強くなるのかよあの爺さん!?」」

 

 最近、更に筋肉に磨きがかかったらしいゴッドフレイこと、蛮地の王ホーラ・ルーも参加すると聞いて驚く二人。

 

「うわぁ……これ勝てるかなぁ……?」

 

「「「勝てる」」」

 

「三人からの期待と信頼が重い!!」

 

 音を置き去りにするのではないかと思う速度でのジャブを繰り出しながら、律は叫ぶ。プロの中にも拳を主体とするヒーローがいるが、現場で見た中でも中々いない淀みない拳の数々に、スナイプは驚愕し、いつの間にか復活していた天喰は何かを思い付いたようで、口を開く。

 

「王金君……少し、いいかな」

 

「ん? なんですか?」

 

「パンチを繰り出す時、何を考えてるんだい?」

 

「んー…………手数よりもいいとこに素早く、的確に叩き込むってことです。こことか、こことか──」

 

 天喰の鳩尾、顎下、脇腹などを軽く押してそう話すと、天喰は手の形状を個性『再現』によって変化させていく。それは甲殻類の腕だが、タコなどの軟体生物も混ざっているように見えた。

 

「お? それは……」

 

「まだ粗いけど、並列思考と個性伸ばしの応用だよ……」

 

 カニ×タコ、堅さと柔軟さによる瞬発力と威力の上乗せ。その気になれば更に掛け合わせることも可能になってくるだろう。一番最初に復帰した天喰の脳裏には、律の拳と、人使のノコギリのような曲刀の扱いの巧さが焼き付いている。

 

「今は2つが限界だけど、もっと増やせると思う」

 

(確かに粗いが、これ、ほぼ無敵だぞ……!? 彼の個性は確か、食べたものの特徴を再現する個性! カニ、タコ、ここに植物を加えたら……)

 

 ここで人使の頭に電流走る。

 

「……天喰先輩、来週時間ありますか?」

 

「あるけど……何かあったかな……?」

 

「ちょっと試したいことがあるんで」

 

 白面を外す瞬間、邪悪な笑みが見えたが、律はそれを見て見ぬふりをした。見てないったら見てない。あんな邪悪な悪巧みをしている暗黒微笑は見ていないので何も問題はない。

 

「──王金、ここにいたか」

 

「ん? イレイザー・ヘッド?」

 

「お前にお客さんだ。校長室に来い」

 

「お客さん……?」

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 相澤の案内の下、校長室に向かった律はソファに座っている女性を見て苦笑した。まさかここまで早くやって来るなんて。

 

「……なるほど、お客さんというのは、そういうことか」

 

「ははっ! 元気そうだなリッツ!」

 

「律だ。キャシー姉さん、相変わらず俺の名前間違えてるぞ」

 

 律のことをリッツと呼ぶ金髪の女性、キャスリーン・ベイトことアメリカ合衆国No.1ヒーロー、スターアンドストライプはいい笑顔で立ち上がる。

 

「ヒーローネットワークで行方不明者の発見が知らされてね。いても立ってもいられず来た!」

 

「行動力。アメリカはいいのか? あんた一応No.1だろ?」

 

「私が不在なだけで犯罪が増えるほど、アメリカのヒーローは弱くないさ。甥が見付かったって言ったら、全員が口を揃えて行ってこいって送り出してくれた」

 

「そうかい……」

 

 オールマイトを彷彿とさせる笑顔で話す彼女の言葉一つ一つに、アメリカのヒーロー達への信頼があった。オフの彼女しか知らない律ではあったが、彼女の見る目は信頼に値すると思っているし、実際に合っている。

 

「根津校長、話す内容はなんとなく察してますけど、キャシー姉さ──ベイト氏はなんと?」

 

「話が早くて助かるよ。ベイト氏は君の身元保証人に名乗り出てくれたのさ」

 

「まぁ、それは決定事項だとして……ベイト氏には俺の個性のことは?」

 

「大まかには説明されたけど、リッツの口からも聞いておきたい。狭間の地で、どんな冒険をしてきたのか」

 

「律だ。……根津校長、お借りしてもいいお部屋はありますか?」

 

「一年A組の教室を使うといいのさ! あそこは一年間誰もいないからね」

 

 相澤が全員を除籍した結果、一年間誰もいない教室。いつも王と女王が座学を行うそこを利用して、律は己が体験してきた数々を話すことを決めた。

 

「分かりました。そこで話します。エルデの王となるまでの話。色々はしょりますけどね」

 

 そう言った彼の瞳には、狭間の地中を巡り続ける黄金律の輝きと、暗くて冷たい月の輝きがあった。

 

 

 

 

*1
作者の考え方です




狭間の地での王様

律:笑顔が素敵な王様。倫理は投げ捨てるもの。女王を罵ったりしたやつにデミゴッド達が後退りするレベルの圧を出して襲いかかる。たまに体から冷気が漏れる。

人使:笑顔が素敵な王様。倫理は蹴り落とすもの。女王を罵ったりしたやつにデミゴッド達が後退りするレベルの圧を出して襲いかかる。たまに体の至るところから黄色い火が灯る。


【教えて!エルデの王様】

「えー、こんなお便りが来ています。『王様二人に質問です。お二人の血を誰かが飲んだらどうなりますか?』だそうです」

「正気か? 発狂死するか、穢れにまみれて死ぬか、燃えるか、腐るか、即死するか、凍死するか、大炎上するだけだぞ?」

「俺達の血は人間と全くの別物だからなぁ。まぁ、穴という穴から血が噴き出すんじゃねぇかなぁ……」


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絶望を焚べよ。

『ミケラの茶葉』

【幼き神ミケラ】が主軸となって貴腐騎士達と共に栽培する紅茶の茶葉。一度飲めば、忘れられない香りと味わいに魅了される者も多い。破砕戦争前では栽培されることがなかった品。
嗜好品はまだ少し高いが、復興が進めば安くなる。それはつまり、本当の平和が訪れたことを示す。


普通AT免許取ったので初投稿です。かなりガバがありますけど大目に見てください。


 狭間の地に初めて辿り着いた律と人使は、それはもう混乱して、パニック状態となった。お互いを罵り合わなかったのは二人の間に友情があり、お互いがヒーローとしての心があったからかもしれない。

 

「いやー、ヤバかったよなぁ、最初は」

 

「だな。最初は」

 

 ツリーガード、騎士の大群、陸ほやの毒、最強の犬、タコには見えないタコ、巨大なカニなど……律と人使は最初の狭間の地のことを思い出して笑う。

 

「武器は使ったことがないロングソードに刀、盾とかで……」

 

「技術はない、物資はない、仲間も一人しかいない。ないない尽くしの中で出会ったのがメリナだった」

 

「……メリナ、というのはヒトシの隣にいる子か?」

 

 コクリと頷いた人使は、メリナの方を見て笑う。

 

「俺の女王だ。最初から今に至るまで、ずっと助けてくれた」

 

「ねー。喧嘩もしたけど、俺達を助けてくれた」

 

「あの時は本気で殺されるかと思ったけどな……」

 

 狂い火の王となった時、メリナから放たれた殺意は全身の毛を逆立たせ、精神が否応なしに戦闘状態へと移行させられたほどである。

 

「その狂い火っていうのは、なんなんだ?」

 

「なんだ、と言われましても……人を狂わせる黄色い炎としか言えないですね……確か、外なる神とやらが与えた火?」

 

「今でも学者が研究中ですよ。研究顧問は……ミケラとモーグだったか? ヴァイクもいるっけ?」

 

「あとハイータな。ヴァイクは実働隊の隊長」

 

 狭間の地では絶賛研究が進み続けている狂い火と空に浮かぶ遺跡。何か知っていそうな指共は王の手によって間違いなく全て殺されている。まぁ、知っていたとしても思わせ振りな言葉しか伝えてこないだろうから、遅かれ早かれ殺していた。

 

「まぁ、それは一旦置いといて……俺達が狭間の地で何をやっていたのか、なんですけど……端的に言えば殴り合いですね」

 

「長くなるんで、色々はしょりますけど、半神VS俺達二人+αの大戦争です」

 

 戦争と聞いて、この場にいるヒーローが表情を強張らせる。

 

「狭間の地最大の戦争、『破砕戦争』の引き金はデミゴッド、黄金のゴッドウィンが、黒き刃によって盗まれた死のルーンによって殺されたこと」

 

「そして始まった破砕戦争──【星砕きの英雄ラダーン】、【ミケラの刃欠け身のマレニア】……最も強かった二人のデミゴッドが最後に戦い──誰も勝たなかった」

 

「勝たなかった?」

 

 相澤の言葉に律は頷き、ラニが言葉を紡ぐ。まるで懐かしい絵本の物語を語るかのように。

 

ああ、だから、今も世界は壊れたまま……エルデの王を待っているあるいは──お前がそうなのかな? 

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 カンッ、カンッ、と音が響く。何かを叩くような、何かを砕こうとしているような音が教室に響き渡る。それに続いて、教室がどんどん暗くなり、律と人使の瞳が暗闇で輝いた。

 恐ろしくも魅惑的で、引き込まれるような輝き。生まれて初めて見ると思うほどに美しくどこか妖しい瞳に、ヒーロー達は息を飲む。

 

ああ、月が見える。暗く、冷たい月が浮かぶ

 

ああ、火が燃えている。熱く、狂える火が燃える

 

「「おお、エルデンリング、エルデンリングよ、世界を狂わせた、黄金の律よ! 」」

 

 二人の瞳に円環が現れる。誰もが理解した。あれが、エルデンリング。砕けて狂った黄金律なのだと。

 

「「始まりを示せ! 我が運命の始まりを! 暗月の王と鎮め火の王の王道を! 覇道を! 」」

 

 まるで映画のような大画面に、二人の少年が映し出された。狭間の地を涙も流さず歩き続けた二人の少年だ。涙は枯れて、流れる血もなくなるほどに傷付きながら、二人は歩いた。

 

『これが、結末か……? これが……!?』

 

『認めねぇ……認めねぇ……! こんな結末を、俺達は受け入れねぇ!!』

 

 浮かび上がるのは友と呼んでくれた者達、弟子と呼んでくれた偉大な師匠達の姿。

 死に生きる者を根絶せんとした男(D)がいた。二人を愚か者と苦笑し、同志と呼んでくれた男が。

 死に生き、探求した男(ロジェール)がいた。友と道を違えようと、後悔だけはしなかった。歩き続ける二人の背中を押してくれた者が。

 落ちこぼれと自らを罵った優しい男(ディアロス)がいた。最期の最期に、村を守ろうとした男がいたのだ。

 初めて祈祷を教えてくれた男(コリン)がいた。答えを求め、自ら見つけた者が。

 調霊師(ローデリカ)が、寡黙な鍛冶屋(ヒューグ)がいた。

 生を集め、死から生を生み出そうとした乙女(死衾の乙女フィア)がいた。何を成そうとしているかを理解し、心配する二人を優しい人だと笑った女性だった。

 全てを知ろうとした男(ギテオン・オーフニール)がいた。探求のためだったのかもしれないが、二人に多くを学ばせた男。

 亜人との交流を諦めなかった男(ケネスハイト)が、嵐の城の王となった勇者(ネフェリ・ルー)が、二人に忠告をしてきた男(ゴストーク)がいた。

 お針子として付いてきてくれた優しく美しい者(お針子ボック)が────

 数え切れないほど、たくさんの人と出会い、別れては声にならない絶叫を上げて立ち止まろうとして、進む。進まなければ、王となれと言ってくれた者達が報われない。王に、エルデの王にならなければならないのだと、血反吐を吐いて進む凄惨な二人の姿に、嗚咽を漏らす者*1もいた。

 

『やり直す……やり直してやる……! 今度は……! 絶対にっ!!』

 

『誰も死なせねぇ、殺させねぇ……! 溢れ落ちたものだって、離れた手だって、もう二度と離さねぇ!!』

 

『なぁ、エルデンリング! お前が世界を直すなら、やり直させろ! 最高の結末を迎えるまで! 何度でも!!』

 

『強欲? 傲慢? 上等だァッ!! 王ってのは、強欲で傲慢なくらいが丁度いい!!』

 

『今度はッ!』

 

『今度こそはッ!』

 

『『結末を変えてやるッッ!!』』

 

 そこから、彼らの戦いの日々が始まった。どこまで行っても終わらない地獄の日々が。

 二度目の世界ではネフェリ・ルーが死んだ。三度目の世界ではDが死んだ。四度目はロジェールが死んだ。五度目は──

 

 死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで。繰り返す度に、誰かが死んでしまう。終わりの見えない絶望の繰り返しを、彼らは何度も何度も繰り返していく。

 

『まだ……だ。今度はアレキサンダーが……』

 

『ああ、クソッ! やり直しだ!』

 

 八度目からやっとマシにはなったが、それでも誰かが死んでしまう。目の前で誰かが死んで、酷い時には自分の手で友を殺したこともあった。

 

『人使、名案思い付いたわ』

 

『……なんだよ』

 

『誰とも、会わない。誰とも話さない。狂い火はもう人使が持ってるから……誰とも会わずにエルデの王になればいい』

 

『天才かよ』

 

 二本指の結界に拒まれることなく移動するために、坑道へ向かう。

 もう精神は磨り減って、何もかも全て捨てざるを得ない状態になった二人の選択は正解だったらしく、誰も死んでいないことがなんとなく分かる。

 

『……モーゴットは避けられないか?』

 

『いや、王座から行くだけが道じゃねぇ。黄金樹が近い場所からぶち抜く』

 

『行けるか?』

 

『行くしかねぇだろ』

 

『だな』

 

 見ていた誰も思い付かなかった、王座ではない場所からの侵入。狂い火を宿し、死王子のルーンも完全修復のルーンも、全て取り込んだからこそできる芸当。二人は誰も想像できなかった方法で突撃して、エルデの(害)獣を討伐した。

 

『これでどうよ……』

 

『さすがに、できただろ……無血王様作戦……』

 

 エルデの王となるため、エルデンリングを修復する。誰とも会わず、誰とも話さないで駆け抜けた二人は祝福にすら触れていない。触れたら最後、メリナと会ってしまうから。誰かを犠牲にして王となるのは、もう嫌だった。

 

『……これで、やっと……だな。何回回したよ?』

 

『……覚えてないな』

 

『だよなぁ! あー、疲れた……! もう、疲れた……』

 

『……もう、誰も死なない……はずだ』

 

 光に包まれる中、二人は大きく息を吐いた。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

「──てことで、何度も何度もやり直して、自分がやり直しを願ったことすら忘れて、気付いたら俺達に公務をやらせようとしてくる連中達と戦ったり、狭間の地を復興したり……」

 

「まぁ、あのハッピーエンドっぽい終わりの後、もう一回地獄を歩くことになって指全部ぶっ殺ルートを……って、泣いてるんですか?」

 

 もはや隠せないレベルで涙を垂れ流しにしているブラドキングや、わりと感受性豊かなヒーロー達が嗚咽を漏らしていることに首をかしげる二人の王に、泣いていない相澤が口を開く。

 

「お前ら、よくまともでいられたな」

 

「まともではいられませんでしたよ。狂人が一周回ってまともに見えただけですって」

 

「心は狭間で死にました。エルデの王になるために」

 

 一周回るどころか空中で錐揉み回転しながら狭間の地を渡り歩いた結果、正気に戻った二人は倫理とまともな精神性は砕け散っている。

 

「何より、今、幸せなんです。だから、いいんです」

 

「俺達がどれだけ死んだとか、絶望を繰り返したとか、もうどうだっていい。……多分、何度も絶望に至ることを知っていても、俺達はやってたと思いますから」

 

「…………そうか」

 

 穏やかに笑う二人から放たれるオーラは澄みきっていて、淀みない。数えきれない程の絶望を繰り返し、それでもハッピーエンドのために立ち上がった二人の姿はまさに英雄(ヒーロー)だった。職業としてのヒーローではなく、おとぎ話に登場する、本物の英雄を二人に幻視する。

 

「まぁ、こんなところですかねぇ、俺らの大冒険は」

 

「──リッツ、本当に大丈夫なのか?」

 

「律な。大丈夫だって。俺は王様になった。お嫁さんももらって、今凄い幸せなんだ。辛かったけど、本当に幸せだから!」

 

「強いな、リッツも、ヒトシも」

 

 眩しいほどの笑顔と共に、隣にいた女王の肩を抱いた律と人使は、手を叩いて立ち上がった。

 

「俺は、俺達は向こうの王様なんだ。だから、個性を使って向こうに戻らなくちゃいけない。お祭りだってあるし」

 

「だから、免許を取るために、死ぬほど足掻きます。そのために、先生方にご協力をお願いしたいんです。よろしくお願いします」

 

 頭を下げて懇願する王様二人の姿に、否定の意を示す者はいなかった。地獄を駆け抜けてきた二人の姿を見て、拒否ができるわけがない。ヒーロー達の心はもう、決まっている。

 

「分かった。君達を最高のヒーローにするために、僕達は全力でサポートするのさ!」

 

「ありがとうございます」

 

「早速なんですけど、授業お願いしても? ヒーローの資格取るなら時間は多い方がいいですから」

 

 本人達は気付いていないが、彼らを支え続けていたのは狂気にも似た向上心。次はもっといい未来を、まだいける、まだやれると、終わらない絶望を狂気的な向上心を胸に、彼らは望んだ未来を掴み取った。

 何度でもやり直しができるとして、望んだ未来を掴むために、妥協を許さない人間がどれだけいるか。鼻をかみ続けている八木俊典こと、平和の象徴No.1ヒーローのオールマイトですら、それは難しいだろう。

 

「とりあえず、ヒーロー基礎学からやっていく。教科書とノートを用意しとけ」

 

「分かりました!」

 

「ガンガン行きましょう」

 

 こいつらマジで向上心しかないな。

 相澤は小さく笑い、授業の準備のために教室を出る。ヒーローになるためではなく、王としてヒーローの力を手に入れようとする生徒を相手にするなんて、世界広しと言えど雄英高校の教師達だけだろう。

 来年入ってくる生徒が、彼らにどれだけ感化されて強くなっていくのか、合理的な考えではないかもしれないが、来年が楽しみになってきた。それはヒーロー達全員がそうだろうが、その中で一番期待しているのは、意外にも相澤だった。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

「ドクター、面白い話を見つけたよ」

 

 暗闇で、誰かが嗤う。

 

「これ、見たかい?」

 

「ああ、行方不明だった子供が見つかったってニュースかの。それがどうかしたか?」

 

「行方不明者の一人は、あの『黄金』の個性と『円環』の持ち主の子供だよ」

 

 男はクツクツと嗤い、ドクターと呼ばれる何者かに語りかけた。

 

「体を金に変える個性。くせが強いけど、中々強力だった」

 

「ああ。それで、お主は何を言いたいんじゃ?」

 

「行方不明だった子供、彼の個性に興味があってね……」

 

 いい個性なら、僕のものにしたい。

 そう言って男は暗闇で想像する。どんな個性を持っているのかと。体を金に変化させる発動型の個性『黄金』と、円を生み出し、超高速で回転させて射出させたり、自分に有利なエリアを作り出す異形の個性『円環』。その個性が混ざり合った個性はどんなものなのだろう。

 

(行方不明だったとなれば、転移系かな? 黄金──金属がある場所にワープするのか、引き寄せる? 自分に有利なエリアを作り出す個性はどうなってるのかな? どちらにせよ、いい個性だろうね……)

 

 想像を膨らませて巨悪は嗤った。親を殺した人間に個性を奪われた時、彼がどんな反応を見せてくれるのか、楽しみで仕方がなかった。

 なお、男は知らない。彼がマジもんの化け物であることを。個性を奪おうとした時、色々ヤバイものが飛び出してくることを。そもそも奪えるかどうかも定かではないというのに、捕らぬ狸の皮算用をしていた。

 

 

 

 

*1
生徒への思いが強いブラドキングとか




【教えて!エルデの王】のコーナー

「こんなお便りが来ています。『律は歪な気配に敏感らしいけど、どのくらい敏感なの?』だそうです」

「悪意が混ざったやつには本当に敏感だよ。見つけた瞬間魔力のセスタス(+25)でぶん殴るくらいには」

「で、次。『人使はどんな感じに洗脳が強化されてるの?』……多分、誘惑の枝的な感じ、だと思う。狭間の地から出た後全く使ってないから、分からねぇけど」

「触れても洗脳とか凶悪過ぎない?」

「いや、そこまでではないだろ。声だけだよ。……多分」


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この先、決闘を捧げろ。だから、セスタス万歳!

『決闘祭り』

狭間の地で人気のある祭りの一つ。肉と肉がぶつかり合う血の気の多い祭り。数多くの戦士が集まり、しのぎを削る。優勝者には決闘王の称号が贈られ、名誉を手に入れることができる。
殴り合いは、武器ではなく己の肉体のみが武器となる。磨き上げた筋肉を見せつけるのだ。


U.A.FILE.No.UNKNOWN
RITSU OUGON

王金律

個性『黄金律』
狭間の地へと足を踏み入れるための鍵であり、扉でもある! エルデの王となるための戦いへと向かうのだ! 副産物として悪意や歪んだ気配に敏感! そして大抵のものを黄金比に整えることができる! 狭間の地では個性が使えない! 個性に頼りきりにならない彼の実力は凄まじいぞ!
ちなみに、彼の個性は突然変異個性のせいか、中学生の時に発現した超稀有な事例だ!

王金’s思考
気に入らないならとりあえず殴る。黙らないならもう一回殴る。嫁を馬鹿にされたらキレる。殺す勢いで殴る。君が死ぬまで殴るのを止めない。多分物間とか刺鉄球で殴られる。

王金’s身長
176cm。だけどいつも纏っている雰囲気がフワフワしているせいで、雄英ではマスコットみたいに見られる。

王金’sヘアー
綺麗な長めの金髪。ラニに手入れしてもらっている。最高の一時。

王金’s肌
つるつる。遺伝子が片寄って女の子寄り。角が生えたりする。

王金’sボディ
細いけど筋肉質。背中には誰かの爪跡と噛み跡、黒き刃の証があるらしい。(本人は気付いていない)

王金’s指輪
ラニとの婚約指輪。エンゲージリング。

王金’s瞳
暗月色と金のオッドアイ。普段は両目が金色。感情の昂りで暗月の瞳が現れる。



 モシャモシャと、皿に盛られたカニや肉を食べながら律と人使は考える。五月最初の一週間、決闘祭りの時期に被るために外出しなくてはならないのだが……

 

「許可してくれると思う?」

 

「分からん……正気を疑うレベルの殴り合い大会だぞ?」

 

「使うのは未強化セスタスだよ?」

 

「黙れ筋力99(変態)

 

 細いが、恐ろしく鍛え上げられた律の肉体は、拳を交えた戦士達が全員唸るほどのものである。そんな肉体から放たれる拳を受けたりしても砕けない狭間の地の戦士達はやはりおかしい。

 

「酷いなぁ。背律者とか闘士とかにもいるじゃん……」

 

「ああ、あれも変態だな」

 

「俺だってグランサクスの雷使うよ?」

 

「アンバサしろ」

 

「ええー……」

 

 カニ、エビ、肉、山盛りのブロッコリーを食べながら討論? を行う二人の席に、三つの影が現れた。何を隠そうここ最近伸びに伸びている二年生の三人組だ。

 

「相席いいかな?」

 

「んぁ? ああ、通形先輩方。どうぞどうぞ」

 

「ありがとう! いやー、席が無くなってて困ってたんだよね!」

 

 今日は金曜日ということで、金曜日限定カレーを頼んだらしい三人組の持つトレーからは、食欲を増進させる素晴らしい香りが漂っている。

 大盛りのカレーにがっつく三人を見ながら、律と人使は個性使用許可願いの書類をジー、と見つめる。

 

「どうするかなぁ……」

 

「どうかしたのかい?」

 

「いやぁ、祭りのために個性を使おうと思ってて……」

 

「ねぇねぇねぇねぇ! お祭りでどうして個性を使うの? 不思議!」

 

「狭間の地が開催場所ですからねぇ……」

 

 狭間の地については三人組にざっくりと話してあるため、通形、天喰、波動の三人は、あー……、と察したような反応を見せた。

 

「ゴールデンウィーク期間中に被るんですけどね、内容が内容なので……」

 

「こいつを含めた変態共がセスタス(これ)使って殴り合う祭りです」

 

「「「殴り合い……」」」

 

 最近ボクシングやらテコンドーやら様々な格闘技に手を付けて、格闘主体の戦闘スタイルを確立しようとしている通形や天喰、近付かれた場合の近接戦闘をどうにかしようと考え、スナイプやプレゼント・マイクなどに講義をしてもらっている波動が反応した。半月指導されていた彼らも、そろそろ毒されてきている。

 

「おや、興味が?」

 

「そりゃね。近接戦闘の指導をしてくれた王金君の第二の故郷の祭りだろう? 気になるさ!」

 

「うーん……あそこじゃあ個性を使えないからなぁ……観客としてならワンチャン……?」

 

「まぁ、それくらいならな。……あ、引率者でもいればいいんじゃねぇか? マイク先生やってくれそうだぞ?」

 

「それだ」

 

 狭間の地の戦士達、騎士達は全員、戦い方が上手い。剣が振れない場所、槍が使えない、弓を使うには敵が近いなど、不利な戦いを想定した戦い方をできる。そんな戦士達を見るだけでも経験になるだろう。ラダーン祭りは刺激が強すぎるかもしれないが、決闘祭りならいける気がした。

 

「引率のお願いと個性使用許可をすればワンチャン行ける!」

 

「課題が山盛りになるだろうけどな」

 

「やるに決まってるだろ!」

 

 やれる可能性があるならとことん突き詰める。王様二人はそういう褪せ人であった。

 

「あ、通行割符作らなきゃ」

 

「あー……そういやそうだな。お三方は来るってことで確定ですか?」

 

「インターン先の許可も欲しいんだよね! もぎ取ってくるよ!」

 

「ああ、ナイトアイ氏、ファットガム氏、リューキュウ氏の事務所でのインターンでしたか」

 

 彼らの潜在能力を見出だしていたヒーローは、雄英高校のヒーローだけではない。サー・ナイトアイ、ファットガム、リューキュウの三人は、彼らの強さを見出だしていた。見る目がある人はいるものだ、と律と人使は唸ったものである。

 

「結果が分かり次第連絡してください。俺らは申請出してくるんで」

 

「……ところで二人の食べてるそれはなんだい?」

 

「カニ……だよな? 人使これ、カニだよな?」

 

「ああ。ビック・ボギー料理長の手製のゆでカニと、勇者の肉塊だ」

 

 ならず者ことビック・ボギー。彼は二人が旅をする中で、忘れていた食事の素晴らしさを思い出したきっかけにもなった男だ。

 黄金律を正した狭間の地で、二人は彼を復興中の炊き出し料理人として雇ったのである。その後王都の片隅で料理を作っている彼はゆでカニ、ゆでエビなどはもちろんのこと、肉塊をアレンジした料理などたくさんの料理を作り、毎日を忙しく過ごしている。

 

「ランチラッシュ先生の料理もいいけど、やっぱりこれなんだよ、俺達は」

 

「茹で具合が絶妙なんだよな、ビック・ボギー」

 

 ガツガツと食い続け、皿に山盛りになっていた料理がどんどん消えていく。どんな顎をしているのか、骨や甲殻ごと噛み砕いていく二人を周囲の人々が凄い目で見ているが、当の二人は全く気にしていない。

 

「凄い顎だ……」

 

「竜の心臓食べたらできるようになりますよ。食べます?」

 

「な、なんだいその心臓!? そもそも心臓なのかい!?」

 

「「心臓ですよ。ドラゴンの」」

 

 二人の体には古竜の血も流れている。これは狭間の地にて竜の心臓を喰らい続けた結果で、狭間の地にいる竜達からもたまに同族判定を受けてしまうことも。古竜ランサクスから寵愛を受けているヴァイクからは、「お前達も竜の婿にならないか」と冗談交じりに言われていたりする。

 

「狭間の地って、どんな場所なの?」

 

「うーん……どんな場所……自然が豊かで、動物がたくさんいる場所……?」

 

「田舎ではないですよ。城が結構あります」

 

「「「城!?」」」

 

 実は住んでいる場所も城なのだが、それは話さない。

 

「まぁ、行けば分かりますよ」

 

「賑やかで退屈はしませんよ、退屈は」

 

 にこやかに話す二人の脳裏には、最初から最後までボス級の強さを見せつけてくれた巨大な熊が、手を振っている姿があった。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 後日、ゴールデンウィーク初日──場所は狭間の地、闘技場。

 

「「帰ってきたぜ狭間の地!! Foooooo!!」」

 

「はしゃいでるな二人共」

 

「久しぶりだからね」

 

(((や、ヤバイ場所に来たかもしれない……)))

 

「はしゃぎすぎるなよ、特に二人」

 

 諸手を上げて喜ぶ王様二人とそれを見て微笑む女王二人に対して、疲弊しきった様子の三人組*1と、少し疲れている程度に留まっている引率の相澤*2。プレゼント・マイクこと山田は、ゴールデンウィーク期間中ラジオ番組の収録があるので引率できなかった*3

 

「おお! 律! 人使! よくぞ戻った!!」

 

「──あ!」

 

 テンション爆上がりしている王達の前に、巨大な壺が現れる。

 

「「アレキサンダー!!」」

 

「ワッハッハッハッ! 久しいな友よ! 息災で何よりだ!」

 

「つ、壺が喋ってる……!?」

 

「む? 律、人使、そこの四人は誰だ?」

 

「「客」」

 

「おお! 客人か! 遠路遙々よくぞ来たな!!」

 

 鉄拳のアレキサンダー。最強の壺であり、今回の決闘祭りの優勝候補の一人だ。その性格は、おおらかで寛大。まだ見ぬ強者を求めて旅をする英雄でもある。

 

「そろそろ開会式だ。律も参加するなら急げ」

 

「お、そう? じゃあすぐ行くよ」

 

 闘技場に入っていくアレキサンダーの言葉に頷き、見送った律は驚きっぱなしの四人に向けて口を開く。

 

「じゃあ、人使とかラニとかメリナから離れないでくださいね。はぐれたら……」

 

「は、はぐれたら……?」

 

「……ふふっ」

 

「何か言ってよ!?」

 

 一般人四人の声を代弁した天喰に、ケラケラと笑うだけの律はツッタカタッタッター、と闘技場の中に消えていってしまう。意外と悪戯好きでもある律に苦笑した人使は、律が言わなかったことを説明することにした。

 

「席に案内するので付いてきてください。はぐれたら多分迷いますので」

 

「外からでも分かるくらい凄い熱気だな。心操、決闘祭りというのはそんなに人気なのか?」

 

「ええ、まぁ。なんたって、エルデの王と戦える唯一の祭りですからね。各地から強者がやってきますよ」

 

 闘技場の観客席──エルデの王や女王、デミゴッド達が座る来賓席に案内する人使。ラニやメリナは慣れているが、他の四人は雄英体育祭よりも熱気がある祭りの雰囲気に引っ張られそうになっている。

 何せ、近付く度に凄まじい熱気と闘気が伝わってくるので、嫌でも体が高揚してくるのだ。そして、

 

「人使様だ」

 

「おお、我らがエルデの王……!」

 

「人使様がいるということは律様もおられるのか?」

 

「王と女王の後ろにいるのは……客人か?」

 

 歩く度に向けられる奇異の視線。アングラ系ヒーローであっても一応メディア対応をしたことがある相澤、インターンを行っているヒーローの卵達であったが、狭間の地で向けられる視線はその多くが奇異と興味、そして闘争心などが混ざっている。そんな視線を向けられるの初めての経験だった。

 

「視線が凄い……帰りたい……!」

 

「少なくとも宴までは帰らせませんので、そのつもりで」

 

 人使の こうげき! 人使の いやなおと! 

 天喰に こうかは ばつぐんだ! きゅうしょに 当たった! 天喰は たおれた! 

 

「環!?」

 

「天喰君はあれだよね、ノミの心臓!」

 

 うずくまる天喰に対して、人使は溜め息を吐いてから腕を掴んで立たせると、彼の目を見る。その紫の奥にある黄色と黄金の瞳を向けられた天喰は背筋を伸ばす。

 

「言っときますけどね、天喰先輩は汎用性最強ですよ。気遣いもできて凄い人です」

 

「そうそう! 環は凄いやつさ! 自信持てって!」

 

「皆からの信頼が重い……」

 

 客席に辿り着くまでにそんな話をしていた人使達は、空いていた席に座って闘技場を見る。

 

「そろそろ始まりますよ」

 

 闘技場に集う戦士達は、全員がプロヒーローと遜色無い雰囲気を纏っている。あの場にいる全員が無個性だと思うと、この世界の戦士達はどれだけ強いのだろうか。

 

(ミルコとかが好きそうな話だな……)

 

 相澤がそう考えていると、人使に近付く影があった。

 

「……人使」

 

「ん? ──おお、ミエロス! 久しぶりだな。警備か?」

 

「ああ。……角の戦士の見極めも兼ねている」

 

 かつて、忌まわしき糞喰いと呼ばれた男、ミエロス。本名なのかも分からない名を名乗る彼は、忌み角と呼ばれた者達を率いる長となっていた。

 ちなみに今の狭間の地で忌み角は、「角あるだけで差別とか馬鹿らしくない? 俺らも角生やそうか? やろうと思えば生えるよ」という王の発言によって角付きと呼ばれるようになり、祝福を受けて生まれている。就職先は専らモーグウィン王朝やノクステラ、ノクローン、重要施設の警備、建設業など。角付きは皆力持ち。

 

「心操君、そのずんぐりむっくりした鎧の人は誰だい?」

 

「……ミエロス。角の戦士団を率いている」

 

「ミエロスは呪いとかに敏感なんだよ。だから、悪いこと考えてるやつは、即刻こいつに殺られる」

 

「客人よ、王達の品位を損なうなよ……損なうような行為があれば……俺自ら、穢してやろう……」

 

 忌み角こと角付きへの偏見は消えたものの、彼らの血が凄まじい劇毒であることには変わらない。

 

「うん、気を付けるよ」

 

「できる限り、頑張ります」

 

「先輩だもんね。頑張る!」

 

「……そうか」

 

 

「戦士達よ!! よくぞ集まってくれた!!」

 

 

 拡声器がないのにも関わらず、凄まじい声が闘技場中に響き渡る。どこから響いたと四人が探していると、闘技場に何かが落下してきた。

 魔術を使っていたらしく、砂煙は舞わず、フワリと降り立った存在を見て、会場の熱気は最高潮。ハイボルテージに到達した会場に現れたのは、細いながらも筋肉質な上半身を晒し、ズボンとボクサーシューズ*4、セスタスだけを装備した律である。

 

 

「あははは! 凄い歓声! なら、御託は必要ないよなぁ!? お前ら! 全力で殴り合うぞ!!」

 

「「「オオオオオ!!」」」

 

「んんーッ、いい返事! 各地の中継で見てるやつらも沸くようなぶつかり合いを魅せてやろう!! 決闘祭りの始まりだァアアア!!」

 

 

 雄英での律は、フワフワしているというか、勉強や訓練をして、ラニに手を引かれて歩いていたり、ラニの膝を枕にして寝ていたりと、雄英生からは女の子のような容姿も相まって、滅茶苦茶強いマスコットに近い印象を持たれていた。二年三人組は指導を受けていたものの、そう思っていたしそう見ていた。

 だが、あの姿を見てしまったら印象が変わる。あれは、マスコットなんてものじゃない。おとぎ話に登場する英雄そのもの。自分達が憧れたヒーロー達と同じか、それ以上の領域にいる存在なのだと認識した。

 

「心操君」

 

「なんすか?」

 

「──王金君は凄いね」

 

 闘技場の中で戦士達に揉みくちゃにされている律が、狭間の地の国民全員から慕われているのが一目で分かる。だからこその言葉に、人使は誇らしそうに笑う。

 

「ええ、律は凄いんです。……本当に昔から。俺のヒーローは、凄いやつなんです」

 

──────────────────────────────

 

 

「人使はヒーローになれるよ」

 

 それは、俺の思い出。ヒーローになれると言ってくれた人との思い出。

 

「……無理だよ。こんな、個性──」

 

「その個性で人使は俺を助けてくれた! 個性を使って、助けたら、皆から避けられるって分かってたのに! なのに、なんで助けてくれたんだよ!」

 

「──────分からねぇよ。分かるわけねぇだろ!? 体が、動いてたんだ!!」

 

 考えるよりも先に、体が動いていた。個性が発現することなく成長した幼馴染みが、『無個性』だというだけで虐められていた幼馴染みが、どれだけ泣いても誰も助けなかったから。

 

「だから、助けてくれたの?」

 

「……ああ、そうだよ。お前が──律が、助けを求める顔をしてたから! だから俺は──!」

 

「……うん、ならやっぱり人使はヒーローになれる」

 

 にこやかに笑って、彼は自分の手を握ってくれた。

 

「な……」

 

「あの場で、たった一人、俺を助けてくれた。人使だけが、俺のヒーローになってくれた!」

 

 その時、俺は──いつも言われていたことを思い出していた。

 

「トップヒーローに名を刻む人って、いつもルーキーの時に言うんだって。……考えるより先に体が動いていた、ってさ」

 

 いつも、言われていた。『(ヴィラン)向きの個性だね』、と。違う。違うんだと、いつも心の中で叫んでいた。

 

「人使も、そうだったんだよね?」

 

「…………ああっ……」

 

 俺が、言ってほしかったのは────

 

「人使、ヒーローになれる。……助けてくれて、ありがとう……! 俺のヒーロー!!」

 

 その言葉だったんだ。

 その言葉だけで俺は、本当に救われたんだ。

 

 

 

*1
道中カニに襲われたため。あいつら頭おかしいよ

*2
道中エビに襲われたため。あいつら頭おかしいよ

*3
チッ、命拾いしたな

*4
エルデの王の足甲



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殴り合え狭間の森

『防腐剤』

ケイリッドに蔓延していた赤き腐敗を抑えるために作られた薬。腐敗を防ぎ、民家を守る。
復興には欠かせないものの一つ。塗るとなぜか耐火性にも優れた材質となる。

そういやエルデンリングで竜体化なかったなぁ、と思った。ありましたっけ?


U.A.FILE.No.UNKNOWN
HITOSHI SHINSO

個性:洗脳
問いかけに答えた相手を洗脳する! 表層意識、深層意識、身体のみ、精神のみなどの切り替えが可能! 狭間の地での戦いによって突然変異を起こしたのだ! 効果は精神力、魔力、信仰、神秘に依存するぞ!!

心操’s思考
とりあえず殴る。それでなんとかなる。嫁を馬鹿にされたら死ぬほどキレる。狂い火と古竜信仰と神肌剥ぎが止まらない。

心操’sヘアー
ところどころウェーブのストレート。気付いたらそうなってた。彼自身滅茶苦茶驚いている。下手人はメリナ。

心操’s瞳
金と紫のオッドアイ。紫の奥に黄色い火が見える。感情の昂りでオッドアイになる。普段は紫色。

心操’sボディ
強靭。筋肉がある程度付きやすい体質。が、細い。肉体に剛力を、精神にゲス道と冷徹を。

心操’s口
糞ほど面倒な攻撃。律には効かない。多分狭間の地の戦士達は大体効かない。

心操’s公務処理能力
優秀。


 誰もが、その光景に息を呑み、魅了された。

 血沸き肉踊る凄まじい殴り合いは、観客の誰もが熱狂し、凄まじい叫び声となって響き渡る。

 

「オラァアアッ!!」

 

「ヌゥウウウンッ!!」

 

 律が小柄に見えるほどの巨大な男が拳を振るえば、周囲に暴風が吹き荒れる。それを躱した律は、細腕から放たれているとは思えない一撃をかます。

 だが、それでも巨人は倒れない。倒れるどころか、凄絶な笑みを浮かべて更に攻撃速度を速める。喰らってしまえば確実にノックアウトしてしまう一撃を、時に躱し、時に受け流して。

 

「行け……!」

 

「やれ! そこだ! 顎狙え顎!!」

 

「どっちも凄ぇ……!」

 

 エルデの王と蛮地の王。英雄と英雄の闘いは、誰もが魅了されるほど素晴らしいものだ。決闘祭りでは多くの戦士が集まり、己の実力を試すと共に、未来のライバルを手にすることもある。だからこそ、この試合を見ていた駆け出しの戦士達は羨み、そして羨望した。

 

(ああ、なんで、俺はあそこにいない!?)

 

(闘いたい……闘ってみたい! あの英雄達と!)

 

(私だって……英雄に……!)

 

 一撃でも当たれば負ける律と、このまま連打をされたのなら負けるホーラ・ルー。一撃必殺の拳と神速の拳。小細工なんて存在しない。純粋な力と力の殴り合い。英雄の、神話の再現がそこにある。

 

「ハハハハハッ!! 楽しいなぁ、律よ!!」

 

「ああ、そうだなぁッ!?」

 

(やっべぇな……これ間に合わねぇかもしれない……!)

 

(何か企んでおるな……? 企みが成功する前に押し切る!!)

 

 セスタスなどの拳を武器とした律の戦闘スタイルは特殊である。打って打って打ちまくるのは当たり前のことだが、まさに神速で放たれる拳は、自分の体も傷付ける可能性がある諸刃の剣。現に今、彼の腕からは血が噴き出している。

 

(ただ出血してるだけ? んなわけねぇだろ! 俺の血は刃に変化する神秘の塊! 傷付けば傷付くほど、血は体から出て、刃に変化する血は増える! だけど──)

 

「ゼリャアアアアッッ!!」

 

(避けるだけで精一杯! こいつの攻撃、前より速くて強いから、一撃でも喰らったら終わり! さっき受け流しただけで骨に罅が入った! これ以上は受け流せない!)

 

 捕まれても、殴られても終わり。なんとか隙を見つけて溜めを作りたい律と、企みを叩き潰さんとするホーラ・ルー。

 膠着状態になった時、律の体が、エルデの王となってからずっと壊れなかった体が悲鳴を上げた。

 

「しまっ──!? おおおおおお!!?」

 

 それを見逃すほど、蛮地の王は甘くなかった。最大の、全身全霊の一撃を叩き込まんと、急速接近してアームハンマーを叩き込む。それに律は血が固まり、鎧のようになった右腕で応戦する。

 

「まだ、抗えるかエルデの王よ!」

 

「んぎぎぎぎぎ……ッ!!」

 

「だが、これで、終わりじゃあああ!!」

 

 更に力が込められ、片膝立ちになった律。観客の誰もが──闘いを見ていた一般人四人も含めた全員が、律の敗北が脳裏に過った。

 

「……まだだ」

 

「は?」

 

「まだ、終われねぇよな……律……! 諦めてねぇだろ!! そんなタマじゃねぇだろお前はァッ!!」

 

 その中で、律の勝利を疑わない者がいた。人使が、いつも以上にボロボロになった律へと叫ぶ。

 

「一度勝ってるやつに負けんじゃねぇ! 勝て! 負ける馬鹿じゃねぇだろお前は!!」

 

 叫びは律の耳に届き、彼は狂気的な笑みを浮かべて叫んだ。

 

「──アア……ソウダナァ! 当タリ前ダァアアッ!!」

 

「ぬうっ!? この圧は……!?」

 

 竜の心臓を喰らい続けた律の体には、古竜の血が流れている。腕から流れた血が固まり、形を成し、現れたのは古竜の槍。王都ローデイルが突破した唯一の存在、グランサクスが突き立てた槍だ。

 

「アー、コレヤルト、コンナニナルカラ、ヤリタクナインダケドナァ……片言ニナルンダヨ……」

 

 そして、律の姿も変貌していた。角が生え、鋭い牙と爪、翼を生やし、小さな竜となった彼を見て誰もが驚愕する。

 ──竜餐祈祷という祈祷が存在する。竜の心臓を喰らい、その力を宿す祈祷であるそれは、美しく、猛々しく、そして恐ろしいものだ。力を求めるあまり、竜の力に呑まれることすらある、禁忌にも近い祈祷なのだから。

 律はその祈祷について、独自に解釈をし、源流魔術、忌み角などと組み合わせてみるという狂気的思想を編み出した。その結果、生まれたのが今の姿。どこか別の世界では『竜体化』と呼ばれている技術である。

 

「ジャ、終ワラセヨウ、ホーラ・ルー。コノ一撃デ、決着ダ」

 

 押し潰されかけていた律が、ホーラ・ルーを弾き飛ばして拳を構える。槍はそれに続き、爛々と輝く。古竜の血が流れているが、彼は赤雷を纏うことはできない。竜だけに許された力を使うには祈祷を使わねばならないのだ。

 

「来い!」

 

「────フッッッッ!!」

 

 空間が歪んだように律とホーラ・ルーが激突し、背中合わせの形となる。そして──

 

「律よ……その力こそ、王故よ……」

 

「王故、ってなんだよ爺さん」

 

 膝を付き、地に伏せたのはホーラ・ルー。最後まで立っていたのは、エルデの王律。

 真っ赤に染まった右腕でピースサインを掲げて、黄金律の王は笑う。

 

『き、決まったァアアア!! ホーラ・ルー、ノックアウトォオオオッッ!! 優勝候補の一人を踏み越えて、勝利を掴んだのは──』

 

「俺の、勝ちっ!!」

 

『エルデの王! 王金律!!』

 

「「「オオオオオオ!!」」」

 

「──けど、ちょっと、疲れた……! しんどいぃぃ……」

 

 ふらつく体を奮い立たせて、律は闘いの場を後にする。ホーラ・ルーの四股踏みやらアームハンマーやらで闘技場はボコボコのため、次の試合は明日になる。順当に行けば、角の戦士かアレキサンダーとぶつかることになるだろう。

 

(久しぶりの殴り合い、楽しかったけど……疲れた……)

 

「おーい、律」

 

「……あ、パッチ!」

 

「ヘヘッ、元気そうで何よりだぜ」

 

「フラッフラだけどね!」

 

 声をかけてきたスキンヘッドの男──フーテンのパッチと手を叩き合う。

 

「そんなあんたに耳寄りな話を持ってきたぜ」

 

「うーん、胡散臭い!」

 

「ヘヘッ、そう言うなよ。あんたの女王様が、向こうであんたを待ってるぜ。なんでも、いいもの用意してるんだそうだ」

 

「ラニが?」

 

「嘘は言ってないぜ? さすがに女王様の言葉を騙ったらヤバいだろ?」

 

 さすがのパッチも女王の言葉を偽ることはない。やらかした者が、王自らの手で殺されたことがあったのだ。それを知って言葉を騙る者はいない……はずである。

 

(……まぁ、嘘は言ってないみたいだし……でもラニは何を用意してるんだろ)

 

「気になるならこれ持っていきな」

 

「え、これ……俺の部屋に繋がってるじゃん!?」

 

 律がパッチから受け取ったのは、魔術を利用した転移装置だった。流血が止まり、疲れきった律はすぐにでも使ってベッドに飛び込みたい気持ちでいっぱいだが……ラニが何をしているのかが分からないのが、彼の警戒心を刺激している。

 

「罠はねぇだろうさ。俺も渡されただけだ」

 

「うーん……パッチに渡したのか……なんで?」

 

「さぁな」

 

「だよねー」

 

 とりあえず行けば分かる。それが数々の絶望、屍山血河を踏み越えて歩いてきたエルデの王の経験則だった。

 

「じゃ、またねパッチ」

 

「ああ。あんたに賭けてた金で一杯やってくるぜ」

 

 決闘祭りでは賭けも行われている。ホーラ・ルーに賭けていた者が多くいたが、パッチは律に賭けていた。何を信頼しているのかはあれだが、パッチはエルデの王を女王とほぼ同じくらいの間見守ってきた存在。彼らの強さは彼が一番よく知っているのかもしれない。

 

「……あ、風呂入ってから行こ」

 

 体を清めるのは大事なのだ。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

「ラニ、来たよー?」

 

「ああ、早かったな」

 

 汗を流した後、自室に赴いた律を待っていたのは、ワイングラスを持ってベッドに座っているネグリジェ姿のラニだった。彼が来るまでに少し飲んでいたのか、唇にはワインで口紅が塗られている。

 

「人使達は?」

 

「メリナと二人で飲むそうだ。お前も飲むか?」

 

「んー……一杯だけ貰おうかな?」

 

 差し出されたグラスを受け取り、真っ赤なワインを注ぐ。何度も言うが、彼は千年は生きている。未成年飲酒にはならない。

 

「──んんっ……辛い!」

 

「まだ酒は苦手か?」

 

「んー、甘いのがいい」

 

「ふふ、そうか」

 

 人使は辛口の方が好みだが、律は甘口の方が好みなので、辛口のワインをチビチビと飲んでは表情を歪める。苦手な味はあまり手を付けない。だからこそ気付かない。ラニが注いだワインの中に入っているものに。そしてラニが謀をするのが得意だということも、彼は忘れていた。

 

「あがが……辛、い……?」

 

「思ったよりも早く効いたな」

 

「効い、た……? ま、まさか……!?」

 

「トリーナのスイレン、ミケラのスイレンを混ぜた……いわゆる睡眠薬だ」

 

「媚薬の間違いだろそれぇ!!?」

 

「そうとも言うな」

 

 悪びれもしないラニはグラスを奪い取り、律を四本の腕を駆使して抱き込む。

 

「数時間は動けまいよ」

 

「あ゛ー、いけませんお客様! お客様いけません!」

 

「ん? 私はお前の女王だ。客人ではない」

 

 お互いがお互いを愛している夫婦ではあるが、ラニは一つだけ──否、いくつか不満に思っていたことがある。

 一つは最初、出会った時の律の反応。突然話しかけたのは悪かったとは思うが、「お化け!? お化けいるよ人使、メリナ! なんなんだよここぉ!!」と叫んで茂みに隠れたことだ。これはまだいい。

 

 二つ目はカーリア城を抜けて、ボロボロの状態で魔術塔にやってきた彼が「なんなんだよここ……お化けにまた会うし、イジーとブライヴにはしばかれるし……!」と文句を言って出ていこうとしたこと。

 

 三つ目は「プリン食べたい……ラニ様、卵と砂糖と牛乳と氷ありません?」と言ってきたから用意してやったら、プリンを作って、人使とメリナ、そして臣下達と食べていたこと。意地を張って食べないと言ってたせいもあって食べられなかったのである。

 

 四つ、五つ……といくつか不満に思っていたことを思い出す中で、一番不満だったのは、絶望を繰り返す中で会いに来ることがなくなったこと。世界がループしていることを、神人である彼女はなんとなく理解していたし、ループの中心が律と人使だとも確信していた。だから協力していたし、するつもりだったというのに。

 

 いつかの──丁度記念すべき(皮肉)二百回目ループで、直接会いに行った時の律から放たれた言葉でラニは拗ねた。大いに拗ねた。仕方がないだろう。何度も何度も指輪を贈ってくれた相手に「なんで来た、なんで俺の前にいる」とか、「消えろよ、俺は、お前になんか会いたくない」とか「二度と俺の前に現れるな」*1とか言われたらそりゃ拗ねる。

 

 今となっては大いなる存在や、指の干渉を避けるためだと理解していているが、不満は不満なのだ。

 

「お前はあまり、不満を口に出さないな」

 

「ん? 出してると思うけど?」

 

「痛いとか、苦しいとかは言わないだろう」

 

「痛くないから言わない。凄く幸せだから苦しくないよ。今ラニが俺を抱いてるのは、ちょっと苦しいけど」

 

 それは体が痛みに慣れてしまった結果であって、痛いと感じないわけではない。苦しさを感じないのは、孤独と絶望を繰り返し過ぎて精神が壊れているから。

 律と人使は、あの絶望の日々が始まった時から、泣き方を忘れてしまった。笑い方は覚えているけど、どうやって泣くのかを忘れている。泣いている暇なんてなかったから、仕方がないことではあるけれど。

 

 地獄を見た。絶望を知った。それでも歩いた。その結果壊れて危うく傀儡に成り下がるところだった二人の王を知っている。だから何かあれば言ってほしいし、話してほしい。

 

「お前達はもう、二人だけじゃない」

 

「知ってる……」

 

「私がいる。メリナもいる」

 

「分かってるよ……」

 

 興奮状態にあった彼の体がやっと落ち着いてきたのか、呂律が回らなくなってきた。ひんやりとしたラニの体に抱きついて、律は目を閉じる。

 

「寝る……」

 

「ああ。明日もあるからな」

 

「人使達に、挨拶してないや……」

 

「そういう日もある」

 

 いつもは手を握るだけで、心臓を破裂させるのではと思うほど驚く律だったが、薬の影響もあってかそんなことは起こらない。ただひたすらに眠い彼は、火照る体をラニに押し付けて夢の中に旅立つ。

 これならきっと、悪夢を見ることもないだろう。

 

「……眠ったか」

 

 ぐっすりと眠る王を抱いて、ラニは横になった。もちろん、律が起きないようにフワリと浮き上がってから、ベッドに身を預ける。無駄に高度な技術を披露した女王は静かに寝息を立てる王を見て微笑み、眠りについた。

 

 

 

*1
この後律は自己嫌悪で死にたくなった




なお、朝に律は悶絶して声にならない絶叫をしてみせたらしい。

【教えて!エルデの王】のコーナー

「こんなお便りが届いています。『八木先生に接ぎ木と言ったそうですが、その接ぎ木は見えているんですか?』だそうです」

「八木先生の気配のことね。干渉できそうだよなぁ、あれ」

「ただ、向こうは八木先生以外警戒心剥き出しだぞ? 俺らなんかしたっけ?」

「あれだよ、背律の気配とか感じてるんでしょ」

「ああ、そういう……」

「まぁ、あとでお話くらいはしたいなぁ、って思ってるけどねぇ」

「それな。滅茶苦茶気になるわ。なんで人間が接ぎなんて技術持ってるんだろうな」

「ふふ……絶対お話しに行ってやる……」

煌めく眼(狂い火祈祷)でロックオン!
猫の手(ルーンベアー)手助けやってくる(金サイン)!
どこからともなくやってくる(侵入)……!
キュート(皮肉)にキャット(狭間の地のヤベーやつ)にスティンガー(ミサイルみたいな魔術と祈祷)!
ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ(国家級戦力)に目を付けられたワンフォーオール継承者達の明日はどっちだ!?


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ここだ!この先、禁句に気を付けろ。

『串肉団子』

スパイスと共に捏ねた肉を丸めて一口大に分け、炭火で焼いた料理。香ばしい匂いとこんがり焼かれた肉は絶品。攻撃力が一時的に増加する。
狭間の地の観光では、これがなくては始まらない。

しろがね人は創造されたものらしいですね。ホムンクルスなんでしょうか? ここでは病気を患ってる患者とそれに準ずる人達として扱います。ご了承ください。

口田君がヒーロー科にいた理由を考えると、がたいがいいからロボット壊せたってのと、野生動物による被害がまだまだ存在しているからだと思うんです。


 俺には、凄い幼馴染みがいる。俺をヒーローと呼んでくれた、俺を助けてくれたヒーローがいる。

 

「人使、ヒーローになるなら鍛えよう! 俺もやる!」

 

 アメリカ人の血が流れているからか、頭を垂れる稲穂のような金髪と、金の琥珀にも似た色の瞳はいつでも輝く。いじめられて、泣いたりもするけど、絶対に報復はしない。その理由を聞いてみれば、「いじめる人達みたいな人になりたくない」とか「昔の人は全員無個性だけど、俺達より凄い人達ばかりだから!」と笑うのだ。

 

「ストレッチしてから筋トレをしよう! 目指せヘラクレス!」

 

「さすがに無理だろ」

 

「じゃあヨトゥン!」

 

「もっと無理だわ!」

 

 無茶振りはしてくるけど、それでも俺は凄く楽しかったし、救われていた。

 俺の個性は人を操る。周りの人間はほぼ全員(ヴィラン)向きの個性だと言って離れていく。だけど、律だけは変わらず接してくれていたから。

 

「それにしても、なんで人使の個性は俺に効かないのかな?」

 

 それに、律は俺の個性が通用しない。二人で首をかしげ、お互いの両親にそのことを話してみたが、全く分からずじまい。

 

「やっぱり個性因子ってやつなのかね?」

 

「かなぁ……」

 

 少し遠出になるけど、大きな病院に行って調べてみようと提案されたことがあったが、律が「あそこの病院、嫌。やなにおいする。怖いの、たくさんいるからやだ」と言って嫌がり、怖がっていたから俺も却下した。

 俺の幼馴染みの勘はよく当たると知っていたし、よくないものを嗅ぎ分ける嗅覚を持っていたのも知っていたから出した決断である。

 

「人使、俺はね、ヒーローにはならないんだ」

 

「知ってる」

 

「王様になるんだ。手が届く範囲の人に手を伸ばせる王様になりたいんだ」

 

「知ってるって」

 

 だからヒーローになったら、手伝ってほしいってよく言われてた。

 

「ヒーロー=強い個性、ヒーロー向きの個性、なんて風潮を消し飛ばす、個性、無個性の隔たりがない場所! それを俺は作りたいんだ!」

 

 所詮は無個性の子供の夢物語、なんて言葉で片付けられるかもしれない言葉には、重みがあった。テレビで政治家が言っているような、本当かどうか分からない言葉より、律の言葉は惹き付けられる何かがある。これがいわゆる『カリスマ』、というやつなのだろう。

 

「だから──?」

 

「律?」

 

 楽しそうに話していた律が突然、停止する。いや、それよりも──

 

「お前、()()?」

 

 

「『落ちた葉が、告げている……偉大なる、エルデンリングは砕けた……』」

 

 

 ゾワリ、と背筋が凍る。律の顔、律の声なのに、律じゃない誰かがそこにいて、何かを話しているその状態に、恐怖を覚えた。

 

「『霧の彼方、我らの故郷、狭間の地で永遠の女王マリカは隠れ……黒き刃の陰謀の夜──』」

 

「──ッ! お前ッ! 律をどこにやった!?」

 

「『────褪せ人よ、狭間の地へ向かい、エルデの王となれ』」

 

 俺が律の体を掴んだ瞬間、律を中心として空間が歪む。脳が、本能と理性が離せと叫ぶが、絶対に離さない。

 

「俺の友達をどこに連れていくつもりだ!!」

 

 離すものか。ずっと支えてくれた親友の手を今離したら、死にたくなる。いや、絶対に後悔のまま、ヒーローにはなれない! こいつが助けてくれた! なら今度は俺が……俺がこいつを助ける番だ! その一心で掴み続け、運命が動き出した。エルデの王になるという、突拍子もない運命が。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

「「「ど、ドクターストップゥウウウ!?」」」

 

 王都ローデイルの宿泊施設で朝食を取っていた二年生三人組の声が揃う。

 

「あはは……そうなんですよ。正確には王様ストップですけど」

 

「暴れすぎだ。貧血でぶっ倒れてねぇのが不思議なレベルだぞ」

 

(うーん、あの闘いで装備一式がぶっ壊れて失格なんて言えない……)

 

 ホーラ・ルーとの闘いによって、律の装備はほぼ全て砕け散ってしまった。あの祭りのルールに、武具の破損は失格となる*1と記されており、失格となったのだが、周囲の人間から「王が失格とか皆が驚くから王様ストップということにしよう」と言われてしまったのである。

 そのことを知らない三人組と引率の相澤は昨日の暴れぶりを見ていたために納得する。

 

「実際、骨の一部砕けてるらしいんですよね……あの爺め……」

 

「それ大丈夫なのかい!?」

 

「あっはっはっはっ、そのうち治りますよ。雄英でもこれくらい普通ですよね?」

 

「雄英体育祭でも怪我をする人はいるけど……粉砕骨折は中々いないよ……」

 

 笑いごとではないのだが、律はケラケラと笑うだけ。人使は人使で怪我人を小突いていたりする。彼らの異常性が垣間見えてしまった瞬間だ。

 

「二人とも、変だよね」

 

「「誉めてもギーザの車輪しか出てきませんよ。欲しいですか?」」

 

「「「「いらない」」」」

 

 朝からぶっ飛んだ話しかしない二人は、焼きたての食パンにかじりつきながら今後の予定を考え始める。

 

「決闘祭りだけ見るのも面白くないよなぁ……」

 

「折角ローデイル来たんだし、もっと色々見せないとダメだよな?」

 

「観光地ってどんくらいあるっけ?」

 

「グランサクスの雷は名所」

 

 狭間の地の観光スポットは、現在開発中のものも含めると複数存在している。王都ローデイルの堅牢な城壁を突破してきた古竜グランサクスとその槍を筆頭に、ケイリッドの赤き戦場、巨人の山嶺などがあるのだが……全部自然の産物ばかりだ。

 

「ねぇねぇ、二人っていつも書類とにらめっこしてるよね? どうして?」

 

「そりゃあ、公務は王様の仕事ですから」

 

「良くも悪くも、国民は全員俺達思いのいい人達ですからね……ちゃんとやらねぇと暴走する」

 

(そりゃそうか……特にデミゴッドとやらは、二人のことを信頼しているみたいだしな)

 

 信頼が重いが故に、仕事をしっかりこなさなければ反動が大きい。なまじ二人が何百回も繰り返していると知っていれば、また何か二人だけで何かをやろうとしているのではと思われる。そういう時の二人の行動力と、隠蔽工作はその手のことに詳しい者達──黒き刃や角の戦士達などもお手上げ状態にしてみせてしまう。

 

「過保護だよな」

 

「ねー」

 

(お前らのせいだと思うがな……自覚なしか?)

 

 無論、無自覚である。指ぶっ殺ルートに突入した時、ラニとメリナを筆頭に、円卓のメンバー、デミゴッドとそれに忠義する褪せ人達などに怒られた理由を、二人は未だに理解していないのだ。

 

「あ、四人はどこ行きたいです? 決闘祭りだけだと味気ないでしょ?」

 

「今ならルーンベアとのふれあいも付いてくる」

 

「「「「いらない」」」」

 

「「そうですか……」」

 

 ルーンベアふれあいコーナー……狭間の地で大変人気のコーナーだ。猛獣の調教ができる連中がこぞってルーンベアを調教し、なぜか成功してしまったのである。調香師の連中は軒並み頭がおかしい。

 

「改めて理解したよ……俺達人類は野生動物に無力なんだって……」

 

「まぁ、最近でも野生動物による人的被害はあるからな」

 

「えっ、そうなんですか!?」

 

 相澤の言葉に驚く通形含め、全員に相澤は説明を行う。人が人を害する事件が多いこの社会でも、ヒグマなどの野生動物による被害はまだ存在している。凶悪な(ヴィラン)が引き起こす事件の影に埋もれてしまっているだけなのだ。

 

「だから動物との対話、調教、野生動物への対処などができるヒーローってのは貴重なんだ。動物を操れる個性持ちは特にな」

 

「へー!」

 

「災害への対処も容易になるでしょうしね」

 

「ああ。それを鑑みると、天喰なんかは重宝されるだろう」

 

「天喰君の個性、凄いよね!」

 

 食べたものの特徴を再現するという個性は、意思疎通が簡単な動物のようなもので、敵との交戦の他にも、救助活動にも使える個性。無論、通形と波動も調整さえできるようになれば災害救援にも貢献できるようになるだろう。

 期待と尊敬、羨望の眼差しを受けた当の本人は、生まれたての小鹿のように震えているが。

 

「まぁ、先輩には宴で滅茶苦茶食ってもらうので。戻った時に再現がどこまでできるのか……楽しみだ……」

 

「分かる……あと、通形先輩には猟犬のステップができるようになってもらいたい。波動先輩は……波動を多段ヒットさせるようになりましょう。格闘戦もですけど」

 

「「ああ、楽しみだなぁ……ヒ、ヒッ……ヒヒヒヒヒッ」」

 

 不気味な笑い声を発する二人に寒気がする三人組。王と女王の指導を受けるようになってから、限界を軽く十回は越えるようになった気がする。

 ちなみに、不気味な笑い声と不気味な気配を感じ取っただけで、臨戦態勢に移行するようになってしまった。ヒーローの卵はヒーローの雛鳥へと成り、地獄でタップダンスをする領域に踏み込もうとしている。誰かが止めなくてはならない。

 

「お、いい反応」

 

「ただ、あとコンマ数秒早くてもいいですね。賢しい度しがたい屑の気配を感じたら殴れるくらい」

 

「お前らこいつらをどこに向かわせるつもりだ」

 

「んー……ツリーガードォ、ですかね……」

 

「鈴玉狩りィ、ですかね……」

 

 どちらも却下だ。そもそも、どう足掻いても三人がツリーガードや鈴玉狩りにはなれないのだ。

 

「どちらにせよろくなものじゃないだろう」

 

「人気の高い騎士職ですよ」

 

「マレー家が没落してから、執行人になれる人も増えてきたんです」

 

 マレニアのストーカーことマレー家当主が亡くなった時の遺言により、エオビトの剣舞と教養、武芸、必要な伝統を受け継ぐ心得があれば誰でも執行人となれる時代となった。主に背律騎士から執行人になる者が多いものの、その中には一般市民出身の者もいる。

 

「まぁ、執行人は暇らしいので、事務をやってる人が多いですけど」

 

「執行人というのはもしかして……処刑人みたいなものかい……?」

 

「んー……今はそういうのがないので、文官が多いイメージです」

 

「うちの騎士には文武両道が求められてます」

 

 武勇、武芸があるだけでは騎士ではない。学だけでは騎士ではない。どちらもあってこその騎士なのだ。

 

「特に執行人や背律騎士は法務官ライカードの管轄なんです。法律に詳しく、自分に厳しい人がメインですね」

 

「ツリーガードは?」

 

「黄金樹の守り手です。面接は俺達がやります」

 

 全ての騎士団がそれを率いる者の面接を受けるが、王直々に面接を行うのはツリーガードのみである。名誉ある騎士の中でも更に名誉ある騎士。王様二人は、そんな騎士達を見てきたからこそ、願う。高く険しい山を登る三人が、後悔しないような力と心を身に付けられるようにと。繰り返すことなど、できないのだから。

 

「まぁ、そのくらい強くなってほしいってことです」

 

「期待してますよ、先輩方」

 

 彼らがヒーローとして輝く時、自分はそこにはいないから。だからせめて、強くなってもらおう。それがきっと彼らへ贈れる最高のプレゼントになる。

 

「うん、期待しててよ!」

 

「後輩にここまで言われたら、やるしかないな……」

 

「応援されると、頑張れるって思うの! 不思議!」

 

 三人のやる気スイッチを押し続ける律と人使は、もはや生徒ではなく教師といったところ。狭間の地は千年続く王政の地。それをいつまでも統治する王は人をよく見ているのだ。

 

「──あ、ここにいたんだ二人共」

 

「お? ミケラだ。どしたん?」

 

「子供……?」

 

「君達が二人の学院の先輩? …………うーん、弱いね」

 

 ストレートな子供の言葉は三人組だけではなく、相澤にも向けられており、子供の言葉と言えど少しムッとしてしまう。

 

「あ、先生、先輩方、紹介します。幼き神ミケラです。女神マレニアの兄に当たる人です」

 

「か、神……!? こんな子供が!?」

 

「む、失礼だなぁ。こう見えても君達より年上だよ? 律と人使よりもね」

 

「「つまるところ合法ショ──タコスッ!」」

 

 見事な跳躍からの二連回し蹴りによって吹っ飛んでいく二人を見て戦慄する。永遠に幼い神ではあるが、神人であるミケラ。この程度は簡単にこなす。

 

「もー、それ禁句って言ったよね!」

 

「「ずびばぜんでじだ」」

 

 長い白金色の髪を揺らし、プリプリと怒るミケラを見て一般人四人は驚愕した。

 

「お、王金君、心操君大丈夫かい……!?」

 

「「聖杯瓶がなかったら、即死だった」」

 

 腐ってもエルデの王。戦闘特化ではない者からの一撃では沈まない。なお、体力の1/3は消し飛ばされてしまったが。

 

「それで、どうしたよミケラ」

 

「あ、そうだった。しろがねの病についてなんだけど、二人が持ってきてくれた本で、参考にできそうなものがあったからやりたいんだ」

 

「参考……? 進展あったのか!?」

 

 二人は帰ってきた時にいくつかの本を持ち込んでいた。その中には血液に関しての治療についても載っており、しろがねの病の治療について転用できそうなものがあったらしい。

 

「うん。それでね、二人の血を貰いたいんだ」

 

「血?」

 

「ミリセントとラティナがいるでしょ? あの二人の腐敗としろがねの病が、君達の血が混ざったお陰で抑えられてるみたいなんだよ」

 

 腐敗、しろがねの病、角付きの血──狭間の地の中でも恐ろしいものだが、二人の王には通じない。正確には腐敗もしろがねの病も一応患うのだが、自然治癒する。

 鎮め火の王の血を与えられたミリセントは、その身に生命の火を、暗月の王の血を与えられたラティナは、その身に黄金樹の祝福を得た。そこに学者達は目を付けたのだ。

 

「俺達の血を研究すれば、薬ができるかもってことか……」

 

「やるしかないでしょ」

 

「すぐじゃなくていいよ。技術者達が作ってる注射器が出来上がってから、本格的にやるつもりだから」

 

「あ、そう?」

 

「ここ一応宿屋だからね? 流血沙汰はダメだよ?」

 

 回し蹴りをかましたお前が言うな。

 

「じゃあ、マレニアのところに戻るよ。お客さん、お祭り、楽しんでいってね!」

 

 そう言ってミケラは散っていく花弁のように消えていく。ミケラはどこにでもいて、どこにもいない、不思議な神人なのである。

 

「まぁ、ミケラの話は後で色々するとして、行きますか、闘技場」

 

「結局そうなるんだ!?」

 

「決闘祭りを見て、今後の訓練を有意義なものにするって名目で来てますからね」

 

「今日の試合も見物ですよ! なんたってアレキサンダーと角の戦士ロロ、トラゴスとライオネルの試合ですからね!」

 

 狭間の地で人気の高い戦士達の闘いは、子供から大人まで、興奮が止まらない。どこまで行っても狭間の地は血の気が多い場所なのだ。

 

 

 

*1
普通は砕けないため




【教えて! エルデの王】のコーナー

「こんなお便りが来ています。『律君が小さい頃、病院を嫌がったことがあるそうですが、どうしてですか?』だそうです」

「ああ、あれ? なーんか嫌な臭いしたし、変なのがいるって感じてたからかなぁ……今思えば、その時からもう個性は発現してたんだね」

「興味で聞くんだけど、どんな臭いだ?」

「人がぐちゃぐちゃにされて、保存液にぶちこまれたような臭い……? あと、その病院の先生がテレビで見てて気持ち悪かった」

「先生?」

「そう、先生。なんか、こう……患者を患者として見てないというか……」

「へー……」

「この病院に行ったら、人使が危ない、って思ってたのを覚えてるよ」

「律の勘は当たるからな。どうなってたかは知らないけど、ありがとな」

「どういたしまして。あ、もう一通あるから行ってみようか。『お二人は奥さんのこと大好きですよね? 奥さんに言われて一番嬉しかったことはなんですか?』だって」

「あ゛ー……誰だよそのお便り。決められねぇ……!」

「んー、愛してるとか、大好きとか、よく言われるけどねぇ……」

「一番、一番ねぇ……あ」

「お、決まった?」

「おう。せーので言うか。せーの!」

「「お前(あなた)じゃなきゃダメ。どれだけ拒絶しても、離さない」」

「やっぱりこれだよなぁ……!」

「うん。泣いてないけど泣いたよね。……そういえば泣くってどうやってやるんだっけ?」

「確かに。どうやるんだっけ?」


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巨人を砕く一撃

『王の絶叫』

かつて、絶望の底に沈んだ王達、その絶叫。誰一人として救えなかった、王の叫びは、世界の理を歪め、ことごとくを吹き飛ばす。

最後までトンチキ適当たっぷり。


 早いもので、決闘祭りが終わった。今年の優勝者は壺の戦士鉄拳のアレキサンダー。宴では多くの者が酒や料理に舌鼓を打ち、大いに楽しんでいた。

 そして、決闘祭りを見に来ていた一般人四人はというと──

 

「ほう、この者達がな……」

 

「個性、というものを持っている者達らしいが……やはりここでは使えんようだな」

 

 たくさんの戦士に囲まれ、絶賛困惑中である。

 

「透過、再現、波動、抹消……面白い」

 

「モーグ、自重せよ」

 

「兄上、私はそこまで信用がありませんか?」

 

「ミケラを拉致した前科があるだろう」

 

 呆れ顔のモーゴットに、前科持ちのモーグ。双子だというのになぜここまで方向性が違うのか。

 

「もう懲りておりますよ。マレニアの剣舞を味わいましたからな」

 

「王よ、判定は」

 

「うーん、ギルティ……」

 

「ミケラセコムのマレニアが剣を抜いていらっしゃる」

 

 挨拶回りをしていた律と人使が戻ってきて、デミゴッド達がにわかに騒がしくなる。やはりエルデの王はこの狭間の地にて愛され続けているのだ。

 

「律、それ一献」

 

「ありがと、ラダーン。甘っ! ──あ、タニスは?」

 

「目ぼしい戦士を見つけたようでな。推薦状を書きに行った」

 

「仕事熱心だなぁ……ゾ──ラーヤにも挨拶したかったんだけど……」

 

 グラスに注がれたブランデーを一口飲んで、溜め息をこぼす。メリナの他に、手を伸ばしてくれた人がいた。それがラーヤである。自分探しを終えて、今はタニスの秘書として働いている彼女に挨拶をしたかった王二人に、モーグがくぐもった笑い声を上げた。

 

「我らが王もお人が悪い。多くの者を虜にしてしまう。ミケラ顔負けだ」

 

「僕を引き合いに出さないでよ!」

 

 誘惑の力を持つミケラが頬を膨らませば、皆が笑う。

 

「あ、俺達、宴終わったら向こうに行くから、なんかあれば今言っといてよ?」

 

「ああ、それなら私からよろしいですか?」

 

 手を上げたのは白面を被った胡散臭い雰囲気を纏う男。血の君主モーグに仕える騎士、白面のヴァレーだ。

 

「ヴァレー? なんかあったのか?」

 

「ええ。最近、妙な星を見ましてね。落とし子と同じものが降ってくる可能性があります」

 

「ほう、星か! 律、人使! 対処は私にやらせてくれ!!」

 

 ヴァレーの言葉を聞いて真っ先に反応したのは、星を砕いた来歴がある大英雄ラダーン。星が落ちてくるという発言に、狭間の地の住人ではない四人が首をかしげる。

 

「王金君、心操君、星が落ちてくるというのは、隕石ってことかい?」

 

「いや、隕石より質が悪い。悪意の塊です」

 

「とりあえずラダーンに対処を任せる。一応ネフェリにも連絡をしておけ」

 

 この世界には何人も王がいる。エルデの王の傘下にいるデミゴッドの他に、人の王がいるのだ。【嵐の王ネフェリ・ルー】という褪せ人最強の王が。エルデの王を含めないのであれば、純粋な力で褪せ人の最強は彼女となるだろう。

 

「ネフェリ・ルーに?」

 

「嵐を起こす力、重力魔術と併用すれば、万が一の時に星をずらせるはずだ」

 

「万が一の時のためにボックを中心として用意したテントとかはあるが……使わないことを祈る」

 

「任せておけ。たかが星など、打ち砕いてくれるわ」

 

((((たかが……?))))

 

 人間には信じられないかもしれないが、これが星砕きの英雄である。

 

「頼んだ。他に何かあるか? ────ないな? よし、なら宴を楽しめ!」

 

「四人も回ってきてくださいな。俺らは女王といますんで。お金渡しときます」

 

 狭間の地共通の硬貨を手渡し、多くの騎士と戦士に謁見されている女王に近付く。それだけで騎士と戦士は避けていき、王と女王が対面する。

 

「久しぶりの狭間の地はどうだった?」

 

「最高だった! 決闘祭りは残念だったけどね……」

 

「人使はあれ、やらないの?」

 

「俺はあんな脳筋じゃないからな」

 

 それを聞いた律がムッとし、グラスに入った辛口ワインを上品に飲む人使を見た。

 

「嘘吐け信筋できるステータスのくせに」

 

「お前よりはマシだろ魔筋野郎」

 

「むー……事実だから何も言えない」

 

「ならそのセスタスを仕舞え馬鹿野郎」

 

 なお、引き際は弁えているため殴り合いには発展しない。事実を言われただけで怒るほど、王の心は狭量ではないのだ。女王を罵られれば即刻死刑にすることもあるが。

 

「そういえば、仮免ってどのくらいで取れるんだ?」

 

「知らないや。多分一年以内には取れるんじゃない?」

 

「そういうもんか」

 

 普通なら二年目に取るのだろうが、彼らはヒーロー免許をさっさと獲得して狭間の地に帰りたいのだ。幸せを享受して、自分の女王とずっと一緒に暮らしていたい。暖かくて、騒がしかったり静かだったりする狭間の地で、ずっと暮らしていたい。それこそが彼らの願いである。

 

「……こっちに早く永住したいなぁ……」

 

「向こうの危機とやらもまだ残ってるんだろうなぁ。まだ引っ張られてるし」

 

 さすがの王も世界に引っ張られる感覚は不愉快らしく、どうにかしたいと思っている。元凶を叩いてしまえば解決しそうなものだが、向こうには向こうのルールというものがあるため、やろうにもやれない。

 面倒だから、しらみ潰しに敵を粉砕すればいいんじゃないかと思い始めているあたり、やはり血の気が多い地を統べる王なのだ。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 宴が終わり、向こうへと戻った王は相も変わらず書類とにらめっこをしていた。

 

「うーん……予算が……」

 

「うげっ、タコの繁殖時期か……駆除隊派遣しねぇと……」

 

「働き詰めは合理的じゃないと思うが」

 

 休憩時間は基本的に書類とにらめっこの二人。それは休日であっても変わらない。エルデの王は忙しいのである。女王も忙しいには忙しいが、一番はやはりエルデの王。

 

「外出許可やるから、どっかに行ってこい」

 

「「狭間の地行きたいです先生!」」

 

「帰る気満々じゃねぇか」

 

「「ダメですよねー……」」

 

 現在はラニとメリナがいない。狭間の地で少々妙な話があるから、一度向こうに残ることになったのだ。

 

「うぐぐ……星が落ちるとなると被害がなぁ……」

 

「信じるしかねぇだろ」

 

 一度は星を粉砕してみせた男だ。ラダーンならやれる。そう信じる他ない。ただ、本当に不安なのだ。向こうが本当の故郷としている二人にとって彼の地は心配の対象である。逆に言えば狭間の地以外はどうでもいいのだ。

 

「……とりあえず気分転換しに行ってこい」

 

「「うーい……」」

 

 とぼとぼと教室から出て、雄英高校を後にする。

 そしてただひたすらに歩いていくと、喫茶店やファミレスなどが建ち並ぶ店に辿り着く二人。雄英高校の制服ではなく、律はスーツドレスに近い服を、人使はカジュアルスーツに近しい服を着ているため、育ちのいい家庭の二人組に見える。

 

「視線が凄いな」

 

「服が服だからじゃない? 知らないけど」

 

 お互いに肩をすくめて道を歩く。彼らにとって奇異の目で見られることは別に苦ではない。修復されていない狭間の地では見られた次には殺し合いが待っていた。見られるだけなら可愛いものだ。

 

「何する?」

 

「普通に歩き回るで良くね? 金持ってきてないし」

 

「それもそう──おん?」

 

 遠くから、何かが向かってきているのが見えた。少々ボロいローブを身に纏うそれは、明らかに敵意を持って、王二人に向かってきている。

 

「おいおい、ありゃなんだ?」

 

「石堀りトロルでしょ」

 

「なるほど?」

 

 超適当な発言をした律に納得してしまう人使。狭間の地で成長するとイカれた戦士が生まれるのだ。

 

「敵対心なんか持たれる理由、こっちであったかなぁ」

 

「ゆっくり近付いてきてるのは……舐めてるからか?」

 

「さぁ? ただの馬鹿なんでしょ。殺気も敵意も隠せてないから、猿なのかもしれない」

 

「ははっ、そりゃ傑作だ!」

 

 そんな話をしている間に、それはどんどん近付いてくる。周囲の人間も、ローブを纏う存在が放つ殺意や敵意といった気配に気付いたのか、離れていく者、ヒーローや警察に通報しようとする者などが現れていく。

 そんなヤバそうなやつの標的となっているらしい二人はというと、

 

「まぁ、向こうの攻撃来てから反撃でいいんじゃねぇの? 勘違いだったらそれはそれで」

 

「えー、巨人砕きやりたい!」

 

「んなことしたら相手が死ぬだろうが」

 

 緊張感など全くない会話を行っていた。そして──

 

「金髪と、紫髪の二人組……連れていく……主の下へ……」

 

 巨人の一撃が、降り注いだ。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 暗闇の中で、男が巨人越しに二人を見ていた。まるで何かを吟味するように。

 

「……ふむ」

 

「どうしたんじゃ先生」

 

「マキアを前にして、あの緊張感の無さ……ただの馬鹿か、それとも……」

 

 雄英に保護されたという二人の話は聞き及んでいた。外出したという話を知ったのは、とあるヒーローを襲いに向かったマキアの視界に二人が入ったからだ。だから、二人を連れてくるようにとマキアに指令を出してある。

 

 マキアと呼ばれる巨人の見るものを、奪ってきた数々の個性を駆使して見ている男は考える。

 

 楽しく談笑する二人は中学生か高校生のそれだ。だが、纏っている気配は全くの別物。プロヒーローのTOP10でないと気付かないほどの、濃厚な血の臭いを出す二人は、彼の視点からでは(こちら)側に見えた。

 

(上手く行けば弔の下で戦う戦力として運用できるかな。それが難しいなら個性を奪おう。今のところ、個性を使わないマキアの勝率は九わ──)

 

『ゴボバァッッッッ!!?』

 

「──ほう?」

 

「──な、何ィイイイイッッ!?」

 

 マキアの叫びと共に、映像が空を映し出した。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 呆気ないものだと、男の命令を受けていた巨人は思う。もしかしたら死んでいるかもしれないが、それならそれで人体実験の素材にでもなるだろう。そう思っていたのが、巨人の油断だった。

 

「正当防衛……てことでいいんだよな?」

 

「明らかに攻撃してきたもんね」

 

(──!? 馬鹿なッ!?)

 

 突然二人の左手に現れた巨大な盾が、何事もなかったかのように攻撃を防いだのだ。

 今まで生きてきた中で、自分の攻撃を防いだ者は存在しなかった。正確には、防ごうとして潰されたものばかりだったため、今の状況に混乱する。

 

「正当防衛の用意はできてるぞぉ!」

 

 金髪の少年──律は盾を消し、あり得ない質量を持った重厚すぎる大剣を虚空から取り出す。いや、そもそもあれはただの大剣なのかと巨人は疑問視した。

 鋼の鈍い輝きと、無骨な柄……何もかもが大きすぎるだけの大剣だというのに、巨人の、マキアの本能がそれだけではないと警鐘を鳴らし続ける。だが、それに気付くにはもう遅すぎた。

 

黄金樹に誓って(バフ)、入れといたぞ」

 

「ありがと。じゃ、お返し一発──!!」

 

 巨人の胴体に、重厚なグレートソードの一撃が叩き込まれる。それは、巨人を狩るために生み出された戦士達の技。巨大な者との戦闘を想定し、小さき者が強大な者を打ち倒すために生み出した戦いの記憶。

 名を【巨人狩り】……人型ならとりあえず当たれば吹き飛ぶハメ殺し性能の高い戦技である。

 

「ゴボバァッッッッ!!?」

 

「あれっ!? 硬いから怯まないと思ったのになぁ!?」

 

「律の一発で怯んだ、だと……!? まさかこいつ……」

 

「「ただの硬いだけの雑魚!?」」

 

 全く違う。お前達が強すぎるだけだから。

 

「う、うーん……過剰防衛になっちゃうかな、これ……?」

 

「い、いや、大丈夫だろ多分……ヒーローとか来たら説明しようぜ……?」

 

 もはや事後のことを考えている二人。それがマキアのプライドを逆撫でした。

 

「小蠅ごときが……!」

 

「「蠅たかり?」」

 

「────!!」

 

 もはや二人の発する言葉の全てが挑発に聞こえてしまう。肉体的には落ち着いているはずなのに、精神が怒りを剥き出しにする。それが鎮め火の王の個性によるものだとも知らずに、ギガントマキアは攻撃を仕掛ける。

 

「ええ……身の程知らずかよ……」

 

「────あー、悪い。俺のせいだわ」

 

「あ、あの桃色の靄ってやっぱり人使の?」

 

「ああ。やっぱ変化してんな。褪せ人になったからか?」

 

 なお、その靄自体は狭間の地の住人にしか見えない。本人も知らないうちに進化を遂げていた個性は、映像越しに見ている男が欲しがりそうな力となっているが、男はまだそれに気付いていない。気付いていれば、人使が幼い頃に奪っていただろうが、それは意図せずして律に阻まれている。

 マキアが珍しく頭に血が上っていると勘違い? をした男は、自分が導き出した前提を書き換え、撤退という一手を使う。今回は相手が悪すぎた。

 

『マキア』

 

「──!!」

 

「「あ゛……? 」」

 

 その声が聞こえた瞬間、二人の口から恐ろしく低い声が放たれる。悪意の擬人化のような、耳障りな声が聞こえたからだ。

 

『今回は退かせてもらおう。当初の目的は果たせていないけど、興味深いものも──』

 

「「耳障りだ。即刻失せよ」」

 

 悪のカリスマすら消し飛ばすような、殺気すら混じっているのにも関わらず、なぜか安心感すら感じさせる声を発した二人に、男は笑う。

 

『──ふふ、やはり君達はこちら側だ。いつか会える時を楽しみにしているよ。今回は、人が多すぎるからね』

 

 気付けば警察やヒーロー達の叫び声が遠くから聞こえており、その中には近くにいたらしい非番の13号の声も混じっている。

 

『じゃあ、いつかまた会おう王金律君、心操人使君』

 

 タールのようなものに吸い込まれていったマキアを見送り、律と人使は溜め息を吐く。

 

「「絶対会いたくねぇ……」」

 

「ふ~た~り~と~も~……!!」

 

 少々怒気を纏った中性的な声に二人は爽やかスマイルで対応する。

 

「「あ、13号先生! こんにちは!」」

 

「はいこんにちは、じゃないからね!?」

 

 こりゃ大分鶏冠に来ているぞ、と二人は目を見合せ、即刻頭を下げた。とりあえず謝ることは大事。前にラニとメリナを怒らせた時*1の対処法もそうである。

 

「「すみませんでした」」

 

「なんで僕が怒ってるか分かるかい?」

 

「「襲われたからといって、戦闘をしたからです」」

 

「うん。君達はそれができてしまう。あの(ヴィラン)だって、君達は勝てたかもしれない。けど、君達は逃げるべきだった。分かるね?」

 

 素直に頷く。郷に入れば郷に従え。ここは狭間の地と違うのだ。

 

「──と、まぁヒーローとしてのお小言はここまで。……無事で良かった。本当に」

 

「……うっす」

 

「……ご心配おかけしました」

 

 その後、警察の事情聴取を受けた二人は雄英高校に戻る。ことの顛末を聞いた八木が表情を堅くしたり、根津がセキュリティ面のために全寮制を採決するべきか悩んだり、相澤に反省文を書かされたりと様々あったが……

 

 

「「先生! 建国祭行ってきます!」」

 

「おいお前ら、その麻袋に詰まった三人は置いていけ」

 

 時は、

 

「仮免獲得したぜFooooo!!」

 

「何点だった?」

 

「96点!」

 

 とてつもなく、

 

「勝った! 98点!!」

 

「「ん?」」←99点

 

「「女王には勝てなかったよ……」」

 

 流れて流れて、

 

「「ラダァァァァンッッ! フェスティバァァァァルッッ!!」」

 

「騒がしいなお前ら」

 

 一年なんてあっという間に過ぎ去って。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

「おい、ボサッとするな研修生。今日は忙しいぞ」

 

「あ、はい、研修生です。よろしくどうぞ」

 

「同じく研修生、今行きます! じゃ、ラニ、メリナ! あとでね!」

 

 雄英高校にも二回目の春が到来し、新たな有精卵が入ってきた。そして、原作(激動の時代)が動き出す。

 

「入学式は参加するんですか?」

 

「しない。個性把握テストだ」

 

「そういや律はB組担当じゃなかったか?」

 

「管先生に要領掴んで来いって言われたんだ。ラニとメリナは入学式の方見るって」

 

 なお、このトンチキキング二人のせいでもっとヤバいことになりそうではある。

 

 

 

 

 

 

*1
例:フィアと話していたら怒られた。フィアは「縛りすぎるのは良くありませんよ」と笑っていた




【教えて!エルデの王】のコーナー

「こんなお便りが来ています。『お二人はなぜ研修生に?』だそうです」

「そりゃ三年までのカリキュラム叩き込まれたからな……」

「でも、三年間学ばないとヒーロー免許取れないらしいんだよね。だから、残り二年ないし三年間を研修生って名目で、雄英にいさせてくれるんだって!」

「ありがてぇこったよな。根津校長に感謝」

「だね。じゃあ次。『女王様に怒られた中で一番怖かった時はいつですか?』だそうです。うーんそうだなぁ……やっぱり……ピィッ!?」

「お、どうし、たぁっ……!?」

「どうした? 続けていいぞ?」

「私達が一番怖かった時はいつ?」

「……ヴァイクと竜の話をしてた時、です」

「……同じく」

「「へぇ……」」

((怖ぇ、怖ぇよ……震えるなこの足め!))


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研修生律&人使

『研修の首飾り』

雄英高校の研修生が首にかける首飾り。身分証明書としても使える。


「うがっ!? ──おはよう! 席に着こうか新入生!」

 

「おっ!? ──一応予鈴が鳴ってるからな」

 

 寝袋を担いだ二人組が、入り口を占拠していた二人の新入生の背を押す。

 

「わっ! す、すみませ──!?」

 

「ね、寝袋担いでる!?」

 

 背中を押された緑髪の少年と茶髪の少女が振り向き、視界に捉えたそれに驚愕する。教室にいた全員もそれに驚愕はしただろうが、それ以上に驚かざるを得ないことを二人から言われることになった。

 

「「あ、これ皆の担任ね」」

 

(((担任!?)))

 

 寝袋から這い出てくる相澤に目を見開いたり、訝しげな表情を向けたり、好戦的な視線を向けたりと反応は様々ではあるが、相澤はそれを無視して口を開く。

 

「この二人の言う通り、俺は担任の相澤消太だ。よろしくね。それと──」

 

「研修生の王金律です。B組担当が多いけど、よろしくね!」

 

「同じく研修生の心操人使だ。A組担当だから結構会うと思う」

 

 女の子にも見える律と、ニヒルな笑みが似合いそうな人使。男性受けも女性受けもいい二人の挨拶によって、空気が少しだけ和らいだ。まぁ、次の瞬間ざわつくことになるが。

 

「早速だがこれ着て校庭に来い。十分後集合な」

 

 それだけを言い残して相澤は出ていってしまう。まるで質問があるならそこにいる二人にしろと言わんばかりの対応に、新入生は困惑しながらも二人に目を向けた。

 

「王金先生! 入学式とガイダンスは!?」

 

「心操先生! 相澤先生はどのような意図をしていらっしゃるのでしょうか!?」

 

「何しに行くんすか!?」

 

「移動しながら話すね。更衣室行くから付いておいで」

 

 二十人の新入生を連れて教室を出た二人は、相澤の意図していることを説明しながら歩く。

 

「相澤先生はさ、とんでもない合理主義者なんだよね」

 

「お前らは入学式とかでお偉いさんが話してること、覚えてるか?」

 

「いやー、覚えてないっすわ」

 

「それが答えだよ」

 

「つまるところ、入学式とかいう眠くなるようなものに参加するより、交流しやすいオリエンテーションやった方が効率的って話よ」

 

 なるほど、と思う反面それでいいのか雄英高校とも思ってしまう。だが、残念ながらこれが雄英高校なのである。

 しかもトンチキでぶっ飛んでいて、ヒーローよりも英雄している王様を保護したせいで更に自由で凄い高校に発展したのだ。良くも悪くも、だが。

 

「あ、人使、B組にも挨拶してくるね」

 

「ん、了解」

 

 雄英高校ヒーロー科一年B組の教室へと消えた律は、数秒後にヌルリと戻ってくる。さっきのように朗らかな雰囲気を纏っている彼は、ポリポリと頭を掻いた。

 

「そういえばラニとメリナがいたわ!」

 

「あー、そういやそうか」

 

 ラニとメリナって誰? と思う一年A組の生徒は質問したかったが、質問しようにも、彼らがどういう人間なのかまだ分からないため、質問ができない。

 そうこうしているうちに更衣室に辿り着いていた。

 

「じゃ、ここが更衣室ね!」

 

「個性把握テストやるから、頑張れよ」

 

「「「個性把握テスト……?」」」

 

 よく分からない単語が飛び出したが、とにかく着替えて校庭に集合するしかないだろう。全員がそう理解し、更衣室に消えていった。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

「で、だ。話されたかもしれないが、君達には個性把握テストを受けてもらう」

 

「あ、個性把握テストはその名前の通りのことをするよ」

 

 個性を使った体力測定であることを説明していく。デモンストレーションもするが、一応言葉での説明もすることで更に理解度を上げることを狙いとしている。

 

「んじゃデモンストレーションだが……心操、何使ってもいいからやってみろ」

 

「……うす」

 

 ハンドボールを受け取った人使が円の中に入り、祈祷の触媒を握る。黄金樹の聖印を握った彼はしゃがんで、周回勢御用達の祈祷、『黄金樹に誓って』を発動した。それによって人使の周囲に暖かい光が灯り、誰もが驚きを隠すことなく目を見開いた。

 

「何あれ!?」

 

「どんな個性だよ!?」

 

「んでもって……ふんっ!」

 

 新入生の驚きは続く。右手に炎が灯ったかと思えば、人使がそれを己に叩き込んだのだ。見慣れない光景に、誰もが思考を停止させそうになる。

 

「んじゃ、投げます」

 

「皆下がった方がいいかもね」

 

 律の警告に首をかしげていると、凄まじい砂埃が彼らに襲いかかった。

 人使によって放たれたハンドボールはただひたすらに真っ直ぐ水平に飛び、ある程度まで飛んで行ったところで落下する。その頃には砂埃も止み、ボロボロになったハンドボールが姿を現していた。

 

「記録は……1798.09m。(人間の範疇で)結構伸びたねぇ」

 

「そりゃバフ盛ったからな。……まだ行けそうだけど」

 

「人外にはなるなよ」

 

「「もうなってますよ!」」

 

「それもそうだな」

 

 談笑するような話ではないはずなのだが、三人の間にはなんとなく和気藹々とした雰囲気が漂う。

 

「あ、皆にはこんな感じにやってもらうから、頑張って!」

 

「す、すっげぇ! 個性使っていいのか!」

 

 弛緩した空気のせいか、雲行きが怪しくなっていく。

 

「これが雄英ヒーロー科かぁ!」

 

「すっごく面白そう!!」

 

 憧れの雄英高校ヒーロー科に入学できた喜びで舞い上がるのも無理はない。そして、誰かが地雷を踏み抜いてしまうことも、無理のない話だろう。

 

「面白そう、ね……そんな気分で三年間を過ごすつもりかい?」

 

「「あー……」」

 

 やっちまった、と言わんばかりの溜め息を吐いた王様二人は、頭を掻きながらポケットに入れていた紙束を取り出す。面倒そうにしながらも取り出したそれを見て、A組全員が震撼した。

 それは、学生にとっての処刑台とも言えるものだったのだから。

 

「退学処分届け……!?」

 

「い、いきなり退学!? そんなの有なんですか!?」

 

「まだやらないけどな。だが、有なんだよ」

 

「そんな理不尽な……!」

 

 麗日の言葉に、律は真顔で口を開いた。

 

「理不尽はね、嫌でもやって来るよ」

 

「どうにもならない絶望もな」

 

 理不尽も、絶望も知っている二人の言葉はとてつもない重みを持って、新入生を襲う。

 

「ヒーローになれば、目の前で仲間を失うこともある」

 

「手が届かなくて、家族を、民間人の命を失うことがある」

 

「一つの言葉だけで、人が死ぬことだってある。敵を生み出すことだってある。敵向きの個性だとか、無個性だとか、化け物だとか、自殺教唆とかな」

 

 心当たりがある人間の心臓が大きく跳ねる。誰とは言わないが。

 

「その時、責められるのは君達だ。なぜ守ってくれなかった、なぜ助けてくれなかったのか、と」

 

「それを理不尽だと言うなら、悪いことは言わない。ここから立ち去った方がいい」

 

 彼ら──エルデの王の場合、立ち去りたくても立ち去れなかった。精神が壊れるほどの絶望を、泣くことが許されない理不尽を体験しているからこその提案。

 お前達に、理不尽を超えるだけの覚悟はあるのか、理不尽が襲いかかった時、理不尽をはね除けることができるのかと、二人は問いかける。

 

「覚悟がある人だけ残るといい。ようこそ、雄英高校ヒーロー科へ」

 

「理不尽を乗り越えるための理不尽をプレゼントするのが、俺達の仕事だからね」

 

「……二人の言う通り、俺達は三年間試練を与え続ける。お前達がヒーローになるためにな」

 

 プロになった時、折れないように全力で叩き折りに行く。そういう宣言に新入生の表情が変わる。自分の夢を叶えるために雄英にやってきたのだ。ここで終わるわけにはいかない。これが最高峰、雄英高校ヒーロー科なのだと。

 

「更に向こうへ、だよ新入生」

 

「んじゃ、さっさとやっていこうか」

 

 相澤の言葉に元気のいい返事をした新入生達。ここからは研修生ではなく、担任の役目だ。

 

「先生、俺達は何をすればいいんですか?」

 

「あー……まぁ、一年をサポートすればいいよ」

 

 そうこうしている間に、個性把握テストが開始された。人使を敵対心剥き出しで見ている新入生が約二名ほどいたが、人使は全く気にしていないし、その親友である律はそれを見てヘラヘラと笑っている。

 子供がどれだけ殺気を込めたとしても、彼らにとって痛くも痒くもない。

 

「人使、なんか恨み買った?」

 

「さぁ? そんな記憶はねぇな。それより見てくれこの使命の刃を。こいつをどう思う?」

 

「凄く……綺麗です」

 

「だろ? メリナから貰った」

 

「ならこちらは黒き刃を……」

 

「お、いい輝き」

 

 個性把握テストで生徒が頑張っている間、虚空から武器やら何やらを取り出し合うエルデの王。同じ個性!? どんなヒーローなんだ!? などと声が聞こえるが、王様二人にはあまり関係のない話だ。

 

「おっと。仕事仕事……次々行くよー。ハンドボール投げやってね!」

 

 ポンポンとハンドボールを渡していく律と人使に、耳たぶがイヤホンジャックとなっている少女が手を上げる。

 

「あのー……王金先生、心操先生……」

 

「ん? どしたの耳郎さん」

 

「その……相澤先生ってどんなヒーローなんですか?」

 

「ん? ああ、イレイザーヘッドだ。アングラヒーローだな」

 

 接ぎの気配を強く放つ緑髪の少年──緑谷を含めた幾人かが反応した。メディア露出を極限まで避けているため、知る人ぞ知る、というレベルのプロヒーローの名前に、首をかしげる人も多い。

 

「じゃあお二人は?」

 

「え? ヒーローじゃないよ。研修生だって」

 

「正直ヒーローとかガラじゃねぇしなぁ」

 

 じゃあなんで雄英にいるんだと思わないわけではないが、確実に実力は上。彼らから学べることもあるはずだと、言い聞かせることにする。

 

「んで次は……緑谷君だね」

 

 話しているうちにも個性把握テストは続く。接ぎの気配を放つ彼を、二人は密かに警戒しながら見ていた。最近果樹園を拡張したらしい接ぎ木農家のゴドリック以外に、それを知っている者はいないはずだというのに……なぜ接ぎの気配を感じるのか。そしてもう一人──ちぐはぐな気配を纏う少年がいることも、王は気付いている。

 

「──でぇえええいっ!!」

 

 緑谷が第一球を投げるが──

 

「……は?」

 

 入学試験で見せた、体を破壊してしまうほどのパワーを発動できずにボールが落ちてしまう。

 

「ん? 相澤先生、使いました?」

 

 律や人使の髪色が変化したことで、個性が発動したことを理解する。もっとも、そこまで激しい色の変化ではなく、少々髪色が色褪せる程度だ。

 

「ああ。……全く……つくづく合理性に欠けるよ、あの試験は……お前のようなやつも入れてしまう……」

 

「そ、そうか! 相澤先生の個性……!!」

 

「自壊するほどの超パワー……壊してまた助けてもらうつもりだったか?」

 

 捕縛布で反論を許さず緑谷を引き寄せた相澤。

 

「王金と心操が言ったがな、救えなかった時、責められるのはお前だ。ボロボロになった時、誰に助けてもらううもりだ?」

 

「そ、そんなつもりじゃ……!」

 

「そんなつもりじゃなくても、周りにはそう見える。…………お前の力じゃヒーローになれないよ」

 

 厳しいなぁ、と思いつつも、その反面その通りだと思う王は、どうせ問題ないだろうと雲を眺める。ああいった手合いのしぶとさは知っている。自分達よりしぶとさはないと思うが、常人よりも諦めが悪いタイプだろうことは、事前に渡された資料を読んだり、素行調査の結果を見て知っているのだ。

 

「緑谷、大丈夫か……?」

 

「このままだと退学だぞ!?」

 

「ったりめぇだ! 無個性の雑魚だぞ!!」

 

「無個性じゃないけどねぇ」

 

「あ゛あ゛!?」

 

 多分口が悪いなこの子、と心の中で呟いた律はそれを押し込めて笑う。

 

「多分彼、脳が勝手にセーフティ掛けてたんだろうね。俺と同じだ」

 

「てことは……骨折する程度になったから発現した……ってことか」

 

 何をしたいのか理解した人使が律の話に乗っかったところで、風が吹き荒れる。その発生源は何を隠そう緑谷であった。

 

「おー……」

 

「ヒーローらしい記録出たー!」

 

「指が赤く腫れ上がってるぞ? 折れているのか?」

 

「うーん……自傷かぁ……切腹調整より面倒そうだなぁ」

 

(((切腹調整……!?)))

 

 とんでもない発言に驚くA組だったが、その中でその発言を聞いていない者がいた。緑谷の見せた超パワーを目の当たりにして、ワナワナとし始める爆豪である。

 

「どーいうことだ、こら……! ワケを言えデクてめぇ!!」

 

「はぁ……こういうこともあるって話だよ爆豪君。あと、必要以上の暴力、脅迫は──ヒーローらしい行為とは言わないな」

 

 誰も反応できない速度で動き、ミシリと、嫌な音がするほどの力で彼の顔面を掴んだ律は、もがく爆豪を無視して欠伸をした。軽く爆破されているのだが、無駄に強靭になった肉体にその程度の爆破は通用しない。

 

「ま、この世には自分の常識に当てはまらないこともあるってこった。律、離してやれ。潰れるぞ」

 

「一回脳漿ぶちまけてから治した方がいいかもよ? 素行調査でも思ってたけど」

 

 ヒーロー免許を獲得するまで研修生としての役割を与えられた律と人使。彼らの役目は生徒の素行矯正というか、ちょっとした生徒指導だ。口が悪いヒーローは確かにいるが、脅迫はヒーロー以前に人として最低な行為の一つ。

 素行調査を行った時から、爆豪の過剰な暴力的反応をなんとかすべきであると二人は考えていたし、B組にも別ベクトルに面倒なのがいる。

 

「まぁ、それはあとでやるかどうか決めるとして……」

 

「いいんですか相澤先生!?」

 

「やり過ぎなければな。その点、二人はそこら辺きっちり見極めてる。────次の種目もあるんだ。ちゃっちゃとやれよ」

 

 飯田の発言を適当にあしらい、相澤は個性把握テストを続けさせた。

 この後、実力を最大限引き出すための合理的虚偽などと言って、除籍する者はいないという話があったり、コペルニクス的転回があったりしたが、特筆すべきものもないため、省略させていただく。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

「……ここが……巨人の火の釜……」

 

「でも、火種は……? 燻ってるあれ、じゃないよな?」

 

「……」

 

「「帰ろう!」」

 

 火種が見当たらないことに気付いた律と人使は、不思議に思いながらも嫌な予感がして、引き返そうとメリナの手を引いた。

 

「……ごめんなさい。二人には、嘘を吐いた」

 

「あはは! なんだ、まだ必要なものがあったんだ!」

 

「メリナはおっちょこちょいだな」

 

 現実逃避にも、近かったのだろう。なんとなく分かっていたことだったけど、五年以上も付き合ってくれた人が家族のように思えていたから。

 

「で、何が足りないの?」

 

「言ってくれよ。用意してくるからさ!」

 

「律、人使、最期に──」

 

「あー! なんかお腹減ったなぁ!」

 

「お、そうだな!! メリナ、まず飯だ飯!」

 

 聞きたくない。そんなこと聞きたくない。言わせてなるものかと巨人の火の釜を下山しようとするが、メリナが二人を抱擁し、停止する。

 

「ごめんなさい。もう、分かってるんでしょ?」

 

 その言葉で、まず律の涙腺が消し飛んだ。ぼろぼろと大粒の涙を流し、メリナの体を強く掻き抱いて泣きじゃくる。

 

「……嫌だ…………やだよ……メリナァ……いなく……ならないでよ……」

 

 次に、人使の涙腺が崩壊を告げた。律と同じようにメリナに抱き付いて泣き出す。

 

「ま、まだ……見せてないもの……たくさん、あるんだよ……話してないこと……伝えたいこと……まだ……!!」

 

「……長い間、ずっと、待っていた」

 

 止めてくれ、聞きたくない。言わないでくれ。そんなこと、俺達は望んじゃいないんだ。その思いを込めて力を込める。けれど、そんな二人を嘲笑うようにメリナは燃えていく。消えていく。

 

「エルデの王を……私の手を引いてくれる人を」

 

 黄金樹が、燃えている。

 

「それは、暖かくて、居心地のいい人だった」

 

 メリナの命が、燃えている。

 

「律は、私にとって、弟みたいな人だった。いつもは目を離すといなくなるような、でも、いざという時は頼りになる人」

 

「ああああ……! メリナ……やだよ、ダメだ……!」

 

「人使は、凄い人。私が知らないことをたくさん話してくれた。知らないことをそのままにしなかった。……カッコいい人だったよ」

 

「メリナ……お前……!」

 

 少しずつ、灰となっていく。黄金樹を焼く炎に触れて、二人は火傷を負うが、そんなことは気にしていない。

 

 

「ばいばい。エルデの王に、なってね」

 

 

 視界が、白く染まる。そして辿り着いたファルム・アズラで、

 

「「あ……ぁ、あ……ああああ……」」

 

 思い出すのは楽しかった記憶、スリル満点の記憶など。メリナの笑っている姿を思い出して、絶叫した。

 

「「ああ……あああああ……! ああああ……あああああああああああああ!!?? 」」

 

 絶望は、続く。

 

 

 




【教えて! エルデの王】のコーナー

「はぁ……」

「おお、どうした……?」

「最初の周でメリナがいなくなったこと思い出したらさ……こう、気が重くなった」

「分かる……あれ、本当にキツかった……」

「人使なんかはメリナのこと一目惚れだったもんね」

「んなこと言ったら、お前も……いや、お前は違ったな」

「うん! なんか一緒にいる間に好きになった!」

「本当に、人生って何あるか分からねぇよなぁ」


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鬼ごっこ……? この先、覚悟が有効だ。

『雄英高校学生制服』

雄英高校に通う生徒が着る服。着るだけで身が引き締まる。肩についているバッジの数で所属を知ることが可能。
自由を謳う学舎には、優秀な者達が集い、そして優秀な者を恨む者もいる。それが、自分の実力不足だと分かっていても。



 一年B組──もう一つのヒーロー科にて、律は管の隣でポワポワした雰囲気を出していた。そう、ラニがいるからである。

 

「あのー、ブラドキング先生……ラニ先生は分かるんですけど、そちらの人は……?」

 

「王金律。研修生の一人だ。基本的にはB組を担当してもらう」

 

「よろしくね」

 

 ヒラヒラと手を振る彼を警戒する者はいない。無害そうに見えるし、初日から厳しかったラニが穏やかな表情を浮かべているように見えたからだ。

 

「王金せんせー、ラニ先生と付き合ってるの?」

 

「ん? 結婚してるよ、俺達。ほら指輪」

 

 取蔭切奈の言葉に、恥ずかしがる素振りもなく指輪を見せる律。女子はキャーキャーと桃色の歓声を上げ、男子はマジか、あの若さで? と衝撃を受けている。

 実際にはもっと歳を重ねているのだが、それは割愛。そんなこと言ったら律とラニも歳の差あるし。

 

「とりあえず今日は……戦闘訓練だね。頑張って」

 

「戦闘訓練……てことは……コスチューム着てやるのか」

 

「勘がいいのはいいことだよ。大事にしてね」

 

 管から渡されたボタンを押すと、コスチュームが詰められたアタッシュケースが飛び出した。

 

「コスチューム着て、運動場γに集合ね」

 

「今回はA組B組合同の訓練だ! 周囲の迷惑にならない程度に急げ!」

 

 アタッシュケースを取り、更衣室に向かっていく生徒を見送り、律は虚空から鎧を取り出して着込んでいく。今回はいつもの防具とは違い、夜の騎兵とマレニアの手甲という何やら見覚えのあるようなないような、という装備だ。

 

「義手か?」

 

「ええ。俺の体は特別です。すぐ勝手に生えてきますから。こういう腕も使えるんですよ」

 

「お前の嫁は納得してないようだがな」

 

「へ? ──ピィッ!?」

 

 さっきまで穏やかな雰囲気を纏っていたラニからは、恐ろしい気配が漂っていた。

 

「それは装備するなと、言ったはずだが?」

 

「そ、そうでしたっけ……?」

 

「忘れたのか?」

 

 美しい顔を近付け、四本の腕で背の高い律を無理矢理自分の目線まで持ってきたラニは、身も心も凍るような笑みを浮かべる。それが死刑を待つ囚人のように見えたと、のちの管先生ことブラドキングは語る。

 

「そうか。女王の言葉を忘れるほど、王は多忙だったか」

 

「あ、あのー、ラニ様?」

 

「様付けか……懐かしいな。お前が私に仕えていた時以来か」

 

 突然だが、律と人使が女王に強く出ることはない。それは助けられなかった過去の負い目が残っているからなのか、そもそも我を通すというのが苦手であるのか、定かではないものの、律と人使は女王に強く出ようとはしないのだ。嫌われたくないという理由は確実にあるだろうが。

 彼らの力関係はラニ>律、メリナ>人使なのである。やりはしないが夜の力関係もそれに準ずる。

 

「お前はいつもそうだな。私の嫌なことを的確にやってくる」

 

「えーと……俺、何かやったっけ……?」

 

「自覚なしか。いい機会だ。みっちり刷り込んでやろう。お前が私の何を刺激したのかをな」

 

「……先に行ってるぞ王金」

 

「待って管先生!? ブラドキング!? 置いてかないで!?」

 

 ラニに捕まった状態の律を置いて教室を出ていく管に助けを求めるが、聞く耳を持たずに去っていく。

 

(すまん王金……さすがの俺も、馬に蹴られたくないんだ……!)

 

「女王を無視するとは、いい度胸だな」

 

「いやぁあああ! 誰かぁあ! 襲われるぅううう!?」

 

 叫ぶ律を助ける者はいない。振り返ったのだから、そのまま走れば振り払えるだろうに、彼は力を使わない。ある種のマゾヒストにも見えるかもしれないが、彼はノーマルだ。

 

「おーい、律ー、なんか叫んでたみたいだけど──ああ、そういう……」

 

「人使! 助けて!?」

 

「いや、俺でもその愚行はしねぇわ。構ってちゃんかよ*1

 

「うるさい! マレニアの義手カッコいいじゃん! *2

 

 ラニの腕に包まれた律が助けを求めたが、人使はそれを無視することにした。夫婦の間に割って入るような野暮をするような男ではないのである。

 

「分からなくはねぇけどさ。ラニ、授業には遅れるなよ」

 

「ああ」

 

「待って!? 助けて!? 頼むから!」

 

 助けを求める声は届かず、人使は教室を後にした。残されたのは律とラニ。被捕食者のネズミと捕食者の猫だ。

 

「まぁ、手加減はしてやろう。お前は私の王であり、従者なのだからな」

 

「やだぁ! 助けてマリケスゥウ!!」

 

『王よ……さすがに往生際が悪いぞ……』

 

 獣の司祭としてファルム・アズラにいる彼の声が聞え、呆れた表情が見えたように感じた律は、微笑んでいるラニに久しく感じていなかった恐怖を覚える。

 

「安心しろ。授業が始まるまでには説教を終えてやる」

 

「嫌だぁああああ!」

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

「これより合同訓練を始める。今回の訓練内容だが……ちょっとしたレクリエーションだ」

 

 管の言葉に、全員が首をかしげる。A組B組合同の訓練だと聞かされていたため、戦闘訓練のようなものだと思っていたのに、始まるのはレクリエーションだと言うのだから。

 

「なお、死ぬほどキツいので、死なないように」

 

「相澤先生! 死ぬほどキツいというのは、どのような訓練を行うからなのでしょうか!?」

 

「それ含めて説明してもらう。……あそこで鍔迫り合いをしてる二人にな」

 

 運動場γの片隅で、星砕きの大剣とマレニアの義手刀で鍔迫り合いをする二人がいた。

 

「人使ィイイイ!!」

 

「律ゥウウウ!!」

 

 弾く、避ける、切り裂く、粉砕する。鬼気迫る凄まじい戦いを繰り広げる二人──はい、ご存知エルデの王です。その近くには防壁を張って見守る女王がいる。

 

「英雄の戦い……!」

 

「神話の再現……!」

 

 AとBのそういうお年頃組が反応する中で、相澤は声をあげた。

 

「お前ら! そろそろこっちに来い! レクの説明だ!」

 

「「あ、すみません! 今行きます!」」

 

 お互いの最強技を放とうとしたところで召集がかかり、若干の不完全燃焼になった二人だが、仕事はしっかりこなす。王として、仕事を任された身として当然のことだ。

 

「えーと……とりあえず皆には、これからチームを組んでもらいます」

 

「A組B組関係なく、混ぜ合わせるので、そのつもりで」

 

 オールマイトの授業で説明されたであろう、チームアップ。どのような個性を持つヒーローと組むかが分からない、なんてことは多々あるため、プロになった時に即興の連携が求められる。

 混乱しないようにするため、慣れさせていく。そういう趣旨の訓練だ。

 

「せんせー、それで何やるんですかー?」

 

「「え? 鬼ごっこ」」

 

「「「はい?」」」

 

 律と人使の言葉に教師以外の全員が首をかしげた。鬼ごっこ、鬼ごっこと言ったのかこの研修生は。雄英に入って何回目かの授業で、そんな子供の遊戯みたいなことをやるとは思わなかった。

 

「俺達は全力で逃げ続けるから、皆は俺達を捕まえてみろって話」

 

「その次は俺達がお前らを追いかける。捕まったらあそこの檻に入る。救出は可能だけど、おすすめはしない」

 

 だって、その前に捕まると思うし。

 その言葉に、ヒーローを目指す卵達はムッとした表情を浮かべた。中には凄い顔をしてる人がいる。別に舐めているわけではない。事実を言っているだけなのだが、挑発にしか聞こえないだろう。

 

「あと、武器を使うのはOK。俺達も使うし」

 

「斬れないようにしてるから安心しろ」

 

 刃引きしてあるとはいえ、褪せ人の力で振るわれたなら恐ろしい凶器になるが、そこはしっかり加減してやるつもりだから問題ない。

 

「じゃ、チーム組んでいくよー」

 

 その声に従って、相澤と管が持ったくじを引いていく生徒達。全員が引き終えたため、チームをモニターで表示する。ちなみに律と人使は最初に戦うチームしか見ていない。個性を把握している分のハンデ……になるのだろうか? 

 

「お? Aチームめんどくせぇ……!」

 

「言ってる割には楽しそうだな」

 

「訂正、楽しそう」

 

 最初に戦うAチームの構成は緑谷、瀬呂、取蔭、骨抜という構成である。索敵もトラップも設置可能な瀬呂、ルート管理と誘導の取蔭、頭の回転が凄まじい緑谷と、プランを幾つか用意する柔軟な思考の骨抜といった、策略型のチーム。搦め手に搦め手を行う厭らしさ満載のチームだ。

 

「さぁ、最初に戦うチームは逃げる俺達を捕まえたら勝ちだね」

 

「最初に……?」

 

「捕まえる、逃げる、を交互にやってもらうんだ。Aは最初、俺達を捕まえる。Bは逃げる──Cは捕まえる。一巡したら次は逆ね」

 

 下手をすれば次の授業もこれなわけだが、二時間続けての授業なので問題ない。ここから始まるのは蹂躙劇なのだから。

 

「拘束の条件はこのカフスを体のどこかに接続すること」

 

「または俺達を戦闘不能にすることだな」

 

 戦闘不能にする、という発言に何人かの生徒が好戦的に笑うが、歯牙にもかけない二人。数の暴力に弱い王ではあるが、数に物を言わせた戦いに付き合うつもりは毛頭ないのだ。二対一を繰り返せばいいのである。

 

「じゃ、Aチームは準備して。五分後開始ね」

 

「手加減は必要ないからね。殺すつもりで来いよ。それくらいじゃなきゃ俺達は倒せねぇからさ」

 

 誰にでも分かるような挑発は、ヒーローを目指す全員の闘争心に火を付けた。

 ヒラヒラと手を振って奥へと消えていく二人は、鎧を着ているようには見えないほど軽快な動きで消えていく。パルクールの要領で飛び回り、運動場γのスタート地点に辿り着いた。

 

「どう来ると思う?」

 

「まぁ、瀬呂君と取蔭さんが索敵、緑谷君と骨抜君がプランの提案──正面突破はしないと思うな」

 

「おい、お前何して──……うわー……引くわー……」

 

 仮拠点とすることにしたらしい場所に、せっせと罠を張り始める律に対して、ドン引きする人使。ニコニコと笑って罠を張っている律の姿は、彼をよく知る者が見ればドン引きするだろう。

 彼のやっていることは至って単純である。結晶投げ矢のようなものをいたるところに投げる、ただそれだけ。ただそれだけなのだが、彼は魔術師の素養をセレンやラニ、トープスに見出だされ、共に新たな魔術も研究するほどの才覚を持っていた。人使が祈祷への凄まじい才能を持っていたように、彼もまた魔術への恐ろしい才能を持っていたのだ。

 

「準備時間あるし、やるでしょ」

 

「そりゃそうだけどよ……普通やるか?」

 

「今回の訓練の方針は、プライドを叩き折るだからね。全力で折りに行くよ」

 

 そう、今回の訓練の趣旨はそれだ。余計なプライド、慢心を叩き折ることにある。最初の訓練で勝利した者であっても指摘を受けているだろうが、それでも心のどこかに慢心などがあったりする。

 ちなみに担任が見るVTRは律と人使も確認しており、強みと弱点を把握している。そのため、嫌なところは全て突いていく。つまるところ負けイベントだ。

 

「ほら、人使も準備──って、何それ」

 

「ん? これか? ヒューグに頼んでちょっとな」

 

 ギチギチ、と音が鳴る仮面を指差した律は、その性能を聞いた瞬間目を輝かせた。

 

「えー! いいなぁ……! カッコいい!」

 

「ヒューグに頼めば作ってもらえるんじゃねぇか? こんなのもできるぜ」

 

 割れたような仮面の奥、覗き穴の部分から炎が溢れる。この装備、狂い火が仮面から溢れるギミックが付いているらしい。

 

「凄いカッコいい! ヒューグに頼んで作っ──」

 

 子供っぽい反応を見せていた律が表情を変え、グルンと体を回し、腰に吊るしていたククリを投げつけた。その方向にいたのは、セロテープを駆使して移動してきたであろう瀬呂。

 

「あっぶねぇー……!!」

 

「チッ、あの装備だけ縫い付けるつもりが失敗した」

 

「いや、腕取れるだろ。せめてスローイングダガーだわ」

 

 自身の腕スレスレを掠めていったナイフが、パイプに突き刺さっている。それを見て冷や汗をかいている瀬呂は、いつものポワポワしている雰囲気ではない律と、軽口を叩いていながらも周囲の警戒を怠らない人使に驚愕を隠せない。

 

「とりあえず逃げの一手!」

 

 場所は見つけた。迎え撃つ拠点のようなものを作っていたようなので、ここから動くつもりはないはず。そう思ったからこその撤退である。勝てないと分かったら即撤退という思考判断に、二人は評価する。

 

「へいへいヒーロー、もっとゆっくりしていきなさいって」

 

 だが、行かせるとは言っていない。

 律が指を鳴らし、瀬呂がいる場所に青い光が走り、三つの光弾が発生する。それは逃走を開始した瀬呂を捉え、見事体勢を崩れさせた。

 

「痛って──」

 

「ほら、次行くぞ瀬呂君」

 

 設置していた結晶投げ矢がどんどんと起動していく。バランスを崩す程度の痛みと衝撃を与えるそれは、カーリア城にも残っていた罠と、ゴーレムなどを作り出した技師達から思想を得たものである。

 

「避けてみてね、避けられるものなら」

 

「ちょ、ちょっと待──────」

 

 律の楽しそうな声に反応し、彼の思考は停止した。

 

「はい、残念だったな。今のは律の声じゃない」

 

「えっぐいよねぇ、人使の力。性格も中々悪いけど」

 

「力も性格もお前よかマシだわ。『仲間の位置を教えろ』」

 

「……三人は、北西の百メートル先の広場に……」

 

 仮面──ヒューグ謹製【ペルソナコード】によって変えられた声に反応してしまった瀬呂は、洗脳されて仲間の位置を教えてしまう。

 しかもインカムは接続する前の状態である。開始してから早三分……情報は筒抜け、一人欠けという状況に持っていかれたAチーム。しかもそれに気付いていないと来ている。

 

「……人使、最近作った精薬飲ませてもいいのかな?」

 

「効果は?」

 

「飲ませた相手を二分間傀儡にする」

 

「洗脳が解ける可能性があるから却下」

 

「そっか。じゃあ仕方ない……挑発しに行こう!」

 

 狭間の地でデミゴッドと闘う時に浮かべる、嗜虐的で狂気的な笑みを浮かべた二人の王*3。狙った獲物をどこまでも追い続ける、又は執着するという点において、狭間の地の住人達は恐ろしい執念を持っているのだ。

 

 

 

 

*1
甘えたがりではあります

*2
ロマンは感じるよね。

*3
彼らのああいう笑みには、背筋にゾクゾクと来るものがあるそうです。女王談




人使の仮面はペルソナコード+ヴァイク装備みたいな仮面です。砕けたような部分から狂い火が溢れて、ペルソナ5のアルセーヌ初召喚みたいな状態にもなれます。


【教えて! エルデの王】のコーナー

「こんなお便りが届いています。『王様二人が女王様と約束していることで、特に気を付けていることはありますか?』だそうです」

「んーとね……まず記念日を忘れないこと。結婚記念日とか誕生日とか。俺達は忘れちゃったけど、ラニやメリナ、臣下達のは覚えてるよ」

「あとは定期的なデート、浮気はしないこと、寝る時は一緒に寝ること、無理はしないこと……とかだな。過保護か?」

「浮気なんか俺達しないのにねー。フィアとかハイータとかラーヤとかも年が離れたお姉ちゃんって感じだし。俺にとってのメリナもそうだね。竜婿事件は酷いものだったよ……」

「あぁ、竜婿事件は酷いものだったな……やべ、震えてきた。……次。『二人が女王に恋をしたのはいつでしたか?』だとよ」

「えー? 俺は……なんだろう。指輪を渡した時にはもう好きだったし。いつかなぁ……人使はメリナに一目惚れの初恋だったよね?」

「それに気付いたのはお前から言われてからだけどな。……お前はあれだろ。ブライヴに改めてラニを紹介された時だろ。あの時から、ラニの話をよくするようになってたぞ」

「ん!? ……あ! そっか! その時からか! 気付いたら好きになってたからなぁ……気付いてなかった……」

「俺らって元々年上好きだったんかねぇ……」

「いや、どちらかと言えば、包容力とかがある女性が好きだったんだと思う。フィアはお姉ちゃんだったけど」


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野心ごと掻き消してやろう

『ペルソナコード』

混種の鍛冶師ヒューグが、鎮め火の王のために作った仮面。彼の代名詞である火を覗き穴から溢れさせる機構を備えている。
偽りの声帯を生み出すそれは、喪色の鍛石をふんだんに使った特注品。


なんか今回、いつにも増してクソ駄文だな……


 瀬呂からの通信が来ないことに、Aチームは焦りを感じていた。いくら思考判断が早いとはいえ、つい最近までなんの変哲もない中学生だった一年生だから当然ではある。

 

「瀬呂君からの連絡がない……もしかして捕まった……!?」

 

「可能性はあるね。分ごとの連絡がない」

 

「とりあえず瀬呂が捕まったって仮定して動くべきだね」

 

 捕まったし、情報が筒抜けになってしまっていることには気付かない三人。経験はまだまだ足りない。

 

「なら、プランBを──!?」

 

 頭を空に浮かせていた取蔭が驚愕で表情が不思議なことになった。

 

「どうした取蔭──」

 

見つけたぞ、ヒーローよ……

 

 カツ、カツ、と人が歩いてくる音が聞こえる。それは、黒い鎧に身を包み、恐ろしい気配を放つ者。教科書に記載された凶悪な(ヴィラン)なんて目じゃないほど恐ろしい気配。

 

「「我が師を骸とし、なおも功を求めるか」」

 

(そういえばヒーロー側は、(ヴィラン)が教育していた人を拘束するって設定だっけ? ……マジで? あの人達拘束すんの?)

 

「「ならばその命、野心ごと……掻き消してやろう」」

 

 骨抜が二人を拘束するのが無理ゲーだと確信した頃、王が持っている杖に異変が起こった。力強く握り締められた杖はひび割れ、紫色の剣が姿を現す。曲剣、曲刀と呼ばれるであろうそれは、不気味な美しさを放っており、気を抜けば引き込まれそうな魅力を放っている。

 

「ッ! 骨抜君! 地面を軟化させて!」

 

「そういうのは大声でやるもんじゃないよ」

 

 消えるように像がブレた律が緑谷の後ろに立ち、柄を後頭部に直撃させた。

 

「ゴッ!?」

 

「緑谷!」

 

「余所見とは、余裕だな?」

 

 緑谷が一撃で昏倒したところを目撃した骨抜に人使が迫る。

 

「ヤッバッ……!」

 

「お?」

 

 死を幻視した骨抜が地面を軟化させて潜り、人使は少々驚いたような声を上げた。勝てないと思ったらすぐに逃走を図るというのはどの世界でも通用する戦法である。

 

「判断が早い。それは評価するが……地中への攻撃を用意してないわけがないだろう」

 

「人使、ストップ。それ消し炭になるやつだ」

 

「そうか? …………そうか」

 

 彼が発動しようとしたのは『古竜の雷槍』という祈祷。本来なら地中への攻撃に使用されることはないが、物理法則を無視した攻撃をするのが基本の狭間の地。地中だろうがぶち抜ける。

 だが、信仰神秘驚異の99である人使がそれをすればどうなるだろうか? 結論、消し炭になってしまう。

 

「狭間の地の皆は、こんなんじゃ死なないのになぁ……」

 

「脆いよねぇ、ここの人達」

 

 教師陣の中で狭間の地に行ったことがある相澤は、お前らが異常なんだと呟いているが、当の本人達には聞こえていない。

 

「手加減してくださいよ……!」

 

「えー、それじゃあ訓練にならないじゃん。先生から聞いてない? 叩き折りに行く訓練だって」

 

 分離して、なんとか攻撃を躱している取蔭と話す律の表情は楽し気だ。人をいたぶって楽しむ趣味嗜好は持ち合わせていないが、敵が苦しむ様を見て笑うのはいくつになっても楽しめる。

 

「プライドも、自信も、何もかも一回全て折って、学ぶ。雄英に入ったんだ。君達はもうヒーローの道を進んでる」

 

「プライドで人が死ぬ。自信と慢心で人が死ぬ。全て失う」

 

 少なくとも、狭間の地ではそうだった。そうじゃなくても人は死んだが。自分が強くなかったから、余計なプライドや自信を持ってしまったから、この人なら大丈夫だからなどという、よく分からない信用をしてしまったから……多くの人がいなくなったのだ。

 

「そんな後悔をしないために、絶望を駆け抜けるために、俺達は全力で君達を折りに行く」

 

「さぁ早くも二人だけだぞヒーロー。どうする?」

 

 逃げる側が攻撃してくるなんて想定をしていなかった──正確には、彼らの実力を見誤っていた生徒達は、立て直す余裕は全く存在していない。

 

「ちなみに骨抜君、不意打ちを狙いたいのなら敵意は隠さないとね」

 

(バレてる……!?)

 

「少しは楽しめるかと思ったが、まだまだ子供だな」

 

 こんな罠にも気付かない、そう呟いた人使の横からテープが伸びて取蔭に貼り付いた。そう、洗脳された瀬呂である。

 

「瀬呂……!?」

 

「に、逃げろお前ら!? 体が勝手に──!」

 

 そして悪質なことに瀬呂の洗脳を体にシフトしているため、意識があるのに体が勝手に動くという状態。人使の個性を知らない取蔭達でも理解した。

 

「心操先生の個性は──洗脳……!」

 

「大正解。ちなみに洗脳は一定時間の経過か、一定量のダメージを与えるか、俺の命令で解除されるぜ」

 

 狭間の地基準で、慈悲の短剣+25の致命ダメージくらい与えれば洗脳は解ける。そんなことしたら死ぬが。それを容易くやってのけるのが狭間の地の騎士、戦士達だ。だが、この世界でそれをやれば人は死ぬ。つまり、一度かかってしまえば時間になるまで操り人形である。

 

「あんたらそれでもヒーローかよ!?」

 

「「はっ」」

 

「嘲笑!?」

 

 これがエルデの王である。敵対者に容赦はしないのだ。

 

「そういえば逃げなくていいのかな? 間合いだよ」

 

(!? 武器が違──)

 

 ゴッ、と鈍い音が響き、骨抜は横にぶっ飛ぶ。手加減していたとはいえ、クリティカルヒット。骨抜は気絶してしまう。

 開始から五分足らず……まさかの逃走者の攻撃により、ヒーロー側は殲滅されてしまった。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 時は飛んで一時間後。どんよりとした雰囲気が運動場γには広がっていた。

 

「んじゃ、全体の講評ねー……うん、もっと協調性を持とうか……って、聞いてんのかそこの二人ィ!!」

 

 温厚な律からの怒鳴り声にビクついた二人──A組の闇期到来中の少年と不良少年である。

 

「二人さぁ……特に酷かったからね? あれ現地でやってみ? 死ぬよ?」

 

 どちらも独断専行し、真っ先に叩き潰された二人である。どちらも強い個性だったからこその慢心や焦りなど、負の感情が先走った。

 

「視界は塞ぐ、指示は受け付けない、付いてこい、てめぇらの話なんか聞いても無駄だ、みたいな態度……本当にヒーローになる気、あるのか……?」

 

 寛容な王であっても、あの暴挙は見逃せない。狭間の地に放り込んで野垂れ死んでくれた方がまだ世界のためになるのでは、と思ってしまうくらいには、彼らの独断専行は良くないものだった。あれでは慢心してカニに殺されるのがオチである。

 

「視界を塞いだ後、どうなった? 言ってみろ」

 

「……殴られて気絶した」

 

「……蹴り飛ばされて気絶した」

 

「広範囲の攻撃、高威力の攻撃は確かにいい。だが、味方のことを考えない攻撃、最悪を考えない動きはゴミだ」

 

 耳の痛い話である。この講評は後々教師が聞くものだ。プロヒーローにも、たまにいる周りのことを考えない攻撃を行う者──そういうことができてしまう者がいる。それを知る身には耳が痛い話だろう。(No.1、No2、No.3のヒーロー)

 

「協調性は大切にしていこうね。──さて、次は今回の授業MVPだね。MVPは……峰田君、君だ! おめでとう!」

 

「お、おおお俺!?」

 

 拍手と共に贈られた称賛に、峰田は驚き、A組とB組どちらの生徒からも驚愕の視線を浴びる。

 

「うん。君、はっきり言って臆病でしょ?」

 

「突然のディス!?」

 

「ああ、悪い意味じゃないよ。臆病ってのは弱い人の考えが理解できる強みさ」

 

「峰田は逃げ道をいくつか用意していた。見えにくい場所にモギモギを置いたりしてな」

 

 逃げ道は多く作っておくのが、戦いにおいて強いアドバンテージとなる。人命救助が最優先事項のヒーローという仕事をやるのだから当然だ。

 

「凡戸や瀬呂もあんな感じでいい。露骨すぎるのは良くないがな」

 

「女の子の声に反応しちゃうのはいただけないけどね……」

 

 心当たりがある生徒の心に突き刺さる律の言葉。

 

「ま、そこは追々直していくとして……何か質問は?」

 

「王金先生の個性ってなんですか!?」

 

「『黄金律』だよ。なんでも完璧な黄金比にする個性。武器とか取り出してたでしょ? あれは、俺の中で『これを持つことで完璧な存在として成り立つ』って意識を作って生み出した産物だよ」

 

 狭間の地については、極力話さない方針で行くと教師から言われている。ビッグ3となったあの三人は定期的に遊びに来るようになってしまった*1ため、隠してはいないが、一年生に教える必要性は皆無である。だから、嘘を教える。

 

「あれ? じゃあ心操先生は?」

 

「こいつが個性発現した時に、引っ張られたらしい。まぁ、こいつからエンチャントされてるって感じだな」

 

「そ、そんな個性が……」

 

「ちなみに、戦闘技術は自前だよ。個性にかまけてやられました、じゃ何もできない」

 

「死ぬほど努力した結果ってやつだ」

 

 死ぬほど(本当に死んだ)努力した二人を捕まえるなど、不可能なのだ。プロですら手こずるというか、殲滅される可能性が高い。物理系攻撃なら物理カット100%の盾を構えて突っ込んでくるし、13号なら岩石をぶん投げてくるなど、彼らの強さは手札の多さもあるのだ。

 

「他に質問は? ────ないなら締めるよ。相澤先生と管先生の講評も聞くこと」

 

「俺達はちょっと用事があるので、ここで抜ける。今日の授業……敗北が君達の限界にならないことを祈ってるぜ」

 

 ボロ負けさせたお前達が何を言っているんだと、相澤達は思わなくはなかったが、この授業での敗北は確実に糧となる。ここで折れて立ち直れないようでは、この先ヒーローにはなれないだろうから。

 まぁ……だからと言って、これは酷い。さすがにフォローをしておかねばならないと二人の担任は感じた。

 

「一つ言っておくが、今回の授業は心を叩き折ることに焦点を当てている」

 

 相澤の言葉がA組とB組に浸透する。確かに、あれほどの実力差を見せられたら心が折れる。諦めを選択しようとしている自分もいることに、生徒は悔しさを感じた。

 

「あの二人は絶望を知っている。それを知るからこそ、この授業を発案したんだ」

 

「実力だけあっても、人は救えず、プライドでは何も守れない。覚えておけ、お前達。プロになった時、隣にいる誰かが死んでいる可能性だってあるんだ」

 

 自分のミス、プライドが邪魔して人が死ぬ。実力とコミュニケーション能力がなければ、連携も何もかもが上手くいかない。そして次第に孤立する。

 

「学校じゃ成績が落ちるだけだが……現場に出て、失敗をすれば落ちるのは人の命だ」

 

 相澤と管の言葉が、生徒に重く突き刺さった。これが、最高峰、ヒーローを目指す学校である。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

「ほう……お前は……あの時の褪せ人か」

 

「……お化けのレナさん?」

 

「お化けではない。……私は魔女ラニ。暗い道を探している者だ。お前は?」

 

 どこから迷い込んできたのか、あの日草むらに隠れていた少年が目の前にいる。もう一人の少年は一緒ではなく、鎧はひしゃげ、腰に吊るした武器は半ば砕けており、激戦を繰り広げたことが良く分かった。

 

「……律。王金律」

 

「ほう……奇妙なものだな。褪せ人が黄金律の名を持つとは。それで、何をしに来た? 招待状は出していないはずだが」

 

「友達に、ここに来るべきだと言われた、から」

 

 十中八九ブライヴだろう。直接報告しに来るほど、彼はこの者を気に入っていた。なんでも、我が兄弟であるラダーンの刃を魔術の剣で弾いたり、見たこともないような魔術でやつの頭を貫いたりしたらしい。魔術において、母や私に並ぶ者は少ないため、少々興味がある。

 

「ああ、ブライヴか。話は聞いてるよ。妙な魔術を使うそうだな?」

 

「妙……あ、結晶槍のことかな?」

 

「輝石魔術とも違うようだが、何をした?」

 

「んーと……これを、こうして……こう……」

 

 突然杖を二本出したと思えば、一本の杖で月の魔術を発動して、もう一本の杖で力場を発生させた。

 

「圧縮圧縮圧縮圧縮圧縮圧縮圧縮圧縮圧縮圧縮圧縮……」

 

 ブツブツと呟く律の右腕に輝石よりも濃い、青い月の光と魔力が収束して槍となる。月の魔術を重力魔術で無理矢理圧縮したとでも言うのか。

 

「……こんな感じ。てい」

 

 外に向けて槍のようなものを投げると、魔力の臨界と共にとてつもない爆発を起こした。

 

「律、お前は何を考えてあれを?」

 

「え? うーん……笑わない?」

 

「ああ」

 

「その……ただ、面白そうだったから……」

 

 なんだその理由は、と笑ってしまった私は悪くないはずだ。頬を膨らませて怒る彼に謝りながら、ふと思う。こいつを私自ら育てたら、どこまで育つのだろうか。飛び抜けた魔術の素養がこいつからは感じられる。使えるかもしれない。

 

「律、お前、私に仕えるつもりはないか?」

 

「へ?」

 

「その代わりに、私がお前に魔術を教えてやろう。悪くはないだろう?」

 

 提案してみれば、律は悩ましげな表情を浮かべて腕を組む。

 

「何かあるのか?」

 

「え、と……裏切ったり、部下が先走ったり、しない?」

 

 その目にあったのは怯え。円卓の──百耳の者に仕える男に襲われでもしたのだろうか? 

 

「それは約束するが……なぜそんなことを聞く?」

 

「さっきセルブスって人に、襲われて……人形にするとか、言われたから……」

 

 ああ……あの愚か者か……私を見る目も下劣な感情が込められていたのは知っていたが、手当たり次第か? それとも、この少年に何かを感じたのか……いずれにせよ、彼の目に浮かぶ怯えや恐怖をどうしたものかな。使える駒をここで捨て置くのは惜しい。

 

「……なら、ブライヴに伝えておこう。共に行動するといい」

 

「でも、忙しいんじゃないの?」

 

「ブライヴにはある探し物をさせていてな。それをお前にも探してもらう」

 

「探し物……あ、もしかして星が落ちた場所にあるの?」

 

 察しがいいようだなこの少年は。ふむ……ますます欲しくなってきた。これほどの人材を手放す訳にはいかん。

 

「話が早いな。そこで探し物をしているブライヴに合流してくれ」

 

「あ、もう俺ラニに仕えてる感じなの?」

 

「右腕を見てみろ」

 

 律が私の指示通りに右腕を見ると、

 

「なんじゃあこりゃああ!?」

 

 少女のような声でありながら、野太い声が響いた。

 

「お前に、証を刻ませてもらった」

 

「の、呪いですか……?」

 

「そんな大それたものではないさ。……さて、私は少々眠る。目覚めた時、吉報が伝えられるのを楽しみにし──む?」

 

 眠りにつこうとしたところで、律が虚空から取り出したそれに目が冴える。……あれは、なんだろうか? ベッドのようにも見えるが……

 

「寝るんなら、これ使ってよ。ふわふわだよ、ふわふわ」

 

「なんだそれは……」

 

「羊の毛を使った布団。温かいし、軽い。ドラゴンの革を使ったから耐久性もバッチリ」

 

 とんでもないことにドラゴンの革を使っているなこの男。普通は装備の補強などに使うだろうに、そんなものに使うとは……面白いが、中々罰当たりだ。

 

「まぁ、気が向いたら使ってみて。一式置いておくからさ」

 

 そう言って、律は祝福を利用した転移で姿を消した。…………布団、と言ったか。葦の国とやらのものだと聞くが、私はベッドに寝ていたし、人形の身である私は、どこで寝ても変わらない。だがまぁ……臣下からの献上品だから、使わないわけにもいかんな。

 そんな言い訳をしたため、布団に触れてみる。

 

「む……」

 

 なるほど、これは中々……手触りもいい。ドラゴンの革と羊の毛が熱を閉じ込めて温かさを保っているのか……そしてこの継ぎ接ぎは……手作りの証。だが、毛布などはそれがない……針子に頼んだのだろう。いい腕をしている。さて──

 

「ほう……これは……」

 

 いつも感じる冷たさから解放された。冷たいのは好みだが、やはり眠る時くらいは温かい方がいい……ふむ、起きた後、ブライヴやイジーにも勧めてみるとするか。

 

 

 

*1
ナイトアイ事務所から「ミリオが光るヒップドロップとか、腹芸っぽいものをするようになったんだが」と苦情を受けた。




【教えて! エルデの王】のコーナー

「こんなお便りが来ています。『お二人はベッドで寝る時、どんな姿勢ですか?』だそうです」

「マニアックだな……俺は、まぁ…最近はメリナと抱き合ったまま寝てたりするな……」

「わぁ、大胆」

「うっせぇ。メリナがそうじゃないと寝ないって言ってくるんだよ……お前はどうなんだよ?」

「え、俺? 俺はね……あれ? 人使と同じだ。ラニの冷たさが丁度いいんだ。……たまにラニの体が人の体になる時は温かいけど」

「へー……んじゃ次。『二人は女王と一緒に寝てるようですが、どれくらいの頻度で営みを?』だが、俺らまだ童貞だよな?」

「うん。ラニとメリナから聞いてるし、ミケラからもそう言われてるよ」

「だから、俺らはそんな営みはしてねぇってのが答えだな」


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王様と面談をしよう

久しいな御子の忍び……


『小さな家』

リエーニエの外れ、カーリア学院とカーリア王城を一望できる場所にそれはある。暗月の王はローデイルでの生活も好きだが、素朴な生活も好みなのだ。
たまに、巡礼者が来訪したり、好奇心旺盛な子供がやって来るくらいの生活が好きなのだ。


サンブレイクとプロジェクトニンバスやってました。

AFOがどう足掻いても駆除される未来が見えるんですよねぇ。最終決戦のあれは多分存在し得ない。


 生徒指導室のソファに座った切島鋭児郎は、目の前にいる教師二人に少々ビクついていた。2トップであろう二人──爆豪と轟を瞬殺してみせた王様が目の前にいるのだから当然ではあるが。

 

「そう緊張しないでいいけどねぇ」

 

「切島、相澤先生から話は聞いてるか?」

 

「あ、はい! 個性に関する面談って聞いてるっす!」

 

 昼休みや放課後の時間をそれに費やすと伝えられていた一年生。その最初の一人が切島だったのだ。第一回『チキチキ! ヒーローとしての形を形成する面談! ビッグ3はもうやってるよ!』の始まりである。

 

「うん、じゃあ前置きなしでやってくね。切島君の個性は──」

 

「硬化っす! 派手でもない地味な個性すけど……」

 

「硬化、シンプルでいい個性だ。卑下すんなよ」

 

 人使の言葉に照れたように笑った切島に、律が切り込む。

 

「硬化、どこまでやれるのかなって気になるけど……どのくらい硬くなれる?」

 

「えーと……大体鉄くらいですかね。試したことない、ですね」

 

「ふんふん。了解。じゃあ次が本題ね。どんな力の使い方をしたい?」

 

 どんな力の使い方をしたいか。個性をどう使い、どんなヒーローになりたいのか。彼らが聞きたいのはそれだ。王の言葉に対して、切島はグッと、力を込める。

 

「小さい頃から憧れたヒーローがいるんです。そのヒーローみたいになりたい。漢気を貫ける、守れるヒーローに」

 

 眩しいものを見たように、律と人使は目を細めた。

 

「なるほどね。……うん、なら後だし先攻戦法がいいかもね」

 

「後だし……先攻……ん? 後だしで、先攻?」

 

「ああ、うん。俺達の本来の戦闘スタイルのこと」

 

 さて、フロムプレイヤーの諸君ならご存知だろう。古今東西のフロムゲーの戦法、後だし先攻バトルスタイル。相手に先に振らせて空振りさせてこちらが攻撃するかパリィを決める。不死人達の盾受けや回避、狩人のリゲイン&銃パリィなど、後攻こそが最強の先攻なのだ。*1

 最近は殺られる前に殺るというスタイルを貫いていたが、ガチバトルをやる時の戦闘スタイルは、いつだって後だし先攻バトルスタイルである。

 

「例えば人使に俺が攻撃するじゃん?」

 

「? うす」

 

「人使が攻撃をいなして攻撃するじゃん?」

 

 切島の頭の中で、律が剣を大振りで振りかざし、人使がそれを盾でいなして攻撃するシーンがなんとなく浮かぶ。

 

「さてここで問題です。これを続けた場合、俺と人使、どっちがダメージレースに勝利したでしょうか?」

 

「そりゃ、心操先生……っすよね?」

 

「正解! 君はそれをやれる逸材さ!」

 

「攻撃された部分を硬化、防いで攻撃。後手に回りながらも最初から最後まで大ダメージを与えられるのはお前だ」

 

 いわばガードカウンターに近しいもの。硬化してぶん殴る程度しか考えていなかった切島の道に、新しい道が提示される。守れるヒーロー……市民に背中を見せて安心させられるカッコよくて、熱いヒーローになるための、新しい道が見えた。

 

「決めるのは君だけどね。ゴリ押しだって一つの選択だし」

 

「ああ。何も考えずにゴリ押しできるってのも、貫き通せば一種の戦術だ」

 

 どうありたいか、どんなヒーローになりたいのかもう一度考える。守るために飛び込んでいける漢気を貫き通すために、あの日の後悔を二度としないために。守れるヒーローになりたい。答えは決まっていた。

 

「……先生の提案してるのを覚えたら、守れるヒーローに、なれますか」

 

「さぁ? 君次第だよ」

 

「お前が決めろ。お前の道だ」

 

「っ!! ……俺は、守れるヒーローになりたい! だから! 教えてください!」

 

 絶対ブレない矛と盾。そうあるために、切島は選択する。その選択に二人の王は微笑む。

 

「分かった。相澤先生にもそれ伝えとく」

 

「お前が望むんなら、俺達も全力で応じる。死ぬほどキツいが付いてこいよ?」

 

「アザスッ!!」

 

 のちに、この世代の二大漢気ヒーローとして名を馳せることとなる彼は、ヒーローインタビューでこう語る。「二度と後悔しねぇように、死ぬ気でやった! そしたらやれた! 俺の後ろに血は流れねぇ!」と。

 戦闘スタイルのガードカウンターについて聞くと青ざめてガタガタ震えていたのは別の話。

 

 

 

「……で、実際のとこ、どうなんだ?」

 

「何が?」

 

 切島が出ていった後の生徒指導室で、人使は律に問いかける。

 

「他の生徒もそうだが、切島も。伸びるか?」

 

「さぁ? 人並みには伸びるんじゃない? 人並みには、ね」

 

「嫌に人並みを連呼するな」

 

「人使も分かってるでしょ?」

 

「……まぁ、な」

 

 薄く笑う暗月の王に対し、鎮め火の王は苦笑で対応した。分かりきっていたことを再確認した。自分達はもう人間の尺度で計れるような存在ではないのだから。

 

「あの子達は人間の尺度で言えば強くなる。狭間の地の尺度じゃ……うん」

 

「犬に殺られる未来が見えた」

 

 自分達が異常なだけであって、彼らは結構伸びる。それは確信しているが、何分ビッグ3達よりも体が脆いため、どこまでやっていいのかに不安が残るのだ。

 そんな二人の憂いが現れたタイミングで、

 

「失礼するんだよね!」

 

 黄金の尻撃と神肌の腹芸を身につけてしまった通形がやってきた。

 

「おお、先輩。どーも」

 

「今は君達が目上なんだよね。心操先生、王金先生!」

 

「いやいや、いつも通りでいいですよ」

 

 通形ミリオ。エルデの王の経歴を知っており、なぜか黄金の尻撃と神肌の腹芸を習得できてしまった稀有な存在である。信仰? 全くないから恐らく似た何かであろう。

 

「じゃあ遠慮なく! 面談やってるんだね! 俺達もやったけど、どんな感じだい?」

 

「「……不作?」」

 

「尺度が違うんだよね!」

 

 通形は、雄英高校入学前から積み上げてきた基礎値が、周囲とまるで違う。例えるなら素寒貧と勇者並みに違う。個性なしでの近接戦において、雄英内で敵う相手はプロを含めて限りなく少ないのである。

 そんな彼や、桁外れの才能に富んでいる天喰と波動、狭間の地の戦士を見てきた二人からすると物足りないのだ。

 

「切島君はいいんだけどねぇ。プライドが邪魔過ぎる子がいるんですよね」

 

「へぇ? 例えるなら?」

 

「「発言目付き態度全てにおいて(ヴィラン)予備軍みたいなチェリーボーイ?」」

 

「なんで入れたのかな!?」

 

「「コレガワカラナイ」」

 

 本当になんで入れたのだろう。雄英側がヒーローになれると考えたからなのだろうが、王二人であっても分からないものは分からなかった。

 

「今後叩き折られる日々を続ければなんとかなりそうかなぁ、とは思うんですけどね!」

 

「折るのは心だけ、じゃないような気がするんだけど、気のせいかい?」

 

「さっすが先輩。分かってますねぇ!」

 

「ああいう手合いは痛め付けて谷底からスタートさせるのがいいんですよ」

 

 これが狭間の地を統べる王である。

 

「あれは伸びるよ、確実に」

 

「まぁな……」

 

 あの拗れたプライドを何とかできれば、爆豪は恐ろしいほど伸びる。あらゆるものを見てきた二人は確信していた。問題はその拗れ具合が厄介だということ。幼馴染みの関係で、生まれた時から仲良くやっている律と人使はよく分からない。

 

「時間が必要か……」

 

「うーん……ま、大丈夫でしょ。それより通形先輩、何かご用で?」

 

「サーが君達と話がしたいんだってさ!」

 

「「はっはっはっはっ、エビの餌にするぞって伝えといてください」」

 

 実を言うと、この二人はナイトアイと相性が最悪と言っても過言ではない。その原因は彼が彼らの女王にナイトアイが接触し、未来を勝手に覗こうとしたことにある。

 それはラニの影にいたブライヴと、メリナの護衛だったベルナールが阻止したため何も無かったが、以来二人はナイトアイを毛嫌いしているのだ。ちなみにナイトアイはブライヴやイジーからも嫌われていたりする。

 

「嫌われてるね? 当たり前だけどさ」

 

「ふふふふふふ……通形先輩も結婚すれば分かるようになりますよ」

 

「笑顔が笑顔してないね!」

 

 女王に手を出されて怒らないわけがない。再建された結びの教会で結婚式を挙げたあの日二人の王は、二人の男は誓ったのだ。

 呪いにより凄まじい苦痛を受けると知っていながら、肉体を捨てる覚悟をした青白い手を、己の願いも望みも全て閉じ込めて、使命を果たした火傷の痕がある白い手を────もう二度と離さないと。

 だから、いかなる理由があったとしてもラニとメリナに手を出そうとする者を許すつもりはない。狭間の地に住む多くの人々の前でも誓ったそれは、彼らの中にあり続ける。

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 地獄を見た。デミゴッド達が、家族同士で殺し合う地獄を見た。

 地獄を知った。死んでも死んでもやり直す、痛みすら忘れてしまうような地獄を知った。

 地獄を歩いた。誰かを犠牲にして、誰かを見殺しにして、地獄を歩いた。

 自分達の無力を知った。自分達は、思い上がっていただけなのだと……デミゴッドを倒せたとしても、竜を殺せたとしても無力であることを知った。

 自分達の無力を嘆いた。掴もうとして、目の前で溢れ落ちていく多くのものを見て、無力であることを嘆いた。

 自分達の無力を呪った。何も救えない自分達の無力を、何もできなかった自分を殺してしまいたいほどに呪った。

 何も救えない。何も救えず、守れない。どれだけ世界を回しても、誰も、何も、救えない。守ることはできない。

 

「ここ、は……」

 

 そんな自分に嫌悪すら感じていた律は、人使との別行動中、自分がどこにいるのかに気付いた。

 カーリア城へと続く道、それを隠している廃墟に律はいた。その行動は全くの無意識で、自分の行動に呆れてしまう。こんな場所に、用はないはずなのに。

 

「……道、間違えちゃったのか」

 

 きっとそうだ、そうに違いないと言い聞かせて踵を返した律の耳に、声が届く。

 

「おや、こちらに用があったのでは?」

 

 何度も何度も聞いた巨人軍師の声。大いなる意志の干渉をはね除ける装備を身に付けた巨人の声に、律は思わず口を開いてしまう。

 

「用なんて、ないよ。あなたの主にだって……興味は、ないから」

 

 嘘だ。本当なら会いたい、会って話がしたい。今まで歩んできたことを話して、吐き出してしまいたい。だけど、そうしたらまたブライヴを殺すことになる。イジーを殺すことになる。律は自分の心に蓋をした。

 

「おや、私の主をご存知で?」

 

「狭間の地じゃ、知らない方がおかしいでしょ? カーリアの王女ラニのことなんて」

 

「それもそうですな。────何度もラニ様に指輪を贈ったあなたが、律殿が知らないわけがないでしょう」

 

 律の思考が停止する。なぜ知っているのか、なぜ自分の名前を知っているのかと。

 

「我が主は優秀ですよ。記憶を保持したまま、大いなる意志が我らへ干渉できなくなる魔術を産み出したのだから」

 

「な、んで……そんな、こと……」

 

「簡単でしょう」

 

 イジーは穏やかに、壁の向こうで立ち尽くしている律に伝えた。

 

「あなたに逢いたいから。あなたを離したくないから。姫様の思いはそれだけ。無論、このイジーも、ブライヴもです」

 

「暗い夜の道を行くためじゃないの……?」

 

「そんなもの、お前と比べればゴミのようなもの、だそうだぞ。律」

 

 気付けば律の目の前には、大きな半狼が立っていた。半狼の騎士は懐かしそうに唸り声を上げた後、律を俵でも担ぐかのように持ち上げて歩き出す。

 

「な、何を……!?」

 

「ラニが待ってる。お前に会うと言って聞かん」

 

 肉体的にも精神的にも疲弊していた律がブライヴに抵抗できるはずもなく、そのまま運ばれていく。罠は起動せず、違和感を感じていた律は、カーリア城に入った瞬間、目を見開くことになった。

 

「カーリア、騎士……!?」

 

「ラニが集結させた。お前が俺から逃げた時のためにな」

 

「だ、ダメだ、会わない! 俺は、会わない! 会いたくない!」

 

 心に罅が入る。嘘を吐き続けた律の心が悲鳴を上げている。

 

「ブライヴにだって、会いたくなかった!」

 

「……」

 

「何で、何で、だよ……何で、俺を傷付けようとするんだ!」

 

「律」

 

 カーリア騎士達に見守られ、カーリア城の奥にある魔術塔が見えたところで律は暴れ始めた。泣きじゃくる子供のように叫び、暴れ、ブライヴの拘束から抜け出そうとする。

 

「止めろ! 止めろよ! 会いたくなかったのに! 死なせたくないのに!」

 

「もういい、もう大丈夫だ」

 

「大丈夫!? そんなわけないだろ! 俺が、何度──」

 

 ブライヴを殺した。

 そう言う前に、ブライヴが律を魔術塔に投げ捨てた。一種の哀れみ、罪悪感、怒り、悲しみをかき混ぜた表情を見せた後、彼は姿を消す。

 

「ああああああ!! ふざけんな! ふざけんなよブライヴ! 何で、何で何で何で何で何で何で何で何で!!」

 

 発狂したように叫ぶ律の表情は絶望に染まっていた。心の奥底に沈めた想いは歓喜していた。その二つの感情に律は苛まれる。

 

「出して……出してよ……会いたくない……会っちゃ、ダメなんだよ……」

 

 会いたい。会いたくない。触れたい。触れたくない。触れてはならない。律の葛藤を無視して、魔術塔の主は彼を包み込んだ。律の目が見開かれ、多幸感と恐怖で心がぐちゃぐちゃになる。

 

「ラ、ニ……」

 

「久しいな、私の王よ」

 

「はな、し、て」

 

「離すものか。やっと、お前に触れた。お前の声を聞けた。……もう二度と、離すものか」

 

 私の王、私だけの王。

 そう言って、暗月の女王ラニは震える律を抱き締める。温かくはなく、冷たい人形の体だが、律は、律の肉体は彼女の熱を求めるように抱き締め返した。

 

 

 

*1
注:例外も存在します




【教えて!エルデの王】のコーナー

「『律と別行動してる時の人使は何をしていたの?』というお便りが届いています」

「普通に探索だな。どの道を進めば誰とも会わないかとか、色々。マッピングとかな」

「地図の断片だけじゃ情報が足りないからね。人使ってそういうの得意だったよねぇ」

「まぁ、な。二度とやらないけど!」

「俺もやりたくはないな!!」


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