ヒロイン絶対曇らせたくない転生者VS転生者の自己犠牲絶対止めたいヒロインズVS百合の間に挟まる男絶対殺す終末世界 (すらいやー)
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1 百合の間に挟まるロボ
轟音が轟いた。
荒野の戦場に土煙が舞って、そこから小さな人影が飛び出してくる。否、弾き飛ばされたのだ。自由の効かない状態のまま吹き飛ばされたそれは、地面に激突すると何度もバウンドしてから停止した。
その直後、煙を吹き飛ばして中から硬い甲殻を有した怪物が現れる。鉛色のそれはところどころに傷はあるものの致命傷と思えるそれはなく、高らかに吠えて吹き飛ばした人影に飛びかかった。
「さ、せるかあああああああああ!」
間に割って入るように、絶叫とともに一人の少女がそれを押し留めた。
――少女は、機械を身にまとっていた。
背には機械の翼、身体をぴっちりと覆うスーツに、腰には武装をいくつか身につけて、手には自身よりも巨大な大剣を手にしている。
栗色のショートボブ、齢は十七かそこら。年の割には貧相な体躯は今、自身の数倍はある巨体を正面から受け止めていた。
「先輩ッ!」
少女がかばった人影――こちらも機械の翼を身にまとう黒髪の少女が、心配と絶望がこもった悲痛な叫びを上げる。吹き飛ばされた彼女から見ても、その行動は無茶極まりなかったからだ。
受け止めた先輩と呼ばれた少女の手にした大剣は、もうまもなく破壊されるだろう。
「クロミに、なに、してんのよォッ!!」
叫びとともに、腰に備え付けられた銃身からとめどなく光の弾丸が発射される。だが、そのサイズ差もあってそれはもはや豆鉄砲としか言いようがなく、甲殻の怪物の気をそらすことすらできなかった。
「無茶です先輩! に、逃げてください!」
「――バカッ!」
明らかにジリ貧以前の状況に、思わず叫んだ黒髪の少女を先輩と呼ばれた少女が叱咤する。黒髪の少女は再び立ち上がり、手にしたナイフ――栗色の少女の大剣よりも更に頼りない――を構えて飛び込もうとして、そこでストップする。
「逃げるのはアンタの方よ! アタシはもうギアがもたない! ここで逃げたところで街にはたどり着けないの!!」
「で、でも!」
「アンタはまだ生きれるでしょ!? だったら、生きなくてどうすんのよ! アタシと一緒に死にたいってわけ!?」
まくし立てるような栗色の少女。
今にも吹き飛ばされそうになりながら、それでも必死に弾丸を放ち、剣に力を込め――そしてついに残弾が切れた。カチカチと、滑稽にも聞こえる音が何も放たない銃身から聞こえてくる。
――ここまでか、と覚悟を決めて。
それと同時に、これで良かったのだとも思う。
自分はこれまで多くの人に生かされてきた。そんな自分が、今は大切な後輩を生かすのだ。このクソみたいな世界で、先の見えない世界で。
生きたと言える証は、誰かに自分をつなげること以外に存在しない。
だから――
そう考えて、しかし。
直後、栗色の少女は絶句する。
「――させません。先輩には、生きてもらいます」
黒髪の少女が、ナイフを怪物に突き立てて栗色の少女の前に立ちはだかったのである。そして黒髪の少女は怪物の気を引くと、その場から離脱する。
「ちょ、クロミ、アンタ何を――!?」
「――先輩は、私より強いんです。今後のことを考えるなら生き残るべきは先輩です」
そして、狼狽する栗色少女の、ボロボロになった翼に、どこからかパーツが飛んできて装着される。それが、黒髪少女のギアから放たれたものであることは、すぐにわかった。
黒髪少女が自分のギアのパーツを使って、栗色少女の壊れたパーツを補完したのだ。これならば、無事に“街”へ帰還することができるだろう。
もちろん――
「そんな、認められるわけ無いでしょ、それじゃクロミが――!」
「――先輩」
そして、栗色少女は見た。甲殻の怪物に正面から殴られ吹き飛ばされる黒髪少女が、自分を見ていることを。そして、そして――
「私、先輩に傷つけられるより、先輩の傷になりたいんです」
――嬉しそうに、幸せそうに笑みを浮かべていることを、見た。
直後、すでに命令を受理していた黒髪少女のパーツが起動し、栗色少女を強制的にその場から離脱させるべく動き出す。栗色少女の操作を受け付けないそれは、一気に加速すると――
「く、ロミ……クロミぃぃぃいいいいいい!」
栗色少女を、その場から吹き飛ばした。
残るは、甲殻の怪物と、ボロボロになった黒髪の少女。
「……えへへ、ありがとうございます先輩。私……」
もはやここまで。
黒髪の少女は、もはや動くことすらできなくなっていた。目の前には甲殻の怪物の手――鋏の形をした死神の鎌が迫る。
聞こえることのない相手へ、黒髪少女――クロミは、ぽつりと。
「私、幸せでブッピガァアアアアアアアアン!
――へ?」
直後、それを遮るように鋼鉄の腕が甲殻の怪物を叩いていた。
⇛
――セーフ! ギリギリ間に合った!
超高速で飛ばしてきたせいで、すでに下半身は汚染に飲み込まれているが、汚染率自体はまだ五割、三分程度なら全力戦闘が可能。このあたりにこいつ以外の“MONSTER”はいないので、こいつさえ倒してしまえば後のことは気にしなくても良い。
俺は、目の前に立つ怪物と相対しながら、ギリギリで守った少女へと意識を向ける。
まず、生きている。それで最低限はクリア。次に装備がボロボロだが原型を保っていることをみてラッキーと小躍りする。そして最後にその少女が、「ハードフルステージ」のクロミ・タテハタであることに気付いて少し驚いた。
ということは、さっき閃光になって俺とすれ違ったのはフラナ・ハイドロッドで、ここはハードフルステージの最終盤である。
それまで多くの人の意思を継いで戦ってきたフラナに対し、そんなフラナに憧れと嫉妬の感情を抱いていたクロミが、フラナの前で犠牲となることで傷として永遠になろうとするシーン。
どこか破滅的で美しいシーンだが――フラナにとっては溜まったものではないトラウマである。防げたことは実に重畳。
眼の前の甲殻怪獣は、これまで何度か確認されてきた大型MONSTERの一種、となれば死闘は必至だが――眼の前で曇らせフラグを折ることのできた俺は――無敵だ。
「よおし、行くぞツクヨミ! あのふざけたMONSTERの顔にありったけ拳を打ち込んでやれ!」
俺は、巨大ロボット“ツクヨミ”のコックピット内で叫びながら、勢いよくツクヨミを前進させる。そこからは、怪獣とロボットの泥臭い格闘戦が始まった。
ハッキリ言って、動きの俊敏さ、攻撃の苛烈さは間違いなく甲殻怪獣の方が上だ。そりゃそうだ、ツクヨミはもう百年は前に使われなくなった骨董品の量産型。対して相手は今の時代の最新ギアを纏うプリンセスを二人相手にして戦える怪物。
普通にやれば、騎馬隊を殲滅する機関銃のような圧倒的な武器としての世代格差が俺のツクヨミをねじ伏せるだろう。
だが――ツクヨミには二つの利点がある。
一つは。
「ぐ、おおおおおおおおおおお!」
俺は、自身にまとわりつく汚染を更に強めて、同時にツクヨミへとその汚染を浸透させる。途端に先程と比べて俊敏極まりない動きで甲殻怪獣の後ろに回り込み、拳を連続して叩き込んだ。
一つは、リスク付き強化。トラ○ザムだの、界○拳だの、そういった感じの使えば自身を危険に晒すパワーアップ技である。
これのおかげで、数世代の差があるスペックをひっくり返すことが可能。
そしてもう一つの利点は――
「つかまえ、たぞ、くそったれぇ!」
俺は甲殻怪獣がふらついたところに組み付いて、動きを阻害する。
スペック差が埋まれば、後に残るのはお互いの体格差。俺のツクヨミは全長が50mを超える超巨体。その半分程度しかない甲殻怪獣など簡単に組み伏せることができる。
そしてそのまま、甲殻怪獣の動きを抑えた俺は。
「お、おおおおおおお!」
更に汚染を進めて、最大パワーで甲殻怪獣を引きちぎりにかかる!
――三分の全力戦闘が可能なら、それを十秒に凝縮すれば更にパワーアップができる。単純極まりない理屈だった。
しかし、
「ちょ、おま!? ビームはやめろビームは!」
引き千切ろうとした甲殻怪獣の口から、すごい勢いでビームが発射されようとしている。ピポポポポと集まるエネルギーに、俺は慌てながら力を込め――甲殻怪獣を真っ二つに引き裂くのだった。
⇛
――人が科学の叡智を解明し、霊長類の頂点となってから数世紀。人はその頂点の座を追われようとしていた。今から二百年ほど前、突如として現れた怪物“MONSTER”。
それらは人類をあっという間に駆逐し、その生存圏を奪おうとしていた。
対する人類は、様々な試行錯誤を経て対MONSTER決戦兵器、「プリンセスギア」を開発。以来、何とかギリギリのところで滅亡を免れ、今に至っていた。
しかし、日に日に激化する戦闘と、強力になっていくMONSTERによって人類は追い詰められることとなる。プリンセスギアは強力だが、無敵の兵装というわけではない。
戦闘のたびにギアとプリンセス――プリンセスギアの装着者をそう呼称する――は消耗し、一説には人類の抵抗は三年後には概ね停止するだろうという見方すら出ていた。
それでも、人類の明日を守るためにプリンセスは戦う。たとえ最後の一人になったとしても、だ。
ワカバ・アオハルはそんなプリンセスを
そんな彼女は今、空中を移動するトラック――エアトラックに乗って、戦場へと向かっていた。このエアトラック、武装もなければ装甲だって紙っペラ、明らかにこんな場所を走行するには向かない代物なのだが、そもそも戦闘は先程終了し、辺りにMONSTERの反応はないためワカバは構わず最高速で目的地へ向かっていた。
それもそのはず。
彼女は焦っていたのだから。
「もー! ヒムくんはいつもそうなんだから! 私が無茶しないでって言った途端に無茶するのやめてよぉ!」
文句を零しながらも、彼女はようやく見えてきた目的地を見て、更にアクセルを踏み込む。意味は薄いが、気分の問題だ。
――そこには、一体の巨大ロボットが横たわっていた。
無骨な黒いボディの、武者のようなロボットである。月明かりに照らされて、薄く反射する金色の模様がどこか幻想的ですらあった。
綺麗だと、毎度のことながら思うものの今は見惚れている場合ではない。
急いでワカバはエアトラックを地面に下ろすと、扉を開けっ放しのママ飛び出して、機体のコックピットへと向かう。
「あ、あなた!」
ふと、声をかけられる。見れば黒髪のプリンセスが、ボロボロになりながらもロボットの下からこちらを見上げていた。
「はぁい、なんでしょう。申し訳ありませんが急いでますので、手短に……」
「手短って言っても……その、そもそもこれは一体なんなのですか!? 突然現れて、一瞬でA級MONSTERを駆逐してしまったのですが」
――一瞬。その言葉に胸がチクリと痛む。
それは、すなわち“彼”がそれだけむちゃをしたという証。そして彼女は、彼が誰なのかを知らないらしい。おそらく別の“街”を守るプリンセスなのだろう。
ワカバも彼女のことを見たことがないので、おそらくその推測は当たっているはずだ。
「えっと……すいません、説明している時間は惜しいのです! ただ危ないものではありませんので、お気になさらず!」
「そんなこと言われても……」
「あ、あの。もしギアが壊れそうなのでしたら、エアトラックの中は浄化が済んでおりますので、そちらでお休みいただければ……」
納得しない様子のプリンセスに、致し方ないとは思いつつもワカバは手短な説得を試みる。
見れば向こうはもはや限界の様子、ここで立っていることすら辛いだろう。下手をすると、すでに汚染が始まってしまっている可能性すらあるのだから、安全な場所に避難するに越したことはない。
「そういうわけにも行きません! いくらこの身が朽ち果てようと、メイドに後を任せて引き下がるプリンセスはプリンセス失格です!」
言いながら、プリンセスは翼に残った限界ギリギリの飛行機能でこちらへと向かってくる。今にもガス欠を起こしそうだが、ワカバの見たところ見た目よりは余力が残っていそうだった。
……その割にはずいぶんとボロボロなのだが、彼女は一体どうしてそこまで機体をボロボロにしてしまったのだろう。
「で、では護衛をお願いしますプリンセス。こっちです!」
言いながらワカバはロボットのコックピット――胸のあたりを目指した。プリンセスはワカバの言葉を素直に聞き入れてくれて、文句も言わずついてきてくれる。
中にはメイドの言うことなんて、という傲慢なプリンセスもいるのだが、彼女が善良で聞き分けがよくて助かった。これなら、この後の話も冷静に聞き入れてくれるだろう。
「このロボットは今から百年以上前、MONSTERが出現した当初、人類が反抗に使っていた兵器です」
「ひゃ、百……!? プリンセスギアが登場する以前の!? 骨董品じゃないですか、そんなものでどうしてA級のMONSTERを!?」
ハッキリ言って、異常であった。
先程の戦闘を見ていたが、このロボットはプリンセスもかくやという速度で動き回り、一瞬でMONSTERを撃退してしまった。あの動きが百年前から可能だったなら、人類はここまで追い詰められてはいないはずである。
「イェスタ・デイブレイクをご存知ですか?」
「……あの、汚染を取り込みプリンセス以上の力を発揮する怪物プリンセス!?」
「はい……このロボットは、それと同じ機能を有しています」
――現在、この世界はMONSTERによって環境を激しく汚染されている。そのため、生身で行動するためにはメイドの作業服であるメイド服か、プリンセスのプリンセスギアを纏わなければ活動はできない状況にあった。
なぜなら汚染された動植物は急激に凶暴化し、MONSTERとなってしまうからである。
逆に言えば――
「――汚染は、人の身に取り込めば自滅の危険を孕む強化エネルギーとなります」
「……!」
ワカバは、辿り着いたコックピットで手慣れた様子で操作を行い、ハッチを開ける。
「それが、この前世代ギア“ツクヨミ”の特殊機能であり――彼こそが」
そして、開かれたコックピットで眠りにつく一人の“男”を見た。
思わずプリンセスは口元を抑えて吐き気を抑えた。なにせ、彼の身体はそのほとんどが汚染に蝕まれて変色しているのだから。
怪しく光る黒色の汚濁は、どこか幻想的とすら言える光景だが、汚染を嫌悪するプリンセスにとってその光景は耐えられるものではない。
何より――
「ヒムくん。この世界唯一の“男性”です」
――それが人であると、一瞬プリンセスは認識できなかった。
「だん……せい?」
ワカバは、そんな疑問に構うこと無く中へと飛び込む。これほど汚染されている人間に触れればどうなるかわかったものではない、プリンセスは止めるべきだったができなかった。
それだけ、目の前の見たことのない人らしき存在は、プリンセスには衝撃的だったのだ。
「はい、今から百年前、プリンセスギアの登場とともに絶滅したとされる――“男性”と呼ばれる種族の、唯一の生き残りです」
いいながら、ワカバはその“男”へ――口付けをした。
「なっ――」
驚くプリンセスを前に、変化は一瞬だった。男を覆う汚染が、まるで身体の中に引っ込むように消えていく。気がつけば、汚染など最初からなかったかのように元の状態へ戻ってしまった。
よし、とワカバは安堵する。とりあえずこれで、最低限は問題ない。
「あ、あなた達は――」
「私は――ヒムくんのメイドであり、ヒムくんは――」
眠りにつく男性。
それに寄り添うように、幼い少女は三日月のような笑みを浮かべた。
「――救世主。この世界を救い、私達人類に未来を照らしてくれる“神様”なんです」
⇛
「おー、手を出す暇もない残虐ファイトだったにゃあ」
んふふ、と金髪の少女が戦場を見下ろしながら舌なめずりをして笑みを浮かべる。
獣の本能を全開にした狩人、といった様子である。
「ヒムちゃん、今回も容赦ないんだからー、鬼畜ぅ」
楽しげに、愉しげ、樂しげに。
空中をくるくると回転しながら少女は真っ二つに引き裂かれたMONSTERを見下ろして、
「イェスタちゃんも、あんなふうにヒムちゃんをぐっちゃぐちゃにして上げたいにゃん♡」
死神のごとき少女は、楽しそうに、愉しそうに、樂しそうに笑っていた――
女の子しかいない世界で唯一人の男とかそういうやつです。
よろしくおねがいします。
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2 マッドでツンでデレな博士は男を知りたい
この世界は、「姫機士プリンセスギアーズ(略称プリギア)」と呼ばれる百合ゲーの世界だ。
MONSTERと呼ばれる怪獣に追い詰められた人類とそれを守る戦士「プリンセス」の戦いを巡るゲームで、分類としては燃えゲーの部類に入る。
ゲームのあらすじとしては、ある時主人公の少女は目を覚ますとロボットのコックピットの中で眠っていて外は滅びた未来の地球だった。そこで出会った“プリンセスギア”と呼ばれる装甲を身にまとった少女たちと共に、人類の存亡をかけた戦いに挑む――というもの。
絶望的な状況から、それをひっくり返すカタルシス。物語を彩る魅力的なキャラクター。そして何より魅力的なキャラデザはオタク界隈で一つのムーブメントを作った。
結果、プリギアは様々なメディア展開を行った。アニメ、マンガ、最終的にはそれらが一堂に会するソシャゲ等々、かなり長い間愛されて展開してきたコンテンツである。
特にアニメは本編の各ルートをアニメ化したものや、「イェスタ・デイブレイク」という人気キャラを主人公にした前日譚アニメなど、複数回に渡ってアニメ化を果たし好評を博した。
俺もそのアニメからコンテンツに入ったので、素晴らしいアニメを作ってくれたアニメスタッフには感謝しかない……わけだが。
だからといってそんな世界に転生したいかと言えば否である。
というかかなり絶望的な世界観なので、どちらかといえば転生したくない。まぁ転生しちゃったんですけど……
そう、俺――この世界ではヒムと呼ばれる男――は転生者である。
気付いたら“ツクヨミ”のコックピットで寝ているという突然の転生――死んだ記憶が無いので、転移かもしれないが――によってこの世界へやってきた俺は、死なないためにはこの世界に介入するしかなかった。
コックピットで眠っているという話からわかるかもしれないが、このロボットは主人公の乗機である。詳細は省くが人類は戦う手段を手に入れるためロボットを開発。それが巡り巡ってプリンセスギアとなり、主人公である少女だけが前時代の遺物――ロボットを使って戦うのだ。
一見食い合わせが悪そうなロボ+美少女戦士という組み合わせだが、案外これがしっくりハマっていた。発表当初はロボで目を引いて美少女を押し付けてくるとか言われていたが、今ではこのロボ+美少女というのがプリギアシリーズの鉄板である。
ちなみに、主人公の乗機とは言うが、俺の乗っている“ツクヨミ”は主人公が最終盤に乗り込む機体であるため別に主人公のポジションを奪ったわけではない。
ちょっと原作開始前である現在は使われていない機体を間借りしているだけだ。そもそも主人公の専用機である“アマテラス”と凡百の量産機である“ツクヨミ”ではスペック差もある。
なんで最終盤に乗り込むツクヨミが量産機なのかって、そりゃお前、後継機がぶっ壊れた後にありあわせの機体で出撃するのは燃えるじゃん。ちなみにその後継機の名前が“スサノオ”だ。
さて、そんな転生者の俺だが、実は現在困っていることが二点ある。
一つはツクヨミのスペック不足。強化モードを使えば超無双できるが、強化モード無しではツクヨミくんはとてもじゃないが現行のプリンセスとMONSTERの戦いについていけないお荷物である。
そして強化モードによる無双は基本的に一回こっきりの使い切り。一度使えば中の人間が汚染でダメになる。この機能はあらゆるツクヨミに標準搭載されているのだが、当時は兵士を使い捨てにするのがトレンドだったのだ。恐ろしい。
じゃあ、ツクヨミなんて使わなければいいじゃないかと思うがそうもいかない。プリンセスギアは女性専用なのだ。こういう百合ゲーならごくごく当然の設定だろう。
逆にツクヨミは設定上男性だって使えるし、実際俺は使用している。逆に言うとこの世界での男の価値はツクヨミで使い捨てにされる程度のものってことだ。
そう、俺が抱えるもう一つの問題。
それは、この世界に俺以外の男が一人も存在しない――ということだった。
⇛
「はい、はい。それじゃあ演習を始めるわよ」
女所帯であるプリンセスの集まりは、とにかくいつだって姦しい。三度の飯より噂好き。そんなプリンセスたちにとって、今現在格好の噂の的は唯一つ。
目の前に立っている“男”の存在にほかならないだろう。
「アンタ達はシミュレーションでの模擬戦闘で好成績を叩き出したアタシの新しいモルモット……もとい、新規プリンセス候補生よ、解ってると思うけどマジで栄誉なんだから、もうちょっと自覚を持ちなさいよね」
現在、俺がいる場所はプリンセスやそれを
街というのは、この世界におけるコミュニティの総称。世界各地にポツポツと存在するが、そこではプリンセスやメイド。その候補生が暮らしている。
そしてここにいるのは、そのうちプリンセスになることのできる素質を有した候補生たちだ。ここにいない候補生は、必然的にメイドとしてプリンセスの支援を学ぶこととなる。
そんな未来の人類の希望は現在、少女らしい噂話に花を咲かせていた。原因はもちろん俺である。
『みてみて、アレ。本当に男性よ、私達と全然違うわ』
『胸、小さすぎじゃないかしら。かわいそうに……』
『でも背はすっごく高いわよ。羨ましい……』
なんて話がポツポツと。
すでに教官がやってきて、真面目に話を聞かなければ行けない状況であるにも関わらずこれだ。そりゃまぁ十数年という短い人生とはいえ、これまで見たこともなかった――どころか知識ですら知らなかった男という存在を目の当たりにすれば、興味が使命感を上回るのが子供というもの。
実に健全な反応だと思うがしかし。それだと今度は、俺の命があぶなくなるんですよねえええ。
――この世界に、すでに男は存在していない。
対MONSTER用の兵器がロボット(男女どちらでも使用可)からプリンセスギア(女性専用)に移行するにあたり、男性はその役目を終えたのだ。
プリンセスギア開発の際の副産物として、遺伝子操作が容易となったことも加わって、この世界の人間は女性だけになった。
今のこの世界において、子供とは培養ポッドの中から生まれてくる存在。おしべとめしべという概念は、とっくの昔に亡くなってしまったのである。
「――ヒム」
「……はい、なんでしょうドクター」
「アンタ今すぐ、その股の下についてるブツ、切り落としなさい。そうすればあいつらも黙るわよ」
――隣に立つ赤髪の少女から、俺はそれはもう凄まじい殺気を受け取っていた。頼む、頼むから静かにしてくれひよっこ達ぃ。
俺のブツに言及する彼女は、現在この世界で唯一俺の男性としての肉体構造を把握しているが故、そういう反応ができる。新人たちはそうではないから、安心である。
と、その時だった。
「静粛に」
ピシャリ、と我慢を耐えかねたのか、俺の横に立つ赤髪の少女が凄まじく通る声で言った。途端、おしゃべりはどこへ行ったのか、沈黙だけが残される。
中々に、すごい光景だった。
「静まったわねモルモットども、アタシはアカネ。アカネ・ロードスタ。これからアンタたちのプリンセスギアを一手に管理することとなるこの街の“ドクター”よ」
どこまでも意志の強い少女だった。
燃えるような赤髪を後ろでまとめて、服装はプリンセスギアのスーツ(通称スク水スーツ)の上に白衣。一目で変人と解るその特徴は彼女の存在を明確に主張していた。
アカネ・ロードスタ。原作においてはルートヒロインの一人を務めるキャラクターだ。
その性格は一言で言うと――
「ま、あんたらはアタシにデータっていう栄養を提供すればいいの。アタシはそれを好きにする。実に簡単な話でしょ?」
マッド。
そして、
「ただし、それはあんたらが一秒でも長く生きることにもつながる。演習っていうのは、アンタ達の寿命を決める儀式でもある。それを肝に銘じて、生きなさい」
ツンデレ。
マッドで、ツンデレ。なんとも奇妙な食い合わせの属性を有する、赤色の少女だった。
原作においては、基本的にあらゆる媒体の外伝にも登場する博士キャラという印象が強い。どれだけ無茶な技術でも、アカネが用意したといえば出来てしまうのが便利すぎるのだ。
加えて言うと、ギャグ展開の起点としても使えるため、とにもかくにも出番が多い。
どこかの頭の可笑しいファンがまとめていたが、プリギアというコンテンツでもっともセリフ量が多いのは実はアカネなのだそうだ。流石に地の文とかまでまとめると、基本一人称であるプリマギ原作の主人公ちゃんの方が一歩上を征くが。
まぁ、何はともあれ変人揃いのプリギアで一線級の人気キャラをしているアカネ博士が変人でないわけがないのだ。今もこうしてテンプレツンデレ風セリフにパワーワードを連発してくる。
人を人と思っていないというか、人もデータも等しく価値の有るものとして認識しているために、人の方に価値があると思う人間とは若干ものさしが違うというか。そういう浮世離れした人間性と、デレた時の素直さがなんともまたギャップが聞いていて人気が高い。
そんなアカネ博士だが、こうしてリアルでお知り合いになると個人的にはちょっと避けたいタイプの人種だった。だってさ、マッドだぜ? 博士だぜ? 当然男と女の違いとか気にしてくるじゃん?
俺、もうお嫁にいけないよ……
とはいえ、俺のツクヨミを修理できるのはおそらく世界に唯一人、アカネ博士だけなのでこうしてアカネ博士の仕事を手伝う必要もあるのだが。
そんなアカネ博士に呼ばれて、俺は現在新人たちの教習につきあわされていた。なぜ? ロボットパイロットにプリンセスギアのことで話せることはなにもないぞ。
なんて思うが、実際のところ俺の役割は教官ではなく――
「そして、これが噂の世界唯一の男性人間。ヒムと呼ばれる珍獣だ。売り物じゃないから金を払っても渡せないが、タダでサンドバッグにはしていいぞ」
「おいこら」
――そう、サンドバッグだった。
細かい話を終えて、その後俺はシミュレーターの前に立つ。俺のシミュレーターはプリンセスたちのそれと違ってでかいコックピット型の筐体だ。プリンセスたちは脳波を読み取ってVR空間に自分自身を投影する。
逆に俺はコックピットさえ再現されていれば現実世界のままでもいいので、特にVRにダイブしたりはしない。
なおこの筐体はドクターアカネ製である。やっぱり便利だこの一言。
さて、俺がシミュレーションの模擬戦に参加するのは、ロボットを動かしてプリンセスと戦うためだ。意味があるのかというと、ある。プリンセスとMONSTERの間には結構なサイズ差があるため、こうしてロボットを相手にするのでサイズ差のある戦闘になれるのは、俺がいてもいなくても普通に行われる模擬戦だ。
逆に俺はロボットの性能が現実とは全く違うものになるので、この模擬戦で得られるものは少なかったりするが。そもそも教官側として参加しているのに得るものってなんじゃいという話だが。
ともあれ、俺の仕事としてはシミュレーションは安全な部類である。汚染されたりしないし、何よりどれだけ危険な動きしてもワカバに怒られない。
そして、そして何より――
⇛
――四時間。
十人のプリンセスを相手に、そいつは一人で大立ち回りを続けた。プリンセスたちが一時間で精神的に消耗し、数人ずつのローテーションに移行しても、そいつは一人でロボットに乗り続けたのだ。
ハッキリ行って異常である。どこにそれほどまでの集中力が存在するのか、普段のあまりやる気を感じさせない態度からは想像もつかなかった。
ヒム。この世界に生存する唯一の男性。生きる標本。
アカネ・ロードスタにとってヒムはこの世界の何よりも興味深い研究材料だった。当然だ、世界に男は一人しかいないのだから。
男と女はその体つきに変化が見られる。特に局部には女には見られないものがついており、それをヒム――男は見られるのをずいぶんと恥ずかしがるらしい。
もちろん女にだって羞恥心はあるが、別に見られて困るものでもなし。最低限隠せば、それで問題ないのではなかろうか。
ともあれ、そんなヒムの異常性は、主にロボットに搭乗している際に発現する。ロボットに乗っていない時のヒムは、基本的には善良で真っ当なメンタリティをしている。
しかし、ロボットに乗った途端やつは変わる。一体どこにそれほどの強いメンタルが存在するのかというほどに。
プリンセスの中にはギアを纏うことで精神にスイッチを入れ、戦闘中の冷静な思考を保つ者もいる。ヒムのメンタリティはそれに近いものが有るのだろう。
だが、やつの精神はあまりにも完成しすぎている。今この瞬間もシミュレーターではあるが四時間ぶっ続けで模擬戦を行い、平然としているのは間違いなく異常だ。
「――そこまで!」
アカネはそう新人達に呼びかける。もはや疲労困憊、現実世界ですら立っていることが億劫だという様子の彼女たち。大型の敵――MONSTERを想定しての模擬戦はこれが初めてだったのだから当然だろう。
むしろ、四時間も交代を交えつつとはいえ、よくもまあヒムのやつについていったものだ。
故にアカネは、彼女たちは見込みがあると評価を上げるのだった。
もちろん、
「アンタ達のデータは、まだまだ未完成の欠陥品よ。そしてそれが完成することは一生にない! 常に努力を忘れず、データの完成に務めること。それができないやつから戦場では死んでいくのよ!」
それを口にすることはないが。
――そして、新人にとってアカネの口ぶりは決して厳しいものではない。これが普通だ。他の教官も多かれ少なかれ罵倒は多い。
素直な返事でそれを受け取って、彼女たちは退出していった。
ここで疑問に思うかもしれない。彼女たちの人生で、初めて出会った男性であるヒムに対する意識はどうしたのか? と。
もちろん彼女たちだってヒムのことは意識している。だが、声をかけることはなかった。なぜなら――不可能だったから。
「博士、次は俺の模擬戦を頼む」
ヒムはまだ、シミュレーターの中にいた。四時間コックピットの中に収まり続けた彼の最初の言葉が、彼自身を現していると言っても過言ではない。
アカネは、自身の口角が上がっていくのを抑えながら、問いかけた。
「設定はどうする?」
「出力はツクヨミの最大パワー想定。敵はA級MONSTERの無限湧きで頼む」
「わかったわ」
ああ、本当に。
この男はどこまでその強固な精神性を維持できるのだ? 異常、異常、実に異常。この異常は果たして、性別の差によるものだろうか。それともヒム個人に由来するものだろうか。
わからない。
アカネには、未だその結論は出ていない。
だが――
「ああ、本当に」
――アカネの中の、マッドが囁きかけていた。
「男って……本当に、ケダモノね」
荒くなる吐息と、歪む口元を隠すために抑える。アカネにだって、その感情が他人に見せるべきではない興奮であることは解っていた。
――アカネ・ロードスタ。
マッドとツンデレの二面性を有するアンバランスな少女。だが、少女の根幹にあるのはツンデレだ。他人を慈しみ、けれどもそれを素直に表現できないのがアカネという少女である。
しかし、今この時。
ヒムに対するアカネの感情は、そういったものを貫いて表面に出ようとしていた。
するとどうなるか。
もはやアカネにはこの時、ヒム以外の何物も目に入っていなかった。
眼の前でヒムがシミュレーターにて叩き出す異次元の如き戦績も、ヒムが駆るツクヨミの異常なまでの駆動も。
すべてを無視して、ヒムだけをアカネは見ていた。
今この瞬間。アカネはアカネのパーソナリティのうち、ツンデレという内面だけでなく――
マッドという表面にすら、ヒムという男を焼き付けてしまっていたのである。
そのことに、ヒムが気がつくのは――アカネに自覚が芽生えるのは、まだ先の話だ。
⇛
一方。俺はシミュレーターを心の底から堪能していた。
うっひょおおおおおおおおお!
たんのしいいいいいいいいい!
命のやり取りをしなくていい、ガチのロボットを操縦できる。いくらでも敵を倒していい。男としてこれほど楽しい娯楽が他にあろうか。
いやない!
何よりこの世界は、文明が滅びかけているせいで娯楽が少ない。
娯楽の多い現代を生きたオタクにとって、そういった楽しみの有無は死活問題だった。その点、このシミュレーターってのはいい。
何時間でもプレイできる。
ゲーム感覚で楽しむなとは言うものの、対人もNPC戦も充実しているこのシミュレーターは、無理言ってアカネ博士に作ってもらっただけのことは有る。
いやぁほんと、アカネ博士は最高だぜ!(最低な物言い)
これでもう少し、デレてくれたら嬉しいんだけど。あの人なんか俺に対してだけ扱いが悪いんだよな。ゲームでもこんなことなかったんだけど。
やっぱり俺が男だからかねぇ?
――おっと、次のステージだ。っしゃあやるぞ!
うっひょおおおおおおおおおお!
たの――――
まだ男は知りません。
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3 ファッションキチガイ中二病卒業姉さん
大変感謝です。ありがとうございます。
俺は曇らせが嫌いだ。
というより、曇らせで発生しがちなキャラの死亡が苦手だ。叶うなら生きていて欲しい。全員生存なら言うことなしだ。
その点において、プリギアはあまり優しいタイプではない。
まずゲーム本編でもグランドエンドを迎えても生き残れるキャラは少ない。アカネ博士は生き残るが、ワカバは生き残れないくらいの塩梅だ。
また、外伝作が多く、外伝作が出るたびに新キャラが死ぬので、新キャラは死亡フラグなんて言葉も生まれた。
先日救出した「ハードフルステージ」は別の“街”を舞台にした外伝作なのだが、本編でも登場するヒロイン以外は全滅する。
クロミ・タテハタは言うに及ばず。あそこで生き残ったフラナ・ハイドロッドも終盤には死亡してしまう。幸いにはハドステが始まるのはもう少し先の話なので、今はクロミ・タテハタを救出するだけで十分だが。
しかし、そうは言っても俺一人にできることは限られている。
何より俺は自分が生き残ることすらも手一杯なのだ。戦場に出れば、いつMONSTERに負けるかわかったもんじゃないし、俺の場合は汚染による自滅のリスクは常に付きまとう。
ああ、でもしかし。
それは、俺以外にも同じことが言えるやつがいるのだ。
一人は原作主人公ちゃん。目覚めるのはもう少し先の話だが、彼女もロボットの汚染強化モードを多用して戦ってはワカバに浄化してもらうことで何とか戦闘についていくタイプだ。
そしてもうひとり――俺や主人公ちゃんは必要だからそうしているのに、
わざわざやりたいから汚染されている、とんでもない稀有かつヤバイやつが、この世には一人いるのであった。
そして厄介なことに、そいつは俺が救いたい――言ってしまえばこのゲームにおける推しでもあった。
⇛
汚染が身体を襲う。右足の感覚がなくなって、俺は苦痛にうめきながらもMONSTERの顔を拳でぶち抜いた。相手はD級MONSTER、物の数ではない。
MONSTERにはEランクからAランクまでのランクがあり、当然Eランクの方が弱い。なお今だ確認されていないがS級MONSTERというのも理論上存在する。
といってもそんなもの、そうそう現れるわけないのだが(フラグ)。
実は確認されてはいないが既に二体のS級が地上に出現しており、もうすぐ三体目が現れるのはここだけの秘密。
とまれ、今日に関しては単なる雑魚狩りといったところ。街から街への荷物の輸送中――ロボットはこういう時に便利だ――襲われているプリンセスを見つけて、救援に入った形。
相手が小さいこともあり――それでも10mはあるが――倒すことは難しくなかった。そして、今ので最後の一体である。
プリンセスは俺が所属する“街”のプリンセスだったため、特に事情を話す必要もなかった上に、武装は街に帰るまで持ちそうだったのは朗報だ。
こういうとき、俺のことを知らないプリンセス相手だと、そのまま第二ラウンドに突入してしまうこともある。
まぁ――
「ひーむーくーん! あっそびましょおおおおお!」
――たまに、見知ったプリンセスに襲撃されることもあるが。
プリンセスを街に返した直後、仕事に戻ろうとした瞬間。突如頭上から声がしたかと思えば、俺のツクヨミの左腕が吹き飛ばされていた。
「なっ――」
一瞬のこと、ツクヨミには一切汚染強化を行っておらず、不意を付けば即座にでくのぼうにできる状態だった。油断しているといえばそのとおりだが、わざわざ友軍の識別反応を殺してレーダーをかいくぐりながら、プリンセス特有の小柄さを利用して奇襲を仕掛けてくる相手に対応できるのは普通に考えて異常な方に入る。
俺は努めて普通のオタク男子であるからして、そんなことは出来ないのだ。
「おおっとおー、ヒムちゃんがまたおかしなことを考えている気がするぞぉ」
見上げた先に、女が立っていた。
金髪の、細身の女だ。心配になるほど細い枯れ枝のような――けれども、どこか妖しい美貌を誇る不可思議で魔性の女。
プリンセス特有のちょっとスケベなスーツをマントで覆い、腰にも武装ではなくスカートのような布を巻いている彼女は、どちらかというと美しさよりもかっこよさが先にくる。
異質。けれども思わず見入ってしまうような美少女だった。
「……イェスタ・デイブレイク」
そして――この世界でもっとも危険なプリンセスの名を、俺は呼んだ。
「……俺は今、何度目かわからない命の危機から脱出するための方策を考えてるよ」
「ええ!? ボクのことを愛してるってぇ!? こまるにゃあん!」
自身の得物である純白の鎌を振り回しながら、愉しげに女――イェスタは回転する。縦に、横に、縦横無尽だ。
イェスタ・デイブレイク。
このゲーム――プリギアには原作主人公ちゃんを始め、外伝作品に様々な主人公が存在する。中でも特別な存在が、原作主人公ちゃん以外ではじめてロボットに乗った「ギアーズゼロ」の主人公と――現状唯一原作以外でアニメ化を果たしている作品。
「黄金の死鎌人形」主人公――イェスタ・デイブレイクである。
イェスタが特別なのはアニメ化もそうだが――
「っていうかヒムちゃん、全然汚染されてないよぉ! ボクとおそろいになろうよぉ!」
彼女もまた汚染による強化を行うからだ。
そんな戦い方をするプリンセスはこの世に一人しかいない。狂った死鎌人形の異名を持つイェスタ・デイブレイクただ一人だ。
見ての通り、こいつは頭がおかしい。幼い頃から他人とは違った彼女はプリンセスになってからは常に一人、他人へ意識を向けること無く自由気ままにMONSTERを狩って生きてきた。
その実力は本物で、プリギアにおけるプリンセス最強議論においては必ず名前が上がる強者である。
「んなことしてると、いずれお前がMONSTERに成り果てるぞ」
とはいえ、ゲームにおける出番はそんな最強プリンセスとしてではなく――敵。それも作中における最大クラスの強敵として登場する。
そう、ゲーム時点でイェスタは汚染の影響でMONSTERとなってしまっているのである。
これがまた、ゲームでは厄介極まりない存在であった。重要な場面では必ずと行っていいほど現れるMONSTERであり、文句なしのS級MONSTER。
多くのプレイヤーが、こいつのエフェクトがかかった絶叫を聞くとトラウマを思い出すという――
ただ、そんなイェスタだが、ゲームにおいてはヒロイン以外だと間違いなくもっとも人気のある存在である。トラウマになるということはそれだけ作品内で印象に残る出番を与えられているということであり、何よりMONSTERイェスタの立ち位置は、単純な敵のそれとは違う。
プリギアにはMONSTERの他に敵対する相手がいるのだが、MONSTERイェスタはそいつらすら攻撃するのだ。時には主人公ちゃんたちのピンチを救い、最後には良い感じの見せ場とともに退場する。美味しい立ち位置と言える。
結果が、彼女を主人公とした前日譚のアニメ化だった。
そして、
「あはー。……如何にヒムちゃんでも言っていいことと悪いことがあるかんな?」
イェスタ・デイブレイクは主人公になる以上、それなりの矜持と言うか、主人公らしさというものがある。
俺の挑発めいた言葉に反応したイェスタは、一瞬で俺の目前に潜り込んできた。
あっという間のことで、視界からイェスタが一瞬消えていた。メインカメラがある顔の部分に、不機嫌そうなイェスタが立っている。
「ヒムちゃん。ボクねぇMONSTERがこの世界で何よりも嫌いなの知ってるでしょ? 汚染されすぎるとMONSTERになる? ――それはね、ヒムちゃんたち人間が弱いからそうなっちゃうだけなんだ」
直後、イェスタの顔に紫の“影”がまとわりついた。汚染である。
――俺は、即座に操縦桿を動かし、同時にツクヨミへ汚染を浸透させる。
「う、おおおおっ!」
回避。
高速で振るわれた鎌が、空気を切り裂き――後方の岩肌を真っ二つにした。俺は、ギリギリで態勢を崩してそれを回避、そのまま何とか距離を取る。
体中に激痛。そりゃそうだ、文字通り俺の身体は現在進行系で汚染されて使い物にならなくなっているのだから。
そしてそれは、イェスタも同じのハズ。
だが、
「あは――おそろい♡」
イェスタは、笑っていた。
体中に紫の模様を奔らせながら、まるでそれを勲章のように振り回す。俺のように激痛を我慢している様子もなく、かと言って汚染に飲み込まれているようにも見えず。
「汚染っていうのはねぇ、そもそも何かを外から取り込んだ時点でそれは汚染なの! 食事も! 呼吸も! 生命活動も、そもそも全部汚染で汚濁。正しくなんか、これっぽっちもないんだ!!」
振るう、振るう。鎌を振るう。
イェスタの必死の一撃が俺に見舞われる。一つでもかすめればそのまま機体ごと俺が消滅するほどの威力だ。こればかりは、どれだけ汚染で強化しても意味はない。
なにせ相手の方がより強い汚染で強化されているのだから。
「ねぇねぇねぇねぇ! ヒムちゃんもボクと同じになろうよぉ! 体中が汚染まみれになって、ゾンビみたいにぐずぐずになって、ボクと一緒に溶けちゃおうよぉ!」
「……断る!」
俺は何歩かそれを下がって回避した。幸いといっては何だが、イェスタが初撃でツクヨミの腕を吹き飛ばしてくれたお陰で、被弾の面積が小さくなっている。
回避はいつもより容易だった。
ならば、と俺は一気にバックステップで距離を取り、機体の腰を落として構える。
「あはぁ! やる気になってくれたねぇ!」
そしてそのまま――
「なってないっての、バカ!」
俺は、最高速でイェスタの横を抜けて、その場を離脱した。
バックステップで距離をとったのは、助走をつけるため、決してイェスタに飛びかかるためではない。こんなやべーやつに、直接戦闘なんかやってられるかっての!
「へぁ」
――驚いたイェスタを横目に、俺はその場からの離脱に成功するのだった。
⇛
一瞬呆けていたイェスタは、正気を取り戻すと去っていってしまったヒムとそのロボットへ視線を向けた。ぽつんと一人、イェスタは取り残されてしまったのである。
「…………」
するすると、イェスタにまとわりついていた汚染が消えていく。
イェスタの汚染は、ヒムや原作主人公のそれとは少し異なる。そもそも、イェスタにとって汚染はされている方が自然なのだ。
培養ポッドの中から生まれてくる時に、不具合があったのだとイェスタは聞いている。
そんなこと、彼女にとってはどうでもいいが。
大事なのは、今あの男にされたことだ。
――逃げられた。
これまでもそうだったけれど、それにしたって。
「あそこまで逃げることしか考えてない人は、君だけだよぉヒムちゃぁん」
イェスタを前にして逃げるプリンセスは山ほどいる。流石にメイドは襲う意味が薄いから襲わないけれど、きっとメイドだってイェスタを前にすれば逃げるだろう。
なぜなら、イェスタが怖いから。
自分とイェスタは違うから。イェスタがプリンセスすら襲うほどに野蛮だから。
そういう、自分との違いをプリンセスたちは畏れているのだ。対して、ヒムは違う。彼はイェスタを恐れていない。彼の場合は怖いから逃げ出すのではなく、相手にしたくないから逃げ出しているのだ。
当然と言えば当然だろう。ヒムは長時間の全力戦闘ができない。無駄にイェスタにかまけていたら最悪死んでしまうのだ。だったら最初から全力で逃げたほうがマシというもので、合理的に考えれば自然なことである。
だが、そこに恐怖が混じらないのは普通ではないのだ。
「ああ、だからヒムちゃん」
ヒム。
この世界において、唯一の男性と呼ばれる存在。イェスタたちとは違う野太い声に、がっしりとした体躯。そして見た目もさることながら、彼は戦場で恐れない。
イェスタを前にしても、MONSTERを前にしても揺らがない。
ツクヨミというロボットに乗り込んで、プリンセスとは違う戦い方をする彼は――
「――ねぇ、ボクと一緒になろうよぉ」
イェスタという、他者とは違う生き方しかできない怪物にとって。
きっと、世界で唯一の“同類”になれるかもしれない相手だったのだ。
――とはいえ、すでにそこにヒムの姿はないのだけれど。
「……はぁ」
イェスタは、沈黙に満ちた周囲を見渡し、自分が一人であるということを思い出し――ため息を付いた。
⇛
俺のプリギアにおける推しは、実はイェスタ・デイブレイクだ。
だったらどうして逃げるのか? 推しだからっていって今のキチガイ状態のイェスタ相手にまともなコミュニケーションは無茶。意味がないとは言わないが、やはりイェスタには原作と同じ経験をしてもらわないと。
その狂気に似合わず、イェスタは寂しがり屋だ。プリンセスに絡むのも結局は寂しいからが理由であり、彼女が主役となるアニメではそんな寂しがり屋なイェスタの姿が描かれる。
仮にも主役となる存在なのだから、決してイェスタが悪辣かというとそういうわけでもない。たしかにプリンセスを無駄に襲撃したりはするが、だからといってプリンセスを殺したりすることはないし、プリンセスとMONSTERが争っていたら優先するのはMONSTERである。
どころか弱った相手には優しい部分があり、守護対象であるメイドや“街”で暮らす非戦闘員が襲われていたら彼女はそれを守るのだ。
そんな彼女は、アニメの中で少しずつ人間性を獲得していく。最後にはその人間性から限界を越えた汚染を受けて、大切なものを守るために力尽きるのだ。
その姿は感動的で、俺がプリギアにハマるきっかけにもなったのだが。それはそれとしてアニメのイェスタはとある愛称がある。
ある意味イェスタをバカにしているとも言えるが、ファンの付けた愛称が故、そこはイェスタの愛嬌とも言える。
狂気っぽい行動をして、他人の気を引きながらやがては人間性を獲得してその狂気は鳴りを潜めていくさまから彼女は――
ファッションキチガイ中二病卒業姉さん。
そう、呼ばれていた――
主人公の目標は色々ありますが、ファキ卒姉さんの生存も目標の一つです。
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4 一番安牌そうな子が一番危険ってそれ
俺の戦い方は、自滅が常に付きまとう危険な戦い方だ。
だが、それ以前に基本的に一度身体を汚染されれば、人間はそのまま汚染によってMONSTERに成り果てるのが普通である。実はツクヨミにはそうなる前に内部のパイロットを自爆させる機能がついていたりするので、ツクヨミが汚染でMONSTERになることはないのだが。
それはそれとして、俺のそんな戦い方を成立させてくれる重要な存在、それがワカバ・アオハルである。
ゲームにおいても重要なポジション――というか、俺と同じく汚染によって一度戦えば死を迎えるゲーム主人公の汚染を取り除く役割を持つ少女である。
なぜそんなことができるかといと、メイドの能力――
プリンセスギアが開発された際に、副産物として遺伝子操作技術が向上したというのは前にも話したが、それによって人類は旧来の人類から、一つ上の存在へと進化した……と言われている。
その進化した力の一つが支援の力だ。
この力は、言ってしまえば超能力の類なのだが、その内容は主に直接的な攻撃能力ではなく、何かを助ける能力に特化している。故に支援という名前がつけられたのだからして。
そんな中、ワカバの支援は「汚染の浄化」である。これがあるから、俺や原作主人公ちゃんたちは戦えるわけで、だからこそ思うのだ。
ワカバが、アカネやイェスタのような癖のあるタイプではなく、非常に付き合いやすい善良な子であることが、コレほどまでも有り難いのだと――
プリギア界の大天使ワカバ・アオハル。
アカネのように人の裸体を見ようと服を剥いできたり、イェスタのように日常的に殺しにかかってこない、どこまでも善良で普通のいい子。
それが、俺を支援してくれるメイド少女だった。
⇛
「づ、おおおおおお!」
叫びながら、俺は必死にMONSTERへと拳を叩き込んでいた。
ツクヨミの汚染は最大まで引き上げられ、限界までもはや数秒の猶予もない。もしも、イェスタに腕をたたっ切られたのをアカネに修理してもらっていなければ、俺はここで死んでいただろう。
もちろん、ここでMONSTERを倒しきれなければ腕が治っていても俺は死ぬのだが!
「間に合えええええ!」
連打連打連打、必死に操縦桿を動かし続けながら、目の前のMONSTERが弱っていくのを確認する。残り二秒。間に合うか!? ええい賭けだ!
「汚染……十倍! フルパワーパンチだ、持っていけえええ!」
一瞬、ほんの一瞬だけ自身の汚染を強化する。残り二秒が、残り一秒と少しに変わるが構わない。その一秒でギリギリまで引き絞った拳は相手に叩き込める。
ズガァアアアアアアアアアアアアン!
凄まじい音がして、その直後にリミッターとして取り付けていた最大汚染時の機能停止装置が起動、ツクヨミは力を失ってその場に停止した。
これを無視して汚染を続けると、ツクヨミは俺ごと汚染によりMONSTERとならないよう自爆するのだが、今は問題ない。
――メインカメラすら見えなくなった状態で、俺は外の様子を確認することは出来ない。これで死んでいなければ、まず間違いなく敵は動き出してツクヨミをおもちゃにするだろう。
だが、動きはなかった。
数秒、沈黙で時間が流れ――俺は勝利を確信する。
途端。
「が、ああああああああああああああああああ!!」
俺は自分の首元まで侵食していた汚染の激痛によって、意識を失うことになるのだ。
――そして、数分後。
「――くん! ヒムくん!」
声がする。
それは――
「起きてヒムくん! ヒムくんってば!!」
「……ワカバ」
俺を、起こしてくれる少女の声だ。
心配そうなワカバの顔が、まず視界に入り込んだ。
「だい、じょうぶ。死んでない」
「死んでない“だけ”だよ、これじゃあ! またリミッターまで戦って、これじゃあいつ痛みでおかしくなっちゃうかわかんないよ……!」
「ごめん……」
正直、自分でも無茶をしている自覚は有る。
でもこの世界にやってきて、ツクヨミにのって戦う内に、俺はおかしくなってしまったらしい。後から思い返せば無茶もいいところな行動をためらうこと無く取るようになって、あまつさえそれを怖いとも思わないなんて。
どうか、している。
ただ、これには少しばかり心当たりがあった。ゲームの主人公ちゃんも同じだったからだ。ゲームの主人公ちゃんも、俺と同じようにロボットのコックピットで眠っていたのが、あるきっかけにより目覚めたという経緯でこの時代にやってきている。
俺は転生者だが、彼女の場合はコールドスリープによる時間遡行だ。
そして、その時に言われていた原因は――
「浄化だって! 絶対に全部浄化しきれるわけじゃないんだから! このままじゃ、いずれヒムくんは――!」
――汚染だ。
そう、ワカバは俺の汚染を取り除いてくれるが、すべての汚染を取り除けるわけではない。しつこくこびりついた汚れのように、汚染は浄化すればするほど、俺の奥に沈殿していく。
そして汚染には汚染された存在を凶暴化させる性質があるので、汚染が沈殿した俺は、こういった無茶に恐怖を感じないよう精神が変質してしまっているというわけだ。
「……大丈夫、まだ後三年は持つ」
「三年しか、もたないじゃん!」
――ワカバは俺の言葉に、そう否定する。実際、自分の寿命が後三年と言われて、普通は三年しかないと考えるだろう。
だが、俺は違った。
なぜならこの世界の未来を俺は知っている。
「……三年で、世界を救えばいい」
具体的に言えば、三年後にはゲーム本編が終了するのだ。そして、グランドエンドならば俺の汚染問題も解決する。
一発勝負でグランドエンドにたどり着かなければ行けないが、それでもどうせグランドエンド以外に人類の未来はない。
だったら、それに賭けて戦えばいい。
汚染によって怖いもの知らずになったからだろうか、俺はそう考えていた。
「…………三年、三年ってヒムくんはいっつもそう言うけど、本当に三年で全部が解決するの?」
「必ず、じゃない。努力は必要だけど」
「……ヒムくんって、時々未来が見えてるみたいな事言うよね」
「それは……」
……流石に、ずっと一緒にいるといっても過言ではないワカバに、俺の素性のすべてを隠し通すことは難しい。何度も誤魔化せば、こうやってワカバも時折何かを察したようなことを行ってくることもある。
だが、
「私を見つけてくれたときも……そうだった」
「ワカバは……どうしても俺に必要な存在だったんだ。今もこうして、俺が生きているのはワカバがいてこそだろ?」
実は、ワカバの浄化能力を発見したのは、俺だ。
そもそもの話、浄化能力というのは基本的に使い道が薄い。プリンセスもメイドも、汚染対策の衣装を着ているから早々汚染されることはないわけで。
それが壊れたら汚染は常にされてしまう関係上、浄化能力はとにかく使い勝手が悪いのだ。
が、ロボットに乗って汚染強化を使う上では絶対になくてはならない存在である。
正直、少しどうかと思う話だが、コレに関して俺は原作知識を利用させてもらった。ワカバに浄化能力があることを知っていた俺は、ワカバにそれを明かしてメイドとなることを頼んだのだ。
もちろん、それを事前に伝えた上で、ワカバの了承を得られなければ俺は諦めるつもりだった。
だからこうして――
「俺は、ワカバを利用してしまってる。ワカバは俺を恨んでもいい……本当なら、こんなことする必要はなかったんだから」
「……っ♡」
きちんとワカバにはそのことを伝えている。
ワカバは顔を伏せてしまった。やはり、彼女はいい子だ。ワカバを利用としようという都合のいい考えで近づいた俺の言うことを聞いていて、感じる不満を俺に見せないようにしてくれている。
「じゃあ、帰ろうか」
「……はいっ!」
そのまま、取り繕うような笑みを浮かべて俺の言葉に同意するワカバと共に、俺は“街”へと帰還するのだった。
⇛
ワカバ・アオハル。
ゲームにおいては主人公が最初に仲良くなった友人であり、メインヒロインと言っても過言ではない存在である。その性格は善良で、一癖も二癖もあるプリギアのキャラの中では、非常に“安全”なタイプである。
特にヒムの場合は、常日頃から裸体を見ようとしてくるマッドツンデレ博士や、出逢えば命の危険すらあるまだまともになっていない頃の狂人に追いかけられている事が多い。そんな彼にとってワカバの存在は一種の癒やしと言えた。
だが、同時にワカバは義理堅く、そして頑固なタイプだ。ヒムがこの世界にやってきて、何度も無茶をしてきたが彼女はそのたびにそのムチャを咎めている。
それは自分の能力を見出してくれた恩人への感謝と、その恩人が常日頃からワカバを“利用している”と言ってくることへ対しての、返答のようなものだ。
この世界の人間は――少なくとも、培養ポッドから生まれてくる人間は、その全てが特異な能力を有している。プリンセスはその能力を有さないが、厳密に言うとプリンセスギアを装着できる特性は、その特異な能力によるものだ。
つまり、この世界にはプリンセスギア適正という能力と、それを
ワカバがその代表的な例だった。プリンセスギアを装着できないにも関わらず能力が使えない。そういった少女は少ないながらも存在し、大抵の場合は苦しい立場に置かれることとなる。
だが、そういった少女は決して能力が使えないわけではない。自分がどういう能力なのかわからない、というだけだ。
未だこの特異な能力についてはわからないことが多く、すべてを分類できているわけではない。
そして、それを見つけ出したのがヒムだった。
――原作に置いて、この能力は主人公が汚染を使って死にかけた際、偶然発見された能力である。対してこの世界ではヒムが予め、まるで預言者のようにその能力を見出してしまった。
実は、この違いがヒムの想定もしていない事態を引き起こしているということを、彼はまだ知る由もなかった――
⇛
ワカバは、任務を終えると必ずある場所へと赴く。
そこはワカバが浄化を施し、常に汚染がない状態となった町外れのとあるエアトラックである。ヒムの世界で言うところの16tトラック、超大型のトラックである。
そのトラックのコンテナへと、ワカバは入り込む。鍵がかかっていたが、ワカバはその鍵を持っているので問題はない。どころか、このエアトラックの持ち主はワカバだった。
中は、暗く、そして静謐な空間である。
ぽつり、ぽつりと明かりが灯っていて、足元は見えるものの、全体はぼんやりとした明かりによってある程度照らされているだけ。
そしてそこには、数人の少女が座り込んでいた。
ワカバが入ってくるのを見ると、彼女たちは軽く頭を下げ、それから自身のしている行為へと戻る。彼女たちがしていることは、端的に言うと礼拝だった。
手を組んで、祈りを捧げている。没頭していると言ってもいい、彼女たちはこの場に置いて、敬虔な信徒であった。
ワカバもその場に座り込むと、少女たちと同じように祈りを捧げる。その姿はこの場にいるものの中で最も堂々と、そして美しい姿をしている。
少女たちの中には、そんなワカバの姿に敬意を抱いている者もいるようだ。
やがてワカバは顔をあげると立ち上がり、祈りを捧げる少女たちに呼びかけた。
「皆様、今日も素晴らしい祈りでした。皆様が今日も生き残り、明日を迎えられることもその信仰の賜でしょう」
――見れば、少女たちは涙を流していた。
ワカバは、顔を上げた少女たちの見上げる先にある“それ”へ、寄り添うように立っている。その光景は、彼女たちが抱く信仰の原初にあるものと一致するのだ。
「ですから――」
“それ”は写真だった。
「明日の未来をより良くするために、祈りましょう。我らが偉大なる主、ヒムくんへ――」
――そこには、この世界唯一の男性。
ヒムが、映っていた。
ワカバ・アオハルは頑固で、そして何より思い込みの激しい性格である。ヒムの無茶に対して、どれだけ大丈夫だと言っても心配をやめないように。
彼女のそれは美点だ、基本的には。ゲームにおいても、その頑固さと思い込みの激しさで、事態を何度も切り抜けてきた。
そして、それがおかしな行動へつながることもなかった。
だからヒムは可笑しいとも思わなかったのだ。だが、しかしそもそもそれは彼女がまっとうな人生を歩んできた場合の話である。
イェスタ・デイブレイクがいずれまともになるように。
人は経験で変わっていくものだ。そして、それはワカバにも言えるし――ヒムはいまいちその辺りを理解しきれていなかった。
ゲームの世界の住人だから、そういう型にはめて見てしまうというのもあるだろうが、単純にヒムは他人の機微に疎い。
ぶっちゃけ鈍かった。だからワカバの変質に気付かない。別にワカバが本気で隠しているわけでもないのに関わらず。
ワカバが、このエアトラックで宗教めいたことをしているのは、実は裏では結構有名だ。なにせそもそもこの宗教は信徒が多い。
だって、崇める対象はヒムであり――それを崇めるのは、ヒムに助けられたプリンセスやメイドだからだ。
ハッキリ言って、ヒムはこの世界で異質な存在である。
場合によっては排除される可能性も高い、冷静な人間は少なくともヒムを警戒するだろう。特に彼に助けられたこともなく、彼と直接交流をもたない少女は少なからず彼に対して警戒心を抱いている。
だが、彼に救われたものはどうか。彼はこれまで幾度となくプリンセスたちを救っている。それもすべて犠牲者を出さず、自分たちを守ろうとしてくれているのだ。
――そして、ヒムは男性である。この世界において唯一の。それはあまりにもヒムが特別すぎるということでもあり――ヒムが自分たちとは違う存在であると多くのプリンセスへ思わせるには十分すぎるものだ。
自分たちとは違う存在が、献身とも言える態度で自分たちを救ってくれる。それはすなわち――
――ヒムを神聖視するものが出てくる、ということを意味していた。
そして、
そして、その最たる存在が、ワカバ・アオハルである。
ヒムが彼女にしてしまったことをすれば、そうなるのも無理はない。突如として現れ、落ちこぼれのような扱いを受けていた自分に役割をくれた。
それだけでなく、三年後には世界は救われるという予言すら残す彼は、もはや人ではない。救世主――神の遣いか、神そのものにしか思えない。
「ああ、ヒムくん、ヒムくん、ヒムくん」
かくしてワカバは、再び祈りを捧げる。誰に聞こえるでもない、か細い声を漏らしながら。
「ヒムくんは私の神様です、ヒムくんこそが私達を救ってくれるのです。ヒムくんのお役に立つことが、私の幸せなのです」
――ワカバは、善良で普通のいい子。
そういう色眼鏡を見ているからこそ、ヒムは絶対に気が付かない。そして、ワカバも気が付かれるような行動をしない。
別に彼女は、ヒムを神にしたいわけでも、神としてもてはやしたいわけでもない。
だってすでに彼女にとってヒムは神なのだから。
「だから――」
結果として、一つのMONSTERがそこに誕生した。
「もっと多くの人がヒムくんで救われるよう、私、頑張るからね?」
ヒム教教祖、ワカバ・アオハルは。
――今日も、世界をヒムという存在に染め上げるべく、決意を固くするのだった。
危険度はワカバ>(絶対的な壁)>アカネ>イェスタです
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