敬愛するお兄さまに恋人がいないと知った黒い刺客はやばい (オティレニヌス)
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ライスシャワー!まくって上がってくる!

オリ主ものの小説の難しさから逃げるために初投稿です


ここは日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園。今日も今日とてウマ娘たちが勉学、トレーニングに明け暮れている。

 

そんな学園の中に、見るからに上機嫌な顔で歩く黒鹿毛のウマ娘がいた。それはもう頭上に音符が浮かび上がって来そうなレベルの上機嫌っぷりである。

 

「♪~」

 

表情に出すだけでは収まりきらない正の感情を鼻歌に乗せ、彼女はスキップ一歩手前の速度で進む。

 

彼女の名前はライスシャワー。高等部にしては低い背丈と片目が隠れる程長い漆黒の髪が特徴的なウマ娘である。

最も格式の高いレースであるG1の冠をいくつも取り、URAファイナルズ長距離部門においては見事頂点に輝きうまぴょいをした、トレセン学園でも上澄みに位置するスターウマ娘の一人である。

そんなエリートウマ娘であるとは思えない、威厳の欠片もないにへらとした顔で彼女はとある場所に向かっていた。

 

その道中にて、声をかけられる。

 

「ライスさん、こんにちは」

 

「あっ、ブルボンさん!こんにちは~」

 

ライスシャワーがニコニコ笑顔をそのままに返事をしたのはミホノブルボン。彼女もまた上澄の一人だ。ライスシャワーと同じ世代を走った良きライバルであり友人。

 

「……ステータス『ご機嫌』を検知。ライスさん、何か良いことでもありましたか」

 

練習に妥協をせず淡々とこなすその姿からサイボーグと称された彼女は、喋り方でさえもサイボーグのようである。

 

「え?あったっていうかこれからあるっていうか……えへへ、実はこれからミーティングなんだ」

 

何故自分の機嫌がいいことがわかったのか本気で不思議に思ったライスシャワーだが、鏡を見るべきであろう。

 

「なるほど。……では、ライスさんはこれからのミーティングが楽しみである、ということですか」

 

「ふえ?えと、そうだけどそうじゃなくて、お───」

 

と、そこまで口にして初めて冷静になったライスシャワー。あれ?自分は今、もしかしてすごく恥ずかしいことを言おうとしているのではないか、と。

そう認識した瞬間、ライスシャワーの顔から長い耳まで真っ赤にそまる。

 

「っっっ!!!あ、あのあの違うの!!そ、いや、違くないけど……!!」

 

「……?」

 

ミホノブルボンは困惑した。何が違って何が違わないのかよくわからなくなった。

 

「えと、あ、そう!ミーティング楽しみだなって思って!」

 

自分でもびっくりするくらいの早口と大きめの声が出たライスシャワー。相手がミホノブルボンでなければもっと怪しまれ追及されること請け合いであっただろう。

 

なんとか誤魔化せたライスシャワーは、途中までミホノブルボンと雑談しながら向かうことにした。

幾分か冷静になった彼女は、少しだけ表情が普段通りに戻ったのであった。

 

「では、ライスさん。また」

 

「うん、またねブルボンさん」

 

ミホノブルボンと別れ、ライスシャワーは目的地に辿りついた。ここはライスシャワーの担当トレーナーに与えられたミーティングルーム。

普段はここでレースに関する会議などをしている。

 

またもやにやけてしまいそうな顔をなるべく抑え、でも抑えられなくて、ちょっと口角が上がった状態で扉を開く。

 

「お、お疲れさまです……」

 

そっと開けると、机の書類とにらめっこしている男がいた。

 

「お、ライス!お疲れさま!」

 

顔を上げて穏やかな表情でこちらに挨拶を返してくれる男。

 

「お兄さま!」

 

にやけ顔が一気に満開の笑顔に花開いたライスシャワー。今日一番の幸せそうな笑顔である。

 

「じゃあ早速ミーティングを始めようか。たしか次のレースは───」

 

彼こそライスシャワーのトレーナーであり、ライスシャワーが「お兄さま」と慕う人物であった。

 

そう、ステータス『ご機嫌』の原因は彼である。

 

 

「そう、だから第三コーナーではちょっと溜めた方が……」

 

「うん、でもそれだとこの子が……」

 

この二人のミーティングは、基本的に相互にアイデア出し合って進めていく形式だ。

内容はレースのことなど事務的なことだが、こうやってお話しする時間がライスシャワーはたまらなく大好きだった。

 

トレーナーである彼とは、自主トレーニング中に出会った。そのときは自分の不幸に巻き込んでしまっただけの人だったが、選抜レースに出られずに落ち込んでいたところをスカウトしてもらったことで契約を結んだ。

その次の選抜レースに出られなかったときも励ましてもらって、そこから彼のことを絵本の登場人物と重ね合わせて「お兄さま」と呼ぶようになった。

それからもずっと、彼はライスシャワーのことを支えてくれた。皐月賞、日本ダービーを取ることはできなかったが、菊花賞で一着に輝くというとても名誉なことを成し遂げられた。

そのとき「三冠」に王手をかけていたミホノブルボンの、その「三冠」を阻止してしまったことによってブーイングを受けてしまい、一時はもう走ることを諦めかけた。

それでも彼は献身的にライスシャワーを支えてくれた。

 

ライスシャワーはヒールではないと。彼にとって最高のヒーローだと。ライスも咲けるんだよと、ずっと励まし、レースのサポートをしてくれた。

そうして最後にはURAファイナルズでも優勝を果たし、彼女はたくさんの祝福を受けることができたのだ。

 

三年間、ずっとずっと一緒に走り続けて、ライスシャワーは彼のことが好きになっていた。

 

そう、「好き」である。

 

最初は、ただひたすらに尊敬していた。優しくしてくれる姿が「お兄さま」みたいで、私もあんな風に誰かを照らせる人になれたらいいなとずっと思っていた。

そういう意味で好き、なハズだった。

 

でも。そうやって自分に夢を見せてくれて、叶えてくれる姿。何度も折れそうだった心を、何度も支えてくれる姿。

それらを見ている内に、いつのまにか憧れとはまた別の感情が芽生えていることに気付いたのだ。

 

私はこの人に恋をしている、と。

 

初めて自分でわかったときは、どうしたらいいかわからなかった。ライスシャワーは、恋なんてしたことがなかったのだ。

 

そうして悩み、最終的に選んだ道は───この気持ちは仕舞っておく、という結論だった。

 

理由としてはまず、いわゆる世間体的な理由だ。

ウマ娘はアイドル業のようなものであり、そういったことを好まない人ももちろんいる。それと、「ウマ娘とトレーナー」は「生徒と教師」のような関係である。それ以上の関係になるのはよろしいこととは言い難い。

しかし実際のところ、引退したウマ娘がそのトレーナーと結婚することなどはざらにあること。

だからそこはあまり問題ではない。

 

そして次が最大の理由だが───おそらく、彼には既に意中の人がいる。

推測でしかないし、実際に彼の話を聞いた訳ではないが、彼はよくヒトミミの女の人と一緒にいることが多い。

それは同期のトレーナーさんであったり、事務員の人であったり、はたまた理事長の代理であったり。

もしかしたら、ライスシャワーの知らないところで、トレセン学園の外で好きな人とお付き合いしているかもしれない。

こんな素敵な人を放っておく訳がないと、ライスシャワーは半ば確信していた。

だからもし、彼にライスシャワーより大事な人がいて、それで自分がアタックをかけてしまったら?

それは、彼を苦しめることになってしまうのではないだろうか。彼は優しい人だから。

 

そういった理由から、ライスシャワーは諦めるという結論に至ったのだ。彼を「優しい人」だと言うが、ライスシャワーも大概優しすぎるきらいがある。

 

それでも、彼のことが好きなのは本当だから、一緒の時間を共有するくらいは許されるだろうと、なるべく二人の時間を楽しむようにしているのである。

つまり、上機嫌の理由は「彼と二人で話せるから」である。かわいい。

 

「───ふう。ライス、一旦休憩しようか。お茶淹れるよ」

 

「え、そんな、ライスが淹れるよ?」

 

「いやいや、普段はライスがいっぱい動いてるんだから、こういうときくらいは、な?」

 

「そ、そっか……ありがとね、お兄さま」

 

彼は満足そうに頷くと、ティーポットの方に向かう。

こういう細かい気配りができるところもだなあ、とライスシャワーが少し頬を赤らめていると。

 

「おーい、いるかー?例の書類届けに来たんだけどー」

 

トレーナーがお茶を置いたと同時。コンコン、とノックの音とともに声がした。誰だろう、と首を傾げるライスシャワー。

 

「ああ、同僚だな。待っててくれライス、ちょっと行ってくる」

 

彼は新人トレーナーながら初担当ウマ娘にURAファイナルズを優勝させ、有能な人材として知られている。

それが原因で、彼に育成のアドバイスを求める声が同期や後輩のトレーナーの間でチラホラあるのだ。この書類というのはそれ関連の話である。

 

「おーすまん待たせた、この子だな───」

 

と、ドアを閉めて外で会話するトレーナー。ライスシャワーはやることもないので、お茶を飲みながらなんとなく耳を澄ませてその会話を聞いてみることにしてみた。

 

「───なるほどな!いやーありがてえわほんと、マジで助かる」

 

「はは、まあ困ったらまたいつでも相談してくれよ」

 

しばらく育成に関する話が続き、一区切りついたようだ。

 

「いやー羨ましいわー、こんなデキるんだしさぞかしモテモテなんでしょうなあ」

 

「からかうなって……つかねえよそんな浮ついた話」

 

いつもと少し違うワイルドな口調のトレーナーにギャップを感じていると、ライスシャワー的にも少し興味のある話題に移ったようだ。

 

「えー?でもお前、桐生院さんとか理事長秘書さんとか理事長代理さんとかと仲いいじゃん?ないの?なんか」

 

うんうんと首を縦に振りながら聞き耳を一層立てるライスシャワー。自分は今ちょっと良くないことをしているような気がして、少しの罪悪感を感じ始めていたが。

 

「ないってそんな……」

 

「えー?好きな人くらい流石にいるだろ?」

 

一気に核心に触れてくれたことに感謝するライスシャワー。先述の通り彼女はほとんど諦めているとはいえ、真偽は確かめておきたい。好きな人にこういうことを直接聞くのは、とても勇気のいることだ。

もし、万が一にここで彼にそういった話が一切ないと判断できれば、ライスシャワーにとってチャンス。

 

「いないが?」

 

「いない」、らしい。しかし、こういう話は簡単に口を割るものでもない。同僚さん、もうちょっと頑張ってくださいと心でエールを送るライスシャワー。

 

「照れんなって、美人さんばっかだろ?お前も男なんだからさ」

 

「んな訳ねえだろ……大体な」

 

と、一拍置かれる。そして、

 

「今は担当ウマ娘が一番大事な時期なんだから、誰かとそういう関係になるような暇はないんだよ」

 

お兄さま……!目をキラキラさせるライスシャワー。しかしそこで、待てよ……?と思考の海に沈む。

 

彼は今たしかに「担当ウマ娘のために女性とは関係を持たない」と言った。それは即ち、他の女性よりも担当ウマ娘の方が大事、ということである。

つまり、それって。

 

もしかして。これ、お兄さま、ライスのこと好きなのでは……!?と。

 

ライスシャワーは会話の時間による幸福感と、盗み聞きをしている背徳感で判断力を欠いていた。かかり気味である。

 

「真面目ちゃんだなあ。まあお前に限って担当ウマ娘にそういうこと考えてる訳ねえし……悪かったよ、からかって」

 

「いいよ別に、言われ慣れてる」

 

「それはそれで腹立つ言い方だが……まあ、助かったよ、ありがとな」

 

その後の会話は耳に入らず、興奮気味のライスシャワーは───燃えていた。

心を燃やしていた。

 

仮にこの「お兄さまライスのこと好き説」が間違っていたとして。それでも問題はないとライスシャワーはほくそえんでいた。

それくらいなら───自分のことを好きにさせればいいだけ。現在彼から、少なくともヒト娘に矢印が向いていないことは分かった。あそこまで詰められて誤魔化す意味はない様に思う。

誰も不幸にならず(ファンの人にはちょっとだけ申し訳ないかもしれないけど)、自分が幸せになれるのなら。少しくらい欲張ってもいいのではないか?

 

そのときのライスシャワーを見た者がもしいたなら、思わずこう呟いていただろう。

 

「鬼だ」、と。あまりの気迫に黒いオーラのようなものや、目が青い炎を纏っているように幻視してしまい、恐怖に震えただろう。

 

肉体───いや、魂は精神を超越する。

 

極限まで削ぎ落された恋心に、鬼が宿った。

 

 

「ライス、おまた、せ……?」

 

戻ってきたトレーナーは、ミーティングルームの空気が変わっていることに気付く。その源はライスシャワーである。

 

「どうした?走りたいのか?」

 

さながらあのときの天皇賞───メジロマックイーンを打ち破った春の天皇賞かのような圧迫感と集中力に、トレーナーは動揺した。

 

「あ、お兄さま、お帰りなさい」

 

と、圧迫感はそのままに今日来たときのような笑顔で迎えてくれるライスシャワー。

座っているにも関わらずライスシャワーが大きく見えるレベルで怖いのである。俺は今からどうなるんだと内心ビクビクしながら対面に座るトレーナー。

 

すると。

 

ちょこん、とライスシャワーが隣に座ってきた。

 

「じゃ、じゃあお兄さま、続きしよ?」

 

先ほどまでのオーラはなりを潜め、いつものにこやかライスに戻った。少し頬を赤らめているのが普段との違いか。

 

「うん、そうだな、じゃあこの資料から───」

 

と、仏のような笑顔で何事もなかったかのように、トレーナーはミーティングに戻った。

 

 

「じゃあライス、お疲れさま。明日はトレーニングだからね」

 

「う、うん!またね、お兄さま!」

 

手始めに積極的なスキンシップをとってみたライスシャワー。お兄さまはいつもと変わらない反応だったが、これから頑張ってみようと意気込んで退室した。

 

「ふぅー」

 

と一息つくのはミーティングルームに残ったトレーナー。

 

「はぁぁぁ……」

 

一息ついた後に更にため息を吐くトレーナー。幸せが逃げちゃうよ、なんてライスシャワーに怒られそうだが、彼にとって今はそれどころではなかった。

まるで地獄でも見てきたのかと言わんばかりの疲れっぷりで、手で顔を覆うトレーナー。

そして───

 

 

 

 

 

 

クッッッッッソかわいかったあ……

 

そう、「お兄さまライスのこと好き説」、正解である。両想いであった。

 

これは、自分の担当ウマ娘が好きになってしまったが立場上我慢し続けているトレーナーと、敬愛するお兄さまに恋人がいないことを知って黒い刺客と化したライスシャワーの、熱く激しい攻防戦である───!




ライスシャワーはかわいいのでみんなもすこれよ


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「ライスさん、外でもべったりしてるしなあ」

チャンミから逃げるために初投稿です。

評価、感想、誤字報告ありがとうございます。
別小説の方でも大変助かっております。

あと、人選は私の趣味です。


もう おきることのない ねむりについてしまった しらゆきひめ。

 

「もう あのこのえがおは みられないんだ」

 

こびとたちは たくさんなきました。

 

せめて やすらかにねむらせてあげよう と、うつくしいひつぎに いれられるしらゆきひめ。

 

するとそこに おうじさまが やってきました。

 

「ああ ひめ どうしてこんなことに ぼくは きみを あいしているよ」

 

そういって おうじさまは かおをちかづけて ───

 

 

 

「───」

 

ぽーっとしながら絵本を見つめるライスシャワー。ボーっと、ではなくぽーっとである。少々頬が朱色ということだ。

 

「ライスさん?何を読んでるんですか?」

 

声をかけるのは同室のウマ娘、ゼンノロブロイ。英雄に憧れる読書好きのウマ娘だ。図書委員もやっている。

絵本を描いたり読んだりすることが趣味のライスシャワーとは気が合うウマ娘。

そして、何やら上の空になってしまっているライスシャワーの様子が気になって、何の本を読んでいるのか聞いてしまうのは自然なことである。

 

「ふえっ!?え、えと……白雪姫……」

 

読みながら色々考えてしまっていたライスシャワーだが、すぐに気を取り直して絵本の表紙を見せる。

 

『白雪姫』。白雪姫の美しさに嫉妬した王妃が白雪姫を殺してしまうが、最終的には白雪姫と王子の愛の力でなんとかなる───というのが現在一般的に知られている白雪姫である。

ライスシャワーが読んでいたのもそれだ。

それを見たゼンノロブロイは、色々と察する。

絵本に精通しているライスシャワーが、今更白雪姫のあのシーン……そう、王子と白雪姫の愛のキスシーン程度で頬を染めるはずがない。

つまり、そこから連想して、何らかの想像───例えば、それを自分に当てはめてみたり、だとか。

 

「……ふふ、ライスさん」

 

「ち、違うの!あの、これは……その……あぅ」

 

ライスシャワーは隠しているつもりだが、彼女が担当トレーナーに抱いている感情の件を、同室のゼンノロブロイは知っている。

普段からふとライスシャワーの方を見てみると携帯の写真で彼の顔を眺めていたり、寝言で何か言っていたりする。

ゼンノロブロイはそんなライスシャワーのことを心の底から応援していた。

 

「ロ、ロブロイさん!もう寝よ?ね?」

 

「そうですね、そろそろ消灯時間ですから……」

 

と、そうやって床につきながらも悶々としているライスシャワーはとてもかわいらしいなと思うゼンノロブロイであった。

 


 

突然だが、ライスシャワーの担当トレーナーは担当ウマ娘に恋をしている。

自分のことを何かと慕ってくれて、何かと距離が近い美少女ウマ娘にオとされてしまったのだ。

 

中央に限らないことだが、元来トレーナーはそういった誘惑にも負けない人材のみを採用している。

厳しい試験を乗り越えて、思春期の純粋無垢な少女たちの将来を預かることができる人間のみがトレーナーの資格を与えられるのだ。

つまるところ、そんな簡単に教え子に対して恋に落ちたりしないのがトレーナーなのである。

なのに何故トレーナーがライスシャワーを好きになってしまったのか。それは簡単である。

 

ライスシャワーの魅力の前に、その程度の意志などは無力であったというだけだ。

 

とは言うものの、実際そういうトレーナーは少なくない。

そもそもウマ娘とは見目麗しく産まれてくることが決まっている存在である。

そんなウマ娘たちと極めて近い距離感で数年間過ごすとなると、精神の鎧のみでは理性を護りきることができない者がいたりするのだ。

だから仕方ないのだ、と彼は自分に言い訳をしている。要は意志が弱かっただけであるが。

 

さて、何故こんな話をしているかというと、今現在の彼の状況を把握してもらいやすくする為である。

彼がライスシャワーに対して恋愛感情を抱いている、それも理性が壊れる形での開花であるので、それはそれは重い想いを抱いているということを理解していただければ良い。

更に言えば、普段から「素敵なお兄さま」と誇ってもらえる人物であれるよう、脈を見せずにひた隠しにし今まで感情を抑制して過ごしてきた、ということも認識してもらいたい。

 

それを踏まえて現状である。

 

「ふぅーっ、ふぅーっ」

 

「……」

 

───明らかに掛かり気味なライスシャワーが目と鼻の先にいるのだ。

 

30分程前、今日のミーティングまで時間を潰そうと、ミーティングルームのソファーに仰向けになって仮眠をとっていた。

そして5分前くらいに目が覚めて、そのときには既にこの状態のライスシャワーがいた。そのまま膠着状態になり現在に至る。

目覚めた瞬間危機を察知し、そのまま寝たふりを継続している。一度も瞼を開いていないので表情までは見えないが、息がかかる程の距離にいるのでまず間違いなく近い。とても。

 

だが、この状況でも彼は冷静にいられた。ライスシャワーのことが大好きな彼が、こんなにも近くにその顔があるのに、である。

その理由は、彼が脳内で行っている───

 

(観自在菩薩般若波羅蜜多時……)

 

般若心経である。

 

中央トレセン学園トレーナーの間では、こんな噂が流れている。

 

『自らの鋼の意志を奮い立たせるとき、お経を唱えるトレーナーがいる』と。

 

彼が最初にその噂を聞いたとき、全くもって意味が分からなかった。そもそも鋼の意志とはなんだと、真に受けていなかった。

しかし、彼は気付けばこの手法をとるようになっていた。

 

初めてはライスシャワーと買い物に出かけたとき。

 

唐突に手が繋がれて、脳内が真っ白になる───直前に、彼は扉を開いた。

 

それから邪心が生まれる度に何度も何度も仏となった。

 

そうしているうちに、お経を唱えながらもクリアな頭で思考をすることができるまでになったのだ。

トレーナーってなんだよ。

 

さて、ライスシャワーは現在もずっと彼の寝顔に顔を向けたまま息を荒くしている。

圧が凄まじい。見ずともわかるこの気迫は、またしても鬼が宿っているのだろうなということを容易に想像させる。

 

そんなライスシャワー。一体何を考えているのかと言うと───

 

(お兄さまの寝顔お兄さまの髪の毛お兄さまのおでこお兄さまのまつげお兄さまのお鼻お兄さまの───)

 

想い人の寝顔を存分に堪能していた。幸せ者である。

 

『白雪姫』を読んだ昨夜が思い出される。白雪姫も丁度こんな風に綺麗なお顔で寝ていたな、と思い。

 

(お兄さまの───おく、ち)

 

ゴクリと生唾を飲む音。トレーナーはビックリしたが表には出さない。

 

───したら、起きるのかな。

 

正常な判断ができない彼女は、そのまま顔を近付ける。

 

息が更にかかる。

 

お経が加速する。

 

彼の肩に優しく触れる。

 

お経が加速する。

 

そしてそのまま、唇が───

 

 

コツ、コツ、コツ。

 

 

外から聞こえてきた足音と話し声で、ライスシャワーは正気に戻った。

 

そしてこれは、偶然などではない。トレーナーが既に行動を起こしていたのだ。

ライスシャワーは気付かなかったが、彼は片腕をソファーから下げ、()()()()()()()()()()にSOSを送っていたのである。

 

「ええー、でも仲いいじゃないですか~」

 

「仲が悪かったら私はここまで来れてないでしょ」

 

「ん、まあ、そう……ですね?」

 

「はあ……」

 

声が近付くにつれ、ライスシャワーはその足音の正体に気付く。彼女は、お兄さまのもう一人の担当ウマ娘。

つまり、ここに入ってくる可能性が───!?

 

と、一瞬で思考を回したライスシャワーは、音を立てず、しかし素早く会議用テーブルに着席し、携帯を眺める。

常習犯を疑うレベルで手慣れた動きだが、初犯である。

 

そしてドアが開く。

 

「トレーナーさん、いる?ちょっと用事があるんだけど」

 

そこに現れたのは鹿毛で無表情なウマ娘、アドマイヤベガ。彼女こそが彼のもう一人の担当ウマ娘であり、現状の彼にとっての救世主だ。

 

「あ、アヤベさん!えと、お兄さま、寝てる……よ?」

 

「……そうですか、ライスさん。起こしますね」

 

言いながら狸寝入りしているトレーナーの前に立つ。

 

「ほら、起きて。大人の手がいることだから」

 

そしてトレーナー、極限まで加速させていた般若心経をここで止める。

今の彼視点、目の前に立ち呆れた表情で自分を見るアドマイヤベガこそが本物の仏に見えた。

 

「ん、ああ……すまん、仮眠がちょっと長引いちゃったみたいだ」

 

眼を擦り、今起きましたよアピールを徹底するトレーナー。これで、あの事態を知る者はライスシャワー一人だと安心できることだろう。

 

「あ、ライスも来てたんだな。ごめんな、寝ちゃってて」

 

「う、ううん!全然!ライスこそ起こしてあげられなくてごめんね?とっても気持ちよさそうに寝てたから……」

 

何事もなかったかのように会話する二人を、アドマイヤベガは今にもため息が漏れ出そうな表情で見ていた。

 

「楽しいお喋り中申し訳ないけど早めに来て、トレーナーさん。急ぎだから」

 

ちなみにライスシャワーに一人の時間を作らせてあげるため、少しだけここを離れることにしている。

アドマイヤベガはその口実としても都合が良かった。

つまり、「急ぎ」とは「こんなことに付き合わせないでさっさと終わらせて」の意味である。

 

「あ、ああすまん。じゃあライス、後でな」

 

「……うん、お兄さま」

 

これにて一件落着。お兄さまは難を逃れることができ───

 

 

トレーナーの足が止まる。止めたくて止まった訳ではなく、後ろから服の裾をつかまれたから止まったのだ。

 

振り返ると、ライスシャワーがそこにいた。

 

───早く、帰ってきてね?

 

親指と人差し指で服をつまみながら、上目遣いでお願いしてくる美少女がそこにはいた。

 

その瞬間、彼の脳内でこれまでで一番の速度の般若心経が回転する。

 

平静を保ったまま、彼はアドマイヤベガとともに部屋を出た。

 

 

「───」

 

扉の前で黙りこくるトレーナー。その様子を冷めた目で見るアドマイヤベガ。そして、知らなかったけど中の会話を聞いてある程度察した付き添いの妹系ウマ娘、カレンチャンが面白そうに見つめる。

 

「はあああああ……」

 

緊張の糸が解け、力を抜くトレーナー。そして───

 

 

 

 

 

 

それは反則だろうがよ……

 

危うくマジで仏になるところだったトレーナーであった。




ロブロイさんは資料が少なすぎてこれ以上はあんまり出す予定がないです。(そもそもこの後の予定もない)

それと、人選は趣味ですと申し上げましたが、割とアヤベさんが丸いんです。

というのも、私がここに置きたいウマ娘として「恋愛関係に発展しなくても違和感がない」子が欲しかったんです。そこで浮かび上がってくる候補の中から、私が書くことのできる育成経験がある子を選んだときにアヤベさんになりました。

ということでよろしくお願いします。


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あいあいジュースと壁ダァン

タウラス杯プラチナ頂きました。ありがとうチアネイチャ。



喧噪。それぞれがそれぞれの世間話をして、まるで一つの楽曲のように鳴り響く。

 

音色の一つ一つに人生があって、思いがあって。それは注文した食べ物が美味しかったことかもしれないし、勉強の話かもしれない。

面白かった映画の感想かもしれないし、職場の愚痴かもしれない。

 

はたまた───

 

「ね、お兄さま。ライス、これ飲んでみたい」

 

「お、どれどれ───カップル、限定?」

 

───将来と恋心を懸けた攻防戦かもしれない。

 

 

(さて、どうするか)

 

ここは喫茶店である。トレーニングの息抜きに来たライスシャワーとトレーナーは、現在メニューを選んでいるところだ。

 

そこでライスシャワーが指したのが、カップル限定!とデカデカと書かれたジュースだった。見た目もまさにカップルのもの。

具体的にはストローが二本刺さってるやつである。

 

(色々難しい盤面、と言わざるを得ないな)

 

ここでトレーナーが取れる選択肢はいくつかある。

 

まず、素直に一緒に注文するというもの。

これはあんまり良くない。ライスシャワーはあくまでも生徒。二人きりでお出かけしているだけでも絵面がちょっとアレなのに、カップルジュースなんてした日にはトレセンの者に連行される恐れがある。

あとトレーナーの身が持たない。色々と。

 

次に注文しないルート。

正直こうしたい。各々で適当に頼んでゆっくり過ごしたい。だが───

 

(ライスのもの欲しそうな目……!そんなに飲みたいんだな)

 

ライスシャワーは飲食が好きだということをトレーナーは知っていた。ライスは普段頑張ってるし、食べたいもの飲みたいものを摂取させてあげたい。

だからできれば注文してあげたいが……

 

ちなみに、もちろんだがライスシャワーの脳内を占めるのは食欲などではない。

 

(お、お兄さまとこれを一緒に……お、お顔が近くなったりして……!)

 

見た目は真っ黒頭脳はピンクその名もライスシャワーである。今日も今日とてお兄さまへとアタックだ。

 

さて、常にディフェンス側であることに定評のあるお兄さまはここで周囲を見渡してみる。すると、

 

「美味しいですわ……来てよかった」

 

「ふふ、そうですね」

 

そう、ウマ娘同士───つまり女の子同士で例のカップルジュースを飲んでいるのだ。それはつまり……

 

「なあライス、それはまた友達と来た時にしないか?ほら、わざわざ俺と飲まなくてもさ」

 

ということである。これが今トレーナーである彼が取れる最善手であることは客観的に見て間違いない。

こうすることで今回はライスシャワーに我慢してもらう形になるがまたいつか飲めるというもの。体裁は守られ、防衛成功である。

 

ただまあ、それはライスシャワーが本当に飲みたいだけであった場合の話である。

 

それを聞いたライスシャワーは、笑顔が少し曇った。

 

「……うん、そっか。ごめんねお兄さま、ライスとなんて嫌だよね」

 

困ったように微笑む担当ウマ娘の顔を見た瞬間、トレーナーの思考は停止した。

 

パアアアアアアアアン!!!

 

お兄さまが愛バを曇らせたクソ野郎(トレーナー)の頬を全力で張り手したときの音である。ライスシャワーのみならず周りの客もビックリ。

 

「いやいや全然嫌なんてそんなことありえないようんうん俺も丁度飲みたかったしもしライスが嫌だったらなと思っただけだから全然全然飲もうな飲もう」

 

「ほんと……!?えへへ、やった……!」

 

こうして二人は仲睦まじくカップルジュースを飲むことになった。

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

「ありがとうございます」

 

問題のジュースのご到着だ。うん、カップル。それはもう清々しい程までに愛し合う二人がイチャイチャと飲料を吸い合うカップルジュースである。グラスは一つなのにストローが二本もそびえたっていらっしゃる。

ストローの交差点では愛のドライブ───通称ハートマークが展開されているタイプのアレである。

 

さて、勢いに任せて頼んでしまったトレーナーだがここにきて少し冷静になってしまった。待機時間が意外と長かったのである。

 

(いや、これやっぱダメだよな……頼んじゃったもんはしょうがないとはいえ)

 

対面には目をキラキラさせてジュースを見つめるライスシャワー。その表情の眩しいこと。

 

「うん、美味しそうじゃないか。ライスが先に飲んでみていいよ」

 

ご丁寧にラブを象徴しているダブルストローだが、別に二人で飲まなくちゃいけない決まりなんてない。そもそもライスはこれが飲みたいだけ(トレーナー談)なんだから、俺が飲むとしても交代制にすればいいのでは?とトレーナーは考えた。

 

そうするとライスシャワーはまたも残念そうに俯く。そんなにあいあいジュースやってみたいのか……?と見当違いに折れかけたトレーナーだが、こればっかりはダメと譲らない。

 

「ん……わかった、ありがとお兄さま」

 

そうしてライスシャワーはツインラブラブストローの片方を持って限定ジュースを飲み始める。

 

(美味しそうに飲むなあ)

 

ライスシャワーは大食いに分類されるウマ娘である。前述の通り食べたり飲んだりすることが大好きなので、それをしているときのライスシャワーは極めて幸せそうなのである。

この様子を人に見せるだけでライスシャワーの夢である「みんなに幸せを届けるウマ娘」になれそうなものだ。

 

「ん~~~っ、お兄さま、これとっても美味しいよ!」

 

「はは、良かった。限定ってだけはあるみたいだな」

 

「ふふふ、うん!ね、お兄さまも飲んでみて!」

 

といってずずずとグラスを動かすライスシャワー。

 

「おお、じゃあ遠慮なく」

 

そうしてライスシャワーが使わなかった方のストローに口を付けて───

 

 

ちゅ、ともう一つのストローが動く。

 

ライスシャワーが身を乗り出し、片割れに口を付けた。

 

つまり現状───ストローが紡ぐハートを挟んで、二人が同時にジュースを飲んでいるのだ。

 

「ね、お兄さま。こうしたら、ないしょのお話ししてるように見えるから大丈夫、だよね?」

 

「───……」

 

ライスシャワーは、二人の顔と顔の間を横から見えないように手で塞いでいた。使っているのは片手のみなので、店の外から普通に見えてるとか、見えないことによって更によくない構図にすらなってるとか。

そういう細かいことを考える余裕もない。

 

もはやトレーナーには、ジュースの味すらわからなくなっていた。

 

 

 


 

 

 

「そっからも拷問だったよ……飲んでる最中目が合う度に笑いかけてくれるもんだからさ、衝撃でジュースを吹き出さないように必死だったよ」

 

「そう……」

 

相槌を打つアドマイヤベガは一切男に視線を寄越さない。家具のカタログを見つめたままだ。

 

ここはいつも通りのミーティングルーム。中にいるのはトレーナーとアドマイヤベガの二人だけ。

 

トレーナーも人間だ。一人でこの気持ちを抱えて抑えながら生きていくのは至難の業。ある日一人でブツブツ言っていたところをアドマイヤベガに聞かれ、その日からアドマイヤベガが愚痴───という名のノロ気を聞いてくれるようになったのだ。

 

「いつも悪いなアヤベ、付き合わせちゃって」

 

「別に、私があなたの独り言を勝手に聞いているだけ」

 

「はは……」

 

アドマイヤベガにとってこの男は勝手についてきて───勝手に支えてくる存在。

この行いはどれだけ突き放してもついてきたこの男に対しての、ちょっとした歩み寄りのようなものだ。

 

正直ちょっと気持ち悪くてウザいからこの役回りを引き受けてあげたことを後悔していたりしていなかったりするが。

 

「というかあなた、ずっと真顔で声のトーンも変わらずにその話しするから怖いのだけれど」

 

「あー、思い出すだけで尊みが溢れて精神がおかしくなるから脳内で写経してるんだよな」

 

「……とっくにどうかしてると思うわよ」

 

ドン引きアヤベさん。ライスシャワーや某妹系ウマ娘の担当をする上ではこのくらいではないと務まらないのだ、多分。

 

「いい加減告白でもしたらいいんじゃないの。そうしたらそうやってウジウジと苦しむこともなくなると思うけど」

 

「おまっ、それはお前……想像してみろよ、俺がライスに告白したとこ」

 

 

 

『ライス、俺は君のことが好きだ!付き合ってほしい!』

 

『えっ……お兄さま、ライスのことそういう目で見てたの?』

 

『ライス、お兄さまのこと好きだけどそれは尊敬してるから……ううん、してたからっていうか……』

 

『ごめんね、えっと……トレーナーさん

 

 

 

ゴガアアアアアン!!と机に頭をぶつけるトレーナー。

 

「俺そんなこと言われちゃったら死ぬんだけど……」

 

「自分で想像しておいて……」

 

はあ、とため息を吐くアドマイヤベガ。

 

ちなみに、アドマイヤベガがこの男のことをどう思っているかというと

 

信頼できる人だけど気持ち悪い

 

である。こういう話を何回か聞かされたアドマイヤベガは、それまでに欠片程度はあったこの男への好意的な何かの芽を全てもふもふの彼方へ葬り去った。

別に嫌いではないし丁度良い距離感で接してくれる(この気持ち悪いトーク以外)からトレーナーとしてありがたい存在だが、そういう目でだけは絶対に見れないのである。

 

というかこの鈍感さが腹立つのだ。

 

この男、上記の妄想からわかるようにライスシャワーから向けられる行為を親愛の情だと思っているのである。

家族的な存在に対してあんな顔真っ赤にしながら照れるわけないだろう普通、とアドマイヤベガはイライラしている。

 

このノロ気がさっさと終わって欲しいというのが大きいところだが、同じトレーナーの指導の下にある仲間としてライスシャワーの想いが実って欲しいと思っているアドマイヤベガ。

 

「ねえ、トレーナーさん───」

 

少し手を回してみるというのも良いな、と行動を起こしてみるのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 

「お兄さま、こんにちは!」

 

「お、おう」

 

翌日。いつも通りいつものミーティングルームで集合した二人。今日もライスシャワーはニコニコである。

今日はどうやってお兄さまにアピールしようかな、と考えているのだ。

 

と、ライスシャワーが着席する直前だった。

 

ダアン!とトレーナーがライスの肩越しに壁を叩いた。そして自分の限界にならない範囲で顔を近づける。いわゆる壁ドンである。

 

さて、なぜ唐突にこんな奇行に走ったかと言うと、前日のアドマイヤベガとの会話に戻る。

 

 

 

~~~

 

「良い?トレーナーさん。あなたもずっとそのままで良いとは思っていないでしょ?せめてライスさんから脈があるかどうかくらいの確認はしておくべきだと思うわ」

 

「えー……そんなんなんか……女子っぽくて気持ち悪くない?」

 

「今の自分がどれほど気持ち悪いか理解できていないならこの話はなかったことにするわ」

 

「わーごめんごめん!頼むアヤベ、どうにかして助けてくれ!」

 

「はあ……それで、確認する方法だけど……距離感が大事」

 

「距離感?」

 

「ええ、物理的な意味での。好きな異性と距離が近付いたらドキドキして顔にも出るものだし、そうじゃない人なら何もないハズ」

 

「なるほど……?でも、どうやって?」

 

「え。……、壁ドン、とか」

 

「あー、あの恋愛漫画とかでよく見ると噂の……俺は見たことないけど」

 

「まあなんでもいいのよ。とにかく距離を詰めて反応を見てみなさい、それでまず脈を測りましょう」

 

「うーん……わかった、やってみるよ」

 

~~~

 

 

 

なお、アドマイヤベガの知識の全ては彼女のルームメイト(恋愛つよつよウマ娘)が源である。

あと、こういう会話があったにしても雑過ぎである。青春の全てをウマ娘に関する勉強に捧げた恋愛Gランクは格が違う。

 

「す、すまんライス!虫、虫がいたもんだから!」

 

もちろん嘘である。嘘も雑である。どんなデカい虫がいたらあんな勢いで叩くのだ。というか虫潰したらどけよ。

 

さて、これに対しライスシャワー。先ほどから全くの反応を示さない。それを見たトレーナーは段々頭が冷えてくる。

 

あれ、これもしかして引かれてるのか?嫌われちゃうのか?俺死んじゃうのか?

 

「き」

 

「き?」

 

やっと口を動かしたライスシャワー。そして───

 

きゅう~~~~

 

バタン。ライスシャワーは気絶してしまった!攻めに回られることに慣れていなかったのである。予期しない形でお兄さまの顔が急接近してきたのでビックリしちゃったのだ。

 

「ちょ、ライス!?ライス!?えこれどっちなの!?アリなの!?ナシなの!?助けてアヤベ~~!!」

 

なお、気まずかったのでライスシャワーが目覚めた後は何事もなかったかのように業務に戻ったという。




ブライダルイベント、配布ライス可愛すぎて泣いちゃった……シナリオ読んだあとネタと時間があればここにもそれ関連で何か投稿したいですね。

お気に入り、評価ありがとうございます!皆さんもライスをたくさん愛でましょうね

このシリーズ、投稿したあと絶対「シャワー」って書き足す修正作業始まるんですよね…いつもライスって呼ぶし書いてるから慣れないのです


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夏はお米。和の装は更なり。

アヤベさんの新衣装どこ……?


夏祭り。一般的に七夕やお盆など、夏のイベントのついでに盛り上がってしまおうみたいなノリの催しである。

夏という季節に活発なイメージがあるのは、その気候や気温からなのか、はたまた祭りの存在故か。

 

とか、ボーっとしながら考えていたトレーナー。現在はその祭り会場の入り口で人を待っていた。

この祭りは中央トレセンの夏の合宿先近くで開催されるもので、トレーナーと担当ウマ娘だったりチームだったりが多く見られると評判だったりするのだ。

割と毎年恒例だから浴衣を持ってきたりしてみたかったが、トレーナーにそんな荷物の余裕はなく普通にジャージである。

まあ大人で着ている人もいるにはいるが、ジャージと半々ぐらいだ。大方浴衣が一般客、ジャージがトレーナーであろう。

 

「あっ、お兄さま!」

 

周りを観察していると、待ち人の声が聞こえてきた。もちろんライスシャワーである。今日は二人で回る予定であった。

ちなみにアドマイヤベガも行こうかという話になったが彼女は拒否。

ライスシャワーは(気を遣ってくれたのかなアヤベさん……!)と思っている。

トレーナーは(二人きりにしないでくれよ死ぬだろ……!)と嘆いている。

アドマイヤベガは(いや挟まるのキツいでしょ……)と呆れている。

 

トレーナーとしては何人か友達を呼んでもらうくらいで良かった、というか助かったのだが、今回彼は二人でのいわゆるデートを敢行。

というのも、なんだかんだ二人きりくらいなら慣れてきたのだ。普通に個人的にライスシャワーと一緒にいたいし、たまにはいいだろう、という判断である。

 

「お、お待たせっ!」

 

まあライスシャワーが浴衣着てくるみたいな非日常がない限り大丈

 

「……っ、ど、どうかな」

 

浴衣である。声の方に目を向けてみれば、そこにいたのは綺麗に着付けされた浴衣を着ているライスシャワーであった。

 

「ブッ…」

 

「お、お兄さま!?今呼吸おかしくなかった!?」

 

脳の支配率をかわいい、という感情が十割、綺麗、という感情が十割を占めた。リミットブレイクしている。

 

まず青く彩られた浴衣。彼女が髪に刺しているバラと同じ色。彼女の黒鹿毛との調和が美しく絵画のようで、僅かに上気した頬も相まって今この瞬間にはプライスレスの価値がある、と確信した。

そしてその黒鹿毛だ。三つ編み。三つ編みである。以前彼女が参加していたブライダルイベントのときと同じ髪形。その螺旋に組み込まれて一生を終えたい。いや、その無限にも思える迷路の中でなら終わりは来ないのかもしれない。あそこに住むだけで不死身になれるかもしれない。ノーベル賞は俺んモンだぜぇ~!

着付けしてくれたのは同室で同じ髪形のゼンノロブロイだろうか。たしか彼女も合宿に来ていた筈……グッジョブと言わざるを得ない。

大和撫子、という言葉はこのときのためにあったのかもしれない。いやむしろこのライスシャワーを差し置いて大和撫子と形容された全国の方々はライスシャワーに謝って欲しい。これが真の大和撫子だぞ。

かの文豪である谷崎潤一郎は、女性の足の描写に数ページを割いた。今トレーナーは氏の気持ちがわかりかけていた。俺が当時に産まれていたら文豪になってたかもしれん……と。

 

「ん゛ッん゛ん゛!!ごめんな、ちょっと喉がおかしくなった!今週は休みにしてデスクワーク長くてあんまり喋ってなかったからだな!すまんすまん!」

 

「う、うん……無理しないでね?」

 

喉がおかしいクセにやたらデカい声で喋るミスター矛盾製造機のトレーナー。おかしいのはあんたの頭よとアドマイヤベガなら突っ込んでいただろう。

一瞬で情報の整理を終えたトレーナーは、とりあえず立て直していつものお兄さまフェイスを貼りなおす。

 

「え、えと……それで……その……これ……う、ううん!行こ、お兄さま」

 

「ん?ああ、そうだな……っと、ライス」

 

ポン、と頭に手を乗せるトレーナー。

 

「似合ってるよ。まさか着てくると思ってなくてビックリしちゃったけど。うん、すごく似合ってる」

 

「───っっっ!!!あ、ありっ、ありがとうございましゅっ!!」

 

「お、その噛み方久々だなー」

 

「あうぅ……」

 

と、そんなこんなで二人の夏祭りが始まったのである。

 

 

 

 

「さて、まずは食料の確保だな」

 

「ライス、焼きそば食べたいな……!」

 

「早速目に入ったものをご所望か……ライスって意外と刹那主義なのか?」

 

「ふえ?え、えっと……だって、美味しそうだったから……」

 

「……うん、そうだよな、美味しそうなものは食べたいよな」

 

 

 

「見てお兄さま、型抜きだよ」

 

「夏祭りに来て最初に目に入るのが型抜きか、ライスらしいな」

 

「うーん……あ、ライスこれにするね!」

 

「へー、たこ焼き……」

 

(……まだお腹空いてるのかな)

 

 

 

「射的って意外と難しいんだな……!」

 

「おいおい、娘さんにいいとこ見せてやれよお父さん」

 

「───」

 

「あー……いや、はは、そうですね面目ない」

 

「お兄さま、貸して」

 

「え?いいけどなんヒッ!?」

 

「おっ、お嬢ちゃんやるのかい?当てちまったらお父さんがちょっと悲ヒェッ!?」

 

「スゥー……フゥー……───ッ!」パンッ

 

「おわあ、一等当てやがった……」

 

……じゃないです

 

「え?」

 

ライス、子どもじゃないです……!

 

「あっはい」

 

(最近軽率に鬼宿りすぎじゃないかライスよ)

 

 

 

「ライス、射的上手いんだなー」

 

「た、たまたまだよ~……」チラッ

 

(視線がチラチラ食べ物の屋台の方へ……)

 

「───なあライス、俺またお腹減っちゃったからたこ焼き食べるの付き合ってくれないか?」

 

「ふえっ!?あ、えと、その……う、うん!ありがとうお兄さま」

 

「ははは……恥ずかしがらなくていいのに」

 

 

 

「お兄さま、金魚すくいだよ!」

 

「金魚ってあんまり美味しくないらしいぞ?」

 

「食べないよ!?」

 

「ははは、冗談冗談。いいよ、やろうか」

 

「ほっ……!えい……ってわわ、金魚さん逃げないで……!」

 

「頑張れーライスー」

 

「うー……!やあ!……きゃっ」パシャ

 

「おっと大丈夫かライス───ウッ」

 

「うう、破れちゃった……お兄さまもやってみる?」

 

「あー……いや、それよりライス、これ羽織った方がいいかも」

 

「え……───ッ!」バッ

 

「金魚さんの必死の抵抗だったなー」

 

「……タオルありがとう、お兄さま」

 

「うん、まあ、そこ意外はあんまり濡れてないみたいだからよかったよ。どうする?今日はもう帰るか?」

 

「ううん、このままいこ?もうすぐ花火始まるよね」

 

「ん、わかった。じゃあもう場所取りに行こうか」

 

 

 

(───俺、マジでよく耐えたなあ)

 

先ほどのハプニングを振り返りながら、トレーナーは飲み物両手に歩いていた。既に花火見物の場所は取っており、ライスシャワーをそこに待たせて彼は二人分の飲み物を取りに行っていた。

 

金魚はライスシャワーの何が怖いのか、もはやぽいをつける前から蜘蛛の子を散らすように逃げていった。そのせいか気合の入ってしまったライスシャワーの一撃と、それから必死に逃げる金魚の水しぶきでライスシャワーの浴衣が濡れてしまった。

まあ、濡れた浴衣+美少女……この式の答えはいつの時代も変わらない。水も滴る云々かんぬんである。

 

(耐性ついたってことなのかな)

 

今日の二人での行動───この実質夏祭りデートのような状況で、トレーナーは比較的冷静に立ち回ることができていた。

浴衣ライスシャワーという実装またはファンアート早くしてください案件な事態もあったものの、特に問題なく夏祭りを楽しむことが出来たのだ。

やはり三年も一緒にいれば慣れるというものなのか。今でも彼女の言動に心臓が跳ねまわることもあるが、概ねトレーナーとしての責務は果たせているのではなかろうか。

 

「ライス、買ってきたよ」

 

「お兄さま!ありがとう」

 

飲み物を渡しながらライスシャワーの隣に座る。二人サイズのベンチだ。

 

ライスシャワーはいつも、トレーナーを見つけると嬉しそうに呼んでくれる。「お兄さま」という呼び方は、彼女の好きな絵本の登場人物らしい。自分はその呼び名にふさわしく在れているだろうか、とトレーナーはよく思案する。

彼女曰く、「お兄さま」は素敵な存在。周りから見れば不気味な青い薔薇も綺麗だと微笑んでくれる、そんな優しい人物。自分は本当に彼のようになれているだろうか。

 

彼女の向けてくれる笑顔は、トレーナーである自分を全面的に信頼してくれている証だ。よく懐いてくれていると思う。しかし、そんな自分の内面は未成年の教え子に恋心を抱く危険なロリコン野郎だ。

常日頃から努力はしているけれど、それはライスシャワーを騙しているような気がして、そう考えると胸に異物が入り込むのを覚えた。

 

自分の本当の顔は誰に見せるわけにもいかない───一部の相談相手を除くが。ともあれ、彼は彼女の前だけでなく誰の前でも「お兄さま」であり続けるのだ。

それがこの感情の適切な処理方法であり、ライスシャワーが幸せになれる方法だと知っている。こんなくだらない人間の想いひとつで、将来を約束された栄えあるスター……いや、そうでなくても、一人の女の子の人生を狂わせるなんてこと、あってはならないのだ。

 

───以上のことは全てトレーナーがそう思っているというだけに過ぎないのだが。

 

「花火始まるね、お兄さま」

 

「ああ、そうだな」

 

打ちあがる直前だからか、ざわついていた周囲はすっかり静かになる。空を見上げ、主役の登場を今か今かと待っているのだ。

手に持ったお茶の冷たさが伝わってきた。

 

「───ライスね。お兄さまに出会えて本当に良かったって思ってるの」

 

「うん」

 

「あのときお兄さまがいなかったら、ライスきっとここにいなかったと思う」

 

「うん」

 

「───お兄さまがお兄さまで良かったって、ずっとずっと、毎日ずーっと思ってるんだ」

 

「───」

 

「あのね、だから、ライスね」

 

二人の目が合った。僅かに頬が朱色に染まっているライスシャワーを見て、トレーナーも少なからず動揺し───そして勘付く。

今からライスシャワーが何を言おうとしているのか、いくらトレーナーでもわかってしまうのだ。

 

「ライス、実は───!」

 

花火の打ちあがる音。誰かのわあっと言う声が聞こえてくる。

その全ての中に溶け込むように、ライスシャワーはその先を言葉にした───

 

 

 

 

 

たこ焼き、もう一箱だけ食べたいの……っ!!!

 

溶け込むどころか喰らうように食欲を叫んだのだった。

 

「そうだよな、聞かないフリしてたけどさっきもお腹鳴ってたもんな!買ってくるよ!」

 

トレーナーも予想通りの展開だったのでさっさと用意をし始めた。こいつらマジ?

 

いいや、マジなのはトレーナーだけである。ライスシャワーはマジなどではなかった。

 

(ご、誤魔化しちゃった……!告白しようと思ったのに……!)

 

ギリギリでヘタレてしまったのは担当トレーナーがモテてそうステークス二番人気ライスシャワーである。一番人気は読者の皆様のご想像にお任せしたい。

 

さて、そもそも今回の夏祭りデート───アドマイヤベガが断ってデートとなった瞬間に想いを伝えるためのプランは立てていたのだ。

まず何らかのおめかしをすることは確定していた。自分という素材を最大限引き立たせるための努力は怠らなかった。着付けのときもゼンノロブロイに手伝ってもらい、できるだけ魅力的になるように自分を飾り付けた。

まあ、これは結局大人の余裕を見せつけたトレーナー(ライスシャワー視点)によっていなされてしまい、逆に褒められて自分が照れ負けてしまったが。

 

プランを立てたと大層なことを言ったが、具体的に考えていたのは金魚すくいのアレだ。金魚に圧をかけ、なるべく水しぶきを立てさせた。そうして上半身のちょっと危ないところが濡れる様に位置と角度を計算し、実行したのだ。

これはゼンノロブロイのアドバイスで、ちょっと濡れてる異性にはドキっとしてしまうものなのだということを教わった。まあ、これも効果はないようだったが(ライスシャワー視点)。

 

(あうぅ……ライスやっぱりダメな子だ……ここまで来て恥ずかしくなっちゃうなんて……)

 

食べもので誤魔化したことでそれはそれで恥ずかしいことになっていると気付ける程今のライスシャワーに余裕はなかった。

ちなみにお腹が空いているのは本当だったりする。とっさに出てくる辺り健啖家である。

 

「おーいライス!買ってきたぞー!」

 

「はっ!あ、ありがとうお兄さま!」

 

思考の渦から抜け出したライスシャワーは一旦たこ焼きを味わうことにした。大丈夫、ここからでも挽回できると自らを鼓舞する。

 

「熱いから気を付けてな」

 

「う、うんあつっ!?

 

「!?」

 

動揺していたライスシャワー、たこ焼きに刺さった爪楊枝を取る拍子にたこ焼き本体に手が当たってしまったのだ。

 

「だ、大丈夫か……?しょうがない、ほら口開けて、フーってして」

 

「え……ふえっ!?」

 

お兄さまモードのときのトレーナーはこういうことを無意識でやってしまう。そして、攻められたときのライスシャワーが弱いというのは言わずもがな。

 

「ふ、ふ、ふ……っ!きゅう~~~~

 

バタン。外で倒れたら危ないよ。

 

「ちょ、ライス!?なんで!?そんな熱かった!?ライスー!?」

 

なお、すぐに目覚めたので二人は普通にたこ焼きを食べながら普通に花火を見て普通に帰ったという。

 

 

 

「……あの二人が進展する未来が見えないわ」

 

「うーんまあ……良いんじゃないです?カワイイじゃないですか」

 

「私はいつまでアレに付き合えばいいの」

 

「そうは言っても仮にくっついたとして、アヤベさんが巻き込まれなくなると思ってます?」

 

「……トレーナーを間違えたわね」

 

カレンチャンに誘われて来ていたアドマイヤベガは、二人の様子を遠巻きに眺めながらいよいよ真面目に後悔し始めていた。




米(鬼モード)「オラきりきり働け」

金魚「やばい奴おらん?ワイら死ぬんか?」

前話とオチ同じってマジ?

はい、なんやかんやゆっくり更新していますが、あと二個くらい書きたい話はあるのでそういう感じでよろしくお願いいたします。
このサイトのウマ娘作品を読み尽くしている訳ではなかったのですが、ライスのお話もたくさんあるらしいのを最近知りました。ゆっくり読んでみたいですね。

意外に思われるかもしれませんが、私の推しウマ娘って実はライスシャワーなんです。しかしゲームの性能上扱うのがとても難しく、育成が大変すぎて中々親愛度は増えません。スタミナサポカに救いはないのですか?


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恋を、してしまった

あけましておめでとうございます。

お久しぶりです。まさかこんなに投稿が遅くなるとは自分でも思っていなかったのです。年跨いじゃったよオイ。もっと早く投稿する予定だったから作中がまだ秋なんですよね。読書の秋から考えた回なので……。

今後はできるだけ更新ペースをはやめられたら良いな、と希望的観測です。ゆっくりお待ちいただければ。

アドマイヤベガ→ライスシャワーの呼称を「ライス先輩」から「ライスさん」に変更しました。


「──よし、いいタイムだな」

 

カチッという機械的な音は、トレーニングの成果が無事に確かめられたことを知らせる。

走り終えたライスシャワーとアドマイヤベガは、トレーナーに駆け寄った。

 

「うん、ライスもアヤベも目標タイムは切ってる。スタミナ配分は完璧だな」

 

「お兄さまのトレーニングのおかげだねっ」

 

「まあ、まだまだ問題は山積みだけれど……概ね良好ね」

 

ライスシャワーは4年目で、アドマイヤベガは3年目。更に得意とする距離も違うため、タイムに差は出る……が、その辺りを考慮すれば十分なタイムを出していた。

 

「さて、今日のトレーニングはこれで終わりだな。2人とも、お疲れ様」

 

「ええ、お疲れ様」

 

「お兄さま!今日、ね?」

 

「ああ、わかってるよ。先行って待ってるな」

 

「え、あ、えと……」

 

と、モジモジしだすライスシャワー。その会話にアドマイヤベガは首を傾げる。

 

「……?何の話かしら」

 

「ああ、図書室行って本読むんだよ。そういえばアヤベには言ってなかったな」

 

「あ、そうだったね。1か月に1回くらい、2人で一緒に行くんだ」

 

「……そう」

 

こいつらはまたカップルみたいなことをしているな、と呆れるアドマイヤベガ。彼女は後何度この2人に対してため息を我慢すれば良いのだろうか。

それで、とアドマイヤベガは思考する。先ほどのライスシャワーのモジモジは一体なんだったんだ、と──あ、一緒に行きたいだけかと半目になった。

 

「そうだ!アヤベさんも一緒にどうかな?きっと3人だったらもっと楽しいよ!」

 

「いえ、遠慮します。それよりも渡すものがあるから着替え終わるまで待っていて頂戴」

 

「そうなのか?わかった」

 

「……!」

 

2人で行けばいいものを、お構いなしに誘ってくるライスシャワーにまたしてもため息を抑える。そして、トレーナーが先に行ってしまわないための手配もスムーズに済ませる。嘘とかではなくちゃんと渡すものもある。

気配りの鬼、アドマイヤベガである。「私は一人でいい」とかなんとか言ってる割にしっかり同級生に馴染めている女は伊達ではない。ライスシャワーは顔を輝かせた。

 

「じゃ、また後でな」

 

「ええ」

 

「うんっ!」

 

そうして更衣室に向かう2人。道中、アドマイヤベガは考える。

今のように一緒に図書室に行くのを躊躇う程度で、やはりこの2人の仲が進展するとは到底思えない。2人っきりのチャンスを消してまでアドマイヤベガを誘う程呑気な彼女にはつくづく呆れる。

トレーナーの方からの相談はよく受けているが、ここはこっちサイドにも何か言っておくべきか。

 

「ライスさん」

 

「?どうしたの、アヤベさん」

 

ライスシャワーはニッコニコの笑顔でアドマイヤベガの方を見る。本当に顔に出やすい子である。

こっちの気も知らないで、とまたまた嘆息しそうになるアドマイヤベガ。停滞している恋路を見てため息を我慢しよう選手権があれば優勝できる自信があった。

 

「……うかうかしてると、誰かに取られるかもしれませんよ」

 

「ふえ?何の話?」

 

「……」

 

ダメだコイツ。危機感がなさすぎるのか、最終的に私の傍に居ればよい系女子なのか。まかり間違ってもアドマイヤベガがあの男にそういった感情を抱くことはないが、もうちょっと考えた方がいい。

 

「なんでもないです。あの人を待たせてるし、急ぎましょうか」

 

「あ、そうだね……ふふふっ」

 

「……なんですか?」

 

「ううん。アヤベさんはやっぱり優しいなって。お兄さまを引き留めてくれたんだよね?」

 

「……」

 

アドマイヤベガは先ほどまでの考えを撤回する。ライスシャワーは、彼とだけの時間が減ることなんてわかっているのだ。

その上で、みんなでいれば楽しいからと自分の欲よりも他人の幸福を優先したのだ。

ライスシャワーがこういう子だからこそ、2人の恋路を応援する理由が面倒事の削減以外にもある。

 

「──いえ。さっさと行きましょう」

 

「あっ!アヤベさん待ってぇ~」

 

途端に早歩きをしだすアドマイヤベガに追随するライスシャワー。

今日の秋空は、いつもより眩しく見えた。

 

 

 

 

「お兄さま。この本はどうかな」

 

「──お、それは知らないな。いいんじゃないか?」

 

図書室にて、2人はいつものように本を探し回っていた。半年前から定期で行っており、まさしくカップルみたいだった。

なんかもう今更体裁とか気にしても手遅れなんじゃないか、というのはアドマイヤベガの話を聞いたカレンチャンの談。

 

もちろん図書室なので小声で喋る2人は、今日読む本を見つけた。

基本的にはお互いがおススメしたい本──というか絵本──を探し合って感想を言いあうのだが、ライスシャワーの造詣が深すぎてほとんど一方通行である。

 

「じゃあ行こっ」

 

2人は席に座り、見えやすいように長机に本を広げる。

……そう、それぞれで読むのではなく1冊の本を2人で隣り合って読むのである。本当にカップルみたい。

 

さて、今回持ってきたのは人魚の話。ある日、人魚と人間の男が恋に落ちるが、種族の違いから世界がそれを許さない。駆け落ちをするための準備をしに男が一旦家に帰るが……という話。

人間の帰還を健気に待ち続ける人魚の描写や、人間界に置いてきた大切なものに対する男の苦悩が高く評価された作品だ。

余談だが、ここ最近のライスシャワーが持ってくる作品は恋愛色の強いものが多い。なんでやろなあ。

 

2人で同じ本を読むのでペースが難しいが、手慣れたライスシャワーが先にページを読み終わるため、追いついたトレーナーがめくっていくのが主だ。

そのため、ライスシャワーには暇な時間が発生するわけだが──

 

(見てるなあ)

 

そう微笑むのは図書委員のゼンノロブロイ。カウンターから2人の様子を眺めているのである。

彼女はその属している委員会の性質上、半年間定期的にここに来ている2人を眺め続けているわけだが。

 

(うん、今日もいっぱい見てる)

 

何がというと、ライスシャワーがトレーナーの顔をじっと見つめているのだ。かわいいなあ、という読者全員と同じ感想を抱くゼンノロブロイ。

そう、ライスシャワーはその空いた時間のほとんどを、トレーナーの横顔を見つめるのに使っているのである。なんならそれをするために急いで読み終わっている。というかもう覚えている本なら読まないこともある。

ちなみにトレーナーはちゃんと気付いているし普通にドキドキしているし念仏を唱えているが、読み終わるのを待っているものと思い込んでいるのだ。まさかただ顔が見たいだけとか誰が思うのか。

ゼンノロブロイはそんなライスシャワーを見て生活の質が上がっている気すらしていた。直接口出ししない辺り、この状況を楽しんで俯瞰していることがわかりやすい。そのうち『ウチの同室が可愛すぎる!』みたいな本を出しそうなレベルだ。

 

(──お兄さま、とっても真剣に読んでくれてるなあ)

 

ライスシャワー的には、自分が勧めた絵本をじっくり真面目に読んでくれるのがわかるし、横顔が素敵だしで良いこと尽くめの時間。

しかしライスシャワーはスターウマ娘で、彼はその担当トレーナー。こういう時間を取るのは中々難しい。だからこそ、ライスシャワー──そしてトレーナーも、好きな相手と過ごすこのひとときをかみしめていた。

 

そんな感じでイチャイチャする2人だが、今日は少しいつもと様子が違った。

ページ数が半分、人間の男が故郷の人間たちを説得しているパートを読んでいるとき、事は起こった。

トレーナーが、肩に慣れない重量を感じた。重量、という言い方をしたが重くはなく、なんだか花のような香りが漂ってきたので不快感も一切なく──

 

「──は」

 

まあ、ライスの頭だった。なんということはない。今日はちょっとハードめなトレーニングだったので疲れてしまったのである。スヤスヤだ。

 

(……ライス)

 

もちろんすごくドキドキした。トレーナーはまたしても仏様に逃げようとして──自らの思考に待ったをかける。

こんなことは初めてなのだ。ライスシャワーはひかえめな子で、こうして体を預けてくることはなかった。最近──トレーナーが知ることではないが、ライスシャワーがトレーナーの恋人事情を知った日から──少しスキンシップが多いような気はしている彼だが。

この寝落ちはトレーニングを頑張った証であり、彼女からトレーナーへの信頼の証でもあるのだ。

それを雑念だとか煩悩だとか、そんなくだらない理由で切り捨てる、なんて。それで良いのかと、彼は自分に問う。

 

(──そりゃあ違うよな。俺はライスのお兄さまなんだから)

 

ぽん、とライスシャワーの頭に手を乗せる。そのまま、なでりなでりと。彼女の綺麗な黒鹿毛が崩れてしまわない程度に。

 

「お疲れ様、ライス。俺なんかの肩で良ければ、いくらでも貸すからな」

 

決して起こさぬよう、それでいて伝わるように。ライスシャワーを慈しむように微笑む彼は、間違いなく彼女の敬愛する『お兄さま』だった。

 

時計の音と、紙をめくる音。かち、かち。ぺら、ぺら。

図書室にあるべき静寂がそこにあった。生徒たちはこの静寂の中で勉学に励み、読書にいそしむ。

ライスシャワーとトレーナーもそのうちのひとつ。中央トレセン学園における日常風景。

そんななんでもない、でもちょっぴり特別で穏やかなこの時間は、トレーナーにとって離れがたい居心地だった。

 

 

 

(──ライスは……)

 

さて、ではライスシャワーにとってはどうなのかというと。

 

(何をやっちゃてるのぉーっ!?)

 

自らの体の健康のため可及的速やかに離れたいけどもうちょっとこうしていたい気持ちが混在する居心地だった。

実は撫でられたときに起きちゃってたのは前髪邪魔そうステークス二番人気、ライスシャワー。そりゃ話しかけられもしたもんね、起きちゃうね。

 

(どうしよう……寝てたフリ?でもでも、こんなこと滅多にないし……!)

 

こうして葛藤している間も頭を撫でられているわけで、恥ずかしさと心地よさが次から次へと湧き出てくる。これ以上の幸福は流石に毒だ、とライスシャワーは焦る。

 

(そうだ、ロブロイさんっ!どうにか、こう、ライスを起こすみたいなことを!)

 

頼れる同室のゼンノロブロイがここにいることはちゃんとわかっている。トレーナーは頭を撫でながらも絵本を読んでいるので、彼にバレないよう、そろりとカウンターの方に視線を向ける。

 

(……!ロブロイさん!お願い、助けて!)

 

すると、ゼンノロブロイもこちらに気付いた。しっかりと目が合っているので、なんとかアイコンタクトで緊急事態を知らせる。

 

(ライスさん、トレーナーさんにもたれかかって私にウィンクを……?ふふ、頑張ってますね)

 

(ロブロイさぁん!違うよぉ!)

 

頑張った報告をしてくれていると勘違いしたゼンノロブロイは、ライスシャワーに微笑みを返した。救いの手はここにはなかった。

 

なでりなでりなでり。なでりなでりなでりなでり。

終わらない充足感。ライスシャワーは幸せを与えられ続け、今にも限界を迎えそうだった。

 

(あ、あうう……このままじゃライス、ライス……!戻れなくなっちゃう……!)

 

ちなみにトレーナーも、ライスシャワーの撫で心地が良すぎてやめられなくなっている。片手間にライスシャワーの新たな扉を開こうとするトレーナーは、間違いなく彼女の敬愛する『お兄さま』だった。

 

「頑張って偉いぞ、ライス。ずっと見てるからな」

 

「ヒュッ」

 

肩に頭が乗っているということは、丁度トレーナーの口元辺りにライスシャワーの耳があるということ。お兄さまASMRの炸裂である。

 

(あっもうダメ……た、助けてアヤベさんー!)

 


 

「……」

 

「ア、アヤベさん……?ど、どうかしたんですか?」

 

「……いえ。今どこかでまた面倒くさい救難信号が」

 

「はーっはっは!アヤベさんもついに星の声が聞こえるようになったんだね!」

 

(アヤベさん、最近元気なってくれたのは嬉しいんですけどたまに様子が……)

 


 

 

「──ハッ!」

 

「おっ、ライス起きたか。おはよう」

 

「お、おはよう、お兄さま……?」

 

なでなでに耐えることができなかったライスシャワーは、自己防衛反応として再び眠りに落ちていた。ほとんど気絶である。結果的にバレなかったので問題はなかった。

ふと机の上の閉じた絵本に目をやって、ライスシャワーは申し訳なさそうに縮こまった。

 

「ご、ごめんなさい……本、読めなくって」

 

「全然大丈夫だ、ライスの知ってるやつなんだし。ゆっくり休めたか?俺の肩なんかで申し訳ないけど」

 

「あ、うん……やすらかに……」

 

「やす……?まあ、大丈夫なら良かったよ」

 

ちなみに、もちろん小声で喋っている。図書室ではお静かに。

 

「で、肝心の本なんだけど……うん、面白かったよ。結局2人が寿命の差で結ばれず、人間界から帰れなかった男が亡くなって人魚が待ちぼうけ、なんてなあ……悲しい話だけど、種族、というか立場の違いで成就しない恋ってのは現代にもありそうな話だよな」

 

「そうだねぇ。お兄さまは、人魚さんたちは結ばれるべきだったって思う?」

 

いつものように感想会が始まる。ライスシャワーは、どんな物語にも真摯に向き合って考えてくれるトレーナーの感想が好きなのだ。

 

「ん、まあそうだな……人間の男からしたら、寿命もそうだし、周りからの目がな。人間じゃない別の生き物と恋をする、っていうのは体裁的な問題が付きまとう」

 

「うん」

 

「ただ、周りを全てかなぐり捨ててでも男が人魚を愛せるなら、2人は結ばれるんだと思う。寿命はともかくとして、な」

 

「──お兄さまだったら、そうしてた?」

 

ライスシャワーは少し踏み込んだ質問をした。言うまでもないだろうが、彼女が最近よく恋愛モノを持ってくるのにはそういう意図がある。ちょっとでも意識してくれないかな、という健気なアピールだ。

 

「そう、だな……」

 

そして、トレーナーも思案をする。これも言うまでもないが、自らの現状にも関わる話なのだ。

 

「──人魚が、それを望んでくれるならそうするかもな」

 

「──えっ」

 

「もし望んでくれるなら、だよ。人魚もこっちを愛してくれてるわけだし、もし人魚以外の全部を捨ててきたなんて言って帰ってきたら、人魚も罪悪感みたいなのありそうだしさ」

 

「そ、そっか……」

 

ライスシャワーはドキッとした。もし自分が望んだら、彼はそうしてくれるのだろうか。「お兄さまライスのこと好き説」前提の話だが。

 

「まあ、でもそうだな……人魚がもし──ん、あー、何より大事だったらさ。あんまり考える暇ないかもな、そういうこと」

 

「そうなんだ?」

 

人魚がもしライスだったら、とか言おうとして思いとどまる。

 

「うん、だから、人間界を誰にも言わずに抜け出して、体ひとつででも人魚を愛するかも、みたいな」

 

「ソッ……か」

 

「喉大丈夫か?」

 

『人魚』を自分に置き換えて勝手にダメージを喰らうライスシャワー。全然間違えているわけではないが。

 

「さて、そろそろ解散しようか。今日もお疲れ様、ライス」

 

「ぁ、うんっ。寝ちゃってごめんね、お兄さまのお話聴けてよかった」

 

良い感じの時間になってきたので、2人は席を立ちあがる。

そのまま静かに出口へと向かっていく。

途中、またしてもライスシャワーはゼンノロブロイと目が合った。

 

(ライスさん、すごかったですよ!)

 

(う、うう……違うのぉ……)

 

小さくサムズアップするゼンノロブロイに、ライスシャワーは顔を赤くする。今更だが、半年間図書室デートをしているところを見られているのにバレてないと思い込んでいるのはなんなんだろうか。

 

(──お兄さま、意外と情熱的なんだなあ)

 

トレーナーの新たな一面を垣間見た気がするライスシャワー。意外と、自分から攻めずともこの恋は成就するんじゃないか、なんていう甘い考えが首をもたげる。

 

(でもやっぱり、お兄さまはトレーナーさんで、ライスは担当ウマ娘なんだ)

 

──それは卒業するまで変わらないこと。そのときを待てば、何かが変わるのかもしれない。けれど。

 

「お兄さま、ちょっとかがんでもらってもいい?」

 

「え?いいけど、どうしたんだ?」

 

帰り道の廊下で、ライスシャワーは行動を起こした。時間帯的に周りに人もいないので、少しチャレンジしてみることにしたのだ。

 

ポン、とライスシャワーはトレーナーの頭に手を置いた。なで、なで、とそのまま揺さぶる。

 

「お兄さま、いつもお疲れ様。ライスたちのために頑張ってくれて、ありがとう」

 

「──ぉ」

 

──そんなに長い間待っていられない。少しでも対等になるんだ。貰ってばっかりのライスじゃ、ダメなんだ。

 

黒い刺客の執着を舐めてはいけない。決めた相手をとことん観察し、対応し、最後の最後に狩り捕る。これは、その対応の一種だ。

立場というしがらみがあるなら、トレーナーの中でのライスシャワーの認識を、教え子ではない対等なものにすればいいだけ。

──打算まみれのように書いたが、ライスシャワーがトレーナーに感謝しているのは事実で、それを伝える丁度いい機会でもあったのだ。

 

「ぉぉ……」

 

一方のトレーナーは半ば思考停止しているが。ライスシャワーに甘えさせてもらっているという現実に頭が追い付いていない。

冷静ならば「さっき起きてたのかな?」などの疑問を持てたのだろうが。

 

結局5分くらい撫で続けて、後ろからゼンノロブロイが覗いていることに気付いてからやっと2人は動き出した。





人魚の話の元ネタが分かる人とは握手です。握手をしましょう。

会話パートを一行詰めたのですが、前のが良いか今回のが良いかちょっとアンケートを取ってみようと思います。読みやすい方をご回答いただければ幸いです。

投稿が遅れちゃった原因は、ぶっちゃけサボってたというのはあるんですが、ネタがないという現実があったりもします。見切り発車一話完結型の悲しみであります。

ので、Twitterの方でリクエスト募集します。こんな感じの話が読みたい!というのがあればよろしくお願いします。
Twitterの方で絡んだりしてくれたら更新頻度が上がります(ヤケクソ)

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番外編:夢叶いし、言祝ぎの薔薇

ヨシ、誕生日間に合ったな!(深夜25時)

急ぎで考えて急ぎで書いたので短めです!


「お兄さまっ」

 

「おっ、ライス。主役がこんなとこにいていいのか?」

 

「う、うん。ゴールドシップさんが盛り上げてくれてるみたいだから」

 

ライスが視線を向けた先には、色とりどりのお米を鼠小僧さんみたいにばら撒くゴールドシップさんの姿があった。

釣られるように振り返ったお兄さまは、「あー…」と苦笑していた。

 

「…やっぱり呼びすぎだったか?ライスは静かな方が良かった?」

 

「ううん!とってもとっても楽しいよ!お誕生日会、本当にありがとね、お兄さま!」

 

今日はライスの誕生日だった。カフェさんとマーチャンさんも同じ誕生日だったので、この際3人同時に開催しちゃおうとお兄さまたちトレーナーさん方や、知り合いの間で決まったみたいで。

結果的に食堂丸々貸し切りでパーティ、なんてすごく規模の大きい集まりになった。ライスがこんないっぱい祝われちゃってもいいのかな、なんて戸惑いもちょっとだけあったけど、それよりも嬉しさの方が大きかった。

たくさんの人に祝福してもらえて、ライスは幸せものだった。

 

「そっか、それなら良かった。じゃあなんでこんなとこに?」

 

「もう、それはお兄さまもだよ?お月様でも見たくなったの?」

 

そんなパーティの途中のこと。ライスはふとお兄さまを探して、食堂の外に辿り着いたのだ。

お兄さまは空を見上げて、物思いに耽っているみたいだった。

 

「…まあ、そうなるのかな?黄昏れたくなるときもあるっていうかさ」

 

「そうなんだ」

 

「そうなんだよ」

 

ほんの少しだけ天使が通る。気まずいとかそういうのじゃなかったけど、なんとなく喋る必要がないように思った。

ライスも空を見上げてみると、今日のお月様は満月…なような、そうじゃないような。端っこがちょっと欠けてる気がするくらいの、つまり明るいお月様だった。

 

「何考えてたか、聞いても良い?」

 

「ん、そうだな。まあ、感慨に浸ってたっていうかさ。色々思い出してた」

 

「色々?」

 

2人でお月様を眺めながら、浮かんでいた疑問を口に出す。お月様と喋ってるみたいで少しおかしくて、頬が勝手に緩む。

 

「そう、色々。今まで──そうだな、特にライスとの3年間のこと」

 

「…」

 

「あったよなあ、色々。ミホノブルボンに中々勝てなくて、やっと勝ったと思ったらアレで──っと、ごめん、ライスは思い出したくないよな」

 

「ううん、そんなことないよ。もちろん辛くて苦しかったけど、お兄さまがいてくれたから頑張れたもん。今はもう思い出だよ」

 

「そっか。──で、まあそっからずっと走り続けて、春の天皇賞も2連覇。宝塚も勝って、有馬も勝って、ファイナルズも勝って──今は、これだもんな」

 

と、笑いながらまた食堂を振り返るお兄さま。ライスも一緒に振り返れば、ゴールドシップさんがマックイーンさんに黒いお米を投げつけているところだった。

こぼれ落ちたカラフルなお米を観察するタキオンさんが、興奮した様子でカフェさんに話しかけていた。

カフェさんは見向きもせず、隣に座るロブロイさんと談笑していた。

その後ろではオペラオーさんとドトウさんが何やら大げさに手を動かしていて、アヤベさんが呆れた目で嘆息して、隣でトップロードさんが困ったように頬を掻いていた。

ゴールドシップさんの方に目を戻してみると、マックイーンさんがゴールドシップさんに関節技をキメ…だ、大丈夫かなあれ。それを見ながらテイオーさんが手を叩いて笑っていて、スペシャルウィークさんが散らばったお米を見てよだれをたらして、スズカさんがそれを拭いていた。

ウオッカさんとスカーレットさんはマーチャンさんに翻弄されているみたい。スピカのみんなもいつも通り楽しそうだった。マーチャンさんはスピカじゃないけど。

 

他にもたくさん。みんな──ライスを祝ってくれていた。もちろん、今日はライスだけの誕生日会じゃないから、カフェさんとマーチャンさんも一緒に。とにかく、みんながライスに祝福をくれた。

 

「こうやってたくさん人が集まったのを見るとさ、そりゃ一人抜け出して月眺めたくなっちゃわないか?」

 

「──そう、だね」

 

さっきお兄さまが言葉を詰まらせた、思い出したくないこと。今ではライスの──ライスとお兄さまの思い出になったこと。

努力の果てにライスが貰ったのは、祝福ではなくその反対とも言えるものだった。

 

あのときはもう、何もかもが嫌になってしまっていた。走ることが怖かった。ブルボンさんやスピカのみんなが元気付けようとしてくれたけど、それでも恐怖が勝った。

怖かったのは、お兄さまにも()()が降りかかることだった。ライスのせいで、ライスを救ってくれた人が傷付くことが嫌だった。

でも、一番嫌だったのは、お兄さまがライスから離れてしまうことを恐れてしまう自分自身だった。お兄さま自身のことを考えれば、ライスには関わらない方がいいのに、ライスは離れて欲しくないと思ってしまっていた。

 

そんなライスの気持ちとは関係なく、お兄さまはずっとそばにいてくれた。なんでって聞いたこともあった。なんで、お兄さまはずっとライスを支えてくれるのか。

 

『好き、だからさ。──ライスの走りが』

 

好き、と聞いたときにドキッとしてしまった。その胸の高鳴りで、ライスは自分の気持ちに気付いたんだけど…今は関係ないよね。えへへ。

 

そうやって、お兄さまはずっと祝福をくれた。それからブルボンさんやスピカのみんな、ロブロイさんやその頃から新しくお兄さまの担当ウマ娘として一緒にいることが多くなったアヤベさん。色んな人がライスを応援してくれていることに気付いて、ライスに向けられるのは悪いものばっかりじゃないことを知って。そんな小さな祈りたちを束ねて、頑張って頑張り続けて、ついにたくさんの祝福をもらえた。『幸せの青い薔薇』になれた──かどうかはまだわからないけど、間違いなく近づけた。そんな3年間だった。

 

食堂の中で広がっている楽しそうな光景は、そんな祝福が実感できるものだった。ずっと一緒に頑張ってきたお兄さまも、きっと同じ気持ちで、感傷に浸りたくなったのかな。

 

「まあ、そういうわけで…ライスがここに来た理由も聞きたいな」

 

「ふえ?そ、それは…」

 

そもそもお兄さまを探していたのは、なんとなくお兄さまと喋りたくなったからで、でもそれを言うのは恥ずかしいような気がして──

 

「お兄さまと、お喋りしたくなったから、だよ?」

 

「──そっか、そりゃ嬉しいな」

 

むう。頑張って言ってみたのに、やっぱりお兄さまは無反応。ちょっとくらい動揺してくれてもいいと思うな。

 

思えば、お兄さまにアタックしようと決めたあの日から、やっぱり攻めが弱い気がする。お兄さまは結局、ライスのことを妹みたいにしか思ってくれていないんだ。

…もしかして、お兄さまって呼び方がダメ?いやでも、これだけは譲りたくない。お兄さまはお兄さまだもん。

うん、やっぱりもうちょっと頑張ってみよう。いつまでもこの感じだったら引退まで間に合わないかもしれない。まだ引退する気はないけど。アヤベさんも応援してくれてるし、あと多分ロブロイさんにもバレてるし──もっと踏み込んでみるしかない。

 

「ねえ、お兄さま」

 

「ん?どうしたライス」

 

またお月様に視線を戻しながら話しかける。

うーっ、いざ言うとなるとこれ結構恥ずかしいよう…がんばれーライス、がんばれー!おーっ!

 

 

 

 

──月が、綺麗ですね

 

出典がはっきりしていないから、ただの噂、都市伝説でしかないと最近は見られているアレ。でも、大事なのはそういうことじゃない。

この言葉に、そういう意味が込められているっていう風潮が大事なんだ──!

 

 

 

 

そうだなー、やっぱ星とかって手が届かないところにある分特別に見えるよなあ

 

「ピエ」

 

「えっちょライス!?なん、なんで泣い、待って!?なに!?えっと、えーっ…アヤベさーん!!どうしたらいいのー!?」

 

さっきまでオペラオーさんに向けられていたアヤベさんのジトっとした目を、正面から見ることになったのは言うまでもないことだった。





書いてるうちに最終回でやりたい感じのことを消化してしまった気がするけどヨシ!
オチがパターン化してる気もするけどヨシ!

本編は現在執筆中ですので、気長にお待ちいただけるとありがたいです。
ちょっとネタバレをするとライスが泣きます。お前担当泣かすのやめろや。

Twitter絡んでくれたら嬉しいです!承認欲求モンスターが暴れています!
マシュマロにリクエスト送って頂ければ本編終了後にでも書かせて頂ければなと。

Twitter→https://twitter.com/I_am_oniisama
マシュマロ→https://marshmallow-qa.com/i_am_oniisama?utm_medium=url_text&utm_source=promotion

ライスシャワーに、あらん限りの祝福を。


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