夢追いかけるウマ娘に魅せられて… (清涼みかん)
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プロローグ

自分の人生は走ることと一緒にあった。芝の上を駆け抜け、どんな距離も他の奴らより早くゴールする。

 

自分は周りよりも賢い部類に入るらしい。そういう会話を周りの人間たちがしていたからそうなのだろう。

 

体が大きくなってある程度の速さで走れるようになれば、人を背に乗せて走るようになった。坂道を走ったり、芝とは打って変わって土の上を走ったり…とにかく走ることが好きだった。

 

「こいつはGIも取れます!出走させるべきです!」とよく背に乗っけていた人がはしゃいでいた。こうして、めでたく自分はレース…“競馬”の舞台へ向かうことになった。

 

走る競走馬としてのキャリアは長かった。現役でいられたのは体が頑丈だったからだと思う。背中に乗せていた人も牧場の人も非常に驚いていたが、本当はもっと走れるんだけど…

 

こうして、現役を終えて過去を振り返ってみれば全戦全勝…周りの奴らからは『お前、バケモンすぎるだろ…』と驚かれた。

 

自分はレースを走っていただけだから、どのレースがどんな風に重要なのかはまるで分からなかった。ただただ競い合った奴らに勝ってきただけだ。

 

走らなくなってからは実にのほほんとした生活だった。時々色んな人が自分の元を訪れることもあった。……あとは子孫を残したりもしたな。

 

そうやって毎日を過ごしていき、そして静かに息を引き取った。最後は関わってきた人達に見守られながら眠るように幕を閉じることが出来て、案外悪い気がしなかった。

 

多くの人の記憶に自分がいたという証を残せた…それだけで十分だ。

 

____________________

 

こうして、私は馬としての生涯を終えた…()()()()()

 

「行ってきまーす!」

 

お気に入りのスポーツシューズを履いて元気よく玄関から飛び出していくのは、芦毛のウマ娘。肩にかけてるのはボックス型の大きいカバン、愛用の帽子を被って一気に走り出す。

 

グッと踏み込む力強い走りで街を駆け抜ける。通り過ぎる彼女に一瞬気を逸らしながらも「あぁ、なんだまたあの子か」ともう慣れてしまっている近隣の人達。これが()()()()()()()私の新たな日常だ。

 

生まれた時に自分が馬だった前世の記憶を持っているのは何となく分かった。ただ、それが普通のウマ娘ではありえないことを知ったのは、1歳半くらいのときだ。ウマ娘の皆が記憶を持っていると思っていたが、今世では私が異質の部類に入るようだ。

 

最初は今まで四本足で走っていたから、二本足で走り始めた頃は違和感を感じたがすぐに慣れた。3歳になる頃には走るのが楽しくて街中を駆け回ることもあった。

 

「おはようノルンちゃん。またレース場かい?」

 

「はい!今日のレースは見逃せませんからね!」

 

小さい頃から駆け回っていたおかげで、近隣に限ってだがかなり顔が広くなったと思う。今話しかけてきたのは夫婦経営の定食屋さんで働いてるおばちゃんだ。

 

今の名前は『レイゴウノルン』略して『ノルン』と呼ばれやすい。偶然か必然かは分からないが、前世で呼ばれてた私の名前と同じなのは嬉しかった。理由は特にないが、やはり呼ばれるのならばこの名前でないとしっくり来ない。

 

こうして今度はウマ娘として生を受けた私だが、今は前世で出来なかったことを満喫していると言っても過言ではない。

 

それは“レースの観戦”だ。前に走っていた側だったからこそ、見る側の方にどっぷり浸かってしまっている。現に親に頼み込んで買ってもらった一眼レフには大量の写真が入っている。それもほとんど全て『走っている姿のウマ娘』をだ。

 

「おーい!ノルンちゃん!こっちこっち!」

 

「すみません!お待たせいたしました!」

 

レース会場前でこちらに手を振るのは栗毛の女性。この人は『月刊トゥインクル』を出版している所で働いている記者の松島さんだ。彼女との出会いは少し変だったけど、今ではこうして予定を合わせてレースを見に来る仲間みたいな存在になった。

 

松島さんが言うには『夢を追いかけるキラキラしたウマ娘達に魅了されて記者になった』という。レースのことになれば暴走気味になる彼女だが、一応はプロの記者なのだ。ウマ娘やトレーナーを見抜く力は本物である。

 

聞いたところによると『月刊トゥインクル』の部署には彼女以上に変人な記者がいるらしい。是非ともお会いしたいものだ。

 

過去に『何故その先輩はレースを見に来れないんですか?』と聞いてみた所、『先輩は結構名前が売れてますからね。暇な時の方が少ないんですよ』と言われては納得するしか無かった。

 

「いや〜今日は良バ場になってよかったですね!」

 

「えぇ!特に今日は有望株揃いですから!特に…」

 

レースへの期待をそれぞれ話し合いながら会場へと入っていく。下調べバッチリだが、私の予想が全てではない。時に思いがけない出来事が起こるのだからレースに絶対はない。……そう()()は無いのだ。

 

__________________________

 

『逃げる!逃げる!脅威のスタミナだレイゴウノルン!誰も追いつけない!そのまま駆け抜ける!勝ったのは1番人気レイゴウノルン!8馬身差の圧勝でGI2連勝を勝ち取った!』

 

『序盤からの大逃げでしたが、最後までペースが落ちませんでしたね!前回のGIでも圧倒的な勝利を収めてるところを見るに、今の世代を代表する馬になるでしょう!』

 

2連続でのGI勝利、その時点で大きく注目された。

 

 

 

 

『さぁ!第4コーナーを回って先頭での勝負が……ッ!?おっとここで!?レイゴウノルンが伸びてきた!?外から8番レイゴウノルンが外から追い上げてきた!速い速い!完全に先頭を捉えて…抜き去った!?脅威のスピードを見せるレイゴウノルン!後続も追いかけるが、速いすぎるレイゴウノルン!クラシック三冠のひとつ、『皐月賞』の冠を今ッ!掴み取った!レイゴウノルン堂々の1着!予想を裏切らない結末!レイゴウノルン1着です!』

 

『前回のレースでは()()を意識した走りでしたが、今回は完全に()()()()の走り方でした!まだ見ていないのは()()ですが、それすら走れるとなるとマヤノトップガン以来の馬になりますね!』

 

負けることなく一冠を取れば“無敗の絶対王者”の二つ名を貰っていた。

 

 

 

 

『ありえない速さだレイゴウノルン!初めて()()で走る『菊花賞』の中!もはや逃げも関係なく相手を突き放す凄まじい末脚だ!まさに怪物のような走り!無敗クラシック三冠馬を賭けて走る『菊花賞』をレコードタイムで、ゴールを駆け抜けた! レイゴウノルン1着!今ここにコントレイル以来◻️年ぶりの無敗クラシック三冠馬が誕生しました!』

 

『2着の“オリオトメ”にクビ差で勝利した『日本ダービー』の後、不調で三冠を危ぶまれるところはありましたが!他から群を抜いた見事な勝利でした!』

 

クラシック三冠を手にすれば、『時代のトップスター』になった。

 

 

 

 

『さぁ!最終コーナーを曲がって!来た!ここで来たレイゴウノルン!虎視眈々と好機を狙った位置取りから外へと飛び出し、先頭を差し切ってきた!伸びる伸びる!凄まじいスピードとスタミナで『有馬記念』1着を手にしたのは!『日本の絶対王者』レイゴウノルンだ!無敗クラシック三冠に加え、有馬記念制覇を達成ッ!誰にも止められないレイゴウノルン圧勝です!』

 

『デビューから全戦全勝!近頃は『レイゴウノルンが勝利することこそが必然』とも言われているようですね!この調子で行けば初の凱旋門賞制覇も夢ではありませんよ!』

 

数年経つ頃には世界への挑戦が期待されるようになった。

 

 

 

 

『逃げる!逃げる!逃げる!どんどん差が開いていくぞレイゴウノルン!その凄まじいスピードとスタミナが遺憾なく発揮されてる!夢の凱旋門賞制覇を目指し日本から海を渡ったレイゴウノルン!開く開く!後続を完全に置き去っていく!日本馬初!凱旋門賞を制したのは!日本の絶対王者レイゴウノルンだ!今、1着でゴールイン!レイゴウノルン悲願の凱旋門賞制覇達成!』

 

『レイゴウノルンはデビューから数年経っても変わらないどころか年々実力をあげてきました!掴み取ってきた名声実力共に『伝説』と呼ぶべき素晴らしい馬です!』

 

遂には日本を超え、世界の“伝説”となった。

 

その後、日本に帰国後は8戦を行い全て1着のまま引退を迎えた。引退後に残した子孫はどれもGI、GIIのレースで多くの記録を残した。その後、子孫たちの活躍を見送りながら28歳で死去。

 

レイゴウノルンの死去は日本だけに収まらず海外の競馬ファンにも衝撃を与えた。こうして、伝説となった『日本の絶対王者』は死後になってから新たな二つ名を貰うことになる。

 

『純白の英雄馬』と…

 

 

 

 




『レイゴウノルン』 性別:雄
生年月日 ◻️◻️◻️◻️年5月10日
没年 ◻️◻️◻️◻️年8月24日

戦歴:87戦 87勝 0敗

勝ち鞍:『皐月賞』『日本ダービー』『菊花賞』『有馬記念』『凱旋門賞』

芝:S ダート:C

適正距離:短距離『B』マイル『A』中距離『A』長距離『A』

脚質:追い込み『A』 差し『A』 先行『S』 逃げ『A』

逸話:こだわりが強く、ゴールドシップ並みに人間味があった。なので背に乗せる人は本当に気に入った人だけだという。ちなみに本当に気を許していたのは馬主、牧場主、騎手、調教師の4人はかなり気を許してる。
食べ物に関して好き嫌いはなく、食べ分だけ走っていたとの事。そのおかげかは分からないが、引退後の検査で『無事之名馬』と判定。

二つ名:『日本の絶対王者』『純白の英雄馬』『???』『???』


__________________

読んでいただきありがとうございます!

ウマ娘の小説を出すのは初めてですが、満足できるような作品が作れるよう尽力していくつもりです。至らない点などが多くありと思いますが、初めてなのでそういう感じだと思って割り切ってください。

小説の更新に関しては調べながらやっていくつもりなのでかなりゆったりです。不定期更新にはなるので、気長に待っていただけるとありがたいです。

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トレセンが逃がしてくれない…

「ふぅ…」

 

ゆっくりとスピードを落としながら落ち着くように一息。流れ落ちる汗をタオルで拭き取ると、水筒の中身にあるスポドリに口をつける。個人的な意見だけど何でもかんでも『人参味』にしとけばいいってものじゃないと思う。

 

「もうこんな時間か。今日は随分長く走ったなぁ」

 

腕に着けてた時計に目をやると『PM 6:30』と表示されていた。もう少し走っていたいが、今日の晩ご飯は唐揚げだ。油断して夕食に遅れるとどんどん量が減っていくのは、前に経験済みだ。最悪の場合2個しか残ってない可能性もある。

 

(最低でも7時より前には戻らないと…急ぎますか!)

 

グッと力を貯めて前に跳んだ。転生してから12年…小学6年生も残りわずかとなり、今度からは中学生になる。とはいえ、12年間もの間ただただのほほんと過ごしていた訳ではなく、こうして合間の時間を使ってトレーニングを続けている。

 

前と今との体では大きな違いがあるから前世の感覚に頼るのは極力控えて、独学で本を読み漁って知識を身につけた。小学生にも満たない歳で医療本を嬉々として読んでいる私に両親が気味悪がられないか心配だったが、その心配は杞憂に終わった。

 

『なにかに貪欲になることはいいことだ。ノルンがやりたいようにやればいい。ただし、困ったならお父さんやお母さんに頼りなさい』と頭を撫でられながら言われた。…その言葉を送ってくれた両親には本当に感謝している。

 

こうして、私は体の作りに関する本を元にしながら人の姿で走るフォームを研究した。結果、消費体力の減少や身体への負担をかけない走り方を生み出した。

 

長い間こうやって調べていくと楽しくなってくる。瞬発力と力強さが増す足の使い方、上半身のバランスによる効率的なコーナーの曲がり方、長距離や短距離でも活かせる呼吸の仕方などなど…。

 

この12年間で得た知識は私に計り知れない恩恵を与えてくれた。今は前よりも走ることへの楽しさを感じることが出来てると思う。

 

__________________

 

「ただいま〜!」

 

「おかえり、ノルンちゃん。もうすぐ夕食だから準備してくれる?」

 

「分かった!」

 

台所に立って私達の夕食を作るのは、もちろん私のお母さんだ。お母さんも芦毛のウマ娘で優しくおっとりとしている。これでも昔は中央のレースで活躍したんだとか。

 

夕食の準備のために食器を机に並べるのと同時にテレビの電源つける。映った番組はウマ娘達の憧れである『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』通称“トレセン学園”の特集だった。

 

テレビのインタビューを受けるのは、現役のウマ娘として活躍し『皇帝』の2つ名を持つウマ娘“シンボリルドルフ”。凛とした雰囲気が似合う姿でトレセン学園の生徒会長を務める紛うことなき猛者。そのシンボリルドルフを生徒副会長として支える『女帝』“エアグルーヴ”も同時に取材を受けていた。

 

「ノルンちゃんもあんな風になるのね、楽しみだわ!」

 

「まだまだ先の話でしょ?私が行くのは高校からなんだし…」

 

「硬いこと言わないの。娘の将来を夢見るくらいしたっていいじゃない?」

 

「うぅん…まぁ、想像するくらいなら別にいいけど…」

 

ウマ娘はトレセン学園に入ってトレーナーにスカウトされれば中央デビューできる。入ることに抵抗感はないし、なんなら前世と同じように走りたいんだけど、私にはまだ胸の中に不安のようなものが刺さっていた。

 

トレセン学園に入れば中央レースに出れる。だけど、レースに出るのであればそれなりのトレーニングは必要であり、それイコール『ウマ娘の走りを写真に収める時間』が少なくなってしまうのでは無いか?

 

他人が聞けば“そんなちっぽけな理由”かもしれないが、私にとっては死活問題に近い…正直言って私は生粋の『ウマ娘オタク』だ。推しを推す時間がなければ恐らく私は抜け殻のような状態になること間違いなしだろう。『ウマ娘オタク』に関しては前世では楽しみのようなものがなかった分どっぷり浸かってる状態だ。

 

「ほんと、惜しいわねぇ」

 

「まぁまぁ、3年後の楽しみにしててよお母さん」

 

お母さんと二人でテレビを見ながら話していると、玄関の扉が開いた。つまりはお父さんが帰ってきたということだ。お父さんはURAの所で働いていて帰ってこない事もたまにあるが、『家族との時間を大切にしたい』との思いでほとんどは定時で帰ってきている。

 

「ただいま〜」

 

「おかえり〜お父さん」

 

「おかえりなさい。夕飯支度できてるからすぐに食べましょ」

 

食卓を囲むのは私、お母さん、お父さんの3人だ。しかし、机の真ん中には3人で食べ切れるとは思えないほどの唐揚げタワーが出来上がっていた。お父さんにはこの量を食べるのは無理だが、私とお母さんはウマ娘なのだ。

 

「「「いただきます!」」」

 

3人で食べ始めればどんどんと低くなっていく唐揚げタワー。ウマ娘が食べる量は人間のそれとは全く違う。およそ通常の人間に比べて約数倍の量を食べるのがウマ娘にとっての普通なのだ。

 

食べ始めてものの数分で唐揚げは消えてしまった。もう驚くことは無いが、時々『ほんとにウマ娘の体ってすごいなぁ』と思う。

 

「ノルンも今度から中学生かぁ〜。…やっぱりトレセン学園にしないか?」

 

「もう、お父さんまで…」

 

なぜ両親はそんなにトレセン学園に入って欲しいのだろうか?……いや、多分2人ともURAの関係者だからこそ娘の活躍してる姿を見て欲しいという気持ちは分からない訳では無い。私だって前世で息子、娘が活躍していれば嬉しかったのだから。

 

……あれ?私って死んでからこっちに転生したけど。私と同年代の奴らもいい歳だったような?そうなるとこっちに転生してきてるのだろうか?記憶は持ってなくても前世と同じ名前だから私が聞けば一発で分かるはずだ。

 

私と競い合ったアイツらならトレセン学園に入学するくらい訳ないだろう。なら、私も負けないように高校まで鍛え上げとかないとな。独学でどこまでできるか分からないけど、せめて両親に良い結果を送れるように頑張らなくちゃな。

 

「いらないなら最後の一個もらうわね」

 

「あっ…」

 

最後の唐揚げがお皿の上から消えた。こういう時の逃げ切りに関してお母さんは強すぎる。

 

_____________________

 

トレセン学園生徒会室の中ではペンを走らせる音だけが聞こえる。机に向かって書類を捌くのは生徒会長シンボリルドルフ。その姿はトレセン学園を背負って立つ者そのものだ。レースでの走りでもその威厳は走るウマ娘達を萎縮させ、多くの観客を魅了する。まさに“皇帝”の2つ名の持つにふさわしいウマ娘である。

 

凄まじい速度で生徒会の仕事を処理していくルドルフ。このまま全て終えるまで彼女の集中が途切れないはずだったのだが、壁にかけてあった時計が3時になると学校全体に響くチャイムが鳴った。

 

「…そういえば、今日は彼女が相談事があると言っていたな。駄目だな…どうにもひとつの事に集中しすぎると周りが見れなくなってしまう」

 

そう言いながらルドルフはペンを机の上に置いて椅子に身を預ける。以前にエアグルーヴから口酸っぱく言われたのだが、どうにもこの手の癖は治らない。

 

『ウマ娘誰もが幸福になれる』その理想を叶えるために今の立場になった。だが、今の自分はウマ娘達を導く者として本当に正しい姿だろうかと迷うようにもなった。生徒会の仕事が徐々に増えているのもその影響を受けているからだ。

 

「悩ましいものだな……理想を叶えるために走り続けてきたが今になって迷うとは」

 

ぽつりと呟いた言葉は誰の耳にも入らない。ルドルフしかいないこの部屋だからこそ言える言葉だった。こんな自分らしくない弱音を生徒はもちろんエアグルーヴやナリタブライアンに見せられるわけが無い。

 

一息入れて、来るはずであろう彼女のために紅茶の1杯でも入れる準備をしておこうと席を立った時、生徒会室の扉がコンコンと2度叩かれた。

 

「どうぞ、入って来て構わない」

 

ルドルフの言葉を聞いて入ってきたのは黒鹿毛のウマ娘、青い瞳が特徴的で背の高さはルドルフよりも少し低めだ。頭には黒鹿毛に混じって彗星型の髪留めが着いている。

 

「やぁ、皇帝殿!調子はどうだい?」

 

「常に十全さ。上に立つものとして体調には特に気を使ってる」

 

「まっ、だよね。体調崩して看病されてる皇帝なんて想像できないや」

 

ルドルフは彼女のことをよく知っているので茶化すような挨拶を流すのは慣れた。こういう言い方でデビューから勘違いされやすいが、彼女のなりに今のルドルフを気遣っての接し方なのだろう。

 

ルドルフと黒鹿毛のウマ娘は接客用として置いているソファーに机を挟んで対面上に座る。

 

「さて、早速本題に入ろう。君が直々に来るのだからそれなりの案件なのだろう?」

 

「まぁね。率直に言うと、私の個人的な事情にあなたの力を借りたいんだ。そのために今日ここに来たという訳さ」

 

「なるほど…“個人的な事情”となると絶対という訳では無いが、他ならぬ君の相談なのだから最善を尽くしてみよう」

 

「えっ?そんな簡単でいいの?もうちょっと悩むかなって思ったんだけど…」

 

「君は中等部でありながら輝かしい戦績を残してるし、何より普段から生徒会の仕事を自主的に手伝ってくれてるからね。これはその礼だよ」

 

実際、彼女のおかげで増えすぎた仕事を短期間で減らすことが出来た。彼女自身が動いてくれたこともあるが、後輩が出来たということであのサボり癖があるブライアンですら真面目に取り組むようになったのである。

 

また、レースではお披露目レースから好記録をたたき出して、ルドルフと同じチームの“リギル”に所属。その後もGI、GII共に素晴らしい成績を収めている。

 

ここまで学園へ貢献してくれている彼女の願いを無下にする訳にもいかない。だが、生徒会長であるルドルフですら一個人の願いを通すのは難しい。無茶ぶりでなければ大抵の事を決定する権利はあるが、最終的には理事長に確認を行わなければならない。そこで拒否されれば諦めるしかない。

 

「それで?私に頼みたいこととは何かな?」

 

「あなたの持ってる『ウマ娘スカウト権限』を使ってこの子を入学させたい…っていうのが私のお願いだよ」

 

そう言いながら懐から1枚の写真をルドルフに手渡した。外からの受験者以外にも生徒会長であるルドルフ自らがウマ娘をトレセン学園にスカウトすることはもちろん可能だ。だが、それは“狭き門である受験をパスするに値するウマ娘”でないといけない。だから写真を受け取ったルドルフは眉をひそめて難しい顔をしていた。

 

「君の望みは分かったのだが…」

 

「“この子が本当にトレセン学園にふさわしいかどうか”って言いたいんですよね?その辺の調査に手を抜く私だと思います?」

 

「もちろん手を抜いていないことは分かっているが、この子自身の実績がなければな…」

 

「ですよね。でも、そうなるのも見越して案を考えておいたんですよ。聞いてくれます?」

 

「聞こう。もしこの子が本当に優秀なウマ娘と証明できるのなら理事長も了承してくれるだろう」

 

「あはは!そうこなくちゃ!で、その案っていうのが…」

 

………………

………

 

「なるほど……君の言い分は分かったが、それでいいんだな?」

 

「もちろんですよ。こうでもしないと彼女の真価は見れないですから」

 

「……君が納得しているのならその案で行こう。早急に伝達しないとな」

 

「それならこの子の父親がURAの本部で働いてるみたいですし、そっちに話が行くようには私が動きますよ。これ以上あなたの仕事を増やす訳には行かないですしね」

 

「そうだな。日程などの詳細事項は君に任せるとしよう」

 

ルドルフの仕事が残っていることを察して、私的な理由でこれ以上生徒会に迷惑をかける訳にもいかない黒鹿毛のウマ娘は、自らその任を引き受けた。ルドルフもルドルフで普段の彼女の働きぶりを見ているから『任せても問題なし』と判断する。

 

「後でお礼の茶菓子でも持ってきますね」と彼女はそう言いながら立ち上がり部屋の扉に手をかけるが、開ける前にルドルフの方へ向かって一言。

 

「ルドルフさん、どんな道を進もうとも私達の生徒会長はあなただけなんです。だから、もっと自信を持ってください」

 

「………君は気づいていたんだな。ありがとう、とても嬉しい言葉だよ」

 

「元気が出たなら何よりです。それじゃあ失礼しますね」

 

パタンと扉が閉まると同時にルドルフは大きく息を吐いて天井を向く。

 

「見抜かれていたか……そんな雰囲気を出してるつもりは無かったが」

 

部屋から退出した彼女は完全にルドルフの不安を見抜いていた。それ故に最後のあの一言を残していったのだろう。本当に人の変化に機敏なウマ娘だ。前にもエアグルーヴの不調も見抜いてたところを見るに、彼女の見る目は本物だ。

 

そんな彼女に手渡された写真を見る。市販のジャージ姿でどこかの河川敷を走る芦毛のウマ娘。若い…まだ本当に走ることへの楽しさも苦しさも知らない歳だ。

 

彼女が出してきたあの提案が彼女自身の夢を壊してしまわないか心配なのだが、それとは別にこの写真を見つめていると“この子なら大丈夫”と根拠の無い安心感を感じた。

 

「不思議だな。でも、悪くない…」

 

自分でも気づかないうちにルドルフは小さく微笑んでいた。今まで感じたことの無い感覚…それがどういうものかを言葉にするのは難しいが、少なくとも今の日常の中で“何かが変わる”そんな予感がした。

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます!

今回はノルン側半分、トレセン側半分の内容で書かせてもらいました。少しトレセンの方が多めかなぁ…と思ってるので、次回はノルン側主体で行きます。また、小説タイトルの方もまだ仮なので日を改めて変わってるかもしれません。

後、オリキャラに関しての性能はこういう小説なのでこういうもんだと割り切って読んでください。

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私に初の“同志”が! 前編

澄み渡る正午の青い空、目の前では数人のウマ娘達がコースを走っている。一眼レフを装備している私は今すぐにでもその光景を写真に収めたいのだが…

 

「とうと…い…」

 

「…」

 

実に幸せそうな顔をしながら気絶しているウマ娘への対応に体と頭が完全にフリーズしていた。いや、原因は多分私なんだろうけど…私のせいじゃないって言うか…

 

ピンク色の栗毛に目を引く赤色の大きなリボンをしたなんとも可愛らしいお姿の彼女をとりあえず近くにあったベンチに座って膝枕で寝かしてあげる。

 

「ほんと、なんでこうなった…」

_______________________

 

3時間前…

 

「よし!行きますか!」

 

口紐をキュッと結び愛用の一眼レフをカバンに入れて家を出た。何をしに行くかと言うと、ただ街を散策しに行くだけである。ぶっちゃけ、今日の外へ出かける目的はない。

 

目的はないにしろ、仕事上の用事で出かけて行ったお父さんとお母さんがいない家にいたとしてもやることといえば、お父さんのパソコンを(勝手に)使ってレフの中にある写真を整理するくらいしかない。

 

ならば外に出かけた方が有意義であるという考えに至るまではそう長くなかった。私は走るのも好きだが、こうやってのんびりとしながら街を散策するのも好きだ。

 

「今日はレースはないみたいだし、公共レース場の方で走ってる子を見に行きますか」

 

大体すぐに目的を決められるのは、ここら辺の交通ラインが整っているからだ。家から歩いて徒歩3分近くに駅があり、ウマ娘の聖地である『府中駅』までは大体30分程度で行ける。

 

大通りの方に出ればそれなりに店が立ち並んで活気があるので、休日になればここら辺を少し歩いているだけで掘り出し物が見つかったりすることもある。

 

しかし、今日の目的は『公共レース施設』だ。この場所は民間のウマ娘達のために設置されており、中には芝とダートのコースが完備されている。私もよくお世話になっている場所だ。

 

平日でもトレーニングのために走る子がいる程なので休日ともなると、多くのウマ娘達で賑わっていることだろう。

 

「と…その前にお昼食べに行かなきゃ」

 

腹が減ってはなんとやら、ウマ娘を推すのに腹が減っていては話にならない。ということで、その辺のサーチもバッチリしてきてるから迷いなくお店の場所まで辿り着く。

 

「いらっしゃいませ!」

 

店内に入って私が座ったのはカウンター、周りの席はまだ空いているが私は一人で来ているので、自然的にこの席に座ることになる。事前に場所と一緒に食べるものも決めているので、すぐにカウンターから注文する。

 

「「旬の海鮮大盛り丼1つ!」」

 

私が注文すると同時に全く同じメニューを隣の人が頼んでいた。

 

隣にいたのは私と同じ芦毛のウマ娘2人。一人は高身長のクール感があり、もう一人はその奥のカウンターに座っており、背が小さい赤青の頭飾りをつけていた。ていうか、この2人知ってる…現役レースのスターじゃん。

 

「オグリキャップとタマモクロス…」

 

知らず知らずのうちに言葉を出してしまっていた。なんで隣なのを気づいていなかったんだと自らの過ちに気づいた時には既に時遅く。オグリキャップがすごく不思議そうな顔でこっちを見ていた。

 

「すごいな君は!変装してるのになんで私だと分かったんだ!」

 

「アホか!帽子被ってレンズついてないメガネでバレないのがおかしいんや!」

 

「むっ?そうなのか?」

 

このやり取り完全に『芦毛の怪物』オグリキャップと『白い稲妻』タマモクロスだ。こんな偶然起きていいのだろうか?私は今、高鳴る興奮が抑えられません。

 

「すまんな、今日はオフやからこの事は…」

 

「『他言無用』ですよね?分かってます」

 

ウマ娘を推すオタクとして、彼女達のプライベートを台無しにするのはもっての他だ。ならば、事情を察して彼女達に気を遣わせないのが作法というもの。

 

「おおきにな。助かったわ」

 

「いえ、私も御二方の休日を邪魔をしてすみません」

 

「そんな気ぃ使わんでええよ。ここに来たのも言い出しっぺはオグリやしな」

 

苦笑しながら話してくれるタマモクロス。一方のオグリキャップは伊達メガネと帽子を見ながら「完璧だと思ったんだが…何がダメだったのだろうか…?」と呟いていた。風の噂で天然だとは聞いていたがここまでとは…

 

「それはそうと…あんたもあれ食うか?」

 

タマモクロスが店内の壁にある一枚のポスターを指し示した。あのポスターは、私がさっき頼んだ『旬の海鮮大盛り丼』のポスターである。ネーミングにおかしなところはないが、文面だけじゃ判断できないほどの超特大サイズの丼が描かれている。

 

疑問に思うのは仕方の無いことだ。オグリキャップレベルの胃袋なら簡単に平らげられるだろうが、私の見た目はほぼタマモクロスと変わらない。つまりはあのサイズを完食できるほどの体つきには見えないということだ。

 

「はい、旬の海鮮大盛り丼2つね!あとお好み焼きの人だけど…」

 

「あっ、それはウチやで」

 

私達の前に重量のある音が出そうなほどのインパクトある丼が置かれた。なるほど…ポスターの見た目よりも多めのようだ。さてさて、どこから手をつけたものか…

 

「もぐもぐ!これはウマい!」

 

「えっ、はや…」

 

そうこうしているうちに隣のオグリキャップは丼の3分の1まで食べ終えていた。いや、さすがに早すぎじゃないか?大食いだとは聞いていたが、食べるスピードも尋常じゃない。

 

その爆速食いに驚いてる私を見て苦笑いを浮かべるタマモクロス。「そんな反応になるわな〜」って言ってそうだが、その表情が驚愕に塗り替えられたのは私が食べ始めてからだった。

 

「あっ、これは中々…」

 

マグロやぶりなど刺身に加え所々に隠れているイクラがいい味を出している。米ももっちりとしたいい米を使っているし、何より全体の鮮度が良い状態だから旨みが何倍にも跳ね上がっている。

 

食べ始めればどんどんとお腹の中へ消えていった。こんな風に大食いしたのは久しぶりだったので、食べるペースは速くないが着実に一定のペースで減らしていた。

 

「ほんまどないなっとんねん、あんたらの胃袋は」

 

「んぐっ…どうしたんだ?そのお好み焼きがいらないなら貰うが…」

 

「いるに決まっとるやろ!?どんだけ食い意地はってんねん!」

 

オグリキャップは私が半分まで食べ終える頃に完食していた。それでもなおまだ食い足りないのだからその胃袋はまさにブラックホール級だ。

 

「むぅ…仕方ない。すまないがこれのおかわりを…」

 

「お客さん、それって一人一杯限定なんで二杯目は無理なんですよ」

 

「なん…だと…!?」

 

確かにポスターの左下に『(注)1名様に限り1杯限定とさせてもらいます』とご丁寧に記載されているので、これは調べてなかったオグリキャップが悪い。

 

私はそんなやり取りを横目に米粒1つ残さずに完食した。随分と多かった分お腹の中の満足感もかなりあった。食べてみると分かるが、2杯3杯と食べるような料理じゃない。

 

「ふぅ…ご馳走様…」

 

「ええ食いっぷりやったで。見てて気持ちよかったくらいやわ」

 

「あはは…ありがとうございます」

 

そう言いながら立ち上がったタマモクロスは、空の丼を見つめたまま灰になって散っていったかのように動かないオグリキャップの腕を引いて会計を済ませる。何度も出かけている仲なのか、一連の流れは驚くほどスムーズだった。

 

「ほな先に失礼するわ。また縁があったらそん時はよろしくな!」

 

「はい!ぜひ、また会いましょう!」

 

オグリキャップに肩を貸しながら店を出ていったタマモクロスの背中を見送った私は、一旦落ち着くように席に座ってお水を1口飲んだ。

 

幸先がいいとはこの事だろう。まさかあの二人に街中で会えるとは…やはりこういう出会いがあるからこそ家の中でじっとしてるのが苦手なんだろうなぁ。

 

「さて、私もそろそろ行きますか!」

 

席を立ってお会計を支払うと、当初の目的であるレース施設に向かった。

 

_______________________

 

「ほほぅ…あの子はかなりの足を持ってるようだねぇ。今後に期待って感じかな?」

 

そう言いながら私はウマホのカメラ機能をフル活用して覗き込んでいる。持ってきている一眼レフで撮ってもいいが、ガチ撮影してたら不審がられるので今は控えている。

 

なら何故持って来ているのか?と言われると、念の為に持ってきているようなものである。大体、レフを使うのは大体トゥインクルのレースの時ぐらいしか使う時がない。

 

こういう場所ならば、写真でとるよりも影から見守るように練習風景を眺めていた方がいいのだ。目に焼き付けるだけでも眼福ものだから写真があろうともなかろうともそこら辺の尊さは変わらない。

 

そろそろ少し休みたいところだけど…目に見える辺りのベンチは多分コースを走ってるウマ娘の母親たちが座っている。なんというか、あの場所に私一人で座るのは抵抗感がある。

 

「あっちは人がいなさそう…」

 

「ひょおおおぉぉ!いいですね!まさに眼・福です!」

 

なんかいた…。柱から身を出さないようにしながらもレース場のウマ娘を見つめるピンクのウマ娘。しっぽブンブン耳がピコピコしていて、あの発言を聞く限りは私と同じ同志(オタク)だと思う。熱の入りようは違うみたいだが…

 

「ふふふ!やはりレースのない日はこういう場所ですね!」

 

立ち位置的に私が彼女の後ろにいるので、まだ気づかれていないだろうから今すぐこの場を立ち去るべきだろう。いと尊きウマ娘を推す同志だからこそ分かるが、推す姿を他人にはあまり見られたくないのは私も同じだ。

 

早急にここを離れて別の所から眺めようかと思ったが、ふと足元に目がいった。落ちていたのはこれまた可愛らしいハンカチ、色合いと人の無さを見るに多分彼女のなんだろうけど……声掛けづらいなぁ。

 

(まぁ、渡すだけだもんね。サッと行ってサッと帰ってくれば問題ない…はず)

 

そうと決まれば即行動、私は彼女へと近づく。1歩、2歩と歩いていくにつれて少しづつだが緊張してきた。実を言うとプライベートで同志に会うのは初めてなのだ。

 

私だってアニ〇イトなりコ〇ケなどのイベントには足を運んだことはあるが、それあくまで“私と同じ人”がいるという感覚だった。実際に話をするとなるとここまで緊張するのか…。

 

覚悟を決める。小さくすぅ…と息を吸って心を落ち着かせる。よしっ!

 

「あの〜、これってあなたのですよね?」

 

「へっ?あっ…ッ!?」

 

…今、目の前で起こったことを説明しよう。まず、私が声をかけると同時に困惑気味な彼女が振り返った。そして、私の手元にあるハンカチが自分の物だと彼女が気づいた。

 

最後に……そのハンカチを拾ってくれたのがウマ娘だと理解した彼女は、『バックジャンプをしながらスライディング土下座』を決めていた。

 

何を言っているか分からないが、私も何が起きたか瞬時に理解できなかった。まさに神業の領域にある技だ。そして次に飛び出してきた言葉が…

 

「ももも申し訳ございません!私のせいであなたにご迷惑ぉ!」

 

「えぇ!?」

 

謝罪だった。いや、ここまで仰々しく謝られるとは思ってなかったから一瞬思考が止まって反射的に驚いた反応を返してしまったが、驚いてる私を置き去りにして彼女は止まらない。

 

「ウマ娘ちゃんの貴重な時間を割いてしまい本当にごめんなさい!不肖このデジたん、穴があったら入りたい気分です!」

 

「え、えっと…」

 

「何か私にできることはあるでしょうか!せめてもの謝罪で何でもやりますので…」

 

「ちょっと!」

 

つい大声で叫んでしまった。土下座をしたまま顔をあげない彼女は一瞬ビクッと身を震わせたが、まるで体勢を崩さなかった。そこで私も一旦冷静になり(やってしまった…)と思いながらも言葉を口にする。

 

「怒鳴ってしまってごめんなさい。あの…あなたにこれを届けに来たんです」

 

そこでようやく彼女は顔を上げた。その顔には不安や罪悪感の表情が見て取れたが、恐る恐る私の手の中にあるハンカチを取った。

 

「こちらこそごめんなさい。謝るにしても限度というものがありましたね…」

 

大事にハンカチをしまう彼女はどこかバツの悪そうな顔していた。

 

「ま、まぁその事は水に流しましょう…。気にしすぎても意味ないですしね」

 

「そ、そうですか…ありがとうこざいます。あっ、私の名前はアグネスデジタルって言います!どうぞアグネスやデジたんと呼んでください!」

 

「では、デジたんと呼ばせてもらいますね。私の名前はレイゴウノルンです。“レイ”でも“ノルン”でも好きな方で呼んでください」

 

「で、では…ノルンちゃんと呼びます。なんだか不思議ですね…あなたとは私と近いものが感じられます」

 

随分と和やかな雰囲気になった。ファーストコンタクトの滑り出しは悪かったが、いい方向でデジたんとの事態が着地してよかった。

 

ふぅ…何とか上手くいって良かったぁ。ちょっと落ち着いたらだいぶ余裕が出来たな…あっ

 

「デジたん、さっきの土下座で顔で汚れてるよ?」

 

「えっ、本当ですか?どこが汚れて…」

 

「大丈夫、私が拭いてあげるから」

 

彼女の顔に手を添えて少し汚れていた頬を指で触れた。よし、土埃程度だったからすぐに取ることが出来たな。あぁ…やっぱりこうやって見るとデジたんってこう見るとかなりかわいい…

 

「かひゅっ…」

 

呼吸がかすれる音共にデジたんがこっちに寄りかかってきた。急な事だったので、デジたんを抱えることはできたが受け止めきれずに尻もちを着いてしまった。

 

「あれ?おーいデジたん?」

 

揺すっても呼びかけても何の反応も起こさないデジたん。一体どうしたのか?と思いながら彼女を抱き上げてみると実に満足気な表情で眠っていた。

 

とどのつまり…“尊さのあまり気絶した”のである。

 

 




読んでいただきありがとうこざいます!

今回は前編、後編の2話構成で続けていきたいと思っています。次の更新では物語の進行をガッツリ予定なので楽しみに待っててくださいね!

登場している人物の雰囲気とかについては間違っていたらすみません。自分なりに考えながらやっているので、更新しながら少しずつ修正していこうと思います。

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私に初の“同士”が! 後編

皆さんこんにちは、私は"平凡"なウマ娘のアグネスデジタルです。

 

私はウマ娘オタクで、大好きなウマ娘にお近づきになり、御姿を愛で、幸せな日々を送るためにトレセン学園に入り、毎日推しを推す素晴らしい日常を過ごしています。

 

今日と今日とて、将来有望なウマ娘を拝むためにトレセンから最寄り駅のレース施設にまで足を運んで、物陰からひっそりと推し活を嗜んでいました。

 

友と語り合い切磋琢磨しながら走る姿は本当に眼福ものでした。だからこそ、周りへの不注意となって私がハンカチを落としてウマ娘ちゃんに拾わせるなどという最大の過ちを犯していることに気づきませんでした。

 

そのウマ娘、レイゴウノルンちゃんが声をかけてきた時、私はあまりの衝撃に冷静さを保つ事が出来ませんでした。私の頭が混乱してしまったのは自分の私物を拾わせてしまったことへの罪悪感などではなく…

 

ただ単純にノルンちゃんがあまりにも“美しかった”のです。

 

まるで絹糸のような芦毛に、月を移したかのような金眼をしており、普通のウマ娘とは違う。と私が思えるほど綺麗でした。“可愛い”と言うよりかはシリウスシンボリやオグリキャップさんのような“格好いい“と言えそうな顔立ちでしょうか?背は…タマモクロスさんとあまり変わらないくらいでしたね。

 

そんなノルンちゃんですが、何故か私と同じ雰囲気が感じられました。近くにいるだけいて少し話しただけでも“普通に”接することが出来ました。

 

本来の私なら初めて話すウマ娘とは少しだけぎこちなく会話をしてしまいがちでした。ですが、ノルンちゃんと話す時はかなり心が軽くなったように感じるのです!まぁ、初対面で少々やらかしましたが…

 

やはり、ノルンちゃんは私と何が通づるところがありますね。これから少しづつでも彼女との良好な関係を築いていきたいものです。それはもちろん“友達”としてですけどね。

 

さて、確認もできた事だしそろそろ現実に向き合いましょうか…

 

 

 

 

一体……何が起きている…!?

 

 

 

 

私と話している時にノルンちゃんが急に手に指を添えて、おそらく顔の汚れを取ってくれたのだろう。その時だ、その時に私は『ウマ娘が頬を触ってくれた』&『ノルンちゃんの顔が良すぎる』の2つの衝撃に耐えられずに意識を落とした。

 

が、意識が戻って目を覚ましてみるとなんですかこれは!?

 

私の頭に伝わる柔らかい感触と上を見上げれば興味深そうに遠くを見るノルンちゃんの顔……これは完全に“膝枕”ですよね!?し、しかも“頭なでなで”まで追加セットでついてきているッ!?

 

い、意識を強く持つんですアグネスデジタルっ!ここでまた気絶なんてしてしまったらノルンちゃんの迷惑になってしまいます!そんな事は絶対にノーです!あってはならないんです!

 

さ、さぁ!立ち上がるのですアグネスデジタル!今こそオタク魂を見せる時ッ!

 

「あっ、おはよう。デジたん!」

 

「ヒュッ、アッ…オハヨウゴザイマシュ…」

 

見下ろす満面の笑みを見て、私の覚悟は簡単に崩れ去った。

 

______

___

_

 

「どう?落ち着いた?」

 

「はい、だいぶ…。ご迷惑をお掛けしました」

 

近くのベンチに座り、ぐいっと飲み物を飲むデジたん。一回気絶してから連続で気を失いそうになったにも関わらず元気そうだ。しかしなんでデジたんは気絶したんだろうか…?色々と疑問が尽きない。

 

「しかし、あなたも私と同じだったんですね」

 

「ん?これの事?」

 

デジたんの疑問に私は手元でいじっていた一眼レフを持ち上げる。その一眼レフの画面にはウマ娘のレースの様子が映っていた。他の写真を確認してもほとんど同じような内容の写真だ。

 

特に重賞レースの前線で競い合っているウマ娘に関しては全て綺麗に収めている。その写真の良さに松島さんから『ウチに来ませんか?』と言われたほどだ。

 

「じ、実は私も好きなんですよねぇ…ウマ娘」

 

「あっ、知ってます」

 

「ふぁッ!?」

 

まぁあれだけしっぽブンブン耳ピコピコしながらレース風景を覗き見してたらなぁ。他の人が見たら不審者だと思われそうだけど、私的には同志の感覚がビビっ!と来たんだよね。

 

あっ、デジたんが真っ赤になってフリーズした。まぁさっきみたいに気絶したわけでもなさそうだし、頭が冷えるまでちょっと待ちますか。

 

「おっ!あの子いいフォームで走るね!スピード、パワー共に良し!」

 

「アッ、ソウデスネ〜……じゃなくて!?」

 

今回は結構早く戻ってきた。しかもタマモクロス並のツッコミを添えて。

 

「い、いつから気づいてたんですか?」

 

「『ひょおおおぉぉ!いいですね!まさに眼・福です!』の所くらいからかな?」

 

「…ソウナンデスカ」

 

無駄にハイクオリティなデジたんの真似をする私に、今にも消えてしまいそうなほどの生気が失せているデジたん。オタ活を覗かれるのは同志として、分からない訳でもない。その点に関しては、彼女よりまだ私の方が強メンタルだと思う。

 

…と言うよりもデジたんが弱すぎるんだと思う。

 

「まぁまぁ、見たのが私でよかったじゃないですか。やっぱりそっちの方に理解はある方だし」

 

「えぇ…そうなんですけど。やっぱり、()()()()()()()っていうのが違うので…」

 

「根本的な推し方?」

 

「はい…ノルンちゃんって基本的に“レースで走ってるウマ娘”が好きなんですよね?私の方は平たく言えば“ウマ娘達の尊いやり取り”が好きなんです。だから、ノルンちゃんから見ても少し気味が悪いんじゃないかと…」

 

そんな言葉を口にしながらデジたんのウマミミが垂れる。顔に不安を募らせながら、私の次の言葉を待つようにグッと両手を握っていた。デジたん的には相当勇気のいる言葉だったのだろう。だから…

 

「そんなことは無いよ」

 

私は君の推し方を否定する気は微塵もない。

 

「君は君、私は私だからね。自分が好きなようにすればいいんだよ!要するに『ウマ娘好きに悪いやつはいない』ってこと!」

 

随分とありきたりな言葉だと自分でも思うけど、これが一番相手に伝わる言葉だ。難しく考えて伝えるよりもストレートに自分の思いが相手に届く。母さんから教えてもらったことだ。

 

私の言ったことにデジたんはきょとんとした表情を浮かべる。うむ、100点満点のめちゃくちゃ可愛いデジたんをフィルムに収めたいけどそんな雰囲気じゃないよね。

 

「そうですか……いえ、そうですね!私は私です!私が愛するウマ娘のためにクヨクヨするなんてらしくありませんでした!」

 

そう言いながらデジたんは勢いよく立ち上がる。どうやら元気を取り戻したようだ。

 

「ありがとうこざいます!ノルンちゃん!あなたのおかげでモヤモヤと悩んでたのが取れました!」

 

「こっちもデジたんの力になれて良かったよ」

 

グッと握手を交わす私とデジたん。彼女も彼女なりに少し悩んでいたようだ。自分の接し方が他人にどう思われてるのかを気にしていたようだが、私が見るにデジたんはかなり親しみやすいと思うんだけどなぁ。

 

自己評価が低いというかなんと言うか…。確かに気絶しているところを見ていたら気にするのも無理ないとは思う。

 

普通に接せるようになれば直接お話出来る筈なんだけど、やっぱりデジたんの耐性値が低いのが原因だろう。

 

ならば、同じ同士である私の出番である!

 

「ねぇ、デジたん?一ついいかな?」

 

「なんでしょう?」

 

「私と“友達”になってくれない?」

 

そう切り出した瞬間、デジたんは今日何度目になるか分からない思考停止に陥った。……えっと、腕を引いてもビクともしないのはどういうことなんだ?形状記憶ウマ娘かな?デジたん。

 

「友達…私とノルンちゃんが?」

 

「そうだけど…ダメだったかな?」

 

「い、いえいえ!こちらとしても願ってもないお願いです!ぜひ私友達になってください!」

 

歓喜の表情を浮かべながらデジたんは、両手で私の手を包み込むように握る。

 

今日この日、私はついに同じ推しを持つ同志と出会えることが出来た。実を言うと表には出てないが内心で私は狂喜乱舞していた。初めての同志友達ができたこともあるが、デジたんという超めちゃかわなウマ娘と出会って友達という仲になれたことに対しての感情の方が大きいようだ。

 

「それじゃ、これからよろしくね!デジたん!」

 

「はい!よろしくお願いします!ノルンちゃん!」

 

______________________

 

「ふふ〜ん♪ふんふん♪」

 

鼻歌を歌いながら機嫌よく帰路に着くのは私だ。あの後、デジたんとオタク話に花を咲かせたていると日が沈み始めたので帰ることになった。

 

せっかく友達になったのに連絡手段がひとつも無いのはまずいので、帰り際にデジたんのウマインの交換することに成功。その時のデジたんと言ったらまるで神を祀るような様子で『ありがたや…ありがたや…』と呟いていた。

 

そんなこんなで色々と情報量が多い1日だったが、かなり楽しめたと思う。街中でオグリキャップとタマモクロスと出会い、レース施設でデジたんとお友達になれた。

 

今ならなんでも許せてしまいそうである。たとえそれがどんな無茶ぶりであろうとも、笑って答えてあげましょうとも!

 

「あっ、帰ってきてる」

 

家の前まで来てみれば朝にはなかったお父さんの車がある。つまりはもう帰ってきたのか…お母さんは『遅くなるようなら家にあるものを使って自炊してね〜』って言ってたからそれなりにメニューは決めてたけど無駄になったな。

 

「ただい…」

 

「「おかえり!」」

 

「うぇ!?」

 

ガチャッと玄関を開けてみれば何やら興奮気味な両親が出迎えてくれた。えっ、なに何?なんでそんな喜んでるの?今日行ったところでなんかあったの?

 

「えっと…どうしたのお父さん、お母さん?良いことでもあった?」

 

「ああ!とてもいい知らせだよ、ノルン!」

 

「え?私にもいい知らせなの?」

 

「えぇ、そうよ?ほら、明日ここに行くから準備してね?必要なものは書いてあるから」

 

お母さんから1枚の紙を渡された。何の変哲もないただの紙でお父さん達がここまで喜ぶことってなんだ?と思いながら内容を読むと、私はその内容に絶句した。

 

「ねぇ、お母さん…見間違えじゃなかったらここって…」

 

「『トレセン学園』よ?なんでもノルンちゃんを“スカウト”したいみたい」

 

「!?」

 

言葉にならない驚きとはこのことだろう。What's?なんで私がトレセンからスカウト受けてるの?私は自主練が主で今日行ったレース施設なんかで走ったのなんか人の姿がない時ぐらいなのに…。

 

「今日の夕飯は張り切っちゃうわよ〜!」

 

「そうだな!なんなら俺も手伝うよ!」

 

心底嬉しそうに台所へと消えていく両親の背中を見送りながら私は玄関に突っ立って現実を受け止めきれずにいた。

 

「ほんと…どうしよう…」

 

楽しく過ぎていった一日だったのだが、私は最後の最後で手遅れになった現状を目の当たりにして、昼時のオグリキャップのように灰となって散った。




お読み下さりありがとうこざいます!

前回の投稿からだいぶ長くなってしまってすみません。不定期更新なので忙しくなった時は今回みたいに間が空いてしまいますがご了承ください。

次回の話でレースの様子を書く予定ではあるのですが、駄文覚悟の上です。上手くかけるかどうかは分かりませんが、面白い話にできるように頑張ります!

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最悪な再会とはこのこと

トレセン学園とは優秀なウマ娘達が通うことの出来る学園だ。トレセンは主に“地方”と“中央”のふたつに分かれていて、地方ではローカル・シリーズと呼ばれるレースに出る事ができ、中央ではトゥインクル・シリーズに出ることが出来る。

 

ただ、圧倒的に人気がある方となるとやはり『トゥインクル・シリーズ』の方だろう。熾烈なレースが毎度行われるトゥインクル・シリーズの1着を取る事はウマ娘にとってまさに栄誉である。

 

そんな彼女らが通う学園こそ『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』通称“トレセン”である。

 

そんな学園を訪れるウマ娘が今日も一人……はい、私『レイゴウノルン』です。

 

昨日、父さん学園呼び出しを受けて母さんと一緒に行ったところまではいい。だがどうゆう話になれば私がここに来る話になるんだ!?しかも、私をスカウトしたいだなんて!

 

「……ほんと夢であって欲しい」

 

「あら?そんなに嬉しかったのかしら?」

 

お母さん…ここまで話が噛み合わなかったのは“たこ焼きVSお好み焼き大戦争(家庭内)”以来だね。こんな憂鬱そうにしてる私を見て、なんでそんな言葉が出てくるのかな?

 

はぁ…まぁなるようになれだ。まだスカウトしたいって言うだけで、詳しい話は聞いてないのだから入学するとは決まった訳では無い。焦りすぎは良くないな。

 

「懐かしいわね…。現役の頃を思い出しそうだわ…」

 

「お母さんはトレセンのOGだもんね」

 

トレセンへ向かう道を歩きながら、母は昔の思い出の場所を見てうっとりとしている。今はお母さんと私の2人でトレセンに向かっている途中だ。ちなみにお父さんは留守番である。

 

そうこうしているうちにトレセン学園の校門が見えてきた。……ここから少し離れてはいるけど、私の心臓が緊張でバックバクだ。何せ一日だけとはいえトレセンに来ているのだから…。

 

校門まで着くとトレセンの中の様子を見えた。すっごぉ…これがトレセン学園なのか。でも、休日だからやっぱり人が少ないな…。

 

「ノルンちゃん、ちょっとここで待ってましょうか。もう少しで来るみたいだし」

 

「来るって…何が?」

 

お母さんの言葉に戸惑っていると、校舎の方から一人の女性が走ってきた。緑の帽子に緑の服、もう全体的に緑が特徴的なファッションである。

 

「すみません、お待たせしました!」

 

「いえいえ、私達も今来たところですよ。たづなさん」

 

走ってきた緑服の女性はたづなさんっていう名前らしい。しっかし綺麗な人だなぁ……まるでウマ娘レベルで綺麗な人だよこの人。見た目的にお母さんとほぼ同年代かな?

 

「休日の中来ていただきありがとうこざいます。それでその子が…」

 

「えぇ、私の子『レイゴウノルン』ちゃんよ」

 

「そうですか!初めましてレイゴウノルンさん。トレセン学園理事長補佐をしている駿川たづなと言います。よろしくお願いしますね」

 

「こ、こんにちは、レイゴウノルンです。今日はよ、よろしくお願いします」

 

我ながら酷く緊張した挨拶だ。そんな様子を見ながら母は「ふふふ…」と密かに笑っていた。私の挨拶がそんなに面白かったかい?お母さん…今日帰ったら戦争だ。

 

「早速ですが、私について来てください。詳細に関しましてはあちらで行うつもりなので」

 

「分かりました。行こうノルンちゃん」

 

「う、うん」

 

若干の緊張を残しながらも私はお母さんとたづなさんの後ろを歩く。

 

学園内の目的地へ行くだけとはいえどかなり歩いた。それもそうか、トレセンの敷地面積はかなりあるし、全体を見て回ろうものなら恐らく数時間はいる。一つの場所に行くだけでも時間はかかるだろう。

 

だが、今歩いているのは外だ。しかも、たづなさんは校舎に入る気がないように離れた場所を選んで歩いている。ということは…

 

「今向かってるのはトレセンのレース会場ですか?たづなさん」

 

「そうですよ。休日と言えどトレーニングしたい子もいますからね。ざっくり言うと時間があんまり無いんです」

 

会話をしながらも足の速さをゆるめることの無いたづなさん。淡々と答えながらも穏やかな笑みを崩さないあたり、流石は理事長秘書としか言いようがない。

 

その会話から数分するとトレセンの芝コースが見えてきた。やはり日本最大級のウマ娘育成機関であれば、芝とダートはもちろんのこと、短距離、マイル、中距離、遠距離の各距離も完備である。

 

そんなコースから少し外れた場所にある観覧場所には、こちらを見ながら待っている一団がいた。その一団に近づくにつれてはっきりと見えてくる姿を捉えると、私は体が強ばっていくのを感じた。

 

「お待たせしました、理事長」

 

「うむ!出迎えご苦労だったな、たづな!確認ッ!それで君が件のレイゴウノルンか!」

 

「は、はい!私がレイゴウノルンです!」

 

じっとこちらを見つめてくる理事長と呼ばれる少女。見た目だけでいえば私とほとんど大差ない。しかし、それでもトレセンの理事長なのだからそれ相応の立場を貫く人なのだ。

 

にしても、かなり豪快な喋り方するな…この人…。ビシッと扇子を向けてくる動作も相まってかなり圧がある。

 

「歓迎ッ!よくぞトレセンへ来てくれた!君をここに呼び出したのは私だが、要件があるのは私ではない!詳しい話はこの者たちから聞くといい!」

 

理事長の言葉を聞いて、一人のウマ娘が前に出てきた。鹿毛のロングヘアー、前髪は焦げ茶色で、三日月のような白い一房の前髪を垂らしているウマ娘。その姿を見ただけで私の緊張感はさらに深まる。

 

「初めまして私の名前はシンボリルドルフ、この学園で生徒会長している者さ」

 

まさにレジェンド、その絶対的な走りから“皇帝”という名の2つ名を持つウマ娘『シンボリルドルフ』。レースでは多くのファンで会場を埋めつくし、連日テレビや雑誌などでも取り上げられるほどのトップスターだ。

 

そんな彼女の後ろに控える2人のウマ娘達もデビューから活躍を果たしている有名なウマ娘だった。“女帝”エアグルーヴ、“怪物”ナリタブライアン…見ているだけで立ちくらみしそうなほどの名前だ。

 

「率直に言わせてもらうが君をスカウトしたのは、あるウマ娘からの推薦があったからだ」

 

「推薦…ですか…」

 

「しかも、個人的な要望としての推薦だ。彼女は余程君のことを気に入ったのだろうな」

 

はて…?身に覚えが無さすぎる。私の事を知っていて、なおかつ生徒会長に個人的な要望を通せるウマ娘。そう考えると人数は自ずと少なくなるが、私にそんな知り合いがいるわけない。

 

困惑した私を見て一度間を置いてくれたシンボリルドルフだったが、少し暗い表情に一変する。

 

「だが、トレセン側がスカウトするのはそれに見合った実力があるウマ娘に限る。……非常に言い難いが、今のままでは実力不明の君を学園にスカウトすることは出来ない」

 

私もトレセン側だったら同じ決断を下すだろうな。トゥインクル・シリーズのレースはウマ娘達にとっては夢みたいなものだ。それが近くにあるトレセンへスカウトされるのだから、それ相応の実力というものが必要だ。

 

だからこそ、今回のような呼び出しじゃなくて電話での口頭説明だけでも良かったと思う。わざわざここに呼び出した所をみるに、この話だけで終わるわけでは無さそうだ。

 

「だから君を推薦した彼女から提案があってそれを採用した。レイゴウノルン、君にはその彼女と今から“レース”をしてもらう」

 

「レースを今ここで!?どうして…」

 

「君の実力を図るためだ。レースの結果次第で君をスカウトするか否かを私と理事長で行う。もちろん遠慮は無用だ。君の相手はなんせGIウマ娘だからね」

 

「やぁやぁ!遅くなってすまないね!」

 

シンボリルドルフ達の後ろからやってきたのは一人の黒鹿毛のウマ娘。快活そうな「ハッハッハッ!」と笑いながら来た彼女を見てシンボリルドルフは頭が痛くなりそうな表情になる。

 

「今日は君の提案だったのだがな……遅刻とはどういう了見だい?“アステルリーチ”」

 

「いや〜楽しみすぎて夜更かししちゃいました…」

 

バツが悪そうに謝る“アステルリーチ”と呼ばれるウマ娘。こういうことがしょっちゅうあるのか後ろで控えてるエアグルーヴは頭を押えながらため息をつき、ナリタブライアンは「なんだ、またか」と呟いていた。

 

「彼女が君の相手になるアステルリーチだ」

 

「え、えぇ…もちろん知ってますよ。何度も見てますから」

 

声が震えた。有名なGIウマ娘に会えたから緊張で声が震えてしまった……と、いつもの私なら言っていただろう。だが、今は違う。明らかな動揺での震えだった。

 

そこで私の隣に立っていた母が私の変化に気づいた。

 

「大丈夫…?ノルンちゃん?」

 

「う、うん…大丈夫。それで私はどこで着替えたらいいんですか?」

 

「あぁ、それなら向こうに更衣室があるからそこで着替えるといい」

 

場所を聞くと私はそそくさに走り出した。私の様子にその場にいた全員が困惑していた。ただ、1人を除いて…

 

「緊張してるのかな?私が少しほぐしてくるからちょっと時間貰っても?」

 

「分かってるとは思うが時間が押している。あまり時間をかけないようにな」

 

「分かってますよ、エアグルーヴ先輩。んじゃ、行ってきますね」

 

そう言い残すとアステルリーチは後を追うように走り出した。2人が居なくなると同時にたづながノルンの母に近づく。

 

「大丈夫でしょうか彼女…」

 

「大丈夫よ。なんたって私の子供よ?そんなやわな子じゃないってことは私がわかってるわ」

 

「ほんと変わりませんね…()()は…」

 

「あら?少しは丸くなったつもりよ?たづなちゃん?」

 

昔を思い出しながら互いに笑い合う二人。過去同じ学園で競い合い、先輩後輩の関係だったとはいえ今は一人の大人同士だ。でも、その笑い合う面影は昔のままだと当時を知っている人物は口を揃えて言うだろう。

 

_________________________

 

「えっと〜、どこかなどこかな…おっ!」

 

更衣室に入り中を覗くアステルリーチ、目的の人物が見つかって意気揚々とそちらへ近づいていくが、白い芦毛をした金眼のウマ娘が彼女を睨みながら待ち構えていた。

 

「おぉ、怖い怖い。君に何か恨まれるようなことしたかな?」

 

「……別にしてはないさ」

 

不機嫌といった言葉がドンピシャに当てはまる口調で話すそのウマ娘に、アステルリーチは少し面白いものを見たかのような表情をするが、その態度のせいで不機嫌度がまたさらに深くなる。

 

「ふぅ〜ん、その反応を見るにあなたも()()()()()()()()()?」

 

「じゃなきゃ初対面の人に対してこんな態度を取らないでしょうが」

 

出会った時の私の動揺ぶりはこの“アステルリーチ”が原因だ。理由を深く言う訳では無いが、私はこいつが嫌いだ。テレビ越しでこいつを見るのもあまり好きじゃなかった。

 

それほどまで私がアステルリーチを毛嫌いする理由はと言うと…

 

「ハッハッハ!実の()()にこんな態度を取るなんて()()()だけだよ」

 

「私の名前はレイゴウノルンだ。父さんって呼ぶな()()()()

 

前世で私が残した子供の中で1番生意気だからだ。

 

私がこっちに転生してきてるんだから、私よりも早く逝った息子が私より年上でもあまり不思議ではない。実際、テレビ越しで初めてこいつを見た時には食事が喉を通らなかったほどだ。

 

アステルリーチがレースで走ってると知った時以来、私はこいつのレースを見に行った事は1度もない。だが、前にテレビで見た時は綺麗にファンへ笑顔を振りまいているところを見たから『前の時より少しは変わったのか?』と期待した私がバカだった。

 

こいつはこいつだ…何も変わってない。記憶が残ってることも当然考えて接触を控えるようにしていたのにどうやって見つけたんだ。

 

「まぁまぁ、互いに色々言いたいことはあるけどさ。今はレースに集中した方が良いと思わない?」

 

「それはそうだが、推薦したのがお前なら話は別だ。お前の提案で私がトレセンに入りたいと思うか?」

 

「冷たいなぁ。でもまぁ、父さんなら入りたくないだろうね。だからさ!私と勝負しようよ!」

 

「勝負…?」

 

突拍子のない提案に私は思わず聞き返してしまった。まさか自分のスカウトをかけているレースに重ねて勝負をかけられるとは思っていなかった。

 

「そう!このレースで勝った方が負けた方に“なんでも一つ言うことを聞く”っていう条件でやらない?」

 

「……」

 

普段ならこんな提案断ってるんだろうな…。でもね、そんなわざわざ火をつけるような条件を提示するってことは分かってるんだよね?

 

「…いいよ、やろっか」

 

「その言葉を待ってました!勝っても負けても恨みっこなしってことでよろしくね!」

 

そう言い残して私から離れたところで鼻歌を歌いながら着替え始めるアステルリーチ。あぁ…楽しみで楽しみで仕方なさそうな顔してるなぁ。勝つ気満々なんだろうなぁ。

 

だけど、彼女は一つだけ大きな過ちを見落としている。

 

今回の相手が今までのようなGI級のウマ娘でも、ましてやシンボリルドルフ達のような走りを知っているウマ娘でもない。

 

レースで共に走れば分かるだろう。自分がずる賢くて、誰よりも走ることに対して貪欲な正真正銘の“怪物”を相手にしてることに…

 

 

 




お読み下さりありがとうこざいます!

前回の後書きでレースを書くと言っていましたが、想像以上に長くなったので次に回させてもらいました。また、今回出たオリウマ娘についてのプロフィールも次の後書きに回らせてもらいます。

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黒い彗星 VS 白き怪物

着慣れたジャージに袖を通して、蹄鉄の着いたシューズの靴紐をきゅっと固く結んだ。これで準備は完了、レース前のルーティンとかはあんまし意味無いのでしない。

 

代わりに柔軟はしっかりと行う。手首足首はもちろんのこと、上半身下半身のあらゆる関節に異常がないかゆっくりと曲げながら確認する。

 

「よし!おっけー!」

 

最後に1度大きく屈伸すると、その勢いでぴょんと飛び上がる。更衣室を出て、元いた場所へと戻る。既に着替え終わったアステルリーチと私を待つようにして話し合っていたシンボリルドルフ達の視線がこっちに集まった。

 

「2人とも準備できたようだな。では、レース前にコースの確認だけ行っておこう」

 

レースの距離などはあまり気にしない。だって、その気になれば長距離でも中距離でも行けるからだ。ただ、どの距離を走るかによって走り方が変わってくるので、聞いていて損は無い。

 

シンボリルドルフがエアグルーヴから資料を受け取る。

 

「距離は芝2000mの中距離。皐月賞や天皇賞(秋)と同じ距離で、バ場の状態は良バ場だ」

 

ふむ、中々悪くないな。中距離級の距離なら自主トレでそこそこ走ったことはあるし、最近は雨も降っていなかったからしっかりとした良バ場であることは間違いない。

 

「二人とも…特にレイゴウノルン、君はまだレースを走ったことが無いのだから準備は入念に行ってくれ。準備が出来次第スタートとする」

 

「分かりました」

 

私はその場に背を向けてレースの舞台へと歩いていった。この久々に降り立つ芝の感触…実に懐かしい気分だ。ウマ娘の本能抜きにしても走り出したくてウズウズする。

 

後ろからこっちの様子を見るアステルの奴も随分とワクワクしている様子だ。まぁ、あれに関しては“私とレースできる”ことに盛り上がってるんだろうな。あくまで予測だが…。

 

__________________________

 

「まだ始まってなかったのね。間に合ってよかった」

 

「おハナトレーナー!確か今日中の仕事があると…」

 

「早めに終わったの。それに気になるじゃない?あのアステルリーチが気にかける子」

 

このグレーのパンツスーツを着こなし、理知的でクールビューティーな眼鏡をかけた女性こそが、トレセン学園内で最強のチーム『リギル』を担当する“東条ハナ”だ。

 

少し近寄り難い厳格さがあるもののウマ娘育成への情熱は本物、それを結果で物語っている時点でかなりの手腕を持つトレーナーであることは、誰の目にも分かる事だった。

 

「確か…レイゴウノルンだったか?脚質や適正距離は…」

 

「我々もまだ…。先程、レイゴウノルンの母に聞いたのですが、幼い頃に少しアドバイスしただけで、後は勝手に本を読んで自己トレーニングし始めたので詳しいことはまるで分からないそうです」

 

「なるほど、ね…」

 

チラリと視線を向ければ、たづなさんと仲良く談笑してるレイゴウノルンの母親らしき人物がいた。その瞬間、何か引っかかるような感覚がハナトレーナーに突き刺さった。

 

(彼女…確かどこかで…)

 

靄がかかったように思い出せないあの姿。必死に思い出そうとするが、そこでエアグルーヴから報告が入った。

 

「二人共に準備完了したそうです」

 

「分かった。では、レースを開始してくれ」

 

その一言にその場にいた全員の視線がコースの方へと向いた。理事長とルドルフは見定める目を、ハナトレーナーやエアグルーヴ達はアステルリーチに対してどのような走りを見せるのかという興味の視線を向ける。

 

そして、ただ1人レイゴウノルンの母は不安や焦りの表情ではなく。ただ娘の勝利を信じている…そう言わざるを得ない信頼している目をしていた。

 

_________________________

 

「スゥ……ハァ〜」

 

深く吸って息を吐く。すんなりとゲートインした私の前に広がっているのは、閉じたゲートとその先に見える芝が生い茂るコース。

 

あぁ、何時ぶりだろうか…こんなにレースの前で昂ったのは。前世で引退してから長らく失っていたレースへの興奮が、こんなにも心地よいものだったとは思わなかった。

 

駆け出したい衝動を抑えてゲートの中でスタートを待つ。ゲートに収まっているこの1秒を長く感じたのは、これが初めてだ。ぐるぐると巡る思考に薄らと笑みを浮かべると、同時にゲートがガコンと音を立てて開いた。

 

________________________

 

ガコン!

 

ゲートが開き、二人のレースの火蓋が切って落とされた。スタートと同時に白と黒のウマ娘が同時に駆け出す。少し間を置いて、僅かに黒いウマ娘が白いウマ娘の前に出る。

 

「スタートは…二人共完璧か」

 

「アステルリーチはともかく、初めて走る奴があれほど綺麗にスタートできるとはな」

 

エアグルーヴとナリタブライアンの感想は、その場にいた全員の考えとほとんど一緒だった。レースで1番目に重要であり、なおかつゲートを経験していないものには1番難しい“スタート”。

 

それをレイゴウノルンは、アステルリーチとほぼ同じようにこなした。最初はレイゴウノルンの出遅れにより差が空くことを予想していたが、大きく外れて第1コーナー手前でレイゴウノルンは『クビ差』を維持していた。

 

そこでアステルリーチが少し距離を取るように前へ出る。コーナーを曲がればその差は1バ身にまで引き離された。

 

「アステルリーチの脚質は“先行”、あのレイゴウノルンがどのような脚質であろうと先を彼女に譲ると抜き出るのは至難の業になる」

 

「加えて最後の伸び。アステルの持ち味は直線での末脚と加速、最後の直線まであの状態が続くようならほぼアステルの勝利と考えていい」

 

第2コーナーを回ったが進展のないレースが続く。勝負は最終コーナー後の直線、アステルリーチの真骨頂が見れるその瞬間こそがこのレースの見所だ。

 

ルドルフとハナトレーナーはそれを目星に話し合っていたが、ふと不気味な感覚をルドルフは感じ取った。レースが始まってからバ身の差があまり開いていない…現在も『1バ身』を()()()()()()……

 

「…まさか、加速している彼女にわざとあの距離で維持している…?」

 

1ハロンを駆け抜けるスピードは依然上がっている。だが、それでも広がらない差。ここまで来れば“レイゴウノルン”が“追いつけない”のではなく、“アステルリーチ”が“引き離せない”のだと判る。

 

ハナトレーナーも同じことを考えているようで、ぽかんとした驚きの表情を浮かべていた。

 

そして、その事を1番理解しているのは他でもないアステルリーチ自身だ。

 

(“抜かそうと思えば抜かせるぞ”っていう警告……な訳ないよねぇ。完全に狙ってる空け方じゃんこれ…)

 

1コーナー後から徐々にスピードを上げているが、すぐ後ろから聞こえてくる足音の大きさは変わらない。距離的に1バ身を空けて、後ろを走られてる。

 

考えるに最終コーナーで私を抜くつもりだ。そのためには1バ身の距離を維持して、スパートをかけてくるのは見え見えだ。けど、こっちだって差しきられる気なんてサラサラない。

 

第3コーナー回ってレースに終盤に向かっていくが、依然二人の差は1バ身をキープ。そこで周りにいたエアグルーヴやナリタブライアンもノルンとアステルの距離に違和感を持った。

 

「あの子…アステルリーチを相手に引けを取っていないだと…」

 

「そんな馬鹿な…って言いたいが、実際に距離が開いていないところを見ると認めるしかないか」

 

「白熱!ここまで僅差の勝負をするアステルリーチは見たことがない!あのレイゴウノルンというウマ娘は中々の逸材のようだ!」

 

「うふふ、さすがはノルンちゃんねぇ。いつも私の想像を超えちゃうんだから…」

 

エアグルーヴとナリタブライアンが驚き、理事長がレースに熱中し、ノルンの母が娘の成長をしみじみと感じていた。その傍らでたづなは、その様子に少し困った顔をしつつもレースを見ている。

 

レースは終盤の最終コーナーへと向かっていく。たった二人だけのレースだが、互いに1ハロンを翔るスピードはもはやGIレース級にまで達していた。

 

(最終コーナー…ここまでの差は1バ身、父さんが駆け上がってくる前にここでスパートをかける!)

 

ズッと沈み込むように力強くターフを蹴るアステル。最終コーナー手前でスパートをかけることでノルンとの差を開き、ここで一気に突き放す作戦に出た。

 

アステルリーチ、最後で見せる末脚と加速で他を置き去りにして勝利を勝ち取る姿を人々は称えて、彼女に奇しくも前世と同じである『孤高の彗星』という2つ名を与えた。

 

メイクデビュー後に2着という結果で終わったGIIはあったものの、アステルはこれを武器にして何度もレースで勝ちをもぎ取ってきた。

 

最終コーナーでアステルはノルンの気配と足音がどんどんと小さくなっていくのを感じ取ると、更にスピードを上げる。その間にもどんどんと小さくなっていき、そして…

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「「「「「「「!?」」」」」」」

 

アステルも含めてその場にいた全員が、今起こったありえない出来事に目を見開いた。レースを走っているのは二人だけ…つまり、ノルンがアステルを追い越したのだ。

 

突然の不意打ちにアステルも驚いてはいたが、すぐにレースへ意識を戻す。すぐに頭を切り替えられたのは、アステルが元からこの事態を想定していたに他ならない。

 

(追い越されたのなら!また抜き返す……ま、で…)

 

先程のスパートの時よりも数段強く足を踏み出そうとするが、ガクンと足から力が抜ける。

 

何故、前に踏み出せないッ!?と進む力を削がれた己に叱咤するが、ふと前を走っているノルンと目が合った時に、アステルはまるで血の気が引いていくような表情になる。

 

凄まじい圧だった。恐らく後続のウマ娘に対しての威圧なのだろうが、アステル1人に集中しているのだから効果は抜群に効いていた。まるで上から押しつぶされるような感覚……圧の主であるノルンの目からは

 

“抜けるものなら抜いてみろ。ただし、容赦はしない”

 

と、聞こえるはずのない声が聞こえた。誰も寄せつけない、何者も前に出ることを恐れる…これが『白き怪物』と呼ばれたレイゴウノルンの威圧だ。

 

アステルが圧に押し潰れて思うように走れない隙に、ノルンはどんどんとスピードを上げて差を空ける。まるでさっきの意趣返しと言わんばかりの走りだった。

 

そして、そのままスピードを維持しながらレイゴウノルンは1着でゴール。その後、“4バ身”もの差をつけられたアステルリーチがゴールを駆け抜けた。

 

「ッ!ハァッ!ハァッ!」

 

走りきったアステルはプレッシャーから開放されて、肩で息をしながら顔を上げる。息一つ乱していないノルンの空を見上げる晴れやかな笑顔が、アステルの目に焼き付いた。

 

__________________________

 

やってしまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 

久々のレースだからって調子に乗ってた!終わったらアステルリーチと4バ身で勝ってるって何!?本当ならアタマかハナ差で勝つつもりだったのにぃ!何で最後に前へ行かせない圧をかけたんだぁ!?

 

「とってもいい走りだったわ、ノルンちゃん!昔の私そっくり!」

 

「あはは…ありがとうお母さん」

 

トレセン学園から家へ帰る道すがらお母さんはずっと今日の結果にニコニコとしていた。

 

あの後、私へのスカウトは『後日通達』ということになった。なんでも理事長が待ったをかけて、もう数日考えたいとの事。ただ、もうスカウトに関してはほぼ決定したも同然だとたづなさんは語っていた。

 

「あんなにトレセン学園には行かないって言ってたのに、今日は随分とノリノリだったわねぇ」

 

「ハイ、ソウデスネ…モドレルナラモドリタイヨ」

 

「でもね?私は少し嬉しかったなぁ。ずっと1人で走ってたノルンちゃんが楽しそうだったのは、あれが初めてだもの」

 

子を思う母だからこその悩みだ。私の周りにウマ娘はいなかったが、別に1人もいない訳では無い。ただ、あまりウマ娘の多くない学校で、私の学年では私しかウマ娘がいない。

 

必然的に同年代の走れる相手がいなかった。だから、私はあらゆる本の知識を頭に叩き込んで走り方の研究に明け暮れていた。

 

それをお母さんは心配していた。一緒に走る事への楽しさを知っているお母さんからすれば、1人でトレーニングに打ち込んでいる私の姿を見れば心配にもなるだろう。

 

ただ、今日のレースで見せた私の表情が柔らかくなっていたのを見て、お母さんは安心したはずだ。なんせ楽しく走る事私の姿を見せたのはこれが初めてだからね。

 

私個人の感想として、今日のレースは色々と刺激的だった。馬とウマ娘では違う感覚…それを掴めただけでも大きいのだが、一緒に競い合うことがあんなにも心地よいと思えたのは、今まで1度もなかった。

 

ウマ娘を追いかける時間は私の中で最も大切なものだ。けど、今日みたいなレースをすれば…

 

(トレセンに行ってもいいかなぁ…)

 

自然とそういう考えが私の頭の中で芽生えるのだった。

 

 




お読み下さりありがとうございます!

初めてのレース描写書きだったので、何かと不自然なところがあると思いますが、これから少しづつ修正していくつもりです。

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交わした約束

中間考査やスマホの機種変でだいぶ遅れました!すみません!

※アステルリーチのプロフィールなどは後書きに掲載致します。


あの一件から数日後、家から少し離れたところにある行きつけの喫茶店の扉を開く。カランカランとベルの音がなり、店のマスターが一度ちらりとこちらを見るが、相手が私だとわかるとまた視線を元の場所に戻した。

 

その様子をよそにして、私は店内を少し見渡しながら目的の人物を探し出す。目線を巡らせると、会話の聞こえづらい店の奥の窓際にその人物はいた。

 

「松島さん!お待たせしました!」

 

「あら?早かったですね?約束の時間までまだあるのに…」

 

「それを言ったら松島さんだって同じですよね?」

 

「いや〜、私だって来たところなんですよ?」

 

こっちが電話して会えるように約束したから早めに来たのに……まぁ、テーブルの上を見るにまだ何も無いので来て間もないのは本当のようだ。

 

松島さんの対面に座って今日呼び出した理由を話そうとするが、「まぁまぁ、焦らず注文してからにしましょうよ」と言われては引き下がるしか無かった。

 

「…ご注文は?」

 

「フルーツジュースとミックスサンド1つずつお願いします」

 

無愛想な雰囲気の喫茶店のマスター。見た目の怖さも相まって勘違いしそうだが、非常に心穏やかな優しい人だ。趣味は園芸、最近は若者への受けを狙ってキュートなスイーツ作りに没頭しているらしい。

 

ここの品はどれも美味しいが、街角の一角にある小さな喫茶店だから知ってる人は少ない。静かに考え事をしたい時や本を読む時のお気に入りの場所だ。

 

「それで?私に相談ってこの前の日曜日にトレセンであったことかな?」

 

「何で知ってるんですか…」

 

「そりゃあ私だって記者の一人ですからね。そういう情報を得るのは得意なんですよ?」

 

松島さんがその情報を持っているとは…。この前の日曜日のことを生徒会や理事長経由で得たとは思えない。考えるとするならば、あの日トレセンにいたウマ娘達と考えるのが妥当だろう。

 

休日とはいえ生徒会によるコースの全面貸切になれば、理由を探ろうとするウマ娘が1人や2人いてもおかしくはない。

 

松島さんも月刊トゥインクルで働いている記者だ。トレセン学園内に顔見知りのウマ娘がいたところで、さほど不自然じゃない。

 

「それで?悩んでることってなんですか?あなたは私の良き理解者ですからね、なんでも聞きますよ?」

 

「じゃあお言葉に甘えて…」

 

今日松島さんをここに呼んだのは、少し悩みを話したかったからに過ぎない。私がトレセンに行くべきか行かないべきか…他人に判断してもらうべきものじゃないと分かっていたとしても、やっぱり誰かに話さないと自分の中で決断できない気がしていた。

 

私は話した。この前あったレースのことやこれからのこと、またレース前とレース後で私の気持ちが少し変化していること、そして…

 

「なんであんなにお母さんは私にトレセン学園に入学するように勧めるんでしょうか?」

 

これが私の中で一番重要な疑問だった。

 

私のお母さんの戦歴はそれほど多くない。ウマ娘の脚はガラスの靴と呼ばれるほど弱く、その中でもお母さんの脚は特に脆い部類だった。

 

現役時代ではレースの度にほかのウマ娘より長く期間を空けていた。だから、何度も何度も『引退』の2文字を世間が密かに囁かれていた。けど、そんな噂をものともせずにお母さんはGIの冠を四つも獲得した。

 

そんなお母さんが何でも私をトレセン学園に何故入れたがるのか?それが私の中で唯一分からない事だった。

 

松島さんはん〜?と首を回しながら数秒考える。こんな質問をお母さんはもちろんのことお父さんも無理だ。かと言って、周りに言える人がいるのか?と言われればいない。

 

ウマ娘関連の情報に秀でていて、尚且つ私が連絡できる人物となれば松島さん一択だった。

 

「やっぱり、現役時代が関係してるかもですね〜」

 

そう言いながら松島さんはカバンから手帳を取り出して、中身を見せるように机の上に置いた。書かれてあったのはお母さんの現役時代にチームを組んでいたウマ娘達をインタビューした内容だった。

 

「これ、十数年前にあなたのお母さんが引退した後で、当時のチームについてインタビューした時のコメントでね。近々、また似たような記事を書くつもりだったから参考にしてたんですよ」

 

お母さんが現役だった当時の様子……後輩メンバーのほとんどが『走りに感動した』とか『この人のチームだったら強くなれる』といった内容ばかりだったが、私の一番目を引いたのは…

 

『でも、あの人に憧れる子が何人も学園やめてたんですよ』

 

と、書かれたコメントだった。

 

トレセン学園の在籍生徒数は約2000人だが、トレーナーの数はそれよりも遥に下回る。トレーナーに選ばれなくて学園にいられないウマ娘がいるのもまた事実。

 

だが、このコメントが意味するのは『理想を追い求めた結果、心が折れた』ということだ。

 

私の母という理想を目の前にして、憧れを持つ子が幾人もいる。でもその全員がお母さんと同じようになれるとは限らない。勝てない現実や伸びない実力に絶望して心折れる子がいる。

 

「…厳しいですね、レースの世界って」

 

ぽつりとそう私は呟いた。分かっていたはずなのに、こうして考えてみると生々しいとしか言いようがない。

 

「その中には高校からトレセンに来た子もいるけど、あまりのレベルの違いに数ヶ月で学園を去った子もいるみたい。そういう子を見てきたからこそ、あなたのお母さんは中学であなたをトレセンに行かせたいんじゃないのかな?」

 

話を聞く限り、私が高校生の時に夢を諦めないよう道を示してるように聞こえるが、少しだけ何かが足りない感じがする。

 

でも、これ以上は自分で考えるか直接本人に聞くしかない。他人に答えを求めても本当の正解が見えそうにない。

 

「ありがとうございました、松島さん。あなたのおかげで少し整理がつきました」

 

「いいんですよ。困った時はお互い様、それこそ私と気が合うあなたの役に立てて嬉しいですよ」

 

空になったグラスを机に置いて私は立ち上がった。まだ完全に解決した訳では無いが、自分の中で燻っていたものを吐き出すことが出来た。ならば、あとは私自身の問題だ。

 

帰り際に松島さんの分のお代も払おうとしたが、「自分の分を子供に払わせるなんてかっこ悪いよ」と止められた。でも、こうして休日に呼び出したのは私だし、何より私の気が収まらないということで渋々納得してくれた。

 

私はマスターにお代を渡すと、松島さんへ一礼して店の扉を開けて出ていった。その背中を見送った松島さんはメニューを手に取り…

 

「アイスコーヒー…私の代金で」

 

と、マスターに注文するのだった。

 

________________________

 

私が父の名前を知ったのは、初めてレースに負けた時だった。

 

『やっぱり、レイゴウノルンみたいにはいかないかぁ…』

 

思えば、私の分岐点はあの時からだった。今まで自分の中で冷えていた“心”が燃え始めて、いつか辿り着いて追い越したいと願った。だから、私は変わった。

 

振り返ってみれば、自分勝手なワガママに過ぎなかったと思う。厩務員の人にも騎手の人にも多くの迷惑をかけた。

 

それでも勝ちたいと思ってしまった。レイゴウノルンという高みを超えたいと願い、がむしゃらにレースを走ったのは今でも覚えている。そして、無理をしすぎた脚が折れてレース中に事故死した。

 

私が前世の記憶を取り戻したのは3歳の時で、その時は驚きと困惑で言葉が出なかったな。ウマ娘としての生まれ変わったチャンス、前世とは同じにするわけにはいかない…とひたすらに努力を重ねた。

 

トレセンへと入学し、選抜レースで大差をつけて勝利して最強のチーム『リギル』に入った。だが、それだけでは私の心は満たされなかった。

 

父を…レイゴウノルンを超えることこそが、私の走る目標だった。

 

トレセンに入学してから数ヶ月がたった頃。カフェテリアであるテレビ番組を目にした。トレセンからも近めのスポットを紹介する番組だったが、正直私にとってはつまらないものだった。

 

だが、不意に映った1人のウマ娘に私は絶句した。大手スポーツメーカーのジャージを来ながら河川敷を走る芦毛のウマ娘。

 

私の内なる何かがざわめく。あれが私の目標であり、目指すべき頂きにいるウマ娘だと、まるで魂が叫んでいるみたいだった。

 

その日から私は徹底的に調べ尽くし、あの芦毛のウマ娘が前世の父である“レイゴウノルン”とわかった時は喜ばずにはいられなかった。

 

だから、私は動いた。あの父と1度だけでも競い合いたいという興奮を胸の内に抑えながら、自分が利用できるもの全てを使って父とのレースまで漕ぎ着けた。

 

もちろん勝つ気満々だった。これまでトレーニングにも手を抜かずに周りのウマ娘の誰よりも強かったはずなのに、それでも勝てなかった。

 

(私が磨いてきた加速も末脚も何一つ通用しなかった…)

 

私の持ち味だった加速と末脚を持ってしても、あの脚には通用しなかった。恐らく、レイゴウノルンの今のレベルはトップスターレベルのウマ娘と実力は引けを取らないはずだ。

 

今の私がどれだけハードワークをこなそうとも越えられない壁、つまり成長の限界を超えないとあの怪物と対等に渡り合うことは出来ないだろう。

 

(悔しくないわけないだろッ…)

 

ガンと鉄の手すりに両手を叩きつける。手加減はしているのでひしゃげてはいないが、じんわりと硬い感触が手に返ってくる。

 

(前世越しに掴んだチャンスだった。でも…私がどれほど努力しようが勝てるビジョンが見えない…)

 

圧倒的な実力差とあの時感じたプレッシャーを思い出して、勝てる未来が見えないことに絶望する。このまま、夢も目標も何もかもが沈んでいくと思われた時…

 

ピトッ

 

「ひゃっ!!?」

 

ひんやりとした冷気がほっぺにくっつくと、らしくもない悲鳴をあげてしまった。バッ!と冷気がした方を振り向くと…

 

「プッ、アハハ!『ひゃっ』って、驚きすぎでしょ!」

 

両手に冷えた缶をふたつ持ちながら、私の反応に腹を抱えて笑っているレイゴウノルンの姿があった。

 

________________________

 

喫茶店からの帰り道に、いつもトレーニングで使ってる河川敷の近くにある橋の上を通った時だ。

 

(あれ?あいつ何してんだ…)

 

その橋の上で黄昏てるアステルリーチの姿を目にした。その瞬間、私の頭の中にビビッ!と閃きが舞い降りる。

 

(そうだ!この前してやられたばっかりだし、今度は私が仕掛けてやる!)

 

そう思い立つと私はすぐに自動販売機へと向かい、自分が飲む用とアステルリーチ用の冷たいジュースを一本ずつ購入して、驚かしに戻ったのだが…

 

「…」

 

「ごめんって…機嫌直してよ」

 

正直、ちょっと笑いすぎたと思う。いやだって、あのアステルがあんな驚き方したらツボに入るじゃん?ギャップというかなんというか…まぁ私のツボに刺さったわけなんだけど。

 

ムスッとしたままオレンジジュースを飲む姿に笑う余裕すらない。こいつは“する”のはいいが、“される”のは嫌らしい。ちょっとワガママだと思う。

 

でも、その不機嫌がさっきのイタズラだけが原因という訳では無さそうだ。例えるなら…

 

「そんなに私に負けたのが悔しかったのか?」

 

「ッ…」

 

図星だったのか、ぷいっとそっぽを向いてしまった。意外と負けず嫌いなんだな…あんな軽い態度してるのに。

 

自分の苦悩を見せない仮面を被っていても、中身は随分と負けず嫌いの頑固者のようだ。そういうところは私の知ってる“アイツら”に似ているな。

 

「……私はあんたに勝ちたかった。でもあのレースで負けた…潔く認めるよ。私じゃあんたには勝てない」

 

ようやく口を開いたかと思えば、アステルから出てきたのは諦めの言葉だった。あのレースで実力と技術の差を思い知ったからこそ出てきた言葉だというのはしっかりと伝わった。その上で言わせてもらおう…

 

「なに勝手に諦めてんの?何度でも挑んできたらいいじゃん」

 

「えっ…」

 

私の同世代達は1度も私からの勝利を諦めたことは無かったぞ?少なくとも、私と張り合うアイツは常に私の座を狙ってきてたからな。

 

レースを重ねる毎に強く、速くなっていくアイツらに1度も「諦めろ」とか「無駄」なんて言葉を送ったことは無い。だって、全員が私を超える可能性を秘めている“ライバル”だからだ。

 

「いいか?1度競い合ったらお前も私の“ライバル”だ。レースに歳も実力も関係ない…お前の全てで私に()()()()()。私の同期達と同じように何度でも挑んでこい。私は逃げないからな」

 

これが私の送れるメッセージだ。負けを味わったことの無い私が言えたことではないが、大きな壁を越えた先にある“化け”というものを私は何度も経験した。

 

アステルにも可能な事だ。今、彼女に足りないのは経験値だけ。その条件さえクリアすれば、こいつは大きく化けるだろう。

 

当のアステルは呆れたように手を額に当てながらため息を1度吐くと、顔を横に向けて真っ直ぐ私を見つめた。

 

「ほんと無茶なこと言うよ。でも、そうだね…諦めるのはまだ早いかな」

 

スゥ…と少し大きく息を吸うと、ビシッとこっちに人差し指を向けて、私を指し示す。

 

「あんたに勝つ!それも“最高の舞台”で最高のコンディションでね!だから、それまであんたは誰にも負けるなよ!」

 

「ああ!全力で私を潰しに来い!」

 

夕日が暮れていくこの瞬間、私とアステルリーチは一つの約束をした。これが後に『伝説のレース』と呼ばれる勝負への第一歩であることは、今は誰も知らない。

 

 

 




『アステルリーチ』 性別:雄

生年月日:◻️◻️◻️◻️年 9月12日
没年:◻️◻️◻️◻️年 6月26日

勝ち鞍:『皐月賞』 『日本ダービー』 『天皇賞・秋』 『有馬記念』

芝:A ダート:F

適正距離:短距離『G』 マイル『F』 中距離『A』 長距離『A』

脚質:追い込み『G』 差し『G』 先行『A』 逃げ『B』

逸話:元は大人しい性格だったが、初めてGIIで敗北した後に一変。厩務員や騎手にちょっかいをかけたり、言うことを聞かなかったり等の気性の荒っぽさが見え始めた。

好き嫌いは父親譲りであまり無かった。

亡くなった原因はレース中の事故死、◻️◻️◻️◻️年の宝塚記念にて骨折による転倒で死亡。これには多くの競馬ファンも動揺を隠せずにいた。

2つ名:『孤高の彗星』

____________________

投稿の間隔が長く開いてすみませんでした!理由は前書きに記載した通りです。少し執筆を休みたかったのと、テストが被ったのでそれを利用して休ませてもらいました。

次、最後に1話だけ挟んでから本編を動かしていこうと思っています。
内容的には少し短めになるかもしれませんが、そこはご了承ください。


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私の選んだ道は…

私にとって走るということは、何者にも変え難い“楽しいもの”だった。芝を駆け抜ける気持ちよさは、今でも時折思い出して感傷に浸るくらいだ。

 

喜び、悲しみ、渇望……様々な感情が渦巻いたトレセン学園での生活は、大人になった今でも色褪せない思い出だ。

 

私の走ったレースの総数はそう多くない。理由は自分自身が一番よくわかっている…『足の脆さ』が私の走りを妨げていたのだ。

 

長距離適性、先行策適性……これほどの好条件が揃っても、この弱点のせいでどのトレーナーにも見向きされなかった。それでも私が走り続けたのは、単に好きだったからに他ならない。

 

学園を去る結果になったとしても、好きなことをやめる理由にはならない。少なくとも、この足が衰えるその日まで走り続けることを私は密かに決意していた。

 

今思い返せば、私が折れなかったのは偏にルームメイトの支えがあったからだ。別のトレーナーにスカウトされても彼女は私の事を気にかけてくれた……だから、辛いことも飲み込んで頑張れた。

 

どうにか足の弱点を克服しようと試行錯誤していたある日のこと。自己トレーニングに打ち込んでいると、足首に違和感を覚えて木陰で休んでいた時のことだ。

 

「やぁ、少しいいかな?」

 

ボーと青空を見つめながら休んでいた私に声をかけてきたのは、一人の女性トレーナーだった。身長は私よりも若干低め、金と黒が入り交じった髪をした女性だった。

 

その女性トレーナーは私に手を差し出して…

 

「私の担当バになってくれないかい?」

 

と、開口一番にそう告げてきた。嬉しさとか喜びが出てくるよりも、私は頭が真っ白になるほど混乱した。私の足の事は多くに人に広まっている。ということは、この人が『私の事を知らない』か『知った上で博打覚悟で来ている』かの二択になる。

 

前者はまだトレセンに来て間もない新米トレーナー、後者はお披露目レースでスカウトすることが出来なかったトレーナーになる。

 

しかし、今の時期は秋真っ盛りの10月…この時期まで私のことが1ミリも耳に入らないのは、さすがに噂に無頓着すぎる。多分この人は私の事を知った上でスカウトしてくれているのだろう。

 

「あの…なんで私なんですか?他にも有望な子はいっぱい居ますし…何より私の足は……」

 

「『壊れやすい』って言いたいのかな?」

 

その答えにこくりと頷いた。足が脆いのは生まれつきだし、実際に今も故障寸前まで壊れかけている。そんな私に声をかけるより、他のウマ娘に声掛ければいいはずだ。

 

ウマ娘は“夢”と“目標”を、トレーナーは“結果”と“実績”を追い求める。その利害が一致してこそ、スカウトが成立する。

 

ともなれば、強いかつ頑丈なウマ娘をスカウトするのはトレーナーにとって最も優先すべき事柄だろう。そんな条件から外れている私をスカウトする理由が分からない。

 

「君の事は入学当時から知っていたさ、類まれなる長距離適性を持っていながらそれに耐えられないウマ娘だとね」

 

「だったら!私なんかよりも……満足に走れない私なんかよりもっと優秀な子が…」

 

スっと私の唇に人差し指が添えられて、言葉が遮られた。細いながらも有無を言わせない彼女の指に、私は驚いて彼女の方を見つめてしまう。

 

「君だけだった。他の子のレースを見たあとでも、担当にして“勝たせてあげたい”と思ったのは君だけだった。私がこの半年の間に誰も担当バとして取らなかったのは、君を調べ尽くしていたからさ」

 

そう言うと彼女は私の前にしゃがんで、今も鈍い痛みの感じる脚にそっと触れた。彼女の言うことが本当ならば、この半年間を私のためだけに費やしたのだろう。

 

おかしな人だった…自己の目的よりも私を気にかけて『勝たせたい』なんて言葉が出てくるとは、普通のトレーナーじゃない。でも、私が会ってきたトレーナー達とはまるで何かが違った。

 

「君の脚がたとえガラスの脚だったとしても、私が終わらせない!『輝ける才能を持ったウマ娘』に君はなれる!だから、私と一緒に駆け抜けてくれないかい?」

 

心のうちで何かが弾けたような気がした。自分の脚に苦悩する日々、周りからの評価……今までために溜め込んだ不安や恐怖を打ち払うように、嬉しさが涙となって溢れ出てきた。

 

(初めて…やっと……やっとッ!)

 

自分を認めてくれる人がいた。それが私にとってどれほど嬉しかったことか。だから、自然と手を取っていた…このチャンスを逃したくないよりも、ここまで私を信頼してる彼女の期待に応えたいと強く思ったからだ。

 

「こんな私でよければ、よろしくお願いします!」

 

「ああ!こちらこそ!全力で支えさせてもらうよ!」

 

こうして、トレーナーさんとの3年間が始まった。

 

最初の頃は主に基本的な基礎作りから始まり、徐々に脚の改善を目指したトレーニングメニューが組まれた。トレーナーさん曰く、『走りのフォームも体力も十分にある。なら、まずは脚を何とかしないといけないな』と言われた。

 

結局デビュー戦の舞台に立つことが出来たのは、出会ってから半年後だった。全力で走れはしないが、メイクデビューで勝利できるくらいまで私の脚が強くなったのは、一重に日々のトレーニングの賜物だろう。

 

そこから調整のためにGII、GIII含めて計4戦を走ったが、いずれも善戦止まりだった。悔しくもあったが、それ以上に『次は負けない』と意気込むようになった。

 

そして、約一年がたった頃に私はGIの舞台に立っていた。そのレースでは数名ほど注目株のウマ娘が出ると事前に情報を耳にしている。

 

(私なんかが敵う相手でしょうか…?)

 

控え室にて何度も何度も深呼吸を繰り返した。大舞台を走るという現実を目の当たりにしてネガティブな部分が出ていたが、トレーナーさんが私の背中を押してくれた。

 

「初のGI、やっぱり緊張してるかい?」

 

「はい……どうも怖くなっちゃいますねぇ。すみません、レース前にこんな事を言って…」

 

「ふふっ、別に謝ることじゃないよ?怖がることが何も悪いことじゃないしね。ただ、君が君らしく走ってくれればそれでいいんだよ。頑張れ!私の“プリンセス”!」

 

「…はいッ!」

 

それ以降、私はただ走ることしか目にいかなかった。ファンの声援も周りを走るウマ娘達の足音もかき消すほど、私は走ることを“楽しんだ”と思う。

 

まるで今まで閉じこもってた殻を破るような感覚、それと同時に感じる高揚感は私に一切の緊張というものを忘れさせていた。気づいたら私の前には誰もおらず、先頭を独占してゴールを走り抜けていた。

 

GI初勝利、控え室に戻ってもウイニングライブの後でも夢だとずっと思っていた。でも、全て終わった後に出迎えてくれたトレーナーさんの顔を見ると、『あぁ、全部本当なんだ…』と肩から力が抜けた。

 

そこから私達の生活は一変した。まず、ウマ娘が契約して貰えるよう交渉する逆スカウトが、私のトレーナーさんに多く舞い込んだ。

 

結局のところトレーナーさんは数を限定しての契約を結んで、チームを持つことになった。私の事を直接見てくれる時間は少なくなったが、しっかりと私用のトレーニングを組んでくれていた。

 

それ以外にもメンバー達と併走をしたり、走り方の研究などに没頭した。トレーナーさんとの二人三脚も良かったが、チームで支え合って切磋琢磨するのも悪くはなかった。

 

競い合うライバルがいるのと同時に、信じ合う仲間がいることがどれほど自分の心を奮い立たせるのかを実感した。

 

そして、そんな日々を過ごしながら私は何事もなく順調に勝利数を重ねていった。レース後の休養期間が長かった関係で多くは走れなかったが、それでもGIを数勝することが出来た。

 

その頃になるとチームとしての土台は完成しており、他のみんなも次々と好成績を残していった。そして、シニア級最後のレース『有マ記念』で見事優勝を果たし、私は引退を決意した。

 

多くの人から『先を見る気は無いのか?』『まだあなたの走りを見たい』等の声が上がったが、それでも引退するのを変えるつもりはなかった。

 

「ここまで来ると少し惜しくなるね。もっと君の道を見ていたかったが、決めたのなら背中は押してあげるよ」

 

「ありがとうございます。トレーナーさんがいなかったら私は無名のまま果てていました。だから、今度は私がトレーナーさんや他のウマ娘達を支えられる仕事をしてみせます」

 

「うん、期待してるよ。違う形であれ夢があるならそれでいい。楽しみにしてる」

 

その会話を最後にして、私はトレセンを卒業した。その後はURA関係の仕事に就いてトレーナーさんとの約束を守るために働いていた。

 

そんな時に出会ったのが今の旦那様だ。プロポーズの時は今思い出しただけでも笑えるものだったが、真剣に考えて言葉にしたプロポーズを私は受け取った。

 

結婚式では、私と彼の家族やチームのメンバー達に加えて同室のウマ娘、そして何より相も変わらず元気そうに頑張っているトレーナーを招待して、盛大な結婚式にした。

 

皆から祝福された時は柄にもなく涙が出そうだった。特にトレーナーさんがかけてくれた言葉は今でも忘れられない。

 

大変だろうけど頑張って!とエールを貰いながら、慌ただしい新婚時代を送ることになったが、今では可愛い子供も授かって順風満帆の生活を送っている。

 

願わくばこの子にも私と同じように夢を持って、“仲間”や“ライバル”達と多くの出会いを経験して欲しいと思った。

 

小さい頃から周りと上手く付き合いながら自主トレーニングを続けてきた我が子……少し変わった所はあるが1人で地道に頑張れるそんな子が、次は広い世界へと踏み出して欲しい。

 

けど、それを決めるのは私ではない。目の前に置いてあるのはトレセン学園の『合格通知表』であり、入学するのかはこの子の判断に委ねている。

 

だから、『スカウトするのはいいですが、入るかどうかは彼女の気持ち次第にしてあげてください』と事前にトレセン側へは伝えている。向こうもそれを了承してくれた。

 

「あなたはどうしたいの?ノルンちゃん」

 

今日ばかりはいつもの雰囲気もなりを潜めていた。その様子に萎縮気味の我が子、“レイゴウノルン”に私は問いかけるのだった。

 

_____________________

 

私のお母さんが怒る時は静かに怒るのが普通だった。前に怒ったのを見たのは二年前が最後だったか…?あの時の物静かな表情から溢れ出る圧には肝を冷やしたものだ。

 

原因はお父さんのやらかしだったが、関係ない私でさえ震え上がるほど恐ろしかったのは今でも鮮明に語れそうだ。

 

いつもと変わらない雰囲気と喋り方…しかし、その後ろから見え隠れする般若のごとき威圧にさすがのお父さんも防戦一方だった。

 

さて、そんな怒らせたら鬼ほど怖い私のお母さんだが…今日はどうやら少し様子がおかしい。静かなのはいつも通りだったが、あのおっとりとした雰囲気が消えていた。

 

「ノルンちゃん、話があるからそこに座ってくれる?」

 

「う、うん」

 

言葉に促されるまま、私は机を挟んでお母さんの対面に座った。すると、その机の上に1枚の紙が置かれた。上の方に濃く太い字で『合格』と書かれていた。

 

あぁ…やっぱり合格してたか…。アステルのやつも『多分、今日明日くらいには合格通知が届くと思うぞ?』と言っていたが、随分と早かったなぁ…。

 

「これでノルンちゃんもトレセンに通えることになるけど、その前に一つ聞いておかなきゃいけないことがあるわ」

 

「聞きたいこと…?」

 

「私達がほんの冗談で勧めていたトレセン学園に入学できるようになったのは私達自身も予想外だった」

 

まぁ、完全にアステルが悪いもんね。お母さんやお父さんがトレセンを勧めていたのも冗談に近いものだってことは知ってるし、私もそこまで重く受け止めてなかったからあの対応だった。

 

でも、いざ本当に行けるようになれば、お母さんも相当真剣に考えていることだろう。でも、行きたいか行きたくないかは私次第、こうして合格通知を見せてわざわざ話しているのも、私の意志を知りたいからだ。

 

「行きたいのなら行けばいいし、行きたくなのならこのままでもいい……あなたはどうしたいの?ノルンちゃん」

 

「私は…」

 

どうしたいと言われてもすぐには答えが出なかった。生まれ変わってからの私には、レースそのものへの熱というものが冷えていたと思う。

 

そんな中でどハマりしたのが、“走る側”ではなく“見る側”でのレース鑑賞だった。キラキラと輝くウマ娘達…そこで少し私の何かが揺さぶられて、のめり込むように没頭した。

 

でも、前のレースでまた私の走りたい欲求が目覚めたのも事実だ。ターフをかける爽快感、競い合う楽しさがまた私の中で燃え上がっていた。

 

だから、あんな約束をさっきしてしまったのだろう。久々に楽しさというものを思い出させてくれたアステルに、レースという楽しさを見失わないように…。

 

気持ちを整理してみれば簡単な事だ…私はまた“走りたかった“だけじゃないか…。なら、もう迷う必要は無い。

 

「私は…!」

 

思っていることを全て伝える。これから成し遂げたい事と約束した事を言葉にすると、お母さんは嬉しそうに笑みを浮かべながら私を抱きしめてくれた。

 

 

 

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます!

ちょっと自分的に長くなりすぎたかなぁ…って反省してます。ストーリーの進行自体がゆっくりなので、ちょっとばかし早めます。内容的には試行錯誤気味で書いてるので至らない点はありますが、後々修正していくつもりです。

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これがこれからの日常…

気づいたら2週間以上経ってたわ……





「よし!」

 

キュッと首元のリボンを結ぶ。先日届いたトレセン学園の制服を身にまとって階段を降りていくと、そこにはお母さんとお父さんがいた。

 

「頑張ってこい。お父さんは応援してるぞ!」

 

「あなたなら出来るわよ。胸張って行ってきなさい」

 

「うん!行ってきます!」

 

家の玄関の取っ手を握って下に下ろすと、朝の太陽が眩しく流れ込む。後ろから見送ってくれる両親にもう一度手を振ってすから、トレセンへの道のりへ一歩踏み出した。

 

__________________

 

「それでどうかな?トレセンに来た感想は?」

 

「……気が休まらない所ですねぇ」

 

トレセンに来て半日が経った今、私は学園生活に疲れていた。その返答にルドルフは苦笑いを、エアグルーヴは深いため息を吐いた。

 

いや、いい所なんだよ?立地もいいし、施設やコースの状態も良好だから本当にウマ娘のためって感じの学園だよ?でもね…

 

「始業式から視線が絶えないんですけど…」

 

「まぁ、君は注目の的だからね。なんせ特別スカウト入学なんだから、目線を集めてしまうのも無理ないさ」

 

「そう…なんですけどねぇ」

 

ルドルフさんの言っていることは十分に理解している…と言うよりかは理解させられたと言うべきか。

 

__

_

 

事の発端は遡ること数時間前の話である。

 

学園に来てたづなさんからある程度、学園内の施設やらなんやらを始業式までに案内してもらうまでは普通だったんだけどね?いざ体育館に集まってみればジロジロと視線が刺さるのよ。

 

最初はちょっとだけ困惑したけど、すぐに切り替えて無視することにした。だって、オドオドしてても何も変わらないじゃん?なら無視した方が得策だなって考えたわけ。

 

それでも式が始まってからも突き刺さる視線に、ちょっと違和感を覚えてある人物が頭の中に浮かび上がった。

 

私が入ることになったのをいちいち他のウマ娘に通達するほどのことではないし、入学式でもそういう紹介枠は取っていない。

 

ということは、事前にどこからか私の情報が漏れたという選択しか残っていない。しかも、学園内で私のことを知っているのは極小数……なら、流した張本人は嫌でもわかるよなぁ?

 

「……で?やっぱりお前が流したのか?」

 

『うん、そうだよ?』

 

始業式を終えて即効でその場から離れた私は、手に持ってるウマホを握り潰してしまいそうになった。なんでこんなに淡々と答えてんだろうか…こいつ。

 

「アステル……やっぱりお前のことは嫌いだ」

 

『ハハハッ!随分とはっきり言ってくれるね!けど、レースと好感度は関係ないからね!今度は私が叩き潰してあげるよ』

 

「やっぱりお前この前のこと根に持ってるな?」

 

『まさか。私がジュースの件なんて根に持ってると思う?』

 

「うん、すごく持ってそう」

 

少なくとも、私の話を拡散することは前々から計画を練っていそうだ。だってそういうやつだもん…人をからかうことが好きなのはもう前世からなので、私も半ば諦めはついてるけど、()()()はそう思ってないようだ…。

 

『まぁ、この話の続きはゆっくりしようよ。今日は時間もあるしね』

 

「あー、その事なんだけど…」

 

『何?もしかしてこれから忙しいのかな?』

 

「いや、そういう訳じゃないんだけど…。私って学園を全く知らないじゃん?だから、理事長が手配してくれた案内の人が1人いる訳で」

 

『……』

 

通話越しのアステルの声が固まったけど、多分あいつの顔は青ざめてるはずだ。何せ私が言った言葉をちゃんと考えて理解すれば分かるはずだ…私の後ろにいる物凄い圧を放つ『たづなさん』に…。

 

「時間がなくなりそうだ…お前の」

 

ブッ!ツー…ツー…

 

即効で電話を切られちゃったけど、逃げるつもりなんだろうなぁ。あのアステルがここまで恐れるなんて……たづなさんってどんだけ怖いんだよ。

 

「…ノルンさん。今から単独行動になってしまいますけど、いいですか?」

 

「後は学生寮くらいですから別に問題は無いんですけど……あいつはどうなるんです?」

 

「さぁ?何の罰を受けるかは私と東条トレーナー次第なので」

 

アステルがもう逃げてるのにこの余裕…まじで何者なんだこの人…。とりあえず、ろくな目に遭わないことは確定してるから無事だけは祈っとくよ…アーメン。

 

「それでは詳細はこのパンフレットに。ノルンさんの寮はこの『栗東寮』なので、間違えないようにお願いしますね」

 

そう言い残してたづなさんは帰って行った。さて、捕まるまでに何時間…いや、下手したら数十分で捕まりそうだな。

 

まぁ、アステルのことは捨ておいて……まだ時間が余ってるけど学園内は大体案内してもらったし、一度寮の方に行って寮長に挨拶だけでもするか。

 

「おい、そこの芦毛のやつ」

 

不意に呼ばれたせいで耳と尻尾がピンと立ってしまった。さっきからジロジロ見られてたせいで敏感になっていたからか、普段よりも余計に驚いた。

 

あぁ…どうしようどうしよう。今冷静に考えればここにいるのってウマ娘達ばっかりだもんね。くっ…今すぐシャッターを切りたくて人差し指が疼いてる。

 

一種の発作に近い指の震えを抑えるために、まずは大きく深呼吸して緊張をほぐす。よし!これで準備万端!

 

「大丈夫か?あー…えっと…レイゴウノルンだったか?」

 

あーダメだこりゃ。こんなイケメンウマ娘が目の前にいるなんて耐えられるわけないでしょ…。美しい黒い髪、獲物を狙うような鋭い目、こんなに似合うのはナリタブライアンだからだろうなぁ。一瞬見ただけでは普通のイケメンと見間違えそうになったわ。

 

「あっはいぃ…私がレイゴウノルンでしゅ…」

 

「ほんとに大丈夫なのか…?まぁいい、生徒会長様が呼んでたから生徒会室に来てくれとのことだ。……場所は分かるか?」

 

「えっと…このパンフレット見れば多分行けると思います。お手数をお掛けしました」

 

「あ〜、いや待て…やっぱり私が案内する。急いでる訳でもないし、迷子になられたら困るからな」

 

無愛想な言い方だが……もしかしてこれって私を心配してくれてるのかな?ま、まさかのギャップですか!?ちょっとデジたんに即座に共有したい萌えなんですけど!

 

「ほら、ついてこい」って言ってるけど…ほんとに案内されていいのだろうか?ブライアンさんだって生徒会としての仕事があるわけだし、私だけに時間を割いてもらうのは少し気が引けてしまうな。

 

「あの〜やっぱり私は1人で…」

 

「気にするな。仕事の一環でエアグルーヴからも頼まれてる事だし、私も……いや、なんでもない忘れてくれ」

 

スタスタと先頭を歩いていくブライアンさん…なんかさっきより雰囲気柔らかくなってないかな?仕草や動作は変わってないけど、なんだか嬉しそうだ。

 

パンフレット見ながらだとそれなりに時間がかかってしまいそうだし……ここはお言葉に甘えて案内してもらおうかな。

 

そうして、ブライアンさんの後ろをついて行くこと数分程で生徒会室に着いた。生徒会の人なのかは分からないが、ブライアンさんはノック無しで扉を開いた。

 

「おい、連れてきてやったぞ」

 

「ん?ああ、連れてきてくれたのか。忙しい時に頼みを聞いてもらってすまないな、ブライアン」

 

「それはそうと、入る時くらいノックの一つくらいしたらどうなんだ!」

 

「うるさい。連れてきてやったんだからそれで十分だろ」

 

生徒会室に入ると、そこには前に見たウマ娘が二人いた。シンボリルドルフとエアグルーヴ…現トレセン学園を支える生徒会長と副会長だ。

 

ただなんというか…いつもテレビ越しで見ていた彼女たちとは随分と印象が違うな。ブツブツと小言で怒るエアグルーヴさんと知らぬ顔で受け流すブライアンさん、その様子を見ながら微笑んでるルドルフさん。

 

こうしてみればただの仲良し3人組にも見えなくもないな。しかしながら、ここにカメラを持ってきていないのが悔やまれるッ!何故カメラを置いてきてしまったんだ!過去の私ぃ!

 

「用は済んだからな。私は戻るぞ」

 

「おい、待て!まだ話の途中だぞ!」

 

「まぁまぁ、落ち着こうじゃないかエアグルーヴ。その話をするとしても後にしないか?彼女を待たせてしまってるし」

 

「す、すみません。つい熱くなってしまい…」

 

「ブライアンもブライアンで少し対応が悪い。その性格を否定する訳じゃないが、もう少し柔らかくなった方がいいぞ」

 

「まぁ、覚えておくよ」

 

ブライアンさんはそのまま振り返ることなくドアを開けて外へ出ていった。ギスギスしてるように見えるが、これが普通なのかルドルフさん達の切り替えは早かった。

 

「すまない。呼び出しておいて待たせてしまったな」

 

「あっ、いえ。眺めてるだけでもがんぷ…(ゲフンゲフン)こちらは気にしてないので、それで用件とは?」

 

「ま、まぁ立ち話もなんだし座らないか?我々も少し休憩しようか、エアグルーヴ」

 

ルドルフさんに言われて対面になるようにソファーへ座る。あっ、すっごいモフモフだ。この素材いいなぁ…寝る時に使えれば快眠できそうなんだけど。

 

はっ!ダメだダメだ…今はそんなことを考えてる場合じゃない。そもそも私を呼ぶほどの用件とは一体なんだろうか?出来ればただの話で終わって欲しい……本音を言うと、初日から目立ってるんだからこれ以上悪目立ちしたくない!

 

「さて、晴れてトレセンに入学した訳だが…それでどうかな?トレセンに来た感想は?」

 

__

_

 

そして、今に戻る。私が座っているソファーの対面にルドルフさんとエアグルーヴさんが座って、話をしている。

 

私は現在、入学初日にできてしまった悩み事を相談しながらも、目の前の光景を脳のハードディスク内に永久保存することを忘れない。

 

「アステルリーチを下したのなら当然の結果では?」

 

「エアグルーヴはあまり気にかけてなかったと思うが、あの件については私と理事長の指示で誰も口外しなかったはずだぞ?一体どこから……」

 

「あっ、それってアステル本人が流したみたいですよ?」

 

「ほぅ?」

 

あっ、やっべ…エアグルーヴさんの耳がなんかすっごい反応してるんですけど。悪いなアステル…もう一人追加で送ったけど既に2人いるんだし、あんまり変わんないよね?

 

ルドルフさんもエアグルーヴさんに気づいたみたいだけど、知らんふりを決め込んでいる。流石の生徒会長も頭が上がらない存在か。とりあえず、これ以上掘り下げられないように話題を変えないと…。

 

「えっと、それで私が呼ばれた用件って…」

 

「あ、ああ!実は折り入って君に伝えたいことがある。実は君と相性の良さそうなトレーナーを見繕ってね。明日にでも見に行ければと」

 

「そうですか……でも、トレーナーがつくのはお披露目レースでスカウトされてからじゃないんですか?」

 

「そこは心配しなくてもいい。おハナさんが直々に紹介してるみたいだから、相手のトレーナーにも話は通ってるよ。欲を言えば“リギル”に来て欲しかったが、『あの子の才能は私じゃ引き出せない』と言われれば諦めるしかないよ」

 

あれぇ?なんでこんなに高待遇なんですか?ルドルフさんは少なくとも本気で残念がっているようだし……いや、なんでエアグルーヴさんも同意するように頷いてるんですか?

 

確かに現役GIウマ娘に勝ったことは事実だけど、一戦だけですよ?アステルってそんなに有名なウマ娘だったのか?テレビ見てないからあんましわかってないけど。

 

「まぁ、会長が仰られた通りだ。少々癖のある所にはなるが、君ならば上手くやって行けるだろう」

 

「わざわざ私のためにありがとうございます。東条トレーナーにもまた改めてご挨拶に伺うと伝えておいてください」

 

ほんと頭が上がらない。こんな一個人のためにこんなに良くしてくれるなんて……。この人達の期待に応えられるように頑張らないと行けないな、これは。

 

そんなことを思っていると、不意にエアグルーヴさんのウマホが揺れた。画面を開いて中身を確認すると、呆れたように肩を落とした。

 

「会長、たづなさんからアステルリーチの捕獲連絡が来ました」

 

「そうか、恐らくさっきの件だろう。レイゴウノルン、すまないが今から少し忙しくなりそうだが、寮までは一人で行けるかい?」

 

「も、問題ないです!それくらいは会長が心配されるほどのことでは無いので!」

 

「そうか、それなら良かった。また暇な時はここに来るといい、少し君とは個人的に話したいことがいくつもあるからね」

 

「ウッ…は、はい!また時間が空いたら来ます!」

 

“個人的”な部分で一瞬心臓が止まりかけたけど何とかとどまった。倒れる前に退散しよう……このままだとぶっ倒れる自信しかない。後でアステルがグチグチ言ってきそうだが、あいつが原因だからスルーしておこう。

 

こうして、慌ただしいトレセンの第1日が終わった。一日でこんなにも濃密なのにこれが今から3年間続くのか……私の身、持つかな?

 

何はともあれ、こうして無事に入学できたわけだし、これからはレースの事を考えないと。まっ、そこはトレーナーさんと要相談ってことで今は学園を楽しまないとな。……無論、我が個人的趣味の楽しみだか?

 




読んでいただきありがとうございます!

え〜、言い訳は致しません。ゼル伝にどハマりしてました…(ほんとにそれだけか?)…ウマ娘イベ回したり、検定勉強したり、シンウルトラマン見に行ったり、コードギアス見直したり、推し活にハマったりしてました。

まじですんません…。

これは不定期投稿になるので、こういうことが度々怒ると思うんですけど、許して?

次はできるだけ早くします…………多分

追記:タイトルの最後にある『…』はノルンの気持ちだと思って、皆さんが意味を読み取ってください

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何かと縁づくし

現在の時間帯は空高く太陽が登る昼時。トレセンで行われている授業カリキュラムは午前中までしかない。後に残った消灯までの時間は、トレーニングやらミーティングやらに費やしているウマ娘がほとんどだろう。

 

トレーナーがいないウマ娘には関しては、そういう子達を集めた教官っぽい人が何人かをまとめて指導してあげてるらしい。

 

もちろん、まだ入学したての私もそこに行ってトレーニングするべきなのだろうが、何だかリギルの東条トレーナーが私に見合ったトレーナーを紹介してくれたのだ。

 

「どうだ?ゴルシちゃん特製の焼きそばは?うめぇだろ!」

 

「すっごい美味しいです。見た目は普通だけど、なにか隠し味とか入れてるんですか?」

 

「それは企業秘密だぜ!」

 

グッとサムズアップをしながら答える芦毛のウマ娘『ゴールドシップ』、略して『ゴルシちゃん』(本人がそう呼べと言っていた)と一緒に私は学園内を回っていた。なぜ彼女と一緒に歩いているのかと言うと…

 

1:件のトレーナーのルームに行ったが誰もおらず、仕方ないのでレース場やらトレーニングを行ってそうな場所を重点的に見て回ることに決めた。

 

2:まだ不慣れだったので昨日のパンフレットを片手に歩いていると、何故か私に『なぁ、焼きそば食わねぇか?』とゴルシちゃんが声をかけてきた。

 

3:『実はよ、私もトレピッピ探しててな!私も一緒にいいか!』ということで、焼きそばを手渡されて一緒に行動するようになった。←now

 

このゴールドシップもといゴルシちゃんは、えらくマイペースだった。(多分)知り合いであろうウマ娘達に片っ端から熱心に焼きそばを配る時もあれば、隣で静かにルービックキューブで遊んだりと、かなりの自由っぷりを発揮していた。

 

そのおかげで私はあまり目立ってないので周りを観察し放題である。どこもかしこもウマ娘だらけ、まさに至福の時間だ。焼きそばを食べてる振りをしてれば視線に気づかれることもないので堂々と歩ける。

 

それにしても焼きそばはめちゃくちゃ美味いな……。時には私も料理をすることもあるけど、さすがにこの味を再現するのは簡単じゃなさそうだ。絶妙なソース加減で味が整えられてる。

 

隣で真面目にルービックキューブを嗜むゴルシちゃん、その顔は非常に絵になっていた。今、私の懐には昨日のことを教訓としてデジカメが入っているが、不思議とゴルシちゃんのことを撮ろうとは思えなかった。

 

特に理由はない。あくまで私の気分的な問題なんだが、どうにもしっくり来ないのがすごくムズムズする。昨日までの私なら嬉々として撮影交渉を即座にしていただろう。

 

「ん?あたしの顔に何かついてんのか?」

 

「いえいえ、ちょっとだけ深く考えてただけですよ。例えば…」

 

「ヤモリの美味しい焼き方とか、スイーツの嘘情報でも考えてんのか?」

 

「……なんで思いついたのがその二択なんですか?」

 

「前者は私が興味のあること、後者は私がイタズラに使うためだぜ!」

 

「私関係なくない!?」

 

とまぁ、ほんとに言動も行動も読めない。別にゴルシちゃんが嫌いって訳では無いが、ちょっと話すだけでものすごく疲れる。このノリについてける人いないんじゃないの?

 

その後も他愛ないやり取りをしながらレース場へと来てみたものの…、複数名のトレーナーがトレーニング中のウマ娘達に指示したり、タイムを測ってたりしているが、その中にお目当てのトレーナーはいなかった。

 

「どうだ?お目当てのトレーナーはいたか?」

 

「いないみたいです。そっちはどうでしたか?」

 

「いや〜、影も形もなかったぜ。そんじゃ、次行こうぜ!」

 

切り替えの速さが尋常ではないが、もうゴルシちゃんのペースになれてしまった私は「そうですね。次はジムの方に行きましょうか」と言えてしまうほど淡々としていた。

 

そこからジム、プール、ダンスルームにまで足を運んだが、全て空振りに終わった。念の為、カフェテリアや人が多そうな場所を見て回ったりはしたが、結局日が傾き始める時間になっても見つけることが出来ないでいた。

 

「いねぇな…トレピッピ」

 

「もしかしたら既にルームに戻ってるかも…。確かめに行きますか」

 

「おっ!じゃあ、私も付き合うぜ!」

 

「でも、トレーナーに用事があるんじゃ?」

 

「いいんだよ!明日でもいい用事だしさ、ここまで来たらそいつの顔見てみたいじゃん?」

 

というわけで、ゴルシちゃんを連れて校舎内に戻った。一日中歩いていれば大体の道のりは覚えられる。迷うことなく私がたどり着いたのはチーム“スピカ”のルームだった。

 

「ここですね」とルームに入る前にゴルシちゃんの方をチラッと見てみると、彼女はどこか気の抜けたような顔をしていた。しかし、すぐに納得が言ったかのように手を叩くと、笑顔で肩を叩いてきた。

 

「なんだよ!お前も私と同じかよ!」

 

「えっ?同じって……何が?」

 

「トレピッピのことだよ!お前が探してたのが私んとこのトレピッピだったって訳だ!」

 

「えっ、はぁ!?」

 

アハハ!と笑うゴルシちゃん。じゃあなんだ?今の今まで二人とも同じトレーナーを探してたってこと?なんだよ…そうならそうとゴルシちゃんにどんなトレーナーか聞けばよかったじゃん…。

 

ここまで来たら直接確かめるしかないかぁ…。まぁ、あの東条トレーナーが推薦してくれる人だし腕は確かだろうな。とりあえず、さっさと部屋に入って……

 

「ヘイ!トレピッピ!元気かい!?」

 

「ちょっ!?ゴルシちゃん!?せめて入る時はノックくらい……」

 

ゴルシちゃんがドアを開けた瞬間、ドヨンとした雰囲気の室内に私は言葉を途切れさせてしまった。

 

身長180センチ程、癖毛を後ろで一つ結びに束ねており、左側頭部を刈り上げた特徴的な髪型をしている男性がルームに設置してある机に突っ伏していた。

 

「あぁ…またか…」とゴルシちゃんは面倒くさそうにしながらも頭をかきながら近づいていく。

 

「どうした……って聞くまでもないか。また切られたのか?」

 

「『あなたのやり方じゃあ強くなれない』ってさ」

 

「いつも通りの定型文じゃねぇか」

 

私は完全に蚊帳の外だった。何を言っているのか分からないけど、あの二人の間では会話が成立してるらしい。それもいい事ではなく悪い方向で。

 

会話から推測すればある程度予想はできるが、担当していたウマ娘に契約を打ち切られたってところかな?『また』ってところを聞くに、1度や2度では無さそう。

 

「まっ、すぎたことは忘れようぜ。ちょうど今トレピッピ目当てで来てるやつもいるんだしさ?」

 

「俺目当て?ああ!そういえば珍しく見てほしいっておハナさんが言ってたウマ娘か。えっと…それがあの子?」

 

「知らねぇけど、多分そうなんじゃねぇの?探してたんだし」

 

「お前なぁ…」

 

おっ、やっと話がこっちにも回ってきた。ゴルシちゃんが上手いこと話題転換してくれたな。おかげで少しだけだがどんよりした雰囲気が柔らかくなった気がする。

 

あれがスピカのトレーナー……見た目的にはただの無精髭をちらほら生やした人にしか見えないが、トレーナーとしての腕は確かなのだろう。

 

「初めましてトレーナーさん。東条トレーナーに紹介してもらいましたレイゴウノルンと言います」

 

「話は聞いてるぞ。なんでも期待の新人なんだってな?俺は沖野だ、よろしく」

 

こう話してみると普通に気さくな人だと思う。少なくともゴルシちゃんのような奇抜さは目に見えるという訳では無さそうだ。じゃあなんで契約を切られるのか……もっと別のところから切り込んでみるか…。

 

「東条トレーナーに紹介されたはいいんですけど、トレーナーさんのことは何も知らされなかったんです。なのでちょっと質問してもいいですか?」

 

「いいぞ。出来れば答えられる範囲で頼む」

 

「では、トレーナーさんの育成方針ってどんな感じなんですか?」

 

まず知るべきところはそこだろう。最終的にどんなレースを走るかはウマ娘本人の意思によるが、育成方針に関してはトレーナーのやり方になるのは間違いない。

 

そのウマ娘にあったトレーニングを立案するのがトレーナーの役目であり、トレーニングで培った経験を活かしてレースを制するのがウマ娘の役目だ。

 

相互の相性がバッチリあってる関係こそ、勝利に必要なものだと私は思ってる。

 

「育成方針って言われても、『自由にやればいい』って感じだな。もちろん相談事には乗ってやることは出来るが…」

 

「自由…?」

 

「まぁ、こんなトレーナーだ。慣れれば案外楽だぜ?」

 

なんだか『こちらへようこそ』と言わんばかりに肩をぽんぽんと叩くゴルシちゃん。変わり者ではありそうだが、悪いトレーナーではなさそうだな。

 

自分的にはもっとこう『効率的に勝ちに行く』とか『レースで勝つやり方を教える』とかっていう風な感じかと思ったけど、ここはかなりフランクそうだ。

 

「『随分と緩いな』とか思ってそうだけど、少し放ったらかしにしすぎたせいでやめてる奴がいるからな?おめぇもそこんとこ頭に入れとけよ?」

 

「そういえば、契約を何度も切られてるんでしたね」

 

なるほど…自由ではあるけど、そういうデメリットがあるのか…。少し考えれば分かるけど完全にトレーナーさんの責任だよね?ガックシと肩を落としてるようだし、自覚はあるようだ。

 

でも、ここまで話を聞いたなら物は試しだ。東条トレーナーも認めてるみたいだし、何より『自由』って感じが気に入った。他をいちいち見て回るよりかはマシだろうな。

 

「それでも私はこの人でいいかなぁ…って思いますね」

 

「ほ、本当か!」

 

「おめぇも変わりもんだなぁ…」

 

「それ言ったらゴルシちゃんだって変わり者だよね?」

 

不安が残らない訳では無いが、ひとまずこのスピカの一員として頑張ることにしよう。性にあわないければ丁重に断ってしまえばいいはずだ。そこを見越して東条トレーナーもだいぶ手を回してるようだし?

 

とりあえず、目標をめざしてこの人たちと頑張っていこうか。

 

「あれ?そういえば、他のチームメンバーは?」

 

「おん?そんなもん、さっきやめたやつを抜けば私とおめぇの2人に決まってんだろ?何言ってんだ?」

 

「へ?」

 

……初めの第1歩、踏み外しちゃったかなぁ?

 

________________________

 

「すっかり遅くなったな。早く帰らないと…今日はあれこれしなきゃ行けない計画立ててたのに、トレーナーさん探すのに手間取ったせいでだいぶ予定が狂っちゃったわけだし」

 

あの後、『詳しい話はまた明日ここでな?』ということで解散となってしまったため、私は今日の予定を調整しながら寮に帰っていた。

 

こうも速攻でトレーナーさんを見つけられたのは幸運だ。自作トレーニングメニューを修正してもらう他にもやって欲しいことはまだまだある。

 

とはいえ、チーム人数が2人だけって言うのはどうかと思う。ゴルシちゃん以外の全員に突っぱねられるとかどういう育成してるんだろうか?……やはり奇抜なのか?

 

やっぱり分かんないことをうだうだと考えてても意味は無いな。よし、この話は終わりにしよう。どうせもう私は流れに身を任せるターンになってるわけだから、あとはあのトレーナーを見極めればいいだけだ。

 

「シャワー……の前にまずは夕食だな。今日は走ったわけでもないから後回しにしてもいいかな」

 

ドアノブを回して扉を押す。中では電気が点いており、その瞬間私はひとつ重要なことを思い出した。

 

(そういえば、今日から相部屋だったな。昨日いなかったから違和感あるって言うかなんというか…)

 

家の事情で入学式後に1度戻って、今日入寮する予定だったとか?寮長のフジ先輩が教えてくれたのはそれだけだが……『くれぐれも仲良くね?ポニーちゃん』と優しく頭をポンポンされた時は軽く逝きかけました、はい…。

 

というわけで、1日遅れで相部屋の子が来たみたいだが机に向かって何やら一生懸命読んでるらしいな。邪魔したくないけど、やっぱり無視は第一印象的に良くない。

 

横に流れないように軽く結ってまとめている栗毛、身長はまぁ私より2、3センチ高いくらいかな?それにしてもちょっと懐かしい感じのする背中だ。

 

「こ、こんにちは」

 

「あら?これはこれは、部屋に帰ってきてらっしゃったのに気づかないなんてお恥ずかし限りです。あなたが同じ部屋の方かしら?」

 

「そうですよ、“レイゴウノルン”って言います。これからはどうぞよろしくね」

 

「あらあらまぁまぁ!あなたがレイゴウノルンなのね!?()()()()()()()!」

 

「へ…?」

 

ちょっと頭が混乱しているうちにガシッと両腕を包み込むように握られた。えっ、はっや……ちょ、腕をブンブン振らないで!?あと顔が近い!めっちゃ至近距離すぎる!

 

「これも運命なのかしら!私たちって随分縁があるようですね!」

 

「えっ?はっ?ちょ、ちょっと何を言ってるか…」

 

「ああ!私としたことが名前を言っていませんでしたね!“ミルキークラウン”です!覚えてらっしゃいますか?」

 

「ミルキー………えっ!?」

 

前世のあの時代を共に駆け抜けた旧友であり、唯一『短距離ならレイゴウノルンにも勝る』と言われた馬。“ミルキークラウン”とはどうやら深い縁があるようだ。

 

 




読んでいただきありがとうございます!

内容構成的な部分で手間取っているので、投稿間隔が空いてるのに関してはごめんなさい。ゴルシちゃんのキャラムズいんです、すいません。

というわけで、キャラの雰囲気とか口調とかを完璧に表現できているかすごく不安ですがこれからも頑張っていくので応援よろしくお願いします。

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普通にしててもトラブルが増えてく件

あれから1週間程経った。慣れというもの早いもので、実家で暮らしていた時と同じくらいの雰囲気で過ごせるようにはなった。

 

あの一日が終わった次の日には、トレーナー室で今後の育成に関してのトレーニングメニューの話し合いなどをして、実際に3日ほど前から毎日一日ごとに別メニューに組みかえながらトレーニングをしている。

 

しかし、あの時約12年分のトレーニングノートを見せた時はトレーナーさん若干引いてたな。そこまで量多くなかったと思うんだけど…せいぜいダンボール一箱分だし。

 

中身もノート中にびっしり文字をつけ詰めた奴じゃなくて、色の着いたイラストとかグラフとか付けて読みやすくしたつもりなんだけどなぁ。次の日に目にくまを作ってきた時はちょっと驚いたよ。

 

(もしやトレーナーさんって、読みやすさよりも中身を気にする人だったりするのかな?)

 

悶々とした悩みを()2()0()0()0()m()を走りながら考える。周りから見れば完全に危険行為だが、今の私が行っているトレーニングはちょっと特殊で考える余裕があるのだ。

 

(まぁ、そんな冗談はさておき……タイムは良好、残り3ハロンは少し飛ばさないと)

 

グッと力を足に込めて踏み出す。ラストスパートをかけてスピード上げると、瞬く間にゴールとの差はぐんぐんと縮まり、6()()()の2000mを駆け抜けていた。

 

「よし、適正タイムクリア」

 

「お〜い!今日はここまでだ!あとはクールダウンしてあがれ!」

 

「はーい!」

 

個人的にはもうちょっと走れるけど、この後のこともあるし今は大人しくクールダウンするか。……別に休まなかったら怒られるのが嫌だからっていう訳じゃないよ?いや、ホントにホントに…。

 

___________________

 

「それじゃあエアグルーヴ、後はよろしく」

 

「はい!あのたわけが無理するようなら縛り付けてでも止めてやります」

 

「くれぐれも丁寧にな!俺の大事なウマ娘だし……って行っちゃったか」

 

沖野はターフに向かって走り去るエアグルーヴに伝えようとしたが、彼女はもう目では見えないほどの距離まで走りきっていた。

 

ちなみにあいつというのは、最近話題(リギル、スピカ内限定)の芦毛ウマ娘のことだ。3日前に沖野が指示を出して休ませたはずが、勝手にトレーニングを続ける問題児のことだ。

 

今の所リギルに所属しているエアグルーヴが監視をしているが、いつどこで無茶をしているか考えただけでも沖野の頭が痛くなる。

 

「それで?話って何?どうせあの子関連でしょうけど」

 

ウマ娘達にあまり聞かれないよう離れた場所でおハナさんが話を始めた。昨日の夜に話の場を設けるように頼んだ沖野は若干げんなりしながらも4冊のノートを差し出す。

 

「ああ、まずはこれを見てくれ」

 

「随分と練られたメニューが書いてあるノートだな。………待って、これってもしかして?」

 

「ご想像の通りだよ、おハナさん。あのノルンが考えたノートさ」

 

ここ数日、沖野が()()()()()()()()()()()()()()()()()()に必ずと言っていいほど登場するノートだ。しかも、毎回内容が違う。

 

「こっちは適正距離に合わせたメニュー、これは脚質を伸ばすメニュー、さらに芝とダート用まで!?」

 

「ちなみに、これ以外にも8冊ほどまだ残ってる。しかもメニューに関しての内容しか書かれてない」

 

ページをめくりながらノートに書かれた内容を読み続けるおハナさん。その顔には驚きの表情が浮かんでいた。

 

沖野もそのノートの中身を初めて見た瞬間軽く絶句した。書かれてる内容のレベルはトレセンのトレーナーとほぼ同等…もしくはそれを超えていた。

 

「この内容を見るに、元としてるのは整体関連の分野か?それもかなり深いところまで手が届いてる」

 

「……あの子にトレーナーって必要なのか?飾りだけであればそれで……」

 

「確かに単独でトレーニングを積んでもかなりの好成績を収めそうね。でも、あの子はトレーナーをそんな風に見るような娘じゃない」

 

おハナさんは手に持っていたノートを沖野に突き返す。一度面識があり、詳細情報を知りえているからこそ下せる決断だった。それに彼女の言葉は沖野に対して少し怒りも含めている。

 

「あの子はあなたを認めて契約を結んだ。それとも私があなたを推薦したのが間違っていたか?」

 

「そんなことは…」

 

「なら、あの子を最後まで導くのがあなたの責任。悔しいならそれを材料にして新たなトレーニングを提案すればいい。あなたもトレーナーならそのくらいの気合いは見せなさい」

 

「ッ……」

 

背中を向けて去っていく彼女に沖野は何も言えなかった。だって()()()()()()()()()()()からだ。

 

今までの数日のやり取りで、レイゴウノルンはいつだって相手の言葉に耳を傾け、なおかつ尊重するような娘だ。度々オーバーワーク気味になるが、沖野の意見を批判することはなかった。

 

(勝手に勘違いして、何やってんだ…)

 

夢を追いかけて必死に努力するのがウマ娘、それを支えるのがトレーナーの仕事だ。そうやって互いに信頼し合い、人馬一体を体現した者達こそが本当の栄冠を手にするのだ。

 

「最初っから足引っ張ってちゃトレーナー失格だな。俺ももっと強くならないと!」

 

両頬をバチン!と叩いて自分に喝を入れる沖野。ひとつのノートを手にして、迷いの無い瞳でトレーナー室へと走っていくのだった。

 

___________________

 

「んっ、しょっと…」

 

座りながら体を前に倒してゆっくりとトレーニング後の体を解していく。関節のやわらかさは怪我防止に繋がりやすいので、小さい頃からこれに関しては丁寧にしている。

 

一通り伸ばし終わって立ち上がると、目の前を通り過ぎるウマ娘達。うむ…実に素晴らしい。ひたむきに頑張るあの姿、そそられますな。

 

私も出来れば後ろの方について眺めたいのは山々だが、後方から近づいてくる気配があるから今日は無理だね。この感じだと…今日はエアグルーヴさんかな?

 

「クールダウンは済んだのか?レイゴウノルン」

 

「十分しましたよ。今ならもうちょっと…」

 

「『走れる』などと口にするなよ?もう一度怒られたいのなら別だが」

 

「いえ、結構です。そういえばこの後予定がありました」

 

怖い怖い……あんな2度も受けたくない説教を進んでするわけが無い。クルクルと手のひら返しするに決まってるだろ。

 

怒られた後のブライアンさんの『…今日はまだマシだったか』って小言で肝が冷えたのは、今まで1番インパクトが残ってるかもしれない。

 

「この後の予定?トレーナーとのミーティングなら済ませたと聞いていたが?」

 

「いえそっちじゃなくて、もうこのシューズが古くなってたので買い替えるんですよ」

 

「なるほど…確かにかなり使い込んでるな」

 

私の足元を見て納得したエアグルーヴさん。もう数年使ってるから、このシューズも目に見えるほど傷んでる。そろそろ買い替えの時期だとは思っていた。

 

「なら、早めに行くといい。ここからだと最寄りの店でも距離があるからな」

 

「そうなんですか!?それなら急がないと!」

 

「何もそんなに慌てなくても…」

 

「必需品とかも補充するつもりだったんです!もう少しのんびりできるかと思ってたんですけど、それなら早めに行かないと時間が足りない!」

 

「あ、あぁ…そういう事か。まぁ、門限に遅れないよう気をつけてな」

 

「はい!失礼します!」

 

私は爆速で寮に戻った。その走り去るスピードを見て、エアグルーヴは呆気に取られていたとターフを走っていたウマ娘達は口を揃えてそう答えた。

 

_________________

 

「これとこれと……うん、全部揃ってる」

 

街中を走り回って必要なものを買い揃えた私の両腕には、荷物の入った袋がぶら下がっていた。シューズと蹄鉄に加えてケア商品1式+歯磨き粉、シャンプー等の日用品+USBメモリやバッテリーなどの趣味用もバッチリ買い揃えてきた。

 

「たっだいまで〜す」

 

「あら?おかえりなさい。これはまた随分と大荷物ですね?」

 

「シューズとか日用品をね。この際新しく買い揃えちゃおうと…」

 

「なるほど、そうだったのですね」

 

おっとりした、どこかお母さんと似たような雰囲気で語りかけてくるミルキークラウン。相部屋になってからというもの何かと彼女から話しかけてくる。

 

最近まであまり気にしてなかったが、思い出してみると前世の彼女はもっと大人しい雰囲気だったはずだ。今のような口数が多いタイプではなかったのは覚えてる。

 

でも、人は変わるものだってよく言われてるし、転生の影響で少し性格が変わったんだろう。うん、そうに違いない。

 

それはそうとお腹がすいた。夕飯にはまだ少し早いけどミルキーも誘ってみよう。

 

「今から夕飯に行くけど一緒にどう?」

 

「いい提案ですね!一緒に行きましょう!支度をするので少しお待ち頂けますか?」

 

「うん、ゆっくりでいいからね」

 

洗面所に入っていった彼女を横目に空いた時間をどう過ごそうか迷ってると、不意にミルキーの机の上にある本に目がいった。

 

「そういや時間があればいつも本読んでるよな。何見てんだろ…」

 

ほんのちょっとした好奇心だった。やっぱり同室なだけあって毎日熱心には読んでいれば多少なりとも気になる。ただ、それがパンドラの箱だとは思わなかった。

 

「ふぇ……?」

 

ピラッとカバーされた表紙をめくってみれば、そこにはかわいい女の子の絵があった。というかなんだろう……ちょっとあれっぽい感じの雰囲気出てる小説だね?

 

そこから数ページペラペラと巡ってみれば、大体の内容が入ってきて若干頭の中がショートする。えっと、これはあれですね……オタクならば一言は聞いたことがあろうあの白い花の名前の展開ですね。

 

でも、過激ではないかな。まだギリ健全……いやまぁそっち側の時点で健全も何も無いんだけどさ?このライトな内容ならまだ引き返せるレベルだ。

 

こういう秘密が一つや二つあってもおかしくはないけど、これは下手すれば私が巻き込まれるやつだ。余計なことはせんでおこう……私は何も見てない。同室の娘がそういう感情を私に持ってるわけないよね。うん、大丈夫大丈夫…一時期のブームみたいなもんさ。

 

ガシッ!

 

「ヒィッ!」

 

そっと本を元の場所に戻そうとしたら、背後にいつもと変わらない笑みを浮かべてるミルキーが立っていた。あまりの驚きにしっぽと耳がピンと立っちゃうのは仕方ないと思う。

 

「み、みみみミルキーさん!?これはその…ちょっとした出来心で!勝手に見てしまったのはごめんなさい!」

 

「あら?別にいいんですのよ?それは前の学校にいた子に教えてもらったものですから」

 

きょんとした様子で答えてくれるミルキー。な、なるほど…前の学校にいた友達に教えてもらったのか。……いや、小学生でこれを勧めるのはかなりの曲者だぞ。

 

まぁ、何はともあれミルキーはそっち側ではなかったな。いらない杞憂だったか。

 

「もしや、ノルンさんもご興味があるんですか?良ければお貸し致しますけど…」

 

「い、いや。ちょっとどんなの見てるのかなって思っただけだから、今回は遠慮させてもらうよ」

 

「そうですか…。まぁ気が向いたら私になんでも聞いてくださいね?」

 

「き、気が向いたらね」

 

個人的に同性愛系はちょっとまだ早いかなぁ。別に嫌いってわけじゃないけど、中身を読んでると気恥ずかしいと言うかなんと言うか……そういうものが湧き上がってくるからあんまり読まないようにしてるんだよねぇ。

 

ウマ娘は好きだけどもLoveじゃなくてLikeだから。そういう感情を持って見ようとするとどうもムズムズする。

 

とりあえず、不安要素が一つ消えただけでも良かった。同室の子があっち側だったら毎晩恐怖に身を寄せながら眠ることになってたかもしれないからな。

 

「それじゃあ行こっか」

 

「えぇ、そうですね…ふふふっ」

 

「ッ…?」

 

一瞬背中がゾワッとしたけど……今のは?春になって暖かくなってきたとはいえ、まだ寒いのかな?っと、そんな事より夕食だな。今日は体を動かしたし多めに食べよう。

 

_____________________

 

「まさかこの時間にやるとは誰も思うまい!」

 

ジャージに着替えた私は意気揚々と夜のターフへと向かっていた。理由は簡単、今日買ったシューズと蹄鉄を試したかったに過ぎない。

 

この時間帯ならばトレーナーもあのエアグルーヴさんも気づくことは無い。門限までどれだけ走ろうが私の自由なのだ!

 

「さ〜て、早速試していこうかな………ん?」

 

電気の付いたターフにまで来ると誰かが走る音が耳に届く。この時間帯まで使用しているウマ娘はほぼいない。私もちょっと耳に挟む程度だったが、夜に走っている子の話など聞いた事が無い。

 

だからこそ気になった。こんな時間にまで残ってトレーニングをしているウマ娘が誰なのか……気になるのは当然だ。

 

オタク活動で培った隠密スキルを使って光が当たる場所を避けながら覗いてみると、意外なウマ娘が走っていた。

 

「あれは……ルドルフさん?」

 

見間違えるはずがない。あの整った綺麗なフォーム、ターフを走るスピードは完全に一致していた。

 

見入ってしまう。かの皇帝と称されたシンボリルドルフのトレーニング……これに興味を示さないのは1人のウマ娘としても、ウマ娘オタクとしても失格だ。

 

長居するとバレそうだけど、もうちょっと見ていこうかな……。こんな機会何度もある訳じゃ……「誰だ?」

 

キッとこっちに視線を向けるルドルフさん。これは完全にバレてますね…。長引いて余計な面倒事を生む前に出るのが最善だろう。

 

「君は…」

 

「えっと、こんばんは…ルドルフさん」

 

ぎこちない雰囲気が漂ってしまった。ルドルフさんも私を知ってるからこの反応なのだ。別の子なら優しく注意くらいはすると思う。それをすぐしないところを見るに、対応を考えているのだろう。

 

「はぁ…。ここ最近エアグルーヴから聞いていたが、君は随分とトレーニングに熱心なようだね。それで?ここに来たのはただトレーニングをするためだけかい?」

 

「えっと、新しいシューズにしたので試してみようと思って…」

 

「ふむ、なるほど」

 

考えるよう顎に手を当てるルドルフさん。何故か頭の上の耳がピコピコと動いている。あれ?確か耳って嬉しい時に動くもんだったよね?

 

「黙ってトレーニングしようとしていたことをエアグルーヴに報告しなくてはならないが……」

 

「ほんとにすみませんまじでそれだけはご勘弁を自分に出来ることなら何でもするんでそれだけはやめてくださいお願いします」

 

「……よくそこまでスラスラと喋れるな君は」

 

必死ですよそりゃ、だって怒られたくないもん。あの説教を受けるくらいなら相手のお願いを聞いた方がまだ何百倍もマシだ。

 

その様子を見て小さく笑うルドルフさんは、ピッと人差し指を立てる。

 

「私だって鬼じゃない。その代わりに一つだけわがままを聞いてくれるかい?」

 

「なんですか!?私に出来ることなら何でもやりますよ!」

 

「“何でも”か……では、遠慮する必要は無いな。レイゴウノルン、今から私と()()()()をしてくれ」

 

「へ?」

 

ルドルフさんのお願いに、私は正常な思考処理を行うのに数分を要するのだった。




読んでいただきありがとうございます!

今回短くまとめるはずがいつもより長くなっちゃいましたね…。次回は今回の続きでお届けいたしますので、お楽しみに

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皇帝の意志、好転す

「あ、あの…ルドルフ会長?真剣勝負って…」

 

「文字通りの意味だ。君は今から私と全力でレースに付き合ってもらう」

 

ルドルフさんから放たれた『真剣勝負』を信じきれずに再度聞き直したが……疑って悪かった私のウマ耳、君はとても優秀な耳だよ。ルドルフさんが私とレースがしたいなんて夢にも思わなかったから疑ってしまった。

 

しかし何故私なんだ?入学したての私とレースがしたいだなんてトレセンの生徒会長が言うセリフじゃないぞ。

 

それこそ彼女にはもっとふさわしい相手がいるはずだ。ブライアンさんとかだったら一声かければすぐに応じてくれそうなのに…。

 

「『なんで私なんだ』と言いたそうな顔をしてるね」

 

「えっ…あっ、はい。どうしてブライアンさんみたいな人達じゃなくて私なんでしょうか?」

 

「そうだね……君がアステルリーチと勝負した時の走りを見た後なんだが、少し君に興味が湧いた。『ウマ娘誰もが幸福になれる』その理念を掲げていたが、最近になって迷うようになってね。だから、あの時見せた()()()()()()()()()()()()、それを私に実践で見せてくれ」

 

真っ直ぐ真剣な目でこちらを見つめるルドルフさん。彼女は心の底から私の走りを見たいと言ってくれた。それならば、答えなければオタクが廃るというもの。

 

「分かりました。やりましょう」

 

「すまない。本来ならこんな話を君にするはずでは無いのだが…」

 

「気にしないでください! ただ今は、あなたの見たいもの、知りたいものを掴み取ってください」

 

「……そうだな。恩に着るよ」

 

申し訳なさそうにしてくるルドルフさんだが、私としては遠慮などいらないのだ。これは真剣勝負、たとえ相手が“皇帝”だろうとも勝利を譲る気は無い。

 

“必勝”は私だけのものだ。誰にもこの2文字は破らせない。

 

____________________

 

あの写真を見た時に少し運命じみたものを感じていた。レイゴウノルン、彼女なら私の悩みを吹き飛ばしてくれるのではないか?と。

 

それが期待から確信に変わったのは、あの走りを見た瞬間だった。完成された綺麗なフォーム、他者を抜き去る卓越した技術、そのどれもがほぼ一流のウマ娘と遜色しないレベルまで仕上がっていた。

 

だが、私が一番目を惹かれたのはレース中の彼女がみせた表情だった。

 

ただただ楽しそうだった。勝ち負けなんて関係なく楽しそうに走るあの姿が目に焼き付いた。だから、つい真剣勝負なんて言葉を口にしてしまった。

 

「本当に距離は3000mの長距離でいいのか?」

 

「いいんですよ。やるならお互い全力でやり合える距離がいいじゃないですか」

 

「君がそう言うならば…」

 

レースがしたいと言い出したのは私なのだから、せめて距離だけは彼女に決めさせようと思ったが、指定してきたのは芝3000mの長距離だった。

 

彼女がアステルリーチと勝負した時に走ったのは中距離、適正距離に合わなければ怪我に繋がりかねない危険性を持っているが、『大丈夫です。距離が変わろうとも私の走りは変わらないので』と返されてしまった。

 

コースに立つ、自分にとってはいつもの光景。ただ、今日は隣に小さな芦毛のウマ娘が並んでいる。

 

「他に誰もいなさそうだし、スタートは君が言ってくれ。私は君に合わせるよ」

 

「分かりました。では、行きます………よ〜い、どん!」

 

ノルンの掛け声と同時に二つの影が同時に駆け出した。そして、先に前に出たのはノルンの方だった。

 

__________________

 

「いいスタートだ。作戦も悪くない」

 

2人がレースを行っているコースから少し離れた場所に一人のトレーナーが立っていた。()()()()()()()()()()()の女性トレーナーだった。

 

「ふふっ、さすがはあの娘の子供だ。とてもいい走りをする」

 

「盗み見するたぁいい趣味してるな」

 

「ッ…急に驚かさないでくださいよ六平さん」

 

後ろから彼女に声をかけたのはトレセンのベテラントレーナー六平銀次郎。60代になろうとも腕の衰えを知ることの無い腕利きである。

 

「しかし…あれが噂のやつか。とんでもねぇ走りをしてるな」

 

「私の育てた彼女とはまるで真反対ですね。余程の脚がなければ無理ですよ、あれ」

 

彼女は現在もシンボリルドルフの前を走るノルンを指さす。その走りは六平でも見たことの無い走り方だった。だが、オグリキャップの超前傾姿勢のような目に見えるようなものでは無いことは確かだった。

 

(ありゃ相当な()()()()()だな。傍から見れば分からねぇもんだが、()()()()()()()()())

 

具体的な部分を見抜いた訳では無いが、シンボリルドルフの顔を見ればそれとなく分かる。あれほど必死な彼女を見たのはいつぶりだろうか。

 

あの皇帝の実力に引けを取らない芦毛のウマ娘……確実に次代のスターになる逸材だと、六平は確信していた。

 

___________________

 

レイゴウノルンがアステルリーチとの戦いで見せた最終コーナーでのあの追い抜きは凄まじかった。瞬間的なパワーと加速力を見れば、ルドルフでさえ凌駕できる程の逸材。

 

だから、ルドルフは最初から突き放す気でいた。最後の加速を持ってしても自分の影を踏ませないように逃げ切るつもりでいた。

 

だが、レース開始と同時にイレギュラーが発生した。置き去って行くはずの相手がスタートした瞬間に勢いよく前へ飛びだしていったのだ。

 

そこまでならルドルフの予想の範囲内だった。逃げや先行の可能性も余地に入れて、それでも問題ないと判断していた。その予測こそが仇となった。

 

(長距離で大逃げをッ!?)

 

完全に先手を打たれてしまった。よもや本番のレースでもない、()()()()()でその走りを行うとは考えていなかった。

 

大逃げは通常の逃げとは違う。先頭付近から少し飛び抜けて前を走るのが逃げであり、大逃げは己の体力が続く限りゴールを目指すという非常に稀な走りなのだ。

 

非効率極まりない走りとしてあまり評価されない走りではあるが、頑強さと持久力があれば成立する走りだ。利点としてはバ群に飲まれることなく走れることくらいだろう。

 

そんな走りをするノルンにルドルフも負けじとついて行く。付け焼き刃の効かない走りであるため、ペースダウンを狙えば勝てるには勝てるのだが…。

 

(そんな甘い相手ではない、か…)

 

スタートした時からペースがまるで落ちず、フォームのズレも一切見受けられない。本気で走りきるつもりなのだ、3000メートルもの距離を全力で。

 

そんな彼女の後ろにいるようでは追い抜くことなど出来ないと悟ったルドルフは、自分の本気と言えるレベルのペースまであげる。

 

(あまり皇帝を無礼(なめ)るなッ!)

 

一気にルドルフがノルンに接近する。その差は一気に縮まりアタマ差まで詰めると、残り4ハロンを切る。

 

互いにハイペースのまま迫ってくるラストスパート。ノルンにとってはアステルと勝負した時とは全く真反対の追われる立場にあった。

 

これほどまで限界を出し切り合うレースはルドルフにとって初めての事だった。勝ちたい、追い抜きたいと無意識に足が前に出る。

 

もしかしたら、彼女にとって初めて負けたくないと思ったレースなのかもしれない。相手は入学したての年下、しかしそれを忘れてしまうほど()()()()()()()()()()()()()

 

「はああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

「やああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

裂帛した声が並び合って走る両者から響く。走る目的は違えども、2人の思っていることは同じだった。

 

((負けてたまるかッ!))

 

300……200……100……そして、重なり合うようにして2人がゴールを駆け抜けた。そのままゆっくり減速すると、まず最初に芝へ倒れ込んだのはノルンだった。

 

ほぼ同時だった。正式なレースだとどちらが勝ったかを判断することは出来るが、今のはただの競走だ。判定する者がいないするものがいない以上、差がないレースの結果は分からない。

 

「はぁ…はぁ…久しぶりにやったけど……これはキツイ……」

 

ほぼ体から力そのものが抜けきっているような感覚だった。芝3000メートルを全力疾走したのだ、疲れるのも無理はない。

 

大逃げをしたのは前世でもたったの2回だけ。どちらも中距離でのレースだったので、今走りきった長距離での大逃げは初めてだった。

 

体がぶっ壊れる可能性はあったものの、前世の経験と今世の鍛錬のおかげでなんとか故障せずに走りきることが出来た。

 

顔を横に向けるとそこにはルドルフさんの姿がある。彼女も座り込んで息を整えているようだった。さすがの皇帝とはいえ、このレーススピードについてくるのは辛かったようだ。

 

パチパチパチと、どこからか拍手が聞こえてくる。方向的にはターフの外側だったので、目を向けるとそこに居たのは2人のトレーナーだった。

 

「六平トレーナー!?それに三上トレーナーまで!」

 

「久しぶりだね、ルドルフ。菊花賞以来だったかな?」

 

驚いた様子のルドルフさん。それに答えるよう軽く挨拶をする三上と呼ばれた女性トレーナー、その隣ではサングラスをかけた六平トレーナーがまるで面白いものを見たと言わんばかりに笑みを浮かべていた。

 

もちろんのこと、この二人を私は知っている。六平 銀次郎(むさか ぎんじろう)、長くトレセンで活躍するベテラントレーナー。オグリキャップはもちろんのこと、メイクンツカサ、クラフトユニヴァ、ゴッドハンニバルなどのウマ娘を担当している。

 

その手腕から『フェアリーゴッドファーザー』の異名を持つ凄腕のトレーナー。メディアへ出たがらない性格のためあまり詳しいことまでは分からないが、実績というものが実力を証明してると言っても過言ではない。

 

次に三上 環(みかみ めぐる)。彼女は言わずもがな私のお母さんを担当したトレーナーだ。今ここにいる六平トレーナーやリギルの東条さんにも負けない程の腕を持つ。

 

彼女は代表格である私の母を初めとして、数多くのGIウマ娘を輩出してきた。ただ、普通のトレーナーと違う点があるとすれば、担当するウマ娘の約半数が脚に悩みを抱えてる人達だったという所だ。

 

それでも、GIに勝てる程の実力までに育成してみせた。夢を諦めさせないトレーナー、それこそが三上環というトレーナーである。

 

「こんにちは。君がレイゴウノルンだよね?」

 

「は、はい…はじめまして三上トレーナー。あなたのことは私のお母さんからよく聞いています。『足を治して走らせてくれたのはこの人だ』とよく雑誌を見せてもらいながら」

 

「そんないい感じには言ってなかったでしょ?彼女なら『良くも悪くもトレーナーらしいけど、考えてることがあんまり分からない』って言いそうだけど」

 

合ってる。本人の前だからちょっと誤魔化して伝えたのに…。さすがはお母さんのトレーナーだ、性格や思考を完全に把握している。

 

「まぁ詳しい話はまた後日にしない?消灯時間とかギリギリになりそうだし」

 

「えっ!もうそんな時間!?やばい!すみません御三方、私は先に失礼させてもらいます!」

 

私は慌てて荷物をまとめる。消灯時間に帰っておかないとフジ先輩に怒られてしまう。あの人はエアグルーヴさんとは違って笑顔で怒ってるのを見たことがある。

 

正直怒られたことがないのであまり実感したことは無いが、早速やらかした子に聞いてみるとかなり怖かったらしい。確かにあの笑顔を崩さずに怒ってくるのは想像しただけでもめちゃくちゃ怖ぇ。

 

なので一足先に退散することにした。三上トレーナーとはお母さんのことで話をしたかったけど、また後日改めて挨拶と一緒にということにしよう。

 

寮に向かって走り出そうとした時、私の前にルドルフさんが来て右手を差し出してきた。

 

「さっきはわがままを言ってすまなかった。君の体にまで負担かけてしまって…」

 

「気にしないでください。距離を決めたのもあの走り方にしたのも私の判断です。ルドルフさんが気にすることじゃないですよ」

 

「そうか……本当にありがとう。また困ったことがあったら言ってくれ、今回のお礼だ」

 

「推薦権とトレーナー探しまでしてもらってるのにお礼なんて図々しいですよ。『あなたの力になれた』それだけで十分です」

 

差し出された右手を私は握った。ルドルフさんや東条さんには入学してから随分とお世話になっているのだからこのくらいのお願いくらいで嫌な顔なんてしない。むしろ嬉しいくらいだ。

 

「あっ、もう門限がやばい!」

 

「負担かける走り方をしたのだから帰り道には気をつけてくれ。脚が壊れてしまうかもしれないからな」

 

「分かってます!後でストレッチも入念にしておくので!では、失礼します!」

 

走り出した私の後ろ姿をその場に残った3人は消えるまで見届けた。そして、最初に肩の力を抜くように息を吐いたのはルドルフだった。

 

走った時の感情が今になってぐるぐるとルドルフの頭の中を駆け巡る。この感覚は自分でもどう処理していいのか分からなかった。そんな彼女の隣に三上トレーナーがやってきた。

 

「で、どうだった?あの子とのレース」

 

「とても充実したものでした。ブライアンやエアグルーヴとは違ってまた……」

 

「違う違う。そうじゃないさ」

 

言葉を遮られて言われた言葉に、三上トレーナーを見て固まるルドルフ。その様子に少し困った笑みを浮かべつつ三上トレーナーは続ける。

 

「あなたの探してたもの、見つけられたの?」

 

「……はい」

 

「それなら良かった。ココ最近のあなたはらしくなかったからどうしようかなって悩んでたんだ」

 

見てる人は見ているものだな。とルドルフは思った。しかし、いかんせん納得がいかない…そんなに顔に出ていたのだろうか?

 

「しかしまぁ、あんなに必死なお前さんは久しぶりに見たな。それほど手強かったか?」

 

「今までに比べるとトップクラスでしたよ。六平トレーナー」

 

「なるほどなぁ…。最後にひとつ尋ねるが、もう1回やるとするなら勝てるか?」

 

「どうでしょうか……少なくともあと一年後には無理ですね。確実に負けます」

 

「だろうな。()()()()()()()()()()()のにほぼ互角の実力を持っている……確実に時代を担うウマ娘になるだろうな」

 

「そうですね。今から私も楽しみです」

 

ルドルフは確信していた。間違いなく時代があの子を中心として動き始めると。その時になれば自分自身は第一線を退いているかもしれないが…。

 

(今度は決着をつけよう。GIの大舞台で)

 

今日のレースの結果は『引き分け』で終わってしまった。だが、次はGIという最高の舞台で完璧に白黒をつけるとルドルフは決めていた。目標を得たその目には前にあった迷いではなく、ただただ強い意志がこもっていた。




お読み下さりありがとうございます!

今回野レース風景は前と比べてサッパリとした内容でした。真面目に書いてると文字数がえげつないことになるのと、投稿日が遅れるのを考慮しての措置です。(次は前と同じふうに書きます)

また、そろそろアンケートを取ります。お題については『レイゴウノルン・アステルリーチの勝負服イメージ』ですね。自分でも考えて見ますが、『やっぱりこういうのがいい』という意見があるのでしたら感想の方にお願いします。

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信用=安心とは限らない (前編)

最近よく前世の夢を見るようになった。

 

私を拾ってくれて毎日顔を見せに来てくれるおじいちゃん、人参とリンゴをよくくれた厩務員のお姉さん、そして数々のレースを共に駆け抜けた騎手のお兄さん。

 

懐かしい気分だ。時たまにこういう夢を見ることはあったが、最近になって頻度が増えたように思える。これも前世の奴らと会ってきたからだろうか?

 

四足と二足じゃ全然感覚が違うんだな……やっぱり久しぶりだと少し体とのズレを感じる気がする。まぁ、肩慣らしにそこら辺でも駆けてみようと思ったが…

 

「……朝か」

 

目が覚める。これで何度目かになる見知った天井の姿が視界に入った。体を起こすとまだ眠いせいで体が二度寝を所望するが、無理やりその体を立たせると洗面台に向かう。

 

顔に水をかけると少しだけ目も頭も冴えた。えっと、今の時間は4時前か……軽く走ってから授業に行こうかな。シューズに体操服はいつでも用意完了だし、カバンと教材類をもって…。

 

行ってきまーす

 

小さな声で一応挨拶だけはしておく。まだミルキーのやつは寝てるし他の人達だってほとんどが寝ているから起こさないよう慎重に歩いていく。

 

(今日は軽く走るだけにしておこう)

 

靴紐をキュッと結ぶとすぐに寮を出てすぐの道を沿うようにして軽く走る。遅すぎず早過ぎずのスピード感を保ちながら走り続ける。

 

ルドルフ会長との一件を通して私自身で少し考えたことがある。今までの私は一貫して一つのフォームにしかこだわってこなかった。

 

走り方、呼吸の仕方、上半身の使い方などは資料から得た知識を元に付け合わせたような感じのフォーム。この走り方だと全適性距離を突っ走ることが出来る。

 

だが、その代わりに作戦ごとに走るペースやスピードを上げたり落としたりする技量が必要になってくる。できることなら歩数を揃えて走れるようになりたい。

 

短距離から長距離、逃げから追い込みまでの、全てに対応した走りをパターン分けして四つほど作り上げることにした。

 

「まずはピッチ走法から」

 

足を前に踏み出しながら回転をあげる。1歩1歩の歩幅は短いが、足の回転力によって受ける衝撃を小さくすることによって上下運動を減らすのがピッチ走法だ。

 

一定のリズムを刻みやすく、速度調整もしやすいが歩数が多くなることによって体力の消耗が大きくなるというデメリットがある。

 

この走法の場合、追い込みや差しの作戦かつ短距離から中距離くらいまで通用すると思う。

 

「リズムを一定に……リズムを一定に……」

 

口ずさむことで、歩幅と足の回転速度を保てるように体へと覚えさせる。分かってはいたけど、結構体力持ってかれるな……今度持久性のトレーニングでもしてみるか。

 

ストライド走法も試してみたいものの、あれは脚に負担がかかりやすい走り方だからなぁ。無茶して壊れるのも怖いしトレーナーに相談してからトレーニングに組み込も。

 

まずは普段のランニングでピッチ走法の感覚を掴むところからだ。ジュニア級だと中距離から長距離間のレースが少ないことを考えるとストライド走法はあとから仕上げていけばいいはずだ。

 

前の自分を超える自分を……そこが最初の目標だ。スピード、スタミナ、パワー、その3点から見てもまだまだ伸びる余地はあるはずだ。技術の面においては前世より上達するはず。

 

「リズムを一定……あれ?」

 

ピッチ走法を試しながらとある公園を通りかかると、1人のウマ娘がこんな朝早くからトレーニングに励んでいた。背の低い赤と青の頭飾りをしたウマ娘。

 

「タマモクロスさん?」

 

白い稲妻ことタマモクロスさんが公園内を走っていた。彼女と会うのは二度目になるな…1度目は偶然飲食店で隣の席になったオグリキャップさんと一緒にいたからよく覚えてる。

 

あの時はオフだったからあまりレースの時のような覇気は感じられなかったけど、今は違う。すっごく集中している……ちょっと1枚だけパシャリとしておこう。

 

結構速いなぁ……普通のトレーニングであろうともGI前線で競い合うウマ娘のスピードはあれぐらいなのだろうか?いやまぁ…私がトレーニングする時はあんまり人がいなかったからなぁ。これが初見ではあるが……個人的な感想と思っておこう。

 

しかしどうしようか?このまま何も挨拶せずに立ち去るのも少しもったいない。授業の時間までまだ余裕はあるし、あとは帰るだけだったから少しだけお話していこうかな?

 

こうしてみると自分からウマ娘に声をかけるのはデジたん以来だな。あの時は色々とインパクトが強すぎたけど、今回は大丈夫だ。

 

でも、緊張はするので1回深呼吸を挟む。最近ウマ娘慣れしてきたから多少は大丈夫になってきたけど、それでも不意打ちとかされたら気絶する余裕しかない。

 

……さて、長い前置きは流して声をかけるか。あっ、でも待ってあと1回だけ深呼吸したら…

 

「あんたさっきからそこで何やっとんねん」

 

「フュイッ!オ、オハヨウゴジャイマシュ…」

 

「お、おう…いきなり声掛けてすまんな。……ん?あんた前に見たことある顔やな」

 

思い出そうと私の顔をじっと見つめるタマモクロスさん…あっ、目があった。じっと見つめられるのは慣れてないから普通に恥ずかしい……相手がウマ娘じゃなくても恥ずかしい。

 

数秒の間考え込むと思い出したかのような表情をする。

 

「デカ盛り海鮮丼時の芦毛の子か!そのジャージ…あんたもトレセンに入っとんたんか?」

 

「えっと、私は今年から入学したんです…」

 

「へぇ〜そうかそうか!そう言えば今年入学した子の中に逸材がいるってトレーナーが言うてたな!」

 

「そ、そうなんですか……初耳です」

 

「何でも“アステルリーチに勝った”っていう噂が流れとるくらいやで!」

 

「スゥ…そうなんですね……」

 

一見すれば普通に話を聞き入ってるように見せているが、内心ガクブル状態であった。噂程度で良かったものの、正体が私だとバレなくてよかった。

 

別に私だってことを言っても問題は無いのだが、勝ったと言えば否が応でも注目を集めることになる。ここからは個人的な我儘に過ぎないが、目立つのが嫌だからひけらかすことはしたくないのだ。

 

アステルのやつも相手が私だってことは言ってないようで安心である。……いや、噂の元凶はあいつだったな。あんまり期待できないが、うっかり口を滑らせないように釘を打っとかないと。

 

「ほんで?あんたは私に何の用があったんや?」

 

「いえ、用があった訳じゃないんですけど…。偶然見かけたので挨拶だけでもと」

 

「律儀なやっちゃな…。まぁ1人で退屈しとったところやし助かったわ」

 

「すみません貴重なお時間を使わせてしまって、私はもう退散しますので頑張ってください」

 

「ん?なんやもう帰るんか?」

 

キョトンとした表情で聞いてくるタマモクロスさん。確かに帰るにしてはまだ早い時間だが、私の目的はあくまで軽くランニングすることだ。これ以上無理に走って脚を痛める前に戻ろうと思っている。

 

トレーナーさんの指示で、脚に疲労が溜まってるからハードなトレーニングはココ最近やってないしな。あの観察眼と触診に嘘は通用しないってことも分かったけど。

 

「帰るんやったら私も一緒にええかな?」

 

「ゑッ!?まだ自主トレをするのでは…?」

 

「もうだいぶ体は動かしたしな。それに1人で帰るより一緒に話しながら帰る方がええと思わんか?」

 

「そ、そうですね!私もそう思います!」

 

願っても無い申し出である、断る理由などどこにもない。並ぶように走り出す。軽くランニングするように走っているのだが、私のペースにタマモクロスさんが合わせているようだ。

 

「私のペースに合わせてしまってすみません…」

 

「気にせんでええよ。それに話す時は敬語やなくてタメ語でええんやで?」

 

「そんな恐れ多いこと出来るわけがありません!やはりウマ娘の方々と話す場合は相手を敬って話さないと!それにタマモクロスさんは先輩なんですしデフォルトで敬語になってしまうんですよね!鉄則を破らない程度にはフレンドリーに接してるつもりなんです!すみません!」

 

「……あんたもあんたで大概やな」

 

タマモクロスさんがどこか諦めたような目をしていた。私の誠心誠意を言葉にして合わしてみたつもりなのだが……どこか悪かったのだろうか?

 

____________________

 

「で、楽しくお話しながら帰ってきたわけと」

 

「そうですよ?ちょっと、なんでそんな疲れた感じで聞いてるんですか?」

 

「いやいや、別に疲れちゃいねぇぜ?けど、もうちょい手短に話せねぇかなって思っただけだ」

 

学校での授業も終わり、私はスピカのルームで今朝あったことをゴルシちゃんに語っているのだが、どうやら少しげんなりしている模様。

 

「にしてもおせぇなトレピッピ…」

 

「会議が長引いてるだけでしょう。……ウマ娘の人にちょっかいをかけてない保証はありませんけど」

 

ここ数週間でゴルシちゃんと沖野トレーナーについてはよく分かっているつもりである。

 

ゴルシちゃんは奇抜な行動や言動が特徴的なウマ娘だ。破天荒すぎて沖野トレーナーも制御できてねぇんじゃねぇの?と思えるくらい自由人という印象。

 

意味不明ではありながらも知識への深さはかなりあり、特に雑学に関してはずば抜けていると言っても過言ではない。

 

次に沖野トレーナー。あの人は私目線から言うと、能力的には『優秀』だがトレーナーとしては『イマイチ』な人だなと思う。

 

ちょっとした癖にも気づける観察眼や触っただけで脚の善し悪しが分かる触診の能力は、他トレーナーに比べて群を抜いている。トレーニング内容もしっかり考えてくれるような人。

 

だが、悪癖のせいで不審者と間違われても仕方ないと思う。

 

その瞬間を見たのはつい先日だった。授業が終わり、トレーニングメニューを受け取るためにルームへと向かっている途中の事だった。沖野トレーナーが後ろからウマ娘のトモを触っていたのである。

 

無論のこと、沖野トレーナーはぶっ飛ばされた。これでもかと綺麗なアーチを描いて吹っ飛んだ。蹴ったウマ娘は顔を真っ青にしながら保健室の方へ走り去っていったが、次の瞬間沖野トレーナーが立ち上がったのだ。

 

正直その瞬間を見た時、(人間やめてんの!?)と心の中で叫んだ。

 

ウマ娘の蹴りは肋骨をも易々と砕く程の威力があり、尚且つそれを顔面にくらっておきながら『いって〜』の一言である。これがトレセンの普通なのかと思ったが、蹴ったウマ娘の慌てぶりを見る限りそうではなさそうだった。

 

その後もケロッとした様子で私とのミーティングを行う沖野トレーナーを見て、私は完全に割り切っていた。(まぁ、こういう人がいたって不思議じゃないか)という感じに。トレセン、まさに魔境である。

 

「待たせたな」

 

「遅かったじゃねぇかトレピッピ」

 

「すまんすまん。東条さん達とつい話し込んじまってさ」

 

東条さんと話してたのか……あれ?ルドルフさんとの勝負って話いってたっけ?それ関係で話したのならルドルフさんが東条さんに話したことになるけど。

 

「何話してたんですか?」

 

「今回の選抜レースに関してだな。中距離と長距離に絞っての話だが」

 

なるほど……。確かにそろそろ選抜レースが始まってもいい時期だったけ?私も本来なら走る予定だったけど、こうして運良くスピカに入れたわけだし関係ないと言えば関係ないのだが…。

 

「選抜レースってことは誰かスカウトするんですか?」

 

「いや?単に俺の意見を聞きたいってだけらしい。今年はお前が入って来てるし後は張り紙でもして募集するくらいだな」

 

「おっ!それならゴルシちゃんも協力するぜ!最っ高にイカしたやつを作ってやるよ!」

 

「「ゴルシ(ちゃん)が言うと不安しかない(ですね)」」

 

「なんでだよ!?」

 

その後もスムーズにミーティングは進んでいった。実際口頭だけで済む連絡ばかりだったし、以前から行っているトレーニング内容にも大きく変更がなかった。

 

こうしてなんの問題もなく終わり、トレーニングに向けて体操服に着替えようとすると、沖野トレーナーから待ったがかけられた。

 

「ノルン、お前今週末2日ともトレーニングなしな」

 

「What's?」

 

びっくりしすぎてつい反射的に英語が出てしまったが、2日も休まされるとは一体どういう了見なんだ?納得のいく説明を求める。

 

「驚いてるけど完全にオーバー気味だからなお前?それに足の状態からみてかなり疲れが蓄積されてるから週末くらい羽を伸ばしてこい」

 

「いや、でもそんなこと急に言われても…」

 

自分に必要な日用品やら小物やらはほとんど前の買い物で済ましちゃったし、これといって欲しいものもないから部屋でゴロゴロするしかないんだけど?

 

めちゃくちゃ暇なる未来が見える見える。はぁ…これを機に1回フォルダー整理するか?でもある程度纏めてデータ化してるし半日もかからないぞ?

 

何かすることがないかと悩んでいると、ポケットにしまっておいたウマホが振動した。チラッと通知だけ見ると…

 

「メール?松島さんから…?」

 

松島さんから送られてきたのは一通のメール。内容的にはそんなに長くない簡潔にまとめたお誘いメールだった。

 

「えっと…?『土曜日に予定がなかったら9時に府中駅前で待ち合わせましょう。無理な場合は連絡をください』か」

 

なんとも都合のいいタイミングだ。一応トレーナーの方に振り向くが彼は首を横に振っていたので共犯者じゃなさそうだ。つまり単なる偶然なのだ。

 

「ちょうどいいじゃないか?」

 

「そうですね……これを機に一旦リフレッシュさせてもらいますね」

 

「そうしろ。ただし、休みが開けたら新しいトレーニングに変えるからケガしないように軽く体は動かしとけよ?」

 

「は〜い」

 

「お〜い。ゴルシちゃんを蚊帳の外にするなぁ」

 

『問題ないです。府中駅前に9時ですね?了解しました』と松島さんに返答を送った。松島さんからのお誘いの場合、決まってウマ娘関連だと決まっているが、この時私は少し嫌な予感を察していた。

 

今振り返れば、あまりに軽率な返答だったと後悔している。『あの時詳しく内容を聞いておけば良かった…』と。

 

 

 

 




最後まで読んでくださりありがとうございます!

最近色んな人が誤字報告してくれてますね……(ありがとうございます)。いや、ほんとに感謝しております。

前話で発表した勝負服に関してはまだ時間がありますので、意見があるようでしたら感想に書いてください。

また、今まででてきた各オリキャラのプロフィールみたいなやつを作る予定なので、少し投稿が遅くなるかもしれないです。(プロフィール勉強のため)

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信用=安心とは限らない (後編)

土曜9時に府中駅前集合と言うことで遅れないように15分前に着いたのだが、私よりも先に松島さんの方が待ち合わせ場所に立っていた。

 

こういう集まる時はどう足掻いても松島さんの方が早いのが当たり前になりつつある。以前、1時間ほど前に行って待っていようと思ったら普通に松島さんが待ち合わせ場所にいたのを未だに覚えている。

 

「松島さ〜ん!お待たせしました!」

 

「おっ、やっと来ましたね!ノルンちゃ……って何その格好?」

 

松島さんが驚いたような表情を見せる。確かに私の格好はいつもと違うのだが、そこまで驚くことなのだろうか?

 

下はデニムのジーパン、上は白いTシャツの上に黒色のレディースジャケットの組み合わせ。靴は白のスニーカーで頭にキャップを被っている。まさにボーイッシュなコーデにしてみたのだけど、変だったかな?

 

「お出かけなんですよね?動きやすい格好にしたつもりなんですけど……どこか変でしたか?」

 

「いやいや、別に変って訳じゃないよ?むしろカッコイイけど、こういうオシャレしたノルンちゃんは珍しいなぁって思っただけですよ」

 

「カッコイイですか!今日はそれを意識してみたんですけど、変にならなくて良かったぁ…」

 

「声かければ逆に女の子落とせそうな格好しながらよく言いますね……まっ、それはともかく今日は時間が決まってるし急いで行きますよ」

 

「そういえば聞いてなかったんですけど、今日どこに行くんですか?」

 

「詳しい事は向こうで教えるけど、一言で言うなら『現場見学』かな?」

 

現場見学……?いつもならレース場やグッズ販売店巡りがメインだけど、確かにこんなスーツ着てる松島さんは久しぶりだ。前に見たのは仕事中の彼女を偶然見かけた時だったかな?

 

「Hey!タクシー!」

 

松島さんが手を上げてタクシーを捕まえる。えっ、ちょっと待って?移動するためにタクシー使うの?移動代すごいかかりそうなんだけど。

 

「あっちが負担してくれるから遠慮せず乗っていいよ?」

 

あっち負担って何!?もうホントに訳が分からなくなってきた!ええい!こうなったら全力でお言葉に余るしかないな!うん、そうしよう!

 

とりあえず私は考えることをやめた。どうせキテレツ松島のことだから悪い方には持ってかないだろうし、流れに身を任せとけばいいんさ。

 

________________

 

目的地に着いたはいいものの、ここで合ってるのだろうか?いや、そんなミスをこの人がするとは思えない。ということはマジなのだろう。

 

(なんで有名レディース雑誌の撮影スタジオなんかに来てるの…?)

 

目の前で着々とセットの準備をするスタッフを眺めながら、私はスタジオの端でお茶を飲んでいた。首からゲスト用の名札を吊り下げているので、この対応なのだが…。至れり尽くせりすぎやしませんかね?

 

とりあえず緊張してるのを隠すべく茶菓子をゆっくり頂いているが、松島さんも一生懸命スマホとにらめっこしてるし…居た堪れないなぁ。

 

気まずさを感じながら待っていると、1人の女性がこちらに近づいてきた。その姿を確認した松島さんもにこやかな笑顔を浮かべて手を振った。

 

「やぁ、まっちゃん!随分と早いお着きだね!」

 

「案外スムーズに行けたもので……やっぱり早かったらまずい?」

 

「いいよいいよ!モデルさんの準備も終わったし少し早めに始める予定だったの!タイミング的にはGoodって感じね!」

 

松島さんにサムズアップを返す随分と濃い人だが、非常に人当たりのいい人な雰囲気があるな。この人がここの監督をしてるのだろうか?

 

「で、そこのにいる子が件のレイゴウノルンちゃんか!」

 

「は、はいどうもレイゴウノルンです…。松島さんとは良くしてもらっています」

 

私の事しっかり紹介してるんだな。これだけ仲が良さそうなら連絡先くらい交換してて当然か。この人は松島さんの友達?それとも仕事関係で知り合ってる人なのかな?

 

「…ねぇ、まっちゃん。見た目的にはPERFECTな娘を連れてきてくれたみたいだけど、なんか固くない?」

 

「あ〜、ごめん。今日ここに来ること教えてなかった」

 

「それりゃ緊張もするでしょ。保護者としてちゃんと伝えておかなきゃ」

 

「ごめ…」

 

「謝る相手は私じゃないよね?」

 

「ごめんなさいね、ノルンちゃん。今度お詫びになにか奢るから」

 

「い、いえいえ!私としてはノープロブレムなんで大丈夫です!」

 

「なんか私の口調移ってない?」

 

大分この雰囲気に私が慣れてきたところで、松島さんは私を改めて紹介しつつ、目の前にいる女性のことも一緒に説明してくれた。

 

彼女の名前は寺井 春奈さん。松島さんとは同い年で中学高校を共に過ごしてきた友達らしい。大学からはお互いの道に進んだが、定期的に連絡は取っていたのでこうして今も関係が続いている。

 

ちなみに寺井さんが担当しているのは、国内で一二を争うレディース雑誌だ。人用、ウマ娘用の両方を取り扱っているため購入者はかなり多めだとか。私もお母さんの買ってきたのをちょくちょく見てるからこの雑誌についてはもちろん知っている。

 

「今回のテーマは『夏のカッコイイ』っていうのがテーマだよ!COOLかつSimpleなコーデがメインになるかな!」

 

「あ〜、じゃあ私のこの格好も」

 

「うんとてもGREATだね!でも今回は夏だから黒物はできるだけ避けてるんだ」

 

確かに真夏の太陽をこの服装で行けば熱中症になりかねないな。ということは、白や青などがメインのコーデなのかな?

 

3人でやり取りしていると、1人のスタッフがこちらに走ってきて「準備整いました」と一言を伝えに来た。

 

「それじゃあ私ら行くから、今日の見学楽しんでいってね!」

 

こっちに手を振りながら寺井さんは現場の方へ戻っていった。遠めからでも分かるが、指示が的確だ。ここの責任者として抜擢されるぐらいだし、それなりに優秀な人だとは思っていたが、あんなにも接しやすい人だとは思わなかったなぁ。

 

「ノルンちゃん、はいこれ」

 

「なんですかこれ?」

 

「今日のモデルさんのリストだって。確認しといて損はないんじゃない?」

 

「そうですね。どれどれ…」

 

詳細なプロフィールや顔写真はないものの、書いてある名前はほぼほぼが知っている名前だった。中にはドラマ主演だった人の名前も……いや、どうやってコンタクトとってきてんの?

 

軽く流しながら見ているだけでも知っている名前がちらほらいるくらいだ。現役のウマ娘でも誰かいたりするのかな……って。

 

「オグリキャップさんだ…」

 

欄の中には確かにオグリキャップの名前が記載されていた。確かに今回のテーマならオグリキャップさんが選ばれてもおかしくはないか。他の人だったらゴールドシチーさんとかも有名だけど、あの人はカッコイイより美しい方面だからな。

 

「えっと他には……」

 

「私もいるよ?お・と・う・さ・ん♪」

 

「おまッ…ひゃん!??」

 

耳元で声が囁かれると同時に飛び跳ねてしまそうなほどの衝撃。後ろから撫でるような手つきで耳の裏を触れたからゾワゾワした感触が体全体を駆け巡る。

 

「ふっくくく……!『ひゃん!』とはまた随分と可愛らしい反応を…!」

 

「アステルッ……お前ぇ…!」

 

耳を抑えながら振り返ると今にも笑いだしそうな様子のアステルリーチの姿がそこにあった。撮影用の服装を身にまとっているので中々に決まった姿をしているが、私の頭はそれを気にするほどの余裕はなかった。

 

「いきなり耳を触るとか非常識にも程があるだろ!?」

 

「人に冷たい缶を当てた本人がよく言うよね」

 

「お前まだあれ根に持ってるの!?」

 

「冗談だって!私がそんなに心が狭そうに見える?」

 

「……見えなくもない」

 

何かとデジャブを感じるやり取りだが、さすがにあの件をここまで引きずるようなやつじゃない…はず……多分…。ただまぁ、何かしら不服だったことがあったのは明白だ。

 

しばらくの間アステルどころかリギルの人たちとも会ってないしなぁ。最近はタマモクロスさんに会ったのと…後……あと……あれ?それぐらいしかないな?

 

トレーニングが終わった後とかの空き時間はほとんど自分の趣味に費やしてるし、そこまで残ってるほどの濃い記憶はないな。……振り返ればあまり交流ってもんをしてないんだな私って。

 

「アステルリーチッ…!今期話題沸騰のウマ娘が目の前にッ!」

 

「……知り合い?」

 

「あ、うん。私の知り合いって言うか“同士”の松島さん」

 

「なるほど、よく見る過大解釈記者の右腕とか言われてるあの松島さんね……OK把握」

 

おいおいおい、今聞き捨てならない言葉が出たぞおい。“過大解釈記者”ってなに!?いやまぁ言葉のまんまの意味だとは思うけども……そんな人の右腕なの?松島さん。

 

「こんな私の事まで認知してもらっているとは!感激で身が震えますね!」

 

「あー……そろそろ撮影が始まるし一応挨拶回りに行ってきマース」

 

そう言いながら回れ右をしてスタッフの方へ走っていくアステルリーチ。紛れもなく逃げたなあれは。名前聞いた時点で「やべぇ」って顔に書いてあったし、相当苦手なんだろうな松島さんが。

 

いつもは結構頼り甲斐があってお姉さん感が強い松島さんだけど、ウマ娘が絡んだらほんとうにポンコツになるんだよなぁ。後先考えないというか…リミッターが外れてるというか…。

 

(考えても仕方ないか。趣味嗜好は人それぞれってよく言われるし、今日はこの場を楽しめるならなんでもいいや)

 

雑に脳内で結論を出して、始まった撮影に目を向ける。しかしどのモデルさんもいいスタイルしてる。スラッとしてシュッとしてる感じって言えばいいのかな?とにかくかっこいい。

 

しかし、そんな中でもアステルリーチとオグリキャップさんは特に目立っていたと思う。

 

悔しいがアステルの奴は結構いいスタイルしてるし、ちょっと高身長だからああいう服装は絵になるほど似合ってる。

 

オグリキャップさんは撮影自体が初めてなのか少しぎこちない感じだったが、寺井さんの機転で自然な体勢で撮影したところ見事に1発OK。やはり撮影にも一人一人にあった雰囲気みたいなのがあるのかもしれない。

 

「いいですね〜。走る以外にもこういったウマ娘ちゃんもかなり好きになりそう」

 

「ですねぇ〜。この雑誌が出たら絶対に買いましょう!実用・保存用・布教用・資料用の4冊になりそうです!」

 

スタジオの端で静かに興奮しながら語り明かす私と松島さん。ちなみにアステルは微妙に距離をあけてこっちを眺めていた。こうして滞りなく撮影は進んでいった。そろそろ最後の人が撮影を終えたと思い、帰る準備をしようとすると…。

 

「あっ、ノルンちゃん待って待って。まだ撮影は終わってないよ」

 

松島さんが肩を掴んで引き止めてきた。ん?まだ?貰った資料の中にあった人達は全員撮影し終わったし今日はもう終わりなんじゃあ…?

 

「まっちゃん!セット完了したよ!あとは…」

 

何やらギラついた目でこっちを見る寺井さん。まるでこのときを待っていたかのような表情をしている。あっ、ちょっと待ってこれやばいかも。

 

私はその場から何も言わず駆け出した。何がとは言わないが私のカンが言っていた『すぐにこの場から立ち去るべき』だと。出口に向かって逃げていると不意に足が地面から離れた。

 

「うえ!?な、なんで…………オグリキャップさん!?」

 

「君は確か海鮮丼の子だったよね?タマから聞いたよ、君もトレセン学園に入ったらしいね?」

 

私を抱えるように持ち上げているのはオグリキャップさんだ。さすがに身長差があって地面から離れてしまっている。それに抜け出そうとしても捕まえているオグリさんのパワーが尋常ではなく抜け出せない。

 

「あ、あの!すみませんが離してくれません!?」

 

「すまない。それは出来ないんだ…」

 

悲しそうにシュンとして謝ってくるオグリさん。こんな顔をするなんて一体どのような事情が…

 

「君を捕まえてないと『食べ放題フェア』に連れてって貰えないんだ…」

 

「結局食べ物じゃないですかぁ!!」

 

くっ、既に餌付け済みだったとは予想外だったッ!学生程度のお小遣いでは他に交渉の余地がない!ジタバタと暴れてみるもビクともしないオグリさんに抱えられていると、松島さんと寺井さんの2人が近づいてくる。

 

「松島さん!一体なんですかこれ!?」

 

「ごめんねぇ…。こうするしか方法がなくて」

 

「大丈夫よノルンちゃん!あなただって十分輝いて見えるわ!私達の手であなたを最っ高にBeautifulな姿を撮ってあげるから心配しないで!」

 

「そういう問題じゃなーーーーーい!」

 

「空いた穴を埋められるのがノルンちゃんしかいないと思って私が推薦したの。もちろんあなたの両親やトレーナーさんにも二つ返事で了承してもらってだけどね?」

 

「何してんのあの人達は!?」

 

松島さんの説明を詳しくするとこうだ。

 

1.『雑誌に出るはずだったモデルさんが病欠で休んでしまった』

2.『寺井さんが松島さんに「条件にあった子は居ないの?」と相談』

3.『相談を受けた松島さんは私のことを推薦』

4.『私の両親及びトレーナーにも通達して二つ返事で了承』

5.『今日の撮影』

 

ちなみにオグリさんが知っていたのは、私が逃げ出した時用のストッパー。現役選手であり、かなりのパワーがあるオグリさんならば止められると思っての起用らしい。

 

「アステル!お前からも何か言ってやれ!」

 

「ん〜、出来ればフリフリのゴスロリ姿とか見たいなぁ」

 

「アステル!?」

 

唯一の希望へ声をかけてみるが、見事にあっちサイドだった。一瞬でもあいつに期待した私が馬鹿だった。

 

「さっ!こっちに衣装とメイク室があるから綺麗になりましょうね〜♪」

 

「いやあああぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

ズルズルとメイク室へ引きづりこまれていく私を見て、スタジオに居た人達は爆笑している1人を除いてほぼ全員が同情の目線を向けていた。

 

今まで何度も寺井さんに振り回されてきたスタッフ一同は、慣れてしまったのか視線を向けながらもテキパキと準備を整えていた。

 

結果から言うとめちゃくちゃ着せ替え人形にされた。雑誌用の服の他にもワンピースやドレス、何故かゴスロリなんかも着せられた。雑誌の撮影と言うよりも最後の方は完全にファッションショーみたいな感だったな。

 

雑誌の方もお母さんが『近所に広めておいたよ!』とメールでそう送ってきた。……帰省してきた時どんな顔して近所を歩けばいいんだよ。あっ、ちなみにトレーナーは私が締めておきました。

 

雑誌が出るとトレセン内であっという間に広まっていき、何回も色んな人から声かけられた。

 

あの日以来、私は松島さんとある約束をした。『今後一切なんの報告もせずに巻き込んだ場合は罰を与える』という約束だ。ちなみにお詫びとして奢ってくるというので、遠慮することなくガッツリと食べさせてもらった。松島さんの財布が軽くなったのは言わなくてもわかるだろう。

 

後日、出来上がった雑誌を念の為本屋から買って中身を見てみる。意外にも悪くない写りだった。頑張ればこっちの道で食って行けるかも……

 

「……いや、ないな」

 

パタンと雑誌を閉じて机に置くと、トレーニングのためにターフへと向かった。まぁ、将来の選択肢としてはいいかもしれないと思ったのはここだけの話である。

 

 




読んでいただきありがとうございます!

誤字の訂正を毎回来てくださってる皆様ありがとうございます!

次回はメイクデビュー戦で、オリキャラがもう1人出てくるよ予定なので楽しみにしておいて下さい。勝負服アンケートについては後日に載っけて置くので投票したい人ご自由にどうぞ。

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伝説の幕開け……なのに嫌な予感しかしない

「よっ、ほっ」

 

「えらくリラックスしてないか?メイクデビューとはいえ初のレースだぞ?」

 

「ん〜、まぁ一言で言えば『負ける気がしない』からですかね」

 

控え室の中で足を伸ばして最終チェックを念入りに行っていると、沖野トレーナーから呆れたような質問が飛んできた。

 

確かに気が抜けているかもしれないけど、体の作りは万全。故に負ける気なんて微塵もない。それに名簿を見たけど、私が唯一負ける可能性のあるやつは別のレースで参加する予定だから万が一の心配も消えた。

 

「もう一度確認するが、今回のレースは『芝2000mの右回り』バ場状態は良、先行策で囲まれないように上位をキープする……ってわけだが、お前は色々と目つけられてるから用心しろよ?」

 

「多分そんな子はいないと思うから大丈夫ですよトレーナー。それに囲まれないようにあれだけ外回りの練習したんだから今更心配しても遅くないですか?」

 

「まぁ、そうなんだがな……」

 

随分と歯切れが悪いなぁ。確かに東條トレーナーに任されたウマ娘のメイクデビュー……落としたらなんて言われるか分かったもんじゃないからトレーナーもトレーナーでハラハラしてるんだろうな。

 

程よく体が解れたので立ち上がる。そろそろ時間なので、椅子にかけておいた五番のゼッケンを取って扉へ向かう。

 

「まっ、楽しみにしててねトレーナー!私の伝説の第1歩、しっかりと目に焼き付けて!」

 

「はぁ……お前は全く。クヨクヨしてても仕方ねぇよな……よし!頑張ってこいよ!勝ったらお祝いにご馳走を食わせてやる!」

 

「それ聞いたら俄然やる気が出てきた。行ってきます!」

 

らんらんスキップで部屋へ出てレース場へと足へ運ぶ。今世は“ウマ娘”として、前世の“元無敗の馬”を越えられるように全力で結果を残してやる!

 

_____________________

 

結果から言おう。俺が担当している『レイゴウノルン』はメイクデビューで大きく期待を裏切った。………かなりいい方で。

 

彼女の人気は3番目。選抜レースを出ずにこれだけの人気を集められたのは、ひとえに『アステルリーチに勝った噂』と『東條トレーナーとシンボリルドルフの推薦』があったからだ。

 

それだけ材料が集まっていれば、彼女の走りを見ていない者も期待を寄せずにはいられない。だから3番人気にまで上り詰めていたのだ。

 

ゲートイン完了後にすぐさまレースはスタート。逃げの娘が2人、先行の娘がノルンを合わせて3人、差しが2人、追い込みが2人のあまり差がないレース展開になった。

 

問題が起こったのは第3コーナーに差し掛かった時だ。先頭とその後ろの逃げウマ娘が後続と2バ身もの差で走っていた。しかし、直後3番手に控えていたノルンが急速に速度を上げて逃げウマ娘に並ぶと一気に抜いた。

 

明らかにかかり気味な加速に見ていたトレーナーや観客はどよめき、誰もが『減速する』と思っていた。第3コーナーからの加速など自殺行為に等しい。でも、それは“普通”のウマ娘だったらの話だ。

 

1歩、また1歩とノルンがターフを踏み込めばグングンと加速していく。逃げウマ娘も先行ウマ娘も追いつけない程の独擅場で最後の直線を走り抜ける。

 

ゴールした時には6バ身というメイクデビューではありえないほどの大差で勝利を手にしていた。

 

「ぶい!」

 

「お前なんかこう……予想外が好きなやつだな」

 

「?」

 

「いや、分からないならもういい……帰ったら軽くミーティングするぞ」

 

「了解しました〜。って言いたいけど今からライブですよ?」

 

「あっ」

 

完全に頭の中からライブそのものが抜け落ちていた。そういやこいつにライブの振り付けと歌の指導したことの無い事実を思い出して汗を浮かべる。

 

「やばい、ダンスを教えてないっておハナさんに知られたら……」

 

怒鳴られるどころの話では無い。それこそ次の飲みで懐が寂しい中全額払わされるかもしれない焦りが湧き出てきた。

 

今ここで教える?だが、バックダンサーの立ち位置を教えている暇もない。これでは連携が取れなくてライブがめちゃくちゃに……マジでどうすれば。

 

「ちょいちょい、私はオタクですよトレーナー?ライブの振り付けくらい完璧にこなせますって!」

 

「……お前が女神か?」

 

「違います」

 

ノルンがオタクやっててよかったと初めて心の底から思った。『オタク活動をさせてくれ』と言われた時は不安だったが、今回は首の皮一枚繋がった……。ちなみに給料日までもやし生活をする覚悟は無駄になった。

 

______________________

 

「ちょっと聞きたいんだが……今回レースなんであそこで加速したんだ?お前くらいなら4コーナーを回った後からでも余裕で抜けたんだろ?」

 

「まぁ、示しをつけるって感じですかね…」

 

「示し……?」

 

無事なんのトラブルもなくライブを終えて、会場を後にした私たち。その帰り道でトレーナーさんが運転しながら質問してきたので、私が答えてあげると訳が分からないと言ったような呟きが聞こえてきた。

 

「そうですよ。今はその意味が分からないと思いますけど、来週のメイクデビューを見ればすぐにわかると思います。私が走る世代というものを……」

 

「来週、か。……特にめぼしい娘はいなかったと思うが……」

 

「うちのルームメイトの『ミルキークラウン』。彼女は短距離に出るそうです。実力は保証しますよ。ぶっちぎりで彼女が勝ちます」

 

「お、おぉう。お前にそこまで言わせるなんてよほどなんだな……。でもその子は短距離なんだろ?中・遠距離タイプのお前とは縁がないように思えるが……」

 

トレーナーさんの言い分はもっともだ。それに事実でもある。ミルキークラウンは生前のレースで短距離とマイルしか走ってこなかった。中距離まで持つスタミナがなかったせいだ。……その分、短距離でのスピードは凄まじかった。

 

彼女と競い合った回数は少なかったものの、毎度油断出来ない相手だったのは明白だった。いや割とガチで強いんよなあいつ…。

 

「確かに彼女は短距離タイプの娘です。事実ですし私と競い合う回数も少なくなるのですが、問題はあと2人です」

 

「二人……?」

 

「はい……」

 

ペラっとトレーナーさんから受け取ったメイクデビューの出走予定表の中にある2つの枠に丸をつけて両手が塞がっているトレーナーさんに見せてあげる。

 

「『オリオトメ』と『グランロウル』。この2人が確実に1着をとると断言します」

 

「オリオトメ……確かリギルに入った子だったな。選抜レースはパッと目立つようなものではなかったが1着。珍しくおハナさんが声をかけたって言うのは聞いたぞ?そっちは知っているが、グランロウルって名前は聞いたことがない……」

 

「最近引き抜かれましたよ……三上トレーナーに」

 

『オリオトメ』、前世で最大のライバルだった奴の名前だ。初めて競い合ったのは『皐月賞』そこからクラシック路線の『日本ダービー』と続いたが、『菊花賞』は足の様子を見て出走回避。

 

後に『天皇賞・秋』『宝塚記念』で何度も競い合ったが、無論のこと全て私の勝利に終わった。

 

しかし、実力はある。全てのレースにおいて着外になることは1度もなく、この私相手に2馬身以上で負けたことがないのだ。

 

『レイゴウノルンさえいなかったら最強の名を欲しいままにしていた』と言われるほど、オリオトメの実力は高い。

 

そしてもう1人、『グランロウル』は前世で3歳後半で実力の頭角を表した子だった。4歳の時に『有馬記念』や『大阪杯』で競い合ったことはよく覚えている。彼は晩成型という訳では無い。ただ単に足が弱すぎただけだったのだ。

 

産駒時代は自力で走ることもできないほど弱い足だったが、彼があそこまで活躍できたのは変わり者の馬主と調教師のおかげであることは間違いない。

 

その変わり者が今世において、『三上トレーナー』だったというわけだ。まぁ、あの人の腕にかかればグランロウルの足なんて手を軽く捻るようなもんだろう。

 

「三上さんか……。あの人変わってるからなぁ」

 

「それ、トレーナーさんが言えた口じゃないですよね?」

 

特大ブーメランもいいとこだぞ。あの人もあの人でおかしい所はあるけど、無断でウマ娘のトモに触るトレーナーも十分おかしいからな?

 

全く……東条さんと六平トレーナーを見習ってほしいものだ。

 

「それで?お前は見に行くのか?」

 

「一応……ていうか、見に行かないと後々めんどいので…」

 

「めんどい?」

 

「ん〜、まぁこっちの話です気にしないでください」

 

「そうか、お前がいいって言うならそれでいいさ」

 

「はい。あ、そこ右ですよトレーナー。どさくさに紛れて帰ろうとしないでください」

 

「……バレてたか」

 

レース前にご馳走してくれるっていたのはトレーナーさんだよね?あなたの財布が軽いのは知っているのでさすがに抑えるよ。ウマ娘の食欲を知ってるからって会話で気をそらすような真似はセコい、セコいすぎる。

 

初の勝利くらいはパーッと祝って欲しいもんだね。

 

_____________________

 

○月○日 メイクデビュー 芝2000m

 

『オリオトメ!やはりオリオトメが出てきた!4バ身にリードを広げながら、今ゴールを駆け抜けた!1番人気の実力を見せたオリオトメ、圧勝です!』

 

2日後 ○月○日 メイクデビュー 芝1200m

 

『ここで抜けてきたぞミルキークラウン!周りのペースなど気にしないとばかりに突き進んで行く!速い速い!グングンと加速していき、2バ身差でゴール!五番人気でありながらその実力を遺憾無く発揮した!』

 

翌日 ○月○日 メイクデビュー 芝2000m

 

『グランロウル!スタートと同時に抜け出した逃げ足はまるで衰えない!競り合いが予想されたレースの中でグランロウルが今、3バ身で1着を掴み取った!新星の猛者が揃う中!グランロウル堂々の1着です!』

 

______

___

_

 

「ほら、私の予想通りでしたね」

 

「お前を疑ってた訳じゃないが……いくらなんでも強すぎないか?お前と実力はほぼ同等だぞ?」

 

「はい、おっしゃる通り実力も技術もほぼ同じですよ?まぁ…違いがあるとしたら運とか気合いですかねぇ」

 

「不確定要素すぎて先が不安になってきた……」

 

学園内のカフェテリアで私とトレーナーはメイクデビューの動画を見直していた。いや〜、こういう時に公式から動画出してくれるのはすごく助かるねぇ。

 

しかしまぁ……こいつら体出来すぎじゃないか?全盛期ほどとは言わないけど、今でもGI出れば入着位は固いはずだ。そもそも、ミルキーに関しては同年代に強敵になり得るウマ娘がいないと言う確信がある。

 

しかしここまで出来上がっているとなると……確実にミルキー除く2人も“持っている”可能性が高いな。やっぱりそうなると、実力じゃなくてレース展開の読み合いが重要になってくるかもしれない。

 

「それはそうと……お前これ全部見に行ったのか?」

 

「見に行きましたよ。だから言ったじゃないですか『後々めんどくさい事になる』って」

 

「い、いや、その面倒くさいが具体的にどう言う「あら〜、トレーナーさんと仲良しですね。ノルンさん♪」ミ、ミルキークラウン……!」

 

「“ライバル”の確認をしてるだけだよ?ミルキーさん?」

 

「まぁまぁ!この私がライバルなんですね!嬉しいです!」

 

「いや、短距離であんなえぐい加速してる君がライバルじゃないわけないじゃん?」

 

ニッコニコの笑顔でトレーをもってやってきたミルキークラウン。彼女とは中距離以上でのレースでは縁が無いが、それでもマイルの舞台ではぶつかり合うこと間違いなし。今のうちに対策をしておかないといけない。

 

特にあの加速力……あれは私でも抜かれないようにするので苦労するのだ。上がり三ハロンだと私たちの中で間違いなくお前がナンバーワンだ。

 

「そういえば、私のレースを直接ご覧になられたそうですね?」

 

「見に行ったよ。だって見に行かないと後でグチグチ言いに来るんでしょ?」

 

「まぁ……グランさんはともかく、オリオトメさんは気にしてそうですものね……」

 

「随分と詳しいね?もう会ったの?」

 

「はい!チームの練習中に少し!あっ、あとあの御二方も()()()()()()()()?」

 

「……やっぱり持ってたか」

 

ファーストコンタクトには気をつけるか……。グランの方は意外と気さくに行ってもいいかもしれないけど、オリオトメの方は慎重に行かなきゃ険悪になりかねない。

 

あいつ前世の時は無愛想だったもんな。一緒の場所で過ごしてたわけじゃないし、あいつの全部を知ってるわけじゃないけど慎重に行かないとな。

 

「それよりさ、ちょうど今からお昼みたいだし一緒にどう?」

 

「あら?よろしいので?お二人のお邪魔になるのでは……」

 

「そんなことないって!ですよね?トレーナー?」

 

「別に問題は無いぞ。ノルンの同室の子だし、仲良くなっておいて損は無いからな」

 

「さあさあ!隣にどうぞどうぞ!」

 

「では〜お言葉に甘えさせていただきますね」

 

その後、トレーニングの始まる時間までミルキークラウンと私たちは雑談をまじえながら昼食を共にした。

 

ミルキーのチームメイトやトレーナーさんのことを聞かせてもらった。代わりにスピカの現状を含めて私のことを話してみると、「なら、私にもご協力させてください」と何故かチームを立て直す協力者をゲットしてしまった。

 

私とトレーナーも猫の手も借りたい状態だったので、快くその協力に感謝した。なんかそのうちゴルシちゃんが人参の押し売りでチーム加入を迫りそうだったので、早めに解決したかったので万々歳だ。

 

それ以降も暇な時があったらミルキーと昼食を共にするようになった。そのうちミルキーのチームメイトも紹介してくれるそうだ。今から胸がドッキドキのバックバクである。

 

何はともあれ、無事に前世のライバル達もメイクデビューを果たした。これからは本当の勝負の世界……私にとっては前世同様の“負けられない戦い”…………そして、ある意味馬と人との違いに振り回される生活の始まりだった。

 

______________________

 

「今期の子達は素晴らしいですね!いい記事がかけそうです!」

 

「先輩……ってまた動画見直してるんですか?そろそろ取材の日程ですよ?」

 

資料片手に同じ部署の先輩、『乙名史 悦子』に話しかける松島。当の本人である乙名氏は画面の動画に釘付けであったが、なんとか松島の声で意識が画面から事務所に引き戻された。

 

「そういえば松島さんって今期の子の中に知り合いがいるって言ってましたよね?」

 

「あぁ、『ノルンちゃん』ですね?あの子いいですよぉ。可愛いし、気が合うし、それに強いですし。非の打ち所がないマジパーフェクトプリーチーウマ娘なんですよ!!」

 

「では、その子の取材はあなたの方がいいですね。私は他の子達をを回りますので、あなたはレイゴウノルンとその周囲の取材をお願いしてもいいでしょうか?」

 

「い、いいんですか?先輩だって楽しみにしてたんじゃあ……」

 

「いいんですって。知り合いの方が何かと色々聞けそうですし………まぁ、少し残念なんですけど」

 

「……彼女に先輩と会っていいかどうか聞いてみましょう。オフで」

 

「オ、オフですか!?いや、それは流石におこがましいというか、それに必ず打ち解けれるかどうかも……」

 

「先輩……彼女は私と同じ“同志”だから上手く行きますよ。絶対」

 

 




ご愛読頂きありがとうございます。

何ヶ月ぶりかの更新です。1度内容を全部読み直してからの内容なので、若干構想にズレがあるかもしれません。あと勝負服に関してはもう少し先にさせていただきますね。

感想と評価をよろしくお願いします。


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Mad & Science 【奇妙な科学者】

「次に出るレースはどうする?」

 

「とりあえずジュニア級で出れるGIに出たいかな」

 

「GIかぁ……出れるには出れるがアイツらも出てくるかも知れないぞ?」

 

オリオトメやグランロウルのことだろう。確かにあの身体の仕上がりようなら出てくる可能性もあるが、あれは中・遠距離での話だ。私は……

 

「私は朝日杯フューチュリティステークスに出るつもりだからあの二人は出てこないはずだよ」

 

「朝日杯フューチュリティ……ってマイルだろあれ!?お前マイルも走れるのか!?」

 

「だいたい私は短距離がちょっと苦手なだけで、ほとんど芝の全部の距離は走れますよ?」

 

「ぜ、全距離って……じゃあダートは!?」

 

「あっ、流石にダートは無理です」

 

「そ、そうだよな。さすがに無理だよな……」

 

疲れた様子で椅子に座りこんだトレーナー。その顔には少し疲れの色が見える。最近、何やら忙しそうだし気を使ってはいるが……。

 

「トレーナー……最近休んでる?」

 

「ん?あぁ、毎日ちゃんと寝て食べてるぞ。体調を崩したら元も子も無いからな」

 

「……ほんと?」

 

「ほんとだってば」

 

な〜んかきな臭いんだよねぇ。トレーナーって勝手にトモを触ったり、ズボラなところはあるけど、ウマ娘には絶対に一途なんだよ。心配させまいと我慢してる可能性もある。

 

ただここで踏み込んでしまうのもまずいな。トレーナーが隠したがってることだろうしここは無理しないようにそっと見守ってあげるしかない。やれることが無いのは心苦しいが、これが最善なのだ。

 

「じゃ、俺はそろそろトレーナーミーティングがあるから会議に行くが……お前はどうする?」

 

「軽く流しながらアップとしてゴルシちゃんを捕獲してきます」

 

「……そ、そうか。まぁ程々にな?それじゃあ俺は行くから」

 

そう言い残してトレーナーはトレーナー室を出ていった。メンバー集めもそうだが、最近はメイクデビューもあってドタバタしっぱなしだったからな。そろそろトレーナーにも休みが欲しいところだ。

 

しかし、それでも簡単に休めないのがトレーナーという職業なのだ。ウマ娘のトレーニングや体調管理はもちろんのこと、スケジュール管理、トレーニング内容の修正及び提案、ファンへの対応やネットワークの監視、その他etc……などなどの業務が目白押し。

 

年に休みが貰えたとしても累計で40日〜60日程度……はっきり言ってブラックである。しかし、それに見合った報酬はちゃんと払っているし、福利厚生もしっかりしている。

 

メリットとデメリットがあるこの職業だが、ウマ娘が好きの一途でもある彼らからしたらメリットしかないのだろう。だからこそ無理をして倒れてしまうリスクが高いのだ。

 

(はぁ……トレーナー達ってなんで誰も彼もこう自分に無頓着なんだろうか)

 

トレーナー室でジャージに着替えて廊下を歩く。せめて自分のトレーナーだけでもそろそろベッドにぶち込むべきだ。でも、素直に寝てくれるとも思えない……何かいい方法はないだろうか?

 

「やぁやぁ!そこのウマ娘くん!少しいいかい?」

 

「ンピッ!わ、わわ私のことでしょうか!!?」

 

急な呼び掛けに1歩も耳もピンと上に立ってしまった。振り向くとこちらに向かって歩いてくるのは、栗毛の美しい白衣のウマ娘だった。

 

「その通りさ!急に驚かしてすまないねぇ。実は君に少し協力してもらいたいことがあるのだよ」

 

「は、はぁ……それは私ではないとできない事だと?」

 

「そうでは無いのだが……他には断られてしまってねぇ。人助けなるぬウマ娘助けだと思って協力してくれないだろうか?」

 

「そ、それはもちろん構いませんが!」

 

ハイライトのない瞳、少しくすんだ栗毛、遠くからは見えない程度で白衣には謎の液体が付着していた。見るからに怪しいのだが、ウマ娘相手ではそんな思考など宇宙の彼方へと吹き飛んでいた。

 

「あ、あの!あなたのお名前は……」

 

「ん?あぁ、初対面なのに名乗り忘れていたね。私の名前は『アグネスタキオン』……ただのしがない研究者さ」

 

そう言いながら『アグネスタキオン』と名乗った彼女はクスリと妖艶な笑みを見せた。そして、私はその姿を直視して気を失いかけたのだった。

 

______

___

_

 

「本当に大丈夫なのかい?体調が悪いのなら別日でも……」

 

「いえ!全く問題はありません!むしろ、さっきより俄然やる気が出ました!」

 

「そ、そうなのかい?それならまぁいいんだけど……」

 

気を失いながらもなんとか最後の一線でギリギリ踏みとどまった私に、タキオンさんは随分と心配してくれた。優しい……白衣も相まって天使に見えてくる。

 

それはそうとてやってきたのは旧理科実験室。数年前に新しい理科室ができてから誰かに占領されているとは聞いていたが、タキオンさんだったのか。

 

教室の扉を開けると見えたのは、様々なフラスコや試験管の中に入った薬品、実験に必要な道具のその他諸々……まさに自分のラボといったような雰囲気だった。

 

「紅茶とコーヒーがあるのだが……君はどっちがいいんだい?」

 

「えっと……じゃあコー「紅茶だろう?」いや、あのコ「紅茶だよねぇ?」…………紅茶で」

 

半ば無理矢理紅茶に決定してしまった。コーヒーになにか恨みでもあるのだろうか……タキオンさんは。

 

「さて、それでは君にやって欲しいことなのだが……」

 

「は、はい!それはいいんですけど……お砂糖そんなに入れて大丈夫なんですか?」

 

「逆に何が問題なのかな?美味しく飲めるのならどれほど砂糖を入れてもいいはずだろう?」

 

「えっ、まぁ……それぞれによるとは思いますけど……」

 

同意はするものの、タキオンさんの紅茶に入っている砂糖の量はあまりにも異常だった。角砂糖どんだけ入れてるんだ……それ5個目だぞ……。えっ、その中にミルクまで入れるの?そんなドバドバと?

 

「うん、やっぱり紅茶にはこれだね」

 

あれが普通なのかぁ……。血糖値とか大丈夫なのかあれ?多分そのうち健康診断で引っかかるかもしれない。

 

「そ、それで!?本題はなんでしょうか!?」

 

「あぁ、君には第1被検体として私の薬を飲んで欲しいのだよ」

 

「く、薬ですか……?」

 

「その通り、私はウマ娘の限界を超える研究をしていてねぇ。そのために色んな薬を試作しているのだよ。有毒性がないことはもう実証済みだから何の心配もせずにグイッといきたまえ」

 

タキオンさんから手渡されたのは試験管の中身に注がれている緑色の液体だった。正直、これをなんの疑いもなくグイッといけるほど私も馬鹿じゃない。

 

「あの〜、飲む前につかぬ事を聞きたいんですけど……」

 

「ん?なんだい?」

 

「タキオンさんって色んな薬を作ってると言ってましたよね?その中に『疲労に効果のある薬』とかあったりしませんか?出来ればこの薬を飲む対価としていだければと……」

 

「あるにはあるが……どうしてそれを?」

 

「最近トレーナーの疲労が溜まるほど無理をしているみたいで……。何とかしてあげたいと思ったんです」

 

「ほうほう……それならいいものがある。疲労困憊、肩凝り冷え性、快眠導入に効果のある素晴らしい1品だ。飲んでくれる対価としてなら喜んで譲ってあげよう!」

 

「本当ですか!?ありがとうございます!」

 

「礼はいいさ。実験の対価としては安いものだからね?さぁ!私にその薬の効果を見せてくれたまえ!」

 

「はい!グイッと行かせていただきます!」

 

______________________

 

「はぁッ!……はぁッ!……ど、どうでしょうかタキオンさん!?」

 

「君のポテンシャルが高かったのを除いたとしても、この距離でこのタイムは驚異的だねぇ。また一歩研究が完成に近づいたよ」

 

「それは良かったんですけど……なんか身体中が鉛のように重いような……」

 

「今回の薬は一時的なブースト剤みたいな感じだからねぇ。引き出された能力分の体力が消費されているんだろう。少し休めば問題はないはずだよ」

 

「そうなんですね……流石にこれ以上はちょっとキツいんで休ませてもらいます……」

 

薬の服用後、タキオンさんに連れられて芝コースへと移動。そこで3000mのタイムを計測して、過去のレースデータなどと比較して変化を観察するらしい。

 

タキオンさんには長距離を走れるスタミナを持った友人がいるらしいのだが、最近はあいにく予定が合わず、代役として私が選ばれたということだ。

 

もしも、私に長距離適性がなかったらどうなっていたのだろうか?とも思ったが、適正距離に関してはさほど問題は無かったらしい。短距離でもマイルでも時間の変化を計測できるみたいだが、データとの差があまりないので長距離の方が何かと都合が良かったのだ。

 

「不思議だねぇ。君のような体躯であれほどのスタミナとスピード……それほどの運動能力をどこから補っているのか興味が尽きないよ」

 

「タ、タキオンさん?なんで徐々にこっちに近づいて……」

 

ずいっと顔を近づてけてきたタキオンさんに動揺を隠せない。鼻先が触れ合ってしまうほどの近さでじっと目をのぞき込まれてしまう。

 

あー!ダメですダメです!こんな距離で見つめられたらいい匂いといい顔とその獲物に絡みつくような瞳がもう無理……しゅき……。

 

「君は随分と優秀だからねぇ。どうだい?これからも私の被検体として働くというのは……「また他人に迷惑かけてるんですか?タキオンさん」おっと、これはこれはカフェじゃないか!」

 

意識が自動シャットダウンを行う前にタキオンさんが引っ張られて、私の目の前から引いて行った。あ、危なかった……一瞬体が浮いた感じがしたけど無事だった……。

 

「また他の方を使って実験ですか?いい加減周りを巻き込むのをやめたらどうなんです?」

 

「そうして欲しくなければ君が私の実験を手伝えばいいだけの話じゃないか。今回も君が断ったから彼女に代役を頼んだのさ」

 

「それとこれとは話が別です。私が手伝うことなど有り得ませんので、そこら辺を承知した上で他人を巻き込まないでくださいと言っているのです」

 

「ほぉ〜?言ってくれるじゃないかカフェ?そこまで言われたら無理やりにでも実験に付き合わせたくなるねぇ」

 

目の前で喧嘩を繰り広げるタキオンさんとカフェさんというウマ娘。

 

バッチバチの喧嘩を繰り広げている場所で言う感想では無いと思うけど……ありがとうございます!険悪な場で言うのは流石にダメですけど、こういう喧嘩はじゃれ合いのように見えるのでセーフなのです。

 

やっぱりオタクたるもの?空気を読むスキルというのは必須な訳でして……本当に怒ってるのと、怒ってるように見えて楽しんでいるの違いを見極めるのは得意なんですよね!

 

私の慧眼(ウマ娘のてぇてぇ限定)の判定ではこの喧嘩は“白”です!私が介入する必要無し!終わるまで傍観するが吉と出ました!なのでこのまま空気として見つめさせて……

 

「あなたも大丈夫ですか?タキオンさんの薬で体調がおかしかったりとかは……」

 

「あっあっ…い、いえ!全く問題ない、でしゅ!」

 

「……ほんとに大丈夫なんですか?」

 

くれないのが現実なんですよね。カフェさんもすっごい優しいよぉ。えっ、手も足もほっそ!?これで長距離走れるって、すご。

 

「顔が赤いですね。彼女に何かしたんですか?タキオンさん」

 

「どちらかと言うと原因は君なんだけどねぇ。だけど、このまま勘違いされたままだと面倒だ。1から説明してあげようじゃないか」

 

______

___

_

 

「なるほど……トレーナーさんのため、ですか」

 

「は、はい!タキオンさんの薬ならなんとかできるかなぁ?と思いまして……」

 

「やめておいた方がいいですよ。この人のトレーナーさんはほぼ毎日ゲーミング色に光ってますからね。何が入ってるか分かったものじゃないですよ?」

 

「随分と酷い言い草じゃないか」

 

所戻ってタキオンさんの研究室。どうやらここはタキオンさんとカフェさんが共同で使用しているらしく、タキオンさんが紅茶しか飲まないのにコーヒーを置いていた理由はカフェさんがコーヒー好きだからだそうだ。

 

正直言って最高。同棲?同棲じゃんこれ、険悪に見えてほんとはお互いの事をよく知っている感じのアレじゃん!ものすごく好きなてぇてぇ展開ですこれ。

 

「そうそう、これが報酬の薬さ。錠剤タイプはあまり好きじゃないんだがねぇ。まぁ製造過程の問題で錠剤になったと思ってくれ。寝る前に1錠で効果があるから容量はしっかりと守って使ってくれたまえ」

 

「わぁ!ありがとうございます!」

 

「……どうなっても知りませんからね?」

 

意気揚々と薬を受けとった私は早足でその場を後にした。タキオンさんからは「暇な時にいつでも実験の手伝いをしに来てくれないかい?」とお誘い頂いたので、レース期間ではない時に限り協力するとだけ言っておいた。

 

そのままトレーニングにやってきたトレーナーに錠剤を渡し、寝る前に1錠飲むように伝えて、その日は悩み事もなくそのまま布団の中でぬくぬくと安眠を迎えたのだった。

 

_______________________

 

「これはどういうことか説明はあるか?」

 

「……」

 

「ッ!ッ!!アハハハハハハ!」

 

次の日、トレーナー室では正座させられた私と、腹を抱えて床をころげ回ってるゴルシちゃんと、そして()()()()()()()()()()トレーナーの姿があった。

 

「昨日お前に渡された錠剤を飲んで朝起きたらこうなってた訳だが……お前マジで何飲ませたんだよ」

 

「疲労に効果が抜群の錠剤です」

 

「……だから、いつも以上に体が軽いのか。まぁそれはいいとして、出処は?発光してるから心当たりは一人しかいないが……」

 

「アグネスタキオンさんです」

 

「はぁ〜、やっぱりあいつだったか」

 

ガジガジと頭をかくトレーナー。ちなみに副作用について私は一切知らない。まさか飲んだ人があんなスー○ーサ○ヤ人みたいになるとは思わなかった……光ってるのがトレーナーだとすっごく面白く見える。

 

「関わり合うな……とまでは言わねぇけど、あんまり過度な付き合いはやめとけよ?」

 

「はい……」

 

「とりあえず言いたいことはこれで全部だけどさ……これいつになったら消えるんだ?」

 

「わ、分かりません……説明とか何も受けてないので……。タキオンさんに聞く他ないかと……」

 

「……ほんとにあいつと関わる時は気をつけろよ。ほんとに……」

 

トレーナーと会ってから1番重い言葉だった。現状何も手の打ちようがないので、最悪今日一日だけはそのまま過ごすしかない。……自分に置き換えたら本当に耐え難いなぁ。

 

「す、すみませんでした……」

 

その後のトレーニングでは周りの目が気になりすぎて、私とトレーナーの間では気まずい雰囲気が漂い続け、珍しくトレーニングに参加したゴルシちゃんはずっと笑いを抑えるようにプルプルと震えているのだった。

 




ご愛読いただきありがとうございます!

タキオン、カフェ登場回となりましたね。こういう風にここのキャラと出会う話をちょいちょい盛り込んでいこうと思っていますので、楽しみに待っててください。

感想・評価 よろしくお願いします!


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この孫にして、この破天荒な祖母あり

「だ〜か〜ら!なんで色は赤色とかの暖色系で統一しようとするの!私は黒とか青の方が似合うって!」

 

「いいえ!ノルンちゃんのイメージ的には暖色がピッタリよ!いいから口を挟まず私の案を参考にしな!」

 

「はぁ!?勝負服は生徒の要望で作られるんだからそっちの案を重視しなきゃいけないルールなんてないでしょ!私はこっちの方がいいの!」

 

ガミガミとトレーナー室で言い争い合うのは、レイゴウノルンと女性のご老人。お互いがお互いに自分の主張を曲げないので、言い争いが泥沼と化していた。

 

「でしたら、青や黒をベースとしたドレスと言うのはどうでしょうか?」

 

互いの主張を崩さぬようバランスを取った意見を記者の松島さんが提案するものの……。

 

「ヤダ!色はいいけどドレスはヤダ!」

 

「私も反対!ドレスはいいけど色がダメだ!」

 

両者ともに速攻で否定し、また話が最初へと戻った。『ワガママがすぎるだろ』と思っていそうな顔で、トレーナー室の端に控えている沖野トレーナーはうんざりしながら、2人のやり取りを眺めている。

 

さて……今このトレーナー室で起きていることに関しては大体内容が掴めたものの。

 

「なぁ、トレピッピ……どうなってんだ?これ」

 

「話せば長くなる……」

 

何がどうなってこうなったのかを、私は黙ってトレーナーから聞くことにした。

 

_______________________

 

遡ること2日前……

 

「取材?」

 

「そう、お前もうレースの出走届で朝日杯フューチュリティに出るのは決まってるだろ?事前調査の3番人気まではコメント付きで雑誌に出されるからノルンも意気込みとか考えとけよ」

 

「えっ、私って3番人気なんだ……」

 

「お前ほんと自分に関して無頓着だよな……1番人気だぞお前」

 

「へ?」

 

今なんと……?私の耳がおかしくなければ『1番人気』と申しましたか?3番人気以下ならまだしも、他の娘達を差し置いて私がイチバンニンキ?ありえないでしょ。

 

「なんでかは分からんが、お前に相当なファンがいるらしい」

 

「えっ、本当ですか?私ってまだデビューしたてであんまり知名度はないですよね?」

 

「そうなんだよ。なんでこんなに人気が出てるか不思議で仕方ない……」

 

私から特にしたことは……ないかな。出たレースもメイクデビューだけだし、学園外に出たのもミルキークラウンと買い物したり、ちょいちょい実家に帰ったりしてる時くらいだ。

 

他に目をつけられそうだとしたら夏休みの合宿が原因の可能性はあるのだが、あいにくチーム数2人の我らが『スピカ』ではそもそも合宿に参加すること自体が不可能。

 

だとしたらこの人気は何なのだろうか……う〜ん、まるで見当がつかない。

 

「まぁ、事実は事実だしな。取材は2日後だからちゃんと準備しとけよ?」

 

「分かりました。まぁ、何とか乗り切ってみせます」

 

_____________________

 

「……っていうやり取りが2日前にあった」

 

「なおのことさら、こんなカオスになる理由がわからんぞ?トレピッピ」

 

いつも奇行に走るゴルジでさえ真面目に話を聞きいるほど、場の雰囲気は混沌と化していた。部屋中には何枚もの衣装案と思われる紙が散らばり、机を挟んで2人が言い争っている。

 

「というか、あの婆さんどっから湧いて出てきたんだ?少なくとも2日前にはただ取材の予定だったんだろ?」

 

「婆さんって呼ぶな。あの人は世界的に有名な衣装デザイナーの『AZUKI』さんだぞ」

 

「AZUKIって……日本だけじゃなくて海外でも有名なデザイナーだったよな?中でもGIの勝負服のデザインは格別って言われてる」

 

「そう、そのAZUKIさん。んでもって、ノルンの祖母らしい」

 

「マジか。あいつの家って有名人多すぎだろ」

 

『AZUKI』、日本だけでなく世界各国を渡り歩く神出鬼没の天才デザイナー。その斬新なデザインから様々なブランド企業から声がかかるものの、本人はそれら全てを一蹴して自由気ままに世界を旅しているらしい。

 

だが、彼女が世界中から名声を集めるのはデザインだけによるものでは無い。彼女から送られる勝負服には『勝利の神様が宿る』とも言われるほど縁起のいいものなのだ。

 

だからこそ、彼女から送られる勝負服は全ウマ娘からしたら至高の1品に他ならない。

 

ピリリリ!ピリリリ!

 

「誰だこんな時に……ってたづなさんか。はい、もしもーー」

 

『ーーッですッ!?はやーーッ!』

 

「あの……たづなさん?音声が乱れて……」

 

『そちらは大丈夫ですか!?』

 

「「うおっ!!?」」

 

電話越しから聞こえてきた大声に沖野はもちろんのこと、近くにいたゴルシもビビるほど驚いた。しかし、言い争っている2人と松島さんには全く聞こえてない様子。

 

「た、たづなさん!?大丈夫とは一体……」

 

『詳しく話してる時間はありませんが、“彼女”がそちらにーー!』

 

ドン!!!

 

その瞬間、トレセン学園内全体が揺れ動いた。何が起こったのかは分からない。だが、これだけは確実に分かる。

 

ドン!ドン!ドン!

 

確実にこの部屋へと向かってきていることが。

 

バゴォン!!

 

部屋の扉は跡形もなく粉砕された。他ならぬ1人のウマ娘によって。

 

『……沖野さん。私達がそちらへ行くまでなんとか持ちこたえてください!』

 

「いや、無理だろこれは」

 

「激しく同意だぜ」

 

扉をぶち破って来たのは芦毛のウマ娘。しかも、生徒では無い完全に外からの来園者だった。

 

「ノルンちゃんに何やってるの!!?母さん!?」

 

「……それは私が言いたい。扉をぶち破る不良娘に育てた覚えは無いはずだ」

 

「あれ?お母さんじゃん」

 

「カオスここに極まれりだな」

 

芦毛のウマ娘の正体はノルンの母親だ。沖野は意外に思うと同時に、彼女ならあれほどの轟音は出せるか……。と謎の納得をしてしまう。

 

「す、すごい……。世界中を飛び回るデザイナー界の女王、GI累計5勝のスーパースターウマ娘、それに未来のレジェンド候補のノルンちゃんが集まるこの場にいられるとは……感極まります!」

 

「もうあの人には帰ってもらえ。雰囲気台無しだし、そのうち気絶するぞ」

 

______

___

_

 

「で?なんで今更になって帰ってきたの?」

 

「初孫の初の晴れ舞台……帰ってこない方がおかしくないか?」

 

「見に来るのはいいとして、勝負服まで口を挟むことないでしょ?」

 

とても久しぶりに再会した親子とは思えないほどのギスギスとした会話。居心地の悪さは言わずともわかるだろう。

 

「トレーナー、これどうする?」

 

「どうするつっても……たづなさんに任せるしかないな」

 

「だね、流石の私もあの中には入りたくない」

 

「しかし、見ていてやはり親子という感じがしますね!」

 

「うん、松島さんはちょっと黙ってよっか?」

 

怒ってるお母さんを知ってるからこそ、マジで避けたい。なんなら空気になって隅っこにいたいくらいだ。まぁ、今回は完全にお婆ちゃんが悪いわけだが……。

 

「6年間も海外を飛び回って何考えてるかと思ったら今度は『孫のため』?そろそろ母さんとは徹底的に話し合いをするべきかもね」

 

「あぁ、望むところだね」

 

お母さんホントにお婆ちゃんの事嫌ってる節があるからなぁ。子供の頃から日本に置いてけぼりにされてたらそりゃ遺恨くらいは残るよね。これはお婆ちゃんが悪い。でもね……。

 

「はい、お母さんもお婆ちゃんもストップ。これ以上トレーナー達に迷惑かけないで」

 

「「でも……」」

 

「いい加減にしないとおじいちゃん呼ぶから」

 

「「……」」

 

孫に言い負かされる祖母と母親。どう考えてもパワーバランスがおかしいのだが、これはこれでいつもの家庭風景なのでなんの問題もない。

 

ちなみにお婆ちゃんもお母さんもおじいちゃんには頭が上がらない。おじいちゃんがなんの仕事をしてるのか全く知らないけど、色んな人と知り合いなのは分かっている。

 

「すみません!遅れました!!」

 

「あっ、たづなさん」

 

「ここにいましたね先輩とAZUKIさん!入園手続きをしてから入ってください!さぁ!行きますよ!」

 

「ごめんなさいね、たづなちゃん。ほら行きますよ母さん」

 

「……しょうがないな」

 

もはや扉が機能していない出入口からたづなさんがお母さんとお婆ちゃんを連れていった。去り際にお母さんが深々とトレーナーとゴルシちゃんに頭を下げて行った。

 

「さて、片付けますか」

 

「……そうだな。手伝えゴルシ」

 

「えぇ〜、なんであたしまで……」

 

「手伝ってくれたらまた焼きそば販売を手伝ってあげますよ。ゴルシちゃん」

 

「おっしゃ!速攻で終わらせっぞ!」

 

「わ、私もお手伝いさせていただきます!」

 

______________________________________

 

「そういやさ、お前の婆ちゃんいつ帰ってきたんだ?」

 

トレーナー室のドアを修繕中にゴルシちゃんが唐突に尋ねてきた質問に、私は即答で返す。

 

「今日の朝」

 

「今日の朝!?その足でトレセンまで来てんのかよ!?」

 

「元々フットワークが軽い人だからねお婆ちゃんは、1度飛び立ったら何年も帰ってこないっていうのはざらにあるし。だからお母さんもお婆ちゃんじゃなくておじいちゃんに育ててもらったんだって」

 

「なるほど……そりゃあ、お前の母ちゃんも良い印象持ってるわけねぇわな」

 

おそらく今回は衝動的な帰国だったんだろうな。お婆ちゃんが帰ってくる時は大体あの人お付きのマネージャーさんが一言お母さんに連絡入れてくれる。

 

しかし、お母さんは慌ててこのトレセンまでお婆ちゃんを追っかけてきていた。おそらくあっちのホテルも無断で抜け出してきてるんだろうなぁ。後で謝罪のメール送っとこ。

 

「口使いが男っぽいけど悪い人じゃないんだ。やることには熱心だし、他人のことをよく気遣えてる。それがもう少し身内に向いてればなぁ……って思うことはあるけどね」

 

「中々苦労してんだなぁ」

 

「それありきでもかなり愉快な家庭だけどね」

 

さてさて、こっからどうしますかね。あのお婆ちゃんが大人しく引き下がるとも思えないしなぁ。服のことになったらホントに頑固だから納得させるのも一苦労しそうだ。

 

……そういえば、1人だけ心当たりがいる。

 

「松島さん、連絡をお願いしたいんですけど」

 

「別に構わないですけど……誰にするんです?」

 

「とっても頼りになるコーディネーターのお姉さん」

 

________________________

 

「ほんっっっっとに、もう二度とこんなことがないようお願いしますね?」

 

「苦労をかけてごめんなさいね。ほら、母さんも謝って」

 

「悪かったね。お詫びとしてイベントでの考案の件を受けてあげるよ」

 

「ほ、本当ですか?早急に理事長へ連絡させていただきますね!」

 

電話をかけながら部屋を出ていったたづなを確認すると、AZUKIは一気に脱力した。

 

「……随分と仕事熱心のようですね」

 

「私のこと、まだ根に持ってるのか?」

 

「過去は過去、すぎてしまったことにとやかく言うつもりはサラサラないですよ。でも、あの子には自分の価値観を押し付けるような真似はしないで」

 

「わかってるさ。でも、可愛い可愛い孫だぞ?何かしてあげなければとは思うだろう」

 

「孫バカが悪いとは言いませんけど、限度を持ってくださいと言いたいのです」

 

母の言いたいことは分かる。私だってノルンちゃんのことが可愛くて仕方がない。でも、私は自分がこうなって欲しいという願望をノルンちゃんに押し付けたことは1度だってありはしない。

 

あの子には自由でいて欲しいから『擦り寄ってくる虫』を裏で払い除けながら今までやって来た。そこに関しては協力してくれた父さんには感謝している。

 

「あの子にはあの子なりの生き方がある。その邪魔を祖母であるあなたがしないでください」

 

「……分かってるよ。全く、あんたも爺さんに似たもんだな」

 

「私をほっぽり出して海外を飛び回ってるのに、性格が似るわけもないでしょう」

 

「それもそうか」

 

何気に数年ぶりの会話だ。別に話せない訳では無いが、子供の頃から父との二人暮しの方が長かったため、普通に母親とどう接していいのか分からなかっただけだったりする。

 

あれだ。他人とは違っていても自分の中では普通だと認識しているような感じだ。

 

「お待たせしました。手続きは問題なく完了しましたので、これからは自由に学園内を見回ってもらって構いませんよ」

 

「ありがとう、たづなちゃん。わざわざ許可まで取らせちゃって」

 

「いえいえ、理事長秘書なのでこれくらいは片手間で終わりますよ」

 

たづなから自分の名前が入ったネームタグを受け取る。これさえあれば外部のものであろうが、学校公認の来客として認められるというわけだ。

 

「それで、ノルンさんの元に戻られますか?話をするなら別の空き部屋を用意しますけど……」

 

「その必要は無いですよ、たづなさん!」

 

たづなの言葉を遮るようにして部屋に入ってきたノルンちゃんに、一同全員が驚いた。しかも、ノルンちゃんの後ろから先程の記者さんが何やらとんでもないスピードでメモ帳に何かをメモってる。

 

「必要は無いってのはどういう意味だい?」

 

「だって、もう私の勝負服のデザインも発注先も決まっちゃったもん」

 

「「「え?」」」

 

私、母さん、たづなの3人ともが声を揃えるほど、あまりに衝撃的な言葉だった。

 

「待て待て待て、その件についてはさっきまで私と話してたよな?どれがどうなったらこんな事になるんだ?」

 

「実はこの前雑誌のモデル(無理矢理)やったんだけど、その時の現場担当だったお姉さんから撮影の報酬を貰ってなかったんだよね。だから代わりに勝負服のデザインとかその他諸々全部の手伝いをお願いしたの。いまさっきだけど」

 

「先方からは快諾してもらっておりますし!何よりノルンちゃんのデザインはあまり修正点がなかったので、できるまでそれほど時間はかからないようです!」

 

我が娘ながら随分と行動的な子に育ったと思う。そこら辺はやっぱり母さん譲りのアグレッシブの因子が多く継承されたからかもしれない。

 

それにしてもノルンちゃんのデザインか……。さっきの様子を見るに母さんとは違ったファッションセンスをしているようだし、ちょっと……いや、かなり気になる。

 

「せっかくなら見せてくれないかしら?ノルンちゃんが考えた勝負服のデザインを」

 

「うん、いいよ。3つほど考えてたけど、やっぱり1番気に入ったのはこれかな」

 

1枚の紙を渡されると、中身を見てみる。なるほど……確かに似合いそう。それに母さんとはまた違ったデザイン性で斬新さがある。

 

せめて付け加えるなら……

 

「私の髪飾りあげるからそれも付けてくれないかしら?」

 

「おぉ!お母さんの髪飾りくれるの!?ありがとう!」

 

現役時代につけていた髪飾り。私よ無事を祈ってトレーナーさんが神社で願掛けしてもらったこともある。だけど、引退した私にとってはもう必要のないものだ。

 

「私の期待も一緒に乗せて走ってね」

 

「うん!頑張るよ!」

 

その瞬間に見せてくれたノルンちゃんの笑顔は、私が今まで見てきた中で1番輝いて見えた。




ご愛読頂きありがとうございます

勝負服の見た目に関しては前から言っていた通り、アンケートを取ります。『この勝負服がいい!』と思った選択肢に皆様方のたくさんのご投票をお願いします。

次回はちょっと初めての試みを行うので、更新まで少しお時間をいただくことになるかと思います。気長に待ってくださると助かるので、楽しみにしててくださいね。

感想・評価 よろしくお願いします!


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【閑話】とあるウマ娘を語るスレ

1:匿名ファン希望

【定期】この箱はウマ娘やレースに関する情報を共有するための箱です。楽しい場となるように節度を持った発言でよろしくお願いします。

 

2:匿名ファン希望

スレ立て乙

 

3:匿名ファン希望

お疲れ様っす

 

4:匿名ファン希望

さぁ〜て、語りますか

 

5:匿名ファン希望

今年もいい脚の娘達が多いよなぁ

 

6:匿名ファン希望

そうそう、特にメイクデビューとか圧倒的だったわ

 

7:匿名ファン希望

あ〜、確かに6バ身のレースとかもあったって聞いたけど?それってマジなの?

 

8:匿名ファン希望

>>7 それマジ、6バ身の娘以外にも目立った選手は結構いるぞ

 

9:匿名ファン希望

URAの公式ページに投稿されてるけど、ホンマやな

 

10:匿名ファン希望

短距離で走ってたあのミルキークラウンとかいう娘、めちゃくちゃどストライクなんだけど

 

11:匿名ファン希望

>>10分かる

 

12:匿名ファン希望

おっとりしてそうな雰囲気だし、それに……大きいよね

 

13:匿名ファン希望

本格化だとしても中学生であれは大きいだろ

 

14:匿名ファン希望

※>>12と>>13は身長の話をしています

 

15:匿名ファン希望

>>14 いや、それだけの話だけやないと思うで

 

16:匿名ファン希望

まぁ、実際大きいよねミルキークラウンちゃん

 

17:匿名ファン希望

プロフィール見て驚いた。170cm……俺よりでかいやん

 

18:匿名ファン希望

あれで中学生か……

 

19:匿名ファン希望

……ママって呼びたい

 

20:匿名ファン希望

1人やべぇの混ざってるぞ

 

21:匿名ファン希望

呼びたくなる気持ちは分かるけど、中学生にそれはアカン

 

22:匿名ファン希望

ミルキークラウンもいいけど、僕はグランロウルちゃんかなぁ

 

23:匿名ファン希望

インタビュー見たけど、なんか『何処吹く風』って言葉が似合いそうな娘だよな

 

24:匿名ファン希望

飄々としてるというか。掴みどころのない性格してそう

 

25:匿名ファン希望

『えぇ、僕は勝手気ままですからねぇ〜』って言ってる時の表情がまじでスコ

 

26:匿名ファン希望

イメージ的には日向ぼっこ中の猫だな

 

27:匿名ファン希望

>>26 うわ、マジでそれだわ

 

28:匿名ファン希望

でも、レースになったらすごい逃げよう

 

29:匿名ファン希望

最初から最後まで差が縮まってなかったからな。あれ怪我とかしないのか?

 

30:匿名ファン希望

あれくらいじゃあ怪我はせんだろ。契約してんの三上トレーナーやぞ?

 

31:匿名ファン希望

あぁ……あの人なら大丈夫か

 

32:匿名ファン希望

今のところ担当した娘達は全員が1度も怪我とか故障したことないよな?

 

33:匿名ファン希望

トレーナーとしては化け物、一人の女性としては奇人

 

34:匿名ファン希望

草www

 

35:匿名ファン希望

あまり間違ってないから何も言えないのが余計に笑えるんだけどwww

 

____________________

 

158:匿名ファン希望

やっぱりオグリ走らないのかなぁ。有馬記念

 

159:匿名ファン希望

オグリキャップって長距離よりマイルとか中距離のイメージの方が大きい

 

160:匿名ファン希望

スーパークリークは?あの娘なら長距離行けるやろ?

 

161:匿名ファン希望

クリークは今のところ様子見だから出る可能性の方が低いぞ

 

162:匿名ファン希望

やっぱり今年はシンボリルドルフかぁ

 

163:匿名ファン希望

まぁ、順当だわな

 

164:匿名ファン希望

有馬もそうだけど、3日後の朝日杯フューチュリティも気になるな

 

165:匿名ファン希望

そういやトゥインクルの発売って今日だったけ?

 

166:匿名ファン希望

>>165 今日発売であってる。ちな自分はもう買った

 

167:匿名ファン希望

早ぇな

 

168:匿名ファン希望

で?今ん所の暫定1番人気は?

 

169:匿名ファン希望

あの6バ身の娘が載ってるな。名前は『レイゴウノルン』だって

 

170:匿名ファン希望

あぁ、あのちっちゃい娘ね

 

171:匿名ファン希望

ちっちゃい言うけど、ちゃんと155cmはあるからな?

 

172:匿名ファン希望

>>171 周りがデカすぎる件について

 

173:匿名ファン希望

そら小さく見えるわ

 

174:匿名ファン希望

芦毛なんだなこの娘

 

175:匿名ファン希望

オグリやタマモに並ぶスーパースターになりうるか?

 

176:匿名ファン希望

昔なんて『芦毛は走らない』とか言われてたけど、最近はガンガン結果残してるよな。期待してまう

 

177:匿名ファン希望

メイクデビュー見てきたけど、えげつなくね?特に3コーナーからの加速が

 

178:匿名ファン希望

俺、実際に見に行ったけどさ。動画で見るのとは違うレベルの迫力があの走りにはあったよ

 

179:匿名ファン希望

うわぁ、そう言われたら見に行けばよかったっていう後悔が押し寄せてくるんだけど

 

180:匿名ファン希望

予定とかそこんとこの調整ムズいもんね。しゃあない

 

181:匿名ファン希望

逆に大舞台であの走りを初めて感じるという期待が持てたと思ってポジティブにいこう

 

182:匿名ファン希望

>>181 希望に満ち溢れてんな

 

183:匿名ファン希望

>>181 その考え方にシビれるし、憧れる

 

184:匿名ファン希望

朝日杯で圧巻の制覇を見せてくれたら、クラシックへの期待が高まるな

 

185:匿名ファン希望

ライバルになるとしたら誰だ?グランロウル?それとも、ミルキークラウン?

 

186:匿名ファン希望

まずミルキークラウンはないね。あの娘短距離専門みたいだし

 

187:匿名ファン希望

ワンチャンだけど、マイルでの対決なら有り得るかも

 

188:匿名ファン希望

でも、クラシックと言えば『皐月賞』『日本ダービー』『菊花賞』の三冠がほとんどメインでしょ?そう考えたら、ミルキークラウンがライバルなのはどうかなぁ?って思う

 

189:匿名ファン希望

それはそう。なら順当にグランロウルか

 

190:匿名ファン希望

いやいや、あと一人忘れてますよ?

 

191:匿名ファン希望

>>190 と、言いますと?

 

192:匿名ファン希望

>>190 誰?

 

193:匿名ファン希望

>>191 >>192 オリオトメっていう娘

 

194:匿名ファン希望

オリオトメ……確か今年リギルに入ったとだけ聞いたことあるな

 

195:匿名ファン希望

え?マジで?それ知らなかったんだけど

 

196:匿名ファン希望

確かにあの娘が走ってた時のメイクデビューの日は、観客が結構少なかったよな。俺もリギル加入については知らないし

 

197:匿名ファン希望

ミステリアスだなその娘。でも、リギルに入れたってことはかなりの実力者って事だろ?

 

198:匿名ファン希望

メイクデビューは4バ身差での圧勝だったぞ

 

199:匿名ファン希望

なんでそんな凄い娘に気づけなかったんだ?

 

200:匿名ファン希望

ここまで来ると情報が秘匿されてる感があるな

 

201:匿名ファン希望

まぁ、それらはおいおい語るとして……その娘もクラシックに期待が持てると?

 

202:匿名ファン希望

かなり有力。中距離適性もあるみたいだし、走りを見る限りそのレイゴウノルンとも差がないように思える。

 

203:匿名ファン希望

って事は、『レイゴウノルン』『グランロウル』『オリオトメ』の3人が注目株っと

 

204:匿名ファン希望

メモっとこ

 

205:匿名ファン希望

今のうちに推しとこ

 

206:匿名ファン希望

ちょっと失礼。トゥインクル読んでて少し気になったことが

 

207:匿名ファン希望

>>206 どうした購読君?

 

208:匿名ファン希望

購読君www

 

209:匿名ファン希望

また珍妙な名前が……

 

210:匿名ファン希望

名前は別にいいとして。さっきからプロフィールを読み込んでるけど、レイゴウノルンってメイクデビュー以外に走ってないってよ

 

211:匿名ファン希望

別におかしくはないよな?

 

212:匿名ファン希望

まぁ、それでも1番人気は凄いもんだが……

 

213:匿名ファン希望

いや、そうじゃなくて。ウマ娘のスカウトに必要な選抜レースすら出てないんだって

 

214:匿名ファン希望

なん、だと……?

 

215:匿名ファン希望

その娘の父親がお偉いさんで、既にトレーナーとの契約が確約されていた……とかじゃない?

 

216:匿名ファン希望

>>215 それだ!

 

217:匿名ファン希望

そうだとしても契約してるトレーナーがベテランじゃないから、その線は薄いぞ。

 

218:匿名ファン希望

えっ?じゃあどうやって?

 

219:匿名ファン希望

はいはい!俺一応URA関係者なんだけど、今年の一月辺りに一人トレセンの特別推薦枠に指名された娘がいるっていう情報がある!

 

220:匿名ファン希望

>>219 おい、それほんとに大丈夫なやつか?

 

221:匿名ファン希望

URA内とかトレセンでも既に噂になってるくらいだから大丈夫。そのうちメディアでも公表されると思う。

 

222:匿名ファン希望

なら良かった。続きはよ

 

223:匿名ファン希望

ハイハイ。実はトレセンの特別推薦枠って、まずは生徒会長が承諾しないと受理されないんですよ

 

224:匿名ファン希望

つまりシンボリルドルフが関係していると?

 

225:匿名ファン希望

やっば、天下のシンボリルドルフに目をかけられるとか、完全にエリートやん

 

226:匿名ファン希望

それだけじゃなくて、その手続きをしていたがほとんどアステルリーチだったんですよ。同意者欄にも名前がありましたし

 

227:匿名ファン希望

マジか……。その2人の推薦があれば、どんなトレーナーでも契約してくれるだろ?なんでベテランじゃないトレーナーなんだ?

 

228:匿名ファン希望

そこは本当に分からないんだ、すまん。けど、噂だと『リギルのトレーナー自ら選んだトレーナー』らしいぞ

 

229:匿名ファン希望

ほぇ〜、まだまだトレセンには隠れたトレーナーがいるみたいやね

 

230:匿名ファン希望

形はどうあれ、そのトレーナーの実力はこれから見ていかないとどうとも言えないな

 

231:匿名ファン希望

だな。それで他にも何か情報は?

 

232:匿名ファン希望

はい。別スレなんだけど、レイゴウノルンが人気の秘密みたいなスレがあったからちょっと覗いてきた

 

233:匿名ファン希望

なんだそのスレ

 

234:匿名ファン希望

バチバチ個人を語るスレやんけ。そんなに人おらんかったやろ

 

235:匿名ファン希望

いや〜、それが結構いてね?昨日3スレ目が立った

 

236:匿名ファン希望

は?

 

237:匿名ファン希望

3スレって……そこって一個人を語るスレであってんだよな?

 

238:匿名ファン希望

>>237 そこは間違いない。実際にレイゴウノルンのことしか話してなかったし

 

239:匿名ファン希望

中の方はどうなの?人気の秘密とか言ってたし、色んなことが語られてたんだろ?

 

240:匿名ファン希望

うん、ほんとに凄かった

 

241:匿名ファン希望

凄かったとは?

 

242:匿名ファン希望

話の内容が気になる。さっさと語れ

 

243:匿名ファン希望

えっと……まずはこの写真から

(迷子らしき子供と一緒に手を繋いで歩くノルンの写真)

 

244:匿名ファン希望

なんだこれ、可愛いかよ

 

245:匿名ファン希望

こういう景色を見ながら消え去りたい

 

246:匿名ファン希望

説明すると、迷子で泣いていた子供に一切の迷いなく近づいて、そのまま一緒にお母さんを探した。っていう話だね。実際に見た人から聞いた話では、ちゃんと目線を子供に合わせて頭を撫でながら少女をあやしていた模様

 

247:匿名ファン希望

なるほどな、そりゃ推すわ

 

248:匿名ファン希望

他にも人助けしてるってよ。ていうか、話の内容的にレイゴウノルンはトレセンに入学する前からずっと続けてるみたい

 

249:匿名ファン希望

ガチのええ子じゃん

 

250:匿名ファン希望

コレは人気は出るわ。なんたってもう推す準備始めてるもん、俺が

 

251:匿名ファン希望

スレ見てて、俺もガチ推しすることを決めた

 

252:匿名ファン希望

なんか面白そうだから俺も覗きに行こ

 

253:匿名ファン希望

俺も見に行ったけど中々ファンの男女バランス取れてんだよな

 

254:匿名ファン希望

へぇ、女性ファンも結構いるんだ

 

255:匿名ファン希望

そういえば、こういう話もあったな

 

256:匿名ファン希望

それは男性?それとも女性?

 

257:匿名ファン希望

女性。内容はこの前の休日に遡るんだけど……

 

 




ご愛読いただきありがとうございます。

今回は初めて掲示板テンプレートを試してみました。正直なんでレスの部分があんなにズレるのか分からずじまいなんですけど、そこら辺は気にしないでいただくと助かります。

勝負服の件なんですけど、次回の投稿でもう勝負服お披露目しちゃうんで、期間は大体次の話投稿までですね。まだ入れてないよっていう人はお早めにお願いします。

評価・感想 よろしくお願いします


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“目標”への第一歩

『本日12月17日、天候にも恵まれバ場状態も“良”と判断されました。絶好のレース日和です!』

 

『新星が集う朝日杯フューチュリティステークス!まもなくパドックにウマ娘たちが登場します!』

 

阪神競馬場に設置されたテレビからやや興奮気味のナレーションの声が聞こえてくる。それほどまでにGIの舞台というものは期待されているのだろう。

 

私は着々とレースに向けて準備を進めていた。ちゃんと私の元に届けられた勝負服を着ると、何故か心の奥底からやる気が漲ってくる。最後にお母さんが現役時代に着けていた髪飾りを髪に留めてパドックに出る準備は完了だ。

 

勝負服に着替えると同時に部屋の扉が開かれてトレーナーさんが入ってきた。

 

「……あぁ!ノルンか!」

 

「なんですかその反応?」

 

自分の担当の部屋だって分かって入ってきてるんでしょ?なんで一瞬だけキョトンとしてから納得いったような顔してるの。

 

「いや〜、なんかいつもと雰囲気がまるで違ってさ」

 

「そんなに違いますかね?」

 

「全然違う」

 

「急に真顔にならないでください。普通に怖いです」

 

う〜む、いつも以上に気を引き締めすぎたかなぁ?あまり集中しすぎるのもレースに支障が出そうだし、ちょっとトレーナーさんと会話して落ち着くか

 

「どうだ?今の気分は?」

 

「ちょっと緊張してる。けど、やっぱりそれを超えるくらいに楽しみ!」

 

「そうか。まっ、俺から見てもコンディションは上々だ。“勝ってこい”なんて言わねぇ……楽しんでこいよ!」

 

「おう!楽しんでこいよな!」

 

「なんでナチュラルにゴルシちゃんいるの?」

 

「こまけぇこたぁいいんだよ!」

 

「いや、ここ普通トレーナーさんと私以外入れない場所だから」

 

______________________

 

「人多いな…」

 

俺はどこにでもいる普通の高校生だ。今日は4人の友達と一緒に見に来ていたのだが、2人は売店で飲み物や軽食を買いに行き、もう1人はトイレということで俺と離れてしまった。

 

そうこうしているうちに人の数が多くなり分かりにくくなっているせいか、30分以上経っても誰も帰ってこない。もうすぐパドック紹介なのに……。

 

「まぁ、アイツらもどこかで見てるだろ」

 

そう割り切って、できるだけ前の方でウマ娘たちがパドックに出てくるのを眺める。一応、これでもトレーナー志望だからどの娘がどのようなコンディションなのかはある程度分かる。

 

しかし、さすがはGIのレースだ。多少なりとも緊張は解せてないものの、出てきた娘達全員が好コンディションを維持していた。今回はかなりハイレベルのレースになるだろう。

 

「1番出来上がってるのは……あの4番の子かな。いい脚してる」

 

マイル走はスタミナやスピードも大事だが、最も重要視するのは脚のパワーだ。マイルのような短い距離では長距離のように大きな差が空くことはあまりない。だから、バ群から抜け出すためのパワーが重要になってくる。

 

その点を考慮して見るなら4番の娘が1番でき上がってると言えよう。

 

「しっかし、みんないい見た目してるな。勝負服もすっげぇ可愛いし」

 

こういうのも含めてレースを見るのがやめられない。そのウマ娘の個性を表した勝負服は何度観ても可愛いし、目麗しい。

 

『15番 レイゴウノルン』

 

「15番……確か1番人気の娘だったか」

 

トゥインクルの雑誌にそう載っていたのを覚えてるし、友達の中の一人がすごく熱く語っていたから分かる。メイクデビュー6バ身勝利とかいう化け物だとか。

 

・・・

 

「あっ!この娘知ってる!夏の時の雑誌に載ってたんだよね!」

 

「芦毛だし結構小柄で可愛かったよね!」

 

・・・

 

「この娘どうですかね?」

 

「まだメイクデビューの情報しかないが、かなりの有力候補でしょうね。しかし、他の娘に可能性がないとは言いきれない。難しいところです」

 

・・・

 

色んな人が彼女のことを知っているようだ。まぁ、1番人気だし多少は知ってるか。

 

コッ、コッ、コッ

 

「来たか」

 

パドックの奥から一定の間隔で聞こえてくる靴の音。おそらくはヒールのようなものを履いているのかもしれない。

 

勝負服はどんな見た目なのだろうか?彼女の雰囲気的にはおそらく可愛い系の服装だろう。白も合いそうだし、緑のような少し落ち着いた様子の色に違いない。

 

そして、レイゴウノルンがパドックに姿を現した。すると……

 

「「「「「「「……!?」」」」」」」

 

声にならない驚きと同時に、その場にいた観客とパドックのウマ娘全員の視線をいっせいに集めた。当然自分も目が点になるほど驚いている。理由ははっきりとしている。あまりにもレイゴウノルンのイメージからかけ離れた勝負服のデザインだったからだ。

 

深い藍色のロングコートを羽織り、その下には白いシャツを着ている。首には涙の一雫を表したかのような宝石を宿したチョーカーをつけていた。

 

足元はスカートではなく、その引き締まった細い足を強調するようなスーツに似ているズボン。パドックに来る前までに鳴っていた靴音の正体はヒールではなく、革靴だった。

 

そして、白く流れるようになびく芦毛を纏めるように、頭には小さな花の形をした髪飾りをつけている。

 

場が静寂に包まれるが、視線を集める本人は何も気にしてないかのようにパドックの前に立つと、爽やかな笑顔のまま観客へ向かって小さくウィンクを送りながら手を振る。

 

バタン!

 

「オ、オイ!?キミ、ダイジョウブカ!?」

 

「キゼツシテルノニナンテイイカオシテヤガル!?トリアエズ、キュウゴシツニハコブゾ!」

 

離れたところで誰かが倒れたようだ。運ばれて行ったのはピンク色の髪をしたウマ娘だったが、その顔は一生の悔いがないほどの穏やかな顔だった。

 

かくいう俺も完全に目が釘付けになっていた。確実に今年1番の衝撃が自分の心を穿ったと思えるほどの印象だった。

 

実際、あの姿はギャップが大きすぎる。なんだよあのキリッとした顔。雑誌の時に見た顔とは全然違うじゃねぇか。さっき友達同士で話してた女の子達なんか見蕩れてるぞ。

 

その後にも続くウマ娘達はいたが、レイゴウノルンの衝撃を超えるウマ娘ではなかった。そのままパドックの時間は終わり、ウマ娘達は全員レース場の方へと移動して行く。

 

「やべぇ……頭から全然離れねぇ……」

 

先程の光景に対して悶々と悩みながらも俺はその場を離れ、一刻も早く友達の合流を目指すのだった。

 

_____________________

 

朝日杯フューチュリティステークスか……。私にとっては2回目の挑戦になるな。前世は1馬身差で勝ったのはよーく覚えてるし、それなりに満足のいく走りができていた。

 

なら今世で目指すはそれの倍、せめて3バ身差以上での勝利だ。コンディションは完璧、脚の調整もトレーナーさんとのトレーニング分と自主練分でちゃんと整えている。この状態ならできるはずだ。

 

けどまぁ、周りからの敵意がすごいね……みんな目がギラギラだ。でもさ、今日だけは譲れないんだ。たとえ、相手がウマ娘であったとしてもレースでは手を抜かない。それが私なりの礼儀だ。

 

『さぁ!全てのウマ娘が揃いました!まもなく朝日杯フューチュリティステークス、出走します!』

 

だからさ、見せてあげるよ。ここにいるウマ娘達に、観客やテレビの向こう側の人達に、トレーナー達に、そして……私のライバル達に“新たな私の走り”を!

 

『さぁ!ゲートが開いた!』

 

_______________________

 

ゲートが開き、一斉にウマ娘達が飛び出す。全員が綺麗なスタートを切って、すぐさま熾烈なポジション争いが始まった。特に先頭集団の争いは苛烈で互いに抜かれ抜かしつつ、ペースを保っている。

 

『綺麗なスタートを切ったウマ娘達!まず先頭行くのは6番、僅差で10番が競り合っています!序盤の熾烈なポジション争いを制するのは誰か!……おや?』

 

ここで実況席がなにかに気づいた。遅れて観客たちもその光景に気づく。

 

『1番人気レイゴウノルン、最後尾です!?どうしたのでしょうか!?先頭からかなり離されてしまっているぞ!』

 

ウマ娘達が前にいる中で、ぽつんと1人だけ取り残されるようにレイゴウノルンが後ろを走っていた。

 

「脚の不調なんじゃあ……」などという声がちらほら聞こえてくるが、ノルンのことを知っている人達はすぐに気がついた。彼女が全く“焦りの表情を浮かべていない”ことに。

 

(頼むから上手くいってくれよぉ……)

 

沖野は内心ハラハラとした様子でレースを見ていた。元々ポジションにいることは最初からノルン自身が決めていたのだ。

 

沖野としては1番走りやすい先行で走ってもらいたかったが、ノルンが頑なに先行を走らなかった理由は2つある。

 

まず1つ目が『ポジション争い』である。今回走る7割のウマ娘達は主に『先行』か『逃げ』で走っていることを事前に調査していた。逆に差しウマ娘を除けば、追い込みは一人もいない。

 

だから、ノルンは追い込みを選択した。前に出て潰されるよりも確実に広い視野をレースを把握できる追い込みを選び、自分が作戦のオールラウンダーであるという利点を活かしたのだ。

 

そして、2つ目はただ単に『ウマ娘の中に埋もれるのがマジでやばい』からである。

 

先頭がお団子になることが分かりきっている。なのに、わざとその中に飛び込むようなオタクとしてのギルティーは犯さないし、入ってしまえば本当に色々と何するか分からないから追い込みにしたいという理由だ。

 

前者は理屈があるが、後者は他者が聞けばまるで意味がわからないだろう。だが、1年近くノルンのことを指導してきた沖野としては『適切な判断だな』と言わざるをえなかった。

 

そして、レースが中盤に差し掛かると徐々にノルンのスピードが上がり、どんどんと先頭へと距離を縮めていく。

 

「くッ!」

 

「まだ!」

 

その姿に触発されて先頭の方にいたウマ娘達もスピードをあげるが、その差は広まるどころか、むしろだんだんと前に迫ってきてさえいる。

 

そして、そのまま運命の第4コーナーに差し掛かり最後の直線へと向かう。この時点でノルンの順位は5位。先頭までとの差は約4バ身程であった。

 

観客席からは歓声が聞こえる。その歓声に答えるように先頭集団のウマ娘達はラストスパードをかける。ゴール目前の一直線で全てを出し切るように加速した。

 

が、ほんの一瞬の出来事だった。観客の声も、自分たちの足音も、そして鼓動の音さえも時が止まったかのように意識が引き伸ばされると、次の瞬間には自分たちの真横から白影が猛スピードで駆け抜けていた。

 

『最終コーナでレイゴウノルンが先頭集団から飛び出した!!追いすがるウマ娘は……いない!?どんどん差が広がって行きます!!もはや、圧勝ムード!』

 

まるでオグリキャップを想起させるような末脚でレイゴウノルンはターフを駆ける。後続との差を1バ身……2バ身……3バ身と引き延ばしていきながら、そのまま順位は変わることなくゴールまで走りきった。

 

ゴールを走り抜けて、そのまま歩きながらノルンは電光掲示板に目線を向けると、自分の番号の横にある『3』という表示を目にして…

 

「よしッ」

 

と、ガッツポーズを取った。

 

______________________

 

『朝日杯制覇、おめでとうございます!』

 

『ありがとうございます。今回は日々のトレーニングの成果を十分に発揮できたレースだと、自分でも感じております』

 

レースを1着で制し、レース後のウイニングライブをきっちり踊りきって、私は現在多くの記者を前にしてインタビューを受けていた。

 

淡々と答えてるように見えるでしょ?今すっごい心臓がバックバク言ってます。ほんとにこのインタビューの間は隠してるけど、待ってる間は緊張しっぱなしだ。トレーナーさんには笑われたので、とりあえず軽くチョークスリーパーをかけておいた。

 

『今回はメイクデビューの時とは違って追込の走り方をされていましたが、それは事前に決めていた作戦なのでしょうか?』

 

『はい、今回出走されるウマ娘達のレースを調べた上で、トレーナーと話し合った結果“追込”での出走を決意しました』

 

『なるほど、あくまで自分の足だけではなくトレーナーさんの指導の元で勝利を得られたと!そういうことなのですね!』

 

こうして、様々な記者から飛んでくる質問に答えていると、インタビューの時間が終わりを迎えようとしていた。

 

『最後の質問ですが、これから目標などはおありでしょうか?』

 

この質問は必ずされると分かっていた。だから、私はその質問に答える前に椅子から立ち上がって三本の指を立てた。

 

『三冠です』

 

ッ!?

 

その一言に会場がざわついた。記者たちは詳しく聞かなくても分かるのだ……あの三本の指が『クラシック三冠』を表していることに。

 

Eclipse first, the rest nowhere(唯一抜きん出て並ぶ者なし)という言葉が我が校にあります。だから、私はその言葉に恥じぬ偉業として、まずは“無敗”での三冠を達成するつもりです』

 

声にゆらぎや高揚はない。ただ当たり前の事実を述べるように、ノルンは“無敗”での三冠を果たしてみせると言い切ったのだ。これには記者が絶句するのも無理は無い。

 

『そ、それは同期のウマ娘達に対する“宣戦布告”でしょうか?』

 

『そうなりますね。でも、こうやって煽れば煽るほど食らいついてくる奴らがいるので!』

 

『……なんだか楽しそうですね?』

 

『はい!楽しみですよ?最高の舞台で最高のレースをする……それこそが私の望んでいることなので』

 

楽しそうに語るノルンだったが、その目は鋭い目付きになっている。その姿は、いつものウマ娘達を推すノルンの姿からかけ離れていた。だからこそ、彼女にもウマ娘としての本能が垣間見えた。

 

『まずは一冠目、“皐月”の舞台で競い合いましょう!』

 




ご愛読いただきありがとうございます。

今回で朝日杯フューチュリティステークスを書き終えました。今度はクラシック級を主軸として書いていくのでよろしくお願いします。正直、ジュニア期よりもクラシックの方がだいぶ長くなると思うので、気長に更新をお待ちください。

前話のアンケートの結果、『神秘系』という勝負服になりました。服の表現が曖昧なので、そこら辺は皆様方の想像にお任せします。

感想・評価 よろしくお願いします!


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元日小話

『朝日杯圧勝“レイゴウノルン”!次期クラシックウマ娘達に宣戦布告!?』

 

「見事に1面のネタにされてるな。いくらなんでも煽りすぎだろ」

 

朝日杯を制して数日、そろそろ年末に向けて帰省する生徒が多い中、私はトレーナー室にこたつを設置してミカンを食べていた。

 

「これでいいんです。こういうのは煽れば煽るほど、焚き付けられる連中が強くなっていくですよ。あっ、デジたんミカンどうぞ」

 

「あっ、ありがとうございます……」

 

今日は年末年始の3日前。冬休み真っ只中で地方の地元へ帰っていくウマ娘達はたくさんいるが、私の実家はトレセンから交通機関で1時間ほどだ。こうやって年末前でもトレーナー室でゆっくり出来る。

 

デジたんも今回の冬コミは見送って、夏コミで最高の作品を出すつもりらしく、こうやって暇な時間ができたのだ。

 

「それにしても皐月賞か……。朝日杯を制したお前の出走は確実だろうな」

 

「先日のホープフルはグランロウルが1着ですし。一応、風の噂によるとオリオトメは『弥生賞ディープインパクト記念』に出るのを表明してるよ」

 

「つまり……ノルンちゃん、グランロウルさん、オリオトメさんの対決が皐月の舞台で見れると!?」

 

「オリオトメはまだ勝ってないけど、可能性は高いねぇ」

 

まぁ、絶対勝つだろうな。最終調整も兼ねてホープフルに出なかったんだ、1着は確実として圧勝レベルの走りはするだろうな。

 

「んじゃ、俺は年末に用事あるからトレーナー室は閉めるけど……ノルンは明日帰省するんだよな?」

 

「3日には戻りますけどね」

 

「君……アグネスデジタルの方は?」

 

「は、はい!私も明日実家に帰る予定です!」

 

みんな明日には帰るんだな……。あっ、ゴルシちゃんなら2日前にもう一足先に帰省してるよ。帰る時もいきなり「帰省すっから」って言ってそのまま帰って行った。

 

ちなみにおばあちゃんは実家に居ない。今のところお付きの人に監視されながら海外で仕事中だ。仕事を何件もほっぽり出して日本に帰ってきたから年越しには帰って来れない。

 

それでもしっかりお年玉は置いてってくれるから孫思いなのは確かだ。おじいちゃんも年末の“総会”なるもので実家には帰らない。忙しいのは知っているので仕方のないことだ。

 

「デジたんも明日帰るんだ?なら、一緒に初詣行かない?」

 

「い、いいんでしょうか!?私なんかがご一緒しても!?」

 

「いいよいいよ!一人で行っても寂しいからね!じゃ、年始に神社でね!」

 

_____________________

 

「……という出来事が3日前にありました」

 

「ふぅ〜ん、だから今ここで待ってるんだ」

 

人で混み合ってる初詣の神社の端で、私は偶然にも出会ったウマ娘と一緒にデジたんの到着を待っていた。

 

「君のことは待ってないね。ていうか、こっちが気づいてないなら無視すればよかったのに……」

 

「だって〜、あれだけ僕達のこと煽っておいて挨拶のひとつもないとかダメでしょ?」

 

「その後で当てつけかのようにホープフル勝ったやつが何言ってんの?」

 

「あはは〜」と緩く笑い返すのが、先日ホープフルステークスを制したグランロウルだ。ホントに綺麗な青鹿毛の毛並みをしてる。

 

「でも、オリオトメちゃんも随分と張り切ってましたよ?今回は“無敗”どころか“三冠”すら危ういんじゃないですか〜?」

 

「そうだね。今回は前より僅差になるかもしれない……けど、それでも負ける気はこれっぽっちもないけどね。オリオトメにも君にもね?」

 

「……本当にいい性格してますよね〜。学園と今、どっちが“本物のレイゴウノルン”なんですかね?」

 

「う〜ん……どっちも素の私なんだよね。多分、意識を切り替えるスイッチがしっかりしてるだけだよ」

 

オンオフは無自覚だけどね。推す時は推す、真面目な時は真面目に……みたいな感じで意識的な切り替えが自然とできてるんだろう。レース前がそんな感じだし。

 

私はウマ娘に触れ合うと大抵オタクになって行動しちゃう傾向がある。けど、ある程度の知り合いとか、同士とか、前世の記憶持ちのやつらとかには普通に接せられるんだよ。

 

やっぱり意識的な問題があるのかもしれない…………ちなみにゴルシちゃんに関してはマジで謎。今はもう考えないようにしてる。

 

「す、すみませ〜ん!!遅れちゃいま……ヒョエエエェェェェ!!?ぐ、ぐぐグランロウルさん!!?」

 

「ねっ、面白い娘でしょ?」

 

「うん、聞いた話より何十倍もね」

 

卒倒しそうになるデジたんだったが、なんとか踏みとどまって意識をブラックアウトすることだけは回避した。そのまま、グランのことを紹介していると、急にグランがデジたんに握手するもんだから石化するように固まってしまった。

 

あまりデジたんで遊ばんでくれ、冗談抜きに逝きかねないからマジでやめてもろて。

 

その後はなんの問題もなく参拝を終わらせることが出来た。順番を待っている間に色んな人からの視線を集めていたので、軽くファンサしてあげたらみんな皆満足そうに帰って行った。

 

やはりGIを勝っていたらある程度顔を覚えられるのだろうな。何故か着いてきたグランロウルもいるからなおのこと視線を集めたのだろう。

 

「あの、ノルンちゃんはどこでグランロウルさんとお知り合いになったのでしょうか?」

 

参拝を終え、グランの奴がおみくじとお守りを買いに行っているのを待っていると、デジたんがそう質問してきた。面識がないもんだと思われてんだもんな……俺とグランって。

 

「“どこで”と言われたら難しいけど、昔馴染みかな。そこそこ関わりが深い方だとは思う」

 

「なるほど……だからあんなに親しく……」

 

「ちなみに、あいつは子供の頃みんなから『グウちゃん』って呼ばれてたらしいよ」

 

「グウちゃん……?グランロウルの名前をもじった幼名でしょうか?」

 

「いや?ただ単にいつもぐぅぐぅ寝てるからグウちゃんなんて呼ばれてるらしいよ」

 

前世でもあいつの怠け癖は結構凄かったって聞いたことはある。馬房でも放牧場でも動くことが稀で、いつも目をつぶりながら眠っている。そのせいで体重管理が難しかったと、あいつの担当の厩務員さんが嘆いていたな。

 

まぁ、足が弱いんだからあまり動きたくないのも分からないわけじゃない。それでも馬にしては寝すぎであることは誰の目にも明らかだった。

 

レースの時は華麗な逃げを見せるんだけどなぁ……。どうも私生活になると気が弛みがちなのが問題なのだ。

 

「おまたせ〜……って何話してるの?」

 

「ただの世間話だから気にしないでね。グウちゃん」

 

「あ〜、そういう話ね」

 

「な、なんとも思わないんですか?」

 

「うん、別にそう呼ばれるのが嫌ってわけじゃないしね〜」

 

グランはこういうのを気にするタイプじゃないということは前々から知っている。怒る場合は自分の事じゃなくて周りのことで怒りそうなので、あんまりグラン自身のことをいじっても対して反応は見せない。

 

前世だと……担当の厩務員さんに馴れ馴れしく近づいた男の頭を噛もうとしたくらいだ。身近な人が関わったらコイツがいちばん怖い。かくいう私も厩務員さん達や馬主さんに手を出そうものなら蹴るけども。

 

「そういえば、2人ともこれから予定とかあるの?」

 

「私は無いかなぁ〜。家にいてもゴロゴロしてるだけだし」

 

「家で集まりはあるんですけど、ほとんど仕事関係の集まりなので私は必要ないですから暇と言えば暇ですね!」

 

「んじゃ、ちょっと手伝って貰いたいことあるからウチ来て」

 

「「え?」」

 

____________________________

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい、ノルンちゃん。いいタイミングで戻ってきてくれたわ〜」

 

「はいはい、いつものね……っと、その前に紹介するよ。ウチの友達のアグネスデジタルちゃんとグランロウルちゃん」

 

「お、おおお邪魔しましゅ!!」

 

「どうも〜、グランロウルです」

 

「あらあら、2人とも随分と可愛いじゃない。良かったわ〜、トレセンでちゃんと友達が出来ていて」

 

最後に余計な一言が聞こえたような気もするけど、今はそんなことを気にしてる場合でもないのでスルーだ。さて、現状を確認しよう。家の庭には餅をついていたであろう臼と杵が放置してあった。

 

そこまでは普通のことだ。問題はここからなのだが、チラッと家の中を見てれば腰と肩が痛くて苦しそうにしているお父さん。その横にあるテーブルの上には『どうやったらこうなった』と言わんばかりのダークマターが積まれた皿が鎮座していた。

 

うん、これこそ予測可能回避不可能だな。毎年うちでは正月に餅をついて食べるという習慣がある。そして、それと同じくらい『餅のダークマター化』が習慣となってしまった。

 

原因は言わずもがなお母さんである。普段は普通の料理を振る舞うくらいにはちゃんとした料理スキルがあるお母さんなのだが、何故かどうして“餅”が相手になると絶望的な仕上がりにしかならないのだ。

 

去年までは私が何とか普通の餅を作って食べていた。お父さん?前座のお母さんを相手にして毎年腰と肩をやってるよ。

 

「よし、今年も作りますか。食べたいなら手伝ってよね、グランとデジたん」

 

「是非とも食べたいね〜。喜んで協力するよ」

 

「はい!誠心誠意全力で取り組ませてもらいます!」

 

「じゃあ私も……」

 

「お母さんはお父さんの介抱をしてあげて。餅はこっちでなんとかするから」

 

「そう?なら、可愛い娘たちに任せましょうか」

 

よし、とりあえず目標をこの場から引き離すことが出来たな。でも、あのお父さんのことだ「自分のことは気にせず戻ってくれ」なんてことを言いかねないので、ここはデジたんに協力してもらおう。

 

「じゃあ、私とグランで餅を作るからデジたんは餅用につける調味料とか作ってもらえるかな?分からないことはお母さんに聞けばだいたい教えてくれるよ」

 

「分かりました!お台所お借りしますね!」

 

そのままキッチンの方へと消えていったデジたん。これで多分時間は稼げただろう。早急に餅を作らねば…!

 

「やるぞグラン。お前も普通の餅が食べたいだろう」

 

「……あのダークマターだけはさすがの僕も遠慮したいね〜」

 

「私が水を足すから叩いてくれ」

 

「了解だよ〜」

 

阿吽の呼吸と言える速度で餅を交代でついていく。ウマ娘パワーのおかげで作るのに関してはなんの苦もないが、これはお母さんが帰ってくるまで完成させるというタイムアタックなのでめちゃくちゃ焦る。

 

なんとか餅として食べられる程度までつくと、キッチンの方から調味料を持ったデジたんとお母さんが歩いてきた。

 

「あら?もうできちゃったの?私も作りたかったわ……」

 

「そ、それはまたの機会にしよっか!それよりも早く食べようよ、冷めちゃうし」

 

「それもそうねぇ」

 

あっぶねぇ……あとちょっと作り終えるのが遅かったらお母さんが参戦してしまうところだった。ナイスな足止めだよデジたん、今年の正月は平和に過ごせそうだ。

 

「やっぱり餅は醤油をつけて食べるのが美味しいよね!」

 

「きなこも負けてないよ〜」

 

「おしるこで食べても美味しそうですね」

 

「あらあら、正月からみんな食いしんぼねぇ」

 

テーブルを囲んで出来上がったお餅を皆で食べる。こういう大人数で正月を過ごしたことがあまりないから新鮮だ。人数が多いと話も盛り上がるな。

 

『先日○○トレーナーが引退を表明。今月いっぱいでトレセン学園から第一線を退き、育成施設への転勤が決定しました。これにより–––––––』

 

「このトレーナーって前にお父さんが知り合った方じゃないかしら?随分と急な引退ね」

 

「去年の夏ぐらいに1度会ったくらいだね。確か『初めての教え子がシニア級で大変なんですよ』とか『最後まで走りきったら慰安で温泉旅行につれてあげるつもりです』なんて話をしながら一緒に飲んだな」

 

(不思議も何も絶対に寿退社でしょ、これ)

 

初めての担当、一緒に走りきった3年間、2人っきりの温泉旅行……何も起きないはずがないよね。これは担当の子というよりも完全に距離感をバグらせたそのトレーナーが悪い。

 

お母さんとお父さんは結構ピュアなお付き合いで結婚したんだろうし、こういう話を理解するのは難しいだろうなぁ。なのになんで私が知ってるかって?そんなのオタクだからだよ。ほら、現にデジたんも悟った顔してるよ。

 

「ちょ、ちょっと眠くなってきたかな〜。少し眠らせてもらいますね〜」

 

「露骨に動揺してるね?こういう話は苦手なのか?」

 

「そういうのはまだ僕には早いかな〜。まぁ、オリオトメほどでは無いけどね」

 

「2人とも何の話をしてるんだ?」

 

「お父さん達には関係ないから話に割り込まなくていいよ」

 

これで赤くなってるグランより耐性ないとかどんだけなんだよオリオトメ。いや、逆にこれで恥ずかしがるってことは意外とそっちに詳しかったりするのか?……会ってみれば分かることか。

 

テレビを見たり、テーブルゲームをしたりして一通り元旦の日を遊び尽くしてその日は解散となった。そして、翌日は一通り家の掃除などを手伝って、3日にはトレセン学園へと戻ってきていた。

 

トレーナーには『あと2日くらい休んでも良かったけどな』なんて言われたけど、大見得切った皐月賞があと数ヶ月後にあるのだ。ここで手を抜いてなんかられない。

 

たくさんの夢へと向かうため、今日も今日とて私はトレーニングに励むのだった。

 

 

 

 




ご愛読いただきありがとうございます。

今回は日常話として投稿させてもらいました。上手い小説の書き方とかあんまりよく分からないんで、適当な感じで書いてます。並行して、少し別のウマ娘シリーズを書いてみたいと思ってますが、その辺はおいおいで。

次回からはクラシック級を本格的に書いていくつもりなのでお楽しみに。

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先生で師匠でライバル (前編)

「だああぁぁぁ!!なんで勝てねぇんだ!?」

 

「ゴルシちゃんが面白さを求める戦略ばっかりしてるからじゃん。それじゃあ定石で潰されて終わりだよ」

 

パチンと駒をおけば、ゴルシちゃんの王将が完全に詰んだ。遊んでるように見えるけど、これでも今はトレーニングの一環として将棋で賢さを鍛えているんだぞ。

 

「それでもおかしいだろ!?もう15連敗だぞ!?この私の『スーパーゴルシン戦法』がなんで何回も破られるんだ!?」

 

「いや、だから原因は絶対それだって」

 

未知は既知を覆す……みたいな言葉あるけど、ゴルシちゃんの戦略は奇抜と言うより無謀である。

 

ほぼ突貫戦法だから動きが読みやすいのなんの。そういえば、この前廊下で直進しながら「バクシン!バクシン!」とか叫んでた人がいたな?もしかして、ゴルシンってそういう意味?

 

「もう1回だ!私のこの戦法が最強だって言うことを証明するまで終わらねぇからな!ぜってぇ、手は抜くんじゃねぇぞ!?」

 

「えぇ……」

 

ゴルシちゃんってこういう勝負の時は熱くなるタイプなのかな?いつもよりも必死さがひしひしと伝わってくる。

 

でも、その戦法が勝つまでかぁ。手も抜いたらすぐバレるだろうし……正直言って一生終われないじゃんこの将棋。さて、どうしようか……。

 

「失礼する。レイゴウノルンがここにいると聞いて……すまない、トレーニングの邪魔だったかな?」

 

「ルドルフ会長!?」

 

「おっ、生徒会長様じゃねぇか!こんなところに何しに来たんだ?」

 

トレーナー室の扉を開いて入ってきたのは、我らがシンボリルドルフ会長だった。それにしても一目でこの将棋がトレーニングだと見抜くとは……さすがの慧眼ですね!

 

誰かに私がいると聞いてきたということは……トレーナー?いや、もしかしたらデジたんの場合もあるな。その場合、デジたんと床へのダメージが甚大なんだけども。

 

「私に何の御用で……」

 

「あぁ、少し君の力を貸して欲しくてね。差し支えなければでいいのだが……引き受けてはくれないだろうか?」

 

「もちろん引き受けます!さっ、今すぐ参りましょう!オグリ先輩のいる食堂の手伝いですか!?それとも、理科室爆発後の処理のお手伝いでしょうか!?」

 

「そ、そんなに慌てないでくれ。それに今回は私情の頼み事だし、学園内じゃなくて外なんだ。急いで準備してもらわなくても構わない」

 

「学園外、ですか……?」

 

「なにか不都合があるのなら別のものに頼むが……」

 

「いえ、少し珍しいなぁって思っただけです。GIのレースがある訳でもないし、地方の方で有望な選手がいるとも最近は耳にしません。なのに何で学園外に用事があるのかなぁ…?と」

 

もしくはトレセンやレースに関係ない理由で外へ行くのかもしれないが、それなら私は必要ないはずだ。企業関係などに関してもたづなさんからトレーナーへと直接連絡するのが常識だ。

 

更にトレーニングの時間でありながら声をかけてきたということは、用事の場所は少なくとも“トレセン学園近辺”である事がわかる。果たしてそんな所で会長は私に何を手伝って欲しいのか。

 

「理由に関してはあちらに到着してから話そう。ともかく、君の持つトレーナーにも勝るほどの知識と目を借りたいんだ」

 

「なるほど……分かりました。10分ほど時間をください。すぐに支度してきますので」

 

「本当に急ぎでは無いのだが……まぁ、早いに越したことはないか。校門前で待っているから、準備が出来たらそこで集合しよう」

 

「校門前ですね。分かりました」

 

私のその返事に満足したようにルドルフ会長はトレーナー室を出ていった。とりあえず将棋盤片して、制服に着替えて……トレーナーにはメールだけ入れとけばいいか。

 

「な〜んの用事だろうな?あっ、お土産は芋ようかんでいいかんな!」

 

「何でそんなの……いや、それを誰に使うの?」

 

「おう、わたしが見つけた面白ぇ奴がいてよ!そいつが今減量中だから目の前で食ってやろうかと思ってさ!」

 

「控えめに言って悪魔でしょ」

 

ウマ娘相手にそれはキツすぎる。さすがに相手の人が可愛そすぎるので、お土産は激辛チリソースにしてあげよう。それならゴルシちゃんだって使うのを躊躇うはず……。

 

とりあえず、将棋盤も片したし校門に急ぐか。トレーナーに事情をメールで送ったら速攻で『行っていいぞ』とのお達しが帰ってきた。これで気兼ねなく行けそうだ。

 

「お待たせしました!ルドルフ会長!」

 

「うん、それじゃあ行こうか。府中駅から少し乗り継ぐからはぐれないよう頼むよ」

 

_____________________

 

正直、ルドルフ会長の頼み事が少し不安だったことは否定しない。だってあのルドルフ会長の頼み事なんだぞ?もっとこう少し重い感じの要件なのかな…と思ってたんだけど……。

 

「それじゃあ今から私達が指導していくから、皆仲良く頑張ろうね!」

 

「「「「「「はーい!!」」」」」」

 

「ぎゃんかわじゃん」

 

府中駅から5つほど駅を通ってやってきたのは、URAが所有する公式のトレーニング場だった。URAの施設だけあって、コースの広さは私の通っていたトレーニング場よりも遥かに広い。

 

芝とダートは完備した上で、室内用の筋トレルームやミーティングルーム等の多目的用の部屋も設置してある。簡単に言えば、超がつくほど充実したトレーニング環境だ。

 

そんなトレーニング場のコースに集まっているのは、まだ小学生くらいのウマ娘ちゃん達だった。私はトレセン学園の走るウマ娘たちも好きだが、こういう子達の純粋な走りも大好きである。

 

いや〜、子供たちの走る姿は見てて癒されるよねぇ。元気いっぱいに走り回って笑い会う姿……最高に推せるね。

 

「ふふっ、君はトレセン学園外であってもウマ娘が好きなんだね」

 

「そりゃあもうその通りですよ!これから羽ばたいていくスターウマ娘の卵たち……何時間でも見てられますね!」

 

「そ、そうか。エアグルーヴから聞いていたが……本当に筋金入りだな」

 

ピィー!とホイッスルの音が鳴り響くと6人のウマ娘達が一斉に走り出した。とは言っても体を慣らすかのように軽く走っているだけだ。さすがに最初から飛ばして走る訳には行かないだろう。

 

そこら辺の調整や怪我防止などは、トレセン学園から直々に派遣されたトレーナーとトレーナー育成学校の生徒たちがグループになって見てくれているから安心だ。

 

「ただのふれあい会にしか見えませんけど、何で私を連れてきたんです?トレーナーの数も十分でしょうに」

 

「その通りだ。別に『君がトレーニングの指示をしろ』なんてことは言わない。ただ、私が目をかけている娘の走りを見て、君視点から見た率直な感想を聞かせて欲しいだけさ」

 

「ルドルフ会長直々に目をかけているウマ娘ですか……」

 

きっとその子は将来有望なんだろう。それこそ三冠すら狙えるほどの才能を持った娘なのかもしれない。

 

ピィー!と何回目かのホイッスルが鳴るとまた6人のウマ娘達が一斉に走り出した。しかし、走り出した瞬間に猛スピードで1人が他5人を置いてけぼりにしてしまった。

 

多分あの娘だろう。ルドルフ会長に似た三日月の形をした髪が特徴的なウマ娘……他の子よりも随分明るくて元気そうな娘だ。

 

「あのウマ娘ちゃんですか。いい脚してますね、それこそルドルフ会長みたいに見えます」

 

「そうだろう。将来有望な彼女の名前は『トウカイテイオー』、私に憧れてくれるウマ娘さ。生まれつきのセンスに加えて、同年代を寄せつけないあの走り……磨けば私をも超えていくだろう」

 

「確かに、才能の片鱗は見えますね……でもいいんですか?あのままで」

 

「ん?それはどういう意味だい?」

 

「あのままだとあの娘……そのうち脚を“壊しちゃいますよ”」

 

広く大きく踏み込むようなストライド走法、他人を寄せつけないような圧倒的な加速、まるでルドルフ会長を映してるような走り方だ。

 

「……率直な感想を求めたのは私だ。だから、聞かせてくれないか?君が見たテイオーの走りを」

 

「そうですね……一言で言うなら“良くも悪くもルドルフ会長のことを真似してる走り”ですね」

 

「良くも悪くも?」

 

「はい、彼女のような小さい体だと1歩が短いから確かに大きく踏み出した方が早く走れるでしょう。でも、あの走り方は常に脚に負荷がかかりすぎてる状態です。今は大丈夫でも故障するのは確実ですね」

 

「脚に負荷……対策法はないのだろうか」

 

「今のところ走りを変える、としか言いようがないです。もし、本格化で体型が大きくなれば今のような走りに戻せばいいと思いますけど、余り変わらない場合は本当に走法は変えた方がいいと思います」

 

「そうか……君を連れてきたのは正解だったな。以前、彼女と話した時に不安のようなものが見えてね。まさかとは思っていたが将来に関わるほどか」

 

もしかしたら、あのトウカイテイオーっていうウマ娘ちゃんは、自分自身の不調に少し気づいているかもしれない。それでもシンボリルドルフにそれを隠した。なぜなら憧れているから。

 

それは一種の呪いに近い。憧れているからこそ、他人と比較して自分を見誤ってしまう。これは私のお母さんに憧れた人達にも言えることだろう。

 

優れている人の姿を自分に重ねても、それが最良とは限らない。体格、性格、向き不向き……あらゆる要素でズレが生じて、いずれは自分すら見失ってしまう。

 

私は“私という自分”を理解しているから色んなことを試している。脚の質に合わせたトレーニングや走法、体格に見合った食事量などあらゆる面でメモに書き記しているのだ。

 

トウカイテイオーちゃんも今の疑問に気づくことが出来れば大きく飛躍する。ただ、その間違いを指摘することの出来る人が周りにいないのが問題だ。

 

本来ならば、周りの大人たちが気にかければ何ら大したことの無い些細なことだろう。でも、彼女はその走りで“結果”を残している。そのせいで周りの人達はズレの部分に目を向けることが出来なくなってしまったのだ。

 

「ルドルフ会長。少しあのトウカイテイオーちゃんとお話させてくれませんか?」

 

「テイオーと?それは別に構わないのだが……何を話すつもりなんだい」

 

「些細なことです。でも、それがあの子の将来に繋がるので」

 

「そうか、分かった」

 

私がそう頼み込むと、ルドルフ会長は近くにいたトレーナーに話をつけに行った。数分ほど待つと小学生たちは休憩ということになり、15分ほど話せる場を設けてくれた。

 

そういう説明を受けて、私はトレーナーさんにコース内へ案内された。向かってる先にはルドルフ会長に目を輝かせながらはしゃいでいるトウカイテイオーちゃんのもとだ。

 

「カイチョー!ボクの走りどうだった!?前より早くなってたでしょ!」

 

「ああ、見違えるほど早くなっていたよテイオー」

 

遠目から見ていると完全に親子のやり取りそのものだな。さながら父親と息子のような関係に見えるのはなんでなんだろう……。世の中まだまだ不思議なことがいっぱいだなぁ。

 

と、私は私の仕事をしないとな。

 

「君がトウカイテイオーちゃんであってるよね?」

 

「そうだよ!……って、誰?」

 

「テイオーにも紹介しよう。現在クラシック級のウマ娘“レイゴウノルン”だ。君に似て才能豊かな選手さ。芝のレースでは疾風怒濤の走りを見せているよ」

 

「ふぅ〜ん。なんだかよく分からないけど、すっごいウマ娘っていうのは分かったよ!」

 

「ははは、まぁテイオーからするとそうなるね」

 

ふむ…近くで見たからわかるけど、容姿もルドルフ会長に少し似ているな。三日月の髪の毛もそうだけど、髪色とか顔つきとか……若干とはいえ面影がある。

 

脚についてすぐにでも調べたいが、うちのトレーナーみたいに見知らずのウマ娘の脚を触るような変態性など私には無い。まずは聞きたいことを聞いて、そこから状態を把握していこうか。

 

……私、今カウンセリングみたいなことしようとしてないかな?

 

「いや〜、テイオーちゃんのさっきの走りは凄かったよ。ぶっちぎりだったね」

 

「でしょでしょ!なんたって、私は無敵のテイオー様だからね!」

 

「あの走りはルドルフ会長を真似したのかな?レースでの姿とかなり似てたけど」

 

「そうだよ!カイチョーはすっごく早くて、走る姿がカッコイイんだ!だから、ボクもカイチョーの走りを真似したってわけ!」

 

ふむふむ、聞く限りルドルフ会長から事前に教えてもらった情報と一緒だね。走り方もルドルフ会長と同じ真似して、同年代の子達には負け無しと……。

 

ファーストコンタクトの滑り出しは上々かな。元からトウカイテイオーちゃんは人懐っこさそうだし、それなりに楽しい会話をすればすぐに打ち解けてくれた。

 

そして、少しだけを脚を触らせてもらった。理由は適当にでっち上げて、話をルドルフ会長に合わせてもらえるよう事前に打ち合わせはしている。

 

小学生とはいえウマ娘の生脚を触らせてもらえるのである。アスリートウマ娘にとっての生命線である脚を触るという事実に手が震えるが抑える。そもそも治すために触るのであって、下心は無いのだ……多分。

 

足の甲から太もも部にかけてをゆっくり調べていく。触ってみて分かったが、この子は普通の人よりも柔軟性が高い。ウマ娘としてはとても貴重な才能で将来が楽しみではあるが……。

 

「走るのは控えた方がいいかもね」

 

「え……」

 

触診の結果は思ってた以上に深刻だった。




ご愛読いただきありがとうございます

今回のストーリーは1話で収めようかなぁ……なんて考えていましたが、全然収まらなかったので前後編に分けます。ストーリーにちょっと間が空いちゃうけど許してね。

毎話の誤字報告ありがとうございます。ちゃんと確認して上で直させてもらっておりますので、これからも報告していただけると嬉しいです。

感想・評価 よろしくお願いします


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先生で師匠でライバル (後半)

「今なんて……」

 

「当分走るのはやめた方がいいって言ったよ」

 

「なんで!?どこも不調は無いのに!今日だって本気で走れるくらい……」

 

「それは本当じゃないんでしょ。私の見立てではここ1、2週間にかけて足から鈍い痛みを感じてるはずなんだけど?」

 

「ッ!」

 

脚を触った感じ、予想よりも全体の損傷が激しい。もしかしたら、あの走り方を研究するためにオーバーワーク気味になるまで走っていたのかもしれない。

 

管理のなってない走り込みは体に毒だ。むしろ今日まで故障してこなかったトウカイテイオーちゃんの軟体体質には驚かされる。普通の子ならとっくの昔に病院行きだったんだけどね。

 

「足首から太もも部までの筋肉が少しまずいことになってるね。ストライドで走っている時に無意識下で脚に力を入れすぎているのが原因かも」

 

「それは本当か!?テイオーの脚が治る見込みはどうなんだ!」

 

「あります。けど、ちゃんと病院で検査を受けて、最低でも1週間は安静にしないとダメです。リハビリとしては……」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

ルドルフ会長に説明をしていると横からトウカイテイオーちゃんが待ったをかけた。その顔にはありありと不満と困惑の表情が浮かんでいた。

 

「大丈夫だって!ほら、こんなに元気なんだし!ボクだってカイチョーみたいに……」

 

「トウカイテイオーちゃん、君はまずその『会長みたいに』言い方はやめよっか」

 

「……どういうこと?」

 

えっ、怖っ。まだ小学生だよねこの子?なんでそんな怒りの籠った声が出るの?好感度下がるのは分かってたけど、私って意外と繊細なんだから心がズタボロになってるよ?

 

「その言い方をしているうちは強くなれないって言いたいの」

 

「ノ、ノルン君……何もそこまで言わなくとも……」

 

「君にボクの何がわかるの」

 

「テ、テイオー?」

 

不穏な空気が流れ始め、私とテイオーちゃんを挟むようにしてルドルフ会長がオロオロしてる。テイオーちゃんに関しては今にも掴みかかってきそうな雰囲気だ。

 

「分かるわけないよ。私はキミじゃないから、テイオーちゃんの気持ちも考えも分かるわけないよ」

 

「だったらなんでそんなことを言うの!?カイチョーになりたいのが僕の夢なのに!」

 

「じゃあ、テイオーちゃんはルドルフ会長の何を知ってるの?」

 

「そんなの簡単だよ!カイチョーはカッコよくて、無敗のまま三冠を手にした本物の皇帝……」

 

「あ〜違う違う。そういうのじゃないよ」

 

テイオーちゃんの言葉を遮って否定した私に、テイオーは首を傾げた。ルドルフ会長の方は私が何を言いたいのか気づいたようで、静観の姿勢で聞いている。

 

「テイオーちゃんがあげたのは、一般的にみんなが知ってる事だよ。私が聞きたいのはルドルフ会長の好きな物とか、特技とか、あとは何を考えて走ってるのかってことだね。どう、君は何を知ってる?」

 

「それは……その……」

 

分かるわけが無い。好きな物とか特技とかは本人が公表していれば簡単に知ることが出来る。でも、考えは本人以外の誰にも分からない。

 

ルドルフ会長だって、ずっと完璧な生徒会長でいられるわけが無いはずだ。テイオーちゃんが言ったカッコイイとか優しいっていう言葉は外見を捉えた第三者の言葉でしかない。

 

苦しかったり、挫けそうになったとしても弱みを見せずに今のような堂々とした姿で前を向いて走っているのが、トレセンの生徒会長シンボリルドルフなのだ。

 

「君はルドルフ会長の外側しか知らない。でも、それはルドルフ会長にも言えることさ」

 

「えっ?」

 

「ルドルフ会長もテイオーちゃんのことは他の人よりちょっぴり詳しいだけ。君がなんでルドルフ会長に憧れ始めたのかはまるで分からないし、どんなことができるかなんてまるで知らない」

 

これは皆に言えることだけどね。全てをさらけ出して生きている人なんて誰もいない。誰でも他人には言わないことが一つや二つはあるのだ。

 

そういう私も実はキノコ派じゃなくてたけのこ派っていう秘密がある。これは禁句だ……第3次家族会議が開かれる可能性があるからね。

 

「その通りだ。テイオーが私のことをほんの一部しか知らないに対して、私もテイオーの全てを知っているわけじゃない」

 

「カイチョー……」

 

「私に憧れるな……なんてことは言わないさ。ただ、理解していてほしい。君は君だ。私が歩んできた道筋を歩むだけじゃなくて、その先の栄冠を掴み取るウマ娘になって欲しいと、私は願っているよ」

 

「ボクの……ボクだけの栄冠……」

 

トレセンの校訓『唯一抜きん出て並ぶ者なし』を表したような言葉だね。憧れを通り越して、自分が唯一無二の存在だと証明する。それくらいの気迫がテイオーちゃんには必要だ。

 

私は憧れてもいいし、それを真似してもいいとも考えている。でも、そこから殻を破って自分の道を作る“守破離”の精神が大切だ。

 

今のテイオーちゃんはまさに“守”の部分だね。学んで身につけた技術を繰り返してるだけだ。そこから自分の形に昇華する“破”の部分へとレベルアップしていかなきゃいけない。まぁ、でも……。

 

「分かったよ、カイチョー!ボクが三冠をとって、完全無敵だってことを証明する!そして、カイチョーにも勝って“皇帝を超える帝王”の名前を知らしめてやるんだ!」

 

「っ!随分と言ってくれるな、テイオー。なら、君が勝ち昇ってくる先で私が立ちはだかろう。そう易々と私の座を譲ると思うなよ?」

 

ほわぁ〜、ルドルフ会長がバチバチに燃えてるぅ〜。いつもはウマ娘に対して優しい雰囲気の会長がピリつくほどの圧を出してる〜。でも相手はまだ小学生ですよ〜。ほら、テイオーちゃんも押されて「うっ……」って気圧されてるじゃないですか。

 

でもまぁ、ルドルフ会長のこういうウマ娘らしい一面を見るのは非常に珍しい。この人もウマ娘なんだなぁ〜って初めて思ったよ。

 

「ハイハイ、そこまでにしましょうねルドルフ会長。とりあえず、テイオーちゃんのことについて話すことはまだあるので」

 

「そうか…。すまない、少々熱くなりすぎたようだ」

 

「構いませんよ。ルドルフ会長だってウマ娘ですしね。それよりもテイオーちゃん、君にとある提案があります。のるかそるかは君が判断して」

 

「て、提案?」

 

「まず、君は病院へ行って、最低でも1週間ほど休むことは確定しています。ここまではOK?」

 

「う、うん」

 

「私が提案するのはその後の話だよ。君のリハビリ用のトレーニングと走り方の改善、それを全部私が引き受ける」

 

ギョッとした様子で驚くテイオーちゃん。ルドルフ会長の方も一瞬動揺したが、すぐに私の言っていることを理解したような顔をする。

 

「テイオー、安心していい。このレイゴウノルンは私のトレーナーが認めるほど、ウマ娘のトレーニングや脚質への知識が深い。彼女ならばきっと君の足を治してくれるさ」

 

「そう、なんだね……本当に頼っていいの?」

 

「私に任せてくれれば、何の問題もないよ。ただ、日程は細かくやり取りしないといけないけどいいかな?」

 

「うん!ボクは全然問題ないよ!」

 

テイオーちゃんとの日程調整と連絡を兼ねて、彼女の連絡先を追加した。ここまで小さい子の連絡先を入れるのは始めただ……後でテイオーちゃんの親御さんに誤解がないよう伝えておかねば。

 

「それじゃあ、これからよろしくね!ししょー!」

 

「えっ?し、師匠?」

 

「うん、ボクに走り方を教えてくれるんでしょ?だったらボクのししょーだよ!」

 

「あっはははは!その通りだなテイオー!ついでに脚のケアもしてくれるのだから『先生』とも呼ばないといけないのではないのかな?」

 

「そっか、トレーニングを教えてくれるししょーであって、脚を治してくれるせんせーでもあるだね!じゃあ“ししょーせんせー”で!」

 

「せめてどっちかに絞ろっか!それだと私の名前『シショー』になっちゃうからね!?」

 

こうして、テイオーちゃんの一件は何とかなった。成り行きとはいえ、トレーナーもどきを私に出来るか不安だったが、ルドルフさんから東条トレーナーに話してもらって、空き時間にトレーナーとしての基礎を教わることにした。

 

一流のトレーナーはもちろんのこと、私のトレーナーのような変態性がまるでない東条さんの方が絶対に良かった。

 

それから1ヶ月ほどテイオーちゃんのリハビリと走り方の改善に尽力した。日曜は確実に時間が取れるし、土曜日もたまにだがオフになる時がある。そういった日の中でテイオーちゃんと日程を擦り合わせて、トレーニングを行っていた。

 

しっかし、流石はルドルフ会長が目をかけるウマ娘だ……飲み込みが早い。毎回テイオーちゃんの体質にあったトレーニングを考えてくるのも大変だ。

 

トレーナーも実はこういう苦労をしてるのかなぁ……なんて思った時もあったが、ああいう人達は大概変人なのよ。と東条さんが呆れ気味に語っていたのは、しばらく頭から離れないだろう。

 

しかし、私には皐月賞が控えている。そう長くテイオーちゃんのトレーニングを見ている訳にも行かなかった。いつも通りのトレーニング日に私はテイオーちゃんに、そのことを話した。

 

「私も一応クラシック期のウマ娘だからね。そろそろテイオーちゃんのトレーニングを見るのは難しくなっちゃうかも」

 

「そっか……ししょーにもししょーの夢があるんだよね」

 

「うん、今のところは無敗三冠馬。その次は有馬記念辺りかな……」

 

「ねぇ、ししょー!もし僕が三冠を取ったらさ、ボクと勝負してくれない?」

 

「勝負?それはレースでってこと?」

 

「その通り!カイチョーは無敗三冠馬を取ってるし、ししょーもそのタイトルを取るつもりなんでしょ?なら、ボクも達成するからさ!GIの舞台で勝負してよ!」

 

なんか、どっかで似たような約束したよな。『最高の舞台で最高の勝負を』か……ま〜たライバルが増えちゃったよ。今度は弟子がライバルか。

 

「いいよ。私はルドルフ会長と同じ場所で先に待ってるからさ、必ず勝ち上がってきなよ?」

 

「うん!」

 

これはまた負けられない理由ができたね。この子と競い合うなら中・遠距離で最強の名を飾らないと……。これは三冠を取ったあとのことも視野に入れて考えないとないけないな。

 

「練習メニューは渡したのを曜日別で頑張ってね。あっ、でも練習の様子は動画でできるだけ送ってきて?仕上がり具合で新しい練習メニューを送るから」

 

「ホント!?にっしっし、ボクの上達具合に驚かないでよね!」

 

「うん、楽しみにしてるよ」

 

この日の宣言を境に、私とテイオーちゃんのリハビリを兼ねたトレーニングは幕を閉じた。それでも一応メールでやり取りしながら、私が考えたトレーニングに取り組んでいる。

 

それでもまぁ……以前の忙しさがなくなって少し物足りなさを感じたりもする。

 

「おい、大丈夫か?ノルン」

 

「んっ?あぁ、大丈夫だよトレーナー。ちょっと考え事をしてただけ」

 

「そういや最近忙しそうにしてたもんな。どうする?疲れてるなら休みにするが……」

 

「大丈夫ですよ。疲れもないですし、最近の習慣がなくなったせいで頭がボーッとするだけですし。それに……」

 

「それに?」

 

「小さな未来の帝王様には、私も負けてられませんからね!」

 




御愛読いただきありがとうございます!

前回の前編に引き続いて書かせてもらいました。近日中に忙しくなる予定なので、投稿頻度は少し落ちますが定期的に更新できるように頑張りますので応援よろしくお願いします。


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身近な者が1番大切なんだなぁって話

「絶対にぃぃぃぃぃ!!やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

「私が絶対に勝ぁぁぁぁぁつ!」

 

「フッ!」

 

トレセン学園のコース。そこで叫びながら先頭を突っ走るのは芦毛のウマ娘。その後を追うようにして鋭い眼光で迫ってくるのは“孤高の彗星”アステルリーチと、“シャドーロールの怪物”ナリタブライアンだ。

 

1級レベルのレースを展開する彼女たちに、周りにいたウマ娘とトレーナーたちは歓声を上げながら応援している。

 

「何やってんだあいつら……」

 

「少し目を離した隙に大騒ぎになってるわね」

 

沖野と東条トレーナーが打ち合わせを終えてコースに来てみれば、自分たちの教え子達が勝手に併走とは言えない程のスピードでレースをしている様子に少々呆気に取られていた。

 

「やぁ、トレーナーに沖野トレーナーさん」

 

「フジキセキか、この騒ぎはなんだ?」

 

「私も全部知ってるわけじゃないんですけど、あそこの子なら全部知ってるかもしれないので……」

 

「あそこの子?」

 

フジキセキの視線の方へ向くと、頭にハチマキを巻きながら両手に大きな団扇を持って応援しているピンク髪のウマ娘の姿がいた。完全に盛り上がり方が周りとは異質である。

 

「とても輝いていますよ、ノルンちゃん!あぁ!でも、流れる彗星のようなアステルリーチさんも、獲物を狙うがごときのブライアンさんも素晴らしいですよ!!」

 

「なんだ、アグネスデジタルか」

 

「知ってるのか?」

 

「最近よくノルンと一緒にいるのを目撃してるし、本人曰くノルンの友達だそうだ」

 

なんなら年末年始前の日にトレーナー室でノルンと一緒にコタツに入ってた子だ。彼女の趣味についてはノルンからよ〜く聞かされている。あいつと同類だってことは話を聞いてれば嫌でもわかる。

 

兎にも角にもあの子に話を聞かないとな。

 

「随分と大盛り上がりだな。アグネスデジタル」

 

「あっ、あなたはノルンちゃんのトレーナーさん。その後ろはリギルの東条トレーナーさんに……フジキセキさん!!?」

 

おっと、そういえばフジキセキってファンクラブができるほど女子から人気のあるウマ娘だったな。ウマ娘好きでもある彼女には少しどころか、かなり刺激が強そうだ。

 

おい、無言でいい笑顔振りまきながら手を振るな。この子が瀕死になるし、周りがザワつくだろうが。

 

「あ〜、まぁフジキセキのことは置いといて聞きたいことがあるんだけど」

 

「私に……でしょうか?」

 

「そうそう、何で俺らの担当バがレースしてるのか経緯を聞きたい」

 

「そういう事でしたか。一部始終を影から見守っていたので、完璧にその時の状況を伝えますね!」

 

「お、おう。頼んだ」

 

アグネスデジタルの語ってくれた内容はこうだ。

 

1.ノルンが自主練しているところにアステルリーチがちょっかいをかけに来た。

 

2.遠くからは聞こえなかったが、軽くアステルリーチがちょっかいをかけてノルンがガミガミ文句を言っているところに、ナリタブライアンが登場。

 

3.最終的にレースで決着をつけるという結論に至り、こうして3人同時にレースのスタートを切ったという訳だ。

 

「……そんな理由か」

 

「珍しいな。ブライアンが自分から他人と関わるのは」

 

「あのポニーちゃんに興味がある様子はちょくちょく見かけてましたから、さほど不思議ではないと思いますよ」

 

フジキセキの言葉に覚えがあるのか、東条トレーナーは「あぁ、そうだったな」と納得した様子。

 

リギルの内情をよく知らない沖野には熱くなっているブライアンが珍しくてしょうがなかったが、「まぁ、ノルンだからなぁ」と納得してしまうレベルにはこの1年で毒されていた。

 

「おっ、帰ってきたな」

 

「はっ!本当ですね!皆さん頑張ってくださーい!」

 

たった3人のレースなのに聞こえてくる足音が轟音すぎる。ノルン達が走り去ったあとを見てみれば、一部の芝が抉られて土が見えていた。どんだけ力込めて走ってるんだって話だ。

 

先頭は以前ノルン。後方の2人との差は半バ身のまま、コースのゴール前をめざして爆速で駆けてくる。

 

「逃げて勝つんだぁぁぁぁぁぁ!」

 

「逃げ切らせない!」

 

「逃さんッ!」

 

走るプレッシャーがもうGIレベルである。ただの併走で何がそこまで彼女達を熱くするのか……全く見当がつかない。

 

そのまま3人ともゴールを駆け抜けた。1着はノルンだったが、2着のブライアンとの差は僅かにアタマ差で勝っていた。

 

「お〜、やっぱりノルンが勝ったか」

 

「最近自主練が多くなってるとはいえ、あのブライアンとアステルに勝つなんてね」

 

走りきって乱れる息を整えると、沖野と東条トレーナーを見つけたノルン達は歩きながらやってきた。安心した様子のノルンに比べて、2人はとても悔しそうな表情を浮かべる。

 

「トレーナー。もうトレーニングの時間でしたっけ?」

 

「んにゃ、まだ時間はあるが会議が終わって来てみれば、お前らがレースをして大騒ぎだったからな。いやでも目に付くよ」

 

「断れなかったんです!あのブライアンさんからの併走のお誘いですよ!?断れないに決まってるじゃないですか!」

 

必死な様子で弁明するノルン。沖野にしては三冠の経歴を持つ“ナリタブライアン”と、中距離でのスーパースター“アステルリーチ”の両方と併走することに関しては別に気にしてはいない。

 

むしろ、皐月賞に向けたいい練習になったとさえ思っている。走ってる時もGI相当の気迫だったし、むやみやたらに併走を行わないよう一言だけ言っておけばそれで万事解決である。

 

「別に怒ったりしねぇよ。ただ、今度はちゃんと俺の確認を取れよ?」

 

「……怒らないんですね?」

 

「怒ってどうするんだよ。お前にとっちゃプラス面しかないから怒るわけねぇだろ」

 

「てっきり罰としてアメの箱を1つ丸ごと買わせるものかと……」

 

「んなパシリみたいな真似させるわけねぇだろ。しかも担当の金で」

 

そう思われていたとは心外だ。ノルンのことだし多少ノリみたいなとこがあるかもしれないけど、場合によってはマジでそう思ってる時があるから冗談だとしてもタチが悪い。

 

その時、アステルリーチがこちらに近づいてきた。ノルンに負けたせいで悔しそうにしている。

 

「くぅ、負けた。もうすぐだったんだけどなぁ……『ゴスロリ』」

 

「ふざけんな、絶対嫌だからな。撮影の時のファッションショーに味しめてんじゃねぇよ」

 

「えぇ〜、絶対狙えるってゴスロリ路線」

 

「だからなんでゴスロリ限定なんだよ!?」

 

ホントに仲良しだよなこいつら。さっきまで喧嘩の延長戦でレースしてたんじゃないのか?それに……話の流れ的にレースの勝ち負けで条件つけてたな?まぁ、生徒同士の約束だからいいんだけどさ。

 

「それとお前が私の言うこと聞く権利だけど、入学の時と合わせて2つあるってこと忘れるなよ?」

 

「あっ」

 

ノルンのその一言に冷や汗を流しながら苦笑いを浮かべるアステルリーチ。ノルンって大概のウマ娘に対しては尊ぶような態度だけど、なんでこいつ相手だと当たりが強いんだろうな。

 

未だにノルンとアステルの関係性が全くわからんから謎である。

 

_______________________

 

「今、ノルンちゃん用のゴスロリ服を製作中なんです〜」

 

「キレそう」

 

「とは言っても情報源はアステルさんなので」

 

「あいつぅ……」

 

レースとトレーニングを終えて帰ってきたら、同室の子が自分用の衣装服を作ってる。こういう時ってどういう感情でいればいいんだろうか。

 

にしても、またアステルか。用意周到と言うかなんというか……いらない方向で手の回し方が上手くなってる気がする。前世の親として止めるべきだとは思うけど、あいつは絶対止まらねぇだろうなぁ。

 

「これはお仕置を兼ねてとんでもない罰ゲームにしてやろう」

 

「程々にですよ?あれほど親好きな息子さんも珍しいですし」

 

「あいつは親好きよりも愉快犯だよ。今世でもこっちに迷惑をかけてきてさ、ホントに」

 

正確に言うと、前世は直接的な迷惑は無かった。その代わりと言っちゃなんだが、厩務員の人たちからの噂はかなり聞いた。親として叱ってやれないのも苦だなと思ったのはその時が初めてだった。

 

根はいいのになぁ。ちょっと黒い性格の方へ進化してしまったと考えていいだろう。やることなすことの意味がわかる分、余計にタチが悪いのがミソだ。

 

「それでもいいですよ。無事に育ってくれただけで嬉しいじゃないですか」

 

「……そうだな。君の前でグチグチ言うことじゃなかったな」

 

「いいんです。私は気にしていませんし、前でも無事に走りきる子の方が少ないってよく耳にしてましたから」

 

ミルキーの子供は生前レースを走りきる子が少なかった。無事に走りきれたのは多くて2、3頭ってところだろう。それ以外はレース中の事故や病気でミルキーよりも早く逝ってしまっている。

 

アステルのやつも事故による他界だったが、私の残した子供たちはバリバリに元気である。GIで活躍した子、GIIやGIIIで2桁の勝利数をあげた子などもちゃんと最後まで走りきっている。

 

「さっ、そんな湿っぽい話よりもご飯に致しましょうか」

 

「そうだね。今日は併走に加えてトレーニングもしたからお腹がぺこぺこだよ。シャワーも浴びたいけど、まずはご飯が先かな」

 

「では、まずは食堂に行きましょうか。ふふっ、今日今季の新作料理を食べてみたのですが、これがかなり美味しくて!」

 

「へぇ〜、ミルキーがそこまで言うなんて珍しいね。私もちょっと気になってきたから頼んでみよっと」

 

________________________

 

「おい。今、暇か?」

 

「忙しくなりそうな予定でしたけど、全てキャンセルします。…………よし、これで消灯までブライアンさんのために時間を作れました」

 

「そこまでしなくても……はぁ、まぁいい。ちょっと着いてこい」

 

「ルドルフ会長やエアグルーヴさんは……」

 

「来ない。今日は私とお前だけだ」

 

よし、ここまで普通にやり取りできてるな。しかし、ブライアンさんと2人きりとは……いやいやいや!邪な考えを持ってはいけない。これはあくまでブライアンさんの用事なのだ。

 

ここ数ヶ月でウマ娘ちゃんとの最低限のコミュニーケーション能力は獲得済み。これでアガってしまってブライアンさんに迷惑をかけることもない。

 

気をつけなきゃいけないのは不意打ちだろう。ただでさえ顔が整っているウマ娘ちゃんなのに、ブライアンさんはカッコイイがすぎる。うっかり不意打ちを食らってダウンしてしまわないようにしないと……。

 

「それで、今日はどこに向かうんです?」

 

「買い物だからそこら辺を回る」

 

「デパートとかってことでいいんですね?」

 

「そう思ってくれればいい」

 

デパートといえば日用品から雑貨、化粧品や貴重品などの幅広いものが取り揃える……ということは荷物持ちかな?私は。

 

などと考えていると、意外なことにやってきたのはスポーツ用品店のウマ娘専用コーナーだった。ひとしきりコーナーを見て回ったブライアンさんはこちらを見ながらばつが悪そうな顔をしていた。

 

「蹄鉄と……シューズを選ぶのを手伝ってくれ」

 

「えっ……わ、私がですか?いつも自分でお使いになられてるやつでいいのでは?」

 

「その……言いづらいんだが、毎回シューズと蹄鉄を選んでくれるのは姉貴でな。どれが自分にあったものなのか全く分からないんだ」

 

「ブライアンさんのお姉さんとなると、ビワハヤヒデさんですね。確か関西の方へトレーナーさんと一緒に行ってるとかなんとか……」

 

「そう、それで会長様やトレーナーに相談したら、お前の名前が挙がったというわけだ」

 

確かに東条トレーナーさんもチームメンバーの指導で忙しそうにしてたし、ルドルフ会長はいつも通り学園の書類を生徒会室でさばいているだろう。

 

こう信頼してくれるのは嬉しいのだが、本当に私でよかったのだろうか?なんなら、三上さんとかうちのトレーナーでも…………ダメだな。2人とも癖が強すぎる。

 

まぁ、とりあえず頼られたなら全力を尽くすか。ブライアンさんの脚だと中遠距離向きのシューズと蹄鉄が必須として、モデルを考慮すると……。

 

「長距離用のシューズと蹄鉄を買うのがセオリー……けど、ブライアンさんは普通のウマ娘より込める力が強いからその分を考慮して、ワンランク強度の強いものを選択するのがベスト。靴幅はだいたい1センチほど大きいのを想定するとして、その他もろもろのケア用品もチェックしておかなければ……」

 

「……さっきから何を1人でブツブツと」

 

「あっ、すみません!考えしているとよく独り言が多くなるので……不愉快だったでしょうか?」

 

「いや、そんなことは思ってない。それよりどうだ?大体の目星はついたのか?」

 

「はい!ブライアンさんなら、これとこれのモデルが合っているかと。どちらも軽量と頑強さが売りのタイプなんですけど、履いてみて感覚が違ったらまた教えてください。別のモデルを見てみますので」

 

「ふむ……」

 

色んなモデルを試しながら蹄鉄とシューズを絞っていく。最近はシューズ制作に力を入れてる企業もある事だし、種類は豊富だ。蹄鉄に関しては特に深いこだわりはないようなのですぐに決まった。

 

あとはケア商品。ブライアンさん曰く、ケア用品もビワハヤヒデさんから定期的に差し入れてもらっているものを使っているとのこと。なら、この際自分の気に入ったものを決めてもらおうと思い、シューズ選びと並行してケア用品も見て回った。

 

シューズ選びを開始して約2時間半程で、揃えたいものを揃えたブライアンさんは少しどこか嬉しそうだった。

 

「いい買い物が出来て良かったですね。ブライアンさん」

 

「ああ、道具ひとつ選ぶのにもこれ程考えることがあるとはな。……今度姉貴と来た時に役立ててみるか」

 

「お役に立てようで何よりです」

 

ふぃ〜、何とか乗りきった。シューズ選ぶ時なんか顔がズイッと近くなるからめちゃくちゃドキドキするよ。あれは万病に効くね、間違いなく。

 

しかし、姉と妹か。私とアステルは親子だからブライアンさんのような姉妹の感覚はよく分かんないけど、考えてみればこっちで血は繋がってないとはいえ、唯一の肉親だもんな。

 

ミルキーもグランもオリオトメのやつも皆こっちじゃ1人っきりだ。そう考えれば、私はアステルがいることを大切にしないといけないんだな。

 

「いいですね、姉妹って」

 

「そうだろうか?姉貴は私にもっと礼儀正しくしろとか、野菜を好き嫌いせずに食べろとか言ってるんだぞ?」

 

「それは愛されてるからですよ。ほら、よく言われるじゃないですか『好きの反対は嫌いじゃなくて無関心』って、少なくとも怒ってくれる時点でブライアンさんはビワハヤヒデさんに愛されてるんですよ」

 

「あれが愛か……お前も中々親ヅラのようなことを言うんだな」

 

「うぇ!?そ、そうでしょうか!?」

 

あっぶねぇ……ちょっと思いふけってたせいで年寄りたセリフが出てしまった。今のは私は花の女子中学生、それ相応の振る舞いをしないと。

 

「だが、お前のことは気に入っている」

 

「ブライアンさんが……私をでしょうか?」

 

「……お前は会長様と併走したことがあるそうだな?」

 

その質問に私は一瞬ドキッとしてしまった。一体どうやってその情報を手にしたのか気になるところではあるが、まずは質問に答える。

 

「あり…ますね。ルドルフ会長から持ちかけられた提案でしたのでつい……」

 

「その日から会長様は何か吹っ切れたようでな。前よりも確実に強くなっている……そして、その原因はお前だ。私もお前の走りを初めて見た日から、お前は他と何かが違うと感じていた」

 

「……私はそれほど過大評価を受けるほどじゃないので」

 

「まぁ、自分がそう思っているのならそう思っているがいい。だがな……」

 

再度こちらに振り向いたブライアンさんの顔はまるで猛獣のようだった。刺すような眼光でありながらも牙が出ているかのように見える笑顔。その姿はまさに“怪物”そのものだった。

 

「私はお前を逃がさない、必ず昨日の借りを貸してやる。だから、私が勝つまで他のやつに負けるな。いいな?」

 

「ひゃ、ひゃい!わかりゅました!」

 

「よし、私はこれからもう一箇所行くところがあるから、お前は門限に間に合うよう帰った方がいい」

 

「そうしゃせていただきましゅ……」

 

「んっ、じゃあな。今日は助かった」

 

そう言い残して、ブライアンさんはデパートを出ていった。私は足を動かして門限までに寮へと到着したのだが、部屋に帰るなりすぐにベッドに飛び込んで……

 

「うにゃああぁぁぁぁぁ!!心臓にわるすぎるよおおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

と、ブライアンさんのあの時の表情を思い出して、身悶えるのだった。




ご愛読いただきありがとうございます。

最近忙しすぎてちょっと間隔の空いた投稿にはなりますが、更新はしていくので皆さん楽しまに待っていた頂けると幸いです。

評価・感想 よろしくお願いします


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日出ずる国の桜大帝

あるところに一頭の黒鹿毛が生まれ落ちた。

 

馬体に黒以外の色が一切見受けられないほどの綺麗な黒色の毛並みは、まさに日本人の黒髪を表したかのように艶やかだった。

 

過去にGIを制覇した両親の良血を受け継ぎ、産駒時代から将来が約束された適正と強靭な体をもってデビューを果たした。その後、ジュニア期を安定に走り切りクラシック期へ、そこでも活躍が期待されることとなる。

 

それがこの私、“オリオトメ”の始まりだった。

 

しかし、そこで大きな障害が立ちはだかった。ジュニア期の時点で名を挙げていた馬、“レイゴウノルン”が僕のクラシック期の勝利を根こそぎ奪っていったのだ。

 

クラシック三冠はもちろんのこと、年末の有馬記念にジャパンカップ……栄えある栄冠は全てレイゴウノルンのものとなった。

 

手は一切抜いていない。それでも、あと一歩のところで勝つための1歩が足りないのだ。クビ差やアタマ差のギリギリなレースはあったものの、ゴールへはいつもレイゴウノルンの方が早くたどり着いてしまう。

 

私がレースを走るようになって初めてGIの冠を取ったのは『天皇賞・秋』だった。しかし、そのレースにレイゴウノルンは出走していなかった。

 

天皇賞よりも前にあった世界最高のレース『凱旋門賞』に出走していたレイゴウノルンが、帰国後に長期の療養に入ったからである。その後、ジャパンカップと有馬記念を制したものの、どちらのレースにもレイゴウノルンの姿はなかった。

 

そして、肉体の衰えが見え始めた時期で私は引退を余儀なくされた。そこで私とレイゴウノルンとの勝負は幕を閉じたのである。

 

………………

………

 

「あと、1週間……」

 

クラシック期で初めて出るレース『弥生賞』へ向けて、今はチームリギルのトレーナー東条さんの指導を受けてフォームを調整中だった。

 

私がウマ娘に転生して、前世の“オリオトメ”としての記憶が戻ったのは3歳の頃。街中で見かけた綺麗で真っ白な芦毛のウマ娘を目にした時だ。

 

芦毛に反応して記憶を取り戻す……どうやら私は前世でも今世でもあの芦毛の馬に夢中だったようだ。

 

「そろそろ休憩を挟むぞ。一旦戻ってこい」

 

「はい」

 

トレセン学園に入るのは簡単だった。前世の感覚が残っていたから、すぐに走るコツを掴むことが出来た。あとは学力なのだが、数学さえ除けば他は高得点を取れる自信がある。

 

世間一般的に私の名前は広まっていない。目立たないように今まで立ち回って来たのもあるが、半分くらいは家が絡んでいるせいでもある。まぁ、今はそんな話はどうでいい。

 

直近で一番の問題は……

 

「お疲れ様、オリさん。ほい、ちゃんと炭酸を抜いた炭酸水用意しといたよ」

 

「それはただの水。あと、さんを付けるな」

 

こいつだ。レイゴウノルンの息子であるアステルリーチ……こいつが非常にめんどくさいことこの上ない。そもそも何故年上なのになんで私のことを“さん”付けするんだ。

 

「いいじゃんいいじゃん、オリさんは私にとっておじさんみたいな感じだし」

 

「世間一般的に見れば私の方がさん付けするべきなのだが?」

 

「そんな硬いこと言わないでさ。これでも尊敬してるんだよ?」

 

「はぁ……」

 

“尊敬している”この部分に関しては嘘偽りのない本音だから怒るに怒れない。

 

「アステル、オリオトメに構っている時間はあるのか?」

 

「げっ、んじゃあ自主練に戻らせてもらいま〜す」

 

「まったく……」

 

東条トレーナーがやってくるとアステルはそそくさに自主練へと戻って行った。普段は優等生だが、どうにも東条トレーナーに目をつけられているようだ。

 

あいつは自分の父…ノルンのやつにも時々ちょっかいをかけては仕返しされているようだ。私はまだ直接あったことないんだけど、テレビでは見たことがある。

 

会ってない理由……まぁ、私はグランやミルキーみたいに最初からフレンドリーに接しられるほど図太くは無い。会うなら私の走りを見てもらったあとで会いたい、そういう性格だ。

 

だから、会うとしたら私の走りを見た後で会ってもらいたい。そういう思いでジュニア期はノルンのことを避けて生活してきた。

 

しかし、それももう終わり。あとは弥生賞を制するだけ。

 

「やる気十分って顔だな」

 

「そう…でしょうか?」

 

「えぇ、あなたもあの子の宣戦布告に当てられたか?」

 

あの子というのは言わずもがなノルンのことだ。朝日杯を制した後にクラシック級へ挑戦するウマ娘全員に宣戦布告、これに関しては全く予想できなかった……と言うより、ノルンらしくない。

 

「あいつの心境がどうなのかは知りませんが、私は奪い取りますよ。三冠の座を」

 

「……あなたもアステルもそうだけど、レイゴウノルンのことになると熱くなるな。なにか特別な思入れでもあるのか?」

 

「特別というよりも運命かもしれません……」

 

「ふぅん?あなたにしては変な言い回しね」

 

前に逃したのは何もクラシック三冠の栄誉だけじゃない。二度と手に入らない最強を打ち破る機会が舞い降りてきたんだ、絶対にこの機会を逃す気は無い。

 

それに私としてはある意味でも運命的であると言える。

 

______________________

 

「おいし〜、やっぱり食べ歩きはレース場の店ですよねぇ」

 

「そうですよね!つい手が伸びてしまうというか……」

 

「分かる!」

 

日曜日の中山レース場にて、私と松島さんとトレーナーは弥生賞を見に来ていた。私とトレーナーはオリオトメを偵察するため、松島さんは完全なるプライベートだ。

 

「なんで俺がここにいんの?」

 

「メイクデビューだけでオリオトメの実力を図ろうなんて甘い。ミルクティーに砂糖を入れるくらい甘いですよ、トレーナー」

 

「そこまで言うか!?」

 

「それほどノルンちゃんはオリオトメちゃんを強敵認定してるってことですね」

 

あいつのメイクデビュー、1着はとったものの完璧と呼べるほどのコンディションではなかったはずだ。絶好調のオリオトメなら私と同じ成績で勝利することが出来ただろうと、断言出来る。

 

オリオトメの脚質は差し。それも頭を使う走り方をしてくるから厄介なことこの上ない。通常のレースより3倍近く脳みそのリソースが割かれることになる。

 

仕掛けるタイミングとか動揺の誘い方が上手いのなんの。それに加えて脚も早いと来たもんだ……純粋な勝負だとあいつに勝てるやつはなかなか居ないだろうな。

 

「まぁ、対策を立てるなら直接見ておいて損は無いか……おっ、そろそろパドックが始まるぞ」

 

「もうそんな時間でしたか。食べ物の魔力とは恐ろしいものですね」

 

「ですね〜」

 

GⅡ以下のレースは全て体操服とゼッケンの格好とされている。見た目の派手さはないものの、GIとは違いウマ娘たちの純粋な状態を見極めることが出来る。

 

それでも一見して不調のまま出走している娘はいないようだ。いたらいたで大問題だけどな。その点に関しては東条トレーナーを信用しているので、全く問題は無い。

 

4人目の紹介が終わり、次に黒鹿毛のオリオトメがパドックに姿を現した。正直、生で彼女の姿を見るのはまだ十数回しかない。メイクデビューと今回を含めて2回。その他にも学園内で数回見かけているが、全てスルーしている。

 

べ、別にひよってるわけじゃねぇからな!?あいつの場合は何でもかんでも走りで語りたいタイプなのだ。下手に声をかけるとマジで険悪ムードからのお付き合いになってしまう。それだけは避けねばと思い、ずっと声をかけなかったのだ。

 

にしてもやっぱり怖ぇ〜…なんなの?あの仕上がりよう。レースに勝つっていう意気込みがすごすぎて周りのウマ娘ちゃん達を全員撫で切りますよって言わんばかりの雰囲気を醸し出してる。

 

ああいうお堅いところがあいつの悪い所なんだよなぁ。

 

「なんというか…凄いですね。あの気合いの入りよう」

 

「絶対に勝つっていう意思が透けて見えるな。ノルン、お前めんどくさい相手に喧嘩売ったんじゃねぇの?」

 

「めんどくさいのは認めますけど、負ける気は無いので」

 

あんだけやる気があるなら絶好調の証だ。ちゃんと東条トレーナーと一緒に調整してきたんだろうな。今なら私と楽しいレースが出来そうだ。……ちょっとこっちを睨んできた。嫌われてるのかなぁ、私って。

 

残りのウマ娘ちゃん達も紹介されて、全員がパドックを離れていく。いよいよレースの開始だ。

 

「さてさて、見届けさてもらうよ。君のレース」

 

かつて“日本の桜大帝”と呼ばれた走りをね。

 

………………

………

 

黒い影が真っ直ぐゴール直線を駆ける。事前の人気では競り合うだろうと思われたレースは、オリオトメ1人の独壇場と化していた。

 

第4コーナーを回ったところで、オリオトメは前方のバ群を外回りから一気に追い抜いた。そこからは一方的で、誰も彼女に追いつけないでいる。

 

「圧勝だな……」

 

「はい、差しの作戦としては理想の走り方ですね」

 

「第4コーナーに入る前から色々と揺さぶってましたからね。後続の子達はもうバテバテでしょう」

 

揺さぶるにしても仕掛け時までちゃんと体力を温存してるんだから、同じレースで走ってる子達はやりにくくてしょうがないだろう。

 

でも、それこそがオリオトメの本懐だから仕方がない。揺さぶりだって立派な戦法のひとつだ。スピードやパワーを鍛えたところでどうしようも無い。

 

ウマ娘のレースと前世のレースの違うところは、全てワンオペで完結しなきゃいけない点だ。走るのも、仕掛け時を見極めるのも、揺さぶりのかけ方だって一人でこなさないといけない。

 

馬の時なら馬上の騎手さんが私たちに指示を出してくれていた時とは訳が違うのだ。その点オリオトメは前世の騎手さんの作戦をよく模倣できている。あいつの騎手さんって結構優秀な人だったらしいからね。

 

そして、レースはそのままオリオトメがリードを保ったままゴール、後続との差は5バ身だった。

 

「見に来ておいてよかった。メイクデビューと仕上がり具合が段違いだな」

 

「そうでしょう?だから言ったじゃないですか、ミルクティーに砂糖を入れるくらい認識が甘いって」

 

「確かに俺が甘かった。こりゃあ帰って少しレース展開を練り直さないとな」

 

「よろしく頼みますよ、トレーナー。その手に関して私はあんまり詳しくないんですからね?」

 

「おう、任せとけ」

 

トレーナーと話し合っていると、観客たちがオリオトメに向かって拍手を送っていた。オリオトメの方も微笑みながら手を振って返しながら待機室の方へ帰ろうとした時、ふと私と目が合った。

 

「うぇ〜、やっぱり睨んでくる……」

 

私の顔を見た瞬間、オリオトメの目が私を射抜いた。私に対してどんだけ敵対心持ってんだよって言いたい。そう何度も睨まれたら流石の私だって傷つくんだからな!

 

オリオトメが睨んだのは一瞬だったので観客の人たちには気づかれなかったが、隣にいたトレーナーと松島さんにはバッチリ気づかれていた。

 

「バッチバチじゃん、お前ら」

 

「2人のライバル関係は非常にそそられますが、それにしても嫌われすぎては?」

 

「うぅん、朝日杯の時のあれが悪かったのかなぁ。もしかしたら別の要因かもしれないけど」

 

なんでこんなにも嫌われてるんだろうか?直接聞いてみたいんだけど、こっちから聞き出そうとするのもなぁ……アステルに頼んだら聞いてくれるだろうか?

 

________________________

 

(勝った……)

 

久々の勝利に少し気分が高ぶっていた。今回はできなかったが、これを全力で走りきった後に味わえるならどれだけ爽快なのだろうか。

 

小走りの中で考え事をしていると、会場から拍手が送られた。前だと私の上にいた騎手さんが手を振っていたけど、今回は私の番。応援してくれる人たちにちゃんと答えるように手振る。

 

その中で後方の方に芦毛のウマ娘がいた……そう、レイゴウノルンだ。どうやらトレーナーさんともう1人付き添いの人と一緒に私のレースを見に来てくれたらしい。

 

(嬉しい…)

 

ちゃんと見に来てくれたので、しっかりと手を振る。……少しか顔が固くなってしまったがちゃんと感謝は届いただろう。

 

レイゴウノルンはライバルだ。しかし、それ以前に私とノルンは友であると思っている。だけど何故か本人を前にしてしまうとツンケンした態度しか取れない……実に悩ましい。

 

1度私の好きなお茶と和菓子を一緒に食べながらゆっくり語り合いたいものだ、色々と。

 

そうと決まれば急いで準備したいな。今まで自分のわがままで待たせたのだから、とびきりもてなしてあげたい。ここは……アステルリーチの力を借りるか。

 

ふふっ、前ではレースの時にしか顔を合わさなかったからあまり話せなかったけど、今はウマ娘として色々と交友が持てそうだ。前も今も友達でいられるって素晴らしいと思わない?

 

なにはともあれ無事にレースを勝利を収めることが出来た。これでお母様もお喜びになるだろう。サプライズとしてノルンも紹介してみようかな。

 

クラシック路線も、学園生活もまだまだこれから楽しくなっていきそうである。




ご愛読いただいありがとうございます。

ここまでこのシリーズを続けてきましたけど、ここまでの内容でこういう話が読みたいっていうリクエストがあるならメッセージボックスの方に投稿お願いします。(ぶっちゃけ本編以外でのネタが見つからん)

評価・感想 よろしくお願いします!


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見えない目にはご注意を

動画配信とは現代社会で急速に伸びている娯楽の一つである。やってる内容は……まぁ、企業のものからマニアックなものまで多岐にわたる。

 

SNSでも短い動画を投稿して多くの人に広めたり、一瞬を捉える美しい写真でいいねをもらったりすることで素人でも簡単に知名度をあげることが出来るのだ。

 

しか〜し、それは表に立つもの達がやることであって、オタクである私はひっそりとその人たちを影から応援させていただくのが鉄則!

 

私も当然のごとくUmaTubeは見ています。暇さえあれば情報収集のついでによく見てますね。最近は外国にいる栗毛姉妹の動画にハマってますね(どハマり)

 

あっ、夜更かし気味にならないようには気をつけてるぞ?現役のウマ娘はコンディションが第一だからね!体調管理も実力のうちだ!

 

「さてさて、今日は何を見ようか……」

 

「あら?何をお見になっているんですか、ノルンさん?」

 

「ん、UmaTube」

 

「UmaTubeでしたか、私も時々見てはいますね」

 

「へぇ〜、ちなみにどういう動画を見てるの?」

 

「ちょうどノルンさんが見ている、“女の子同士”の仲睦まじい動画ですね」

 

「な、なるほど……」

 

別に変な話じゃないのに何故か背筋がぶるっときた。ミルキーと話す時に限って時々背中に氷が入ったかと思うほどの悪寒に襲われる。不思議だ……悪霊とかいないよねこの部屋?

 

「そろそろ寝る時間だし、これで最後かな」

 

「ふふふっ、ノルンちゃんはいい子ですね」

 

「なんか母親目線の感想やめてもらえません?」

 

「あら〜、そんなつもりはありませんでした」

 

時々、こうしてすっとぼけられるのがしばしばある。ミルキーってどことなく母性あるからそのセリフがガチっぽく聞こえちゃうんだよね。

 

とまぁ、動画配信などは色々なコンテンツを本人の好みで見られるっていうのがいいよね。URAもしっかり過去のレースの動画とか出して再生数稼いでるし、トレセン内の子たちも少なからずやっている。

 

GIウマ娘ならば、それこそスポンサーの企業から宣伝として出てくれなんていう話が来たりする。私?私はそんな話来たことありませんよ。いくら朝日杯に勝ったからってその程度で……

 

「ノルン、お前に宣伝依頼が来てるぞ」

 

「マジで言ってます?」

 

即落ち2コマとはこのこと。昨日考えてたことが今日現実になるとかありますかね?ま、まぁなったものは仕方ないが、一体誰がそんな依頼を……。

 

「レディース雑誌の寺井さんって人からの依頼なんだけどさ」

 

「oh……」

 

バチバチの知り合いだったわ。去年の1件で連絡先は交換したけど、正直あの人かなり忙しい人だから、勝負服の件以外であんまり話したことないんだよね。時々、アンケートとかって言って雑誌の感想とか聞いてくるけど。

 

今のシーズンで依頼となると……春を先取りしたファッションのモデルにでもなって欲しいのだろうか?他はパッと思いつくのがないな。

 

「え〜と、2週間後の木曜日あたりから打ち合わせしたいみたいだ。もちろん俺も着いていくが、どうする?」

 

「受けましょう。今回は正式なご依頼ですし、あの人にも勝負服の件でお世話になっていますしね」

 

「分かった。先方には受けるように伝えておくから、ちゃんと予定は空けとけよ?」

 

「分かりました」

 

朝日杯を制してから企業絡みの案件が来たのは、これが初めてだ。一応ゲームセンターには私のパカプチが並んではいるけど、これに関しては学園側と企業さん側で決定して制作しているので、私は全く知らない。

 

パカプチが作られるのって、トゥインクル・シリーズで活躍しているウマ娘達限定なんだよね。だから、ウマ娘達に取ってパカプチが作られるのはとても名誉なことなんだよね。

 

そのパカプチを超えるものとして、今回のような企業側から依頼されるのがある。これは学園側だけでなく、トレーナーの判断とウマ娘の了承によって成り立っている。

 

企業側も企業側で、ある程度脈があるウマ娘を起用したいと考える。知人であれば断られるリスクが少ないからね。

 

「これは松島さんへのリーク案件ですね。実用、観賞用、保存用の3つを買うことを勧めつつ、松島さんの方にも何か連絡がいってないか聞いてみよっと」

 

UMAINを開いて松島さんへと連絡。既読は付かなかったが、この時間帯だと仕事で忙しいと断定する。だって、松島さんに連絡した時は直ぐに既読が付くからね。

 

さてさて、一応の根回しは済ませておいたけど、今日はやることないんだよね……。トレーナーの用事と私の休息を考えてトレーニングは無しになってるし。

 

______

___

_

 

「で?そういう理由で敵情視察って訳〜?」

 

「別にそんなんじゃないけど…。三上トレーナーと1度話をしたいと思ってたから」

 

はい、私は現在トレセン学園の芝コースにいるグランの元に来てま〜す。暇ならとてきとうに学園内を歩いてたら、芝コースにてグランが走っている所を目撃したので突撃したのだ。

 

「あ〜、君のお母さんのトレーナーさんだったんだっけ?」

 

「その通り、正解正解。ところで三上トレーナーは?」

 

「あの人ならあそこだよ〜」

 

グランが指さした方向では、三上トレーナーが他のウマ娘達への指導を行っていた。脚に負担をかけないよう目を光らせるその姿は正に中央トレーナーとして恥じぬ姿と言ってもいい。

 

しかし私の目はトレーニングの方に向けるのではなく、三上トレーナーの傍と数百メートル向こうに佇んでいるビデオカメラの方へ向いていた。

 

「何あれ?」

 

「ん〜とね、確か動画投稿サイトにトレーニング風景とかをトレーナー志望の人向けに投稿してるんだって」

 

「え?それ大丈夫?」

 

「一応だけど大丈夫みたい〜。理事長からも『快諾!』って扇子でお墨付き貰ったみたいだし」

 

「確かにあの理事長なら許可するか」

 

“天才”三上 環の指導動画か。あの人、巷では変人だのなんだのと言われてるけど、あれでちゃんとGIウマ娘を輩出してるから認知度と信頼度は高いんだよね。

 

トレーナー志望の人達ならこぞって見るだろ。それこそ、怪我に直結して関わってくる脚のケアと、トレーニングの指導方法とかは貴重だもんな。一見どこか百見するくらいの価値はあるぞ。

 

「撮ってるから邪魔かな?」

 

「今行くのは〜……いや、君が行ったら邪魔どころか撮れ高しかないから大丈夫じゃないかな?」

 

「じゃあ行ってくるか。この機会逃したら今度いつ話す機会があるか分からないもんな」

 

「ん〜、行ってらっしゃい。僕はトレーニングに戻るからね」

 

悠々と芝コースをランニングしていったグランを見送って、私は三上トレーナーの元へと歩いていく。

 

さてっと、お母さんの情報では三上トレーナーは現在トレセンの中央で変人トレーナーとして活躍中とのこと。変人と呼ばれる所以となる逸話は色々とあるが、最もたる理由としては『脚に問題のある娘』を徹底的にスカウトしてる点だろう。

 

自ら爆弾を抱えにいってるようなもんだもんな。トレーナー側から見たら変人そのものとしか思えない。

 

まぁ、変人だとしてもちゃんと結果は残してるから言うことは何もないけどね。主なウマ娘としては私のお母さんが筆頭だけど。

 

「こんにちは、三上トレーナー。お時間よろしいです?」

 

「あら?随分と久しぶりだねレイゴウノルン」

 

「前に会ったのは秋頃でしたっけ?あの時からずっと話したかったんですけど、時間が無くて……」

 

「GIに向けて調整してた君が話せないのは仕方ないさ。かく言う私もトレーニングで忙しかったからね。お互い様というものさ」

 

予定が合わないのは仕方ない。三上さんはトレーナーとしての仕事があり、私は競走バとしてのGIに向けたトレーニングがあるのだから中々時間ができないものだ。

 

今だってチームの子達の指導をしている。GIのベテラントレーナーとはそれほど引く手あまたなのだ。

 

「今度レースに出るんですか?」

 

「うん、重賞に出走する予定だよ。出るからには勝たせたいから本腰入れて調整中ってところかな」

 

「なるほど……」

 

今週となるとGIII辺りになるかな。見る限り三上トレーナーの指導しているウマ娘たちは、私の目から見てもかなり仕上がってる。

 

グランのやつも皐月賞に向けて自主トレーニング中だが、調子は良好のようだ。こう見てるとトレーナーってこれが本来の姿だったんだなぁ……と思ってしまう。

 

脚をベタベタ触るうちのトレーナーに比べてえらい違いである。

 

「応援、絶対に行きますから!」

 

「ふふふっ、ありがとう」

 

にこやかな笑顔を浮かべる三上トレーナー。ここまでの会話も近くにあるカメラに全部拾われてるけど、カメラを止める気は無いようだ。まぁ、編集とかなんなりとかでここら辺全部バッサリ切れるもんな。

 

グランのやつも気にしなくていいと言っていたので、遠慮なく私は三上トレーナーと話すことにした。トレーニングのことやこれからの注目選手、それに私のお母さんの話もした。

 

「初めて会った時にビビッときたんだ。『私がこの娘を輝かせるんだ』ってね」

 

「勘ってやつですか?それとも勝てそうだったから?」

 

「勝てそうだったから……って言うのは少し違うかな。勝てそうだから、強そうだからって理由じゃなくて“勝たせたかった”からスカウトしたんだと思う。……最初にキザな言葉を言っちゃったのは今でも恥ずかしいんだけど」

 

「それが三上トレーナーの信条ってわけですね」

 

なんで脚に悩みを持つ子達ばかりをスカウトするのかが、少しだけ分かった気がする。お母さんは良いトレーナーと巡り会えたから、あそこまで活躍できたんだろう。

 

芯が強い人ってこういう人のことだろう。迷わず自分の道を突き進む力があるってきっと素晴らしいことだと思う。

 

「逆に聞くけど、君は何故レースを走ってる?」

 

「何故でしょうねぇ。“無敗三冠”、“有馬記念制覇”が目的ではあるんですけど」

 

「走るには十分な理由だが、何か問題でも?」

 

「“想い”がないんです。レースにかける」

 

「想い……シンボリルドルフの“全てのウマ娘の幸福”みたいなものか」

 

走るウマ娘はみんな何かを願いって走っている。それが幸福や絶対の証明、送り出してくれた両親に勝利を届けたいという目標でも立派な願いだ。しかし、私にはそれがない。

 

無敗三冠、有馬記念連覇、そして凱旋門賞制覇……私は色々と前世で残しすぎたせいで今世の先が見えなくなった。レースに冷めていた理由はこれだ。

 

それでもオリオトメやグラン、アステルのように私への勝利を目標として走っている奴らもいる。そういった手前で「走るのに飽きたから走らない」なんて、それこそ勝手がすぎる。

 

彼女達の目標が私である限り、私は走り続けなきゃ行けない。だから、私は無敗三冠を宣言したんだ、あいつらを焚き付けるために。

 

「小難しいことは言えないけど、あんまり気にしなくていいんじゃないか?何も持たずに走ればそのうち君の言う想いとやらも見つかるでしょ」

 

「そう簡単に見つかるもんなんですかねぇ。……まっ、あなたの言うことですし、もう少し頑張ってみましょうか」

 

「うん、自分のペースでゆっくりね。あなた達!そろそろダウンに入りなさい!特にそこの二人は念入りにね!」

 

話し込んでいると既に夕日が傾き始める頃になっていた。話し込んでいたせいで時間の経過をあんまり気にしていなかったせいで、こんな時間まで三上トレーナーに付き合わせてしまった。後でお礼の菓子でも送っておこうかな。

 

「それじゃあ、ミーティングもあるようなので私は帰りますね。あ、動画を作るなら私のところは全カットでよろしくお願いします」

 

「ん?どうやって動画のことを……いや、グランから聞いたな。非常に残念だけど、カットするのは無理かもしれない」

 

「えっ、何でですか?後でいくらでも編集できるじゃないですか」

 

「いや、このカメラさ“生放送用”に使ってるんだ」

 

「へぇ……えっ、はぁ!?」

 

そう言いながら三上トレーナーが手に持っていたスマホの画面を見せてきた。そこには“LIVE”という文字と一緒に多くのコメントで溢れかえっていた。

 

ちょっと待って!三上トレーナーと話し合う前からカメラは作動してたから……あれを全部聞かれた?

 

「いや〜、動画の編集とかあんまり分からなくて、こうやって生放送で配信するしかなくてさ……って大丈夫?」

 

「ふ、ふふふ…だ、大丈夫ですよ!こういうこともありますからね!全く気にしてませ……」

 

「さっきから『ポンかわ』とか『エモォ…』とかって流れてるくれけどこれってどういう…「んもおおおぉぉぉぉ!!」えぇ!?」

 

私はその場から全速力で走り去った。多分、過去1の逃げ足を発揮できたのかもしれない。あんな大勢の視聴者がいる前で真剣に話し込んでしまったのが非常に恥ずかしかったから逃げたのだ。

 

ちなみに突如として走り去って行った私を三上トレーナーは呆然と見つめ、担当のウマ娘たちも何があったのか不思議に思っているようだった。

 

その中で1人だけ、してやったりの笑顔をグランロウルが浮かべていた。もちろん、後日グランへご丁寧に“お礼”をしておいたのは些細な話である。

 

その日一日で三上トレーナーの動画は100万再生以上の記録をたたき出し、切り抜きはウマッターのトレンドで1位を獲得した。これを機に、理事長主導の元で動画などのSNSへの拡散が広く普及するようになったのである。

 

ちなみに私のトレーナーもその話をちゃんと把握していた。そして、スピカの宣伝としてあの動画を元に制作したPR動画を投稿しようとしていたので、私は蹴飛ばす勢いでトレーナーを止めた。

 

その時、ゴルシちゃんは傍らで最高の蕎麦粉を作ってました。

 




ご愛読いただきありがとうございます。

そろそろまたアンケート案件があるので、内容を提示しておきまーす。『グランロウルの勝負服デザイン』についてのアンケートです。オリオトメに関してはもうこちらで決定させていただいているので、グランだけのアンケートとなっております。

できるだけアンケートにご協力ください。

こういう話を読んでみたいという提案がありましたら、作者のメッセージボックスに送り込んでください。

感想・評価 宜しくお願いします


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嵐の前の静けさ

ウマ娘、前世で活躍した名馬たちの名と魂を引き継ぎ走り抜ける乙女達。その祖とされるウマ娘達がトレセン学園内にも飾られている“三女神様”である。

 

“ダーレーアラビアン”、“バイアリーターク”、“ゴドルフィンバルブ”…全てのウマ娘が先祖を辿っていくと、必ずこの3人に行き着くことになる。まさに神様みたいな存在だ。

 

馬の方でもこの3頭が祖として君臨していたが、時代の経過とともにダーレーアラビアンの一強時代へと移り変わっていった。

 

そんな時代に変革をもたらしたのが、真打と呼ばれた時代の馬達だった。オリオトメはバイアリーターク、レイゴウノルンとミルキーロードはゴドルフィンバルブ。

 

グランロウルの祖先はダーレーアラビアンだが、半分はバイアリータークの血を引いている非常に珍しい血統の馬だった。

 

四頭とも多少は別の祖先の血を引いてはいるが、それでもそれぞれが祖先の名をもう一度世界へ轟かせる程の活躍を見せた。

 

それまで死語となって消えかけていた『三大始祖』という言葉はもう一度競馬業界隈で使われ始め、今でも多くの馬がその3頭の血を引いて活躍しているのだ。

 

「正直さ、そういうのってあんまり実感持てないんだよね。だって自分は自分だし?遠い過去の御先祖様の血がどれだけ凄いのかもあんまりわかんないし」

 

「三女神……始祖様達がいなかったら私も父さんもここにはいないんだろ?それはちょっと嫌かなぁ」

 

トレセン学園での入学式や皐月賞を控えた4月をもうすぐ迎えるという時に、私は屋上でアステルリーチと話し合っていた。

 

こういう話になったきっかけは、先日歴史の勉強にて三女神様について教えてもらったからである。今まで深く考えたこと無かったけど、前世と同じだと考えれば自然と興味が湧いた。

 

そもそも馬とウマ娘の絶対的な体の違いは一体なんなのか?馬は四足歩行の動物で、人間との意思疎通ができない生物。だが、ウマ娘は人の形をしていながら馬と同等のパワーを秘めている。

 

明らかウマ娘方が過ごしやすいとは思うものの、それはそれでもデメリットがあるから生きづらくもある。

 

「まぁ、三女神様の血筋についての云々は置いておいたとしても、私たちだけが記憶を持ってることがおかしいんだよなぁ」

 

「特別な要因があるんじゃない?『父さんと関わりのある馬』とかさ。それだと関係者が多すぎて記憶持ちで溢れかえりそうだけども」

 

「多分それは無いかもな。ここ13年も生きてきたが、記憶を持ってたのは入学してから会ったお前らだけなんだよ。けどお前の言う通り、私関係に絞ったら何百人が記憶持ってるんだよって話になるね」

 

記憶を持ってるウマ娘はほぼランダムに近いが、ある程度の統一性はある。全員が私と関連のあるウマ娘であるということだ。そこだけは確実に関係していると言える。

 

こうなるとアステルの例があるから、これから産まれてくるウマ娘たちの中に私の息子・娘の名前と記憶を引き継いる娘がいるかもしれないってことだ。……アステルが運良く早く生まれただけで、他は気が遠くなるほど先の話になるかもしれないけど。

 

「それにしても、皐月賞まであと少しだっていうのに父さんは随分とのんびりしてるんだね」

 

「トレーニングは詰めるだけ詰めたし、あとはコンディションを整えるだけだからそこまで厳しくトレーニングしてるわけじゃないからな。後、個人的に調べておきたいこともあるし」

 

「ふぅん?まっ、なんにせよ負けてもらっちゃあ困るんだよねぇ。あんたをボッコボコにするのは私の役目なんだから」

 

「……ほんと、子供ってどうやったらこんな生意気な奴になるんだろうな。ていうか、まだ呼び出した要件言ってないんだけど」

 

「あれ、そういえばそうじゃん」

 

屋上で話がしたいと呼んだのはアステルではなく私の方だ。クラシック級とはいえ、人脈はまだまだ浅いのでこいつに頼ることにしたのだ。ちなみに見返りは併走に付き合うことで成立している。

 

「これについてできるだけ多く調べてきてくれ」

 

私がふところから取り出した1枚の写真をアステルが受け取ると、一瞬虚をつかれた様な顔をするがすぐにクックックと悪い笑いをし始めた。

 

「なるほど……流石父さん、目の付け所が違いますなぁ。おっけおっけ、私に任せといてよ。3日くらいかかるけどいい?」

 

「皐月賞に間に合うまでが条件だから別にいいぞ。3日以上かかってもいいからより多くの情報を持ってきてくれ」

 

「了解〜、んじゃ早速取り掛かりに行きますか」

 

アステルは写真を持ちながらピラピラと手を振って屋上を去っていった。あいつならちゃんとやってくれるだろうという信頼は一応ある。普段はイタズラしてくるが、やる時はキッチリこなすやつだ。

 

さて、私は私でやることがまだひとつ残ってるし、さっさと終わらせて推しか……軽く自主練でもやりますか。

 

「三女神、か……」

 

過去の想いを受け継ぎ、新たなウマ娘へと繋いでいく遥か古の神聖なるものたち。どこかの一説には私たちウマ娘を見守っている存在だとも言われている。

 

だけど、ウマ娘が受け継ぐ想いの形は様々だ。例えそれが…

 

「願いや希望じゃなく、ただただ“喰らい尽くさん”とする想いだったとしてもか」

 

_____________________

 

「皐月賞の距離は2000mの中距離だ。オリオトメ、お前の足なら第4コーナーを曲がりきる前から多少無理して仕掛けても問題ない距離だろう」

 

「……」

 

「やはり気になるか?お前のライバルが」

 

「いえ、そちらよりも見えない何かが張り付いてるようで……」

 

「お前の勘がそう言ってるのなら、それに従えばいい。運や勘だって実力のうちだ。存分に利用していけ」

 

「はい……」

 

この感覚は数日前から感じている。まるで鋭く刺してきそうなほどの殺気に似た感覚をよく肌で感じとっていた。しかし、それは日中だけの話であり、寮へ戻るとパタリと止む。

 

見られているという感覚はあるものの、相手の姿や位置を正確に確認することは今のところ出来ていない。そもそも、相手が肉眼じゃなくて画面越しに見ている可能性もあるのだ。確認できないと無理は無いのかもしれない。

 

皐月賞まであと残り数日……ここまで問題なく進んできた。転生してまで待ち望んだノルンやグランとの皐月賞だ……たかが視線を感じている程度で体調を崩していては元も子もない。気をつけねば。

 

お家関係の話では無いのが救いだ。こんなところにまで実家のことが絡んできたらチームの皆さんやトレーナーに合わす顔がない。

 

だが、それ以外となると心当たりが全くと言っていいほどない。学園内での友好関係も良好だし、これまでに誰かから恨まれるようなことはしたはずがない。

 

「それね〜、僕も最近感じるんだ。休憩中とかによくチクチクと」

 

「それは本当なの?」

 

「本当も何もここで嘘つく必要ないじゃん。それに〜、他の娘達からも同様の報告が何件もあるみたいだよ」

 

「そこまで知ってるなら分かるはずだけど、共通点は?」

 

「み〜んな皐月賞に出走予定だってことくらいかな」

 

恨みではなく対抗となるウマ娘の観察か。それにしては目線に込められている雰囲気が尋常ではない。レース前に威圧と牽制をするのが目的か?

 

「なんにせよ、私たちは皐月賞に向けてトレーニングをするだけだ。他の誰かがどうこうすることなど、いちいち気にしてはいられないな」

 

「んっ、そだね〜。さてっと、私はトレーナーとミーティングでもしてこよっかな」

 

何事も無かったかのようにトレーニングに打ち込むグランロウルの姿は、正直普通に羨ましかった。私にもあれほどの切り替えができる性格だったら良かったのに。

 

一瞬そう思ったけど、この性格だから私は私でいられる。なら、私には私なりのやり方があるはずだ。自分のリズムで切り替えていけばいいだろう。

 

今年の皐月賞には伏兵がいるのかもしれない。そちらの対策もしっかりと東条トレーナーと一緒に見直さなければな……とはいえ、確実にレースは荒れるだろうと、私の勘がそう告げていた。

 

_______________________

 

『さぁ!やってまいりましたクラシック三冠のひとつ、皐月賞!各ウマ娘達の熱いレースにファンの期待が高まります!』

 

迎えた4月2週目の日曜日、中山レース場は例年よりも多くの観客によって溢れかえっていた。有力株が多い今回の皐月賞を見逃す訳には行かないとファン達が押し寄せたからだ。

 

レイゴウノルンの無敗三冠宣言、謎多き実力者のオリオトメ、そして既に中距離でのGIを制しているグランロウル……その他にも実力では劣らぬほどのウマ娘達が集結していた。

 

そんな人混みでごったがえす観客達が入っては来れない選出控室。各トレーナーとウマ娘に与えられた控え室にて、電気をつけずに暗い部屋で1人のウマ娘がテレビの画面に見つめていた。

 

『さぁ!ここで上がってきたぞレイゴウノルン!後続のウマ娘達を一気にごぼう抜き!そのまま引き離していく!』

 

ピッ

 

『第4コーナーを回って脚を溜めていたウマ娘達が一気に仕掛ける!ッ!5番のオリオトメが一気に前へ躍りでる!爆発的な加速力で他の追随を許さないぞ!』

 

ピッ

 

『グランロウル!グランロウルだ!スタートから後続を突き放して最後の直線に入る!早いぞグランロウル!これは圧倒的な大差での勝利か!?』

 

ピッ、ピッ、ピッ……

 

リモコンのボタンを押してテレビの画面を切りかえていく。画面に映るのは全て今日皐月賞を走るウマ娘達。中には日常のトレーニング風景を映像もある。

 

それを彼女は無言で何度も何度も繰り返し見返していた。すると、控え室の扉が開かれて、トレーナーらしき人物が部屋の中を覗く。

 

「おい、そろそろ出番……まだ終わらないのか?」

 

「……終わった」

 

そう言いながらピッとリモコンを押し、DVDを取り出してケースの中へ戻した。カシャと放り出すように置いた場所には、タワーのように積み上げられたDVDの山があった。

 

「お前の“それ”が今日の相手に通用するか分からんが、目一杯暴れればいいんじゃないか?」

 

「………」

 

トレーナーにしてはあまりにも無責任な言葉に彼女は答えなかった。そのまま無表情でトレーナーの横を通り過ぎると、ファンが待つパドックの方へと歩いていくのだった。

 

ハイライトのない黒目に灰色がかった芦毛のウマ娘は、勝負服のパーカーに付いているフードを大きく被り直しながら、皐月の大舞台へと足を踏み出していくのだった。




ご愛読いただきありがとうございます。

ウマ娘が2周年ですね。おめでとうございます。ミスターシービーは40連で来てくれましためっちゃ嬉しい。イベントで完凸しておいたスピードサポカのシャカールと相性いいっすね。

新シナリオで色々と育ててみましたが、やっぱりダーレーアラビアンとゴドルフィンバルブが使いやすいです。サポカ編成はスピ根の編成でなんとかオグリをUG6までもっていけました。ただ、スタミナと賢さのステータスが低くなるので、そこが問題ですね。

前話で言っていたグランロウルの勝負服アンケートに関しては中止です。その代わりにまた新しいアンケートをとるつもりなので、お楽しみに。

ストーリーのご希望などはメッセージボックスにてお待ちしておりますので、じゃんじゃん送ってきてくれたら使えるネタが増えて普通に嬉しいです。

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皐月賞

え〜、前回の投稿からほぼ1年が経ちました。

お待ち頂いた皆様、本当に申し訳無いと思っています。

4月から新しい生活に慣れたら再開しようかなと思いながらズルズルと引っ張りに引っ張った結果、こんなにも期間が空いてしまいました。
元々、不定期投稿であるということは以前にも掲載していましたが、これからも時々更新が遅くなる時期があると思います。

これからも定期的な投稿を頑張りたいと思いますので応援の方をよろしくお願いします。


「じゃ、作戦を確認するぞ。先行で前列の位置について第3コーナーまで脚を溜めてから最後の直線で仕掛ける。オーソドックスだが、これが今お前に一番あってる作戦だろうな」

 

「ん〜、面白みにかけるというかなんと言うか……」

 

「ゴルシから変に影響されんな。無敗三冠を取るって公言したやつの言葉じゃねぇだろ」

 

皐月賞の出走前に私はトレーナーとミーティングを行っていた。ここ数ヶ月間はほとんどトレーナーが口にした走りを繰り返してきた。

 

正直、今のコンディションならば他の走りもできるはずだが、確実に勝ちを狙いに行くならこの方法しかないだろう。実に堅実なやり方だ。

 

グランは逃げ、オリオトメのやつは差しで走ってくると事前に予想している。まず、追い込みで走るのは愚策だということは言わなくてもわかるだろう。

 

初手の段階で2人との間に入っておかないと、最後の直線での追い抜きは限りなく無理に近い。

 

「獲るよ。まずは一冠目」

 

「……その言葉に疑問を持たなくなった俺がおかしいのかどうかはわからんが、それだけやる気があるなら十分だな。頑張ってこいよ!」

 

「はい!」

 

トレーナーから応援してもらい、私は控え室から芝コースへと向かった。テレビでも聞いたし、パドックで歩いた時に確認したが今回の観客はやはりかなり多いようだ。

 

それほどまでに私のレースに期待してくれている人たちが大勢いるのだろう。その人たちのためにも期待に恥じない活躍をしないとね。

 

まぁ、兎にも角にも勝つしかない。

 

「おっ」

 

「ん?や〜、これはこれは1番人気のノルンですね。今日は僕が勝つんでよろしく」

 

レース場に向かう通路の途中で同じくレース場へと向かっているグランロウルと鉢合わせた。水色と薄緑色が特徴的な随分とスポーティな格好だ。

 

けど、ちょっと体を出しすぎだと思う。へそ丸出しだし、袖は肩から肘にかけて半分ほどしかない。下もスカートだけど、生足でニーソとかそんなのまるで履いてないし。

 

ちょっと控えた方がいい感じの勝負服になっていた。

 

「そういや、グランって前はいなかったもんね」

 

「あの時はまず走ることに必死だったからね〜。でも今日は違うよ、必ず君を置いてけぼりにしてみせる」

 

「おぉ、怖い怖い。んじゃ、離されねぇようにちゃんと噛み付いとかないとね」

 

「グラン、ノルン」

 

「おっ」

 

私たちの後ろから名前を呼んできたのは、オリオトメだった。間違いなく今回のレースで1番注意すべき存在であり、私の永遠のライバルとも言えるやつだ。

 

しかし、いつにも増して表情が固い。目の鋭さがいつもの数段上を行くほど威圧感がある。これはオリオトメにとっての勝負に負ける気はないという意思表示だ。

 

オリオトメの勝負服は和服。藍色の袴、上半身は黒が特徴的な着物だが所々に赤い桜が散っていくような血桜のようなデザインが施されている。

 

「今回は、負けません」

 

「…これで二回目か。気合いの入り方が違うね」

 

「ですね〜。『全員ターフに跪かせてみせる』と言わんばかりの気迫だね」

 

「それほどの覚悟で挑むのは当たり前です。それにあれだけ挑発されて黙ってられるわけがない。今日こそはノルン、お前に勝ってみせる」

 

「ふっ、あははは!いいね!止められるなら止めてみな!あとはレースで語ろう」

 

そう言い残して私は2人よりも一足先にレース場へと歩いていった。光が入り込む出口を出ると、大勢の観客たちが大きな歓声を上げた。

 

「ラスボス感半端ないね〜」

 

「関係ない。全部をぶつけるだけ」

 

「相変わらずお堅いね〜。まっ、それが君の強みか」

 

「ぼさっとしてないで行きますよ」

 

『さぁ!役者は全員揃った!春の大一番“皐月賞”、まもなく出走です!』

 

_____________________

 

観客たちのテンションは出走前なのにも関わらず、かなり高まっている。間近でレースが見れる前列は人一人分の空きスペースがないほどのすし詰め状態になっていた。

 

そんな倍率の高い前列戦争をなんとか勝ち抜いた俺は、2列目の中心近くで皐月賞を観戦することになった。皆もこの混雑を予測していたので家でのんびりと見るため、今回は友達とではなく1人で来た。

 

あの日から俺はずっとこの世代に注目していた。レイゴウノルンはもちろんのこと、ライバル予想されているオリオトメやグランロウルのこともちゃんと追っかけている。

 

今年のレベルは例年よりも遥かに高い言っても過言では無い。短距離から長距離に至るまで好タイムをたたきだす子は多い。そんな中でも飛び抜けて早いのがレイゴウノルン達なのだ。

 

(今回のレースも順当に行けばレイゴウノルンが勝つ……。でも、それを許すほど他の子達が甘いはずもない。これは熱戦になりそうだ)

 

1番人気はもちろんのことレイゴウノルン。続いて2番人気がホープフルを制覇したグランロウル、3番人気がオリオトメの順だ。

 

それより下の子達もGIウマ娘として素質は十分あるが、どうしてもこの3人と比べてしまうと少し見劣りしてしまう。だが、このままでは終わらないと俺の感がそう告げていた。

 

誰がダークホースなのかはっきりとは分からないが、少なくともこういう場合の俺の感はよく当たる。つまり、4番人気以下の子の中であの3人に噛み付いてくる子がいるかもしれないということだ。

 

色々と考察していると、レース場全体へと発走前のファンファーレが鳴り響いた。コースの反対側では準備を終えたウマ娘達がゲートへと収まっていく姿が見受けられる。

 

『最も『はやい』ウマ娘が勝つという皐月賞!ジュニア期を終えて1番の成長を見せつけるのはどのウマ娘なのでしょうか!』

 

アナウンサーの一言に会場の雰囲気が高まっていく。無論、俺もレース開始を今か今かと心待ちにしている。ここまでレースを楽しみにしているのは何年ぶりだろうか。

 

『3番人気はこの娘、オリオトメ!圧倒的なスピードとテクニックを見せた弥生賞、そこから更なる進化を遂げているのかが注目です!』

 

『2番人気はこの娘、グランロウル!ホープフルではスタートからゴールまでの距離を減速せず走り抜けるスタミナを見せました!今日も他を寄せつけない逃げに注目です!』

 

『そして、ファンの期待を一身に背負っているのはこの娘!1番人気、レイゴウノルン!堂々たる無敗三冠を掲げた芦毛のウマ娘!その第一冠皐月賞に挑みます!』

 

出揃ったと言わんばかりに会場がシンと静まりかえる。この会場にいる誰もがレースの始まりを今か今かと固唾を飲みながら見守っていた。

 

ゲートのランプが赤い光から青い光へと変化し、皐月賞の火蓋が切って落とされた。

 

_____________________

 

一斉にゲートからウマ娘達が飛び出す。全員が好スタートを決め、順当にそれぞれの位置へと動いていく。

 

『さぁ!スタートしました!各ウマ娘一斉に綺麗なスタートを切っています!』

 

『最初のポジション争いはやはりグランロウルを先頭に展開していきます。オリオトメは4番手、1番人気のレイゴウノルンは中団後方の8番手にいます』

 

実況解説の言う通り、私は中団後方、グランは先頭、オリオトメは前列での位置取りを行っている。他のウマ娘も同様に前を狙っている位置取りが多いので、必然的に互いのバ身差は少ない。

 

今回はメイクデビューや朝日杯とは違う“差し”の作戦だ。最後の直線が短い中山で追い込みはこのメンバー相手だと抜く前に勝負が決まってしまう。

 

逃げや先行という選択肢はあるが、今回はとある事情により無理を言ってトレーナーに差しで行くように頼んだのだ。

 

『さぁ、第1コーナーを回っていきますが、少しペースが早いように思われますね?』

 

『先頭のグランロウルの影響かもしれません。全体のペースを上げて相手のペースを崩す作戦もありえます。今は何とかくらいつけていますが、どこかでこの均衡が崩れるでしょう』

 

『大波乱が予想されるがここまで差はなく第2コーナーへと迫っていく!おっと、ここで6番が前に出る!それに続くように2番と8番も上がってきた!』

 

数人のウマ娘が前へ躍り出る。私に対する牽制も含めて、グランロウルを自分の足で捉えられる位置に置いておきたいからの前進だろう。

 

(まだまだ、私はまだここでいい)

 

そんな展開に流されることなく今の位置取りをキープする。たとえ数人でマークしようとも、壁を作られようとも関係ない。この状態がベストなのだ。

 

(ただ、目を離しちゃいけないのが……)

 

私のやや斜め前方を走る灰色のパーカーを身にまとった黒影のウマ娘。このレースの中でオリオトメ達以外に警戒しているウマ娘の1人だ。レースやタイムなどは一般的なウマ娘とほぼ同じ、ごくごく普通のウマ娘のようだが、私の勘が目を離すべきではないと告げていた。

 

____________________

 

生まれた時から私の宿命は決まっていた。

 

『クラシック三冠、少なくともそのうちの一つは取りなさい』

 

それが子供の頃から母に何度も何度も聞かされた言葉だった。父とは離婚、夫婦間で何があったのかは分からないが、母は女手一つで私を育ててくれた。そんな母の教育は私を勝利へと縛り付けていた。

 

才能のない体、走るという点における才能がまるで見受けられないその走りに私は酷く焦燥した。母の期待に応えなければならない。じゃなきゃ、父と同じように捨てられる。

 

私は走る才能を見限り、その次の才能へと目を向ける。そして、小学校の同年代で1番早い娘に勝った。そこで研究と検証の繰り返しこそが自分の才能だと気づいた。

 

しかし、それでも上には上がいる。日本トレセン学園への入学はなんとかできたものの、そこには私よりもはるかに優れた才能がゴロゴロいた。走りのパフォーマンスによる確実な差を戦略で補うには限界があった。

 

だから私は今まで以上に、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も相手に向き合い続けた。

 

そして、選抜レースでからくも2着の成績を残して1人のトレーナーさんからスカウトをもらった。ただの気まぐれかと思ったが、そのトレーナーは本気で私の能力を伸ばそうという意思で声掛けてきたのだ。

 

手を取らない理由は無い。すぐさま私はそのトレーナーと契約し、日々のトレーニングと研究に明け暮れた。手を替え品を替え、普通のウマ娘よりも何倍もの量をトレーナーの管理で行うことで、勝利の制度が飛躍的に上がった。

 

今までクビ差、アタマ差の1着が当たり前だった勝利から、少なくとも1バ身以上離しての1着が増え始めた。その事実に嬉しくありつつも、どこか自分の努力がちっぽけなもののように思えてしまった。

 

しかし、それでも手にした結果は裏切らない。ジュニア期を終える頃には重賞レースで1着という中々の成果を出すことが出来た。このまま調整していけば日本ダービー、それよりも前に皐月賞の出走さえできるだろうと確信していた。

 

私には血のにじむような努力と研究、トレーナーとのトレーニングによって、同年代のトップクラス帯にも負けず劣らずの実力が備わっていると確信していた。

 

あの時までは

 

 

 

『最終コーナーでレイゴウノルンが先頭集団から飛び出した!!追いすがるウマ娘は……いない!?どんどん差が広がって行きます!!もはや、圧勝ムード!』

 

「ッ…」

 

 

圧巻だった。

 

他の追随を許さない絶対的な走り、あれでもまだ本領ではないという確信がそのワンシーンで感じ取れた。間違いなく彼女こそが“トップ”だ。

 

あの日、あの場にいたウマ娘全員が戦慄した。白い綺麗な芦毛、無垢で少し背伸びしたかのような勝負服を着た小柄な彼女。その姿に似合わない気迫と走りを1600mで見せきった。

 

そして……

 

『三冠です』

 

画面越しの彼女は冷静に淡々とした様子でその言葉を告げる。

 

『Eclipse first, the rest nowhere唯一抜きん出て並ぶ者なしという言葉が我が校にあります。だから、私はその言葉に恥じぬ偉業として、まずは“無敗”での三冠を達成するつもりです』

 

無敗での三冠、それは未だかつて数人のウマ娘しか成し遂げたことがない偉業。しかし、彼女はさも当然のようにそれを達成してみせると言ってのけた。

 

『……なんだか楽しそうですね?』

 

『はい!楽しみですよ?最高の舞台で最高のレースをする……それこそが私の望んでいることなので』

 

楽しみ……私が必死になって目指した舞台をただただ“楽しみ”であると彼女は話す。その瞬間、私の中でふつふつと今まで以上に感じたことの無い感情が湧き上がってきた。

 

『まずは一冠目、“皐月”の舞台で競い合いましょう!』

 

晴れやかな様子で締めくくったウマ娘“レイゴウノルン”に、私は背を向けて歩き出していた。自分でも感じたことの無い黒い感情に対して気付かないふりをするようにして。




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