Skyrim DLC第4弾「Goblin Slayer」 (Paarthurnax)
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第一章
第1話 未知なる世界


 

第四紀20x年、【アポクリファ】にて原初のドラゴンボーンを打倒し、ニルンへ戻るべく【門】をくぐったドヴァーキンは困惑していた。

 

「ここは一体…?ソルスセイム島ではないようだが」

 

彼の立つ場所は鬱蒼とした森の中だった。辺りを見回せば草木が生い茂り、頭上には木々の葉を通して柔らかな陽光が降り注いでいる。耳を澄ませば小鳥のさえずりも聞こえてくるほどだ。

 

「どうなっている?」

 

しかし、そんな穏やかな風景とは裏腹に、ドヴァーキンの胸中は穏やかではなかった。

【アポクリファ】に入る直前、彼はソルスセイム島のスコール村にいたはずなのだから。それが【門】を出てみれば見覚えのない景色が広がっているのだ。

彼の知るスコール村はソルスセイム島の北東部にある小さな村で、辺りは極寒の氷雪地帯だったはずだ。だが今目の前に広がる光景はその真逆とも言える場所であった。

 

(ハルメアス・モラの仕業か?)

 

直前まで関わっていたある邪神が心に浮かぶ。

まるで世界そのものが書き換わってしまったかのような感覚に襲われながらも、彼はまず自分の状態を確認することにした。

武器と防具はそのまま身に着けていた。愛用しているドーンブレイカーにスタルリムの盾、それに符呪を施した鉄装備一式だ。次に荷物を調べてみる。背負袋の中には装備品や消耗品の他、保存食等の旅に必要な物資が入っていた。とりあえず中身を全て確認してみたが、特に紛失したものはないようだった。

 

「ふむ……。どうやら問題なさそうだな」

 

一通り調べ終わったところでそう呟きながら立ち上がり、改めて周囲を見回した。

 

「さて、ここはどこだろうか?」

 

見たことのない景色を前に途方に暮れるドヴァーキンだったが、いつまでも呆けているわけにもいかない。ひとまず、ここがどんな場所なのかを知るために行動を起こすことにする。

 

「とりあえず人が住んでいる所へ行ってみようか」

 

ここがニルンのどこかならば、人里がある可能性は高いだろう。勿論、無人島ということもあり得るのだが、その時はその時だと考えることにした。

それからしばらく草木をかき分けつつ歩き続けていると、やがて道らしきものを発見した。舗装こそされていないが、しっかりと踏み固められた道で人の往来がある証左だ。その道を辿って行けば誰かに出会うだろうと期待しながら進んでいく。

 

そのまましばらく歩いていると道端に何かの死骸を見つけた。近づいてみるとそれは緑色の肌をした人間の子供くらいの大きさの生き物だった。

 

「これは……ゴブリンだな」

 

スカイリム地方には生息しないがタムリエル大陸では一般的な怪物「ゴブリン」。

スカイリムに来る以前、シロディールに居たころは何度かエンカウントしたことがあった。

醜悪な容姿をしており、性格は非常に残忍かつ凶暴である。独特の社会性を持ち、群れを形成して獲物を襲う習性を持つ。唯一の雌である、ゴブリン・シャーマンを頂点とする部族社会を築いており、部族同士で争ったりもするらしい。

 

この個体は既に息絶えているが、周囲には仲間の姿はない。死体を検分すると、何かで殴打されたのか頭部が陥没しており、首の骨も折れてしまっている。恐らく一撃で仕留めたのだろう。

 

見知った怪物を目にしたことで、ドヴァーキンは少しばかり安堵を覚える。ソルスセイム島からここに飛ばされた理由は不明だが、今いる場所がシロディール地方のどこかだという可能性が高まったからだ。その後も道なりに進み続けると森を抜けて視界が広がり、集落のようなものが見えてきた。木造の建物が立ち並び、畑で作物を育てている様子が伺える。

 

さらに近寄っていくと鍬やシャベルなどを構え、武装した村人らしき者達が集まってくるのが見えた。そしてその中から一人の男が前に出てくる。

 

「止まれ!お前は何者だ!?」

 

男はシャベルを手に警戒心を露わにして叫んだ。他の村人達も同様にこちらを警戒しており、いつでも動けるように構えを取っている。

ドヴァーキンは両手を上げて敵意がないことを示すと、ゆっくりと彼らに歩み寄った。

 

「俺は冒険者だ。道に迷ってしまってな。ここがどこなのか教えてくれないか?」

 

そう言って自己紹介をするが、村人たちは怪しむような目で見つめてくる。

 

「冒険者……?」

 

先頭の男が首を傾げる。

そしてジッとドヴァーキンの全身を観察し始めた。

 

大柄で筋骨隆々の体格をしており、角付きの鉄兜と薄汚れた鎧を装備している。兜で顔全体はよく見えないが、ブロンドヘアで目は碧眼、髭が生えているが良く整えられていて精悍な印象を受ける。腰に差しているのは光り輝く長剣だ。柄上のガード部分に輝く光球があり、神々しい雰囲気を放っていた。聖剣の類いかもしれない。

一見すれば蛮族のように見えなくもない風貌だが、身に着けている武具はどれも質の良い物だと分かる。何よりその身に纏う雰囲気が只者ではないことを物語っていた。

 

「失礼だが、あんたが本当に冒険者である証拠はあるかい?」

 

「証拠…だと?」

 

予想外の言葉に眉をひそめる。どう答えるべきか悩んでいると、男はさらに続けた。

 

「ああ、そうだ。冒険者ならば身分を示す認識票を持っているはずだ。それを見せてもらえれば信用できるかどうか判断出来る」

 

「認識…票…?」

 

男の言葉を聞いてますます困惑してしまう。そんなものは持っていないし聞いたこともない。

 

「悪いが、そんな物は持っていないぞ」

 

正直に答ると村人たちの顔色が変わった。

 

「なんだと?おい、どういうことだ!」

 

「知らん。冒険者に認識票が必要だなんて、聞いたこともない」

 

ドヴァーキンは思わず語気を強める。いきなり訳の分からない場所に連れてこられて、挙句に知らない村の住人に囲まれて尋問されるのだ。不機嫌になるのも無理はなかった。

 

「ふざけるな!冒険者を騙るなんて、俺たちを馬鹿にしているのか!?」

 

「だから、嘘じゃないと言っているだろう」

 

激昂する男たちを前に、ドヴァーキンは呆れたように嘆息した。

 

「そもそもここはどこなんだ?」

 

「どこだっていいだろう。さっさと立ち去ってくれ。今、この村はゴブリン共のせいで大変なんだ。余所者の相手なんかしている暇はないんだよ。それに……」

 

そこで男は言葉を区切ると、視線を鋭くして睨みつけてきた。

 

「冒険者ギルドに救援要請を出してみれば、冒険者を騙る怪しい奴が現れた。こっちからしてみれば、冗談じゃないって話だ」

 

「……なるほどな」

 

その一言で、ドヴァーキンはようやく目の前の男達が、自分に対して不信感を抱いている理由を理解した。恐らく、自分は冒険者を騙って報酬をせしめようとしている詐欺師だと思われているのだろう。

冒険者ギルドとやらがどういう組織かは知らないが、少なくともここがシロディール地方ではないことは分かった。シロディールには戦士ギルドはあっても冒険者ギルドなど存在しないからだ。

 

しかし、そうなってくると別の疑問が浮かんでくる。そもそも、ここは本当にタムリエル大陸なのかということだ。村人たちを見るに、自分の知るどの種族とも特徴が一致しない。もしかすると、タムリエル大陸とは別の島国なのだろうか。そう考えると、自分の置かれた状況がいよいよ分からなくなる。

 

そのようなことを考えていると、遠くから一組の男女が歩いてきた。

男一人に女三人の四人組で、意気揚々といった様子で近づいてくる。村人たちもそれに気が付いたのか、視線を向けると緊張した面持ちになった。

 

「冒険者ギルドから依頼を受けて、ゴブリン退治にきました!」

 

快活な声を発した先頭の男は頭に鉢巻きを締め、傷一つない胸当てに腰に剣を吊るした若者だ。

若者の後ろには三人の少女の姿があり、髪を束ねて胴着を纏った娘と、いかにも魔術師といった風の眼鏡の娘、最後に錫杖を握り締め白を基調とした衣を纏った神官風の娘。四人とも首に真新しい白磁の小板を下げている。恐らくあれが認識票なのだろう。

 

村人たちは警戒を解き、安堵のため息を漏らす。

 

「助かった……。これでもう安心だな」

「ああ。ようやく本物の冒険者様がきてくれたぜ」

 

口々に喜びの声を上げる村人たち。先程までの緊迫感が嘘のようだ。

まるで、救世主でも現れたかのような歓迎ぶりで、彼らの下へ駆け寄っていく。

 

「冒険者さま、ようこそお越しくださいました!」

「どうか我々を助けてください!」

 

突然のことに戸惑いながらも、先頭の男は笑顔で応じた。

 

「話は聞いています。さっそく案内してください」

 

「分かりました。こちらです!」

 

村人たちは先導するように歩き出し、四人の冒険者もそれに続く。

 

「やれやれ、これで一安心だな……。んんっ!?」

 

「あれ?さっきの偽物はどこに行ったんだ」

 

村人たちが後ろを振り向くと、そこにドヴァーキンの姿はなかった。

 

 

§

 

 

ドヴァーキンは物陰に隠れると、どうしたものかと考えていた。

 

「困ったことになったな……」

 

冒険者ギルド。

それがどういう存在なのか分からないが、響きからして戦士ギルドと似たような組織だろう。

どちらにせよ、ここがどこなのかを知る手掛りになりそうだ。公的な機関なら、何かしら情報が得られるかもしれない。

 

(とりあえず、話を聞いてみるしかないか)

 

だが、村人たちに冒険者ギルドの場所を聞こうにも、先ほどの問答から察するに教えてくれないだろう。それどころか、下手をすれば拘束される恐れもある。

 

「仕方がない」

 

小さく呟いて、ドヴァーキンは隠れていた場所から出た。そのまま気づかれぬように、村の外へと足を踏み出す。冒険者ギルドのことを聞くのなら、冒険者に聞くのが一番だ。

ドヴァーキンは人目を避けながら、冒険者たちが向かった方角へと進むのであった。



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第2話 邂逅

 

「ここか……、確かにゴブリンの巣穴のようだな」

 

ゴブリンの巣穴は森の奥深く、洞窟の中にあった。

入り口は狭く、大人の男が一人通れる程度の大きさしかない。

 

(剣を振り回せる広さではないな。これを使うか)

 

ドヴァーキンは背負っていたバックパックから手斧を取り出し、それを片手に持つ。

周囲を見渡すがゴブリンの姿は無く冒険者一行もいない。

どうやら既に巣穴の奥へと進んだようだ。

 

(妙だな…、見張りの死体がない)

 

ゴブリンは入口に見張りを立て周囲を監視する習性があるはずだ。しかし入口付近に争った形跡はなく、血の跡すらない。何らかの罠が仕掛けられている可能性が考えられた。

そこでドヴァーキンは主神アカトシュより授けられた"恩恵"を口にした。

 

Laas() Yah(捜索) Nir(狩り)(ラース・ヤァ・ニル)』

 

声秘術。言葉を力に変える魔法であり一般的には"スゥーム"、"シャウト"と呼ばれている。今回口にしたのは【オーラ・ウィスパー】を構成する言葉で、生物・非生物を問わず動体を感知でき、ダンジョンにおいても階層丸ごとを探知することもできる。

 

果たしてドヴァーキンは奥へと進む人間らしき4つの存在と、その後方で蠢く小さな群れ、最奥に点在する大小の存在を感知した。

 

冒険者一行の後方にいる群れはゴブリンの奇襲部隊だろう。冒険者たちは気づいていない様子だ。

 

(まずいな、このままではゴブリンの餌食になる)

 

ドヴァーキンは足早に洞窟へと進み、冒険者一行の後を追った。

 

 

§

 

 

「くそっ!こいつら一体どこから出てきたんだ!?」

 

鉢巻きの青年剣士が叫びながら剣を振り回し、群がるゴブリンを切り払う。

ただ一直線に洞窟を進んできた。道中に分かれ道などなく、待ち伏せされていたとは思えない。それなのに突如として後方から奇襲された。まるで壁の中から湧いて出たかのようだった。

 

「剣を振り回さないで! 一緒に戦えない!」

 

「お前は二人を守ってくれ!」

 

女武闘家は青年剣士が剣を振り回している為にうかつに近づけず、上手く連携を取ることができない。

 

「こいつらは俺が倒してやる!」

 

青年剣士は息巻いてゴブリンに切りかかり数体を斬り伏せる。

その手応えに確かな自信を持ったのか、彼は更に勢いを増して、がむしゃらとも言える動きで敵を屠っていく。

しかしそれが仇となった。

 

「ぐあぁ!!」

 

太股に不意の短剣を喰らい呻き声を上げる。

その隙を逃さずゴブリンたちは一斉に彼へと飛びかかった。

 

「くっ!!」

 

慌てて剣を振りかぶるが《ガッ》と鈍い金属音が洞窟内に響いた。

大振りになった長剣が洞窟の岩壁に突っかかったのだ。

反動でうろたえる青年剣士へ複数のゴブリンが殺到する。

 

「あ…ぐッ、があぁぁぁぁ――」

 

ゴブリンたちが青年剣士に覆い被さり、雑多な武器を容赦なく叩きつけた。

洞窟内に青年剣士の断末魔と肉が潰される音が響き渡る。

 

「……ッ!そんな……!」

 

女武道家が駆け寄ろうとするがゴブリン数体に行く手を阻まれ、ゴブリンたちがようやく手を止めて離れた後には、青年剣士だった肉塊がぐちゃぐちゃになって転がっていた。

 

同郷であり憎からず思っていた青年剣士の死に女武闘家は蒼白となって立ち尽くした。

仲間の女魔術師もゴブリンの奇襲により毒の短剣を腹部に受けて瀕死の重傷を負っており、その傍には女神官が必死に介護をしている。正に絶体絶命の状況だった。

 

「…二人とも、逃げなさい!」

 

女武闘家が気丈に二人の前に立ち、にじり寄るゴブリンたちへと突貫した。

 

「せ、りゃあ……ッ!!」

 

裂帛の声と共にゴブリンの群れへ飛び込み、一体また一体とゴブリンを仕留めていく。まさに電光石火の動きで、瞬く間に三体のゴブリンを葬った。

そして次の標的へと狙いを定めて回し蹴りを放つが、小鬼とは思えない、大柄なゴブリンに受け止められてその足首を掴まれた。

 

「なッ…!?」

 

「HURGGGGGGG……!」

 

ゴブリンは子供程度の大きさしかないはず。しかしその大柄なゴブリンは女武闘家が見上げるほどの体格だ。

 

「…ぐぅっ!!」

 

掴まれた足首が軋むほどの握力、骨まで砕かれそうな痛みに悲鳴が漏れる。そして巨大なゴブリンは片足を握りしめたまま無造作に女武闘家を何度も岩壁に叩きつけた。

 

「ひ、ぎゅっ!?」

 

人のものとは思えない悲鳴を上げ、女武闘家は悶絶し地面に崩れ落ちる。

もはやこれまで。女神官が絶望の表情を浮かべるとゴブリンの大群はニヤリと笑い、倒れた女武闘家へと歩み寄った。

 

――はやく、逃げて

 

女武闘家が発する弱々しくもはっきりとした声を女神官は確かに聞いた。

ゴブリンが女武闘家に近づき、飛びかかろうとしたその時。

 

《ヒュッ》っという音とともに鋭い矢がゴブリンの喉元に突き刺さった。

 

「GYAAAA!?」

 

突如として現れた何者かの攻撃、それに驚いたゴブリン達は女武闘家から視線を外す。

 

Wuld(旋風)(ウルド)!』

 

ゴブリンたちが視線を向けたその瞬間に何かが旋風のように疾走し、一瞬にして進路上にいたゴブリンたちを弾き飛ばした。

 

「え……?」

 

何が起きたのか理解できず、呆然とした声を出す女神官。

先ほど弾き飛ばされたゴブリンたちは岩壁に激突し悶絶、あるいは動かなくなっている。

 

「GURRR!!」

 

突然の襲撃者、それに気付いたゴブリンたちは一斉に武器を構え、臨戦態勢を取った。だが、その襲撃者は全く意に介すことなく、素早く間合いを詰めてゴブリンたちに襲い掛かった。

 

ゴブリンが放った粗雑な矢をこの暗闇の中見えているかのように叩き落し、手斧のようなものでゴブリンの頭をかち割る。別のゴブリンの群れが飛びかかるも盾での薙ぎ払い(シールドバッシュ)で岩壁にまとめて叩きつけた。

 

「GYAOOO!!」

 

そこへ先ほどの巨大なゴブリンが剛腕を振るい殴りかかってくる。しかし大振りなテレフォンパンチを難なく盾で受け流し、たたらを踏んだその隙に脇腹へ手斧を叩き込んだ。

 

「GYAOU……!!」

 

苦悶の叫びを上げてゴブリンが倒れ伏す。

 

目の前で繰り広げられる戦闘に女神官は唖然となった。

襲撃者は一通りゴブリンたちの始末が終わると、先ほど弾き飛ばされて悶絶しているゴブリンたちに近づいていった。喉元を容赦なく切り裂き、あるいは頭を踏み砕き確実に絶命させていく。

 

「…これで全部だな」

 

男の呟きにハッとなり、女神官はその男の風体をまじまじと見つめた。

先ほどの巨大なゴブリンと同じくらい大柄で筋骨隆々の体格。薄汚れた鉄製の鎧を身に纏い、角付きの鉄兜を被っている。右手に血濡れた手斧、左手には氷のような盾を携えていて、その者の周囲が歪んでいるかのような錯覚を覚えた。

 

ゴブリンどころかそれ以上に得体の知れない、角付き兜も相まって悪鬼の類いにしか見えない。しかし自分たちを助けてくれたのはかろうじて理解できた。

 

「……ッ、あの、あなたは……?」

 

恐怖に震える声を振り絞り、恐る恐る尋ねた。

 

 

§

 

 

ゴブリンの群れを全て片付けたドヴァーキンは周囲を観察した。

壁際に倒れ伏せている女武闘家は先ほどの巨大なゴブリンに叩きつけられて虫の息となっているようだ。だが死んではいない。

 

腰を抜かして座り込んでいる女神官の隣には女魔術師が仰向けで倒れていた。

目は虚ろになっていて顔は蒼白であり時折口から血泡を吐き出している。

恐らく毒を受けており、かなり進行しているようだ。

 

「……ッ、あの、あなたは……?」

 

女神官がか細い声を上げるが、それを無視して女魔術師のもとへ行き容態を確認する。

 

「毒を受けたな」

 

「ど、毒……?」

 

ドヴァーキンはゴブリンとよく似たスカイリムのファルマーを思い浮かべた。奴らも自分たちの武器に毒を塗布しており、かく言う自分もよく苦しめられたものだ。

女魔術師は瀕死の状態であり、このままでは死ぬだろう。

 

「……解毒剤を飲ませれば助かるはずだ。俺の手持ちの解毒剤を使う」

 

見たところ毒が体中に回りつつある。市販の解毒剤では助からないだろう。

ドヴァーキンは高度な錬金術を修めており、彼が精製した水薬(ポーション)は市販のものなど比較にならない効果を発揮するものばかりだ。

またシロディールとの交易で手に入れた素材には解毒効果を持つものもあり、自作の解毒剤をいくつか所持していた。

 

背中のバックパックから自身で調合した解毒剤を取り出す。そして女魔術師の首を抱き、無理やり解毒剤を口へ流し込んでいく。

女魔術師の身体ががくがくと痙攣を繰り返すが構わずに続け、やがて彼女の呼吸が安定してきたところでゆっくりと離した。

 

「……よし、これで大丈夫だろう」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

女神官が礼を言ったその時であった。

 

「ほう、まだ持ち堪えていたか」

 

目の前の角付き兜の男とも違う、くぐもった声が洞窟に響いた。

 

声の発した方向をみると人間の男がいた。

松明を手に持ち薄汚れた革鎧と鉄兜。右手には中途半端な長さの剣を持ち、左手には小さな円形の盾を括り付けている。中肉中背であり、角付き兜の男と比べれば随分と小柄に見える。しかしその首元の鈍く煌めく銀色の認識票は在野最優冒険者の証。

 

「銀等級の…、冒険者」

 

最下位である白磁級の自分たちとは格が違う、紛れもない熟練者だ。

彼は自分たちを一瞥すると、こう名乗った。

 

【小鬼を殺す者】(ゴブリンスレイヤー)と。

 



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第3話 最善の行動

 

日の光さえ届かない闇の中。松明の明かりが洞窟の壁面で揺らめいていた。

ゴブリンスレイヤーと名乗った男は、松明を掲げたまま倒れている女魔術師に近づく。

 

「毒にも対処したか」

 

女魔術師の容態を確認すると、彼は短く告げた。

そして、今度は地面に横たわっている大柄なゴブリンの方へ向かう。そしておもむろに腰の鞘から短剣を引き抜く。

そのまま、大柄なゴブリンの死体に歩み寄ると、ざくりと死体の首筋に刃を突き立てた。

 

「な……何を!?」

 

女神官が驚いて声を上げた。

ゴブリンスレイヤーは無言のまま、突き刺した短剣をぐりっと捻り上げ、血飛沫を上げさせる。

それから、短剣を引き抜き、その刃についたゴブリンの血を振り払うと、懐紙を取り出して拭った。

上位種は無駄にしぶといからな、と呟くと、改めて女神官たちへと向き直る。

 

「何人だ?」

 

「えっ?」

 

「ギルドからは、新人がゴブリン退治に来たとしか聞いていない」

 

「え、あ、よ、4人……」

 

女神官はそう答えながら隣の角付き兜の男を見る。

 

(さっきは答えてもらえなかったけど、この人は何なんだろう?)

 

そう思っていると角付き兜の男が口を開いた。

 

「俺は旅人だ」

 

「旅、びと…?」

 

女神官の疑問の声を上げるが、角付き兜の男は構わず続ける。

 

「冒険者ギルドを訪ねるつもりでいたが、詳しい場所を知らなくてな。そこに冒険者と思われる彼らを見かけて後を追ってきたのだ。」

 

角付き兜の男の返答に女神官はまだ疑念を抱くが、ゴブリンスレイヤーは納得したように「そうか。」と呟いて、青年剣士の死体へと向かう。

 

「な、何を……?」

 

「識別票を回収する」

 

ゴブリンスレイヤーは屈み込み、死体を掻き分けて白磁の識別票を手に取った。

曰くギルドへ報告する為に必要であり、彼の死を故郷に伝えるためにも必要なものだという。

ゴブリンスレイヤーの行動を見つめながら、青年剣士の生前の姿を思い浮かべる。

 

━━俺の一党(パーティ)に一緒に来てくれないか?

 

━━ゴブリン退治さ!

 

彼の変わり果てた姿を前に、女神官は嘔吐感を抑えるので精一杯だった。

 

(どうして、なんでこんなことに……)

 

あの時、自分は何もできなかった。背後から忍び寄っていたゴブリンに気づかず、仲間が殺されるのをただ見ているだけだった。

その結果が目の前にある。自分の無力さが悔しくて、涙が溢れてくる。

そんな彼女に気づいたのか、ゴブリンスレイヤーは静かに問いかけた。

 

「それでどうする?」

 

「は、はい?」

 

「この後だ」

 

その問いが何を意味するのか、一瞬理解できずに困惑するが、すぐに意味を理解して慌てて首を横に振る。

正直、まだ気持ちの整理ができていない。それに女武闘家や女魔術師をこのまま放置しておくこともできない。

すると、彼女の気持ちを代弁するように、角付き兜の男が口を開いた。

 

「まだ奥に生存者がいるかもしれない。だが一旦ここで引くべきだな」

 

女武道家は先ほど女神官が『小癒(ヒール)』をかけ、女魔術師は解毒剤を使った。命に別状はないとはいえ二人ともまだ絶対安静だ。これ以上の戦闘は無理だと判断したのであろう。

 

「そうだな」

 

「……あの、あなたは…?」

 

女神官はゴブリンスレイヤーに尋ねた。

 

「俺は奥に行く。残りのゴブリンを始末する」

 

「そ、そんな!危険です!」

 

「頼めるか?」

 

ゴブリンスレイヤーはドヴァーキンに尋ねる。言葉が短いがその意図は理解できた。

 

「ああ、彼らを安全な場所へ送り届けよう」

 

ドヴァーキンの言葉を聞き届けると、ゴブリンスレイヤーは洞窟の奥へと進んでいった。

 

 

 

§

 

 

 

「あ、あの…、ありがとうございます」

 

来た道を引き返しながら女神官はドヴァーキンに礼を言う。

ドヴァーキンは女武道家と女魔術師を担ぎ背負いながらもそれを苦にもしない様子だ。

 

「気にしなくていい」

ドヴァーキンは短く返事をする。

 

「でもどうして助けてくれたんですか?」

 

女神官の質問にドヴァーキンは即答する。

 

「理由などはない。状況から最善の行動をとったまでだ」

 

ドヴァーキンは様々な人々からの依頼(サブクエスト)をこなしてきた。

中にはほぼ無償で行ったものや、死霊からの依頼すら受けて解決したことも少なくない。

そこに打算や対価を求めたことはなく、ほとんど条件反射のような感覚で人助けを行っていた。今回もそれと同じことだ。

 

「そ、そうですか……」

 

女神官はその回答を聞いて少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに安堵の笑みに変わる。

目の前の男は得体の知れないところがあるが、少なくとも悪人ではないと思ったからだ。

 

(それにしても不思議な人…)

 

そういえば先ほどの質問を聞きそびれていたことを思い出す。

 

「あ、あの…、あなたのことを教えていただけますか?」

 

その質問を聞き、ドヴァーキンは少し思案する。

もちろん本名もあるがスカイリムに来てからは「ドヴァーキン」か「ドラゴンボーン」という肩書でしか呼ばれていない。

アルドゥインすらも打倒した自分の肩書はあまりにも有名になりすぎてしまった。各地を旅する吟遊詩人の歌でも語られており、スカイリムはおろかタムリエル大陸のほとんどに「ドラゴンボーン」の名は知れ渡っている。

 

しかし、だからこそ「ドラゴンボーン」という単語を出すことで、ここがどこなのかをある程度知ることもできるかもしれない。

冒険者ギルドとやらに所属している以上は世情にも明るいだろう。彼女らの外見はインペリアルやノルド、ブレトンといった人間種とはどれも似つかないが、少なくともエルフ種ではないことから、ここはサマーセット島などの種族特有の地ではないと考えられる。

 

「…ドラゴンボーンという言葉を知っているか?」

 

「ドラゴン……ボーン?」

 

聞き慣れぬ単語に女神官は首を傾げる。

 

その反応を見てドヴァーキンは再び思案する。察するに自分の肩書を知らぬようだ。

ここはタムリエル大陸以外の地なのだろうか。

もしくはデイドラロードのオブリビオンの領域かもしれない。

狂気の王子【シェオゴラス】の領域はニルンとよく似た整った環境だと聞いたことがある。

 

「いや、そうだな…。俺のことは好きに呼んでくれ」

 

「では…角付き戦士さんで良いですか」

 

自分の外見そのままのネーミングだが、ドヴァーキン自身も呼ばれ方にこだわりはない。

 

「ああ、それで構わない」

 

「分かりました。角付き戦士さん」

 

「ここに来る前は別の大陸にいたのだがな。旅の途中に立ち寄ったダンジョンで転移の仕掛けに巻き込まれて、…気づいたらこの地にいた」

 

別に嘘は言っていない。ハルメアス・モラの領域もダンジョンと言えなくもないし、奴の仕業かは分からないが「門」をくぐってもニルンに戻れず、この見知らぬ地に飛ばされた。

 

「それは…大変ですね……」

 

女神官は気遣うような表情を浮かべる。

古代の遺跡などには大昔の転移装置が稼働していることもあるらしい。

女神官もそれを知識として知っていたのでそれ以上は何も聞かなかった。

 

ここがどこなのかは分からないが、この地についての知識を得るためにはこの地の情報機関を訪ねる必要があるだろう。そう考えたドヴァーキンは女神官に尋ねてみることにする。

 

「ところで……冒険者ギルドについて教えてくれないか?」

 

「えっ!? あ、はい」

女神官は急に質問されたことに驚きつつも応じる。

 

「冒険者ギルドとは、依頼人からの依頼を仲介したり、クエストを斡旋したりする組織です」

 

「なるほど」

 

予想通りの答えにドヴァーキンは納得してうなずく。

 

女神官は説明を続け、冒険者ギルドはかつて勇者を支援するべく酒場に集った者たちが始まりだという。

各地に点在しており冒険者として活動する為には登録をする必要がある。登録自体は難しいものではなく、冒険記録用紙を記入して一通りの心得を説明受けるだけで冒険者となれるらしい。

 

冒険者にはランク付けがされており、下から、「白磁」「黒曜」「鋼鉄」「青玉」「翠玉」「紅玉」「銅」「銀」「金」「白金」となっている。首にかける識別票として支給され、駆け出しの冒険者が白磁等級である。ゴブリン退治などの依頼をこなすのは主にこのランクの冒険者である。

 

中堅と呼ばれる紅玉、翠玉、青玉。信用と実力を兼ね備えた銅、そして銀等級の冒険者。金等級の冒険者は国家規模の難解な任務に関わり、白金は史上数人しかいない伝説レベルのものとなっているために、街のギルドで依頼をこなす冒険者は基本的に銀等級が最高位となるようだ。

 

等級を昇級させるためには昇級試験というものが存在し、昇級試験の基準としては、今までの報酬金額と貢献度、人格や信用も重視されるようだ。貢献度は倒した魔物のランクによって加算されていくらしい。

 

冒険者ギルドについて一通り聞いた後、ドヴァーキンは先ほど見た魔法のようなもの(奇跡)やこの地の宗教、世界情勢についても尋ねてみた。

 

曰く【奇跡】とは信仰する神や祖先からの賜りもので自分や他者を癒したり、不可視の壁を生成して身を守るような超自然現象を行使することができるらしい。

一日に神にお願いを聞いてもらえる回数は信仰心と神に愛されることで増えるようだ。

 

対して魔術師などが使う【魔法】は真言を唱える事によって行使可能な、世の理を改変する力である。神への信仰などは必要とせず、才能さえあれば魔術師でなくとも使うことが出来るらしい。

 

どちらも行使できる回数は多くなく、通常であれば一日一・二回、大神官や大魔導士と呼ばれる人物でも五回くらいが限界のようだ。

 

それらを聞きながら、ドヴァーキンは内心動揺していた。自分がいた世界【ムンダス】とは神々の名前や世界の在り方、魔法などの仕組みがまるで違う。

どうやらこの世界はニルンやオブリビオンですらない別の世界のようだ。

 

(まさか、異世界に来てしまうとは……)

 

元いた世界に帰ろうにも方法が分からない。直前まで関わっていたデイドラロード、ハルメアス・モラなら何か知っているかもしれないが今のところ接触もないし、そもそもこの世界にいるのかどうかも分からない。

それに何よりあの【知識の悪魔】とはあまり関わり合いになりたくはない。

 

これからどうするかはひとまず現在の状況を解決してからだ。

そう考えをまとめると一通り教えてくれた女神官へ礼を言った。

 

「ありがとう。恩に着る」

 

「いえ、お役に立てて良かったです」

女神官は微笑みを浮かべるとぺこりと頭を下げた。

 

そうこう話している内に洞窟の出口へとたどり着いた。

 

外は日が暮れかけており、空は紫色に染まっていた。

 



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第4話 決意

ドヴァーキンたちは洞窟から脱出し、女神官の案内のもとで冒険者ギルドまで向かうことにした。

道中に女武闘家が目覚めてひと悶着あったものの、女神官の『小癒(ヒール)』ですでに傷は塞がっていたので、自力で歩けるまでには回復したようだ。

しかし青年剣士の死を思い出したのか、終始虚ろな表情であった。その様子には女神官も心配したようで、何度も声を掛けていたのだが反応はなく、結局彼女はずっと無言のまま歩き続けていた。

 

それからしばらくすると、一行はようやく街の明かりが見えてきた。

 

「あれか……」

 

ドヴァーキンは目を細め、暗闇の中に見える小さな光の集合体を見つめた。

道が徐々に舗装されて門の向こうには大きくそびえる建物が見えてくる。空はすっかり暗くなっていたが、街灯のおかげで周囲はまだ明るい方だった。

 

「あそこがこの街の冒険者ギルドです」

 

女神官の言葉に、ドヴァーキンは「そうか」と短く答える。

周囲の建物と比べても一際大きな建物の前に立つと、中から喧騒と共に人の気配が伝わってきた。

 

この建物こそが冒険者ギルドであり、たいていの場合は支部が町の入り口付近にあるようだ。

どうやらギルド内に併設された酒場では仕事終わりの冒険者たちが集まって飲み食いしている様子がうかがえる。

冒険者という無頼漢を街中まで入れさせず、入り口付近で押し留めたい意図もあるらしい。

 

女魔術師を担いだドヴァーキンたちが中に入ると一時は騒然となったが、すでに元の賑わいに戻っていた。

新米の冒険者が依頼中に負傷して逃げ帰ることは、よくある話なのだろう。

 

女武闘家と女魔術師は医務室に運ばれることになり、女神官が一党を代表して受付嬢に事情を説明している。

 

酒場の冒険者たちの一部は女神官の後ろに控えている大柄な角付き兜の男、ドヴァーキンが気になっているようだ。

 

そうこうしているうちにゴブリンスレイヤーも冒険者ギルドへと戻ってきた。

あの後ゴブリンたちを1人で殲滅して、攫われていた村娘たちも救助してきたそうだ。

 

受付嬢はゴブリンスレイヤーから青年剣士の識別票を受け取り、依頼の報告を受けると一通り今回の顛末を理解することができた。

 

冒険者一行を救助したドヴァーキンに感謝の言葉を述べ、銀貨を数十枚ドヴァーキンに手渡してくれた。

 

「これは…?」

 

ドヴァーキンが受付嬢に尋ねると、この銀貨はゴブリンスレイヤーからドヴァーキンへ渡してくれと頼まれたものだという。

 

彼が言うには依頼内容の一つである新米一行を救助するという目的はドヴァーキンが全て代行してくれており、報酬の大半はドヴァーキンが受け取るべきだとのことだった。

 

「そういうことか、ではありがたく頂戴しよう」

 

こういった場合は素直に受け取ることが礼儀であると思い、ドヴァーキンはそのように言った。

 

正直ありがたい。通貨は持ってはいるがタムリエルのセプティム金貨であり、そのままでは使えないだろう。

一晩寝て日が明けたら質屋にでも行くかと思案しつつ、宿を探すために冒険者ギルドを後にするのであった。

 

 

 

§

 

 

 

翌日の朝となり、宿屋のベッドで目を覚ましたドヴァーキンはすぐに身支度を整え始めた。

装備を身に付け、宿屋で簡単な食事をとって外に出ると、質屋を探すことにした。

 

「ここだな」

 

住民に道を尋ねることで幸いにもそれはすぐ見つかった。

 

店の中に入ると店主らしき鉱人(ドワーフ)の男がカウンターに座っている。

 

「いらっしゃい」

 

ドヴァーキンが店内を見渡すと様々な品物が並んでいる。

武器・防具はもちろんのこと、水薬(ポーション)魔法の巻物(スクロール)などの魔法道具など多種多様な商品があった。

しかしドヴァーキンの目的は換金だけだ。

 

カウンターに金貨の詰まった袋を置き、換金を依頼する。

 

「見たこともねぇ金貨だな。どこで手に入れたんだ?」

店主がセプティム金貨を手に取り、そう尋ねる。

 

「それは俺の故郷の通貨だ。この大陸ではない、遠い地から来た」

 

「ふむ、……まあ詮索はしないさ」

 

鉱人(ドワーフ)特有の髭面をした店主はやや胡散臭げにドヴァーキンを見るが、すぐに作業に取りかかった。

まずは硬貨の傷などを確認していく。

そして一枚ずつ丁寧に数えていき、最終的に二十枚の金貨を揃えてくれた。

これで当座の資金としては十分だろうと判断し、ドヴァーキンは店を後にすることにした。

 

「あ、角付き戦士さんっ!」

 

店の外に出ると昨日の女神官が駆け寄ってきた。

 

視線を向けると女神官の他に女武闘家、女魔術師も一緒にいた。

女武闘家は泣き腫らしたのか目が赤くなっており、女魔術師は顔色がまだ悪かったが出歩けるくらいには回復したようだ。

 

「昨日は助けていただきありがとうございました」

女神官が深く頭を下げると女武闘家と女魔術師もそれに倣った。

 

ドヴァーキンは特に気にしていない旨を告げた。

これからのことを尋ねると、女武闘家は青年剣士と同郷ということもあり、彼の死を家族に伝えるためいったん故郷に帰るつもりだと答えた。

女魔術師はしばらくこの街に留まるようだ。

女神官はなんとあのゴブリンスレイヤーと一党を組み、彼と共に冒険者として活動するらしい。

 

「角付き戦士さんはこれからどうするんですか?」

女神官が尋ねてきた。

 

 

§

 

 

ドヴァーキンは昨夜に宿のベッドの上でこれからのことを考えた。

元の世界では世界を喰らう者や、太陽を天空から消し去ろうとした吸血鬼の王を打倒した。この世界にくる直前には世界の支配を企んだ原初のドラゴンボーンも打ち破ったので、当面は世界の脅威は去ったと考えていいだろう。

 

正直その後のことなど考えてはいなかったが、やり残したことといえば同胞団の導き手、そしてウィンターホールド大学のアークメイジとしての責務くらいだ。

長期不在にすることも多かったので自分がいなくても運営には問題がないだろうが、元の世界に戻れるのなら戻りたい気持ちはある。

 

(従士様!)

 

(成し遂げられる人物って訳ね。気に入ったわ)

 

(名前も聞いたことのないよそ者が同胞団を率いるなどという話を二、三カ月前に聞いていたら、喉元を切り裂いてたかもしれん)

 

(あなたには権利がある。その強さと高潔さは誰の目にも明らかだもの)

 

(ジェイザルゴは大成するよ。それは間違いない)

 

(あなたがいてくれてよかった。独りでは無理だったと思いますの)

 

ドラゴンボーンの脳裏に元の世界で知り合った友人たちの顔が浮かんでくる。

 

ドヴァーキンは元の世界が好きだった。

世界を滅ぼそうとする巨悪に立ち向かったのも、世界が滅んでほしくないという、ただそれだけの理由だった。

 

元の世界に戻る方法が分からないのなら、この世界を調べてみるのもいいかもしれない。

昨日の道中に女神官から聞いた話によれば、この世界には古代の遺跡や神々の神殿、失伝した秘術といったものが各地に点在しているようだ。元の世界に戻る為の手がかりが見つかるかもしれない。

それには探索と報酬を兼ね備えられる冒険者という職業は都合が良い。

 

「俺は冒険者になろうと思う」

 

ドヴァーキンはそう答えた。

 




このドヴァーキンは盗賊ギルドや闇の一党に関わっていない、高潔な戦士です。


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第5話 冒険者登録

 

女神官らと別れた後、ドヴァーキンは冒険者ギルドへと向かい登録を行った。

受付嬢はドヴァーキンの姿を見かけると驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔で対応してくれた。

 

ドヴァーキンはこの世界の文字の読み書きができない為、冒険記録用紙に記入することができず、代わりに代筆を頼んだ。

名前や種族、年齢などを聞いてきたので答えていく。

 

「職業は…《戦士》ですね」

 

ドヴァーキンは生粋のノルドらしく肉弾戦を得意とするが、魔法にも熟達している。

大学で各魔法の教授を受けたおかげで回復魔法は達人レベル、幻惑魔法と変性魔法は熟練者レベル、召喚魔法は精鋭レベルまで習得していた。

 

破壊魔法については素人レベルまでしか習得していないが、シャウトで代用できるため問題はない。最終的にはウィンターホールド大学のアークメイジにまで上り詰めたのだ。

 

しかし自分の見た目で《魔術師》などと答えるのは無理がありすぎるだろう。

 

冒険記録用紙の記入が終わり、冒険者としての心得などの説明を軽く受けることで一通りの手続きは完了した。

 

「それでは冒険者としての登録が完了しました。こちらがあなたの識別票になります」

 

新米冒険者の証である白磁の金属板を受け取ると、ドヴァーキンは早速依頼を受注することにした。

白磁の等級で受けられる依頼は主に下水道掃除やゴブリン退治などだ。

 

それらの依頼は人気がなく、正午に近いこの時間帯でもたいていは残っている。

まずは下水道掃除を二件受注して冒険者ギルドを後にするのであった。

 

 

§

 

 

あれから数日後。

受付嬢は最近白磁等級の冒険者となった角付き戦士について考えていた。

彼は一日に三~五件以上の依頼を受注し、その全てを成功させている。ソロで活動しているにもかかわらずだ。

新人がそんなに多くの依頼を短期間で達成することなど普通はできない。

 

(不思議なのは彼が睡眠すらまともに摂っていない可能性が高いことですよね……)

 

受注する依頼の量とソロ活動であること、そして移動時間などを考慮すれば、とてもではないが一日でこなすことは不可能なはずだ。

まともな休養がとれるはずがない。

 

だが依頼の報告に来る彼からは疲労の色が全く見えない。

受け応えもしっかりしており、まさに健康そのものに見える。

 

少しでも疲労しているようなら受注に待ったをかけるつもりでいるが、今のところそういった様子は見られないのでやきもきしていた。

 

(実績だけでいえば十分昇格の条件を満たしてますし、明日にでも昇格試験に呼んで直接聞いてみましょうか)

 

疑問は尽きないが、彼女は今日も冒険者のために重い紙の束を抱え、えっちらおっちらと掲示板へと向かう。

 

「はーい、冒険者の皆さん!朝の依頼張り出しのお時間ですよー!」

 

ホールのざわめきをかき消すように、よく通る声をギルド中に響かせた。

 

 

§

 

 

時間は少し遡り、ドヴァーキンは冒険者ギルドへと足を運んだ。

空いている椅子へと座り、受付嬢が今日の依頼を張り出すのを待つ。

 

初めのころは張り紙の文字が読めなかったが、この世界の文字は幸い元の世界と文法が似ていて、最低限の読み取りができる程度には覚えることができた。

もっとも読むだけならまだしも書くとなるとまた話は別なのだが。

 

白磁等級が受けられる依頼は相変わらず下水道掃除やゴブリン退治といったものばかりだ。

だがドヴァーキンはそれについて不満などはない。

依頼を選り好みしないというのは元の世界からの彼のスタイルだったからだ。

 

ドヴァーキンが依頼の張り出しを待っていると、ギルドの中がざわついた。

 

「……げっ。ゴブリンスレイヤー!」

 

受付嬢に熱心にアプローチをしていた槍使いの男がゴブリンスレイヤーの姿を認め、露骨な舌打ちと嫌そうな声を上げる。

 

白銀の騎士甲冑に身を包んだ女騎士も彼に対して毛嫌いするような言葉を口にしていた。

彼を知る熟練者も新米たちもひそひそと声を殺して囁き合う。

 

よく聞いているとドヴァーキンに対しても噂しているようだ。

 

「おい、見ろよ。あの角付き兜の男、ガタイの割になんて貧相な装備だ」

 

「最近、下水道絡みの依頼を片っ端から受注してた奴だな」

 

「あんな小汚い装備見たことないぜ。俺たちの方がよっぽど良い装備をしてらぁ」

 

他にも「ゴブリンスレイヤーの兄貴か?」などの声も聞こえてくるが、

その中にあって当の本人たちは気にした様子もなく、黙って椅子に座っていた。

 

ちなみにドヴァーキンはこの世界に来た当初に装備していた、輝く光球のある剣(ドーンブレイカー)氷のような(スタルリムの)盾は装備していない。

無駄に神々しいあの剣は目立つことこの上なく、余計なトラブルを招きかねないため背中のバックパックに仕舞い込んでいる。

 

余談だがドヴァーキンが収納物などに物を入れると見かけがどんなに小さな袋であっても、身の丈ほどある大剣や大量の道具でさえ難なく収納できる、不思議な能力がある。

食べ物を収納すれば腐敗せずに鮮度を保てる為、遠出の際は重宝していた。

 

ハイフロスガーのグレイビアードが言うには、かの【クヴァッチの英雄】やモロウィンドの【ネレヴァリン】も同じような能力を有していたらしい。

 

装備としては代わりに自ら製作し鍛え上げた鋼鉄の剣と鋼鉄の盾を装備していた。

防具はおなじみの角付き鉄兜に薄汚れた鉄の鎧だ。

 

 

「はーい、冒険者の皆さん!朝の依頼張り出しのお時間ですよー!」

 

ややあって受付嬢の声がギルド中に響き渡る。

 

待ってましたとばかりに冒険者たちが次々と席を蹴って掲示板へと殺到する。

ドヴァーキンも掲示板まで向かい、目の前にある白磁等級向けの依頼を数件、無造作に手に取った。

ゴブリン退治の依頼が三件だ。

 

(北の山奥の砦に中規模の巣、家畜を攫うゴブリンの駆除、南の森に小規模の巣か)

 

(やや距離が離れているが小規模の巣から順に回っていけば今日中には終わるだろう)

 

ドヴァーキンが思案していると、隣から賑やかな声が聞こえてきた。

 

「白磁等級向けの依頼は……っと、げぇっ!下水道絡みの依頼しか残ってねぇじゃねぇか!!!」

 

「あんまり贅沢も言ってられないぜ。俺たちの等級で受けられる依頼なんてこんなもんだ」

 

「ちくしょう…、俺はもっとこう、派手な依頼がやりてぇんだよ!」

 

隣に視線を向けると、先ほど自分を嘲っていた新人風の冒険者三人が掲示板をみて喚いている。

戦士に神官戦士、魔術師といったところだろうか。

全員が白磁等級の冒険者のようだ。

ドヴァーキンは気にした様子もなく依頼書を手に受付まで行く。

 

「この三枚だ」

 

そのまま依頼を受注する手続きに入るのだった。

 




ドヴァーキンは勇者ちゃんと同じく、まさに「システムが違う」存在です。

書き溜めが無くなったので、またちょっとずつ書いていく予定です。


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第6話 ゴブリン退治

冒険者たちが掲示板の前で押し合いへしあいしつつ、次々と依頼書を手に取り受付へと殺到する中、ゴブリンスレイヤーはまだ椅子から動かなかった。

 

彼はゴブリン以外の案件には基本的に興味を示さないが、ゴブリン退治とは本来白磁等級の冒険者向けの依頼だ、という認識はある。

白磁等級の冒険者は蓄えもない為、依頼を受け報酬が得られなければ一党を維持することができないのだ。

銀等級が白磁向けの依頼を横から掻っ攫っていくような真似をしないように、彼なりに気を使っているのだろう。

 

それにゴブリン退治は大抵収入の乏しい村落が依頼主であることから報酬も僅かであり、掛かる経費を考えれば赤字になることも珍しくない。

そのため誰も依頼を受けたがらず、放置されていることがザラにあるのだ。

 

急ぐ必要はない、とばかりにゴブリンスレイヤーは悠然と構えていた。

 

 

 

 

 

やがて受付が空いてきたことを確認するとようやく席を立ち、受付嬢のもとへと向かう。

 

「あっ!ゴブリンスレイヤーさん、おはようございます!」

 

受付嬢はパァッと顔を輝かせてゴブリンスレイヤーを迎えた。

 

「ゴブリンだ」

 

「えーと、そうですね。今日は三件の依頼が来てたのですが……」

 

「どうした?」

受付嬢が言いよどむのを見てゴブリンスレイヤーが問う。

 

「あちらにいる角付き戦士さんが三件とも引き受けてくださいまして…」

 

「なに?」

 

受付嬢の指さす先にいたのはドヴァーキンであった。

壁際の席に座り、三枚の依頼書を机に広げて内容を確認している様子だ。

 

「あの男か」

 

「はい」

 

ゴブリンスレイヤーは彼に見覚えがあった。

数日前、ゴブリン退治に向かった新米冒険者一行の危機を救ってくれた、旅人を名乗っていた男だ。

首元にある白磁等級の識別票を見るに、冒険者登録を行ったばかりなのだろう。

 

「彼、全部一人で受けると言って聞かないんです」

 

「ふむ」

 

ゴブリンスレイヤーは少し考える素振りを見せる。

あの男はホブを単独で屠ったのに加え、解毒や狭所での武器の扱いにも長けていた。

ゴブリンの死体を確認したところ、確実にとどめを刺してあったことから不意打ちに対しての備えもできている。

 

(あの男はゴブリンを知っている)

 

ゴブリンの習性や対処法に心得があるのならば、奴らに後れを取るようなことはないだろう。

上位種はともかく、ゴブリンは《最弱の怪物》という世界の認識には彼も異論はないのだから。

 

 

「そうだ、ゴブリンスレイヤーさんっ!監査役として彼に同行していただけませんか?」

 

受付嬢が名案を思い付いたようにポンっと手を打つ。

 

曰く近々彼の昇級審査を行う予定なのだが、審査項目の一つである、一党との協調性が取れるのか、を見極める為の同行する監査役の選出に悩んでいたところらしい。

ゴブリンスレイヤーならば私情を挟むことなく公正に判断を下してくれるだろうし、いざという時には的確な判断で行動してくれるはずだ、と彼女は考えたようだ。

 

「いいだろう。俺もあいつが気になっていた」

 

「ええっっ!?」

 

隣にいた女神官が何を想像したのか真っ赤になって羞恥の表情を浮かべたが、それは次の言葉で打ち消された。

 

あの男が何故ゴブリンを知っているのか興味がある、と。

 

(結局ゴブリンなんですね…)

 

苦笑しながらもどこか納得した表情で女神官はゴブリンスレイヤーを見つめるのだった。

 

 

§

 

 

「角付き戦士さん、ちょっといいですか?」

 

ドヴァーキンが先ほど受けたゴブリン退治の依頼の張り紙を広げ、依頼の詳細を確認していると受付嬢から声を掛けられた。

「なんだ?」と視線を向けると、そこには受付嬢の他にいつぞやの女神官と

鉄兜に革鎧という簡素な装備に銀等級の識別票を首にかけた男、ゴブリンスレイヤーが立っていた。

 

「明日昇級審査を行うと言いましたよね。

審査項目の一つである、一党との協調性が取れるのか、を確認する為に、ゴブリンスレイヤーさんを監査役として同行させて欲しいんです」

 

受付嬢の言葉を受けて、「ふむ」とドヴァーキンは考える素振りを見せる。

いつまでも白磁等級のままでは受けられる依頼に制限がかかり、満足にこの世界を探索することはできないだろう。元の世界へ帰還する手掛りを得るためにも、昇級して受注可能な依頼の枠を広げることは必須だ。

故に考えをまとめたドヴァーキンは立ち上がり、ゴブリンスレイヤーへと向き直って答えた。

 

「そういうことなら構わない。よろしく頼む、ゴブリンスレイヤー殿」

 

「ああ」

ゴブリンスレイヤーも短く答えると、受付嬢がホッとした顔を見せた。

素直に了承してくれるのか、どうやら彼女も不安を感じていたのだろう。

 

「じゃあ、お願いし…「「ちょっと待ってッ!!」」

 

受付嬢の言葉を遮るように声を上げたのは、魔術師風のとんがり帽子に赤毛の髪、

その肉感的な体の上からローブとマントを身に纏った眼鏡の女性。

 

「あ、あなたは…」

彼女を知る女神官が驚きの声を上げる。

 

「私も連れて行きなさいっ!!」

 

女魔術師はドヴァーキンたちに向かい、”ビシッ”と指を突き付けながらそう言い放った。

 

 

§

 

 

女魔術師がこの場に居合わせたのは"偶然"ではなかった。

『賢者の学院』と呼ばれる都の学院を優秀な成績を修め、卒業の証として柘榴石の杖を与えられた。

 

「君はきっと大成するでしょう。今後も修練に励むように」

 

学長からも太鼓判を押され、将来を約束されたといっても過言ではない。

しかしそんな彼女の誇りは【最弱の怪物】(ゴブリン)によって杖ごと粉々に打ち砕かれたのだ。

 

 

(あんな醜悪な生き物に私が負けるはずがないわ!)

 

冒険者となり、そう意気込んで臨んだ最初の討伐任務。

だが結果は惨めなものに終わった。

確かにゴブリンは弱い。しかしゴブリンの狡猾さや残忍性を彼女たちは見誤った。

 

ゴブリンの策略に嵌り、背後からの強襲で毒ナイフによる一撃を喰らってしまった。

ロクな準備や対策もしていなかったので解毒剤の用意もなく、角付き兜の男が駆け付けなければ自分の人生はあそこで終わっていただろう。

 

幸いにも命だけは助かったが、それ以来彼女は冒険というものに対して強い恐怖心を抱くようになった。

この恐怖の元になっている存在、ゴブリンを乗り越えることができなければ、

 

(私は前に進めない)

 

彼女は後衛職だ。前衛がいなければまともに戦うことはできない。

だから毎朝の新規依頼の開示の場に居合わせ、新しい一党に加わるタイミングを見計らっていた。

 

しかしなかなか一歩を踏出せないまま、ギルドの酒場でくすぶっていたところに

あの時助けてくれた角付き兜の男がゴブリン退治に向かうという会話を聞きつけ、

こうして無理矢理割り込んできたというわけだ。

 

そして、今に至る。

 

恐怖を克服して、あの時の屈辱を晴らすために。

誇りを取り戻す為に。

 

だから――

自分を連れて行け、と。

 



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第7話 一党結成

 

「私も連れて行きなさいっ!!」

 

「何故だ?」

 

突然会話に割り込んできた女魔術師に対し、ドヴァーキンは疑問を口にした。

彼女は数日前に自分が助けた新米冒険者一行の一人だ。

最近は朝になるとギルドの一角に座ったまま、他の冒険者たちが依頼に飛びつくのを眺めていたはずだが……。

 

そんな彼女の行動に疑問を持つドヴァーキンらに対して、女魔術師は物憂げな表情で口を開く。

 

「あれから毎日夢を見るの。ゴブリンたちに襲われて何もできないままに殺される夢を…」

 

ゴブリンに馬乗りにされ、為す術もなく殺されていく自分。ゲタゲタと下卑た声で哄笑する小鬼たち。自分の時間はあの日から止まったままだ。

 

そう語る女魔術師の顔色はやや青白く、目の下に隈ができており、とても健康的とは言えない状態になっている。

恐らくあの日からずっと悪夢に悩まされ続けているのだろう。

 

「このままでは私はずっと前に進むことができない!だからお願いよ!」

 

必死の形相で訴える彼女に、ゴブリンスレイヤーが口を挟んだ。

 

「何ができる?」

 

それは質問というよりも確認するような言葉だった。

 

「『火矢(ファイアボルト)』に『力矢(マジックミサイル)』、『矢避(ディフレクト・ミサイル)』を2回行使できるわ!」

 

ゴブリンスレイヤーは「ふむ」と少し考える素振りを見せてから、ドヴァーキンの方を見た。

 

「どうする?お前が決めろ」

 

ゴブリンスレイヤーの言葉を受け、全員の視線がドヴァーキンに集中する。

しかし彼は特に悩むこともなく即答した。

 

「いいだろう。付いて来るといい」

その返答を聞き、女魔術師の顔には喜色が浮かぶ。

 

「ありがとう…!必ず役に立ってみせるわ」

 

新しく調達したのだろう。

真新しい樫の杖をぎゅっと握りしめながら、女魔術師が深々と頭を下げる。

 

随分とあっさり決まったことに受付嬢や女神官は拍子抜けしたような顔をしているが

ドヴァーキンに理由を聞いてみると

 

「ああいった手合いは一度決めたことは絶対に曲げないものだ。それに……」

 

「こちらでは冒険者は一党を組んで行動するのが常識なんだろう。だったらそれに倣うさ」

 

そういうことらしい。

 

 

 

 

 

こうして新たに仲間を加えた一行は一度テーブルにつき、三枚の依頼書を見比べながらどれから始めるかを話し合う。

 

「北の山の麓にある村からの依頼だ。村娘が攫われ、救助に向かった冒険者一行も戻ってきていない」

ドヴァーキンが依頼書の一つを手に取って呟く。

 

「…手遅れだな、時間が経ちすぎている」

それに対しゴブリンスレイヤーが淡々と告げる。

 

「救助に向かった冒険者の構成は分かりますか?」

 

「4人ね。戦士に斥候、魔術師に僧侶、…全員女性よ」

 

女僧侶の問いにドヴァーキンが持つ依頼書を覗き込んだ女魔術師が答えると、

それを聞いた女神官が小さく息を呑んだ。

 

「じ、女性ならまだ生き残っている可能性もありますっ!そちらから向かいましょう!」

 

女性であれば”孕み袋”として生かされているかもしれない。

そんな考えが頭を過ったのか勢いよく立上り、焦燥感溢れる声で女神官が提案するが、

それをゴブリンスレイヤーが否定した。

 

「仲間を殺されたことで奴らは怒り狂ったはずだ。その状態での奴らは憎悪に駆られて後先を考えない。

仲間を殺した相手を感情のままに嬲り殺すだろう」

 

ゴブリンは仲間の死を悼むことはない。だが仲間を殺した相手への報復心は非常に強いのだ。

 

普段は寡黙だが、こういった場面では饒舌になるゴブリンスレイヤー。

ゴブリンを最も知る彼の言葉を受けて女神官は口をつぐみ、項垂れるように椅子へ腰を落とした。

 

「あとは西の山への道中にある村からの依頼で、家畜をさらうゴブリンの駆除が一件…」

 

「最後に、南の森付近の村からで、二日前に攫われたという村娘の救助の依頼が一件だな」

 

交互に依頼書を手に取りながら、ドヴァーキンがそれぞれを読み上げる。

そしてそれらを机の上に並べ終えると、改めて皆の顔を見渡してから口を開いた。

 

「まずは南の森から向かう。それを解決次第、北の山砦から順に依頼先を回る。それでいいな?」

 

「ああ」

「えぇ、分かったわ」

「はい……」

 

ゴブリンスレイヤーと女魔術師が同意を示し、女神官が力なく返事をする。

全員が承諾したことで方針も決まり、一行は席を立ってギルドを後にした。

 

 

§

 

 

辺境の街を出てすぐの場所にある馬屋の前を通った時、馬車の傍に立つ御者に声を掛けられた。

 

「よう、角付き兜の旦那!今日も乗ってくかい?」

 

声の主である中年の御者は、愛想の良い笑顔を浮かべて片手を上げて挨拶してくる。

 

この男とは数日前、狼の群れに襲われていたところをドヴァーキンが助けた縁で知り合ったのだが、それ以来何故か気に入られてしまい、度々こうして話しかけてくるようになった。

 

「いや、今日は大丈夫だ」

そう言って軽く手を振って断ると、

 

「そうかい?まぁ、また気が向いたらいつでも言ってくれよ!」

男はやや残念そうな顔を浮かべて、馬の世話に戻る。

 

その女神官はその様子を眺めながら、ドヴァーキンに尋ねた。

 

「いつも移動に馬車を使っているんですか?」

 

「ああ。徒歩での移動より速いし、荷台で休息も取れるからな」

 

ドヴァーキンの答えに、女神官は受付嬢からこっそりと聞いた話を思い出す。

彼の依頼をこなすペースが異常に早く、不眠不休で駆け回っているのでは、という話だ。

 

しかし今のやりとりから察するに、彼は頻繁に馬車を利用することできちんと休息をしているらしい。

経費はかかるがソロで活動する分には赤字にならず、効率も良い。

 

(最初に会った時は旅人って言ってたし、旅慣れてるのかな?)

 

そんなことを考えつつ、一行は街道に出て、目的地へと向かっていった。

 

 

§

 

 

「それぞれ何ができるのか、今一度確認させてくれ」

 

道中の会話の中、ドヴァーキンがそう切り出したことで

各自が自己紹介を兼ねて自分の得意分野や役割について語り始める。

 

女魔術師は典型的な魔法使いで、『火矢(ファイアボルト)』、『力矢(マジックミサイル)』、『矢避(ディフレクト・ミサイル)』を2回行使でき後衛を務める。

 

ゴブリンスレイヤーは戦士だ。

剣術や弓術、投石紐といった飛び道具の扱いに長け、本職ほどではないが斥候や野伏としての心得もある。

 

女神官は地母神を崇める敬虔な神官で、授かった奇跡として『小癒(ヒール)』に『聖光(ホーリーライト)』がある。

そして新たに『聖壁(プロテクション)』と『沈黙(サイレンス)』も扱えるようになったらしい。

 

最後にドヴァーキンだが、見た目通り戦士であり、 剣と盾を用いた接近戦を最も得意とする。

また斥候の心得もあり弓術や偵察、回復魔法を始めとした魔法の心得もあると答えた。

 

「回復……まほう…?"奇跡"とは違うんですか?」

 

「ああ、効果は似ているが特に神への信仰は必要としていない」

 

「"魔法戦士"ってこと?見た目からは全然想像できないわね」

 

女神官が疑問を口にし、女魔術師が率直な感想を述べる。

それに対してドヴァーキンが苦笑して返した。

 

「いや、そうでもない。回復魔法以外に関しては色々と制約があってな」

 

"回復魔法"は治癒系にシールドスペル、死者退散に加えシロディールから来た魔導士から解毒や疫病退散、麻痺治療といった術も習得している。

(※解毒・疫病退散・麻痺治療はTESⅣ:オブリビオンの回復魔法)

その他に幻惑や変性、召喚と簡素な破壊魔法も扱える。

確かにドヴァーキンが使える呪文の数は多いが、呪文の行使にはマジカを必要とする。

 

マジカは本来であれば少し休息することで自然回復するのだが、この世界では自然回復する速度が極めて遅い。

何度か試してみて判明したことだが、精鋭レベルの魔法を数回使用するだけでマジカが枯渇し、全快するまでに3日程度の休息が必要だった。

 

これについてはおおよその推測がついている。

ウィンターホールド大学の書庫(アルケイナエウム)で読んだ書物の中に書かれていたことだ。

それによると、マジカとは【エセリウス(神々が住まう世界)】から発せられる生命のエネルギーであり、【オブリビオン(デイドラロードの領域)】に開いた無数の穴を通って【ムンダス(定命の者の世界)】へと降り注ぐ。

よって元の世界ではマジカが枯渇することはなく、消費してもすぐに補充される仕組みになっている。

 

しかしこの世界は全くの異世界である為か、マジカが回復している感覚がない。

僅かながらでも回復することから、元の世界とか細くとも繋がりがあるのだろうが…。

 

回復魔法に限っては消費マジカ軽減(回復魔法)の付呪を鎧や装飾品に極限((100%))まで付与してあり実質無尽蔵に使えるが、他の魔法はそうもいかない。

 

異世界云々の部分は避けて、ドヴァーキンは自分が使用できる魔法と制約について語った。

 

「つまり、一度に使用できる回数に限りがあり、回復するまでに長い時間がかかるということか?」

 

「そういうことだ」

 

「そうか」

 

ゴブリンスレイヤーの問いに答えると、彼は短く答えて黙り込む。

 

「燃費は最悪だけど、その分強力な切り札になるわね」

 

「まさか魔法が使えるなんて相手も思わないでしょうし…」

 

「そうね、意表をつけるわ」

 

見た目は脳筋戦士にしかみえない男がいきなり魔法をぶっ放してきたら、大抵の者は度肝を抜かれるだろう。

女神官と女魔術師が相槌を打つ中、ドヴァーキンが突然背中に背負う狩猟弓を取り出した。

 

「えっ!?」

 

「……!!警戒して、きっと何かがいるのよ」

 

女神官が驚きの声を上げると同時に、女魔術師が状況から冷静に判断を下す。

ドヴァーキンは素早く弓を構えると矢筒から一本だけ取り出し弦を引く。

そして、そのまま無造作に放った。

 

「GUI…⁉」

 

放たれた矢は《ヒュンッ》と空を切り、木の上に潜んでいた見張りのゴブリンの額を正確に射抜いた。

 

「見張りに気づいたか」

 

「ああ、どうやら目的地に着いたようだな」

 

ゴブリンスレイヤーが感心したように言うと、ドヴァーキンは弓を背負い直して答える。

話し込んでいるうちに、いつの間にか森の奥深くにあるゴブリンの巣穴に到着したようだ。

 

「お喋りはここまでだ。まずは依頼をこなすぞ」

ドヴァーキンはそれだけ言って、洞窟の中へと足を踏み入れた。

 



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第8話 南の森の洞窟

 

深い闇の中を、松明の灯りが頼りなく照らす。

巣穴の中は、思ったよりも広い空間だった。

 

「前の時よりも幅が広いわね。剣を振るうには問題なさそうだけど…」

 

女魔術師が呟き、女神官も同意するように小さく首肯する。

二人ともあの青年剣士のことを思い浮かべているのだろう。

 

「それだけ大物がいるのだろう。油断はするな」

ドヴァーキンが注意を促す。

 

その言葉に、女神官と女魔術師が緊張した面持ちで応じた。

一行の間に張り詰めた空気が流れ、慎重に歩を進めていく。

 

大分進んだはずだがまだゴブリンの気配はなく、辺りは静寂に包まれている。

女神官と女魔術師の足音が伝播するように反響し、暗闇に消えていく。

 

「……出て来きませんね」

 

「ええ。でも、恐らく待ち伏せしているはずよ。あの時と状況は同じなんだから」

 

ゴブリンは狡猾な生物だ。

自身の力が弱いことを自覚しているため、正面から戦うことはしない。罠を仕掛け、待ち伏せし、奇襲をかける。それが最も効率の良い戦い方だと知っているからだ。何かに失敗しても、それを教訓として次に活かすだけの知恵もある。

ゆえに、多くの新人冒険者がゴブリンを侮って痛い目に遭うのだ。

 

「……」

「……」

 

沈黙が一行の間に横たわる。

女神官は緊張した面持ちで錫杖を握りしめ、女魔術師は油断なく周囲に視線を配る。

 

一行はゴブリンの奇襲を警戒し、隊伍を組んで進んでいた。

先頭は松明を持ったドヴァーキン、女神官と女魔術師がそれに続き、殿をゴブリンスレイヤーが務める。

 

ちなみに洞窟に入る前、「奴らは女の匂いに敏感だ」と切り出したゴブリンスレイヤーにより、ゴブリンの臓腑を絞った汁をかけられそうになったが事なきを得た。

 

女魔術師とてあの日から無為に過ごしていた訳ではない。

ギルドで怪物辞典(モンスターマニュアル)を借り受けて、ゴブリンに関してのページは徹底的に読み込んでいたのだ。その結果、奴らは特に雌の匂いに敏感であることを突き止めた。

その対策としてギルドで新しい杖と合わせて"匂い袋"を購入した。財布は底をつきそうだが、汚物をかけられるよりマシだ。

 

「広間に出るぞ」

 

ドヴァーキンが告げると、一同は立ち止まる。

日の光は届かないが、彼が持つ松明の灯りでぼんやりと周囲が見える。

ゴブリンの姿は見えないが、中央付近に人らしき影が見えた。

 

「あれは……!」

 

女神官が声を上げる。

それは、只人(ヒューム)の女性だった。彼女はゴブリンの巣穴に囚われ、連中の慰み者にされたのだろう。

衣服は引き裂かれ、いたるところに陵辱の痕跡が見て取れる。

 

「……あ、あぁ……」

 

虚ろな瞳で、彼女はこちらを見つめていた。

 

「大丈夫ですか!?今助けます!」

 

女神官が駆け寄ろうとするが、ドヴァーキンが手で制する。

 

「待て。罠だ」

 

「えっ?」

 

女神官が驚きの声を漏らすが、女魔術師は納得したように首肯した。

 

「……そうね。ゴブリンの巣穴に捕らわれた女性が、見張りも立てずに放置されているなんて、都合が良すぎるもの」

 

「そういうことだ。恐らく、ゴブリンどもは彼女を餌にして我々をおびき寄せようとしている」

 

「そんな……」

 

女神官が絶句するが、ドヴァーキンは構わず彼女に指示を出す。

 

「俺が囮になる。俺はこのまま、あの女性を助けに行く。その瞬間、恐らくゴブリン共は一斉に襲ってくるだろう」

 

「……そうなるわね。でも、どうするつもり?正面から戦うのは厳しいと思うけど」

 

女魔術師が尋ねると、ドヴァーキンは女神官に視線を向ける。

 

「俺が女性に駆け寄ると同時に、『聖光(ホーリーライト)』を唱えてくれ。それでゴブリンの目を潰すんだ」

 

「は、はいっ」

 

女神官は緊張気味に返事をする。

 

「奴らが怯んでいる隙に、俺は女性を救出して、こっちに引き返す。何匹かは俺を追おうとするだろうが、その時はお前たちが足止めしてくれ」

 

「……分かりました。やってみます」

 

女神官が決意を込めて言うと、ドヴァーキンは口元を緩める。

そして、今度はゴブリンスレイヤーの方を見る。

 

「……以上が、俺の作戦だ。何か意見はあるか?」

 

「いや、問題ない。お前の作戦で行こう」

 

ゴブリンスレイヤーはそう言って、すぐにゴブリンの群れへと向き直る。

 

「よし、行くぞ!」

 

言うやいなや、松明を地面に投げ捨てて、ドヴァーキンは地を蹴って駆け出した。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、闇に迷えるわたしどもに、聖なる光を―――》」

 

女神官が祈りを捧げ、先を行くドヴァーキンへ向けて持っていた錫杖を掲げた。

それに応えるように、錫杖の先に奇跡から光が溢れ出し、洞窟の暗闇を徐々に照らしていく。

 

「よし、いいぞ!」

 

後方から差し込む光で、洞窟の床にドヴァーキンの影が映し出される。それを確認したドヴァーキンは、さらに速度を上げた。

そのまま女性のもとへ辿り着くと、彼女を抱き上げる。

 

「あぁ……あ……」

 

女性は虚ろな表情で、ドヴァーキンの顔を見上げている。しかしその刹那、彼女の顔が「ひッ!」と恐ろしげに歪む。

 

「GYAAA!!」

 

女性の悲鳴と共に、奥にある穴の一つから三匹のゴブリンが飛び出してきた。

それに呼応するように、そこら中にある横穴から次々にゴブリンが姿を現す。

 

「GYAOOOO!」「GOOORRB!!」「GYAAAAAA!!」

 

ゴブリン達は怒り狂い、一斉にドヴァーキンに襲いかかった。

 

「《――お恵みください》……『聖光(ホーリーライト)』!」

 

それと同時に女神官の"奇跡"が完全に発動し、眩い光が広間全体を埋め尽くした。

 

「GUAA⁉」

「GORB!?」

 

突然の閃光に、ゴブリンたちは目を覆って怯んだ。

その隙を見逃さず、ドヴァーキンは女性を抱えて一目散に走り出す。

 

「GYAOOO!!」

 

仲間たちの背を盾に、『聖光(ホーリーライト)』をやり過ごしたゴブリンたちが、我先にとドヴァーキンを追いかける。

しかし、既に備えは整っていた。

 

「《サジタ()……インフラマラエ(点火)――……」

 

女魔術師が真言を紡ぐと、魔法発動体である杖の先から炎の矢が生成されていく。そして杖をゴブリン達に向けると、最後の真言を唱えた。

 

「《――ラディウス(射出)》!」

 

呪文の詠唱が終わると同時に、炎の矢がゴブリンたちに向けて放たれる。

 

「GYAOOU!?」

 

炎の矢は先頭を走るゴブリンに命中し、その身体を炎上させた。

 

「GOB!?」「GOR!?」

 

後続のゴブリンたちは、燃え盛る仲間を見て慌てて立ち止まる。

 

「……!」

 

ドヴァーキンは仲間たちの援護に感謝しつつ、女性を抱えたまま全力で駆け抜ける。そのままゴブリンたちの追撃を振り切り、女神官と女魔術師の待つ場所まで戻ってきた。

 

「ふぅ……」

 

ドヴァーキンは息を整えながら、腕の中の女性を地面に下ろす。

そしてすぐに踵を返し、ゴブリンたちの方へ向き直る。

 

「GYAOOOO!」

 

ゴブリンの大半は先ほどの『聖光(ホーリーライト)』により視力を奪われていたが、それでも仲間の断末魔を聞いて、乱入者たちの位置は把握していた。

彼らは怒りに身を任せ、雄叫びを上げながらドヴァーキンに向かって突進する。

 

「……」

 

ドヴァーキンは黙したまま、腰に佩いた鋼鉄の剣を抜き放つ。そして、先ほど投げ捨てた松明を拾い上げると、ゴブリンたちを睨みつけた。

 

「俺も行く、ゴブリンは皆殺しだ」

 

ゴブリンスレイヤーはそう言うなり、既に抜き放っていた剣を手に、ドヴァーキンの隣に立つ。

 

「……ああ」

 

ドヴァーキンは短く返事をすると、ゴブリンたちに向き直った。

 

「GOAAAA!」

 

ゴブリンたちは、仲間を殺された恨みを晴らすべく、ドヴァーキンたちに向けて殺到する。視力もほぼ回復しており、冒険者たちの中に女がいることに気付くと、下卑た笑いを浮かべていた。

対して、ドヴァーキンはゴブリンの群れを見据えると、正面から突っ込んでいく。

 

「GYA!?」

 

ゴブリンたちは、自分たちに真っ向から向かってくるドヴァーキンに驚き、一瞬たじろいだ。

だが、数の差は歴然であり、ゴブリンたちはすぐさま気を取り直す。馬鹿な冒険者が、無謀にも一人だけで突っ込んできたのだと、ゴブリンたちは判断した。

 

「GYAOOOO!」

 

ゴブリンたちは、ドヴァーキンを嘲笑うように雄叫びを上げると、一斉に襲いかかった。

ドヴァーキンは迫りくるゴブリンの群れを、真正面から見据える。

 

「……」

 

そして、ゴブリンの群れが目前に迫った瞬間、ドヴァーキンは腰を深く落とした。すると彼の姿は、ゴブリンの視界から消え去る。

 

「GORRRR!?」

 

ゴブリンたちは、突然消えたドヴァーキンに戸惑い、足を止めた。

その直後、彼らの背後から絶叫が上がる。

 

「GYAAAA!!」

 

振り返ると、そこにはゴブリンの群れに飛び込んだドヴァーキンの姿があった。

隠密を極めた者だけが辿り着ける境地――"影の戦士"により、自らの姿を闇に溶かし込み、ゴブリンの背後に回り込んでいたのだ。

 

「GOOORB!?」

 

ゴブリンたちは、突如として自分たちの真後ろに現れたドヴァーキンに驚愕し、慌てて振り向く。

しかし、もう遅い。

ゴブリンたちが振り返った時には、既にドヴァーキンの剣が振るわれていた。

 

「GOB……」

 

ゴブリンたちは、何が起こったのか理解できないまま、その首を跳ね飛ばされる。彼はゴブリンの群れの中で縦横無尽に暴れ回り、次々とゴブリンを切り伏せていく。

 

「GYU!?」「GYA!?」

 

ゴブリンたちは、消えては現れる謎の冒険者に為す術もなく倒されてゆき、瞬く間に数を減らされてゆく。

 

「G、GOORB……!」

 

ゴブリンの群れは、謎の冒険者の猛攻に恐れをなし、逃げ出そうとするが――

 

ドッ、という鈍い音が響く。

ゴブリンの首筋には、いつの間にか投擲された短剣が突き刺さっていた。断末魔すら上げられずに絶命したゴブリンは、そのまま地面に崩れ落ちる。ゴブリンスレイヤーが投げたものだ。

 

ドヴァーキンとゴブリンスレイヤーによって、ゴブリンの群れは既に半数以上が討ち取られていた。

このまま残りも片付けられるかと思われたその時、

 

「GYAOOORRB!!」

 

最も大きい横穴の中から、一際大きな体躯を持つゴブリンが飛び出してきた。

そのゴブリンは、他のゴブリンより数倍大きく、全身が筋肉で覆われており、その手に持つ武器は、錆びた鉄の塊のような棍棒だった。

「あれは……田舎者(ホブ)?」

 

「……いや、奴らの最上位種の一つ」

 

「"小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)"……だ」

 

女神官の呟きに、ゴブリンスレイヤーが答える。

 

小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)

田舎者(ホブ)をさらに上回る体躯に多くの戦場を生き抜いた歴戦の猛者。

その怪力から繰り出される棍棒の一撃は、並の戦士の盾など容易く砕き、鎧ごと肉を潰す。

ゴブリンの中での"白金等級"にあたる、ゴブリンの英雄だ。

 

「GURAAAAAAAAA!!」

 

ゴブリンチャンピオンが雄叫びを上げると、ゴブリンたちの間に緊張が走った。

虜囚を奪われ、配下たちが次々と殺されてゆく中、ゴブリンチャンピオンは怒りに燃えていた。

 

「GYAOOORRR!!」

 

ゴブリンチャンピオンは、ドヴァーキン目掛けて突進する。

そのまま巨体を生かして体当たりを仕掛けるつもりだろう。巻き込まれては堪らないとばかりに、ゴブリンたちが次々と後退していく。

 

ゴブリンチャンピオンが迫る中、ドヴァーキンは僅か数秒にも満たぬ時間で逡巡していた。

盾があれば横から殴るなり、逸らしたりして対処できるかもしれない。しかし、今は盾ではなく松明を持っているため、正面からの衝突は避けたいところだった。

ならば避ければいいかと言えばそうでもない。

1人なら避けることもできるだろうが、自分の後ろには女神官と女魔術師がいるのだ。奴の雄叫びで足がすくんでしまったらしく、動けないでいる。

奴もそれを分かっているのだろう。ニタリ、と醜悪に顔を歪め、勝利を確信した様子を見せている。

 

「ちッ!」

 

ゴブリンスレイヤーが舌打ちをして前に出ようとするが、それよりも早くドヴァーキンが動く。

 

ドヴァーキンは突進を避けず、逆に前に出た。

そうこうしている間にも、ゴブリンチャンピオンの巨体がどんどん迫ってくる。

 

「……もう一つ、説明していなかったことがある。それは…」

 

呟きながら、大きく息を吸い込む。そして、彼は"言葉"を発した。

 

Fus()(ファス…)」

 

それと同時に、体の芯を揺さぶるような重低音の振動が、洞窟内を駆け巡った。

 

『――Ro(均衡) Dah(圧力)(ロォ・ダァァァ)!!』

 

ドヴァーキンが叫んだ瞬間、 目前まで迫っていた、ゴブリンチャンピオンの巨体が吹き飛んだ。

まるで見えない巨人の拳に殴られたかのように。

そのまま廻りのゴブリンたちも巻き込んで、次々と岩壁に叩きつけられていく。

轟音と共に壁の一部が崩れ、土煙が舞う。

 

「…声の力、”ドラゴンシャウト”だ」

 

ドヴァーキンは構えを解き、ゴブリンチャンピオンの方を見据えながらそう言った。

 

「声の、力……」

 

「そ、そんな……」

 

女神官と女魔術師が腰を抜かしたまま呆然と呟く中、ドヴァーキンはゴブリンチャンピオンの方に歩み寄る。

ゴブリンチャンピオンはその巨体をピクピクと痙攣させながら、なおも起き上がろうとしていた。

 

「むんッ!」

 

ドヴァーキンはゴブリンチャンピオンの頭を踏みつけると、剣を首に突き立てた。

ゴブリンチャンピオンが驚愕の顔を浮かべるが、構わずドヴァーキンは剣を捻る。血飛沫が舞い、ゴブリンチャンピオンの身体がビクンと跳ねた。

 

「GYAOOOO……!」

 

ゴブリンチャンピオンは断末魔の悲鳴を上げると、やがて動かなくなった。

 

「……これで終わりだな」

 

ドヴァーキンは剣を引き抜くと、ゴブリンチャンピオンの亡骸を蹴り飛ばした。

 

「……今のは何だ?」

 

「俺の故郷に伝わる秘術だ。”声秘術”、”スゥーム”、”シャウト”とも呼ばれている」

 

ゴブリンスレイヤーの問いに、ドヴァーキンは答える。

 

「……まさか、そんなものが」

 

女神官が呟く。

 

「それについては後で話す。まずはここを片付けるぞ」

 

ドヴァーキンはそう言うなり、ゴブリンチャンピオンの亡骸に松明の先端を押し当てた。

たちまち、亡骸は燃え上がる。轟轟と炎を上げて、ゴブリンチャンピオンの亡骸は炭化していく。

地に倒れ伏したゴブリンたちも、念入りに処理する。転がっている連中の短剣を突き刺し、棍棒で頭を叩き潰し、あるいは松明燃やし尽くす。そして周りの横穴をしらみつぶしに調べ、生き残りや奴らの子供を始末していった。

 

「全て片付いたな、戻るぞ」

 

「そうだな」

 

「はい……」

 

「分かったわ……」

 

ドヴァーキンの言葉に、ゴブリンスレイヤーと女神官が答え、女魔術師も続く。

 

ドヴァーキンは横たわる村娘に『他者治癒』をかける。淡い光が村娘を包み、体中にある傷が塞がっていく。

村娘はぐったりとしていたが、まだ生きているようだ。

そのまま担ぎ上げて、一行は洞窟を脱出した。

 

洞窟を出ると、先ほどの轟音を聞きつけたのか、村の男たちが集まっていた。

男の1人はドヴァーキンに担がれている村娘を見ると、慌てて駆け寄ってきた。

話を聞くに彼の娘のようだ。

 

「本当にありがとうございます! このご恩は一生忘れません!」

 

男は涙を流しながら感謝した。他の村人たちも口々に礼を言う。

ドヴァーキンたちは村人たちの感謝の言葉を適当に受け流しながら、次の目的地へと向かうのだった。



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第9話 北の山砦

 

雲一つない青空の下、北へと延びる街道を進む一行があった。

 

道の両脇には鬱蒼とした森が広がり、時折、鳥の鳴き声が聞こえる。

太陽は真上にあり、ちょうど昼頃だろうか。

一行の内の1人は足元がふらついていて、疲労困憊なのは明らかだった。

 

「……ちょ、ちょっと待っ…て、は、早すぎ…」

 

女魔術師がひぃひぃと息を切らしている。見れば女神官も軽く汗ばんでいる。

 

「ふむ。少し休憩にするか」

 

「そ、そうね。……あぁ、もう無理」

 

ドヴァーキンが提案すると、女魔術師はその場にへたり込んでしまった。

 

辺りにある大きめの木陰を見つけて、4人並んで腰を下ろす。

そして荷物から握り飯や干し肉などを取り出して、昼食を取り始めた。

 

「はいどうぞ」

ぐったりとしている女魔術師に女神官が水の入ったボトルを差し出す。

 

「あ、ありがと…」

力なく女神官からボトルを受け取ると、喉を鳴らしながらそれを一気に飲み干した。

 

「ふぅーっ……。生き返ったわ。ありがとね」

 

「いえ、どういたしまして」

 

女魔術師がお礼を言うと、女神官は微笑みながら応えた。

あの日、初めての冒険の際はやや険悪な感じだったが、今ではすっかりと打ち解けたようだ。

黙々と食べ続ける男二人をよそに、女二人は談笑しながら食事を楽しむのだった。

 

 

§

 

 

「それで、さっきの”声の力”についてだけど…」

 

一息終えた女魔術師がドヴァーキンに話を切り出す。

 

「あれって、どういうものなの? 賢者の学院でもそんな秘術があるなんて聞いたことなかったけど」

 

古の賢者が開いたとされる"賢者の学院"。

学院が所持する蔵書には神話時代から伝わる様々な知識が記されている。

失伝した魔法や技術であっても、その名称やおおまかな効果程度ならほぼ網羅されてあるのだ。

女魔術師が疑問を持つのは当然だろう。

 

「声の力、"シャウト"とは言葉を力に変える秘術で、俺の故郷でも使える人間は極一握りしかいない。竜の言語で構成される力の言葉を理解し、それを"スゥーム"…、"シャウト"として放出することで様々な力を発揮する」

 

「竜の…言語…。ドラゴンの言葉ってことですか?」

女神官が尋ねる。

 

「そうだ。全てのシャウトは3つの竜言語の言葉で形作られている。

言葉を一つずつ習得していくことで、シャウトも順に強くなっていく」

 

かつてグレイビアードが語ってくれた言葉を思い出しながら、ドヴァーキンは語る。

ドラゴンにとって"スゥーム"とは竜言語を用いた会話であり、戦っているように見えてもその実、ただ論争をしているだけである。

竜の言葉では、議論と戦闘が分かれてはいない。叫ぶ事はドラゴンたちにとって、息をし、話す事と同じく自然なものなのだ。

 

「あの時に使った"シャウト"だが、Fus(ファス)とは"力" 、 Ro(ロー)は"均衡"、Dah(ダー)は"圧力"を意味する」

 

ドヴァーキンが"揺るぎなき力"について説明すると、女魔術師はある事に気付く。

 

「…それは"魔法"と仕組みがよく似ているわね。『火矢(ファイアボルト)』もサジタが"矢"、インフラマラエは"点火"、ラディウスの"射出"による、3節の真なる力の言葉を紡ぐことで行使できるわ」

 

「そうだな、"魔法"との共通点は多い。興味深い話だ」

 

女魔術師の考察に対して、ドヴァーキンも肯定の意を示す。

この世界の"魔法"もそれぞれの真言が何を意味し、世界の法則にどう作用するかを理解しなければ発動すらしない。その点については"シャウト"も同様だ。

"真なる力の言葉"とやらを学ぶことで、新しい"シャウト"の使い方も思いつくかもしれない。

そんなことを考えていると、ゴブリンスレイヤーが口を開いた。

 

「その"シャウト"とやらは鍛錬すれば誰でも使えるのか?」

 

彼の問い掛けに対し、「いや」とドヴァーキンが首を横に振る。

 

「一つの力の言葉を学ぶだけでも長い修練を必要とする。それを"シャウト"として扱うには、さらに気が遠くなるほど多くの鍛錬が必要だ」

 

「そうか…」

 

ドヴァーキンの答えに、ゴブリンスレイヤーは短く返事をする。

兜で表情は窺えないが、その声色は落胆ではなく逆に安堵しているようだ。

彼のことだ。ゴブリンたちが"シャウト"を学習し行使してくることを危ぶんでいるのだろう。

 

「あなたって本当に只人(ヒューム)なの…?そんなに歳を取っているようにはみえないけど」

 

「そうですね、長い鍛錬が必要という割には若々し過ぎます」

 

女魔術師と女神官が疑問を口にしながら、ドヴァーキンの容姿をまじまじと見つめる。

兜と口元の髭で分かりにくいが、自分たちと大きく離れているようには見えない。

まだ二十代前半といったところだろう。

 

「事情があってな、俺は特に鍛錬せずとも"シャウト"を扱うことができる」

 

「”事情”ですか…?」

 

「ああ。それについてはまた今度話そう。そろそろ次の依頼の場所へ急がなくてはな」

 

女神官の問いを軽く流して、休憩を終えた一行は再び北の山砦へと歩みを進めるのだった。

 

 

§

 

 

「あそこだな」

 

昼も下がり太陽が西に傾き始めた頃、依頼書が示す目的の場所に到着した。

ドヴァーキンが指差す先には巨大な古木が聳え立っていて、その上には朽ちた木造の建造物がいくつか見受けられる。

かつては森人(エルフ)の堅牢な砦として機能していたのであろう。しかし今は見る影もなく、その廃墟はゴブリンたちの根城となっていた。

 

「古い森人(エルフ)の山砦のようね。打ち捨てられて随分経つみたいだけど」

 

「虜囚も先に入ったという冒険者も、もう生きてはいないようだな」

 

女魔術師とドヴァーキンが砦を見上げながら言う。

ドヴァーキンは周りに聞こえない様(無音の唱え)に【オーラ・ウィスパー】を発動させながら、生存者がいないことを確認した。

 

「どうする?」

 

ゴブリンスレイヤーが問う。

彼自身すでに最も()()()な手段を考えついていたが、今は同行者という立場だ。

あえてドヴァーキンたちの意見を聞いた。

 

「本来森人(エルフ)の拠点には"火除けの結界"が張られているわ。でもそれは永続するものじゃない」

 

「ふむ…」

 

言外に"結界はもう機能していない"と言う女魔術師に、ドヴァーキンは思案顔で顎に手を当てる。

 

「人質も既にいない以上、火攻めが最善策ね」

 

「そうだな。それでいこう」

 

冷静に分析する女魔術師に感心しながら、ドヴァーキンは同意した。

ゴブリンスレイヤーも異論はないらしく、黙って頷いている。

 

彼女は元々賢者の学院を優秀な成績で卒業した才媛だ。

最初の冒険では敵を侮り大きな失敗(ファンブル)を招いた。

だがあの日の教訓は彼女にとって確かな糧となり、その後は慎重に行動している。

 

女魔術師は落ち着いた表情で語り始めた。

作戦はこうだ。

 

まず女神官が『聖壁(プロテクション)』を展開、男2人はその内側から火矢を砦に連続で射掛ける。

"火除けの結界"が消失した古木の砦はあっという間に燃え上がるだろう。逃げ遅れたゴブリンは、炎に巻かれて焼け死ぬか、煙に燻されて窒息死するか、或いは熱風に煽られて転落死するしかない。

上手く難を逃れたゴブリンは山砦の入口へと殺到するはずだ。そこにドヴァーキンが先に見せた"揺るぎなき力"のシャウトを叩き込み、ゴブリンどもを砦へと押し戻す。

そこへ女魔術師が『火矢(ファイアボルト)』を放って最後の一押しをかける。

 

以上が作戦の概要となる。

常道(セオリー)ではあるがそれだけに堅実で、確実性の高い作戦と言える。

1度見ただけの技もその本質を理解し、すぐに戦術として組み込める辺り、やはり彼女は優秀なのだろう。

 

「よし、始めるぞ!」

 

「《いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください》」

 

ドヴァーキンが声を張り上げると、女神官が呪文を唱えて『聖壁(プロテクション)』を展開する。

ドヴァーキンとゴブリンスレイヤーは女神官の展開した『聖壁(プロテクション)』の内側から、山砦に向かって火矢を次々と射掛けていく。

 

「GYAA!?」

 

防壁の上に居た見張りのゴブリンがこちらに気づき、仲間を呼んで喚き散らしているが時すでに遅し。

ドヴァーキンが放った火矢がその見張りの眉間に突き刺さり、顔を炎上させながら砦の内へと落下していった。

時折防壁上にいるゴブリンたちが放った矢や投石紐(スリング)による石弾が飛んでくるが、全て女神官が展開した『聖壁(プロテクション)』に阻まれて届かない。

あっという間に山砦は炎に包まれ、防壁上にいたゴブリンたちも慌てふためきながら砦内へと逃げ込んでいく。

 

「よし、行くぞ」

『「ええ」「ああ」「はい」』

 

ドヴァーキンの掛け声に合わせて、全員が動き出す。

ドヴァーキンが剣と盾を手に砦の入口へと駆け出し、女神官たちも『聖壁(プロテクション)』を維持したままそれに続く。

 

「GYAAAA!!」

「GYUOO!」

「GOORR!!」

 

炎を逃れたゴブリンたちが砦の門を開け放ち、出口へと雪崩のように押し寄せてくるが、ドヴァーキンが前に出て、叫ぶ。

 

Fus Ro Dah(ファス・ロー・ダー)!!!』

 

瞬間、『声』そのものが純粋な力の塊と化して放たれ、ゴブリンの群れは大きく吹き飛ばされて宙を舞った。

 

「GYUA!?」

「GUI!?」

「GOORB!?」

 

シャウトによりゴブリンたちは砦の奥にまで押し戻され、そこへ追い打ちをかけるように女魔術師の魔法が炸裂する。

 

「《サジタ()・・・・・・インフラマラエ(点火)・・・・・ラディウス(射出)》!」

 

女魔術師が放った『火矢(ファイアボルト)』がゴブリンの群れに突き刺さり、砦ごと炎上させた。

悲鳴を上げながら燃え盛るゴブリンたち。やがてその声も小さくなっていき、ついには聞こえなくなった。

山砦はなおも燃え上がり、村娘や冒険者たちの遺体も炎によって焼かれていく。

 

「……終わったのね」

 

炎に包まれていく山砦を見上げながら、犠牲になった彼女らを悼むように女魔術師が呟く。

女神官も目を閉じ、祈りを捧げている。

 

「まだだ、出入口があれだけとは限らん。生き残りが居るかも知れない」

 

ドヴァーキンはそう指摘して、剣と盾を握り直す。

 

「そうだな」

「想像力は武器だ、それがない奴から死んでいく」

 

ゴブリンスレイヤーも同意し、油断なく弓を構えた。

そのまま二手に分かれ、生き残りのゴブリンを徹底的に探し出しては始末していった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「それじゃあ今日の勝利を祝って、乾ぱーーい!!」

 

夜の帳が下りた冒険者ギルドの酒場にて。

一仕事を終えた冒険者たちがあちらこちらで祝杯を挙げていた。

 

 

「今日は本当にありがとうございました」

酒場のテーブルについた一行の前で、女魔術師が頭を下げて礼を言う。

 

あの後ドヴァーキン一行は北の砦を後にし、帰りの道中の村で家畜を攫うゴブリン退治を行った。

被害の規模は小さく、調査した結果、巣穴を潰されただろう生き残りの"はぐれ"の仕業であった。痕跡を辿ってねぐらを突き止め、"はぐれ"は全て始末したのでもう大丈夫だ。

 

「礼などいらん、ゴブリンを殺すのが俺の仕事だ」

 

「ご、ゴブリンスレイヤーさんっ、そんな言い方は……」

 

ゴブリンスレイヤーの態度に、女神官が慌てて嗜める。

 

「そうだな。俺たちも逆に助けられたんだ。気にするな」

 

「でも……」

 

ドヴァーキンの言葉に、女魔術師は俯く。

 

「…それに山砦での作戦立案は見事だった。お前がいなければああも上手くは行かなかったろう」

 

「そうだな」

 

ドヴァーキンの称賛に対しゴブリンスレイヤーも短く同意すると、女魔術師は初めて笑顔を見せた。

 

「は、はい!ありがとう……!」

 

ずっと張り詰めていた緊張がようやく解けたのだろう。

普段は目つきが鋭く他を寄せ付けない雰囲気のある女魔術師だが、今は頬を紅潮させ、瞳を潤ませて満面の笑みを浮かべている。

 

(こんな表情もできるのですね)

 

女神官は内心では少し驚きながらも、運命が違えば見ることができなかったかもしれない彼女の笑顔を微笑ましく見守るのだった。

 



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第10話 昇級審査

 

……ドラゴン…ボーン……よ…

 

暗闇の中、自分に呼びかける声が聞こえる。

 

…ドラゴンボーンよ、我が声に応えるのだ

 

ドヴァーキンは閉じていた眼をゆっくりと開くが、違和感があった。

自分の身体に意識を向けると、身体が暗闇の中に浮いているのがわかる。

そして正面を見据えると黒い無数の蠢く触手、そして中心部には湧いては消える無数の目がこちらを見ている。

 

「…ハルメアス・モラか」

 

久しぶりだな、ドラゴンボーンよ。全く異なる世界に放り出された気分はどうだ?

 

そう答えると、触手はうねりながらこちらに近づいてくる。

 

「やはりこれは貴様の仕業だったか」

 

ドヴァーキンはハルメアス・モラを睨み付ける。

奴の領域(アポクリファ)から脱出してみれば、この世界へと飛ばされていた。

当然、奴が関わっていると思うのが自然だろう。

 

……それは違う。お前がこの世界に飛ばされたのは我としても予想外だった

 

「貴様が引き起こした事ではない、と?」

 

そうだ。おかげでお前の行方を辿るのに、我が力をもってしても相当な時間を要した

 

ハルメアス・モラの無数の目が一斉に見開かれ、こちらを凝視する。

その視線はまるでドヴァーキンの思考を読み取ろうとしているかのようだ。

しかし今の言葉が本当なら、ドヴァーキンがこの世界に飛ばされたのは彼にとっても予想外の出来事だったらしい。

ハルメアス・モラは重要なことを隠すことはあっても、基本的に嘘はつかない。

ならば、彼の言葉に間違いはないだろう。

 

……ドラゴンボーンよ、我が命に従うのだ。この世界の知識をあまねく我に捧げよ。さすればお前を元の世界へと戻してやろう

 

「貴様の助けなど必要ない。元の世界に帰還する方法は自分自身で見つけ出す」

 

ドヴァーキンは即答した。

奴の誘いに乗る気はない。確かに奴の言う通りにすれば、元の世界に戻れる可能性は高いだろう。ハルメアス・モラは自分に忠実に従うのであれば、きちんと見返りを与えてくれる。

 

だが、奴は信用できない。

そもそも奴の言う通りにして元の世界に戻ったところで、碌でもない結末を迎える事になるのは目に見えている。

 

望むと望まざるとを問わず、お前には我に仕えるしかない。未知を探し求める者は全て、我の眷属なのだ

 

ハルメアス・モラの触手がこちらに伸びてくる。

その先端にある目が見開き、ドヴァーキンの身体に絡みつこうとしてきた。

「ぬッ!」

幸いにも体の自由はあるようで、ドヴァーキンはその触手を力任せに振り払いながら、叫んだ。

 

「前にも言ったはずだ。怪物に仕えなどするものか」

 

忘れるな、ドラゴンボーンよ。我が言葉を拒絶することは不可能だ。数多の勇者がそうであったようにな。我が求めるものを捧げれば、お前が求めるものを与えよう……

 

そう語りかけてくるも、ハルメアス・モラの姿が次第と薄れていく。

 

どうやらこれ以上会話を続けるつもりはないらしい。

彼が消え去っていくと同時に、ドヴァーキンの身体が光に包まれる。

そして再び意識が遠のいていった―――。

 

 

ハッと目を覚ますと、そこは冒険者ギルドの上階にある冒険者用の宿の一室だった。

窓から差し込む朝日が眩しい。

気付けばびっしょりと寝汗をかいていた。

 

「……夢…?いや、違うな……」

 

ドヴァーキンはベッドから起き上がると、窓の外を見る。

 

今のは間違いなくハルメアス・モラからの干渉によるものだ。

奴は自分の知らない知識があることが許せない。そのためこちらの世界に存在するあらゆる未知の知識を欲している。

 

幸いこの世界と元の世界の繋がりは薄いため、如何にデイドラロードといえども直接的に力を行使する事は出来ないだろう。

しかしそれで諦めるような奴ではない。必ず何らかの形で接触してくるはずだ。

 

「……厄介な事になったな」

 

彼はため息をつくと、身支度を整えて部屋を出る。

そして一階の受付へと向かった。

 

 

§

 

 

ドヴァーキンが一階に降りると、すでに冒険者たちでごった返していた。

今日も冒険者ギルドは大盛況のようだ。

 

「おはよう。遅かったわね」

 

女魔術師はドヴァーキンを見かけると声をかけてきた。

今日はドヴァーキンの昇級審査の日だ。彼女も激励に来たのだろう。

 

「ああ、ちょっと寝過ごしてしまってな」

 

彼の言葉に女魔術師は少し意外そうな表情を浮かべた。

しかしすぐに気を取り直すと、ドヴァーキンの顔を見つめる。

 

「えっと…、大丈夫?顔色が優れないようだけど」

 

「問題ない。少し夢見が悪かっただけだ」

 

女魔術師は心配そうな表情を浮かべるが、ドヴァーキンは平然と答えた。

 

「ならいいんだけどね……。今日は昇級審査でしょ。頑張りなさいよ」

 

「ああ、ありがとう」

ドヴァーキンは軽く会釈をすると、受付へと向かっていった。

 

「おはようございます、角付き戦士さん!」

 

受付嬢の元気な挨拶に、ドヴァーキンは片手を上げて応える。

 

「昨日はありがとうございましたっ!ゴブリン退治の依頼主さんたちも、すごく感謝していましたよ」

 

「そうか、それは何よりだ」

 

ドヴァーキンがそう答えると、受付嬢は書類を整えながら話を切り出す。

 

「それでは早速ですけど…、昇給審査を始めますか?」

 

「そうだな……。始めてくれ」

 

「わかりましたっ!それじゃあ準備しますので面接室のほうへどうぞ」

 

ドヴァーキンは受付嬢に案内されて、ギルド内にある面接室へと向かう。

外で待機するように言い渡されてしばらく待っていると、中から声が聞こえてきた。

 

「お待たせしました。どうぞっ!」

 

受付嬢の明るい声が響くと、ドヴァーキンは中へと入っていく。

 

中には2人のギルドの職員と、一人の男がいた。

男はドヴァーキンを見ると、ニヤリと笑う。

 

「ようッ!受付嬢さんに頼まれてな。審査の立会人を務めさせて貰うぜ!」

 

そこにいたのは青い鎧を身に纏い、桃色の髪をした美丈夫。

”辺境最強”の異名を持つ、槍使いの男だった。

 

「よろしく頼む」

 

親指を立てて無駄にキメ顔をする彼に対し、ドヴァーキンは短く答えると、受付嬢に促され椅子に腰掛ける。

 

 

立会人は審査対象者が審査結果に不服を持ち、ギルドの職員への暴力を含めた抗議をした場合、それを制止する役目を担っている。

本来であれば立会人は対象者の等級よりワンランク上の等級を持つ冒険者が選定される。

「白磁」「黒曜」からの昇級なら中堅以上、「銅」「銀」などへの昇級なら「銀等級」以上が選ばれるのが通例だ。

 

しかし今回は特例として、槍使いが立会人として選ばれた。

ゴブリンスレイヤーや女神官から報告を受け、ドヴァーキンが実力者であることは把握している。

万が一彼が暴れた場合に備え、実力のある冒険者を立会人に選んだのだ。

 

 

ドヴァーキンは一人のギルドの職員と向かい合う形で座り、受付嬢と槍使いたちはその両脇に控える。

 

「では始めましょうか」

 

受付嬢がそう言うと、彼女は冒険記録用紙を手に取りながら内容を読み上げる。

 

「種族名は……”ノルド”とありますが、どこの地域の出身ですか?」

 

只人(ヒューム)も多種多様な民族が存在する。

屈強な戦士たちが住まう「北方辺境の民族」や、女性だけの戦闘集団「アマゾネス」などがそうだ。

 

ドヴァーキンは少し考える素振りを見せ、 やがて答えた。

 

彼曰くこの大陸とは異なる土地から来た、と。

そこの北方にある地方出身の民族であり、この地には転移が絡む事故によってやってきたらしい。

 

彼の言葉を聞いていたもう一人の女性の職員は、少し眉をひそめる。

彼女の胸元に光るのは法と正義を司る至高神の聖印だ。

監督官として審査対象者の嘘を見破るべく『看破(センス・ライ)』の奇跡を発動している。

しかし今の応対で彼女の『看破(センス・ライ)』は効果を発揮しなかった。

 

嘘をついていない、というのではない。そもそも(・・・・)彼に反応していないのだ。

看破(センス・ライ)』が効かないのは呪文抵抗(マジックレジスト)が高いか、あるいは竜や悪魔(デーモン)などの高位の「祈らぬ者(ノンプレイヤー)」のみ。

 

彼女は内心の動揺を表に出さず、受付嬢が質問を続けるのを見守る。

 

過去の経歴や技能、"シャウト"や"回復魔法"など、新しく判明したものなどを受付嬢が冒険記録用紙に上書きしていく。

ドヴァーキンも異世界に繋がる部分を出さず、昨日一党に話した内容そのままに答えた。

 

「ふぅー……。以上となりますっ。依頼主からの評判も良いですし、討伐実績も十分ですね。このペースなら「鋼鉄」への昇級も遠くないですよっ」

 

受付嬢は一息つくと、書類をまとめながら言外に「合格」を告げた。

 

「そうか、では失礼する」

 

ドヴァーキンは立ち上がると、面接室を出ていく。

彼が退室したのを確認すると、受付嬢はホッと胸を撫で下ろた。

 

「よかったぁ……。無事に終わって……」

 

彼女は安堵の表情を浮かべると、情けなく突っ伏しそうになる。

 

「かぁーーッ!愛想のねえ野郎だぜ。受付嬢さんにあんな態度取るなんてよぉ!」

 

槍使いは両手を頭の後ろに組みながら、ドヴァーキンの態度に不満げな声を上げる。

 

「……彼、何者なんだろうね」

 

至高神の監督官はドヴァーキンが出て行った扉を見ながら、ぽつりと呟く。

 

「さあな。だが、少なくとも只者じゃねぇ。あの野郎、全く隙がなかったぜ」

 

「うん。それに『看破(センス・ライ)』が全く効かなかった。こんなことは初めてだよ」

 

槍使いの意見に監督官は同意すると、額に手を当てて考え込む。

 

受付嬢はその言葉に驚き、抱えていた書類を床に落としてしまった。

彼女が慌てて拾い上げるのを横目に、監督官は推察する。

異国の魔法とやらで抵抗(レジスト)されたのか、あるいは……

 

「……まさか、人間じゃないってことはないよね」

 

「は?どういうことだ?」

 

「いや、なんでもない。忘れてくれ」

 

監督官は首を振って否定すると、思考を打ち切る。

 

「とにかく、彼の実力は本物だよ。このまま昇級させてあげよう」

 

 

こうしてドヴァーキンの昇級審査は無事に終わった。

 



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第11話 誘拐事件

 

昇級審査を終えたドヴァーキンがギルドの一階へ戻ってくると、そこには見知った顔があった。

女魔術師、そしてゴブリンスレイヤーと女神官に加え、もう一人…

 

「お久しぶりです、角付き戦士さん」

 

柔和な笑みを浮かべて挨拶する女性。

ドヴァーキンが初めて会った冒険者一党(パーティ)の一員であり

ポニーテールに束ねた黒髪と武胴着が特徴的な、あのときの武闘家の少女だ。

 

「君は……」

 

「はい。あの後私の故郷に戻りまして、……あの子のこと、そしてこれからのことを考えました」

 

ドヴァーキンの問い掛けに、彼女は落ち着いた様子で答える。

彼女の言う"あの子"とは、もちろん青年剣士のことだろう。

 

「このまま故郷で暮らそうかとも思いました。

でも……やっぱり私は冒険者になりたい。父から受け継いだこの武術で、困ってる人たちを助けたいんです!」

 

迷いのない、真っ直ぐな瞳。その瞳には確かな決意が込められていた。

 

━━武術とは「一拳多生」、他人を助け人を活かすために振るうものだ。

 

それが彼女の父親が遺した言葉だった。

その父親も故郷の村が怪物の集団に襲撃を受けたとき、自らを犠牲にして村人を救った。

その時受けた傷が原因で亡くなったのだが、そんな父を彼女は今でも誇りに思っている。

 

気付けばその場の誰もが彼女の言葉に耳を傾けていた。

 

「……それにきっと、あの子だってそれを望むだろうから」

 

そう言って彼女は微笑む。

そこにあったのはかつての暗く沈んだ表情ではなく、吹っ切れたような、それでいてどこか寂しげな笑みだった。

 

━━女の子が攫われたんだ。早く助けてあげないと!

 

あの青年剣士はそそっかしいところもあったが、正義感に溢れ他人を気遣える優しい青年だった。

幼馴染の死を乗り越えた彼女の笑顔を見て、ドヴァーキンも僅かに笑みを浮かべる。

 

「…だからどうか、私を仲間に入れてください!」

 

武闘家の少女は深々と頭を下げ、ドヴァーキンに懇願する。

 

「ああ、もちろんだ。歓迎する」

断る理由などはない。ドヴァーキンは快く承諾した。

 

「ありがとうございますっ!」

 

武闘家の少女は嬉しそうに礼を言う。飛び跳ねんばかりの喜びようだ。

 

「……良かったわね」

 

「ええ、本当に……」

 

女魔術師が穏やかな笑みを浮かべて呟き、女神官は涙ぐみながら何度もうなずいている。

兜で表情などは分からないが、ゴブリンスレイヤーもその光景を静かに見守っていた。

 

ドヴァーキンは改めて、一党の面々を見回す。

 

この世界に来て、縁あって共に旅をすることになった冒険者たち。

旅は道連れというが、これほど賑やかな旅路になるとは思わなかった。

だが、悪くはない。

 

彼は元の世界では常に孤独な闘いを強いられてきた。

もちろん、リディアや同胞団のメンバーたち、大学の仲間らと旅をすることはあった。

しかしアルドゥインとの闘いが激化していくにつれ、いつしか誰も戦いについていけなくなり、あるいは命を落とし、一人また一人と去っていった。

ドヴァーキンも彼らを失うのを恐れ、ただ一人でひたすらに戦い続けた。

 

だからこそ共に戦ってくれる仲間というものは、彼にとってかけがえのない存在だ。

元の世界へ戻るという目的こそあれど、純粋に彼らとこの世界を冒険してみたいという気持ちもある。

少なくとも今この瞬間だけは、彼は孤独ではなかった。

 

 

§

 

 

「…ところで昇級審査はどうだったの?」

女魔術師が思い出したように尋ねる。

 

「ああ、問題ないとのことだった」

 

「それは良かったですね!」

女神官は心底安心した様子で、胸を撫で下ろす。

 

「これで晴れてあなたも黒曜等級ってわけね。おめでとう」

 

「おめでとうございますっ!」

 

「ありがとう」

 

女魔術師と女武闘家が手を叩いて祝福し、ドヴァーキンは若干照れ笑いをしながら礼を言った。

 

 

 

「……さて、それじゃあ早速だけど何か依頼はないかしら」

 

ギルド内を見渡せば、既に冒険者たちは依頼を受けて出発してしまったのか、閑散としている。

 

「実は私たちもちょうど依頼を請けようとしていたところなんです」

 

「そうなの? じゃあ一緒に行きましょうよ」

 

「はい!」

 

女神官と女武闘家が楽しそうに談笑しながら受付へと向かう。

女魔術師もチラッとこちらを振り返ったが、特に何も言わずに二人に続いた。

――早く来なさいよ。と目配せをしたのだろう。

 

ドヴァーキンはそんな三人の背中を眺めながら、ゴブリンスレイヤーに話しかける。

 

「……お前は行かないのか?」

 

「ゴブリン以外に興味はない」

 

そう答えながらも、ズカズカと受付へと向かう彼。

 

「…そうか」

 

――おかしな奴だ。

ドヴァーキンは苦笑いを浮かべて、彼の後に続いた。

 

「あっ、ゴブリンスレイヤーさんっ!」

 

受付嬢は昇級審査の後処理も終わり、受付へと戻っていた。

やや気落ちしたような雰囲気だったが、ゴブリンスレイヤーの姿を見るなりパッと表情を明るくさせる。

ゴブリンスレイヤーは彼女の傍まで歩み寄ると、開口一番に「ゴブリンはあるか」と尋ねた。

 

「はい! 今ちょうど一件、すぐにでも解決して欲しいという依頼が飛び込んで来ました」

 

「見せてくれ」

 

「はい、こちらになります」

 

資料をパラパラとめくって依頼書を差し出すと、ゴブリンスレイヤーはそれを手に取る。

 

「……ゴブリンが只人(ヒューム)の赤ん坊を連れ去った、だと?」

 

彼にしては珍しくやや声を荒げながら、依頼書を睨みつけた。

 

「ええ、そうなんです…」

 

受付嬢も暗然たる様子で答える。

 

依頼の内容はこうだ。

今日の明け方、東の谷の村に住む若夫婦の家がゴブリンに襲われた。

寝込みを狙われたようで、夫の方は殺されて、赤ん坊を守ろうとした妻は腹部を刺されて重傷を負わされたらしい。

村人たちが悲鳴を聞き駆け付けると、小鬼は赤ん坊を攫ってそのまま何処かへと走り去って行ったという。

村の若い衆が後を追いかけたが、見失ってしまったそうだ。

小鬼を退治して赤ん坊を救出して欲しいとの依頼だ。

 

「どうみる?」

 

ドヴァーキンはゴブリンの習性を最も知る男、ゴブリンスレイヤーに意見を求める。

ゴブリンスレイヤーは依頼書から顔を上げ、

 

「…分からん、が気に入らん」

と、吐き捨てるように言う。

 

「奴らは馬鹿だが間抜けではない。意味もなく赤ん坊を攫ったりなどしない」

 

「……つまり、ゴブリンが赤ちゃんを攫ったのには何か目的があるってことね」

 

女魔術師が顎に手を当てながら、ゴブリンスレイヤーの言葉を引き継ぐ。

ゴブリンたちが普段と違う行動を取る時、背後には必ず奴らを動かしているものが存在する。

それが何であれ、放置しておくわけにはいかないだろう。

 

「わざわざ連れ去ったということは、赤ちゃんもまだ生かされていると思います。早く助け出してあげないと」

 

「はい、私もそう思います」

 

女武闘家の呼びかけに女神官が同意する。

普通であれば赤ん坊はゴブリンにとって価値がない。

食い出もないし、まさか育ててからどうこうしようという訳でもないだろう。

であれば何かの理由があって生かされている可能性は高い。

 

ドヴァーキンたちも彼女らに同意し、赤ん坊救出のために動き出す。

すぐにでも出立しようとする一党だったが、そこに受付嬢が手を振って待ったをかけた。

 

「あ、あのっ! 村の方々が街の入口に馬車を用意してくれていますっ。それと緊急の案件なので、ギルドからも報酬を上乗せしますね!」

 

「了解した、感謝する」

 

「いえ、皆さん…どうかお気を付けてっ!」

 

ドヴァーキンが礼を言うと受付嬢は深々と頭を下げ、街の入口へと急ぐ一党を見送った。

 

 

 

街の入り口を出ると街道脇に二頭の馬が繋がれていて、その傍らで馬車とともに二人の村人の男が待っていた。

 

「冒険者さま、引き受けてくださりありがとうございます!」

 

彼らに促されるまま、ドヴァーキンたちは二台の馬車に乗り込む。

普段は農作物の運搬に使っている物なので、乗り心地は最悪だが贅沢は言っていられない。

ドヴァーキンたちを乗せた馬車はガタゴトと激しく音を立てて、一路東の谷の村へと向かった。

 

 

§

 

 

「――あれが村です」

村人の男が指差す先には、木々に囲まれた小さな集落があった。

村の周りは柵で囲まれているが、ゴブリンの侵入を防ぐには心許ない。

 

「早速調べてみよう、何か手掛りがあるかもしれない」

 

ドヴァーキンはそう言うと、馬車を降りて村の中へと足を踏み入れる。

そして後ろを振り返ってみれば…、一緒に乗っていた女性陣が軒並みダウンしていた。

 

「うぅ……気持ち悪い……」

「もう無理……」

「…………」

 

口元を押さえる女武闘家、青ざめた顔で俯く女魔術師、女神官にいたっては無言で目を回している。ゴブリンスレイヤーは見た目は平然としているが、兜でその中は窺いしれない。こういう時は全覆の兜(フルフェイス)は便利だ。

 

ドヴァーキンはやれやれといった感じで苦笑いを浮かべると、ゴブリンスレイヤーと共に調査を開始するのだった。

 

 

村の中を歩いてみると、村人たちの視線がこちらに集まっているのが分かる。

すると、彼らがドヴァーキンのもとへと駆け寄ってきた。

 

「冒険者さま! この度は本当にありがとうございます!」

「実はオラたちもあれからこの辺りを捜し回りまして、やっとこさ見つけたんです」

 

村人たちは感謝の言葉を口にしながら、ゴブリンの巣穴の場所を教えてくれた。

彼らが言うには

 

――赤ん坊を抱えた小鬼は杖を持っていて、数匹の小鬼に何かを指図していた。

――大人ぐらい大柄な小鬼がいた。

――5年くらい前に死んだ偏屈者の圃人(レーア)の老人が住んでいた廃屋に入っていくのを見た。

とのことだ。

 

「ホブとシャーマンだな。棲みついたか」

 

「おそらくその廃屋の下を堀り進め、巣穴を作っているのだろう」

 

ゴブリンスレイヤーとドヴァーキンは冷静に分析し、これからの作戦について話し合う。

赤ん坊の生存が確認でき次第、奴らに人質に取られぬよう迅速に救出する。

その後はホブとシャーマンを最優先で叩き、残りの小鬼を掃討する。

問題はどうやって奴らの目を欺き、赤ん坊を確保するかだが……。

 

「奴らに気づかれないように接近する手段がある。隙を狙い俺が赤ん坊を確保しよう」

 

ゴブリンスレイヤーは「ふむ」と少し考える素振りを見せると、

――お前に任せる。

と、あっさりと承諾した。

 

目の前の男は小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)すらも圧倒してみせた。

それに"シャウト"や"魔法"という不可思議な術が使える。何か奇策を用意しているとみるべきだろう。

 

「そうと決まれば、早速向かうぞ」

 

ドヴァーキンはそう言って歩き出すと、村人に案内を頼む。

 

「……まだ気分が悪いわ」

「ええ…」

女性陣もフラフラになりながら、ドヴァーキンたちの後に続くのだった。

 




女魔術師ちゃんの使用できる魔法を3つに増やしました。
賢者の学院を優秀な成績で卒業した彼女が、使える魔法が一つだけなのは流石におかしいと感じたので。
(※7話の一部を修正しています)


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第12話 魂の脈動

 

昼もやや過ぎ、陽光が山肌を照らす頃。

村人に案内され、辿り着いた場所はちょうど件の廃屋が見下ろせる場所だった。

 

「……あそこです」

 

村人が指さす先には崩れかけた廃屋があった。

彼の語るところには、かつて住んでいた圃人(レーア)の老人は極端な人嫌いであったという。たまに注文された食料などを届けることもあったが、決して家の中には立ち入らせなかったらしい。

 

村人に近くで待機するよう伝えて、廃屋の周囲を見回す。

廃屋の戸の前には見張りのゴブリンが一匹。手には粗雑な手槍を持ち、時折眠たそうに欠伸をしている。

それを見た女武闘家が声を潜めながら呟いた。

 

「見張り役は一匹だけのようね、すぐに仕掛けますか?」

 

「いや、連中にとって今はまだ『夜』だ。見える範囲だけにいるとは限らん」

 

ゴブリンスレイヤーはそう言って廃屋から距離を取り、周囲を警戒する。

明け方(・・・)』ならまだしも『()』ならば奴らもまだ警戒心が強い。見張りが複数いる可能性もある。

ドヴァーキンも周りに聞こえぬ(無音の唱え)よう【オーラ・ウィスパー】を発動した。

 

「……廃屋の傍の茂みに潜んでいるな。数は一匹」

 

「つくづく便利よね、”シャウト”ってのは…」

 

女魔術師が溜息交じりに呟くと、女神官も「ええ、本当に」と苦笑した。

 

「俺が茂みの奴を始末する。廃屋の方は任せる」

 

「分かったわ、私に任せて」

 

ドヴァーキンがそう言うなり背中から狩猟弓を取り出すと、それと同じくして女魔術師が詠唱を始める。

 

「《サジタ()・・・・・・ケルタ(必中)・・・・・ラディウス(射出)》!」

 

ドヴァーキンが茂みに潜む存在を探知しつつ、弦を引き絞りながら矢を放つ。

ヒュンッと風を切る音と共に放たれた矢は、潜んでいたゴブリンの眉間に突き刺さり、悲鳴を上げる間もなく絶命させた。

さらに女魔術師が放った2本の『力矢(マジックミサイル)』が廃屋の前に立つゴブリンの体を次々と貫く。

後に残ったのは矢が頭蓋を貫通したもの、そして体に風穴の空いた二匹の小鬼の死骸だけだった。

 

「よし、行くぞ。中に何が潜んでいるか分からない。油断はするな」

 

【オーラ・ウィスパー】は動体の数や大きさは察知出来ても、相手がどんな存在かまでは把握出来ない。ドヴァーキンは剣を抜き放つと、皆に小声で号令をかける。

すると、ゴブリンスレイヤーがズカズカとゴブリンの死骸に近づいていき、手槍を奪い取ると同時にその腸を短剣で切り裂いて臓腑を引きずり出した。

 

「えっ、な、何っ!?」

 

状況を理解できない女武闘家は目を白黒させるが、「奴らは女子供の臭いに敏感だ」と臓腑を手ぬぐいで絞りながら答える彼。

ようやく事態を理解した彼女が青ざめるも、既に遅い。

予備の匂い袋を持ってくるべきだったかしら、と女魔術師は少し後悔するが、もはや後の祭りだった──

 

 

廃屋の入口の扉をギィ……っと開けると、内部は暗く湿っぽい空気に包まれていた。

室内にはゴブリン達の排泄物と思われる悪臭が立ち込めており、あまり長居したい場所ではない。

部屋の中央には地下へと延びる勾配の通路があり、どことなくソルスセイム島のレイヴンロック式の半地下住宅に似ていた。

傍には動物の骨を組み合わせたトーテムが設置されてあり、小鬼呪術師(ゴブリンシャーマン)の存在を匂わせている。

 

「うぇえ…気持ち悪い…」

 

ゴブリンの肝汁をたっぷりと塗りたくられた女武闘家がげんなりとしながら呟く。

 

「……ゴブリンどもはこの奥だな。数は12」

 

【オーラ・ウィスパー】の効果が続いている内にドヴァーキンは内部の動体の配置を確認する。

中央から進んだ先に11匹分の気配を感じ取れ、そこから左側に小鬼と赤ん坊と思われる大きさの存在がそれぞれ1つ探知できた。

 

暗闇に適応する為に、背中のバックパックからシロディールとの交易で手に入れた『暗視』の効果を持つ水薬(ポーション)を取り出し、蓋を開けるとそのまま喉を鳴らして飲み干す。すると視界がクリアになり、夜目が備わる『暗視』能力が付与された。

 

「よし、奴らに気付かれないように俺が内部へと侵入する。赤ん坊を救出でき次第、お前達も突入しろ」

 

「ええ、分かったわ……」

 

ドヴァーキンの言葉に女魔術師が相槌を打つと、女性二人も同意するようにコクりと小さくうなずく。

ゴブリンスレイヤーも「ああ」と首肯し、松明用の布巻き棒を手に持ち臨戦態勢に入った。

 

「問題ない。必ず赤ん坊は助け出す」

 

ドヴァーキンは力強くそう言うと、左手を少し上に掲げて魔力を集中させた。

すると掲げた掌に半透明の魔力の塊が生成され、そのまま魔法を発動させる。

 

魔法の効果は『透明化』。文字通り体が透明となった彼は暗闇の中へ溶け込むようにして姿を消す。熟練者レベルの魔法の為に消費マジカも高く、日に一度しか使用できないだろうが、夜目が利く小鬼をも欺くことができるだろう。

 

「消えた!?」

 

「これが異国の魔法ってやつかしらね……。」

 

女武闘家と女魔術師が驚きつつも感心したように呟く中、ドヴァーキンは奥へと続く通路を進んでいった。

足音を完全に消し(音無しの歩み)ながら先へ進む。するとぽっかりと開いた広い空間(広間)に出た。

獣の骨やら汚物やらが散乱しており凄まじい臭気を放つ中、ホブを含めたゴブリンたちがいびきをかいて寝ている。

 

「……」

 

下を見ると床に設置された圧力板(スイッチ)の鳴子の罠があるが、特殊な歩法(羽根の歩み)で作動させずに広間の左へと進んでいく。ゴブリンたちは熟睡していて、ドヴァーキンの存在に気づく様子はない。

左手へと進むと扉があり、その奥からは赤ん坊の泣き声と呪詛のような不気味な声が聞こえてきた。

 

(赤ん坊はこの中か……)

 

すでに【オーラ・ウィスパー】の効果は切れているが、小鬼呪術師(ゴブリンシャーマン)と赤ん坊がこの奥にいることだけは間違いないだろう。

ドヴァーキンは意を決し、ドアノブに手をかける。その瞬間に『透明化』の効果も解除されるが、構わず扉を開け放つ。

 

「GRRRRA⁉」

 

突然の襲撃者に驚いた小鬼呪術師(ゴブリンシャーマン)が悲鳴を上げるが、ドヴァーキンはそれを気にすることなく、凄まじい早業で剣を喉元に突き刺した。そのまま剣を横に薙いで小鬼呪術師(ゴブリンシャーマン)の首を跳ね飛ばし、奥にある祭壇に横たわる赤ん坊を抱き抱える。

赤ん坊は衰弱しているようだが、泣き叫ぶ元気はあるようでドヴァーキンの腕の中で必死に泣いている。

 

「もう大丈夫だ。安心しろ」

 

ドヴァーキンは赤ん坊をあやしながら広間へ戻るが、異変に気づいた小鬼どもが起き上がる。

 

『「GAUI⁉」「GAAAU⁉」「GYAAOU!!』

 

一斉に奇怪な雄叫びを上げ、武器を構えるゴブリンたち。

舌打ちしつつ、ドヴァーキンは赤ん坊を抱えたままそのまま駆け出す。

 

「「「GUAOO!!!」」」

 

一体の田舎者(ホブ)が手を伸ばしてドヴァーキンを捕まえようとするも、それを察知した彼は"力の言葉"を紡ぐ。

 

Faas(恐怖) Ru(逃走) Maar(恐慌)(ファース・ルー・マール)!』

 

敵を恐慌させる【不安】の"シャウト"が衝撃波となり、田舎者(ホブ)とその直線状にいた数体の小鬼を巻き込んで伝播していく。至近距離で浴びたホブは全身を震わせながら、「GYAOOORB⁉」と悲鳴を上げて一目散に逃げ出した。

後方のゴブリンたちも【不安】の効果を受けて同じ様に逃げ回っているが―――

 

「ぐッ!?」

 

"シャウト"を叫んだ瞬間、ドヴァーキンは激しい立眩みに襲われた。

 

ドクンッ、と何かが自分の中で脈動するような感覚……、体の異変という訳ではない。もっと奥の、魂の底から湧いて来るような衝動だった。

 

(なんだ……?)

 

自分の身に起きたことが理解できず戸惑うドヴァーキンだが、赤ん坊の泣き叫ぶ声により現実に引き戻される。

――今はそんなことを考えている場合じゃない。

ドヴァーキンはすぐに気を取り直し、入口へと再び走り出した。

 

「角突き戦士さんっ!」

 

女神官の声が聞こえたのでそちらを見ると、松明の灯がこちらへと向かってくる。広間の騒ぎを聞きつけて待機していた仲間たちが駆けつけてきたのだ。

 

「ちょっと、大丈夫!?」

 

「ああ、赤ん坊は無事だ。小鬼呪術師(シャーマン)も始末した」

 

女魔術師が心配そうに声をかけると、ドヴァーキンは腕の中を見せながら答える。

汚れた包みの中には、泣き叫ぶ赤ん坊の姿があった。

彼女は赤ん坊を覗き込むと豊かな胸を撫で下ろし、「よかった……」と呟いた。

 

「一体何が起こっているの?」

 

暗闇で良く見えないが、田舎者(ホブ)と数体のゴブリンが右往左往しながら広間の中を駆けずり回っていた。いたるところへぶつかり合い、衝突し合っては転げ回っている。他のゴブリンたちも巻き込まれてはたまらないとばかりに距離を取ろうと逃げ回り、結果的には大混乱に陥っていた。

 

状況についていけない女武闘家は首を傾げながら訊ねるが、ゴブリンスレイヤーは

 

「まずはゴブリンどもを始末してからだ」

 

と答えた。この好機を逃すつもりはない。

 

「『聖光(ホーリーライト)』だ」

 

「は、はい!」

 

「《いと慈悲深き地母神よ、闇に迷えるわたしどもに、聖なる光をお恵みください》……!」

 

ゴブリンスレイヤーの指示を受け、女神官が祈りを捧げ持っていた錫杖を掲げた。

 

聖光(ホーリーライト)!』

 

錫杖の先から眩い光が灯り、辺りを照らし出す。

 

「GUI⁉」

「GOORRR⁉」

突然の明かりに驚いたゴブリンたちが叫び声を上げる。

 

「よし、今よ!」

杖を構え直した女魔術師が号令を掛け、ゴブリンスレイヤーと女武闘家が飛び出した。

 

『「GOOOORB!!」「GYAAAAA!!」………』

 

逃げ惑う小鬼たちをよそに、ゴブリンスレイヤーが外の見張りから奪った手槍を「フンッ」と投擲(とうてき)すると、田舎者(ホブ)の胸に突き刺さった。

 

「GOOU!?」

 

田舎者(ホブ)がよろめくと、女武闘家はその隙を逃さず飛び掛かる。

 

「ハァッ!!」

 

突き刺さった槍をそのまま蹴り抜き、肉が貫かれる音と共に田舎者(ホブ)の背中から穂先が飛び出す。

 

「GUAAAAAAR!!」

 

致命的一撃(クリティカルヒット)を受けた田舎者(ホブ)は断末魔の悲鳴を上げ、その場に倒れた。

 

「ニ…」

 

女魔術師も戦況を見守りつつ、いつでも呪文を唱えられるように構えている。

呪的資源(リソース)は後1回、よほどのことがない限りは温存するつもりだ。

 

その間も前衛2人は【不安】のシャウトと『聖光(ホーリーライト)』で狼狽えているゴブリンを仕留めていく。

 

ゴブリンスレイヤーは田舎者(ホブ)の持っていた棍棒を拾い上げ、一体のゴブリンへと勢いよく振り下ろし、その頭蓋を砕く。さらにもう一匹に飛び掛かると左手の松明で殴り飛ばし、壁に叩きつける。

 

「四」

 

女武闘家も負けじと、ゴブリンを次々に仕留めていく。

頸椎目掛け手刀を一閃、鈍い音と共に首をへし折る。そして即座に他のゴブリンへと間合いを詰め、腰を深く落とす。そのまま真っすぐに水月へ突き(正拳突き)を叩き込み、ゴブリンを吹き飛ばす。

「せ、りゃあっ!」壁へと叩きつけられた標的にそのまま回し蹴りを放ち、ゴブリンの顔面を粉砕した。

 

「六」

 

二人の活躍によりゴブリンたちは次々と駆逐されていく。

 

「七……九…」

 

「GRRRRR⁉」

 

ゴブリンたちも(かぶり)を振りながらようやく正気を取り戻したが、もう遅い。

ゴブリンスレイヤーが投げた棍棒が1匹の脳天を直撃し、その生命を刈り取った。そのまま手近なゴブリンに襲い掛かり、腰から抜き放った短剣でその喉笛を掻き切り絶命させる。

女武闘家もゴブリンに足払いをかけ転倒させると、その頭部へ踵落(かかとお)としを放つ。頭蓋が砕ける音と共に、ゴブリンは地面に伏したまま動かなくなった。

 

「十二、外のと合わせて十四か」

 

ゴブリンスレイヤーが呟くと、女武闘家も息を整えて周囲を見渡す。

どうやらこの広間にいたゴブリンは全て片付いたようだ。

女魔術師も杖を下ろし、「ふぅ」と安堵の溜息をつく。

 

女神官がドヴァーキンが抱えている赤ん坊を覗き込むと、微笑みながらその頬を指先で撫でる。

 

「赤ちゃんが無事で良かったです」

 

「ええ、本当に」

 

女神官の言葉に、女武闘家も同意しつつ嬉しそうに微笑んだ。

 

「まだだ、気を抜くな」

 

「ええ、まだ終わりじゃないわ、ゴブリンがなぜ赤ちゃんを攫ったのか調べないと」

 

ゴブリンスレイヤーと女魔術師が冷静に指摘すると、皆も首肯して再び警戒態勢に入る。

そして辺りを探索すると小鬼呪術師(ゴブリンシャーマン)がいた祭壇に一冊の書物が開かれたまま放置されていた。

 

「これは……!?」

 

女魔術師が書物を手に取り、内容を確認する。

 

「読めるのか?」

「ええ、何とか。混沌(こんとん)の勢力が使っている文字のようね」

「そうか、頼む」

 

ゴブリンスレイヤーが促すと、女魔術師は書物を解読始めた。

「……『我、無垢なる魂を捧げる。魂を喰らいて、その力を与えたまえ』……」

――書物には邪悪な怪物を召喚し使役する術式が記されていた。非常に高度な術式であり、小鬼程度に扱えるものではない。

 

小鬼呪術師(シャーマン)とはいえ所詮はゴブリン、子供に毛が生えた程度の知能しかない」

 

「つまり《なんとかなるかも》って目算だけで試してみたってことかしら」

 

「ああ、おそらくな。その怪物を使って村を襲う算段だったのだろう」

 

ゴブリンスレイヤーの見解に、女魔術師も顎に手を当てながら考え込む。

いずれにせよこの書物は証拠品としてギルドに提出する必要があるだろう。

 

「…とにかく、これで目的は達成できたな」

 

「ええ、後はこの子を連れて帰るだけね」

 

「はい、早くお母さんのところに返してあげましょう」

 

ドヴァーキンの言葉に、女武闘家と女神官が賛同する。

女神官は赤ん坊を抱き上げると、その小さな体を優しく抱き締めた。

 

「もう大丈夫。すぐにお家に帰れますよ」

 

女神官が慈愛に満ちた表情で語り掛けると、赤ん坊は安心したのかすやすやと寝息を立て始めた。

 

ドヴァーキンはふと自分の体を確かめる。先程の違和感はもう消えている。

ただ言い知れぬ不安だけが、胸の奥に残っていた。

 

 

§

 

 

一行は廃屋から出ると、そのまま村へと戻ることにした。

外で待機していた村人に事の次第を告げ、彼の案内のもと無事に村へ辿り着くことができた。

そして、村の入り口で待っていた村人たちに赤ん坊を無事に連れて帰ったことを報告すると、彼らは安堵の表情を浮かべて喜んだ。

 

「冒険者さま、ありがとうございました」

 

村長が深々と頭を下げると、他の村人たちも口々に感謝の言葉を述べた。

母親はまだ寝床から立ち上がれない状態であったが、赤ん坊を母親のもとへ返すと、涙を流して我が子を抱きしめた。

赤ん坊も母親の温もりを感じてか、ようやく笑顔を見せる。

 

そんな親子の光景を一行は微笑ましく見つめながら、帰路につくのだった。

 

 



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第13話 暗躍

 

夜の帳も下り、辺境の街に灯る明かりも殆ど消えた頃。

冒険者ギルド上階の宿の一室では、一人の男がベッドの上で横になっていた。

その顔色は青白くなり、額には脂汗が滲んでいる。

 

その男、ドヴァーキンは夢の中で一柱の邪神と対峙していた。

 

――ドラゴンボーンよ、なぜ我を拒む。お前はミラークを倒し、我が勇者となったはずだ

 

ドヴァーキンの正面に佇む巨大な影。

無数の蠢く触手と沸いては消える目が根源的恐怖を呼び起こす。

「知識の王」にして過去や未来の運命の流れを司るデイドラロード、ハルメアス・モラその人だ。

 

「ほざくな。貴様の下僕になった覚えはない」

 

お前の意思など無意味だ。認める、認めないは勝手だが、お前はすでに我が手の内にある……

 

ハルメアス・モラはそう言うと、幾つもの目でドヴァーキンを見つめてくる。さらに触手を伸ばして彼の身体に巻き付けてきた。

 

「ぐっ……!」

 

ドヴァーキンは必死にもがくものの振りほどけない。昨日は力を込めれば簡単に引きちぎれたはずなのだが……。

 

「何故だ?昨日の今日で、何故これほど力を増すことができる…!?」

 

定命の者は質問ばかりだな。(たま)には自分で考えてみたらどうだ?

 

ハルメアス・モラは見下すような口調で言い放つ。

 

――何故だ。「黒の書」は元の世界に置いてきた。奴の信者(セプティマス・シグナス)との血の取引にも自分は応じていない。奴がこの世界に影響力を及ぼせるものなど存在しない。

 

ハルメアス・モラの眷属だった原初のドラゴンボーン、ミラークは彼自身が止めを刺したはずだ。

ましてや契約など結んだ覚えはない。 ドヴァーキンは内心焦りながらも思考を続ける。

 

――そもそも何故奴はあの場でミラークを殺した?ミラークが離反しようとしているのは奴も分かっていた。それまでにいつでも始末することはできたはずだ…。

 

ハルメアス・モラの領域(アポクリファ)での決戦でドヴァーキンとミラークは対峙し、結果的にミラークは敗れた。そして敗北した直後にハルメアス・モラはミラークをその場で処刑した。

原初のドラゴンボーンであるミラークも当然竜の魂を持ち、これまでのドラゴンと同様に死した後は最後のドラゴンボーンであるドヴァーキンへと吸収された。

ここまで考え至ったドヴァーキンの脳裏に一つの仮説が生まれる。

 

――まさか、最初からそれが目的だった?ミラークを取り込ませることで、モラ自身とミラークの間にあっただろう何かしらのしがらみのようなものまで俺に移ったのか…!?

 

そうであれば全てに納得がいく。

ミラークは太古の昔、竜教団がスカイリムを支配していた頃の人間だ。その肉体は当然消滅しており、半ば霊魂のような状態であった。彼が実体を持って活動していたのは、ハルメアス・モラの力により現世に魂を繋ぎとめる呪縛のようなものがあったからだろう、と想像できる。

 

ミラークの魂を取り込んだことで、彼とハルメアス・モラとの間にあった繋がり(契約)もそのままドヴァーキンへと引き継がれてしまったのではないか。

 

ドヴァーキンがドラゴンボーンの力を行使することでミラークの魂も活性化し、ドヴァーキンとハルメアス・モラとの間で何らかの繋がりが生まれているのではないだろうか。

 

この世界で"シャウト"を使ったことにより、ハルメアス・モラはその繋がりを手繰り寄せて、この世界へ呼び寄せてしまったのかも知れない、と推測した。

 

「……俺が"シャウト"を使う度に、貴様との呪縛も深まっていくというわけか……」

ドヴァーキンは忌々しげに呟く。

 

ほう気付いたようだな、その通りだ。私がミラークに与えた知識と力は全てお前へと引き継がれた。その代償は払わねばなるまい?

 

ドヴァーキンはハルメアス・モラの言葉に歯噛みしながら、彼の言葉の意味を考える。

 

確かに原初のドラゴンボーンであるミラークが斃れた時、彼の魂がドヴァーキンの中に流れ込んできた。ドヴァーキンはその魂を取り込み、彼が蓄えていた多くのドラゴンソウルと共にその知識や力も吸収している。

 

かつてグレイビアードは語った。

"シャウト"を習得するには力の言葉を学び、さらに絶え間ない鍛錬を通してその意味を探らなければならない。

だがドラゴンボーンならば、倒したドラゴンから直接その生命力と知識を吸収できるだろう、と。

 

ミラークの魂を取り込んだことにより、彼が長年かけて探求した知識もドヴァーキンの中へと受け継がれている。竜言語に対する深い知識を得たことで、"シャウト"を連続使用した際の負担(クールタイム)も今ではほとんど感じられない。

 

 

━━肝に銘じておけ。ハルメアス・モラはお前をだますだろう、私をだましたように

 

あの決戦の時、ミラークはドヴァーキンにそう忠告した。

ミラークはこうなることを予見していたのだ。

 

「全てが貴様の思惑通りにいくと思うな。貴様の呪縛など必ず打ち破ってみせる」

 

ミラークも同じように考えたようだがな。結果は見ての通りだった。お前が何をしようと無駄なことだ、自力で成し遂げた事など何一つなかろう

 

ハルメアス・モラはドヴァーキンを拘束したまま、彼を嘲笑うように無数の目を細めて見せる。

 

知識の代償は、知識だ。ミラークの例から学べ。私に忠実に仕えるのならば、相応の見返りが与えられよう――

 

それだけ言うとハルメアス・モラの姿は消えていった……。

 

 

 

 

 

「むぅ……」

 

目覚めたドヴァーキンはベッドの上で身を起こすと、額に滲む汗を拭い、荒くなった息を整える。

窓の外はまだ薄暗く、まだ夜明け前といったところだろう。

彼はそのままベッドの上で頭を抱えた。

 

「……ミラークの忠告は正しかったという訳か」

 

先ほどの夢の中でのハルメアス・モラの言葉を反芻(はんすう)し、考え込む。

 

昨日【不安】の"シャウト"を発したときに感じた、体の奥深くが脈動するような感覚。

今にして思えば、あれこそが自分とハルメアス・モラにある繋がり(呪縛)が強まった兆候(サイン)だったのだろう。

ドヴァーキンの脳裏にはハルメアス・モラの言葉がこびりついている。

 

━━ミラークに与えた知識と力は全てお前へと引き継がれた。その代償は払わねばなるまい?

 

騙し討ちに近いやり方だが、それが彼の手口なのだとドヴァーキンも理解している。

自分とミラーク、どちらが勝利しようとも最終的にはハルメアス・モラの思惑通りになるように仕組んでいたのだ。

 

「……"シャウト"を使うのは当面控えざるを得ないな」

 

ドヴァーキンは苦い顔で呟く。

このまま"シャウト"を使い続ければ、いずれはミラークと同じようにハルメアス・モラに取り込まれてしまうことになるだろう。特にミラーク由来の【ドラゴンアスペクト】などを使おうものなら、それこそハルメアス・モラの思う壺だ。

 

――しかし、なぜ最初に【オーラ・ウィスパー】を使用した時には兆候(サイン)が無かったのだ?

 

兆候(サイン)が現れたのは【オーラ・ウィスパー】に続けて【不安】の"シャウト"を発したときだった。ドヴァーキンは疑問に思ったが、やはり"シャウト"の使用は危険だと判断せざるを得ない。

 

「……もう皆もギルドに集まっている頃合いだな」

 

気付けば窓の外は明るくなり、朝を告げる鳥のさえずりも聞こえてくる。

もう間もなくすればギルドの掲示板に新しい依頼書が張り出さられるだろう。

ドヴァーキンは思考を切り替えて、身支度を整えて階下の酒場へと向かう。

 

「あ、おはようございます!」

 

「おはよう、今日は早いな」

 

「あなたが遅いのよ…。早く朝ご飯食べましょ」

 

そこには既にギルドに集合していた女武闘家と女魔術師の姿があった。

彼女らはドヴァーキンが来るのを待っていたようだ。空いているテーブルに着いて、早速朝食を注文する。

 

「なんだか他の冒険者さんたちが少ないですね」

 

「ええ、混沌(こんとん)の勢力の討伐に向かったらしいわ。都では魔神王との戦いが激化の一途を辿っているみたいね」

 

「魔神王か……。この辺りにも影響は出るかもしれないな」

 

「そうね。でも私たちはまだ黒曜や白磁だし、お呼びが掛かることはまずないわよ」

 

ギルドの中を見回せば、確かに冒険者たちの姿はまばらだ。

女魔術師の言うとおり、混沌(こんとん)の勢力とやらの討伐に向かったのだろう。

 

「それよりせっかく黒曜等級に上がったんだから、ゴブリン以外の依頼も受けてみたいところね」

 

「あたしは下水の鼠退治とかでも良いよ。まだゴブリン退治しかやったことないし」

 

「それもそうね、じゃあそっちの依頼も見てみましょうか」

 

「ああ、そうだな…」

 

ドヴァーキンも相槌を打ちながら、三人で談笑しつつ今日の予定について話し合う。

 

ハルメアス・モラの動向は看過できない問題だが、だからといって今すぐどうこうできるものでもない。”シャウト”を使うのは当面控えて、彼女らの成長を促すことに注力することしよう。

なるべく強敵は避けて、慎重に依頼をこなしていくべきだ。

 

そう考えをまとめたドヴァーキンは、今後の方針を固めるのだった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

この四方世界には数多の神々が存在する。

《秩序》と《混沌》に属する神々が世界の支配権を巡り、勝負する為の巨大な盤上を創り上げた。

それがこの四方世界であり、そこに生きる冒険者や怪物は「駒」である。神々は骰子を振るい「駒」たちが引き起こす冒険や物語を楽しみ、その結果に一喜一憂している。

 

《幻想》と《真実》といった高位な神々。《至高神》や《地母神》、《知識神》といった人々に広く信仰され、恩恵を与えている神々。そして《疫病》や《策謀》、《腐敗》などを司る邪神などが存在する。

 

しかしそれらの神々とは明確に異なる、外なる神も存在する。その一柱が「覚知神」と呼ばれる神である。

いつ、どこから、どのように現れたのかは定かではない。ただ、求める者には無差別に知識を授けるという特徴がある。この四方世界にも着々と信者を増やしつつあり、その信仰への見返りは、時として恐るべき智恵と奇跡が与えられる。

 

今、この「覚知神」はある怪物に目を付けた。

その怪物の胸の内には、彼の故郷を奪われた怒りと同族を殺された憎悪、飽くなき欲望が渦巻いている。

「覚知神」はその怪物の願いを叶える恩恵を授けることを思い付いた。その結果がどうなるか、などは興味の埒外だ。

 

 

そして場所は移り、西の山の奥深く。付近には怪物たちに襲われて滅ぼされた村の跡がある。

その山奥にある怪物たちの巣穴に、「覚知神」に魅入られし怪物の姿があった。

 

━━まだ我の考える数には到底足りぬ。だがもはや数など問題ではない

 

その怪物は胸の内でそう呟いた。

まだ想定していた兵の数の七割ほどしか集まっていない。村から攫ってきた"孕み袋"で着々と数を増やしているが、彼の計算ではまだ一月(ひとつき)はかかるだろう。

 

━━この外法を用いれば、我が望みを叶えることなど造作もないことだ。まず牧場を襲い、蹂躙し腹を満たす。そして人族の街に攻め込み、この外法を使って冒険者どもを皆殺しにし、我らゴブリンの王国を築き上げるのだ!

 

ゲタゲタと哄笑しているその怪物は、ゴブリンを知る者が見ればこう言うだろう。

小鬼王(ゴブリンロード)、だと。

 

彼の本来の計画通り一月(ひとつき)待っていたならば、魔神王は勇者に討伐され、冒険者たちも多くが帰還していたはずだった。それにより彼の計画は破綻し、その野望は潰えていた。

 

「覚知神」のただの悪戯心により大きく盤上は狂いだす。

そしてその「覚知神」の背後には、注意深く見なければ分からない程ちっぽけな存在。

しかし「覚知神」と同じく、外なる知識の神である邪神の姿があった。

 

我と同じく「知識」を司る者よ。我が欲求を満たすため、利用させてもらうぞ

 

邪神は「覚知神」の悪戯心を誘導したのだろうか。

邪神の囁きは、覚知神には届かない。

その邪神の存在感は非常に薄く、影響力など無いに等しい。

しかしはたまた相性が良すぎたのか、そんな小さな存在の働き掛けが物語(シナリオ)を大きく動かそうとしていた。

 



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第14話 嵐の予感

 

辺境の街の郊外。

朝を告げる鶏もまだ寝床にいて、日も昇りきらぬ夜明け前。

牧場の端っこで、ゴブリンスレイヤーは日課である外周の見回りをしていた。

ゴブリンの足跡がないかを丹念に調べ、それが終わると今度は柵を見て回る。

柵の腐朽具合を調べ、補修が必要な箇所があれば端材を持ち出して、せっせと補強をしていた。

 

「おはよっ!今日も早起きだね」

 

欄干から身を乗り出して、牛飼娘が声をかけてきた。

ゴブリンスレイヤーは少し振り向いて短く返事をすると、すぐに作業に戻る。

 

「ちょっと待っててね、すぐに支度をするからっ」

 

牛飼娘はそう言うと、家の方へと駆けていった。

台所で朝食の準備を済ませて、遅れて起きてきた牧場主の伯父と彼と一緒に食卓を囲む。

食事が終わると、牛飼娘は冒険者ギルドへ食料などを配達に出掛ける。

ゴブリンスレイヤーもそれを手伝い、荷車を押しながら牛飼娘と共に街へと向っていた。

道中、牛飼娘はいつものように楽しげに話しかけてくる。

 

「最近早く帰ってこれるようになったね」

 

「そうか?」

 

「うん。前は日を跨いだりしてたじゃない?でも最近は夜には帰れてるよね」

 

「…そうだな」

 

牛飼娘の言葉に、ゴブリンスレイヤーは淡々と答える。

その様子に牛飼娘は苦笑しつつ、 それでも嬉しそうに話を続けた。

 

「あの神官の女の子と、角突き兜の戦士さんのおかげかな?」

 

「……一緒に行動したのは、まだ数回だけだ」

 

「ふふ、素直じゃないんだから」

 

牛飼娘はクスクスと笑いながら、ゴブリンスレイヤーの背中を軽く叩く。

 

「今度会ったらお礼を言わなきゃ。君がお世話になってますって」

 

「そうか」

 

彼の言葉は短いが、牛飼娘にはそれで充分だった。

最近、彼は神官の女の子や角突き兜の戦士さんたちとよく一緒に行動しているようだ。

彼らと行動した日は怪我も少ないし、キチンとその夜までに帰ってきてくれる。

だから、きっと良いことなんだろう。

心のどこかで、ほんの少しだけ寂しさを感じながら、荷車を押す彼の背中を眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、ギルド内の酒場では仕事を終えた冒険者たちが思い思いの時間を過ごしていた。

ある者は酒を飲みながら、ある者は料理を食べながら、またある者は一党同士で話し込みながら。

その中にはドヴァーキンたち一党の姿も見える。

彼ら三人はテーブル席に座って、今日の依頼の反省会をしていた。

 

「――もうドブさらいの依頼はこりごりよ…。生理的に受け付けないわ……」

 

「確かに、あの大黒蟲(ジャイアントローチ)の大群に囲まれた時は生きた心地がしなかったね……」

 

テーブルに突っ伏しながら愚痴をこぼす女魔術師に、女武闘家も冷や汗を流しつつ同意する。

今日受けた依頼は街の下水道の害虫駆除とネズミ退治。

ゴブリン退治以外の依頼も受けてみようと、初めて受けてみた下水道の依頼だったが、結果は散々なものになった。

 

「ネズミ退治はまだいいんだけど、あの虫だけはダメよ。生理的に無理。あんなのがウジャウジャいるなんて考えただけでゾッとするわ」

 

「あはは、確かに。あたしもアレは苦手だなぁ」

 

女魔術師のぼやきに、女武闘家が苦笑する。

やはり女性にとって、黒光りするあの虫はただでさえ気持ち悪いというのに、それが只人(ヒューム)の子供くらいの大きさとなって大群で押し寄せてくるというのは悪夢でしかないらしい。

幸いドヴァーキンが率先して前に出て(盾役)引き付けてくれたおかげで、彼女たちに直接の被害が出ることはなかったがそれでも精神的に疲れてしまったようだ。

 

「まぁ、下水道掃除とは大抵はああいうものだ。慣れるしかない」

 

一時期は巨大鼠(ジャイアントラット)大黒蟲(ジャイアントローチ)の駆除のため、下水道絡みの依頼ばかり受けていたドヴァーキンはそんな二人を慰めるように言う。

 

ただ今後黒曜等級以上の依頼を受けるのであれば、彼女たちの装備面も考えなければならない。

まず女武闘家について、彼女は徒手空拳で戦うために軽装で動きやすい服装をしているのだが、それはつまり体を守る防具を身に着けていないということ。敵の攻撃は基本的に回避するか逸らすかでしか防げないため、どうしても防御面で不安が残る。

 

次に女魔術師だが、彼女については単純に魔法の威力不足が問題だった。以前使っていた杖はゴブリンに折られてしまったので現在は店売りの樫の杖を使っているが、魔法行使力の補正値が低いためその分火力が相当低くなっている。ゴブリンや害獣程度ならともかく、強力な怪物と戦うには心許なかった。

 

白磁や黒曜クラスの依頼であっても複数の怪物に囲まれることもある。そうなったら今の二人の装備では危ういだろう。

”シャウト”を満足に使えない今の状況では、ドヴァーキンもカバーできる範囲に限界がある。

 

「…そうだな、明日の朝は工房で装備を新調しよう。素手用の籠手や新しい杖があれば、ワンランク上の依頼にも対応できるようになるはずだ」

 

ドヴァーキンの提案に、二人は顔を見合わせる。

確かに彼の提案通り、今の装備では格上の相手とまともに戦えないのは確かだ。

特に女魔術師の方は、魔法行使力の底上げは必須と言えるだろう。

 

「……そうね。魔法使いの『魔法』が雑魚相手にしか通用しないなんて、笑い話にもならないものね」

 

「うん、あたしは賛成だよ。籠手もあまり重いのだと使いづらいから、軽くて丈夫な奴がいいかな」

 

「では決まりだな。明日は朝一番でギルドの工房に行って、それから――」

 

三人は今後の予定を話し合い、談笑しながら冒険の余韻に浸っていた。

食事を済ませ、明日に備えて早めに休むことにする。

世は魔神王との戦いが激化の一途を辿っているが、それは勇者や高位の冒険者たちの役割(ロール)であって、ドヴァーキンたちのような中堅未満の者にとっては、むしろ彼らがいない間の街の治安を維持することの方が重要なのだ。

 

しかし時に、そうした平穏は容易く崩れ去る。

翌日、いつものように牧場の外周を巡回していたゴブリンスレイヤーが見つけたもの。

人ではない、子供程度の大きさの足跡。それも一つや二つではなく(おびただ)しい数だ。

それを確認した彼は真っ先に幼馴染のもとへと走る、言わなければならない一言を告げるために。

 

 

 

朝食の支度をしていた牛飼娘はゴブリンスレイヤーの言葉に目を丸くしていた。

いきなり駆け込んできて、『逃げろ』と言われたのだから無理もない。

ゴブリンが攻めてくるということ、それを彼がそんなに焦って伝えに来たことに驚きを隠せない。

それは彼の異名(ゴブリンスレイヤー)を知っているからこそ、尚更だった。

 

「でも、倒せるんじゃないの?君なら…」

 

頭の中で浮かぶ当然の疑問を口にする。

しかし彼から返ってきた答えは、予想とは真逆のものだった。

彼曰く、百匹を超えるだろうゴブリンの大群が押し寄せてきているらしい。

どことなく怯えているような、それでいて何かに急き立てられるような彼の姿を見るのは、初めてのことだった。

 

「俺は白金等級ではない。……勇者、ではない」

 

絞り出すように告げられた一言で、彼女はようやく事態を悟った。

「逃げろ」と自分の身を案じてくれていることを嬉しく思う反面、その気持ちに応えることはできない、と彼に伝える。

彼はここに残るつもりだ。それはつまり彼は最期まで戦う覚悟を決めたということだ。

自分一人だけ安全な場所に逃げ出すなんてできない。それが彼女の結論であり、決意でもあった。

 

「――また帰ってこれるところ、なくなっちゃうじゃん。君の……」

 

情けなく笑みを浮かべる牛飼娘に、ゴブリンスレイヤーも覚悟を決めて答える。

「――やれるだけの事は、やってみる」と。

 

しかしそれを伝えた瞬間に、突如として凄まじい大音量の轟音が響き渡った。

 

 

 

「「「GUOOOOOOOOOO!!!」」」

 

大気が震えるほどの響動に近くの森から鳥たちが一斉に飛び立つ。

 

「きゃあっ!?」

 

「……!」

 

牛飼娘が頭を抱えながら悲鳴を上げ、ゴブリンスレイヤーは咄嵯に身を翻して彼女の盾になる位置に立つ。

そのまま警戒態勢を取るが、地鳴りのような音は徐々に小さくなっていき、やがて聞こえなくなった。

 

「……何、今の?」

 

「…分からん、ゴブリンではないようだが…」

 

音の出所を確かめるべく、彼らは牧場の外へと出る。

音の聞こえた方角を見据えるが、特に異変は見られない。しばらく辺りの様子を窺っていたが、結局何も起こらなかった。

まるで巨獣の咆哮、あるいは遠くで天変地異が起こったような、そんな感じの衝撃だったのだが……。

言いようのない不安感だけが胸の中に広がっていく。

それは牛飼娘も同じようで、彼女はゴブリンスレイヤーの腕にしがみつくようにして身を寄せていた。

ゴブリンスレイヤーはたちまち差し迫る危機に対処すべく、彼女に向き直る。

 

「街に行ってくる。すぐに戻ってくるから、お前は家にいろ」

 

「う、うん。……分かった」

 

彼女の返事を背にして、彼は街へと向かう。

目指す先は冒険者ギルド、そこで他の冒険者に助力を乞うつもりだ。

自分の評判があまり良くはないことは自覚しているが、それでも今は一人でも多くの戦力が欲しい。

その思いを胸に、ゴブリンスレイヤーは駆け足気味に街への道を急ぐのだった。



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第15話 集う勇者たち

 

辺境の街の入り口にそびえ立つ冒険者ギルド。

早朝、しかもまだ依頼の張り紙が貼られる前の時間にもかかわらず、冒険者の姿はまばらだった。冒険者の多くが都に出張して魔神討伐などの依頼を受けて出払っているためだ。

 

残っているのは白磁から鋼鉄等級までの、いわゆる中堅未満の冒険者たち。そして今日も懲りずに受付嬢にアプローチをかけている槍使いの男と、その相方のいかにも魔法職といったローブ姿の魔女だけだ。

 

先ほど巨獣の咆哮のような音が響いた際は一時期騒然となったものの、今は落ち着きを取り戻している。

街を行きかう衛兵たちは忙しく走り回っているようだが、冒険者ギルドはあくまで依頼の斡旋所であり、こういった事態への対処には向いていない。

遠からず調査隊派遣の依頼が出されるのは間違いないので、それを待つしかないのだろう。

 

ドヴァーキンたち一党もギルド内のテーブルで朝食をとりながら、そんな話をしていた。

 

「――結局あの音は何だったのかな?」

パンをちぎって口に運びつつ、女武闘家が呟くように言った。

 

「巨獣の雄叫びにも聞こえたわね。あれだけの声を出せるような怪物なんて限られてるけど」

紅茶を口元へ運んでから、女魔術師がそう答える。

 

「そうよね、都だけじゃなくこの辺りでも上位魔神(グレーターデーモン)クラスが出てくるようになったとか……かな?」

 

「絶対ない…とも言い切れないわ、最近混沌(こんとん)の勢力の動きが活発化しているらしいし……」

 

女性二人が話し合っている横では、何か思うところがあるのか壁に寄りかかり、腕を組んで考え込むドヴァーキンがいた。

角付き鉄兜を被った大柄な彼が無言で佇んでいるだけで相当な威圧感がある。自然と彼の周りからは人が離れていき、誰も近寄ろうとはしない。しかし当人は気にした様子もなく、思索を続けているようであった。

 

そんな時、ベルを鳴らして正面の自由扉から一人の男が入ってきた。

顔を覆う鉄兜に薄汚い革鎧、左腕には小振りな円盾を括り付け、中途半端な長さの剣を腰に差したいでたちの男だ。

 

「げっ、ゴブリンスレイヤー!お前また良いところで…!」

 

と、受付嬢にモーションをかけていた槍使いの青年は露骨に嫌そうな顔をする。

 

「……」

 

しかし当のゴブリンスレイヤーは席にも受付にも行かず、ずかずかと広間の中央へと歩み出ていく。

そして何事かと視線を集める中で、彼は低く、それでいて良く通る声を響かせた。

 

「すまん、聞いてくれ」

 

見渡せばここにいる誰もが彼に注目していた。

 

「頼みがある」

 

低く静かな声で、彼は言葉を続ける。

 

「ゴブリンの群れが来る。街外れの牧場にだ。時期はおそらく今夜。数はわからん。……だが斥候(スカウト)の足跡の多さから見て、小鬼王(ロード)がいるはずだ。…つまり百匹はくだらんだろう」

 

その言葉にギルド内がざわめく。ここにいるのは殆どが中堅未満の冒険者たち。

駆け出し上がりの彼らはゴブリンという怪物の面倒臭さを現在進行形で嫌というほど味わっている。奴らの狡猾な罠や残忍な手口で仲間を失ったばかりの一党だっているのだ。

それが百匹、もはや悪夢以外の何ものでもない。

 

「時間がない。洞窟の中ならともかく、野戦となると俺一人では手が足りん。……手伝って欲しい。頼む」

 

ゴブリンスレイヤーは周りをぐるりと睥睨してから、深々と頭を下げた。

その行動に、今度は逆に静まり返る室内。耳を澄ませば、あちこちから囁きが漏れてくる。しかしそれはどれもが否定的なものであった。

当然といえば当然であろう。

ゴブリンとはいえ百匹ともなれば、それはもはや災害に等しい存在だ。それに対処できるとすれば銀等級の一党が複数集まってようやく、と言わざるを得ない。

とても自分たちのような低い等級の冒険者が対応できる案件ではない。

 

誰もが尻込みする中、しかしドヴァーキンは違った。

彼は腕組みを止め、ゴブリンスレイヤーのもとへ真っ直ぐ歩いていく。

 

「ち、ちょっと…!」

 

女魔術師が慌てて声を荒げるが、それを片手で制してからゴブリンスレイヤーの前に立つ。

周りの冒険者は驚いたように彼を見るが、誰も止めようとしない。

 

「…いいだろう。俺も行こう」

 

「……助かる」

 

あっけないほどあっさりと了承するドヴァーキンに、ゴブリンスレイヤーは少し呆然としながらも礼を言う。

それを見て、ドヴァーキンは苦笑しながら言った。

 

「その代わり、ゴブリン以外の依頼にも今度付き合ってもらうぞ?」

 

そう言って、ゴブリンスレイヤーの肩を叩く。

 

「ああ……生き延びることができたら、引き請けよう」

 

勝手に二人の間で話が進む中、席から立ち上がった女魔術師が声を荒げる。

 

「ちょ、ちょっと! 待ちなさいっ!!」

 

彼女はゴブリンスレイヤーとドヴァーキンの間に割って入り、両手を広げて二人の視線を遮る。

 

「何勝手に話を進めてるのよ!? 私たちにも…」

 

「これは俺個人で引き受ける。お前たちは…」

 

女魔術師の言葉を遮るようにドヴァーキンが言うが、終わりまで聞かずに彼女は彼の兜下部の露出した部分に思い切り平手を叩きつける。

肌を強く打つ音がギルド内に響き渡った。

 

見縊(みくび)らないで!心配してくれてるのは分かる……、けど、私たちだって戦えるわ!」

 

ドヴァーキンは叩かれた左の頬下に手を当て、まなじりを吊り上げ目に涙を浮かべる彼女を見つめる。

そこへ女武闘家も静かに歩み寄り、彼女の隣に並び立つ。

 

「…私からもお願いします。一緒に行かせてください」

 

女武道家は深々と頭を下げる。

二人とも真剣な表情でドヴァーキンの返答を待つ。

彼はしばらく沈黙していたが、やがて小さく息を吐くと言った。

 

「そうだな……。すまない、俺が間違っていた」

 

――俺の悪い癖だな。人の意見も聞かずにまた、一人で突き進もうとしていた。

打たれた左頬下をさすりながら、ドヴァーキンは女魔術師、女武闘家に向き直る。

 

「……すまなかった」

 

彼は深く頭を下げ、謝罪する。

二人は顔を合わせて苦笑し、気にしていないというように手を振って応えた。

 

「いいのよ。むしろ名を上げるチャンスをくれたことに感謝してるくらいだし」

 

「ええ、それに私も父から受け継いだこの武術で誰かの役に立てるなら嬉しいですから」

 

「…そうか、ありがとう」

 

ドヴァーキンは二人に微笑みかける。

ドヴァーキンは礼を言いつつも、彼女たちの足が震えていることには気付いていた。

無理もない。ゴブリンに負けて、さらに奴らに捕まろうものならば何をされるのか、女性である二人にとっては想像するだけでも恐ろしいはずだ。だが、それでもなおついて来てくれると言う彼女らの勇気ある決意に感謝し、そして同時に己の不甲斐なさを恥じた。

改めてゴブリンスレイヤーに向き直る。

 

「そういうことだ。俺たちも同行させてもらうぞ」

 

「……すまん、ありがとう」

 

ゴブリンスレイヤーは三人に深く頭を下げる。

そこへ槍使いもその空気にバツが悪そうにしながら、おずおずと声をかける。

 

「あー、その、なんだ。お前のお願いなんざ聞く義理はねぇ。…だから依頼を出せ、報酬もだ」

 

ここは『冒険者ギルド』なんだからな、と言って彼はゴブリンスレイヤーに凄む。

近くで佇んでいた受付嬢はその言葉で何かを察したようで、慌てながら奥へと姿を消す。

ゴブリンスレイヤーは少しの間沈黙していたが、やがて静かに口を開く。

 

「全てだ。……俺の持つもの全てが報酬だ」

 

槍使いはゴブリンスレイヤーの言葉に目を丸くし、一瞬言葉を失う。

続けて命すらも報酬だ、と言う彼に呆れ交じりに門答しつつ、最終的には溜息をつきながらも

「お前の命なんぞいるか。……この野郎、後で一杯奢れ」

と、彼の依頼を受けることを決める。

改めて礼を言うゴブリンスレイヤーに、槍使いは照れ臭そうに頬を掻いた。

 

「これで五人か…」

 

「…いいえ、六人」

 

スッと槍使いに寄り添った魔女は静かに呟く。

 

「もしかすると七人目かも、……だけど、ね」

意味ありげに長煙管を吹かせながら、彼女は妖艶な笑みを浮かべる。

 

そこに紙の束を抱えた受付嬢が戻ってきた。荒れた息を整えながら声高々に宣言する。

 

「ギ、ギルドからも!ゴブリン一匹につき金貨一枚の懸賞金を出しますっ!」

 

受付嬢の言葉に冒険者たちの間から「おお…!」と、どよめきが上がる。最弱の怪物であるゴブリン一匹に金貨一枚とは、正に破格と言えるだろう。

しかし、それでもなお手を挙げようとする者は現れなかった。それも当然で、参加を表明しているのは銀等級三人、黒曜一人に白磁が二人。しかも銀等級の一人と黒曜の男は自分たちより貧弱な装備をしている。

この場にいる誰もがゴブリンの『軍隊』に勝てるはずがない、と考えていた。せめて銀等級の一党がもう一ついれば、翠玉などの中堅層の冒険者が一定数いれば話は違ったかもしれない。

だが、現実は非情だった。

 

そんな彼らの様子に気付いたのか、受付嬢も肩を落として項垂れる。ドヴァーキンはそんな彼女に近づき、フォローするように言った。

 

「いや、彼らの判断は正しい。確かにゴブリンの軍隊に、たった六人で挑むなど無謀もいいところだ」

 

「で、でも……!」

 

そこへゴブリンスレイヤーも受付嬢に頭を下げて謝辞を述べる。

 

「気遣いに感謝する。……ありがとう」

 

「あ、いえ……。あの、ごめんなさい……、お役に…立てなくて……」

 

受付嬢は目に涙を浮かべながら、震えるように謝った。

 

「どうか、皆さん。…必ず生きて、…帰ってきてくださいね?…約束ですよ?」

 

「ああ、勿論だとも」

 

嗚咽交じりに訴える受付嬢に対し、ドヴァーキンを始めとした六人の冒険者たちは揃って力強く頷いた。

 

「それじゃ、行って来るぜ!」

 

槍使いがそう言い、槍を掲げながら意気揚々と出て行く。それに魔女が長煙管の煙を燻らせながら続いた。

ドヴァーキンたち一党は工房で装備を新調してから向かうとのことだった。

最後にゴブリンスレイヤーと、いつの間にか彼の背後に立っていた一人の少女がポツリと呟くように言う。

 

「……もちろん、私もついて行きますよ」

 

振り返れば女神官が錫杖を握りしめ、決意を秘めた表情でこちらを見つめていた。

 

「…ああ、よろしく頼む」

 

ゴブリンスレイヤーは、ただ一言だけ、それだけ告げた。

何のことはない、彼女も当然のように初めから付いてくる気でいたのだ。

 

 

 

「やっぱり、七人目だった…わね」

 

顔だけ振り向いた魔女は、そう呟きながら長煙管を吹かすのだった。




長くなったので2話に分割しました。
話が中々進まない(汗)


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第16話 決戦前夜

 

冒険者ギルドには様々な商店が併設されている。

酒場に宿屋、武器屋や雑貨屋など、冒険に必要な品々が一通り揃っている。また役所としての機能もあり、冒険者登録や身元保証などの手続きもここで行える。

今回ドヴァーキンたちが向かったのは、その一角にある工房だ。天下の名剣などは流石に扱っていないが、注文内容に応じて武器防具の製造や修理、改造などを請け負ってくれる。

ドヴァーキンが工房に入ると、それに気づいた強面の老翁がカウンター越しに話しかけてくる。

 

「おう、角突き兜じゃねえか。どうした? 」

 

ジロリと睨みつけながら、老翁が問いかけてくる。そしてドヴァーキンの後ろにいる女武闘家と女魔術師に気づき、

 

「その嬢ちゃんたちはお前さんの連れかい? 」

 

「ああ、そうだ」

 

「そうかい。…ならもっとこっちに来な。入口で突っ立ってねえでよ」

 

女性二人は周りの武具に興味津々といった様子だったが、老翁に促されてドヴァーキンの横に並んだ。

 

「それで今日は何の用だ? 」

 

「この籠手のサイズを調整したい、この子用なんだが」

 

「どれ、見せてみな」

 

ドヴァーキンは女武闘家を手で示して、持っていた籠手を老翁に差し出した。

それは淡い水色の氷のような素材で構成されており、腕の外側を覆い込むような形状をしている。老翁は手に取ってしげしげと見つめた後、ドヴァーキンに視線を戻して言った。

 

「一体これは何だ? 真銀(ミスリル)とも違うようだが……」

 

「俺の故郷で採れる特殊な素材だ。溶けることのない『魔法の氷』とも呼ばれている」

 

それは「スタルリムの軽腕当て」であった。

ソルスセイム島の北部で採取できる特殊な氷『スタルリム』で作られており、軽く、それでいて非常に硬度が高い。また冷気属性の符呪を強化する効果もある。

 

「ふむ、まあいい。…嬢ちゃんに合わせるなら少々手間がかかるぞ。いいのか? 」

 

「いや、金床を貸して欲しい。金は払う」

 

「お前さんがやるってのか!?」

 

目を丸くする老翁に、ドヴァーキンは「ああ」と短く答えた。

老翁はドヴァーキンをギロリと睨んでいたが、やがて諦めたように溜息をついた。

 

「……分かった。金は後でいいから、さっさと済ませちまいな」

 

「助かる」

 

ドヴァーキンは礼を言うと、早速作業に取り掛かった。

女武闘家の腕の寸法を測り、腕当てを金床に載せて加工を始める。皮と革ひもで裏地を再構築し、カンカンと槌を振るう音が工房内に響き渡る。その手際は見事なもので、あっという間に腕当てが仕上がっていく。

 

「……お前さん、本当に冒険者か?鍛冶屋でもやってたんじゃねえのか? 」

 

「故郷で腕の良い鍛冶屋に手ほどきを受けただけだ。……よし、これでいいだろう」

 

ドヴァーキンは出来上がった腕当てを女武闘家に渡した。

彼女は腕当てを両手で受け取り、感触を確かめるように撫でている。

 

「ありがとうございます。……とても軽いですね」

 

元々のものよりも一回り小さくなり、ゴテゴテとしていた裏地も削ぎ落されている。腕当てというよりは手甲に近い形状になっていた。目を輝かせて喜ぶ女武闘家から視線を外すと、今度は女魔術師へと向き直る。

 

「それで、新しい杖についてだが…」

 

そう言うなり、老翁から魔法発動体となる宝石を購入して、背中のバックパックから杖を取り出す。そして杖に細工して宝石を嵌め込み、女魔術師へ差し出した。先端が竜の頭部の形を模した、堅木の杖であった。

 

「……これは何なの?魔力…みたいだけど少し違う、何かの力を感じるわ」

 

「それは『火炎の杖』だ。杖の先から炎を噴き出し、敵を焼き尽くすことができる。充填された魔力が切れるまでな」

 

「え、…それって凄いじゃない!?」

 

女魔術師は驚きの声を上げると、受け取った杖の先をまじまじと見つめる。

この世界にも魔法の杖は存在するが、やはり回数制限がある。杖に込められた魔法を一度放てば、再び使用できるまで半日近く時間がかかるのだ。

 

「…しかし魔力を充填する手段が今はない。使い切りと思ってくれ」

 

この世界には当然魂石が無いので、消費された魔力を回復することができない。アズラの星を使うのなら話は別だが、魂縛の魔法をおいそれと使えない状況では、ジリ貧になるのが目に見えていた。それでも『火炎の杖』は魔力の消費効率が良いので、今夜の戦いだけならば十分保つだろう。

 

本来の予定では現時点で彼女らに元の世界(ムンダス)の装備品を渡すつもりはなかった。ギルドの武器屋やこの工房で買い揃える段取りでいたし、装備の強化はきちんと段階を踏んでからと考えていた。

しかし、今夜に牧場を襲撃するというゴブリンの軍勢が相手となれば、彼女たちの戦力強化は急務となる。

ドヴァーキンは悩んだ末、彼女たちに託すことにしたのだった。

 

「……分かった、ありがたく使わせてもらうわ」

 

女魔術師はそう言って、杖をギュッと握り締めた。ドヴァーキンへと向き直ると、深々と頭を下げる。そして顔を上げると、意を決して口を開いた。

 

「ねえ、あなたの故郷の話。この戦いが終わったら聞かせてくれない?さっきの『魔法の氷』とか『火炎の杖』、それに『シャウト』、聞いたことがない物ばかり。……きっとあなたは、私達の想像もつかないような場所から来たんだと思うの」

 

「…………」

 

「……いいだろう。戦いが終わってから、ゆっくりと話をしよう」

 

「約束よ?」

 

女魔術師は顔を上げ、静かに微笑んだ。ドヴァーキンは小さく息を吐く。

 

「……さて、そろそろ行くぞ。準備はいいか?」

 

「ええ、いつでも」

 

「私も大丈夫です」

 

やることはまだまだある。ドヴァーキンは工房を出ると、二人と共に街の郊外にある牧場へと向かっていった。そして道中で馬屋にも立ち寄る。ゴブリンスレイヤーから聞いたゴブリンの戦術への対策として、ある事を依頼する為に――。

 

 

§

 

 

日が南中する頃、槍使いとゴブリンスレイヤーは牧場の離れ、ゴブリンたちの襲撃予想地点にて資材の運搬を行っていた。

 

「よし、これで全部だな」

 

砕石に粘土、建材用の木材、そして大量の釘や藁束。これらを運び終えた二人は、一息つく。

ゴブリンの襲撃まで、あと数時間。それまでに、できる限りの準備をしておかなければならない。

大軍を少数で迎え撃つには、野戦築城による防衛陣地の構築は必須である。ドヴァーキンからの注文分も合わせ、資材は可能な限り用意してあった。

 

「しっかし、家でも建てるのかってくらいの資材だな。陣地の必要性は分かるが今夜までに終わるのか?」

 

資材の一角に腰を下ろし、水袋の水を飲みながら槍使いが呟いた。

ギルドを出た後、ゴブリンスレイヤーたちは土建屋を訪ねて資材の調達と搬入を依頼した。代金は前払いで済ませている。しかし槍使い自身は大工仕事など素人同然だし、ゴブリンスレイヤーも納屋の修繕程度しか経験がないという。

 

「規模からして小鬼騎兵(ライダー)を繰り出して来るだろう。奴らの機動力を潰すためにも、罠はいくらあっても足りん」

 

「……まあ、確かにな。前衛が俺らだけじゃ、どうしても穴ができちまう。駄弁(だべ)る前に、さっさと作業に取り掛かろうぜ」

 

「ああ」

 

ゴブリンスレイヤーは、ゴブリンの群れを迎撃するにあたって、いくつかの戦術を立案していた。そのうちの一つが待ち伏せである。人手が不足している以上は罠の数を増やすしかない。

杭を地面に突き刺し、ロープを張っていく。ワイヤートラップ型で、引っかかれば尖杭が飛び出して串刺しにする仕組みだ。出来上がれば上から牧草を被せ、カモフラージュする。男二人がトラップを設置して、魔女と女神官は牧草をせっせと敷き詰めていく。

 

そうこうしているうちにドヴァーキンたちも到着した。槍使いが気付き、手を振りながら声を上げる。

 

「おう、来たか」

 

「ああ。待たせたな」

 

ドヴァーキンは軽く応じると、陣地の構築状況を睥睨した。

 

「頼まれてた分の資材はあそこに用意してあるぜ」

 

「助かる、早速始めるとしよう」

 

槍使いが指差した先へとドヴァーキンは歩み寄る。そこには砕石に粘土、木材や釘、そして鋸や金床などの大工道具が用意されていた。

 

「まずは、この辺りに壁を作るとするか」

 

ドヴァーキンは鋸を手に取り木材を切断する。そして仕口加工を施し、石材と合わせて基礎となる土台を作り上げていった。男二人もその作業を手伝う。

手際よく作業を進めるドヴァーキンに、槍使いは感心したように声を上げた。

 

「あんた、慣れてるな。大工仕事の経験でもあるのか?」

 

「ああ。故郷での話だが、前に自宅となる家を建てたことがある」

 

「…そりゃまた、随分とスケールのでかい話だな」

 

「まあ、今となっては良い思い出だ」

 

思ってもみなかった返答に、槍使いは思わず目を丸くした。ドヴァーキンも苦笑しながら、手早く木材を組み立てていく。自然と当時の苦労を思い出していた。

あの時は首長から許可を得て土地を購入。設計図を引き、建材も全て自分で調達した。そして自ら建築を行い、完成までこぎ着けたのだ。執政や養子も迎えて、それなりに賑やかな日々だった。

彼らは今頃どうしているだろうか。あまり構ってやれなかったことを今更ながらに悔やむ。

 

「……」

 

「どうした?」

 

「いや、なんでもない」

 

ドヴァーキンは、ふと郷愁に浸りかけた自分を恥じた。今は余計なことを考えている暇はない。

 

「……よし、こんなところか」

 

最後に木材を釘で固定し、簡易的な矢倉が完成した。

 

「おお、こりゃ凄えな」

 

「ああ、悪くない」

 

槍使いとゴブリンスレイヤーが満足げに感想を述べる中、すでに日は暮れかけており、空には夕焼けが映える。

その中でそびえ立つ矢倉は、なかなかに壮観であった。

 

「…凄いわね」

 

「うん、あっという間にできちゃった…」

 

女魔術師と女武闘家が感嘆の声を上げる。

 

水薬(ポーション)や補給品も、積み込んでおけば、安心、ね」

 

「はい、準備しますね」

 

魔女の一言に、女神官が応じる。そして全員で手分けして準備を始めた。

物資の積み込みを行い、各所のかがり火を灯していく。矢倉の下では街の方角からやってきた馬屋の主人がドヴァーキンとなにやら話し込んでいた。

やがて、準備を終えた一行はそれぞれの持ち場へと散っていく。

 

ドヴァーキンはバックパックから一つの戦槌を取り出すと、男二人を伴い、設置されている罠からやや外れた場所へと足を運ぶ。そして地面に向けてその戦槌を振りかぶった。すると地面に魔法陣のようなものが刻まれる。

 

「……よし、これでいいだろう」

 

「何をした?」

 

「ああ、ちょっとした仕掛けだ。これでゴブリンがこの辺りに踏み込めば、罠が発動するようになっている」

 

「ふむ…」

 

『ドーンガードのルーンハンマー』。地面に向けてバッシュすれば炎の罠が設置される魔法の武器だ。使い方を説明すると、ゴブリンスレイヤーがやや感心したように声を漏らす。そこへドヴァーキンは持っていた戦槌をそのまま彼に渡した。

 

「これを使え。お前なら使いこなせるはずだ」

 

「……」

 

ゴブリンスレイヤーは無言でそれを受け取る。

彼はゴブリンに奪われるのを良しとせず、魔法の武器や防具は身に付けようとしない。普段の彼であればこのようなものは受け取らないのだが、今回は特別だった。

 

「……わかった」

 

「ああ、頼むぞ」

 

ゴブリンスレイヤーは、ドヴァーキンの頼みを素直に聞き入れる。

 

その様子に槍使いは少し驚いた。

 

「おい、いいのか?」

 

「問題ない。充填量とやらには限りがあるらしいからな」

 

要は奪われる前に、枯渇するほど使い切ってしまえば良いということだ。そして彼自身の信念を曲げるほど、この牧場は彼にとって大事なものなのだろう。

これで事前準備は整った。後はゴブリンが攻めてくるのを待つだけだ。すっかり日は落ち、辺りは暗くなっていた。

そして、その時はやってきた。

ゴブリンの群れが、ついに姿を現したのだ。

 

「きたわよ!」

 

遠くからゴブリンの群れが接近してくる。

矢倉の上で見張り役の女魔術師が、いち早くそれに気づき警告を発した。

長い夜が始まろうとしていた。

 




この牧場防衛戦が終われば投稿を休もうと思います。
理由としてはありきたりですが、モチベの低下が一番の要因です。
再開するかは未定です。


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第17話 月下の攻防戦

 

月明かりの下、草原に蠢く無数の黒い影。

それはまさしく、ゴブリンの大群であった。小鬼王(ゴブリンロード)の号令の下、彼らは一斉に前進を開始する。

その最前線には、女性の虜囚を括り付けた木板を掲げ持つゴブリンたちの姿があった。これを掲げれば秩序に属する者は途端に弓矢や魔法を撃てなくなる。そうやってゴブリンたちは冒険者たちの攻撃を封じながら、じわりじわりと嬲り殺しにしていくのだ。

 

「あれが『盾持ち』…、ゴブリンって本当に最悪な連中ね」

 

女魔術師は、その光景を見て嫌悪感を露わにする。

 

「本当に、いいの、ね」

 

「構わん、やってくれ」

 

矢倉の下ではドヴァーキンが最前面に立ち、その後ろには魔女が控えていた。ドヴァーキンは腕を横に広げて、抵抗力を増やすような構えを取っている。

 

「……じゃあ、いくわ、よ」

 

魔女は杖をかざすと、呪文を唱え始める。

 

「《ウェントス()……クレスクント(成長)……」

 

魔女の杖の先端が淡く光り輝き、ドヴァーキンの後方に風の力場が形成される。

 

「――オリエンス(発生)》!」

 

魔女の詠唱が終わると同時に、凄まじい《突風(ブラストウィンド)》が吹き荒れる。ドヴァーキンの身体は風に煽られ、その勢いのまま一直線にゴブリンの群れへと突っ込んでいった。

 

「ぐっ!?」

 

ドヴァーキンは何とか姿勢を制御しながら、盾を前に突き出して突進する。【旋風の疾走】とも違う、まるで突風そのものに後押しされているかのような感覚だ。

ドヴァーキンはやや苦悶の声を漏らしながらも、そのままゴブリンの群れへと突っ込んだ。

そして『盾持ち』がいる集団へと肉薄すると、肺へ大きく息を吸い込む。

 

「「「ウオオオォォォォォ!!」」」

 

ドヴァーキンは大気を震わせるほどの雄叫びを上げた。

その音圧は凄まじく、少し離れた場所にいるゴブリンたちでさえ耳を押さえて苦しみ出すほどだった。

 

戦叫(バトルクライ)』。ノルドという種族が得意としている、純粋なただの絶叫である。

間近で浴びれば大抵の生物は恐怖に囚われ、なりふり構わず逃走してしまう。"シャウト"とは違いノルドであれば誰でも使える技だが、喉に強い負荷がかかる為に行使できるのはせいぜい一日一回程度だ。しかしその効果は”シャウト”に勝るとも劣らない。

 

「GAAAA!?」

「GOOOOOORR!?」

 

『盾持ち』のゴブリンたちは皆一様に動きを止め、そのまま盾を放り出して一目散に逃げ出だした。ゴブリンとは元々臆病な生き物であり、ましてや至近距離で戦叫(バトルクライ)を喰らえば、抵抗などできるはずもない。

 

「よっしゃ、旦那がやってくれたぜ!お前ら、『盾』を回収するぞ!」

「「「おう!」」」

 

矢倉より後方、そこには荷馬車を曳いた男衆が控えていた。

彼らは手綱を引き、ゴブリンたちが投げ捨てた『盾』を回収しに走る。彼らは逃げ惑うゴブリンたちには目もくれず、虜囚ごと『盾』を荷台へと積み込んだ。

 

「親方ぁ、こっちは回収終わりましたぜ」

「こっちもだ!」

 

『盾』を全て回収し終えた御者たちは、素早く荷馬車に乗り込むと、手綱を握って走り出した。

 

「よし、撤収だ!急げ!」

「「へい!」」

 

彼らはドヴァーキンの脇をすり抜け、そのまま街の方角へと駆けていく。

御者たちを指揮するのは、以前にドヴァーキンに危機を救われ、御礼代わりにと時たま馬車を使わせてくれていた、あの馬屋の主人であった。

今回のドヴァーキンの頼みに嫌な顔一つせず、快く応じてくれた。

 

「…GORB、―――」

 

『盾持ち』の後方にいた小鬼呪術師(シャーマン)たちも聴覚をやられたのか耳を塞いで苦しんでいたが、ようやく立ち直ったようだ。

頭を振りかぶりながらも杖を掲げ、逃げ去る荷馬車を撃とうと詠唱を始める。だが、それをドヴァーキンは許さなかった。小鬼呪術師(シャーマン)の一体へと盾を構えて突撃する。

 

「ぬおぉぉ!」

 

ドヴァーキンは盾を前面に突き出して小鬼呪術師(シャーマン)へと体当たり(シールドチャージ)を仕掛けた。小鬼呪術師(シャーマン)はたまらず吹き飛ばされ、そのまま宙を舞う。

 

「GOB――!?」

 

小鬼呪術師(シャーマン)は体を強く地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。

ドヴァーキンは即座に他の小鬼呪術師(シャーマン)へも飛びかかる。慌てて杖を向けようとするが、ドヴァーキンの方が早かった。

 

「はぁっ!」

 

間合いを詰めて、力任せに剣を横薙ぎに振るう。

「GYAAAA!?」

小鬼呪術師(シャーマン)は血飛沫を上げながら、胴体を真っ二つに切り裂かれた。

 

「「GORRRRRRR!!」」

 

周りのゴブリンたちは仲間がやられたことに激昂し、ドヴァーキンを明確な脅威として認識した。

接近戦は不利だと悟ったのか、遠巻きに弓矢を放ち、魔法を飛ばしてくる。総勢20匹余りのゴブリンたちが一斉にドヴァーキンへと襲い掛かった。

 

「ふん!」

 

しかしそれこそがドヴァーキンの狙いだった。ゴブリンたちのヘイトを一身に集め、荷馬車から引き離す。盾で矢を弾き(矢そらし)魔法を打ち払う(属性防御)。そして盾を正面に構えたまま、ゴブリンの群れへと突っ込んでいった。

 

「「GOORB!?」」

 

元の世界ではドラゴンのブレスを耐え凌ぎ、彼らの猛攻を弾き返してきた。たかがゴブリンの放つ魔法など、そよ風に等しい。多少の被弾など意にも介さず、密集した群れを突進で弾き飛ばし、盾で殴りつけ、剣を振るい切り伏せる。

ドヴァーキンはゴブリンの群れの中を縦横無尽に暴れ回った。

 

「GRU……」

 

その様子は小鬼王(ゴブリンロード)の目にも映っていた。

傍の遠眼鏡で監視しているゴブリンが自分に対してどうするのかと喚き散らしている。

 

━━慌てるな、遠巻きに包囲しつつ戦場から引き離せ

 

個の力がいくら強かろうと、数で圧倒すればいい。 小鬼王(ゴブリンロード)はそう判断すると、側に控えていた伝令に指示を出した。

 

━━騎兵を繰り出せ。左右に展開した兵も前進させよ

 

遠くをみれば何やら高台らしき建物の前方に男二人が陣取って、あの暴れ者を抜けて荷馬車を追うゴブリンへと襲いかかっている。

高台の上にも数人の冒険者らしき者たちがいるようだ。それも女が三人。

ゴブリンロードは舌なめずりをした。まずは騎兵を迂回させて女どもを捕らえ、それらを人質にしてあの暴れ者を誘き寄せる。あの時(・・・)のように女を前面に押し出して、後ろから諸共に串刺しにしてやろう。

 

以前にも途轍もなく強い冒険者に痛めつけられたことがあった。しかし奴の女らしき雌を人質として利用し、隙を見出すことで女諸共仕留めることができた。ああいう手合いの攻略法はすでに学習済み(・・・・)だ。彼が携えている戦斧はその時の戦利品である。

小鬼王(ゴブリンロード)はほくそ笑むと、配下のゴブリンたちに命令を下した。

 

 

§

 

 

「ったく、ここまで多いと嫌になっちまうぜ」

 

矢倉より前方、荷馬車を追いかけてきたゴブリンたちを槍で薙ぎ払いながら、槍使いがぼやく。

奥の方ではあの黒曜等級の男が小鬼弓兵(アーチャー)小鬼呪術師(シャーマン)を引き付けて戦っているのが見える。おかげでこちらに向かってくるゴブリンは短剣や手槍を持った雑兵ばかりだが、それでも数が多い。

 

彼の後方ではゴブリンスレイヤーが黙々とゴブリンを殺し続けている。

横合いから短剣を振りかざして飛び掛かってくるゴブリンの攻撃を盾でそらし、そのまま剣で胴体を串刺しにする。そしてその短剣を奪うと別のゴブリンの喉元へと投擲した。他にもゴブリンの遺骸から手槍やナイフなどを回収し、それらを次々と投擲する。

槍使いが前面にいるゴブリンを片付ければ、ゴブリンスレイヤーは投石紐(スリング)などの遠距離攻撃を中心として、槍使いの背後に回ろうとするゴブリンを優先的に始末していく。即席のコンビとは思えないほど息が合っていた。

 

騎兵(ライダー)が来たわ!」

 

矢倉の上で女魔術師が叫ぶ。

見ればゴブリンたちが騎兵を繰り出し、左右から回り込むように駆けてきている。

その数は15匹から20匹程度といったところだろう。

 

 

§

 

 

狼にまたがり疾走する小鬼騎兵(ライダー)は高台の上にいる人族の女たちを視界に捉えた。

わざわざ逃げ場のない場所に自ら入り込んでくれた獲物たち。包囲して一気に蹂躙してやろう。つくづく冒険者というのは間抜けな奴らだと、小鬼騎兵(ライダー)たちはゲタゲタと嗤う。

しかしあと少しのところで最前列を走っていた数匹が何かに引っ掛かり、その瞬間発動した尖杭の罠によって串刺しになった。

 

「GYAAA!?」

「GOUB!?」

 

良く見れば牧草が不自然に盛り上がっている箇所がいくつかある。小鬼騎兵(ライダー)たちは罠の存在に気付くが、分かってしまえばどうということはない。罠に掛かって絶命した連中を間抜けな奴らだ、と嘲笑いながらも、仲間を殺されたことに激昂した彼らは罠のある場所を迂回しようと手綱を引いた。

 

しかし罠の外回りへと足を踏み入れた瞬間、その足元の地面が赤く発光し、地面が爆ぜて炎が噴き上がった。

 

「GYAAAA!?」

 

炎の罠をまともに受けた小鬼騎兵(ライダー)は狼ごと全身を燃え上がらせ、断末魔の声を上げながら倒れ伏す。

 

「GRUUUU…⁉」

 

見えるものだけでなく、不可視の罠も仕掛けられていたらしい。

ゴブリンたちは慌てて手綱を引いて進軍を中断するが、足の止まった騎兵などただの的だ。

矢倉の上から魔女が杖を掲げ、呪文を唱え始める。

 

「《カリブンクルス(火石)……クレスクント(成長)……ヤクタ(投射)》」

 

詠唱が終わると同時に、杖の先端から《火球(ファイアボール)》が放たれた。そのまま固まっている騎兵の一団に直撃し、爆発を起こす。

 

「GORB!!」

「GAAAA!!」

 

騎兵たちはまとめて炎に包まれ、悲鳴を上げながら次々と斃れていく。

それでも反対側、炎の罠が無い方角から騎兵が押し寄せる。ようやく矢倉へと到達した小鬼騎兵(ライダー)たちは高台の上へと駆け登ろうとするが――

 

「《いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください》」

 

矢倉の上で女神官が祝詞を唱えて『聖壁(プロテクション)』を展開する。小鬼騎兵(ライダー)たちは不可視の壁へと次々に衝突し、玉突きのように後続を巻き込んでいく。

 

「今ね!」

 

女魔術師はそれを見逃さず炎の杖を騎兵へと向ける。炎を噴き出すイメージを込めると杖の先から炎が噴射され、騎兵たちを包み込んだ。

 

「GOOOOBO!?」

「GIYYYY!?」

 

密集していた小鬼騎兵(ライダー)たちは悲鳴を上げて転げ回るが、炎は消えることなくゴブリンたちを燃やし続ける。

 

「GOB!! GUB!! GYUUUUUU!!」

 

やがてゴブリンたちは断末魔の叫び声を上げながら、黒焦げになって動かなくなった。

 

「GORRR……!?」

 

残った騎兵は僅か二匹、それも仲間の殆どを失って狼狽えている。

そこへ矢倉の隠所から一つの影が飛び出した。

 

「はああああっ!!」

 

影は雄叫びと共に跳躍すると、そのまま小鬼の顔を蹴り飛ばした。

鈍い音とともに首があらぬ方向を向き、ゴブリンの身体が地面に倒れる。最後の一匹は戸惑いながらも襲撃者へと飛びかかった。

狼の牙をステップで躱し、小鬼が闇雲に振り回すナイフを手甲で弾き飛ばす。大きく体勢を崩したゴブリンへ間合いを詰めると、その喉元へ飛び膝蹴りを叩き込んだ。

 

「GU――!?」

 

喉笛を潰されたゴブリンは血反吐を撒き散らしながら倒れ、そのまま動かなくなる。

騎手を失った狼たちは鳴き喚きながら走り去り、ゴブリンの死体だけが残された。

 

「ふぅ……」

 

女武闘家は構えを解き、軽く息を吐き出す。

 

「やりましたね! 」

「皆、怪我はない?」

「油断しないで。まだ敵はいるんだから」

 

女神官と女武闘家が声を掛け合い、女魔術師は冷静に警戒を促す。

その光景を遠目に見ながら、ゴブリンスレイヤーは首を傾げた。

 

(妙だ、小鬼王(ロード)の軍にしては数が少ない)

 

彼の想定では最低でも百匹以上だったはずだ。まだ大物が残っているにせよ、この数では少なすぎる。ただの杞憂か、それとも何か隠し玉があるのか。言い表せぬ不安感が、ゴブリンスレイヤーの胸中に広がっていった。

 

 

§

 

 

小鬼王(ゴブリンロード)は戦場の様子を眺めながら、忌々しげに舌打ちをした。

 

━━役に立たぬクズ共め、あの程度の数も制圧できぬとは

 

抵抗する冒険者は僅か数人。いくつか強い個体がいるとはいえ、数の暴力で押し潰せるだろう。そう考えていたが予想外に苦戦しているようだ。

 

小鬼王(ゴブリンロード)は後方に控える巨影に視線を向けた。

 

━━お前の出番だ。勇者たちを率い冒険者共を血祭りに上げよ

 

小鬼王(ゴブリンロード)がそう命じると、その巨影、小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)はゆっくりと動き出した。その後ろを数体の田舎者(ホブ)が追従する。その後方で、小鬼王(ゴブリンロード)は戦斧を掲げて祝詞を詠唱した。

 

狂奔(ファナティック)!』

 

覚知神から授かった奇跡の力を受けて、小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)たちの顔が凶悪に歪む。

 

「GURAAAAAAAAAA!!」

 

小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)たちは雄叫びを上げると、冒険者たちに向かって突撃を開始した。もはや彼らに理性はなく、ただ殺戮を求めるだけの獣と化している。

彼らの後ろ姿を見送りながら小鬼王(ゴブリンロード)は内心毒づく。

 

━━もうこの群れはダメだ。兵の大半を失った以上、敗けはせずとも勝てもしまい。

 

普段の彼であれば、勝ち目がないと分かると即座に逃走を図っていただろうが、今回は違った。

ゴブリンロードの後方に控えるもう一つの巨影。小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)すらも遥かに上回る巨体を誇る怪物が、そこにいたからだ。薄っすらと見える巨大な牙と爪は、それだけで見る者を恐怖させる。

 

━━本来であれば人族の街を攻める時に使う手駒だったが、仕方あるまい

 

少々予定は狂ったが、これを使って忌々しい冒険者共を蹂躙し、そのまま街へと攻め入ってやろう。街を攻め滅ぼした暁には、巣穴から残りの小鬼たちを呼び寄せて、生き残った人族の女共を使って数を増やす。その後は近隣の巣穴にいる同族たちを集めて統合し――

 

━━我らゴブリンの王国を築き上げるのだ!

 

小鬼王(ゴブリンロード)は口角を吊り上げ、ゲタゲタと高らかに哄笑するのであった。



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第18話 激闘の先へ

 

赤と緑、二つの月が放つ光が主戦場となっている草原を淡く照らしていた。

辺りには裂傷や打撲痕、そして黒焦げになったゴブリンの死体が無数に転がっている。

結果として、ゴブリンの軍勢との戦いは冒険者側が優勢に進めていた。

 

「うぉぉぉりゃぁぁぁ!」

「GYAOUUU!?」

 

雄叫びを上げながら、槍使いがゴブリンの群れに斬り込んでいく。縦横無尽に槍を振り回す度に、小鬼の首が次々と宙を舞った。

それに続きゴブリンスレイヤーや女武闘家もゴブリンの群れの中に飛び込み、彼らが振るう剣や打撃がゴブリンの命を刈り取っていく。

 

「まったく!金になる上にあの子にいいトコ見せられるとくりゃあな!」

 

小鬼の首を撥ね飛ばしながら、槍使いが快活に笑った。

 

「せ、りゃあっ」

 

女武闘家が正面から襲い掛かってきた小鬼の手槍を蹴り上げ、そのまま軸足を回転させ右足で空を薙ぎ払う。十分に気を練られた回し蹴りは、ゴブリンの頭部を粉砕した。

 

「GYUAAAA!」

「っ!」

 

背後から迫るゴブリンの棍棒を、女武闘家は身を捻って回避する。だが、その隙を狙っていたかのように、別のゴブリンが短剣を振りかぶっていた。

 

「……!」

 

そこにゴブリンスレイヤーが割って入り、振り下ろされた短剣を身を盾にして受け止める。鈍色の刃は着込んだ鎖帷子によって阻まれたが、衝撃までは殺せなかったらしく、彼は僅かに苦悶の声を上げた。

しかしすぐ体勢を立て直すと、そのまま右手の剣を振るい、ゴブリンの首を斬り飛ばす。

 

「油断するな」

「あ、ありがとうございます…」

 

短く言葉を交わすと、二人は再びゴブリンの群れへと突撃していった。

女魔術師も炎の杖を握り締め、前衛三人を援護すべく横合いからゴブリンたちへと狙いを定める。

 

「これでっ!」

 

杖の先端から放たれた火炎は、ゴブリンの群れを飲み込み、その身を炎で包み込んだ。

断末魔の悲鳴を上げながら、ゴブリンたちは燃え尽きていく。

 

魔女と女神官は、ゴブリンの群れの中で戦う冒険者達を見守りながら、戦況を見極める。

 

「……これで全部でしょうか?」

 

「待って。……あそこ、来るわ、よ」

 

艶やかな声で魔女が指差した先、月を背負って(そび)える八つの巨影が、土煙を舞い上げながら突貫してきた。

 

「GURAAAAAAAAA!!!」

 

唸るような雄叫びが、血風吹き荒れる戦場に響き渡る。

およそ小鬼とは思えぬ巨体。それに見合うだけの巨大な棍棒を振り回しながら、凄まじい勢いで突撃してくる。

その威容は、他のゴブリン達とは明らかに一線を画していた。

 

「あれは……!」

 

小鬼英雄(チャンピオン)、か…」

 

女武闘家が息を呑み、ゴブリンスレイヤーがその正体を告げる。

先日ドヴァーキンたちが遭遇した個体より更に一回り大きな体格。そしてその巨体に見合った大きさを誇る棍棒を軽々と担いでいる。七体の田舎者(ホブゴブリン)を引き連れながら突撃してくるその姿は、まさに圧巻であった。

 

「へっ、大物のお出ましか」

 

槍使いが不敵な笑みを浮かべて槍を構え、顔だけを振り返らせる。

 

「俺が先頭のデカブツを引き受ける! お前らは周りの雑魚どもを頼むぜ」

 

「ああ」

「了解です」

 

槍使いの指示にゴブリンスレイヤーが応えると、女武闘家も同意する。

魔女や女魔術師、女神官も前衛を援護すべくそれぞれの武器を一斉に構えた。

 

「さあ来やがれ!」

 

「GUOOOOORA!!」

 

叫び声を上げて突進してきた小鬼英雄(チャンピオン)がその勢いのままに巨大な棍棒を振り下ろす。

槍使いは素早くステップを踏み、渾身の一撃を紙一重で回避する。棍棒が地面を叩き割った衝撃で、轟音と共に大地が激しく揺れた。

 

「っと!? 危ねえな、この野郎!」

 

悪態を吐きながらも、間髪入れずに反撃に転じる。

 

「おらぁッ!」

 

突き出された穂先が、狙い違わず小鬼英雄(チャンピオン)の脇腹へと突き刺さった。しかし堅牢な鎧と分厚い筋肉に阻まれ、致命傷には至らない。

 

「GUU……!」

 

「チィ!…硬えな」

 

苦々しい表情で舌打ちすると、即座に距離を取る。まるで痛みなど感じないかのように、小鬼英雄(チャンピオン)はすぐさま追撃を仕掛けてきた。

今度は横薙ぎに振るわれた棍棒をバックステップで躱す。空気を切り裂くような音が耳元を通り過ぎていった。

 

「GURAAAA!」

「くっ!」

 

小鬼英雄(チャンピオン)の怒涛の連続攻撃は止まらず、その度に大気が震える。

槍使いも大振りの隙を衝いては攻撃を繰り出す。薙ぎ払い、突き上げ、石突で殴りつける。だが、どれも有効打にならない。

確かにダメージは与えているはずだが、痛覚など無いかのように怯むことなく攻め立ててくる。しかも横合いから田舎者(ホブ)三体まで参戦して、三方から棍棒を振り下ろしてきた。

 

「クソ!少しは加減しやがれっ」

 

毒づきながらも何とか回避に徹する。槍使いは辛うじて攻撃を捌いていくものの、このままではジリ貧だ。その時、女武闘家が動いた。

 

「ハァアアッ!」

 

裂帛の声を上げながら駆け出し、田舎者(ホブ)の足元へ潜り込むと鋭い足払いを放ったのだ。それは見事に足の付け根を捉えて、鈍い音を響かせる。

 

「GYAO!?」

 

たたらを踏み大きく体勢を崩した田舎者(ホブ)だったが、転倒は免れたようだ。しかしその隙を逃すはずもなく、すかさず魔女が呪文を唱える。

 

「《サジタ()……ケルタ(必中)……ラディウス(射出)》」

 

計4つの必中の力矢(マジックミサイル)が放たれ、田舎者(ホブ)の体を次々と貫いた。風穴を空けられた田舎者(ホブ)はその巨体がグラリと傾く。そのまま倒れ伏すかと思えたが、目に見えぬ力が働いたように再び起き上がった。

 

「そ、そんな…、効いてないの!?」

 

女武闘家は驚愕に目を見開く。

魔女は銀等級の冒険者。装備している魔法具も相まって、行使する魔法の威力は並の冒険者とは比べ物にならない。力矢(マジックミサイル)は威力自体魔力によって変動しないが、彼女の場合は最大4本を同時に発射することが可能である。上位種といえども所詮はゴブリン、まともに食らえば必殺の一撃になるはず――

 

田舎者(ホブ)は忌々しげに魔女を睨み付けると、棍棒を振り上げて突進を開始する。しかし体がついていかないのか、魔女に辿り着く前に力尽きたように倒れた。

 

「一体……。どういうこと?」

 

困惑する女武闘家に、魔女は指を口元に当てながら囁く。

 

「おそらく、『狂奔(ファナティック)』。外なる神の、奇跡ね」

 

高位の冒険者としての経験から、闘争本能のみに支配されたかのような小鬼英雄(チャンピオン)たちの行動の正体を言い当てる。

狂奔(ファナティック)』の影響を受けたものは、死を恐れない狂戦士と化す。そしてその身体能力は一時的に大幅に強化される。しかし、その代償として理性を失い、ただ目の前の敵を殺戮することしか考えられなくなるという恐ろしい副作用があるのだ。

 

ただでさえ銀等級と互角以上とされる小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)が、この効果により更に凶悪な存在へと変貌を遂げていた。“辺境最強”と謳われる槍使いですら防戦一方という状況に、女武闘家と魔女も急ぎ彼の援護へと回るのだった。

 

 

§

 

 

一方、ゴブリンスレイヤーは四体の田舎者(ホブ)と激戦を繰り広げていた。

 

「GYUO!!」

「GOBURUU!!」

「GYAU!! GYAAAA!!」

 

それぞれが武器を振りかざし、立て続けに襲ってくる。

ゴブリンスレイヤーはそれを転がるように回避しつつ、雑嚢から小瓶を取り出して田舎者(ホブ)の一体へと投げつけた。

陶器が砕けて、黒い泥のようなねっとりとした液体が飛び散る。田舎者(ホブ)たちに付着すると、鼻につく臭いが辺りに広がった。

 

「ふん!」

 

ゴブリンスレイヤーはドヴァーキンから受け取った戦槌(ルーンハンマー)を地面に向けて振りかぶる。赤い魔法陣が大地に刻まれると同時に、後方へと跳躍した。

 

「「GUOOO!!」」

 

田舎者(ホブ)たちが追撃しようと走り出すが、魔法陣を踏んだ瞬間、爆音と共に大地が爆ぜた。

 

「GUGYAAAAA!?」

 

炎の罠が発動し、田舎者(ホブ)の体を飲み込む。さきほどの黒い液体、燃える水(ガソリン)に引火して激しく燃え上がった。

 

「GYAOOU!!」

 

一体が炎に包まれ、絶叫を上げる。しかし体を炎上させながら、それでも突進を止めなかった。

 

「何っ!?」

 

ゴブリンスレイヤーは驚愕の声を上げた。田舎者(ホブ)は火だるまになりながらも、ゴブリンスレイヤーへと向かってきた。

棍棒を振り上げつつ突っ込んでくる姿には、最早理性は感じられない。まるで獣のように吠え、狂ったように突撃してくる。

 

「GURRR!!」

「ちぃ!」

 

ゴブリンスレイヤーは舌打ちをして横に転がり、その一撃を回避する。そして彼の援護に入った女神官と女魔術師がそれぞれ祝詞と呪文を詠唱する。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください》」

「《サジタ()……インフラマラエ(点火)……ラディウス(射出)》!」

 

ゴブリンスレイヤーと田舎者(ホブ)の間に『聖壁(プロテクション)』が展開し、更に女魔術師が放った『火矢(ファイアボルト)』が田舎者(ホブ)に直撃した。

 

「GYUA!?」

 

衝撃により田舎者(ホブ)は転倒し、燃える水(ガソリン)で炎上していた一体は今度こそ完全に動かなくなった。

残るは三体。不可視の壁などお構いなしに『聖壁(プロテクション)』に張り付いて唸り声を上げる姿に、女神官は怯えた表情を浮かべる。

 

「ど、どういうことですか…?」

「分からない、…けど完全に理性を失っているみたいね」

 

女魔術師は冷静に状況を分析する。

普通なら迂回するなり、一旦引くという判断をするだろう。ゴブリンにもそれくらいの知性はある。しかしまるで判断能力を失ったかのように、自分たちを阻む壁に攻撃を繰り返すその姿は、ただ目の前の獲物を殺すことしか考えていないようだ。

 

「ならば……!」

 

やりようはある、とばかりにゴブリンスレイヤーは顔だけを後方の矢倉に向ける。

 

「俺が連中を引き付ける。田舎者(ホブ)どもが矢倉を駆け上がったら階段を『火矢(ファイアボルト)』で破壊しろ。それが合図だ」

 

「ゴ、ゴブリンスレイヤーさん!そんなことしたら……」

 

逃げ場がない状況になれば彼は袋叩きにあうだろう。女神官が慌てて抗議するが、ゴブリンスレイヤーは首を横に振った。

 

「説明している時間はない、俺を信じろ」

 

「…分かったわ」

 

止めてもこの男は一人でやるだろうと察すると、女魔術師は即座に同意する。

 

「十分に下がったら『聖壁(プロテクション)』を解除しろ、いいな」

 

「えぇ」「はい…」

 

三人は視線を交わし合うと、同時に走り出した。

十分離れたところで女神官が『聖壁(プロテクション)』を解除すると、ゴブリンスレイヤーは後ろに振り返り矢倉がある方角と駆けだした。

逃げた獲物を追うように、田舎者(ホブ)たちも一斉に後を追ってくる。ゴブリンスレイヤーは背後を気にしながら、時折石を拾い上げては投げつけていた。そうして挑発を繰り返すことで注意を引きつけ、つかず離れずの距離を保ち続ける。

そうこうしているうちに、ゴブリンスレイヤーと田舎者(ホブ)たちの前に、矢倉が立ち塞がった。

 

「GUAAAAA!!」

 

雄叫びを上げる田舎者(ホブ)たちを尻目に、ゴブリンスレイヤーは矢倉の上階へと駆け上がっていく。田舎者(ホブ)たちもその後を追った。

そして、上階に辿り着くや否や、雑嚢から卵の殻のような物を取り出して、下から駆け上がってくる田舎者(ホブ)目掛けて放り投げた。

 

「GOBUUU!?」

 

投げつけられたそれは田舎者(ホブ)の顔面に直撃し、同時に中身が飛散した。黒い粉末が舞い上がると、田舎者(ホブ)たちの視界を奪う。彼自身が調合した催涙弾だ。

 

「GUOOO…!!」

 

催涙粉の効果で苦しみながらも、前進しようとする田舎者(ホブ)たち。しかし視界を奪われては、思うように動けないようだ。その隙に女魔術師が追い付き、息を切らしながらも詠唱を始める。

 

「《サジタ()……インフラマラエ(点火)……ラディウス(射出)》!」

 

杖の先端から炎を帯びた矢が出現し、そのまま真っ直ぐに矢倉へと向かっていく。それは狙い違わず階段へと命中し、爆音と共にそれを崩壊させた。

 

上階に取り残されたゴブリンスレイヤーと田舎者(ホブ)たち。しかもさきほどの『火矢(ファイアボルト)』により木部に飛び火して、そこから炎上し始めていた。このままここに居ては諸共に焼け死ぬしかないだろう。

 

だがゴブリンスレイヤーには焦りはない。彼は雑嚢から冒険者ツールの鉤縄を取り出す。それを矢倉の欄干に引っ掛けると、迷いなく身を躍らせた。

催涙粉と煙によって暴れ狂う田舎者(ホブ)たちをよそに、鉤縄を伝って地上へと降りていく。危なげなく大地に降り立つと、炎と暴れる田舎者(ホブ)によって半壊していく矢倉を見上げながら――

 

「じゃあな」

 

ゴブリンスレイヤーはそう言うと、最後のストックである燃える水(ガソリン)の入った陶器を田舎者(ホブ)たちへと投げ込んだ。

陶器が割れ中身が飛び散ると同時に、引火して矢倉上階が激しく燃え上がる。急造であった為か、炎と爆風に飲まれて矢倉全体が崩れ落ちていく。

 

完全に逃げ場を失った田舎者(ホブ)たちは崩壊していく矢倉に巻き込まれ、やがて炎と瓦礫の中で息絶えるのだった。

 

 

§

 

 

槍使いと小鬼英雄(チャンピオン)との戦いも、同じく佳境に入っていた。

槍使いも『粘糸(スパイダーウェブ)』を駆使し、また女武道家や魔女の助勢もあって、取り巻きの田舎者(ホブ)たちを倒し終えていた。

 

しかしその代償として女武闘家は片腕に傷を負い、魔女も精神力を消耗しすぎたのか杖を支えに立っているような有り様であった。

槍使い自身も鎧の一部を砕かれ、裂傷をいくつも受けている。それは槍使いとて決して無敵ではないということを物語っていた。

 

「さあ……そろそろ、決めさせてもらうぜ」

「GURAAAAA!!」

 

両者ともに激しく息をつかせながら、最後の一撃を放つべく身構える。

そして同時に動き出した。

 

「おおぉおぉッ!」

「GOUAAAAA!!」

 

双方の気合がぶつかり合い、火花となって散ったような錯覚すら覚えた。小鬼英雄(チャンピオン)の振るう棍棒が風を切り、そのまま槍使いへと襲いかかる。対する槍使いはもはやステップで避ける体力もないのか、その場で立ち尽くしたままだ。

 

―――その刹那だった。

轟音と共に振るわれた棍棒の一撃は、大地へと突き刺さり粉塵を巻き上げた。凄まじい衝撃が周囲一帯を襲う。それはまるで地震のような揺れとなり、地面が大きく波打った。

 

「GURUU……?」

 

しかし、小鬼英雄(チャンピオン)の攻撃は空振りに終わった。

何故なら槍使いは右足を引き、半身をずらすことでギリギリ攻撃を避けていたからだ。

 

「――っらあッ!!」

 

そうして体勢が崩れたところを狙い、渾身の力を込めて槍を突き出す。その穂先は腹部、最初の会戦時に、鎧と筋肉に阻まれながらも一撃を加えていた箇所へと正確に打ち込まれていた。

肉を突き破る音とともに鮮血が舞う。矛先は小鬼英雄(チャンピオン)の腹部を貫き、背中から突き出していた。

 

「GOOO……!?」

「どうした?そんなもんかよ」

 

致命傷を負いながらも、それでもなお戦意を失わない小鬼英雄(チャンピオン)に対し、槍使いは不敵に笑う。

彼とて満身創痍だ。いつ倒れてもおかしくない状況だが、まだ倒れるわけにはいかない理由があった。

 

可憐な女の子たち(魔女と女武闘家)を傷つけた報いだ。たっぷり味わえよ……ッ!」

 

そう言うと同時に、槍使いは更に一歩踏み込み、全身の力を振り絞って槍を捻り込む。小鬼英雄(チャンピオン)はその勢いのまま吹き飛ばされると、地面に叩きつけられたまま動かなくなった。

 

 

 

 

「ふう……」

 

槍使いは大きく息をつくと、へたり込むようにその場に座り込んだ。

正直なところ勝てるかどうかは五分五分の賭けだったが、骰子の出目は良い結果に傾いたようだ。

 

「なんとか、なったみたい、ね」

「そうだな……。まったく、とんでもねぇ相手だったぜ」

 

魔女の言葉に、槍使いも苦笑しながら同意を示す。

あれほどまでに苦戦したのは久しぶりのことだった。それも上位種とはいえゴブリン相手にだ。小鬼英雄(チャンピオン)と対峙する前にも多くの小鬼を相手にしたことで少なからず消耗していたということもある。

 

彼の視線の先には仰向けに倒れたまま動かない小鬼英雄(チャンピオン)の姿がある。腹からは大量の血が流れて出ており、もはや事切れているのは明白であった。

 

その向こうから闇夜に赤い光が浮かび上がる。ズカズカという足音と共に近づいてくるそれは、やがて人影となった。

 

「終わったようだな」

 

「てめぇ、ゴブリンスレイヤー!驚かせるんじゃねえ!」

 

ゴブリンスレイヤーの登場に、思わず槍使いは声を荒げた。

知らない者が見れば動甲冑(リビングメイル)と間違えかねないその姿は、暗闇の中で見るには心臓に悪い。

 

「皆、無事で何よりだ」

 

そこへもう一人の鉄兜に薄汚れた鎧を纏った男、ドヴァーキンも暗闇から姿を表した。全身に返り血を浴びているものの、特に怪我らしいものは見当たらなかった。

 

「あんたもな。しっかしその恰好も大概だな、『変なの3号』って呼ぶぞ?」

「好きにしろ」

 

槍使いの軽口にドヴァーキンは気にした様子も見せず、素気なく返す。

彼も小鬼呪術師(シャーマン)小鬼弓兵(アーチャー)をあらかた片付けたところでこちらの戦いが目に入ったらしく、加勢に来たのだ。

『3号』ってことは『2号』は誰なんでしょう?と女神官が口元に指を当てて呟くが、知らぬが仏という言葉もある。

 

「まぁいいけどよ……っと」

 

槍使いは立ち上がりながら、戦場となった草原を睥睨する。

ゴブリンの死体が散乱するこの光景は、先ほどまで繰り広げられていた激戦の壮絶さを物語っていた。

 

「さすがにこりゃあ、一々数えるのも面倒だな」

 

ゴブリン一体につき金貨一枚、冒険者ギルドが今回のゴブリン討伐に対して出した報酬だ。途中から億劫になり数えていなかったのだが、ざっと見積もっても彼だけで二十体以上は倒したはずだ。山分けしたとしても相当な額となるだろう。

 

「まだ小鬼王(ロード)が残ってる。気を抜くな」

 

「確かに、肝心な奴が残ってたな」

 

ゴブリンスレイヤーの言葉に、槍使いはやれやれと肩をすくめる。

しかしその瞬間、凄まじい轟音が夜空に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

「「「GUOOOOOOOOOO!!!」」」

 

それは巨大な雄叫びだった。まるで大気そのものが震えているかのような衝撃が、戦場全体に響く。そして、地鳴りのような音と共に地面が大きく揺れる。

 

「なんだ!?また小鬼英雄(チャンピオン)か!?」

「違うわ、あれを、見て!」

 

魔女のいつにない鋭い言葉に、皆が一斉に彼女が指さす先へと視線を向ける。

大地から飛び立つようにして月夜に巨大な影が姿を現す。

それは翼を羽ばたかせて夜の空へと舞い上がった。

 

「「GAAAAAAAO!!!」」」

 

再びの絶叫。ビリビリと空気を震わせるその咆哮は、小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)のものなど比べ物にならない程に力強いものだった。

 

そこには月夜に映える、闇を切り裂くような真っ赤な鱗に覆われた巨躯があった。

巨大な牙に鋭い爪、広げた翼に長い尾を持つその生物の名は、言葉を持つ者であれば誰もが知っているだろう。

 

「ドラゴン……」

 

誰かの呆然とした声が夜の闇に溶けていく。

 

赤竜(レッドドラゴン)』。四方世界における最も強力な生命体の一つが、そこに君臨していた。

 



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第19話 赤竜(ドラゴン)との死闘

 

『ドラゴン』

 

地上最強の生物は何かと問われれば、人は真っ先にその名を挙げることであろう。

その巨大で強固な肉体と、絶大な力を持つことから、(ドラゴン)はその存在自体が災害と恐れられることすらあった。

 

その強さは成長度合いにもよるが、孵化して間もない『幼火竜(ワーミングドラゴン)』ですら、青玉等級などの中堅以上の冒険者一党で無ければ対処は難しいとされる。幾ばくかの年を経た『若火竜(ヤングレッドドラゴン)』ともなれば、最低でも銀等級の一党が複数の徒党を組んでようやく対抗できるかどうか、といったところだろう。永劫の命を持ち、歳月を経るほどに強大さを増していくとさえ言われている。

 

歴史上、数多の冒険者が成体の(ドラゴン)へ挑み、打ち勝ったものは一握りに過ぎない。ゆえに『竜殺し(ドラゴンスレイヤー)』の称号は、英雄譚の中でも最も譽れ高き武勲として語り継がれることになる。それほどの強大な存在なのだ。

 

そして目の前に現れたそれは、熟練の冒険者である槍使いですら初めて見るほどの巨大さを誇っていた。紛れもなく成体の『火竜(レッドドラゴン)』である。それも大きさから察するに悠久の時を生きた、古の竜(エンシェントドラゴン)クラスだと思われた。

 

「じ、冗談じゃないわ……。なんでこんなところに」

 

その圧倒的な威容に、女魔術師は思わず息を呑む。

本来なら火山地帯や霊峰の奥深くに生息するはずの存在だ。財貨や宝物を好む性質があるため、その収集の目的で時折山奥から降りてくることがあると聞くが、それでもここまでの大物が人里近くまで現れることはまずあり得ない。

 

「やべぇな、こいつは……」

 

槍使いも顔を引きつらせながら、そう呟くしかなかった。

赤き竜はこちらの存在に気付いたのか、大空を旋回しながらゆっくりと近付いてくる。

まるで品定めをするかのように、あるいは獲物を見つけた歓喜に打ち震えるように、爛々と輝く瞳が真っ直ぐにこちらを見据えて離さない。

 

「……悪い冗談だ」

 

思わずゴブリンスレイヤーが漏らした言葉に、全員が内心で同意する。

 

「に、逃げましょう!」

 

女神官が叫ぶ。その声は恐怖のあまり上擦っていたが、的を得た判断ではある。

こちらはゴブリンの軍勢を相手取るために消耗しており、とてもではないがまともに戦える状態ではない。頼みの槍使いも負傷している上に、魔女と女魔術師の呪的資源(リソース)も底を突いている。女神官自身もすでに奇跡を二回使っており、残り一回しか行使できない状態だ。この状況で竜と相対するのは自殺行為に等しいだろう。

 

だが、全てが遅きに失していた。

ゴブリンスレイヤーたちは今や、赤き竜の射程内に完全に捉えられている。逃げる暇などありはしなかった。

 

「……ッ」

 

そしてついに、竜は急降下を開始した。

轟音と共に大気が震え、地上では風圧で土煙が巻き上げられる。そしてそれは一直線にゴブリンスレイヤーたちに向かってきた。

 

「伏せろ!!」

 

ゴブリンスレイヤーの声に反応して、その場にいた全員は一斉に地面に身を投げ出す。

次の瞬間、ゴブリンスレイヤーたちの頭上で凄まじい衝撃音が炸裂した。風圧が大地を押し潰し、衝撃波が地面を伝って全身を激しく揺さぶる。

 

「ぐぅっ……!?」

 

大地が揺れ動くような感覚に襲われ、ゴブリンスレイヤーたちは思わず苦悶の表情を浮かべた。やがて地響きが収まると、彼らは恐る恐る顔を上げる。

ゴブリンスレイヤーたちが立っていた場所は巨大なクレーターが出来上がっており、周囲の柵や草花は薙ぎ倒されていた。幸いにも直撃は免れたが、余波だけでこれである。もしも立ち尽くしたまま、あの竜の攻撃をまともに受けていたら、確実に命は無かっただろう。

 

「み、みんな無事……?」

 

「ああ、なんとかな……」

 

女武闘家の言葉に、槍使いを始め他の仲間も武器を支えに立ち上がり、お互いの顔を見て安堵の溜息をつく。女魔術師や女神官は足がすくんでしまったのか、へたり込んでしまったままだ。

だが、そんな彼らを嘲笑うように、再び上空から翼の羽ばたきが聞こえてきた。見上げれば、そこには先ほどよりもさらに高度を下げて迫る火竜(レッドドラゴン)の姿があった。

 

「おいおい、冗談きついぜ……」

 

絶望的な状況の中、槍使いは思わず天を仰いだ。

竜をよく見ると、その背には人型の影が見える。その輪郭の特徴は、先ほどまで戦っていたゴブリンの容貌そのものであった。

 

小鬼王(ロード)が…、ドラゴンに騎乗しているだと…!?」

 

ゴブリンスレイヤーが狼狽えながら、目の前の光景を信じられないという風に呟いた。

火竜(ドラゴン)に取り付けた手綱を握りしめているのは、確かにゴブリンだった。頭にはあり合わせのもので作ったのだろう、粗末な王冠を被っている。ゴブリンが持つものとしては似つかわしくない巨大な戦斧も携えており、その凶悪な刃が月光を受けてギラリと輝いていた。

 

 

§

 

 

小鬼王(ゴブリンロード)はいつになく気分が高揚していた。

外なる神より授かった奇跡により、畏怖の象徴でしかなかった(ドラゴン)を使役する術を得たのだ。

彼がこれまで渡り歩いた巣穴の中に、この火竜(レッドドラゴン)が君臨する神代の遺跡があった。君臨といっても特に何かをするという訳でもなく、他の怪物たちを威圧し畏怖させて遠ざけているだけであったのだが。当時は自身も『渡り』としてその巣の護衛をしていたが、ある冒険者たちによって壊滅させられてしまったのを覚えている。

 

彼は冒険者たちを引き付けて竜が鎮座する場所へと上手く誘導した。結果として冒険者たちは火竜(レッドドラゴン)によって全滅させられたが、小鬼王(ロード)自身もその巻き添えにされかけて命からがら逃げ延びた。消し炭にされかけたその時の恨みは決して忘れてはいない。いつか必ず復讐してやろうと誓い、だが何も手立てが無いまま時は過ぎていった。

しかし、まさかこのような形で叶うことになろうとは。

 

覚知神により与えられた託宣(ハンドアウト)に従うことで、計画を前倒しにすることができた。このまま街を襲撃して人族を蹂躙し、その跡地に自身を頂点とした王国を築く。男は食料とし、女は繁殖のための苗床とする。そして数を増やし勢力を拡大すれば、いずれは世界そのものを我が物にすることだってできるかもしれない。

 

━━フハハハッ!! いつも偉そうにふんぞり返っていたこの竜も、今では我の操り人形だ。もはや恐れるものなど存在せぬ

 

自身の夢が現実になる瞬間を目前に控え、小鬼王(ゴブリンロード)は口角が吊り上げてゲタゲタと高笑いをした。

そして真下にいる豆粒のような冒険者の一党を見下ろし、竜の手綱を強く引いて命令を下す。

 

━━手始めに貴様らから血祭りに上げてやる。我が同胞を虐殺した報いを、その身をもって味わうがいい!

 

 

 

竜が急降下を始める。ゴブリンスレイヤーたちへと迫り、そのまま彼らの真上に滞空した。彼らの頭上で、竜が大口を開けてその口元を光らせる。大気を全て飲み干すが如く、風が渦を巻いて吸い込まれていく。

竜が何をしようとしているかは明白だった。

 

「ひ……ッ!?」

 

「い、いと慈悲深き…地母神、よ、か弱き―――」

 

女武闘家が腰を抜かして悲鳴を上げ、女神官は恐怖に震えながらも咄嗟に祈りを捧げようと両手を組む。ゴブリンスレイヤーは即座に雑嚢から一つの巻物(スクロール)を取り出し、結び目を解こうとする。

 

━━何をしようと無駄な足搔きよ! 恐怖と絶望の中で悶え死ぬがよいッ!

 

小鬼王(ゴブリンロード)の言葉と同時に、竜の口から轟々と燃え盛る炎の奔流が吐き出された。それは渦を巻いて一直線にゴブリンスレイヤーたちへと伸びていく。灼熱の息吹がゴブリンスレイヤーたちに襲い掛かった。

 

「ぬおおおぉぉーッ!」

 

ドヴァーキンが雄叫びを上げて両手を構え、仲間たちの前に立つ。手の先が眩い光を放つと、魔力の障壁が生み出され盾となった。『魔力の砦』を二連の構えで展開し、ドラゴンブレスを受け止めようとする。

 

「ぐぅ……ッ!!」

 

竜の息吹(ドラゴンブレス)と『魔力の砦』がぶつかり合い、激しい衝撃音と瘴気が辺りを包み込む。

遅れて女神官の『聖壁(プロテクション)』が発動して、仲間たちを守る防護の壁が生まれた。『魔力の砦』と合わさって二重の防御となり、竜の息吹(ドラゴンブレス)と激しく拮抗する。

しかしそれも徐々に押し返されていき、長くは持ちそうにない。

 

その時、ゴブリンスレイヤーが矢の如く飛び出した。先ほどの巻物(スクロール)を素早く開き、竜に向けて掲げる。

その瞬間、巻物から閃光が広がり、轟音と共に凄まじい衝撃波が発生した。それは竜の息吹(ドラゴンブレス)とぶつかると壮絶にせめぎ合っていく。

 

転移(ゲート)》の巻物(スクロール)。失われた《転移(ゲート)》の呪文が記されており、冒険者にとって切り札とも命綱ともなり得る道具である。ゴブリンスレイヤーは魔女に高い報酬を支払って、その行先を海底へと接続させていた。彼は今、竜の真下からそれを解き放ったのである。

 

高圧の海水が凄まじい勢いで噴出し、竜の息吹(ドラゴンブレス)と相殺し合う。その威力は互角の様相を見せ、空中で激しくせめぎ合っていった。

あるいは竜が空中ではなく地上にいたならば、海水の勢いが勝り、竜ごと全てを押し流すことが出来たかもしれない。だが、いくら強力な水流でも重力には逆らえず、勢いが減衰して拮抗するだけにとどまってしまっていた。

 

やがて二つの攻撃は互いに打ち消し合って消え去り、蒸発した海水が霧となって周囲に立ち込めた。しかしそれも竜の羽ばたきによって即座に吹き散らされる。役目を終えた巻物(スクロール)も超自然の炎で焼かれて灰になり、風に散った。

 

ゴブリンスレイヤーたちは無傷で凌いだが、それでも安堵の表情を浮かべることは出来ない。目の前の脅威はまだ健在なのだ。

小鬼王(ゴブリンロード)は忌々しげに舌打ちし、憎々しい視線をゴブリンスレイヤーに向ける。

 

━━小賢しい真似を……! 冒険者如きがッ!!

 

おぞましい怒気を放ちながら、手綱を持つ手に力を込める。

再び竜が大口を開け、周囲の大気を吸い込み始めた。竜の喉が、胸が大きく膨らんでいく。そして口内に光が収束していった。

 

「おいッ!もう巻物(スクロール)()ぇのか!?」

 

槍使いが叫ぶ。ゴブリンスレイヤーは首を横に振って答えた。

 

「無い…。今のが最後だ」

 

彼の言葉に皆が絶望的な顔になる。ゴブリンスレイヤーは無駄な足掻きと知りつつも、弓を構えて矢を番えた。燃える水(ガソリン)も催涙弾も先の戦いで使い果たしてしまった。しかし”常に動き続けろ”という彼の先生の教え通り、最後まで諦めることなく竜の眼球へと狙いを定める。それを見た仲間たちも最後の力を振り絞り各々の武器を構えた。矢が、投石紐(スリング)が、槍が、限界突破(オーバーキャスト)による魔法の矢が、竜に向かって放たれていく。

だが、それらは虚しくも竜の鱗に弾かれていった。

 

━━無駄なことを……! 悪足搔きもここまでだ。塵一つ残さず消え失せるがいい!!

 

竜の瞳に光が灯る。彼らの奮闘も虚しく、全てを灰塵に帰す竜の息吹(ブレス)が放たれようとしていた。

もはや万事休すかと思われたその時、弾けるように飛び出した影があった。

 

 

 

Fus()(ファス)…』

 

力の言葉の一節目が震動と共に周囲に轟く。続けて二節目、三節目が紡がれていく。

 

『―― Ro(均衡) Dah(圧力)(ロォ・ダァァァァ)!!!』

 

叫んだ瞬間、声そのものが純粋な力の塊と化して、轟音と共に赤き竜(レッドドラゴン)へ強力に叩きつけられた。

流石に吹き飛ばされるとまではいかないが、それでも竜の巨体が大きく仰け反り、首が天を仰ぐ。放たれた竜の息吹(ブレス)も軌道が逸れて明後日の方向へと向かっていった。

 

━━な、何だとぉぉぉぉーッ!?

 

凄まじい衝撃に竜の巨体が激しく揺れ動く。小鬼王(ゴブリンロード)は必死に手綱を握って耐えるが、振り落とされないようにするだけで精一杯だった。竜自身も体勢を立て直そうと翼を激しく動かし、暴風が巻き起こる。

 

Joor(定命の者) Zah(有限) Frul(一時)(ジョール・ザハ・フルル)!!』

 

さらに間髪入れず、新たな叫びが響いた。不可視の衝撃波が竜の身体を打ち据え、その巨体が激しく揺さぶられる。翼を広げ必死に羽ばたこうとするが、まるで見えない重しを乗せられたかのように、空へと浮かび上がることが出来ない。【ドラゴンレンド】を受けて竜は苦悶の声を上げ、地上に向けて墜落していく。

 

まるで大地が鳴動するかのような地響きとともに、竜の巨体が地上に衝突した。その勢いのまま地面に大きな亀裂が走り、土砂が噴き上がって周囲一帯に降り注いでいく。

 

「きゃああっ!!」

 

女魔術師や神官たちが悲鳴を上げる。ゴブリンスレイヤーと槍使い、女武闘家は咄嵯に後衛の仲間を抱きかかえて庇うと、そのまま地面に伏せた。舞い上がった土煙のせいで視界が遮られる中、悲鳴にも似た竜の叫び声と激しい剣戟音だけが聞こえてくる。

やがて土埃が落ち着くと、そこにはドヴァーキンと赤竜(レッドドラゴン)が壮絶な戦いを繰り広げていた。

 

 

§

 

 

”シャウト”の使用はハルメアス・モラの影響力を強めることになる。

それを知ってからというもの、ドヴァーキンはシャウトの行使を極力控えるようにしていた。先ほどのゴブリンの軍勢との激戦でも、仲間の魔術や策略、持ち前のノルドとしての身体能力によって乗り切ることができた。

 

【ストームコール】や【動物の忠誠】、【時間減速】など戦況を左右し得る強力なシャウトを使っていたならば、戦いの決着はあっけないほど早くついていたことだろう。しかし、それは同時に強大なデイドラロードの力を高めることを意味する。

ハルメアス・モラは知識の収集以外のことには関心が低いため、世界が破滅するほどの危険は恐らく無いだろう。それでも、何をしでかすか分からないところがデイドラロードという存在の恐ろしいところだ。

 

ゆえにドラゴンからの猛攻にさらされながらも、シャウトを使うことには最後まで躊躇いを覚えていた。しかし、仲間を見殺しにして小より大を選ぶような非情さを、結局のところ彼は持ち合わせていなかったのだ。

ドヴァーキンは覚悟を決めて、シャウトの使用を決断した。

 

 

§

 

 

一方、ゴブリンスレイヤーたちはドヴァーキンと赤竜(レッドドラゴン)との戦いに魅入っていた。その光景はまさしく圧巻であり、冒険者の常識を超えたスケールの戦いが繰り広げられている。

 

振り下ろされる強靭な爪を盾で弾き、叫ぶと同時に不可視の衝撃波が放たれ竜を大きく怯ませる。巨大な質量同士がぶつかり合う衝撃に大気が震え、巻き上げられた砂塵が嵐のように吹き荒れる。竜の口から灼熱の炎が吐き出されるが、同じく火炎のブレス(ファイアブレス)を放つことで相殺し、竜と戦士は激しく打ち合いながら一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

「すげぇ……」

 

「凄い、わね…」

 

槍使いや魔女は唖然としながら呟くばかりだ。女武闘家や女魔術師に至っては言葉を失っており、今目の前で起きていることが現実だと信じられない様子だった。ゴブリンスレイヤーも兜で表情こそ見えないものの、微動だにしないところからして同じ気持ちなのだろうと察せられた。

 

(ドラゴン)の力を得た人、というより人の形をした(ドラゴン)といった方が適切な表現かもしれない。この戦いは人と(ドラゴン)の戦いではなく、(ドラゴン)同士の闘争である、そう錯覚してしまうほどの強大な力の応酬であった。

そんな中、女神官が口を開く。

 

「ドラゴン……ボーン……」

 

「えっ?」

 

「なんだそりゃ」

 

突然飛び出した単語に、女武闘家と槍使いを始め、皆戸惑ったように聞き返す。

 

「初めて角付き戦士さんと会った日に、彼から聞いたんです。『ドラゴンボーンという言葉を知っているか』って」

 

「ドラゴン…ボーン。つまり、生まれながらの竜、竜の血を引く者。そんなところかしら?」

 

「…それって、彼が竜の血筋、(ドラゴン)ってことなの?」

 

女神官の答えに女魔術師が顎に手を当てながら考察を述べ、女武闘家がやや戸惑い気味に尋ねる。

にわかには信じがたいが、今見ている光景からすれば納得できなくもない話ではある。

 

「まあ、あいつに直接聞いてみるしかねぇな…」

 

「そうだな」

 

槍使いとゴブリンスレイヤーがそう言って結論づける。推論であれこれ話すよりも、直接本人に問い質した方がいいだろう。冒険者たちは目の前で繰り広げられている神話の如き戦いを、固唾を呑んで見守るのであった。

 

 

§

 

 

赤き竜が怒涛の攻撃を放ってくる。鋭い爪による斬撃はもちろんのこと、巨大な牙を使った噛みつき、そして脚による踏みつけ、さらには竜の息吹(ドラゴンブレス)まで放ってくる。

それをステップで躱し、あるいは盾で防いで受け流す。竜の息吹(ドラゴンブレス)が放たれれば火炎のブレス(ファイアブレス)で押し返す。互いに一歩も譲らぬ攻防が続く。

 

「ぬぅん!!」

 

竜の顔を盾で殴りつけて怯ませると、その隙を突いて鋼鉄の剣を突き立てる。狙いすました一撃は竜の右目に命中し、深々と突き刺さった。

 

『GaaAAAA!!!』

 

竜が苦痛の叫びを上げて身を捩る。ドヴァーキンはその動きに合わせて素早く飛び退くと、転がっている巨大な棍棒を拾い上げた。先の戦いで小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)が使っていたものだ。それを大きく振りかぶると、渾身の力を込めて竜の頭へと叩きつける。

 

「ふんッッ!!」

 

鈍い音を立てて棍棒の先端がめり込む。竜の硬い鱗に阻まれて致命傷とはならないものの、その頭蓋を揺らし、着実にダメージを与えていく。その光景に、竜の背に騎乗していた小鬼王(ゴブリンロード)は驚愕を禁じ得なかった。

 

━━ば、馬鹿な…こんなことがあってたまるかッ!!

 

ただの只人(ヒューム)の戦士が、竜を相手に互角以上に戦っている。

いや、それだけではない。赤竜(レッドドラゴン)が、地上最強の生命体が、奴に怯えているようにすら見える。

あり得ないことだ。古の竜(エンシェントドラゴン)を単独で圧倒する者など、話にきく白金等級の冒険者くらいなものではないか。小鬼王(ゴブリンロード)は冷や汗をかきつつも、それでも何とか現状を打開すべく思考を巡らせる。

 

そうしている間にも、ドヴァーキンと赤竜(レッドドラゴン)の戦いは激しさを増していく。竜が巨大な尾を振り回して薙ぎ払ってきた。驚異的な速度で迫り来る鞭のような一撃を、ドヴァーキンは盾を掲げて受け止める。

 

「ぐぅっ……!」

 

凄まじい衝撃を受けて、ドヴァーキンは後方へ吹き飛ばされる。

だが、それで終わりではなかった。赤竜(レッドドラゴン)はその巨体からは想像もできない俊敏な動きで跳躍すると、そのまま空中を滑空しながら彼目掛けて急降下してきた。

 

Feim(幽体)(フェイム)!』

 

赤竜(レッドドラゴン)の強烈な踏みつけ(スタンプ)を【霊体化】を一節のみ紡ぐことで回避する。透けた身体は赤き竜の攻撃をすり抜け、その攻撃の勢いを利用して、逆に竜の腹を棍棒で強打(フルスイング)した。

 

『GYAAAAOOU!?』

 

予想外の反撃(カウンター)を受けた竜は、たまらず悲鳴を上げる。苦悶の声を上げて竜の巨体が大きく仰け反った。衝撃で棍棒が砕けるが、構わずドヴァーキンは素早く距離を取ると、再び力の言葉を紡ぎ、叫ぶ。自身が一番最初に覚え、最も頼りとしてきた”揺るぎなき”力の象徴――

 

Fus() Ro(均衡) Dah(圧力)(ファス・ロォ・ダァァァ)!!!』 

 

不可視のエネルギーの奔流が赤き竜を襲う。

 

━━ぬわぁあああッ!?

 

膨大な力の波動に飲み込まれ、小鬼王(ゴブリンロード)は絶叫を上げた。

全身がバラバラになりそうなほどの痛みが走り、赤竜(レッドドラゴン)から引き剥がされる。手にしていた戦斧が弾き飛ばされ、宙を舞って地面に突き刺さった。吹き飛ばされていく最中、小鬼王(ゴブリンロード)は竜の巨体が背中から大地へと叩きつけられるのを見た。

 

轟音と共に土煙が上がり、砂塵が激しく舞う。そしてドヴァーキンは、その隙を見逃さなかった。

すかさず小鬼王(ゴブリンロード)が手放した巨大な戦斧を拾い上げると、その刃を赤竜(レッドドラゴン)の頭上高くに掲げ、一気に振り下ろした。

 

「ぬぅううんッ!!」

 

渾身の力を込められた戦斧が、竜の脳天に直撃する。

その威力は凄まじく、轟音が響くと共に戦斧の刃は竜の頭蓋を叩き割り、頭部を完全に粉砕した。

竜の瞳孔が収縮し、その肉体が痙攣を始める。やがて動かなくなった赤竜(レッドドラゴン)は、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

 

もはや動く気配はない。完全に絶命したようだ。

それを確認したドヴァーキンは、ふっと息を吐き出すと構えを解き、しかし油断なく竜の死骸を見据える。

そこへ遠くから声が聞こえてきた。

 

「おーい!大丈夫かよぉ!」

 

見れば、離れて見守っていた仲間たちが駆けつけてくるところだった。

 

「ああ、なんとかな」

 

ドヴァーキンは仲間に向かって片手を上げ、返事をする。

擦り傷や切り傷こそあるものの、目立った外傷は見当たらない。竜相手に大立ち回りを演じたというのに、終わってみれば圧勝という結果であった。

逆に、周りは赤竜(レッドドラゴン)との戦いの余波で地面があちこち陥没しており、まるで戦場跡のような有様になっていたが…。

その事実を目の当たりにして、冒険者たちは驚きを隠せない。

 

「凄ぇなあんた。あの赤竜(ドラゴン)を相手によくもまあ……」

 

「本当に凄いです。まるで伝説の勇者様みたいでした……!」

 

感嘆の声を上げてドヴァーキンの肩を叩く槍使いと、目を輝かせながら尊敬の眼差しを向ける女神官たち。しかし、大地に横たわる赤竜(ドラゴン)の死骸が突然光を放ち始めたことに女魔術師が気付く。

 

「ち、ちょっと、あれを見てっ!」

 

彼女の言葉を受けて指し示す先へ視線を向けると、赤竜(ドラゴン)の身体が眩く発光して、そこから光の粒子が立ち上がっていくのが見えた。

 

「な、何が起こってるのっ!?」

「どうなってんだ、こりゃ!?」

 

困惑する冒険者たちの前で、赤竜(ドラゴン)から膨大な光の奔流が溢れ出し、まるで吸い込まれるようにドヴァーキンへと収束していく。

 

「こ、これは一体……!?」

 

超常的な現象に冒険者たちが驚愕している中、ドヴァーキンだけはこの光景に見覚えがあった。彼の体に光の粒子が吸収されていくにつれて、先程まで感じていた疲労感が消えていく。

そうして光が収まった時、そこには赤竜(ドラゴン)の亡骸だけが残されていた。

それを見届けると、ドヴァーキンは、ふぅと溜息を吐きながら――

 

(まさか、この世界のドラゴンの魂も取り込むことができるとはな……)

 

内心で、そんなことを考えた。

 

「……ん?」

 

ドヴァーキンは何かに気付き、仲間たちを見回すと、あることを確認するために声を掛けた。

 

「ゴブリンスレイヤーの姿が見えないようだが?」

 

「あ、ああ。そりゃあ……」

 

「……ええ。そう、ね…」

 

目の前で見た光景に驚いていた冒険者たちだったが、その言葉で我に返る。

 

「…彼が、誰だか、知ってる……、でしょ?」

 

艶やかな声で魔女が囁くと、その言葉でドヴァーキンも察したのか、ああ、と納得するように呟いてそれ以上は何も言わなかった。

 

「―――ゴブリンを、殺し(スレイ)に、行ったのよ」

 



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第一章最終話 ある冒険者の結末

 

━━どうしてこうなった!?

 

戦いが幕を下ろし、静寂に包まれた草原の中。

先ほど吹き飛ばされた時に強く叩きつけられたのだろう。折れた脚を引きずりながら、どうにか歩みを進める姿はあまりにも惨めだった。草をかき分け、頭から血を流しながらも必死に前に進む。

 

計画は完璧だった。牧場を襲い、家畜を喰らって腹を満たし、女を凌辱する。そうして士気を高め、竜を使って街を滅ぼし、そこを拠点として支配を広げ、最後にはゴブリンの王国を築く。そのはずだった。

 

━━ぐぅうッ……!!

 

腹部を襲った激痛に思わず苦悶の声が漏れ出る。折れたあばらが引っ掛かり、内臓を傷つけたようだ。

 

━━がはぁッ!!

 

口から鮮血が飛び散り、地面をどす黒く染め上げる。痛みに耐えかねて、彼はその場に倒れ伏した。それでもなお、足掻くようにして手を動かし、地面に爪を立てる。

まだだ、自分さえ生き残れば、きっとまたチャンスはある。こんなところで死ぬわけにはいかない。森へ、森の中へ逃げ込めば、洞窟に自分の巣穴がある。そこまで辿り着けば……。

 

今回は失敗した。しかし奴らの手口は学ぶことができた。次こそは上手くやる。次こそは――……

 

「――そう、考えるだろう事は分かっていた」

 

冷たく抑揚のない声が暗闇の中に響く。

その言葉と同時に、目の前の暗がりから黒い影が現れると、這いつくばる小鬼王(ゴブリンロード)見下(みおろ)しながら静かに歩みを進める。薄汚れた鎧に使い込んだ鉄兜、小振りの円盾を左腕に括り、中途半端な剣を携えた冒険者。

小鬼王(ゴブリンロード)は拙いながらも共通語が理解できる。目の前の冒険者は、先の戦いで散々自分たちに抵抗した戦士の一人だと分かった。

 

「ただ竜を使役するだけでは満足できない。わざわざ竜に騎乗したのは、自ら手を下す愉悦に浸りたかったが為だ」

 

淡々と言葉を紡ぎながら近付いてくる男の言葉からは感情を感じられない。それが余計に不気味さを醸し出していた。

 

「間抜けな奴め。その(こだわ)りさえ捨てていれば、逃げ切ることが出来たかもしれないものを……」

 

男は腰に差していた剣を引き抜くと、ゆっくりと腕を振り上げていく。刃の先端が月明かりを受けて煌めく。

必死に這おうと藻掻くも、先ほど吹き飛ばれた際のダメージが大きく、まともに動くことができない。身体を動かす度に全身を襲う激痛が彼を(さいな)む。

 

「ロード?馬鹿馬鹿しい」

 

男が吐き捨てるように呟く。小鬼王(ゴブリンロード)は恐怖で身を震わせながら、どうにか顔だけを持ち上げると、男の顔を仰いだ。

 

「お前は所詮、ゴブリンに過ぎん…!」

 

兜の隙間から覗かせた赤く光る瞳が小鬼王(ゴブリンロード)を射貫くように睨んでいる。その視線はゴブリンという存在に対する極めて強い憎悪のような念が込められていた。

 

━━殺される…!

 

本能的に悟った死への恐怖に心臓が激しく脈打つ。何とかこの状況を脱しようと、小鬼王(ゴブリンロード)は拙い共通語で命乞いを始める。

もうこんなことはしない。自分たちが間違っていた。森の奥に引きこもり、二度と人里へは出てきません。だから許して下さい。お願いします。何でもしますから――

もし体が満足に動いていたならば、その場でひれ伏していたことだろう。それほどまでに追い詰められた状況だった。だが彼の懇願に対して返ってきたのは無慈悲に振るわれた剣の一閃であった。

 

「GA…!!」

 

一瞬の出来事に理解が追い付かない。血飛沫が舞って視界が上下左右に激しく揺れ動く中、地面に首を失った胴体が倒れ伏しているのが見える。切断面から噴き出した血潮が大地を汚していき、小鬼王(ゴブリンロード)は自分の身に何が起きたのかをようやく把握した。

 

「お前の巣穴はこの先にあるんだろう?そこも必ず見つけ出して滅ぼす」

 

薄れゆく意識の中で小鬼王(ゴブリンロード)は問うた。こいつは何なんだ、と。

 

「俺は…小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)、だからな……」

 

もはや何も聞こえていないであろう小鬼王(ゴブリンロード)に対して、低く静かな声でそう告げると、男は踵を返し闇夜へと消えていった。

 

 

§

 

 

全てが終わった草原には、巨大な赤竜(レッドドラゴン)の亡骸が横たわり、無数のゴブリンの死体が転がっていた。崩壊した矢倉や焼け焦げた草木の跡、あちこち隆起したり陥没した地面などは戦いの凄惨さを物語っている。

 

「さて、何から話すべきか……」

 

シャウトはまだしも、竜の魂を吸収した現象については言い逃れできない。そもそもシャウト自体がこの世界の常識から逸脱したものなのだ。

説明を求めるかのように向けられる皆の視線を受けてなお、ドヴァーキンは少しの間押し黙る。しかし、もはや隠し通すことも無理だと悟り、深く息を吐き出すと意を決して語り始めた。

まず、自分が別の世界から来た者であること。その世界で自分は、ドラゴンボーンと呼ばれる存在だったこと。竜の血脈、竜神より与えられた恩恵により、本来なら習得することすら難しいはずの"シャウト"を自在に扱える力を得たこと。そして、この世界に転移してきた経緯と、帰還する方法を探るために冒険者になったこと――

 

なるべく分かりやすいように、慎重に言葉を選びながら、嚙み砕いて話していく。

あまり腰を据えて話をする場所でもないため、とりあえず要点だけ掻い摘んで説明するにとどめた。

 

「……つまり、あなたは界渡り(プレインズウォーカー)ってわけね?」

 

一通りの説明を終えると、女魔術師が確認するように訊ねる。彼女は説明の最中もずっと考え込むように、顎に手を当てて思案していた。ドヴァーキンの身に起きた出来事にどうやら思い当たる節があるようだった。

 

「ぷ、ぷれいんず……何?」

 

「…簡単に、言うと、次元を、渡り歩く、者。異なる、世界、からの、来訪者、ね」

 

初めて耳にする単語に首を傾げる女武闘家に、魔女はゆっくりと噛み締めるようにして教えてやる。

 

「理、から、外れた、存在。未知、の、探求者。盤上の、外に、出た、人たち。…そう、なれる、人、は、少ない、けど……」

 

「えぇ、その通りよ。今より遥か昔、魔法の時代と呼ばれていた頃には、多くの偉大な魔術師が界渡り(プレインズウォーク)を成し遂げたとされているわ」

 

魔女の言葉を引き継ぐように女魔術師が答える。賢者の学院で学んだことの受け売りだけどね、と付け足しながら。

彼女曰く、遥か昔、神々が地上から姿を消して直ぐの頃、偉大な魔術師たちが相争って互いの力を高め合っていた時代があった。今では失伝してしまった魔法や技術もその当時に生み出されたものらしい。《転移(ゲート)》の呪文もその一つだという。

 

争いが激化するにつれ、魔法は更に洗練されていき、やがては地形すら変えるほどの大規模な破壊を生み出すようになった。このままではいずれ世界そのものが崩壊してしまうだろう、とまで危惧されたが、ある時を境に偉大な魔術師たちはこの世界の外へと出ていくようになる。彼らは己の技術をより高めるために、あるいはただ単純に刺激を求めて、次々と世界を飛び越えていった。

次元を渡れるほどの力を持つ魔術師は皆、この世界から姿を消し、それとともに彼らが編み出した強大な魔法の数々もまた失われてしまったのだという。

 

「……界渡り(プレインズウォーク)、か。それを調べれば、元の世界に戻る手段が見つかるかも知れないな……」

 

ドヴァーキンが独り言のように呟く。その声音には期待や不安といった感情が複雑に入り混じっているように見えた。

 

「でも、どうやって調べるの?学院の文献にも詳しい方法とかは載っていなかったわよ」

 

「そうだな……。遺跡を巡って、古代の書物などを発見できれば何らかの手掛かりが得られるかもしれない。なんにせよ、当面は冒険者として活動するつもりだ」

 

雲を掴むような話ではあるが、それでも可能性がある以上、試さないという選択肢はない。少なくとも、次元を渡る方法がかつて存在したと分かっただけでも大きな収穫だ。

 

「それなら心当たりはある」

 

暗闇の向こうから低く響く男の声が聞こえてきた。薄汚れた鎧に鉄兜を被った男がずかずかと近づいてくる。

 

「…ゴブリンスレイヤーか、そちらも終わったようだな」

 

ゴブリンスレイヤーは軽く首肯すると、小鬼王(ロード)を始末した旨を伝える。そして先ほどの『心当たり』について語ってくれた。

 

「世界の外へ旅立った女性を知っている。俺がまだ駆け出しだった頃の話だ」

 

「それは本当か!?」

 

ゴブリンスレイヤーの言葉に、ドヴァーキンが身を乗り出すようにして食いつく。

彼曰く、街の郊外に彼女が住んでいたあばら家があるらしい。もっとも何年も前の話なので、今がどうなっているのかは分からない。秘蔵していた書物もギルドを通じて各神殿などに寄付したので、仮にあばら家が残っていたとしても、もぬけの殻になっているだろうとのことだ。

 

「なるほど…、しかし何か手掛りが残っているかもしれん。行ってみる価値はありそうだな」

 

ドヴァーキンが思案するように顎に手を当てる。たとえ望みが薄くとも、少しでも可能性があるならそれに賭けてみたいというのが彼の心情であった。

 

「そう、あの人、ね」

 

「ああ」

 

ゴブリンスレイヤーの話を聞いていた魔女が納得した表情を浮かべる。彼女も界渡り(プレインズウォーク)を成した女性を知っているらしく、二人はどこか懐かしむように言葉を交わしていた。

 

「それにしても、この時代に界渡り(プレインズウォーク)を成し遂げた人がいたなんてね」

 

女魔術師は現代に界渡り(プレインズウォーク)を成し遂げた人物がいる事実に驚きを隠せない様子だった。

界渡り(プレインズウォーク)は決して良い事ばかりではない。次元を越えれば理も異なるのは勿論、世界のあり方も違う。世界の法則が変われば、四方世界の呪文をそのまま唱えても効果がない。"奇跡"はおろか"精霊魔法"すら全く使えなくなるだろう。そもそも人すら存在しない世界へ放り出される可能性だってあるのだ。

 

ドヴァーキンがいい例だろう。ドラゴンがこちらの世界にも居る為かどうかは分からないが、”シャウト”は問題なく使用できるのに対して、マジカに依存する魔法は相当な制限を受ける羽目になった。マジカの供給が完全に遮断されていたならば、いくら符呪で消費量を軽減したとしても、最悪魔法を使えない事態に陥っていたことだろう。

 

そうしたリスクを冒してまで異世界へ渡る者は滅多にいない。いたとしても余程の変人か、この世界を調べ尽くした探求者くらいのものだ。女魔術師が驚くのも無理はなかった。

 

「まあともかく、倒したゴブリンの数を確認して、とっととギルドに報告しようぜ。さすがにくたびれちまった」

 

槍使いは肩に槍を担いで伸びをしながら、気怠げな口調で言った。流石に連戦続きで全員が疲労困憊の状態だ。早く宿に戻って休みたいというのが本音だろう。

 

「それもそうだな」

 

ドヴァーキンも同意を示す。特に後衛の魔法職は限界突破(オーバーキャスト)まで行使しているので、体力、精神力ともに消耗も激しいはずだ。実際こうして立っているのもやっとといった感じである。

 

「待て!……見ろよ、団体さんのご到着だぜ」

 

槍使いが苦笑しながら街の方角を指差す。視線を向ければ、暗闇の向こうから松明を掲げた集団が現れた。槍や剣盾、長弓で武装した兵士の一団だ。数は30人ほどだろうか。

赤竜(レッドドラゴン)の出現は当然街からも観測できたはずなので、恐らく討伐隊が派遣されたのであろう。ゴブリンが相手ならまだしも、赤竜(レッドドラゴン)ともなれば重い腰を上げるのも仕方のない話だ。

 

「これを説明するのは骨が折れそうだな……」

 

「まったくだぜ、こちとら早く帰って休みたいってのによ」

 

ドヴァーキンのぼやきを聞いた槍使いはやれやれといった感じで肩をすくめ、面倒臭そうにため息をつく。

それから間もなくして、一行は衛兵たちに包囲され、事情を説明させられる羽目になった。銀等級である槍使いやゴブリンスレイヤーが率先して応対し何とか事なきを得たが、さすがに赤竜(レッドドラゴン)の討伐をたった七人、しかも半分以上が低階級の冒険者で成し遂げたなどという現実離れした話をすぐに信用してくれるわけもない。

 

結局、その日は夜遅くまで事情聴取を受け、街に戻る頃にはすっかり日付が変わっていた。本来なら祝杯でも挙げて勝利の宴をしたいところだが、疲れ果てた彼らにそんな元気は残っていなかった。

街の明かりはすっかり消えていたが、冒険者ギルドの灯りだけが煌々と輝き、冒険者たちを出迎えてくれた。

 

 

 

 

「皆さん!…ご無事で何よりですっ!」

 

冒険者ギルドに入るなり、受付嬢が駆け寄ってきた。目元には大粒の涙を浮かべて、声も上ずっている。ぐすぐすと涙を流しながら、ゴブリンスレイヤーたちの生還を心から喜んでくれているようだ。

 

「いやぁ、なんのなんの!俺たちにかかれば(ドラゴン)やゴブリンなんて朝飯前ですよッ!」

 

先ほどまでの疲れ切った顔から一転して、槍使いは受付嬢に猛烈なアピールを始める。顔はだらしなく緩み、鼻の下を伸ばしていた。その変わり身の早さに、他の面々は呆れを通り越して感服する他ない。

 

「え、えぇ。それは頼もしい限りです…」

 

若干引き気味の表情で、それでも笑顔で応じる受付嬢だったが、ゴブリンスレイヤーの姿を目にすると、ぱっと花が咲いたような満面の笑みを見せた。

 

「ゴブリンスレイヤーさんも、お帰りなさいっ!よくぞご無事に戻られましたね!!怪我とかしていませんか?」

 

「問題ない」

 

ゴブリンスレイヤーはいつも通りの淡々とした調子で答える。相変わらず愛想というものが皆無だった。しかし、それすらも彼の魅力だと言わんばかりに、受付嬢は嬉しそうな様子だ。槍使いがぐぬぬと歯噛みするのを尻目に、ドヴァーキンが割って入る。

 

「詳細な報告は明日改めて、ということでいいか?」

 

「はい、大丈夫です!皆さんもお疲れでしょうから、今日はゆっくり休んでください」

 

「そうさせてもらおう。宿に戻り次第、すぐ休むつもりだ」

 

ドヴァーキンは、疲労困憊の様子の仲間たちを気遣うように言った。彼の言葉に、仲間たちも次々と同意する。

 

「そうだな、今夜はしっかり体を休めて、明日改めて勝利の美酒といこうぜッ」

 

「そうですね、私もなんだか急に眠くなってきちゃいました」

 

「では、解散とするか」

 

「「はい」」

 

こうして戦いの報告を終えた一同は解散し、それぞれ休息を取るために牧場や宿に戻った。寝床に入った途端に緊張の糸が切れたのか、全員が泥のように眠りにつき、翌朝過ぎても目を覚ますことはなかったという。

 

 

§

 

 

仲間と別れ、ドヴァーキンは一人ギルド上階の宿の一室へと戻って来た。

扉を開けて中に入ると、返り血に汚れた体を拭う。しかし寝台に身を横たえようとはせず、ある一点を見つめたまま、微動だにしなくなった。その視線の先にあるものは使い込まれた箪笥。彼はその箪笥に向かって、低く静かな声色で語りかけた。

 

「姿を見せたらどうだ?そこにいるんだろう、ハルメアス・モラ――」

 

ドヴァーキンがその名を口にした瞬間、突如として箪笥の扉が開かれ、そこから黒く蠢く触手が飛び出してきた。中心部には巨大な目があり、湧き立つ無数の目と共にドヴァーキンを凝視してくる。知らない者が見れば卒倒しかねない光景だろうが、ドヴァーキンは動揺することなく、静かにそれを見据えていた。

 

よくぞ我が存在に気付いた。目を見張るほどの、成長ぶりだな

 

黒い触手と目玉の塊が喋り出す。ねっとりとした声色は聞く者の背筋を凍りつかせるものだったが、ドヴァーキンは眉一つ動かすことなく受け答えをする。

 

「白々しいことを……。ドラゴンが現れ、それを小鬼如きが操っていた。お前の仕業であることぐらいは容易に想像がつく」

 

ミラークに"服従"のシャウトを教えたのは、目の前にいるこの怪物である。さすがにシャウトそのものを小鬼が扱えるとは思わないが、この世界にはシャウトによく似た性質を持つ”魔法”が存在する。恐らくは何らかの方法で小鬼王(ゴブリンロード)に力を貸していたに違いない、と推測していた。

 

ふむ、察しが良いな。それでこそ我が勇者に相応しいと言える。お前のおかげで、我もこうして現界することができた。礼を言うぞ、ドラゴンボーンよ

 

これまではドヴァーキンの夢の中だけでしか相見ることができなかった存在。それが今まさに現実のものとして顕現し、その威容を露わにしている。湧いては消える無数の目と、不気味に蠢く触手の集合体。それは見る者に嫌悪感を与えると同時に、畏怖や恐怖といった感情を抱かせるに十分すぎる光景だろう。

結局全てがこの悪魔の掌の上だったというわけだ。ドヴァーキンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたが、それでも冷静に言葉を返した。

 

「一つ聞きたいことがある。シャウトの行使が貴様との呪縛を強めるということだが、それは連続的な使用によってのみ起こるものだな?」

 

ふむ……どういう意味だ?

 

「そのままの意味だ。ミラークから得た知識と力を使ってのシャウトの連続使用、つまりそれまでの負荷(クールタイム)を無視した行使によってのみ呪縛が強まるのだな?」

 

ドヴァーキンの言葉に、ハルメアス・モラは沈黙する。その反応こそが何よりの回答だった。

赤竜(レッドドラゴン)との戦いでシャウトを使った時、最初の"揺るぎなき力"、そして”ドラゴンレンド”の後に使用したシャウトでは呪縛が強まった兆候(サイン)はなかった。それ以外の連続しての使用の際は、明らかに呪縛が強まった脈動を感じとれたというのにだ。先日の赤ん坊誘拐事件の時にも同様の違和感があった。このことから導き出される結論はただひとつ。

 

竜言語の知識を利用せず、シャウトの使用後に一定の間隔(クールタイム)を開ければ、呪縛を気にせずにシャウトを行使できるということである。何のことはない、元々の生来の恩恵のみで行使していた時と変わらないということだ。

 

ドヴァーキンの問いに対し、ハルメアス・モラはしばしの間黙っていたが、やがて観念したかのように口を開いた。

 

……ほう、まさかそこまで理解しているとは。なかなか優秀なようだ。ますます気に入ったぞ、ドラゴンボーンよ。そうだ、その通りだ。お前は今、一つの真理に到達したと言ってもいい

 

相変わらずの尊大な態度だが、どこか感心したような響きが感じられる。都合の悪い事実を指摘されたにもかかわらず、余裕を崩さないのは流石と言うべきだろう。改めて油断ならない相手だと再認識する。

 

この世界は"まだ見ぬ脅威"に満ちているようだ。それを前にして、どこまで己の力のみで抗えるのか……楽しみにしているぞ、ドラゴンボーンよ。我は、お前の動向を常に見守っている――

 

そう言い残し、ハルメアスは箪笥の中へと戻っていった。扉が閉じられ、完全に気配が消え去った後、ドヴァーキンは小さくため息をつく。結局、あの悪魔の力が高まるのを阻止できなかった。しかしだからといってこのまま手をこまねいているつもりはない。

 

今はまだ、ドヴァーキンという存在に紐づけられており、それを通してでしかこの世界へ干渉することはできないようだ。だがこのまま力が増大すれば、それすらも振り切れるかもしれない。そうなったら、もはや手遅れだろう。少なくとも、シャウトの使い過ぎによる奴の影響力の拡大だけは絶対に防がなければならない。

 

そして、ハルメアス・モラの言っていた"まだ見ぬ脅威"という言葉が気にかかる。それがどのようなものなのかは不明だが、少なくともその言葉には並々ならぬ重みがあった。ドヴァーキンは寝台に身を横たえながら、これからどう動くべきか考えを巡らせるのであった――……。

 

 

§

 

 

「よっしいくぜ!俺たちの勝利と、牧場と、街と、冒険者と――」

 

翌日の夜、冒険者ギルドの酒場に集った七人の冒険者たちは、各々の杯を手に槍使いの音頭を今か今かと待ちわびていた。冒険者だけでなく、牛飼娘も同席しており、皆が一様に笑顔で彼の方を見つめている。

 

「いっつもいっつもゴブリンゴブリン言っている”変なの”と……」

 

槍使いは手に持った杯を掲げると、ドヴァーキンを見据えながら声高らかに宣言する。

 

「誉れ高き"竜殺し(ドラゴンスレイヤー)"の栄光と名誉を祝って!」

 

それに続き、他の七人もそれぞれの手にした杯を掲げて歓声を上げた。

 

「「かんぱーい!!」」

 

槍使いの音頭に合わせて皆一斉に飲み干す。その勢いのままに次々と注文が入り、勝利の宴が始まった。

 

「ん~やっぱり皆と食べるご飯は美味しいね。あ、これも注文しちゃおっと!」

 

料理を口に運びつつ、牛飼娘は満足げに微笑む。彼女は普段伯父とゴブリンスレイヤーとしか食事を共にすることがない。だからこそ、このように仲間と賑やかに談笑しながらの食卓というものは、彼女にとって貴重な時間であり心から楽しめるものであった。

 

それからしばらくの間は、互いに互いの健闘を称え合う時間となった。

 

「お二人とも凄かったです。銀等級の方たちにも負けないくらいの活躍でしたね!」

 

女神官と女魔術師、女武闘家は初期の一党仲間(パーティ)ということもあり、特に盛り上がっている。

 

「当然よ!……って言いたいところだけどね。正直この杖に助けてもらった感じだもの。素直に喜べないわ」

 

「あたしもこの籠手がなかったら危なかったかも。本当に助けられたわ」

 

二人は苦笑いを浮かべる。戦いの前にドヴァーキンから渡された装備一式がなければ、あれほどまでに善戦することは難しかっただろう。

 

「そんなことありませんっ。どんな優れた道具や武器だって、使う人次第です。お二人の力があればこそですよ」

 

女神官が身を乗り出しながら熱弁を振るう。その表情は、まるで自分のことのように誇らしく思っているようだ。

 

「そう言ってもらえると嬉しいけど……。ねぇ?」

 

「えぇ。ありがたく受け取っておくことにするわ」

 

女武闘家と女魔術師は謙遜しつつも感謝の言葉を述べた。そして返すように、女神官を褒め称える。

 

「でもあなたの方こそ大活躍だったじゃない。私達の中で一番活躍したのは、間違いなくあなたでしょう?あなたの"奇跡"のおかげで皆が助かったんだもの。もっと自信を持っていいと思うわ」

 

「うんうん、田舎者(ホブ)(ドラゴン)の攻撃を防げたのは、あなたがいたからこそだよ。あたしたちなんかよりずっと頼りになるもん」

 

女武闘家も同調するように何度も首を縦に振る。

 

「そ、それはわたしの力ではなくて、地母神様のお導きによるものでして……」

 

急に褒められ、照れたのか顔を赤くして俯く。その様子は年相応の少女らしい愛らしさが感じられるものだった。

 

「はいはいお嬢ちゃんたち、もっと飲んで食べて騒ごうぜ。まだまだ夜はこれからだろ!?」

 

テーブルに身を乗り出した槍使いが、三人の会話に割り込む。彼はすでに酔いが回っているようで、顔は真っ赤になっていた。

追加で頼んだ銘酒の栓を次々と開けていき、杯を重ねていく。

 

「ご、ゴブリンスレイヤーさんっ、大丈夫なんですか?」

 

「何がだ」

 

小声で話しかけてきた女神官の声に、ゴブリンスレイヤーはいつも通りの淡々とした口調で応える。

 

「お、お金……とか?」

 

「問題はない」

 

豪快に杯を進める槍使いを前に、彼女が何を気にしているか察しがついた。ゴブリンスレイヤーはこっくりと頷きながら、静かに呟く。

 

「最初に交渉した通り、支払済みだ」

 

「………?」

 

「一杯、奢った」

 

「あ…!」

 

女神官は思わず口元を抑えた。彼女の視線の先では、魔女が上酒の最初(・・)の一杯をじっくりと味わうようにして、少しずつ口に運んでいる。彼女はきっと全部分かっているのだろう。

 

「それにしても、あんたがまさか竜殺し(ドラゴンスレイヤー)だったなんてなぁ、人は見かけによらないもんだぜ」

 

酔って陽気になった槍使いが、隣の席に座っているドヴァーキンに絡んでいた。

 

「ホントにね、あなたの恰好からはとてもじゃないけど信じられないわ」

 

彼の言葉に便乗するように、女魔術師もクスリと笑う。

角付き鉄兜に薄汚れた鎧はとても竜殺し(ドラゴンスレイヤー)に相応しい装備には思えない。そこらの新人冒険者の方がよっぽど良質な装備を身に付けているだろう。

 

「この装備には俺も愛着があるのでな。それに、見た目通りの性能とは限らんぞ」

 

そういって当の本人は、何食わぬ顔でジョッキを傾ける。実際、彼は優れた鍛造技術と符呪の力を身に付けている。彼自ら鍛錬し強化された鎧や兜、籠手は並大抵の魔法具などよりも遥かに高い性能を誇っているだろう。

 

「そういえば、あなたの素顔ってまだ見たことないわよね」

 

女魔術師はふと思い至ったかのように言う。

 

「確かにそうだよね……。あたしも全然見たことないや」

 

女武闘家もそれに同調して、興味津々といった表情でドヴァーキンを見つめた。何だかんだで、彼女たちも酔いが回ってきたようだ。

 

「別に隠しているつもりはないのだがな」

 

「じゃあ、兜取って見せて下さい。それくらいならいいでしょ?」

 

女武闘家は悪戯っぽい笑みを浮かべて、ずいっと身を乗り出す。

 

「……まあ構わんが」

 

ドヴァーキンは苦笑いすると、小さく息を吐いて、ジョッキをテーブルに置いた。そしておもむろに鉄兜に手をかける。ゆっくりとそれを外し、テーブルの上に置いた。切り揃えられた金髪に、精緻に整った彫りの深い端正な顔立ち。瞳の色は深い青色で、その眼差しからは強い意志が感じ取れる。美形、というよりは精悍という言葉が似合う容貌をしていた。

 

「「……!」」

 

「あら、やっぱり……。結構、男前…、よ、ね」

 

ドヴァーキンの顔を見た女魔術師や女武闘家は一瞬固まっていたが、すぐに頬を赤く染めながら顔を背けた。対して魔女はというと、どこか納得したような様子でうんうんと首を縦に振っている。

 

「おぉーーッ!」

 

突然、周りで様子を伺っていた冒険者たちが、一斉に歓声を上げた。

何事かと彼らの視線を追えば、なんとゴブリンスレイヤーまで兜を脱いでいるではないか。

その隣では彼と問答していた女神官が、赤くなった頬を隠しもせずに見つめている。

 

「わ、わ、わ!?すごい、貴重ですよ!」

 

「え?あ……そうかも…」

 

受付嬢も興奮気味に声を上げる。対して牛飼娘は普段見慣れているからか、割と淡泊な反応だった。

 

「マジか!? あいつがあのゴブリンスレイヤーかっ?! 」

「ちくしょう!俺は大穴で女に賭けてたのに……!」

「あの、角付き兜の戦士も兜を外しているぞ!?」

 

周りの男たちが口々に囃し立てる中、様子見をしていた冒険者たちがゴブリンスレイヤーやドヴァーキンの下に我先にと駆け寄っていく。

 

「ちょ、ちょっと待て、抜け駆けはずるいぞ! 」

「待って、あたしだって見てみたいのに~!」

 

見知った顔や見知らぬ顔が寄ってたかって、彼らを揉みくちゃにする。

 

「?どっかで見たような……?クソッ……!なんか気に入らん!!」

 

「ふふ、妬かない、の」

 

槍使いが不機嫌そうに眉間にシワを寄せ、魔女がそんな彼を宥めるように肩を叩く。

冒険者ギルドがいつにない喧騒に包まれていた。賑やかに騒ぎ立てる冒険者たちの中で、当の本人たちはいつも通り平然と佇んでいる。

 

きっと明日になれば、いつもの日常に戻っているだろう。だが、ドヴァーキンを取り巻く環境は、ほんの数日前とは比べ物にならないほど大きく変化していくことになる。

 

赤竜(レッドドラゴン)、しかも古の竜クラス(エンシェントドラゴン)を一介の冒険者が倒したという荒唐無稽な話は、冒険者ギルドとしても街としても、すぐには受け入れられない事実だった。

しかし、実際に起きた出来事は変わらない。(ドラゴン)が現れ、その亡骸まで確認された以上は、それをただの与太話だと一蹴するわけにもいかないのだ。

 

銀等級がその場に居合わせたことで、当初は彼らの功績と認定されそうになったが、その彼らが口々に否定したことから、最終的には時間をかけて検分し、真実かどうかを確かめていく運びとなった。

 

しかし人の口に戸は立てられぬもので、あっという間に噂は広がり、やがては街中に知れ渡ることになる。名も知れぬ冒険者が(ドラゴン)を退治したという分かりやすい英雄譚は、彼の異名とともに吟遊詩人たちの手によって歌や物語として語られ、多くの人々に知られていく。

 

これは後に『ドラゴンボーン』と呼ばれるようになる冒険者の、まだ誰も知らない英雄譚の始まりであった――。

 




これにて牧場防衛戦は終了です。
前にもお伝えしていた通り、ここを区切りとして更新はしばらく休もうと思います。

ドヴァーキンという存在は描写的に扱いにくいものでした。彼が本気を出せば小鬼王(ゴブリンロード)戦すらあっという間に決着がついてしまうので。
ストームコールで雑兵を淘汰し、小鬼騎兵(ライダー)は動物の忠誠で無力化し、といった具合に。

しかしこの作品を書く前からイメージしていたドヴァーキンというのは、まさにそのくらいの強さはあって当たり前だと思っていたので、そのギャップに悩まされました。それに折り合いがつくまでは、更新を続けることができないと判断しました。

キャラの描写も上手く書こうとして、返って不自然になってしまった部分もあり、見苦しい思いをさせてしまったことを深くお詫び申し上げます。


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第二章
第1話 界渡りの鍵


スカイリムAEで大分充電できました。
少しずつ投稿していきます。


 

ここではないどこか。ずっと遠くて、すごく近い場所で。

神さまたちは巨大な四角い盤面である世界と、そこに生きる駒たちを眺めながら、今日も飽きずにコロコロと、骰子(サイコロ)を振り続けます。

 

その結果次第で愛する駒たちの運命が決まるのですから、それはもう真剣そのものです。良い目が出れば飛び跳ねて喜び、悪い目が出たら頭を抱え込んで嘆き悲しみます。その結果に一喜一憂するうちに、ある神さまが見慣れぬ駒が一つ紛れ込んでいることに気づきました。

 

いったいどこから来たのか、なぜここにいるのか……その理由すら判りませんでした。ただひとつだけ確かなことは、その駒はこの世界のどこにもない不思議な力を秘めていて、その力を使えば使うほど、その駒の背後に黒い染みのようなものが広がり始めていることでした。

 

これは困ったことになったぞと、神さまたちは大慌てで対策を練り始めます。このままではいずれ良からぬことが起きるに違いない。なんとかしてこの駒を取り除かなくては、愛する駒たちまで巻き込まれてしまいかねません。

 

――そう危惧した神さまたちは、ついに苦渋の決断を下しました。

 

この謎の駒は危険すぎる、だから今のうちに取り除いてしまおう。《真実》の神さまがそう告げました。反対意見も少なからずあったものの、大勢の神々がその案に同意します。彼の赴く先に強大な力を持つ駒や怪物を配置して、あの駒を排除してしまおうというわけです。

 

かくして物語は大きく動き出していきます。しかし、それがやがて大きな災厄(トラブル)を巻き起こすことになるとは、神々ですら予想だにしなかったのでした―――

 

 

§

 

 

『小鬼殺しの鋭き致命の一撃(クリティカルヒット)が、小鬼王の首を宙に討つ――』

 

昼も下がり、太陽が西へと傾き始めた頃合い。只人(ヒューム)の都の大路で、吟遊詩人は朗々と謳うように語り続ける。

ぽろろん、とリュートの弦を弾き、曲調に合わせるように声色を変える。

 

『――かくて小鬼王の野望も終には潰え、救われし美姫は、勇者の胸に身を寄せる』

 

勇壮で物悲しい旋律に乗せて語られる英雄譚。

周囲には人だかりができており、通りすがりの人々が立ち止まって耳を傾けていく。そんな彼らの反応を見て取った吟遊詩人は、満足げに口元を緩めると、更に物語の終節へと語らいを進めていく。

 

「辺境の勇士、小鬼殺しの物語より…、まずはこれまで…」

 

そう締め括られると同時に、ぱちぱちとまばらな拍手が湧いた。吟遊詩人が優雅に一礼すると、彼の前に置かれていた大皿へ人々が小銭を投げ入れ始める。吟遊詩人はそれを恭しく受け取め、微笑を浮かべたまま観衆に向けて声を張り上げた。

 

「続いてこれは私のお気に入り。私たち皆が大好きな、英雄を称えた、叙情歌です」

 

おおーっ!! 観衆たちが一斉に歓声を上げる。その期待に応えるかのように、彼は再びリュートを構え直すと、今度は力強く指を走らせ、声高らかに歌い上げる。

 

『戦士の心臓を、英雄は――』

 

吟遊詩人の声色が、先程までのものより一層高く澄んだものへと変化していった。

人々の意識もまた、吟遊詩人の歌に集中し、ざわめきが静まり返っていく。誰もが固唾を飲み込み、吟遊詩人の言葉に聞き入っていた。

 

題目は『ドラゴンボーンが来る』

 

力強いリズムと共に、詩句が紡がれていく。ノルドという種族に伝わる”声秘術”を持って、邪悪なものを滅ぼす、 勇敢なる戦士の到来を祝う歌であった。

ぽろん、ぽろろん、と、弦の音が鳴り響く。その音色に合わせて、吟遊詩人が声色を変えて語りかける。

近場の露店で品定めをしていた冒険者も、買い物を終えて帰ろうとしていた婦人たちも、大路を行き交う旅人たちも、老若男女問わず、誰一人としてその場を離れようとしない。吟遊詩人の前に集まり、じっと言葉に耳を傾けている。

 

『―――ドラゴン、ボーン…』

 

そして、吟遊詩人が語り終えた瞬間、わあっ! と、割れんばかりの喝采が巻き起こった。人々は興奮冷めやらぬ様子で次々と賞賛を口にしていく。

 

「いいぞ、兄ちゃん!」

「最高だったぜ!!」

「また聞かせておくれ、次も楽しみにしてるからねぇ」

 

口々に褒め称えられ、称賛を浴びながら、吟遊詩人は深々と一礼する。音を立てて硬貨が大皿に投げ込まれ、ざわめきと共に人が散っていった。

 

――いやぁ、今日もいい稼ぎになった。

 

お捻りを拾い集めながら、吟遊詩人はほくそ笑む。

王都の防護の及ばない危険な辺境の地で、損得抜きにゴブリン退治を引き受ける銀等級の冒険者。

そして風のように現れ、古の竜を屠ったという、竜の魂を持つ戦士。

吟遊詩人にとってこの上ない商材である。耳にした噂話を元に、脚色を加えながら物語を語り継ぐ。英雄譚を欲する民衆たちには、吟遊詩人の語る叙事詩はどれもこれも大人気であった。

 

「………ねぇ」

 

ふと、吟遊詩人は背後からかけられた声に振り返る。

そこに佇んでいたのは、外套で頭からすっぽりと全身を隠した小柄な人物だ。声色から察するに女性だろう。

 

「今、歌っていた冒険者だけど、ホントにいるの?」

 

「はい?……ああ、勿論だとも。ここから西の辺境へ、二、三日ばかり行ったとこの街さ」

 

先ほどの叙事詩は、伝え聞いた風聞をまとめたものだ。吟遊詩人胸を張って自信たっぷりにそう答える。

 

「……そう」

 

女性は小さく呟くと、被っていたフードを外した。

さらりとした白緑色の髪がこぼれ落ち、陽光に煌めく。笹葉のような長い耳と、白い肌に翠眼、整った顔立ちの少女だ。年の頃は十七かそこらだろうか。吟遊詩人が思わず見惚れてしまうほど、美しい少女だった。

 

「おぉ……」

 

「どうもありがとう、助かったわ」

 

少女は軽く会釈すると、吟遊詩人の横を通り過ぎて人混みの中へと消えていく。吟遊詩人はその背を見送りながら、ほうっとため息をついた。

 

「……あれが上森人(ハイエルフ)、か。初めて見たなぁ」

 

普通の森人(エルフ)よりも一際長い耳とほぼ永遠に近い寿命を持ち、卓越した弓の腕前と優れた容姿を持つとされる種族だ。排他的な気質のため、滅多に人里に姿を見せることはなく、森の奥深くに隠れ住んでいると聞く。吟遊詩人はしばしその場に立ち尽くしていたが、やがて我に返ると頭を振って気を取り直す。

 

「まあいいか。それよりも……」

 

吟遊詩人は再び大皿へ視線を落とし、硬貨を拾い集める作業に戻った。その日暮らしの詩人にとって、上森人(ハイエルフ)よりも小銭の方が何より重要なのだのだろう。彼はいそいそと大皿の中身をかき集め、それを懐へ収めると、次の稼ぎ場を探して足早に立ち去っていった――

 

 

§

 

 

辺境の街の外れ、牧場とは真反対の位置にある、小川の傍にひっそりと建つ廃屋。

人の手を離れて久しいのか、水車には苔が生え、窓枠はひび割れ、屋根は朽ち果てていた。その外観からして、長い間誰も住んでいないことが一目瞭然である。

しかし、そんな荒れ果てた家の中から、かすかに人の話し声が聞こえてくる。

 

「――やっぱり、特に目を引くようなものは残ってないわね」

 

薄暗い室内で、肩についた埃を払いながら、いかにも魔術師といった風の眼鏡の女性がそう言った。

彼女は部屋の周囲を眺め回しながら、ふうと一つ嘆息する。それだけで埃が舞い上がり、女性は咳き込んでしまった。

 

「うぅっ、げほっ、ごほ!……まったく、酷い有様だわ」

 

かつて孤電の術士(アークメイジ)と呼ばれた女性が住んでいた家は、今は見る影もなく散らかり放題だった。壁や天井はあちこち剥がれ落ちて穴だらけで、家具も殆ど残っていない。かろうじて残っているのは、物置台代わりに使われていたらしい木箱くらいのものか。

 

ドヴァーキン一行はゴブリンスレイヤーの案内の下、かつて界渡り(プレインズウォーク)を成し遂げ、世界の外へと旅立った女性が住んでいたあばら家を訪れていた。ちなみに槍使いと魔女は来ていない。今日はこれから冒険(デート)があるそうだ。

 

「何も……ないね」

 

ドヴァーキンの傍らで、同じように部屋を見渡していた女武闘家が小さく呟く。彼女が見つめる先にあるのは、床の上に散らばった、割れて粉々になった壺の破片だ。

 

「野盗でも入ったのだろう。それとも、動物に荒らされたかだな」

 

ドヴァーキンの言葉に、女武闘家が「うん」と頷く。界渡り(プレインズウォーク)に繋がる手掛りを求めてこの廃屋を訪れたはいいが、結局めぼしいものは見つからなかった。

 

「だが、収穫がなかったわけではない」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ」

 

ゴブリンスレイヤーの声に反応したのは、彼の背後に隠れるように立っていた少女、女神官である。彼の言葉の意味が分からず首を傾げる彼女に、ゴブリンスレイヤーは視線を向けずに答えた。

 

「少なくとも、ここに手掛りはないことが分かった」

 

「えっ? あっ、はい。そうですね……」

 

ゴブリンスレイヤーの淡々とした口調に、女神官は一瞬困惑した様子を見せたものの、すぐに同意するように何度も首肯した。

 

「そうだな、それくらい前向きに考えた方がいいだろう。一つずつ潰していくしかあるまい」

 

ゴブリンスレイヤーの言葉を補足するように、ドヴァーキンも言い添える。元々何の当てもなかったのだ。向かうべき方向が決まっただけでも、十分前進したと言える。

 

「……」

 

ゴブリンスレイヤーは何もない、廃墟となった家の中をぐるりと眺めた。

かつては足繁(あししげ)く通ったこともある、懐かしい場所だ。当時は彼女の依頼に同行する中で、小鬼の生態を調べたり、腑分けしたりと、ゴブリンについての様々な知識を得ることができた。

そしてそれは、彼を小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)足らしめるのに、大いに役に立ったものだ。

 

━━だから、私は笑わない、きみが小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)となる事を

 

━━きみにも灯はあるんだよ

 

ふと、ゴブリンスレイヤーの脳裏に懐かしい声が蘇った。孤電の術士(アークメイジ)が彼に残してくれた言葉。あの時はその言葉の真意を測りかねていたのだが、今ならば分かる気がする。

 

「ゴブリンスレイヤーさん?」

 

黙って立ち尽くすゴブリンスレイヤーの顔を、女神官は不思議そうに見上げている。ドヴァーキンも何かあったのかとこちらの様子を窺っていた。

 

「何か、見つけたのか?」

 

「……いや」

 

ドヴァーキンに尋ねられて、ゴブリンスレイヤーは緩慢に首を振る。そして腰に下げた雑嚢を漁ると、おもむろに一つの指輪を取り出して見せた。

 

「……これは?」

 

「この家の主から譲り受けた物だ。《呼気(ブリージング)》の力が込められている」

 

彼曰く、かつて孤電の術士(アークメイジ)が探し求めていた指輪らしい。界渡り(プレインズウォーク)を成す為の『重要な鍵』となる代物だったようで、彼女が外の世界に旅立った後は指輪に込められていた(スパーク)の光も消失してしまったようだ。

 

「……ふむ、見た目は普通の指輪だが」

 

ドヴァーキンは興味深そうにその指輪を見つめた。中心には、赤い宝石のような物が嵌め込まれている。一見したところでは、何の変哲もない装飾品にしか見えない。

 

「少し貸してもらえるか?」

 

ドヴァーキンは符呪の知識にも精通している。符呪の能力(スキル)を高めるために、あらゆる種類の魔法具について学び、解呪と符呪を繰り返してきた。符呪師としては最高峰の証である『追加符呪』まで習得しており、彼の右に出る者は元の世界でも殆どいない。直接手に取って調べれば、何か分かるかもしれないと思ったのだ。

 

「構わん」

 

ゴブリンスレイヤーは素直に指輪を手渡す。ドヴァーキンは受け取った指輪を注意深く観察すると、目を細めてじっと見つめた。

 

「……確かに、『水中呼吸』に似た力を感じるな。これが《呼気(ブリージング)》とやらの効力か」

 

「ああ、どこでも息ができる」

 

「……ふむ」

 

ドヴァーキンは顎に手を当てて首を傾げる。《呼気(ブリージング)》以外にも、薄っすらとした力が指輪の中に宿っているように見えた。しかし、それ以上は分からない。それは非常に微弱なもので、明確にそれと分かるほどのものではないからだ。彼はしばらく黙考した後、自らの指にその指輪を通した。すると、途端に指輪の宝玉が赤く輝き始める。

 

「むっ!?」

 

「………!」

 

指輪の突然の変化にドヴァーキンが驚きの声を上げ、ゴブリンスレイヤーは兜の中で目を大きく見開いた。

あの日以来、消えてしまった(スパーク)の光が再び灯ったのだ。チリチリと燃え上がる炎のように、小さな赤い光が指輪の宝玉の中で揺らめいている。しかしそれも一瞬の出来事であり、やがて灯は鎮火するように小さくなっていった。

 

「…………」

 

「……消えたな」

 

ドヴァーキンは不思議そうに自分の手にある指輪を眺めた。(スパーク)の光は跡形もなく消え去り、元の状態に戻っている。何度か外しては付け直しを繰り返してみたが、やはり再び輝くことはなかった。

 

「何かに反応するのか、それとも特定の条件があるのか……」

 

ドヴァーキンは腕を組みながら考え込む。しかし情報不足のためか、その疑問に答えを導き出すことはできなかった。

 

「あなた自身に反応した可能性もあるわね」

 

「俺に?」

 

ドヴァーキンの隣で成り行きを見守っていた女魔術師が、不意に口を開いた。彼女はドヴァーキンの手元を覗き込み、真剣な眼差しで指輪を観察している。

 

「ええ、あなたも界渡り(プレインズウォーカー)の一人でしょう?なら、この指輪に込められた力が何らかの影響を受けたとしてもおかしくはないもの」

 

「そうか……。そうかもしれんな」

 

ドヴァーキンは納得したようにうなずいた。確かに彼女の言う通り、自分もまた界渡り(プレインズウォーカー)の一人であることは間違いない。一瞬だけ(スパーク)の光を取り戻したのも、その影響だと考えれば辻妻が合う。

 

「それで、どうだ?」

 

「そうだな。恐らく、鍵となる代物なのは疑いない。だが、その本来の力はほぼ失われているようだ」

 

「そうか…」

 

予想していた答えだったようで、ゴブリンスレイヤーは静かに首肯した。

 

「ただ、完全に失われた訳ではない。微弱ではあるが、確かに力を感じる。何かの拍子に少しの間だけ、本来の力を取り戻せるかもしれない」

 

「本当か?」

 

「あくまで仮定だ。実際に試すことも出来ない以上、断言はできない」

 

ドヴァーキンは肩をすくめた。いくら自分が符呪のエキスパートであっても、未知の領域の力を解明するのは容易ではない。ましてやそれが世界の理から外れたものであるなら尚更である。魂石のように、失った魔力を充填できれば話は別なのだが、そう都合良くはいかないだろう。

 

大きな手掛かりとなるであろう指輪の力は、結局分からないまま終わってしまった。

 

「ふむ……、まあ、そう簡単に解決できる問題でもないか」

 

ドヴァーキンは息を吐いて気持ちを切り替える。まだ始まったばかりだ。焦らず地道に調べていくしかない。少なくとも、鍵となる物が分かっただけでも大きな収穫である。

 

「ありがとう、感謝する。お前のおかげで、貴重な情報が得られた」

 

「そうか」

 

ドヴァーキンはゴブリンスレイヤーの肩を軽く叩き、感謝の意を伝えた。そして指輪を彼へと返すと、付き合ってくれた仲間たちに顔を向けて頭を下げる。

 

「皆、協力してくれて助かった。礼を言う」

 

「気にしないで、私たちは一党(パーティ)なんだから」

 

「そうそう。困った時はお互い様だよ」

 

女魔術師は鷹揚に手を振り、女武闘家もそれに同意して微笑んだ。

「お役に立てたかは分かりませんが」と女神官も控えめながら、笑顔を浮かべて首を縦に振った。

 

「ではそろそろギルドに戻るとしよう。いずれにせよ、今はこれ以上の情報は得られそうもないからな」

 

「そうね、もういい時間だし」

 

「今からだと、ゴブリン退治の依頼ぐらいしか残っていなさそうだけどねぇ」

 

ドヴァーキンの呼びかけに女魔術師が同意し、女武闘家が苦笑を浮かべる。あばら家の外へ出てみると、太陽はすっかり高く昇っていた。これから依頼を探すにしても、目ぼしい依頼は既に他の冒険者たちによって取り尽くされているだろう。

 

「まあ、仕方がない。とりあえず、来た道を引き返すとするか」

 

ドヴァーキンは小さく息をつくと、一同と共に街へ向かうのであった。

 



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第2話 新たな旅立ち

 

辺境の街に入ってすぐの場所に聳え立つ、この辺り一帯でも一際大きな建物──冒険者ギルド。

昼前となり、既に冒険者の多くは出払っていたが、それでも中には余った依頼を探すため、あるいは依頼の報告で訪れる者が少なからず見受けられる。

 

「違うわ。オルク、オルクボルグよ。それとグラムリスト。ここにいる、と聞いたのだけれど」

 

受付の前で一人の森人(エルフ)が、カウンター越しに受付嬢に詰め寄っている。背に大弓を背負い、すらりとした体躯に白緑色の髪。一般的な森人(エルフ)と比べても、一際美しい顔立ちをしたその女性は、しかしやや苛立った様子で声を荒げていた。

 

「えっと、そうなると……冒険者の方の名前でしょうか?」

 

受付嬢は明らかに困惑している。それもそのはずで、彼女も全ての冒険者の名前を把握できている訳ではない。よく顔を出している人物ならばともかく、一度か二度訪れただけの相手となると記憶に残っていないことも珍しくなかった。

ならばと彼女は後ろに振り返り、書棚に並べられた名簿を手に取ろうしたのだが、

 

「全く、これだから耳長どもは…。『のっぽ(ヒューム)』に耳長言葉が通じるわけがなかろうに」

 

やれやれ、といった風に溜め息をついたのは、彼女の隣に立っていた鉱人(ドワーフ)だった。彼は呆れたような表情で、森人(エルフ)の女性を見つめている。

 

「あら、それならなんと呼べば良いのかしら?」

 

妖精弓手は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、隣の鉱人(ドワーフ)に向けて問いかける。その顔は嫌味たっぷりな笑みを浮かべており、明らかに挑発していた。

それを受けて鉱人道士(ドワーフ)は口髭を撫でながら、自信たっぷりに胸を張った。

 

「『かみきり丸』と『つらぬき丸』に決まっておろう!」

 

「あの、そういう名前の方は……」

 

言外に「いません」というニュアンスを含み、受付嬢は申し訳なさそうに首を横に振る。

 

「な、なんじゃと!?おらんのか!?」

 

愕然とする鉱人道士に対し、妖精弓手は「ププッ」と噴き出すと、これ見よがしに肩をすくめてみせた。

 

「全然通じてないじゃない、やっぱり鉱人(ドワーフ)はダメねぇ」

 

「むぐっ……!な、何を言っておる、お主だって似たようなものじゃろう!」

 

ああ言えばこう言うとはまさにこの事だ。喧々諤々、終いにはお互いの身体的特徴を揶揄し始める始末である。

森人(エルフ)鉱人(ドワーフ)というのは、とにかく仲が悪いことで有名なのだ。太古の時代から現世に至るまで、彼らの(いさか)いは絶えることがなく、それはもはや一種の伝統と言っても良いほどだった。

 

とはいえ、流石にギルド内まで喧嘩を持ち込まれては堪らない。

困り果てた受付嬢は、どうにかして二人を止めようと試みるが、その時、背後から別の人物が割って入った。

 

「すまぬが二人とも、喧嘩ならば、拙僧に見えぬところでやってくれ」

 

現れたのは、見上げるような体躯の巨漢。全身が鱗に覆われた蜥蜴人(リザードマン)であった。いがみ合う二人の間に無理矢理割り込むと、両手を合わせて頭を下げる。

 

「拙僧の連れが騒ぎを起こしてすまぬな」

 

「い、いえ。冒険者の方々は元気な人が多いですから、慣れてます!」

 

受付嬢は慌てて首を振ると、笑顔で応じる。

実際、冒険者たちと言うのは、基本的に血気盛んな者ばかり。些細なことですぐに口論を始めてしまうのが常であり、この程度の騒動など、日常茶飯事といっても過言ではなかった。

 

それにしても不思議な組み合わせではある。

森人(エルフ)の中でも妖精に近い原種である上森人(ハイエルフ)の弓手に、鉱人(ドワーフ)の呪文遣い。そして、滅多に見ることのない、蜥蜴人(リザードマン)の僧侶。種族も、職業も、思想も何もかもがバラバラ。共通する点があるとすれば、全員が在野最高の証、銀の小板の認識票をぶら下げていることぐらいだろうか。

一体どのような経緯で、この奇妙な一党(パーティ)が結成されたのか。受付嬢が興味を惹かれるのは当然であった。

 

見たところ一番話が通じそうなのは、先ほど仲裁に入った蜥蜴人(リザードマン)の僧侶だろう。彼女はちらりと視線を向けると、おずおずと話しかける。

 

「それで、どなたをお探しですか……?」

 

「うむ。生憎と、拙僧も人族の言葉に明るい訳ではないのだが」

 

「はい」

 

「オルクボルグ、そしてグラムリストとはその者らの字名でな。つまり……」

 

一拍置いて、蜥蜴僧侶はゆっくりと告げる。

 

「小鬼殺し、竜殺しという意味だ」

 

「ああ!」

 

合点がいったという風に、受付嬢の顔が明るくなる。ポンと手を叩くと、嬉しそうに説明を始めた。

 

「その二人なら確かにいますよ。今はちょうど用事があって外に出ていますけど……そろそろ戻ってくる頃合いかと思います」

 

「おお、まことか!」

 

蜥蜴僧侶は目を見開かせると、興奮気味に声を上げた。

 

「はい。今朝早く、街を出立したはずなので……。もうすぐ帰ってくるんじゃないかと――」

 

受付嬢が扉の方へ顔を向けた瞬間、その向こう側から賑やかな話し声が聞こえてきた。その聞き覚えのある声音に、彼女は思わず顔を綻ばせる。

 

「あっ、噂をすれば、ですね」

 

「む?」

 

蜥蜴僧侶が振り返ると、カランカランとベルの音を立てて、ギルドの入り口が開かれたところだった。

 

「皆さん、お帰りなさい!」

 

受付嬢は大きく手を振って、顔を輝かせながら呼びかけた。

入ってきたのは五人の男女。いずれも只人(ヒューム)の冒険者である。その内の神官風の装束を着た少女が、受付嬢の笑顔に釣られるように笑みをこぼすと、「ただ今戻りました」と小さく手を振り返した。

 

まず先頭を歩くのは中肉中背の男。薄汚れた革鎧に鉄兜、腰には中途半端な長さの剣を差し、円盾を左腕に括り付けた、みすぼらしい格好をしている。

その後ろに隠れるようにして、先ほどの神官の少女がいそいそと付いてきていた。

 

その次には、大柄で筋骨隆々の、これまた薄汚れた鎧に角付きの鉄兜、巨大な戦斧を担いだ大男が居た。左手には鋼鉄製の盾を持ち、背中には大きな背負袋を背負っている。鋭い眼光からは歴戦の戦士を思わせる風格があり、そこらの冒険者とは一線を画する威圧感を放っていた。

 

さらにその後ろから現れたのは、とんがり帽子に胸元を大きく開いたローブ姿の眼鏡の女性。燃えるような赤毛の髪が特徴的で、右手には竜頭を模した杖を持っている。キッと釣り上がった瞳の奥には知性の輝きが宿っており、彼女が優れた魔法使いであることを示していた。

 

最後に出てきたのは、長い黒髪を後頭部で束ね、白を基調とした武闘着に身を包んだ少女。一見すると華奢に見えるが、しかし体幹の鍛え方を見るに、見た目以上の腕力を持っていることが窺えた。氷のような不思議な素材で作られた手甲を身に付けている。

 

「お疲れ様です、ゴブリンスレイヤーさん! それに、皆さんも!」

 

満面の笑みで出迎える受付嬢に対し、ゴブリンスレイヤーと呼ばれた男はいつも通りの淡々とした口調で言う。

 

「ああ。それで、ゴブリンの依頼はあるか?」

 

開口一番、ゴブリン退治の依頼を求める彼に、他の四人は苦笑いを浮かべる。

 

「えっと、その前にお客様ですよ、ゴブリンスレイヤーさん。それと角付き戦士さんに」

 

「なに?」

 

言われてゴブリンスレイヤーが振り向くと、そこには三人の異種族が立っていた。

上森人(ハイエルフ)の弓手に、鉱人(ドワーフ)の呪文遣い。そして、蜥蜴人(リザードマン)の僧侶。

この辺境では滅多に見かけない異種族の一党を見て、ゴブリンスレイヤーは訝しむように顔を向ける。

 

「……ゴブリンか?」

 

「はぁ?違うわよ」

 

真っ先に反応したのは、妖精弓手だった。

何言ってんの、とばかりに呆れた表情をする彼女に、ゴブリンスレイヤーは「そうか」とだけ言う。

実際は、ゴブリンの依頼かと尋ねたのだが、その意図は伝わらなかったようだ。

 

「……あなたが、オルクボルグ?とてもそうは見えないけど……」

 

イメージしていたのとはだいぶ違ったのか、彼女は戸惑った様子を見せた。

 

「それと、そこにいるのがグラムリスト?本当にそうなの?」

 

全く信じられないという顔つきの彼女だったが、ゴブリンスレイヤーが何かを言うより先に、蜥蜴僧侶が口を開けた。

 

「小鬼殺し殿、竜殺し殿、すまぬが時間をもらえるかな。拙僧らは急ぎの用があって参ったのだ」

 

彼の言葉に、ゴブリンスレイヤーは少し考える素振りを見せる。

それから彼は、背後にいる仲間達をちらりと見やると、顔を上げて言った。

 

「……分かった。だが手短に頼む」

 

ゴブリンスレイヤーが承諾すると、ドヴァーキンも特に異論は無いらしく、「いいだろう」と返した。

 

「でしたら二階に応接室があるので、よろしければそちらへどうぞ」

 

受付嬢の提案に、蜥蜴僧侶は「ありがたい」と合掌して応じる。

 

「それじゃあ行きましょうか」

 

受付嬢に案内されて、八人は揃って二階へと上がっていった。

 

 

§

 

 

ゴブリンスレイヤーたちが案内されたギルド二階の応接室。

室内には、中央に置かれたテーブルを挟んで、ソファが向かい合うように置かれていた。

部屋に入るなり、妖精弓手は先ほどの疑問をぶつけてくる。

 

「あなた、本当に銀等級なの?それとあなたも、悪いけど『竜殺し』って感じには全然見えないんだけど」

 

彼女の率直な物言いに、女魔術師が青筋を立てて抗議しようとするが、まあまあと女武闘家に抑えられた。

一方、ゴブリンスレイヤーはというと、別段気分を害した様子もなく

 

「ギルドは認めた」

 

と答えるだけだった。そして一切の遠慮なくソファへと腰を据える。

そしてドヴァーキンも、(けな)されたにもかかわらず平然としたもので、「そうか」とだけ言い、ゴブリンスレイヤーの隣に腰掛けた。

その返答に納得できないのか、妖精弓手はなおも食い下がる。

 

「端的に言って、信じられないわ。だって見るからに弱そうなんだもの、あなたたち」

 

妖精弓手は二人を交互に見やりながら、溜息交じりに首を振ると、足音を立てずに彼らの対面に座った。

かたや、貧相な鎧兜に身を包み、一見して戦士だと分かる男。それ以外に特別見るべきものがない。

もう一方は、体格こそ恵まれているものの、薄汚れた鎧に角付きの鉄兜を被っただけの男だ。『竜殺し』というよりも、むしろ山賊の頭目か何かと言われた方がよっぽど信用できる。

 

全く反論できずに困った顔をする女武闘家と、不機嫌そうに眉をひそめる女魔術師を見て、今度は鉱人道士が口を開く。

 

「馬鹿を言うもんじゃないぞ、耳長の」

 

床に胡坐をかきながらも、鉱人道士は腕組みをして鼻で笑う。

 

「こ奴らの装備を見い。兜で頭部を厳重に守り、動きやすさを重視した革鎧。その隙間からは鎖帷子が覗いとる。これは間違いなく、実戦向きの造りじゃ」

 

それに、と彼は付け加える。

 

「つらぬき丸の装具からは強い魔力を感じる。恐らく魔法の装備品の一種であろう。こやつはただの戦士ではない」

 

鉱人道士の指摘に、妖精弓手はまだ疑わしそうな目を向けていたが、特に何も言わなかった。

こと武具に関しては、鉱人(ドワーフ)の右に出る種族はいない。いくら森人(エルフ)鉱人(ドワーフ)の仲が悪いとはいえ、鉱人(ドワーフ)の鍛冶の力量だけは森人(エルフ)も認めざるを得ないのだ。

 

「確かに見てくれはちいとばかり悪いがのう……その分、中身が伴っとるのは間違いなかろうて」

 

「ふーん……」

 

言われて、妖精弓手は改めて二人の冒険者を観察する。

 

「…せめて、兜とか鎧とか、もっと綺麗にしたら?」

 

「金臭さを消すために必要な処置だ」

 

ゴブリンスレイヤーの返事に同意するように、ドヴァーキンも深く頷いている。

 

「そういう意味じゃなくてさぁ……」

 

その様子に呆れたように肩を落とす彼女だったが、これ以上問答しても無駄と判断したのか、それ以上は何も言おうとはしなかった。

そんな彼女に、座っていた鉱人道士がぼそりと呟く。

 

「まったく、弓しか使わんから見識が狭いんじゃよ。耳長の」

 

「うっ……」

 

痛いところを突かれたのか、妖精弓手が言葉に詰まる。

森人(エルフ)は夜目が利き、聴覚にも優れる種族だ。並外れた弓術と合わせれば、近づかれる前に敵を察知して先制攻撃で仕留めることなど造作もない。だが逆に言えば、接近戦に関する知識や経験はどうしても不足しがちになる。

それは彼女自身もよく分かっているのか、ふん、と拗ねるようにそっぽを向いてしまった。

 

「まあ、これを機に年長者をちっとは見習うんじゃな」

 

「むっ……」

 

次第に年齢の話に飛び火して、やれ「年ばかり重ねた若輩者」だの「見た目だけは年長者」などと口論を始める。放っておけば、いつまでも続きそうな気配である。

流石にこのままではいけないと思ったのだろう。蜥蜴僧侶が仲裁に入ろうとして、口を開こうとした時だった。

 

「喧嘩をするなら他所でやって欲しいのだが」

 

それまで黙々と座っていたドヴァーキンが、静かに口を開いた。

これ以上続けるようなら出て行かせて貰うぞ、と暗に告げている。その静かでいて有無を言わせない迫力に気圧されて、二人は気まずそうに押し黙り、同時に小さく咳払いをした。

 

「…それで、俺たちに何の用だ」

 

やや呆れ気味にゴブリンスレイヤーは尋ねる。すると妖精弓手も調子を取り戻したらしく、胸を張って答えた。

 

「そうね。本題に入るわ」

 

そう言って彼女は、本来の目的を話し始めた。

彼女曰く、封印から目覚めた魔神王(デーモンロード)が軍勢を率いて世界各地に侵攻を開始している。その影響で悪魔(デーモン)や怪物たちが活発化し、辺境にある街や村が幾つか滅ぼされたという。

それに危機感を抱いた只人(ヒューム)の諸侯や各種族の長たちは、共同で討伐隊を編成し、これに対処しようとしているらしい。そして、その先鋒に選ばれた冒険者が、この三人だというのだ。

 

「そこで、 あなたたちには是非とも協力して欲しいと思って声をかけたわけ――」

 

「断る」

 

間髪入れずにゴブリンスレイヤーが答える。

そして、世界の危機を「知らん」だの「他を当たれ」だのと、散々な言いようである。挙句の果てには、世界の命運よりもゴブリンの駆逐の方が遥かに重要だ、と言い切った。

 

「あなたねぇ……ッ!」

 

これには妖精弓手も怒り心頭といった表情で詰め寄ろうとする。しかし、それを遮ったのは意外なことに鉱人道士であった。

 

「まあまあ、落ち着け。耳長の」

 

「……なによ、鉱人(ドワーフ)

 

矛先を向けられた道士は、やれやれと溜息を吐いた。

 

「別に無理強いするつもりはないわい。ただ、こういう状況だから、少しでも多くの戦力が欲しいというだけじゃ。特に、お前さんたちのような腕利きの銀等級冒険者なら尚更、のぅ?」

 

そう言うと、今度はドヴァーキンに目を向ける。

 

「ふむ……」

 

ドヴァーキンは何かを考えるように目を細めた。そして少しの間を置いて、再び口を開く。

 

「俺個人としては異論はない。だが、仲間の意見も聞かないことには決められないな」

 

「ふむ……確かにそれもそうか」

 

鉱人道士が納得したように口鬚を撫でる。

 

「それと、一つ訂正させて貰おう」

 

続けて、ドヴァーキンが付け加える。

 

「俺は銀等級ではない。黒曜だ」

 

「え?」「なんじゃと!?」

 

妖精弓手が驚きの声を上げ、鉱人道士も一瞬驚いたように目を丸くする。蜥蜴僧侶だけは気付いていたのか、壁際に寄り掛かったまま、微動だにしない。

確かに、彼の首から下がっている認識票の色は、紛れもなく漆黒のそれである。先ほど放った威圧感や『竜殺し』の二つ名から考えても、当然銀等級以上だとばかり思っていたのだろう。その先入観もあってか、本来最も注目すべき点を見落としていたようだ。

 

「あ、あなた、仮にも『竜殺し(ドラゴンスレイヤー)』でしょう? なのにどうしてそんな低いランクなのよ!?」

 

妖精弓手が困惑しながら尋ねると、ドヴァーキンは平然とした顔で答えた。

 

「何故、と言われてもな。黒曜等級がドラゴンを討伐したなど、はいそうですかと信じる奴はいないだろう」

 

「なっ……」

 

その言葉に妖精弓手は絶句してしまった。

そして前提が逆であったことに思い至る。銀や金等級だから竜を倒せたのではなく、一介の冒険者に過ぎない彼が倒したからこそ、ここまで一気に噂が広まったのだということを。

 

一応は現場の状況や居合わせた者の証言によって事実確認が取れているものの、それでもまだ真偽の程は定まっていない。つまり、未だに彼に対して懐疑的な者が多いということなのだ。

 

「それはまた……。なんとも面倒なことじゃのう……」

 

鉱人道士は困り顔をして呟く。それもそのはずで、悪魔(デーモン)や混沌の怪物を討伐しようにも、黒曜以下のランクではまともに依頼を受けることさえできない。

 

例えば、妖精弓手に鉱人道士、そして蜥蜴僧侶。この三人が徒党を組んで、初めて魔神クラスの討伐依頼を受けられるようになるのだ。そこへ黒曜や白磁が加わるとなると、色々やりにくくなるのは目に見えている。低い等級の冒険者を、銀等級が盾代わりにしていると邪推する者も出かねないからだ。

せめて、前衛と後衛のランクが釣り合っていれば、話は変わってくるのだが。

 

「そういう訳だ。悪いが他を当たってくれ」

 

ゴブリンスレイヤーはそう締め括ると、話は終わりだと言うかのように立ち上がった。

 

「待って! もう少し話を聞いていきなさいよ!」

 

妖精弓手は慌てて呼び止める。そして先ほどから押し黙っていた蜥蜴僧侶が、ここにきてようやく口を開いた。

 

「小鬼殺し殿。誤解しないで欲しいが、拙僧らは、小鬼退治を依頼しに来たのだ」

 

蜥蜴僧侶の言葉に、ゴブリンスレイヤーの動きが止まる。

 

「ゴブリンか」

 

「左様。我らは其々(それぞれ)の種族の長から遣わされし者、というのは先ほど拙僧の連れが申した通りであるが」

 

「……まあ、要は使いっ走りよね。私たちは」

 

妖精弓手の嫌味っぽい言葉をよそに、今後は鉱人道士が口を開く。

 

「問題は近頃、森人(エルフ)の土地で、あの性悪な小鬼どもの動きが活発になっておる、という事だ」

 

口髭を弄びながら、鉱人道士は続ける。

 

「それでわしらも調べたところ、古い遺跡が彼奴らの巣窟と化しておるらしいと判ったんじゃが。まあ……」

 

「ゴブリン相手に軍は動かせない。いつもの事か」

 

そこまで聞くと、ゴブリンスレイヤーは再び腰を下ろした。

 

「話が早くて助かるわい。しかし、ただでさえこっちは数が少ない上に、斥候役まで務めるとなると、どうしても頭数が必要でな。そこでお前さんらの噂を聞きつけて、こうして頼んでみたわけさ」

 

「加えて、拙僧らには前衛が居らぬ。守りなき掩護など、風の前に立つ枯れ葉も同然。……それに、拙僧らだけでは只人(ヒューム)の顔も立たぬ故」

 

鉱人道士の言葉に重ねる様に、蜥蜴僧侶が厳かな口調で言う。

 

「事情は分かった。引き受けよう」

 

ゴブリンスレイヤーは即答する。

そして地図はあるのか、正確な数はどれくらいなのか、などの質問を始める。

そのあまりの決断の早さに、妖精弓手は顔を引きつらせた。蜥蜴僧侶も目を剥き、鉱人道士は愉快そうに哄笑している。

逆に、彼をよく知るドヴァーキンたちにとっては、予想通りの反応でしかない。

 

ドヴァーキンは苦笑しつつ、呆けている依頼主たちに向き直った。

 

「先にも言ったが、俺個人としては異論はない。あとは――」

 

ちらと、視線を仲間に向ける。

すると、今まで黙って成り行きを見届けていた女魔術師と女武闘家も揃って口を開いた。

 

「私も賛成よ。ゴブリンの討伐は、私にとっても重要事項だし。断る理由はないわ」

 

「あたしも。 何より、困ってる人が居るんだから。助けてあげないと」

 

そして最後に、女神官がおずおずと手を挙げる。

 

「わ、私もです。放っておけませんから……」

 

その言葉は小鬼の脅威に晒される森人(エルフ)たちか、あるいは彼女の頭目に向けられたのか。

いずれにせよ、これで全員が賛同の意を示した。

 

「では、これで決まりだな」

 

「来るのか?」

 

「ああ。古代の遺跡の探索は、こちらとしても望むところだからな」

 

ゴブリンスレイヤーの問いに、ドヴァーキンはそう答えた。彼としても、界渡り(プレインズウォーク)の手掛りを探さねばならない以上、遺跡の探索ができるのは好都合なのだろう。

 

「すぐに発つ。報酬は――」

 

「こいつと相談して決めてくれ」

 

「……おい。俺はお前の執事じゃないぞ」

 

一瞬、逡巡したゴブリンスレイヤーだが、思い付いたようにそう告げる。

それに、ドヴァーキンは呆れたように肩をすくめて返した。

 

「ち、ちょっと待ちなさい!」

 

話がまとまりかけたところで、妖精弓手が慌てて割り込んだ。

 

「私たちも行くわよ! さっきの話聞いてたでしょ、これは森人(エルフ)の問題でもあるんだから」

 

「……冒険者が依頼を出してついてゆかぬでは、拙僧も先祖に顔向けできませぬからな」

 

「やれやれ、仕方がない若造どもじゃわい」

 

すぐにでも発とうとするゴブリンスレイヤーたちに、三人はやれやれとばかりにそれぞれ反応を示す。

 

「……好きにしろ」

 

ゴブリンスレイヤーは、そんな彼らに短くそう告げた。

 

かくして、思いがけぬ形で、八人の一党がここに結成されることとなった。

賑やか極まる一行ではあるが、それでも彼らは各々の思惑を抱えながら、この辺境の地から新たなる冒険へと旅立つこととなった。

そしてそれは、彼らが想像もしなかった、恐るべき災厄の幕開けでもあったのだ――

 




グラムリストの元ネタは、オルクボルグ(オルクリスト)+グラムドリングです


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第3話 星空の下で

 

西の辺境の街より三日ばかり歩いたところにある、広大な平原。

二つの月が煌々と輝く星空の下、平原の草花を揺らす風は涼やかで心地よい。その平原の真中で、八人の冒険者たちが焚き火を囲むように座っていた。

 

「ちぃ…、火付きが悪いのう」

 

火の勢いが弱弱しく、鉱人道士が舌打ちしながら薪をくべる。

ここは森人(エルフ)の領域にも近い。森から離れているにもかかわらず、火払いの結界の影響がここまで及んでいるのだ。

 

「そういえば、みんな、どうして冒険者になったの?」

 

ふと、妖精弓手がそんなことを言い出した。

 

「そりゃあ、旨いもん喰う為に決まっとろうが。耳長はどうだ」

 

「だと思った。……私は外の世界に憧れて、ってとこね」

 

予想通りの鉱人道士の回答に、妖精弓手は苦笑しながら答える。

二千年を生きた彼女ではあるが、彼女にとっての『世界』とは、故郷の森とその周辺だけであった。ゆえに外の世界、そして未知の存在というものに強い憧憬があったのだという。

 

「拙僧は、異端を殺して位階を高め、竜となるためだ」

 

「え、えと、まあ、宗教は分かります。私もそうですから」

 

蜥蜴僧侶の言葉に、女神官は少し引きつった顔で答えた。

 

「ゴブリンを…」

 

「あんたのは何となく分かるから、いいわ」

 

ゴブリンスレイヤーの呟きを遮り、妖精弓手は言った。

 

「あたしは、父から受け継いだ武術で、困ってる人を助けたいと思って」

 

女武闘家も自分の動機を口にした。膝の上に載せた拳をギュッと握りしめている。

 

「私は…」

 

次は自分の番だと、女魔術師は杖を膝の上に置いて、口を開く。

 

「…私は、始めは、自分の能力を試したかった。もちろん、それは今でも変わらないけど…」

 

「うん」

 

「私、証明したいの。自分の力を。ゴブリンに負けたなんて、誰にも言わせないくらいに」

 

「そ、そう。うん、頑張ってね」

 

女魔術師は強い意志を目に宿らせ、両手で杖を強く握りしめながら宣言する。彼女の剣幕に、妖精弓手は顔を引きつらせながらも、なんとか笑顔で応じた。

 

何かあったのだろうか。普段と様子が違う女魔術師を、女武闘家が心配そうに見つめている。

 

妖精弓手は微妙な空気を払拭しようと、今度はドヴァーキンに話を振る。

 

「あんたは? 何で冒険者に?」

 

「……」

 

ドヴァーキンは、無言で焚き火を見つめていた。そして、薪を一掴みして、火の中に放り込む。

 

「……俺は、ただの成り行きだ」

 

「成り行き?」

 

思ってもいなかった言葉に、妖精弓手は目を丸くした。

ドヴァーキンは「そうだ」と答えると、視線を焚き火に向けたまま、続きを語る。

 

小さい時に故郷(スカイリム)を離れたこと。大陸の都で家族と平穏な日々を過ごしたこと。戦争に巻き込まれこと。家族も家も、全てを失ったこと。そして、望郷の念に駆られたこと。

 

「ああ。国境を越えて、故郷へ戻ろうとしてたんだ。だが、故郷はちょうど内戦中でな。運悪く、巡回中の軍に出くわしてしまった」

 

「逃げようとして、捕まった。そのまま虜囚として、処刑台へ送られたのだ」

 

「……!」

 

その語り口に、妖精弓手は息を呑む。

他の面々も、この話を聞くのは初めてだったのか、一様に押し黙っている。

 

「だが、処刑される寸前、ドラゴンが乱入してきた。当然、処刑場は大混乱だ。俺も、あの時は死ぬかと思った」

 

「それで、逃げたの?」

 

「ああ。ドラゴンが暴れている隙にな。結果、俺は命拾いしたが、それが全ての始まりだった」

 

ドヴァーキンは顔を上げると、遠くを見つめた。

一同が見守る中、彼は語る。

そこから始まった、彼の冒険のことを。

 

その地の首長にドラゴンの襲来を告げ、討伐を依頼されたこと。

衛兵と協力して、ドラゴンと戦い、遂には討ち果たしたこと。

斃したドラゴンの魂を取り込んで、初めて、自分がドラゴンボーンであることを知ったこと。

 

━━信じられない! お前は… ドラゴンボーンだ…!

 

「それが、俺の運命を変えた。そこから先は、前に話した通りだ」

 

「……」

 

ドヴァーキンの話を聞き終えると、一同はしばらく沈黙していた。

やがて、蜥蜴僧侶が口を開く。

 

「ふぅむ、なんとも壮絶ですなぁ」

 

「うむ、つらぬき丸の名に恥じぬ、冒険譚じゃわい」

 

鉱人道士が、髭をしごきながら、何度も深く首肯する。

 

「わ、私は、その先を聞いてないわよっ。ちゃんと話しなさいよ!」

 

妖精弓手は身を乗り出して、慌てたように言う。しかし、その目は爛々と輝いていた。

まさに、壮大なる冒険譚の序章。それを聞けて心が躍っているのだろう。長耳をピンと立て、一言も聞き逃すまいと耳を傾けている。

 

「まあ、聞いたといっても、シャウトの事とか、各地を旅したってことぐらいですけど……」

 

「ええ。冒険の目的とかは、まだ全然聞いていないわよ」

 

女武闘家と女魔術師も、興味津々といった様子で、ドヴァーキンに詰め寄る。

赤竜(レッドドラゴン)を斃した時に、彼の能力や転移した経緯などは聞いていたが、彼が何を成したかまでは知らなかった。事故に近い形で、”(ゲート)”を通り、この世界へと転移したとしか聞いていない。

 

「そうか……。なら、今度、ゆっくり話すとしよう」

 

ドヴァーキンは、苦笑しながら答えた。

 

「あっ、ずるいっ。勿体ぶらないで教えなさいよ!」

 

「わ、私も聞いてみたいですっ」

 

妖精弓手に続き、女神官も、ドヴァーキンに詰め寄った。

 

「まあまあ、落ち着け、娘っ子ども。つらぬき丸が困っとるではないか」

 

「うむ。さあ、肉が焼けましたぞ。まずは腹ごしらえといたしましょうや」

 

鉱人道士と蜥蜴僧侶が、いきり立つ女性陣を宥める。

往路最後の食事は、蜥蜴僧侶と女神官によって作られた、串焼きの干し肉と野菜のスープ、女武闘家が仕留めた猪の焼肉だ。

 

「旨い!なんじゃいな、この肉は……!」

 

鉱人道士が干し肉に(かじり)り付き、舌鼓を打つ。蜥蜴僧侶、特製の、沼地の獣の干し肉だ。独特の香辛料が、肉の味を引き立てる。酒によく合うわい、と鉱人道士は満足げに酒をあおった。

続いて、鉱人道士は猪の焼肉に手を伸ばし、豪快に頬張る。

 

「こっちの肉も、なかなかじゃのう。野趣溢れる、力強い味じゃわい」

 

「この猪は、あたしが仕留めたんですよ。どうですか?」

 

「うむ、見事じゃ。嬢ちゃん、なかなかやるのう」

 

「えへへ……」

 

褒められて、女武闘家は照れくさそうに笑う。

 

「これだから鉱人(ドワーフ)は嫌なのよね。お肉ばっかり食べて、意地汚いったら」

 

妖精弓手が顔をしかめて、小馬鹿にしたように鼻で笑った。

 

「野菜しか喰えん兎もどきにゃ、この美味さは分からんよ。おお、旨い旨い!」

 

「む…ッ」

 

鉱人道士の挑発に、妖精弓手は悔しげに歯噛みする。

 

「まあまあ、お二人とも。喧嘩はいけませんよ」

 

「まったくだわ。せっかくの料理が不味くなるじゃない」

 

女神官と女魔術師がそれぞれ宥めようとするも、妖精弓手は、ふん、とそっぽを向く。仕方がない、とばかりに女神官が手製のスープを差し出した。

 

「ほら、乾燥豆のスープですよ。冷めないうちに召し上がってくださいね」

 

「いただくわ!」

 

妖精弓手は、飛びつくように椀を受け取ると、嬉々としてスープをすすり始めた。

 

「んー、優しい味ね」

 

頬に手を当て、満足そうに呟く妖精弓手を、女神官が微笑みながら見つめていた。

 

「む…?眼鏡の娘っ子。お主も何か作っておらなんだか?」

 

鉱人道士が、女魔術師の手元の鍋を指差して尋ねる。

 

「え、ええ。えーと、その、これは……」

 

女魔術師は、少し恥ずかしそうに俯いて、鍋を隠そうとする。

 

「なんじゃい。何を恥ずかしがっとるんじゃ」

 

「いや、別に、大したものじゃないんだけど……。ちょっと、失敗しちゃって」

 

「失敗?どんな失敗をしたんだ」

 

ドヴァーキンが、興味深そうに尋ねた。

 

「……焦げただけよ」

 

女魔術師は、渋々と答える。

 

「ほう。どれ、見せてみい」

 

「ちょっ、何よ!?」

 

鉱人道士は、女魔術師の手元からひょいと鍋を奪い取ると、蓋を開けて中を覗き込んだ。

途端、鼻をつく異臭が周囲に広がる。

 

「う……ッ」

 

思わず鼻をつまんで顔をしかめる鉱人道士。込み上げてくるものを抑えつつ、慌てて蓋を閉じる。

 

「な、なんちゅう臭いじゃ……」

 

「だ、だから言ったでしょ、失敗したって!」

 

女魔術師は顔を真っ赤にして抗議する。鉱人道士はすっかり酔いも醒めた様子だ。

 

「一体何をどうしたら、こんなことになっちゃったわけ?」

 

妖精弓手が呆れたような口調で尋ねると、

 

「ええと、リーキにキャベツ、エールを少々。気付け薬と解毒薬(アンチドーテ)を入れて……、それから大さそりの――」

 

女魔術師は、ブツブツと使用した材料を読み上げていく。後半になるほど、周りの皆の顔色が変わっていくが、彼女は気づいていないようだ。

 

「……最後に隠し味として、強壮の水薬(スタミナポーション)を入れたわ」

 

「も、もういい!」

 

鉱人道士が、我慢できないといった調子で叫ぶ。

 

「そんなもん入れたら、そりゃあこうなるわい!娘っ子、お主、料理したことないのか?」

 

「あ、あるに決まってるでしょ!私の計算では、滋養のあるスープができるはずだったのよ!」

 

鉱人道士の指摘に、女魔術師は顔を赤くして反論する。

 

「なるほど。それで、こうなったのか」

 

「……いったいどのように調合したら、このような珍妙なものが出来あがるのじゃろう?」

 

ドヴァーキンが納得した表情を浮かべる横で、鉱人道士は眉間にシワを寄せて呟く。彼女が作った謎の物体は、蓋をしているにもかかわらず、まだ異臭を放っていた。

 

「ま、まぁ、いいじゃないですか。失敗は誰にだってありますよ」

 

女神官が、何とか場を取り繕おうとにこやかに言う。だが、彼女の顔がひきつっていたのを、その場に居た全員が見逃さなかった。

 

「ね、ねぇ。さっきの料理のお返しをあげるわ。ちょっと待ってね……」

 

妖精弓手が話題を逸らすかのように言って、荷物から葉に包まれた、小さなパンのような食べ物を取り出した。それを一つずつ、一行に渡す。

 

「これは……、何だ?初めて見るな」

 

森人(エルフ)の保存食。本当は滅多に人にあげてはいけないのだけど、今回は特別」

 

ドヴァーキンが首を傾げると、妖精弓手は説明を加える。

 

「美味しい…っ」

 

はむ、と女神官は一口食べて、目を輝かせる。サクサクとした食感と仄かな甘みが、旅の疲れを癒してくれるようだった。

 

「……そ、良かった」

 

妖精弓手は気のない返事をしつつも、どこか嬉しげな様子を見せる。そして、彼女を皮切りに、各々が種族秘伝の酒や菓子を披露し合い、笑い声が上がった。

中でも、ゴブリンスレイヤーが持参した牧場産のチーズは、全員の舌を満足させるものだった。

 

「甘露!」

 

蜥蜴僧侶は、思わず叫んだ。尻尾を地面に打ち付け、全身で喜びを表現している。

 

「グラムリスト。あんたも何か出しなさいよぉ」

 

妖精弓手が、ドヴァーキンの兜を小突きながら言った。

顔が茹でたように赤く染まっており、相当酔いが回っているようだ。先ほどはゴブリンスレイヤーにも絡んで、彼から秘蔵のチーズを引き出していた。

 

「耳長め、目が据わっとるわい」

 

「斥候が酔い潰れてどうすんのよ……」

 

グビリと杯を傾けながら鉱人道士が呟くと、女魔術師は溜息混じりに同意した。

鉱人道士秘蔵の火酒は、彼女には強すぎたらしい。

 

「まあ、よい。それで、つらぬき丸は何を持ってきとるんじゃ?」

 

鉱人道士は改めてドヴァーキンへ向き直ると、尋ねた。

 

「秘伝……か」

 

ドヴァーキンは、少し考え込む。

 

「秘伝の菓子とか、そういうのはないのかしら?」

 

妖精弓手は、期待に満ちた目でドヴァーキンを見つめる。

 

「ふむ、そうだな……」

 

ドヴァーキンは傍らの背負袋を漁り、中から幾つかの包みと酒の瓶を取り出した。

酒瓶の中には、琥珀色の液体が入っている。

 

「蜂蜜酒か」

 

「ああ。俺の故郷で造られているものだ」

 

ホニングブリューハチミツ酒。

安価で味が良く、スカイリムでも急激にシェアを拡大している人気の銘柄だ。

 

「ふーん。どれどれ……」

 

妖精弓手は、興味深そうに、まずは蜂蜜酒を一口飲んだ。

 

「あら、美味しいじゃない。火酒よりも飲みやすいし、何より甘いわ」

 

「ほう。どれ、わしにも一杯注いでくれんか」

 

鉱人道士は、ドヴァーキンに杯を差し出す。

 

「ああ、構わない」

 

ドヴァーキンは、鉱人道士の杯に蜂蜜酒を注いだ。

 

「ふむ。これは、なかなか良いものじゃな」

 

鉱人道士は、満足げに蜂蜜酒を飲み干す。

 

「そうだろう。俺も、この蜂蜜酒が気に入っていてな」

 

ドヴァーキンも、自分の杯に蜂蜜酒を注ぎながら言った。

この蜂蜜酒は、スカイリムの道中に出会った三人組の男たちから貰ったものだ。ホニングブリュー蜂蜜酒の素晴らしさを熱く語り、是非とも飲んでくれと勧めてきたのだ。ドヴァーキンは、最初は断ろうとしたが、結局は彼らの熱意に負けて、蜂蜜酒を受け取ることにした。

 

「ほう!つらぬき丸もイケる口か!」

 

鉱人道士は嬉しそうに笑う。

ドヴァーキンと鉱人道士は互いに杯を酌み交わした。火酒と蜂蜜酒の芳ばしい香りが、辺りに漂う。

 

「ところで、こっちの小包は何なの?」

 

好奇心旺盛な妖精弓手が、小包の一つを指差して尋ねる。

 

「それは、俺の故郷で作られている菓子だ」

 

ドヴァーキンは、小包の紐を解いた。

中には、スポンジの生地を砂糖衣で包み込んだ、実に甘そうな菓子が入っていた。

 

「うわぁ、美味しそう!」

 

妖精弓手は、思わず歓声を上げる。

スイート・ロール。

タムリエルで定番の菓子であり、スカイリムでもその人気は健在である。頻繁に窃盗事件が発生する程の、人気のある菓子だ。

 

「食べていい?」

 

「ああ」

 

妖精弓手は、早速、小包の中からスイート・ロールを一つ取り出し、口に運んだ。

 

「ん~、甘くて、おいしいぃ」

 

妖精弓手は、幸せそうな笑みを浮かべた。

 

「良いなぁ、あたしも食べたいな」

 

女武闘家は、羨ましそうに妖精弓手を見る。

傍らの女神官と女魔術師も、期待に満ちた目でドヴァーキンを見つめていた。

 

「ああ、好きなだけ食べるといい」

 

ドヴァーキンは、スイート・ロールの入った小包を、仲間たちに差し出した。

 

「ありがとうございます!」

 

女神官は礼を言うと、早速スイート・ロールを口に運ぶ。

 

「わぁ、これ、すごく甘いですね……」

 

女神官は、目を丸くしながら言った。

 

「でも、とても美味しいです」

 

「うん、甘くて、美味しいね」

 

「本当ね。こんなに甘いお菓子は、初めてかも」

 

女神官に続き、女武闘家と女魔術師も、スイート・ロールを絶賛する。女性陣には大好評のようだ。

 

「つらぬき丸よ。お主も、なかなかの酒飲みじゃのう」

 

鉱人道士は、上機嫌でドヴァーキンに話しかける。

 

「まあ、嗜む程度だがな」

 

ドヴァーキンは、鉱人道士に杯を差し出す。鉱人道士は、そこに酒を注いだ。

 

「謙遜するでない。その若さで、これだけの酒を飲めるとは、大したものじゃ」

 

鉱人道士は、口髭を撫でながら、満足げに言った。

二人は、まるで飲み比べでもしているかのように、次々と杯を空けていく。

冒険者たちは二人の酒豪ぶりに呆れながらも、微笑ましくその様子を眺めていた。

 

「…そういえば、拙僧も一つ気になっておったのだが」

 

チーズを食し終えた蜥蜴僧侶が、ばたりと尾を鳴らしながら、ポツリと言った。

彼は問いを口に出す前に、奇妙な仕草で合掌した。食後の儀礼だという。彼の傍の焚火が、パチパチと音を立てる。

 

「小鬼どもは、どこから来るのだろう。拙僧は、地の底に王国があると父祖より教わったが」

 

その場の全員が蜥蜴僧侶に注目する。鉱人道士は杯を傾ける手を止めた。

 

「わしら鉱人(ドワーフ)は、堕落した圃人(レーア)森人(エルフ)だと聞いている」

 

「ひどい偏見ね」

 

妖精弓手がキッと鉱人道士を睨みつける。

 

「……」

 

鉱人道士の向かいに座っていたドヴァーキンは、焚火へ視線を落とし、遠くを眺めるような目つきになった。

エルフが堕落し、人を襲う怪物となる。その前例(スノーエルフ)を知っているだけに、鉱人道士の言葉をただの冗談として聞き流すことはできなかったのだ。そして、彼らを怪物に成さしめた原因が、他ならぬドワーフの所業である事も。

 

しかし、それをこの場で言うわけにはいかない。

ドヴァーキンは自分の杯に蜂蜜酒を注ぎ、喉を鳴らせて一気に飲み干した。

 

「俺は……」

 

ポツリという呟きが、別の方向から聞こえた。

自然と一行の視線が、そちらに向けられる。

 

「俺は、月から来た、と聞いた」

 

声の主は、ゴブリンスレイヤーだった。

 

「月?月って、あの空に浮かぶ双つ月のことですか?」

 

女武闘家が問うと、ゴブリンスレイヤーは「そうだ」と首肯した。

 

「へぇ……そんな仮説、初めて聞いたわ」

 

女魔術師は、ゴブリンスレイヤーの意外な答えに興味深そうな顔を見せた。

 

「緑の方だ。あの緑の岩でできた場所から、奴らは来る」

 

ゴブリンスレイヤーは、夜空に輝く二つの月のうち、緑の月を見上げながら言った。

 

「空から降ってくるというのは、予想外だったの」

 

「それじゃ、流れ星は小鬼なわけ?」

 

鉱人道士と妖精弓手は、ゴブリンスレイヤーの話に驚きの声を上げた。

 

「知らん。だが、月には草も、木も、水もない。岩だけの寂しい場所だ」

 

ゴブリンスレイヤーは淡々と答える。

 

「奴らはそうでないものが欲しく、羨ましく、妬ましい。だからやって来る」

 

「へえ……」

 

「空から降って、来る?……星を越えて……?」

 

妖精弓手が気の抜けた返事をし、女魔術師は、何かに思い当たったように、ぶつぶつと呟き始めた。

 

「どうしたの?」

 

「あ、いえ、なんでもないの。ちっとばかし、考え事をね」

 

女武闘家に尋ねられ、女魔術師は慌てて首を振った。

何かが、頭の隅に引っかかっている。もう少しで、思い当たりそうなのだが――

 

「だから、誰かを妬むと、ゴブリンのようになる」

 

「…なぁんだ、ただの躾の為の話じゃないの」

 

妖精弓手はつまらなそうに鼻を鳴らした。まるで、期待して損したと言いたげである。

 

「でも、その説は面白いよね。ゴブリンが月からやって来るなんて、誰も考えつかないだろうし」

 

女武闘家が感心したように言う。

 

「あの、どなたから教わったのですか?」

 

女神官が少し身を乗り出して尋ねた。しかし、何も返答はない。

焚火がパチッと音を立てた。

 

「オルクボルグ…?」

 

妖精弓手が、ゴブリンスレイヤーの方を見る。彼女の長い耳が、(かす)かな吐息を捉えた。

 

「……寝ちゃってるわ」

 

「ほ、火酒が効いたかの」

 

妖精弓手は肩をすくめ、鉱人道士が瓶から最後の一滴を杯に注ぎ、くいっと飲み干した。

 

「がぶがぶ飲んでましたものね、そういえば」

 

女神官が荷物から毛布を取り出し、甲斐甲斐しくゴブリンスレイヤーにかけてやる。

 

「拙僧らも休もう」

 

「そうですね。明日も早いし」

 

蜥蜴僧侶の言葉に、女武闘家は同意するように頷く。そのまま立ち上がると、腰に付いた草や土を払った。

 

「見張りは交代制、最初はあたしからね」

 

「ああ。術師を休ませて、俺たち前衛が夜番をする。だったな」

 

女武闘家とドヴァーキンが言葉を交わす。

野営の設営時に相談をした結果、順番を決めて見張りを立てることにしていたのだ。

 

「ありがとうございます。お先に失礼します」

 

「いいって。じゃあ、おやすみ」

 

女神官が頭を下げる。それに対し、女武闘家も軽く会釈を返した。

各々が荷物を枕代わりにして、毛布にくるまっていく。

 

明日はいよいよ、件の遺跡に到着する。疲れを残さぬよう、早めに休むべきだろう。

 

夜空を見上げれば、満天の星が瞬き、冒険者たちを見守っていた。

 



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第4話 古代の遺跡へ

 

ゴブリンが巣食っているという、古代の遺跡。

その入口は、広大な平野の中にあった。白石で作られたそれは、昼下がりの陽光を反射して鈍く輝いている。

見張りのゴブリンは二匹。入口の両脇に陣取り、その傍らには狼が目を閉じて伏していた。

 

「GRUUU…」

 

内、一匹のゴブリンが眠そうに欠伸をする。やがて腰を下ろそうと屈んだところを、

 

「GAU!」

 

怠慢な態度を咎めるように、もう一匹のゴブリンが声を上げる。渋々といった様子で立ち上がると、再び姿勢を正す。

狼は眠っているのか、微動だにしないまま、しかし小鬼たちのやりとりに耳を忙しなく動かしていた。

 

 

 

 

 

――その全てを、彼方の茂みから妖精弓手は見ていた。

 

「ゴブリンの癖に番犬まで連れちゃって。生意気よね」

 

ふん、と鼻を鳴らしながら、妖精弓手が呟く。彼女の隣で、女武闘家も同意するように小さく首肯した。

 

小鬼騎兵(ライダー)……という訳じゃなさそうだけど。厄介ですね」

 

小鬼騎兵(ライダー)って?」

 

聞き慣れない単語を口にする女武闘家に、妖精弓手は首を傾げる。

彼女は確かに銀等級の冒険者だが、ゴブリンとの交戦経験は決して多くはない。ゴブリンの種類など、せいぜい田舎者(ホブ)呪術師(シャーマン)程度の知識しかなかった。

 

そんな彼女に、女武闘家は丁寧に説明する。

小鬼騎兵(ライダー)とは狼などに騎乗したゴブリンであり、とにかく素早い動きが特徴である。騎乗している狼自体の攻撃力も侮れず、また連携行動にも長けている。集団で襲われれば、熟練の冒険者といえども苦戦を強いられるだろう。

 

「……前に戦った時は、上手く罠に嵌めましたけどね」

 

苦笑しながら語る女武闘家に対し、妖精弓手は「ふぅん」と相槌を打つ。

 

「……ま、良いわ。それじゃ仕掛けるから」

 

言うなり、矢筒に手を伸ばす。その矢は金属製ではなく、自然の木の枝をそのまま用いたものだ。鏃もまた同様である。

森人は鉄を用いない。弓も矢も、自然物を加工して作るのが一般的だった。

 

妖精弓手は自身の身長より大きい弓を軽々と構え、矢を番えた。ぎりりと音を立てて弦を引き絞り、狙いを定める。

まさか一体ずつ狙うつもりなのか。それでは騒がれてしまい、内部に逃げられでもしたら、それこそ元の木阿弥ではないか。

誰もがそう危惧する中、女魔術師が杖を握り締めながら口を開く。

 

「私も《火矢(ファイアボルト)》を撃つわ…!同時に仕留めれば、騒がれずに済むから――」

 

「黙ってっ!」

 

張り詰めた空気の中、妖精弓手の鋭い叱責の声が上がる。その視線は真っ直ぐにゴブリンたちに向けられたまま動かない。

やがて、静かに口を開く。

 

「……大丈夫、私に任せて。呪的資源(リソース)は節約するのが基本でしょ?」

 

「……分かったわ」

 

まだ何か言いたげな様子ではあったが、女魔術師もそれ以上は何も言わなかった。しかし、ギリッと歯を食い縛っている。まるでゴブリンへ対する怒りを抑え込むかのように。

彼女に構うことなく、妖精弓手は弦を引き絞ったまま、じっと標的を見据え続ける。ぎりぎりと、弓の軋む音だけが続く。

そして――

 

「――ッ!」

 

ヒュウ、と一陣の風が吹いたかと思うと、妖精弓手は指を離した。

音もなく放たれたそれは、ゴブリンたちよりも幾分か逸れて飛んでいく。

 

「おいおいおい、どこに撃っとるんじゃ。明らかに右に逸れておるぞ!」

 

鉱人道士の言葉通り、妖精弓手が放った矢は標的から大きく外れていた。しかし妖精弓手は口元を緩ませると、いつの間にか手に持っていたもう1本の矢を番える。

妖精弓手の失敗(ファンブル)をカバーしようと、鉱人道士と女魔術師が舌打ちしつつ、各々の魔法発動体を構えんとする。だが、その瞬間――

 

突如として矢が大きく弧を描き、ゴブリンたちの横合いへと襲い掛かった。弾ける音と共に、一匹目の頸椎を真横から吹き飛ばす。そのまま頬を貫通した矢は、二匹目の喉元を貫いてみせた。

 

「……!?」

 

何が起きたか分からぬままに、狼が飛び起きる。咆哮しようと顎を開けた途端、

 

「遅い、と」

 

妖精弓手の放った二射目の矢が、狼の口内から尾までを一気に刺し通す。断末魔を上げる間もなく絶命し、続けて二匹のゴブリンもその場に斃れ伏した。

 

「…………」

 

妖精弓手は弓を下ろすなり、くるりと振り返る。そこには呆然と立ち尽くす仲間たちの姿があった。誰もが目を大きく見開き、驚きの表情を浮かべている。

 

「す、凄いですっ!」

 

「見事だが……、なんですかな、今のは?魔法の類かね」

 

興奮気味に話す女神官の横で、蜥蜴僧侶は落ち着いた口調で尋ねる。人間業ではない、ありえざる矢の軌道だったからだ。

 

「……驚きました。熟達した森人の秘技、ですね」

 

女武闘家が感嘆の声を上げつつ、妖精弓手を見つめる。武を嗜む者として、彼女の並外れた技量の高さをおぼろげに理解できたのだ。その瞳には畏敬の念すら浮かんで見える。

 

「ああ、驚いたぞ。凄まじい腕前だな」

 

ドヴァーキンも素直に賞賛した。彼自身も弓術には相当の自信があるのだが、同じ芸当ができるかと言われれば、答えは否である。少なくとも、鉄製の矢ではあの軌道を描くことは不可能だろう。

 

「十分に熟達した技術は、魔法と見分けがつかないものよ」

 

「……それを術師のわしの前で言うかね」

 

ふふんと鼻を鳴らし、得意満面といった様子で胸を張る妖精弓手。ここまでの旅路では、銀等級としての威厳を半ばを失っていた彼女だったが、ここに来てようやく本来の実力を知らしめることができたようだ。

そんな彼女の言葉に、鉱人道士は顔をしかめてぼやいた。

 

皆が彼女の神技を称賛する中、一人の男がゴブリンの死骸を見据えながら口を開く。

 

「……妙だな」

 

ゴブリンスレイヤーだった。彼はそのまま、ゴブリンたちが居た方へと歩を向けていく。

 

「どうかしたんですか?ゴブリンスレイヤーさん」

 

やや慌てて彼の後を追いながら、女神官は尋ねた。

 

「……奴らは怯えていた。真面目なゴブリンなど、いてたまるか」

 

吐き捨てるように呟くゴブリンスレイヤーの言葉を聞き、一行は彼が何を考えているのかを察した。ゴブリンたちを怯えさせる何かが、この先にあるということだ。

 

「また小鬼王(ロード)か、小鬼英雄(チャンピオン)あたりが群れを作っているんでしょうか…?」

 

「ロードに……チャンピオン?」

 

恐る恐るといった感じで尋ねる女神官。その表情には、どこか不安げな様子が見て取れる。つい先日、それらと激戦を繰り広げたばかりなのだから、無理もないだろう。対して、妖精弓手は初めて耳にする単語に興味津々といった様子だ。

 

「ゴブリンの最上位種です。王に英雄、奴らにとっての『白金等級』のような存在ですね」

 

妖精弓手の質問に答えるように、女武闘家が説明する。その声色からは、どこか緊張したような雰囲気が漂っていた。表情は強張っており、その説明は単なる知識ではなく、実体験に基づくものだと窺えた。

 

「……何がいるにしても、ゴブリンなら駆逐するだけよ」

 

底冷えするような声でそう言い放つ女魔術師。普段の冷静な態度とは打って変わり、まるで別人のように好戦的になっている。

 

「………」

 

そんな女魔術師を、女武闘家は心配そうに見つめている。確かにゴブリンは憎むべき存在だが、だからといってここまで殺気立つ必要はないはずだ。ゴブリンへの敵愾心を隠そうともしない彼女に、違和感を覚えずにはいられなかった。

 

「あ、あの……」

 

「何よ」

 

おずおずと話しかけてきた女神官に対し、キッ、と(まなじり)を吊り上げ、不機嫌そうな顔を向ける女魔術師。まるで、初めて出会ったあの日のようだった。女魔術師の剣幕に気圧されながらも、女神官は勇気を出して言葉を続ける。

 

「いえ…。でも、何かあったんですか?なんだか、いつもより怖い気がします」

 

「別に。何もないわ」

 

素っ気なく答え、足早に歩みを進める女魔術師。その後ろ姿を見やりながら、女神官はため息をつく。

どういう事情かは知らないが、明らかに余裕を失っている。あの日以来、何事にも油断せず常に冷静であろうと心掛けていた彼女が、ここまで感情を露にするなんて。

 

(何か、あったのですね)

 

確信めいたものを感じつつ、女神官は彼女の後を追った。

 

 

 

遺跡の入口まで辿り着くと、一行は白石作りのそれを見上げた。大地に半ば埋もれるような形に作られており、扉などは見当たらない。奥へと続く道は地下に延びているようだ。

 

「……随分古い石じゃのう。神代のものか?」

 

「この辺りの平野は、神代の頃に戦争があったそうですから」

 

鉱人道士の言葉に、女神官が同意を示す。こと、石のことならドワーフの右に出る種族はいない。一見しただけであっても、その材質やおおよその経年を言い当てることが出来るのだ。

 

「まぁ、いいじゃない。とりあえず入ってみましょう」

 

妖精弓手が、意気揚々と先頭に立って歩き出す。

 

「待て」

 

「え」

 

突然呼び止められ、慌てて振り返る。声の主はゴブリンスレイヤーだ。彼はずかずかとゴブリンの死骸へ近づくと、その傍らに跪いた。

 

「あっ……」

 

彼が何をするのか察したのだろう。女神官が、思わず声を上げた。周りを見れば、女武闘家も表情を強張らせてゴブリンスレイヤーを見守っている。

 

「……」

 

ゴブリンスレイヤーは黙って死体に手を伸ばすと、いつの間にか握っていたナイフでゴブリンの腹を切り開いた。そして、そのまま腹へ突き立てて、臓物を掻き回すように動かす。

 

「ちょ、ちょっとっ。アンタなにしてんのよ!?」

 

いくらゴブリンとはいえ、あまりにも酷い扱いに妖精弓手は抗議の声を上げる。だが、ゴブリンスレイヤーは手を休めることなく、淡々と作業を続けた。

 

「奴らは臭いに敏感だ」

 

「……は?」

 

ゴブリンスレイヤーはゴブリンの肝を取り出すと、手拭いに包んで絞り始めた。話が嚙み合っていない返答に、妖精弓手は思わず気の抜けた返事をしてしまう。

 

「特に女、子供、森人(エルフ)の臭いには」

 

「え、ちょ、ちょっと、…オルクボルグ。まさか、とは思うけど――」

 

彼の鎧にこびりついた汚れ。冒険者ギルドでのやり取り。そして、青ざめる女性陣の表情。それら全てが、一つの結論を指し示していた。

ゴブリンスレイヤーは立ち上がると、ゴブリンの肝汁に染まった手拭いを手に、妖精弓手へ向き直った。

 

「う、嘘でしょ!?ちょっ…、コイツ止めてよっ」

 

顔面蒼白になりながら、後ずさる妖精弓手。だが、不意に背後から肩を掴まれ、そのまま羽交い絞めにされた。

 

「大丈夫…すぐに終わりますよ」

 

そっと、呟くような声が耳元で聞こえる。

抑揚のない、感情を押し殺したかのような囁き。それが女武闘家だと気づいた瞬間、「ひぃ!?」と妖精弓手は戦慄した。

妖精弓手は必死にもがくが、その拘束から逃れることは出来ない。最後の希望を託して、女神官を振り返ったが――……。

 

「慣れますよ」

 

光を失なってしまったかのような目をしながら、女神官が力無く答えた。あまりに無情すぎる言葉。

女武闘家に口元を押さえられ、悲鳴すら封じられたまま、夕暮れの平野に、妖精弓手の声にならない絶叫が響き渡った……。

 

 

§

 

 

石壁に囲まれた通路を、松明に照らされた幾つもの影が進む。

先頭を歩くのは、盾役兼斥候を務めるドヴァーキン。その後ろに、松明を持ったゴブリンスレイヤーを始め、鉱人道士や蜥蜴僧侶、女性陣が続く。

 

「……ふむ。今のところ、罠らしきものは見当らないな」

 

慎重に歩みを進めつつ、ドヴァーキンが言う。

設置型の罠を発動させないように特殊な歩法(羽の歩み)を用いて進む。彼は、元の世界でノルドやドワーフの遺跡、ファルマーの棲み処など、様々な遺跡を探索した経験がある。ワイヤートラップから圧力板、床から飛び出す回転刃からレバー式の隠し矢、果ては魔法の(ルーン)に至るまで、ありとあらゆる罠を見てきた。そのため、斥候を買って出たのだ。

ちなみに《羽の歩み》では、自分は罠に掛からないが、仲間はその限りではない。違和感を感じたらすぐに立ち止まれるよう、いつも以上に注意を払って進んでいた。

 

ちなみに、本来の斥候役である妖精弓手はというと――

 

「うぇぇ…臭い……。気持ち悪いよぉ……」

 

ゴブリンの肝汁を頭から塗りたくられ、涙目に成りながら妖精弓手が訴える。身に纏った装束はゴブリンの血と臓物で汚れ、髪にもべったりとこびりついていた。トボトボと最後尾を歩く姿は、まるで幽鬼のようだ。

 

「我慢してください、じきに慣れますよ」

 

「こんなの、慣れたくないわ……」

 

女武闘家が慰めの言葉を掛けてくれるが、妖精弓手は泣き言を言うばかりだ。「戻ったら、覚えてなさいよッ!」と、恨み節だけは忘れなかったが。そんな彼女の様子に、流石の鉱人道士も揶揄う気が起きないのか、黙って見守っている。

 

遺跡に踏み入ってより、ずっと緩い傾斜の坂道が続いている。それも直線ではなく、どうやら巻貝のように螺旋状に続いているらしい。

 

「どこか…神殿、のように見えますね……」

 

女神官がぽつりと漏らす。

薄暗い地下道の壁には、無数の壁画が彫られている。それらは神話時代の光景らしく、秩序と混沌の戦いと思わしき情景が描かれていた。

 

「そのようですな。拙僧が思うに、ここは恐らく、古代の神々を祀るための祭殿だったのではないかと」

 

「……そうだな。俺もそう考える」

 

蜥蜴僧侶の言葉を聞きながら、ドヴァーキンも同意した。

慎重に歩を進めながら、彼はこの遺跡が作られた目的についてす思考を巡らす。

遺跡の造りは、元の世界でいえば古代アイレイドの様式に近い。地下深くへ潜っていくような構造といい、神殿めいた雰囲気などはまさしくそれだ。神々が身近な存在として崇められていたという共通点もある。ならば造られた目的もまた、似たようなものだろうと推測できた。

 

古代アイレイドたちがタムリエルを支配していた時代。当時はデイドラ崇拝が盛んであり、アイレイドたちは善悪を問わず、全てのデイドラを崇めていた。メリディアなどの今ではほぼ信仰を失ったデイドラロードが、逆にその勢力を強めていた時期でもある。

アイレイドの遺跡もその殆どが、デイドラを祀るためのものであり、この神殿の意匠にも、どこか似た雰囲気がある。もっとも、シロディールに居た頃に訪れた遺跡は僅かでしかないので、断言はできない。だが、仮に邪神の類が祀られていたのならば―――――。

 

(……ただのゴブリン退治、では済まないかもしれないな)

 

そんなことを考えながら、一行は更に奥へと進んでいった。

 

それからしばらく歩き続けた後、下がり道も終わりに差し掛かった。通路は左右に分かれ、分岐点となっている。

 

「ふむ。どちらに行くべきか?」

 

「待て!」

 

蜥蜴僧侶の問いに答える前に、ドヴァーキンが急に立止まる。そして、その場にしゃがみ込むと、石畳の隙間を指でなぞり始めた。

 

「……圧力板だ。踏んだ瞬間に作動する仕掛けになっている。気を付けろ」

 

彼は踏んだ瞬間に違和感を感じ取り、罠の存在を見抜いた。見ればその部分だけ、他と比べて汚れが少ない。まるで最近設置されたばかりのような真新しさだ。

 

「鳴子か」

 

「……ていうか、アンタ今思いっきり踏んでなかった?」

 

ゴブリンスレイヤーが呟くと、ようやく復活したのか、妖精弓手は訝しげに突っ込みを入れた。明らかに踏み抜いたにもかかわらず、罠が発動しなかったことに、彼女は首を傾げている。先ほどまで意気消沈していた為に、ドヴァーキンの能力(スキル)の説明を聞いていなかったらしい。

 

「トーテムが無いにも関わらず、罠が仕掛けられている……か」

 

呪術師(シャーマン)でないとすると、やはり小鬼王(ロード)でしょうか?」

 

ドヴァーキンの言葉を聞きつつ、女神官は頬に指を当てて推考する。小鬼王(ロード)はゴブリンの最上位種だ。その悪辣さは並のゴブリンとは比べ物にならない。何よりつい先日、それを身をもって体験したばかりだ。

 

「それはない」

 

「え?」

 

「ロードだろうが、所詮はゴブリンだ。これほど高度な罠を作る技術は無い」

 

ゴブリンスレイヤーは女神官の疑問を一蹴する。

小鬼王(ロード)がゴブリンの上位種であることは間違いないが、それでもゴブリンであることに変わりはない。ここまで寸分違わぬ精巧な罠を作れるほどの技術は持ち合わせてはいないはずだ。ワイヤートラップなどの、子供騙しの罠とはわけが違う。

 

「真新しいっちゅうことは、遺跡の仕掛けでもなさそうだの」

 

「ひょっとして、混沌についた鉱人(ドワーフ)の仕業じゃないの」

 

「なにおうッ!わしらはそんなことせんわい!」

 

「どうだか」

 

妖精弓手の一言に、鉱人道士は食って掛かり、またもや口論が始まる。

 

「二人とも、喧嘩はよせ。騒いで気付かれたら元も子もない。右か左、どちらに進むかを決めようではないか」

 

シューッと鋭く息を吐き、蜥蜴僧侶が仲裁に入る。途端に二人は押し黙った。

 

ゴブリンスレイヤーが足跡から読み取れないかと問うと、鉱人道士は石畳をつぶさに調べ始める。そして、自信満々に左の方角を指し示した。床の減り具合から、ゴブリンたちの移動方向を割り出したのだ。

「確かか」とゴブリンスレイヤーが確認すると、石にかけては鉱人(ドワーフ)の右に出るものはいない、と言い切った。

 

「右にも足跡があるということは、連中の貯蔵庫とかがあるのかしら」

 

「あるいは伏兵がいるやもしれんな」

 

妖精弓手とドヴァーキンがそれぞれ意見を述べる。

右の道に何もないのならば、わざわざT字路の手前に感知式トラップを仕込む理由が見当たらない。少なくとも、連中がこの先に何かを隠しているのは明白だ。

 

「ならば――」

 

ドヴァーキンは息を大きく吸い込んだ。そして、森人にすら聞き取れない声(無音の唱え)で、シャウトを紡ぐ。

 

Laas()(ラース)』

 

「……?今何したの?」

 

妖精弓手は耳をぴくっと動かした。声こそ聞こえなかったが、彼が何かを発したのは分かった。

怪訝な顔で問いかけると、代わりに女武闘家が「"シャウト"を使ったんだと思います」と小声で耳打ちしてきた。

 

「なるほど、今のが”声秘術”ってヤツね……」

 

吟遊詩人の武勲詩では聞いていたものの、実際に目にするのは初めてだった。未知の術に、彼女は興味津々といった様子でドヴァーキンを見つめている。

 

ドヴァーキンは【オーラ・ウィスパー】により二つの反応を捉えていた。一つは人程の大きさで微動だにせず留まっているもの。もう一つは、そそくさとある一点に向かって動いているものだ。恐らくは後者がゴブリンだろう。

先ほどの妖精弓手たちの騒ぎが引き金となったのか、慌てて移動しているようにみえる。恐らくは、侵入者の存在を察知して待ち伏せするつもりなのかもしれない。

 

「……右の奥、通路を進んだところに、二つの反応がある」

 

「ほう。そんなことも分かるのか?」

 

ドヴァーキンが右の方角を指差すと、鉱人道士が口髭を撫でながら感心するように言った。

 

「ああ。一つは人の背丈ほど、もう一つはかなり小さい。恐らくゴブリンだろう。大きい方は何なのかは分からんが、あるいは……」

 

「……虜囚の類いかもしれませぬな」

 

ドヴァーキンの言葉を引継ぎ、蜥蜴僧侶がそう推測する。

 

「もしそうだとしたら、急いだ方がいいわね」

 

「その通りだ」

 

妖精弓手に答えたのはゴブリンスレイヤーだった。彼も同じ見解だったらしく、足早に右の通路へと進んでいく。

彼を追うように、一行もまた、その道を進んでいった。

 

 

 

右の道に入ってやや進むと、もわっとした臭気が押し寄せてきた。

 

「うっ……!」

「ぬぅ」

 

一行は思わず手で顔を覆った。ねっとりした空気の中に、獣臭さと生臭さが混じったような強烈な悪臭が立ち込めていたのだ。

喉奥に貼り付く不快な感覚を堪え、一同はその先を行く。

 

「……酷い臭気じゃのう」

 

「なに、この酷い臭い……。本当にこの先にいるの?」

 

鉱人道士と妖精弓手は鼻を押さえ、蜥蜴僧侶も目を鋭く細める。

あまりにも酷い悪臭だったが、女神官や女武闘家、女魔術師はこの臭いに覚えがあった。三人とも一様に顔を険しくさせ、通路の奥を見据える。

 

「鼻で呼吸をしろ。すぐに慣れる」

 

剣を抜いたゴブリンスレイヤーが言うと、簡単に言ってくれるなと言わんばかりに、妖精弓手はキッと彼を睨み付ける。だが、どこ吹く風といった様子で、彼は平然としていた。

 

「ここか」

 

ドヴァーキンたちは、臭気の源と思わしき場所までやってきた。

遺跡の一画を仕切るように、腐りかけた木の扉が立て掛けられている。

 

「俺が先に行こう。二つの反応、おおよその位置は把握している」

 

「そうか」

 

ドヴァーキンが答えると、ゴブリンスレイヤーは静かにうなずいた。

すでに【オーラ・ウィスパー】の効果は切れているが、反応があった位置関係から考えて、この部屋の中にいる可能性は高い。

 

「では、行くぞ」

 

武器を手斧に持ち替え、ドヴァーキンは木の扉を蹴破った。

その瞬間、むせ返るような臭気が一気に溢れ出し、一行に襲いかかる。

 

「ぬぅ!?」

「うぇっ!?」

 

あまりの悪臭に、全員が顔を覆う。

そこにあったのは、あらゆる意味でゴブリンの汚物溜めであった。

部屋の中はゴブリンたちの糞尿によって汚れ、床には骨やがらくたなどが散乱し、壁は血飛沫や臓物の染みやらで赤黒く変色していた。その有様は、まさに地獄絵図そのもの。

 

「……ころ……し…て…」

 

顔をしかめる一行の耳元に、か細い声が届いた。

声のした方を見ると、そこには四肢を拘束された状態で吊るされている、女性の姿があった。

 

「……ッ!」

 

その姿を見た途端、妖精弓手は声にならない悲鳴を上げた。

拘束されている女性は全裸に剥かれた森人(エルフ)だった。金色の髪に白い肌、エルフ特有の美しい顔立ちが見てとれる。左半身は、であるが。

彼女の右半分の全身は醜く腫れ上がり、白い肌がどす黒い紫色に染まっていた。目も乳房も潰され、辛うじて息をしているものの、生きているのが不思議なほどの重傷だった。

 

「何という……!」

「……なんじゃい、こりゃ」

 

蜥蜴僧侶と鉱人道士が思わず声を上げる。

 

「うぐ……ッ」

 

耐えきれなくなったのか、妖精弓手が口を押さえ、そのまま嘔吐し始めた。胃の中のものを全部吐き出してもなお、えずいている。

無理もないことだ。森人(エルフ)の彼女にとって、目の前の光景はあまりにも惨すぎた。

 

「……して、……ころして……ころしてよ……」

 

囚われの森人(エルフ)が、掠れた声で懇願する。

 

「早く助けな……――ッ!」

 

女武闘家が咄嵯に駆け寄ろうとし、しかし思い留まる。さきほどドヴァーキンは大小二つの反応があると言っていた。

そのうちの一つは、おそらくこの女性のことだろう。だがもう一つ、ゴブリンと思わしき反応の姿はどこにも見当たらなかった。

 

「………」

 

ドヴァーキンは目を鋭く細めながら、囚われの森人(エルフ)の横にある汚物の山を見据えた。

汚濁にまみえる床の上を、びしゃびしゃと音をたてて歩く。その足取りに迷いはなく、手斧を握る右手に力を込める。

 

「お主ら、動くでないぞ」

 

鉱人道士はその背を見送りつつ、呟く。他の面々は言われずとも、ドヴァーキンを見守るように視線を送った。

この部屋に入る前、ドヴァーキンは、位置を把握していると皆に告げていた。それが意味するところはつまり……。

 

「GYAAA!!」

 

ドヴァーキンが近付いた途端に、汚物の山の頂から何かが飛び出してきた。それは、一匹のゴブリンであった。虜囚を助けようと不用意に近づいてきた獲物を仕留めんと、勢いよく飛びかかってくる。

だが、遅い。

 

「ふんッ」

 

手斧を勢いよく振り下ろし、ゴブリンの頭を叩き割る。奇襲を仕掛けようとしていたところを逆に返り討ちにされたゴブリンは、断末魔の声をあげる間もなく絶命した。

 

「ゴブリン……」

 

低く、冷たい声色。それは女魔術師の口から発せられたものだった。身を震わせ、彼女はゴブリンの死骸を睨みつけている。

ゴブリンに対する憎悪。彼女の表情は、普段からは想像できないような恐ろしい形相になっていた。

 

「ゴブリンは……一匹残らず殺すわ。一匹たりとも逃さない……!」

 

絞りだすような、か細い声。しかしその瞳の奥には、凄まじいまでの激情が渦巻いていた。

周りの仲間は目の前の惨状に気を取られ、誰もそれに気付かない。

彼女は肩から下げた雑嚢にそっと手を当てる。僅かな隙間より覗かせるもの。そこには、一本の巻物(スクロール)が納められてあった。

 



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第5話 静寂を切り裂いて

 

時間は少し遡り、ドヴァーキンたちが古代の遺跡へと足を踏み入れた頃――。

 

古代の遺跡より幾ばくか離れた、ある村での出来事だった。

 

「"冒険者"って……、お嬢ちゃんみたいな子が?」

 

「そうだよ」

 

村人の男が胡乱げな目で見つめる中、少女は堂々と胸を張って答えてみせた。

その少女が首から下げている真新しい白磁の小板。それが、沈みかかった太陽の光を反射して眩く輝いている。

紛れもなく、冒険者ギルドが発行している『冒険者』という身分を証明する認識票であった。

 

「いやぁ……でもねぇ……」

 

「大丈夫だって! ゴブリンなんて、ボク一人だけでも十分だよっ」

 

自信満々の少女に対し、村の男はどうしたものかと考え込むように腕を組む。

村から少し離れた場所にある、古い陵墓。

ひと月ほど前、そこを調査に入った者たちが戻ってこなかった。あろうことか、派遣された調査団の全員がだ。彼らの護衛として同行した冒険者たちもまた同様であるらしい。

 

その陵墓は古くからあるもので、村の言い伝えでは神の怒りに触れた邪悪な存在が封印されているのだと伝えられている場所でもあった。そんな場所に好き好んで近づこうとする者はおらず、村の掟に背いてまで踏み入ろうとする者もいなかったため放置されていたのだが……。

 

そこで、事態が変わった。

村の若い娘が一人、真夜中のうちにゴブリンに襲われ攫われてしまったのだ。悲鳴に気づいた両親もすぐに後を追ったものの、他のゴブリンたちに囲まれて四方から襲われてしまい、そのまま連れ去られてしまう。

村の若い男たちも総出となって駆けつけるも、既に手遅れとなっていた。血の跡を追いかけた先にあったのは、陵墓へと引き摺られたであろう三人の血痕と小鬼の足跡だけ。

 

直ぐに陵墓の調査と救助を首長へ懇願したが、「ゴブリンなどの相手など冒険者で十分だろう」と言われ取り合って貰えなかった。曰く、混沌の勢力との戦いに多くの戦力を投入しているため手が回す余裕がなく、ゴブリン程度に軍は出せないとのことだ。

 

だが、だからといってこのまま手をこまぬいていたら、いずれ村全体の脅威となりかねない。

そう判断し、なけなしの金を集めて冒険者ギルドに依頼を出したところ、すぐさま反応があった。

 

それがこの少女であり、彼女は意気揚々と依頼を受けると、こうして村を訪れた次第であった。男の父親である村長は病のため寝込んでおり、やむなく息子である彼が対応していたわけだが……。

 

「しかし…本当に一人で行くのか? いくらなんでも危険すぎるぞ?」

 

「へーきへーき! これでもボク、結構強いんだよ」

 

腰に手を当てながらふんすと鼻息荒く言い放つ姿には、とてもではないが強そうな気配はない。体つきだって華奢だし、顔にも幼さが抜けきっていない。いくら冒険者とはいえ、まだ年端もいかない少女を危険な場所に送り込んで、素知らぬふりをするわけにもいかないだろう。

そんなことを考えて心配する男だったが、当の少女はまったく気にしていない様子でいた。

 

「それにさ、ボクは駆けっこだって得意なんだ。何かあってもすぐに逃げられるしね!」

 

「逃げるって……おい!?」

 

止める間もなく駆け出して行ってしまう。慌てて追いかけようとするも、「危ないと思ったらすぐ戻ってくるよ~!」と言い残して、遠く森の中に入っていった。

 

「ああ、もう……」

 

頭を掻きむしりながらも、すでに少女の姿はない。足が速いというのは本当のようで、あっという間に森の奥深くにまで消えてしまっていた。男は諦めのため息をつくと、仕方なく家へと戻り、少女の帰りを待つことにしたのだった―――

 

 

§

 

 

ゴブリンによって嬲り者とされていた森人(エルフ)の虜囚。

ドヴァーキンは拘束を解いてやりつつ、彼女に回復魔法をかけてやる。ドヴァーキンの手から放たれた癒やしの力は彼女の全身を包み込み、傷を瞬く間に治していく。

 

「…これでもう大丈夫だろう」

 

衰弱しきっているが、命に別条はないようだ。ドヴァーキンは彼女を担ぎ上げると、汚物部屋から連れ出す。

そして、そっと石床の上に横たわらせてやった。

 

「…………」

 

かけた毛布がゆっくりと上下している。意識はないが呼吸は安定しており、外傷も治癒しておいたから、じきに目を覚ますはずだ。

ドヴァーキンはふぅと安堵の吐息を漏らす。

 

「まずは一安心といったところかのう」

 

「ああ。あとは、彼女をどうするかだな……」

 

鉱人道士の言葉に、ドヴァーキンは手斧を懐紙で拭いながら答える。

まさかこのまま放置しておくわけにもいかないだろう。遺跡の近くにあるという、森人(エルフ)の集落に連れて行ってやるのが最善か。

 

「ならば拙僧にお任せあれ。我が秘術をもって、必ずや送り届けてみせましょうぞ」

 

そう言って、蜥蜴僧侶が名乗りを上げる。彼は腰に下げた袋から小さな牙を幾つか取り出し、それを床にばら撒いた。

 

「《禽竜(イワナ)の祖たる角にして爪よ、四足、二足、地に立ち駆けよ》」

 

一族に伝わる牙状の呪具を触媒とし、詠唱と共に奇跡を発動させる。

すると、地面に散らばっていた牙がブクブクと泡立ち、やがて形を成していく。それは巨大な骨のようになり、見る間に大きく膨れ上がっていった。

そして、瞬く間に全身骨格の蜥蜴の戦士が出来上がる。

 

「父祖より授かった奇跡、《竜牙兵(ドラゴントゥースウォリアー)》である」

 

蜥蜴僧侶が指示を出すと、竜牙兵は森人(エルフ)の女性を担ぎ上げる。事情をしたためた手紙を持たせてやると、そのまま出発していった。

 

「見事だな。召喚魔法の類いか?」

 

「左様。偉大なる祖竜の御力を借り受ける、一族伝来の秘術ですな」

 

感心するドヴァーキンに対し、誇らしげに尻尾を床に打ち付ける。

これで一党は呪的資源(リソース)を一つ消費したが、誰も抗議はしなかった。

 

「なんなのよ、もぉ………こんなの、わけわかんない……ッ」

 

部屋の外でうずくまるようにしながら、妖精弓手は啜り泣いた。彼女を気遣うように女武闘家と女神官が寄り添い、背中を擦って慰めている。同胞(はらから)をゴブリンに囚えられ、あまつさえその身体を弄ばれていた。精神的ショックは計り知れないだろう。

 

「知り合いか」

 

ドヴァーキンが尋ねると、妖精弓手はうずくまったまま、ふるふると力なく首を横に振った。

 

「たぶん……たぶん、私と同じで、『根なし草』の森人(エルフ)で、冒険者だと……思う」

 

妖精弓手は嗚咽混じりに、途切れがちになりながら言葉を紡ぐ。

 

「ここからは……、私の故郷も…近いの。この辺りに住んでいる森人(エルフ)なら……、顔は知ってる、から」

 

「そうか」

 

ドヴァーキンはそれ以上何も言わなかった。

鉱人道士も先の惨状に気分が悪くなったのか、口を閉ざして沈黙している。女魔術師は通路の壁際に寄りかかり、顔を俯かせている。

ゴブリンスレイヤーはそんな彼らの様子に構わず、汚物溜めの中を漁っていた。

 

「………」

 

やがて、ゴブリンスレイヤーは汚物の中から何かを引きずり出す。かなり汚れてはいたが、それは帆布で作られた背嚢だった。

彼はそれを慎重に開け、中身を確かめていく。

 

「やはり、あったか」

 

そして乱雑に丸められた紙片を取り出した。ずいぶん古めかしく、やや黄ばんでいる。

紙片を広げて確認すると、ようやく部屋を出て仲間たちに声をかける。

 

「背嚢の中に地図があった。あの森人(エルフ)が使っていたものだろう」

 

ゴブリンスレイヤーの言葉を聞いて、一同は彼に視線を向ける。

地図を広げると指先でなぞり、ある地点を指し示した。そこは──。

 

「ここが怪しい。左の道の先、回廊になっている場所だ」

 

ゴブリンスレイヤーが言うには、そこは吹き抜けになっており、ゴブリンのねぐらとなっている可能性が高いというのだ。

すると、ゴブリンスレイヤーは指先を滑らせ、とある一点を指す。そこは広い回廊の端であり、そこからさらに奥へと続く道がある。

 

「……ここで、地図は途切れている」

 

「この先にも道は続いているようだな」

 

ドヴァーキンは地図を覗き込み、そう呟いて腕を組む。

彼の胸中は、回廊よりもその先のことに占められていた。地図が途切れているということは、恐らくそこには何かがある。

 

(嫌な予感がする。確証はないが……)

 

彼の豊富な経験と勘が告げていた。地図にない通路の奥、そこに何があるのかは分からない。しかし、地図の作成を断念するだけの理由があることだけは確かだ。

 

「どう見る」

 

ゴブリンスレイヤーはドヴァーキンにそう問いかける。

言葉には出さないが、ドヴァーキンが遺跡などの探索に長けていることを、この一連の旅路で理解していた。

 

「そうだな……」

 

腕を組んだまま目を閉じ、しばし考え込む。やがて目を開き、言葉を紡ぐ。

 

「ゴブリンのねぐらは、その回廊で間違いないだろう。だが――」

 

そこで言葉を区切る。続きを待つ仲間に対し、彼はこう続けた。

 

「……その先、俺の予想では、ゴブリン以上の厄介な者が潜んでいると思う」

 

「それは、先程の圧力板の件と関係しているのですかな」

 

蜥蜴僧侶の問いに首肯し、続ける。

 

「そうだ。高度な罠を仕掛けられるだけの知能を持つ存在がいる。それがゴブリンを使って何かをしている可能性は高い」

 

ドヴァーキンの脳裏に浮かぶのは、元の世界でのスノーエルフの生き残りの一人、最高司祭ヴィルスールの姿だった。

吸血鬼となり果て、(アーリエル)に見放されたと思い込んだ彼は、ファルマーに攫われたと見せかけ、逆にファルマーたちを操って他のスノーエルフを虐殺した。アーリエルとその信徒たちに復讐を果たそうと企み、太陽の専制を終わらさんと暗躍していたのである。

 

「ふむ。つまり小鬼共の騒動は囮であると」

 

蜥蜴僧侶がぐるりと大きな目を回し、ドヴァーキンに尋ねる。

それに対して、ゴブリンスレイヤーが横合いから口を挟んだ。

 

「ゴブリンがいくら悪事を働こうとも、軍を動かすことはないだろう。それを逆手にとって、冒険者を誘き寄せるためにわざと騒ぎを起こした可能性がある」

 

「なるほどのう……。確かに、それなら辻妻が合うわい」

 

鉱人道士が口髭を撫でながら言った。

 

本来なら、ゴブリン退治に派遣される冒険者は大抵が白磁等級であり、良くて鋼鉄級の冒険者である。ところが今回は、銀等級の冒険者に依頼が出された。これは明らかに異例なことであった。

 

この遺跡の探索を妖精弓手たちに依頼してきたのは、他ならぬ森人(エルフ)の長だ。軍を安易に動かせなかったというのもあるが、ゴブリンの討伐程度にわざわざ銀等級の彼らを指名してくる辺り、今回の一件はただ事ではないことが窺える。

 

依頼を受けた際、鉱人道士は薄々ながらそれを察していた。この依頼は、ゴブリンをただ退治すればいいというものではない。もっと根深い問題なのだと。

だからこそ、ゴブリンスレイヤーだけでなく、竜殺しの武勲を持つドヴァーキンにも声をかけることを提案したのだ。

 

これはあくまで推測だが、この遺跡の調査にはすでに幾多の冒険者たちが派遣されていたはずだ。そして、彼らが誰一人として帰ってこなかったであろうことも容易に想像できた。

それはつまり、その先で待ち受ける危険度が上位等級の冒険者でなければ太刀打ちできないレベルだということを意味している。

森人(エルフ)の長も、そこまで見越して彼らに声をかけたに違いない。

 

「冒険者を誘き寄せ、それを利用して何やら悪巧みを企てている輩がおるわけですな」

 

「ああ。十中八九間違いないだろう」

 

蜥蜴僧侶の言葉に、ドヴァーキンが相槌を打つ。

先ほどの森人(エルフ)の女性も、その企てに誘い込まれた冒険者の一人かもしれない。

ゴブリン程度に冒険者が複数派遣された理由、そして彼らの失踪した原因、そして、その先に潜んでいる脅威。

その全ては、この遺跡の最奥部に行けば明らかになるだろう。

 

「ともかく、まずはその回廊とやらに案内してくれ」

 

「ああ」

 

ゴブリンスレイヤーは無造作に地図を折りたたんで、自分の雑嚢に押し込んだ。

 

「立てますか?」

 

終始俯いていた妖精弓手だったが、女神官の声に少しだけ顔を上げる。

擦ったせいか、潤んだ目尻は赤く腫れていて、酷く痛々しい表情をしていた。

 

「どうだ? 行けそうか」

 

ドヴァーキンは手を差出し、妖精弓手の顔を覗き込むように尋ねた。

彼女はしばらく目を伏せていたが……やがて、意を決したかのように大きく息をつくと、差し出された手に掴まって立ち上がった。

 

「……大丈夫よ。行けるわ」

 

少し足元がふらついているが、それでも弓を担ぎ直すと、妖精弓手が答えた。

 

「…行かないと、いけないものね」

 

彼女の目はまだ虚ろなままだ。

だが、目元を腕で拭うと、その瞳に少しだけ光が戻ったように見えた。

 

「そうだ」

 

ゴブリンスレイヤーが彼女の言葉に応える。

ずかずかと歩き出すと、低く、それでいてよく響く声で言葉を紡ぐ。

 

「いずれにせよ、ゴブリンは殺さねばならん」

 

何が待ち受けていようと、それだけは決して変わらないのだ。

 

 

§

 

 

回廊へと続く左の道は一転、迷路のように入り組んでいた。

もしも地図が無ければ、確実に迷っていたことだろう。ゴブリンスレイヤーが指し示す道に従って、一行は黙々と歩を進めていく。

道中、何度か警邏(けいら)のゴブリンと遭遇したが、その全てを危なげなく始末していった。

 

「――…!!」

 

ドヴァーキンの放ったクロスボウの矢が、ゴブリンの眉間に突き刺さる。断末魔すら上げずに、ゴブリンはその場に崩れ落ちた。

ゴブリンスレイヤーがゴブリンの潜む場所に目星をつけた後、ドヴァーキンが先行偵察を行い、不意をついて狙撃する。複数体いれば、ゴブリンスレイヤーや女武闘家と三人で連携しつつ、確実に仕留めていく。

 

結果として、遭遇戦は最小限に抑えられた。

当初は妖精弓手が斥候役を担い、弓で先制攻撃を仕掛けていたのだが、時に仕留め損なってしまうことがあった。やや持ち直したとはいえ、まだ先ほどの一件を引き摺っているのか、明らかに精彩を欠いて見える。

ゆえに彼女をひとまず下がらせ、代わりにドヴァーキンが斥候役を買って出た。

 

「――……あの、一度この辺で休みませんか?」

 

妖精弓手の疲労を心配して、女神官は休憩を申し出た。

この通路を抜ければ、もうすぐ目的地だ。休息を取るには良い頃合いかもしれない。

 

「……いいだろう」

 

ゴブリンスレイヤーもそれに同意する。

やや開けた場所を見つけ、そこで一行は腰を下ろす。幾度目かの、回廊を前にした最後の休息だ。

 

「呪文は幾つ残っている?」

 

ゴブリンスレイヤーが自分の武器を点検しながら、静かに言った。

女神官は隅にしゃがみ込んだ妖精弓手の傍に寄り添い、肩を擦りながら頷く。

 

「えっと、私はまだ一度も奇跡を使ってないので……あと三回です」

 

「拙僧は『竜牙兵』一度のみだ。三回はいけるが……」

 

蜥蜴僧侶は尻尾を揺らしながら自分の荷物を探り、牙を一掴み手に取った。

 

「《竜牙兵(ドラゴントゥースウォリアー)》の奇跡には触媒がいる。この呪文に関しては、あと一度だと思ってもらいたい」

 

「わしはそうさの……、四回か、五回はいけるぞい」

 

蜥蜴僧侶に続けて、鉱人道士も髭を擦りながら答える。

 

「私は……二回よ」

 

女魔術師は杖を握り締めたまま、低く沈んだ声で答えた。彼女はここまで、ほぼ一言も喋っていない。そんな彼女を心配してか、ドヴァーキンが声をかける。

 

「どうした? 昨日からずっと元気がないように見えるが……」

 

「……平気。ちょっと疲れてるだけ」

 

杖をぎゅっと握って、女魔術師は短く返事をした。

 

「そうか……。無理をする必要はない。何かあったらすぐに言ってくれ」

 

「えぇ……ありがとう」

 

ドヴァーキンの厚意に感謝しつつも、やはりどこか上の空の女魔術師であった。女武闘家やドヴァーキンが時折、こうして声をかけるのだが、生返事しか帰ってこない。彼女の様子がおかしいのは全員が感じ取ってはいたが、原因については誰も思い当たらずにいた。

 

「お前は…どうだ」

 

ゴブリンスレイヤーの顔がドヴァーキンに向けられる。

ドヴァーキンの”シャウト”については、これまで何度も目にしている。勿論、まだその全てを披露しているわけではないだろうが、それを聞くつもりはない。冒険者にとって、自らの手の内を晒すということは命取りになりかねないことを、ゴブリンスレイヤーはよく理解していたからだ。

 

だがせめて、使える回数くらいは把握しておきたい。《転移(ゲート)》の巻物(スクロール)火竜(レッドドラゴン)との戦いで消費した以上、使える札は幾らあっても足りないのだ。

 

「……そうだな。少し長くはなるが――」

 

いったん言葉を区切ると、ドヴァーキンは"シャウト"について説明を始めた。

及ぼす効果の低い、世の理に大きく干渉しないものであれば、ほぼ無制限に使用できる。逆に、強力な効果を持つものは、使った後はしばらく休息が必要だ、と説明する。

また効果は低くなるが、三節ではなく一節のみあれば、強力なシャウトでも休息に必要な時間は少なくて済むとも付け加えた。

ハルメアス・モラの呪縛はまだ解けておらず、シャウトの連続使用は控える必要がある。

 

「……つまり、効果次第という事ですかな」

 

「そういうことだ」

 

 

蜥蜴僧侶の問い掛けに対し、ドヴァーキンは首肯した。

 

「それでも十分すぎるわい。つらぬき丸の能力については耳にしていたが、ここまでとはのう……」

 

「そうだな……」

 

鉱人道士が感嘆の声を上げる横で、ゴブリンスレイヤーは思案する。

だが、同時に懸念もあった。ドヴァーキンは確かに強く、頼れる存在かもしれないが……。

 

(あまり頼りすぎてはいけない)

 

そう思う。

彼の能力はあまりにも異質だ。先ほどの敵の存在を感知する能力にしても、彼さえいれば大丈夫だと思えるほどに。

しかし、それは彼と一党を組む者たちにあまり良い影響をもたらすとは思えない。斥候としての能力(スキル)は、大なり小なり全ての冒険者にも必要なものだ。それを彼が一人で全て担うようでは、仲間たちの成長を妨げてしまう。

 

ドヴァーキン自身もその事を理解している節がある。

分岐点からここまでの道中で、彼はあくまで補助役に徹して戦っていた。

実際に、妖精弓手が後ろに下がるまでは、後方の殿(しんがり)を務めるだけで、決して前に出ようとしなかったのだ。

 

例の、敵の存在を感知できる技を使っていたならば、あるいは敵の接近すら許さず、彼一人だけで殲滅できたことは想像に難くない。しかし、それを使わなかった。

 

彼が”シャウト”を使ったのは、あの森人(エルフ)の虜囚を救助した一件だけだ。

恐らくは、本当に必要な時以外は使わないようにしているのだろう。ゴブリンスレイヤーはそう考えた。

 

「どうした?何か気になることでもあるのか」

 

不意にかけられた言葉に、我に返ったゴブリンスレイヤーは顔を上げた。見れば、急に押し黙った彼を心配したのか、仲間達がこちらを見つめている。

 

「…大丈夫だ、問題ない」

 

自分に言い聞かせるように呟いてから、ゴブリンスレイヤーは妖精弓手に視線を向けた。

 

「どうだ?」

 

暗に、この先に行けるか、と問いかける。

露骨な話題転換ではあったが、妖精弓手の状態を確認する意図もあった。彼女はここまでほぼ無言でついてきたのだ。

 

「あの、飲みますか?……飲めますか?」

 

「…………ありがとう」

 

女神官がそっと差し出した水袋に、妖精弓手は静かに口付ける。

女神官や女武闘家が心配して声を掛ける度、彼女はかろうじて笑みを浮かべて応えていた。だが、その表情は強張っていて、普段の明るさは微塵もない。

先ほどのドヴァーキンの説明でも、本来なら真っ先に食いつきそうなものを、黙って聞いていただけだった。

 

「行けるなら来い。無理なら戻れ。まだ間に合う」

 

ゴブリンスレイヤーの言葉に、彼女は小さく息を吐いた。

 

「……馬鹿言わないで」

 

口元の水雫を拭いながら、妖精弓手は目を鋭くした。

 

「私は野伏(レンジャー)よ。私が戻ったら、誰が―――」

 

そこまで言って言葉を切ると、彼女はドヴァーキンを見やる。

罠を無効化し、いざとなれば壁越しに敵を察知すらできる、底知れぬ力を持つ戦士。彼女の目には、ドヴァーキンがそう映っていた。

彼がいれば、確かに自分がいなくてもなんとかなるかもしれない。だけど―――

 

「ああ、もう……ッ!」

 

妖精弓手は頭をかきむしった。長耳がピンと逆立つ。

 

「戻る…なんて、そんなこと……!」

 

彼女にとって、それは絶対に認められないことだった。

 

「できるわけないでしょッ!?森人(エルフ)があんな事されて!近くには私の故郷だって……!」

 

激昂する彼女を、ゴブリンスレイヤーは冷めた目で見つめている。

 

「……なら、どうする?」

 

「決まってるじゃない!二度とこんな真似ができないように、徹底的に叩き潰すわッ!」

 

妖精弓手がキッと顔を上げて宣言すると、ゴブリンスレイヤーは軽く顎を引いた。

 

「そうか」

 

ゴブリンスレイヤーはそう呟くと、おもむろに席を立った。

 

「なら、行くぞ」

 

そう言ってゴブリンスレイヤーがこの場を去ろうとするのを、妖精弓手が慌てて引き留める。

 

「ちょっと待ちなさいってば!」

 

「……なんだ?」

 

「私が先に行くわ。斥候は私の仕事だし、それに……」

 

妖精弓手はそこで言葉を切った。

 

「――何より、これは私たち(エルフ)の問題だもの」

 

森人(エルフ)の領域で、これ以上好き勝手をさせる訳にはいかない。そう言い放った彼女は、決意を込めた眼差しをゴブリンスレイヤーに向けた。

 

「そうか」

 

ゴブリンスレイヤーはいつものように淡々と答えた。

だがその声色は、彼をよく知る者が聞けば、どこか穏やかだと評しただろう。

妖精弓手が先頭に立ち、ゴブリンスレイヤーが後に続く。他の仲間たちもやや慌てた様子で続いた。

 

「……やれやれ、不器用な奴じゃわい」

 

「ゴブリンスレイヤーさん……」

 

鉱人道士は小さく溜息をついてぼやくと、女神官が少し口元を緩め、微笑むような視線をゴブリンスレイヤーに向ける。

以前の彼ならば、もっと突き放す言い方をしたはずだ。それが今では、不器用ながらも仲間を慮り、励ますような言葉を口にしている。その変化に、彼女の胸はほんのりと温かくなった。

 

ゴブリンスレイヤーの表情は読み取れないものの、それでも確かに変化があったのだ。ドヴァーキンたちとの交流や、牧場の防衛戦を経て、彼は少しずつ、だが確実に変わりつつあった。

 

 

§

 

 

地図の通りに進んだ一行は、ほどなく回廊へと行き当たった。

 

「わぁ…っ」

 

女神官が思わずため息を漏らして、見入る。

目の前に広がるのは広大な空間。

天井は高く、無数の柱が並び立つそこは、まるで古代の神殿のようだ。上を見上げると、吹き抜けとなっており、恐らく地上にあるはずの大地を遮るものは何もない。

 

「あかるい…月明かり、でしょうか?」

 

「この回廊は地上にまで繋がっているようね」

 

女神官と女武闘家が、天井を見上げながら揃って呟いた。

白亜の壁には神代の戦いを描いたと思われる壁画が刻まれている。秩序と混沌の神々、そしてそれに連なる存在との戦いだろうか。

 

「ふむ……」

 

ドヴァーキンはこの光景を見て、顎に手を当てた。

元の世界でも、これほどの規模の神殿は数える程しか存在しない。ドゥーマーの遺跡やアイレイドの神殿であっても、これに匹敵あるいは凌ぐものは少ないだろう。

 

「……この下ね。確認するわ」

 

妖精弓手は爪先を立てて、猫のような足取りで前に出る。

回廊の手摺まで辿りつくと、そっと吹き抜けの下を覗き込んだ。

 

「――……!!」

 

果たして、最深部にはおびただしい数のゴブリンの姿が確認された。ざっと見積もっても五十匹以上は居るだろう。

 

「……妙だな」

 

いつの間にか、彼女の背後に立ったドヴァーキンが、ポツリと小声で言う。

ぴくりと妖精弓手が震え、耳がピンと逆立った。彼の接近にまるで気が付かなかったのだ。

ドヴァーキンは顎を上げると、月明かりが差し込む天蓋を見上げた。

 

「今の時間は奴らにとっての『朝』…いや『昼』に近い。すでに起き上って活動しているはずの頃合いだが」

 

眼下に見えるゴブリンたちは、未だ眠りに就いているように見える。大いびきを搔いている個体すら見受けられた。

ドヴァーキンたちがこの遺跡に踏み入れた時は夕暮れ、つまり連中にとっての『早朝』だ。あれから相当の時間が経過しているが、まだ寝床で惰眠を貪っているようだ。

 

この遺跡の外部にいた見張りのゴブリンたちは、何かに怯えるように緊張していた。それはつまり、ゴブリンたちの怠慢を許さぬ、より上位の存在が彼らの側に控えていることを示していた。

それにも関わらず、眼下のゴブリンたちは未だに眠りこけている。辻褄が合わない。

ドヴァーキンがそう告げると、同じく妖精弓手の隣に屈みこんでいたゴブリンスレイヤーが口を開いた。

 

「あるいは……」

 

妖精弓手が再びビクッと震える。音もなく忍び寄られるのは心臓に悪い。抗議の視線を向けるが、彼は気にせず言葉を続けた。

 

「奴らが夜通し、何かをしていたかだな」

 

「……あぁ、なるほどね」

 

彼らが言いたいことが理解できた。

ゴブリンを指揮する者が夜行性ではない、もしくは眠りを必要としない存在であれば、ゴブリンの異常な活動時間帯の謎は解明される。

当然ゴブリンたちは抗議するだろうが、それを押し黙らせるだけの、強大かつ圧倒的な力を持つ何者かがいるということだ。

 

「その可能性は考慮した方がいいわよね」

 

「そうだな」

 

「で、どうするの。火攻めとか?」

 

妖精弓手とゴブリンスレイヤーが言葉を交している最中へ、すたすたと何者かが歩んでくる。

 

「その必要はないわ」

 

低く、冷たい声が響く。

 

「え」

 

振り向いた妖精弓手は、隣に立った人物、その手元を見て目を大きく見開いた。

 

「ゴブリンなんて……、ゴブリンなんか……」

 

ぶつぶつと呟きながら、彼女は手に持っていた物を握りしめる。女魔術師が手に持つもの。それは一つの巻物(スクロール)だった。

 

「――ゴブリンなんて、いなくなれば良いのよッ!」

 

その叫びと共に、彼女の指先が動き、巻物(スクロール)が紐解かれた。

それを彼女は勢いよく、眼下で眠るゴブリンたちに向けて掲げる。

 

「なに――ッ!」

 

ドヴァーキンやゴブリンスレイヤーが咄嗟に止めようとするが、間に妖精弓手がいた為に反応が遅れた。

 

「あ、あんた何やってんの!?」

 

妖精弓手が叫び、手を伸ばす。

だが、もう手遅れであった。女魔術師の口元が吊り上がる。既に魔法は発動していた。

巻物に描かれた紋様が光を放ち、周囲に膨大な魔力が渦巻く。

 

閃光。そして轟音。

 

月明りが照らす夜闇を切り裂き、辺り一面が白光に包み込まれた―――。



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閑話 回想(女魔術師)

 

その話を知ったのは、小鬼王(ゴブリンロード)から牧場を守った日の翌日。

皆で勝利の祝杯を挙げた後、宿へと戻り就寝しようとした時のことだった。

 

「――あなた宛に届いてましたよ」

 

受付嬢から渡されたのは、一通の白い封筒。

 

「……?ありがとうございます」

 

お礼を言いつつ封筒を受け取る。裏返して差出人を見ると、私は目を見張った。

そこに書かれていたのは、賢者の学院の卒業生であり、私の友人でもある女性の名前。卒業後は学院に残って、講師の補佐として後進の育成に当たっているはずなのだけれど……。

 

(何かあったのかしら?)

 

流石にその場で開封するのは憚られた為、皆と別れてから部屋に戻り、ペーパーナイフで封を切る。中には手紙が入っていた。便箋を開くと、そこには懐かしい友人の筆跡でこう記されていた。

 

『拝啓 親愛なる友人へ 先ずは、貴女の無事を祝う言葉を。本当に良かったわ』

 

冒険初日の顛末を聞き、彼女は心底安堵した様子だった。あの日、私がゴブリンに襲われて重傷を負ったことは、彼女の耳にも入っていたらしい。

私の身を案じる言葉が続き、その後には本題となる内容が綴られていた。

 

「………え」

 

読み始めた瞬間、思わず声を漏らす。

そこに記された文面。それは、到底許容できるものではなかった。

 

「何これ!?どういうことなの!」

 

怒りに任せて、机の上に拳を叩き付ける。

感じるのは鈍い痛み。しかし、そんなものはどうでもいい。

 

「こんなの、おかしいじゃない!どうして、あの子が……」

 

彼女が送ってきた内容。それによれば、女魔術師がゴブリンに殺されかけた出来事が、学院中の噂になっているというのだ。

ゴブリンを侮り、油断し、挙句の果てに返り討ちに遭った。その報せが発端となったらしく、今では学院中に広まっているようだ。

それだけならまだいい。あの日の失態は、確かに私のミスだ。自分が招いた結果だと言えるだろう。

 

たとえどんなに非難されたとしても、甘んじて受け入れなければならない。それは仕方ないと思うし、覚悟もしている。

ただ、一つだけ。どうしても納得できないことがあった。

 

「なんで……、あの子まで……」

 

でも、だからといって、それが何故、彼女の弟を誹謗中傷することにまで発展するのだろう。

最弱の怪物である『ゴブリン』。それにすら勝てぬ無能な姉を持つ哀れな少年。

彼女の弟は、学院内でそのような扱いを受けているのだという。生徒だけでなく、一部の教師からも嘲笑されているとか。

 

「ふざけ…てる。いくらなんでも、ひどすぎるよ……」

 

弟を庇って、彼女は学院で必死に弁明を続けているそうだ。

だが、噂というのはそう簡単には消えてくれないもので、なかなか思うようにいかないのだとか。

手紙の終わりには、その謝罪の言葉と共に、どうか力になって欲しいと懇願する文章が添えられていた。

 

「……」

 

私は椅子に座り込み、天井を仰ぐ。

自分がゴブリンに負けたせいで、学院での弟の立場が悪くなっている。

自分の不甲斐なさのせいで、友が苦境に立たされている。

自分の愚かさが、大切な人たちに迷惑を掛けてしまっている。

 

「は、ははっ……。ほんと、最悪だわ……」

 

手紙を読み終えた私は、乾いた笑いを浮かべた。

頬を一筋の涙が流れ落ちる。拭う気力さえ湧かなかった。

 

「ごめんなさい……。本当に、ごめんね……」

 

手紙を手に、ただひたすらに懺悔を繰り返す。

後悔したところで意味はないと分かっていても、それでも考えずにはいられなかった。

 

(あのとき、私が油断なんてしなければ――)

 

もっと上手くやれたんじゃないか。そもそも、冒険者になる道を選ばなければよかったのではないか。

そんなことを延々と考えてしまう。答えなど出るはずもないのに。

正直、もう何もかも投げ出して逃げ出したかった。

 

「私なんかいなければ……。ううん、違う」

 

私よりも、弟の方こそ辛い思いをしているに違いない。

弟は何も悪くないのに、姉の失敗のせいで学院の恥晒しと罵られる日々を送っている。それに比べて、自分はのうのうと安全な場所で暮らしているのだ。

弟は一体何を思っているだろうか。きっと私に対して、強い恨みを抱いているはずだ。

 

「……私が、どうにかしないと」

 

弟の為にも、今ここで逃げてはいけない。そんなことをすれば、ますます弟の立場を悪化させることになる。

弟にこれ以上の苦しみを与えたくない。その為には、私が行動を起こすしかないんだ。

ふらりと立ち上がり、窓辺に立つ。

 

「待っててね……。絶対に、何とかしてみせるから」

 

弟の名誉を守る為に、今、私がすべきことは何か?考えるまでもないことだった。

私がゴブリンに負けたという汚名を払拭できればいいのだ。

 

ならば、取るべき手段は一つしか無い。

 

「私の手でゴブリンを…、あの怪物どもを殺す。一匹残らず、全部!」

 

この手でゴブリン共を皆殺しにする。

ゴブリンなんて弱い生き物は、私の敵ではないと証明するのだ。あの程度の怪物に後れを取るほど、私は弱くない。むしろ、相手にすらならないということを見せつけてやる。そうすれば、きっと弟への風当たりも和らいでくれるはずだ。

 

「…………ああ、そっか。簡単なことじゃない」

 

何故すぐに気付かなかったのだろう。こんなにも分かりやすい方法が、すぐ目の前にあったのに。

ゴブリンを殺して回ればいい。私の力を皆に見せつければ良い。

たったそれだけで全て解決する話ではないか。

 

「そうと決まれば、まずは準備をしなくちゃね……」

 

準備は入念に行わなければならない。

万全を期す必要がある。まずはゴブリンを殲滅する為の手段についてだ。

 

今の自分が行使できる攻撃魔術は『火矢(ファイアボルト)』と『力矢(マジックミサイル)』。いずれも単体を攻撃することに特化したものだ。複数体を相手にするには向いていない。

あの時に不覚を取った要因、それは自分の使える魔術が全て、単体への攻撃に特化したものだったからだ。

もっと複数を巻き込めるような強力な術が使えれば、あんな醜態を晒さずに済んでいたはずなのに。

 

「そうよ……。あの時の屈辱を忘れないようにしなきゃ……」

 

あの日の出来事を思い出すだけで、胸の奥底にどす黒い感情が渦巻いてくる。

油断した自分に対する怒り。そして、奇襲を仕掛けてきたゴブリン達に対する憎しみ。その二つが混ざり合い、私の心を塗り潰していく。

忘れてはならない。決して、同じ轍を踏むことは許されない。もう二度と油断はしないと心に誓う。

今の自分が行使できる魔術は全て単体向けのものばかり。しかし、それでは話にならない。

もっと広範囲を薙ぎ払うことのできる手段が必要だ。

 

「やっぱり、あれが一番かな……」

 

思い浮かぶのは、火竜(レッドドラゴン)との攻防において、ゴブリンスレイヤーが使った手段。魔法の巻物(スクロール)。魔力を封じ込めた羊皮紙に呪文を書き込むことで、魔術を使えない者でさえも手軽に魔術を発動させることができるという代物だ。あれがあれば、自分も簡単に強力な魔術が使うことができるようになる。

問題は、どうやって手に入れるかだが――

 

「……これだけあれば十分ね」

 

女魔術師は、机の上にある金貨の詰まった袋を手に取る。

牧場を守る戦いでギルドから提示された、ゴブリン一匹につき金貨一枚という報酬。数を数えるのが面倒ということで、結局皆で山分けして受け取ったものだ。更には、火竜(レッドドラゴン)の討伐報酬として上乗せされたものも含まれる。

 

明日になれば、折をみて道具屋に寄ろう。以前見かけたあの巻物(スクロール)を買うのだ。

それに込められている魔法の威力は、術師である自分が一番良く知っている。あれを使えば、ゴブリンが幾らいようが物の数ではない。その分法外な値段ではあるが……まあ問題ないだろう。

 

(でも……)

 

心にチクリとした痛みを覚える。この金貨は、みんなで勝ち取った大切なお金だ。いくら弟を助けるためとはいえ、私欲の為に使うことに抵抗がないと言えば嘘になる。

狂気に染まっていく思考の中、微かに残っていた理性が訴えかけてくる。

 

「大丈夫……。これでいいの……」

 

自分に言い聞かせるように呟く。

 

「私がやらないと……。弟のために、私が頑張らないといけないの……。だから、これは必要なことなのよ」

 

何度も、何度も繰り返す。

まるで暗示のように。自らにそう言い聞かせるかのように。

 

――そうだ。

――私は間違っていない。

――何もかも、弟の為なんだ。弟の名誉を取り戻す為に、こうするのが一番正しい方法なのだ。

 

心の中で反覆する言葉。それが次第に真実であるように思えてきて、いつしか違和感を覚えなくなっていた。

 

「待っていて、すぐに助けてあげるわ」

 

夜空に浮かぶ二つの月を見上げながら、女魔術師は決意を新たにする。

ゴブリンスレイヤーと行動を共にしていれば、ゴブリンを狩る機会など幾らでもある。

その時こそが、自分にとって最大の好機となるだろう。その日が来るまで、自分はいつも通りに振る舞えばいい。

 

「大丈夫よ……。きっと上手くはずなんだから……」

 

自分に言い聞かせるように、小さく声を出す。

 

(みんな、ごめんなさい。私には、他にどうしようもないの……)

 

心の中、仲間達に謝罪する。

完全に狂気に染まる、その一歩手前。

仲間たちに対する罪悪感の欠片が、彼女の精神をギリギリの状態に繋ぎ止めていた。

しかしそれも、ゴブリンを目の当たりにすれば、容易く崩壊してしまう程度の脆いものでしかなかった。




短いですが、閑話的な回想です。


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