木葉散る頃 (とんでん)
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若葉

清しこの夜
 
 
 


 

 

 ────一言でまとめるなら、恥の多い生涯だった。

 

 

 

⁕⁕⁕⁕⁕⁕

 

 

 

 昔、天才だったことがある。

 

 とある分野、それも一部分においてのみだったが、神童と称されるような子どもだった。

 だからだろうか。高慢ちきで交友関係の下手くそな、嫌な性格になってしまったと思う。なにせ親も先生も友だちも一番になる度に手放しに褒めちぎってきた。そして毎年のように校長先生に名前を呼ばれるような生活をしていれば、いやでも自分が突出しているのを自覚してくる。

 幼いコミュニティで暮らす井戸住みの蛙がふんぞり返るのは簡単だった。そもそもこっちは大した努力もせずただ楽しいことを気の向くままにやっているだけで、それを社会的に評価したら一等になるのである。当然悪い気はしない。苦労しないで手に入れたささやかな名声はいつだって甘かった。

 

 肥え太った蛙が現実を知ったのは、中学に上がってすぐのことである。天才と呼ばれていた自分は、本物の天才に出会った。

 彼(でも彼女でもいい。そこはあまり重要でないから。)は、全てが自分と違った。発想もセンスも他とは全く異なる。独特にすら見えるが、しかしよく精査すると合理的で無駄がなく、常に最適解をたたき出していた。根本的なところから非凡だった。

 

 対する自分は、凡庸としか言えない。酷くつまらなくて、ありきたりだ。彼と比べたら何もかもが愚鈍。そもそも比べること自体がおこがましい。どう見たって自分は足元にすら及ばないのだから。

 

 天才でなくなった自分は、生まれて初めて二番手に甘んじた。その後の人生を常に彼の下で過ごすことになるような嫌な予感に気が狂いそうだった。そしてそれは本当になった。

 それまで一番を譲ったことがなかった自分は、そこからずっと彼の一歩後ろを歩むことになったのである。

 

 自分の不幸を一つ上げるとするならば、大海に通じる程度の実力のある蛙だったことだろう。彼に準ずることにはなっても、それ以上下の地位に落ちて行くことはなかった。

 そしてその天賦より僅かに欠けた才に、彼はひどく気を良くした。

 

 ────今まで、競い合うような、ライバルみたいな人がいなかったから。

 

 とても嬉しい、と彼は言った。心底嬉しそうな顔に、灼熱のように煮えた腸をよく覚えている。結局、仲良くして欲しいと告げた彼に、自分は曖昧に濁すことしかできなかった。

 

「ライバル同士に、こんなに差はないだろう。」

 

 そう言ってやれればどんなに良かったかと思う。はねのけてやれば良かったのだ、あの能天気な野郎を。

 しかし、できなかった。嫉妬と屈辱に狂って、いっそ憎んですらいたくせに、自分は彼を拒絶できなかった────だって、認めてくれたのだ。天才が、自分のことを。

 

 そう考えてしまって、泣き出しそうになって、こっそり物陰で声を押し殺した。

 彼が天才なのは本当のことだ。骨身に染みて理解していた。だがどこかで理解したくなかった。返り咲ける未来をまだ夢見て、がむしゃらに努力を重ねていた。だのに自分から負けを認め、才能に跪いてしまった。

 歪む視界も痙攣するようにひくつく喉も、ツンとする鼻も何もが惨めだった。悔しい。彼のことなんか大嫌いだ。いなくなってしまえばいい。だが仮に彼が消えたあとに自分が勝利を収めても、それはただ繰り上がっただけに過ぎない。自分の力が彼を上回ったわけではない。自分は一生彼に勝てない────。

 

 どうにかなってしまいそうな、そんな中のこと。更に最悪なことが起こった。大嫌いだったはずの彼のことが、だんだん好きになり始めたのだ。

 思えば同じジャンルで努力を重ねてきた自分たちが話が合わないわけがない。おまけに性格が悪いと自負している自分にも屈託なく話しかけてくれる彼は、ひょうきんで面白いやつで、早い話居心地が良かった。彼は自分の親友になったのである。

 

 その頃になると彼を目の敵にして、憎悪していた過去を恥じるようになった。だってよく考えたら道理が通っていない。子ども染みた真似だった。この年にもなって実力不足を棚に上げ他人を嫌うなんて、恥ずかしい。馬鹿げている。自分の器の小ささに嫌気がさす。

 ゆえに、嫌いになるのはいけないことだ。と自分の前にいる大好きなはずの、好きでいなければならないはずの背中を眺めながら言い聞かせた。これだけ良くしてくれている親友は、好きでいるべきだ。嫌悪なんて抱くべきじゃない。それは自然なことではない────────そうやって、愛すべき親友に、醜いものを殺して笑顔を向け続けた。

 

 

 ただやはり、嫌いなままでいられたらどんなに楽だったろう、と頭の片隅で常に思ってしまうから。

 一言でまとめるなら、己の前世は恥の多い生涯だった────────

 

 

 

 

 

 

 

「この場で必要なのは仲間同士の結束だ。私的な争いを持ち込むな。」

「ア、ハイ。」

 

 

 

 て、いうのを(雲隠れに同盟組みに行きテロリストに襲われ命がけの囮作戦を決行しようとしている緊迫した中で更に里の次期後継者云々などという重要な話をしている最中に)思いだしたのだが。

 

 あんまりにもあんまりな情報量に頭がパンクしかけ、敬愛する師匠の言葉に思わず普通に返事しちまった男は、「ヱ、お前そんなキャラだっけ?」とその場の全員に見られながら遠くを見つめた。あきらか今ので空気ぶち壊したよな、ごめんな。

 

 いやそんなことより、ととある男に成り代わった男は思考を無理くり元に戻した。

 

 

 

 俺また志村ダンゾウ(二番手)かよ!!!

 

 

 

 

 

⁕⁕⁕⁕⁕⁕

 

 

 

 

 

 志村ダンゾウ。忍ならぬSHINOBIが活躍する、超有名忍者漫画の登場人物である。

 

 Go●gleで検索すると「志村ダンゾウ クズ」とか「志村ダンゾウ 無能」とか出てくる上、某支部百科事典の関連タグの欄に「だいたいこいつのせい」「諸悪の根源」って載ってる、まあなんていうか老害ポジションにいる男だ。

 オブラートでガラス製品ばりの厳重な個包装をしても、やらかしてる所業が所業なため負のイメージがぬぐい切れない、ほんと行くとこまで行っちゃった悪役である。否、大を救うために小を捨てる考え方は理解できるし、NARUTOの世界にはもっと問題なのがいっぱいいるので一概には言い切れない。この辺の意見は結構分かれるだろうし明確には言わんが、見ていて気分が良いタイプのキャラクターでなかったことは確かだ。原作者の掌の上で転がされていたともいう。

 特に五影会談あたりの三代目との関係性が明かされたあたりは本当に辛かった。理由は押して図るべし。なんだこいつも二番手かよ・・・・・・オレはこうならないように気をつけよ・・・・・・と結構抉れた胸を抱え落ち込んだ日が懐かしい。因みに前世で漫画を進めてきたのは例の親友もとい彼だったもんで余計しんどかった。

 閑話休題。

 

 で、そんな志村ダンゾウに、どうやら自分は成り代わったらしい。いっそ殺せよ豚のように。

 

 

(決めた、オレは絶対に志村ダンゾウ(・・・・・・)みたいにはならない。)

 

 

 二代目の葬儀もそこそこに(あの人原作の回想的に金銀兄弟と闘って死んだのかと思ってたらなんか普通に帰ってきて二ヵ月生きて布団の上で安らかに死んだ。控えめに言って人間じゃない。)。先日まで任務に師の見舞いと忙しい日々を過ごしていたダンゾウは、白い式典服の海に混じって火影塔に立つ親友を見上げた。

 

(今度こそ清廉潔白に生きよう。羨んでも嫉妬しないように、素直に。)

 

 てか次こそは良い人間で終わりたいし。と眩むほどの青空に目を細める。

 

「おめでとう、ヒルゼン。」

 

 それを本人に面と向かって言えないうちは、器の大きさもたかが知れている。

 という心の声は、歓声の波があまりに大きかったから、聞こえなかったことにした。

 

 




本当はタイトルを「DANZOUクリーン伝」にする予定だったのですが、さすがにやめました。
センスが欲しい。


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竹葉

 

 ────雲隠れの里との協定、失敗。

 ────二代目火影病没。

 ────二代目火影葬儀。

 ────三代目火影就任。

 

 これが、ざっくりとした木ノ葉隠れの里の歴史である。というか、木ノ葉隠れの忍者アカデミーにて配布される教科書で、少なくとも正史として記されている筋書きである。

 アカデミーを卒業し、上忍にでも出世すれば協定失敗の原因が雲の金銀兄弟のクーデターのせいであることを知るし、病没となっている二代目火影の死因もそれとなしに察することだろう。葬儀が死後かなり経ってから行われたことも考えると、雲の一件の鎮火に当時の上層部がどれほど手を焼いたのか、うかがい知ることができるはずだ。

 特に『ご遺体破損、及び時間の経過により劣化激しく、防腐処理を施し葬儀の先に埋葬す。式は形式的に行う。』の一文には、若かりし頃の“女湯を覗くために忍の全力出すような白髪のデカいオッサン(うちはサスケ談)”も「先生も若いのに大変だったのォ・・・」とちょっとしんみりしたそうである。昇進するたび叩き込まれる里の機密情報はいつも仄暗く、木葉でチョイと隠してやらねばならぬものばかりだ。しかし、三代目火影は師匠の死もろくに悼むとこができす日々任務に追われておられたのか。忍の生、割り切っているとはいえやるせなさはいったいいかばかり。おいたわしいことよの、と白髪は目を伏せた。

 

 ただ、当時渦中にほど近いところにいた者たち────しんみり白髪の同期で同僚のくノ一は「あれ・・・・・・?」と里の公式記録に首を傾げた。

 大叔父様のお葬式って、亡くなってすぐにやらなかったっけ?ていうか大叔父様のお顔に布乗せたのアタシじゃない?

 随分綺麗な、眠っているようなお顔だったと思うんだけどな。と思ったくノ一は、色々思うところしかなかったがやはり忍であるのでその疑問を口にすることはなかった。そもそも力のある忍は己の死についてひけらかさない。大叔父様もきっと考えがあって“事実”をおつくりになったのだろう。

 

 とはいえ元来人の口とは自動ドア。綻びというのは一つあればそのへんに二つ三つあるものである。

 木ノ葉隠れの里では二代目の死亡時期ズレてる説がどこからかまことしやかに囁かれ、半ば都市伝説になっているとかいないとか────。

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「ドアは閉じるためにあるんだろうが、仕事しろ人の口の戸・・・・・・!」

「扉間先生だけに?うわごめんダンゾウ怒らないで言ってみただけ。」

 

 ダァンと机に拳を叩きつけ呻くダンゾウに、のほほんと茶を啜っていたカガミが肩を竦めた。

 同じ班の仲間として下忍の頃から組んでいる、能天気すぎるうちはの青年をひと睨みしてからダンゾウは深々ため息をつく。良いやつは良いやつなのだが、どうにもポジティブシンキングが過ぎるのだ。うちはのくせに。

 

「けど情報統制がうまくいかなかったのは仕方がないと思うよ。あの状況で先生が生きていると判断するのは危険だった。それに二代目の遺言がなければヒルゼンの火影就任がスムーズにいかなかったかもしれない。」

「ああ、分かっている。分かってはいるが・・・・・・だからこそ先生が生きて帰ってこられるとは思わないだろう?」

 

 ダンゾウは数か月前のことを思い出しながら疲れた目元を掌で覆った。

 

 

 二代目火影こと千手扉間の死について、ダンゾウは詳しいことを知らない。原作の描写を見た限りだとダンゾウに説教をしたあとに死んだように推察できるが、そもそも漫画を読んだのは前世の話であってそれももう二十年は前のことである。要は記憶が劣化してきていてそれが正しい情報なのか分からない。

 分からないがしかし、卑劣様実はそこで死んでなかった説があるらしいのは覚えていた。

 嘘だろう、「俺を置いて先に行け!」の流れで生き残ることある?という気持ち半分、卑劣様なら生還しそうという気持ち半分。ファンブックを買うほどの余裕が(一番手との関係だとかで精神的に疲弊していたため)なかったから、ひょっとしたらダンゾウが知らないだけで正確な享年とかがどこかに載っているのかもしれない。だから再三言うようにダンゾウのこのあたりの知識は酷くあやふやなのだが─────

 

「死に損なったか、ワシもしぶといな。」

 

 ─────結論から言いますと、二代目火影千手扉間、金銀兄弟に手傷を負わせた上でしれっと帰還しました。

 

 血みどろの師が、あの任務から五日が過ぎた夜半、弟子兼側近だった扉間小隊のメンバーで職務の引き継ぎを進めていた火影室に降ってきた時はいったいどれほど驚いたことか。

 術式を仕込んでおいたのか、やるなと考えてはいたものの咄嗟に動けなかったダンゾウと違い、すぐさま駆け寄り師を助け起こしたのはヒルゼンだった。ずたずたに裂け肉塊のようになった体で、それでも僅かに微笑を浮かべてそう呟き気絶した師匠に、そこからはもう阿鼻叫喚である。

 コハルは泣くしホムラは医療班を呼びに行こうとして壁にぶつかるしカガミはなぜだか写輪眼で笑い泣きしているしトリフは・・・・・・増血丸を師の口にねじ込んでいた。有能である。

 ダンゾウはと言えば右往左往する全員をいったん順に一発殴って、それから「ヒルゼン、どうする?」と指示を仰いだ。

 

「医療班に!ビワコを呼んできてくれ!」

 

 ぶん殴られて落ち着いたらしいカガミが真っ先に部屋を飛び出していった。瞬身のシスイの祖父は扉間小隊の中では師匠の次に早い。この分ならば数分もかからんだろうと考えながら、ダンゾウは止血帯を結ぶヒルゼンを手伝った。

 

「トリフは千手の屋敷へ、先生を運びこむと伝えてくれ。くれぐれも内密に。」

「承知。」

「木ノ葉病院に行かなくていいのか?あっちの方が設備がそろっているのに、」

「駄目だ。」

 

 きっぱり言ったヒルゼンがはっきりした調子のまま続けた。

 

「先生が意識不明の重体だと知ったら、命を狙う者が必ず現れる。このまま死んだことにして、回復を待つ方がいい。」

 

 

 とはいえ、どんな戦い方をしてきたのかは分からないが、師匠の容態は生還の見込みがないほど酷かった。少なくとも一回は自爆を試みているはずだ。全身が酷い火傷でおおわれており、内臓まで傷がつき、骨はほとんど折れていて、四肢の一部がなかった。

 一週間は意識が戻らず幾度も心臓が止まりかけ、その度に交代で千手邸に詰めていた小隊のメンバーが酷い顔色になるので、上層部には不審がられるのを通り越し師を失ったのが辛いのだろうと暇を貰った者までいた。

 

「ワシが生きていることは隠せ。」

「・・・・・・死の淵から帰還なさって、真っ先におっしゃるのがそれですか。」

 

 そんな師が目を覚ましたのは、たまたまダンゾウが枕元で不寝番をしていた時である。

 怪我が膿んで───ヒルゼンの妻であり医療忍者のビワコ曰く生きているのが信じられないレベルらしいのでやはりこの人は千手柱間の弟である───高熱に魘される師匠の口に、定期的に解熱剤を混ぜた薬液を含ませるという代り映えのしない仕事の最中。不意に聞こえた親しんだ声に、ダンゾウは呆気にとられて椀を取り落とした。

 薬が畳に染みを作るのに、しまったビワコに怒られる、と思いながらダンゾウは起きたら飲ませろと言われていた方の水差しに手を伸ばす。

 首を支えて頭を起こし唇へと水を傾けると、ゆっくりと嚥下するように喉が動いた。波打った包帯に血が滲む。

 

「そのようになっています。ヒルゼンがそう命じて。」

「ならば良い・・・・・・虫の息の火影など、何の役にも立たん。」

 

 無駄にとおる声に、ざらついた音が混じった。包帯にまみれた顔の中で、布に覆われていない口元に血が幾筋か流れていく。咳き込む体力もないのだろう。息がし辛そうだったが、火傷が酷いため横にしてやることはできない。

 

「もう印も組めんというのに、貴様らよくも生かしてくれたな。」

「お叱りは後で受けますから、何も話さないでください。一呼吸ごとに全身が痛むはずです。」

「冗談だ、よくやった。これでまだ成すべきことを成せる。」

 

 薄く笑うような気配に息をつめる。それからカガミを呼んでこいと言われたダンゾウは、すぐさま身を翻しその場を後にした。

 二人が何を話したのかは知らないし、ダンゾウがその後二人きりで師匠と会話をすることはなかった。何しろ師の意識が明瞭だったのはその一回きりで、あとはずっと朦朧とする意識をひと月半の間繋げ続け、ついには眠るように息を引き取られたからである。

 

 看取ったのは小隊のメンバーの誰でもなく、猿飛ビワコだった。ダンゾウはその場にいなかった。ヒルゼンもだ。二人は火影就任の準備と、反対派の上層部を宥めるのに追われていた。猿飛ヒルゼンは二代目の直弟子であり、遺言も残っているというのに騒ぎたいものはどこにでもいるのである。

 師匠には妻子がいない。更に火影の葬儀ということもあり必然的に大きくやらねばならず、ヒルゼンが主となって行った。ダンゾウは任務が詰め込んであったため通夜にしか出席できなかったが、師の顔は随分綺麗な死化粧が施されていて、生きている時は一度も見たことがないくらい穏やかだった。喪服を着せられた綱手姫が大叔父の頬っぺたを紅葉のような手で撫でて、きょとんとしているのに誰かが啜り泣いていた─────。

 

 

「でも俺は嬉しかったな、空っぽの墓になんか手を合わせたくないから。」

「それは・・・・・・そうだが。」

 

 先生が帰ってきてくれて本当に良かった。そう言ったカガミが、うーんと伸びをした。

 

「明るい方向に考えようぜ、ダンゾウ。俺たちの親友がみんなに祝福される火影になって、お前は暗部総隊長に抜擢されて、それから、えーと。俺は今お前の奢りで団子を食べてる。」

「おい、聞いてないぞ。」

「じょーだんだって。これは俺の奢り。」

 

 カラカラ笑った親友が、勢いよく手元の湯呑を煽って立ち上がった。

 事務机の上には冷めた茶が入った急須と湯呑が二つ、それに近所の甘味処の包みと串とが散らかっている。少し横を見ると、カガミが来た時にざっと脇へやった巻物や書類の束もあった・・・・・・全部ダンゾウが片付けなくてはならない物ばかりである。

 

「ヒルゼンが心配してたぞ。お前がずっと執務室に籠って食う寝るせずに仕事してるんだって。実際来てみたら青白い顔して筆握ってるんだもんな。ここひと月何食って生きてたんだお前。」

「・・・・・・兵糧丸?と水?」

「あのなあ、霞食って仙人になる昔話じゃないんだから・・・・・・それとも、本当になるつもりなのか?」

 

 お前ならなれそうだけど、と悪戯っ子のように付け足すカガミに買いかぶり過ぎだとダンゾウは首を横に振った。

 自分はそんな器ではない。

 

「ならんしなれん。仙術にはもちろん興味はあるが調べる時間もない・・・・・・ヒルゼンめ、いきなり厄介なモンを押し付けおってからに。」

「暗部のトップなんて花形じゃないか。もっと喜んでると思った。」

「ここまで早く昇進する気はなかった。確かに暗部は火影直属の部隊で、信のおけるものでないと困るだろうが。」

 

 これでは絶対に反感を買う。

 ヒルゼンが三代目に就任してすぐのこと。ヒルゼンから持ち掛けられた昇進話を、ダンゾウは一度は断った。結局他に都合の良い者がいなかったのと、火影が側近として傍に置けてなおかつある程度の権限がある役職がそこくらいであったため、渋々着席することになったが。因みに前任の総隊長はいない。というかその辺り管理は全て師匠一人がしていた。おそらくいずれは扉間小隊のうちの誰かを管理職に放り込むつもりだったのだろう。

 とはいえダンゾウがヒルゼンの親友であることは誰もが知っていることだし、他人に贔屓されていると思われるのは癪である。なによりあまり身内を引き立てるとヒルゼンが危うい。

 

「先生だって俺たち弟子のことを身辺に置いてたじゃないか、それと一緒だよ。ダンゾウは思考が後ろ向きだなあ。」

「お前が前向きすぎるんだ、トンボか何かか。」

「強いて言うならうちはかな。」

 

 それが一番の冗談だと思ったが、さすがに言わないでおいた。

 

「それじゃあ家帰って飯食って寝て見合いして嫁さん貰えよ、ダンゾウ。」

「余計な世話だ。お前こそとっとと帰れ、新婚だろう。」

「おかげ様で毎日幸せだね、生きてて良かったって一日に十七回くらい思う。」

「ああそうかよ・・・・・・。」

 

 ほっといたら何時間でも惚気るのでシッシと手を振って追い返す。

 誰が二十四歳独身暗殺戦術特殊部隊総隊長だ。字面からして一生独り身だなこれ。

 

 

 

 

******

 

 

 

「─────何か吐いたか?」

「っ!ダンゾウ様、」

「良い。そのまま続けろ。」

 

 せめて外の空気を吸え、としつこく言って去っていった男とおざなりにした約束を守るため、ダンゾウは執務室を出た。

 木ノ葉の里に無数に張り巡らされた地下通路の一つに入り、更に隠し通路の奥へと向かう。日の光が届かない場所まで来ると、湿った土のにおいにやがて血の臭いが混じりはじめた。思わず鼻に皺を寄せる。何度来てもここは好きになれない。

 

「う・・・・・・、ぃぎっ」

「思ったよりもしぶといな、さすがに影二つを消し去ろうとしただけある。」

 

 根すら張らないほどの闇の濃い地下深く。張り巡らされた護符と術式に、懐かしい師の手蹟を見つけたダンゾウは遠い目になった。寧ろない方が心配になるが、やはりここ作ったのあんたか。

 手近にあった椅子を引いて腰かけ、鎖や術で何重にも拘束された褐色肌の男の顔をじっくり眺めた。もっとも褐色だったのはここに捕らえられる前までの話で、今はどこもかしこも赤黒い。

 

「雲隠れの上忍師、名前はワカイだったな。妻は三つ年下、子どもは四人か。末はまだ生後半年と・・・・・・働き手のお前を失ったら、細君はさぞ苦労するだろう。」

 

 誰に言うともなしに言ってから、ダンゾウは男の拷問をしていた暗部に目を向けた。二代目火影が選び抜いた忍は、躊躇なく男の腕に千本を突き刺す。叫び過ぎて喉がつぶれたおかげで、悲鳴にすらならない声が地下に響いた。

 

「お、俺たちは間違っていない・・・・・・!金角様と銀角様こそが雲隠れを率いるに相応しいお方なのだ。雷影が素直に従えば命は奪わないはずだった・・・・・・なのに、忠告を無視したばかりか勝手に火影なんぞと手を組むというから!」

「首謀者の名前はもう知っている。仲間は、潜伏場所は、計画は?生憎俺たちの火影様が聞きたいのはお前の思想じゃない、情報だ。」

 

 もう山中のやつを呼んだ方が早いかもな、と思いながらダンゾウは喚き散らす元雲隠れの忍者に嘆息をつく。

 九尾の腹の肉を食いちぎって生還したという金銀兄弟に、カルトのような信者がいるらしいことは知っていた。しかしまさか雷影も会合の場でテロをぶちかましてくるとは思っていなかったのだろうよとひとりごちる。それくらい滑稽なことを言っていることに、この手の輩は不思議と気が付かない。

 

「ほ、火影・・・・・・?火影は死んだ!嬲り殺しだ!ヤツめ、部下に見捨てられて最期は惨めに自爆した!」

「残念ながら、火影様はご健勝だ。そもそも爆発したくらいであの人が死ぬものか。」

「嘘をつくな!死んだ!火影は死んだ!死んだ!」

「おい、壊れてないかこれ。」

「精神崩壊しない程度の拷問しかしていません。」

 

 それ元から正気でなかった場合は加味されていなくないか。獣面の忍が澄ました調子でサクサク千本を刺していくのに、これは尋問部隊に任せた方が良かったかもしれんとこめかみを揉む。

 しかし表向き病死したことになっている二代目の死の真相を色んな人間にばらまくわけにもいかぬので、ダンゾウは拷問班でもつくるかということで落ち着いた。ヒルゼンが安々と承認してくれればいいが。いやでも尋問部隊がいるのに拷問いるか?ただでさえ治安維持系統で暗部と結界班と警務部隊が揉めてるのに、これ以上同種の問題を増やしたくはない。

 

「死にたくなければとっとと吐くんだな。今火影様は相当機嫌が悪いが、温情の方だ。さっさと話せばお前を解放するのもやぶさかでないとおっしゃっている。」

 

 というよりさっさとゲロってくれ。あんま時間かかるとノコギリ持ったヒルゼンがお前の足切り落としにくるかもしれんから。

 

 衝撃的な師匠の帰還の、そのすぐ後のことである。ヒルゼンはすぐさま当時持っていた権限と次期火影としての権力をフルに使って暗部を動かし、テロリストの捜索にあたらせた。一応里の警備がどうたらと言っていたが、相当キレていた。捜索範囲が里の周りだけだったのでまだ理性は辛うじて残っていたが本当に。

 任務の結果はご覧の通りであり、火影暗殺未遂の詳細を究明すべく(あと今後雲にイチャモンつけられた場合の手札にすべく)ダンゾウたちは日夜哀れな男とのお話あいに励んでいた。

 

「き、金角様と銀角様が助けて下さる。あの方たちが雷影になって、救いに来て下さるのだ。お前は殺されるぞ!あの方に殺される!」

「さあ、俺たちは火影様に従うだけだ。・・・・・・それにしても話にならんな。」

「山中の者を使いましたが、脳にプロテクトがかかっていて触るのは危険な状態です。いかがいたしましょう?」

「写輪眼は試したか?」

「いえ、暗部にはおりませんので。」

「アテがある、話をつけてこよう。引き続き頼んだぞ。」

「はっ」

 

 頭を下げた暗部に軽く頷いて、ダンゾウは独房を後にした。

 金角と銀角はもう既に死んでいるとの情報が入っている。件の一件が元で亡くなった二代目雷影の死後、あとを継いだ三代目雷影がそれこそ電光石火で首を刎ねにいったらしい。あとに残ったのは下手な武力を持ったまま頭を失い右往左往するテロ集団と、木ノ葉と雲との間に産まれた禍根くらいだ。

 

 サテ、ヒルゼンはどうするつもりかなと考えながら外に出たダンゾウは、日の光に目を刺されて顔をしかめた。

 一番のすぐ下にいることは決して日陰者になることと同義ではない。なのにさっそく闇の中に突っ込んでいっている自分が可笑しかった。

 



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草葉

くさばのかげ


 

「三代目様は、お若いのにご立派なことですなあ。」

「いえ、そんなことは。買いかぶりです。」

「しかも謙虚でいらっしゃる。老体のおべっかくらい受け取って下され、立つ瀬がなくなってしまう。」

 

 魑魅魍魎の中に子猿が一匹迷いこんで、問答をしている。

 思わずそう思ってしまったダンゾウは獣面の下で小さく嘆息をついた。慣れぬ思いをしているのは己もだが、さすがにこれは親友が哀れである。

 自分だったら里の上層部─────戦国生まれ戦国育ちの老獪な化け物どもに腸をまさぐられるのは死んでもゴメンだ。

 

「三代目─────報告が。」

「分かった。すみません、執務があるので俺はこれで。」

 

 頃合いを見計らい、わざと気配を出して物陰から上司の傍らに姿を現したダンゾウは、にこやかに笑いながら会議室の席を立つ彼に続いた。

 

「悪い、ダンゾウ。」

「任務中です。ゼンとお呼び下さい。」

 

 淡々と言いながら廊下にいた部下に目配せをして扉を閉めさせる。軋みながら閉まる戸の隙間から、化生の唇の動きが嫌にハッキリ見えた。

(弱腰の若造、か。)

 今に見てろよ、と思いながら困ったような顔をする親友の後ろにぴたりと付き従う。それから先ほどまで行われていた会合を思い出し、こっそり二回目のため息をついた。

 

 

******

 

 

 雲隠れへの対応で、現在里内は意見が二分している。

 一方はすぐにでも火影を損なわせた落とし前をつけるべきだという過激派、もう一方は主犯の首が落ちているのに事を荒立てるべきではないと主張する穏健派だ。

 雲のクーデターを計画・実行した面々は既に抜け忍として手配されている。雲の忍のままならば木ノ葉が厳しく責任を追及することもできたが、抜け忍は里の管理から文字通り抜けた者だ。犯罪者を出したことを非難することはできても、雲に直接損害賠償を求めることはできない。もっとも金銀兄弟がクーデターの時に指名手配されていたかどうかは微妙であり、確実に雲隠れが尻尾切りしたのだろう。

 テロリスト数名を捉え監視下に置いている木ノ葉としてはそのあたりをひっくり返すのもできぬことではなかった。とはいえ元来慎重派のヒルゼンである。師の有様に怒髪天をつくような怒りを見せてもそこは冷静だった。

 

「証言と呼べるほどの情報を得ることはできなかったし、抜け忍にされてしまっては発言もそこまで信用がなくなる。憤懣やるかたないとはこういうことかと、今思い知っているよ・・・・・・けど、きっと先生は争いを産むことを喜ばないだろうから。」

 

 苦々しく言ったヒルゼンは、それから大きく息を吸った。

 

「ああ、悔しいなあ!どうしようもなく悔しい、火影の名前を頂いておいて、俺はこんなにも無力だ。」

 

 若すぎるほど若い影であっても、無理矢理笑うその姿は弱くはなかった。

(お前は──────)

 火影になったんだな。その笑顔を見たダンゾウは、なぜだか不意に強くそう思った。

 慣れたはずの背中がまた遠く感じ下を向きそうになったが、目に焼きつけるようにその背を見つめる。

 

 師匠が尽くし、守り、仕えよと言ったのはこの背中だ。そしてダンゾウはそうすることを名誉と思いこそすれ、やるせなくなることなどない。

 なにより、ダンゾウはヒルゼンという火影について行きたかった。

 

 

 

「─────何故、このご判断をなさったのか伺ってもよろしいでしょうか。」

 

 まあ勿論意見が合わないこともあるけどな!

 

 丁重に握りつぶされた意見書に、ダンゾウは仮面の中で目を細めた。暗部総隊長“志村ダンゾウ”は、部隊そのものの顔としてこれから売っていく予定である。故に自由に動くためのもう一つの顔として用意したのが暗部の忍“ゼン”だった。尚ヒルゼンが結構うっかりをやらかすので小隊の仲間など、限られた者は正体を知っている。隠密の意味よ。

 なんのためにフットワークの軽い別人作ったと思ってるんだ、有事の際にお前の護衛に回れなくなるだろうが。

 

「うちはカズラは優柔な忍です。里への忠誠心も高く、ただの上忍にしておくには惜しい。私が提出した他の暗部候補とも大差があるようには見えません。彼だけ除外されたのはいったい、」

「ダンゾウ、まずその話し方をよせ。ここにはコハルとホムラしかいない。」

「職務中です・・・・・・というか、本名で呼ばないで下さい。」

 

 目の前にいるヒルゼンと両サイドに控える同期たちにこめかみを揉む。説明がたりなかったかもしれない。今度こんこんと語ろう。残念ながら暗部で今一番信用が置けて、尚且つ火影側近に置けるのが俺だけだということを。

 なんせ今の暗部の構成員は二代目こと師匠の部下であり、立場だけなら元同僚。あと師匠が直々に「こいつら表に置いておけんな。」と思って裏に引き込んだ連中なので、ちょっと、かなり、だいぶ扱いが面倒くさいのである。例えば件のテロリストの拷問任せたら「見てください、人間ハリネズミ!」って報告してきた千本の人な。打ち解けられはしてもよく分からんものは分からん。師よ、なにゆえ穢土転生の術は残したのに彼奴らの取扱説明書は残してくれなんだ。

 

 そんなわけで、ダンゾウは一から部下として教育できる人員を確保することにした。要はスカウトである。

 原作だかアニメだかでチラッと言っていたが暗部は完全引き抜き制であり、火影が優秀な人材を直々に呼び出し暗部に編入して良いらしい。とはいえそのあたりのことはお前に一任する、という言質を三代目から頂いていたこともあり、ダンゾウは前線にちょろちょろ出たりしながら選抜を行っていた。図らずもここでゼンの顔が滅茶苦茶役にたったのだが、それは余談である。

 

「・・・・・・他の者はまだいい。山中、奈良、油女は里創設から大したスキャンダルもなかったし、先生の時の暗部にも在籍していた者がいる。しかしうちはは・・・・・・」

 

 言葉を濁すヒルゼンに、ダンゾウは瞠目した。

 

「うちはカガミの存在を知る貴方がそれを言いますか。」

「俺だけじゃない、コハルとホムラも同意した。それにうちはには里の警務の一手に任せている。」

「そうですが、そこだけに閉じ込めておくにはうちはは貴重な人材です。」

「それはカガミに暗部へ移動してもらえば足りる話だろう?」

 

 詰め寄るダンゾウに見かねたのかホムラが口を挟んでくる。隣のコハルも「まだ里とうちはのわだかまりは消えていない。うちはが誠意を示さない限り火影の膝元におけるほど信に値するとは思わないわ。」とキッパリ言い切った。

 

「ですが駄目でしょうそれは・・・・・・─────彼は今、警務部隊副隊長として、そのわだかまりを消すために奔走しているというのに。」

 

 現在、カガミは火影側近の職を辞し警務部隊に籍を置いている。

 うちはマダラの信望者が僅かに残るこの時代に、師匠もとい千手扉間の弟子であった彼がうちはのコミュニティ(に、残念なことになっている)へ戻るのは危険しかなかった。事実好意的な者に隠れて、敵意をむき出しにする者もいなくはないらしい。

 そんな中彼がそこそこの地位をうちはで築いていられるのはひとえに人望と努力によるものだ。屈託のない朗らかな気性と、一族内でもそれなりの血筋の女性を妻に貰い(というか見合いの場で本人が一目惚れして口説き落とした)しかも今日にいたるまでぞっこんというのは、うちはでも非常に受けが良かった。忍としても才覚がずば抜けているのも大きい。

 

「彼という架け橋がなくなれば、彼らとの関係は悪化します。それにうちは警務部隊と暗部は業務が一部被っていることもあり、混乱を防ぐためにも早く指示系統を明瞭にしておきたいのです。今のうちはは頑な過ぎて、歩み寄っても答えてはくれません。このまま放置してもそれが変わらないことは分かり切っています。仲介になる人間をつくらなくては、」

「カガミがいる!」

「彼だけでは足りません!今日だって任務で里にいないのに!」

「やけにうちはの肩を持つな、ダンゾウ。なぜうちはのためにここまでする!?」

 

 気がつけばお互い前のめりになっていた。チャクラも漏れ出しており、火影室がピシピシと怪しげな音をたてている。気迫に押されたのか、ホムラとコハルは一歩引いたところにいた。

 

「どういう意味ですか、それは。」

「純粋な興味だ、お前がうちは側に立つ理由を知りたい。」

 

 頭がカッと熱くなった。眩暈がするほどの感情が体を満たす。うちはの件は時が解決してくれる問題ではない。早く手を打たねば取返しのつかない事態になる。この世界ではダンゾウが引き金を引く予定はないが、それでもありえないということはありえないのだ。

 そうなったら木ノ葉は写輪眼という稀有な能力を持つ、戦国最強と謳われた戦力を失うことになる。国力を削られる。そしてそのしりぬぐいをさせられるのは、他でもない親友だ。

 

「私の行動の全ての理由は、他でもない三代目です─────貴方のために、貴方の力になることを模索した結果がこれなのに、どうして分からない。」

「分かるわけないだろ!!俺、俺は、」

 

 叫びかけたヒルゼンが、すぐにストンと椅子に腰を下ろした。感情を押し殺すように息を整える。

 

「すまない・・・・・・下がってくれ。」

「・・・・・・・・・・・・はっ。」

 

 消化不良のまま、ダンゾウは退室した。

 廊下を出て右に曲がる頃には、怒りよりも僅かに燻る焦燥と悲しみが伸し掛かってきていた。

 ヒルゼンを追い詰めるつもりなど全くなかった。温厚なアレが声を荒げるほどに追求したのは自分だ。反省しなくてはなるまい。

 三度目の嘆息をつく。やることは山ほどある。しかしその中に友人との仲直りが追加されてしまったのが、どうしようもなく惨めで辛かった。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「・・・・・・ダンゾウ、ダンゾウ。」

「ん?ああ・・・・・・。」

 

 ─────所変わって、執務室。

 

 ほとんど自室と同じように使っている部屋で、頬杖をつきながらぼうっとしていたダンゾウは、名前を呼ばれふと顔を上げた。饅頭のような丸い顔に、クリクリとした愛嬌のある目をした同期が「どうしたボーッとして。」と首を傾げながら茶菓子を頬張る。

 別にと素っ気なく聞こえもする返答を返せば、親友はそうかとこだわりなさそうに言ってまた甘味を口に放り込んだ。友人は人と距離を取るのが上手く、相手が望まなければ深くは踏み入ってこない。多少マイペースなところもあるものの、そういった部分もひっくるめて好ましく感じているダンゾウは、(ここを休憩所の類だと思っている)カガミが箱で置いてった菓子の山を片付けていく彼に「ところで、」と話しかけた。

 

「誰の差し金で来た、トリフよ。」

「人聞きの悪いことを言うな。ヒルゼンとコハルに頼まれたんだ。」

「・・・・・・いやにあっさり吐くな。というか前はともかくコハルもか。」

 

 ゲンナリしながら茶を啜るダンゾウに、秋道トリフ─────扉間小隊の一人で下忍のころからの古なじみは肩を竦めた。

 

「お前、自分じゃ気が付いてないかもしれないが、暗部についてからどんどん顔色が悪くなっていってる。みんな心配してるんだ。そうでなくとも、先生が死んでからダンゾウはずっと変だし。」

 

 最後の言葉には心当たりしかなかったので、そっと顔をそらした。ただ単に前世を思い出しただけで、皆が思うように師匠の死を引きずっているというわけではないのだが・・・・・・いや多少それもあるが、さすがに全てを正直に相談するわけにもいかない。

 

「それに別にヒルゼンたちからは口止めはされてないしいいだろ。」

「そうじゃねえよ、」

「一応言っておくが、ホムラは止めてたぞ。そっとしておいてやるべきだと。」

「・・・・・・成る程、俺はあれか。腫物みたいに繊細に扱われているわけか。」

 

 そして扉間小隊には俺とホムラ以外に奥ゆかしい情緒をしている輩はいないわけか。ちょっとすっこんでてくれ。

 いやどっちかというと今にも死にそうな子猫を介抱するノリだな、ほっとけ大人しく死なせろ、というやりとりをしながらダンゾウは渋い茶を啜った。トリフはと言えば実に幸せそうな顔でどら焼きをかじっている。

 腹が減ったら食う、腹いっぱいになったら寝る。そうでない時は任務か修行か、それとも世話を焼きにいくか。実に明瞭なライフスタイルでストレスフリーに生きている男にダンゾウは顔を歪めた。羨んでなどいない、絶対。

 

「・・・・・・なあ、ダンゾウ。俺たちみんな、お前が良いやつなのは知ってるよ。」

「やめろ、いきなりなんだ気色の悪い。」

「特にヒルゼンに対しての最近のお前は、正しい木ノ葉の忍だ。火影に忠実な良い忍者だ。」

 

 話がいきなり飛んだと思ったら。見えない場所から把握できないところを突かれている気がして、ダンゾウは眉を寄せる。しかしダンゾウのしかめ面ごときでひるんだりはしないトリフは、大きな目でこちらを見上げながら続けた。

 

「だから言うぞダンゾウ─────お前が正しくやろうとしても、相手まで必ず正しいとは限らない。」

「それはどういう、」

「もっと言うなら、里の者はまだうちはを信じることができない。忘れることができていないんだ、“うちはマダラ”という存在を。」

 

 痛いところを突かれて、ダンゾウは黙りこむ。

 言い切った、という顔をしたトリフは「あ、カガミは別だ。アイツはまたちょっと別の領域にいるから。」と付け足した。そうだな、どんな時も明るすぎるくらい明るく前向きで嫁の惚気だけで三時間語りつぶすような男だからな、あれは。

 閑話休題。

 

 うちはマダラ。

 うちは一族最強の男にして、木ノ葉史上最悪の抜け忍である。先の第一次忍界対戦にも一枚どころか十枚くらいがっつり噛んでおり、初代火影─────千手柱間と終末の戦いと呼ばれる死闘を繰り広げた末死んだ大悪党だ。

 火影がその時受けた傷が元でこの世を去っていることもあり、以来うちは一族は里において肩身の狭い思いをしている─────と、まあ木ノ葉の忍の大半はそう認識している。実は彼が大筒木インドラの転生者だとか実は全然死んでおらず生き返って地下に潜伏しているだとか、そういうことは勿論ダンゾウ以外の誰も知らぬことだった。

 

「火影直轄の部隊にうちはを編入するのは尚早だ────少なくとも、ヒルゼンはそう思っている。」

「・・・・・・ならば妥当な時はいつだ、うちはは木ノ葉創設に深く関わっている。一度の失態で輪から外すことはできないぞ、彼奴らにもプライドがある。」

 

 ムッとしたダンゾウのセリフに、トリフがキョトンとした。

 

「いやそれ俺じゃなくてヒルゼンに言えよ。」

「だから進言したしキチンと段階を踏んで書類も出したろうが。」

「でもそれ言ったか?」

「は?」

「本人に直接言ったか、言ってないだろ。」

 

 ダンゾウは唖然としてトリフを見た。間抜け面を晒す傍らで、脳味噌は今言われたことを淡々と処理する。何を言われたのかに何を言いたいのかを推察して混ぜ、答えを繰り出したダンゾウは恐る恐る「嘘だろ・・・?」と呟いた。冷や汗のようなものが心をなめるように伝う。

 そんなに繊細だったか友よ。

 

「残念だがその通りだ。」

「いやまて、勝手に伝わった気になって頷くな。違うかもしれんだろうが。」

「そっか、じゃあ言うぞ。」

「まてやっぱりまてだからといって敢えて言わんでも、」

「ヒルゼンは火影になってからお前に距離を取られて、ずっと嫌われたと思ってたんだ。そこで今日のアレだから、本気で落ち込んでてな。俺もヒルゼンから喧嘩したって聞いてやっと爆発するもんが爆破したんだと思っちまったよ。」

「だからまてと、」

「因みにこの間お前がヒルゼンを避けている理由をみんなで話し合ったんだけどさ、ホムラとコハルはお前が火影になれなくてガキっぽく拗ねてるんじゃないかって。カガミは二人ともさっさと話し合えと言っていたが。」

「・・・・・・・・・・・・。」

 

 スーーーと大きく息を吸ったダンゾウは、緩やかに息を吐きつつ天井を仰いだ。

 

「・・・・・・ソリャ、トリフよ。俺たち二人は幼馴染だし親友だったが、」

だった(・・・)?」

「親友だが、ヒルゼンは里の最高権力者であり俺はその補佐だ。いつまでも対等というわけにはいくまいよ。初代様と先生だって上司と部下である前に兄弟だったが、職場では上下関係を弁えておられた。確かにヒルゼンと意図的に距離をとったが、別に敵対意思があるわけでは、」

「先生は初代様が執務をサボる度にアカデミーの教本でシバいてただろ。」

「初代様は休憩時間に甘味を食いに外に出たあとアカデミー帰りの子どもらと夕刻までめいっぱい鬼事をした挙句財布の中身を全部駄賃でやってすっからかんにしてただろうが。」

 

 忘れもしない放課後の思い出が脳裏を過る。当時はなんかすごくてつよいひと!くらいの認識だった里長が滅茶苦茶稀有な木遁を「ほーら怪獣ごっこぞー。」とか言いながら乱用して遊んでくれていた日のことを。

 アカデミーにいるとってもこわいしらがのひとくらいの認識だった師匠が鬼の形相で兄を回収しにくるまで、時間が許す限り面倒をみてもらったものだ。ぶち切れたあの人に襟首をつかまれながら「また遊ぼうぞー。」とニコニコ手を振っていた初代様はさすがとしか言いようがないが、その初代様に肩車してもらいながら髪の毛を手綱みたいにひっぱていた子どもらも凄い。なお扉間小隊はみんな一回は髪をぶちっとやっている。いやそれは今はどうでもいい。

 

「ともかく、ヒルゼンと話し会え─────今の上層部でアイツが信用できるのは、お前だけなんだ。」

「・・・・・・わかったよ。」

 

 渋々肯ったダンゾウに、トリフが満足気に頷いた。丸め込まれた感が否めず鼻に皺を寄せると、色男が台無しだぞと冗談なのか本気なのか分からん顔で言われる。

 

 

「─────ダンゾウ!ダンゾウいるか!?」

 

 

 不意に騒がしい気配がして、バンッと執務室のドアが開いた。

 視線をやれば眼鏡をした四角紙面そうな男─────水戸門ホムラが、息を荒げ肩を上下させながら立っている。忍の癖に騒々しい、と毒づきそうになったダンゾウは尋常でない様子に「どうした。」と尋ねた。

 

「落ちついて、落ちついて聞いてくれ二人とも。・・・・・・・・・・・・カガミが、死んだ。」

 

 トリフがガタンと椅子を倒して立ち上がった。そのまま容姿に見合わぬ素早さで火影室に去っていく姿を見送ってから、ダンゾウはゆっくり席を離れホムラの肩を掴んだ。服を鷲掴みにした指先は痺れるようで、心臓が早鐘のように強く打っている。

 

 脳が回転することを拒否していた。今言われたことを理解したくない。

 

「何があった!?アイツが行ったのはただのAランク任務だった筈だろう。」

「襲撃だ、現場は霜の国と雷の国の境目で─────雲の忍に殺されたんだ。奴らめ、クーデターの原因を全て木ノ葉に押し付けた。外部に不満を向けて里の結束を高めようとしてるんだ!」

 

 呆然としたダンゾウは、まくしたてるホムラからずるりと手を離した。

 

『おかげ様で毎日幸せだね、生きてて良かったって一日に十七回くらい思う。』

 

 嗚呼、と呻いて口元を抑える。皮膚の下に通る血が酷く冷たく感じた。

 

 うちはカガミの死を、三代目火影は無視することはできない。それをするにはカガミという忍は有能過ぎて、更に存在感があり過ぎた。第一五大国の一つがここまでコケにされて黙っておくわけにいかない。仮にそうなれば威信は落ち、なにより─────里内部で不満が上がるだろう。

 なにせ、うちはは愛する者を損なった存在を決して許さない。

 

 

 二代目が鎮火しようとして、クーデターで息を吹き返した争いの火種が、業火に変じようとしていた。





このお話の元のタイトルがDANZOUクリーン伝だった話はもうしましたが、プロットの段階ではだんぞーキレイキレイでした。因みにプロットの最後の方、ラストシーンにはらすとしーんって書いてあります。先行きに不安しかない。


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青葉

最初に時系列を飛ばし飛ばしで書きますと宣言したのを良い事に、一気に十年ほど時間を飛ばすなどしています。このシリーズ度々こういうことが起きる予定です。ご容赦下さい。



 雨が降っている。

 

『ヒカク様のところのお嬢さんとさ、この間見合いしたんだけど。』

 

 もう懐かしくなってしまった親友の声は、蕭蕭とした音にかき消され、良く聞こえない。

 

『噂には聞いてたけど、べらぼうに美人でさあ。』

『上品で物静かであんまり笑わないけど、笑うと周りがパァーって明るくなる。』

『それを見てきっと上手くやれる、結婚するならこの人とがいいと思ったんだ。』

 

 ああそうかよ、と興味なく切り捨てたダンゾウにめげるでもなく、カガミは太陽のように笑った。

 確か師匠が亡くなってすぐのことだった。今際のあの人に最期の任務を言い渡されたであろう彼が、火影側近の職を蹴って一族に戻ることを決めた頃。

 重荷など何一つとして感じさせずに、照れ照れと相好を崩したカガミは、聞いてもいない話を延々続ける。

 

『俺きっと里一番の幸せ者だよ。あ、やっぱ今のナシ。一番幸せなのはお嬢さんがいいから、俺は二番目で!』

 

 ───あの、此方が恥ずかしくなるような惚気話も、今になってみればちゃんと聞いてやればよかったと思う。

 

 

「ヒルゼン、今時間いいか?」

 

 他でもない親友・・・・・・うちはカガミに『話し合え。』と言われたのだ。遺言になってしまった以上、全うせねばなるまい。

 ダンゾウは久々に暗部の男、ゼンの仮面を解いて素顔で火影室に入った。一人執務机に項垂れ、瞑想にふけっていた猿飛ヒルゼンは、きょとんと眼をしばたかせる。

 

「あ、ああ・・・・・・構わないけど。」

「なら、少し話そう。」

 

 きっとこれがターニングポイントになる、とダンゾウは思った。

 すれ違いと歪みを直すのは、容易ではない。だが正そうとしたという結果は残るのだ。後は自分たちがどう妥協し、許しあえるかである。

 

「きちんと話し合おう。」

 

 ややあってから、ヒルゼンは肯定の意を口にした。空気に若干の緊張を湛えながら、息を吸い込む。

 

 窓の外の雨脚は強まるばかりだ。そして濡れた土と埃のにおいに混じって、紛れもない戦の臭気が這い寄って来ていた。

 

 

******

 

 

 その密書が青年に届けられたのは、梅雨も終わった頃合いだった。

 紙面に踊る流麗な墨を読み進める度に、興奮が火のように身体を焙っていく───なにせそれは、火影直轄の機密部隊・暗殺戦術特殊部隊への任命書であった。

 

(認められた・・・・・・!!)

 

 里が、己と己の一族を認めたのだ。ようやっと、“うちはマダラ”の里抜けから数十年が過ぎて、ようやくに!

 うちは一族の年若き忍は夢見心地で幾度も文書を読みかえした。うちはは木ノ葉隠れの里において、疑心の目を向けられている。それは里上部を長年鎬を削りあった千手一族が占めていること、そんな彼らに反発し、抜け忍となったかつての族長がいたためだ。

 故にうちはは常に政の中枢から遠ざけられ、出世も儘ならなかった。

 

(だが、そのうちきっと俺たちの実力を認めざるを得なくなる。)

 

 青年が求めるのは“対等”と“正当な評価”だ。里への忠誠心も、忍者としての能力も他に引けを取らんという自負がある。

 そう信じ、敢えて警務部隊を蹴って一般上忍師として勤務すること早幾年。

 青年の努力は、やっとのことで実を結んだのだった。

 

「────罠ではないか?」

「スパイとしてうちはを監視する気では。」

「断れ断れ、雑用を押し付けられるのが精々よ。」

 

 が、一族の上層部の反応は芳しくなかった。

 配置変更は一族を統括する長に伝えねばならぬ。そのため族長家に報告へ上がった青年は、苦い気持ちで床の節目を見つめた。

 ・・・・・・青年としても、その可能性が過らなかったわけではない。だがそれでも火影直轄に身を置けるということが、なにより嬉しかったのだ。

 

「そも、志村ダンゾウという男が気に食わぬ。奴め、総隊長に就任してから一度も表舞台へ姿を出していないというではないか。信用ならぬ!」

 

 長老の怒声に、そうだそうだと数名が同調した。

 暗部総隊長・志村ダンゾウ────三代目火影・猿飛ヒルゼンの盟友であり、二代目の直弟子でもある。師匠の死後は里の裏方に徹し、姿を見かけたものは誰一人としていなかった。

 

 ここ十年間(・・・)、一度もだ。

 

「ヤツはうちはカガミとは旧知の仲だった筈!火影は参列したというに、ダンゾウときたら葬儀にも顔を出さず、薄情にもほどがあろう。」

「戦時中も名を聞くことはなかった。いったい何を考えているのか全く分からん!」

 

 二代目火影の側近もとい精鋭部隊の一員───うちはカガミが、雲隠れの忍に討たれてから早十年。

 ただでさえ緊張感の高まっていた木ノ葉、雲隠れは正面衝突することと相成った。俗に言う第二次忍界大戦である。

 火影に就任し間もなかった三代目は、里を率いて真向から雲隠れ・・・・・・と途中で参戦してきた岩、霧、風の五大国と、時には同盟を組み時には裏切りながらこれを制した。

 当時はまだ中忍だった青年も参戦し、その戦いを間近で見ている。

 

「ヒカク様はどう思われますかな。」

「長、どうかご判断をば。」

 

 腕組みをし、黙していた現在のうちはの族長。その昔あの(・・)うちはマダラの側近であったという老爺は、鋭い眼光で青年を射抜いた。

 

「カズラよ。」

「はっ。」

「お前はどうしたい?」

「・・・・・・はい?」

「嫌ならば私から断りを入れよう。望むなら、行くがいい。ただし楽な任務ではないだろうが。」

 

 長!という長老衆の叫びは、写輪眼のひと睨みで掻き消えた。

 なにせ、うちはヒカクは戦乱の世に生を受け、今までの間ずっと戦い抜いてきた忍である。流石の貫禄と言わざるを得なかった。

 

「わ、私はこの任を受けたいと考えます。火影様に、我がうちはの有益性を指し示すまたとないチャンスだと。」

「そうか、」

 

 腕を解いたヒカクは、老いを感じさせぬ所作で立ち上がると、一瞬萎縮した青年にどうやら苦笑らしき表情を浮かべて、ぽんと肩を叩いた。

 青年────カズラの常識に間違えがなければ、それは激励のようだった。父が息子にするような、確かな励ましだ。

 

「頑張れよ。」

 

 ぎゅうと胸が締め付けられた。

 うちはヒカクは、生涯現役を宣言している。故に先の大戦でも全盛期を過ぎているにも関わらず、多くの首級を上げた・・・・・・その戦果が里人に公にされることも、特別の褒賞が下賜されることもなかったけれど。

 

「はい!」

 

 腹から出た返事にヒカクはゆるりと目を細めて、部屋の戸口に手をかけた。

 そして戸を開こうとして、ふともう一度カズラへと視線を向ける。

 

「ダンゾウの小僧は、どうも最近引篭りに精を出しているようだが。」

「はい。」

「心無い男というわけではない。義息子(カガミ)へ幾度か線香を上げに来たし、三代目とは竹馬の友よ。今木ノ葉で対等に三代目と殴り合える男は、ダンゾウ以外におるまいて。」

「はい・・・・・・はい?」

 

 なんか変は単語が聞こえた気がしたが、薄く唇に笑みが乗っていることから、冗談だったのだろうとカズラは断じた。

 

「活躍を聞くこと、楽しみにしている。」

 

 去って行くヒカクに、カズラは深々と首を垂れた。

 そうして身辺の整理をし、一月後。暗部の真新しい装束に身を包んだカズラは、早鐘を打つ心臓を宥めながら、暗部総隊長・志村ダンゾウその人の執務室へと赴いたのである────

 

「ダンゾウの分からず屋!独身!インケン!独り身!童貞!」

「やっかましいわ!あと房中任務があるのに童貞なわけないだろ!」

 

 ────赴いてから、アレここで合ってる?と眼前の光景を三度見した。

 部屋の前に架かった文字も確認したが、どう見ても『第三処務室』・・・・・・という名でカモフラージュされた暗部総隊長執務室である。任命書に書いてあったから違いはない。筈だ。

 

「・・・・・・おい、俺色仕掛けの任務とか報告聞いた覚えないんだが。」

「チッ!忘れろ、口が滑った。」

「忘れられるかバーカ!この間の商屋からの不自然な融資お前のせいか!誰を誑しこんだこのスケコマシ!」

「ウルセエ助兵衛!お前だって女湯覗いてただろうがこの間!火影の名を辱めおってからに!」

「ししししししししてねえよッ!!?」

 

 ・・・・・・しかもなんか、あんまり聞きたくなかった話をしていた。

 パッと見ただけで機密書類まみれと分かる部屋の中で、胸倉を掴みあい忍術忍具を飛び交わせ取っ組み合っている里の最高権力者たち、もとい猿飛ヒルゼンと志村ダンゾウにクラクラと眩暈がする。

 どうすれば良いんだろうこれ、と悩んだカズラはしかし真面目な好青年であったため「あのう。」と控えめに声をかけた。

 怒鳴り散らしていた二人は、いま初めて気が付きました、という顔でカズラを見る。

 暫し沈黙。

 

「ふんっ。」

「どぅわッ!?」

 

 ダンゾウがヒルゼンを執務室の窓から投げ捨てた。三秒にも満たない早業に、己との圧倒的な実力差を感じたカズラは慄く。

 というか普通捨てるか、火影を。

 

「さて・・・・・・うちはカズラだったな。」

「今の流れで何事もなかったかのように始まるんですか?」

 

 それとも暗部ってこうなんだろうか。なんて恐ろしい部署だ。

 涼しい顔で椅子に掛け、執務机に肘をついた上司にカズラは思わず突っ込んだ。ツッコミながら、志村ダンゾウという男を観察する。

 

(・・・・・・この男が、暗部の長。)

 

 隙の無い身のこなしに、均整のとれたしなやかな体躯。長く日に当たっていないためか肌は病的なほど白い。なんならどこか患っているのやも、と思ったがキビキビと動いているところを見るに、ただの不摂生のようである。面立ちはといえば、顎にある傷跡が特徴的だがなかなか整っていた。年は三十半ばと聞いていたが、二十後半でも通じそうである。

 そんなダンゾウは、カズラの問いに「フム、良い質問だな。」と本気でなんてことなさげに頷いた。

 

「俺は三代目とは幼馴染であり盟友であり、上司と部下というややこしい間柄だ。故に上手く意思の疎通が図れぬことがあってな。」

「は、はあ。」

「十年ほど前、一度きちんと腹を割って語りあおうと思ったのだが、何故だか途中から乱闘になってしまい。」

「拳で語り合ったんですね。」

「以後、意見が食い違うことがあれば殴り合って解決している。因みにわりとよくある。」

「なんで・・・・・・?」

 

 ヒカク様の言っていたことがどこも比喩じゃなかった件について。

 スンとした表情になったカズラに「初めはちゃんと演習場を使っていたのだが、毎度毎度爆裂四散させているうちに、苦情が殺到してな。」とダンゾウは続けた。何も理解したくなかったカズラは聞かなかったことにした。

 

「さて、それではうちはカズラ。暗殺戦術特殊部隊への加入、心から歓迎する。」

「あの・・・・・・はい。」

「暗部では基本、本人と特定されることがあってはならない。故に常時獣面を着用し、コードネームで呼び合う。カズラ、お前は以後“ミズノト”と名乗れ。」

「・・・・・・拝命しました。」

「複雑そうだな、凄く。」

 

 今度はダンゾウから突っ込まれたが、そりゃそうなるだろうというお話である。

 

「新入りには教育係が付く決まりになっている。お前の担当は“い班”の部隊長だ・・・・・・ここに。」

 

 パンパン、とダンゾウが手を叩くと、カズラの真横に音も気配もなく一人の暗部があらわれた。長い黒髪に猫面、そして性別が分かりづらい体躯をしている。

 手練れだ、とカズラは瞬時に断じた。

 

「コトツチ、ミズノトを頼む。」

「了解しました。」

「ミズノト。慣れぬことばかりだろうが、お前の才覚を存分に生かせることを願っている。励めよ。」

「かしこまりました。」

 

 一番慣れないのは貴方周りの奇天烈である。

 指導役に促され、まだショックを引きずったままカズラはフラフラと執務室を後にした。待機していた所属班との顔合わせでは、「火影様とダンゾウ様の喧嘩に巻き込まれたって?大変だったね。」「初めて見たらビックリするよな、日常茶飯事だから慣れるよ。」と労わられたり肩を叩かれたりした。先輩たちは皆どこか遠い目をしており、苦労を察知したカズラはうっかりホロリとした。

 

(・・・・・・だが、“うちは”の色眼鏡で見られることは、ない。)

 

 それは一寸の違いもなく、カズラの望んだ“対等”だった。少なくともここでは裏切るかもしれない相手ではなく、仲間として扱ってもらえる。それの何と得難いことだろう!

 

 気を取り直したカズラは、暗部としての初任務へと張り切って挑んだ。

 

「すみませんダンゾウ様隊長が捕虜の肌という肌に千本を刺してるんですが!!!?」

「ああすまない、それもよくある。」

 

 そして同じく張り切った隊長に針人間を見せられ、執務室へと駆け込んだ。

 うちはカズラ、もとい暗部名ミズノト。彼の苦労譚はまだまだ始まったばかりである。

 

 

******

 

 

「なにも三階から放りだすこたあないだろうに。」

 

 ところ変わって、火影室。ブツクサ言いながら、ヒルゼンは執務を処理していた。

 一時冷え切っていた親友との仲が回復したは良い。が、互いの扱いが雑になった気がした・・・・・・否、腑を見せあえるようになったのだから、良いのだけれど。

 十年前────カガミを失ってすぐのことを思い出しながら、ヒルゼンは嘆息を吐いた。

 

 

 その日は雨が降っていた。

 

「ヒルゼン、今時間いいか?」

 

 久しく狛面の中に押し隠され、見ていなかった友の顔にヒルゼンは瞬きをした。

 

「あ、ああ・・・・・・構わないけど。」

「なら、少し話そう。」

 

 さらりと言ったが、顔色は芳しくない。

 親友の死が尾を引いているのだ────ただでさえ師匠である二代目火影・千手扉間の死が深い傷跡となっているのに、彼にかかった負荷はいかばかりか。

 それが起因しているのだろうが、この頃のダンゾウは酷く“らしく”ない。

 

(以前までなら“模範”に己を縛り付けるようなことは、しなかった。)

 

 志村ダンゾウという男は、本来多少の違法には眉一つ動かさない、冷徹な男である。

 自他共に甘いと認めるヒルゼンとは水と油、或いは相克の仲だ。だが、互いにぶつかりあうことこそあれ、二人で切磋琢磨してここまでやってきた・・・・・・師匠はヒルゼンを火影に指名したが、それはダンゾウの存在が前提だった筈だ。

 照れくさいから口に出したことはないが、己に無いものを持っている彼を、ヒルゼンはずっと好ましく思っている。(もしダンゾウがそれを聞いてしまったら己の醜さとヒルゼンへの嫌悪と称賛で精神がねじ切れるので、言わなくて正解である。)

 だのに最近の彼ときたら、ヒルゼンの憧れたキレの良さがないのだ。

 

「長くかかるかもしれないが、場所を移すか。」

「そうだな、そうしよう。」

 

 傘を手に取ったダンゾウがとっとと先に行ってしまうので、ヒルゼンは慌てて後に続いた。

 無防備な背を晒す友との合間には、雨傘の分だけ距離が開いている。物理的にも精神的にも離れている親友に、酷く心もとなくなった。

 否、

 

(俺は未だお前と友なんだろうか。)

 

 今の木ノ葉隠れの里において、ヒルゼンの隣に並ぶ者は志村ダンゾウしかおるまい。

 だが、ダンゾウは自らヒルゼンの隣から降り、部下として振舞うようになった。それがどれほどヒルゼンを傷つけたか、おそらく当人は知らない。

 

「話し合えっていうのは、何をだろうな。」

「さてな。」

 

 素っ気なく言ったダンゾウは、それから気まずげな咳払いをして「なあ。」と言った。

 

「思ったんだがヒルゼンよ、お前は最近、少し変わった。」

「俺が?変わったのはお前だよ、どう考えても。」

「立場を弁えただけだろうが。何が悪い。」

「悪いも何も!」

 

 言い募ろうとして、通りすがりの忍に凝視されていることに気が付き口を噤んだ。

 ヒルゼンは自分が変わったとは思わない。ただ────以前より遠くにいる友の真似を、するようになったかもしれなかった。

 

「昔のお前なら、捕虜を捕らえるにしろうちはへの判断にしろ、もう少し躊躇した。」

 

 優しいヤツだからな、俺と違って。と付け足した声音は淡々としていて、単なる事実を述べただけのようだった。

 嫌味などは感じられない。

 

「悪いか、それが。」

「悪くはない。が、らしくはないな。」

「お互い様だよ、お前も変わった。別人のように。」

「・・・・・・平行線だな。」

 

 ぼやいたダンゾウが、ふと足を止める。

 適当に人通りの少ない方に歩いていたら、いつの間にやら演習場に来ていた。土砂降りの更地に、丸太が三本悲し気に突き刺さっている。

 

「・・・・・・鈴取り合戦、したな。そういえば。」

 

 ふと思いついて、言ってみただけなのだろう。が、親友の独り言のような言葉に記憶を揺り動かされたヒルゼンは、何も悩み事などなく、ただ日々をめいっぱいに生きていた少年たちを思い出し、微笑んだ。

 

「班を組んだばかりの時のことか、懐かしいな。もう十年以上経つか。」

「お前と任務中に喧嘩して、罰として千本組手を命じられたのもここだ。」

「俺が五百一勝、四百九十九敗で勝ったんだっけか。」

「・・・・・・・・・・・・いや、逆だろ。俺が勝っただろう、あの時は。」

「いやいや僅差で俺が勝ったぜ、絶対に。」

「・・・・・・は?」

「アン?」

 

 穏やかな気持ちで思い出に心を馳せていた二人の間に、ここ最近で一番の怒気が満ちた。

 互いに無言で傘を閉じ、丸太に立てかける。距離をとり、向かいあって組手の印。

 

「────風遁・大突破!」

「────火遁・火龍弾の術!」

 

 ふっつーに大乱闘に発展し、決着がつかずに半日が経った頃。駆けつけた里上層部の皆さまにしこたま怒られた二人は、「・・・・・・悪かったな。」「いや、俺も。」と般若の形相の猿飛ビワコを前に、ぽそぽそと和解した。

 第二次忍界大戦前夜の、若気の至りで飲み干したいような、しょうもない話である。

 

 

(まあでも、アレのおかげで有事の際遠慮なく意見をぶつけ合えるようになったし。)

 

 結果オーライ結果オーライ。とヒルゼンは無理やり自分を納得させた。

 

「入るぞ、ヒルゼン。」

「ダンゾウか。」

 

 がちゃりと戸を開けて入ってきた親友に、さっきぶりだな、とヒルゼンは言いかけて顔を顰めた。

 暗部の装束と狛犬の面に身を包んだダンゾウは、「そう嫌な顔をせんでくれ。」と苦笑する───暗部い班の班員、コードネーム“ゼン”としての格好で。

 ゼンは“志村ダンゾウ”は身軽じゃないから、という理由で作られた友人のもう一つの顔である。が、それで仕事も二人分に増やすのでは目も当てられない。総隊長の職務プラスに暗部としての任務だ、普通に考えてダンゾウでなければパンクする・・・・・・彼のこの仕事中毒ぶりもどうにかならないものか。

 

「仕方ないだろう、お前の弟子との共同任務だ。生半可な忍を派遣するわけにはいかない。」

「でも何もお前が行かなくとも・・・・・・千本の人じゃあ駄目か?」

「残念だが、千本の人は新人を任せていてな。あと普通に教育に悪かろうよ。」

「なら新入りを任せるなよ・・・・・・。」

 

 黙殺された。

 図星らしかった。

 

「それで、岩隠れの諜報活動に赴いていると聞いたが、様子は?」

「サッパリ、という感じだな。流石に五大国なだけあって、不穏な気配は見せても核心までは触らせてくれない。」

 

 土の国、岩隠れの里。彼らに煮え湯を飲まされた苦い記憶に目を細めながら、ヒルゼンは巻物の表面を撫でた。弟子の筆跡からは上手く立ち行かない任務への不機嫌と、人員の要請が記されている。

 

「また木ノ葉に仕掛けてくる気ならことだな。早急に対応するしかない、か。」

「ああ。」

 

 戦の火種は、いつどこから芽を出すか分からぬ。見つけた傍から摘み取るのが吉であった。

 そう、争いとはそれこそ藪を這う毒蛇のように、常に側らに息を潜めているのである。

 

「・・・・・・ダンゾウよ、大蛇丸を頼んだぞ。」

 

 誰に言っている。と応えた親友が頼もしかったから、ヒルゼンは胸に過った一抹の不安に見て見ぬふりをして、その背を見送った。





NARUTO、一番好きなキャラクターは卑劣様と我愛羅なんですが、次点は大蛇丸様です。
ようやく出せそうでとても嬉しい。


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