原作を知らないただのチート転生者が仲間を死なせないために頑張る話 (蘭 ノイ)
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1話 転生して

 

 

 苦しい、

 

 誰か、

 

 母さん!

 

 兄さん!

 

 誰でもいいから、

 

 

 たすけて

 

 

 

 必死にナースコールを押そうとした手は、

 空を切った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に目を覚ました時、僕は見慣れない人に見られていた。

 

「あら、元気な男の子ですよ」

 

 

 

 

 

 

 オギャア…!

 オギャアア!

 知らない赤ん坊の声がした。

 

 

 

 

 

 

 その次も、知らない大人と子供に顔を覗き込まれていた。

 

「僕の弟?」

「そうだよ。お母さんと相談して、ノアっていう名前にしたんだ。これからはお兄ちゃんとして、ノアと仲良くやっていくんだよ。」

 

「うん、わかった!僕、お兄ちゃんになって、ノアの面倒見るよ!」

 

「フフフ、ルイス、ノアの面倒を見れるのはあなたが1人で起きられるようになってからよ」

「はーい…」

 

 頭がモヤモヤ、クラクラする。眠気に任せて僕は寝た。

 

 

 

 

 

 

「どうして、君が、ここにいるんだ?……死んだ……じゃ…、……、君が………いては、…が……から来…………………こと…バレて………。あの時…………れた…………もなく…だが、………死……もらう……………。」

 

 

 

 

 

 

 

 起きたのは夜だったからだろうか。僕はベッドの上で、そこは静かな気配に包まれていた。

 窓際を見ると、月明かりに照らされた、チューリップが花瓶に生けてあった。

 

 図らずとも前世の入院生活を思い出してしまうような部屋だった。

 

 自分の体を確認すると、少なくとも0歳よりは大きく、体も赤ちゃんとは言えなかったため、5歳くらいになっていると推測した。

 何があったのか、僕は一晩寝たら、5歳くらいになっていたのだった。

 

 

 

 

 翌朝になると、母親と思われる女性が部屋に入ったなり、一瞬硬直して、抱きついて泣いていた。

 母親は泣きすぎて何を言っているのか分からなかったが、ともかく、

 起きてよかった。

 生きててよかった。

 そんなことを言っていた。

 

 今までは起きていなかったのだろうか?

 

 

 父親と兄らしき人達も来て、部屋の中はカオス状態。母親と父親と兄、3人が僕に顔を擦り寄せて泣きわめいていたのだった。

 

 その後確認したことによると、僕は0歳で兄と会った日の後から、寝たきり植物状態で、5歳の今まで育ってきたらしい。

 この辺に住んでいる、凄い腕を持つお医者さんでも原因は分からないらしく、このまま目覚めないかもしれませんと告げられたそうだ。

 

 しかし、生きていてよかった。転生した瞬間、終わりなんてことがなくて。

 転生という言葉は案外しっくりと自分に馴染んだ。

 前世では病気で死んだけど、今世では健康体だ。転生というのも案外悪くない。

 それに、もしかしたら、この5年間の眠りは、前世の病気が残っていて、それを治療するために体が僕の活動を一旦ストップしたのかもしれない。そうだったら、前世の病気のことはもう考えなくて良さそうだ。

 

 ともかく、僕は植物状態で目覚めないかもと言われていたが、家族がせめて家で休ませてあげて欲しいと言ったそうで、この病室みたいな部屋で目覚めたのだった。

 この部屋は僕の部屋みたいだ。

 

 目覚めた僕に、父がお医者さんにかかるべきだと言ったが、僕は二度と病室、そして病院になんて戻りたくは無いので、遠慮させてもらった。

 

 この体はほぼ丸5年間寝ていたにもかかわらず、元気そうだった。

 

 

 

 僕はてっきり前世と同じ世界の、同じ場所で転生したのだと思っていた。

 会話は同じ言語で理解出来た訳だし。

 

 しかし、食事はパンとスープと野菜くらいで、質素な洋食というような感じだったし、家の作りも現代のそれではなく、レンガと石造りのもので、昔の頃のような作りだ。

 

 どうやら別の場所に来てしまったらしい。

 

 

 前の人生では喘息を拗らせて長らく入院していたせいで、苦しかったし、ずっと外にも出られない生活を送っていた。

 生死をさまよったことも何回もあったし、この体になって苦しみから解放されて、嬉しいと言うより他はない。

 

 大丈夫。もう死にたくはないし死ぬ予定もない。ましてやあの世界に帰りたいとは思わない。

 

 

 

 

 

 

 あれから1週間程たっただろうか。

 

 というのも、カレンダーがないから日付が分からないのだ。

 時間も曖昧なようで、定期的に鳴る教会の鐘の音で、そろそろ〇〇しなきゃ、とか、家に帰る時間だ、とかやっているようなのである。

 不便じゃないのか?慣れれば気にならないのかもしれない。

 

 ひとつまず分かったことは、この世界は前の世界とは全然違うってこと。

 周りの話している言葉は前世と同じように聞こえ、僕が理解出来る言語なのにも関わらず、風景は一昔時代が戻ったような感じ。

 そして、確信に至った要素は、文字である。

 本は少し高級なようだが、僕の住んでいる家にも1、2冊だけ本があって、それを読もうとした時、逆さの方向から読んだら読めたのだ!

 摩訶不思議な世界だと思った。

 でも、言語を覚える必要がないのは助かった。

 

 また、今世でのお母さんはよく僕を外に連れ出してくれるが、車や電車といったものは1つも見つけられなかった。

 現代よりも遥かに技術は後退しているようだ。

 

 

 この世界に来て1番始めに良かったと思ったことは、兄がいることだ。

 前世では一人っ子で、病気で入院していたことで友達もほぼいなかったということもあって、なんとなく兄弟というものに憧れがあった。

 ということで、僕がこっちの世界でしていることといえば…

 

 兄と外で遊ぶこと。これに尽きる。

 

 この世界のことを考えたってすぐ答えが出るわけじゃないし、子供にできることなんてたかが知れてる。

 しかも、僕は別に前の世界に戻りたい訳でもないのだ。

 確かに前世の方がご飯は美味しかったし、便利だったけど、こっちの生活もそれなりに楽しい。

 何より、体を自由に動かせることが楽しくてしょうがない。前は入院していて、運動なんかも制限されていたからね。

 

 ということで、今日も今日とて兄と街でかくれんぼをしているところだった。

 最初の頃は鬼ごっこもどきをしていたのだが、(何故か巨人ごっこという名前になっていた。)

 さすがに5歳の差は埋められないということで3回連続で負けて自分が泣いた日から、かくれんぼをすることになった。

 情緒が5歳児に戻っているんだ。泣いたのはしょうがないだろ。

 

 兄は優しいし、兄の年頃だとめんどくさく感じるであろう弟という存在も邪険にせず、よく遊んでくれるので、僕がブラコンになるのは時間の問題だった。

 

 

 

 

 そんなある日、ボールが手に入ったので、僕と兄がキャッチボールをしている時のことだった。

 僕が取りそびれたボールがコロコロと茂みの奥へ転がりこんでいったので、僕はそれを追いかけた。

 茂みを超えた先の道は下り坂だったこともあって、ボールは川沿いをぐんぐんスピードを上げて転がっていってしまった。

 何とかボールに追いつこうと駆けていくと、そこには僕と同じくらいの歳の男の子が立っていた。

 

「これ、お前の?」

 

 茶色の髪に、青い瞳。整った顔立ちで、前世だったらショタコンのおねえさんにキャーキャー言われてそうだ。

 

「うん、そうだよ。拾ってくれてありがとう。」

 

「お前…同い年?名前は?」

 

「僕はノア。今5歳。君は?」

 

「俺はエレン。エレン・イェーガーっていうんだ。やっぱり同い年なんだな!」

 

 茶色髪に、空のような青い瞳を持つ少年。

 僕は彼を人目見て、何かを動かすような力を持っているように感じてならなかった。

 

 その時僕は…何故か分からないけど、その少年は誰かに似ているような気がしたんだ。

 

 

「あのさ……僕達、どこかで会ったことある?」

 

「え…いや、ないと思うけど…」

「あ、いや、忘れてくれ。なんか君の顔をどこかで見たような気がしたんだけど…」

「うん…?」

 

 5歳児にしては流暢に話しすぎたかもしれない。とりあえず、僕のご近所さんには同い年の男の子はいないので、是非お友達になりたい。

 

「ごめん、いきなり変なこと聞いて。僕、まだ同い年の友達がいないんだ。だから、エレンくん、僕と友達になってくれないかな?」

 

「おう!もちろん、よろしくな!」

 

 こうしてご近所さんの子供たちとの交流が始まったのだった。

 エレンくんはここの広場辺りでよく遊んでいるそうで、僕は今まで遠かったのもあってその広場に寄ることは少なかったけど、それからは意識してこの近くを通ってエレンくんが来ていないか見に行くようにしていた。せっかく友達になったんだから、何回も遊びたいと思って。

 

 そうして僕達は仲良くなっていったんだ。

 

 

 

 

 ノアが目覚めてから2年。ノアの兄、ルイスはもうすぐ12歳になるということで、選択に迫られていた。

 生産職に就くか、訓練兵団に所属するか。

 訓練兵団というのは、調査兵団などの兵団に所属する前に、訓練をする、見習い兵士の寄せ集め学校みたいな施設だ。

 周りの風潮として、訓練兵団に所属した方がかっこいいというような雰囲気があるが……。長男が家業を継ぐということが一般的となっていて、自分もいずれは生産職について親の手伝いをするんだと考えていた。

 それに、自分が訓練兵になったら弟はどうなる?最近外に目を向け始めて、新しい友達も出来た弟のことだ。自由な将来の選択肢を与えてやりたい。

 俺は何よりも弟に幸せになって欲しいのだ。

 俺の代わりに家業を継がせるなんてこと、できない。

 

 そうして、兄、ルイスは生産職の道に進んだ。

 

 弟がブラコンならば、兄もブラコンだったのである。

 

 

 僕は7歳になって、兄は12歳になった。12歳となると、前世では小学校卒業、中学校入学の年齢だが、こちらの世界ではこの年齢が人生のターニングポイントらしいのだ。

 これらは全て兄からの情報だが、12歳から訓練兵団というものに所属できて、そこを生き抜いた兵士たちは、3つの兵団への道があるらしい。

 ということで、12歳になったものには、生産職の道に行くか、軍人の道に行くか、選択の余地があるのだ。僕は兄が危険なことに巻き込まれないで欲しいと思って、生産職の道を勧めた。

 

 そして、結局兄は…

 

 生産職の道を選んだ。

 服飾の家業を継ぐみたいだ。それから少し兄は忙しくなった。

 

 

 

 

 それから何年もたって、9歳になっても俺とエレンは友達だった。ある日エレンは2人の子供を連れて、僕達の秘密基地にやってきた。

 

 秘密基地って言っても、ちょっとだけ路地裏に入ったところに僕とエレンで持ちあった布やお菓子なんかを置いて、くつろぐ場所って感じだったが、9歳児の男の子である僕達にとって、それはすごくロマンがあった。

 

 そうやって2人で築いてきた秘密基地においそれと部外者を入れるのは気に食わない。僕はそんなことを思ってエレンに突っかかっていった。

 

「おい、エレン!ここは俺たちの秘密基地だろー。なんで知らない奴らを連れてきたんだ。そういうのは話し合ってからだろ!」

 

 軽く怒ったつもりだった。新人二人に舐められちゃあ困る。

 

「あ、えと、すまん。そこまで気が回らなかった。こいつらは俺と幼馴染で…良いヤツらだから、紹介したかっただけで…」

 

 モゴモゴと何かを言っているエレンを横目に、高速で迫ってくる者がいた。

 

 人だ。

 

「エレンを貶すものはユルサナイ。エレンを罵るものはユルサナイ。ユルサナイユルサナイ…」

 

 いや、殺戮兵器だ。

 

 これはやばい!やばい奴を怒らせたのかもしれない。黒髪の、赤いマフラーを巻いた少女が迫ってくる光景を最後に僕の視界は暗転した。

 

 

 

 

「おい、大丈夫か?ノア。

……ミカサ、お前、やりすぎじゃないか。俺はお前の弟じゃないんだぞ!あれくらい大丈夫だから…」

「大丈夫かなあ、この子。それにしてもミカサの本気の1発を受けきって血ひとつ流してないなんて、すごいよね。」

「うん。この人は、強い。」

「おい…ミカサ、俺の言うこと聞いてんのか?」

 

 

 騒がしいな……

 静かにしてくれよ。頭がガンガンと鳴っている。

 目を開くと、秘密基地のカーペットの上に寝ていることがわかった。そして、さっきの3人も一緒にいる。

 俺は意識が覚醒した瞬間、咄嗟に殺戮兵器と反対側の壁にビュン!と擦り寄った。

 

「あ、起きたか、ノア。大丈夫か?ミカサが悪かったな。」

 

 エレンが心配してくれているが、そんなことよりもその隣にいる、こちらに冷たい目を送っているモノが怖すぎる!!

 

「さ、さささ殺戮兵器っ!こっち来んな!」

 

 空気が更に冷たくなった気配がした。

 

「あ、墓穴掘ったね…アーメン」

 金髪の少女(?)はよく分からないが神様に祈っているようだ。

 

 例の殺戮兵器は額に怒りマークをつけて(いるように見えた)、またこちらに迫ってきた。が、さっきは油断してただけだ。奇襲じゃなければ女の子の一人くらい拘束できるはず…

 

 と、思っていた時期が僕にもありました。

 

 殴り合いの喧嘩は僕の防戦一方で、勝てることはなかったけど負けることもなかった。喧嘩はエレンと金髪の少女(?)に止められるまで続いたのだった。

 

 

 

 

 あの後、僕はちゃんと黒髪の子と和解して、それからはあの2人を含めた4人で遊ぶようになった。

 僕、エレン、ミカサ、アルミンの4人だ。

 

 黒髪の子はミカサと言って、エレンとひとつ屋根の下で家族として暮らしているらしい。

 9歳ながらも将来美人になるんだろうと予想できる程には、端正な顔立ちをしているが、エレンとは全く顔が似ていない。

 エレンもなんだか弟扱いして欲しくないらしく、何かマリアナ海溝より深い事情があるのだろう。

 突っ込まないでおく。

 

 そして、金髪の少女だと思っていた子はアルミンと言うらしい。

 エレン、女子を2人も連れて、浮気か?けしからん。

 エレンのイケメンフェイスならハーレム作ってそうだとは思ったが…まさか、小学生の年齢からプレイボーイなんて…と、心の中で大いに貶していたが、

 

 金髪の少女は少年だったらしい。

 

 女顔ということに同情を覚える。

 僕も前世は女顔と低身長で散々バカにされてきたものだ。今世は鏡を見たことがないので、自分がどんな顔をしているか分からないが…

 

 

 この3人と遊んでいくうちに立ち位置というものが少しわかってきた。

 アルミンがいじめられていると、エレンが勝てもしないのにいじめっ子に殴り込んでいって、後からついてきたミカサが殴り込んでボコボコにしているようだった。

 そして、観察していると、ミカサはエレンのことが好きなようで、エレンはなろう系の鈍感主人公並にその好意に気づいていない。

 これは…将来尻に敷かれるかもなあ。

 

 

 

 アルミンと2人で遊んでいた時、アルミンが言ったことが印象に残っている。

 

「あの壁をいつか越えて、海を見に行くんだ。」

「え、待ってアルミン、壁って……何?」

「え、知らないの?まあ、そっかノアの家は内部にあるんだよね。

 この秘密基地からは見えないけど、僕達は壁に囲まれている中で暮らしているんだ。そして、外の世界には、炎の水や氷の大地、それに、砂の雪原なんかがあるんだって!

 その中でも僕は、商人が一生かけても取れない塩の湖が見たいんだよ!海って言うらしいんだけどね。」

 

 壁?街の城壁みたいなものか?炎の水っていうのはマグマ?砂の雪原って、砂漠か?一度に入ってきた情報に、僕の頭はパンクした。元々頭がいいほうではない。

 

「城壁、の外には行けないのか?」

「うん……外には『巨人』っていうでっかい怪物がいて、人間を食べちゃうんだ。」

「巨人……。」

 

 僕は奇妙な世界に飛ばされてしまったようだ。

 

 

 その後、僕がアルミンから根掘り葉掘り聞いてきた情報によると、

 この世界は3つの壁でできていて、中央の壁から、ウォール・シーナ、ウォール・ローゼ、ウォール・マリアと呼ぶそうだ。

 そこの内側に住んでいるのが僕達、この世界では最後の人類であるらしい。ほかの人類は壁外の巨人にみんな殺されてしまったとの事だ。

 そして、この壁は100年もの間、巨人に壊されることは無かった。だからこそ、壁内にいる人間たちは安心しきって毎日平和に暮らしているわけだ。

 しかしながら、この世界にもなんでも解明しなきゃ気が済まない変人たちがいる。

 

 それが、壁外を調査する、調査兵団という組織だ。

 

 なんでもその調査兵団っていうところは、外の世界や巨人の正体の解明のために、何回も壁の外に調査に行っているらしい。

 アルミンは分からないが、少なくともエレンはこの調査兵団に憧れがあって、将来入りたいと思っているみたいだ。

 

 僕はキツそうな兵団なんて、ごめんだ。

 

 

 

 

 

 また明くる日、僕は忙しい兄の休日を貰って、秘密基地に行った。

 エレン、そっちも部外者を2人も連れてきたんだから、僕だって他の人連れてきていいよね?

 兄は最近家を出るなりどこかに走って行ってしまう僕を心配していたようだった。

 

「やっと教えてくれるんだね。ノアがいつもどこに行ってるのか。」

 

「うん、もうちょっと早く教えればよかった。お兄ちゃんもきっと気にいると思うよ。」

 

 そうして、秘密基地に行ったら、エレンは驚愕といったような顔をして、こう言った。

 

「おまえ……友達いないんじゃなかったのか?」

 

 ゲンコツを落としておいた。

 

「僕だって、友達の1人くらいいるよ!!」

 

 隣にいるのは兄だけど。

 僕のブライドがエレンの発言を許さなかった。

 僕は兄に必死にアイコンタクトを送った。

 

 

 どうか、友達と言ってくれ。

 

 

「ノアの友達の、ルイスです。よろしく。」

 

 おおー!さすが兄弟。

 僕は感動した。アイコンタクトが通じた!

 

「よろしくな!」

「よろしく。」

「よろしくお願いします。」

 

 エレン、ミカサ、アルミンは良いヤツらだ。

 兄に知って欲しかった。

 

 

「ところで、ルイスは何歳?俺は9歳だけど…」

 

「俺は、14歳だ。」

「へえー。大分歳が離れてるんだな。」

 

「そういえば、ノアのお兄ちゃんも14歳だって言ってたよね?もしかして…」

 

 あ、一瞬でバレる。昔から僕の嘘はバレやすいんだ。

 

「あー、まあ、ね。」

 

 お兄ちゃんが苦笑いを浮かべてそう言った。

 

「あぁ!俺たちを騙したな!そしたらルイスはノアの兄貴なのか。」

 

 やっぱり秒でバレた。

 

「そう言われると、似ている、ような気がする。」

 

 ミカサがウンウンうなづいている。

 

「あー、ごめんな。騙して。こいつのプライドを守ってやりたくてさ。」

 

 お兄様。傷口に塩塗りたくってます。

 

「やーっぱノア、お前、友達いないんじゃねーか。」

「いるよ!」

 

 前世には!

 

「なんだよーまだ悪あがきしてんのか?」

「エレンはうるさいー!」

 

 僕の言語能力は9歳児だ。しょうがない。

 

「エレン、それくらいにしておいてあげなよ…」

 

 アルミンがオロオロしながら仲裁してくれた。

 

 その日からは兄もたまに仲間に入って、やいのやいのと5人で遊んでいた。

 

 

 

 

 

 ある日、エレンは言った。

 

「お前、綺麗な顔してるよな。最初あった時、女の子かと思ったよ。」

 

 僕の世界はフリーズした。

 

「まあさすがに自分のこと僕って言うもんだから、男だろうなってわかったけどよ。」

 

 もしかして……今世でも…女顔なんじゃ…

 僕のガラスのハートにはヒビが入りかけていた。

 

 いや、きっとエレンの感性がズレてるだけだ。

 あれだけミカサの分かりやすいアプローチが分からないエレンのことだ。他の人とは違う感覚を持っているに違いない。

 これは…見てみるしかない。

 

「僕、自分の顔を見たことがないんだ。」

 

「川とか噴水とか…、幾らでも見れるだろ。なんで今まで見なかったんだ?」

「自分の顔を見るのが怖くて…」

 

 昔女顔だとバカにされたことは少しだけ僕のトラウマになっているようだった。

 

「そうか。見に行ってみるか?お前の顔、綺麗なのに知らないなんてもったいねーよ」

 

 

 そうして僕達は川沿いに行った。僕は恐る恐る川をのぞきこんだ。

 

「前世と同じ……女顔だ…」

 

「何か言ったか?」

 

 エレンの声が遠く感じる

 

 なんでまた女顔なんだよ!

 エレンがイケメンだから、僕も期待しちゃったじゃないか。

 今世の僕は、白髪に淡いグリーンの瞳。配色はアルビノだった前世と同じだ。

 顔は若干外国人っぽい顔になっているが、女顔なことに変わりはない。

 

 自分の顔を見て渋い顔になっている僕に、エレンは言った。

 

「ノア、自分の顔がキライなのか?……綺麗なのになあ。俺、お前の顔、好きだけどなあ」

 

 

 こ、い、つ、は!

 なんで口説き文句を平気な顔で、さらっと!世間話のように言えるんだ!

 ギャルゲーの主人公か?

 そう思った次の瞬間、黒い影が迫ってきて、視界が暗転した。

 

 あれ、デジャヴ…

 

 

 次に目を覚ましたとき、俺が最初に考えたことは…

 違う。あいつはギャルゲーの主人公でも、乙女漫画のヒーローでもない。

 ヤンデレ彼女持ちの男だったのだ。

 

 それから僕はミカサに何故かライバル意識を持たれるようになった。

 

 男なのに…

 

 

 

 

 その日、僕は、夢を見た。沢山人が死んでいく夢。でも、僕はそこにはいなかったはずだ。

 

 その後、視点が変わって、そいつと話していた。巨人がどうとか、平和がどうとか話しているようだった。前世の報道番組か何かか?話しているだけじゃ、実行しなきゃ何も変わらないのに。

 

 

 

 

 

 

 この世界は美しい。

 街並みは僕好みで、オレンジの屋根で統一されている。

 1度だけ街の中心部にある塔に登らせてもらったことがあったが、塔に登るとさらに綺麗なのだ。

 

 特に、僕はエレンの家の周りが1番好きだった。

 入り組んだ階段や路地に、近くには川もあって、外国というものに写真でしか触れたことがない僕にとっては、それこそ異世界みたいな場所だった。

 

 確かに、前世より圧倒的に不便だ。

 それでも、この世界は美しい。

 そう感じるような風景だった。

 

 それが、崩れることも知らずに、その時は、

過ごしていたんだ。




※読まなくても本編に支障はありません。
 読んで下さりありがとうございます!
 この小説が作者の初めて書いた小説となります。作者は豆腐メンタルですので、何かご指摘や矛盾、誤字・脱字などがあれば優しく教えて下さると嬉しいです。
 また、この小説良いな!と思ったら、良かったら評価やお気に入り登録などして頂けるとありがたいです。
 感想は、貰えたら飛び跳ねて喜びますが、作者は豆腐メンタルですので、(大事なことなので2回(ry)返信が出来るかどうかは分かりません…。
 次話以降も既に投稿済みですので、良かったらどうぞ!

 (7/26に編集しました)


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2話 シガンシナ壊落

 

 

 ……思えば、あれは予兆だったのかもしれない。

 

その日、僕はまた夢を見た。よく分からない、ビュンビュン町中を飛び回る人達と、その人たちを食べていく気持ち悪い顔した巨人。

 僕は救えなかった命に後悔しているようだった。

 壁を超えるほどの大きな巨人と目が合って、そして見えたのは動けないカルラさんの姿。

 そして、

 そして、

 誰かが僕の目の前で……

 

 真っ赤に染って……

 

 

 

 

 

 その日は、エレンとミカサと一緒に薪を取りに行ったんだ。

 駐屯兵団という、壁の修理や警備をする兵団に所属する、ハンネスさんを筆頭とする3人の大人達が昼間から酒を飲んでいて、エレンがお得意の正義感を発揮して突っかかっていった。

 

「一生壁の中から出られなくても、メシ食って寝てりゃ生きていけるよ…でも…それじゃまるで家畜じゃないか……」

 エレンの言葉が胸に刺さった。

 

 その後、僕達は自由の翼を見たのだ。

 調査兵団が帰ってきた。

 それはエレンは英雄の凱旋だって言ってはばからなかったけど、あれは、僕には戦に敗れたもの達の行進に見えた。

 いや、僕だけじゃない。町の人たちもそのボロボロの姿に悲しみと怒りをぶつけていた。

 

 ミカサはエレンに、調査兵団は諦めろと壁に叩きつけて言っていたが、あれで諦めるならエレンじゃない。

 あいつはきっと、何があっても調査兵団に入るんだろう。

 その時僕はどうする?

 将来の不安を感じながら帰路に着いた。

 

 そうして家に帰り、お昼ご飯を食べてからまたあの秘密基地に行く道中、川沿いでエレン、アルミン、ミカサの3人に会った。

 

「あ!ノア。偶然だね。こんなとこで会うなんて。壁、ここからならよく見えるよね。」

「うん。いつ見ても頑丈そうだ。」

 

 エレンの顔は焦燥感を感じる。

 

「エレン、何かあった?ミカサもなんだか元気ないな?」

 

 2人ともどうしたのだろうか。

 

「エレンが調査兵団に行きたいと言っていたことを、私がカルラに話した。」

 

 ははーん、それで、反対されたって訳か。

 

「そういう事か。」

 

 

「くそ!なんで外に出たいってだけで白い目で見られるんだ。」

 

「それは、壁の中に居ただけで100年ずっと平和だったからだ。王政府の方針として、外の世界自体に興味を持つことをタブーとしたんだ。」

 

「自分の命をかけるんだ。俺らの勝手だろ!」

「絶対ダメ。」

 

「僕もそんな自暴自棄な態度で命をかけることには反対だな。

 ……きっと、命も、巨人と戦うことも、そんな甘いもんじゃない。具体的な目的がないと、ただ何も出来ずに自分の命を散らすだけだ。

 命は、自分だけのものじゃない。」

 

 前世で何年も入院して、隣の病人が昨日は元気に話していたのに、今日突然ポックリ逝ってしまうことだってあった。

 でも、残されたものは、その人がどんなに安らかに逝ったって、痛みを感じずに逝ったって、悲しむんだ。

 

 命は、自分だけのものじゃない。

 

 

「でも…外の世界に出ないと、一生家畜のままなんだぞ!」

 

「そうだね…それに関しては賛成だよ。人類はいずれこの壁から出るべきだ。この壁の中が未来永劫安全だと信じきっている人もどうかと思うよ。

 100年壁が壊されなかったからと言って、今日壊されない保障なんか、どこにもないのに…」

 

 

 

 

 アルミンがそう言った瞬間、いきなり稲光が目に入り、すぐにドーンという、花火のような音。そして、その煙の中から出てきたのは…

 

 

 

「あ………ヤツだ…………巨人だ…」

 

 

 

 

 誰が呟いたかも分からないような程皆が思ったことだった。

 その声も、人々の逃げ惑う足音と叫び声にかき消された。

 

 

 

 僕達もすぐ人の波に飲まれた。

 人の流れは内地へと向かう門の方へ向かっていったが、それに逆らうように走っていく足が4本。

 エレンとミカサだ。

 彼らの家は外門の近くだったはず。

 ちょうどあの壁からはみ出るほどデカい巨人が現れた前方辺りだったはず。

 

 

 そんなことを考えられたのも一瞬で、この緊急事態において他人のことを考えられる余裕なんか僕にはなかった。

 

 僕の思考を支配していたのは、兄の安否だ。その時の僕にとって兄が1番優先すべき人だったのだ。

 僕は人の流れに従うように、自分の家をめざした。

 

 家は内側だ。

 兄なら大丈夫なはず。

 いや、絶対に大丈夫だ。

 

 根拠の無い希望的観測を並べてやっと、狂わないでいられた。

 

 大好きなお兄ちゃん、無事でいてくれ…

 

 

 

 

 その頃、エレン達も自分たちの家に向かっていた。

 

 この辺だ。

 左右に見える巨人を横目に、自分たちの家への道をたどって、そこを曲がったら家が見えるという曲がり角。

 

 曲がった先には…

 

 倒壊した家と、近づいている巨人、

 そして、

 

 家に足を挟まれて動けないでいる、エレンの母、カルラの姿があった。

 

 

「母さん!

 ……ミカサ、そっちを持て!この柱をどかすぞ!」

 

「わかった!」

 

「せーの!」

 

 

「せーの!」

 

 

 何回も持ち上げようとしているが、子供二人の力でできることには限界があった。

 

 

 そこに、ハンネスが到着して、巨人を倒すと言ってくれた。

 

 エレン達は少し安心したが、

 

 巨人の方に向かっていったハンネスがこちらに戻ってくる姿に一抹の不安が過ぎった。

 

 そして、エレンたちの方へ駆け寄ってきたハンネスは……エレンとミカサを持ち上げて内門の方向に走り出したのだった。

 

 

「おい、ハンネスさん!?母さんがまだっ!

 やめろぉぉおおお!」

 

 

 エレンは自分の母親が巨人に食べられるところをただ、見ていることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 母親の死を間近で見たエレン、母親と慕っていた女性が巨人に食われたミカサ、親しくしていたカルラの命を見捨てざるを得なかったハンネス。3人とも、心は疲弊していた。

 

 エレンはやり場のない思いをハンネスにぶつけた。

 

「もう少しで母さんを助けられたのに!余計なマネするんじゃねぇよ!」

 

 しかし、ハンネスは、

 

「エレン、お前が母さんを助けられなかったのは、お前に力が無かったからだ。俺が……俺が巨人に立ち向かわなかったのは、俺に勇気がなかったからだ!すまない。」

 

 自分と、エレンの弱さ、無力さが招いた結果だと、現実を突きつけたのだった。

 

 ハンネスは自分の腕から抜け出した子供2人を見て、自分の無力さを改めて痛感したのだった。

 

 

 

 

 

 ノアは自分の家が半壊しているところを見て、焦燥感に駆られた。

 

「母さん!父さん!お兄ちゃん!誰か、返事してよ!」

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

「誰かいるならお願いだから返事してくれ!」

 

 

「……ノア。生きていたか。良かった…」

 

「お兄ちゃん!」

 

 奥の部屋からお兄ちゃんが出てきた。少し足を引きづっているようだった。

 

「お兄ちゃん、なんで避難してないの?早く行かなきゃ。母さんと父さんは?」

 

 

「母さんと父さんは………死んだ。この家の、瓦礫の下にいるだろう。」

 

「え……」

 

 

 前世でも僕は親の死というものを経験していなかった。

 親が死ぬより先に僕が死んだからだ。

 

 思えば先に逝くものは楽だ。

 苦しんで生きていかなくて済むから。

 他人の死に泣くことなく生を全うできるから。

 

 僕は前世は幸せだったのかもしれない。

 けど、同時に僕の死を悲しむような大切な人たちを不幸にしたんだ。

 

 

「ほんとうに?本当に母さんと父さんは、もう助からないの?」

 

「ああ。俺が見た。とりあえず、悲しむのは後だ。早く避難しないとっ」

 

「そ、うだね。僕達だけでも生き残らないと。」

 

 そう。事態は悲しむ暇を与えてくれない。

 涙を流している時間はない。

 僕は生きなきゃいけない。

 大切な誰かを悲しませることのないように。

 

 

 

 

 それは、避難している時の事だった。

 大通りの人の波を掻き分けながら内門へと進んでいた僕達は、壁内に入ってくる巨人が着々と数を増やしていることに気づいていた。

 このままでは生き残れない。

 早く行かないと。

 しかし、半壊した家の瓦礫に潰されたらしい兄の足は、時間経過で悪くなっていって、次第に歩くことすらままならなくなった。

 

 僕が肩を貸して歩いていると、兄は突然止まってこう言った。

 

「このままだと2人とも助からない。俺は後で行く。お前だけでも先に行ってくれ。そして、助けを呼んでくれればいいから。」

 

「そんなことできないよ!その間お兄ちゃんはどうなる!?動けない体で、巨人からは絶対に逃げられないだろ!」

 

「お願いだ。お兄ちゃんの一生のお願いなんだ。お前が大切なんだよ。」

 

 

 今までお願いなんて1度も言わなかった兄の、最初で最後のお願い。

 僕はこのお願いには応えられない。

 

「僕だってお兄ちゃんが大切なんだ。母さんも父さんも亡くなった今、お兄ちゃんだけが僕の家族なんだ。絶対に見捨てない。絶対に、二人で生き残るんだ。」

 

 

 

「ありがとう、ノア。

 

 ……これがお兄ちゃんの最後の言葉だ。

 

 お前は後ろを見ずに走るんだ。分かったな。」

 

 

 

 

 お兄ちゃんはそう言うと、あれだけ足を悪そうにしていたのに、僕の手を振り切って後ろの、僕たちが来た方向に走り出した。

 最後……どういうことだ。

 お兄ちゃん、まさか……っ

 

 

 

 お兄ちゃんは後ろの遅れた母子の身代わりになって、巨人に体を掴まれた。

 

 

 

 僕はお兄ちゃんの最後の言葉を守れなかった。

 足は恐怖のまま内門の方へ向かっているのに、視線はお兄ちゃんの方へ向いているのだ。

 何がどうなっているのか分からなかった。

 

 

 

 どうして、お兄ちゃん、どうして…

 

 

 

 僕はお兄ちゃんが巨人に食べられる姿をただ、見ていることしか出来なかった。

 

 

 

『このままだと2人とも助からない。俺は後で行く。お前だけでも先に行ってくれ。そうして、助けを呼んでくれればいいから。』

 

 

 あの時、兄の言葉を聞いていれば、兄は巨人に食われることは無かったのだろうか。

 少なくともあんな惨い死に方はしなかったのではないだろうか。

 弟に生き残って欲しいから、兄は自分がいると弟は先に行かないと思って、巨人に食われたのか?

 

 

 

 

 ぼくがせんたくをまちがったからおにいちゃんはしんだ?

 

 

 

 

 

 僕の頭は恐怖を通り越して、何も出来なかった、否、()()()()()()()自分への怒りに変わっていた。

 

 

 地獄だ。神様は、僕が前世で頑張ったから、ご褒美に転生させてくれたんじゃないのか?

 

 

 

 僕が好きだった街は、

 

 美しかった街並みは、

 

 楽しかった思い出は、

 

 この街での平凡な生活は、

 

 大切に思っていた人々は、

 

 今日一日で、全て、巨人に踏みにじられた。

 

 

 

 

 

(エレン視点)

 

 

ハンネスさんに連れられたエレンとミカサは、内地へと出港する船の中にいた。

 

 

 

俺が弱いから、母さんは食べられたのか?

俺に力が無いから、母さんは……っ

 

 

 

そこへ目のハイライトを失った、死神のような表情をした少年が歩いてきて、座った。

俺達には気づいていないようだった。

 

 

 もしかして……ノア……なのか?

 

 

そいつは白い髪と淡いグリーンの瞳というところは一緒だが、纏う雰囲気が以前のノアとは大違いだった。

 

「俺は強くなる強くなる強くなる強くなるつよくなるつよくなる。…強くなって、もう間違えないんだ。」

 

ブツブツと下を向いて、ただそう唱える姿は、まるで悪魔のようだった。

 

 

しかし、俺はこの状況で他の人に気を使えるほどお人好しではなかった。

俺の事で手一杯だ。

 

俺の心の中は抑えきれない自分への怒りと、無力感と、巨人に対する怒りで埋め尽くされていた。

 

 俺は気づいたら、船から身を乗り出して、やり場のない怒りを叫んでいた。

 

 

「俺が、人間が弱いから、弱い奴は泣くしかないのか!? あいつら、この世から……駆逐してやる! この世から、一匹残らず!!」

 




 (7/26に編集しました)


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3話 訓練兵団

 

 

 エレン達を乗せた船は無事内地、ウォール・ローゼ内に着いたが、そこでは避難民として、ウォール・マリア周辺から避難してきた人達は虐げられている現状があった。

 

 ウォール・マリアが破壊された影響で食糧難は避けられず、避難民の食料は1日パン一個あるかないかといった状況だ。

 

 

 そんな中計画されたのが、領土奪還作戦。

 大勢の避難民などをウォールローゼの外に半強制的に連れ出し、ろくな武器も持たせずに行われた作戦。

 元から作戦成功なんてことは想定していないことは子どもが聞いても明らかだった。

 

 そんな作戦にアルミンの唯一の家族である、おじいちゃんが参加することになって、

 

 そして、

 

 

 帰ってくることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「全部巨人のせいだ。あいつらさえ叩き潰せば…俺たちの居場所だって、取り戻せる。」

 

「アルミン…俺は、来年訓練兵に志願する。巨人と戦う力をつける!」

 

 

「僕も……僕も!」

 

 

「私も行こう。あなたを死なせないために行く。」

 

 

 

 俺は………お兄ちゃんを惨い姿で殺した巨人に罰を与えなきゃならない。

 

 

「俺も…訓練兵団に入る。」

 

「わかった。4人で…!」

 

「うん。」

 

 約束は違えない。

 

 

 

 

 

 いつからかは分からないが、エレンは鍵を首から下げるようになっていた。何の鍵かは知らないが、エレンにとって大切なものなんだろう。

 アルミンもミカサも深くは突っ込んで聞いていないようだった。

 

 ウォール・ローゼ内に来てから俺達避難民は大変な思いをして居たが、皮肉にも、俺たちの同志が無茶な作戦で大勢死んだ事で、食糧難は僅かながらも改善されていった。

 

 

 

 

 

 そして2年後…

 俺たちは12歳になった。

 幼馴染である俺達は、全員揃ってウォールローゼ南方面の104期訓練兵団に志願し、今、その入団式に臨んでいた。

 

 周りにいる兵士たちは硬い表情をしていて、強面のキース教官に怯えているものも多かったが、あの日の惨状を目にしたものは顔つきが違っていた。

 

 入団式では何人かがキース教官に酷い罵りを受けていたが、キース教官のその、『今までの自分を切り離す儀式』には俺達は参加する必要がなかったみたいだ。

 

 一部肝が座っているのか、馬鹿正直に、「安全な内地で暮らしたいから憲兵団に行きたい」だとか、敬礼の手が反対だとか、挙句には芋を食べながら臨んでいる者もいたが、案外こういう人達が3年後残るのかもしれない。

 そう。俺達は3年ここで落第することなく残らなければいけない。

 前世よりハードモードだ。

 でも、あの惨状を見てしまった俺は、最愛の兄を目の前で亡くした俺は、ここに来て、兵士になるのが運命だった。そういうことだ。

 

 

「心臓を捧げよー!」

「「「「ハッ!!!」」」」

 

 そう言って入団式は幕引きとなった。

 ここはまだ、スタート地点ですらないんだ。

 でも、慎重に行かないと、足を掬われるだろう。

 俺は改めて、気を引き締めた。

 

 

 

 

 まずは立体機動装置の適性試験かららしい。

 立体機動装置とは、この壁内で取れる特殊な資源を使って2本のワイヤーで人が空を駆け巡るための装置だ。

 対巨人用装置って訳だ。

 そして、立体機動装置の適性試験とは、ただワイヤー2本でぶら下がるだけなんだが…

 

 エレンは早速躓いているようだった。

 

 

「ノア、お前も立体機動装置の制御が上手かったんだってな!お願いだ!コツとかあったら教えてくれ。」

 

 男子部屋は比較的大人数で一部屋に集められる。

 それを利用して、エレンは立体機動装置の練習を上手くできていた奴らに片っ端から話しかけているようだった。

 

 というのも、今日の立体機動装置適性試験ではエレンはなんと、ひっくり返ってしまったのだった。

 

「うーん、コツと言ってもな。これはバランス感覚の問題だと思うけど…ちゃんと装置の調整はしたのか?」

 

「ああ、マニュアル通りやったはずなんだが…」

 

「マニュアルに無いところが故障しているとか……。いくらなんでもひっくり返るってのはバランス感覚云々の問題じゃないと思うが…」

 

「そうか。それもそうだな。入念に調べてみるよ。」「そうだ!お前たちも制御が上手かったらしいな。教えてくれよー」

 

 俺に一通り聞いた後、エレンは茶髪の長身と、ガッチリした体つきの金髪の青年、そしてアルミンの4人で、ベットの上で長話しに行ったみたいだ。

 

 その様子を見ながら、することも無くて手持ち無沙汰になっていた時、話しかけられた。

 

「お前、エレン・イェーガーの幼馴染だってな。」

 

 薄い茶色の髪をしている、2枚目顔の奴だ。

 そういえば、食堂でエレンにつっかかっていた。

 

「そうだが、何か?」

 

「もしかして……お前も調査兵団に入ろうとしてんのか?」

 

「そうだが。何が言いたいんだ?」

 

「うげっ、まじかよ!幼馴染が心配だから着いていきますってか!ハハハ、自分に素直になれよ。本当は、お前も安全な内地で暮らしたいんだろ?」

 

 ああー、こいつ、

「入団式で教官に頭突き貰ってた奴か。」

 

 こいつは、入団式で馬鹿正直に『憲兵団に入って、安全な内地で暮らしたい』と言ったところ、教官に頭突きされていた。

 

 

「あれは痛かった……ってそうじゃなくて!

 調査兵団なんて、辞めといた方がいいぞ。新兵なんか、初陣で3割死ぬらしい。」

 

「それは忠告か?わざわざご苦労さま。その言葉を胸に刻んでおくよ。」

 

 結局何がしたかったんだ?

 俺はその場を離れようとした。

 

 

「おい、ちょっと待てよ!あのさ……なんて言うか、その……」

 

「なんだ、さっきと違って歯切れが悪いな。」

 

 ジャンは顔を近づけて小声で言った。

 

 

「エレンとミカサって……付き合ってんのか?」

 

 

 ああー、そういう事か。

 これは、ミカサに恋してる純情男子ってクチだな。

 あ、ワンチャンエレンもあるか?

 あいつ、無意識で人を口説くからな。

 いや、無いか。

 面白いから聞いてみよう。

 

「お前…エレンに………恋してるのか?

辞めた方がいいぞ。あいつは誰にだって優しいんだから、勘違いしない方がいい。」

 

「やめろ!!俺はホモじゃない。俺は、ミカサがっ」

 

 

「好きなんだー。ふーん、そう。やっぱ顔?」

 

 今の俺は最高にめんどくさい奴だろう。

 人をからかうのは案外楽しいもんだ。

 幼馴染3人はからかいづらかったしな。

 エレンは大真面目に返してくるし、アルミンはちょっとからかっただけで自分が悪いと思って謝っちゃうし、ミカサは武力行使される。

 

 

「かかか、顔だけじゃねーよ!確かに最初は顔だけど……」

 

 なんだこの茶番。まじで照れてんじゃねーか。

 男の照れ顔なんて誰得?

 しかし、からかいがいのある奴だ。気に入った。

 

 

「お前、名前なんて言うの?」

 

「ジャン・キルシュタインだが、いきなりなんだ?」

 

「俺はノア・シュナイダー。これからよろしくな。」

 

「お、おう。……おい、俺の質問は?エレンとミカサは付き合ってるのかって聞いてんだよ!」

 

「それは……企業秘密だね。」

 

「きぎょひ…なんだ?秘密ってことか?」

 

「そういうこと!」

 

「お前……わかってんだろうな!」

 

 

 殴りかかってきたが、ミカサの連撃を受けなれている俺にとっては、その拳はスローモーションにしか見えない。

 ミカサが人間卒業してんだろうけど。

 

 

「俺には当たらないよーっと」

 

 俺は壁ジャンして2段ベットの上に乗り込んだ。

 

 皆が俺の奇行に一斉に静かになる。

 

「バケモンじゃねーか!」

 

 ジャンの大きな声に嫌な予感を感じた俺は、咄嗟にベットの中に潜り込んで寝たフリをした。

 

 

「おい今、真夜中だぞ?

 豚どもが来た最初の夜で浮かれているのは分かるが、静かにしろ!」

 

 バンッとドアを開けて入ってきたのは、キース教官だった。そして、ゆっくりとこちらに迫ってくる気配がする。

 正確には、ジャンに。

 

「ジャン・キルシュタイン、お前だな。」

 

「いや、教官、誤解です!ノアが!」

 

「寝ている奴に何が出来るっていうんだ。人に罪を擦り付けるなんて兵士のすることじゃあない。明日は、分かっているだろうな。」

 

「いや、あいつは寝てな……」

 

「分かっているだろうな。」

 

「ハイ…」

 

 

 可哀想な奴だ。

 同情はするけど後悔はしていない。

 自分で大声を出したんだ。自業自得というものだろう。

 

 

 俺は、その日の夜、

 皆が寝静まった頃、今日のことを思い出していた。

 

 今日、初めて立体機動装置を扱ったはずなのに、何故か、既視感があった。前、やった事があるような…そんな感じ。しかし本当に、立体機動装置を扱ったのも、間近で見たのすら初めてだった。

 

 あの、既視感はなんだったのだろう?

 予知夢かなにかを見たのか?

 

 俺は、そのことが頭に残って離れなかった。

 

 その日に寝たのは、月が落ちてくる頃だった。元々俺は、夜型なんだ。特に、兄が死んだあの日からは、夜更かしをして、色々なことを考えるのが習慣になっていた。

 

 

 

 

 

 翌日はまず、問題だった立体機動装置の適性試験があった。

 ここで上手く出来ないと即刻開拓地送りだ。

 昨日の時点ですら、態度や素行の問題で開拓地送りにされた奴らが何人かいた。

 今日は何人減るんだろう。

 

 自分の番はやすやすとクリアした。

 今世になってから、体が動きやすいし、軽い。重力が小さいような気までする。(調べたりしている訳では無いので、あくまでも感覚だが…)

 前世では考えられなかったミカサとの殴り合いのケンカ(?)ですら、まともに戦えたのだ。

 前世より戦闘力に関する能力は上がっていると考えていいだろう。

 

 

 そして、問題のエレンの番……になる前に、エレンが俺を尋ねてきた。

 

「ノア…!お前のおかげで俺が昨日できなかった理由が分かったよ!ベルトの金具が壊れていたんだ。」

 

「ベルトの金具?そんなところ、普通は壊れないのに…」

 

「どうだろう、俺が無理な体重移動とかしたのかもしれない。とにかく、壊れてないやつに変えてもらったよ。お前のおかげだ、ありがとな。」

 

「いや、俺は助言しただけだよ。それにしても、エレンのバランス感覚が桁外れに悪いとかじゃなくて良かったな。これで今日は乗り切れそうか?」

 

「ああ。」

 

 エレンも今日は大丈夫そうだ。

 

 

 そういえば、エレンがその試験で安定した姿勢を見せた時、キース教官が驚愕した表情を浮かべていたけどなんだったのだろうか。

 

 もちろんミカサはピクリとも動かず安定していたし、昨日話したジャンも全然大丈夫そうだった。

 

 

 それから俺達は過酷な訓練に励んだ。

 立体機動訓練、対人戦闘訓練に、座学。他にも何班かに分かれて、協力して巨人を倒すための訓練だったり、ブレードやガスの交換の仕方など、色々なことを学んだ。

 その間に何人か死んでいくヤツらを見たけど、同じ屋根の下で暮らしてきた仲間たちが突然居なくなるのって、やっぱりどれだけやっても慣れないんだな、ということを感じた。

 

 

 沢山の訓練をしていく中、この世界にも、色んなやつが居て、皆色んなことを考えていて…

 なんて当たり前のことを知った。

 この世界はどこかの物語の中の世界じゃない。

 みんな生きている、という、大切なことを学べた。

 死んだら、もうそれっきりなんだ。

 リトライなんてない。

 僕だっていつ死ぬか分からない。

 そういう世界にいるんだ。

 

 

 訓練や、分からないところを教え合ったりしていると、それぞれの得意不得意が浮き彫りになった。

 

 エレンは対人格闘訓練は他の人より真面目にやってる分、強いが、座学はまちまちなようだった。

 

 ミカサは天性の才能か、体を動かす分野に関しては一流で、誰にも引けを取らない。

 

 アルミンは体こそ強い訳では無いものの、座学で他に類を見ない才能がある。

 

 初日にエレンたちと話していた2人組はライナーとベルトルトと言って、その後俺も仲良くなった。

 彼らはどれも上手くやるが、特にライナーは立体機動、ベルトルトは対人格闘の分野で頭角を現した。

 

 ジャンは立体機動では1位と言えるほど上手くやるし、座学も奮っているらしい。

 

 マルコ…という、ジャンと良くいる奴は得意こそないものの、どの分野も平均より上を行く万能型だ。何より皆を纏める才能がある。

 

 エレンと良く対人格闘訓練で一緒になって、エレンをボコしているアニという奴はやはり対人格闘が得意だ。エレンは1発拳が入っただけで大喜びしていたものだ。

 

 コニーとサシャという、有名なバカ2人は、やはり座学は最下位を争うほど苦手なようだが、他の分野、特に立体機動では何かから解放されたようにビュンビュン飛び回っている。

 根からの脳筋なんだろう。

 俺が言えたことじゃないが。

 

 そして、クリスタとユミル。ここの関係性は謎で、よく分からないが、どの分野に関してもそつなくこなす、マルコとおなじ万能型だ。

 

 それと、二ファという奴も良くやる、のだろう。全てに関して平均よりちょっと上という感じだが、手を抜いている気配がする。強者の雰囲気というものが隠しきれていないのだ。

 他の奴らにはバレていないらしい。教官でさえも。

 俺からしたら、どうしてバレていないのか聞きたいくらいだが、なんだか裏がありそうなので、関わるのはよしておいた。

 

 俺?俺はミカサと同じようなタイプだけど、ミカサほどは目立っていない。前世の頃から大勢に囲まれるってあんまり得意じゃないから、本当に少しだけだが、俺も手を抜いている。

 

 

 入ってから2年。それなりに人と交流していた俺は、友達100人とは行かないが、狭く深い繋がりの友達が出来たのだった。

 

 その中でも幼馴染以外で一番仲がいいのはジャンだ。

 からかいがいがあって面白い奴だから最初は友達になろうと思っていたが、関わっていくと、友達思いで情に厚いなんてことがわかってさらに親しくなったような気がする。

 未だに、からかったら照れて反撃してきて、教官に怒られるってのが一連の流れだが…

 

 あいつ、俺のせいで何回ペナルティかけられたか…

 まあ何回も言うが、同情はするが後悔はしていない。

 

(ジャン視点)

 

 

 ノアに最初に会った時は、綺麗だと思った。

 感想がそれしか出てこなかった。

 ここが男子寮ということも忘れて、女子かと思った程だ。

 しかし、憎たらしい態度は、あの可愛らしい女子達からは一線を期していた。

 

 なんてったって会う度にからかってくるんだよ、あいつは。

 最初に罠に引っかかったが最後だった。

 

 

 初日、俺はエレンという、死に急ぎ野郎と少し口喧嘩になった。そして、エレンが食堂から出ていった後、着いていくように出ていった、黒髪の女子に一目惚れした。

 名は、ミカサというらしかった。

 不幸にも、あの子はエレンの幼馴染で、エレンに付きっきりのようだった。

 

 あの子はきっとエレンに何か弱みを握られていて、エレンの言うことに従うしかないに違いない。

 エレン、絶対許さねぇ。

 

 その後、ミカサにはエレンの他にもアルミンとノアという2人の幼馴染がいるらしいことが分かって、この2人とは同室なので、夜、あいつらが付き合ってるのか聞いてみることにしたのだ。

 

 

 そうして俺はノアに話しかけた。

 

「お前、エレン・イェーガーの幼馴染だってな。」

 

 正面からノアの顔を見た俺は、なんで女子がここ、男子寮にいるんだ?なんてとち狂ったことを考えてしまったほどに、そいつは女顔だった。

 

 

 

「お前…エレンに…恋してるのか?

辞めた方がいいぞ。あいつは誰にだって優しいんだから、勘違いしない方がいい。」

 

 頭狂ってんのか?エレンかミカサかって言ったら先にミカサの方を疑うだろ、普通。

 

 割と真顔で言われたから、冗談に聞こえない。

 俺はホモじゃねーよ

 

 

 あれから2年経って、俺達は互いのことを深く知り合っていた。

 あいつはからかう時以外、どこか冷めたやつだけど、大切なやつが困っている時は1番に優先して来てくれるような奴だ。

 

 俺は、ノアが心配だ。

 あいつだけじゃない。

 未だにエレンは憎たらしいけど、あいつのことだって、ちょっとは認めている。

 だが、やがて兵団選択の日が来て、あいつら幼馴染4人は全員調査兵団に行くんだろう。

 それだけ確固たる意思があいつらにはある。

 

 だが、俺は…?

 

 その時、俺はどうするんだろう。

 今まで内地で暮らすために頑張ってきた。

 このままいけば、10番以内に入れるはずだ。

 でも、入れたからって俺だけ、壁の外で戦っているあいつらのことなんか露知らず、内地で快適に暮らすのか?

 

 訓練兵団に入って俺の考えは揺れていた。

 



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3.5話 【閑話】命令か、意思か。

 

 

 

 訓練兵団の訓練は、年を追う毎に厳しさを増していた。

 中には立体機動の訓練中、教官が意図的にワイヤーを切るという訓練もあった。あの時は肝が冷えた。

 

 そんなこんなで訓練兵団に入って2年目と少し経った頃には、辞退者と脱落者が段々増えていき、残っている人数は初期の頃の半数より少ない程の人数になっていた。

 

 俺や、俺の幼なじみ達、ジャンやマルコなんかはまだまだ残ってはいたが、最初の頃に班を盛り上げていた奴とか、真面目にやり過ぎていつも疲れたような顔をしてた奴は脱落したし、立体機動装置の訓練で操作を誤って死んだやつもいた。

 

 俺はいつ、死ぬんだろう。

 

 目の前で死んだ奴を見たり、向かいの部屋の奴が死んだと聞いたときに、ふとそう考えてしまう。

 

 訓練兵団では絶対に生き残る。

 でも、その後は?

 

 調査兵団に入ったら、何年くらいで死ぬことになるんだろう。

 調査兵団に入ったら、俺の生きられる時間はもっと減ることだろう。

 いつかは死ぬ。そう理解していた。

 

 その時は、何か役割を託されて、死ぬのだろうか。それとも、俺自身の行動で、死ぬのだろうか。

 

「俺たちって、何のために死ぬのかな。

 死ぬ時は…上の命令で死ぬのかな?

 それとも……自分の意思で戦って、死ぬのかな?」

 

 ある夜、俺はそう皆に問いかけた。

 

 真夜中は、俺が前世で死んだ時間だ。

 だからなのか何なのか分からないが、俺は夜になるとどうしても悲観的になって色々考えてしまう。

 

 それに、今日は同じ部屋の奴が立体機動訓練で死んだ…らしい。

 俺は、そいつとは同じ班じゃなかったから、その情報だけを先程知ったところだった。

 

 

 同じ部屋の奴らは、何か言葉を交わすわけでもなく、徐に外に出て、空を見上げていた。

 俺たちの同期は死んだが、空も星も月も、いつもと同じようにそこにある。

 

 俺が1人いなくなったって、この世界は、そんなことなんて気にも止めないように、いつも通り回るのだろう。

 

 しかし、俺たち、残された奴らは今、少なからず同室の死んだ同期に影響されているのは確かだった。

 

 沈黙の時間が続いた後、エレンが俺の質問に答える。

 

「俺には……いや、俺達には知り得ないことだろう。

 でも、俺は、命令だとしても、お前らの意思だとしても、その時にお前らを殺そうとしている敵を倒して必ず救い出す。

 いつか死ぬなんてことを今から考えてたら、それが現実になっちまうだろ?」

 

「そうか……エレンは、そうだよな。」

 

「でも、俺たちは……考えておいた方がいい。自分の、死ぬ場所をな。何が自分の譲れないもので、何のために死ぬのか。

 それがないと……いざと言う時に行動できないだろう?

 ……命令か、自分の意思か………か。」

 

 ライナーがそう言って悩むような素振りを見せる。

 

「僕は少なくとも、命令でも死ななきゃ行けない時はあると思うよ……。その時の命令が、自分の納得いくものだったら、その時は……」

 

「命令でも、死ぬのか?」

 

「うん…。死ななきゃいけない理由を理解できたらね。」

 

 アルミンの覚悟を感じる言葉に、ジャンは少なからず、驚いている。

 命令でも、自分が納得出来たら、死ぬ…か。

 それも、1つの考えだろうが…

 

「俺は、命令で死ぬなんて絶対に嫌だね。

 俺自身の目的を達成してからじゃないと、死ねない。」

 

 俺は、そう考えていた。

 命令で死んだ兵士たちの犠牲によって、調査兵団という組織は成り立っているのだろう。

 新人が死ぬ確率は3割。そこから何年か経つとほとんど同期は残っていない。そんなことが現実で起こっている組織だ。

 

 しかしそれでも、自分の犠牲で何かが成し遂げられるとしても……

 兄の仇を打つ。それが成し遂げられるまでは。

 そして、訓練兵団に入ってきてから出来た目標である、仲間を死なせない。少なくとも仲間が今後も安泰だと分かるまでは、死ねない。

 

 そう考えていたけど……

 もし、俺が死ぬことで仲間が助かるのだったら?

 

 

 

 その時、俺はどうするのだろう。

 




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4話 悪夢の前

 

 

 入団から3年、もうすぐ訓練兵団を卒業する俺達に、上位成績10名が発表された。

 

1位、ミカサ・アッカーマン

2位、ライナー・ブラウン

3位、ベルトルト・フーバー

4位、アニ・レオンハート

5位、エレン・イェーガー

6位、ジャン・キルシュタイン

7位、マルコ・ポット

8位、コニー・スプリンガー

9位、サシャ・ブラウス

10位、クリスタ・レンズ

 

 残念ながら、俺とアルミンは入らなかった。俺は手加減してたのが100%の敗因だが…

 どうせ入るのは調査兵団なんだから、成績なんて関係ないんだ!(ヒラキナオリ)

 

 

 

 解散式の夜……

 

「ミカサ、エレン、おめでとう。って言っても、2人は憲兵団には行かないんだろ?」

 

「私はエレンに着いていく。」

 

「ああ、俺は調査兵団に行く。」

 

「僕もだよ。」

 

「…俺もだ。あの時の約束は違えないよ。」

 

 俺達は運命を共にしている。

 

 

 

 

 

「ジャンも!おめでとう。これで、ジャンは夢だった憲兵団に入れるんじゃないか?良かったな。」

 

「夢なんて、そんな大層なもんじゃねえよ。ただ、自分が安全に暮らしたいだけだ。」

 

「そうか。でも、おめでとう。」

 

「俺はてっきりお前も10番以内に入ってると思ってたがな。手ぇ抜いたか?」

 

「まあ、そんなところ。調査兵団に入るって決まってるのに、せっかく憲兵団に入れる椅子を1個潰す訳には行かないからね。」

「お人好しだな。」

 

「体力温存できたし、自分のためだよ。」

 

 今日は解散式の夜だし、もうすぐ俺達は兵団選択をして、容易に会えない立場になるかもしれない。

 その前に、俺は言いたいことがあった。

 

 

「……ジャン、あのさ、もう会えないかもしれないから、言っておきたいんだが……

 本当にお前は憲兵になりたいのか?

 あれだけ立体機動訓練、楽しそうにやってたのに、披露する場所が無くてもいいのか?

 それに……頭の回るお前なら、分かるはずだ。人類がこのまま壁に引きこもっていても、巨人が攻め来た時、為す術なく殺されるだろうことを…。」

 

 

 

 ジャンが兵団選択のことで悩んでいたのは知っていた。だから、少しでもその背中を押せたらと思っていたが、お節介だったようだ。

 

 ジャンは怒っているような、泣きたいような、落ち込んでるような、複雑な表情をしていた。

 

 

「お前に俺の何がわかるってんだよ!

 俺だって、お前らみたいな確固たる目的があったら頑張れてたかもしれねえ。

 調査兵団に入ることも怖くなかったかもしれねえ。

 でも、俺は、失いたくないんだ。

 仲間も、自分も。」

 

 

「そうだよな、悪かった。出過ぎたことを言った。お前が考えて、お前が決めるべき事だ。」

 

「……ああ、そうするよ」

 

 

 命は重い。

 失うことの辛さを知っていれば尚更。

 

 

 

 

 

 俺は、また悪夢を見た。

 104期訓練兵団の仲間と、駐屯兵団の人達が、次々と、壁内に入ってきた巨人に食べられる光景だ。

 ジャンが先頭を切って立体機動で進んでいく場面。

 ミカサが巨人に前後を挟まれて、食われそうになる場面。

 エレンとアルミンが窮地に陥る場面。

 ひとつの気味悪い映画を見たような感じだった。

 

 沢山の人が死んだ。俺は何をやっていた?

 

 

「マルコ……」

 

(ジャン視点)

 

 

「マルコ……」

 

 おいおい、俺はマルコじゃない。ジャンだ。

 

 あの後さすがに言いすぎたかと思い心配になって、ノアのところまで来ていた。

 さっきは兵団選択の事がまだ決まらないことが不安で、どうにかしてた。

 イライラして、ノアに当たっちまった。

 

 あんなことを言ったことを、今更後悔していた。

 

 

 初日に人外壁ジャンプを俺らに見せた時から、俺の二段ベットの上はあいつの場所になっていた。

 あいつは珍しく早寝していて、マルコ…なんて呟いてた。

 白い髪と白い肌が、月明かりに照らされてさらに白く見えて、こいつ、生きてるのか?なんて思ってしまった。

 

「マルコ………ごめん。おれのせいだ」

 

 こいつは何をそんなに謝っているのだろうか。マルコの大切なものを何か壊したりしたのだろうか?

 謝ることは叶わなかったので、今日はお暇して、今度謝ろう。

 

 

 

 

 訓練兵団に3年間居て、分かってたはずだった。

 

 明日また会えるかは、分からないということを。

 自分と相手に今度が来るかは、分からないということを。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、俺達は壁の上で固定砲整備をしていた。

 すると、サシャが突然肉を取り出した。

 肉なんて何年ぶりに見ただろう。

 前世では何百円で売っているあの肉たちも、こっちになると死ぬほど高級品だ。少なくとも何千円はする。

 

 

「サシャ、そんなもの、どこで…」

 

「上官の保管庫から、貰ってきました…ジュルリ

みんなで食べましょうよ!」

 

「貰ってきたって、…お前、盗ってきたのか!?おいおい、勘弁してくれよ…」

 

「いいじゃないですかー。土地を奪還したら、これからお肉なんて何個も食べられるんです。」

 

 

 そうか。そうだよな。

 

 

「俺は…食べるぞ。」

「俺も」

「俺もだ」

「私も!」

「僕も!」

 

 

 104期生の心がひとつになった瞬間のように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドォン!!

 

 また、あの音だ。

 花火のような音。

 心臓に響く音。

 前より近い距離かもしれない。

 音とともに発生した眩しい光に目がくらんで、一瞬目の前が真っ暗になった。

 

 

 その後、俺達は信じられない光景を目にした。5年前に現れた、超大型巨人が突然現れたのだった。

 

 

 プシュー

 自転車から空気が抜けた音みたいな音を出して、超大型巨人は蒸気で壁上の人々をぶっ飛ばす。

 

 俺達は咄嗟に立体機動装置を使って壁に張り付いて助かったが、助からずに落ちていった人もいた。

 

 いきなり始まった実践に104期訓練兵達は混乱していた。

 

 ノア以外は。

 

 

 

 

 

 

 俺は巨人の姿を認めるなり、項に飛び込んで行った。

 

 パシュッ シュゥーン

 立体機動の音が鳴り響く。

 あいつ、大丈夫なのか?という、下の兵士たちの心配そうな気配は俺も感じていた。

 が、ここで出ていかなきゃ、兵士になった意味が無い。

 こいつらは5年前の惨劇を起こした張本人だ。

 絶対に許さない。

 いや、許されちゃいけないんだ。

 

 

 カキーン!カキーン!

 

 ブレードが弾かれた音が2回分、聞こえた。

 

 訓練兵程度の斬撃なんて通さないらしい。

 いつの間にか、エレンも攻撃に参加していて、ほぼ同時に項を削ぎ落とそうとしたが、ブレードを弾かれたらしかった。

 

 

 超大型巨人はさすがに項を狙われたことに焦ったか、姿をくらました。

 前と同じように、大量の蒸気と共に。

 

 

 

 

 あれから訓練兵達は集められ、精鋭班と、それ以外に分けられた。

 精鋭班では無いものとして集められた俺達は、前線の中衛の位置に配置されることになった。

 おいおい、まだ訓練兵なのに前線なんて、上は何を考えているんだ。

 あの調査兵団に入るような変人の新人でさえ初陣は3割死ぬんだぞ。

 

 俺達第104期訓練兵は、今日何人生き残れるのだろうか。

 

 

 少しだけ俺にも状況が理解出来てきた。

 調査兵団は、今日壁外調査に出向いているらしかった。

 巨人殺しのエキスパートがいないんじゃあ、訓練兵が出なくちゃいけないのも、納得ではあるが、せめて後衛がベストなんじゃないのか?

 さらに精鋭班としてミカサもいない状況だ。

 ミカサがいるといないじゃ大違いだ。主に、俺たちの心象が。

 もちろん、他の奴らが使えないってわけじゃない。

 平常時ならば。

 しかし、本物の巨人を前にして、怖気づかないと言える者はミカサくらいしかいない。

 命を預けられる相手が1人でもいたら、安心だろう。

 

 ……上は、何を考えているんだ。

 

 

 

 

 

 

 一応班分けの時間があって、俺にも班が割り振られた訳だが、いくら俺でも、班の奴らのことを考えていれば、他の奴らを助けることが出来なくなってしまう。

 

 俺の目標は兄を食った巨人の討伐だが、訓練兵団にいて、色んなやつがこの世界で生きているということを知って、俺は、こいつらが死にかけている時に助けられるくらい強くなろうと決意していた。

 ここでの巨人との戦いで、同期、特に俺の守りたいヤツらは絶対に死なせない。

 

 大抗議と大口論の末、俺は、一人班という名の単独行動を許された。

 最終的に、お前が死んでも知らないからなというような諦めの口調で許された遊撃部隊だった。

 俺に何の期待もされてないことから通った遊撃部隊だ。

 

 

 これだけやったからには、巨人を沢山殺さねば。

 

 俺はこの時、人を救うということがどれだけ難しいのかを分かっていなかった。

 

 




 (7/26に編集しました)


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5話 巨人たちの宴(トロスト区攻防戦1)  

 

 

 

 トロスト区でまた壁が破られた。

 ミカサは精鋭班として住民の救助に当たっている。

 3年間共に苦楽を分かちあった仲間を、絶対に死なせる訳には行かないと思った俺は、1人での遊撃部隊の許可を取ったのだった。

 

 

 早速、俺はトロスト区の超大型巨人が現れた付近を狙って立体機動装置で進んでいた。

 スピードよりも、ガス量を気にして進んだ。

 この巨人たちに勝とうと思うんだったら、長期戦が予想される。ガス、ブレードはいくらあっても足りないだろう。

 

 まだ住民の避難はやはり終わっていないようで、ところどころ逃げ遅れている住民を比較的安全な場所まで誘導してからまた進む、ということを繰り返していた。

 

 今のところ同じ訓練兵団104期の仲間が窮地に陥っているところは見ていない。

 が、きっと今もどこかで戦って、誰かが傷を負っているか、死んでいるんだろう。

 それくらい、巨人と戦うということは受ける被害が大きいんだ。

 

 俺は、偉そうに仲間を助けると言って遊撃部隊として1人出てきたが、体は一つだけだ。

 トロスト区全域を回って、窮地に陥っている仲間をその都度助ける、というのは夢物語だったのだ。

 

 俺は、ようやく自分の考えの間違いに気づいたところだった。

 

 

 

 巨人は今も超大型巨人が開けた穴からこのトロスト区内に入ってきていることだろう。

 せめて、これから入ってくる巨人によって仲間たちが傷つけられ、食われることの無いように。

 

 俺は、超大型巨人が開けた穴の周辺に向かった。

 

 

 

 その頃、エレンやアルミン達の班は、上の司令通り、中衛を担っていた。

 

「……アルミン、こりゃあいい機会だと思わねぇか?調査兵団に入団する前によ、この初陣で活躍しとけば、オレ達は新兵にして…

スピード昇格間違いなしだ!!」

 

 このエレンの言葉で奮起したアルミン、トーマス、ミーナ、ナック、ミリウスの5人は、エレンに付いて行くように、立体機動装置の速度を早めて、巨人たちのいる方向へ向かっていった。

 

 

 その時、

 

 

「奇行種だ!全員止まれ!」

 

 そうエレンが叫んだ直後、一体の奇行種が高い塔にぶつかった。

 

 

 

 そして、塔からそいつが顔を出すと、

 そこには――

 

 

 トーマスを口にくわえた巨人のおぞましい顔があった。

 

 もう無理だ、トーマスが食われる。

 現状を理解できない頭で、その場にいた全員が、その未来は容易に推測できた。

 

 そう思った瞬間。

 

 

 パシュッ、シュゥーン

 立体機動装置の音が響いて、そいつの腕を削いだ奴がいた。

 

 同じ104期訓練兵の、二ファだ。

 

 

 腕を削いだ後、すぐにトーマスを助けようとした二ファだったが、その努力も虚しく、腕を削いだ衝撃で巨人は口を閉じ、トーマスの足は切断された。

 

 エレン班全員が信じられないものを見ているような気がして、動けないでいた中、

 アルミンの隣ではエレンが「よくもトーマスを」と言ってその奇行種を追うために、出せる最大の速度で追いかけているところだった。

 

「エレン、単独行動は危険だ!」

 

 そう仲間は叫んだが、エレンは聞く耳を持たず、巨人を追って、もう遥か先へ行っていた。

 

 二ファは両足がちぎれたトーマスを背負ってこちらに来るところだった。

 

 一瞬の間、エレン班の全員が考える。このまま、ここで待ってトーマスの本部帰還を助けるべきか。それとも、単独行動をしているエレンを助けるべきか。

 しかし、その結果はすぐ出た。トーマスには二ファが付いている。本部への退路は巨人も少ないし、二ファだけで大丈夫だろうと。

 そう思って動こうと思った瞬間。

 

「止まりなさい!」

 

 二ファの言葉に全員がそれは間違いだと気づいた。

 

「周りに班もいない中、全速力で奇行種を追っているエレンに今から行って追いつけると思う?

 それに、この辺はもう前線みたいなものよ。エレンのことだけを考えて全速力で突き進めるほど巨人達は少なくない。

 つまり、このまま行ったらあなた達は死ぬ。」

 

「でも……

 でも、だからってエレンを見捨てるっていうの!?」

 

 アルミンが叫ぶ。エレンの幼馴染であり、親友のアルミンは、エレンが心配でならなかった。

 しかしながら、自分が行ってもただ巨人に食われるだけというのは、さっきの場面で理解した。

 アルミンは、先程トーマスの両足を巨人が食った場面が頭の中で再生されて、今にも恐怖でどうにかなりそうだった。

 このまま前線を上げても、さっきみたいに一瞬で食われるだけだ、と。

 しかし、頭では分かっていても、エレンを見捨てられるほど心が強いわけではない。

 自分ではどうしようもない状況に、アルミンは二ファの答えを待つばかりだった。

 

「このまま君たちが行けば、ということよ。

 私なら、エレンより早く立体機動装置を扱えるし、巨人とも充分戦える。

 時間が惜しいから、私はエレンの援護に行くわ。

 あなた達は本部にトーマスを送り届けて、撤退して。」

 

 二ファは、自分の言いたいことを全部言って、すぐ立体機動装置で飛び立って行ってしまった。

 

「ちょっと、二ファ……!待ってよ!君も単独行動は危ないだろ!」

 

 アルミンの叫びは二ファには届かなかった。

 

 

 

「二ファって…あんなやつじゃ無かったよな?」

 

 ナックが呟く

 

「少なくとも、俺たちの知っている二ファは、エレンより立体機動装置の扱いは下手で、巨人の討伐もまあまあだったはずだ。」

 

 ミリウスもナックに同意するように呟く。

 

「二ファに思うことがあるのは僕もだけど、ここは戦場だ。トーマスのためにも早くこれからの行動を決めるべきだ。」

 

 アルミンが話す。

 

「「そうだな、悪い。」」

 

 残されたアルミンたちは、二ファの言う通り撤退するのか、どうするかということを早急に決める必要があった。

 

「アルミン……どうする?戦略とか、判断とかはこの班の中でアルミンが1番だと思うわ。あなたが決めて。」

 

 ミーナの言葉に他の2人も賛成する。トーマスは出血が酷いので、一応止血はしたが、まだ気を失っている。

 

「トーマスもこのままじゃ命が危ない。

 エレンのことは……心配だけど、だからって僕達が行ったって、巨人に食われるだけだ。二ファに任せよう。

 僕達は、トーマスを本部まで送り届けて、適切な治療をしてもらうんだ。」

 

「「「分かった。」」」

 

 そうしてアルミン達は本部へ戻る、撤退の道を選んだ。

 

 

(二ファ視点)

 

 

 その頃、二ファは全速力でエレンを追いかけているところだった。

 自分の腕に自信はあったつもりだが、前より訛っているらしかった。

 

 しかし、エレンの行った方向にいくら行っても、彼を見つけることは出来なかった。

 

 

 エレンは、巨人に食われたのだろう。

 

 

 そう考えて、二ファはエレンを探すことを諦めたのだった。

 

 

(ジャン視点)

 

 

 一方その頃、104期訓練兵達は屋根の上に留まっていた。

 ガスやブレードが補給されずに、立ち往生しているのだった。

 

「おい、ジャン!どうすんだよ」

 

「どうもこうもねえよ。

 やっと撤退命令が出たってんのに、ガス切れで壁を 

 登れねえ。そりゃ死ぬんだろうなあ、全員。

 腰抜け共のせいで。」

 

 補給班は戦意喪失して本部に篭城していたのだった。

 ジャンはこの状況に焦ってはいたが、本部へのルート、そして、本部の中にいる巨人たちに勝つには、どう見ても戦力が足りないのは明らかだった。

 

「はあーつまんねえ人生だった。こんなことだったらいっそ言っとけば…」

 

 

 

「やりましょうよ、みなさん!さあ、立って。みんなが力を合わせれば、きっと成功しますよ!わたしが先陣を引き受けますから。」

 

 サシャが発破をかけてはいるが、この絶望的な状況で、自ら地獄に足を踏み入れるものはもう誰一人として居なかった。

 

 

 

「みんな!」

 

 そこへ、アルミンたちの班が現れた。

 両足を失ったトーマスを見て、誰かが悲鳴をあげる。

 

「アルミン!」

 

 ジャンはひとまずアルミンたちの命が無事であったことに安堵した。

 

「無事だったんだな。」

 

「ジャン!この状況は…撤退命令が出ただろう?どうして、壁を登っていないんだ?」

 

「補給班の腰抜け共のせいで、ガス切れだ。壁を登らないんじゃない、登れねえんだ。」

 

「……そうか。状況はわかった。ともかく僕達の班はトーマスを送り届けなきゃ行けない。そうして、援護を呼んでくるよ。」

 

「ああ、頼む。あと、もし壁を登る分より多くガスを持ってるやつがいたら、少ない奴らに分けてくれないか?」

 

 ジャンは、アルミンの登場に、少しだけ希望を見出していた。

 

「勿論だよ。」

 

 

 アルミンとは、ガスを分けてもらった後に別れた。

 アルミンたちから貰えたガスは雀の涙程だったが、それでも今の訓練兵たちにとっては金銀の財宝に等しい価値のあるものだった。

 

 アルミンたちの援護を待って、本部に突入しよう。

 そう思って、ジャンたちは、しばし援護を待っていた。

 

 

(ノア視点)

 

 

 ノアは一通り穴から入ってくる巨人を駆逐し続け、もうそろそろ仲間の様子が気になる頃だった。

 まだ巨人たちが入ってくる様子はあるが、それでも数は減り始めていた。

 仲間の近くにいないと出来ないこともあるかもしれない。そう考えて、ノアは同期たちを探しに行くことにした。

 

 

 

 最前線から後退していくと、屋根の上に立っている人影がポツポツと見えた。

 

 同期たちだ!

 ジャン、コニー、サシャ、アニ、ベルトルト、ライナー、アルミン。そして、ミカサ。無事だったんだな。

 

 ん?ミカサ?

 ミカサは後衛だったはずだ。何故ここにいる?

 

 それに、巨人を倒すでもなく、こんな戦地で、仲良く屋根の上で雑談しているというのも、変な話だ。

 撤退命令が出たなら壁を登るだろうし、何も命令がないなら巨人たちを倒すために駆け巡っているだろう。

 

 なにか、あったのか?

 

 エレンが居ないことも、なんだか悪い予兆のようなものを感じる。

 

 

「あ、ノア!無事でよかったよ!」

 

 アルミンがノアを見つけて叫ぶ。

 

 ノアはその声に手を挙げて反応し、アルミンやミカサ、ジャンたちが話し合っているところに着地した。

 

「状況は、どうなってる?なんでこんなとこで話しているんだ?」

 

 1番聞きたいことだった。

 

「補給班が戦意喪失して本部に立てこもっているせいで、補給が途絶えた。俺たちは撤退命令が出たが、ガス欠で壁を登れない。そこにガスが残ってたアルミンの班が内門に行って、援護を連れてきた所だ。」

 

「援護って……ミカサだけ?」

 

「キッツ司令に話を通してもらうように言っても、忙しいって追い返された。

 上としては……死地に仲間を送り込んでこれ以上死なせたくはないんだろう。

 援護要請は……却下された。」

 

「だから、私が付いてきた。元々屋根上に集まっている人達は何かあったのだろうと気になっていた………から、アルミンに提案した。」

 

 上は、無能か。兵団も腐ったものだな。

 

「そうか。そういうことなら仕方がない。ガス切れって言ったって、まだ残ってるんだろ?本部までは持つか?」

 

「持つはずだ。最短で行けば、な。」

 

 本部までの最短ルートである大通りを見ると、巨人がうようよと彷徨いているらしい。

 俺が穴に着く前で、取り逃した巨人たちらしかった。

 

「巨人か…巨人は、俺とミカサでほぼほぼ殲滅できるだろう。

 あとは…同期たちがパニックにならなければ、本部まで進めるかもしれない。

 殲滅できるったって、俺らの同期たちが通る前に全て削ぎ終わってるってことはないだろう。横の仲間が巨人に食われたって、前に進まなきゃいけない。

 その覚悟が今のこいつらにあるようには見えないが…」

 

 俺らの近くにいる、成績10番以内と、アルミン以外は、この地獄に疲弊しきって、現実逃避をしているものさえいた。

 

「そうだ。この状況がどうにかならねぇかってことをお前が来る前に話してたんだ。」

 

「そうか…。」

 

 人の心を変えるのは容易ではない。己を奮い立たせる何かがないと、人は立ち上がれない。

 

 

「ところで、エレンは?アルミンの班だったろ。」

 

 もう1つ、気になっていたことを俺は聞いた。

 

「エレンは…トーマスの両足を食いちぎった奇行種を、単身追いかけて、それ以来見ていない。」

 

「見ていないって………、アルミン、お前がエレンを見殺しにしたってことか?信じられないが。」

 

 俺はエレンを見殺しにするアルミンなど、到底思い浮かべられなかった。

 

「いや、そうじゃないんだ。僕達はトーマスを助けるために撤退したけど、二ファがエレンを追って、援護しに行ったはずだ。」

 

 二ファ、か。あいつは訓練兵団で手を抜いていたやつだった。エレンにも容易に追いつけるだろうし、巨人とも迷いなく戦えそうだ。

 

 ちょうど二ファの話をしていたら、二ファがこちらへ向かって飛んできた。

 エレンは……いないようだ。とても、嫌な予感がする。

 

「二ファ!君は無事だと思っていたけど、

エレンは…?」

 

 アルミンが問う。

 

 

 

 

 

「エレンは恐らく……死んだよ。」

 

「あいつは私が追いつかないくらい早く飛んで、巨人と戦って、きっと食われた。私は全速力を出したが、エレンの影すら見えなかったんだ。周辺を探したが、彼の痕跡は見つけられなかった。」

 

 

 

 

 

「いま、なんていった?エレンが、死んだって?巨人を駆逐してやるって叫んでた、あいつが?」

 

 俺は信じられなかった。俺が門の前で巨人を殺している時に、あいつは、俺の取り逃した巨人に殺られていたって言うのか?

 

 

 

 おれは、また、せんたくをまちがった?

 

 

 

 

 軽い気持ちで考えていた。なんだかんだ言って、エレンもミカサも10番以内に入ったし、アルミンも判断力はピカイチだ。3人とも、生き残るんだと思っていた。

「でも、まだ死んだかは分からないんでしょう?見つからなかっただけで。なら、探しに行くべき。」

 

 ミカサが冷静に見えるような顔で、ハイライトの消えた目を二ファに向けて言った。

 

「でも、あの最前線まで行く余裕も、体力も、君には無いんじゃないかな。」

 

 二ファがそんなミカサにも怖気づかずに言う。

 

「……」

 

 現実を突きつけられて、幾許かはミカサは冷静になったようだ。

 

「でも…お前がもっと早く行けば、エレンは助かったんじゃないのか?」

 

 俺は、今からじゃどうしようもない、エレンの死、という問題に、どうにかこうにか自分の選択は間違っていなかったことを証明する答えを求めていた。

 

「…じゃあ聞くけど。その時君は何をしていたの?私が君の言葉をそのまま君に聞きたいけどね。

 あなたが行けば、エレンは助かったんじゃない?」

 

 全くもって正論だった。

 

「悪かった。自分の責任を、お前に押し付けようとしていた。俺は、間違ったんだな。そうだよな。

 

 ハハ、アハハハ。

 

 …3年間、何のために巨人を殺す訓練してたんだ。」

 

 家族が殺されて、幼馴染が殺されて、このまま黙っていられるかよ。

 

 俺は、屋根の上を歩いて、104期訓練兵達の中心の屋根で止まった。

 

「俺が、本部までの道を切り開く。巨人は、俺が、全部駆逐してやる。お前らはここで、俺が巨人を全部駆逐するまで、突っ立って待っていればいい。」

 

 俺は、巨人を駆逐すること以外が全て、どうでもいいような気がしていた。

 俺の、命でさえ。

 

 

 

(ジャン視点)

 

 

「お前らはここで、俺が巨人を全部駆逐するまで、突っ立って待っていればいい。」

 

 その一言を最後に、ノアは屋根から飛び降りて立体機動装置を展開して飛んでいってしまった。

 

「おい、あいつ…一人で行く気か!?無茶だ……っ」

 

「私も行く。」

 

「ミカサ!?無茶だよ!」

 

 ミカサは、ノアが飛び立ったその場所まで、ゆっくり歩きながらみんなに訴えかけた。

 

「私は、強い。あなた達より、強い。すごく強い。ので、私はあそこの巨人どもを蹴散らすことが出来る。あなた達は腕が立たないどころか、臆病で腰抜けだ。とても残念だ。

 ここで指をくわえたりしてればいい。

 くわえて見てろ。」

 

 そう言って、ミカサまでそこから飛び立ってノアの後をついて行ってしまった。

 

 

「…………ええい、しょうがねえ、

 ……おい、お前ら!お前らは仲間に、1人で戦わせろと学んだか!?お前ら、本当に腰抜けになっちまうぞ!」

 

「……そいつは心外だな。」

 

 ノアとミカサの後ろ姿、そして、ジャンの言葉を受けて、成績10番以内のもの達が続々と動き出す。

 

「やい、腰抜け、弱虫、阿呆!」

 

 サシャは語彙力のない、サシャにできる最大限の罵りで、発破をかけた。

 

 ジャンの言葉に続き、成績10番以内のもの達まで動き出したことで、他の訓練兵の心にも火がついたようだった。

 

 

 

「あいつら、畜生……やってやるよ!」

 

「「「「うぉぉおおおおおお!!」」」」

 

 

 




 (7/26に編集しました)


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6話 補給作戦(トロスト区攻防戦2)

 

 

 俺はこの力があれば、なんでも出来ると思っていた。

 が、結果はどうだ?俺の取り逃した巨人が、エレンを食った。

 

 訓練兵団にいて、いつの間にか俺の目的は、同期の仲間を守ることに変わっていた。そして、そのために巨人を倒す力を身につけるために、3年間、一生懸命やってきたつもりだった。

 

 その結果が、これだ。

 兄の時と同じ。また、選択を間違った。あの時に戻れれば……、なんて考えてもしょうがない。

 

 

 そう考えている間にも、俺は巨人の項を削いでいた。

 

 今は、本部への道を切り開くことを考えよう。俺のお粗末な発破について来るやつは、ほぼ居ないだろうが、あとはジャンがどうにかしてくれるだろう。

 

 俺は、冷静じゃない頭で、冷静らしいことを考えていた。

 

 また、項を削ぐ。

 

 とにかく巨人を殺せば、あいつらは助かるはずだ。エレンもきっと生きている。

 

 1体、また1体と巨人を倒していく。先程まで壁に空いた穴周辺で集団の巨人相手に戦っていた俺にとって、1体1の巨人との相手なんて作業に等しかった。

 

 しかし、俺も補給物資の量が厳しい。ガスはもう底を付きそうだった。ブレードもボロボロだ。

 

 でも、こういう終わり方も良かったのかもしれない。最後にみんなの為に死ねるんだ。意味のない死よりは、有意義だろう。

 そう思って、ガスが尽きるその時まで、俺は、巨人の項を削ぎ落としていた。

 

 そうして、ガスが尽きて、俺は足から巨人に食われた………はずだった。

 

 

 ドォン!

 

 またこの音だ。これはさっき超大型巨人に会った時より近い。

 俺の近くで、超大型巨人が現れたのか?

 やめてくれ。俺が命をかけて守った命を、簡単に屠らないでくれ。

 

 そう思いながら、

 そして、ちぎれたはずの両足の痛みが引いていくのを感じながら、

 俺は、深い眠りについた。

 

 

(アルミン視点)

 

 

 あの後、ノアとミカサは、宣言通り、本部へのルートにいる巨人たちを端から端まで駆逐していった。

 

 あれだけ僕たちが手を焼いていた巨人たちを、簡単に倒していく光景は、巨人たちの所業より、どこか恐ろしかった。

 

 僕は、自分の幼馴染達の、普段見ない顔を見て、畏怖していた。

 

 しかし、ミカサは飛び出して行ったのはいいが、ガスを吹かせすぎだ。このままでは、ガスが尽きる。

 そう思った瞬間、ミカサは減速して、ミカサの体は屋根に叩きつけられ、その下に落ちていった。

 

「ミカサ!」

 

 僕は咄嗟に立体機動装置の軌道を変え、ミカサの方へ駆けつけた。

 

(三人称視点)

 

 

 ミカサが屋根に叩きつけられた。

 アルミンが立体機動装置の軌道を変えてミカサの方向へ向かったのを見て、本部に一直線に向かっていたコニーは飛びながら、ジャンに話しかける。

 

「ジャン!お前はみんなを先導しろ!俺がアルミンに付く!」

 

「いや俺もっ!」

 

「何言ってんだ!巨人はまだいるんだぞ。お前の腕が必要だろうが!」

 

 コニーも、ミカサとアルミンの援護に駆けつけた。

 ジャンも援護に行きたがっていたが、コニーが諌めた。

 

ドォン!

 

 その時だった。腹の底に響く音がして、雷が見えたのは。

 

「また超大型が現れたのか!?」

 

 しかし、いくら経っても、何が起きたのか、分からなかった。

 

 雷の落ちた場所には、見た限り超大型巨人は現れていないようだった。

 

 

 

 アルミンはミカサの落ちていった場所へ、無我夢中に向かう。

 道に蹲っているミカサを見つけるなり、アルミンは素早く抱えて屋根の上へ連れていった。

 

「ミカサ!怪我はない?」

 

 一瞬後に遅れて来たコニーも到着した。

 

「アルミン、ミカサ、無事か?」

 

 

(アルミン視点)

 

 ミカサの話によると、15メートル級の巨人2体に挟まれて、食われそうになったところを、挟まれたと思っていた2体の巨人同士が、ミカサに目もくれず、戦い始めたので、助かったらしい。

 

 巨人に攻撃する巨人?聞いたことがない。

 

「奇行種だろ。そう思うしかねえ。」

 

 コニーはそう言うが、奇行種の範疇を超えている、と僕は考えた、が、まずは、ミカサの空のガスをどうにかしないと!と思い、自分のガスをミカサに差し出した。

 

 

 

 僕は自分のガスをミカサに全てあげてしまったため、屋根の上で救援を待とうと思っていたが、ミカサが自分を連れていく、と言って譲らなかった。

 

 また、僕は足手まといになるのか……

 

 自分が信用されていない気さえしてきた。

 

 勿論ミカサにはそんな気持ちは無いのだろうが、小さな頃から近所のいじめっ子達にいじめられていた時には、エレンとミカサとノアが助けてくれていたのだ。

 その頃から僕は自分は強くないし、何の才能もない、足手まといな人間だと思っていた。

 僕を連れて立体機動装置を扱うなんて、速度も落ちるし、巨人に食われる可能性が高まる。

 

 足手まといになるのだけは嫌だった。

 

 

 

 必死に考えて、僕はあの、巨人を攻撃する巨人のことを利用して、本部にいる巨人たちを一網打尽に出来ないだろうか、とミカサとコニーに提案した。

 

 ミカサは、このままでもどうせ死ぬから、作戦に乗った方がいいと言って、協力してくれた。コニーもそれに、賛同してくれたようだ。

 

 あの巨人の事は僕には分からないが、巨人を倒す巨人。

 この巨人の強い眼差しを見ると何か不思議な力を持っているように感じてならなかった。

 

(ノア視点)

 

 

 …………死んだ…と思ったら生きていた。

 

 どうしてだろうか。俺の両足は巨人に食われたはずである。それが、血を1滴も出していない、完璧な自分の両足が俺の下半身にはあるのだ。

 

 目覚めた時はもっとびっくりしたものだ。何せ死んだと思っていたし、俺は恐らく、倒した巨人の上で寝っ転がっていたのだ。

 

 空にはこの地獄を嘲笑っているように見える程、雲ひとつ無い青い空が広がっていた。

 

 

 ――遠くに本部の大きいはずの建物が、うっすらと見える。

 俺は、本部に一番遠い、ウォールローゼの壁の近くに横たわっていたようだ。

 

 この死んだと思ったら生きていたという、奇妙な現象には理由が付けられないが、まだあの地獄――ひっきりなしに現われる巨人と戦うという地獄――は続いているようだ。

 

 俺は勿論、同期たちを助けに行こうとしたが、立体機動装置を使おうとしたら、ガス切れで使えなかった。自分にはもう、ガスもブレードもないし、ボロボロの状態なことを今思い出したのだった。

 

 ……ここで、自分が巨人に食われるまで待ってるしかないのか。

 どうして延命させたのだろうか。

 こうなるなら、あそこで俺の人生終わりで良かったのに。

 

 

 

 ほとんど諦めていたその時――

 

 

 

 二ファの姿がちらっと見えた。この辺で何かを探しているようだった。

 

「二ファアアァァ!」

 

 人生で1番の大声だと思うほど、俺は叫んだ。自分の生死がかかっているのだ。

 

 

 

 何かを探しているような素振りを見せていた二ファは、俺が叫ぶなり瞬時に反応してこちらに来た。

 

 ……俺を探していたのか?

 何故だろうか。

 俺は、二ファに安否を心配されるほど仲が良かった訳でもない。訓練兵団では任務以外あまり話さなかったし、俺も目立つようなことは避けていたはずだ。

 

 あいつが俺の事を探す必要が、無い。

 

 

 しかしながら、俺は死に瀕していた時は自分の死を受け入れて、仲間を守った結果死ぬのなら良いとさえ思っていたが、あとから思えばやっぱり死というものは怖いものだ。

 

 それに、前も考えたことがあるが、自分が死ぬと、悲しむ人がいる。そんな大事なことを忘れていた。

 

 今となっては絶対に死にたくない、死ぬわけにはいかないので、俺にとっては、どういう考えがあるにしろ、二ファがここにいるのは好都合だ。難しいことを考えるのは後にしよう。

 

 

 シューン

 

 二ファがこちらに向かって来た。

 

「無事だったんだね!君があんな事をするなんて…ヒヤヒヤしたよ。」

 

 とにかく心配してくれたようだ。

 

「……ごめん。あの時は自暴自棄になっていた。エレンが生きていると信じていたが、

 あいつがやっぱり死んでるんじゃないかって思ったら、何かしないとやってられなくて……」

 

「そっか。とにかく、もう死にに行くなんてこと、絶対しないでね。あなたが死んだら、他の誰かが巨人を始末するために奔走するんだから。」

 

 二ファは俺の腕を買っているようだ。俺の実力は筒抜けだったって訳だ。

 俺も二ファの隠している実力は訓練兵時代に知っていたので、お互い様だ。

 

「そうだな。ごめん、これからはしないようにするよ。」

 

「そうして。私だってノアに期待してるもの。」

 

 期待してる……か。そりゃあ尚更死ねないな。

 

「そうなのか?それは知らなかった。ありがとう。」

 

「素直に返されると照れるわね……

 とにかく、こんなところで長話してるのはまさに自殺行為よ。早く屋根上に登らなきゃ。」

 

 そう言って、屋根の上にのぼってから、二ファは俺にガスを分けてくれた。

 しかし、戦闘開始からこれまでで二ファは3分の1もガスを使っていなかったようだ。

 

 二ファは……俺が思っているよりも数十倍は強いのかもしれない。

 

 

 

 

 その頃、本部へ向かう補給作戦の部隊は――

 

 

 目の前で死んでいく仲間たちをただ、見ていた。

 

 事の発端は、1人の訓練兵がガス切れになって、地面に落ちたことだった。

 成績10番以内のものなどは、もう助からないことを理解していたが、何人かは「トム!」と叫んで助けに行こうとした。

 ……いや、あいつらも助からないことを分かっていたのかもしれない。3年間訓練兵団で生き残っていたのだ。それくらいは理解していたのかもしれない。でも、あいつらは、助けに行った。

 

 

 その結果が、これだ。

 

 最初にガス切れを起こした奴は勿論、その後助けに行った奴らも全員巨人に食われたか、まさに今、食われそうになっている。

 勿論、現場は阿鼻叫喚。この世とは思えないような光景が、目の前に起きていることに、全員が唖然としていた。

 

 

 

 しかし、ジャンは己が率いた部隊で仲間が死んでいることに、(あいつらが助けに行こうとした時に、もっと強く止めれば良かった)と、後悔していたが、頭は冷静だった。

 この、巨人たちがあいつらに群がっている状況はこちらにとっては好都合だ。

 

 そう考えてジャンは、

 

 

 

「今のうちだ!本部に突っ込めーーー!!!」

 

 

 

 そう叫んだ。

 

 

 立体機動装置で本部に向かって飛んでいる最中、マルコがジャンに話しかける。

 

「ジャン!ありがとう。お前のおかげで逃げきれた。」

 

「ああ?」

 

「お前のおかげだ。前にも言ったろ。ジャンは指揮役に向いてるって!」

 

「は、どうだか!わかりゃしねえ。」

 

 その会話の間にも、仲間が食われていっていた。

 

 

 

 そうして、補給作戦の、本部に到達する、ということは達成されたのだった。

 

 しかし、本部にいるジャン達は喜ぶことは出来なかった。あまりにも犠牲が多すぎた。

 あの、ガス欠で死んだトム、そいつを助けに行った奴ら。他にもガス欠で死んだやつ。立体機動装置で飛んでいる時に巨人に食われたやつ。挙げたらキリがない。

 それに、ミカサとアルミンとコニー、そしてノアも行方が分からない。その4人が死んだとは思えないが、エレンは、ここに来ない以上、二ファが言っていたように、死んでいるのだろう。

 と、すれば、あの4人も無事だとは言いきれない。

 

「ジャン、報告があるんだけど…」

 

 マルコがジャンに悲壮な顔で話しかける。

 

 

「ノアが……

 

 ノアが、巨人に両足を引きちぎられたのを見た人がいて、恐らく死んでるだろうって……」

 

「は?あいつが……?」

 

 ジャンはいつも余裕で訓練をこなしていたノアが、いつも飄々としているノアが、死んだとは信じられなかった。

 

「んなわけねえだろ。あいつが死んでるわけない。俺は、あいつの顔を見るまで信じねえからな。」

 

「ジャン。誰だって死ぬ時は死ぬんだ。現実逃避は辞めた方がいい。後で苦しむのは、ジャンだよ。」

 

 マルコはジャンを心配して言ったが、ジャンの決意は固い。

 

「いいや、あいつは生きてるね。両足が無くても、巨人の一匹や二匹、余裕で倒してるだろう。」

 

 そう言いながら、ジャンは本当にノアは死んだのかもしれないと、心の底では思っていた。

 

 そして、先程の「トム!」と叫んで助けに行った彼らを思い出す。自分もほぼ同じ状況になってやっとあいつらの気持ちが分かった。助けに行ったら自分が死ぬって考える暇もないくらい、一瞬で体が無意識に相手を助けようと動く。自分が犠牲になってもいいから、どうにか相手を助けたい。自分が出来ることは何も無いって頭では分かっているのに。

 マルコが言ったようにノアは死んでいるのかもしれない。そう思うと、俺も助けに行った彼らと同じように、何も出来ることは無いはずなのに、足が無意識に本部の外に向かおうとしていた。

 

 

 

 

 本部にいるものは皆一様に悲観的になっていた。

 

 それもそのはず。本部に訓練兵と元々居た補給兵など、大勢の人が集まりすぎて、本部はさらに巨人に囲まれることになったのだ。

 

 

 もう、ここが死地かもしれない。

 

 ジャンは向かった先の窓の外にいた2体の巨人と目が合って、そう本気で思ったその時――

 

 

 その巨人たちが一瞬で目の前から消えた。

 いや、何者かに殴られて倒れた。

 

 巨人を殴れる程体躯が大きいやつなんて巨人しかいない。

 巨人を殴る巨人?聞いたことがない。

 

 

 

 ジャンが混乱しているところで、立体機動装置の音が聞こえた。

 

「アルミン、コニー、それにミカサ!良かった…」

 

 ジャンは少なからず安心した。ノアが居ないことに、不安を覚えながら。

 

 

 アルミンから説明を受けたジャンは、まだ混乱していた。

 

 やっぱり、あの2体の巨人を屠ったのは、巨人を倒す奇行種なんだそうだ。そんなの聞いたことがない。

 

 ミカサはあいつに助けられて、そのことをきっかけに、アルミンが本部にあの奇行種を連れてきて、一網打尽にする作戦を立てたらしい。

 

 あの巨人が本当にちゃんと本部の巨人を倒してくれんのかは心配だが、俺たちは猫の手も借りたいような状況下にいたんだ。本部で巨人に囲まれているこの状況を打破する存在がいるってんなら、そりゃありがたいこった。

 こっちはこっちで補給に専念しよう。

 

 

 補給班の奴らから聞いた情報によると、

 補給室には5m級の巨人などが、計7体いるらしい。

 増えている可能性もあるが、俺たちはその情報を元に、作戦を立てることにした。

 

 

 アルミンの考えた作戦は、

 ①、補給室に降りるための装置に乗った訓練兵達が、巨人を引き付けて、銃を巨人の体に打ち込む

 ②、巨人が弱ったところで、補給室の張りの上に潜んでいた7人が一斉に巨人の項を狙う

 

 というものだった。

 

「作戦上、巨人の項を狙う7人は、最も成功率の高い7人にやってもらうけど、その7人には皆の命を預けるようなことになってしまって、申し訳なく思っているよ…」

 

 アルミンはそういうが、作戦上仕方の無いことだ。巨人の項を狙う7人になった、ジャン、ミカサ、アニ、コニー、サシャ、ベルトルトとライナーは、そのことを受け入れていた。

 

 

 

 結果から言うと、作戦は成功した。

 しかし、コニーとサシャは危なかった。2人は巨人の項を削ぎそびれて、食われる…と誰もが思ったところを、ミカサとアニに助けられたのだった。

 

 決死の作戦の後は、それぞれがそれぞれの場所で補給を始めた。

 

 

「俺が指揮役に向いてるとは思えねえな。もう、ああいうことは言うな。」

 

 ジャンは補給をしながらマルコに話しかける。

 

 

 

「…怒らずに聞いて欲しいんだけど、ジャンは強い人ではないから、弱い人の気持ちがよく理解できる。

 

 それでいて、現状を正しく認識することに長けているから、今、何をすべきか、明確にわかるだろ?

 

 ジャンの指示は正しかった。

 

 だから僕は飛べたし、

 こうして生きている。」

 

 

 

 マルコの言葉はジャンに強く響いたようだった。

 

 

 

 

 

「準備は出来たか!脱出だ!」

 

 

 この言葉を合図に、訓練兵たちは本部から脱出し、壁の向こう側へ、飛んで行った。

 

 




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7話 真実(トロスト区攻防戦3)

 

 

 二ファにガスを貰った俺は、壁を登るためのガスの量を気にしながら、本部にいるであろう104期の皆を助けに行こうと思った。

 

 俺の助けはもういらないかもしれないけど、今何かしなきゃ、後で後悔するだけだ。

 

 

 

 

 

 

 本部に着いた俺は、驚愕の光景を目にすることになる。

 

 

 

 

 

 エレンが、巨人の項から出てきた。

 

 

 

 

 

 

 俺は本部の近くで、屋根の上に固まっている104期を見つけたので、何事かと思って近づいていった。

 そこには幼馴染のアルミンとミカサ、同郷だと言っていたアニ、ベルトルト、ライナー、そして、ジャンがいた。

 皆、無事だったんだな。少なくともここにいる皆は。

 そう安心していた。

 

 

 が、皆の表情を見て、俺は不思議に思った。

 皆一様に驚いた表情をしていたのだ。

 

 その視線の先を見ると…

 

 死んだと聞いていたはずのエレンが、五体満足で巨人の体から出てきたではないか。

 

 俺はこの光景にちょっと心当たりがある気がした。

 しかし、何だったか思い出せない。

 

 でも、生きていたなら良かった。今はそれだけを喜んでおこう。

 

 

 

 

 あの後、ミカサがエレンを本部の上まで運んだ。エレンは衰弱しているようだ。

 

 まだ意識が覚醒しそうに無かったので、僕達はとりあえず、当初の目的の撤退をするために手動エレベーターのような機械に乗って壁を登っていた。

 

 そんな時、ジャンが俺に話しかける。

 

「お前が生きてて良かった……!お前が両足を巨人に食われたのを見たって聞いて…死んでんじゃねえかって……。あれは、嘘だったんだな。」

 

 ジャンは顔をクシャッと歪ませてそう言った。ジャンがそこまで心配してくれるなんて、思ってなかったな。

 

 しかし…………

 

「俺が巨人に両足を食われたっていうのは、本当なはずだ。なんで生きてるのか、両足が元通りになってるのか、俺も分からない。」

 

「はあ!?なんだよ、それ…。お前、夢だったとか…」

 

「夢じゃない。両足が無くなった感覚があの時はあったんだ。でも、目覚めたら、両足が生えている状態で、死んだ巨人の上に寝っ転がっていた。」

 

 狭いエレベーターのような箱の中だ。勿論俺たちの会話は、幼馴染達と、ライナー達に聞こえていた。

 

 アルミンはノアの話を聞いて、深く考え始める。

 

「エレンも、僕と一緒にいた時には既に細かい切り傷なんかがあったはずだ。それが、今は、戦いなんて嘘だったかのように、五体満足でここにいる。

……ノアも、そうってことだよね?」

 

「ああ、そう言われてみれば、前、ヘマしてやった傷なんかも消えてるな。」

 

 ノアのその言葉を受けて、アルミンは追い詰められたような表情を浮かべる。

 

「それって……」

 

 ジャン、ライナー、ベルトルト、アニもアルミンと同じことに気づいたようだった。

 

 ジャンは無意識に俺から1歩下がった。

 

「うん。ノアも、エレンと同じように巨人になっていたんじゃないのかな。巨人になって、両足を再生した。

……巨人になることで、両足を再生できるほど治癒能力があるかは分からないけど、そうとしか説明がつかない。」

 

 アルミンは俺にそう説明した。

 

 俺が巨人?冗談じゃない。俺は、ずっと人間として生きてきたんだ。それが、今になって本当は巨人でしたってか。

 

「俺は、人間だ!

 アルミンだって、俺の母さん、父さん、兄さんを見ただろ!今までだってずっと人間だった!」

 

 俺は、思いがけない事実にパニックになっていたが、それでも、俺が巨人になっていたということに心当たりがあった。アルミンの言うことは正論だし、それに、俺は目覚めた時、エレンと同じように死んだ巨人の項の近くに寝っ転がっていたのだ。

 口では人間だ、と言いながらも、心の中では本当は巨人だったのかもしれないと思っていた。

 

 

「ノア……。分かってるよ。今まで僕達は人間だった。

 でも、エレンだってそうだ。

 ……エレンだって、ずっと人間で、僕らと過ごしていたんだ。

 僕らは君が脅威では無いことを理解出来る。ノアと何年も過ごしてきたし、今回の戦いだってノアはここにいる誰よりも巨人を倒していた。

 

 ……でも、壁の中にいる人はそうじゃないかもしれない。

 エレンは多くの人に巨人から出てきたことを見られてしまったけど、ノアは一人でいたんだろう?

 それなら、ノアが巨人になれることは秘密にしておいた方がいい。」

 

 

 アルミンにそう言われて、ハッとなった。

 俺は、人に怖がられる存在になったのか。

 

 ジャンが俺から1歩引いてる位置にいるのがその証明だ。3年間共に過ごして、親友のように仲良くしていたとしてもこうなのだから、壁の内側の人達にとっては、俺は巨人そのもののように思われるだろう。

 

 

「そう…だな。アルミンの言うことは正しい。

 俺は…巨人なのかもしれない。でも、そのことは周りに絶対にバラさないようにしよう。ここにいる皆にも黙ってもらうことになるけど、大丈夫だろうか。」

 

「あ、ああ…もちろんだ。」

「そう…だね。」

「分かった。」

 

 ジャン、ベルトルト、アニは戸惑いながらも了承の返事を返した。

 

「あれ、ライナー?」

 

 ノアはライナーに返事を促す。

 

「お、おう…。勿論黙っておこう。」

 

 一拍遅れてライナーはそう返した。

 

 

 

 

 そうして、僕達は壁を降りる昇降機に乗っていた。その最中、嫌な予感がした。

 その着地地点に多くの駐屯兵団が待機しているのが見えた。

 

 

 俺たちが昇降機から降りると、その周りを囲んでいる駐屯兵団の兵士たちがこちらに刃を向けてきた。

 それは巨人用じゃなかったのか!?

 

 俺は、自分の存在がバレたのかと思った。

 

 

 しかし、あちら側の指揮官のような人が、

 

「エレン・イェーガーはどいつだ!?」

 

 と、叫んだことで、俺の正体がバレていないことに、少し安堵した。と、共に、エレンは死罪なんかにならなきゃいいが…と、心配していた。

 

 

 

 

 その後、エレン、ミカサ、アルミンはあの場所に残ったようだ。どうにかこうにか、エレンを殺されるのを避けるために、エレンを助けるために、残った。

 

 案の定、エレンは人類の敵、巨人として死罪にされそうな状況になっていた。

 

 俺も残ろうとしたが、アルミンが、

 

「ノア、君はジャン達と一緒に行くんだ。万が一君の力がバレたら、君の事も擁護しなければならなくなる。エレンのことは僕とミカサに任せてくれ。」

 

 そう小さな声で言われて、俺が残ると逆に足でまといになるのか、と考えて、ジャン達と一緒に生き残った104期達の元へ行き、束の間の休息を取っていた。

 

 休息と言っても、心は休まらなかった。アルミンとミカサ、そしてエレンが心配だ。

 

 俺は心配になるとじっとしてられないタチだ。

 

 ジャンに、

 

「ごめん、そこら辺歩いてくる。」

 

 と、一言だけ告げて、そこから離れた。

 

 

 

 

「なあ、お前さ、もし俺が死んだらどうする?」

 

 エレンがそう聞いてきた時、なんて答えたんだっけ。

 

「は?…縁起でもないこと言うなよ…」

 

「いや、気になっただけだ。勿論死ぬ予定は無い。」

 

「そうだろうけど…」

 

「で、どうする?」

 

「どうする?って……そりゃ、悲しむよ。1週間くらい、食事は喉を通らないかもな。今は割り切ってるけど、兄貴の時だってそうだった。」

 

 兄が死んだ後……シガンシナ区の住民はウォール・マリアの内側に避難した。その時、食料も補給されていたが、俺は食料も、水でさえ喉を通らない日もあった。

 兄の死に際を思い出して、あの巨人の顔を思い出して、気持ちが悪かった。

 エレンが死んだら……そんなこと、考えたくもない。

 

「……俺は、ノアが死んだら…」

 

 あいつはなんて答えたんだっけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩いている最中、俺は物思いに耽っていた。

 

 そんな中、ドーン、という音が聞こえた。

 

 心臓に響く音…

 

 そういえば、俺も巨人になった瞬間であろう、両足を食われた時に、この音が聞こえた。

 

 この、ドーン、という音は、巨人化の合図なのだろう。

 

 俺は、自分が巨人だということを認めざるを得なかった。

 

 

 しかし、さっきの音はいつもと違うような気がした。巨人化の音…というのもあるが、大砲の音のようにも聞こえたが……

 

 もしかして、

 

 俺はエレンたちのいる方向に目を向けた。

 

 硝煙が立っていた。

 

 エレンを生かすってのは失敗したのか?!皆は無事か!?

 

 俺は硝煙の方向へ急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 俺が辿り着く前に、事は終わっていたようだ。

 

 俺が先程の昇降機付近に着いたときには、エレンとアルミンが壁上で、なんだか偉そうな人と話していた。

 

 とにかく、3人は無事なんだな。良かった。

 ホッと一安心した。

 

 俺はミカサを見つけて、今の状況を聞いた。

 俺たちが行ったあと、エレン達は1度は大砲を打たれたらしい。しかし、エレンが巨人化で防いで、その後アルミンが駐屯兵団相手に説得を試みたところ、あの、今壁上で話しているお偉いさんが来て、エレンたちを殺すのを止めたそうだ。

 

 なんて危ない橋をわたってるんだ。

 

 

「ところでミカサ、あの二人は何の話をしているんだ?お偉いさんと話すことなんてないと思うけど…」

 

「次の作戦の話…だと思う。」

 

「作戦はさっき終わったのに、次の作戦があるのか?」

 

「エレンが人類の驚異にならないということは、エレン自身が示さなきゃならない。」

 

 相変わらず話が飛躍しすぎて何言ってるか分からねえ……

 

「つまり…??」

 

「エレンが次の作戦の鍵になる。」

 

 

 

 

 再び兵士達が集められた。

 

 『トロスト区奪還作戦』という名を掲げて。

 




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8話 巨人に勝つために(トロスト区奪還作戦)

 

 

 

 再び兵士達が集められた。

 

 『トロスト区奪還作戦』という名を掲げて。

 

 

 

 

「ちゅうもーーーーく!」

 

 

 

 先程のエレンたちと話していた司令が、ザワザワしていた俺たちを静まらせるくらい、大声でそう叫んだ。緩んでいた心がキュッと引き締まる感覚。

 前世の学校を思い出す。マイクも無しに、よく俺たちに届いているよな。

 俺の位置からは、司令…だと思われる人は、壁上に居て、米粒ほどの大きさだった。

 

 

 

 

「これよりトロスト区奪還作戦について、説明する。この作戦の成功目標は、破壊された扉の穴を塞ぐことである!」

 

「穴を塞ぐ手段じゃが、まず、彼から紹介しよう。訓練兵所属、エレン・イェーガーじゃ。彼は我々が独自に研究してきた、巨人化生体実験の成功者である!彼は、巨人の身体を生成し、意のままに操ることが可能である。」

 

 エレン…が、隣にいるのか。巨人化生体実験っていうのはおおよそ出任せだろう。

 

 

「ん"ん"!?

 なあ!今司令が何言ってるのか分からなかったが、それは俺が馬鹿だからじゃねえよな!?」

 

「ちょっと黙っていてくれ……………バカ」

 

 

 コニーとユミルがコントみたいな会話をしていたのを見てしまった。

 気持ちが暗くなっていた俺は笑いたい気分だったが、周りはそうでも無いみたいだ。

 

 それもそうだ。

 自分の同僚や、先輩後輩。中には兄弟とか愛する者を失った者も居るんだ。

 

 俺は、今回失ったものはほとんど無い。俺の、人間としての自覚くらいだろうか。

 人間というものは自分本位な生き物だ。

 俺は、自分の周りの人達が無事なら、それでいいんだ。亡くなった人達には申し訳ないと思っているが…。

 

 

 

「巨人と化した彼は、前門付近にある例の大岩を持ち上げ、破壊された扉まで運び、穴を塞ぐ。諸君らの任務は、彼が岩を運ぶまでの間、彼を他の巨人から守ることである!」

 

 

 

「この巨大な岩を持ち上げる!?そんなことが……人類は、遂に巨人を支配したのか?」

 

 誰かがそんな声を上げる。

 …いや、エレンと、俺だけに当てはまる話だと思うが。

 

 

「嘘だ!そんな訳の分からない理由で命を預けてたまるか!俺たちをなんだと思ってるんだ!俺たちは、使い捨ての刃じゃないぞ!」

 

 同期のダズだ。彼は司令が話し始める前も、そんなことを言って、戦場から離れたがっていた。

 ダズの気持ちも分からないでもない。でも、今はその言葉は、今回の作戦に疑問を持っていた者達の心を折るのに十分だった。

 

 

「今日ここで死ねってよ!……俺は降りるぞ!」

 

「俺も!」「俺もだ」「俺も降りるぞ!」

 

 

 訓練兵駐屯兵に関わらず、この作戦に命を掛けられないと判断したもの達が、この場から去っていく。

 

 

「覚悟はいいな反逆者共!今この場で叩き切る!」

 

 

 エレンを死罪にしようとした人だ。偉そうな人だが、ここで止めないと、規律が乱れることは目に見えて明らかである。

 

 

しかし、

 

 

「ワシが命ずる!今この場から去るものの罪を免除する!1度巨人の恐怖に屈したものは二度と巨人に立ち向かえん!巨人の恐ろしさを知ったものは、ここから去るがいい!

 そして…その巨人の恐ろしさを自分の親や兄弟、愛する者に味わわせたいものも、ここから去るがいい!」

 

 

「…それだけはダメだ。娘は私の…最後の…希望なのだから。」

 

 

 凄いことを言うものだ。司令という肩書きに嘘偽り無しというような、カリスマ性と、重みのある言葉だった。

 

 去りかけていた兵士たちの足は、徐に止まって、今来た道を戻り始めた。

 

 

 

 ピクシス司令の演説が続く。

 4年前の、アルミンのおじいちゃんも亡くなった、奪還作戦……あれは、口減らしだった。はっきりとそのことを司令が言うなんて、思ってもみなかったが………。

 そのことを黙っている俺たちにも罪がある……。

 

 彼らのおかげで、俺たちは生きている。

 

 

「しかし、今度はどうじゃ!このウォール・ローゼが破られれば、人類の2割の口減らしをすることだけじゃ、すまんぞ!?ウォール・シーナの中だけじゃ、残された人類の半分も養えん!

 

 人類が滅ぶなら、それは巨人に食い尽くされるのが原因ではない!人間同士の殺し合いで、滅ぶ!

 

 我々はこれより奥の壁で死んではならん。

 

 どうかここで、ここで死んでくれ!」

 

 

『人類が滅ぶなら、人間同士の殺し合いで、滅ぶ』………か。

 全くもってその通りだ。

 俺は、そうやって人類が滅びかけた時を、習ったはずだ。

 

 ……あれは、なんだったっけ?

 

 

 

 

 トロスト区奪還作戦の作戦内容は、エレンを守る先鋭班と、巨人を引きつける囮班に分かれることになった。

 

 俺のことを、ミカサが『先程の作戦での功績から考えて、先鋭班が妥当なはずです!』と、珍しく敬語を上手く使って先鋭班の班長に訴えていたが、その努力は実らなかった。

 

 俺は、結局囮班に配属された。

 それもそうだ。俺がさっき倒した巨人たちの大半は誰も見ていないところで倒していた。証拠がないなら、それは不確定要素という訳だ。

 まあ、俺が空いた穴付近で戦っていたのは周知の事実だったわけだから、そこから考えるとある程度巨人を倒していることになる訳だが…

 

 囮部隊でも何かできることはあるはずだ。何せ、同期の大半はこっちに配属される。先鋭班の方に配属されたのは、ミカサとエレンだけだ。

 ということは、囮の方に居れば、皆を助けられる機会が増えるかもしれない。

 

 ……そう、思っていたが…

 

 今回はさすがに俺も1人班という訳にはいかなかった。何せ、囮部隊だ。1人では囮として機能しない。

 さらに、囮なのだから、巨人を倒すのではなく、引きつけるのが目的だ。

 

 

 つまり、俺が居たとしても、

 味方が窮地に陥った!助けよう!

 と、なった時にはその人は食われている。

 

 

 そのくらい、引き付けてから逃げる、という作戦だったのだ。

 俺は、その事を作戦が始まってから知ったのだった。

 

 俺はこのトロスト区の襲撃が始まる前までは、この世界では転生者という特別な存在だし、他のものより戦闘力も高いことから、皆を助けられるはずだと、何の根拠も無く思っていたが、この戦いが始まってから、己の無力さを痛感させられることが多い。

 どれだけ力を持っていても、どれだけ他のものとは違くても、出来ないことは出来ない。死んでいく者はそこで死んでしまう。助けることが出来ない命がある。

 

 認めよう。

 

 ここは、本物(リアル)だ。

 

 

 どうにもならないことは、どうにもならない。自分に都合のいいことは起きやしない。そう思って、精一杯生きていくしかないんだ。

 

 

 

 

 

 

 ドーン

 

 雷が落ちるような音が響き渡り、エレンは巨人化した。

 

 先鋭班として配属されていた、リコ・プレツェンスカは、本当に巨人になったことに若干の驚きと、希望を持っていたが、その考えはすぐ覆された。

 

 

 エレンがミカサを攻撃した。

 

 

 その行動は、先鋭班を失望させるには充分すぎた。

 

 

「作戦失敗だ。分かってたよ。秘密兵器なんて存在しないってことを。」

 

 

 ミカサはエレンの説得を試みるが、それも虚しく、エレンはミカサを攻撃しようとして自分に拳を当てた。自滅したエレンは、大岩を背に座り込んでいた。

 

 

 

 その時は、先鋭班達は撤退しようと考えていた。

 

 

(イアン視点)

 

 

 ところが、ピクシス司令に先鋭班の指揮を任されたイアンは、このまま撤退していいのか、迷っていた。

 

 

 この班の命運を決めるのは、自分だ。

 

 リコとミタビは撤退しようとしているが、ミカサは残ろうとしている。

 

 このまま撤退したとして、作戦開始から今までに落とした命はどうなる?無駄死にということになってしまうのでは無いか?

 

 そう考えたら、このまま撤退してはいけない。いや、俺たちは退()()()()んだ。

 

 

 イアンは、作戦続行をすることに決めた。

 

 

 

 

(ジャン視点)

 

 

 壁上に居る時、赤い信煙弾が見えた。作戦は失敗したのか?

 

 隣ではアルミンが煙弾の見えた方向へ走り出していた。

 

「おい、アルミン!」

 

 コニーがそう叫ぶが、アルミンは止まらなかった。

 

 その後から、ノアがアルミンを追いかけて行った。

 

 おいおい、規律はどうした、命令はどうした……?

 お前ら、幾ら何でも自由すぎだぞ!?

 

 

(ノア視点)

 

 

 壁上でアルミンを追いかけていた俺は、アルミンに追いついてから、こう切り出した。

 

「このまま行って、何をするつもりだ?俺たちにも出来ることがあるのか?」

 

 俺は少なくとも、自分が行って何か大きく変わることがあるとは思えなかった。

 

「僕達だから、出来ることがあるはずだ。今の状況がどうなっているか、見てみないと分からないけど、そもそも行ってみないと何も始まらない。」

 

 確かに、アルミンの言う通りだ。

 俺はアルミンについて行くように、壁の上をまた走り出した。

 

 

 

 

 俺達は、大岩のある場所に着いて、大岩にもたれかかっている巨人のエレンを見つけた。

 

「何をやっているんだ、エレン…。」

 

 アルミンは、死んでいった仲間たち、先輩達を思い浮かべているようだった。

 アルミンはそう呟いた後、ノアに、

 

「ここは僕がどうにかする。ノアは近づいてくる巨人と戦ってくれ。」

 

「どうして…。いや、お前達が心配だ。ここに残る。」

 

「ダメだ!人には適材適所というものがある。僕だって、巨人と戦う力があったら、ここにいる巨人を全部殲滅させて、皆を助けたいよ。でも、出来ない。けど、君にはできるだろう!?」

 

 俺は巨人の項を削ぐことしか出来ないが、アルミンには、状況を考える力も、判断力もある。アルミンならこの状況をどうにかできるのかもしれない。

 

「……アルミン、エレンのことはアルミンがどうにか出来るんだな?」

 

「…確証はないけど、やってみるよ。」

 

「そうか……絶対に、生きてまた会おう。」

 

「うん、勿論。」

 

 俺は、腹を括って、エレンたちを守るために、戦っている先輩達を助けるために、巨人を倒しに向かった。

 

 

(アルミン視点)

 

 

「ミカサ!作戦はどうなった!?エレンはどうなっているんだ!?」

 

 アルミンは、ちょうど屋根の上にいるミカサを見つけ、そう問いかけた。

 

 

「アルミン!危険だから離れて。その巨人にはエレンの意思が反映されてない!私が話しかけても反応がなかった!もう誰がやっても意味が無い!」

 

 

「作戦は!?」

 

 

「失敗した。エレンを置いていけないから、みんな戦っている!だけど、このままじゃ、巨人が多くて全滅してしまう!」

 

 

 このままじゃ、先鋭班が、全滅…。

 

 そんなことになる前に、いち早くエレンをどうにかしなければいけない。この瞬間にも、先鋭班の皆は、囮班の皆は、ノアは、戦っているんだ。

 

 

「ハッ……くっ………後頭部から項にかけて、縦1メートル、横10センチ。」

 

「アルミン!」

 

「僕がエレンをここから出す!ミカサはここを巨人から守ってくれ!…巨人の弱点部分からエレンは出てきた。それは、巨人の本質的な謎と恐らく無関係じゃない。大丈夫。真ん中さえ避ければ、死にはしない。

 ただ、ほんのちょっと、痛いだけだ!」

 

「アルミン!無茶はやめて!」

 

 

「ミカサ!今、自分に出来ることをやるんだ!ミカサが行けば、助かる命があるだろう!エレンは僕に任せて、行くんだ!」

 

 

 ミカサはそう言われて、巨人がいる方向へ向かった。

 

 

 

(イアン視点)

 

 

 

「そこの訓練兵!何をしているんだ!お前は囮班だろう!?」

 

 俺は、見つけた白髪の訓練兵に向かって問いかける。

 

「すいません、援護に来ました。理由は後で説明します!ここを一緒に守らせてください!」

 

 戦力が増えるのはありがたい限りだが、一体なんで…?

 考えるのは後だ。

 

「戦力が1人増えるのは、こちらにとってはありがたい。しかし、班はもう出来ていて、班員たちもそれぞれの役目をこなしている。お前が入ったとして、班には入れられないのだが、それでもいいだろうか?1人で巨人を倒せる程の実力があるようには見えないが…。」

 

 同じ屋根の上に飛び乗って、そう伝える。その訓練兵を一刻も早く前線から退かせるべきだと思い、無茶を言ったつもりだったが、その訓練兵は、

 

「ええ、はい。大丈夫です。むしろそちらの方が、力が出せますので。」

 

 予想外の答えに、イアンは一瞬フリーズしてから、

 

「そうか、なら、遊撃部隊を任せよう。お前の判断で巨人を倒してくれ。」

 

 そう言った。

 

 

(ノア視点)

 

 

 俺はまたもや、1人の遊撃部隊に任命された。

 

 俺は巨人を何体も倒すことに関しては誰にも負けないと誇っている。特に、固まっている巨人は、細かいアンカーの動きを駆使して首筋を狙える。俺は立体機動装置を繊細に動かすことを得意としているからだ。

 しかし、1発の重さには自信が無い。その点ミカサは1発が重い。俺はたまに1発じゃ巨人を倒せないことがあるので、ミカサの戦闘面でのことは大いに尊敬している。

 

 しかし、今回必要なのは、エレンに群がろうとする巨人たちを早く、倒すことだ。立体機動装置の扱いが上手いと役に立てるだろう。

 

 俺は、街中を飛び回って、巨人を何体も駆逐していた。

 

 

 

 

「ジャン、何してるんだ!?」

 

 巨人を倒すために街中を飛び回っていたノアは、立体機動装置を使わずに巨人に追われて走っているジャンを見つけた。

 

「装置の故障だ!こんな時にっ…」

 

 装置の故障だって!?ジャンは今までそんなことなかったはずだ。なんで今…!!

 

 考えるのは、後だ。

 

 

 

「ジャン、俺が援護する!お前は、この状況をどうにかしろ!お前は、判断に関しては一流だからな!」

 

「おい、ノア!」

 

 俺はそう言って、今度は親友を助けるために巨人を駆逐していた。

 

 

「ノア!俺達も加勢する!」

 

 

 コニーが叫んだ。アニとマルコも一緒なようだ。

 

 ジャンは俺より重い。

 けど、コニーかマルコと2人がかりなら屋根上までは連れていけそうだ。

 しかし、その後どうする?

 さすがに俺らでは壁上まで連れて行けるか怪しい。でも、やるしかないのか?

 

 

 俺がそんなことを考えている間にも、状況は刻一刻と変わっている。

 ジャンの方を見たら、どうやら、兵士の死体の立体機動装置を貰おうと考えているようだ。

 そっちの方が俺の案よりいい。

 やっぱり、判断力は一流だな。

 

 

 ところが、上手くいっていないようだ。

 

「ジャン、落ち着け!」

 

 俺たちはジャンを助けることに専念した。

 

 

 俺たちはジャンを助けるのに成功した。

 

「無茶しやがって!」

 

 壁上に着いてから、ジャンはそういうが…

 

「無茶はお前だろう!生きた心地がしねえよ…」

 

 コニーが俺の気持ちを代弁してくれた。

 

「ジャン、お前、死ぬかと思ったぞ……。」

 

 ジャンが、死ぬかと思った。俺らも、死線をくぐった。

 しかし、全員無事で良かった。

 

 

「ハッ!あれを見て。」

 

 アニがそう言う…と、共に、ドシン、ドシンという音がトロスト区中に響き渡る。

 

 

 ――エレンだ!

 

 

 アルミンは成功したんだな。

 

 アルミンは己の役割を全うした。俺も自分に出来ることを精一杯するだけだ。

 

 

「邪魔をさせるな!エレンを援護するんだ!」

 

 ジャンがそう言って、俺たちは飛び立った。

 

 

「ごめん、ジャン!俺は単独行動に戻る!絶対無事でいろよ!」

 

 俺が自分の力を最大限に出せるのは、1人の時だ。仲間がいると迷ってしまう。

 

「ああ、分かった!お前は1人でも大丈夫だろうが、そっちも死ぬなよ!」

 

 ジャンは俺が、仲間がいると迷ってしまうということを理解していた。

 

 

 

 

 エレンの進行方向には、10メートル級が5体。

 その下には、立体機動装置を使わずに走っている兵士たちが大勢。

 

 何を……してるんだ?

 

 そんなことをしていたら命が幾つあっても足りない。

 

 でも、俺がやることは1つだ。巨人を駆逐すること。

 敵は5体、集団だ。複数対1の戦闘は誰にも負けない自負がある。

 

 2体は先程3人の兵士が遠ざけたから、まずは手前の3体からだ。

 

 

「フッ!!」

 

 

 出来るだけ力を込めて刃を振るう。

 一撃で仕留めなきゃ、時間がかかって、下で走っている兵士たちが死んでしまう!

 

 俺は、3体連続で項を狙って…

 倒した。

 

 

「そこを走っている兵士3人!離脱してください!俺がそこの2体を倒します!」

 

 離脱してもらった方が、兵士たちが巨人に食われる心配もないので、迷わずに済む。

 

「おう…、任せよう!」

 

 リーダー格らしき人がそう答えて、その3人は離脱した。

 

 

 そして、間髪入れずに2体の項を連続で狙い、また、成功した。

 

 さっきやったような、連撃が成功する確率は今のところ50%行けばいい所だった。2回連続で成功するなんて、今日はツイてるな。

 

 俺は、他にも兵士を食べようとしている巨人の項を間一髪のところで削いで、助けたり、地面を走っている者達にある程度引き付けられて、エレンから距離がある巨人を優先的に倒していた。

 

 

 俺がそんなことをしている間に、エレンは穴付近に辿り着いたようだ。

 

 

 

 しかし、

 

 そこには1体、取り残した巨人が立ちはばかっていた。俺は、今、エレンと距離が離れている。間に合わない。

 

 そう思ったその時――

 

 1人の、白髪の駐屯兵がその巨人の目を刺してから、エレンの前を走っていたミカサが項を削いだ。

 

 どうなる事かと思ったが、エレンは穴を塞げたようだ。

 

 人類が…巨人に勝ったんだ!

 

 

 

 

 

「皆…、死んだ甲斐があったな……人類が今日、初めて、巨人に勝ったよ。」

 

 白髪の駐屯兵、リコ・プレツェンスカは死んだ仲間を思いながら、作戦成功の信煙弾を打ち上げた。

 

 

 

(アルミン視点)

 

 

 アルミンはエレンを巨人の体から出そうとしていた。しかし、巨人の体とエレンの体の一部が合体して、上手く引っこ抜けない。

 

「アルミン!」

 

「体の一部が、一体化しかけている!引っ張っても、取れない!」

 

 ミカサとアルミン、リコの3人は、エレンを回収してから壁へ登ろうとしていた。

 

「切るしかない。」

 

 リコは素早くそう判断し、エレンの巨人と繋がっている部分を切り離した。

 

 しかし――

 エレンを引っ張っていたアルミンとエレンが、エレンの巨人の上から勢い余って落ちた場所の近くには、10メートル級が2体。

 

 今度こそ、死ぬかもしれない。そう思った時…

 

 パシュッ、シューン

 

 回転しながら2体の項を一瞬で削いだ、1つの影があった。

 

「あれは…」

 

 

 

 自由の……翼。

 

 

 

「おい、ガキ共!これはどういう状況だ。」

 

 

 

 

 

 

 その後、急遽駆けつけた調査兵団と、駐屯兵団後衛部の活躍により、ウォール・ローゼは再び巨人の侵入を阻んだ。

 トロスト区に閉じ込めた巨人の掃討戦には、丸1日が費やされ、その間、壁上固定砲は火を吹き続けた。

 壁に群がった巨人のほとんどが榴弾によって死滅し、僅かに残った巨人も、主に調査兵団によって掃討された。

 その際、4メートル級1体と、7メートル級1体の巨人の生け捕りに成功する。だが、死者・行方不明者142名、負傷者804名。人類が初めて巨人の進行を阻止した快挙であったが、それに歓喜するには、失った人々の数があまりに大きすぎた。

 

 




 (7/26に編集しました)


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8.5話 【幕間】ある者の記憶

 

 

(?視点)

 

 

 私だって、何か出来ることがあると思ってた。

 

 でも、この世界は残酷だ。

 

 その言葉が、本当にそうなんだと、身をもって体験することになるとは、あの時は思ってもみなかった。

 

 

 それは、トロスト区奪還作戦が終わってからのことだった。

 

 

 

「ハッ…おい…お前、マルコ……か?」

 

 ジャンは、マルコの遺体らしきものを見つけてしまった。

 

「訓練兵、彼の名前が分かるのか?」

 

 遺体を回収する作業をしていた医療班の1人が、ジャンに声をかける。

 

 

「いねえと思ったら、でも…こいつに限って、ありえねえ。マルコ…何があった?だ、誰か、だれか、こいつの最後を見たやつは、」

 

「彼の名前は?知ってたら早く答えろ。

 分かるか?訓練兵。岩で穴を塞いでからもう2日経っている。それなのにまだ遺体の回収が済んでいない。このままでは伝染病が蔓延する恐れがある。二次災害は阻止しなければならない。仲間の死を嘆く時間はまだ無いんだよ。

 分かったか?」

 

「……第104期、訓練兵団所属、マルコ・ポット…」

 

「マルコか…名前が分かってよかった。作業を続けよう。」

 

 

 私は、その光景を見て、どうにもならないんだ、と思った。どうにかしようとしたけど、全部裏目に出る。

 私には、特別な力はない。ただ、行いが良かっただけだ。でも、彼らを、こんな残酷な世界を作ってしまったのは私なのに…

 

 そんな時、私の頭に思い浮かんだのは…何回目だったか、言っていた、アルミンの言葉。

 

『何かを変えることのできる人がいるとすれば、その人は、きっと、大事なものを捨てることができる人だ。何も捨てることができない人には、何も変えることは出来ないだろう。』

 

 何かを成すには、犠牲が必要だ。

 私には、今までその覚悟が無かったんだ。

 

 自分をも、捨てられる覚悟。

 

 次は、絶対に失敗しない。

 

 

 

 

 そう言って、覚悟を決めてやり始めたのは、何回前の事だったか。

 

 もう何百回と繰り返している。

 

 私のせいで巻き込まれたものには、深く責任を感じている。でも、そうするしか無かった。

 

 自分で始めたことにケリをつけるためには自分でどうにか終わらせなきゃいけない。そう、分かってたはずなのに、願ってしまったんだ。

 

 助けを。

 救いを。

 

 

 もうこの世界に神様なんていないのに。

 

 

 

 

 私は、何回目になったか、もう最初の記憶も曖昧なまま、またトロスト区奪還作戦を繰り返していた。

 マルコを救うために、どうすればいいのか、何回も繰り返した結果、辿り着いたのは…

 

 

「うわああああああ!辞めてくれ!何でこんなことを!わああああ!!!」

 

 

 マルコを巨人の状態のまま咥えて、丸1日街中を走ることだった。

 今日を超えれば、死亡フラグは完遂される。それを知ったから、この作戦が1番有効だと思っている。

 

 マルコには心の傷を与えることになるが、それも、いつかは治まるだろう。

 

 今回も、私はマルコを咥えて、調査兵団の先鋭達の攻撃を掻い潜って、街中を駆け巡っていた。

 

 




 読んで下さりありがとうございます!
 1~8話まで編集しましたが、大きな変更はないと思います。(あったらごめんなさいm(_ _)m)
 今回の8.5話は番外編という感じで書いてみました。マルコの遺体をジャンが見つけたところですね。誰視点かは『?』ということになっていますが、勘のいい方は気づくかもしれませんね。
 続きの9話も投稿しますのでぜひ読んでってください!


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9話 行く末

 

 

(ノア視点)

 

 トロスト区奪還作戦の後から、エレンは憲兵団の所有する地下牢に閉じ込められていた。

 エレンが人類の勝利に貢献したのはあの場で見ていた誰もが知っていたが、奪還作戦の最初に暴れていたということもあって、危険物扱いのようだ。

 

 ……俺も、1歩間違ったらエレンと同じ立場だったのかもしれない。そう考えるとヒヤッとした。

 

 そのことに関して近々、裁判が開かれるらしい。

 裁判と言っても、兵団同士の裁判で、

 憲兵団は身柄を拘束して、最終的に死罪にすることを、

 調査兵団はリヴァイ兵士長を責任者とすることで、調査兵団の一員としてエレンを迎え入れることを主張していると、専らの噂だ。

 そして、どちらの意見を受け入れるか、判断するのは3つの兵団のトップである、ザックレー総統だ。

 

 

 

 

 エレンが審議所に入ってきた。

 

 アルミンとミカサは、俺と一緒に昼食を取っていた所を、証人として呼ばれていた。恐らく、昇降機の前で説得したのがあの2人だからだろう。俺はエレンがどうなるのか自分の目で見るために、一般向けに解放されていた傍聴席にいた。

 

 そしてもし、エレンが殺されるとなったら――

 

 兵団に刃を向けることも厭わない。

 

 その、覚悟があった。

 

 

「そこに膝まづけ!」

 

 エレンは手錠をつけられて、柱に固定されていた。

 

 

「では、始めようか。エレン・イェーガー君だね。君は公のために命を捧げると誓った兵士である。違わないかい?」

 

 今回の審議を決める、ダリス・ザックレー総統だ。

 

「はい。」

 

「異例の事態だ。この審議は通常の法が適用されない、兵法会議とする。決定権は全て私に委ねられている。君の生死も、今一度改めさせてもらう。異論はあるかね。」

 

「…ありません。」

 

 

「察しが良くて助かる。単刀直入に言おう。

 やはり、君の存在を隠すことは、不可能だった。

 君の存在をいずれかの形で公表せねば、巨人とは別の脅威が生まれかねない。

 今回決めるのは、君の動向をどちらの兵団に委ねるかだ。

 

 憲兵団か、

 調査兵団か。

 

 では、憲兵団より案を聞かせてくれ。」

 

 

 憲兵団の主張は、俺が噂で聞いた通り、エレンを拘束して、解剖してから、殺すこと。

 そして、調査兵団の主張は、エレンの巨人化を利用して、ウォール・マリアを奪還することだった。

 

 

 

 しかし、憲兵団が始めた話はエレンの過去にまで遡っていた。エレンはミカサを誘拐犯から助けるために人を殺したことがある、ということだった。

 

 そんなこと、知らなかった。

 

 9歳……俺と既に出会っていたはずだ。

 

 どうして……、そんな大事なこと黙ってたんだ。

 

 だから、ミカサとエレンは家族のようでいて、家族じゃなかったんだ。

 

 俺は、数年ぶりの謎が解けたような達成感もありながら、その大半はどうして俺に教えてくれなかったんだという怒りと悲しみに覆い尽くされていた。

 

 

 

「いかに正当防衛とはいえ、根本的な人間性に疑問を感じざるを得ません。果たして彼に人類の命運、人材、資金を託すべきなのかどうか。」

 

 憲兵団の、ナイル師団長がそう言う。

 

「そうだ!あいつは子供の姿でこっちに紛れ込んだ巨人に違いない!」

 

「あいつもだ…。人間かどうか疑わしいぞ!?」

 

 傍聴席に居た1人がミカサのことを指差してそう言った。

 

「そうだ!念の為に解剖でもした方が…」

 

 幾ら何でもおよそ6年前の殺人、それも正当防衛のものでエレンもミカサも人間性が疑わしいと言われるのはおかしいだろう。

 それに、ミカサは巨人どうのこうのとは全くの無関係なはずだ。

 俺の周りの一般傍聴席でも、根拠の無い憶測が飛び交っていた。

 

 俺がそれに耐えきれなくなって、声を上げようとした時、

 

 

「待ってください!俺は化け物かもしれませんが、こいつは関係ありません!無関係です!」

 

 エレンが反論していた。

 

「信用できるか!」

 

「真実です!」

 

「庇うってことはやっぱり仲間だ!」

 

「違う!!!」

 

 ガシャンッ

 

 エレンが手錠を柱に打ち付けた音が室内中に響き渡る。

 

「いや、違います。しかしそちらも、自分たちに都合のいい憶測ばかりで話を進めようとしている。

 だいたいあなた方は、巨人を見たことも無いくせに、何がそんなに怖いんですか?

 

 …………力を持ってる人が戦わないで、どうするんですか!

 生きるために戦うのが怖いって言うなら、力を貸してくださいよ!

 この、腰抜けどもめ!

 

 いいから黙って、全部俺に投資しろおお!」

 

 

 『全部俺に投資しろ』……?

 エレン……、迷った末に言う言葉がそれかよ!

 幾ら何でもそんなこと言ったら……

 

「ハッ…構えろ!」

 

 憲兵団がナイル師団長の指示で、銃をエレンに構える。

 エレンが殺されるかもしれない!そう思って1歩を踏み出しかけた時――

 

 

 

 ドゴンッ

 

 

 

 それは、おおよそ人を蹴っている音とは思えなかったが、目の前ではリヴァイ兵士長がエレンのことを蹴っているのが見えた。

 

 

 

 ドゴッボコッガスッゲシッ

 

 

 

 そんな音が、何回も繰り返された。見てられないほど痛々しかったが、エレンの射殺は免れたようだった。

 

 …………エレンには悪いが、リヴァイ兵長が蹴っている音がリズム良く聞こえたのはここだけの話だ。エレンには悪いが。

 

 

 俺はすぐその思惑に気づいたが、他の傍聴席の人々は、リヴァイ兵士長の行動に目を疑っている様子だった。

 

 

「……これは持論だが、躾に一番効くのは痛みだと思う。

 今お前に必要なのは言葉による教育ではなく、教訓だ。しゃがんでるから、ちょうど蹴りやすいしな。」

 

 

 痛みで教育するなんて…何時代の出来事ですか?

 蹴りやすいって…リヴァイ兵士長が蹴るためにエレンはしゃがんでるんじゃないんですが…。

 

 幾ら何でもやりすぎだ…。

 

 

「………待て、リヴァイ…」

 

 ナイル師団長がリヴァイ兵士長を止める。

 

「なんだ」

 

「危険だ。恨みを買ってそいつが巨人化したらどうする。」

 

「…何言ってんだ。

 お前ら、こいつを解剖するんだろ?

 こいつは巨人化した時、力尽きるまで、20体の巨人を殺したらしい。

 敵だとすれば、知恵がある分厄介かもしれん。

 だとしても俺の敵じゃないが…。

 だがお前らはどうする。

 こいつを虐めたヤツらもよく考えた方がいい。

 本当にこいつを殺せるかどうか。」

 

 リヴァイ兵士長はもっともな事を言っている。エレンを殺すにしても殺さないにしても、巨人化したエレンに勝てる程の実力が必要だ。

 少なくとも今ここにいるもので巨人化したエレンに勝てるのは、俺の知っている限りだとリヴァイ兵士長か、ミカサか、自惚れかもしれないが、俺くらいだろう。

 しかしそもそも俺とミカサはエレンを殺すなんてことはありえない訳だから、つまりこの場ではエレンを殺せる人物はリヴァイ兵士長のみということになる。

 

 

 

「総統!御提案があります。」

 

 調査兵団の、エルヴィン団長がザックレー総統に提言する。

 

 

「なんだ?」

 

「エレンの巨人の力は、不確定な要素を多分に含んでおり、危険は常に潜んでいます。そこで、エレンの管理をリヴァイ兵士長に任せ、その上で壁外調査に出ます。」

 

「エレンを伴ってか?」

 

「はい。エレンが巨人の力を制御できるまで、人類にとって利がある存在かどうか、その調査の結果で判断していただきたい。」

 

 

「エレン・イェーガーの管理か…。

 出来るのか?リヴァイ。」

 

 

「殺すことに関しては間違いなく。問題はむしろ、その中間がないことにある。」

 

 

「結論は出たな。」

 

 そう言って、ザックレー総統はガベルを叩いた。

 

 

 

 

 あの後、エレンの身柄は調査兵団に委ねられることが正式に決まった。

 

 とにかく、死罪なんてことにならなくて、一安心だ。

 しかし、エレンはリヴァイ班に配属されて、旧調査兵団本部、という辺境の地に行くこととなった。

 それもそうだ。

 エレンは巨人化する恐れがある。

 ということは、人気のない場所で過ごす必要がある。

 

 しょうがない事だった。

 

 

(エレン視点)

 

 

 

 あの裁判の後、俺とリヴァイ班に配属されている先輩兵士たちは、馬で旧調査兵団本部へと移動していた。

 

「旧調査兵団本部。

 古城を改装した施設だけあって、趣とやらは1人前だが、こんなに壁と川から離れたところにある本部なんてな、調査兵団には無用の長物だ。まだ志だけは高かった結成当初の話だ。

 しかし、このデカいお飾りが、お前を囲っておくには最適な物件になるとはな。」

 

 リヴァイ班と呼ばれる先鋭班の先輩がそんなことを教えてくれた。

 リヴァイ兵士長が後ろから着いてきているのを見る。

 

 しかしながら、乗馬中にそんな長台詞を言って、舌を噛まないのだろうか?先鋭班だから、馬の扱いにも慣れているのかもしれない。

 

 

 

「調子に乗るなよ、新兵。巨人だかなんだか知らんが、お前のような小便くさいガキにリヴァイ兵長が付きっきりになるなんt…

 

 ああああああぁぁぁ!!」

 

 

 そんなことは無かった。先輩は、案の定、舌を噛んで、悶絶していた。

 

 

 

 

 俺とリヴァイ班の皆さんは、旧調査兵団本部に着いたその日から、リヴァイ兵士長の命令で、本部の清掃をしていた。

 

「上の階の清掃、完了しました。」

 

 俺はリヴァイ兵士長に近づきながら、そう言う。

 

「俺は、この施設のどこで寝るべきでしょうか。」

 

「お前の部屋は、地下室だ。」

 

「また、地下室…ですか。」

 

 裁判の前にいたのも、地下室だった。

 あの、一日中日が当たらなくて今いつ頃なのか、朝なのか夕方なのかも分からないところが、また俺の部屋なのか…。

 

「当然だ。お前は自分自身を掌握できてない。

 寝ぼけて巨人になったとして、そこが地下ならその場で拘束できる。

 これは、お前の身柄を手にする際提出された条件の1つ。守るべきルールだ。

 …部屋を見てくる。エレン、お前はここをやれ。」

 

「あ、はい。」

 

 俺は、意外に思った。リヴァイ兵士長が、思ったより破天荒な人では無いことに。

 

「失望したって顔だね、エレン。」

 

 リヴァイ班のペトラさんが急に柱の影から出てきて、俺に話しかける。

 

「はい?!」

 

「あ、エレンって呼ばせてもらうよ。兵長に習ってね。ここでは兵長がルールだから。」

 

「はい…それは、構いませんが…俺今、失望って顔をしていましたか?」

 

「珍しい反応じゃないよ。世間の言うような、完全無欠の英雄には見えないでしょ。現物のリヴァイ兵長は。思いの外小柄だし、神経質で、近寄り難い。」

 

 確かに、そこも多少は意外だとは思ったが、1番は…

 

「いえ…、俺が意外だと思ったのは、上の取り決めに対する、従順な姿勢です。」

 

「強力な実力者だから、序列や型には嵌らないような人だと思った?」

 

「はい…誰の指図も意に介さない人だと…」

 

「私も詳しくは知らないけど、以前はそのイメージに近い人だったのかもね。リヴァイ兵長は、調査兵団に入る前、都の地下街で有名なゴロツキだったって。」

 

「そんな人が、なぜ…」

 

「さあね。何があったのか知らないけど、エルヴィン団長の元に下る形で、調査兵団に連れてこられたって聞いたわ。」

 

「団長に…?」

 

 俺がそう呟いた後、ペトラさんがホウキで床をはき始めるのと、リヴァイ兵長がこの部屋に入ってくるのはほぼ同時だった。

 

「おい、エレン!全然なってない。全てやり直せ。」

 

 あれから俺は、リヴァイ兵長に何回もチェックされて、やっとのことで1部屋、掃除が終わったのだった。

 

 

 その日の夜、ハンジ分隊長がここ、旧調査兵団本部に訪ねに来ていた。正確には、俺を。

 

 ハンジさんは、巨人の実験をしていて、少なからず、捕らえた巨人達に愛情を注いでいるような、変人だった。

 

 調査兵団は、まるで…変人の巣窟だ。

 

 あの時、ハンジさんの巨人実験の話をもっと聞きたいと言ってしまったのが運の尽きだった。

 

 ハンジさんに実験の話をもっと聞きたいと言ったら、快く了承して、巨人の実験の話を続けてくれた。

 

 最初の実験から、丸1晩かけて。

 

 

 明くる日の朝。ハンジさんと俺は、まだ食堂にいて、ハンジさんが嬉々として巨人実験の話を続けているところだった。

 俺は、眠くてしょうがなかったが、自分から聞いたことなのに、途中で止めるのは申し訳なくて、こんな時間になってしまったのだった。

 

 そんな時、食堂のドアを急いで開けた人がいた。

 

「ハンジ分隊長はいますか!?被検体が、巨人が2体とも殺されました!」

 

 トロスト区奪還作戦後の掃討作戦で捕まえた巨人2体が殺された。

 その報告を受けて、ハンジさんの班と、リヴァイ班と俺は、殺された2体の巨人が居たはずの場所へ急いで向かった。

 




※長い上に作者の自分語り等が入りますので、苦手な方は飛ばしてしまって大丈夫です。本編には関係ありません。

 お久しぶりです。長い間待たせてしまってすいません!9話を読んで下さりありがとうございます。

 この小説は元々パスワード投稿で完結させてから公開しようとしていたのですが、8話まで間違って投稿してしまいました。何も説明無く9話の投稿が遅れてしまいごめんなさい。8話までを消すことも考えたのですが、有難いことに皆さんのお気に入り登録や評価を頂けましたので、8話までを公開したままにしました。
 お気に入り登録や評価をくださった方、本当にありがとうございます!!!

 この度私の手元で一応完結しましたので、これからちょくちょく投稿していきます。是非最後まで読んで頂けたらと思います!


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9.5話 【幕間】お見舞い

番外編です。


 

(ノア視点)

 

 

 俺とジャンは、トロスト区の掃討作戦、そして、今回の犠牲者達の弔いを終えた後、それらの現場で見なかったマルコの情報を得た。

 

 何でも、巨人に恐怖して可笑しくなってしまった精神患者達が入る、精神病棟に居るらしい。

 

 俺たちは怪訝に思いながらも、あの、巨人達に仲間を食われる所を見てしまったら、可笑しくなってしまうのも仕方がないと思って、お見舞いに行った。

 

 その時は、あんなにマルコが、変わってしまったなんて思っていなかった。

 せいぜい、ちゃんと話せて、所々可笑しい所があるくらいのものだと思っていたんだ。

 

 

 

 

 俺たちがマルコの居る病室に着いた時は、その病室は人がいるはずなのに、その気配がないような感じがして、静寂に包まれていた。

 

 前世の病室そのものだ。

 

 ……いや、そりゃそうだ。正真正銘病室だ。病人の病気を良くするための。

 

 俺は、前世の記憶を少し思い出して、嫌な気分になっていた。

 

 

「マルコ?見舞いに来たぞ!大丈夫か………」

 

 ジャンがそう言いながら俺より先にそう言って入ったが、途中で言葉を詰まらせていた。

 

「ジャン?マルコは、どうしたの……?」

 

 俺もその後に続いて入ったが、俺もジャンと同じように目を見開いた。

 

 

 そこには、俺たちの知るマルコはいなかった。

 

 

 整えられていない髭、黒ずんだクマ、そして、こちらを怯えるように見る、目。

 いつも穏やかな表情で皆をまとめていたマルコの表情は、今は、恐怖で染まっていた。

 

 

「ひ、ひいっ」

 

 俺たちの姿を見てすぐ、マルコは俺たちの立っている位置から対角線上の、ベットの端まで飛んで行った。

 

「もう……やめてくれ、こっちに来ないで……嫌だ、やめろ、あああああああああ!!!」

 

 マルコはそんなことを仕切りに呟いたり、叫んだりしていた。

 

「お、おい……マルコ、俺らは巨人じゃない。3年間、一緒に訓練兵団でお前と訓練を共にした、ジャンとノアだ!分かるだろ?」

 

 ジャンは何とか俺たちを認識させようとしていたが、マルコは暴れて近づけないし、何より目のハイライトが消えて、正気を失っているようだった。

 

 俺は、ここまで酷いものなのか…と、変わり果てたマルコの姿に驚愕して、1歩も動けなかった。

 

 

 

 

 

 その後、立ち尽くしていた俺たちは付き添いのナースさんに退出を促され、こうなった経緯を教えてもらった。

 

 マルコは掃討作戦の最中、巨人に丸1日咥えられて、街中を連れ回されたらしい。

 

 そんなことがあったなんて……

 あのマルコの姿も、理解出来る。

 

 丸1日死と隣り合わせなんて、誰でもああなる。

 

 

 しかし、どうして、その巨人にマルコは食われなかったのだろうか。見たところ身体的な負傷は無いようだし、丸1日なんて、食われていてもおかしくない。いや、食われていない方が可笑しいのだ。

 普通の巨人は、人間を咥えてから、1分もせずに食べることがほとんどだ。だからこそ、巨人との戦いでは犠牲が多いのだが…

 

 いや、そんなことは今はいい。マルコは無事だった。それで、充分だろう。

 

 

 俺たちは心が晴れないような感覚を共有しながら、帰路に着いた。




 マルコ推しの方、ごめんなさいm(*_ _)m
 結構エグい助け方なんで、助かったけど助かってない…という感じになってます。

 これがあらすじで書いた『ハッピーになるキャラもいれば、より可哀想なキャラもいる』という注意書きの一因なのですが、この後もマルコのようなキャラが出て来るかもしれませんのでお気をつけください…。

 それでもいいよという方は引き続き読んでいただけると嬉しいです。


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10話 敵は……

 

 

(エレン視点)

 

 

 

 捕獲していた2体の巨人が殺されたという報告を聞いたハンジ分隊長とリヴァイ班、俺は、その巨人達が居た場所へ急いで向かった。

 

「うわあああああああああああ!ソニー、ビーン!嘘だと、嘘だと言ってくれ!!」

 

 ハンジさんはあまりのショックで巨人の蒸発しかけている骨の前で、叫んでいた。

 

 

 

「貴重な被検体を…兵士がやったのか?」

 

「ああ、犯人はまだ見つかってない。夜明け前に2体同時にやられたらしい。見張りが気づいた時には、立体機動で遥か遠くだ。」

 

「2人以上の計画的作戦ってとこか。」

 

 リヴァイ班のグンタさんとエルドさんがそう考察している間にも、ハンジさんは悲しみのあまり、泣き叫んでいた。そりゃそうだ。ハンジさんは昨日、あんなに実験とその巨人たちのことを嬉しそうに話していたんだ。

 

 

「これは…一体…」

 

「行くぞ、あとは、憲兵団の仕事だ。」

 

 リヴァイ兵長はあくまで冷静だ。

 

「あ、はい…。」

 

 リヴァイ兵長が先に行ってしまった後、俺は誰かに肩を掴まれた。

 

 エルヴィン団長だ。

 

 

「君には何が見える?

 敵はなんだと思う?」

 

 

 

「は?」

 

 

 俺は、質問の意図が分からなかった。敵って…巨人じゃないのか?俺は何も返せずにいた。

 

 

「済まない、変なことを聞いた。」

 

 

 そのまま、エルヴィン団長はリヴァイ兵長に並んで、前を歩いて行ってしまった。

 

 

 

 

(ノア視点)

 

 

 

 実験のために捕獲していた2体の巨人が、殺されたという報告があった。そんな噂が流れていた。

 

 俺達は、その噂が流れ出したその日の昼頃、立体機動装置を調べられることになった。

 自分は絶対やっていないと言えるが、何故だかドキドキしてしまう。

 

 立体機動装置を調べられる、ということは、俺たち兵士の中に犯人がいる、と予測しているのだろう。大方、立体機動装置の音が聞こえたとか、立体機動装置で飛んでいる人の姿を見たという情報があったに違いない。

 

 俺も調べられたが、もちろん何も怪しいものはなかった。

 俺らの所属している南方面訓練兵の中には、巨人を殺した者は見つけられなかったようだった。

 

 しかし、その日から、アルミンが何やら考え込むようになっていた。

 

 

 

 

「なあ、ノア。」

 

「ん?なんだ?」

 

 ジャンが話しかけてきた。

 

「お前はあの時居なかったから、ここで言っておく…。

 

 俺は、調査兵団に入ることにした。

 

 

 …それに、トロスト区に行く前の、解散式の時は、お前の言うことを強い口調で否定して、悪かったな。」

 

 

 

 解散式の夜。

 

『本当にお前は憲兵になりたいのか?』

 

 そう、俺がジャンにお節介にも聞いた時に、あいつは、

 

『お前に俺の何がわかるってんだよ!』

『俺は、失いたくないんだ。

 仲間も、自分も。』

 

 そう、言ったんだ。もっともその通りだと思った。俺が言うことじゃなかった。

 これは、自分自身の判断ですべきことだ。自分の命を懸けるのだから。

 

 

「あの後お前に謝ろうと思ってたが、お前は寝ていて、悪夢でも見ているようだったからな。後で謝ろうと思ってたんだ。

 …お前も俺も、その時居るかも分からないのにな。

 お互い、生きてて良かった。」

 

「お前、謝りに来てたのか?あれは俺が出過ぎたことを言ったんだ。ジャンが謝ることじゃない。

 それに………

 今、何て言った?調査兵団だって?お前が実力を発揮出来るのは喜ばしいことだとは思うが、どうして…」

 

「お前らの存在もあるが、1番は、この前のトロスト区襲撃の事だ。

 俺は、今まで自分が楽できればそれで良かった。

 でも、俺の判断で仲間が何人も死んだんだ。俺だけ楽して生きてりゃ、死んだ仲間にどの面引っ提げてあの世に行けるかって話だ。

 それに、マルコが補給作戦の時、俺に言ってくれたんだ。俺は、『現状を正しく認識することに長けているから、今、何をすべきか、明確にわかる』んだとよ。

 またあの、人を食う巨人達に会うのは心底怖いが……俺は、調査兵団に入るのが正解だって分かってるんだ。巨人と戦うことは、人類にとって必要なことだって…

 ………………だったら、やるしかないだろ」

 

 

「そっか。ジャンが自分で決めたのなら、それでいいと思う。俺も調査兵団に行くつもりだからね。ジャンがいれば心強いよ。

 

 …………マルコ、か。元気かな。」

 

 

「さすがに、まだ本調子には戻ってるとは思えねえな。

 丸1日巨人に食われかけ続けたって話だ。…俺たちが行った時だって…。

 いや、そんだけ時間が経っても食われなかったってのは不思議な話だが、生きてるなら良かった。」

 

「生きてる……けど、あれは、生きてるって言うのか?」

 

「それは……」

 

「いや、いい。また2人でお見舞いに行こう。」

 

「ああ…」

 

 

 マルコは、トロスト区の掃討戦の際、丸1日巨人に咥えられて、町中を振り回されたらしい。

 一日中、死と隣り合わせだったんだ。誰だって可笑しくなってしまうだろう。

 

 マルコは……巨人に恐怖して可笑しくなってしまった精神病患者が入る、精神病棟に入院している。この間ジャンと共にお見舞いに行ったところだった。

 

 

 しかし、ジャンが調査兵団に入るということを聞けて、良かった。トロスト区の襲撃の前までは、迷っているように見えたが、今は、真っ直ぐ突き進んでいるように感じた。

 

 

 

 

 

 

 そして、兵団選択の夜が来た。

 

 

「訓練兵!整列!壇上正面にならえ!壇上正面にならえ!」

 

 

 整列した後、壇上には調査兵団の、エルヴィン団長が現れた。

 

 

「私は、調査兵団団長、エルヴィン・スミス。

 所属兵団を選択する本日、私が話すのは、率直にいえば、調査兵団への勧誘だ。

 今回の巨人の襲撃により、諸君らは既に、巨人の恐怖を、己の力の限界も知ってしまったことだろう。

 

 しかしだ!

 この戦いで人類は、これまでにないほど勝利へと前進した。

 

 エレン・イェーガーの存在だ。

 彼が間違いなく我々の味方であることを、彼の命懸けの働きが証明している。

 更に我々は、彼によって巨人の進行を阻止するのみならず、巨人の正体に辿り着く術を獲得した!

 

 彼の生家があるシガンシナ区の地下室には、彼も知らない巨人の謎があるとされている。

 その地下室に辿り着きさえすれば、我々は、この100年に渡る巨人の支配から脱却できる手がかりを掴めるだろう!」

 

 演説を聞いている訓練兵たちはザワザワとしていた。

 

「もうそんな段階まで来ているのか!」

「巨人の正体が分かれば、この状況も…!」

 

 

 あの鍵は……エレンのものだ。

 

 いつも肌身離さず身につけていた、あの鍵だ。

 あれは…エレンの家の地下室の鍵なのか。

 

 だが、そんなことをここで公にする必要があるだろうか?

 団長の思惑は分からなかった。

 

 

 

「我々は、シガンシナ区の地下室を目指す。

 ただそのためには、ウォール・マリアの奪還が必須となる。

 つまり、目標は今まで通りだが、トロスト区の扉が使えなくなってしまった今、東のカラネス区から遠回りするしかなくなった。

 4年かけて作った大部隊の航路の全てが無駄になったのだ。

 その4年間で調査兵団の6割以上が死んだ。4年で6割だ。

 正気の沙汰ではない数字だ。

 今季の新兵にも、1ヶ月後の壁外調査に参加してもらうが、死亡する確率は、3割といったところか。

 4年後にはほとんどが死ぬだろう。

 しかし、それを超えた者が、生存率の高い優秀な兵士となっていくのだ。

 

 この惨状を知った上で、自分の命を賭してもやるというものは、この場に残ってくれ。

 

 自分に聞いてみてくれ。人類のために、心臓を捧げることが出来るのかを!

 

 

 以上だ。他の兵団の志願者は解散してくれ。」

 

 

 恐ろしいことを言う。調査兵団への勧誘だってのに、そんなに脅したら普通、誰も残らないと考えるだろう。

 周りのもの達が出口へと向かっていく様子に、元々調査兵団に入ろうと決めていたものも、迷いが出ているようだった。

 

 

 一通り調査兵団以外の兵団に志願する者が出ていった後、周りを見渡したら、やはり、少ない……が、先程の演説で残ったものは、それだけ、確固たる意思がある、ということだ。

 周りには、アルミンやミカサ、俺に教えてくれた、ジャンはもちろん、コニーやサシャ、ベルトルトにライナー、クリスタとユミルまでいるようだった。

 成績上位が軒並み揃っている。

 憲兵団は、アニ…と、マルコがどうなるか分からないくらいか。

 

 

「君たちは、死ねと言われたら死ねるのか。」

 

 エルヴィン団長のその言葉に、

 

「死にたくありません!」

 

 誰かがそう答える。

 俺だって、誰かに決められた死はごめんだ。自分の死に際くらい、自分で選びたい。でも、ここに入ったら自由に単独行動することは許されなくなるだろう。

 

 ……しかし、皆を守るため、そして、巨人を全滅させるためだ。

 俺は、今一度、自分の目標を見つめ直していた。

 

 

 

「そうか。皆いい表情だ。

 では今!ここにいる者を新たな調査兵団として迎え入れる!

 これが本当の敬礼だ!

 

 心臓を捧げよ!」

 

 

 

「「「「「「はっ!!」」」」」」

 

 

 

「良く恐怖に耐えてくれた。君たちは勇敢な兵士だ。心より尊敬する。」

 

 エルヴィン団長のその言葉で、俺たちの調査兵団への入団式は完了したようだった。

 

 

 

 

 エルヴィン団長の演説の後、俺は、個別にエルヴィン団長に呼ばれていた。

 人の居なくなった会場で、エルヴィン団長と2人、向き合って話す。

 

 緊張する…。

 変人集団をまとめあげるトップだ。それに、俺が今から入る兵団の、トップ。前世で言えば、社長みたいなものだ。緊張しないわけがない。

 

「急に呼び出して悪いね。」

 

「いえ……俺に話とは、何でしょうか?先程入ったばかりの新兵の俺に、何か団長に利のある話が出来るとは思えませんが…。」

 

「いや、君には聞きたいことがあるんだ。

 単刀直入に聞くけれど、君は、巨人になれるのだろう?」

 

 ……なんで知っているんだ?俺の秘密を知っているのは、あの時エレベーターに乗っていたもの…ミカサ、アルミン、ライナー、ベルトルト、アニ、ジャンのみのはずだ。それに、彼らには口封じをさせてもらった。あいつらも、あの時了承したはずだ。

 にわかには信じられないが、あいつらが裏切ったってことか!?

 

「…答えられないということは、巨人になれる、ということで、いいね?」

 

「いえ、違います。私は生まれた時から人間です。大体巨人になれるのはエレンだけですし、なぜ私が巨人になれると思ったのでしょうか。」

 

 俺は焦っても、焦りが表面に出にくいタイプだ。まだ誤魔化せるはず。

 

 

「君が巨人に両足を食べられた、その瞬間を見たという兵士がいてね。その兵士は訓練兵だと聞いていたけど、次に訓練兵団で会った時には両足が再生していたので、夢だったのかもしれない…というような報告が上がっていたんだよ。

 しかし、あの戦場で、夢を見るとは考えづらい。

 最初に見た、両足を食べられたのは、本当のことだとして、どうしてその両足が、再生したのか?

 そう考えたら、君が巨人の能力を持っているとしか、考えられなくてね。」

 

 この人は、もう答えを知っているのに、その答え合わせがしたいだけなんだ。

 俺が何を言っても誤魔化していると分かってしまうだろう。

 

「…………はい、そうです。俺は、巨人の力を持っています。」

 

「どうして、今まで黙っていたんだ?」

 

「それは……エレンはトロスト区奪還作戦で功績を上げたからこそ、かろうじて今、生きていますが、目に見えるような功績を何一つ上げていない俺は、エレンとは違って殺されるだろうと考えたからです。」

 

「そうか……その通りだ。君が巨人だとわかっていたら、少なくともエレンと君のどちらかが解剖にまわされていただろう。それで、君はこれからどうなることを望んでいる?」

 

「もちろん、このまま、一般兵として、調査兵団に入ることが出来たら、1番ですが、そうとも行かないと思います。

 万が一、俺が巨人化して暴走したら、1番に被害を受けるのは調査兵団です。

 ですので、俺の力は隠しながら、俺の巨人の力を制御できる人の元で、エレンと同じように監視されながら、調査兵団の任務をこなして行ければと思っていますが、エルヴィン団長はどうお考えですか?」

 

 

「ああ、いい考えだ。君は、きちんと道筋を立てて考えられる兵士だ。

 そうだな。君の考えは良いと思う。

 君の提案を元に、後日、所属の班を決めさせてもらう。それまでは、調査兵団所有の地下牢に入ってもらうことになるが、それでいいね?」

 

「はい、もちろんです。生きていたいというだけで無理を言っているのは理解しています。調査兵団だけで巨人2人を抱えるのは、リスクがあると思いますから。」

 

「物分りが良くて助かる。

 君には、もう1つ、質問があるんだ。」

 

「なんでしょうか。」

 

 

「敵は、なんだと思う?」

 

 

 

「敵は……。

 これは、推測でしかありませんが、俺やエレンのように巨人化できる人間だと思います。

 

 5年前のシガンシナ区襲撃の際には、普通の巨人たちとは違う、特徴を持った巨人が2体出現しました。

 1体は、超大型巨人、もう1体は、鎧の巨人です。

 

 俺は、超大型巨人が消えた所を今までで2度、目撃しました。

 1回目は、シガンシナ区の時。僕達が逃げ惑っていた時には、もう白い煙を残して、去っていた。

 そして、2回目は、今回のトロスト区襲撃です。目の前で巨人が一瞬で現れた所を見て、そして、項を削いだと思ったら、白い煙を残して消えていました。

 これらの時に見た、超大型巨人と、俺とエレンに共通ずるのは、現れる時に雷のような音が響いて、そして、消える時には項を削がれていなくても、蒸発して消えるんです。この共通点は、決定的だと思います。

 更に、根拠を確かなものにするとすれば、鎧の巨人をこの目で見たことはありませんが、扉を狙って壁を破壊したと聞きました。壁の中でも1番脆い、扉をです。ということは、つまり、少なくとも鎧の巨人には、知恵…何かを考える能力があるのだろうと思いました。

 これが、今の段階でできる、俺の推測ですが…」

 

 

 エルヴィン団長は、心無しか目を輝かせているように見えた。

 

 

「君は……合格だ。次の作戦について、後々話をしよう。」

 

 

「え!?は、はい…了解です。」

 

 

 何の話かはよく分からないが、何が合格だったのだろうか?

 俺はエルヴィン団長に対する謎が深まるばかりだった。

 

 

 

 

 

 その日から、俺の地下牢ライフは始まった。まず、俺の秘密を知っているのは誰かということから始まり、洗いざらい話を聞かれた。

 

 俺が、エレベーターに乗っている時に、ジャンや幼馴染、ライナー達に話を聞かれたと言ったら、その日から、地下牢の警備は、その中でも調査兵団に所属している、アニ以外の彼らの仕事になった。

 それまでは警備は調査兵団の上層部っぽい人達が交代でついていたが、さすがに忙しさもあるのだろう。

 俺にとっても、気心の知れた同期達の方が、まだ安心できる。同期達の仕事を増やして申し訳ないが…。

 

 

 ジャンが警備になった時、

 

「お前……何したんだ?エレンに次いでお前も罪人かよ。」

 

 そんなことを言われたので、事情を説明すると…

 

「バレたのか……、いや、そうだよな。俺に、お前の両足が巨人に食われたって報告してきた奴がいるんだもんな。確かにそりゃそうなるか。

 ……それで、お前の処遇は?死刑になんてならねえよな?」

 

 ジャンは心配してくれていた。

 

「まだ、分からない。エルヴィン団長が決めることだ。でも、後ほど所属班を教える、って言ってたはずだ。だから、調査兵団には入れるだろうけど…その後は…」

 

「なら、良かったじゃねえか。一先ずは、命が繋がったな。」

 

「ああ、エレンと同じように、死に急ぎ野郎なんて呼ばれるのはごめんだ。」

 

「いや、もう既に地下牢に入ってる時点で、お前は死に急ぎ野郎に片足突っ込んでるよ。」

 

「なんだと!?そんなことは…ある…かもしれない。」

 

 

 そんな会話があったものだ。

 

 しかし、ジャン達が警備で良かった。

 昼かも夜かも分からないような部屋で、誰とも喋らないような生活を送っていたら、一日で死んでしまいそうだ。

 

 エレンは良く1人で耐えたよな。

 俺はエレンへの謎の尊敬を抱いていた。

 

 

 

 毎日、地下牢では根掘り葉掘りと俺の巨人について、トロスト区での動向について聞かれていた。

 

 二ファの話をして、二ファに助けられたと俺が言った、その日の夜。

 

 夜も警備を続けているアルミンが、俺に、話してくれた。

 

「二ファは……行方不明だ。今もどこにいるか分からない。」

 

 俺を助けた……

 俺より何倍も強い二ファが、か?

 

「信じられないな。あいつはそんなすぐ死ぬほどヤワじゃないはずだ。」

 

「でも、見つからないんだ。死体さえも。」

 

 死体も?それは不可解だ。

 もし死んでいたら、ほとんどの死体はトロスト区に残ったはず。巨人は人間を食べても消化しないから、吐き出すはずだし、死んでいても、トロスト区内のどこかにいるはずだ。

 

「名前が分からないくらい、無惨な姿で死んだ死体の内のどれかだろうって……」

 

「そう……か…。でも、それでも、俺はあいつは生きていると思う。」

 

「ノア…あれから何日経ったと思ってるの!?

二ファが、生きていたとして、どこで生きているって言うんだよ。どうして訓練兵団に戻ってこないんだ。…」

 

「それは……。でも、二ファは俺より何十倍も強かった!あの、人類最強と言われているリヴァイ兵士長にだって負けないくらい……!!」

 

 俺がそう叫んだ時、牢屋の向こうのその人と目が合った。

 

 

「夜中にピーピーピーピーうるせえな。俺が、どうかしたか?」

 

 

 話題の人、リヴァイ兵士長だった。

 どこかで聞いたが、話の話題に上げると、その人が現れやすいのは本当みたいだ。

 

「えっ……えっと……なんでもありません!」

 

 アルミンが慌てたように言う。

 

「リヴァイ兵士長、何か御用でしょうか?」

 

 兵士長は、つまり、前世で言う上司だ。俺はまた緊張していた。

 先程の会話とは裏腹に、無意識に背筋がピンとなる。

 

「どうもこうも、お前の所属の班を伝えに来た。」

 

「リヴァイ兵士長が直々に……ですか?」

 

 あのリヴァイ兵士長が忙しくないはずがない。どうして彼が来たのだろうか。

 

「ああ、お前は、俺の班だからな。2人も巨人になるかもしれねえガキを抱えるのは大変だが、出来ないことも無い。」

 

 俺は…リヴァイ班に…入るのか?

 先鋭じゃないか。それに、エレンもそこにいると聞く。

 

「エレンと俺を一緒に匿って、大丈夫なのでしょうか。俺とエレンは幼馴染です。その場で話し合って、人類を滅ぼす策を考えたりとか…する…かもしれないんじゃ…」

 

「それをここで言うやつはそんなことしねえ。それに、エルヴィンの命令だ。お前はこっちにいた方が何かいいことがあるんだろ。」

 

「分かりました。」

 

「馬に乗ってついてこい。遅れるなよ。」

 

 リヴァイ兵士長は地下牢へと続く階段を登って、先に行ってしまった。

 

「はい!

 …アルミン、今まで警備、ありがとう。皆にも伝えておいてくれ。」

 

 俺は、アルミンに今までの感謝を伝えてから、行こうと思っていた。ここで狂わずに楽しく過ごしていたのは、アルミンたち同期の警備があったからこそだ。

 

「うん。ずっとノアと話しているだけだったし、ここの警備の仕事は楽だったから、ノアが気にすることは無いよ。また、会おうね。」

 

「ああ。」

 

 少しだけ話していただけなのに、リヴァイ兵士長とはもう距離ができてしまった。

 

「おい、早く来い!」

 

 軽く怒られた俺は、駆け足で、リヴァイ兵士長の元に向かう。

 

「はい、すみません!」

 

 

 

 俺はこれからどうなってしまうのだろうか。

 それは、エルヴィン団長のみが知っていることなのだろう。

 



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11話 再会と日常(リヴァイ班)

 

 

(ノア視点)

 

 俺はあの後、リヴァイ兵士長に連れられて、リヴァイ班が居る、旧調査兵団本部へ来ていた。

 

 話には聞いていたが、思ったより周りには何も無いところだ。人もいなければ、街もない。

 俺が旧調査兵団本部へ向かっている今は、夜に差し掛かっているくらいの時間だから、余計に静けさと寂しさを感じる。

 

 

 リヴァイ兵士長は馬の扱いも上手く、少しでも気を抜いたら離れてしまいそうだった。

 

 俺は馬の扱いは人並みなので、兵士長について行くのも一苦労だ。

 

 そういえば、クリスタは馬とすぐ仲良くなっていたよな。あれは、優しさオーラが滲み出ていたからだろうか?クリスタは馬の扱いに関してはプロと言っていいほどだった。

 

 どうすれば、あんなに懐かれるんだろうな。

 そんなことを考えながら、リヴァイ兵士長の背中をただ、見ていた。

 

 

 

 どうして、何か話さないのかって?

 

 俺だって、最初は、リヴァイ兵士長と2人でいられることなんてそうそうない事だと思って、何か話しかけようとして、あの…、と言おうとしたら、一言目で、

 

『喋るな、舌噛むぞ』

 

 と、言われたので、諦めた。

 

 あの…の、1文字目、『あ』で気づいたんだ。

 反射神経と、察する能力がずば抜けて凄いんだなあ、と、変な所で俺は感心していた。

 

 

 

 

 旧調査兵団本部に着いた時、辺りは真っ暗だった。今日のところはリヴァイ班の皆さんも寝ているだろうし、挨拶は明日にしようと思っていた。

 

 しかし、俺とリヴァイ兵士長が本部に足を踏み入れた時、そこにはリヴァイ班の皆さんが並んでいたのだった。

 

「おかえりなさい、リヴァイ兵長!

 それと……あ、その子が新兵の、ノア・シュナイダー君ね。これからよろしくね!」

 

 元気そうな、面倒見の良さそうな先輩が出迎えてくれた。

 

「お前ら…まだ寝てなかったのか。明日は休みだからって、もう就寝時間は過ぎてるぞ。」

 

「兵長、すいません!でも、最初の日はみんな揃って出迎えたくて…」

 

 予想外なことに、俺は歓迎されているようだった。俺が巨人だってことは伝えられていないのか?

 

 エレンが、こちらに駆け寄ってくる。

 

「ノア、久しぶりだな!俺が最後にお前を見たのは何日前だったか…。とにかく、無事でよかった!

 

 お前も……巨人になれるんだって?

 死罪にならなくて、良かった。本当に。」

 

 

 違うようだ。エレンが知っている以上、俺が巨人化の能力を持っていることは、ここにいる皆さんも知っているということなのだろう。

 

「ああ…、久しぶり!エレンも無事で何よりだよ。」

 

 俺と会えたことが嬉しくてしょうがないって顔をしているな。エレンに耳としっぽが付いているように俺は見えた。しっぽはブンブンと高速で揺れている。相当嬉しいみたいだ。

 エレンの表情を見る限り、ここでは少なくとも巨人だなんだと虐げられるようなことは無さそうで安心した。

 

 

「これから、よろしくお願いします。リヴァイ兵士長、そして、リヴァイ班の皆さん!」

 

 俺はそう言って、深くお辞儀をした。

 これからお世話になる人達だ。

 

 俺かもしくはエレンが暴走したら、この人たちに項を削いで貰うのだろう。

 

 死ぬことを考えたら怖いが、それより怖いのは、自分の大切な人たちをこの手で殺してしまうことだ。暴走した時に休止符を打つ人達がいるのは、心強い事だと思う。

 

 

 

 

 その後、俺たちはとりあえず、簡易的な自己紹介だけして、俺とエレンと、リヴァイ兵士長だけが残った。

 管理のルール上、リヴァイ兵士長が監視している必要があるのかもしれない。

 元々エレンだけでも大変だろうに、俺のせいで、負担を2倍に増やしてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

「俺たちはもう食べちゃったんですけど、夕食がまだ余ってるので、温め直せば食べれると思います!俺、用意してきますね。」

 

 多少であれば、エレンは信頼されているのもあって、リヴァイ兵士長から離れるのを許可されているのか?

 今も、食堂の厨房の方へ歩いていって、今日の夕食とやらを温めに行ってしまった。

 

「リヴァイ兵士長…、リヴァイ班の皆さんは良い人そうですね。」

 

「あいつらは協調性があるのもそうだが、何より腕が立つ。

 お前らが何か不審なことをした時、そして、暴走した時は、あいつらに殺されるということを胸に刻んでおけ。」

 

「それは…承知しています。俺のせいで被害が出るのも嫌ですし、暴走したら殺してもらう方が、ありがたい。リヴァイ兵士長も、その時はお願いします。」

 

「おいおい…暴走する予定があるのか?

 冗談じゃねえ。」

 

「え!?予定は勿論ありませんよ!

 でも、そうなったら、ということです。」

 

「そんな事考えてる暇あったら、てめえが暴走しねえためにどうするべきか考えろ。」

 

「は、はい!そうですね、すいません…」

 

 いつも夜になるとついつい悲観的になってしまうのは俺の悪い癖だ。

 

 エレンが厨房から今日の夕食を持って来てくれた。

 

 

「リヴァイ兵士長、ノア、簡単なものだけど…」

 

 エレンが俺たちの前に食事を置いたので、それを黙々と食べた。

 これ以上喋ると悲観的になっちゃってしょうがない。

 エレンとリヴァイ兵士長は時々何か話していたりしたが、俺は、その夜は話題を振ることは無かった。

 

 

 

 

 夕食の後、俺たちは地下室へと続く階段で、リヴァイ兵士長と分かれた。

 それを機に、エレンが話し始める。

 

「そういえば、さっきの夕食の時、お前あんま喋らなかったけど、何かあったのか?リヴァイ兵長と喧嘩してるとか?いや、ノアも兵長も喧嘩しそうには見えねえしなあ…?」

 

 そんなことを考えていたのか。

 

「兵長とは喧嘩なんかしないよ。いや、できないと言った方が正しいかな。したとしても、一瞬で俺がボコされて負けるだろうな。」

 

「そうだよなあ。じゃあ、どうしたんだ?今も元気ないし。」

 

「夜は毎回こうなんだよ。考えること全てが全部悪い方向に向かっていくんだ。だから、人とは話さないのが1番いいと思ってな。」

 

 エレンが手に持っている明かりがゆらゆらと揺れている。

 俺たちは長い長い、先の見えない廊下を歩いていた。

 

「へえ………何年もお前と一緒にいたけど、初めて知ったよ。お前…前もそういうことあったよな。俺たちが死ぬ時はどんな時か…って。」

 

「ああ、あの時は、同室の奴が死んだからな。お前らも、そういうこと考えてたんじゃないのか?」

 

「ああ…。あの時は皆深刻そうな顔をしてたしな。でも、いつも立体機動を精密に操って、実戦で死ぬとは思えない、お前がそんなことを考えているとは思ってなかった。」

 

「俺だって、そういうことを考えるよ。

 夜は、特にな。」

 

 夜はそういうことを考えすぎて、眠れないこともある。

 

「いやだって、お前、全てのことを前向きに捉えてそうだし…。お前がやる事は成功することが多いじゃないか。

 だから、自分の選択とか、行動を悔しがったり、先のことを考えて不安になったりしないもんだと思ってた。」

 

「エレン…お前、俺を超人か何かだと思ってたのかよ。期待してるとこ申し訳ないが、俺は至って普通の人間だ。そりゃ、未来だって不安になるよ。」

 

「そうだよな。意外だった。

 

 ……着いた。ここが、俺の部屋で、この隣が、お前の部屋。

 同じ扉で分かりづらいが、扉のココに、俺の部屋には蝶々、お前の部屋にはヘビが描かれているだろ?だから、見分けはつくはずだ。」

 

 エレンはそんなことを言いながら、お互いの部屋を指さした。

 

「うげ、ヘビか…俺苦手なんだよな…あの、細長くて、いつまでもどこまでも続きそうな胴体が、気持ち悪くてしょうがない…。」

 

「なんだ、お前まだそんなこと言ってたのか?もう兵士になるんだから、それくらい克服しろよ。」

 

「いや、お前だって、蝶々苦手だろう。」

 

「流石に、もう大丈夫だ。こう見ると案外キレイだしな。」

 

「克服…したんだな。」

 

 

 

 

 あれは、シガンシナ区が壊落するよりもっと前のことだった。

 

「エレン!見て、蝶々だよ!綺麗じゃない?」

 

 エレンと知り合って1年ほど経った頃。俺は、前世でやりたくても出来なかったことを片っ端から挑戦していた。

 今は、昆虫採集をしていたところだった。

 

「げ、お前、やめろよ、もっと強そうなやつ捕まえろ!」

 

 エレンは、俺の手に掴まれている蝶々から距離を取っていた。

 

「えー、エレン、蝶々が怖いの?こんなに綺麗なのに…」

 

「違うよ!

 ………お前、こいつの小さい頃の姿、見たことあんのかよ!マジで気持ち悪いんだ…。」

 

「前世では見たことあるけど…」ボソッ

 

「え?何か言ったか?」

 

「あ、いや、ないよ。ない……けど、今が綺麗ならそれでいいじゃない。」

 

「はあー…。全然わかってない!そいつの怖さを!気持ち悪さを!」

 

 あの時、あんなに嫌がっていた蝶々を、お前は克服したんだな。

 誰だって、大人になるにつれて好みは変わる。

 

 俺たちは、あの頃よりかは幾許か、大人になってしまったんだな。

 

 そりゃあ、そうか。あれから、色々あったもんな。

 

 

 

 その話の後、俺は、とにかく寝るまでに必要な事だけを教えてもらうためにエレンと一緒に部屋に入った。

 

「なんだ、地下にあるっつっても普通の部屋なんだな。」

 

「そりゃそうだ。そういえばお前、ちょっと前まで地下牢にいたんだって?…あそこは、気が狂いそうになるよな。

 地下牢とは違って、ここは、暖かい布団に、机と便所もついてる。快適だろ?」

 

「ああ…そうだな。地下牢と比べればどこも快適だろうよ。」

 

「確かにな。」

 

 エレンはハハハと苦笑いしてからそう答える。

 

 俺は、一通り部屋の中で操作の分からない部分などをエレンに聞いてから、そういえば…と、考えていた。

 

 地下牢…。エレンは裁判の前に地下牢に居たんだっけか。

 …………裁判!

 

 そうだ、あの時…

 

「なあ、裁判、俺も見てたよ。どうして、あの事、俺に話してくれなかったんだ?」

 

「裁判…?あの事……?

 ……………ああ、ミカサを助けた時の事か。」

 

「そうだ。俺に相談してくれたって良かったじゃないか。お前がミカサを助けた、9歳の頃はもう親友だっただろ?

 あの裁判の時、俺も初めて知って、俺は、信用されてなかったのかって、悲しくなったよ。

 そうならそうと言ってくれ。」

 

「いや、そんなことは絶対ねえよ!俺があの時話さなかったのは……、お前に負担を掛けたくなかったからだし、俺が人を殺したと言って、お前が離れていかないか、心配だったからだ。

 自分本位な考えだった。今更だけど、ごめん。」

 

「そう…か。いや、何年も前のことを掘り下げてどうこうというつもりはない。エレンの気持ちが聞けたならそれでいい。」

 

「そうか…。」

 

「今更こんな話をしてごめんな。なんか、しんみりしちゃって…。

 そろそろお互い寝ないとな。

 今日はありがとな!」

 

「ああ、おやすみ。」

 

「おやすみ。」

 

 長いあいだエレンに聞きたかったことを聞けて、スッキリした。返事も、そこまで悪いものじゃなかったので、一安心だ。

 

 いつもは考え込むせいで、寝れずに夜更かしをしているけど、今日はスッキリ眠れそうだ。

 

 エレンと別れたあと、俺はベッドに入ってからすぐに、眠ることが出来た。

 

 

 

 

 

 翌日は、リヴァイ班は休みの日のようだった。

 俺は、今までのことや昔のことなど、色々な話をエレンとしていたら、あと少しで昼という頃になっていた。

 

「あ、今日の昼飯当番俺だった!」

 

「当番制なの?」

 

「ああ。そうだ、ノアも来たんだし、また組み合わせを作り替えてもいいかもな。いつも、昼、夜を2人1組でやっているんだ。

 俺はこれから昼飯を作りに行ってくるけど、お前はどうする?この建物の中なら、歩き回っても大丈夫な筈だ。」

 

「案外自由なんだな。それじゃあ、俺はこの建物を探検がてら、リヴァイ班の皆さんに挨拶しに行こうかな。」

 

「おう、分かった。行ってらっしゃい。」

 

「お前も。美味しい昼食を期待してるからな。」

 

「ああ、任せろ。」

 

 そんな会話をして、俺たちは別れた。

 

 

 

まず最初に出会ったのは、外廊下で歩いていた、ペトラさんとオルオさんだった。

 

「あんた、毎回言ってるけど、その口調直しなさいよ。もしも…もしもリヴァイ兵長の真似してるんだったら……全く似てないわよ!鳥肌が立ってしょうがないじゃない。」

 

「ペトラ…。お前の熱烈なラブコールには答えられそうにない…。他を当たってくれ。」

 

「いつ私がそんなこと言ったっていうの!?」

 

 今日もコントをしているみたいだった。昨日もこんな感じのやり取りをしていたような気がする。

 

「オルオさん!ペトラさん!」

 

 俺は、2人に聞こえるように声を上げて名前を呼んで、歩いて行った。

 

「ノアか」 「おはよう、ノア!」

 

 オルオさんとペトラさんがそれぞれそう言ってこちらを向いてくれる。

 

「おはようございます!」

 

「おはよう…。

 おい、ノア、討伐数が新兵の中じゃ多いからって、調子に乗るんじゃねえぞ?お前は壁外調査の怖さも知らない、まだまだあまっちょろいガキなんだからな。」

 

「はい!もちろんです!」

 

 リヴァイ班に選ばれている先鋭班の方々だ。俺とは比べ物にならないくらい、経験も積んでいるだろう。

 単純な強さ、巨人を駆逐するのは得意だが、経験の伴う、その場の判断や、選択に関しては絶対に俺より皆さんの方が上だろう。

 そういう意味でも、俺はリヴァイ班の皆さんを尊敬していた。

 

 

「って言っても、オルオの討伐数は39体。

 これでも凄い方だけど、ノアはその歳でもう、25体は超えたって聞いたわよ。

 それに、今回のトロスト区の作戦の時に大活躍で、単独行動でどんどん巨人を倒して行ったもんだから、誰も見ていないものも多くて、正確な討伐数が分からないとか!

 もしかしたらオルオの討伐数も、もう超えてるかもねー。」

 

 

「おい、ペトラ、口が過ぎるぞ。」

 

 

「だって、そんな態度で来られたら、萎縮しちゃうかもしれないじゃない!それに、事実だし…」

 

「大体な、訓練兵の分際で単独行動なんて、調子に乗りすぎだ。自殺行為だろう。」

 

 多少は心配してくれていると受け取ってもいいのだろうか。

 

「その点に関しては、異論はありません…。自分でも無茶だったと思っています…が、また同じ状況になっても、単独行動をすると思います。」

 

 

「はあ!?お前なあ、…ムググ」

 

 オルオさんが何か話そうとしていたが、ペトラさんに口を塞がれたようだ。

 

 ペトラさんはそのことはお構い無しに、話を続ける。

 

 

 

「それは…、どうして?」

 

 

「皆を助けるためには、多少無茶でもしないと、助けられないし、何より、その時できることを精一杯しないと、あとから後悔するのは俺なので。」

 

「そっか………。

 もう、意見は固まってるのかもしれないけど、1つ、先輩からのアドバイスというものをしてもいいかしら?」

 

「勿論です!お願いします。」

 

 そんなことをして貰えるなんて、思ってもみなかった。

 

「ノアは、単独行動の方が得意なのかもしれないけど、巨人に1人で立ち向かうのは相当の勇気と精神的負担があると思うわ。そんな時に、日頃から馬鹿やってる友達とか、後輩とか、頼れる先輩。例えば、私達とか…!でも、なんでもいいけど、心配してくれる人がいると、その時の気持ちも変わってくる。

 私は単独行動はしたことないけど、班として巨人に立ち向かうだけでも怖いんだから、ノアはきっと、もっとよね。

 えっと、つまり…、何か壁にぶち当たった時は、周りを頼ってみるのもいいよってことを言いたいの。

 まあ、エレンとの交流を見る限り、人と交流することに難がある性格とは思えないし、同期とか、先輩との交流も上手くやっているんだろうから、私が改めて言う必要は無いかもしれないけどね。」

 

 

 凄い。

 

 確かに、今まで全部1人でやらなきゃと思っていた節が俺にはあった。

 巨人と戦う時は単独行動の方が実力を出せるにしても、それ以外は他の人と協力したり、任せたりすることが大切なんだろうな。

 

 リヴァイ班は、こういう人達だから選ばれたのか。

 

 

『あいつらは協調性があるのもそうだが、何より腕が立つ。』

 

 

 リヴァイ兵士長の言葉を思い出す。

 協調性…この人たちは勿論強いのだろうが、単純な強さだけで生き残ってきた者ではないんだ。

 

 巨人に立ち向かうには、普通は何人かの班を組む。そういう時に、まとめたり、場を和ませたり、皆の精神をちょっとずつ支えてくれたり、そんな、小さなことに気の回る人がいると、安定するなんてことが訓練兵時代もあった。

 

 この人たちは、勿論腕も立つのだろうけど、その分野で、特に秀でているんだ。

 

 俺は改めてリヴァイ班の皆さんへの尊敬を強くしていた。

 

 

 

 

 

 ペトラさんとオルオさんと別れた俺は、中庭へ向かっていた。

 1部の訓練は中庭で行うと聞いたから、明日からのためにも見に行ってみようと思っていた。

 

 中庭に着いてみると、

 エルドさんが走っていたのが見えた。

 

 休みの日も訓練しているなんて、ストイックな人だな。

 俺は、一通りエルドさんのランニングが終わるまで待ってから、話しかけた。

 

「こんにちは。エルドさん、お疲れ様です。」

 

「ああ、ノアか。見てたのか…」

 

「はい…。休日も訓練なんて、凄いですね!」

 

「まあ、ここには何も無いし、やることが無かったら訓練するくらいしかないからな。リヴァイ兵長は今日も掃除をしていそうだけどな。」

 

「掃除…ですか?」

 

「ああ、兵長は潔癖症でな。ここに来た当初なんかは、何年も放置されていた場所だから、ホコリも、ゴミもすごくて。俺たちが最初にやったことは、清掃だったんだ。」

 

「確かに、どこに行っても綺麗ですよね。」

 

「そりゃ良かった。

 ノア、清掃をすることになったら気をつけろよ。兵長のチェックは厳しい…どころじゃない。

 全力でやるんだ。

 そうじゃないと…夜中までやることになるからな。」

 

 リヴァイ兵士長がそんなに潔癖だったなんて…

 知らなかった。

 

「はい!どんな時も一生懸命やってるつもりですが、清掃の時は特に頑張ります。

 教えてくれて、ありがとうございます!」

 

「ああ、これを知ってると知ってないとじゃ、最初の清掃の終了時間が変わってくるからな……。」

 

 エルドさんはもう何人も犠牲者を見ているような目をしていた。

 

 

「……あの、今聞くことじゃないかもしれないんですけど…。

 どうしてリヴァイ班の皆さんは俺たちが巨人だって聞いても、親切に接してくれるのでしょうか?

 エレンが巨人だって分かった後は、罵られることもチラホラあったって聞いたし…普通の人は怖いと思います。

 調査兵団なら、巨人の恐怖を間近で見てるはずだから、尚更…」

 

 

「ああ。勿論、巨人は怖い。調査兵団として何年も巨人を見てきても、その恐怖が薄れることは無かったよ。

 だが、エレンの働きで、巨人が仲間になるということは、俺たち人類にとってものすごく利のあることだ、ということが分かった。1度壊されたトロスト区の壁の穴を塞いだんだからな。

 それに、君たちはあの、壁外を闊歩している巨人達とは違う。

 

 君たちには意思があって、エレンは、俺たちと同じように、巨人を絶滅させたいと思っている。

 ノア、君もそうだろう?

 

 ということは、俺たちは、それぞれ違う力を持っているが、仲間だ。

 俺たちリヴァイ班は少なくとも君たちを、同じ方向に進んでいく仲間だと思っているよ。」

 

 

「そう…ですか。」

 

 

「もちろん、君達が暴走した時に項を削ぐのも俺たちだが…」

 

 

「これも、出過ぎたことを聞きますが…、

 普段俺たちに優しくしていたら、俺たちが暴走してしまった時に迷いが生じるのではないでしょうか?」

 

 

「いや、それは無いな。

 俺たちは巨人の恐怖を、普通の人より知っていると、さっき言っただろう?

 だからこそ、巨人の姿で、それも暴れている奴を見たら、すぐに戦えるだろう。

 しかし、その後に、お前達が居ないことを悲しむんだろうな。考えたくもないが。」

 

 自分が死んだら、誰かが悲しむ。これは、俺の心に刻んだ言葉だ。

 自己犠牲は、あくまで自分のため、他人のためにはならない。

 

「そんな事態にならないように、エルドさん達を悲しませないように努力します…」

 

「そうしてくれ。」

 

 

 

 

 エルドさんと別れた後、俺は今度は建物の内部を、階段を登ったり降りたりしながらくまなく探索していた。

 

 しかし、広いな。

 どこの部屋がどの階で、どこら辺にあるなんて、今日1日じゃ覚えられなさそうだ。

 

 俺は、ひとまず自分の勘が働くままに、ウロウロとしていた。

 

 ある1部屋を通りかかった時、

 俺の野生の勘が大いに働いた。

 

 この部屋だ!何があるかは分からないけど、何かがあるはず!

 

 そう思って、扉を開けた。

 

 

 そしたら、ソファーに座って寝ているリヴァイ兵士長がいた!

 

 

 これは………激レアなのでは?

 

 

 

 リヴァイ兵士長が寝ているところなんて見たことも聞いたこともない。

 いや、人間なはずだから、寝るんだろうけど。

 しかし、居眠りだ。

 これは、人生で1度、いや、人によっては1度もない瞬間だ。

 

 

 

 そう思って、忍び足で近づいて行ったら…

 

 あと1歩のところで、起きてしまったリヴァイ兵士長と目が合った。

 

「お前……何をやっている?」

 

 普段も充分目に迫力があるが、寝起きのリヴァイ兵士長は格別だ。人を殺した後のような目をしている。

 

 さっきまではあんなに安らかに寝ていたのに!

 

 近づかなければ良かったと、これ程後悔したことはない。

 

「あ、おはようございます、リヴァイ兵士長。」

 

 俺は動かない表情筋を総動員して、しらを切る。

 

「何をしていると言ってるんだ。」

 

 誤魔化すのは無理そうだった。

 

「い、いや…、兵長の寝顔なんて、一生かけても見れないと思いまして……」

 

 眼力に殺されそうだ…!!

 

 兵長は、ハアーと長いため息を吐いてから、ソファーを立ち、

 

「もうすぐ昼飯だ。食堂に向かうぞ」

 

 そう言った。

 

 俺は、怒られなかったことに安堵した。

 

 

 

 

 その後俺は兵長の後ろについて、食堂まで歩いて行った。

 食堂についた時、エレンがそんな俺を見て、

 

「あ、ノア。兵長と仲直りしたんだ!良かった!」

 

 なんて叫ぶものだから、リヴァイ班の皆さんが驚いて、

 

「え、兵長とノア、喧嘩してたんですか?」

 

「兵長と喧嘩なんて……100年…いや、1万年早いぞ!」

 

 なんて謎の誤解をされていた。

 

 兵長は兵長で、

 

「俺と、お前は………喧嘩してたのか?」

 

 なんてはてなマークを浮かべながらこちらを向くものだから、現場はこんらんしていた。

 

 

「おい…エレン、この状況どうにかしろ。」

 

 俺は、事の発端に助けを求めた。

 

 

「え、………あの、冗談ですよ?

 ノアと兵長が喧嘩しても、一瞬で兵長が勝つに決まってるじゃないですか。」

 

「「確かに…」」

 

「いや、引き分けになる可能性もある。リヴァイ兵長は仲間思いだし、ノアは可愛げのある後輩だ。ノアには手を出せないかもしれない。」

 

「「確かに」」

 

 いや、ペトラさんもオルオさんも一瞬で意見変えないで下さいよ!

 

 結局誤解は俺が解くことになった。

 ひとつひとつ、経緯を説明して。

 

 エレンが発端なのに……。

 

 

 

 

 そんなこんなで、エレンとグンタさんが昼食を運んできてくれた。

 

 そういえば、今日まだ会ってなかったのはグンタさんだったが、その、グンタさんは、エレンと昼食を作っていたようだった。またの機会に話しかけてみよう。

 

 俺たちは昨日とは違って、賑やかな食事を取っていた。4人増えるだけで、こんなに賑やかになるなんて。

 昨日とは違い、まだ夜ではないので、俺も会話にちょくちょく参加していたからだろうか。

 

 

 しかし、俺とエレンは、1ヶ月後に初めての壁外調査がある。

 それまでにやる事は山積みだ。

 俺は改めて気を引き締めた。

 

 



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11.5話 【幕間】個人指導(リヴァイ班)

 

 

 俺は、今日の午前中、リヴァイ兵長に個人訓練をつけてもらうことになった。

 

 

 事の発端は、リヴァイ班のみんなで休みの日の午後、ポーカーをしていた時のことだった。俺は前世の記憶でトランプを作ることが出来たので、リヴァイ班の皆さんに一緒に遊んでもらうことにしたのだ。

 

 というのも、この世界には…

 娯楽がない!

 

 だからこそ、俺はトランプを自作するまでに至ったのだった。

 

 当然、エレンを誘って、ペトラさんを誘ったら、リヴァイ兵長も来て、残りの3人の先輩たちも来て…と、思ったより大所帯になったが、人数は沢山いた方が楽しいだろう、と思って始めた。

 

 何回もポーカーをした後、オルオさんが、

 

「これは、賭けとかはないのか?」

 

 と、言った。

 流石に賭けるものがないと、スリルがないな、と思った俺は、

 

「このゲームは普通は何かを賭けるものなんですよ。」

 

 と、説明した。

 

「お、そしたら俺たちも何か賭けようぜ!」

 

 エレンがそう話し出して、話し合った結果、5試合やって、それぞれ得点を出す。そして、最終的に得点の1番低い人が、1番高い人に何かをすること。

 そして、その内容はここにいるみんなが納得するものにしよう、ということに決めた。

 

 

 俺は前世からやっているから強いが、他の人はどうだろうか。

 兵長は、ブラフなんかも得意そうだし、強いだろう。

 エレンは持ち前の運の強さで勝っていきそうだ。

 他の4人は…分からないな…。

 

 そんなことを考えていた。

 が、結果は…

 

1番、ノア

2番、エレン

3番、エルドさん

4番、グンタさん

5番、オルオさん

6番、ペトラさん

7番、リヴァイ兵長

 

 …という、あまりにも予想外な展開になってしまったのだった。

 

 

「へ、兵長…あの、賭けは気にしなくても大丈夫です。本当はポーカーは賭けなしでもできるゲームなんです。」

 

 俺は恐ろしくなって、さっき吐いた嘘のことまでバラしていた。

 

 というのも、なぜ兵長が負け越していたかというと、恐ろしく運が悪いことにあった。兵長の運は全て、巨人と戦う時のために取っておいてあります!とでも言うように、今回は全く運が働かなかったのだ。

 

 手札が揃わなければ勝ちようがない。

 これは、兵長の責任じゃない。

 

 

「……いや、約束は守ろう。ちょうどいい。お前に教えることがあった。

 明日の午前中は個人指導だ。それでいいな?」

 

 な、なんだと!?

 兵長の個人指導…貴重すぎる!!

 

「えっ、はい!よろしくお願いします!」

 

 俺は腰を90度に曲げてお辞儀していた。

 

 

 兵長がポーカー会場となっていた、食堂から出ていってしまった後、俺は尋ねる。

 

「あの……みなさんも、兵長の賭けたものは、それでいいですよね?……一応聞いておきますけど。」

 

コクコクと全員が頷いていた。

 

「お前、兵長の個人指導って……やったな!

 俺も受けたいよ…」

 

 エレンが俺の肩を叩きながら羨ましがってくる。

 

「兵長の…個人指導…。どうして俺は五番なんだ!今こそ俺の運を使うべき時だったのに……!」

 

 オルオさんは悔しさのあまりいつものキャラが崩れていた。

 

 兵長の個人指導……楽しみだけど、兵長は、『ちょうどいい』と言っていた。いずれはするつもりだったということだろうか。

 

 俺はこの日の夜は、グッスリとは眠れなかった。

 気分は明日の遠足を楽しみに待つ園児だった。

 

 

 

 

 

 翌日、できるだけ朝早く起きて、服を着替えて、地下室から階段を登って1階のロビーのような場所に行ったが、そこでは既に兵長が柱に寄っかかって待っていた。

 

 兵長を待たせないようにと、何時もより1時間早く起きたのに…もういる…だと…!?

 

 兵長が早寝早起きタイプなのは確かだった。

 

「おはようございます、兵長。待たせてしまってすいません。」

 

「おはよう。早速出掛けるぞ。」

 

「え、どこに…?」

 

 兵長は俺の言葉を聞くなり、ついてこいとでも言うように、スタスタと先を歩いていってしまった。

 

 俺は遅れないようにその背中を追う。

 行先は少なくともこの、旧調査兵団本部内では無いようだった。

 

 厩で馬を連れて、その後馬に乗って何分か。

 この辺には何も無いと思っていたが、そういえば巨大樹の森があったな。俺は巨大樹の森のことを思い出していた。

 

 そう。目的地は巨大樹の森だった。

 しかし、何の訓練だろうか?

 森、というと、訓練兵時代は専ら立体機動の訓練だったが…

 

 

「リヴァイ兵長、これから何をするんですか?」

 

 俺は馬を繋いで、歩いている間に兵長に話しかけた。

 

「お前の戦い方はある程度把握している。

 連撃を使うと聞いたが、それは本当か?」

 

「はい。ですが、今の成功率は50%程です。」

 

「半分か…それは、使えねえな。そっちも鍛えなきゃいけねえのか。

 今回の目的は、回転斬りだ。」

 

「回転斬り?」

 

「俺がよく使う技だが、巨人の項を狙える位置についたら、そこから回転を始める、そして、その回転の力を使って巨人の項を削ぐ。これが使えれば、巨人の四肢の切断も楽になる。それに…お前は筋力が低いだろう。だから、稀に一撃じゃ巨人の項を削げない時がある。違うか?」

 

「その通りです…。」

 

 それが今、俺の1番の課題だった。巨人の項を一撃で削げないんじゃあ、今までは複数体1の戦いは細かい立体機動の動きを駆使できたからこそ得意だと豪語していたが、これからは1対1の戦いでも苦労するだろうと不安に思っていたところだった。

 

「項を狙う時も、回転斬りを使えれば、お前の戦闘の幅も広がるだろう。」

 

 一撃で倒せるなら、それが一番いい。しかし、それが、成功するのか?回転斬りが、連撃が成功するのか?自分の命が掛かっているところで賭けに出る訳にはいかない。

 そう思って今まであまり練習の機会が無かったのだ。立体機動装置の使用が許されるのは、訓練中か、実戦。それと、特別な許可を貰った時のみだ。

 そういう意味でも、今回の個人指導は俺にとってありがたいものだと改めて理解した。

 

 

 

 回転斬りだけだったら、誰でもできる。普通の兵でも極たまに回転斬りをしている所を見るが、それを兵長のように使いこなせるかと言ったら、無理だろう。

 

 しかし、せっかく時間を使ってもらってるんだ。絶対に習得してやる!

 

 

 そんな気持ちで挑むこと1時間…

 できそうな気がして、できない。

 

 というのも、ただ回転するだけだったらやはり俺でもできたのだが、それによって自分の力を増幅させる、という感覚がよくわからなかったのだった。

 

 巨大樹の森の1本の木には、俺の失敗した回転斬りの後が、痛ましくも刻んであった。

 

 リヴァイ兵長は最初に2、3回俺に回転斬りを見せてくれた後、すぐどこかへ行ってしまった。

 

 え、個人指導…とは、どこへ…?

 と、思ったが、忙しいリヴァイ兵長のことだ。きっと書類仕事なんかに追われているんだろう。

 

 そう考えて、俺は、頭に焼き付けたリヴァイ兵長のお手本を参考に、回転斬りの練習を延々と続けた。

 

 回転斬りは加速が命だ。できるだけ、巨人の背後から、加速の距離を取って、回転斬りをするんだ。

 

 

 その日の午後になって、ようやくリヴァイ兵長がやってきた。

 

 お昼ご飯は、こんなこともあろうかとサンドイッチらしきものを持ってきていたので、それを俺は食べていたところだった。

 

「ノア、回転斬りは、できるようになったか?」

 

 いきなり背後からそう言われて、そりゃあびっくりした。飲み物も無いものだから、俺はサンドイッチを喉に詰まらせそうになった。

 

 ゲホッゴホッ

 

 

「いきなり話しかけて済まなかった。

 差し入れだ。早く飲め。」

 

 そう言ってリヴァイ兵長は水とパンをくれた。

 俺が昼食を食えないことを心配してくれたようだった。

 

 俺は、兵長から水を受け取って、サンドイッチを流し込んだ。

 

「ありがとうございました。助かりました…」

 

 しかし、わざわざ部下のために、往復何分もかかる道を通って、昼食を持ってきて、差し入れしてくれるなんて…。そんなに部下思いの上司がこの世にいるだろうか。

 俺は、リヴァイ兵長の優しさに脱帽だった。

 

「回転斬りは、まだまだ完成には程遠いですが、いつもの1.3倍程の威力は出るようになりました。」

 

「そうか……。毎日やってれば威力は上がっていくだろう。」

 

「毎日?立体機動装置の許可は下りるのでしょうか?」

 

「ああ、俺の特別訓練ということにしておく。」

 

 特別訓練……!

 心踊る単語だ。

 

「とにかく、今日は帰るぞ。訓練は午前中のみの約束だ。」

 

「はい!ありがとうございました。」

 

 

 そんな感じで、リヴァイ兵長の個人指導は幕を閉じた訳だが、その日から午前中の2時間は、巨大樹の森で、回転斬りと連撃の練習をすることになった。

 

 

 

 

 何日もやっていく間に俺は、連撃はほぼ100%に近い確率でできるようになっており、また、回転斬りも、1.8倍程の威力で出せるようになっていた。

 何事も反復練習なんだな。

 

 自分の筋力の無さのせいで、巨人との戦闘が不安だったが、これなら補えそうだ。

 

 兵長!本当に、ありがとうございます!

 

 俺は、兵長への感謝は、もちろん現実でも何回もしたのだが、心の中でも、感謝している。

 それでも感謝しきれないほど、この訓練の成果は大きい。

 

 次の壁外調査でも大いに役立つことだろう。

 

 

 第57回壁外調査の日は着々と近づいて来ていた。

 

 

 



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11.7話【幕間】巨人化実験(リヴァイ班)

 ※この話は結構アニメと同じ展開なのでそういうのいいよという方は飛ばしちゃっても問題ありません。


 

 

(ノア視点)

 

 俺がリヴァイ班に入ってからどのくらいの頃だっただろうか。

 

「ようやくエレンの巨人の調査の許可が降りたよー!」

 

 ハンジさん、という、分隊長をやっている偉い人がこう叫んで、リヴァイ班のいる、旧調査兵団本部へ駆け込んできた。

 

「リヴァイ、今日の予定は?」

 

「午前中は訓練、午後は訓練と清掃だ。」

 

「じゃあ、借りてって良いよね?

 フフフフフフフ……」

 

 ハンジさんは、何やら悪いことを考えていそうな顔をしていた。

 それに対し、リヴァイ兵長は諦めの視線をハンジさんに向けた。

 

「エレンとノアが行く以上、リヴァイ班もついて行くことになるが…」

 

「もちろん、構わないよ。」

 

 俺は何が何だか分からないまま、巨人の訓練を何かするんだな、と、あやふやに思っていた。

 

 

 

 その後、巨人化するということは、広い土地が必要なため、広くて平らな土地に移動した。

 

「ハンジ…さっきはエレンの実験の許可が下りたと言っていたが、ノアはどうなんだ?」

 

 リヴァイ兵長が俺も気になっていたことを聞く。

 

「ノア…っていうんだね。よろしく。

 彼に関しては、許可が下りなかったんだよ。

 是非、くまなく調べたいんだけどねー…

 ああ、手とか、目とかどうなっているのかな?

 やっぱり、目は彼と同じで、緑なのかな?

 エレンと同じような体型なのかな?

 はたまた、全く違う見た目をしているのかな?

 彼は兵士としても優秀だと聞いているが、やっぱり巨人の力も強いのだろうか?」

 

……エトセトラエトセトラ。

 

 ハンジさんの探究心は永遠に続いている。

 

 完全に自分の世界に入っている!

 

 

 調査兵団は変人集団と、前言った記憶があるが、その中でも1番の変人はこの人なのだろう。

 なんてったって、巨人のことを考えてヨダレを垂らすほど興奮しているのだ。

 これを変人と呼ばずしてなんと呼ぶだろうか。

 

 しかし、この人が分隊長か…。

 部下は苦労しそうだ。ハンジさんは優しそうではあるが…。

 ハンジさんの横にいる部下の方は、特に被害を受けてそうである。

 

 

 そんなことはいいんだ。さっきの、リヴァイ兵長の質問に関する、答えは、許可が下りなかった、だよな?

 

 ということは、俺は今日は巨人化しないのか。

 

 残念だ。実戦より前に1回試してみないと、実戦で使うには不安なのだが…。

 1回くらいは機会があるだろうか?

 

 とりあえず、今日はエレンのみのようだった。

 

 

 

 

 

 エレンは井戸に入って、ハンジさんとリヴァイ兵長は井戸から離れてから、緑の信煙弾を打つ。

 

 これが、エレンが巨人化する合図だ。

 

 井戸で行うのは、万が一巨人が暴れても、すぐ拘束し、項を削げるように、という理由があるらしい。

 

 

 ……しかし、一向にエレンの巨人化した姿は見えない。

 

 その様子に異変を感じたハンジさんとリヴァイ兵長が、井戸の近くまで寄って、エレンに事情を聞いた。

 

 それによると、エレンは結局、巨人になれなかったようだ。

 

 

 俺たちは束の間の休憩時間にリヴァイ兵長の薦めで紅茶を飲んでいたが、エレンは相当気落ちしているようだった。

 

「自分で噛んだ手の傷も塞がらないのか…」

 

「……はい。」

 

「お前が巨人になれないとなると、ウォール・マリアを塞ぐっていう大義もクソもなくなる。

 ……命令だ。何とかしろ。」

 

「はい……。」

 

 上手くいかなかったものは、しょうがない。トロスト区奪還作戦の時は出来たのに、今回はなぜ出来なかったのだろうか?

 リヴァイ班の皆は、エレンを慰めているようだ。

 

「そう気を落とすな、エレン。」

 

「しかし…」

 

「まあ、思ったよりお前は人間だったってことだ。」

 

「焦って命を落とすよりはずっと良かった。これも無駄ではないさ。」

 

「ああ。慎重が過ぎるってことは無いだろう。」

 

 エレンは紅茶のティースプーンを持とうとしていたが、落としてしまったようだ。さっきの巨人化実験の時に思いっきり噛んだ自分の手の傷がやはり、痛いようだった。

 

「エレン、大丈夫か?しかし、どうして前は出来たのに、今回は出来なかったのか……?」

 

「俺にも何が何だか……」

 

 エレンは、ティースプーンを拾うために手を伸ばしながら答えた。

 そして、落ちたティースプーンをエレンが拾おうとしたその時――

 

 

 

ドーン!!!

 

 巨人化の音が辺りに響いた。

 エレンの近くにいた俺たちは、もちろん吹き飛ばされそうになった……いや、実際に吹き飛んだが、体制は整えて受け身を取った。

 

 

「なんで今頃!」

 

 エレンは動揺しているようだ。

 しかし、リヴァイ兵長が守ってくれるなら、安心だ。

 なので、俺は、エレンの巨人化の発動条件を考え始めた。

 

 

「落ち着け。」

 

「リヴァイ兵長!これはっ……!!」

 

「落ち着けと言っているんだ。お前ら。」

 

 リヴァイ兵長が落ち着けと言っているのは、リヴァイ班の4人に対してだ。

 その4人は、受け身を取った後すぐ駆け出し、エレンに刃を向けていた。

 俺は、先程のエレンを慰めていたリヴァイ班の皆とは全く違う様子に、少し驚きながらも、これが彼らの仕事だから、ということは分かっていた。

 

「エレン、どういうことだ!」

 

「はい!?」

 

「なぜ今許可もなくやった!?応えろ!」

 

「エルド、待て。」

 

 

 

 エレンの1回目の巨人化は、巨人に食われた時だ。そして、2回目は、穴を塞ぐとき。そして、今回は、スプーンを取るという動作で、巨人化した。

 そうだったら、何か動作をしている必要がある…とか?いや、動作の定義が曖昧だな。手を上げる、とかでも動作になるんだったら、さっきの井戸の中の時も巨人になれたはずだ。

 そうしたら、なんだ?

 

 

 

「応えろよ、エレン!どういうつもりだ!」

 

「いいや、それは後だ!俺たちに、いや人類に敵意がないことを証明してくれ。

 ……証明してくれ早く!お前にはその責任がある!」

 

 

 逆に、さっきはなんでできなかったんだ?

 人に言われた、命令されたことだから?

 そうだったら、トロスト区の時はなぜ巨人になれたんだ。

 

 

 

「その腕をピクリとでも動かしてみろ!その瞬間てめえの首が飛ぶ!できるぞ俺は!本当に!試してみるか!?」

 

「オルオ、落ち着けと言っている!」

 

 

 

 巨人を駆逐したい、または、仲間を助けたいとか、そういう想いが必要なのか?

 いや、そうだったら今回のスプーンの件はどうなるんだ。

 

 

 

「兵長!エレンから離れてください!近すぎます!」

 

「いいや、離れるべきはお前らの方だ。下がれ。」

 

「なぜです!?」

 

「俺の勘だ。」

 

 

 いや、もう少し広い部分で考えるべきだ。

 エレンの巨人化できる条件の定義は広くしておかないと、どこかで矛盾が生じる。

 巨人から出る、穴を塞ぐ、スプーンを取る…に、共通すること…。

 

 

 

「どうしたエレン!なにか喋れよ!」

 

「だから……」

 

「妙な動きをするな!」「早く証明しろ!」「エレン!応えろ!」「俺たちがお前を殺せないと思うのか!?俺は本気だぞ!」

 

「だから俺にも……」

 

 

 周りが騒がしくて、考えづらすぎる!!!

 あー、もう!

 

 

 

「早くしろ!」「聞こえないのか!?」「いいか!?やるぞ!」

 

 

 

「「ちょっと、

  黙っててくださいよ!!!」」

 

 

 

 エレンとハモってしまった。

 と、いうか、先輩なのに、言い過ぎたか!?

 

 俺の心臓はここにいる人たちとは少し違う意味で心臓がバクバクだった。

 

 

 

 

 シーン…

 

 空気が一気に悪くなった。もう考える所ではない。この状況は俺とエレンのせいだ。俺らがどうにかしないと…。

 

 そう思っていた時だった。

 

 

 

「エレーーーン!!その腕触っていい?

 ねえ、良いよね?良いでしょ!?

 触るだけだから!」

 

 ヨダレを垂らしたハンジさんが向こうから走ってきて、その勢いのまま話し出した。

 

 こういう時に、空気の読めない人がいると固い空気が離散して、良いんだよね…

 マジで助かった………。

 

 エレンが許可を出さないうちに、もうハンジさんはエレンの手を触っていた。

 

「うわぁあぁあ!

 あっっっつい!!!皮膚無いとクソ熱いぜ!こりゃすげえ熱い!!」

 

「分隊長!生き急ぎすぎです!」

 

 やはりハンジさんの部下は色々と苦労してそうだ。

 

「ねえ、エレンは熱くないの?その右手の繋ぎ目、どうなってんの!?凄い見たい!!」

 

 その言葉に、エレンはハッとなって、下の、繋ぎ目を見る。

 

「ハッ…そうだ、さっさとこの手を抜いちまえば……

 こんなもんっ……」

 

 エレンは力ずくで巨人から手を抜いた。

 

「おいエレン!妙なことするな!」

 

「えええっ、ちょっとエレン!早すぎるって!まだ調べたいことが…

 ……あっ」

 

 ハンジさんが不自然に黙るものだから、俺はハンジさんの方を向いて、その視線を辿った。

 ……エレンの巨人の手に握られているのは…ティースプーン。直前に取ろうとしていたものだ。

 

 

「兵長…っ」

 

「気分はどうだ」

 

「あまり、よく……ありません。」

 

 

 

 俺達はあの後、実験が出来るような雰囲気ではなかった為、旧調査兵団本部に戻っていた。

 

 リヴァイ班の皆は食堂に座って落ち込んでいて、ハンジさんだけが何やら考え込んでいた。

 

 そこにエレンとリヴァイ兵長がやってくる。

 ハンジさんは先程エレンの手の中にあったティースプーンをエレンに見せていた。

 

 

「これを見てくれ。」

 

「ティースプーン、ですか?」

 

「そう。エレンが出した巨人の右手がこれをつまんでた。こんな風に、人差し指と親指の間でね。

 偶然挟まっていたとは、ちょっと考えにくいね。しかもなぜか、熱や圧力による、変形は見られない。なにか思うことはない?」

 

「確か、それを拾おうとして、巨人化はその直後でした。」

 

「なるほど……今回巨人化出来なかったのは、そこにあるのかも…。巨人を殺す、砲弾を防ぐ、岩を持ち上げる。いずれの状況も、巨人化する前に明確な目的があった。恐らく、自傷行為だけが引き金になっている訳ではなくて、何かしらの目的がないとダメなのかもね。」

 

 砲弾を防いだ?その件は俺は知らない。

 ……あの時か!トロスト区攻防戦の後、エレンが巨人になれることを知った駐屯兵団は、

 ……きっと、エレンに大砲を打ったんだ。

 それを防ぐために、巨人になった…と。

 

 

「確かに、今回の巨人化は……砲弾を防いだ時の状況と似ています。…けど、スプーンを拾うために巨人になるなんて……なんなんだ、これは…」

 

 エレン自身も混乱している。

 そりゃそうだ。俺たちだって、巨人のことに関しては、これっぽっちも知らない。

 エレンの、自傷行為が引き金になる、というのも俺にはよく分からなかった。

 

 

「つまり、お前が意図的に許可を破った訳では無いんだな。」

 

「はい!」

 

 すぐさまエレンが頷くのを見て、リヴァイ班の先輩4人は、お互いの顔を見て頷き合った。

 

 そして、

 それぞれ自分の手を、エレンが巨人になる時のように、噛んだ。

 

 

「え、えぇぇ!?」

 

「み、皆さん…?どうして…」

 

 俺も困惑していた。

 

「ちょっと!何やってるんですか!」

 

「いてえ…」

 

「これはキツイな…、エレン、お前よくこんなの噛み切れるな。」

 

「俺たちが判断を間違えた。そのささやかな代償だ。だからなんだって話だがな。」

 

 グンタさんが、そう言うが…そこまでしなくても…。

 

「お前を抑えるのが俺たちの仕事だ!それ自体は間違ってねえんだからな!調子にのんなよガキ!」

 

 オルオさんの言う通り、いざという時に俺たちの項を削ぐのが先輩達の役目だ。さっきの行動も間違いじゃないと思う。

 ただ、勘違いだったのが間違いだったってだけで。

 

「ごめんね、エレン。私達でビクビクしてて…。

 間抜けで失望したでしょ?

 

 でも、それでも、私たちはあなたを頼るし、私たちを頼って欲しい。だから…私たちを、信じて。」

 

 ペトラさんは、いや、先輩達は誠実だ。

 己の間違いを認めて、謝り、そして、自らに代償を設けた。

 誰だってできることじゃない。

 

 リヴァイ班の皆の手には、その後も強く噛んだ後が、深く残っていた。

 



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12話 地獄の再開(第57回壁外調査1)

 

 

(ノア視点)

 

 それは、旧調査兵団本部で過ごしている時の事だった。俺は、エルヴィン団長に呼ばれたらしく、リヴァイ兵長に連れ出された。

 

 リヴァイ兵長は、調査兵団の執務室のようなところの部屋の前で、「ここだ」と言って、そのままどこかへ行ってしまった。

 

 凄く大きくて立派な扉だな…

 流石に団長の部屋ともなると、豪華になってくるのだろう。

 そんなことを考えながらノックをして入ったが、中は案外、豪華絢爛と言った感じではなく、使いやすさを基準に選んだような家具たちが並んでいた。

 

 社長椅子のような物に座っているエルヴィン団長がいる。団長は俺が部屋に入ったなりすぐ声をかけてくれた。

 

 

 

「久しぶりだな。ノア。」

 

「お久しぶりです。俺をリヴァイ班に配属してくださって、ありがとうございます。」

 

 本当にエルヴィン団長には頭が上がらない。エレンはともかく、何の功績のない俺も、リヴァイ班に加えてくれたのだから。

 

「いや、君は調査兵団の新たな戦力だからね。

 それより、私が前聞いたことを覚えているかな?」

 

 

 質問……?

 あの、意図の分からなかった質問か。

 

 

「『敵はなんだと思う?』という質問でしょうか?」

 

「そうだ。君はその質問に、君やエレンと同じような、巨人になれる人間だと答えたね。」

 

 

「そうです。……あ、もしかして、その答えによって俺の処遇が決まるとか…。

 

 ………いや、俺は何も知らないんです!ただ自分で考えただけで…。」

 

 

「いや、安心してくれ。これによって君が捕まるだとか、そういうことはない。」

 

 良かったー。

 

「ただこの質問で決まるのは、次の作戦について教えるかどうか、ということだ。」

 

「次の作戦……壁外調査ですか?」

 

「ああ、そうだ。

 単刀直入に言うが、次の作戦は、君と同じように巨人化できる人間が攻めてくると予想している。」

 

「そんな……そんな早急に……」

 

「それで次の作戦は、表向きはカラネス区からの行路の確保だが、実際は、その巨人の確保を目的とする。」

 

 ちょっと、混乱してきたぞ…?

 次の壁外調査で巨人になれる人間が攻めてくる。そして、その巨人を捕獲する…?

 

「そこで、君にはその作戦内容と、そこでの君の立ち位置、そして役割を話そうと思う。話の内容的にも、ここで覚えてもらうことになる。いいね?」

 

「は、はい!」

 

 まだ頭の整理はついていなかったが、まずは作戦を覚えることが先だ。

 頑張って頭に詰め込もう。

 

 

 

 

 

「………ということだ。覚えられたか?

 何か質問があれば、答えよう。」

 

「お、覚えました……。ですが、ということは…、俺は……。」

 

「ああ、君の思っている通りだ。この作戦が上手くいっても、行かなくても、君は大変な立場になるだろう。だからこそ、君にはこの作戦を遂行して貰いたい。」

 

「はい。この作戦の意図も、分かっているつもりです。エルヴィン団長の言うようには…上手くは行かないかもしれませんが、全力を尽くします。」

 

「何があっても、死んではならないよ。君は、エレンと同じく、人類の希望なのだから。」

 

「はい。分かっています。

 …では、失礼します。」

 

ガチャ

 

 

 

 びっくりした。

 まさか、次の作戦の、俺の役目は、

 …………だなんて

 

 

 

 

 俺は、リヴァイ班に入って、ここ1ヶ月くらい平凡な日常、ずっと戻りたかった日常に戻れたような気がしていた。

 根拠は無いけど、ずっとここにいるんだと思っていた。

 

 しかし、次から俺は、ここには居られないんだな。

 

 

 そう思うと、無性に寂しくなった。

 

 

 

 

 ああ、まただ。

 

 俺は、また悪夢を見た。

 

 これを見た後に毎回、何かが起こる。シガンシナ区の時も、トロスト区の時も、悪夢を見た後だった。

 今回は、十中八九、壁外調査の件だろう。

 

 今回見たのは、今まで訓練していた長距離索敵陣形を実際にやっている、同期達の姿。

 そして、異形の巨人がこっちに向かって走ってくる場面と、アルミンとライナー、ジャンがそれに立ち向かう場面。

 それに、リヴァイ兵長が馬に乗っている姿を後ろから見ているところ。周りにはリヴァイ班のみんな。そして、高い木々…巨大樹の森か?

 異形の巨人が走りながら調査兵を軽々と殺していく

ところ。

 

 それに、あれは、誰だったか。

 ある者は、首を切られて、立体機動装置のワイヤーに引っ張られて宙に浮いたまま、事切れていた。

 ある者は、胴体と下半身が切り離された状態で、地面に転がっていた。

 ある者は、木に横たわって、血を流していた。

 ある者は、強く打ち付けられて、無惨な姿で亡くなっていた。

 あの人たちは、誰だったか…

 

 

 

「リヴァイ班の皆…」

 

 

 

 どうして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 壁外調査の日がやってきた。

 

 昨日の悪夢のせいで俺はあまり気分が良くなかったが、今日は壁外調査だ。

 シガンシナの時も、トロスト区の時も、悪夢を見たんだ。あの時も、地獄だった。

 悪夢を見たということは、今回の壁外調査は悪いものになることだろう。

 

 しかも、今回の悪夢は、詳細を割と覚えている。だんだん悪夢の見え方も、時間が経つにつれて変わってきているのか?

 

 

 俺はそんなことを考えながらも、壁外調査の起点であるカラネス区で、エレンの隣に整列していた。

 

「エレン、これから起こることは、お前にとって悲劇かもしれない。けど、思い出すんだ。お前と約束しただろ?絶対、生きて戻ってくるって。」

 

「ああ、もちろんだ。」

 

 

 壁外調査の出発点であるカラネス区に集まった調査兵たちは、皆それぞれの思いを抱いていた。

 これから初めての壁外調査に向かう新兵は、ソワソワとしているし、

 今まで何回も行って仲間を亡くしている古参兵は、引き締まった顔つきをしていた。

 

 この作戦では長距離索敵陣形というものを組むため、俺たちは大量の信煙弾と、持てる限りの補給物資を馬に乗せて、向かうことになる。

 俺たちリヴァイ班は、中央後方の、1番安全な場所。エレンを守るためにも、これから起こるであろう悲劇を最小限に食い止めるためにも、俺たちはここの位置が最適だ。

 エレンを持ってかれることが『最悪の事態』だからな。

 

「付近の巨人はあらかた遠ざけた!開門30秒前!」

 

 

 

「いよいよだ!これより人類は、また1歩前進する!お前たちの成果を見せてくれ!」

 

 

 

「「「「「「おぉぉおおおお!!!」」」」」」

 

 

 

 

「開門、始めっ!」

 

 

 

 

「進めーー!!!

 第57回、壁外調査を開始する!

 前進せよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壁外調査が始まってから最初に見たのは、荒れ果てた街だった。

 そんな場所に、巨人がウヨウヨいるのだ。

 

 俺たちの故郷、シガンシナ区も、こんな風に荒れ果てた姿になっているのだろうか。

 早く、故郷に帰って確かめたい。が、そんなに事は上手くはいかないようだ。

 少なくとも、今回は。

 

 

 旧市街地までは援護班が支援してくれる。

 が、そこから先はエルヴィン団長が考案した、長距離索敵陣形が正常に働くかどうか、に掛かっていた。

 

 

(アルミン視点)

 

 

 援護班に巨人を任せて突き進める、旧市街地を超えた先。そこから調査兵たちは長距離索敵陣形を展開していた。

 

 僕、ジャン、ライナーの3人は、右翼側の伝達の位置に配置されている。

 

 …赤い信煙弾は、通常種の巨人が迫ってきている合図だ。

 

 長距離索敵陣形では、兵を広く展開して通常種の巨人が見えたら赤の煙弾を。また、奇行種が見えたら黒の煙弾を。そして、それらの煙弾が見えた人は、同じように、赤や黒など同じ色の煙弾を打って伝達することで、最終的にその煙弾が見えた団長が緑の煙弾を打って進路を確定する。

 

 巨人を避けながら、被害を抑えて進んでいくための陣形だ。

 

 僕は赤い煙弾が見えたので、この1ヶ月で教わった通り、同じように赤い煙弾を打った。

 

 

 しかし、赤い煙弾が打たれてしばらく経っているのに、陣形が乱れていることに疑問を抱いていた。

 

 ――まさか

 

 そう思った時、黒い煙弾が見えた。

 ――奇行種が現れたんだ!

 咄嗟に僕も黒い煙弾を打つ。

 

 その後すぐに、奇行種がネス班長のところに現れた!

 そして、その奇行種の項をネス班長とシスさんが素早く削ぐ。

 

「やった!ネス班長!

 ……!!」

 

 …………あっちの方向から来るのは…

 

 また、奇行種か?凄いスピードだ!

 12…いや、14mくらいか?とにかく、デカいのは確かだ。

 

 右翼側の索敵はどうしたのだろうか。

 こちらに2体も奇行種が流れてくるなんて、何か巨人を倒せない理由があるのかもしれない。

 

 僕は咄嗟にまた、黒い信煙弾を打つ。

 

「アルレルトの方に行かせるな!シス!」

 

「はい!」

 

 ネス班長がそう言ったのを合図に、シスさんが奇行種に攻撃を仕掛ける。

 

 しかし、

 その巨人は、ネスさんの立体機動装置のワイヤーを掴んで――

 

 地面に叩きつけた。

 

 

 「ヒッ……!」

 

 僕は馬を連れて、その巨人とは反対側の方向へ走り出した。

 

 違う、違うぞ!

 奇行種じゃない。奴には知性がある。鎧や超大型、エレンと同じ、

 

「巨人の体を纏った、人間だ!

 誰か、

 なんでこんな!

 まずいよどうしよう。

 僕も死ぬ!殺される!」

 

 巨人の足音が段々と迫ってくるのを感じる。

 僕は、馬だけは逃がそうと思い、予備の馬の手網を離した。

 

 「いけ、逃げろ!」

 

 知性を持った巨人が全速力ではしってくる。

 もうすぐ追いつかれる……っ!

 

 「こいつは、いや、こいつらは…何が目的なんだ……!」

 

 

 

 その巨人にとうとう追いつかれた僕は落馬して、無防備な状態のまま、地面に転がっていた。

 落馬した衝撃で、僕は調査兵団のマントのフードを被っていた。

 

 ……殺される。

 

 

 

 

 そう、思ったが、その巨人は…

 

 

 

 僕のフードを取った後、先程のように走り出して、そこを去っていった。

 

 

「殺さない…………のか?

 なんだ今の………。

 フードを摘んで、顔を…顔を、確認した…?」

 

 

「アルミン!!」

 

「ライナー!」

 

 向こう側からライナーが馬に乗ってこちらに来ているのが見えた。

 

「おい、立てるか?いやとにかく…馬を走らせねえと、壁外では生きてられねえぞ!急げ!」

 

「…うん!」

 

 

 ライナーはその後、連れていた予備の馬を僕にくれて、僕達は先程の巨人を追うように馬を走らせていた。

 

 

「奇行種の煙弾が見えたが、あのいいケツした奴がそれか?」

 

 ライナーがそう僕に聞いてくる。

 

 

 でも違う。……あいつは…

 

 

「奇行種じゃない…巨人の体を纏った人間だ!」

 

 

「なんだって!?」

 

「あ、ちょっと待って。先に煙弾を打たないと!い、急げ、あっちに緊急事態を…煙弾で……っ」

 

 早く伝えないと!

 そう思うほど、手元は狂って煙弾をセットできなくなってしまう。

 

 そんな時、

 

 

 

 パーンッ

 

 信煙弾の音が聞こえた。

 

 

 

「待て、ジャンが打ったみたいだ。」

 

 

 ライナーの言葉に、後ろをみるとジャンが馬に乗りながら黄色い煙弾を打っていた。黄色い煙弾は緊急事態、作戦続行不可の知らせだ。

 

 右翼側からも黄色い煙弾か上がっているのが見える。

 

「右翼側から上がったのか?

 作戦遂行不能ないだてってことか!」

 

 

 

 ジャンは僕たちに追いついて、状況を報告する。

 

「右翼索敵が、一部壊滅したらしい。

 巨人がわんさか来たんだ!

 なんだか知らねえけど、足の早え奴が何体もいる。今は何とか食い止めているが、もう索敵が機能してない。

 既に大損害だが、下手すりゃ全滅だ!」

 

 

 

 右翼索敵……あの、前を走っている巨人が来た方向だ。

 

「あいつが来た方向からだ。

 ……まさかっ、あいつが巨人を率いてきたのか!?」

 

「あいつ?……なんであんな所に巨人がいるんだよ!奇行種か?」

 

 ジャンが奇行種かと質問してくるが、あいつは……

 

 

「いや、違うんだ。あいつは…巨人の体を纏った人間。エレンと同じことができる人間だ!」

 

 

「アルミン、どうしてそう思うんだ?」

 

 ライナーに聞かれるがままに、僕は、自分の考えの根拠を説明する。

 

「巨人は人を食うことしかしない。その過程で死なせるのであって、殺す行為自体は目的じゃない。

 しかしあいつは、急所を狙われた瞬間に、先輩を握りつぶし、叩きつけた。

 食うためじゃなく、殺すために殺したんだよ。

 他の巨人とはその本質が違う。超大型や鎧の巨人が壁を破壊した時に、大勢の巨人を引き連れて来たのは、きっとあいつだ。

 目的は一貫して、人類への攻撃だ。

 

 ………いや、どうかな…誰かを探しているんじゃないかって気がする。

 もしそうだとすれば、探しているのは…もしかして、エレン!?」

 

 

 

「エレンだと?エレンがいるリヴァイ班なら、あいつが来た右翼側を担当してる筈だが…」

 

 

 

 右翼側だって?

 

 

「えっ」

 

「右翼側?俺の作戦企画紙には、左翼後方ってなってたぞ!」

 

「僕の企画紙には、右翼前方辺りにいると記されていたけど…

 いや、そんな前線に置かれている訳が無い。」

 

 

「じゃあ、どこにいるってんだ!」

 

 

「この陣形の、1番安全な所にいるはず…。

 だとしたら、中央後方辺りかな。」

 

 

「アルミン!今は考え事をしてる時間はねえぞ!

 奴の脅威の度合いを煙弾で知らせるなんて不可能だ!そのうち司令班まで潰されちまう。

 そうなったら…陣形は崩壊して全滅だ!」

 

 ジャンがそう叫ぶ。

 

 

「何が言いたい?」

 

 

「つまりだな…この距離なら、まだ奴の気を引けるかもしれねえ。

 俺たちで撤退までの時間を稼ぐことができる…かもしれねえ。

 ……なんつってな。」

 

 ジャンが、あいつに攻撃を仕掛けることを提案する。

 しかし、僕はさっきネス班長とシスさんが殺された瞬間を、シスさんの、ワイヤーを掴まれて地面に叩きつけられた瞬間を思い出して恐怖してしまう。

 

「あいつには、本当に知性がある。あいつから見れば、僕達は文字通り虫けら扱い。はたかれるだけで潰されちゃうよ。」

 

「マジかよ…ハハッ、そりゃおっかねえなあ。」

 

「お前…本当にジャンなのか?俺が知るジャンは、自分のことしか考えてねえ男のはずだ。」

 

「失礼だなあ、お前…。

 俺は…俺には今何をすべきかが分かるんだよ!

 ……これが俺達の選んだ仕事だ!力を貸せ!」

 

 

 あのジャンがそんなことを言い出すなんて、訓練兵時代では考えられなかった。

 

 『俺たちの選んだ仕事』…そうだよね。ただ外の世界を見ることだけが目的じゃない。僕達は、選んだ以上、調査兵団という組織を生かさなきゃいけない。

 

 調査兵団を壊滅させないために、ここで、足止めする。それが僕たちのすべきことだ。

 

 僕は、さっき僕があいつに殺されそうになった時を思い出す。フードを被っていたから、顔を確認するためにあいつはわざわざ僕のフードを取った。

 ということは……

 

 

「フードを被るんだ、深く。顔があいつに見えないように!あいつは、僕らが誰かわからないうちは、下手に殺せないはずだから!」

 

「なるほど。エレンかもしれん奴は、殺せないと踏んでか。気休めにしては上出来。ついでに奴の目が悪いことにも期待してみようか!」

 

「アルミン、お前はエレンとベタベタつるんでばっかで気持ちわりぃって思ってたけど、やるやつだって思ってたぜ。」

 

「え、ああ……どうも。でも気持ち悪いとか酷いな…」

 

 

 

 

(ジャン視点)

 

 俺は黄色い煙弾を打ってから、前を走っていたライナー、アルミンと合流した。

 

 その前には……巨人!?

 どうしてこんなところに…

 

 アルミンによるとその巨人は、エレンと同じ、知性を持った巨人であるらしい。

 

 奴が中央後方まで辿り着いて、エレンを殺したら、今までエレンのために死んだ奴らはどうなる!

 それに、そこまで辿り着くまでに何人殺される!?

 

 ここで食い止めなければならない。

 

 俺は、あいつの足止めをすることをアルミン達に提案した。

 

「俺は…俺には今何をすべきかが分かるんだよ!

 そして……これが俺達の選んだ仕事だ!力を貸せ!」

 

 トロスト区での補給作戦……あの時にマルコが俺に言った言葉だ。

 今何をすべきか分かる…その言葉の通り、俺にはどれが最善策か分かる…けど、それを実行するには何時だって、勇気がいるんだ。

 

 しかし、トロスト区で、俺が率いたことで死んで行った奴らを見ちまった…。俺は、あいつらの命を、死ぬまで背負わなきゃいけねえ。

 あいつらに、笑われない、胸張って生きていけるような生き方をしなきゃいけねえ。

 そして、俺にああ言ってくれたマルコにも。今はああなっちまったが、いつか、また笑って話せるようになったら、胸を張って報告できるように。

 そう、兵団選択の時に決めた。

 

 

 

 

 

 

 俺たちは、アルミンの言う通りフードを被ってから、あの知性を持っている巨人を追って、攻撃をしようとしていた。

 

 今だ!

 

 俺はそいつの腱を狙って、立体機動装置のアンカーを刺そうとした。

 が、そいつは急に方向転換をして、アンカーを弾きやがった!

 

 そして、そいつは馬に乗っているアルミンを狙う。

 

 アルミンは全速力を出して逃げようとしているが、その巨人はアルミンの進行方向から腕を振り上げて、馬ごと吹っ飛ばした。

 

 アルミンはその衝撃で、馬から落ち、立体機動装置も外れてしまったようだった。

 

 ……アルミンが、殺される!

 

「くっ、アルミン!」

 

 俺はアルミンを助けるために巨人にワイヤーを刺すが、すぐ掴まれそうになる。

 俺はワイヤーを刺し直すが、それもすぐ対応される。

 

 こいつ……運動精度が普通の奴の比じゃねえ!

 くそ、認識が…認識が甘かった!

 

 項にアンカーを刺したら、そいつは…

 

 ――項を守りやがった!?

 

 

 くそ、もう逃げられねえ。死んじまう!ワイヤー掴まれて終わりだ!

 

 その巨人が拳を振り上げて俺を狙ったその時だった。

 

 

 

 

「ジャン!

 死に急ぎ野郎の仇を取ってくれ!」

 

 

 

 

 

 アルミンが、そう大声で叫んだ瞬間、その巨人の動きが止まった。

 

「そいつだ!そいつに殺された!

 右翼側で本当に死に急いでしまった、

 死に急ぎ野郎の仇だ!」

 

 何が起こった!?

 

 アルミンが叫んだことをきっかけにその巨人は動きを止めたのだが、俺はアルミンの言っていることがよく分からなかった。

 だいたいエレンは右翼側に居ないんだから、死んでないはずだ。

 俺たちはさっきの会話で、エレンのいるリヴァイ班は、中央後方だと言うことで納得していたはずだ。

 

 何よりその、リヴァイ班は中央後方だと言ったのは、アルミンだ。

 

 さっき落馬した時に、頭打って混乱しちまったのか?

 まずいぞこんな時に!

 

 

 俺がアルミンの言葉に疑問を持っていた間に、ライナーがフードを取って、巨人に迫っていた。

 

 フードは被っておけと言っていたはずだ!

 まさか、巨人の気を引くために……?

 

「僕の親友を、そいつが踏み殺したんだ!

 足の裏にこびりついているのを見た!」

 

 ライナーはアルミンがそう叫んでいる間にも、巨人に迫って、巨人の項に、立体機動装置のワイヤーを刺した。

 

 まさか、項を直接狙うつもりか…?

 いや、いける!奴がアルミンに気を取られている今なら!

 

 

 ライナーが巨人に迫った時、

 その巨人は徐に手を上げて、

 ライナーを…

 

 握りつぶした。

 

 

「お、おい……」

 

 

 殺された…ライナーが、あの、ライナーが…

 

 

 

 

 俺もアルミンも、そう思っていたその瞬間――

 

 

 

 ライナーが巨人の指を切断して、巨人の手から抜け出した。その後すぐ、アルミンを持ち上げて巨人と反対方向に走り出す。

 

 ライナーの奴、やりやがった!

 ミカサが強烈で忘れてたが、あいつもずば抜けて優秀で頼りになるやつだったな!

 

 

「もう時間稼ぎは充分だろう!急いでこいつから離れるぞ!人喰いじゃなけりゃ、俺たちを追いかけたりしないはずだ!

 …見ろ!デカ女の野郎め、ビビっちまってもうお帰りになるご様子だ!」

 

 

「え、そんな……なぜ…。あっちは中央後方、もしかして……エレンがいる方へ…?」

 

 

 

 

 

 

 死線を潜り抜けた後、俺たちは、足止めをくらっていた。

 

 俺の馬が、帰ってこないのだ。

 ここには人間が3人いるのに、馬は1頭しかいない。

 誰かを1人、ここに置いていくしかないのか!?

 

 そう思って、最後の足掻きで俺たちは紫の煙弾を打った。そしたら…

 

 

 

 後方からクリスタが、乗っている馬の他にも2頭、馬を連れてやってきているのが見えた。

 

 

 

 

「よくあの煙弾でこっちに来る気になったな。」

 

「ちょうど近くにいたし、ジャンの馬がいたから。」

 

「お前は馬にも好かれるし、不思議な人徳があるようだな。命拾いした。」

 

 本当に、ライナーの言う通りだ。クリスタがいなかったら、誰か1人をあそこに置いていかなきゃいけなかったのだから。

 

 

 

 

「でも良かった。みんな……最悪なことにならなくて。

 ……ほんとに良かった。」

 

 クリスタが涙ぐみながら、そう言う。

 俺達には、クリスタだけに後光が差している幻覚が見えた。

 

 

 

(神様…)

(女神…)

 

(結婚したい。)

 

 アルミン、俺、ライナーの順で、クリスタのあまりの神々しさに、そう思っているのが、俺には分かった

 …………気がする。

 

 

「さあ、急いで陣形に戻らないと。」

 

 

 俺たちは女神クリスタに馬をもらって、再び走り出したのだった。

 



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13話 犠牲(第57回壁外調査2)

 

 

(ノア視点)

 

 

 長距離索敵陣形の中央後方に位置する俺たちは、少なくとも今は、上手くいっているように感じていた。

 

 しかし、この陣形は広がっている。かろうじて隣の班が見えるほどの距離なのだ。

 遠くで上がっている、最前線の人達の煙弾は流石に見えない。

 

 つまり、俺たちの知らないところで、激戦が繰り広げられているのかもしれない。

 ……いや、壁外なのだから、巨人たちは沢山いることだろう。今だって、どこかで俺たちの同志は戦っている。

 

 エルヴィン団長から聞いた今回の作戦内容から多少外れている部分があることから、ここの時点で何かイレギュラーが起こっていることは間違いない。

 

 先程からずっと、進行方向が東のまま変わらないのだ。

 

「報告します!口頭伝達です!

 右翼索敵、壊滅的打撃!

 索敵一部、機能せず!

 以上の伝達を、左に回してください!」

 

 リヴァイ班として固まって動いている俺たちに、近づいてきた兵士がそう言った。

 

 右翼側が壊滅的?右翼側は……アルミン、ライナー、ジャン、それに、クリスタのいる方向だ。

 俺の……悪夢の通りかもしれない。

 

 俺の悪夢によると、アルミンとライナーとジャンが、異形の巨人と戦っていたはずだ。

 エルヴィン団長の言っていた、襲撃は、あいつのことかっ!

 

 

「聞いたか、ペトラ。行け!」

 

 

 

 ペトラさんが左に伝達を回しに行った後、俺は、黒い煙弾が右翼側から上がったのが見えた。

 ――奇行種か?

 

 こんな所までもう来てしまったのか?

 俺たちは、この陣形で1番安全な場所にいるはずだ。

 

 ここまで来ている、という事は、そちら側は壊滅的……伝達の通りだ。

 

「エレン、お前が打て。

 ……なんてザマだ。ヤケに陣形の深くまで侵入させちまったな。」

 

 エレンは、黒の煙弾を打った。

 

 

 

 

 やっと森が見えてきた。

 巨大樹の森だ。

 

 先程の黒い煙弾で知らされた奇行種から出来るだけ離れるために東へ東へと進路を変えていって当たったのは、その森だった。

 しかし今回の作戦からすると、ここは色々と都合がいいだろう。

 

 けれども、他の者はどう思うだろうか?

 なぜ、ここまで巨人が陣形に入り込んでいるのに、撤退しないのか。そう思っていることだろう。

 命令に従わない者もいるかもしれない……。

 

 

 

 俺も、調査兵団も、ここからが勝負どころだ。

 

 

 

 森に差し掛かるところまで来た。

 俺は他に、役目がある。

 

「リヴァイ兵長!俺はエルヴィン団長から事前に指示を貰っています!

 ここから単独行動します!」

 

「ああ、聞いている。行け。」

 

「はい!」

 

「おい、ノア!?どこに行くんだ!?

 お前…帰ってくるよな?」

 

 俺はエレンの言葉には、手を振るのみに留めた。

 

 

 立体機動装置のグリップを強く掴む。

 これから、絶対に、死んではいけない。

 

 そう思いながら、俺は、森の入口まで行って待機していた。

 

 

 

 

 あいつが来るとしたらここからだ。

 いつ来てもいいように、刃は出して、遠くの様子を伺いながら木の上で立って待つ。

 

 横を見ると、同じように木の上に立っている調査兵が何人もいた。奥にはクリスタやミーナ、ベルトルトも見えた。

 

 大丈夫。作戦通りだ。

 ここに立っている調査兵たちは、森に入ってくる巨人を引き止める役割を与えられているのだろう。

 

 ジャンやアルミンのいる班も見える。

 ジャンは俺の姿を確認したなり、こちらに向かってきた。

 

「ノア!無事だったか。」

 

「ああ、ジャンもね。」

 

「これは、一体どういうことだ?

 ただ、木の上に突っ立ってるだけなんて…」

 

 ジャンはどうやらこの状況にイライラしてるようだ。

 何も理由を言われずに、ここに突っ立ってるだけだったら、俺だって何が何だかよく分からなかった。

 

 やはり、あのエルヴィン団長の質問。『敵は、なんだと思う?』という質問に答えられた者にだけ、この作戦は伝えられている。

 恐らく、ジャンたちの班長でさえ伝えられていないのだから、ほぼ全ての兵が理由も分からないままここで巨人を食い止めている、という状況だ。

 そういうことなら、俺も説明はしない方がいいのかもしれない。

 

「俺にも何が何だか…。ただ、ここで巨人を引き止めるという意味では、木の上にいることはある程度有効ではあると思うよ。」

 

 今にも、俺たちの下では巨人たちが集まって来ていた。

 

「ひいっ…。こんなことになんの意味があんだよ!

 ただ、ここで突っ立ってることに!

 大体、今回は兵站拠点作りが目標じゃないのか?

 こんなところで巨人を集めても、何かメリットがあるとは考えづらいがな。」

 

 ジャンの言うことはもっともだ。

 そもそも、今回の目的は、兵站拠点作りでは無いのだから。だから、こんなことをジャンたちは命令されているわけだ。

 これからの作戦では、ジャン達がやっていることもお守り程度の効果しか無いかもしれないが…。

 

「その通りだな。しかし、俺にも分からないものは分からないからな…」

 

 嘘をつかなきゃいけないこういう時に俺の動かない表情筋は役に立つ。今も、しれっとした顔をして、俺はジャンと話していた。

 

 嘘は苦手なんだけどな。

 今回ばかりは俺も腹を括ってこの嘘を突き通さなければならない。

 

 

 そこにアルミンも近づいてきた。

 

「命令に従うしかないよ。ここで文句を言っていたって、何かできる訳じゃない。

 今は組織を信じて、ここにいることしか出来ないよ。」

 

 

 と、言っても、アルミンはそう言うが、自分の足下に巨人が群がっている様子は、精神的な負担が大きい。

 1歩でも足を踏み外したら、巨人の口の中へ真っ逆さまだろう。

 

 

 俺は、みんなの為にも足下に群がっている巨人達を倒してからここを離れたいところだったが、それをしたら、後々に響いてくることは容易に想像がつく。

 これからはガス量とブレードの数を見極めて、戦うことになるからだ。

 それに、いざという時にガスやブレードが無かったら、本末転倒だ。

 

 

 

「そうだ!ノア、聞いてくれ。

 僕達は、さっき、足の早い、エレンたちと同じように知性を持った巨人と戦っていたんだ。

 そいつがもうすぐここにも来るかもしれない。

 

 あいつはエレンかどうか分かるまでは、下手に僕達を殺せないんだ。

 ノアがあいつと交戦しないことを願っているけど、命令ということもあるかもしれない。

 そんな時は、フードを被るんだ。

 そうしたら、あいつはエレンかどうか分からないやつは下手に殺せないだろうから、ノアを殺すことは出来ないだろう。

 ただ、これが今の状態でもあいつに効くかどうかは分からないけど…」

 

 アルミンがそんな情報を教えてくれた。

 

「そうなのか。

 ……お前達は、そいつと戦って、どうだった?勝ったのか?」

 

「いや、足止めを少しできただけだ。

 その足止めすら、命懸けだった。

 僕は、もうすぐで死ぬところをジャンに助けて貰ったんだ。」

 

「俺の窮地もアルミンが救ってくれたよな。」

 

 アルミンも、ジャンも本当に無事でよかった。

 

 しかし、俺が昨日見た、悪夢の通りだ。アルミンとライナーとジャンが、異形の巨人と戦った。

 

 さらに、俺の悪夢の信憑性が上がった。

 悪夢……アルミン達が異形の巨人と戦っていた場面と、他に、何か俺は大事なことを忘れている気がするが、思い出せない。

 

 

「にしても、よくあの状況で、あそこまで頭が回ったな。エレンが死んだことをあの巨人に知らせれば、動揺するだろう…と。」

 

「いや、あの時は必死だったんだ。

 ……でも、

 あ、いや、なんでもない。」

 

 ジャンとアルミンが、俺にはなんだかよく分からない話をしていた。大方、その異形の巨人との戦いのことだろうけど。

 アルミンは何か考えがあるようだが、俺たちに言わないということは、まだ言うべきではないということなのだろう。

 

 

 

 そんな話をしているところで、また前方から黒い煙弾が見えた。

 大方、あいつ。アルミン達と戦った、あいつだろう。

 そして、俺が今から足止めする相手でもある。

 

 

『くれぐれも、死なないように。』

 エルヴィン団長はそう言っていたが、そう上手くいくだろうか?

 しかし、俺があいつと交戦しなかったら、被害がもっと拡大するだけだ。

 

 目の前では、先程黒い煙弾を打ち上げた調査兵が食われていた。

 こいつは手強そうだ。

 

「アルミン、ジャン!俺は、あいつを食い止めなきゃいけねえ。お前らも、その下の巨人共に食われるなよ!」

 

「お、おい!やめとけ!あいつは今までの巨人とは段違いに強えぞ!」

 

「ノア!?それは命令なの?それとも、君が自分で考えての行動なの!?」

 

 

 アルミンが咄嗟に考えたのは、訓練兵時代の会話だ。訓練兵団に居た時に、同室の1人が死んだ後、同じ部屋の皆で話し合った時の事だ。

 命令か、意思か。

 命令なら……ノアが死ぬようなことは無いはずだ。ノア自身が、命令で死ぬのは嫌だと言っているのだから。少なくとも死ぬつもりで戦いに向かうことは無いだろう。

 しかし、ノアの意思であいつに立ち向かうなら……

 そう考えたアルミンは、何故だか嫌な予感がした。

 

 

 

「…………俺の、意思だ。

 あいつを食い止めなきゃ、エレン達が危ない!ここで出来るだけ時間を稼ぐ!」

 

 

 

 俺は嘘を、吐いた。

 お前たちが後で悔やまないように。

 いや、こう言っても、どうして止められなかったんだ、とお前達は悔やむだろうが…

 

 

 

「時間を稼ぐって、どのくらい!?

 あいつを倒せる算段はあるの?」

 

 それは…団長達が先で待っているから、そこまでだ。

 しかし、今それを言う訳にはいかない。

 俺はアルミン達は絶対にそうでは無いと言いきれるが、万が一、アルミンかジャン、どちらかがスパイだった時に取り返しのつかないことになる。

 

「ごめん、アルミン、ジャン!俺はもう行く!」

 

 もうあいつが迫ってきている。

 行かなきゃいけない。

 

「あ、ちょっと!待ってよ!」

 

「おい、ノア、何してんだ!戻ってこい!」

 

 俺は、フードを被った。

 2人の叫ぶ声を背中に、木々を立体機動で駆け抜けていく。

 

 

 

 

 

 ……見えた!

 

 あいつだ。

 

 

 あいつはもう、森にちょうど差し掛かったところまで来ていた。

 エレン達の班は、もう森の中央部分までは進めただろうか?

 

 ……いや人の心配は後だ!

 

 そいつは、俺の立体機動装置の音を聞いて、こちらを振り返った。

 鋭い目付きで、グレーの瞳をこちらに向けた。

 

 どこかで、見たことがあったような気がする…

 

 そいつは、こちらを、ただじっと見ただけだった。

 

 フードを被っているから、エレンかどうか分からないのかもしれない。

 

 なんにせよ、好都合だ。

 

 俺は、自分に出せる最速でそいつの足を狙う。

 そいつは身の危険を感じたのか、右手で項を守ってまた走り出したが、右手を上に上げながら走るのは、スピードが遅くなるという欠点がある。

 俺は、全速力で走っている異形の巨人には追いつけなかったかもしれないが、今の速度なら簡単に追いつけた。

 

 

 

 まずは腕にアンカーを刺す。そして、そいつが腕を振ったその時に、足の腱にアンカーを刺して、ブレードを振り抜く。

 

 やったか?

 

 

 

 しかし、思いどおりにはいかなかった。

 

 

 

 ――浅い!

 

 

 俺がブレードを振り抜く寸前に、女型は足を上げようとしていたらしく、俺の斬撃は十分とは言いがたかった。

 

 現に、そいつは速度は落ちたが、まだ走れている。

 

 

 ――もう1回!

 

 

 今度は項にアンカーを刺す。そいつはまだ右手を項に当てていた。

 アルミンの予測、女型の巨人が知性のある巨人だっていう推測は当たっていそうだ。

 

 こいつは自分の弱点を理解している。

 

 

 それに、なぜかは分からないが、俺を殺そうとはしない。

 

 

 俺は今度は左腕にアンカーを刺し、回転しながら振り抜く。

 そして、連撃で右足を狙った。

 

 リヴァイ班でやってきた、回転斬りと連撃の成果だ!

 

 次は……

 上手くいった!

 

 女型は腕と足をダラーンと垂らして、地面に膝をついていた。

 

 一先ずこれで、足止めは成功と見ていいだろう。

 

 お土産とばかりに、俺は左足と右手にも斬撃を入れた。

 

 殺せとは、命令されていない。ここで、足止めをするのが俺の役目だ。

 そして、この後は――

 

 行方をくらます必要がある。

 

 俺は、今度はさっきより、フードを深く被って、そこから飛び去った。

 

 

(エレン視点)

 

 

 俺は、ノアが単独行動に行った後も、この状況がよく分かっていなかった。

 しかし、それは先輩達も同じようだった。

 もしかしたら、リヴァイ兵長でさえも……

 

 黒い煙弾が後ろから上がっている。

 右翼側を壊滅させた巨人か!?

 

 

「お前ら、剣を抜け。

 それが姿を現すとしたら……一瞬だ。」

 

 

 その時、後ろからドンドンドンドン、という音が聞こえた。

 

 なんだ?

 

 

 そう思って振り返ったら、物凄いスピードで迫ってくる、巨人がいた。

 

 

 あいつは、普通の巨人とは何かが違う!

 本能がそう感じていた。

 

「走れ!」

 

 リヴァイ兵長がそう言う。あいつを倒さないのか?

 このまま馬で掛けていても、解決にはならない。

 

「速い!この森の中じゃ、事前に回避しようがない!」

 

「追いつかれるぞ!」

 

「兵長!立体機動に移りましょう!兵長!」

 

 俺たちの周りには兵士達が沢山いたはずだ。増援は…………来ていなかった。

 

 どうして!?皆死んじまったのか!?

 

 巨人の足音が近づいてくるのが聞こえる。

 

「兵長!!指示を!!!」

 

「やりましょう!あいつは危険です!俺たちがやるべきです!」

 

 オルオさん達も、俺たちで倒すべきだと主張している。絶対にここで、先鋭班であるリヴァイ班がやるべき相手だ!

 

「ズタボロにしてやる!」

 

 エルドさんが刃を抜きながら、そう言う。

 俺たちは、兵長が、やれ、というのを待っていた。

 

 しかし、兵長は……何も言わずに前を馬で駆けているだけだ。

 

 巨人がそこまで走ってきている。

 少しずつではあるが、俺たちに迫ってきているのが分かる。

 

「……リヴァイ兵長!?」

 

「兵長!」「指示をください!」「このままじゃ追いつかれます!」「奴をここで仕留める!そのためにこの森に入った!そうなんでしょう!?兵長!」「兵長、指示を!」

 

「全員、耳を塞げ。」

 

 その命令に咄嗟に従った。

 そうして、兵長が打ったのは……

 

「音響弾!?」

 

「お前らの仕事はなんだ?その時々の感情に身を任せるだけか?

 ……そうじゃなかったはずだ。

 この班の使命は、そこのクソガキに傷1つつけないよう、尽くすことだ。

 ……命の限り。」

 

 リヴァイ班の使命は、俺を守ること?俺を監視するためなんじゃなかったのか!?

 

 

 

「俺たちはこのまま、馬で駆ける。いいな?」

 

「了解です!」

 

 ペトラさん!?

 

「駆けるって…一体どこまで!?」

 

 それに、奴は…

 後ろを振り返ると、またさっきより近い位置まで来ていた。

 

 増援が、来た。

 

「増援です!早く援護しなければ、やられます!」

 

 あの巨人の周りを立体機動で飛んで、足止めしようとしている兵士たちが2人いた。

 

「エレン!前を向け!」

 

「グンタさん!」

 

「歩調を乱すな!最高速度を保て!」

 

「エルドさん…!

 なぜ!リヴァイ班がやらなくて、誰があいつを止められるんですか!?」

 

「おあぁああああ!!!」

 

 兵士のうち1人が、あの巨人に、木に叩きつけられて落ちていった。

 

「1人死んだ!助けられたかもしれないのに!

 まだ1人戦ってます!まだ今なら間に合う!」

 

「エレン!前を向いて走りなさい!」

 

「戦いから目を背けろって言うんですか!?仲間を見殺しにして逃げろってことですか!?」

 

「ええ、そうよ!兵長の指示に従いなさい!」

 

「見殺しにする理由が分かりません!それを説明しない理由も分からない!なぜです!?」

 

「兵長が説明すべきでないと判断したからだ!それが分からないのは、お前がまだヒヨッコだからだ!分かったら黙って従え!」

 

 ハッ……

 

 いや、1人でだって戦えるじゃないか!

 巨人の力があれば、1人だって戦える!

 ……なんで俺は人の力にばっか頼ってんだ?

 自分で戦えばいいだろ!

 

 そう思って、俺は自分の手を噛んで巨人になろうと思った。しかし…

 

「何をしてるの、エレン!それが許されるのは、あなたの命が危うくなった時だけ。私たちと約束したでしょう!?」

 

 ……いや、でも、今戦っている人を見殺しにする訳にはいかない。

 また、手を噛もうとする。

 

「エレン!」

 

「お前は間違ってない。やりたきゃやれ。

 俺には分かる。…こいつは本物の化け物だ。

 巨人の力とは無関係だが、どんなに力で抑えようとも、どんな檻に閉じ込めようとも、こいつの意識を服従させることは、誰にもできねえ。

 エレン、お前と俺たちの判断の相違は、経験則に基づくものだ。だがな、そんなもんはあてにしなくていい。

 

 選べ。自分を信じるか、俺やこいつら調査兵団組織を信じるかだ。

 俺には分からない……ずっとそうだ。自分の力を信じても、信頼に足る仲間の選択を信じても、結果は誰にも分からなかった。

 だから…まあせいぜい、悔いが残らない方を自分で選べ。」

 

 

 後ろではまだ1人の兵士が戦っているのが見える。

 俺が巨人化したら助けられる命なんだ!

 そう思って再度手を噛もうと思った。

 

 

「エレン!……信じて。」

 

 ペトラさんの必死な顔、

 そして、あの時、あの、巨人化実験の時に先輩たちが噛んだ、手の傷……

 ペトラさんの手にはその時の傷が残っているのが見えた。

 

 

 

 

『ごめんね、エレン。マヌケで失望したでしょ。

 ……でも、それでも、私たちはあなたを頼るし、私たちを頼って欲しい。

 だから、私たちを……信じて。』

 

 

 

 まだ、後ろで戦っている兵士の、立体機動の音が聞こえる。

 

 

 

 …………俺は…、俺は……

 

 

 

「エレン!遅い!さっさと決めろ!」

 

 

 

 

「……進みます!!!」

 

 

 

 

 

「うわあああああ!離せっ!」

 

ドンッ

 

また、1人死んだ。

 

 

 

くっ……ごめんなさい!!

 

 

 

 

 

「目標加速します!」

 

「走れ!このまま逃げ切る!」

 

 

 ……逃げ切るなんて…不可能だ。

 

 でも、死にそうだけどな。仲間を見殺しにしてでも、皆前に進むことを選んだ。

 

 リヴァイ兵長は…前を見続けている。

 先輩たちも…兵長を信じて全てを託してる!

 

 俺も…彼らを信じるんだ!

 彼らが俺を…信じてくれたように!

 

 

 

 

 

 その瞬間――

 

 

 

 

「打てーーー!!!」

 

 

 

 

 

 エルヴィン団長の声が響いて、今まで俺たちを追ってきたそいつを――拘束した。

 

 

 

 

 

 

 

「少し進んだところで馬を繋いだら、立体機動に移れ!

 俺とは一旦別行動だ。班の指揮はエルドに任せる!適切な距離であの巨人から、エレンを隠せ!班は任せたぞ!」

 

 

 そう言って、リヴァイ兵長は飛び去っていった。

 

 まさか……あの巨人を生け捕りに!?

 

 

(ノア視点)

 

 俺は、異形の巨人と戦ってから誰もいない所を見計らって戦場を離脱した。

 フードを深く被っているため、俺が誰かは誰も分からないだろう。

 

 当初の予定通り、リヴァイ班を守るため、そのリヴァイ班を探していた。

 出来るだけ木々を飛び移って移動する。

 立体機動装置の音は案外響くので、割と近くにいくと聞こえるのだ。

 

 リヴァイ班は簡単に見つかった。

 リヴァイ兵長を抜いた5人分の立体機動装置の音が、捕獲した巨人から離れるように響いていたのだ。捕獲した巨人の周りに調査兵団が沢山いるこの状況では、逆に見つけやすかった。

 

 しかし、妙だ。前を駆けている事が確認できたリヴァイ班の他にも1人多めに立体機動装置の音が聞こえる。

 

 それが、近づいてきている!

 

 

 この森の中で単独行動しているとしたら、俺か、リヴァイ兵長か、

 

 巨人の中に入っていた奴だ。

 

 

 

 俺は、後ろを警戒する。

 リヴァイ兵長だったらいいが……

 リヴァイ兵長の立体機動装置の音のようには聞こえない。

 

 

 

 俺が、後ろを振り返ったその時――

 

 

 

 ブレードが、目の前に迫っていた。

 

 

 俺はほぼ反射で避ける。

 

 

 俺が、そいつの顔を確かめようとしたら、そいつは、

 

「巨人化しやがった!」

 

 

 俺も、リヴァイ班にバレてはいけないので、巨人化しようと手を噛もうとする…が、この後撤退させれば俺の『嘘』はバレないはずだ。

 

 俺は、巨人の状態で戦うことよりも、人の状態で戦うことの方が慣れていた。

 

「……クソッ」

 

 さっき両手両足に切り傷を入れて、足止めをしたはずの、あいつ。女型の巨人だった。

 

 エルヴィン団長達は失敗したのか!?

 

 俺は頭で考えながらも、アンカーを細かく刺し替えていた。

 こいつは、アンカーを掴むことがある。

 

 攻撃をするなら、目にも止まらぬ早さでしないと、間に合わない!

 

 

 

「ノア!どうして…別の任務に行ったんじゃなかったのか!?」

 

 エレンが叫んでいる。先輩たちも、俺が女型と戦っていることに驚きを隠せない様子だ。

 

「ノア、そいつは危険だ!新兵の手には負えない!」

 

「そうだ!そいつは桁違いに強い!お前が強いことは分かっているが、流石に1人では無理だろう!」

 

 エルドさんとグンタさんがそう言っているが、1度足止めをしたのは俺だ。

 こいつとは充分俺も戦える。

 そんな過信があった。

 

 しかしここで先輩たちに加勢してもらうべきだろうか。それとも、やはり撤退させるか……?

 

 

 

 ところが俺は、今になって昨日の悪夢の光景が蘇っていた。

 

 

 思い出した!

 そうだ。あの時、無惨な姿で死んでいたのは――

 

 ペトラさん、オルオさん、エルドさん、グンタさん…リヴァイ班の4人だったはずだ。

 

 

 どうして今になって、思い出したんだろうか。

 

 

 

 いや、俺がいなかったら、先輩たちは……死んでいたのかもしれない。

 ここで。この、女型との戦いで。

 

 

 

 俺が戦っている間にリヴァイ班の皆が殺されたら……助けにはいけない。

 俺は、女型と戦いながらリヴァイ班を気にする余裕は、流石になかった。

 

 俺が生きていると先輩やエレンに思わせないという意味でも、そして俺が戦いに集中するためにも、ここでリヴァイ班は撤退させた方がいいだろう。

 

 

 俺は、己の力を信じる。

 

 

 アンカーを刺して女型の周りを飛び回りながら、大声でこう言った。

 

 

「リヴァイ班は撤退して下さい!

 俺がここでこいつを食い止めます!」

 

 俺の言葉を聞いても、リヴァイ班は撤退する様子を見せない。

 

 

 

「でも、ノア!お前一人をここには置いていけない!」

 

「ノア、いくら貴方でも、ここで1人で戦うのは無茶よ!」

 

「思い上がりすぎだ!お前は初めて壁外調査に出た、新兵なんだぞ!身の程をわきまえろ!」

 

 エレン、ペトラさん、オルオさんがそれぞれそう言ったが、ここは、譲れない。

 ここでリヴァイ班に手伝ってもらったら、悪夢がそのまま現実になってしまう!

 

 

 

「リヴァイ班は撤退の命令だ!リヴァイ班の皆を思うなら、そして俺の事を思うなら、ここから離れてくれ!

 俺は、人が居ない方が力を出せる!」

 

 どうしてもリヴァイ班を撤退させなきゃいけない俺は、突き放すような言い方をした。

 

 エルヴィン団長の言った作戦通りなら、女型を捕らえた後、リヴァイ班は撤退の命令が出ているはずだ。

 少なくとも先輩たちは、命令には背かないだろう。これまでの経験の積み重ねがあるから。

 それが、調査兵団の為になると、分かっているから。

 

 でも、エレンは…どうだろうか?

 

「……分かった。リヴァイ班はこのまま撤退だ!女型の巨人はノアに任せよう!」

 

 エルドさんはそう言って、他の先輩たちも納得はしたようだ。

 

「エルドさん!ノアも……さっきの兵士達のように、死んでしまうかもしれないんですよ!?また、見殺しにするんですか!?

 もう、これ以上は…

 誰かを、救えたかもしれない誰かを失うのは嫌です!」

 

 エレンは自分の手を噛もうとした。が、

 

「エレン!お前は、人類の唯一の希望なんだぞ!こんなところで無闇に巨人化するな!

 それに、俺と、約束しただろう!?」

 

 俺は訓練兵時代の、あの時のことを思い出していた。

 



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3.5.1話 【幕間】命令でも、意思でも…

 

 

 同室の1人が死んだ。そう聞いたあと、同じ部屋の奴らと一緒に、外に出て、『命令か、意思か』どちらで死ぬのかという話をした。

 

 これは、その後の話だった。

 

 当然消灯時間も迫っていた為、俺たちは数分でこの話を切り上げ、ゾロゾロと自分の部屋に帰っていた。

 

 

 しかし、俺はもう少しここに残るつもりだった。

 夜でも明るい、星々や月を見ていないと、また今日も眠れない予感がしていた。

 

 同室の奴らが帰っていく中、1人ここに留まる気配がした。

 

 ……エレンか。

 

 エレンは、俺の隣まで来て、座った。

 

 

「なあ、ノア……。俺も死ぬ時のことを考えることはあるよ。でも、ここまでお前が考えていたなんて、知らなかった。」

 

「そりゃあ、俺だって考えるよ…。次は誰が死んで、俺は何番目か…ってね。」

 

 この言葉は、確か俺が尊敬している奴が言っていた言葉のはずだ。そいつが、誰だったかは思い出せないけど。

 

「お前は、死なないよな?」

 

 エレンが不安そうにこちらを伺っている。

 

「訓練兵であるうちは、絶対に死なない。でも、調査兵団に入ってからは……分からないな。」

 

「そう……か。」

 

「それに、いつかは俺たちは死ぬんだ。それが、老衰でも、病気でも…巨人に食われる最期でもな。

 だから、覚悟をしておくのは、悪いことじゃないんじゃないか?」

 

 

 

「……俺は前、『俺が死んだら、どうする?』って、お前に聞いたよな?

 その時、お前は、悲しむって、お前の兄の時と同じように、1週間は食が通らない…そう答えたよな?」

 

「あ、ああ…。そうだったな。」

 

「俺は、お前が死んだらどうするか。何て言ったか覚えてるか?」

 

「いや、思い出せない…」

 

 

「俺は、

 

 『お前が死んだら…、どうするかは分からない。

 けどな、お前を殺した奴、そして、そいつの仲間……いや、巨人だろうな。

 全ての巨人を憎んで、絶対に駆逐する。

 元々俺は全ての巨人を駆逐するつもりだが、お前が死んだら、俺の持てる手段全てを使って、駆逐すると思うよ。

 俺に出来るのは、そのくらいだからな。

 やっぱり悲しいだろうけど、その前に怒りが出てくるんだ。

 でも、絶対に、そんな状況になりたくない。いや、なっちゃいけない。』

 

 そう答えたはずだ。

 

 ……お前だって、今はそう思ってるだろ?」

 

 

 

「ああ。そんな状況にならないようにするために、俺たちは訓練してるんだからな。

 

 俺は、お前を1人で巨人と戦わせるなんて事は、絶対にさせない。

 

 約束しよう。

 俺は、お前と一緒に、いつか巨人を絶滅させる。」

 

 

 

「ああ……約束だからな。」

 

 

 

 




※エレンが途中で言った『』の中は、7話 真実 の中でノアが回想したシーンの続きです。


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14話 命令(第57回壁外調査3)

結構長めです。


 

 

『エルドさん!

 ノアも……さっきの兵士達のように、死んでしまうかもしれないんですよ!?また、見殺しにするんですか!?

 もう、これ以上は…

 誰かを…救えたかもしれない誰かを、失うのは嫌です!』

 

 エレンは自分の手を噛もうとした。が、

 

『エレン!お前は、人類の唯一の希望なんだぞ!こんなところで無闇に巨人化するな!

 それに、俺と、約束しただろう!?

 共に巨人を絶滅させるって!』

 

 

 俺は、そう言った。

 

 

 

 

 

 約束…

 

 『お前を1人で巨人と戦わせるなんて事は、絶対にさせない。』

 『お前と一緒に、いつか巨人を絶滅させる。』

 

 これはつまり、俺が死なないことを保証する言葉だ。

 しかし、これから俺は……。

 

 でも、いつか分かる時が来るはずだ。

 ここで、俺が約束のことを言った本当の意味に。

 

 

 

「約束………。お前は、死ぬつもりはないんだな!?」

 

 ここで、本心を言わなければ、後で俺もエレンも、迷ってしまうだろう。

 

 

「ああ!絶対に、俺は生きてお前と一緒に巨人を絶滅させる!

 俺を、信じろ!エレン!」

 

 

(エレン視点)

 

 

 仲間を信じるか、己の力を信じるか。リヴァイ兵長ですら、どっちが正解かなんて、分からないと言っていた。

 それなら、自分が後悔しない選択をするべきだろう。

 

 ノアを信じてこの場を託すか、

 自分の力を信じて巨人になって女型の巨人と戦うか。

 

 俺の結論は、考える間もなく出ていた。

 

 

 

「ノアを、信じる!」

 

 

 

 俺は自傷行為をするために持ち上げていた手を下ろし、少し先に行っていた先輩たちと合流する。

 

 俺たちリヴァイ班は、ノアのおかげで撤退できたのだった。

 

 

(ノア視点)

 

 

 エレン達が撤退した。

 

 良かった。これで心置き無く、こいつと戦える。

 

 

 フェイントで顔の前に近づいた時、また俺は、女型と目が合った。

 グレーの目と、金髪。絶対にどこかで見たことがあるはずだった。

 

 しかし、相手が考える時間を与えてくれる訳もない。

 間髪入れず、俺は立体機動装置を細かく動かす必要があった。

 

 さっきと同じようにやれば……

 

 

 左足にワイヤーを刺して、その後右手に刺してから、刃こぼれしているブレードを使って、目を狙った。

 

 1発は外したようだが、1本の刃は、相手の目に突き刺さっていた。

 

 

「ああああぁぁぁあああ!!!」

 

 女型は声を上げて苦しんでいたが、その声を傍目に聞きながら、俺は更なる連撃を繰り出そうとしていた。右腕に1発、右足に1発。そして、項。

 

 右腕と右足は、攻撃が入った!

 

 しかし、そいつはすぐ左手で項を守った。そのため、項への斬撃は入らない。

 

 くそ、しぶとい奴だな。

 

 俺はすぐさま左腕を狙った。

 

 難なく削げる。

 

 

 

 ――これで終わりだ!

 その中身は誰なのか、教えてもらおう。

 

 

 そう、俺は勝利を確信していた。

 

 項を削ぐために、アンカーを刺す。

 

 

 

 

 しかしそいつは、既に右手を修復していた。

 

 

 どうして!?10秒も経っていないはず!

 

 最初に攻撃した左足は、まだ修復していないようだった。

 

 ――右腕を優先的に修復したのか!?

 

 予想外だった。

 そんなことができるなんて、聞いていない。

 

 いや、こいつは元から予想外の巨人だったんだ。通常種でも、奇行種でもない。中に人間が入ってる巨人。

 

 俺が、間違えた。

 

 

 俺は、項を狙っていた所を、既に修復していたそいつの右手に捕らえられていた。

 

 

 

 仕方ない。

 

 

 まだ、強いとは言えないが、やるしかないだろう。

 

 俺は、エレンのように、左手を思い切り噛んだ。

 

 

 

 ドーン!!!

 

 

 

 周りの木々が吹き飛んだ。

 

 

 

 

 俺は以前、窮地に至ったら、巨人化することをエルヴィン団長に相談していた。

 

 エルヴィン団長は、まずは窮地に至らないように努力しろ、と言っていたが、俺が巨人の力を使うだろうことは、予測していたようだった。

 

 

 だからこそ俺も巨人化実験をしていたのだろう。

 エルヴィン団長とハンジさんの元で。

 

 

 

 

 あれは、1週間ほど前――

 

「今度はようやく、ノアの巨人化実験の許可が降りたよ!

 エルヴィンの予定がやっと空いてね。」

 

 そう、ハンジさんが言って、旧調査兵団本部へ入って来たのだった。

 

「またか。」

 

 リヴァイ兵長は面倒くさそうに呟く。

 

「またかって……今度はノアだよ!

 うへへぇ、早く見たいな……」

 

 またヨダレを垂らしている…

 デジャヴ…

 

「今回も、俺とこいつらはついて行っていいんだよな?」

 

 そう言ってリヴァイ兵長はリヴァイ班の先輩とエレンを指さす。

 

「あ、今回着いてくるのはエルヴィン団長のみらしいよ!」

 

「ああ?

 何かあんのか?」

 

「私にもよく分からないけど、そういうことだから!今日1日、ノアを借りてくね!

 バイバーイ。」

 

「え、ちょっと!?ハンジさん?」

 

「おい、ちょっと待て!」

 

 ハンジさんに腕を掴まれて、半ば引き摺られながら俺は食堂を後にした。

 

 

 

 

 

 その時の巨人化実験は、エレンと違って成功した。

 

 しかし、俺は井戸の中で巨人化したが、煙だけ出て一向に姿が見えない様子を不思議に思い、ハンジさんが井戸に近づいたようだ。

 

 

 ハンジさんが井戸を覗き込むと――

 

 

「小さい。エレンより小さいよ。10メートル……いや、7メートルも無いかもしれない。

 

 しかし……成功だ!

 まさか、巨人になる瞬間を見れるなんて!」

 

 

 井戸の深さより随分と小さい巨人が現れていた。

 

 

「ハンジさん!どうだったんですか!?」

 

 なかなか応えをよこさないハンジさんに、ハンジさんの直属の部下、モブリットさんが叫ぶ。

 

 

「成功!成功だよ!

 予想外に小さくて、見えなかっただけだ!」

 

 

「そうか。それは良かった。意思はありそうなのか?」

 

 エルヴィン団長がそう言いながら近づいてくる。

 

「うーん、どうだろう…

 ノア!聞こえるかい!?聞こえたら、手を上にあげてくれ!」

 

 井戸は案外広くて、小さい巨人であった俺からしたら、手を挙げるのも容易だった。

 

 ハンジさんの指示に従って、俺は手を挙げる。

 

「凄い!私の指示で手を挙げたよ!!

 ノア、そこでクルっと一回転して!!!」

 

 ハンジさんは巨人に会話が通じたことに興奮しているようだった。

 

 ハンジさんの指示通り、一回転する。

 

「わああああああ!!!凄いよ!

 今度は………」

 

「ちょっとハンジさん!落ち着いてください!

 もっと他に実験することが山ほどあるでしょう!?」

 

 ハンジさんのそんな様子に、モブリットさんが待ったをかける。

 

「ええー、いいじゃん、モブリット!せっかく初めて巨人になった姿のノアを見れたんだし!

 ノア!今度は踊ってくれる!?」

 

「そんな初めて記念みたいに言わないでください!

 ノアも!従わなくていいですからね!」

 

 井戸の中で踊るというのは、流石に無理があった。

 

 

 

 その後、巨人化をどうやって解くか分からなかった俺は、1時間ほど巨人のままでいた。

 俺が巨人化に成功して、意思もある状態だと分かったエルヴィン団長はすぐに執務室に戻ってしまったようだった。

 

 

 1時間ほど経った後、俺の巨人化は解けた。

 全身がだるかったが、動けないほどではなかった俺は、井戸から出て、椅子に座って紅茶を飲んでいた。

 

 あの、エレンがティースプーンを落とした席だったため、あの時の事を思い出さなくもなかったが、俺が最初に噛んだ手の傷は、もちろん塞がっていたので、あの時のように、予想外の巨人化は起こらなそうだった。

 

「ありがとうノア。

 また次やる時は、巨人から人に戻る訓練もしなくちゃね!

 その他にも、巨人は声帯を持っているのか、喋れるのか、とか、武装できるのか、とか、どんな風にノアが巨人の中に入っているのかも調べたいところだけど…ふふふふふふ」

 

 ハンジさんが思ったより怖い…

 

 エレンがやっていた時は他人事だと思っていたが、いざ自分が実験される被検体になったら、いつか殺されそうな恐怖がある…。

 

 なんてったって、ハンジさんは、巨人の実験のためなら笑いながら俺に怪しげな注射なんかを打ってきそうだし、ニコニコとした顔で妖しげな薬剤をグルグル回して調合していそうだ。

 

 その日はそれだけで終わったが、それから毎日のように巨人化実験は行われ、俺の巨人の能力は高められていった。

 ……ハンジさんに恐怖しながら。

 

 しかしながら、次の作戦でこの力を使うかもしれないということが分かってからは、この実験をしておいて本当に良かったと思ったものだ。

 

 これをしてなかったら、巨人から出ることもままならなかったかもしれない。

 今は、この実験のおかげで、巨人から出るということはほぼ完璧に出来るし、その日の調子によっても違うが、一日に最大で3度まで巨人化できるようになったのだ。

 

 

 

 

 あの実験のおかげだ。

 

 俺は、女型と対峙しながら、そう思っていた。

 

 俺の巨人化の時の影響で、あいつの右手は吹き飛んだようだった。

 

 今はこちらにアドバンテージがあるが、それでも互角とは言い難い。元から俺の巨人の姿は女型よりも遥かに小さいのだ。

 

 俺は地面と木々を猿のように飛び回りながら、そいつの四肢を狙う。

 先ずは、四肢を使い物にならなくしてから、こいつの項を狙わないと、俺が殺られる。

 

 俺はそいつの左腕を噛み切る。

 

 巨人の身体を噛む、というのは想像以上に気持ち悪いが、生きるか死ぬかの状況だ。迷っている余裕はなかった。

 

 そいつは、両腕が無くなってはいたが、鋭い蹴りを繰り出してきた。

 足があっても厄介だが……

 俺はすぐさま女型の腕を見る。

 

 良かった…。さっきは10秒も経たずに修復していた右腕は、30秒経っても修復していない。

 

 度重なる損傷で、多少は弱体化しているのか?

 

 しかし、先程俺がブレードを投げて突き刺した目は、修復しているようだった。

 

 俺はその間にも、左足の腱を噛み切ろうとする。

 しかし、そいつは暴れ回ってしまって、容易には噛み切れない。

 

 仕方がない。この様子じゃ足は攻撃出来ないだろうから、先にさっき修復したらしい目からやるか。

 目は、正面から狙う必要があるため、口で食われる可能性がある。その分危険だとは思うが……

 

 

 俺は一旦巨人化した状態を解除する。

 

 

 そして、その隙も狙われないように、すぐに巨人の体から離脱する。

 

 

 俺がさっき入っていた巨人の体が蒸発して、白い煙が広がっていた。

 

 これは目眩しに使えそうだ。

 

 俺は素早く刃を抜いて、立体機動で白い煙が晴れる上の位置まで来た。

 

 そして、ブレードをそいつの目に飛ばす。

 

 今度は…2発入ったみたいだ。

 

 おまけとばかりに修復しかかっている右腕を攻撃してから、左足にアンカーを刺して、刃を振り抜いた。

 

 浅い――が、俺はすぐさま連撃で項に攻撃しようとする。

 

 今なら行ける!

 

 

 

 そう思ったが……

 

 

 カキーン!

 

 

 おれのブレードは弾かれて、刃はボロボロになっていた。

 

 弾かれた…?

 そいつの項を見ると、何やら薄い水色の結晶のようなもので覆われていた。

 

 これが、こいつの能力か……?

 

 

 

 こんなの、倒しようがないじゃないか!

 

 

 

 俺が軽く絶望していた所だった。

 

 

 そいつは、

 

 「あああぁああああ!!!」

 

 と、耳が痛くなるほど大きな声を上げてから、

 左足を修復して、駆け出した。

 

 

 

「逃がさねえよ!」

 

 

 

 俺は、こいつの倒し方は検討も付かなかったが、もうすぐすればリヴァイ兵長がやってくるはずだ。

 

 それまで時間を稼ごう。そう考えてそいつを追った。が、そいつは急にこちらを振り向いて、修復した左腕で攻撃を仕掛けてきた。

 

 俺は立体機動で避けようとする…が、その時、

 

 

 

 ドドドドドドドッ!!

 

 

 

 そんな地響きのような音が聞こえた。

 

 

 

 

 ……こいつ、何かやりやがったな?

 

 

 

 

 女型は一瞬その音の方向に目を向けてから、また走り出した。

 俺は逃がすまいとしてまた追いかけようとしていたが、俺と女型との間には…

 

 

 

 大量の巨人がなだれ込んでいた。

 

 

 

「おい……マジかよ」

 

 女型がこいつらを呼んだのか?

 

 こんなの、更に勝ち目がないじゃないか。

 

 

 俺は、女型を逃がさんと、巨人たちを無視して行くことも考えたが、

 このまま巨人たちを放置して行ったら、エレンたちリヴァイ班の撤退に影響があるかもしれない。

 

 そう思って、泣く泣く女型は諦め、ここで巨人を駆逐することにした。

 

 

 

 

 

 何体巨人を倒しただろうか。最初は人間の姿の方が慣れている分強いため、そちらで戦っていたが、すり減ってくるガスとブレードに、人間の状態でずっと戦うことは不可能だと感じた。

 そのため、ある程度時間が経った後からは、巨人の姿で巨人たちを倒していた。

 

 ……いつまで経っても減ってる気がしない。

 

 気が遠くなる作業だった。

 

 

 

 

 そいつらを全滅させた時、俺は本日3度目の巨人化をしていた。

 

 訓練の時だってこんなにキツくはなかった。

 

 そう思うほど、俺の体も心も疲弊しきっていた。

 

 もう、ここには巨人はいないよな?

 そう安心して、俺は気絶した。

 

 

(ジャン視点)

 

 

 

 俺たちはまだ、巨人を食い止めるために森の外周付近の木の上で待機していた。今も足元を見ると、巨人が群がっているのが見える。

 何分くらい経っただろうか。先程までノアもここにいたはずだが、あいつは、俺達もさっき対峙した女型の巨人を追って、森の中へ入っていってしまったようだった。

 

「なあアルミン、あいつ…大丈夫かな?」

 

「大丈夫だと…信じるしかないよ。」

 

 俺は少しでも心を紛らわせる為に、中身の無い会話を延々と続けていたところだった。

 

「なあ、あいつ、自分の意思だっつってたよな?

 なら、ノアは…死ぬつもりなのか?」

 

 そういうことではないのは分かっていたが、あいつが何か隠しているような素振りを見せていたのが気になっていた。

 

「そんなことは…絶対にない!

 ……と、思いたい。

 けど、ノアが何かを僕らに隠しているのは事実だ。ノアの意思で女型と戦うのだとしても、僕らに対して何も、確信的な理由を言わないところが怪しい。

 帰ってきたら、とことん聞いてやろう。ノアが、黙っていることについて。」

 

「なあ……今回も、『今度』は、あるはずだよな?

 今度、あいつに聞けば良いんだよな?

 あいつ……生きてるよな?」

 

「ジャン……この話は、もうやめよう。

 ここでこの話をしたってしょうがないよ。」

 

 

「ああ……そうだよな。

 ……それにしても、こいつらさっきっから俺たちのいる木を登ろうとしてねえか?」

 

 

 さっきから気になってはいたが、触れずにいたことだ。さっきまではまだ、俺たちとの距離には余裕があった。だが今になって下を見るとすぐ近くまで登ってきているのが見えた。

 

 

 さっきより明らかに距離が縮まっている!

 

 

「お、おい…絶対こいつら近づいてきてるって!なあ、アルミン!」

 

「う、うん…。確かに、学習能力があるみたいだ。

 段々木を登るのが上手くなっているように見えるね。

 このままここにいては危険だ。もう1つ先の木に移ろう。」

 

「ああ!」

 

 俺たちは、立体機動装置を使って隣の木に移った。

 

 

 

 その時――

 

 

 

 ドン!!ドコン!!ドドンッ

 

 

 

 

 何やら、大砲の発砲音ような音が断続的に鳴り響いている。

 大砲なんて運んでいるところは見ていないが……

 

 しかし、大砲のようなものを使うとしたら、あいつに対してだろう。

 どうやら、あの巨人を捕獲しようとしているらしい。

 

「アルミン、今森の奥で何かやってる見てえだが、何となく察しがついてきたぞ。

 あの女型巨人を捕獲するために、ここまで誘い込んだんだな。もっと正確に言えば、やつの中にいる人間の捕獲だ。エルヴィン団長の狙いは。」

 

 女型の巨人の捕獲だとしたら、俺たちがここで巨人をただ集めているだけなのにも理由がつくし、この森は捕獲には割と都合のいい場所だ。

 この森の中なら、巨人は動きづらいのに対し、立体機動は動きやすい。こちらのほうが有利だ…とは言えねえが、より捕獲しやすい環境なのは確かだ。

 

「そして、奴の中にいる人間は、兵団の中にいる人間だ。

 お前もそう思ってたんだろ?」

 

 

「うん、兵団の中に諜報員がいるんだと思う。

 だからこそ、エルヴィン団長は事前に兵団の上層部にしか、この作戦の指示を出さなかったんだろう。」

 

 

「しかしなあ、エルヴィン団長のした判断は、正しいとは言えねえだろ。内部の情報を把握してる巨人の存在を知っていたらよ、対応も違っていたはずだ。

 お前のところの班長達だって…。」

 

 

「いや……間違ってないよ。」

 

「は…?何が間違ってないだって?

 兵士がどれだけ余計に死んだと思ってんだ!」

 

「ジャン…、後でこうするべきだったって言うことは簡単だ。でも、結果なんて誰にも分からないよ。

 分からなくても選択の時は必ず来るし、しなきゃいけない。

 100人の仲間の命と、壁の中の人類の命…

 団長は選んだんだ。

 100人の仲間の命を切り捨てることを選んだ。

 

 ……大して長くも生きていないけど、確信していることがあるんだ。

 

 何かを変えることの出来る人間がいるとすれば、その人はきっと、大事なものを捨てることが出来る人だ。

 化け物をも凌ぐ必要に迫られたのなら、人間性をも捨て去ることが出来る人のことだ。

 何も捨てることが出来ない人には、何も変えることは出来ないだろう。」

 

 

 

 俺達は、その後何やら叫び声のようなものをきっかけに巨人が突然奇行種になって、森の中央方面へ走り出したのを見た。

 今まで通常種だった巨人達が突然奇行種になったのだった。

 どういう原理かは分からないが、巨人達を食い止めるのが俺達の役割だったため、班長の指示で食い止めようとはしたが、なかなか上手くはいかなかった。

 

 

 

 しかし…青い信煙弾が見えた。

 エルヴィン団長の撤退命令が出たのだった。

 

 

 そして、作戦は終了した。

 

 

「失敗……か。」

 

 

 ここまで行って、失敗かよ。

 死んだ仲間達は何のために死んだんだ?

 俺達は、何のために生きている?

 

 

(リヴァイ視点)

 

 

 女型の捕獲は、失敗した。

 

 あいつの硬質化に手間取っているうちに、女型が叫んで巨人が集まってきたのだった。

 その場にいた調査兵全員で迎え打ったが、巨人の圧倒的な数には勝てなかった。

 

 先程まで女型がいた場所は巨人たちに喰い荒らされて跡形もなくなっており、そこには巨人の死体と、そこから出る白い煙のみが蔓延していた。

 

 そしてエルヴィンは、撤退命令を出した。

 

「やられたよ」

 

 エルヴィンは意気消沈した顔をしていた。

 

「なんて面だ、てめぇ…そりゃ」

 

「敵には、全てを捨て去る覚悟があったという事だ。まさか、自分ごと巨人に食わせて、情報を抹消するとは…」

 

「審議所であれだけ啖呵切っておいて、このザマだ。このままノコノコ帰ったら、エレンも俺達もどうなることか…」

 

「帰った後で考えよう。今はこれ以上損害を出さずに、帰還できるよう尽くす。今はな。」

 

 

 俺の班にはエレンを隠すために巨人とは距離を取るように言っておいたはずだ。

 撤退命令が伝わってないかもしれねえ。

 

 

「俺の班を呼んでくる。」

 

「待てリヴァイ。ガスと刃を補充していけ。」

 

「時間が惜しい。十分足りると思うが?

 …なぜだ?」

 

 これ以上戦う必要も無い訳だ。ガスとブレードは今ある分で足りると思っていたが、

 

「命令だ。従え。」

 

 エルヴィンがそう言うということは何かあるかもしれないということだろう。

 

「……了解だ、エルヴィン。お前の判断を信じよう。」

 

 

 

 

 俺は、ガスとブレードを補充した後、自分の班を探し始めた。

 案外あいつらはすぐ見つかった。

 あいつらは、立体機動で本部へ直行している最中だった。

 

「てめえら……一体どういうことだ?俺は、巨人からエレンを離すように言ったはずだ。」

 

 本部には、女型の巨人の残骸と、それに群がっていた巨人が今もいる。

 

「リヴァイ兵長!

 俺たちは、女型の巨人に遭遇したんです!

 今、ノアが交戦中です!」

 

 班を任せたエルドがそう叫ぶ。

 女型の巨人…。あいつの中身は巨人に食われてなかったということか。

 エルヴィンの言ったことは、こういうことだった訳か。

 

「兵長!ノアを…ノアを、助けてください!」

 

 エレンも声が枯れそうな程叫んでいる。

 

 ……そうか、エレンとノアは同郷で幼馴染だったそうだな。

 

 しかし、

 

「……ダメだ。お前らを送り届けてからだ。」

 

 ここでエレンが居なくなったら元も子もない。

 それに、

 

「ノアは元からそういう命令だ。」

 

 あいつは班で訓練していた時も、ずば抜けて優秀だった。命令は必ず遂行するだろう。

 

「命令…?命令だから、なんだって言うんですか!

 ノアは、俺達を助けてくれたんです!

 それに、ノアも、貴重な、巨人化できる人間なんじゃないんですか!?」

 

 エレンの言うことはもっともだ。だが、

 

「ノアも確かに貴重な人間だ。だがそれで、エレンもノアも失っては大損害だ。

 それに、この班は、エレン…お前を守るための班だ。このことを疑問に思わねえのか?

 本部に帰ってから、じっくり考えるんだな。」

 

 俺は、そう言ってから、半ば強制的に本部まで同行した。

 オルオ、ペトラ、グンタ、エルドの4人は苦い顔をしながらも従っていたが、エレンは終始、ノアを助けろとピーピー喚いていた。

 

 そして、俺達が本部に着いたその時、それは聞こえた。

 

「あぁぁぁぁぁぁ!」

 

 女型の叫び声だ。……また巨人を呼んだのか?

 

「女型か?」「……ノアが!」「兵長、早く行ってください!」「俺達は大丈夫です!」「本部なら、調査兵が沢山います!俺達でエレンは必ず守ります!」

 

 オルオ、エレン、ペトラ、グンタ、エルドが口々にそう言う。

 

 本部なら、こいつらも一応は安全だろう。

 

 そう思って、俺はこいつらを本部に送り届けてからそこを離れ、女型の巨人とノアを探しに行った。

 

 

 それは、森の西側だった。

 俺が行った時にはもう、女型の巨人は跡形もなくなっていた。

 

 

 そこには、返り血で血塗れになったノアが、倒れているだけだった。

 

 周りには大量の巨人の死骸。既に皮膚が蒸発して骨になっている死骸もあった。

 

 ……これを全部、こいつがやったのか?

 

 これだけ大量の巨人を殺した新兵は見たことがない。それも、1人で。

 女型がどうなったのかは分からないが、俺はとりあえずノアを回収して、本部まで戻ることにした。

 勿論、深くフードを被せて。

 

 

(ノア視点)

 

 

 目が覚めたら、空中でした。

 

 木々が高速で過ぎ去っていく様子を起きた瞬間に見たら、誰だって恐怖すると思う…が、俺は大丈夫だった。

 というのも、兵長に抱えられていたのだ。なんというか、本当に、抱えるという言葉が1番適切な表現で、落ちないのか不安で身動ぎせずにいたが、俺の目が覚めたことは兵長に1発でバレた。

 

 

「……起きたか。大丈夫か?」

 

「は、はい。

 今はどこに向かっているんでしょうか?」

 

「本部だ。」

 

 本部……いや、あそこは人が沢山いるから、俺が行ってはダメだろう。

 

「兵長!まずは、エルヴィン団長の所へ連れていって貰えませんか?今は、俺の存在がバレると……」

 

 エルヴィン団長なら、適切な判断を下してくれそうだ。

 

「ああ、分かった。」

 

 リヴァイ兵長はそう言って、進路を変えた。

 エルヴィン団長も本部にいるかもしれない。それは不安だったが、そうではないようだった。

 俺は自分で飛ぼうかとも考えたのだが、ガスがほとんど無いことを思い出した。

 

 

「……状況を説明しろ。」

 

 

 リヴァイ兵長は、俺が気絶してから俺を見つけたらしく、その前の状況は分かっていないようだったため、俺は全てを説明した。

 女型に遭遇したこと。攻撃を入れたが叫ばれて、巨人を呼ばれたこと。

 

 

「そうか。女型は……」

 

「討伐出来ませんでした…。

 このまま帰ったら、エレンはどうなるのでしょうか…?」

 

「エレンだけじゃない。ノア、お前もバレたら大変だろうな。」

 

「でも、俺は……」

 

「ああ、分かってる。

 『死んだこと』に、するんだろ?」

 

 リヴァイ兵長には、伝えられている。

 俺の、今回の作戦での役割を…

 

 

 

 

 ――それは、数日前。

 エルヴィン団長に呼び出された時のことだ。

 

『それで、次の作戦は、表向きはカラネス区からの行路の確保だが、実際は、その巨人の確保を目的とする。』

 

 

『そこで、君にはその作戦内容と、そこでの君の立ち位置、役割を話そうと思う。話の内容的にも、ここで覚えてもらうことになる。いいね?』

 

『は、はい!』

 

 

 その後話された作戦内容は、こうだ。

 

 

 まず、俺はエレンを捕獲地点周辺まで守る。

 そして、女型が来たら、捕獲場所までエレン達が食われないように誘導と足止め。

 その最中に誰もいないところを見計らって戦場を離脱。

 捕獲地点を超えて対象を捕獲した後、リヴァイ兵長がリヴァイ班につけなくなったら、俺はリヴァイ班を追跡し、リヴァイ兵長が来るまでエレン達を守る。

 自分の命の危険があると判断した時は、戦場を離脱し、エルヴィン団長かリヴァイ兵長に伝える。

 そして、俺がリヴァイ班を追跡している間に、女型を拘束し、リヴァイ兵長が項を削いで、中身の人間を捕獲する。

 

 

 そういう作戦らしい。

 

 

「そして、君は……この作戦が終わった後からは、公にも、調査兵団にも、『死んだ』という情報を流すことになる。」

 

「命令ならばそれで構いませんが、どのような意図があるのでしょうか?」

 

「まず、エレンを狙っているのは恐らく、君たちの同期の可能性が高い。

 トロスト区奪還作戦…どうしてあの作戦は成功したのだと思う?」

 

 同期……か。怪しそうな奴はいっぱい居るが、三年一緒に暮らしてきて尻尾も出さなかったんだ。相当隠すのが上手いと見える。

 

「……エレンが巨人になって、岩で壁の穴を塞いだからでは?」

 

「ああ、もちろんそうだが、あの時、()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「それは…」

 

 そう考えるとおかしい。

 シガンシナの時は、鎧の巨人が現れて内門を破ったんだ。

 だが、トロスト区に現れたのは超大型巨人のみ…

 

「あの時、巨人になれる人間がトロスト区に侵攻していたのだとしたら……イレギュラーは、エレンだったはず…」

 

「そう!つまり、エレンの巨人化を見て、侵攻を止めた。何かしらの理由があるとは思うが、そこはまだ分からない。」

 

 ということは…

 

「巨人になれる人間は、その時エレンの巨人化を自分の目で見た人間…。

 要するに、エレンが巨人化した周辺にいた104期訓練兵団が怪しい…ということですね?」

 

「そうだ。そこで、敵の巨人化出来る人間は、これからエレンを狙うだろうと推測できる。

 敵が巨人化出来る人間を狙っているのだとすれば、君の力は知らせない方が良いと考えた…。だが、君は、昇降機で仲間に自分の力を教えてしまったのだろう?」

 

 あの時は、必死だった。そこまで考えられなかったのだ。

 いや、同期の中に敵のスパイがいることを知っていても、3年間過ごした仲間は敵ではないだろうと思って、自分の力のことを話していたのかもしれない。

 あの時は、まだまだ甘かったのだ。

 

 

「……はい、そうです。」

 

「君が同期に巨人の力を教えていなければ、君の力を隠すのみに留めておけた。しかし、今の状況だと……君は『死んだ』という情報にして、狙わせないようにするのが、最善だと考えている。

 調査兵団としても、守る対象は1人の方がやりやすい。エレンは表向き、そして、君は裏での巨人化要員として、兵団に貢献してくれればと思っている。」

 

「そうですね。

 ……理由は分かりました。

 ところで、俺が匿われる場所は何処になる予定ですか?

 ただでさえ兵団の信用が薄い所を、もし今回の壁外調査で失敗したら、もっと兵団は危険な立場になるはずです。

 成功したら、今までより更に信用を得ることができ、もしかしたらエレンも正式に調査兵団として任命されるかもしれないという、ハイリスクハイリターンであることは分かってはいますが…。

 どちらの状況に転んでも安全な場所なんて無いように思います…。」

 

「…どちらに転んでも、君は私についてもらうよ。

 これからどうなるかは私にも分からない。しかし、私の近くにいた方が、指示も出しやすいだろうしね。」

 

 エルヴィン団長の直属の部下になるってことか……

 

 それって…超出世コースじゃないか!

 そう、あの時は呑気にも考えていた。

 

「ノア、最後に1つだけ、1番大事な命令がある。」

 

「なんですか?」

 

「くれぐれも、死なないように。」

 

 エルヴィン団長はそう言ってから、話は終わりだとして、俺は執務室を出ていったんだ。

 



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15話 その後(第57回壁外調査4)

 

 

(ノア視点)

 

 

「エルヴィン!」

 

 俺は、リヴァイ兵長に抱えられて、エルヴィン団長の所まで連れて来られていた。エルヴィン団長は部下の人と話していたが、リヴァイ兵長が事情を説明して、2人きりにさせてくれた。

 

 …俺がリヴァイ兵長に抱えられていたのは、気づかれなかっただろうか?深くフードを被っていたから、誰かは分からないと思うが、他の兵士からしたら、怪しい人物であることは確かだ。

 

「エルヴィン団長!ご無事で何よりです。」

 

「君もな。これからどうやって帰るか、君には教えていなかったな。

 とにかく、他の兵士たちに君が生きていることがバレてしまっては元も子もない。

 私のいる指揮系統の1番近くにある、荷馬車に乗っててもらうよ。その間は、他の遺体に紛れ込んでもらうことになる。分かったかい?」

 

 遺体に……?どういうことだ?

 

「え、ええっと…はい…?」

 

「とにかく、君は実際に撤退するその時まで、ここで待っているんだ。」

 

「了解です。」

 

 エルヴィン団長がそこから離れると、リヴァイ兵長がまたやって来た。

 

「ところでお前……俺が行った時は気絶して気持ちよさそうに寝てたみてえだが、あんなとこで寝てりゃ、巨人に食わせて一飲みされても文句言えねえぞ…

 そもそも、エルヴィンとは、無茶しないって約束じゃなかったのか?」

 

 とりあえずは生き残り、俺をエルヴィン団長の所まで送り届けたリヴァイ兵長は、ガミガミモードに入っていた。

 確かに、言ってることは正論だけど、しょうがないじゃないか。俺もあんなに無茶するとは思っていなかったし、それに……俺がやっていなかったら…

 

「俺がやっていなかったら……リヴァイ班はエレンと兵長以外、全滅していたかもしれません。」

 

「そりゃ、どういうことだ?」

 

「俺…何か悪いことが起きる日の前日は、悪夢をよく見るんです。シガンシナの時も、トロスト区の時も、……今回も。

 そして、その内容は、恐らく…俺が居ない場合の、未来を示しているんじゃないかって…。

 今回の悪夢の内容は、女型の巨人と俺の同期達が戦うところ。

 そして、リヴァイ班の先輩方が……死ぬことでした。

 俺が居ないと、そうなるかもしれない…そう思って、俺は、あの時……、

 無茶せずには居られなかった!!」

 

「悪夢……?その内容を、お前は覚えているのか?」

 

「前々回と前回は曖昧な記憶でしたが、今回に関しては、ほとんど鮮明に。」

 

「そりゃ、予知夢かもしれねえな。」

 

 予知夢……?そう言われればそうかもしれない。

 この悪夢は、俺が居ない場合に起こる、予知をしているのかも。

 

「予知夢……。」

 

「ああ、そうだ。とりあえず、これから何かその、悪夢で見た時は、エルヴィンに相談してみることだな。予知夢…そいつが機能するかは分からねえが、とにかく何かしらの情報になる可能性がある。」

 

「そうしてみます。

 リヴァイ兵長、ありがとうございました。兵長が居なかったら、ここで餓死してたかも。」

 

「ああ。

 ……俺は、エレン達の様子を見に行ってくる。

 お前、今度は…無茶はするな。」

 

「はい。保証は出来ませんが……できる限りそうします。」

 

 リヴァイ兵長は苦笑といった表情をして、そこを離れた。

 

 

 俺は、上手く、見つからなさそうな陰に隠れて、兵士が来たら、その兵士の対角線上の木陰や草陰なんかに隠れていた。

 その合間にも兵士達の会話が聞こえたが、撤退までのこの時間は、亡くなった兵士の遺体を回収しているらしかった。

 

 さっきリヴァイ兵長がフードを被った俺を抱えていた時も、俺は遺体だと思われていたらしい。

 怪しまれていないようで、良かった。

 

 

 そして、撤退の時間はやって来た。

 遺体の回収には区切りをつけたようで、撤退する少し前に、エルヴィン団長がここまでやって来た。

 

「遺体の回収はほとんど終わった。我々はこれからカラネス区へ帰還する。君には先程言ったように、遺体に紛れ込んでもらう。」

 

 団長はそう言って白い布と、縄の様なものを持ち出した。

 

「だ、団長……まさか…」

 

「ああ。申し訳ないが、どんな事があっても、静かにしていてくれ。」

 

 そう言ったのを最後に、団長は俺を白い布でグルグル巻きにして、胴と足を縄で縛り付けた。

 他の遺体と同じように。

 

 しょうがない。……団長の命令だ。

 

「エルヴィン団長……従います……。」

 

 その後は荷馬車に転がされて乗せられているような気がしていたが、布に視界を奪われている俺には何が何だか、そして何が起こっているのかもよく分からなかった。

 

 

 

 

(ジャン視点)

 

 

 

「こればっかりは慣れねえな」

 

 

 俺達は撤退命令が出てから、見つかるだけ仲間の遺体を運んで、それを持ち帰る為に荷馬車に乗せていた所だった。

 

 

「……誰だってそうだよ」

 

「仲間がどんな風に死ぬのか、自分がどう死ぬのか……そんなことばっかり考えちまう」

 

「僕は、考えないようにしてるんだ。

 自分の最期なんて想像したら…多分、戦えなくなるから。」

 

「そうだな、お前の言う通りだ。」

 

 

 自分がどう死ぬか、いつ死ぬか、話せたあの時は、まだ分かっていなかったんだ。

 

 死、という終わりを。残されたものの、哀しみを。

 

 

(コニー視点)

 

 

「いつまで生きてられっかな。」

 

 

 俺は今日、何人も仲間が死んでいくのを見た。

 壁外調査というものの、過酷さを知った。

 俺の寿命は、あと何年だろうか。

 

 次の壁外調査で死ぬのか?それとも次の次?

 それとも…

 

 

「とりあえずは、生き延びたじゃないですか。」

 

「とりあえずはな。」

 

「良かったじゃないですか!生きてるんですから。」

 

 

 サシャの言葉は、明るくて、いつも励まそうとしてくれるのが分かる。でも、今の俺には、眩しすぎた。

 

 

「死んだ奴らの遺体に向かってそう言えるか?」

 

 俺達は、遺体を荷馬車に積んでいた。

 

 

 

(アルミン視点)

 

 

 今回の壁外遠征にかかった費用と損害による痛手は、調査兵団の支持母体を失墜させるには十分であった。エルヴィンを含む責任者が王都に招集されると同時に、エレンの引渡しが決まった。

 

 

 

(ノア視点)

 

 

 

 俺は壁外調査の後からは、エルヴィン団長の元につくことになった。しかし、未だに寝食は地下室だった。

 エルヴィン団長の行く先々について行っていることもあって、もう今がどこの地下室にいるのかは分からなかった。

 勿論、作戦通り、俺は死んだことになっている。

 移動時は、荷馬車に紛れ込んで、その馬車も、外から見えないように黒い布を掛けられている状態だし、通常時でも外に出ることはほとんどない。

 そして、たまに話すことができる相手は、団長のみだった。

 

 前の地下室での生活より何倍もキツい。それも、精神的なキツさだった。

 

 今、俺がどこにいるのかも、今が昼なのか夜なのかも、そして、作戦が失敗したことによって調査兵団がどうなったのかも分からないが、エルヴィン団長から聞かされた話だと、同期の仲間たちはこの作戦で生き残ったらしい。

 そこだけは安心した。

 

 

 

 

 ある日、地下室でエルヴィン団長はこう言った。

 

「近く、また作戦を決行するつもりだ。」

 

「また……ですか?今度はどのような…」

 

 俺は、早速巨人を使うのか、と覚悟していたところだった。しかし――

 

「しばらくの間、君はここで待機だ。私はそちらの作戦に赴くことになるが、君の力は今回は使えないと判断した。」

 

「どうしてですか!?

 俺も行きます!」

 

 仲間が死地に赴いているのに、俺だけぬくぬくとここで過ごしている訳にはいかない。

 誓ったんだ!仲間を助けるって!

 

「今回の作戦は、ストヘス区で行う。それも、エレンと女型の巨人の戦いだ。そこに巨人状態の君がいては、エレンはやりづらい。それに、被害が拡大するだけだ。」

 

 ストヘス区…!?あそこは、1番中央の壁、ウォール・シーナに近い場所だ。どうしてそんなところに、巨人が現れる?そして、どうしてそんなことが予測できる…?

 

「どうしてそんなところに巨人が……、それに、どうしてそんなことが分かるんですか!?」

 

「人間状態の女型をおびき寄せる。そして、捕獲する。それが今回の作戦だからだ。」

 

「おびき寄せる…!?ということは、意図的に、調査兵団が壁内で巨人を出現させるということですか…?」

 

「ああ、そういうことになるな。」

 

「巨人を壁内に、それも、人の住んでいる地域に入れたら、被害は計り知れませんよ!?」

 

「そうだな。でも、やらなくてはならない。」

 

 エルヴィン団長がここまで言うなら、ここでやらなければ行けないことなのだろう。

 

「……この作戦に関しては、調査兵団を信じます。

 しかし、俺の同期は、作戦に参加するのでしょうか。」

 

「ああ、既に君の同期達は動き出しているところだろう。私のところにも直々に知らせが来るはずだ。」

 

「あの、せめて!

 同期達の身の安全は俺が守りたい…の、ですが…」

 

 今まで俺は巨人を駆逐するのもそうだが、同期を守るために戦ってきたんだ。ここで失う訳にはいかない。

 

「君の身の安全は、どうなる?」

 

「それは……」

 

「君とエレンは、二人ではあるが、替えのない、唯一無二の存在だ。それに、君の存在が今、敵にバレてはいけない。ここで君を表舞台に出す訳にはいかないんだ。」

 

「でも!俺は、同期達を守るために、巨人を討伐していたんです!どうか、俺をここから出してください!」

 

 ここは地下牢ではなく地下室で、ある程度の家具は配置されているとはいえ、この部屋は地下牢とほぼ同じ。窓は無いし、エルヴィン団長の許可がなけりゃ、固い鍵で外にも出れない。

 

 巨人の力が暴走する危険性もあるし、外からの敵が侵入することも拒めるため、俺はここで暮らすことを了承していたが、今ばかりはここに住むことを了承したことを後悔していた。

 

「ダメだ。済まないが、君には終わるまでここにいてもらう。」

 

 

「ハッ……、ちょっと、団長!!」

 

 

 

 そう言って、エルヴィン団長は扉を閉め…

 

 静かに鍵をかけた。

 

 

 

 

(エレン視点)

 

 

「お前ら……よく、生きて帰ってきたな。」

 

 壁外調査から帰ってきて、旧調査兵団本部に帰還した後の夕食のことだった。

 兵長は相変わらず変な持ち方で紅茶を飲んでいた。

 

 

「兵長とノアのおかげです!」

 

 ああ、そうだ。ペトラさんが言うように、兵長と、ノアがいなきゃ、俺達はここにはいなかったかもしれねえ。

 

「兵長、ところで、ノアは……?」

 

 

「ノアは……」

 

 

 俺がそう聞いたところで、ノックが鳴った。

 

 

「遅れて申し訳ない。」

 

 

 そこに入って来たのは、エルヴィン団長と…

 

 

「いえ……、

 

 お前ら!」

 

 

「久しぶり……と言っても、まだ前会った時から数日しか経ってないけどね。」

 

 アルミンやミカサ、ジャンたちが旧調査兵団本部まで来ていた。

 

 

「女型の巨人と思わしき人物を見つけた。今度こそ確実に捕らえる。」

 

 エルヴィン団長はこの言葉を皮切りに、ストヘス区での作戦を話し出した。

 

 

「それで、肝心の目標は、ストヘス区にいることは確実なんですか?」

 

「ああ。目標は憲兵団に所属している。」

 

「憲兵団?」

 

「それを割り出したのはアルミンだ。

 曰く女型は、生け捕りにした2体の巨人を殺した犯人と思われる。

 君たち104期訓練兵の、同期である可能性がある。」

 

「ちょっと待ってください!…104期って…!!」

 

 

「その女型の巨人と思わしき女性の名は、

 アニ・レオンハート」

 

 アニ……だと?どうして……

 

 

 

 

 アルミン達が帰った後、俺は少なからずショックを受けていたが、それよりも、兵長に聞きそびれた、ノアのことが気になっていた。

 

「……兵長!」

 

「なんだ。」

 

「あの、ノアは……どうしたんですか?

 今、きっと何か他の任務があって、ここに居ないんですよね?」

 

 壁外調査から帰ってくる時にも、ノアは見なかった。そのことが、どうしようもなく俺の胸を掻き立てていた。

 

 もしかして――

 

 

「ノアは…………死んだ。」

 

 

「やっぱり…」「あの、ノアが…」「兵長!どうして、そう言えるんですか?」「ノアが…死んだ…」

 

 

「………………え?

 嘘、ですよね?あの、ノアが?

 だってあいつは俺と――」

 

 俺と、約束したじゃないか。

 あいつは、約束を、破ったのか?

 

 

 

『エレン!お前は、人類の唯一の希望なんだぞ!こんなところで無闇に巨人化するな!

 それに、俺と、約束しただろう!?

 共に巨人を絶滅させるって!』

 

 あいつはそう、言ったはずだ。

 

 

『約束………。お前は、死ぬつもりはないんだな!?』

 

 

『ああ!絶対に、俺は生きて巨人を絶滅させる!

 俺を、信じろ!エレン!』

 

 

 あれは、俺を撤退させるための、嘘だったって訳か?

 

 信じた結果がこれか。救われねえ。

 

 

「ノア……、どうして……

 あいつは、何が何でも約束は守るやつだったはずなのに!

 信じてたのに!

 ……最期の約束は、守らねえのかよ。」

 

 『お前を1人で巨人と戦わせるなんて事は、絶対にさせない。』

 『お前と一緒に、いつか巨人を絶滅させる。』

 

「あの時の約束は、本当じゃなかったのかよ!」

 

 俺は、食堂の机を強く叩く。

 

「エレ…」「エレン、やめろ。備品が壊れるだろうが。」

 

 グンタさんが口を開きかけたが、兵長がそう言った。

 

「兵長も、先輩たちも、ノアが、死んだんですよ?

 ここで、一緒に過ごしたノアが!

 悲しくないんですか!?

 どうして、そんなに冷静なんですか!」

 

 俺は、ノアが死んだと聞いたのにも関わらず、エルドさんやグンタさん、オルオさん、ペトラさんは既に落ち着いているように見えた。それに、この話をしても、表情筋をピクリとも動かしていない兵長が多少は憎かった。

 

「俺達も、悲しくないわけない。可愛がってた後輩が死んだんだ。

 でも、エレン。ここまで来る時に、ノアはいなかったんだ。

 俺達は…とっくに覚悟していた。」

 

 俺は、ハッと思って周りを見渡した。

 落ち着いていたと思っていた先輩方の冷静さは声色だけで、実際は、全員暗い顔をしていた。

 

 俺は、間違っていた。この人達は、誰より仲間を大切にする人達だ。

 

 その日は、みんなで目を泣き腫らした。

 

 

(ジャン視点)

 

 

「なあ、あの噂って、本当だと思うか?」

 

 俺は、同期たち…アルミン、ミカサ、コニー、サシャの4人にそう聞いた。

 

「噂って……どの?」

 

 コニーはそう答える。壁外調査から帰って、色々な情報が錯綜していた。でも、あの噂は…

 

「ノアが…死んだっていう噂、だよね?」

 

 アルミンがそう言った。

 壁外調査から帰ってきてから、そんな、笑えねえ噂があったんだ。

 

「アルミン!ノアが、死んでるはずない!

 まだどこかで任務をこなしているはず…」

 

「そ、そうですよ!あの、凄く強いノアが、やられる訳ないじゃないですか!」

 

 ミカサとサシャは現実を直視できないみてえだが…

 

「俺は……あの噂を聞いて納得したよ。

 あいつは、俺達の出来ないことを軽々とやってのける。トロスト区の補給作戦の時だって、俺達が生きて、ここにいるのは、あいつのおかげだ。

 

 でも……この噂を聞いて、何故か納得してる自分がいるんだ。

 あいつも、人間だったんだってな。

 

 ……いや、違う、そんなことを思いたい訳じゃねえんだ。俺は、人の死を見すぎておかしくなっちまったのか?

 

 俺は、あいつが生きてることを願ってるはずだ…」

 

 

 俺は、心の中の釈然としない思いを、いつの間にか同期に言っていた。

 あいつは、俺が思うより人間だった。から、死んだのか?

 

 

「僕は、ノアは生きてると思うよ。」

 

 

 アルミン……お前は、そんな、現実逃避をするやつじゃなかったはずだ。

 お前まで……そうなっちまうのか?

 

「…ジャン、これは、希望的観測じゃなくて、根拠があるんだ。あの時――僕達が木の上でノアと話していて、ノアが女型を食い止めようとしていた時、ノアは、何て言って、飛び去った?」

 

 あの時の、ノアの言葉か…

 

 

『…………俺の、意思だ。

 あいつを食い止めなきゃ、エレン達が危ない!ここで出来るだけ時間を稼ぐ!』

 

 

「ノアの意思で……エレンが危ないから時間を稼ぐ…と、言っていたはずだ。」

 

「意思?

 それなら、尚更、ノアが死んでいてもおかしくないんじゃ…」

 

 コニーがそんなことを言っていたが、俺も同じ意見だ。

 あいつは昔、『命令で死ぬのはごめんだ、死ぬなら自分の意思で…』そんなことを言っていたはずだ。それはつまり、自分の意思なら死んでもいいってことじゃねえのか?

 

「いや、違う。あれは、僕達を後で後悔させないための、嘘だったんじゃないかな?あれは、本当は命令で、ノアは元から死んだ、という情報を流す予定だった。そして、ノアは、実際は生きているんじゃないかな。」

 

「どうして、そんなことが分かるんだよ?」

 

「まずノアは、僕達から女型の話を聞いた時に、そこまで驚いていなかった。それに、ノアはリヴァイ班だったはずなのに、どうして僕達のいる木の上まで来てたんだ?」

 

「そりゃ、女型が来るのを待つため、じゃないのか?」

 

「確かに、そうだったと思う。でも、もしノアの意思でやっていることだとして、どうしてノアは女型が来る方向まで、分かっていたんだ?」

 

「それは……ずっと進行方向が東に行っていたから、それで…」

 

「いや、これはジャンの言ったように、まだ説明がつく。しかし、どうして見たことも無い脅威を足止めするために、事前に待っていたんだ?

 ノアの意思でやっていたことならば、女型の姿と、その脅威を確認してから、足止めしに行くのが普通なはずだ。」

 

 そうだ……どうして、あいつは、女型が強いと、あいつを止めなきゃ、被害が出ると、そして、エレンに被害が出る、ということを分かっていたんだ?

 

「これも、理由はつけられるかもしれない。

 でも、1番の疑問点は、どうしてノアは、女型を倒す、ではなくて、『時間を稼ぐ』って言ったんだろう?

 そもそも巨人に復讐心があるノアなら、どんな巨人でも、殺す気で戦っていたはずだ。でも、あの時は足止めだと言っていた。

 つまり、この時に既に、ノアは作戦のことを知っていたんじゃないのかな?」

 

 

「アルミン、作戦のことは、5年前からいる兵士たちにだけ教えられていたはず。」

 

 ミカサの言う通りだ。

 

「ああ。僕もそうだと思っていた。でも、ノアが作戦を知っていた、としないと、ノアの言葉には矛盾が起きる…と思う…」

 

 確かに、あいつの性格からすれば、エレンと同じようにこの世の全ての巨人をぶっ殺したいと思っているだろう。

 

「アルミンの言うことはもっともだと思う。けどよ、ってことは、ノアは元々死んだことにするってな作戦だったってことか?そして、今もどこかで生きている…ってことか?」

 

「そういうことだと思う。確証はないけど…」

 

「どうしてそんなことするんだ?」

 

「どうしてかは……まだ考えてる途中。何か理由があって隠してるのかもしれない。だから、この事は他言無用だ。」

 

 そうして俺らはその場を解散した。

 

 バカ2人はよく分かっていなかったようだが、アルミンの話が本当だとすれば、ノアは、生きてる。

 そう信じて、その日は眠りについた。

 

 



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15.5話 【幕間】救われた者たち

 

 

(ミーナ視点)

 

 私は、私達は、あそこで死ぬ運命だったのかもしれない。

 

 時々、そう考える。

 

 トロスト区襲撃の際、私たちを助けた二ファは、その後行方を晦ました。

 多くの同胞を、巨人を倒し続けることで救ってきたノアは、今回の壁外調査で、死んだ。

 

 それに、今回の作戦では…トロスト区で同じ班だった、ナックとミリウスも死亡した。

 このことは、特に私の心にずっしりとのしかかっていた。

 

 

 トーマスは、トロスト区の作戦の時に両足を失って病院で治療を受け、かろうじて一命は取り留めたが、ずっと病院で眠っている。

 お医者さんが言うには、もう傷は手術で治っていて、足は無いけれども、起きれないほどでは無いそうで、精神的な傷によって起きられないのだろう、ということだった。

 精神的な傷。私もここにいたらいずれはそうなってしまうだろう。

 

 私がここまで生きているのは、きっと偶然だけど、私がトロスト区の作戦を生き残ったのは、二ファやノアのお陰だ。

 その2人も、もう居ない。

 

 私も、いつかは、彼らと同じように…なってしまうのだろうか?

 

 

 

 

 壁外調査を終えて、私達は束の間の休養に入った。もちろん訓練は毎日少しづつはあり、続けているが、壁外調査を乗り切ったもののために、前より休みの時間が増えているような気がする。

 

 そんな時、私に一通の手紙が届いた。

 

 

 ずっと今まで眠っていた、トーマスからだった。

 

 

 私は病院に急ぐ。

 手紙が届いたのは数日前だったらしいが、壁外調査が終わった後だということもあり、色々とゴタゴタして、私に届くのが遅れたのだそうだ。

 

 

 

 

 

 

「トーマス!起きたの!?」

 

 バンッと扉を勢いよく開けて、私は病室に入る。

 

「ミーナ、久しぶり…なのかな?

 病院では、静かにね…」

 

「トーマス!

 本当に、心配したんだから!

 このまま起きないんじゃないかって…」

 

「ミーナ、心配かけてごめん。

 僕も、このまま起きれないのかと思ってたけど、トロスト区の時、一緒の班だった、ナックとミリウスが、言うんだ。

 『お前はまだ生きてるだろ。早く起きろ』って。」

 

 ナック、ミリウス…

 彼らは、訓練兵時代はそこまで仲が良かったわけではなかった。

 けれど、あの後からは、一緒に二ファに救われた仲間として、生涯の友人だと思うくらいに、仲が良くなった。

 

 私は色々なものを失いすぎて、もう涙なんか出ないと思っていたが、ナックとミリウスのことを思い出し、涙していた。

 

「二ファ?大丈夫?

 …あれから、何があったのか、話してくれるかな?

 ナックと、ミリウスのことも。」

 

 トーマスにそう聞かれて、私はトーマスが眠ってからのことを全て、話した。

 

 

 

 

 朝方に来たというのに、もう空は茜色になっていた。

 それ程までに、今までの出来事は濃かった。

 

「そうか。僕が眠っている間に、そんなことが…」

 

 全てを話し終えた後、私は兼ねてより考えてきた、これからのことをトーマスに話そうと思った。

 

「トーマス。私は、これから医療班に移るつもりなの。もちろん、みんなと一緒に戦いたい気持ちはあるんだけど……私は、巨人が怖い。対峙したらきっと、1歩も動けないと思う。

 それでも、みんなの助けになりたいから。」

 

 

 今まで、誰にも言えずに心の中でつっかえになっていた思いを、トーマスに吐き出せて、スッキリした。ナックとミリウス。かけがえのない親友だった彼らが今まで心の支えだった私は、この壁外調査で巨人への恐怖が増幅し、もう取り返しのつかないところまで来てしまっていた。

 もう、私には巨人は倒せない。

 私はこんな自分を情けなく思っていた。親友を殺されたんだ。しょうがない、と思う心と、ここで諦めてしまったら、その親友たちに顔向けできない、という思いが錯綜していた。

 

 

「そうか。……ミーナ、君なら沢山の人を助けられるよ。共に戦うだけが、仲間じゃないもんな。」

 

 そのトーマスの言葉に、少しだけ救われたような気がした。共に戦うだけが、仲間じゃない。私は私に出来ることで、力になろう。そう思った。

 

 

 

 

「トーマス、君はどうするの?」

 

 

「俺は、やっぱり調査兵団に所属したいって気持ちはやまやまなんだけど、この足じゃ、な。

 とりあえずは、リハビリに集中するよ。

 その後のことは、治ってから考える。」

 

「トーマスらしいかもね。」

 

 

「ああ。ミーナの活躍を願ってるよ。

 絶対に……生きてまた、ここに報告しに来てくれ。」

 

 

 それから少しだけ話をしてから、トーマスのいる病室から出た。もう空は、藍色をしていた。

 




 UA10000、お気に入り100件越え、ありがとうございます!本当に、本当に、ありがとうございます!
 主はネット耐性が無いので小説投稿してどうなる事かと思いましたが、皆さんに気に入って頂けて嬉しい限りです。
 出来れば、良いなと思ったらお気に入りと評価の方、ぜひぜひよろしくお願いします!完結まで突っ走って行くので良ければこれからの話も読んでいってください。


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16話 密談と捕食(女型最終決戦とウォール・ローゼ内の戦い)

 

 

(ノア視点)

 

 

 近々、また作戦が行われる。が、俺はそこには参加出来ない…。

 エルヴィン団長の言ったことが、頭の中でぐるぐる回っている。

 

 作戦って、いつ頃なんだろう?

 それに、皆は無事に作戦遂行できるだろうか?

 

 そんなことばかり考えてしまう。

 

 生憎この部屋の外は見えないし、外に出れもしない。俺の気は滅入ってくるばかりだった。

 

 

 そんな時、人影が見えた。

 エルヴィン団長か?

 作戦は、終わったのか?

 

 

 コツ…コツ…コツ…コツ…

 

 

 地下室の廊下はどこも長いし、音が響く。

 足音はだんだん大きくなって、俺の部屋の前で止まった音がした。

 

 誰かが鍵を開ける。

 

 カチャッ…

 

「エルヴィン団長!作戦は…」

 

 俺はすぐさまそう言ったが……

 

 

「ちょっと、私はエルヴィン団長じゃないわよ!か弱い乙女の顔を見て、誰だか分からないの?」

 

 

 そこに、居たのは…

 

 

「二ファ……」

 

 

「はい、お久しぶり。」

 

 

「二ファは、死んだんじゃなかったのか?」

 

 

 アルミンから地下牢で、死んだと聞いたはずだった。

 

 

「なによ、失礼ね。人を勝手に死なせないでくれる?

 私は今も、生きてます。

 ほら、手足もついてるし、喋れるじゃない?」

 

 

「そっか……良かった。」

 

 

 二ファも、俺と同じように、死んだことにするという作戦だったのかもしれない。

 

 

「時間が無いから単刀直入に聞くわね。」

 

「あ、ああ。」

 

 壁外調査では、何をやっていた?そもそも、二ファはどうやって鍵を手に入れたんだ?そんな聞きたいことは沢山あったが、二ファの言葉に従った。

 

 

「貴方、悪夢を見るでしょう?」

 

 

「どうして、それを……!」

 

 この話は、まだリヴァイ兵長にしかしていないはずだった。

 

「まあまあ、落ち着いて。

 実は、私もなのよ。」

 

 

 二ファも……?

 あの悪夢の内容は、予知夢みたいなものだった。

 それにトロスト区では、二ファがトーマスを助けた、と聞く。

 二ファがあの時俺と同じような悪夢を見ていたのだとしたら、トーマスを助けられたのも納得だった。

 

 

「悪夢……。お前は、その内容を覚えているのか?」

 

「うん。私にとって大事な人なんかは、その人がどこでどうやって死ぬのか、とかが、それが起こる日の前日に分かるのよ。」

 

 

 大事な人の生死が分かる…か。俺はそこまでは分からない。というか、指定できない。ランダムにどこかの場面を切り取って見せられている感じだ。しかし、その日の前日に見る、というのは同じだろう。

 

 

「俺のとは、多少は違うが、大筋は一緒みたいだな。」

 

「そうね。

 このことを踏まえて、ノアには私と協力関係になって欲しいのだけど。」

 

「協力関係……って、二ファは、調査兵団じゃないのか?調査兵だったら、協力も何も、協力しないと生きていけないじゃないか。」

 

 

「あのね、覚えてる?

 私が死んだのは、トロスト区の作戦のすぐ後ってことになってるはずだわ。

 その時にはまだ兵団選択はしていないのよ?」

 

 ……と、いうことは、

 

「調査兵団じゃないってこと?

 それに、死んだことは作戦でもなんでもない…と。」

 

「そう。兵団には入ってないし、作戦なんかでもない。

 全て、私の意思よ。」

 

 意思だとして、自分が死んだとすることに何の意味があるんだ?

 

「それってどういう…」

 

 俺が言いかけた所を、二ファが遮るように言う。

 

「それはまだ言えない。でも、私と協力関係になってくれたら、いずれは絶対に言うから。」

 

「……じゃあ、もし協力関係になったとして、俺は何をすればいい?二ファは何をする予定だ?」

 

「君は、私の悪夢の内容と忠告を聞いて、救える人達を救うために動いて欲しいの。

 私も、君の悪夢と自分の悪夢をすり合わせて、沢山の人が救えるように努力するから。」

 

 二ファは、そう言っていた。

 

「なんだ、そんなことでいいのか。

 しかし、まだお前が正確な悪夢を見るのかは確信を持てないな。

 お前が巨人側のスパイだってことも有り得なくもない。」

 

「……なら、今回の作戦…は、貴方は参加出来ないらしいから、次の作戦の内容を話すわ。その後の結果で、私と協力関係になるか決めればいいじゃない?」

 

「それでいいのか?

 俺にしか利益がない気がするが…」

 

「いや、私はみんなを救うことが目的だからね。君と協力関係になったら、より多くの人を救える。

 私にもメリットがあるわ。」

 

 みんなを救うことが目的…か。それは本当だろうか?まだ、二ファのことは、にわかには信じがたかった。

 

「さあ、ところでどうして今日、ここに来たと思う?」

 

「悪夢のことで協力関係になりたかったからじゃないのか?」

 

「もちろん、そうだけど…。ノア、ここ最近、君は悪夢を見なかったの?」

 

 言われてみれば、見たような気がする…

 ただ、前より大雑把な内容しか覚えていない。それに…

 

「悪夢なんて毎日見ている。」

 

 壁外調査のことを色々思い出して見る悪夢もあるし、毎日見ていてどれが予知夢の悪夢かなんて、分からなかった。

 

「そう……そうよね。今のノアにとっては辛いことだろうし…

 そしたらつまり、悪夢の内容は覚えてないってことよね?」

 

「そうだな。これから起こることは、見当もつかない。」

 

「そう…

 じゃあ、私の今回の悪夢の内容を教えるわ。これで当たったら、次からは信用してね。」

 

「お前は、見れたのか?」

 

「私は他の悪夢はそうそう見ないからね。」

 

 二ファは、あの予知夢が今回も見れたみたいだった。

 

「今回は…どんな内容だったんだ?」

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 今回の内容も、かなり濃いらしい。

 

「それじゃあ、今回の私の計画を伝えるわね。

 これを聞いて、協力出来ないと思うのならそれでいいけど、そうした場合、十中八九、誰かが死ぬ。そのことを念頭に、考えてね。」

 

「お、おい…

 お前勝手に話を…」

 

「それじゃ、説明するね。」

 

 二ファは俺の言い分なんか無視して、今回の計画とやらを話し始めた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「だから君は、ここで巨人の姿で助ける。

 分かった?」

 

 二ファから聞いた内容は、にわかには信じ難いが…

 

「ああ、分かった。」

 

 俺は、二ファの話を聞きながら、自分も同じ内容を夢で見ていたことを思い出し、少し信用していた。

 

「いや、しかし……どうしてお前が俺の巨人化のことを知っているんだ?」

 

「どうしてって……トロスト区の時に、ノアを助けたのは私でしょ。ノアが巨人から出てくるところはバッチリ見てるわよ」

 

「そうだったのか……。全然驚いてないな。」

 

 あの時既に、二ファには分かっていたのか。

 

「まあね。じゃあ、これから行くわよ。」

 

 そう言って、二ファが扉を開けっ放しで外に出る。

 

「行くって…どこに?」

 

「もちろん、戦場よ。これから戦場になるところ。エレン達より早く、エルミハ区から外に出て、104期と合流しなきゃ。」

 

 そう言われて、半ば強引に二ファは俺を外へ連れ出した。

 

(三人称視点)

 

 

 その後、

 ノアには知る余地も無かったが、ある作戦が進んでいた。

 

 カラネス区で、女型をおびき寄せる作戦だった。

 

 

 アルミン、エレン、ミカサ。3人の実行班が女型の巨人の中身と思われる、憲兵団の兵士、アニ・レオンハートに接触。目的の場所へと連れ出す。

 地下道を通過できたなら、その地下道の途中で、拘束。

 そして、通過する前に巨人になったら…

 

 エレンが巨人化して、女型と戦う手筈だった。

 

 

 目標を地下道に誘導するのには失敗し、エレンが巨人になる作戦に移行した。

 エレンが巨人化する際、時間がかかり、地下道に3人が閉じ込められる事態となったが、アルミンの作戦を実行した後、エレンのみが負傷を負った。

 負傷を負ったエレンが巨人になるのには時間がかかったが、その間にも女型は街中で暴れ回っていた。

 

 エレンが巨人化するまでの時間を稼ぐため、第三次作戦である、捕獲装置を使ったが、捕獲は難しく、1度当たった捕獲装置のアンカーは、女型に振りほどかれた。

 

 しかし、その後ようやくエレンが巨人になれたことで、状況は少しだけ良くなり、エレンと女型の直接対決となった。

 

 巨人化時、エレンは正気を1部失っており、アニを食おうとしていたが、項の皮を噛みちぎってアニの姿を見た途端、殺すのを躊躇した。

 その一瞬が命とりとなって、アニは結晶化…しかけた。

 

 そこで、イレギュラーが発生した。

 

 

 結晶化すると思われた、アニ・レオンハートは、何故か乱入してきた巨人に食われたのだった。

 

 その場にいた一同は皆、呆気に取られていたが、リヴァイ兵長だけは女型を食った巨人を追跡していた。

 

 しかし、その巨人は身軽で、女型の巨人が持っていた結晶化のような力を使いながら、壁を容易に超えてしまったのだった。

 

 捕獲作戦は、事実上は失敗だが、その場にいた全ての調査兵には口止めがされた。一般人もその場にはほぼ居なかったことにより、公には、調査兵団は結晶化したアニ・レオンハートを拘束して、地下牢に閉じ込めている。そういうことになっていた。

 

 

(アルミン視点)

 

 

 しかし、アニを食った巨人は、やはり、巨人化できる人間で間違いないだろう。

 

 姿格好は、マルコを咥えて1日中逃亡劇を繰り広げた、あの巨人に似ているということだが、情報は定かではない。

 

 あの巨人は、何を目的にアニを食べたんだ?

 

 僕には意図が、全く分からなかった。

 

 

 

 

(ハンジ視点)

 

 

 

「おい、あれ……」「巨人…?」「壁の中に、まさか」

 

 周りの調査兵たちがザワついているのを感じ、その視線の先を辿ると、そこには……

 

 先程女型が登った衝撃で空いた壁の穴の中に、巨人がいた。

 

 

「分隊長、指示を!」

 

「ええ、何…ちょっと待って………」

 

 あれは、たまたまあそこだけに居たもの?それとも…

 もしそうじゃなきゃ……

 

 ガシッ

 

 ニック司祭?

 

「当てるな……あの巨人に、日光を当てるな!」

 

 壁の中に巨人がいるなんて、誰が思っただろうか?

 自分自身も戸惑ってはいたが、とりあえずはニック司祭の言うことに従って、壁の穴を塞ぐことにした。

 

 

「さて、そろそろ話してもらいましょうか。この巨人は、何ですか?何故、壁の中に巨人がいるんですか?

 ……そして何故貴女方はそれを…黙っていたんですか?」

 

 ニック司祭には、聞きたいことが山ほどあった。

 

「私は忙しい!今回も信者は…めちゃくちゃにされた!貴様らのせいだ!後で被害額を請求する。

 さあ、私を下に下ろせ!」

 

 質問に何1つ答えなかったニック司祭を、私は壁上の端に立って、首根っこを掴んで持ち上げた。

 もちろん私が手を離せばニック司祭は壁から落ちて、落下死だろう。

 

「いいですよ。

 ……ここからでいいですか?」

 

「分隊長!」

 

 モブリットが静止をかけるが、私は止めた。

 

「寄るな!

 

 ……ふざけるな!

 お前らは我々調査兵団が何のために血を流しているかを知ってたか!?

 巨人に奪われた、自由を取り戻すためだ!その為なら…命だって惜しくなかった。

 いいか?お願いはしてない。命令した。話せと!

 そしてお前が無理なら次だ。

 なんにせよ、お前1人の命じゃ足りないと思っている!」

 

 どうにかニック司祭から情報を聞き出そうとして、脅してはいるが、相手は、

 

「ひいぃぃ、離せっ!」

 

 そう言った。

 

「今、離していいか?」

 

「今だ!」

 

「……分かった。死んでもらおう。」

 

「ハンジさんっ!」

 

「私を殺して、学ぶがいい。我々は必ず使命を全うする。だから、今!この手を離せええぇぇ!

 くっ……貴様…」

 

 私は、もう、それ以上聞くのは無理だと考え、ニック司祭を壁上に投げ飛ばした。

 

「アハハハッ、ウソウソ、冗談。

 ねえ、ニック司祭。

 ……壁って全部、巨人で出来てるの?」

 

 私はニック司祭の様子を伺ったが、これ以上何かを話すつもりは無いようだった。

 これが本当だったら……

「ああ、いつの間にか忘れてたよ…

 こんなの、初めて壁の外に出た時以来の感覚だ。

 ……怖いな」

 

 壁の中には、巨人がいる。

 しかし、ということは、人類は巨人が入ってる壁に囲まれた中で、悠々と今まで百何年もの間、暮らしてきて、私達、調査兵団は壁の中に巨人が居るということも知らずに、壁外で巨人たちと戦っていた。そういうことなのか…?

 

(アルミン視点)

 

 ウォール・ローゼ内に巨人が出現した。ウォール・ローゼは破られた。

 そう報告が入ってから、僕達はそちらへ向かう準備を行っていた。

 

 そして、もう1つ、耳よりの報告があった。

 女型との戦いによって出来た壁の穴の中には…

 巨人がいたらしい。

 

 

「一体…何がどうなってんだ!……くそっ」

 

 エレンは苛立った様子で準備をしていた。

 僕は気になっていることを聞こうと思って、エレンとミカサに話しかけた。

 

「でも、巨人がいる壁を、巨人が破るかな?」

 

「前にもあったろ。俺たちの町が、奴らに…」

 

「あれは門だった。」

 

 あの時――シガンシナ区が巨人に襲撃された時は、鎧の巨人がシガンシナ区の内部まで侵略してきて、()()()壊したのだった。

 

「アルミン、何を考えてるの?」

 

「あの壁ってさ、石のつなぎ目とか、何かが剥がれたあととか無かったから、どうやって作ったのか分かんなかったんけど、巨人の硬化の能力で作ったんじゃないかな?

 アニが食われる前、結晶のようなもので身を固めようとしていたように、そして、アニを食った巨人が壁を登る際にしていたように、硬化の汎用性は高い。」

 

「お、おい……その話は…」

「アルミン、その話は口止めされていたはず。ここで話すべきではない。」

 

「あ……ご、ごめん…。」

 

 カラネス区の壁の中から巨人が現れた…いや、元から居たのか。ということは、他の壁の中にも巨人がいる可能性が高い。

 ……僕達はずっと、巨人によって巨人から守られていたのか…?

 

 

 僕達はその後、リヴァイ兵長とハンジ分隊長、そしてウォール教の司祭、ニック司祭と共に、荷車に乗って、エルミハ区へ向かっていた。

 

 ニック司祭はどうやら壁の秘密のことを知っているらしいが、口を割るつもりはないそうだ。ハンジ分隊長が既に脅したが、話さなかったらしい。ということは、命を賭しても言う訳にはいかないことがあるのだろう。

 

 そのニック司祭は、自分の目で状況を見て、話すか話さないかは決めると言ったそうで、それを理由に今回のエルミハ区行きに同行するようだった。

 

(三人称視点)

 

 

 

 ――カラネス区での作戦から12時間前

 

 ウォール・ローゼの南辺りでは、104期の兵士たちが集められていた。

 

 私服で訓練も禁止と言われ、幽閉されている状態に、少なからず皆不満を持っていた。

 

 ――しかし、

 

 机に伏せていたサシャがいきなり顔を上げて、

 

「足音みたいなっ…地鳴りが聞こえます!」

 

 そう言った。同期の間では、サシャの悪い予感は当たるということは周知の事実だった。

 

「何言ってんだ?サシャ。ここに巨人がいるってみてえだな。それはウォール・マリアが突破されたってことだぞ!」

 

 ライナーがそう言う。104期の兵士たちの心中は、皆、そんなことありえない、とは思いながらも、それぞれトロスト区での作戦、そして、先の壁外調査のことを思い出していた。

 

 

 ――同じくして、104期の兵士たちを警戒するために警備に回っていた兵士たちも、その異変に気づいた。

 

 ミケ分隊長が匂いを嗅ぐ仕草をしているのを見て、ナナバは不思議に思った。

 ミケ分隊長は、嗅覚が鋭い。遠くにいる巨人の匂いも嗅ぎ分けられるのだ。そんなことは、有名な話だった。

 

「ミケ…?」

 

「トーマ!早馬を出せ!お前を含めて4基。各区に伝えろ!

 ……南より、巨人多数襲来!ウォール・ローゼは…突破された!」

 

 ミケの言葉で、ナナバは、104期達にこれを伝えようと動き出した。

 

 

「全員いるか?500メートル南方より、巨人が多数接近。こっちに向かって歩いてきている。

 君たちに装備させている暇はない。直ちに馬に乗り、付近の集落や村に向かって、避難させなさい。

 …いいね?」

 

 ナナバの言葉に、サシャの発言はやっぱり本当のことなんだと思いながら、104期の新兵たちは慌てて外へ出た。

 

 

「ミケ…」

 

 ミケは、偵察をするため、屋根の上にいた。

 ナナバも横で巨人たちが来るのを偵察していた。

 

「前方、あの一帯に9体はいる。」

 

「ウォール・ローゼが突破されてしまった。私達は、巨人の秘密や正体に一切迫ることの出来ないまま、この日を迎えた。

 私達人類は……負けた。」

 

「いいや、まだだ。

 人は、戦うことをやめた時、初めて敗北する。

 戦い続ける限りは、まだ負けてない!」

 

 ――そうして、急遽始まった、ウォール・ローゼ内での戦いは幕を上げた。

 

 

 

 その後、104期の武器を持たない兵士たちと武装した兵士たちが混合で4つの班を組み、それぞれ東西南北に別れた。

 

 巨人は南から来たとのことで、南班が1番危険ということは皆分かっていたが、南班は、南に故郷があるコニー、そしてそれについて行くと言ったライナーとベルトルトが入った。

 

 そして、西班にはナナバ、ユミル、クリスタ。北班には、故郷があるサシャなどがそれぞれ巨人の脅威を伝えるために村を回って住民を避難させようとしていた。

 

 

(ノア視点)

 

 

 俺達が1番中央の壁、ウォール・シーナの南に位置するエルミハ区についたのは、案外すぐのことだった。

 

 エルミハ区は今回の戦場となるウォール・ローゼ南西側に1番近い場所だった。だからこそ、二ファは

エルミハ区から外に出てウォール・ローゼ内へと向かうルートを選んだのだろう。

 

 ずっと二ファについて行っていたのもあり、俺が何処から来ているのかは見当もつかなかったが、とにかく、エルミハ区に近い位置の地下室にいた事は確かだった。

 

 俺達は一心不乱に馬を走らせていたこともあって、結構早い段階でエルミハ区から出ることが出来た。

 しかし、まだ出てから1回も二ファと話す時間が無かったため、さっきの計画の内容を練り直すことは出来なかったのだった。

 

 エルミハ区から出て、これから起こるであろう、もしかしたらもう起こっているかもしれない戦いに出向くために、西に行っている途中、二ファは、

 

「ここで別れよう。

 ここから先は、ノアはウトガルド城へ行ってね。」

 

 そう言った。

 そういえば、さっきの計画では二ファは俺の行動しか話されなかった。

 

「二ファは、どうするんだ?」

 

「私は、これから人生で1番忙しい時を体験するだろうね。」

 

 そう言った後すぐ二ファは馬で北西の方向へ向かっていた。

 

 人生で1番忙しい時………?

 どういうことだろうか。計画のことを話していた時も、何やら俺に隠し事があるように見えたが、ついぞその隠し事が何かは分からなかった。二ファは俺と違って、隠し事が得意なように見受けられる。

 

 俺は何かと怪しい二ファを追尾しようか一瞬迷ったが、ここまで来たなら、こっちのウォール・ローゼの戦いに専念しよう。

 そう思ったし、二ファが敵であれ味方であれ、俺もウトガルド城の方を支援した方が良いだろうと思ったからあの計画に乗ったわけなので、今は計画通り、そちらへ向かおう。そうとも思ったため、俺は馬を走らせた。

 

 

(二ファ視点)

 

『私は、これから人生で1番忙しい時を体験するだろうね。』

 

 私はこう言った後、ノアと別れた。

 これからノアは、計画通りに動いてくれるだろうか?

 ここから先は賭けの部分が大きい。ノアが、私の計画に乗ってくれるのか、そして、私が救った人達によって何か変わることがないか。そういう部分だ。

 ここで何度失敗したか分からない。

 

 けれど、この、ウォール・ローゼの戦いでは、1番、過去最高に忙しくなることは知っていた。

 

「体力持つかな……」

 

 私はそんなことを呟きながら、馬を走らせていた。

 

 

 

(ミケ視点)

 

 

 

 ――あと4体。

 

 俺は突然奇行種になった巨人たちを食い止めるため、104期と武装兵が散開したあと、単騎で複数の巨人のいる方向へ向かって、そいつらを倒しているところだった。

 

 

 

 いや、潮時だ。充分時間は稼いだ。

 

 俺は、馬を呼ぶために指笛を鳴らした。

 

 ただ、気がかりなのはあの奇行種。何か妙だ。17メートル以上はあるのか?……でかい。獣のような体毛で覆われている巨人など、初めて見る。

 こちらに近づくでもなく、ああやって歩き回ってるあたり、奇行種に違いないのだろうが…。

 

 馬が来ているのが見えた…が、さっきの奇行種が戻ってくる馬を持ち上げて………

 

 こちらに投げ飛ばした。

 

 

 どういうことだ!?いくら奇行種でも、馬を狙うことはないはず。

 

 

 俺は危機一髪のところで、物凄いスピードで迫ってくる馬は避けたが、屋根上から転がり落ち、残っていた内の1体の巨人に、足を食われた。

 

 

 

「待て。」

 

 

 何処からかそんな声が聞こえた。

 

 さっき馬を投げてきた、獣のような巨人だ。

 

 俺の足を今も咥え続けている巨人が、さらに口を開けて、また、噛んだ。

 

 

「え?俺今…待てって言ったろう?」

 

 

 獣のような巨人が俺を咥えていた巨人をひと握りで潰す。

 

「うわあ……

 

 その武器は……なんて言うんですか?

 腰に着けた、飛び回るやつ。」

 

 巨人が、喋った!?

 巨体の巨人に見下ろされて、足もやられて、絶体絶命の状況に、俺は恐ろしくなって言葉を返す余裕もなかった。

 

「…………うーん…同じ言語の筈なんだが…

 怯えてそれどころじゃねえのか…

 つうか、剣とか使ってんのか。

 やっぱ、項にいるってことは知ってるんだね。

 まあ、いいや。持って帰れば……」

 

 獣のような巨人が俺に手を伸ばしてくる。

 俺は、怯えて頭を抱え込んで目を伏せた。

 

「うわあ!

 …………あああ!

 ひぃっ……」

 

 

 

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

「ああああああああぁぁぁああ!」

 

 さっきまで冷静に話していたその声が、悲鳴を上げているのが聞こえた。

 あいつは攻撃を受けているのか?

 

 ……何が起きた?

 

 

 そこには、そいつの左腕を引きちぎっている、巨人の姿があった。獣のような巨人の腹からは、結晶でできた氷柱のようなものが刺さっていた。

 

 何が何だか分からないが、ここで逃げるしかない。そう思っていたが、両足のない俺には、立体機動装置も使えないため、ここから離脱するのは不可能だった。

 

 途中で割って入ってきたその巨人は、今のうちは少なくとも、ヤツより優勢だ。

 獣のような巨人は、左腕を無くし、腹を引き裂かれ、今度は右足を食われていた。

 その巨人は、右足を切断した後、獣のような巨人がそこから動けないのを確認してから、俺の方に向かってきた。

 

 

 まさか……俺は、あいつに食われるのか?

 

「嫌だ!

 死にたくない……

 あぁぁぁ!」

 

 

 

 そこからのことは、よく、覚えていない。

 

 

 

 

 



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17話 激務(ウトガルド城の戦い)

 

 

(ノア視点)

 

 俺は、夜になるより遥か前に、ウトガルド城周辺についていた――はずだった。

 

 これからウトガルド城は、巨人が1番群がるであろう戦場になるはずだ。それは二ファとも話した。そういうことだから、俺は、ウトガルド城の戦いに専念する予定だったのだが…

 

 東側に巨人が集まっているのを見てしまった。

 そして、駐屯兵団の人達が戦っているのも。

 駐屯兵団の人達は、キッツさんを司令官に、ちょっとした集落のようなところで大砲を広げて、巨人を迎え撃っているようだった。

 

 ……思ったより数が多い。

 俺と二ファの夢にはこんなことが起こるなんて無かったはずだ。と、いうことは、ここは他のところに比べたら酷くはならないだろう。

 しかし、それで見捨てられるはずはなかった。

 

 俺と二ファの夢の内容も、全ての情報が合っている訳では無い。ここが、酷い戦場になる可能性も否めない。

 

 実際、ここの人達も最初の方は大砲で弱らせてから1体1体、倒していたようだが、今は多数の巨人が押し寄せてきて、その手法は使えなくなったようだった。

 

 大砲を使ってはいるが、大体の人達は大砲の近くで怯えているか、諦めている。

 

 しかし、戦っている者もいる。

 その中には、トロスト区で最後にエレンを助けてくれた銀髪の先輩、リコさんもいた。

 

 今、恩を返すときだよな。

 

 夢の内容を信じるなら、ウトガルド城での戦いは夜になる。いや、信じなくても、ウトガルド城で戦いがあるなら、夜だ。調査兵団がウトガルド城に篭もる条件なんて、夜を明かすためくらいしかない。昼に城に篭ってるなんて、巨人の餌にされるだろうことは目に見えているだろう。

 と、なると、あと10時間かそのくらいはまだ猶予があるはずだ。それまで、ここを援護しよう。

 そう思った。

 

 しかし…

 今、人間状態で誰かに会ったら、俺が生きていることが知れ渡って、俺は同期の中にいるであろうスパイに狙われる対象になるかもしれない。そういうこともあり、俺は巨人の姿で援護をする必要があった。

 ところが、巨人の姿には時間の制限がある。

 この時間制限があるからこそ、俺はウトガルド城だけに専念する必要があったのだが…

 

 やるしか、ないよな。

 

 これからウトガルド城でどれだけ戦うかは分からないが、俺は元々じっとしてられないタチなんだ。

 

 俺は、ウトガルド城へ向かう前にここで、巨人の姿で駐屯兵団の援護をすることに決めた。

 

 

 

 

 そう決めたのはいいが、実際援護には難航していた。

 

 それは俺が、巨人の姿で戦っているからだった。

 

 俺が巨人を倒していても、駐屯兵団の方々は全く気づかずに俺を攻撃しようとしている。

 

 

 ……調査兵団は、変人の集まりだったんだな。

 

 

 このことを今更感じた。

 

 普通は、巨人を倒す巨人を見ても、こういう反応だ。なんてったって、相手は仲間を食った仇、敵なのだという思い込みがあるからだ。

 しかし、トロスト区襲撃以降、調査兵団は巨人を倒したエレンという巨人、そして、不確定要素の多い、俺という巨人を匿っていた。

 

 俺は、非常にやりづらい援護をこなしながら、

 改めて、調査兵団はヤバい集団だったんだなと考えていた。

 俺は巨人の姿でも、きっと援護だって分かってもらえると思っていたが、いつの間にか俺も、考え方が調査兵団に染まっていたのかもしれない。

 

 

(三人称視点)

 

 

「キッツ司令、あの巨人は巨人を倒しています。私達の味方なのではないでしょうか?……少なくとも、敵では無いのでは?」

 

 駐屯兵団班長、リコはそう言った、が、

 

「巨人は全て、敵だ。

 そんな不確定な理由でその巨人を攻撃しなかったとして、何になる!?

 そいつがこちらに向かってきた時、攻撃するなという命令を出していたら、味方が為す術なく殺されるかもしれない。そんなことが起きたら、どうする!?」

 

「……」

 

 リコは司令の言葉に少しだけ納得すると同時に、あの巨人がいなかったらもっと被害が出ていたはずだ。自分の命さえ、無かったかもしれない。

 そう思って、更なる提言をしようとした…が、

 

「とにかく、あの巨人も敵だ。

 命令は、巨人を殲滅することだ。

 早くいかんか!?」

 

「…………ハッ!」

 

 そう言われてしまっては、上官の命令に従わないわけにはいかないリコには何もできることはなかった。

 

 

 

 

 104期と武装兵は、東西南北の4班で散開し、それぞれ住民に避難を促すために村を回っていた。

 

 北側に向かったサシャは、自分の故郷を見つけ誰もいない村に入ったところ、巨人に襲われそうな母子を見つける。

 助けようとはしたが母は助けられず、悔しくも、少女だけを連れて逃げた。道中、少女を逃がすために巨人と対峙し、逃げている間に父と再開する。

 サシャの故郷の住民は避難した後で、助かっていたのである。

 

 ところが一方、南にある故郷へ向かったコニーは、サシャと同じく誰もいない故郷の村へ入ったが、そこには悲惨な光景が広がっていた。

 家が、村が、壊されていたのだ。

 コニーは家族を心配して己の家へ向かったが、その家に嵌って動けなくなっている、やせ細った巨人がいた。コニーはその巨人から目が離せなかった。その巨人はコニーに向かって、「オアエリ」と、喋ったのだった。

 

 その後、南班と西班はそれぞれウォール・ローゼが破られたと思われる穴を探すため、壁に沿って進んでいたが、やがて両班は出会ってしまった。

 

 

 壁の穴は、見つからなかった。

 

 

 その後南班と西班は夜であること、そして、馬も人も疲労が溜まっていることを考慮して、近くにあったウトガルド城跡で一晩、休息を取る事にした。

 

 

(コニー視点)

 

 ウトガルド城に着くと、そこには、血まみれではあるものの、包帯で応急処置をされてかろうじて一命を取り留めたミケ分隊長がいた。

 

「ミケさん!」「ミケ!何があった…?」

 

 先輩達もこの状況には驚いているようだ。

 

 あの、リヴァイ兵長に次ぐ実力者だっていう、ミケ分隊長が、こんなにボロボロなんて、一体何が…

 

「俺は……1回殺されかけた。

 でも、二ファって名乗った奴が、助けたんだ。

 あいつは……巨人化できる人間だ。」

 

「巨人化できる人間?

 そんな人間が、エレン以外にいるんですか!?」

 

 ゲルガーさんは動揺しているようだ。

 俺たち104期の数名は、ノアも巨人化できることを知っている。あいつは……死んだことになっているけど。

 ノアができるということは、他にも出来るやつがいてもおかしくないってことだ。

 しかし、その名前が、二ファ……。二ファは、トロスト区で死んだ俺たちの同期と同じ名前だった。

 もしかして……同じ奴なのか?

 

「二ファって…亡くなったんじゃ…」

 

 クリスタはそう呟く。俺もそう噂に聞いていた。

 どういうことだ?

 頭が追いつかねえ。

 

「確かに、奴は二ファと名乗っていた。

 そいつは、これからこのウトガルド城に大量の巨人が攻めてくるだろうと言って、その為に補給物資を置いていく、と言っていた。

 それが、これだ。」

 

 そう言って、ミケ分隊長は座っている自分の隣に置いてある木箱を指さした。

 

「木箱…ですか?」

 

 先輩のリーネさんは不思議そうにそれを見る。

 

「開けてみろ。」

 

 開けた後、俺もその中身を見に行く。

 そこには、大量のブレードとガスがあった。

 

「こんなにいっぱい…

 どうしてこんなに補給物資を持っているんだ?

 一般兵にはここまでの量は与えられていないはずだぞ?」

 

「それは俺にも分からないが、これほどの量の物資が必要なほど、巨人が攻めてくるということだろう。

 二ファは戦え、と言っていたが…

 俺は、すぐさま撤退すべきだと考えている。」

 

 撤退?そんなことしたら、ウォール・マリアの時と同じように、今度はこの土地を明け渡して、ウォール・シーナに逃げ込むことになってしまう!

 

「撤退はすべきでは無いと思います!

 今俺たちが諦めたら、誰がやるんですか!?」

 

「私もゲルガーに賛成です。

 ウォール・ローゼが破られているのかどうかは定かではありませんが、巨人たちをこのままにしておけば、いずれウォール・シーナも破られるかもしれません!」

 

 ゲルガーさんとリーネさんはそれぞれミケさんの、撤退という案に反対しているが、残った先輩2人は、考えているようだった。

 

「ミケ分隊長、その二ファって子は、補給物資があれば俺たちは生き残れると思ったからここに大量の物資を置いていったんじゃないでしょうか?」

 

 ヘリングさんはそう言う。

 確かに、二ファは出来ないことは言わない奴だ。そいつの限界が分かってて、その限界ギリギリのラインの命令を飛ばすような奴だった。今はどうか分からないが、訓練兵の時はそうだった。

 

「ミケ……この戦いが始まる前、君はこんなことを言っただろう?

 『人は、戦うことをやめた時、初めて敗北する。

 戦い続ける限りは、まだ負けてない』

 諦めなければ、敗北はしないってことだ。

 ……私は、諦めない方がいいと思う。」

 

 

 

 

「ナナバ……俺はもう、負けたんだ。

 獣の巨人に。」

 

「獣の巨人……それって…」

 

「最初の頃に見た、毛むくじゃらのデカい巨人だ。そいつは桁違いに強い。恐らく、そいつも中身は人間だろう。」

 

 南北東西の班に離散する時に見た、巨人のことか。

 ミケ分隊長が、そいつに敗れた……。

 実力者のミケ分隊長でも勝てなかった相手なんて、どうやって勝つんだ、そんなの。

 

 

 

 俺たちは話し合いの末、撤退せずにここで巨人を食い止めることを決意した。

 

「しかし、104期兵だけでも逃がすべきだろう。武装していない状態でここに置いておくのは流石に危険だ。

 ヘリング!様子を見てきてくれ。

 ミケは、どうする?」

 

「俺は、ここで自分に出来ることをしよう。

 負傷しているから、ここにいても、撤退しても迷惑をかけることになるだろうが…

 申し訳ない。」

 

「分かった。

 ………私はミケに、今まで何度も助けられた。今度は私の番だ。巨人の相手は、私たちに任せてくれ。

 ミケは、巨人の気配を探ってくれないか?」

 

 ミケさんは了承の返事をしてから、匂いを嗅ぐ仕草をする。ミケさんは鼻が敏感で、匂いで色々なことが分かるらしい。

 巨人の接近さえも。

 

 

「……巨人が来る!10体から15体くらいか。」

 

「巨人が南より接近中!」

 

 周辺の確認に、屋上に向かったヘリングさんは駆け足で帰ってくるなり、そう叫んだ。ミケさんとヘリングさんの報告はほぼ同時だった。

 

「こりゃ、撤退は出来そうにねえな。」

 

 ライナーがボソッと呟いた。

 

「全員屋上に来てくれ、すぐにだ!」

 

 焦ったようにそう言うヘリングさんの後ろについて、俺たちは屋上に行き、そして驚く。

 

「月明かりが出てきて、気づいたら…」

 

 城の周囲には、大量の巨人がいた。

 

「なんでだよ……なんでまだ動いてんだ!日没からかなり時間が経ってるってのに!」

 

「どうなっているの…」

 

 日没を過ぎたら、巨人は動かなくなる。そういう習性だと訓練兵時代にも教えられていたはずだった。

 

 

「新兵!下がっているんだよ!

 撤退はもう出来ない!ここは私たちが食い止める!

 行くぞ!」

 

 ゲルガーさん、ナナバさん、リーネさん、ヘリングさんの4人はその言葉を合図に、ウトガルド城から飛び降りて、巨人を駆逐し始めた。

 

 やはり、何年も生き残っている人達だ。先輩4人は俺たちより遥かに経験を積んでいるようで、強いことは分かっていたが、それでも多数の巨人相手に、苦戦しているようだった。

 

 俺たちは、ミケさんと塔の中で待機。

 扉をバリケードで塞いだりして、中に入って来ようとする巨人の侵入を食い止めるために、試行錯誤する。

 途中俺が食われそうになって、ライナーに間一髪のところで助けて貰った。しかし、その影響でライナーは腕を巨人に持っていかれて骨折してしまった。

 

 危うく死ぬところだった……

 ライナーには感謝してもし足りない。

 

 

 

 そして、俺たちは塔の外に出た。

 しかし、そこにはもう、巨人は1匹もいなかった。

 

「な、何が……」

「先輩たちは…?」

 

 あれほどいた巨人が、1匹も、だ。この討伐の早さは異常だった。

 

「君たち、無事だったか!

 こちらも無事だ。

 途中で強力な援軍が来てな、巨人はあらかたやっつけたよ。」

 

「強力な援軍………?」

 

 何の事だろうか。

 

「そいつはこの事は君たちには話すなと言っていた。何かあるのだろう。そいつが何を思ってるのか知らないが、この事は秘密だ。」

 

 そう言われると気になるな。

 ここまで、巨人を倒せる能力の持ち主……

 俺の頭の中には、1人の顔しか浮かんでいなかった。

 

 

(ノア視点)

 

 

 やっとのことで、ウトガルド城に着いた。

 駐屯兵団のリコさんたちのところにいた巨人は倒し終わったが、巨人の姿では限界がある。

 ウトガルド城でも、俺の正体がバレないようにするためにも、巨人の姿でやらなきゃいけない。

 

 俺が城に着いた時には、もう巨人たちがウトガルド城の塔に群がっていた。

 

 間に合わなかったか…?

 

 俺は、速度を速めて、ウトガルド城周辺を見渡す。

 

 誰かが戦っている。

 

 大方、悪夢で亡くなる場面があった、調査兵団の先輩達だろう。

 

 俺は、彼らに項を削がれないようにしながら、巨人を倒していった。

 

 

 しかし、巨人の姿で倒すのには限界がある。

 俺が今日できる巨人化はあと1回だった。

 1回ごとに60分だから、あと持っても5分。

 

 ここで、人間になるか?

 たが、そうすると…俺が生きていることがバレる。

 

 104期にスパイがいるとなると、俺が生きていることがバレるとまずいのは、104期だ。

 そして、その104期は今、塔の中にいるらしい。

 

 残り5分は巨人の姿でいて、それでも殲滅できなかった場合は、人の姿で巨人を狩ろう。

 

 

 

 

 巨人化が解けた。5分経った証拠だ。

 

 俺は人の姿で、塔に立体機動装置を引っ掛けてぶら下がっている先輩たちに話しかける。

 

「調査兵団の先輩方!俺は調査兵団所属、ノア・シュナイダーです!

 信じられないかもしれませんが、俺はさっきまで巨人の姿でしたが、味方です!

 今は協力していただけませんか!?」

 

 先輩たちは心底驚いた顔をしていたが、さすが調査兵団。すぐに立て直して、

 

「ノア……。確かに、君の名は聞いたことがあるよ。

 トロスト区奪還作戦と、先の壁外調査で活躍した、ノアだね?

 君は、亡くなったって聞いたけど…」

 

「話すと長くなりますが、亡くなったことになっているだけです。今はエルヴィン団長の下についています。

 俺は、巨人の力がありますが、それも団長は分かっています。影から兵団を支えるようにと言われていて…」

 

「おい、ナナバ、嘘かもしれねえぞ。そんなこと聞いたことがない。」

 

「ゲルガー、恐らく、その情報は隠されていたのだろう。……ノア、君の言いたいことは分かった。ここは協力しよう。」

 

「ありがとうございます!

 一つだけ、お願いしてもいいでしょうか?」

 

「なんだ?」

 

「俺がいた事は、他の人には言わないで欲しいんです。俺は、あくまで死んだ者となっていますから。

 特に、104期には、絶対に。」

 

「ああ、何故かは分からないが……、そうすることにしよう。

 ところで、ここにいるということは、団長の許可を取っているということだろうな?団長は今は別の作戦の指揮を取っているはずだが…」

 

 痛いところを突かれた。

 二ファが部屋に入ってきて、俺を連れ出したもんだから、団長には何も言わずに出てきたことになる。これは、後で怒られるとして、今はこの場をどうにか切り抜けなければいけない。

 ちなみに二ファが計画上、団長の近くに行く時があるらしかったので、短い準備時間に団長への手紙を軽く書いて、二ファに渡した。

 それが、届いていればいいが…。

 

「……これも、話すと長くなるので、今は巨人との戦いに集中しましょう。」

 

 そう言い繕って、俺はそこを離れた。

 

 104期兵達が外に出てこなけりゃいいが……

 

 それまでに、ここにいる巨人を全部殲滅しなけりゃならない。

 

 

 

(コニー視点)

 

 

「もしかして……ノアか?」

 

 俺は、アルミンとジャンが前話していた、ノア生存説が頭を過ぎった。

 巨人を短時間で何体も相手にする技術を持っている奴は、俺が見たことある奴の中で、ノアただ1人だ。

 

「ノア?

 ノアは、死んでるはずじゃ…」

 

 クリスタが困惑したように言う。

 そうだ、アルミンはこの話は他の人に教えるなと言っていたんだったな。

 

「ああ……そうだよな!

 俺、頭おかしくなっちまったのか?

 ハハハハ……」

 

 ユミルはこっちを怪訝そうに見ている。

 

 

「そういや、獣の巨人は見当たらねえな。」

 

 ミケさんをあそこまで追い詰めた犯人がここを攻めてこないということは、些か変だ。

 

「どこかでぶっ倒れてんじゃないのか?」

 

 ユミルがそんな楽天的なことを言う。

 

「それは流石に早計だよ。」

 

 ベルトルトは不自然に落ち着き過ぎているように見えた。いや、こいつはいつも何も喋らないし、いつもこんな感じか。

 ただ、今は少しいつもより早口なような気もした。

 

 

「獣の巨人……今、どこにいて、何をしてるんだろう?」

 

 そいつが来たら、全滅するかもしれない。俺は少し不安だった。

 

 

(二ファ視点)

 

 

 私の今日のスケジュールは、

 朝1番に、ノアの地下牢……ならぬ、地下軟禁部屋に突入し、警備員を眠らせて鍵を拝借、ノアを連れ出す。

 ノアを、南に位置するエルミハ区の外辺りに連れていった後、ノアとは別れ、ミケの救済に向かう。その時獣の巨人の手足はズタズタにしておき、足止めをする。

 負傷しているミケを連れて、ウトガルド城へ。ここでノアと会おうと思っていたが、どうやら居ないらしい。恐らく暇で、どこかに頭を突っ込んでるんだろう。

 仕方がないから、ミケに手短に説明してから、補給物資を大量に置いておく。補給物資があれば、経験豊富なベテラン調査兵のナナバさん達なら生き延びることができるだろう。

 その後私は、一応獣の巨人を見に、北西へ。案の定先程の傷を修復中だったため、また手足を削ぎ落としておく。今回は、念入りに。

 そして、作戦が実行されるストヘス区へ。この間の移動は結構長いけど、兵士用の馬で走れば、何時間かで着く。

 作戦が完了しそうな所でギリギリその現場に着き、エレンがアニを喰いそびれそうなところを見て、巨人化してアニを結晶化する前に喰う。

 その後足早にその場を離れて、またウトガルド城周辺に戻り、獣の巨人を探し出し、今は手足を削いでいるところだった。

 

 今日はハードワークだった。

 こうなることは分かってはいたが、やはり大変だ。

 今日何回こいつの手足を削いだんだろう。

 

 もはや、作業だった。

 

 こいつは手足を無力化していれば、攻撃はほぼできない。特に、脅威は手だ。手があると近くのものを掴んで投げてくる。

 

「うあああああああああああ!!!!」

 

 断末魔はBGMだ。

 

 私は少々、このハードワークに疲れていて、斬撃もだんだん雑になっている。

 

 一通り切り刻んで手を休ませてる時に、そいつはこっちを見て後ずさる。

 

「な…………なんで、殺さないんだ……」

 

 こいつをここで殺したら、後々面倒くさい事になるんだよ。

 ただ、そんなことは教えてやらない。

 

「それを教えたら、あなたは帰りますか?

 帰りませんよね?

 祖国マーレにそんな醜態晒す訳にはいきませんからね?

 まあ、それでいいんです。

 ただ、ここで人を殺すのは許せない。

 あなた、同族を殺してるんですよ?

 まともな神経してませんよね。」

 

「どうして、そこまで……」

 

「どうして知ってるのかって?

 ……あなたが1番分かるはずよ。

『フィアン』という名に聞き覚えがあるでしょ?」

 

「お前……まさか…」

 

「『Fian』と『Nifa』なんだか似てるわね?」

 

「この、裏切り者!」

 

「裏切り者?あなたに言われるのは心外ね。

 あなたも裏切りたがってたじゃない。

 ま、ここで大人しくしててね。」

 

 私は、そいつを長いロープでぐるぐる巻きにして拘束してから、そこを離れた。

 

 



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18話 再開 (壁上での戦い)

 

 

(ノア視点)

 

 

 ウトガルド城での戦いを終えた後、俺は獣の巨人を探しに行った。それが、計画だからだ。

 

 獣の巨人は、誰かが傍について、見張るのが無力化するために1番らしい。

 俺は殺してしまってもいいんじゃないかと思ったが、二ファは飽くまでも獣の巨人を生かす道を選ぼうとしているのかもしれない。

 案外優しいんだな。

 

「獣の巨人、獣の巨人……あっ」

 

 その時俺が見たのは、手足は切断され、胴体もズタズタになっている、獣のような巨人だった。

 

 二ファが、これをやったのか?

 前言撤回だ。優しいなんて、口が裂けても言えない。

 

 獣の巨人の傷跡は、死んだ方がマシとも取れるほどの酷さだった。拷問を受けた後みたいだ。

 

「これが、獣の巨人か。

 ……二ファよりは上手く削いでやるよ」

 

 そいつの中の奴は、斬撃を受けすぎてもうとっくに気絶していた。

 

 

(ハンジ視点)

 

 我々は、ウトガルド城に着いたが、そこではもう、巨人はほぼ殲滅されていた。

 その後は、壁に空いたであろう穴を塞ぐために、トロスト区からウォール・ローゼの壁上を東に歩いていたところだった。

 

「本名は、ヒストリア・レイスって言うんだって?」

 

 ニック司祭が話していたことだった。クリスタ・レンズの本名は、ヒストリア・レイス。

 

「はい。そうです。」

 

「レイスって……あの貴族家の?」

 

 レイス家といえば、名門貴族だ。

 

「はい……」

 

「そう。

 よろしくね、ヒストリア。」

 

 

(エレン視点)

 

 俺たちは、ウトガルド城にいた兵士達と合流し、壁の上を歩いていた。ウドガルド城には、数名の先輩兵士と共に、俺の同期である、コニー、ライナー、ベルトルト、ユミル、クリスタも居た。

 

 話によると、ライナーはコニーを庇って腕を巨人に食われかけたらしい。

 前にも女型の巨人に掴まれて、間一髪のところで抜け出したと聞いた。

 

 俺はライナー達と、それから後から来たアルミンと話していた。

 

「既にもう2回も死にかけた。

 このペースじゃあの世まであっという間だ。自分で選んだ道だが、兵士をやるってのはどうも……体より心が先に削られてるみてえだ。

 ……まあ、壁を塞がないことには、しんどいなどと言ってる暇もねえが。」

 

 ライナーは焦っている様子だった。

 

「ああ。お前ら2人の故郷も遠のいちまうばかりだからな。

 ……なんとか、ここで踏み留まんねえと。」

 

「そうだよライナー!

 故郷だ!帰ろう!

 もう帰れるじゃないか。今まで苦労してきた事に比べれば、あと少しの事だよ。」

 

 ベルトルトが急にハイテンションで話し出す。

 いつも寡黙なベルトルトの様子がおかしい。

 

「……そうか。あともう一息のところまで来ているんだったな。」

 

 あともう一息ってなんだ?

 故郷に帰るような物言いじゃねえよな。

 

「はあ?

 何言ってんだ?お前ら。」

 

 

 

 

「壁の穴はなかった。」

 

 俺らと合流した、今や駐屯兵団の班長になっている、ハンネスさんはそう言った。

 

 ウトガルド城の人達から話には聞いていた。調査兵団も壁を調査したが、穴は無かったらしい。

 

「壁に穴がないのなら仕方がない。

 一旦、トロスト区で待機しよう。」

 

 ハンジさんの言葉を合図に、俺たちはトロスト区へ引き返すことになった。

 

 

「エレン、ちょっといいか?話があるんだ。」

 

 トロスト区へ引き返そうとしていたその時に、ライナーは俺を引き止めた。

 

「なんだよ?」

 

「俺たちは5年前、壁を破壊して人類への攻撃を始めた。

 俺が鎧の巨人で、こいつが超大型巨人。」

 

 どういうことだ?意味がわからない。

 

「はあ?何言ってんだお前……」

 

「何を言っているんだ、ライナー!」

 

「俺たちの目的は、この人類全てに消えてもらうことだ。だが、そうする必要はない。

 エレン、お前が俺たちと一緒に来てくれるなら、俺たちはもう、壁を壊したりしなくていいんだよ。

 分かるだろ?」

 

「は?いや待て、全然わかんねえぞ!?」

 

 ライナーが、まるで別人のようだった。

 

 こいつは……誰だ?

 

 今までのライナーは、仲間思いの兄貴肌なやつだった。こいつは……狂っちまったみたいだ。

 

 

「だから、

 俺たちと一緒に来てくれって言ってんだよ。

 急な話ですまないが、今から…」

 

「今から……?何処に行くんだよ?」

 

「そりゃ言えん。だが…まあ、俺たちの故郷だ。で、どうなんだよ、エレン。悪い話じゃ無いはずだ。一先ず危機が去るんだからな。」

 

「……どうだろうな」

 

 参ったな……昨日からとっくに頭が限界なんだが…

 

 昨日のハンジさんの言葉は衝撃的だった。

 アニの身辺調査の報告から、ライナーとベルトルトがアニと同郷であると分かったらしい。

 ライナーとベルトルトが、裏切り者かもしれない。それは信じたくないが、こいつらの今の言動は庇いきれないくらいには可笑しかった。

 

 『もしライナーとベルトルトを見つけても、こちらの疑いを悟られぬように振る舞え。』

 

 とりあえずはあのハンジさんの言葉の通りにしなくちゃならねえ。

 

 

「お前さあ、疲れてるんだよ!

 なあ?ベルトルト、こうなってもおかしくないくらい大変だったろ?」

 

 俺はライナー達が敵では無いことを祈りながら、そう言った。

 

「あ、ああ……

 ライナーは、疲れているんだ。」

 

 俺は、ウトガルド城での話をしていたが、ライナーとベルトルトはもっと違う…長いスパンの話をしているような気がした。

 

「大体なあ、お前が人類を殺しまくった鎧の巨人なら、なんでそんな相談を俺にしなくちゃなんねえんだ?

 そんなこと言われて、俺が、はい行きますなんて頷くわけがねえだろ。」

 

 俺がそう言うと、2人は驚愕といった顔をしていた。

 

「そうか。その通りだよな。何を考えてるんだ、俺は……

 本当におかしくなっちまったのか?」

 

「……とにかく行くぞ!」

 

 俺は、彼らが俺の故郷を、母さんを、俺の人生を、滅茶苦茶にした巨人だと、この時でもまだ信じたくなかった。

 

「そうか。

 きっと……ここに長く居過ぎてしまったんだ。

 馬鹿な奴らに囲まれて、3年も暮らしたせいだ。

 俺たちはガキで、何一つ知らなかったんだよ。

 こんな奴らがいるなんて知らなければ、俺は……こんな半端な、クソ野郎にならずに済んだのに!

 もう俺には、何が正しい事なのかわからん!

 ただ、俺がすべきことは、自分のした行いや選択に対し、戦士として……最後まで責任を果たすことだ!」

 

 ライナーは傷ついていたはずの腕の布を取った。

 それを見ると……傷から蒸気が出て、修復している途中だった。そりゃ、まるで、巨人じゃねえか。

 

「ライナー、やるんだな?

 今、ここで!」

 

「ああ、勝負は今、ここで決める!」

 

 俺は突然のことに全く動けずにいたが、ミカサは違った。

 後方でこちらの様子を見ていたミカサは、2人が巨人化する前に素早く接近し、2人に攻撃を仕掛けた。

 が、しかし、成功しなかった。

 

「エレン、逃げて!」

 

「エレン、逃げろ!!!!」

 

 ベルトルトとライナーは…………

 

 

「この、裏切りもんがあぁぁぁ!!」

 

 

 俺らの故郷を、街を、母さんを、めちゃくちゃにした……巨人だった。

 

 

(アルミン視点)

 

 

 ライナーは鎧の巨人、ベルトルトは超大型巨人だった。

 ライナーは巨人になった瞬間、エレンを拐おうとしたが、エレンはすぐ巨人になったようだ。

 

 壁上にいた僕達は超大型巨人と対峙した。

 鈍い動きで容易に接近出来ると思っていたが、敵は、蒸気を出して立体機動装置のアンカーを刺すことが出来ないようにしているせいで、接近できない。

 

「また消えるつもりか?」

 

 いや、前と違う感じがする。

 

「いえ、様子が変です!

 以前なら一瞬で消えましたが、今は骨格を保ったまま、ロウソクのように熱を発し続けています。このままあの蒸気で身を守られたら…

 立体機動の攻撃ができません!

 ど……どうすれば…」

 

「どうもしない。待つんだ。」

 

 そう言って、ハンジ分隊長は、他の班に指示を出す。

 

「いつまで体を燃やし続けていられるか見物だが、いずれ彼は出てくる。

 待ち構えてそこを狙うまでだ。

 いいか?彼らを捕らえることはもうできない。

 殺せ、躊躇うな!

 アルミンと、1班は私についてこい!

 鎧の巨人の相手だ!」

 

 そうか、ベルトルトは、自らの体の1部を犠牲にして、この蒸気を出しているのか。だからこそ、この蒸気を出し続けられるのには限界があるということか。

 僕はハンジ分隊長の指示に従って、鎧の巨人のいる場所へ急いだ。

 

 殺す……か。3年間ともに過ごしたライナー達を殺すなんてこと、僕に…そして、同期の兵士たちに出来るのだろうか?

 

 

 

 エレンは鎧の巨人に、アニの技術を使って対応していた。この関節技なら、硬い鎧に包まれている鎧の巨人にも効くらしい。

 しかし鎧の巨人は走ってエレンに近づき、エレンを押し倒す。

 

「くそ、なんで急にあんな速く動ける!?

 俺らじゃ何も出来ねえのか?」

 

「いや、本当に全身が石像のように硬いのなら、あんな風に速くは動けないはずだ。

 昔の戦争で使ってた鎧にも、人体の構造上、鉄で覆えない部分がある。脇や股の部分と、あとは、膝の裏側だ。」

 

 そのハンジさんの言葉を聞いたミカサは、エレンが技を決めて鎧の巨人を拘束している今のうちに攻撃するため、鎧の巨人に近づいて……膝の裏を削いだ。

 

 

「行ける!」「エレンやっちまえ!」「裏切り者を引きずり出せ!」

 

 

 しかし、鎧の巨人は何故か、拘束を解こうとするのではなく、移動を始めた。

 

「な、何を……」

 

「無駄な足掻きだ。」

 

 

 

 止まった?

 

 

 ……あの位置は…超大型巨人の真下だ。

 

 

 そしていきなり鎧の巨人は叫び声を上げる。

 

「周囲を警戒しろ!巨人を呼んだぞ!」

 

「周囲に他の巨人は見当たりません!」「ただの悪あがきだ。」「てめえの首が引っこ抜けるのが先だ!馬鹿が!」「見ろ、もうちぎれる!」

 

 

 何だか、嫌な予感がしていた。

 

 

 ――その時、超大型巨人の体を壁上に固定していた骨が折れて、落ちてきた。

 

「上だ!避けろぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

 

 僕達は超大型が落ちた衝撃と、その熱量で、吹き飛ばされそうになったが、かろうじて耐えた。

 

 しかし、エレンは……

 

「エレン!!!!」

 

 エレンは、ライナーとベルトルトに連れ去られた。

 

 

 

 

 

 

 僕たちはもちろん、エレンを助けるために鎧の巨人を追いかけたかったが、超大型巨人が落ちた衝撃と熱によって負傷したものが多いのに加え、馬をウォール・ローゼの向こう側へ運ぶリフトが無いため、出来なかった。

 

 リフトを待つしか、無かった。

 

 

 こんな時、何も出来ない自分が嫌になる。さっきだって、もっと何か出来たことがあるはずだった。

 

 ノア……君がこんな時にいれば…

 

 いや、ノアを頼りにしてはダメだ。自分の力で状況を打開するんだ。

 

 さっきの影響で脳震盪を起こして眠っているミカサを見ながら、僕はそう思った。

 

 

 

 やがて、エルヴィン団長と憲兵団が来た。

 

「エルヴィン団長!間に合ったのですね!」

 

「状況は変わりないか?」

 

「はい!」

 

「よし、リフトを下ろせ!」

 

 

 ハンジさんは傷を負っているのに、這いつくばりながら地図を指さして、鎧の巨人たちが向かう場所について、説明していた。

 

「ここに小規模だが、巨大樹の森がある。ここを目指すべきだ。

 まあ、鎧の巨人の足跡は隠しようがないと思うけど……多分、彼らはここに向かいたいだろう。」

 

「何故だ?」

 

「賭けだけど、巨人化の力があっても、壁外じゃ他の巨人の脅威に晒されるようだし、あれだけ戦った後だから、エレンほどじゃなくても、えらく消耗してるんじゃないか?アニも寝込んでいたらしいよ。

 彼らの目的地を、ウォール・マリアの向こう側だと仮定しようか。更に、その長大な距離を渡り、進む体力が残ってないものと仮定しよう。

 どこか、巨人の手の届かない所で休みたいと思うんじゃないのか?巨人が動かなくなる夜まで。

 夜までだ!夜までにこの森に着けば、まだ間に合うかもしれない!」

 

 エルヴィン団長はハンジさんの提案を飲み、夜までに、巨大樹の森に向かい、エレンを奪還することを目的とする、エレン奪還作戦が始まった。

 

「行くぞ!」

 

 

(ノア視点)

 

 俺は二ファの計画通り、獣の巨人を監視していた。

 しかし、そろそろ計画も終わりだ。

 ウトガルド城の人達の撤退も済んだはず。

 そろそろ俺も……

 

 そう思っている時、遠くからこちらに向かってくる、馬が見えた。

 

 二ファだ。

 

「お疲れ様。

 計画通り、実行してくれてありがとう。

 ただ、昨日、昼間のうちにウトガルド城まで移動してなかったのは……どういうことかな?」

 

 彼女は俺が計画通り早めにウトガルド城に移動しなかったことに少し怒っているようだった。

 

「なんでそんなこと知ってんだ?

 まあ、いいや。

 途中で巨人と戦っている駐屯兵団を見つけてな。

 苦戦しているようだったから助けに入ったんだ。」

 

「ノア、自分の限界というものを見極めてよね。

 今回はたまたま成功したから良かったものの…

 あなたは巨人の力を持っていても、中身は人間なのよ?」

 

「だけどな、お前も、お前自身の行動の計画を話さないのはどうかと思うぞ?

 これから協力関係になるってのに……信用出来ないじゃないか。」

 

 二ファの行動が分からなかったから、安心は出来なかった。自分の救えていないところは二ファが救っているだろうか?それが分からなくて、不安だった。

 

「あ、そうだ!

 協力関係ね。今回の予言が当たったら、協力関係になるって話だったわよね。

 と、いうことは、協力関係は成立ってことでいいのかな?」

 

 こいつ…俺の言い分を1ミリも聞いてないな。

 

「…ああ、全部当たってたからな。」

 

「良かった。

 ……ところで、昨日は寝た?」

 

 昨日?昨日と今日は、巨人を倒すのに夢中で……

 

「あ、悪夢のことか?

 昨日は忙しくて、仮眠程度だったな。

 そのせいで、記憶が薄いけど……何か見たような気もする。」

 

「そう。

 私はガッツリ見たわよ。」

 

「ってことは……」

 

「ええ。まだ、戦いは終わってないわね。」

 

 また今日、何か大変な事が起きるのか。

 

「内容は?」

 

「そうね。まず…………ライナーは鎧の巨人、ベルトルトは超大型巨人よ。」

 

「は?いきなり何を……」

 

「本当の事よ。

 彼らは壁の中の人類を大量に殺した、巨人なのよ。そして、あなたの復讐の対象でもある。全ての元凶は、あいつらに違いないからね。」

 

「二ファは、悪夢でそんなことも分かるのか。

 ……そうか、あいつらが……」

 

 104期の中に裏切り者が居るとして、調査兵団に所属しているのなら、俺も知っている奴だとは思っていたが、まさか、あの2人とは……

 

「意外だった?」

 

「……いや、あいつら2人は昔から可笑しいと思っていたからな。俺を最初に見た時なんか…」

 

 

 

 

 訓練兵団に入った次の日の夜、エレンとアルミンがライナーとベルトルトと話しているのを見て、俺もそこに混ざりに行った。

 

 訓練兵になって2日間、あまり関わりはなかったため、俺もそいつらも、初めて互いの顔を見たのがその時だった。

 

 とりあえずは自己紹介をする。

 

「俺は、ノア・シュナイダーだ。

 ここにいるエレンとアルミンの、幼馴染。

 これからよろしくな。」

 

 当たり障りのない、平凡な自己紹介だったはずだ。

 しかし、そいつらは、何故か驚いた顔をしていた。

 

「ノア………やっぱりそうなのか。

 しかし、エレンとアルミンの、幼馴染……だと?」

 

 ライナーはそんなことを小声で呟いていた。

 ベルトルトは、俺に対して、

 

「ノア……()()()ってことか…?

 あの、戦士の…

 いや、でも生まれ変わりなんて…」

 

 そんなことを言った。

 どういうことだ?と、思うと共に、少しギクッとする。俺は転生者だ。生まれ変わりという言葉は、俺の事を知られているようで怖かった。

 だが、どうしてそのことを知っているんだ?

 

「ん?ノア、こいつらと会ったことあんのか?」

 

 エレンがそう俺に聞く。

 記憶の限りでは、こいつらと会ったことは1度もないはずだった。

 しかし、俺にも何が何だか…

 

「俺は……お前らと会ったこともないし、そもそもこれが初対面だったはずだが…どこかで会ったか?」

 

 俺がそんな事を言うと、目の前の2人は顔を見合わせる。

 

「もしかして、別人か?」「確かに初対面ではあるけど…戦士長の話していた通りの人だと思ったんだけどな。」「記憶喪失か?」「いや……」

 

 2人は肩を組んで内緒話の体制だ。

 

「済まない、人違いだったみたいだ。」

 

 奇妙な話だ。白髪に緑の目を持つ俺に容姿が似ているやつなんて、ほぼ居ないのに。

 

 

 

 

 あいつらは、初対面がそんな感じだったんだ。

 人のイメージは第一印象で決まるとはよく言ったものだ。あの初対面のおかげで、俺の中でのあの2人の印象は、変な奴ら、になっていた。

 

「意外……じゃ、ないよ。あいつらは最初から変だった。俺を知っているみたいだったし…。いや、俺に似ている別人の話か。」

 

「そっか…。

 まあとりあえず、私の次の悪夢の内容を話そう。

 

 まずエレンがその2人に拐われて、巨大樹の森に逃げるはず。

 でも、調査兵団が追ってきたことを悟って、早めに森を出る。

 そして、エルヴィン団長が巨人を引き連れてきて、鎧の巨人にぶつける。

 その後鎧の巨人は纒わり付く巨人を兵士達に投げ始める。

 でも、エレンの力が目覚めて、エレンは巨人を操れるようになり、ライナー達を撤退まで追い詰める。

 そんな内容だったわ。」

 

 やっぱり二ファは悪夢を詳細に覚えているんだな。

 俺の場合は覚えているにしても、モヤモヤっとって感じだ。

 確かに、俺の悪夢でもそんな内容が薄らとあったような気もする。

 ただ、何か足りないような…

 重要な所が、抜けているような……

 そんな気がした。

 

「ってことは、今回は誰も死なないってことでいいんだな?」

 

「……ええ、まあ、飽くまで私の悪夢の中ではね。」

 

「だったら、俺たちが関わる必要は無いんじゃないのか?」

 

「あなた、自分の復讐の相手が近くにいるのに、よくそんな冷静になれるわね。

 少なくとも私にとってはあいつらは仇よ。見過ごすなんてこと出来ない。

 ……悪夢の見せるものは絶対じゃないわ。

 私達が居ない世界での事だもの。私達が今までやってきたことが、どう影響を及ぼすか分からない。」

 

「そうか、それで悪夢の内容が狂ってしまうのだったら、元から関わって自分たちの持っていきたい方向に軌道修正してしまおうということだね。」

 

「そういうこと。理解が早くてありがたいわ。

 

 さて、じゃあ今回の計画を話そっか。

 まず――」

 

――――――

 

 一通りの計画の説明が終わった後、俺たちは、決戦の地となる、巨大樹の森へ馬で向かった。

 

 

 

 

「そういえば獣の巨人はあのまま放置でいいのか?」

 

 俺はあの、ズタボロになった獣の巨人を思い出す。

 

「ええ。おそらく今回の侵略の目的は、威力調査だと思うわ。だから、結構負傷した獣の巨人はきっと一旦前線を離れるでしょうね。」

 

「いや、あの状態なら、とどめを刺せるじゃないか。なんで……」

 

「どうしてかは、後で話すわ。」

 

「お前……秘密が多すぎないか?

 もう少し、話してくれても…」

 

「乙女の秘密は、暴かないのが紳士というものよ。」

 

「別に紳士になりたいわけじゃあないんだが…」

 

「まあまあ、ほら、着いたわよ。」

 

 目の前には、名前の通り巨大な木々が生い茂っている森がある。

 

「ここにも、巨大樹の森があるんだな。」

 

「ええ、前にアニを拘束しようとした巨大樹の森よりは規模が小さいけどね。」

 

 ここに、あいつら…ライナーとベルトルトが居るのか。

 顔を見ても、俺はあいつらに攻撃できるのか?

 

 巨人を何匹も殺してきた俺だが、仲間を殺す覚悟は無かった。

 

「なあ、あいつらは、殺す必要はないんだよな?時間稼ぎだけで…」

 

「そうよ。くれぐれも、間違って殺しちゃダメよ。あいつらを殺したら、不利益を被るのはこちら側なんだから。」

 

 

 二ファは、顔を引き締めていた。

 

「よし、やるよ!」

 

「おう!」

 

 俺たちは、虫の騒がしい声を聞きながら、巨大樹の森へ入っていった。

 

 

 

 

「とりあえず、二手に別れましょ。

 前より規模が小さいと言っても、この森は2人で探すには広すぎるわ。

 最善を尽くさなきゃ。」

 

「そうだな。もし相手に会った時は…」

 

「指笛をするの。

 信煙弾も持ってないことだし…これしかないわ。」

 

「その時遠くに居たら、聞こえないかもな。」

 

「きっと、大丈夫よ。この森は小さいし、そこまで離れないと思うわ。そんなことが起こってしまったら、きっと今日の運勢は最悪ね。」

 

「まあ、そうだな。」

 

 俺たちはそれぞれ東と西に別れて、森をくまなく探した。

 

 

 

 森の中でも外側、1番壁から遠い場所に、あいつらがいるの俺はを発見した。

 

 生憎二ファはまだ来ていない。

 

 俺は、計画通り、指笛を思いっきり鳴らして、二ファの返事を待った。

 ……指笛をしたのが聞こえたら、指笛を返すことになっていた。

 

「誰か居るのか?

 誰だ!!」

 

 ライナーが動揺して叫ぶ。

 まだ位置はバレていない。

 

 指笛の返事は、いつまで経っても帰ってこない。

 最悪の事態の想定が現実で起こってしまったということだった。

 

 二ファは、指笛に気づけないほど遠くにいるようだった。

 

 やるしかないか。

 

 俺1人で、巨人化できる人間を2人相手するのか。

 きついが、二ファが来るまでの辛抱だ。

 

 まずは交渉で時間を稼ごう。

 ライナーとベルトルトはそれぞれ別の枝にいるが、人質のエレンはベルトルトのすぐそばにいる。

 

 俺は覚悟を決めて、ライナー達が休んでいる枝の近くに飛び乗った。

 

「ライナー、ベルトルト…そして、エレン!

 久しぶりだな。」

 

 俺の言葉に、3人が一斉にこちらを向く。

 

「ノア!

 ……どうしてお前がここに…

 死んだんじゃなかったのか?」

 

 エレンに対しては、もちろん俺は死んだという情報になっているはずだ。しかし…

 

「お前と、約束しただろ?」

 

 

 

『お前は、死ぬつもりはないんだな!?』

 

 そうエレンが言った時、俺は、

 

『ああ!絶対に、俺は生きて巨人を絶滅させる!

 俺を、信じろ!エレン!』

 

 こう返したはずだ。

 

 

「そうか…俺は、お前が約束を破るクソ野郎かと思ったよ。」

 

「俺は、約束を守る男だ。今回のことで分かっただろう?」

 

「ああ。お前が生きてて、良かった……!!」

 

 

 凄く心配をかけてしまったようだ。

 

 

「おい…

 感動の再会のところ悪いが、ノア、お前は敵か?味方か?」

 

 いけない。エレンと話しているのに夢中で、ライナー達のことは放ったらかしだった。

 

 

 

「そりゃもちろん……

 

 お前らの味方だ。」

 

 

 

 

「おい、ノア!どういうことだ…?」

 

 

 エレンは困惑しているようだったが、これは時間稼ぎだ。

 

 

 初対面の時の会話を思い出す。

 俺が初対面だと話した後、あいつらは、内緒話でこんなことを話していたはずだ。

 

 『もしかして、別人か?』『確かに初対面ではあるけど…戦士長の話していた通りの人だと思ったんだけどな。』『記憶喪失か?』『いや……』

 

 あいつらは、俺に似た誰かと会ったことがあるか、もしくは聞いたことがあるような口ぶりだった。そして、俺と会った時の顔を見るに、そいつは仲間だったらしい。

 そして、記憶喪失…その疑いを、逆手に取れば、時間を稼げるかもしれない。

 

「ノア!お前は……こっちの味方だろ?」

 

 エレンはまだ理解が追いついていない様子。

 それもそうだ。

 死んだと思っていた仲間がいきなり出てきて、敵の仲間だと言う始末。これですぐ、そうですか、となるやつはいないだろう。

 

 エレンには悪いが……

 

「いいや、少し、思い出したことがある。

 俺は、昔そっち側だったんだ。」

 

 全くの出鱈目だが、核心にも迫っていない。

 これなら騙せるかもしれない。

 

「ノアさん、思い出したんですか!?

 俺らは1回もあなたに会ったことは無かったけれど、ジーク戦士長からずっとあなたの話を聞いてたんです。

 その時から憧れでした!」

 

 ベルトルトがいきなり早口になってそう言う。

 

 全く、意味がわからない。

 俺は普段見ないベルトルトの様子に、圧倒されていた。

 

 

「お、おい、ベルトルト、嬉しいのは分かるが、エレンもいるんだぞ!

 話は最低限にしろ…」

 

 

「寡黙なフィアンさんも、あなたの話なら喜んでしてくれたし……」

 

 フィアン…?

 その名前は…

 

「おい、ベルトルト!」

 

 ライナーの怒る声が遠く聞こえる。

 

 俺の中にはその時、大量の、途切れ途切れで虫食いのような、記憶が入ってきた。

 

 

 

 



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0.5話【マーレ編】過去の記憶

 ジークの幼少期の一人称が分からないので、「僕」にしました。知ってる方いたら教えてください…。


 

 

 俺の人生はあの時、終わるはずだったんだ。

 

「グリシャ……お前が、使命を果たしてくれ…」

 

「おい、ノア!何故ここに…何故、私を庇った!?」

 

 何故、だろうか。お前が、あいつと同じ、復讐を果たそうとする目をしているからか?それとも、復讐心の中に垣間見える、優しさに心打たれたからか?

 

 どうしてかは、分からない。

 

 けど、

 

「おい、おい!どういうことだよ!説明しろよ!」

 

 お前の声は、あいつに似ている気がする。

 

 

 

 

 

 

 俺には、生まれた時からもう1人の人格のような者がいた。そいつは俺に囁いて、いつも上に逆らうことを強要してくる。

 自由を自分の手で掴み取れ、圧力に屈するな。そんなことを、何度も。

 

 でも、俺は今までそいつの言いなりになったことは無かった。

 俺がそいつに体を乗っ取られることも1度も無かった。

 

 ある日、あいつは俺に、こう囁いた。

 

『抗え……己の運命を人任せにするな。

 エルディア復権派の首謀者を守れ』

 

 

 

 

「なあ、ノアは、どうして戦士候補生なんかになったんだ?」

 

 ある日、ジークは俺にそう聞いてきた。

 

「うーん、そうだなあ、反抗するため、かな?」

 

「ちょ、ちょっと、誰がどこで見てるか分からないんだよ?マーレに反抗なんて、命が幾つ合っても足りないよ。」

 

 ジークは慌て気味にそう言う。しかし、俺が言っているのは、そういうことじゃない。

 

「違う違う、マーレに反抗している訳ではなくて、俺が反抗してるのは……」

 

「反抗してるのは……?」

 

「……まだ、ちびっ子のお前には早いかな。」

 

 ジークは7歳になったばかり。子供にしては早く成長しているが、俺の複雑な事情は難しいだろう。俺も説明できる気がしない。

 

「えええ〜、なんだよ。教えてくれよ。」

 

「ま、お前が1人前になったらだな。」

 

「1人前…?巨人を継承したらってことだね?

 …………そんなの、ずっと先じゃん!」

 

「まあな、生まれてからちょっとのお前じゃ、1年でも長すぎると感じるんだろうけど、意外とあっという間だぞ?」

 

「言い方がおじさんっぽいよ……」

 

「酷いな!?」

 

 俺はまだ10代なんだが、最近になって周りにおじさんっぽいと言われる数が増えてきた気がする。

 

「そういえば、今日はなんでここに来たんだ?」

 

 今日は1日休日で、宿舎で過ごしていた所をジークに突撃されたのだった。

 

「あのさ…

 僕、聞いちゃったんだ。

 今度、ノアが戦争に行くって……ほんと?」

 

「ああ、まあ、巨人を継承したからな。もしかして、心配してくれてんのか?」

 

「うん……そりゃあ、心配だ。

 戦争に行くってことは、死ぬかもしれないってことだろ?」

 

 ジークは不安そうにこっちを見てくる。

 ジークは昔から俺に懐いてくれた可愛い後輩だ。

 安心させたいと思った。

 

「大丈夫だ。俺が死ぬわけないだろ?

 戦士候補生の時も、首席みたいなもんだったしな。

 戦争でもなんでも、俺は死なないよ。」

 

「そっか……。

 自慢かよ、ノアは懲りねえな。前、自慢の件でフィアンと一悶着あったばっかじゃないか!」

 

「お、ジーク、お前も言うようになったな!

 なんだ?先輩に向かって説教かー?」

 

 冗談めいた口調でそう返す。

 

「えっ!?違うよ!!」

 

 ジークは必死に否定する。

 軽口を叩けるまでジークと仲良くなれたのは、彼の父親の影響もある。グリシャさんには感謝しかない。

 ただ同時に、彼の親子関係は良好とは言えない状況なのは知ってはいた。が、このことを衛兵に伝えると、彼ら、グリシャさん達は捕まって余罪を調査されるだろう。それがバレると結構マズイ。

 ジークのことはどうにかしてやりたいが、俺と同じ目的を持つ、グリシャさんのことも見捨てられなかった。

 

 

 ジークにはいつも励まされている。

 巨人を継承して初めての戦争に少なからず緊張していた俺は、ジークに救われた部分も多々あった。

 

「…………ありがとな、ジーク。」

 

「え?」

 

 ジークは頭にハテナを浮かべているが、伝わっていなくてもいい。

 

 

 

 

『おい、確証が無いのにあんなこと言っていいのかよ?次の戦争でお前は死ぬかもしれないぞ?』

 

 心の同居人はそう俺に語りかける。

 こいつはいつも俺の不安を誘発するような言葉を言いやがる。

 

「そんな事分かってるよ。俺は死ぬかもしれない。

 けどな、人間じゃないお前には分からないかもしれないけど、人間ってのは約束を大事にする生き物なんだ。

 約束があれば、守るために頑張れる。そういうことだってあるかもしれないだろ?」

 

『俺が、人間じゃない……か。

 これからは何回もそう言われるかもな。』

 

「これからは……?

 お前、俺の中から出るつもりなのか?」

 

 こいつは、一生俺の心の中にいるものだと思っていた。

 もちろん、自分の心の中にもう1人の人格がいて、毎度毎度、邪魔な事を言ってくるのは鬱陶しいが、こいつの考えはたまに悪い方向に傾く時がある。例えば、自分の主張を通すためには、誰かの何かを奪うことも厭わないというような考えをこいつは持っている。

 こいつを野に放したら危ない。

 

 

『いや……お前が死んだ後だよ。』

 

 俺が死んだ後、か。

 

 戦士候補生のジークにはこの事は言っていないが、俺が巨人を継承したのは832年。9つの巨人を継承した者の寿命は13年とされている。つまり、俺の寿命は845年まで。

 

「死んだ後…ね。その時お前はどうするつもりなんだ?」

 

『お前に教えてやる義理はねえ…が、まあ、簡単に言ったら元の体に戻るんだ。』

 

 元の体…?こいつは元々人間ってことか。

 

『まあ俺の話はいいんだ。

 人間には約束が必要…か。

 それが守れなかった時、どう相手に弁明するつもりだ?』

 

「いや、守れなかった時のことはその時に考えればいいだろ。

 まったく、お前はなんで毎回ネガティブな方向に話を持っていきたがるんだ。」

 

『……そうだな。俺は、悪魔みてえなもんだからな。』

 

 悪魔…か。島の壁の中にいるエルディア人の呼び名もそうだった。

 マーレで虐げられているエルディア人も、壁の中のエルディア人も、どちらも同じエルディア人なのに…。

 

 しかし、こいつが悪魔…か。こいつの言っていることは半分くらい嘘だろうが、悪魔と言われれば、納得がいく。こいつは、俺の人生がめちゃくちゃになって、再起不能になるまでに陥って欲しいんだと思うからだ。

 何故かは分からないが、こいつはいつも悪いことを言って、俺を狂わせようとしているんだ。

 だが、憎めないところもある。

 俺の中での雑談には、いつも入ってくるし、たまに助言なんかをしてくれることもあった。

 

『そういや、お前が約束した相手は、将来敵になるかもしれない奴らだぞ?戦士候補生、と言えば聞こえはいいが、所詮はマーレの駒だ。お前は、マーレに復讐したいんじゃなかったのか?そうだろ?』

 

 マーレに復讐したい、そんな事を考えていたのは、今となりゃ、昔の事だ。

 寿命を縮めてまで軍の中枢部に入ってスパイ的なことをしているのは、もちろんマーレに一泡吹かせてやりたかったからだ。

 しかし、復讐は悪い方向に向かうだろうことは分かりきっている。あいつ…今話している心の同居人のおかげだ。あいつは、復讐心を原動力として動いている。俺は、死んでもあいつのようにはなりたくない。

 復讐、ではなく、救済を目的とするべきだ。

 

「俺の今の目標は、マーレへの復讐じゃなくて、エルディア人の救済だ。ここにいるエルディア人も、壁の中のエルディア人も、両方救うために残りの寿命を使おうと思ってる。」

 

『……お前は、俺と同じだと思っていたが…そうか、お前は復讐を諦めたんだな?』

 

「お前とは一生同じなんかにはなりたくないね。

 諦めたって言ったらそりゃ、揚げ足取りだろ。

 復讐を諦めたんじゃなくて、違う方法と目的にシフトしただけだ。

 ……といっても、これからすることはまだ決まってないけどね。」

 

『そうか。』

 

 それからそいつは、俺の中からどこかへ消えてしまうことが増えた。

 こいつも忙しくなったのか?

 

 

 

 

 この前、戦士候補生の期間を終えて、俺は顎の巨人を継承した。

 

 その何ヶ月か後、俺の耳にはこんなニュースが入ってきた。

 

 【エルディア復権派が捕縛され、全員楽園送りになる。】

 

 そんなニュースだ。

 

 そして、もう1人の人格である、奴はこう言った。

 

『抗え……己の運命を人任せにするな。

 エルディア復権派の首謀者を守れ』

 

 俺はいつものようにそいつの言うことに逆らおうと思っていたが、昔マーレに復讐心を持っていた俺は、エルディア復権派には期待を寄せていたのもあり、エルディア復権派の首謀者を守る。それも悪くはないなと思った。

 それに、復権派の首謀者は…グリシャさんだ。グリシャさんには散々お世話になった。今、恩を返す時だろう。

 そこで、楽園送りを実行するためにパラディ島に向かう船に潜入して、影から見よう。

 そして、あわよくばエルディア復権派を助けよう。

 そう思っていた。

 

 

 楽園送りは着々と実行された。俺に入る隙はなかった。マーレ軍の兵士は数が多く、さすがに数で攻められたら一溜りもないし、今俺がここにいることがバレたらワンチャン顎の巨人を他のやつに継承させるために食われる可能性もある。

 事実上の死刑だ。

 

 名前も知らないエルディア復権派の人のためにそこまでする正義感は生憎持ち合わせていなかった。

 

 しかし、グリシャさんは別だ。グリシャさんとは面識がある。昔、俺はエルディア復権派に誘われたんだ。ただ、その時戦士候補生だったこともあって、巨人を継承してマーレに復讐する道を選んだんだが、その後も何かとグリシャさんは親のいない孤児であった俺を気にかけてくれるようになっていた。

 

 エルディア復権派も残りの一人。親玉であるグリシャさんだけとなったとき、それは起こった。

 

 マーレの死刑官であった、エレン・クルーガーが反逆を起こしたのだ。

 

 マーレ側の司令官を殺し、グリシャを助けた。

 

 

 そして、彼らは話し合った後、グリシャがエレン・クルーガーを食べて、進撃の巨人を継承したようだった。

 

 俺はグリシャのその後の行動が気になって、グリシャの後ろにバレないようについて行った。

 

 

 その道中、グリシャは無垢の巨人に食われそうになったんだ。

 

 俺は咄嗟に飛び出して、庇おうとした。巨人になろうと自傷行為をしようと思ったが、間に合わず、俺は巨人に丸呑みされる所を間一髪で避けて、右腕と右肩を持ってかれた。

 

「グリシャ……お前は、使命を果たしてくれ!」

 

「おい、ノア!何故ここに…何故、私を庇った!?」

 

 理由は分からないが、俺は咄嗟に庇おうと飛び出していた。

 

「おい、おい!どういうことだ!説明しろ!」

 

 目の前に巨人がいるってのに、こいつは呑気に俺に話しかけていた。

 

「早く逃げろ!俺の傷は治るし、こいつを止められるのは俺しかいない。グリシャさんはさっき巨人を継承したばかりだろ!

 俺も継承してから時は浅いが、戦士候補生をやっていたこともあって、巨人の扱いには慣れた!

 だから、グリシャさんは早く逃げてくれ!

 ……足手纏いなんだよ!」

 

 俺は早口で突き放すようにそう言った。生憎、右腕が修復するまで巨人化は出来ない。

 

「お、おい…待てよ……」

 

「グリシャさんが死んだらどうすんだよ!エルディア復権派の願いは果たされないまま、歴史の闇に消えていくだけだ。」

 

「そうか、足手纏い…なんだな?

 ノア、ごめん。お前の無事を祈ってるよ。」

 

 グリシャは納得したような顔をしてその場を離れた。

 

 

 啖呵を切ったのはいいが、俺は実際まだ巨人の扱いには慣れていないし、右腕が治らない限りは巨人化すら出来ないだろう。ここが俺の死地になるだろうことは明白だった。

 

 俺が死を覚悟したその時――

 

 

 ……フィアンが見えた。

 フィアンの受け継いだ、車力の巨人が見える。

 

 いや、あいつがここにいるわけがない。

 

 なんせマーレのある本島とは海ひとつ超えた、パラディ島なのだから。

 

 俺の最期の光景は、フィアンの受け継いだ、車力の巨人だった。

 

 

 

 

 俺は、分かっていたはずだった。ただ、現実から目を背けていただけだ。

 見て見ぬふりをしていただけだ。

 

 転生してすぐの頃。シガンシナ区で生まれてまだ数日という時。俺の部屋に何者かが忍び込んで、こう言った。

 

「どうして、君が、ここにいるんだ?……死んだはずじゃ…、いや、君がここにいては、私が壁外から来た人間だということがバレてしまう。あの時助けてくれたのは紛れもなく君だが、ここで死んでもらうより他ない。」

 

 あの声はよく聞き覚えのあった声のはずだった。

 

 俺が乳幼児の頃、毒を盛って殺害しようとしたのは、エレンの父、グリシャ・イエーガーだった。

 

 



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19話 決裂(エレン奪還作戦)

 

 

(ノア視点)

 

 記憶が雪崩れ込んできた。

 フィアン、そいつは夢の中での同期だった。

 

 夢で見たのは巨人になる力を持っていて、マーレというものに付き従っていた人のようだった。

 

 これは誰の、いつの話だ?

 

 

「ノアさん……ノアさん、ノアさん!」

 

 

 遠くからベルトルトの声が聞こえる。

 

 

「ハッ……!!

 ッハア、ハア…」

 

 マーレという国の話を夢で見たのは覚えているが、その後何か、怖い夢を…見た気がする。

 俺の額には冷や汗が浮かんでいた。

 

 

「やっと起きた……!

 魘されていましたけど、大丈夫ですか?」

 

 周りを見渡すと、自分は枝の上に寝っ転がされていた。上の枝にはライナーとベルトルトが居て、エレンはベルトルトの横で捕まっている。

 

 そういえば俺は、記憶を見る前、何をしていたんだっけ。

 

「ノア、説明しろよ!

 お前がそっち側って、どういうことだよ!」

 

 エレン……。

 そうだ、俺はエレンを助けに来たんだった。

 

 

 さっき見た記憶は…ベルトルトが憧れている人の、記憶なのか?

 どうして俺に…

 

 

 俺の、記憶なのか……?

 

 

「しっかりしてください、ノアさん。

 俺たちは、戦士です。あなたの背中を追って来ました。

 協力、してくれますか?」

 

 

 同期であるベルトルトが敬語なことに違和感しかないが、これからどうするべきだ?

 

 どう切り抜ければ、時間を稼げる?

 

 

 俺が頭をフル回転させている時、

 

 

 ピーッ

 

 

 近くから指笛の音が聞こえた。

 

 

「またか!?誰だ!!」

 

 

 二ファだ。

 俺は咄嗟に指笛を鳴らす。

 

 

「ちょっと、ノアさん、何を…」

 

 

 二ファはこちらの方向へ真っ直ぐ来た。

 

 

「あの……これってどういう状況?」

 

 

 流石の二ファも困惑している。

 

 そりゃそうだ。計画にこんなことは無かったから、驚くのも無理はない。

 

 しかし、十分時間は稼げたようだった。

 

 

「二ファ、お前を待ってたんだよ。

 時間は稼げた。」

 

「そう、それならいいけど。

 どんなことをしたらエレンがこんなに敵意剥き出しになるのか教えて欲しいわね。」

 

 そういえば、敵に意識を向けていたため、エレンの様子はよく分かっていなかった。

 

 そう思ってそちらを伺うと、エレンの切断されている腕の先端は血に染っていた。大方、巨人化しようとしたのだろう。そして、俺の方をキッと睨みつけていた。

 

 再会した時とはえらい違いだ。

 

 

「エ、エレン…

 冗談だよ、今までのは、全部嘘だ。

 時間を稼ぐための、嘘なんだよ。」

 

 

 ……許してくれなさそうだ。

 

 

「おい、どういうこと…」

 

 ライナーも困惑しているらしく、声を上げたが、怒っているエレンの声にかき消された。

 

 

「はあ?そんな嘘があるかよ。

 お前は、あの日俺の故郷を壊した巨人の一員だったんだろ?

 俺はそんなことも知らず、お前と仲良くやってたってことだろう?

 面白かっただろうな。何も知らずにお前のことを仲間だと思ってた俺は!!」

 

 

 今回のやり方は間違いだったかもしれない。

 時間を稼ぐにも、もっと他に方法があったはずだ。

 俺の安易な考えは、少なからずエレンを傷つけたようだった。

 

 

「エレン、ノアは、仲間よ。

 さっきまでだって、ウトガルド城の巨人を全て殲滅したのは、ノアだわ。

 しかも、トロスト区の時には非公式だけれども、ノアが1番巨人を倒したのよ?

 敵だったら、そんなことする必要なくない?」

 

 

 二ファは、状況が分からないにも関わらず、とりあえずはエレンを落ち着かせようとしてくれる。

 二ファのフォローがありがたい。

 

 エレンも二ファの言葉を聞いて、冷静さを取り戻しているようだった。

 

 

 その時、パァン、と乾いた音が薄らと聞こえてきた。

 

 緑の信煙弾が見える。

 

 ……調査兵団だ!

 

 時間稼ぎは上手くいった。あとはもう少しだけ、こいつらの足止めをするんだ。

 

 

「……調査兵団だ!

 いくらなんでも、早すぎる!」

 

 ベルトルトはそう言うが、調査兵団が諸手を挙げて守らねばならない、人類の希望、エレンが捕まってるこの状況だと、この速さにも納得だ。

 

 それにしても、よくこの場所を突き止められたな。俺と二ファは悪夢で予測出来たが、調査兵団内にもう1人、悪夢を見れるものがいるのだろうか?

 

 

「おい……

 

 ノアさんは、味方なのか、敵なのか、どっちかハッキリしてくれ。」

 

 ライナーが焦った様子でそう言う。

 

 

「そりゃもちろん…敵だね。

 俺たちの故郷を、そこに住む人達を殺したお前らの味方なんて、たとえ天変地異が起こっても……ないね。」

 

 

「……お前ぇええ!!!」

 

 ライナーは怒りの感情のままに俺の方向へ1歩踏み出したが、ベルトルトがそれを止めた。

 怒りのままにこちらの懐に飛び込んできてくれるのを狙っていたが、少なくともベルトルトは冷静だった。

 

「ライナー、今あの人に近づいても、返り討ちにされるだけだ。」

 

「じゃあどうやって勝つんだよ!」

 

 

「…これしか無いよ。」

 

 

 そう言ったベルトルトは、即座にエレンの腕を掴んで、ライナーのいる枝に飛び移る。

 

 

「エレン!!」

 

 

 俺は思惑通りに敵が騙されてくれたこともあって、どこか油断していたのかもしれない。

 エレンは、またもや連れ去られた。

 

 エレンはベルトルトの隣に転がされていたため、エレンがベルトルトに掴まれて、離れていくのはコンマ何秒という間の出来事だった。

 

 

「ベルトルト、流石だ!

 このまま逃げ切るぞ!」

 

 ライナーはそう言って巨人化するが、絶対に逃がしてやらない。

 

 俺と二ファは直ぐに追撃する。しかし、上手くベルトルトに躱されてしまう。

 

 

「ノア、止まって!」

 

 

 そう、二ファが唐突に叫んだ。

 

「どうしてっ…」

 

 俺は突然の事に理解が追いつかなかった。

 

「前前!前見て!」

 

 二ファの言う通り前を見ると、視界が一気に開けていた。

 

 森の本当に端まで来てしまったようだ。

 

 このまま立体機動で進むのは困難だろう。

 

 仕方ないので、先程、指笛を連絡用に使うために繋いだ馬を連れてくる。

 

 

「さっきはありがとう、二ファ。

 しかし、随分なタイムロスになっちゃったな。」

 

 

 騎乗した後、最後にライナー達を見た場所まで行くと、ライナーたちはもう既に何百メートルも前にいた。

 

 

「こりゃ、追いつけるかしら…」

 

「…追いつかなきゃいけないんだよ。何としても、エレンを取り返すんだ。」

 

 

 俺と二ファは全速力で馬を飛ばす。

 

 調査兵団と思わしき大人数の兵士たちは近づいてきていて、もう少しで追いつくような気配がしたが、ギリギリまだ間に合っていなかった。

 

 俺たちは体感3分ほどしてからようやく、彼らの背後までたどり着いた。

 

 

「エレンの取り返しは調査兵団に任せるのよ!私たちは、足止めに集中!

 おーけー?」

 

 

 二ファは最後に計画の確認をしてから、立体機動に移る。

 俺もそれに続くように立体機動のトリガーを引きながら、応えた。

 

「了解!」

 

 

 

 

 それから少しすると、調査兵団が到着した。

 

 俺と二ファがライナーに攻撃を仕掛けてからすぐ、ライナーは胸の辺りで手を置いて、エレンを担いでいるベルトルトをその手の内側に避難させていた。

 俺たちはそれに拒まれて、エレンの救出は叶わなかったが、攻撃を続けたこともあって、ライナーの速度を落とすことには成功した。

 

 

「追いつけない速度じゃない!間に合うぞ!」

 

 遠くからそんなジャンの声が聞こえてからすぐ、ミカサを筆頭に、104期の同期達が鎧の巨人の、ベルトルトとエレンを匿っている手の周辺に乗り込んできた。

 

 

「生きてたのか!

 ノアと……二ファ!? どうしてここに…、いや、今はそんなことを言ってる場合じゃねえか!」

 

 ジャンが同期達の気持ちを代弁するようにそう言う。

 

「ノア……本当に、ノア…なんだね?

 …良かった!生きてると思ってたよ!」

 

 アルミンはそれだけを言ってから、ベルトルトがいるであろう、手の内側を睨みつける。

 

「アルミン…お前らも、よく生き残ったな。

 …細かいことは後で話す。まずはこいつらをどうにかするぞ!」

 

 俺もそう言ってから、手の内側の様子を伺う。

 

 中ではエレンが暴れて、鎧の巨人の手を蹴っているようだった。

 

「暴れるな!」

 

「そりゃ無理があるぜ、ベルトルト。

 そいつをあやしつけるなんて、不可能だろ?

 うるさくてしょうがねえ奴だよな!…よく分かるぜ。

 俺もそいつ、嫌いだからな!一緒に締めてやろうぜ。なあ、出てこいよ。」

 

 ジャンとエレンが喧嘩していた訓練兵時代を思い出す。

 

「ベルトルト、返して!」

 

 ミカサはエレンを取り戻すことで頭がいっぱいのようだった。

 

「なあ、嘘だろ?ベルトルト、ライナー!

 今までずっと、俺たちのこと騙してたのかよ。

 そんなの……ひでえよ!」

 

「2人とも、嘘だって言ってくださいよ!」

 

 コニーとサシャ。こいつらは本当に、同期たちとは一生の仲間だと思ってただろう。

 俺も、裏切り者がいることに気づく前までは、そう思っていた。

 

「おいおいおい、お前らこのまま逃げ通す気か?

 そりゃねえよお前ら!3年間、ひとつ屋根の下で苦楽を共にした仲じゃねえか!

 ……ベルトルト、お前の寝相の悪さは芸術的だったなあ。いつからか、みんなお前が毎朝生み出す作品を楽しみにして、その日の天気を占ったりした。

 けどよお前、あんなことした加害者が、被害者達の前でよくも、ぐっすり眠れたもんだな!」

 

 

 あんなに訓練兵時代、みんなの兄貴分のような存在だったライナーが、ベルトルトが、裏切り者だなんて俺も信じたくなかった。

 

 

「全部嘘だったのかよ?

 どうすりゃみんなで生き残れるか話し合ったのも、おっさんになるまで生きて、いつかみんなで酒飲もうって話したのも、全部…嘘だったのか。

 なあ!お前らは今まで、何考えてたんだ!」

 

 あの時は、未来(さき)のことを話せたんだっけ。

 

「本当に、シガンシナ区も、トロスト区も、ベルトルトとライナーがやったの?

 どうして……

 何か、特別な理由があったんだよね?巨人になって、街を襲撃しなくちゃいけない理由が…」

 

「クリスタ、こいつらがあたしら人間の街に危害を加えた理由なんて、そんなの明確じゃないか。こいつらは、大量殺人鬼で、猟奇殺人がお得意なんだからな。」

 

「ユミル…どういうこと?」

 

「つまり、こいつらは頭が狂っちまった殺人鬼か、もしくは人を殺すことに快感を覚えてる輩だってことだ。

 アハハ!

 最高だよ。

 あんだけ正義感語ってたライナーも、いっつも静かなベルトルさんも、巨人だったなんてな!

 どうやったら人殺したやつが、正義とか規則とか語れるんだよ!

 ベルトルさんもよ、あんだけ存在感なかったのに、巨人は超大型だってな!

 出来すぎにも程があるっての!

 アハハハハ!」

 

「ちょっと、ユミル!」

 

 

 クリスタは信じられないような様子だったが、ユミルは驚いた様子はなく、いつもの調子だった。

 

 大量殺人鬼。そうだ。今までエレンを取り返すことに集中していたせいで、考えてはこなかったけど、こいつらがシガンシナ区を滅茶苦茶にした元凶。こいつらのせいで、兄は死んだ。こいつらのせいで、仲間が死んだ。

 

「俺は、お前らを、絶対に許さない。

 どんな事があっても、どんな理由であっても。

 お前らは、俺らの敵だ。」

 

 子供がこんな、大量殺人をするということは、何かしら裏にそれを目論む奴がいて、相応の理由があってこんな事をしたのだろう。

 が、どんな事情があっても、殺人は殺人。1度失ったものは戻らない。

 

 人だけじゃない。故郷であるシガンシナ区も今や巨人に支配されているし、俺の人生だって、あの襲撃がなかったらもっと平穏に過ごしていたことだろう。

 こいつらの行いで、何千人何万人もの人間の人生が変わった。

 

 その罪は、許されるものではない。許されてはいけない。

 

 俺がそう言ったあと、今までずっとだんまりだったベルトルトが口を開いた。

 

 

「誰が……人なんか殺したいと、思うんだ!

 誰が好きで、こんなこと…こんなことしたいと思うんだよ!人から恨まれて、殺されても当然なことをした。取り返しのつかないことを…

 でも、僕らは罪を受け入れきれなかったんだ。兵士を演じている間だけは、少しだけ、楽だった。

 嘘じゃないんだ!確かにみんなを騙したけど、全てが嘘じゃない!本当に仲間だと思ってたよ!

 僕らに、謝る資格なんてある訳ない。けど、誰か、お願いだ…誰か僕らを、見つけてくれ!」

 

 

 今更被害者面か。

 本当に、落ちるとこまで落ちたな。ライナー、ベルトルト。

 いや、元からこういう奴らだったのか。俺が知らないだけで、元から。

 

 

 

「お前らー!

 そこから離れろ!」

 

 

 幼い頃から聞き慣れたこの声…

 ハンネスさんか!

 

 今回のメンバーは調査兵団だけじゃないのか。

 よくよく見れば、薔薇の制服も、馬の制服も見えた。駐屯兵団も、それに憲兵団まで前線に出てるんだ。

 

 

 

 何が起きたのか、確認しようと後ろを向くと、巨人を引き連れてこちらに走ってくる、調査兵団の姿があった。

 

 

 エルヴィン団長だ。

 

 

 団長は、何を、しているんだ?

 

 

 

「あんた達、とりあえずここから離れるわよ!」

 

 今まで一言もライナーやベルトルトに話しかけなかった二ファは、そう言って離脱した。

 

 俺と同期もそれに続く。

 

 

 無事に自分たちの馬に乗り移ることに成功してから、俺は考える。

 

 そういえば、妙だ。トロスト区の時に兵団というものから抜けたのだとしても、二ファにだって訓練兵時代の記憶はあって、ベルトルトやライナーなんかに言いたいことの1つや2つはあるはずだ。

 それなのに、二ファは何も言わなかった。

 何か、あったのか?

 

 

 俺たちは巨人の後ろを追うように馬で駆けていた。

 大量の巨人を引き連れたエルヴィン団長の部隊は、鎧の巨人に突っ込む前に散開し、上手く大量の巨人を鎧の巨人に当てることに成功していた。

 

 鎧の巨人は抜け出そうともがいているが、上手くいっていない。

 

 

「なんだこりゃ、地獄か?」

 

 大量の巨人が巨人を襲っている光景に、思わずジャンが呟く。

 そんなジャンの言葉に応えるように、エルヴィン団長は鎧の巨人がいる方角へ馬に乗って走っていく。

 

 

 

「いいや、これからだ。

 

 総員、突撃!!!

 

 人類存亡の命運は今、この瞬間に決定する!

 エレン無くして人類がこの地上に生息できる将来など、永遠に訪れない。

 エレンを奪い返し、即、帰還するぞ!

 

 心臓を捧げよーー!!!」

 

 

 エルヴィン団長の言葉に、各兵団の兵士たちも、それに続く。

 

 

「進めーー!!!!」

 

 

 団長がそう叫んだ瞬間――

 

 

 団長は、俺たちの視界から消えた。

 

 

「団長…?」

 

 誰かが呟く。

 

 

 後ろを振り向くと、団長は巨人に腕を食われていた。

 

 誰もが足を止めて後ろの光景を、凝視していた。

 

「エルヴィン団長ーー!!」

 

 

 

「進めー!!

 エレンはすぐそこだ!

 進めーー!!!!」

 

 

 エルヴィン団長の必死の発破に、兵士達は馬を走らせ、鎧の巨人に着々と近づいていった。

 決して少なくはない犠牲を払いながら。

 

 

 巨人を掻い潜って鎧まで辿り着くのは至難の業だ。

 俺と二ファは、計画通り、サポートに徹する。

 あの状況でベルトルトの相手をするなら、頭脳戦になるだろう。

 その適役は、俺じゃない。

 

 近づいてくる巨人をできるだけ相手にしながら、他の兵士の様子を確認する。

 

 

 一番最初に鎧の巨人の元に辿り着いたのは、ミカサだった。

 しかし次の瞬間、俺が見た時には、ミカサは巨人の手の中にいた。

 

「ミカサ!!

 ……っ、クソッタレが!離しやがれ!!」

 

 ジャンはその事にいち早く気づいて行動していた。

 ジャンがその巨人の目を斬ったことで、ミカサは開放された。

 

 

ミカサ、ジャンに続くようにして、アルミンもベルトルトとエレンのいる場所へ辿り着く。

 

 

「ベルトルト!」

 

「……アルミン!」

 

 アルミンは、何かを思いついたような顔をして、ベルトルトにこう言った。

 

「…………いいの?2人とも。

 仲間を置き去りにしたまま、故郷に帰って。

 アニを、置いていくの?

 アニなら今、極北のユトピア区の地下深くで、拷問を受けてるよ。……彼女の悲鳴を聞けば直ぐに、体の傷は治せても、痛みを消すことが出来ないことは分かった。

 死なないように細心の注意が払われる中、今この瞬間にも、アニの体には休む暇もなく、様々な工夫を施された、拷問が…!」

 

「悪魔の末裔が!

 根絶やしにしてやる!」

 

 そうしてベルトルトの注意が一瞬緩んだ隙に、エルヴィン団長がベルトルトとエレンを引き剥がすように斬撃を加え、ミカサが落ちるエレンを掴んで離脱した。

 

 

「総員撤退!」

 

 

 団長の声が聞こえると共に、その場にいた全員が立体機動から馬に移って隊列を組む。

 撤退命令に従って、団員は馬を走らせた。

 

 

 しかし――

 

 

 その上を黒い影が、物凄いスピードで通り過ぎていった。

 

 

 

 頭上を、巨人が飛んでいた。

 いや、()()()()()()()

 

 

 

「ライナーの野郎、巨人を投げて寄越しやがった!」

 

 

「エレン、ミカサ!」

 

 

 アルミンの視線の先を追うと、ライナーが投げた巨人の衝撃で落馬したエレンとミカサが薄らと見えた。

 

 

(エレン視点)

 

 

 忘れはしない。

 

 あの日、母さんを食った巨人だ…。

 

 

「エレン!」

 

 あいつの手が迫ってくる。

 

 母さんを、食った手だ。

 

 ミカサは俺を庇うように前へ出る。が、

 

「ううっ

 ぐ、うらぁ!!」

 

「ハンネスさん!」

 

 ハンネスさんがその手を止めた。

 

「ハハハ、こんなことがあるか?なあ、お前ら!

 ……見てろよ。

 お前らの母ちゃんの仇を、俺が、ぶっ殺すところを!」

 

「ハンネスさん!」

 

 ハンネスさんは、あの日、母さんをこいつに殺された日と同じように、俺たちに背を向けて、巨人に立ち向かっていった。

 

 あの日とは違う、頼もしくも勇気のある、後ろ姿だった。

 

 

 

(ノア視点)

 

 こんな展開は、悪夢にはなかった。

 二ファの、悪夢には。

 

 でも、俺はこの光景に既視感があった。

 

 二ファの夢の内容を聞いて、計画を聞いた時に、何か足りないと思っていたもの。

 

 それは、ハンネスさんの――死亡だ。

 

 

「このままじゃ、ダメだ。

 このままじゃ…!

 ハンネスさんが、死んでしまう!!!」

 

「ノア!そうならねえために、早く援護に行くぞ!

 おっさんに続けー!」

 

 ジャンはそう言って、全速力で馬で走って行こうとするが、援護に行こうとする俺たちを行かせんとするように、ライナーは俺たちの方へ巨人を投げていた。

 

 飛んでくる巨人のせいで、全くハンネスさんに近づけない。

 

 エレンが死んでもいいっていうのか?

 

 

「邪魔すんじゃねえよ、クソッタレが!」

 

 

 俺たちはそれでも、前に進み続ける。

 

 

 

(エレン視点)

 

 

 1人戦うハンネスさんを見て、ミカサが助けに行こうとするが、先程、巨人の手に握られたことで怪我をしていたミカサを俺が止めた。

 あの怪我じゃ、立体機動もままならない。

 

 俺自身がハンネスさんを援護するために、巨人化しようとするが、

 

 出来なかった。

 

 

 

(ノア視点)

 

 

「ジャン!」

 

 アルミンが叫んだ後すぐ、巨人がジャンの進行方向目の前に降ってきた。

 

 幸いにも、直接当たって潰されるのは避けられたが、巨人が着地した時の衝撃で、ジャンは落馬して気を失ってしまった。

 

「ジャン!

 大丈夫か!? ジャン!」

 

 アルミンは咄嗟にジャンを抱えて迫り来る巨人から逃げた。

 

「アルミン、巨人の相手は俺に任せろ!お前はジャンを…」

 

「分かった!」

 

 

 アルミンはそう返事をして、比較的安全地帯の木陰へ、気を失っているジャンを引きずりながら移動させた。

 

 俺は近づく敵を片っ端から倒していた。

 

 

 数が多すぎる!

 

 ハンネスさんの援護に行かなきゃいけないってのに……クソッ

 

 

 

 

(エレン視点)

 

 ハンネスさんが、巨人に掴まれた。

 

 今、巨人になんなきゃ、意味ねえだろ!!

 

 

 俺は必死に自傷行為を繰り返す。

 

 

 でも――

 

 現実とは、こういうものだ。思うようにならない。上手く、いかない。

 

 

 ハンネスさんは、俺らの目の前で、下半身を巨人に食われた。

 その後、ハンネスさんは、巨人に何回も噛み砕かれていた。

 

 あの時、勇気が無くて立ち向かえなかったハンネスさんが、折角立ち向かえたってのに、俺は、何をしていた?

 

 

「アハハハハ、アハハハハハハ!!!

 何にも、何にも変わってねえなあ、お前は!

 何にも、できねえじゃねえかよ!!

 何にも!!!!

 

 ……母さん、俺なにも、何にも出来ないままだったよ…。」

 

 

 もう、何もかも上手くいかないような気がした。

 運命が、俺を見放しているような、気がした。

 

 

 

「エレン、そんなことないよ。

 エレン、聞いて。

 伝えたいことがある。

 

 私と、一緒に居てくれて、ありがとう。

 

 私に、生き方を教えてくれて、ありがとう。

 

 私に……マフラーを巻いてくれて、ありがとう。」

 

 

 いや、ミカサが、いる。まだ、俺たちは生きている。

 ハンネスさんのお陰で……。いや、ハンネスさんだけじゃない。この作戦に関わった全ての人のお陰で、生きている。

 

 

「そんなもん、何度でも巻いてやる。

 これからもずっと、俺が何度でも!」

 

 

 せめて、何も出来なくても、最後まで生きるために足掻く責任が俺にはある!

 

 

 「ああああああああああぁぁぁあああ!」

 

 

 俺が母さんとハンネスさんを食った巨人に拳を振り抜いた瞬間、

 

 ビリビリビリビリッ

 

 何か電流が走ったような感覚がして、

 大量の巨人がそいつに群がって来た。

 

 

 

(ノア視点)

 

 ビリビリビリビリッ

 

 脳裏に稲妻が走った。

 これが、『座標』ってやつか。 

 

 この展開は、計画通りだ。……でも、

 

 俺はエレンとミカサの方を振り向く。さっきまであの巨人の周りを飛び回っていた兵士の姿は無く、エレンが己の拳で巨人の手を殴っていた。

 

 やはり、ハンネスさんは…

 

 二ファはどうしてこのことを言わなかったんだ?

 どうして、計画はハンネスさんを救うための物じゃなかったんだ?

 どうして、俺は、ハンネスさんを救えなかった?

 

 これじゃあ、あの時と同じだ。

 

 何も出来ずに逃がされて、兄さんが巨人に食われた、あの、幼い自分と。

 

 あれから何年も経ったってのに、まだ俺は何も出来ないガキなのか。

 

 

 二ファ、お前がこのことを話していれば、何か出来ることがあったかもしれないのに。

 お前の目的は、みんなを救うことじゃ、ないのか?

 

 

 

 いや、何かがおかしい。

 

 

 

 ……ハッとなる。

 俺は、気づいてしまった。

 この協力関係の抜け道を。

 

 

 あいつの目的は、()()()()救うこと。ただ、みんなの定義は人それぞれだ。

 

 それに、悪夢の事を聞いた時、あいつはこう言った。

 

()()()()()()()()()なんかは、その人がどこでどうやって死ぬのか、とかが、それが起こる日の前日に分かるよ』

 

 

 二ファにとって大事な人。それは、俺にとっては大事な人じゃないかもしれないし、俺にとって大事な人も、二ファにとっては大事な人じゃないかもしれない。

 今までだって、俺は、名前も知らない兵士達の命が散っていくのには、知らん振りをしていたじゃないか。

 その人は、きっと、誰かの大事な人だったはずなのに。

 

 自分の手で救えるものには限りがある。守れるものには、限度がある。たとえそれが、自分の大事な人の大事なものだったとしても、切り捨てなきゃいけない時もある。

 

 二ファは、何かを守るために、切り捨てることを選んだのかもしれない。

 

 

 それに二ファに、協力関係で何をすれば良いか聞いた時は、

 

『君は、私の悪夢の内容と忠告を聞いて、()()()()()を救うために動いて欲しいの。

 私も、君の悪夢と自分の悪夢をすり合わせて、()()()()が救えるように努力するから。』

 

 

 『救える人達』『沢山の人』。そこには、救えない人達がいるってことだ。

 

 

 何故、俺はこんなことに気が付かなかったんだろうか。

 何故、俺は二ファの言うことを鵜呑みにして、二ファの立てた計画をそのまま実行したのだろうか。

 

 あいつだって裏切るかもしれないし、元々目的は俺とは少し違うものだったのに。

 

 

 

 

 エレンの謎の力によって、巨人たちは兵士達から離れ、逆に鎧の巨人の方へ向かっていった。

 

 その度に、巨人の力を持つ俺もビリビリと、電流のようなものが走るが、人間の姿で、ただ撤退するだけなら影響はない。

 

 俺たちはこの機会を逃さずに、エレンを連れて撤退した。

 

 しかし、そこには二ファの姿はなかった。思えば、鎧の巨人の手を同期たちで囲んだ後、散開した時から、二ファは姿を消していた。

 

 どこで、何をしていたのだろう。

 

 あいつの考えることは分からないし、ハンネスさんを殺した意図も分からない。

 最初からあいつは謎だらけ、秘密だらけだったんだ。

 あいつが死んだフリをしていた件についても、結局説明はなかった。

 

 そんなやつを信用出来るわけがない。

 

 協力関係は、打ち切りだ。今度会った時、そう言おうと決めた。

 

 



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19.5話 【幕間】ある者の戦い

 今回は結構短めです。


 

 

(二ファ視点)

 

 鎧の巨人の手に匿われている、ベルトルトと、鎧の巨人の項にいるであろう、ライナーに向けて、同期が思いの丈を話していた。

 

 仲間だと思ってたのに、裏切ったのか?

 

 そんな言葉は何回も聞いてきたはずだ。私の人生は、裏切りと決別によって成り立っている。

 

 自分の大切な人が生きていくために、必要だったら、誰かを犠牲にしても構わない。

 今回は……ハンネスさんだ。

 

 

 私がベルトルトやライナーに何かを言う資格はない。

 私だって、前は()()だったし、彼らがやった事は、仕方の無いことだ。あの国の偏った教育の賜物と言えるだろう。

 

 私だってあの国と同じ事をやっている。目的を達成するために、誰かが犠牲になることに目を瞑る。

 

 でも、そうしなければ、何も成功などしない、という事を知っている。

 

 

「お前らー!

 そこから離れろ!」

 

 ハンネスさんの声だ。

 

 この人も救えるはずなのに……

 救ってしまったら、撤退は不可能だろう。

 その為に、この人は救えない。いや、救わない。

 

 

「あんた達、とりあえずここから離れるわよ!」

 

 

 私はそう言うが、他の同期達が離脱したのを見届けた後も、そこに留まった。

 

 

「二ファ、君は……逃げないのか?

 どうして…?」

 

 ベルトルトが不思議に思ったらしく、そう聞いてくる。

 

 

「そうね……

 ここで私が逃げると、あんた達が死んじゃうからってことにしとくわ。」

 

 

「んん゛ー!ううー!」

 

 エレンは猿轡を嵌められていて、話せないらしいが、私の言葉に反抗している様子だった。

 

 

「お前こそ、敵なのか味方なのか、どっちなんだ…」

 

 

「さあね、その時の自分の目的に1番得になる方を選ぶだけよ。」

 

 

「そういう方が、逆に信頼できるよ。」

 

 

「とりあえず、この場ではあんた達を守ることになりそうね。」

 

 こいつらに死なれると、後々困ることになるから。

 

「なんだか意味がわからないけど、俺たちのことは攻撃しないでくれよ…?」

 

 ベルトルトは怯えながらそう言う。

 

「それは、分からないわ。自分の身は自分で守ることよ。私は自分の利益のために、巨人を殺すだけなんだから。」

 

 

「この大量の巨人に、二ファまで加わったら、本当に僕達助からないよ。」

 

「そうかもね。」

 

 そう言って、私は集まってきた巨人を近いものから順番に倒していった。

 

 

 

 

 記憶の通り、エレンはエルヴィン団長とアルミン、そしてミカサの連携によって救出された。

 

 

 そして、やがてここに群がる巨人の数も減ってきて、ライナーは兵士達のいる方向に巨人を飛ばし始めた。

 

 

「ちょっと!兵士達には飛ばさないで!

 それより、アルミンやジャン、ノアのいる場所を狙った方がいいと思わない?」

 

「何故だ?二ファ。」

 

 ライナーは話せないため、代わりにベルトルトが質問する。

 

「あの3人は、エレンたちの援護に行こうとしているわ。

 このままだと、エレンを連れて撤退できてしまうでしょうね。」

 

「なるほど。確かに一理ある。

 ライナー!ノア、ジャン、アルミンのいる方向に巨人を投げ飛ばすんだ!」

 

 ライナーは小さく頷いてから、巨人を投げ始めた。

 

「くれぐれも、死なせないでよね。

 あの3人のうち誰か一人でもあなたの投げた巨人に潰されて死んだのなら、私が今、ベルトルトの首がライナーの項を削いで殺してあげるわ。」

 

 私の脅しに彼らは冷や汗を浮かべた様子だった。

 

 

 

 

 

 ビリビリビリビリッ

 

 来た。エレンに座標が移った!

 

 この後が勝負だ。

 

 エレンの思いによって、巨人たちがこちら、鎧の巨人の方向に一斉に動く。

 

 

「気を引き締めなさい!

 …来るわよ!」

 

 

 それからは、地獄だった。

 

 が、無事撃退に成功。ライナーとベルトルトに捕まってしまう前に、私はそこを離れた。

 

 

 これで、良かったんだよね。

 

 あいつらはここで死ぬ運命じゃない。

 

 そうだよね?

 

 神様。



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20話 不明

 

 

(ノア視点)

 

 

「ノア、君はそれじゃあ、エルヴィン団長の指示で死んだフリをしていたってことなんだね。」

 

「そしたら、お前、今回の作戦は団長の指示に逆らったってことか?

 ……そいつは、やべえんじゃねえか?」

 

 俺はアルミン、ジャンと共に撤退していた。

 恐らくエレンの何かしらの力によって、巨人たちは俺たち兵団に見向きもせず、鎧の巨人の方へ向かっていた。

 

 ジャンは、気絶から目が覚め、己の力で馬を走らせることが出来るくらいには回復していた。

 

 比較的安全な場所に来てから、俺は今までの事をアルミンに聞かれ、全てを話したのだった。

 

 

 そういえば、色々と大変で忘れていたが、俺は図らずともエルヴィン団長の指示に逆らってしまったのだ。

 今も前を馬で駆けているエルヴィン団長の背中を見て、恐怖する。

 

「俺、壁内に着いたら、団長の説教が待ってるんだろうな…」

 

「団長の、説教…」

 

 

 普段は温厚な団長の説教はどんなものになるかは分からないが、きっと怖いんだろう…。普段温厚な人ほど怒った時は恐ろしいとよく言う。

 

 

「ノア、生きて帰ってくることを、願ってるよ。」

 

「おいジャン、見捨てるなよ!

 ……仲間だろ?」

 

「仲間に嘘ついて死んだフリする奴なんて、信用出来ませーん。」

 

 『嘘』か。こいつらと別れた、壁外調査での巨大樹の上で、俺はこいつらを少しだけ騙してから死んだことにしたんだっけか。

 

「今回助けてやったことで、チャラにしてくれよ。」

 

「あー、そう言われると、困るな…

 ともかく、今回はそれでいいが、次やったら…容赦しねえからな!

 …本気でお前が死んだかと思ったんだぞ?」

 

 ジャンは、こちらを睨みつけながらそう言う。

 

「まあ、団長の指示だったなら、しょうがないね。それが最善策だと団長は考えたのだろうから。

 ……でも、それに逆らうのはどうかと思うけど。」

 

 アルミンの正論が胸に刺さりまくって、痛い。

 

 

「そこの新人!

 ぺちゃくちゃ喋ってないで、帰ることに集中しろ!

 無事に帰るまでが、壁外調査なんだからな!」

 

 ……今回は壁外調査じゃないけど。どこかの班長がそう言いよこしたため、そこからは無言で巨人が来ていないか伺いながら、壁内へ帰っていった。

 

 

 

 

 それから少しの間は大変だった。

 ウォール・ローゼの壁は壊されていないが、中に巨人が入ってきたということで、ローゼ内は危険だと判断され、ローゼ内の住民は、ウォール・シーナの地下街に避難を余儀なくされた。

 しかし、食料供給が間に合わず、1週間も経たずにウォール・ローゼの安全宣言がなされて、ローゼ内の住民は、元の場所に戻って行ったのだった。

 

 兵団はその避難誘導や、食料補給なんかをしなくちゃならなかったため、その間は大変だった。

 

 

 忙しさも一段落した頃、俺は、エルヴィン団長に呼び出された。

 

 ここが、俺の墓場か。

 

 覚悟を持って俺は部屋に入った。

 

 コンコン…

 

「ノアです。入ってもよろしいでしょうか。」

 

「構わない。」

 

「失礼します…」

 

 ガチャ

 

 扉を開いた先には、ベットに腰掛けている団長の姿があった。

 やはり、先の戦闘で団長は腕を失ったのか。

 

 

「単刀直入に聞くが、ノア。」

 

「はい、どんな叱責も受け入る所存です!」

 

 

 

「君は、予知夢を見るそうだね?」

 

 

 団長に怒られると思っていた俺は、拍子抜けした。

 

「よ、予知夢…ですか?

 …予知夢ではなく、俺は悪夢だと思っていますが、それの事だったら、見ます。」

 

「そうか。

 最近見た悪夢の内容を、教えて欲しい。」

 

 急になんだ?

 最近見た悪夢……

 最近はずっと同じ夢を見ていた。

 

「最近は、なんだか非現実的な夢ばかり見ていました。

 兵団組織が機能しなくなって、調査兵団はほぼ全員捕縛されるが、革命が起こり、王家は陥落。

 そこで何故か地を這いながら街を目指す、とてつもなく大きい巨人が出現し、それをクリスタが倒していました。

 そして、その後、何故かクリスタが女王になる…という、信ぴょう性の無い夢なのですが…」

 

「それで、いい。

 君の言う言葉はほとんど真実だろう。

 ありがとう。助かったよ。」

 

「いえ…こんなことで良いのなら…。」

 

 

「もし覚えているならば、悪夢についてもう少し具体的に説明して貰えないだろうか?」

 

 具体的に、か。

 

「……すいません。悪夢の内容はどれもモヤがかかったような感じで、俺にも覚えていない部分の方が多くて、先程言ったことが覚えていることの全てです。

 もう少し具体的に覚えていたら良かったのですが…。」

 

 

「いや、そうか。

 貴重な判断材料だ。これでも十分だよ。」

 

 

「…ええと、団長、それより、お叱りはないのですか?」

 

 俺の今までの行動を考えれば、叱咤されることはあっても、感謝されることは無いはずだった。

 

「地下室を抜け出したことに関しては、確かに、君自身を危険に晒す行為だとは思っていたが、結果的に、君のおかげで多くの兵士を失わずに済んだ。

 私は君に感謝しているよ。

 今も、隠さず全てを話してくれた訳だしね。」

 

 これで、いいのだろうか?

 俺は違和感を感じながら、部屋を出た。

 

 

 

「ノア!どうだった?

 君の顔を見る限り、怒られたようには思えないけど…」

 

 俺が団長の執務室から出るなり、アルミンが駆け寄ってきて、そう聞いてきた。

 

「怒られなかった。むしろ、感謝されたよ。でも、なんだかスッキリしないんだ。俺に隠し事があるというか、なんというか。」

 

「ふーん、ま、怒られなかったなら良かったじゃねえか。団長にボロクソに言われてへこんでるノアも見たかったがな。」

 

 ジャンも近づいてきて、そう言う。

 こいつ、親友だってのに、酷くないか?

 

「まあ、そうだな。良かった。」

 

 すると、向こうから、エレン、ミカサ、コニー、サシャ、クリスタ、ユミルが歩いてきた。

 

 

「ノア!生きてたんですね!」

 

「俺は、天才だから、お前が生きてるって分かってたけどな!」

 

 サシャとコニーが口々にそう言う。

 

「コニー…お前はアルミンが言ってること1ミリも理解してなかったじゃねえか。」

 

「はあ!?1ミリは理解してたよ!」

 

 隣で売り言葉に買い言葉の応酬が続いている。

 

 

「とにかく、ノアが無事でよかったよ。

 ……みんなも、生きてまた会えて、良かった!」

 

「クリスタ!もういい子は辞めるんじゃ無かったのか?」

 

「あ、そうだった。……いきなり変えるのは難しくて…。」

 

 あの2人もあの2人で、いちゃついている。

 

 

 2人を横目に、俺はエレンに近づいて、話しかけた。

 

「……エレン、あの時は、本当に済まなかった。」

 

「いや、状況を理解していなかった俺が悪かったよ。

 お前は時間を稼ぐためにああ言ったんだろ?

 でも俺は、子供みてえに喚いてさ、本当に、何にも分かってなかった。」

 

「…それでも、騙したことに変わりはない。

 ここにいるみんなにもだ。

 俺は、絶対に守ると誓った、大切に思ってるお前らを、騙した。

 本当に、ごめん。」

 

 

 俺がそう言うと、周りは途端に静かになってしまった。

 何か変な事言ったか?

 

 

「…………よくお前、そんなこと言えるな。」

 

「おいおい、新手のプロポーズか?私はクリスタがいるから、お断りだな。クリスタも、私がいるから…」

 

 

 プロポーズ?さっきの発言のどこがそんな解釈になるのだろうか。

 こいつらの思考はよく分からない。

 

 

「お前、そんなこと思ってたのか?

 俺たちを守るって。

 自分自身を、犠牲にしてでも。」

 

 エレンがそう聞いてくる。

 

「前は、そうだった、けど、今は違う。俺自身も死なずにお前らを助けられる策を考えて、実行してきたつもりだ。」

 

「そう、なんだ。

 僕は…ノア、君のことがシガンシナ区襲撃の時から分からなくなっていたけど、そんなことを考えていたなんて。」

 

 アルミン…確かに、シガンシナ区にいた時と、今の俺は全く違う人物になっていた。

 

「ノア、もっと私たちを頼って。いや、私たちじゃなくてもいい。誰かを頼ってほしい。」

 

 ミカサ。ちょっと前までは、俺にも頼れる相棒みたいなやつがいたはずなんだ。だけど、そいつはすぐ行方不明になるんだよな。エレン奪還作戦の時から、二ファの行方は分からないままだった。

 

 

「俺はノアに守られなくても、死にやしないけどな!

 お前も他人のことじゃなくて、自分のことをもっと考えろよ。」

 

 コニーは珍しく、そんな良いことを言う。

 

「そうですよ!ノアはいつもいつも、他人を頼らずに自分1人で…突っ込んで…居なくなっちゃうんですから……、あれ、なんでだろ、涙が…」

 

 サシャは、言いながら涙を流していた。

 

「やっぱり、生きてるって分かってても、会えなきゃ不安だよ…」

 

 アルミンも、いつの間にか、涙声だった。

 

 

「ごめん、みんな。本当に。」

 

 

「そんな謝罪なんて、受け入れられないよな?

 なー、クリスタ。」

 

「ユミル!そんな意地悪なこと言っちゃダメだよ…。

 ノア、私は謝らなくてもいいと思うよ。

 だって、それがノアの任務だったんだし、結局はその任務があなた自身の身を守ることに繋がってた。

 やっぱり、寂しかったけどね。しょうがなかったんだよ。」

 

「ありがとう。クリスタ。」

 

「ノア、違うよ、私は…」

 

 困ったような顔で、クリスタは俺の発言を訂正しようとする。

 そうか、お前は…

 

「ヒストリア、だよな?」

 

「どうして、それを…

 ノアには言ってなかったはずなのに。」

 

 夢で見た。君が、女王になるところを。

 そんなことは言えないから、理由は説明できない。

 俺は曖昧に笑うだけに留めた。

 

「とにかく、私も、みんなを騙していたのは同じことだもの。

 改めて、自己紹介するね。

 私は、クリスタ・レンズじゃなくて、

 私の本当の名前は…ヒストリア・レイスっていうの。

 騙していて、ごめんね。」

 

 みんなは既にどこか分かっていたような顔をしていた。

 

 クリスタ…いや、ヒストリアのおかげでその話は打ち切りになり、その日は今までのことを少しだけ話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたに、話があるんだよ。

 ノア。」

 

 俺はある日の夜、急にユミルに呼び出された。

 

「なんだ?ユミル。」

 

「お前の、その力だよ。

 おかしいんだ。お前に渡っているのは!」

 

 ユミルはこちらを睨みながら叫ぶ。

 消灯時間はもうとっくに過ぎてんだから、静かにして欲しいものだ。

 

「どういう事だ?」

 

「お前の、巨人の力は元々、私のものだったんだ!けどある日、私の中から力が抜けていく感覚があった。

 その日から、私は巨人化出来なくなっちまったんだ。なにか、知ってるんだろ?」

 

「はあ?

 お前の勘違いじゃないのか?

 俺は生まれた時からこの力を持っていたぞ?」

 

「そんなこと、有り得ないんだよ!

 特別な巨人の力は、無垢の巨人がそいつを持っている人間を食うことで、発現するってのがお決まりだ。」

 

「じゃあ、お前は、元々…」

 

「ああ。無垢の巨人で、壁外を彷徨いてたんだ。でも、お前に似たやつを食って、そんで、人間に戻れたんだよ。

 ……どういう事なんだ?ノア、お前は、生まれた時からその力を持ってるって言ったよな?」

 

「いや、実際に使ったのはトロスト区の時だけどな。でもその前に、人間を食った覚えはないし、この力は元々持ってる力だって…根拠は何にもないけど、分かるんだ。

 そもそも……ってことは、無垢の巨人も元々人間だってことか?」

 

「ハア…。そうだよ。

 私の力が無くなったのは、ちょうどその、トロスト区の時だ。

 

 …………いや……そうだ。こんなことを聞いたことがある。特別な巨人の能力をもつ人間が、誰にも食われずに死亡した場合、その能力はランダムにエルディア人に受け継がれるって…

 しかし、私が絶対に、こいつに似た、顎の巨人の力を持つやつを食べたはずなんだ。

 でも、どういう訳か、受け継がれた…」

 

「考えているところ悪いが、そろそろ本当に寝ないと誰かに見つかるぞ?

 もう消灯時間は過ぎてるんだ。」

 

「ああ、とりあえず、今日のところはこれだけでいい。

 …………今話したことは絶対に、誰にも言うなよ?

 まあ、言っても相手にされないと思うけどな。」

 

「ああ、分かったよ。じゃあ、おやすみ。」

 

 ユミルが、無垢の巨人だった……か。それに、俺の力は元々ユミルのものだった可能性がある。

 どういう訳で俺に受け継がれたのかはさだかではないが、こんな力、持っていない方が身のためだろう。

 

 俺とユミルはそこで解散して、割り当てられている自室に戻った。

 

 

 

 

 俺は明くる日、また呼び出された。

 

 今度は紙で、

 

 『教会裏で待つ』

 

 とだけ書かれていた。

 

 大方、ユミルが面倒くさがって自分の名前も書かずに紙を寄越したんだろう、と思った。

 

 

 俺は、まんまと引っかかったわけだ。あいつの策略に。

 

 

 宿泊施設の敷地内にある教会の裏に着くと、そこには――

 

 

「二ファ…」

 

 

 エレン奪還作戦の時から行方不明だった二ファが、そこにいた。

 

 

「ちょっとだけ久しぶりかな?

 生きてて何よりだよ。

 まあ、世間話でもする?」

 

 

「……そんな気にも、なれないんだよ。

 お前は、元からハンネスさんを殺すつもりだったんだろ?

 分かってるよ。

 お前が俺に話した、目的も、悪夢も、計画も、何かしら俺を騙すための方便だったって。」

 

「違うんだよ、ノア。」

 

「何が、違うって?

 お前がハンネスさんを殺したも同然じゃねえか!」

 

「ハンネスさんが生きていると、エレンは力を使えないの。

 そして、エレンが力を使えないと、良ければ兵団が全滅。悪ければ、人類が全滅するのよ?」

 

「俺かお前が上手くやれば、その未来も、変えられるんだろ?

 そもそも、お前にはもう失望してるよ。

 今までだって、お前の行動は俺に知らされなかったし、お前が俺と同じように、死んだフリをしていた件についても、何も明かされなかった。それに、今わかったが、お前の悪夢は、俺のものより高性能で、もっと先のことまで分かるらしいじゃないか。

 なんでそれを言ってくれなかった?

 

 ……俺は、お前のこと、唯一の理解者で、相棒だと思ってたよ。

 

 協力関係は白紙だ。それでいいな?」

 

 

「そうね。

 理由があっても、人が死ぬのを見捨てることは許されないものね。

 …分かった。それでも、最後に言いたいことがあるの。」

 

「何だ?」

 

「これからの事は、あなたも悪夢で見ているでしょうから、何も言わないわ。それは、実際に起こることだし、そこには、私達は介入する必要が無い。

 

 ただ私が言いたいことは…

 私が見ているのは、悪夢じゃないってこと。

 昔の、記憶よ。私自身の。

 それに、あなたが見ているのも、悪夢なんかじゃない。記憶なのよ。

 そのことをよく考えるべきだわ。

 神の愛し子、ノア・シュナイダー。」

 

 

 神の、愛し子…?

 

 

(エルヴィン視点)

 

 

「エルヴィン、ノアが教会裏で発見された。

 意識不明だ。」

 

 

 リヴァイが、ノックもせずに入ってくる。

 

 ノアが、意識不明?

 やはり、今存在を明かしたのは愚策だったか。

 

「外傷は?」

 

「無い。

 意識が無い理由は分からねえが、俺が殴っても起きなかったってことは、意識不明と見ていいだろう。」

 

「とにかく、一般病院に運べ。」

 

「調査兵専用の、じゃなくてか?」

 

「一般の療養施設に、だ。」

 

「了解だ。エルヴィン。」

 

 調査兵専用病院となると、これから調査兵達が捕縛される時に、共に調べられることになるかもしれない。

 そこで、万が一にでもノアの力が明るみになったら、それこそ解剖に回されるだろう。

 

 それにしても昨晩、ノアの身に何があったのだろうか。

 

 

(エレン視点)

 

 一昨日ノアと再会し、和解した俺は、昨日はトロスト区で夜を明かしたが、今日は、ノアと共にリヴァイ班の皆さんに顔を見せに行く予定だった。

 

 そのために、俺とノアでリヴァイ兵長に頼み込んだんだ。朝から馬を走らせてリヴァイ班の先輩方の元に向かおうと、計画を立てていた。

 

 朝は、玄関ホールでリヴァイ兵長を待たせることのないよう、早めに集まると決めていたのに、あいつは、来なかった。

 

「おはよう」

 

「お、おはようございます、兵長…」

 

「お前だけか?」

 

「いえ、予定では、ノアも一緒に出るつもりだったんですけど…

 おかしいな…あいつは朝が苦手ですが、時間に遅れるような奴じゃなかったのに…」

 

「ハアー…

 エレン、お前、呼んでこい。

 万が一にでも、抜け出したとなったら、あいつは憲兵団にバラバラにされるぞ。」

 

 憲兵団に、バラバラ…

 そんなことになってはいけない。

 

「分かりました!」

 

 俺は勢い良く返事をして、ノアの部屋に向かった。

 

 こんな、大事な日に遅刻なんて、兵長に1発殴られても文句言えねえぞ!?

 

 

 ガチャ

 

 俺は、ノックもせず、ノアの部屋に入る。

 遅刻してる奴が悪いんだ。幼馴染なこともあり、特に遠慮はない。

 

「ノア、起きろ!お前、起きないと、憲兵団に引き渡されるぞ!

 ……って、いない…?」

 

 部屋は、もぬけの殻だった。

 

 

 俺は、リヴァイ兵長にこのことを説明すると、リヴァイ兵長は、青筋を立てながら、

 

「とにかく、敷地内を探すぞ。

 お前はエルヴィンや他の兵士にこのことを伝えてから、探せ。」

 

「了解です!」

 

 

 あいつは、本当に何をやっているんだ?

 

 こりゃ、1発殴られるくらいじゃすまねえぞ!?

 

 

 俺は、エルヴィン団長や兵士たちに事情を説明して、一緒に探してくれるよう協力を促した後、自分でも敷地内の隅々を探していた。

 

 そういや、敷地内には、教会があったはず。その裏で昨日、ノアがユミルと密談していたのを、俺は見たんだ。結構遠くからだったから、内容はよく聞こえなかったが…

 

 あいつがいるとすれば、教会の裏だ。

 これだけ騒ぎになっているんだ。

 何かあったのかもしれない。

 

 俺が教会を回って、その裏が見える位置に来た時。

 倒れている、ノアを見つけた。

 

「ノア!

 …おい、死んでんじゃねえだろうな!?」

 

 俺はノアに駆け寄って、生きているか確かめる。

 

 息は…ある。脈も、正常だ。

 

 ……寝てんのか?

 

 

 ペチペチと頬を叩く。

 

 おかしい。こいつはいつもなら、小さな衝撃なんかで起きちまうのに。

 

 昔、こいつに寝起きドッキリのようなものを仕掛けようとした時も、足音だけで起きちまって面白くなかったなんてことがある。

 

 いつものノアなら、俺が脈を確認した時点で起きているはずだった。

 

 とりあえずは、起きないノアを抱えて、兵長に報告しに行った。

 

 

「意識が、ねえってことか。」

 

「でも、息もあるし、脈も正常だし、起きていないのがおかしいくらいなんです。

 …寝てるんじゃねえかってくらい。」

 

 ノアの様子を見ていた兵長は、脈絡もなく、ノアを殴る。

 

「え!?ちょっと、兵長!?

 確かに、こいつを探すために俺たちは大変でしたけど、さすがに寝てるところを殴るのは…」

 

「意識不明…か。

 殴っても起きねえんじゃ、しょうがねえ。

 エルヴィンに報告してくる。

 全く、こいつに何があったんだか。

 ……お前はここで待機してろ。」

 

「…了解です!」

 

 意識不明、か。

 

 

 しばらくして、事情聴取のようなものがなされた。

 この宿泊施設にいた全ての兵士に対して、だ。

 

 俺はその場にいなかったが、同期たちは、昔ソニーとビーンが殺された時の犯人探しの様子と被るらしかった。

 

 俺の番が来て、エルヴィン団長から直接事情を聞かれた。

 

「昨晩は、何をしていた?」

 

「俺は昨日の夜は…今日の朝から馬でリヴァイ班のいる場所まで駆けていく予定だったので、早めに寝ました。9時頃だったと思います。」

 

「それを、証明出来る人は誰かいるか?」

 

「恐らく、アルミンが…

 俺はアルミンと同室だったので。」

 

「そうか。ノアを見つけた時の様子は?」

 

「教会の裏で見つけました。あいつはそこで仰向けに倒れていて、息をしているかと、脈があるかは確認したのですが、あるみたいで、起きないか頬を叩いたりして確認しても、起きなかったので、仕方なく担いでリヴァイ兵長の所に行きました。」

 

「教会の裏、というのは、なにか心当たりがあったのか?」

 

「あの、実は…

 一昨日の夜、ユミルとノアがそこで密談していたのを見てしまって…

 だから、今回もそうかな、と思ったんですけど…」

 

「…貴重な情報をありがとう。」

 

「ユミルはそんなことする奴じゃないと思うんです。

 口は悪いけど、ユミルはウトガルド城でノアに助けられたんです。だから、そんな恩を仇で返すようなこと…」

 

「エレン、君の意見も参考にさせてもらうよ。事情聴取は、これで終わりだ。

 くれぐれも君は、不用意な行動は慎むように。」

 

「分かりました。」

 

 そう言って、俺に対しての事情聴取は終わった。

 

 

 

(エルヴィン視点)

 

「リヴァイ、今更君に事情聴取なんて、要らないだろう。

 今回の事件に対する、君の見解を聞きたい。」

 

「今回は、何故ノアは意識不明になったのか、そして、それを引き起こしたのは、何、または、何者なのか、ということが全く分からねえから、どうしようもねえな。

 だが…ノアの部屋を調べたところ、こんな紙切れが見つかった。」

 

「それは…果たし状かい?」

 

「『教会裏で待つ』文面だけ見れば、果たし状だが、ノアがこれを見て、何の用意もせずに行くとは思えねえ。

 何の用意もしなかったってことは、差出人が誰か分かっていて、それも、信用出来る人物だったってことだ。」

 

「そうか。やはり、ノアに近い者の犯行で、それも信用されている者、ということだね。」

 

「一昨日の晩、ノアに接触した奴がいるらしいな。そいつが犯人じゃねえのか?」

 

「ユミルか。彼女は事情聴取で、自分のアリバイを証明していた。昨晩は、ヒストリアと共に一晩中語り合っていたようだ。

 見回りの衛兵も夜中に明かりが付いているのを見て、注意したらしい。」

 

「そうか、だとしたら、何奴が怪しい?」

 

 

 

「私も昨晩、突然の来訪者に会っていたんだ。」

 

「誰だ?そんなこと、聞いてねえぞ?」

 

「ああ、何しろ、予約の無い客だったからね。

 その来訪者の名前は…『フィアン』

 フードで顔を隠していたが、あれはきっと、トロスト区で行方を晦ませた、二ファという少女だった。」

 

 

 

 

 

 

 

 コンコン…

 

「夜分遅くに失礼するわ。

 少しだけお話したいことがあるの。」

 

 昨日はまだ残りの業務が終わっておらず、夜中まで書類整理をしていた。

 

「誰ですか?」

 

 聞きなれない声だったため、兵士では無いと判断し、それでは、取引先のご令嬢か何かだと思っていた。

 

「フィアンです。

 家名はありません。」

 

 フィアン、聞いたことの無い名前だった。

 

「フィアンさん、ご要件は?」

 

「話したいことがあるんです。調査兵団の、未来に関することで。」

 

「では、扉越しにどうぞ。」

 

 信用のできる部類の話ではなかった。

 その時はまだ、何かしら私の気を引くための小細工位にしか思っていなかったのだ。

 

「これから起きることを話しましょう。

 その代わり、今回のことが当たったら、次からは信用してください。」

 

 占いの類か。とりあえず、信用出来ないにしても、聞いておくに越したことはない。

 ついこの間、ノアから予知夢の内容を聞いたばかりだ。それと照らし合わせて、それから信憑性を考えればいいだろう。そう考えた。

 

「信用出来ると断言はできないが、今回のその、予知のようなものが当たったならば、私個人としては、それを考慮に作戦を立てることになるだろうね。」

 

 

「それで、十分です。

 では、お話させていただきます。

 

 近々、クーデターが起きますよね?このことに関しては、上層部の人物は知っていることでしょう。

 そして、調査兵団に所属している、クリスタ・レンズ、本名をヒストリア・レイスという少女が、真の王家として、この国の女王になります。

 その過程で、彼女の父親、レイス家の現当主は巨人になる薬を飲み、今までで最大級の巨人になって、地を這いながら北のオルブド区へ向かうでしょう。

 しかし、その化け物の娘が、無事父親を討ち取って、真の女王として君臨する。

 

 このクーデターの期間は、兵団組織は一部機能せず、調査兵団は人との戦闘をすることになるのではないでしょうか。

 この話は夢物語のように思うのかもしれませんが、これから起きることです。

 もしかしたら、あなたの頭の中にはこれからの作戦がもう出来上がっているのかもしれませんが、この情報が、お役に立てば、幸いです。」

 

 綺麗に、私の考えていた作戦、そして、ノアの予知夢と一致しており、さらに細かい情報まで入っている。

 この来訪者は、何者だ?

 

「ああ、見事な見解を、ありがとう。

 ところで、君はどこの、誰だ?」

 

「先程も言いましたが、私はフィアン。住んでいる場所は、ありません。

 私の役目はこれで果たしましたので、

 これにて、失礼します。」

 

 扉から遠ざかっていく気配がし、薄らと扉を開けて、彼女の様子を伺う。

 暗闇で顔は見えないが、赤茶の髪と、立ち居振る舞い。

 トロスト区で行方不明になったとされた、二ファという少女だろうか?

 

 

 

「彼女は、ピッタリ、私の作戦と、ノアの予知夢を当てて見せた。

 そんな人物が、夜中に、わざわざこんな所まで来て、助言をするだろうか?

 何の目的があって、ここまで来た?」

 

「とにかく、誰かに見つかりたくねえってことは分かるな。」

 

 夜中に、私の部屋まで警備を掻い潜ってきた人物。リヴァイの言う通り、見つかりたくないということは確実だろう。

 

「ああ、そうだな。

 ……しかし、私へそのことを話すのが、ついでだったとしたら?」

 

「エルヴィン、どういうことだ?」

 

「元から、彼女はノアに会うためにここに来たとする。そして、ノアを何らかの方法で意識不明にしてから、私の部屋に来た。ノアに会うということと、私に予知を話すということを、どうしても両方しなければならない理由があるとしたら。

 一日の内に、全て終わらせた方が、監視の目も掻い潜りやすいだろう。」

 

「ノアをあの状態にしたのは、二ファだってお前は考えてんのか?」

 

「ああ。

 それに、昨日は監視が少なかった日だった。

 その日を狙って侵入したのだろう。」

 

「そうなると、厄介だな。

 未来が見えるっつう預言者に、こっちはこっちの預言者を潰されちまったんだろ?」

 

「ああ。それに、問題は山積みだ。

 エレンの事も、前回の壁外調査で成果を上げられず、そのままだ。

 そろそろ、憲兵団も動いてくる頃合だろうな。」

 

「憲兵団が…。

 エレンを狙ってなりふり構わず、来るっつうことか?」

 

「いいや、エレンだけじゃない。相手方は、真の王家、ヒストリアも狙っているらしい。

 十分注意してくれ。

 リヴァイ、君の班には、新たに新人何人かを配備させて貰う。調査兵団の兵団組織が機能しなくなったら、その兵士達を使って、何としてもエレンとヒストリアを守れ。」

 

「了解だ、エルヴィン。」

 



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0.0話 【過去編】始まりの始まり

 

 

(二ファ視点)

 

 私は今までずっと、この世界を繰り返していた。

 

 それは長い道のりで、絶望することも何度もあった。

 

 それは何もかもが上手くいかなくてどうしようもなかった時。

 私は願ってしまった。

 

 誰かがこの状況を打開してくれることを。

 誰かが救ってくれることを。

 

 

 私が1度願ってしまったものは叶ってしまうと分かっていたのに。

 

 

 そうして私のループにノアは巻き込まれた。

 

 彼は元々ここにいるべき人では無かったはずなのに。

 

 

 その罪の意識に耐えられなくて私は、塞ぎ込んだ。

 

 

 そうして何日、何年…何ループ経ったかは分からなかったけど、その時思い出した。

 これは、私が始めてしまったものなのだから、私自身の手で終わらせないと。

 私が呼び込んでしまった、ループに巻き込んでしまったものも、私の手で元の場所に返さないと。

 

 塞ぎ込んでいる場合じゃない。

 

 

 そうして次のループとの間で彼と出会った。

 

 

 それが、ノアだった。

 

 

 

 

 彼は困惑したようにこちらを見ていた。

 

 

「二ファさん…ですか?」

 

 彼は今回のループでは壁外調査辺りまでいったはずだ。そうしたらハンジさんの班の私にも会っていたかもしれない。

 

 私がこの世界に来て、転生を繰り返していたのは、主人公でもその仲間でもなく、二ファ、という前世でも人気のあった脇役キャラクターだった。

 

 今の外見も彼から見たら二ファのように見えるのだろう。

 

「どうしてここに…それに、ここは…?」

 

 

 私は覚悟を決めて、話し始めた。

 

「ここは、ループの狭間の世界。まあ死後の世界と同じような物ね。

 私はここを管理している者よ。」

 

 

 ノアはどうやら状況が飲み込めていないようだった。

 

「分からないのも無理ないわ。ループしてたことも忘れてるのかしら?

 まずはその記憶を、戻さないといけないわね。

 でも、その記憶はきっと辛いことばかりだと思う。覚悟をして頂戴。」

 

「ループ?そんなことしていた覚えはないけど…

 その記憶が戻るのは、ありがたい。今まで何があったのかさっぱりだ。

 よろしく頼むよ。」

 

 

 そうして私はノアに記憶を戻した。案の定ノアはその場で倒れて眠った。

 

 記憶を取り戻した時は必ずこうなる。私は見たことが無くてもそのことを知っていた。

 

 

 そうしてノアをベットに寝かせて何日か。

 彼は目を覚ました。

 

 

「二ファ…

 いや、お前は誰だ?

 記憶を見たが、お前は……他の奴らと違うような感じがした。

 俺と同じ、転生者なのか?」

 

 

 

「ノア、起きたのね。

 無事に記憶を取り戻せて良かったわ。

 転生者……と言ったらそうね。半分当たりで半分ハズレって感じね。

 

 私は、貴方に謝らなくちゃいけないことがあるの。

 謝っても許しては貰えないだろうし、殴ってもらっていい。」

 

 

「何のことだ?俺はお前に謝ってもらうことなんてないと思うが。」

 

 

「…………ごめんなさい。

 

 貴方をこのループに巻き込んだのは、私だわ。

 

 私は、この世界の管理者。

 つまり、ちょっとした神様なの。

 

 殴ってくれて構わないわ。本当に、申し訳ない事をしたもの。」

 

 

「神様だって?

 俺をループに巻き込んだのは、お前なのか…。

 ……理由を聞いてもいいか?どうして、俺がループする羽目になったのか。」

 

 

「長い話になるけれど、聞いて貰ってもいいかしら?」

 

「ああ。」

 

 そうして私は、自分自身の長い長い記憶を語り始めた。

 

 

 

 

 私は元々、地球に住んでいた1人の人間だった。

 『進撃の巨人』を楽しんでいた内の1人だった。

 いや、『進撃の巨人』だけが私の唯一の趣味だと言っても過言では無かったほどのファンではあったけれど。

 

 

 

 しかしある日、死因は何だったか思い出せないけど、私は死んだ。そして、今いるここと同じような、殺風景な場所に着いたんだ。

 

 そして、神様に会った。

 その人は私なんかとは比べ物にはならないくらい、凄い神様だったのは覚えてる。

 

 そして、私は天国か地獄か、どっちに行くのか決められるのかな、と思っていたんだけど、その神様は、私にこう言った。

 

『お前は何か望みはあるか?』

 

 と。神様が言うには、私は前世で善行を積んだから、何か1つ願いを叶えようって。

 

 私は善行云々はした覚えが無かったし、よく分からなかったけど、1つ願いを叶えるとしたら、前世から決めていたことがあった。

 

 『進撃の巨人』の世界をこの目で見ること。

 

 私の好きな彼らの生き様を、この目で見ること。

 

 

 その時は、確かに『進撃の巨人』の世界は悲しい事が多いのは分かっていたけど、彼らを見れれば満足だ。そう思っていた。

 

 

 けどね。1回目、空の上から彼らを見ていた私は、思ってしまったの。

 

 

 

 彼らを助けることができるんじゃないかって。

 

 

 

 神様の願いをどうしても叶えようとするこの世界は、私を二ファに転生させて、ループを始めた。

 

 

 私はその時は自分の力でどうにかなるし、どうにかしようと張り切っていたけど、何回繰り返しても助けることはできない。そうして私は絶望していった。

 

 

 神様の願いは形になる。それを知っていたつもりでも、私は理解していなかった。そもそも私は神様なんかじゃない、普通の人間だと思ってたから、あんなことを思っちゃったのね。

 

 

 私は、彼らを救ってくれる誰かが来てくれることを願ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「そうして来たのは貴方だったの。ノア。

 私は貴方にこのことを話さないといけないと思ってここに呼んだ。

 殴られても文句は言えないわ。それだけの事をしたの。いや、殴られるだけじゃ足りないくらいの罪を私は犯したんだわ。」

 

 

「二ファが…

 だけどそれは、仲間を助けるため、なんだな?」

 

 

「え、ええ…。私は最初から、皆を助けるためにずっと、何度もループしてきた。」

 

 

「俺も、そうだ。

 毎回ループの記憶は忘れちまうもんだから、毎回最初はなんでこんな残酷な世界に転生したんだって疑問に思うが、訓練兵になって、仲間と出会って。

 俺は彼らを守りたいと思うんだ。

 

 確かに俺がループしたのはお前のせいだ。お前のせいで、俺はこんな大変な思いをしなくちゃいけなくなった。

 

 けどさ、お前のおかげで、アイツらと会えたし、前世は何にも、目標なんか何にも無かった俺に、目標が出来たんだ。

 

 お前に感謝はすれど、殴るなんてできないよ。

 

 こっちの世界の方が、前の世界より楽しいしな。

 …ずっと病室にいる生活よりも。ずっと。」

 

 

 ノアはそう言ってくれた。

 

 彼の優しさが身に染みる。私は貴方を理不尽に何回もループさせた張本人だと言うのに。

 

 

「ノア……

 ありがとう。

 貴方がいてくれて、良かった。貴方が来てくれて、良かった。」

 

 

「まあ、そういうことなら、またループして、転生しないとな。早く全員救って、こんなループ終わらせて、未練なんか1ミリもない状態でこの世を去りたいからな。」

 

 

「そうね。

 あなたの言う通りだわ。」

 

 私は最近は皆を救うことはもう無理に近いと思っていた。諦めていたけれど、彼の言葉を聞くとなんだか簡単なことのように思えてしまう。

 

 

「だけどさ、俺の記憶は受け継げないのか?

 この記憶が無いとまた同じ結末を繰り返すだけだと思うが。」

 

 

「そうね…」

 

 彼の次の生の記憶まで干渉できる権限は私には無い。

 

「私が出来ることと言えば、ちっぽけなことばかりなの。

 その中でできることといえば、貴方が次のループで同じ結末を辿らないように祈ることね。

 

 所詮ちっぽけな神様のできることなんてこのくらいだわ。」

 

 

「そうなのか…」

 

 

「でも、もしかしたら、今回今までのループの事を思い出したのだから、貴方の次のループに変化があるかもしれないわね。

 例えば、夢でこれまでの記憶を見る、とか。」

 

 

「そうだな。そうなることを願ってるよ。

 

 さあ、二ファ神様(二ファがみさま)、早く俺をループさせてくれ。

 あいつらを全員救わなきゃいけないんだからな、時間はどれだけあっても足りない。」

 

 

「そうね。

 じゃあ、またループを始めるわ。

 覚悟を決めてね。1度願ってしまったものは変えることはできないから。」

 

 

 そうしてまた、ループが始まった。

 

 

 



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21.5話 【幕間】花瓶

 

 

(ノア視点)

 

 

「ノア、久しぶり!…元気でよかった!」

 

 そう言って病室に入ってきたのは、ペトラさん達、リヴァイ班の先輩方だった。

 俺が意識を失った次の日に、エレンと共に顔を見せようと思っていたが、それも叶わず、壁外調査の日からずっと顔を見せられないままだった。

 

「ノア、無事で良かったよ!」「お前、何があったんだ?ずっと顔を見せないで…心配したぞ?」「そもそもな、死んだフリってなんだよ。俺たちを騙すなんてな、100年早いぞ?」

 

「ペトラさん、エルドさん、グンタさん、オルオさん…。わざわざ来てくれてありがとうございます!

 顔を長い間見せに行けなかった件も、死んだフリをしていた件も、本当にすいません。」

 

「ノアが謝ることじゃないわ。死んだはずのノアが生きてたってエレンから聞いた時は、それはビックリしたけど…、団長の命令だったみたいじゃない?」

 

「それは、そうなんですけど…」

 

「顔を見せに来られなかったのも、意識不明で、大変だったらしいじゃないか。

 ノアの身体が1番だ。無理して顔を見せに来る必要はない。」

 

 ペトラさんもエルドさんも、優しい言葉をかけてくれる。

 

「それにしても、お前、痩せたな!

 もっと食わねえと、力つかねえぞ?」

 

「また筋力が、力が足りないって兵長に怒られるのが目に見えてるぜ。」

 

 グンタさんはお父さんみたいなことを言っているが、それにならうとオルオさんは近所のからかってくる、兄ちゃんって感じがする。

 

「2人とも、ノアは病み上がりなんだからしょうがないよ。」

 

 エルドさんがフォローを入れてくれる。

 

「確かにそうだな。

 …………そうだ、これ、皆で決めたものなんだけど、ノアのお見舞いに…って。使ってくれるとありがたい。」

 

 そう言って、グンタさんが渡してくれたのは、ルームフレグランスと呼ばれる類のものだった。

 

「これは……」

 

「リラックス効果のある匂いらしいんだ。

 最初は花束だけにしようかと思っていたんだが、花屋で進められてね。」

 

 エルドさんはそう言って、花瓶に花束を刺し、水を入れ替えに行く。

 

「ありがとうございます!

 水の入れ替えまで…本来は先輩にやらせることじゃないのに…」

 

「病人なんだから、お前はそこで寝てりゃいいんだよ。」

 

 オルオさんはそうぶっきらぼうに言うが、優しさが隠しきれていない。

 

「そうだ、手紙ありがとうね、ノア。あれがなかったらここの場所も分からなかったわ。」

 

「いや、本当に、俺が行くべきところを来ていただくことになってしまって…」

 

「そんなに恐縮しないで。

 私達もノアに会いたかったんだし、早く会えて良かったわ。」

 

 

 俺とペトラさん、オルオさんが話している間に、水を入れ替えてきたエルドさんが戻ってきた。

 さっきまで花瓶に刺さっていたのは、エレン達が持ってきた、黄色やオレンジを基調とした花たちだったが、先輩たちが持ってきてくれたピンクや白を入れた花束が入って、よりカラフルになっていた。

 

「エルドさん…ありがとうございます。

 花束、綺麗ですね。色も色とりどりになって、なんだか調査兵団みたいです。」

 

「調査兵団…か。

 変人の巣窟って呼ばれるくらいだもんな。

 もっとカラフルじゃないと、調査兵団にはなれないんじゃないか?」

 

 エルドさんはそう返してくれる。

 

「また私たちみたいに、お見舞いに来てくれる人達が来るかもしれないじゃない?その時にまた違う色が増えるかもね。」

 

「確かに、そうですね。」

 

 それから俺は今までのことを話して、先輩からも今までの事を聞いて、そして、先輩達は帰って行った。

 

 

 

 

 

 その日訪れたのは、ミーナとトーマスだった。

 

「ミーナ、トーマス!本当に久しぶり!

 最近見かけないから何しているのかと思っていたよ。」

 

 トーマスは、トロスト区で両足を失ったせいで、車椅子で病室に入ってきた。ミーナはそれを押している。

 

「ノア、久しぶり。」「ノア、おはよう。」

 

 久しぶりに見たトーマスはあまり変わらないが、ミーナはどことなく大人の顔つきになったような気がした。

 

「ノア、貴方が生きてるって知って、何処にいるのか探していたの。そしたら、入院してるって聞いたからびっくりしたんだけどね。まさか、トーマスと一緒の病院だとは思わなかったのよ。」

 

「トーマスと一緒の病院だったの!?」

 

「そうなんだよ。僕は1階だけど、ノアの病室は2階だね。」

 

「知らなかった…」

 

 ずっと、リハビリなんかをしていてもトーマスの姿は見かけなかったため、トーマスと同じ病院だなんて、1ミリも思っていなかった。

 

 

 

 

 それから、今の状況なんかをお互いに少し話してから、ミーナが深刻そうな顔でこう切り出した。

 

「突然なんだけど……あのね、私、ノアに言いたいことがあるの。」

 

「なんだ?改まって…」

 

 

「私ね、医療班に移ったの。だから、ノアも最近私の事を見かけなくなったんじゃないかな?」

 

 

「そう、だったのか。

 調査兵団の医療班は特に大変だろう?

 毎回負傷者は大量に出るし、その特性上、最前線について行かなきゃいけない。

 よく、医療班に、それも調査兵団の医療班に移る決心をしたな。」

 

「え、ええ…。調査兵団の医療班は大変でも、巨人と戦うことはない。

 私は巨人と戦うことは恐ろしくてもう出来ないけど、みんなの助けになりたいと思ったから、そこに移ったのよ。

 私は巨人と戦うのは凄いことだと思ってるわ。それも、最前線で1人で巨人を倒していく、ノアのことは、尊敬してる。私は何度も貴方に、直接じゃなくても助けられたもの。

 だから、私の決断を貴方に話しておきたくて。」

 

「そっか、ありがとう。

 ミーナの決断は、自分自身でしたものだ。きっと君にとって良い選択だったんじゃないかな。」

 

「うん、ありがとう…」

 

 ミーナが医療班に移ったことには驚いた。

 人生には何回か決断の瞬間がある。俺の長い長いループの間にも何回もあった。そこで他人に任せるのではなく、自分で決めることが大切だと俺は思っている。

 自分で決めたことなら、その結果が良いものでも悪いものでも、受け止められる気がするから。

 

 ミーナは自分で決断した。その結果は誰にも分からないけれど、彼女自身が決めたことなら何があっても役目をやり通せるんじゃないかな。

 

 

 

「トーマスは、最近はどうしているんだ?」

 

「…もう、ずっとリハビリの毎日だよ。

 ノアと同じだ。」

 

「そりゃ大変だ。

 ずっとリハビリなんて、気が滅入るよな。」

 

「ああ。だけど、何も目標はないけど、早く治して何かしたいってことは思っているんだ。だから、リハビリも毎日頑張ってるよ。」

 

「ああ。トーマスはそうじゃなくっちゃな。」

 

 ミーナとトーマス。彼らは特殊な才能はないが、才能が無くても、分析して、努力して、それを埋めていく才能があった。トーマスなんか、根性は人一倍ある。両足を亡くした後のリハビリなんて、俺のより何十倍も、下手したら何百倍も辛いだろうが、トーマスなら乗り越えられるだろう。

 

 

「これ、私たちから。」

 

 そう言って、ミーナが俺に渡したのは、花束。図らずとも、エレン達や先輩達が持ってきてくれたものとは違う色である、赤を基調とした花束だった。

 

「ありがとう!

 ミーナもトーマスも、大変なのに、わざわざ…」

 

 

「いいのいいの、元々ノアを探していたし…

 それより早く良くなってね!

 そうじゃないと、調査兵団全体の指揮に関わるわ。」

 

「え、流石に大袈裟すぎないか…?」

 

「大袈裟じゃないよ。

 ノアの評判は上々よ。皆貴方の名前を聞いたら、ああ、リヴァイ兵長と同じくらい強いひとか。ってなるもの。」

 

「それは言い過ぎだと思うけどな。」

 

 さすがにリヴァイ兵長と同じくらい強い訳では無いと思う。

 そこはどうしても訂正したかった。

 

 それからトーマスとミーナとも話して、そして解散した。

 

 

 

 

 

 それから数日後の夜。おれの病室にはまたもや来訪者が来ていた。

 アルミンだ。

 

 珍しいことに、今回はアルミン1人だけがこの部屋に来ていた。

 

 

 コンコン

 

 俺は突然のノックの音にびっくりしたが、

 

「誰だ?」

 

 冷静にそう聞いた。

 

 

 

「ノア、驚かせてごめんね。僕だよ。アルミンだ。

 入っていいかな?」

 

 アルミンか。先週お見舞いに来たばかりだ。何か話があるのだろうか?

 

「どうぞ。」

 

 そう許可を出したらアルミンの金髪が見えた。

 病室は暗いためあまり表情は見えないが、確かにアルミンだ。

 

「ノア、君に聞きたいことがあるんだ。」

 

「何を聞きたいんだ?」

 

「君が、隠していることについて。

 この前リヴァイ班の104期皆でお見舞いに行った時、何か隠してたよね?」

 

 あれの事か。俺の記憶と、マーレの話は流石に同期

には話すことは出来ない。

 俺がお前らを助けるために何回もループしてるなんて言えないし、そもそも自分の死に際を聞きたいやつなんていない。俺がループの事を話すってことは、それはつまり、彼ら自身の死んだ瞬間も聞いてしまうってことだ。

 俺だって、どれだけ頑張っても死んでいく仲間に絶望だってした事がある。

 彼らがこれを受け止められるかも分からないのに、教える訳にはいかない。

 

 それに、マーレだ。このことは二ファの言う通り、ここで知るべきことじゃない。

 ……俺が敵の主力だったって聞いたら軽蔑されるかもしれない。それもあって俺は話してこなかった。

 

 

「記憶のことは、いいよ。きっと団長からの作戦の話で聞かせてもらえるだろうしね。

 それとは違う、もう1つの秘密のことだ。

 何か、隠していることがあるよね?」

 

 アルミンはなんでもお見通しなのかもしれない。

 

 それでも、マーレの事だけは言う訳には…

 

 

「ハアー…

 黙りもいい加減にしてよ。

 何か隠していることは分かってるんだ。

 そもそも次の作戦は、きっと巨人達との最終決戦になるはずだ。その前に聞いとかなきゃ…。もしかしたら、その情報が僕たちの為になるかもしれないじゃないか?

 君が話してくれることで、僕たちの運命は変わるかもしれないんだ。」

 

 俺は、普段見ないアルミンの表情にびっくりしていた。暗闇の中で見えないと思っていたアルミンの表情は、彼が近づいて来たことで見えるようになっていた。

 

 もしマーレの事を話したとして、俺が軽蔑され、連携が取れなくなったら?今回の作戦を乗り越えれば、平和だと考えていたところに、他国からの侵略ということが分かってしまうと、指揮も下がる。それに、アルミンの作戦に、支障が出たら?

 

 

「お前らの運命が、悪い方向に変わるかもしれないじゃないか?」

 

 

「ノア、何を怖がっているのかは分からないけど、少なくとも僕は、その情報を使って敵を倒すことに注力するつもりだ。何か悪いことに使う気はないよ。」

 

「違う、そうじゃない。

 お前たちがその情報を知って、それでも今までと同じように動くことが出来るかが問題なんだ。」

 

「今までと同じように…?

 そんな必要はないと思うよ。そもそも敵は僕たちの今までを超えてくるような、敵だ。

 僕たちが変わらなきゃ、敵を上回ることは到底できない。

 それにノア、君の目的は…僕たちを生かすことでしょ?それなら尚更、僕たちに隠し事はしない方がいいんじゃない?その情報が僕たちの生存率を上げるかもしれない。

 いつだって戦いの場では情報の多い方が勝つんだ。

 僕だけにでもいいから、教えてくれないかな?」

 

 

 戦いの場では、情報の多い方が勝つ。

 確かにアルミンの言う通りだ。

 マーレの事を話してどうなるかは分からないが、きっとアルミンはこの情報を上手く使ってくれる。

 ミーナだって、勇気を出して俺に決断を話してくれた。俺が彼らに軽蔑されるんじゃないかって怯えてる場合じゃないよな。

 

 俺は、アルミンにマーレの事を話した。

 大体は団長と兵長に言ったことと同じだ。

 

「そうか、外の世界には、海がやっぱりあって、それを超えた先には国があって、僕たち以外にも多くの人が住んでいるんだな。

 しかし前世を覚えているなんて、信じられないけど、もっと信じられないのは、ノアがベルトルトやライナーと同じように、この壁内に侵略しようとしていた敵だったってことだ。

 ……今はそんなことはないよね?」

 

「もちろんだ。

 そもそもこの記憶はお前らがクーデターに奔走してた時、俺が寝ていた時に思い出したものだ。その前は全くそんなこと知らなかった。

 ……信じてくれ。」

 

「ノア、君の表情に嘘はないように見えるよ。

 信じるよ。

 マーレ、か。君は、その戦争とやらに参加してたってことでしょ?

 ってことは、人を殺したことがあるってこと?」

 

「ああ、そうみたいだ。

 銃撃戦の中、人を殺したことが、ある。

 お前らは軽蔑するだろうな。」

 

「いや、しないよ。

 この前のクーデターの時、僕も人を殺したんだ。

 それに、銃を持つ部隊とも戦った。

 君と同じだよ。」

 

 そうだったのか……。アルミンも、人を殺さなければいけない状況に陥ったことがあるんだな。

 

「そう…か。この情報が役に立てれば良いけどな。」

 

「いや、何もかも、役に立たなくても知っておくに越したことはないよ。

 

 …………忘れてたけど、花束だ。もう1杯貰ってるだろうけど、これくらいしか思いつかなくて…。」

 

 アルミンは窓の前に飾ってある花瓶を見てそう言った。

 

「もうエレン達と来た時に貰ったから、いいのに。」

 

「いや、僕がやりたくてやった事だ。お見舞いにはお見舞いの品がないと。

 もちろん君の隠していることを探ろうと思って来たのは事実だけど、君の事を心配しているのは本当だよ。

 

 それじゃあ僕はこれくらいで。

 真夜中にごめんね。

 リハビリ、頑張ってね。」

 

「ああ、アルミン、ありがとう。

 お前も訓練頑張れよ。」

 

 そう言った後、アルミンは病室を出ていった。

 花瓶には、俺が昔好きだった、あの青い野花が刺さっていた。ちまちましてて可愛いんだよな。

 アルミンがおれの好きな花を覚えていることに驚きだった。俺は1回もあいつに言ったことはなかったのに。

 

 

 

 俺が退院する頃には、最初に来てくれたエレン達なんかが持ってきた花は枯れてしまったが、それでも色とりどりの花が花瓶に刺さっていた。

 沢山の人が、見舞いに来てくれたり、見舞いの代わりに花を送ってくれたりしたからだった。

 

 感謝でいっぱいだった。

 

 まだ枯れていない花は、病院から持ってきて、今も自室の花瓶に飾ってある。そこには、個性がありながらも、全体として綺麗でカラフルな色合いになっている花たちが刺さっている。

 

 



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22話 原点(ウォール・マリア最終奪還作戦前夜)

 お待たせしてしまってすいません!


 

 

(ノア視点)

 

 俺が自分の病室で団長と兵長、そして二ファと話した日から数日後。俺は走れるくらいまで回復したということで、病院からも退院した。

 病院って、前世の病気のことを思い出すからあまり好きじゃないんだよな。苦手な病院から抜け出すことが出来て、俺の心は晴れていた。

 

 それにしても、俺の記憶、それは複雑なようで、よく分からないところも多かった。

 俺が前世と呼んでいる記憶も、実際は前世なのか怪しい。そもそも俺の1つ前の人生は、マーレの戦士訓練兵だったはずだ。病気なんか引いてないはずなのに、俺の前世の記憶は、《病気で病院から1歩も出れない生活》だったと訴えている。

 よく分からない。

 

 

 話を戻すと、俺は退院して、そしてまた訓練を始めた。始めは感覚が取り戻せず、立体機動装置を操ることさえも苦労したが、慣れてくると前の感覚を思い出せるようになっていった。

 

 

 そうして俺が回転斬りも連撃も難なくできるようになるまで回復した頃、新たな作戦内容をエルヴィン団長から直接伝えられるとの伝令が回ってきて、俺は団長の執務室へ向かった。

 

 

 俺はノックをして、部屋の中に入った。

 

 

「どうぞ。」

 

「失礼します。」

 

 

「ノア、よく来てくれたね。

 漸く次の作戦が決まったんだよ。」

 

 

 それから団長に聞いた作戦は、思ったより単純で、思ったより、正攻法だった。

 

 

「団長は、これがベストだと、そう考えているんですね?」

 

「ああ、我々は十分な戦力を有している。絡め手を何回も使うよりも、こういう作戦の方が、臨機応変に動きやすい。

 これが、現状の戦力を生かせる方法だと考えているよ。

 敵はどんな手を使ってくるか分からない。ましてや、君たちの言っていた『記憶』とは違って、今の敵の戦力は鎧、超大型、そして獣の巨人で全てなのだろう?ということは、今回は何がなんでも、敵はこちらを潰す策を用意してくるかもしれない。

 戦場では君たちやハンジ、アルミンにも指揮を執ってもらうことになるが、それでいいかな?」

 

「はい。自分に出来ることは、何でもするつもりです。

 ところで、二ファの配置はどうなりますか?

 この間嘘を吐いたこともあり、信用が無いのは重々承知ですが、彼女もこの壁内人類を思う内の1人です。今回の作戦に加えた方が…戦力的にも有力だと思うのですが。」

 

「彼女も、今回の作戦に加わってもらうつもりだよ。もちろん、裏切る可能性も兼ねて、リヴァイと同じ配置についてもらう。彼女は強いようだが、この前の様子を見る限り、リヴァイには勝てないらしいからね。

 もちろん君も裏切る可能性があるが、そこまでは考慮しきれない。これまでの功績を含めて、私は君を信頼しているんだ、ノア。

 今回の作戦は、頼んだよ。」

 

「はい、団長!」

 

 

 前のカラネス区での作戦では、俺の力は使えないとして、地下牢に残された。しかし、今回は団長に信頼され、俺は作戦の一端を任されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「聞いたよ、ノア。次の作戦は俺たち104期の裁量にかかってる…らしいね。」

 

 アルミンは執務室から出た俺に話しかける。

 正確には、アルミンの知恵次第なところがあった。

 しかし、俺と二ファがいない世界では、絶望的な状況の中で、アルミンとエレン、たった2人で状況を打開する策を思いついたアルミンだ。それに加え、今回は戦力は十分。アルミンはどんな状況でも、良い作戦を考えて指揮を執ってくれると信じている。

 団長も、アルミンのその知恵と、これまでを乗り切った104期の兵士達を信頼しているからこその今回の作戦なのだろう。

 

「アルミン、お前の力量次第なところもある。

 プレッシャーかもしれないが、俺も、他の104期もついているんだ。

 今回は…失敗は許されない。

 間違っても、自分を犠牲にして…とか考えるんじゃないぞ?」

 

「……うん。ノアじゃないんだから、1人で突っ込んだりしないよ。

 僕の力量次第…か。」

 

「大丈夫だ。お前は人に思いつかないことを思いつく才能がある。アルミンが考える時間は俺が稼ぐ。だから、思う存分、考えればいいだけだ。」

 

「考えるだけ……ね。簡単そうに言ってくれるね。」

 

「簡単だろ?トロスト区奪還作戦なんて突飛な作戦も思いついたアルミンなら、大丈夫だ。」

 

「そうだね。……そう思わないと、やってられないよね。」

 

 

 今回の作戦では、104期の兵士たちのみで、超大型巨人と対峙する事になった。それは、俺たちが信頼されている証でもあり、一種の賭けでもあった。俺たちさえ乗り切れば、この作戦は勝ったも同然だろう。

 恐らく俺らが少人数で超大型の討伐に向かうのは、その絶大な範囲に被害を及ぼす、超大型の巨人化の性質のせいだ。

 超大型巨人の巨人化が1度成されてしまうとその周囲を爆風で薙ぎ倒し、周囲にいる人間を区別なく焼き払う。つまり、大人数で向かっても少人数で向かっても、巨人化してしまったとしたら皆焼け死んでしまう。

 そのため、万が一超大型が巨人化しても、ワンチャンエレンや俺の巨人に乗って退避や防御ができる少人数である、リヴァイ班の104期兵が適切だと考えられたのではないだろうか?

 

 その代わり鎧を担当する先輩兵士達の任務が完了したら、こちらの援護に回ってくれることになっている。超大型がもし巨人化したとしても、その後から援護に来る分にはその巨人化時の爆風を受けることはないからだ。

 俺たちが仕留められない場合でも、彼らが来るまでの時間を稼ぐことが出来れば、超大型に勝てるだろうとのことだ。今回の作戦は消耗戦になる。長期戦になればなるほどこちらが不利になっていくことが予想されているから、早く終わる分にはそれでいいんだが…。

 

 

 

 アルミンと話しながらそんなことを考えている間に、どうやら俺たちは執務室から離れ、中庭の外廊下まで来ていたようだ。

 

 

「アルミンに、ノア!そこで2人で作戦会議か?俺も混ぜろよー!」

 

 そう言って、決意を固めていた俺たちに割り入ってきたのは、コニーだった。

 コニーの後ろには、サシャ、ジャン……などなど、今回の作戦で共に戦うものたち。

 

 そして……

 

「ヒストリア…!…と、ユミル。」

 

 女王になったヒストリアまでもが、ここに集まっていた。

 

「なんだ?私はオマケか?」

 

 ユミルは彼女自身の意向で、調査兵団を抜けて、女王直属の兵士になったようだ。近衛騎士とでも言うべきだろうか?

 ユミルはヒストリアの為ならば何でもする奴だ。詳しくは分からないが、こいつは恐らく、無理を言ってこの立場を手に入れたのだろう。

 

「ヒストリア、こんなところに来て大丈夫なのか?」

 

 俺は思わず聞いてしまう。

 ここは調査兵団本部。

 女王が簡単に来るような所じゃない。

 

「ちょっと近くまで用事があったんだけど…

 ノア達、これからウォール・マリア奪還作戦に行くんでしょう?だから、顔を見ておこうと思って。」

 

「次の用事があるってのに、この女王サマときたら、見に行くって聞かないんだから。」

 

 ユミルが呆れ顔でそう言う。

 

「そうか。ヒストリア、ありがとな。」

 

 ヒストリアは、女王になっても変わらないな。

 

「じゃあ、そろそろ行くね。早く行け行けって、ユミルがうるさいから。

 ……頑張って。生きてまた、ここに戻ってきてね。」

 

 

 

「女王サマが予定通り動いてくれりゃ、私もこんな口うるさく言わないんだけどね。」

 

 そんな前と変わらないような会話をしながら、ヒストリアとユミルは向こうへ歩いていった。

 

 

 

「ところでノア、お前はもう大丈夫なのか?」

 

 ジャンにそう聞かれる。

 

「ああ、もう体は何ともないし、立体機動装置の感覚もだいぶ戻ってきた。」

 

「そうか、そりゃよかった。

 次の作戦はお前のそのぶっ壊れ性能の力がねえと成り立たねえしな!」

 

「ジャンこそ、腕は鈍ってないだろうな?」

 

「もちろんだ。」

 

 

 

「…ところで次の作戦は、私たち一緒の班なんですよね!

 絶対、巨人をぶっ倒して、いっぱいお肉食べましょうね……ヘヘヘヘ」

 

「サシャ、お前…肉食べることしか頭にないだろ。」

 

 サシャとコニーはいつも通りだ。

 

 

「けどよ、次の作戦って俺らの力量にかかってんだろ?……ちょっと怖いと思わねえか?

 上手くいくかは俺ら次第…巨人に勝てるかは、俺ら次第…。」

 

 ジャンが今にもプレッシャーに押しつぶされそうな顔で言う。

 

「ジャン、そんなに心配しなくても、俺らなら大丈夫だ。」

 

 俺はジャンを励ますつもりでそう言った。

 

「お前、どうしたんだ?何か憑き物が取れたような、そんな感じがするけどよ。」

 

「なんだろう、記憶を見たからかな。あれだけの事を乗り切ってきた自分なら、そして、104期の同期と一緒なら、なんでも出来る気がするんだ。」

 

 

 そう言った俺の方を見て、ジャンは固まる。

 

 

「あのさ…俺にはノアのこの状態が恐ろしく感じてならねえんだが、お前らはどう思う?」

 

「恐ろしいです!こんなに生を感じるノアは初めてです。もしかして……今のノアは仮の姿とか…」

 

「ひいい!本体は、悪魔に乗っ取られて、仮の姿だけ心が綺麗なまま残されて…現世に迷い込んでしまったのか!…………いや、そしたら仮の姿のままの方がいいかもしれねえな。このまま残して本体には戻さない方が…」

 

「お前らに聞いたのが間違いだったよ……。」

 

 ジャンが怯えているのをよそに、すぐサシャとコニーは乗っかっておかしい方向に持っていく。

 

 

「いや、さっきも言った通り記憶を見て、なんでもできる気になっているだけなんだが…」

 

「そうだよ…そろそろ悪ノリやめねえと、昼食の時間過ぎてんぞ?」

 

 エレンの言う通り…って、昼食の時間?

 

「忘れてた!」「早く行かねえと食いっぱぐれちまう!」「エレン、なんでもっと早く言ってくれないんですか!」

 

 

 皆忘れていたようで、口々にそんなことを言って廊下を走り出した。

 

 

 

 

 皆が居なくなった廊下で、俺はエレンとミカサ、そしてアルミンの3人の幼なじみだけが残った。

 

「みんな行っちゃったね。僕達も行かないと。」

 

「そうだね。でも、この4人になるのも久しぶりじゃない?」

 

「そうだね。」「うん。」「そうだな。」

 

 俺は、シガンシナ区で4人で遊んでいた頃を思い出して、懐かしく思った。

 

「じゃあ、競走しよう!

 1番最後に食堂に着いた奴は、1番最初に着いた奴の言うことをひとつ聞く。それでいいな?

 よーいドンッ」

 

「ちょっと、ノア、早いよ!」

 

「抜け駆けなんて、ずるい。」

 

「ノア、まだ誰もやるなんて言ってねえぞ!?」

 

 そう言いながらも、皆走ってついてくる。

 

 俺は、本当にあの頃に戻ったような気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦前夜。

 調査兵団の兵士達の英気を養うために、その日は宴が開かれた。

 

「今日は特別な夜だが、くれぐれも民間人に悟られるなよ。兵士ならば騒ぎすぎぬよう英気を養ってみせろ!」

 

 

「え、肉…?なに、これ。……肉?」

 

「……まぁじかよぉ」

 

 

 そうして俺たちの前に広げられたのは、肉だった。

 そのあまりの珍しさに、コニーもサシャも人の言葉を喋ることが出来なくなってしまったようだ。

 

 

「今晩は、ウォール・マリア奪還の、前祝いだ。

 カンパーイ!」

 

「「「「「「うおおおおお!!!」」」」」」

 

「あれ、ちょっと!?」

 

 幹事のついさっき言った『騒ぐな』という言葉も忘れるほど皆興奮して、盛り上がっていた。

 

 食べ物を前にした人間は、時にその本性を表すという。調査兵団も例に漏れず、肉を前にした彼らは、肉をかけて争いあっていた。

 

 サシャは、案の定人の尊厳というものを失い、獣と化して肉に食らいついていた。それをコニーが羽交い締めにし、ジャンが肉を取り返そうとしている。

 

「てめぇふざけんじゃねえぞ!芋女!

 自分が何してっか分かってんのか!」

 

「やめてくれ、サシャ!俺、お前を殺したくねえんだ!」

 

「コラ!1人で全部食うやつがあるか!」

 

 そう言ってジャンが、やっとのことで肉を取り返すと、今度はサシャがジャンの手を噛んだ。いや、食ったと言った方が正しいか。

 

「うわああああ、食ってる食ってるううう!!!」

 

「サシャ!その肉はジャンだ!分からなくなっちまったのか!?」

 

 現場はこの通り阿鼻叫喚である。

 

「コニー、早くサシャを落として。」

 

 ミカサの言葉に、コニーは、

 

「やってる。でもこいつ意識ないのに、動いてんだよ!」

 

 サシャの食欲もそこまで来ると、思わず感心してしまう。

 

 

 

 

 しばらくはサシャも動いてはいたが、コニーとジャンの奮闘によって、やがて動かなくなり、まるで罪人のごとく縄に縛られて、柱に括り付けられていた。

 

「こうなるとサシャも可哀想だな。あれだけ食べたいって言ってた肉を食べられないなんて。」

 

「いや、あいつは丸ごと食らいついたんだぞ!?

 …自業自得だ。」

 

 なんだか心ここに在らずといった表情だったエレンも、あのサシャの食い意地には、呆れ顔だった。

 

 

 

 俺は徐ろに自分たちのテーブルを見る。サシャの件で一悶着あった俺らの肉は、何事も無かったかのように綺麗に切って取り分けられていた。

 

 同じ机には、憲兵団から調査兵団に移ってきたという、マルロというやつがいるのが見えた。調査兵団から憲兵団へと移るのはよく聞くが、憲兵団から調査兵団というのは、非常に珍しいと思う。

 彼とエレン達は俺が眠っていた、クーデターの時に知り合ったらしい。同じ机に座るくらいなのだから仲は悪くはないのだろうが、ジャンはマルロと考え方の点で少々口論になっているようだった。

 俺はそれを他所(よそ)に、久しぶりの肉を味わって食べる。

 

「だーかーら、お前まだなんの経験もねえんだから、後衛だっつってんだろ?」

 

「確かに俺はまだ弱いが、だからこそ前線で敵の出方を探るにはうってつけじゃないか。」

 

「なんだ?いっちょ前に自己犠牲語って勇敢気取りか?」

 

「しかしその精神が無ければ、全体を機能させることはできないだろう。」

 

「あのな、誰だって最初は新兵なんだ。新兵から真っ先に捨て駒にしてたら、次の世代に続かねえだろ?だから、お前らの班は見学でもして、生きて帰ることが仕事なんだよ。

 

 1番使えねえのはぁ!?

 1にも2にも突撃しかしねえ死に急ぎ野郎だよ。なあ!?」

 

 

 

 あ、いつもの流れだ。と、俺は悟った。

 

 

 

「ジャン……そりゃ誰のことだ?」

 

 

 

「お前以外にいるかよ、死に急ぎ野郎は。」

 

 

「それが最近わかったんだけど、俺は結構普通なんだよなぁ。そんな俺に言わせれば、お前は臆病すぎだぜ。ジャン。」

 

 エレンが普通だったら、世の中の奴は全員普通だよ…。俺は心の中でそう思った。

 

 あーあ、この流れだと、104期訓練兵名物、エレンとジャンの喧嘩勃発って感じだな。

 

「いい調子じゃねえか!イノシシ野郎!!!」

 

「てめえこそなんで髪伸ばしてんだこの勘違い野郎!」

 

 ジャンが髪伸ばしている件については俺も気になっていたので、ナイス、エレンと言いたいところだ。いや、皆気になってた。あれのせいでジャンのちょい悪感が増し、なんだか元々の悪人面がさらに強化されたような気がする。……それも、そこら辺のチンピラとかそういう方向で。

 

 

「おい…なんだ?」「顔以外にしとけよ…」

 

 104期しか知らないこの名物行事は、エレンとジャンが大声で怒鳴り合うことで有名だ。部屋中にこの喧嘩騒ぎは響き渡っていた。

 この宴の最初に幹事が『騒ぐな』と言っていたはずだが……相変わらず自由だなー…、と俺は遠い目をしておく。

 

「てめえ」「破けちゃうだろうがっ!」

 

 いやエレン、そこ気にするか?

 

「あいつら何やってんだ?」

 

 先程ジャンと口論を繰り広げていたマルロも、これには困惑のようだ。

 

「オラァ!」「ドウッ…」

「この野郎っ!」「ディリャッ」

 

「なにか始まったぞ?」「……騒ぐなって言ったのに…」

 

 

 殴り合いにまで発展してしまったようだ。

 

 

「マジな話よ、巨人の力が無かったら、お前何回死んでんだ?その度にミカサに助けて貰って…これ以上死に急いだら、ぶっ殺すぞ!」「…セイッ!」

 

「そりゃ肝に、命じとくよ!」「ドリャッ」

 

「お前こそ母ちゃん大事にしろよ、ジャン坊!」

「それは忘れろおお!!」「ワッシャッ」

 

 なんだ?セイとかワッシャとか…食らった時の声、独特すぎだろ!

 

「止めなくて、いいの?」

「うん。いいと思う。」

 

 ミカサとアルミンは、傍観の姿勢だ。

 俺もアレに関わるのは御免蒙りたい。

 

 

 

 

 2人も、流石にもう誰かが終わらせてくれないかとソワソワしている様子がみえた頃、

 

 

 

「オイ、お前ら全員はしゃぎすぎだ。もう寝ろ。

 あと掃除しろ。」

 

 

 

 リヴァイ兵長が来て、宴はお開きとなった。

 

 

 

「「「「「「了解っ!」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「いって…自分で言うのもなんだがな、俺はもっと大事にされた方がいいと思う。」

 

 エレンは会場から外に出ながらそうぼやく。

 俺とアルミン、ミカサもそれについて行くように外の風に当たりに行った。

 

「大事に、か。エレンが大事にされてる姿なんて思いつかないなあ。いつもこき使われてない?」

 

 エレンで思い浮かぶのは巨人の力で作戦の重要部分、失敗が許されないポジションにいる所か、掃除してるところか、雑用を任されてるところくらいだ。

 

「お前もそう思うか?実は俺も最近、他の兵士よりもこき使われてる気がしてな…」

 

 

「むしろ、僕はさっきの喧嘩に関しても、怪我してもすぐに治るからな…って思って見てるよ。」

 

「ひでえ話だ。」

 

「自分から仕掛けたくせに。」

 

「でも、元気が戻ったね。」

 

 

「教官に会って良かったよ…別に、元気が有ろうと無かろうと、やることをやるつもりだ。でもそうだ。楽になったよ。考えてもしょうがねえことばかり考えてた。

 なんで俺にはミカサやノア、リヴァイ兵長みてえな力がねえんだって…妬んじまった。

 でも兵長だってお前だって、それにノアだって…1人じゃどうにもならねえよな。だから俺たちは、自分に出来ることを何か見つけて、それを繋ぎ合わせて、大きな力に変えることが出来る。

 人と人が違うのは、きっとこういう時のためだったんだ。」

 

 キース教官…か。訓練兵時代、俺ら104期を散々(しご)いてくれた教官だ。俺はリハビリで忙しくてついていけなかったが、最近エレン達は教官に会いに行ったらしい。詳しいことは分からないが、教官が何か知っていることがあったらしく、ハンジさんたちも付き添っていた。

 

 

「うん。きっとそうだ。」

 

 

 エレンの言葉に、俺は旧リヴァイ班にいた時のペトラさんの言葉を思い出す。あの時ペトラさんは俺に、もっと周囲を頼れと言ってくれた。それは確かに大切なことで、周りと協力して成果を出てきた彼女の言葉だからこそ、スっと心の中に入ってきた。

 

「そうだよな。俺も、最初は1人でなんでも出来ると思ってたけどな。他の奴らの力に頼らないと、どこかでガタが来るって事が分かったんだ。

 皆の力に助けられて、代わりに皆を俺が助けて。そうやって誰だって生きてるんだよな。」

 

 

 

 

 

 

 そう俺が言った後、階段下に人が通ったのが見えた。

 その人はどことなく死んだはずのハンネスさんに似ていて、俺たちは思わず、その人にハンネスさんの面影を重ねた。

 

 

 

 

「ウォール・マリアを取り戻して、襲ってくる敵を全部倒したら、また戻れるの?あの時に。」

 

「戻すんだよ。でも、もう全部は帰ってこねえ。ツケを払って貰わねえと。」

 

「そうだな。…俺たちはもう兵士だ。あの頃とは違う。けどな、あの頃とは違うから、故郷を取り戻すために戦えるんだ。戦う、力があるんだ。あの頃の俺は、兄さんが巨人に食われるのを見てるしかなかった。けど、力を手に入れた。

 次の作戦は、絶対成功させる。」

 

「俺もだ。あの頃とは、母さんが殺されるのを見てるだけだった時の、ガキだった俺とは違う。」

 

「私もシガンシナ区を、取り戻す。」

 

「僕たちの故郷を、絶対に取り戻そう。」

 

 

 俺らはそう、

 あの時とは違う。

 兵士になったからこそ失ったものもあれば、兵士になったからこそ、出来ることもある。

 その選択に正解も間違いもなくて、そこには結果だけが転がっている。

 しかしひとつ言えるのは、あの時街を蹂躙する巨人たちを見ていることしか出来なかった俺たちは、力をつけてそいつらを倒すことも出来るようになった。

 その力を使って、あの日の屈辱を晴らす。

 

 あの日亡くなった全ての人達のために。

 今まで亡くなった全ての兵士のために。

 あの日故郷を無くした、自分自身のために。

 

 

 

「それだけじゃないよ。

 海だ。商人が一生かけても取り尽くせない程の、巨大な塩の湖がある。壁の外にあるのは、巨人だけじゃないよ。炎の水、氷の大地、砂の雪原…それを見に行くために調査兵団に入ったんだから!」

 

 海…溶岩、氷河に、砂漠か。俺はそれを情報としては知っているけれども、実際に見たことは1度もなかった。海は、マーレ時代に見たことはあるが、今世では無い。

 

「あ、ああ。…そうだったな。」

 

 エレンがそう曖昧に返したことに少しだけ不思議に思う。しかし、その後のアルミンとエレンの会話は、少しでも俺らに希望があるように思えた。

 

「だから、まずは海を見に行こうよ!

 エレンはまだ疑っているんだろう?見てろよ、絶対あるんだから!」

 

「しょうがねえ、そりゃ実際見るしかねえな。」

 

「約束だからね?絶対だよ!」

 

 

 エレンとアルミンはその話をずっとしていて、俺とミカサは、街灯も少ないおかげで綺麗に見える星々を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その日はやって来た。

 

 日没直前。

 ウォール・マリア奪還作戦に出向く予定の調査兵団は、馬を壁の向こう側へと運ぶために、リフトに乗っていた。

 

「おおーい、ハンジさん!頑張れ!!!」

「ウォール・マリアを取り返してくれ!!」「人類の未来を、任せたぞ!」「リヴァイ兵長!この街を、救ってくれてありがとう!!」「全員、無事に帰ってきてくれよ!」「でも領土を取り戻してくれー!」

 

 

 これからウォール・マリアの奪還へと向かうためにトロスト区の壁の上に整列した兵士達を出迎えたのは、沢山の市民の声だった。

 

 

 これは、俺の知らない、調査兵団の成果だ。

 俺の知らない、同期や先輩兵士達の、大変な策略とその実行に成功した賜物だ。

 

 

 俺は、どうしてなんでも知っている気になっていたのだろう。彼らは俺の知らないところでもう、俺の何倍も成長していたというのに。

 今回の作戦は、アルミンの知恵と、俺の戦力だけじゃない。リヴァイ班に所属する104期一人一人の成果とその価値が認められて、そして信頼されているから104期班単独での超大型との対峙という、重要な任務を任されたんだ。

 

 

 

 

 

 

「「うおおおおお!」」「分かってるー!!!」

 

 俺が改めて同期を誇りに思っていたというのに…ジャンとサシャ、コニーは今までにない市民の応援というものにはしゃいでいるようで、それに返すように、叫んでいた。

 嬉しい気持ちも分かるが……なんだか締まらない。けど、俺らはそのくらいでちょうどいいのかもしれない。

 

 

 俺の左側では、団長と熟練兵士が話していた。

 

「調査兵団がこれだけ歓迎されるのは、いつ以来だ?」

 

「さてな…そんな時があったのか?」

 

「私が知る限りでは、初めてだ。」

 

 団長はそう言った後、腕を高く上げて、

 

「うおおおおおお!うおおおおお!」

 

 叫んだ。

 

 団長も叫ぶの!?

 いや、市民に答える必要があるもんな、そうだよな。俺は内心困惑しているが、団長のやることがきっと正しい。うん、そうだ…。

 

 

 

 

 団長はブレードを抜いて、いつものように宣言する。

 

 

「ウォール・マリア最終奪還作戦、開始っ!!!」

 

 

「進めー!!!」

 

 

 そうしてウォール・マリアを、シガンシナ区を奪還するための作戦が、今ここに開始された。

 調査兵団は馬で隊列を組んで、夕日の中、南へ向かう。

 

 俺たちの故郷へ。

 

 始まりの、場所へ。

 



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23話 展望(ウォール・マリア最終奪還作戦1)

 長い、長すぎる!全話中最高文字数を誇る23話。ウォール・マリア最終奪還作戦、始まります。


 

 

(ノア視点)

 

 

 

 ウォール・マリア最終奪還作戦が始まった。

 

 

 

 俺たち調査兵団は、トロスト区から出発し、夜の間にシガンシナ区まで進んでいた。巨人との戦闘を避けるためだ。大半の巨人が眠る夜なら安全に進めるだろうということで、この時間にシガンシナ区へ向かうことになったのだ。

 道中は幸いにも何事も無かった。巨人には遭遇したが、それも寝ている状態で、俺たちはその横を通り過ぎることが出来た。

 

 暗闇の中、いつ巨人ないし他の敵が襲ってくるかは分からないという精神的負担はあったが、今までの壁外調査なんかに比べたら、巨人との戦闘がないということは大きく負担を軽くしていた。

 

 そして、兵士たちの負傷もなく、ブレードなどの補給物資もほとんど使わずに、俺たちはシガンシナ区へ辿り着いたのだった。

 

 

「僕達……帰ってきたんだ。

 あの日、ここから逃げて以来……

 僕たちの、故郷に。」

 

 

 夜も明けた頃だった。

 目の前には、5年前と変わらない景色があるかのように思えたが、家が壊されていたりして、そこはもう前とは違う景色になっていた。

 それでも、故郷に帰ってきた。

 色々な意味での、俺の人生の原点に。

 

 ここで生まれ、そして育った俺たちは、ここで何もかもを失い、失った物を取り返そうと誓った。そして今また、戻ってきた。

 

 それは運命のようで、実際は俺たちのこれまでの努力と、その成果が織り成す結果だ。

 

 俺たちの手で、故郷を取り戻す。

 

 そう再び決意し直した。

 

 

 

 調査兵団はシガンシナ区へ馬で駆けて入っていく。

 

 

「物陰に潜む巨人に警戒せよ!これより作戦を開始する。

 総員、立体機動に移れ!」

 

「「「「はっ!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 ここからは記憶の通りにいくとすれば、敵は壁の中とシガンシナ区の外に潜んでいる。しかし、もう記憶の通りにはいかないかもしれない。

 

 

 そもそも記憶では車力の巨人という四足歩行の巨人が共に来ているはずだが、その巨人の力は現在二ファの物となっている。車力の巨人が偵察することによって稼げたはずの準備時間は、今回は十分ではないはずだ。

 

 記憶なら俺たちの到着より5分ほど前に敵は、俺たちの接近に気づいていたはずだが、今回はきっと3分前ほどでやっと気づいたくらいだと思われる。

 

 いやしかし、偵察がいない分敵は入念に準備をしている事だろう。

 

 

 

 

 

 

 まずは作戦だ。俺と二ファは記憶での細かな作戦が分からなかったため、本来行われたはずの作戦内容はうまく団長に伝えることが出来なかった。しかし、今回の作戦も記憶で見たそれと初めの部分はほとんど同じだろう。

 

 

 

 まずは、外からの巨人の出入りを遮断するため、シガンシナ区の外門をエレンが塞ぎにいく。

 その間に俺たちは敵の潜んでいる場所を特定する。

 

 獣の巨人の位置は既にシガンシナ区に入る前に別れた、リヴァイ兵長と二ファの部隊が。そしてライナーとベルトルトの位置は俺たち104期の班と、大勢の先輩兵士達が探る。

 

 俺たちは記憶でもライナーが隠れていたとされる、壁の中をまず調べることにした。

 

 そうしている内にもエレン達は壁の上を走って外門まで辿り着き、硬質化で塞いだようだった。

 緑の信煙弾が2発分見える。

 外門を塞ぐことに成功したという合図だ。

 

 早く敵を見つけないとエレンが殺されるかもしれない。そう考えて俺たちは壁の調査を続けた。

 

 

 今の調査兵団の戦力は、兵長やミカサに加え、ナナバさん達やリヴァイ班の皆もおり、その他俺が名前を知らない熟練兵士も生きてここまで辿り着いている。

 戦力は過剰と言えるほどに十分である。

 が、それでも俺たちの敗北条件は未だに、エレンを奪われることだ。

 

 

 

 

 もちろん巨人化できる人材なら俺や二ファもいるが、エレンの損失が敗北条件であるという理由は、そのエレンのもつ巨人の性質にある。

 

 彼は進撃の巨人と、始祖の巨人を持っている。

 

 進撃の巨人は未来を見ることが出来る、いや、未来に起こるであろう結末を見ることが出来るというような能力だが、それ自体は問題ないと今のところ考えている。

 

 俺たちの『記憶』と同じようなものだからだ。

 

 問題は、始祖の巨人。

 始祖の巨人の能力は、ほとんどチートだと考えていい。

 他の巨人…能力を持つ巨人までもを操れ、それに加え、ユミルの民であるエルディア人でさえ、操れる可能性がある。壁内人類を纏める王達は、この始祖の巨人の能力を使って壁内人類の記憶を改竄してきたからだ。

 

 

 この力をマーレにもし奪い取られたとしたら…。エルディア人は使い捨ての駒くらいにしか思っていないマーレのことだ。壁内人類ないしはマーレにいるエルディア人までもが何をされるか分かったもんじゃない。

 

 

 

 

 

 そんなことを考えながらも、俺は壁の上を歩いていた。壁から敵が出てきた時に仕留めるためだ。敵が出てきた瞬間に、その首を刎ねる。

 もちろん成功するとは思っていないが、それでも手数は増やしておいた方がいい。

 

 

 そして、壁を調査していた兵士が音響弾を上げる。

 

 

「ここだ!ここに空洞がある!」

 

 

 

 

 そう言いながらも、その兵士はすぐさま撤退して壁の上へ移動する。『記憶』では空洞を見つけた兵士はそれを見つけるなり、そこから出てきたライナーに刺されて殺される。

 

 その可能性があるため、俺はこの作戦が始まる前に、『空洞を見つけたものは、音響弾を上げてからすぐさま撤退しろ』と言っておいたのだった。

 

 

 

 

 しかし、撤退したのにも関わらず、その兵士は、殺された。

 

 

 

 

 パーン、という、銃声と共に。

 

 

 俺は敵が出てくるのを見届ける前に壁上から飛び降り、その首を狙った。

 

 しかし―――

 

 そこから出てきたのは、ベルトルトやライナーなんかじゃなく、銃を持ったマーレ兵だった。

 

 

 

 

 

 やはり、『記憶』と違う。

 

 じゃあ、巨人の力を持つ彼らは今何処にいるんだ!?

 

 

 

 

 困惑しながらも、仲間を1人殺した敵を仕留める。

 

 今世では初めての殺人だが、敵を殺すことに躊躇はなかった。

 

 

 

 

 すぐさま辺りを確認する。

 その直後、大量の音響弾の音、そして、銃声が響いた。

 

「何が起こったんだ!?」

 

 

「俺たち以外に人はいないんじゃ…!?」「どうして人に人が殺されてるんだ!?」「私たちが戦うのは巨人でしょう!?」「こいつらは巨人の仲間か!?」「こいつらも能力のある巨人なのか!?」

 

 

 

 見渡すと、壁からは大勢のマーレ兵が。そして、それに撃ち落とされる、仲間の兵士達。動ける先輩兵士たちは、マーレの事を知らないせいで、壁内人類以外の人類がいることに混乱している様子だ。

 こうなるなら、マーレのことを公表しておいた方が良かったか!?

 

 

 

「……クソッ

 してやられた!

 こちらが壁を調べることは織り込み済みか!」

 

 

 

「……そうか、彼らは降りる手段を持たないから、彼らの入っている穴は下に集中しているんだ!

 下に集中しているから…ほぼ同時に調査兵団の兵士たちが空洞を見つけたんだ。

 そして彼らは空洞を見つけた僕たちが無防備になった瞬間、銃で撃ち落とすことは容易にできると考えたんだろう。」

 

 

 アルミンはこの状況下においても、頭を回転させているらしい。

 

 

 

「……だとしたら、ライナーは…

 きっと全体が見える位置にいる。状況が把握出来て、エレンが何処にいるか分かる位置…。それにまだ僕たちが調べていない場所なんじゃないか?

 

 っ上の、それも出てきた彼らと被らない場所!まだあそこの壁は調べていないはずだ!

 皆、一旦壁から離れるんだ!ライナーが巨人化する!」

 

 

 アルミンがそう言った瞬間、

 

 

 

 

 ドーンッ!!!

 

 

 

 

 

 あの聞きなれた巨人化の音が聞こえた。

 

 

 

 幸い俺やアルミンはマーレ兵が出てきた辺りに居たため無事だったが、他の奴らは分からない。

 

 

「ライナーが巨人化した!

 作戦はプランBに切り替える!」

 

 

 アルミンはすぐさまそう叫んで、黒い信煙弾を打つ。

 黒い信煙弾は、壁外調査で奇行種が出現した際に使われたものだが、今回は能力のある巨人が巨人化した時に使うことになっていた。

 

 

 

 

 プランAは敵が此処に居ることが確認できず、何事もなく壁を塞げそうな場合の作戦だ。

 そして、プランBは、敵が出現した時。その敵を倒すことを目的とする作戦となっていた。先輩兵士達がライナーの相手をして、俺たちリヴァイ班の104期訓練兵達はベルトルトを探して説得する。

 

 この作戦の1番の不確定要素はベルトルトだ。どこに隠れているかも分からないが、ベルトルトが1番討伐するのに手こずる敵だと考えている。

 もしベルトルトが巨人化したら、消耗戦に持ち込むしかない。

 つまり、彼を説得するか、人型状態の時に殺すのが1番の攻略法だが、そう上手くはいかないだろう。

 

 そのためにまずは隠れているベルトルトを見つけ出し、人状態の彼を殺すことが必要だ。104期はベルトルトを見つける作戦に入るため、ここを先輩兵士達に任せたいが、如何せん激戦の先輩兵士達でも、銃を持つ敵との戦闘には慣れていない人も多いようで、死亡者や負傷者が増えていた。

 

 まずはマーレ兵からやらないと、ジリ貧になるんじゃないのか?

 

 

 

 

 

 

 

 作戦Bに変わったことで、ベルトルトを探さなければならない俺たちは1度、アルミンの元へ集合した。

 

 

 アルミンは少しの間考えた後、こう言った。

 

「この状況下で先輩たちがマーレ兵とライナーの相手を両方するのは難しいだろう。誰かが残った方がいい。

 ノア、君の記憶ではベルトルトは樽の中に潜んでいて、それを獣の巨人がシガンシナ区に投げて寄越したそうだね?もし記憶の通りそうだったならば、二ファと兵長がベルトルトの身柄を抑えてくれるはずだ。

 しかし、今回がそうとは限らない。まだ市内を捜索したわけでもないし、ライナーがここにいるならベルトルトも何かしらの策をもって、まだどこかに潜んでいるはずだ。

 つまり…ベルトルトを放置して全員がこの場に留まるのは愚策だ……。何か企んでいるのかもしれない。それに、ベルトルトがライナー達と十分に離れているのだとしたら、巨人化するかもしれない。それを、僕達は止めなきゃいけない。」

 

 

「アルミン、どうすりゃいい?

 ハンジさんは先輩兵士達の指揮、アルミンは俺達の指揮を任されているんだろ?」

 

 

 コニーがアルミンに問いかける。

 俺たちはアルミンの指示に信頼を置いている。

 

 

「そうだね……。

 僕はこの場にノアを残した方がいいと思う。

 ノアは元々1人の方が力を出しやすいし、1人だけで十分な戦力になる。」

 

 俺が1人残る、か。俺もそれが最善だとは思うが、如何せんこの、先が分からない状況で同期達と離れるのは嫌だった。

 同期が殺されるのを防ぐために、俺は巨人を倒してきたのに…

 

 

「それって…ベルトルトが交渉に応じることにかけるってことになるよな?」

 

 ジャンも判断力はピカイチだ。彼も今回の作戦では重要なブレーンとなる。

 

「いや、ミカサがいる。ミカサだけでも、人状態のベルトルトを仕留めるには十分だ。

 それに、どの道ベルトルトが巨人化してしまったら、彼を僕達だけの力で仕留めることは不可能に近い。例えノアがいてもね。

 しかし、その場は少しの間維持しなきゃならない。先輩たちのライナー戦を超大型が支援するような事が無いようにね。だから、そこでは多少、ノアが居ないことで苦労するかもしれないけれど、その分、ノアがここの戦いを早く終わらせて、こちらに援護に来てくれればいいんだ。」

 

 もしベルトルトが巨人化したら、同期達が苦戦するのは目に見えている。

 

「だけどよ……こいつ、クーデターの時いなかったんだぜ?こいつの特技は巨人の項を削ぐことだ。人を殺すことじゃねえよ。

 こいつに、銃撃戦を掻い潜ることが、そして人を殺すことが出来るってアルミンは思ってるのか?」

 

 

「ああ、出来るよ。ジャン、ノアは昔、ベルトルトとライナーと同じような…」

 

 

 

 きっとアルミンが言おうと思っているのは、俺が病室にいた時にアルミンに話した、マーレの話だ。これはアルミン以外の同期には言わないでおこうと思っていた。

 

「アルミン、やめろ。」

 

 俺はアルミンの口を塞ぎながら、そう言う。

 

 俺の真剣な表情に押されたのか、アルミンは口を(つぐ)む。

 

「おい、何があるってんだよ!」

 

「隠し事は無しですよ!」

 

 コニーとサシャがそう聞いてくる。

 

「まあ、俺は銃撃戦も、人を殺すことも、経験があるって話だ。この役は適任だよ。」

 

 同期達は皆、不思議そうに首を傾げるが、俺はそのまま話を続ける。

 

「だけどさ、俺はお前らを守るために兵士やってんだ。ここで離れたら…それもこれからを予測できないまま離れたら、お前らが死ぬかもしれない。俺は、ここに残りたくはないよ。」

 

「ノア…。

 君の言いたいことも分かるよ。けど、これが最善なんだ。

 君が早く終わらせて、援護に来てくれれば良いじゃないか。」

 

 アルミンは必死に俺を説得している。

 

「そもそもお前が残らねえと先輩兵士達が死ぬ可能性の方が、俺たちが死ぬ可能性より高ぇじゃねえか。そしたらそっちに行かねえと、お前の目的からすると、ダメなんじゃねえのか?

 皆を、救うんだろ?」

 

 エレンがそう言った。

 

「兵士なら、指揮官の命令には従うべき。

 私情で断っていたら一々キリがない。」

 

 ミカサの言葉が胸に刺さる。

 

 

 

「……そうだな。

 悪い、アルミン、子供みたいなこと言って。

 お前の判断に従うよ。

 俺もそれが最善だとは分かってるからな。」

 

「ありがとう、ノア。

 それじゃあノアはここに残って、ハンジさんの指示に従いながら、マーレ兵の討伐に協力してくれ。その後は、こちらに援護に来ること。

 ノア以外は、当初の作戦Bの通り、ベルトルトを探そう。」

 

「「「「「「おう!!!」」」」」」

 

 そうして俺らは二手に分かれた。

 先輩兵士達の援護に向かう、俺と、アルミン率いる、ベルトルトを探すリヴァイ班104期部隊だ。

 

 

 1人で援護に行くという状況は、なんだか俺が今世で初めて経験した実践である、トロスト区の時に似ている。

 トロスト区攻防戦では、補給をするために本部に向かっている時、エレンが死んだかと思ってショックを受け、そのまま自暴自棄になったせいで、助けられたはずの仲間を助けられなかった。

 けれど俺は、今度こそ失敗せずに全員を助ける。

 そう誓った。

 

 

 

 

 俺が壁付近についた時には、敵も味方も分からないくらい、混沌(カオス)といった光景が広がっていた。

 しかしこの状況を見ると、相手には銃があるが、こちらには立体機動装置がある。飛び回る相手にはマーレ兵もなかなか銃が当てられずに苦戦しているようで、形勢は同等のように見えた。

 

「ハンジさん!」

 

 俺は、指示を出しながらもマーレ兵と戦っているハンジさんに話しかけた。ここらの指揮官はハンジさんだ。まずは指示を仰ごう。

 

「ノア、どうしたの?作戦Bなら君はベルトルトの所へ行くはずだけど…。」

 

「予想外の敵の出現があったので、アルミンに命令されて来ました。」

 

 

 俺は今も暴れているマーレ兵の方を見る。

 

 すると、壁の方から壁が壊れたような、大きな音が聞こえた。

 

「何だ?」

 

 

 そちらの方を向くと、

 

 ライナーが壁を登っていた。

 

 

「ハンジさん!

 あれは…。」

 

「君たちの予言通り、馬を狙うつもりだろう。

 しかし、馬は事前にシガンシナ区の内側と外側、両方に散開させておいたよ。

 だから、馬が一気に殺される心配は無い。それに、新兵が馬を率いてその都度移動している。その位置を特定して一つ一つの部隊を潰すのは難しいだろう。

 そうなったら、彼らはエレンを狙うしかない。きっとあの壁を登った後、フードを被った兵士が大勢いる、シガンシナ区内側に戻ってくるよ。

 エレンを探しにね。

 この作戦を立てたエルヴィンは凄いよ…。君たちの予言から的確に作戦を寄越したんだから。」

 

「ええ、そうですね…」

 

 

 ハンジさんは一瞬、エルヴィン団長が残っているであろうトロスト区の方向を向いてから、俺にまた話しかけた。

 

「それじゃあノア、君にはシンプルな作戦の方がいいらしいからね。

 

 目標は敵兵士たちの殲滅。

 任せたよ!」

 

 

「了解です!」

 

 

 

 そうして俺は、昔味方だったマーレ兵を次々に殺していった。幸いにも、前世で知っている顔は一人もいなかった。

 

 しかしもし、知り合いに会ってしまった時、俺は果たしてそいつを殺せるのだろうか?

 

 

 

 

 

 それは突然の事だった。俺がマーレ兵を何人か倒した後の事だ。

 見慣れた光が見えたすぐ後、ドーンッという音が周囲に鳴り響いた。

 巨人化の合図だ。

 

 

 ベルトルトかと思ってシガンシナ区内の方角を見たが、違った。

 

 獣の巨人だ。

 

 

 

 獣の巨人は、記憶の通り、ウォール・マリアの内側に出現したようだった。

 

 

 

(二ファ視点)

 

 1時間程前…

 

 

 

 私とリヴァイ兵長は、シガンシナ区にもうすぐ着くというその時、他の部隊と分かれた。

 

 

 本当は団長もこのウォール・マリア最終奪還作戦に来る予定だったが、リヴァイ兵長の説得もあって、壁外調査の時にもいた、ウォール・ローゼからその先の森に入るまでの護衛部隊と一緒に撤退した。

 

 『記憶』でも兵長は団長を説得していたはずだ。

 

 『お前は椅子に座って頭を動かすだけで十分だ。巨人にとっちゃそれが1番迷惑な話で、人間にとっちゃそれが1番良い選択のはずだ。』

 

 兵長はそう言っていた。

 私もその通りだと『記憶』を見た時にそう思ったが、この説得は結局、失敗した。

 

 エルヴィン団長はどうしても、自分の目で真実を確かめたいから。

 

 

 しかし、今回の説得は成功したみたいだ。

 理由としては、私たちの話で真実を知ったことが大きいのだと思う。団長自身も、右腕が無い状態で前線に出るのは無茶だとは分かっていた様子だった。

 

 でも、私たちが虚偽を言ってないか確かめるためにも、エレン宅の地下室には行く予定みたいだった。

 

 まあそういうわけで、今回は団長は着いてきていない。団長の判断力と統率力は凄いけれども、片腕を失っている。そんな状況で死地に赴いたら、死ぬ確率は他の人よりも高いだろう。

 私もあの時のリヴァイ兵長と同じ意見だった。

 団長は、椅子に座って頭を動かすのが1番良い。

 

 

 

 話を戻すと、私とリヴァイ兵長はシガンシナ区内に入る前に別部隊となった訳だけれども、もちろんこれも団長の指示だ。

 今のところは隠密行動中。

 隠れながら、獣の巨人の居所を探る。相手が人型の状態で見つかったらラッキー。巨人化しても、獣の巨人は遠距離戦特化だ。近距離まで近づいていれば、勝機は十分にある。

 

 

 そして私達は敵の姿を見つけた。そこに着くまでに何人かの兵士を見かけたけれど、おおよそマーレ兵だろう。もしかしたらエルディア人で巨人化するかもしれない。

 

 しかし、隠密行動中の私達はとりあえずはそいつらを無視して、ジークを探していたが、それも今見つけたところだった。

 

 敵はこんなところに私達がいるとも知らずに、シガンシナ区の方向を偵察している。

 

 好機(チャンス)だ!

 

 人型で、それも油断している相手なら、私でも仕留められる。

 

 けれど、先に動いたのは兵長だった。

 兵長はやっぱり私より何倍も強い。

 

 

 私はその後を追うように行ったが、兵長の流石のこの速さでも、相手は気づいたらしかった。

 

 彼の近くにいたマーレ兵は兵長に銃を向けて、打つが、兵長はそれを軽くいなしてそのマーレ兵に斬撃を食らわせる。

 

 私はその間にその横をすり抜け、ジークの首を狙った……ように見せかけた。

 兵長には私が首を狙ったが、その前に獣の巨人が巨人化したように見えただろう。

 

 しかし実際は私はジークにブレードが届く前に寸止めした。そのまま首を切っていれば彼は絶命した事だろう。

 

 彼は巨人化の直前、信じられないものを見たような目でこちらを見ていた。

 

 その目は、何故、とこちらに訴えていた。

 

 ここで彼を死なせてはいけない。

 これは『記憶』に近づけるためじゃない。

 王家の血筋をここで絶ってはいけないのだ。

 

 だから私は今回の作戦で、リヴァイ兵長と同じ班になるように、不信感を抱かせるように、ノアの病室で嘘を吐いた。

 恐らく本来は、兵長ともう何人かの先鋭で行く予定だったのだろうが、私が裏切るかもしれない可能性を考慮すると、兵長の班か、それとも本部に待機か。その二択になると考えてのことだった。

 

 兵長と2人の班だと私が裏切った時に兵長は抑えられないと思われそうだが、それは無い。なぜなら、対人戦の実力で言えば圧倒的に兵長の方が上だからだ。私も対人戦においても自分は強い自覚があるけれど、兵長には絶対に敵わないだろう。

 

 私を見張るという役割においてはノアも適任だとは思うが、同じ『記憶』を持つもの同士。仲間のような雰囲気があるため、2人同時に裏切られてはたまらないと思うだろう。

 

 そして、もしリヴァイ兵長の班になったら、もれなくきっと獣の巨人もついてくる。

 獣の巨人の中のジークを生きたまま捕らえるには、私がこいつと直接対峙することが必要だった。

 

 また兵長と団長、そして調査兵団を騙すことになって、その事は申し訳ないと思うが、これは仕方の無いことで、この島を守るためだ。

 

 私の人生は、裏切りと決別によって成り立っている。

 

 

「兵長!すみません、離れて!!!」

 

 私も獣の巨人の巨人化による爆風に耐えられるように、巨人化した。

 

 

 

 

 兵長は何とか爆風を耐えたようだった。

 

 

「おい!てめえの巨人化は許されてねえんだぞ!」

 

 兵長は何だか言っているが、私は従う義務はない。

 元々調査兵団じゃないし。

 

 いや、これはイヤミな言い方だっただろうか?

 

 

 私は獣の巨人と戦うために、巨人化を解除した。

 

 私と兵長で獣の巨人を迎え撃つ。

 前回は容易く四肢を断つ事ができたが、今回はそう上手くはいかないようだった。

 

 獣の巨人の巨人化の爆風に耐えるため私は巨人化し、その後解除した。その僅かな間に獣の巨人は私たちと距離を取っており、兵長も爆風に耐えるためその場を離れていた。その結果、獣の巨人は相当遠い場所まで退避していた。

 

 彼の厄介な攻撃は、遠距離からの投擲。今この状況下では、獣の巨人の方が圧倒的に有利だ。

 

 それに、この地形。立体機動装置を使うことも出来ず、見通しがいいため、岩を投擲して私たちに当てるにはメリットが有りすぎる。

 さらに言えば、周りにはマーレ兵。彼らは銃を持っていて、私たちを狙っていた。

 

 この奇襲が成功しなければこうなることは予想がついていたけれど、人を相手にするというのは、今まで巨人を殺す訓練をしてきた私たちにとっては逆に難しいことかもしれない。

 

 いやしかし、不思議なことが1つだけある。

 

 なぜ獣の巨人は()()()()のだろう?

 

 彼が1度叫べば、大抵の生身の人間は恐怖するであろう、巨人の軍団の出来上がりだと言うのに、彼は頑なとして叫ばないのだ。

 私たちが巨人を殺すエキスパートだから、人型のままの方が殲滅しづらかろうという推測で、マーレ兵を人型のままにしているのか?

 それとも、他の何か意図があって…。

 

「オイ、考えてる暇はねえぞ!

 まずはこいつら敵兵士を片付ける!」

 

「はい、了解です!」

 

 さっきから銃が鬱陶しかったため、まずはマーレ兵を倒すことには私も賛成だ。

 しかし…

 

「獣の巨人が投げる投石はどうしますか!?」

 

「どうも何も、馬で避けろ!それしかない!」

 

 つまり、フィジカルで避けろということか。まあ、これだけ苦境に立たされれば、そうするしかないし、作戦ももう役には立たないだろう。

 

 

 そうして私たちは獣の巨人に近づきながら、マーレ兵を倒していった。

 

 

 

 

 あと少しで獣のいる場所まで辿り着くかと思っても、すぐあいつは移動する。

 大きな岩のある場所か、若しくは敵勢力が持ってきたのであろう、岩が入った荷車のような場所まで後退して、こちらを殺そうとしてくる。

 

 しかし最終目標は獣の巨人の討伐もしくは拘束だが、こうして私たちに彼の投石の意識を向けているだけでも、この班の役目は果たしている。

 彼がシガンシナ区内に投石をするのを防ぐための班でもあるからだ。

 

 けれども、そろそろ彼を討ち取って、シガンシナ区内の味方たちを助けに行きたいところだ。

 そう思っていた時、それは起こった。

 

 

 ドーンッッッ!!!

 

 巨人化の音の中でも一際大きい音、そして、シガンシナ区の外であるここまで届く、目を刺すような光。

 

 間違いない。超大型巨人が巨人化した!

 

 そんな、アルミンたちの班は失敗したのか?それとも、話す時間さえなかったのか。

 敵勢力はこの作戦で本当にケリをつけようとしているらしい。

 

 さっきまではマーレ兵からの銃撃と投石を避けるので手一杯だったが、今シガンシナ区の方向を見ると、飛行艇が何隻か上空に飛んでいるのが見えた。

 

 ベルトルトは、あそこから降りてきたのか!

 

 そうなれば、話し合う時間も無いはずだ。

 

 『記憶』とは全く違う展開。作戦はほとんどもう、機能しなくなったと言ってもいいかもしれない。

 

 

 獣の巨人は超大型巨人の方向を一瞥して、挑発してくる。

 

「あっちの援護に行かなくても、良いんですか?

 ここでずっと戦っていても、状況は悪くなっていく一方ですよ。」

 

 あいつの言う通り、マーレ兵は最初はシガンシナ区を取り囲むように散開していたが、今では私たちを取り囲むように立っていた。

 

「ここで投降すれば、兵長だけは痛くないように殺してあげますよ。二ファは、見逃すことはないけど。」

 

 それもそうだ。ウォール・ローゼでの襲撃で私はあいつの四肢を断ち切って、ずっと拘束し続けた犯人なのだから当然だろう。

 

「…黙りですか。

 まあ、いいです。そろそろですからね。」

 

 そう言って、獣の巨人はシガンシナ区の方向へ体を向ける。

 

「何の真似だ!?」

 

 飛行艇が何隻かあるのが見えるのに、ベルトルト1人だけが乗っているというのはおかしい。

 つまり、飛行艇に乗っているのは…

 

 脊髄液を取り込んでいる、エルディア人だ。

 

 

 そして、獣の巨人は、叫んだ。

 

 耳を劈くような大声に思わず身をすくめる。が、そこで気づく。

 

「兵長!周りの兵士が巨人化します!爆風に気をつけて!」

 

 さっきまで人だった彼らは、爆風と眩い光を出しながら巨人化した。

 

「二ファ、無事か!?」

 

「はい!兵長は?」

 

「大丈夫だ。」

 

「まさか、このタイミングで叫ぶとは…」

 

 

 もしかしたら…いや、もしかしなくても、シガンシナ区の中で巨人化が進んでいるだろう。

 しかしだとしても、そちらまでは援護できない。

 まずはこの周辺の巨人は…兵長に託そう。

 

 そうしたらこいつを連れ去ることが出来るかもしれない。

 シガンシナ区にいる仲間たちが心配なのは確かだが、私の目的は依然として王家の血を引き継ぐ人物の確保だった。

 ここで折れたらパラディ島が助かることはない。

 

 

「兵長!周りの巨人を頼みます!

 こいつは私が!」

 

「ダメだ。こいつはお前の手に負える奴じゃねえ。

 俺がこいつの相手をする。」

 

 兵長……。

 実は私、こいつの手足を切り刻んだことがあるんです。

 そう言いたいが、あれは殺人未遂みたいなものだ。何で殺さなかったのか、後でゆっくり聞かれることとなるだろう。なので、何も言い返せない。

 

 しかし、私はどうしても、ジークと2人で話す時間が欲しかった。

 

 

「兵長、お願いします。

 私はこいつに因縁があるんです。自分の手でやらせてください!」

 

 そうお願いした。

 因縁があることは確かだ。嘘も言ってないし、本当も言ってない。

 

 私がここから1歩も動かないような様子を見せると、兵長はため息を1つはいてから、立体機動で飛んでいった。

 周囲に大量に出現した、巨人の体にアンカーを刺しながら飛んでいるようだ。

 

 私にはあんな芸当はできない。

 

 

 兵長が他の無垢の巨人達を倒していく間に私は獣の巨人と対峙する。

 彼は前、私に四肢を延々と切り刻まれたことがトラウマで若干震えているように見えたが、手加減する気は無い。

 

 彼はまだ離れた位置から投石をしていたが、そろそろ石もなくなる頃だろう。更に、彼は後退している訳だが、そちらの方向は立体機動装置が扱える木々が生えている。そこなら、仕留められる!

 

 彼がそこまで後退した瞬間、私は飛び出して、彼の右足にワイヤーを刺し、ブレードを振り抜く。その後右腕にワイヤーを刺して3回ほど連撃を入れた。

 

 右腕は切断できた!

 

 そして回転斬りで右足をまたもや狙う。

 

 近接戦ならこいつに負けることはない!

 

 その間にも私のワイヤーを掴もうとして、ジークは手を振り回していたが、素早くワイヤーを移動させながら彼の攻撃を避ける。

 

 回転斬りは無事成功し、彼は膝を地面に付いた。

 

 私はリヴァイ兵長の位置を見る。

 彼は近場から倒していっているようで、私がギリギリ見える範囲内の辺りで今は戦っているようだった。

 

 私はその様子を見てすぐさまジークの項を狙う。

 

 縦1メートル、横10センチ。彼はそこにいる。

 

 もう1度リヴァイ兵長のいる位置を確認する。兵長は先程と同じ位の場所にいるのが見える。

 

 

「ちょっと待て!

 それ以上近づいたら、あの遠くで戦っている兵長とやらに大量の岩を投げつける!

 俺は狙ったところに物を投げられる!百発百中だ!あの兵長さんは死ぬだろうな。」

 

「それは、脅しのつもり?」

 

 兵長を遠ざけたのは失敗だったか?

 彼自身が言うように、彼の投擲スキルは異常に高い。そのスキルを使って彼は、使えないと思われていた獣の巨人の利用価値を示したほどの強さを誇っている。先程も、投石に悩まされたからこそ接近できないでいたのだった。

 

「フィアン、お前の目的は分かってるんだよ。

 『全員を救う』なんてな。そんな夢物語みたいなこと、出来る訳が無い。」

 

 しかし、この状況は私にとってはご褒美みたいなものだ。私はジークを説得する時間が欲しかったがために、嘘をついて兵長の班に入り、危険な橋を渡ってきたのだから。

 

「『全員』は救えないよ。だけど、『全員救うこと』を目標にしないと、多くの人なんか救えるわけが無い。目標は高くってね。

 でも、その『全員』の中にはジーク、君たちの事も入っているんだよ。

 島外の、エルディア人たちもね。」

 

「それは、どういうことだ?」

 

「そのままの意味だよ。

 君の計画はよく知ってるよ。『エルディア人安楽死計画』。始祖の力を使ってエルディア人の生殖機能を無くし、これ以上の悲劇を産むことのないようにという計画だよね。

 君の力とエレンの力があれば、座標に入ってエルディア人の生殖機能さえも操れるようになる。」

 

「なぜ、お前がそれを……」

 

「そんなことはどうでもいいよ。

 エレンの力が必要なんでしょう?

 私がエレンを説得して、連れてきてあげるわ。」

 

「今まで散々敵同士として戦ってきたお前のことが信用出来る訳が無い。そもそもこの計画はできる限り自分の力で成し遂げるって決めてるんだよ。

 それに、そんなことをしてお前に何の利益がある?」

 

「私はあなたの考えに共感してるの。

 新しいエルディア人が生まれて来なければ、もうこれ以上の悲劇が続くことはない。

 …今の状況であなたがエレンと接触して、説得するのは至難の業じゃない?

 私がやれば、あなたとエレンが話す時間を作ることも出来る。」

 

「……確かに、エレンと接触するのは今の段階では無理だろう。」

 

「ええ、そうよね。

 あなた1人でこの計画を進めるんだったら、きっと後何年も掛かるわ。その間に、そのあなたの残り短い寿命も尽きてしまうかもしれない。

 でも、私があなたとエレンの橋渡し役になれば、それも縮まる。

 あと何年か、苦しまなきゃいけないエルディア人が生まれるのを、今エレンと接触すれば阻止できる。」

 

「お前の言うことは一理ある。だが、お前が本当にこの計画に賛同しているのかは分からないし、信用できない。

 それに、前に襲撃に行った時には、俺の巨人の四肢を延々と切断して…よくもやってくれたな。

 そんなやつと手を組むなんて有り得ない。」

 

「前の襲撃の時のことは、本当に申し訳ないと思っているわ。

 あれは、ミケさんやノアを騙すために必要なことだったのよ。私が獣の巨人を無力化した。そうなれば、私とあなたが仲間の線は随分と低くなるわ。

 そもそもあの時、私はあなたをいつでも殺せたのに、殺さなかったじゃない。今回だって、あなたが巨人化する前にあなたの首を切る時間が私にはあった。それもこれも、エルディア人を救うにはあなたの力が必要だったからよ。

 私も色々と考えたの。エルディア人全員を救うにはどうすればいいのか。『エルディア人安楽死計画』。より多くの人を救うには、それしかないと思ってるわ。」

 

「お前が俺を殺さなかったことはずっと疑問に思っていた。

 そういう意図だったとは…」

 

「じゃあ、そろそろ決めて頂戴。

 こちらに来るのか、マーレに戻るのか。

 私と一緒に来たら、この壁内で隠れながら暮らすことになるけど、『安楽死計画』はより早く達成されるだろうね。

 リヴァイ兵長が来る前に決めて。

 ちなみに、これを逃したらもう私たちが手を組む事はないでしょうね。あなたが断ったら、次会う時には敵同士かもしれない。」

 

 リヴァイ兵長の位置は…さっきよりこちら側にいる。巨人の数もだんだん減ってきているようだった。

 

「そう、だな……。

 本当に、お前はこの計画に賛同しているんだな?」

 

「ええ。エルディア人を救いたいという思いはあなたと同じだわ。

 神に誓って、これは本当の事だと断言出来る。」

 

 ジークは少し悩んだ後、

 

「そうか…。

 お前と一緒に行くよ。」

 

 そう返事をした。

 

「そう。それは良かった。

 これに断られたら、どうしようかと…。

 じゃあ、まずはあなたを巨人から出して拘束する。そして、隙を見てあなたを攫って、隠れ家に連れていくわ。

 それでいいわね?」

 

「……それが最善なのか?」

 

「ええ。今までずっと考えてきたことだから、きっと成功するわ。」

 

 

 そう言いながら、私はジークの項に移動する。

 縦1メートル横10センチ。項に切り込みを入れ、彼を引っ張り出した。

 

「じゃあ、これからよろしくね。」

 

 私はロープでジークを拘束する。

 

「おい、本当にこれで成功するんだな?」

 

「執拗いわね。絶対大丈夫だから!」

 

 

 私がジークを拘束した様子を見たリヴァイ兵長はすぐさまこちらに向かってきて、獣の巨人の項あたりに着地する。

 

「やったか?」

 

「はい、仕留めました!」

 

「そうか。そいつは兵士が死んだ時の蘇生用になる。拘束したままシガンシナ区に連れていく。」

 

「分かりました!

 残りの巨人はどうしますか?」

 

 リヴァイ兵長がまだ倒し終えていない巨人たちが数体居るのが見えた。

 

「お前がそいつを監視しておけ。

 残りを倒してくる。」

 

「了解しました!」

 

 そう言うや否や、兵長はすぐ立体機動装置を操ってここを離れ、巨人を素早く駆逐していった。

 

「おい、シガンシナ区に連れてかれたら、逃げる場所が無くなるぞ?ここで逃げなくていいのか?」

 

「ここで逃げたら、私が兵団組織の近くに居れなくなるでしょ。私の立場も守らないと、エレンと接触出来ないわ。」

 

「そうか、それなら、これからはどういう計画で…」

 

「兵長が来るわ。」

 

 

 周りを見ると、もう巨人は全滅していた。

 リヴァイ兵長の流石の早業だ。

 

「シガンシナ区に援護に行く。」

 

「了解です!」

 

 私は指笛をした後拘束したジークを連れて、馬に乗った。

 

 今、シガンシナ区はどうなっているだろうか?

 超大型巨人はまだ生きているみたいだ。

 

 しかし、鎧の巨人はどうなった?

 敵の今回の作戦はどのようなものだろうか?

 

 最終決戦は1回目のループだから、今起こっていることも分からない無力な私には、ましてやこれから起きることなど見当もつかなかった。

 



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24話 選択(ウォール・マリア最終奪還作戦2)

 

 

(ノア視点)

 

 

 シガンシナ区の壁から現れた大量のマーレ兵を相手に俺たちは善戦していた。

 しかし、マーレ兵を相手にする兵士に人員を割いているため、鎧を相手しているハンジ班は勝敗を決める決定打が無く、苦戦しているようだった。

 

 鎧の巨人は壁の上に登って状況を確認した後、焦ったような様子で、団長の思惑通りこちらに降りてきた。

 焦っているのは大方、獣の巨人を二ファとリヴァイ兵長が相手しているところが見えたからなのだろう。

 

 

 大半のマーレ兵は倒して、残り十何人かのみになった時、俺はいつか二ファに言われたことを思い出した。

 

『これからパラディ島勢力は戦力をあげるために軍事開発を行っていく』

 

 という言葉だ。

 

 現在マーレとパラディ島を軍事的に比較したら、圧倒的にマーレの方が上だ。そうなるとマーレの技術を盗んだ方が軍事開発は上手くいくんじゃないのか?

 生憎俺のループの記憶は軍事開発という面では全く役に立たない。細かいところは覚えていないし、そもそも生産する立場じゃなかったため、作り方なんか分かるはずがない。前世の記憶も、平和な世界に生きていた1市民だったため、軍事開発に役立つ記憶は全くと言っていいほど無い。

 けれども、マーレ兵の十何人かを捕虜として捕まえたならば、彼らが知っている情報を何か聞き出せるかもしれない。

 

 そう考えた俺は、マーレ兵との対峙の指揮をハンジさんに任されたうちの1人である、エルドさんにこのことを持ち掛けた。

 

「エルドさん!」

 

「なんだ?ノア、何か思いついたのか?」

 

「はい。彼ら敵兵士の情報があったら、これから我々の役に立つ時があると思います。なので、彼らを捕虜として拘束するのはどうでしょうか。」

 

「そうか。確かに、ただここで全員殺してしまうよりはそっちの案の方が良さそうだな。

 

 皆、聞いてくれ!

 残りの敵兵士は拘束しろ!」

 

 エルドさんが納得してくれるか不安だったが、エルドさんは俺の提案を聞いた後すぐ、他兵士たちに命令をしてくれた。

 

 

「「「「「了解!」」」」」

 

 

「エルドさん、ありがとうございます!」

 

「いや、これが最善だと俺も思うからな。

 さて、もうここは俺たちだけで大丈夫だ。これが終わった後すぐに鎧の援護にも行く。

 ノアは本来の作戦通り、超大型と対峙しているアルミン班の援護をしたほうがいい。」

 

「はい!

 エルドさん、お互いに無事で、この戦いを切り抜けましょう!」

 

「ああ!」

 

 そんな会話をしてから、俺がその場を離れようとした時、

 

 空が陰った。

 

 あまりに不自然な影のでき方に不思議に思って上をむく。

 周りの人たち、そしてエルドさんも同じように上を向いていたようだった。

 

 

「あれは……何だ?」

 

 上を見た瞬間、誰もがわかった。

 空が陰ったのではなく、何かが光を遮ったのだと。

 

 そしてそれは、よく言えば兵器、率直に言えば鉄の塊のようにも見える巨大な物体だった。

 

 俺はそれを前世で聞いたことがある。

 

 飛行艇だ。

 

 周りの人達はそれが何かは分からないにもかかわらず、何か嫌な予感がしたのだろう。全員の時が止まったように感じた。

 

 これは、敵の兵器。つまり援軍だ。

 

 

 どうやらこちらを何がなんでも潰したいのはマジだったみたいだ。

 

 

「あれは……何だ?敵の兵器だということは分かるか…どんな攻撃がくるんだ?」「空を……飛んでいる!」「あんなのに勝てやしない!」「なんだよ、あいつは!」

 

 

 人は未知というものに弱い。

 本来はここにいる仲間たちも未知であったはずの巨人というものと戦っていたはずだったのだが、習性や倒し方がもう分かっていてそれを授業で習ったものに対して未知とは言わないだろう。

 

 ここにいる仲間たちは巨人に関して言えば、エキスパートであると断言出来る。

 しかし、それ以外の未知。あの鉄の塊である飛行艇は倒し方も分からないし、習性も何も、情報がない。

 

 その事に狼狽えて、混乱、もしくは士気が下がっている状態になった仲間たちも多くいたが、長年調査兵団をやっている先輩方はそうではなかったようだった。

 

「あの敵については現状何も分からない。が、敵の何かしらの思惑があることは確かだ!

 そもそも空に飛べる敵にできる攻撃手段は今のところこちらには乏しい!

 あの敵に関しては、まずは様子を見るべきだろう!

 それでいいだろうか!?」

 

「「「はい!」」」「「了解です!」」

 

 

 ハンジさんがすぐさま全員をまとめて指示を出し始めていた。

 

「ノアは一刻も早くエレンたちの班と合流するんだ!いいね?」

 

「はい!」

 

 こちらが大丈夫なのか気になる気持ちも多少はあるけれど、やはり同期たちのことがずっと頭から離れなかった。

 もし俺が寄り道している間に彼らが死んでしまったならば。

 いや、そんな縁起も無いことを考えるべきじゃない!

 

 俺は同期達の元に急いで向かった。

 

 

 

 

 

(ハンジ視点)

 

 

 ノアがアルミン班に戻る少し前…

 

 

 ノアを、銃を持つ敵兵士たちの相手に向かわせた後、鎧の巨人が壁から降りてきたのを見計らって、私たちは鎧の巨人の殲滅へと向かった。

 

 当初の予定では能力を持つ巨人を殲滅する作戦だったため、獣と鎧、そして超大型の三体を3部隊に分かれて倒すことになっていたが、敵兵士が大量に出てくるというイレギュラーがあり、そこで銃撃戦が始まったため、そちらはエルド率いるリヴァイ班の先輩組中心の部隊に任せた。

 

 そのため鎧に対抗するための戦力が減り、鎧の巨人に決定打を与えられるまでには至っていなかった。

 

 鎧の巨人には当初はエレンに相手をしてもらい、エレンが作った隙を使って雷槍を打ち込み、仕留める予定だったが、ベルトルトの危険性を考慮してエレンにはそちらの捜索に向かって貰うことになった。

 

 エレンが居れば、もしもベルトルトが巨人化した際、ほかの104期たちはエレンを盾にすることができる。さらにベルトルトはエレンを殺してしまう可能性を考えない訳にはいかないため、エレンの近くでは巨人化出来ないと踏んでの事だ。

 

 その代わりライナーを仕留めるための雷槍は多めに持ってきており、更に雷槍を使える人材は多めに配置している。

 

 雷槍――それは、鎧の巨人の硬い鎧をも打ち砕けるように、生身の人間でもあの鎧に対抗できる手段として考案された武器だ。着弾した後に爆発するという特性上、必ず退避できる場所で、更に打ち込んだ後に余裕を持って離れることができるような状況でないと、使うことは難しい。

 

 当初の予定のようにエレンが隙を作ってくれるならまだしも、巨人化できない兵士のみで雷槍を鎧の巨人に打ち込むのは至難の業だった。

 

 これでも何発かは敵に命中して、ダメージは与えられているが、それも僅かなものだ。

 

 被害も出始めている。鎧の巨人はエレンを探している様子を見せていたが、我々が雷槍を使いだした途端、先にこちらを仕留めてから探しに行くことに決めたようだった。

 

 かの巨人の攻撃力は確かなもので、硬質化を使いながら、的確にこちらの兵士を減らしていた。

 

 しかし、そろそろ壁から出てきたマーレ兵との戦いにも決着がつく時だろう。エルド達に任せたそこら一体のマーレ兵の殲滅は上手くいっているようで、現在は残りの十何人かを拘束している様子だった。

 

 ところが、エルド達敵兵士駆逐班の援護を待っている最中、それは起こった。

 

 空に、謎の飛行物体が現れたのだった。

 

 私はとにかく、混乱している調査兵団をまとめるために、様子を見ようと言ったが、私自身も混乱しているのは確かだった。

 

 あれは、何だ?このタイミングで来るということは敵勢力の援軍だろう。

 どんな攻撃をしてくるのか。これからどんな作戦を立てればいいのか…。

 

 ああこんな時にエルヴィンがいれば……!

 

 いや、彼は片腕を失っているから前線に来るのは現実的ではない。

 

 しかしそう思ってしまうのも無理は無い。エルヴィンの判断力がこれまでの調査兵団を救ってきたと言っても過言ではないから、彼の判断には皆信頼している節がある。

 

 彼がいれば、未知の驚異にも立ち向かえる。そんな根拠の無い安心感があった。

 

 

 エルド達の方を見ると、どうやら拘束された彼らを見張る何人かを残して、それ以外の、エルド達何人かの指揮官の指揮下にいた兵士たちがこちらの援護に駆けつけていた。

 エルドがその先頭で私に話しかけた。

 

「ハンジさん!

 目標の敵兵士は十数名を残して殲滅完了。残りの十数名は情報を吐かせるために拘束しました!

 これより鎧の巨人の討伐の援護をします!」

 

「了解!よくやった、エルド!

 こちらは鎧の巨人に雷槍を当てられずに苦戦しているところだ。

 彼の隙をつければ、雷槍を当てられるんだが…」

 

「やはり、エレンがいないのが痛手ですね…」

 

「ああ、そうだね…。でも、ここを任されたのは私たちだ。絶対に勝たなければいけない。

 彼らは彼らで、大変な仕事を任されているのだから。」

 

 エレンを中心とする、104期の後輩たちは、ジャン、アルミン、ミカサ、エレン、ノア、サシャ、コニーの7名のみで超大型を説得する作戦だった。彼らは失敗したら更に被害の出る、相当なプレッシャーのある役どころだ。

 

 後輩たちがプレッシャーに耐えて立ち向かっているのだから、私たち先輩が「出来ない」と言う訳にはいかないだろう。

 

「皆!鎧を倒して、勝利の祝杯をあげるとしよう!」

 

 

 

 

 それから私たちは鎧の巨人と戦闘になった時の作戦で立てたように、まずは鎧の巨人の顎の関節部分を狙って雷槍を着弾させた。

 調査兵団の仲間たちの見事なコントロールで顎関節に刺さった雷槍は爆裂し、鎧の巨人の口が空いたところに雷槍をぶち込んで項ごとライナーを吹き飛ばした。

 

「やりましたね、ハンジさん!」

 

「ああ……そうだね…」

 

 私の直属の部下であるモブリットが私にそう言って近づく。

 

「これでウォール・マリア奪還にも1歩近づいたんですよ!何がそんなに不満なんですか?」

 

「いや、不満という訳では無いけど…。

 ……おかしいと思わないかい?」

 

「何がですか?」

 

「敵がこんなに私たちの思い通りになるなんて。

 それに、敵が出てきた位置もおかしい。こんな壁際に出てきて、鎧が私たちに囲まれてもここから動かなかったということは、何かこの場所にメリットがあるということだよ。

 それに、上で飛んでいる、敵の援軍だと思われる飛行物体…。あれも何かしらの意図があってあそこにいるのだろうが、鎧がピンチだったのに、何もしてこなかった。」

 

「確かに、ハンジさんの言う通りですね。」

 

「そもそもライナーはまだ動けるはずなんかないよね?ライナーの状態は、確認した?」

 

「はい。何人も、何回も確認して本人の意識はないはず…との事。それに、あれだけの爆風を受けてまだ動ける者がいるとすれば、それはもう、化け物ですよ。」

 

 

 もう一度ライナーを一瞥する。彼の巨人の皮膚は蒸発し始めていて、彼自身の体も調査兵達によって巨人の項部分から引き出され始めているところだった。

 

 そんな時だった。

 

 

「うぉぉぉぉおおおおおおっ!!!」

 

 

 そんな叫び声が聞こえて、今確かに気絶ことを確認したはずの鎧が起き上がったのが見えた。

 

「彼はなんてタフなんだ!なぜまだ立ち上がれる!?」

 

 どうしてまた起き上がることができたのか、何の意図がある叫びなのか。

 

「なんで…っ」「さっき確かに死んでたはずだ!」「鎧の上で中身の人間を出そうとした奴らがやられた!」

 

 鎧の周りにいた兵士達は動揺を隠せない様子だった。

 私自身も実際驚いている。援軍が来ることは想定していたが、鎧の巨人があの状況で、また意識を取り戻すとは…まさかとは思ったがそんなことは無いだろうと思っていたが…。

 

「とにかくまずは状況を立て直してから、もう一度雷槍で仕留める!

 皆!班ごとにまとまってもう一度だ!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

 切り替えてライナーを仕留めようとした矢先の事だった。

 

 

「ハンジさん!空を飛んでいる物から、何か人が落ちてきています!」

 

 モブリットの声に、私は彼が指差す方向を辿る。

 

 彼の言うとおり、何かが落ちているのは確認できたが、それが人かどうかは分からなかった。

 

「あれは…?」

 

 ()()が何か分からないなりに、何か考えてから作戦を練ろうと思っていた。

 

 しかし、すぐ後に鳴り響いた轟音によって()()が何か、そこにいるもの誰もが理解した。

 

 

 ドォンッッ!!!!

 

 

 眩い光に、ちょうどモブリットに言われてそちらの方向を見ていた私は思わず目を瞑った。

 

 爆風に耐えてから、そちらを見上げると、そこに出現していたのは、高さ60m級の巨人。

 

 

「あれは……超大型巨人!!超大型巨人が出現した!!!」

 

 

 

(ノア視点)

 

 

 エルドさん達の班、ハンジ班の先輩たちと分かれてから俺は、周囲にベルトルトが居ないか探しながらも立体機動装置を使って同期達の居るであろう方向へと向かっていた。

 

 シガンシナ区は思ったよりも広く、幼少期、ここで過ごしていた頃よりも何倍も広く感じた。

 

 屋根にアンカーを刺して飛んでいると、図らずとも自分の知っている区域に差し掛かった。

 

 小さい頃はここを歩いていたな、とか、ここの公園よく行ってたな、とかそんなことを考えていた。

 秘密基地の場所はあそこだったし、俺の顔を見るためにエレンに連れて行ってもらった川は、あの川だ。

 

 まだここを離れてから5年しか経っていないのに懐かしく感じるのは、この5年間が余程思い出として濃い物だったということだろう。

 

 しかし、建物が倒壊していてどこなのか分からない所も結構あった。分かる建物もあることから、この辺は俺が昔住んでいた所だということは分かるのだが、あそこはよく行ってた八百屋だったはずなのに、そこには何の面影もない。

 

 シガンシナ区襲撃のことを思い出す。

 あれのせいで故郷を追われたのは確かだが、あの出来事が無ければ、かけがえのない仲間に出会える事もなかった。

 複雑な気分ではあるが、あの出来事を肯定する気はない。

 

 シガンシナ区襲撃の影響で被害にあった人数は計り知れない。

 

 俺の兄もその1人だった。

 

 兄が死んだ場所はここより内門に近い場所で、もう既に通ってきたはずだが、その正確な場所も分からなかった。

 

 あの時は自分が間違えたから兄は死んだんだと思っていた。いや、自分に言い聞かせていた。

 

 しかし、今なら分かる。あれは、しょうがなかったことなのだと。

 選択に間違いも正解も無い。そこには結果が転がっていて、あとからあれは間違いだった、あの選択は良かったと言うのは簡単だが、選択を下した時にそれが分かるはずもない。

 俺の選択がどんなものだったとしても、兄が死ぬのは避けられないことだった。それが起こることを知っていない限り。

 

 俺は二ファと共に、今まで人が死ぬのを何回も回避することに成功してきたが、それは何回もやり直せるということと、先に起こることがある程度分かるこの能力があったからだ。

 

 兄のことに関しては、どれだけ足掻いてもこのループの力がない限り変えることは出来なかっただろうと思っている。

 あれは、仕方の無いことだった。この世界が、巨人という人を喰う化け物がいる、ただただ残酷な世界だった。それだけだ。

 

 

 

 

 俺は何分かシガンシナ区を飛んで、ようやくアルミンたちに合流することが出来た。

 

「ノア!そっちはもう大丈夫なの?」

 

「うん。マーレ兵士達はあらかた片付いて、エルドさんにこっちに戻れって言われたから。

 ベルトルトは?見つかった?」

 

「いや……見つかっていたらここで話している余裕なんか無いよ。」

 

「そうか…。」

 

「この地域はだいたい隅々まで探したし、まだ探していないところはあるけれど、どこも壁の近くなんだ。

 ベルトルトが超大型巨人を使うなら、壁の近くじゃなくて中心部だと思って探したんだけど、宛が外れたみたいだ。

 ……いや、もしかしたらもっと違う方法で隠れているのかもしれないけれど。」

 

 中心部には居ないのか…。壁近くに隠れている可能性は低いと思うし…。

 

「もしかしたら、このシガンシナ区にはいないのかもしれない。」

 

「僕もそう思っていたところだ。

 君たちの『記憶』のとおり、ベルトルトは樽の中に隠れていて、兵長や二ファが見つけてくれたとしたらそれが1番だけれど…何か腑に落ちないんだ。

 そもそもあの上の、飛んでいる兵器は『記憶』には無かったし、ベルトルトも他の場所にいると考えた方がいいのかもしれない。」

 

 アルミンの言葉に、俺は飛行艇を見上げる。

 あれは一体どんな意図があって持ってきたのだろうか?

 見たところ大砲のようなものはついていない。攻撃するためのものでないのであれば…

 

「アルミン、もしかしてあの中に…」

 

「ノア!あれって…人だよね?」

 

 言葉を遮ってアルミンは飛行艇から落ちてくる黒い物体を指差した。

 

「人…やっぱりあれは…」

 

「ねえ、このままじゃあの人死んじゃうよ!敵は…何をしようとして、こんな残酷なことを…」

 

 アルミンは敵がその人を空から落としたのだと思っているが、あれはきっと…

 

 飛行艇が遠ざかっていくのが見える。

 

 目の前が眩い光に包まれる。

 

 

 ドオオンッッ!!!!

 

 

「あれは、ベルトルト、超大型巨人だ!」

 

 

 俺は咄嗟に巨人化して爆風の衝撃からアルミンを守る。

 

 近くにいなかった同期はどうなったか分からない。

 しかしここはベルトルトが巨人化した場所から近い場所では無かったようだった。

 

 ベルトルトが、飛行艇が遠ざかるのを待っていた時間があったから、上空のおかしな様子に気づいた者は素早く退避、または防御の姿勢を取る事ができたかもしれない。

 

 俺は巨人化を解く。

 巨人化はしている時間が長いほど疲れが溜まる。今ここで精神を削るべきでは無い。

 

「ノア…ありがとう。」

 

「いや…それにしても、ベルトルトが巨人化したということは…」

 

「第三の作戦になるね。

 …ベルトルトと話す時間もなかった。その隙も、そもそも近づくことも出来なかった…!」

 

 アルミンは悔やんでいるようだったが、これもしょうがない。

 

「アルミン、仕方がないことだったよ。敵が空の上にいるんだったら、もう近づく手段はこちらには無い。

 切り替えていこう。」

 

「うん…そうだね。ノア、とにかく同期のみんなを集めよう。」

 

「ああ。皆無事だといいけど…。」

 

 俺たちはそれからこの辺り周辺を回って同期の姿を探した。

 

 そして、俺とアルミンがいた場所からそう遠くない場所にて、アルミン班の同期全員が巨人化したエレンに乗っているのが確認できて、安心した。

 

 とにかく無事みたいだ。

 

「皆!そっちは大丈夫だった?」

 

「ああ!あいつの爆風なんて大したことなかったぜ!…って言いてえところだが、エレンが居なきゃ、一溜りもなかっただろうな。」

 

 アルミンの確認にすぐさま返事をしたのはジャンだった。

 

「アルミンがいなくて心配したんですよ!他のみんなはここにいたからエレンに守って貰えたけど、アルミンは1人だったから…」

 

「でもノアが戻ってきてたんだな!」

 

「ノア、無事で良かった…!」

 

 サシャ、コニー、そしてミカサが口々に心配していたと言う。

 

「うん。ノアがいたから助かったよ。皆も無事みたいで良かった。

 …とにかく、今は次の作戦について話さなくちゃいけない。」

 

「ベルトルトが巨人化したから、ですね?」

 

 

 ここを出る前に、団長が考えた作戦は3つ。

 何事も無かった場合のもの、おおよそ『記憶』の通りに能力をもつ巨人が出現し、鎧と獣が巨人化した場合、そして、超大型巨人が巨人化した場合。

 

 これ以外のイレギュラーな点については、現場のハンジさんやアルミンの指示に従うようにと言われていた。

 

「ああ、そうだ。超大型巨人が出現したから、作戦はプランCに移る。

 皆分かっているとは思うけど、プランCのおさらいをしよう。

 プランCは、長期戦だ。そのために食料や水も大量に持ってきた。獣の巨人は兵長達が引き付けているおかげで投石もないし、ここで夜を明かすことはできる。…今日のうちに、超大型巨人以外の巨人と決着をつけることが出来たら、ね。

 超大型巨人は兵士達に立体機動装置で近づかれないように、全身から煙を出すはずだ。もし出さなければ、近づいて攻撃を入れてしまえばいい。

 超大型巨人の全身から出る煙は、彼自身の筋肉を燃やして出しているものだと思われる。だから、ずっとその煙を出さなければいけない状況に陥らせたとしたら、いつかは煙を出せなくなるか、もしくは超大型巨人の大きな身体を支えきれなくなる。

 その時を待つんだ。」

 

「だから、あれだけの量の食事があったんですね!」

 

 サシャが目をキラキラさせている。

 

「サシャ…お前、分かってなかったのかよ…。あれは全部お前の分、じゃないからな!分かってんだろうが、今回は何日ここで過ごすことになるか分からねえ。少しずつ食べるんだぞ?」

 

「うぇへへへへっ」

 

 ジャンがツッコミどころの多すぎるサシャにツッコミを入れているが、本人には届いていない様子だった。

 

 

「でも…これって…僕達は失敗したってことだよね。皆に期待されていたのに、気力的にも身体的にも大変になる、長期戦に持ち込むことになってしまった…。」

 

「アルミン、気に病むことはないって。

 敵が空から落ちてくるなんて、誰にも分からなかった。そうでしょ?」

 

 俺はアルミンを慰める。彼は今回ここを任されたことに誰よりも責任を感じていたし、失敗する訳にはいかないと誰よりも思っていたに違いない。

 

 そもそも俺が『記憶』で見れれば良かったのだが、生憎ここは1回目。何の情報もなかった。

 

「そうだぜ、アルミン。あんなの、予想出来た方がおかしいって!」

 

 コニーも俺に便乗して慰めている。

 

「でも、団長なら、分かったはずだ。あれだけのヒントがあって…あの飛行物体は何か怪しいことは確かだったのに…!」

 

「団長なら…って言ってもさ、ここには団長はいねえんだ。団長はそういうことに気づくことと、判断力に長けているのはまちがいねえけど、アルミンにもアルミンなりの良さがあると思う。

 他人のそういうのを羨んでいたってしょうがねえよ。」

 

 エレンは先程巨人化を解除していたようだった。

 まだ煙に包まれているようだが、疲労感は無いようだった。

 

 エレンはちょっと前まで兵長や、ミカサ、俺のような純粋な強さを羨んでいたようだったから、彼の言葉には説得力があった。

 

「エレン…そうか。そうだね。エレンの言葉なら、素直に頷けるよ。」

 

 エレンとアルミンは彼らの中で、通じ合うものがあるみたいだった。

 同じ幼なじみなのにと少し寂しいものはあるけど、俺だって、ミカサ、アルミン、エレンとそれぞれの関係があるのだからお互い様だと思ったし、クヨクヨしてるアルミンは見たくなかったので、立ち直って良かったと素直に思った。

 

「とにかく、僕たちの班は、ハンジさん達の班がいる、壁近くまで一旦撤退して、今日中に鎧を仕留められるように援護するか、もしくは超大型との相手をするべきか、現状を確認しに行こう。

 超大型は街のど真ん中に出現した訳だし、そうそうハンジ班のいる北には追いつけないはずだ。」

 

 俺たちは超大型よりも北よりにいたため、アルミンの指示で撤退を開始した。

 

 

 撤退している最中。

 

 また空が陰ったような感じがして空を見上げると、飛行艇が戻ってきていた。

 

 もうベルトルトは降りたし、果たして次は何が起きるのか、検討もつかなかった。

 

「アルミン!まただ!また、あれが来た!」

 

 俺は立体機動装置で飛んでいるアルミンを大声で呼び止めて、上を指差す。

 

 まだ飛行艇はシガンシナ区にギリギリ入らないあたりに飛んでいるが、こちらに向かっているのは確実だ。

 

「今度は何が目的なんだ!もう能力のある巨人は出尽くしたぞ。」

 

 アルミンは必死に頭を回しているようだった。

 

 俺も頭が悪いなりに必死に考える。

 しかし、何も思いつくことはない。

 

 あれほどの大きさだったら10人…いや、20人くらい入るだろうか?

 前世での飛行機といえば、旅客機だった。それだったら何百人という人が乗れたはずだ。

 そうなると、ここからは小さく見えるあの飛行艇も、50人くらいは入るのだろうか?

 

 人が入る?

 そうなると、援軍があの飛行艇に入っている、ということは有り得ないだろうか?

 

「アルミン、あの中に人が入っていて、それが援軍なんじゃないか、って思ったんだけど…」

 

「…その可能性は大いにある。むしろそれが1番高い。けれど、わざわざ飛行物体に乗せて、上から降りてくるかな?

 そんなことをしたら、僕たち調査兵団の格好の的だ。降りてくる最中に銃なんか使えないからね。」

 

「確かに、向こうのメリットがあまり無いのか…」

 

 俺はあまり役に立てなくて少ししょんぼりする。

 

 

「じゃあ、あの中に救援物資が入っているとか!」

 

 俺に続いてコニーが元気にそう言うが…

 

「うーん、それは無いかな。救援物資だとして、誰に渡すのかってことになるよね。もう既に巨人化してる3体の能力のある巨人達は何も物資を必要としないし、ノアから聞いたけど、壁から出てきた敵兵士達ももう壊滅状態だ。」

 

 

「あ!アルミン、また人が落ちてきましたよ!」

 

 サシャがそう叫ぶ。

 彼女は森育ちだからか、視力が相当いいようだった。

 さっき降りてきたベルトルトとは比じゃないくらい遠くにいるのに、飛行艇から落ちてきたものが人だと分かるみたいだ。

 

「あれは…本当に人なの?」

 

 アルミンが少し怪訝そうに言う。

 

「絶対人ですって!一体どうして、あんなところに落とすのかは分かりませんけど。」

 

 サシャの言う通り、飛行艇がいるのは、シガンシナ区の内側ではあるが、東の壁近く。

 

 その人らしき陰は何人もいるように見え、それが人だとすれば、何人もの人間がパラシュートを開いていた。

 

「どういうことなんだ…?」

 

 アルミンも、ジャンもよく分からないようだった。

 俺も何が何だか分からない。

 

 固まる俺たちは、奥の飛行艇とは別の、同じ音が聞こえた。

 プロペラが回る音だ。それは確かに、飛行艇から鳴っている音と同じものだが、逆方向から聞こえているように思えた。

 

「この音…もう一機アレと同じものがいるのか?」

 

 エレンが訝しんだようにそう言う。

 

「あそこ、もう一機来てる。」

 

 ミカサは直ぐに気づいて、指を差した。

 

 もう一機は、西の壁の上を通って、シガンシナ区内の西側で人間らしき影を落とし始めた。

 

「また、人か!?すぐ仕留めた方がいいんじゃ…」

 

 俺はそう思ったが、アルミンは反対のようだった。

 

「敵が味方かも分からないのに!?

 それに、何故か分からないけど、あれに近づいてはいけないような気がするんだ!」

 

「私もアルミンに同感です!」

 

 勘の効くサシャもそう言うならそうなのかもしれない。そう思ったその瞬間。

 

「アアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

 

 シガンシナ区の内門のさらに奥。兵長や二ファ、獣のいる方向から叫び声が聞こえた。

 

 獣の巨人の叫び声か?

 

「何が…」

 

 皆に問いかけようと思って、そちらを向くと、光が迫ってきた。

 

 そして、何度も聞いたあの音が、何回も何回も、鳴り響いた。

 

 ドーンドーンッドドドドッドーンドドン!!!

 

 

 さっき降りてきていた敵だと思われる人達が全員、巨人になったのだった。

 

 

「さっきまでただの人だったのに…」

「巨人化…した、のか?」

「無垢の巨人の正体って…やっぱり、」

「俺たち…ずっと、人を殺してたんだな。」

 

 俺は分かっていたけれど、同期達はこのことを初めて知ったし、今目の前で、無垢の巨人はこうやってできていた、ということを見てしまった。

 彼らが混乱するのも無理ない。

 

「皆、動揺するのは分かる。けど、今はまず集中しよう!こいつらを倒さないとウォール・マリア奪還は有り得ないし、まず俺たちが生きて帰れるかも分からない!」

 

「そ、そうだね!ノア。

 皆、まずは道中の巨人を倒しながら、ハンジさんの所まで撤退しよう!

 くれぐれも、無理のない範囲で巨人は倒していこう!」

 

「おう!」「分かった!」「了解です!」

 

 皆それぞれ返事をして、アルミンの指示通り撤退を続けた。

 

 



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25話 相棒と奪還(ウォール・マリア最終奪還作戦3)

 

 

(ノア視点)

 

 俺たち、アルミン班は超大型巨人の説得が叶わず失敗に終わったためハンジさんの所まで撤退している最中(さなか)、何体もの巨人を屠った。

 

 そして、ハンジ班に合流する頃にはその討伐数は2ケタを超えていた。

 

 

「ハンジさん!

 作戦は次の段階に移ることになりました。現状の状況を確認したくて、撤退してきました。」

 

 アルミンを先頭に、ハンジさんのいる場所へ近づく。アルミンはハンジさんに報告するが、どこか申し訳なさげだった。

 

 

「アルミン、104期の皆、お疲れ様。まさか敵が上から降ってくるとは思わなかったよ。

 それに、無垢の巨人の正体は人間だってことも、ほとんどのものは知らなかっただろうし。

 まずはあの大量の巨人達をどうするか、だよね。」

 

 ハンジさんは悩ましげにそう言って、こちらを向く。

 

「実は、鎧の巨人の討伐もまだなんだ。

 1度は雷槍で仕留めたと思ったんだけど、仕留め損ねてしまったみたいでね。」

 

「そうですか…。

 プランCで長期戦に持ち込むためにも、周りの巨人達や鎧の巨人は今日のうちに仕留めなきゃいけないですよね。」

 

 超大型巨人は今のところ長期戦に持ち込むしか方法が無い…と思われている。

 『記憶』ではアルミンの決死の作戦でベルトルトを討ち果たしたが、あれは本当の本当に最終手段だ。

 

 超大型巨人を基準に作戦を立てるなら、他の巨人は全て倒してから長期戦に持ち込まなければいけない。

 

「そうだね。

 鎧の巨人は1度取り逃したものの、それからずっと攻略法を探っていてね。でもやはり、隙のない相手に雷槍を撃つのは至難の業だった。

 エレン、君の力が必要なんだ。

 アルミン、エレンを鎧の巨人の討伐班に加えても良いかな?」

 

「はい。

 …ということは、エレン以外は無垢の巨人の討伐班になるということですか?」

 

「ああ。そういうことになるね。

 鎧の巨人を討つためにも、鎧の近くにいる巨人たちは遠ざけるか、討伐しなきゃならない。

 だから、鎧の巨人討伐班と、鎧の巨人周辺の無垢の巨人を討伐する班の2班(ふたはん)を今から編成し直す。

 とにかく分かりやすく編成するとしたら、今分かれている班ごとに編成して行った方がいいだろう。

 私の班は雷槍の扱いに慣れているものが多いから、鎧の巨人討伐班は私の班含め、壁から敵兵士が出現した際に鎧の巨人と戦った班と、エレン。そして、無垢の巨人討伐班はそれ以外のものとしよう。

 更に、無垢の巨人討伐に向かうものには、もし超大型巨人が動き出す、または煙を出すのを止めるような素振りを見せたら、そちらの気を引いて、煙を出すように誘導すること。これは大変な事だと思うけど、1番大切な事だ。超大型を注視するように。

 アルミン班の者たちは他の班にもこのことを伝えてくれ。」

 

「「「「はい!」」」」

 

 ハンジさんの指示を受けて、俺たちは先程聞いた班分けを他の班にも伝達した。

 

 

 

 

 その後俺たちは無垢の巨人の討伐にあたった。

 

 俺は毎度の如くアルミンから、『1人の方が良いだろうから、ノアは1人班としてより多くの巨人を討伐して、皆を助けてくれ』と言われ、1人で戦っているところだった。

 

 1人班とは言っても、鎧の巨人周辺の巨人討伐をするための班なので、図らずも人はそこに集まってしまうわけで、俺も他の班と協力して討伐したりすることもあった。

 

 やがて鎧周辺もだいたい片付いて、時間が経つにつれて無垢の巨人討伐班の守備範囲は広くなっていった。

 

 熟練の先輩兵士を含めるこの班は、巨人討伐としてはエキスパート。人が巨人に変わる姿を直接見て衝撃を受けているとはいえ、巨人の殲滅スピードは相当なものだった。

 

 俺は鎧周辺は彼らが厳重に守っているのを見て、そこは任せてしまっていいだろうと思った。

 

 超大型巨人の討伐を目的とする、長期戦にするためにも、周囲の巨人はできるだけ減らしていった方が良いので、俺はアルミンに一言入れてから、より前線であり、まだ手付かずの状態だった、シガンシナ区の南部分へ向かうことにした。

 

 先輩兵士やアルミン達の班は鎧との決戦場である、北側に十分な兵力を割いた上で、更に2班に分かれて東と西を攻めているようだったから、俺が南から攻めた方が効率がいいと考えてのことだ。

 

 そもそも東と西から一機ずつ飛行艇がやってきて巨人を降らしたのだから、東と西に巨人は多いはず。

 巨人の数自体が少ない南側なら俺の力で対抗出来るだろうと踏んでいる。

 

 

 

 

 そうして南について、無垢の巨人を駆逐し始めた時、俺は何者かに呼び止められた。

 

「ノア!そこで止まれ!」

 

 俺はそいつの言う通り止まって屋根上に立ったが、その声は聞き覚えのない、いや、最近は聞いていなかった、どこか懐かしい声だった。

 声の主の方に身体を向ける。

 

 遠くで良く見えないが、人影であることは確かだろう。

 

「誰なんだ!?」

 

 俺は敵なのか味方なのか、確認するために叫んだ。

 

 

「ノア!お前が覚えているかは分からないがな、俺はリヒトだ!お前の、昔の相棒だよ!」

 

 昔の相棒…か。

 リヒト。俺はこの名前に聞き覚えがあった。

 

 彼は屋根を飛び移りながらこちらに歩いてくる。

 だんだん顔もはっきりしてきて、正真正銘、俺が知っているリヒトだということが確認できた。

 

 俺は今こそパラディ島で兵士になる訓練をしていたが、彼を相棒と呼んでいたのは、すぐ一つ前の人生。マーレ戦士候補生時代の頃だった。

 

 戦士候補生時代。それは、俺の中では『前世』ではない。複雑なものだが、俺が『前世』と呼んでいるのは俺が元々いた平和な、俺が病気でずっと病院にいなけりゃいけなかった人生のことで、俺はそこで死んでからループを始めるようになった。

 1回のループの流れとしては、必ずマーレに生まれて死んでからパラディ島に来るので、今目の前にいる、俺の相棒だという男は、俺のすぐ一つ前の人生の、マーレにいた時に知り合った男だということだ。

 

 リヒト…彼のことは鮮明に覚えている。

 彼の言う通り、俺は彼のことを相棒だと思っていたし、彼も俺のことを相棒だと思っていたのだと思う。

 彼と出会ったのは戦士候補生の同期としてだった。

 

 彼を見ると、相棒だった時代からもう何年も立っているからか、彼の顔はあの頃より幾許か老けていて、もう少年と呼べるような年齢でないことは明らかだった。それに対して俺は1度生まれ変わっているから、15歳。ギリギリ少年とも呼べる年齢だ。

 

「ノア、お前はあの頃と何も変わっちゃいないな。さっき見てたけど、巨人を殺すときの殺気も、隙があるように見えて、そんなものは全く無いところも、そして、その顔も。なんならあの頃より若返ったんじゃないのか?」

 

「お前は老けたな。

 あの頃はもっと、キラキラしてた。」

 

「なんだ、悪口か?

 これでも結構モテる方なんだよ。」

 

「信じられないな。」

 

 彼の顔は確かに整っているようには見えるが、なんだか認めたくはなかった。

 

 

「なあノア、戦士候補生時代は楽しかったよな。お前と色んな訓練で組んだり、巨人を継承したら、どんな風に戦うか考えたり…

 けどさ、俺はお前が敵側になるとは思ってもみなかったよ。

 

 ノア…どうしてそっち側になっちまったんだ!」

 

 

 どうやら敵は俺に投降を促したいようだった。そうでも無ければ、エルディア人をただ1人だけ巨人にせずに落とすなんてことはマーレはしない。

 

 

「お前がいなくなってから、どれだけ心配したか!」

 

 俺は1つ前の人生では、エレンの父であるグリシャさんの楽園送りを阻止するため、その執行現場を追った後、グリシャさんを無垢の巨人から守るために食われて死んだ。

 そのため、恐らく俺の死因はマーレ側には分かっておらず、行方不明扱いになっているのだろう。

 そしてジークの報告で俺のことが明らかになり、行方不明になっていたノアが見つかったということでこいつもついてきたと推測できる。

 

 しかし、俺はもう、マーレの戦士ではない。俺は、シガンシナ区(この場所)で生まれ育ち、故郷と家族をマーレに奪い取られた少年なんだから、あちらに寝返る気はそうそう無い。

 

 

 リヒトは貧しい自分の家族のために名誉マーレ人になろうとしたやつだった。

 俺は昔の相棒であるこいつの、そういう優しいところが気に入っていたし、尊敬もしていた。

 だからこそ相棒なんて呼んだし、戦士候補生時代も彼と協力し合って乗り越えてきた。

 けれど…

 

「今は、俺がいなくなって良かったと思ってたんじゃないのか?」

 

「はあ?そんなこと…」

 

「思ってるだろ。お前は俺の成功を妬んでた。

俺は顎の巨人を手に入れたけど、お前は九つの巨人のいずれも継承することが叶わなかった。そして、お前は今はマーレ兵になるしかなくて、しょうがなくその立場に留まっている。ノアがあの時いなけりゃ、俺が継承できてたのに…って思いながらな。」

 

「そんなわけない!俺はお前のことを心配して…」

 

 リヒトはセンスは良かったけど努力が苦手な奴だった。最初の頃はリヒトが何でも1番だったが、俺がその記録をどんどん塗り替えていくうちにあいつは…。

 

「俺、知ってたんだよ。お前が裏で俺のことを下げるようなことを言っていたって。だけど、昔の相棒だから、変わると思ってた。いつか、俺の事を祝福してくれる時が来るって。

 あの時は頭の中お花畑だったからさ。いつか、全員が仲良くなって、俺のことも認めてくれるって思ってたんだ。

 だけど、もう仲間なんかじゃない。

 正真正銘の敵同士だ。

 今思えばお前は他のみんなと同じ、自分のことしか考えてない、他の奴が上に上がった瞬間に蹴散らそうとするクソ野郎だったよ!」

 

 そう言って俺は相手に切りかかる。

 

 相手は懐に挿している拳銃を持って、こちらに向け、その弾を撃った。

 

 俺はマーレ戦士時代も銃の弾丸を避けるのは得意だったし、ループのおかげでマーレ戦士時代に戦争に行った経験もあった。

 戦争はもちろん巨人で行ったが、実践で更に、弾丸の回避能力を身につけたのだった。

 

 しかし、戦闘を続けていくうちに、リヒトとの思い出が蘇る。

 

 こいつの苦悩もよく分かる。貧しい家族のために名誉マーレ人になろうと思って戦士候補生に立候補した。最初の頃はどんな訓練でも1番を取っていて、九つの巨人を継承するのも時間の問題だと噂されていた。

 そして自分より劣っている同じ戦士候補生がいて、そいつが執拗く色々と聞いてくるから、優しさで教えてやったというのに、だんだんそいつは自分の記録を塗り替えて、最終的には自分の目標であった名誉マーレ人になってしまった。

 

 最初の頃はあいつも俺と本物の相棒のように接してくれたんだ。

 一緒に昼食を取ったり、厳しい教官の愚痴を言ったり、訓練の分からないところを教えあったりした。

 

 それに最初の頃は体格に恵まれずに落ちこぼれコース一択だった俺と仲良くなってくれたのはあいつだけだった。

 

 そういうことを思い出すと、途端に目の前にいる男に刃を向けられなくなる。

 

 俺は先程までの気迫を忘れて、相手の攻撃を避けるだけの戦いをしていた。

 

 

「なんでお前は手を抜くんだよ!

 俺は、クソ野郎なんだろ?

 なんで…クソ野郎を勝たせようとするんだよ!」

 

 彼がこの隙に漬け込んで、これ幸いにと叩いてくる奴だったら俺も嫌いになれたのに、こいつは俺の変わりぶりに動揺して、正々堂々やろうよと言ってくるような奴だった。

 

「俺の頭はやっぱり今もお花畑みたいだ。

 お前が仲間になる未来を願ってる。

 無理だってことはわかってるんだ。だけど、もしかしたら…って思うと…。

 お前も俺が巨人を継承しなかったらあのまま良い仲間で、相棒だったんだろ?」

 

「……。」

 

 リヒトは気まずそうに、しかし目を逸らさずにこちらを見ている。

 

 

 

 

 

 戦いの最中だったが、ふと、エレンとの思い出を思い出す。

 

 あれは俺がいきなりぶっ倒れて、兵団のクーデターが成功した後。目覚めた俺に皆が見舞いに来てくれていた時期のことだった。

 

 エレンが1人で俺の病室を尋ねてきたのだ。

 

 

「最近お前、何か悩んでるよな。あの長い眠りの間に、やっぱり何かあったんじゃないのか?」

 

 エレンはそう言って病室に入ってきた。

 

「そう…見えるか?」

 

「ああ。同期はみんな心配してるよ。もし言えることだったら俺に相談してみないか?」

 

 俺が悩んでいるのは、ループの事だった。

 あの記憶はどれも残酷で、悪夢のようで、俺の中にしこりのように残っているのは事実だ。

 しかし、ループのことは、兵長と団長と二ファにしか言っていない。

 

 けれど、エレンになら。今の人生で相棒だと呼べるエレンになら、言ってもいいんじゃないかと思った。

 

 

「……俺は…ループしてるんだ。」

 

 

 そう切り出した俺のことをバカにするでもなく、ループなんて非現実的なものをエレンは信じてくれた。 

 エレンは、自分の話を聞いてくれた。ループの辛さを愚痴らせてくれた。

 

 相棒とはそういうものじゃないのか?

 自分が辛い時は頼って、相手が辛いときは自分が力になる。

 

 でもリヒトは…自分が辛い時は頼ってくるくせに、俺が辛い時、巨人を継承してからは何も助けてくれなかった。ただ、話を聞いてくれるだけでも良かったのに。

 

 最初の頃はそうじゃなかった。けれど、もう今は敵同士だ。

 

 こいつはもう、相棒じゃない。

 

 分かり合えることは、また仲間になれることは、もう無い。

 

 

 

 

「リヒト、俺は昔はお前のこと、相棒だと思ってた。けど、今はもう、そう思えない。

 そもそも俺は、この街で生まれて、マーレ勢力にこの街を、故郷を奪われたんだ。もうそっち側に戻ることは絶対にないよ。

 お前らの狙いは俺の説得だろうが、俺がマーレ勢力になることは、有り得ない!」

 

 そう言いながら、再び俺は自分の意志を確認してリヒトに斬りかかった。

 彼のことは極悪人のようには思えないけど、もうかつての相棒は敵勢力の1人だ。

 

 俺には守らなければいけない仲間がいるし、相手にも守りたい人達がいるだろう。

 

「これは俺のお花畑な頭が考えてしまう、最終手段だ。

 ここで投降すれば、命は助けてやる。こちらの捕虜として連行することになるが、どうする?」

 

 先程の壁からでてきたマーレ兵のように、捕虜として連れて行くならば、死ぬことは無いだろう。少なくとも、ここで死ぬことは、無い。

 

 そう思って提案した案だったが……

 

「いいや、そんなつもりはさらさらない。

 お前の言う通り、俺はクソ野郎なんでね。

 ここでお前に勝てたら、九つの巨人の継承をお前にするのは間違っていた。俺の方が優秀だったって証明出来るだろ?

 俺は正々堂々お前と戦って、勝つ!」

 

 そう言って、相手から攻撃を始めた。

 

 どうやら先程見えた迷いのようなものは相手には無く、あちらも覚悟を決めたようだった。

 

 

 俺たちは長らく銃とブレードを交えて戦っていた。

 

 相手が『正々堂々』と啖呵を切ったのは彼にそれだけの実力があったからこそ言えたことだった。

 

 俺はこの人生の何年かで巨人を殺す訓練を受けて、実践も繰り返していて、壁内では実力が上のものはほぼいないと言っても過言ではないほど自分は強くなったと思っていたが、彼は俺よりもっと努力したようだった。

 戦士候補生時代に努力が嫌いだったあの彼が。

 

 けれど、ループ時の経験を含めて努力が積み重なっている俺の力には及ばず、とうとう俺は彼の上に跨って首にブレードを突きつけることに成功した。

 

「こんな状態になっても、命乞いはしないんだな?」

 

「失うものは何もねえよ。

 それに、ここに来るってことは、もう戻ることが出来ない片道切符ってことだ。

 お前がいなくても、周りの巨人に喰われてたか、そっちのパラディ島勢力に殺されてたか。」

 

 片道切符?

 ってことは…自殺しに来ているようなもんじゃないか!

 

「お前、家族は?」

 

 こいつは家族を養うために頑張っていた奴だったはずだ。

 

「全員、死んだよ。

 事故でってことになってるけど、マーレが殺したんだろうな。

 どうせエルディア人の扱いはこんなもんだ。

 何が起きたかは分からないが、俺の家族が何やらマーレ当局の者の機嫌に触ったみたいでな。

 俺がマーレ兵として戦争に行ってる間に殺されてた。

 それから俺は、パラディ島侵攻が上手くいってないって情報を掴んでな。戦士候補生を抜けてから連絡を取っていなかったマガト隊長に言って、ノアの説得に回してもらった。」

 

 マーレがそんなことをするのはあの国では当たり前の事だったけど、まさか昔の相棒の家族にそんなことがあったなんて…。

 やはりあの国は異常だ。

 

「それでどうしてお前はこんなところに来たんだよ。」

 

「もう、何もかもどうでも良くなってな。

 1度は死のうとも思った。けどさ、俺が唯一心残りがあるとすれば、ノア、お前なんだよ。

 何も言わずにどっか行っちまってさ。俺が九つの巨人を継承できずに泣きわめいてた時にお前は、行方不明になったって聞いた。

 そんなお前がパラディ島にいるって聞いて、死ぬ前に1回会っとこうと思っただけだよ。」

 

 リヒトの壮絶な人生に、俺は何も言えなかった。

 相棒か相棒じゃないかなんて些細なことだ。彼の報われない思いに、敵同士だと覚悟も決めたはずだったのに、やるせない怒りのような感情が浮かんできていた。

 

「でもお前、行方不明になる前…俺といた頃より全然幸せそうだしさ。仲間もいるみたいだし、俺の心配は杞憂だったらしいな。

 俺、あの頃はお前のこと祝福できなかったけど、今はお前が幸せそうで良かったって思ってるんだ。

 なんか悔しいような、妬ましいような感情も少しはあるけど、お前が俺の代わりに幸せになってくれるって思うと、なんだかここで死んでもいいって思ってる。」

 

 彼はやっぱり優しい奴だった。

 リヒトは、俺の、昔の相棒、親友であることは確かだ。

 俺の幸福を祝ってくれるということに、そして、彼がこれから報われることは無いということに、複雑な思いが込み上げてきた。

 

「……もう1回聞く。

 お前に、捕虜になる気持ちはないのか?

 生活は保証されるし、こんな誰の記憶にも残らないところで死ぬことも無い。」

 

「……ないよ。

 お前に会うためにここに来て、死ぬのは覚悟してた。

 早く、家族に会いたいんだ。

 どうか、殺してくれ。」

 

 リヒトにここで会った時、俺は最終的にこうなるんじゃないかと頭では分かっていた。

 

 彼は、既に生を諦めた目をしていた。

 

 彼の願いは、殺されること。かつての相棒は、死にたいと願っている。

 

「それに、お前の記憶には残るだろ?

 こんな卑怯なことをして、ごめん。

 だけど、俺がこういう奴だったって、誰かに覚えていて欲しかったんだ。」

 

 卑怯だとは、思わない。

 彼がそれだけ追い詰められているのも分かるし、マーレ当局に目をつけられた者はエルディア人全員から遠目に見られる。

 相談する相手もいなかっただろう。

 

 俺は、彼の願いを叶えてあげることしか出来ない。

 

「最後に、言い残すことは何かあるか?」

 

「そうだな…、お前はもう十分幸せだろうけど…。

 幸せになれよ。」

 

 そう言ってかつての相棒は笑った。

 

 そうして俺はリヒトの命を絶った。

 

 

 

(ハンジ視点)

 

 鎧の巨人を相手していた私たちは、無垢の巨人の出現に動揺が走ったが、鎧の巨人討伐班と無垢の巨人討伐班の2班に分かれて敵を倒す作戦を立てた。

 

 先程まで雷槍を打ち込むことに苦労していた私の班は、エレンが入ったことにより、敵に隙が出来たため、以前より圧倒的に戦いやすくなっていた。

 

 そして今ちょうど、エレンが絞め技を決めて、ガラ空きになった鎧の巨人の項に雷槍を打ち込むところだった。

 

 

「皆!気を抜かずに、退路をしっかり取ってから、同時に雷槍を打ち込むよ!」

 

 私の声に班員は頷く。

 

「行くよ!

 せーのっ!!!」

 

 私の合図に従って班員が同時にライナーのいる項辺りに雷槍を着弾させ、爆発させた。

 

「やったか!?」「誰か、確認を…」

 

 

「いいやもう1回だ!

 さっきのことを思い出すんだ!彼は容易には動きを止めない!

 隙のある今のうちにできるだけ攻撃を与えてから確認しに行こう。」

 

 ライナーはしぶとい奴だった。死んだかと思った彼は生きていた。不死身なのかと疑ったほどだ。

 

 班員は返事を返して、また私の合図に続く。

 

 これらの事を何度も繰り返した後、班員の1人がその様子を見に行った。

 

「確実に…仮死状態です!もう動くことは無さそうです!」

 

 彼女がそう叫んだ声に、全員が喜びの雄叫びをあげたが、それでも油断はならない。

 

「皆、気を抜くな!

 先程も気絶していることを確認したのにも関わらず、彼は直ぐに動き出した!

 まずは、彼を巨人の体から切り離すんだ!

 多少腕や脚がなくても構わない。

 万が一のために、縄で縛って取り抑えよう!」

 

 私の指示に従って班員は動き出す。

 

 巨人の修復能力は恐ろしいもので、腕を切っても生える、足を切っても生えるといった化け物じみた性能をしている。

 

 能力のある巨人に関しては、どれだけ警戒をしたって過剰という事はないだろう。

 

 

 巨人から切り離したライナーは確かに仮死状態のように見えるが、念の為、動けない状態にしておく。

 

 

「ハンジさん!鎧の巨人は殺さないのですか?」

 

 万が一死んだ者がいた時に、無垢の巨人に巨人化する薬を使って能力のある巨人に食べさせると生き返るということが分かっているために、鎧の巨人は殺さない方が良いのだが、そのことは機密事項だ。

 

 この戦いで死ぬ者が出るのは仕方の無いことだが、死んだ兵士一人一人にその薬を使う訳には行かない。そもそも、薬は1つしかないし、能力のある巨人の数も限られている。

 そのため、この薬の使用権はリヴァイに託されていて、それも使わないという選択肢もある。

 

 今はまだ調べることが出来なかったが、これから先こちらの技術が向上した際、その薬を分解して成分を調べることが出来るようになるかもしれない。

 そのために残しておくというのも1つの手だということだった。

 

「ライナーは、捕虜として残しておくよ。そういう作戦だからね。」

 

 私の言葉に、モブリットは不思議に思いながらも、従った。

 

「ライナーは複数の兵士で監視して、腕や脚が修復しそうならば切断して巨人化を防ぐこと!この作戦に当たる班は……」

 

 そうして鎧の巨人との戦いは幕を閉じた。

 彼の処遇についてはどうなるか分からないが、とにかく、薬を使わない場合、可能であれば生かして連れて帰ってくるようにと言われている。

 ベルトルト、ライナー、獣の巨人の3人の中では1番情報を吐いてくれそうな人物だとエルヴィンが言っていた。

 

 私にはベルトルトが1番気が弱そうで情報を吐きそうだと思ったが、エルヴィンの考えは違うらしかった。

 

 

「ライナーを監視する班以外の者は、無垢の巨人討伐の援護に回るように!

 超大型巨人が怪しい動きを始めたら、そちらに向かって気をひけ!」

 

「「「「了解っ!」」」」

 

 彼らはそれぞれの持ち場を確認してその場から去っていった。

 

 とにかく、与えられた役割、鎧の巨人の討伐という任務をほとんど完了して、私はどうやら安心していたようだった。

 まだ戦いは終わっていないというのに、呑気な事だな。

 気を引き締めるため、思い切り頬を叩いたら、モブリットに心配された。

 

 

(アルミン視点)

 

 それから僕達はシガンシナ区内の無垢の巨人を全て討伐し、作戦通り超大型巨人との長期戦を始めた。

 

 壁からのマーレ兵士の出現、上から降ってきた無垢の巨人などのイレギュラーはあれど、それからの作戦は好調に進んでいたと言えるだろう。

 

 兵長と二ファも、獣の巨人との戦いを終え、彼の身柄を捕らえてシガンシナ区内の兵士達に引き渡した。

 

 ライナーもハンジさん達の班とエレンが協力して、無力化したようだった。

 

 

 我々は万が一超大型巨人との我慢対決になった時のために食料と水を大量に持ってきていたため、それからは作戦通り超大型巨人との長期戦が始まった。

 

 壁の上、もしくはウォール・ローゼ内で交代で寝て、超大型巨人を一日中監視して、煙を出させる。それを繰り返していくのは精神的に辛いものがあったけれど、これが終われば巨人との戦いも終わったようなものだ。

 

 

 途中ベルトルトの援軍に飛行艇が来たような様子があったが、どうやら壁やその近くにいる僕たちには何故か危害を加えることは出来ないようで、何分かそこに留まっていた。

 

 そのため、マーレ軍の持っていた武器である拳銃のようなものをハンジさんが調べてその飛行艇に打ち込んでいた。大したダメージにはなっていないようだった。が、飛行しているものには攻撃できないと踏んでいた敵側は相当驚いたようで、その場を離れていった。

 

 何日も流れていく日の中でベルトルトも焦ったところを見せ、壁の上にいる調査兵に危害を加えようと何度も迫っていたが、調査兵は4つの班に分かれてシガンシナ区中央にいる超大型巨人を包囲。超大型巨人が東西南北いずれかの方位に向かって進み出した瞬間、狙われている方向にいるものは退避をするというような原始的な方法で被害はほとんど出さずに済んだ。

 

 万が一彼が超大型巨人の体から出て、立体機動で壁を登るということが合っても気づくように、毎日毎時間交代で彼を見張っていたが、やはり彼もその結論に至ったようで、ここ数日で1度だけ、人間に戻った瞬間があった。

 

 しかし、監視役が音響弾を打ち、素早く知らせ、彼の位置を特定。いち早く気づいた兵長とそれに続いたノアがベルトルトの行く手を阻み、最終的には僕が彼の首を切り落とした。

 

 彼が巨人化するのではないかという懸念もあったが、ハンジさんの話によると、あれだけの煙を出して何日も巨人化したまま耐えていたのだから、もう一度巨人化するような気力はベルトルトには無いだろうと言っており、実際そのハンジさんの言う通り、僕たちが近づいてもベルトルトが再び巨人化することは無かった。

 

 そうして、調査兵たちは最後の力を振り絞って、遂に我慢対決を制したのだった。

 

 イレギュラーや予想もしなかった敵の出現など、色々なことがあったけれど、遂に、調査兵団は念願のウォール・マリア奪還に成功したのだった。

 



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26話 夢

 

 

(ノア視点)

 

 調査兵団はベルトルトとの長期戦を制して、ウォール・マリア奪還に成功した。

 

 しかし、ベルトルトが巨人化を解除して、立体機動装置を使って壁に登ろうとした時。調査兵団全ての団員の注目がそこに注がれた時、二ファが脱走した。

 

 いや、脱走という言い方は軽いかもしれない。

 彼女はようやく身柄を捕らえたライナーを喰い、そしてジークを連れ去ったのだった。

 

 全てが成功したかのように思えたウォール・マリア奪還作戦は、二ファのせいで、敵勢力巨人二体の取り逃し、そして1名の能力を持つ巨人継承者の指名手配という結果になった。

 

 二ファは逃亡罪と国家反逆罪の名目で、パラディ島中に指名手配されたのだった。

 

 俺はループの記憶を取り戻して彼女のことが分かったかのように思っていたが、やはり何も分かっていなかったのだと考え直した。

 

 今回の彼女の行動については、何故そんなことをしたのか、俺には何も分からない。

 

 ライナーを喰って、ジークを連れ去ったからといって誰かが助かるとか、そういうことは無いだろうということは分かるのだが、それなら何故、『皆を救う』ことが目的の二ファがそんなことをしたのか?

 

 

 最後の二ファの裏切りによって兵団は微妙な雰囲気にはなっていたものの、念願のウォール・マリア奪還が叶ったということでお祭り騒ぎなのには変わりはなかった。

 

 ベルトルトを討ったのは夜頃だったため、その日はシガンシナ区の壁上で一日を過ごし、トロスト区に帰還するために、翌日の夜にシガンシナ区を出発した。

 

 俺や他の調査兵たちが壁上で一日を過ごしている間に、エレン、アルミン、ミカサや兵長たちはエレンの家の地下室に行って真実を確認しに行ったようだった。

 

 俺と二ファは団長から何故か見ないようにと言われていたため、行くことは叶わなかった。二ファはもう既にその場を去った後だったが。

 

 彼女の自由気ままさには苦労させられてきたが、今回に限っては自由気ままなどというお気楽な言葉で言ってはいけない。彼女は立派な犯罪者である。

 

 逃げた際には壁内に向かっていたのが見えたと言われているが、壁内に隠れる場所も何もありゃしないだろう。すぐに見つかって、捕まるとは思うが、彼女相手にそう上手くいくか?と疑ってしまう自分もいる。

 何時だって彼女相手に何かするときは、一筋縄ではいかないのだから。

 

 地下室の真実は、俺と二ファが見た『記憶』と同じで、俺と二ファの信頼度は上がった訳だが、二ファはもう信頼が地の底に落ちているので、それが上がることはないだろう。

 

 本当に彼女は何が目的であんなことをしたんだか。

 

 

 

 

 夜のうちにシガンシナ区を出発した俺たちは、とりあえずはまずトロスト区に帰還することを第一目標に、道中の巨人を無視して進んでいった。

 

 ウォール・マリア奪還を果たしたからと言って、すぐさまウォール・マリア地域に住むことが出来る訳では無い。

 そこにいる巨人を駆逐して、安全宣言がなされてからということになるため、道中の巨人はなるべく倒していった方が良いのだが、シガンシナ区での戦いに加え、連日の壁上の寝泊まり、ずっと近くに超大型巨人がいるストレスから疲れ切っている調査兵団達に今巨人を倒せというのは酷だろうと、ハンジさんが決めたことだった。

 

 帰路で人員を失うなんてことがあってはいけないから。

 

 しかし、行きと同じように、真夜中であることが幸いして、巨人が動いてる姿はほとんど見ないし、昼間に行っていたらかち合っていたであろう巨人との戦闘も避けることが出来た。

 

 

 

 

 そうして、トロスト区に戻ってきた。

 

 トロスト区は俺たちの初陣になった場所で、エレンが大岩で外門を塞いだ場所だ。そのため、外門は通れなくなっていて、リフトで上へ上がるしか無かった。

 

 一番最初に壁の上に登ったハンジさんが、ウォール・マリア奪還に成功した旨を集まっていた民衆に伝えたようで、まだ壁の外側にいる俺たちにもその歓声が聞こえてきた。

 

 『記憶』では生存者9人、死亡者199人だったはずで、この壁上に登るためにはリフトが1往復すれば済むほどの人数しかこの場所に帰ってこれなかった。

 しかし、今回は、リフトが何十往復しても足りないくらいの人数がこの場所に帰ってくることが出来た。

 

 生憎死亡者0人とは行かなかったが、その数は本来よりも劇的に少ない数に留まったはずだ。

 

 何分もリフト待ちをした後、俺の番が来たため、馬を乗せて壁の上へと登った。

 

 先程から止まない人々の歓声に、結構な人数がいるのだろうなと覚悟はしていたが、俺が思っている人数の、倍以上の人々が、それぞれ調査兵団の旗を振ったり、大声で叫んで俺たちのいる壁の上を見ていた。

 

 これこそが、『英雄の凱旋』なんだな。

 昔エレンの言っていたことを思い出す。エレンは調査兵団が帰ってくることを英雄の凱旋と言ってはばからなかったけれど、あの時の調査兵団の被害は大変なものだった。

 

 トロスト区の住民の心を掴んだのは、俺が寝ている間にクーデターを成功させた、先輩や同期たちだけれど、彼らの目一杯の祝福が貰えたのは、俺と二ファの、長い長いループから生み出された結果でもあるんだと、誇りに思った。

 もちろんそれだけではなく、色々な人の思いが形になった結果ではあるのだが、あのループに意味を持たせるとしたら、この歓声が最高の報酬だろう。

 

 横に幼馴染のエレン、ミカサ、アルミン、

 同期のジャン、コニー、サシャ、

 奥には元祖リヴァイ班の先輩である、エルドさん、グンタさん、オルオさん、ペトラさん、

 更にその横にはナナバさん、ゲルガーさん、リーネさん、ヘリングさん、

 少し遠くにはミーナがいて、

 トロスト区内には、車椅子に乗っているトーマスとミケ分隊長、その近くにいるマルコ。

 そして出迎えているエルヴィン団長が見えた。

 

 俺が今見ていた人達はほとんど、俺と二ファの力で助けた人達だ。彼らの元気そうな顔が見れただけでも、何度もループしてきた甲斐があったと、そう思った。

 彼らだけではない。本来は最終決戦のこの場所まで生き残ることが出来なかったはずの、9人以外の兵士達は、俺たちが直接的に、または間接的に救ってきた人達だ。

 

 …どうして二ファが今この場所に居ないんだ、とどうしても思ってしまう。

 俺よりもずっと彼らが救われることを願ってきて、今それが叶って。

 誰よりも頑張ってきた二ファが、この景色を見るべきであるはずなのに、彼女は今やここでは犯罪者で、凶悪な指名手配犯だ。

 

 俺は後々会うことになるであろう二ファに、この時のことを話すことができるよう、目に焼き付けておくことにした。

 

 

「俺たち、やっと歓声を受けられるようになったんだな。」

 

「まだまだ実感が湧かないけど、僕たち、故郷を取り戻したんだ…!」

 

 エレンとアルミンは興奮しているようにそう言ったが、ミカサはいつも通り冷静な表情だった。

 

「ミカサは、嬉しくないの?」

 

 俺が思わず聞くと、彼女ははにかんで、

 

「エレンが嬉しいなら、私も嬉しい。」

 

「……そっか。」

 

 可愛いことを言い出した。

 いつも通りだけど、これでもエレンはスルーを決め込んでるのか、気づいていないのか…。

 

 俺はチラッとエレンの方を見るが、何やら悩み顔のようだった。

 こんなに歓迎されているのに、何を悩んでいるのだろう?と不思議に思ったが、また後で聞けばいいか、と思った。

 

 

 

 

 それからエルヴィン団長に報告しに行って労われたり、調査兵団に対して前夜祭とは比べ物にならないほど豪華な祝杯のパーティが行われたりと、それから何日間かは街も調査兵団もお祭りムードだったが、それも日が経つ毎に薄れていった。

 

 調査兵団も通常業務に戻るところだったが、まずはウォール・マリアの安全を確保するのが先だとして、十分な休暇を取った後、再びトロスト区からの遠征を開始。

 

 今回は巨人を避ける長距離索敵陣形ではなく、積極的に巨人を倒しに行く陣形を取ることになった。

 

 今回もエルヴィン団長はトロスト区に待機している。エルヴィン団長がこれから前線に出ることは不可能だと考えられているため、そろそろ団長の代替わりの時期になるそうだ。

 

 恐らく、次の団長はほぼほぼハンジさんで決まりだろう。

 皆からの評判や噂を聞く限り、そんな気がした。

 

 俺も調査兵団所属のためもちろん遠征にはついて行ったが、シガンシナ区、そしてウォール・マリアを奪還してからは、新たな『記憶』を思い出すことは無くなった。

 そもそも、俺にはウォール・ローゼ内の戦いからのループの経験は無いはずだから、『記憶』なんて無いはずだ。悪夢を見なくなったことにも頷けると最初は思ったが、今までの悪夢の内容は二ファの1回目のループのものを見ていたはずだったと思い出し、悪夢が止まったことはおかしいと不思議に思っている。彼女の1回目のループは、この後まで続いていたはずだった。

 それに加えて、奇妙なことに、最近は何度も同じ悪夢を見ている。それも、その内容は覚えていなかった。

 

 これは、エレンが悩んでいることと何か関係があるのだろうか?

 俺はエレンが悩んでいることに対して何か力になれたらと思う気持ちはあったけれど、最近は忙しくて彼と会ってゆっくり話す時間もないほどだった。

 

 

 冬がすぎて、雪の積もる頃、調査兵団はウォール・マリア内のほとんどの巨人を駆逐し、そして雪解けの時期に、ウォール・マリアの安全宣言がなされた。

 

 

 今後のことは俺にも分からないからどうにもならないが、何か胸騒ぎがするのだった。

 

 

 

 

 ウォール・マリアの一件も落とし所が見えてきた頃、生き残った調査兵団の主要人物に勲章の授与が行われる式典が開催された。

 

 実際に勲章を受け取るのは、功績がハッキリしているもののみだ。具体的に名前を挙げるとすれば、調査兵団の代表として、エルヴィン団長に代わり新たに調査兵団団長となったハンジさんが、獣の巨人討伐の功績を称えられリヴァイ兵長が、鎧の巨人討伐の援護をした功績を称えられ、エレンが、超大型巨人討伐の功績を称えられ、アルミンがそれぞれ貰うことになった。

 

 そういえば前見た『記憶』では、生き残った9人全員に勲章が授けられていたはずだが、今回は4人だ。

 前回では生き残った者が9人と少なかったため全員に勲章を授けられたが、今回はそもそも生存者が多い。恐らく、勲章を授ける者と授けられない者の違いを区別する境目を作るのが難しいため、よりハッキリとした功績を得たものにしか与えられないのだろうが、それでも俺は貰っても良かったんじゃないかと少しガッカリしているのは内緒だ。

 

 今日は実際にその式典の日で、勲章の実物は貰えないにしても、生き残った調査兵達の()()という名目でハンジさんが勲章を貰うため、ウォール・マリア奪還作戦で生き残った兵士たちは全員参加で式典に臨むことになっていた。

 

 お城のエントランスホールは生き残った調査兵達でぎゅうぎゅうになっていたが、謁見の間はここよりも広いとのことで、少し安心した。

 

 

「ノア!」

 

 俺を呼ぶ声が聞こえた気がするが、この人口密度だとその声も人の服に吸われて微かにしか聞こえなかったため、どっちの方向から聞こえた声なのか、俺には見当もつかなかった。

 

 肩を叩かれて、後ろを見ると、ジャンとサシャ、コニー、ミカサの4人。勲章を貰えない同期達が立っていた。

 いや、貰えるのはエレンとアルミンの2人だけだけど。

 

「なんだ、お前らか。」

 

「何だってなんだよ。

 俺はお前も勲章貰える組だと思ってたけど、お前も勲章あぶれ組かー。」

 

 ジャンがそうからかってくる。

 

「俺も貰えると思ってたんだがな。」

 

「ノアはこういうの、貰えるはずがないですよ。」

 

 サシャの言葉に少しイラッときたがそれも一瞬だった。

 

「だって毎回1人班じゃないですかー」

 

「ああー、1人班だから、功績も何も、見てる奴がいないよな。」

 

 サシャとコニーが口々に言う。

 

 昔誰かにもそんなことを言われたような気がするが、思い出せなかった。

 

 

「仕方が無い。ノアは勲章を貰えるぐらい活躍してた。今までの功績も含めて、評価されるべき。」

 

 ミカサはそうフォローをしてくれた。

 

 

 ああ、思い出した。トロスト区奪還作戦の班分けの時に、ミカサが珍しく敬語を使って先輩に、『功績から考えてノアがエレン護衛班になるのが妥当なはずです!』とか何とか言ってたけど、俺が一人班なせいで功績が無くて、結局却下されたんだっけ。

 まだ1年くらいしか経っていないはずなのに、やっぱりどこか懐かしく思うのは、この1年が濃いものだったということに間違いない。

 

 

「ありがとう、ミカサ、サシャ、コニー、ジャン。」

 

 

 ジャンはうげっという顔をしていたが、それ以外の皆は俺の言いたいことが分かるというような顔をして頷いていた。

 

 

 

「間もなく式典が始まります!

 中へお入りください!」

 

 担当者か何かの人がそう叫んで、俺たちは謁見の間と呼ばれるだだっ広い場所になだれ込んだ。

 

 

 それから式典はつつがなく行われた。勲章をヒストリアから直接渡され、その手にキスをする時にエレンが深刻そうにヒストリアの手を見つめて離さなかったこと以外は。

 

 

 

「エレン、どうしちゃったんですかね?」

 

 式典から帰る道中、サシャがその話を切り出した。

 

 もちろん、エレンがヒストリアの手を予定より長い間ずっと握っていた件についてだ。

 

「やっぱり…」

 

「これは…」

 

「「恋の病」かな?」ですかね?」

 

 コニーとサシャは示し合わせたようにハモるが、横の般若(ミカサ)のことを思い出して欲しい。

 

 俺は怖くて横を向けない。

 横から絶対零度の視線と空気がダダ漏れになっているのを感じる。

 

 

「だれが…だれに?」

 

 デリカシーのない発言をした2人もようやく横の般若(ミカサ)に気づいたらしく、震え上がっているのが見えた。

 

 

「触れないでおこう。」

 

 

 俺は出来るだけ気配を消してその場をやり過ごした。

 ここにアルミンがいたら、俺の言葉に同調してくれたことだろう。

 

 幼馴染は知っている。彼女の地雷は、エレンと他の女の子の話である、と。

 これ以上踏み込んではいけない…。

 

 

 

 

 式典も終わって、少しの間平和な時間が流れている頃、俺の部屋に訪問者が来た。

 

 ずっと待っていた人物だった。

 

 このために俺は一人部屋にしておいたし、夜は窓の鍵を開けていた。

 

 

 そうして窓から現れたのは、やっぱり二ファだった。

 

「久しぶり。」

 

 そう言って現れた彼女は何故か葉っぱ塗れだったが、俺は何も言わずに部屋に入れ、窓を閉めた。そして彼女をソファーに座らせる。自分はベットに座って話を聞く体制を取った。

 

 シガンシナ区でのこと。聞きたいことはあるが、彼女なりに何か理由があっての事だということは分かっている。

 

「久しぶり、二ファ、君の話を聞こう。」

 

「そう。今回は、開幕早々質問攻めにせずに私の話を聞いてくれるのね。」

 

「ああ。」

 

 俺は二ファの目を見て探るが、まだ嘘をついているかどうかは何も分からない。

 

「それじゃあ、単刀直入に話させてもらうわ。

 まず、ノアがこれからの未来が見えているかは分からないけれど、私がしたことは、それを避けるためのことなの。

 ライナーを食べたのは、巨人の継承者となる人物の人数をできるだけ減らすため。

 ジークを連れ去ったのはこの国が他国に対抗出来るようにするためだわ。

 そして、1番の目的は、エレンを説得すること。」

 

「エレンを、説得すること?」

 

「これからの展開で、1番厄介なのは、エレンだわ。

 彼は爆弾を常に持っていて、爆発させようとすればできるような、危ない人物よ。」

 

「ちょっと分からないんだけど。

 もう少し具体的に…」

 

「いいや、あなたも見ようと思えば見れるはずなのよ。

 何故か見ようとしていないだけで。

 そもそもあなたの前世である、病気にかかっていた頃を思い出せないのは何故かしら?

 何か、あなたにとって都合の悪いこととか、見たくないものがあったからじゃない?」

 

 病気にかかって一生を暮らした前世。俺にとって辛いことであったのは確かだが、それはループよりも辛かったかと言えば、そうでもないような気がする。

 

 二ファの言葉が引っかかる。

 俺にとって都合の悪いこと?何かが繋がるようで、モヤモヤしていて繋がらない。

 

「明日、それとも明後日になれば分かるかしら?

 それは、私が言っても彼には響かないことだわ。

 

 あなたが、エレンを説得するのよ。

 

 ……いや、これは命令じゃない。

 

 あなたに、エレンを説得して欲しいの。お願いよ。」

 

 

「おい、ちょっとまっ……」

 

 俺の引き止める言葉にも聞く耳を持たず、二ファはそれだけ言って、そこを去っていった。

 

 

 彼女が来ればわかると思っていた。ところがジークを連れていった理由は結局分からずじまいだったし、彼女が来たことで更に分からないことが増えたように感じた。

 

 エレンを、説得する?

 

 彼は幼馴染で、親友で、戦友だ。

 彼に何を説得するというのか。

 

 その日はそのことをぐるぐると考えたせいであまり良く眠れず、また悪夢のようなものを見た気がするが、その内容は思い出せないままだった。

 

 

 

 

 

「ノア!遅刻するよ!」

 

 そう言って俺を起こしに来たのは、アルミンだった。

 俺は彼に似た誰かがアルミンと重なったが、それが誰だったかは思い出せなかった。

 

 そういえばシガンシナ区にいた時も、たまーに彼がうちまで来て起こしてくれることもあったっけ、なんて寝ぼけた頭で考えていたが、段々と頭が冴えてきて、遅刻という言葉が頭に入ってきた。

 

「遅刻?」

 

「そうだよ!今日は大事な壁外調査の日だよ!」

 

 アルミンが必死に俺の体を揺らす。

 

「ハッ!!!そうだ、そうだった!アルミン、起こしてくれてありがとう!」

 

 昨日の夜のことで頭がいっぱいだったが、今日は島の南端まで行く壁外調査の出発日だった。

 

 俺はすぐさま支度して、アルミンと共に集合場所に急ぐ。

 アルミンのおかげで集合時間30秒前にギリギリ間に合ったが、兵長には睨みつけられた。

 

 そして新たに団長になったハンジさんの掛け声によって、壁外調査が始まったのだった。

 

 今回の調査の作戦としては、昨日まではできるだけ巨人を倒しながら進行するようにとのことだったが、今日になって(まだ団長とつけて呼ぶ癖が治らないのだが、)エルヴィン団長が作戦を変更して、巨人をできるだけ倒さないようにと言い渡したため、長距離索敵陣形が急遽組まれ、それに従って行動していた。

 

 長距離索敵陣形に慣れていない新人などは固まって動いているが、それ以外の者はしっかり陣形通りそれぞれの役割を全うしていた。

 

 こうしていると、1個前の壁外調査であった、女型の巨人と対峙したあの壁外調査のことを思い出すが、その時に比べて巨人の数が少なくなっているのは確かだった。

 

 以前は敵が意図を持って攻めてきていたという原因もあったからなと、1人納得する。

 

 俺は今回も比較的陣形の内側にいるため、余程のことがない限り、役割は少ない。

 

 暇な時間が長いため、その間にも昨日の夜二ファが言っていたことを思い出して、うーん…と考えるが、何も思いつかないものは思いつかなかった。

 

 明日か明後日には分かるって…本当にそうなのか?そうだとして、なんでそんなことが二ファに分かるんだよ。

 

 俺は悩んでも全然分からないためこのことは一旦考えるのをやめて、今回の壁外調査で不思議に思ったことを考えていくことにした。

 

 その疑問とは、団長の作戦についてだ。昨日までは巨人を倒しながら進行するようにという作戦だったが、今日になって、今までと真逆である、巨人を倒さずに進むように、と言い始めた。

 何があったんだ?

 

 そもそも、巨人を倒さないよりは倒した方がいいに決まっている。

 何か巨人を倒さない方が良いメリットを見つけたのか?

 

 団長が意見を変えたのは、昨日から今日の朝にかけて。

 

 ……昨日の、夜に何かあったのか?

 

 と、すれば。

 俺の部屋は調査兵専用棟だったし、となれば、団長の部屋もそう遠くない位置にあったはずだ。

 

 二ファがあの後か、あの前、何か団長に言い寄越したのか?

 だとしても、巨人を倒さないメリットはよく分からない。

 

 

 いや待てよ?

 

 パラディ島のこれからの敵は、巨人じゃなくて、マーレになる。

 

 この前のシガンシナ区でマーレに大損害を負わせたため、それでマーレが諦めてくれればいいが…。

 いや、マーレが諦めたとしても、他国がここに攻めてこない理由はない。

 

 1つ前の人生の記憶からすると、マーレがパラディ島に攻め込んだのは、始祖奪還のこともあったが、その資源の多さというのも1つの要因であった。

 

 だとすれば、尚更他国が攻め入ってくる可能性がある。

 

 マーレや他国が来るとしたら、海から、陸に上がって壁まで辿り着くか、それとも空を使って入ってくるか。

 

 そうなった時に海から陸に上がって侵入していく敵に1番有効なのは、無垢の巨人だ。

 無垢の巨人をパラディ島の防衛に使う。二ファ、もしくは団長が考えたのはそういうことじゃないだろうか?

 

 こちらは無垢の巨人の倒し方を知っているが、他国、それもマーレ以外の国だったらそうそう巨人の倒し方なんて知らない者が多いし、知っているとしても、立体機動装置が無かったら実践するのは至難の業だ。

 と、すれば、下手に兵器を置いたりするよりも強い、防衛の要になる可能性がある。

 

 そういうことだったのか、とスッキリしていると、辺り一面に砂漠のような、砂浜のようなものが広がっている場所まで着いた。

 

 道中の巨人の陣形への侵入が少なかったため、ここまで一日で来ることが出来た。

 

 

 巨大な砂浜にはしゃぐもの達がいる中、俺は、そろそろかなと思った。

 

 

 前には、コンクリートで出来た防波壁のようなものが見え、1番前のハンジさんは、砂の丘を上った先で歓声をあげている。

 あそこから、見えるのか。

 

 みんなが立ち止まるせいで渋滞のようになっているその場所を見て、アルミンはワクワクする気持ちが止まらないらしく、馬をその場に繋いで、こちらに向かってきた。

 

「エレン、ミカサ、ノア、行こう!」

 

 そう言ってアルミンは強引に俺たちを馬から降ろし、その馬を繋がせた後、俺たちの腕を引っ張った。

 

「アルミン、早く見たいのは分かるけど、ここまでしなくても…」

 

「だって、これは僕の1つの夢なんだ!早く見ないと、無くなっちゃうかも…!!」

 

「無くならないよ。」

 

 ミカサが少し笑いながらついて行く。

 俺も、アルミンに引っ張られるがまま、みんなが立ち止まっている場所まで走っていった。

 

 

 ちょっとした砂の丘を超えた先は、一面の青。

 

 海だ!

 

 アルミンが見たいと言っていた景色。

 俺が今世で1度も見たことのなかった景色がそこに広がっていた。

 

 俺は、前世でもずっと病院にいた生活だったために海を自分の目で見たことは無かった。

 

 マーレ戦士候補生時代は海なんて見慣れたものだったけれど、ここまで人を感動させられるものだったとは思いもしなかった。

 

 周りを見ると、みんながみんな、口を開けて目を輝かせている。

 

 俺たちは一瞬時が止まったかのように感じられたが、後ろから聞こえる不満の声に、現実に引き戻されたような感じがした。

 

「おーい、俺たちにも見せてくれよ!」「そこには何があるんだよ!」「早く見せてくれ!」

 

 人が何十人ほどしか乗れないようなこの小さい場所で、ましてや馬に乗った人達が止まってしまっては、後ろも渋滞してしまうことは必然だった。

 

 止まっていたハンジ団長がハッとしてから振り向いて、やっとみんなに指示を出し始めたことで渋滞はある程度緩和されたが、やはりその後の人たちもその丘を超えた後の初めて海が見える場所で立ち止まってはその人の時が止まるため、なかなか渋滞が解消されることはなかった。

 

 

 それからハンジさんの指示で一旦休憩ということになり、俺たちは初めての海を堪能した。

 

 ジャンやコニー、サシャたちは服が濡れるのも構わずに水を掛け合って遊んでいたし、先輩たちも童心に帰って遊んでいた。

 

 兵長は何故か入ろうとしなかったけど、恐らく潔癖症によるものなんじゃないかと思う。

 

 

 

 そして、アルミンとミカサ、エレン、俺も海の波を感じながら、あの日から追いかけていた、アルミンの夢。『海』を見れたことに対する感動を分かちあっていた。

 

 

 エレンはさっきから何やら元気がないようで、何を話しても覇気がなかったが、これを見たら、元気が出るんじゃないのか?俺はそう思っていた。

 

 前にいて、海の向こうを見ているエレンにアルミンは自慢げに話しかける。

 

「ほら、言っただろう?エレン。

 商人が一生かけても取りつくせないほどの、巨大な塩の湖があるって。

 僕が言ったこと、間違ってなかっただろう!?」

 

 アルミンの夢が今、1つ叶ったんだ。彼がこれだけ嬉しそうにしているのも分かる。

 

 アルミンの後ろにいるミカサの表情も、横から覗くととても嬉しそうだった。

 

 

「ああ、すっ…げえ広いな。」

 

 しかし、エレンの返事は、海に感動しているようにも、さっきまでの元気のなさが続いているようにも、どちらとも取れるような返事だった。

 

 

「うん…!!

 ねえ、エレンこれ見てよ!

 壁の向こうにはっ」

 

 アルミンの手の中には、貝殻がある。綺麗な巻貝だ。

 それを見せようとアルミンが手を差し出した時、エレンはアルミンの言おうとしたことを遮った。

 

 

「海があって、

 海の向こうには、自由がある。

 …ずっとそう信じてた。

 でも違った。

 

 海の向こうにいるのは……敵だ。

 

 何もかも、親父の記憶で見た物と、同じなんだ。」

 

 

 エレンが泣きそうな顔でこちらを見て、海の向こうを指さす。

 

 

「なあ、向こうにいる敵…全部殺せば、

 俺たち、自由になれるのか?」

 

 

 エレンの自由に対する切実な思いに俺たちは何も言えなくなってしまった。

 

 俺たち以外の、エレンの言葉が聞こえなかった兵士たちの楽しそうな声が響く度、虚しい気持ちになった。

 

 アルミンの夢は1つ叶ったけど、エレンの、自由への夢は、遠ざかったのかもしれない。

 そう、考えてしまわざるを得なかった。

 




 更新中断してしまいすいませんでした!体調不良などリアルで色々ありまして…。
 けれども、あとちょっとで完結ですのであと少しの間だけよろしくお願いします。
 また、誤字脱字などありましたら気軽に報告お願いします!


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27話 英雄

 

 

(ノア視点)

 

 

「ねえ、乃亜(ノア)聞いてよ!面白い本を見つけたんだ!」

 

「なんだよ理人(リヒト)、病室なんだから静かにしろよな。」

 

 おれは真っ白な部屋の中でゲームをしながら、彼の方を見向きもせずに注意する。

 

「まったく乃亜(ノア)はつれないなー。

 こんなに興味深い本が見つかったというのに!」

 

「興味深い本?

 お前がいっつも面白い面白いって勧めてくるのは歴史書ばっかじゃないか。」

 

 俺はようやく顔をあげて、そいつの持っている本を一瞥する。

 今俺の病室にノックもせずにズカズカと入ってきたのは、理人(リヒト)。幼馴染だ。

 

 俺は幼い頃から気管支系の病気にかかっていて、さらに生まれつきのアルビノであることから、ずっと入院生活だった。

 そんなつまらない人生を少しでも明るくしてくれたのは、紛れもなくこの騒がしい幼馴染だった。照れくさくて本人にはそんなことは言えないが。

 

 ただ、こいつの趣味は俺には理解できない。

 

 理人(リヒト)は歴史オタクだ。

 

 最近は、昔の、それも今住んでいる国ではない場所の歴史にハマっているらしかった。

 昔から、勧めてくる本は難しくて厚い、歴史書ばかり。彼があまりに勧めてくるので1回読んでみたが、どこが面白いのか俺にはさっぱり分からなかった。

 

「まあまあ、今回の本は歴史書だけど、内容が凄く面白いんだ!

 この前のは難しい単語も多かったけど、今回のなら、絵もあるし、楽しく読めると思うんだよ。」

 

「そう言って前回も厚い本を押し付けてきたよな?」

 

 こいつは一度決めたら相手がうんと言うまで引き下がらない奴だ。

 この本も、俺は読む気はないけど、このままずっとこの問答を続けるくらいだったら借りておくとするか。

 

 理人(リヒト)は本を差し出したまま、こっちを見ている。

 俺はハァとため息をついて、仕方なく受け取った。

 

 彼なりに、俺のつまらない人生を彩る、面白いことを提案しているつもりなのだろう。

 彼の優しさは、遠慮なく受け取っておくに越したことはない。

 

「ちなみに、どんな話なんだ?」

 

「これはね、最近話題になってる、()()についての歴史書だよ。」

 

()()?」

 

 はて、何の事だろうか。病室にはテレビはあるけれど、生憎俺はテレビは見ない主義の人間だった。

 

「もう、最近の流行りくらいは分かっておけよ。

 『地ならし』についてだよ。」

 

 『地ならし』?

 その言葉は何か聞き覚えがあって、どこか昔のことのようにも思えた。

 

「遥か昔の時代、人を食べる巨人というのがいたらしいんだけど、その頂点に立つ、始祖の巨人と進撃の巨人を持つ者が起こした惨劇と呼ばれているね。」

 

 始祖の巨人と進撃の巨人?どこかで聞いたことがあるような気もしたが、理人(リヒト)の言っている事はやはり俺には分からなかった。

 

「なんだよ、それ?」

 

「まあまあ、最後まで聞いてよ。

 そいつが『地ならし』を起こすと、たちまち今まで見た事もないような巨大な巨人が何体も出てきて、世界を踏み荒らしたんだ。

 そして、文明も、人類も滅んだ。

 

 それから何万年という時を経て、俺たちの祖先、その『地ならし』を逃れた生き残りが文明を蘇らせたのが、今、俺たちが暮らしているこの世界なのは分かるよね?」

 

 分かるよね?と言われても…。

 そんな非現実的な事が実際の歴史だって言うのか?

 

「これは学校の歴史の分野で習うことだ。

 そして、『地ならし』という悲劇を止めた者として語り継がれているのが、アルミン・アルレルト、ミカサ・アッカーマン率いるパラディ島という島の英雄達だ。」

 

 ミカサ、アルミン…。

 

「で、僕が持ってきたのは、そのパラディ島に関する歴史書なんだ!

 これはパラディ島の面白い歴史を事実に基づいて書いていてね。まず、その『地ならし』というのを行ったのは、英雄達と同じく、パラディ島の出身者で、しかも英雄の幼馴染だったらしいんだ!

 彼が何を思って『地ならし』という悲劇を決行したのかについても考察されているし、興味深いんだよ。」

 

 理人(リヒト)の口は止まらなそうだ。彼は1度話し出すと止まらない悪い癖がある。オタクの早口みたいなもんだ。特に、彼の好きな歴史分野ではいつもの1.25倍速くらいで話し出す。

 

 しかし、パラディ島、か。何か既視感があるのは何故だろうか?

 俺はこの国から出たこともないし、病気のせいで飛行機に乗ったこともないのに。ましてやパラディ島という所に行ったこともない。

 

「もういいよ。十分分かったから。」

 

 俺は苦笑いでオタクトークが止まらない理人(リヒト)の話を遮る。

 

「面白そうでしょ?」

 

「ああ…読んでみるよ。」

 

「お、やっと読む気になったか!

 返すのは何時でもいいからね。」

 

 この既視感の正体を探りたくなったから、俺はその日からその本を読み進めていった。

 

 

 

 

 ハッと目を覚ますと、まだ外は暗いようだった。

 

 これは、最近見なかった『記憶』の夢だと思うが、これでエレンを説得する理由については、少し分かったような気もする。

 

 今見たのは恐らく、前世の記憶だ。

 

 理人(リヒト)は前世の幼馴染で、前世でも親友だった。

 彼の優しいところは変わらなかったんだな、と思う。

 ウォール・マリア奪還作戦の時、彼を殺したのは、俺だ。

 このことが妨げになって、今日まで前世の記憶を見ることが叶わなかったのだろう、と推測する。

 

 今日見れたのは、きっと俺の中で彼のことについて少し、整理がついたからだと思った。

 

 前世の記憶と合わせて、二ファの1回目の記憶も見ることが出来た。

 それは前世の記憶と被るところがあって、色々な不思議に思っていたことが、繋がった感じがした。

 

 

 俺の前世は、きっと、今生きている世界の数万年後の世界だったんだ。

 

 

 前世の記憶で見た『地ならし』を起こしたのは、きっとエレンだ。

 そして、その悲劇を止めたのは、俺の幼馴染であるアルミンとミカサたち、恐らく今の同期。

 

 

 

 エレンに『地ならし』なんて惨劇を起こさせてはならない。彼を大量殺戮者なんかにさせてはならない。

 

 彼の最近の悩んでいる様子や、暗い様子は、ヒストリアから勲章の授与を受けた時から始まっていた。

 あの時に未来に起こること、いや、彼自身が起こさなくてはならない使命を見て、まだ今は葛藤があるんだろう。

 

 彼の持つ進撃の巨人の能力は、彼が後々起こす悲劇。『地ならし』の未来を指し示し、そこに向かって進撃する能力だったのだ。

 けれども、『地ならし』を起こすことが最善だとは俺は考えない。

 

 幼い頃から親友として色々なことを一緒にしてきて、俺が沈んでいる時には助けてくれた、今世での相棒のように感じている彼を、未来の歴史書に残ってしまうような悪役にはさせたくない。

 

 

 俺は、エレンを説得することに決めた。

 

 

 

 

 俺は、早速次の日の夜、俺の部屋へエレンを呼び出して、バルコニーに座るように促した。

 

 エレンは素直に座って不思議そうにこちらを見ていた。

 

「話って、なんだよ?」

 

 俺は話があると彼を呼び出した。意味の無い世間話をする気はない。

 単刀直入に話そうと決めていた。

 

 

「エレン、本当にお前は、あれが最善だと思うのか?」

 

 

「あれ…って、なんの事だ?」

 

「お前がやろうとしてることは分かってる。『地ならし』でパラディ島(ここ)以外の奴ら、全員殺すんだろ?

 海に行った時も、そんなこと言ってたよな。」

 

 エレンは一瞬肝を潰したような顔をしていたが、俺の能力のことを思い出したらしかった。

 

「……ああ、そのことか。

 お前だってわかってんだろ?あれ以外に俺らが、世界中に恨まれずに助かる未来はねえよ。」

 

()()()?」

 

 エレンの顔を伺うが、表情からは何を思っているのか分からない。

 

「ああ。神様がいるってんなら、教えて欲しいね。そんな方法があるなら。」

 

 彼は空を仰ぎ見る。星や月が綺麗に見える今日のこの状況は、図らずとも訓練兵時代にエレンと2人で話した時の状況に似ていた。

 

「違うよ、エレン。大量虐殺をして、それを止めることで、アルミンたち同期が英雄になって、世界中から感謝されたとして、()()()同期はそれで喜ぶと思うの?

 エレンは1回だって、同期が何をしたいのか、何を望んでいるのか、聞いたことはある?

 大量虐殺なんかしても、それは、アイツらの望んだことなのかよ。」

 

「アイツらがしたいかしたくないかは関係ない。アイツらが生きても後ろ指さされないために、やるんだ。」

 

 エレンが仲間を思う気持ちは本当のようだが、今はそれが悪い方向に向かっているように思えてならなかった。

 

「お前の、守りたい同期ってやつに、自意識過剰じゃなけりゃ、俺も入ってるはずだが、少なくとも俺は、それで自分だけ幸福に生きることはできないだろう。 

 だって、俺達も、エレンに幸せになって欲しいんだよ。それが、あんな結末で、全世界から恨まれる最期なんて、絶対に、許せない!」

 

「お前だって、分かるだろ?自分のことはどうだっていい。仲間が助かれば、それでいいって。

 お前って、そうやってなりふり構わず突っ込んでく奴だったじゃねえか。」

 

 エレンが言っているのは、トロスト区襲撃の時までの俺だ。

 

「それ、いつの話だよ。俺は、とっくに自己犠牲の精神なんて捨ててるよ。…俺が死んだら、悲しむ奴がいるんだ。それなのに、そいつを置いて、自分だけ満足して逝くなんて、ずるいだろ?

 それに…もう今はいないけど、俺の幸せを願って死んでいった奴がいるんだ。あいつ自身は幸せになれなかったってのに、人の幸せばっか願う、優しいやつだったんだ。そいつのためにも、生きていかなきゃならない、って思ってる。」

 

「それでも……俺なんか居なくても、お前はともかく、あいつらはいつか人並みの幸福を手に入れるよ。」

 

「それは、自分たちのために、大量虐殺された人達の命を背負いながら?

 そもそもエレンは考えが甘すぎるよ。自分が突然悪に染ったように見せて、世界の敵になったからって、今までのエレンが消えるわけじゃない。

 いつかは分からないけど、いつか、アルミンかジャンか、それとも勘の効くサシャ辺りが、お前の本当の真意に気づくよ。俺がアイツらに話さないとしてもね。

 その時、お前によって殺められた命に、そいつらが心痛まないとでも?

 そもそも、お前がこれからやろうとしてることは、大量殺人。あの日、シガンシナ区を襲った、ライナーやベルトルトと同じことをしようとしてんだぞ?」

 

「もちろん、それは分かってる。けど、アイツらのためなら、他の奴らが犠牲になっても良いと俺は思ってるよ。」

 

 ああ、こいつはそういう奴だった。こいつは、自分の目的のためなら他人の何かが犠牲になってもそれを貫き通すんだ。

 

「お前は、昔からそういう奴だよな。他の方法を示せば、納得するのか?」

 

「他の方法が、あるのか?」

 

「あるよ。そもそも、お前の起こした大量虐殺の結末は、もう既に辿った道のりだ。

 

 ……俺は、転生者なんだ。前はループをしていたって話したことがあったよな?…転生者でもあるんだ。

 前世は…お前が大量虐殺をした後の世界だった。 

 

 俺は、小さい頃……シガンシナ区襲撃の前までは、兵士なんかには絶対にならない、って言ってただろ?」

 

「ああ。そうだったな。」

 

「俺の世界では、兵士なんて当たり前じゃなかったんだ。確かに、戦う職種はあったけれども、それは、殺し合いをするためじゃなかった。

 だから、俺の反応は、俺の前の世界じゃ当たり前なんだ。お前らからしたら、信じられない世界だろうけど。

 この、戦争だらけの世界も、いつかは戦争から、別の、平和的な方法に纏まる。

 

 俺の世界で唱えられていた、学術。何だか分かるか?

 『地ならしのなかった世界で起きること』なんて本が流行った時期があってな。お前の大量虐殺が無かったら、俺たちの文明は1歩も、2歩も進んでいた、とか、戦争の時代が200年早く終わっていた、とかがあったんだ。

 お前が大量虐殺をすることで、人類は一丸になる。そんなことは、無かったんだよ。人類は半分以下になっても、昔の文明や技術を巡って、争っていた。

 共通の敵ができたら、人類は一丸となるだろう。そんなことは、まやかしだったんだよ。

 確かに、パラディ島の、アルミンを筆頭とした、元調査兵団の連中は軒並み、英雄として教科書に載ってた。

 けどさ、そんなことが、本当に彼らの幸福なのか?

幸せかどうか、って他人に決められるようなものじゃないだろう。

 英雄になったからこそ、大変なこともあったり、命を狙われることもあったかもしれない。そういうことは考えなかったの?」

 

 エレンの目的は、自分という悪の根源を打ち払ったアルミン達を英雄として、世界にアピールすることで仲間達を守ることなのだろう。

 俺がそう言うと、今まで黙って聞いていたエレンは何を思っているのか分からない複雑そうな顔をこちらに向けて、怒鳴った。

 

「お前に何が分かるんだよ!俺だって、これ以外に方法が無いか、探した。けどな、見つからないんだ!何一つ。この、進撃の巨人が示すことが、最善だってことなんだよ!」

 

 風が俺とエレンの間を吹き抜ける。流石に冬の夜は寒い。

 エレンの気持ちも分かる。進撃の巨人を受け継いできたもの達はこの結末に向けて己の13年を費やしてきた訳だ。それを成し遂げるのにも、それをしないと決断するのにも、相応の覚悟と勇気がいる。

 それに、彼一人ではこの状況を打開する策は見つからないのは当然だろう。

 

「いいや、それはエレン、君一人でやろうとしているからだろう?

 二ファと俺が加われば、出来ることは3倍になる。

 例えば、王家の力を持つ巨人を利用して、パラディ島を守る、とか。」

 

 俺の例え話に、エレンは目を見開く。

 

「そんなことが、可能なのか?

 そもそも、王家の力を持つ巨人なんて、どうやって探すんだ?」

 

「エレン、君が最初に座標の力を使った時を思い出してよ。」

 

 エレンが最初に座標の力を使ったのは、エレン奪還作戦の時だ。

 あの時エレンと接触した巨人は、王家の血を引く者がなった無垢の巨人だった。

 

「母さんと、ハンネスさんを食った巨人か…しかし、その巨人は既に死んだはず。」

 

「そう、その巨人は死んだ。けれども、もう1人、王家の血を受け継ぐ巨人がいるだろう?」

 

「ジーク、か。しかし彼はこちらに友好的ではないと思うが…」

 

 ジークなら、二ファが連行して拘束しているはずだ。

 

「そうだね。だから、拘束しているよ。」

 

 

「そう、か。それなら…

 しかし、俺の力は誰に引き継ぐ?

 それに、始祖ユミルのことは?まさか、まだ巨人を作らせる訳じゃねえよな?」

 

 始祖ユミルというのは、座標で2000年間巨人を作り続けている少女のことだろう。

 

「まず、エレンの力は、エレンの寿命が尽きる最後の時、二ファが食うはずだ。そして、二ファは寿命が来てもすぐ、間を開けずに生まれ変わる。そして、転生した存在は、前の巨人の力を引き継ぐことが分かっている。

 これは、俺と二ファの、繰り返した経験によるものだけど。

 それに、始祖ユミルのことに関しては、まず新しい巨人は生み出させない。今いる巨人が最後だ。

 そして、地ならしの力で他国に牽制している間に工業化を進める。これに関しては最終決戦時に捕らえたマーレ兵の捕虜に技術協力をしてもらって、できるだけ他国に追いつくまでの期間を短くし、他国と渡り合えるだけの戦力を持った時、巨人の力は放棄するように宣言を行う。」

 

「同期達は、それで、助かるのか?

 幸せに、なるのか?」

 

「もちろん、そうだ。いや、幸せになるかは人次第だけれども、平穏な暮らしは手に入れられるだろう。

 

 思うに、俺とエレンって似てないか?俺も、お前も、最初は復讐が目的だったのに、いつからかそれは仲間のためになって、仲間のために自分を犠牲にすることも厭わない覚悟があった。

 俺だって、仲間に、そしてエレンにも幸せになって欲しくて、ここまで進んできたんだ。今更その目的を変えるつもりはないよ。」

 

 俺はテーブルに置いていた肘をそこから離して、エレンのことを真っ直ぐ見る。

 

「そう…か。

 進撃の巨人は、未来を見る力だ。これによると、俺は、大量虐殺をする未来しかなかった。

 これは、どういう事だと思う?」

 

「元々俺と二ファは、この世界にいるはずじゃない、部外者みたいなものだからね。未来は見えないのかもしれない。

 

 なあ、エレン、大量虐殺なんかするより、たとえ信じられなくても、全世界にパラディ島の悲劇を発信して、平和を伝えていくことが、これから俺たちが世界に認められていく為に必要なことだと、そう思わないか?」

 

 俺は、今日1番訴えたかった部分をエレンに告げた。

 彼はまだ悩んでいる様子だ。けれど、エレンの気持ちがこちらに少し傾いてくれているのは確かだった。

 

 

「俺が言いたいことはそれだけだ。

 後は、お前の選択だよ。

 お前らの、物語だろう?」

 

 

 そうなんだろう?二ファ。

 元々は俺たちがいるはずのない世界。ここで皆を救けることを目標に頑張ってきたけど、最後の選択くらいは彼らに任せるべきだ。

 

 

 選んで、実行しなきゃ何も変わらない。あの時、まだシガンシナ区に巨人が来る前、エレンと話している会話を夢で見て、そう思ったんだ。

 

 あとは、エレンが、そしてパラディ島の皆が決めることだ。

 

 ただ話すだけ、言葉にするだけではない。実行するんだ。

 

 どうにかするために必死に考えて、非現実的でもやってみないと分からない。

 

 今、俺たちは最初の1歩を踏み出す。

 

 前世、いや、ずっと祈ってきた人類の願い。

 

 平和への第1歩だ。

 

 

 

 

 

 

 

(アルミン視点)

 

 

「聞いて下さいよ!ノアがまた、よく分からない賞を貰ってきたらしいですよ!」

 

 ベロンベロンに酔っ払ってるサシャが、ビールの入っているジョッキを机にドンッ!と打ち付けて話を切り出す。

 

「ああ、今回はなんちゃらデザイン賞みたいなやつだっけか?」

 

 コニーは適当なことを言っているけど、近からず遠からずって感じだ。

 

「ユニークアイデア賞だね。」

 

 ノアが今回貰ったのは、確か『パラディ島を豊かにしよう!キャンペーン』で、生活を豊かにするアイデアを募集していた中での賞だったはず。

 

「そんなのはどうでもいいんだよ。

 俺たち最近、暇すぎやしねえか?」

 

 ジャンが言うことには頷ける。マーレとの戦いがあった、ウォール・マリア奪還作戦。あれから何年か経って、僕達はようやくお酒が飲める年齢になった。

 

 あれから色々あったけど、年々調査兵団の仕事は減ってきて、調査兵団とは別の業務なんかに回されることの方が多くなってきた。

 

「平和の証だよ。」

 

 確かに暇だが、兵団が暇なことはいいことだ。争いが無いってことなんだから。

 

 そんな話をしていると、僕達が飲んでいる個室に誰かが入ってきた。

 

「遅れてごめん。

 もう始まってる?」

 

「この店でお前らいっつも飲んでたんだな。」

 

「常連だってアルミンから聞いた。」

 

 ノアとエレンとミカサ、そして、

 

「あ、お久しぶり!

 今日は無礼講だからね。」

 

「女王サマー、こんな治安の悪いとこ、本当は入っちゃダメなんですよー(棒)」

 

 ヒストリアに、そのお付の人が板についてきたユミルが部屋に入ってきた。

 

「ええ、ヒストリア呼んでたんですか!それならそうと言ってくださいよー。」

 

 サシャが酔っ払った勢いでヒストリアに物理的に絡み出す。

 

「おい、サシャお前、ヒストリアに触るな!

 私のだぞ!汚れる!」

 

 ユミルがサシャを引っ張っているが、離れないようだった。

 

「あそこはいつも通りだね…。」

 

 ノアはもはや諦めた目であの状況を見ているみたいだけど…

 

「ヒストリアは正真正銘の女王様だぞ?あんなことして、サシャは不敬罪にならなきゃいいが…」

 

 エレンもため息を吐いてノアの隣でその様子を見ていた。

 

「そういえばエレンにノア、ミカサも久しぶり。最近は任務も違ったし、会うことは少なくなってきたから、会えて嬉しいよ。」

 

「久しぶり!」「おう、久しぶり。」「久しぶり。」

 

 このメンツが揃うと、シガンシナ区のことを懐かしく思い出してしまうものだ。

 

 ウォール・マリア奪還が完了してから数年。シガンシナ区も復興作業がほぼほぼ終わったような状態で、いつかはみんなでまた訪れようと話していたのだった。

 

「会ってすぐで悪いんだけど、あの話、どうする?」

 

「シガンシナ区に寄るって話のこと?」

 

「そうそう!僕は来月の前半に休みがあるんだけど…」

 

 うーん、とみんなで予定を話しながら、その日を決めた。

 

 僕達が予定を立てている横では、ユミルとサシャでやっぱり何か一悶着があったらしく、大騒ぎだったが、毎度のことだ。

 見て見ぬふりをしておいた。

 

 

(ノア視点)

 

 そして、シガンシナ区に訪れる日になった。

 

 それぞれ空いている日は違ったけれど、休日をずらすことが叶って、幸い皆同じ日に行くことができた。

 

「ねえ、ここ、僕たちがよく大騒ぎを起こしてた、出店が並んでたとこだよね?」

 

「うん。確かにそうだと思う。」

 

 噴水があって、人がいて、店があって。

 この平和な景色を取り戻せたのは俺たちが命をかけて守ったものがあったからだ。

 

 そう改めて実感した。

 

「おーい、そこの兵士さんたち!何か買ってかないかい!?

 ……って、アルミンじゃないか!それに、エレン、ミカサ、ノアも。

 大きくなったねえ。」

 

 俺たちは出店のおばちゃんに呼び止められたけれど、どうやらそのおばちゃんは前もここで出店をやっていた果物屋のおばちゃんらしかった。

 

「噂で調査兵団に入ったっていうのは聞いてたけど、もしかして、あんた達がここを取り戻したのかい?」

 

 俺たちは顔を見合わせた。

 ちょっと照れくさいけど、皆で頷いた。

 

「そうかい、そうかい。

 本当に、ありがとうね。

 そんじゃリンゴ、持ってきな。」

 

 気前の良いおばちゃんは袋にリンゴを詰めてこちらに寄越した。

 

「え、いいんですか?

 せめて人数分はお金払いますよ!」

 

 アルミンが遠慮がちにそう言うが、おばちゃんは『いいよいいよ、この街を救った英雄だからね。』

 そう言って袋を押し付けて、客引きを再開していた。

 

 

「こんなに一杯…貰っちゃっていいのかな?」

 

「ああ、俺たちにそれだけ感謝してくれてるってことなんだよな。」

 

「くれたんだから、遠慮なく貰えばいい。」

 

 エレンとミカサがアルミンにそう言う。

 彼らはリンゴを頬張りながらあの場所は…と、懐かしんでこの街を歩いている。

 

 『英雄』か…。

 

 俺がエレンを説得して、同期たちを『世界の英雄』にしない選択を促した。

 

 この選択が良いのか悪いのかは今は分からない。けれど、あのことがあったから、今のパラディ島はこんなに平和なんだ。

 

 この場所から始まった、今世での俺の人生は、色々あったけど最終的にこの街で決着をつけた。

 

 あれからはもう、悪夢も見ていないし、二ファにも会わずじまいだったが、彼女は今もどこかで悠々と生きていることだろう。

 

 これからの事はもう、『記憶』には無い。けれど、自分の選択に責任を持って、向き合いたい。

 

 この選択がどんな結果でも受け入れて、俺は皆が、仲間が救われる道を、そして、自分が幸せになる道を探していくことしか出来ないのだから。

 

 





※長い長〜いあとがきです。読むのめんどくさいなと思ったら読まなくても大丈夫です。


 ここまで読んで下さった皆さん、本当にありがとうございます!
 この小説はこの話をもって完結となります。

 最後の展開や、終わり方については色々と言いたいことがある方もいるかもしれませんが、すいません、これが作者の限界でした…!! 矛盾点など沢山あるかもしれません…が、つつかないでやってください( . .)"

 そもそもこの小説は、作者が『進撃の巨人』のアニメ版にどハマりしまして、ハーメルン等を漁っていた時に、他の作品の二次創作より、『進撃の巨人』単独の二次創作って、少なくね?(※個人の感想です)と思って、衝動的に書き始めた作品です。というか、読み漁りすぎてハーメルンで『進撃の巨人』と検索して上の方に出てきた小説はほとんど読んでたので、新たに自分で作ってみようかなと思った次第です。なので、もしかしたら他作品の影響を受けている所もあるかもしれませんが、意図して取り入れたりはしていないので、もしそういう部分があったらすみません!
 また、漫画が買えなくてアニメ勢なので、漫画勢の方は変に思った箇所等あるかもしれません…。

 だんだん最初に書こうとしていたものから段々ズレていっていたのですが、こうして完結して、読者の皆さんもお気に入りや評価も頂いて、本当に嬉しい限りです!
 途中途中、更新中断してお待たせした件については本当にすいませんでした…!<(_ _)>

 今後は新しいものを書くか、はたまたこれが最初で最後になるか分かりませんが、本当に、ここまで読んでいただきありがとうございました!


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