隣のクラスメイトが世界を斬る剣とか使っててマジでやばいんですけど! (レストB)
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1 異世界召喚に突然割り込まないで下さいっ!

 皆さんは、実際にはあり得ないけど楽しい妄想をしたことはないでしょうか。

 自分が実はすごい能力を秘めていたとか、隠し持っていたとか。

 クラスにいきなりテロリストが入ってきて、私がばばーんと解決しちゃったりとか。

 唐突に異世界召喚が始まって「あなたが勇者様です」とか「聖女様です」って言われたりとか。

 いきなりトラックが突っ込んできて転生してしまうとか。誰かに追放されてその後大活躍したりとか。

 

 私はよくあります。ネット小説読み過ぎですか? 妄想逞しい方みたいです。

 えっへん。って、別にいばることじゃないですけど。

 

 あとは――隣のクラスメイトが、実はものすごくやばい人だったりとか。

 

 ――まあ、そんなことあるはずないんですけどね。

 

 隣でいつものほほんと、ぽけぽけーっとしている男子がいます。

 星海 ユウ。

 多少目鼻が整っている程度の平凡な顔立ちですが、女装が映える(確信)くらいには女顔なのが最大の特徴です。

 体型はいたって平均的。意外にも背はそこそこあるようです。

 穏やかで優しい雰囲気の人で、その印象通りに気が弱く、いつも適当にからかわれては、愛想よくへらへらしています。いじられキャラというやつですね。

 だから馬鹿にされがちなんですけど、でも成績上位の優等生だし、深刻にいじめられているというほどではありません。

 何でも気軽に手伝ってくれて、何を頼んでも断らないので(押しに弱いのでしょうか?)、一部の男子と女子にはそこそこ人気があります。

 かく言う私も何度かお手伝いをしてもらいましたし、嫌いじゃないです。むしろ少し好ましく思っています。

 

 ただ……。

 隣の席という立場上、みんなよりはよく観察しているだけに思うのですが……たぶん、星海君はちょっと変な子なんだと思います。

 

 時折窓の外を眺めては――何かを思い返すような、やけに遠い目をしているのが気になるんですよね。

 中学のとき、意味もなく意味ありげに窓の外を眺めてはにやついていた男子を思い出します。厨二病でしょうか?

 でも、アレともちょっとまた違うような。いやまさか、星海君に限ってそんなことは……。

 なんてことを考えながら様子を窺っていると、いつも私の視線に気が付いて、にこにこと微笑みを返してくるのです。

 毎回必ず悟られてしまいます。後ろにも目が付いているのでしょうか。心でも読めるんでしょうか。正直気味が悪いです。

 

 意外な一面もあります。隣の私だけはよーく知ってます。

 この人――真面目な優等生の振りして、どの授業でもまったくノートを取ってないんですっ!

 さすがに突っ込んだこともあるんですけど、「ごめん内緒で頼む」ってシーッと指を立てて、困った笑顔でお願いされては何も言えません。

 それから、しょっちゅう謎の生傷をこさえてきます。目立たないようにしてるんですけど、隣の私にはわかります。どこのわんぱく小僧ですかっ。

 まだありますよ。部活もやってなくて、友達と帰っているところも一度も見たことがないです。ぼっち気質ならわかりますが、性格に似合いません。

 クラスではあんなに人当たりがよくて気さくなのに、学校という空間から切り離された途端、すべてを突き放したように孤独で、一切が謎に満ちていて。

 

 一見どこにでもいそうな普通の子なんですけど、遠目からではそういう風にしか見えないんですけど。

 でもやっぱりちょっと。不思議な感じがします。

 決して好きという感情ではないですが、何となく気になる? と言いますか。

 だからつい、ちょくちょく話しかけてしまうんですよね。

 

「ねえ。星海君」

「うん? どうしたの新藤さん」

「いつもぼけーっと窓の外を眺めて、そんなに楽しいの?」

「とっても楽しいよ。平和な日常っていいものだね」

 

 しみじみと、満面の笑みで答えてくれる星海君。

 あんまり堂々としているものだから、つい毒気が抜かれてしまいます。

 ですがここは食い下がらずに。もう少し探りを入れてみます。

 

「ノートも取らずにね。どうやってその成績維持してるのかしら」

「お、お家で勉強してるんだよ」

 

 明らかに目が泳いでいます。わかりやすいです。この人、絶対おうちで勉強してません。

 

「ふーん。何かそこまで熱中するような趣味があったり?」

「趣味か……えーっと、何だろう。人助けかな?」

「人助けが趣味って……」

 

 テレビのヒーローか何かですかっ! いい答えが思い付かないからって、適当なこと言って誤魔化してますねっ。

 

「あの~、新藤さん? 全然信じてないって顔してませんか……」

「そんなことないですよ~?」

 

 私はにっこり笑って返しました。

 星海君はただ苦笑いするばかり。困ったときの癖ですよね。それ。反応は可愛くて面白いですが。

 

「道端のおじいさんおばあさんとか、小さな子供に好かれそうな顔してますもんね。ねー」

「そ、そういうことかな。あはは……」

 

 誤魔化し方零点。怪しさ満点です。この新藤 アキハ先生は及第を認めませんよ?

 

 

 ***

 

 

 えー、唐突ですが。

 物語のお約束と言いますか。

 

 ――平凡な日常というやつは、唐突に終わりを告げちゃうみたいです。

 

 茶道部の帰りでした。たまたま帰宅時間の被った仲の良いクラスメイト(星海君じゃなくて女子ですよ)と途中まで道を共にし、別れを告げ。今日も一日楽しかったなと良い気分で歩いていたところでした。

 突然、私の足元を巨大な魔法陣のようなものが覆ったのです。

 逃げる暇もありませんでした。奇妙な浮遊感に包まれて、気が付けば――。

 

 建物の中でした。

 足元には例の魔法陣的な何か。周りはすべて石に囲まれているようです。

 

「おおっ!」「召喚に成功したぞ!」「やった!」「これで我が国も……」

 

 偉そうな見た目のおじさんやおばさんたちが何人もいらっしゃって、口々に何かを言ってます。

 明らかに日本語の口の動きじゃないですが、なぜか普通に聞こえてきてます。

 状況がさっぱりわからず、きょとんと首を傾げている私に、長官っぽい人が言いました。

 

「勇者様。よくぞ我々の世界へお越しになられました」

「へ?」

 

 あまりのことに現実が呑み込めず、一瞬茫然となって。

 

「うえええぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!?」

 

 言葉の意味が理解できたときには、馬鹿みたいに叫んでいました。

 わ、わたしが勇者ぁ!? そうなんですか!? 運命ってやつは、いきなり来ちゃうんですか!?

 

「混乱なされるのも無理はないでしょう。ですがご安心下さい。身の回りのことは侍女たちが万全に執り行いますので」

 

 綺麗どころのお姉さんたちが、ずらりと一斉に頭を下げてきました。

 

「ほぁ。はあ……」

 

 これは、もしかして。もしかしなくても。

 ものすごく典型的な異世界転移ってやつじゃないでしょうか。

 

 

 ***

 

 

 やっぱりというか。早速お城の王様に会うことになっちゃいました。

 事前に、失礼がないようにと、教育係のおじいさんから最低限の礼儀と知識をつらつらと叩き込まれます。

 やれ国の歴史だの、やれ勇者の使命は魔を操る異端者と戦うことだの。

 当然ですが、知らない言葉ばかりで頭が超疲れます。体感半日ほどでしたが、実際は三時間くらいかもしれません。

 連れ回される場所、どこもかしこも、見れば見るほど中世風で、現代地球とはかけ離れた構造物ばかりです。

 異世界かぁ……。ほんとに来ちゃったんですね。

 確かに妄想レベルではいいなって思ってましたけど。

 でも実際そうなったら怖いし、不安しかないです……。知らない世界に一人ぼっちだけって、こんなに心細くて泣きたい気分になるんですね。

 わあ。どうしよう。お父さんもお母さんも、友達もみんなすごく心配するんじゃないかな。警察とか呼ばれないかな。絶対呼ばれるよね。

 そもそも私は、違うんですよ。全然異世界主人公タイプじゃないです。

 別に世の中に絶望しているわけでもないですし、ニートでもないです。ただのか弱くて健全な女子高生ですよ?

 だからその、大変困ります。神様、どうして他の人にしてくれなかったんですかぁ。

 

 とうとうあらゆる準備も終わって、王様の元へ連れ出されてしまいました。気分は完全に公開処刑です。おうち帰りたい……。

 周りには強そうな騎士の人たち、いっぱいいます。逃げることも無理そうです。

 王様は豪華な衣装と立派な王冠を身に付けて、真正面にいるのですぐわかりました。かなりお年を召されているようです。

 両側には、これまた立派な禿げ頭の大臣と、いかにもファンタジー物語に出て来そうな金色鎧おじさんが控えていました。

 鎧の人は騎士団長さんでしょうか。イケオジってことくらいしかわかりません。

 王様から色々説明を受けますが、物騒な話ばっかりで理解したくもありません。右耳から入っては左耳から抜けていきます。

 辛うじて振り絞ることができたのは、弱々しい言い訳だけでした。

 

「で、でも私……剣とか持ったことありませんし……」

「大丈夫ですよ。異世界の方は軒並み素質が優秀ですからね。鍛えれば立派な勇者様になれますとも」

 

 騎士団長さん(仮)が太鼓判を押しますが、もし力があったとしても、私は切った張ったなんて絶対にしたくありません。人材の再考を強く要求したいです。

 

「無理ですよ。他の人にしましょう。私よりもっと、もっと向いている人が……」

「すまぬが、それはできんのだ」

 

 厳かな声で、王様が完全否定してきました。

 

「召喚術式には大量の魔力を用いる。一度召喚すれば、再度召喚するには20年はかかる。それに、術式は一方通行だ。帰るすべなどないぞ」

「え……」

 

 一気に青ざめる私。そういうこともあるのではないかと半ば覚悟はしていましたが、実際突きつけられると目の前が真っ暗になりそうでした。

 もう、帰れない? みんなと会えないの……?

 ふらふらと打ちのめされているうちに、一方的な話だけがトントン拍子で進んでいきます。

 いつの間にか、契約を交わすということになっていました。

 すぐ先には、妙に禍々しい紫色の魔法陣が出来上がっています。

 

「これは血に基づく盟約です。あなたと我々の双方が血を差し出し、固い絆を結ぶのです」

「い、いやぁ……」

 

 本能が叫んでいました。きっと、ろくなことにならないんじゃないかって。

 騎士団長さん(仮)たちは強引でした。

 言葉の上でこそ気遣っていますが、実際はぐいぐいと私を引っ張って、血の契約とやらを交わそうとしてきます。

 力の弱い私では抵抗のしようもありません。とうとう目の前まで引きずり出されてしまいます。

 

 私を満たしていたのは、深い絶望と後悔でした。

 

 何がいけなかったのでしょうか。

 どうしてこうなっちゃったんでしょうか。

 

 ……最初から、こうなる運命だったのかな。

 

 嫌だ。帰りたい。もう一度みんなに会いたいよ。

 

 誰か助けて。誰か――!

 

 そのときでした。

 

 突如として、目の前の空間が大きく引き裂かれたのはっ!

 

 それは数人が通るには十分なほど大きな裂け目でした。

 そして、そこからゆっくりと現れ出たのは――。

 

「え、星海君!?」

 

 なんと、隣のクラスメイトくんでした。

 もうわけがわかりません。夢なんですかこれ。

 しかも、謎の武器持ってます。左手に何やら、真っ青に光る剣っぽいものを携えているではありませんか。

 それ、ものすごく輝いてます。神々しいほどです。そう言えば星海君って左利きでしたもんね、って言ってる場合ですか。

 え。どうして。どうやって!?

 周りのみんなだって、騒然です。召喚してもないのに、いきなり知らない男が王の間へ直接乗り込んできたのですから。

 彼は私の姿を認めると、左手の剣らしきものを消し去って、随分と呑気な調子で言ってくれました。

 

「あ、いたいた。探したよ。君のお母さん、帰りが遅いって心配してたよ」

 

 その声も、その顔も。いつもの緩やかで、優しい雰囲気で。普段の星海君そのもので。

 理由なんてさっぱりわかりません。でもそんなのは後だっていいんです。

 すぐそこに見知った顔がいるだけで。ずっと心細かったのが、何だかすごく安心してしまって。

 自分でもひどく驚きましたけれど、私は彼に抱き着いて、みっともなく大泣きしてしまったのでした。

 

「うわあああん!」

「おっと。よしよし。怖かったね。さあ、お家に帰ろう」

 

 なんですか。まるで子供をあやすみたいじゃないですかっ。ぐすん。ばか。

 

 彼は一つ私の頭を撫でると、私の前へ庇うようにして立ち、王様に向かって口を開きます。

 何だかいつもと違って随分堂々としています。それだけに頼もしく、大きく見えてきました。

 

「何らかの方法で彼女を無理に召喚したみたいですね」

「貴様、なにやつだ! 王に向かって頭が高いぞ!」

 

 大臣の憤りを無視して、星海君は続けます。

 

「用件はまた後日きちんと伺いますので。いったん元の世界へ帰らせてはくれないでしょうか。彼女が泣いてますので」

 

 未だぼろぼろ泣きながら私は驚いてます。

 私が泣いてるからって。そんな歯の浮くようなことすらすら言える子でしたっけきみ!?

 

 当然、王様は許しませんでした。

 

「それは困るな。彼女は多大な犠牲を払って召喚した勇者。我が国の救世主なのだ」

「別に国を救ってくれるんだったら、この子じゃなくても、誰でもいいんですよね? 俺で良ければ、改めて相談に乗りますが」

 

 た、確かにきみはいつもクラスの相談に乗ってくれるけどね。今回ばかりは相談のレベルが違うよ!?

 安請け合いしちゃって大丈夫!?

 あらぬ方向に心配が飛んじゃってますが、どうやら私にも少し心の余裕が出て来たようです。

 

「ならん。なれば貴様も道連れだ。勇者共々、この国の力になってもらおう。嫌とは言わせぬぞ」

 

 近衛兵の存在をちらつかせて、にやりと笑う王様。ひどい。まるで悪役みたいですっ。

 星海君は、静かに怒っていました。

 

「へえ。勝手にそちらの都合で呼び出しておいて、こちらの都合で帰るのは困るから脅して従わせようってか。それは建設的な態度じゃないな」

 

 ど、どうしたのかな星海君。凄みがあるよ? きみってそんなにワイルドに喋る男でしたっけ?

 

「それにね。さっきからずっと思ってたんだ。お前たちからは強い悪意を感じる。心から助けて欲しい人間の気持ちを持っていない」

「なんだとっ!?」

 

 今度ばかりは聞き捨てならぬと、騎士団長(仮)も憤慨しました。

 声だけで立ちすくむような気迫だけれど、星海君はまったく揺るがない。いつもの気の弱さが嘘みたいです。

 

「だから実は勇者なんて方便で、本当のところは勇者という名の奴隷契約でもするつもりなんじゃないかってね」

「ええっ!?」

 

 私は涙も引っ込んで、それはもうびっくりしました。

 確かに血の契約とか、もろに怪しかったですけど。

 だって。一応、異世界勇者さんには乙女的なキラキラした憧れがあったんですよ!? 異世界召喚なんて奇跡が起きて、怖かったけど、ちょっとくらいは期待しちゃうじゃないですか!

 実はそんなささやかな希望すらなくて、難易度アルティメットだったんですかっ!?

 ま、まさかの性奴隷スタートパターンですかっ!? いけません! やめましょうぜひやめましょう! おうちかえりたいです!

 

「王。構いませんか」

「構わん。殺してしまえ」

 

 この場の全員を侮辱されて、騎士団長(仮)はとうとう剣を抜きました。

 黄金色に輝く、それはもう立派な大剣です。

 改めて見ると、図体も2メートルくらいはあるでしょうか。ムキムキです。めっちゃ強そうです。

 それに比べて、星海君の細身なこと! でも今はきみだけが頼りなのっ。がんばれ負けるな星海君!

 そんな私の不安を察したのでしょうか。星海君は背中を見せたまま一言、私だけに聞こえるように「大丈夫だよ新藤さん。少しだけ待っててね」と言ってくれました。

 

「小僧。死ねえっ!」

 

 猛獣のような掛け声とともに、目にも留まらぬ速さで敵は迫ってきました。

 上段から剣を振りかぶり、細身の男子高校生の身体へ叩きつけてきます。

 星海君の方はというと、自然体で立ったままぴたりとも動きません。

 

 危ない! このままでは真っ二つに斬られてしまうかと思われた、そのとき――。

 

 星海君は、素手で剛剣を受け止めてしまいました。

 

 もう一度言います。素手で受け止めやがりました。

 

 は……? ええええええええっ!?

 

「な、我が王国一の剣技を……!?」

「お前――相手の強さもわからないのか」

 

 突き放すような最低評価が、彼の耳朶を穿つと同時。

 剣が、砕け散りました。

 ガラス細工のように粉々に砕け散っていきます。とても信じられない光景でした。

 敵があからさまな動揺を見せた隙に、星海君は金ぴか鎧の上へ手を添えます。

 ただ添えるだけで十分でした。

 どういう原理かまったくわかりませんが。ものの一瞬で騎士団長(仮)がぶっ飛びました。

 比喩じゃないです。ほんとに宙をふっ飛びました。

 そのまま痛烈に壁へ叩きつけられて、ごろごろと無様に転がって。そして――ぴくりとも動かなくなってしまいました。

 うわ。つっよ。おにつよじゃないですか……。

 誰ですか気が弱いとか弱そうなんて言ったの。私か。

 彼の圧倒的勝利に感動しながらもこっそりドン引きしていると、周りの皆さんはすっかり狼狽えてしまっていました。

 

「うわあああ、団長ーーーーっ!」「団長がやられた!」「死んだ!?」「一撃で!?」「バカな!」

「大丈夫。ただ気絶しているだけだ」

 

 冷静に告げる星海君。というか、やっぱり団長(仮)は団長だったんですね。

 

「でもまだやると言うなら、みんな痛い目に遭ってもらうけどね」

 

 王様は動揺と悔しさのあまり、歯ぎしりするしかありませんでした。

 わなわなと震える声で問いかけます。

 

「貴様……。いったい、何者なんだ……!?」

「星海ユウ。通りすがりの――元、旅人さ」

 

 ぐらりっ。私の脳天に今年一番のクリティカルヒットが来てしまいました。

 

 なにその決め台詞ぅぅぅぅーーーーーー! うえぇぇぇへっへーーーーーっ!?

 きみってやつは! きみってやつはあああああーーーーーー!

 なんですか旅人って! しかも元って!

 厨二病を超えてます。妄想純度100%野郎がそのまま現実出て来ちゃってます。

 何病なんですか。この人に付ける薬はありますか!? むしろそのままのキラキラしたきみでいてえええええ!

 

 はっ!?

 いけませんいけません。完全に妄想爆発してました。こんなときに私もよくやりますよね。

 

 ただそうしてあっけに取られているうちに、私は再び彼の腕の内にしっかりと抱き寄せられていたのでした。

 まるでナイトのようです。実際守りたいって気持ちが行動からひしひしと伝わってきます。隣のクラスメイトは思ったより大胆な子でした。

 彼の腕に触れて初めて気付いたのですが、星海君、イメージよりずっと筋肉が引き締まっています。ギャップがすごいです。

 そんな、実は隠れ細マッチョだった星海君ですが、敵に向かってにやりとわざとらしく笑い、堂々と言い放ちました。

 

「ということで、帰ります。さようなら」

 

 彼が最初空間に開けた穴へと、私の手を優しく引いていきます。

 

「お、おい! 待てっ!」

 

 口ばかりは凄もうとするものの、王様は哀れ、末期施設に取り残される老人みたいです。

 あんまり可哀想に見えてきたものだから、何か。何か言ってあげなくちゃと思って。

 

「お、おたっしゃで」

 

 わああ~! 自分でも混乱してよくわかんないこと言っちゃったぁ!

 

 

 ***

 

 

 彼に手を引かれて空間の穴から出てみれば、そこはまったく人目に付かない河川敷でした。

 うちの近くなので、見覚えがあります。目立つと大変なので、場所を選んで出て来たようです。

 でも、よかった。本当によかった……! 無事、地球に戻れたんですね!

 それで星海君はというと、私から手を離した後、また左手に光り輝く青い剣を創り出しています。

 

「後始末をしないとね。ほっとくと向こうの連中が追って来るかもしれないから」

 

 煌々と輝く青剣を軽く一振りすると、空間の穴そのものに切り裂かれたような光が迸り、穴は綺麗に閉じてしまいました。

 最初からそこには何もなかったように。よくわからないけどすごいことだけはわかります。

 何となく気になって、尋ねてしまいました。

 

「それってなんなの?」

「ああ、左手のこれのこと? これはね――」

 

 星海君は、とても、とても遠い場所を想うように、目をほんのり細めました。

 

「世界を斬る剣だよ」

「ふえ?」

 

 世界を、斬る剣……!?

 なんだかものすごいワードが飛び出してきました。

 星海君は、しみじみと続けます。

 

「人の想いの果てまで届く。すべてを切り裂く心の剣なんだ。色々なことがあって……本当に、色々なことがあって。やっとのことで手に入れた、かけがえのない武器だよ」

 

 ここまで感情たっぷりに言われてしまえば、さすがに私でもわかります。

 この人は――きっと昔、何かとんでもないことがあったのだろうと。

 もしくは、どんな名医も匙を投げだす手遅れレベルの厨二病だと。

 

「どうして」

「うん?」

「どうして私を助けてくれたの?」

 

 星海君は、もうすっかりいつもの優しい顔に戻っていて。穏やかに微笑みました。

 

「君が泣いてたからね。理由なんてそんなもんでいいじゃない」

 

 ま、また歯の浮くようなことを言ってきみは。もう。さっきからどうしちゃったのよ。

 まさか、きみって……私のこと……。

 

「ねえ……ほんとにそれだけ?」

「うーん。まあ、あとは……あえて言うなら。趣味かな」

「へ?」

 

 まったく意外なところの言葉が出て来たので、私は完全にきょとんとしてしまいました。

 

「趣味。人助けだって言ったよね」

「あ! ああーっ!」

「ね。これで信じてもらえると嬉しい、かな」

 

 私、完全に見誤ってました。

 この人、ちょっとなんてもんじゃないです。

 やばいです。マジでやばすぎますっ!



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2 転生トラックが多過ぎるんですけどっ!

 結局その日は星海君にお家まで送ってもらいました。成り行きですけど、初めて一緒に帰ることになっちゃいましたね。

 しかも、ぼっち下校の星海君にとっては、私が初めての相手なんじゃないですか? えへへ。

 異世界召喚されたなんて言えませんので、遠くへお出かけしていたら迷子になったのを星海君に見つけてもらったという筋書きになりました。

 お母さんにはこっぴどく叱られてしまいました。でもそれだけで済んでよかったです。

 で、星海君はお母さんに「この子昔っからドジでね~。うちのアキハをよろしくね」なんて言われてたんですけど……。

 なにちゃっかり気に入られちゃってるんですかっ。親公認みたいな空気出さないで下さいっ! ふんっ。

 

 まあ……ありがとうは、ありがとうですけど。

 

 

 ***

 

 

 さて、翌日のことです。

 

「ふんふ~ん♪」

 

 今日は快晴です。初夏のそよ風が心地よく、登校する足取りもつい軽くなるというものです。

 昨日あんなことがあったのに、もうのほほんとしています。

 私って単純なんでしょうか。でもいいですよね。くよくよする性格なんて人生損するだけですし。

 

 なんだか今日はいいことありそう――って。

 

「うえええええぇぇぇぇーーーーーっ!?」

 

 いきなりなんてこと起こってくれとんじゃあーーーーーっ!

 狭い通学路いっぱいを占拠して、大きなトラックが突っ込んできますっ!

 猛スピードです。ものっすごい速さです。

 あの、私いるんですけどっ! 普通にいるんですけど!

 あわわわ。

 唐突の激やば展開、多くないですかっ!?

 

「わああああああぁぁぁーーーーーーっ!」

 

 とても避ける余裕なんてありません。

 せっかく昨日のピンチを乗り越えたのに。せっかく助けてもらったのに。

 すぐにこんなことになっちゃうなんて。

 

 ま、まさか。

 私の妄想フル頭は、死の刹那に真実を理解しました。

 

 異世界転移の次は、異世界転生なんですか!? お約束の第二弾、もう始まっちゃうんですか!?

 

 い、いやですっ! 私はまだ女子高生してたいんです~! 赤ちゃんなってから星海君に助けてもらっても遅いじゃないですかぁ!

 

 いや、ステイ。待ちなさい私よ。流れ的に転生って思っちゃいましたけど。

 ほんとに転生なんてできるんでしょうか。これが何の変哲もない事故で、死んだらそれっきりだったりしませんか?

 ……それはもっといやああ~~っ!

 

 ――あ。ダメ、ぶつかる。

 

 どうやっても助かりません。できることと言ったら、頭を押さえて、観念して目を瞑ることくらいでした。

 

 ドンッ!

 

 …………?

 大きな音はしましたが、来るはずの衝撃がありません。

 恐る恐る目を開けてみると、そこには――。

 

「おはよう。新藤さん」

「星海君!?」

 

 いつも教室でするかのように呑気な調子で挨拶を投げかける、隣のクラスメイトくんが立っていました。

 後ろ手に、トラックをぴたりと止めたまま。アスファルトに足、ちょっとめり込んじゃってます。

 てか、やば。この人、片手だけで余裕で受け止めてるんですけど……!

 でたらめです。運転手のお兄ちゃん、別の意味で青ざめちゃってるじゃないですか。

 

「相変わらず良い叫びっぷりだね」

「もう。からかわないのっ!」

 

 なんですかもう。いつもからかっているからってお返しですかっ。

 楽しそうな顔しちゃって。いたずらっ子全開ですか。ばか。

 そんな私の反応をひとしきり楽しんでから、星海君はトラックの窓際へ回り、放心したまま固まっている運転手さんに声をかけました。

 

「もう少しで轢いてしまうところでしたね。道、狭いんですから。気を付けて下さいよ?」

「あ……ああ、あ……! すまん。本当にすまない!」

 

 これ以上触れない方が良いと判断したのでしょう。震える手でハンドルを握り締め、彼は慌てて去っていってしまいました。

 あら? 本当は事故したらすぐ警察呼ばないといけないんじゃないでしたっけ?

 

「行かせてよかったの?」

「面倒事は避けたいからね。遅刻も確定してしまうし」

 

 なるほど。ついでに言えば、素手でトラック止めましたなんて、説明しようがないですもんね。

 掌をひらひらさせてから、ほうと息を吹きかけて労わる姿は、もういつもの星海君そのものです。

 ついさっきスーパーマンをやってくれたようにはとても見えません。

 だから、なのかもですね。私も、きみの力の凄まじさを知ってしまっても、ちっとも怖いと感じないのは。

 弱そうオーラと女顔がこんなところで役に立つとは。ある種、すごい才能を持ってるんだね。きみって。

 

「おはよう。また助けられちゃったね。ありがと」

「どういたしまして」

「ねえねえ。今度はどんな魔法を使ってくれたの?」

「ううん。何も。昨日の今日だからね。こんなこともあろうかと、一応後ろから見張ってたんだ」

「へえ。後ろから、って」

 

 はっ!? まてまてまて。まさかのストーカー宣言ですか!?

 前言撤回。怖いのはダメです。いや、星海君だからやっぱり怖くはないけど。

 でもいけませんよ。いくら友達だからってそれはいけません。

 アキハ先生、狼藉は許しませんよ? この子に正しい道を示さなくては。

 

「結果的に助かったけど。それっていわゆるストーカーじゃないですか?」

「あ」

 

 露骨に凹み出す星海君。がっくり項垂れて、側の電柱に頭ぶつかっちゃってます。

 

「ごめんね……。君を助けてあげなくちゃって、頭がいっぱいで……」

 

 あー。これは、何にもわかってなかったって顔ですね。

 しょうがない。悪気はなかったみたいですし。

 

「わかった。許してあげる。でも、今度からこっそり後をつけるのはやめてね」

「うん……。だけど、どうしたらいいかな。またさっきみたいなことがあったら」

「だったら、一緒に登下校すればいいじゃないですか。友達なんだから」

「え、いいの?」

 

 意外な顔をする星海君。まるでママに許しを請う子供みたいだよ。可笑しい。

 

「いいよ。私も不安になってきたし。きみのこと、別に嫌いじゃないし」

 

 笑って手を差し出す。

 

「改めてよろしくね。星海君」

「うん。よろしく。新藤さん」

 

 

 ***

 

 

 こうして、ただの隣のクラスメイトから、登下校友達にランクアップした私たちですが。

 

 あの。なんか……流れでずっと手繋いじゃってますけど。いいのかな。

 

「「…………」」

 

 ねえ。なんか喋ろうよ。

 ねえ、星海君! ねえ、わたし!

 

 でも喋ってしまった瞬間、手を離す流れになっちゃう気がして。それはちょっともったいなくて。

 結局私からは言い出せず、星海君も情けなくそわそわするばかりで。

 というか、星海君? きみ、顔赤くなってるよね? 手汗がこっちにまで伝わってくるんですけど。

 って、私も似たようなものかもしれないですけど……。うう……頬が熱いよぉ。

 

 ――だけどまあ。こういうのも悪くないかも、ですね。えへへ。

 

 青春してます。手、あったかいです。いつもより何だか歩道がキラキラして見えます。

 でも、とりあえず今日だけですからね。あと学校近付いたらさすがに離しますよ? 誰かに見られたら恥ずかしいもん。

 

 なんて、いかにも純情な星海君に対して、1ミリだけお姉さんの余裕を演じていた私ですが。

 そんな余裕は、ものの一瞬で吹っ飛んでしまいました。

 ふわり、と身体が浮いたと思うと、星海君の顔がすぐそこにありました。

 

「だ、だ、だ……!?」

 

 抱っこされてるぅ!?

 待って。ねえ。手はまだとして、さすがに抱っこしていいなんて言ってないよっ!

 しかもこれ、お姫様抱っこじゃないですか!? ちょっと星海君、さすがに大胆が過ぎますよ!? 先生、怒りますよ!?

 文句言ってやろうと見上げると――目がマジでした。

 

「悪い。怒るなら後でいくらでも怒られるから。今は危ないんだ。しっかり掴まってて!」

「は、はいっ!」

 

 有無を言わせぬ迫力で、つい素直に返事をしてしまいました。

 ドキッとしちゃった。

 急にシリアスモードになるのやめてくれませんか。ギャップがすごいんですってば。もう。

 

 視界がめまぐるしく変わります。星海君酔いしないかとても心配です。

 ほんのひとっ飛びで、屋根の上に着地したようでした。カラフルな屋根がたくさん見えますので。

 星海君の見下ろす視線に従って、私も顔を下に向けてみました。

 

「は!?」

 

 またトラック!?

 しかも、同じ大型がさ、三台も!?

 白い三連星が猛スピードで道を蹂躙し、あっという間に通り過ぎていきます。

 うわぁ。私、ドン引きです。また轢かれるところだったんですね。

 

「ひえぇ……」

「あれは避けないと玉突き事故になるからね」

「また助けられた、ってことだよね」

「残念だけど、これで終わりじゃない。まだまだ来るぞ!」

 

 星海君は、今度は空を睨み上げました。

 と、何やら影がたくさん――。

 

「ほげぇぇ!? どうして空からトラックがあああぁぁぁぁあっ!?」

 

 親方ぁーーーー! 空から! いっぱい! 親方ぁーーーーー!

 パニクって変な言葉が暴走しているうちに、星海君は目を見開いてギン、ってしました。

 

 ギン、ってしました。

 するとなんということでしょう。私たち目掛けて飛んできたたくさんのトラックが、いっぺんに反対方向へ弾かれてしまったのです!

 

「今度はなにしたの!?」

「気合いだ」

 

 気合い。すごい! どんどん漫画みたいなことしますねきみ。輝いてる!

 

「だけどこのままだと地面へ落ちるな。誰かを怪我させてしまうかも」

 

 そ、それはいけませんっ! 何とかしましょう!

 星海君は私の意を汲むように頷きました。

 片腕だけで私を脇へ抱え直すと、余った方の手の人差し指と中指だけをピンと伸ばして突き立てます。

 それをナイフのように見立て――。

 

 ズババババババババッ!

 

 トラックを滅多切りしている、ようです?

 もう速過ぎて、何がどうなっているのやら、さっぱりわかりません。

 猛風の余波が、私の黒髪を巻き上げていくのをただ感じるばかりです。

 気が付けば、結果だけが残っていました。大量のトラックは影も形もなくなってしまいました。

 

「ふう。何とか片付いたな。人が乗ってなくてよかったよ」

「どんな運転だ~、ってなりますもんね」

 

 いや、空から降って来てる時点で色々おかしいんですけど。

 

「ちっ。しつこいな」

 

 今度もいち早く気付いたのは星海君でした。舌打ちするきみなんて、初めて見たかも。

 振り返れば――。

 

「あーーーーーっ!?」

 

 もうびっくりし過ぎて息がもちません。

 ト、トラックが!? 6発!?

 ライフル弾のように錐もみ高速回転しながら飛んできますっ!

 どこのわくわく不思議ショーですか! どれだけ私をトラックで殺したいんですかっ!?

 

 なんてことを考えていると、奇妙な浮遊感が全身を包み、私たちは一瞬で道路に戻ってきていました。

 

「ありゃ?」

「瞬間移動を使った」

「ナンデモアリナンダネ、きみって」

 

 私のわざとらしい片言に反応する間もなく、星海君は苦渋の表情でした。

 

「このままじゃキリがない。なるべく手荒な真似はしたくなかったが――やるしかないか」

 

 彼は左手に力を込め、海色に光り輝く青い剣を創り出しました。

 これなら私にもわかります。二回も見たことがありますから。

 

「そ、それは! 世界を斬る剣!」

 

 無駄に解説役みたいなテンションになった私に対して、星海君はいつになく真剣でした。

 細腕にメキメキと力を込め――うおお、血管が浮き上がるほどですっ! 私って意外と筋肉フェチだったのかもしれません。わくわくします。

 

「はああっ!」

 

 掛け声一閃。

 一見、何もない虚空に向かって、彼は思い切り剣を振り下ろしました。

 

「わっ!」

 

 眩しくて目を閉じたくなるほどでした。激しい電流がスパークするようなエフェクトと、大きな地鳴りのような音が続いて。

 やがて静寂が戻ったとき、星海君はふうと一息胸を撫で下ろしたのでした。

 

 それから、二分、三分、五分と待って。もう追加のトラックはやってきませんました。

 よくわかってませんけど、どうやら私たちの勝利みたいですっ!

 

 落ち着いたところで、星海君が説明してくれます。

 

「妄想逞しい君なら、もう想像付いてるかもしれないけど。あれは転生トラックだ。君の魂を呼び寄せようとしている異世界があったようだね」

「やっぱりですか。って、妄想逞しいってどういうこと!?」

 

 もしかして、私の趣味とっくにバレちゃってますか!?

 困ったときの誤魔化し苦笑いをしながら、星海君は続けます。

 

「一連の現象を止めるには、大元を断つしかない。だから、干渉力の根源を斬ったんだ」

 

 んん? なんかきみ、聞き捨てならないことを言ったような。

 

「あ、あの~。異世界転生の大元って、もしかして、神様的なアレだったり……?」

 

 星海君は、当たり前のように頷いてくれやがりました。

 

「そうだね。高位の存在だから、中々歯応えがあったな」

「うわぁい!」

 

 こ、こいつ……! やってくれました。私一人だけのために、気合一発で神様まで斬りやがりました!

 いや、嬉しいけど! 助かったけどっ!

 

「大丈夫。力の大半を斬っただけで、一応殺してはいないから」

「そういう問題かなぁ~!?」

 

 隣のクラスメイトくんは、とことん常識外れの存在みたいです。



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3 私、超絶巻き込まれ体質になっちゃったみたいです

 時刻は8時25分を過ぎようというところでした。始業時刻は8時半です。普通に歩くのでは20分かかります。

 トラックを引き連れて登校するわけにもいきませんから、様子を見て待ったのは仕方ないですが。

 

「せっかく最初の事故を避けたのに、結局このままだと遅刻しちゃうね」

 

 しかも二人一緒ですよ。みんなから変な勘ぐりされちゃうんじゃないですか? どうしましょう。

 

「俺はいいけど、君の皆勤がなくなってしまうのはもったいないね」

「知ってたの?」

「君ほど毎日元気に楽しそうに登校してくるクラスメイトを俺は知らないよ」

 

 明らかに私の姿を思い返して、小さく堪え笑いをする星海君。

 わ、私ってそんなに能天気に見えますかっ。

 鼻歌がよくないのでしょうか。スキップがダメですか? わかりません。

 

「私のことなら気にしなくていいよ。きみのせいじゃないもの」

「でも、こんなことで台無しになるのも癪だよなあ」

「こんなことって……」

 

 かなりやばかったと思うんですけど。

 星海君は少しだけ悩んでいましたが、すぐに一つうんと頷きました。

 

「よし。せっかくだから完全勝利といこう」

「今からでも間に合うの?」

「うん。手を握って。少しの間でいいから、離さないようにね」

「わ、わかった」

 

 おずおずと手を差し出す私です。さっき手繋ぎして歩いたこと、思い出しちゃいますね。

 再び、謎の浮遊感が発生します。

 あっという間のことで、学校裏の人目付かないところに着いちゃいました。

 

「ちゃんと転移できたね」

「も、もう驚かないよー。瞬間移動と何が違うの?」

「細かい使い勝手が色々と。まあそこは気にしないで」

 

 とか言われると気になりますが、星海君って蘊蓄の説明長そうなのでやめときます。

 

「なーんだ。こんなどこでも〇アみたいな能力使えるんだったら、毎日律儀に歩いて通わなくてもいいじゃないですか」

 

 私の送り迎えだってびゅびゅーんと一瞬で。でもそれは味気ないと言いますか、せっかく一緒に歩いて行けるのにもったいないかな?

 

「はは。考えてもみてよ。毎日こんなの使ってたら、いつ誰に見つからないかびくびくしながら過ごさないといけないじゃないか」

「そっか確かに」

 

 もし世間にバレたらどうなるのかしら。

 いきなり取材。はたまたテレビ出演。それから怪しい実験の被検体! 拷問! 解剖! 博覧会!

 わあ、素敵。ろくでもない未来が広がりますねっ! おにつよ星海君だったら全部ぶっ飛ばしちゃいそうですけど。

 

「ということで、俺が強いのはみんなには内緒しといてもらえると嬉しいな」

 

 ろくにノート取ってないことがバレたときみたいに、星海君はしーっと指を口に添えてお願いしてきました。

 秘密の共有ってやつですか。ふむふむ。私だけが知ってるって、なんだかそそりますねっ。

 でも、私はいいんですけど、ちょっとだけ気になることが。

 

「でもいいの? きみって爪隠し過ぎというか、弱そうだからよく馬鹿にされることあるでしょ。自覚はしてるんだよね?」

「まあね」

「ほんのつま先だけでもやればできるとこ見せたら、連中なんか簡単に見返せると思うけど」

 

 残念ながら、人は人の下に人を作ります。まったく下らない価値観、バカなガキだと思いますよっ。

 それに比べて、ほら見て下さいよ。この星海君(真ver.)の、強く優しく頼もしいことと来たら!

 だからこそ、世俗のクラスカーストなんてつまらないものに煩わされて欲しくないんだよねって、そう思っちゃいます。

 

「心配してくれたんだよね。ありがとう。でもいいんだ。見返すとかどうとか、そんなのは求めてないから」

 

 予想してない答えではなかったですが、どこまでも慎ましい人だこと。

 

「普通が一番ってこと? 星海君は静かに暮らしたいんですね」

「うん。俺は……ほんの少しだけ、平和な日常に浸ってみたかった。何でもない、普通の人の気分を味わってみたかったんだよ」

 

 ほうほう。わけありありってやつですね。これは過去編に期待ですか?

 いい感じのことをいい感じのトーンで言ってくれます。なーに黄昏ちゃってるんですか。

 

「ふふ。星海君って、実はもしかしなくてもカッコつけ君だよね。ヒーローとかに憧れあるでしょ? 絶対あるよねー?」

「ぐ……そこは……はい。認めます」

 

 あ、素直に認めちゃうんだ。かーわいい。

 

「だったら悪いことしたよね。私のせいでもう二回も巻き込んじゃって」

 

 すると星海君は、気にするなと良い笑顔で親指を立てたのでした。

 

「大丈夫。君くらいのことだったら、全然日常のうちに入るから」

「マジですか」

 

 異世界日帰り旅行したり、団長さん吹っ飛ばしたり、トラックめっためたにしたり、神様ぶった斬ったり。

 こいつら、ぜんぶぜーんぶ日常ですかっ!?

 ひえぇ。いったいどれだけ修羅場くぐって来たんですか……この人。

 

 

 ***

 

 

 それから一週間が過ぎました。とっても濃い一週間でした。

 UFOが現れて連れ去ろうとしてきたり、どこかの世界のゴブリンがわんさか飛び掛かってきたり、謎のレーザー光線が放たれたりとか、他にも色々ありましたが。

 わたしはげんきです。星海君、いつもいつもすまんね。

 

「さすがにこれはおかしい」

 

 星海君はさっきからうーんと頭をひねっています。

 

 ところで、今はお昼休み。私と星海君は、二人仲良く学校の屋上でお弁当をつついていました。

 敵はお昼休みでも容赦なく来やがりますので、まあ成り行き上ってやつですね。仕方ないのです。

 で、今日はですねっ。

 私の作った卵焼きと星海君の作ってきたウインナーを一個ずつ交換しています。いいでしょ?

 えへへ。私の卵焼きも星海君のウインナーも、とってもおいしいです。幸せです。

 

 で、人が幸せ気分だと言うのに、お隣さんは今日何回溜息を吐いてるんですかね。どうにも心配性みたいです。

 さすがに見かねまして、私は軽く彼の肩を叩きました。

 

「ねえ。溜息を吐くと幸せが逃げるって言うよ? 元気出して、ね。私の卵焼き、もう一個あげよっか?」

「ありがとう。いただくよ」

 

 私から素直に受け取った卵焼きをもぐもぐしています。

 ふふ。星海君って、ほんとに美味しそうに食べますよね。

 今度は何作ってあげようかしら。

 しっかりと咀嚼して飲み込んでから(行儀がよくてよろしい)、星海君は呆れたように笑いました。

 

「君自身のことのわりに、君って相当呑気だよね」

「まあねえ。だってね。どんなピンチでも、きみがばっちり守ってくれるんだもの」

 

 って言ってあげたら、顔赤くして背けちゃった。かーわいい。

 

 いやーもう。すごいんですよ! まさに映画の世界。しかも私だけの特等席です。

 たとえどんな敵が来ても、どんな困難が来ても! 私にかすり傷一つだって付けないで、えいやって一発で解決しちゃうんですから!

 あと……まあ。それに、そのうち異変だって収まるでしょ。たぶん。

 そもそも、立て続けにファンタジーが殴りかかってくるのが奇跡なんですから。そう長くは続かないはずです。

 人の噂も七十五日。異変だったら百日くらいかな? 私は楽観的なのですっ。

 

 いつの間にか素面に戻っていた星海君ですが、一つ提案をしてきました。

 

「ごめん。ちょっと君のこと、深く調べてみてもいいかな」

「そういうのもできるの?」

 

 ぼちぼち彼の不思議パワーにも順応しつつある私です。

 

「頭の上に手を置かせて欲しいんだ。それでしばらく目を瞑っていて欲しい」

「はいはい。どうぞ」

 

 こういうときにやましいことする気もないのはわかってますので、素直に身を預けます。

 頭に遠慮がちに手が触れました。やっぱりどこか力強いっていうか、しっかり男の子の手なんですよね。

 そうしてしばらく「なんかうまく伝われー」って無駄に念じたりしてみていましたが。

 

「こ、これは……!」

「え。なに。どうしたの?」

 

 ひどく驚いた様子の声です。

 やっと手を離したので、私も恐る恐る目を開けてみますと――星海君は、すっかり青ざめてしまっていました。

 

「まずいな。非常にまずいことになった」

「へ?」

 

 ま、まずいって!? 私、もしかして危ないんでしょうか!? ずっと危ない気もしますけど。

 

「新藤さん」

「はいっ!」

 

 改まって名前を呼ばれたので、私もつい背筋がぴんと立ってしまいました。

 

「今から言うことだけど。心して聞いて欲しい」

「う、うん」

「君が最初に異世界転移したとき、どうやら君に眠っていた特別な素質が目覚めてしまったみたいなんだ」

「ふぇ? ほんとに!?」

 

 びっくりして声裏返っちゃいました。

 

「ああ。本当さ。こんなことってあるんだね」

 

 わ~。わぁ~。

 なんでしょうか。特別な素質って。不意にわくわくしてきましたよっ。

 もしかしてチート能力とか!? 実は私もめちゃくちゃ強かったりするですかね?

 ほら。た、例えばですけど。星海君と共に世を忍び、裏社会で肩を並べて戦っちゃう未来とかあったりするんでしょうか!?

 毎日がスペクタクルの連続。おお、大変そうですっ! けどそれも悪くないかもですね。えへへ。

 

「して、その力とは?」

 

 固唾を飲み、期待を胸いっぱいに待ち受ける私に対して、星海君は――ひどく憐れむような、同情するような目を向けてきました。

 そして、とても言い辛そうに言ったのでした。

 

「君に目覚めてしまったもの。それは――巻き込まれ体質だよ。それも極めて重度のね」

「え……?」

 

 ま、巻き込まれ体質ですとぉ!?

 星海君は言葉優しげに、しかしそれでは誤魔化せないくらい残酷な内容を告げてきます。

 

「簡単に言うとね。不思議と名の付く事象に、君はとんでもなく、それはもう神掛かり的に好かれてしまっているらしい。つまり、これから君は……ただ生きているだけで次々と異変を呼び寄せてしまうんだ」

「な、ななな……!」

 

 なんということでしょう。チート能力どころか、とんでもないクソ体質ここに極まれり。まるで呪いじゃないですか!?

 じゃ、じゃあ、夢のチート生活は!? 悠々自適のスローライフは!? 星海君と世の人助けバディを組む話は!?

 うわーん! どこいっちゃったんですかあぁ!

 

「お手軽に異世界文化交流が図れるという意味では、一応、メリットがないこともないけど……」

「ぐすっ。そんなメリット要らないもんっ! 私は平凡に暮らしたいのっ!」

 

 淡い期待は完璧に裏返り、目にじんわり涙すら浮かんできました。

 いくら能天気な私でも、無理なものは無理です。一生これが続くって思ったらさすがにしんどいですよっ!

 

「はっ! そうだ! いいアイデア浮かんだ! 浮かんだよ! 私の体質なんて、アレで斬っちゃえばいいじゃないですかっ!」

 

 世界を斬る剣。この世のあらゆるもので最強の剣。

 神様ですら斬れるんですから、能力だってなんだってズバッと斬れちゃうはずです。

 きみのすごい力って、こんなときのためにあるんですよね!? ね!?

 一縷の望みからものすごい剣幕で迫ってしまった私ですが、星海君はただ申し訳なさそうに首を横に振るばかりでした。

 

「すまない。できないんだ。困ったことにね」

「えぇーーー!? どうして!?」

「これが何らかの能力だったらよかったんだけど……君のそれは、ただの体質なんだ。君の魂そのものの色というか……力と不可分に結び付いてしまっている」

 

 だから、無理に斬ろうとすれば、私は死んでしまうのだと。この体質を抱えたまま、生き続けるしかないのだと。

 そう、はっきり言われてしまいました……。

 

「えーん。そんなぁ……!」

「つらいよね……」

「つらいよぉ……!」

 

 恥も外聞もなく、私はひたすら泣きじゃくっています。そうでもしないとやってられませんっ!

 

「君が生きていく上で、周りにも色々と影響があると思うけど。それは君が原因ではあるけど、まったく君のせいじゃないから」

「ぐずっ。その言い方、なんだか傷付くなあ……」

 

 星海君、もう少しデリカシーってやつをですね。

 いやこの場合、下手に誤魔化されたり嘘吐かれる方が、後々しんどいですか……。

 

 まだぐずり続け、項垂れたままの私に、星海君は優しく肩を叩いてくれました。

 ちょうどさっきのお返しですね。いくら慰められても、どうしようもないんですけど……。

 

「人のことだから、強くは言えないけど。君の気持ちは……本当によくわかるよ。俺も……俺たちもさ、色々あって。定められた宿命というのは、本当に大変なものだよね」

 

 なんだか妙に実感の伴ったお言葉でした。「たち」って誰のことでしょう。

 疑問が解ける間もなく、彼は感情たっぷりに続けます。

 

「俺もさ。どうしようもない【運命】と、ずっとずっと戦ってきたんだ。それを乗り越えて今がある」

「そうなんですか……?」

「うん。一つ言えることはね。たとえ運命に勝つことはできなくても。諦めないことなら。負けないことならできるから」

 

 そして、星海君は私に手を差し伸べて、言いました。

 

「だから、約束しよう。君が生きる意志を失わない限り、なるべく平和な日常を生きたいと願う限り。その願い――俺がずっと守ってあげるよ」

「そ、それって……!」

 

 あまりの言葉に、涙も引っ込んでしまいました。

 

 まって。ねえ、まって。それって!

 ま、まるでプロポーズみたいじゃないですかっ!

 きゃああああっ! ばか! 星海君のえっち! 人たらし!

 いきなり真顔で何言ってくれちゃってるんですかっ! きみはっ!

 

 はあ……。もう。

 

 興奮したら、ばかばかしくなってきました。くよくよ悩むなんて、私らしくもないですよね。

 どうしようもないものは、どうしようもないんですから。気持ち次第、ですよね。

 それに、考えようによっては悪いことばかりじゃないです。

 確かにきみが言ってた通り、普通はできない異文化交流だって気軽にできちゃうんですもんねっ。

 わくわくどきどきが向こうから押し寄せてくる。うん。ちょっと楽しみになってきました。

 

 だから、大丈夫だよアキハ。前を向いて生きるの、私! ずっと側で守ってくれる人もいるんだからっ!

 

 やっと覚悟を決めて、一つ大きく深呼吸して――。

 私はきみの手を握り返しました。

 

「ほんとに……私と一緒でいいの?」

「いいさ。退屈しなそうだ」

 

 いつになく手が温かいです。心までふわふわしてて。とにかくあったかいです。

 

 全身に熱さを感じながら、私はしどろもどろになりながら、どうにかこうにか今の気持ちを紡ぎ出していきます。

 

「じゃ、じゃあね。とりあえず、お友達からで。って、今もそうだったよねっ。でもね、あのね。しばらくしたら、そしたらね、なくもないかなあって――」

 

 勝手に一人盛り上がっていた私でしたが、待っていたのは――さらなるとんでもない爆弾でした。

 

「あ、ごめん。言ってなかったよね。俺、実は嫁がいるんだ。あと押しかけてきた後輩の子もいて」

「へ? それって二次元の話じゃなくて?」

「三次元だよ。年齢的なこともあるし、他にも諸事情で結婚届出せないから、事実婚なんだけどね」

「ふええええええぇぇぇぇーーーーーーっ!?」

 

 私の秘められた体質を明かされたときよりも、断・然! びっくらこきましたよもう!

 ま、ままま、まさかの既婚者ですとぉ!?

 ええぇ!? だからなの!? 童顔のくせにっ! どのクラスの男子よりも見た目子供っぽくて、女の子みたいなくせにっ!

 ちょくちょく大人の余裕みたいなの、醸してくれちゃってたのはぁぁぁ!

 しかもふ、二人ですって。信じられない。

 わ、私までたらしこんでっ。可愛い顔してプレイボーイか!? ヤリたい放題か貴様ぁっ!?

 

 はっ!? いけませんいけません。また色々と暴走してました。

 

 星海君、間髪なく容赦なくトドメを刺してきます。さすが戦士なんですね。

 

「だから、ごめん。君のことはまったく悪く思ってないけど、付き合うとかそういうの、そもそも無理なんだ。本当にごめんね」

「あわわわ……!」

 

 どうしよう。

 なんかさらっと一方的にフラれちゃったんですけどっ!

 いや、別にきみのこと好きってわけじゃ……ものすごく好きってわけじゃないですけどねっ!

 で、でもちょっと運命感じちゃったりとか、ちょっとかっこいいなあって思っちゃったりとか……。

 将来的にはなしよりのありよりのありというか、なくはないかなあ、なんてこと少しは……。

 べ、べつに悔しくないもん。負けたなんて思ってないもん。ぐすん。ふええええええんっ!



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4 不束者ですが、よろしくお願いしますっ!

「いいもん。私なんて。私なんて……」

 

 屋上のへりに向かって指で「の」を描き始めた私を見て、星海君は情けなくおろおろするばかりでした。

 

「えっと。あ、あの、その。ご、ごめんね? な、泣かないで?」

 

 もういいもん。きみが謝ることじゃないし。私が勝手に舞い上がって勘違いしただけだし……。

 なあなあのままで隠して付き合わず、嘘を吐かない誠実さを持っているだけ、正しくて、そして残酷ですよね。

 

 いつになく子供の言い訳みたいな顔をしている星海君は、あわあわしながら精一杯取り繕おうとはしています。

 一応、努力は認めますが。

 

「あ、あのね? ちゃんと付き合うってわけには、ね。どうしてもいかないんだけどね。で、でもさっ。ほら! 形じゃなくて、君と一生の付き合いになることは変わらないわけでねっ! もちろん、俺の大切な友達だし! ね!」

「ソーデスネ。大事なお友達ですもんね。力ある者の責任と優しさによって、ですよね」

「うぐ……!」

 

 完璧にKOされ、思い切り凹んでしまった星海君。

 

「ごめんよ。俺だって。俺だって。身は一つしか……」

 

 ついに私と一緒になって、へりに「の」を描き始めてしまいました。

 この子を倒した今、私は最強かもしれませんが、ちっとも嬉しくありません。

 ええ。そうですよね。そこに男女の愛はないですもんね。『ただのお友達』、ですもんね……。

 星海君。確かにきみはいい子だ。先生も認めます。

 でもね。その優しさがね、余計傷付くときだってあるんですよ。ぐすん。

 

 場をどんよりした空気が包みつつあった、そのときでした。

 まるで天を裂くようにして、謎の声が響いたのですっ。

 

『おい、ユウ。何をいきなりめそめそしているんだ。お前は。気になって繋げたぞ』

 

 女の人の声。きみに呼びかけてる!?

 

「声!? どこから!?」

「え。君にも聞こえてるのか!?」

 

 星海君は、それはもうびっくりしています。どうも本来聞こえてはいけないものみたいです。

 

「ねえ。これって何なの?」

「念話だよ。心の声で会話するやつって言ったらわかるかい」

「星海君、ナイス説明っ」

 

 それならよくアニメとかで見るやつですね! 私、わかりますっ。

 でも、どうして私が?

 

「俺はできるんだけど、君にはまだ繋げてないはず――そうか、体質か!」

 

 なるほどです。心の会話というのがエスパー的現象だから、私の特殊体質が発動しちゃったみたいですね。

 さっそく大活躍。いきなり不思議遭遇ですっ。というか星海君はちゃっかり普通にできるんですね。

 

 当人を放ってこんなやりとりをしているわけですから、さすがに声の主も気付きます。

 

『ん。もしかして、他に誰かいるのか?』

 

「はい! ここにいま――もごごっ!?」

 

 いきなり星海君に口を塞がれてしまいました。やっぱりきみって時々大胆ですよねっ。

 そのやった人はと言いますと……魚のように口をパクパクして、それはもう冷や汗だらだらになっていました。

 間違いなく今日、一番の焦り顔をしています。私の体質を見抜いたときよりも、です。

 ものっすごく泣きそうな顔で、星海君は私に懇願してきます。

 

(まって。お待ち下さい。まず俺に弁解させては頂けないでしょうか)

 

 なんか敬語になってるしっ!

 

(弁解? ってことは――)

 

 もしかして。

 

(例のお嫁さんですかぁ!?)

 

 星海君、今にも死にそうな顔でこくこく頷いてます。

 ぷっ。ふふっ。

 ごめんね。

 ふ、吹きそう。人の不幸なのに、超面白いですっ。

 

 彼にはもう、私を咎める余裕もないようでした。まるでこれから処刑台に登る人みたいにふらふらしてます。

 

(俺……今からあの人にきちんと説明して、お許しを賜らないといけないんだ……)

 

 ですよねー。そうなりますよねー。

 一転攻勢。いつものようにいたずらしたい気分が戻ってきた私は、気付けば頬がにやにやと緩んでいました。

 ふっふっふ。わっはっは!

 やっぱり天罰って下るものなんですね。あ、神様斬っちゃったからですかね? だったら仕方ないですねっ!

 そうねえ。さっきねー。きみは悪くないって言ったけど。あれ、やっぱなしです。

 

 ねーえ星海君? 女の子の純情を弄んで泣かせた罪は、とっても、とーっても重いんですよ?

 

『さっきから何をこそこそしている?』

 

 怒気が混じり始めた天の声――とても気の強そうな感じの人です。もう声だけでわかります。

 あーあ、星海君。これは、絶対尻に敷かれてますね。

 鬼嫁ってやつですよね~! お姉さん、わくわくしてきましたよっ。

 

 そんな、星海家の力関係が垣間見えてきたところですが。

 

「ぶふっ!」

 

 ああ、もう、だめ! こんなの耐え切れませんっ!

 普段の生活とか想像したら、ますます可笑しくなってきちゃいましたっ!

 地上最強の男も、鬼嫁には勝てないっ!

 って、あらら。ほしみくーん。そんな縋るような顔で見たって、だーめですよー?

 ほらね。気を付けて、逝ってらっしゃい♡

 

 それからの有り様といったら、それはもうひどいものでした。

 しどろもどろで、涙目になって今までの経緯を弁解する星海君。黙ってお聞きあそばされる奥様。

 ぴりぴりがどんどん増して、ひしひしと伝わってきます。

 ほんの少しでも彼が言葉に詰まると、「それで?」と冷たい声で続きを促していきます。

 いやあ恐ろしいですね! まったく他人事ですけどねーっ!

 

 そうしてすべてを聞いた奥様は、呆れたように深く溜息を吐きました。

 

『ユウ……。わたしが何を言いたいか。わかるな?』

 

 肩を小さくして震えるきみに向かって、すーっと溜める息遣いが聞こえてきました。

 そして――。

 

『バカか! おまえはっ!』

 

 ひいいっ!

 隣で聞いているだけでも、ものっすごい迫力ですっ。ざまあ。

 

『まったくいつもいつも。お前ときたら! どれだけ人をたらし込めば気が済むのだ! この大馬鹿者めっ!』

「す、すみませんでしたぁっ!」

 

 うむうむ。そうですぞ星海君。きみはもっと自分の魅力を自覚しなくっちゃダメですよ?

 

『まだだ。反省が足りん! お前は、昔からそうだ。そうやってどこにいっても、老若男女誰でも構わず優しくして。それはお前のいいところでもあるのだが……いちいち度が過ぎる! ふらふらと人の好意に甘え、どこまでも人を甘やかし……。いつもいつも誰かに好かれて……それで、フラれる立場の子はどうなる!? それにお前のためを想い、遠くで健気に働くわたしの気持ちはどうしてくれるのだ!」

「はい。はい……。本当に、ええ。おっしゃる通りです……」

 

 あまりの始末の悪さからか、星海君はとうとうつらつらと涙を流し、地に手をつけ盛大に頭を下げました。

 

「誠に、誠に申し訳ございませんでしたぁーーーー!」

 

 あはははは! ほしゅ! ほしっ! あははっ! あの! まって! あの、ほしみくんがっ! 土下座しちゃってるよーーー!

 あはははははははっ!

 

 もう、さいっこう! 傍から見たらお嫁さんなんかどこにもいないし、一人芝居みたいになってるのが、余計に面白いですっ! 傑作ですね!

 そうだ。写真撮っちゃいましょうか。永久保存版ですっ!

 ちゃっかりスマホでぱしゃりとしました、私。にまにまが止まりません。

 えへへ。後で星海君にしっかり送りつけてあげましょう。お犬さんの耳でもデコっちゃいましょうか。いいですねっ。

 

 正義の裁きが終わったところで、がっくり項垂れる星海君を尻目に、今度は私に話が向けられました。

 

『して。アキハさん、だったな? 今、お前だけに話しかけている。聞こえているか?』

 

 一転して、余裕のあるお姉さんのような、優しい声色です。

 

「はい。聞こえてます。新藤 アキハです。はじめまして!」

『はじめまして。わたしはリルナ。あそこでくたばってる奴の……まあ、正妻だな』

 

 正のところをちょっとだけ強調したのを、私は聞き逃しませんでした。

 リルナさんは、呆れたような声で続けます。

 

『お前もよく知っての通りだ。こいつはな。誰にでも優しくしてしまうのが最大の美徳で、最大の欠点でもある』

「ほんとにそうですね。まったくです」

 

 いつもいつも、当たり前のように優しくして。私の心を揺さぶってくれちゃって。もう。

 

『事情については概ね理解した。安心しろ。わたしはお前の好きを妨げるようなことはしない』

「え……いいんですか?」

『フフ。こんなことで一々嫉妬していては、あいつの嫁は務まらないからな』

 

 か、かっこいいっ。星海君なんかより、よっぽどかっこいいかもです!

 でも、すごいなあ。ほんとに一切、嫉妬なんてしないんですね。

 きっと、よほど固い絆で結ばれているのでしょう。

 ……いいなあ。やっぱり、羨ましいです。

 

『あんな奴だが、強さと優しさは本物だ。精々頼りにしてやってくれ』

「は、はいっ!」

 

 すごく優しくて、すごくしっかり者のお姉さんで。

 私、もう感激して泣きそうですっ!

 

『それにな』

 

 やや間があって、リルナさんは照れ臭そうに言いました。

 

『元々、わたしもあいつのそういうところが好きになったんだ』

 

 きゃあああああああああーーーーーっ!

 惚気、頂きましたっ!

 うんうん。そうですよね。わかりますよ。だって。

 

 私だって――きっと、そうだもん。

 まだこの気持ちは、つぼみだけれど。きっと。そうだもん。

 

『ユウもな、あれでか弱いところもあるし、結構寂しがり屋だったりするからな。これからも仲良くしてやってほしい』

「がってん承知ですっ。任せて下さい」

 

 そこのとこはね。よーくわかってますよ。ずっと隣で見て来ましたからねっ。

 

『あとは……そうだな。いつか高校を出たら、いつでもうちに来い。みんなで歓迎してやろう』

「わああっ! ほんとですか! ありがとうございますっ!」

 

 高校出たら、かぁ。えへへ。また一つ将来が楽しみになっちゃいました。

 

『うむ。それではな。あいつにもよろしく言っておいてくれ。また会おう』

「はい。ありがとうございました。さようなら~」

 

 また空が静かになりました。私の気分もすっかり晴れ晴れとしています。

 

 ――リルナさん。とってもいい人だったなぁ。

 

 私もあんな風に――素敵なお姉さんに、なれるかな。

 

 

 ***

 

 

 まだがっくりしているきみのところに行って、私は肩をトントンしました。

 

「……終わった?」

「うん。終わったよ。きみによろしくって。あと、私のことちゃんと守ってあげてって」

「そっか。他にはなんて?」

「それはね――内緒」

 

 私も指をしーっと口元に当てました。いつかのお返しです。

 

「あのね。ユウ君」

「え。いま、名前で」

 

 きみが生きる勇気をくれたから。リルナさんが背中を押してくれたから。

 だから私も、一歩だけ。前に進んでみることにします。

 

「私ね、きっとね。これから、いっぱいいっぱい迷惑かけちゃうと思うけど」

 

 大きく息を吸って。温かな気持ちを整えて。

 

「これからはアキハって呼んで下さい! 不束者ですが、よろしくお願いしますっ!」

 

 そしてここから、本当の意味での新生活が始まったのでした。



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5 一般通過魔法少女さんを見てしまいましたっ!

 このままだと自分と片時も離れられなくなりそうだし、自由がないからと、ユウ君は私に護りを与えてくれました。

 原理はよくわかりませんけど、心の繋がりパワーみたいなもので、私に強力な加護がかかるみたいです。多少の物理とか魔法だったらへっちゃらになるとかで。

 

「よし。かかったよ」

 

 ……ふーん。全然変わったような感じはしませんけど。

 でもユウ君の言うことだったら信じられます。

 

「本当だったらすごいスピードとかパワーとかも同時に付与できるんだけど、やめておいた。君はそういうの、あまり欲しがらなさそうだし」

「よくわかってるね。私って平和主義者だもの」

 

 えっへん。って、日本じゃ普通のことですけどねっ。

 私にすごい力とかあっても、妄想だったらいいなって思いますけど。実際ユウ君みたいに使いこなせるとはとてもとても。

 過ぎたるは身を滅ぼすって言いますし。借り物の力で調子に乗るのも違いますし。

 これまで通り、力仕事や荒事はユウ君に全部お任せしちゃいましょう。今のバランスが一番です。

 あと、それから。

 

『あー。テステステス。こちらユウ。聞こえますか』

『こちらアキハ。通信良好であります!』

 

 念話機能付き。離れていても、ユウ君といつでも心で会話ができるようになるみたいです。すごいじゃないですか!

 でもね。私、気付いちゃいました。

 もしかして、最初からこのお守りパワー使ってたらもっと楽だったんじゃないですか? そんなに私と一緒にいたかったんですかね?

 つい気になってしまった私の視線を察して、ユウ君は答えてくれました。

 

「これはね。心を繋げる技で……繋がる人が俺に心を開いてくれないと効果が薄いんだ」

「もしかして、ちょっと効果に不安があった?」

「うん。それもあるけど、副次効果の方が問題で……。これね、誇張なしで、本当に心を繋いでるんだ」

 

 だからね、とユウ君はやや遠慮がちに語ります。

 

「何でも伝わるわけじゃないけど、ちょっとした気持ちとか感情とかはよく伝わってしまうんだよ。そういうのってプライベートだろう? 遠慮してたんだ。今までは」

「へえ。なるほどね」

 

 って、めっちゃやばいやつじゃないですか! 私の妄想とかアレコレとかも、全部じゃなくても伝わっちゃうってことですよね!?

 ユウ君、苦笑いしています。困ったときのやつ。やっぱりです。否定してくれませんっ!

 あわわわ。あかんです。

 恥ずかしいやつだ。めっちゃ恥ずかしいやつだ! これ!

 で、でも。この人とはもはや一蓮托生。恥ずかしいからって、お守りパワーがないのは危ないですし……。

 いくら変なこと考えてても、言いふらしたりするような子じゃないし。ですよね? 信じていいですよね?

 ユウ君はちゃんと頷いてくれました。ありがとうユウ君優しいっ。

 

「そ、それで。今になって方針転換したのは?」

「大丈夫かなって。思ったより好かれているみたいだったからさ」

 

 ばっ! だ、だから! 普段恥ずかしがりのくせに、そういうことは真顔で言うなぁ!

 そういうとこ! そういうとこですよっ! またリルナさん呼んじゃいますよ?

 

 じと目で見つめると、ユウ君も自分のやらかしにやっと気付いたみたいで、また顔を青くしていました。

 ころころ表情変わって、感情豊かで、本当面白いんですよねきみって。私もかな?

 えへへ。実は結構お似合いなのかもしれないです。

 

 

 ***

 

 

 そういうこともありまして。私の自由なお昼休み、そして部活動も復活です! やりましたっ!

 ユウ君と食べるお弁当も美味しいですけど、クラスの女子とだって一緒に食べたいですもんね。

 何かあったら心で念じればいつでも助けに来るから、とはユウ君談。きみは本当にナイトみたいですね。

 

 今日のお昼休みは、久々にユウ君とじゃありません。

 滝原 メグミ、川島 カレン、北条 ナナ。

 いつもの仲良しメンバー、大復活です。二週間ぶりですよ。嬉しいですね。

 

「ねえ。アッキーさ」

「なあに。メグメグ」

「最近さあ、星海君と妙に仲良いよね」

「ぶほっ!」

 

 お茶むせましたっ。

 ここのところずっとユウ君と一緒にいたの、盛大にバレてたみたいです!

 あれだけいればバレますよねーそうですよねー。

 

「一緒にお昼行ったり、帰ってるとこも見かけたしさ」

「え、マジじゃん!」

「ねえねえ。付き合ってるの~?」

 

 いつも軽ノリで元気なカレンちゃんと、恋バナに興味津々のナナっち。

 私は曖昧に笑っておきます。

 

「まだ、そういうのじゃないかな。星海君とは」

 

 さすがに他の子の前でユウ君って呼ぶ勇気はないですね。まだ。あはは……。

 

「まだって、そう言うってことはさ。脈ないわけじゃないんだ」

「うん。そだね。ちょっと好きかも」

 

 親友のメグメグに対しては、素直に答えておきます。

 

「ふうん。アッキーも物好きだねえ。あんなひょろ男のどこがいいんだか」

「カレンちゃんは、強くてカッコいい人がタイプですもんね~」

「やっぱ男は甲斐性っしょ」

 

 ナナっちの軽い茶化しに対して、堂々と力こぶしのポーズをして笑うカレンちゃん。

 

 ちっちっち。わかってないですね。あれは世の忍ぶ仮の姿ってやつですよ?

 本当のユウ君は、滅茶苦茶強くてカッコいいんですからね。これは私だけの秘密なんですけど。えへへ。

 

「アッキー、またぽわぽわしてるな」

「きっといいことあったんだろうねえ」

「かわいいですねぇ。癒し」

 

 何か言われてるんですけどっ。私ってそんなに変かな?

 

「まあ、わたしは応援するよ。これからの時代、優しい人の方がいいと思うしさ」

「うんうん。私も応援する~。星海君って、男としては頼りないけど親切ですもんね~。私も掃除当番手伝ってもらったり」

「ありがとね。メグメグ。ナナっち」

「そういや、アタシもゴミ捨て全部押し付けちゃったことあったなあ」

「うわー。さすがにひどくない?」「そうですよ~」

「わり。頼むと何でもやってくれるからさあ。便利なのよあいつ。でもま、抜けてるアッキーの相手にはいいんじゃないの? 支えてくれそうだし」

「あー。言ったね。気にしてるのに~」

「こらこら。ポカポカするんじゃない」

「あはは。ほんと可愛いなアッキーは」「ナナも混ぜて下さい~」

 

 ふふ。改めて良いお友達を持ちました。みんな素敵な人たちです。

 

 いつものようにいちゃいちゃして、楽しくて。

 一息ついて、何となく窓の外に視線がいったときでした。

 

 ――なんかいるしっ!?

 

 デッキブラシにまたがって。

 ピンクの――ひらひらの。フリフリの。

 ま、ままま、まさか。

 

 魔法少女ですかぁっ!? しかも遠目でもめっちゃ可愛いしっ!

 

 うわぁ、飛んでるっ! 空飛んでるよ!? あっち普通に飛んでったよーーーーーー!?

 

 わーお。不思議って、異世界モノだけじゃなかったんですね。

 てか、箒じゃないんですね。現代的っ!

 

「どしたのアッキー。そんなに目丸くして」

「気になりますよ~」

「あの、ね。なんでもなくてっ!」

「なんでもないわけあるかーいっ!」

 

 カレンちゃんがツッコんでくれてますが。

 こうしちゃいられないです。さっそくユウ君に連絡ですっ!

 

『あ、ああ、あのね。ユウ君!?』

『慌てないでも聞こえてるから大丈夫だよ。アキハさん』

『そ、そとにねっ! 魔法のね。女の子が! とにかく来てっ!』

『了解。ちょっと待っててね』

 

 果たして、ものの三十秒もしないうちに、我が騎士到着と相成りました。

 

「あ、星海君」

「みんなでお昼ご飯中だったんだね」

 

 噂の男子の登場に、三人は色めきたちます。

 

「ほうほう。噂をすれば何とやら」

「星海君こんにちは~」

「よう。ひょろひょろくん」

「こ、こんにちは。どしたの? みんなにやにやして」

 

 やめてよ~。もう~。

 みんなでからかうようにクスクス笑うものですから、星海君も怪訝な顔しちゃってるじゃないですかっ。

 

「何でもないよー。ねえ」「ね~」「なー」

「みんな、ごめんね。ちょっと星海君と話してくるから」

 

 そう言って席を立ち、恥ずかしさから慌てて彼の手を引っ張って行きました。

 

「お、おい」

「いってらー」「しっかりなー」「報告待ってますよ~」

 

 それはわかりましたけどっ。それどころじゃないんですってば~!

 あんなのが出て、何も関係ありませんでしたってパターンはないです。巻き込まれの匂いがぷんぷんしますよ。これは!

 

 どうやらなし崩し的に、魔法少女編、開始みたいです。



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6 魔法少女さんに会いに行きましょう!

 私はユウ君を廊下の目立たないところに連れ出しました。

 なんと言ったって少年少女の憧れ、魔法少女がいたんですから。それはもう大興奮です!

 

「すごいの。魔法少女がね! いたんだよっ! 外ね、普通にぶわーって飛んでて! デッキブラシに乗って! ほんとだよ!」

「う、うん。もちろん信じるよ。君なら何でもありだしね。……やっぱりか」

 

 私の勢いに押されて若干引き気味のユウ君ですが、言ったこと自体はちゃんと信用してもらえています。え、やっぱりって何?

 それには答えず、ユウ君は問いかけます。

 

「それで。どうしたいの」

「あれ?」

 

 温度差が。この流れだったら、危ないかもしれないから調べよう! とか懸命に寄り添ってくれるところじゃないですか?

 そこはユウ君、冷静でした。

 

「ただ見かけただけだったら、実際巻き込まれたわけじゃないんだろう。君に起こる異変には、ただ目撃するだけってパターンもあるからね」

 

 いつだかの河川敷にできたミステリーサークルとかの話をしてますかね? ユウ君、えいやって元に戻してましたけど。

 しかしそこは魔法少女大好きアキハさん、食い下がれません!

 

「でも、気になるじゃないですか。ほっといたらとんでもないことに巻き込まれるかもしれないし!」

「俺には、君自身の興味の方がずっと勝っているように見えるけど」

「ありゃ。バレた?」

 

 やっぱりダメですか? と憧れの前にお預け食らってしょんぼりする私に、ユウ君はぽんと軽く頭を叩きました。

 顔を上げると、温かい笑顔のユウ君が。

 

「そういうことなら、正直にそう言ってくれれば。放課後一緒に調べてみようか」

「……うん!」

 

 

 ***

 

 

 私は望咲 エリカ。一年D組に所属しているわ。

 自分で言うのもなんだけど、美貌なら自信あるの。学校の男子にも女子にもよく見惚れられるくらいにはね。

 しかも文武両道。成績はいつも学年トップ10に入るし、合気道の有段者でもあるんだから。

 さらにさらに。

 私のお弁当。白米に、野菜・鳥肉などが色とりどりとずらり。

 これね、全部手作りなのよ。安く抑えた上で、見た目にも栄養にもしっかりこだわってるわ。

 うん。そうよね。私って結構頑張ってるわよね?

 わあー♡ お豆腐おいしー。トマトもほんとおいしー。

 

「ふふっ……」

 

 ――寂しい!

 

 見事に誰もいないわ。ぼっち言うなし!

 あーもう、どうしてこうなっちゃったのよ。

 わかってる。余裕こいてお高く留まっていたら、盛大に高校デビュー失敗しちゃったのよね……。

 せっかくの美貌も、むしろ近寄りがたいオーラになっちゃってるし……。

 だってしょうがないじゃない! 『仕事』で忙しくて、お友達なんて作る暇なかったんだから。ぶつぶつ。

 

『キミには僕がいるじゃないか』

「なによクレイプ」

 

 このお菓子みたいな名前の子は、遠い魔法の国というところからやって来たサポーターらしい。

 黄色い猫みたいな姿形をしているけれど、絶妙に腑抜けてて猫じゃないような。目付きだけなんか鋭いし、三角っぽいし。

 まるでずらしの入ったマスコットキャラクターね。

 ちなみに普通の人には一切見えないし、声も聞こえないの。

 おかげで余計に独り言喋ってるみたいで……やかましいわ!

 

「あなただけいたってしょうがないでしょ」

『つれないなあ。歴代の担当した子はもっと優しかったよ』

「あっそ。私は私だし」

 

 私だってガールズトークしたいし。一緒にお買い物とか、映画とか観に行きたいし。

 あんたみたいなちんちくりんとだけじゃつまんないわよ。楽しさ半減ってところね。

 

『それならもうちょっと、自分から誘うとか何とか』

「……魔法少女って、過酷で孤独な仕事よね」

『キミの性格の問題では?』

「うるさいうるさいうるさい」

 

 いいの。私はプロなの。いつでも戦えるように待機してしなくちゃいけないんだからしょうがないの!

 そんな、魔法少女というものの哀しき業をひしひしと感じていると――。

 懐のスマホがブブブッと小さく鳴って通知をくれた。しっかりマナーモードよ。

 内容は? メール? SNSのメッセージ?

 ふっ、私を舐めないことね。

 連絡先なんて、生まれてこのかた一度も交換したことないわよ!

 つまり、これは――。

 

『どうやらまた仕事の時間みたいだね』

「お昼休みにやめてほしいわ」

 

 スッと自前の長髪を手の甲で流し、スタイリッシュに起立する私。

 スタスタと早歩きで屋上へ向かう。

 何のために。もちろん魔法少女に変身するために。

 屋上の端へ辿り着いた私は、初夏の爽風を一身に浴びて、赤みがかった茶髪をはためかせた。

 視界良好。本日晴天なり。魔獣退治には絶好の日和ね。

 それから、それとなく周りを見回してみたけれど。

 

 ……しれっと一人、いるわね。

 

 男子学生服。ひょろそうな女顔が、一人美味しそうにお弁当を食べているわ。見ているこっちが痒くなるくらい、すごい幸せそうに。

 ふっ。いわゆるぼっちモブってやつのようね。かわいそうに。

 

『キミと一緒だね』

「やかましい。いい加減すり潰すわよ」

『おお怖い怖い』

 

 言ってなさい。

 さて。約一名オーディエンスはいるようだれど、どうせ変身は見えないのだから構わないわ。

 今からするわよ。どうやって? ふふ。

 今どきの変身に特別なアイテムなんて要らないの。

 スマホアプリで、ワンタッチで変身。時代は常に前へ前へと進んでいるのよ!

 早速画面をタップするとほら、変身BGM(脳内)が流れ始めたわ。

 

 くるくると回転しながら、制服の手足から瞬いて、魔法少女用の衣装へと変化していく。ピンク色のフリルが付いた可愛らしい姿へ。

 このとき、目を瞑り感じ入っているかのように背筋を反らすのがポイントよ。

 それから、長髪は明るい茶から綺麗なピンク色へと変色し、レースの入ったリボンがツインテールへとまとめ上げる。

 顔のアップ(イメージ映像)が入るわ。全力の笑顔を忘れないで!

 胸元がキラリと光ると、ハート形のブローチが現れるの。そのタイミングで、両手の指先を曲げて合わせてハートポーズ!

 最後に片足上げて、弾けるピースサインでフィニッシュ!

 

 ……決まった。

 

 体感10数秒、実時間にしてコンマ1秒。あっという間のお手軽換装ね。

 

『い つ も の』

 

 クレイプが盛大に呆れてるけど、これ(お約束)ばっかりはやらなきゃダメよ!

 でなければ、歴代の先輩魔法少女たちに、いやアニメとかも含めた偉大な大先輩たちに失礼ってものでしょ!

 そうそう。人前でこんな派手な変身して大丈夫ですかって? さっきも言ったけど問題なし。

 変身したらクレイプと一緒で、私だって周りから見えなくなるもの。確か正確には、一時的に存在がなかったことになるのかしらね。

 なんだけど……あら? さっきの男子高校生くん。

 変ね。お弁当を食べる口を止めて、あんぐり開けて、こっちをじーっと見ているような。しかもびっくりして目を丸くしているような……?

 気のせいかしら?

 クレイプはあっさりと否定する。

 

『見えてるはずがないよ』

「そうよね。きっと何かの間違いよね」

 

 彼とにらめっこしていたら、いったい何に気まずくなったのか何なのか知らないけど、慌ててお弁当を食べ始めたわ。

 やっぱり気のせいだったみたい? ね。

 よし、気を取り直しましょう。

 変身した私は全身ピンク色。

 いわゆる典型的な魔法少女アニメの主人公が着そうなやつだけど。いちいち思うわ。

 

「ピンクって普通、もっときゃぴっとした子が着るものでしょう。私のイメージとぜんっぜん似合わないんですけど」

 

 遠くから見ればすこぶる可愛いかもしれないけど、どっちかと言えば美人系よ。私って。

 

『残念な方のね』

「うるさいっ!」

 

 今日何回目よ。毎度毎度口が悪いのよ! あんた!

 

『これはキミの憧れを体現するものだからね。まあ、ギャップ萌え? があっていいんじゃないかな?』

 

 小馬鹿にしたように笑って。もう。一々マスコットキャラクターが言う台詞じゃないのよね。

 

「で、魔獣の方角は」

『ここから西へ約四十キロの市街。おー、今日は随分たくさんいるみたいだね』

「これは放課後までかかっちゃうコースね……」

 

 だるいわね、と思いながら、飛行媒体を選択する。

 ここでもスマホアプリが活躍するわ。タップすれば、近くにあるものから飛行に適した物体を借り受けることができるの。

 ぐぬぬ。箒とデッキブラシとモップの三択……。

 学校だとどうしてもこうなってしまうのよね。

 変身は手軽にできるというのに、長い棒状のものがなければ飛べないって制約はどうにかならなかったのかしら。

 まったく。古臭いったら。

 うーん。モップはもっさりしてるから論外として。今日はデッキブラシの気分かしらね。

 デッキブラシを選んでタップすると、手元にポンって現れた。

 颯爽とまたがる私。

 

「げほっ! ごほっ!」

 

 奥の方で例の男子高校生が咳込んだみたい。お茶でもむせたのかしら。

 

「調子狂うわ。さっさといきましょ」

『了解。サポートはいつも通り任せてよ』

 

 ふわりと浮かび上がり、校舎を次第に引き離していく。

 ただ、彼はいつまでもこちらの行く先を視線で追っている……ような気がした。

 

 変なの。いつもと違う感じ。今日はいきなり雨でも降るのかしら。

 妙な予感がした。

 

 

 ***

 

 

 飛行媒体にも、個性とか調子とはあるようで。特に今日のは歴代最悪だわ。

 こんなところで予感を引き当てなくても。放課後どころか夕方コースじゃない。

 

「今日のデッキブラシ、なんだか妙にとろっこいわね」

『我が魔法の国製のフライングマシンを使えば、もっとずっと早く着けるのに』

「高い金払って買えるかそんなものっ!」

 

 悪徳セールスマンばりに勧めてくるずれキャラマスコットを、貧乏の私は一喝で跳ね付けた。

 はあ……。どうもこいつらって、気に入らないのよね。

 本来何らかの理由で死ぬはずだったところ、命を助ける対価として私たちは魔法少女となる。

 私の場合は、シンプルに交通事故ね。両親はあのとき亡くなって、私だけが助かった。

 魔法少女は、魔法の国から魔獣退治の仕事を与えられる。これは強制力があって、意志の力で断ることはできない。

 魔獣とは、人の悪意が形となったもの。放っておいても直接物理的な影響はないけど、色々な形で現実にも悪さをする。

 大概は弱いのだけど、中にはとても強いのもいて。

 もちろん物理なんてダメで、魔法少女の魔法しか効かないわ。まあありがちな設定よね。

 

 命を助けてもらったこと。それ自体は、大変感謝しているのだけれど。

 

 はっきり物申したい。魔法少女って、どんだけブラックなのよ!

 

 毎日毎日、どこかに駆り出され。来る日も来る日も魔獣退治ばかり。

 ちょっとはお金もくれるけど、余裕で最低賃金を下回るわ。JKの小遣いもいいところ。

 生活が、すこぶる厳しいわ。学費は免除してもらって、家賃も格安にして、食費も抑えてどうにかこうにか。

 魔獣退治の他にバイトなんて、体力的にも時間的にもできないし。まったく世知辛いったらありゃしない。

 魔法の国って、労働基準法ってものを知らないのかしら。

 

『ぶつぶつ文句言っても始まらないよ。僕もキミに付き合わされてブラック労働なんだ』

「魔法の国って、名前の割に随分と夢のないというか。格差社会なのね」

『まったくだね。トホホ』

 

 やけに芝居がかったクレイプに、私もきつく目を細める。

 ほんと、こいつもどこまで信じていいのやら。

 確かにサポーターは、私たちが魔獣と戦うまでの手助けなら万全にしてくれる。

 でもね、決して魔法少女と一緒に戦ってくれるわけじゃない。

 人手が常に足りないから、魔法少女同士でも協力任務は滅多にできない。

 奴らと戦うとき、いつも私たちは独りなの。

 

 ……そうやって、孤独に戦い続けて。結局先輩方も、みんな先に旅立ってしまったのだから。

 

 そう。今、このエリアに生き残っている魔法少女は――私、ただ一人だけ。

 

 魔法少女は、ほとんどが少女という年齢を超えることなく死んでいく。

 誰にも見えない。誰にもわからない。もし戦いに敗れ死んだとしても、誰も気が付いてはくれないの。

 

 だからきっと、私の戦いも人生も……人知れず始まって、人知れず終わるのでしょうね。

 

 

 ***

 

 

 ――なんて、感傷的なことを考えてしまったものだから。

 

 今日はずっと、少しずつ変だった。ついに死亡フラグでも立ったのかしらね。

 

 私は深く傷付き、高層ビルの壁際にうずくまっていた。

 手足こそ辛うじて千切れてはいなかったけれど、ピンクの衣装は真っ赤に染め上がっている。

 目の前には、そのビルの高さほどもある黒い影。

 超大型魔獣。

 通常の魔獣のおよそ数千倍は強いとされている。一体でも大変なそいつが、五体も私を取り囲んでいた。

 無理過ぎる。今まで、こんなことはなかったのに。

 敵前逃亡という選択肢は取れない。魔法の国の仕事は、勝利か敗北(死亡)しか許されない。

 

『うわー、危ないよ~。立ち上がって~エリカ』

 

 しらじらしい。無茶言うな。高みの見物、呑気な顔で勝手なこと言ってくれるんじゃないわよ、クソ猫。

 

 ……あーあ。せっかく良い天気だったのに。こんなところでおしまい、か。

 

 無残に殺された先輩たちの姿が、不意に脳裏を過る。

 私もあんな風になるのね、きっと。

 

 ――悔しかった。

 

 事故の日から、すっかり枯れたと思っていた涙が溢れ出す。

 ここで私が死んでしまったら。誰もあの人たちのことを覚えていない。

 私だけが、あの人たちの生きた証だったのに。

 それに私だって。私だってさあ。

 普通に友達作って、普通に青春して、普通に大人になりたかったよ……。

 

 ゆっくり絶望に浸る暇もない。トドメの一撃が、迫って――。

 

 …………来ない?

 

 超大型魔獣は、すべて凍り付いたように動きを止めている。

 代わりに耳へ飛び込んできたのは、クソ猫クレイプよりも、輪をかけて呑気な声だった。

 

「ほらねユウ君。危ないとこだったでしょ。私の言う通りに調べてよかったね」

「そうだね。アキハさんの勘はすごいなあ」

「そうでしょそうでしょ」

 

 えへへ、と天使の弾む声がする。

 誰なの?

 泣いてる場合じゃない。血で霞む目を凝らして、思わぬ来訪者の姿を捉える。

 確か――隣のC組の、新藤 アキハさんだったかしら。と、さっきの女顔の男子高校生!?

 待って。いったいどんな組み合わせよ。ここ、四十キロも離れてるんですけど。なんでいるわけ。

 それに、星海 ユウって……。

 そうだ。思い出したわ!

 誰かと思ったら。毎回毎回、定期試験でも模試でも何でも、嫌がらせのようにぴったり私と同じ点数を取る男じゃない! まるで私の成績に合わせて調整してるみたいに。何度も被ったから名前だけ覚えちゃったわ!

 二人は温かく笑い合いながら、動けない私の目の前にまで来て、腰を落とした。優しく声をかけてくる。

 

「はじめまして。危ないところでしたね。魔法少女さん。私、新藤 アキハですっ!」

「たぶん、はじめましてじゃないですけど。星海 ユウです」

 

 は!? 意味わからないんですけど。アキハちゃん、目がキラキラしてるしっ! 憧れなのっ!? まぶしいわ。

 しかもなんで!? なんで普通に私のこと見えてんの!? なに普通に話しかけてきてんの、この子たち!

 クソ猫を睨むも、困って首を振るばかり。

 それに。いや、ってことはまさか、あの変身とかもあれもこれも全部――!

 絶望的な状況も忘れるくらい顔が熱くなってしまった私に対して、アキハちゃんは同情するように微笑んだ。

 

「まあ色々と混乱もあると思いますけど。とりあえず私たちが来たからには、もう大丈夫ですので」

 

 嘘。相手は超大型魔獣よ。それも五体も。ただの一般人に何とかできるわけ――。

 

 目の前の少女は、隣の彼に全幅の信頼を置いている。熱い眼差しを見て、私はそう思った。

 

「それではユウ君。よろしくお願いします」

「任されました」

 

 そして、ビルほどもあった超大型魔獣が――弾けた。

 

 あっという間もない。二体、三体、四体、五体。

 彼は閃光のごとく空を駆け、青く迸る炎のようなものが煌めくと、魔獣はたちまちに爆裂した。

 それに飽き足らず、彼は残存する魔獣を一つ残らず潰しにかかる。

 まさに蹂躙。私の苦労なんて嘘みたいに、彼が通った道のあらゆる敵があっさり消し飛んでいく。

 

 いやいや。まてまてまて。あり得ない。

 魔法少女でもないのに。男のくせに。ちょっと女みたいな顔してるからって。

 

 素手で魔獣をボコボコに殴り倒してんじゃねええええええーーーーーーっ!



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7 魔法少女の運命なんて斬っちゃえ!

 私のお願いに応えて、すべての敵をあっさり殲滅したユウ君は、息一つ乱れていない様子で戻って来ました。

 私に向けて余裕でサムズアップをくれてます。さすがですっ。

 それから彼は顔をキリッと引き締めると、血まみれの魔法少女さんの前で屈み込んで手を添えました。

 

「何する気……なの?」

「じっとしてて。怪我を塞ぐから」

 

 おおー、そんなことまでできちゃうんですか! 救急箱要らずなんですね。

 料理できて、悩み相談できて、困ったときは助けてくれて。うん。便利過ぎますね。一家に一人くらい欲しいですねっ。

 果たしてユウ君の言葉通り、今にも死にそうな顔をしていた魔法少女さんはみるみる生気を取り戻していきます。

 

「痛みが……」

「よし。もう大丈夫だ。立ってみて」

 

 調子を確かめつつ慎重にでしたが、彼女はしっかりと二の足で立つことができました。本当によかったです。

 私たちの前で人死なれでもしたら、私のせいだったとしたら、つらすぎるもんね。ありがとうユウ君。

 魔法少女さんは信じられないという顔でひとしきり驚いていましたが、やがて渋々事実を消化できたのでしょう。

 ぶっきらぼうながらも、きちんとお礼を言ってくれました。

 

「助けてくれたことには一応、礼を言っとくわ」

「「どういたしまして」」

「でもあなたたちって何者なの? 魔法少女でもないのに」

 

 あんなやばそうな敵を倒すなんて、って言いたそうですね。

 

「そうだな。通りすがりの元旅人と」

「そのお友達ですっ! あ、私は強くないです一般人です!」

 

 ユウ君の決め台詞に合わせて、私も明るく自己紹介してみました。

 憧れの魔法少女さんの前ですからね。それはもう気合いも入りますよ!

 自分は弱いこともはっきり伝えておきますと、魔法少女さんは私に向かっては一つ頷くだけで、やはり気になる彼に怪訝な目を向けます。

 

「元、旅人? なによそれ」

「あー、そこはあんまり気にしないでくれると」

「そう……」

 

 きっとそういう設定なんですもんね。あるいは壮絶な過去ってやつがあったのかもしれません。

 触れないでおいてあげましょう。それが優しさというものです。えへへ。

 

「俺としては、逆に君の事情が気になるね。どうして一人で『あんなの』と戦っていたのかな。望咲 エリカさん」

 

 ええええっ!? エリカさんですって!?

 それって、隣のクラスで有名な美人さんじゃないですか! あの人が正体だったんですか!?

 確かに言われてみれば、面影があるような……。

 

「やっぱりわかってたか」

 

 魔法少女さん、否定しません。

 すごいです。私、全然わかってなかったのに、ユウ君はばっちり見抜いていたみたいですねっ。

 素晴らしい。名探偵くんの称号を授けちゃいましょう。先生、がんばった賞とかあげちゃうタイプです。

 

「一応聞くけど。どうしてわかったの?」

「ちょっと姿を変えたくらいじゃ、君自身の持つ生命波動の色は変えられないものさ。それに……」

 

 やや言いにくそうに淀んでから、ユウ君は何とか言いました。

 

「屋上から飛び出していったもんね」

 

 ちょっとまったぁ! 前言撤回! 一部始終見てたんだったら、わかるの当たり前じゃないですか!

 せっかくきみの深い洞察力に感動してたのに。返して下さいっ。名探偵くん剥奪です。また次の機会に取っておくからがんばるよーに。

 

「うわ、あれってやっぱり!? ってことは――」

 

 何に気付いてしまったのでしょうか。エリカさんの顔がみるみる赤くなっていくのがわかりました。乾いた血の上からでもわかるって相当ですよ?

 

「まさか……私の変身、見たの? 変身ポーズも!?」

 

 涙目で問い詰めるエリカさんに対して、ユウ君はいつもの苦笑いでした。ダメなやつ!

 

「あ! あー、大丈夫だよ? 変身は一瞬だったからさ。べ、別に何にも見てないかな~。うん」

 

 嘘です。絶対見てるときの反応です、これ。だって目がめっちゃ泳いでるもん。

 変身が一瞬って、そこまで見抜いたこと言っちゃってるしっ!

 ユウ君って色々得意なことは多いんですけど、感情とか真実を隠すのだけはどうも苦手みたいなんですよね。

 心の写し鏡というか。何だか子供みたい。ふふ。

 エリカさん、なんて言ったらいいかわからず、迷うように口をパクパクした後、私にだけ耳打ちしてきます。

 

(ねえ。あいつっていつもああなの?)

(困ったことに。いつもああなんです)

(大変ね。あんたも)

(根が素直過ぎて困っちゃいますね。いいとこでもあるんですけど)

 

 と、若干惚気たような気もしなくもないですが、とにかくエリカさんは大きく溜息を拳にかけました。

 ツカツカとユウ君に歩み寄ります。ユウ君またきょどってる。かわいい。

 

「見たなら見たってはっきり言わんかい! ボケェ!」

 

 強烈! スパーン、といい音でハリセンが鳴り響きました。

 って、あれぇ!? そのハリセン、どこから出てきたんですか!?

 

『エリカ得意魔法の一つ、ツッコミ魔法だ』

 

 颯爽と宙に漂い、解説する猫さん? です。猫さんっぽいけど目が三角。

 見た目だけだったら、ぬいぐるみにしたいくらい可愛いのですが。

 でもどうしてでしょう。この子、どうにも薄ら怖いのですよね。

 目の前でパートナーが死にかけているというのに、まるで他人事でした。ユウ君と一緒に見てしまったんです。

 何だか嫌な感じがします。あのとき、私に奴隷契約持ちかけてきた王様みたい。

 

 実際のところ、エリカさんの話をよく聞いてみたら、まさに奴隷契約そのものでした。

 ひどいじゃないですかっ。いたいけな女の子を無理やり戦わせるなんてっ!

 魔法少女ってもっと。もっと人の幸せのためになることで、自分も幸せでキラキラしてなくっちゃいけないんです! 夢のある仕事なんですっ! 深夜アニメ展開なんかリアルでやっちゃ絶対ダメなんです!

 

「私は、命を助けられちゃったからさ。だから嫌と言えば嫌なんだけど、しょうがないかなって」

 

 諦めたように、乾いた笑顔で呟くエリカさん。

 あの私、泣きそうなんですけどっ。ユウ君もいたたまれない顔してます。

 先輩みんな死んじゃったって、どんだけ過酷なんですか。ブラック企業、私は許しませんよ!

 つい、尋ねてしまいます。

 

「逆らうことはできなかったんですか? 逃げることは」

「ダメなのよねえ。私も反骨心旺盛だからさ、やってみようとしたことあるのだけど。心臓がぎゅっと縛られたみたいになって、苦しくってね」

 

 猫さん? 改め自称パートナーのクレイプは、悲痛な彼女の独白にも涼しい顔をしています。むしろ私たちが邪魔者だって目で見てます。

 ぐぬぬ。何がクレープですかっ! 一丁前に美味しそうな名前して。お前なんかもうクソ猫ですよっ! 絶対名前で呼んでやらないもんね。べーっ。

 すべてを聞いていたユウ君は、表情こそ物静かでしたが、血が出そうなほど拳を固く握りしめているのがわかりました。

 

「なあクレイプ。あまりにもひどい話じゃないか。もう少しどうにかならないのか」

『残念だけど無理だね。僕みたいな下っ端にはどうすることも』

「これは立場を利用した不当な契約だ。条件を変更させてもらいたい」

『だから僕には無理だって』

「なら勝手にさせてもらうぞ」

『ふん。馬鹿げたことを。そんなこと、できるわけが』

「できるさ」

 

 ユウ君、お得意のヒーロームーブで不敵に笑います。こういうときのユウ君は、本当頼りになるんですよね。

 左手から燦然と輝く青剣が飛び出しました。堂々登場、準レギュラーの世界を斬る剣ですっ!

 

「え? え? なによ、それ……」

『なんだいそれは……くっ、でたらめだ。まるで解析できないなんて』

 

 エリカさんただただ困惑、クソ猫がアレのこと気になってるみたいですが、ユウ君は無視して彼女にだけ声をかけます。

 

「今からこいつで君を助ける」

 

 でしょうね。ユウ君ができるって言ったらできるんだと思います。

 でも、私だけは巻き込まれ体質から救ってはくれないんですよね。その子(剣)。

 その代わり、いつも直接助けてもらってますけど。えへへ。

 

「色々とよくわかんないんですけど。どうして親しくもない私のために、そこまで」

「君が泣いていたから。理由なんてそんなもんでいいじゃないか」

 

 あーっ。それ、いつだか私に言ったやつですよね!? みんなに言ってるんですか? そうでしたね。誰にでも優しいってリルナさん言ってましたもんね。この人たらしさんめっ。

 でも許します。今くらいは言っちゃえ。可哀想だもの。

 

「あ、あんたって大胆ね」

「かもね。今からもっとだ。ちょっとびっくりすると思うけど。ごめんね」

 

 ユウ君はオーラの剣を構え、そして――。

 

「……かはっ!」

『キミはいったい、何を……!?』

 

 うわあああああ、絵面ぁ!

 ショッキング映像です。青剣、彼女の胸の中心にぶっ刺しちゃいました! 完全に貫いてます……。

 え、それでいいの? まるできみが手ずからエリカさん殺そうとしてるみたいだよ!? ほんとに大丈夫だよね? お姉さん信じてるよ?

 

「あれ? 私、生きてる……? 痛くない……?」

 

 ほっとしました。どうやらエリカさん、大丈夫みたいです。

 

「エリカさん。君の呪われた運命を断ち切る」

 

 ユウ君が想いを込め、剣を振り切ります。青い閃光が彼女の内側で弾けて、剣先から彼女の肉体をすり抜けて出ていきます。

 一連の動作は、一切彼女の身体を傷付けることなく、しかし何か致命的なものだけを断ち切ってしまったようでした。

 クソ猫、三角の目玉をひん剥いてやがります。ざまあっ!

 

『バカな。我が国の最先端技術……魂を縛る命の契約を……! まさかっ!』

 

 ユウ君はクソ猫を侮蔑するように一瞥だけくれて、エリカさんの肩に優しく手を置きます。

 

「あの無様な反応を見ただろう。これでもう君は自由だ。何物にも縛られることはない。君の意志で生きていいんだよ」

 

 こういうときのユウ君って、なんだかすごく大人なんですよね。不思議。

 

「えーっと、あの、ごめん。実感、湧かないんですけど……」

 

 エリカさん、すっかり戸惑ってます。

 そりゃそうですよね。あっさりし過ぎてますもんね。きっと何年も苦しめられてきたはずですもんね……。

 ユウ君ってほんと空気読めないんですよね。そこんとこ。大抵なんだって不可能を可能に変えてしまうから。

 

「私もしかして、魔法少女じゃなくなっちゃったりとか?」

 

 いいや、とユウ君は小さく首を横に振ります。

 

「察するに元々、君たちには魔法使いの素質があったんだ。平和な日々を過ごしていたから気付かなかっただけでね。こいつらはそれを命の危機で無理に引き出して、恩を売ったに過ぎない」

「え、そうなのクレイプ!?」

『…………』

 

 クソ猫、都合悪いからって無言貫いてやがりますっ。ほんっとむかつきますね。

 ショックを受けるエリカさんに向けて、ユウ君は温かく励まします。

 

「だからね。その力は、努力は、思い出は。君(魔法少女)たちが築き上げてきた絆は。君自身のものだ」

「私の、もの……」

「そうだよ。どうかこれからも大切にしてあげてね」

 

 そこまで聞いて、エリカさんはやっと腑に落ちたのでしょう。自分の運命が変わったことを理解できたのでしょう。

 

「うああああ……! みんなっ……!」

 

 その場でわんわん泣き崩れてしまいました。人目も憚らず、大粒の涙を流し続けて。

 でもよかったね。

 一仕事終えたユウ君の肩を、労わるように叩きます。

 

「あーあ。また泣かせちゃったねー。きみって女の子泣かせだよ」

「あはは……。またやっちゃったかな」

 

 しょうがないですよね。ほんと。そこがきみのいいところなんだって、わかっちゃいますから。

 

 

 ***

 

 

 やがて、幾分気の晴れた顔で立ち上がったエリカさんでしたが。

 クソ猫はずっと不機嫌なままでした。当てつけのように警告してきます。

 

『魔法少女には魔法少女の世界とルールがある。星海 ユウ。キミが何をしたのか、その意味がわかっているのかい。部外者が手を出せば、世界の理が崩れ、必要のなかった悲劇が起きるだろう』

「なるほど。それがお前たちの言い分か」

『事実を言ったまでさ。親切心と言って欲しいものだね』

「……状況からして、推定できることはあるんだ。まだ証拠がない」

『何をまた、わけのわからないことを』

 

 ユウ君、さっきからこいつ見るときだけ、めっちゃ目が怖いんですけど。当然ですか。

 

『人一人救ったなんて思い上がってみたところで、それだけさ。魔法少女システムも魔獣だって、この世から消えるわけじゃない』

「そうかい。だったら、微力ながら勝手に手伝わせてもらうことにしよう」

「わ、わたしだってもちろん手伝うよっ!」

 

 ユウ君と示し合わせて、私も強く頷きました。

 

「ユウ、それにアキハちゃん……」

 

 エリカさんは、私たちの言葉に心打たれたみたいです。

 

『ふん。勝手にすればいいさ。僕はもう行く。契約の切れてしまった小娘に用はない。それに――』

 

 なぜだか私の方を見つめて――邪悪な笑みを浮かべるクソ猫。

 ユウ君、庇うように私の肩を抱き寄せます。

 

『キミはどうやら、僕たちの探し求めていた逸材のようだ』

「させるわけないだろう」

 

 あら、そうなの? 私ってプリンセス的なアレなんですか?

 あー、なるほどあれですか。特別な魂を持ってるから。

 どうやら正しい妄想によって正しい答えに辿り着いたみたいで、ユウ君は軽く頷きました。

 

『どうかな』

 

 嘲笑うようにして、クソ猫は去っていきます。

 ほんのちょっとだけ不安になる私に対して、

 

「心配しなくいいさ。君のことは必ず守るって約束したからね」

「うんっ。頼りにしてるぜ相棒」

「……あの~。心身ジェットコースターで疲れた身に、いちゃいちゃ見せつけないでくれるかしら」

 

 もう一人のじと目に気付いた私たちは、慌てて視線を反らしたのでした。

 誤魔化しも兼ねて、ユウ君に尋ねます。背を向けて飛び去る奴を指さしながら。

 

「ねえ。あいつ、行かせてしまってよかったの?」

「こっそり目印は付けておいた。逃がすわけがない。今は泳がせておくだけさ」

 

 うおおっ! 仕事人です。知らないうちにいつやったんですか。かっけえ。

 すると突然、頭の中に声が響いてきたのでした。

 

『……を頼む。場所は――』

 

 こ、これはっ! ユウ君、念話使ってますね! 

 体質パワーで盗み聞きしちゃったかな? 誰かに何かを指示してるみたいです。きっとクソ猫関連でしょうね。

 

『期限は……十分に警戒して……』

 

 ぶつぶつ断片的にしか聞き取れませんけど、やり手のボスって雰囲気ばりばり感じます。

 へええ、ユウ君ってこんな一面もあったんですね。クールガイ。

 そして最後に――。

 

『以上。頼んだよ。アニエス』

 

 おっとぉ! いけませんよぉ。また別の女の人っぽい名前が出て来たぁ!?

 え、ただの部下ですよね? そうですよね!? ユウ君!?

 いつもなら私に振り返って困った苦笑いしてくれるユウ君は……でもこのときだけは、空へ離れて小さくなっていくクソ猫をずっと睨んでいたのでした。



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8 魔法少女? トリオ、結成です!

「で、わたしにあなたとこいつの魔法少女服を見繕えと」

 

 親友のメグメグこと滝原 メグミちゃんに、私はこんなお願いをしてみました。

 なんといっても彼女は手芸部のエースであり、実家も服屋さん。

 自身も巷ではちょっぴり名の知られたコスプレイヤーという、サラブレッド中のサラブレッドなのですから!

 すごいんです。可愛い服なんかはお手の物なのです。

 相談を受けたメグメグは、興味と疑念が入り混じったような、微妙な顔をしています。

 

「アッキーたっての頼みだから、無下には断らないけどさ。いったい全体どういう話の流れでこうなったわけなの?」

「あの、アキハさん? そもそも俺が魔法少女の格好する必要とか、ないと思うんだけど……」

「ダメです。せっかくの魔法少女イベントなんですから、ユウ君だって正装でびしっと決めないとダメですよ」

「そういうものかなあ」

「そういうものなの!」

 

 私、力説します。

 ここだけは譲れません。一人だけ無粋な服装で、少年少女の夢を壊してはいけませんっ。

 ちなみにユウ君は色々できるくせに、魔法だけは使えないんだとか。

 まーそこは、物理系魔法少女ってことで勘弁してあげましょう。できないことを強要するほど、アキハ先生は鬼じゃありませんからね。えへへ。

 

「へえ。ユウ君、ねえ」

 

 ついいつものようにユウ君と呼んでしまったところを捉えて、メグメグはにやにやしています。

 

「わ、あのねこれはねっ!」

「いいじゃないの。別にからかったりしないよ」

 

 満足気な表情を浮かべてから、ユウ君に向き直って釘を刺します。

 

「で、ユウ君。うちのアッキーを泣かすようなことがあったら、承知しないからね。肝に銘じておくように」

「そうだね。アキハさんを本当に泣かせるようなことはしない。約束するよ」

 

 やけに堂々と答えるものですから、普段のユウ君を知っているアッキーは、やや面食らったみたいでした。

 

「あんたって思ったより……まあいいわ」

「ね、ね。思ったよりしっかり君でしょ?」

「そうね」

 

 ちょっぴりユウ君自慢もできて、いい感じの流れになっていたのですが。

 そこで彼が困ったように笑って一言。

 

「ちょっとしたことですぐ泣いちゃうから。絶対に泣かせないって保証は、できないんだけどね」

「うるさいなあ。私はどうせ泣き虫ですよ。わかってますよーだ」

「そこは男らしく『絶対泣かせない』って言うところでしょ。まったく」

 

 何だかしまるようでしまらないユウ君でした。正直過ぎるところがあるんですよね。この子。

 

 

 ***

 

 

 さて、魔法少女先輩のエリカさんも引っ張ってきまして。あえて変身もして頂きまして。

 やって来ましたメグメグのご実家、『洋服店たきはら』ですっ!

 とりあえず四人で、お店の裏の方にいます。

 魔法少女イベント向けのコスプレってことで、メグメグにはどうにか納得してもらえました。

 

「あなたたちまで同じような格好する必要はないと思うのだけど」

 

 もう。エリカさんまで。どこぞのユウ君と同じようなことを言ってます。

 

「いいからいいから。楽しいでしょ」

「ま、それは否定しないわ。どうしてもって言うなら、いいけどさ」

 

 とか言いつつこの方は、内心はむしろ賛成寄りな雰囲気を感じますよ?

 さすが現役。きっとお約束をわかっているんですね! 素晴らしい。

 一方、メグメグは既にお仕事真剣モードのようでした。ショートヘアにキリッとした顔がかっこいいです。

 

「この人との色のバランスで考えると……アッキーは黄色、星海君は青色ってとこかしらね」

 

 いいですね! ユウ君は青色系の技を使うことが多いですから、イメージにもぴったりです!

 私も黄色は大好きですからね。えへへ。

 魔法少女姿になった自分を想像してにこにこしていると、メグメグはユウ君の身体を確かめていきます。

 あちこちを食い入るように見つめて、少し触ったりもしてから、納得したように頷きます。

 

「素材は悪くない、というかすごいね。女装をするために生まれて来たようなものだね」

「そうかな」

 

 ユウ君、何だか思うところがあるのか、また若干遠い目をしています。

 それに、あれれ? 思ったよりもまんざらじゃなさそうですけど?

 もしや――。

 ここで私、会心の推察を捻り出します。

 

 過去にご経験がおありですか!?

 

 そうかも。これだけ可愛い見た目なんですから、ないとは言えないですよね。ふむふむ。

 もしかして名探偵はユウ君でなくて、私の方だったんですかね? 衝撃の展開。

 いいぞぉ。きっと可愛いぞー。いっぱい愛でちゃうぞー。

 

「とりあえずその辺のそれっぽい服適当に着せて、イメージを――」

 

 メグメグはぶつぶつ言いながら、近場から青色系の夏服を取り出してきます。

 とっくに覚悟を決めていたのでしょうか。意外にも協力的なユウ君に、すっぽり着せてみますと――。

 

「「あははははははは!」」

「な、なんだよ」

 

 私もメグメグもエリカさんも、腹を抱えて大爆笑してしまいました。

 だ、だって!

 顔は完璧、着こなしも完璧なのにっ! めっちゃくちゃ似合ってるのに!

 あはは! 露出が!

 剥き出しの腕と、腹筋だけが! 違和感バリバリ、見事にバッキバキなんですもんっ!

 

「強烈過ぎるよ~! ユウ君!」

「見事な筋肉だわ、あんた! 実は相当鍛えてるでしょ、くくっ」

「ギャップが! ギャップがぁ!」

 

 よほどツボに入ったのか、エリカさんなんて「キャー」って悲鳴みたいな笑い声上げながら、ほとんど転げ回っているようでした。

 

「……俺、帰ってもいいですか」

「だーめ」

「ぶふっ、そうさ。見立て通りの逸材よ、あんた。肌の出ない服にすればいいんだ。そうすれば、完璧な女装になるから! 太鼓判押すよ!」

 

 辛うじて再度の爆笑を堪えながら、メグメグはユウ君の肩をバンバンと叩きました。

 

「完璧、完璧。でも中身が……きゃああああああ!」

 

 エリカさん、永遠にツボりにいってますね。リフレインしてます。

 

 

 ***

 

 

 こうして、親愛なるメグメグの多大な協力も得まして。

 ついに夢が叶う日が来ました! 私が憧れの魔法少女になる日が!

 しかもしかも! それだけじゃないですよ? 魔法少女トリオの結成ですっ!

 

 まずは中央。跳ねる片足、弾けるピースサイン!

 華麗な変身フィニッシュを決めるは我らが主人公、エリカさん!

 

「エリカピンク!」

 

 その右隣にて、元気いっぱい拳を突き上げ、ぱっちりウインクを決めるのは私!

 

「アキハイエロー!」

 

 最後に反対側。両腕をクロスで構え、クールに愛と真心を届ける感じで!

 

「ユウブルー!」

 

「「いぇーい!」」

 

 三人でハイタッチをかわします。うんうん。とってもいい出来です!

 何度も練習した甲斐がありましたね。せっかくだから後で動画に残しましょうねー。えへへ。

 私とエリカさんが特にノリノリで。ユウ君なんか半ばやけくそみたいになってますけど。でも下手したら一番似合ってますよ?

 

「いやーほんとすごいわ。こうしてみると女の子にしか見えないもの」

「ほんとですね」

「まあ、そういう時期もあったからね」

 

 何ですか? そういう時期って。

 やっぱり昔はよく女装してたか、させられてたんですかね?

 名探偵センサー的に気になるところではありますが、エリカさんが私に尋ねてきました。

 

「ところでアキハちゃん。あなた戦えないんでしょ? 付いてきちゃってよかったの? 危ないんじゃないの?」

「そこはまあ、ノリで」

 

 アキハは添えるだけ。メイン火力はもちろん、ユウ君とエリカさんにやってもらいますよ!

 

「俺がしっかり守るから大丈夫。あとせっかくだから、思うままに空飛べるくらいはしてあげるよ。一緒に並びたいんだよね」

「さすがユウ君。わかってるぅ!」

「あなた、よっぽど大切にされてるわねえ」

 

 そうですね。ほんとにそう思います。

 ユウ君は、エリカさんにも微笑みかけます。

 

「エリカさんもね。耐久力も上がるし、デッキブラシなんか要らなくなるから」

「……あんなの見られたなんて、人生の汚点よ」

 

 

 ***

 

 

 それから十日ほどというもの、私たちはですねっ。それはもうものすごい活躍っぷりでした!

 クソ猫の当てつけか、やたら数も増え質も上がった魔獣どもが相手でしたが。問題になりません。

 ユウ君が先陣を切ります。

 派手な魔法なんかはありませんが、青い輝きを伴って、魔獣をボコ殴りにしていきます。

 千切っては投げ、千切っては投げ。

 そこへエリカさんも、遠距離から的確にサポートしていきます。

 もしかしたらユウ君も、彼女がしっかり活躍できるようにと上手く加減しているような気がしました。

 彼の討ち漏らしに対して、的確に魔弾をぶつけていきます。その鮮やかな手際に惚れ惚れします。

 特に必殺のマジカルビームを撃ったときなんて、もうやばかったです。ハートがぶわあああって、魔獣がドッパーンって!

 とにかくカッコよくて、可愛いことと言ったら!

 私は側で見ているだけでしたが、危ないことになんて一度もならなくて。いやーほんとアニメ観てるみたいで、もう大興奮でしたねっ!

 

 

 ***

 

 

 そして、十一日目。どうやらラスボスさんがお出ましのようでした。

 

 海の向こうから、これまでとは比にならないほど強そうな魔獣が襲来してきますっ!

 地平線の奥からぬらりと。まるで暗黒巨神。超巨大台風のようです。

 空は昏く、猛風が荒れ狂っています。放っておくと人がたくさん死にそうです。やばいです。

 どこかのアニメでこんなの、見たような気がしましたけど!

 

「エリカさん、ユウ君! 頑張ってやっつけようね!」

「ええ。今こそ、愛と友情の絆を見せるときよ!」

「「おー!」」

 

 エリカさん、すっかりその気になっちゃって。根っからの主人公タイプですね。

 でも出会ったときの死んだような目に比べたら、今の方がずっと素敵ですよ。うん。

 最終回仕様のいい感じにシリアスな顔をしながら、ユウ君は言いました。

 

「……たぶん、これで最後だ。アキハさんも一度だけ、一緒に撃ってみるかい。必殺技」

「え、できるの!?」

 

 もちろん、できるならやってみたいですけど。きみって魔法、使えないんじゃ。

 そこはちゃんと上手くやるから。

 ユウ君はまた困ったように、仕方ないなって苦笑いして。ウインクしてくれました。

 エリカさんも察します。彼女も段々理解してきたのでしょう。

 ユウ君ができるって言ったら、できるんです。

 

「フォーメーション!」

 

 エリカさんの叫びに合わせ、みんなで空へ飛び上がります。トライアングルフォーメーションを組みました。

 恥じらっている場合なんかじゃありません。

 このときばかりは男子女子の垣根を越えて、肌と肌が触れるほど身を寄せ合い、三人の腕を前に重ねて揃えます。

 

 そのとき、気のせいでしょうか。

 私の頬をくすぐるように、何かがかかります。

 髪の毛……?

 同時に、私を支える肌の感触に、確かな――柔らかなものを覚えて。

 胸……?

 不思議に思い、ユウ君の方をちらと見上げます。

 心なしか、髪がふわりと伸びて。普段より可愛く見えて。

 それは本当に、いつものユウ君だったのでしょうか。

 はじめましてとでも言いたげに、穏やかな微笑みを向ける瞳。見守るように優しい瞳。

 

 まるで。まるで、本物の女の子みたいな――。

 

「前を向いて。しっかり敵を見て」

「う、うん」

 

 そして、いつもより少し高い気がする声で。

 心の声で。

 撃つべきその魔法の名を、私たちに伝えてきます。

 ただ強く念じるだけでいい。しかと胸に留めました。

 

 よし。いっけー!

 みんなで。せーので、放ちます。

 

「「《セインブラスター》!」」

 

 ピンク、イエロー、そしてブルーの三重奏が炸裂しました。

 それは放射状に広がりながらくるくると回転し、互いに交わりつつ、一点に向かって伸びていきます。

 悪いラスボス魔獣へと。

 三色の光と闇がぶつかったとき、炸裂音とともに、空をも眩む閃光が弾けました。

 とても目なんて開けていられません。これ、本当に私たちにしか見えてないんですか!?

 そして、長い長い悲鳴のような唸り声を残して。やがて静寂が戻りました。

 探り探り目を開けてみます。

 空が綺麗でした。

 あれほど昏く荒れていた空は、嘘のように真っ青に晴れ渡っていたのです。

 

 やった。やったんだ。わたしたち! やったーーー!

 

 最後の最後で、ようやく私も力になることができました。とても良い思い出になりましたっ!

 この喜びを分かち合うため、二人に振り返って幸せ笑顔を振りまきます。

 微笑みを返す彼は――あれはやっぱり、気のせいだったのでしょうか――まったくいつもと変わらないユウ君でした。



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Y-1 魔法の国の顛末

 魔法少女トリオが巨神型魔獣を倒した、その夜のことである。

 

『くそっ! なんなんだあいつは!』

 

 クレイプは苛立ち、毒吐いていた。

 星海 ユウ。私生活の一切が不明。新藤 アキハを家に送り届けてから、あいつはいつもどこへ消えているんだ!?

 魔法少女でもないくせに。でたらめな力を使いやがって! 巨神魔獣フォーグルまであっさりと!

 新藤 アキハとかいう逸材少女の魂を頂くどころではない。このままではノルマに遅れが生じる。

 彼らにとって、理解できないものは研究対象でもあるが、同時に恐怖である。

 新藤 アキハは、秘めたるエネルギーこそ膨大であり、高潔であるが、その魂は彼らの理解できる範疇にあった。

 翻って、星海 ユウ。奴は。

 まさか――魂の見えない人間が、この世にいようとは思わなかった。

 代わりにあるものは――器だ。

 奴の中には、何かの巨大な器としか言えないものしかなかったのだ。おそらくはそれが奴の本質だった。

 恐ろしく膨大で、到底全容など測り知れない。強いて言うならば、一つの宇宙そのものが詰まっているとしか思えない。

 あまりに途方もなく、あまりにも荒唐無稽。

 あいつは、星海 ユウは――己が身に別宇宙でも内包しているというのか……!?

 そんなものは、人ではない。神格というのが相応しい化け物だ!

 わけがわからないよ。

 

 しかし。しかしだ。奴もまた手をこまねいている。

 いくら魔獣を倒したところで、魔法少女システムそのものは無傷。いくらでも新たな魔獣は用意できる。

 我々もまた無敵だ。地球ごときの下等生物に、我々に届く刃などない。

 一つ一つ、優位と言える事実を確認し、留飲を下げているクレイプであったが。

 

「やあ」

『はっ!?』

 

 まるで軽い世間話でもしようというかのように。気楽な調子で目の前に現れた。

 

『星海 ユウ! なぜここに!?』

 

 クレイプは眼前の敵を三角の目で睨む。

 馬鹿な。ここがどこだと思っている。日本ですらない。チベットの深い森の奥だぞ!?

 

「間抜けは気付いていなかったみたいだな。あのままお前を逃がすとでも」

『あいにくだけど、僕はキミと話すことなんてないのさ』

 

 クレイプは転移を使おうと試みる。

 どうやって国を飛び出してきたのか知らないが、一度この星から退避してしまえば――!

 だが叶わなかった。

 ユウが一睨みすれば。まるで蛇にカエルが睨まれたが如く。身動き一つすら取れなくなってしまった。

 

「まあ待て。そんなに慌てるなよ。ゆっくり話をしようじゃないか」

『ぐ……お前……! ちくしょう! 何者だ!』

「前に言っただろう。聞いてなかったのか。通りすがりの元、旅人さ」

 

 元、の部分を少し強調しながら、ユウは言った。

 声は冷やかで、アキハと話していたときの柔らかさなど微塵もない。

 なんだよ旅人って。元って。なんなんだよ!

 クレイプの心の叫びには付き合わず、ユウは早速本題に切り込む。

 

「魔獣の正体。あれは元々、この星の死者の魂なんだろう?」

『なっ……!』

「彷徨える魂を、本来ほとんど無害なものを……わざわざお前たちが加工変質させ、お前たちが造った魔法少女と戦わせている。とんだマッチポンプだな」

『どうして、そんなことを』

 

 わかるはずがない。知れるはずがない!

 クレイプの動揺と驚愕を、ユウはばっさり切って捨てる。

 

「それが歪められた可哀想な魂であることは、一目でわかったとも。俺の目は本質を見抜くんだ。ただ、お前たちがやったという証拠だけがなかった」

 

 万が一、魔獣現象自体は自然発生のものという可能性もあった。

 魔法の国が――やり方はどうあれ――善意で協力している可能性も、一応は考慮に入れなくてはならなかった。

 それでも無垢な少女を利用しようなど、吐き気がする仕組みと態度ではあるが。

 

「この十一日間。ただ魔法少女ごっこをして遊んでいたわけじゃない。それではこの戦いを終わらせることができないからね」

『くっ!』

 

 ユウが狙っていたものは、始めから対症療法などではない。根元の問題除去にあった。

 すなわち。

 

「アキハとエリカを守りながら、仲間に頼んで探ってもらっていたんだよ。お前たちの正体と目的を。証拠集めをしていた」

『仲間だと……? そんな報告は受けていないぞ!』

 

 クレイプが魔法の国の下っ端サラリーマンなどと。嘘である。

 彼は外部領域の支配管理を託された、高位管理情報生命体。下位素体からの報告は、むしろ受ける側にある。

 

『いやー、中々骨の折れる作業でした。時間と空間をあちこち行ったり来たり。連中にもバレないように。マジ大変だったんですからね』

 

 正妻リルナの他にもう一人。押しかけて来た後輩――アニエスがユウへ念話を送る。

 

『後でボーナス弾んで下さいよ? ユウくん』

『わかっているさ。本当にありがとう。アニエス』

 

 ユウもただ心の内で答える。当然、クレイプには一切聞こえていない。

 さて改めて、ユウはクレイプを詰める。淡々と証拠を突きつけるように。

 

「お前たちの目的とは、死者の魂を加工変質させたときに発生するエネルギーと、その廃棄物の処分だ。ついでに言えば、死せる魔法少女の膨大な力を秘めた魂の獲得。むしろそっちが主目的だろう。違うか?」

『だったらどうした。それが何だと言うんだい』

「お前たちはそもそも。悪戯に運命を弄んで、最後は殺すために魔法少女を造り出した」

 

 ユウは静かに怒りの気炎を上げていた。

 彼は高位者と思い上がる者どもが身勝手に定めた運命など、決して許すことができなかった。そんなものを許さないために戦い続けてきたのだから。

 周囲の空気は、原子一つ一つにまで刃が刺すように張り詰め、虫一つですらざわめくことを止める。

 それほどの怒りの矛先を、一身に受ける者ならば。

 余分な感情など、人と意思疎通するための最低限を除いては、乏しくなるよう設計されたはずの高位情報生命体は――今、はっきりと恐怖していた。

 

『か、家畜が! 下等生物たるキミたちが、高位存在たる僕たちに恵みを、資源を提供することは、当たり前の話だろう? 何がいけないと――』

「思い上がるな!」

『ひっ!』

 

 ユウは激怒した。クレイプは怯んだ。

 しかし口だけはよく回る者である。彼はなお精一杯の強がりを見せた。

 

『じゃ、じゃあ何ができる。キミたち愚かな人間に、下等生物に、いったい何ができるというんだい。魔法少女システムは終わらない。僕を殺しても無駄さ。情報生命体に個の人格など存在しない。素体はいくらでもいる!』

「何を言うかと思えば。下らない」

 

 ユウは左手に剣を――燦然と輝く青のオーラの剣を生み出し。

 身動き取れぬクレイプへ向けて、躊躇なく突き刺した。

 痛みはない。ただもっと根本的な――存在を貫かれている。

 だがこの状況においても、まだクレイプには皮一枚にして絶対の余裕があった。

 

『無駄と言ったろう。たとえこの僕を殺しても、また次の僕が来るだけさ。残念だったね! キミは馬鹿の一つ覚えのように、死ぬまで魔獣を倒し続けるしか――』

「そいつはどうかな」

『あ……!?』

 

 高位管理素体として、全情報生命体と繋がっていたクレイプは。

 ああ――感じ取ることができた。できてしまった。

 ユウの突き刺した剣の力によって傷付けられたのは、彼自身ではない。

 彼の背後に繋がっていた、あらゆる素体が次々と消し飛び始めた。

 為すすべもなく、無残に、残酷に。容赦なく殺されていく。

 かようなほどの恐ろしい虐殺を成し遂げる者は。覚悟をもって為す者は。

 なんということだ。見た目は年端もいかぬ、ただの少年なのだ!

 

『や、やめろ……! 何をするんだ! なんてひどいことを!』

「何をするんだって? お前は尊厳と生命を脅かす外敵に相対するとき、襟を開き腹を向け、どうぞと差し出すのか? 人を家畜扱いする敵を自負しておきながら、自分だけは何もやり返されないとでも思ったか?」

『ぐ、うぅぅ。どうやって。こんな馬鹿げたこと、あり得ない!』

「はあ……」

 

 ユウは呆れ溜息とともに、仕方なく説明してやる。

 彼が今や置かれた致命的な立場を、これでもかと理解させるために。

 

「言ってなかったか。これは心の剣。想い定めたものならば、どんなものでも斬れる」

 

 だから。

 ユウは鋭い睨みを利かせたまま、続ける。

 

「あとは認識の問題だけだった。どこにどれだけいるのか、どういった性質を持っているのか。それさえ突き止めてしまえば――俺はお前たちなど、すべて一太刀で殺すことができる」

 

 まだまだ彼の奥底で。繋がっている別世界で、鏖殺は続く。

 容易くアリを踏み潰すように、情報生命は泡と弾けて消えてゆく。

 クレイプはたまらず叫んだ。体裁など、なりふり構ってはいられなかった。

 

『ま、まて! やめてくれっ! 許してくれえぇーー! このままでは! すべての同胞たちが失われてしまうっ!』

 

 目算、すべての情報生命体の九割ほどをも殲滅したところで。

 ユウはようやく、一度は破壊の手を止めた。青剣は未だ彼に突き刺したまま。

 

「じゃあ」

『……なんだい?』

「これから大事な話をしよう。心配するな。お前たちの大好きな契約の話さ」

 

 クレイプは心底恐怖した。

 目の前の男を呪った。

 この世のすべての理不尽を呪った。

 

「断ることは許さない。もし約束を破れば、お前たちはすべて死ぬことになる。お前自身も含め、一つ残らず――皆殺しだ」

『くそっ! ふざけるな! こんな一方的な契約など、あってたまるか! 不当だ! 改善を要求する!」

「ふざけているのはどっちだ。そもそも、お前たちがいたいけな少女たちに突きつけて、やってきたことそのものじゃないのか!」

『ひいいっ!』

 

 5431名。ユウがアニエスから聞いた犠牲者の数だ。

 名も無き少女たちが、生きたいと願いながら、彼らの身勝手のために儚い命を散らすことになった。

 死んだ人は生き返らない。過ぎ去った者は還らない。

 たとえ時間を巻き戻せても、どんなに繰り返せたとしても、伸ばした手をすり抜けていく。

 既に確定してしまったものは、もう取り戻せない。

 この世のどんなチート能力をもってしても。それだけは不変にして絶対の真理だった。

 だから。犠牲になった彼女たちを想えばこそ、ユウの怒りは尽きることがなかった。

 青き剣と同じ。海色に変色した瞳が、そこに刻まれた特別な瞳孔が、クレイプを氷のように射抜いている。

 

 ユウは思う。

 かつて【運命】の支配は絶対的で、影響はあまりにも絶大だった。

 だが一方で、確かに自分たちは守られていた側面があったのかもしれない。

 もはや神なき世界では。この開かれた宇宙では。

 そこのろくでもない魔法の国のような、別の外宇宙からの侵略者も当然に現れるのだろう。

【運命】なき時代。彼はある部分では、「彼女」の務めの代行を果たさなければならないのかもしれなかった。

 今一度決意を固める。

 この宇宙の平和と安寧を成し、明るい未来へと繋げる――現宇宙最強の守護者として。

 

 クレイプに、最後通牒を突きつける。

 

「魔法少女システムを終わらせてもらう。この宇宙から一切手を引け。それから、現在生きている魔法少女全員のリストを寄越せ。嘘を吐けばそれもわかる」

 

 ユウはその者の本質を、心を見抜く力を持っている。

 クレイプにはもはや選択肢がない。従うより他に道はなかった。

 

『わ、わかった。手を引く。それに渡す。渡すから。勘弁してくれ……!』

 

 彼が高位の情報生命体であることは、ここにいたっては、もうリストを直接脳内に渡すのに便利という程度しか優位な役割を果たさなかった。

 受け取ったリストをしかと記憶して、ユウは満足に頷く。

 

「契約成立だな」

 

 そう言って、少し安堵する表情。

 それは級友の前で見せるものと同じ、子供のようなあどけないもので。

 クレイプには、この男の本質がまったく理解できなかった。

 優しいのかと思えば、皆殺しを躊躇なく遂行するほどに、残酷にして苛烈。

 これほどまでの凄まじい二面性と、それを遂行するだけの圧倒的強さを誇っているのに、己の利益によるところがない。

 極めて滅私奉公の性質が。わからない。

 だからつい、尋ねてしまう。

 

『……一つ、聞かせてほしい。何がキミをそこまでさせるんだい。だって元々、キミには関係のなかったことじゃないか』

「わからないか。お前が、アキハを狙うと言ったからだ」

『それだけのことで?』

「それだけのこと?」

 

 ユウの逆鱗に触れたと気付き、クレイプはごくりと喉を詰まらせる。

 彼は、静かに語った。

 

「あの子は本来、生まれてくるはずのなかった子だ。永劫とも思える繰り返しの果てに、ようやく辿り着いた。やっと生まれてくることのできた――奇跡の子なんだ」

『何をわけのわからないことを』

「お前にはわからなくていいさ」

 

【運命】は、決してイレギュラーの存在を許さない。

 生きているだけで異変をまき散らすような、定められるべき世界にとって、はた迷惑でしかない女の子であれば。

 そもそもが生まれては来られなかった。

 だから、そんな宇宙を変えるために。絶望の運命を変えるために。力を合わせて戦い抜いた。

 その先にある――可能性の開かれた、この世界だからこそ。

 彼と彼女は、ようやく巡り遭えたのだ。

 

「俺は、守りたいんだよ。あの子の未来を。幸せを。あの子の笑顔こそが、平和の象徴なのだから」

 

 しみじみと、穏やかな語り口のその内側には。

 なんと固く、深く、凄まじい決意に満ちているものか!

 

 クレイプは、彼の話していることの半分も理解できなかったが。

 その崇高なる決意を目の当たりにして、ただ畏れた。

 この男は、冗談などではない。

 

 あの子の笑顔を守るためならば――きっと、世界をも斬ってしまえる。

 

「わかったら二度と手を出すな。あの子にも、地球にも、それからこの宇宙にもだ」

『だったら。だったらどうして、僕たちをすべて殺さない? キミなら、一思いにやってしまえるはずだ。その方が確実で、安全で、安心のはずだ!』

 

 僕ならばそうする。こんなリスクを残して、恨みを与えるようなことはしないだろう。

 まったく非合理だ。わけがわからない!

 ユウは、あっけらかんとして言った。

 

「友達の前でね。約束したんだ。あの子を本当の意味で泣かせるようなことはしないと。あの子はきっと、お前みたいなろくでもない奴でも、殺してしまうことまでは望まないだろうから」

『キミは……』

 

 そこで初めて、ユウは彼の前で本当の意味での笑顔を見せた。

 

「個々にはっきりした人格がなくてよかったな。失われた情報は、時間をかければ回復することができる。お前たちは、まだ生きることができるんだ。……無残にも殺されてしまった、たくさんの魔法少女たちとは違ってね」

『…………』

「精々感謝することだ。アキハの――あの子の優しさに」

 

 そこまで言うと、ようやく剣を引き抜いて。

 嘘みたいに優しく、猫頭を叩いた。まるでお前は、ペット如きだとでも言いたげに。

 

「覚えておけよ。クソ猫。魔法少女を不幸にすることは決して許しません、だ」

 

 最後に、アキハの気持ちを代弁して。しっかりと釘を刺して。

 

「さあ、わかったらさっさと行け! 二度とその面を見せるな!」

『うわあああああーーーーーー!』

 

 クレイプは滅茶苦茶に泣き叫びながら、ほうぼうのていで逃げ出した。

 

 地球には、あの宇宙には――とんでもない化け物がいる。

 近隣宇宙を震撼せしめるに至った最初の事件として、この魔法少女システム破壊事件は記録されることとなる。



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9 裏山に異世界ダンジョンが生えてきました!

 今日は良い天気ですので、エリちゃんとユウ君を誘って屋上でお弁当です。

 実はですね。エリカさんね、エリちゃんって呼ぶことにしたんですよ。

 また一つ仲良くなれちゃいました。いいでしょ? ね。

 三人でご飯も楽しいですが、メグメグたちとご飯するのも同じくらい楽しいので、これからはどっちもしていくことになりそうですね。

 明日は、明後日は、その次の日は。どちらにしましょうか。

 ひじょーに悩ましいですね。嬉しい悩みで困っちゃいますね。えへへ。

 

「「いただきます」」

 

 全員で一緒にお弁当を開きます。

 ところで、ラスボスさんを倒したからでしょうか。あの日以来、魔獣はさっぱり出なくなってしまいました。

 魔法少女体験も楽しかったですけど、戦いの日々は大変なものです。やっぱり平和が一番ですよねっ。

 ただ一つ、問題がありまして。

 

「どうしよう……」

 

 かわいそうに。おかず一つない純正日の丸弁当を突きながら、エリちゃんはどんより沈んでいます。

 あれから、魔法の国とさっぱり連絡が取れなくなったというエリちゃん。お給金も一切入ってこなくなってしまったのだそうです。

 このままでは生活が成り立たないと、心底嘆いているのでした。

 

「ほら、エリちゃん。元気出して。ね。とっておきのエビフライあげるから」

「アキハちゃん。ありがとね」

「俺もミートボールあげるよ。既製品じゃなくてお手製なんだ。美味しいよ?」

「ありがとうユウくん。親切が身にしみるわあ」

 

 私のあげたエビフライを噛み締めながら、ちょっぴり目が潤んでいるエリちゃん。

 生活苦に喘ぐ彼女を見て、ユウ君は深く思うところがあるのでしょうか。

 私の体質を調べたあの日みたいに、ずっとずっとう~んと唸っていました。まるできみの責任みたいに。

 やがて彼は、何かを決心したみたいです。

 

「エリカさん。一つ、提案があるんだけど」

「何かしら」

「せっかくだから、俺に雇われてみないか」

「へ?」

 

 寝耳に水だったのでしょうか。エリちゃんはきょとんとしています。

 私にとってもそうでした。

 

「「雇うって?」」

 

 声がハモりました。

 どういうことですか。もしかして。

 こないだのあのユウ君がボスっぽかった、極秘エージェントっぽいアレですかぁ!?

 はっ!? そう言えば雰囲気に流されて、アニエスさんとかいう女の人? のこと、まだ何も聞いてないんでした!

 後でしっかり問い詰めておかなくちゃですね。うん。

 心のやることリストにメモっていると、ユウ君は説明を始めました。

 

「もう隠すことでもないから、言ってしまうけど。俺たちは実は、秘密裏にこの宇宙の平和維持活動をしていてね」

「わーお。すごい」

「あなたって、ほんとにヒーローだったのね……」

 

 そのこと自体は、今さらそんなに驚くことでもないですが。私なんてもう何度救われたことか。

 でも次の言葉には、さすがに少しびっくりしました。

 

「一つ一つの星域に割ける人員は少ない、というか正直手が回り切ってないんだけどね。裏方とかも合わせると、宇宙各地に数百万人もの仲間がいるんだよ」

「ほんとですか!?」

「えー。冗談やめてよ」

「はは。信じるかどうかは、君たち次第かな」

 

 ほんとのような嘘のような、煙に巻く態度でユウ君は笑いました。

 数百万人って。きみって私と同じ16歳じゃないの。違うの!?

 でもユウ君って変な嘘を吐いたりはしないですし(誤魔化すのは下手ですけど)、私はもちろん信じますけどね!

 

「そのうちの一人に、加わってくれと?」

「エリカさん。君の素質は、君自身が思っているよりもずっと高いんだよ」

「私なんかが、本当に……?」

 

 お気持ちわかりますよ。うんうん。

 ユウ君の圧倒的な力を見せつけられたら、そりゃ自信だってなくしますよね。

 でもね。私はずっとエリちゃんの、魔法少女の味方ですからね。

 なんたって戦う女の子は、無限の可能性とパワーを秘めているんですからっ!

 実際、エリちゃんが自信を持てるように、ユウ君はかなり心を配っていました。

 高い素質を持ちながら実力不足だったのは、これまでは適切で十分な訓練を受けてこなかったからだ、とユウ君は力説します。

 そうですよね。あのクソ猫、ろくに仲間も用意しないで、ろくな準備もさせないで、毎回いきなり死地に送り出してたんですもんね。

 今、どうしてるか知りませんけどっ。

 あーもう。思い出したらまた腹が立ってきましたよ!

 私の心を察したのか――そう言えば、心繋がっているんでしたよね――「それはもう大丈夫だから」と、ユウ君は話の途中でウインクしてくれました。

 おおー。きっと何か手を打ってくれたんですね。さすがですっ。

 

「魔法も戦闘センスも、魔力そのものも。君には光るものがある。鍛えることによって、まだまだ強くなれる素質がある」

「そんなに言われると、照れるわよ」

「どうだろう。その素晴らしい力を、どうか今後も地球の平和のために役立ててみないか? きっと悪いようにはしないから」

「ちょっと、詳しく聞かせてもらってもいいかしら」

 

 藁をもすがる思いなのでしょう。エリちゃんは興味が向いたようでした。

 それにしても、世の中ってのは案外、知らないところでヒーローが活躍しているものなんですね。へええ。

 ユウ君は、より具体的な雇用条件を語っていきます。

 完全週休二日制。少なくとも高校大学の間は、平日週五回二~三時間程度の夕間もしくは夜間トレーニング。

 それから、およそ月に二回程度、専属スタッフを配備しての実地研修。

 本格的な活動については、学生生活を終えてからでも大丈夫。最低でも大学院の博士課程までは(もし進学するのであれば)、特別任務なしでの生活を保証する。

 つらつらと条件を並べて。それがもし本当だとしたら――エリちゃん、大栄転じゃないですか?

 

「最後に、お給料だけど。下世話な話なんで、ちょっと」

 

 ちょいちょいと手招きしまして、エリちゃんは耳を寄せます。

 ごにょごにょ。

 さすがに盗み聞きしようってほど、アキハさんも無粋じゃないですよ? ちょっとは気になりますけど。

 エリちゃんは、ぎょっとしたような顔をしました。

 

「マジで?」

「嘘なんか吐かないよ」

「いやいやいや。前職どころか、普通のサラリーマンより全然……」

「命がけの仕事なんだから。そのくらいは当然だよ」

 

 ダメ押しとばかり。ユウ君は何もないところから、ぽんと札束を取り出してみせました。

 んん? ぜんぶ、一万円、札……?

 

「とりあえず手付に。300万くらいあるから。これで当面の家賃とか、奨学金の返済用にとか。色々揃えてもらって」

「わぎゃああああぁぁぁぁぁーーーーーーー!」

「ふえええええぇぇぇぇぇぇーーーーーーーー!?」

 

 エリちゃんと私は、同時に悲鳴を上げてしまいました。

 え、え!? ユウ君って、実は超お金持ちだったんですか!?

 いや、さっきまで聞いてたことが本当だったら、まあ当然なんですけどもっ。実際目の当たりにしたら、度肝抜かれますってぇ!

 もう~。これ以上、気軽に属性増やさないで下さいっ!

 一枚一枚札束を確かめて、エリちゃんの顔色がみるみる真っ青になっていきます。

 

「これ、全部本物じゃないの……」

「当然。変な能力とかで造るわけないだろう。犯罪だもん。真っ当なお金だよ」

 

 この男、やはり可愛い顔して、やるときは豪快です。

 とんだパワープレイのスカウトに対して、エリちゃんの心は決まったようでした。

 

「この私、望咲 エリカ! 精一杯御社で働かせて頂きます!」

 

 うわー……。ははあって、ひれ伏しちゃいましたよ。

 お金の魔力って怖いですね。

 ユウ君、そこは本意じゃないので、まあまあまあと手で制します。

 

「顔上げて。いいんだよ。この契約に強制力とかはないから。対等な労働契約だから。これからも俺の、そしてアキハさんの良き友達でいてくれると嬉しいな」

 

 どんなに強い戦士でも、なおかつ学校の友達になってくれる子はそういないから、と。優しい声で言います。

 

「友達……?」

 

 エリちゃん、その言葉をまるで初めて聞いた概念みたいにぽかんとしてます。

 なんでじーんと来ちゃってるんですか……。

 

「とっくにそのつもりだったけど。ねえ」

「うん。そうだよ」

 

 私も完全同意です。むしろ憧れの魔法少女さんがお友達なんて、こっそり自慢できちゃいますっ!

 

「ユウくん……! アキハちゃん……!」

 

 エリちゃん、感涙です。

 恥じらいもなく、私たち二人を左右の腕で囲い込むように抱き締めました。

 よしよし。寂しかったんですかね。これからは私たちが一緒にいますからね。

 

 

 ***

 

 

 改めての青春と友情を誓い合い。

 宴もたけなわというところで、エリちゃんはふと言いました。

 

「ちょっと思ったのだけど。ユウくん、あなたって高校通う必要あるのかしら?」

「あ、それ私も思ってたの」

 

 ノート一つ取らないでも成績優秀なんですもんね。お金だっていっぱい稼いでるのに。

 学校なんて枠に嵌るようなスケールの人じゃないんですよね。そもそも。

 

「実を言うとね。ちょっとした長期休暇のつもりだったんだよ」

 

 少しだけ戯れに、普通の学生生活というやつを楽しんでみたかった。そう言えば言ってましたね。

 だから三年間ずっといるつもりはなくて、適当なところで切り上げるつもりだったのだと。

 ユウ君は、当時の真相を語りました。

 確かにいるのが不思議でしたけど。そんな寂しいこと考えてたんですか……?

 私、ユウ君とずっと一緒にいたいんですけど。

 しかし今は、もう離れるつもりもないようで。

 

「最優先護衛監視対象というか。特級異変の素が目の前にいるからなあ……」

「あー……」

 

 二人とも私の方を見て、引きつったように苦笑いしています。

 そうですね。エリちゃんには、とっくに私の体質のことは話してましたものね。

 てか。え、そういうことだったんですか?

 

「ありゃ? もしかして、私のせいだったり……?」

「君のせいじゃないよ。体質のせいだから」

「さーせん!」

「とりあえず、君には普通に高校生活を楽しんでもらって。俺も楽しむことにしたから。後のことはそれから考えようかな、と」

「なるほどねえ。あなたも結構苦労してるのねえ」

「苦労ってほどじゃないさ。楽しいこともいいこともいっぱいあるし」

 

 まんざらでもなく楽しそうに、ユウ君は言いました。

 楽しいことはともかく、いいことってなんでしょう?

 とにかく。こほん。

 

「わかりました! この私、新藤 アキハ! 精一杯高校生活を楽しませて頂きます!」

 

 どこかのエリちゃんみたいに、わざとらしくのたまってみました。

 私の日常の当たり前は、ユウ君の親身なサポートの上に成り立っているものなんですよね。改めて思います。

 なら感謝して、精一杯楽しまないと、ですよね!

 ユウ君は「それでいいんだよ」と言いたげに、穏やかに何度も頷いてくれました。

 

 

 ***

 

 

 そんなこんなで、学校からの帰り道です。

 幸いなことに、エリちゃんとは途中まで帰りの方向が同じなので。帰宅の途も賑やかになりました。嬉しいですね。

 ちなみにユウ君って、私を送り届けた後にどうしてるか知りませんけど。ほんのり聞いちゃいけない雰囲気出してるので、とりあえずそのままにしています。

 するとですね。現れました。ヤツが。

 こういうときに限って、都合よく一般の人は見てないものなんですよね。もちろんその方がいいんですけど。

 緑の体色に子供ぐらいの背丈。鋭い歯に爪。腕にはこん棒を持っています。

 ゴブリンです。

 

「わわわ……! あ、あれ……!」

 

 エリちゃんなんか、いきなり腰抜かしてますが。

 あなた、立派な魔法少女じゃないですか。もう少ししゃきっとしましょうねー。

 ユウ君と私、まったくのほほんとしています。

 

「挨拶代わりのゴブリンって感じですね」

「稀によくいるんだ」

「いやなんで平然としてんのよっ! あんたたち!」

 

 得意のハリセンツッコミ魔法が、ユウ君の頭をスパーンしました。

 ついでに私を叩いて来ないのは優しいですねっ。

 ユウ君、ツッコミに対しても平然としています。ノーダメージです。

 

「このくらいはよくあることだから。慣れた方がいいよ」

「風物詩だよね」

「おいこら。経験値高過ぎかっ!」

 

 そりゃあ私だってね。

 さすがに一番最初、同時に何百匹にも襲い掛かられたときはもうびっくりしちゃいましたけど。

 あれから色々ありましたので。

 異変レベルとしては、生易しい部類だということもよーくわかりましたので。

 もちろん、ユウ君が隣にいるという安心感の上ではあるんですけどね。えへへ。

 そんな彼は、新人のエリちゃんに期待の目を向けます。

 

「どうだろう。俺がやってしまってもいいんだけど。君の今後のためにも、なるべく経験を積ませてあげたいなと」

「私にやれってこと?」

「うん。もし万が一怪我しそうになったら、すぐフォローに回るから」

「そういうことであれば。了解よ。ボス」

 

 エリちゃん、魔法少女へと変身します。

 ギャラリー(主に私)を意識してか、コンマ一秒で変身できるらしいところ、わざわざ数秒もかけてやってくれます。

 あのポーズもばっちり決めてくれました。何度見てもキュートで素敵ですねっ。もう大ファンですよ、私!

 初見のゴブリンには面食らったエリちゃんですが、さすがに戦闘経験を積んでいます。

 油断なく距離感と隙を探りつつ、彼女は掌からハート型の魔弾を撃ち出しました。

 さすがの威力でした。

 元々ビルのように大きな魔獣を相手にしてきたのですから、子供程度のゴブリンなど、ひとたまりもありません。

 焼死体が一つ出来上がり。エリちゃんは高らかに胸を張ります。

 

「ま。さすがにこの程度、ちょろいもんよ」

「わーパチパチパチ」

「うん。さすがだね」

 

 ユウ君、まるで上司のように後方余裕面です。いやまあ実際、今日からそうなったんですけどね。

 直後、さらっと死体を消滅処分しまして。まあ誰かに見つかったら大変ですもんね。

 

「君ならこのくらい簡単に倒せるのはわかっていた。でも本題はここからだよ」

「本題って?」

「一応ね、毎回発生源の調査をしないといけないんだ」

「ユウ君、いつもそんな面倒なことしてたの?」

「そうだよ。もっと大きな氷山の一角である可能性があるからね」

「なるほどね。ためになるわ」

 

 ほええ。なるほどです。目に見えるものだけがすべてじゃないんですね。

 ユウ君は少しその辺りを調べてから、一つ頷きました。

 

「うん。どうもこれまでと違って、異世界から迷い込んで来たって感じでもなさそうだ」

 

 その場合は、どこかに空間が歪んだ痕跡が残るものなんだよ、とユウ君はエリちゃんを教え導くように説明します。

 おおっ、これが噂の新人研修ってやつですか! わくわく職場体験です。なんだかいいですねっ。

 

「魔物には、大なり小なり魔力があるものだ。異世界から来たということでなければ、この世界のどこかに根源があるだろう。そう遠くはないはずだ。探ってみてごらん」

「よ、よし。わかったわ!」

 

 目を閉じて集中するエリちゃん。女の子が見てもカッコいい、凛々しい顔をしてます。

 可愛さとカッコよさを兼ね備えているとか、もう最強ですね。うんうん。

 再び目を開いたとき、どうやら何かを掴んだみたいです。

 

「あっちの方から、大きな力をたくさん感じるわ」

「よし。行ってみよう」

「おー!」

 

 新たな冒険の予感がします。ドキドキしてきましたっ。

 

 

 ***

 

 

 エリちゃんに導かれて向かった先は、裏山の中腹辺りでした。

 そこには不自然なほど大きな――とても大きな洞穴がぽっかりと空いていました。

 中は暗くて、とても奥まで見通すことなどできません。

 そこからゴブリンが一匹、ふらふらと出てきました。とりあえずエリちゃんが撃ち殺します。

 ユウ君が尋ねました。

 

「魔力反応は、ここからでいいのか?」

「ええ。ずっと下まで続いていて、しかもものすごく多い。正確な数はとても把握し切れないわ」

 

 ここで名探偵アキハちゃん!

 ……いやもうこれは、誰でもわかっちゃいますね。

 三人揃って、間抜けな感じで立ち尽くしています。

 

「ねえ。これって、もしかして」

「ダンジョン、できちゃってるんじゃ……?」

「どうやらそうみたいだね……」

 

 せっかく魔法少女編が一区切り付いたところでしたが。一難去ってまた一難という感じでした。

 いやもう、難だらけの人生です。約束された勝利の難ですか。

 現代異世界ダンジョン編、始まります! ってことで、いいのかな?



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10 現代異世界ダンジョンに挑みましょう!

「どうする?」

 

 ユウ君は、私たちへと目を向けます。

 

「いい感じの時間ですけども」

 

 エリちゃんが空を見上げます。

 夕焼け小焼けでまた明日って感じです。絶好の帰宅時ですね。

 

「どうしようね」

「悩ましいな。放置するわけにもいかないし」

「そうよね。放っておいてまた魔物が出てきたらいけないもの。残業なら付き合うわよ? ユウくん」

 

 どうせ家族いないから平気だし、と寂しいことを言っちゃうエリちゃん。

 こら。そんな自分を蔑ろにすること言っちゃダメですよ。先生、進路指導しちゃいますよ?

 私の鋭い視線に気付いたのか、エリちゃんは「そうだよねごめんね」って顔してきました。

 うむ。わかればよろしい。

 

「アキハさんは?」

「そうだ。私、門限あるんだった。20時までには帰らないと」

 

 最初の異世界召喚事件(家の認識は迷子事件)があってから、お母さんちょっと厳しくなっちゃったんですよね。

 門限も一時間繰り上げになりました。当然ですけど。

 

「困ったわねえ」

「うーん」

 

 二人とも、私のために頭を悩ませてくれています。

 でも、そもそもダンジョン攻略って、時間かかりそうじゃないですか? そんな一日二日で何とかなるものってイメージないんですけど。

 それはね。ユウ君単独だったらあっさりなのかもしれないですけど、それだとつまらないし……。

 異変に面白さとか楽しさを求めている時点で贅沢な話ではあるのですが、彼は私の気持ちを汲んでくれました。

 

「ならこうしよう」

 

 ユウ君はいつものように、左手に心剣を生成します。

 深青色の光を放つオーラブレード。

 それを軽く構えて、一見何もない空間を斬り下ろしました。

 

「これでよし、と」

 

 なんか一人で納得してるみたいですが、さっぱり意味不明です。

 この一見何もないところを斬るシリーズ、地味に多いんですよね。素人には違いがわからないのです。

 黙っとれませんので、素直に尋ねます。

 

「え? なにしたの」

「何も変わってないように見えるけど」

「まあ見てて」

 

 言われるがまま物陰に隠れて、少しだけ様子を窺っていますと――。

 新たなゴブリンがやってきました。

 ヤンキーみたいに身体をゆさゆさしながら、我が物顔で地上へ出ようとしています。

 ちょうど出入口に差し掛かったところでした。

 ゴン。情けない音が響きました。

 ゴブリンくん、見えない透明な壁にぶつかったみたいです。

 不意を喰らって転げ、のたうち回っています。あらかわいそう。

 額を抑えながら立ち上がったゴブリンくん、怒り心頭でした。

 うわあ。必死です。必死で壁ドンしてますっ。出口の何もないところをドンドンドン、ってやってる感じです!

 さらには、最初にぶつかったとき、取り落としていたこん棒まで拾ってきて、めっちゃくちゃに殴り出しました。

 それでも謎の壁は、まったくびくともしません。

 肩で息をするほど疲弊したゴブリンくんは、ついに突破を諦めてしまいました。いらいらしたまま引き返していきます。

 一連の様子を見届けて、エリちゃんは目を丸くするばかりでした。

 

「ユウくん。あなたどんな魔法使ったの!?」

「私も気になるよ!」

「出入口という概念をいい感じに斬ったんだ。これで俺たち以外は出ることも入ることもできなくなった。まあ封印みたいなものだね」

 

 とあっさり言ってくれますので、エリちゃんは呆れていました。

 

「わかっていたけど。あなたって、とことんでたらめよね……」

「さすユウ」

 

 私は呑気なものです。いつものだもんね。

 

「とりあえずの応急処置はできたから。一応、俺は後で他にも出口がないかとか、外からわかる範囲で調べておくけど。明日土曜日だし、みんなで探検に行こうか」

 

 ユウ君は明らかに私の方を見て、ウインクしてくれました。

 

「うん!」

「あなたって本当、大事にされてるのねえ」

 

 エリちゃんは改めて、感心の混じった眼差しを向けてくるのでした。

 

 

 ***

 

 

 翌日です。

 いやあ、私ね! もうすっかり遠足気分ですよ。わくわくしていつもより寝付きが遅かったくらいですっ!

 

 昨日の準備を思い起こしてみます。

 まず大きなリュックにね。長袖登山靴に、軍手も装備しなくちゃですよね?

 それから、虫刺され用にスプレーと、あとロープに、ステッキに、ホッカイロ、飴ちゃん、水筒、十徳ナイフ、方位磁針。

 UNOは、使うのかな。一応入れとこ。

 

『カッパは? タオルとか着替えも持っていったら? コップに歯ブラシも忘れないでね』

『はーい』

 

 その結果。

 

 ずーん。

 まるで私がリュックに背負われているみたいです。やっちゃいましたかね。

 ちょっと持ち過ぎちゃったかなぁ。重いですね。気張ってないとふらつきそうです。

 お母さんにハイキングへ行くんだよって言ったら、あれ持ってきなさいこれ持ってきなさいで、こうなっちゃいました。 

 

 すっかりお上りさんみたいになってる私を玄関口で迎えて、さしものユウ君も大笑いしていました。

 

「あははは!」

「何笑ってるんですかっ!」

 

 俺がサポートするからそんなにしなくていいんだよって、思い切り笑われてしまいました。

 むう。勝手がわからなかったんだからしょうがないじゃないですかぁ!

 それからユウ君の勧めで、だいぶ荷物は整理しまして。

 そうでしたね。きみの加護があるんだから、虫刺されスプレーとかは確かに要らなかったですよね。

 動くに無理ない程度には軽くなりました。これもユウ君の勧めで、携帯食料と飲み物類だけはかなり増やしましたが。

 

「あらあら。デート?」

 

 お母さん、昨日根掘り葉掘り聞いてきたくせに、今知ったみたいな反応わざとしてますっ。

 

「もう。お母さん! そういうんじゃないから!」

「まあ、お出かけですね」

「ユウ君。うちのアキハ、怪我しないようにしっかり見てあげてね。おっちょこちょいなものだから」

「やめてよ~」

「はい。任せて下さい。楽しい一日にしますよ」

「大丈夫だから。ね。いってきます! ほら行くよ、ユウ君!」

「わっと! いってきます。お母さん」

「はーい。いってらっしゃい~」

 

 とまあ、ひじょーに恥ずかしい出発でしたが。

 待ち合わせ場所には、既にエリちゃんが来ていました。

 彼女は魔法少女姿が正装ですので、その前は普段着のままでもいいみたいです。

 

「おはよう。ユウくん。アキハちゃん」

「おはようございます!」「おはよう」

 

 三人で連れ立ってダンジョンへ向かいました。徒歩四十分のダンジョンって新鮮な響きですよね。

 

 

 ***

 

 

 さて、到着です。時刻はまだ朝の八時。時間はたっぷりあります。

 早起きした甲斐がありますね。うんうん。

 ユウ君、入る前に色々と注意事項を述べてくれました。一般的なサバイバルの事柄から、ダンジョン特有の危険まで。

 なるほどねえ。ダンジョン攻略もののネット小説はいくつも読んだことありますけど、知らないことがいっぱいです。現実とフィクションはやっぱり違いますね。

 また調べたところによると、最奥に大きな力の塊を感じるそうです。

 仮称『ダンジョンコア』と名付けたみたいですが、これがダンジョンの存在根源となっているみたいです。そこは一緒なんですね。

 

「そいつを斬ってしまって平気なものか。他にも同じようなダンジョンが発生していないのか。また色々調べることができてしまったね」

「またアニエスって女の人に頼むの?」

 

 その名を持ち出すと、ユウ君はぎくりとしました。少し言葉に棘ありましたかね。

 

「聞いてたのか……」

「体質地獄耳だからねー」

 

 これ見よがしに言うと、ユウ君は白状してくれました。

 押しかけてきた後輩さんのこと。やっぱりその子でしたか。

 エリちゃんも色々気になったのか、質問攻めタイムです。リルナさんのこともばっちり聞き出しています。

 良い尋問官になれそうです。そういうお仕事もするのか知りませんけど。

 

「とんだ三股野郎じゃないの!」

 

 すぱこーん。

 またも綺麗なハリセンが決まりました。年季入ってます。違いがわかるアレです。どれですか。

 ユウ君もまた何事もなかったようにスルー。ここ、謎の戦いが起きてますねっ。

 てか、私も股に入ってるの!? まだ股されてないよっ! 時期尚早です! 健全なお付き合いを要求しますっ!

 

「一応ね。長い長い付き合いとか、色々あって。単純にそういうのとは……はい、言い訳できないですよね。ごめんなさい」

 

 ユウ君、すっかり萎れています。

 いつも親身過ぎて勝手に好かれてしまうところもあるので、気の毒ではありますけど。

 私もたぶん、そんな感じだし。

 

「他にはいないの?」

「今はもういません。どうか信じて下さい」

「よろしい。信じましょう」

 

 今はって部分が引っ掛からなくもないですが、アキハお姉ちゃんは人の誠意を疑わない人です。ユウ君って割と何でも正直な方だしね。

 

「アキハちゃん、あなたそれでいいの?」

「なんか日本のというか、地球の常識で測っちゃいけないような気もしてきたので」

 

 これはあくまで想像ですけどねっ。

 もし、世界の危機とかそういうのがたくさんあって。幾度も力を合わせて戦って。私みたいに何度も命を救われたりもして。

 普通の女の子じゃできないような、ロマンチックで濃密な体験を何度も何度もさせてもらって。

 まあ、この人だって思っちゃいますよね。

 ユウ君いつも優しいし。人の好意を断れないし。

 それで好きになっちゃいけないとか、冷たく突き放せというのも、酷な気はしてるんです。

 そりゃちょっとは、妬いちゃいますけど。

 

「あなたも物好きというか……。中々覚悟決まってるわね」

「そうかも」

 

 運命共同体になったその日から、添い遂げることは決まっちゃったようなもんですし。って、言ってて恥ずかしいですがっ!

 だって他に恋人とか旦那さんなんて用意できないんですもん。どう考えても一日で死なせちゃいますもの。

 今はまだ、隣のクラスメイトで。まだどうこうしたいってほどじゃないですけど。

 あ! 良い例えが見つかりました。

 あれです。お見合い結婚みたいなものと思えばいいんですよ。

 好きとか好きじゃないとかはいったん置いといて。昔は16歳で将来の相手決まってたとか、別に普通のことですもんねっ!

 まあ、他にどうしようもないんだったら。ユウ君だったらいいかな。この人でよかったかなって。

 

 私の気持ちが繋がりを通じて、ユウ君にも伝わっているのか、彼は顔を真っ赤にして照れています。

 初々しいやつめっ。

 ふふ。私もちょっと照れ隠し入ってるかも、ですね。

 

「当人同士がいいのなら、私がとやかく言うことじゃないんだけどねえ」

 

 一歩冷静な目で、引いたところでエリちゃんは見ています。

 普通そうですよね。わかりみが深いです。

 

「そうだ。リルナさんには私のこと、認めてもらいましたけど。アニエスさんはどうなんですか?」

「あいつの場合、『あたしは愛人でいいです!』って堂々とリルナの前でのたまう気合いの入った子なんで……。そのくらいだから押しかけて来たっていうか。君のことは、むしろ割り込む口実ができたって喜んでたよ……」

 

 ユウ君、目が遠いです。宇宙の彼方です。アニエスさん、逞しいっすね。

 鬼嫁との殴り愛ですか。想像してたハーレムと全然違います。

 どう考えても最弱のユウ君。ウケますね! 私くらいは優しくしてあげましょうね。えへへ。

 

「あ。もちろん単に仕事上の関係ならいくらでもいるし、あと姉ちゃんと妹はいるけど」

「へえ。お姉ちゃんと妹さんがいるんだ!」

「ユウくんのとこって三人姉弟だったのね」

「まあね」

 

 またも色々思うところがあるのか、落ち着きなく目を瞬かせながらユウ君は言いました。

 

「道理で女子慣れしてるというか」

「言われてみると、いかにも女の子に挟まれて育ちましたって感じだもんね」

「あはは……」

 

 ついでに言うと、今も女子に挟まれて両手に華ですねっ! 

 うん。やっぱりというか、ユウ君は女子に上手くやり込められるタイプです。

 困りましたね。苦労が多いですねえ! いっぱい世話かけちゃいましょうね~。

 

「で、話戻しますけど。またアニエスさんにお願いするの?」

「いや、あの子に頼るまでのこともない。地球の中だけで済むなら、他のスタッフに任せるよ」

 

 彼女は俺にも扱えない時空間魔法のエキスパートなんだ、と。ユウ君はどこか誇らしげに語ります。

 まるで愛弟子か何かを想うように。後輩ってわざわざ特別感込めて言ってますし、実際そうなのかもしれません。

 

「あー。魔法の国とか、それで調べてもらってたんだ」

「そうなんだよ。でね、エリカさん」

「何かしら」

 

 ユウ君は、申し訳なさそうに両手を合わせました。

 

「実は君の職場、潰しちゃったの俺なんだ。ごめんね」

 

 簡潔にではありますが、クソ猫キングダムを追い払ったことを説明してくれました。今後はもう魔獣は出ないんだそうです。

 ほええ。裏でそんなすごいことしてたんですか。ほんとに最終回だったんですね、あれ。

 事情を聞いたエリちゃん、顎に手を添えて少し考えていますが、深刻な感じではありません。

 

「なるほど。勝手に責任感じてたわけか。気まずそうにしてた理由がやっとわかったわ」

「そうなんだ。君の生活に悪影響があるかもしれないことはわかっていたんだけど……。どうしても放っておけなかった」

「でも結局、悪いことしてたんでしょ? だったらしょうがないわよ。あのクソブラック企業、滅びた方が世のためだってずっと思ってたし」

「そう言ってくれると助かるよ」

「うん。そういうことなら、喜んで雇われてあげるわよ。気後れしないで良さそうで何よりだわ」

 

 ユウ君とエリちゃんは、改めて固い握手を交わしたのでした。うんうん。いい画です!

 この後待ち受けるものも知らず、お気楽なものでした。

 

 

 ***

 

 

 ついにダンジョンへ足を踏み入れました。

 エリちゃんは早速魔法少女に変身して、光球の魔法を使います。

 暗い洞窟が照らされました。

 

「一日でどこまで進めるかな? 楽しみだね」

「やっぱり長期戦になりそうかしら」

「……そうだな。この辺でいいか」

 

 あのー。ユウ君、またなんかやりそうな顔してますけど。

 果たして私の勘というやつは、よく当たるのでした。

 

「本当はこういうの、影響が大きいからあまりよくないんだけど。運良くここだけ、外界とは切り離されているようだから」

 

 彼が指パッチンすると、一瞬だけ、身体に奇妙な浮遊感を受けました。

 空間転移したときにも、ちょっと似たものを感じたことを覚えています。

 

「ねえ。今度は何をしたの?」

「このダンジョンの中だけ、時間の流れを二十分の一にした。今から約半日、こっちに換算して十日くらいは攻略に使えるはずだ」

「ええっ!?」「はああっ!?」

 

 私とエリちゃん、それはもうびっくり仰天ですよ!

 待って。うぇいうぇいうぇい。今十日って言いましたか!?

 そんなすごい規模のお泊りだって、私まったく聞いてないんですけどっ!

 だから食糧と水増やせって言ってたんですか!? それでも全然足りないよ!?

 もうツーカーの仲です。私の心を読んで、ユウ君説明してくれます。

 

「その辺は大丈夫。不自由させないように、こっちで色々準備はしてるから」

 

 彼の言うところによれば、浄化作用のある技をかけるから身体は汚れないし、すぐに簡易キャンプを組めるので、食事や睡眠、お手洗いの心配とかもまったくないそうです。

 

「だとしてもねえ……」

「だってさ。エリカさんはともかく、アキハさんをハイキングって名目でそう何回も連れ出せないだろう?」

「それは、そっか。なるほど」

 

 私だけ置いてけぼりにしないようにって、ユウ君なりに色々考えてくれてはいたんですね。

 きみの常識がぶっ飛んでいるのは間違いないですけどっ。

 ユウ君、気合いを入れて完全攻略宣言しました。

 

「さあ。一気に最深部まで攻略するぞ――エリカさん、君の実地研修も兼ねてね」

「ふえ?」

 

 きょとんとするエリちゃんに向かって、ユウ君はちょっと人の悪そうな笑みを浮かべています。

 あー! 貴様ぁ! もしかして、それが一番の目的ですかぁ!?

 

「あれって、半日くらいじゃありませんでしたっけ?」

 

 思わず敬語になってしまうエリちゃん。ユウ君は改めて懇切丁寧に説明します。

 およそ月に二回程度、専属スタッフ(ユウ君)を配備しての実地研修。

 

「言ったじゃないか。『現実時間で』半日を限度とするって。まさか学校の部活程度の訓練時間で、本当に強くなれるとでも?」

「おーまいがー!」

 

 エリちゃん、頭を抱えています。時間遅らせるとか、こんな裏技があったなんて!

 やべえ。こいつはやべえ。

 ブラックなんてチャチなもんじゃねえ。もっとやばいものの片鱗を見ちゃいましたよっ!

 

「ごめんね。でもこれは君のためなんだよ。君にはなるべく早く強くなってもらわないといけないからね」

「そう、なのかしら?」

「うん。まずは君自身の命を守れるようになること」

 

 私の側にいることは、それだけで命の危険が伴うものだから。

 安心できる友達であり続けたいのなら、とにかく強くならなければならない。はっきりとユウ君は言いました。

 確かにそう言われてしまうと、エリちゃんとしては頷くところが大きいです。私のせいなんだね。すまんね。

 

「それから、万が一俺が側に付いてやれないときでも、アキハさんを守れるように。そのための高い給料だからね?」

「あ、はは。お手柔らかに、お願いします、ね」

「大丈夫。ちゃんとこまめに休憩も取るし、無理はさせない。単に日程が長いだけだから!」

「はいぃ!」

 

 現代異世界ダンジョン、どうやらエリちゃんのOJTに使われちゃうみたいです。もはやブートキャンプですかね?

 頑張れエリちゃん。負けるなエリちゃん! 私、すぐ隣でしっかり見守ってますね!



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