Endless Journey (双子烏丸)
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Endless Journey

 岩場の多い荒地の中、襲い来る鋭い──金属の牙。

 

「ちぃ……っ!」

 

 とっさに僕は飛び退いて攻撃を避ける。

 目の前にいるターゲットはまるで昆虫、クワガタに近い形状の大型機械、第三世代ヘキサギア・モーターパニッシャー。本来は人を乗せもするけれど、これは無人の……人の管理から外れ野生化したヘキサギアだ。

 続けてモーターパニッシャーは前脚を振り払う。それを近接武器であるブレードで受け止めた。けれど強力な威力により、身体ごと吹き飛ばされる。

 

 

 空中に飛ばされる身体、それでもどうにか態勢を整えて着地する。

 

(生身の身体ではない、意識を情報体として移した機械の身体──パラポーンになったとしても、ヘキサギアとのパワーの差は大きいか)

 

 モーターパニッシャーは更に、牙に搭載されたグレネードランチャーを撃ち放つ。次々に巻き起こる爆発は岩場を粉砕し、爆炎と粉塵で視界が覆われる。

 その妨害はモーターパニッシャー自身も例外じゃない。あいつは僕の姿を見失った──予想通り!

 

「貰ったよっ!!」

 

 その隙に敵機の真上から、ナイフを先端に備えた拳銃、ガンナイフを向けて銃弾を放つ。

 狙ったのはモーターパニッシャーのアイセンサー。攻撃を受けてセンサーは破壊されて、視力は奪われた。……これなら、後は!

 僕は一気に相手の懐に入り込む。

 

(抵抗で前脚を振り回しはするけれど、当たりはしないとも)

 

 悪あがきの攻撃も、見えていなければ僕でも避けられる。そして、再度ブレードに持ち替えて一気に中枢部を──全力で刺し貫いた。

 

 

 例えヘキサギアでも、致命傷を受けて機能停止だ。もう動くことはない。

 

「ふ……ぅ、どうにか勝てたね」

 

 野生化して整備もされず、幾らか性能が劣化していたとしても身体一つでヘキサギアと戦うのも一苦労だ。僕は動かなくなったモーターパニッシャーの本体から動力源を剥がし、取り出す。

 六角形の形をした、塊。それがあのヘキサギアを動かしていた……ヘキサグラムと言う物質だ。特殊な工程で製造され、時間経過により出力し減少したエネルギーを自然再生する特性を持つ、理論上半永久的なエネルギー生み出す結晶体、僕の機械の身体の動力源もそのヘキサグラムなんだ。

 

(目的の物も、こうして手に入れたわけだし。……帰るとしようかな)

 

 僕は回収したヘキサギアを手に、少し遠くに止めていたバイク、クロスレイダーに乗る。一応これもヘキサグラムを搭載した、第一世代のヘキサギアだ。 

 クロスレイダーを走らせて、僕は今回の任務を終えて──拠点へと戻る。

 

 

 

 

 ────

 

「フウマ君、君は自分達の目的が何であるか……理解はしているかね?」

 

 目の前にいる男は、得意げな口調で僕に話す。

 身なりの良いスーツを長身の体格に纏った、外見は三、四十代の紳士的な男。彼は──僕が拠点としている施設の局長、ここで一番の責任者だ

 

「もちろん。SANATの下でプロジェクト リ・ジェネシスを遂行する事こそが僕の──そしてヴァリアントフォース(VF)の目的だよ」

 

 施設の上階に位置するこの部屋。局長が背にしている一面ガラス張りの窓壁から見える外の景色、灰色の高い山脈と、それよりも遥かに高い一本の塔。

 距離が離れているせいで小さく見えるけれど、実際はずっと巨大な建造物。あれこそがジェネレーターシャフト、情報体となった人類の意識、その歴史と文化まで記録した、僕達にとって守るべき最重要施設だ。

 

 

 

 プロジェクト リ・ジェネシス──それは人々の意識を情報体として変換、保存する事により、人類種族そのものの存続を目的とする計画だ。荒廃した地球環境で人類を存続させるために人工知能SANATが提案したものだ。

 

「その通りだ。今やSANATの管理下にある軍産複合体MSGの社員である私も、そしてその軍事機関であるVFに属する君も、人類の未来の為にプロジェクト リ・ジェネシスを遂行する事こそが最優先の目的である。

 そしてSANATと敵対し計画を阻む企業組織、リバティー・アライアンス(LA)と戦い、排除する事もだ。……フウマ君も彼らと戦っていたのだろう?」

 

 局長の言葉の通り、VFの主な敵対組織はLAと言う存在だ。人工知能による支配、人類の情報化を否定し排除しようと組織された企業、軍事機関の総称だ。

 

「今までの任務の殆どは偵察だったけれど、戦闘経験はそれなりにあるよ。

 今の所出来るのはヘキサグラムの回収と……施設の防衛、だっけ。でも力になれる事はやらなきゃ。──人類の進化と未来……僕の夢のためにも」

 

 

「進化と、未来の……夢のためにか」

 

 彼は小さくそう呟いた後、僕に向けて微笑みを投げかける。

 

「とにかく任務、ご苦労だったなフウマ君。後はゆっくり休むといい」

 

 

 

 ────

 

「ふぅ……」

 

 僕が拠点としているこの施設、人里からずっと離れた僻地にあるここは、MSGが保有する宇宙開発の為の巨大施設。

 僕はその屋上に出て、星空を眺めていた。

 

(ここからだと星がよく見える。本当に、いつ見ても綺麗で、憧れる)

 

 一人夢見心地になりながら星空をしばらくの間、見惚れ続けていて……それから施設で一番高い建物を横目に見る。

 ジェネレーターシャフトには及びもしないけれどそれでも高い、夜空に伸びる四角柱の建造物。──あの内部には。

 

(確かにリ・ジェネシスの完遂が、VFの目的でもある。けれど、もし万が一失敗した場合に備えて……)

 

 確かに今、僕がここでしている仕事は施設の防衛とヘキサグラムの回収だ。けれど僕が『志願』した任務の、本当の内容は……。

 

 

 ここに来た最初の時の記憶、夜空の下で僕は思い返してみる。

 

 

 

 ────

 

 VF、そしてSANAT陣営において募集があった、とある任務。

 かなり特殊な任務ではあったけれど……それは僕の夢が叶うかもしれない物だったから。だから任務を受けて──それからこの施設にやって来た。

 

『歓迎するよ。人類のためにその身を捧げると、そう決めてくれて。

 フウマ君だったね? どうだろうか、これが君が乗る事になる……人類の箱舟だ』

 

 来たばかりの僕に、局長は施設内部にある『箱舟』を見せてくれた。

 

巨大な空間内にそびえ立って、建造されている──超大型のロケット。自分がロケットと言われて想像する規模より数段巨大な物体が、僕の目の前に。

 

『見た目はただ大きいロケットかもしれないが、MSGが持つ宇宙開発技術の粋を集めた代物であり、大量のヘキサグラムで稼働する──ヘキサギアだ。内部は多数の基礎フレーム、ユニットに寄って構築されている。

 初期形態はこれであるが、資源さえ確保出来れば更に自らで新規ユニットなどを製造可能であり、幾らでも本体を拡張させるも可能だ。この状態で打ち上げ、宇宙空間で小惑星などを利用し更に拡張、進化させて行き……外宇宙へと』

 

『これが……本当に、そんな遠くにまで』

 

『今でこそ戦闘兵器として用いられているが、元々ヘキサギアは宇宙開発を目的として開発された物だ。言うなれば本来の使い方をしているに過ぎない。そして──』

 

 局長はロケットの上部を指差して、こう話してくれた。

 

『中枢には、規模こそ遥かに小型だが、あのジェネレーターシャフトと同じ機能を持つ情報集積装置、コンピューターがある。

 ──あれに君や、他の人員の情報体を乗せて旅立ち、人類と言う種族と文化を遠くの宇宙へと、その種を残す。それが私がSANAT様に提案したリ・ジェネシスのサブプランだ』

 

 

 

 ────

 

「確か、そんな感じ……だったよね」

 

 一通り回想した僕は空を眺めたまま、ぼそりと呟いた。

 環境汚染で滅亡の危機にある人類、その種を残す現行で唯一の手段が、人工知能SANATが考案したプロジェクト リ・ジェネシス。……けれどそれはSANATに反抗する人類陣営LAにより危機に瀕している。

 もしこの戦いでLAが勝てば、プロジェクト リ・ジェネシスもそれまで。人類を救う手立ては水泡に帰してしまう。だからこそ、最悪の場合何かしらの手立てで……別の手段があれば。

 

 それに、僕自身だって。

 

 

「ここで天体観察かい? フウマ君」

 

 誰かの声がした。見ると、そこには珍しい相手が立っていた。

 

「おや? 局長さんがこんな所に顔を出すだなんて、思わなかったよ」

 

 そこにいたのはスーツ姿のままの局長、親し気に笑顔を浮かべて近づいて来る。

 

「たまには気分転換したい時くらいあるさ。……それにこうした仕事をするくらいだ、星を眺めるのは好きなのだ。────昔からのロマンでもある」

 

「分かるよ、その気持ち」

 

 僕は素直に、思った事を言葉に出した。

 

 

 

 こんな事になるとは意外だったけれど、僕は局長と星空を眺める事になった。

 

「フウマ君はずっと宇宙に、憧れていたのだろう?」

 

 ふいに訊かれた質問に、僕は頷いてこたえた。

 

「……うん。昔から、この空の向こうにどんな世界があるか憧れていたから。いつか遠くの宇宙へと行く事、それが夢でもあって。

 SANATに、プロジェクト リ・ジェネシスに賛同したのも人類の為でもあるけれど、僕自身も情報体になれば、人間のように生身の制約がない。……情報体となるのは進化だとも思うし、そうすればいつか宇宙に行けるチャンスが来ると思った」

 

 元々は生身の人間だったが、僕もまた情報化して肉体の制限から解放された。……生身の頃はずっと年を刻んだ身体ではあったけれど、情報体をインストールした今の機械の身体は──外見上は長い緑髪の、十代くらいの若い少年の姿。

 若い姿になったのは……自分の夢をより強く抱けるような、そんな気がしたからだ。

 

「──だから、今回の任務は僕にとって絶好の機会だった。まさか本当に宇宙へと旅立てるなんて」

 

 ようやくその夢が叶おうとしている。だから自分でも、つい感激してしまっているんだ。

 

「そうか」

 

 局長はふっとはにかんで、何気なくある話を呟く。

 

「君以外にも何百人、この計画に情報体を提供してくれている。本来のジェネレーターシャフトのように全人類と言うわけには行かないが、情報体と化した人類でも生身の人類同様に交配が、データの掛け合わせで新たな情報体を作り上げる事が可能でもある。

 例え最初は数百人規模でも……向こうでも人類を増やす事は出来る」

 

 情報体になった人類を乗せて外宇宙へと旅立つ。……けれど、ただ旅をするだけではないから。

 

「何しろフウマ君を含めて全員には、遠くの宇宙で人類文明を再建する使命がある。

 随分重い使命だと思うが、私は……期待している」

 

「もちろん。……僕にこのチャンスを与えてくれた事、感謝はしているから」

 

 僕はもう一度空を──星を眺めて、呟いて答えた。

 

 

 

 

 ────

 

 あれから、もうどれくらい経っただろうか。

 

 地球を発ってから数百年単位……いや、千年以上を超えているかもしれない。

 

(本当なら人間の精神には耐えられない年月だけれど、僕自身の精神、心である──情報体は調整されている。

 かつてSANATの提唱したリ・ジェネシスの憲章とは、反するかもしれないけれど)

 

けれど地球とは、既に遠く離れている。今となってはもう……殆ど関係はない。船が発った後に地球がどうなったのかは、知る由はない。

 

 

 

 旅は今でも続いている。

 地球を発った船も、増設と拡大を幾度も続けて、今では何千倍もの巨体を誇る……超弩級の宇宙船だ。

 

(ここの景色、もう覚えていないくらい眺めはしたけれど、いつ見ても気に入っている)

 

 宇宙船の窓から僕は、闇に数多の星の光が瞬く宇宙空間を眺めていた。僕達は情報体のみで旅立ちはしたけれど、船の拡大と同時に身体も再び用意する事が出来た。

 

(僕達の旅は、まだ終わらない。情報体へと進化した人類の数も次々に増やし、途中途中の惑星に寄っては、完全な独立ユニットにもなる宇宙船の一部と共に切り離して残して来た。

 ……今頃はそれぞれの星で独自に開発を続けて、文明を再建しているはずだ)

 

 幾つもの星に人類文明の種子を残して来た、その一方で僕は、僕達は未だ旅を続けていた。

 船は拡大だけでなく、機能そのものもずっと進化をしている。光速を超える速力さえ出せるようになった。

 

(人類文明の再建もそうだけれど、出来るならより遠くに……。

 もっと、この銀河系の──外にまで)

  

 これから先も、船はまだまだ遠くの宇宙へと向かう事になっている。

 

「あっ、フウマさん。こんな所に」

 

 僕が宇宙を眺めていると、赤毛のツインテールの内気そうな少女が声をかけて来た。彼女も僕と同じく、情報体になり地球を発ったメンバーの一人。

 

「君は……」

 

「良いですよね、宇宙。見える景色は変わり映えしないかもですけれど、それでもずっと遠くまで来たんですよ……私たち」

 

 彼女も宇宙を眺めての、言葉。僕も彼女に軽く微笑んでから、また宇宙へと視線を向けて。

 

「まぁね。もう随分、僕達は長い旅をしてきた、けれど──」

 

 

 いつかどこかで、安住の地が見つかるかもしれない。けれど、少なくともまだ……旅はまだ終わらない。

 僕の夢は、ワクワクは今でも続いている。

 

 

 

 

 

 



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