天秤の恋物語 (ケツアゴ)
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プロローグ

九千文字程 少し長いです


思いつきが此処までになるとは

活動報告で案募集しています


 天秤は揺れ動く、左右に乗せた重りが最初は同じでも、右に左に乗せて行く度にユラユラと揺れて。

 

 自分の意思とは無関係でも重りが増える度に左右の皿に積まれた物は大切になって行くけれど、やがて天秤に乗せきれなくなってしまう。

 やがて片方がずっと重くなって下がり、もう片方はその勢いで飛んで行って二度と乗せられなくなって。

 

 それが自分の宝物でも、手放したくない物でも、最後の重りは自分で置く、自分の意思で乗せる皿を決めるんだ。

 何かを選ぶって行為は他の何かを選ばないという事なんだから……。

 

 

 選びたくないと強く願っても、選ばないといけない時はある。

 大切な物を両方放り出したくなかったら、大切な物を片方捨てる覚悟をしなくちゃ駄目なんだ。

 

 

 

 

善示(ぜんじ)

 

「善示君」

 

 これは俺に迫られた選択、俺の、俺と彼女達の物語だ。

 

 

 

 

 

 

 

 目覚まし時計が鳴り響くよりも前に目を覚ます、時間を見れば起きる予定より三十分も前で、今から起きれば自習の時間が増えるだろうが……。

 

「良し。五分だけ眠ろう。五分だけ……」

 

 数分の二度寝は脳の活性化に良いとテレビで観たし、これは勉強の為だ。

 学生の本分は勉…強……。

 

 決して今日は四月なのに寒いからお布団の誘惑に勝てないとかではない……本当だからな。

 

 

 

「……寝過ぎた」

 

 二度寝前の時間五時三十分……現在六時十五分。

 未だだ! 未だ時間に余裕はある!

 

 

「お早う、二人共」

 

 ヌクヌクの布団という最高の贅沢の誘惑を振り払い、顔を洗おうと洗面台に向かう途中で足を止めて両親に朝の挨拶を向ける。

 仏壇に飾られた遺影の二人は柔らかい笑みを浮かべていて、幼い頃の思い出に浸りたいのは山々だが寝坊したからな。

 手早く顔を洗い身支度を整えると次は朝ご飯の用意だ。

 鮭を焼きながら味噌汁を温め、軽く炙る為に海苔を出そうとしたが残念ながら袋の中は空。

 はて? 確か一枚は残っていたのを昨日の朝確認して……いや、確か。

 

「昨日雑炊に入れた後でスーパーに買いに行くのを忘れていたのか、不覚っ!」

 

 今朝は焼き海苔の気分だったのに海苔が無い、二十四時間営業のスーパーなら近くに有るが、今日は帰ってから買い出しの予定だったし……。

 

「諦めるか……はぁ」

 

 少し温いのが好きなので味噌汁の火を止め、ご飯やサラダを皿に乗せている間にグリルのタイマーが焼き上がりを告げる。

 少し皮が焦げているが、パリッとしたのが好きなので構わないな。

 

「それにしても……」

 

 今日は海苔の買い忘れは無しにしないと、そんな風に心に誓いながらコップに牛乳を注ぐ。

 半分程注いだ所で無くなった……またしても不覚っ!

 

 ……さて、さっさと食べて朝の自習だ。

 明日はオムレツにするか……バターを切らしていたから買っておこう。

 

 

 

 

 

「……数学を集中してやらなくてはな」

 

 問題集を五教科数ページずつやったのだが、数学は基礎は解けても応用の問題で少し手間取ってしまった。

 幼なじみ三人の中で数学の点数が一番低いままなのは悔しいと頑張ってはいるが、努力しているのは二人も同じだ、簡単には勝てない。

 だからと言って甘えては駄目だが……。

 

 数学の勉強時間を増やすのは当然として、他に何をすべきか考えていると机の上に昨夜読み終わったの本が目に入る。

 懇意にしている先輩からの借り物だが、確か数学が得意だった筈。

 

「……巴庭(はてい)先輩に教われないか頼んでみるか。可能ならお礼は何が良いだろう?」

 

 食器を洗って乾燥機に入れ、鞄の中を確かめて歯を磨きながら鏡に映る自分の姿を眺めれば黒髪をオールバックにした姿が当然映っている、髪型と母さん譲りの三白眼以外は父さんにそっくりだ。

 いや、身長は少し負けているか?

 

 

 

「じゃあ、行って来ます」

 

 二人の遺影に声を掛け、ドアを開いて出て行く。

 

 ”司馬 善示(しば ぜんじ)”、表札には俺だけの名前が書かれていて家族がもう居ないのを改めて突き付けられた気分だ。

 ……俺の身内は三年前に事故で死んだ両親だけ、二人揃って天涯孤独だったと聞いているから葬式には二人の友人や仕事の関係者しか集まっていない。

 

 

「……行くか」

 

 乗り越えるべきだ、前に進むべきだ、それが居眠り運転のトラックが迫った時に二人揃って俺を突き飛ばして命を救ってくれた両親の望みなのだろうから。

 だが、それでも簡単に乗り越えられはしない……。

 

 

 俺が住んでいるのは両親が大家をしていたアパート”こいし荘”の一室。

 何やら建物前の敷地内で話し声がするから見てみれば、入居者の姉妹による何時もの光景だ。

 

「姉さん、それで何か弁明はありますか? あるなら話して下さい」

 

 やや小柄な妹はショートボブに眼鏡の生真面目さが伝わる表情で、スラッとした高身長の姉の方はボブカットで妹と似た顔付きだが、こっちは飄々とした態度を崩さず、妹による腰に手を当てて説教を正座しながらも受け流していた。

 

「弁明の余地は無いと分かっているだろうに、わざわざ聞くだなんて非合理的だな、君は」

 

「矢っ張り反省してませんね! 先月からこれで三回目ですよ、三回目! 起きても姉が帰っている様子が無く、扉を開けたら姉が地面で眠っていたのを発見した私の気持ちが分かりますか!」

 

 ちょうど俺の隣に住む上手(うわて)家の長女で大学生の春奈(はるな)さんと、俺が通う真原旗学園(まはらばたがくえん)に今年入学の春音(はるね)ちゃん……いや、もう高校生なのだしちゃん付けで呼ぶのは失礼か?

 幼い頃から隣に住んでるから呼び方の癖が抜けないが……。

 

「君の気持ちは君だけの物だ。それを大切にしなさい」

 

「姉さんは常識を大切にして下さい!」

 

 説教の理由だが話を聞かなくても一目で分かる。

 春奈さんの近くにアルコール飲料の空き缶が幾つも入ったレジ袋が置いているし、どうせ飲み会の帰りにコンビニで買い足して飲みながら帰宅、玄関前で酔い潰れてしまったって所だろう、珍しくもない。

 

「二人共お早う」

 

「あっ、お早う御座います、善示兄さ……善示さん」

 

 呼び方が癖になっているのは向こうも同じか。

 俺に気が付いた春音ちゃんは小さい頃は”善示お兄ちゃん”と呼んで来ていて、それが善示兄さんに変わり、最近は善示さんになっていたけれど、うっかり呼んでしまったのだろう。

 

 あんなに小さくて姉の後ろに隠れてばかりだった子が成長したと思う。

 まさか入試の成績トップで入学式では代表の挨拶をする優等生、家でも仕事で不在がちな両親に代わって家事を引き受けているのだから変わったものだ。

 

「あっはっはっはっはっ! 不覚だったな、妹よ。善示君、今のは忘れてやってくれ、お姉さんからの頼みだ。……所で僕の足が限界近いのだが、そろそろ解放してくれないかい? 講義は午後からだから二度寝もしたいしね」

 

 こっちは昔のままだな、うん。

 

「……反省していませんね?」

 

 恥ずかしいのか顔を背ける妹を見ながらニヤリとする春奈さんだが虎の尾を踏んだな。

 さっきまでだらしない姉を叱っている程度の不機嫌さだったのが一線を越えた感じだ。

 

「は……春音? ほら、君も朝御飯を食べて出る準備をしないと……」

 

「未だ七時半過ぎなのでご安心を。学園には徒歩十五分で行けますので。では、善示さん、学校でお会いしましょう」

 

「ああ、学校でな」

 

 俺の方に普通の表情を向けながらペコリと頭を下げた春音ちゃんに手を振ってアパートの敷地から出て行く。

 

「善示くーん! ヘルプミー!」

 

「今日も良い天気だ」

 

 背後から助けを呼ぶ声が聞こえた気がするが気のせいだろう、そうだろう。

 俺は空を見上げて決して振り返らずに学園の方へと歩き続ける、この周辺は通行する人も車も少ない時間帯だから考え事をしていても大丈夫だな。

 

 

 

 

「うぃーす! 善ちゃん、おはよー! いやー! 今日も絶好のナンパ日和だねー!」

 

 学園まで残り半分の距離まで来れば朝早くから登校する生徒もチラホラ、その中の一人で金髪にピアス等のアクセサリー、朝から妙にテンションの高い男が声を掛けて来た

 

「お早う、十一(といち)。……なんだ、また別れたのか、お前は。いい加減にしないと女子から嫌われるぞ」

 

 馬田 十一(まだ といち)、上手姉妹が小学三年の時に越して来てからの付き合いなら、此奴は幼稚園に入る前、母親に連れられて公園に散歩に出ていた時から関係が続く友人だ。

 昔から騒がしかったが、高校生になってから更に拍車が掛かってこの始末。

 

「おおーっと。厳しいお言葉頂きましたー!」

 

 つい二週間前に今年に入って四人目の彼女が出来たのに直ぐに破局したらしい。

 ……趣味のナンパを辞めろと何度も言ったのにな。

 

 そもそも趣味がナンパってどうなんだ?

 

 俺が毎回言っているのに気にした様子も無い十一、此奴にとって彼女と別れるのはそれ程大した事では無いのだろうと思いつつ話をしながら学校を目指す。

 その途中、幼い頃によく遊んだ公園が見えて来たんだが少し離れているのにブランコを激しく漕いでいるのか軋むような大きな音が聞こえて来た。

 

「ありゃりゃ? 俺達は九時からだけれど小学生とかは八時だよね? この辺の小学校じゃ走らないと間に合わないんじゃね? ちょーっと時間教えて来るわ」

 

 ブランコをこんな時間に遊んでいるんだ、近くに住む小学校が通学前に少し遊ぶつもりが時間を忘れて、そんな所だろう。

 俺はちょっと目が怖いと言われるから十一任せる事にして様子を見るが、公園の入り口まで走った所で何故か棒立ちだ。

 

 

 

 

「いぃいいいいいいいいいっ! やっほぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

「「……」」

 

 こんな時間から激しくブランコを漕いでいるのは赤毛をポニーテールにした活発そうな少女、余程楽しいのか遂には大声で叫んで俺達には気が付いていない。

 正直言って見なかった事にしたいんだが……。

 

 

 

「何やってんだ、あのガキ大将は」

 

「まあ、(もも)ちゃんだしさ……。善ちゃん、止めて来たら?」

 

「いや、お前が行け。何時ものテンションで押し切れば大丈夫だぞ、きっと……」

 

 互いに押し付けあう理由はそろそろ体が水平になりそうな彼奴が赤毛の時から付き合いのある友達だから。

 スカートなんだから少しは気にしろよ。

 

 雁 百夏(かり ももか)、ボーイッシュを通り越して幼い頃からの男勝りのガキ大将、俺達との関係も男三人に近い。

 

 このまま押し付けあっていてもキリがないか。

 

「……おい、百夏」

 

「ん? おっ! 来た来た! 二人共、うっす!」

 

 大きく後ろに下がった瞬間に強く踏み込んだ百夏はそのままブランコから飛び出し、空中で一回転して華麗に着地、スカートが大きくめくれ、ブランコは一回転して鎖が巻き付いていた。

 

「ちょっと百ちゃん! 何やってんのさ、ちょっと言わせて貰うよ!」

 

 俺が止めたからか次は十一が何か言ってくれるらしい、ホッと一安心して百夏を見ているんだが、どうも妙だな……。

 

 

 

 

「スパッツってどういう事なのさ! ロマンが分かっていないよ、本当に!」

 

「……は?」

 

「うへぇ。何? お前ら、私のスカートの中に期待していやがったのかよ」

 

「いや、俺を巻き込むな。本当に巻き込むな。……所で百夏、何か問題でも起きたのか?」

 

 十一も別に百夏のスカートの中身なんてどうでも良いだろうに余計な事を言ってくれるものだ。

 百夏も分かっていて言ってるんだろうが、それでも巻き込むなと強く抗議させて貰おう。

 

「うんうん、そうだよね。百ちゃん、俺達の仲っしょ? ほらほら、話してごらんってば」

 

「うっ! ……あー、お前達にゃ隠せねぇよな。いや、ちょっと頼みがあってよ」

 

「頼み?」

 

 それは一体何なのかを尋ねようとするが、声ではない返事が先に聞こえる。

 何か悩みがある事を見抜かれてバツが悪そうな百夏の腹が鳴った。

 

 

 

「いや~、実は親父達と口論になってよ。その口論の理由は解決方法を思い付いたんだが、怒って出たせいで朝飯食いそびれた上に財布も忘れちまったし、学校で他の連中に聞かれたくないから待ってたんだよ。弁当分けてくれ」

 

 ああ、俺と十一はこの時間帯に通るからな、普段は遅刻ギリギリの百夏と違って。

 そして待っている最中にブランコで暇を潰して夢中になってしまったと。

 

 

「メンゴメンゴ、俺、今日は学食の予定だし、昼飯一食分しか持って来てないのよ」

 

 百夏が一回転させてしまったブランコを直そうとしながら十一はテヘペロって感じで舌を出し、百夏が俺の方をジッと見て来る。

 

 

「……はぁ。仕方がないか。ほら、全部食え」

 

 悩みがあるなら聞いてやるが、自分で解決出来るのなら手助けは求められてからだ。

 あの百夏が悩むくらいだから心配にはなるが、今は直ぐに解決するべき事が優先と弁当として用意したサンドイッチを手渡す。

 

 

「良いのかよ! マジで助かったぜ!」

 

 百夏は俺から弁当箱を受け取るなりベンチに座り込んで食べ始める。

 水筒も渡しておくか。

 

 間接キス? いや、知らん、何時からの付き合いだと思っている。

 

「昼飯の分はちゃんと残しておかないと昼抜きで午後の授業を受ける事になるぞ。 ……それと今度昼飯奢って貰うからな?」

 

「分かってるって。サンキュー! 持つべき物は矢っ張り親友だよな!」

 

 手を出して来たのでハイタッチで返そうとすればブランコを直した十一も混ざって来る。

 三人でのハイタッチ、少し不格好だが別に良いだろう。

 

 ……さて、俺の昼飯は購買のパンで済ませるか。

 今日のランチはパンの気分だったんだ。

 

 

 

 

「やっべ! 全部食べちまった!」

 

 もう知らん、昼飯代は貸さないからな!

 だが、取り敢えず……。

 

 

 

「ちゃんと噛めっ!」

 

「消化に悪いっしょっ!」

 

 本当に此奴はもう……。

 

 

 

 

 

 そして俺達は学園の門までやって来て、そこで別れた。

 

「んじゃ、俺は委員会の活動で会議あっから。いやー! ギャップで俺の魅力をアップするのは大変だわー!」

 

 十一は美化委員の活動、今日は花壇の手入れを担当する班だとか。

 チャラチャラしていて不真面目に見える奴だが、その実、自分の役割には責任を持つ男だ。

 ……狙っているのかそうでないのか、言動のせいで誤解されがちだがな。

 

「んじゃ私は教室に行って寝て来るか。今朝は大切な話があるって早く起こされたから眠いぜ」

 

 グッと伸びをしてから大きな欠伸をする百夏、俺も約束があるから待ち合わせ場所に急ぎたいのだが、去ろうとする肩を掴んで五百円玉を手渡した。

 

「くれんの?」

 

「誰がやるか。……それで定食位は食べられるだろう。利子付けて”ドラバガ”のチーズバーガーセットだぞ。ナゲット」

 

 うちの学園の学食はメニューも値段の幅も豊富だ、一人分の自炊と数人で外食する位の値段差のメニューが同じページに載っている位にな。

 五百円有れば日替わりランチは食べられるから十分だ。

 

 ドラバガ……アメリカ発祥の大手ハンバーガーチェーン”ドラゴンバーガー”のチーズバーガーセット+チキンナゲットは五百円じゃ足りないが利子付きだ。

 

「おう! ついでにアップルパイも付けてやるよ。サンキュー!」

 

 快活で見ていて此方も明るくなれる笑顔と共に飛び付いてのハグ、勢い強くて結構痛い。

 と言うか、俺と十一はお前を女と認識しても意識はしていないが人前では慎め。

 女らしくしろとは言わんが、最低限の恥じらいは持て。

 

 ……まあ、飯の問題これで大丈夫か。

 所で問題を解決する方法を思い付いたと言ってはいたが、百夏の解決方法だからな。

 

「本当に大丈夫か?」

 

 鼻歌を歌いながら教室に向かう百夏の背中を見ながら呟く。

 頭は悪くないが同時に短絡的で力業で解決しがちな所が有るからな、彼奴。

 

 

「おっと、急がないと」

 

 時計を見れば待ち合わせ時間の十分前、五分前集合は鉄則だ。

 ……十一と百夏は何かと遅刻するがな、特に百夏の馬鹿は。

 

 

 

 真原旗学園は開校してから三年で、初等部から大学部まで揃っている巨大な学園だ。

 当然広大な面積を誇り、施設も充実しているが、その中で特に俺が気に入っているのが図書室……いや、一棟丸々使っている三階建ての物だから図書館か。

 初等部から大学部までそれぞれに用意され、俺が向かっているのは高等部の学生向けの所

 漫画の類こそ無いものの参考書や小説、絵本やエッセイ等ジャンルも多岐に渡り、予約制の自習室まで用意されている。

 門から入って直ぐの正面玄関を右に横切り、突き当たって曲がれば直ぐに見えて来るので進めば何人かの生徒が俺に気が付いたらしい。

 

「あっ、ガーゴイルだ」

 

「ガーゴイル君、放課後に手伝って欲しい事が有るんだけれど」

 

「あの人がガーゴイル先輩。噂通りに怖いな……」

 

 ガーゴイル……魔除けとして飾られる怪物の像、それが俺のあだ名なのは見た目とちょっとした出来事からなんだが、先輩や同級生なら兎も角、一年生にまで広まっているのか……。

 

 確かにデカいし目つきが悪いのは認めるが、それでガーゴイル扱いは勘弁だぞ、ゲームでは普通に敵として出て来るし。

 百夏の奴なんてあだ名を聞いた途端に爆笑していたな

 

「矢っ張りあの人との交友が理由か? 俺は騎士って感じじゃないし、女神を守護するガーゴイルって所か」

 

 実は少し気にしているから肩を落としつつも図書館に向かえば、玄関付近に植えられた桜の花びらが舞い散っている。

 その綺麗な光景に目を奪われつつも周囲を見れば桜の気の陰に隠れて俺を見ている待ち合わせ相手を発見した。

 

 声を掛けて……いや、違うか。

 

「先輩は未だ来ていないのか……」

 

 既に来ていて隠れているが、気が付かない振りをしながらベンチに座り込んで本を読み始める。

 足音を忍ばせても砂利を踏む音が背後からの接近を教える中、背後から不意に柔らかい手が目を隠した。

 

 

「だーれだ?」

 

「お早う御座います、巴庭先輩」

 

「わわっ!? 直ぐ分かっちゃった」

 

 しまった、此処は分からない振りをする所だったか。

 目を隠した手が外されたので振り返れば先輩が口元に手を当てて驚いている。

 

 

 ウェーブの掛かったセミロングのゆるふわヘアーに穏やかそうな顔、身長に合わせた服が少し窮屈そうな胸。

 猫が好きだからかヘアピンは猫の肉球マークだ。

 

 学園の人気上位、”女神”という本人が恥ずかしがっているあだ名で呼ばれる事もある彼女は”巴庭 冬愛(はてい ふゆえ)”先輩だ。

 

「流石司馬君、私のお友達なだけあるね。ふふんっ!」

 

 どうして先輩が自慢するみたいな態度なのかは聞かない方が良いだろう、この人は前からこんな感じだしな。

 

「おっと、挨拶を忘れてた。お早う御座います、司馬君」

 

 先輩はペコリと頭を下げると鞄から俺が貸した本を取り出し、俺も先輩から借りた本を取り出すと交換する。

 

「じゃあ早速感想を言い合おう!」

 

「そうですね。ではレディファーストで」

 

 手の平を向けて先輩から話すように促す。

 さっきから話したくてウズウズしているのが丸分かりだったしな。

 

 まあ、俺と先輩は週に一回程こんな風に相手に借りた本について語り合う友人関係だ。

 こっ恥ずかしいあだ名で呼ぶ連中の中には交際していると邪推する連中が居るが、趣味について語り合える友に性別も歳も関係無いだろうに。

 

 

 

「……それにしても今年も綺麗に咲いたね。……覚えてる? 私達がお友達になった日もこんな風に桜が綺麗な日だったのを」

 

 一頻り感想を語った後、先輩が懐かしそうに今の関係になった出来事を口にする。

 

「ええ、覚えていますよ。アレがあったから先輩とは仲良くなれましたし、今では良い思い出です。……まあ、失礼な事を言ってしまいましたけれど」

 

 そう、アレは俺が高等部に入学して間もない頃だった……。

 

 

 

「……良い、凄く良い。矢っ張りこの学校を選んで正解だった」

 

 その日は授業も早く終わり、俺は図書館を満喫していた。

 本屋を巡りネットで探しても入手出来なかった稀少本や絶版された物まで有ったのだから、それだけで入学した価値がある。

 

 

「……ついつい夢中になって選んでいるだけで下校時刻が近付いてしまい、帰ったらリストの中から借りる本を選ばなくてはならないな」

 

 本は素晴らしいが場所を取るし、電子書籍は目当てのページを探すのが大変なのと容量の圧迫の問題もある。

 だが! この図書館ならばその様な問題も無い。

 

「休日に二人と遊ぶ時間が減るな、これは」

 

 部活にも力を入れているので好みの相手が見つかりやすい十一は良いが百夏の方は拗ねそうだ。

 

「……ん?」

 

 多少の悩みがありながらもワクワクしながら帰ろうとした時、俺の耳に助けを呼ぶ声が届いた。

 風に消される位に小さく、気のせいかと思ったが再び聞こえ、声のする方へと進めば図書館の裏側、其処の大きな木の枝に座り込んでいる巴庭先輩と目が合った。

 

「良かった、人が来てくれて。……この子が降りられなくて困っていたから助けに来たんだけれど……」

 

 先輩の腕の中には丸々と太った肥満のブチ猫、あれでは高い所から降りられないだろう。

 寧ろ登れた事に驚きだ。

 

「成る程、ハシゴが倒れて降りられなくなったと」

 

 地面見れば大きなハシゴが転がっているし、これを立てれば降りられるだろうと近付いた。

 

「きゃっ!?」

 

 だが、俺がハシゴに触れる寸前に先輩はバランスを崩し、猫をギュッと抱き締めて落ちて来る。

 

「危ない!」

 

 咄嗟に俺は下に回り込み、何とか先輩と猫をキャッチしたんだが……。

 

 

「重っ!?」

 

 いや、落下の勢いと猫の重量を加えてだから仕方が無いと先輩は言ってくれたが、女性に対して失礼だったな、本当に……。

 

 

 

「あの事が切欠で司馬君とお話しするようになって、趣味が合うからこうしてお友達になれたし、今となっては降りられなくなって良かったかな? じゃあ、次は司馬君の番ね」

 

「そうですね。巴庭先輩から借りた推理小説ですが……」

 

 相手が美人だからではなく、話が合うから今の時間が凄く楽しい。

 百夏や十一と遊ぶのとは別の楽しさがあって、選択を迫られたらどちらか選ぶのに迷う位にだ。

 

 俺が感想を言い終わった後は互いに自分が貸した本について語り始め、気が付けば予鈴が鳴る少し前、授業の用意をするにはそろそろ教室に向かうべき時間だ。

 

 さて、週末までに貸す本を決めておかないとな。

 来週が楽しみだ。

 

 

「あっ、そうだ! ねぇ、司馬君。お願いと質問が有るんだけれど」

 

 来週の事に思いを馳せていた俺に向かって身を乗り出した先輩の顔が至近距離まで近付いて、俺は思わず声を出しそうになるのを堪えた。

 

「あのね。もう一年以上こうしているんだし、次のステップに進むべきだと思うの。じゃあ、今日から名字じゃなくって名前で呼ぶって事で決定ね」

 

 一見すれば大人しそうな先輩だが、妙に活発で突飛な行動に出る事がある。

 今日のは大人しい方だが、それにしても顔が近い……。

 

 質問が何か気になるが、これじゃあ少し動いたら唇が触れそうで胸がドキドキする中、俺の視線は巴庭……冬愛先輩の唇に注がれてしまっている。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、司馬君って……キスした事ってあるの?」

 

 唇に吐息が掛かる程に近い距離で先輩はそう言った……。

 

 




続きは反応見て需要が合ったと思えたら長いのを書いて投稿します

まあ、需要無けりゃ終わりですけれど

俺の幼なじみが踏み台 は反響大きくって楽しかったけれど最近は全然だからなあ……。
あの感想返し中にどんどん感想が来るのを再び体験したいww

まあ、人気が出ればファンアート貰えるくらい頑張りましょうか、どうなるかはわかりませんが、なーんちゃって




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ガーゴイルの理由

需要じゃなく書きたいから書こう!



六千文字

兄妹も書いています


 俺は男女間の友情については肯定的だ、実際俺や十一は百夏を友達としてしか認識していない。

 俺達の場合は幼稚園以前の付き合いだが、例えば社会人になってからの出会いだろうと友情のまま終わる男女は存在するのだろうな。

 

「・・・・・・キスですか」

 

 だから冬愛先輩と付き合っているとの勘違いには友人であると否定していたし、それで良かった。

 でも、それは百夏みたいに異性として意識しない訳ではなく、ちゃんと女性として魅力的だと感じていたし、言葉には出さないものの恋人と間違われて悪い気だってしていない。

 

 落ち着け、変に先走るな!

 

 次の段階に進む為に名前で呼べとお願いされた直後にキスが可能な距離でキスの経験を尋ねられる、つまり恋人になってキスをして欲しい・・・・・・はちょっと先走りだぞ、俺。

 此処で選択を誤れば二人の心地良い関係が終わってしまう。

 

 だから慎重に行け、先ずは真意を探るんだ。

 

「有りませんけれど、何故急に?」

 

 この人が何の積もりでそれを知りたいのかは知らないが、見栄を張るのも騙すのも俺と彼女の関係からして嫌だ。

 だからキスすら未だだって事は正直に答えよう、だって普段から二人とつるんでいたせいか彼女なんて無縁だったし。

 十一の奴は彼女が出来ても何時もの理由で別れるから、俺は別に言い訳なんてしていない。

 

「あー、百夏ちゃんだっけ? 遠くから見た事があるけれど、恋人には見えなかったし、経験無かったかぁ。ちょっと安心かな?」

 

 ちょっとだけ離れた先輩は胸に手を当ててホッとしているけれど、俺に恋人が居ない事を安心している?

 うん? じゃあ・・・・・・。

 

 ・・・・・・所で今更ながらだが、人工呼吸はキス扱いにはならないよな?

 

 

 あの日、俺は何と言われた?

 

「君もファーストキスだったかい? 大丈夫、人命救助だからノーカンさ。じゃないと心臓マッサージが痴漢になってしまうじゃないか。僕も君も気にしなくて良いのさ。……それでも気になるのなら春香には内緒だ。僕と君だけの秘密にしておこうか」

 

 うん、春奈さんもあの時にあっけらかんと言っていたし、わざわざ人助けを語るのもな。

 善行ってのは吹聴するもんじゃないし、これは背徳行為じゃない、筈!

 

 

 

 

 ・・・・・・それはそうとして、俺は先輩からの告白があった場合にどうするんだ?

 一緒に居るのは楽しい、趣味だって合うし、美人で素敵な女性だとも思っているが、受け入れても断っても今と関係が変わってしまうのだぞ。

 

 

「冬愛先輩、あの・・・・・・」

 

 だから俺が選んだのは卑怯だが保留、もう少し友達として付き合い、交際に発展させるか選ぶ権利が欲しいと頭を下げて・・・・・・。

 

 

 

「最近じゃ高校生になったらキスなんて皆経験する物だって雑誌で読んだし、同じクラスの友達の中にはエッチな事までしてるらしいんだもん。同じ趣味の善示君まで経験してたら趣味を言い訳に出来ないし・・・・・・あっ、話の途中にごめんね。何?」

 

「予鈴が鳴るので急ぎましょう」

 

 危なっ!? 勘違いで大恥掻いて、変に意識してるって思われたら関係が無駄に終わる所だった!

 顔が近かった時とは別の理由でドキドキして来たんだが、この人って少し距離感が妙な気がするぞ。

 

 だから俺だって恥ずかしい勘違いを……はぁ。

 

 だが、まあ、本当に今の関係を壊してしまった訳でもないんだ、良しとしようか。

 ……あー、でも恥ずかしい、二人には絶対に話さないでおかないと暫くはからかわれるぞ。

 

 

「ほら、善示君が急ごうって言ったんだよ! 予鈴二分前!」

 

「わわっ!?」

 

 不意に握られた手を更に引っ張られ、俺はそのまま冬愛先輩と後者へと走って行く。

 途中、何人かに見られてしまったが、これじゃあまた噂されそうだな。

 

 

「ふぅ。間に合いそうだね。じゃあ、私はこっちだから!」

 

 何とか予鈴が鳴る前に玄関まで到着、廊下を走らなくても間に合いそうだと安心しつつも手を離された事が少し残念に思える。

 柔らかかったな……。

 

「ねぇ、善示君って今日は学食?」

 

「え? ええ、そうですけれど?」

 

 手に残った温もりが失われて行くのを惜しんでいた時だったので反応が遅れたが、急にどうしたんだ?

 まさか図書館で凄い稀少本を見付けたからじっくり語りたいとかか!?

 

「最近お料理にはまっちゃって、善示君の分もお弁当を作った後で誘うのを忘れていたのを思い出しちゃって。じゃあ、お昼に図書館前に集合ね」

 

 行く、とは言っていないのに教室に向かって行ったのは俺が断らないという信頼の証だろう。

 

「先約も無いしな、うん。……先輩の手料理か」

 

 あの人の家は結構なお金持ちらしくお手伝いさんを雇っているとかで偶に一緒にランチにする時はバランスの取れていそうな弁当を持って来ていたな。

 ピーマンが苦手だからと肉詰めの中身だけ食べて俺の弁当箱にピーマンをコッソリと押し付けていたのは困り物だったが、あの人の作ってくれた物が何か楽しみだ。

 

「しかし、まあ、誘い忘れて作るだなど、あの人は時々抜けて……」

 

「このままボサボサしているとお前もHRに遅刻する間抜けになるぞ。走らない程度に急げ」

 

 先輩の弁当が気になっていたせいか何時の間にか予鈴が鳴り響き、背後からは生徒の間で陰険扱いされている担任の声。

 振り向けば狐みたいな吊り目で痩せ形の男が眼鏡の位置を指先で直している所だった。

 

「おっと、危なかった。どうも、明秀(あしゅう)さ……じゃなくて、上田(うえだ)先生」

 

 危なっ! つい癖で明秀さんって呼ぶ所だった。

 学生時代からこいし荘で住んでいて、家庭教師まで頼んでいた仲だろうと公私混同は許さないって人だ。

 実際、今睨まれた。

 

「……結構。それよりも急げ。何度も言うが走るなよ?」

 

 このままでは遅刻だと走らない程度に教室へと急ぐ、遅刻でもしようものなら、苦手な問題を中心にしたプリントを遅れた分数枚だけ罰として宿題に追加される所だ。

 

 ……良い先生なんだけれどな、実際は。

 

 

 もう少し愛想を良くすれば良いと思うのだが、あの態度が教育方針らしいし……。

 

 

 

 

 

 

「雁、三分の遅刻だ。罰プリントを渡すので放課後に職員室に取りに来るように。いや、廊下も走って来たから反省文も追加だな」

 

「げげっ!?」

 

 いや、先に教室に向かったお前がどうして遅刻するんだ……?

 

 

 

 

「仕方無ぇだろ、私の席は廊下側で日当たりが良くねぇんだから、自販機の前の椅子で寝てたら寝過ごしたんだよ」

 

 朝のHRと一限目が終わった後、遅刻の理由を聞いてみればふてくされた態度で答える百夏、俺と十一は目を合わせて呆れるしかなかった。

 普段間に合って僅かな時間を寝て過ごす時は俺達が起こすが、今日は居ないのだから我慢すれば良い物を。

 それに工夫でどうにかなるだろう。

 

「携帯のタイマーセットしてポケットにでも入れておけば良いだろうに……」

 

「きーらーいーなーんーだーよー! 振動で起こされるとか目覚め悪いじゃんかよー。あー、最悪だ。反省文に数学のプリント追加とかよー!」

 

 百夏は前にグイーッと伸びた後で足をバタバタと騒がしく動かす。

 数学は俺より得意だろうに、数学はな!

 

「あっ! テメー達が起こしに来てくれよ、私が早く来た場合はよー!」

 

「はっはっはっ! 百ちゃんったら何を言ってるのさ。そんなの年に一度程度じゃん。来年の話をしたら鬼が笑うぜ? 遅刻のし過ぎで成績良くても留年の危機だったのをっ!?」、

 

「……黙れや。脇腹殴るぞ」

 

「もう殴ってますけど!? てか、スカートの中が見えるから足バタバタさせるの控えなって前から言ってるじゃんかさ。あだあだあだあだっ!?」

 

 ジャブが何度も十一の脇腹に叩き込まれ、最後に足を踏んだ後で百夏はスカートを捲って中身を見せて来たんだが、本当に此奴は恥じらいを知らんな。

 

「だからスパッツ穿いてるだろ、ボケ」

 

「そういう事じゃ無いんだけれどなあ……」

 

 ガクッと肩を落とす俺と十一。

 反応が不満そうな百夏だが、お前にはそんな権利は無いぞ?

 それにスパッツだからってスカート捲るんじゃない。

 

 

 

 

「はい、それじゃあ終わりー。ちゃんと予習復習しとけよー」

 

 四限目の英語が終わり、漸く待っていた昼休みだ。

 十一の奴は朝の内に既にナンパに成功したバスケ部の一年生と飯を食うらしい、相変わらず別れるのも相手を見つけるのも早い奴だ。

 

 さて、今回は相手を駄目にさせそうに済めば良いんだがな。

 

「百ちゃ……善ちゃんも彼女作ったらどう? 楽っしいぜ、相手が居るとさ。毎日がウェーイって感じだしな」

 

「おい、コラ。何で私の名前を途中で止めた? 言ってみろや、十一」

 

「さ、さてっ! 彼女は昼も練習するらしいし、さっさと急がないとね。時間厳守がデキる男って奴っしょー」

 

「いや、俺との待ち合わせには遅刻ばかり……相変わらず逃げ足の速い奴め」

 

 肩に置かれそうになった百夏の手を避け、俺のジト目をスルーして十一は走り去って行く。

 あっ、廊下を覗いたら上田先生に見つかってしまっているな。

 

「けけけ、良い気味だぜ。んじゃ、私達は学食行こーぜ」

 

 俺の首に横から手が回され、片手でヘッドロックでもするかのような百夏、一限目に自分も走って反省文を食らったのを忘れているのか?

 ……藪蛇だな、言わずにおこう。

 

「悪いが俺は冬……巴庭先輩との約束があってな」

 

「うえー!? 何で私より先に約束すーるーんーだーよー!」

 

「無茶を言うな、無茶を!」

 

 百夏は俺の頭を両腕でロックしながら拳をグリグリと押し付け、クラスメイト達は助けようとしてくれない。

 ”相変わらず仲が良いねー”じゃないだろう、先生まで微笑ましそうに見ていないで助けてくれ

 

 確かに仲は良いが、これはどうにかしてくれ!

 百夏も背中に飛び乗ってしがみついて来るんじゃない、子供か!

 

 

「おい、恥ずかしくないのか、百夏!」

 

「まあ、テメーの芝居っぽい話し方に比べりゃな」

 

 ……放っておけ! 急に素に戻るな!

 

 

 

「……所でテメー、あの趣味の合う女神先輩を名前で呼ぼうとしてなかったか?」

 

 ぐっ! 咄嗟に誤魔化したが聞こえていたのか。

 俺を助けてくれない連中も興味深いのか聞き耳を立てている。

 

 

「知らんな、気のせいだろう。頼むから降りろ。それが嫌なら五百円返せ」

 

「まっ、良いか。じゃあ、放課後にお前んち遊びに行くからその時に教えろよな」

 

 何とか百夏が降りてくれたは良いのだが、余計な事を口走ったせいでクラスメイトの注目を浴びてしまった。

 

 

 

「矢っ張り……」

 

「まあ、去年の文化祭の時のアレが有るし納得かな」

 

「ガーゴイルが遂に……」

 

 ……百夏め、覚えていろよ。

 先輩には変な噂が立つかも知れないと言っておかないとな。

 

 

「あの人にも関わるのだから憶測で噂を流すなよ? 何度も言うが、今は俺と冬愛先輩は友人に過ぎん」

 

一応釘を刺して教室を去ったが時間を無駄にしたし、謝る事が増えてしまったではないか。

 

 

 

 

 

「彼奴、ハッキリと名前で呼んでたし、”今は”って少しは意識してるじゃんか。……なーんか面白くねーな。私を放って友情より女を優先かよ、薄情な奴等だぜ」

 

「いや、雁さんも女の子だよ?」

 

「私と二人の関係は男と女とか関係ねーもんなんだよ。ったく、他のダチ誘うか、仕方無ぇな」

 

 

 

 

 待ち合わせ場所に向かえば既に冬愛先輩は来ていて昼食の準備をしている途中だった。

 

「遅かったね。授業が長引いちゃった?」

 

「すいません、巴庭先ぱ……冬愛先輩。ちょっと野暮用で」

 

 うっかり呼び慣れた方で呼びそうになったが何とか言い直す、待たせた上に了承したはずの呼び方もしないのは流石に失礼だろうからな。

 まあ、怒ってないみたいで助かったが、クラスメイトの反応を伝えておかないと。

 

 遅れた理由は結局は俺が遅れた事には変わりないのだから言わなくて良いだろう。

 百夏を失敗の言い訳にしたくは無いし、なら俺だけの責任で十分だ。

 

 

 

「え? 私は大丈夫だよ? 仮にお父さん達の耳に入っても”別れなさい”とだけ言うだけだし、それよりも善示君こそ大丈夫? 彼女が出来なくなるかも」

 

「いえ、出来るかどうか分からない彼女よりも目の前の友人ですから」

 

 先輩の家の暗い部分がサラッと出たが、敢えて触れないでおこう。

 そう言えば家族の事は殆ど話さないな、この人。

 俺が両親に先立たれているのを知っているからだと思っていたんだが、厄介な事情なのは同じか。

 

「ふふふ、そんな事を言って貰えたら嬉しいな。他の人ったら女神だとか恥ずかしいあだ名で呼ぶんだもの。善示君はガーゴイルっていう格好良い奴なのに。うん、去年の文化祭の時の姿ってまさしくガーゴイルだったよね」

 

「……今となっては恥ずかしい限りです」

 

 去年の文化祭、喫茶店をしていた先輩のクラスに顔を出したら他校の不良が満席なのに無理に入って来ようとしたから先生が来るまで立ちふさがって睨みを利かしていたのだが、その一件からガーゴイルだの呼ばれるようになったのだったな……。

 

「ううん、恥ずかしい事なんて無いと思うな。だって私達を暴力を振るわずに守ってくれたもの。それに帰宅部で暇だからって男子が少ない部活や委員会のお仕事も手伝っているでしょう? じゃあ、今日はそんな善示君へのご褒美も兼ねて豪華にしてみたよ。じゃじゃーん! ……今のは忘れて」

 

 自分で効果音を言って恥ずかしかったのか真っ赤になりながらも弁当箱を広げれば、お重に入った数々の料理が目に入る。

 だが……。

 

「ピーマン抜き肉増し青椒肉絲に鶏唐揚げのチリソース、豚肉の野菜巻きにハンバーグ、オニギリは鳥そぼろと牛肉のしぐれ煮と肉巻きオニギリ! えへへ。ご褒美と言いつつ私の好物ばかりにしちゃった」

 

 少し照れた様子の先輩の料理は美味しそうだ……ニンニク醤油臭が強いが、美味しそうなのは変わりない。

 これだけ食べていたら太る……なんて失礼な事は百夏以外には言えないな。

 

 

「どうぞ好きなだけ食べて! 大丈夫大丈夫、多少食べ過ぎても動けば良いもの。まあ、私は胸にばかり脂肪が行っちゃうんだけれどね」

 

「……はあ」

 

 これは否定も肯定も出来ない奴だ。

 この人は本当に……うん?

 

 

「どうかした?」

 

「いえ、ちょっと……」

 

 今、建物の陰から此方を見ているスーツ姿の男女が居た気がしたんだが気のせいだろうか?

 それとも……。

 

 

「どうかした?」

 

「いえ、何でも……」

 

 俺が本当に恋人だと思った先輩の親が監視をさせている、とか?

 いやいや、流石にそれはないな。

 

 

 

 

「それにしても善示君と恋人だと思われてるのかあ。あっ! カップル限定メニューとか有る喫茶店が有るんだけれど一緒に行ってみる?」

 

「え、遠慮します」

 

「なーんだ。じゃあ、私が男装して友達と一緒に行こうかな?」

 

 冗談なのか本当なのか、この人の事だから分かりにくいな。

 まあ、楽しいから別に良いか。

 

 ずっとこんな毎日が続けば良いんだけれど……。

 

 

 だが、俺はこの日の内に家族に関わる新しい事実を知り、冬愛先輩や百夏との関係が変わり始める事になる。

 今は未だ、そんな事を想像もしていなかったが……。

 




最初は劣性予定だった先輩が強い


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計算なのか天然なのか

六千六百文字

サクサク書ける

ようやくブクマ


「ふぅ。もうお腹一杯。善示君、ちょっとしか食べなかったけれど美味しくなかった?」

 

「いえ、冬愛先輩が美味しそうに食べる姿を見ているだけで腹が膨れたので……」

 

 冬愛先輩はざっと四人前は有ったはずの弁当の半分以上を食べて満足そうにしている。

 それなりに食べる俺でも一人前半が限界だったぞ、あの肉まみれ油まみれの弁当は。

 この人とはお昼を一緒にする機会は少なかったが、此処まで食べてなかったような……。

 

「ちょっと普段より食べ過ぎちゃったかな? 好きな物は別腹だから仕方が無いけれど」

 

 別腹にしても程が有るだろうと思っても言わない、食べ過ぎだとか大食らいだとか、そういうのを売りにしている芸人なら良いが、先輩は違うしな。

 

「美味しそうに食べる姿は可愛かったですよ、冬愛先輩」

 

「そう、それなら安心かな。大食らいだからって善示君に引かれたんじゃないかって少し心配だったし。安心したら……ふぁ、少し眠くなって来ちゃった」

 

 ごめんなさい、少し引いてました。

 

 でも、小さな欠伸をかみ殺す先輩の姿は可愛いし、言わぬが華って奴か。

 先輩は眠そうな目をしながらフラフラとした後、俺の肩にもたれかかった。

 

「うん、善示君は大きいから安心するな。ごめん、ちょっとだけ肩を貸して……すぅ」

 

 食べたばかりで眠るのは体に良くないが、幸せそうに寝ているのを見たら起こすのに気が引けて来たな。

 それにしても脂肪が全部行くのか……はっ!?

 

 我ながら不埒だと思うが、先程の先輩の言葉のせいだ。

 胸ばかり大きくなる、そんな事を言われても肯定も否定も出来ないだろう、普通に考えて。

 

 気が付けば視線は先輩の寝息に合わせて上下する胸にチラチラと向けられていて、慌てて目を閉じる。

 信用して体を預けてくれている人を裏切るな、役得は近いせいで匂いとかが良く分かるとかで良いだろう。

 

「あっ、それもちょっとな……」

 

 

 

 

 

 

 

「何がちょっとなんですか?」

 

「は、春香ちゃん……」

 

 思わず声が出たと思ったら背後から聞き覚えのある訝しそうな少女の声。

 俺は向けられる目を良く知っている、春奈さんが醜態を晒した時に向けられる物と同じだ、あの目は。

 

「偶々参考書を借りに来てみれば、百夏さんだけじゃなくって他の女の人とも仲が良いんですね、大家さん」

 

「大家さん? ど、どうしたんだ? 普段はそんな呼び方はしない……」

 

「知りません、失礼します」

 

 最初から最後まで道端に吐き捨てられた噛んだガムでも見るような目を俺に向けたまま春香ちゃんは去っていく。

 どうも妙な誤解をされているみたいだな。

 

「百夏以外とも、とか言っていたな……まさか」

 

 相性が悪いらしく、あの子は俺が百夏と遊んでいる時は割って入って来る事が昔から多かった。

 無理に仲良くさせようとしても悪化するだけだと話題に出さないようにしていたが、何かを間違いに間違いを重ねて俺と彼奴が交際しているとでも勘違いしているのではないか?

 

「春香ちゃんは男女間の友情は懐疑的なのか」

 

 俺とあの子の関係は只のお隣さんや大家と店子という程度の物ではないが、自分については気が付きにくいからな。

 まあ、思春期だし男女間の友情を否定して恋愛に結びつけたくなるのだろう。

 

 

「後で誤解を解いておくか。今動いたら先輩が起きてしまう。どうせ家が隣だしな……」

 

 スヤスヤと気持ち良さそうに眠る先輩に体重を預けられて何もせずにボケッとしているだけの今の状況は心地良い。

 真面目なあの子が怒ったのだ、端から見れば交際中と勘違いしてしまわなくもないのだと思えば悪い気はしない。

 

 冬愛先輩みたいな人と交際出来たら嬉しいだろうからな、今の関係が心地良いので変わらなくても十分構わないのだが。

 

「これが何気ない幸せという奴か……」

 

 空を眺めながら呟く。

 

 

「お肉、お代わり……もっと」

 

 寝言までこれとは、この人は別の意味で肉食系だったのだな。

 

「……うん? 冬愛先輩、起きました…か……?」

 

 突然俺の腕を先輩が掴むので声を掛けたが明らかに寝ぼけた顔だ。

 何だろうか、無性に嫌な予感がするのだが、無理に腕を振り払ったら危ない気もするのだが……あっ、遅かった。

 

「いただきまーす!」

 

 先輩に声を掛けて起こそうと思ったものの間に合わず、開けた口に向かって俺の腕が持って行かれ……噛みつかれた。

 

「あれれ? このお肉、全然美味しく……ごめんね」

 

 俺の腕を噛んだ後、チューチュー吸う先輩が漸く目を覚まし、自分が俺に何をしたのか理解して固まってしまった。

 

 この人も自分の行動に恥ずかしいと思う事が……いや、これ以上は。

 

 

 

「本当にごめんなさい! 善示君に甘えて迷惑まで掛けちゃった。怪我とかしてない?」

 

「ほんの擦り傷程度ですし、舐めておけば大丈夫ですよ。……あっ、いや、水道の水で洗っておきます」

 

 言葉の途中で腕の怪我は先輩が噛んだ痕だと改めて認識したんだが、女の人が噛んだ所を舐めるとか少し変態臭い気が。

 落ち着いてから物を言ってくれ、俺。

 

 先輩も気が付いてしまっているし、本当に何をやっているんだ。

 

 

「そ、そうだよね。私が噛んだ上に吸った所だし……そうだ、私が舐めてあげれば良いんだ」

 

「落ち着いて目を覚ましてから動きましょう、冬愛先輩」

 

「……うん、そうだね」

 

 慌てている上に寝起きだ、危うく暴走する所だった先輩の肩を持って俺の腕を舐めようとするのを止めれば落ち着いてくれる。

 後は互いに忘れるだけだな……。

 

 

 

「本当にごめんね。お詫びをするから今度家に遊びに来て。お父さんの仕事の関係先から美味しいお菓子を貰ったの」

 

「別に明日には消えているでしょうし、気にしなくても大丈夫ですよ」

 

 噛まれた直後は血が滲んでいた怪我も昼休みの終わり頃には目立たない、これでお詫びとか言われても恐縮してしまうな。

 先輩の家にお邪魔するのは興味有るけれど・・・・・・。

 

 下手に学校の奴に知られれば面倒だと、流石に断るべきかと思ったのだが、先輩は不満そうだ。

 今にも頬を膨らましそうな程にな。

 

 

「名前で呼び合う友達は少ないし、善示君と色々楽しみたいと思ったのに遠慮しなくて良いよ? お手伝いさんは来る日が決まっているし、お父さん達もお仕事だから家に帰るのは三ヶ月後だし」

 

「それだと俺と二人きりになりません?」

 

「そうだけれど、どうかしたの?」

 

 変な勘違いをしそうだが、先輩のキョトンって顔を見ていれば勘違いだと分かる・・・・・・分かるのだが。

 この人相手に変な勘違いはしたくないが、しそうになるのは否定出来そうにないな。

 

 

「じゃあ、五限目が始まるのでこの辺で。お弁当は凄く美味しかったです」

 

 少しコッテリで野菜が欲しかったが、美味しかったのは本当だ。

 だから素直に言えば先輩は驚いた顔の後で笑みを浮かべたのだが、女神だの馬鹿馬鹿しいあだ名が馬鹿馬鹿しいとは思えない物だった。

 

 

「それなら良かった。善示君になら毎日作ってあげても良いよ?」

 

 いや、先輩、プロポーズみたいになっていますよ?

 本当にこの人、自覚無しにはやっていないよな?

 

 

 いない・・・・・・と思いたい。

 

 

 

「先輩、あまりそういう事は言わない方が良いかと。ほら、自分の発言を客観的に考えてみて下さい」

 

「えっと、家に呼んで、家族は居なくて、お弁当を毎日作ってあげても良くって……」

 

 先輩は美女だ、それが不用意に相手を勘違いさせるような事を平気で口にしていては駄目だろう、余計な事かも知れないし、変な風に考えてしまっているのかも知れないが。

 

 だが、友人としては多少変に思われても忠告すべきだと思ったから言ったが、先輩はちゃんと考えてくれているらしい。

 これなら安心だな。

 

 

 

「善示君なら大丈夫だよ? それとも変な事をするのかな?」

 

 ニコニコと絶対的な信頼を向けてくれている、それは嬉しい。

 だが、安心……出来ない。

 

「しません。する訳が無いでしょう」

 

「……其処まで断言されるとプライドが傷付くなあ」

 

 プライドが傷付くのならそもそもそんな質問をしないで欲しい。

 本当にこの人は……はぁ。

 

 

 

「じゃあ、早速今日にでも私の家に寄る?」

 

「いえ、先約が有りますので」

 

 話を聞いていなかったのか、聞いていたけれど天然なのか先輩はサラッと家に誘われるし、家が大きい事は聞いていたが見た事は無いし……女の子の家って百夏が嫌がるから彼奴の家でさえ一度か二度しか行った事が無いし、ちょっと興味も有ったけれど約束は守らなければならない。

 

 

 

そして放課後、俺は漫画研究会の部室にまでやって来た、更に言うならばダンボールに詰まった同人誌の整理やら模様替えで本棚の場所を変えたりと力仕事だ。

 

「ありがとー。うち、男手が居ないから助かるよー」

 

「気にしなくて良い。頼まれて引き受けた。だったら一生懸命するだけだ」

 

 困っているだろうし、力はそれなりにあるからこの程度は苦にならない。

 先輩のお誘いを断ったのは惜しいが、先に了承してしまったのは俺だ、勢いだとか考えずに引き受けた感は否めないが……。

 

 俺、もしかして”良い人”ではなくて”お人好し”……なのか?

 

「ねぇねぇ、次は本棚に本を入れて行くのやってー」

 

「力仕事じゃないだろう。自分達の拘りだって有るだろうし、俺はやらん」

 

「え~」

 

 袖を引っ張りながら頼まれたが、俺は本人達でも可能な事なら引き受けるのは滅多にない、つまりはお人好しではなく良い人という事だ。

 しかし、この高さの本棚なら上の方に本を入れるのは大変そうだな。

 踏み台も無いから椅子の上に上がるしか……。

 

 

「上の方だけだ。何を入れるのかさっさと選んでくれ」

 

「わ~。流石は司馬君。真原旗のガーゴイルって呼ばれるだけあるね」

 

「ガーゴイルは止めろ、ガーゴイルは」

 

 せめてドラゴンとかが良い、ドラゴンは格好良いからカンフー映画みたいで。

 俺が入れる本をどれにするか漫研の部員があーでもないこーでもないと話し合って長くなりそうな中、退屈なので窓の外に目を向ける。

 

「天気予報では確率が低かったんだがな。……折り畳み傘を常備して良かった」

 

 何時の間にか空には分厚い鉛色の雲、今は弱いが降り始めよりは確実に強くなっていて、傘を忘れたらしい生徒達が慌てて駆け出していた。

 十一の奴が女子生徒と相合い傘で帰り、百夏の奴は家の運転手が迎えに来た車に乗り込んでいる。

 

「……さっさと帰りたいな」

 

 雨が強くなれば跳ね返りで靴が汚れるし、出来れば早めに帰りたい。

 それに両親が残してくれたこいし荘……その他幾つかの物件は管理会社に頼っていても書類の確認は必要で、俺も理解はしていたい。

 

「決まったよー」

 

「そうか。早くて助かる」

 

 困っている知り合いの手助け、あくまで本人達には困難な範囲だが、それをするのは嫌な気はしない。

 帰る途中で俺に向かって手を振る冬愛先輩にこっちも軽く手を振った後、俺は机の上に置かれた本を上の段に置き始めた。

 

 

 

「やれやれ、勘弁して欲しいな」

 

 模様替えの手伝いが終わり、俺が玄関口まで来た時には雨は大雨に変わっており、水溜まりやら跳ね返りで靴やズボンが汚れるのは避けられそうにない。

 降っても夜までには止むと天気予報では言っていたが、流石に待つのは辛いし諦めるしか……。

 

「どうしたんだ、春香ちゃん。傘が無いのか?」

 

 靴箱から靴を取り出そうとした時、柱にもたれて本を読んでいる春香ちゃんを発見したのだが、部活も入っていないし残る理由は雨程度だろう。

 今日はスーパーの特売の日だしな。

 

「ええ、姉さんは今日は遅いですし傘を持って行かなかったのは同じなので止むまで待つ予定でしたが、善示さんが来て下さって助かりました。またお手伝いですか?」

 

「良く分かったな。では、帰ろうか」

 

 雨が止むまで待っていたら遅くなるし、隣なんだから一緒に帰れば良い。

 女の子が遅くに歩くのは危険だろう。

 それに誤解も解きたいし、質問も有るからな。

 

 

「成る程、私に二股を掛けていると誤解されたので解きたいと。分かりました、信じます」

 

「そうか、助かる」

 

「ええ、場の空気に流されて思い込んでしまったのは私ですし、逆に謝るべきかと。そもそも……」

 

 玄関口から出る時に二人は友人でしかないと伝えたのだが、思った以上に信頼が厚かったのか誤解が解けて何よりだ。

 後は俺がお人好しかも知れないのかと聞きたかったのだが、それを口にする前に春香ちゃんは俺にくっついて来た。

 

 ……いや、急にどうした?

 

「私が濡れないようにしたせいで自分の肩が濡れるのを気にしない善示さんがそんな真似はしないでしょう。お人好しかとは思いますが、貴方のそういう所は昔から……嫌いではありません」

 

「そうか、それは結構。悩みが解決したし、帰りに何処かに寄って行くか?」

 

「ではスーパーの後にピザの注文をしたいので”ドラゴンピザ”に」

 

 良い人なのかお人好しなのかとか、そういう事で悩んでいたが春香ちゃんのお陰で馬鹿馬鹿しくなって来たな。

 そうだ、俺は俺なのだから別に良いだろうに。

 

 

「所でくっつき過ぎじゃないか?」

 

「こうでもしないと大きい善示さんは濡れるでしょう? …私は平気ですので」

 

 ギュッと抱き付く感じで密着する春香ちゃんは平気と言いつつも恥ずかしそうだが、指摘すれば余計に恥ずかしいだろうな。

 真面目な子だし、今は居なくても少し歩けば他人の目がある様な所で異性に密着するのを耐えて気を使うなんて優しい子だ。

 

「俺も君のそういう所は好ましく思う。そうそう、ドラゴンピザといえばドラバガを中心に展開する”ドラゴンフーズグループ”社長の密着ドキュメントがこの前やっていたが観たか?」

 

 海外留学としてアメリカに行った現会長の創業者が学生時に立ち上げた担ぎ売りの店が今ではピザやフライドチキン、様々なファストフードを展開する大企業にまでのし上がったアメリカンドリームの例の一つ。

 その息子が日本支社を任されたのを密着取材していたが結構面白かった。

 

 

 まあ、例の企業との確執については笑って誤魔化していたがな。

 

「ええ、私が就職したい企業とは会長同士が不仲ですが観た価値はあったかと」

 

 凄い子だと改めて思う、高校に入学したてでもう将来の目標が決まっているのだからな。

 小さい頃の一時期は”善示お兄ちゃんのお嫁さんになる”と言って俺が百夏と十一と出掛けるのに同行したがっていた子がだ。

 

 

「何故姉さんが偶に向ける目と同じ物を向けているのですか?」

 

「いや、成長したと思ってな」

 

「子供扱いはしないで下さい。善示さんだろうと怒りますからね?」

 

 これは失敗した、怒らせたらしいな。

 背の方は中々成長しない等は言わなくて良かった。

 

 少し拗ねた春香ちゃんを何とか宥め、スーパーで買い物を済ませて出てくれば雨が上がっている。

 少し残念そうに見えたが、雨が好きだったとは驚きだな。

 長い付き合いでも分からない物がある。

 

 

「では、ピザ屋で注文をしてから帰りましょう」

 

「今更だが俺の携帯に番号を登録しているし、それで良いのではないか?」

 

 家に戻ってチラシで番号を確認するのが面倒だから店に寄るのだろうが、少し遠回りになってしまう。

 

「いえ、店に行きたい気分なので。善示さんはどうしますか? 大きいサイズの方がお得ですし、三人分色々と頼めますが……」

 

 何かを期待する表情、これは傘が要らないからと別れて帰る訳には行かないか。

 

 

「照り焼きチキンは確定だが、ピザ生地はクリスピー、チーズはあっさりだぞ?」

 

「アメリカンでコクの強いチーズの間違いでは?」

 

 この後、十分くらい話し合いが続いた。

 

 

 

「あれ? 善示さんの部屋の前に誰か……えぇっ!?」

 

 ピザを注文し、アパートまで帰って来れば俺の部屋の前で立っている男女の姿。

 五十程度の男の方は何処かで見た覚えがあると思っていると春香ちゃんの驚き声だ。

 相手もそれで此方に気付いてにこやかに歩いて来るが、近くで見れば誰か分かる。

 

 

 

「やあ。初めまして、善示君。僕が誰か分かるみたいだね」

 

 そう、先程話題にしたばかりのドラゴンフーズグループ日本支社社長にして会長の次男である金石虎児(かねいし とらじ)だった。

 そんな相手が俺の事を知っている理由が分からず返事が出来ずにいると更に言葉を続けながら手を差し出して来た。

 

 

「非日常の世界にようこそ。これから化け物相手の戦いの日々を頑張ろう」

 

 ……何言ってるんだ、この馬鹿。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうしよう。馬鹿を見る目で見られている。日本の高校生はこんな感じの話が好きだと思ったのに」

 

「知らない相手にそんなことを言われれば馬鹿だと思われて当然ですよ、社長。私も思っていますが顔には出さないのでご安心を」

 

 漫才でも見せに来たのなら帰って欲しいのだが、割と切実に。

 

 

 

 

 




先輩、途中でヤンデレ系にしろと悪魔がささやいたが打ち勝った
オマケで数行ヤンデレ先輩の家での姿を書こうかな、需要有れば


取りあえず デキてるだろ、お前ら って書かれる内容を書いていきたい


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願いと目的

前半にようやく主人公以外の視点が入った


「はわわ……。良いなあ、憧れるなあ……」

 

 放課後、善示君と帰りながらもう少し本について語りたかった私は家にまで真っ直ぐ帰って本を読んでたわ。

 金曜日に貸す本をどれにしようかと迷って選んでいる最中に夢中になって読み進めるのは悪い癖だけれど、そのせいで遅刻しそうになっても直せないのは仕方が無いよね?

 

 読んでいるだけで胸がドキドキするような恋物語、ハッピーエンドが一番好きだけれども悲恋で終わっちゃうのも悪くないと思うわ。

 チラッとゴミ箱を見れば靴箱に入っていたり帰り道や休み時間に渡されたラブレターが未開封のまま入れてある。

 実際の恋愛がしたくない訳じゃない、本の中みたいにドキドキする毎日を送りたい……でも、私は恋が出来ない……ううん、恋をしちゃ駄目だから。

 

 アメリカ人のお祖母ちゃんが友達による本格的な立ち上げの時に参加した企業に勤めるお父さん達を含む親戚の人達。

 本やドラマみたいな暖かい家庭の風景なんて私には無縁で、従兄弟の子達も大抵そう。

 授業参観や運動会の応援にも来てくれなくて、友達が羨ましかったなあ。

 だから両親とちゃんと関係を保てている人には一歩踏み出せないし、小学校の高学年になった頃から私の家を通して私を見るようになった元友達、友達からって言いつつも下心が見えている男の子達、そして私が少し変わってるって理由で自分から遠ざかる人達……本当に大切な友達なんて私には無縁だと思っていたのに……。

 

「今日は少し遊び過ぎちゃったかな? 折角名前で呼んでくれるようになったのに……」

 

 最初は迷惑を掛けたから、次は話が合ったから、それで一緒だと楽しいから週に一度本の貸し借りと感想の言い合いをするようになった善示君、私にとって本当の友達。

 

 恋愛感情は……違うよね?

 文化祭での出し物での喫茶店にやって来た不良紛いの人達が私に絡んで来たその前に立ちふさがった時、暴力騒ぎになるのなら友達付き合いもお終いかなって思ったけれど、彼は顔面への拳だけ受け止めて他は体で受けるだけで相手を睨み続けるだけで、最後は先生達がその人達を連れて行って解決した。

 

「どうして反撃しなかったのって言われても、巴庭先輩を連中から守るのが目的ですし、それで店に迷惑掛けたら本末転倒じゃないですか」

 

 先生に少しだけ注意された後、手を出さなかった理由を私が聞いた時の返答を今も思い出す。

 本当に嬉しかった、私を守ろうとしてくれる友達が出来たんだから。

 

 友達は……知人の人達は付き合って居ると思って居るみたいだけれど、私と彼は友達だもん。

 一緒に居てドキドキもしないし、常に彼の事ばかり考えもしない、だけど一緒に居て楽しいし心が安らぐ。

 

 

 

 だから少し腹が立つかな? 私と善示君の友情を否定されたみたいでさ。

 

 

 

「私が善示君に迷惑を掛ける筈が無いのに……」

 

 別れろって言われるだけ、彼にはそんな事を言ったけれど嘘、最初はそれで終わりだろうけれど、関係を終わらせなかったら……。

 親戚のお兄ちゃんやお姉ちゃん達がそうだった、だから私は彼に恋をしない、恋をしちゃいけない。

 大切な友達に迷惑を掛けちゃいけないものね。

 

 

 ベッドに仰向けに倒れ込み、そっと目を閉じる。

 家族写真なんて普通の家族の物は家には飾っていない、だから思い浮かぶのは大切な友達の顔。

 友達だったら大丈夫、何も言われる筈もない。

 

「あっ、留守電の確認してない。……どうせ入ってないだろうけれど」

 

 何時かは従兄弟達みたいに親に結婚相手を決められて、世間体を理由に善示君との友達付き合いも変わって行くのかな?

 出来るのならずっと友達で居たいけれど……。

 

 

「あ~あ、どうせなら善示君と結婚しろとでも言われたら面白いのに。人前では夫婦を演じて、誰も居ないと友達に戻っちゃうの。エッチな事は他に相手が居たら周りが面倒だし、その時になったら考えれば良いよね? ……なんちゃって。そんな事がある訳が無いのに」

 

 どうせ知らない相手とのお見合いを勝手に進められて、言われるがままに結婚する未来が見えるみたい。

 こういう家に生まれたから仕方が無いんだけれどね。

 

 

「止め止め。直ぐに終わらせて善示君に貸す本を選ぶ……前に読みかけの本をキリが良い所まで。何時も最後までとか次の巻までとかになっちゃうんだけれど」

 

 あっ、それと次は結婚関連の冗談を言ってみようかな?

 真面目だからちゃんと反応してくれて、恋愛小説のそれっぽい台詞を真似て言ってみた時の反応が面白いんだもん、善示君が悪いよ。

 彼も今の関係が心地良いって感じだから安心してからかえるし、私は悪くない!

 

 

「夫婦生活を送るのは思い浮かばないけれど、一緒に居られる時間が増えるのは楽しそうだし、他の男と仲が良いって五月蝿く言われないだろうし。有り得ないだろうけれど」

 

 もう一度有り得ない妄想をして、現実で打ち破る。

 

「じゃあ、どうせ入ってないだろうけれど、入っていたら聞いてないと面倒だし確認して、選んだ後は何を読もうかな?」

 

 通いのお手伝いさんに見られたら恥ずかしいから、古い辞書をくり抜いて中に隠している十八歳以下お断りなラノベでも良いかも。

 ……何かのミスなのか、通販でラノベ福袋を買ったら混入していたけれど色々と凄かった。

 ファンタジー物で急に複数人からお嫁さんを選ぶ事になった男の子が勢いで全員に手を出しちゃうって奴。

 

 

 「恥ずかしいけれど読んでいるとドキドキしちゃうよね。えっと、留守電メッセージの確認ってどれだっけ?」

 

 この電話、昨日新調したばかりだから使い方が分からない。

 新しい家電ってワクワクするんだけれど機能が多すぎるよ。

 

「これ……だよね? もー! 滅多に使わない機能を覚える時間を読書に回したいよ」

 

『メッセージは一件です』

 

 「入ってた、ちょっとやだなあ」

 

 お父さんがわざわざ連絡して来るだなんて普通じゃ無いもの。

 多分今の私は煩わしいって顔をしていると思う、友達には見せたくない顔を。

 何でも受け入れて貰うのが友達じゃない、友達だからこそ見せたくない一面は有るんだ。

 

 再生されるメッセージが流れる直前、私は善示君に会いたいと、会って今の嫌な気持ちを無くしたいと思った。

 

 あっ、そうだ。

 善示君にあのラノベでも貸して……セクハラは駄目かな?

 

 

「少しくらいは困らせても良いとは思うけれど・・・・・・限界ギリギリまで」

 

 

 実は出会いの時に重いって言われたのを根に持っている私だった。

 ・・・・・・本当に胸にばかり脂肪が行ってるから太ってないもん、あの時に抱いていた飼い猫(学校までついて来ていた)がデブ猫なだけなんだから。

 

 

「ニャーン」

 

「ゴンザレス、あっちに行ってて」

 

 

 そのデブ猫が甘え声ですり寄って喉をゴロゴロ鳴らして甘えて来たけれど、このままじゃ……。

 

「ニャン!」

 

「わっ!?」

 

 ほら、矢っ張り!

 

 普段は不貞不貞しい態度で餌とおやつが欲しい時以外はお昼寝か散歩に行くくらいなのに、本当に偶にだけれども凄い勢いで甘えようとして来るの。

 餌を盗み食いする以外にも外で飼っている犬とかの餌を奪ってタップタプの体の癖に高く飛んで肩に乗ろうとして……体も大きいから凄く重い。

 

『冬愛、早速だがお前に……』

 

 慌てて避けたらメッセージ再生中の電話の上に飛び乗っちゃって、バキッて嫌な音がした。

 

「壊れちゃった。……うん、良くやったね、ゴンザレス」

 

 ”お前の用事に私の時間を使う価値がある時だけ連絡しなさい”とか言われているし、猫が電話を壊しちゃったからメッセージが聞けないとか報告出来ないよね。

 さっきの留守電の用事を聞くとか……そんな感じの歌を小さい頃に幼稚園で歌った気がする。

 

「どんな歌だっけ? ねぇ、ゴンザレス。……今日からダイエットフードだからね。外で食べて来ても駄目だから猫用の入り口を塞いでおかないと」

 

 

 私は電話の上からゴンザレスを持ち上げて、その重さに溜め息が出そうになるけれど、嫌な事を先送りにする大義名分をくれたから沢山遊んであげないと。

 

「善示君、今頃何をしてるのかな? ちょっと電話を……電話番号知らなかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶぶ漬けですが。酒か海苔かワサビかはお好きな物をどうぞ」

 

 

 ある日、突然現れた謎の男、其奴から告げられた言葉によって俺の日常は魑魅魍魎渦巻く非日常になり、今も目玉が一つの大入道との戦いに……なる訳が無い。

 

 テレビで顔だけは知っていた世界的ファストフード企業の会長の息子である金石虎児、同行していたのは秘書の湯画音夢(ゆが ねむ)というらしい女性。

 俺の事を知っているらしいが、初対面で妖怪退治物の導入部分を思わせるセリフからの漫才を始める相手だ、気になる事を言われたから部屋に上げたが、冷静になれば無視すべきだった。

 

「おや、お茶漬けかい。軽食にピッタリだね。特に最近は接待や会食が続いて胃が疲れていたからさ。では海苔を貰おうか。鮭はどうも干からびた感じが苦手でさ」

 

「社長、”帰れ”と遠回しに言われています。あまりおふざけが過ぎるのなら次の取締役会では……私は鮭で」

 

 動じない……だと!?

 

「早速だが私達は君の身内について話をしに来たんだ」

 

 通じるかどうか分からなかったが、来客用(遊びに来る二人用)に用意していた茶碗と箸で出した冷やご飯と電気ケトルとお茶漬けの素、金石さんの方は音を立てて啜り、湯画さんの方は静かに食べている。

 これは困った、身内の話と言われても両親の親族は居ないと聞かされて育って……まさかっ!

 

 

 

「実は存在していた親族の借金を親の遺産と一緒に相続したから、遺産放棄の期限が切れてから取り立てに来た、とかですか?」

 

「いや、はっはっはっ、そう来たか。確かにそんな感じだが、借金じゃないし、未だ相続してもいない。それにしても本が多いね」

 

 社長自ら来るのは妙な話だが、個人的な間柄の相手に金を貸していたのなら有り得るし、両親がそんな相手に関わりたくないと俺に黙っていたならば知らなくても仕方が無い。

 だが、そんな理由からの思いつきは外れたらしい。

 

 金石さんは本棚だらけの俺の部屋をグルリと見回しながら借金だというのは否定するが、なら何故?

 

「これだけ本があるならロミオとジュリエットは知っているかい?」

 

「まあ、有名な話ですし……。それで、何が言いたいのですか?」

 

 何故かこの人と話をしていると心が落ち着かない、ザワザワと妙な感じがする。

 この人の顔を見ていると……。

 

 

「社長、お時間もありませんし黙っていて下さい。……司馬善示さん……この場では善示さんと呼ばせて頂きますが、貴方は”司馬建設グループ”の存在と、かのグループとうちの関係はご存知ですね?」

 

「ええ、あのグループの管理会社にはお世話になっていますので。確か元は江戸時代に材木問屋をやっていたのが明治維新を切っ掛けに大工を囲い込んで……でしたよね?」

 

 今では更に事業を拡大、建築業以外にも不動産の管理販売、ホテルや旅行ツアーの開催と世界各地にネットワークを伸ばしている大企業だ。

 

「何故か其方とは会長同士が犬猿の仲だとか。それこそ手を組めば利益になる場合でさえ拒否する程に。……それでいい加減に本題に入って貰えますか?」

 

「おっと、悪いね。無駄話が多いのは悪い癖だ」

 

 何だかんだと話題を変えられ、俺は少しイラついて居たが、向こうはそんな俺の心境を分かっているという態度で肩を竦め、一枚の写真を差し出す。

 映って居たのは虎児さんに似た少年三人。

 一人は彼だとして、一番上はお兄さんだろう。

 

 

 そして、残ったのは……

 

 

「……そうか」

 

 この人を見て覚えた既視感の正体と今回俺に何を告げに来たのか、それを理解してしまえばヒントが幾つか有ったのも思い出せる。

 目の前の男は父さんに似ていたのか。

 

 写真と記憶の中でしか比べる対象がない事で遅れたが、一度分かってしまえば似ていると分かる。

 

 

「理解した様子ですが一応お教えしましょう。善示さん、貴方のお父様である司馬清示(せいじ)さんの旧姓は金石清示……ドラゴンフードグループ会長金石竜示様のご子息です」

 

 うん? 誰が、誰の何と言った?

 父さんが、会長の息子……つまり俺は孫だという事だ。

 

 

 

「……は? はぁ? はぁああああああああああああっ!? ……いや、今頃になってどうして接触を? 其方の会長危篤だとか?」

 

 

 驚いて叫んだら冷静になった。

 

「そうだね、清示が死んだのは数年前で勿論最近になって居場所を突き止めた訳ではない。悪役風に言うなら”逃げられると思ったのか? 泳がされていたんだよ”、って所かな? 連れ戻しても仕方が無いから放置して、此方に迷惑を掛けないように監視していたんだ……我々もね」

 

「我々も? ……いや、良い。これ以上は……」

 

 つい先程のロミオとジュリエットを知っているかという急な話題、幾ら何でも設定を盛りすぎて逆に信憑性が……。

 

「君のお母さんの茜さん、司馬会長の所の末っ子。高校が一緒で恋が燃え上がり、交際に反対されたから大学生の時に駆け落ちしたのさ。後は此方が手を出さないと判断したらしい。……因みに親父は元気さ。健康診断もオールクリア、多分百歳は超えるだろうね」

 

 割と重要な情報が軽く知らされたが、要するに俺は会長同士の仲が悪い世界的企業の両会長の孫に当たるのか。

 考えただけでも厄介事の予感だが……跡取りは居て、俺にどうしても引き入れたいという価値は無い。

 

 

 

「親から相続権を引き継いだし、相続問題で揉めないように放棄しろと言いに来たのですか? なら構いませんよ。十分な物を相続しているので」

 

 金さえあれば防げる不幸が多いのは認めよう。

 だが、金が全てでもなく、それなりに遺産を遺して貰った身だ。

 

 正直、世界的企業一族のゴタゴタに巻き込まれるのは勘弁して欲しい。

 

 

 

「いや、違うけれど?」

 

「会長は貴方に対して最低限の身内の義理として他の孫への七五三等のお祝いと同額を成人の際に贈るだけの予定ですのでご安心を」

 

「そうですか」

 

 ……先走ってしまった、恥ずかしい。

 フィクションやワイドショーに影響を受けすぎていたか。

 これでは最初の発言を馬鹿に出来んな。

 

「さて、私達が調べていたようにお母さん側の身内も君を調べていてね、向こうの会長……君の母方のお祖母さんも親父と同じ考えだったらしいんだが、最近になって互いに隠れて君を調べていた事が分かってしまい、今回の訪問に至ってしまった」

 

「犬猿の仲の二人に知られた事が何故訪問に?」

 

 妙な話だと思う。

 もしや片方からのは断れとでも言いに来たのだろうか?

 

最早其処までなら両方から貰わないという選択肢が……いや、先程の失敗を忘れるな。

 ちゃんと話を聞いてから返事をせねば。

 

 

 

 

「まあ、うちの親父なんだが名字が妻側なのは互いに家を出た身だから構わないというスタンスだが、もし君を迎え入れられては、そんな風に思ったらしいよ。下らないと思うが、一般に知られるよりも仲は悪くてね。子供が互いに説得しても聞き入れはしない。……簡単に言うとだな、関係する家の娘さんと君を婚約させて相手側に行かせない気なんだ。しかも二人共」

 

「……は? 何だ、それは。人の人生をなんだと思っている」

 

 思わず剥がれる敬語。

 だが、いがみ合いに身内を巻き込むにしては些か所じゃなく行き過ぎだ。

 

 

 

「まあ、気持ちは分かるさ。向こうも私側も説得は続けてみるが、娘さん側の親は乗り気でね。まあ、お見合い程度と思って軽く会って、後は時間を稼いでくれれば良い。私達が必ず何とかすると約束しよう」

 

 先程までの軽い態度は消え去り、胸を張って告げる姿は父さんが重なる。

 そうか、ならば信じよう。

 

 

 それはそうと、その見合い相手も親に言われて結婚相手を決める等、フィクションの中のような所には同情をするな。

 ……案外話が合うやも知れん。

 

 

 

 

 




先輩のヤンデレルートはR18展開 需要在れば投稿してみますが


仮に絵を乗せるなら 主人公を挟む二人 先輩はノリノリで腕に抱きつき、幼なじみはむくれ顔で少し離れながら指先で袖を摘まむ  的な?


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結婚すれば良いんだよ

 人に話しても設定を盛り過ぎて作り話としては落第点だとでも言われそうな事を告げられてから数日、俺は休日だが制服を着て生まれて初めてハイヤーに乗っていた。

 

「凄いな、いや、本当に……」

 

 両親は車にはそれほど興味が無く、それ程金を掛けていなかったしタクシーに乗った回数も多くは無いが、虎児さんが手配してくれた車の乗り心地には驚かされていた。

 この様な車と本来なら生涯乗る事は無かっただろうに、経緯が経緯だけに乗っても嬉しいとは思わないのだが。

 

 今回の件、俺は十一と百夏には話せないでいる。

 あの二人ならば俺の言葉を疑わずに信じて共に憤ってくれるのだろう、何せ祖父母の意地の張り合いで今まで無関係だった俺にお見合いを押しつけるという理不尽っぷりだ。

 だけどまあ、友達だからこそ話せない、向こうで何とか解決してくれるというのを信じるしか無いし、話すにしても見合いの相手と顔を合わせて今後を考えてからだ。

 

 尤も、俺が悩んでいる事は見透かされてはいたのだが。

 

「善ちゃん、何か悩んでるっしょ? まあ、笑い話にしたいか愚痴を吐き出したくなったらお菓子とジュースでも食べながら話してくれても良いんだぜ? モチ、善ちゃんの奢りで」

 

「なーんか悩んでるだろ、テメー。私と違って考え込むタイプなんだ、話したきゃ話せよ? ダチなんだからよ」

 

 友とは何と素晴らしき物か、二人に感謝していると目的地の料亭が見えて来た。

 恐らく一食だけで数万円、簡単に予約が取れないであろう本来なら縁の無かった場所だ。

 

 ああ、百夏の奴が行った事があるって言っていた気がするな。

 彼奴はデッカい家のお嬢様だしな、俺達からすると”(笑)”を後に付けたくなるが、付けたら肯定しながら蹴りでも食らうだろう、そんな事を考えていると車が停まる。

 

 

「……そう言えば先輩も何か悩んでいる様子だったが」

 

 悩んでいる、よりも少し不満な事があって拗ねている様子だった冬愛先輩も俺が何か悩んでいるのには気が付いたが、互いに追求する事なく来週感想を語り合う本を渡して終わりだった。

 

 

 只、数冊渡された本の中にエロ系のが混じっていたのは何かの間違いだろうか?

 間違い……だな、うん。

 

 あの様な本の感想を女性に語れる筈もなく、返す時に何も言わずにおこうと思ったのだが、そもそも先輩があの様な本を持っていたとは……。

 

 複数の許嫁候補と肉体関係を持ち、最後には全員と、一応読んだのだが、急にお見合いを押し付けられた今の状況に重ねそうになり、慌てて頭から追い出す。

 いや、普通に関係を持ったら駄目だろう。

 俺は未だ高校生で、相手は交際している訳でもないのだしな……。

 

 

 

「司馬善示様ですね? 此方でお相手がお待ちです」

 

 

 今日は金石家側の相手との顔合わせだと言われてやって来たのだが、事前に写真を見せられたり電話で話したりはしておらず、名前さえ聞かされていないのだから驚きだ。

 

「”ナンパした相手との軽いデートだと思えば良い”、とは言われたが、ナンパなどした事が無いのだがな……」

 

 更に言えばデートもした事が無い、十一が忙しいので百夏と遊びに行った事があってもデートと呼べる程の物では無いだろう。

 

「きっと驚く相手だと言われたが、まさか芸能人……の筈は無いな。まさか部屋に行ったら顔にパイでもぶつけられはしないだろうな」

 

 一般人をターゲットにしたドッキリだとすれば大掛かり過ぎて有り得ないだろうが、百夏辺りが仕組んだ悪戯ならば無くもない。

 仲居さんに案内されてやって来た桔梗の間の障子の前で躊躇して立ち止まり、ドラマや旅行番組でしか見た事がない日本庭園を暫し眺めた俺は意を決して開けた。

 

 

 

「すぅ……」

 

「失礼、間違えました」

 

 そっと障子を閉めて仲居さんに部屋の名前を確かめて貰う、間違いじゃ無いのか……信じられないな。

 もう一度障子を開ければ畳んだ座布団を枕にしてスヤスヤ眠る冬愛先輩の姿、因みに着物姿で髪も結っていて綺麗だと思う。

 

「まさか先輩が? いや、先輩が部屋を間違えている可能性もあるか」

 

 今回、俺の目標は見合い相手との協力体制の取り付け。

 

 勝手な理由で今まで無関係だった相手に見合いを強引に勧めるなど理不尽でしかなく、会長達の蛮行に反対してくれている人達が説得をするまでの間、賛成派の人間の目を誤魔化したい。

 

 親の言うがままに従うタイプで協力を拒否されればどうなるかと思ったが、本当に先輩が相手ならば話が進めやすい。

 もう片方の相手には失礼だが、付き合いのある彼女の方を選びたいとでも言えばややこしい事態は避けられるだろう。

 後は関係の解消が出来るのを待つだけ……。

 

 

 

「先輩、冬愛先輩、起きて下さい」

 

「……みゅ? あれれ? 善示君がどうして此処に? バイトでもするの……すぅ」

 

 俺が声を掛ければ先輩は目を覚まし、状況確認の途中で再び眠り始める。

 いや、話が進まないので起きて下さい。

 

 

 

 

 

 

 

「……ふへぇ、まさか善示君がね。小説よりも奇なりって奴かぁ。小説だったら設定を盛り過ぎているもんね」

 

「同感です。しかし先輩こそお祖母さんがドラゴンバーガーの設立時のメンバーだったとは初耳ですよ」

 

「うーん、別に言うことでもないのかなーって」

 

 十分後、起きたり眠ったりを繰り返した先輩が目を覚ましたので互いに情報を共有したが、先輩は先輩で俺が相手の事に安堵した様子だ。

 親から言われて来た今回の顔合わせ、名前も聞かされずに進められた事に不安があった事だろう。

 

「じゃあ、今後についてお話ししようか。……あっ、それとお願いがあるんだけれど、着物に浮き出るから下着は付けてないの。だから見られたら恥ずかしいな」

 

「極力見ません、ええ。ですが……意識してしまうので言わなかった方が助かりました」

 

 向かい合っての情報交換、親の言いつけで何が何でも選ばれようとしていない事には二つの意味で安心だ。

 先輩との関係が壊れずに済み、彼女が親の命令で好きでもない相手に迫らずにいられない等が無くてな。

 

 何時もの姿……普段とは違う魅力があるが、そんな姿に安堵しつつ俺は目を逸らした。

 そうか、着物だからな……。

 

 

 ……気まずいにも程がある!

 

 仲良くして貰っている美人の先輩が現在下着無しの状態だと知らされて俺はジロジロ見ない以外で他に何をするべきなんだ、何をすべきじゃないんだ!?

 

 先輩も恥ずかしいから口を滑らして余計に恥ずかしい様子、此処で十一ならば気の利いたジョークで空気を一変させるのだろうが、俺には無理だ、余計に悪化する。

 何か、何か無いのか……。

 

 沈黙を貫いた俺達は互いに顔を赤らめて顔を背けあう。

 そんな空気を打破したのは先輩から鳴り響いた音……何か凄い腹の音だった。

 

 

「きゅ……急に顔合わせをしろ、だの、相手の写真は用意していない、とか言われちゃって、昨日の夜からご飯食べてないし、眠れなくって……」

 

 別の意味で恥ずかしくなった先輩だが、空気はこれで変えられたな。

 しかし肉まみれ弁当を二人前以上食べるこの人が食欲を失ったのか……心労は俺などより遙かに大きいのだろう。

 

 形だけの見合い、時間を稼げばどうにでもなる、会った事もない祖父母のいがみ合いに巻き込まれた俺だが、言ってしまえば面倒な事をするだけで済む。

 ある日突然に見合いの話を親から持ち込まれ、反応からして断れないと感じていたらしい彼女に比べれば……。

 

 

 

「安心したら一気にお腹が減っちゃったし、ご飯早く来ないかな? でも、こんな風な所って多分ガッツリ系は期待できないし、こっそり抜け出して焼き肉でも食べに行かない?」

 

「相手が俺だと分かった途端に自由ですね、冬愛先輩」

 

 この人の心労は俺よりも大きい……のか?

 うん、大きいのだろう、恐らくはな。

 

 緊張感など何処へ行ったのやら、グデーッと寝ころんだ彼女は足をバタバタさせながらしきりに空腹を訴え続ける。

 この姿、先輩を女神だの何だの恥ずかしい呼び方をしている連中が見たら何を思うのだろうか?

 

 

「取り敢えず店の人だって直ぐに来るでしょうし、行儀良くしていないと家の人に伝わるかも知れませんよ?」

 

「……ねぇ、善示君。私、急にお見合いの話をされた時は不安だったんだ。ほら、婚約者が居るのなら他の男との接触は云々とか言われそうでしょ? お父さんなら絶対に言う! だから善示君と仲良くするのを続けられると思ったら本当に安心して……」

 

「まあ、気持ちは分かりますよ。冬愛先輩と過ごす時間は楽しいですが、先輩の都合如何ではその内に終わってしまう物だとは思っていましたから」

 

 急に脚を動かすのを止めた彼女の言葉は正しい、只でさえ交際していると噂を立てられている現状だ。

 他の異性の影など見合い話の障害にしかならぬだろう。

 実際、交際相手が居たとしても別れろと言われるだけだと語っていたし。

 

 だからこそ、俺も少し安堵している。

 俺もゴタゴタが片付くまでは他の女性との接触を控えろと言われるかも知れないのだし、十一が一緒の場合が多い百夏ならば兎も角、交際を噂される先輩との語らいの時間はな……。

 

 

「あっ! でも、もう片方の相手が凄く魅力的な子で、そっちと結婚したいと思ってしまう程の子だったらどうする!? 選ばれなかったって事もあるしトップ同士がいがみ合ってるから、私と関われなくなっちゃうかも!」

 

「ああ、”ウチとの関わりを拒否したな、ならウチの陣営の者とも関わるな”とかですか? 会った事もない孫にこんな事をする人達や先輩のお父さんの話を聞く限りでは……」

 

 否定は出来ない……けれど、先ず有り得ない話だろう。

 

 

「友達を捨ててでも異性に走る程に情熱的では有りませんので大丈夫ですよ。っと、来たみたいですね」

 

「ご飯だー!」

 

 料理が運ばれてきたらしい気配を感じたのかバッと起きあがる先輩だが、何やら思い付いたのか少しだけ考え込み、続いて俺の方に笑顔を向ける。

 凄く綺麗な笑顔だったが、また何か変な事でも思い付いたのだろうか?

 

 

 

「ねぇ、善示君。いっその事、本当に私達、結婚しちゃわない」

 

「……はぁ」

 

 急にプロポーズとか、何を考えているんだこの人は?

 大体、俺達は未だ友人でしかないだろうに。

 

 取り敢えず何時もの事かと思いつつも真意を聞き出す前に料理が運ばれてきたのだが、予想通りに肉よりも魚や野菜の割合が大きい豪華そうだが肉食系の先輩には物足りなさそうな感じだ。

 事実、腹をグーグー鳴らしながらも肩を落としてテンションを下げてしまっているしな。

 

 

「取り敢えず食べながら話の続きをしましょうか」

 

「……うん」

 

「肉料理、俺の分を食べて良いですよ?」

 

「やった! 流石善示君! ありがとう!」

 

 料理を運んできた仲居さん達がいる前で抱き付いて来る辺り、この人は本当にお腹が減っていて、更に凄い肉好きなのだろう……がっ、流石に恥ずかしいので離れて欲しい。

 いや、あのですね、着けていないと知っている分、どうしても意識してしまうので……。

 

 

 

 

 

 

「もぐ…ほら、善示君の問題が…もぐもぐ…解決したとして、私には次の…もぐ……お見合い話が…来るだけ……もぐもぐ」

 

 お見合い等の席では向かい合っての食事が普通なのだろうが俺と彼女は知った中、肩が触れそうな距離で相手の横顔を見ながら食事をしていたのだが、先輩はお腹が減っていたのか食べる、凄く食べる。

 俺の皿のコッテリ系のおかずもあげたのだが前日からの飯抜きが堪えたのだろう。

 

 それはそうとして、重要な話なのは分かるのだが……。

 

「食べるか喋るかどちらかにしましょう、お行儀が悪いですよ」

 

「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ」

 

 食べる方を優先、いや、別に構わないが、冷めたら美味しくなくなるだろうし……。

 

 

「ふぅ~、お腹一杯……には遠いけれど、空腹はどうにかなったかな? ふぁ~あ、今度は眠気がまた来ちゃったよ。善示君、お膝貸して~」

 

「話は……どうぞ」

 

「ありがとう。じゃあ、お休み~」

 

 食事が終わった後は話をすると思ったのだがな、これは余程安心してくれた結果だと思えば別に良いだろう。

 圧に押された俺が正座をすれば先輩は躊躇う事無く頭を乗せて秒で眠る、再び聞こえてくる寝息からして熟睡した様子だ。

 鼻を摘まんだりしたい衝動や呼吸に合わせて上下する胸に向けてしまいそうな視線を理性で抑えつけ、先輩の信頼を裏切る気なのかと叱咤すれば落ち着けたし、先輩の言葉の意味を考えよう。

 

 

 俺の事が好き……友達としてでしかないので結婚とは結び付かないが、そもそも冬愛先輩の結婚観は俺の物と同じなのか?

 見合いを決められる事を諦めなのか受け入れていた事だ、どうせするなら気の合う相手と、そんな所だろう。

 

 

「俺”が”良いのではなく、俺”で”良いのだろう。先輩は軽い気持ちで口にしただけなのかも知れないが……」

 

 適当とまでは言わないが妥協では有るのだろう、それ程にこの人には自由が無いという事なのだろうが。

 それと本当に結婚するかは別の話、幾ら友人でも自己犠牲が過ぎるという奴だ。

 

 だけど、今の関係を続けられない事への寂しさも共感するし、何か力になりたいとも思う。

 

 

「……せめて俺が祖母側に付かなければ先輩とは友人で居られると良いのだが」

 

 そんな事を呟きながら天井を見るもどうなるかは分からない事だ。

 分かっているのは冬愛先輩と結婚するのが確実に……いや、考えるのは止そうか。

 でないと今後の友人関係に余計な思考が入り込みそうだ。

 

 

 

 そうして暫く寝顔を眺めていたが一向に起きる気配も無く、これ以上はお店に迷惑が掛かりそうな頃合いになってしまう。

 さて、どうしたものかと悩んでいると携帯に虎児さんからの着信の知らせ。

 

「迎えを寄越したから、か。タイミングが良いな。先輩が起きないのは困ったが。まあ、仕方が無い。後で苦情は受け付けるとして、よい……こほん」

 

 よいしょ、と掛け声と共に抱き上げようとするが初対面で重いと言ってしまった負い目も有る、途中で止めて持ち上げればすんなりと行った。

 あの様な事は二度と無いだろうが一応、そんなつもりで鍛えていて良かったのだろう。

 

 

「軽いな……」

 

 俺の力が上がったのも有るだろうが、デブ猫の影響も大きかったのだと、腕の中に収まった先輩の予想外の軽さに驚きの声が漏れ出る。

 脂肪が胸以外には行かないと行っていた……煩悩退散!

 

 

 一度意識してしまうと気になってしまう、下着が無いのも含めてだ。

 それでも何とか我慢し、店の人の好奇の視線にも耐えて店を出た俺を出迎えたのはニヤニヤと笑みを浮かべる虎児さんの姿だった。

 

 

「やあ、驚いたかい? それにしても随分と仲が良いんだね」

 

「世界的企業の支社長が暇なのを見たら誰でも驚くかと。それと先輩は不安で眠れなかったらしいのが安心して眠気に襲われただけですよ」

 

「暇とは酷いなあ。甥っ子の為にスケジュールを詰めて来たってのに。じゃあ二人共送らせよう。私は先に会社に戻るけれどね」

 

 様子を見に来ただけなのか虎児さんはさっさと二台の車の片方に乗り込み、ドアを閉めようとした所で動きを止めた。

 

 

「そうそう、実はこの間学校には君を見に行っただけじゃなく、下見で行ったんだ。私の娘、要するに君の従姉妹が転校予定だから宜しく頼むよ」

 

 それだけ言って今度こそ去っていくが……もう一人の相手について話して欲しかったのだがな。

 



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