蜘蛛のヒーローアカデミア (大同爽)
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~プロローグ~

スパイダーマン~ノー・ウェイ・ホーム~の感動から思わず書きました!
短編で投稿しますがご好評頂けるようだったら連載します!


 

「――はい、静かになるまで8秒も掛かりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね…」

 

 ぼさぼさの髪に無精髭の男の言葉に教室の扉の前で話していた三人――緑谷出久・麗日お茶子・飯田天哉の三人はギョッとする。

 そのまま三人がそそくさと自身の席に着き、ざわついていた他の1-Aの生徒達が見つめる中、その男はつかつかと教卓に立ち気だるげに口を開く。

 

「担任の相澤消太だ…よろしくね…」

 

((((((担任ッ!?))))))

 

 男――相澤の言葉に生徒達は驚き、思考をシンクロさせるが誰一人それを口に出すことは無かった。

 そんな生徒達の驚愕の雰囲気を受けながらも相澤は淡々と進める。

 

「じゃ、もろもろの連絡は後でするから、まずは一番大事な連絡だけ……えー、このクラスに新しい生徒が一人転入します…」

 

「「「「「入学初日にッ!?」」」」」

 

 今度の衝撃は我慢できなかったようで生徒達は揃って声を上げる。

 しかし、相澤は生徒達の驚愕には答えず大きくため息をつき

 

「じゃあ、入って来い…」

 

 自身が入ってきた教室の扉に呼びかける。と――

 

「えーっと…先生…ホントにこのまま入るんですか?」

 

 扉がゆっくりと開き、ひょっこりと少年が顔を出す。

 黒髪の短髪に青い瞳の外国人らしいまだ幼さの残る顔立ちの少年は日本語で言いながら苦笑いを浮かべる。

 

「そう言ってるだろ…お前のこと説明するならそれが一番手っ取り早い。いいから、顔だけ出してないでさっさと入ってこい」

 

「………はい」

 

 少年は相澤の言葉に観念した様子で頷き、顔が通る程度だった扉を改めて開いて教室に入ってくる。

 

『ッ!?』

 

 その少年の姿に相澤を除く全員が驚愕に息を飲んだ。

 少年は他の生徒と同じく雄英高校の制服を着ていたが、生徒達の視線を集めたのは少年の両腕を拘束する無骨な手錠だった。

 その圧倒的なまでの存在感を放つ鉄の塊は目の前の柔和な笑みを浮かべる少年とはあまりにも不釣り合いで謎の少年の正体不明の度合いをさらに深めていた。

 注目を集める中教卓の隣に立った少年をちらりと見た相澤は視線を正面に戻し

 

「例年通りなら一クラスの人数は20人だが、うちのクラスに特例で転入することになった。名前は――」

 

「えっと…どうも、僕の名前はピーター・パーカー。両親共アメリカ人だけど国籍も生まれも育ちも日本だからほとんど日本人みたいなものだよ。英語は喋れるけどね。それから――」

 

「無駄話は休み時間にでもゆっくりやれ」

 

 少年――ピーターの言葉を遮って相澤が言い

 

「こいつが転入することになった理由についてだが……」

 

 一度区切ってから改めて席に着く生徒達を見渡し

 

「こいつはヴィジランテとして活動していた。ヒーロー資格無しにヒーロー活動をするのはご法度だが、未成年と言うことと、こいつの功績はそれなりに評価されていたこともあって保護観察って扱いで雄英に入学することになったわけだ」

 

 ヴィジランテ、ヒーロー資格無しにヒーロー活動を行うこと、またその集団のことを指す。ヒーローを志す者なら当然周知の事実であり、この教室にいる人間もみな理解していた。

 

「まあ詳しいことは本人から後から聞け。とりあえず今は――」

 

 言いながら相澤は教卓に屈みこみ

 

「お前ら全員、これ着てグラウンドに出ろ」

 

 体操服を取り出す。

 

「「「「「「???」」」」」」

 

 ポカンとする生徒達に相澤は

 

「個性把握テストだ。お前達も中学のころからやってるだろ?個性使用禁止の体力テスト、今からそれを個性を使用してやってもらう。わかったらさっさと着替えろよ…」

 

「え、入学式は!?ガイダンスは!?」

 

「ヒーローになるならそんな悠長な行事出る時間無いよ~。それじゃ」

 

 困惑する生徒達をそのままに相澤はひらひらと手を振って教室を出て行こうと歩き出し――

 

「あの…ちょっと待ってください」

 

 そんな相澤をピーターが真剣な声音で呼び止める。

 

「……なんだ?」

 

 相澤は剣呑な雰囲気で振り返る。

 真剣な表情でそんな相澤の視線を受けるピーター。

 

「……相澤先生、一つ忘れてませんか?」

 

「何?」

 

「入学式にもガイダンスにも参加しないのも、個性把握テストするのも別に構いません。僕は何も文句はありません。ただ一つ、どうしても我慢ならないことがあります」

 

「なんだ?言ってみろ。俺の何が我慢ならないって言うんだ?」

 

 半ば睨み合う様に相対する二人の雰囲気に教室中が息を飲む中ピーターは相澤を睨みつけるように見つめ

 

「相澤先生……行くんなら僕の手錠外してからにしてください!!」

 

『ガタッ!』

 

 ピーターの叫びにクラスメイト達は肩透かしにあったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――これは僕が親愛なる隣人に、そして、最高のヒーローになるまでの物語だ。

 

――え?そう言うお前は誰かって?

 

――OK!それじゃあ最初から説明しよう!

 

 

 



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ep.1 「ピーター・パーカー:オリジン①」

 始まりは一人の赤ちゃんだった。

 中国の軽慶市で生まれたその子は、発光していた。

 その報道を皮切りに世界各地で何らかの特殊能力や特異体質――後に『個性』と呼ばれるものを持つ子どもが生まれるようになった。

 一時は混乱を招いたこともあったようだがその混乱も落ち着き、今や地球上の総人口の約8割が何らかの超常能力“個性”を持つに至っている。

 そして、そんな超常社会の中で『個性』を悪用する『(ヴィラン)』と呼ばれる人種、それを『個性』を発揮して取り締まる『ヒーロー』が登場した。一昔前のコミックのような世界が現実のものとなり、今や「架空」は「現実に」――『ヒーロー』はこの社会の中で花形の職業となっていた。

 たくさんの人が『ヒーロー』の活躍を応援し、その活動に賞賛を送り、そして、多くの人、特に子ども達にとって憧れの対象となった。

 

 

 ――そう、僕を含めて。

 

 

 僕の名前はピーター・パーカー。両親は一応アメリカ人だけど両親共研究職で日本の研究所に勤め、そこで出会って結婚に至った。そこから僕が生まれ、結果僕は生まれも育ちも国籍も日本の、でも血統は完全にアメリカ人と言う不思議な立ち位置になった。

 そんな両親は僕が保育園の年長の時に事故に遭い帰らぬ人となり、以来僕は同じく日本在住だった父の兄のベン・パーカー――ベン伯父さんとその奥さんの沙月おばさんに引き取られた。

 そして、それから数年が経ち中学二年生になった僕は今、過去の僕が夢見た『ヒーロー』と言う職業への憧れはあるものの、半ばその夢は憧れで終わろうとしている。

 と言うのも――

 

 

 

「おい、無個性外国人!ゴミ捨てよろしく~!」

 

 ――これが理由だ。

 

「い、いや…みんなも掃除当番なんだし公平にじゃんけんとかで……」

 

「いやいや、俺ら部活あるからさぁ~」

 

「そうそう!俺ら忙しいんだわ」

 

「いや、部活は僕も……」

 

「廃部寸前の写真部だろ?多少遅くなっても変わんねぇだろ」

 

「そ、それは……」

 

「じゃあヨロ~」

 

「よろぴく~」

 

「あッ!ちょっとッ!?」

 

 僕が止めようと声を掛けるがクラスメイト達はそのままケタケタと笑いながら去って行く。

 開け放たれた教室の扉を見ながら僕は大きくため息をついてゴミ箱を持つ。

 

 

 

 

 

 この総人口の8割が何かしらの超常能力を有する今の世で、僕は今や珍しい『無個性』――なんの超常能力も持たずに生まれた。

 『ヒーロー』と言う職業は目指すだけなら個人の自由だが、大前提として『個性』の有用性がものを言う。当然だ、『個性』を使う『(ヴィラン)』に対して対抗するための『個性』が無ければ太刀打ちできない。

 そんな『ヒーロー』に『無個性』の僕がなれる道理は無い。

 まあ、花形の『ヒーロー』でなくてもそのヒーローを補助するサポートアイテムの開発などいくらでも関わることはできる。幸い研究職だった両親の遺伝もあってか学校の成績はいいのでそっち方面を目指すのもいいかもしれない。まあ頭の出来と一緒に父のド近眼まで遺伝してるのは少し不便ではあるが……。

 とにかく、中学二年生ともなれば将来の展望も見据えだす。いつまでも叶わない夢を追うよりも現実を見据えて自分の身の丈に合った将来を目指すべきだろう。

 

 

 

 

 

「よっと!」

 

 校舎裏のゴミ捨て場に袋に詰めたゴミを置いた僕はズレたメガネを直す。

 耳をすませばグラウンドから部活に勤しむ声が聞こえてくる。僕にゴミ捨てを押し付けたクラスメイト達も混じっていることだろう。

 この日本の片隅の中学校では僕と言う存在はかなり異質なものだろう

 総人口の8割が『個性』を持っているとは言え、それはすべての世代を合わせてのこと。年々生まれる『無個性』の子どもの数は減少し、今や数%になっているのではないだろうか。そんなわけでこの中学校の中でも『無個性』の人間なんて僕くらいのものだ。

 冴えないメガネのオタクで、見た目完全に外国人で、『無個性』。クラスの中での僕の立ち位置なんて想像に容易いだろう。

 こうして雑用を押し付けられるのもしょっちゅうだ。だからと言って『いじめ』だなんだと騒ぐほどでもない。言ったところで叔父さん達を困らせるだけだろう。

 

「……さて、部室行こう」

 

 一つため息をついて僕は気持ちを切り替え教室に荷物を取りに行こうと歩き出し

 

「ッ?」

 

 ポケットに入れた携帯電話が震える。どうやら着信らしい。

 取り出すと沙月おばさんからだった。

 

「もしもし、おばさん?」

 

『ごめんね、まだ学校だったよね?今大丈夫?』

 

「うん、授業はとっくに終わってて、教室の掃除が終わったから今から部活に行こうかと思ってただけだから大丈夫だよ。どうしたの?」

 

 おばさんの問いに答えながら僕は訊き返す。

 

『実はついさっきあなたのお父さん達の元勤め先から連絡が来てね』

 

「父さん達の?」

 

 おばさんの言葉に僕は困惑する。

 父さん達が死んだのは八年も前だ。何で今更?と思った。

 

『なんでも職場にお父さんの私物が残っていたらしいの。それを時間があるときに取りに来て欲しいって。難しいようなら郵送でもいいけどって』

 

「父さん達の……」

 

『どうする?送ってもらう?』

 

「…………」

 

 おばさんの問いに僕は数秒考え

 

「いや、取りに行くよ。次の日曜なら空いてるし、すぐに行けるよ」

 

『わかった。向こうにはそれで伝えておくわ』

 

「ありがとう、よろしくね」

 

『いいのよこれくらい。あ、代わりと言っちゃなんだけど、帰りに牛乳買って来てくれる?』

 

「うん、わかった」

 

 おばさんの言葉に頷いた僕は電話を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、日曜日。ここは、父さんが勤めていた研究施設――蛇腔総合病院が系列で運営する医療研究センターだ。

 

「どうぞ、こちらがリチャード・パーカーさんの持ち物と思われるものです」

 

 父さんが勤めていた職場に来た僕は通された部屋で対応してくれた職員の人が持ってきた段ボール箱を開ける。

 中には数冊の本、そして――

 

「これ…僕と母さんの写真……」

 

 家族三人で撮った写真と僕と母さんだけが写った写真があった。

 

「これ……どうして十年近くも経ってから?」

 

「あぁ…どうやら他の資料と一緒に倉庫に間違って片付けられていたらしく、先日倉庫を整理していたところ見つかりました。この段ボール箱のままあって、中に入っていたその写真で恐らくリチャードさんの物だろうということで」

 

「そうですか……」

 

 職員の人の話に頷き、僕は写真を戻し本を一冊ずつ手に取る。

 本の内容はバラバラで、何かの医学書らしいものや個性に関する論文をまとめたらしいもの、そして、何故父さんが持っていたのか謎な動物図鑑と昆虫図鑑。

 

「ありがとうございます」

 

 僕はそれらを段ボール箱に戻し、封をする。

 その箱を抱えて立ち上がると、対応してくれた職員の人も立ち上がり手の塞がっている僕の代わりに扉を開けてくれる。

 

「今日はありがとうございました」

 

「いえ、こちらこそご足労頂いて……」

 

 と、廊下で話していると――

 

「おや、君は……もしかしてリチャード君の息子さんかね?」

 

 背後から聞こえた声に振り返ると、そこには白衣を着た真っ白なひげを蓄えた禿頭の小柄で小太り、特徴的なゴーグルのようなメガネを掛けた男性がいた。確かこの人は…と考えたところで隣にいた職員の人が恐縮した様子でペコペコと頭を下げる。

 

「こ、これは殻木理事長!」

 

 職員の人の言葉で名前と顔が一致する。この人は殻木球大さん、蛇腔総合病院と、この医療研究センターなどいろいろな医療関係の施設を運営する創設者にして理事長を務める人だ。つまり、亡くなる前の父さんの上司の人だ。

 

「こ、こんにちは!僕はピーター・パーカー、おっしゃる通りリチャード・パーカーは僕の父です」

 

「そうかそうか、やはり。顔に面影があるよ……その青い瞳はメアリー君譲りのようだがね」

 

「母のことも御存じなんですね」

 

「ああ。どちらも優秀な自慢の職員だったよ。本当に惜しい人物を亡くした……」

 

 僕の問いに頷きながら殻木さんは言う。

 

「そうですか、うちの両親がお世話になりまして……」

 

 言いながらお辞儀しようとしたところで

 

「ん?」

 

 右手首のあたりにくすぐったい感触を感じ視線を向けると、そこには青地に赤い模様のある蜘蛛が僕の手を這っていて――

 

「いッ!?」

 

 右手の甲の親指の付け根のあたりに激痛が走る。

 痛みに思わず手を振って手についていた蜘蛛を落とす。

 

「どうしたかね?」

 

 僕の突然の行動に首を傾げる殻木さん。

 

「い、いえ…いま蜘蛛が……」

 

「蜘蛛?」

 

「あぁ、いえ…何でもないです。すみません……」

 

 首を傾げる殻木さんに首を振ってチラリと右手の甲を見る。そこには手の甲の親指の付け根辺りに小さく虫刺されのように赤くなっていた。

 と、その時――

 

 ――ピピピッ

 

「おっとすまない……はい、殻木だ」

 

 電子音に殻木さんは首から下げていた携帯を手に取り耳に当てる。

 

「ああ……わかった」

 

 電話をしながら頷いた殻木さんは電話を切り

 

「すまない、呼ばれてしまったので行かないと」

 

「ああ、いえ!こちらこそすみません、お忙しいのに!僕ももうお暇しますので!」

 

「いやいや、懐かしい人の面影を見れて嬉しかったよ。気を付けて帰りなさい」

 

「はい、失礼します!」

 

 殻木さんの言葉に改めてお辞儀し、最初の職員の人に連れられて出口に向かって歩き出した。

 そのまま対応してくれた職員の人にお礼を言って研究センターを後にした僕だったが――

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 帰りの電車の中でどんどん体調が悪くなる。なんだか熱っぽい。頭が痛い。それになんだか感覚がおかしいのか音が大きく聞こえて頭痛が加速する。

 抱えていた段ボール箱を取り落とさないようにしっかり持って、体を引きずるようになんとか家に戻る。

 

「おかえりピーター、お父さんの私物受け取れたの?」

 

「んー…まあね……」

 

 出迎えた沙月さんに応えながら玄関に段ボール箱を置いてよろよろと上がる。

 

「ああ、おかえり……っておい、どうした?顔色悪いぞ?」

 

 と、ベン伯父さんも出てくるが僕の顔を見るなり怪訝そうに言う。

 

「んー…なんか調子悪いから部屋で寝るよ」

 

「病院行かなくて大丈夫か?」

 

「いや…明日も続くようなら行くよ」

 

「そうか……」

 

「寝る前に何か食べる?食欲は?」

 

「ん~無いかな…ごめんね」

 

「それはいいけど、無理しちゃだめよ。何か変だったらすぐに言ってね」

 

「んー、ありがとう…」

 

 伯父さんとおばさんの言葉を背中に聞きながら僕は階段を昇っていき自分の部屋に入る。

 パジャマに着替えようと服を脱ぎ、メガネを取ろうと手を上げ

 

「……何これ?」

 

 右手の甲に目が留まる。そこには先ほど蜘蛛に噛まれたらしい場所がボッコリと腫れあがっていた。

 

「まさか…これの、せい……」

 

 呟きながら、そこで限界を迎え僕は服を脱いでいる途中でベッドに倒れこむ。

 そのままモゾモゾと布団に潜り込んで包まる。

 なんだかひどく寒い。

 ブルブル震えながら布団を抱き寄せるように丸まり、そのまま僕は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ピピピピピピッ

 

「ん……」

 

 聞こえてきた電子音に僕は眠りから覚醒する。

 まだ眠気でぼんやりしながら目覚まし時計の音を止めようとスイッチに手を伸ばし

 

 ガシャンッ!

 

 スイッチを押して止める。

 

「ん~……」

 

 ベッドに身を起こして大きく伸びをしてベッドサイドにおいてあるメガネを手に取り――

 

「あれ?」

 

 メガネをかけた瞬間、視界がぼやける。首を傾げながらメガネを外すと

 

「え?なんで……?」

 

 視界がはっきりとする。いつもとは真逆だ。両親の遺伝でド近眼だった僕はメガネがないと視界がぼやけてよく見えなかったのに、なんで急に見えるようになったのか、と一人困惑しながら布団から出て

 

「うわッ、裸で寝てたのか……」

 

 鏡に映った姿に呆れながら言い

 

「ん?」

 

 そこで、違和感を覚え改めて鏡に映る自分の身体を見る。

 なんだか前はもっとヒョロッとした身体だったはずなのに、今鏡に映る僕の身体はまるでスポーツ選手のように発達した筋肉に腹筋も六つに割れている。

 

「え…何これ……?」

 

 驚きながらもボディービルダーのようにポーズをとって確かめる。

 我が身体ながら目を見張る均整の取れた筋肉だ、たった一晩で何があったのかと困惑しながら鏡を見つめ

 

「ピーター!起きてるのぉ?」

 

 そこで階下から沙月おばさんの声が聞こえてくる。

 

「あぁ…起きてるよー!」

 

 僕は茫然と鏡を見ながら返事をする。

 

「身体はどう?よくなったぁ?」

 

「よくなったかって!?…そうだね、すっごくいいよ!」

 

「そう!よかった!じゃあ早く降りておいで!遅刻するわよ!」

 

「はーい!」

 

 おばさんの言葉に頷きながら僕は壁に掛けている時計を見る。確かにいつもより少し遅めに起きてしまったようだ。

 僕は慌てて制服を着て――

 

「え?なんで目覚まし時計壊れてるの?」

 

 ベッドサイドにあったはずの目覚まし時計を見て愕然とした。まるで凄い力で上から押さえつけられたようにバラバラにひしゃげていた。

 

「これ……僕がやったの?」

 

 目を見張りながらも僕はとりあえず一階に降りる為にカバンを掴み部屋から出る。

 そのまま洗面所に入り顔を洗い、顔を拭こうとタオルに手を伸ばし――

 

 バキッ!

 

 壁にネジで止められていたはずのタオル掛けが外れた。

 

「えぇッ!?……なんで?ネジ緩んでたのかな?」

 

 困惑しながらも今度は歯を磨こうと歯ブラシと歯磨き粉のチューブを手に取って

 

 ブビュッ!

 

 チューブの中身が鏡に飛ぶ。

 

「…………」

 

 唖然としながらもとりあえずもったいないので鏡に付いた歯磨き粉を歯ブラシで掬い取って歯を磨く。

 そのまま口をゆすぎ困惑しながらもリビングに行く。

 

「おう、ピーター!元気になったようだな!」

 

 そんな僕を朗らかにベン伯父さんが言う。

 

「ごめん伯父さん、もう大丈夫!」

 

「そうか、でもぶり返さないように気を付けろよ」

 

「うん、気を付ける」

 

 伯父さんの言葉に頷きながら僕は頷きマグカップを手に取り

 

「あ、そうだ!ごめん、洗面所のタオル掛けが取れちゃって……」

 

「はぁ?タオル掛けが取れたぁ?どういうことだ?」

 

「いや、わかんない。タオル取ろうと思って掴んだらボキッて……」

 

「そうか…俺は平気だったけど、ネジがへたってたのかな?」

 

 僕の言葉にベン伯父さんは首を傾げながら呟き

 

「怪我してないか?」

 

「あぁ、うん。それは大丈夫。ごめんね、伯父さん」

 

「ああいい、気にするな」

 

 ベン伯父さんは頷きながら取れたタオル掛けがどういう状態か見に行くと言って席を立つ。

 それと入れ替わりに沙月おばさんが両手にお皿を持って現れる。

 

「はい、急いで食べないと遅刻しちゃうからね」

 

「あ、うん」

 

 沙月おばさんの言葉に頷き、僕は慌てて持って来てもらったトーストと目玉焼きを頬張っていく。

 そして、そのまま大急ぎで朝食を食べ終えた僕は

 

「いってきまーす!」

 

 リビングにいる二人に呼びかけながら玄関を飛び出しその勢いのまま学校に向かって駆けだす。

現在の時刻はいつもの登校時間より遅い。経験則から言って走っても予冷ギリギリになるだろう。

 少しも足を止めている暇はない。

 

「ふッ…ふッ…ふッ…」

 

 僕は規則正しい呼吸を維持して走り――

 

「あれ?」

 

 悠々と予鈴までに十分な余裕を持って校門を抜けた。

 

「おかしいな…僕こんなに足速かったっけ……?」

 

 首を傾げながらも僕はとりあえず疑問は置いておいて教室に向かった。

 しかし、僕は時間が経つにつれて違和感がむくむくと膨れ上がっていった。

 と言うのも、それ以降もおかしな出来事が立て続けに起きたからだ。

 まず最初は隣の席のクラスメイトの机から落ちた水筒のこと。いつもの僕ならきっと手に取ることはできなかっただろう。でも、今日は違った。落ちたと認識した瞬間

 

「ッ!?」

 

「うわッ!?」

 

思わず手を出した僕は水筒を掴んでいた。いつもの僕の反射神経なら到底考えられない。

 

「すごいね…パーカー君、そんなに反射神経いいなら運動部はいればいいのに」

 

「い、いや…まぐれだよ……」

 

 キャッチした水筒を返しながら当のクラスメイトに言われ苦笑いでごまかした。

 他にも廊下でクラスメイトがふざけて投げたボールを避けた。真後ろから飛んできたボールをいともたやすく、まるで頭の後ろに目があるように感じ取っていた。

 さらには飛んでいたハエを指で摘まんでいた。どこからか飛んできて目の前を通ったハエを思わず摘まんでいた。摘まんでから摘まめたことに驚いた。そんな昔話の剣豪みたいなことを思わず出来てしまったことに自分でも信じられなかった。

 さらにさらに、授業で配られた宿題のプリントが左手にくっついた。手汗とか手が濡れていたとかそう言うレベルじゃない。なんと言うか吸い付くようにくっついていた。手を振っても取れないし引っ張ると破けてしまいそうで悪戦苦闘し、なんだかよくわからないままに外れた。

 その他にも諸々の細かな気になることはあったが、とりあえずそんな感じでおかしなことが続いた。

 結局今日は混乱しているせいで部活には参加する気も起きず、早々に帰路に着いた。

 そして、現在僕は学校からの帰り道を歩きながら今日一日のことを振り返っていた。

 昨日までの僕では考えられないおかしなことが続いていた。たった一日で何があったというのか……

 と、考え込んでいたせいか

 

「ッ!?」

 

 昼間のボールを避けた時と同じような首筋に妙な感覚が走り、僕は咄嗟に飛び退いた。

 直後あと一歩で通るはずだった曲がり道の向こうから自転車が走ってきた。

 

「うわッ!?」

 

 自転車に乗ったおばさんは僕を見てギョッとしながらそのまま自転車で走っていった。

 

「危なかった…あの感覚に従って避けてなかったらぶつかってたかも……」

 

 走り去って行く自転車を見送りながら僕はホッと一息つき、そこで自分の今の体勢に気付き

 

「え……えぇぇッ!?

 

 思わず驚きの声を上げた。

 自転車を避けた僕はどういうわけかそのまま隣のビルの壁2m程の高さに両手と両脚をついて壁と直角に張り付いていた。

 

「なぁッ!?ちょッ…なにこれッ!?」

 

 驚いた瞬間、張り付いていた両手両足が外れて地面にベチャリと落ちた。

 

「いッ…たくない?」

 

 完全に無傷と言うわけではないが、思ったよりも断然ダメージが無かった。

 

「???」

 

 困惑しながら唖然と自分の両手を見つめ、それに気付いた。

 

「何…これ……?」

 

 指先にまるで小さな産毛のように無数の何かが生えていた。

 

「これ……それに今の壁に張り付いたの……もしかして?」

 

 僕は一つの可能性を思いつき、立ち上がって周りを見渡す。幸い辺りに他に人はいない。

 それでも念には念を入れて僕は少し歩いた先の人気のないビルとビルの間の薄暗い路地に入る。

 普段人が通らず、どちらのビルの人間も管理していないらしい埃っぽい路地も気にせず進み僕は壁の方を向く。

 

「………よし」

 

 数秒思案し気合の声を上げて覚悟を決めると目の前の壁に手を伸ばす。

 壁を掴むよーなイメージと共に右手の五指を壁につけると、先程の自転車を避けた時と同じように壁に吸い付く感覚を覚える。

 その感覚と共に今度は左手を右手よりも上につける。そちらも吸い付く感覚を覚える。

 今度は右手を離すイメージと共に引くと指はすんなり離れ、そのままゆっくりと、左手より上につける。

 そのまま今度は右足を壁に掛け、グイッと身体を持ち上げる。すると地面についていた左足が地面から離れる。

 

「ッ!」

 

 その事実に僕は驚きながらも集中し今度は左手を離し右手より上につけ、浮いていた左足を壁につける。そのまま右手と右足、左手と左足を交互に進めていくと僕の身体はすいすいと登っていく。

 そのまま僕は悠々と何の苦も無く六階建てのビルの屋上にまで登りきる。

 今自分が登ってきた壁を見下ろして改めてその事実に驚く。『無個性』の僕がこんなことできるはずがない。考えられるのは何らかの個性が発現したのだろう。

 もし何らかの個性が発現したのなら、一体僕にどんなことが出来るようになったのか。

 朝からのおかしなことの数々を思い出し僕は少し思案し僕はビルの縁の付近に歩み寄り隣のビルを見る。僕のいるビルと向かいのビルでは5mくらいは離れてるだろうか?

 

「……試してみるか」

 

 意を決し僕は逆の縁まで後退り、大きく息を吸い込み

 

「ッ!」

 

 一気に駆けだした。

 そのまま一息に駆けて

 

「はぁッ!!」

 

 縁を蹴って大きく跳び上がる。

 昨日までの僕だったらそのまま地球の重力に従って自由落下しただろうが、今の僕は一味違う。余裕の跳躍で向かいのビルの屋上に降り立つ。

 

「ッ!」

 

 半ば確信していたとはいえ跳べた事実に僕は驚き、しかし、その驚きはすぐに興奮へと変わる。

 

「よし!」

 

 僕はそのまま体勢を立て直しまた駆け出し、再び跳躍する。

 さっきほど勢いをつけていなかったが僕はなんなくさらに向かいのビルに降り立つ。

 そのまま足を止めずさらに走って、跳躍、走って、跳躍、走って、跳躍、と繰り返す。走る勢いは増し、どんどん楽しくなってくる。

 と、そこで僕は足を止める。

 目の前のビルとビルの間がこれまでよりも遠くなる。

見れば僕の今いるビルの前に四車線の道路が走り、その向こうにビルがある。

 

「流石にこの距離は跳べない…かな……」

 

 僕は少し冷静になりため息をつく。

 しかし、ここまで来れたのもすごい。明らかに身体能力が大幅に向上している。

 僕に新たに発現した『個性』は身体能力の向上だったのか……

 

「いや、でも…ならこれは……?」

 

 自分の思考の矛盾を言葉として漏らしながら僕は改めて両手を見る。

 両掌、その指先に至るまで無数の産毛のようなそれはただの身体能力の向上では現れないモノだろう。

 それはまるでごくごく小さな何か虫の足のようで――

 

「虫……?」

 

 そこでふと思い出す。

 虫と言えば僕は昨日、父さん達の元勤め先で〝蜘蛛〟に噛まれている。

 確かに蜘蛛と言えば壁に張り付きすいすいと登る能力を有している。

 筋力もあの小さな体で考えれば相当なものだろうし、種類にもよるだろうが跳躍力も相当なものだろう。

 

「でも…仮にこれが蜘蛛の力だとするなら……もしかして……」

 

 僕は一つの可能性を試してみるべく右手を構え――

 

「やぁッ!!」

 

 気合の声とともに右手の拳を突き出す。が、何も起きない。

 

「……とうッ!」

 

 今度は手を開いて掌底の要領で突き出すが結果は同じ。

 

「蜘蛛の巣よ天に伸びろ!!」

 

 今度は指を揃えてピンと一直線に突き出す、が、やはり何もない。

 その後、

 

「――ていッ!――そいッ!――とりゃッ!――GO!――GOGO!――蜘蛛の巣GOGO!!」

 

 あれやこれやと手の形を変えて試すが、特に何も起きなかった。

 

「ん~…やっぱり間違ってたかなぁ~?……もしくは、蜘蛛だったらやっぱり糸が出るなら…お尻か……?」

 

 僕は頭を掻きながら右手をブラブラ振って――

 

 プシュッ

 

「へ……?」

 

 右手から真っ白な糸が飛んで行った。

 僕は唖然としながら右手を見る。

 何の気なしにテキトーに取っていた形――親指と人差し指と小指を立て、中指と薬指を曲げた形にした右手を見る。

 まさかとは思いながらも、もう一度僕はその手の形のままゆっくりと手を伸ばし――

 

 プシュッ

 

 右手首のあたりから再び糸が飛んで行く。

 

「こ、こうするのか……」

 

 僕は驚きながら数度同じように糸を飛ばす。

 コツを掴めば簡単だ。まだ違和感はあるが痛みもなく普通に出せる。あと問題は――

 

「……ッ!」

 

 僕は意を決して身構え、蜘蛛の糸を飛ばす。

 

 プシュッ

 

 僕の手から伸びた糸はそのまま飛んで行き向かいのビルのその先のさらに高いビルの上に立つクレーンに巻き付き

 

「ッ!」

 

 僕は糸が飛んで行ってしまわないようにその端を掴む。

 数度糸を引っ張り強度を確認した僕はゴクリと唾を飲み込んでビルの縁に立つ。

 ゆっくりと足元を見れば車の走る道路が見える。その高さに足がすくむが

 

「……ッ!」

 

 僕は意を決して跳び出す。

 

「うおッ!?」

 

 顔をうつ風に一瞬顔を顰めるが、すぐにそれは気にならなくなる。

 

「は…はは……ハハハ!」

 

 その爽快感に笑みがこぼれる。

 

「ハハッハハハハハッ!Fooooooo!!!

 

 興奮に思わず雄叫びを上げ

 

「FooooooHooooooo!!!!」

 

 そのまま道路を挟んで向こう側のビルの屋上に着き

 

「って、あぁ!」

 

 足で止まろうと踏ん張るが勢いが着きすぎたようでそれでは止まり切れずズザザッと足を擦り、糸を離すタイミングを逃した僕は――

 

「グエッ!?」

 

 そのままビルの屋上に立てられていた看板に激突。その衝撃に糸を離してしまい、そのまま屋上に仰向きに倒れる。

 

「さ、流石に今のは痛い……」

 

 全身に走る鈍い痛みに顔を顰めながら呟く。

 

「もうちょっと練習が必要だな……でも――」

 

 呟きながら目を開けると、目の前に少しオレンジ掛かってきた空が広がっている。

 

「…………」

 

 僕はぼんやりと眺めながらその空に手を伸ばす。

 

「僕にも…『個性』が……」

 

 言いながら空に向けていた掌を自分に向けじっと見つめる。

 

「僕も…これでなれるかもしれない…『ヒーロー』に……!」

 

 諦めかけた夢が叶うかもしれない、そんな興奮に僕はグッと拳を握り込み高揚感を噛みしめるのだった。

 

 

 

 




※次回以降は隔週更新予定です。


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ep.2 「ピーター・パーカー:オリジン②」

 僕がヒーローに憧れたのは保育園を卒園する頃だ。

 その頃の僕は両親が死んだ直後で塞ぎこんでいた。

 そんな時、何の気なしに見たテレビでとある特集番組を見た時、僕は衝撃を受けた。

 

 

 

 その人はその絶望的な状況で高らかに自信に満ちた笑みを浮かべていた。

 大きな災害の起きた町で、炎上し倒壊した瓦礫の中からその人は多くの被災者を抱え上げ、高らかな声とともにその人は現れる。

 

――もう大丈夫!何故って?私が来た!!

 

 聞いた人がその声に奮い立つような希望に満ち溢れる声で高らかに言うその人の名前は『オールマイト』。

 ヒーローと言う職業の歴史の中でも燦々と輝く希望の名前。

 助けた人は数知れず、捕らえた『敵』も数知れず、『ヒーロー』と言う職業の中でトップオブトップ。『ヒーロー』の歴史の中で他の追随を寄せ付けぬ功績と名声の末、着いた称号が『平和の象徴』。

 その雄々しい姿に幼い僕は思った――この人がもしも、僕の両親の事故現場にいたなら、両親は今も僕のそばにいたのだろうか、と。

 でも、それはあくまでも『もしも』の話だ。幼い時分の僕にもそんなことは十分にわかっていた。そして、もちろんそれでオールマイトを、『ヒーロー』達を恨むつもりは毛頭なかった。

 幼少期の僕が思ったのは、どんな困っている人も笑顔で助けてしまうその人のようになりたい、と言うことだった。

 もしも、僕が両親の事故現場のような状況に立った時、この人のように誰かを助けられる、そんな風になりたいと夢想した。

 こうして僕は夢を胸に立ち上がった――が、しかし、その夢も長くは続かなかった。

 両親が死んだどさくさで僕は気付いていなかった。周りの子が次々に『個性』を発現する中、僕には何の『個性』も発現していないことに。

 小学校に上がった頃、流石におかしいと思った沙月おばさん達に連れられて行った病院での診断は『無個性』だった。

 それでも、諦めきれなかった僕は、なんとか『無個性』でも『ヒーロー』になれるのではと思った……が、僕には運動神経というものがからっきしだった。

 両親が死んでから二度目の挫折だった。

 それでも、少しでも夢見た世界に建てる方法は無いかと考えた僕は『ヒーロー』をサポートする仕事に夢をシフトした。

 花形の『ヒーロー』ではなくてもその『ヒーロー』を補佐し、たくさんの人を救う手助けができるのなら、それも悪くないと思えた。

 こうして僕は二度の挫折の末、焦がれる夢に蓋をして現実を見据えるようになった。

 

 

 

 ――でも、これまで全くの可能性0%だった夢に手が届くかもしれない、そんな希望の光が見えてきた。

 理由は不明だが、齢14歳にして遅ればせながらの『個性』の発現。

 叶わぬからこそ焦がれた夢をもう一度目指すことが出来るかもしれない、僕は再び『ヒーロー』を目指すべく走り出した。

 

 

 

 それからの僕は発現した『個性』を正確に把握し使いこなす為に特訓を始めた。

 まずは糸の性能を見るべく自室であれこれやってみたが、ものの数分で部屋中蜘蛛の巣だらけになった。

 いちいち掃除するのも大変だし、何より身体能力などを試すには自室では狭すぎるという結論に至った僕は特訓の場所を郊外の廃工場に移し、学校終わりにそこで日が暮れるまで特訓することが日課となった。

 結果、分かったのは僕の『個性』は言うなれば『蜘蛛』。蜘蛛にできることは大体できる、と言ったところだろう。と言っても主には身体能力と筋力の大幅な向上と両手から糸を出せることだろう。その糸もただの糸ではなく、伸縮性に優れ、しかも硬度は鋼鉄のワイヤー並でかなりの加重にも耐えられそうだ。

 そこまで把握した僕は、次にそれを使ってできることをあれこれ模索し始めた。

 まず発現したその日にやって失敗した糸による移動『スイング』。――これは物理学の応用で比較的すぐにものにした。

 他には糸の活用方法として物を引き寄せたり受け止めたりあれこれトライ&エラーの繰り返しだった。

 そうして、特訓を始めて二か月が経った頃、大きな転機を迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁて今日は『スイング』をしながら物を引き寄せたりあれこれの応用を――」

 

 学校が終わってすぐにいつもの廃工場に向かっていた僕はあれこれ思案しながら走っていると

 

「まってぇ~」

 

 5歳くらいの男の子が目の前を通りすぎる。

 見れば脇の公園から転がって出たボールを追いかけているようだ。

 男の子はそのままボールを追いかけ、道路へと歩いて行き――

 

「ッ!」

 

「風太!!」

 

 公園から聞こえた絶叫が聞こえると同時に僕は視界の隅にトラックが見えた。その瞬間、僕は動いていた。

 いくら身体能力の上がっている今の状態でも走っていては間に合わない。最適解は――

 

「シッ!!」

 

 プシュッ

 

 僕は男の子へ右手を伸ばして糸を放つ。

 道路に転がったボールを取って顔を上げた男の子は目の前に迫って来ていたトラックにポカンと呆け

 

「くぅッ!」

 

 男の子の背中に糸がついた瞬間、僕は糸を引っ張って引き寄せる。

 トラックの甲高いブレーキ音を聞きながら僕は自分の方に飛んでくる男の子を大きく手を広げて受け止める。

 僕の腕の中でいまだに訳が分からずほおけてる男の子に

 

「だ、大丈夫!?怪我はない!?」

 

 僕は慌てて呼びかける。

 僕の呼びかけに男の子はハッと我に返り

 

「うん!だいじょうぶだよ!」

 

「そっか…よかったぁ~……」

 

 男の子の言葉にホッと安心していると

 

「だ、大丈夫かッ!?」

 

「風太!!」

 

 トラックの運転手らしいおじさんと男の子の母親らしい女性が駆け寄ってきた。

 

「は、はい!無事です!」

 

「そ、そうか……よかったぁ……」

 

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

 

 僕の言葉に運転手のおじさんは安堵し、母親の女性は目に涙を浮かべてペコペコと頭を下げていた。

 お礼を言う女性に頷きながら僕は立ち上がり抱えていた男の子を立たせてあげて

 

「道路に飛び出すと危ないから、今度から気を付けようね」

 

「うん!」

 

 僕の言葉に男の子は大きく頷き

 

「ありがとう!おにいちゃん!!」

 

「ッ!」

 

 満面の笑みでお礼を言う男の子に僕の心臓が高鳴った。

 それはまるで『ヒーロー』に向けられる賞賛のようで――

 

「ハハ、どういたしまして!」

 

 僕は大きく頷いた。

 

 

 ○

 

 

 この事が僕の中で非常に大きな出来事となった。

 これを機に、僕は日課の特訓に新たなメニューを追加した。

 それは、『個性』を使って市街地を周り、何か困っている人がいれば積極的に助けることだ。

 実際に動いてみて分かったが、僕の『個性』には超直感があることが分かった。発現初日に背後から飛んできたボールに気付けたのもこれが理由だろう。蜘蛛の中には予知能力にも近い危機察知能力があるものもいるらしいのでそれに近いものだろう。

 実践に勝る経験なし。廃工場であれこれやっているよりもこうして実際に使ってみる方が何倍も有意義だった。

 何より、助けた人が『ありがとう』と言ってくれることが何より嬉しかった。

 まだ真似事の域を出ないけど『ヒーロー』になったみたいで嬉しかった。

 ただ、一つ問題がある。それは、今の社会で『個性』を資格無しに公共の場で使うのは原則禁止されている、と言うことだ。

 いくら人助けでも注意はされるだろうし、何度も続けば何らかの罰則があるかもしれない。そうなればいろいろと問題になるかもしれない。

 迷った僕は市街地で活動するときは正体を隠すことにした。

 そのためにいろいろ試行錯誤した末、僕はスピードスケートなどで使われる伸縮素材の全身を覆うコスチュームを自作した。

 赤と青を基調に無駄な装飾は着けず顔から全身くまなく覆い隠すようにし、装飾をつけない代わりに蜘蛛の巣と蜘蛛を模様として描いた。

 少しでも夢見る『ヒーロー』に近づけるように、『ヒーロー』のコスチュームのように作った。

 ちなみに装飾をつけなかったのは、あると体の稼働に制限がかかるし、『スイング』してる時に邪魔になるからだ。

 こうして、僕は活動を始めた。

 街を周って見れば困っている人と言うのは意外といるものだ。

 迷子になった子どもを保護者の元に連れて行ったり

 道に迷っている外国人に道を教えたり

 重い荷物を運んでいる老人の手伝いをしたり

 何度か現行犯での自転車泥棒とかひったくりを取り押さえたり

 そう言えば一度マンションの上階から落ちてきた植木鉢がぶつかりそうになった僕と同年代くらいの女の子を助けたこともあった…耳たぶがイヤホンジャックになっていたので覚えている。

 ヒーローは日夜平和のために戦っているし、困っている人がいれば積極的に助けているが、どうしたって手が回らないところは出てくるだろう。僕が手を伸ばすのはそう言う人達だ。

 別に凶悪な『敵』を捕まえてやろうとか、犯罪者たちを取り締まってやろう、なんて思っていない。

 僕はただ、目の前で困っている人がいれば手を伸ばしたい、手が届くのに手を伸ばさなかったらきっと後悔するから……

 こうして僕は今日も全身を覆う自作スーツとマスクに身を包み、困っている人へ手を伸ばし続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~~♪~~~♪」

 

 学校帰り、ウチは耳につけたイヤホンから流れる音楽に合わせて鼻歌交じりに歩いていた。

 仲のいい友人たちは用事で一緒に帰れなかったので今日は一人だ。

 まだ家に帰るには早いし少し寄り道してCDショップにでもと思い、今月発売のCDをチェックしようとスマホを眺めていた時――

 

「危ない!!」

 

「ッ!?」

 

 突如すぐそばで響いた声にハッと顔を上げれば、そこにはウチの頭上から落ちてくる鉢植えが見え、思わず反射的に顔を覆って目を瞑ってしまう。

 が――

 

「……あれ?」

 

 いつまで経っても何も起きないことに、ウチは恐る恐る目を開ける。

 と、そこにはウチの顔の上20cmくらいのところで鉢植えがブラブラ浮いていた。

 

「へ……?」

 

 茫然と浮かんでいる鉢植えを眺めていると

 

「君、大丈夫?」

 

 鉢植えのさらに上から声が聞こえた。それはまだ声変わりしたてのような幼さの残る、ウチと同年代くらいの少年の声で。

 見るとそこには赤と青の全身タイツみたいな服を着た人物がいた。その人物は右手で上から糸で宙づりになったまま左手で鉢植えと繋がった糸を掴んでいた。

 

「なッ!?え…はぁッ!?」

 

 思わぬ光景にウチはパクパクと口を開けて驚いていると、目の前の謎の人物は鉢植えを抱えて降り立った。

 

「うん、大丈夫そうだね。よかった」

 

 全身タイツのそいつは私のことを見て(顔が隠れているので目線も表情もわからない)安堵した様子で言う。

 

「歩きながらスマホ見てると危ないから気を付けてね」

 

「あ、ああ、うん……」

 

 茫然としながらもウチは反射的に頷く。私の返事に全身タイツのそいつは頷き

 

「あ、AC/DC?」

 

 と、少し弾んだ声で言う。

 言われて気付いたがさっき咄嗟に顔を覆った時にイヤホンが外れたらしくそこから聞いていた曲が漏れ聞こえていた。

 

「それ、AC/DCの『バック・イン・ブラック』だよね!」

 

「し、知ってるの?」

 

「僕もその曲好きだよ!」

 

「へ、へぇ…古い曲なのに……」

 

「そうなんだよ!洋楽だし古いしであんまり周りで聞いてる人いないんだ…いい曲なのに……」

 

 と、少し寂しそうに言ってから

 

「だから、ロック好き人に会えてよかったよ!ロック好きなんてカッコいいね!」

 

「ッ!」

 

 そいつの言葉にドキリとする。

 ウチも両親が音楽系の仕事をしている関係で聞くようになりどっぷりハマったが、周りに趣味の合う友達がいなかった。しかも女子で本格的なロックが好きなんているのも少なくともウチの周りにはいなかった。だから、「カッコいい」と言われたことがなんだかむず痒かった。

 

「あ、そうだ、紙とペン借りてもいい?」

 

「え…あ、うん……」

 

 ふと思い出したように目の前の人物に言われ私は背負っていたカバンからルーズリーフとペンを渡す。

 

「ありがとう!」

 

 受け取ったそいつは髪に何かを書き込み私に落ちてきた植木鉢を上に乗せてアパートの玄関口に置いた。

 紙には『上から落ちてきました!ベランダに置くときは置き場所に気を付けて!』と書かれている。

 それ見て満足そうに頷いたそいつは

 

「それじゃ、また会えたら音楽談義でもしようね!」

 

 そう言って駆け出す。

 

「あッ!」

 

 ちゃんとお礼を言えてなったことに気付き慌てて呼び止めようとするがそいつは数歩駆けると同時に右手を前に突き出し

 

 プシュッ

 

 突き出した右手首のあたりから糸のようなものを飛ばし、それを使って大きく跳躍、そのまま左右の手から交互に糸を出してあっという間に去って行ったのだった。

 

 

 



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ep.3 「ピーター・パーカー:オリジン③」

みなさん、ついにノー・ウェイ・ホーム発売されましたね!
私も映画館で二回見ていましたが購入して発売当日に三回目で見ました!
やっぱりあれはこれまでのスパイダーマンの集大成的な作品ですね!
そんな感動で本来なら明日投稿予定の所を一日早めました!
楽しんでいただければ幸いです!





 僕が『ヒーロー』の真似事を始めて早いものでそろそろ半年が経った。

 学年もこの春に一つ上がり、晴れて中学3年生になっていた。

 中学も残り1年を切り、僕も本格的に受験生。周りのクラスメイト達も部活をしている人達は引退をし、勉強に本腰を入れ始め、全体的に空気がピリピリしている気がする。僕も志望校をかの有名な『雄英高校』に見据え最後の追い込みをかけていた。

 『雄英高校』は『ヒーロー科』『普通科』『経営科』『サポート科』の四つに分かれるが共通して筆記は難しく、特に『ヒーロー科』には実技試験もあり、毎年たくさんの受験生が集い、倍率は何十倍にもなる。

 普段の僕の成績を考えれば筆記であれば問題なく合格圏に入ることはできるだろう。

 ――そう、何の問題も無ければ、だが……

 現在は6月某日、僕は二つの面で受験に問題を抱えていた。

 

 

 

 

 

 

「おはよう、ベン伯父さん、沙月おばさん」

 

「おはよう、日曜なのに早いな」

 

 リビングに降りてきた僕に、先に食卓で新聞を読みながらコーヒーを飲んでいたベン伯父さんが言う。

 

「うん、ちょっと図書館に行って勉強しようと思ってさ」

 

「そうか。まじめに勉強してエライな」

 

「フフ、ピーターももう受験生ですもの。最後の追い込みをかけてるのよね?」

 

「うん、まあね」

 

 感心した様子で頷く伯父さんに沙月おばさんは言いながら僕の前に朝食のトーストと目玉焼きとサラダとコーヒーを並べる。

 おばさんの言葉に頷きながら僕は朝ごはんを食べ始める。

 

「ピーターはリチャードやメアリーに似て頭はいいから試験の方は問題ないだろ」

 

「ん…まあ過去問解いてる感じでは大丈夫そうではある…かな?」

 

 伯父さんの言葉に頷きながら僕はトーストを頬張る。

 

「フフ、でも油断大敵!しっかり勉強頑張ってね!」

 

「そうだな、『サポート科』とは言え天下の『雄英高校』だ。倍率も凄いだろうからな」

 

「あぁ…うん、そうだね……」

 

 二人の言葉に僕は頷きながら内心冷や汗をかく。

 これが一つ目の問題で、この半年の間に僕は『個性』発現のタイミングを完全に逃していた。

 いい加減『個性』が発現したことを伝えなければ、志望進路を『ヒーロー科』にすることも相談できない。

 『ヒーロー』を目指すのであれば言わずもがな『ヒーロー科』に入学するのが一番の早道だ。

 過去には別の科から途中で『ヒーロー科』に転向した例もあるそうだが、どうせならストレートに入学する方がいいだろう。しかし、その為には『個性』の発言は早めに伯父さん達に相談すべきだ。だが、今僕に蜘蛛の能力を授かったことを伯父さん達に伝えるのはいろいろと問題がある。その問題と言うのが二つ目の問題につながる

 と、言うのも――

 

『それでは本日の特集はヴィジランテについてです!』

 

 点けてあったテレビから女性アナウンサーの声が聞こえる。

 見るとテレビの向こうでは朝のニュース番組のコーナーとして

 

『昨今無認可でのヒーロー活動に賛否両論分かれ、中にはその活動の活発さからヒーローに匹敵する知名度の人もいるヴィジランテ。その中でもここ数か月の間に特に注目を集めている謎のヴィジランテが彼〝スパイダーマン〟です!』

 

 巷で話題となっている赤と青の全身スーツの人物――と言うか僕がでかでかと映っていた。

 そう、これが二つ目の理由だ。

 この半年間僕は『ヒーロー』の真似事をしていたわけだが、少し目立ちすぎたようだ。

 僕――巷では『スパイダーマン』と呼ばれる人物は『ヴィジランテ』としてかなり有名人になってしまっていた。

 一応『個性』の使用以外では法律に反しない範囲で活動していたつもりだったが、目についた荒事やら何やらに首を突っ込んでいたらいつの間にこうしてニュースに取り上げられるようにまでなってしまった。

 いや、ホント自分でも少しやりすぎたとは思うが、でも、後悔はしていない。

 活動を自粛することも考えたが、やはり困っている人がいれば助けたいし、他人に危害を加える人がいれば見過ごせない。

 そのまま結局ずるずると今日まで『ヒーロー』の真似事を続けていた。

 

『まったく!なんでこんな奴がもてはやされるのかわからん!』

 

 テレビの画面の向こうでコメンテーターの禿でチョビ髭のおじさんがわめいていた。なんでもヒーローを扱った雑誌の編集長らしく、ヴィジランテ・アンチで有名だ。

 

『こいつらのやってることは自警団気取りの犯罪行為だ!それをさもヒーローのようにネットじゃもてはやして、いい加減国民はやつら、特にこいつの本性を理解するべきだ!』

 

『ですが彼の行動で救われた人もたくさんいますよ。彼の行動は評価されるべきでは?』

 

『だとしてもだ!だいたい、何故素顔を隠す!?何かやましいことがある証拠だ!人助けは本職のヒーロー達や警察に任せればいいんだ!』

 

「相変わらず過激ねぇ」

 

 コメンテーターとアナウンサーやりとりにおばさんは苦笑いを浮かべて言う。

 

「でも、全部が全部間違ってるとも言えんだろ」

 

 と、伯父さんはコーヒーを飲みながら言う。

 

「伯父さんは相変わらずスパイダーマンへの評価厳しいね」

 

「まあな。このコメンテーターは少し言いすぎな気もするが、実際本職の人間がいるんだからそっちに任せろ、と言うのは正論だろう。でも、彼の行動で救われた人間もいるから、一概に全部が全部悪いとは言えないがな」

 

 伯父さんの言葉に僕は押し黙り朝食を食べる。

 前々からうすうす感じていたが、伯父さんはスパイダーマン含め資格無しで活動しているヴィジランテの人達のことをあまりよくは思っていない節がある。

 僕もヴィジランテになろうと思って始めたわけじゃないが、こうして〝ヴィジランテのスパイダーマン〟と言う認識が広まってしまっては伯父さんからもそう評価されてしまうだろう。

 それが気になって僕はなかなか言い出せないでいる。

 それに気になるのがヴィジランテをしていた人間が、果たして雄英への入学やヒーロー資格を取ることが出来るのか……もしできないなら僕は自分で自分の首を絞めていることになる。

 

「……ピーター?」

 

「ッ!?」

 

 と、考え込んでいた僕は伯父さんの言葉にハッと顔を上げる。

 

「大丈夫か?なんだか思い詰めた顔して固まってたぞ」

 

「あ、ああうん、大丈夫大丈夫」

 

「本当か?勉強に少し根詰めすぎてるんじゃないか?たまには休んだっていいんだぞ?」

 

「ホント!ホントに大丈夫だから!」

 

 言いながら僕は最後の一口を飲み込み

 

「じゃ、じゃあ僕図書館行ってくる!」

 

「あ、ああ……送って行こうか?」

 

「大丈夫!勉強ばっかりだから体動かしたいから歩いて行く!」

 

 伯父さんの言葉に応えながら僕は自室に戻りリュックを背負い

 

「いってきます!」

 

 そのまま家を出た。

 

 

 ○

 

 

 

「どうしたのかしらね?」

 

「あのくらいの年頃にはいろいろあるんだろう」

 

「でもやっぱり心配よ」

 

 ベンの言葉に沙月は言いながら向かいに座る。

 

「この間も学校から電話があったのよ、また一時間目遅刻したんですって」

 

「またか?最近多いな」

 

「そうなのよ。最近はいつもより早くに家を出てるのに……」

 

「そうか……」

 

 沙月の言葉にベンは新聞を脇に置き

 

「さっきの顔と言い、あの真面目なピーターに限っておかしなことはしていないと思うが…少し気になるな……帰ったら少し話を聞いてみるか」

 

「そうね」

 

 ベンの言葉に沙月も頷くのだった。

 

 

 ○

 

 

 

「フゥ……今日はもうこの辺かな」

 

 空が紫がかり始めたのを見ながら僕は一息つく。

 家を出てから僕は図書館に向かわずテキトーなビルの屋上にこっそりと上がり服の下から着こんでいたコスチュームに着替え、脱いだ服を背負っていたカバンに詰め逆に取り出したマスクと手袋、ブーツを着けて街へ出た。

 カバンにはダミーで勉強道具は入れていたが今日も使わなかった。

 今日も一日街中をスイングで飛び回り、迷子の子どもを親の元に連れて行ったり、自転車泥棒を捕まえたり、道に迷ったお婆さんに道を教えたり、その他いろいろしているうちに気付けばこの時間になっていた。

 そんなこんなでそろそろいい時間だし、あまり遅くなっても伯父さん達を心配させると思い、帰るためにカバンを回収し服を着替えようと最初のビルに向かった――のだが、その道中のことだ。

 

「ッ!?」

 

 僕の超直感――スパイダーセンスが何かを感じ取った。

 直感のままにそばのビルに降り立ち目の前の路地裏を見下ろせば、そこには一人の女の子を壁際まで追いやって複数人で取り囲む素行がよろしくなさそうな人物たちが見えた。

 

「まったく…よい子はおうちに帰る時間だって言うのに――なッ!」

 

 僕はため息混じりに言いながらピョンと飛び降り

 

「こんばんは~」

 

「グエッ!?」

 

「え……?」

 

「「「「ッ!?」」」」」

 

 今まさに僕と同い年くらいの女の子の着ているセーラー服の襟を掴んでいたスキンヘッドの男の肩に降り立って着地する。

 僕に押し潰されたスキンヘッドは潰されたカエルのような声を上げ、その取り巻きみたいな五人は驚愕に眼を見開き、詰め寄られていた女の子は呆ける。

 

「こらこら、ナンパはするなとは言わないけど、時間と場所は選ぼうね?こんな路地裏で複数人でこんな可愛い子囲ってたらよからぬことしようとしてるように見えちゃうよ?」

 

「え?カアイイ……?」

 

 言いながら女の子を背中に庇いながら男たちに言うと、背後で女の子が呟いた。その声はどこか喜色を孕んでいるようで

 

「う、うるせぇ!邪魔すんな!」

 

「おっと!」

 

 女の子の反応はさておき目の前に並ぶ男たちの一人がナイフを取り出し僕に向かって振り出すのを手で払いのける。

 

「もう…今引けば見逃してあげられたのに、こうして手を出されたらもう応戦するしかないじゃないか」

 

「うるせぇ!ここで引けるわけねぇだろ!」

 

「ていうかいつまでアニキの上に乗ってんだよ!降りろや!」

 

「おっと、こいつは失礼!すぐにどく――ねッ!」

 

 言いながら僕は背後の女の子を腰に手を回しながら抱き上げ蜘蛛の糸――ウェブを飛ばして大きく跳躍する。

 そのまま男たちの頭上を飛び越えた僕はそっと女の子を降ろし

 

「ここは僕が引き受けるから、君は逃げて!できれば警察を呼んでくれると僕がこの後彼らを警察署まで引き摺って行く手間が省けるから助かるかな!」

 

「は、はい……」

 

 戸惑っている様子の女の子を背後に僕は向かってくる男たちへ応戦すべく身構えた。

 

 

 ○

 

 

 

「はぁ……酷い目にあった……」

 

 僕はため息をつきながら帰路を歩く。

 あれからスキンヘッドを含む六人のチンピラ達と大立ち回りをする羽目になった。

 ためらいなく『個性』を使ってくるチンピラたちはなかなかに手こずった。チンピラの一人の放った爪を弾丸のように飛ばす『個性』が掠めて右腕に軽い切り傷はできたが、それ以外は特に問題なし。ウェブで縛り上げたところでちょうどいいタイミングで警官がやって来た。

 多分襲われて僕が逃がしたあのセーラー服の女の子が呼んでくれたのだろう。

 ほっと一安心しフランクに警官にチンピラたちを引き渡そうとしたところ、いきなり銃を抜かれ投降するように言われた。

 ヴィジランテ崩れの僕ではもろともに逮捕されかけた僕は慌てて逃げだした。

 警告を無視して逃げたもんだからその警官と追いかけっこをする羽目になった。

とにかくしつこいその警官を何とかやり過ごした僕だったが、チンピラの撃退も含めかなり時間がかかってしまい、気付けばどっぷりと日も暮れてしまっていた。

 慌てて荷物と着替えを回収しコスチュームを着替える時間も惜しく上から着替えを着こみ大慌てで家路についた。

 そして、家の前に辿り着いた僕は手早く身なりを直し

 

「た、ただいま~……」

 

 恐る恐るドアを開ける。

 

「ピーター!?」

 

「おい心配したぞ!ずいぶん遅かったじゃないか!」

 

「い、いやぁ…問題集のキリがいいところまで、と思ったら遅くなっちゃって……」

 

「勉強熱心なのもいいが気を付けろよ?」

 

「う、うん…ごめんなさい……」

 

 伯父さん達の心配そうな顔に若干罪悪感を覚えながらいそいそと靴を脱いで部屋に行こうと二人の隣を通り抜けようとして――

 

「おい、ちょっと待て!」

 

「ッ!?」

 

 ガシッと右腕を掴まれる。

 見れば僕の右腕を掴んで伯父さんが眼を見開いていた。

 

「ピーター、これどうした!?血が出てるじゃないか!?」

 

「え……あッ!」

 

 伯父さんに言われて見れば、そこには確かにシャツに赤く15㎝ほど真一文字に血がにじんでいた。そこは確かチンピラの『個性』が掠めたところだ。

 

「な、何でもない!帰りに転んで引っ掛けたんだと思う!」

 

「大丈夫って、血が出てるのよ!?見せてみなさい!すぐに処置しないとバイキンが入るわよ!」

 

「沙月、救急箱持って来てくれ!」

 

「ホントに大丈夫だから!」

 

「いいから見せてみろッ!」

 

 振り解こうとした僕だったが、それより先に伯父さんは僕の服の袖を捲る。

 

「ッ!?」

 

 その瞬間服の下から現れた〝それ〟に伯父さんは眼を見開く。

 僕も見られたことに押し黙る。

 

「持ってきたわ!さあこっちで……どうしたの二人とも?」

 

 救急箱を持って来たおばさんは押し黙る僕らの様子に首を傾げ歩み寄ってきて

 

「これって……」

 

 同じく〝それ〟に目を見張る。

 沈黙の中で最初に口を開いたのは

 

「ピーター……」

 

 伯父さんだった。

 伯父さんは僕に視線を向け押し殺したように問いかける。

 

「これは…これはどういうことだ……?」

 

 伯父さんの問いに僕は応えず視線を背ける。

 そんな僕に黙秘を許さないという様子で掴んだ僕の右腕を持ち上げ、僕の視界に真一文字の傷と傷に沿って裂ける赤と青の蜘蛛の巣模様のスーツが映る。

 

「お前が…お前がスパイダーマンなのか……?」

 

 



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ep.4 「ピーター・パーカー:オリジン④」

どうも皆さま!
GWいかがお過ごしですか?
私はいろいろ予定があったりでなかなか時間が取れず他の作品を更新できていないので、せめてストックのあるこっちはと思い、予定を早めて投稿しました。
GWも気付けば折り返し、明日は平日で残すは土日だけですね!
私は買い物を少ししたのと昨日「Dr.ストレンジMoM」を見てきたくらいであとはあれこれ用事をこなしてばかりでした!
「Dr.ストレンジMoM」ヤバかったっす。
今後のマーベルの世界がどうなっていくのか楽しみです!
そんなわけで最新話です!





 伯父さん達に腕の傷と下に着ていたスーツを見られてから数十分後、腕の傷を治療してもらった僕は着替えないままリビングの椅子に座り

 

「…………」

 

「…………」

 

 睨むような伯父さんの視線と、心配そうにオロオロと僕と伯父さんを交互に見る沙月おばさんの視線にさらされていた。

 かれこれ10分はこうしていただろうか、恐らくどう切り出すべきか考えていたのだろう伯父さんがゆっくりと口を開く。

 

「ピーター…もう一度訊くぞ。お前が『スパイダーマン』なのか?」

 

「…………」

 

 僕はすぐに答えず考える。

 ここで否定するのは簡単だ。僕がスパイダーマンのファンで自分で作ったスーツをこっそり着ていた、と言えば多少おかしい部分はあっても伯父さん達には否定することはできない。伯父さん達の認識では僕は『無個性』なのだから明らかに蜘蛛の個性を持っているスパイダーマンと僕は別人となる。

 でも――

 

「……そうだよ」

 

 僕はそうしなかった。いや、そうしたくなかったのだ。

 

「伯父さん達の言う通り、僕が『スパイダーマン』だよ」

 

「ッ!」

 

「そんな……ッ!」

 

 僕の言葉に息を飲む二人の顔に僕は俯く。

 そうだ、これでよかったのだ。

経緯はどうあれずっと秘密にしているのは苦しかった。これはちゃんと話して伯父さん達を説得するいい機会だ。ここは素直に全部話して伯父さん達にも理解を得るべきだ。

 そう考えた僕は意を決して顔を上げ――

 

「ふんッ!」

 

「うわぁッ!?」

 

 伯父さんの振るう拳を寸でのところで避けた。

 いや、あぶなッ!?

 

「ちょ、伯父さんッ!?」

 

「ベンッ!?」

 

 咄嗟に避けた僕とおばさんが驚く中で叔父さんは拳を振り抜いた姿勢のまま僕を見て

 

「今のを避けられるとは……やっぱり本当なんだな」

 

 言いながらすとんと椅子に座り直す。

 

「いや、もうちょっと穏便に確かめてよ……」

 

 僕はドキドキと脈打つ心臓を胸の上から押さえてホッと息をつきながらボソボソと呟く。伯父さんも聞こえていただろうがフンッと鼻を鳴らして憮然と腕を組み僕を睨む。

 ちなみに伯父さんは僕の父さんと兄弟だが得意分野は真逆だ。

 頭脳派の僕の父さんとは対照的にベン伯父さんは肉体派だ。

 学生時代には格闘技をやっていたらしく40手前だがその肉体は筋肉質でガタイもいい。そんな伯父さんに本気で殴られれば『個性』によって強化された肉体でもただでは済まないんじゃないだろうか。

 そんなことを考えていた僕をよそに伯父さんはギロリと僕を睨んで口を開く。

 

「お前がスパイダーマンだっていうことは分かった。だが、お前は『無個性』だったはずだ。いつの間に『個性』が発現していたんだ?」

 

「そ、そうよ!どうして!?」

 

 伯父さん達の疑問に僕は小さく頷き

 

「えっと、僕も詳しいことはわからないんだけど…『個性』が発現したのは去年の11月頃――父さん達の元職場に行った次の日だよ」

 

「そうか……なんですぐに言わなかった?」

 

「その……ちゃんと使いこなせるようになって伯父さん達を驚かせようと思って……」

 

「ならなんで俺たちに話す前に『ヴィジランテ』なんかになった?」

 

「それは……」

 

 伯父さんの問いに押し黙る。

 全くその通りだ、正直あの頃の僕は浮かれていたとしか言いようがない。

 言い淀む僕に伯父さんは顔を顰めてため息をつく。

 

「まったく…聞き分けのいい大人びたやつだと思っていたが、やはりまだまだ子どもだったな。どうしてリチャード達から貰ったその頭の良さを使ってもっとよく考えなかったんだ……」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ伯父さん!なんだよその言い方!まるで悪いことみたいに――」

 

「悪いことだろう!?」

 

 僕の言葉を遮って伯父さんが叫ぶ。

 

「ちょっとベン!」

 

「悪いが言わせてもらうぞ、沙月」

 

 咎めるように言うおばさんに伯父さんは首を振って答えてから僕に向き直る。

 

「お前は公共の場で『個性』を使ってはいけないという法律を破り続け、無資格でヒーロー活動し続けていたんだぞ!?」

 

「そ、それは……」

 

 伯父さんの言葉に僕は押し黙る。

 

「いいかピーター、お前がどれほど『ヒーロー』に憧れ続けていたか俺達は知ってる。だからお前に『個性』が発現したことは本当は祝ってやりたい。だがそれとお前がしてきたことは別だ」

 

 伯父さんは言い聞かせるように僕に言う。

 

「ピーター、何故『個性』の使用に制限があるかわかるか?」

 

「それは……」

 

「誰もが好き勝手に無制限に『個性』を使えば大変なことになるからだ。歴史の授業で習っただろう?『個性』が登場してすぐの黎明期は世界中酷いありさまだった。同じことを繰り返さないためにルールが作られみんながそれを守るんだ」

 

「…………」

 

「でも、どんな時代にもそう言う枠組みから漏れ出てしまうやつはいる。そう言うやつらが『(ヴィラン)』と呼ばれるんだ。そして、そういう奴らを取り締まるためにいる『ヒーロー』達も無秩序にならないために有資格者に限定した職業として日々しっかりと学んだ者だけがつける特殊な職業になったんだ。わかるかピーター?ヒーロー達はしっかりと学び、資格を得たうえで、さらには日々自分の行動に責任を持って活動しているんだ。それに比べてお前はどうだ?ただの中学生で、まだまだ心身ともに未熟な子どもだ。お前がいくら自分の行動を正しいと思って行動したとしても、子どものお前ではまだまだ不十分だ」

 

 子ども扱いされることに僕はカチンと来た。

 

「伯父さんは僕が間違ってたって言うの!?困っている人がいたら見て見ぬ振りすればよかった!?」

 

「いや、見てみぬふりしろとは言ってないが……」

 

 伯父さんは僕の返しに少し考え

 

「ピーター、俺も今のお前ほど稀じゃなくなったが『無個性』だ。だからこそ周りに舐められないように格闘技を習って力をつけた。だからお前の気持ちはわかる」

 

「わかるわけないよ!」

 

 伯父さんの言葉に僕はたまらず叫ぶ。

 

「伯父さんは分かったように話すけど、じゃあ僕が何で『ヒーロー』になりたいって思ったかわかってる!?」

 

「それは……」

 

「父さん達が死んだからだよ!」

 

 言い淀む伯父さんに僕は叫ぶ。

 

「父さん達が死んで胸にぽっかり穴が開いたみたいだった。そんな時に『ヒーロー』の――オールマイトの活躍を見て憧れたんだ。カッコよかったからじゃないよ、どんな困っている人も助けてるからだよ!僕も『ヒーロー』になれば父さん達みたいに死ぬ人が減らせるかもしれないって思ったからだよ!僕みたいな大事な人を亡くす人が減らせるって思ったからなんだよ!」

 

 言いながら僕は目を伏せる。

 

「……でも、ダメだった。僕は『無個性』だった。伯父さんみたいに格闘技をやってみようかと思ったけどそれも向いてなった。僕には戦う力も困った人に伸ばせる手も無かった……でも今は違う。今の僕にはこうして『ヒーロー』としてやっていける『個性』があるんだ!それなのに手が伸ばせば届くところにいる困ってる人に手を伸ばしちゃいけないって言うの!?」

 

「いや、そうは言ってないだろう……」

 

 僕の言葉に伯父さんは困ったように眉を顰める。

 

「確かにお前の考えは間違っていないと思う。むしろ困っている人を助けたいというお前の気持ちを俺は好ましいと思う。だが、もっとよく考えて行動してほしいんだ」

 

 言いながら伯父さんは真剣な眼差しで見つめてくる。

 

「人助けをするのは構わんさ。だが、そうやってコスチュームを着てヒーローみたいに町中飛び回ることはやりすぎだ。しかもお前は困っている人を助けるためとはいえ犯罪者を相手に何度も大立ち回りをしてるんだろう?」

 

「それだって別に犯罪じゃないでしょ!?日本じゃ現行犯なら警察官やヒーローじゃなくても逮捕権はあるんだよ!目の前で犯罪起こした人を取り押さえられるならそうして何が悪いのさ!?」

 

「確かに法律上は間違っていないのかもしれない。でもなピーター、だからと言ってそれが正しいかどうかは別なんだよ」

 

 僕の言葉に伯父さんは優しく言う。

 

「いいか?お前の年頃でどう変わるかによって一生をどんな人間として生きていくかが変わるんだ。どう変わるか慎重に考えろ」

 

「…………」

 

「お前が捕まえた犯罪者たちも殴られて当然かもしれないけど、お前の方が強いからと言って殴る権利があるわけじゃないんだ。いいかピーター、覚えておくんだ。大いなる力には大いなる責任が伴うんだ。よく考えて行動しろ」

 

「なんだよそれ。伯父さんは僕が『(ヴィラン)』になるとでも思ってるの?そんな心配必要ないよ!ちゃんと僕だってわかってるよ!そんな分かりきったことお説教しないでよ!」

 

「いや、別にお前が『(ヴィラン)』になるなんて思っていない。ただ俺は父親じゃないけど――」

 

「そうだよ、父親じゃないんだ!!だから父親の真似しないでよ!!」

 

「「ッ!!」」

 

 言った瞬間、二人の顔が強張ったのを見て、僕は自分が頭に血が上ってとんでもないことを言ってしまったと思った。

 二人は僕の言葉に申し訳なさそうに、そして、どこか悲しそうに目を伏せた。

 僕は二人にそんな顔をさせてしまったことがものすごく申し訳なくて、居たたまれなくて――

 

「ッ!ピーターッ!?」

 

「ちょっと待てピーターッ!!」

 

 二人の静止も無視して脇に置いていたカバンを掴んでリビングを飛び出しそのまま家を飛び出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――夜も遅い時間に歩いていれば補導される恐れもあったので家を飛び出してすぐにコスチュームに着替えて行く当ても特に考えずスイングで街を周った僕の足は自然と廃工場に向かっていた。

 いつの間にか降り出した雨が冷たく身体に打ち付けるが僕は気にせず工場跡のひときわ大きな煙突のてっぺんに座り込んでいた。

 考えることは一つ、先程伯父さん達に言ってしまったことだ。

 15歳になった現在、伯父さん達と一緒に暮らすようになってそろそろ10年になる。もはや父さん達と暮らしていた期間よりも伯父さん達との時間の方が長くなっている。

 もちろん父さんや母さんのことを忘れた日は一日もない。でも、同時に伯父さんと沙月おばさんは僕にとって第二の父であり母のような存在で、大事な家族だ。

 それなのに、頭に血が上っていたとはいえ、あんなことを言ってしまうなんて……。

 悲しそうに、申し訳なさそうに顔を歪めている二人の顔が頭から離れない。

 罪悪感と自己嫌悪が押し寄せてきて息苦しい。

 

「…………」

 

 見上げる空は真っ暗な雲に覆われて一筋の光も一つの星も見えない。ただただ冷たい雨が身体を打つばかりだ。

 雨に濡れたコスチュームの感触は肌に張り付き不快だが、泣いても涙がすぐに雨とまぎれてすぐに気にならなくなるのでそれだけは救いだ。

 これからどうするかとウダウダ考え続けている。

 今すぐ帰って伯父さんに謝れと言う自分と、帰ったところでどうしようもないと嘆く自分が頭の中で大喧嘩している。

 どっちの自分も頑固で答えは出ないまま平行線、お陰で考えが堂々巡りだ。

 そんな鬱々とした堂々巡りの思考の中に

 

「――ッ!?」

 

 ノイズのような直感が走る。

 半ば反射的に直感に従って煙突から飛び降りた視界の端にオレンジ色のテニスボールサイズの球体が見えた。

 その球体は中心に緑色の光を点滅させ、その点滅の瞬きの間隔が早まっていき――爆発した。

 爆発による風圧で吹き飛ばされた僕は

 

「がッ!?」

 

 工場の屋根に落ちそれだけで勢いは止まらずそのまま屋根を転がり落ちて地面に叩きつけられた。

 

「かはッ……」

 

 幸い骨折したりはなさそうだが叩きつけられた衝撃で肺の中の空気が強制的に吐き出させられ呼吸困難に一瞬なりながらなんとか息を整えようと荒い息を繰り返していた僕の耳に

 

「ハッハッハッハ~!!」

 

 腹の底に響くような笑い声が聞こえてきた。

 なんとか立ち上がれるだけの気力を振り絞った僕はフラフラになりながら体を起こせば、そこには怪しい風体の、恐らく男と思われる人物が立っていた。

 何故恐らくなのかと言えば、理由は単純、その人物が顔を仮面で隠しているからだ。

 全身をライダースーツのような緑色の光沢のあるスーツに包み、顔には黄色い目に耳まで裂けるような口、尖がった耳の、ファンタジーゲームなどに出てくるゴブリンのような仮面。その纏う雰囲気からしてただのコスプレしたチンピラなんかじゃない――『(ヴィラン)』だろう。

 体格の様子や先程の笑い声から恐らく男と思われる――そんな男が小躍りするように、まるで演劇の一幕のように芝居がかった口調で言う。

 

「見つけたぜェ~、蜘蛛小僧(スパイディ)~。俺の手下が世話になったらしいなァ~」

 

「部下…?世話…?」

 

 男の言葉にまだぼんやりと思考のまとまらないままオウム返しのように相手の発した言葉を繰り返す。

 そんな僕に男は変わらない調子で言う。

 

「お前が路地裏で殴ってフン縛って警察に突き出した奴らのことだァ」

 

「あぁ……」

 

 男の言葉に腰に手を当てながら背筋を伸ばして頷く。

 

「あの人達の知り合い?わざわざ来てもらって悪いんだけど、僕今立て込んでてさ。気持ちだけ受け取っておくから今日の所はお互いここで解散ってことにしない?」

 

「そうはいかねェなァ~」

 

 僕の言葉に男は肩を竦めて大仰にやれやれと言った様子でため息をつく。

 

「お前の世話になった奴らは部下とは言っても下っ端も下っ端だったが、それでも部下は部下だァ…俺は身内に優しいんだ、けじめはちゃんとつけねぇとだろォ?」

 

「……あ、そぉ…それは部下想いのいい上司だことで……」

 

 僕は言いながらため息をつく。

 伯父さんが正しかった、僕の考えが足りないせいでこんな面倒なことになったんだ。

 これを片付けたら、伯父さん達にちゃんと謝ろう。そして、ちゃんとこれまでしてきたことに決着をつけよう。

 そう思いながら僕は目の前の仮面の男に向き直って拳を構える。

 

「うん、そうだよね…納得できないよね……でも、僕もこの後予定があるから手短にね」

 

「ハッハァ~!そうツレないこと言うなよ!せっかくだからみんなで楽しくやろうぜェ?なあ、()()()()!」

 

「………へ?」

 

 男の言葉の直後、僕の視界に広がる光景に唖然とする。

 いったいどこに隠れていたのか、ゾロゾロと姿を現す一目でまっとうな生き方していないとわかる人達。20人はいるだろうか、そんな人たちが仮面の男の両脇から僕を囲う。

 

「お前の為にこんだけ頭数を揃えたんだァ、楽しくやろうぜェ!」

 

 言いながら仮面の男は両腕を大きく掲げ

 

「さぁ、パーティーの始まりだァ!」

 

 そう言って上げた両手を僕に向けて指し示す。

 それを合図に周りを取り囲んでいた人たちが一斉に僕に向かってくる。

 そんな光景に僕は焦りながら拳を構え直し

 

 ――ごめん、ベン伯父さん、沙月おばさん。帰るのちょっと遅れそうだ。

 

 心の中でそっと謝ったのだった。

 

 

 

 



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ep.5 「ピーター・パーカー:オリジン⑤」

今朝の私

大同爽「さぁて昨日お気に入り件数100件超えてたけど、今はどないに……え、200超えてる?……え、なんで急に?」

よくよく調べたらランキングに入ったようで、読んでいただいた方、評価いただいた方、お気に入り登録していただいた方、皆様本当にありがとうございます!
とても嬉しかったので最新話投稿します!




 この半年の間に僕はヒーローの真似事をする中でそれなりに場数を踏んでいた。

 事故に遭いそうになった子どもを助けたり、『敵』くずれのチンピラのする強盗などの犯罪行為、それこそ今日のつい今大勢に囲われる事態となった原因の女の子に善からぬことを働こうとしていたようなのを現行犯で取り押さえたり――そう言えばちゃんと確認してないけどあの襲われていた金髪をお団子二つ括りにしたセーラー服の彼女は大丈夫だっただろうか?――結構な場数を踏んでそれなりに経験を積んでいた……いや、積んだ気になっていた、と言う方が正しかったかもしれない。

 少なくとも20人の悪党に囲まれて絶賛窮地に追いやられている現状を考えれば嫌でも自分の自信が間違いだったかを痛感せざるを得ない。

 

「がッ!?」

 

 と、背後から殴ってきた拳を避けて逆に顔面に拳を叩き込みながら僕は半ば他人事のように考える。そして――

 

「うらぁッ!!」

 

「ぐぅッ!?」

 

 入れ替わりにまるで鞭のように伸びた腕を叩きつけられ僕はそのまま地面に叩きつけられた。

 しかし、そこで息をついている暇はない。すぐにスパイダーセンスに反応があり転がるように避ける。直後、一瞬前まで僕のいた場所に拳が叩きつけられる。

 ドゴッとかなり大きな音が聞こえたがその様子を確認する前に――

 

「おらぁッ!!」

 

「がはッ!?」

 

 背中に蹴りを入れられサッカーボールのように蹴り飛ばされた。

 蹴られた痛みに顔を顰めながらその勢いを利用して身体を捻って体勢を立て直して着地し――

 

「シッ!!」

 

「うおッ!?」

 

 肉食動物のような爪を目の前に振るわれ身体を逸らすことで回避。そのまま体を捻って逆に爪を振るった相手の首に回転の威力を加えた右足の蹴りを叩き込む。

 蹴りで倒れた相手が意識を失っているかどうかも確認できないまますぐさま別の相手が次々と仕掛けてくる。

 息つく暇もない、とはこのことだ。

 正直さっきからスパイダーセンスがひっきりなしに反応していて頭痛で頭が割れそうだ。吐き気もしてきた。――いや、吐き気は殴られたせいかも……。

 とにかく常日頃から何かと反応を示すスパイダーセンスがこれまでで一番反応している、この危機的状況は完全に大誤算だ。

 これまではスパイダーセンスは超便利な能力だと思っていたが、今はその超便利な能力を活かしきれていない。能力を活かせるだけの経験も力も自分で思っているよりなかった。おかげでスパイダーセンスの告げる危機の半分も回避できない。

 そして、もう一つ――

 

「ッ!!?」

 

 この乱戦に突入して何度目だろうか、背筋にゾクリと寒気を感じるほどのスパイダーセンスに従って身体を逸らす。と、何度も目にしたオレンジ色のボール型爆弾が目の前を通過し

 

「ふッ!」

 

 咄嗟の判断でそれを手で弾いて軌道を変える。直後――

 

――ボンッ!!!

 

「くッ!」

 

 爆風に弾き飛ばされる。

 地面を転がり身を起こして身構える。

 目の前では最初に現れた仮面の男――ゴブリンとでも呼ぼうか――が、僕の目の前に悠々と現れる、ヘンテコな乗り物に乗って。

 なんていったらうまく伝わるだろうか……そう!あれだ!だいぶ昔の超有名アニメ制作会社の代表作の一つ、某風の谷のお姫様が乗ってるグライダー!

 まあアレより尖ってるしあのお姫様よろしく手で手すり持って飛ぶんじゃなく両脚ついて飛んでるけど……それはともかくようはあんな感じの空飛ぶ乗り物に乗っていた。

 ゴブリンは地面から2mくらいのところで逆噴射で静止したまま部下たちに指示を出して待機させ、さっきと同じような低い声で笑う。

 

「ハッハァ~、なかなかやるじゃないか!見くびってたよ、もっとあっけなく終わると思ってたんだけどなァ!」

 

「ハァ…ハァ…それはどうも」

 

 ゴブリンの言葉に僕は息を整えながら言う。

 

「……ねぇ、僕からも一つ訊いてもいい?」

 

「なんだァ?」

 

「その乗り物や爆弾はアンタが作ったの?」

 

「ほう?いい質問だなァ」

 

 僕の質問にゴブリンは気をよくした様子で頷きながら朗らかに言う。

 

「そうだァ!このグライダーも爆弾も他にも俺様が作ったものはたくさんある!どれもこれも自信作ばかりだァ!」

 

「そうか……じゃあなんでその自信作たちをもっと別の使い方ができないんだ?」

 

「別の使い方ァ?それは人助けとか世のため人の為とか言うんじゃないだろうなァ?」

 

「そう言う使い方だよ」

 

「はぁッ!下らんッ!いい子ちゃんぶるな、反吐が出るッ!」

 

 ゴブリンは言いながら嘔吐する真似をして茶化すように言う。

 

「せっかくの力なら人の為に使うもんでしょ!?」

 

「甘いなァ!まだ世の中のことを何一つわかっていないガキの戯言だァ!」

 

 僕の言葉にやれやれと肩を竦めながら言うゴブリン。

 

「この発明たちも『個性』も俺達自身のものだァ。自分のために使って何が悪い?お前もそうだろォ?」

 

「一緒にするな!僕は人を助けるために使い、お前らは人を傷付けてる!」

 

「まあ、人それぞれだなァ」

 

 僕の言葉にゴブリンは頷く。

 

「俺達は俺達の道を選び、お前はヒーローの道を選んだ。まあそのヒーローの道も紛い物だがなァ」

 

「紛い物?」

 

「そうだろう?」

 

 ゴブリンは楽し気に僕を見る。

 

「お前はヒーローのように振舞っているが本物じゃあない、だろう?本物ならヴィジランテなんてやっていないもんなァ?」

 

「それは……」

 

「結局は所詮お前も俺達のように『力』を好き勝手に使う、同じ穴の狢ってわけだァ」

 

「…………」

 

 僕は言い返せなかった。

 言い淀んでいる僕にゴブリンは猗意地悪く笑いながらその距離を詰めてくる。

 

「同じ穴の狢なら…どうだ?こっち側に来ないか?」

 

「何…?」

 

「お前をここで虫けらの様に捻り潰すのはわけないことだが、選択の余地を与えてやる」

 

 言いながらズイッと顔を寄せてくるゴブリン。

 

「仲間になれ。俺の元で俺の手足として働け」

 

 言いながらゴブリンは手を差し出す。

 

「僕はあんたの手下を警察に突き出したんだぞ?それでも仲間にするのか?」

 

「確かになァ。だが、俺様も鬼じゃねェ。まだ年端もいかないガキを殺して悦に浸るより、ガキにこの世の条理ってものを教える方がよっぽど有意義だァ、だろう?」

 

 言いながらゴブリンは優しい声音で言う。

 

「お前もいい加減疲れたろう?今俺の手を取れば助けてやろう……どうだ?」

 

「…………」

 

 僕は数秒考え、ゴブリンの伸ばす手へ手を伸ばし

 

――パシッ

 

 弾き落とした。

 その瞬間周囲で静観していたゴブリンの手下たちがざわつく。

 

「……これが答えか?」

 

「ああ、そうだ」

 

 ゴブリンの問いに僕は頷く。

 

「例え、他の人から見たらアンタらと僕は大差ないのかもしれない。それでも、僕はアンタの手は取らない。人からなんて言われても、僕は僕の信じた『ヒーロー』の道を進みたい」

 

「そうかァ……」

 

 ゴブリンは頷きながら先ほどまでの優しげな雰囲気を引っ込め、元の邪悪な雰囲気に戻る。

 

「せっかくこの俺が手を差し伸べてやっているって言うのに、少しは賢いかと思ったが、所詮ガキはガキだなァ……例え相手がガキでも、俺は俺にNOと言うやつを許さねェ――やれ、お前ら!」

 

 憎々し気に言ったゴブリンは再び手下たちに命令を下す。

 再び手下たちは僕を殺すべく飛びかかってきた。

 

 

 ○

 

 

 

「ハァ…ハァ…ピーター、いったいどこに行ったんだ?」

 

 雨の降る中、傘を差しながら片手にはもう一本傘を持ってベンは夜の街を走っていた。

 直後――

 

――ドォンッ!!

 

「ッ!?」

 

 爆発音が響き町はずれの方向から煙が登る。

 

「……まさか、ピーター?」

 

 その煙にベンは胸騒ぎを感じ駆け出した。

 

 

 ○

 

 

 

「随分手こずらせてくれたもんだなァ」

 

 へたり込み力なく俯く僕。そんな僕にグライダーから降り立ったゴブリンは楽し気に言う。

 

「ひどく情けない姿だがそうなるのを選んだのはお前自身だァ」

 

 言いながら僕の頭を掴み無理矢理顔を上げさせる。

 周りは僕が倒した手下たちが倒れているがまだ半分くらいは残って周りを囲んでいる。

 僕自身もボロボロでコスチュームもあちこち穴が開き爆発で焦げたところもある。マスクも右目のあたりが破け顕わになっている。

 

「せっかくこの俺が手を差し伸べてやったって言うのに、お前は俺の顔に唾を吐きやがったァ――ハァっ!」

 

「がはッ!!」

 

 ゴブリンは言いながら僕の顔を殴る。

 倒れた僕を再び無理矢理に引き起こしゴブリンは憎々しげに言う。

 

「せめてもの情けだ、苦しまないように一息にあの世に送ってやろうじゃないかァ」

 

 言いながらゴブリンは右腕を上げる。とこぶしの両脇、手首からブレードが飛び出す。

 

「あの世で俺様に逆らったこと後悔するがいい!!」

 

 叫びながらブレードを振り被ったゴブリン――直後

 

――バコッ

 

 ゴブリンの肩に拳大の石がぶつかる。

 

「あぁん?」

 

 そのことに動きを止めたゴブリンはゆっくりと振り返り、石の飛んできた方向に視線を向ける。そこには――

 

「ベン…伯父さん……?」

 

 ベン伯父さんがゴブリンや周りの手下たちを睨んで立ってた。

 

「そ、その子を解放しろ!」

 

「あぁ?何だお前?」

 

「邪魔してんじゃねぇぞ!!」

 

 伯父さんの言葉に手下たちが怒声を上げるが伯父さんは一歩も引かず睨んでいる。

 

「伯父さん…!ダメだ、逃げて…!」

 

「ほう?アレはお前の知り合いかァ?」

 

 僕が振り絞って叫ぶと、その言葉にゴブリンは興味を示した様子で言い

 

「そうかそうか…お前の知り合いかァ…だったら――」

 

 言いながらゴブリンは左手首に取り付けられたデバイスを操作する。と、それに呼応してグライダーがゴブリンのそばに飛んでくる。ゴブリンはそんなグライダーからオレンジ色の爆弾を取り出し

 

「だったら、一緒にあの世に送ってやる。お前はそこで指を咥えて見てろ」

 

「ッ!?や、やめろ!!やめてくれ!!」

 

 ゴブリンの言葉に僕は叫ぶが、そんな僕の反応すらゴブリンには面白くて仕方がない様子で

 

「すべてはお前の陳腐なヒーローごっこが招いた結果だァ。恨むんなら、自分の浅はかな正義感を恨むんだなァ!!」

 

 ゴブリンは楽しげに言いながら爆弾のスイッチを押して伯父さんに向けて投げる。

 

「ッ!?」

 

 僕は満身創痍の身体に鞭打って伯父さんに向けて駆ける。

 手下たちがそれを阻もうと動こうとするが、ゴブリンは面白がっている様子でそれを制する。

 そんなゴブリンたちの様子も気にしている暇はない僕は伯父さんに向かって駆けながら叫ぶ、逃げろ、と。叫びながら爆弾へ糸を飛ばす。

 しかし、伯父さんが逃げようと足を踏み出しかけたところで、僕の糸も届かないままに、無情にも目の前で爆弾のカウントは刻まれ

 

――ドガンッ!!!

 

 爆弾が爆発した。

 その威力はこれまでで一番で少し離れていた僕も爆発に巻き込まれ吹き飛ばされ地面を転がる。

 マスクも半分破れ、爆発の炎に焙られて顔の皮膚が軽度に火傷を負ったのかヒリヒリとする。前髪がチリチリと焦げている音がする。

 

「ガフッ!」

 

 口の中に鉄の味が広がり思わず吐き出しながら恐る恐る顔を上げる。と、先程伯父さんが立っていたところには伯父さんの姿は無く、さらに離れた先に力なく倒れ伏す伯父さん姿があった。

 

「お…伯父さん……!ベン…伯父さん……!」

 

 僕はそんな伯父さんに向かって手を伸ばし

 

「ハッハァ~!!」

 

「がはッ!?」

 

 横からお腹を蹴られ地面を転がる。

 痛みに顔を顰めながら見れば、そこには小躍りするゴブリンが立っていた。

 

「哀れだなァ、お前が偽善的に行動しなければ、あの男もああはならなかったのに」

 

 言いながらゴブリンは倒れる僕に目線を合わせながら言う。

 

「俺を本気で怒らせたせいで、あの男は死んだんだァ」

 

 言いながら再びブレードを僕に向け

 

「精々あの世であの男によろしく言ってくれェ!!」

 

 叫びながら僕にブレードを振り下ろし

 

「ッ!!」

 

 僕はブレードの付け根のゴブリンの手首を掴んで受け止める。

 顔の数mm先で止まったブレードを押し返しながら僕はゴブリンを睨む。

 

「あぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 そのままゆっくりと立ち上がった僕は

 

「はぁぁッ!!!」

 

「があッ!?」

 

 ゴブリンを押し返し投げ飛ばした。

 

「あの世に行くのはお前だゴブリン……!」

 

 驚いているゴブリンを睨みながら叫んだ僕はそのまま追撃を仕掛け――

 

「お前ら何してる!?殺せェ!!」

 

 ゴブリンの叫びに手下たちが僕を阻みに襲い掛かってくる。でも、僕にはそんなこと気にしている暇はない。

 

「邪魔を、するなァァァッ!!」

 

 叫びながら足元の瓦礫に糸を飛ばし体を回転させてハンマー投げの要領で遠心力を乗せて一番側に迫っていた男の頭に叩きつける。そのまま瓦礫が砕けて白目を剥いている男の顔に念押しで殴りつけぶっ飛ばす。

 そのままさらに側に向かってきた別の男の顔に糸を張り付け引っ張り姿勢を崩した男の顔に膝蹴りを叩き込む。膝に男の鼻か頭蓋骨か、とにかく何か骨が折れる感触がしたが気にせずそのまま後頭部殴りつけ地面に叩きつける。

 その調子で来る相手を次々に叩き伏せながらゴブリンへ向かって行く。

 ゴブリンはそんな僕から距離を取るためかグライダーに乗り込んでいる最中だった。

 このまま飛び立たれると厄介だ。

 そう考えた僕は足元のマンホールの蓋に糸を張り付けながら向かってきた手下の一人を踏みつけて大きく跳び上がり、糸のついたマンホールの蓋を先程の瓦礫の様に振り回し

 

「はぁッ!!」

 

「なぁッ!?」

 

 ゴブリンのグライダーに叩き付ける。

 左の翼にマンホールの蓋が当たり推進力のバランスが崩れたらしいグライダーが煙を上げながら暴走する。

 ヨロヨロと揺れながらゴブリンにも制御できない様子で工場の建物のあちこちにぶつかりながら高速で飛んで行く。

 

「待てェ!!」

 

 グライダーの思わぬ動きに逃がすものかと追いかけようと糸を飛ばそうと右手を伸ばした僕は

 

「そこまでだッ!!全員動くな!!」

 

 響いた声とともにゴブリンに向け伸ばした右腕に白いマフラーのような布が巻き付く。

 しかし、今ここで止まればゴブリンを取り逃がす。

 気にせず糸を飛ばそうとして――

 

「ッ!?」

 

 巻き付いた布に強引に引っ張られ姿勢を崩し地面に叩きつけられる。

 

「ぐッ!?」

 

 叩きつけられたところから身を起こすと辺りに転がっていたり、まだ立っていたゴブリンの手下たちをヒーローと思われるコスチュームに身を包んだ人達が取り押さえていた。

 そして――

 

「ふッ!」

 

 僕の目の前にも僕の右腕に巻き付けられた布の持ち主らしいボサボサの髪に目元だけを隠したゴーグルをつけた黒ずくめの男が降り立つ。

 僕の腕に巻き付いた布を首元にマフラーのように巻いた男はゴーグルで隠れているが僕を見下ろしている様で

 

「シッ!!」

 

 素早く右腕を振るい僕の顎を撫でる様に叩いたと認識するとすぐに

 視界が回るように揺れ、僕の思考はブラックアウトした。

 

 

 




改めまして読んでいただいている皆様ありがとうございます!
お陰様でこの度ランキングに入ったりお気に入り件数も250件を超えました!
自分の中でお気に入り件数が200件行ったら連載にしようと思っていたので、連載にしようと思います!
ただお話のストックがピーターが雄英に入学することになる経緯――「ピーター・パーカー:オリジン」とおまけの番外編だけなのでそれ以降の入学してからの話は他に連載している小説と順番に投稿していこうと思いますので投稿頻度は落ちますのでご了承ください。
とりあえずまだ数話は隔週更新で投稿しますのでお楽しみに!




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ep.6 「ピーター・パーカー:オリジン⑥」

投稿設定の日付間違えてて日曜日すぎてしまいました。
すみません、少し遅刻して投稿します。
そんなわけで最新話です。





 

「――ぁ…」

 

 目が覚めて真っ先に見えたのは真っ白な見知らぬ天井だった。

 

「知らない天井……どこ、ここ…?」

 

 一人困惑しながらぼんやりと見上げていた僕は――

 

「――目が覚めたようだね」

 

「……誰、ですか?」

 

 横から聞こえた声に僕はぼんやりとした思考のまま顔を向けると、そこには三十代くらいの特徴は薄いが人のよさそうな男の人がいた。

 

「警察の塚内だ」

 

「警察……警察ッ!?」

 

 ぼんやりとした思考に流されそうになったがその単語に一瞬で覚醒した。

 慌てて身を起こそうとすれば――

 

「ッ!?」

 

 寝ていたベッドに縛り付けられていたせいで身動き取れなかった。

 

「え?なッ?何コレッ!?」

 

「すまない、だが悪いが君を拘束させてもらうよ。罪状は…わかってると思うが、とりあえず目下の案件は二日前の廃工場でのグリーンゴブリンとその手下たちとの一件だ」

 

「廃工場……ッ!?」

 

 いまだあやふやだった記憶が「グリーンゴブリン」「廃工場」の単語で一瞬で繋がる。そして同時に最悪の光景を思い出す。

 

「……あの、こんな事僕の立場で言うのはおかしいっていうことは重々承知してるんですけど、それでも、それでも一つだけ教えてほしいことがあるんです」

 

 僕は恐る恐るその男の人――塚内さんに視線を向けて訊く。

 

「伯父さんは……ベン・パーカーはどうなったんですか?」

 

「ッ!」

 

 僕の問いに塚内さんは困ったように眉を顰める。

 

「……ねぇ、どうなったんですか?生きてるんですよね?」

 

「………」

 

「ねぇッ!!」

 

 言い淀む塚内さんに僕は縋る思いでさらに問いかける。が――

 

「大変言いずらいが、君の伯父、ベン・パーカーさんは、あの晩我々警察やヒーローたちが駆け着けた時には、もう…手の施しようがなく――」

 

 塚内さんの口から告げられたのは――

 

「そのまま息を引き取ったんだ」

 

 ――最悪の答えだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――と言うのが君のこれまでの活動だ。間違いないかな?」

 

「はい、間違いないです」

 

 あれから詳しく検査を受けた。

 詳しい話を聞けば、どうやら僕は丸二日寝ていたらしい。だいぶ痛めつけられていたがどうやら回復力も上がっていたのと病院での治療が良かったらしく回復していた。爆風を受けた顔の火傷も軽度だったらしく痕も残らないようだ。

 そんなわけで医者からの許可も出たようで僕は警察病院から場所を移して警察の取調室に来ていた。

 現在僕の目の前に座る塚内さんは書類を開きながら僕がこれまでにしてきた活動を参照しながら確認をし終えたところだ。

 

「そして、一昨日の廃工場の件でこうして逮捕となったわけだが……」

 

「……あの、一つ訊いてもいいですか?」

 

「なんだい?」

 

 塚内さんの言葉をおずおずと遮って聞くと塚内さんは書類から顔を上げて頷く。

 

「あの時僕が戦ってた敵――グリーンゴブリンは捕まったんですか?」

 

「……いいや」

 

 僕の問いに塚内さんは首を振る。

 

「残念ながら君や奴の手下たちを取り押さえた時、同じように奴を捕まえるためにヒーローが向かったが、あの暴走状態のグライダーを逃げながら立て直してね。寸でのところで捕らえ損ねたんだ。目下全力で捜索中だよ」

 

「そうですか……」

 

「……すまない、君の伯父さんを手にかけた相手なのに」

 

「いえ……」

 

 塚内さんの言葉に首を振って応じる。

 

「すみません、もう一つ訊いてもいいですか?」

 

「ああ、いいよ。なんだい?」

 

「………僕は、僕はこれからどうなるんでしょうか?」

 

「…………」

 

 僕の問いに塚内さんは少し言い淀み

 

「……正直上も決めかねているらしくてね」

 

 ため息交じりに苦笑いを浮かべて言う。

 

「君の活動は確かにヴィジランテのそれだし、一番の違法行為は公共の場での『個性』の無断使用だ。でも、逆に言えばそれ以上の罪に問えないともいえる。いくら公共の場での『個性』の使用が禁止されているからと言って交通事故に遭いそうになった居る人を救うのに使うな、とは言えないし他にも君が使った場面は君の『個性』無しには助けられなかった人たちもたくさんいた。君が捕まえた犯罪者たちも現行犯ばかりだからそれも違法とは言えないしね」

 

 でも、と塚内さんは区切り

 

「だからと言って君の行動すべてを許すわけにはいかないんだ。いくら人を助けるためとはいえ積極的に自発的に『個性』を使用し無資格にも拘らずヒーロー活動をしていたことは、良しとすることはできない」

 

「……はい、重々理解してます」

 

 塚内さんの言葉に僕は頷く。

 

「言い訳はしません。伯父さんにもさんざん言われましたから……伯父さんの言っていたことは正しかったんです。それなのに…僕は……」

 

 そこが限界だった。

 塚本さんに教えてもらった伯父さんの死の事実、ずっと押し込んでいた気持ちが涙と一緒に溢れてくる。

 

「………少し休憩にしよう。飲み物でも持ってくるよ」

 

 そんな僕に塚本さんは優しい声音で言って部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらい経ったのか、一人ですすり泣いていた僕の目の前にそっと湯気の立つお茶の入った紙コップが置かれ

 

「使うかい?」

 

 一緒にハンカチが差し出された。その声は塚内さんとは違った。

 

「ありがとう…ございます……」

 

 僕はそのハンカチを受け取り涙を拭って顔を上げ――

 

「へ?」

 

 目の前にいたのは予想に反した見た目の人物(?)だった。

 その人物は真っ白な毛に覆われた1mくらいのネズミのような見た目だった。だが、僕が驚いたのは見た目のせいではない。

 『個性』が当たり前の世になり、『個性』が現れる以前の人間の様相とかけ離れた姿――俗に異形型と言われる人たちも珍しいものではないし、他の動物の特徴を持った人たちもたくさんいるので、今目の前にいるように完全に動物のような見た目の人もいないわけではないだろう。

 ただ、僕が引っ掛かったのはそこではなく、この人に対して働く僕のスパイダーセンスが、この人を普通の人間とは違うと告げている。というかどっちかと言うとネズミとか犬とかそう言う方面の動物に近いようなそんな感じがする。

 

「どうしたんだい?」

 

「あ、いえ…その……」

 

 目の前の人(?)は唖然とする僕に机から顔しか見えていないまま小首をかしげて訊く。僕は訊くべきかどうかと言い淀み

 

「その…塚内さんは……?」

 

 訊かないことにした。

 

「おっとすまないね!ちょっと君と話したくて塚内君に頼んで代わってもらったのさ!」

 

 僕の問いにその人は応え

 

「僕の名前は根津!よろしくね、ピーター君!」

 

「ど、どうも……」

 

 異様にフレンドリーな雰囲気と共に差し出される右手におずおずと握手する。

 

「それでピーター君、君の今後の扱いを決めるためにいくつか訊きたいんだけどいいかな?」

 

「は、はい」

 

 根津さんの問いに頷く。

 

「そうだね…まず、君は何故ヴィジランテ活動していたのかな?」

 

「……そうですね、ヒーローになりたかったんです。少しでもヒーローみたいに誰かの助けになれたらって、困ってる人を助けたかったんです」

 

「そうか、やり方はどうあれその気持ちは個人的にはいいと思うよ!じゃあ何故ヒーローになりたかったんだい?」

 

「……僕のように両親と死に別れる人を減らせればと思ったんです」

 

 根津さんの問いに僕は応える。

 

「僕の両親は僕が保育園の年長の頃に交通事故で死んだんです」

 

「そうか……それはさぞ寂しかっただろうね」

 

「ええ、そうですね。でもベン伯父さんと沙月おばさんが両親の分も愛情注いでくれたので孤独ではなかったです。……でも、そうは言っても両親が死んですぐの頃はすごく落ち込んでいたんです。そんな時にテレビでヒーローの…オールマイトの活躍を見たんです」

 

 根津さんの言葉に頷きながら続ける。

 

「凄いと思いました。どんな困っている人も必ず助けてしまえるその姿が眩しくて、もしもこの人が僕の両親の事故の現場にいれば当たり前のように助けたんじゃないかって。僕もオールマイトほどは無理でも、目の前で困っている人がいれば助けられるような、そんなヒーローになりたいと思ったんです」

 

「そうか……」

 

 僕の言葉に根津さんはゆっくりと頷き

 

「じゃあ、どうしてヒーロー養成高校に行ってちゃんとしたヒーローになる前に活動してしまったんだい?」

 

「それは…困っている人を見てみぬ振りできなかったから……」

 

 少し考え自分の中の答えを言葉にしていく。

 

「初めて僕が『個性』で助けたのはトラックに轢かれそうになっていた子どもでした。その子を助けた時、考えるより先に身体が動いていました。そして、思ったんです、ヒーローが頑張ってもどうしても手が回らない人がいるんじゃないかって。幸い僕の『個性』には危機察知の超直感みたいなものがあったので何か事件とかがあれば察知できましたし、そう言うので察知できなくても街中を周っていれば意外と困っている人はたくさんいたので……」

 

「なるほどね」

 

 根津さんは僕の答えに頷き

 

「……なんか、あの時と同じだ」

 

「どうしたんだい?」

 

 言葉を漏らした僕に根津さんが首を傾げる。

 

「いえ……伯父さんにも似たような話をしたんです」

 

 根津さんの問いに僕は苦笑いを浮かべて答える。

 

「伯父さんに僕がヴィジランテ…ヒーローの真似事しているのがバレた時同じように話して…伯父さんは僕のことを心配していってくれたのに、僕はそんな伯父さんにひどいことを言って……」

 

「…………」

 

「伯父さん、言ってたんです。僕はまだまだ子どもで、まだまだ未熟だから……『大いなる力には大いなる責任が伴う』って」

 

「それは、いい言葉だね。僕も背筋が伸びる思いだよ」

 

「でも、頭に血が上ってたのか僕にはそれが伯父さんが説教臭く思えて酷いことを言ってしまって。伯父さんが正しかったのに…伯父さんの言う通り僕が未熟で考えが足らなかったせいで伯父さんは……」

 

「……お悔やみを申し上げるよ」

 

 僕の言葉に頷きながら根津さんは言う。

 

「今君は伯父さんを亡くし、自分の行いに迷っていると思う。そんな君にあえて訊くが――」

 

 と、根津さんはそこで言葉を区切り

 

「もしもこれから君が困ってる人に出会ったら、君はどうする?」

 

 新たな問いを投げかけてきた。

 

「…………」

 

 その問いに僕は少し考え

 

「これを言うと反省してない様に思われるかもしれませんけど……たぶん僕は、また困っている人に会ったら…きっと、手を伸ばすと思います」

 

「ほう?」

 

 僕の言葉に根津さんは興味深そうに僕を見る。

 

「僕は、残念ながらヒーローじゃありません。でもだからって、目の前で困っている人を見捨てていい理由にならないと思うんです。なにより、そこで見捨ててしまったら、僕は一生後悔すると思うんです。だから、僕はその時やるべきことを後悔しないようにやりたいんです」

 

「…………」

 

 僕の答えを聞いた根津さんは考え込み。

 

「フフ、やっぱり君はこのまま終わらせてしまうのは惜しい人材だね!」

 

「は……?」

 

 笑いながら朗らかに言われた言葉に、僕は呆ける。

 そんな僕に根津さんはにっこりと微笑み

 

「最後にもう一つ質問をしよう――ピーター・パーカー君」

 

 言いながら僕の眼をじっと見つめ

 

「もしも君にヒーローになるチャンスをあげると言ったら、君はどうする?」

 

「え……?」

 

 ポカンと呆ける僕に根津さんは僕にそっと顔を向け

 

「君、『雄英高校』に来ないかい?」

 

「なんッ!?ゆう…えい…ッ!?」

 

 登場した単語に僕は唖然とする。

 

「な、なんで…?」

 

「なんでって、そりゃ僕が雄英高校の校長だからさ!」

 

「は…校長ッ!?」

 

 再びの衝撃に僕はあんぐりと口を開ける。

 目の前の人は思った以上に偉い人だった。

 

「ヒーローの根幹は人助け。そして、人助けを、正しいことをする人間を排斥するヒーロー養成高校なんてあっちゃいけない、だろう?そして、君の行動の根幹にはちゃんと人助けの、ヒーローの精神があったはずだ。君には見込みがある。ここで切って捨ててしまうには勿体ない」

 

「でも、僕は……」

 

「無論君の行動の全てを肯定することはできない。だから、君へのチャンスには制限をつける」

 

「制限…ですか?」

 

 僕の問いに頷いた根津さんはスッと手を出し

 

「一年間の期限付き。一年間の間の君の様子を観察し見込みがないと判断された場合、悪いけどこの話はおしまい。君はヒーローになる道を失う。その代わり、一年の間に君がヒーローになれる成果を見せることが出来れば残りの学生生活を送ることが許可される、と言うわけさ」

 

 言いながら手を伸ばし僕へと向ける。

 

「さあ、どうする?」

 

「ッ!」

 

 僕は根津さんの言葉に言葉を失い、何度も頭の中で今の根津さんの話を反復する。

 考えに考えた末、僕は――

 

「少し…時間を貰えませんか?」

 

 そっと目を伏せた。

 

「構わんが、どうしてだい?」

 

 そんな僕に根津さんは問いかける。

 

「正直に言えば、僕は今すぐにでもあなたの手を取りたい気持ちはあります。でも、その手を取る前に、僕はちゃんと向き合わなければいけないことが…会って話をしなきゃいけない相手がいるんです」

 

「ほう?それは誰かな?」

 

 根津さんの問いに僕は頷きながら顔を上げ

 

「おばさんに…沙月おばさんに会って、ちゃんと話しておきたいんです」

 

 覚悟を決めて口にした。

 

 

 



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ep.7 「ピーター・パーカー:オリジン⑦」

投降する前に読み返して納得いかないところを直してたら遅刻しました(;^ω^)
申し訳ありません!
というわけで最新話……というか、実は「ピーター・パーカー:オリジン」は今回の話が最後、次回からは原作本編の時間軸に入ります!
と言うわけで最新話です!





 取り調べから一週間が経った。

 現在僕はベン伯父さん達に引き取られてから十年近くを過ごした自宅の前に立っていた。

 ただし、これは釈放されたことによる帰宅ではない。その証拠に――

 

「ありがとうございます、場所を自宅にしてもらって……」

 

「気にしないでくれ。君もよく知る場所で話す方がいいだろう?」

 

 僕の言葉に隣に立っていた塚内さんが答える。

 今回の僕の帰宅は一週間前の取り調べの際の根津校長との話に起因する。

 雄英高校へ来ないかと誘われた僕は答えを迷った。伯父さんのことがあって僕は『ヒーロー』になる資格があるのか。何より、おばさんにはちゃんと話をしたかった。

 そのため今日は沙月おばさんと話す為に一時的に自宅に連れて来てもらえた。

ただ、僕も何もなしで外出の許可は出ないのでこうして警察官である塚内さんがついて、腕には手錠がかけられ左足にはGPS付きのバンドが巻かれている。

 

「さあ、行こうか。家の中で君が来るのを待っているよ」

 

「……はい」

 

 塚内さんに促され僕は玄関に向かって行く。

 

「…………」

 

 玄関の扉のノブに手をかけ、そこで手が止まる。

 これを開け、おばさんに会った時、一体おばさんはどんな顔をしているだろうか?第一声はなんと言われるのだろうか?

 怒鳴られるかもしれない。罵られるかもしれない。

 今日ほど自宅に戻るのが怖いと思ったことは無い。

 

「………よしッ」

 

 それでも僕は気合を入れ玄関の扉を開く。

 そこには――

 

「ッ!?」

 

 おばさんが僕が来るのを玄関ホールに立って待っていた。

 

「さつき…おばさん……その……」

 

「…………」

 

 おばさんの顔を見た瞬間先程までの覚悟は急にしぼんでしまい僕はモゴモゴとしどろもどろになる。

 そんな僕におばさんはゆっくりと土間におりて

 

「ッ!?」

 

 そっと、優しく抱きしめられた。

 

「お、おばさん……?」

 

 困惑する僕の背中を優しく撫でながらおばさんは

 

「おかえり、ピーター」

 

 優しく言った。その言葉に僕は

 

「……ただいま」

 

 自然と返していた。

 

 

 ○

 

 

 

「疲れたでしょう?座って、今お茶を淹れるから」

 

「うん、ありがとう……」

 

 おばさんに言われ僕はおずおずとリビングの椅子に座る。

 ちなみに塚内さんは玄関で待っている。二人で話をできるように、と気を利かせてくれたらしい。その時に手錠も外してくれた。

 

「お腹空いてない?警察ではちゃんとご飯貰えてるの?」

 

「うん、ちゃんと三食貰えてるよ」

 

「そう、よかったわ」

 

 キッチンに立つおばさんはそう言って微笑み両手にマグカップを持ってテーブルにやって来る。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

 おばさんは僕の前に湯気の立つコーヒーの入ったマグカップを置き、自分は向かいに座る。

 

「怪我は大丈夫?」

 

「うん…ちゃんと病院で診てもらったから……」

 

「そう」

 

 言いながらおばさんはコーヒーに口を付ける。

 僕も同じようにコーヒーを飲み

 

「……おばさん」

 

 意を決して口を開く。

 

「おばさん……ごめんなさい」

 

「…………」

 

「僕のせいでベン叔父さんは……」

 

 おばさんは僕の言葉にそっと頷き

 

「……あの晩、あなたが飛び出して行った後、ベンと話したの」

 

 おばさんは口を開く。

 

「ベンは言っていたわ。あなたの事、頭ごなしに否定しすぎたって」

 

「そんなこと……!」

 

 否定しようとした僕の言葉をおばさんは首を振って遮る。

 

「あなたに助けられたって人の話を調べたの。あなた知ってる?『スパイダーマン』って調べたらあなたに助けられたって人の話やあなたを称賛する声をまとめたサイトが出てくるの」

 

「まあ一応見たことあるよ……」

 

 おばさんの問いに答える。

 本当は一日に一回は必ず閲覧していた。ネットで賞賛されているのが嬉しかった。まるで本物のヒーローになれたような気がしたから。

 でも、結局はそれも……

 

「あのサイトでも紹介されてたけど、あなた事故に遭いそうになった子どもを助けたことが何度かあったのね」

 

「うん、まあね……」

 

「……すごいわね、本当にヒーローみたい」

 

「え……?」

 

 おばさんの思わぬ言葉に茫然と顔を上げる。

 

「確かにあなたは無資格で活動していたわ。でも、あなたが助けた人たちにとっては、きっとあなたは『ヒーロー』だったはずよ」

 

「おばさん……」

 

「ベンに同じことを言ったら、彼もそうだって頷いてた」

 

 おばさんは言いながら優しく微笑む。

 

「ベン言ってたわ、あなたのしたことはやり方は間違っていたのかもしれないけど、やろうとしていたこと、助けた命は正しかったって……だからちゃんと話をしないとってあなたを探しに出て…それで……」

 

 おばさんは言いながら徐々に何かを堪えるように口籠る。

 

「おばさん、その…伯父さんの事、本当に……」

 

「謝らないで、ピーター」

 

 おばさんは優しい声音で言いながら首を振る。

 

「ベンを殺したのはあなたじゃない。悪いのは直接手を下した『(ヴィラン)』よ。少なくとも私はあなたを恨んだり怒るつもりはないわ」

 

「…………」

 

 だとしても、僕はおばさんの言葉に頷けなかった。

 例え伯父さんを殺したのが『敵』――グリーンゴブリンだとしても

 

「おばさんはそう言ってくれても、僕はやっぱり伯父さんが死んだ原因は僕にあると思うから……」

 

 言いながら僕は俯き

 

「……実は、雄英高校に来ないかって誘われたんだ」

 

「え、ホントに!?凄いじゃない!」

 

「でも、僕はそれにすぐに返事できなかったんだ」

 

「え?どうして?」

 

 おばさんは驚いた様子で訊く。

 

「伯父さんが死ぬ原因になった僕が『ヒーロー』になれるのかなって……例えヒーローになれたとしても、また同じような過ちを犯すんじゃないかって……どうすればいいかわからないんだ」

 

「そう……」

 

 僕の言葉におばさんは頷き

 

「なら、一番難しいことからはじめなさい」

 

「一番難しいこと……?」

 

「そう、自分自身を許すことから」

 

 そう言っておばさんは優しく微笑む。

 

「私はあなたを信じてるわ。あなたはいい人間よ。あなたは解決する方法をきっと見つけるわ」

 

「おばさん……」

 

「自分を許して、また『ヒーロー』を目指すことが出来たら、きっとあなたはいいヒーローになれるわ。痛みを知ってるあなたなら、同じ痛みを持ってる子を救うことが出来る」

 

 おばさんは言いながら机の上で組んでいた僕の手にそっと自分の手を添える。

 

「子ども達にはヒーローが必要なの。勇気があって自分を犠牲にしてまで、私達の手本となる人。みんなヒーローが好きなの。その姿を見たがり、応援し、名前を呼ぶ。何年も経ってみんな語り継ぐの、諦めないことを教えてくれたヒーローがいたことを。私は誰もが心の中にヒーローがいると思ってる。そのおかげで、正直で、勇気を持ち、気高くいられ、そして最後には誇りを持って死ねるの。でもそのためには常に他人のことを考えて、時には一番大切な物でさえ諦めなければならないこともある。自分の夢さえもね」

 

「……僕に、できるかな?」

 

「できるわよ」

 

 呟くように訊く僕におばさんはニッコリ微笑む。

 

「私も、ベンもそう信じてるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――おばさんと話してから数か月後、僕は

 

「……よしッ」

 

 真新しい制服に身を包み、新たな学び舎――雄英高校、その職員室にいた。

 

「やあ!制服よく似合ってるじゃないか!」

 

出迎えてくれた根津校長先生はそう言って朗らかに微笑む。

 

「君が入学を決めてくれて本当によかったよ!よく決めてくれたね!」

 

「いえ、こちらこそご期待に添えるように頑張ります!」

 

 根津校長に僕は頭を下げる。

 

「ああ、これから君に待ち受けているのは茨の道だろうけど、頑張ってね!」

 

「はい!」

 

 根津校長の言葉に頷く。

 

「さ、それじゃあさっそく君の担任を紹介しよう!君の入学は特殊だから入学初日に来た転入生って扱いになるんだ!だから担任と一緒にHRから参加してもらうね!」

 

「わかりました」

 

 僕が頷いたのを確認した根津校長は頷き

 

「相澤先生!」

 

「…はい」

 

 呼びかけられた人物、ぼさぼさの髪に全身黒ずくめの男の人が歩み寄ってくる。

 

「彼が君の所属する1年A組の担任、相澤消太君だ!」

 

「…相澤だ」

 

「…………」

 

 覇気のない様子で言う相澤先生に僕は唖然とする。

 

「あなた…もしかして……」

 

「…あの廃工場で捕まえて以来だな」

 

「やっぱり!!」

 

 相澤先生の言葉に思わず叫ぶ。

 全体的な雰囲気とそっくりだと思ったが、まさかの本人だった。

 

「…あの時はまさかこんなふうに再会するとは思わなかったが、人生何があるかわからないものだな」

 

 と、相澤先生は皮肉げに笑い

 

「…ちなみに俺はお前にヒーローの素質があるか懐疑的だ。厳しく見るから覚悟しておけ」

 

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

「ああ」

 

 相澤先生は頷き

 

「それじゃあ、そろそろいい時間なので教室に向かいます」

 

「うん!よろしく!パーカー君も頑張ってね!」

 

「え、あ、はい……」

 

 頷いた僕を見て相澤先生は歩き出し

 

「え、あ、ちょ、ちょっと待ってください!」

 

「…なんだ?」

 

 呼び止めた僕に相澤先生が面倒臭そうに振り返る。

 

「あ、あの…僕のこの手錠はいつ外してくれるんでしょうか?警察では雄英に着いたら外してもらえるって聞いてたんですが……」

 

「あぁ~……」

 

 僕の問いに相澤先生は面倒臭そうに頭を掻き

 

「お前、教室までそのまま来い」

 

「………はい?」

 

 思わぬ言葉に僕は茫然と聞き返す。

 

「…他の生徒にお前のことわからせるにはその方が手っ取り早い。合理的に行く」

 

「いや…でも……えぇ~……」

 

 困惑する僕に相澤先生はため息をつき

 

「…いいからさっさと着いて来い。時間は有限なんだよ」

 

「は、はい……」

 

 ギロッと睨む相澤先生の眼にいくら言っても覆らないと悟り渋々頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――こうして僕のヒーローを目指す新たな日々が始まった。

 

――これから何が待っていようと僕は人生を受け入れる。

 

――そして、この言葉は二度と忘れない

 

――大いなる力には、大いなる責任が伴う。

 

――僕に与えられた力は、僕を一生呪うだろう。

 

――僕が誰かって?

 

――僕は、スパイダーマン

 

 

 




と言う訳でこれにてピーター・パーカーが雄英高校に来るまでのお話でした!
次回から原作に入る予定になります!
が、ストックがあったのがここまでの上、最近このお話ばかり更新していたので連載中の他の作品と兼ね合いを見ながら更新になるので更新頻度が落ちますがご了承ください!

ここまでお読みいただきありがとうございます!
引き続きヒロアカ世界のピーター・パーカーの物語を楽しんでもらえるように頑張りますのでよろしくお願いします!
評価や感想を頂けると作者は大喜びでモチベーションが上がっていきますのでお手間でなければよろしくお願いします!




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ep.8 「転校初日」

お久しぶりです。
投稿が遅くなってしまってすみません。
ストーリーを練っていて遅くなりましたが本格的に原作に入ります。
そんなわけで最新話です!





 

「改めて説明する…」

 

 僕を含めた21人の生徒が全員体操服に着替えてグラウンドに集まると、相澤先生は口を開いた。

 

「今からお前達にやってもらうのは個性把握テスト…お前達も中学まででやったことあるだろ、『個性』使用禁止の体力測定…『個性』が当たり前になって随分になるが国ははいまだに画一的な記録をとって平均を取り続けている…合理的じゃない、まあ文科省の怠慢だな…」

 

 言いながら相澤先生は並んでいる僕らの中からツンツン頭の目つきの鋭い男子を見る。

 

「実技入試成績のトップは爆豪だったな」

 

「おう」

 

「中学の時、ソフトボール投げ何mだった?」

 

「…67m」

 

「じゃ、『個性』を使ってやってみろ」

 

 言いながら相澤先生をは横に置いていた箱からボールを取り出し爆豪と呼んだ人物に投げ渡しソフトボール投げのサークルに立たせる。

 

「円からでなきゃ何してもいい…思いっきりな…」

 

「……んじゃ、まぁ…」

 

 爆豪君は右手でボールを持って腕の筋を伸ばしてから身構え――

 

「死ねぇぇぇぇッ!!」

 

 怒声と共にボールが爆発を帯びて高速で飛んで行く。と、言うか――

 

(今、死ねって言ったよね……?)

 

「……死ね?」

 

 僕の思考と同じタイミングで隣に立っていたモジャモジャ頭の男子も呟く。

 恐らく僕達以外にも疑問符が浮かぶ中で相澤先生は特にそこには触れず口を開く。

 

「まず自分の最大限を知る…それがヒーローの素地を形成する合理的手段だ…」

 

 言いながら取り出したデバイスの画面を確認した相澤先生は僕らにその画面を見せる。

 そこにはボールが飛んだであろう記録――「705.2m」の文字が表示されていた。

 

『おぉぉぉぉッ!!』

 

 その数字に一気にクラスメイト達が湧きたつ。

 

「705mってマジかよ…!」

 

「ナニコレ!?面白そうッ!」

 

「『個性』思いっきり使えんだ!流石ヒーロー科!」

 

 口々に興奮を隠しきれない様子でクラスメイト達が言う中、そんな様子を冷めた目で見ていた相澤先生が

 

「面白そう…か……ヒーローになるための三年間、そんな腹積もりで過ごすのかい?」

 

 冷めた声で呟く声が興奮していたみんなも一瞬静まり返る。

 

「……よし、八種目トータル成績最下位の者は『見込無し』と判断し、『除籍処分』としよう」

 

『はぁぁぁぁぁぁッ!?』

 

 その言葉を聞いた瞬間、今までで一番の大声で全員叫ぶ。もちろん僕も思わず叫んでいた。

 

「生徒の如何は俺達教師の自由…」

 

 困惑する僕達に相澤先生はおよそヒーローらしからぬ鋭い眼光の笑みを浮かべながらボサボサの髪を掻き上げ

 

「ようこそ、これが『雄英高校ヒーロー科』だッ!」

 

 クラスメイト各々が大なり小なり衝撃を受けているのを感じる。そして、例にもれず僕もだ。

 一時は潰えかけた夢をもう一度追いかけるチャンスに巡り合えた。なんとしてもここで食らいつかねば!

 ――と、静かに闘志を燃やしていた僕だったが

 

「あ、そうだ…パーカー、お前は入学前に粗方データはとってるから今回は見学な…でも、順位には反映させるから」

 

「……え?」

 

「ほんの数日で記録が格段に良くなったりしないからな、時間の節約だ…」

 

「えぇぇぇ……」

 

 僕の燃やしていた闘志は一瞬で無意味になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで始まった個性把握テスト、クラスメイト達はみんなそれぞれの『個性』を活かして好記録をたたき出していく。

 50m走では脹脛にバイクや車のマフラーのような物がついているメガネの男子が爆走したり、お腹からビームを出して飛ぶ男子――1秒以上出すとお腹壊しちゃうんだよねェ、と何故か決め顔で言っていた――ソフトボール投げでデモンストレーションをしていた彼は両手で爆発を起こして推進力にしたり、とそれぞれ創意工夫を行っていた。

 他にも、

――握力測定では複数の腕を持つ男子が同時にその複数の腕で器具を持って計測し500㎏を記録したり

――立ち幅跳びでは50m走の時の様に爆豪君が爆発を利用して跳んだり、レーザーの彼が飛んだりはしたが単純な跳躍力では黒髪の女生徒がまるでカエルのようなフォームで記録を出したり

――反復横跳びではクラスで一番小柄な男子が特徴的なブドウみたいな髪の毛をモギモギしてくっつけそれを反発させていたり

 みんなそれぞれで得意な競技で記録を出しているようだった。

 そんなこんなで折り返しの五種目目、最初のデモンストレーションで行われたソフトボール投げにて、とんでもない記録が出た。

 ボブカットのどこか麗らかのんびりとした印象の女子が投げたボールは速度こそゆったりとしていたもののクルクルと回転しながら勢いが弱まることなくドンドン飛んで行き――

 

『∞ッ!?』

 

 相澤先生の持つデバイスに表示された異次元な数値に僕を含めクラスメイト達は唖然とする。

 と、そんな僕を含めたクラスメイト達の興奮を他所に――

 

「ど、どうしよう……」

 

 横で青い顔をして震えるモジャモジャ頭の男子の呟きを聞く。

 

「………」

 

 一瞬迷った僕は

 

「……あ、あの」

 

「ッ!?」

 

 意を決して話しかけた。

 

「だ、大丈夫?顔色悪いけど、体調悪い?保健室行く?」

 

「だ、大丈夫!へ、平気だから!」

 

「でも…」

 

「ほ、ホントに!ホントに大丈夫!」

 

「……そ、そっか…でも無理しないようにね」

 

「う、うん…ありがとう……」

 

 そう言ってモジャモジャ髪の彼はぎこちなく笑いながら視線を逸らす。

 なんと言うか教室に入ってから僕に対する周囲の空気はどこか余所余所しい。

 この個性把握テストが始まり本格的にクラスに混ざったが特に誰からも話しかけられることは無く、さりとてみんな無関心なのかと言えばそうではなく、まるで品定めでもするようにチラチラと見られている視線を感じる。

 やはりファーストコンタクトがいけなかった。誰だって入学初日にごつい手錠を掛けられたやつが現れて「今日から一緒に勉強するからよろしく!」なんて言われても受け入れられるわけがない。

 それもこれも相澤先生が手錠を外してくれなかったせいだ、と恨みを込めた視線で相澤先生を睨むが

 

「じゃあ次、緑谷…」

 

「は、はい!」

 

 どこ吹く風で記録を続けている。

 相澤先生の呼びかけで先程のモジャモジャ頭の彼が返事をしてサークルに立つ。

 

「緑谷君は、このままだとマズいぞ」

 

 メガネの彼――飯田君と言うらしい――が神妙な面持ちで言う。

 

「あぁ?たりめぇだ!『無個性』のザコだぞ!」

 

 そんな彼に爆豪君が緑谷君を指さしながら言う。

 

「なッ!?『無個性』!?」

 

「ッ!?」

 

 爆豪君の言葉に飯田君、そして、こっそり聞き耳を立てていた僕は息を飲む。

 

「彼が入試時に何をしたのか知らんのか!?」

 

「あぁ?」

 

 怪訝そうに飯田君の言葉に眉を顰める爆豪君を尻目に僕は改めて緑谷君を見る。

 未だに顔色が良くなく覇気がない。同時に思い出す、彼はこれまでの四種目で大した記録を出していなかった。彼はこのままでは自身が除籍処分になることを危惧していたからこそ、緊張とプレッシャーで押しつぶされそうになっているのだろう。

 その姿は少し前のまだ『個性』の発現する前の自分に重なって見えて、僕は何とも言えない感情を覚えた。

 と、そんな中で緊張の面持ちの緑谷君は意を決したようにボールを振り被り――

 

「ッ!?」

 

 その瞬間、僕の首筋にビリビリとした感覚が走る。

 一瞬痛みにも思えるそれはこれまで感じたことのないレベルで警鐘を鳴らす超直感――スパイダーセンスだとわかると同時に僕は目を疑う。

 『無個性』と聞いたはずの緑谷君の腕が眩く光っているように見えた気がした。

 ボールを投げるフォームが進むにつれてスパイダーセンスの警鐘が強まっていき――ふいに消えた。

 直後――

 

「てやぁッ!!」

 

 緑谷君は思い切りボールを投げた、が、それは――

 

「ヨンジュウロクメートル」

 

 記録を読み上げた観測用のロボットの機械音声の通り、確かに記録は普通に見れば良い方だろう。しかし、個性を使っての中では見劣りする。

 

「なッ!?確かに今使おうって……」

 

 困惑する緑谷君は自身の右手を茫然と見ている。

 僕も困惑する。

 今のスパイダーセンスの反応は間違いなく本物。もしあのままであればとんでもない記録が出たのではないかと思う。だが、そうはならなかった。いったいどうして?そもそも『無個性』のはずの彼が何故あれほどの爆発的なエネルギーを見せたのか?

 疑問符が浮かぶ僕を他所に

 

「『個性』を消した」

 

 相澤先生の言葉が聞こえる。

 

「つくづくあの入試は合理性に欠くよ。お前のような奴も入学できてしまう」

 

「『個性』を消した……?」

 

 困惑する緑谷君だったが

 

「ッ!?そのゴーグル!そうかッ!見ただけで人の『個性』を抹消する『個性』!抹消ヒーロー、イレイザーヘッド!」

 

 どこか興奮を帯びた声で緑谷君が言う。

 なるほど相澤先生の正体は「イレイザーヘッド」だったのか。

 

「イレイザー?誰それ?」

 

「俺知らない」

 

 クラスメイト達も口々に呟いているが無理もない。

 イレイザーヘッドと言えばアングラ系ヒーローでメディアの露出も極端に少ない。僕も以前にヒーローの特集雑誌の隅にあった記事を読んだ覚えがあるが極端に情報が少なかったはずだ。

 そんなクラスメイト達を他所に相澤先生は緑谷君に歩み寄り

 

「見たとこ、『個性』が制御できないんだろ?」

 

「ッ!?」

 

「また行動不能になって誰かに助けてもらうつもりだったか?」

 

「ッ!そ、そんなつもりじゃ――」

 

 睨むように言う相澤先生の言葉に緑谷君が息を飲み反論しようとする。が、それより早く相澤先生は自身の首元の布を素早く飛ばし緑谷君を巻き付け引き寄せる。

 そのまま何かボソボソと言われる緑谷君。

 相澤先生はこちらに背中を向けているので何を言い、どんな表情なのかわからないが、緑谷君の悲痛な表情が、かなり深刻なことを言われていることを物語っていた。

 そのまま話は終わったようで拘束を解かれた緑谷君を見下ろしながら

 

「お前の『個性』は戻した。ボール投げは二回だ、とっとと済ませな」

 

 そう言って踵を返し元の位置に戻る。

 

「指導を受けていたようだな」

 

「除籍宣告だろォ」

 

 僕のそばで心配そうに見ている飯田君とどうでもよさそうに爆豪君を見ながら僕は緑谷君の様子を見る。

 一層青い顔をした彼は再びサークルに立ちながらブツブツと何かを呟いている。

 しかし、再び意を決した様子で目に闘志を灯した彼は大きく振り被り、投球フォームに入る。

 その瞬間僕のスパイダーセンスも再び反応――しかし、先程のような痛いほどのモノではなくいつもと同じか少しピリッとする程度の反応で

 

「スゥゥマァァッシュッ!!」

 

 叫びと共に緑谷君の手からボールが放たれる。

 ボールは突風を起こし、まるで爆豪君が投げた時のような衝撃を発しながら高速で飛んで行く。

 高速のまま大きく弧を描いて飛んで行ったボールは地面に落ち、相澤先生の持つデバイスに「705.3m」という記録を表示する。

 

『ッ!?』

 

 驚く僕達の視線を受けながら

 

「先生…ッ!」

 

 緑谷君が何かを堪えるような声で呼びかける。

 見れば彼の右腕の人差し指は赤黒く変色していた。

 

「まだ…動けますッ!」

 

 その瞬間後ろ姿でも相澤先生の雰囲気が変わったのを感じた。

 

「コイツッ…!」

 

 そう呟いた声にはどこか喜色を孕んでいる気がした。

 

「700mを超えたぁッ!?」

 

 クラスメイト達が驚きの声を漏らす中

 

「やっとヒーローらしい記録出たよ~!」

 

 ほんわか麗らかとした雰囲気の女子――麗日さんが自分のことの様に喜び

 

「指が腫れ上がっている!?入試の時と言いおかしな『個性』だ」

 

 飯田君が呟いている。

 爆豪君の口ぶりからして彼と緑谷君は以前から知り合いだったのだろう。だから、彼の言う「緑谷君は『無個性』」と言うことは恐らく真実。

 しかし、飯田君の口ぶりや今の記録を見るに『無個性』とは考えずらい。

 また、彼の腫れあがった指、まるで自分の出したパワーに耐え切れず壊れてしまったかのように見える。

 ここから推察できること、それは――彼は僕と同じつい最近まで正真正銘の『無個性』だったが後天的に『個性』が発現したレアケース、ということではないだろうか。

 それならば爆豪君が緑谷君を『無個性』と思っていたことにも説明がつく。恐らく彼は緑谷君が『個性』を発揮した場面に初めて遭遇したのだろう。

 また、彼の指が腫れ上がっているのも推察はできる。

 以前に読んだ科学雑誌で『個性』についての研究の論文の中に、世代を重ねるごとに『個性』が複雑化しそれに肉体の進化が追い付いていない、と言った論文を見た覚えがある。

 緑谷君のそれも最初『無個性』だった肉体に遅れて『個性』が発現したことで、能力に見合った肉体がまだ出来上がっていない、ということなのではないだろうか?

 そこまで考えたところで、なんとも自分と重なる部分を感じ僕は人知れず彼にシンパシーのような物を感じてしまった。

 と、そんな僕の感慨を打ち消すように首筋の産毛が逆立つようなスパイダーセンスの感覚を覚え、直後

 

「どういうことだコラァ!」

 

 怒声と共に数発の小さな爆発音が聞こえ、視界の端に人影が駆け出すのを捉えた瞬間、反射的に身体が動いた。

 

「訳を言えデクてめぇ!!」

 

 叫び飛びかかる爆豪君、対して恐怖で硬直する緑谷君の様子をどこかスロー映像を見るような感覚を覚えながら僕は素早く爆豪君に右手を向け

 

「シッ!」

 

 素早く糸を伸ばし、爆豪君を引き戻す。

 

「何ッ!?がッ!?」

 

 急に後ろから引かれ勢いを殺された爆豪君はそのまま地面に背中から倒れる。

 そんな彼にダメ押しで

 

「シッ!シッ!シッ!シッ!」

 

 彼の四肢、手首と足首を糸で地面に縫い付ける。

 そこまで、ほぼ反射的にした後で――

 

「……あ」

 

 そこで、やっと理性的な思考が追い付く。

 いや、逃げる犯罪者を拘束する感覚でついやっちゃったけど、何クラスメイト拘束しちゃってんの僕ッ!?

 

「んだこの糸!かてェッ!!」

 

「あ、いや…そのぉ~……」

 

 拘束を解こうと暴れる爆豪君だったが鋼鉄のワイヤー並の強度の糸はびくともしない。

 僕は恐る恐る振り返りクラスメイト達の様子を窺うと――

 

『………』

 

 全員もれなく唖然としていた。

 唖然と言うかもはやドン引きのレベルではないだろうか?

 ただでさえ手錠をして登場した異質なファーストコンタクトで距離を置かれていたのに、ここに来て一気に溝が広まっただろう。

 

 ――グッバイ、僕の高校生活……

 

 と、人知れず涙していた僕だったが

 

「い、今のなんだよッ!?」

 

「まるでプロのヒーローみたいに無駄なく素早く拘束したぞッ!?」

 

「手から糸を出す『個性』なのかな?」

 

 そんなクラスメイト達の呟きで思考が戻る。

 

「ていうか今の動きどっかで見たことあるような……?」

 

「糸を出すときの動きとか、あの特徴的な手の形……」

 

 クラスメイト達の最初の表情は当然のことに驚きが多かったようで、今は興味が勝っているようで口々に言い合い

 

「も、もしかして、スパイダーマン…?」

 

 緑谷君が呟いた一言が決定打となり

 

「そうだ!スパイダーマンだ!」

 

「間違いねぇよ!俺何回も動画で見たことある!あの糸出す動きとか手の形とかまんまだ!」

 

「マジッ!?同い年だったの!?もっと大人なんだと思ってた!」

 

 困惑と興味が一気に興奮に変わった。

 

「あ、いや…その……」

 

 興奮と興味の視線、口々に聞く動画を見ただとかの言葉に驚きながらも反応に困っていた僕は

 

「静かにしろ…!授業中だぞ…!」

 

 相澤先生の言葉に水を打ったように静かになったクラスメイト達にホッと人知れず安堵しながらそそくさと元の隅に戻ろうとして

 

「パーカー、これ終わったら職員室な」

 

「……はい」

 

 無慈悲な言葉にガックリと肩を落とした。

 

「おいテメェ!そこのクモ野郎!ボケッとしてねぇでさっさとこれほどきやがれ!」

 

「あッ、ご、ごめんッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、つつがなく残りの種目の計測は終わった。

 あれから緑谷君は残りの種目でも目立つ記録は出せず、最後の持久走もビリとなっていた。

 あと、話は変わるかもしれないが、持久走でバイクに乗って爆走していたポニーテールの女子がいたがアレはありなのだろうか?というかどういう個性ならバイクを出せるのだろうか?

 そんな疑問は置いておいて、そんなこんなで最終の結果発表。

 相澤先生のデバイスから投影されたビジョンには1位から21位までの名前が並んでいった。

 僕の記録は5位、思わぬ高成績に自分でも驚いた。

 緑谷君は、21位――最下位だった。

 絶望に俯く緑谷君――だったが

 

「ちなみに除籍は嘘な。君らの『個性』を最大限に引き出す合理的虚偽」

 

 相澤先生の予想外の言葉に

 

『はぁぁぁぁッ!?』

 

 クラスメイト達の一部から驚愕の声が漏れ

 

「あんなの嘘に決まってるじゃない。ちょっと考えればわかりますわ」

 

 と、バイク爆走女子――八百万さんが呆れた様子で言っていた。

 僕を含め何人かは驚きの声は上げなかったものの八百万さんの言葉に

 

――き、気付かなかった……

 

 と茫然としたのだった。

 そんな僕らを尻目に

 

「んじゃ、これにて終りだ。教室にカリキュラムなどの書類があるから戻って目を通しておけ」

 

 そう言って去って行く。

 クラスメイト達もその指示に従って教室に戻っていくので僕もその流れに着いて行こうと歩き出し

 

「お前は職員室だって言ったろうが」

 

「……はい」

 

 即相澤先生に捕まった。

 

 

 〇

 

 

 

「し、失礼しました……」

 

 職員室を出た僕はそっと扉を閉めて息をつく。

 あれから相澤先生にお小言を貰った。別に怒られたというほどではない。

だが観察処分で来ているのに行動が軽率だったのは自覚している。

 

「はぁ~……」

 

 前途多難な入学初日となってしまった。

 僕の正体がバレた時には好感触な反応が多々見られたが、その後の競技中は誰も話しかけてこなかったし個性把握テスト後もすぐに職員室に行ったのでクラスメイト達と話すことはできなかったので結局クラスメイト達の僕への評価は不明なままだ。

 しかも結構長いこと職員室にいたので

 

「……誰もいない」

 

 教室はもぬけの殻だった。

 無理もない。今頃初日で構築され始めたグループで和気藹々と下校し青春していることだろう。

 完全に出遅れてしまった。

 これから頑張って挽回せねば!と、奮起しながらカバンに資料を詰め背負う。

 とりあえず今日は家に帰って資料に目を通そう。

 ちなみに僕は保護観察扱いなので雄英から徒歩圏内にある政府の用意したアパートで一人暮らししている。その方が監視しやすいからだろう。

 帰りに夕飯の買い物をしてから帰らないと。何にしようかな、と自分の作れるレパートリーを頭の中に浮かべながら歩いているとすぐに玄関口に着いた。

 下駄箱から靴を出し、校門に向かって歩き出した僕は

 

「ちょっといい?」

 

 下駄箱の影にいた人物に呼び止められた。

 

「え……?」

 

 呆けながらそちらを見ると、黒髪短髪の女子――確か耳郎さんだったか――下駄箱に背中を預けるようにが立っていた。

 

「な、なんでしょうか……?」

 

 思わぬ出来事にどもりながら訊き返すと耳郎さんは背中を預けていたところから向き直って正面から僕を見据える。

 

「ッ!」

 

 鋭い眼光に一瞬たじろいだ僕に耳郎さんはその鋭い視線を維持したまま口を開く。

 

「ちょっとツラ貸してよ」

 

 鋭い視線から一体どんな言葉が出るのかと身構えていた僕はその言葉に

 

「か、カツアゲですか…?」

 

「はぁッ!?」

 

 思わず言ってしまった言葉に耳郎さんがギロッと視線をさらに鋭くする。

 

「んなことするわけないじゃん!」

 

「い、いや…だって今の言い方だと……」

 

「ッ!いや、まあ…ごめん、今のはウチの言い方が悪かったわ……」

 

 慌て言い訳する僕に耳郎さんは少し申し訳なさそうに頬を掻き

 

「ごめん、言い直す」

 

 咳ばらいを一つして改めて僕に視線を向ける。その視線は先程よりは多少和らいでいて

 

「あんた、帰る方向は?」

 

「え?えっと…最寄り駅の方です…けど……?」

 

「そっか、ウチも同じ方向だしちょうどいいね」

 

 僕の返答に一人納得した様子で頷いた耳郎さんは口を開く。

 

「ちょっと話したいことあるから、一緒に帰ろう」

 

 その思わぬ言葉に僕は

 

「………はい?」

 

 思わず呆けた声を出していた。

 

 




というわけで最新話でした!
ファーストコンタクト失敗気味だったピーター君に思わぬ誘い!
耳郎さんの話とは!?
次回をお楽しみに!



~おまけ~
ピーターの個性把握テスト、それぞれの記録の出し方

50m走:普通に走る。身体能力の向上で高記録。
握力:普通に取り組む。身体能力の向上で高記録。
立ち幅跳び:糸を両手から伸ばしパチンコの要領で跳ぶ。
反復横跳び:普通に取り組む。身体能力の向上で高記録。
ソフトボール投げ:糸でボールを投石機の要領で投げる。
上体起こし:普通に取り組む。身体能力の向上で高記録。
長座体前屈:単純な柔軟性で高記録。
持久走:普通に取り組む。身体能力の向上で高記録。

って感じです。
際立って抜きんでた記録は無いけど軒並み高記録を叩き出しているので平均点が高かった、という具合です。




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ep.9 「クラスメイト」

更新遅くなってしまいすみません!
お待たせしました最新話です!





 

「…………」

 

「…………」

 

 入学初日の帰路。

 僕はクラスメイトとなった耳郎さん――耳郎響香さんと共に歩いていた。

 相澤先生に呼び出され遅くなった僕のことを待っていたらしい耳郎さん。何か僕に用があったらしく一緒に帰ろうと提案されよくわからないまま頷き学校を出てから約10分ほど経って今に至るわけだが……その間終始無言。

話を促そうと視線を耳郎さんに向けてもそっぽを向かれるし、かと言えばやはり何か言いたいことがあるようでチラチラと僕に視線を向けながら所在無さげに特徴的な耳たぶのイヤホンジャックをクルクルと指でいじくっている。……というかこの耳――

 

「……ねぇ」

 

 と、意を決した様子で耳郎さんが足を止めるので、僕も数歩遅れて足を止め振り返る。

 

「アンタ……ホントにスパイダーマンなの?」

 

「えッ…?」

 

 その問いに僕は少し虚を突かれながらも、耳郎さんの表情が興味本位とかではなく何か強い思いがあるらしいことは察せられた。だから、僕も真剣にその質問に答える。

 

「……そうだね、自分で名乗ったことは無いけど、世間一般からそう呼ばれてたよ」

 

「……そう」

 

 僕の答えに耳郎さんは目を閉じ少し考える素振りを見せながらすぐに顔を上げる。

 

「……ねぇ、アンタ…ウチのこと覚えてる?」

 

「え……?」

 

 耳郎さんの思わぬ問いに僕は呆ける。それに自嘲気味に笑った耳郎さんは

 

「……ごめん、そうだよね。覚えてるわけないか」

 

「いや、耳郎さ――」

 

「いいの。アンタはあの当時たくさんの人を助けてたから、ウチのことなんか覚えてなくてもしょうがないよ」

 

 僕の言葉を遮って耳郎さんはそう言って微笑み歩き出す。

 僕もそれに合わせて並んで歩く。

 

「別にいいんだよ、覚えてなくても。ウチはただ、あの時やり残したことをちゃんとしておきたかったってだけだから」

 

「やり残したこと?」

 

 耳郎さんは僕の顔に視線を向け少し照れた様子で頬を掻き

 

「その……ありがと、あの時ウチを助けてくれて」

 

「………え?やり残したことってそれ?」

 

「何?なんか文句ある?」

 

 そのお礼の言葉に僕が呆けているとギロリと睨まれる。

 

「い、いや、わざわざ僕のこと待ち伏せて、『やり残したこと』なんて言われたら何かとんでもなく大事なことかと思ったから……」

 

「ウチにとっては大事なことだったの。下手すれば死んでたかもしれない事故から助けられたのにお礼も言えなかったから、ずっと心残りって言うか、モヤモヤしてたからさ……」

 

 そう言って照れ臭そうに言った彼女は

 

「と言うか、お礼言う前にアンタがさっさと行っちゃったせいでもあるんだけどね」

 

「ウッ……な、なんか、すみません」

 

「フフ、冗談だよ」

 

 思わず謝ってしまった僕に耳郎さんは笑う。

 と、そこで駅近くの大通りまでやって来る。

 

「ウチこっちだけど……」

 

「あ、僕はこっち……」

 

 耳郎さんの指さす方向を見て僕はおずおずと反対の方向を指さす。

 

「そっか……じゃあここで解散だね」

 

 僕の言葉に耳郎さんは頷き満足そうに言う。

 

「急にごめんね。でも、アンタとクラスメイトになるならスッキリさせときたかったんだ」

 

「いや、別に僕は大丈夫だよ」

 

「ありがと。それじゃ、明日からクラスメイトとしてよろしくね」

 

「うん……」

 

 そう言って手を振って去って行こうとする耳郎さんを見送ろうとして

 

「あ、そうだ」

 

 僕はふと思い出し

 

「次はロックの話もしようね」

 

 そう言って自分の家の方に歩き出そうとして――

 

「ちょ、待って!!」

 

「えぇッ!?」

 

 グイッと肩を掴まれ呼び止められる。

 

「な、何ッ?」

 

「何、じゃないよ!あ、アンタ今ロックってッ!?」

 

「え?うん……前の時に言ったから、次は音楽談義しようねって……あの時AC/DCの『バック・イン・ブラック』聞いててそう言う話したよね?」

 

「それは言ってたけど……え、待って…覚えてるのッ!?」

 

「え…うん……流石に全員のことを覚えてるわけじゃないけど、同年代だったし、同じ音楽の趣味だったし、あとその耳たぶの……」

 

 言いながら右手で耳郎さんの耳を指さし自分の耳たぶを左手で触る。

 そんな僕の言葉に耳郎さんはアワアワと口を震わせながら自身の耳たぶを触る。心なしかその顔が赤く染まっていく。

 

「え、えっと…耳郎さん……?」

 

「~~~~ッ!!」

 

 顔を染めた耳郎さんはキッと僕を睨み

 

「お、覚えてるなら先に言ってよ!!」

 

「ええッ!?だ、だって言おうとしたら耳郎さんが遮るから……」

 

「それはッ!そう…だけど……ッ!」

 

 怒りながら、しかし、自分でもその通りだと納得してしまったらしい耳郎さんは苦悶の声を漏らしながら頭を抱える。

 そんな彼女の様子に僕は

 

「えっと……なんかごめんね」

 

「謝んないでよ!謝られちゃったらなんか余計に恥ずかしいじゃん!!」

 

 思わず謝ってしまい、耳郎さんに顔を真っ赤にして怒鳴られてしまったのだった。

 

 

 〇

 

 

 あれからそのまま帰ってしまった耳郎さんを見送り家に帰った。そして翌日、つまり今、僕は雄英高校の門をくぐり教室に向かっていた。

 昨日はファースト・コンタクトが悪かったし、個性把握テストの後も職員室に行っていたのでクラスメイトと交流できなかった。唯一交流できた耳郎さんも最後に不機嫌にさせてしまった。

昨日できなかった分今日こそは友達を作る!と意気込んだ僕は目の前の教室の扉を見る。

 

「ふぅ~……よしッ!」

 

 僕は気合を入れ扉に手をかけ開く。そして――

 

『ッ!』

 

「ッ!?」

 

 教室にいた全員の視線が向いたことで僕の気合いは吹き飛んだ。

 余裕を持って登校したので教室には全員いるわけじゃなかったが、それでも僕を除いて20人中12、3人くらいはいそうだ。その視線がすべて今教室に入った僕に向けられている。

中学では普段注目されない存在だったからこういうのは苦手を通り越して怖い。あと、扉を開けるまで聞こえていた話し声が水を打ったように静まり返っているのもだ。この独特の空気感がダメだ、凄く怖い。

 僕は意気込みはどこへやら、そそくさと視線から逃れるように自分の席に座り――

 

「ねぇ!ねぇ!ねぇ!」

 

 と、横から呼びかけられる。慌ててそちらに視線を向ければ

 

「……?」

 

 女子制服だけがそこに浮いていた。その異様な光景に一瞬呆けた僕だったが

 

「ねぇ、えっと…パーカー君だったよね!私、葉隠透!よろしくね!」

 

 その制服から女子の聞こえた。よくよく思い出せば昨日もちゃんといた。恐らく体を透過させる個性なのだろう彼女――葉隠さんが朗らかな声で言う。

 

「あ、えっと…ピーター・パーカーです。よろしく……」

 

 そんな葉隠さんの言葉に僕も返す。

 

「それでねそれでね!ホントは昨日すぐに訊きたかったんだけど、相澤先生に呼ばれて行っちゃって訊けなかったからずっと気になってたんだけどね!」

 

「う、うん…」

 

 葉隠さんは続けてピョンピョンと側で飛び跳ね両手を振って言う。そんな彼女の言葉に頷きながら促す。彼女はそんな僕に一歩さらに踏み込んで

 

「パーカー君って、『スパイダーマン』なのッ!?」

 

 興奮した様子で訊く。

 その質問は半ば予想通りだった。

 昨日の爆豪君を拘束した(してしまった)ことでクラスのみんなは殆ど確信していたようだったし、恐らくこれはただの最終確認なのだろう。遅かれ早かれ聞かれるだろうと思ったし先生には昨日確認しておいた、僕がスパイダーマンだと明かしてもいいのか、と。

 先生の答えは――

 

――別に構わねぇよ。というか一緒に授業受けてりゃ遅かれ早かれ『個性』見られて気付かれれるだろうからな。

 

 ということだったので、僕は葉隠さんの問いに

 

「えっと…一応、はい…世間からはそう呼ばれてた、かな」

 

「やっぱりそうなんだッ!!」

 

 頷いた僕の言葉に葉隠さんが興奮した様子――身振り手振りのみ――で叫ぶ。

 そして、そんな会話を聞いていたらしい他のクラスメイト達も集まってくる。

 

「すっごい!本物なんだ!」

 

「俺お前の動画何回も見たぜ!」

 

「俺も!事故で突っ込んできた車から通行人助けたやつとか!」

 

「あ、いや…あの……」

 

 口々に言うクラスメイト達の勢いに押され一体どれから答えればいいのかと慌てていると

 

「うわッ、何の騒ぎ?」

 

 教室の扉の方から声が聞こえ視線を向けると、そこには耳郎さんが立っていた。

 

「あ、耳郎さん、お、おはよう…」

 

「……おはよう、パーカー」

 

 昨日のことを思い出しながら恐る恐る声を掛けると少し素っ気ないものの耳郎さんも挨拶を返してくれた。

 と、そんなやり取りに違和感を覚えたのか

 

「ケロッ…二人は知り合いなのかしら?」

 

 カエルっぽい子――蛙吹さんが僕と耳郎さんを交互に見て訊く。

 

「あぁ、彼女とは――」

 

「前に一度会ったことがあったってだけ。ほとんど初対面みたいなものだよ」

 

 答えかけた僕の言葉を遮って耳郎さんが答える。

 ……まあ嘘ではない、か。僕とじゃなく、『スパイダーマン』と会ったことがあるってことを言ってないだけで。

なんでそこをぼやかしたのかはわからないけど、騒がれるのが嫌だったのかな?よくわからないけど僕の方から助けたことを吹聴する気は無いし、別に言わなきゃいけないわけでもないから訂正しなくてもいいか。

 

「まあ、そんな感じです」

 

「ふ~ん……」

 

 僕も頷いたのを見て蛙吹さんは納得したようでそれ以上は訊いてこなかった。

 

「じゃあさじゃあさ!私も気になってたことがあるんだけどさ!」

 

 と、今度は角のある子――芦戸さんが手を上げて訊く。

 

「パーカー君って『スパイダーマン』だったんだよね?どういう経緯で雄英高校に来ることになったの?」

 

「そう言えば私達と一緒に入学したって言うわけじゃないのよね。相澤先生も『転入』とおっしゃっていたし」

 

 芦戸さんの言葉に蛙吹さんが付け足す。

 

「ん~…なんていうのか、僕は入学はしたけど、扱いではまだ『入学(仮)』なんだよ」

 

『カッコカリ?』

 

 苦笑いで言った僕の言葉にみんな首を傾げる。

 

「相澤先生も言ってたけど、僕のしてたヴィジランテ活動は資格無しで『個性』を使ってるわけだから完全に違法行為になる。でも、僕はまだ未成年だったし、自分で言うと自慢っぽくて嫌だけど僕のことを評価してくれる人もいたらしくて、条件付きで入学できることになったんだ」

 

 言いながら僕は右手の人差し指を立てる。

 

「一年生の間にヒーローとしての資質を証明することが出来ないと除籍、僕は雄英を卒業できないんだ」

 

「そうなんだ……」

 

 僕の言葉に芦戸さんは言い淀み、他のみんなも驚いた様子で僕を見る。

 

「ま、まあこれは無資格でやってた自業自得だし、本当なら機会すらもらえないはずだったんだから僕は恵まれてるよ」

 

 みんなの様子に僕は慌てて言い

 

「それに、せっかくもらったチャンスなんだからみんなと一緒に二年生になれるように全力で取り込むつもりだから、どうかこれからも仲良くしてくれると嬉しいな!」

 

 努めて笑顔で言った。

 僕の言葉にみんなは好意的に返してくれた。

 こうして僕の新たな学校生活は一日遅れていいスタートを切ることが出来たように思うのだった。

 




というわけでピーター君が1年A組のクラスメイトとちゃんと会話をすることが出来ました。
これから交流を深めていきますのでお楽しみに!




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