六花の思想 (風梨)
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プロローグ

風梨と申します。
よろしくお願いします。



 

 

 

『雪』

 

 それは夢のように溶けて消えていく。

 儚く美しい。

 けれど、とても寂しい。

 

 手で触れたその六つの花弁は、まるで幻のように消えてしまった。

 けれど、幾たびも。

 冬が来るたび降り(しき)る。

 

 形作られる氷の結晶は、『六花(りっか)』と呼ばれている。

 

 ──『六花の思想』

 

 

 

 

 

「──どうして?」

 

 物の散乱する薄暗い一室で、ただその一言の自問だけが響いた。

 いや、それは自問であるかどうかも怪しい。

 長い期間染め切れておらず、地髪が頭頂部付近から見え始めている少女が、天井を見上げて虚空に向かって問い掛けていた。

 

『どうして』

 壊れたスピーカーのように、ただそれだけをひたすらに呟いている少女は、もうどこかが『おかしく』成っている。

 

 不意に『ピタリ』と静止した。

 何かを思い出すように、意味のない単語を食むように、モゴモゴと口を動かす。

 

 しばらくの時間が経った。

『フラリ』と立ち上がった少女は、部屋の照明を点ける。

 

 ライトアップされた部屋には美しい少女がいた。

 染められた金髪は途中までで、頭頂部は黒い地毛が見えている。

 若いからか傷んでおらず、艶やかなままだった。

 

 小さな卵型の顔立ちは非常に整っている。

 無表情も相まってまるで作られた人形のように見える、非常に美しい少女だった。

 

 素足のまま部屋を進み、洗面台に辿り着いた。

 

 鏡の向こうに見えるもう一人の自分を見つめながら、蛇口を捻った。

 水が流れる音が響いた。

『ザーザー』と続くその音響は止まる事を知らず、少女の心中を洗い流すまで続くだろう。

 

 しばらくの時間が経過した。

 

 ずっと鏡を見つめて居た少女が動いた。

 手を伸ばし、流れる水に触れる。

 冷たい。

 その温度を感じながら、両手で掬って顔に浴びせた。

 

 引き締まるような冷たさが、顔の表面を通り過ぎた。

 額から頭皮にかけて『ピリピリ』とした痺れが走る。

 何度かその動作を繰り返し、『キュ』という音で蛇口を閉めた。

 

 再び少女は鏡と向かい合った。

 目の前の少女は、記憶にある人物のもので、間違いがなかった。

 深い、深いため息を零す。

 

「……どうして?」

 

 少女は顔を覆った。

 また同じ言葉が続くと思われた口は、しかし別の固有名詞を発した。

 

「……弥海砂」

 

 続けられたのは誰かの名前だった。

 しかしそれは、少女の名前であって、少女の名前ではなかった。

 

 壊れた少女は、寄せ集めるように心を拾い集めた。

 

 この身体の持ち主の記憶。

 何の因果か蘇った前世の記憶。

 

 割れていた心のガラスは、色々な記憶を寄せ集めて形作られた。

 前世で東堂あかねと名乗っていた記憶と。

 この身体で生きてきた弥海砂の記憶が混じり合った。

 

 その結果出来上がったのは、そのどちらでもない新たな人格だった。

 いや、人格と呼べるのかも定かではない。

 ただ、生きるために必要な最低限の何かを拾い集めただけの、心の壊れた少女なのかもしれない。

 

 何にせよ、ここから始まる。

 心を拾い集めた少女は動き始める。

 拾い集めた結果、重要となった結末を求めて。

 

 ──デスノートを探し求めて、動き始めた。

 

 どのような心の動きがあったのか、わからない。

 ただ確かなのは、弥海砂が重要と思っていたものが、その心の大半を占めたのだろう、という事だけだった。

 その狂気にも似た妄執に取り憑かれながら、弥海砂は可愛らしく微笑んだ。

 

 

 



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退屈

約1000字



 

 

 

「──あの、すみません」

 

「え?」

 

『変なモノ』を拾った、学校からの帰り道。

 夜神月は自分に掛けられた声に対して振り返った。

 

 そこには、若い女が立っていた。

 顔立ちは整っている。

 だが、一般的にはゴスロリといわれている、少し特徴のある服装をした女であるせいで、一気に地雷臭が漂ってくる。

 月はモテた。

 だから、この女ももしかしたら、と面倒な想像をして、内心でかなり『ゲンナリ』としつつも表面上は笑顔で返答した。

 下手に無視すると食い下がってくる面倒な人間もいる。

 月は経験上それをよく知っていた。

 

「ああ、僕か。ごめんなさい、気がつかなくって。どうかされたんですか?」

 

 どうせこっちの気を引くような事でも言ってくるんだろう、と半ば予想していたが、斜め上の方向にその予想は外れた。

 ただ、この変化が良い事だったのか、悪い事だったのか。

 それは神のみぞ知る事だった。

 

「良かった。実は私、あなたの学校に黒いノートを落としちゃって。あなたが拾ったのを見てたんです。すっごく大事な物なので、返してもらえませんか?」

 

 柔らかく微笑んだ女は、目が肥えている方の人間である月から見ても、なるほど美人だと思わせる雰囲気を漂わせていた。

 だから、という訳でもないが、まだ少ししか興味が引かれていなかった、HOW TO USEと使い方が英語で記されている、DEATH NOTEという子供っぽい名前の黒いノートを女に返すことに抵抗はなかった。

 

「ああ、あれ。あなたのノートだったんですね。ごめんなさい。誰も取りに来なかったから、つい拾ってしまって。──はい、お返しします」

 

 月はカバンから、黒いノートを取り出して渡した。

 それを両手で受け取った女が、心底喜しそうに微笑んだ。

 

「わあ、ありがとうございます。優しい方に拾っていただけて助かりました。──ところで、中身を見ちゃったりしましたか?」

 

「え? ああ、まぁその、つい。でも、使い方の詳しい部分は英語だったので読めないですよ。僕、まだ高校生なので。あはは」

 

 嘘だ。

 全国模試1位の実力があれば英語なんて簡単に読める。

 

 ただ内容まで詳しく読んでいないのは本当だった。

 読むなら、家で時間がある時にでも読もうと鞄に仕舞い込んだから。

 ただそんな事をこの女にわざわざ説明するのも面倒くさい。

 だから、分かりやすく『高校生』という部分を強調して、英語なんてHOW TO USEくらいは読めるけど、詳しい内容までは読めない風を装った。

 

「そうですか! よかったぁ、ちょっと恥ずかしい設定を書いちゃったから、この事は言いふらさないでくださいね?」

 

 誰にどんなタイミングで言うんだ。

 僕はそんなに暇な人間じゃない。

 内心で罵倒しながら、月は笑顔で受け応えた。

 

「あはは、もちろんです。じゃあ、ノートもお返ししましたし、僕はこれで。もう落とさないでくださいね!」

 

 話を長引かされても面倒だ。

 月はその判断で会話を引き上げた。

 追いすがられるか、と半ば予期したが、嬉しい事に、この女は見た目とは違って分別があるらしい。

 ただ笑顔を浮かべて別れの挨拶をするだけだった。

 

「はい。もう二度と落とすことはないです。──では、さようなら」

 

 最後の最後、非常に鋭利な刃物を突きつけられたような、そんな冷たさが背筋を通り抜けた。

 思わず振り返って女の背中を見送るが、特に何事もなく女が背を向けて去っているだけだった。

 おかしくなって吹き出した。

 

「……ふっ、鋭利な刃物って。僕もあの馬鹿馬鹿しいノートに影響されちゃったのかな。……いやしかし、僕もなんでこんなに女性に対して厳しく接したんだ……?」

 

 月は聡い。

 それ故に自分が見た目で人を判断したのかもしれない、と思い、反省も込めて月は片手で口元を覆った。

 

 もしそうなら、男としてあるまじき行動だった。

 確かに警戒は必要だがあまりに度が過ぎていた。

 自分の内心を振り返ってそう思い、僅かに戒めながら、月はいつも通りの帰路を歩いた。

 今までと何も変わらない、退屈な1日だった。

 

 



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L

約1000字



 

 

 

 電子音が流れる、無機質な部屋だった。

 PC画面からの明滅が照らし出すこの部屋の主人は、不健康に目の下に隈を作りながら何事かを『カタカタ』と調べている。

 部屋には幾つものディスプレイがあった。

 

 それこそ、一人ではとても管理し切れない、見切れない量のモニターがそこら中に設置されている。

 それを見ているのか、見ていないのか。

 部屋の主人は『カタカタ』とキーボードを叩いている。

 

 その内の一つのモニターが灯って形象された『W』という文字が浮かび上がった。

 男性の声が付属されたスピーカーから流れる。

 

「──『L』何かありましたか?」

 

「ああ、ワタリ。面白い事件が起こった」

 

 不健康な男はその声に応じて口を開いた。

 まるで子供のように、おもちゃを手に入れたばかりのように、無邪気な声で。

 

「どうやらこれは殺人事件らしい。世界同時多発。同手口。一体どんな『カラクリ』で実行しているのか、あるいは組織なのか。私にもまるで見当がつかない。面白い」

 

「……ああ、アレですか。しかし、そんなことが本当に人間に実現可能なので?」

 

「人間に可能か、不可能か。ワタリ、ありがとう。非常に興味深い質問だ。ただ今私が言えるのは、実際にこれが起きているという事実です。これは動かない真実だ。だからこそ面白い」

 

『L』は『ワクワク』とした表情を隠すこともせず、人差し指を咥えて笑った。

 今までの事件とはスケールが違う。

 確認できているだけで、既に20件以上。

 死刑を宣告された凶悪犯罪者が毎日同時刻に『心臓麻痺』で死亡している。

 このペースなら今後もっと増えるだろう。

 

「仰る通りです、つまらない質問をしました」

 

「いえ、本当に良い質問でした。皮肉なんかじゃありませんよ。あなたの観点は非常に私のタメになる。是非そのままで」

 

「……畏まりました。それで、私も動きましょうか?」

 

 ワタリのその言葉に『L』は間髪入れずに同意した。

 

「お願いします。欲しいのは、そうですね。可能な限りありったけの、死亡した死刑囚の捜査資料です。冤罪が無いかどうか、私が片っ端から調べます」

 

「畏まりました。早急に情報を集めてお送りします」

 

「頼みました。……しかし、本当に面白い事件だ。こんなことが、本当に、人間に可能なのか? 神か悪魔にでも魂を売ったか? ……やはり、面白い」

 

「最近『L』は退屈されていましたから、良かった、と私は思えば良いのでしょうか」

 

「是非、そう思ってください。この事件は私が解決します」

 

「畏まりました。私も、またいつものように全力でサポート致します」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 世界最高峰の名探偵。

『L』が、静かに動き始めた。

 

 

 



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ジェラスとレム

約1000字



 

 

「──じゃあ、君を殺して僕も死ぬ!!」

 

 運命というものは存在するのかもしれない。

 弥海砂は、目の前の、告白を断ると豹変したストーカー男を前にしながら冷静にそう考えていた。

 

 夜神月から『デスノート』を奪った。

 

 そのためには住んでいる場所から1時間程度の移動を行う必要があった。

 自分の寿命がわからないから、場所が変わるという影響でもしかしたら死因すら変わってしまうかもしれないと懸念していたが、どうやら杞憂に終わりそうだった。

 恐らくはこの男が弥海砂を殺す事は避けられない事なのだろう。

 でなければ、弥を襲わなかったこの男の運命が変わってしまうことになるから。

 

 とはいえ、そんな事は今はどうでも良かった。

 重要なのは、中身が弥海砂ではなくなってしまったとしても、ジェラスが助けてくれるかどうか。

 ただそれだけである。

 

 だから、本当になんとなく。

 その方が生存率が上がりそうだから、というだけの理由で、弥は口を開いた。

 

「ジェラス。助けて」

 

 その言葉を聞いたのか、あるいは何も言わなくとも結果は変わらなかったのか。

 目の前で包丁を構える男が、手にしっかりと握っていた包丁を取りこぼし、『フラフラ』と弥とは反対方向に歩いて行った。

 その背中を弥は黙って見送った。

 

 恐らく男はこのまま数分後に道端で死亡するだろう。

 ジェラスが、『デスノート』に名前を書いたであろうから。

 その死ぬであろう男の姿を見ても、弥は特に何も感じなかった。

 ああ、死ぬんだ、と当たり前の事実をそのまま受け入れるだけだった。

 

 無感情。

 弥の内部にもう熱のある感情はほとんど存在しない。

 可愛いものは好きだ。

 

 ただそれ以外に関してはもう、弥の心が動く事はなかった。

 

 ふと空を見上げる。

 

 じっとりとした視線。

 あるいは冷めた冷徹な視線。

 そのどちらとも言えない爬虫類じみた眼差しと。

 

 ──こことは別の世界と、視線が重なった気がした。

 

 弥海砂は微笑んだ。

 

「──降りて来なよ、レム」

 

 全てを知る者として、弥海砂に躊躇する心はなかった。

 無遠慮に、容赦無く。

 前世で見て知っている世界を壊していく。

 

 まるでそれは奏者の如く美しくタクトを振るっているようにも、魔王のように暴力的にも見えた。

『バサリ』と黒いノートが地面に落ちた。

 

 弥海砂は一切の躊躇なくノートを拾い、そして目の前に立つ白い骨張った死神と、実際に目を合わせて微笑んだ。

 

「初めまして、死神レム。私の名前は弥海砂。私に憑いて来てくれる?」

 

 死神よりもよっぽど超然とした雰囲気を醸し出す弥を前に、少しばかり怯んで沈黙したレムが返答した。

 

「……初めまして、弥海砂。知っているようだけど、私の名前はレムだ。質問の答えだけれど、私が見守るのはお前じゃなく、ノートの行末だけだ。それでもいいなら憑いていってやるよ」

 

「もちろん、大歓迎だよ。よろしくね、レム」

 

「……ああ、よろしく。弥」

 

「ダメダメ。弥って呼ばないで。可愛くない。海砂って呼んで」

 

「……わかったよ、海砂。これでいいかい」

 

「うん、ばっちりだね。改めてよろしくね、レム」

 

「ああ、よろしく。海砂」

 

 本来と同じデスノート所持者と死神。

 だけれど、その関係性までは一緒では無い。

 

 数奇な運命に翻弄されながらも、それでも海砂は妖艶に微笑んだ。

 その美しい仮面で本心を覆い隠しながら。

 

 



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リューク

約3000字



 

 

 

「──こいつは驚いた。色々想像を膨らませて楽しみにはしていたんだが、その想像の中にも、ちょっとこの状況は入ってなかったな。まさか、先客が居るなんてな」

 

 

 綺麗に整頓された部屋だった。

 アンティーク調の少し安っぽい家具の並べられた女の子らしい部屋。

 白くて線の細いデスクと椅子。

 ハート型のクッションがあり、クマのぬいぐるみがあり、ゴスロリ趣味の女の子らしい色を基調とした色合いで、ベッドは薄いピンク色のシーツまで掛かっている。

 カーテンは紫色で、床は白黒のモノクロ模様だった。

 壁には神に祈るポーズのシスターが描かれたモチーフの絵が飾られている。

 

 そんな一室に不釣り合いな、いや、どんな部屋であれ似合わないだろうが、口の裂けた黒いパンクファッションの男が壁を通り抜けて入って来た。

 その声を聞き、男の姿を見て、普通であれば悲鳴を上げるか何かしらの反応を返すが、住民の二人はまったくそれらしい反応を示さなかった。

 

 二人のうちの一人。

 白い骨張った死神であるレムが『ゲンナリ』とした表情で吐き捨てた。

 

「ああ、リュークか。お前がノンビリしてるから私が先に憑く羽目になったんだ。少しは真面目に動いたらどうなんだ?」

 

 そんなレムの言葉に答えたのはリュークではなかった。

 もう一人の住民。

 弥海砂が、白い机の椅子に座ってペンを握ったままの手で『クルクル』と器用にペンを回しながら、『ケラケラ』と快活に笑った。

 

「あはは。もしリュークが先に来ても、レムが私に憑く結果までは変わらないよ。ノートが違うんだから、早いか遅いかでしかないもん。それに私はレムが憑いてくれて嬉しかったけど、実はレムってそう思ってないの?」

 

 死神という。

 普段であれば絶対に目にしない者を見ても、まるで気にした様子がなく平然とした調子の海砂の言葉に、レムも普段通りに答える。

 

「……言ったろ。私がお前に憑いているのはノートの行末を見守るためだって。それ以上の感情は持ってないよ」

 

 そんなレムの言葉に海砂は少しばかり表情を暗くして、けれどすぐにまた明るい表情に戻した。

 

「そっかぁ。じゃあ、もっと仲良くならないとだね」

 

 そして、海砂は怒涛の会話の中で置いて行かれていた黒い死神リュークに対して目線を向けると、『ニコリ』と女の子らしい微笑みを向けた。

 

「──で、初めまして死神リューク。私は弥海砂。海砂って呼んでね」

 

 どことなく迫力を感じる。

 リュークはそう思いながら、無視するほどでもないので、そのまま返答した。

 どうしても『ドギマギ』とした感覚は抜けなかったが。

 

「お、おう。知ってるみたいだが、死神のリュークだ。よろしくな、えーっと海砂」

 

 海砂はその返事に笑みで答えた。

 

「うん、よろしく。──じゃあ、はい。初めましてって事でコレあげる」

 

 海砂が差し出したのは、赤い果物。

 誰もが知っている林檎だった。

 けれど、リュークは初めて目にするようで、丸い目をさらに『マンマル』と見開きながら眺めた。

 

「ん? なんだこの赤いの」

 

「りんご。知らないの?」

 

 小首を傾げながら尋ねる海砂に、リュークは思い当たる名前を一致させて驚いた。

 

「ほぉ、りんごか。いや、知ってるけどよ、俺の知ってる死神界のりんごはもっとこう、干からびてるっていうか、砂っぽい感じなんだ。……ってうほっ!!」

 

 喋りながら食べる。

 行儀が悪いが、リュークにそんな概念は存在しない。

 そして口に含んだその林檎のあまりの美味さのせいで変な声が飛び出した。

 

「気に入った?」

 

「…………こいつは、なんて言うんだろうな。ジューシーって言うのか? すげぇ美味いぞ、この人間界のりんご」

 

 瞳を『キラキラ』とさせながら、あっという間に食べ終えて茎だけになった林檎を部屋の光に翳しながら見上げるリュークに、レムが思わずと言った調子でため息を吐いた。

 

「死神が人間に餌付けされてどうするんだい」

 

「はは、はははは」

 

「笑って誤魔化してどうするんだ。お前、下手くそだね」

 

 吐き捨て嘆息するレムに、海砂が少し顔を膨らませて続けた。

 喧嘩はして欲しくない。

 何故ならこれから長い時間を過ごすことになるのだから、『ギスギス』などして欲しくないのだ。

 その間に挟まる自分の居心地が悪くなるから。

 

 元々この二人の相性があまり良くない事を知っていた事もあって、海砂が対処に出るのは早かった。

 

「レムー。仲良くしよーよ。少なくとも私の前で喧嘩はやめてね。私にも聞こえてるんだから」

 

「……わかったよ」

 

 レムは素直に頷いた。

 別に、海砂のことを認めている訳ではない。

 ただレムの価値観ではここで海砂に反発する意思を見せるのは死神としておかしいと思ったからだった。

 

 しかし、リュークもそう思う訳ではない。

 いろんな人間がいるように、死神にも色んな性格の者が存在しているから。

 加えてこの二人の性格は正反対だった。

 レムが比較的温厚で掟に詳しくどちらかと言えば忠実で、なおかつ善良な質なのに比べて、リュークは刹那的で、自分さえ面白ければ何でも良い、と言って憚らないような質だった。

 自分から他人を嵌めたりはしないが、嵌りそうになっている他人を進んで助けようとはせず『ニヤニヤ』と眺める程度には性悪だった。

 

「なんだお前も飼われてるじゃねーか」

 

『プクク』と笑うリュークだったが、海砂はその首根っこを既に掴んでいる。

 リュークを管理するのに最適なアイテムを持っているのだから、海砂がそれを使うことに躊躇するような事はない。

 平然とリュークを脅した。

 

「リューク? りんご、もう要らないの?」

 

「はは、はははは。いや、要る」

 

 『フルフル』と首を横に振って否定した。

 そんなリュークは置いておき、レムは念のため自分が何故海砂の言う通りに従っているかを説明する。

 このままだと誤解が解けず、リュークとの関係が面倒なことになりかねないとレムも思ったからだった。

 ただその発言にトゲが混じるのは避けられない。

 

「……別にこの子に無条件で従ってる訳じゃない。憑いてる以上は死神としての常識を持って行動しようとしてるだけさ。お前とは違うんだよ」

 

「へー、そうか。面倒な生き方だな。なら、オレはオレの好きに行動させてもらうとするか」

 

 『ニヤリ』と笑って答えたリュークに、海砂がすかさず釘を刺した。

 リュークの制御方法に関しては誰よりも熟知しているから。

 そして、釘を刺さねば面倒事を引っ張ってくる可能性も十分あり得ると考えたために、重い重い楔を打ち込んだ。

 

「リューク。変なことしたらりんご抜きだからね。わかった?」

 

「……ああ、わかった」

 

「うん。それじゃ、私はまだまだノートに名前書かなきゃいけないから、もう邪魔しないでね。あと、そこにあるりんごは全部食べていいよ」

 

「うほっ、いただきます」

 

 喜んだリュークが林檎を咀嚼して。

 そのまましばらく時間が経って、暇になったリュークが流石に耐えきれなくなって海砂に質問した。

 

「なぁ海砂。ちょっと聞いてもいいか?」

 

「……んー、何? ちょっとならいいよ」

 

「ああ。いや、お前が今何やってんのか気になってしょうがなくってよ。そんなにいっぱい名前書いてどうするつもりなんだ? 別に人間は名前書いても寿命が増えたりしないだろ?」

 

 海砂はリュークを見る。

 そこに邪魔してやろう、だなんて意思は存在せず、ただ単純に興味があるだけだと分かってから、そのくらいならいいか、と説明を始めた。

 

「ん? そんなこと? ──そうだね、『キラ』っぽく言うなら、地球の掃除、って所かな」

 

「……そうか。で、もう『死神の目』の契約してるんだな」

 

「ああこれ? レムに会った日に速攻で貰ったよ。殺し損ねてる人も何人か居たから便利に使わせてもらってるの。やっぱ『キラ』なら殺し損ねは出しちゃダメだよねー」

 

「あと一つ聞いていいか? お前が言う、その『キラ』ってなんだ?」

 

「『殺し屋』Killerから来てる造語。ってそんなこと知りたいんじゃないよね。『キラ』っていうのは『新世界の神』の名前。そして私の名前でもある」

 

 海砂は語る。

 原作で月がリュークに語ったように。

 

 まずは世の中に知らしめる、悪人を裁いている存在を。

 正義の裁きを下す者がいると言うことを。

 そして道徳のない人間。

 人に迷惑を掛ける人間を病死や事故死で少しずつ消していく。

 それすらもいつか世間が気がついた時、誰もがきっと思う。

『こんなことをしていれば消される』

 そして、真面目で心の優しい人間だけの世界を作る。

 その世界の頂点に立つ存在こそ、『新世界の神』だと。

 

 これが自分の理想であるかのように、語って聞かせた。

 

「……へぇ、そいつは面白そうだ」

 

 リュークはそう言って心底から面白そうに笑った。

 

 だが、海砂の本心は違う。

 海砂が本当に望んでいるのは『────』である。

 弥海砂を基本として作られた人格は、家族を失った経験が大半を占める。

 その結果として生まれた思想が『────』だった。

 

 しかし、今は微塵もその思想を表に現さず、ただ『ニコリ』と微笑んだ。

 狂気に近い程に真に迫ったその思想を、微笑みで覆い隠しながら。

 

 

 



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夜神月

約3000字



 

 

「──『キラ』? なんだ、これ」

 

 月が『ソレ』に気がついたのは偶然ではなかった。

 

『黒いノート』を拾って、ゴスロリの女に返してから約5日後。

 本来なら死神リュークが降り立ったであろう時間帯に、勉強を終えて暇つぶしにネットサーフィンでもしてみれば、散見するようになった情報。

 

『キラ』と呼ばれる存在に、夜神月が気がついたのも特別おかしな事ではなかった。

 

 必然的に情報が蔓延していたために、ごく普通にその一部を目にしていた。

 ただし、本来の流れとは異なる経緯を経た影響で、夜神月は『キラ』としてではなく一般市民として、その情報を見る結果となった。

 

「何々、『殺し屋』Killerを語源として、正義の裁きを下す存在のことを『キラ』と言い示す風潮が蔓延しており、世間を(にぎ)わせている。端を発したのは凶悪犯罪者が相次いで『心臓麻痺』で亡くなり続けている事件である。その事から『キラ』は人を殺す超能力者か、あるいは殺人を代行する組織であると推測されており、巷で話題となっている……。へぇ、今じゃそんなのが流行ってるのか」

 

 半ば冗談染みた笑いを浮かべて、適当に月は情報を漁ってみる。

 まずは凶悪犯罪者が本当に死んでいるのか。

 これはすぐに見つかった。

 ニュースになっていて、月もチラッと耳にしたことくらいはあった。

 下らないと意識していなかったが、ここ数日のことであると思う。

 

 次に探してみたのは、話の信憑性だ。

 もしこれが全世界に発信されてるなら、海外の反応はどうなっているだろうか。

 そう思い英語の記事なども適当に探してみれば、なんと海外の凶悪犯罪者も死に続けている事がわかった。

 

「……日本だけじゃなく、世界で起きてるのか。ローカルな話題かと思ってたけど、意外とグローバルな殺人鬼だな」

 

 だが、対象を凶悪殺人犯としているのは悪くない。

 言葉にはしないが、内心そう思う。

 

 相手が犯罪者であれ、殺人は悪だ。

 もしも学校の集会などで議題に上がれば、人間は表面上そう語るのが正しい。

 けれど、月自身こうも思っている。

 世の中は死んだ方がマシなクズで溢れかえってる、と。

 

 そんな考えを表に出すのはナンセンスだ。

 集団生活を送る人間という性質を踏まえて行動する以上、そこを踏み外すのは馬鹿だけだ。

 そして月は馬鹿ではない。

 

 けれど、表に出さないからと言って、内心までは変わらない。

 そしてそれは自分だけではないとも月は思っていた。

 

 その考えを裏付けるかのように、ネットで集める情報は次々に死んでいく凶悪犯罪者に対する擁護など見つける方が難しい程だった。

 

 当然だ。

 腹の中ではみんなそう考えてる。

 

 自身の考察の正しさを深めながら、月は引き続きネットの情報を探っていく。

 

「……驚いた。もうこんなサイトまで出来てるのか。『救世主キラ伝説』ぷっ、なんだそれ。馬鹿馬鹿しい」

 

 そう言いながらも月はネットに溢れかえっている他人の意見を、無感情に目を通していく。

 

 こういう馬鹿馬鹿しいのも、たまにはいいかもな。

 ストレス発散の一環として月は画面のスクロールを続ける。

 

 ある程度見終わって、自分の想像を超えるような意見はなさそうだ、と画面を閉じようとした時、ふとしたコメントが目についた。

 

「──『キラは何を考えて犯罪者を次々殺してるんだ? オレなら身近な奴を殺して金を奪うけどな。心臓麻痺なら証拠もくそもないし』……ふーん、良い目の付け所じゃないか。確かに、わざわざ他人を殺す価値は薄い。『キラ』は何を考えてこんなことを始めたんだ?」

 

 月が気になったのは、『金』云々の所ではなかった。

 

『キラ』が何を思い、何を決断し、こんな全世界に向けての大量殺人を始めたのか。

 

 その考察が『馬鹿馬鹿しい』とは思えない。

 むしろ非常に興味が惹かれた。

 

「……そうだな。仮に僕が『キラ』になる能力を得たとしたら……。なんて想像でもしてみようか」

 

 思考実験の一環として、あるいは犯罪者に対するプロファイルの一つとして月は思考を回した。

 

 能力は人の顔を見て念じるだけで殺せるとする。

 全世界で発生しているから、画像や動画越しにも可能とする。

 

 回数制限はない。

 無限に、いつでも、両手足が塞がっていても、目で見て念じさえすれば殺せると想定して思考実験を開始した。

 

 まず第一。

 そんな能力を手に入れたのなら、本当に可能であるか、実験するだろう。

 標的とするのは身近な人間ではない方が良い。

 無関係な人間。

 そして死んでも構わない人間。

 となれば、自分なら犯罪者を選ぶだろう。

 

 チラリとテレビを見て、点灯した。

 画面にはちょうどニュース番組が流れており、犯罪者の顔と名前が映し出されていた。

 

 情報を得るならテレビが手っ取り早いだろう。

 ニュース番組を見て、目についた犯罪者をとりあえず念じてみるだろうか。

 ……いや、すぐに結果が反映されない。

 理想的なのは生中継。

 次点で後日情報が開示されるニュース番組になるだろう。

 

 殺人が可能であると確認が出来た場合。

 仮にであるが、生中継で殺人能力が確認できたなら、次は恐らく実際にこの目で見る事を望むだろう。

 テレビ画面上、しかもたった一度の殺人では能力があると断言は難しい。

 

 自分から探しにいくか、どうか。

 そこまでは不明だが、目視で確認できる範囲で何者かを殺害する。

 ……恐らくこの際は殺害の基準を大きく下げる。

 結果の確認の方が重要であるし、何よりも居なくなって誰も困らないようなクズであれば、何処にでもいる。

 犯罪者でなくとも、殺害するには十分な理由になる。

 

 最低で二名。

 殺害に成功すれば能力が本物だと認める。

 

 ……なら次は、罪悪感だろうな。

 

 月は冷静に自己分析する。

 

 人の命だ。

 軽いはずがない。

 

 その罪悪感を、どんな理由で乗り越えるか。

 

 そこに『キラ』が『キラ』となり得る理由が隠されている。

 月は正確に考察を続ける。

 

 ……僕ならどうする? やめるか? 精神力が保つか? 

 いや、僕ならやる。

 精神や命を犠牲にしてでも、使命感を持ってやり遂げようとするだろう。

 こんな事ができる奴が、僕の他にいるはずがない。

 そう思うところまで冷静に分析した。

 

 僕にしか出来ない。

 だからやる。

 世の中を変えてやる。

 

 その理論は月の中で強い説得力を持った。

 

 

「……なるほど。『キラ』はたぶん、僕と似たような思考回路の持ち主。『裕福な子供』ってところか。自分のためだけに使っていないのは、それだけスレてないから。だから、たぶん大人じゃない。大人ならこんな騒動を起こすよりも、もっと自分のために使う。世間に対する自己顕示欲だけで『キラ』の裁きを実行に移したと考えるには、メリットと比較してリスクがあまりに高すぎる。……いや、そうとも限らないか。もしも裁けない犯罪者に苦しんだ経験がある大人なら、『キラ』となり得る可能性は十分に残ってる。……うん、そうだ。プロファイルの基本は間違った情報だけを排除する事。……こんな可能性にすぐ気がつけないなんて、僕もまだまだだな」

 

 ある程度の思考実験を終えた。

 そう判断して、月は話しながら、考えながら書き殴っていたペンを止めた。

 

「……面白い。もし『キラ』が『超能力』で人を殺してるのだとしたら、お前はどんなビジョンを描いて犯罪者殺しを始めたんだ? 世間がこうなる事も、当然予期していただろう。それでもなお、実行しようとするその理由の源泉はどこにある?」

 

 

 椅子に座りながら、月は腕を組んで目を瞑って考える。

 

 正義を代行する姿勢。

 自分を隠そうともしない姿勢。

 世間に『キラ』イメージを浸透させようとしている? 

 捕まらない自信も感じる。

 

「……退屈だ、なんて言ってられなくなったな」

 

 目を開いた月は、その瞳の奥を『キラキラ』と輝かせながら力強く笑った。

 

「ここまでの大事件。きっと警察も動くだろう。そんなにすぐ捕まるとも思えない。これはもしかすれば、僕のライバルに相応しい相手かもしれない」

 

 月の夢は警察官だ。

 父親の跡を継いで、警視庁に入るつもりだった。

 だが、海外に出てFBIやICPOなどに参加して『キラ』を追うのもいいかもしれない。

 

「『キラ』。お前は僕が見つける。そして、死刑台に……。いや、もし僕の予想通りなら『キラ』の理想は正しい。それを本当に邪魔していいものだろうか……?」

 

 月の脳裏に閃いたのは、普通であれば考え付かないような、異端の考えだった。

 魔が差したと言えるかもしれない。

 

「……僕が『キラ』を支える?」

 

 確かに、月なら出来てしまう。

『キラ』を追う振りをしながら、その実は『キラ』の味方。

 もしも自分が『キラ』だったのなら諸手を挙げて歓迎したい立場の味方だ。

 

「ぷっ、いやいや。相手は殺人鬼だ。殺されるに決まってるか」

 

 馬鹿馬鹿しい、と笑いながら月はその考えを否定した。

 けれど、もしかしたら、そんな道もあるかもしれない。

 月が内心どう思っていようと、一度思いついた考えが消えて無くなる訳ではない。

 まるで小さなシコリのように、月の心の奥底に、その思想は残った。

 

 それが発芽するのか、それとも風化して消えるのか。

 

 それはまだ、誰にもわからない事だった。

 

 

 



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直接対決

約5000字



 

 

「──おい海砂。急になんか始まったぞ。元に戻せないか?」

 

「え? もー、またCMじゃない?」

 

「違うって。オレもそこまで馬鹿じゃない。見ろよ『L』って言うらしいぜ」

 

 机の前に座って、今日も精力的にデスノートに名前を記していた海砂が手を止めて振り返る。

 そして、リュークとレムが仲良く座って観ていたテレビ画面には、いつか観た事があるシーンが映し出されていた。

 テレビの音声が流れる。

 

『──相次ぐ犯罪者を狙った連続殺人。これは絶対に許してはならない史上最大の凶悪犯罪です』

 

「へぇ」

 

 海砂は、雪をモチーフにした白いペンを、細くて美しい指で挟みながら余裕綽々と『にんまり』笑った。

 

 

 

 

 

『ICPO』

 国際刑事警察機構会議。

 その参加国である国々の参加する広く取られた会議室の壇上に、PCが置かれていた。

 そして付属のスピーカーから、各国すらも認める名探偵の声が響き渡った。

 

「──ICPOの皆様。『L』です」

 

 機械で合成された聴き慣れない声だった。

 気を抜けば聞き逃してしまいそうな、そんな音声を逃すまいと各国の警察関係者はただ無言で『L』の言葉を待っていた。

 

「この事件はかつてない大規模で難しい。そして、絶対に許してはならない凶悪な大量殺人事件です!! この事件を解決するために是非、全世界。ICPOの皆さんが私に全面協力してくださる事をこの会議で決議して頂きたい。そして、もう一つ。いえ、これは決議が終わった後でお話ししましょう。キラ事件に関する重要な情報ですから」

 

 勿体ぶるな、という声も上がったが概ね反対の声は少ない。

 スムーズな流れでICPOは『L』に協力すると決議で決定した。

 

「『L』……ICPOのみなさんが全面協力してくださる事を可決しました」

 

「わかりました。特に日本警察の協力を強く要請します」

 

 その一斉に会議室は騒然と行かないまでも驚きの声が上がり騒めいた。

 

「全面協力もして頂ける、という事ですし、理由もお話ししましょう。ですが、まず大前提として。犯人は複数あれ単独であれ日本人である可能性が極めて高い。日本人でないにせよ日本に潜伏している。間違いありません」

 

「そ……そんな、何を証拠に……」

 

 夜神と名札を付けた日本人男性がそう言って呻いた。

 

「ご安心を、お話しします。──何故日本なのか……それは……近々、犯人との直接対決でお見せできると思います。と、言うつもりだったんですが、簡単に理由だけ話します。まず、今回の事件が発生したのは5日前の日本時間18:00丁度でした。そして、毎日同じ時間に犯罪者が殺されている。キリが良いから、ではありません。それなら日本を装う事も可能ですから。だが、隠せない情報もある。つまり、殺害する犯罪者です。日本で報道される犯罪者の死亡率が明らかに高い。海外と比較すれば明確です。海外から情報を得たにしても、日本のニュースでしか報道されていないような犯罪者まで裁かれている。と、理由はこんなところです。とはいえまだ皆さんの中に疑念はあるでしょう。ですから、それは近々、犯人との直接対決で、確証をお見せできると思います。──とにかく、捜査本部は日本に置いて頂きたい」

 

 

 

 

『──よって私はこの犯罪の首謀者。俗に言われている『キラ』を必ず捕まえます』

 

 テレビから流れる音声だけ聴きながら、海砂は机に向き直ってまたデスノートに書き込みを再開した。

『ふんふん』と鼻歌を歌いながら、ご機嫌な調子で続けていた。

 

「おいおい、観なくて良いのか? お前を捕まえるって言ってるぞ、コイツ」

 

「あはは、うん。いまちょうどその対処をしてるんだよ。──リュークは楽しみに続きを見てていいよ。きっと面白いものが見られるから」

 

「なんだもう殺しちまうのか。つまんねーな。あ、そうだ。操って変な踊りでも踊らせようぜ」

 

「あははリュークってば、おバカー。そんなことしたって『キラ』が死の前の行動を操れるって教えるだけじゃん。せっかくみんなが見てる『犯罪者』なんだから、教えるにしても、もっと有効活用しないと」

 

「……そうだな」

 

「リューク、お前はもう黙ってた方が良いよ。海砂に任せれば良い。きっと悪いようにはしないさ。なんだかんだ賢い子だからね」

 

「うん、レムも期待してて。世間と『L』に、ちょっとしたお知らせをしないとね」

 

 心底楽しげに笑いながら、海砂はデスノートにペンを走らせた。

 

 

 

 

 

『──『キラ』もしもお前が罪の意識に苛まれているなら、まだ間に合う。これ以上の罪を重ねる前に自首……を……』

 

 海砂がデスノートに死因を書き記してから、6分40秒が経過した。

 その間『LIND.L.TAILOR』は『キラ』に投降を促すような文言での呼びかけを繰り返しており、そして。

 時間を迎えたことによって、その無意味な時間は終わりを告げた。

 

「さぁ、始まるよ」

 

 テレビ画面に映るその後の光景を、弥海砂だけが知っていた。

 海砂は何の感慨もなく、いつも通りの微笑みを浮かべて見守っていた。

 これで一つ駒が前に進んだ。

 冷徹にただただ、そう判断しながら。

 

 

 

 

「──なんだ?」

 

 凶悪犯連続殺人特別捜査本部。

 そう書かれた幕の張らせた一室の中で、夜神総一郎は怪訝な声を上げた。

 スムーズに語っていた『LIND.L.TAILOR』通称『L』が、急に語り掛けを止めたからだ。

 

 そして、僅かに俯いたテレビ画面上の『L』は次の瞬間に顔を上げると、今までの冷静な仮面を脱ぎ捨てて、狂ったように笑い始めた。

 

『ふふ、ふははは、馬鹿が。オレは『L』なんかじゃない。ただの替え玉だ』

 

 そして呟かれた言葉に、一室は騒然とした。

 

「何ぃ!? おい、どうなっている! 『L』は、本物の『L』はどうした!?」

 

 総一郎はテレビ画面に向かって怒鳴りつける。

 だが、当然のようにその声は届かない。

『LIND.L.TAILOR』は続けて語り出した。

 

『オレはテレビやネットで報道されていない警察が極秘に捕まえた犯罪者だ。今日この時間に死刑になる予定だったところを、『L』との司法取引を行なってこの場に座って話している。もしオレが『キラ』に殺されなければ無罪放免となる予定だった。……だが、もう全てがどうでも良い。馬鹿だったよ、そんな全世界で凶悪犯を一斉に殺せるような『キラ』から逃れられる訳がない。ようやくそんな当たり前の事実に気がついた。馬鹿な事をした。もう一度言おう、オレはただの『L』の替え玉だよ。……ああ、そうだ。これも書かなきゃ……』

 

 そう言って『フラフラ』と立ち上がった『LIND.L.TAILOR』が、自らの指を噛みちぎって、背後にある壁に何事かを記し始めた。

 明らかに常軌を逸している。

 こんなことになるなら『L』に協力するんじゃなかったと思いながらも総一郎は叫んだ。

 

「おい、何をやっている!? 放送を停止しろ!!」

 

「そ、それが『L』の指示がない限り放送停止できないようになっているらしく……!!」

 

「ならさっさと『L』に連絡を取るんだ!! とんでもないことになるぞ!!」

 

 総一郎たち警察が騒然と対応に追われる中でも、『LIND.L.TAILOR』のお絵かきは止まらない。

 そうこうしている内に描き終わり、血に濡れた口元を歪めながら、『LIND.L.TAILOR』が空を仰いだ。

 

『……ああ、神よ。今そちらに向かいます。……うっ!!』

 

 その一声を最後に、テレビ画面に写っていた『LIND.L.TAILOR』はテーブルに向けてうつ伏せに倒れた。

 その背後の壁には『六つの花弁』が描かれていた。

 どこか見覚えのあるそれをみて気がついた。

 そうだ、雪の結晶体がこんな形だった、と。

 

 そして、死体が映るその画面のまま、今度は別の音声が流れ始めた。

 

『し、信じられない……もしやと思って試してみたが、まさか、こんな事が……『キラ』……お前は直接、手を下さずに人を殺せるのか……?』

 

 それを聞いて総一郎はやっとわかった。

『L』は初めからこうするつもりだったのだと、死刑囚を身代わりとして実験したのだ。

 その所業にふざけるなという思いが噴出するが、その思いが言葉になる前に『L』の音声が続けられた。

 

『や……やはりそうだったのか……この目で見るまでは信じられなかったが……。加えてもしや、お前は死の前の行動すら操れるのか。『LIND.L.TAILOR』はこんな土壇場で自らの所業を語るような男ではない……。もしそうであれば私が事前に弾いている』

 

 そして、ついに画面が切り替わった。

『L』という形象文字で形作られたマークが映っていた。

 

『だが、『L』という私は実在する。さあ! 私を殺してみろ!! さあ、早くやってみろ』

 

「な、何を言っているんだ『L』!! 死ぬ気か!!」

 

 ふざけた所業に怒りすら抱いたが、自らの命を唐突に賭け始めた『L』の姿にそんな思いは吹き飛んだ。

 

『さあ早く! 殺してみろ、どうした。できないのか』

 

「お、おい。いい加減止められないのか? このままだと『L』が死にかねんぞ」

 

 部下に対してそう言うが、困ったように首を振るだけだった。

 そのまま10分ほどが経過する。

 そして、再び『L』が語り始めた。

 

『……どうやら私は殺せないようだな。念のため10分程待ってみたが、私はまだ生きている。殺せない人間もいる、いいヒントをもらった。お返しといっては何だが、もうひとついい事を教えてやろう』

 

 一拍だけ間を空けて『L』が続けた。

 

『この中継は全世界同時中継と銘打ったが、日本の関東地区にしか放送されてない。時間差で各地区に流す予定だったが、もうその必要もなくなった。おまえは今、日本の関東にいる。……人口の集中する関東に最初に中継し、そこにおまえが居たのはラッキーだった。……計算外のこともあったが、おおむねは私の思惑通りにお前は動いてくれた。『キラ』お前を死刑台に送るのもそう遠くないかもしれない』

 

 その言葉を聞き、総一郎は唸る。

 確かに『L』は証明してしまった。

 キラの存在。

 殺人。

 日本に居る事。

 

 もし自分であればこんな手段は思いついても実行できない、という意味でも『L』が卓越した人物であるのは間違い無いだろう。

 そういう意味で総一郎は唸った。

 

『『キラ』お前がどんな手段で殺人を行なっているのか、とても興味がある……しかし、そんな事は……お前を捕まえればわかる事だ!! 必ず、お前を捜し出して始末する!! 私が、正義だ。また会おう、『キラ』』

 

 その言葉を最後に映像が途切れ『ザーザー』という音声だけが流れる。

 画面を見つめながら、総一郎は汗を流した。

 

「局長……。大変なことになりましたね」

 

「ああ、松田。これからが大変だぞ。お前の力を私に貸してくれ」

 

「はい!! 僕の力でよければ、是非使ってください!!」

 

 元気のいい部下の声を聞き、総一郎は今日初めての笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

「──って感じでしたー。はい拍手ー。パチパチパチパチ〜」

 

 もう海砂は机の前に座ってはいなかった。

 ベッドサイドに腰掛けて、スプリングを効かせながら、笑顔で足を『プラプラ』と振っている。

 

 今殺人を行ったとは思えないほど平然とした調子だった。

 その精神力が並外れているのか、あるいは壊れているからなのか。

 それは誰にも、海砂本人でさえもわからない。

 

 そんな海砂に合わせてリュークとレムは『ペチペチ』と掌を鳴らした。

 

「中々面白かったぜ。あれ全部デスノートに書いたのか?」

 

「あー、あれ? 適当だよ。『キラに殺される危険を感じ、Lの身代わりである事、自分が死刑囚である事をカメラに向かって開示し、あまりの恐怖から自らの指を噛み千切り、カメラに映るように背後の壁に『六花』のマークを描いた後、神に許しを請うてその直後に心臓麻痺で死亡』これで問題なし! 丁度いいセリフとか、あの人が考えてくれたみたいだね」

 

「くっくっく、たぶんだが、ここまで上手にデスノートを使ったのは、海砂。お前が初めてだ」

 

「でしょー? 結構考えたからね、上手くいって良かったー。これで『キラ』のシンボルマークも無理なく世間に周知出来たし、一歩前進かな」

 

「ああ、あの花みたいなマークか。けど、そんな必要があるのか?」

 

「大事だよー。シンボルって、あるだけで影響力が段違い。形あるものにしちゃえば、それをイメージの依代にして偶像化が進むからね。とっても便利だよ。これから『キラ』の思想を布教していくにあたって、結構重要な役割を果たしてくれるはずだよ?」

 

「ふーん、そういうもんか」

 

 あんまり理解してなさそうなリュークだったが、海砂も理解して欲しいとは思っていない。

 ただ説明を求められたから説明しただけに過ぎない。

 それ故にその反応に引っ掛かる事もなく、海砂はまたいつも通りに微笑んだ。

 

「しっかし、面白いな。お互いに顔も名前も、全てがわからない相手を見つけ出す。そして見つかった方が死……。はは、楽しめそうだ」

 

「うーん、まぁ別に私は『L』じゃなくってもいいんだけど。しょうがないから相手してあげよっかな」

 

「はははは、それを聞いたら、きっと奴は悔しがるだろうな」

 

「ふふ、もうサービスタイムはお終い。関東圏内に居るって事は教えてあげたんだし、ここからは自力で頑張ってもらわないとね」

 

 そんな調子の海砂を見て、リュークは気がついた。

 そういえば、テレビで『L』が出てきた時も予定通りとでも言わんばかりの余裕を滲ませていた、と。

 

「……まさか、このためだけにわざと日本に居るって隠さなかったのか?」

 

「そうだよ?」

 

 極自然に、当然の如く答えた海砂の様子を見て、リュークは『ブルリ』と背筋を震わせた。

 全てが計算済み。

 まるで全てを知っているかのようなその返事に、ありえないと思いながらも、この女ならあるいは、と思わせる雰囲気がある。

 それを思ってリュークは裂けた口元を、もっともっと裂いて笑いながら続けた。

 

「……ははっ、やっぱ、お前が一番おっかねぇ。『L』って奴も災難だな」

 

 そんなリュークの言葉に、海砂は無言で妖艶に微笑んで答えた。

 

 



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夜神月2

約1000字



 

 

 

『──しかし、そんな事は……お前を捕まえればわかる事だ!! 必ず、お前を捜し出して始末する!! 私が、正義だ。また会おう、『キラ』』

 

 テレビ画面から流れる音声は、それっきり途絶えた。

『ザーザー』と砂嵐が映し出されるテレビ画面の電源を切って、夜神月は片手で口元を覆いながら『クツクツ』と笑い始めた。

 

「ははっ、『L』。そう、『L』か。お前も『キラ』を見つけたいのか。──奇遇だな、僕もだ」

 

 天気の良い窓の外を眺めながら、月は思考を回していく。

 立ち上がったまま、室内を歩き回る。

 

 関東圏内に居る。

『L』がああ言ったのは『キラ』に圧力を掛けるためだ。

 虚偽の情報である可能性は非常に低い。

 少なくとも奴はそう確信してる。

 正直、替え玉を用意して自分の名前を名乗らせる、という方法はスマートじゃないから嫌いだが、場所を特定したという意味では有効な方法だったのだろう。

 加えて本当に『キラ』が『超能力』染みた能力を持っていることまでわざわざ証明してくれた。

 

 これで月も推測を重ねず、そう言う能力があるという前提で動くことができる。

 加えて、どうやら『キラ』が殺しの能力を使う条件があるらしい。

 

 自分を殺してみろ、と言った『L』を、殺さなかったのか、殺せなかったのか。

 イマイチ判断に困るところだ。

 何せ『LIND.L.TAILOR』は犯罪者だった。

 つまり、『キラ』が自分を追ってくる警察関係者を殺すのか、殺さないのか、まだ不透明ということである。

 

 もしも犯罪者以外は絶対に殺さないというルールを決めているのであれば、それはアドバンテージとして使うことができるが、果たしてどうか。

 そして。

 そんな思想を持っているのだとしたら、正しく神の所業だ。

 心が広いなどというレベルの話じゃない。

 

 だがもし邪魔者すら殺さず、目的を達し続けることができたなら。

『キラ』を信奉する者も加速度的に増えるだろう。

 もちろん、捕まる危険性も高まるが、『キラ』はその辺りをどう想定しているのだろうか。

 

「……面白くなってきた」

 

 夜神月は無意識のうちに『キラ』を自らと同格にまで引き上げていた。

 もし自分が『キラ』だったなら、という思考実験の結果として理解した。

 精神と命を犠牲にしなければ達成困難な道を進む『キラ』に対して、リスペクトに近い感情すら抱いている。

 

 夜神月の人生の中で、自らと同格の存在というのは、今まで出会った事がなかった。

 天才故の苦悩である。

 そのために本人でも無意識の内に『キラ』に対して非常に強い執着心、興味を抱いていた。

 

 そしてさらに月は『L』という存在を知った。

 死刑囚をテレビ出演させるような人間だ。

 まともな人間じゃない。

 どれだけ言い繕っても、絶対に頭がおかしい。

 月なら死刑囚を使っての方法は思いついただろうが、それでも実行まではしない。

 クレイジーである。

 

 先にも言ったが、自らと同格の存在というのは、今まで出会った事がない。

 まず確定として一人。

 『キラ』だ。

 

 そしてさらにもう一人。

 『L』だ。

 

 月の強い自尊心は自らがその二人に劣っているとは思わせなかった。

 むしろ自分こそがその二人を超えているとすら思っていた。

 

 だからだろう。

 自分も『キラ』を見つけてやる、だなんて思ったのは。

 

 こんな面白い事件を前にして、月が止まる事はありえない。

 

 思い立ったが吉日とばかりに月は今までの『キラ』事件の詳細を纏めるため、パソコンを起動した。

 どっちが先に『キラ』を見つけるか、勝負だ。

 そう思いながら、月は今まで感じていた退屈など忘れたように、少年のように瞳を『キラキラ』と輝かせた。

 

 

 



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静寂

約5000字



 

「──『L』さすがにもうあんな真似は認められない」

 

 凶悪犯連続殺人特別捜査本部。

 夜神総一郎は机の上に置かれたパソコンに向かって、真剣な表情で意見を伝えていた。

 それに対して合成の機械音声で『L』が答えた。

 しかし、返事はニベもないものだった。

 当然である。

 成果を出した方法であるのだから、もう一度実施しない理由がない。

 もちろん効果は薄れるであろうし、意味がないかもしれない。

 だが、それでも何もなかった、という結果が得られるのであればそれは十分な情報だ。

 それを懇切丁寧に話しても理解されないだろう、と『L』は理解していた。

 

 それ故に断れない方法で拒否した。

 

『認める、認めない。ではありません。現状あれしか有効な手立てがありませんから。それにICPOの決議で決まったはずです。私に対する全面協力をしていただく、と。約束は守ってもらわねば困ります』

 

「しかし! また死刑囚をテレビに出すなんて! 到底認められる訳がない!」

 

『──であれば何か代案を用意してください。私はあの方法で、様々な立証を行いました。同じく立証ができる方法であれば、どんな方法でも構いませんよ』

 

 当然の主張ではあるが、総一郎は何も言えなかった。

『L』が用意したように何か画期的なアイデアを。

 捜査本部でもそういった意見が出た。

 全員でこぞって案を出し合ったが、有効性が認められるものは残念ながら思いつかなかった。

 

「……それは、そうだが」

 

『……わかりました。あと3回。3回だけ私にチャンスをください。確かめねばならない事がありますから』

 

「3回もか……」

 

『これが私に出来る最大の譲歩です。『キラ』は前回強いメッセージ性のあるシンボルを残しました。次回も、何か仕掛けてくる可能性は高い。『キラ』を捕まえるために、絶対に必要な事です。わかって頂きたい』

 

 渋々、といった様子で総一郎は同意した。

 わかっていた。

 これが自分のわがままであると。

 しかし、どうしてもあのやり方を認めることができない。

 あんな実験するような方法で行うなど、警察官としてあるまじき行為だと思っていた。

 

 その後。

『L』から『キラ』に対するメッセージは3回実施された。

 しかし、その3回とも、なんの変化もなく終了した。

『L』は宣言通りにその3回以降メッセージの実施を中止して、捜査は一般的な方法でのみ行われるようになった。

 

『キラ』に殺されるかもしれない。

 そんな恐怖心が理由で捜査本部から人員が転籍願で減りながらも、捜査本部は問題なく動いていた。

『原作』のようにFBIが殺されることはなかったから。

 

 そうこうしている内に『キラ』出現から1ヶ月が経過しようとしていた。

 その間。

『L』が『キラ』の存在証明を行なって以降『キラ』対策は一向に進んでいなかった。

 

 

 

 

 

 

「──海砂。本当にあのメッセージに対して何もしなくて良かったのかい。最後の方なんて、随分と舐められていたけど」

 

 海砂はレムからのその言葉に対して、『くすり』と笑った。

 実際に全く気にしていなかった。

 お前は悪だ、であるとか。

 幼稚な理想主義者、であるとか。

 色んな多種多様な挑発を繰り返されたが、頑張ってるなーと思うだけで特になんの反応も示さず、黙々と犯罪者を裁いていた。

 けれど、どうやらそんな姿勢がレムには気になったらしい。

 

 鏡に向かってメイクをしながら、海砂は何でもないような軽い調子で答えた。

 心配ないと、本当に気にしていないと示すように。

 

「ああ、あれ? いいのいいの。相手にする方が面倒くさいよ。それに犯罪者かどうかわからないのに、『キラ』が裁くわけにはいかないからね。あれはスルーの一手だよ」

 

 チーク塗ってー。

 リップ塗ってー。

 話しながらもメイクを進めていく。

 

「……そういうものか。けど、最近はあんまりデスノートも使ってないみたいだし、もう仕込みっていうのは終わったのか?」

 

 付け睫をつけた後に目をシパシパさせながら答える。

 

「ううん、まだだよ。けど、ちょっと小休止ってところかなー。私もお仕事しなきゃだし」

 

 最後に口紅を軽く塗る。

 ティッシュで軽く押して、唇同士を食みあわせる。

 

「……ああ、あの仕事か。けど、もっと他に選びようがあったと思うけどね」

 

「この仕事がいいの! 可愛いから」

 

 化粧を終えて、輝かんばかりの笑顔で海砂は振り返った。

 その衣装は普段のゴスロリとは少し違う。

 冬っぽいが、清楚系という雰囲気で纏まっている。

 

 そう、海砂のいう仕事とはモデルのことだった。

 海砂は可愛いものが好きだ。

 唯一感情が動く事と言ってもいい。

 けれど、それとは関係なく。

 

 メディアに露出した立場で非常に有名になるために、モデル業に精を出していた。

 

 

 

「──うん、いいよー、いいねー海砂ちゃん。可愛いよ〜!!」

 

『パシャパシャ』と写真を撮る音が響き渡る。

 カメラの前に立って、色んなポーズを取りながら微笑む海砂は非常に可愛らしい。

『キラ』である経験も相まって、どこか尋常ではない迫力すら滲む姿は極めて存在感を濃くしていた。

 可愛らしい容姿の中から滲み出す、どこか倒錯的な破滅感。

 それは見る者に興味を抱かせ、強烈に惹きつけた。

 

 そこから何時間かの撮影が終わり、お茶を『クピクピ』と飲んでいる海砂にカメラマンの男性が機嫌良さげに話しかけてくる。

 非常に好意的な様子だった。

 拒否する理由もないので、海砂も笑顔で会話を受け入れる。

 

「いやー、海砂ちゃん見違えたね! これなら読者アンケートで一位も全然狙えるよ、うん」

 

「あはは、ほんとーですかー? ありがとうございます」

 

「ホントホント! なんていうか、浮世離れした雰囲気が出てきたよね〜。超然としてるっていうか、この世のものじゃない透明感っていうか。あっもちろん良い意味でね!」

 

「あはは、わかってますよー。今『キラ』とかって世間が大変じゃないですか。……私の両親を殺した犯人も『キラ』が裁いてくれたので、もしかしたらその影響かも」

 

 少し曖昧に微笑みながら言えば、カメラマンも瞳を潤ませて頷いた。

 嘘ではない。

 裁いたのが自分であるだけだ。

 

「……そっか。海砂ちゃんのご両親を。……じゃあ、これからは前向きに進んでいけるね! 今の海砂ちゃんなら『エイティーン』誌の顔も目じゃないよ。頑張って!」

 

「はーい! 応援ありがとうございます! またお願いしまーす!」

 

 元気良く笑顔で海砂は見送る。

 こういう人間関係もバカにできない業界であるから、愛想は振りまいておいて損がない。

 なので、その他のスタッフにも愛想を振りまいて。

 

 そのまま自宅に帰宅して、お風呂など必要な事も済ませてベッドに腰かけた。

 レムが『フラリ』と近くに寄ってきた。

 リュークは点けているテレビに夢中で、時折『がはは』と笑っている。

 海砂のことを一切気にしていなかった。

 

「さてっと、今日もお仕事終わりー」

 

「お疲れ様。けど、良かったのかい。あんな事言ってしまって」

 

「うん。別に隠してないからね」

 

 事務所のプロフィールにも載せているくらいだ。

 ああやって直接『両親が殺された事』を話すくらい、どうということはなかった。

 

「……けど、まさか海砂が『キラ』だなんて思ってもみないだろうね。教えてやったらどんな顔をするんだか」

 

「あはは、それはもー、すんっごく驚いた顔してくれるんじゃないかな? 私も自分を客観視したら全然『キラ』に見えないし」

 

「そりゃ、そうだろうね。もしかして、それが狙いでモデルになっているのかい? 『キラ』がメディア露出なんてする訳がない、という盲点を突くために」

 

「ん〜、そういう側面もあるけど、メインは違うかな。……安心してよ、しっかり考えてるから」

 

「そうか。なら、これ以上の質問はやめておくよ。リュークほどじゃないが、私も海砂の結末が気になってきたからね」

 

「あは、気にしてくれるんだ? ありがと。レムも楽しんでね」

 

「そうさせてもらうよ。せっかく人間界に降りて来たんだしね」

 

「そうそう、何事も楽しまないとねー」

 

『プラプラ』と脚を揺らしながら海砂が言う。

 その言葉は『本心』だった。

 

 

 

「──どうした『キラ』。何故動かない……。いや、挑発になど影響されない精神性を維持している、という事か」

 

『L』は思考を続けていた。

 3回。

 生中継でのメッセージを実施した。

『LIND.L.TAILOR』と同じく、警察が極秘に捕まえた、その日に死刑になる予定だった犯罪者を使ったのが1回。

 死刑囚ではあるが、死刑日がまだ先の犯罪者が1回。

 死刑囚でも犯罪者でもない何の罪もない者で1回。

 

 その全てに対して『キラ』は無反応を貫いた。

 

「……私の思考を読まれたか? 初めの1回は確実に『替え玉』で犯罪者である、と断定した故に殺したが、2回目以降は私の性格を知らないため、犯罪者であるという確証が得られず、殺さなかった? ……そうとしか考えられない。であれば『キラ』。お前は犯罪者以外は殺すつもりがない」

 

 さらに思考を深く潜らせる。

 そのような思想、考えに至る『キラ』のプロファイルを行なっていく。

 結果として出来上がったモノは、とてもではないが、その精神性は異常極まった。

 

「これほどの大事件。自己顕示欲も強いと見ていたが、こうまで挑発に反応しないとなると、それも考え直さざるを得ない。まさか本当に神にでもなるつもりか? この世界に君臨するとでも? ……いや、それよりも、もっと正確な言葉がある」

 

 ──『歯車』染みている。

 

『L』は静かにそう呟いた。

 

 

 

 

 

「──『キラ』に動きはなし、か。挑発にも全く動じていない。黙々と淡々と犯罪者だけを裁き続けてる。『LIND.L.TAILOR』を殺したのは、犯罪者である確証があったから。『L』の思考を完璧に読み切っていないと出来ない芸当だ。けど、その後の3回に犯罪者が含まれていないとも思えない。それをあえて殺さなかったのは、罪のない者である可能性があるなら、殺さないという『キラ』の明確な意思表示。これは、『L』も対処に困るだろうね」

 

 結論として、現時点での月が抱く『キラ』の印象。

 

『犯罪抑止』を狙う思想犯。

 非常に頭が良く、そしてスマートだった。

 特に『L』の狙いを読み切っているところが良い。

 

 さらには犯罪者以外を殺さないという、強い意思が感じられるところも良い。

 だが、思想犯としてこれ以上ない適役ではあるが。

 その分のリスクが高まるとは思わないのだろうか。

 自分を追う警察関係者。

 それすらも許容しているのか。

 

 捕まる訳がないと言う強烈な挑発であるのか、それとも捕まっても構わないと思っているのか。

 

 いや、思想犯である以上捕まって良いと思っているはずがない。

 つまりは、『捕まえられるものなら捕まえてみろ』という意思表示に他ならない。

 それを思い、月は心底面白げに笑った。

 

「ふ、ふふ。『キラ』お前は最高だ。お前は犯罪者であり、殺人鬼でもあるが、君のファンに成り掛けてる僕がいるのを感じるよ」

 

 月はそう言いながら、天気の良い空をベランダから眺めた。

 

「──いい天気だ」

 

 そんな時。

 ふと以前『黒いノート』を落とした時のことを思い出した。

 いや、正確に言うなら、拾って返した時のことを。

 

「……待て」

 

 月の中で、点と点が、線で結ばれようとしていた。

 

「関東圏内。『キラ』が登場し始めた時期。そして『黒いノート』……確か名前は『DEATH NOTE』直訳で『死のノート』……? 待て、僕は今、何かとんでもない事に気がつき始めていないか?」

 

『ぶわっ』と冷や汗が溢れた。

 それは恐怖だったのか、興奮だったのか、月にもわからない。

 

「……落ち着いて整理しよう。まずは、『キラ』が出現した日とあの女と会った日が一致するかどうかだ」

 

 月はパソコンに戻って、出来る限りの冷静さを維持したままキーボードを叩いた。

 結果は1日違い。月が『黒いノート』を渡した翌日から、裁きが開始されている。

 ほぼ同時と言って良い結果だった。

 

「もしかすると、もしかするのか……? だが、そんな事が──」

 

 またふと脳裏に蘇ったのは、『黒いノート』が空から降ってきた光景。

 授業中、暇つぶしに外を眺めていた時に明らかにおかしな位置から『何か』降ってきていたので、月はその落下地点にあった『黒いノート』に興味を抱き、拾ったと言う事実。

 それを思い出した。

 

「……あっ」

 

 点と点が、線で結ばれた。

 それはもはや疑惑というにはあまりにも鮮明に、月の中で形作られた事実となった。

 

 これで、『DEATH NOTE』の存在に気がついた者が一人増えた。

 物語は急激に加速を始める。

 それが、良い悪いに関わらず。

 

 ただ急激に加速し始めた。

 結果は『弥海砂』だけが知っていた。

 

 

 

 



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ジーニアス

約3000字



 

 

 

「──は、犯罪者の報道を、名前のみにする!?」

 

 凶悪犯連続殺人特別捜査本部。

 その一室で、またもや夜神総一郎の声が響き渡っていた。

 対面するパソコンから、合成機械音声『L』が返事を返す。

 

『そうです。どうやら、挑発が足りないようですから。『キラ』の反応を引き出します』

 

 総一郎はその言葉を聞いて、信じられないような心持ちだった。

 それは警察関係者を生贄に捧げるのと同等の発言であったからだ。

 

「バカな! そんなことをすれば、警察関係者のトップが殺されかねんぞ!!」

 

『そうです。しかし、皆さんであれば覚悟を持って臨まれているはずです。ですから、これは行わねばなりません』

 

 総一郎の言葉に対しても、『L』が意見を変えることはない。

 淡々と事実だけを述べていた。

 それに対して、心の奥底から滲み出る、理不尽な怒りがこみ上げてきた。

 その思いのまま、総一郎は言葉を続ける。

 

「……『L』あなたは安全な場所にいるからそんなことが言えるのだろうが、我々は命を賭けて顔を晒して調査しているんだ、とてもではないが承認されると思えない。あなたが言った事だ! 『キラ』が殺人に必要なのは『顔』だけであると。名前だけで報道された犯罪者は死亡していない。そうだ、その通りだった! だが、あなたは晒していないが、我々警察関係者は皆顔を晒している。命を懸けている! この違いはあまりにも大きい」

 

 精一杯の総一郎の言葉に対しても、『L』は頷くだけだった。

 

『そうですね。もしご心配であれば、今からでも顔写真などを削除することを勧めます。私のように。ただ、私が思うに、『キラ』は警察関係者を殺しませんよ』

 

 その言葉が、怒りに対して水を掛けた。

 僅かに鎮火しながら総一郎は続ける。

 

「な、なんだと? であれば何故そんな報道をするんだ?」

 

『やってみねば、どうなるかわかりませんから。今のままではただの推測に過ぎない。……もしこれでも『キラ』が何の反応も見せないのなら。……それを確かめるための報道変更です。ご理解いただきたい』

 

『L』が誤魔化しているようにも、嘘を言っているようにも見えない。

 だから総一郎は念のために、念押しだけをすることにする。

 もしも警察関係者が死なないなら、報道変更にも意味がある。

 何せこれで『キラ』は殺人を行えなくなるのだから。

 

「……わかった。本当に、『L』あなたは警察関係者が死なないと思っているんだな?」

 

『ええ、本当です。私を信じてください』

 

「……いいだろう。私が上に掛け合う」

 

 総一郎の言葉に、部下である松田が悲鳴を上げた。

 

「き、局長!?」

 

『ありがとうございます。私からも報告をあげますから、夜神さんだけに負担を背負わせることはありませんよ』

 

「……そうか。そうだな、そうしてくれると助かる」

 

 少し疲れたように息を吐き出す夜神を見ながら、『L』は静かにその様子を観察していた。

 まるで信頼するに足るのか、見定めるように。

 

 

 

 

 

 

「──へぇ、『L』も考えたな。犯罪者の顔を隠すなんてよ。はは、どうする海砂。これでデスノートを使った裁きとやらは下せなくなったぞ」

 

 テレビ画面に映る、報道形式を変更するというニュースは海砂の下にも届いていた。

 それを見るリュークの面白げな言葉に対して、何の感慨もなく海砂は答える。

『L』ならこうしてくるだろう、という予想から全く外れることのない対応だったから、焦りなどは全く生まれていなかった。

 

「うん。予定通りだよ」

 

「……あ、そう」

 

 焦った海砂を見たかったのか、ちょっと残念そうな様子を見せるリュークに、海砂はしょうがないな、とでも言わんばかりの微笑みを向ける。

 

「『L』なら、こないだの3回あったテストで私が殺さなかった理由を、犯罪者である確証が得られなかったから殺さなかった、と推理する他ないの。何故なら初回の『LIND.L.TAILOR』を殺して、それ以外の者を殺さない理由が、『それ以外』にありえないから。きっと『L』は警察関係者に、報道を止めても殺される心配がないから、報道停止するように指示したと思う。じゃなきゃ顔を晒してる警察関係者のトップが承認するはずがないからね」

 

「ほぉ、そうなのか」

 

「うん。けれど、ここまでは全部ブラフ。『L』に対する信頼関係を壊すには、『L』が致命的な失敗を行う必要がある。なら後はここで私が警察関係者トップを殺しまくれば、どうなると思う?」

 

「ははっ、『L』の信頼はズタボロだな」

 

「ピンポーン。もう『L』は手足の一つ残らずを奪われることになる。誰も彼の言うことに従わなくなる。だって、彼の指示のせいで警察関係者が死んだんだから。……って筋書きもなしじゃないけどね」

 

 当然、そうすると思っていたリュークが『ポカン』としたアホヅラをかました。

 

「……え? やらないのか? やろーぜー、海砂。そっちの方が面白そうだ」

 

「言ったでしょ。『L』なんてどうでも良いの、所詮は個人でしかない。そんな相手との勝ち負けになんて、私は拘らない。もっと大局を見る必要がある。……具体的には、世論を味方につける」

 

 心底不思議そうにリュークが小首を傾げる。

 海砂がやれば可愛らしいが、リュークがやっても不気味なだけだったが。

 

「世論? そんなもの味方にしてどうするんだ?」

 

「ふふ、まぁ見てて。きっとすぐに警察は音をあげるから」

 

 海砂は微笑みを浮かべたまま、今日もまたメイクをしながら言った。

 

「──今の時代は『民主主義』が主流。きっとすぐに、民衆の声を抑えきれなくなる」

 

 まるで預言者の如く、当然のようにそう呟いた。

 

 

 

 

「──『キラ』は何の動きも見せない、か。僕の予想が当たったな。やはりコイツ、自分を追う人間も、邪魔する人間も、殺すつもりがない。……いや、さすがに自分の正体がバレたなら殺すか……?」

 

 夜神月は思考を回す。

 

 既にニュースで名前しか報道されなくなり、1週間以上が経過した。

 そして、犯罪率は激増した。

 具体的には『キラ』が現れる前と比べて2倍近くもの犯罪が世界中で起きていた。

 

「当然こうなる。『L』もここまでは予想済みだろう。そしてこの後、世論が蠢き出す事も、当然わかっているはずだ。そうなってしまえば『L』個人の力で報道変更を維持出来なくなる。つまりこれは、『キラ』の抑止を目的としていない。──『L』が『キラ』の思想を理解するため。そして『キラ』の思考レベルを試すテストでしかない。それに付き合う『キラ』も律儀なんだか、バカなんだか。……いや、思想犯である以上、思想はブらせない。バカというのは軽率か」

 

 月は冷静に思考を回し続ける。

 

 以前とんでもない事実には気がついた。

 だが、かといってあの女を見つけなければ、動くことができないために、まだ何もアクションは起こせていなかった。

 街中を比較的歩くよう意識してみたが、当然その程度で見つかるはずもない。

 

 ここは東京である。

 人口密集地帯だ。

 たった一人の人間をこの中から見つけるなど困難極まる。

 それ故に今までとその生活スタイルは変わっていなかった。

 

 思考を回し続ける。

 

「だが、これで『キラ』の行動指針が明確になった。……もしやこれを『キラ』も狙っていた? 挑発に応じなければ『L』が『この手段』つまり、『顔写真非公開』という動きに出ることも織り込んでた? そして、全世界に『キラ』が犯罪者以外を殺す意思を持たないことを周知する。──合理的な思考だ、まるで無駄がない。……何だこの、掌の上で踊らされている感覚。非常にスマートだ。芸術的ですらある。──だが、何故だ? 何故お前はそこまで『L』を知っている」

 

 夜神月は、深く深く思考の底に沈んでいった。

 

 

 

「──『キラ』。何故かは知らないが、お前は私のことを深く理解しているらしい。業腹ではあるが、今のところお前が抱いている私に対するプロファイルは正確であると言えるだろう。……正直この流れは歓迎したくなかった。だが、こうするより他に方法がなかった。……お互いにここまでは定石をなぞっていると考えよう。お前はその思想を世間に流布し、私はお前に関する最低限の情報を得た。イーブンと言うには、些かお前の思惑通りすぎる展開だが、仕方がない。……『キラ』お前は何を考えている。私を殺すつもりすらないのか? ……おかしなことだが。それは、少し、拗ねたくなる」

 

『L』も、当然のように海砂──『キラ』の思惑に勘付いていた。

 勘付いた上で策を実施していた。

 そして自分が相手にされていないようにも感じていた。

 

 それは『L』としても初めての経験だ。

 警戒も、意識もされず、犯罪者に無視される経験というのはさすがに今までになかった。

 

「……私にこんな感情があったとは、少し意外だが。まぁいいだろう、私がやることは変わらない。──『キラ』お前は私が捕まえる。お前が私を警戒しないのならば、それでいい。必ず処刑台に送ってやろう」

 

 

 変わらずに意思を固めて、『L』はパソコンに向き合う。

 場合によっては、リスクがないのなら、その姿を人前に晒すことすらも考慮に入れて。

 

「──夜神さん、少しお話があります」

 

 自分の姿すら罠とするために、動き出し始めた。

 

 



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転機

約7000字



 

 

 

「──局長。本当に、『L』がそんなことを……?」

 

「ああ、間違いない。この耳で聞いた。あ、いや。メッセージだから、この目で見た、になるか。……ここだな」

 

 夜神総一郎は『L』から指示されたホテルに足を運んでいた。

『帝東ホテル』

 国内でも有数の非常に豪華なホテルだった。

 

「けど、なんで『L』は急に会うなんて言い出したんですかね? 今までの事件も、誰にも顔すら見せずに解決してきたって聞きましたけど」

 

「……わからん。だが、これは良い傾向かもしれん。私たちが信頼されたということだからな。さすがの『L』も『キラ』という犯罪者相手には今まで通りでは逮捕が叶わないと考えているのだろう。私としても、自分や部下の指揮を執る人間の顔くらいは知っておきたい」

 

「そうですね! ちょっと僕『ワクワク』してきました」

 

「……松田、遊びじゃないんだ。浮ついた気持ちで同行しているなら、ここまでにしておいた方がいい」

 

「す、すみません。局長、僕も同行させてください……」

 

「……はぁ、松田。お前の名前も『L』から出ていた。連れていかない訳にもいかない。だが、そんな気持ちのままで捜査するなら、私から『L』に捜査から外すように願い出る事も考える。いいな?」

 

「はい……」

 

 かなり凹んだように見える部下の姿に、少し言い過ぎたかとも思うが、大事な事だ。

 正しい事を言った、と自らを慰めつつ、ホテルの廊下を進む。

 

 そして、『L』の指定する部屋の前にまで辿り着いた。

 

「……」

 

 ただ無言でドアを叩く。

 すると、内開きのドアが開いた。

 

 その中には、白いロングTシャツを着て、ワンサイズ大きなジーパンを『ダボっ』と履いた青年が立っていた。

 

「──『L』です」

 

 青年は片足でもう片方の足を『ポリポリ』と掻きながら。

 そう。

 何でもない事のように言った。

 

「──後何名か来られる予定です。お掛けになってお待ちください」

 

 言うや否や『スタスタ』と部屋の奥に進んでしまい、慌てて追いかける。

 

「ま、待ってくれ。私は夜神という、それで──」

 

「僕は松田です」

 

 自分のことを指差しながら、松田が続けた。

 そんな二人を振り返って見つめて、『L』は一言。

 

「そうですか、よろしくお願いします」

 

 ただそれだけ言って、また奥に向かって歩き出した。

 何も語るつもりがなさそうな『L』に話しかけて良いものか。

 そんな内心が滲み出る数十分が経過して、続々とメンバーが部屋に入ってきた。

 

 

「──お待たせしました。改めて……『L』です。後、ここでは『竜崎』と呼んでください。また私が話す内容に関しては一切メモなどを取らず、頭の中に入れてください。これらは用心のためです」

 

 集まったメンバーは以下の通り。

 夜神。

 松田。

 相沢。

 宇生田。

 模木。

 奇しくも『原作』と同じメンバーが呼ばれていた。

 それは『L』の人間観察能力が非常に優れている証拠であり、その結果だった。

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 夜神が代表して発言し、『L』が引き続き話す。

 

「皆さんをお呼びしたのは他でもありません。──『キラ』を捕まえるためです。しかし、捜査本部内に蔓延する『キラ』捜査に対する忌避感や抵抗を感じたため、少数精鋭での捜査に切り替えます。メンバーの厳選に関しては、私の独断と偏見です。もしここに選ばれなかった方が居たとしても、それは能力や信頼度が劣っている訳ではなく、単に私が臆病なのだと思ってください。なので、これ以上のメンバーの拡充は現在は予定していません。今後は、ありえるかもしれませんが」

 

 一気にそこまで言い終えた『L』に夜神が尋ねる。

 

「ああ、信頼してくれたことを非常に嬉しく思う。だが、これだけのメンバーで本当に捜査可能なのだろうか?」

 

 素朴な疑問であったが、『L』は何を今更、とでも言いたげに当然のように頷いた。

 

「もちろん、困難でしょう。しかし、『キラ』捜査に関しては人数が居れば何とかなる、という類の事件ではありません。何せ雲を掴むような話ですから、どちらかといえばアイデア量。アイデアの質。そういったところが重要になってきます。ただ、それなら何百人も動員する意味がない」

 

「……確かに、そうだ。ナイフでも刺さってれば洗いようがあるが心臓麻痺だからな……」

 

 腕を組みながら、総一郎はそう思う。

 心臓麻痺。

 しかも自分は手を下さずに人間を殺してしまうことが出来る。

 とんでもない能力だ。

『L』は自らの指を咥えて噛み始める。

 何か不安を覚えた時に人が行いそうな動作だった。

 

「正直めちゃくちゃ怖いです。この中にキラがいれば、私は死にますから。しかし、虎穴に入らずんば虎児を得ず。死ぬ危険を犯してでも、皆さんとの信頼関係の構築を優先しました」

 

 その『L』の言葉に、ニワカに活気付くメンバーではあったが、それは『L』の本心ではなかった。

 姿を現したのは、殺される恐れは非常に小さいと考えたからである。

 

 でなければ『L』は顔を見せようなどと考えなかった。

 そして、これは『撒き餌』でもあった。

 もし今後『キラ』が『L』を邪魔に思うのなら。

 

 あるいは『キラ』に繋がりを持った人間が警察内部に居るのなら、『キラ』がどう思っていようが『L』の顔という情報を求めてこの集まりに参加しようとするはずだ。

 可能性としては1%もない、極小の可能性。

 しかし、そこに可能性があるなら、『L』は自分の命すらも賭けるつもりだった。

 むしろ自分を殺してくれたら犯人が絞り込めるとすら思っていたが、それが叶う可能性は極めて低そうだった。

 

『L』がそう考えている間に、相沢という男が顎に手を当てながら『ブツブツ』と呟いた。

 

「アイデア。アイデアか……。もう『L』──いや、『竜崎』がやった方法でも何もアクションが返ってきませんし。というより、このまま報道を名前だけにしておけば新たな被害は出ないですよね? 対症療法になってしまいますが、一先ずはこのまま様子見でしょうか? 耐えきれなくなった『キラ』が動くかもしれませんし」

 

 少しばかり見当違いの意見を出す相沢に対して、『L』はそういえばまだ言ってなかったな、と思った。

 しかし同時に、少し考えれば誰でもわかるだろう、とも思っていただけに少し会話のテンポが悪くなったように感じる。

 だが、それを言ってもどうしようもない。

 少数精鋭で行うと自ら宣言した以上は思考レベルを合わせる必要性がある。

 少し面倒に感じながらも口を開いた。

 

「……相沢さん。報道規制は近々やめます。とても続けられませんよ」

 

「ええ!? ど、どうしてですか? 確かに犯罪率は上がりましたが『キラ』による被害はなくなったんです。十分すぎる成果じゃないですか」

 

 随分驚くな、そう思いながらも『L』は口を止めない。

 

「……そうです。犯罪率が上がりました。きっと『キラ』が耐えきれなくなるより先に、民衆の声が大きくなるでしょうね。罪のない人間ではなく、罪のある人間を庇うのか、と。人道的にはナンセンスな意見ですが、一度大きくなったその世論は恐らく止まりません。全世界同時に暴動が起きます。そうなれば、我々の一存で報道規制など行えなくなる。──最悪なのが『キラ』を信奉する者が犯す犯罪です。我々が報道規制を行った結果、起きた犯罪。もし『キラ』がこの人物を裁かない、なんてことになれば、大変なことになる。免罪符を得たように国家に対する反逆が蔓延しかねない。この国もですが、先進各国は大半が民主主義国家ですから」

 

「そ、それはそうですが。報道すれば死ぬとわかって報道するしかないなんて……」

 

「報道の自由を認めていない、と言われてしまえばその通りですから。どうせ長くは維持出来ないだろうと思ってました。別にそれで構いません。確かめたい事はもう確かめられましたし」

 

「……この間言っていた事か」

 

 夜神が言ったその言葉に、『L』は頷きを返した。

 

「そうです。『キラ』の思想を把握する必要がありました。そして警察関係者を殺す意思がない事も。……中々肝が据わってます。捕まえる寸前まで行けば変わるかもしれませんが、少なくとも臆病者じゃなさそうです」

 

「……くそ!! なら、今後どうするんだ? また犯罪者が殺されていくのを指を咥えて見てろっていうのか?」

 

「地域別に犯罪者報道を変えてみる、などはありますが。もし『キラ』がテレビから情報を得ているならさらに詳しい位置が把握できます」

 

「おお、それはいい!」

 

「しかし、これまでの経緯を見るに私が初めて『キラ』を挑発した後から、インターネットでしか情報を集めていないような印象を受けます。あまり効果的ではないかもしれませんね」

 

「……ぐっ!! ……そうだ。犯罪者の情報を紙媒体にして貼り出すのみにして、キラが来るのを待つ、とかどうでしょう」

 

「論外です。キラ本人が来ずとも、支援者に写真を取らせさえすれば、それだけで『キラ』が現地に来る必要がなくなります。というより、支援者などおらずとも、一般人が勝手に写真をインターネットにアップロードするでしょう」

 

 断言するような『L』の言葉に、相沢は尻すぼみになりながらも反論する。

 しかし、言葉に力はなかった。

 

「……いや、そこはほら、持ち込み禁止にして監視するとか……」

 

「どれだけの人間が来訪するかもわからない多目的のホールを借りて、それを整理する人員を用意して、そこまでする必要があるかは疑問が残ります、というか、私なら絶対にそんな場所にはいかない。キラが絶対にこない罠を置いている以上、誘い込もうとするだけ無意味です。罠というのは、罠だと気がつかれては意味がありません。相手は獣じゃないんですよ? いや、獣だって罠に気がつけば避けます。相沢さん、あなた、目の前に落とし穴があるのにその上を通るんですか?」

 

「……あ、はい。すみません……」

 

 意気消沈した様子の相沢を見て、夜神が思わずといった風にフォローする。

『ポンポン』と肩を叩き、元気付けるように。

 

「だ、だが、『キラ』がそこまで考えないかもしれないじゃないか。やってみるだけやってみるのは、アリだと私は思うぞ」

 

「局長……」

 

『ジーン』と響いたような表情で上司を見つめる相沢の姿にも、『L』は特に反応を見せない。

 つまらなそうに『ジト目』を向けていた。

 

「……そーですね。相手がバカであることを期待して、罠でもおいてみますか?」

 

「……いや、まあ、身も蓋もないが、そうなるか……」

 

「ロジックがない。もしもそんなバカな罠に引っかかって『キラ』が捕まるなら、私はしばらく放心して何も手がつかない状態になること間違いありません。とゆーか、それはちょっと『キラ』が許せない。……まぁありえないと思います。何故なら、今回の『顔写真』を報道規制する行動は『キラ』がどこまで考察できるのか、という思考レベルのテストも兼ねてます。そして『キラ』は何の反応も示さなかった。……少なくともバカではないと、私は考えます。なので、直接手を下さずに殺せる、という『アドバンテージ』を相手から捨てさせるような、そんな魅力的な罠があれば嬉しい」

 

「……まさか『竜崎』」

 

 気がついてしまった、と言わんばかりの夜神の反応に、『ゲンナリ』しながら『L』が反応する。

 そこまで露骨な反応をされれば他のメンバーも分かってしまうだろう。

 こうなれば開示してもしなくとも変わらない。

 ため息を隠しつつ言葉を続けた。

 

「……夜神さん。あの、今言ったばかりですけど。気付かれたら意味が半減します。まぁはい。私自身が囮です。これなら罠とバレたとしても、確認しに来る価値がありますから」

 

「うっ! す、すまん……。偽物なのか?」

 

「いえ、本物ですよ。だから私も怖い。皆さんと一緒です。なので、こんなふうに『L』と会える、ぐらいの魅力的な罠を用意してもらわないと」

 

「……。そうか、そうだな。『竜崎』が命を懸けた作戦を実施しているんだ。私たちもそれに匹敵するぐらいの何かを思いつかねば……」

 

「あればいいですね、是非聞いてみたい」

 

 そこで、松田が手を上げて恐る恐る言った。

 

「……。あ、あのー、聞いても良いですか」

 

「だめです」

 

「ええ……」

 

 引きつった笑みを浮かべる松田に、『L』が少しため息を吐きながら続けた。

 瞳を『キラキラ』させながらしようとした質問だ。

 きっと『キラ』の考察が聞きたいとかそんなところだろう、と思いながら問いかけた。 

 

「どうせくだらないことでしょう。……なんですか」

 

「いや、キラの事をどのくらい把握してるのかと思って。僕たちの考えでは、非常に老練な男性じゃないかって話してたんですけど」

 

 予想に漏れずだった。

 そう思いニベもない返事になってしまった。

 

「……。あ、そうですか。合っているといいですね」

 

 話してもあまり意味のないプロファイルしか、『L』にも出来ていない。

 ようやく集まった最低限の情報。

 そこから見えてくる『キラ』像はとてもではないが、誰かに語りたい類の話題ではなかった。

 何せ強敵である、と言うようなものだから。

 

「そうだな。ぜひ聞いてみたい。『竜崎』、教えてもらえないか? そこから何か私たちも意見が出せるかもしれない」

 

「あ、ああ! そうですね、竜崎の推理力は非常に頼りになる、私たちが気づいていない部分を指摘してくれる気がする」

 

 相沢がそう続け、『キラキラ』と目を輝かせ始めたメンバーに対して、『L』はこの調子なら士気が下がる事もないか、と思い直し口を開いた。

 

「……。私が思うに、キラは単独犯です。集団であるというにはあまりに死因や時間、思想にばらつきがない。あっても少人数の集団ですね。かなりの意思統一ができているはずです。そして、老練な男性、ということですが。その考えは捨てた方がいいでしょう」

 

「な、なぜだ?」

 

「もし本当に老練なら、キラになんてなっていないからです。自分のためだけにその能力を使った方がずっと利口だ。つまり、『キラ』はバカです」

 

 堂々と言い放ったその言葉に、夜神が少し困惑しながら言う。

 

「……おい、竜崎。さっきバカならやる気なくすとか言ってたじゃないか」

 

「先ほどのバカはアホ、という意味ですが、今回のバカは、頭の悪さを意味しないバカです。……目の前に転がっているメリットに見向きもせず、非効率で、普通なら無意味と思うような非生産的な行動に出ている。これをバカと言わずしてどうするんですか」

 

「……犯罪率の抑止、十分な動機だと思うが」

 

『L』は夜神のその言葉に首を横に振って答えた。

 

「だとするなら、あまりにもバカなんですよ。人間の身で、神の所行に手を伸ばそうとしている。身の程知らずの馬鹿野郎です」

 

 身の程知らずの馬鹿野郎。

 そう言われるとそうとしか思えなくなる。

 夜神総一郎は腕を組んで唸る。

 さすがは『L』だ。

 これほど的確に『キラ』を言い表せる事にやはり有能な人物だ、と評価を改めて上げた。

 

「……ううむ、そう言われると、確かにそうだ」

 

「キラは恐らくまともな思考回路をしていません。尋常でないほどの犯罪者に対する恨み。あるいは、現実が見えてなさすぎる理想主義者。ざっくり言うならこんな感じでしょう。まったく無意味なプロファイルです」

 

 しかし、ここまで的確に予想しながら無意味と言い放つ『L』に困惑する。

 なので、夜神は感謝を伝えるためにも言葉を続けた。

 

「……いや、少なくとも私たちの中にはなかった意見だ。十分ためになると思うが」

 

 しかし、『L』には響かない。

 何せ作り上げた『キラ』というプロファイルから、新たな策を思いつけない程度の低レベルの出来でしかないからだ。

 むしろこの程度でしかないと、自らの恥部を晒すかのようで、あまり話していたい類の話ではなかった。

 なのでちょっと不機嫌だった。

 

「……あぁそうですか、それはよかったです」

 

 そんな『L』の内面に逸早く感づいた松田が、少し空元気に声を上げた。

 天然な松田らしい明るい声だった。

 

「で、でも、さすが『竜崎』ですよね。こんなに鋭い意見を『ポンポン』と」

 

 相沢もそれに乗っかる。

 

「あ、ああ、そうだな。さすがに世界を股にかけてきただけのことはある」

 

 結構『L』も単純だった。

 少し気分を良くして言葉を続ける。

 

「付け加えるなら、私には、歯車になろうとしているようにも感じました」

 

「……歯車?」

 

「そうです、自分の意思は介在せず、ルールにだけ従って動くような、ただの歯車です。ロボットならもう少し自律してますが、それすらない。決められたルールをただただ守るだけの、回り続けるだけの歯車。……あれだけ挑発しても動かない。感性が少しでも残ってるなら、自分のご立派な思想を否定されれば、多少なり反応を引き出せると思ったんですが。……予想が外れましたね。『キラ』は一筋縄ではいかない相手です。もしかすれば、本当に神様かもしれませんね」

 

 半ば冗談として、そう言った。

 本当に神様ならどれだけ良かった事か。

 そんな思いも滲んでいた。

 

「……竜崎、冗談でもそんなこといってくれるな、神様なら捕まえようがないじゃないか」

 

「ええ、そうです。冗談です。私も本当にそう思ってる訳ではありません。……安心して下さい。キラは人間ですし、捕まえられます。間違いなく」

 

「それは、また根拠のある話なのだろうか?」

 

 夜神のその言葉に、『L』は今まで調べてきた情報の一部を開示した。

『キラ』事件が起こった当初から追っていた件だ。

 

「……冤罪率を調べました」

 

「冤罪?」

 

「そうです。今日までに死亡した犯罪者たちの捜査資料を可能な限り全て確認したところ、数件ですが、冤罪を見つけることができました」

 

 冤罪。

 そんなことが許されるわけがない。

 思わず立ち上がって松田が叫んだ。

 

「そ、それって大問題じゃないですか!!」

 

 間髪入れずに『L』がボヤいた。

 

「松田さん、黙って話を聞けませんか」

 

「……はい……」

 

『しおしお』と松田が座り直した。

『L』は構わず言葉を続ける。

 

「つまり、キラは人間です。神様なら冤罪で裁きを下すわけがありませんから」

 

『キラ』は人間。

 捕まえられる。

 その『L』の力強い言葉に勇気づけられ、夜神は声を大きくした。

 

「……そうか、そうだな! よし、人間なら捕まえられる! 私たちでなんとしても『キラ』を捕まえてやろう!」

 

「ええ、そうですね! 局長! お供します!」

 

 相沢が続き。

 

「ぼ、僕もがんばります!」

 

 松田も続いた。

 

「ああ、オレもやる気が出てきた」

 

 そして宇生田も。

 

「あ、宇生田さんいたんですね」

 

 ポロっとこぼれた松田の本音に対して、宇生田は青筋を浮かべて唸った。

 

「……ま・つ・だ! 俺はお前の先輩だぞ……!」

 

「す、すみません……」

 

「がんばりましょう」

 

 最後に模木がそう締めて。

 そんな会話をしながら、初めての顔合わせの時間は過ぎて行った。

 

 

 

「──ん?」

 

 その日、夜神月は何となく雑誌売り場を歩いていた。

 そして、一つの雑誌の表紙に目が留まる。

 どこかで見たことのある女性が、清楚な冬服を着こなしてポーズを決めながら微笑んでいた。

 非常に美しいと月ですら思う女性だった。

 見た目が整っているのはもちろんだが、それ以上に何か、人を惹きつける何かを感じた。

 

 手にとってよくよく確認してみる。

 雑誌の名前は『エイティーン』。

 10代後半の女性向けファッション雑誌のようだった。

 普段であれば、どんなに美人であれ、そんな雑誌を月が手に取る事はない。

 

 だが、その人物を思い出した時。

 月は思わず出そうになる声を抑えるために、必死で口元を覆っていた。

 

(……な、何やってるんだコイツ……!!)

 

 その人物こそ。

 以前月に『黒いノート』を落とした、と告げて持って行った人物。

 表紙の上から、弥海砂が透明感のある微笑みで月を見つめていた。

 

 



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恋心

約2000字



 

 

 

「──買ってしまった……」

 

 ベッドの上に、買ってきたばかりの雑誌が置いてある。

『エイティーン』という女性物のファッション雑誌で、とてもではないが、男子高校生が平然と買える類の雑誌ではない。

 むしろ妹の粧裕が持っていそうな雑誌を、少しばかり怯みながらも手にとった。

 

「こんな雑誌。買っていると知られたら粧裕(さゆ)に弄られるな……」

 

 エロ本を隠している場所が、こんな時に役立つなんて思ってもみなかった。

 何事も準備しておくものだ、とほっと一息吐いた。

 

 意を決して中身を開いた。

 表紙の女性の情報が載っているページを開き、『MISA』という名前で活動している事を知り、ヨシダプロダクション所属であることも確認した。

 そうなれば後はこの雑誌は用済み、なのだが。

 

「……まぁせっかく買ったんだ。捨てるのも勿体ないし……」

 

 この人物が『キラ』かもしれない。

 そう思うと、そんな人物が載っている雑誌が途端に重要な物に思えてきて捨てるに捨てられなかった。

 

 というか、夜神月は『恋』し始めていた。

 

「うん。まぁ重要な参考資料だ。残しておこう」

 

 いそいそと本棚に作ってある隠し場所に仕舞い込んだ。

 その後パソコンを起動して『MISA』のプロフィールを調べてみる。

 

「……本名は『弥海砂』出身地は『京都』スリーサイズって言われても想像出来ないな。……両親が強盗に殺されたのか」

 

 最近の芸能界というのは、こんなことまで公開しているのか。

 そう思いながら詳しく調べていく。

 事件が起きたのは1年前。

 その後大阪から東京に移動して来ている。

 東京に来たのは半年ほど前。

 

 確認できた情報はここまでだった。

 

「……さすがに『キラ』である、とまでは書いてないね」

 

 冗談めかして笑いながら、月はインターネットの中でひたすらに弥海砂の情報を調べて行った。

 住んでいる場所や、良く行く場所。

 そんな情報があれば嬉しいと思いながら嬉々として調べていたが、ふと冷静になった。

 

「……待てよ。傍から見ると僕はストーカーか? ……ひ、否定できない」

 

 思わず顔を覆った。

 恥ずかしさで顔から火が出そうだった。

 

「だ、だが、これも『キラ』事件を追うためだ。恥ずかしがってる場合じゃないぞ夜神月。僕は将来警察庁に行くつもりなんだ。これくらい調べられなくてどうする。……いや、待て。どう言い繕っても自分が変態にしか思えなくなって来た……」

 

 なまじ自分が『弥海砂』に好意を抱いている、と分析できてしまうがために、恥ずかしさが止まる事を知らない。

 

「待て、この好意はLikeだ。Loveじゃない。そう、僕は『キラ』という思想犯に対して少し憧れにも似た感情を抱いているだけだ。落ち着くんだ」

 

 必死に深呼吸をしながら、胸を押さえながら呼吸を繰り返す。

『キラ』に会えるかもしれない。

 そんな事実を前に、心臓は『バクバク』と音を立てて収まらない。

 

 恐らく世界中でたった一人。

 夜神月だけが、『キラ』の本当の名前、存在を知っている。

 

 そんな甘美な想像も相まって興奮が止まらなかった。

 

「ヤバイな……。僕は思ってたよりもずっとロマンチストだったらしい」

 

 冷静に自己分析は出来ている。

 だが、冷静に行動できるようになるには、まだ少しの時間を必要としそうだった。

 

「お兄ちゃーん」

 

『コンコン』とノックする音に、『ビクゥ』と反応しながら椅子に座ったまま振り返ったものだから、月はバランスを崩して床に倒れた。

『ガシャン』と椅子が倒れ込む音が響き、慌てて立ち上がるが、それよりも妹の粧裕(さゆ)が心配して部屋に入ってくる方が早かった。

 

「お、お兄ちゃん? 大丈夫? すっごい音したけど。あ、椅子から落ちたんだー。何々。そんなに隠したいことがあるのー?」

 

「お、おい。勝手に入ってくるなよ」

 

『ズカズカ』と歩く興味津々な14歳。

 中学生の妹は兄のパソコンに映し出されている、アイドルっぽい女の子の姿に思わず口を覆って驚きを示した。

 

「ええ! お兄ちゃん、こういう子がタイプだったんだね。どうりで彼女を連れてこないと思ったー、こんな可愛い子滅多にいないよ」

 

「……ま、待て。落ち着いてくれ、粧裕」

 

「んふふ、お父さんには内緒にしておくね? ……粧裕、お小遣い欲しいなー」

 

「こら、調子に乗らない」

 

「あいた。えへへ、大丈夫。私、こう見えても口が堅いし心も広いから! お兄ちゃんの無理のある夢も応援してあげる」

 

 屈託なく明るい笑顔を浮かべる妹に、少し毒気が抜かれて、月もお兄ちゃんの気持ちで優しく微笑んだ。

 

「……そうだね、応援してくれ」

 

 半ば冗談のように言ったが、妹はそう受け取らなかったようで本気で目を開いて驚いた。

 確かに、普段であれば冗談でも言わなかったかもしれない。

 

 これもまた一つの運命だったのかもしれない。

 

「ええ! 否定しないの!? ……マジでびっくりなんですけど。でもでも、お兄ちゃんイケメンだし、ほんとにワンチャンスくらいならあるかもよ」

 

「……ワンチャンスか」

 

「うんうん、頑張って。マジで応援してる」

 

 またねーと嵐のように過ぎ去っていった妹。

 一体何の用件だったのか、それすら話さずに去っていった妹に、僅かばかりため息を吐きながら月は椅子を戻して再びパソコンの前に座った。

 そして、先ほど粧裕が言った言葉に関して、地味に真剣に考えていた。

 

「ワンチャンス、ね。……いや、女性のそういう気持ちを踏みにじる行為は、僕の中で一番許せない行いなんだが……」

 

 だが。

 もし本気なら、良いのではないだろうか。

 本気で好きになったなら、そういうアプローチを掛けても構わないのではないだろうか。

 そう意識してしまってから、月の顔はまた火が出るほど熱くなった。

 

「いや、いやいや。いやいやいや」

 

 確かに『キラ』の事は、尊敬、している。

 確定ではないが『弥海砂』が『キラ』である可能性は非常に高いと月は思っている。

 仮に、そう仮にだ。

 もし『弥海砂』が『キラ』だったのなら。

 

 僕は、冷静に、彼女のことをどう思うだろうか。

 

 沈黙が続いた。

 茹で蛸のようになった月の顔色が、その自己考察の結果を物語っていた。

 

「……いや、だって。相当可愛いじゃないか……」

 

 恋は盲目。

 誰かが言ったその言葉は、どうやら夜神月にも当てはまりそうだった。

 

 



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握手会

約2000字


 

 

 季節は冬。

 雪も降り始めた、凍えるような寒い日。

 2004年1月14日

 

 その日が、何を思ったのか『弥海砂』の握手会の日だった。

 先月の『エイティーン』表紙を飾った影響か『弥海砂』──『MISA』の人気が爆発。

 大人気となって急遽予定された握手会だった。

 寒い時期、ということもあって盛況とは言えない集客具合であったが、それでもと握手会に来る客足が途絶えなかった。

 

「──いつも応援ありがとー、またよろしくね」

 

「ミサミサだ〜!」

 

「あはは、ミサミサだよ〜!」

 

「きゃー、すっごい本物だ! 顔ちっさ! 肌しっろ! 可愛い〜!」

 

「ありがと〜。私もそうだったけど、恋すれば可愛くなれるよ」

 

「えっえっ、ミサミサ恋してるの!?」

 

「んふふ、内緒! また来てね〜」

 

 滑らかに列を捌いてはいるが、一向に客足は途絶えない。

 盛況とは言えないが、確かに握手会を開けるだけの集客力は見せつけていた。

 そんな中。

 すごく居た堪れなさそうにしながらも、夜神月も並んでいた。

 

 そして。

 弥海砂の背後に浮かんでいる、この世のものとは思えない死神の姿に足が竦んでいた。

 

(だ、誰にもあれが見えていないのか? ……待て、落ち着け。まだ僕の番は先だ、それまでに動揺を抑えるんだ。大丈夫、僕なら出来る。冷静に、今日は顔を覚えてもらうだけでもいい。いや、それすら最悪次回に持ち越しだって良い。微かに記憶に残る程度。次に会った時に気が付かれる。その程度の好印象を残すんだ)

 

 内心で自己暗示のように言葉を自らに掛けながら、月は列が進む中を待っていた。

 あの、浮かんでいる死神に視線が行き、慌てて気が付かれない内に逸らす。

 

 もし目があってしまえば、そして『弥海砂』にもあれが見えていて、もし意思疎通が可能な存在だったのなら、自分が見えていることがバレてしまう。

 そうなれば、殺されるかもしれない。

 

 異形の存在。

 死の恐怖。

 好意を残す必要がある。

 そして、好意を抱いている女性と話す必要性。

 

 様々な要因も相まって、今までの人生で経験したことがないほどの緊張感が、夜神月に襲いかかっていた。

 

(ぐっ、まずい。心臓の音が外にまで聞こえそうなくらいだ……!!)

 

『ドックンドックン』と脈打つそれは、内側から月の鼓膜にまで伝わっていた。

 汗が噴き出て、顔色も悪くなる。

 そんな状態であったから、自分の番が訪れた事にも気がつけなかった。

 大失態だった。

 

「あのー、次の方ー」

 

「あ、ああ。すみません、ちょっとボーッとしてしまって」

 

 自分とは思えないくらいの、ありえない失敗に、頭の中が真っ白になる。

 せめても、と笑顔で話し始めたが、引き攣っていない自信がない。

 そんな月に、弥海砂は優しく微笑んで、月の手を両手で柔らかく握った。

 

「大丈夫、落ち着いて。こんな寒い中だったし、私だって緊張しちゃうから、全然気にしなくて大丈夫。少しこのままで待ってるね」

 

 安心する声だった。

 抑揚をつけた、ゆっくりとした声に月の混乱も少しずつ収まっていく。

 そして。

 冷静に戻った月の脳裏は、大混乱だった。

 

(や、柔らかい。っていや、何言ってる。初めてじゃないだろ、女性と手を繋ぐなんて。今までを思い出せ。……くそ、大失態だ。けど、不思議と落ち着く。……僕も、完璧な人間じゃなかったんだな)

 

 自分は完璧な人間ではない。

 本来であれば夜神月が思うはずもない事を、この特殊な状況は思わせる事に成功してしまった。

 その言葉が今後に与える影響は計り知れない。

 しかし、夜神月にその自覚はない。

 ただ今は大混乱の中で必死に自分を保つ事で精一杯だった。

 

「あの、もう大丈夫です。すみません、ちょっと動揺してしまって。──えーっと先月の『エイティーン』誌を見ました。そこからのファンです、MISAさん」

 

「良かったぁー。ありがと〜。男性のファンの方も大歓迎だよ! そうそう、先月から、なんかすっごい人気出たんだよね。なんでだろ? あはは」

 

「MISAさんの魅力に、きっとみんなが気がついたんですよ。ってそういう僕もその中の一人なんですけどね。はは」

 

「いいのいいの。気がついてくれてありがとー。ところでなんだけど、どこかで会った事ない?」

 

「……えーっと、いえ、初めてお会いしますよ! MISAさんみたいな可愛い方に会ってたら忘れませんよ」

 

 賭けるか、非常に迷った。

 だが、自分にしか見えていない死神。

 もし弥海砂が『キラ』だったとしたら。

 

 その共通点は、あの『黒いノート』に触ったことがあるかどうか。

 その一点のみである、と言う事にこの土壇場で気がついた。

 どれほど混乱していても、やはり夜神月であった。

 その思考能力は非常に優秀である。

 

 もし僕が『キラ』になっていた場合。

『キラ』であると勘付いた人間が近づいて来たときにどうするか、その思考実験は済ませてある。

 ……僕なら殺す。

 それがたとえ家族であっても。

 

 改めて思う。

 この接触は賭けだった。

 それも相当に分が悪い賭けだ。

 

 死神なんて存在を知っていれば、『黒いノート』に触れるだけで見える存在なんてものがあれば、こうして接触する事はなかった。

 何故ならそんなモノが見えてしまうのであれば、弥海砂は、その『黒いノート』に触れた相手に、死神という存在が露見する事に他ならず、それは『キラ』であるという断定が可能になってしまう。

 

 つまり、夜神月が『黒いノート』に触れた事がある、と思い出された時点で、殺される可能性が極めて高い。

『ぶわっ』と冷や汗が流れた。

 自分が今、途轍もなく危険な事をしているという自覚が改めて理解できた。

 

『キラ』ですか? と訊ねなければ大丈夫。

 その大前提は崩れ去った。

 それは再び恐怖心が心を覆うのに十分な理由となった。

 

「あら、また震えて来ちゃった。……あっもしかしてナンパだと思った? 期待させちゃってごめんね、そんなつもりはなかったの」

 

 気づかれて、ない? 

 その事実に気がつき、月はほっとした気持ちを表に出さないよう精一杯の気を張りながら、微笑んだ。

 

「あっ、そうなんですか。……ですね、ナンパだと思っちゃって。少し期待しました」

 

「あはは、ごめんごめん。──また来てくれるかな?」

 

「はい。また来ます」

 

 そう言って、夜神月と弥海砂は微笑み合った。

 それを心底面白そうにしながら、死神リュークが笑って見つめていた。

 レムは警戒するように夜神月を『じっ』と見つめていた。

 そして。

 まるで二人の再会を祝福するかのように、空からは『チラチラ』と雪が降り続けていた。

 

 



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追跡者

約3000字



「──海砂、良かったのかい」

 

「ん? 何が?」

 

 本当に気がついていないのか、レムはそう思って言うか言うまいか迷う。

 しかし、レムは海砂のことを好きになり始めていた。

 元々ジェラスから引き継いだ時、既に見守る意地のようなものは持っていた。

 接触好感度、という言葉がある。

 簡単に言えば、接する機会が多ければ多いほど好感度も比例して上がっていくデータの事である。

 そして明るくて、しかしその口調がどこか抜けているようにも見える海砂のことが、レムは非常に気になっていた。

 それは手間のかかる子供を見守る心境に近かったが、明らかな好意を持っていた。

 だから遠慮なく告げた。

 

「……あいつ、リュークが見えてただろ」

 

「あっ」

 

 その一言にリュークが口に手を当てて、お前言っちゃうのかよ、と言わんばかりの反応を示した。

 

「……リューク。お前も気がついてたろ」

 

「はは、はははは。まぁあれだけ熱心に見られれば、俺だって気がつく。……言ったほうが良かったか?」

 

 恐る恐ると尋ねるリュークに、海砂は微笑んで答えた。

 本当にどちらでも良かった、とでも言わんばかりの余裕のある笑みだった。

 

「ううん、別にいいよ。だって、覚えてたし」

 

 そんな海砂の様子に、レムは困惑する。

 どう考えてもデメリットしかない。

 だって、あの男が海砂の正体を明かすだけで、海砂は破滅だから。

 

「……なんであの男を殺さないんだい、海砂。アイツはお前の正体を知ってる。殺すべきだ。今からだって遅くないんだよ。名前も私が覚えてる」

 

 力強く殺すべきだと主張するレムに、海砂は柔らかく微笑みながら続けた。

 

「何言ってるの。これも計算の内だよ? じゃなきゃ、何のためにわざわざデスノートを拾わせて返してもらったと思ってるの?」

 

「……何を考えてるんだい、海砂。あの男が正体をバラすだけで、お前は破滅だ」

 

「うん、確かにその可能性も僅かにあった。私の計画通りに動かない未来もあったと思う。まぁそれでも大筋に変更はないんだけど。でも、今日確信した。これでまた一歩前に前進だね」

 

 妖艶に海砂は微笑み続けていた。

 その『本心』を覆い隠しながら、狂気に染まったまま。

 

「──リューク、このノートの所有権を、私は放棄するね」

 

「ぬぇ!?」

 

 あんまりにも唐突なその宣言に、リュークは素っ頓狂な声を上げた。

 

 

 

 

 

「──危なかった」

 

 自宅に帰るや否や、月はベッドに横になっていた。

 まさか本当に『弥海砂』が『キラ』だったなんて。

 

「……さすがに、あんな死神なんて浮かべてるとは思わないじゃないか」

 

『ゴロゴロ』と横になりながら思う。

 もしあんなモノが憑いていると知っていたら、絶対に近寄らなかった、と。

 もう近寄らないほうがいいだろうか。

 そう思いもする。

 だが、『キラ』と話したいという思いは『ムクムク』と増していくばかりだ。

 それに。

 

「……可愛かったな」

 

『ボソリ』とそう呟いて『ぼっ』と顔が熱くなった。

 

 今までこんな気持ちになった事がないと自己分析しながら、ベッドに寝そべりながら天井を見上げた。

 

 可能なら、接触したい。

 しかし。

 思い出されたら、死ぬかもしれない。

 

 その恐怖心までは拭えなかった。

 相手が殺人鬼であると、ここまで来てようやく強く自覚した。

 これからは正しく命懸けになる。

 

 それでも接触を続けるのか? 

 

 改めて問いかけた。

 

 答えは、出なかった。

 そして、そこから数ヶ月の月日が経過した。

 

 

 

 

「──あっまた来てくれたんだー。久しぶりだね」

 

 前回握手会からまた少し時間を空けて。

 人気に陰りが見えず、また集客可能と判断された海砂に握手会の依頼が入ったために再度開催された。

 前回投票1位から連続して1位を獲り続けており、もう押しも押されぬ人気モデル、アイドルになりつつあった。

 

 そんな海砂に、夜神月はまた会いに来ていた。

 可能な限りオシャレな服装を意識したこともあって、非常に様になっていた。

 元々夜神月は顔立ちが整っており、スタイルも良い。

 

 そんな月が握手会に並べば、周囲が少し騒めく程度の影響すらも与えていた。

 そして、順番を迎えて海砂に再会した時。

 第一声が、その『久しぶり』というものであったので、月は強い手応えを感じる。

 しかし──

 

「久しぶり、MISAさん。もう押しも押されぬ人気ですね、並ぶのも大変でしたよ」

 

 海砂の頭上に、もう死神の姿は見えなかった。

 

(死神がいない……? 何故? いや、そもそも前回本当に見えていたのか……? 緊張しすぎて幻覚でも見ていたんだろうか)

 

 月は挨拶しながらも困惑していた。

 弥海砂=『キラ』。

 その公式を成り立たせるためには、あの死神の存在が不可欠だったから。

 今回も確認して『キラ』である確証を深める予定だった。

 

 ……そして。

 場合によっては証拠を掴み、殺人を止める予定だった。

 夜神月は弥海砂に好意を抱いている。

 『キラ』に対しては崇拝にも近い感情を抱いていた。

 

 だがそれも、死の恐怖を前にする事で吹き飛んだ。

 犯罪者であれ、殺人だ。

 弥海砂を好きだと思うからこそ、その殺人を止めたい。

 

 夜神月の思考は複雑に屈折しながらも、最終的には好青年が持ち得る思考にまで戻っていた。

 

「ほんとー? 人気モデルになるのが夢だったから、もしそうなら嬉しいなー。そうだ、お名前教えて? 前回聞きそびれちゃった」

 

「はは、そうだった。まだ名乗ってなかったね。僕は夜神月。昼夜の『夜』に神様の『神』。ライトは漢字で『月』って書くんです」

 

「へー、変わったお名前ね。私はMISAだけどー、本名は弥海砂っていうの。知ってくれてる?」

 

「もちろん。ファンなので」

 

「あはは、ありがとー」

 

『すっ』と海砂から差し出された手。

 握手会ということもあって、何の違和感もなく握る。

 しかし、すぐに異変に気がついた。

 

 掌に触れる何かの感触。

 恐らく何かの用紙だった。

 握手をしながら、掌同士で紙が移動する。

 すぐに握手をやめて、そのままポケットに突っ込んだ。

 側から見れば、一瞬だけ握手したように見えただろう。

 それくらいスムーズな移動だった。

 

「じゃあ、列もいっぱいなので、これで。また来ます」

 

「うん、また来てねー」

 

『フリフリ』と手を振って、別れ際の海砂は可愛らしい微笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

「──思った通り連絡先だ」

 

 あまりにスムーズに手渡されたので動揺も少なく済んだ。

 一人きりとなって自宅で開いた用紙には、電話番号とメールアドレスが記載されていた。

 オシャレな服装でわざわざ握手会にまで行った甲斐があった、と思えばいいのか。

 それとも順調に行きすぎてる事を警戒すればいいのか、少し判断に迷うところだった。

 

「ともかく、これで一歩前進だな」

 

 確かな達成感を噛み締めて、月は小さくガッツポーズをした。

 

 しかし、懸念点がある。

『死神』が見えなかったことだ。

 前回はかなり緊張していたこともあって、絶対に見えていた、と断言する事が難しい。

 いや、あんな幻覚を見るなんて考えにくいが、それでも絶対とは言い切れない。

 

 絶対に『キラ』

 そう思っていたが、そうとも言えなくなってしまった。

 しかし、あれが幻覚だったとも思えない。

 

 冷静に、客観視しながら予測を立てる。

 部屋を歩き回りながら、少しずつ思考を組み立てた。

 

 最終的な結論は、死神が見えている、見えていない。どちらにせよ結局のところ『キラ』である証拠を掴む事。

 これに尽きる。

 死神が見えないようになったにせよ、幻覚であるにせよ、死神が見えている、というだけでは証拠にならず、『キラ』を捕まえる事も、認めさせることもできない。

 

 故に、結論は一つ。

『キラ』である証拠を掴む他ない。

 

 思考が纏まったのでベッドに寝そべりながら。

 海砂の事を思い出し、思わず握手した手の感触が蘇った。

 

「……可愛かったな」

 

 いや、待て。

 起き上がって『ブンブン』と頭を振る。

 彼女を止めるために、証拠を掴む。

 そこはブレちゃいけない。

 

 夜神月は弥海砂に好意を抱いている。

 それは間違いない。

 自分のことながら自己分析出来ている。

 

『キラ』の思想にも同意する。

『犯罪抑止』と言う考え方は非常にリスペクトされるべきものだ。

 

 だが、好きな人が誰かを殺していると知って、止めない事は正しい行いだろうか。

 正しいはずがないと月は考える。

 

「……そうだ。僕しか止められない」

 

 月は決意を新たに決める。

『キラ』である証拠を見つける。

 その上で、彼女には『キラ』であることを辞めてもらう。

 

 夜神月だけが『キラ』の正体を知っている。

 そして、捕まえようとはせず、殺人を止めようとしている。

 故に、これは僕にしか出来ないことだ。

 

「……そういう運命だったのかもしれない。あの『黒いノート』を拾った時から、これが僕の使命だったのかも」

 

 夜神月が、弥海砂を『キラ』と疑って追う。

 それが弥海砂の計画通りであるなど、夜神月は知る由もなかった。

 

 

 



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デート

約4000字



 

 

 

 喫茶店。

 そこは夜神月が良く通うお店で、入ってすぐに左に曲がり座れるテーブル席は、周りから話を聞かれる心配がない。

 込み入った話をするのに最適な席だった。

 オススメの喫茶店があるんだ、そういう流れで弥海砂とデートをしながら、その席に誘導することは夜神月にとって造作もない事だった。

 

 もちろん、デートは非常に楽しい。

 もう既に今日までで5回のデートを済ませており、今回は6回目だ。

 そしてその全てが楽しかった。

 

 さすがに『キラ』となって全世界を賑わせただけのことはある。

 地頭の良さを会話の中でも『ヒシヒシ』と感じる。

 口調こそギャルっぽいが、その言葉の裏を読み取る能力。

 言葉に含みを持たせる能力。

 こちらの意図を察する能力などは、夜神月から見ても満足に感じる思考レベルの会話が可能だった。

 

 恋は盲目、である可能性は否定できないが、ともかく。

 

 夜神月にとって、弥海砂とのデートは非常に楽しかった。

 

「──どう? いい席でしょ? ここなら内緒話をするのに最適なんだ。誰も近くを通らないからね」

 

 夜神月は注文したコーヒーのカップに口をつけて飲みながら、お茶目に『ウインク』してそう言った。

 少しキザだったかな、と心配したが海砂は気にした様子もなく『クスクス』と笑っていた。

 

「へぇ、じゃあ月のお気に入りの場所なんだ。──私に教えちゃって良かったの?」

 

 悪戯っぽく海砂が言う。

 その意図は、恐らく他の女の子、という意味合いと、一人になりたい時に使えなくなる可能性を示唆している。

 お気に入りの場所を教える以上、月を探す場所の候補として上がるからだ。

 つまり、そういった機会に使える可能性が狭まるが、私に教えて良かったのか、と尋ねる文言。

 相変わらず悪戯っぽい言い方をする、と思いながら苦笑いして月は答える。

 

「大丈夫。海砂になら何を知られても困らないからね。隠すことなんて何もないよ」

 

 月は事あるごとに、隠すことは何もない、などに類似する発言を行なってきた。

 それはもし海砂に『キラ』であることを隠している罪悪感があるのなら、表情などからそれを引き出すためであったが、今のところ海砂からそういった類の反応を引き出せたことはない。

 

 デートとしては非常に楽しい。

 しかし、『キラ』であるというボロは、死神を見て以降一度も海砂は出していなかった。

 月も舌を巻くほどの完璧な自己制御だ。

 

「ふふ、そっかぁ。月は私にゾッコンだもんね。──付き合っちゃう?」

 

 コーヒーを吹き出さなかった事を、自分を褒めてやりたい。

 

 そう思うほど唐突に、突然に海砂はそんな事を言い放った。

 『うっ』と喉に詰まるような閉塞感を感じながら、何とかコーヒーを飲み込み、カップから口を離して曖昧に微笑んだ。

 

 意図が読めない。

 確かにデートはもう6回目だ。

 お互いに好意がある、という前提を確かめる作業も終えていると言っていい。

 だから、後はどちらがその発言をするのか。

 いわゆる言った方が負け。

 恋愛頭脳戦の様相を呈していたと勝手に月は思って楽しんでいた。

 

 だから、その発言は海砂の敗北宣言と言っても過言ではない。

 何を意図している、弥海砂。

 ここで先に『付き合う』という発言を行うということは、今後の恋愛イニシアチブを相手に握らせるという事に他ならない。

 まさしく、言った方が負け、の類の発言だ。

 

 そして意図に気がつき、月は戰慄する。

 微笑み続ける海砂を見つめる事、その間は約0.1秒。

 脳内をフル稼働させながら海砂の意図がその推測で間違いないか、目まぐるしく思考は巡った。

 

 前後文。

 この流れで同意するとどうなるか。

 重要な点はそこだった。

 

 付き合う? という疑問形の文言。

 それは、相手に主導権を渡しているように一見思われるが、違う。

 

 これは罠だ。

 

 その前に『月は私にゾッコンだもんね』という枕詞に注目する必要がある!! 

 何故なら、ここで、ああ、付き合おうか、と肯定的な意見を述べるという事は、それ即ち前後の文言も肯定するという事に他ならない!! 

 

 つまり、これは恋愛イニシアチブを握れる、と焦った月に咄嗟に同意させ。

『月が海砂にゾッコンである』と肯定させることによって、自分から『付き合う?』という発言をしたにも関わらず、自らが付き合った後の恋愛イニシアチブを握る趣旨の発言で間違いない!! 

 

 恐らくは付き合った後。

 事あるごとに『月は私にゾッコンだもんね?』と言われてしまえば否定は非常に困難を極める。

 そうだよ、と答える事は可能だ。

 

 だがしかし、それは夜神月の圧倒的不利、敗北を意味する!! 

 それはプライドの高い月にとって、許容の範囲を超えている!! 

 

 つまり、罠!! 

 これは弥海砂の仕掛ける、巧妙なトリックである!! 

 

 唐突な発言によってこちらの思考力を削ぎにくる周到さ。

 やはり弥海砂が『キラ』……!? 

 

 この間。約0.7秒。

 凄まじい速度での思考は時間の圧縮にも似た状況を再現させた。

 

 そして。

 月は自らの発言を決める。

 つまり、攻めは最大の防御である、という事だ。

 

「その事は、男である僕から言わせて欲しいな。──僕としては、海砂と付き合いたいと思ってるよ。もちろん、君の事が好きだから」

 

 あえて、あえての攻め!! 

 ここで引けばどうやったとしても、冗談にするか、日和るか、2つに一つしかありえない!! 

 ならばと選ぶのは攻めである。

 

 これならば!! 

 付き合う、という趣旨の発言を初めに行ったのは弥海砂、という事実のみが残り、夜神月には男であるプライドを前面に出しての同意。

 つまりは、『夜神月が弥海砂にゾッコンである』という趣旨の発言に対する肯定を有耶無耶にすることが可能である!! 

 

 そして、この発言に対して弥海砂が回避を選択する事は非常に難しい。

 何故なら『君のことが好きだから』という明確に回答をしなければ今後の恋人関係が拗れざるを得ない発言まで夜神月が付け加えているからだ!! 

 

 攻め。

 圧倒的な攻め。

 それこそが問題を解決すると夜神月は確信する!! 

 一歩踏み出す勇気こそがこの場で求められるもの!! 

 発言を行った後に夜神月は強く確信した。

 

 この攻撃に対して一体どのように反応する!? 

 注目の弥海砂は、コーヒーカップをソーサーに置き、妖艶に微笑む。

 その発言は、夜神月の予想を遥かに超えた。

 さすが弥海砂と唸らざるを得ない。

 

「誠実な男性は好きだよ。──特に、隠し事のない男性は大好き。ねぇ月。付き合うなら、隠し事ってダメだと思うの。月は私に何か隠している事はない?」

 

 答えに詰まる。

 圧倒的有利だと思っていた戦況は、一気に五分。

 いや、月の不利にまで押し戻された。

 

 隠し事? もちろんある。

 だが、あなたが『キラ』だと確信している、疑っている、などと言える訳がない。

 

 月は海砂のことが好きだ。

 そして、海砂も自分に対して好意を抱いているだろう、とも感じている。

 

 だがしかし、これまでの会話の中で探った弥海砂の殺害基準を思うに、この子が『キラ』だと気がつかれた際に恋人すら殺すのか、いまだに判断が付かない。

 

『弥海砂』を一言で言い表すならミステリアスだ。

 その思考は深く早い。

 言葉の裏を読み取って、言葉に含みを持たせる。

 そのバランスが絶妙で、相手に不快感を与えずに自らの情報を隠蔽してしまう。

 

 そんな海砂を見るたびに『キラ』である確証を深めているのだが、証拠には当然なり得ない。

 

 だからもし話すなら『黒いノート』と『死神』の話をする他ない。

 だが、それは死ぬ危険性を孕んでいる。

 

 加えて『死神』は今は見えていない。

 海砂から発言させることが出来れば、それを根拠として問い詰める事も可能かも知れない。

 だが現状で惚けられれば、月に取れる手段はない。

 何故なら証拠がない。

 

 どうする? 話すか? 

 いや、そんな状態で話せるわけがない。

 

 そんな月の葛藤を手に取るように把握している人物。

 弥海砂が、計画通りとでも言わんばかりの微笑みを湛えて続けた。

 

「いいよ、付き合おっか。ごめんね、人には当然隠し事ってあると思うの。だから、私は月が隠し事をしていても許すよ。けれど、私が月に隠し事をしていても、許してね?」

 

 やられた!! 

 その発言を聞いたときに夜神月の脳裏によぎったのはその言葉だけだった。

 無数の意見、無数の後悔が駆け巡るが、何よりも大きいその言葉が脳裏を響き渡る。

 

 これで恋人同士だから隠し事はなし、という趣旨の流れで海砂に『キラ』であることを開示させることはもはや不可能だ。

 

 加えて。

 海砂はこれを狙っていた。

 月が海砂を『キラ』であると疑っていると、それすらも許容して、その上で付き合おうと、殺さないと言っている。

 

 圧倒的な存在感、圧倒的な格の違いを見せつけられて、茫然自失と言っていい程のショックが夜神月の内面に走った。

 つまり、海砂はこう言っている。

 

 夜神月のことは好きだ。

 付き合ってもいい。

 だから、私のことを『キラ』であると疑っていても構わないし、殺さない。

 だけど、私も『キラ』であることは教えない。

 

 黒に限りなく近いグレー。

 その状態で、『キラ』であると疑われている状態で、付き合おうというその精神性が理解不可能だ。

 得体の知れない恐怖すら感じるべき場面で、それでも月の心を覆ったのは度し難い程の喜びだった。

 

(……海砂。いや、『キラ』お前はやはりそうでなくては。そうでなければ僕のライバルとは呼べない。……いいだろう。お互いに思惑を持って付き合おう。片や『キラ』であると疑い、片や『キラ』である事を隠し、限りなく近い距離でお互いを探り合って行こう。それがお望みならとことん付き合ってやる。そして、必ず君が『キラ』であることを暴き、そして裁きを止めさせる!! それが、君を好きになった僕の責任だ!!)

 

 その日、一つのカップルが成立した。

 世にも奇妙な関係性を維持するそのカップルは、片方が探り、片方が隠し躱し、まるでダンスでも踊るかのようにお互いに心底楽しそうに笑いながら頭脳戦を繰り広げていた。

 本当に、世にも奇妙なカップルだったが、当人たちは意外にも、とても幸せそうだったという。

 

 そうして、その日は2004年8月。

 奇しくも『原作』で夜神月と弥海砂が監禁から解放された日付だった。

 

 運命は巡る。

 二冊のデスノートを巡る頭脳戦は、目まぐるしく加速する。

 

「──デスノート……?」

 

 とある企業の重役が、その内の一つを。

 新たなデスノートを手にしていた。

 

 



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第二のキラ

約4000字
本日1話目



 

 

「──『竜崎』一つ提案があるんだが、私の息子をこの対策本部に呼んでみるのはどうだろうか?」

 

『キラ』が世の中に出現してもう1年近くが経過していた。

 そしてその間。

 

 対策本部の『L』が建設したビルが完成しシステム的に非常に有利な立場とはなったが、『キラ』対策本部の捜査は一向に前進していなかった。

 

 煮詰まった現状。

 新しいアイデアもなく、キラが犯罪者を裁く流れに変化がない。

 何故なら、顔写真を隠した結果として。

 民衆が声をあげるよりも先に、犯罪者のデータがインターネット上で流出。

 まるで対策が意味をなさない状態へと変わった。

 

 そこから『L』が動けた事と言えば、殺される犯罪者の情報を収集するのみであり、世界各国の情報機関の力を以ってしても『キラ』の足取りは一向に掴めていなかった。

 

 そんな状況を打破するため、新たなアイデアを探るために、新しいメンバーを拡充する必要性も感じていた。

 

 何か一つ。

 何か一つでも情報があれば、そこから辿っていける。

 

 そんな中で夜神総一郎からの提案は渡りに船とも言えた。

 

 だが、『L』が『キラ』の脅威と成り得ていない現状。

 参加させるメンバーに『キラ』との繋がりがある可能性は極めて低く、罠という意味合いはほとんど意味を成していない。

 それでもその意見に対して『L』が前向きであったのは、夜神月という人物に対する少しばかりの期待が含まれていた。

 

「……確か、とても賢い息子さんでしたね。東大主席での合格をされていたとか」

 

「ああ、そうだ。自慢じゃないが、私なんかよりも数段この事件に対して鋭い意見を持っていたよ」

 

「……捜査状況を話したんですか?」

 

「バカな! そんなことをするはずがないだろう。月から、私に対してこういうのはどうだろうか、と意見を言ってくれたに過ぎない。情報は一切渡してなどいない。その中に、企業に注目してはどうか、という意見があってな。私から説明してもいいんだが、どうせなら本人から話がしたいと。『竜崎』どうだろうか?」

 

「……企業ですか。確かにその線での捜査は半年前にやったっきりですね。今なら違う結果が出てもおかしくない、か。いいでしょう、私は顔を見せられませんが、初めはテレビ画面か電話越しで。それで構いませんか?」

 

「ああ、感謝する『竜崎』。これで私も息子に顔向けが出来るというものだ」

 

「……随分と息子さんのことを買ってらっしゃるんですね。少し、楽しみになってきました」

 

 親指で唇を押さえながら、『L』は『ニヤリ』と怪しげに笑った。

 怪しいが、別に隠された意図などはない普通の笑顔だった。

 

 夜神総一郎もそのことを知っている。

 同じように、笑顔を浮かべて、さっそくと言わんばかりに携帯を鳴らした。

 

 

「──ああ、そうだよ、父さん。いくつかの企業の成長グラフを比較してみたんだ。もちろん、一般人の僕が集められる情報なんてたかが知れているが、株価に注目すれば不可能じゃなかった。さすがに全企業の比較は出来ていないけれど、いくつかの企業の株価がじんわりと伸びてる。そして、その影響が大きかった、株価に有利な死。心臓麻痺が起こってる。それも8件だ。それは間違いないよ。ただ気になるのが、企業の数が多すぎる。そこを詳しく話したいんだ。……うん、うん。わかった、そこまでタクシーで向かうよ」

 

 電話を切り、夜神月は大きく伸びをした。

 視線を向けた先。

 自室のテーブルの上には、彼女である弥海砂と夜神月のツーショット写真が乗せてあった。

 その写真に向けて、月は真剣な眼差しで告げる。

 

「……海砂。君がこんな真似をしているとは思いたくない。だけど、実際に複数の企業にとって有利な死が起きてる。……だから、待っていてくれ。もし君がそんな真似をしているのなら、必ず僕が止めてみせる。『L』に取り入り、場合によっては乗っ取り、君を捕まえてでも止めてみせる。……まぁ僕より賢いであろう君が、そう簡単に捕まるわけもないんだけどね。……それに君がそんな『金』のために人を殺すとは思えない。暮らし振りも、モデルとしては一般的なレベルに収まっていて、明細なども確認したが散財もなかった。とてもではないが金で殺しを請け負っているようには見えない。思想犯である君のプロファイルとも一致しない。──もちろん、彼氏としての贔屓目かもしれないけどね」

 

 そう言って肩を竦めながら、月は出かける準備をした。

 向かうのは、『L』が現在捜査本部としているビル。

 ここまでの情報を開示されたということは、非常に期待されていると思っていい。

 必ず『L』に取り入り、共に『キラ』の足取りを追う。

 

 そして『L』も無視出来ないほどの発言力を手に入れる。

 僕なら、それが出来る。

 

 自分は完璧な人間ではない。

 夜神月はそう悟っている。

 完璧であれば、弥海砂と再会した時にあんな醜態は晒さなかった。

 

 だからこれは、自惚れなどではない。

 冷静に、そして正確に自己分析をした結果だ。

 自分の推理力が決して『L』に劣っていないという確信を持って、夜神月は『L』の待つビルへと向かった。

 

 

『──『L』です。夜神月くん』

 

 向かった先で通された一室。

 大小様々なモニターが設置された、いわゆるモニタールームに、夜神月は座っていた。

 

「ああ、初めまして。お会いできて光栄です『L』。さっそくですが、僕の推理を聞いていただけますか?」

 

『はい。大凡は聞いていますから、そこのパソコンを使ってデータを示してください。一応、全世界の警察機関の情報、企業の情報は入っていますから、自由に使っていただいて構いません』

 

 随分と太っ腹な提案だった。

 ここで月が警察の機密情報を見るとは思わないのだろうか。

 いや、それならそれで、相応に対処すればいいだけ。

 やはりこいつは頭がおかしい。

 自分のためであれば、ある程度の被害すら許容している感が否めない。

 そう思いながらも、夜神月はパソコンに向かい合ってキーボードを叩き、事前に頭に入れておいた情報をパソコン上でも引き出していく。

 

 驚いたことに、自分で調べていたのでは見つからない程の情報がインプットされていた。

 これは。

 月は冷静に考える。

 

 そして『L』から月へのテストであると判断した。

 

『L』は気がついていた。

 月が企業に注目するように告げた時点。

 あるいはそのすぐ後からすぐに動き、必要な情報を集め終えている。

 そして夜神月と同じ結論を既に出している。

 

 そうとしか思えない情報群が既に集積されている。

 

 なら、これを使って『L』と同じ推理を行うことで、こいつの考えを補強してやればいい。

 そうすれば最低限の知性を見せつけることが可能だ。

 

 即断即決。

 夜神月はその判断に従ってデータを揃える。

 その上で口を開いた。

 

 

「お待たせ。随分とデータが集まっていたから、簡単だったよ。口頭でも説明していいかな?」

 

『はい。ぜひお願いします』

 

 わかっているであろうに、白々しくそう言う『L』に対して月は説明を開始した。

 

「まず、注目すべきは株価だった。日本に『キラ』が居る。その前提で考えてみた。もし『キラ』が金を得ようとするなら、贔屓にしている企業があるかもしれない。最初はそんな浅はかな考えから調べたんだが、これが意外にヒットした。まずヨツバグループ。ここの伸び方はちょっと異常だ。じわじわとだけど、明らかに株価が伸びている。他に類似した伸び方の企業がないか、確認してみた。するとどうだ、明らかに一部の企業が下がり、一部の企業だけ株価が上昇していた。──そこで、その理由に心臓麻痺の死因が関わっていないか、徹底的に調べた。それが電話で伝えた8件の死亡事例。このヨツバグループに有利な死が3件。そして、これはたまたま見つけられたんだが、欧米企業レベルEで2件。欧州企業ヨルムンガンドで3件。たぶん、見つけられていないだけでまだまだ他企業にとって有利な死が存在する。──これが意味しているのはただ一つ。『キラ』が金のために殺人を始めたって事だ」

 

『──さすがです。一般の情報だけでここまでの特定を可能とするなんて、夜神月くん。あなたは非常に優秀だ』

 

「よしてくれ。『L』だって、僕が企業に注目する前か、それとも僕が言ってすぐに特定出来ていたはずだ。でなければこれだけのデータが纏めて保存されている訳がない」

 

『はい。私も言われるまでは気がつきませんでしたが、指摘頂いてからすぐに調べて、夜神くんと同じ結論に到達しました。──この『キラ』は金のために殺人を請け負っている』

 

「この『キラ』。そう言ったね」

 

『はい。そう言いました。何故ならこの『キラ』は明らかに今までの『キラ』とは行動指針が異なっている。今までひたすらに思想布教、イメージ戦略に徹していた『キラ』とは思えない動きをしています。これが世間にバレればイメージダウンどころの騒ぎではない。つまり、これは今までの『キラ』ではない。『第二のキラ』とでも呼ぶべき存在です』

 

「……やはりそうか」

 

『そう考えるのが自然です。金が惜しくなった、とも考えられますが、今更『キラ』が金を欲しがるとも思えません。そしてやるならもっと時間を空けたほうがいい。世間にキラ擁護の声が広まりかけている今やるのは不自然です。私が思うに『キラ』はそこまでバカじゃない』

 

「……だとするなら、『キラ』は怒るだろうね」

 

『間違いありません。『キラ』が『第二のキラ』への接触を考えれば面白くなります。そこから『キラ』への糸口も見つかるかもしれませんね』

 

「同意見だ。最も厄介だったのが、直接手を下さずに殺害を行える事にあった。『キラ』もさすがに『第二のキラ』への警戒は止めないだろう。場合によっては、『キラ』が『第二のキラ』を殺しに動く事も考えられる。何せ自分の名を騙るような存在が、自分と同じ能力を持っているんだからね」

 

『そうですね。そうなればもっと面白い。……やはり夜神くん。この捜査本部に参加してもらえないでしょうか? キミの力が必要です』

 

「もちろん。こちらからお願いしたいくらいだよ『L』」

 

『ありがとうございます。用心のため、ここでは『竜崎』と呼んでください』

 

「ああ、わかったよ『竜崎』。それでさっそくだけど、他にも『キラ』との繋がりがありそうな企業がないか探してみてもいいかな?」

 

『是非お願いします。夜神くんにはそのことを頼もうと思っていました』

 

「水臭いな、夜神だと父さんと間違えそうだから、月でいいよ」

 

『そうですか。では、月くん。よろしくお願いします』

 

 予定通り、『L』の懐に潜り込めそうだ。

 強気に笑みを浮かべた月に対して『L』も冷静だった。

 

(私ですら気がつかなかった事に、こうも的確に気がつくことが出来るなんて。これは良い味方が出来たかもしれませんね。しかし、わざわざ『L』に近づいてきた理由がわからない。見るからにプライドが高そうな月くんが、私の元に情報まで提供して潜り込もうとする。……これは、もしかするか? 『第二のキラ』だけでなく『キラ』への糸口になるかもしれない。……運が向いてきましたね)

 

『L』の思考は突拍子もないものだった。

 

 だが、その推測は正しい。

 僅かな情報、僅かな傾向から可能性を探り当てる才能。

 それを人は天才と呼ぶのかもしれない。

 

 

 夜神月は、『L』からの信頼を得て『第二のキラ』を捕まえ、そして弥海砂が『キラ』である証拠を『L』よりも先に見つけようとする。

『L』は『第二のキラ』を追いながら、本命である『キラ』に繋がる糸口を探り、僅かな可能性ではあるが『キラ』に繋がっている可能性のある夜神月を観察し始めた。

 

 それは『原作』とは多少形が異なるものの、似たような関係性を二人が構築する事に他ならず。

 天才達による新たな頭脳戦の様相を呈し始めていた。

 

 

 

 

 



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頭脳戦

約2000字
本日2話目



「──『竜崎』こっちを見てくれ」

 

「何か見つけましたか、月くん」

 

 捜査開始から、二人が打ち解け合うのに時間は掛からなかった。

 元々が非常に高度な頭脳を持つ二人だ。

 お互いがお互いに認め合うのも時間の問題であり、一度認め合えばその連携はその他大勢が居ても、とてもではないが太刀打ちできない結果を次々と打ち出し始めていた。

 

「前に言ったが、ヨツバグループ。レベルE。ヨルムンガンド。アンブレラ。西日本グループ。この5つの会社に有利な死が多すぎる。それは心臓麻痺に止まらず、事故死や病死にも及んでいそうだ」

 

 世界有数と呼べる大企業。

 それらに対する有利な死の数は、もはや目を覆いたくなるほどの量にまで増えていた。

 歯噛みしながら『L』は呟いた。

 

「……多いですね。さすがにこの量は想定外です。『キラ』は本当に殺しを請け負い始めたんでしょうか」

 

『L』のその意見に、月は真剣な表情で考え込んだ。

 その結論としては、そうではない、という意見。

 何故なら、数があまりにも多すぎる。

 まるで気付いてくれと言わんばかりの量。

 

「どうかな、ここまで広範囲だとそう考えるのが自然だが。しかしここまでして気がつかれない筈がない。こいつはバレる前提で動いていると思っていいくらい、派手に動いてる」

 

「そうですね。手当たり次第、といった感じでしょう。となれば、もしかすればダミーとしてミスリードで用意している企業が大半かもしれませんね」

 

「ああ、その可能性が高い。この内のどれかに捜査のメスが入れば、途端に何か変化が起きそうな気がする。『竜崎』じゃないが、『第二のキラ』は釣りが趣味みたいだな」

 

 その言葉にはトゲがある。

 以前『L』の姿を晒した理由に関しての考察を行った際。

 夜神月は容易に『L』の狙いを看破した。

 その事を言っているのだろう。

 だが、『第二のキラ』と同一に扱われるのは気持ち良くない。

 

「……月くん。確かに私は自分の姿を囮にしていますが、同じにされるのは少し心外です。ここまで節操なしじゃありませんよ」

 

「あはは、悪い。わかってるよ。けど、コイツはそうじゃないらしい。こちらからのアクションを待って、『L』の手掛かりを集めようとしている。僕はそう感じる」

 

「同意見ですね。『第二のキラ』は思想犯というより、『金』が目的でしょう。ならば自分を捕まえようとする者は殺す。つまり、『L』が邪魔だから殺す。そういう判断に至っても不思議はありません。……ここからは慎重を期す必要がありそうです」

 

「ああ、僕も同じ意見だ。けど、どうする? さすがにここまで広範囲に広がってると手の出しようがないぞ」

 

「少数精鋭であることが、ここに来て不利になりましたね。……場合によってはFBIなどに協力を要請する必要がありそうです。この状況で、本部の人間を増やすわけにはいきませんから」

 

「大丈夫か? 今回のキラは、恐らく警察関係者でも容赦なく殺す。もし捜査員が死んだ、なんてことになれば批判は免れないし、何より僕はそんな報告を聞くなんて嫌だ」

 

「大丈夫なように、しっかりと防諜などを行いましょう。安心してください、FBI捜査官には優秀な人材が揃っています」

 

 真剣に見つめてくる『L』の姿に、月も頷きで返した。

 本気で『竜崎』は動くであろう、ということが目を見ればわかる。

 こいつは頭がおかしいが、それでも負けず嫌いで正義感が強い。

 無闇に捜査員を失うような指示は出さないだろう。

 そのくらいの信頼関係は既に構築していた。

 

「……わかった。そっちは『竜崎』に任せるよ。僕は、死因に関わらずこの5つの会社にとって有利な死を改めて洗い直してみる。何か新しい発見があるかもしれない」

 

「はい、そちらも必要になります。……心臓麻痺以外に殺せる可能性。そして『キラ』が初めに開示した死の前の行動を操る事が可能という事実。……中々に厄介ですね」

 

「その辺りも含めて、不自然な点がないか調べてみよう。大丈夫、こういうデータ関係に僕は強いんだ」

 

「月くんなら、何でも出来ちゃいそうですけどね。頼みました。私は、先ほどの件を相談してきます」

 

 本来ならば『キラ』と『L』という関係の二人は、今現在『第二のキラ』という同じ目標に対して協力し合っていた。

 その相乗効果は恐らく、この世界での最高峰に容易に至るほどの強力なタッグだった。

 

 そんな二人でも苦戦を免れない『第二のキラ』の動き。

 それは間違いなく、本来の歴史にある『ヨツバキラ』とは明らかに異なっている。

 自らの計画を遂行するため、弥海砂の用意した戦略は今現在の時点では予定から大きく外れる事なく推移していた。

 

 

 

 レムは、新たなデスノートの持ち主の後ろに立ちながら忠実に海砂の命令に従っていた。

 

 デスノートに触れた人間に死神が見える。

 その仕組みは非常に単純だ。

 二冊のデスノートがあれば、今回夜神月にリュークを見えなくしたように小細工が可能だった。

 

 つまり、AとBのノートが存在し、リュークの憑いたAというノート。そしてレムの憑いたBというノート。

 この二つを、所有権を一度破棄し。

 それぞれの憑くノートを入れ替えてしまえば、Aというノートにレムが憑いた事になり、夜神月が見える死神はAのノートに憑いた死神となる。

 つまり、Bというノートに触れたことがないために、夜神月から現在Bのノートに憑いているリュークの姿は見えなくなる。

 代わりにレムの姿が見えるようになる、という『カラクリ』だった。

 

 しかし、デートをしている時。

 海砂の頭上に浮かんでいたのはリュークではなく、レムだった。

 

 そしてリュークが何をしていたかと言えば、あの時点では破棄されたノートの近くで待機していた。

 夜神月と弥海砂の交際開始を見届けてから、上記の交換作業を行ってリュークの姿を見えなくして。

 その後に新たなデスノート所持者を探しに移動を開始した。

 

 元々抱いていた海砂を見守るという意地。

 そして、1年近い期間を共にした事で抱いた海砂への好感度。

 その二つが相乗してレムは『原作』よりも深い愛情を弥海砂に対して抱くに至っていた。

 

 それが何を意味するのか、今はまだ弥海砂しか知らない。

 

 ある人物を指定した上で、デスノートを預ける。

 目の取引をしてはいけない。

『キラ』の基準で裁きを行わせ、警察関係者を殺しても構わない。

 そして。

 絶対にレムがデスノート所持者を殺してはならない。

 最低5年間。捕まらずに裁きを続けてほしい。

 そのために『L』を撹乱する策も授けていた。

 最後に、絶対に夜神月に姿を見られてはならない。

 

 この条件を、レムは海砂のためになるのならと忠実に守っていた。

 何せ新しく憑いた人間は、海砂の純粋さと比べれば見る影もない程に醜い。

 この人間に憑いているだけで、海砂への好感度がまた上がるほどだった。

 

 レムは海砂の思想を知らない。

 もし知っていれば海砂から離れることはなかっただろう。

 どんな方法を使ったとしても止めた筈だった。

 

 だが、今現在海砂に憑いているリュークは海砂のその思想を聞かされていた。

 その上で面白そうに笑いながら同意した。

 全ては5年以上後の話。

 弥海砂は、計画通りに事態が推移すると確信を持って微笑んでいた。

 

 

 



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小休止

約2000字
本日3話目



 

 

「──月。ねぇねぇ、あっちのお店にも寄っていい?」

 

「もちろん。海砂のためならいくらでも付き合うよ」

 

「あはは、月じゃなくてナイトって呼んじゃおうか? 私を守ってくれる騎士様だもんね」

 

「僕は構わないけど、せっかくなら僕の名前を呼んでほしいかな。ナイトだと僕の名前を呼んでもらってる気がしないからね」

 

「あは、それもそうだね。じゃあ、月。行こ?」

 

「お供しますよ、僕のお姫様」

 

「あはは、やめてやめて。本当に言われるとちょっと恥ずかしいから」

 

『くすくす』と楽しそうに笑う海砂の姿に、月は心から幸せだと思い微笑んだ。

 もう海砂と付き合い始めて5年の月日が経っていた。

 

『第二のキラ』を追い詰めるために、色々な策を弄した。

 その結果として、警察に対して圧力が掛かり、捜査本部は事実上の解体の憂目にもあったが、相沢、宇生田の両名は警察内部に残る事を選び、その他の、夜神総一郎、松田、模木。この三名と月を含める四名だけが警察を辞めてまで捜査本部に残った。

 

 その後にアイバーとウエディという詐欺師と泥棒の二名が加わり、そして同じく圧力によって参加不可となっていた、元FBI捜査官レイ・ペンバー。そのフィアンセである南空ナオミなどなどが参加した。

 そしてその数年後。

 

『L』の後継者を名乗る二名。

『ニア』と『メロ』も参加。

 この数年で政治的圧力により事実上『キラ』対策から撤退したと思われていたアメリカから『キラ』専門の対策部隊まで参戦した。

 これは『ニア』と『メロ』が『L』が指揮する『キラ』対策本部に参加するにあたって用意した手土産でもあった。

 

 その結果としては捜査本部の結束は強まった。

『L』いや、『ワタリ』からの援助で参加者全員の今後の資金に関しても賄われており、そういった類の不安もない。

 ただ皆が一丸となって『第二のキラ』逮捕に向かって動いていた。

 

 世間では『L』は無能、『L』は何も出来ないと言われているが、その実必要な情報は確実に集積しており、世界各国にダミーとして用意されていた会社の皮も慎重に剥がし終えて、残るはヨツバグループ内に潜むであろう『第二のキラ』を特定するところまで話は進んでいた。

 だが、それが非常に困難だった。

 下手に気がつかれれば、5年も掛けて特定したのに逃げられかねない。

 非常に慎重な捜査が求められた。

 

 そんなこんなで、ひとまずの小休止を夜神月は取っていた。

 あまりに忙しく、片手間で大学は卒業し終えたが、海砂とのデートの時間はあまり取れなかった。

 というより、海砂も大人気モデル、女優として時代を先駆けており、時間に余裕がなかったとも言える。

 

 だから、この日は久しぶりのデートだった。

 もちろん、電話やメールでのやり取りは月がマメな性格という事もあって一切欠かさなかったが、実際に会うとなればその喜びもひとしおだ。

 

 顔を見て声を聞いて、手を繋ぎながら楽しい時間を共有する。

 デートの醍醐味を満喫していた。

 

「ねぇねぇ月。月は警察庁に行くって言ってたけど、今は違うんだよね?」

 

「ああ、うん。知り合いの企業に誘われちゃってね。給料も悪くないし、そっちで働いてるよ」

 

 そういうことになっていた。

 さすがに『キラ』の目の前で捜査状況を話すほど月は脳内お花畑ではない。

 だから、『第二のキラ』を追っている事も海砂には隠している。

 そのカバーストーリーとして用意しているのが、『ワタリ』の用意したダミー会社に勤めている、という事だ。知り合いや家族にはそう話すように、と指示され、それに従っていた。

 ちなみに捜査本部に参加しているメンバーは皆がそういうことになっている。

 さすがに世間体を考えて無職というのは如何なものかと苦言を呈した結果だった。

 

 元々が『プー太郎』と言っても過言ではない『L』だ。

 そこまで思考は至らなかったようで、しばらく虚空を眺めた後に、ああ、そういえばそうでしたね。と宣って決まった。

 

 ともかく、これで月も海砂の彼氏としての面目が一応立った。

 自信満々に無職、という事はさすがの月も、いや、プライドの高い月だからこそ憚られたが、幸いな事に既に対処済みだった。

 海砂も特に疑問を持った様子もないようで、普段通りに明るく『ニコニコ』と笑っていた。

 

「さすが月だね〜。引く手数多じゃん。私の彼氏は優秀だね。──あ、そうだ。私ハリウッド映画に出演決まったから、もう日本に居られないんだ。ごめんね」

 

 両手を合わせて、『ぺこり』と軽く頭を下げる仕草をしながらの唐突なその宣言に、月は驚きのあまり停止しそうな思考を必死で回転させて考えた。

 ハリウッド? 映画? 

 つまり、アメリカ? 

 

 海砂が大人気であることは知っていた。

 世界最高峰の非常に可愛らしいルックス。

 ギャルなのに知的な発言というギャップ。

 現実離れした雰囲気を持ち、どこか恐ろしいような、倒錯的な破滅感すら漂わせる存在感。

 女優業で見せる圧倒的とも呼べる演技力。

 

 巷では『天使』などとも呼ばれ始めた彼女のその発言に恐らく偽りはない。

 そう認識して、月はようやく口を開くことができた。

 ただ会えなくなるショックで少しばかり(ども)った。

 

「す、すごいじゃないか。いつから海外に渡るんだ?」

 

「割と近いうちだよ、撮影開始前に契約とかあるっぽいし。1ヶ月以内には渡るかなー」

 

 1ヶ月。

 その間は捜査に不参加でもいいだろうか。

 そんな事を思うくらいには月は海砂のことが好きだった。

 

「……海砂。海外に渡っても、僕は君が好きだ」

 

 言わねばならない。

 ここで言っておかねば遠くへ行ってしまうような気がして、月は言葉を続けた。

 

「女優業を優先してくれて構わない。だから、形だけでもいい。僕と結婚してくれないか」

 

 事がここに至って、恋愛頭脳戦などと言える余裕はない。

 真剣な表情で告げた月に、海砂は柔らかく微笑んだ。

 

「……本当はね。結婚するつもりはなかったんだ」

 

 それは本心のように聞こえた。

 普段の海砂とは語り方の雰囲気が、どことなく違っていた。

 

「でも、形で残しておく事も大事だと思うから。いいよ、結婚しよ? ──弥海砂は、夜神月を一生愛します」

 

 一生愛する。

 その言葉の重さに。

 夜神月は喜びのあまり気がつくことが出来なかった。

 

「ほ、本当に? いや、僕が聞いたんだから、そうなんだが、いや。ごめん、ちょっと嬉しすぎて動揺が収まらない……」

 

「月。愛してる」

 

「……海砂。僕も愛してる」

 

 何てことはない、メインストリートの道中だった。

 ただ場所なんてどうでも良かった。

 気持ちさえあれば、例えどんな場所だろうとドラマの舞台としては十分。

 

 物語の主人公にでもなったような幸せな心持ちで月はペアリングを購入した。

 不滅の愛を誓い合うように、二人の薬指でダイヤモンドが『キラリ』と輝いた。

 

 



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激動

約6000字
本日1話目



 

 

 

「──『メロ』何度同じことを言わせるんですか、あなたの捜査は雑すぎる。私のフォローが遅ければこの5年の全てが無駄になっていた可能性がありました。いい加減に理解してもらえませんか」

 

「ああ? 結果としては最良だろうが。お前がチンタラやってんのがわりーんだよ、俺の後ろを付いてくるしか出来ねーんならフォローだけしてろよ。結果は俺が出す」

 

「バカなんですか? 私がフォローしなければ、その結果は得られなかったと言っているんです。私だって出来るなら最前線で動きたい。しかし、私が動くより早くあなたが動いているせいで後手後手に回らざるを得ない。捜査情報を共有しているんですから、無鉄砲なあなたの方が動きが早いのは当然でしょう。私も怒りますよ、もうフォローしませんよ」

 

「はっ! 口だけやろーが。お前が何言ったって『L』の足引っ張る真似はしないだろうが。つまり、俺がどんだけ動いたってお前はフォローするしかないんだよ。俺だってそのくらい理解した上で動いてる。助かってるぜ『ニア』」

 

「……ちょっと殴っていいですか」

 

「モヤシくんにゃ殴れねーよ」

 

 ぎゃーぎゃーと言い争う二人を背後に見ながら、夜神月は冷や汗を流しながら、角砂糖タワーを作る『L』を見やる。

 どこか間抜けな表情で一つずつ角砂糖を積み上げている姿は、とてもではないが世界最高峰の名探偵には見えない。

 

 だが、結果は今までに出し続けているのだから、人は見た目ではわからないものだ。

 ため息が出そうだが、あの二人を止められるのは『L』だけだ。

 これまでの経験からそれが理解できる。

 そして止めなければまた備品が壊れかねない事も理解していた。

 

 資金も無限ではない。

 それに、あの二人のせいで増え続ける壊された備品の片付けをするのはもう御免だった。

 少し離れたところで資料の整理をしている南空ナオミと視線が合い、彼女が苦笑いしながら月に頼む様に、ごめんと手を合わせた。

 

 どうやら僕がやるしかないらしい。

 そう判断して、月は渋々ながら口を開いた。

 

「……『竜崎』あの二人をそろそろ止めてくれ、また備品が壊れる」

 

 月のその言葉にも、『L』はマイペースに目の前の角砂糖タワーを嬉しげに見つめながら言い放った。

 

「……ああ、月くん。見てください。最高記録です。私も中々やるものでしょう?」

 

 子供じみた得意げな表情に、いつもの事とは言え『がっくし』と気持ちが落ちるのを止められない。

 しかし、デスノートを持たない夜神月は善性が極めて強い。

 いつも適当とはいえ、ちゃんと褒めてあげていた。

 さすが人間が出来ている、と言えるだろう。

 

「ああそうだなすごいよ『竜崎』。だから止めてくれ」

 

 これもまたいつも通り『むすっ』とした表情でその言葉を受け取った『L』が『やれやれ』と言いたげに言葉を続けた。

 

「……言い方が少し気に入りませんが、いいでしょう。しょうがありませんね。『メロ』『ニア』。月くんからお話があるそうです、集まってください」

 

 月くんからお話がある。

 何故そうなった、と『L』に対して視線を向けるが、『L』はさらなる最高記録を求めて角砂糖を積み上げようとしていた。

 

「……おかしいな、僕は『竜崎』に止めてくれ、と言ったつもりだったんだが。わざとだろう?」

 

「はい、わざとです。そろそろ月くんにもあの二人を制御して頂かねばなりません。私が生き残るとも限りませんから」

 

「冗談でもそういうことを言うな。『竜崎』は僕の友達なんだからね」

 

「……月くん」

 

 『ジーン』とした瞳で見つめ合う二人だった。

 

 以前『L』と海砂は顔を合わせた事がある。

 もちろん、『L』としてではなく『流河旱樹(リュウガ・ヒデキ)』と名乗っては居たが。

 なので『L』は海砂を知っているが、その発言内容が正しいとは限らなかった。

 

「海砂さんに、言動がロマンチスト臭いとか言われませんか」

 

「……『竜崎』殴っていいかな。──ちなみに海砂は喜んでくれるから問題ない」

 

「どんな理由であれ、一発は一発ですよ? ──で、あればよかったです。二人はお似合いですね」

 

『けろっ』とした表情で言う『L』の姿に、少しばかり殺意が湧くのは、弥海砂が『キラ』であると知っている事とは無関係だと月は思う。

『プルプル』と拳を震わせる月に、『メロ』が恐る恐る話しかけた。

 さすがの『メロ』もこの状態の月に八つ当たりされるのは避けたいらしい。

 

「……あーっと、夜神月。文句があるなら『ニア』に言えよ。俺は結果を出してる」

 

「認められませんね、私のフォローありきの結果なんて。それに、最初から私に任せていればメロ以上の成果を上げていました」

 

「ああん? 後からなんとでも言えるよなー、パズルを解くみたいに時間掛けまくれば満足か? もう5年も『第二のキラ』が野放しになってんだ。こいつの後に大本命の『キラ』まで控えてる。お前のやり方じゃ何十年経ったって捕まえられっこねーんだよ」

 

「バカなんです? その5年近く使った時間が無駄になると言っているんです。それに比べれば私の方法で探っていく方がメリットが大きい。あなたの行動はリスキーすぎるんですよ」

 

「リスク負わなきゃ成果なんて得られる訳ないだろうが。何回言わせんだよ」

 

「……話になりませんね。『L』いい加減に指揮権を私に下さい。これでは効率が悪すぎます」

 

「二人とも」

 

『L』がそれだけ言って、『メロ』の怒声で崩れた角砂糖タワーを悲しげに見つめて、再び積み上げながら続ける。

 

「『L』の後継者になりたいのなら、『第二のキラ』を捕まえてください。捕まえた方が次の『L』です。もちろん、私も協力しますし、私も月くんも捕まえるために動きます。捜査を妨害することも許しません。その上で私と月くんが認めるだけの成果を出してください」

 

 角砂糖タワーを倒してしまった『メロ』が少し気まずげにしながら続けた。

 

「……わかったよ『L』」

 

 続けて、『ニア』がため息を吐き、伸びてきた髪をくるくると弄りながら言う。

 

「仕方がありませんね。『メロ』次は私の指示に従ってもらいますからね。フォロー1回につき、私の1回に付き合ってください。それくらいならいいでしょう」

 

「……けっ、啀み合ってもしょうがねーか。……1回だけだぞ」

 

「安心してください。これまでの借りを返せだなんて言いませんよ。交互にフェアに行きましょう」

 

「ま、それならいいか」

 

 

 また『わいわい』と騒ぎながら、けれど落ち着いた様子で意見交換を始めた二人を見つめて月は一息吐いた。

 

「ようやく、あの二人が協力関係を構築したみたいだね。これが望みかい『竜崎』」

 

「……はい。そんなにわかりやすかったですか?」

 

「僕と『竜崎』のタッグを超えるなんて、あの二人が組まなければ絶対に不可能だ」

 

 堂々とそう述べる月の姿に、『ニヤリ』と笑いながら『L』も続ける。

 

「月くんのそういう自信家なところ、結構好きですよ。──あの二人なら私を超えてくれるでしょう。しかし、私と月くんのタッグを超えることは難しい。現状では、ですが」

 

「意外と僕らは相性が良いからね。けど、あの『メロ』の行動力。そして『ニア』の冷静沈着な対処。あれが組み合わされば脅威だな、僕らもウカウカなんてして居られないぞ『竜崎』」

 

「そうですね。私たちが足し算なら、あの二人は乗算です。乗りに乗ればきっと良い結果を出してくれるでしょう。まぁ私も負けるつもりはありませんけどね」

 

「負けず嫌いは相変わらずだな『竜崎』」

 

「そういう月くんこそ」

 

『L』も手を止めて、月と向き合いながら笑った。

 そして一つの画面を出して指差した。

 

「見てください。ヨツバ役員の中で、この5年間の内に変化があった者。その一覧です。大小に関わらず念のためピックアップしていますが、注目すべきは順当に、成果を重ねているものです。通常よりも段違いに早い、とか、遅い、とかそういった人間がキラである可能性は低い」

 

「同意見だよ。何故ならキラはそこそこ優秀な人間だ。『キラ』の力を使わずとも成り上がれるくらいに。そんな人間が、個人のために『キラ』の力を使って成り上がるとは考えにくい。つまり、通常の昇進速度で昇っている者こそが最も怪しい」

 

「そうですね、なので。この火口とかいう男は論外でしょう。この5年で段違いに昇進していますから、恐らくはミスリードですね」

 

「三堂はどうだ? この昇進速度なら十分疑う余地はある」

 

「悪くないですが、私が気になるのが奈南川ですね。凡庸ではない。なのに昇進速度は至って普通だ。まるで疑われることを避けようとしている様に、私には見えます。……ただ、その他にも葉鳥、尾々井、樹多、鷹橋、紙村。これらは十分に疑う余地がある。……唯一明らかにミスリードっぽいのは火口だけですね」

 

「ああ、恐らく相当嫌いなんだろうな」

 

「やっぱりそう思います? まぁこの経歴を見る限り気持ちは理解できますが。それなら火口に近いこの七名の中に『キラ』がいる可能性が高そうですね」

 

「同意見だ。そういえば『メロ』は何をやったんだ?」

 

「ああ、奈南川の自宅に盗聴器とカメラを仕掛けたんです。バレそうにはなりましたが、回収には成功しています」

 

「……随分危ない橋を渡ったな。一番『キラ』の可能性が高い相手じゃないか」

 

「まぁそうですね。ただ結果オーライと言ったところです。警備システムが強固すぎて、地下室までは入ることが出来なかったようですが。ウエディを使わなかったので。まぁ後で確認してみましょう。何か証拠になるものがあるかもしれません」

 

「……そうだな」

 

 そして。

 そのビデオを確認した際に、夜神月は声を出すことを必死に我慢した。

 何故ならそこに、初めて見る死神の姿が映って居たから。

 

(白い骨張った格好……。蛇の様な瞳孔。間違いない、以前見たタイプとは違うが、死神だ。他のみんなには見えない様子だし、間違いない。奈南川が『キラ』。海砂に憑いていた死神とは別の死神? だが、死神が見える条件は『黒いノート』に触れた事がある、というものではないのか? 何故、以前見た黒い死神ではなく、新しい死神が見えているんだ? ……二度見えているなら幻覚という可能性は低い。……くそ、しばらく冷静に考える必要がある……。どんな可能性であれ見逃せない。これでこの場の誰よりも僕が『キラ』に近づける事になる。このメリットを活かすことを考えるんだ)

 

 そんな月の様子に気がついた訳ではない。

 月の感情操作、表情制御能力は完璧だった。

 だからそれは、『L』の第六感とでも呼ぶべきものだったが『じっとり』とした視線を月に対して向けていた。

 

「月くん、何か発見はありましたか?」

 

「……そうだな。普通の生活をしているようにしか、僕には見えないな」

 

「やはりそうですか。何かキッカケになればと思いましたが、中々上手く行きませんね」

 

『L』は違和感を感じながらも、理論的な理由ではないためそれ以上の追求はしない。

 月は冷静に可能性を模索した。

 

 さすがのレムも、監視カメラの気配にまで気がつくことは出来なかった。

 幸いにして、警戒度の高い奈南川は地下室以外でレムに話しかけることはなく、それも必要最低限の会話しか通常行わない。

 そのため奈南川の不自然な音声が拾われることはなかった。

 

『L』は思考を続ける。

 自らの勘は夜神月に注目すべきと言っている。

 だが理論的ではない。

 そして『L』個人として夜神月は『キラ』ではないと考えている。

 夜神月が『キラ』であっても、『第二のキラ』であっても、この5年間で作り上げたプロファイルとは一致しないからだ。

 それ故に勘が示した『キラ』との関連性に繋げられていなかった。

 

 夜神月は『L』の質問に対して警戒度を最大にまで引き上げた。

 元々ボロは出さなかったであろうが、これで絶対に夜神月からボロが出ることはない。

 自らが完璧ではないと悟った月に油断はなく、冷静な頭脳は十全に稼働した。

 何よりも好きな女性のために努力する夜神月は、『原作』以上の実力を発揮する事が可能だった。

 

 夜神月の性質は善性に寄っている。

 悪である自覚を持ちながら『キラ』として果断に行動して居た時は、思考力に途轍もない程大きな悪影響を及ぼして居た。

 具体的には短気になっていた。

 

 だが、今の夜神月には精神的に余裕がある。

 その精神的な余裕は思考力を増すという結果となって現在に影響を及ぼした。

 その思考は真実に限りなく近い考察を可能とした。

 

 つまり、夜神月が弥海砂に返した、死神が見えるキッカケとなった『黒いノート』を、現在奈南川が使っているという真実に辿り着いた。

 それしかないという断定すら可能とした。

 故意に渡したのか、渡さざるを得なかったのか。

 

 その点に関しても月の考察は冴え渡った。

 

『第二のキラ』出現と弥海砂の行動を比較。

 その結果として、自らと付き合った直後という真実に辿り着く。

 つまり、『第二のキラ』出現は弥海砂の意思によるもの。

 

 夜神月の思考はさらに回る。

『第二のキラ』の殺傷能力が『キラ』に劣ることは確認済みだ。

『第二のキラ』は顔に加えて名前もわからなければ殺す事ができない。

 何故その差が生まれたのか。

 

 夜神月の思考は冴え渡った。

 

 逆に考えるんだ、と。

 名前は必須なのではないか、と考えた。

 

 何故なら夜神月は『黒いノート』の存在を知っている。

 顔だけで『黒いノート』を使って殺す方法は残念ながら思いつかなかったが、ここに名前が関わってくれば容易に想像できる。

 つまり、『黒いノート』に名前を書く事で殺す事ができる能力。

 

 そして、『キラ』だけが持っている能力は顔を見る事で名前がわかる能力。

 

 夜神月の思考力はさらに真実へと近づいていく。

 

 何故顔だけで名前がわかる能力を奈南川が持って居ないのか。

 可能性は3つある。

 

 一つ。たった一人しか持つ事ができないなどの条件がある能力。

 二つ。代償があり奈南川は了承しなかった。

 三つ。弥海砂が止めている。

 

 上記2つであれば脅威にも成らず、考察する価値がない。

 だが最後の一つ。

 弥海砂が止めているとするのなら、その理由はなんだ? 

 顔を見るだけで名前が見えるのなら、その能力を渡したくない理由は? 

 

 閃きが降りた。

 

 その目は、『キラ』を見抜ける? 

 

 それならば弥海砂が止めている理由にもなる。

 

 そして、そのパターンならば、弥海砂が『キラ』であることを奈南川は知らない事になる。

 だがそれは、弥海砂が奈南川を知らない事とイコールではない。

 

 何故ならあの弥海砂が無作為に『キラ』の能力を分けるとは考えにくい。

 ある程度の目的意識を持って能力を分けた筈だ。

 

 その理由はなんだ? 

 

 夜神月はじっくりと思考する。

 5年間という期間で得た弥海砂の情報から、その思考を考察する。

 底を見せない人だった。

 そんなところも好きだった。

 

 けれど、その思考の傾向くらいであれば夜神月の力を以ってすれば推測可能だった。

 

 もし弥海砂が『キラ』であり、その思想を広めようとするのなら。

『キラ』であるという前提で思考を回す。

 奈南川の行動を許容するだろうか。

 

 じっくりと考えた上で出した結論。

 それは『思想犯』として絶対に許容しないという答えだった。

 

 しかし、現実として奈南川は生きて『第二のキラ』として活動している。

 その理由は何故だ? 

 生かしている理由がわからない。

 

 またもや夜神月は閃いた。

 生かしているんじゃない、殺すべきタイミングを待っているんだ。

 

 その思想を最も世間に対して影響させるタイミングで殺すために、生かしている。

 最愛の人ではある。

 しかし、その思考は常軌を逸している。

 

 これまで奈南川に、『第二のキラ』に殺された無実の人々の数は途方もない数に上っている。

 それすら許容して、思想犯として行動している海砂の行動に、夜神月は精神的なショックが隠せなかった。

 

 一体、キミは何を狙っているんだ海砂。

 

 あまりのショックに夜神月の思考はここで止まった。

 もし止まっていなければ、弥海砂の思想を阻止する未来もあったかもしれない。

 

 だが、それは叶わなかった未来だった。

 夜神月が地獄のような結末を目の当たりにするまで、残り数ヶ月。

 現在の季節は秋。

 もう数ヶ月で冬が到来する。

 

 それすらも弥海砂の計算通りに。

 

 ──ハリウッド映画のクランクアップを迎え、上映が開始されようとしていた。

 

 

 



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デスノートの正しい使い方

約3000字
本日2話目



 

 

 

「──なぁ死神。『キラ』は今何をしているんだ? もう5年以上だ。私が『キラ』として活動した期間の方がもう長い。『L』とのやりとりもいい加減もうウンザリだ。そろそろ教えてくれてもいいだろう?」

 

「……さぁね。私も知らない。言ったろ、死神はデスノートの行く末を見守るだけでしかない。それ以上のことは関知しないのさ。ましてや前の所持者のことなんて話すわけがないだろ」

 

「毎回それしか言わないな。……まぁいい。『L』が拠点としているビルは突き止めた。まさか『エラルド・コイル』『ドヌーヴ』『L』三大探偵の全てが『L』の別名だとは思わなかったが。それを教えてくれた事には感謝するよ、死神。後は信者共を使って扇動してやれば、面白いように踊ってくれるだろう。……『キラ』の思想に感謝だな。引き継いだだけで、この私が神の如き地位を手に入れることが出来た。その点に関しては『キラ』の思想に賛同しなくもない。バカとハサミは使い様だからな」

 

(……やはり、人間は醜い)

 

 レムは心底からそう思う。

 海砂なら、絶対にこんな真似をしなかっただろう。

『思想』に関しては頑なに教えてくれなかったが、少なくともコイツのように他人を陥れる類の想いではないはずだ。

 でなければ、あんなにも純粋さを維持できる筈がない。

 

 レムは海砂に惹かれていた。

 その今にも壊れてしまいそうな程の純粋さにこそ惹かれていた。

 

 どこまでも明るかった。

 どこまでも人の可能性を信じていた。

 どこまでも自己犠牲の精神を持っていた。

 どこまでも、純粋だった。

 

 計画を練り、実施して、スマートに物事を進めていた。

 誰のためでもなく、ただその『思想』のために。

 

 そうだ。

 海砂は自分の力だけで成り上がった。

 今ではもうハリウッド映画も撮影し終えて、後はもう放映を待つだけの状態だと言う。

 栄光は自らの実力で掴み、『思想』だけをデスノートで叶える。

 不幸になると噂が死神界にすらあるアイテムを用いて、それでもなお栄光を掴み切った姿はレムの中で鮮烈な存在感を放っていた。

 

 ……大人気モデルになることが、メディアに影響力を持つことが目標と、そう言っていたね。

 おめでとう、海砂。

 もうお前を知らない人間などこの人間界に居ないだろう。

 

 ふと気がついた。

 海砂の行動が、メディアの露出すると言う目的が、デスノートに関係していたとしたら? 

 その『思想』を叶えるために必要な事でしかなく、計画の一部だったとしたら? 

 そして夢を語っていた海砂の瞳が、まるで殉じるかの様だったことに。

 

 ようやく、ようやくレムは気がついた。

 

 だが、その気づきはあまりにも遅すぎた。

 

(……まさか、死ぬつもり、なのか? いや、そんなバカな。いくら海砂だって夜神月との関係もある。死ぬつもりはない筈だ……。何より海砂だって人間だ。死ぬ気で生きている筈がない……)

 

 愕然としながらも、レムは思考を回す。

 レムはバカではなかった。

 弥海砂という世界的に有名な人物が『キラ』であったと明かした際の影響力が途轍もなく大きいと推測できた。

 そして、今まで海砂から言われた様々な言葉が駆け巡った。

 

 死神の目を渡してはいけない……。

 これは弥海砂が『キラ』であると『第二のキラ』に教えないためだ。

 全世界に見られるのだから、そこからバレる恐れがある。

 

 レムが『第二のキラ』を殺してはいけない。

 これは恐らく、海砂が殺すつもりだからだ。

『金』のために能力を使ったものの末路を全世界に周知して、ロクなことにならないと警告する意味合いが強いとレムは考えている。

 そして、それは間違いないと思われる。

 

 警察関係者を殺しても良い。

 これは『L』などの視線を『第二のキラ』に向けさせ、『キラ』ではない事を確実視させるためだろう。

 

 最低5年間。

 捕まらずに裁きを続ける。

 これはメディアに露出し世界的な存在になるまでに必要な期間であったと思われる。

 たった5年で世界進出可能と推測するその頭脳はどうなっているのかと思うが、実際に達成しているのだから脱帽だ。

 

『L』を撹乱する策。

 顔と名前が必要。心臓麻痺以外でも殺せる。死の前の行動を操れる。

 それらをあえて開示して、その上で複数の企業に有利な死を作り出す。

『L』を殺すために居場所を突き止め、対応するための策。

 加えて全世界の警察機関に圧力を企業から掛けさせて、まともな捜査も出来ない状態にする。

 

 海砂はレムに語っていないが、これにより主要な捜査メンバーが『L』の下に集う事も計算しての策だった。

 つまり、『メロ』『ニア』なども一箇所に集めておくための策。

 

 夜神月に姿を見られてはならない。

 これは『第二のキラ』と特定されないために必要だった。

 

 纏めれば『第二のキラ』の役割は『時間稼ぎ』と『見せしめ』。

 デスノートを悪事に利用すればこうなる、と知らしめるための存在。

 

(……恐らく近いうちにコイツ。奈南川は海砂に殺される……。全ての準備が整っている。……まさかアメリカに居る事も計画の内?)

 

 ゾッとするほどの戦慄が走った。

 有り得た。

 あの海砂ならば、これまでの行動全てが計画の内であったとしても何ら不思議がない。

 

(アメリカで何をするつもりなんだい、海砂。一体何を考えている……?)

 

 

 

 

 

「──リューク。この世で最も正しいデスノートの使い方って、何だと思う?」

 

 天気の良い1日だった。

 日本では『キラ』信者が『L』の拠点を襲っているというのに、平然とした調子で、海砂はビルの屋上。

 風の吹き荒ぶ中で柵に手を掛けながら問い掛けた。

 

 リュークは死神だ。

 風に影響など受けたりはしない。

 美しい金髪を風に靡かせる海砂とは違い、風の抵抗を全く受けない姿だというのに、焦った様子で考え始めた。

 

「え? えーっと何だろうな。デスノートなんだから、殺す使い方じゃないか?」

 

 惚けた様にリュークはそう言うが、本心だった。

 というより、そんな事を深く考えた事もないので、思っていた事をそのまま告げたにすぎない。

 海砂はリュークに回答に『くすくす』と笑った。

 まるで予想から外れない答えだったからこその笑い声だった。

 

「あはは、そうだよね。──今から教えてあげる。デスノートの正しい使い方。──シドウ」

 

 海砂は、この場にいる新しい死神の名前を呼んだ。

 つい数ヶ月前に降りてきた死神だった。

 

「ん? なんだ? デスノート返してくれるのか?」

 

「うん。返してあげる。リュークに会いにきてくれてありがとね。おかげで計画に支障が生まれなかった。まぁノートの所持者が誰か、なんて死神にもわからないんだから、レムの方に行く可能性はなかったけどね」

 

「う、うん? まぁそうだな。俺はノートさえ返ってくれば良いんだ」

 

「でも、チョコレート美味しかったでしょ? 来て良かったんじゃない?」

 

「あー、まぁそれは確かに。なら、海砂に会えて良かった、のかな?」

 

「そうそう、私じゃなきゃチョコレートなんて死神に上げないよ? だから、お礼を返してね、シドウ」

 

「え、ええ? そんなぁ、俺に返せる物なんて何もないぞ? デスノートはどこにあるかわからないし、そろそろ寿命もヤバイし……」

 

「大丈夫。今日、デスノートは返せるから。メッセンジャーになってくれたらそれでいいよ」

 

「めっせんじゃー? えーっと、まぁそれくらいならいっか」

 

「ありがとう。じゃあ、はい。このデスノートあげるね。──所有権はまだ渡さないけど。これを持ってレムに会いに行って、レムから今『第二のキラ』が使ってる『デスノート』と交換してもらってね。でも、レムが良いって言うまでダメ。それでメッセージなんだけど。この紙に書いてあるから渡してね。大事な物だから、絶対に渡す事。後々、今日の12時から開始される動画を見ててって伝えて。シドウもそれだけ見てから死神界に帰ったら良いと思うよ。きっと面白いから」

 

「う、うん? いっぱいあるなぁ……。あ、紙に書いてある。わかった、これ渡した後に話せばいっか。それでデスノートが返ってくるんなら、それでいいや」

 

「うん。じゃあ、お願いね。……もう『第二のキラ』は死んでるから、シドウのデスノートはレムのデスノートになってるよ。じゃあ、リューク。私がノートの切れ端に書いちゃってもいいんだけど。せっかくだからリュークのデスノートに、予定通り書いてもらって良い?」

 

 以前。

 5年前に告げられた思想。

 それを思い出して、リュークは『ポン』と両手を叩いた。

 

「……あー、正しい使い方って、そういうことか」

 

「そう。正しいデスノートの使い方っていうのはね。──『自分の名前を書く事』だよ」

 

 壮絶な笑みを浮かべながら、全てを計画通りに進めた弥海砂が、両手を広げて青空を仰いだ。

 

「──やっと死ねる」

 

 狂気に染まった思想を、最期に流布するために。

 

 



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Dear Friend

約2000字
本日3話目



 

 

 

「──皆さん。初めましての方も、そうでない方も。──私の名前は弥海砂。『キラ』です」

 

 全世界同時生中継。

 引退会見。

 その名目で既に金と利権で籠絡しておいたアメリカのテレビ局から発信。

 加えてYouTubeを用いて全世界同時配信を行なっていた。

 こんなに注目度の高い中継を中断する訳がない利己的な人物を選んでいた。

 

 場所は、アメリカセントラルパーク。

 弥海砂の引退会見と銘打って用意された舞台だった。

 

 通常はホテルなどで行う引退会見を、広場を借り切って行う。

 それだけでも話題性としては十分であった上に、つい先日公開されたハリウッド映画主演女優の突然の電撃引退に業界は騒然とした。

 アメリカ本土でも弥海砂人気は非常に高かった故に、詰めかけた民衆の数は数千人を超える規模となっていた。

 その上で。

 

 私は『キラ』であるという趣旨の発言。

 ネイティブな英語で話されるその内容はその場にいる者たちが茫然自失としても何ら不思議のないものであった。

 

「証明は簡単です。アメリカ時間本日12:00丁度に、国際的な犯罪者。某国の指導者が、今までの行いに対して謝罪を表明して死亡しています。偉大なるアメリカ市民である皆様であれば、これだけでも十分な証拠になるかと思いますが、もう一つ。私の左右に立つ二人は、とあるマフィアの幹部です。この場には死ぬためだけに同行して頂きました。その尊い犠牲に感謝を。では、死んでください」

 

 海砂は手元で神に祈る動作をして、既に死の前の行動として操られていた二人は事切れて『心臓麻痺』で死亡した。

 場は一気に混乱すると思われた。

 しかし、まるで何かに操られているかの様に、誰も騒ぎを起こさない。

 

「証拠としては十分かと思います。では、何故私がこの様な場を設けて『キラ』であることを明かしたのか。ご説明しましょう。──この世は腐っています。一部特権階級が飽食を貪り、片や某国では子供が餓死していく。心優しい者が食い物にされ、悪意ある者がのさばっている。犯罪者はその最たるものでしょう。婦女子暴行、強盗殺人、快楽殺人、薬物売人、人の人生を壊した者も、ましてや人を殺したとしても、死刑になるほどの凶悪犯など極僅かで、なおかつ更生の機会まで残されている」

 

 語りながら信じられないと全身で表現する。

 表現者、役者としての技量全てを使って訴えかける。

 涙を浮かべて海砂は続けた。

 

「私の両親は強盗に、私の目の前で殺されました。しかし、証拠不十分として不起訴となりました。──故に殺しました。そして、私は『キラ』となった。同じ経験をされた方は少なからずいらっしゃる筈です。善良な市民を守れず、悪徳を是とする悪人が法に守られるという矛盾。私はそんな世界を変えたかった。せめて、凶悪な犯罪が少なくなるよう、悪人に裁きを下し続けました」

 

 

『キラ』となった経緯を民衆にわかりやすく伝えた。

 騒ぐものは誰一人いない。

 ただただ静かに海砂の言葉を聞くだけだった。

 

「──そしてこの力をとある男に、『奈南川零司』という日本人に分け与えました。──その結果は散々なものでした。元は善良であったであろう男は、『金』のために人を殺し始めました。しかし、志を同じくした者。私も殺すことは戸惑われ、長い年月を掛けてしまいました。そして、最悪の悲劇が起きました。世界的な名探偵『L』の所在を掴んだ彼が『キラ』に賛同する者たちをメディアを使って扇動し、『L』に襲いかかったのです」

 

『キラ』に賛同する者が死ぬとは思わなかった。

 そう伝わる様に身振りを行った。

 顔を覆い、嘆きを全身で表現した。

 

「──故に、私は彼を殺しました。その罪の全てを全国中継の中で暴露させた上で、火に焼かれて死ぬ様に、神へと祈りました。──神は願いを聞き届け、彼を殺しました。そして神は私に告げました。このような者に力を渡した私も同罪であると」

 

 それが喜ばしい事であるように、海砂は透き通った笑みを見せた。

 腕を組み、祈り、啓示を受ける信徒のように。

 

「しかし、神は寛容でした。死ぬ前に、神の代弁者となって皆様に神のお考えを知らしめる機会を下さったのです。私は死ぬでしょう、数分後に、私は死ぬでしょう。天から降りる雷によって、私は死ぬ。これはもう変えられぬ運命です。そして、私はその運命を受け入れます。その上で皆様にお伝えします。──神は皆様の中から新たな『キラ』を選びます。心が清く思想に賛同する者を選びます。──私がお伝えしたいことはただ二つ。『私の力を分けた者』のように、決してこの力を私利私欲に使ってはなりません。でなければ、神の裁きがあなたへと下るでしょう。──『私利私欲に使う者』に、力を分けてもなりません。私の様に、神の力によって裁かれるでしょう」

 

 空は曇り始めていた。

 先ほどまでの晴天がまるで嘘の様に分厚い雲が、海砂の上に作られていた。

 季節は冬。

 雪が降ってもおかしくない。

 けれど、それはあまりにも不自然な降雪だった。

『チラチラ』と降る雪は、地面に触れるたびに、人に触れるたびに溶けて消えた。

 

「私の『思想』は消えません。私は死んでも『キラ』を心待ちにする方がいる限り、必ず蘇るでしょう。それは雪の様に。季節が巡る度に幾度も降り続くでしょう。天から、必ずや神の意思が降り注ぐでしょう。皆様が正しくその力を使える様に、私は願います。──レム、あとは任せます」

 

 天使の如く、海砂は笑みを浮かべて。

 

 ──極大の雷に打たれて死亡した。

 

 その姿は、雷に打たれたというのに外傷は一切なく。

 眠る様に美しい姿であったという。

 

 

 ──弥海砂。

 アメリカ時間12:20

 セントラルパークにて引退会見中に『キラ』であることを明かし、微かな雪の降りしきる中、一切何の邪魔も入らずその思想の全てを語った上で、雷に打たれたショックで死亡。その遺体に損傷なし。

 

 デスノートに狂いなし。

 

 複数人を巻き込まない限り、人間界の法則から外れない限り、デスノートは書かれた死の状況を完璧に再現する。

 それがたとえ、天候や複数人の運命に影響していようと、結果的に複数人が死なないのであれば、デスノートは関与しない。

 デスノートの効力を最大限活用した結果であった。

 

 それがたとえアメリカですら極めて珍しく、東沿岸でしか本来であれば確認されていない『雷雪』にも似た異常気象であっても、自然現象として不可能ではないのなら、デスノートは実行する。

 何故なら、仮にも神のノートであるから。

 神の如き力を発揮しても何ら不思議はなかった。

 

 東堂あかね。

 芸名:二階堂ミサ。

 弥海砂の前世。

 享年32歳。

 圧倒的な演技力を持っていた。

 犯罪者に対する非常に強い恨みを持っていた。

 それ以上の情報は残されていない。

 

 



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決別と終幕

約5000字
本日4話目
最終話



 

 

 

「──月くん。大丈夫ですか」

 

『キラ』捜査本部のメンバーは皆無事だった。

 ただ一人の欠員すらなく生き残っていた。

『L』は事前にこういう事態にも備えて日本円を降らせる準備を整えており、その隙に警察隊に紛して脱出していた。

 

 そしてようやく脱出した後。

『第二のキラ』である『奈南川零司』が己のすべての罪を『さくらTV』の前で大暴露し、焼身自殺。

 呆気に取られる『キラ』捜査本部のメンバーが正常な思考を取り戻す前に、全世界同時生中継と銘打った『キラ』──弥海砂の自殺が放映された。

 何を隠そう、誰よりもショックを受けたのは夜神月だった。

『キラ』である事は知っていた。

 けれど、恋人であり、夫でもある自分に何も言い残す事なく自殺した海砂に対して。

 そして何を考えていたのか、その『思想』を最期になってようやく理解出来た事で、途方もない喪失感を懐かざるを得なかった。

 

「……『竜崎』僕は……」

 

「何も言わなくて良いですよ。……月くんが『キラ』に繋がっていたであろう事はなんとなく察していました。けれど、『キラ』を止めようとする意思が本物であると感じていましたから。私もそこまで無能じゃありません」

 

「……はは、そうか。『竜崎』にはバレバレだったか……」

 

「……さすがに海砂さんが『キラ』であることまでは見抜けませんでしたが……、まぁそこはお互い様という事で」

 

「……ふふ、そうだな。そうだな『竜崎』……」

 

 非常に危険な状態だ。

『L』は夜神月を見てそう思う。

 決して一人にしてはいけない。

 今の夜神月は弥海砂の後を追いかねない危うさを感じる。

 5年間も行動を共にしてきた。

 探りあったこともあったが、誰よりも相性の良いパートナーでもあった。

 これから先『キラ』が再び出現する可能性は極めて高く、そのために夜神月の力はまだまだ必要。

 冷徹な判断ではあるが、『L』はそう思っていた。

 

 だが、もし心が折れてしまうか、あるいは弥海砂の思想に賛同してしまうようであれば、ここで切り捨てなければならない。

 そうはしたくないと、珍しく感情的に『L』は思った。

 虚空を見つめ始めた夜神月の姿は、もう見ていられない程に痛々しい。

 

「『竜崎』……しばらく一人にしてくれないか……。しばらく、しばらくでいい」

 

 息も絶え絶えに、夜神月がそう言うが、あまりにも危険すぎる。

 監視の手は緩められない。

 だが、今いる部屋は急遽用意した拠点であるために監視カメラや盗聴器などの設備が整って居ない。

 しかし、本人の意思を無視すればより危うくなることも考えられる。

 

 非常に判断に困る場面ではある。

 そんな迷いを滲ませる『L』に対して、夜神月が瞳を見つめて告げた。

 それは、力強い瞳だった。

 

「『竜崎』、僕はこんなところで終わったりしない。……ただ、一人で考えをまとめる時間が欲しいだけだ……頼む」

 

 そこまで言われてしまえば拒否は難しい。

 いざとなれば突入するべきか、とも思うが、夜神月であれば察するだろう。

 念押しする様に確認した。

 

「本当に大丈夫ですね。私には、まだ月くんの力が必要です。早まらないでください」

 

「ああ、大丈夫だよ『竜崎』」

 

 ここまで言えば、これ以上『L』に出来る事はない。

 渋々ではあるが、他のメンバーにも目配せして退出するように促した。

 

 そして。

 夜神月が部屋にたった一人となった。

 誰も盗聴などをしていないであろう事を確認し、たった一人にしか姿が見えていない、もう一人の人物が口を開いた。

 

「久しぶりだね、夜神月。いや、私がお前を一方的に知っているだけだが、その様子だともう海砂のことは知ったんだね」

 

 死神だった。

 白い骨張った身体の死神が、そこに立っていた。

 夜神月にしか見えないその死神が言葉を続ける。

 

「……予想外だった。止める事ができなかった。もし止められるのなら、私の命を捨ててでも止めたかった。……あの子はそれすら予期していたのかもしれないね。何せ私は5年間も一人の男に縛られていたから……。なのに最期に私の名前を呼ぶなんて、本当に卑怯な子だよ」

 

 最期に名前を呼んだ相手。

 そのキーワードさえあればこの死神の名前を推測する事は容易かった。

 

「……お前は、レムか」

 

「そうだ、私がレムだ。あの子に初めて憑いた死神であり、今や人間界にある最後のデスノートを持つ死神だ」

 

「デスノート……。あの黒いノートのことか。名前を書けば、人間が死ぬノート」

 

少し『きょとん』としながらレムが続けた。

 

「……なんだ、そこまで知ってるのか」

 

「いや、推測だよ。その様子を見る限り正解みたいだけどね」

 

 やられた、とレムは苦々しい顔を見せた。

 しかしそれは、レムにとって悪い事ではない。

 

「……やはりお前は頭が良い。海砂の最期の言葉を伝えるのに、相応しい」

 

 最期の言葉。

 もしあるのなら聞きたい。

 しかし、夜神月の頭脳はこんな時にも優秀だった。

 レムがそれを知るはずがない事を看破した。

 

「……待て。何故お前がそれを知っている? お前は『第二のキラ』に、奈南川に憑いていたはずだ」

 

「……そこまで知っているのか。やはりお前は油断ならない男だね、夜神月。シドウというまた別の死神が居てね。ああ、お前が最初に見た黒い死神はリュークで、その死神とはまた別だ。シドウから私に宛てた海砂の手紙を預かったんだ。お前に見せる事はできないが、読み上げてやる事は出来る。聞きたいか?」

 

 本当にそれが海砂の言葉なら、夜神月に聞かないという選択肢はない。

 ただただ頷き、肯定した。

 何も遺さず逝ってしまったと思っていたから、僅かに心が慰められるのを感じながら。

 

「……ああ、聞きたいさ」

 

「そうか、わかった。

 

──『月。これを聞いているという事は、レムと話しているんだね。先に逝ってしまってごめんなさい。でも、約束は破ってないよ。『弥海砂は夜神月を一生愛する』──ね? 私は死ぬまであなたの事を愛していた。嘘偽りなく、愛してたよ。でも、私は死ぬ必要があった。死ぬために、これまで生きてきた。だから、ごめんなさい。もしもその事を教えてしまえば、月なら私も想像していないような手段で止めにくると思ったから、話せなかった。月に最期のお願いがある。でも、これは聞いても、聞かなくても良い。せめてもの償いのつもりだから。

 

──本来ならあなたが『キラ』になる予定だった。この世界ではそれが運命だった。私がそれをねじ曲げた。だから、最期のお土産。レムからデスノートを受け取って、あなたが『キラ』になる道。『L』『ニア』『メロ』あなたの道を阻むすべての人間が、あなたのそばにいる筈。今なら、その他のキラ捜査本部の人間も一度に殺してしまう事ができる。これが、私が用意できるお土産。『L』『ニア』『メロ』の名前もレムが持ってる。それは私が教えた情報だから、月に伝えることもできる。

 

──きっと本来の夜神月なら、こんなお土産が弥海砂から(もたら)されたら、お目目を開いてびっくりするくらい、とんでもないお土産。でもね、私にはわかる。月はきっとこの道を選ばないって。

 

──私を追うんでしょう? 『キラ』を止めるんでしょう? 止めてみなよ、私は何度だって『キラ』として蘇る。夜神月。これは私──弥海砂からの最初で最期の挑戦。その続きだよ。受けてくれるよね』

 

──夜神月、返答は?」

 

 涙を流していた。

 知らず知らずのうちに流していた涙は尽きない。

 声を震わせながら、涙を流しながら、夜神月は告げた。

 

「君は、いつも僕の上を行く。僕が出すであろう結論も、既に出されてる。──受けるさ。死ぬまで『キラ』を追ってやる。君の思想が尽きるのが先か、僕らが『キラ』を捕まえ切るのが先か。勝負だ、海砂」

 

「いいだろう、夜神月。その挑戦を受けよう」

 

 海砂の代わりに、レムがそう鷹揚に頷いた。

 そして、ノートを横に翳した。

 

「お前に死神が見えるのは、最初に人間界に落ちたこのノートの所有権を、人間界にいる死神が持っているからだ。けれど、このノートは本来シドウの物。今から私はこのノートをシドウに返す。お前には見えて居ないだろうが、この場にはシドウがいる。──つまり、私と言葉を交わせるのはこれで最後という事だ。何か言い残す事はあるかい、夜神月」

 

 海砂の意思を継いだ死神。

 あまりにも強敵だ。

 海砂は神になる道ではなく、神を作り上げる道を選んだ。

 神を殺す道ではなく、神を生かす道を選んだ。

 

 (まさ)しく死神と化した、死神レムのその言葉に、夜神月は力強い笑みを浮かべた。

 

「……それなら言う事は、たった一つだけだよ。──また会おう、レム」

 

 夜神月が、死神レムと会うためには、『キラ』がこれから使うであろうノートに触れる必要がある。

 また会うという事は、必ずチェックメイトしてみせるという意思表示に他ならない。

 レムはそれを察して、思わず笑みを溢した。

 海砂に負けず劣らず純粋な夜神月の姿に、海砂の夫として相応しいと思いながら。

 しかし、手加減するつもりはない。

 ──何故ならレムは、海砂のことを愛しているから。

 

「……ふふふ、良い答えだ夜神月。もっとも、私には海砂から授けられた策がある。容易に捕まえられるとは思わない事だ。──夜神月、お前のことは嫌いじゃない。けれど、私は海砂のことを愛している。まぁ私はメスなんだけどね。──勝負を始めよう。人間と死神の、無限にも続く戦いの始まりだ」

 

 その言葉を残し、レムの代わりにシドウという死神の姿が現れた。

 何かをモゴモゴと言おうとして、横から何か声を掛けられたであろう仕草をして、それでもシドウは口を開いた。

 

「あ──、お前は海砂の夫だったんだろ? なら、一応お前にも感謝しておく。海砂のおかげで俺はデスノートが返ってきたんだ。お前の奥さん優しかったぜ、チョコレートくれたんだ。美味かった。死際も美しかったしな。ってあいて!! ごめん、ごめんよレム、もう何も言わないって」

 

 そんな事を言い残して、シドウは壁を抜けて空に消えていった。

 

 デスノート。

 関わった人間が不幸になるノート。

 

 人間界に落ちた内の一つは死神界へと帰った。

 ジェラスの落としたノートは、レムの手によって新たな『キラ』の下へと渡るだろう。

 

 人間界の騒動が収まるのは、まだまだ先のことらしい。

 その事実に、夜神月は自信満々に笑みを浮かべた。

 弥海砂は死んだ。

 最も愛する者は『思想』というモノを遺して死んでいった。

 

 けれど、ずっと前から。

 『キラ』となった海砂を止める事が、夜神月の目的だった。

 

 ならば、弥海砂の『思想』に全力で抵抗しよう。

 尊敬できる人だった。

 尊い思想でもある。

 けれど。

 

 夜神月は、自らの行動が弥海砂を『悪』へと貶める事を理解しながらも笑った。

 最愛の人が遺した『思想』を止める事こそが、自分の使命だとでも言うかの様に。

 

 消えてしまった最愛の人の影を追いかける様に、夜神月は力強く足を踏み出した。

 

「海砂。知っているかい。最後に勝った者が正義だって事を」

 

 幾たび雪が降り続こうと、その度に雪を溶かそう。

『六花』を『六花』のままに。

 夢を夢のままにするために。

 

 夜神月は、手始めに心強い仲間たちを呼んだ。

 

「『L』!! 『ニア』!! 『メロ』!! 何をグズグズしているんだ、さっさと捜査本部を立て直すぞ!! 僕らが正義だ!!」

 

「……いや、あの、さすがに短時間でここまで元気になるのは想定外なんですが、何があったんですか月くん」

 

「塞ぎ込まれているよりはマシです。あのジメジメした雰囲気は私も好きではありませんでしたから。それなら今の無駄にうるさい方が良い」

 

「珍しく同意見だな。おい、夜神月。勝手に仕切ってんじゃねーよ、『第二のキラ』は結局誰も捕まえられなかったんだ。指揮権はまだ『L』にあるだろーが」

 

 天才たちはまた動き出す。

 レムはその名前の載った、ただの紙を食べてしまった。

 死神に消化器官はないが、食べる事は可能だから。

 

 そして。

 

「──魅上照(ミカミ・テル)。お前が新たな『キラ』だ」

 

「──おお、神よ。お選びいただき感謝の言葉しかありません……!!」

 

「『キラ』の遺した作戦と『思想』を伝える。お前に従う義務はないが、従わないなら私がお前を殺す」

 

「とんでもありません……!! すべて、神のお心のままに」

 

 新たな『キラ』が誕生して。

 世界は暗黒の時代へと突入した。

 

 しかし、絶望があるところに希望もまたあった。

夜神月(ヤガミ・ライト)

L.Lawliet (エル・ローライト)

Nate.River(ネイト・リバー)

Mihael.Keehl(ミハエル・ケール)

 

 原作において『キラ』『L』『ニア』『メロ』と呼ばれた天才たちが集う夢の様な探偵集団が残っていた。

 それは弥海砂がこの世界に残した、唯一の良心の呵責だったのかもしれないが、その本心はもうわからない。

 

 全てが彼女の計画通りであったのか。

 それとも、最期の最後で計画が破綻してしまったのか。

 

 ──彼女の最愛の人が、何よりの証明かもしれなかった。

 

 

 

『雪』

 

 それは夢のように溶けて消えていく。

 儚く美しい。

 けれど、とても寂しい。

 

 手で触れたその六つの花弁は、まるで幻のように消えてしまった。

 けれど、幾たびも。

 冬が来るたび降り(しき)る。

 

 形作られる氷の結晶は、『六花(りっか)』と呼ばれている。

 

 ──『六花の思想』

 

 ──『完』

 

 

 

 

 



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