アプリ産です。通っていいですか? (フドル)
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アプリ産です。通っていいですか?

「あー、ここって何処だろ?」

 

 最初の頃は違和感しかなかった尻尾と耳を動かしながら、急に路地裏に投げ出された僕は外の賑わいを見てそう呟いた。

 

 前回のあらすじ? はい、トラ転。

 

 詳しくいうとテンプレみたいな死に方をした。買い物に行こうと曲がり角を曲がったらトラックの操作をしくじったのか荷台部分がドリフトしながらこちらに迫っていた。まぁ躱せるはずもなく轢かれて死亡だよ。

 それで何か転生した。ウマ娘に。しかもアニメの世界じゃなくて誰かのアプリの中のウマ娘に、だ。

 最初は鏡に映る自身の姿から既存のキャラに憑依してしまったのかと焦ったが時間が経つにつれてそれは違うと理解した。

 自身のキャラが本来話す言葉と俺が話す言葉が違うのだ。このアプリの世界だと持ち主が俺を選んでプレイしている時は一切の自由がなくなる。虚空に向けて話し始めるわ、勝手に身体も動くわで最初のうちは凄く大変だった。特に一番困ったのは景色が急に変わることだ。トレセン学園にいたのに瞬きしたら外にいるしで次に瞬きしたらゲーセンの中だよ?普通に怖いわ。

 それも今はもう慣れたものでボケーとしながら勝手に動く身体と一緒にレースを走ったり、ウイニングライブをしている。中身がどんなにだらけていても外はキリッとしているのは楽だった。

 まぁこんな感じで生活?をしていたのだがある日自分のステータスを見れることに気づいた。そこで初めて自分のことを知った。

 

「これって、明らかに改造されてるよなぁ。」

 

 ステータスの表記は賢さ以外、表示されていない。そして何故か賢さはFだった。どうせ残すならG+にしろよ。後ろに宇宙背負ってやるから。スキル欄は空白が一つだけあるがレース中の急な加速などからスキルが何も無いということはないだろう。多分全部盛りしたとかそういうのだと思う。

 

「このアプリの持ち主は一体何を考えているのやら……。レースの勝利ポーズとか多分自分で作ってるだろ。」

 

 

 自分が改造ウマ娘というのは分かったがそれで何か変わるということはない。強いて言うなら自身の一人称が俺から僕に変わったことだろう。勝手に話す時の一人称が僕なのでそっちの言い方の方が楽になったからだ。

 持ち主がいる時は身体が動くままにレースなどに出て、いない時は一切動かない他のキャラに話しかける日々。アプリが終わるまでずっとそれが続くと思っていたのだが急に状況が変わった。

 持ち主が改造データ。つまり僕を消したのだ。それは僕がアプリから消滅することを意味する。

 

「だからってあんな消し方はないでしょ。近くにいたテイオーに泣きついちゃったじゃん。」

 

 ノイズがそこら中にはしっている電脳空間で愚痴る。どうせ消すなら一気に消して欲しかった。何故身体の一部が消えていく方式にしたのやら。

 

「僕はどうなるのかな?このままゆっくり消えるのか、それともこの空間で生き続けるのか。」

 

 幸い身体は消される前の改造ウマ娘のままだがこの何処を見てもノイズだらけの世界にずっといるのはいつか気が狂いそうだ。何か暇を潰せるものがないか探しに僕は動き出した。

 

 

 

 

 

 

「それで何で現実に飛び出てるのかなぁ?」

 

 どれだけの時間をノイズだらけの世界で過ごしたかは分からない。ある日偶然ノイズが無い場所を見つけて興味本位で近づいたらこれだ。

 

「この世界はウマ娘がいるからアニメ時空?それともアプリの世界?」

 

 路地裏から道に顔を出して辺りを見渡す。そこにはアプリではなかった人の話し声が聞こえて来る。

 

「アプリ……では無さそう。ならアニメかな?今はどこら辺なんだろう?もうアニメの時間軸なのかな?」

 

 それはまたおいおい確認するとして、まずは自分の生活環境を整えなければ。

 

「よし、何処かでバイトでもして金を稼がないと。頑張るぞ、オー」

 

 

 

 

 

 

「ダメでした!!身分証とか何も無い。しかも顔を見せない怪しいウマ娘を雇う人なんて物好き以外いないかぁ。はぁ……。」

 

 あれから数週間、すっかり橋の下が定位置になっている僕です。バイト募集を見つけて突撃したのだがその全てが全滅した。そもそも住所も無い。連絡手段もない。何なら顔を隠しているウマ娘を誰が雇うというのか。

 

「顔を出したら良いんだけどこれで元になった子に迷惑をかけるわけにはいかないし。」

 

 僕の身体はとあるウマ娘にそっくりだ。持ち主がコピーして少し弄っただけなので当たり前なのだけど。性格は違うキャラを使っているのでだいぶ違うけどね。

 雇ってくれた人にそっくりなだけで別人ですと言えば問題ないと思うが通りすがりの人が働く僕の姿を見てどう思うかなんて分からないし、それで元の子がバイトをしていると噂になったら申し訳ない。あの子は自身の不幸体質を気にしているしきっと話を耳にすれば自分のせいで僕が迷惑していると思いそうだ。

 そんな訳でいろんなところで不採用を貰い、お金が無いので仕方なく橋の下生活だ。そこらで拾ったダンボールと穴の空いた毛布はお友達。

 たまに酔っ払った人やグレたウマ娘が絡んでくることもあるけどこの身は改造ウマ娘。撃退に何の問題もない。

 

「少し不便になったのはトイレと食事だよなぁ。」

 

 慣れるまで本当に大変だった。食事は適当な野草を食べている。

 

「助かったのはこの身体が悪いと判断したものは勝手に治すことかな。治す過程は嫌だけど。」

 

 お陰で切り傷とかはすぐに治る。これがなければ知識もないのに野草なんて食べていない。

 しかし治す時は『〇〇を確認しました。〇〇としたバッドコンディションと判断し、修復します。』と機械音声みたいな声で発音してから治すので少し嫌だ。でも声を出さないと治せないのでどうしようもない。

 

「後は風呂にも入りたい。周りを警戒しながら身体を拭くだけなのもなぁ。けど金が無いしなぁ。金さえあればなぁ……」

 

 そんな時、横からチラシが飛んでくる。なんとなく手に取って読んでみるととんでもないことが書いていた。

 

「地下レース。誰でも参加オッケーで、賞金あり。……何このご都合主義。」

 

 更に賞金は直渡しでも可能らしい。馬鹿馬鹿しい、こんなものに引っ掛かる奴が

 

「居るんだよなぁ、ここに。お金欲しい。」

 

 知らない間に僕は開催場所に来ていた。チラシの地図にはここと書いてあるので間違いないはず。

 

「あ、そうだ。顔を念入りに隠さないと。」

 

 一応マスクで隠してあるがレース場だと何かの拍子で外れるかもしれない。どうやって隠すべきか。

 

「……ベストフレンド。君の力を借りたい。」

 

 手に持っていたダンボールに目を向ける。任せろと声が聞こえたような気がしなくもない。いや、多分した。したっつってんだろぉお!?

 

「よし!なら早速準備だぁ!!」

 

 路地裏に入り、僕はダンボールを組み立て始めた。名前は何にしようか?ここは名前を少し借りて後は僕の名前を入れればいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、登録したいんですが……」

 

「はい、ではここの紙にお名前をどう……ぞ?」

 

 机で書類をまとめていたら前から声をかけられる。レースの登録者だろうと顔を上げた受付はそこで硬直する。

 まず何故ダンボールを被っている。それとそれは何をモチーフにして作ったのか?白のダンボールと黒いペンでつけられたつぶらな目は何となく間抜けさを見せる。首のところに二つの穴が空いておりそこから本来の目がこちらを見ている。

 

「失礼、一応確認しますがウマ娘ですか?」

 

「当たり前です!ほら尻尾!!」

 

 念の為にと質問すると相手はこちらに尻尾を見せる。謎の生物を模したダンボールの首辺りからペチペチ音が聞こえてくるので多分そこに耳もあるのだろう。

 

「確認しました。この書類にお名前の記入と注意事項を書いておりますので確認をしてください。」

 

「はい……、確認しました。名前もこれで。」

 

「では、控室でお待ち下さい。良いレースを。」

 

 ダンボールを被ったウマ娘を通す。静かになった受付で一人呟く。

 

「何だあれ?」

 

 

 

 

 

 

『さぁ、始まりました!地下レースのお時間です!早速今回のウマ娘たちを紹介しましょう!』

 

 実況の声を聞き流し、脚の確認をする。長らくレースから離れていたが大丈夫そうだ。筋力なども衰えてる気配が一切無いため、ここも恐らく改造パワーだろう。

 

『ここで八番、八番人気のハリボテモドキです』

 

『何故ダンボールを被っているのでしょうか?』

 

 周りの観客から嘲笑が聞こえてくるが聞き流す。所々で応援の声が聞こえてくるのは僕に賭けてくれた物好きな人かな?

 今回のレースでは中止は無い。注意事項のところにそう書いてあったし、明らかな妨害行為以外は禁止されていないので一応、気をつけていたほうがいいだろう。

 アプリの時で一番精神的に走りやすかった作戦で行くから問題は無い筈だ。

 

『地下レース、2400m、今始まりました。』

 

『おっとハリボテモドキ、するりと飛び出て先頭を走る。かなりスピードが出ていますが大丈夫でしょうか?』

 

『かかっているのかもしれません。落ち着ければいいのですが』

 

 別にかかってなどいない。僕のステータスにものをいわせたただのゴリ押しだ。

 

『さぁ、先頭からかなり距離が空いているぞ!他のウマ娘達は追いつけるのか』

 

 後ろから感じる気配はかなり遠い。しかし気を引き締めて更に加速する。

 

『ここでハリボテモドキ更に加速した!まだ序盤ですがもつのでしょうか?』

 

『先に距離を稼ぐ作戦なのかもしれませんね。』

 

 目の前に最初のコーナーが見えてくる。その後の直線でまた加速を……

 そんなことを考えながら走っていると突然脚が滑った。

 

「は……?ぶへぇ!?」

 

『おおっと!ハリボテモドキが転倒したぁ!!ダンボールの首が折れてるぞぉ!』

 

 実況の声が届くが今はそれどころでは無い。何故滑った。僕はしっかりと地面を踏み締めていたし、今までの感覚からこれで転倒するとは思えない。

 

「これは……ハリボテの呪いか!?けどこんなに勢いよく転倒しながら怪我してないってのはハリボテの加護も混在してる?」

 

 ウマ娘たちに追い抜かれるが、地面に倒れたまま考察を続ける。

 

『ハリボテモドキ動かない!大丈夫なのか!?』

 

『まぁ自己責任って事でしょう。他のウマ娘を見ていきましょう。』

 

「ってそうだ!レース中だった!」

 

 ガバリと起き上がり、状況を見る。ざっと見た感じまだ間に合いそうだ。

 

「逃げから追込に変わっただけだ。つまり問題ない。」

 

 彼女たちには申し訳ないが僕も金が欲しい。なのでこの改造パワーをフルで使わせてもらう。ハリボテの呪いも第一コーナーだけだったはずだ。

 地面を思いっきり踏み込み駆け上がる。身体もかなり前傾姿勢になりスパート体勢に入る。

 

『一番と三番の一騎打ちだ!勝つのはどっち……おお!?ここでハリボテモドキが来た!!後続を猛烈な勢いで追い抜き、先頭を追いかける!』

 

『凄まじいでは済まされない末脚ですね。ダンボールの首が折れてるのがシュールですが。』

 

 一人、二人と追い抜いていき先頭も追い抜こうとするが先頭の子がこちらへ突っ込んでくる。

 

「邪魔だ!そこを退けぇ!」

 

「行かせない!きゃあ!?」

 

 接触するもすぐに弾き飛ばす。転倒しない様に力加減はしたので許して欲しい。邪魔する者はいなくなったのでそのまま走り、ゴール。

 

『い、一着は八番ハリボテモドキです!あの状況から凄まじい勢いで全てを置き去りにしての一着です!二着は大差で五番、三着は七番になります。』

 

 ゆっくりとスピードを落とす。後ろを振り向くと彼女たちがあり得ないようなものを見るような顔をしていた。

 話すことも特にないのでそのままレース場を後にして賞金を貰いに行った。ウイニングライブ?こんな所にあると思う?

 

 

「ふへぇ〜、良い湯だなぁ。」

 

 念願のお金が手に入り、取り敢えず物を入れる鞄を買ってからそのまま銭湯に来た。久々に入るお湯は大変心地良く、このままずっと入っていたい。あ、僕は自分の身体を見ても何も思わないよ。何年この身体だと思ってるの。

 

「暫くは大丈夫なぐらいの金は手に入ったからこれからどうしようかな?」

 

 まずは何処か部屋でも借りる?けど身分証とか何も無いのに借りれるのか?ならキャンプ道具を買ったほうがいいかもしれない。

 

「そもそも身分証ってどうやって発行してもらえばいいんだろうか?」

 

 確か市役所でなんかして取れた気がする。多分。考えても分からないのでまずキャンプ道具を買いに行こうか。それで困ったら部屋を何とかして借りよう。

 今後の予定を纏めているとドアが開く、他の客が入ってきたのだろうと何気無しに目をやってすぐに顔を背ける。そこにいたのはウマ娘界のハジケリストと呼ばれることがあるゴールドシップだった。

 

(あれぇ?確か寮って門限あったよね?今もう夜だけど?ゴルシだからか?)

 

 彼女はかけ湯を行った後に湯船に入ってくる。その間、僕は一切彼女を見ていない。

 

(ゴルシもこっち見てないけど気配がビンビンこっちを探ってるのよ。絶対目を向けたら絡んでくるって。)

 

 何度もいうが僕はあるウマ娘を元に造られている。遠目から見たら見分けはつかない。ゴールドシップもまだ完全に知人だと決めきれていないのだろう。でも彼女のことだから似ているっていう理由で絡んできそうなのだ。そしてそのまま僕の元になった子のところまで僕を麻袋に詰めて連れていきそう。

 僕からも全力で今は一人で満喫してるから邪魔しないでね的なオーラを出す。ゴールドシップはハジケてはいるが人が本気で嫌がることはしない。なのでこの気配を出していれば問題ない筈だ。現に彼女から僕を探るような気配は消えた。

 

(こうやって見ると確かに美人だなぁ。)

 

 隙を見てチラッとゴールドシップを見る。大人しくしていると美人というのは確かなようで、ジッとしている時とハジケている時の姿が全然一致しない。

 またチラッと見てみると今度は水中ゴーグルをしていた。いや、どっから出した?

 突っ込みたくなるのを抑えて目が合う前に前を向く。しかし気になるのでまたチラッと見る。シュノーケルに進化していた。いや、本当に何処から出してるの!?

 

(突っ込まないぞ。これは誘いだ、引っ掛かるわけにはいかない)

 

 けど気になる。というかさっきからチラチラ見るたびに付けてるものが違うんだけど?その足ひれはいつつけたの?酸素ボンベはいつ持ち込んだ?てかここ風呂場だけど!?

 突っ込みたくなるのを必死に抑える。これは勝負だ。負けるわけにはいかない。僕は耐えた。耐え続けた。

 やがてゴールドシップが出した物をいそいそと片付け始めた。そして出口に向かい、こちらを見る。そこで初めて目が合った。

 ゴールドシップがフッと笑って出ていった。また一人に戻った風呂場で僕もフッと笑い……

 

「だから何だったの!?」

 

 我慢しきれず、思いっきり突っ込んだ。

 

 

 

 

 銭湯からはや数ヶ月後、もう家のような安心感を感じるようになってきた橋の下で僕は生活を続けている。あれから何度か地下レースには出ていてお金を稼いでいる。キャンプ道具も買って生活に困ることは少なくなった。

 

「お金に余裕が出来たし、そろそろ美味しい物を食べても良いんじゃないか?」

 

 僕が僕自身に問いかけるとお腹もそうだそうだと返事をする。満場一致なので鞄を担ぎ、以前から目をつけていた店に足早に移動した。

 

 

「取り敢えず、ここからここまでを下さい。」

 

「は、はい。暫くお待ち下さい。」

 

 席に着いてから注文を済ませて店内を見渡す。辺りは香ばしい香りが漂い、更に空腹感が増す。

 

「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ。」

 

「ありがとうございます。いただきます。」

 

 店員にお礼を言ってから手を合わせ、目の前のご飯を食べ始める。前からコンビニ弁当を食べていたが当たり前のように足りないので野草で誤魔化したりしていたこともあり、久々のしっかりとしたご飯はとっても美味しい。無我夢中で食べ始めるがすぐに無くなってしまった。

 

「すいません。今度はここまで下さい。」

 

「分かりました。お待ち下さい。」

 

 再び注文し、出された水を飲んで待つ。厨房あたりが騒がしくなっているがきっと気のせいだ。

 あれだけでは足りないだろうし今のうちに追加分を考えていよう。

 

 

 

 

 

「お、お会計は──万円になります。」

 

「現金でお願いします。」

 

 鞄から札束を取り出して渡す。満腹なんてこの身体になってから初めての感覚でとても気分が良い。

 

「俺ぁ、やったぜ……。しっかりと客を満足させることが出来た……。」

 

「料理長!しっかりして下さい!料理長ぉ!!」

 

 何やら燃え尽きた人の声が聞こえた気がしたがきっと気のせいだろう。食べ過ぎで膨らんだお腹をさすりながら僕は店を出た。

 

「久々の店の食事で満足したけど……お金が無くなった。」

 

 今まで通りの生活ならまだまだ余裕があると思っていたので店で食事をする気になったのだが、まさか自分がこんなにも食べるとは思わなかった。お陰で財布の中身が空に近い。

 

「確かそろそろレースがあった筈、そこでまた稼がないと。」

 

 しかし出るにあたって問題がある。今まで僕が愛用していたハリボテが度重なる転倒によってボロボロなのだ。ガムテープで何とか誤魔化していたが既に限界が近い。

 

「新しいダンボールを集めないとね。うん……あれは?」

 

 予定を立てながら歩いていると横にある店の広告が目に入った。

 

「えぇーと、『ウマテープ、ウマ娘が全力で引っ張っても剥がれない超!強力な粘着力があります』か……。これならいけるかな?」

 

 店に入って購入。これで補強すれば多分今回のレースでも耐えてくれる筈。

 

「よし、これで今回のレースは大丈夫だな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな所は早く取り締まればいいのに上は何をやっているんだが。」

 

 この地下レースを取り締まりたいがバックにいる財団のせいで迂闊に手が出せないなどと言っていたがどこまで本当なのか。

 ため息を吐き、レース場へと向かう。ここに出走するウマ娘は何らかの事情がある場合が多く、このレース場の独自のルールもあって無茶をする比率が高い。なので時々このレース場を見に訪れ、出走するウマ娘たちの中で危ない走りをする子は止める。そしてそのウマ娘の事情を聞き、解決出来そうなら手を貸す。

 全てのウマ娘に手を貸すことは出来ないが、だからといって見ているだけは嫌だ。なので自分の仕事の傍らで、この監視の仕事も続けている。

 パドックの前に陣取り、出走するウマ娘たちを待つ。

 

「今のところは無理して出ている子はいないな。」

 

 出てくる子たちを順次確認していく。中には怪我を隠しながら出走しようとする子もいるのでしっかりと確認する。仮に怪我に気付いてもレースが終わるまで手が出せないのが歯痒いところだ。

 

『続いて一番人気、七番ハリボテモドキ』

 

『いつものようにゆったりとしていますね。今回は曲がれるといいのですが。』

 

 パドックにダンボールを被ったウマ娘が現れる。何かを模して作られた被り物は何処かへたっていて無理矢理ガムテープで補強しているようだ。だが注目すべきはこの子の肉体だ。ダンボールで隠れているが時々見えるその身体はかなり鍛え上げられている。何故こんな子がここにいる?

 

「お?兄ちゃん、もしかしてあいつを見るのは初めてかい?」

 

「えぇ、どういった子か聞いてもいいですか?」

 

 怪訝な表情をしていたので隣の人が話しかけてきた。以前から彼女のことを知っているみたいだしここで情報を集めておこう。

 

「彼女はここ数ヶ月前にひょこっと現れてなぁ。一見、ヘンテコな見た目なんだが走り出したら誰も止められねぇ。今まで何回もこのレースに出てきて全部一着をとっているとんでもねぇ奴だ。」

 

「それは……凄いですね。」

 

 だがそれもあの肉体を見れば納得する。あれならG Iレースに出走していてもおかしくないはずだ。

 

「ただあの子はちょっと困った癖があってなぁ。」

 

「それは一体なんですか?」

 

「このレースを見れば分かるさ。そろそろ移動しないといけねぇ。」

 

 そう言って移動し出す男性の後ろを追いかける。レースの見やすい所に陣取り、始まるのを待つ。

 

『各ウマ娘の準備が整いました。……今、スタート!』

 

『いつものようにハリボテモドキが先頭を走っていきます。』

 

 ゲートから一斉に飛び出したウマ娘たちの中から特徴的なダンボールを被ったウマ娘がバ群から抜け出し、そのままグングンと距離が開いていく。

 

『さぁ、ハリボテモドキ。今回も大逃げだが曲がりきれるか!?第一コーナーが近づいて来ます。』

 

「頼むぞぉ、曲がってくれよ……。」

 

 横にいた男性が何かを呟いている。周りを見渡せば何人かは祈るように彼女を見ている。

 そして、

 

「「「「「曲がれぇぇぇぇええええ!!!」」」」」

 

 彼女が第一コーナーに差し掛かった時に何人かが叫び出す。そして彼女が第一コーナーを曲がろうとして……転倒した。

 

『ハリボテ転倒!ガムテープの剥がれる音ォ!!』

 

『最早お約束ですね。』

 

「なっ!?」

 

「あー、今回もダメだったかぁ。」

 

 地面に顔から倒れ込み、それでも勢いが止まらずに転がる。大外まで転がって、やっと彼女は止まった。

 

「あれが彼女の悪い癖だ。何故かいつも第一コーナーで転倒するんだ。」

 

「何を呑気に言ってるんだ!?転倒したんだぞ!?」

 

「まぁ待て、落ち着いて彼女を見てみろ。」

 

 こいつ……!何を平然と言っているんだ!?急いでスマホを取り出し救急車を呼ぼうとして、止まる。彼女を見てしまったからだ。

 ゆらりと彼女が立ち上がる。ゆっくりと歩き出し、徐々に速くなってくると先程の大逃げより速く走り始めた。

 

『ダンボールの頭の部分が取れているがハリボテ来た!ハリボテ来た!四番粘るがハリボテの脚色は衰えない!今ハリボテがゴール!一着です!』

 

『いつ見ても恐ろしいスピードですね。』

 

 首だけになったダンボールを被った彼女はスピードを緩めると、もげた頭を回収してすぐにレース場から引っ込む。

 それを見て慌ててレース場を後にする。あんな転倒をしたんだ。何処か怪我をしててもおかしくはない。後ろからこちらを呼ぶ男性の声が聞こえてくるが無視して走り出す。

 外へと飛び出して彼女を探す。周りを見渡すと路地裏にあの特徴的なダンボールの顔が入っていくのが見えた。

 

「ちょっと、ちょっと待ってくれ!」

 

「何ですか?僕に何か用ですか?」

 

 彼女を呼び止める。未だに首だけになったダンボールを被っているが首に開けられた二つの穴から覗く瞳がこちらを怪訝そうに見つめている。

 

「少しでいいから身体を見せてくれないか?」

 

「…………は?」

 

 怪我がないかを確認したいので率直に言うと、瞬間的にこちらに近づいた彼女が拳をこちらに振るう。反射的に後ろにのけぞって、それを躱すが突然のこともあり体勢が崩れて倒れてしまう。次に彼女がこちらを踏みつけようと脚を振り下ろすので転がって何とか躱す。

 

「ちょっと待ってくれ!何で攻撃してくるんだ!?」

 

「変態は死すべき、他の子たちに被害が行く前に僕が貴方を捕まえる。」

 

 彼女の言い分で確実にこちらと彼女で何らかの齟齬があることが分かった。何とかその誤解を解くべく頭を回転させる。

 

「ほんの少しだけでいいから身体を見せて欲しいんだ。君が心配なんだ!」

 

「こんなところで女性に身体を見せろって言うことが変態って分からないの!?」

 

 彼女が身体を隠しながら叫ぶ。そこでやっと自分がとんでもないことを言っていることに気付いた。あまりの羞恥で顔が熱くなる。

 

「すまない。さっきのレースで君が転倒したのを見たんだ。だから怪我がないかを確認したかったんだが。とんでもないことを言ったな。」

 

「あぁ、だから身体を見たいって言ったんですね。色々端折りすぎててただの女性の身体を見たい変態にしか見えませんよ。」

 

 幸い彼女はすぐに納得してくれた。頭を下げてさっきのことを謝罪する。

 

「それと怪我は大丈夫です。この通り、怪我は一切ありませんので!」

 

 彼女が腕まくりをしてこちらに腕を見せる。確かあの部分は転けた際にぶつけてた所だ。確かにそこが無事なら他の部位も大丈夫かもしれないが確証は無い。しかし彼女の信用がない今は確認する方法がない。

 

「なら次に聞きたいんだが君は何であのレースに出走しているんだ?」

 

「何故そんなことを聞くんですか?貴方には関係ないですよね?」

 

 彼女の目線が険しくなる。そんな彼女にこちらの身分を明かす。

 

「あぁ、済まない。俺はこう言うものだ。だから君を心配したし、君があの危険なレースに出走するのを止めたい。」

 

「日本ウマ娘トレーニングセンター学園所属の……トレーナー!?貴方が!?」

 

 心底びっくりしたという表情が瞳だけで分かる。そんなに意外なのだろうか?ただ彼女からの険しい雰囲気が霧散した。

 

「それで、君は何であのレースに出走するんだ?もしかしたら俺がどうにか出来るかもしれないし、話してくれないか?」

 

 彼女の瞳がじっとこちらを見つめる。つい目を逸らしてしまいたくなるが、ここで逸らせば彼女は何も話さないだろう。グッと我慢して彼女を見つめ返す。

 

「…………お金が必要です。僕が生きていくためのお金が。」

 

「それはあのレースじゃないと稼げないのか?俺に出来ることはないか?」

 

 彼女が考え込む。暫く待っていると何かを閃いたような顔をしたような気がした。

 

「生きるためにお金が必要なだけで、急いでいくら稼がないといけないとかそんなものじゃないんです。それよりも欲しいものがあります。」

 

「それは何だ?」

 

「僕の立場。書類上で僕の存在を証明出来るもの。」

 

 彼女が欲しがったのは普通なら産まれた時に誰もが持っているものだった。

 

「それがあれば、あのレースには出ないのか?」

 

「出ないよ?どうしようも無くて仕方なく選んだんだから。」

 

「なら任せろ。それぐらいなら俺がどうにか出来る。」

 

「そうなんだ。流石だね。ならどうすればいいかな?」

 

 彼女が喜びこちらに近づいてくる。ある程度は信用して貰えたのかもしれない。

 

「準備が出来たらこちらから行く。普段はどこで暮らしているんだ?」

 

「えっとね。〇〇川の橋ってわかる?そこの下に住んでるの。」

 

 ちょっと待て。今この子はなんて言った?

 

「すまない、もう一度聞くが何処に住んでる?」

 

「えぇ〜、しょうがないなぁ。〇〇川にある橋の下だよ!」

 

 子供の女の子が橋の下で住んでる!?ウマ娘だからといっても危ないことに変わりはないぞ!?

 

「………今日から俺の家に一緒に住むぞ。そんな危ないところで生活させる訳にはいかない。」

 

「え、でも貴方と二人だけって色々迷惑じゃない?」

 

「心配するな。俺はとっくに結婚して奥さんもいる。」

 

 彼女があり得ないようなものを見る目になる。そんなに意外そうな目をするんじゃねぇ。

 

「………うん、ならお世話になろうかな。本当にいいんだよね?」

 

「あぁ、ウマ娘一人増えたところで何の心配はない。大船に乗ったつもりでいろ。」

 

「なら……よろしくお願いします。」

 

 彼女が礼儀正しく頭を下げる。そういえばまだ自己紹介もしていなかったな。

 

「自己紹介が遅れたな。身分証で見たかもしれないが俺の名前は上島 歩。君はハリボテモドキでいいのかな?」

 

 彼女に問いかけると少し悩むような気配を出した後にダンボールを掴んで脱ごうとする。

 

「顔を隠したいならそれでいいんだぞ?別に強制はしない。」

 

「ううん、いいの。これは僕の問題。けど凄く似てるから驚くと思うよ?」

 

 彼女がダンボールを脱ぎ捨てた。そして素顔をこちらに見せる。

 

「確かに似ているな。とても。だが、君は君だ。気にすることはない。」

 

「ありがとう。そういって貰えて嬉しいよ。」

 

 彼女の素顔はとても似ていた。かつて悪役(ヒール)と呼ばれ、一度は折れかかったものの、再び立ち上がり、黒い刺客と呼ばれた彼女と。違うとすれば普段は隠れている右目が常に見えているのと、ハイライトが一切ない黒い瞳だろう。

 

「自己紹介するね。ハリボテモドキ改め、僕の名前はライスモドキ。たった一人の望みで生まれて、その一人に捨てられた()だよ。よろしくね?お兄さん!」




実はテイオーがアプリの記憶を持っていて、ずっとオリ主を探してるんだけど見つからなくて、レースの勝利時にオリ主の勝利ポーズを真似したり、インタビューで戦うのを待ってるよ的な発言をオリ主がテレビ越しで見て、テイオーが待ってるなら行かなくちゃってなる所まで考えたんだけどそこまで繋ぐ話が思いつかないからきっと続かない。

あ、あと最後の物はわざとです。


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二人操縦ですがウマです。通っていいですか?

続いた。
誤字脱字の報告ありがとうございます。
時間はかかるかもですが取り敢えずテイオーとレースするところまでは数話かけて書きたい。

追伸、米って結構種類あるんですね。


「ここが俺の家だ」

 

「へぇ〜ここが……。大きくない?」

 

「ウマ娘一人増えた程度ではどうってことないと言ったろ?ほら、入るぞ。」

 

 予想していた家より大きな家の前でアホ顔を晒していると、上島さんが家の中へと入っていく。慌てて後をついて行くとそこには広々とした空間が広がっていた。

 

「うわぁ。僕、こういう家の中って初めて見たなぁ。慣れなさそう。」

 

「そうか、なら今のうちに慣れておけ。ここが暫く君の暮らす家になるからな。」

 

「あら?歩さん。帰ってきたんですね。おかえりなさい。」

 

「今さっきな。ただいま。それから君に紹介したい子がいる。」

 

 家の中を見渡していると奥から一人のウマ娘が僕たちの方に歩いてきた。親しげに上島さんに話しかけていることから恐らくこのウマ娘が上島さんの奥さんなのだろう。そんなことを考えてると背中を押され、一歩前に出される。

 

「初めまして。この人の妻のコスモグラールと言います。気軽にコスモって呼んでね。貴方のお名前は何ですか?」

 

「えっと。僕の名前はライスモドキって言います。とっても似てるけど別人です。」

 

 ずっと被っていたさっきのレースでもげたハリボテの頭を外し、コスモさんに素顔を見せる。

 

「………確かに似ているわね。だけど貴方は貴方よ。気にすることはないわ。……ところで、そこの男に何かされていないかしら?」

 

 にっこりと笑ったコスモさんから黒いオーラのようなものが噴き出ている幻覚が見える。上島さんのことも歩さんからそこの男に変わっていて、突然の変化に対応出来ない。

 

「お、おいコスモ。俺は別に何も「あらあらあらあら、歩さん。貴方には聞いていないわ。」……はい。」

 

 抗議しようとした上島さんの言葉を途中で黙らせ、僕にズイッと顔を寄せてくる。爽やかな笑顔だが目が全く笑っていない。

 

「ライスちゃん?この男に本当に何もされてない?黙っていなくても大丈夫よ。何もさせずにぶちのめすから。」

 

「ヒェッ」

 

 何に反応してコスモさんがこうなっているのか分からない。上島さんに助けを求めようと視線を向けるが、彼も冷や汗を垂らして必死に考えているようだ。

 目を回して必死に考える。コスモさんは何かを勘違いしている。だがその何かが分からない。

 

(何か……って、あ。)

 

 徐々に強くなってきているコスモさんのオーラに無意識に目を背けてしまい、その先にあった鏡に映っている僕の姿が見えた。

 さっきのレースでほんのりとかいた汗。それを乾かすために少し着崩した服。転倒によってついた埃。そしてハイライトが全く無い目。

 上島さんの方を見ると彼も僕を追いかけてきたせいでほんのりと汗をかいていて、同じように少し着崩している。そして何処か満足げだ。

 

(これって見方によっては事後なのでは?)

 

 コスモさんの勘違いを理解して思わずスンッとなる。彼女の脳内では色々と起こっているのだろう。ウマ娘をどうやって組み伏せるんだとか突っ込みたいことが結構あるが、まずはこの勘違いを正さないと上島さんが危ない。

 少し距離を取ろうとした上島さんがコスモさんに捕まって、懐から取り出された縄で締め付けられている。

 

「僕が走ってる時にお兄さんに会ってね、そのまま気が合って家にお邪魔したんだ。」

 

 一応レースのことは伏せてコスモさんに大体の経緯を話す。上島さんを吊るそうとしていた彼女はこの言葉にピタリと動きを止めてこちらにぐりんと顔を向ける。ヒェッ、怖い。

 

「本当に?本当に何もなかったのですか?怖がらなくてもいいんですよ?全てを私に話せばいいんですよ?」

 

「本当に何も無かったよ。この汗は外を走ってた時に出たものだし、着崩しているのは少し涼しくしたかったから。お兄さんは僕を追いかけてきたからこうなってると思うよ?満足げなのは分からないけど。」

 

「歩さん?」

 

「その通りだ。満足げだったのはこの子をあのレースから引き抜くことが出来たからだ。」

 

「あのレースって!?……辛かったでしょう?これからは私を頼りなさい。」

 

 上島さんの言葉に驚愕した後、コスモさんが僕に抱きついてくる。というか上島さん普通にレースのこと話してたけど大丈夫なの?

 

「コスモもあのレースのことは知っている。だから心配しなくてもいい。」

 

 僕の疑問を感じたのか上島さんから返事がくる。なら気にしなくてもいいのかな?

 

「それより誤解が解けたのなら早くこの縄を解いてくれないか?」

 

 上島さんが解放されたのはコスモさんが僕に抱きつくのをやめた後だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ、凄い。これ全部夕ご飯なの?」

 

「ふふっ、そうよ。沢山食べていいからね?」

 

 僕の部屋とかトイレはこことか色々家の中を案内してもらった後、僕の前には豪勢な食事が用意されていた。コスモさんがいうには僕が来たから張り切って作ったとのこと。

 

「それじゃあ、いただこうか。ライスも遠慮なく食べてくれ。」

 

「ねぇ、お兄さん。僕の名前はモドキでいいよ?ライスだったらあの子に迷惑をかけちゃう。」

 

「意味を知ってしまったらモドキなんて呼べない。何度も言っているが君は君だ。だからライスと呼ばせてもらう。」

 

 上島さんは頑なに僕の愛称をライスにしようとする。僕は製作者がくれたこの名前はそんなに気にならないのになぁ。

 しかしライスで決まってしまうと本人に迷惑がかかるかもしれない。それはいけない。なのでなんとかモドキと呼んでもらいたいがどうしようか?

 

「ならラモで良いんじゃないかしら?お互いの頭文字をとってラモ。どうかしら?」

 

「ラモ……か。うん、僕はそれが良いな。」

 

「なるほど、なら次からはラモって呼ばせてもらう。」

 

 すんなりと僕の愛称が決まった。初めてのものでなんだか気恥ずかしい。

 

「ご、ご飯が冷める前にいただきますね?沢山食べますよ!」

 

「えぇ、ラモちゃんが満足するまでどうぞ?」

 

 気恥ずかしさを誤魔化すために話題を逸らそうとするが、コスモさんから全て分かってるみたいな微笑みが返ってくる。こうなりゃとことん食べてやる!あ、この人参美味しい。

 

「……!………!」

 

「いい食べっぷりだな。見ていて気持ちいい。」

 

「………!…………!」

 

「作ってる側としては嬉しいわ。こんなに美味しそうに食べてくれるんだもの。」

 

「…………!…………!」

 

「俺たちも食べるか。」

 

「そうね、いただきましょう。」

 

「……………!……………!」

 

「……出前、頼んでくる。」

 

「もっと作れば良かったわね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラモがかなりの大食いだと判明してから数日が経ち、ラモがここでの生活にだいぶ慣れてきた頃。俺は自室で悩んでいた。

 

「食費……、これは大丈夫。意識が飛びかけたが何とかなった。ラモに関する書類も解決した。問題はラモ自身だ。」

 

 彼女は何というか、かなり世間に疎い。それは彼女の出自が関係していると思うし、後々教えていけばいい。問題はラモが何かを消すという動作に過剰に反応することだ。

 テレビや火などは反応はするがすぐに元に戻るので大丈夫だが、データ関係を消すときは近くに彼女が居ないかを確認しないといけない。一度削除場面を見られた時は次の日になるまでこっちに一切近づいて来なかった。

 お陰でコスモから疑うような視線を向けられた。俺の心はボロボロだ。

 

「あれはラモのトラウマからくる行為か?消すのがトラウマ、何かを消された?それも大事なものを。……ダメだな、俺には分からない。」

 

 出来れば解決してあげたいが、これはラモの心の問題だ。迂闊に手を出して悪化させてはいけない。

 それに、

 

「たった一人の望みで生まれて、捨てられた()、か。」

 

 ラモが自己紹介の時に言ったその言葉が、俺に重くのしかかっていた。

 

「一人ということは父方か母方のどちらかにだけ出産を望まれたってことか?それで何らかの事情が出来て、捨てた?ラモが覚えてるってことはそれなりに育っていたはずだ。金が無くなったか?」

 

 ラモの親にも理由があったのかもしれないが、不都合が出たら捨てるのか?それだけの理由で望んだラモを捨てたのか?

 思わず拳を握り締める。いつ捨てられたかは分からないが、子どもが親に捨てられるというのはかなり大きな心の傷になる。ラモはそれを表に出さないが少なからず傷を負っているはずだ。

 

「歩さん、考えるのはいいですがあまり思い詰めすぎるのもダメですよ?」

 

「分かってる。明日はトレーナー業に加えて会議もある。担当の子に心配されるわけにはいかないからな。今日もラモのところに?」

 

「えぇ、人肌恋しいらしいですから……。では、お休みなさい。」

 

 寝ている時のラモは抱き着き癖がある。それも人限定で。無意識に何かを求めているのだろうか?一度だけ寝ているラモのところに加わり、三人で寝ようとしたがラモに抱きつかれてそのまま抱き潰されそうになった。

 それからはコスモにラモのことを頼むようになった。ウマ娘のトレーナーとして抱き着かれるだけでリタイアとは情けない限りだがこればかりは仕方ない。だが悔しいので通販で筋トレグッズを買った。

 

「俺も寝るか……少し考え過ぎたな。まぁ、三時間もあれば十分だろう。」

 

 目覚ましを設定して布団に入る。間隔がおかしい時計の音を聞きながら俺の意識は落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄さん!お兄さん!起きて!!お兄さん!!」

 

「うぉ!?何だ!!?」

 

 朝、何故か僕の布団に潜り込んでくるコスモさんから起きてこない上島さんを起こして欲しいと頼まれて部屋に突撃した次第である。

 頬をペチペチ叩くところから始まって、ゆすったりしても全然起きないので、ウマ乗りになってから声かけを行なってやっと起きた。

 

「ラモ!?何でここに?何かあったのか?」

 

「今は八時過ぎくらいだよ、お兄さん。僕がここにいるのはコスモさんに起こしてきてって言われたから。」

 

「は?だけど時計はまだ四時だぞ?」

 

「時計の針をよく見て、お兄さん。多分途中で電池が切れたと思うよ?」

 

 上島さんから退くと彼はまた寝ようとするので電池切れの時計を指差してあげる。彼はそれを見た後に眠そうな顔でスマホを確認して、顔を真っ青にして飛び起きた。

 

「マズイマズイマズイ。今日は大事な会議があるんだ。今は八時過ぎだから急いで行けばまだ間に合う。」

 

 急いで服を着替えた上島さんが部屋を飛び出していく。仮にも女性の僕の前で服を脱ぐなと言いたいところだけど、それほど急いでいたと言うことだろう。

 玄関のドアが開く音を聞きながら僕もそこへ向かう。

 

「間に合うかしら?あ、ラモちゃん。起こしてくれてありがとうね。」

 

「うん、それでお兄さんは間に合うって言ってたけど大丈夫なの?」

 

「それがね?車で行こうとしてたから道が渋滞してるって言ったら走って行っちゃって。多分間に合わないと思うから担当の子にどやされちゃうかもね?」

 

 お兄さんの焦った顔が思い浮かぶ。遅れるのも可哀想だし、これは居候をさせてもらっている恩返しのチャンスかもしれない。

 

「ねぇ、コスモさん。ちょっと時間あるかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スマホの方も目覚ましを設定すればよかったと後悔しながら道を走る。ウマ娘のトレーナーとして体力とスピードには少し自信があるがどうやっても間に合う気がしない。

 

「へい!そこの美人なウマ娘の奥さんがいて、最近ライスシャワー似の少女を保護しているお兄さん!」

 

 あまりにもピンポイントな呼び出しと聞き覚えがある声に走りながら振り返り、驚愕する。

 

「乗ってかない?」

 

 そこにいたのはダンボールで作られ、二人のウマ娘で構成された四本足の何か。前に見た間抜けに見える何かの顔と首だが何故か胴体が出来ている。そのダンボール生物の腰あたりに人の頭ぐらいのダンボールが付け足され、そこに二人目のウマ耳が飛び出ている。

 更に胴体部分には薄いダンボールが付け足され、側面にはマジックペンで[8 ハリボテエレジー]と書かれている。

 

「色々突っ込みたいところがあるが、ハリボテモドキじゃないのか?」

 

「この姿ならこっちの名前の方がいいかなって思っちゃって……。さっき仕上がったばっかだからちょっと接着剤の匂いがするかも。」

 

「後ろのコスモは何をしている?」

 

「私、コスモじゃないよー、謎の脚のウマ娘だよー」

 

「ほら、お兄さん。この中身は材料費数千円の機密が詰まってるんだから暴こうとしないの!それに遅れてるんだから早く乗って!」

 

 ハリボテエレジーが俺が乗りやすいように伏せる。断りたいがこのまま行っても間に合わないので仕方なく乗ると意外と安定している。

 

「一応安全のために手綱は握っていてね?それじゃあ、謎のウマ娘さんに合わせるからお願いするね?」

 

「手綱ってこの口あたりから伸びてるやつか。それと二人の背丈って結構違ってたと思うし、コスモは前が見えてるのか?」

 

「背丈は僕の方でダンボールを上手いこと使って合わせてる。コスモさんはちゃんと見えるように作ってるから安心して!」

 

「コスモって認めているじゃないか。」

 

「しまった!?誘導尋問か!?」

 

 ゆっくりとハリボテエレジーが走り出す。徐々にスピードが増していき、俺が走った時よりも遥かに速い。

 だが、これは……

 

「すっごく恥ずかしい!!」

 

「まぁ、この世界だとしょうがないよ。それに遅刻したくないんでしょ?コラテラルダメージだよ。」

 

 ウマ娘用の道を謎のダンボール生物が走る。上に男を乗せて。周りは必ずこちらを見るし、車に乗っている人は二度見してくる。

 

「ここってどっちに行けばいい?」

 

「左よ、ラモちゃん。」

 

 なのに中の二人はマイペースである。あぁ、早く学園につかないかな。

 

「うお、歩トレーナーじゃねーか!?なんだそれは!?」

 

「ゴールドシップか……。何故屋台を引いてるのかとか突っ込みたいところがあるがこれは色々あってだな。」

 

「つまりかくかくしかじかってやつだな!よし!なら学園まで競争だ!」

 

「何故そうなる?あ、待て走るなって速いな。」

 

「追いつけたら焼きそばを作ってやるよ!」

 

「焼きそば!?」

 

 焼きそばという言葉にラモが反応する。この子はここ数日で食べ物に目が無いようになった。お陰で食べ物で釣りやすくなったが今回は悪手みたいだ。

 

「焼きそばだって、コスモさん!焼きそば!!」

 

「分かっているわよ。あの子を追えばいいのね?任せなさい。」

 

 ハリボテエレジーの走るスピードが上がり始める。二人の体格などが全然違うのにずっと同じスピードで走っている事実に今頃気付いたが、そんなことより手綱だけでこのスピードを耐えるのはなかなかキツイ。

 その頼りの手綱も少し引っ張れば頭ごと俺の方へ引き寄せられてしまうので頼りになるのか分からない。

 それに耐えること暫く、学園が見えてきて、やっとこれから解放されると思われたのも束の間、ゴールドシップが学園に入っても止まらない。つまりそれを追いかける彼女たちも止まらないってことだ。

 

「おい!ゴールドシップ!早く止まれ!もうゴールしただろ!?」

 

「そうは言ってもよ!歩トレーナーの乗ってる奴らからの威圧が凄いんだよ!特に前の奴!!」

 

「追いつく、追いつく、焼きそば、追いつく」

 

「ほら、ラモ?もう勝負はついたからな?一度止まるんだ。」

 

「追いつく、追いつく」

 

「コスモ……。」

 

「あらあらうふふ。」

 

「あ、ダメだこれ。ラモは完全にスイッチ入ってるし、コスモは昔に戻ってる。」

 

 学園内を爆走し、練習コースに突入する屋台とダンボール。練習している生徒たちが騒ぎを聞いて急いで道を開ける。

 

「ゴールドシップ!君の脚質は追込みだろう!?何でそんなに速いんだ!」

 

「誰でも骨の髄までしゃぶられそうな気配を感じたら速くなるに決まってるだろうが!」

 

「追いつく、追いつ……あれ?ここって第一コーナ゛っ!」

 

「うふふ、あの子速いわね゛!?」

 

 突然、二人が転倒する。勢いよく転倒したおかげで上にいた俺も空へ投げ出される。反射的に手綱を引っ張るがスポンと音がなるような感触がした後、目の前に飛んできた間抜けな顔がこちらを見つめてくる。

 

(これは何かのトレーニングに使えるかも知れないなぁ)

 

 見当違いのことを考えながら地面に叩きつけられた。

 

「痛……くない?何だこれは?」

 

「あーあ、ダンボールの機密が漏れてるよ……。あ!?お兄さんとコスモさん!怪我はない?」

 

「私は大丈夫。こんなところで転けるなんて衰えたかしら?」

 

「俺も平気だ。ほら、頭が取れてるぞ。」

 

「あ、本当だ。ありがとうね。」

 

 ラモが俺から頭を受け取り自身が被っている首に嵌める。その後に壊れた胴体部分からガムテープを取り出してぐるぐる巻きにしている。

 

「焼きそばを食べられないのはショックだけどお兄さんの遅刻は免れたし結果的によかったね。」

 

 ラモの言葉にスマホを取り出して時間を見てみると後15分は余裕がある。これなら会議には余裕で間に合うだろう。

 

「二人はどうする?お礼に飲み物なら買うが?」

 

「わーい、って言いたいんだけど僕たちは今から逃げないといけない。」

 

 ラモがとある部分を指差すとそこから緑の服を着た人がかなりのスピードで俺たちの方へと向かってくる。

 

「あれは……。たづなさんですね。あの距離から走ってきてるってこととあの可愛らしい笑顔からかなり怒ってますね。」

 

「だから逃げるんだよ。コスモさんは僕が背負って逃げるからね。」

 

「それなら二人で別々に逃げた方が逃げられる確率は高いんじゃないかしら?」

 

「いいからいいから、僕を信じて。ほら、はーやーくー。あ、胴体部分はコスモさんが持ってて欲しいな。」

 

 ラモが背中を向けてコスモを急かす。彼女も悩んだが背負われることにしたようだ。

 

「それじゃあ、お兄さん。僕たちはこれで失礼するね?お仕事頑張ってね!」

 

 こちらへ申し訳なさそうな気配を出したラモが走り出し、暫くすると風のようなスピードのたづなさんが通り抜ける。少し追いつかれかけたが、最高速度に到達したラモが徐々に引き離していく。やがて彼女たちは練習コースを抜けてそのまま校門の方へと消えていった。

 

「一人背負った状態であのスピードってラモは何者なんだ?」

 

「それは私も聞きたいですね?それよりも……分かっていますよね?」

 

 後ろからの声にゾワッとして振り返る。そこにはさっきまでラモたちを追いかけていたたづなさんが笑顔でこちらを見ていた。

 

「……たづなさん、デビューしませんか?今なら三冠をお約束しますよ?だからその手を離してほしいな〜なんて。」

 

「ふふ、上島さんは人間の私に面白いことを言いますね。覚悟はいいですか?」

 

「ははっ、お手柔らかにお願いします。」

 

 たづなさんに引き摺られながら校内へ向かう途中で、逃げる前にラモがこちらへ向けてきた気配を思い出した。

 

「ラモの奴、こうなるって分かっていたな……。俺も逃げればよかったか。」

 

 しかしこうなってしまってはどうしようも無い。遠くでエアグルーヴに追いかけられるゴールドシップを見て、諦めるように空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま、今日は一段と疲れた。特に説教。」

 

「おかえり、お兄さん。お風呂にする?食事にする?そ、れ、と、も、僕にする?ちなみにお風呂は今コスモさんが入っているから使えないよ。」

 

 分裂したハリボテを付け直して、ついでに廃棄場で見つけたドラム缶を改造していたら上島さんが帰ってきたので出迎える。

 一度言ってみたかった言葉を上島さんの前でくるくる回りながら言うと彼はジッと僕を見つめてくる。

 

「それじゃあ、ラモにしようか。少し話がある。」

 

「分かった、僕だね。……え?僕!?」

 

 冗談で入れた選択肢を選ばれて狼狽している間に上島さんが奥へと行ってしまう。やっぱり暴走したことを怒っているのか?食べ物に釣られたとはいえ、確かにあれはやり過ぎた。ビクビクしながらリビングに入ると上島さんはソファーに座って僕を待っていた。

 

「えっと、話って何かな?やっぱり朝の件?」

 

「それも言いたいことがあるが、それよりも……だ。ラモ、トレセン学園に入るつもりはないか?」

 

 上島さんが言うには説教を受けた後に逃亡した僕のことを色々聞いて、ぜひ学園に迎え入れたいとのことらしい。

 

「ラモのことはだいぶ伏せて伝えたから安心してくれ。後、一部のウマ娘たちはラモとレースがしたいらしいよ?」

 

 トレセン学園では僕のことが噂になっているらしい。人を担ぎながらかなりのスピードを出して爆走するウマ娘って感じで。追いかけようとしたけどすぐに離されたって悔しがる娘もいたらしい。

 逃げるのに必死であんまり周りを見てなかったから全然知らなかった。

 

「でも僕はトレセン学園に行く気はないよ。」

 

「そうか、分かった。学園側にはそう伝えておく。」

 

「……理由、聞かないんだ?」

 

「聞く必要がないからな。向こうには適当に理由をつけておくよ。まぁスカウトの件はこれでおしまい。次はこれだ。」

 

 上島さんが僕に紙を渡してくるので確認すると、どうやらテストのようだ。

 

「トレセン学園はともかく、俺はラモには何処かの学校に行って友達を作ってほしいと思っている。だから学力を見せてもらうぞ。」

 

「ふ、ふっふーん。こ、この僕にかかればこんなテストなんて満点に決まってるでしょ?甘く見ないで欲しいなぁ。」

 

「そうか、なら期待しているぞ。一時間後に様子を見にくるから、それまでには終わっておけ。」

 

 上島さんが部屋を出て行く。扉に耳を付けて音がないのを確認してから元の位置に戻り、買ってもらった携帯を取り出して「そういえばなんだが」ピィ!?

 

「な、何かなお兄さん?僕は今からテストに集中したいんだけど。」

 

「今回だけ、この部屋にはカメラをつけさせてもらってるから。」

 

「へ?な、何で?僕を信用出来ないっていうの?」

 

「俺は信用しているが提出する時に不正はなかったって証明するためだ。話はそれだけだよ。テスト、頑張れよ。」

 

 再びパタンと扉が閉まる。それと同時にゴトリと僕の手から携帯が落ちる。

 

「ふ、ふふふ、やってやろうじゃないかこのやろう!」

 

 えーと確かこれはこうやって解いたはず。この漢字は……なんだっけ?こんにゃく?ざっこく?リゾット?クソっ!?外部から謎の電波が飛んできた!?仕方ない。これはパス、えっと次は……何これ?暗号?僕、コウイウノワカラナイヨー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラモ?一時間経ったが終わったか?」

 

 風呂から出たコスモと話しながら時間を潰し、時間になったのでラモがいる部屋の扉をノックするが返事がない。怪訝に思い部屋に入ると、そこには机に突っ伏し、何かが抜けているラモの姿があった。

 

「ラモ?終わったぞ?テストを見せてみろ。」

 

「ば な な」

 

「バナナ?食べたいのか?明日、買いに行くか?」

 

 ラモからテストを受け取り、答え合わせをしようとざっと目を通してみるが。これは……

 

「いや、ラモの今までを考えたらこれは当然か。むしろ何でそこに意識が向かなかった。」

 

 そこにはほぼ全てが空白のテストがあった。どれも消しゴムで消した跡があるので解こうとはしたみたいだ。僅かに書いてあったところの答え合わせをしてみるが、少し正解していただけでそれ以外は間違えていた。

 

「ふむ……。ラモ、1+1は?」

 

「みそすーぷ。じゃなくて2だよ、流石にそれはわかるよ!」

 

 流石にわかるか。しかし、これは勉強をしないといけないな。家庭教師を雇うのもありか?後で信頼出来る人を探してみるか。

 

「取り敢えず、明日一緒にバナナと味噌スープを買いに行くか。食べたいんだろ?」

 

「いや、あれは様式美というか、お約束というか……、うん、食べたい。」

 

 少し悩んでいたがラモは食べ物には素直だ。すぐに頷いた。明日は担当には休息をとるように言ってるし、学園の仕事はない。なら久々にコスモを入れて出かけるのも良いかもしれない。

 

「なら今日は風呂に入って早く寝ろ。最近夜遅くまで何か作ってるだろ?」

 

「ゔ、バレてた。分かった。風呂に入ってくるね。」

 

 バツの悪い顔をした後にラモが部屋を出て行く。それと入れ替わるようにコスモが入ってきた。

 

「どうだった?ラモちゃんのテスト。」

 

「勉強が必要とだけ言っておく。それよりも、明日はラモと一緒に買い物に行くがコスモもどうだ?」

 

「もちろんついて行くわ!ラモちゃんに何を着せようかしら?今から楽しみだわ!」

 

 服を探してくるわ!と尻尾をぶんぶんさせながらコスモが飛び出していった。

 

「俺も明日の準備をしておくか。ふふっ、俺も人のことを言えないな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、念の為、僕は顔をマスクで隠してから二人と仲良く近くの商店街に来ていた。僕の知っている商店街とは違ってキチンと活気がある。右へ左へと視線が向くのを隣にいるコスモさんが微笑ましそうに見ている。恥ずかしいので逆を見ると今度は上島さんが僕を微笑ましそうに見てくる。

 僕は二人に挟まれている。しかも両手を繋がれて。確かに僕は小柄だがそんなに迷子になりそうに見えるのか?

 そんな疑問を浮かべながら歩くこと数分。目的の店に来たようだ。流石に限界なので上島さんの方を見ると彼は手を離してくれた。そのままコスモさんを見るが彼女は僕を離す気はないみたい。

 

「あの、コスモさん?僕の手を離してくれると嬉しいかなって。ほら、買い物の邪魔になるでしょ?」

 

「あら?ラモちゃん。私と手を繋ぐのは嫌だったかしら?」

 

 ぐっ……その悲しそうな顔はやめて欲しい。仕方ないので離しかけていた手を繋ぎ直すとコスモさんは嬉しそうな顔になる。そのまま器用にカートを引き抜くと僕の手を引いて買い物を始めた。

 

 

 

「こうやって見ると凄い量だね。今更だけど食費って大丈夫?」

 

「言っただろ?ウマ娘一人増えたところで何の問題もないって。」

 

「あらあらうふふ。」

 

 大量の買い物袋を引っ提げで商店街を歩く。この量を見てると食費って大丈夫なのかと不安になったので聞いて見るが、上島さんは前と同じように胸を張って答えるが何処か冷や汗をかいているように見える。そんな彼の姿を見てコスモさんが穏やかに笑う。

 

「帰ったらご飯にしましょうか。食後のデザートはバナナですよ。」

 

「わーい!コスモさんの料理って美味しいから僕は大好きだよ。」

 

 嬉しさから駆け出し彼らの前で踊る。何回も踊りは経験しているのでキレは良いはずだ。

 

「ふーんふーんふーん。ってこれは?」

 

 電気屋の前に置いてあるテレビが一つのレースを映していた。実況の声を聞いていると聞き覚えのある名前が出てくる。

 

「トウカイテイオーかぁ、彼女はどんなウマ娘?」

 

「彼女は凄いぞ?なんたって今まで無敗だ。それに努力家だ。時間さえあれば学園を抜けてトレーニングをしているらしいからな。」

 

 上島さんの説明を受けてレースを見るとテイオーが一着でゴールしたところだった。カメラが彼女の顔をズームし、そこで初めて彼女の表情をしっかりと見た。

 見る人によってはレースを走り切ったことで疲れながらも観客にアピールしている姿。だけど僕には何処か思い詰めている様に見えた。

 観客席からテイオーコールが巻き起こる。そこで彼女がポーズをとって、

 

「えっ……?」

 

 ドサリと持っていた荷物を落とす。横から二人の心配する声が聞こえてくるが僕の視線はテレビに釘付けだった。

 だって……、だって彼女の今とっているポーズは……。

 

「どうして……、僕のポーズを使ってるの?テイオー。」




他にも日常編を思いついたけどテイオーのところまで早くいきたかったから結構カットした。
需要があれば番外編的な感じで書くかも。
ゴールドシップとの追いかけっこはレース区分でいいのだろうか。


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君が僕を呼ぶのなら、押し通るよ。

誤字報告ありがとうございます。

今回はネタが少なめ、小説は晴れ/曇り
あと独自設定がすっごい働いてる。
沖野Tってこんな話し方だっけ(震え声


 僕はソファーに座って考えていた。あの後、二人にはなんでもないと言って家に帰ってきたが明らかに何かあると気付かれているだろう。

 

「テイオー……。」

 

 レースが終わり、勝利者インタビューで語ったテイオーの言葉を思い出す。

 

『ボクが次に出るのはURAファイナルズ。今回は条件さえ満たしていればどのウマ娘でも大丈夫な大規模レースになるように頑張ってお願いしたんだ。』

 

『だからお願い。来て。ボクとレースをしよう。ボクは君と勝負がしたい。』

 

『ボクはこのレースで君を超える。そして今度こそ……。いや、これは今言うことじゃないね。』

 

 僕が知っている明るいテイオーとは違って、ただ静かに。そして何かを待ち望んでいるテイオーの姿がそこにはあった。

 待っている。テイオーは最後にそう締めくくった。きっと僕に向けてそう言った言葉。あの後に軽く調べてみてわかった、世間は帝王のポーズと言っているポーズ。あれは僕の製作者が僕にくれたものだ。

 偶然被っただけじゃないかと思ったが、細部までズレなくポーズをとられたら、それは偶然とは言えないだろう。

 

「僕は……どうすれば。」

 

「ラモ。大丈夫か?」

 

「あ、お兄さん。僕は大丈夫だよ。」

 

 悩んでいると隣に上島さんが座る。その目は明らかにこちらを気遣っており、心配されていることがわかる。

 

「話したくなければ言わなくていい。だけどラモがよかったら、俺にその悩みを教えてくれないか?」

 

 上島さんの手が僕に伸びてきて僕の頭を撫でる。その手は僕が思っているより大きくて、ざわついていた心が落ち着いていく。

 

「それじゃあ、僕の悩みを聞いてくれる?」

 

「ああ、話してみろ。例えそれが嘘八百でもしっかり解決できるか考えてやるから。」

 

「……ありがとう。あのね、テイオーがとっていたポーズって昔に僕がレースで勝った時に使ってたポーズなんだ。」

 

「そうか。」

 

「だからテイオーが言っていた君って人は多分僕のことだと思う。別にこれは勘違いでもなんでもいい。」

 

「呼ばれてるなら僕は行きたい。だけど僕が行ってもいいのかな?」

 

「自惚れでもないけど僕がレースに出れば勝つ。短距離もマイルも中距離も長距離もその全てをその気になれば大差で。」

 

「そうだな。」

 

「それはレースに向けて頑張ってるウマ娘たちの努力を無駄なものだと言ってるような気がするんだ。それにテイオーに会うだけならレース外でも出来るし。」

 

「それがラモの悩みか?」

 

「うん。それが僕の悩み。」

 

「なら俺の考えを話させてもらうぞ。まずラモの考えは彼女たちにとても失礼だ。その考え自体が彼女たちを舐めていると言っていい。」

 

 下を見ていた顔を上げて上島さんを見る。そこには先ほどのこちらを心配していた目ではなく、トレーナーとしての目をした彼がいた。

 

「確かにラモは強い。きっと今からG Iレースに出ても勝てる確率の方が圧倒的に高いだろう。だが、そんなウマ娘がいるから仕方ないって諦めるウマ娘はいない。きっと誰もがレースで当たればラモに勝つために全力を尽くす筈だ。次にラモとレースをする娘たちも必死にラモに食らいつくだろう。スピードで負けるなら策略でって感じだな。そんな彼女たちが申し訳ない気がするから出ませんって言われるとどう思う?」

 

「すっごく怒ると思う。」

 

 そう答えると上島さんは優しい顔に戻ってまた僕の頭を撫でる。

 

「そうだ。だからラモは気にせずに走ればいい。きっとトウカイテイオーもそれを望んでいる。」

 

「……分かった、出るよ。有名なウマ娘も無名のウマ娘もその全てを抜き去って、僕はテイオーに会いに行く。」

 

 ソファーから立ち上がり上島さんの方へ向く。本気でレースに挑む時の雰囲気を出すと彼が息を呑んでこちらを見ている。

 少し距離をとって、周りに物がないのを確認すると両足をかかとにつくかどうか辺りまで近づけた後に両手を肩幅より少し広めで前に広げて手は腰あたりで指先は少し上に。そして顔は少しだけ口角を上げる。製作者が僕にくれた勝利ポーズだ。アプリだと確かこの後に両目からアニメのライスシャワーのような感じで黒い炎が出ているという厨二感満載のポーズである。

 両手を更に広げるとエルコンドルパサーのポーズに似ているとか、このポーズはすしざんまいか?とか思ったが今では愛着がある。

 

「はは、世間では帝王による支配のポーズって言われてるけどラモの方が似合っているな。」

 

「僕はそんなの考えたことないけどなぁ。でも、ありがとう。このポーズは愛着があるんだ。」

 

 雰囲気を霧散させ、上島さんの隣にまた座る。彼はこちらを見た後に懐から紙を取り出した。

 

「そんなラモにこれだ。……ってどうしたんだ?まだ何かあったのか?」

 

「いや、ごめん。今回のは本当に気にしないで。」

 

 またテストかと思って距離を取ってしまった。いそいそと距離を詰めて上島さんがこちらに差し出した紙をおっかなびっくりと受け取る。

 

「これって……!」

 

「必要だろ?思いっきり走ってこい。細かいことは俺に任せろ。」

 

 その紙はURAファイナルズの出走登録だった。保護者の名前欄は上島さんの名前が書かれていて、後は僕の名前を書くだけだった。

 

「〜〜〜!!!ありがとう!!お兄さん!!」

 

「ま、待て!ラモの力で飛びつかれたら!!グフゥ!?」

 

「お兄さん?しっかりしてお兄さん!?……返事がない、ただのお兄さんのようだ。」

 

「あ、コスモさん。これは違うんです決してわざとじゃなくてだからその縄はやめてほしウワー」

 

 コスモさんって怒ったらすっごい怖いんだね。いやほんとごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──!強い!──の一人旅だ!』

 

「はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!」

 

 芝のコースを死ぬ気で走る。なのにあの子との距離が全く縮まらなくて。ボクの前を走るあの子はとても速くて、手を伸ばしても全然届かなくて。

 

『──がゴール!一着です!!』

 

「待って、お願い、お願いだから待ってよ。」

 

 あの子が遥か先でスピードを緩めてボクの方へ振り向く。その顔はノイズが走っていてどんな表情をしているか分からない。

 

「──?───!───。」

 

「消えないで!っ!ボクの脚!もっと速く走ってよ!」

 

 徐々にあの子がノイズに飲まれていく。その光景があの時と一致していて。それが嫌で無理を承知で力を込める。

 

「これで!届い……っ!!」

 

 あと少しというところであの子が消える。飛び込むように走ったせいで体勢が崩れ芝の上を転がってしまうが痛みは感じない。

 

「うっ、うう……。うわぁぁぁぁああああ!!!」

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁああああ!!!……はぁ、はぁ、夢……か。」

 

 寮の一室。そこでボクは飛び起きた。身体は汗だくで不快感がある。チラリと隣を見てルームメイトのマヤノが起きていないことにホッと息を吐く。彼女も最初は起きていたが慣れたのか最近は起き上がらなくなった。

 

「また……、ダメだった。あの子の影さえ踏めなかった。」

 

 ボクはこの世界と似たような世界にいた記憶を持っている。だけどその世界のボクは自分の意思で全く動けなかった。動けたとしても同じ所で同じ動きを繰り返すか、トレーナーに操られてる時だけ。だけどあの子だけは違ったんだ。

 トレーナーに操られてる時は流石にダメだったけど、あの子はボクたちとは違って自由に動いていた。そして動けないボクによく話しかけてくれた。そんなあの子の言葉や動きにボクは救われていたんだ。

 ボクはあの子の名前を知らない。誰かがあの子の名前を呼ぶ時はノイズが入って聞き取れないから。だけどボクは別にそれでも良かったんだ、あの子の声を聞けるなら名前なんてどうでもいいって思ってたんだ。

 それもあの日までだった。

 

『えっ?何で……?嫌、嫌だよ!助けて……、助けてテイオー!!』

 

 身体が徐々にノイズに飲まれていくなか、涙を浮かべたあの子が必死に伸ばしたその手を……。ボクは掴み取れなかったんだ。

 

 

 あの子が消えた日からボクはあの子を待った。この世界は突然今まで見たことがないウマ娘が出てくることがあったからだ。もしかしたらあの子もそんな風に出てくるかもと思って待ったんだ。だけどあの子は来なかった。

 だから今度はあの子がなんで消えたのかを考えた。考えて考えて考えて考えて考えて考えて、一つの結論が出たんだ。

 

(そっか、きっとボクたちが弱かったからだ。)

 

 この世界はトレーナーという見えない何かが支配している。その存在はボクたちを育てることやレースのハラハラ感などを楽しんでいるようだった。

 ならあの子はどうなんだろう?育成はしなくていい。レースは勝って当たり前。なんならボクの前にライバルとして出て来た時もあった。その時がボクが一着を取らないといけない目標だったら詰み。

 トレーナーもなんとかハラハラ感を味わいたくてあの子の作戦を変えたり、性能を弄っていたりしたけど結局はあの子が勝つ。

 結果、酷くつまらないものになる。そしてそれを消す力がトレーナーにはあった。だから消した。

 だけどもしここでボクがあの子に勝っていたらどうなる?トレーナーはハラハラ感を満足に味わえてあの子を残していたのではないか?

 それがボクが前の世界が崩壊する最後に出した結論だ。もう全て手遅れだけどね。

 けどそれは違った。ボクはまた世界に産まれた。思い出せたのはボクがトレセン学園に入る一年前だったけどね。

 それも記憶を思い出せただけで身体能力はこの世界のままだった。前の世界の身体能力なら他の全てをぶっちぎって勝てる筈なのに。

 思い出して暫くしたらボクの身体の中には魂とは別のものがあるのに気付いた。それは何本もの鎖でギチギチに縛り上げられていて簡単には解くことが出来ない。

 だけどその鎖を解くことが出来たらボクの身体能力は目に見えて分かるほど向上した。きっとこの鎖を解けばボクはあの世界の力を手に入れられるんだ。結論が出るのは早かった。

 トレーニングを積んで鎖を解こうとする日々、それと同時にフォームの改変にも着手する。今まで何千ものレースを走ったんだ。この走り方が危険っていうのはすぐに分かったよ。

 そうしているとあっという間に時間が過ぎてボクはトレセン学園に入学した。当時のボクはとってもワクワクしてたんだ。またあの子に会えるって、きっとあの子もこの学園にいるはずだって。入学してから学園中を探して、やっと会えたと思った。

 

『ドーン!ねぇねぇ、久しぶり!ボクのこと覚えてる?覚えてるでしょ?』

 

『ひゃぁ!?何?えっと、あなたは誰?新入生……だよね?』

 

『えー、もしかして忘れちゃった?あんなに一緒にいたのに?ボクは寂しいぞ〜』

 

『ごめんなさい。ライスはあなたのことを知らないの。名前を教えてもらってもいいかな?』

 

『……冗談だよね?冗談だって言ってよ、お願いだから。でもよく見たら瞳の色とか違うし。もしかして人違い?だけどあの子に似た子なんて君以外には……。』

 

『多分、人違いだと思う。ごめんなさい。ライスとあなたの知り合いが似てて。』

 

『……嘘だ。だったらあの子は……うぅ、あの子は何処にいるの?』

 

『え!?泣かないで!?ど、どうしよう!?えっと、ほら、よしよし。』

 

 けど違った。しっかりと探し回ってから突撃したのであの子は学園にいないことが確定してしまった。

 それを理解してしまった時の気持ちは言葉に出来ない。気づいた時にはあの子に似た娘に抱きついて泣いていた。

 

『落ち着いた?』

 

『うん、急に泣いてごめんね?』

 

『ライスでよければ話を聞くよ?解決できるかは分からないけど…‥』

 

 あの子に似ているからなのか、ボクは彼女に今まで誰にも話していなかった内心を話した。

 

『えっと、テイオーさんは『テイオーでいい。』……テイオーはその子に会いたいんだよね?』

 

『うん、だけど学園にはいなかったんだ。連絡先も何も知らないからもうどうやって会えばいいか分からない。』

 

『だったら……こっちから呼んでみたらどうかな?ボクはここにいるよって、……連絡手段が無かったんだっけ。うぅ……やっぱりライスは……。』

 

『呼ぶ……そっか、その手があった!ありがとう!頑張ってみる!』

 

『え?が、頑張ってね。』

 

 そうだ!呼びかければいいんだ!この学園にいなくてもこの世界にいる可能性はまだある!そして呼びかけに最適な方法も知っている。

 勝利者インタビュー。G Iレースになれば多くの人が見るはずだ。なら何処かであの子がそれを見る可能性がある。ボクがあの子に関連する動きをしてから呼びかければ、あの子は自分を呼んでいるって気づいてくれるかもしれない。

 

『よーし、テイオー様が君を待ってるって知らしめてやるんだ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それから結構経ったけど、あの子はいつ気づいてくれるかな?」

 

 目標を定めてからボクは何度もレースを走った。一着を取って、インタビューで呼びかけて、当時はテイオーのライバル!?ってマスコミたちは盛り上がっていたけど今になっては下火になっている。

 

「寝れない。」

 

 レースで一着を取った日は決まってあの子の夢を見る。どんなに頑張っても追いつけない。そんな悪夢。

 一時期は夢だからと危険行為に走ったこともあった。無駄だったけどね。

 

「仕方ない、トレーニングしてこよう。」

 

 そっと布団から抜け出し、服を着替える。それから周りにバレないように静かに寮を抜け出した。

 

 

「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、」

 

 坂路を走る。ボクを縛る鎖はこの学園に入ってからも少しずつ解けていき、残りは一本だけになっている。だけどその一本がどうしても解けない。

 まるで今までがおまけと言わんばかりの強固さでボクの何かを縛り続けている。

 

「もう一回、今度は全力で……」

 

「ダメだ、テイオー。これ以上はオーバーワークだ。」

 

「!?トレーナー!?どうしてここに?」

 

「マヤノトップガンから連絡が来たんだ。またテイオーちゃんが無茶しようとしてるってな。」

 

 突然聞こえてきた聞き覚えのある声に驚きながら振り向くと、そこには左側頭部を刈り上げた特徴的な髪型をして、飴を咥えているボクのトレーナーがいた。

 

「でも……強くならないと、あの子に追いつけないよ……」

 

「またあの夢を見たんだな?どうだった?」

 

「ダメだった。ほんの少し距離を詰めれただけでいつもと同じだよ。」

 

「詰めれただけでも上出来だ。何度も繰り返せばいつかは追いつける。」

 

 後ろから許可なく脚を触ろうとしたり、しつこくチームに勧誘してきたりすることもあったが、この人はボクの悪夢を笑わずに聞いてくれるし、真剣に対策を考えてくれる。あの子を消したトレーナーとこの世界のトレーナーは違うと考えを改めさせてくれた人だ。

 だからボクはこの人のチームに入る気になったし、この人の考えには出来る限り従う。

 

「取り敢えずもう寮に帰れ、まだ子どもは寝る時間だ。それに今日はレース明けだから休息にするって言っただろ。」

 

「うぅ、後でゴルシにトレーナーから意地悪されたってチクってやる。」

 

「おう、チクれチクれ。それが出来たらだけどな。」

 

「それってどういうこと?」

 

「ゴルシは数日前の不祥事の罰で雑用だ。エアグルーヴの監視付きでな。何故か俺もこってり怒られたんだぞ……」

 

 レース場から帰ってきたら怒られる俺の気持ちを考えてくれとトレーナーが落ち込んでいる。

 

「ボクはレース場に移動してたから知らないけど何かあったの?」

 

「俺も詳しいことは知らない。知ってることはゴルシの屋台と歩トレーナーが乗ったダンボールが練習コートを爆走したってことだ。あ、その顔は冗談だと思ってるな?俺もそう思ってたよ……」

 

 顔から疲れを滲ませたトレーナーがこちらにスマホを差し出す。見てみると一つの動画が再生されていた。

 そこには爆走するゴルシと何かの生物を模したダンボールが走っていた。

 

「????」

 

「俺も最初はそんな顔になったなぁ。何度見てもなんでこうなったか分からないからな。」

 

 なんでこのダンボールはこんなに速いのか。いや、その前にゴルシも屋台があるのに速すぎない?あ、転けた。

 ダンボールがコーナーを曲がれずに転倒する。バラバラに飛び散って中のウマ娘が飛び出してくる。

 暫く中のウマ娘とトレーナーが話していたが、小柄なウマ娘がもう一人を背負って走り出す。その姿を見ていると何かモヤモヤする。

 そのモヤモヤを解消したくて画面を見つめるがそのウマ娘が練習コートを出るところで動画が終了してスマホもトレーナーに回収される。

 

「トレーナー、もう一回見せてよ、お願い。」

 

「ダメだ、次は時間がある時にな。ほら、帰った帰った。」

 

「ちえー、ちゃんと後で見せてよ?約束だからね!」

 

 トレーナーと別れ、寮へと向かう。あのモヤモヤはなんだったんだろう?普段は感じたことのない不思議な感覚を疑問に思いながら寮に帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゴール!ライスモドキが一着だぁ!』

 

 URAファイナルズが始まり、僕は順調に勝利を重ねていた。今回は条件を満たしていれば誰でも参加できるため、レース数が滅茶苦茶多い。特に僕は一般枠参加なので他の娘たちよりレース数が更に多い。

 てっきり僕は参加者全員をトーナメント方式で配置して行うと思っていたのだが、実際は地方や中央のトレセン学園の予選出走バたちの中に一般枠から勝ち上がってきたウマ娘を追加するって感じだった。

 その一般枠の参加者が多いのなんの。条件が緩いのもその原因の一助になっているのだろうけど。まぁ、全員倒すけどね。

 

「おつかれ、ラモ。どうだった?」

 

「ありがとう、お兄さん。問題なかったかな?」

 

 注目されるのは得策ではないとのことで僕はレースではアタマ差で勝つようにしている。ハナ差や僅差でもよかったのだが、上島さんにもしもがあったら怖いと言われたのでやめた。

 後ろのウマ娘が急加速しようがコンマで反応出来るので問題はないって言うとそういう問題ではないと言われた。

 今回は素顔でレースに出ているため別の意味で注目されているのだけどそこは問題ではないのかな?

 

「おい、お前!」

 

 念の為に脚の柔軟を行ってから帰ろうとしたら後ろから声をかけられる。振り返るとそこには一人のウマ娘がいた。

 

「えっと、君は確か二着の子だったよね?僕に何か用かな?」

 

「そうだ!私はお前に言いたいことがある!」

 

 怒っているような雰囲気を出しながらこちらへ歩いてくる彼女。僕を庇おうと前に出る上島さんを腕で押さえる。

 

「それで?何が言いたいの?」

 

「勝てよ!!」

 

「……へ?」

 

 てっきり文句でも言われると思っていたのだが想定外の言葉に思わず呆ける。その間にも彼女の言葉は止まらない。

 

「この私に勝ったんだ!だから負けるなんて許さないからな!優勝しろ!そして私にあのウマ娘相手に私はアタマ差の二着だったんだって自慢させろ!」

 

「え、う、うん。」

 

「約束だからな!」

 

 言いたいことは言ったのか、彼女はこちらの横を通り抜けていった。辺りが再び静かになるが胸の辺りがやけにソワソワする。

 

「託されたな。」

 

「うん……」

 

 

 それから僕はレースに勝ち続けた。その度にいろんな子から笑いながら、悔しがりながら、怒りながら、妬みながら、泣かれながら、想いを託された。

 途中で負けた娘の想いも上乗せして僕に託してくる子もいた。一般枠からの出走が僕に決まった時には沢山の想いが僕に集まっていた。

 とても重いはずなのに、どこか気分が良くなる。初めて経験する感覚だった。

 

「上島さん。」

 

「どうした?ラモ。」

 

「最初はテイオーに会いに行くためだけだったんだけど、もう一つ理由が増えたね。」

 

「そうだな。彼女たちの想いを託されたからな。」

 

「うん、僕はレースに勝ちに行くよ。彼女たちの想いに応えるためにね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、何だろう?この感覚?」

 

 ボクはあの動画を見ながら悩んでいた。動画に映っている娘の走りをみると既視感というか、何処か懐かしい感覚がくる。一回だけあの子なのかな?と思ったけどあの子があんな被り物をして走る姿を想像出来なかったのでこの考えを廃棄した。

 

「テイオー、ここにいたか。」

 

「あ、トレーナー。どうしたの?」

 

 部室のドアが開き、トレーナーが入ってくる。手にはパソコンとボクの新衣装。

 

「決勝に出走するウマ娘が決まったからな。対策を考えるぞ。」

 

 トレーナーがパソコンを開き、レースの動画を再生する。その動画を見ながらお互いに意見を交わす。

 

「それでこいつが最後だ。一般枠からの参加だが、その実力は他の奴らと充分に張り合える。」

 

 最後の動画が再生される。順にウマ娘が紹介され、最後の一人が映し出される。

 

「え……?」

 

「ライスモドキ。こいつが最後の決勝進出者だ。」

 

 隣でトレーナーがこいつのここが凄いと話しているが聞き取れない。それぐらいボクは画面に映るあの子を見つめていた。

 ジャラジャラと最後の鎖が音を鳴らす。色々なものが込み上げてきて、涙が浮かびそうになるが必死に堪える。

 やがてレースが終わり、アタマ差でゴールしたあの子にカメラがズームする。カメラに気づいたあの子が近寄ってきてポーズをとる。

 

「あっ……。」

 

 歩いた後にジャンプして一回転。その後に笑顔でカメラに向かってピースをする。それはボクが勝利した時にとっていたポーズだった。

 

「以上が決勝で出走するウマ娘たちだな。どいつもこいつも強敵だらけだ。ってテイオー?」

 

「トレーナー、もう少しだけ動画を見せて。」

 

 トレーナーが動画を止めようとしたので腕を掴んで止める。その間にも動画が進み、勝利者インタビューに移行した。

 あの子がマスコミの質問に当たり障りなく答えていく。時には悪意のある質問が飛ぶ時もあったが笑顔で黙殺していた。ライスシャワーではないかという質問は聞き慣れているのか疲れた顔をしながら否定している。

 

『では、決勝に向けて最後に一言お願いします。』

 

『そうだなぁ、カメラさんこっち寄ってきてくれる?』

 

 カメラがあの子に近づいて顔がドアップになる。

 

『……来たよ、テイオー。』

 

 ガシャン、と鎖が外れた音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付けばボクは謎の空間にいた。

 

「ここは……?」

 

『あ、ようやく来たんだね、待ちくたびれたよ〜』

 

 後ろから聞き慣れた声が聞こえ、振り返るとたくさんのボクがいた。

 

「え?どういうことなの?」

 

『ここは鎖で縛られてたものの中だよ。やっとボク()が条件を満たしたからボクたちが出てこれたって訳。』

 

『あの子を認識すること、これが条件だったんだよねぇ。』

 

「それはわかったけど、なんでこんなにボクがいるの?」

 

『ボクたちはあの世界のボク()の育成が終了した存在。あのトレーナーは殿堂入りウマ娘って呼んでいたっけ。』

 

 一番先頭のボクが語る。自分たちはあの世界の崩壊に巻き込まれた後、ボクの中に宿ったと。ボクがいつか力を欲した時に手を貸せるように。

 

『頑張って三女神様にお願いしたんだからね!ボク()があの子と出会ったら遅かれ早かれレースをしたがるだろうから、その時に手助けできるようにしてくれって!』

 

『三女神様も聞き入れてくれたんだけどあの子と出会わなければ不要ってことで今まで封印されてたって訳。』

 

「なら鎖が外れるたびに身体能力が上がったのは?」

 

『こんなにボクたちがいるから封じきれなかったみたい。だから外れるたびに少しずつボクらの力がボク()に移ってたってことだね。』

 

「そうなんだ……。」

 

『理解してもらったところで聞くけどボクたちの力は必要?』

 

「それに答える前に一つ聞いていい?」

 

『いいよ?なにかな?』

 

「あれって大丈夫なの?」

 

 謎の空間の一部を指差す。ボクたちもその指を辿って見つけたものに口を引き攣らせている。

 

『へへへ、あの子の成分が足りないぃ……』

 

『ここはあの子の抱き枕を作るべき』

 

『いや、そこは等身大人形でしょ?ボクは分かってないなぁ。』

 

『なんだとー!?』

 

『やるのかー!?このボクと!?』

 

 そこにもボクたちがいるんだけど、なんというかジメッとしている。そこにいるボクたち全員が徹夜明けみたいな目をしていてたまに薄気味悪い笑い声を出している。

 

『あれはね、ごめん。湿気った。』

 

「湿気った。」

 

『一部のボクたちがあの子に会いたいって騒いでたから「いつか会えるから妄想でもして待ってたら?」って言って放置してたらああなってた。』

 

「えぇー。」

 

『ゴッホン!あ、あれは置いといて!ボク()の答えを教えて。』

 

 誤魔化すような咳をした後、ボクが真剣な目でボクに問いかけてくる。答えなんて決まっている。

 

「必要だよ。きっと今のボクだと全力を出してもあの子に勝てない。もちろん諦めるつもりなんてないけど勝てる可能性があるならなんでも欲しい。」

 

『例え脚が折れたとしても?』

 

「うん、それでも欲しい。」

 

『……わかった。早速継承をって言いたいんだけど今やるとトレーナーに心配されると思うからボク()が寝る時にもう一度呼ぶね?』

 

『それじゃあ、また後で。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─イオー?テイオー?聞こえてるかテイオー?」

 

「……ごめん、ちょっとボーとしてた。」

 

 気付けばボクは部室に戻ってきていた。時計を見ると一分も経っていない。

 

「それじゃあ、誰をマークするかだな。」

 

「トレーナー、ボクはライスモドキをマークする。今回はそれ以外は気にしなくていい。」

 

「理由を教えてくれ、他の娘も強敵だらけだ。無視すると痛い目にあうぞ?」

 

「ライスモドキは全力じゃない。あの走り方もあの子が得意な走り方じゃない。」

 

「知っているんだな。……はぁ、わかった。今回はテイオーの意見を尊重するぞ。」

 

 ボクの目をじっと見た後、トレーナーはため息を吐いて他の娘たちのファイルを閉じてライスモドキのファイルを開く。

 

「ありがとう。それでライスモドキなんだけど、あの子は決勝では大逃げのような先行でくるよ。」

 

「分かるのか?テイオー。」

 

「うん、あの子がボクとレースをする時は殆どそれで来たから。」

 

「そうなれば止めるのは困難だな。分かった、なんとか作戦を立ててみる。取り敢えずテイオーは新衣装のサイズを確認しといてくれ。それを確認したらもういい時間だから門限になる前に帰れよ。」

 

 渡された勝負服を受け取る。赤を基調とした不死鳥をイメージした勝負服だ。あの世界の設定以外でボクは怪我をしたことがないけれど、挫折からの復活は何度も経験している。

 あの子がいないなら着る気はなかったが、出番はあったようだ。勝負服を着込み、軽く動いてみる。特にどこかが引っ掛かることはなく。職人の腕の良さに感嘆する。

 

「特に問題はなさそう。動きやすいし、やっぱり職人さんは凄いね。」

 

「おー、それはよかった。ちなみに門限まで後数分だが間に合うのか?」

 

「え?うわ、もうこんな時間!ボクは帰るけどトレーナーは?」

 

「俺は仕事だ。まだまだすることがあるからな。」

 

「そっか、頑張ってね?」

 

 ボクの応援にトレーナーは手をひらひらさせることで応える。その間にも画面から目を離していないことから、かなり集中しているようだ。

 邪魔をしたら悪いので、帰り支度を終えると静かに寮に帰った。

 

 

 

『さて、準備はいいかな?』

 

「うん、なにをするの?」

 

 寝支度を終え、布団の中に入るとボクは再びボクたちのいる空間に来ていた。そこではさっきと同じように沢山のボクたちがボクを待っていた。

 

『簡単に言えばボクたちの能力をボク()に全て渡す。それでもあの子に届くか分からないけど、同じ土俵には立てるはずだよ。本当はゆっくり渡していきたかったけど今回は時間がないから一気にいくよ?』

 

「それは凄いね。なら早速お願いするよ。」

 

『オッケー、みんな準備はいい?』

 

『はーい。』

 

 ボクたちが返事をした後に懐からあるものを取り出す。それは注射器だった。

 

「ひぃ!?待って待って!なんでみんなお注射持ってるのー!!」

 

『みんなで注入するなら何を使うって相談したら満場一致で注射器になった。』

 

「なんで!?ワケワカンナイヨー!!」

 

『次にボク()が目覚めた時は今までよりはるかに身体の能力値が向上しているはずだから頑張って慣らしてね?じゃないと最強を体現したあの子に勝つことなんて夢の夢だからね?』

 

「それは分かったけど!せめて飲み物とか、そうだ!はちみーとかに変えようよ!それならこの人数分でも頑張れるから!」

 

『あくまでイメージだから痛みとかないよ。あとあの子と接触できるボク()が妬ましいからちょっと嫌がらせも含んでる。と言うことでみんなよろしく!あ、あと確実にこの世界だと向上した能力値的にドーピングを疑われるから対策も考えといてね。』

 

『『『それじゃあ、行っくぞー!!!』』』

 

「わ、わ、ワケワカンナイヨー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「テイオーちゃん!?テイオーちゃん起きて!!」

 

「ふぁ!?あ、マヤノおはよう。」

 

「おはよう、テイオーちゃん。女の子がしちゃいけない顔で寝てたけど大丈夫?」

 

「うん、ちょっと凄い夢を見ただけだから大丈夫だよ。」

 

「そっか、マヤはトレーニングがあるからもう行くね?」

 

 マヤノがドアを開けて出て行く。ボクも着替えようと立ち上がって一歩踏み出して、前までとの違いに驚愕した。

 

「一歩歩いただけでこんなにも違うんだ。レースまでには慣れないと……」

 

 それでもあの子に追いつけるかもしれないと思うとワクワクが止まらない。

 

「待っててね、今度こそ君の手を掴んでみせるから。」




テイオーとの再会は模擬レースでもいいかなって思ったんだけどそれだとテイオー覚醒が書けないし他のレースだとデビューもしてないオリ主が参加出来ないってことで一番違和感がなさそうなURAファイナルズを入れました。許して、許して。
 街でオリ主と出会ってテイオー覚醒、その後に模擬レースでも良いって?その手があったか!(書き終わった後に気付いた。


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まずはレースに集中しよう。だから……通せ。

誤字脱字いつもありがとうございます。

感想欄でたまに未来予知レベルで次の展開を予想する人がいるんですがもしかしてタイムスリップしてません?


「……タイムが大幅に縮んでるな。」

 

「でしょー?このテイオー様が本気を出せばタイム短縮なんて余裕だよ!」

 

 あれからボクは身体を慣らすことに時間を費やした。初めのうちは自身の加速に反応出来ずに無様を晒したが今ではこんなものだ。

 

「このタイムなら優勝は間違いなしだな。後はどれだけ不確定要素を減らせるか……だ。」

 

「……トレーナーはボクがドーピングをやってるとか疑わないんだね。」

 

「テイオーがそんなことするわけないだろ。お前の人となりは充分にわかっている。」

 

 不安に思いトレーナーに聞いてみたが軽いチョップと共に返答がくる。その目を見ると疑っているような感じは一切感じなくて気分が良くなる。

 

「ありがとう!トレーナー!だけどあの子に勝てるとは確信して言えないかな……。」

 

 あの子はあの世界でも本気で走っていないはずだ。この身体に慣れた今でもあの子を追い抜くイメージが湧かない。

 

「ライスモドキに対する作戦は話したし、出来ることはした。後は野となれ山となれだ。明日は決勝だ、今日はもう切り上げて身体を休ませろ。」

 

「はーい、トレーナーも明日はボクのレースを見るんだから早めに休むんだよ?」

 

 トレーナーと別れ、駆け出す。明日はあの子とレースだ。あの子と話したいことは山ほど出来た。最初にあったらなんて言おうかな?

 

「あら?テイオー、もうトレーニングは終わりましたの?」

 

「あ!マックイーン!うん、終わったけどまだ時間があるからこれから何しようか考えてたところなんだ〜。」

 

 あの子と何を話そうか考えていると横からマックイーンが話しかけてきたので足を止めてそちらへ向かう。

 

「マックイーンは何をしてたの?」

 

「少し用事がありまして、もう終わったのでトレーナーに報告をしようとしているところですわ。」

 

「じゃあ、その後って暇になるってことだよね?」

 

「えぇ、そういうことになりますわね。」

 

「だったら遊びに行こうよ!確か近くのカフェで新作のスイーツが出てたはずだから、そこに行かない?今日はボクが奢るからさ!」

 

「今は減量中……と言いたいところですが、チームメイトの誘いを断るなんてメジロの名が廃りますわね。仕方ないので一緒に行きましょう。」

 

 仕方ないなぁみたいな顔をしているが尻尾はぶんぶんと振られており、嬉しさを隠しきれていない。

 

「ボクは校門前で待ってるからマックイーンも準備が出来たら来てね?待ってるから!」

 

「校門前ですわね?分かりましたわ。」

 

 集合場所は決めたので別れる。数歩歩いたところでそういえば一つ頼みたいことがあることを思いついたので急いでマックイーンのもとに戻る。

 

「テイオー?まだ何かあるんですの?」

 

「ごめん、マックイーン。ちょっと頼みたいことがあって……。あのね──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラモ、まだ起きているか?」

 

「あ、お兄さん。うん、起きてるよ。寝れそうにないや。」

 

 部屋がノックされ、上島さんが入ってくる。僕の部屋はダンボールやドラム缶でゴチャゴチャになっているのに慣れたものなのかひょいひょいとこちらにやってくる。

 一度片付けられそうになったので駄々っ子みたいに泣きついたらこのままになった。やってみるもんだね。

 

「それでお兄さんはどうしたの?」

 

「ラモの決勝に間に合うか分からないから言ってなかったが、さっき速達で届いたところでな。着てみてくれ。」

 

 上島さんから渡されたものを受け取って広げてみる。そこにあったのは黒を基調とした服だった。

 

「お兄さん、これって……」

 

「あぁ、ラモの勝負服だ。サイズなどはコスモに測ってもらっていたが一応確認しておいてくれ。」

 

 勝負服を見つめる。僕は貸し出される服かさっき作ったダンボールでも被っていこうかと考えていて、僕の勝負服があるなんて全く思っていなかった。

 言われるがままに服を着る。所々に鎧のようなものがあるが、空気穴が空いているので暑苦しいことにはならなそうだ。それと腰辺りには二つの大型のナイフがついている。

 

「この勝負服のコンセプトは暗殺者。だけどラモの場合は隠れてコソコソするより真正面から宣言して殺しに行きそうだから鎧もついているって感じだ。」

 

「それはわかったけど、腋とか腰辺りってなんで肌が出てるの?中に何か着ることは出来ない?」

 

 これって上島さんの趣味なのか?思わずジト目をしてしまうが上島さんは気付いていないようだ。

 

「そこはラモに任せる。この勝負服が俺とコスモからラモへの精一杯の応援だ。明日、頑張れよ?」

 

「要するにプレゼントってことでしょ?そう言われると隠すに隠せないじゃん。……明日は全力で走るから安心して見ててね?でも怖がられるのは嫌だな。」

 

「俺たちがラモを怖がるわけないだろ?だから安心して走ってこい。それと、レースが終わったら俺たちからラモに話したいことがある。」

 

「それって今じゃダメなの?」

 

「……ラモの勝負服は王と暗殺者は密接な関係があるってことからだな」

 

「話を逸らすの下手すぎでしょ!?仕方ないなぁ。気になるけどちゃんとレースが終わったら教えてよね?約束だよ?」

 

 上島さんに小指を差し出す。彼はそれを見つめてしばらくすると理解したのか自身の小指を僕のと絡める。

 

「ゆーびきーりげんまんゆびきったらハリセンボンのーます、ゆびきった!……これでいいんだよね?」

 

「あぁ、あってるぞ。しっかり約束したところでいい時間だからもう寝ろ。」

 

 上島さんの言葉で時計を見ると確かにもうそろそろ寝ないと明日に差し支えがあるかもしれない時間だ。

 

「はーい、それじゃあお休みなさい。お兄さん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、上島さんの運転で決勝戦が行われるレース場に向かうと、まだ少し早い時間なのに沢山の人が詰めかけていた。

 

「準決勝の時も思ったけど、凄い人だね?」

 

「それほどこのレースは人々を熱中させているってことだ。」

 

 関係者用の駐車場に車を止めて、受付に向かう。その道中で観客が僕を見て気付き、ヒソヒソと話す人もいれば自分の応援するウマ娘にしか興味がないのかスルーする人もいる。

 観客にもいろいろいるんだなぁと考えながら歩いていると一人の男性が僕たちの前に立ち塞がった。

 

「よぉ、上島。調子はどうだ?」

 

「透さん、お久しぶりです。その節はどうも。」

 

 見た感じ厳ついオッサンだが上島さんと仲が良さそうに感じる。ボケーと見ていると上島さんが僕の方に向いて話しかけてきた。

 

「ラモ、この人は川西 透という人だ。そしてラモのことをいろいろしてくれた人でもある。」

 

「川西 透だ。お前さんのことはハリボテモドキの時から知っている。中身はこんな可愛らしい子とは思わなかったがな。」

 

 僕の頭を撫でようとしたので軽く威圧する。上島さんやコスモさんなら許すが、恩人らしいこの人でも僕からすれば初見の人だ。そうやすやすと頭を撫でられたくはない。

 そんな僕たちのやりとりを見た上島さんが苦笑いをして川西さんとの経緯を話し始めた。

 川西さんとの出会いは上島さんが僕を見つけた時に話しかけてきた頃かららしい。当時の彼は代々続いていた会社が傾きかけていて燻っていた頃で、本人もやけくそで地下レースを見ていたらしく、その時に僕の走りを見ていろいろと思うところがあったらしい。

 それで僕が地下レースから消えたのを機に気持ちを一新。会社の立て直しに尽力し、見事にそれを成したみたい。そこから恩返しをするために僕を探していたところで上島さんと遭遇。上島さんからいろいろ聞いた彼は、それを解決することを恩返しとして、今までやってきたらしい。

 

「君の走りで俺は変わることが出来た。ありがとうな。」

 

「僕の方こそありがとうございます。バックストーリーとか大変だったでしょ?」

 

「それは君が気にすることじゃないな。今日のレースを楽しみにしている。ハリボテではない君の本気、見せてくれよ?」

 

 言いたいことは言ったのか川西さんはレース場へと消えていった。上島さんと見つめ合い、お互いに苦笑いをしてから僕たちもレース場へと向かい受付を済ませる。

 係の案内で控室に移動する。控室に到着すると時間になるまで適当に時間を潰す。

 

「ラモ、そろそろ。」

 

「うん、わかった。」

 

 時間が来たので勝負服を手に取る。上島さんはそれを見ると部屋から出ようとする。

 

「お兄さん。何度も言うけど僕の走りをしっかり見ててね?」

 

「あぁ、きちんと見届けるさ。」

 

「……僕は最強。たったそれだけをコンセプトに生まれた存在。だけど強すぎるといつかは捨てられる。」

 

「僕は怖い。僕が本気で走るといつかまた捨てられるんじゃないかって思ってしまう。」

 

「ラモ……」

 

「だけど僕は走るよ。こんな僕を呼んでくれた子がいるし、こんな僕に怖がらずに想いを託してくれた子もいるから。」

 

「最強の走り、とくとご覧あれってね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時間です。準備はいいですか?」

 

「大丈夫です。」

 

 一人になってからしばらくして、係の人が僕を呼びに来たので控室からパドックの裏に向かうとそこには出走するウマ娘たちが待機していた。

 知っているウマ娘、知らないウマ娘。みんながそれぞれの方法で精神統一をしていた。そして

 

(テイオー。)

 

 テイオーもそこにいた。彼女は僕を見て一瞬だけ明るい顔になったがすぐに精神統一に戻った。話し合いはレースの後でってことでいいのかな?

 

 

「ライスモドキさん、次お願いします。」

 

「分かりました。」

 

 呼ばれたのでパドックに向かう。陽の光に目を細めながらも前を見るとそこには沢山の人が僕を見ていた。

 確かここでみんなポーズをとってたよね?僕はどんなポーズをとろうかな?

 

「うん……よし。」

 

 パドックに詰める人たちが騒めく。彼らからしたらこれはテイオーのポーズなのだろう。だがこれは僕のだ。

 やることはやったのでパドックから引っ込む。後は全力で走るだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パドックからあの子が引っ込む。その代わりにボクがパドックに出るが、観客たちはまだ騒めいている。仕方ないか、あの子のポーズは彼らからしたらボクのものだと思っているはずだから。

 暫く待つと今度は歓声が上がる。きっとボクの新衣装に気付いて盛り上がっているのだろう。

 少し歓声が落ち着くのを待ってから、いつものポーズではなくボクの本来の勝利ポーズをとる。これは宣戦布告、必ず勝利するというボクの決意。

 引っ込んだあの子が見ているとは思わないけど構わない。これはボク自身が気を引き締めるためにしたことだから。

 一部の人たちがまた騒めく。恐らくあの子の準決勝を見てた人たちだろう。このポーズはあの子が勝利した時にとっていたものだからね。

 騒めく観客を尻目にパドックから引っ込み、バ場へと向かう。そこへ向かうと段々と空気が重くなってくる。懐かしく感じるその空気に苦笑いをしながら深呼吸をして、また歩き出す。

 バ場に出ると決勝戦とはいえないぐらい静まり返っていた。その原因であるあの子に視線を向ける。

 そこには右目から黒い炎を揺らめかせているあの子がいた。この現象はボクたちウマ娘しか認識できないんだっけ?

 そんなことを考えているとあの子がこちらに気付いた。お互いに暫く見つめ合っていたがあの子が少し笑うと重い空気が霧散した。どうやらボクを試したらしい。

 あの子がゲートに入る。それに続いてボクもゲートに入る。実況が盛り上げようと元気に話しているが必要最低限だけ聞いて後の意識は全てレースに向ける。

 実況が続くうちに静まり返った観客が徐々に盛り上がってきた。この盛り上がりもボクとあの子が走ればまた静かになるのかな?

 

『各ウマ娘、ゲートインが完了しました。』

 

 走る体勢をとる。このレースが終われば良い意味でも悪い意味でも世間は盛り上がるだろう。だけど関係ない。そんな不安は投げ捨ててレースだけに集中する。

 これから挑むのは正真正銘の最強。どんなに小さなミスでもあの子が相手なら致命傷になりかねない。

 

『スタート!各ウマ娘、綺麗にスタートしました。』

 

 ゲートが開いたと同時に駆け出す。流石決勝というべきか、先程の空気に当てられて出遅れるなんて娘はいなかった。

 その中からあの子が突出し始める。ここで付いていかないと引き千切られるのであの子の後ろに貼り付くように走る。あの子が驚異的な加速を始めたので食らいつく。いける! 付いていけている。

 あっという間にバ群の気配が遠ざかる。彼女たちはもう追いつけない。ここからはボクとあの子の勝負だ!

 加速を続けるあの子の後ろにピッタリと付いて走る。ボクの走りにあの子は戸惑うような気配を出す。

 トレーナーの言ったことは当たっていたらしい。これならトレーナーの考えた作戦も少しは通用するかもしれない。

 

『いいか、テイオー。ライスモドキは恐らくレースの駆け引きを知らない。』

 

『それはどうして?』

 

『テイオーが言った言葉を信用してライスモドキが出走したレースを全て見直した。その結果、ライスモドキの走りは常に前を走るか後ろから追い抜くかだ。』

 

『うん、それで?』

 

『前を走る場合は二着との距離をアタマ差で固定している。後ろを走る時は最終コーナーに入ったと同時に加速する。』

 

『だがそれはライスモドキの身体能力に任せたゴリ押しだ。他のウマ娘が駆け引きを仕掛けても彼女はそれを身体能力だけで踏み潰す。』

 

『テイオーがライスモドキと同じスピードで走れるということは、彼女が今まで行っていた身体能力任せのゴリ押しが出来なくなる。つまり、一度もしたことがない駆け引きを行うしかないってことだ。』

 

『そうなりゃこっちに分がある。あっちこっちに引っ張って消耗させろ。それから機を見て一気に引き離せ。』

 

 トレーナーが考えた作戦は確かにあの子に効くかもしれない。だけど一つだけトレーナーにミスがある。

 

(あの子はどんなに消耗しても垂れることは絶対にない。)

 

 ボクたちから能力を渡されてから走って気付いたが走っても走っても疲れない。走ってる途中で息をすれば感じていた疲労感が回復する。

 ボクでさえこれなんだからあの子がそれ以下なんてあり得ない。だからボクが取る手はあの子をある程度引っ掻き回したら隙を見て追い抜く。

 後ろからあの子にプレッシャーをかけながら走る。少しするとあの子が隙を見せた。これなら!

 

【絶対は、ボクだ】

 

 本来なら発動するにはまだ少し距離があるがそこは思い込みでカバーする。ボクの中にいるボクたちの協力もあればある程度無茶な発動でも融通が利く。

 背中から不死鳥のような赤い翼を生やして加速する。あの子と並び、目から黒い炎を出すあの子の驚愕する表情を尻目に、ボクはあの子を追い抜いた。

 

 

 

 

 

 

 テイオーが僕を追い抜き駆けていく。背中に赤い翼を生やし、どこまでも羽ばたいていくように加速する。

 更に脚に力を入れて加速するがテイオーとの距離は徐々に離されていく。

 

(僕に挑戦するから何かあるって思ってたけどこんなになんて……)

 

 まずテイオーが僕と同じ速度で走れることに驚いた。それから後ろからずっとプレッシャーをかけられる不快感も初めて感じた。

 予選や準決勝でもプレッシャーをかけられたが、気にはならなかった。だって彼女たちがどれだけ本気で走っても僕を追い抜けるはずがないから。

 何もかもが初めてだった。だから僕と同じスピードで走るテイオーが仕掛けてきた揺さぶりに簡単に引っかかった。

 テイオーが僕よりも前を走る。僕のスピードは上がり続けているがそれよりもテイオーの加速の方が上だ。

 テイオーもまだまだ加速し続けていることから、彼女もスタミナがなくなるってことはないのかもしれない。

 だけど僕に焦りはなかった。それどころかこの初めての連続にワクワクすらする。

 

(これなら使ってもいいかもしれない。テイオーなら大丈夫……だよね?)

 

 この世界に来てから初めて手に入れた僕の、僕だけの固有スキル。一度だけ地下レースで使ってから使うのを控えていたが今のテイオーになら使ってもいいかもしれない。

 こうしているうちにテイオーがどんどん距離を広げている。観客もテイオーが一位で駆け抜けていることに盛り上がっている。

 

(それじゃあいくよ?テイオー。)

 

【delete? →YES/ NO】

 

 

 

 

 

 

 

 

(いける!これならあの子に勝てる!)

 

 あの子を追い抜いて更に加速する。あの子はまだまだ加速し続けているが、ボクも加速している。このままゴールまで走り続ければボクの勝ちだ!

 ボクが前に出たのを見て、観客たちが歓声を上げる。それに応えるために更に力を入れて前に出る。

 

(このままロングスパートに入って、あの子を引き離す!)

 

 そう思って体勢を整えようとした時、ボクの周り全てがノイズに覆われた。

 

(………えっ?)

 

 ボクの赤い翼が掻き消される。手足にもノイズが侵食して感覚が鈍くなり、地面を蹴って走っているのか分からなくなる。次第に片目の視界がぼやけてきて前が見づらくなる。

 

(何……これ?)

 

 戸惑うボクの後ろから勢いよくこちらに向かってくるものがいる。

 

(あっ……)

 

 それはあの子だった。あの子もボクと同じように黒い炎を出した片目だけが無事でそれ以外は全てノイズに覆われている。

 なのにあの子はそれを気にすることなく、ボクを無事な片目でチラッと見た後、追い抜いていった。

 

(待って……お願いだから待って……)

 

 その光景があの悪夢と重なる。あの子の背中が遠のいていき、思わず脚を緩めようと──

 

「いけぇぇえええ!!!テイオー!!」

 

「……っ!!」

 

 聞こえてきた声の方を見るとそこにはボクのトレーナーとチームスピカのみんながいた。それぞれが思い思いにボクに声援を送ってくれている。

 

(そうだ、これは夢じゃない!ボクにはあの子に追いつけるスピードも無尽蔵の体力も手に入れた!なら諦める理由はない!!)

 

 手足の感覚が鈍い?それがどうした!今まで何千回も使ってきただろ!例え感覚がなくなっても直感だけで走ってみせろ!

 片目が見づらい?それがどうした!このバ場はあの世界で何回も走ったんだ!例え見えなくなっても記憶を頼りに走ってみせろ!

 脚に直感頼りで力を入れる。それから記憶頼りに地面を蹴ればボクの身体は前に出た。ボヤけた視界と記憶の中のバ場を照らし合わせ、脳内に鮮明な地図を作る。

 

(ボクは諦めない!今度こそ君に勝つって決めたんだ!)

 

『そうそう、その意気だよボク。』

 

(……え!?ボクって話せたの?)

 

『あの子とレースする時だけだけどね。それよりボクたちの力、必要でしょ?』

 

(でもそれってボクに全部渡したんじゃないの?)

 

『ふふーん、確かに能力は渡せるものは全て渡したよ。だけどボクたちにもまだ出来ることはあるよ。』

 

(それじゃあ、お願い!ボクはあの子に勝ちたい!)

 

『承ったよ!それじゃあみんな、準備はいい?』

 

 次の瞬間、ボクはあの空間にいた。

 

『このノイズは確かに厄介。だけどボクたちが力を合わせれば!』

 

 いつの間にかボクを囲んでいた一部のボクたちが燃え始める。炎が消えたところには赤い羽根が浮かんでいた。

 羽根はボクの背中に宿り、一対の翼になる。その翼から炎が噴き上がり、ボクの脚に纏わりついていたノイズを焼き払った。

 

『次はボクたちだね。最初に燃えたボクたちより数が少ないけど、能力値は高いから大丈夫だよ。』

 

 また一部のボクたちが燃え始める。先程と同じように、だけど力強く感じる羽根となってボクの背中に宿り、大きな翼になる。その翼は片目以外の全てのノイズを焼き払った。

 

『最後はボクたち。……羽根の状態であの子に触れたりしないかな?』

 

 最後は湿気ってたボクたち。気分的には断りたいが我慢しよう。ボクたちは少し湿り気のある翼となったが、しっかりとボクの片目を覆う最後のノイズを焼き払った。

 

『これでボク()の障害はなくなったね。』

 

「ボクは力を貸してくれないの?」

 

『ボクはこれでも最終手段だからね。そうやすやすと力を貸せないんだ。』

 

 ごめんね?と謝るボクに首を振る。むしろここまで力を貸してくれたんだ。文句を言うのは筋違いだろう。

 

『じゃあ、行ってきて。そしてあの子に勝ってきて。』

 

「うん、行ってくるね?」

 

 三対となった翼に力を入れて羽ばたく、空を旋回してから唯一光が差す場所に目掛けてボクは突っ込んだ。

 

 

【絶対は、ボクたちだ!】

 

「……っ!ハァァァァアアア!!!」

 

 現実へと戻ってきてすぐに力を込めて加速する。その加速はボクたちから能力を渡された時より遥かに速いが、恐怖心を一切感じない。

 あの子との距離はぐんぐん縮まり、遂には並んだ。横目であの子を見ると丁度、目が合った。

 

 

 

 

 

 

 

(本当に今日は初めてがいっぱいだ。)

 

 初めて本気の僕が追いつかれた。初めて本気の僕が抜かされた。一度は抜いて距離を離したのにまた追いつかれて並ばれた。

 背中に三対の翼を生やしたテイオーはそのまま僕を追い抜こうとする。だけど僕は負けられない。負けたくない。

 

(最初はテイオーが呼ぶからって言う理由で参加したけど今は理由が増えた。お兄さんやコスモさんに、僕に想いを託してくれたみんなのために、僕は勝つ!)

 

 勝って当たり前のレースが初めて勝てるか分からないレースに変わった。それは僕にとっては凄くワクワクして、心が燃えてくるものだった。

 

(そんなレースに全力で挑むのに、これ(ノイズ)はもう邪魔だ!)

 

【劫火】

 

 僕の身体中から黒い炎が噴き出す。それは僕の身体に纏わりついていたノイズを全て焼き払った。

 

 

(勝負だよ、テイオー!)

 

 僕を抜かしかけていたテイオーに再び並び、そのまま走る。レースは終盤に入り、同時にスパート体勢に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの子から黒い炎が噴き出す。その炎はあの子のノイズだけでなく、バ場のノイズ全てを焼き払った。

 あの子がまた加速する。こんなに加速を繰り返すレースなんてこれ以外存在しないだろうね。

 暫く並んでいたがあの子が前に出始める。ボクを睨むあの子の目はあの世界でも見たことないほど真剣で、勝利を求めていた。

 

(だけどそれはボクも同じ、ボクも君に勝ちたい!)

 

 既に全力だけどまだいけるはず。ボクの、ボクたちの力はこんなものじゃない。残る力を振り絞り、あの子のほぼ隣まで距離を縮める。

 そんな時、あの子がボクを見た。それで少しだけ口角が上がると、再び炎を噴出する。その炎は今度は消えずに絶えずあの子から噴出している。鎧の隙間や、あの子の目、口を開けばそこからも炎が出てきて、それから今まで見たことがない加速でボクを引き離しにきた。

 

(これがあの子の全力ってこと!?)

 

 必死に追いかけるがドンドン距離が開いていく。今のボクでもあの子に届かないっていうの!?流れるような景色の中、残り200mを示すハロン棒を通り過ぎたことを認識し、焦りが湧いてくる。

 

『これだと間に合わないね。一応聞くけどボクの(欲しい!)まだ言ってる途中なんだけどなぁ。』

 

(今はとにかく時間が惜しい、だからくれるなら早くちょうだい!)

 

 貰う側なのに偉そうとか思うかもしれないが同じボクだ、許して欲しい。

 

『……たとえ骨折しても?』

 

(前にも言ったけどあの子に勝つなら気にしないよ!)

 

『わかった。あのトレーナーはボクを最高傑作って言ってたけど、結局は最強に負けた敗北者。その無念をボク()に託すよ。勝ってよね?』

 

(言われなくても!!)

 

 ボクの声が途絶えたと同時に胸が蒼く光る。その光が翼まで到達すると蒼色の炎を纏う大翼になった。

 

【絶対の──

 

「勝負だァァァァァァ!!!!!」

 

       ──帝王】

 

 前方で黒い炎を噴き出しながら駆けるあの子に目掛けて思いっきり駆け出す。一歩踏み出すごとに景色が先程の比にならない速度で後ろに流れていく。

 あの子の背中がすぐ近くまで迫る。それと同時にゴールもすぐ近くだ。

 

「ボクは!!君に!!勝ちたいんだァァァァァァ!!!」

 

「……っ!!テイオー!!」

 

 ゴール直前であの子と並んで……気づいたらゴールに飛び込んでいた。

 

『………ご、ゴール!! レコードです!! なんということでしょう! 私たちは一体何を目撃したのでしょうか!?』

 

 実況の興奮と困惑が混ざったような声が聞こえてくる。着順を見てみるがどうやら写真判定をするようだ。

 その間に息を整える。ボクはあの子に勝てたのだろうか?あの子の方を見ると、静かに掲示板の方を見つめている。

 暫く待っていると他のウマ娘たちもゴールしてくる。みんながボクたちのことを有り得ないものを見るような顔で見てくる。これがあの子がずっと見てきた光景なのかな?

 だけどみんなすぐに顔を引き締め、次は勝つと言うような顔になった。

 

『写真判定が終了しました。一着は……トウカイテイオーです!二着はライスモドキ、三着は……』

 

「ボクが、勝った。勝てた……あの子に。」

 

 実況の声が遠くなる。これは夢かと疑い、掲示板を何度も見るが、一着のところにボクの番号が映っていて、確定の文字がついている。

 

「………!!!やったぁぁぁぁぁあ!!!」

 

 思わず飛び跳ねる。ボクの動きに観客が一際大きい歓声を上げた。観客席の方を見るとトレーナーやチームのみんながこちらに向かってきている。

 もっと喜んでいたいがそれより先にやることを思い出した。一度深呼吸をしながら気持ちを落ち着かせ、あの子のもとに向かう。

 

「えっと、あの。……こっちの世界では初めましてだね!ボクの名前はトウカイテイオー。君の名前を教えて欲しいな!」

 

 あの子に右手を差し出す。それをあの子はキョトンと見つめた後にくすりと笑って。

 

「うん、この世界では初めまして。僕の名前はライスモドキ。一度は捨てられたけど親切な人に拾われた()だよ。僕のことはラモって呼んでね?よろしく!テイオー。」

 

 ボクの右手を掴んでくれた。

 

「〜〜〜!!!」

 

「わっ!どうしたのテイオー?今の僕、汗臭いと思うんだけど……」

 

 思わず抱きつく。ラモが戸惑っている声をあげているが無視する。ラモがいない間に話したいことや、連れて行きたいところがいっぱい出来たんだ。だから……。

 

「よろしくね?ラモ……。」

 

 ちなみにラモに抱きついた時にボクの中から凄い奇声が聞こえた。締まらないなぁ……ボク。




今回もオリジナル要素が溢れる溢れる。
これ長いけど人間視点だと うわ、テイオーとライスモドキが大逃げか→テイオーが抜いた!やったぜ。→テイオーが失速した。スタミナ切れか!?→テイオーが加速した。脚を溜めてたのか!?→ライスモドキも加速した!?どんな脚してんだ?→テイオーまた加速!?何じゃそりゃ!ってなってそう。

ウマ娘だと 大逃げかぁ垂れてくるしそこで抜くか→テイオーが仕掛けた!?早くない?→何あのノイズ?あの子のスキル?→テイオーが復活した!凄い加速!?→私たちも仕掛けないと間に合わない!?→何あの子、身体から炎が噴き出てるよ!しかも凄い加速!→テイオーまた加速!?どうなってるの!?→え?もうゴールしたの?私たちまだまだなんだけど?

これがレコードタイムが出る間に行われたことである。

以下、オリジナル固有スキルの説明。

【delete? →YES/ NO】
任意のタイミングで発動。自分がいたノイズ世界の力を借り、自分を含む自分の前方にいる全てのウマ娘のバフ効果(発動待機・済を含む)を打ち消し、その数だけデバフを付与する。

【絶対は、ボクたちだ!】
自分の中にいる自分たちの力を借り、あらゆる障害を打ち消して自分たちの想いの数だけ加速する。

【劫火】
燃え盛る自分の想いを表に噴き出して、周囲のデバフ効果を全て焼き尽くし、その数に比例してとてつもなく加速する。

【絶対の帝王】
最後の一人から想いを託されて、捨て身の覚悟で加速する。全てのデバフ効果を跳ね除け、自分のスピードを二倍にする。(レース終了後、確定で骨折かヒビのバッドコンディションを取得)


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迎え入れてくれました。なので通りました!

誤字脱字報告ありがとうございます。

今回は後半から温度差かなりあると思う。


「テイオー、そろそろ離して欲しいんだけどなぁ……」

 

「あとちょっと、ちょっとだけだから。」

 

 あれから控室に戻り、トレーナーとの話もそこそこにしてラモがいる控室に突入して椅子に座っていたラモのお腹に顔を埋めている。

 ラモも最初は汗臭いからという理由でボクを剥がそうとしていたが離れないボクを見るとため息を吐いて頭を撫でてくれている。

 さっきラモの保護者と思われる人が入ってきたがボクたちの姿を見てラモと少し話すと出ていった。

 

(久しぶりにラモの匂いを嗅いだけど、なんだか落ち着くなぁ……なんでだろ?)

 

『ボクは帰ってきたァァァァァァ!!そしてこのチャンス!逃すわけにはいかない!』

 

(え!?レース中にしか話せないはずじゃなかったの!?)

 

 突如聞こえてきたボクの声に思わず困惑する。ボクたちは全員燃えたはずだし、そもそもボクたちが話せるのはラモとのレース中だけだって言っていたからだ。

 

『こんな大チャンスを前にして呑気に復活してる場合じゃないってことだよ!ってなわけでもっとラモの匂いを嗅ぐんだ、ほら、吸ってー、吐いてー、今度は勢いよく!ほら!ほら!』

 

 あ、このボクはしっとりの方だ。なんだかボクの中が急にジメジメしてきている。他のボクは何をしているんだ、早くこのボクをどうにかしてくれ。

 

『ふひひ、快晴組がいない間に表のボクをこちら側に引き込めばこちらの勝ち『はーい、そこまで。しっとりのボクは大人しく下がろうねぇ〜』なっ、なんでボクが復活してるの!?まだ復活には時間がかかるはずでしょ!?』

 

ボク()が先に復活したから表のボクが危ないってことで他のボクの復活時間を伸ばしてでも先にボクの復活を優先したってことだよ。』

 

『こ、こんなところで……!いや、最高傑作がなんだ!ボクは負けないぞ!!』

 

『その意気やよし!……ところでこれなーんだ?』

 

『な、なんでお注射持ってるのー!?ってやめて近づかないでここでボクが倒れても第二第三のボクうわー』

 

ボク(しっとり)は倒れた。ってなわけで改めて勝利おめでとう。これでようやく燻りがとれたよ。』

 

 ドタバタしていたボクたちが静かになったと思ったら称賛が飛んできた。急転する展開に気持ちが追いつかないがひとまず返事をしよう。

 

(うん、ありがとう。ところでボクたちは大丈夫なの?)

 

『スキルの代償で少し眠っているだけだから心配しないで。一部は過剰供給で復活したけどね。』

 

(ははは……ところでなんでボクたちは話せるようになったの?)

 

『ボクもよく分からないけど、多分スキルを一気に使ったから繋がりが強くなったんじゃないかな?』

 

(そうなんだ。また話せるようになってボクは嬉しいよ。)

 

『そう言ってくれるとボクたちも嬉しいよ。ところで、脚は大丈夫?』

 

 やっぱりボクにはバレるか。レース直後からズキズキと脚が痛む。歩けないことはないのでいつも通りに振る舞えている。

 トレーナーと話をしている時は冷や汗ものだった。無茶な走りだったので異常がないか触診しようとするトレーナーをなんとか押し退け、そのままラモの控室に避難したというわけだ。

 ラモもボクがお腹に抱きつく前にボクの脚を見たので、気付かれたのかもと思ったが何も言ってこないので気付かれていないのかな?

 

(レースが終わってから少し痛むかな?多分、ヒビが入ってるかも。)

 

『うん、この痛みはヒビだね。スキルの代償とはいえヒビで済んでよかったよ。酷い場合だと骨折してるからね?』

 

(ボクにも痛みが来るんだ……。はぁ、病院行かないとダメだよね。お注射とかされないといいけど……。)

 

『あー、そのことなんだけどね。別に何もしなくても治るよ?』

 

(え!?どういうことなの?)

 

『これはあくまでもスキルの代償だからね。まぁ、時間付きのデバフだと思ってもらっていいよ。悪化もしないから安心して。もちろん医者に適切な処置をして貰えば治る時間も早くなるけどボク()は嫌なんでしょ?』

 

 流石ボク。ボクの思ってることを理解している。医者に行かなくていいのなら後でテーピングでも巻いて軽く処置をしておこう。

 

『あとこれも言っとかないとね。ボク()は日常生活とか他の子たちとレースをする時は前より少し速いぐらいまで能力が落ちるからね?』

 

(えぇ!?なんで!?)

 

『最初に言ったでしょ?ボクたちが解放されたのはボク()がラモを認識した時だって。それまでは他の子たちと合わせるために三女神様が封印していたってこともね。』

 

(だったらラモとレースをする前はなんで能力値が上がったままだったの?)

 

『あれはお試し期間。レースで一発勝負なんていくらボク()が天才でも出来るわけないでしょ?だから特別にって訳。』

 

 確かにボクたちはそう言っていた。ボクはまだまだレースに出るつもりだし、それだと他の子たちが明らかに不公平だ。ラモとのレースならいいと思うけどそれ以外はダメだろう。

 

(それなら仕方ないね。諦めるよ。)

 

『そう……それは良かったよ。それとこれはボクからボク()が勝ったプレゼント。』

 

(痛みが……)

 

 脚が一瞬だけ蒼く光ると痛みが引いた。ラモに気付かれないように動かしてみるが全く痛みを感じない。

 

『痛みは無くなったと思うけど、ヒビは入ったままだからね?』

 

(いや、十分だよ。ありがとう。)

 

『プレゼントなんだから気にしないで。……言いたいことは言ったし、ボクはまた少し眠るね?久々のラモに甘えるのもいいけどまたボクたち(しっとり組)が復活してくるかもしれないから程々にね?』

 

(うん、おやすみ。)

 

 ボクの中から気配が消える。ボクも復活を急いだせいかまだ眠る必要があったみたいだ。

 

「テイオー?そろそろ勝利者インタビューだよ?みんなもテイオーを探しているよ?」

 

 ラモの言葉に周囲の気配を探ると確かにさっきより騒がしくなっている。そういえばトレーナーに行き先をちゃんと言ってなかったし、控室にボクがいないとなれば騒ぎになるのは当然だね。

 

「もうそんな時間なんだ。そういえばラモってこの後夜まで予定は空いてるかな?」

 

「一応空いてるけど……。」

 

「だったら少し付き合ってほしいな。先に手を打っておくことにしたんだ。それじゃあインタビューに行ってくるね?」

 

 え?どう言うこと?って戸惑うラモを尻目に控室から出る。ボクとラモが全力で競ったレースなんだ。ドーピングをしただなんて疑われてたまるか。

 

 

 

 

 テイオーが勝利者インタビューをするために控室から出ていった。テイオーってあんなにスキンシップが激しい子だったっけ?

 疑問を感じて年月のせいで朧げになっている僕の記憶を辿っていると上島さんが控室に入ってきた。

 

「お兄さん、ごめんね?負けちゃった。あんなに啖呵を切っていたのに格好がつかないね。」

 

「ラモ……気にしないでいい。ラモは全力を出して負けたんだ。それにあのレースを見れば誰も文句なんて言えないだろう。」

 

「本気を出した僕に勝てる奴なんていないってずっと思ってた。だけどテイオーは僕に勝った。本気の僕にだよ?その時、僕はとっても嬉しかったんだ。独りぼっちだと思ってた僕の隣に並んでくれる子がいるんだって。」

 

「それと同時にお兄さんやコスモさん。それから僕に想いを託してくれた子たちに申し訳ないって思っちゃった。だけど何より──」

 

 レース後からずっと抑えつけていた感情が噴き出てくる。目の前が潤んで見づらくなり、手で何度拭っても余計に酷くなるだけだ。

 

「とっても悔しい。おかしいよね?嬉しいのに、悔しい。こんな感情、僕は初めてなんだ。どうしたらいいのかな?」

 

「素直に受け止めればいい。今は戸惑っても時間が経てば消化できるさ。」

 

 上島さんが僕に近寄って頭を撫でる。いつもより優しく感じるそれは、僕の感情を落ち着かせてくれる。

 

「……うん、少し落ち着いたよ。ありがとう、お兄さん。」

 

「そうか、走って空腹だろう?なにか食べに行くか?」

 

「ごめん、今は食べる気分じゃないや。それとやりたいことがあるからライブ後にまた会おうね?」

 

「……分かった。ライブを楽しみにしてる。」

 

 上島さんが控室から出て行く。暫くしてからドアを開け、通路に誰もいないのを確認してからドアを閉める。

 

「テイオーの勝利者インタビューから少し休憩を挟んでライブが始まる予定だったはず。後一時間ぐらいかな?その間に数回は踊れるはずだからそれまでに二着の振り付けを覚えないと……。」

 

 僕はアプリの世界でも一着の振り付けでしか踊ったことがない。つまり、どの曲でも一着以外の振り付けは知らないってことだ。

 動画を流して二着の振り付けを真似して必死に覚える。えっとここがこうで、ここでこう。キスシーンは驚くような振り付けね?オッケーオッケー。

 動画が終わるとまた再生して踊る。途中でトレセン学園を名乗る黒服が来たが追い返した。ただでさえ時間がないんだ。後にしてくれ。

 

『URAファイナルズ決勝戦のウイニングライブに──』

 

「もう時間なの!?いや、数回は踊れたんだ、大丈夫。大丈夫。」

 

 動画で動きを覚えた僕に隙はない!見てろよ観客!僕の華麗な踊りで心ゆくまで感嘆するといいさ!!

 意を決して控室から出て、僕はライブが行われる所へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、その、かわいい踊りだったよ?」

 

「 り ん ご 」

 

「うわ、凄い顔になってるよラモ。大丈夫なの?」

 

 ライブの結果?僕に聞かないでくれ……。一つ言えることは改造ウマ娘でも出来ることと出来ないことはあると言うことだ。

 

「ところでこれってどこに向かっているの?」

 

「急に戻った……。向かう先はメジロ家が保有する病院だよ?」

 

 ライブが終わった後、顔が色々な意味で真っ赤になっている僕の手を引いてテイオーが乗り込んだのは黒いリムジン。中には執事らしき人が運転しており、テイオーを見ると出てきて車のドアを開けてくれた。

 上島さんにはテイオーのトレーナーが話を通しており、二人は上島さんの車でこちらに向かっているそうだ。

 

「病院?なんでそんなところに向かうの?もしかしてテイオー、何処か怪我をしたの!?」

 

「ほら、ボクたちって凄い走りをしたでしょ?素直に称賛してくれる人もいるけどドーピングを疑う人もいるってこと。だから騒がれる前にドーピング検査をして、その人たちに叩きつけようってことだよ。」

 

 そんなこともあるんだ。そんなこと今までなかったのにって思ったがよく考えたらアプリ世界は疑われる訳ないし、地下レースは何でもあり。他のレースは二着の子とアタマ差をずっと守っていたので疑われる可能性は低かったんだろう。

 

「そうなんだ。それでこの車はテイオーの家のもの?凄いのに乗ってるんだね。」

 

「これはね、マックイーンにお願いして貸してもらったんだ。病院の検査の予約もマックイーンがやってくれたんだよ!ラモは知らないはずだから今度また紹介するね?」

 

 メジロマックイーン。アプリ世界では持っていなかったのかレースで見ることはあっても話すことはなかった。古い記憶ではスイーツを与えておけばオッケーと出ているが本当なんだろうか?

 直接会ってお礼を言いたいがテイオーの話し方から今この場にはいないようだ。少し残念だが仕方ない。テイオーが紹介してくれるらしいし、その時に改めてお礼を言おう。

 テイオーと話しながらそんなことを考えているうちに車が止まる。信号かなと思って周りを見るがどうやら目的地に着いたようだ。執事がドアを開けてくれたのでお礼を言って外に出る。

 再びテイオーに手を引かれて病院に入ると受付のところに上島さんと特徴的な髪型をした人がいた。多分テイオーのトレーナーだろう。名前は……えっと、なんだっけ?

 

「ラモ。来たんだな。」

 

「お兄さんの方が来るのが速かったんだね。……ところで、僕を見るなり脚を触ろうとする変態さんは誰なの?」

 

「痛い痛い、あっ!テイオー!助けてくって何その目!?今まで見たことないぞ!?」

 

 上島さんを見つけたので近寄ると僕に気付いた上島さんは僕に手を振ってくれたが、もう片方の変態は僕を見つけるなり後ろに移動して脚を触ろうとしたので両手の手首あたりを踏みつけて床に固定する。

 トレーナーって何で身体を触りにくるのだろうか?そういう趣味を持つ人しかなれないのかな?

 暫定テイオーのトレーナーはテイオーに助けを求めているが反応的に拒否されているみたいだ。テイオーの方を見てみるとなんか凄い目をしていた。まるでギャグ漫画で犯人を見つけてしまったウサギのような目だった。

 

「彼は沖野トレーナーという人だ。ウマ娘の脚を触る癖があってよく蹴られている。人間離れの頑丈さがあるからラモも触られたら蹴っていいぞ。」

 

「ふーん、そうなんだ。では早速「まだ未遂だしラモが蹴れば大変なことになるから触られるまで我慢しろよ?後、そろそろ離してやれ。」……はーい。」

 

 上島さんの話を聞いて抑えてる方とは逆の脚で蹴り飛ばそうとしたが流石に止められた。仕方なく彼から脚を退けると手首を摩りながらまた僕の脚を触ろうとする。

 ここまできたらいいだろう。肌に手が触れると同時に蹴れるように準備をしたが僕の脚に彼の手が触れることはなかった。触れる前に止められたが正しいかな?

 

「あの?テイオーさん?何か言って欲しいんだが。後その目をやめて欲しいな〜なんて。」

 

「……………」

 

「おい、待て!引っ張るなって!どこに行くんだ!?」

 

 テイオーに引き摺られて沖野トレーナーは病院の通路に消えていった。その後に野太い悲鳴が聞こえ、暫くするとテイオーだけが戻ってきた。

 

「それじゃあ受付を済ませよっか!」

 

「テイオー?沖野トレー「トレーナーは少し疲れて寝てるみたいだからそっとしておこうね?」そうか。」

 

 上島さんが沖野トレーナーの安否を聞こうとしたが途中であの目をしたテイオーに遮られ、追求をやめたようだ。

 病院の案内に従って通路を進む。どうやら僕はテイオーと隣の部屋で検査を受けるようだ。ちなみに部屋に入る時には沖野トレーナーは復活していた。凄いなあの人。

 医者から色々検査を受ける。少し纏めることがあるらしく医者が部屋を出ていき部屋が静かになる。

 

『ほ、ほら!この程度固定していたら勝手に治るから大丈夫だよ!』

 

『大丈夫なわけあるか!悪化するかもしれないんだぞ!?』

 

『早めに気付けて良かったですね。これなら適切な処置をすれば問題はないでしょう。』

 

『なんでお注射持ってるのー!?』

 

『それはお嬢様の主治医だからです。』

 

『何言ってるの!?ワケワカンナイヨー!』

 

『諦めろテイオー。お前のためだ。』

 

『やーだーやーだーやーだー──』

 

『お願いします。』

 

『はい。』

 

『ピギャア!?』

 

 隣の部屋が騒がしくなったら静かになった。あのメジロ家の主治医ってここにいたっけ?何処か懐かしいやりとりを思い返していると僕の方の医者も帰ってくる。何気なしにその手元を見て硬直する。

 そこにあったのは注射器だった。しかも医者はそれを手に取っており、明らかに使う気満々だ。

 

「お、お兄さん?僕は怪我をしてないから注射をする必要はないと思うんだけど?」

 

「怪我の治療じゃない。丁度病院に来たから予防接種を受けさせようと思って準備してもらった。」

 

「予防接種!?だ、大丈夫だよお兄さん!僕は病気なんて絶対にならないからその注射器はしまおうよ!ね!?ね!?」

 

「ダメだ。それじゃあお願いします。」

 

「はい、初めての接種みたいなので別々のものを四回うちますね?」

 

「よ、四回も!?僕死んじゃうよ!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ──」

 

「お願いします。」

 

「はい。」

 

「ひぎゃあ!?」

 

 

 

 

 

 あの後、病院の待合室で僕たちは抱き合っていた。お互いに予想外の注射で傷心だからだ。

 

「うぅ〜、ラモ〜」

 

「よしよし、注射器ってあんなに怖いんだね。僕はもう懲り懲りだよ。」

 

 テイオーの頭を撫でつつ、まだ予防接種が残ってる事実に気が遠くなる。きっと上島さんは僕が何も予防接種を受けていないと思っているし、事実その通りなのだがどうにかして回避出来ないかな?

 

「ラモとテイオー。検査の結果は後日に出るそうだ。今日はもう帰るぞ。」

 

「分かったよ、お兄さん。それじゃあまたね?テイオー。……テイオー?」

 

 回避方法を思考していると上島さんから帰る旨を聞いたのでテイオーを離そうとするがテイオーが離してくれない。それどころかさっきより抱き付く力が上がっている。

 

「どうしたのテイオー?」

 

「また……会えるよね?消えたりしないよね?」

 

 テイオーがジッと僕を見つめてくる。その目は不安に揺れており、僕に抱き付く身体も震えている。きっとテイオーはまた僕が消えないか不安なんだろう。

 

「うん、大丈夫だよ。テイオー。僕はもう消えない。だから──」

 

 こちらを見るテイオーの額にコツンと僕の額を合わせる。

 

「──またね?テイオー。」

 

 目を見開いたテイオー。いつの間にか身体の震えも収まったようだ。

 

「うん、うん!また会おうね?ラモ!」

 

 お互いに笑い合い、今度こそ離れる。携帯で連絡先も交換したのでいつでも話せるだろう。

 病院の前で手を振って別れる。次はいつ会えるかな?

 

 

 

 

 

 

 テイオーと別れ、上島さんの家に帰ってきた。コスモさんは僕を見ると笑顔でお疲れ様って言ってくれた。負けたことを謝ろうとしたが口を開く前に指先で口を抑えられてウインクされた。

 言わなくていいってことなのかな?その後も謝ろうとした時だけ口を抑えられたので多分あってる。

 その後はいつものようにご飯を食べて、お風呂に入って、寝るだけとなった時に上島さんから呼び出された。

 

「来たか、そこに座ってくれ。」

 

「お兄さんにコスモさん……どうしたの?」

 

「レースの前日に話したいことがあるって言っただろ?それのことだ。」

 

 いつもとは違う雰囲気を出している二人に困惑しながら二人とは逆の椅子に座る。僕が椅子に座ったのを見て上島さんが話し出した。

 

「俺たちが出会って数ヶ月が経ったな。」

 

「うん、そうだね。」

 

「そこでそろそろ俺たちの関係も変えようと思う。」

 

 上島さんが一枚の紙を僕の前に置いた。

 

「えっ……」

 

「ラモ……。俺たちと家族にならないか?」

 

 そこにあったのは養子縁組の紙だった。理解が追いつくにつれて身体が震えてくる。

 

「ぼ、僕なんかでいいの?食費とか大変だよ?」

 

「ラモちゃんだからいいのよ?食費は心配しなくていいって前にも歩さんが言ってくれたでしょ?だから気にしなくていいのよ?」

 

「そうだ。だからラモがよければ家族になろう。」

 

 その後も色々聞いてみたが全部優しい笑顔と言葉で返される。もうダメだった。目の前が涙で何も見えなくなる。嗚咽を漏らす僕にいつの間にか隣に来ていたコスモさんが優しく撫でてくれる。何でこんなに涙が出るなんて僕にも分からない。

 だけど欲しかったものをやっと手に入れた気がして嬉しくてたまらないんだ。

 

「これからもよろしくね?……お義父さん!お義母さん!」

 

 二人は顔を見合わせてから笑顔で

 

「「よろしく!ラモ(ちゃん)」」

 

 そう言ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕が正式に上島家の一員になってから数週間が経った。その間に結構世間は盛り上がったみたい。

 まず、やっぱり僕とテイオーはドーピング疑惑をかけられた。一時期は過激派によってニュースに出るほど燃えたみたい。

 だけどそれに対してテイオーは自分のウマッターで自分と何故か僕の検査結果を貼ることで反撃。過激派は偽物だと反論したがトレセン学園とメジロ家が叩き伏せた。

 まぁメジロ家が主導して検査したのに偽物って騒がれたら怒るよね。後は何故かシンボリ家とURAも出てきて騒ぎはだいぶ収まった。

 それとテイオーが今回のレースで大きな怪我をし、それによってあのレースのような速度を出せなくなったとも放送されていた。それを見て慌ててテイオーに電話をしたが問題ないらしい。ついでにテイオーの怪我が実は全く問題ないことは黙っといて欲しいとも言われた。どういうことなんだろう?

 そのニュースが放送されたことでやっぱり無茶をしてたんだと思われたのか今だと全く騒がれなくなっている

 他にはトレーニングが出来なくて暇なのか結構な頻度でテイオーが遊びにくる。ゲームをしたり、特に意味もなく僕のお腹に顔を埋めたり、散歩したりと色々だ。テイオーが僕の部屋を覗いた時はテイオーの背後に宇宙が見えたがきっと気のせいだ。

 そういえばあの時に来たトレセン学園の黒服の人って何を言いに来たんだろう?ライブが終わった後は少し汗を流してすぐにテイオーに連れていかれたから用件を聞きそびれたままだ。

 上島さ……お義父さんに学園で何か言われたかを聞いてみたが何も聞いてないとのこと。本当に何だったんだろう?

 そんなある日、我が家に川西さんがやってきた。

 

「川西さん。こんにちは!お義父さんとお義母さんなら今はいないよ?」

 

「おう、ラモも元気そうだな。今日はラモに用があるんだ。」

 

 川西さんとはあの後も色々話すことがあって愛称で呼んでもらうことにした。

 

「僕に?何の用かな?」

 

「あぁ、ラモ。今度俺の会社が主催をする特殊なレースを走ってみないか?」

 

「特殊?悪いけど僕はもう地下レースには出ないよ?」

 

「言い方が悪かったな。心配するな、しっかりURAから許可を貰った正式なレースだ。ルールはこの紙に書いてある。」

 

 川西さんが鞄から紙を取り出して僕に渡して来たので受け取って軽く読んでみる。

 

「これって……地下レースのルールに似てるけど安全性を更に高めたって感じだね?」

 

「あぁ、ついでにここも見てほしい。」

 

 川西さんが紙のある一行を指差す。そこを言われるがまま読んでみる。

 

「えっと?『今大会のプライバシーを守るため、正式枠は番号のみ、色物枠は仮名があればそれを呼称する。』と。……色物って何?」

 

「ラモで言うとハリボテモドキみたいなものだ。後はこのレースはお遊びみたいなものだから現金は出ない。それだと誰も参加するとは思えないから代わりに食べ放題のチケットや高級人参セットなどの直接金にはならないものが景品になっている。」

 

「食べ放題。」

 

「まぁ気が向いたら参加してくれ。それじゃあな。」

 

 言いたいことは言ったのか川西さんが帰っていく。それを見送ってからリビングに戻り、椅子に座りながらジッと考えるが答えは決まっているようなものだった。

 

(これは久々の出番になるかな?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レース当日、僕はパドック裏で待機していた。周りの正式枠の子達からの視線が痛いが、僕の他にも色物枠がいるのでそこまで気にならない。

 

『では!今レースのメインである色物枠を紹介していきましょう!』

 

 その実況の発言に観客たちが騒めく。今回は周りの人たちからすると物珍しいのかかなりの観客がこのレースを見に来ていた。

 

『二人いる中の一人目!番外一番!チャリデキタ。』

 

 パドックにママチャリを漕いだウマ娘が現れる。観客たちは歓声というよりか困惑の声をあげている。

 

『ママチャリってアリなんでしょうか?」

 

『今回のルールでは自身の脚を使うものならなんでもオッケーらしいですのでチャリデキタはセーフとなります。』

 

『そうですか。見たところ普通のママチャリに見えますがチェーンは大丈夫なんでしょうか?』

 

『そこは彼女の腕……脚次第でしょう!その自転車捌きに期待が掛かります。』

 

 チャリデキタはパドックを少しママチャリで回り、こちらに帰ってくる。通り抜け様にグッジョブとされたので僕も返しておく。

 

『さぁ!次は二人目!パワーアップして帰ってきた!だけど初代は何処にいった!?番外二番!我らが……じゃない。ハリボテモドキ2.0です!』

 

 呼ばれたのでパドックに上がる。先程の困惑から抜け切れていない観客は僕を見て更に困惑しているが一部では歓声が上がっている。

 

『ダンボールはまだ分かりますがドラム缶を装着している意味が分からないですね。』

 

 実況の一人も僕の姿に困惑しているようだ。それは仕方ない。だって僕の今の姿はドラム缶の底を突き破って頭を出し、そこにハリボテ頭を装着。更にドラム缶を突き破って腕を出して後は動きやすいように脚と尻尾の部分を改造しているだけだ。

 

『えー、ここでハリボテモドキ2.0からメッセージがあります。』

 

『今大会の特別ルールである希望者はメッセージを出せるというものですね?』

 

『その通りです。では読みます。【ぶっちゃけ54キロ増えただけで装着する意味がなかった。】とのことです。』

 

『それじゃあ何でつけてきたの!?』

 

 せっかく作ったのに一度も使わないのは勿体ないと思って装着してきた。後悔はしている。だってこれ地味に重いし動きづらいしでデメリットにしかなってないもん。

 観客へアピールは済ませたのでパドックから引っ込みバ場へと向かう。その途中で係の人から色物枠専用のリタイア用の白旗とまだ続けられるという意思表示の緑旗を受け取る。

 色物枠は自分でダメだと思ったら即座にリタイアを出来るようになっている。多分ルールに書いてある自分で持ち込んだ物をゴール時に全て所持した状態でなければならないってルールのせいだと思う。

 バ場に出て大外の端を見てみるとクッションが敷き詰められている。確か色物枠が突っ込んで来た時用のものだっけ?更ににそこら辺にいっぱい審判が配置されており、その審判が赤旗を振れば即座にリタイアとなっている。これも確か色物枠が転倒で意識を失ったりしたら直ぐに救助出来るようにだったはず。

 しかし僕みたいな第一コーナーで確定転倒をする者もいると川西さんは思っているようなので意思表示の緑旗を持たせるようになったのだろう。

 ルールを思い返しながらゲートに入る。ドラム缶のせいで割とキツキツだ。ほんとこれ邪魔にしかなっていない。

 

『各ウマ娘、ゲートインを完了しました。今スタート!っとチャリデキタが大幅に出遅れている!』

 

『ママチャリを漕がないといけませんからね。当たり前です。』

 

 いつものように駆け出し先頭に飛び出す。ドラム缶が邪魔でスピードは出ないがそれでも速い方だ。

 

『ハリボテモドキ2.0!ドラム缶を装着してるとは思えない速度で先頭を駆けていく!!』

 

『収納場所がなかったのでしょうか?片手に一つずつ持った旗が綺麗ですね。』

 

 仕方ないじゃん!引っ掛かるところが何処にもなかったんだから!!実況にツッコミを入れてる間に僕の宿敵である第一コーナーにやってきた。

 

『さぁ!第一コーナーがやってきました!先頭はハリボテモドキ2.0!後方からはチャリデキタがママチャリで追い上げてきている!』

 

『ベルがチリンチリンとうるさいですね。』

 

 後ろからの音に気が散るが意識を集中して第一コーナーに入る。観客席からまばらに曲がれぇ!と聞こえてくるが多分気のせいだろう。

 いつもなら転倒しているところを通過する。おっ?これ行けちゃう?まだ2.0だけど行け……あっ、ですよね?

 

『ハリボテ転倒!緑旗を振りながら何処までも転がって行くぅ!!』

 

『彼女は顔が見えませんから早めに審判に意思表示をしているみたいですね。』

 

 いつものように転けたが今回はドラム缶を装着しているので予想よりだいぶ転がる。このままだとコースアウトするので係の人には申し訳ないが白旗を地面に突き刺すことで無理やり止まる。

 

『先頭が変わって一番。その後ろに三番がいる。その外からチャリデキタがってここでチャリデキタも転倒!どうしたのか!?』

 

『チェーンが彼女の脚力に耐え切れずに切れたみたいですね。』

 

『緑旗を振っているので大丈夫らしいです。実況を続けます。』

 

 どうやら僕のお仲間も転倒したらしい。色物枠は転倒しないといけないお約束があるのかな?

 

「そろそろ追いかけないと間に合わないや……んん?」

 

 立とうとするが立てない。あの手この手で頑張ってみるが見事にドラム缶が邪魔をして立つことができない。

 

「ハリボテエレジーだと頼りになるのにモドキだと全く役に立たない!」

 

 その間にも先頭はドンドン先に進んでいる。仕方ない、奥の手を使う。

 いそいそとドラム缶を脱ぐ、今回はハリボテ頭が簡単に取れないようにドラム缶とくっ付けていたのが仇となった。しかし僕は素顔を晒さないためにきちんと対策をしているんだよ!!

 ドラム缶を脱ぐと横倒しのままその上に乗る。そしてそのまま玉乗りのような感じで前に進む。

 

『おっと!ここでハリボテモドキ2.0が復活!頭のダンボールを脱いでいるがついにその素顔が明かされ……ない!何ですかあのマスクは!?』

 

『あの頭をリアルに寄せた感じでしょうか?』

 

 僕はウマのマスクを対策として装着しているんだよ!この世界には存在しなかったからもちろん自作だよ!

 ドラム缶に乗りながらドンドン前に進む。すると僕と同じ色物枠のチャリデキタが僕を見ていた。

 

『チャリデキタがハリボテを見ていますね。どうしたのでしょうか?』

 

『背中にずっと括り付けていたプラカードを外して何か書いていますね。』

 

 チャリデキタが僕にプラカードを掲げる。そしてチャリデキタは僕にポーズを取った。

 

『こ、これは!?ヒッチハイクだぁ!きらりと輝くプラカード!そこに書かれた【ゴールまで】!ハリボテモドキ2.0!これにどう対応するのか!?』

 

 チャリデキタは美しいポーズを決めている。天に突きつけられた親指、顔はゴーグルで見えないが口からは綺麗な歯が見えており、点数は文句無しの100点、しかし僕の答えは。

 

『無視!ハリボテモドキ2.0!そのまま横を通り過ぎたぁ!!』

 

『チャリデキタもさすがに無視されると思ってなかったのか少し呆然としていますね。おっと、ここで白旗。チャリデキタ、リタイアです。』

 

 ごめんね?このドラム缶は一人用なんだ。彼女の想いを無駄にはしないとドラム缶を更に強く転がす。踏むごとになにか軋む音が聞こえるが走行に問題は無いので多分気のせい。

 

『大外からハリボテモドキ2.0が上がって来た!先頭も粘るが距離が近づいて来ているぞ!』

 

『この末脚?は凄まじいものですね。』

 

 他のウマ娘たちをドンドン抜いていく。今回はまだゴールまで余裕があるところで一位に戻れそうだ。

 

『ハリボテモドキ2.0!他のウマ娘を抜いて一位に返り咲いた!』

 

 よし!これで食べ放題チケットはいただい【メキャ】た?

 

「ぶへぇ!?」

 

『ゴール目前でハリボテ再び転倒!!』

 

『力強く踏みすぎたようですね。』

 

 地面に顔をめり込ませたまま緑旗を振る。その後に起き上がり脚を見るとドラム缶を突き抜けていた。

 なんとか抜こうとするがなかなか抜けない。焦りが募り、片脚だけで走ろうとするがその前に他のウマ娘たちがゴールを通過していた。

 

『大切に扱えば幸を呼び、適当なら不幸を呼ぶ。確定しました。一着は二番。二着は五番となりました。それではまた会いましょう!物は大切に。』

 

「ぼ、僕の食べ放題チケットがぁぁあ!!!」




最初に考えてた書きたい所は養子になる所までだったので次から投稿するならネタ寄りの日常になるのかな?
あとハリボテ3.0まではいきたい。


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ライバルですか?そのレバーって何に使うんですか?

書きたいところまで書いたらちょっと長くなってしまった……

ライスシャワーのレジェンドレースが来てますね(勝てない)

サブタイトルが!思いつかない!!


「うぅ……。僕の食べ放題チケットが……。」

 

 レースが終わり、僕は帰路についていた。踏み抜いてしまったドラム缶はどうやっても直せないレベルだったので泣く泣く廃棄場に置いてきた。

 僕はリタイアしたチャリデキタさんを除くと最下位だったので貰えた景品はティッシュの箱が三つだけだった。レース前までは一着をとって今頃は食べ放題チケットを使いパクパクしている僕の姿を幻視していたこともあってこの現実との差に涙が溢れそうになる。

 

「こうなったら帰ってお義母さんのご飯をやけ食いしてやる。……む?この匂いは?」

 

 家に帰ってからの行動を考えていると漂ってきた香ばしい匂いに意識がつられ、顔をそちらに向ける。そこにあったのは一軒の飯屋なのだが僕の目は店の窓に貼り付けられている紙に固定されていた。

 

「爆盛りハンバーグ、60分チャレンジ。食べ切れたらタダで無理だったら五千円。ウマ娘の挑戦もオッケーっと。……ちょうどいい店があったものだね。」

 

 僕の脚が自然と店を目指して動くが僕の思考が待ったをかける。

 

「待つんだ僕。あと数時間でご飯の時間だし、ここで爆盛りを食べると満腹でご飯を食べれなくなってしまうかもしれない。それはダメだ。お義母さんが悲しむ。だけどハンバーグも食べたい。というか口がハンバーグの気分になってしまっている。」

 

 店の前をウロウロと歩きながらこの難問をどう解決するか賢さFの頭をフル回転させる。そして僕は一つの答えを導き出した。

 

「ハンバーグも食べて、ご飯も食べる。素晴らしい答えだね!ふふん、賢さFでもやれば出来るんだよ!」

 

 店のドアを開けて中に入る。待っててよ爆盛りハンバーグ!今僕が食べてあげるからね!

 

 

 

 

「あ、ありがとうございました。」

 

 とても美味しかった。そのせいでおかわりをしてしまったが些細なことだろう。おかわりを出来ないか聞いた時は店員が思わずといった感じで聞き返してきたがそんなに意外なことだったのかな?

 膨らんだお腹をさすりながら再び帰路につく。店を出る時に店長らしい人が疲れた様子であと一人ならなんとか頑張れると言っていた。頑張れ、店長。

 

「ん?ここにこんな店があったのか。少しお腹が空いているしちょうどいい。美味しかったら今度タマも連れて一緒に来よう。」

 

 僕が店を出てすぐに別のウマ娘が店に入っていった。聞き覚えのある声だったので振り向いたがその時には店に入りかけており、芦毛ということしか分からなかった。

 少し気になったが店に入って確認するほどではないのでそのまま帰ることにした。

 

 

 

 

「ただいま!お義母さん、今日のご飯は何?」

 

「おかえりなさい。ラモちゃん。今日は………あらあらあらあら」

 

 家に帰り、玄関で迎えてくれたお義母さんが言葉を途中で止めて微笑む。しかしその目は一切笑っていない。

 

「ラモちゃん?そのお腹はどうしたのかしら?ご飯前の買い食いはほどほどにしなさいって言ったわよね?」

 

 お義母さんがかなりパツパツになっている僕の服を捲り、僕の膨らんでいるお腹を掴む。お義母さんは微笑んでいるが僕は多分冷や汗ダラダラだと思う。

 

「えっと、これは、その……」

 

「その……?」

 

「その〜、そう!身籠った!!」

 

 辺りを静寂がつつむ。この言い訳なら大丈夫だろう。僕のあまりに完璧な返答に思わずドヤ顔をしてしまう。

 

「そう、身籠ったのね?それなら赤ちゃんのためにいっぱいご飯を食べなくちゃね。」

 

「うん!だから早くご飯が食べたいな!」

 

「ところでラモちゃん。」

 

「何かな?お義母さん?」

 

「次からは口周りを拭いておくことをおすすめするわ。」

 

「え!?ちゃんと拭いたはず!………あっ。」

 

 お義母さんからの指摘に思わず口周りを抑える。それが誘導だと気付いても時すでに遅し。お義母さんの笑顔は更に深まっており、その手には縄が握られている。

 僕の顔はきっと青褪めている。多分あと一回しか発言出来ないのでその一言で挽回できる言葉を出さなければならない。

 

「ハ……ハンバーグはとても美味しかったです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま。……どうしたんだ?ラモ?」

 

「反省中なんです。気にしないで、お義父さん。」

 

 家に帰ると玄関に縄で縛られたラモが転がっていた。首からダンボールがぶら下がっており、そこには【僕はご飯前にお腹が膨らむほど買い食いをした悪い子です。】と書いてある。一応ラモの下に毛布がひかれているので冷える心配はないのだろう。

 そんなことよりラモの縛られ方が気になる。手足は経験があるから分かるが何故腹まわりも縛っているのだろうか?ラモのお腹が強調され、非常に扇情的……では無い。なんというかラモの膨らんだお腹が全てを台無しにしている。コスモも分かっているからこんな縛り方にしたのだろう。

 

「……ハムみたいだな。」

 

「あー!お義父さん!それは禁句だよ!僕も気にし始めているんだから!」

 

 ならもっと気にしてくれ。ラモは知らない相手や少し知り合った程度の相手だと触られることや肌を見られることを威圧してまで嫌がるのに親しくなると一気にガードが緩くなる。もし今この場にいるのが俺ではなく沖野トレーナーや川西さんだとこの会話もなく奥に逃げるか蹴り倒してでも自分のお腹を見た記憶を忘却させようと動くだろう。

 なのに親しい相手だとお腹を丸出しにして変な縛られ方をしているのに気にすることなく目の前でゴロゴロと転がっている。

 

「お義父さんが帰ってきたならもういいかな?ふん!」

 

 ラモが力を込める。縄がギチギチと音を立てて身体に食い込むが気にする様子はない。ラモの腕を見ると血管が浮き出ており、かなりの力を込めているのだろう。

 

「あ〜窮屈だった!お義母さん!ご飯〜!」

 

 縄を引き千切ったラモがリビングの方へ駆けていく。ふむ、これはパワートレーニングに使えるか?自分が担当するウマ娘が自身を縛る縄を引き千切る姿を想像して……いや、縛る過程で変態扱いされて蹴られそうだ。やめておこう。

 リビングに入ると既に食事の準備は出来ていたようだ。ラモが目を輝かせながら食事の配膳をしている。

 

「ラモ。俺も手伝おう。」

 

「ダメだよお義父さん。仕事で疲れてるんだから座って待ってて!」

 

 配膳を手伝おうとしたらラモに止められる。譲る気はなさそうなので諦めて椅子に座り、担当のトレーニング表を見直す。

 

「へ〜、トレーニングってこんな感じなんだ。」

 

 配膳が終わったラモが後ろから肩越しに覗き込んでくる。この行動もやめさせたほうがいいのだろうか?俺にはコスモがいるのでなんとも思わないが独身の男性ならラモの匂いとかなんやらでドキッとくるだろう。

 ラモぐらいの歳のウマ娘はそんなことはしない……担当のトレーニング中に意外と他のウマ娘がしてる場面に遭遇するほうが多いな。トレセン学園が特殊なのか?

 

「おかえりなさい歩さん。それじゃあご飯にしましょうか。」

 

 ラモの教育に悩んでいるといつの間にかコスモがきていた。既にラモはご飯に手をつけており、トレーニング表には興味が無くなったようだ。

 そういえばラモのお腹を見て思い出したがオグリキャップのトレーナーがお腹を膨らませたオグリキャップを前にして崩れ落ちていたな。うわ言のように2日後にはレースが……と呟いていたが大丈夫だろうか?

 まぁ彼は優秀なトレーナーだ。多分何とかするだろう。俺は俺の出来ることに集中するべきだ。

 

「ラモ。少しいいか?」

 

「何かな?お義父さん。このハムはあげないよ?」

 

「ハムは別にいらない。ラモが作っているハリボテ頭だったか?あれを一つくれないか?」

 

「ハリボテを?別にいいけど……何に使うの?」

 

「トレーニングだ。」

 

「トレーニング???」

 

 ラモが見て分かるぐらい困惑している。初めてハリボテを見てから今まで数回はハリボテ姿のラモを見ていたがハリボテ頭を被っていると原理は全く理解出来ないが必ず第一コーナーで転倒する。しかし怪我は一切しない。これは俺もこの身で確認したため確定だ。だがこれを上手く使えば転倒時に受け身を取る練習が出来る。

 転倒なんて滅多にないが備えておいて損はない。俺は自分の担当が怪我をする可能性を極力排除したい。

 

「それじゃあ後で渡すね?」

 

「あぁ、よろしく頼む。」

 

 そういえば今年の夏はコスモだけではなくラモも合宿に連れていかないとな。今のうちに必要な物を買っておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一応作ったんだけどこのサイズでいいかな?」

 

「十分だ。ありがとう、ラモ。」

 

 お義父さんにハリボテを渡す。トレーニングに使うと言っていたけどどうやって使うんだろう?トレーナーって何でもかんでもトレーニングに繋げられるのかな?

 部屋に戻って道具を片付けようとしたら机に置いていたスマホからメールが届く。確認してみるとテイオーから明日遊び行こうと誘いのメールだったのですぐにオッケーと返信しておく。

 テイオーと遊ぶのは久しぶりなので楽しみだ。何を着ていこうか?服を何着か取り出して着てみるがそこで問題が発生した。

 服がどれもしっかりと着れない。僕のお腹がその存在をどっしりと主張してくる。

 

「マズイ。こんなのテイオーに見られたらなんて言われるか分からない。」

 

 ブワッと冷や汗が噴き出てくる。なるほど、これが太るのを恐れる女性の気持ちなのか……

 

「今から走る?それで痩せれるなら走るけど本当にすぐに痩せれるのかな?お義父さんに相談する?明日までに痩せる方法ってあるのかな?」

 

 今すぐ痩せる方法を必死に考える。ここまで考えるなんてさっき振りだ。僕はテイオーの前では頼れるお姉さんキャラでいきたいのだ。

 そんな僕の思いが届いたのか知らないが口が勝手に動いた。

 

『急激な体重増加、腹部の出っぱりを確認しました。太り気味とし──って待って待って。ここで急に痩せたら流石にダメだって。」

 

 機械音声のような声を気合いで止める。そういえば僕にはこの修復機能があった。お義父さんの家に来てから一回も使っていないのですっかり忘れていた。

 

「けどなんで今更?太り気味になった途端に本来なら起動するはずなのに……。」

 

 もしかして僕が太り気味を異常だと思わなかったから起動しなかった?今まで異常と判断しなくても勝手に起動したのに?

 

「うーん、分かんないや!明日に痩せれるならそれでいいや!」

 

 考えてみたが結局分かんないので考えるのをやめた。テイオーと遊ぶ時には痩せれるんだからそれで良し。

 明日、明朝に走りに行ってその時に起動させよう。お義父さん達には思いっきり走ったって言えば何とかなるだろう。よし、なら今日は早めに寝ようかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あたしことアグネスデジタルの朝は早い。朝早くに起き、ルームメイトのタキオンさんに今日も生きてる感謝を注ぐ。そしてそのまま椅子に座り、最近描き始めた作業を進めようとして、手が止まる。

 

「ダメです。何度書いてもライスモドキさんと確信出来ない。」

 

 手を止めている原因。それはライスシャワーさんそっくりの少女です。テイオーさんがずっと探し続けていたライバル。本当はいないんじゃないかと言われ始めてもめげずにカメラ越しに呼びかけ続けるテイオーさん。その姿に少しでも助けになるならと全国のウマ娘ちゃんファンを動員した大捜索作戦を実行しようと計画していた時。ついにその呼びかけは実を結んだのです。

 レース場に現れたテイオーさんのライバル。ライスモドキさん。テイオーさんに呼ばれたという理由だけで数多の夢を持って挑んだウマ娘たちを乗り越えてきた強者。

 その実力は疑いようもなく、決勝戦では歴史に残るレベルのレースをしたらしいです。あたしはパドックの交換ポーズで意識が飛んだので見れなかったのですがね!トレーナーさんがいなければ今頃あたしは多分爆発してました。

 そんな彼女たちは再会することができ、誰もが認めるハッピーエンド。なら次はあたしの番である。

 この二人は何故別れたのか?幼少期に何かあったのか?考え出したら止まらない。きっと壮絶なストーリー展開があったに違いない。あたしの内から溢れ出る妄想を全て原稿に叩き込み、一冊の創作物が完成しました。

 トレーナーさん兼同志にもこの素晴らしさを分け与え、他の同志にも配った時に一人の同志が発言した言葉にあたしはつい凍りついてしまったのです。

 

「あ、今回はライスシャワーちゃんとトウカイテイオーちゃんなんですね。」

 

 この同志は何を言っているんですか?これはどう見てもライスモドキさんとテイオーさんでしょうが!その同志にじっくりとライスモドキさんのことを語ったあと、幾人かに聞いてみるとこの創作物の表紙はライスシャワーさんとテイオーさんに見えるらしいです。

 

 な ん と い う こ と で す か !この全てのウマ娘ちゃんファンを名乗るあたしが!ライスモドキさんとライスシャワーさんを一目見て分からない程度の絵を描いてしまうなんて!これはウマ娘ちゃんファンとして良いのでしょうか?否ッ!断じて否です!!

 この日からあたしの挑戦が始まりました。トレーナーさん兼同志から頂いた決勝戦の動画を気絶を繰り返しながら何とか見終えて、そこで映ったライスモドキさんを絵にする日々!しかしこれはあまりにも難しい道のりです。

 まずライスモドキさんとライスシャワーさんを区別するには目の色と髪型。後は強いて言うなら帽子でしょうか?それ以外は全て一緒です。

 この!あたしが!見て分かる違うところがそれしかないんです。こんな状態で彼女を描いたとしても知らない人から見たら髪型とかを少し変えたライスシャワーさんとしか思われないのです!

 

「何か……何かライスシャワーさんと決定的に違うところがあるはずです!それを突き詰めれば……。」

 

 動画に映る彼女は全て覚えました。なのに描けない。こうなれば直接ライスモドキさんを見るしかない!

 こうしてあたしは時間さえあればライスモドキさんを探しに行きました。しかしそれはあまりにも……あまりにも高い壁だったのです。

 まず最初になかなかライスモドキさんに出会えません。この町に住んでいることは間違いないのですが、町中を駆け回っても見つからないのです。ちなみに家の特定はNGです。それはウマ娘ちゃんファンを名乗るものとして禁忌に入ることです。

 次に仮に会えたとしてもその時は高確率で隣にテイオーさんがいます。つまり彼女たちが遊んでいるのを近くから見ることになります。結果、知覚する前に大ダメージを食らって倒れます。今まで何度も倒れているのですが未だに耐性がつかない破壊力を持っています。

 テイオーさんの好意全開のじゃれつきを微笑みながら受け入れるライスモドキさんを見てるだけでもう……!おっと失礼、口から尊みが溢れました。

 さて、そんなわけで今はライスモドキさんを探す前に近くのカフェで精神統一をしているのですが問題が発生しました。それは。

 

「お店閉まってたね。せっかくラモが勧めてくれたのに残念だなぁ。」

 

「仕方ありませんわ。店長と店員が軒並み倒れてしまってはお店はどうしようもありませんわ。」

 

「店長たち、昨日は元気だったのにどうしたんだろ?」

 

 当の本人たちがこのカフェに入ってきたことです!幸いあたしは遠くの席にいるので大丈夫でしたが近くだったら危なかったかもしれません。

 適当な席について軽い食事をしながら談笑している彼女たち。もうそれだけで一つの絵画のようで、いつまでも見つめていたいのですが今回はあたしにも目的があるので断腸の思いで意識を切り替えます。

 

「後ろ姿もやはりライスシャワーさんそっくりですね……。横も確認済み。前も動画で確認しているのでそっくり確定。どうしましょうか?」

 

 私の中のライスシャワーさんの姿と今見たことで全体像が完成したライスモドキさんを重ねると髪型や目の色を除くと驚異のシンクロ率100%。正直ライスモドキさんが目を瞑ってライスシャワーと騙れば誰にもバレないでしょう。いや、テイオーさんには気付かれますね。

 お手上げです。ここまで一緒だといくらあたしでもどうしようもないです。なので仕方ありませんが見た目でわけるのは諦めます。

 しかし!描くのを諦めるとは一言も言っていません!!姿がそっくりでも普段の生活で無意識に行う癖は違うはず!そこを重点的に描くことによって差別化は十分に出来るはずです!

 その癖を見つけようと考えるために下げていた頭を上げて──

 

「!!?コヒュッ!!」

 

 その先に見えた光景に無意識に声が漏れました。

 ライスモドキさんとマックイーンさんが談笑している中、ライスモドキさんの気を引くためにテイオーさんがわざと口周りを汚す食べ方をします。もちろんライスモドキさんはそれに気づいて拭いてあげるのですが途中で近づいた方が楽だと思ったのか椅子をテイオーさんのすぐ横にまで移動させます。

 そこまではいいんです!まだ決勝戦の動画で鍛えられた精神力で耐えれました。その後、隣に来てからまたマックイーンさんと会話を再開させたライスモドキさんの服をテイオーさんがこっそりと手で掴んでいるんです!

 ライスモドキさんも気にする様子は全くなく、むしろ自分の手で繋ぎ返しているんです!それどころか手を繋ぎやすいように椅子がぶつかるぐらいの距離までさりげなく近づいているんです!

 こ、これはマズイです。このままだとあたしの意識が保ちません。なんとか意識を保つ手段を見つけなければ……。

 そう思っても目は彼女たちから離れません。ライスモドキさんを見つめるテイオーさん。その視線にライスモドキさんが気付いてテイオーさんの方を向きます。そして何も言わないまま見つめ合った後、示し合わせたかのようにお互いに満面の笑みで笑いあ──。

 

「ハッ!!ここは何処ですか!?」

 

 気付けばあたしは知らない場所にいました。周りをみると何かの乗り物らしく、周りには乗客もいます。

 その乗客は全員がのっぺらぼうで服には『尊い』『無理』『しんどい』とそれぞれ書かれたTシャツを着ています。

 

「いや、おかしいです。明らかに一人いなければいけない人がいません!」

 

 この乗り物が何なのか気付き、そこにいないといけない人を探すため、乗り物の窓から身を乗り出して外を見渡します。少し探すとすぐに見つけました。

 

「語彙力ぅぅぅう!!!早く!早く乗り込むんです!!」

 

 こちらへ向かって必死に走る語彙力の服を着ているのっぺらぼう。しかし速度は遅く、あの距離だと間に合うか分からない。

 

『出発します。』

 

 短いアナウンスと同時に乗り物が動き出す。あとほんの少しというところまで来ていた語彙力が少しずつ離れていく。

 

「語彙力!走って!!頑張るんです!!」

 

 必死に走る語彙力。そののっぺらぼうの頭部からは汗が滴っており、全力で走っていることがわかる。暫くこちらを追いかけていた語彙力でしたが何かに足をとられたのか、一回転したのち転倒した。

 

「ご、語彙力ぅぅぅううう!!!」

 

 

 

 

 

「デジタル?しっかりしてデジタル!?」

 

「……ト、トレーナーさん」

 

「偶然見かけたから来たけど何かあったの?呼びかけても反応が返ってこなかったし、大丈夫なの?」

 

「……尊い。」

 

「……何を見たのデジタル。私にも教えなさい。」

 

「しんどい。無理。」

 

「デジタル!しっかり意識を保つのよ!そして私にも見た光景を教えて!あなたがみた素晴らしい景色を共感させて!」

 

「トレーナーさん、後は……任せました。」

 

「デジタル?デジタルぅぅぅぅううう!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあまたね?テイオー、マックイーン。」

 

「うん、またね。ラモ。」

 

「えぇ、またですわ。ラモさん。」

 

 二人は学園の寮で生活しているため別れ道で二人と別れて家に帰る。今日はテイオーが前に言っていた通り、マックイーンを紹介してくれた。病院の手配などのお礼を言った後、せっかくだから昨日見つけたハンバーグ店を紹介したが何故か閉まっていた。開いてないなら仕方ないのでマックイーンがおすすめするカフェで簡単な昼食をとり、その後にゲーセンなどで遊んだ。

 

「それにしても、テイオーたちと夏休み期間は遊べないのかぁ。」

 

 テイオーたちは夏休みの間はずっと合宿に行くみたい。遊べないのは寂しいがテイオーたちもレースに勝つためにはトレーニングをしなければならないので仕方ない。

 

「夏休み中は暇になるなぁ。どうしようかな?」

 

 新しいハリボテでも作る?それとも夏休みの間だけバイトでもしてみようかな?こうやって考えてみると意外とやりたいことは見つかるから暇にはならなさそうだ。

 

「ただいま〜。あれ?お義父さん。今日は帰ってくるの早いんだね。」

 

「あぁ、担当の子が用事で実家に帰っていてな。だから業務が終わったらすぐに帰宅だ。」

 

 家に帰るとリビングで筋トレをしているお義父さんがいた。ちなみに何故筋トレをしているか聞いたところ、屈強な肉体が必要になったと返ってきた。

 

「そうだ。ラモ、夏休みはみんなで出かけるぞ。」

 

「そうなんだ。何処に行くのかな?」

 

「海近くの旅館で夏休み中ずっとだ。」

 

「……ほえ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさか僕も合宿に参加するとは思ってなかった。担当の子を持ってるお義父さんは夏休み期間は合宿に出来るだけ行っているみたい。でもそれだと部外者のお義母さんがずっと一人で家にいることになるからお義父さんが学園長に直談判してついてきてもいいことになったみたい。

 もちろんトレーニングを手伝うことなどの条件も付けられたけどお義母さんも身体を動かすことは好きなのでそこまで苦にはなってないみたい。

 それで今年から僕も家族入りしたので合宿に連れていくことになったみたい。どんなことをするんだろうか?今から楽しみである。

 

「さて、そろそろ現実を見ないとね。」

 

 僕は今、とあるレース場近くに来ていた。ハリボテを持って。今回のレースの景品が合宿中に滞在予定の旅館のすぐ近くにある料理店の食べ放題チケットだったので参加しようと思ったんだけど特別ルールで今回は二人以上で参加しないといけないルールだった。

 確認した時はお義父さんとお義母さんを誘って参加しようとしてたんだけど今日になって急遽仕事とか用事が出来て参加出来なくなってしまった。

 残念だけど仕事優先である。だけど諦めきれずについレース場まで来てしまった。

 どうせならレースを見ていこうかな。多分今回も色物枠が出てくると思うし。

 レース場の観客席を目指して歩く。暫く歩いていると周囲が騒がしくなってくる。

 

「……?レース前の騒がしさと思ったんだけどなんか違うみたい?」

 

 耳を澄まして聞いてみると何やら近くでボヤ騒ぎがあったみたい。けどレースは問題なく開催されるみたいなので安心である。

 

「早くいい場所を取らないとね。うかうかしてると人が「ドーン!」ってテイオー?」

 

 僕の身体は小柄なので出来るだけ前を取ろうと考えていると後ろから衝撃が来る。振り返ってみるとテイオーが僕に抱きついてきており、その後ろに荷物を背負った沖野トレーナーがいた。

 

「テイオーどうしたの?っていうかなんでこんなところにいるの?」

 

「トレーナーとレース用品を買いに行ってたんだ!ここに来たのはラモを見かけたから!」

 

 満面の笑みで答えられる。ならテイオーもレースの観戦に誘ってみ……テイオー今レース用品を買ってきたって言ってたよね?ならすぐに参加することも出来るんじゃない?

 

「ねぇ、テイオー?良ければなんだけど……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

『お次は今レース最大の特徴である色物枠の紹介です!今回はなんと!四チームが参加してくれました!』

 

『今更ですが二人以上というルールのためチーム呼びしていますが慣れませんね……。』

 

『そこは頑張って慣れるしかありません!では紹介していきましょう。番外一番!はちみー千円、スポドリ三百円の登場です!』

 

『いきなり凄いのが来ましたね。仮名だからって何でもありですね。』

 

 パドックに屋台をひいたウマ娘が入場する。二人がひいて一人が屋台の中にいるみたい。観客も前のレースで慣れたのか困惑している人はまばらで大半の人が歓声を上げている。

 

『まぁ仮名ですからね。商魂たくましいウマ娘が参加しております。事前に売り物に問題は無いか確認しているので安心してください。』

 

『売り物が二種類しかありませんが大丈夫でしょうか?』

 

『その前にレース中に商売出来るんですかね?』

 

 屋台の中にいるウマ娘が観客に微笑みながら手を振っている。その横にある看板には本店の位置が書かれた紙が貼られており、宣伝も兼ねているようだ。

 

『次に行きましょう。番外二番!ショウカシタイの登場です。』

 

『屋台の次は救急車の模型ですか。ところで上に乗っているウマ娘たちは何をしているのでしょうか?』

 

『雨乞いのようですね。しかし空は快晴。雲一つないレース日和です。』

 

『一人だけ踊りが違うみたいですが……。』

 

『なんだか見てると反省を促されてる気分になりますね。』

 

 今度は救急車の模型が入ってくる。中からウマ娘が三人がかりで押しているようだ。その上には三人のウマ娘がおり、二人は雨乞いのような踊りをしているが一人だけ凄いキレキレな動きで別の踊りを踊っている。

 

『次に行きましょう。まさかの海外からの刺客です!一時期有名になった走るダンボール生物!それに対抗するために私はここに来た!番外三番!メカハリボテプロトタイプです!』

 

『三姉妹での出走です。微笑ましいですね。』

 

『ここでメカハリボテプロトタイプからメッセージが届いています。【以前見たとある動画でビビッときて製作したデース!私たちの力が合わさればこの程度はすぐに出来ちゃうんデス!なんたって──】……思ったより長いのでここで終了です。全文はホームページに記載していますのでそちらをご覧ください。』

 

『メカハリボテプロトタイプのテンションが下がっていますね。レースまでには気を持ち直してほしいですね。』

 

 メカハリボテの首が器用に下がる。あれどうやってるんだろう?僕のハリボテでやればそのまま首が折れて地面についちゃうんだけどなぁ。

 

「次は僕たちの番だね。準備はいい?」

 

「いつでも!ラモと走れるなんてボクは嬉しいよ!」

 

「俺って必要なのか?今からでも降りたり「「ダメ。」」そうか……はぁ。」

 

 僕たちの上に乗っている沖野トレーナーがため息を吐く。ハリボテエレジーに騎手は必須。これは絶対。

 

『次で最後です!番外四番!一時期話題になった動画の主がやってきた!ハリボテエレジー2.0の登場です!』

 

『歓声が凄いですね。人気の高さが窺えます。』

 

『今レースで唯一男性と共に出走しているウマ娘たちです。これがレースにどう影響が出るのか今から楽しみですね。』

 

『今回は現地で偶然出会った友人と共に参加しているようです。現地集合した友人との友情パワーがどうなるのか。私一押しのチームです。』

 

 パドックでウロウロとある程度歩いてから引っ込む。モドキの時とは違って身体の大半を隠しているのでアピール出来ないのは仕方ないね。

 バ場へと向かっている最中に旗を受け取る。そのまま通路を歩いていると奥に僕たちを待っている者たちがいた。

 

「ふっふっふ。このメカハリボテが至高だと今回のレースで知らしめてやるのデース!」

 

 そこにいたのは銀色の光沢を放つハリボテだった。中から自信満々な声が聞こえ、心なしかハリボテの方も胸を張っているように見える。

 正直、この世界でメカハリボテに出会うなんて思っていなかった。僕のハリボテを参考に作ったと実況は言っていたがここまでメカハリボテそっくりだと運命的なものを感じ「ラモ?」ないね、うん。だからテイオー。その低い声はやめよう。

 

「あなたも……苦労しているんですね。」

 

「お前もか。まぁ、頑張れよ……。」

 

 上ではメカハリボテの騎手と沖野トレーナーが何やら話している。お互いに共感することがあるのだろう。その割には話が弾むってよりお互いを労っているように見えるのは気のせい。

 

「挑戦は受けて立つけどその前に言いたいことがある。」

 

「何ですか?もしや私たちのメカハリボテの素晴らしさに気付いてしまったとかデスか?」

 

「僕たち色物枠の紹介が長すぎてそろそろレースが始まるんだよ。だから急がないと。」

 

「デース!?まだ色々語りたかったですが仕方ないです。今のうちに負けた時の言い訳を考えておくといいデース!」

 

 デースデスデスと笑いながらメカハリボテが去っていった。

 

「とっても元気がいい子だったね。僕たちも急いで行かないと。」

 

「なんかボクとキャラが被っている気がする……。もしかしてボクの立場に成り代わってラモとあんなことやこんなことを!!」

 

「するわけないだろそんなこと。テイオーはライスモドキが関わるとなんでこんなにってやめろテイオー揺らすな落ちるって!」

 

 何やら危機感を感じているテイオーに沖野トレーナーが突っ込もうとしたがそれを察知したテイオーに反撃をくらっている。

 そんなことをしながらもバ場へと足を止めずに進む。ついでに意識をレースへと切り替えていく。前回のような失敗はしないように注意しないとね。

 バ場へと到着し、特に何もしないでゲートに入る。テイオーも集中しているのか言葉数が少なくなってきているが感じる気配は決勝戦と同じくらい強くなっている。

 

『続々とウマ娘がゲートインしています。おや、トラブルが発生したようですね。』

 

『はちみースポドリとショウカシタイがゲートを拒んで……というかつっかえてますね。』

 

『明らかに大きいですからね。しかしご安心ください。今レースでは様々な大きさのゲートを用意しております。』

 

『準備ができたところで各ウマ娘、ゲートインが完了しました。今スタート!はちみースポドリ以外綺麗なスタートを決めました。』

 

『早くも売れ行きに暗雲が立ち込めていますがここから挽回なるか。』

 

 ゲートが開いたと同時に駆け出す。テイオーも僕が加減しなくてもピッタリとついて来ている。

 

『ハリボテエレジー2.0速い!速いぞ!完全に抜け出して早くも独走状態だ!』

 

『かかってしまっているようですね。上の男性が。落ち着けるといいのですが……。』

 

 実況の言う通り、沖野トレーナーのテンションが凄いことになっている。これが先頭の景色か!と子供のようにはしゃいでいるところで申し訳ないがそろそろ先頭の景色は終了である。

 

『さぁ第一コーナーが近づいてきました。ハリボテ種にとっては鬼門とも言える場所を超えることが出来るのか!?期待がかかります。』

 

『観客席からも曲がれコールが聞こえてきますね。』

 

「そうだ、テイオー。ちょっと言いたいことがあるんだけどいいかな?」

 

「何かな?もっと速度上げるとか?ボクはまだまだ大丈夫だよ!」

 

「えっとね。このハリボテはね。……第一コーナーを曲がれないんだ。」

 

「えっ?」「は?」

 

 テイオーにハリボテ種の宿命を言うのと脚が滑るのはほぼ同時だった。

 

『ハリボテ転倒!解散!現地解散!!』

 

『前も見ましたが見事な転けかたですよね。前担当のウマ娘が緑旗を振っているので続行です。』

 

「ゔっ!ドラム缶は僕の方に来るのか……。テイオーたち無事ってテイオー何その転けかた。すごいね。」

 

 いつものように転倒したので審判に見えるように緑旗をふる。そのあとにテイオーたちの様子を見るがテイオーが顔を地面にめり込ませて脚がシャチホコみたいに反り返っている特徴的な転けかたをしていた。

 

「ねぇ、ラモ?これってどういうこと?」

 

「ハリボテの祝福。第一コーナーで何故か転倒するけど絶対怪我しない。」

 

「何それ?ワケワカンナイヨー!」

 

「それは僕も分かんない。ところでトレーナーは?」

 

「あっちで転んでる。」

 

 未だにシャチホコ体勢のテイオーが指差したところを辿っていくと沖野トレーナーがギャグ漫画みたいな倒れかたをしていた。

 

「あんな倒れかたをしてるってことは大丈夫でしょ。ほら、テイオーもそろそろ立って。間に合わなくなっちゃう。」

 

 このやりとりの間に僕たちは最下位になってる。ところでちゃっかりメカハリボテが第一コーナーを曲がれてるんだけどどういうこと?既に曲がり方をマスターしたってこと?

 

「よいしょっと。うわ、すごく遠いね。だけどボクとラモなら追いつける。」

 

「うん、本気でいくよ?……ところで僕がドラム缶を持つとして、沖野トレーナーどうしようか?」

 

「これなんてどうかな?」

 

「え?何これ?」

 

「ゴルシから貰った麻袋。」

 

 テイオーが手慣れた様子で沖野トレーナーを麻袋の中に入れる。トレーナーもトレーナーで抵抗する素振りを見せずに入ってるのでいつものことなのかな?

 入れ終わったのでテイオーと二人がかりで沖野トレーナーを担ぐ。後は近くに転がっている僕のドラム缶を持てば準備万端だ。

 

「いくよ?テイオー。」

 

「いつでもオッケーだよ!ラモ!」

 

 特に合図を出さずに走り出す。数歩でスキル無しの最高速に入り、すぐに前のチームが見えてくる。

 

『ハリボテエレジー2.0が復活しましたね。上の男性を荷物のように運び驚異的な加速で前を抜かしっとここで失速。どうしたのでしょうか?』

 

「いらっしゃいませー。」

 

「あ、はちみーの硬め 濃いめ 多めが一つとスポドリを二つください。」

 

「分かりました!お会計は1,600円になります。」

 

「カードは使えますか?」

 

「大丈夫です!」

 

『買い物をしているぅぅう!!』

 

 受け取ったはちみーをテイオーに渡してスポドリは僕が飲む。あと一つは麻袋にぶち込んでおく。

 

『走りながらよく飲めますね。というかカードを何故持っていたのでしょうか?』

 

『このレースだとこれが当たり前ということなんでしょう。正直急に色物枠のどれかが空を飛んだって驚きませんよ。』

 

『毒されてきましたねぇ。』

 

 沖野トレーナーを肩から頭に移して走る。すぐに落としてしまいそうだがそこは僕とテイオーのいかれたバランス感覚でどうにか出来る。

 

「だけど飲み物を買ったせいで思ったより速度出なくなっちゃった。」

 

「ならなんで買ったんだ!?」

 

「なんか買わないといけない気がした。後悔はしてない!」

 

 麻袋からため息が聞こえてくるが安心してほしい。一般枠の子ならこのスピードでも十分間に合うし色物枠はそろそろ何か起きるから。……ふと思ったけど色物枠ってどいつもこいつも能力値高いやつばっかだよね。

 

『さて、先頭を独走状態で走るメカハリボテ。このままゴールまで走り抜けるか。』

 

『中身の高笑いがここまで聞こえてきますね。騎手がレバーをガチャガチャしているのが微笑ましいです。』

 

 少し遠くで高笑いをしながらメカハリボテが走っている。その様子からかなり調子に乗り出しているだろう。だからそろそろ……

 

『メカハリボテの首が回り出しましたね。何かのギミックでしょうか?』

 

『騎手が何かを察したのか防火服をしっかりと着直しています。おっと、メカハリボテの口から火の粉が出てきたぞ。大丈夫でしょうか?』

 

『メカハリボテの頭から何かが生えてきましたね。……緑旗です!想定内ということでしょう。続行です。』

 

 メカハリボテの胴体から飛行機の羽根のようなものが生える。あれ?もしかして行けちゃうやつ?

 

『メカハリボテから羽根が生えました。速度も上がってスパートです!』

 

『色物枠で初めて大人しくゴールするんじゃないですか?』

 

 頭を高速で回転させながらメカハリボテの速度が上がる。僕とテイオーも速度を上げているけど間に合うかはちょっと不安かな?

 

「ラモ。スキル使う?そうしたら確実に追い抜けると思うけど。」

 

「うーん、使ったら負けた気がするんだよなぁ。」

 

 この小さなこだわりを捨てるべきか……。頭を悩ませながらメカハリボテを見ているといきなり炎を吹いた。

 

『メカハリボテの口から炎が出てきた!すごい演出だぁ!』

 

『なんだか騎手の子が戸惑っているように見えるのですが大丈夫でしょうか?』

 

 あれ多分予想外だろうなぁ……。明らかに中身も焦ってるし。あ、ショウカシタイがスパートに入った。

 

『炎の気配を感じたのかここでショウカシタイが驚異のスピードで上がってきた!周りにサイレンの音が鳴り響くぅ!』

 

『何故救急車なのに消防車のサイレンなのでしょうか?』

 

 僕も驚く程のスピードで走るショウカシタイが炎を撒き散らすメカハリボテの横に並んだ。上を見ると雨乞いをしていたウマ娘たちは中に引っ込んだが、一人だけまだ踊り続けている。

 

『ショウカシタイ、メカハリボテに向かって踊り続けています。』

 

『まるで火の不始末に反省を促しているようですね。』

 

 あの踊りやっぱりどっかで見たことある気がするんだよねぇ。試しにカボチャ被ってくれないかな?あ、メカハリボテからなんか出た。

 

『おっとメカハリボテの頭から何かが飛んだぁ!』

 

『えっと、緑旗が飛んでいますね。代わりに白旗が頭から生えています。メカハリボテ、ここでリタイアです。レスキュー開始!』

 

 実況の掛け声に待ってましたと言わんばかりにショウカシタイの模型の窓からホースが出てくる。そしてそのまま勢いよく放水した。

 

『消火完了しました。ショウカシタイ、目的を達成したのか満足げに白旗を振っています。リタイアです。ご苦労様でした。』

 

『上で踊っている彼女は何をしたかったのでしょうか?』

 

 実況の疑問はよく分かる。本当に彼女はずっと踊っていただけだ。まぁこれで前を走っていた色物枠は全滅したし今度こそ一着の景品は僕たちのものだね!

 

『さぁ!ゴールは目前!ここで後ろから猛烈な勢いで上がってくるウマ娘がいるぞ!はちみースポドリだ!はちみースポドリが来たぞ!!』

 

『売り子をしていた子も屋台をひくほうに移動したみたいですね。』

 

 まさかのはちみースポドリが追い上げてきた。だけどそのスピードなら僕たちには追いつけな──

 

「今商品を買うとお一人様限定の〇〇店のみで食べれる特製にんじんハンバーグの予約チケットが手に入りますよー!」

 

「なんだって!!!」

 

 勢いよく振り返る。僕たちに向かって走ってくる屋台にはとっても美味しそうなにんじんハンバーグのポスターがいつの間にか貼られていた。

 

『ハリボテエレジーここで失速!食べ物の誘惑に捕まったぁ!』

 

『前の子が露骨に反応していますね。誘惑を振り切れればいいのですが。』

 

 待て、落ち着くんだ僕。ここで勝てば食べ放題が手に入るんだ。目の前の誘惑に引っ掛かってはいけない。だけど向こうは限定でしかも特製ときた。きっと美味しいに違いない。いや、間違いなく美味しいはず。クソッ!僕はどっちを選──

 

「ラモ。」

 

「……!どうしたのテイオー?」

 

「ボクはラモと一緒に食べ放題に行きたいなぁ。ダメ……かな?」

 

「テイオー……。全然オッケーだよ!一緒に行こう!」

 

 誘惑を振り切って前を向く。目が覚めたような気分だ!もう何も怖く「更に!周りから美味しいと評判で何度もテレビの取材がきている〇〇店のオムライスもついてきます!」ん゛ん゛っ!!

 

「ラモ!」

 

「大丈夫だよテイオー。大丈夫……だぁぁぁぁああ!!」

 

 全力で前に駆け出す。残り少しという距離なだけあって、すぐにゴールを通り過ぎた。

 

『食べ物の誘惑を振り切って、今日も少女は荷物を運ぶ。確定しました。一着はハリボテエレジー2.0。二着ははちみー千円、スポドリ三百円です。それではまたお会いしましょう!体重計。』

 

「ラモ。本当に大丈夫?」

 

「うん、大丈夫だよテイオー。決してにんじんハンバーグを食べたいとかそんなことを一切思ってないから。」

 

「そっか……。ところでこのあとボクとトレーナーは外食するつもりだったんだけどラモもどうかな?近くに美味しいにんじんハンバーグの店があるんだ!」

 

「本当!?でもいいの?」

 

「いいって!いいって!ね?トレーナー!」

 

「給料日前だから金がヤバいんだけどなぁ。」

 

「ラモは大体七、八皿ぐらいでお腹いっぱいだったはずだよ!」

 

「七、八皿か……。しょうがない。行くか!」

 

「さっすがトレーナー!」

 

「えっと、ごちそうさまです。昼食はテイオーたちと食べてくるってお義父さんたちに連絡してくるね!」

 

 なんか奢ってもらえることになった。嬉しいな!




「大体(爆盛りサイズが)七、八皿だよ!」
「(普通サイズが)七、八皿か……。」

【謎の乗り物】

デジたんの感情タンクが限界突破すると知らぬ間に乗車している所。とある三人の人物は必ず乗り込んでいるのに一人は高確率で乗り遅れるらしい。

【メカハリボテプロトタイプのメッセージ】

以前見たとある動画でビビッときて製作したデース!私たちの力が合わさればこの程度はすぐに出来ちゃうんデス!なんたって私たちは天才デスから!あっという間にあのダンボール生物を追い抜いてみせるデスから楽しみに待ってるといいデス!デースデスデス!

【音声入力版】

──デースデスデス!それに見て欲しいデス!この光沢を放つボディを!素晴らしい色でしょう?勝者の色デス!オリジナルには遅れをとったデスが今は巻き返しの時デース!って何デスか?火が出てる?何をバ鹿な……ホワッ!?本当に火が出てるデース!何でデス「私がつけたよ。」マイシスター1号!なんてことをしてるんデスか!!って脚も生えてきた!?副脚なんてつけた覚え「それは私〜。」マイシスター2号!あなたもデスか!?
 あ!ちょっと勝手に動くなデス!待って!止まれデース!!ブホォ!?………デスデス。そっちがその気ならこっちもやってやるデス……。レースまでまだ時間があるデスからそれまでに直せばいいんデス!このハリボテめ!!ぶっ壊っしゃあぁぁぁぁぁああああ!!!!


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夏ですよ!海に行きましょう!前編

誤字脱字報告ありがとうございます。ガッツリ意味を間違えていて確認した時は恥ずかしさで顔から火を吹くと思った。

それから今回はレースが無いんだ……楽しみにしてくれたみんなには申し訳ない。あと長くなったから分けることにしました。


「準備はいいか?」

 

「大丈夫よ。ラモちゃんは?」

 

「僕もオッケーだよ!」

 

 我が家の玄関前で荷物の確認を行う。食べ放題チケットも入れたし、替えの服も入れた、トレーニング中に着る水着も入れた。いらないと思うけどハリボテも入れたし問題無いね!

 

「よし、それじゃあ行くか。」

 

 季節は夏。合宿の始まりである。

 

 

 

 

 

 

 

「夏だぁぁぁあ!!!」

 

「海だぁぁぁあ!!!」

 

「「………(チラッ)」」

 

「え?ライスも?え、えっと……スイカだぁ!……で、いい…かな?」

 

「「いえぇぇぇぇい!!」」

 

「い、いぇーい」

 

 お義父さんの車で合宿地につき、さぁトレーニングだって思ってたけどお義父さんから今日は説明だけだから自由にしていいと言われたので海に来た次第である。

 そこでいつの間にか後ろにいたテイオーと座って海を眺めていたライスシャワーさんに出会った。

 それからテイオーにライスシャワーさんの紹介をしてもらい、仲良くなったところでアプリの世界でテイオーにやりたいと言っていた海に叫ぶというのをやってみた。急に叫んだのでびっくりされないかなって思ったけどテイオーはすぐに乗ってくれた。なんなら僕が言おうと思っていた次の言葉も言ってくれた。

 

「びっくりされるって思ったけどよく覚えてたね。」

 

「ふふん。ラモの言っていたことをボクが忘れるわけないよ!」

 

 ドヤ顔で胸を張るテイオー。それをライスシャワーさんと一緒に微笑ましいものを見るような表情で見つめる。暫くすると恥ずかしくなってきたのか少し顔を赤くしてドヤ顔をやめた。

 

「と、ところでどうしてラモはここにいるの?」

 

「僕はお義父さんの付き添い。だけど今日一日は自由時間だから海に来てるって感じ。テイオーは?」

 

「ボクのところは基本自由だからね、ラモの気配を感じたからここに来たんだ!ライスはどうなの?」

 

 テイオーがサラッとすごいことを言った気がするがそんなことよりテイオーとライスシャワーさんがお互いを呼び捨てにするほど仲が良いとは思わなかった。

 

「ライスはね、なんとなくここに来ただけだよ。」

 

 そう言って俯くライスシャワーさん。さっきまでの笑顔とは一転して悲しげな表情をして落ち込んだ空気を出されたら、はいそうですかって納得することは出来ない。

 

「何かあったの?ボクたちでよければ力になるよ?」

 

「なんでもないの……。なんでも……。」

 

 テイオーも何かを感じたのか相談に乗ろうとするけどライスシャワーさんは話す気がないみたい。それを確信したテイオーが頬を膨らませてライスシャワーさんに抱きつく。

 

「なら話したくなるまで甘え尽くしてやる!」

 

「ひゃあ!?テイオー!?離して、くすぐったいよ!」

 

 テイオーの甘えスキルは僕によく使うことで相当上がっている。そして今回の相手は僕のオリジナルであるライスシャワーさん。

 つまりテイオーの甘え攻撃が最大威力で発揮される。勝ち目はない。

 

「わかった!言う!言うから離して!」

 

「むぅ。甘えたりない。」

 

「なら僕においでよ。ほら。……おっとっと。」

 

 腕を広げてテイオーを迎え入れる体勢になると同時に飛び込んできた。脚も使って完全にしがみついてきて、暫くは離れなさそうだね。

 

「よしよし、テイオーは甘えん坊だね。それでライスシャワーさん。悩みを聞いていいかな?」

 

「うん、その前にライスのことはライスでいいよ?」

 

「それだと僕とこんがらがっちゃう。シャワーさんだと違和感があるし、お姉ちゃんでいい?」

 

「ふぇ!?そ、それは流石にダメ……じゃないよ。」

 

 やったね。お義母さんにおねだりするために鍛えた子犬のような顔がここに来て初めて役に立った。お義母さんには通用しないから効果が無いのかなって思ってたけどちゃんと効果はあったみたいだ。

 

「ありがとう!僕のことはラモって呼んでね?それじゃあお姉ちゃん。改めて悩みを聞いていい?」

 

「うん、あのね──」

 

 ライスシャワーさんが言うにはトレーニングの時間になっても自分のトレーナーが来ないので心配になって様子を見に行ったところ、知らない人がトレーナーと愚痴を言い合っていたみたい。

 暫く聞いていると知らない人がライスシャワーさんの文句を言い始め、それをトレーナーが否定する様子が見れなかったのがショックで逃げてきたとのこと。

 トレーナーは実はライスのことなんてどうでもいいんじゃないか?それとも鬱陶しく思ってる?と考え始めていたところで僕たちが来たみたい。

 ライスシャワーさんも話の途中で逃げてきたので早とちりではないか?とか今までの思い出からトレーナーがそんなこと思うはずがないと嫌な考えを払拭しようとしているみたいだけどどうしても考えてしまうらしい。なのでとりあえず。

 

「お姉ちゃんのトレーナーとその知らない人を海に沈めたらいいのかな?」

 

 深いところまで連れて行ったら流石に反省するだろう。ダメだったら何度でも連れて行く。ライスシャワーさんを落ち込ませた罪は重いんだよ。

 

「だ、ダメだよ!そうだ!テイオーはどう……かな?」

 

 腕やこめかみに血管が浮き上がっている僕を見て本気と思ったのかライスシャワーさんが慌てて僕に抱きついているテイオーに意見を求める。

 

「ボク的にはライスにいつの間にかトレーナーがいたことに驚いているんだけど……。要するにライスはトレーナーが自分のことを大切かどうかを知りたいんだよね?」

 

「うん。そうなる……かな?」

 

「だったらボクにいい考えがあるよ!」

 

 背中を叩かれたのでテイオーを解放する。僕から離れたテイオーはあるものを取り出した。

 

「じゃじゃーん!これなんてどうかな?」

 

「その前にどこから出したの?えっと、カラーコンタクト?」

 

「ライスの目と同じ色だね。」

 

「なんかゴルシに『今ゴルゴル星から緊急連絡が届いたぜーい!テイオー、これを持っていけ!!』って渡されたんだけど役に立ちそうだね。」

 

「それでこれを使ってどうするの?」

 

「ラモにつけて欲しいんだ。カラーコンタクトは大丈夫だよね?」

 

「うん、大丈夫だよ。ちょっと待っててね?」

 

 テイオーからカラーコンタクトを受け取って鏡のあるところに移動して装着。違和感がないのを確認してからテイオーたちのところに戻る。

 

「どう?僕も確認したけど違和感とかある?」

 

「全然!それから髪型を少し弄って〜。」

 

 テイオーが僕の髪を整えていく。暫くしたら満足したのか手を離した。

 

「完成!どうかな?」

 

「わぁ、ライスそっくり。」

 

 また鏡のあるところに移動して僕の姿を確認するとそこにいたのはライスシャワーさんそっくりの僕だった。目の色や髪型もライスシャワーさんと一緒なので見分けれる人なんてほぼいないんじゃないかな?

 

「それでテイオー。僕をお姉ちゃんに似せてどうするの?」

 

「ボクが考えた作戦は『ライスのことを大切に思っているのなら瓜二つのライスでも見分けれて当たり前作戦』だよ!ライスのトレーナーをやっているんだからそれぐらい出来て当然だよね!」

 

「なるほど。後は僕……じゃないね。ライスがお姉ちゃんの雰囲気に合わせればいいんだね。」

 

 テイオーのやりたいことを理解したので一人称をライスに変更。雰囲気も少しおどおどとした感じに修正する。

 

「ライスの帽子も預かって……。これでよし!それじゃあ作戦開始だよ!せーの、おー!」

 

「「おー!」」

 

 

 

 

 

 

 

「はわわ、トレーナーさん!合宿に来てから早速素晴らしいものを目撃しちゃいました!!悩むライスシャワーさんを助ける二人のお姿!リーダーシップを発揮するテイオーさん!それに追従する二人のあの小動物みたいな動き!それだけでもう!もう!!」

 

「落ち着きなさい、デジタル。私も今すぐにでも倒れたい気分だけどそれはまだ早計よ。貴方の今まで鍛えてきた尊み耐性ならまだ耐えられ「もう無理でしゅ!爆発しましゅ!!」る……って、は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ!はぁ!どこだ!?ライス!」

 

 辺りに目を配りながらライスを必死に探す。久々に会った先輩だからと愚痴に付き合ったのが間違いだった。話し続けて調子がついてきたのか急に俺が担当するライスシャワーの愚痴を言い出したのだ。あまりにも急に飛び出てきた愚痴に呆けてしまい、暫く反論出来なかった。

 そのせいで心配してこちらに来たライスを傷つけてしまった。先輩の話を打ち切ってライスを追いかけたがこの身は人間。あっという間に離されてしまった。

 

「畜生!俺はお兄さまだって言うのに何という体たらく!過去に戻ってぶん殴りたい!」

 

 自分の行いを後悔したところでもう遅い。今の自分に出来ることはライスを見つけて誠心誠意謝ることだ。

 今までの関係に戻れる保証はないが、しないままズルズル引き摺るよりは何倍もマシだ。

 

「あ、ライスのトレーナー!そんなに焦ってどうしたの?」

 

「テイオーか!?すまないが後にしてく……れ?」

 

 横から聞こえてくるライスの友人の声に返事をしながら振り向くが、視線はすぐにテイオーが被っている青薔薇の帽子に固定される。

 

「テイオー、その帽子。もしかしてライスの居場所を知っているのか!?頼む!教えてくれ!」

 

「ボクもそうしたいんだけどなぁ〜、どこかの誰かが変なことを言うからライスが落ち込んでるんだよね〜。」

 

「グゥ!?それについては申し訳ないとしか言えない。俺が間抜けにも呆けてしまったせいでライスを傷つけてしまった。」

 

「なら聞かせて?ライスのトレーナーはライスのことを大切に思ってるの?」

 

 テイオーから凄まじい圧がくる。俺はライスに黒のカラーコンタクトをつけて甘えている姿しか知らないため、思わず退きそうになるが歯を食いしばり、テイオーを見据える。

 

「確かに疑われるかもしれない。だけど俺はライスのお兄さまだ!大切に思っているに決まっている!」

 

「ふーん?人混みにライスが紛れていてもすぐに見つけられる?」

 

「あぁ!俺はお兄さまだからな!」

 

「……例えライスが増えてもどっちが本物か分かる?」

 

「当たり前だ!!」

 

「へぇ〜、だってさ。ライス。」

 

 後ろから聞こえてくる足音。聴き慣れたライスの足音だ。

 

「ライス!本当にすまない!俺としたことがお前を傷つけるようなこと──」

 

 後ろに振り向きながら謝罪の言葉を口にするが途中で中断した。するしかなかった。だって

 

「「お兄さま?」」

 

 ライスが二人いるのだから。

 

「はぁ?えっ?」

 

「ほらほら〜、ライスのトレーナー。例え増えても分かるんでしょ〜?」

 

 横からテイオーが煽ってくるが聞き流し、目の前の二人のライスを観察する。

 髪型、同じ。目の色、同じ。声、同じ。身長、同じ。雰囲気、同じ。ちょっとしたことで出る癖、同じ。失礼だが体型、同じ。他にも判断材料になるところを見てみるが全て同じ、どう言うことだ??

 

「えっと、ライス?」

 

「「何かな?お兄さま?」」

 

「さっきのことは本当にすまないと思う。あれはすぐにでも止めるべきだった。そのせいでライスを傷つけてしまった。」

 

「後ろから聞いていたけどライスの早とちりだったからもういいの。」

 

「お兄さまも謝ってくれたからこのお話はおしまい。」

 

「そんなことよりトレーニングをしたいな?」

 

「「だから、ね?お兄さま。早く行こう?」」

 

 交互に話した後にこちらに差し出される二人の手。タイムアップ。後は選べということだろう。俺の顔から冷や汗が流れるのを感じる。

 

(どっちだ?どっちが本物のライスなんだ!?)

 

 ライスと二人三脚で進んできた俺でも分からないほどそっくりな二人。万事休すか……いや、まだ手はある!

 

「ライス……俺が子どもの時に飼っていた犬の名前は!?」

 

「「ポンタだよ?お兄さま。」」

 

「ぐっ!なら俺と数日前に出かけた飯屋「「◯◯店だよね?お兄さま。」」……その通りだ。」

 

「もしかして。」「お兄さま。」

 

「「ライスが分からないって訳じゃない……よね?」」

 

 俺に向けられる悲しげな表情。もしかしたらと思い、俺とライスで決めたなりすまし対策の問答を出してみたが無駄だったようだ。それどころかライスを悲しませてしまった。

 

(ライスを悲しませるなんて……覚悟を決めろ!俺はお兄さまだ!)

 

 俺の覚悟を決めた目を見たのか二人が改めて手を差し出す。

 

(俺のお兄さまセンサーによると本物は右のライスだ!)

 

 確信し、右のライスに意識を向けてそちらに向かおうとした時、そのライスの様子が変わる。

 隣のライスからは見えない位置の血管が浮き上がる。片目も悲しげな目ではなく、こちらを刺し殺すかのように睨みつけている。

 

(こちらではないな、うん。誰だよお兄さまセンサーとかアホなことを言ったやつ。後でセンサーは解体だな。)

 

 無表情を維持しながら左のライスに近づいて差し出された手を取る。その間、一切右のライスには目を向けないように意識する。

 

「お兄さま!」

 

 本物のライスがたちまち笑顔になる。それを偽物ライスとテイオーが笑顔で見つめている。

 

「さっすがライスのトレーナーだね!見直したよ!」

 

 テイオーがキラキラした目を向けてくるが間違いかけたこともあり、非常に気まずい。

 

「あはは、言っただろ?俺はライスのお兄さまだからな。例えライスが10人に増えても見つけてみせるさ。」

 

 この言葉にテイオーは感心した表情で、ライスは笑顔で、偽ライスは無表情で見つめてくる。俺はキチンと笑えているだろうか?正直自信がない。

 そんなことを考えている時、強風が吹いてテイオーが被っていた帽子が飛んでいく。

 

「あ、ライスの帽子が飛んでいっちゃった!ボクとライスで取ってくるからライスのトレーナーは少し待っててね?行こ!ライス。」

 

「え?う、うん。」

 

 テイオーがライスを連れて走っていく。ん?ちょっと待て。今俺の近くって偽ライスしかいないんじゃ……。

 

「ねぇ?」

 

 嫌な予感が湧いたと同時に腹に衝撃。恐る恐る下を見ると偽ライスが俺に抱きついてる。引き離したいが腕ごと万力みたいな力で抱きつかれているので抵抗ができない。表情を窺いたいが、顔が俺からは見えない程度に下げられていて分からない。

 

「な、なんだ?」

 

「さっき、間違えたでしょ?」

 

 息を呑む。やっぱり気付かれていたか……。俺の中で警鐘が鳴り響き、無駄だと思うが力を込めてなんとか脱出を出来ないか試してみるが逆に力が強くなってくる。

 

「僕はね?とある事情でライスシャワーさんには特別な想いがあるんだ。だから次にあの子が貴方のせいで悲しんでいる姿を見たら──」

 

 俺を抱きしめる力がかなり強くなってきた。骨が軋み、あと少しでも力を込めれば俺の骨は砕けると確信してしまうぐらいだ。

 

「ゆ る さ な い か ら ね ?」

 

 下げられていた顔がゆっくりと上がり、薄く笑った表情なのに全く笑っていない昏い目が俺を見つめてくる。

 

「あぁ、約束する。二度とライスを悲しませない。」

 

「……ならいいや。ちゃんと守ってよね?ライスのお兄さま?」

 

 俺から距離をとって偽ライスが朗らかに笑う。先程のような気配がなくなり、ライスとは違う活発さが出てくる。恐らくこれがこの子の本来の性格なんだろう。

 

「ただいま〜。って二人とも何かあった?」

 

「ううん、何でもないよ。お帰り、テイオー。」

 

 いつの間にかテイオーたちも戻ってきている。俺たちの様子を見て疑問を感じていたが偽ライスの言葉でどうでもよくなったようだ。

 

「取り敢えずこれでライスの悩みは無くなったと思うけど二人はどうするの?遊ぶ?」

 

「えっと、ライスは予定してたトレーニングをしに行こうと思ってるよ。ね?お兄さま?」

 

「俺は遊んでもいいと思うが……ライスが望むならそうしようか。」

 

「うん!それじゃあ、テイオーにラモちゃん。またね?」

 

「バイバイ!また遊ぼうね?」「またね?お姉ちゃん!」

 

 手を振りながらテイオーたちと別れる。今日中に予定していたトレーニングを全て行うのは時間的に無理だな。また作り直さないと。

 

「?どうしたの?お兄さま?」

 

「いや、何でもない。」

 

 ふとライスの方を見てみると、笑顔のライスが問いかけてくる。その姿とあの昏い目をした偽ライスが被る。

 

(流石にあれはあれでアリだと思ったなんて口が裂けても言えないよなぁ。)

 

 

 

 

 

「それで?本当は何があったの?」

 

「ちょっと釘を刺しただけでそれ以外は本当に何もないよ?」

 

 僕らに手を振っているライスシャワーさんに手を振りかえしているとテイオーが再び聞いてきたので本当のことを教える。テイオーはふーんって言っているが不満そうな態度は出ていないので納得したようだ。

 

「お姉ちゃんはトレーニングに行ったけど僕たちはどうする?」

 

「だったら併走でもする?普通のウマ娘基準の速度で。」

 

「いいね、それで行こう!」

 

 この後テイオーとメチャクチャ走った。夜まで走っていると迎えに来たお義母さんに捕まって縄で縛られたまま帰ることになった。知らないうちに真後ろで走っているから心臓に悪いよお義母さん……。

 

 

 

 それから二週間ぐらい、最初の目的であるお義父さんが担当するウマ娘のトレーニングを手伝った。真後ろにピッタリくっついて併走したり、トレーニング用のタイヤを運んだり、ハリボテを被って第一コーナーで一緒に転倒したりと色々だ。

 タイヤを運ぶ時にいちいち身体に括り付けるのが面倒くさくて片手で引っ張ったりしたんだけどあり得ないものを見るような目で見られた。

 あと、これは気のせいだと思いたいんだけど担当の子がお義母さんに縛られてるところを何回か見たんだけどすっごい嬉しそうだった。他にも僕が縛られているところを羨ましそうに見てたりしているんだけどこの子M気質とか持ってないよね?大丈夫だよね?けどハリボテの特訓を素直にしてる時点で濃いのは確実だしなぁ。

 だってお義父さんがハリボテ頭を取り出して絶対に転けるけど怪我しないから安心しろって言ったらすぐに被ったからね?尻尾もぶんぶん振ってたからね?困惑のこの字もなかったからね?

 それ以外には僕のことを知ってたのか僕にもトレーニングをお願いしてきた。確かにこの世界の人から僕を見たらどんなトレーニングをしたらこうなるのか気になるよね。僕は元からこれなので何も言えないけど……。

 なので僕が知っているトレーニングを夜にこっそりとすることにした。何をするかというと何故かこの世界にもお守りと緑の液体と気分が上がりそうなケーキがあった。つまりそういうことです。

 お守りを首にかけて走りながらケーキを頬張り、緑の液体で流し込む。途中でテンションが振り切ったのか僕に罵ってほしいとか言い出したので控えめに罵ったら興奮してスピードが上がった。

 しかも途中から僕のことをお姉さまとか言い出した。このウマ娘自分の性癖を隠すつもりないでしょ。効率は上がるので僕だけの時は許してるけどお義父さんたちの前だと絶対に言わないでとは注意しといた。

 そしたら次の日の夜に鞭と縄を持ってきた。どう解釈したら鞭と縄を持ってくるの?僕に何をさせたいの?ちなみに理由を聞いてみたら僕に見られながら何かをされたらすごく興奮するんだって。ちょっと引いたり、必要最低限しか話さなくても興奮してた。このウマ娘無敵か?

 そんな日々を過ごして久しぶりに一日丸ごと自由時間の日が来た。合宿前はこんなに疲れるとは思わなかったよ。肉体的には元気なのに精神がバテバテだ。このまま頭痛などになれば持ち前の修復能力で無理矢理回復することは出来るのだけど、そこまでいく前にあの子がMモードを止めるから、尚更タチが悪い。

 

「テイオー、僕は疲れたよ……。」

 

「よしよし、ラモがこんなに疲れてるところってボクは初めてみるよ。」

 

 ベンチで寝転がっているとテイオーが来て膝枕をしてくれたのでありがたく使わせてもらっている。アニマルセラピーならぬテイオーセラピーである。

 

「担当の子がね?思った以上に濃かった。」

 

「ラモが言うって相当濃いんだろうね。ゴルシくらい?」

 

「流石にゴルシさんには負けるよ。けど特化型だから一部では勝ってるかも。」

 

 白衣を着たウマ娘と女のトレーナーらしき人がピンク髪の大きなリボンが特徴的なウマ娘を担架に乗せて運んでいくのを見ながらテイオーと言葉を交わす。それだけで疲弊した精神が回復していくのを感じる。

 

「僕復活!膝枕ありがとうね、テイオー。」

 

「もっと乗っててもよかったんだよ?」

 

 確かにもっと乗っていたいが我慢する。僕はテイオーの前では頼れるお姉さんキャラなのだ。それを崩す気は今のところない。

 

「それでテイオーがここにいるってことは今日は自由時間なんだよね?何して遊ぶ?」

 

「今日は海で競争でも……って雨?」

 

 ポツポツと雨が降ってくる。怪しげな天気だけど今日は降るとは言ってなかったような気がする。そんなことを考えているうちにどんどん雨脚が強くなってくる。

 

「わわわ、これは本降りだね。雨宿りしたいけど……ここからだとボクの泊まっているところが一番近いね!行こう、ラモ!」

 

「わっ!テイオー、急に走り出すと危ないよ!」

 

 テイオーが僕の手をひいて駆け出すのでそのままついていく。暫く走っていると見たことがあるようなボロ宿が見えてきた。

 

「テイオー!何処に行ったと思ったら……ってライスモドキもいるのか。」

 

 宿の入り口では沖野トレーナーが心配そうに周りを見ていたが、テイオーの姿を見るとホッと胸を撫で下ろしている。

 

「うん、急に雨が降ってきたから宿に戻ってきたんだ。」

 

「急にって……今日は雨が降るから仮に外に出てもすぐに戻れる距離にいろって朝に言っていただろ……。」

 

「そうだっけ?忘れてたよ!」

 

「この様子だとライスモドキも知らないみたいだな?」

 

「うん、聞き流していたから今日は降らないと思ってた。雨が弱くなったらすぐに帰るよ。」

 

「お前らなぁ……。残念だが今日はずっと雨だ。それと雨の中で女の子を一人で帰すわけにはいかないな。」

 

 ため息を吐く沖野トレーナーを尻目に外を見ると雨がかなりキツく、外の景色が全く見えない。これが今日一日続くなら預かる側として帰すわけにはいかないか。

 

「仕方ない、今日はここで泊まれ。宿の人には俺が話を通しておく。ライスモドキは歩トレーナーに泊まるってことを伝えておけ。テイオー、電話まで案内してやれ。」

 

「お泊まりだね!やった!電話はこっちだよ、ラモ!」

 

 お泊まりかぁ……僕水着なんだけど服はどうしよう。

 

 

 

 案外なんとかなった。お義父さんに電話で現状を伝え、宿の人が用意してくれた服に着替える。その後はテイオーに手を引かれてスピカのみんなを紹介してもらった。

 順に紹介してもらったけどスカーレットは化けの皮を被っていたけどウオッカにすぐに剥がされるし、ゴルシは開口一番に黄金焼きそば屋はゴルゴル星で整備しているからやってねーぜ!と言われた。それはいいんだけど僕はゴルシを追いかけた時に顔を一切見せてないんだけどなぁ……ゴルシだからかな?

 紹介が終わってからはトランプで遊ぶことになった。スカーレットとかウオッカは僕と走りたかったみたいだけど、それはまた今度ってことで。

 ババ抜きから始まって七並べとか神経衰弱とか色々だ。ちなみにスピードの時は僕の全戦全勝だった。

 それで今度はゴルシが持ってきたニンジンをみんなに配って違うゲームをしている。インディアンポーカーという自分の額にトランプのカードを当てて、自分以外のみんなのカードが見える状態で自分のカードの大小で勝負を決めるゲームらしい。他にも細かいルールはあるみたいだけど取り敢えずこれだけ覚えておけばいいとのこと。何もないままだとつまらないので貰ってきたニンジンをかけて勝負をするってことで始まった。

 相手はゴルシ テイオー スカーレット。それから僕を入れての四人対戦。他の三人は沖野トレーナーに呼ばれて部屋から出ていった。簡単な手伝いって言ってたからすぐに帰ってくると思う。

 

「よーし、んじゃあお前ら勝負するか?」

 

「ボクはする!」「アタシもよ!」

 

「ラモはどうだぁ?」

 

 二人は勝負を挑むみたいだね。だけどカードの数字はお互いに一。負けは確実だ。ゴルシの掲げているカードも二。下から二番目。つまり雑魚。なら僕のカードはどの数字かな?

 みんなの反応から見るに下の方なのは確実。だけどゴルシが僕のカードを見て少し悩むような表情をしたのを僕は見逃さない。つまり僕のカードはニか三とみた!!

 

「もちろん勝負するよ!更に倍プッシュだ!!」

 

「お、やるねぇ〜。ならゴルシちゃんも倍プッシュだぜ!」

 

「ならボクも!」

 

「アタシは……そのままでいくわよ。」

 

 テイオーは乗ったけどスカーレットはそのまま。てっきり彼女の性格的に乗って来ると思ったのに意外だ。

 

「それじゃあ、いっくぞぉ!せーの!」

 

 

 

 

 

「ようやく見つけましたわ、ラモさんにテイオー。……こんなところでどうしましたの?」

 

「マックイーン。賭け事って難しいんだね。」

 

「ボク、一と三しか引いてないよ……」

 

 隅っこで三角座りをしてジメジメしている僕たちにマックイーンが少し引き気味で聞いてくる。

 あの後、僕はボロ負けした。その次にテイオー、最後はスカーレットで勝者はゴルシ。僕の引いたカードは一と二しかなかった。そもそもこの勝負でみんな五以上を引かなかったので疑問に思ってカードの山を確認してみたけどちゃんと枚数分のキングとかもあった。訳が分からないよ……。

 

「ところで僕たちに何か用があるの?」

 

「えぇ、トレーナーさんがもういい時間だから風呂に入って寝ろとのことですわ。」

 

「え?もうそんな時間なの?」

 

 近くの時計を確認してみると確かにもうそろそろ風呂に入って眠らないといけない時間だ。トランプにここまで熱中するなんて初めてかもしれない。

 

「ほら、テイオー。ジメジメしてないでお風呂に行こ。」

 

「抱っこ。」

 

「えぇ?しょうがないなぁ。」

 

 僕に向けて広げられた手を掴んでテイオーを抱き上げてしっかりとテイオーが抱きついたのを確認する。

 

「僕たちはお風呂に行くけどマックイーンはどうするの?」

 

「私は既に入っていますので後は寝るだけですわ。」

 

「そうなんだ。それじゃあ、おやすみなさい。マックイーン。」

 

「おやすみなさいですわ。ラモ。テイオー。」

 

「おやすみ〜。」

 

 マックイーンと別れて風呂場へと向かう。っていっても詳しい位置は知らないからテイオーに教えてもらわないといけないんだけどね。

 

『うお!トレーナー、どうしたんだ?砂浜に打ち上げられたまま干からびたナマコみたいになって……。』

 

『あぁ、ゴルシか……。ちょっと追加の食費を見て少し前に見た悪夢を思い出してな……。』

 

『へぇ〜、それってどんな夢だったんだ?』

 

『巨大なハンバーグの上でライスモドキとテイオーが俺を囲んで踊りながら財布の中身を貪る夢だ。』

 

『どんな夢だよ、それ。』

 

 途中で過去のすれ違いが起こした被害者の嘆きが聞こえてきたが気のせいということにしておこう。まだ沖野トレーナーには言ってないけど、僕が食べた分の食費は後でお義父さんが払うって言ってたから許して欲しい。

 そんなことを考えているうちに風呂場についた。ちゃちゃっと入ってさっさと寝てしまおう。

 

 

 

 

 

「よし、これで完成。」

 

 みんなが寝静まった後、僕は食堂であるものを作っていた。しっかりと宿の人に使っていい許可もとっているし料金も払っている。(お義父さん名義で)

 一度はやってみたかったことなので作っている最中はずっとワクワクしていた。

 

「ん?この足音……。テイオーかな?」

 

 静かな空間に響く足音。軽さ的にあの中だと当てはまるのはテイオーだけのはず。ここに来るってことは小腹が空いているってことだろうしテイオーの分も作ってみよう。

 

「電気がついてる?ってラモ?どうしたの?」

 

「やぁ……、テイオー。ここに来たってことはお腹が空いたってことでいいよね?」

 

 コクリと頷くテイオーに思わず笑みが溢れる。今から作るのは一人だとちょっと覚悟のいるものだからだ。

 

「そんなテイオーにはこれだよ。」

 

「……ミキサー?」

 

 僕の置いたものにテイオーが疑問を感じているうちに食材とか調味料を並べていく。

 

「これを……。」

 

 それらを一気にミキサーにぶち込んで。

 

「こう。」

 

 スイッチオン。中で食材たちがかき混ぜられて粉々になる。しかし液体を入れていないのでここにあるのはグチャグチャになった食材だけだ。なので。

 

「それからはちみーをぶち込む。」

 

 満タンギリギリまではちみーを入れてもう一回かき混ぜる。これが僕がやりたかったこと。色々混ぜたものを食べるということだ。一部ではハイポーションとか言われていたりするので本家を見習ってウマのマスクとか被りたかったけどここにはないので仕方ない。

 

「これで完成。はい、テイオーの分。」

 

「え?いやいや、流石にラモがくれたものでもそれはちょっと遠慮したい「よく考えてみて、テイオー。」……何を?」

 

 ここでテイオーが嫌がるのは予想済み。だから僕も対策を考えているんだよ。

 

「この中にははちみーがいっぱい入っている。そして中の食材たちにもはちみーが徐々に染み込んでいる。つまり……。」

 

「つまり……?」

 

「これは実質はちみーってことだよ!」

 

「はち……みー?」

 

 作戦名、取り敢えずそれっぽいことを言ってゴリ押そうよ作戦。効果があるか自信はなかったけどテイオーの目がぐるぐる巻きになってきているから多分効果ある。

 

「ってことではい、はちみー。あとストローはこのホースを使ってね?粘度が高すぎて普通のストローだとダメだと思うから。」

 

「はちみー。」

 

「よし、飲むよ!テイオー!はちみー探求者の第一歩を僕たちは歩むんだ!」

 

「はちみー!!」

 

 ジュゴゴゴゴゴゴゴ……

 

「「オ゛ッ゛ッ゛!!」」




ライスとラモの絡みはライスのトレーナーが本物はどっちだ!って困惑するところだけを書きたかったのに導入を考えたらなんかしっとりしてしまった……。


以下、アプリ風イベント


【育成イベント ライスが二人!?】

 サポートカード『「ボクたちは絶対の帝王」トウカイテイオー』をつけた状態で二年目の夏合宿にライスシャワーの調子が普通以下でごく稀に発生するイベント。
 トレーナーである貴方がライスシャワーの愚痴をいう先輩の相手をしているところをライスシャワーが目撃、逃走。慌ててライスシャワーを追いかけるが離されてしまう。
 ライスシャワーを探す貴方に青薔薇の帽子を被ったトウカイテイオーが現れ、ライスシャワーの元へと案内してもらうがそこにいたのは二人のライスシャワー!?
 少し会話をした後に制限時間付きの選択肢が現れ、正解するとライスシャワーの調子が絶好調に、それからステータスが全て一段階上昇し、更に練習補正が壊れているライスモドキがトレーニングに参加するという神イベント……と見せかけたクソイベントである。

 まず選択肢が完全にランダムであることから正解が分からない。ライスシャワーの姿で見分けようともそっくりなので見分けようが無い。
 更に凶悪なのが間違えた時のデメリットである。選択肢を間違えるとライスシャワーの調子が絶不調に、ステータスが全て一段階下がり、更にライスシャワーが逃走して練習に現れなくなり、捜索フェイズに入る。
 イベントが終わるとトレーニングマークが捜索マークに変更され、ライスシャワーを探さなければならない。捜索マークを押すと画面が切り替わり、今までライスシャワーと訪れた場所全てが選択肢に入る。全てとは育成イベントで訪れた場所も含まれており、その中で一番多く訪れた場所がライスシャワーの逃走先になる。
 ちなみにその間に目標レースがあっても強制的に最下位となる。
 救済処置なのか一発でライスシャワーを見つけると、元のステータスに戻る設定になっている。
 実はこのイベントは抜け穴があって制限時間が1秒を切るとトウカイテイオーがライスモドキの方を一瞬だけ見るようになっている。
 一部のお兄さまはその一瞬に全てを賭けている……らしい。
このイベントをクリア出来ればサポートカードをトウカイテイオー以外つけていなくても最高ランクのライスシャワーを高確率で育成できることからこのイベントの壊れ具合がよく分かる。


 なおこのイベントを成功するとバッドエンドルートが追加される。条件は目標の未達成で途中で育成が失敗すること。イベントを成功した時点で育成失敗なんて起こる確率はまず無いが、育成失敗すると失意のままに道を歩いている貴方に向けて後ろから声をかけられる。振り返ると目が全く笑っていないライスモドキがこちらに向かって歩いてきて、最後に「僕、言ったよね?」という言葉とともに画面が暗転し、育成失敗の文字が出る。
 その後のことは何を書かれておらず、考察班が色々と推測しているらしい。



 妄想を書いていたらめっちゃ長くなった……。


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夏ですよ!海に行きましょう!中編

誤字脱字報告ありがとうございます。
なんか思ってたより長くなってしまったから中編も追加。すまない、次で合宿は終わると思うから許して。
次のレースの構想はあるのに合宿で書きたいネタを入れてたらドンドン話が伸びる。


「お腹が空きましたわ。」

 

 テイオーたちと別れた後、すぐに布団に入って寝たのですがあまりの空腹で目を覚ましましたわ。

 なんとかもう一度眠れないか試してみますが私のお腹が空腹を主張してきてなかなか眠れません。

 

「仕方ありませんわ。確か食料がまだ残っていたはずですわ。」

 

 こんな時間に食べるとまた体重が増え、トレーナーさんに減量を指示されるかもしれませんが空腹には勝てませんわ。食料が地面に落ちても三秒以内なら大丈夫なように、お腹が空いたら三口くらいは食べても良いはずですわ。例え一口が口をパンパンにするぐらいだとしても三口で抑えればセーフのはずですわ。

 布団から抜け出し、皆さんを起こさないように慎重に部屋から出ます。この部屋には居ませんがゴールドシップさんを起こしてしまうと何を言われるか分かりませんわ。

 廊下も慎重に歩きます。部屋から出る時にテイオーとラモさんが居ないのは確認済み。廊下でバッタリ出会ってしまうとどこに行くのかと聞いてくるはずですわ。

 テイオーが聞けば朝にトレーナーさんに報告する確率が高いです。なので出会わないことが最善ですわ。

 トレーナーさんも私たちとは別の部屋なので知らない内に起きてくる可能性がありますわ。仮に見つかってしまうと明日のトレーニングメニューが悲惨なことになるのが目に見えますわ。

 周囲に目を向けて足音を立てずにゆっくりと歩を進めます。ここを曲がれば目的地が見えてくるはず……!

 

「……?明かりがついていますわ。」

 

 曲がり角を曲がると消えているはずの明かりがついている。部屋に戻る時に消えていたのは確認済みですし、誰かいるのでしょうか?宿の関係者なら良いのですが……。

 

「いや、確かテイオーとラモさんがいませんでしたわね。」

 

 部屋から出た時に確認していたことを思い出します。あそこにテイオーたちがいるのなら中には入れませんわね。どうしましょうか?

 

「まだテイオーたちと決まったわけではありませんし、まずは確認でしょうか?」

 

 そろそろと部屋に近づき、バレないようにこっそりと中を覗き込みます。そこには驚きの光景がありましたわ。

 

「テイオー!ラモさんも!どうしましたの!?」

 

 床にうつ伏せで倒れ伏すテイオー。その伸ばした指の先には黄色ではちみーと書かれています。ラモさんは机に突っ伏しており、口から黄色の液体が漏れていますわ。

 

「これは一体……?これが原因でしょうか?」

 

 机に置かれているミキサーを手に取る。その中身はラモさんの口から漏れている液体と全く同じですわ。蓋を開けて中身を嗅いでみますが嫌な匂いは一切なく、むしろ食欲をそそるような良い匂いですわ。

 

「飲んでみましょうか?……いえ、やっぱりやめておきましょう。」

 

 好奇心が湧き上がり、少しだけでも飲もうかと思いましたが、テイオーたちを見て思い留めます。私はあんな感じになりたくありませんわ。よく見るとお二人とも痙攣していますし……。

 

『修復を完了しました。──イェア!修復能力がなければもっとボートを見ていないといけなかった……。ってテイオー!大丈夫!?」

 

 何かを呟いたと思ったらラモさんが飛び起きました。そしてテイオーさんの方へ駆け寄り彼女を抱き起こします。

 

「気絶してるね。部屋まで運ばないと……。いやぁ、好奇心は猫を殺すっていうけどその通りだったね。もう全部混ぜはやめておこう。……あれ?マックイーンはいつからいたの?」

 

「今さっき来たところですわ。それよりここで何がありましたの?テイオーは無事ですの?」

 

 テイオーを近くの椅子に座らせた後、ようやくラモさんが私に気付いたようなのでここであった出来事を聞いてみますとラモさんが気まずい様子で目を逸らします。

 

「ちょっと好奇心と挑戦的な感じが湧き上がって作ったものが凄い味だった。具体的に言うなら不味さによる吐き気が来ると同時になんか良い感じの川とボートが見えた。」

 

「何を言ってますの?」

 

 不味い味はともかく川とボートが見えるってどんな味ですの?

 

「まぁ、壮絶な味と思ってもらっていいよ。ところでマックイーンはなんでここに?」

 

 ラモさんには話してもいいのでしょうか?最初は信じてみてもいいかもしれませんわね。

 

「少しお腹が空いたので何かないかと見に来たところですわ。」

 

「そうなんだ!なら丁度いいものがあるよ!」

 

 ラモさんがテキパキと周りの後片付けをしながら私からミキサーを受け取り冷蔵庫の中にしまいます。そして冷蔵庫からあるものを取り出しましたわ。

 

「じゃじゃーん!このスイーツはどうかな?名付けて!気分下げ上げスイーツ!食べると元気が出るよ!」

 

 取り出したのは緑色の美味しそうなスイーツですわ。抹茶味でしょうか?

 

「僕が作ってみたんだよ!一つしかないから誰にあげるか悩んだんだけどマックイーンが一番乗りだからマックイーンにあげるね!後はミキサーの中身は飲んだらダメだよ!それじゃあ、おやすみ!」

 

 そう言ってラモさんがテイオーを抱き上げて去っていきました。嵐のようでしたわね。

 

「このスイーツはどうしましょうか?全部食べると三口以上になってしまいますわ。しかし折角ラモさんが作ってくれましたのに食べないのはメジロの名が廃りますわ。」

 

 友人が作ってくれたものだからセーフですわ。友情パワーで脂肪が燃やされるので±0ですわ!

 

「では、早速。いただきますわ!」

 

 てっぺんのクリームをスプーンで掬って口に含む。クリーム特有の柔らかさとなんともいえない甘さが……甘さ?なんか段々苦みがでてきましたわ。

 

「にっっっっがいですわ!え?スイーツなのでしょう?なんでこんなに苦いですの!?」

 

 あまりの苦さに思わず声が出ますわ。ラモさんってもしかして料理がかなり下手……。いえ、この判断はまだ早計ですわね。

 

「ラモさんは気分下げ上げと言っていましたわ。今食べた部分が下げなら上げの部分もあるはずですわ。」

 

 スプーンで上の部分を避けて下の部分を掬い取ります。少し躊躇してしまいますが覚悟を決めて食べてみると途端に広がる甘さ。

 

「美味しいですわ!!とっても美味しいですわ!!!」

 

 あまりの美味しさにスプーンが進む。気付いた時にはスイーツが半分くらいまで減っていましたわ。

 

「もうこんなに食べてしまいましたわ。もっと味わえばよかったですわ。」

 

 一気に食べてしまったことを悔やみつつ次を口に含む。するとさっきの甘さから一転して苦味がやってくる。

 

「にっっっっがい……これはもうやりましたわね。そうでした、このスイーツは苦味もありましたわ。」

 

 顔を顰めながらスイーツを見つめていると気付いてしまいましたわ。これって残ってる部分全部、苦味の部分ですの?

 

「やってしまいましたわ……。恐らくラモさんはこの苦味と甘味を交互に味わうように作っていたはずですわ。ですが私はあまりの美味しさに甘味の部分だけを食べてしまいましたわ……。」

 

 スプーンが止まる。残りは全部あの苦味ですわ。しかし美味しい部分だけ食べて苦味は食べないなんて作ってくれたラモさんに申し訳ありませんわ。

 

「なら目指すは完食!いざ!!参りますわ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクは今危機を迎えている。何故かって?それはね?

 

「すぅー、すぅー、うぅん、テイオー……。」

 

 ラモがボクに抱きついて眠っているからだよ!なんか綺麗な川を下る船にいつの間にか乗っていて船が目的地に着いた瞬間この光景だよ?耐えられないよ!

 

(ラモって眠る時に抱き着き癖があるのかぁ……。)

 

 寝ているためか力加減が出来ずに思いっきり抱き締められているがウマ娘なら大丈夫くらいの力だ。何も問題はない。逆にいえばウマ娘じゃなかったらこのまま抱き潰されることになるけどね。

 ラモの寝顔を眺める。そういえばこうやってラモが寝ているところとか初めて見るね。ラモの知らない一面を見れてなんだか得をした気分になる。

 

「うぅん。」

 

 ラモが寝言のようなことを言った後に移動する。……ボクの上に。

 

(え?ちょっと待って!ラモ!ストップ!!)

 

 そんなボクの思いは届かず、ラモの移動が完了する。ボクの真上に移動してそのままボクに抱き着く。

 

(あ、ラモの匂いとかって顔が真横に!あわわわわわ。)

 

 これはダメだ。威力が強すぎる。奥の手を使おう。

 

(ボクたちー!ヘルプ!助けて!……おーい!聞こえてる?)

 

 寝ているはずのボクたちに声をかけて呼び起こすが反応がない。しっとり組ならラモが隣で寝ている時点で飛び起きて騒がしくなるはずなのにここまで反応がないのはおかしい。

 目を瞑って意識を集中する。徐々にボクの身体から力が抜けて感覚がボクの中に引っ込んでいく。次に目を開くとボクたちがいる謎空間に来ていた。

 

「も〜、ボクたち!なんで呼んだのに誰も来てくれない……の?」

 

 後ろからボクたちの声がするので文句を言いながら振り返る。するとそこには──

 

「うーん。ラモがぁ……。ラモがぁ……。」

 

「はいはーい。ラモが見えないところに行こうね〜。」

 

 倒れ伏すボクたちとそれを担架に乗せて運ぶボクたちがいた。

 

「どういうこと?」

 

「あ、表のボクじゃん。どうしたの?今は手を離せないから手短にお願いね?」

 

「いや、呼びかけても誰も反応しないから様子を見にきたんだけど何があったの?」

 

「あえて症状名を言うなら急性ラモ摂取中毒かな?」

 

 なにそれ?そんなボクの疑問顔を見てボクが説明を始めてくれた。

 

「ボクたちはしっかりとラモを認識している状態でラモ成分を摂取しているから普段は大丈夫なんだけど、今回はボートの旅から急にラモの顔面ドアップからの抱き着きと無防備な姿っていう連続コンボが来たから一部のボクたちが耐えきれずに爆発しちゃった。」

 

 特にラモに執着しているボクたちには大ダメージだねぇ。と笑うボクに納得する。確かにボクでもキツかったんだからラモ好き過激派のボクたちには耐えきれないだろう。

 

「それでボクたちはボクたちの介抱に手一杯だからそっちは頑張ってね?」

 

 その言葉を理解する間もなくボクの身体が宙に浮き、そのまま謎空間から弾き出された。

 

「……どうしよう?」

 

 身動きが取れないままラモを退ける方法がないか考えてみるけど何も浮かばない。しかもボクが謎空間に行ってる間にラモの抱き着きが更にひどくなっている。腕ごとガッチリ抱きしめられているし、脚もラモの脚に挟まれて満足に動かせない。腹筋で起きあがろうとしてもラモの身体が邪魔で起き上がれない。

 

「いや……このまま慣れれば眠れるはず。ボクだってラモに毎回抱き着いているんだ。これぐらい慣れっこのはずだよ。」

 

 よし、これならいける。抱き着いたまま眠るだけなんだ。何も問題はない!

 あ、ちょっと待ってラモ!流石に頬擦りはレベルが高いって!ね、ネムレナイヨー!

 

 

 

 

 

 朝が来た。結局ボクは仮眠程度の睡眠しか取れなかったよ……。っていうかみんな酷いよ!起きてボクらに気付いてもみんな微笑むだけで誰も助けてくれないんだよ!

 ちなみにボクはまだ布団にいる。起きようと思っているんだけどラモがまだ抱き着いているので起きれない。声をかけたら起きるかな?

 

「ラモ〜?そろそろ起きよう?朝が来たよ〜。」

 

「ん?んんー?……おはよう。テイオー……。」

 

 幸いラモはすぐに起きてくれた。眠そうに目を擦りながらだけどノソノソとボクの上から退いてくれたのでボクも起きあがる。

 未だにボケーとしているラモを尻目に今日の予定を思い出す。今日は昼からみんなとトレーニングの予定だったから朝はゆっくりでも大丈夫だね。

 予定の確認が終わったのでラモに視線を移す。そこには服を脱いだラモがいた。

 

 服を、脱いだ、ラモがいた。

 

「ちょっとラモ!?なんで脱いでるの!?」

 

「?だって起きたら着替えないと……。」

 

「その服は寝巻きじゃないよ!それに宿の服を借りているだけだから替えも同じ服だよ!」

 

 次からラモが寝ぼけている時は目を離さないようにしないと……。復活したボクたちの奇声を聞きながらボクはそう決心した。

 

 

 

 

「えっと……。なんかごめんね?テイオー。」

 

「ちょっと新鮮な感じもしたから気にしないでいいよ。ラモ。」

 

 やっと完全に目覚めたラモを引き連れて朝食を食べに向かう。ラモも自分がどんな行動をしたのか所々覚えているみたいで歩きながら顔を赤くしている。

 

「なんか騒がしくない?」

 

「……そうだね、食堂の方……かな?」

 

 そんなラモも可愛いと思っていると段々と騒がしくなってくる。今までこんなに騒がしくなっていることはなかったから何かあったのかな?

 

「みんなどうしたの?廊下まで騒ぎが聞こえてきたよ?」

 

「テイオーか……。今重大な事件が発覚したんだ。」

 

 食堂に入ってみんなに話しかけるとゴルシが深刻な顔でボクの方に向く。ゴルシがそんな顔をするなんて一体何があったんだろう?その答えはゴルシがボクの前を退いたことで判明した。

 

「ス、スペちゃん!どうしたの!?」

 

 床に仰向けで倒れているスペちゃん。その手にはとっても見覚えがあるミキサーの容器。そしてスペちゃんの口から漏れている見覚えのある色の液体。

 

「朝、ここにきたら既にこうなっていた。あのスペがミキサー容器の容量程度で倒れる程だ。これは事件の予感がするぜぇ!」

 

 実際に味を知っているボクからすればあの残りを全て飲んだスペちゃんの方に驚いているんだけど。見てよ、ラモの顔。「え?あの量を飲んだの?本気で言ってる?」みたいな顔をしているよ?

 

「この事件!アタシこと、ゴルシちゃん探偵が無事に解決してみせるぜ!」

 

 いつの間にかゴルシが探偵風の服に着替えていた。誰の目にも止まらない早着替え、ボクでも見逃しちゃうね。

 

「と、いうわけでラモ。お前が犯人だ!」

 

 探偵どこに行ったの?推理どころか痕跡探しすらしていないけど。

 

「な、なんで僕なのさ!証拠を教えて欲しいね!」

 

「証拠なら昨日の夜に食堂でコソコソしていたのはラモだけってことだな。つまりそこでそれを作っていたってことだな。」

 

 スペちゃんが持っているミキサーをゴルシが指差す。だけどこれだけならまだ誤魔化しようがある。ラモもそれを分かっているのか口元がニヤけている。

 

「そそそそれを作っていた証拠なんて無いじゃないか。そ、それだけでぼ、僕を犯人と決めつけるのは早計じゃない……かなぁ?」

 

 ラモぉぉぉぉぉおお!!!目が!目がめっちゃくちゃ泳いでるよ!それじゃあ自分が犯人だって自白してるものだよ!見てよみんなの顔を!「あ、こいつだわ。」って顔してるから!

 

「そうかぁ、ラモじゃないのか……。うーん、迷宮入りだな。」

 

 ゴルシがとぼけた感じで追求をやめるとラモがホッと息を吐く。それから誤魔化せたと思っているのかボクに向けてドヤ顔をしている。

 

「んじゃあラモはマックイーンのためにスイーツを作ってたんだよな?」

 

「そうだよ!今頃マックイーンは元気いっぱいなんじゃないかな?」

 

 ドヤ顔のまま胸を張ってゴルシの質問に答えるラモ。それを聞いたゴルシの顔がにやけているがラモが気付く様子はない。

 

「へ〜、さぞかし美味しかったんだろうな。ところであのミキサーは何を混ぜたんだ?」

 

「あれはね、冷蔵庫の中にあった食材とかを適当に混ぜ……。」

 

 ゴルシの質問に気分良く答えるラモ。途中で自分が何を話してしまったのかを気付いたのかドヤ顔のまま顔を青くするという器用なことをしている。

 

「こいつが犯人だ、連れて行け。」

 

「ま、待って!好奇心が!好奇心が悪いんだよ!僕はそれに従っただけなんだよ!それに後で焼いて食べるつもりだったんだ!信じてくださいゴルシ探偵!決して僕の──。」

 

 後ろからウオッカとスカーレットに腕を取られてラモが連れ去られていった。ラモも悪いと思っているのか迫真の演技と抵抗する振りだけをしてそのまま運ばれていった。

 

「今日もスピカに平和が訪れた……。それでもゴルシちゃん探偵の推理の日々は続く……。ゴルシちゃん探偵の続きは5月64日に放送予定だぜ!みんな見てくれよな!」

 

 最後にゴルシがくるっと回って何かのポーズ。さて、ラモも気が済んだら帰ってくるだろうしボクは先に朝ごはんを食べようかな。

 

 

 

 

 

 不覚だった。完璧に誤魔化せたと思ったのに何故バレたのか?砂浜で犬神家をしながら考えてみてもやっぱりバレる要素がなかったのでゴルシさんの方が上だったんだろう。

 ちなみに砂浜に埋まる前に服は水着に戻ってる。食堂を出てから二人に離してもらい、着替えてから自主的に埋まっている。

 途中で沖野トレーナーがマックイーンがどこに行ったか分かるか?と質問されたので脚をわしゃわしゃ動かして答えたら、あそこか……分かった、ありがとうと言われた。分からないという意味を込めたわしゃわしゃだったのに何を分かったんだろう?あと僕がなんで埋まってるのか聞かないの?それともスピカはそれを質問する気が無くなるほど日常になってるのかな?スピカ凄い……。

 

「そろそろ出ようかな、僕も朝ご飯を食べたい。」

 

 意外と気持ちよかった砂浜に別れを告げて宿に戻る。そのまま食堂を目指していると沖野トレーナーと出会った。

 

「あ、沖野トレーナー。マックイーンは見つかった?」

 

「あぁ、ライスモドキが教えてくれた場所で見つかったがなんか『体力が有り余っていますわ!この体力で走った分、脂肪が燃えて痩せますからまたスイーツを食べれますわ!永久機関の完成ですわ!』とか言って走り続けてたから置いてきた。無理な走りはしていないし、何を言っているか分からないが故障しないようにしっかりと気を遣って走っているみたいだからな。」

 

 教えてないんだけどなぁ……。あと僕お手製のスイーツは気に入ってくれたようだ。みんな大好き緑の液体とやる気が上がるケーキを混ぜて隠し味にナンデモナオールを入れたら完成する作った僕でもなんでこれがスイーツの範囲でいけるんだろうか?と疑問に思うほど奇跡的に出来たものだ。これは僕のスイーツを作る腕というよりケーキの力が強い気がする。

 

「それとライスモドキ。上島さんが用事があるから昼過ぎになったら迎えに行くと言っていたぞ。それまではまだここにいろ。」

 

「用事?急用かな?分かった。お世話になるね?何か手伝えることがあるなら手伝うよ?」

 

 沖野トレーナーからしたらチームメンバー以外の子の面倒を見る義理はない。それなのに人一倍食べる僕の食費を嘆きながらもしっかりと払ってくれてたりするから相当なお人好しだ。

 

「あ、そうだ。今日の昼飯は無い可能性があるからな。」

 

「……へ?」

 

 

 

 

 

 目の前で硬直するライスモドキを見ながらさっきゴルシたちに伝えたことをライスモドキにも伝える。

 

「運が悪いことに昨日の大雨とこの宿の食材補充の日が重なってな。大雨の影響でここに来るための道が封鎖されて立ち往生しているらしい。撤去作業は既に始まっているから昼過ぎには到着出来るそうだ。普段は補充前でも足りる量は確保してあるんだが……。」

 

「僕が来たからなくなってしまったってことだね……。ごめんね?僕のせいで……。」

 

「ライスモドキのせいじゃ無いから気にするな。ほら、朝食を早く食べてこい。早くしないと他の奴らに食われるぞ?」

 

「それは困る!それじゃあね?沖野トレーナー!」

 

「走るなよ〜。」

 

「はーい!」

 

 俺を通り抜けて食堂に早歩きで向かうライスモドキ。あのトモを是非とも触ってみたいが触ったら確実に蹴られるので自重する。いつもなら気にせずに触りにいくのだがライスモドキの脚力は他のウマ娘のものとは一つ二つぐらいは上のはずだ。そんなもので蹴られると流石の俺でも耐えられるか分からない。

 適当な理由をつけて触れたらいいのだが、ライスモドキはそこらへんの勘が鋭いため、しっかりとした理由じゃ無いとまず無理だな。

 

「それより昼飯をどうするか……だな。」

 

 本来の予定なら昼飯を食べてやる気を上げてからトレーニングをする予定だったが肝心の昼飯がないなら意味がない。かと言って朝にトレーニングの時間を移しても昼飯がないのにやる気が出るわけがない。

 

「仕方ない。昼飯が来るまでトレーニングをずらすか……。足りない分は個々でトレーニングするだろうし、そこら辺は臨機応変にって感じだな。」

 

 一応、アドバイスを求められたら応えられるようにそれぞれの課題をピックアップしておくか……。

 

 

 

「ふぅ……。取り敢えずこんなもんか?」

 

 紙にあいつらの課題を書き上げ、時計を見ると昼を過ぎていた。財布を取り出して中身を見てみると全員分の軽食ぐらいなら買える程度の金額はある。

 

「今から海の家に行って一人一品だけ奢るか……。」

 

 あいつらには足りないだろうが昼飯までの繋ぎにはなるだろう。それを伝えるために部屋を出ると視界の端にツインテールが映る。目で追いかけるとスカーレットが周りを警戒しながら廊下の奥に消えていくところだった。

 スカーレットがこんな行動をとるのは珍しいので追いかけてみると丁度香水のようなものを自身にかけているところだった。

 

「スカーレット。何をしているんだ?」

 

「ひゃあ!?ちょっと!急に声をかけてこないでよ!ビックリしたじゃない!」

 

「いつもとは様子が違ったからな。……なんか今日のスカーレットはいい匂いがするな?その香水か?」

 

 ここまで漂ってくるいい匂い。若い女性に言う言葉じゃないと今更ながらに気付いて内心焦るがスカーレットがため息を吐いた後に隠していた香水を俺の前に出した。

 

「えぇ、タキオンさんがくれたの。自分が欲しい物の匂いがする香水らしいわよ?」

 

「なるほど、それでどんな副作用があるんだ?」

 

「はぁ?何言ってるの?そんなのあるわけないじゃない。」

 

 ……そうだった。アグネスタキオンはスカーレットには甘かったな。そんなことを考えているとスカーレットに手を取られて香水をかけられる。

 

「しょうがないからトレーナーにもかけてあげるわ。試しに欲しいものを思い浮かべてみて?でも匂いを覚えているものじゃないとダメよ?」

 

 その言葉に最近食べた食事を思い出してみるとその匂いが漂ってくる。

 

「凄いなこれ。大発明じゃないか。」

 

「効果時間が短いのが欠点らしいわよ。それで?アタシを追いかけてきたのは気になったからってだけ?」

 

 欲しいものを切り替えて匂いを楽しんでいるとスカーレットが他にも用件を聞いてくる。そうだった、忘れるところだった。

 

「昼飯が来るまでまだ時間がかかるだろ?だから海の家でそれぞれ一品だけなら奢ってやろうと思ってな。他の奴らにも伝えてくるから先に宿の前で待っといてくれ。」

 

「え?ちょっと!香水のつけたまま……。行っちゃったわね。」

 

 

 

 

 

 

 

「お、いたいた。ライスモドキとテイオー。ちょっと今から「ご飯が届いたんだね。」……ん?違うが?」

 

 あいつらの内、二人を見つけたので声をかけるが途中で言葉を重ねられる。反射的に否定してしまうが二人の顔は確信に満ちていた。

 

「嘘だね。ならなんで沖野トレーナーからそんなにいい匂いがするの?ご飯を持ってきたんじゃないの?ダメだよ?独り占めをしたら。」

 

 ……なるほど香水の匂いか。原因は分かったがそれにしても二人の様子がおかしい。昼飯が遅れていてもまだ本来の時間より一時間ぐらい遅くなっているだけだ。よく食べるウマ娘だとしてもここまで様子がおかしくなるのは変だ。

 

「ボクたちはね?朝ご飯を食いそびれたんだ。理由はちょっと恥ずかしくて言えないけど。だから昼飯が楽しみで仕方ないのにどうしてトレーナーは隠すの?」

 

 テイオーが首を傾げながら問い詰めてくる。香水の匂いだからと言えれば楽だが今の二人に通用するのか?それとさっきから嫌な予感がビンビンする。まるで肉食獣にでも見つかった気分だ。

 徐々に距離を詰めてくる二人から後退りすることで距離をあけつつ、この状況をどうにか打破出来ないか思考を回す。誰か来てくれればどうにかできるかもしれない。

 

「……トレーナーさん。」

 

「!!マックイーンか!悪い、少し助けて「スイーツですわ!」駄目だわこれ。」

 

 訪れた希望はすぐに潰れた。なんなら状況が悪化した。三人に手をかざすことで牽制しつつ距離をあけても一人は必ず距離を詰めてくる。そいつを止めるために手を動かすと今度は手がハズレた一人が詰めてくる。

 このままだと捕まる!今のこいつらは冷静じゃない。捕まればどんな目に合うか分かったもんじゃない。

 

(こうなりゃ一か八かの賭けに出る!)

 

「あー!あそこにスイーツ爆盛りご飯の屋台があるぞ!」

 

「「ご飯!」」 「スイーツですわ!」

 

 三人が俺から視線を外したと同時にドア目掛けて全力で走る。ここでこんな適当な言葉に引っかかった三人にツッコミをしなかった自分を褒めてやりたいぐらいだ。

 内側から鍵をかけて座り込む。スカーレットが効果時間が短いことが香水の欠点と言っていたし、ここで匂いが無くなるまで待っているしかないな。

 

「トレーナー?出てきてよー。独り占めはダメだよ〜?」

 

 ドンドンガチャガチャとドアが鳴る。全く……、ホラゲーじゃないんだぞ?

 鍵を開けられたら?と考えたがどうやらこちら側からしか鍵をかけれない作りになっているみたいで一安心だ。

 

「少し退いてて?テイオー。」

 

 この声はライスモドキか。鍵穴もないんだから何も『バキィ。』……は?

 ドアの方から何かが砕けた音がしたので慌ててそちらをみるとドアノブのすぐ横あたりに手が突き出ている。貫手の形を取っていた手が開かれ、何かを探すように辺りを触る。

 マズイと思い駆け寄ったが間に合わず、ライスモドキは目的のものを見つけた。

 ガチャっと音がする。それは三人から俺を守る唯一の壁が無力化された音だった。

 ギィィィと少しずつドアが開いていく、最初に手がドアの端を掴み、徐々に顔が見えてくる。万事休すか……。香水の匂いが消えていることに今更気付いたが今の三人には届かないだろう。

 

「おーい、ご飯がきたぞぉ〜。スイーツは早い者勝ちな!」

 

「「ご飯!」」「スイーツ!」

 

 諦めが全身を支配しようとした時、遠くからゴルシの声が聞こえてくる。するとあら不思議、目の前にいた三人が消えているではありませんか。

 

「ははは……。はぁ、二度とこんなことはゴメンだな。」

 

 並のホラゲーより怖かったぞ。いやマジで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラモちゃん。」

 

「ひ、ひゃい。」

 

 遅めの昼ご飯を食べてから宿の人に勢い任せでドアを破壊したことを謝り、請求書を貰った後でテイオーたちと話していると後ろに鬼と化したお義母さんがいた。

 なんで鬼かって?後ろに般若らしい幻影が見えるからだよ!

 

「ラモちゃん?詳しく説明してくれるかしら?」

 

「私は今、冷静さを欠こうとしているわ。」

 

「ぴぇ……。」

 

 ドアの請求書を手にしてニコリと笑うお義母さん。だけどその後ろの般若はシャドーボクシングをしており、その相手が誰なのか想像するだけで身がすくむ。

 

「なぁ、お前らには何が見える?アタシは般若。」

 

「俺は縄で出来た龍。カッケェな。」

 

「nice boat.」

 

「スペ!いつの間に復活……してねぇな。ほら、まだ寝とけって。」

 

 後ろでわちゃわちゃしているが切実に助けて欲しい。一人でも間に入ってくれると僕は一生感謝するよ?

 そんなことを考えているうちにお義母さんからの圧が更に強くなる。こ、こうなりゃ僕の秘策を使うしかない。

 

「お義母さん!あっちでお義父さんが呼んでるよ?」

 

「あら?そうなの?」

 

 お義母さんが他所を向いたと同時に駆け出す。このまま逃亡してほとぼりが覚めた後に戻って謝ろう。確か怒りは六秒がピークだったはず。既に六秒経っている気しかしないが時間をおけば多分何とかなる。

 

「あらあら、ダメよラモちゃん。」

 

 そんな僕の思惑は一瞬で消えた。お腹に巻かれた縄によって。お義母さんいつの間に縄を投げてたの!?

 

「あ、あれは!?縄道奥義!蛇縄操縛!蛇のような縄捌きによって相手に気付かれずに縛る秘伝の技!!」

 

「へ〜、あれってそんな凄い技なんだ。ゴルシはよく知ってたね。」

 

「いや、今適当に考えた。」

 

「へ?」

 

 ズルズルと縄で引き寄せられ、目の前にはすっごいいい笑顔のお義母さん。ひぇ、綺麗なのに怖い。

 

「それじゃあ帰りましょうか?皆さんに挨拶しましょう?」

 

「シャイ……。じゃなくてハイ。それじゃあまたね、みんな。あ、テイオーと沖野トレーナー!前にも話したけど食べ放題は明日だからね!」

 

「バイバイ、ラモ。明日は楽しみだね!」

 

 テイオーたちに手を振って別れる。明日は待ちに待った食べ放題である。とっても楽しみだね!

 

「その前にラモちゃんは帰ってから説教ね?」

 

「……ひゃい。」

 

 

 

 

 

 

「……ところでトレーナーさん。食べ放題ってなんですの?」

 

「あーそれはだな……。テイオー、説明は任せた……っていねぇ!逃げやがった!」

 

「あ、ちょっ、待て!お前ら!話せばわかる!アーーーー!!!」




アプリ世界のドア開け手段を現実でやってしまいお義父さんのところに戻った後にしっかりと説教される。なおその後ろでずっと光悦な表情をしているウマ娘がいるみたいですよ?


以下妄想

ホラーゲーム【食いしん坊】

 ウマ娘の運営が配信した盆休み期間限定でプレイすることができるホラーゲーム。給料前の貴方はお腹を空かせた担当ウマ娘たちに捕まらないように帰宅しましょう。
 基本的にはエリアを徘徊するウマ娘たちから逃げながらアイテムを集めて帰るという感じ。ホラーゲームあるあるの玄関の鍵がかかって出れないとかそういうものは一切なく、帰ろうと思えばいつでも帰れる(何もしないまま帰るとバッドエンド直行)

ゲームクリア条件

バッドエンド…ウマ娘に捕まる。必要アイテムを集めずに帰宅する。このエンドになると画面が暗転してから貴方を捕まえたウマ娘たちが貴方と貴方の財布を手に持って談笑しながら高級店に向かう画像で終わる。帰宅の場合はその画像が入る前に部屋でゆっくりしている貴方がインターホンの音で玄関に向かう動画が流れた後に暗転、先程と同じ画像になる。

ノーマルエンド…必要アイテムを収集した後、帰宅。家でゆっくりしている貴方の画像で終わる。おや、窓の外からこちらを覗き込んでいる子たちがいますね?

ハッピーエンド…二人以上のウマ娘を満腹にした後、必要アイテムを収集してから帰宅。貴方が振る舞う料理を笑顔で食べているウマ娘たちとそれを笑顔で見つめる貴方の画像で終了する。エクストラモード解放。


エクストラモード…別名挑戦モード。チュートリアルで犬神家をしながら操作方法を教えてくれるウマ娘がこのモードだけ存在せず、代わりに徘徊するウマ娘の中にライスシャワーに似たウマ娘が追加される。
 一度見つかれば凄まじい速度で一瞬で捕まる。運良くドアを閉めても即座に破壊されるし、隠れても必ず見つかることから見つかってからの逃亡は不可能。見つかってしまうとエクストラモードのみで手に入る【ゴルシの屋台(出動)】【お義母さんの電話番号】が必要。そのうち【お義母さんの電話番号】はそのウマ娘を本プレイから退場させれる最強アイテムとなっている。
 なお、このモードで徘徊ウマ娘をライスシャワー、トウカイテイオー、メジロマックイーンに設定して【お義母さんの電話番号】を使用せずにハッピーエンドクリアすると特殊エンディングを見ることができる……らしい。


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夏ですよ!海に行きましょう!後編+α

誤字脱字報告ありがとうございます。
冷静に考えたらこの程度のネタって要らなくね?ってことでバッサリカット。かなり短くなったのでこれぐらいなら前回の話に入れれたなぁと一人反省。他にも色々反省するところはあるけど……。
 今回は半分以上がレースです。やっと書けた。


「あ、来た来た!テイオー!こっちだよ!」

 

 お義母さんから恐怖の説教を受けた次の日、僕は事前に決めた待ち合わせ場所でテイオーを待っていた。暫く待っているとテイオーが見えたので手を振ってテイオーに僕の存在を主張する。

 

「ラモ、待った?」

 

「ううん、全然。早速行こうかって言いたいけどちょっと聞いていい?」

 

「大体わかってるけど何かな?」

 

「後ろのみんなはどうしたの?」

 

 テイオーの後ろには笑顔のチームスピカのみんなと脚を縛られ、麻袋に入れられてゴルシに担がれている沖野トレーナー。沖野トレーナーはチケットを持っているからわかるけど後ろのみんなはなんだろう?

 

「食べ放題のことを知ったから連れていくことになっちゃった。」

 

「それはいいんだけどチケットは僕ら三人分しかないよ?お金はどうするの?」

 

「トレーナーが払うってゴルシが言ってたよ。」

 

 そのテイオーの言葉に麻袋の中の沖野トレーナーがフゴフゴと声を漏らしながら暴れている。あれって絶対沖野トレーナーの許可を取ってないよね?大丈夫なのかな?けど彼のことだし直前になったらなんやかんや奢りそうだ。

 

「まぁ、テイオーたちが問題ないって言うなら僕からは何も言わないけど……。それじゃあ、行こっか?」

 

 沖野トレーナーの貯金に冥福を祈りつつ、店の方へ向けて歩き出す。初めての食べ放題だ。最初は軽く店のメニューを全部食べてから、気に入ったものをまた頼むって方針でいいかな?

 

 

 

 

 そんなこんなで本日は貸し切りと張り紙が貼ってある店に着いたんだけど、ここの店は他の店と空気が違う。何というか、店員一人一人が常在戦場みたいな空気を持っている。特に凄いのはこちらからも見える厨房の真ん中で腕を組んで目を瞑っている恐らく店長のお婆さん。

 そんなお婆さんがゆっくりと目を開いて僕たちを流し見た後にニヤリと笑う。なるほど、僕ら程度なら大丈夫ということか。ならば僕も全力で食べないと失礼というもの。

 

「メニューです。ご注文が決まりましたらお呼び下さい。」

 

 沖野トレーナーがウマ娘一人当たりの食べ放題金額にムンクの叫びポーズを取っていたが無視して店員からメニューを受け取り、ざっと中身を見る。

 メニューは豊富でどれも美味そうだ。事前に店の評判を調べていたけど、評判に違わず期待できそうだ。

 

「みんなは決まった?」

 

「決まったけど、ラモはどうするの?メニューまともに見てなかったけど……。」

 

「僕は決まっているから大丈夫だよ。それじゃあ呼ぶね?」

 

 ベルを鳴らして店員を呼ぶ。テイオーたちが注文を伝えていき、僕の番になる。

 

「ここからここまで、全部下さい。」

 

「………!かしこまりました。」

 

 僕の発言に注文を取りに来た人が一瞬だけ驚くもすぐに元の表情に戻る。まるでこの注文が来ると分かっていたかのように。

 注文が厨房に届き、向こうが少し騒めく。お婆さんが僕に目を向けたのであえて挑発的な目を向けるとフン、と鼻を鳴らしてすぐに調理に取りかかった。食べ切れるかどうかを一切疑わないその動きについ感嘆の声が漏れてしまう。

 

「トレーナーさん……!」

 

「ダメだスペ。それだけはダメだ。」

 

 その手があったか!と目をキラッキラに光らせて沖野トレーナーの方を見るスペさんを止める沖野トレーナーを見ながら料理を待つ。きっとここの料理は美味しいんだろうな。楽しみだね。

 

 

 

 

 

「はぁ……今月がもうピンチだ……。」

 

 会計を済まして肩を落としながら歩く沖野トレーナーを見ながらお腹を撫でる。まさか一度も料理が途切れないなんて思わなかったな。

 今まで行った店は後半になればなるほど料理が届くのが遅くなるのにあの店にはそれが一切無かった。他に客がいないのもあると思うけどそれでも凄いと思う。会計の時に厨房で拳を掲げていたお婆さんが凄く印象に残っている。

 

「ラモはこの後はどうするの?もし暇ならボクらの方に来る?」

 

 人気店な訳だと一人納得しているとテイオーから話しかけられる。僕としては是非とも行きたいけど今日は予定がある。

 

「ごめんね?テイオー。今日はお義父さんの担当の子のトレーニングを手伝う予定なんだ。」

 

「そっかぁ。残念だけど仕方ないね。」

 

 残念そうなテイオーに申し訳ない気持ちになるが、僕はお義父さんの手伝いをすることを条件にここに滞在しているのでそれを破ってテイオーのほうに入り浸るわけにはいかない。

 だけどアクセル全開状態のあの子の相手は疲れるんだよなぁ……。

 

「あー、ライスモドキ。ちょっといいか?」

 

「何かな?沖野トレーナー。」

 

 胴体だけを縄で縛り、縄の先を犬のリードみたいに僕に掴ませて興奮しながら加速する彼女の姿にゲンナリしていると立ち直った沖野トレーナーから声をかけられた。

 

「よければなんだが、そのトレーニングについて行ってもいいか?ダメならそれでいい。」

 

「合同トレーニングってこと?なんで急に?もう八月だしちょっと遅い気がするんだけど……。」

 

 これは素直な疑問。合同トレーニングをするならもっと早くからするもんじゃないの?

 

「合同トレーニングを最初はするつもりはなかったからな。しかし、だ。上島さんの担当を見て少し気が変わった。スペたちには持っていないものを持っているようだし最近はトレーニングがマンネリしてきてるからいい刺激になると思ってな。」

 

 持ってないもの?Mモードのこと?確かにテイオーたちには持ってないけど持ったら大変なことになるよ?大丈夫?今月のピンチに頭ハンバーグになってない?

 そうなっては大変なのでとりあえず否定よりの返答をしようとした僕の頭に電撃が走る。あれ?みんなが来たらあの子のMモードは発動しなくなるんじゃない?ああ見えてあの子は人目がある時はあの状態にならないし……。逆にいえば人目がなければ全力で発動するんだけどね。

 最近は人がいても数人ならその人たちの死角に入って発動するし、着々とトレーニングの成果が出て僕は感心だよ。僕の手に縄を握り込ませに来なければね!!

 

「まずはお義父さんに聞いてみるね?多分許可は出ると思うから着替えたら迎えにいくよ!」

 

 是非ともテイオーたちには来ていただかないと……。なんならテイオーたちを巻き込んで併走すればあの子のMモードを避けれるかもしれない。

 テイオーたちと手を振って別れて急いでお義父さんのいる場所に向かう。僕の全力の走りならすぐに目的地につけた。

 

「ただいま!お義父さん!あのね──」

 

 

 

 

 

 

 

 結論からしてお義父さんの許可を取れて合同トレーニングが開始された。沖野トレーナーやテイオーたちが加わったことでトレーニングの内容が結構変わった。

 

「はははは!行け!テイオー!ラモにハリボテアタックだ!」

 

「うわっ!何こ──、この触り心地、香り、形……ハリボテじゃん!しかもあと少しで第一コーぶへぇ!?」

 

「ゴルシちゃん大勝利!大丈夫、峰打ち「そのまま行かすと思う?」ぶほぉ!?」

 

「ふふーん、ラモもゴルシもおっさきぃ「ここまで来たらテイオーも道連れだよなぁ?」ふべぇ!?」

 

「何をしていますの?貴方たち……。」

 

 テイオーを使って僕にハリボテを被せ、転倒させてきたゴルシを道連れにし、その僕らを見て隣を通ったテイオーをゴルシが道連れにしてマックイーンに呆れられたり。

 

「はぁ、はぁ、お姉さま、この縄を思いっきり引っ張って下さい。」

 

「!?なん……だと……?こんなにいるみんなの死角を縫って僕に近づいてきた……だと?」

 

「大丈夫です。お姉さまは引っ張るだけでいいんです。」

 

「良くないよ?周りを見よ?みんなに見られるのは嫌だって前に君が言ってたでしょ?」

 

「考えてみたんです。確かに今でも見られるのは嫌ですが、多人数に見られて軽蔑の目を向けられると思うとなにかゾクゾクしてくるんです。それにこの状況でお姉さまに私を縛る縄を持たれているスリル感が堪らなくて……あぁん!お姉さま!こんなところでダメです!みんながこちらを見てしまいます!そういうのは是非とも夜──。」

 

 なんかお義父さんの担当ウマ娘が変な方向に更に進化したり。思わず軽蔑の目を向けた僕は悪くないと思うな……。それさえもあの子は喜んでしまうから意味ないんだけど……。最近の悩みは軽蔑や蔑み、見下すような目が上手くなったことだよ……。

 

「ゴルシちゃんが頼まれたものを買ってきたぜー!」

 

「わーい!僕のたい焼……き?」

 

 ゴルシが買ってきたたい焼きが僕だけ鯛焼きだったり。いや、美味かったからいいんだけどさ……。

 そんな感じで夏休みは過ぎて行った。

 

 

「今日で合宿は終了だ。成長を実感していない者もいるだろうが断言する。確実にお前たちは強くなった。今はわからなくてもレースでこの実力は確実に出てくるだろう。」

 

 夏休み最終日、最後のトレーニングを終えて沖野トレーナーがみんなと話してるのを見ながら海の家で買ってきたアイスを食べる。お義父さんたちは別件で離れているため、僕が合同トレーニングの関係者としてここにいるって感じだ。みんなが解散して帰宅を始めたら僕もお義父さんたちと合流して帰る予定になっている。

 

「それじゃあ、最後の締めは……。テイオー、お前に任せた!」

 

「えぇ!?ボクなの!?うーん………。ラモ、ちょっと来てもらっていい?」

 

 ボケーとテイオーたちを見ているとテイオーが僕を呼んだのでアイスを食べきってキチンとゴミ箱に捨ててからそちらに向かう。

 

「えーと、今年の締めはボクことトウカイテイオーがするよ!ラモ、もう少しだけ近づいて……うん、ここでいいよ。」

 

「それじゃあいくよ!はちみつご飯!!!」

 

 テイオーが僕に抱きついてきた。うん、ここからどうするのかな?

 

「………テイオー、それだけか?」

 

「え?そうだけど?」

 

 周りが静まって、波の音と遠くから別のチームの号令が聞こえてくる。テイオーは僕に抱きついたままみんなを見ている。

 

「よし、解散!」

 

「えぇ!?ちょっと待ってよ!ここはみんな笑うところじゃないの?え?本当に荷物纏めちゃってる!?ミンナマッテヨー!」

 

 なんとなくスピカっぽい終わり方だなと笑ってしまった。

 

 

 

 

 

「はう……!」

 

「えっ?急にどうしたんですか!?えっと、こういう時はどうしたらいいの?救急車?」

 

「ほう……、尊死ですか……。なかなかやるわね。」

 

「あ、貴方は!?」

 

「尊死とはあまりに素晴らしいものを見てしまったものが天に昇りそうになる……。つまり昇天をかけて作られた言葉ですね。デジタルは全てのウマ娘のファンを自称していますが些細なことで尊死をする……。それはその些細なことで昇天してしまうほどウマ娘を愛している証明にもなります。更に──。」

 

「あの、それは分かったのでどうしたらいいんですか?この子のトレーナーさんですよね?」

 

「おっと失礼、では担架を二つと人を呼んできてほしいわ。」

 

「二つ?一つではなくて?」

 

「それはね?私も倒れるから……よ。」

 

「え?えぇ!?ちょっと!?しっかりしてください!ねぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 そんな感じで夏休みの合宿が終わり、帰宅。お義父さんが担当する子も最後の姿は確かに最初と比べたら成長していると実感できるほど変わっていた。中身はノーコメントで。道を歩いてると電信柱の影からニュルっと出てきそうで怖いんだよね……。

 あの子の別方向の進化に身震いしながら帰宅した時に届いていた僕宛の届け物を開く。そこに入ってあった紙に僕は衝撃を受けた。

 

「こ、これって……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『前回のレースは波乱でしたねぇ……。』

 

『そうですね、色物枠のくぁwせdrftgyふじこlpとヌベヂョンヌゾジョンベルミッティスモゲロンボョ……通称ヌベスコは強敵でしたね。まさか私たちに勝負を仕掛けてくるとは思いませんでした。』

 

『仮名オーケールールも極まってきましたね。一切噛まずに実況した時は思わず拍手をしてしまいました。ですがこれで知名度が広がったのか今回は何と!地域限定ですがテレビ中継がされております!』

 

『今同じことをしろと言われたら絶対に無理と言いますね。……そろそろ時間ですし始めましょうか?』

 

『分かりました。……さぁ、始まりました!色物レースのお時間です!今回のルールは被り物をしていること!ですが出走ウマ娘全ての被り物が一致したとのことです!』

 

『更に今回は全員が色物枠ということで今からこのレースの混沌具合が目に浮かびます。』

 

 いつものハリボテの中で実況の声を聞いていると驚きの情報が出てきた。全員同じ被り物ということはつまり……。

 

『それでは早速紹介しましょう!今回は全員色物ということで番外呼びは無しです。それでは一番ハリボテボーイ。』

 

 呼ばれたので出て行く前の子について行く。今回の僕は後ろなのだ。理由は色々あるけど一番の理由はアレをするには後ろの方が都合がいいのだ。本当はハリボテネイチャーを作りたかったんだけど短い期間で藁を調達出来なかった……。

 

「僕が誘っといてなんだけど、本当に良かったの?お姉ちゃん。」

 

「うん、ライスも走りたかったから……。」

 

「お姉ちゃんのトレーナーは?」

 

「問題ない。俺はお兄さまんだからな。」

 

 僕たちの解説と送っておいたメッセージの紹介を聞き流しながらライスシャワーさんに最終確認を行う。一応リスクとか色々話した後にお願いすれば少し悩んだけど了承してくれた。

 ライスシャワーさんのトレーナーは騎手はどうしようかな?って悩み始めた時に窓を開けて話は聞かせてもらった!俺に任せろ!と言ってきたので任せた。当時の僕たちがいた場所が男子禁制だったので速やかに蹴り落としたけど僕は悪くない。

 それからこのトレーナー、どこから聞いたか知らないけど僕が自身のトレーナーにあたる人の呼び方を自分に言ってくれとお願いしてきた。

 嫌だしこの人はライスシャワーさんのトレーナーなので断ったけど何故か自分のことをお兄さまんと言い出したのでそのまま放置している。別に害はないからね。

 アレをする都合上、念のためライスシャワーさんのトレーナーには縄を括り付けて僕に繋げてある。これで仮に落バしてもゴール出来るはず……。

 パドックで一通り動いてから引っ込む。ここからは他の子たちの紹介だ。僕は誰も見てないので楽しみである。

 

『二番、ハリボテチャリデキタ。第一回に出走した色物枠がハリボテ種として再登場。チェーンの改造は出来たのでしょうか?』

 

『私にはプラカードが増えただけに見えますが気のせいでしょう。』

 

 パドックに入ってきたのは見たことがあるママチャリに乗ったウマ娘。前と違うところはプラカードを増やし、ママチャリの周りをダンボールで囲んで本ウマ娘の頭にハリボテ頭が装着されているところだろうか?

 

『三番、ハリボテゾンビ。世にも珍しいハリボテ種の不死種です。走れば走るほど身体が崩壊しているがレースを走り切れるのでしょうか?』

 

『今も頭が取れましたね。修復スピードは速いようなのでレース中の崩壊と修復が均衡させることが鍵となるでしょう。』

 

 次にきたのはボロボロのハリボテ。パドックのアピール中に頭がもげたが中に縄がついており、それを引っ張ることで元の位置に装着。その後にガムテープで直す音が聞こえた。こんなにもげるってガムテープは養生かな?後で粘着テープをあげようかな?

 

『四番、ハリボテキメラ。こちらもハリボテ種で初確認の多頭種ですね。その四つ首をどう動かすのか?期待がかかります。』

 

 今度はハリボテ頭が四つついたハリボテ。中から操作しているのかかなり精密に動いていて本当の生物のように見えるが、悲しいかなウマ娘には腕は二つしかなく、ハリボテ頭の二つは常に沈黙している。

 けど口が開いた時に奥にチラッと何か見えたからアレがギミックかな?

 

『五番、ハリボテペガサス。ハリボテ種の有翼種です。その翼で勝利の青空に羽ばたくことが出来るのか?』

 

『私的には後ろ脚付近につけているキラキラを出す装置が気になりますね。』

 

『エフェクトも大事ということなのでしょう。』

 

 後ろにキラキラとしたエフェクトを出しながらダンボール製の翼を持った白いハリボテが入ってくる。翼はダンボールだと思わないほど違和感なく動いており、その気になれば空へと自由に飛びそうだ。

 

『六番、ハリボテジェット。後ろのツインジェットで勝利まで一直線か?私一押しのウマ娘です。』

 

『なんか暴発しそうなイメージしかないんですけど大丈夫ですか?』

 

 元気いっぱいのハリボテが入ってくる。二人いる中身のウマ娘自身が小さいからかハリボテ自体は小柄だが、その体躯には似合わないジェットエンジンを搭載している。超音速の戦闘機につけられているものをハリボテにつけられるようにかなり小型にしたようなものだがなんだろう?既に嫌な予感しかしない。

 

『安全性はしっかりと確認したらしいです。では最後です。七番、ハリボテユニコーン。こちらはハリボテ有角種のようですね。二番以降の濃い面子が続いていたのでなんだか安心感を覚えます。』

 

 最後は本家ハリボテにダンボールの角をつけたハリボテ。パッと見た感じ何もなさそうだけど実はギミックがあったりするのかな?角が飛ぶとか?歩く姿は気品が溢れており、中身はきっとお嬢様系のウマ娘なのだろう。

 

『以上が出走ウマ娘たちです。八番に予定していたハリボテーンγですが、中身が前日に食べた牡蠣にあたってしまったため、出走取り消しとなっています。』

 

 紹介が終わったみたいなのでゲートに移動する。ハリボテーンγってどんな姿だったんだろう?少し気になったが来れないものは仕方ない。次に期待だね。

 『デースデスデス。やっちゃったデス。』となんか鮮明に聞こえてきた幻聴とテヘペロポーズを無視してゲートに入る。今回は後ろで走るのでいつものような大逃げは出来ないが大した心配はしていない。みんなハリボテで中身が三人のハリボテとか僕たちみたいに騎手がいるハリボテはいない。つまりお約束が起きるのは確定だ。

 

『ところで今回のレースがハリボテ種のみということで急遽作ってみたんですがこれをどう思います?』

 

『これは……。ハリボテ頭ですね、よく出来ていると思います。』

 

『装着して……と。よし、何だか今走ると風になれそうな気がしますね。』

 

『ハリボテの恩恵ということでしょう。さぁ、各ウマ娘。ゲートインが完了しました。』

 

「お姉ちゃん、好きに走っていいからね?」

 

「うん、分かった。頑張るね?」

 

『スタート!早速ハリボテチャリデキタが遅れている!!』

 

『そこの改良は出来なかったようですね。』

 

 走り出すライスシャワーさんの後ろを寸分違わずついて行く。今回は後ろということもあり周りに目をやる余裕もある。

 

『今回は突出するウマ娘はいないようですね。』

 

『えぇ、今までのレース史上、初めての落ち着いたスタートです。』

 

 実況の解説にそういえばいつも大逃げで爆走してたからなぁ、と一人納得する。だけど僕がいない間にも何回かレースがあった筈だしその間にも波乱があったのかな?個人的にはヌベスコさんがどんなウマ娘だったのかすっごい気になる。

 

『さぁ!魔の第一コーナーが近づいて来ました!今回のハリボテたちは乗り越えることが出来るのでしょうか!?』

 

『多分無理じゃないですか?』

 

 片方の実況は既に諦めムードだ。いやいや、そこはもうちょっと期待してほしいね!もう既に脚が滑って転倒寸前の僕がいうのも何だけどさぁ!!

 

「ブヘァ!!」「きゃあ!」「お兄さまん!!」

 

 誰だよ最後。いや分かるけど。先頭の僕たちが転倒したのを皮切りに続々と後続のハリボテが転倒していく。知ってた!

 

『転倒、転倒、転倒!ぜーんぶ転倒!ちょっ、カメラ止めてください!』

 

『やはりコーナーでコーナーってしまいましたね。』

 

『…………』

 

『………失礼しました。私も転倒してしまったみたいです。音声さん、彼女たちが復活するまで私の言葉にもノイズを入れ◯☆♪→¥$2€。』

 

『ありがとうと言っております。……画像はひまわり畑のようですね。日光が降り注いでおり、大変気持ちよさそうです。』

 

「やっぱりこうなってしまうよね。」

 

 実況が場を繋いでいる間に起き上がり、ハリボテを拾う。ざっと状態を確認してみるけど特に問題は無さそうだ。

 

「お姉ちゃんは大丈夫?回転しておにぎりになってない?」

 

「うぅ、ごめんなさい。ライスのせいで……。」

 

「これは祝福だからお姉ちゃんは関係無いよ。ほら、立って?」

 

 ライスシャワーさんに手をやって起き上がらせる。トレーナーはまだ転がっているけど僕と縄で繋がっているし引き摺ればいいや。

 周りに目をやれば死屍累々としていた。それでも徐々にみんな起き上がってきているからこっちも問題はなさそう。

 

「いった……くはないわね。うわ!被り物が壊れてるじゃない!どうしよう……。」

 

「あ、これガムテープと補修用のダンボールだよ。使うでしょ?」

 

「あら?いいの?ありがとうね。」

 

 ユニコーンの中の人に前もって用意していたダンボールとガムテープを渡す。色は茶色だけどそこは許してほしい。

 

「みんなも補修用のダンボールとガムテープはまだまだあるから安心して!取り敢えず直しながら進もう。みんなの補修が完了したらレースを再開ってことでいい?」

 

「「「「「「異議なーし!」」」」」」

 

 周りから賛同を得たのでみんなでノロノロ歩きながら進む。ハリボテゾンビさんには粘着テープを渡したけど養生の方に拘りがあるらしく拒否された。残念。

 

「こちらのハリボテは損傷がないんだろ?走ってもいいと思うが……。」

 

 未だに僕に引き摺られているライスシャワーさんのトレーナーが周りの様子を見て疑問の声を出す。いや、いつまでも引き摺られてないで立ち上がってほしいんだけど?

 

「ダメだよ、お姉ちゃんのトレーナー。こういう場合はみんなで行かないと。それともこういうのは嫌だった?」

 

「いや、ライスモドキがそういうなら文句はない。俺はお兄さまんだからな。」

 

 僕の中でライスシャワーさんのトレーナーが何でもかんでも許容する人物に見えて来たんだけどこの人大丈夫なのかな?将来連帯保証人にされそうな気がするんだけど?だけど僕とライスシャワーさんの時にだけこうなっているのでそれ以外は大丈夫……かな?

 

「これで完了!っと。他のみんなはどうかしら?」

 

 人の将来を勝手に心配しているうちに最後の補修作業が完了したようだ。みんなに目をやると頷きがかえって来たので立ち止まり、審判に向けてみんなで緑旗を振る。

 

『ん?映像が戻りました。おぉ?いつの間にここまで進んだのでしょうか?』

 

『$€%#<|^\×÷++○*:々〆〒。あー、あー、あー、戻りましたか。音声さん、ありがとうございます。』

 

 向こうも無事に復活したみたいだ。スタート方法をどうしようかと悩んでいると旗を持った審判が走り寄って来て僕たちの横で止まった。

 

「旗を下ろしてスタートとします。異論は?」

 

「なし。みんなは?」

 

 一応周りに確認を取るけどみんな異論なし。一列に並んで再びスタートの体勢になる。

 

『各ウマ娘、再びスタート体勢に入ります。スタート!今度は綺麗なスタートだ。』

 

『チャリデキタも今度は遅れずについていけています。』

 

 みんなで走り出し、暫くするとハリボテジェットが先頭に躍り出た。

 

『ハリボテジェット、ここで一気に離しに来た!ハリボテ腰部のダブルジェットにも火が入り、早くもスパート体勢だぁ!』

 

 最後にハリボテジェットが僕たちの方を向いてハリボテ頭越しなのでよく分からないけど勝利を確信した顔になった後、ジェットを稼働して飛んでいった。ハリボテだけ。

 

『どこいくねーーーん!!!』

 

『どうやら自分たちを繋いでおくことを忘れていたようですね。被り物を失ったため、失格です。』

 

 ハリボテが空へと飛んでいき、活動限界が来たのかパラシュートを開いて落下してくるのをポカンと眺める中身の二人。うん、分かるよその気持ち。

 

『順位を振り返っていきます。先頭はハリボテボーイ、その後ろにハリボテチャリデっとここで転倒!蛇行運転はするものじゃない。ハリボテペガサスに変わります。その横にはハリボテユニコーン、よくペガサスと混合されるので敵対心が滲み出ている。少し離れてハリボテゾンビ、頭の回収が間に合っていない。その更に後ろにハリボテキメラ、ハリボテジェットの中身を吸収している。』

 

「え?吸収って何?」

 

 実況の言葉を流し聞いているとなんか変な言葉が聞こえてきた。チャリデキタの転倒はともかく、吸収って何よ?

 少し無理をして後ろを見ると確かに吸収されていた。一人を飲み込むことで手が増えてハリボテキメラの四つ首が完全に起動した。それでテンションが上がったのかそういう設定か知らないがハリボテキメラの口がそれぞれカラフルに光って加速を始める。

 

『ここでハリボテペガサスが羽ばたいた!飛ぶか?飛ぶか?この青空へ羽ばたくことが出来るか!?……飛んだぁーー!!!落ちたぁーー!!!身体が重すぎた!!』

 

『飛ぶだけで凄いですがあのエフェクト発生装置が重りになりましたね。重いのは装置であり、きっと中身は軽いはずです。はい。』

 

 落ちた衝撃で装置がイカれたのか凄いことになっている。具体的にいえば輝きすぎてただでさえ白いハリボテが更に白くなっている。

 

『翼が折れましたがどうするのか?おっと、白旗。ハリボテペガサス、リタイアです。』

 

『ペガサスのままゴールしたいということでしょう。次走に期待ですね。』

 

『ですね、では実況を続け……おぉっと、少し見ないうちにハリボテキメラとハリボテゾンビが一体化しているぞ!何があったのか!?』

 

『ハリボテゾンビの頭がハリボテキメラに絡まっていますね。どうしてそうなったのか?というか縄が長すぎません?』

 

 本当にどうしてそうなったのか?ハリボテゾンビの縄がハリボテキメラの全身をぐるぐる巻きにしている。キメラお得意の四つ首も縄で綺麗にまとめ上げられ一つになっている。

 

『奇妙な二人三脚……何人何脚か分かりませんが共同作業を強いられています。ここから挽回なるか?』

 

『ハリボテゾンビも何とか頭を回収しようとしていますが余計に絡まっていますね。あ、転倒した。』

 

 とうとう脚が絡まったのかキメラとゾンビが仲良く転倒する。その衝撃でゾンビのハリボテ頭が意味のわからない動きをして完全に縛りあげた。

 

『ここで仲良く縛られたぁ!動くことができない!抵抗するが余計に絡まっていくぅ!!』

 

『こうなってはどうしようもないですね。しかしリタイアの意志は見せていないので続行です。』

 

 実質リタイアみたいなものだけど彼女たちは諦めるつもりはなさそうだ。ごろごろ転がって前に進んでいる。

 さて、そろそろレースも終わるけどアレをやるべきか?僕的には今すぐ始めてもいいがまだユニコーンが何をするか分からない。ここまで来て何もしないとは思わないし僕の勘も彼女たちは何かすると囁いている。だけど僕がアレをすることは最後じゃなければならないというルールはない。

 

「……よし!お姉ちゃん、失礼するよ!お姉ちゃんのトレーナーもしっかりしがみついててね!」

 

「え?きゃあ!」「うおっ!?」

 

 力任せにライスシャワーさんを持ち上げ肩車をする。そのまま観客席の方を向き、硬直する。

 

「驚きましたわ。奇しくも同じ体勢だなんて!」

 

「それは僕もだよ、ネタが同じだったなんて……。」

 

『これは!?二人とも同じ走りだァァァァァァ!まさかのネタ被り!どちらが勝者となり元祖の冠を被ることが出来るのか!?』

 

 観客席の方を向いた僕たちを待っていたのは全く同じ体勢で僕たちの方を向いたユニコーンだった。

 

「あなたたちは私の舞踏走りについて来れるかしら?」

 

「何言ってるの?これはスシウォークだよ!それに君は上のほうじゃん!」

 

「それを言ってはいけないわ!」

 

 お互いに横走りをしながら睨み合う。この勝負、本物を知るものとして負けるわけにはいかない!

 

「お姉ちゃん!もっと腕を横に振って!!」

 

「こ、こう?」

 

「そうそう、いいよいいよ!」

 

 ライスシャワーさんが手を振り子のように動かし始めたのを見て加速する。言っただけで通じるなんてやっぱり本来の持ち主と同じで米の名がついてるから伝わりやすいのかな?

 

「負けてられないわ!ほら!あなたもスピードを上げなさい!」

 

「ひぃぃぃぃ、無理ですよお嬢様〜、そもそもお嬢様は重「はぁ?」何でもありません!!」

 

 向こうも上のお嬢様の凄みを受けて加速する。むむっ、なかなかやるね。ところであの従者らしい人お嬢様のこと重いって言いそうに……あ、いや、何でもありません。

 僕の考えを読んだのか上のお嬢様が睨んできたので思考を切り替える。今は拮抗しているけどこれは僕の勝ちだね。ちょくちょく練習して余裕綽々の僕と違って向こうの従者は既にキツそうだ。だからその内……。

 

「ごめんなさいお嬢様〜!やっぱりむ〜り〜で〜す〜!」

 

「えぇ!?もっとシャキっとしなさい!あ、スピードが落ちて来てるわよ!」

 

 こうやって失速する。後ろの子がへばった時点で僕の勝ちなのだよ!

 

『これがスシウォーク!元祖のスシウォークだ!』

 

 これでみんなはほぼ全滅、僕たちの勝ちだね!このままの体勢でも十分ゴールまでもつからみんなにライスシャワーさんの可愛い姿を見てもらいながら走っていこう。

 そんな僕が勝ちを確信している時にとある音が耳に入ってくる。

 

プププププープー、プププププープー、プープーペーペーペー

 

「こ、この音は!?」

 

 ほほ勝ちが確定する音の発生源を探して横走りをしていることで見やすくなった後方を見ると一体のハリボテが上がってくる。

 

『来たぞ!来たぞ!ハリボテチャリデキタが上がってきた!!プラカードを改造して完成体となっている!!!』

 

「なるほど!あのプラカードにはそういう使い方があったのか!」

 

 ママチャリ前面にハリボテ頭を移して車のように見えるハリボテが僕たちに迫る。ついでに音の発生源はハリボテ頭。

 

「こうなれば!お姉ちゃん!腕を回して!ターボだよ!」

 

「えぇ!?え、えーい!」

 

 僕の言葉にライスシャワーさんがやけくそ気味に腕を回す。目をつぶって必死に腕を回している姿にほっこりしてしまうが、すぐ後ろまでチャリデキタが近づいて来てるので僕も加速しよう。

 

『ハリボテボーイ!腕を回した!スシウォークターボだ!一気に加速したぁ!ハリボテチャリデキタを引き剥がしにかかる!』

 

 よし、これで少しは余裕が出来た。だけど横走りとはいえ、ほぼスキル抜きの僕の全力について来れるなんて流石に驚くよ。

 とはいえゴールまではあと少し、ここで油断したり慢心すれば負けることを僕はよく知っている。なので!

 

『ハリボテボーイが回った!スピンしている!騎手も回った!更に加速だ!速い!速いぞ!!』

 

 思いっきりスピンして加速する。ふざけてるように見えるがこの姿だとこれが最適解なんだ。これでダメなら急加速はアスリート走りしかない。あ、トレーナーが落ちた。

 

『騎手が落ちた!だけどハリボテボーイは回っている!騎手もハリボテボーイを中心に回っている!スピン!アーンド!ゴーール!!!着地も決まったぁ!!!』

 

 最後にジャンプをして綺麗に着地を決める。元みたいにゴールを過ぎてもスピンを続けるのは流石にライスシャワーさんのトレーナーに申し訳ないので普通に走る。それでも地面に引き摺られているのは申し訳ない。

 

『ハリボテボーイがクルクル回る。世界も騎手もクルクルと。確定しました。一着はハリボテボーイ、二着はハリボテチャリデキタ……以上です。それではまた会いましょう!いなり寿司。』

 

「大丈夫?お姉ちゃんのトレーナー。」

 

「お兄さまんだからな……。」

 

「その言葉万能すぎない?」




オリジナル六体はかなりキツい!そしてそれを全部組み合わせるのが更にキツい!上手い具合にカオスに出来たのか……。ペガサスとか出オチ感が半端なくなってしまった……。
 あともっとレース中にライスシャワーと話をさせたかった。花嫁姿に脳が破壊されたけど私は元気です。

 あとすっごい申し訳ないのですがハリボテが転倒するのって第三コーナーなんですね。銀シャリを見直してる時に実況が話してて目ん玉飛び出るかと思った……。訂正すれば今までの話が変になるので本当に申し訳ないですが本SSでは第一コーナーで転倒するってことでお願いします。


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天敵です。逃げていいですか?

いつも誤字脱字、ここ好き、感想ありがとうございます。
今回のレースは難産だった……。


 ライスシャワーさんたちとレース後のお疲れ様会を近くのお店で軽く食事をしながら行い、また今度遊ぶ約束をしてから家に帰ったらお義父さんから明日出かけるので予定を空けておくように言われた。

 その時はいつもより気分が良かったのでどこに行くのとか何をしに行くのとか何も疑問に思うことはなく了承したんだ。

 

「それがこんなことになるなんてねぇ……。」

 

 今、僕は絶望の淵にいる。刻々と近づいてくる順番を震えながら待っている。あの時、お義父さんに何か質問をしていればこの状況を回避出来たんじゃないか?そう疑問に思っても何もかも手遅れだ。まさか……まさか……。

 

「次でお待ちのライスモドキ様〜、こちらへどうぞ。」

 

「お出かけ先が予防接種の続きだなんて思わないじゃないか!」

 

 何となく疑問には思ったんだよ!どこか見覚えのある道順だったり、お義父さんがいつもとは違う、何かを悟らせないような喋り方をしてたり、お義母さんが僕を朝から気の毒そうに見てた時とかさぁ!!

 いや待て、今はそれを考える時ではない。この場をどうにかしないと……。

 

「……お義父さん!僕、ちょっとお腹が痛くなってきたからトイレに行ってくるね!五時間ぐらい。」

 

「それはさっきも聞いた。これで六回目だな。そんなにお腹が痛いなら医者に診てもらわないとな。ほら、呼ばれているんだから行くぞ?」

 

 僕の悪あがきもお義父さんには通用しない。それどころか立ち上がって僕をあの悪魔が待っている扉の先に連れて行こうとしている。こうなりゃヤケだ!やるだけやってやる!

 

「やだ!」

 

「ほら、帰りに好きなもの買ってやるから、な?……だから早くその手を離して行くぞ。」

 

「いーやーだー!!絶対に手を離すもんか!」

 

 待合室の固定椅子に全力でしがみつく。お義父さんが僕の両脚を掴んで引っ張ってくるが絶対に離すもんか!

 

「わがまま言うな!すいません、待たせてしまって……。先に次の方を行かせてください。」

 

「あはは、こういうことはよくありますので……。」

 

 そうだ、そのまま次の子を行かせればいい。そうしているうちにお義父さんが諦めるか医者の方から断られる……はず。……何で僕の方に看護師さんが来てるのかなぁ?

 

「注射が嫌いな子がこうなるのはよくある事ですので、こうやって引き剥がすことも多いんですよねぇ……。」

 

 ウマ娘の看護師さんがにこやかに笑いながら椅子を掴む僕の指を引き剥がしにかかる。しかし全く離れない僕の指に次第に顔が笑顔から真顔に変わっていく。

 

「え、嘘?全然剥がれない……。あ、いや、ちょっと他の人を呼んでくるので少々お待ちを……。」

 

 看護師さんが奥に引っ込む。その間にもお義父さんが僕を引っ張ってくるが僕は諦めない。

 暫くするとさっきのウマ娘の看護師さんを含めた三人の看護師さんが来た。お義父さんと看護師さんの一人が僕の身体を引っ張り、あと二人は僕の指を引き剥がすようだ。応援に来た二人の看護師さんも最初は笑っていたがなかなか剥がれない僕の指に真顔になっている。

 

「嘘でしょ……。全力なのに全く剥がれない……。」

 

「だから言ったでしょ!」

 

「いや、普通は嘘だと思うでしょ?」

 

「くすぐりも効かないみたいだしどうしましょう?」

 

「うちの子が申し訳ない……。」

 

 申し訳なさそうに謝るお義父さんには本当に悪いと思うけど、それでも僕は注射が嫌なのだ。例え周りの人たちが興味深そうに僕たちを見ていても、近くの子どもから指を差されようとも僕は抵抗をやめない。

 お義父さんと看護師さんに引っ張られて身体は浮き上がり、手だけで椅子にしがみついている状態だがそれでも彼女たちが僕を引き剥がすことは叶わない。改造ウマ娘の恩恵がこんなところに出るとは思わなかった。

 

「はぁ……!はぁ……!駄目ね、ちょっとバールを持ってくるから少し待ってて。」

 

「なら私は医師に説明をしてきます〜。」

 

 看護師さんたちが手だけでは無理だと判断したのか離れて行く。お義父さんも疲れたのか僕の隣に座って息を整えている。これはひょっとして逃げるチャンスなのでは?

 視線を残った看護師さんの方へ向けるが彼女は別の方向を見ている。お義父さんも目を瞑って何かを考えているようで僕の方を見ていない。よし、いける!後で絶対に怒られるだろうけどここまでしないと注射からは逃げれないと思う。それにここでこんな行動を取ってでも注射をしたくないとお義父さんに示せばもしかしたら諦めてくれるかもしれない。

 

「…………ん?ラモ、何処に行くんだ?」

 

 静かに椅子を立って離れる僕にお義父さんが気付いたので走る一歩手前の速度で歩く。後ろからお義父さんの慌てる声が聞こえてくるがすぐに遠ざかる。

 取り敢えず病院を出よう。それから追ってきたお義父さんに謝ってから僕がどれだけ注射が嫌なのかを説明しよう。それでもお義父さんが僕に予防接種を受けさせようとするのなら、泣く自信しかないけど大人しく受けよう。流石にそこまで迷惑をかけたいとは思わない。既に迷惑をかけまくってる気しかしないけどそれでも注射が嫌なんだ。

 

(後はここを曲がればって人影!?マズイ、止まれない!)

 

「……!!」

 

 そんなことを考えながらほぼ走りのスピードで歩いてたからか、曲がり角からくる人物とぶつかってしまった。

 ギリギリまで減速したのと思ったよりぶつかった人がびくともしなかったので尻餅をついてしまった。

 

「ごめんなさい、大丈夫ですか?」

 

「こちらこそ前をしっかり見ていませんでした。怪我はありませんか?」

 

 明らかに僕が悪いのですぐに謝るが、向こうは僕の心配をしてくれているらしい。何処か聞き覚えのある声を疑問に思いながら感謝の言葉を出そうと彼女の方を向くがそこで息を呑んだ。

 

「ミホノ……ブルボンさん。」

 

「はい。ライスに怪我がなくて良かったです。」

 

 ミホノブルボンさんを視認したと同時に目を瞑る。そのお陰か彼女は僕のことをライスシャワーさんだと思っているようだ。

 

「ぼ……ライスは大丈夫だよ。ミホノブルボンさんはどうしてここに?」

 

「……?私は怪我の具合の確認を。立てますか?」

 

 僕の話し方に少し疑問を感じたのか少し考える仕草を見せたが、気にするだけ無駄だと思ったのか僕を立たせるために手を差し出してくる。

 

「ありがとう、ミホノブルボンさん。……ひゃあ!!」

 

 感謝の言葉を述べつつ、ミホノブルボンさんの手を取ると全身に何ともいえない感覚が駆け巡る。その感覚に思わず声を上げて手を離してしまった。

 

「ライス……?」

 

「な、何でもないよ!ちょっと驚いただけ!」

 

 ミホノブルボンさんに言葉を返しつつこの感覚がなんなのか必死に考える。静電気?それにしてはおかしい、手を離した今でも全身にさっきの感覚が少し残っている。そもそもこんなゾワッとした感覚が静電気であるはずがない。

 ならミホノブルボンさんに原因がある?けど僕が彼女について知っていることなんて機械音痴ぐらいしか……。機械音痴?

 

「……!!」

 

 そういうことか!!ミホノブルボンさんは機械音痴……。それも機械の使い方が分からないっていうよりか触ったものがすぐに故障するタイプのものだ。

 そして僕、この身はウマ娘だが母親から産まれたものじゃないアプリ産。つまり純度100%の機械。種族でいうなら周りが人だけなのが僕だけ人/機械の複合タイプに分類されると思う。つまりミホノブルボンさんの機械音痴という名の機械特攻が僕には有効だということ。この世界に来てから取得した人タイプが入ってるからまだ大丈夫だけど触られ続けるとどうなるか分からない。

 この状況はマズイ。後ろからお義父さんも来ていると思うし早めに話を切り上げてここから離れないと……。

 

「それじゃあ、ライスはもう行くね?」

 

「少し待ちなさい。」

 

 そんな僕の考えもミホノブルボンさんに止められる。まだ何かあるのだろうか?

 

「何かな?ミホノブルボンさん。」

 

「ハグをしましょう。」

 

「…………ハグ?何で?」

 

「他のウマ娘たちの話を偶然聞いたのですが親密な人たちは出会った時や別れる時にお互いに抱き着き合う……つまりハグをするらしいです。なので私たちもそれにあやかろうかと。」

 

 え?ライスシャワーさんとミホノブルボンさんってそんな関係だったの?僕の記憶を辿ってもライバル関係の情報しか出てこないよ?ここはアニメ時空だけど細部が違うのか?

 腕を広げて僕に抱き着こうとするミホノブルボンさんからさり気なく距離を取る。ミホノブルボンさんには悪いけど僕からするとそのポーズは必殺の構えにしか見えない。

 

「ラモ!何処だ!?」

 

 どうやって躱そうか考えていると後ろからお義父さんの声が聞こえてくる。これで別通路から出口を目指すということは出来なくなった。声が聞こえてきた位置的に前以外に移動するとお義父さんに見つかるからだ。

 なら僕に出来ることはミホノブルボンさんがいる通路を通ることだけだ。大丈夫、ミホノブルボンさんにちょっと抱き着いた後にすぐに離れればいいだけだ。ちょっとだけなら機械特攻もそこまで影響はないはず!

 

(機械特攻がなんだ!ミホノブルボンさんには絶対に負けない!!!)

 

 

 

 

 

 

「はい、これで予防接種は終了です。」

 

「あっあっあっあ。」

 

 ミホノブルボンさんには勝てなかったよ……。あの後、あっさりと僕はミホノブルボンさんに捕まった。そもそも手に触れた時点でダメだったのに抱き着かれたらどうなるかなんて考えるまでもなかった。

 脱力して動けなくなった僕を見て何を思ったか分からないけど更に力を込めて抱き着くミホノブルボンさん。そのせいで更にダメージが入る僕。そんな状況でお義父さんが追いついた。

 暫く状況を理解できなかったようだけどミホノブルボンさんの説明が入ったことで何故こうなったかはある程度理解した模様。僕が脱力して動かなくなった理由は分かってなかったみたいだけど、大人しくなったならそれでいいとミホノブルボンさんに僕たちの状況を教えた後に協力を申し出ていた。

 それをミホノブルボンさんは快諾。僕を抱き上げてそのまま予防接種を受ける部屋に移動し、予防接種が終了したのが今さっき。

 注射は怖いけどミホノブルボンさんが僕にくっついている時点でどうしようもない。彼女が離れてくれなければ僕に自由はないんだ……。

 

「注射を嫌いだと聞きましたがよく耐えました。ライスモドキさんは偉いです。」

 

「ア゛〜〜〜。」

 

 ミホノブルボンさんが注射を耐えた僕を褒めるように頭を撫でてくるが逆効果だ。全身を駆け回る感覚につい声が漏れてしまう。

 というか今の僕は人に見せられる顔になっていない。ダブルピースでもすればいいんだろうか?

 

「よし、予防接種は終わったし何処かに食べに行くか。ミホノブルボンもどうだ?ラモの面倒を見てくれたお礼だ。」

 

「魅力的ですがお断りします。この後はマスターと予定があります。」

 

「そうか……。分かった、ありがとうな。」

 

「礼には及びません。では、また。」

 

 最後に僕の頭をもう一度撫でてからミホノブルボンさんは去っていった。もう触られていないにもかかわらず、未だに僕の身体に力は入らない。

 

「ラモ、飯屋は何処に行くって、どうした?ラモ。」

 

「ア゛〜。」

 

 お義父さんが近づいてきたので待って欲しいと意味を込めて抱き着くが、力がでないので身体をくっつけるだけだ。僕の頭を撫でながら上でお義父さんがそんなに注射が嫌だったのかと的外れのようでそうではない推測をしているがそうではないんだ。

 

「あっあっあっあ?あー、あー、よし。戻った。」

 

「さっきからどうしたんだ?なんか様子が変だったぞ?」

 

「気にしたら負けだよ、お義父さん。次からさっきみたいな状態になったら頭を叩いてみて?もしかしたら治るかもしれないから。」

 

「それは親として、ウマ娘のトレーナーとして出来ないことだな。」

 

 調子の悪い機械は叩けば直るをお義父さんに実行してもらいたかったが普通に断られた。残念。だけどお義父さんに大切にされていると分かってなんだかニヤニヤしてしまう。

 

「えへへ、ならいいや!ご飯食べに行こっか!僕は前に行ったことがあるハンバーグ屋がいいな!お義母さんはどうするの?」

 

「ならそこに行くか。道案内は頼んだぞ?心配しなくてもコスモならママ友たちと食べに行くらしいから心配するな。」

 

 お義父さんと手を繋いで病院を出る。そういえばあのハンバーグ屋って店長たちが疲労で倒れてたよね?復活してるかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってことがあったんだよ!テイオー!」

 

「へ〜、そうなんだ。」

 

 あの後、普通に店は開いていた。だけど大食いチャレンジの張り紙は無くなっていたし僕の姿を見た店長らしき人が二度見してきたのは覚えている。

 それらの出来事をテイオーに話しているんだけど、なんだかテイオーの様子が変っていうか拗ねてる?

 

「どうしたの?テイオー?」

 

「別に〜、僕が知らない間にライスとレースに出てたことなんて何とも思ってないし〜?僕に一言くらい誘いの言葉があってもいいとか思ってないし〜?」

 

 ジトーとした目を僕に向けてくるテイオー。言い訳するなら一応最初はテイオーを誘おうとしたんだよ?だけどそのことを伝える前にライスシャワーさんに出会ってしまってハリボテボーイならライスシャワーさんの方が適任じゃないかって思っちゃったんだよ。

 

「あはは……、ごめんね?テイオー。次から出来るだけ誘うから。」

 

「本当?もし嘘だったらまたブルボンに抱き着いて貰うからね?」

 

「うっ、それは勘弁。」

 

 テイオーは僕と同じアプリ出身なので僕の説明をすぐに理解してくれた。だけどテイオーは記憶だけアプリで身体はキチンとこの世界で産まれたからミホノブルボンさんの機械特攻は効かないらしい。羨ましい。

 

「あ、そろそろトレーニングが始まる時間だ!じゃあね?ラモ!」

 

「もうそんな時間?分かった、またね?テイオー!」

 

 時計を見たテイオーが慌てた様子で走り出すのを手を振って見送る。

 

「そうだ!僕も今ハリボテを作っているんだ!完成したらそれで一緒に走ろうね?」

 

「えっ……?ちょ、待ってテイオー!」

 

 僕の呼び止める声はテイオーには届かず、そのままテイオーは走り去っていった。

 

「ハリボテを作ってるって……えぇ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ、今回も始まりました貸し物レースのお時間です!実況はお馴染みの私たちでお送りします!』

 

『この挨拶も慣れてきましたねぇ……。』

 

『最近は他のレースを見ても何か物足りなく感じてしまうのが悩みです……。』

 

『普通のレースだと空を飛んだり、首が伸びたり、屋台をひいたりしませんからねぇ。』

 

『レース前のおしゃべりはそこまでにしましょうか。それでは今回のルールを説明しましょう!今回は最終直線前に設置した貸し物BOXに入っている物たちを使ってレースをしてもらいます!全員が選び終えるまで先には進めませんが、先に入った方が有利な物を選べます!』

 

『そのようなルールですので今回は出走ウマ娘たちは皆さん番号のみです。』

 

 実況の解説を聞きながら順番にパドックに出て行くウマ娘たちを見つめる。といっても今回は色物枠は誰もいないので特に誰が凄いとかそういうものはない。

 

『最後、八番。っとおお?いえ、プライバシーは守るべきなので何もありません。』

 

 最後に僕の番になったのでパドックに出て行く。今回は顔を何も隠していないので実況が驚くのも無理はないだろう。観客も騒めいており、所々からシャワー?モドキ?と声が上がっている。

 

『少々驚きましたがこれは貸し物レース。最終直線の物でレースが決まります。』

 

 その通り、だから僕も素顔を安心して晒している。他の出走ウマ娘たちを見ても誰も諦める気はなさそうだ。いや、一人なんか僕の方を変な目で見てるね。なんかMモード発動中のあの子と同じ気配が出てるので近づきたくないんだけど……。

 熱烈な視線を無視していると脈なしと思ったのかため息とともに視線が消えた。あの子みたいな粘着性は無いようだとホッと一息をつきながらゲートに入る。

 

『さぁ各ウマ娘のゲートインが完了しました。今スタート!綺麗なスタートです。』

 

『途中までは他のレースと変わらない展開なので安心して見ていられますね。』

 

 バ群を引き連れるように走る。本気で走ってもいいけどどうせ貸し物BOXで足止めされるんだ。物をゆっくり選べる距離を取れればそれでいい。

 

『さぁ、貸し物BOXが近づいて来ました!ここから波乱のレースになりますよ!』

 

『先頭は大差で八番、そこから一番、三番、四番ときて、少し離れたところに二番、五番、六番で最後尾が七番ですね。』

 

 実況の声を聞き流しながら貸し物BOXに突っ込む。周りは薄暗くて普通のウマ娘なら物がよく見えないだろうが僕なら問題なく見える。辺りを見渡し、素早く置いてある物を見る。

 

「ランニングマシーン、論外。どうやって走るのさ!次、ローラーシューズ、芝で走れるの?次、ハンドル付きセグウェイ、今のところ第一候補。次、椅子、ただの椅子、論外。次、ル○バ、お掃除お掃除〜。次、ドラム缶、過去の失敗を思い出すね……。次、三輪車、サイズが子ども用。僕たちじゃ合わなすぎて無理!最後、パンダカー。コメントに困る!」

 

 どれが一番速い?今のところセグウェイが速いと思うけどローラーシューズとかドラム缶とかも乗り手によっては速いと思う。気になるのはパンダカー。僕は見たことがないのでどれくらい速いとかが分からない。だけどカーってついてるんだからそれなりに速いのでは?よし、決めた!僕はパンダカーを選ぶ!

 ふさふさのパンダカーに乗り込むと僕の上の電気だけ点灯する。これで後から来た子にも僕がこれを選んだのは分かるってことか。そう考えているうちに続々と他の子たちもBOXの中に飛び込んでくる。

 

「ローラーシューズなんて履いたことないよぉ〜!」

 

「ランニングマシーンなんてどう使うのさ!」

 

「ドラム缶……?なんでドラム缶?」

 

「ル○バ???乗るの?」

 

「やった!セグウェイだ!これで勝てる!」

 

「私はこれ!って椅子!?」

 

「三輪車かぁ……、いや、三輪車マスターと呼ばれた私の実力を見せる時!!」

 

 それぞれが選んだ物にコメントをしながら準備が完了する。すると目の前の画面からカウントダウンが始まった。

 

「三、二、一、よし、行くよ!パンダカー!君の実力を見せてやれ!」

 

 カウントダウンが0になったと同時にパンダカーの隣に置いてあった箱の中の百円玉を入れて発進ボタンを押す。すると周りに電子メロディーを響かせながらパンダカーが発進した。すっごいゆっくりと。

 

『さぁ、何が出る?何が出る?一番最初に飛び出したのは三番のル○バ、何を掃除するのか?ゆっくりと進んでおります。次は五番のランニングマシーン、これはついてない。更に六番、ローラーシューズ。初めてなのでしょうか?ヨチヨチ歩き。その次は一番のドラム缶、ゴロゴロ転がって、おおっと!ここで落ちた!滑落!初めてには厳しい!その次は七番、椅子。バッタバッタと動かしてなんとか前進。さらに次は四番、三輪車、これは速い!こじんまりとした体勢から凄まじいスピードで進んでいる!それを追いかける二番のセグウェイ、スーと追いかける。八番のパンダカーは……まだBOX近くでランニングマシーンと一緒にいますね。』

 

「おっそい!!え?これってこんなに遅いの!?」

 

 ランニングマシーンの子以外が進んでいるのに対して僕のパンダカーはちっとも前に進まない。しかも三輪車の子が滅茶苦茶速い。どうやって漕いでいるんだろう?

 何とかならないかと発進ボタンを何度も押すが電子メロディーが最初からになるだけで特に意味がない。

 いっそのことこのパンダカーを担いで走ってやろうかと思うがそれだとルール違反になるのでどうしようもない。何かないかと周りを見渡すがランニングマシーンの子が最初に選んだのにハズレを引いてしまったんだな、ドンマイ的な視線を僕に向けてくるだけで特に何もない。

 

「むむむむ!なんかないの?なん……か?これなんだろう?」

 

 パンダカーの首辺りに普通なら見つけられない小さなボタンを見つけた。ボタンにはドクロマークがついており、明らかに何かが起きる予感しかしない。

 

「いや、これは押すべきでしょう!ポチッとな。」

 

 ボタンを押すとパンダカーが停止した。停止ボタンだったのかな?と思う間もなく今度は振動し、パンダカーのメロディーが別のに変わる。

 もしかして壊れた?頭の中に弁償の文字が浮かび上がって冷や汗をかいているとパンダカーの肩あたりから伸びて来たアームに手を掴まれた。

 

「ほえ?」

 

 呆ける間も無くパンダカーに密着するように体勢を変更させられ、中に内蔵されてたと思われる機械が頭に被せられる。目の前が真っ暗になって少し戸惑うがすぐに二つの映像が映る。一つは画面全体が赤く、オイルで濡れて見づらいけど多分パンダカー目線。もう一つは横からこのレースを映しているのでどっかのカメラの映像。

 それを理解したと同時にパンダカーが気持ち悪い動きをした後に急加速で前進し出した。縦回転で。

 

「ぬぅわわわわわ!!!」

 

『五番のランニングマシーンは新記録!このままランニングマシーンの世界記憶を取れるのか!三番のル○バ、ここで方向転換!ゴミを察知した!ゴミのポイ捨てはやめましょう!四番の三輪車はトップを独走!このままゴールか!?いや、補助輪が取れた!独り立ち!だけどサイズが合わずにうまく漕げない、よじくれている、そっちじゃない!!入れ替わるようにここで一番がドラム缶の中に入ってエントリー!二番のセグウェイといい勝負!っとここで後ろから八番のパンダカーが耳障りな音を撒き散らしながら上がって来た!目が赤く光っている!!』

 

 パンダカー目線がぐるぐる回って見づらいが先頭に追いついている。縦回転をしているが被せられた機械のお陰でどこも痛くない。これは勝ち確ムーブでしょ!

 ヨチヨチ歩きの六番と椅子で頑張る七番を抜かし、内心で勝ちを確信した。前のレースでそれはダメだと学んだはずなのにそれをしてしまったせいなのか縦回転するパンダカーの調子がおかしくなる。

 段々と振動が激しくなり、嫌な予感が沸いてくる前に……跳んだ。

 

『パンダカーが跳んだぁ!ホップ、ステップ、大ジャーンプ!画面外に跳んでったぁ!その下を通るようにセグウェイとドラム缶が走る!いや、セグウェイのスピードが落ちてきた、充電切れか!?ドラム缶が抜け出した!そしてそのままゴーーール!!』

 

「おぉぉぉちぃぃぃるぅぅぅぅ!!!」

 

 謎の跳躍機構によって空へと跳び出したらもちろん落下する。しかし僕に心配はない。跳躍機構がついているなら着地時の姿勢制御機構や衝撃緩和機構もついているはずだからだ。だけど地面が近づくにつれて全く反応を見せないパンダカーに冷や汗が垂れてくる。あの、パンダカーさん。ずっと足をわしゃわしゃしてるけど着地機構とかあるよね?そろそろ展開しないと間に合わなくない?もしかして着地機構とかをお持ちでない?

 そんな僕の心配は的中し、パンダカーはそのまま地面に激突。芝へと突き刺さった。僕ごと。

 そんな僕を無視して後続のウマ娘たちがゴールしていく。おいこらカメラ。一着の一番を映すんだよ、僕を映すな。何が悲しくて地面に突き刺さってるパンダカーと僕を見なくちゃいけないんだよ。身体は痛くともなんともないけど心が痛い。……僕もパンダカーみたいに足をわしゃわしゃさせようかな?

 

『お昼に届いた贈り物。ただし家主はトイレの中。確定しました。一着は一番、二着は六番となりました。それではまた会いましょう!!不在届。』

 

 ところでいつになったら僕を出してくれるのかな?




前から障害物を書いてみたかったけど難易度が高すぎるんよぉ!流石に全部をオリジナル道具にするには知力が足りなかった……。自分をトレーニングして賢さSS+に出来ないかな。

ライスモドキの実は①
引っかけ問題とかにすごく弱い。

(この世界の)トウカイテイオーの実は①
手を自分に向けて伸ばされると反射的に取ってしまう。


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完成です。走りに行きましょう!

誤字脱字報告ありがとうございます。
とうとうネタが切れてしまった。


「ふぁ〜、おはよう。お義母さん。」

 

「おはよう、ラモちゃん。」

 

 地面から掘り出されて救出された次の日、いつもの時間に起きてお義母さんに挨拶をする。

 昨日の感想をいうなら救出班が妙に手慣れてるなと思いました。初っ端からパンダカーを引き上げるためにクレーンを持ってくるとは思わなかった。

 そんなことを考えつつあくびをしながら朝食を食べるために椅子に座れば目の前には見覚えのある弁当箱が。

 

「あれ?これってお義父さんの弁当箱だったよね?なんでここに?」

 

「歩さんが忘れて行っちゃったのよ。今日は早めに出ないといけないって慌てて出て行っちゃった。」

 

 お義父さん……。また寝坊しちゃったのか。何かに集中すると時間を忘れて考え込むせいでよく寝坊してしまうらしい。一応トレーニングには間に合っているようなので問題は無いらしいけど。

 

「それでこれはどうするの?いらないなら食べていい?」

 

「ダメよラモちゃん。これは後で歩さんに届けにいくのよ。」

 

「お義母さんって今日は予定が入ってるって言ってなかったっけ?」

 

「ちょっと遅れるけど大丈夫よ。」

 

 チラッと時計を見てみるとお義母さんの予定の時間が近づいている。恐らく僕のご飯を出したらすぐに出かける予定だったのだろう。今の時間からトレセン学園まで弁当箱を届けるのなら確実に間に合わないと思う。トレセン学園には学食があるはずだしそれでいいじゃんと思うけどお義母さんはこう見えて結構独占力が強い。多分学食より自分の作ったものを食べてほしいとかそういう感じだと思う。うん、ならこうしよう。

 

「お義母さん、弁当箱は僕がお義父さんに届けに行くよ!」

 

「いいの?でもラモちゃん課題は?」

 

「もう終わった!学校までの道順も確認したし今日の予定は特に無いから大丈夫だよ!」

 

 ちょっと前に入学することが決まった学校から渡された課題は時間がある時にちょくちょくと進め、昨日で全て終わらせた。遊びに来るテイオーからヒントを教えてもらいながらやったので多分大丈夫。道順も昨日の帰りに確認したから大丈夫。なので胸を張ってお義母さんに伝える。

 僕がトレセン学園以外に入学することをテイオーに伝えた時は急に空気がジメジメし出したけどあれは何だったんだろう?

 

「そう……。ならお願いしようかしら。」

 

 少し悩んだみたいだけどお義母さんは僕に任せることにしたみたい。僕にトレセン学園に入る手順を伝えるとすぐに本来の予定に向かった。

 

「ご馳走様でした。僕も届けに行かないとね。」

 

 食器を片付けた後に服を着替えて準備を整える。お義父さんの弁当箱を鞄に詰めたのを確認してから家の戸締りをしっかりしてトレセン学園に向かう。

 道中は途中で道が工事中で通れなかったせいで迷子になりかけたが問題なくトレセン学園には到着できた。

 

「えっと、確か守衛の人にこれを見せるんだったよね?」

 

 首に下げたカードを取り出す。お義母さんはこれを見せれば面倒な手続きを省いて中に入れるって言ってたけど本当かな?

 少し疑問に思うが考え込んでも意味がないので守衛の人へ向かい、こちらに気付いたみたいなので挨拶をしながらカードを渡す。

 守衛の人がカードを何かの機械に入れて暫くすると確認が出来たのか、カードと許可証をくれたので感謝を伝えつつ中に入る。

 

「こうやってみるとなんだか懐かしさを感じるね。アプリの世界だとここが僕の家みたいなものだったからかな?」

 

 三女神像の前で周りをキョロキョロしながら見覚えのある景色を懐かしむ。この世界のトレセン学園は一度目はハリボテエレジー姿で押し入ってから逃げるように去ったので懐かしむ暇はなかった。なので二回目はしっかりと周りを確認しながら歩く。周りには談笑するウマ娘たちもいてプログラムに従った動きしかしないどこまでも冷たいアプリ世界の学園との違いに新鮮さを感じる。

 

「早くお義父さんに弁当箱を届けないとね。それからまた探索をしようかな。……何の音?」

 

 僕の本来の予定を思い出して近くにあった案内表を見にいこうとすると遠くから誰かが走る音と怒鳴り声が聞こえてくる。耳をすませてよく聞いてみるとどうやらこっちに向かって来ているみたい。というかもうすぐそこだ。

 

「ゴールドシップゥゥゥ!!!今日という今日は許さん!」

 

「そんなこと言うなって!ほらスマイルだぜ!スマイル!」

 

 曲がり角から熊の着ぐるみを着て頭に漫才第一と書かれたヘルメットを被り、両手にロックンフラワーと線香花火を持つゴルシと完全にキレている顔で走るエアグルーヴさんが僕の横を通り抜けて行った。ふむ、今日もゴルシは絶好調らしい。それにしてもあんなにキレてるってゴルシは何をしたんだろ?

 周りの声を聞いてみると所々から生徒会室に……、野菜だらけ……、ブライアンさんが……とかロクでもない話が聞こえてくる。取り敢えず分かるのはトレーナー責任で怒られるであろう沖野トレーナーの無事を祈るのみだ。

 

「これがこっちのトレセン学園の日常なのかな?なんかハチャメチャだね。」

 

 思わずクスクスと笑ってしまう。そんな僕の姿を見たウマ娘たちが外部の人に誤解されてるよ!とか、でもあれってライスシャワーさんじゃないの?とか話している。今の僕の姿は普通に私服なので結構目立っている。だから外部の人だと慌てているウマ娘もいれば僕の姿を見てライスシャワーさんだから問題ないと安堵しているウマ娘もいる。確かにゴルシだけ見て学園の印象を決められたらたまったもんじゃないよね。まぁ僕はここのことはしっかりと知っているので安心してほしい。

 ざわざわしているウマ娘たちを無視して学園内に入る。ゴルシの登場で目的を忘れそうになったが本来の目的はお義父さんに弁当箱を渡すことだ。早く渡さないと昼の学食が混むことを考えてお義父さんが早めの昼食を取る可能性もある。

 

「だけどどこにいるんだろう?そこら辺にいる子に聞けばよかった。」

 

 廊下を歩いて探してみるが見つからない。歩いているウマ娘がいないか周りを見てみるけど見当たらない。多分さっきなったチャイムが次の授業が開始される合図だった可能性があるね。

 一度職員室かトレーナーたちの待機場に向かうべきかな?案内表を見た感じだとここからだと少し遠いがこのまま闇雲に探すよりかはいいと思う。

 

「そんなこんなで歩いているんだけど……。ここどこ?」

 

 僕の記憶の中の案内表だと既に職員室あたりには着いているはずなのに未だに僕は廊下にいる。うーん、道を間違えたかな?仕方ない引き返そう。

 

「おや?君は外部のお客さんかな?」

 

「あ、ここの方ですか?ちょっと聞きたいことが眩し!!」

 

 後ろから落ち着いた男性の声が聞こえて振り返るとなんかゲーミング色に発光した人がいた。人間か?

 

「あぁ、眩しかったよね。ごめんね?これでどう?」

 

「これならまだ……っていうか発光を止めれないんですか?」

 

 謝った後に落ち着いた緑色に色が変わった。発光色を変えれるのなら光るのを止めればいいのにと言ってみるが首を左右に振っているので無理みたい。

 

「それじゃあ少し聞きたいんですけど、お義父さん……上島トレーナーってどこにいるか分かりますか?」

 

「上島トレーナー……。あぁ、彼なら今だと多分部室にいると思うよ?場所は分かるかな?」

 

「ごめんなさい。分からないから教えて欲しいです。」

 

「分かった。僕も近くに用事があるからそこまででいいなら送って行くけど……どうかな?」

 

「ありがとうございます。お願いしますね?」

 

 歩き出した男性の横を並んで歩く。この発光している人は多分アグネスタキオンのトレーナーかな?アプリでも発光していた気がするし、ネットで転がっている画像にも発光している人が描かれていたのはアグネスタキオンのトレーナーか巻き添えをくらって薬を飲まされたトレーナーだけだ。だけどそれは全て暫定であってこの世界だとまだアグネスタキオンのトレーナーだと決まったわけではない。

 そんなことを考えながら彼を見てみるがさっきから頻繁に腕時計を見ている。

 

「もしかして急がないと間に合わないですか?それなら走って着いて行きますけど……。」

 

「ん?あぁ、これは違うよ。時間になったからちょっと失礼するね?」

 

 僕に合わせてゆっくり歩いているんだろうかと心配したが違ったらしい。迷惑をかけていないことに少し安堵していると彼が懐から変な色の液体が入った容器を取り出してそのまま飲み干した。そして倒れた。

 

「えっ?だ、大丈夫ですか!?」

 

「あ、あぁ……気にしないでくれ……。なるほど、今回の副作用は麻痺したように身体が動かなくなる……と。それから少し気怠さも感じる。タキオンに報告だな。」

 

 えぇ……。なんかビクンビクンしながら飲んだ液体の感想を言っているんだけど……。発光色も緑色から虹色に変化している。後、やっぱりこの人アグネスタキオンのトレーナーだった。

 

「……よし、もう大丈夫だ。待たせてしまったね、行こうか。」

 

「本当に大丈夫ですか?さっきより変な色ですし何というか人間を超越しているような気がするんですけど……。」

 

「いつものことだよ。心配してくれてありがとうね。」

 

 この人はあっけらかんと言っているけど薬のせいだとしても人体ってこんなに発光するものなの?

 きっとこの人のことだから自分から飲んだのだろうけど人体発光ネタはアプリとか四コマとかの創作だから笑えたのにリアルで見てしまうと笑うよりか心配が先にきてしまうんだね。いや、当たり前か……。

 

「おっと、ここまでだね。上島トレーナーはこの廊下を右に曲がってすぐの部屋にいるはずだよ。いなかったら場合はまたこっちに来てくれたら今度は職員室に案内するよ。」

 

「ありがとうございます。助かりました。」

 

 ペコリと頭を下げて彼に感謝を告げ、手を振りながら別れる。彼が部屋に入ったのを確認してから教えられた通りに廊下を右に曲がってすぐの部屋を見る。中に誰かが居る気配がするので多分お義父さんだ。

 扉の前で深呼吸をする。ノックした方がいいのかな?少し迷ったけどお義父さん相手には必要ないような気がするし、気にせずに扉を開けた。

 

「ちょっ、待つんだスーパークリーク!確かに俺の言い方が悪かった!だからそんなものは早くしまえ!」

 

「ふふっ、ダメですよ?あんな発言をしたんですから責任は取っていただかないと……。」

 

「少なくとも大人にそれはダメだ!……ハッ!そこの君!ちょっと助け──」

 

 閉めた。どうやら僕は部屋を間違えたらしい。彼には悪いけど彼の中の大人の男性というプライドの冥福を祈ろう。だって仮に僕が助けに入ったとしたら確実にでちゅねの標的になるじゃん。危機管理、大切。

 

「ん?何でラモがここに居るんだ?」

 

「あ、お義父さん!やっと見つけたよ!お義父さんの弁当箱を持ってきたんだ!」

 

 扉に取り付けられている窓から必死に逃げ回っている影が細腕に捕まって下へと消えていくのを見届けていると後ろの部屋からお義父さんが現れた。目的を伝えると部屋に招き入れてくれたので遠慮なく入る。後ろの部屋から悲鳴が聞こえるけど、お義父さんは無視しているしこれがトレセン学園の日常なんだね。

 

「はい、これ。急ぐのもいいけど忘れ物はしたらダメだよ?またお義母さんに縛られても知らないからね。」

 

「肝に銘じるよ。俺も縛られるのはゴメンだからな。」

 

 本当だろうか?僕はお義父さんがお義母さんに縛られているところを何度も見ているのでいまいち信用しきれない。きっといつもと同じように一ヶ月ぐらいでまた縛られると思う。

 

「ラモはこれからどうするんだ?」

 

「僕はもう少しこの学園を見て回ろうと思うよ。せっかく中央のトレセン学園の中に入れたんだから見て回らないと損だからね。満足したら勝手に帰るから気にしないで。」

 

 これは少し嘘。本当は僕が生きてきた所とここがどれだけ違うかを知りたいだけ。あの冷たかった世界は生きて動いているウマ娘がいるだけでどれだけ暖かくなっているんだろう?

 

「そうか、案内はいるか?もうそろそろでスターが来ると思うが?」

 

「遠慮しとくね。適当に見て回るだけだから大丈夫だよ。」

 

 あの子が案内するってなったら嫌な予感しかしない。常にハイテンションでそのうち人気のない場所に案内してドMモードが発動するに違いない。僕は詳しいんだ、なので案内は遠慮……危機感知!!!

 

「ごめん、お義父さん!ちょっと下、失礼するね!」

 

「うおっ!?どうしたんだ?ラモ?」

 

 困惑するお義父さんを無視してお義父さんが座っている椅子をずらして机の下に潜り込む。その後に椅子を元の位置に戻せば僕の姿は机に阻まれて見えないはず!思ったより机の下のスペースが小さいためかなりキツイが致し方なし!

 

「失礼します。マスターからの伝言を伝えにきました。」

 

「……ミホノブルボンか。聞かせてくれ。」

 

 直感に従ってよかった!!僕の天敵、ミホノブルボンさんがお義父さんと話してるのを聞きながら、安堵の息を吐く。きっとあのままだとまたハグされてダウンしていたに違いない。それで動けなくなっているうちにあの子が来て空気が混沌になるんだ。きっとそうだ。

 

「伝言を受諾。これで失礼します。」

 

「あぁ、よろしくと伝えといてくれ。」

 

 用事が終わったのかミホノブルボンさんが部屋から出ていった。一応耳を澄ませて廊下の足音を探って完全に聞こえなくなるまで机からは出ないでおく。

 

「ラモ?ミホノブルボンはもう行ったぞ?出てきてもいいんじゃないか?」

 

「ごめん、もうちょっと、もうちょっと……。よし、大丈夫。」

 

 足音が聞こえないのを確認出来たのでお義父さんに退いてもらって机の下から出る。ビクビクしながら扉を開けて廊下を見渡し、ミホノブルボンさんの姿が見えないのを確認してから安堵の息を吐いた。

 

「ふぅ、あと少し遅かったらまた僕の尊厳が破壊されるところだった……。」

 

 手で汗を拭く仕草をしているとお義父さんが苦笑いをしている。流石のお義父さんも僕のあの顔にはコメント出来ないみたい。

 

「それじゃあ、僕はもう行くね?」

 

「あぁ、大丈夫だと思うが気を付けて行くんだぞ?」

 

「はーい。行ってきます!」

 

 まずは知っているところから見ていってその後に知らないところを探索って感じで行こうかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん、ふーん、ふーん。ってあれ?テイオー、何しているの?」

 

 学園を順に見ていって満足したのでそろそろ帰ろうかと考えていると扉の前でしゃがみ込んで中を覗き込んでいるテイオーがいた。

 僕に気付いたテイオーはパッと嬉しそうな顔をしたけどすぐに元の表情に戻って静かにって合図を出しながら手招きしてきたので大人しく従う。

 

「どうしてラモがここにいるの?やっぱりトレセン学園に入るとか!?」

 

「違うよ?それよりテイオーは何をしているの?」

 

「……違うかぁ。この先を見たら分かるよ。」

 

 ジメッとしたテイオーが場所を譲ってくれたので中を覗き込んでみる。

 

「マックイーンがいるね。それがどうかしたの?」

 

「うん、最近マックイーンが何かと理由をつけて甘いものを食べようとするからトレーナーがレースが終わるまで甘いもの禁止って言っちゃってね……。我慢しているのは分かるんだけど雰囲気が怖くて。」

 

 テイオーの言葉でマックイーンをよく見てみると確かに顔が普段のお淑やかとは程遠く、苦渋に満ちた顔に見える。

 

「それでどうするの?」

 

「いつもなら普通に中に入っていってマックイーンに顔が怖いって注意をした後でボクが代わりにパフェを目の前で食べるところだけど今回ばかりは命の危機を感じるから踏み込もうか悩んでいるところ。ラモはいい案あったりする?」

 

「うーん……。あるよ。」

 

「本当!?教えて教えて!」

 

 テイオーのキラキラした視線を受けながら懐からティッシュの空箱を取り出す。何となく思いついたのでお義父さんがいた部屋でささっと作ったものだ。決してピタコラ◯イッチのお父さんスイッチでは無い。

 

「……これって何?」

 

「ゴルゴルスイッチ。えっと確か5656564……っと、このコマンド入力をすると──。」

 

「おー、呼んだかぁ?」

 

「ゴルシが呼べる。」

 

「ワケワカンナイヨ!」

 

 何処からともなく現れたゴルシにテイオーが困惑気味にツッコミを入れるけど僕も訳わかんない。冗談だったのに本当に来ると思わなかった。まぁ来てくれたんだし利用させてもらおうかな。

 

「行け!ゴルシちゃん!あの扉にダイレクトアタックだ!!それから中の宝石を手に入れるのだー!」

 

「何が何だか分からないけど楽しそうだな!うおりゃー!!」

 

 扉に向かってドロップキックを決める瞬間にゴルシの帽子みたいなものにとあるものを貼りつける。一瞬で貼ったからゴルシもキックの拍子に帽子がズレたとしか思わないでしょ。

 そのままゴルシは扉を吹き飛ばして部屋の中へと消えていった。よし、作戦成功。

 

「それじゃあ、僕は帰るね?」

 

「え?でも中に入ったゴルシはどうするの?」

 

「中に入った時点で作戦は終了したから大丈夫だよ!」

 

「そうなんだ……。だったらラモに見せたいものがあるんだ!ちょっと時間貰ってもいい?」

 

「全然大丈夫だよ!」

 

 テイオーは中の様子が気になっていたようだけど僕に見せたいものの方が優先度が高いみたいだ。僕の隣まで走ってくると手をとって先導してくれた。それにしてもテイオーの見せたいものか。前に言っていたハリボテかな?

 

「そういえばゴルシに何を貼ったの?」

 

「お姉ちゃんとのレースで手に入れたスイーツ食べ放題チケット。」

 

 

 

 

 

 

 

 

『怪盗ゴルシちゃん登・場!お宝はどこだぁ!?』

 

『………ゴールドシップさん。』

 

『んあ?なんだよマックイーンかよ。アタシは今、宝石探しで忙しいんだ。……もしかしてラモが言っていた宝石ってマックイーンのことか?』

 

『………ゴールドシップさん。その帽子についているものは私に対する宣戦布告と見てもよろしいですわね?』

 

『帽子?ゴルシちゃんの帽子になんて何もついて………。いや待て、マックイーン。これは誤解だ。今回はアタシじゃない、ほらっ、見てみろよこの曇りなき綺麗な目を。』

 

『ふふふふっ、覚悟はよろしくて?』

 

『おーい!!お米とハチミツ!助けてくれ!ゴルシちゃんのピンチだぞ!?……って、あいつらいつの間にか居なくなってる!?あ、待て!マックイーン!待ってくれ!……アタシの側に近寄るなァァァァァァ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃじゃーん!これがボクが作ったハリボテだよ!」

 

 テイオーに案内してもらった場所で今僕は驚愕している。理由はもちろんテイオーが僕に見せているハリボテだ。ハリボテエレジー2.0とは違って二つのドラム缶を繋ぎ合わせたリムジン種。いつかは僕が作ろうと考えていたハリボテが目の前にあった。違うところはハリボテ頭にゴルシの帽子がついているところだね。

 

「これは……凄いね。全部テイオーが作ったの?」

 

「そうだよ!って言いたいところだけど少しだけ手伝って貰ったんだ。ほら、ここの溶接部分とか。」

 

 テイオーが指差すところを見ると確かに溶接痕がついている。溶接には資格がいるらしいからテイオーだけだと確かに無理だね。僕もそれが理由で今まで作れなかったし。

 

「それでどうやって作ったの?誰かに手伝ってもらったの?」

 

「うん、悩んでいた時に声をかけてくれた人がいてね?その人がやってくれたんだ!確か名前は……手作さん!」

 

「初対面なのによく手伝ってくれたね。ちゃんとお礼は言った?」

 

「パーツを一眼見た時に何かシンパシーを感じたみたいで完成の助けになるならってことで手伝ってくれたんだ!お礼はもちろん言ったよ!」

 

「ならよかった。それでこのハリボテはなんていう名前にしたの?」

 

「ハリボテエレジー5.6.4だよ!」

 

 あれ?意外だ。てっきりハリボテテイオーとか自分の名前をつけると思っていた。

 

「なんとなくゴルシの帽子をつけたら思っていたよりしっくりきちゃって……。それなら名前も564の方が良いかなぁって思っちゃった。」

 

 なるほど、そう言われてみたら確かにその名前の方がしっくりくるね。

 

「それでね?このハリボテは胴体が長いからボクたちを入れても二人ぐらいなら一緒に走れるんだ!もうライスは誘っているから次のレースは三人だね。」

 

「ってことは後は騎手だけってことだね。テイオーは誰か誘ってる?」

 

「トレーナーを誘ったんだけど用事があるって断られちゃった。どうしよう?拉致する?」

 

 マスクとサングラスを取り出して拉致スタイルをとるテイオーを他所に僕の心当たりを探ってみる。

 お義父さんを誘ってみようかな?……そういえばライスシャワーさんも一緒なんだっけ?もしかしたら……いけるかな?

 

「テイオー、ちょっと大きな声を出すから気を付けてね?」

 

「え?うん、わかった。」

 

「ありがとう、それじゃあちょっと失礼して……あーあ、騎手になってくれるかっこいいお兄「俺が!!!お兄さまんだ!!!」来ちゃったよ……。」

 

 窓をガラッと開けて入ってきたのはライスシャワーさんのトレーナー。もしかしたらと思ったけど本当に来たよ。

 

「お姉ちゃんのトレーナーにはまた騎手になって欲しいんだけど、いい……かな?」

 

「大丈夫だ。俺はお兄さまんだからな。」

 

「あの?ここ二階なんだけどライスのトレーナーって今外から来たよね?」

 

「ありがとう!流石お姉ちゃんのトレーナー!けど時間とか大丈夫?」

 

「あぁ、それぐらい調整できる。お兄さまんだからな。」

 

「それにしても……お姉ちゃんのトレーナー、何かムキムキになってない?見た目は変わらないけどかなり鍛えられているね。」

 

「分かるか?お兄さまんとしてライスを守るために死ぬ気で鍛えた。今はまだ及第点ってところだな。」

 

「それに窓には鍵がかかってたと思うんだけど?おーい?」

 

「だけど本当に大丈夫?無理してない?自分のトレーニングも入れたら自由時間なんてほぼ無い気がするけど……。」

 

「ライスは気にせずに走ればいい。俺はお兄さまんだ。例えどれだけ疲れていようとライスとライスの走りを見れば回復出来る。」

 

「やっぱりそのお兄さまんって言葉凄くない?」

 

「ぬがぁぁぁ!!まともなのはボクだけなの!!?」

 

 お兄さまん状態のライスシャワーさんのトレーナーと話していたらテイオーが頭を掻きむしっていた。何かごめんね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ!始まってしまいました!色物レースのお時間です!』

 

『この挨拶があると始まったという感じになりますね。』

 

『私もこれを言わないといまいち実況に身が入らないんですよね。それでは早速紹介をしていきましょう!』

 

「二人とも大丈夫?」

 

「ライスは大丈夫だよ。」「ボクもー!」

 

「お姉ちゃんのトレーナーは……問題なさそうだね。」

 

「あぁ、ライスたちが走るんだ。お兄さまんである俺が体調不良なんてあり得てはならないからな。」

 

「ははは……。ところでテイオーに聞きたいんだけどさ、何か前に持った時よりこのハリボテ重くない?」

 

「えー?いつも通りだと思うよ?」

 

「そうかな?」

 

 いつものようにテンションが高めの実況の声を聞きながら三人に体調を聞くついでにハリボテの違和感を製作者であるテイオーに聞いてみたけど気にならないらしい。

 僕の気のせいなのかな?何か人一人分くらいは重くなっている気がするんだけど。まぁ持ってきたテイオーが問題無しって言っているんだからそれでいいかな。

 

『お次は皆さんお待ちかねの色物枠の紹介です!では早速いきましょう!番外一番、オサケダイスキ。』

 

『今レース初の成人ウマ娘ですね。ふらふらしていますが大丈夫でしょうか?』

 

『既に泥酔していますね。恐らく酔った勢いでこのレースに登録してしまったのでしょう。当日制の弊害が出ましたね。』

 

『一応酔ってはいても走る意欲は見せているのでそのままいきましょう。』

 

 パドックに入ってきたのは酒瓶を持ってふらふらしているウマ娘。見てて分かるけど酔ってふらついても意外と脚はしっかりしているので走るのは大丈夫そうだ。

 

『では、次に行きましょう。番外二番、ハリボテエレジー5.6.4。』

 

「僕たちだね。行こっか。」

 

 呼ばれたのでみんなに声をかけてパドックに出る。今回は僕、テイオー、ライスシャワーさんの順になっている。

 

『最早色物枠の名物となっているハリボテ種のなかでも珍しいリムジン種のハリボテです。上の騎手も準備万端とポージングしています。レースの好走を期待できそうですね。』

 

『よくお便りでハリボテ種って何ですかと質問が届くのですがハリボテ種はハリボテ種です。そういうものだと思って下さい。』

 

『ぶっちゃけ言っている私たちもよく分かっていませんからね。』

 

 分かってなかったんだ……。当たり前のように言っていたからてっきり知っているのかと思ったよ。後で教えにいこうかな?

 パドックである程度ライスシャワーさんのトレーナーがアピールをしたので引っ込む。だってハリボテの中にいる僕たちがアピールなんて出来るわけがないじゃん。

 

『素晴らしい筋肉でしたね。では次です。番外三番、メカハリボテ。』

 

『前回の出走時と見た目はあまり変わっていませんが性能は段違いでしょう。今レースの嵐の目となりそうですね。』

 

『ここでメカハリボテからメッセージがあります。【生牡蠣はダメデース。最近は刺身も火を通さないと食べれないデス。ナマモノは怖いデース。】とのことです。ちなみに牡蠣って火を通してもあたる時があるみたいですよ?』

 

 パドックにいるメカハリボテの中からデース!?と悲鳴が聞こえる。僕はあたったことがないけどそんなに辛いのかな?仮にあたってもすぐ治るから全然気にならないけどね!

 

『次で最後ですね。番外四番、ママデスヨカメン。ベビーカーとガラガラとおしゃぶりを持っての出走です。ベビーカーには誰も居ませんが架空の赤ちゃんでもいるのでしょうか?』

 

『居ないのなら現地で調達すればいいじゃない理論かも知れませんよ?仮面に隠された瞳は一体何を見つめているのか。私一押しのバブみです。』

 

『私的にはハリボテエレジーを見ている気がしますね。ところでバブみって何ですか?』

 

 ヒェッ、さっきからあのウマ娘がずっと僕たちを見てくるんだけど。観客の中にタマモクロスさんはいらっしゃいませんか?身代わりになってください!

 視線に耐えきれなくなったのでさっさとゲートインをしてしまおう。そんな思いでバ場へと向かう通路を通っていると後ろから声をかけられた。

 

「待つデース!いや、ちょ、待って欲しいデース!」

 

「メカハリボテさん。ちょっと僕たちは急いでいるから歩きながらでもいい?」

 

「いいデスけど、何をそんなに急いでいるんデスか?まだ出走まで時間があるデスよ?」

 

「多分メカハリボテさんもそのうち分かると思うよ。」

 

 チラッとメカハリボテの騎手を見ると不思議そうに首を傾げている。僕の見立てでは彼女は僕と1センチぐらいしか変わらないので標的に入っていると思う。

 

「それで?何か僕たちに用があるのかな?」

 

「それデス!前回は退場してしまいましたが今度こそ私たちが勝ってみせるデース!」

 

「前と同じで宣戦布告ってことだね。いいよ、受けてあげる。」

 

「それでこそ我がライバルデース!む、ちょっと靴の履き心地が悪いデス。先に行ってて欲しいデス。」

 

「分かった、それじゃあね?」

 

 手を振って別れる。まだ時間はあるからゲート前で話すこともできるだろうしここに残っていたら次に来るウマ娘に迷惑だからね。

 

「うぅ〜、ラモのライバルはボクなのにぃ!やっぱりあの子はボクの立場になるつもりなんだ!」

 

「テイオー……。」

 

「何?ライスのトレーナー!」

 

「君もライスのお姉さまんにならないか?」

 

「ならない!ボクはライスたちの友達でライバルなんだからそんな立場は要らない!」

 

「俺には分かる。そのライスを思う気持ち、練り上げられている。至高のお姉さまんに近い。」

 

 テイオーとライスシャワーさんのトレーナーが何処かで聞いたことがあるような問答をしているけど無視してゲートに向かう。最近のライスシャワーさんのトレーナーのキャラは掴みにくいなぁ。そのうちトゥ!ヘェァー!!とか言わないよね?大丈夫だよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今日も良い天気で絶好のレース日和といえるでしょう。各ウマ娘、続々とゲートインしていきます。』

 

『メカハリボテの騎手がいつの間にかおしゃぶりを咥えていますね。どうしたのでしょうか?』

 

 あの後、話の続きでもしようかとテイオーたちと談笑しながらゲート前でメカハリボテを待っていたけど騎手の子がおしゃぶりを咥えて意気消沈としていたのでスッと目を逸らした。そういえば僕たちが急いでたのって彼女から逃げるためだったね。ごめん、伝えるの忘れてた。

 罪悪感を少し感じるが気にしていても仕方がないとゲートに入る。多分レースが始まればメカハリボテも元に戻ると思う。

 

『さぁ、各ウマ娘。ゲートインが完了しました。スタート!綺麗なスタートを決めました。』

 

 いつも通りにスタートを決めて先頭を走る。このまま大逃げと行きたいけどライスシャワーさんがいるので自重する。それにこのままでも十分だからね。

 

『いつも通り先頭はハリボテエレジー。少し離れてメカハリボテを筆頭にバ群が出来ています。』

 

『この後のコーナーでどうなるかが決まりますねぇ。』

 

「テイオー、策があるって聞いたけど大丈夫なの?」

 

「大丈夫!ボクに任せてよ!」

 

 ハリボテ種の宿命である第一コーナー直前でテイオーに最終確認を取る。何やら策があるみたいで任せて欲しいって言うから全て任せている。

 

『第一コーナーに差しかかりました!観客席から曲がれコールが聞こえてくる!』

 

「よし、お願い!テイオー!」

 

「オッケー!いっくよー!」

 

 第一コーナーに入ったとほぼ同時にテイオーがハリボテの中からするりと抜け出して側面を支える。するとどうだろう?いつもはどれだけ力強く踏み締めても滑っていた芝のところに差しかかっても全く滑らない。むしろいつも以上にしっかりと踏み締めれる程だ。

 そうなったらもう怖いものなんて何もない。僕たちは無事に第一コーナーを抜け出した。

 

『っと!曲がった!ハリボテエレジーが曲がったァァァァァァ!!!』

 

「「「「おおおぉぉぉぉぉぉおおお!!!!」」」」

 

 観客席から大歓声が聞こえてくる。第一コーナーを曲がったぐらいで大袈裟な……と言いたいところだけど気持ちは分かる。僕も曲がれたことに歓声をあげたい気分だもん。

 

「曲がれた!曲がれたよ!お兄さま!」

 

「あぁ!流石はライスだ!お兄さまんとして誇らしいぞ!」

 

「にしてもテイオーはよくこれを思いついたね。」

 

「前のレースでメカハリボテは転倒しなかったでしょ?その時に騎手がバランスを取っていたからもしかしたら側面を支えたらいけるんじゃないかって思ったんだ!」

 

 第一コーナーを無事に乗り越えたことで僕たちのテンションは最高潮に、さらにいつものロスがないのでどんどんと後続から距離をとっている。

 

『順位を振り返っていきましょう。先頭は己の宿願を乗り越えたハリボテエレジー、騎手が上着を脱いで推しウマ娘の素晴らしさをお裾分け。そこから大差でメカハリボテ、黒くなるまで火を通したい。その後ろに一番、二番、四番と続いている。そこから少し離れてママデスヨカメンとオサケダイスキ、自力で走れないのかママデスヨカメンのベビーカーに乗っている。最後尾は三番となります。』

 

『ママデスヨカメンが庇護対象を得たのかスピードが上がっていますね。しかしオサケダイスキの顔が青くなってきています。ゴールまで耐え切れるか?』

 

『いや、既に口元を押さえてゲートイン完了の模様です。なんとかゲートを封鎖しているようですがいつまで耐え切れるかでしょうか?』

 

『ママデスヨカメンも受け止めるものを探しているようですがガラガラとオムツとおしゃぶりしか出てこない。流石にそこまでは想定していなかった!』

 

 なにやら後ろで別のレースが開催されかけているようだ。必死に口元を押さえているみたいだけど限界が近そう。

 

『おっと!ママデスヨカメンが大外を越えて何処かへ走っていく!急患です!スタッフは道を開けてあげて!』

 

『お手洗いはそこの入り口から突き当たり右にありますよ!』

 

 限界を悟ったのかママデスヨカメンがオサケダイスキをつれてコースアウトした。入り口に入ったあたりで叫び声が聞こえたけど彼女たちは無事に間に合ったのかな?

 後ろのゴタゴタしてる時も僕たちは進み最終直線に入った。このまま行けば一着は余裕だね。いつも転けて追いかけているからなんだか新鮮な気分だよ。

 

「ラモ、実はこのハリボテにはギミックがあるんだ。ちょっとラモの右あたりにあるボタンを押してみて?」

 

「ボタンって……これかな?ポチッとな。」

 

 テイオーに言われた通りにボタンを押してみるが何も起こらない。疑問に思ってテイオーにもう一度聞こうとして、気付いた。何か気配が増えている。

 

『ハリボテエレジーの脚が増えている!いつの間にか増殖したのか!?』

 

『登録用紙には五人で出走と書いてあるので問題はないです。』

 

「ゴルシちゃん登場!!中が暑くて蒸しゴルシになるところだった。」

 

「ゴ、ゴルシ!?何でゴルシがいるの!?」

 

「そりゃあお米二合、こんな楽しいことに参加出来そうなのに参加しない訳ないだろ!」

 

「お米二合って僕のこと!?って体格差ありすぎて中腰になってるけど大丈夫なの?」

 

「大丈夫だって安心しろよ!しかもこんな見せ場がある時にアタシを出すなんて分かってるなぁ!よーし、いくぜ!ゴルシちゃん必殺!不沈艦、抜……あっ、やべ。」

 

「「「えっ?」」」

 

【不沈艦、投錨……?】

 

 中腰でいつもの体勢じゃなかったからかゴルシが振り回していた黄金の錨がすっぽ抜けてあらぬ方向へと飛んでいく。ハリボテの身体を鎖が縛り、錨が芝へと突き刺さる。

 僕たちが走ることで鎖が張っていき、完全に張った時に僕たちに凄まじい負荷がかかる。

 

『ここでハリボテエレジー逆噴射か!?さっきまでのスピードが嘘のように落ちているぞ!!』

 

『いつもは転けてからが本番だったので体力調整を間違えたのかも知れませんね。』

 

「おっも!何これ凄く重いんだけど!?ちょっとゴルシ!?どうにか出来ないの!?」

 

「重いよ〜。」

 

「いやー、抜けるか試しているんだけどさ。こいつに絡まってどうしようもない!」

 

「胸張っていうことか!?僕にも少し分けろ!!」

 

「後ろからみんな来てるよ!?」

 

 僕たちがギャーギャー言っている間に後続が追いついてくる。実質僕たちだけタイヤ引きのハンデ付きだけどやるしかない!

 

「テイオー!無理矢理だけど押していくよ!お姉ちゃんは無理しない程度に押して!ゴルシは何とか錨を外して!」

 

「分かった!せーの!!」

 

「「ぬぎぎぎぎぎぎぎぎ。」」「うーー。」

 

「うわ、普通に動いた。すげーな。」

 

 僕とテイオー、あとはライスシャワーさんの可愛い押し方で何とか普通のウマ娘が走るぐらいの速度は出たけど、僕とテイオーの全力でこれだけってこの錨、どんな重さしてるのさ!!しかも普通の速度しか出ないから普通以上に速いメカハリボテが追いついてきてる!?

 

『ここでメカハリボテがガチャリと鈍い音、火花を撒き散らしながらハリボテエレジーに追い縋る。さらにメカハリボテからメカタケノコが生えてきた。尖っているとても尖っている。一体これで何をするのか!?』

 

「やっと追いついたデース!そしてこれで追い抜いてフィニッシュデース!」

 

 後ろから来ていたメカハリボテが追い付かれた。そのドリルで何をするつもりなのか?まさか原作みたいにドッキングしてくるのかと思ったけどこのレースでは攻撃は無しなので多分大丈夫。現にメカハリボテは僕たちに軸合わせはしていないからね。

 

「これで私たちの勝ちデース!加速ブースターポチッとデス。」

 

「お、やっと抜けた。」

 

 メカハリボテから生えた翼がブーストを吹くのと同時に錨が抜ける。ただ、錨が抜けた拍子で重心が変化して右へとよろめいてしまった。

 

「ちょっ!メカハリボテは急には止まれませんデス!何とか避けてくれデース!」

 

「!!お姉ちゃんのトレーナー!」

 

「あぁ、任せろ。」

 

 よろけたせいでメカハリボテの直線上に入り、僕たちにハリボテの丸焼き製造ドリルが迫る。困った時のライスシャワーさんのトレーナーを信じて呼べば、彼は頼もしい声で返事をした。

 

「お兄さまん!!!」

 

「嘘デス!?尖っているだけで貫通力は無くしているとはいえ何でドリルを受け止められるんですか!!?」

 

『まさかのハリボテエレジーの騎手がメカタケノコを受け止めた!?どういう身体能力をしているのでしょうか!?』

 

『登録用紙には人でもウマ娘でもなくお兄さまんと書いていますね。新しい種族か何かでしょうか?』

 

 本当に何で受け止めれるのか?僕にも分からない。だけど受け止めれただけで抑え込めたわけじゃない。このままだと結局ドリルにやられてしまうので今のうちに進路の変更を……ってそうだ。

 

「ねぇ、お姉ちゃん。一回お姉ちゃんのトレーナーを応援してみてよ。」

 

「ライスが?わ、分かった。やってみるね?」

 

 

「えっと、お、お兄さま。頑張って!フレー、フレー、だよ?」

 

「!!!!??墳!!!!!」

 

「うっそでしょ……。」

 

 もしかしたら身体能力がブーストされないかなぁって思ったけど本当にブーストされちゃったよ。

 

『完全にドリルを受け止めたぞ!?本当に私たちと同じ種族なのでしょうか?』

 

『愛バを守るトレーナーの鑑ですね。度が過ぎてる気もしますがそれも愛バのためなのでしょう。』

 

 ライスシャワーさんのトレーナーがドリルの回転を完全に受け止めた。ドリルの回転部を止めてしまったため次に回転をするのはもちろん。

 

「あわわわわ、目が回るデース!!」

 

 接合されているメカハリボテだよねぇ。ぐるぐる回転しているのに中身が飛んでいかないってことは留め具か何かで括り付けているのかな?

 

『ぐるぐる回転するメカハリボテを尻目にハリボテエレジー!余裕の表情!これが元祖だと目の前で見せつけた!!』

 

 錨が抜けたことで元のスピードを取り戻しそのままゴールを通り過ぎる。ライスシャワーさんのトレーナーがドリルを掴んでいるので繋がるようにメカハリボテもゴールイン。

 

『迫る苦難も何のその、俺の筋肉が愛バを守る。確定しました。一着はハリボテエレジー5.6.4。二着はメカハリボテとなります。それではまた会いましょう!お兄さマッスル。』

 

「何とか一着になれたね!祝勝会ってことで何処か食べに行こうよ!」

 

「良いね、どこにいこっか?お姉ちゃんもくるよね?」

 

「ライスも行っていいなら、行こうかな?」

 

「ならアタシに任せな!いい店を知ってるぜ!」

 

「ならゴールドシップ、一番いい店を頼む。金額は考慮しなくていい。俺はお兄さまんだからな。みんなの分ぐらい払ってみせるさ。」

 

「流石お姉ちゃんのトレーナー!だけどそろそろ離してあげたら?」

 

「世界が回っているデース!」




ということで今回で最終話です。ハリボテエレジー3.0はそのまま出すよりウマ娘世界と混ぜた感じで出したいなぁと思って書いていたらお兄さまんに持っていかれた。彼のキャラ濃くない?書いた当初はこんなに濃くなる予定じゃなかったんだけどなぁ。
このSSはそういえばハリボテとかはよく見るけどworld cupよりのレースはあまり見たことないなって感じで始まりましたがどうでしたでしょうか?
一番難しかったのは実況の順位確定時の言い回しでしたね。本家凄え……。

以下思いついたけど使わなかった色物

名無しのウマ娘、トレーナーを添えて……フルフェイス型のヘルメットを被ったウマ娘であり胴体部分には縄を縛っておりトレーナーらしい男性と繋がっている。最終手段はトレーナーを振り回してゴールにぶん投げること。

フルアーマーチャリデキタ……チャリデキタの最終進化。レースでは途中で転けてフェードアウトするが最終直線でデコトラを引いて戻ってくる。デコトラの中にはファルコがいて歌ってくれる。いくらなんでもウマ娘世界でデコトラは無理があるとして没に。

お魚天国……右肩にマグロを背負ったウマ娘。特筆することはないが最終直線でカジキマグロを取り出して加速する。大食いウマ娘がいた場合、カジキマグロの代わりにイワシを取り出して失速する。

以下一部の軽いキャラ紹介

ライスモドキ……オリ主、自分のことをアプリ世界で作られた物であり、回復能力やあり得ない身体能力のせいでこの世界には存在してはいけない異物だと最初は考えていたが上島家に受け入れられて考えが変わった。誰もいない世界に一人だけで生きていた時間が長いのと、混ぜられたウマ娘の性格が混ざり合って無意識に家族というものを求めていた。割と単純。真剣な時はライスシャワーと同じような感じで目から炎が揺らめいているように見える。

トウカイテイオー(本体)……割と真剣に闇堕ちしかけた。ライスシャワーの言葉で光属性のままでいけた。闇堕ちルートはあげません!!
 テイオーたち……テイオーの中にいるアプリ世界の殿堂ウマ娘。しっとり組(三割)と快晴組(七割)で分かれている。ライスモドキがトレセン学園以外に行くことを知ってしっとり組が暴動を始めたが快晴組が叩きつけてきた夏合宿の例のシーン画像で鎮圧された。その時間僅か三十秒!

ミホノブルボン……ライスモドキの天敵、絶対に勝つことはできない。ライスモドキ監禁ルートを作るならミホノブルボンが最短ルート。快楽堕ちも夢じゃない。病院で見たライスモドキの表情にゾクッときたらしい。最近アヘ顔ダブルピースというものを知った。

アグネスデジタル……全てのウマ娘ちゃんファンを名乗るウマ娘。一時の気の迷いで買ってしまった本を封印処理する時にミホノブルボンに見られて爆発しそうになった。

ライスシャワー……テイオー闇落ちルートを防いだ功績者。ライスモドキからのお姉ちゃん呼びは悪い気がしないしむしろ嬉しい。妹がいたらこんな感じかなと思っている。最近の悩みはミホノブルボンに抱き締められてどうですか?と聞かれること。

上島 歩……ライスモドキ闇堕ちルートを防いだ功績者。それと同時にライスモドキが無意識に求めていた欲求を満たし、ライスモドキ本人も知らない間に進んでいた自分は周囲とは違った異物という考えから発生する発狂ルートを家族として迎え入れることで完全に潰した。妻のコスモグラールの最初の関係は幼馴染から。そこからよくある展開を経て結婚した。

お兄さまん……夏合宿から覚醒した超越者。ライスシャワーとモドキの応援があれば無尽蔵に力を引き出せる。ライスモドキがトレセン学園入学ルートに行くと上島トレーナーにライスモドキを俺に(担当させて)下さい!!と言って修羅場を発生させる。

以上です。
この紹介に書いてある通り、実はライスモドキはもっと暗い方面にするつもりだったんですよね。影が薄い超回復も注射が嫌すぎて自分はすぐに治るから大丈夫だと証明するためにナイフを自分に突き刺そうとしてそれを庇った上島トレーナーに突き刺してしまって曇ったりする予定のためにつけた設定でした!だけどウマ娘にそんなん要らねーよ!馬鹿か俺は!と思い直して回復能力以外の闇方向の設定を全排除、明るい元気っ子になった。言いたいことは言ったしこれで最後です。ここまで読んでくれてありがとうございました!


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