セッ○スしないと出られない部屋に男女を閉じ込めるのが性癖の魔族に巻き込まれた話 (柚香町ヒロミ)
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一組目 〜魔法使いと剣士〜



・R15くらいなので本番(R18描写)はありませんが性的な描写が含まれるため注意




 

 

 

 

 

 とある男女の二人組、剣士と魔法使いがダンジョン攻略をしていたある日の事。順調に歩を進めていた二人であったが事態が一転、謎の光に包まれダンジョンとはかけ離れた部屋へと飛ばされてしまった。異様な程にピンクに染め上げられたその部屋にはデカデカと大きな文字が掲げられている。

 

 

『セッ○スしないと出られない部屋』

 

 

「は?」

 

 

「え?」

 

 

「「ええええええええ!?!?!?!?」」

 

 

 仲良しな二人は顔を見合わせた後、真っ赤になり悲鳴にも似た叫び声をあげる。

 

 

「セック…………何だそれ!?何でそうしないと出られないんだよ!?」

 

 

 剣士が率直な疑問を魔法使いに投げ掛けると魔法使いは少し考え込んだ後頬を赤くしながら口を開く。

 

 

「……き、聞いた事があります……魔族の中には他種族のセック………性交渉を見るのが三度のご飯よりも大好物な方がいて色んな種族を拐っては強制的に……そ、そういう事をさせるとか……」

 

 

「は、はあ!?要するにデバガメって事!?ならそういう店に行きなよ!?」

 

 

「私もそう思います……ですがそういうお店に行くのとそういうプレイをさせるのは趣が全く違うとかなんとか……」

 

「ええ……」

 

 

 理解が追い付かない魔法使いの話にドン引きしながら剣士は部屋を見回すが部屋には扉や窓はなく中央にはい、ここでヤッテネ!と言わんばかりのキングサイズのベッド(しかもドピンクでハートマーク)があるばかりであった。

 

 

「出口も見当たらないしどうすれば………まてよ?何でそんな話を君が知ってるんだ?」

 

 

「以前宿屋に置いてあった雑誌にインタビューが載ってまして」

 

 

「インタビューしちゃったの!?!?!?!?しかも魔族も答えちゃったの!?!?!?!?頭おかしいの!?!?!?!?」

 

 

「ですよね……噂によるとその魔族かなり強いらしくて自ら生成したその部屋はあらゆる耐性を有していてどんな要塞よりも堅固なんだとか……。セッ……性交渉をせずに死なれたら困るから空腹にはならないようにし一日経てば身を清める魔法が自動的に発動するとも……」

 

 

「何その性癖にかける情熱と福利厚生………おりゃあ!!」

 

 

 試しに手持ちの剣でおもいきり壁を切りつけるが切り傷一つつかない状態なのを確認し剣士は溜め息をつく。魔法使いも杖で炎の玉を作り出し放つがそれもまた傷をつける事は叶わなかった。ため息をついて二人はベッドに腰を下ろす。ベッドは座り心地が最高でここで寝そべったら気持ちいいんだろうなと剣士は思うが今この状況でする気にはなれない。

 

 

「……本当にし、シないと出られないのか…?」

 

 

「…………らしいです……あくまで雑誌に書いてあった記述によると、ですが。被害者の中には一年部屋で過ごして仲を深めた結果、なんだかんだそういう事をして出られた方々もいるとか……」

 

 

「一年!?その魔族気が長いな!?」

 

 

「『少しずつ距離が近づいていく二人のやり取りが最高でしたね……今でも覚えてます……』という文章と共にどや顔の写真が貼り付けられてました」

 

 

「顔割れてんの!?捕まれ早く!!」

 

 

「……それが……その魔族、訴えられてないんですよね……」

 

 

「………え?同意も無しに拐って監禁した挙げ句セッ………そういう事させてるのに?」

 

 

「そうなんですけど……その魔族が拐うのは……………性交渉してもいいくらい想い合っている友人以上恋人未満の二人らしくて。この部屋がきっかけで恋仲になるので………その……」

 

 

 

「訴えるほどの恨みがないと。…………あれ?」

 

 

 魔法使いの言葉に不本意ながらも納得する剣士だがふと疑問が脳内によぎる。では今閉じ込められている自分達は、と。

 

 

「え……」

 

 

「……」

 

 

 魔法使いもその思考に至ったのかもじもじと自分の指をつついている。

 

 

「ええ!? そ、そんなわけないだろ!? 君が僕みたいな奴を好きなわけ……」

 

 

「そんな事ありません! いつも後ろ向きなわたしがあなたの明るさに何度助けられた事か……。わたしは……ずっと前からあなたを想っていました」

 

 

「……っ……ぼ、僕だって君がいてくれたから迷いなく剣を振るう事が出来たんだ。優しくて頼りになる……大好きな君がいてくれたから……」

 

 

 互いに秘めていた想いを吐露すると一気に『そういう』ムードになる。二人が思春期真っ只中な男女というのもあるが座っているベッドや部屋そのものがピンクなのも要因の一つかもしれない。

 

 

「……今も僕達のこと、見てるのかな」

 

 

「……かもしれません。 …………あの……」

 

 

「な、なに……?」

 

 

「このままここで暮らしますか? それとも……」

 

 

「出られるように『行動』しますか?」

 

 

 魔法使いが剣士の方へと体を傾け囁く。重心が移動しギシリとベッドが軋む音が部屋に響き剣士はゴクリと喉を鳴らした。それが緊張からなのか、それとも興奮によるものなのか。己の心も分からないままにベッドに倒れ込んだ。そのまませめて直接黒幕に行為を見られないようにと布団に潜り込むと魔法使いも後に続く。

 

 

「あのさ。僕、経験ないんだけど……」

 

 

「そうですか。なら私がリードしますね」

 

 

「……経験あるんだ?」

 

 

「一応私の方が年上ですからね。……嫉妬してます?」

 

 

「……そんな事は……あるけど」

 

 

 剣士が肯定すると魔法使いは嬉しそうに微笑みながら口づけを落とす。その口づけはこれからの行為を示すようにゆっくりと深くなっていきやがてぐぐもった声が布団の中からするようになったのだった。

 

 

 

 

 

 

「……出られたね」

 

 

「……はい。体調の方は大丈夫ですか?」

 

 

「…………まだちょっとダルいけど平気。君は?」

 

 

「幸せです」

 

 

「……気分を聞いたわけじゃ……まあいいけど……」

 

 

 アレコレを終えた二人は謎空間から脱出した。二人の距離は閉じ込められる前よりもずっと近く指が絡み合ったまま手が繋がれている。どちらもその手を振りほどこうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな初々しい二人の様子を水晶玉を通して見続けている男がいた。

 

 

「はー、やっぱり両片想いの、あと一押しでくっつくカップルを強制的にセッ○スさせて一部始終眺めるのは最高ですなー!!!!!!僕っ娘と男の娘の組み合わせは初めて見たが……いい………尊い……ご馳走様でした………次はどんなカップルを拐うかな……うへへへ……」

 

 

 元凶はしばらく恍惚の表情を浮かべた後、限りない欲望という名の己の性癖のために次のターゲットを探すのであった。

 

 

 めでたしめでたし……?

 

 

 



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二組目 〜弓兵と拳闘士〜

今回はラブコメよりです

明るめかつ幼馴染ケンカップルものです


 

 

 

 

「お前は大雑把すぎる! もっと慎重に行動出来ないのか! すぐに前に出て……薬草がいくらあっても足りん!」

 

「うるさいわね! あんたが細かすぎるのよ! だいたいさっきだってあんたがさっさと毒矢を当ててれば───きゃっ!?」

 

 とある男女の二人組、弓兵と拳闘士が素材集めのために洞窟内を歩いていた時、それは起きた。ランプの薄い光が急に眩い光を放ち二人を包み込んだのだ。驚いた二人が目を開くと見慣れぬ部屋にいた。壁も、床も、ベッドさえもピンクピンクピンク。辺り一面ピンクに染め上げられた部屋だ。あまりに異様な光景に二人が固まっていると謎の声が脳内に直接響いた。

 

『聞こえていますか……その部屋から出るにはセッ○ス……セッ○スをしなければなりません……それ以外の方法は意地でも認めません………セッ○スです……セッ○スは全てを解決するのです……では健闘を祈ります………』

 

「「は!?!?!?」」

 

脳内に響く言葉に二人は絶句した。それと同時に一つの可能性に思い至る。

 

『セッ○スしないと出られない部屋』

 

 それは冒険者達の間でまことしやかに囁かれていた噂だ。とある魔族が他種族の性交渉を見るのが三度のご飯よりも大好物で色んな種族を拐っては強制的に『そういう事』をさせている、と。

 

「ふざけないでよ! なんでわたしがこんな堅物で、細かくて、嫌味ったらしい男とそんな事しなきゃならないのよ!」

 

「それは俺の台詞だ! 何故俺がお前みたいな脳筋で、ガサツで、喧しい女を抱かねばならんのだ!」

 

「なんだと!?」

 

「なんですって!?」

 

 性格が正反対の二人はいつものようにいがみ合うが同時に動揺もしていた。なぜならその魔族はただ二人の男女を攫うのではなく『性交渉をしてもかまわないくらい想い合っている男女』を攫うらしいという噂もあるからだ。そしてその噂はというと──。

 

 

(こいつがわたしの事を好きなわけない……)

 

(こいつが俺の事を好きなわけない……)

 

(わたしは好きだけど!)

 

(俺は好きだが!)

 

 当たっていた。二人は自分の気持ちに素直になれないケンカップル(未満)だったのである。

 

「そもそも抱くってなによ。あんたにそんな甲斐性あるわけないじゃない。ドーテーが!」

 

「はぁ!? 女を抱いたことくらいあるに決まっているだろう! 一夜限りの関係なんて日常茶飯事だったわ! お前こそ内心ガクブルしているんじゃないか? 生娘が!」

 

「はぁー!?!? ありますぅー!! あんたとコンビ組む前はそれはもうヤリまくってたわよ!!」

 

 両者共に真っ赤な嘘である。二人とも年齢=恋人いない歴&互いが初恋のピュアピュアっ子である。

 

(え……そうなの……)

(なん、だと……)

 

 しかしそんな事を知る由もない二人はめちゃくちゃショックを受けていた。性格こそ正反対だが性根は割と似ているのだ。

 

「……ふーん。へー、ほーう……じゃ、じゃあシましょうか。減るもんじゃないし……!!」

 

「そうだな。この後のスケジュールもある。無駄な時間を浪費するのも惜しい。するか」

 

「……」

 

「……」

 

 先程までの騒がしい掛け合いがピタリと止まりベッドで向き合う。二人には性交渉の経験がないためどうしていいか分からず固まっていたのだ。しかしただ見つめ合うのも照れくさかったのか拳闘士は目を逸し靴を脱ぐ。

 

「……服は着たままでいいわよね?」

 

「えっ」

 

「えって何よえって」

 

「いや……普通裸でするものだろ?」

 

「……まあそうかもだけど。着たままでも出来るでしょ。それともわたしの裸が見たいわけ?」

 

「見たい」

 

「……え」

 

「あ」

 

 普段は素直じゃない弓兵だが彼はれっきとした男である。好きな女の子の裸が見たいという欲望を抑えきれず即答した。建前よりも本音が先にポロリしてしまったのだ。弓兵の返答に拳闘士は固まった後真っ赤になってプルプルと震え近くにあった枕を顔面に叩き込む。

 

「へ、変態!」

 

「へぶっ」

 

「へんたいへんたいへんたい!」

 

「っ……ああそうだ!! 変態だが!?!?」

 

「は、ちょっ、何開き直って……わー!? どこ触ってんのよスケベ!!」

 

 それからドタバタしたものの接近戦が得意なはずの拳闘士はろくに抵抗もしないまま弓兵にされるがまま美味しく頂かれたのだった。

 

 

 

 

 

「……」

 

「……悪かった。謝るから」

 

 全てが終わった後、弓兵が拳闘士をおんぶする形で部屋を出た。拳闘士は弓兵の背中に頭をグリグリ擦りつけながらムスッとしていた。

 

「……ケダモノ。優しくするんじゃなかったの?」

 

「……す、すまん……抑えられなかった……」

 

「…………一夜限りの関係が日常茶飯事、ねぇ……嘘ばっかり」

 

「なっ……お前だってヤリまくりって言ってたくせに……!」

 

「わ、わたしはいいの! ……ほら早く運んでよ。誰かさんのせいで動けないんだから」

 

「……了解」

 

 口では文句を言いながらも甘えてくる拳闘士に弓兵は緩みきっただらしない顔を見せないよう前を向き、元いた洞窟から近場の街まで移動する。その足取りはどこか軽やかなものであった。

 

 

 

 

 

 そんな二人の様子を水晶玉を通して見続けている男……元凶の魔族がいた。

 

「やっぱりケンカップルの事後のしおらしい姿は格別というか不思議な栄養が詰まってますな……ぐへへへへ……それにしてもあの二人は閨では素直なタイプと……特に「やっぱり胸、大きい方がいい……?」「いや……むしろこのくらいの方が好きだ……」のやり取り最高かよ……録音しといてよかった後でリピートしよ……」

 

 魔族はニチャリとキミの悪い笑みを浮かべながら先程のやり取りを思い出し悦に浸っていた。両片想いの男女の感情の機微こそが魔族にとって何よりの御馳走なのである。

 

「次はどんな子達を攫うか……おねーさんとショタ……腐れ縁の幼馴染……身分違いの召使いとお嬢様もいいな……リストアップしないと……」

 

 魔族の欲望は尽きることがない。しばらくは満たされても次第に心が渇いていく。自分の性分に内心呆れながらも爛々と瞳を輝かせ次の対象を選ぶ魔族なのであった。

 

 

 

 

 

 



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三組目 〜吟遊詩人と踊り子〜

今回はおねショタです

犯罪臭がします




 

 

 

 

 

 とある魔族は悩んでいた。その魔族は両片想いの男女をセッ○スしないと出られない部屋にブチ込みその様子を見るのが何よりも好きな気持ちの悪い男であった。いつものように良さげな男女を見繕う作業に取り掛かっていた魔族だが……。

 

 

 

「おねショタはいい……おねいさんとショタの組み合わせは黄金と同価値と言っても過言ではない……でも……」

 

 

 

 魔族は悩んでいた。とても、とても悩んでいた。頭を抱え深刻な表情を浮かべる姿は厳しい大きな角と相まって謎の迫力がある。

 

 

 

 ちなみに魔族が何故これほどまでに悩んでいるのかというと……。

 

 

 

「リアルおねショタをあの部屋にブチ込んだら犯罪ですぞ!!!!!」

 

 

 

 しょーもない事だった。そもそもどんな二人組でも拉致&性行為強要は犯罪である。だがこの場にそれをツッコむ者はいなかった。

 

 

 

「でも見たい!! ショタがどうすればいいのか分からず固まっているのを優しく導くえっちなおねいさんが見たい! でも性知識がないリアルショタにそんなことさせちゃだめぁー!!!!!」

 

 

 

 謎基準の良識に苦しみながら魔族はもんどりを打つ。手足をダバダバと動かしヘドバンする姿はさながら死にかけのセミの様であり見苦しいことこの上なかった。

 

 

 

「マセガキショタおねは別ジャンルだしショタじじい系も今の気分じゃねぇ………Hey 水晶玉! ませてるから性知識はあるしおねいさんの事が好きなので意識しまくってるショタとショタの事を弟のように思ってたのにふとした時に男を感じてしまい動揺しそうなおねいさんの二人組いるぅ!? なんかこうセッ○スしちゃっても悲惨な空気にならずハッピーエンドになりそうなやつぅ!!!」

 

 

 

『少々お待ちください。検索中………………あ、いました。拉致りますか?』

 

 

 

「え!? マジでいた!? 拉致る拉致る!!そして抱けぇ!!!!! 」

 

 

 

 つい先程までの苦悩はどこへやら。魔族は魔力を使い強制的におねいさんとショタ……もとい踊り子と吟遊詩人の二人組をいつものごとく拉致るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? ここはいったい…………へ?」

 

「あら?あらあら……?」

 

 

 

 酒場での仕事が終わり泊まっていたホテルに戻った直後に拉致された二人は謎のピンク色空間withベッドにポカンとしていた。しかしデカデカと書かれている『セッ○スしないと出られない部屋』という文字を見て吟遊詩人のショタは床にひっくり返った。

 

 

 

「セセセセッ………って!?」

 

「あらあらまあまあ……」

 

 

 

 吟遊詩人ほどではないが隣にいた踊り子も動揺しているのか瞬きを何度も繰り返している。

 

 

 

「これってアレかしら。この頃噂になってるあの……」

 

「ふぇ……? 噂って……?」

 

「とある魔族が両想……男女を拐ってえっちなことさせてるんですって」

 

「え、えっちなこと………!?」

 

「変な噂だと思ってたけど本当だったのねぇ」

 

 

 

 真っ赤になってあわあわしている吟遊詩人に反して踊り子は困ったわぁと言いながら備え付けのハート型のベッドに座り脚を組む。元々踊りの為ほとんど下着に近いほど露出度の高い衣装を身に纏っているのもありその仕草と気怠げな雰囲気だけでも大層艶っぽいものであった。

 

 

 

(確か噂だとセッ○スしても構わないくらい好きあってる人達が拐われるって話だったけど……わたしソッチの趣味があったのかしら……? 確かにこの子は可愛いけど……)

 

 

 

 街を転々としながら踊りの仕事をしていた事もあり踊り子は魔族の噂を正確に把握していた。しかし自分もそれに当てはまるのかと想定すると些か疑問があった。踊り子にとって吟遊詩人は弟のような存在だと認識していたからだ。真っ赤になった吟遊詩人をまじまじと見つめると吟遊詩人の顔は更に赤みを増した。その初々しい反応に踊り子はクスリと笑った。

 

 

 

「ふふふ。困っちゃったわね」

 

 

 

「……本当に困ってるんですか?」

 

 

 

「ええ。どうしましょう。……そもそもキミはあの文字の意味分かるかしら?」

 

 

 

「あの文字って……」

 

 

 

「セッ○スのこと」

 

 

 

「……わ、分かりますよ。馬鹿にしてるんですか」

 

 

 

「そういうわけじゃないけど。念の為、ね?」

 

 

 

「……むぅ」

 

 

 

「でもそうなの……分かるくらいにオトナになったのねぇ……」

 

 

 

 露骨な子ども扱いに拗ねたのか唇を尖らせる吟遊詩人に踊り子は出会った時の事を思い出していた。

 

 

 

 踊り子と吟遊詩人が出会ったのは二年ほど前の事。立ち寄った村の酒場で緊張しながらも一生懸命竪琴を弾いていた子どもがいた。酒場を経営していた両親の手伝いをしたいと得意分野であった音楽を奏でていたのだ。

 

 美しい音色に惹かれ戯れにその音楽に合わせて踊ると驚きながらも呼応するように演奏を続ける姿を見て確信した。自分にとっての『音』はこの子なのだと。

 

 

 

(……うーん…………でもまだこの子は子どもだし……)

 

 

 

 踊り子は性に関してに寛容でそれなりの浮名を流していたが吟遊詩人はまだ幼く共に旅をする事が決まった時に彼の両親に色々と頼まれている事もありそういう目で見る事はよくない事だと思っていた。とはいえずっとこの部屋にいるのも現実的ではない。どうしたものかと踊り子がベッドに寝転がると吟遊詩人が視線を逸した。

 

 

 

(やっぱり目に毒だよこの格好……!)

 

 

 

 胸を申し訳程度に隠しているブラジャー形態の布は豊かな膨らみを隠しきれていないし下半身のパンツの上には綺羅びやかなコインと共に一応布が巻かれているがシースルーなので逆に色気を倍増させている。その扇情的な姿は歩くだけで男達を誘惑しているといっても過言ではなかった。

 

 

 

 吟遊詩人にとってもそれは同様なのでこうして目の前で無防備でいられると困ってしまうのだ。

 

 

 

(……うう………ダメだ、抑えないと……)

 

 

 

 初めて会った時から綺麗なおねいさんだ、と幼いながらにドキドキしていた吟遊詩人だが最近は第二次性徴の影響か敬意や純粋な好意の中に欲望が交じるようになってしまっていた。

 

 

 

(……でもぼくなんて向こうからしたら子どもなんだろうな)

 

 

 

 吟遊詩人は自身の手のひらを見下ろす。少しずつ成長はしているもののその手はまだ踊り子よりも小さかった。手だけではない。背も、足の大きさも、恋愛の経験も何もかも足りなかった。

 

 

 

 それは年齢によるものなので仕方ない事なのだがそれでも悔しいと感じるのがお年頃というものだった。

 

 

 

「んー、ねえ。ハグしてみましょ?」

 

 

 

「へ? ハグ、ですか?」

 

 

 

「ええ。セッ○スって色んな表現があるでしょう? 寝るとか抱き合うとか」

 

 

 

「あ、ああ。なるほど……」

 

 

 

「わたしね。キミには幸せになってもらいたいの。こんな変な事に巻き込まれて大切な『初めて』を消費させたくない。だからそうしなくていいなら別の方法を試したくて」

 

 

 

「…………ありがとうございます」

 

 

 

 踊り子の言葉は心から吟遊詩人の幸せを願って紡がれていた。その想いは嬉しいが大人としての線を引かれたようで吟遊詩人は寂寥感に苛まれながらも力なく頷いた。ぎこちなくベッドに上がり踊り子と抱き合った。

 

 

 

(や、柔らかい……こ、この感触胸が当たって……!!)

 

 

 

 肉感的で柔らかな双丘の感触と触れ合う体のぬくもりが全身に伝わりジワリと汗が滲む。心臓が全身に血液を巡らせる音が速まり息が少し乱れた。

 

 

 

(……っ……大きくなったのね。体つきも逞しくなって……)

 

 

 

 吟遊詩人が踊り子に興奮するように踊り子もまた吟遊詩人の成長に心を乱された。まだ柔らかさは残ってはいるものの鍛えだしたからか筋肉の硬さも感じられる腕がぎゅっと踊り子の背中に回る。

 

 

 

「……何も起きませんね?」

 

 

 

「そうねぇ。眠ってみる?」

 

 

 

「……このまま、ですか」

 

 

 

「ええ。嫌?」

 

 

 

「嫌というか……困ります。ドキドキして眠れません」

 

 

 

「あらまあ」

 

 

 

「わ、笑わないでくださいよ。正直今も大変なんですから」

 

 

 

「大変? ……あら」

 

 

 

 吟遊詩人の緊張した様子を微笑ましく眺めていた踊り子だったがふと体に違和感を覚えた。下半身に小さいながらも硬いナニカが当たっているのだ。その正体を分からないほど踊り子は初心ではないので本当にオトナになったのねぇとからかい交じりに耳元で囁くと吟遊詩人は耳の裏側まで赤く染まった。

 

 

 

「し、仕方ないじゃないですか。そんな露出の多い格好の……す、好きな人に密着されたら……」

 

 

 

「……好きな人?」

 

 

 

「……こんな変なところで言うつもりはなかったんですが………好きです。初めて会った時からずっと、ずぅっと好きでした」

 

 

 

「───っ─!!」

 

 

 

 吟遊詩人の実直な愛の告白に踊り子は強い衝撃を受けた。それは体中が電撃を浴びせられたような、痺れるような衝撃だった。自分の中の理性だとか良識だとか罪悪感すらも吹き飛ばしてしまうくらい歓喜している自分にあ然としながらも踊り子は気まずげに視線を逸らす吟遊詩人の頬を撫でる。

 

 

 

「ごめんなさい。わたし、キミの前ではいいおねいさんでいたかったんだけど……」

 

 

 

「はい……?」

 

 

 

「悪いおねいさんだったみたい♡」

 

 

 

「んっ!?」

 

 

 

 スイッチが入ってしまった踊り子は吟遊詩人の頬を優しく両手で包み込み唇を重ねた。ちゅっ、ちゅっと小鳥のさえずりのような軽いキスを何度もした後、クタクタになった吟遊詩人に覆いかぶさる。

 

 

 

「……だいじょーぶ。おねいさんに任せなさい?」

 

 

 

「……はい…………」

 

 

 

 結局踊り子の教えの元、吟遊詩人は一人前の男になったのであった。

 

 

 

 それから吟遊詩人が「責任を取ります……!!」 と踊り子の両親の元に挨拶に行きむしろ踊り子自身がお前何小さな子誑かしてんだと叱られる事になるのだがそれはまた別のお話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりおねショタなんだよなぁ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 部屋での一部始終を眺めていた魔族は最初の葛藤をすっかり忘れて室内を走り回っていた。数少ない良識すら失い己の性癖を満たせて満足している単純かつ悪辣な男である。

 

 

 

『あの』

 

 

 

「なんだね水晶玉クン。今日は随分おしゃべりですな」

 

 

 

『貴方様はいつもこういう事をされていますが……『そういう』お相手はいらっしゃらないのですか』

 

 

 

「グハッ!? なんでそんな酷いコト言うのぉ!? いねーよそんなもん!! それにぃー、俺は両片想いの二人組がアレコレ悩みながらも相手への好意と欲望から結局ヤルことヤル姿と過程と結果が見たいんですぅ!!!!!!」

 

 

 

『……なるほど。理解しました。貴方様は理解不能です』

 

 

 

「どっちそれ!?」

 

 

 

 魔族と水晶玉はそんなしょうもない会話をした後次なるターゲットを探すのであった。



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四組目 〜召使いとお嬢様〜

今回は身分差ものです(サブタイトルで分かるだろ)

でもお嬢様が俗物です


 

 

 

 

 

「閉じ込められてしまいましたわ!!!!」

 

「そうですね」

 

「これは困りましたわね! まさか例の噂の……『セッ○スしなければ出られない部屋』に閉じ込められてしまうなんて!! 困りましたわ!! ちょー困りましたわ!!」

 

「お嬢様。高貴な方がセッ○スとか言ってはいけません」

 

 口調の割にはどこか嬉しそうな様子のお嬢様とそんなお嬢様に淡々と受け答えする召使いが立っていた。

 

 いつものように家で優雅に紅茶を嗜んでいたお嬢様とその傍らにいた召使いであったが突如強い光に包まれて気がつけば全面ピンクの出入り口にもない異様な空間に飛ばされていたのである。

 

『セッ○スしなければ出られない部屋』

 

 それはとある魔族が己の欲望のために創造した一度入ればセッ○スするまで出られない強制性交空間である。食事や衛生面は完璧に配慮されているため身の安全は保証されているのが逆にタチが悪いと噂されていた。

 

 普通箱入り娘のお嬢様がそのような悪趣味な空間に閉じ込められたら泣き叫んでしまうかもしれない。しかしこのお嬢様は一味違った。

 

(よっしゃああああぁぁぁ!!!!!!! 毎晩魔族の方に祈っていた甲斐がありましたわ!!!!!!)

 

 お嬢様はむしろこの部屋に召使いと閉じ込められる事を望んでいたのである。その祈りというには若干俗物的な願望が叶い脳内でガッツポーズをしていた。

 

「オホン。しかし閉じ込められてしまったからにはそういう事をしなければなりませんわね。そう、わたくしとあなたでそういう事を……」

 

「しませんが」

 

「そうですわね。しなければここから出られ……えっ!?」

 

「お嬢様がいくらお転婆で、アグレッシブで、色々と破天荒な御方ですが高貴な身分なのは変わりません。私のような下賤な者が触れていい存在ではないのです」

 

「そ、そうかもしれませんが……!」

 

「……それにお嬢様には近いうちに伴侶となる方が選ばれるはずですから。婚姻前に傷物になっていたとあっては大問題です」

 

 召使いの言葉に浮かれていた気分が氷水を掛けられたように冷えていく。お嬢様はもう結婚を意識する歳なのだ。父親は必ずお前が幸せになれる伴侶を選んであげるからねと言ってくれたがお嬢様にとってそれは幼馴染の召使いだった。だからこそお嬢様は相手が決まってしまう前に召使いと共にこの部屋に訪れたいと願った。しかし召使いは乗り気では無いようで冷静に、そして冷淡にお嬢様を抱く事を拒絶した。

 

「……ええ、そうですわね。お父様がお選びになっているんでしょう? あなたも手伝っているのよね?」

 

「はい。私とお嬢様は幼い頃から共に過ごしていますからどういう男性が伴侶に相応しいか分かるだろうと」

 

「………っ……そう。いい相手は見つかって?」

 

「アドゥリン家の三男……ガリヘス様が候補に上がっていますね。アドゥリン家は高品質な宝石が採れる鉱山を有していますし家柄もお年も近い。性格も穏やかだそうで跳ねっ返りなお嬢様とも上手くやっていけると」

 

「……………その話はもういいですわ」

 

「お嬢様が聞いたのでしょうに」

 

「……あなたはいいの? わたくしが嫁いでも」

 

「質問の意図が分かりません。あなたが他所に嫁ぐのは当たり前の事。私の意思が入り込む余地はありません」

 

「……そう」

 

 お嬢様は自分が嫁ぐ事に少しは揺らいでほしいと質問を重ねるが召使いは眉一つ動かすことなく答えていく。私情など一欠片も入らないその返答に涙が滲んだ。

 

(……噂なんて宛になりませんのね。召使いはわたくしの事なんて少しも………)

 

 魔族が拉致するのは性行為をしても構わないくらい相手を想い合っている男女のみ。そう噂されていたからこそ実際にこの部屋に連れて来られた時は舞い上がる心地だった。だがそれは間違いだったのだと項垂れ涙を流すお嬢様の頭を召使いの手が一瞬、触れようとするが躊躇う様に下ろされる。

 

「……ここで助けを待ちましょう。屋敷内で拐われたのですからきっと家の者達も手がかりを探してくれるはずです」

 

「それはいつまで?」

 

「……分かりません。けれどお嬢様は私が必ずお守りします」

 

「……それはいつまで?」

 

「……いつまでとは?」

 

「この部屋から出るまで? それともわたくしが他所に嫁ぐまで?」

 

「……勿論、お嬢様がご結婚されるまでです。それからは婚姻される方とその家が護ってくださるでしょうから」

 

「───嫌ですわ!!」

 

 平然と未来の伴侶について話す召使いにお嬢様は耐えきれず召使いに飛びつくように抱擁した。

 

 顔は涙でぐしゃぐしゃで美しく整えていた髪も乱れ幼い子どものように嫌、嫌と癇癪を起こすお嬢様に召使いは口を閉ざす。

 

「わたくしはあなたがいいの! あなたを旦那様にしたいの! わたくしは……っ……小さな頃からあなたの事を想っていましたのよ……!!」

 

「……っ……」

 

 お嬢様の告白にそれまで無表情を貫いていた召使いの瞳が僅かに揺れる。だらりと下げていた腕がお嬢様の背中に回ろうとして止まり、拳が強く握られた。

 

「……召使いなどに気安く触れてはいけません。今のお言葉も気の迷いです。身近な、歳の近い異性が私しかいなかったから勘違いをされているのです。お離れください」

 

「嫌! どうしてそんな事を言いますの!? わたくしはあなたに恋をしています! わたくしが悪い事をしたら叱ってくれて、怪我をしたら心配してくれて、楽しい事があったら一緒に喜んでくれるあなたが好きです!わたくしは真面目で、無愛想で、とても優しいあなたが大好きなのです! 勘違いなんかじゃありません! 」

 

「……おやめください。それ以上の言の葉は……私には呪いになります……!」  

 

「そんな……好きと言うことすら……想いを告げる事すら許されませんの……?」

 

「……お嬢様、私は……………『あー……なんかすんげえまどろっこしいんで予定変更。心の声が見えるようにしますぞ』」

 

 お嬢様と召使いの何処までも平行線な会話の途中、場違いかつ能天気な声が聞こえた。心の声?どういう事?と二人が思った瞬間、それが文字として空中に浮き出てきた。

 

「「え」」

 

【え?本当に見えますの? ……み、見えてる!見えてますわ!】

 

【え、あ、嘘だろ!? まさか本当に!?】

 

 互いへの想いから涙を滲ませていた二人だがその予想もしてなかった事態に唖然とする。

 

 心の声。頑なに心を閉ざしている召使いのその声が少しでも分かるのかもしれないとお嬢様は召使いが固まっているうちに質問してみることにした。

 

「わ、わたくしの事をどう思っていますの?」

 

【好きです。好きで好きで好きで毎日お嬢様の事ばかり考えています】

 

「ま、まあ…っ…」

 

「なっ……お嬢様っ!見ないで下さい、それはまやかしで……!」

 

「では……では……わたくしとセッ○スしたいと思ってます!?」

 

「わー!?なんてはしたない事を聞いてるんですか!」

 

【はい!抱きたいです!お嬢様を自分だけのものにしたい!もう何度も脳内で抱いていました!他の男がお嬢様と、と考えるだけで嫌です!その男をぶっ殺してやりたい!愛しています!】

 

「…っ……そ、そんなにもわたくしの事を……?」

 

「あ゛ー!!!!!!!!! ふざけんなよクソ魔族!!!!!! 人がどんな想いで隠してきたと思ってんだよぉ!!!!!!」

 

 赤裸々を通り越した惨いレベルで秘めた心の内を暴露された召使いは普段の冷静さをかなぐり捨てて頭を掻きむしり魔族を罵倒する。

 

 すると『はいはい図星乙。あ、もう必要なさそうだから心の声聞こえなくしとくね。バイビー☆』と腹の立つセリフを吐いて魔族の声は聞こえなくなった。

 

 魔族の捨て台詞にくたばれ!! と吐き捨てた後ぜえはあと荒く肩で息をしていたら上機嫌に笑うお嬢様に正面から抱きしめられ柔らかなぬくもりが伝わる。

 

「大好きですわ。抱いてくださいませ」

 

「……っ……そ、それはっ……」

 

「わたくしを、あなただけのものにしてくださいな」

 

「…………っ……………!!」

 

 その悪魔の囁きを堪えきれるほど召使いの忍耐は強くはなかった。無言で優しくお嬢様を持ち上げベッドへと運び丁寧に下ろす。するとお嬢様は誘うように挑発的な視線を向けながら寝転んだ。

 

「本当によろしいのですね、お嬢様」

 

「……もう。ベッドの中でまで『お嬢様』ですの? ねえ……」

 

 耳元で甘ったるい声に名前を呼ばれると召使いの理性は一瞬でとけていく。召使いも応えるようにお嬢様の名前を呼んだ。

 

 二人は見つめ合い深い口づけを交わし──一つになったのであった。

 

 

 

 

 

「……旦那様に殺されるかもしれません」

 

「わたくしが説得しますわ」

 

「いえ。お嬢様を手籠めにしてしまったのですから私自身が説得しなくては」

 

「手籠……物騒ですわよ、もう」

 

 それから一つになった二人が部屋から出ると嬉しさと悔しさが混ざりあった表情のお嬢様の父親が出迎えた。そして事の経緯をそれとなく濁して書いてある手紙と共にアドゥリン家以上に広大な鉱山の権利書と『結婚おめでとうございます。これご祝儀です by 例の部屋の魔族』とメッセージが届いていたのだった。

 

 

 

 

 

『よろしかったのですか』

 

「何が?」

 

『今回の件です。あの鉱山は静かだからと気に入っていたのでは?』

 

「んー、まあ気に入っていたけども。それより目の前のすれ違い&悲恋寸前の身分違いな両片想いカップルが幸せになるならそれでいいですぞ。良いもの見られたお礼でもあるし」

 

『あの二人の恋を成立させる価値よりもあの鉱山の利益の方が上だと思うのですが』

 

「はぁー、分かってないなぁ水晶玉クンは。両片想いのカップルが想いを伝えあってセッ○スするのを見るのはお金で買えないんですぞ!!」

 

『……金に困っている者達なら場合によっては買えるような』

 

「それはなんか違うんですぅー、あくまで自主的にー、自分の意思でー、くっついてー、えっちなことして欲しいんですぅー!」

 

『貴方様の嗜好は難解すぎます』

 

「まあ水晶玉クンは意思を持ったばかりですからな。そのうち分かる……かもしれませんぞ?」

 

『……分からない方がいい気がしてきました』

 

「何故に!?」

 

 そんな茶番会話をした後、魔族と水晶玉は次はどんな二人組を攫うか議論するのであった。

 

 



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五組目 〜助手と博士〜

今回はギャグよりです

あと博士なのに何の研究しているのか出てきません

雰囲気で読んでください


 

 

 

「なるほど! ここが例の部屋か!」

 

「……みたいですね」

 

『セッ○スしないと出られない部屋』。それはセッ○スしても構わないくらい互いのことが大好きな両片想いの男女を閉じ込めセッ○スさせほぼ強制的にくっつけることが大好きな魔族が創り出した度し難き空間である。そこではセッ○スしなければ出られない代わりにあらゆる安全が確保される場所なのだ。

 

 その部屋に連れてこられた被害者のはずの博士は手に持った大きな鞄を床に置き興味深そうに部屋を見渡している。

 

「確かに出入り口は見当たらないね。広いベッドに風呂場、トイレにキッチン……ふむ。生活するのには困らなそうな設備が整っているな。全部ピンクなのはどうかと思うがね」

 

「本当だ。……アホな目的で作られた部屋じゃなければもっといいんですがね」

 

 はしゃぐ博士の後ろでキッチンの冷蔵庫の中身を確認しているのは博士の助手である。3年ほど前から弟子入りし主に博士の身の回りの世話をしている。

 

「材料も一通りありますね。何か食べますか」

 

「そういえばお昼時だったね。ここにいる間は食事の必要はないらしいが……せっかくだし作ってもらおうかな。うーんと……アレがいいな。君が前作ってくれたあの……野菜と肉を煮込んだやつ」

 

「説明が大雑把過ぎますよ。……ポトフのことですか?」

 

「そうそれ」

 

「……分かりました。全く本当に研究以外興味ないんですから……」

 

 色々と雑すぎる博士に呆れながらも助手が料理をしようと包丁を持った時、博士がポンと手を叩く。

 

「ああそうだ。試したいことがあったんだ」

 

「……包丁で自分の指とか切るのは駄目ですよ」

 

「えー、ダメ? ここでは自害出来ないと聞いたから実証したかったんだが」

 

「駄目です。一応博士も生物学上は女性なんですから自分の体は大事にしてください。……ほら。切れません」

 

 納得していない博士を宥めるため助手が自分の腕に軽く包丁を滑らせる。しかし肉どころか皮すら傷つかず【痛そうなのは嫌なのでやめれ!!】とシステムメッセージらしきものが表示される。

 

「なるほど。自害は無理そうだ。いや、私は死ぬつもりは毛頭ないけど」

 

「俺だってないですよ。さっ、用事は済んだでしょう。料理の邪魔なので出ていってください」

 

「手伝おうか?」

 

「博士は料理ドヘタクソなのでいいです」

 

「なんだとう! 事実だが傷つくぞう!」

 

 と、仲のいい会話をしながら二人はお昼ご飯を済ませるのだった。

 

 

 

 

 

「……それでどうするんですか」

 

「何がだい?」

 

「いや……この部屋から出るんですよね?」

 

「出ないよ?」

 

「はい?」

 

 博士の予想外の返答に助手は驚いて皿洗いをしていた手を止める。すると博士はああ、言葉が足りなかったねとベッドの上で足を組んだ。

 

「いや、発言を訂正しよう。しばらく出ない。せっかく衣食住整った設備があるのだから利用しない手はない。丁度手に持っていた実験道具の入った鞄もあることだし閉鎖空間で立証したい実験がある。最低でも2、3ヶ月は滞在するよ。君は元々住み込みで助手をしているんだから問題ないだろう?」

 

「えー。……ベッド一つしかないんですけど。床で寝ろと?」

 

「一緒に寝ればいいだろう」

 

「……本気で言ってます?」

 

「もし襲いたくなっても我慢するんだぞ? 研究が終わるまではね」

 

「……誰が襲いますか!!」

 

 博士のからかうような視線から目を逸らし助手は黙々と料理の後片付けをする。

 

 こうして博士と助手の奇妙な『セッ○スしないと出られない部屋』同居生活が始まったのである。

 

 

 

 

 

「うんうん。確かに快適な空間だったね。研究も捗ったし満足だ」

 

「はあ。よかったですね。……まさか半年もここに住むことになるとは思いませんでしたよ」

 

 部屋に閉じ込められてから早半年が過ぎていた。予定よりも長引いたがようやくこのピンク空間から出られることに助手は安堵する。

 

「後は出るだけだ。というわけでセッ○スしようか助手君」

 

「えー……」

 

 どこまでもマイペースな博士はムードもへったくれもないままベッドインの提案を助手にする。これには助手のテンションもだだ下がりである。

 

「えーとはなんだねえーとは。私とセッ○ス出来るんだぞ!?」

 

「……はあ」

 

「……えっ。なんだいその反応。え? 君みたいな若い子がセッ○スしようと誘われたら興奮するんじゃないのかい!?」

 

「その誘い方で興奮するやつは猿以下ですね」

 

「えー!? ……ちょっと待ってくれ。物凄く今更な確認だが……助手君は私の事が好きだよな? この部屋に私といる時点でそれは揺るがないよな?」

 

「……」

 

 不敵な態度から一変して不安そうに助手を見上げる博士を正直可愛いなと思う助手だが同時にこうも思った。

 

 ──なんかこの人に素直に好きって言いたくないな

 

 と。

 

「あれ!? あれあれ!? なぜ黙っているんだい!? 好きだよね!? だから家事全般してくれたし色々世話してくれていたんだよな!?」

 

「助手ですからね」

 

「えっ。た、確かにそうだが……それだけじゃないだろう? 好きでもない相手にあんなに甲斐甲斐しく世話は焼かないだろう?」

 

「……まあ、時々駄目な人だなぁとは思いますけど尊敬はしてますよ」

 

「尊敬!? ええ!? 普段なら喜ぶところだが今は違う! 女性としての魅力を感じてはいないと!?」

 

「……」

 

「じゃあここに来てから夜中たまーにごそごそしてたのは!?私との同衾に興奮して性処理してたんじゃ……私をオカズにしてたんじゃないのかい!? 」

 

「なっ……そういうところですよ!?」

 

「ば、馬鹿な……そんな……助手君は私にメロメロなはずなのに……」

 

「博士のその自信どこから来るんですか」

 

「えーと……ほ、ほら。胸だってそこそこあるだろう?」

 

 テンパりまくった博士は助手の手を取り胸に触れさせる。そこは確かに柔らかく助手の手のひらに納まりきらないほどには質量を感じさせるくらいに膨らんでいた。服越しでこのサイズなら脱いだらもっと大きいのだろう。

 

 ……もっとも博士はものぐさかつ自分に無頓着なので風呂上がりにタオルを巻いたまま研究に没頭していたり寝起きにダボダボのシャツ一枚で出てきたりするのでそのサイズ自体は助手も知っているのだが。

 

「そうですね」

 

 何をしているんだこの人はと呆れながらもちゃっかりしている助手はその胸をしっかりと揉んでいる。むにむにと自分の手の動きに合わせて形を変える胸に興奮はするもののそれを悟られるとドヤ顔されそうなので真顔で揉む。

 

「……なんだよぅ! 男性の大半は好きなおっぱいだぞ!それもわたしのおっぱいを揉んでいるのになんでムラムラしないんだ!」

 

「ナンデデショウネー」

 

「うう……眼鏡か? この地味な黒眼鏡がよくないのか……? それなら気に入っていたけど外して……」 

 

 博士が泣きべそをかきながら黒縁の眼鏡を外そうとした瞬間助手は胸を揉んでいた手で眼鏡を外そうとする手をやんわりと、けれどしっかりと掴み止める。

 

「それは大丈夫です」

 

「えっ……でも」

 

「 眼 鏡 は 外 さ な い で く だ さ い 」

 

「あ、うん。分かりました……」

 

 助手の今まで見たことのない気迫に博士は思わず敬語になりながら眼鏡を外そうとするのをやめた。助手は隠れ眼鏡スキーだったのである。

 

「分かっていただいたのならよかったです」

 

「う、うん……えと……私のこと嫌い……?」

 

「はぁ……んなわけないでしょう。嫌いだったら博士みたいな面倒くさい人の世話なんてしませんよ」

 

「じゃあ……好きかい……?」

 

「…………ええ。まあ、好きですよ?」

 

「なんで疑問形なんだよー」

 

「じゃあ逆に聞きますけど博士は俺の事好きなんですか?」

 

「えっ。……す、好きなんじゃないかな?」

 

「ほら。博士だって疑問形じゃないですか。今更照れくさいんですよそういうの」

 

「な、なるほど。興味深いデータが取れたね。……互いの気持ちも伝えあったことだしそろそろシようか。……い、嫌じゃないだろう?」

 

「はい。この部屋に拉致されてからずっと抱きたかったので」

 

「……へ?」

 

 博士がどういう意味だい? と訊ねるより先にドサリとベッドに押し倒された。驚く顔の博士に対し助手は冷静に博士を見下ろしながら服に手をかける。

 

「ま、待ってくれ。せめてシャワー、あと電気を……」

 

「もう待てませんよ。……半年もお預け食らってたんですから」

 

「えっ、あっ、まっ、ちょっ…………」

 

 半年『待て』状態だった助手を恋愛ポンコツ処女の博士が制止出来るはずもなく、博士はわーわー喚きながら助手と結ばれたのだった。

 

 

 

 

 

『今回は致すまでが長かったですね』

 

「それもまた良きナリ。そんな気はしてたし。ああいう同棲までしてるのにくっついてないカップルはあと一歩が踏み出せないんでこうやって拉致する必要があったんですね」

 

『……やり取りからしてあのままでもそれなりに仲良く過ごせていた気もしますが』

 

「それは同感。でもそんなの関係ねぇ。俺はあの二人がセッ○スするまでの過程が見たかったんヨ」

 

『……いつものやつですか。ふむ……あの、少しよろしいでしょうか』

 

「ん?なに?」

 

『次の対象者は決まっていますか?』

 

「うんや。まだ未定だけど」

 

『……この部屋に召喚する条件を満たす二人組で気になるデータ見つけまして』

 

「えっ、珍しいね水晶玉クンが気になるなんて。詳細kwsk」

 

『家の都合で男として育てられ女であることを隠し騎士団長になった女性とその事に感づいてそれ以来気にかけていたら段々騎士団長に惹かれていった女口調の副団長(男)の二人なのですが』

 

「ええええええ何それ初めてのチョイスがそれぇ!?!? 才能あるよ水晶玉クン!!」

 

 その後その二人組について詳細なデータを調べ次のターゲットに決まったのだった。

 

 



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六組目 〜副団長と団長〜

今回は(比較的)シリアスめです。

騎士団エアプなのでご了承ください。




 

 

 

 

 

 

「本気で言っているのか」

 

「はい」

 

「その道は地獄だ。戻れなくなるぞ」

 

「構いません」

 

「これまでの自分を捨てることになるのだぞ!!」

 

「それでもわたしは……この道を選びます」

 

 わたしは一つに括っていた金の髪を持っていたナイフで切り落とす。パサリと落ちた髪を一瞥した後わたしはお父様と代々伝わる家宝の剣の前に立つ。

 

「……お前は愚か者だ」

 

「……はい」

 

「いいか。これよりお前は男であらねばならぬ。男として生き、男として死なねばならぬ。それがどんなに辛くともだ」

 

「はい。お父様。……いえ父上。わたしは……私は男として生きましょう。このアルシュタインの剣に誓って」

 

 雄々しくて逞しくて厳格な父上。けれどその時の顔はとても辛そうで。わたしは父上を悲しませたくなくて渡された家宝の剣に誓いました。すると父上はもっと辛そうな顔になって困ってしまいました。違うのです。違うのです父上。これはわたしが背負うべきものなのです。だから自分をお責めにならないで。自分を嫌いにならないで。わたしは大丈夫です。これから先どんな事があろうともわたしは────。

 

 

 

 

 

「ん……」

 

「あら隊長さん。起きたのかしら」

 

「ああ……寝ていたのか、私は」

 

「ええ。……何か悪い夢でも見たの? うなされていたけれど……」

 

「昔の夢を少し、な。大丈夫だ」

 

「ならいいけど……寝るならソファじゃなくてベッドにしなさいな。体に悪いわよ」

 

「ああ、そうだな。仕事が終わって一息つきたかったんだが……寝てしまっていた。気をつける。今日の予定に変更はあるか?」

 

「……もう。ないわよ」

 

 とある王国騎士団の一室で団長と副団長が話をしていた。ソファで仮眠を取っていた団長が目を覚ますために顔を洗っていると副団長はさり気なくタオルを手渡す。それに礼を言うそのやり取りは息を吸うように自然なもので二人の付き合いの長さを感じさせるものだった。

 

 女性と見まごうほど中性的な顔立ちで苛烈さを持ち合わせた団長とすらりとした長身と精悍な顔立ちで女性的な振舞いをする副団長。相反する二人であったが馬が合いとても仲が良かった。

 

「では昼、クレイトンに魔獣狩りだな。気を引き締めていこう」

 

「もちろん」

 

 トングーとは猪から進化した魔獣であり農作物を食い荒らし一度食事をすれば木の根っこすら残こる事はない。その上剣すら弾く強固な皮膚を持つ恐るべき害獣であった。そんなトングーの大きな巣がクレイトンの森にあると報告があり騎士団が討伐する事になったのだ。

 

 二人は昼時の魔獣トングーの討伐に備え部下達と合流し目的地であるクレイトンに向かうのだった。

 

 

 

 

 

「トングーは事前に説明した通り頭への衝撃に弱い! 重点的に頭を狙え!」

 

「「「了解!!」」」

 

「こいつらは瞬く間に繁殖する!! 一匹も逃がすな!! 囲め囲めぇー!!」

 

 騎士団によるトングーの討伐は瞬く間に終わった。統率が取れていたのはもちろんのこと団長自ら先陣に立ち怒濤の勢いで魔獣を一撃で蹂躪していったのだ。副団長もそれに続きほとんど怪我人が出ることなくトングーは殲滅された。

 

 殲滅されたトングーは解体され皮や骨は防具や武器となり肉は臭みを消した上で騎士団と領地に振る舞われる。害獣が一転して恵みをもたらすのである。 

 

 無事解体作業も終わり団長と副団長は部下達に指示をした後テントで一息ついていた。

 

「無事終わってよかったわね」

 

「ああ、そうだな。誰も犠牲にならずに済んでよかった」

 

「ホントにね。はいお水」

 

 副団長が団長に水の入った水筒を差出しそれを受け取った団長は喉が渇いていたのか一気に半分ほど飲んだ。

 

「あらいい飲みっぷり」

 

「お前も飲んだらどうだ」

 

「そうね」

 

 団長が差し出された水筒を副団長が受け取ろうとした瞬間、テントの中が光で包まれる。敵襲と思い臨戦態勢を取った二人だが……その光は転移の魔術であり発動した時点で抵抗など無意味であった。

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

「え……ウソでしょ……ここって……」

 

 二人が光で目を瞑った後目を開けるとそこは辺り一面ピンクの部屋だった。壁も、ハート型のベッドも、テーブルも、キッチンも部屋の至る所がピンクで構成されており出入り口のドアや窓は見当たらない。そして部屋で一番自己主張している掲示板にはデカデカと文字が書いてある。

 

『セッ○スしないと出られない部屋』

 

と。

 

「な……何を馬鹿な。私達は男同士だぞ」

 

 そう抗議するように団長は抗議の声をあげるが内心は冷や汗をかいていた。騎士団内でも噂になっているから知っているのだ。ここは、互いに思い合う『男女』が閉じ込められる部屋だと。

 

(拙い。ここは男女しか入れない場所だ。私が女である事がバレてしまう……それに……密かに想いを抱いていることも……)

 

 団長は表向きは男として振る舞っているが女であった。代々優れた騎士を輩出する名家、アルシュタインに生まれた彼女は幼い頃当主を継ぐ事を誓った。

 

 アルシュタインの当主となる条件は至ってシンプルだった。

 

 ──誰よりも強く、優れた男であること。

 

 彼女はアルシュタインに生まれた使命と己の贖罪のため当主を継ぎ実力を示した上で騎士団長へと上り詰め、その過程で副団長である彼と出会った。副団長は出会った時から女口調で驚いたものの強く聡明ですぐに仲良くなった。それが親愛から恋に変わったのはいつからかは彼女にもよく分かってはいなかったが。

 

「……知ってるわよ」

 

「なに?」

 

「アナタが女であることは知ってるわ。一目見た時から分かってた」

 

「えっ」

 

「でもワケアリなのも分かってたから黙っていたわ。それに……アナタは性別とか関係なしに強かった。実力も心もね。だから好きになっちゃったんだけど」

 

 団長が性別がバレていた事に動揺していたら更に心乱す事を告げられる。この部屋に閉じ込められた時点でもしや、と思っていたが本当にそうだと分かると団長のいつも涼やかな表情も赤く初々しいものへと変わる。

 

「お前は男が好きなのかと……」

 

「よく誤解されるけどアタシ女みたいな口調なだけで自分の事は男だと思ってるし普通に女の人が好きよ? この口調なのは小さい頃に母親が亡くなって寂しがる弟や妹のために母親のマネをしてたらそれが自然になっちゃっただけで」

 

「……そうだったのか」

 

「そうよ。紛らわしいってよく言われるわ」

 

「……そ、そうか」

 

 団長は副団長と仲がいいが性に関わるプライベートな事は自分の性別を隠している事もあって避けていた。色々と誤解していたなと反省していると副団長の距離が近くなる。

 

「それで、どうするの?」

 

「何がだ」

 

「シちゃう?」

 

「!?」

 

 副団長に腰を抱かれ引き寄せられてビクンと体が跳ねた。鎧越しとはいえここまで意図的に近い距離に詰められたのは初めてだったのだ。心なしかその視線は含みのあるもので団長の心拍数は上がっていく。

 

「……しかし……いや、そうするべきなのか。このままこの部屋にいるわけには……業務も滞る……皆に迷惑を掛けるわけには……」

 

『あ、その部屋にいる間は時の流れ止めて外への影響は無いようにしておきましたぞ。凄かろう』

 

 任務や使命を理由に身を委ねようと考えていたら魔族から暗に逃げるなと言われ自分が恥ずかしくなると同時に魔族への憤りを団長は感じた。

 

「何故その超技術をこんな事のために使うのだ!?!? 出せ!!」

 

『強いて言えば性癖ですな。ダメですぅ。ダシマセーン。はよ素直になれ。ここでは家とか使命とか重荷とかは無いんですぞ』

 

「…………」

 

 ありのままの自分になれと言われ団長は葛藤した。偽りだらけの人生だったからだ。不安になって副団長をちらりと見ると副団長は何も言わずに優しい眼差しを団長に向けていた。

 

(ああ……その目は狡いな。何もかも受け止めるというその目は……)

 

 相談した時や愚痴を溢した時向けられるその眼差しを見ると団長はこの上ない安堵を感じていた。それが心を許す事なのだと今になって痛感し団長は覚悟を決めた。

 

「副団長」

 

「なあに」

 

「少し昔の話をしたい」

 

「……ええ。どうぞ」

 

 団長がベッドに座ろうと副団長を誘うと副団長は団長の隣に座る。数秒の沈黙の後、団長が目を伏せながらぽつりぽつりと話し始めた。

 

「私には双子の兄がいた」

 

「……いた、なのね」

 

「ああ。仲のいい兄妹だったと思うよ。狩りにもよく行った。だが……ある日兄は死んだ。魔獣に襲われていたわたしを護ってな」

 

「……」

 

「その魔獣は……わたしが狩った魔獣の子どもの母親だった。わたしが許せなかったんだろうな。狩りの翌朝匂いを辿って護衛すら薙ぎ払いわたしに向かってきたんだ。その時の傷がこれだ」

 

 団長は守り以上に自分を大きく見えるための堅牢な鎧を脱ぎ上着のボタンを開ける。団長の胸元には痛々しいまでの大きな爪痕が三本刻まれていた。

 

「その時兄が助けてくれて……相討ちだった。あの日わたしが狩りに出ようと誘わなければ……子どもを狩らなければ……兄に護られずともわたしが強ければ兄は命を落とさずにすんだのだ。両親は自分達がもっと実力のある護衛をつけなかったのが悪いと言ってくれたがわたしはわたしが赦せなかった」

 

 当時の事を思い出しているのか団長は拳を強く握り締める。悔やんでも悔やみきれない後悔である事を感じ取った

 

「アルシュタインの当主は代々男がなるのがしきたりだった。しかし残されたのは女のわたしだけ。だからわたしは言ったのだ。死んだのを妹に、『わたし』にしましょうと」

 

「……それは」

 

「当然父も母も怒ったよ。けれど同時に揺らいでもいた。特に父は兄が死んだと聞いた際何故お前の方がと洩らしていたからな。先祖代々繋いできたものを自分達が途切れさせてしまうのが怖かったのだろう。わたしは両親を説き伏せ男として……兄として生きることを決めた」

 

「じゃあ表向きは妹さんは……本当のアナタは死んだってこと……?」

 

「ああ。死んだはずだった。だが……私はお前の事が好きだ。男として、兄として生きる事を誓っていた私がただの女としてお前と共に生きたいと願うくらいに」

 

「団長……」

 

「……この部屋にいる間だけでいいんだ。……私をお前の女にしてくれないか」

 

「……ええ。分かったわ」

 

 団長の狂おしいまでの決意に副団長は頷き優しく唇を重ねる。そしてそのままベッドへと押し倒した。

 

「……アナタの本当の名前を教えてくれる?」

 

「ああ。わたしの本当の名前は──。」

 

 団長がその名前を口にすると副団長は愛おしげにその名で団長を呼んだ。久しぶりにその名を呼ばれ団長は涙を流しながら副団長を抱きしめた。ベッドの上にいるのはただの想い合う二人の男女だった。

 

 

 

 

 

「そろそろ出よう」

 

 女は乱れた髪を整え衣服と鎧を身に纏いベッドから降りる。その瞬間、女は団長へと戻っていた。その事を男も認識しており分かったわと副団長へと戻る。それを確認した上で団長は副団長に向き直る。

 

「私は男だ。これからもずっと」

 

「……そう」

 

 副団長はもうやめてしまいなさい、男のフリも戦う事も似合ってないのよと言ってしまいたい気持ちをグッと堪える。なぜならそう告げる団長の顔は副団長にとって息を飲むほど美しかったからだ。美しいものを美しいまま愛する事が彼の信条であり誇りだった。

 

「……女としてお前に愛されるのは幸せだった。諦めていた女としての幸せを感じられた。魔族の悪趣味な戯れがきっかけなのは癪だが……私は後悔していない。だが私はアルシュタインを継ぐものとして……そして騎士団長として生きていきたい」

 

「それならアタシが支えるわ。アタシは副団長ですもの」

 

「ああ。ありがとう。その言葉があればわたしは私として生きてゆける」

 

 そう微笑む団長の顔はとても晴れやかで副団長は喜びと少しの哀しみを混じえながら微笑み返す。一度交わった男女が背を預ける戦友へと形を戻し部屋から出ていく。

 

 ──それがたとえ心から愛し合った者同士だとしても。

 

 

 

 

 

『……これでよかったんでしょうか』

 

「んー、なにが?」

 

『あの二人は結ばれたのに結ばれていません』

 

「そうかな? あれも一つの愛のカタチとも言えますぞ」

 

『……愛、ですか』

 

「ただ恋仲になる事だけが幸せって事じゃないんですぞ。まあ俺もどちらかというと団長クンと副団長クンがストレートにくっついてくれた方がメシウマでしたが」

 

『彼女達は幸せなのでしょうか。互いの気持ちに蓋をして』

 

「それを決めるのは俺達じゃないですからな。団長クンが女として生きるには……責任感と罪悪感を取り除かなきゃならない。んでその方法はお兄さんを蘇らせるしかない。」

 

『そんな事が出来るのですか』

 

「俺がどんなに強くて、どんなに金持ちで、どんなに優秀でもそれは無理ですな。……そんな事が出来たら俺だって」

 

『……?』

 

「……とにかく。俺はそこまで万能じゃないんですな。団長クン達がこれからどうなるかは団長クン達次第なわけ」

 

『……ならばせめてこの先の二人が幸福であって欲しいです』

 

「そうだね。俺もそう思うよ」

 

 魔族と水晶玉は遠い、遠い王国に思いを馳せる。願わくば団長と副団長の行く末が幸せなものであるようにと。 

 



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七組目 〜人狼と治癒師〜

今回はむっつりvsむっつりです(別に争わない)

ケモ要素が一応あるので苦手な方は注意(ほぼ人型ですが)


 

 

 

 

「今回も違ったな……」

 

「そうですね……」

 

 小柄で長い髪を三編みで束ねた女性と大柄で狼の耳と尻尾がついた青年が高名な魔法使いの家からとぼとぼと出てくる。男はとある魔女に呪いをかけられており人狼……所謂狼男にされていた。それも幸か不幸か中途半端な呪いで見た目はほぼヒトに近い。牙や爪がヒトより鋭く、耳と尻尾があり身体能力が優れてはいるが本来の人狼に比べると劣っている。

 

 人のようで人でなく、狼男のようで狼男でない。そのくせ人は彼を狼男と呼び狼男は彼を人と呼ぶ。どちらにもなれぬ半端な生き物。それが彼の他者からの認識であった。

 

 ……ただ一人を除いて。

 

「でも他の魔法使いさんを紹介していただけましたし無駄足ではなかったです。 次の目的地に向かいましょう!」

 

 内心落ち込んでいた人狼を励ますように三編みの女性は微笑みを向ける。その女性は治癒魔法を専門とする術師であり人狼が以前人に追われ負傷し倒れていた時に怪我を治療してくれた命の恩人である。

 

 それに加え人狼の事情を聞いてそれなら私の知り合いに治せる方がいるかもと呪いを解く方法を探す手伝いをしてくれているのだ。

 

 結局知り合いに治せる者は居なかったが乗りかかった船ですよ、とそのまま宛のない旅に同行してくれていた。

 

(……今日も愛らしいな)

 

 人間の姿から今の姿になった時、故郷の人間さえもある者は石を投げ、ある者は化け物と離れていった。

 

 狼男の集落を訪ねた事もあったがそこでも同様に受け入れられず人生そのものに諦めそうになったところを救われた。

 

 自分の容貌に畏怖せず、あるがまま受け入れてくれる陽だまりのような存在。そんな治癒師と共に旅をするうちに人狼は治癒師に心惹かれていった。

 

(嫌われてはいない……はずだ。彼女からは確かな好意を感じる。しかしそれがオレと同じ感情なのかは……それにオレは……)

 

 治癒師と明確に異なる部分である獣耳に触れる度ヒトとは違う造りなのだと実感し素直に気持ちを打ち明ける事が出来ずにいた。無言で自分の隣でぴょこぴょこと三編みを揺らしながら歩く治癒師を見つめていたところ、ポツリと冷たい水滴が髪に落ちたかと思うとざあざあと土砂降りの雨が降り出した。

 

「わあ!?」

 

「……すまん、考え事をして天気を読み損ねた。一旦近くの木に雨宿りをしよう」

 

「は、はいっ」

 

 訪ねた魔法使いは人里離れた森の奥深くに住んでおり間が悪い事に現在地は丁度折り返し地点辺りであった。魔法使いの家に引き返しても人里に駆け出してもずぶ濡れになる事は明らかであったため二人は近くの大樹に雨宿りしようとすると。

 

「え?」

 

「危ない!」

 

 突如謎の光に包まれ人狼が守るように治癒師を抱きしめる。その瞬間、森から二人の姿は消えた。

 

 

 

 

 

「ここは一体…………」

 

「な、何ですかこのピンクのお部屋……」

 

 二人は抱き合ったままポカンと周辺を見渡す。そこには人が十分暮らしていけるであろう広さの部屋があり家具も壁もピンク色という異常な空間であった。しかも部屋の目立つところにデカデカと『セッ○スしないと出られない部屋』という文字が掲げられていた。

 

「へぁ!? セッ…………ななななっ!?」

 

「何をふざけた事を……………っ……!?」

 

 二人は直球過ぎる文面に顔を見合わせると予想以上に互いの距離が近いことに気が付き慌てて離れた。

 

「す、すまん。咄嗟に庇おうと思って」

 

「い、いえ。私もしがみついちゃってごめんなさい……」

 

 互いに謝り合い照れから互いの頬は赤く染まっていたが顔を逸していたためそれを相手が見る事は無い。気まずい沈黙の中治癒師が誤魔化すように口を開く。

 

「ど、どうしましょうね。この部屋、出口が見当たらないですよ」

 

「そうだな。それにこの壁……強力な魔力で練り上げられている。オレの拳でも壊すことは困難だ」

 

「ええっ。じゃ、じゃあ…………」

 

 治癒師は優れた回復魔法を持つ一方で攻撃力は皆無であり攻撃力は人狼が担っていたため人狼でも壊せないとなると打つ手がない。どうしようと思った矢先に『セッ○スしないと出られない部屋』という文字が視界に入る。

 

(え、えっちをしないと出られないって事で!?)

 

 一瞬自分と人狼が睦み合う姿を妄想してしまい治癒師の顔全体が火照る。そういった妄想をしてしまったというのもあるがそれ以前にその妄想自体を好ましいと思ってしまった自分自身に動揺していた。

 

「えっと、えっと私…………くしゅんっ」

 

 黙っていたら変に思われる、と治癒師が何か言おうともごもごしているとぞわりと寒気がしてくしゃみが出る。

 

「そういえば雨で濡れていたな。……この部屋の事は置いといて風呂に入った方がいい。ちょうど備え付けにあるみたいだしな」

 

「そうですね……あの、私が先に入っちゃっていいんでしょうか……」

 

「当たり前だ。オレは人よりは体が丈夫だからな。早く体を温めろ。風邪を引くぞ」

 

「はい……お言葉に甘えますね」

 

 治癒師は何度も人狼に頭を下げた後風呂場に向かった。パタンとドアの閉まる音がしたのを確認した後、人狼は立ったまま備え付けのタオルで髪を拭きながらその場を右回りに旋回し始めた。

 

(どどどどどうすれば!?!?!?)

 

 出口のない部屋。ピンクの色。ハート型のベッド。そして『セッ○スしないと出られない部屋』という文字。どう解釈してもいかがわしい事をしなければ出られないという事実が突きつけられ人狼の尻尾はブンブンと激しく揺れていた。

 

(するのか!? しちゃうのか!? そもそも出来るのか!?)

 

 人狼は動揺しながら自分と治癒師の体格を考える。人狼は男からしても身長は高く逞しい体つきをしておりそれに対し治癒師は成人女性としては背が低くその割には発育のよい部位を除き全体的に華奢であった。

 

 先程抱き締めた時も少し力を込めたら折れてしまうのではないかと思ってしまうほどでもし自分が抱こうものなら壊してしまうのではないか、と恐怖していたところ、

 

「きゃあ!?」

 

(悲鳴!? ……しまった! こんなよく分からない場所で一人にさせるべきじゃなかった……!!)

 

 治癒師の悲鳴が風呂場から聞こえ一気に熱が覚める。人狼は急いで治癒師の安否を確認するため風呂場に駆け込む。すると。

 

「無事か!?」

 

「へっ?」

 

 一糸纏わぬ治癒師がシャワーの温度を調節するハンドルを捻っている姿が視界に映った。三編みが解かれ緩いウェーブがかった髪。透き通るような白い肌。細くしなやかな肢体。それと相反する豊かな胸部にくびれ、臀部や鼠径部。視界に映る全てに思考が停止する。

 

「………え……あ……み、見ないでぇっ!!」

 

 突然の乱入者に呆然としていた治癒師だが人狼の視線が自分の裸に向かっているのに気づいた瞬間、羞恥で震えた後慌ててしゃがみ込む。

 

「すすす、すまんっ!!」

 

 治癒師の別の悲鳴に我に返った人狼は謝りながら入ってきた時と同様に慌てて風呂場から出ていくのであった。

 

 

 

 

 

「あ、そ、そのっ……さっきシャワー浴びようと思ったら水で……驚いて変な声を出してしまったんです…………」

 

 風呂場乱入後自己嫌悪で床に倒れ伏す人狼に風呂から出てきた治癒師が声を掛けた。しかし裸を見てしまった手前目を合わせられない人狼は床に這い蹲ったままであった。

 

「オレの方こそすまない……てっきり何かあったのかと思って駆け出していた」

 

「はい……分かってます……」

 

「……だが」

 

「さっきのは事故みたいなものですよ。だから顔を上げてください」

 

「……ああ…………っ!?」

 

 治癒師の言うとおり顔を上げるとそこには治癒師が当然いたのだがその格好が問題だった。バスタオルを一枚巻いただけの姿だったのである。

 

 風呂で温まったのかほんのり桃色に色づいた素肌。かろうじて隠れているものの隠しきれていない肉感的な胸部は谷間がくっきりと見えておりタオルの丈も膝上で太ももが見えてしまっていた。先程タオルの下を見てしまっている人狼には目その姿は劇薬でありやっと落ち着いた心を搔き乱すものであった。

 

「あ……すみません。服がびしょ濡れだったので乾かしているところでして。換えの服もないので……お見苦しいですが……」 

 

「………そうか」

 

 と、平静を装うが人狼の脳内と理性はフル稼働している。普段はクールガイな人狼だが性欲は人並み……どころか呪いの影響で獣が混ざっているせいか強めなため本能に全力で抗っているのだ。しかしそんな事を治癒師が知るはずもないため何かに耐えるように俯く人狼を見て更に近づく。

 

「顔が赤いですけど大丈夫ですか? まさか風邪を引いてしまわれたのでは……」

 

「違う。 だから今はあまり……近づかないでくれ……襲いそうになる……」

 

「え? 呪いが悪化してしまったのですか!?」

 

「いやそれは関係ない……というかそれ以前にタオル一枚の女性が目の前にいたら男としては落ち着かないのは至極当然だと思うが」

 

「あ……そういう…………ええっ……!?」

 

「何故驚く」

 

「いやその、いつも紳士的でしたのでそういった事に結びつかなかったといいますか」

 

 性欲なんてあったのかと言わんばかりの驚きぶりに人狼も少しカチンときた。自分にとってどれほど目の前の女性が感情を揺さぶる存在であるのか分かっていない事に腹が立ったのだ。自分勝手な考えである事を自覚しながらも人狼は逸していた視線を治癒師に向ける。

 

「……こんな状況下で言うのは卑怯だとは思うが言わせてほしい」

 

「は、はい。何でしょう」

 

「オレは君に惹かれている」

 

「えっ」

 

「だから物凄く興奮している」

 

「ええええ!?」

 

「もっと明け透けに言えば今すぐ組み伏せて抱きたい。むちゃくちゃにしたい」

 

「なななな何言ってるんですか!? ってわあ!?」

 

 人狼の大胆すぎるカミングアウトに赤面しながら後ずさる治癒師の腕を掴みそのままベッドへと押し倒した。そのまま覆いかぶさるとひょわぁと謎の悲鳴が下から発せられる。

 

「……む、むちゃくちゃにされちゃうんですか……?」

 

 ぷるぷると小動物のように震えながら上目遣いで見上げるその仕草は欲を煽るものであった。

 

「……」

 

 やばい、やりすぎた。だがもう抑えが効かない。人狼の中で欲と理性が戦いどうすべきか悩んでいるとそれを肯定と受け取ったのか治癒師は更に真っ赤になったあと何故か抱きついてきた。タオル一枚の、ダイレクトな柔らかさが伝わり人狼は硬直する。

 

「わわわわ私も好きです!貴方のことが!」

 

「は…?」

 

「し、実は一目惚れでして! 一緒にいたかったので知り合いの宛が外れた後も遠慮する貴方を言いくるめて同行したんです! そんな我欲に塗れた私が好かれるはずない、ならせめて傍にいるだけでもと……諦めていたんですが……」

 

「……そう、だったのか」

 

「はい……なので私も惹かれてますしこの状態にこ、ここ興奮してますしむちゃくちゃにされたいです……!!」

 

「……っ……駄目だろう、それは………」

 

 合意でなかったからこそ耐えていた枷を豪快に外され人狼は壊れないように気をつけながら優しく抱きしめ返す。そのまま唇を重ねると何もかも救われた気がした。

 

「あ……でも………一つだけ気になる事がありまして……」

 

「何だ」

 

「そ、そのっ、ものすごくプライベートなことで失礼なことだと思うんですけどっ」

 

「……?」

 

「……せせせ性器に棘があったりするんでしょうか!?!?」

 

「ゴホッ!?」

 

 言葉の通りプライベートな話題に人狼は思わず噎せる。確かにこれから行う事を考えればその疑問は最もだが今この雰囲気で訊ねられるのは予想外だった。

 

「ああああごめんなさいこんなこと聞かれるの嫌ですよねでも受け止める側としては気になると言いますか決して悪意があるわけでは……!!」

 

「わ、分かった。分かったから落ち着け。 ……棘はない。ネコの仲間にはあるらしいが狼はイヌの仲間だからな。それにどちらかというとヒト寄りのオレは普通の人間のと変わらない。 ……ただ呪いをかけられてから性行為はした事がないから何か違うところがあるかもしれん」

 

「そ、そうなんですか。 ……違うところ……」

 

 違うところと言われ治癒師は思わず股関辺りをチラリと見てしまう。もっともまだズボンを履いているのと治癒師自体に男性経験がないため比較しようもないのだが。

 

「あとは…………呪いにかけられてから性行為はしてなくてだな……もしかしたら想定外の事があるかもしれない。それにオレは……満月の時や興奮すると今みたいな半端な姿ではなく狼男になってしまうだろう? だからもしかしたら……」

 

「なるほど……で、でも私、あのおおかみさんの姿もモフモフしてて大好きです」

 

「……本当に獣になりそうだからあまり煽らないでくれ」

 

「今のも煽ったことになるんです!?」

 

 そんなわちゃわちゃとした会話の後、二人はなんだかんだ睦み合いクタクタになった治癒師をツヤツヤした人狼がお姫様抱っこで運び部屋から脱出したのであった。

 

 

 

 

 

「あまぁいいいい!!!!!!!! 1億点!!!!!!!!」

 

 一部始終を見守っていた諸悪の根源たる魔族は満たされたことによる満足感で倒れ伏していた。

 

「何もしてないのにラッキースケベ起こしてるよあの子達!!!!! いいよね両片想いのラッキースケベ!!!!性欲と相手への想いに揺れる感じが!!!!!」

 

『テンション高いですね』

 

「高くもなるよあんなの! ああ〜浄化されるんじゃ〜」

 

『むしろ穢れているような』

 

 冷ややかな水晶玉の言葉を魔族は軽くスルーし人狼と治癒師に感謝の意を込めて両手を合わす。

 

「いやー、途中興奮しすぎてほぼモノホン状態の人狼に変化した時はどうなるかと思ったけど無事で良かった良かった。御馳走様です」

 

『……獣と人もイケたのですね』

 

「愛があればその辺別に気にしませんぞ」

 

『……なるほど』

 

 自らの主の許容範囲の広さに感心しつつもちょっと引く水晶玉なのであった。

 

 

 



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八組目 〜商人と奴隸〜

今回は(比較的)シリアスかつ残酷な表現があるので注意です


 

 

 

 

 ひと目見ただけで金持ちだと分かる派手な衣装や黄金の指輪やイヤリングを身に纏う男と顔や体に大きな火傷があり銀色の義手と義足を付けた女が内装が何もかもピンク色に染め上げられた部屋の中に閉じ込めらていた。部屋には『セッ○スしないと出られない部屋』という文字が掲げられている。

 

「馬鹿げた噂だと思っていたが……どうやら本当だったらしい」

 

「……噂、ですか」

 

「ああ。物好きな魔族が男と女を拉致して自分が創った部屋に閉じ込め、性行為をさせるという噂だ。怪談の一種かと思っていたが……よほど酔狂な奴らしいな」

 

「……そうなのですか」

 

 男は若くしてやり手の商人であり女は商人がビジネス相手であった貴族が没落した際に持ち帰った奴隷である。

 

 没落した貴族は複数の奴隷を痛めつけ、辱める事を何よりも愛する鬼畜であった。彼女もその犠牲者の一人であり商人と初めて対面した時には既に手足が失われていた。そんな彼女を持ち帰り商人は新しく主人と奴隷としての契約を交わし数年の時が流れ今に至る。

 

(……噂では閉じ込められるのは……それこそ馬鹿げている。私が誰かを愛するわけがない。もう二度と愛などという不確かなものを抱いてなるものか)

 

 前提条件として想い合う男女が閉じ込められるという噂も聞いていたが商人は口には出さなかった。自分が閉じ込められた時点でその噂が嘘であったと結論づけたからだ。商人は苦い過去の経験から愛や情というものに嫌悪していた。

 

「調べろ」

 

「はい。 ……この空間そのものが魔力で出来ていますね。いかなる攻撃も無効化する魔法が発動しています」

 

 商人が命じると奴隷は義手で壁に触れる。その義手は特別製であり触れたものを解析する事ができる特殊な技能が付いている。奴隷が義手の解析結果を報告すると商人は少し考え込んだ後、

 

「そうか」

 

「どうされますか」

 

「命令だ。 ────抱かせろ」

 

 何の感情も伴う事なく無慈悲な命令を奴隷にくだした。奴隷は一瞬目を丸くしたものの直ぐに無表情になる。

 

「はい。かしこまりました」

 

 奴隷もまた何の感情も伴う事なくそれを了承する。二人はベッドの上へと横たわり愛を語らう事も無く交わるのだった。

 

 

 

 

 

(……やはりお疲れなのですね。よく寝ていらっしゃる)

 

 抱き合った後先に起きた奴隷が商人を起こさないように気をつけながらその顔を眺めていた。多忙な上休む事を嫌う商人の目にはうっすらと隈が出来ており小さいながらも寝息が聞こえる。

 

(……抱かれて苦痛でなかったのは初めてでした)

 

 前の主人であった貴族とはろくに準備もしてもらえないまま犯された事が殆どだった。余興に同じ立場の奴隷と目の前でシろと強要され自分が拷問で顔を爛れさせたくせに見苦しいその顔を見ると萎えると袋を被せられた事もあった。

 

 最初の頃は悲しみも憎しみも持ち合わせていたがそれも長年の苦痛で麻痺し受け流せるようになった奴隷であったが商人に初めて抱かれて初めて知ったのだ。

 

 

 

『アレには何をされた? 話せ。今から私が上書きする』

 

『待て。何故ベッドから降りようとする。 ……何? 一度抱けばそれで終わりなのでは? 何故お前が私の命令の定義を決める』

 

『何故泣く。ちゃんと準備したはずだが痛いのか? 違う? ……また余計な事を思い出したのか。今は私の事だけを考えていろ。お前は私の奴隷だろう』

 

『何故距離を取る。 ……義手や義足が当たると冷たいからだと? くだらん。私の腕を枕にしたまま寝ていろ。起きたら部屋から出るからな』

 

 

 

 愛する人に愛されるという事がとても幸福であることを。

 

(愛しています。貴方はそれを拒絶するでしょうが)

 

 奴隷は商人の過去を知っている。酒を飲んでいる商人が戯れに話してくれたからだ。

 

 商人は元は裕福な家庭であり心から愛した婚約者と幼馴染みの親友がいた。幸せで穏やかな日常を送っていた商人だがある日から全てが狂った。

 

 愛した婚約者と信頼していた親友が駆け落ちしてしまったのだ。一度に大事な物を二つ失った商人は怒り、嘆き、苦しんだ。それでも彼には優しい両親がいた。両親が共にいてくれるなら……そう縋る男を世界は許さなかった。

 

 ──商人の希望は流行り病というどうしようもないもので刈り取られてしまったのだ。

 

 婚約者と親友の裏切りから悪い事が立て続けに起こりついには奴隷にまで身を落とした男は泥水を啜りながら自分を買い取った商人に取り入り最終的に同じ商人として大成した。

 

 良心や良識を代償にな、と過去の事を話し終えた後の商人の全てを諦めたような皮肉交じりの笑い声を彼の腕の中で思い出す。不幸だった、間が悪かったという一言では表せない商人のこれまでに奴隷は胸を痛めていた。

 

(私と契約した時貴方は言いましたね。決して私を裏切るなと。もし契約書が消えてしまったとしても私は貴方を裏切りません。 ……と言っても信じてもらえないのでしょうが)

 

 奴隷は手を伸ばし商人の頭を撫でる。すると凝り固まっていた眉間の皺が少しだけ和らいだ気がした。心を許してくれているようだと嬉しくなり何度か頭を撫でていると金色の瞳が奴隷を映す。

 

「……起きていたのか」

 

「はい」

 

「……何のつもりだ?」

 

 頭を撫でられていた事に気づいた商人は奴隷をジロリと睨む。奴隷はその鋭い視線に揺らぐことなく撫でていた手を離した。

 

「御髪にゴミがついていましたので」

 

「……そうか。 そろそろ出るぞ。商談もある」

 

「はい。 ……最後に一つお聞きしてもよろしいでしょうか」

 

「問いによる」

 

「……なぜ御主人様は私を拾ってくださったのですか」

 

 ずっと疑問ではあったものの聞くことを躊躇っていた奴隷の問いに商人の服を着ていた手が止まる。そのまま商人の答えを待っていると商人は振り返り奴隷の顔を覗き込んだ。

 

「瞳だ」

 

「瞳……」

 

「あの時のお前は酷いものだった。体の至るところは爛れ自分自身で立つことも這うこともままならない。処分してやった方がマシなのではないかと思うくらいに。だが……お前の瞳は絶望で濁っていながらも生きることを諦めていなかった。だから興味が湧いた」

 

 商人の言葉に奴隷は初めて出会った時指で顎を固定され瞳を覗かれていた事を思い出す。あの時は死にたいと願いながらも生きることを諦められていなかった。その生き汚さを認めてもらえていたのだと知り奴隷の瞳は煌めいた。

 

「そうだ。その瞳だ。お前が立って歩き生きる姿が見てみたかった。そのあとは……ただの気まぐれだ」

 

 答えはそれでいいなと商人は着替えを再開する。奴隷はそんな商人の背を眺めながら自身も着替え始めた。

 

 その後商人と奴隷は何事もなかったかのように部屋から出ていくのであった。

 

 

 

 

 

 その様子を一部始終見ていた黒幕である魔族と水晶玉はしんみりと黙り込んでいた。

 

『……』

 

「あれ、不満そうだね水晶玉クン」

 

『以前のように心を読み取らせればもう少し関係が改善したのでは?』

 

「いやそれは悪手だよ。あれは……支配することでしか生きられない男と支配されることでしか生きられない女だから。相手が自分を想っていたと知ってもそれを信じきれない。主人と奴隷という絶対の契約が彼らの絆なんだよ」

 

『……では閉じ込めた意味はなかったのでしょうか』

 

「意味がないってことはないかな。内心二人共喜んでいたからね。商人クンは自分が喜んでいることすら気づいてないフリをしていたけど」

 

『あの二人はずっとこのままなのでしょうか』

 

「互いに人間の悪意に傷つけられてきたからね。そう簡単に生き方は変わらないさ。ただ……二人で生きていればもしかしたら支配なんてしなくても大丈夫だと思える日が来るかもしれない」

 

『……』

 

「あれ、黙まりこんじゃってどうかした?」

 

『今回はなんだか真面目というか……いつもの気持ち悪い話し方ではないのだなと』

 

「ちょっと!?いつも気持ち悪い話し方と思っていたのですかな!?!?」 

 

 容赦ない水晶玉の一言によりシリアスな空気が一転して和やかムードになる二人?なのであった。

 

 

 

 

 



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九組目 〜暗殺者と聖女〜

聖女が聖女なのに聖女キャラ即止めるし暗殺者もアレ奴なので注意


 

 

 

 『セッ○スしないと出られない部屋』。それはとある魔族が創り出した強制性交空間である。そこに閉じ込められた男女は性行為をしなければ決して出ることはままならない。そんな部屋に閉じ込められてしまった男女がいた。

 

「おやおや。困りましたね聖女様」

 

「セッ………こ、このようないかがわしい部屋が存在しているなんて……!!」

 

「おや。ご存知でない? うちの界隈でも笑い話として有名なんですが……ああ、清らかな聖女様にはそんな下世話な噂はシャットアウトされているんでしょうね」

 

「……厭味ですか?」

 

「純然たる事実でしょう」

 

 白い法衣に身を包んだ金髪碧眼の少女と黒い衣装に身を包んだ黒髪赤眼の青年は一見穏やかながらも視線では火花を散らし合っていた。

 

 金髪碧眼の少女は類稀なる神秘の力を生まれた頃より宿しており16歳の誕生日に生まれ育った村の教会にて『国中を巡りなさい。困っている人々を助けなさい。それが貴女の使命です』と神の声を聞いた。それから反対する両親を振り切りお告げに従ったところその善行が認められ正式に国に『聖女』として認められたのだ。

 

 対して隣にいる一見好青年に見える青年は表向きは聖女の護衛とされているものの真実は異なる。青年は暗殺者。聖女を狙う連中を秘密裏に始末するために国が雇った用心棒なのである。

 

「さて聖女様。どうされます?」

 

「何がでしょう」

 

「セッ○スしますか」

 

「……っ……誰か貴方みたいな性悪とセッ○スなんてするか!」

 

「おや。聖女様にあるまじき口の聞き方ですね」

 

「いいのよ、貴方しかいないんだから。猫かぶるだけ無駄よ」

 

 先程までのしおらしい様は影を潜め聖女はウィンプルとヴェールを外し冗談じゃないわよとヤケクソ気味にベッドに寝転がった。

 

「……ちなみにこの部屋にまつわる噂はもう一つありまして」

 

「何よ」

 

「……性行為をしてもいいと思っているくらい好き合う者同士が閉じ込められるそうです」

 

 ギシリとベッドが軋む音と共に耳元で妙に艶っぽく囁かれ一瞬、息が詰まる。その言葉の意味を理解した瞬間、聖女は近くにあった枕を暗殺者の顔面へと振り回す。が、暗殺者はアッサリそれを受け止め覆いかぶさってきた。そのまま唇が重なりそうになり聖女は慌てて暗殺者の口元を手で覆う。

 

「何しようとしてるのよ」

 

「こういう時はまずはキスからかなと」

 

「シないって言ってるでしょ! 変な噂鵜呑みにしないでよ。 私が貴方の事好きなわけないでしょ」

 

「えー」

 

「何がえー、よ。 あざとい声出しても意味ないんだから!」

 

「……」

 

 黙り込んだ暗殺者に言い過ぎたかしらと内心焦る聖女だが次の瞬間、その焦りは吹き飛んだ。

 

 暗殺者が口元を覆っている掌を舐めだしたのだ。舌の湿った感触が掌や指に伝わり驚いた聖女は聖女としてあるまじき声をあげる。

 

「うぎゃあ!?」

 

「くくっ……凄い声出しますね」

 

「何やってんの何やってんの何やってんの!? まごうことなき変態行為よそれ!?」

 

「求愛してるんですが」

 

「馬鹿じゃないの!? ただの痴漢よ痴漢! 変態!」

 

 聖女は顔を真っ赤にして口元から手を離そうとするが暗殺者がその手をしっかり掴んでいるため動かすことが出来ない。

 

「……っ……というか求愛って何よ。貴方私の事好きなの?」

 

「ええ。殺したいほど愛していますよ」

 

 間髪入れず爽やかに笑う目の前の怪物に聖女は悪寒を感じながらも同時に脈が速まる。命の危機を感じているのか、それとも別の要因か。聖女には分からなかった。 ……分からないフリをした。

 

 暗殺者は殺しを躊躇わない。 聖女が素を出せるくらい打ち解けてきた頃、何故その職業についたのかと暗殺者に問いを投げかけた事があったが帰ってきたのが「生まれ育った環境が荒れていたのと単純に向いていたからですね。リスクは高いですが給金も高い。天職だと思っていますよ」というあっけらかんとしたものでその時に改めて気付かされた。この人間と自分では根本的に違いすぎるのだと。

 

「ハァ……イカれてるわよ貴方」

 

「そんな男の事が好きなのでしょう? 悪い聖女様だ」

 

「……そんなわけ……ないでしょう」

 

 指の股や関節をねちっこく舐められ背筋が痺れる。脳が揺れる。息が乱れる。空いている方の手で思いっきり引っ叩いてやりたいと思いながらもその手をキツく握りしめるのが精一杯だった。

 

「やめてよ、それ……」

 

「気持ちいいからですか?」

 

「……気持ち悪いから」

 

「…………ふふ。分かりました」

 

「あ……」

 

 さきほどまで執拗に指を責め立てていたのを止め覆いかぶさっていた頭上から隣へと寝転がる。自由になった手がまだ熱を持っており聖女は思わず切ない声を洩らしてしまった。

 

「名残惜しいですか?」

 

「そんなんじゃないわよ。人を指舐められて喜ぶ変態にしないでくれる?」

 

「そうですか? 僕は貴女に指を舐められたら興奮しますが」

 

「それは貴方が変態だからよ」

 

「…………先程から気になっていたのですが」

 

「何が」

 

「貴女は先程から僕の事を変態だとか好きではないと否定しますが嫌いとは言っていませんね」

 

「そ、それは長い付き合いだし……貴方はヤバい男だけど嫌いとまでは」

 

「あと聖女だから純潔を守らなければいけないとかそういう言い訳はしないんですか?」

 

「あ……その手が……で、でも別にセッ○スしたくらいじゃ加護は無くならないし。イメージ的に公には出来ないけど」

 

 目を泳がせながらしどろもどろに話す聖女に暗殺者は自身の仮説が間違ってないと確信し、トドメの一言を口にする。

 

「……聖女様、案外乗り気なのでは?」

 

「違っ、違う! 違うってば! そんなんじゃ……な……んんっ」

 

 図星と暗に言っているくらい慌てふためく聖女がそんなんじゃない、と言い切るより前に唇が塞がれる。強引な口づけに驚いて肩を押すが聖女の非力な力ではまるで敵わなかった。 

 

「嫌ならビンタくらいしないと」

 

「……うるさい。ばか。へんたい。ろくでなし」

 

 耳まで赤く染まった聖女が涙目でジロリと睨むが暗殺者は逆にスイッチが入ったようにもう一度口づけを落とす。

 

「んぁ………ん、んん………」

 

 二度目の口づけは深いものとなって聖女の体を熱くさせた。息が苦しくなり暗殺者の服をギュッと掴む。それからしばらく舌で嬲られているところをようやく開放された頃にはクタクタになっていた。

 

「貴女は僕の事が好きなんですよ」

 

「ち、違う……」

 

「いいえ。好きなんです。 ……それとも聖女様は求められれば誰にでも唇を許す方なのですか? その場合巡礼の旅は取りやめにして監禁させていただきますが」

 

「……っ…………ああヤダヤダ……何でこんな悪い男好きになっちゃったのよ……」

 

「ふふふ。幸せにしますよ。僕基準で」

 

「貴方の基準はぶっ壊れてるからダメよ。 ……私規準で幸せにしてよ」

 

「…… はい。努力します」

 

 事実上のプロポーズを受け入れられた暗殺者は聖女と三度目の口づけを交わし愛を語らうのだった。

 

 

 

 

   

「大丈夫ですか?」

 

「大丈夫なわけないでしょ……体力おばけ……」

 

 全てが終わり簡単な後片付けを暗殺者がしている横で聖女は服を着る気力もなくベッドで力尽きていた。

 

「そもそも何で一回で済むものを何回も……」

 

「いやあ、聖女様を手籠めにするというシチュエーションを堪能したくてつい」

 

「……へんたい」

 

 と、憎まれ口を叩きながらも暗殺者に大人しく世話されている聖女であった。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

『どうかされました? あの二人が何か?』

 

 いつもなら閉じ込めた二人組に対して興奮したり早口でわいわい話す魔族が感慨深く頷いているのを見て水晶玉は不思議に思っていると魔族は水晶玉を撫でながら遠くを見つめていた。

 

「聖女と暗殺者の背徳的な恋愛模様に唆られるものがありましたぞ。素直じゃない本質は村娘な聖女と悪い大人で押せ押せな暗殺者……いい……」

 

『そうですか』

 

「ただ……あの聖女を見ているとちょいと昔の事を思い出しましてな」

 

『昔の事、ですか』

 

「そうそう。この部屋を創ったばかりの頃。まさか最初の二人組……あの子達の子孫をココに招くことになろうとは」

 

『最初の二人組…………検索終了。 魔王を討伐し世界を救った勇者と魔王軍を裏切り勇者の仲間になったサキュバスですね。 確かにその勇者と聖女の外見的特徴が一部一致しています』

 

「そうそう。聖女も意地っ張りさんでしたが勇者はそれを超える意地っ張りでしてな。サキュバスの事が大好きなのにセッ○スするまで一年掛かったんですぞ」

 

『ふむ……確かにデータにありますね。その頃の私は話す事も思考する事も出来なかったのでデータでしか知りませんが』

 

「うん。そうですな」

 

『……その勇者とサキュバスのお話を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか』

 

「ほほう。いいですぞ!」

 

 水晶玉のリクエストに魔族は嬉々としながら事の始まりである原初の二人組について語り始めるのだった。



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十組目 〜勇者と淫魔〜

今回一応最終回で一区切りとなります(今後はよさげなネタが降ってきたら復活します)


 

『性行為をせよ。さすれば扉は開かれる』

 

「だってさ。どうする勇者ちゃん♡」

「……………は……?」

 

 ベッド以外何もない白い空間に胸部と股間以外ほぼ全裸という露出度の高い衣装を身に纏う蝙蝠状の翼の生えた女と厳つい鎧を身に纏った男がいた。

 

 女は淫魔、所謂サキュバスであり男は淫魔の言うとおり勇者である。

 

 魔族と人間。魔王軍と人間との争いにより相反していた二人が何故共にいるのかというと答えは単純なもので淫魔は魔王軍に所属し敵対していたが勇者の事を気に入り寝返ったのである。その後なんやかんやあり魔王と魔王軍は倒され世界は平和になったのだ。

 

 魔王を倒した後も淫魔は自分に靡かなかった勇者に絶対堕してみせるんだから♡と勇者パーティーが解散した後もピッタリとくっついている。そんな淫魔に勇者は時々悪態をつきつつも好きにさせていた。

 

 二人が勇者の故郷に帰ろうとしていた道中に突然光に包まれ現在、謎空間に拉致されたというのが現状であった。淫魔はその文字にニヤニヤしながら勇者の腕にしがみつく。飽満な胸がむにぃと勇者の腕を挟むがよくある事なので勇者は動ずる事なく淫魔を睨む。

 

「困っちゃったね? あたしは全然困らないけど♡」

 

「腕に引っ付くな。重い」

 

「浮いてるから重くないもん! というか女の子に重いって言っちゃいけないんだよ!」

 

「女の子って歳でもねえくせに」

 

「あー! 今度は歳のことまで!そんな風にデリカシーがないから白魔導士ちゃんに振られちゃうんだよ!」

 

「うぐっ……その話はすんなバカ」

 

 淫魔が言う白魔導士とは勇者のパーティーにいたメンバーの一人であり勇者の憧れかつ想い人であった。魔王との戦いが終わった後勇気を出して告白した勇者であったが……

 

『貴方は確かに私の事を好いてくれましたが……今は違うでしょう?』

 

 白魔導士がそう言って寂しそうに笑っていた事を思い出し勇者はしょんぼりと俯いた。

 

「あー……ゴメンね。ちょっと無神経だったよ」

 

「……いや、別に。俺もデリカシーがなかったしな」

 

「ふふ。お詫びにえっちなことしよっか?」

 

「いらん!」

 

 さり気なく股間に手を伸ばそうとする淫魔に勇者は聖の気を纏うハリセンを叩きつける。

 

「ふぎゅう!」

 

 ハリセンなので威力は対してことはないがほんのちょっぴり痛いのでダメージを受けたように淫魔は仰け反る。淫魔が何かいかがわしい事をしようとすると下される勇者の鉄拳制裁でありお約束であった。つまりいつもの漫才である。

 

「えー。えっちなことしようよぅ……今回は本当にしなきゃかもだよ?」

 

「……しねーよ。らぁ!」

 

 淫魔の誘いを無視して勇者は背中の剣を鞘から出し振りかぶる。魔王すらも葬り去った一撃もこの部屋では威力がゼロになっているようでびくともしなかった。

 

「……ファイアボール!!」

 

 続けて魔力を手に込め火の玉を壁に向かって放つがこれも何らかの力によって無効化される。勇者は優れた直感からこの部屋ではあらゆる攻撃が無意味であると瞬時に読み取った。

 

「まじかよ。ここまで強力な結界貼れる奴がいたとは……この気配は魔族のものだな。……こんな逸材がいてなんで魔王軍負けたんだ?」

 

「……こんな部屋創ってるくらいだし変わった魔族なんじゃない?」

 

「それは同感だが……って抱きつくな!」

 

 勇者が剣をしまい考え込んでいると淫魔が後ろから勇者に抱きついた。背中には柔らかな2つの山が当たっており淫魔の手は勇者の引き締まった腹部を妖しげに触れている。

 

「だって打つ手ないわけだし……それならえっちな事した方がいいかなって」

 

「お前の行動理念はいかがわしいことしかねーのか!」

 

「うん。だってサキュバスだもん」

 

「即答すんな」

 

 つれない態度の勇者に淫魔がえいえいと露骨に胸を押し付けると流石の勇者もちょっと頬が赤らむ。勇者もその強さ以外は一般的な少年なので性欲が皆無な訳ではないのである。

 

「勇者ちゃんはあたしの事嫌い? 嫌いじゃないよね? なんだかんだ一緒にいてくれるし……あたしは勇者ちゃんのこと、大好きだよ? 勇者を好きになってから他の男の人とえっちしなくなるくらいに」

 

「……っ……」 

 

 いつもふざけながら好き好き言う淫魔が洩らす本気の告白に勇者は息を呑む。

 

「……俺は………誰が強制されて抱くか!!」

 

 勇者は怒っていた。閉じ込められた事もそうだが顔も知らない魔族の娯楽のためにサキュバスを抱くくらいならば。……穢すくらいならば死んだ方がマシだと衝動的に隠し持っていたナイフで腹を切り鮮血がぽたりと白い床を赤く彩った。

 

(……あ、でも俺が死んだら出られる保証もねえな。同じ魔族とはいえ閉じ込められたままじゃ……それどころかじゃあ他の男とセッ○スしろとかそんな話になるんじゃ……)

 

 怒りで血が登った頭から血が抜けたからか勢いでした行動に早くも後悔していると淫魔が慌てて回復魔法をかける。

 

「勇者ちゃんのばか!! そんなにあたしとえっちするの嫌だったの!?」

 

「……わりい。なんか言いなりになるのがムカついて」

 

「それで死んじゃ元も子もないでしょ!! 待ってて今治すからぁ!!」

 

 わんわんと泣きながら回復魔法をかけると出血していた腹部の傷が綺麗に修復する。白魔道士から習っておいてよかったとぐずる淫魔に勇者はありがとうと礼を言った。すると。

 

『今後このような事がないようこの部屋では自分を傷つける事、他者を傷つける事を不可能にした』

 

 と謎のメッセージが現れた。この部屋に閉じ込めた魔族のものだろう。

 

「おー、そうかよ……まあ俺みたいなアホがいるかもしんねーしいいんじゃねえの……」

 

 急死に一生を得た勇者にはもはや突っ込む気力がなかった。ぐったりする勇者に淫魔が艶っぽく枝垂れかかる。

 

「お礼は体で……」

 

「やかましい!!」

 

「ふぎゅう!」

 

 こちらを気遣ってかいつものようにふざける淫魔に勇者は応じハリセンでペチンとする。心なしかいつもより威力はなかった。

 

「ねえ魔族さん!!これは傷つける行為なんじゃないの!?」

 

『否。これはおそらく勇者なりのコミュニケーションと推測される。力加減もされているし大して痛みもないはずだ。……ふむ。言語化するならば愛情表現というやつだろう』

 

「愛情かぁ〜。えへへ。なら仕方ないかな☆」

 

「違う!!」

 

「ふぎゅう!! また叩かれた! でも痛くなーい☆」

 

 そんなやり取りを繰り返し勇者と淫魔はセッ○スすることなく部屋で寛ぎ始めた。といっても部屋にはベット以外ないので大きなベッドに寝転がるだけであったが。

 

「腹減らねーけど……この時間は飯食ってたから何か食いてえな」

 

「そうだね。でもこの部屋食べ物ないし」

 

『了解した。今用意する』

 

「なんか無駄に親切だな……真面目というか……」

 

「危害加えられるよりかはいいんじゃない?」

 

「まあな……」

 

 

 

 

 

「なあ、風呂は創れるか? 汚れを浄化する魔法が発動してるのは分かるけど気持ち的には欲しいんだが」

 

『了解した。今から創る』

 

「おお……マジで創りやがった」

 

「背中流してあげる! 裸の付き合いしよっ!」

 

「いらん!」

 

「ふぎゅう!」

 

 

 

 

 

「……この部屋から出てえんだけど」

 

『それは却下する。この部屋は性行為をしてからではないと出られないよう創られている』

 

「……一周回って好きになってきたわお前」

 

「ええ!?浮気!?」

 

「浮気じゃねーよ!そもそも付き合ってねえだろうが!!」

 

 

 

 

 

 そんな日常が過ぎていき部屋の内装が充実するとともに誘惑する淫魔と勇者の攻防は続いた結果、部屋に閉じ込められてから早一年が経過していた。

 

「ねえねえ、えっちしようよ〜」

 

「し、しねえよ!!」

 

「……」

 

「なんだよ黙り込んで」

 

「だって一年前だったらもっと即答してた。少しはあたしの事、好きになってくれたの?」

 

「ち、ちげーよ」

 

とそっぽを向くもののその反応は露骨でひっつかれてもそのまま好きにさせていた。

 

「……何で振られたのか自覚しちまっただけだ」

 

「白魔導士ちゃんのこと? 何で振られたのか頑なに話してくれなかったけど……」

 

「……告白したら他に好きなやつがいるだろうって言われたんだ」

 

「ええ!? 勇者ちゃん白魔導士ちゃん以外にも好きな子が!? 誰!? 黒魔導士ちゃん!? それとも弓兵ちゃん!? それとも重騎士くん!? 酒場のジョン!?」

 

「ちげーよ!! 後半の二人男じゃねえか!! しかも最後はパーティーメンバーですらねーし!!」

 

「ええ……他となるとあたしくらいしかいないんだけど」

 

「…………お前だよ」

 

「え」

 

「お前が好きになっちまったんだよ……ハァ……」

 

「えええええ!? というかなんで不満そうなのよぅ!!」

 

 溜息をつきながら告白され乙女としてもサキュバスとしても喜びきれない淫魔はぷんすか怒りながら勇者に抱きつく。いつもであればハリセンを食らわすか振り払う勇者であったが今回はむしろ自分から抱き寄せていた。

 

「……ゆ、勇者ちゃん……本当にあたしのこと、好きなの……?」

 

「ああ」

 

「いつから……?」

 

「んー、具体的には分からねえな。俺が敵だったお前を見逃したら惚れたとか言って魔王軍裏切ったあげく押しかけてきてさ。……最初は罠だと警戒してたのにバカの一つ覚えみたいに好き好き大好きあたしのこと好きになってって連呼してきやがった。犬みてーだなってそこそこに可愛がってるうちに情が湧いたというか」

 

「あたし犬扱いだったの!?」

 

「……まあ、最初の頃はな。それからお前夜這いするわセクハラしようとするわ痴女そのものだったが過酷な旅でお前がバカやってるのツッコんでたらなんか心が軽くなった。お前といるのが楽しくなっちまった。魔王を倒した後こうして一緒にいるのも悪くないかもなって心のどこかで思ってたんだ。それを見抜いてたんだろうな、あいつは」

 

『最後に溢してしまいますが……実は私も貴方の事好きだったんですよ? まさか泥棒猫が淫魔になるなんて思いませんでした』

 

 涙ぐみながら「あの子はお馬鹿ですけど……悪い子じゃありません。どうかあの子と幸せになってくださいね」と言って元の居場所へ去った白魔導士の顔を思い出すと胸が苦しくなる。淫魔と出会わなかったら、淫魔に惹かれなかったらもしかしたら白魔導士と結ばれていたのかもしれない。たらればの可能性ではあるがそう思うと少しだけ寂しかった。

 

「いつ言おうか迷ってたんだ。本当はパーティーメンバーと別れて二人旅になった時点で言うつもりだったんだ。でもお前が迫ってくるとつい意地張っちまって……待たせちまって悪い」

 

「……えへへ。勇者ちゃんあたしのこと、そんなに想ってくれてたんだ。淫魔なのに気づかなかったよ」

 

「お前、へっぽこだからな」

 

「またそういうこと言う……ねえ、勇者ちゃん」

 

「なんだよ」

 

「えっちなことしよ」

 

「……おう」

 

 何度目かも分からない淫魔からの求愛に勇者はおずおずと頷き淫魔をベッドに押し倒す。そして互いの唇を重ね……

 

「んんんんん!?」

 

「んっ♡ 勇者ちゃんの唇柔らかいねぇ♡ もっと♡」

 

 ……唇を重ねた瞬間、くるんと上下の位置が反転し淫魔が勇者にのしかかりえげつない舌技のディープなキスを繰り出した。 

 

「ぷはぁ……っ……ま、まて! ここは俺がリードする場面で……っ……!」

 

「んちゅっ♡♡ んぁ……はぁ……何言ってるの? ココはあたしの領域だよ? ふふふふっ……たぁくさん可愛がってあげるね勇者ちゃん♡♡♡♡♡」

 

「あ……やめっ……うわぁー!!!!!」

 

 勇者は男の矜持として必死に抗うものの淫魔に人間がセッ○スで勝てるわけがなく枯れる寸前まで搾り取られることになるのだった。

 

 

 

 

 

「あーん♡」

 

「……ん……死ぬかと思った」

 

「ごめんねぇ。久しぶりのえっちだったから加減間違えちゃって。ほらすっぽんやうなぎやにんにくや鶏卵とかその他色々入った料理作ったから食べて♡」

 

「全部精がつくやつじゃねえか! しばらくやんねーぞ! もげるわ!」

 

「えー……だめぇ?」

 

「……しばらくはダメだ」

 

「えへへ。分かった! 我慢する!」

 

 色々と搾り取られどこか大人の顔つきになった勇者に淫魔はあーんして食事を食べさせたり着替えを手伝ってあげたりと身動きの取れない勇者の世話をやいていた。こころなしか肌ツヤがよくなり上機嫌の淫魔はニコニコと微笑んでいる。長年の願いが叶いハイになっていた淫魔は油断したのかとんでもない事を言い出した。

 

「最初は駄目かと思ったけどこんなに上手くいくなんて! 持つべきものは同族だね!」

 

「……は? 同族?」

 

「……あ。 な、なんでもないよ?」

 

「……同族……そういやあの時は動揺してたから気づかなかったがお前あの部屋にいる時妙に落ち着いてたよな? 考えてみれば性行為をしないと出られない部屋とかいかにもお前が好きそうだ」

 

 勇者の追求に淫魔は汗をダラダラと掻きながら声を震わせ目を逸らす。それは自らの犯行を自供しているようなものだった。

 

「そそそそそんなコトナイヨー?」 

 

「……お前何か知ってるだろ。吐け!!」

 

「えっとその……えへへ……」

 

「3秒以内に言え。言わないと今後の付き合いを考えるぞ」

  

「ええ!? ようやく恋人になれたのにそんなのヤダ! 言う!言うからぁ!」

 

 勇者から絶縁状を叩きつけられることを恐れた淫魔は気まずそうに事の真相を話し始めた。

 

「実はこの部屋創った魔族とあたし知り合いなんだ。あ、元彼とかじゃないからね!」

 

「はあ!?」

 

「それで……その魔族が変わり者でね。すごーく強いんだけど恋愛とか性的なことに興味がない淫魔だったの。その淫魔が色々あって……愛について知りたいって言うからアドバイスしたの」

 

「……どんなアドバイスしたんだ?」

 

「愛と言ったらセッ○スでしょ?手っ取り早いし分かりやすいし。 だからそういう事をするのを見れば分かるんじゃないかなーって……それでアレコレ口を出して例の部屋が完成したので言い出しっぺの法則であたしが勇者ちゃんを堕としてみせるから見てて♡って提案したの。……でもまさか勇者ちゃんが一年も頑張るなんて思わなくて……まあその分あたしは勇者ちゃんといられたから幸せだったけど♡ えへ♡」

 

「おまっ……お前っ………ふざけんなー!!」

 

「ふぎゅう!!」

 

 色んな意味で振り回された元DT勇者は黒幕の一味かつ諸悪の根源な淫魔に照れと怒りのハリセンを食らわすのだった。

 

 

 

 

 

「ふむ……。あれが俗に言うツンデレというものなのか……書物では何度か見たが実物は初めて見たな」

 

 性行為をしなければならない部屋の創造主兼サキュバスの知人である魔族は一連のやりとりを見終え感慨深げに何度も頷いていた。

 

「それにしてもあれほど互いに想い合っていたのに性交渉するまでに一年掛かるとは。長かったな。 ……最初の流血騒動といいそれだけ大切な存在だったのだろう。まだ愛についてはよく分からないが……あの二人の心の距離が少しずつ縮まっていくのがよかった……気がする。うん。あの二人のやり取りを思い出すと胸の辺りがなんだか変な感じだ。お前はどう思う」

 

『……』

 

「……流石にまだ言語機能は機能しないか。早くお前と話したいよ」

 

 魔族は物言わぬ水晶玉を宝物のように丹念に磨き上げる。共に語らえる日を夢見て。

 

 

 

 




告知です

このシリーズの長編を書きたいと思っています

題名は
淫魔キブリーの愉悦〜セッ○スしないと出られない部屋に男女を閉じ込めるのが性癖の悪魔〜

です

登場人物の名前や尺の都合上カットした設定、主人公である魔族とその相方(?)である水晶玉を掘り下げた作品する予定です。多分R18版になると思います。

現在他の連載作品を書いているのでいつ投稿出来るか未明ですがもし見かけたらその時はよろしくお願いします。


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十一組目 〜小説家と手紙屋〜

前回(一応)最終回と言いましたね?
あれは嘘だッ!!

というのは冗談ですが「未亡人と青年もいいですが男やもめと女性もよいものですぞ」と夢に現れた奴が囁いてきたので衝動に任せて書きました。

次のストックはありませんがこれからも衝動的に書きたくなりそうなので完結済みタグは消して不定期更新とさせていただきます。


「今日もお仕事頑張ったぞ〜♪」

 

 軽快な鼻歌で空を飛ぶ鳥翼族の女性がいた。背中の大きな白い羽を羽ばたかせながら飛んでいる彼女は手紙屋であり近隣の町の空を飛び交いながら手紙を届ける仕事をしている。手紙屋は今日の分の手紙を届け終え自宅に帰ろうとしていた。

 

(せんせい、いるかな……)

 

 手紙屋はきょろきょろと視線を動かしながら目当ての人物を探す。彼女が探しているのは小説家の男であった。彼女が五年ほど前、手紙屋の仕事を始めたばかりの頃にミスをして落ち込んでいた時に出会い色々あって仲よくなった友人なのだ。人間の事、今住んでいる町の事、小説や物語の面白さ。種族差からか人とズレていた手紙屋に沢山の事を教えてくれた小説家の事を親しみを込めてせんせいと呼んでいた。

 

(また浜辺にいるんだろうな……)

 

 手紙屋は初めて出会った場所である浜辺に向かう。すると目当ての人物がいた。夕陽に照らされながら男は手紙の入った瓶を海に流す。その寂しげな背中を見ると手紙屋は声を掛けることが出来ない。彼が嵌めているキラリと光る左手の薬指の指輪を見ると尚更に。

 

(奥さんに手紙届いたかな。届いているといいな……)

 

 

 

 

 

 五年前、手紙屋が仕事のミスで落ちこみ夕陽の浜辺で項垂れていた時、後から来た痩せ細った男が海へと入っていった。

 

 ふらふらと歩くその只事ではない様子に命を絶とうとしているのではないかと手紙屋が慌てて止める。

 

 が、彼はただ海にメッセージボトルを流そうとしていただけだった。自分の早とちりである事に気づきずぶ濡れのまま謝る手紙屋とずぶ濡れのままいやこちらこそ紛らわしくてごめんねと謝る男。そんな忙しない出会いから二人の交流は始まった。

 

 男は主に恋愛小説を書く作家であり妻を亡くしていた。

 

 『旅行先で海難事故に遭ってね。帰らぬ人になったんだ。もしかしたら魂が海に残っているかもしれないと思って手紙を書いて海に流しているんだ。無駄な事かもしれないけど』

 

 そう話してくれた時、手紙屋はこんな悲しい手紙もあるのかと驚いた。彼女が手紙を手渡すと受け取った人はだいたい笑顔だったからだ。

 

 どこか影のある小説家に手紙屋は惹かれていった。彼の中には亡くなった妻がいると分かっていながらも想いは募るばかり。どうしようもない恋心にため息をつきながら今来たばかりだと装いつつ話しかけようとする。

 

 すると突然、謎の光に包まれ砂浜から見覚えのないピンク色の空間に景色が変わるのだった。

 

 

 

 

『セッ○スしないと出られない部屋』

 

 という文字が掲げられた部屋に閉じ込められたのだと気づくのにそう時間はかからなかった。

 

(嘘でしょ……そんなの無理に決まってるよ……)

 

「ここが噂の……ということはそうか……やっぱり僕は……」

 

 内心冷や汗をかく手紙屋に対し小説家は安堵と悲しみが混じり合ったような笑みを浮かべた。

 

「噂……? せんせい。なにか知ってるんですか?」

 

「とある魔族が好き合っているもののなかなか一歩が踏み出せない男女をこの部屋に攫うっていう噂があるんだよ」

 

「……え。そんなはずは……」

 

 何のために、という疑問が好き合う男女を攫うという言葉で塗りつぶされる。そんなはずはない。彼は今でも奥さんの事が好きなのにと左手の薬指の指輪を見つめる。

 

 小説家は手紙屋と同じように身につけている指輪を見つめ、一瞬だけ躊躇う仕草をしたあとゆっくりと外しテーブルの上に丁重に置いた。

 

「今日妻に書いた手紙はね。新しい人生を歩んでもいいだろうか、という内容だったんだ」

 

「新しい人生、ですか……?」

 

「うん。……僕は妻を愛している。これからもずっと」

 

「……はい」

 

「でも……妻以外に隣にいてほしい人が出来てしまった。少しおっちょこちょいで、元気で、頑張り屋な鳥翼族の女性に少しずつ惹かれていってしまったんだ」

 

「──え?」

 

「永遠に操を立てるつもりだったのに。何度も悩んだよ。あの冷たい海の中で失った、最愛の妻に数え切れないほど違う、違うんだと謝った。でも次第に妻の事を考えていた時間が君の事を考える時間に変わっていく。永遠の愛を誓ったはずなのに違う愛が生まれていく。なんて不義理な男なんだろうね」

 

「そ、そんな事……」

 

「妻のご両親にも申し訳なくてさ。謝りに行ったんだ。だけど……お義父さんもお義母さんもそれでいいと応援してくれた。新しい人生を歩む事は悪いことではないんだ、うちの娘を沢山愛してくれてありがとうって……本当にいい人達で……」

 

 その時の事を思い出したのか瞳を潤ませる小説家に手紙屋もつられて涙が出る。

 

「……僕は妻を忘れられない。それでも君と、新しい人生を歩んでいけたらと思うんだ。君の事が好きだ。僕と結婚してくれないか」

 

 小説家は手紙屋の手を握りじっと瞳を見つめる。その瞳はまっすぐで少しの揺らぎもなかった。

 

「わ……私でいいんですか……? 私早とちりだし、すぐ泣くし歌うしうるさいですよ。こんな大きな羽とかあるから邪魔くさいですよ!?」

 

 手紙屋は自身のバサァと自慢ではあるが室内では不便な白い翼を大きく広げる。それだけで一、ニ枚の羽が舞い「ほらー!掃除とか面倒ですよ!」と謎のマイナスポイントをアピールする。あとでやっぱり嫌だと思われるのが怖いのだ。そんな手紙屋の心を感じ取ったのか小説家は落ちた羽を拾いキスをした。

 

「コロコロ表情が変わるところも、その綺麗な翼も愛しいよ」

 

「ふぉお……あわぁ……あばばばば……」

 

 飾らない口説き文句に手紙屋は真っ赤になった顔を翼で覆い隠した。

 

「見せてよ顔」

 

「い、嫌です! 今の私ヘンテコな顔をしてますから……」

 

「でもそのままだとキスが出来ないよ」

 

「えええ!? き、キスって……んっ……」

 

 驚いて思わず顔から翼を離した瞬間、二人の唇が重なる。その口づけは離れる事なく手紙屋は小説家の背に手を回す。

 

「あの……この部屋から出たら奥さんのお墓に行ってもいいでしょうか」

 

「ああ。二人で挨拶しに行こう。……一つ頼みがあるんだけどいいかな?」

 

「なんですか?」

 

「僕より出来るだけ……長く生きてほしい」

 

 その言葉は頼みというより祈りだった。最愛の人に先立たれた苦しみが痛いほど伝わる、重い言葉。

 

 必ず叶えるなどと簡単に言えるわけがない。こんな意味の分からない部屋に閉じ込められたように人生何が起こるなんて自分には分からないのだから。そう考えながらも手紙屋は頷いた。

 

「……私、長生きします。せんせいよりも、一秒でも長く生きられるよう頑張ります」

 

「……うん。ありがとう。僕も長生き出来るよう頑張るからね」

 

 新しい誓いを立てた二人は顔を見合わせ躊躇うように、待ち望んでいたようにその体を重ね合わせるのだった。

 

 

 

 

 

『生きて。私の分まで幸せになってね』

 

 新婚旅行で乗った船。突然の嵐。船を飲み込む波。船の破片になんとかしがみつこうと彼女と手を取りながら藻掻くが二人分の体重を浮かす事が出来ず沈む板。

 

 ──そして生きて、と微笑みながら自分から手を離し波に飲み込まれていく彼女の姿。

 

 声が枯れるほど泣き叫んでも、神に祈りを捧げても二度と浮かび上がる事はなく再び出会う事が出来た時には変わり果てた姿になっていた。それでも彼女だと分かったのは自分が贈った左手の薬指の指輪を嵌めていたからだった。

 

「……エレノア。僕は幸せになるよ」

 

 小説家は五年間幾度も苛まれてきた別離の夢から目覚め隣で幸せそうに眠る手紙屋の髪を撫でた。向日葵のように明るい金髪がサラリと揺れる。

 

 妻の名前を呼ぶ彼の姿はどこか吹っ切れたように前を向いていた。

 

 

 

 

 

「……」

 

『……どうしたんですか。黙り込んで』

 

「……よかったなあって」

 

 奇声を上げず、興奮もせずホッと胸を撫で下ろす様子の魔族に珍しいものを見たと水晶玉は思った。

 

『今回は妻を失った寡男とそれに惹かれる女性。結ばれてよかったですね』

 

「うん。ずっと操を立てるべきと思う気持ちと新しい恋に板挟みになる葛藤……前の奥さんの影に打ちひしがれながらも健気に想う子……結ばれてよかった……」

 

『なんだかいつも以上に浸っていますね』

 

「ちょっとね。長い事生きていると色々あるんですぞ」

 

『……なるほど』

 

 どこか遠くを見る魔族に水晶玉はますます珍しいと驚く。今回の魔族のしおらしさ(?)にやり辛さを感じながら水晶玉はそういえば、と話を切り出す。

 

『そういえば小説家の方が前妻の名を呼んだ際に私を撫でる手が止まりましたが……知り合いの方だったのですか?』

 

「いや違うよ。……知り合いと名前が一緒だったんだ」

 

『なるほど。確かにどこか懐かしい響きです。聞き覚えがあるような……』

 

「水晶玉クンは沢山の情報を取り扱っているからね〜。まっ、過去よりも大事なのは今ですぞ。次のカップルになりそうでならない男女を探すぞい!」

 

『……了解です』

 

 露骨に話を逸らされ水晶玉は無機質に新たなターゲットを検索する。

 

(『エレノア』……珍しい名前ではないから私のデータベースにいくつか候補がいるけれど……どれも違うと根拠のない確信がある。何故だろう。私は『エレノア』を知っている気がしてならない……)

 

 水晶玉はいつものようにターゲットを絞り込みながらも膨大な情報を持つ自分でも解決できない内なる疑問に困惑するのだった。

 

 

 



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十二組目 〜漁師と人魚〜

今回は特殊性癖というかなんかアレです
注意です
こうしたから実質セッ○ス理論になっちゃってますが異種族恋愛書くならこういうのも書きたいと思ったので書きました反省はしておりません



 

 

『セッ○スしないと出られない部屋』

 

 掲げられた文字を見て立ち尽くす男がいた。男は色黒で逞しい体格の漁師であり傍らにいるのは男が作った巨大な金魚鉢に入り魔力で鉢ごと浮いている色白で美しい人魚だった。

 

 人魚という種族は珍しくその肉を食べれば不老不死になれると云われている。その事から密猟者に襲われていたところを偶然通りかかった漁師が助けた。しかし人魚は怪我をしており放っておくのも忍びなかったので連れ帰り現在は漁師の家で暮らしている。

 

「……いやヤレねーだろ」

 

「ちょっと! 最初の反応がそれなの!?」

 

 二人仲良く家でのんびり過ごしていたら突然謎の部屋に拉致られ今に至る。漁師は色々噂される部屋の事を何一つ知らなかったが文字の通りにしなければ出られない事は本能的に分かっていた。しかし傍にいる人魚を見る。上半身は人間の女性と体の構造は変わらなく一枚の布をぐるりと巻き豊かな膨らみを隠している。

 

 問題は下半身である。下半身は虹色に輝く見事な鱗のついた魚の尾だ。性交渉するために必要な部位が見当たらない。

 

「一生ここで暮らせってことかよ。漁出来ねーのはなー」

 

「……漁以外に不満はないの?」

 

「お前とは元々一緒に暮らしてたしな。むしろここのが広いし……おお、食料も風呂もあんのか。いたれりつくせりじゃねえか」

 

「ふ、ふーん。それ以外は不満ないんだー」

 

 ここで暮らすこと自体にそこまで不満がないと聞き人魚は尾びれをパタパタと動かす。それは上機嫌な時にする仕草であった。

 

「ああでもお前は嫌だよな。怪我も治ってようやく海に帰れるって時にこんな事に巻き込まれて」

 

「別に。君がいるなら退屈しないし。というか別に海に帰りたかったわけじゃないというか」

 

「あ? そうなのか?」 

 

「……うん。本当は怪我もすぐ治ってたけど理由つけて引き伸ばしてただけ」

 

「……そんなにあの狭い家での暮らしを気に入ったのか。ははっ! お前って本当に変わってるなぁ!」

 

 人魚の好意を仄めかせるような言葉に漁師は気づく事なく豪快に笑う。そんな漁師に人魚は不機嫌そうに唇を尖らせた。

 

「はー!? ちがいますー!」

 

「じゃあなんだよ」

 

「えー。察してよそこはー。ほとんど答え言ってるようなもんだったでしょー」

 

「そんな事言ってもな……俺に女ココロなんざ分からねえよ」

 

 漁師は幼い頃から漁をしており漁師の住む村は若い女がいなかった。つまり恋人どころか恋をした事もなかったのである。そんな漁師が人魚の複雑な乙女心など察する能力は皆無であった。それどころか自分の気持ちにすら気づいていない。

 

「それはそのう……」

 

「なんだよ」

 

「えっと……その………………ら〜ら〜ら〜♪」

 

 人魚もまた恋愛経験が皆無でありヘタレだった。これまでも何度も一目惚れした漁師に告白しようとしたが恥ずかしくなって歌って誤魔化してしまう。その歌が上手いのがまた哀愁を漂わせている。

 

「お前歌うの好きだよなあ」

 

「うう…………」

 

「俺はお前の歌、好きだぞ」

 

「しゅきっ!? ほぎゃあ〜♪」

 

 叫び声と歌声が絶妙にブレンドされたシュールな音が部屋に響く。特異的な場所に閉じ込められているというのに二人はいつも通りに過ごしていた。

 

「わ、私の事は……!?」

 

「ん?」

 

「わわわわ私の事自体は〜〜好きなのぉ〜〜♪」

 

「ど、どうした急に」

 

 真っ赤になりながらミュージカル調に訊ねてくる人魚がシュールで漁師は真顔になる。しかし漁師のツレない態度に人魚はぐぬぬと眉を寄せながらも返事を待っていた。

 

「ん…………まあ好きなんじゃないか。嫌いな相手とは暮らせねえよ」

 

「……」

 

 そんな言葉じゃ納得できないと言わんばかりの突き刺すような視線に漁師は頭を掻く。その姿は落ち着きがないものであり考えないようにしていたものに向き合う姿でもあった。

 

「……好き……なんだろうな。俺は漁一筋だったからそういう浮ついたのはよく分からんがこの先もずっとお前と暮らしていけたら幸せだと……思う」

 

「それって……!」

 

「まあ……こういう答えでいいか?」

 

「うんうん! 私も! 私も……何年も、何十年も一緒にいたい! 好きだから! ……言えたあ!!」

 

 幾度となく失敗し続けた告白をやっと言えた事にはしゃいで喜びの歌を唄い出す人魚を漁師は照れくさく思いながらも抱きしめた。すると人魚もおずおずと抱きしめ返す。種族の差など感じさせない、愛の抱擁だった。

 

「しかし……ここはドピンクで目に悪いというか……やっぱりいつもの家のがいいな。出る方法があればいいんだが……」

 

「……セッ○スって子どもを作る行為の事だよね?」

 

「お、おう……まあ端的に言えばそうなるな」

 

「なら──私の卵に君の種をぶっかければいいんだと思う」

 

「──なんて?」

 

「卵にぶっかけるの。そうしたら私の卵が種に反応して子どもが出来るから実質セッ○スだよ。私達人魚は自分達で卵産むように自分の体を調整出来るし」

 

「あ、うん……なるほどな……お前卵生だったのか……魚でもあるんだしそりゃそうだろうが……」

 

 知られざる人魚の生態に漁師はたじろぐ。愛はあれど卵産むからぶっかけて♡と頼まれたら流石に興奮よりも困惑が勝る。加えて一つの懸念が生まれた。

 

「いや、でもそれだとガキが出来ちまうんじゃ……お前の事は好きだが俺今貧乏だしよ。ガキ育てるにも金がいるだろ?こんな部屋でなし崩しに子づくりするのはな……」

 

『この部屋にいる間は子どもは出来ませんぞ。そういうのはちゃんと迎える準備が出来てからじゃないトネ!あ、でもセッ○ス判定にするから遠慮なくぶっかけるでござる!』

 

「なんだよその微妙な良識。そこまで考えるならそもそもこんな部屋に閉じ込めてヤラせようとするなよ」

 

『それは断る。ではではごゆるりと〜』

 

 と、マイペースな音声が途切れ部屋に静寂が訪れる。気まずいながらも漁師は丁寧に人魚をお手製の金魚鉢から出しタオルを何枚も敷いたベッドに乗せる。

 

「本当に水無くて大丈夫なのか……?」

 

「ちょっとの間なら平気。尾びれや鱗が乾燥しちゃうと困るけど」

 

「そうか……じゃあ早めに済ませた方がいいよな……始めるか……?」

 

「う、うん……!」

 

 

 

 

※ここから先は特殊なプレイ的なナニカです。R15程度で済むように濁しますがご了承ください。

 

 

 

 

「ん……はあっ……生まれるぅ……生まれるよぉ……私の卵ぉ……」

 

「おお……これが人魚の卵……初めて見たな」

 

「ああっ……! すごいっ……こんなに沢山出るなんて!」

 

「……別にオレ産卵フェチじゃなかったんだけどな。結構………すごいな………待ってろ……もうすぐこっちも準備出来るからな……」

 

「……はぁ、はぁ……すごい……人間のってこんなに大きくなるんだ……♡ 私の胸、使う……?」

 

「あ……これが女の……初めて見たな……柔らけえ……」

 

「あっ、んっ、君の、熱い……っ」

 

「……くっ…………そろそろいいか……?」

 

「うん……来て……私のに掛けてぇ……!」

 

 

 

 そんな感じで愛の共同作業を終えた二人は「今度は本当に作ろうね♡」「……もうちょい広い家に住めるようになったらな」とラブラブな会話をしながら部屋を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……今回はちょっと攻め過ぎたかもしれませんな!」

 

『ですね。人魚の生態は興味深くはありましたが卵にあれこれする絵面はシュールでした』

 

「いやー、でもこれはこれで一つの愛の形と思えばいいか」

 

『毎回それ言えばいいと思っていませんか』

 

「ソンナコトナイヨー。互いに違うところをありのまま受け入れて愛し合う異種族恋愛はいいものですなー。愛の力で同じ種族の姿になるのもそれはそれで深いですが」

 

『割となんでもありなんですよね貴方様は』

 

「愛があればいいんですぞ。あ、でも出来ればハッピーな終わりがいいですな」

 

『そこは同意します』

 

「次はどうしようかなー。なんとなく今度は異種族じゃなくて人間同士がイイナー」

 

『ふむ。………最終的にハッピーになればいいんですよね?』

 

「えっ、何? そうだけど……」

 

『なら……親の借金のカタに売られ娼婦として働いているが初恋を捨てられない女性と遠くに行ってしまった娼婦を追いかけてその娼館の用心棒になった男性とかいますが』

 

「その話詳しく教えなさい今すぐに!!!!!!!」

 

 水晶玉のまたしても重たいチョイスにキリッと姿勢を正して話を聞く魔族なのであった。

 

 

 

 




NTRは苦手ですが(好きな人はごめんなさい否定しているわけじゃないんです)他の相手と無理矢理もしくは断れない理由で関係を持って負い目がある人とそんな相手を受け入れつつ愛を育み最終的にハッピーな感じでくっつくのは大好物です
次回はそういう性癖です


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十三組目 〜用心棒と娼婦〜

 

 

 

『わたしのかちー!』

 

『うう……はやいなぁ……』

 

『あたりまえでしょ! わたしがこのむらでいちばんはやいんだから!』

 

『……むう……ぼくのほうがはやくなるよ。ぜったいに』

 

『ふーん? ぜったいねえ……じゃあわたしにかてたら………』

 

 

 

 

 

 「……夢か……」

 

 裸の女が隣で眠る男を起こさぬよう静かに移動し『仕事』で汚れた体を備え付けのシャワーで洗い流す。慣れた手付きで体を手早く綺麗にすると用意しておいた綺羅びやかな衣装を身に纏い客である男を起こし、見送った。

 

 女は娼館の娼婦だった。幼い頃、死んだ父親が残した借金を母親が必死に稼いで返していたがその母も病気で倒れ寝たきりになってしまった。

 

 母の稼ぎがなくなり途方に暮れていたところに追い打ちをかけるように借金取りは無理矢理まだ幼い少女であった女を連れ去ろうとした際、遊びに来ていた幼馴染みが止めようとしてくれたが大人の男と体の弱い少年ではまるで相手にならなかった。

 

 怪我を負い這いつくばる少年に別れの言葉を告げそのまま連れて行かれ売り払われた先は娼館であった。

 

 不幸中の幸いだったのは売られた先の娼館の環境がよかった事だろう。劣悪な場所だったなら使い潰されるくらい抱かれなければならなかっただろうし性病に罹るリスクも高かった。また客も選べないため悪質な行為の果てに体を壊されていたかもしれない。

 

 その点この娼館は高級娼館であり客の質も高いため身の危険があるような行為はほとんどなく悪質な客が現れれば責任者であるオーナーが対処してくれる。稼ぎがよければ美味しい食事も食べられるし着飾る事も出来る。休みだって最低限はある。病気にならないよう徹底的に健康面は管理されていたし娼婦として働くならば最上級といってもいい。娼婦としてするべき事はしなくてはならないためあくまで娼婦としては、だが。

 

 彼女が初めて客を取ったのは16の時だった。最初は苦痛でしかなかったそれも仕事としてこなすようになるまでそう時間は掛からなかった。抱かれれば抱かれるほど金が手に入る。金が入れば早く自分と母親は自由になれる。そう思えば耐えられた。ほんの少し心に痛みは感じたが。

 

「おはよ」

 

「ああ。おはよう。……お疲れ様」

 

 娼婦が『仕事』を終え自室に戻る途中、見知った男の姿が見え挨拶をする。すると男はぶっきらぼうに返事をした。男は半年前からこの娼館に雇われている用心棒であった。

 

「別に。今回は早い人だったからそんなに疲れなかったわ」

 

「……そうか」

 

「……ねえ、アンタ暇? さっきの客じゃ物足りなくって……どう?」

 

 娼婦が誰もいない事を確認してから秘事のように男の耳元で囁く。甘ったるい娼婦の誘惑に用心棒は惑うことなく首を横に振る。

 

「…………仕事だ。失礼する」

 

「あ……………振られちゃった。なによ……一度くらい頷いてくれてもいいじゃない」

 

 スタスタと去ってしまった用心棒に娼婦は愚痴を溢す。こういった艶っぽいやり取りは初めての事ではなかった。

 

(……あの時「逃げよう」って言ってくれたのは何だったのよ)

 

 娼婦は自分の部屋で寝転びながら用心棒が初めてこの娼館に来た日の事を思い出す。

 

「見つけた……!」

 

 半年前。聞き覚えのない声が聞こえ振り返るとそこには懐かしい男がいた。娼婦が娼館に売られる前、暮らしていた村の幼馴染みだ。昔の泣き虫だった小さな男の子であったはずの幼馴染みは娼婦よりもずっと大きくなりすっかり大人の男になっていた。風邪を引きがちでひょろひょろの体も服の上から分かるほど筋肉がついて逞しくなっていた。頼りなさげな、気弱な顔立ちはいくつもの傷と共に険しいものになっている。まるで別人だというのに自分を見つめる優しい瞳は変わらないなと娼婦は滲みそうになる涙を堪える。

 

「逃げよう」

 

 そう言って手を引いてくれた幼馴染みに娼婦は歓喜しながらも決死の思いで振り払った。逃げたところで状況は悪化するだけだと。

 

 娼館には色々と複雑な思いもあるが恩もある。病気で寝たきりの母親が生きていられるのは娼館のオーナーが病院の手配をしてくれているからだ。もし逃げてしまったら母はどうなってしまうのか。そして自分だけではなく幼馴染みまで追われる身となるだろう。逃げるという事はただの現実逃避で悪手でしかない。娼婦が感情的にならないように切々と諭すと幼馴染みはしばらく無言を貫いた後項垂れてすまない、と言って去っていった。

 

 その背中を追いかけて縋り付きたい気持ちを堪え見送ってから一週間後、幼馴染みが娼館の用心棒として雇われたと言ってきた。

 

 その不遜な態度にあの時の切ない気持ちを返しなさいよと娼婦は怒りそうになるのを堪えた。

 

(……いつまで引きずってるんだか)

 

 娼婦にとって幼馴染みであり用心棒である彼は初恋だった。気弱で頼りないが誰よりも優しかった彼のお嫁さんになるのが昔の彼女の夢だった。それも娼婦としての『仕事』を初めて終えた時諦めたが……想いは消えてはくれなかった。

 

(嫌われてはいないでしょうね。わざわざ探してくれたんだし。でもそれは好きな女だからじゃなくて幼馴染みとして助けようとしてくれただけだったのかな)

 

 せめて一度だけでも好きだった相手に抱かれたいと何度か誘ってはみたものの用心棒は一度も頷きはしなかった。その度仕事で抱かれる時のように心が痛んだが誘う事を止められなかった。まるで自分で毒を飲んでいるみたいと娼婦は自嘲した。

 

 

 

 

 

 客に抱かれ、用心棒にちょっかいをかける惰性的な日々を送っていたある日。娼婦が歩いていると用心棒に話しかけられた。自分から話しかけるのがほとんどだったためびっくりすると更に驚くことに部屋に来てくれと言われた。再開してから一度も部屋に招いてくれなかったのにどういう事だろう。そう思いながらも娼婦はいつもより念入りに体の手入れをして用心棒の部屋へと入る。

 

「どうしたの? 急に部屋に来いだなんて。……もしかしてその気になったとか?」

 

「違う。話があって呼んだんだ」

 

「話?」

 

「ああ。実は───。」

 

 用心棒が机の引き出しから丸められた紙を取り出し娼婦に歩み寄った瞬間、部屋が謎の光りに包まれる。

 

 光が消え目を開けるとそこは用心棒の部屋ではなかった。『セッ○スしないと出られない部屋』という文字が掲げられたピンク色の空間に娼婦は「アンタの仕掛け?」と冗談めかして用心棒に訊ねるが用心棒は「いや、知らん」と首を横に振る。

 

「ふーん。変な部屋。……そういえば同僚が言ってたわね。どこぞの酔狂な魔族が男女を攫って部屋に閉じ込めるって。まあいいわ。ヤれば出られるんでしょ? ならシましょ」

 

 同僚が言うには好き合った者同士が選ばれるらしいけど、とほんの少しの期待をしながらも娼婦は慣れたようにベッドに横たわる。しかし用心棒は元々立っていた場所から動こうとはしなかった。

 

「……本気か」

 

「だってこんなのいつもと変わらないし。ここでシてもお金が入らないのが嫌だけどね」

 

「……金か。……その事だが」

 

 湿っぽい雰囲気になりなくない娼婦はわざと露悪的な態度を取る。すると用心棒は手に持ったままの紙をチラリと見た後娼婦の方へと歩きだす。

 

「なに?」

 

「……さっき言いかけていた事があっただろう」

 

「ああ、この部屋に来る前の話? そういえば何?」

 

「借金の事だ」

 

「借金? そこそこ稼いでるけど完全に返済するのは夢のまた夢よ。それが?」

 

「俺が返済した」

 

「は?」

 

「俺が残り全て返済した。これまでお前が返済した分含めて。お前が稼いだ分は返ってくるから好きに使うといい」

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさい。そんな稼ぎがどこにあったのよ!? まさか何がヤバい事を……!?」

 

「それはない。金に善悪はないが他人を不幸にして稼いだ金はその後のリスクが高すぎる。自分も、お前も不幸にさせるわけにはいかないからな。お前の居場所を探し、たどり着くまでに護衛の任務を受けたり剣術の大会に出てある程度稼いでいた。お前と暮らしていけるように」

 

「え……」

 

「お前に逃避を断られてからすぐ娼館のオーナーと話をした。まあ最初は相手にされなかったがしつこく交渉したらようやく頷いてくれたんだ。その代わり用意するよう提示された金額が想定以上だったが……ここでの仕事と他所での仕事、それとギリギリ合法の賭け事……罪に問われない範囲のあらゆる手段を尽くしてようやく今日その金額を用意する事が出来た。契約書もここにある」

 

 用心棒が娼婦に持っていた紙を渡す。そこには借金が返済された旨と娼婦が娼館でもう働く必要がない事が記載されていた。オーナーのサインもちゃんとある。娼館のオーナーは金や決まりには煩いがその分約束や契約には真摯な男だ。この紙が本物であり自分は自由の身になったのだと分かるが喜びよりも動揺が勝る。どうして用心棒はここまでしてくれるのかと。

 

「それは……同情?」

 

「いや。愛情だ」

 

「──。」

 

 間髪入れず即答され言葉を失い息を呑む。用心棒の、娼婦を見つめる瞳は熱く濡れていた。

 

「……アンタ私の事好きだったの? 誘っても一度もノッてこなかったじゃない」

 

「戯れの遊びとして抱くのはごめんだ。ずっと恋焦がれた女をいい加減な気持ちで抱きたくはなかった」

 

「……なにそれ。カッコつけちゃって……じゃあアンタがコソコソ稼いでいる間に私が他の男と結ばれてここから出ていったらどうしてたのよ」

 

「……お前が幸せならそれでいい。稼いだ金はその男に渡していただろう。お前を不幸にするような男であれば殺すが」 

 

「っ!?」

 

「……お前が娼館に連れ去られるのを止められなかった不甲斐ない男だが……俺はずっとお前を好いていた」

 

「……アンタも知ってるでしょうけど私、沢山の男に抱かれたのよ」

 

「ああ知っている。でもそれが何だというんだ」

 

「………………綺麗な体じゃないわ。何度も金で体を売ったの。汚れているのよ」

 

「なら確かめてみよう」

 

 震える声で自分を責める娼婦を用心棒は優しくベッドに寝かせ、服に手をかける。

 

「ああ……やはり綺麗だ。どこも汚れてなんかいない」

 

「……っ……ばかね……本当にっ……」

 

 その言葉は泣いても仕方ないからと涙を流す事をやめた娼婦の心を優しく包んだ。子どものように泣きじゃくる娼婦を用心棒は優しく抱きしめる。

 

 長い年月を経てようやく結ばれた男と女は涙を流しながら溺れるように愛を交わし合うのだった。

 

 

 

 

 

「なあ。かけっこしないか」

 

 一休みし部屋から出てすぐに発された言葉は恋人同士の甘いものではなく子供じみた突拍子もないものであった。用心棒の提案に娼婦は困惑する。

 

「へ? どうしたのよ急に。子どもじゃあるまいし……昔ならともかく私が今のアンタに勝てるわけがないでしょ」

 

「だからだ。勝てたらお嫁さんになってくれるんだろ」

 

「……! 覚えてたんだ、そんな昔の言葉」

 

「一度たりとも忘れた事はなかったさ。そのために鍛えたんだ。……お前が連れ去られて探している間もずっと」

 

「……本当に頑固なんだから。私、負けるのは大嫌いなの。だから手は抜かないからね」

 

「ああ。知っているさ。だが今度は俺が勝つ。絶対に」

 

 それから二人は子どもの頃に戻ったように走り出す。その姿は昔のようになんのしがらみもなく幸せに満ちたものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ゛か゛っ゛だ ! ! 」

 

『泣くのはともかく……鼻水汚いです。こちらに垂らさないでくださいね』

 

 例のごとく一部始終観ていた魔族は泣きじゃくっていた。泣きすぎて鼻水まで出てきたのでティッシュで啜っている姿に水晶玉は呆れていた。

 

「ズビッ………ズズッ……………歳を取ると涙腺が脆くなるんですぞ……」

 

『はあ……そういえば貴方様はお幾つなのですか』

 

「長く生きると一年があっという間過ぎてその辺どうでもよくなるというか……大分前から数えてないですからな。正確な歳はちょっと」

 

『なるほど……歳も数えられないくらいお爺さんなのですね。把握しました。そうインプットしておきます』

 

「待って!? まだお爺さんとまではいかないから! 心はピチピチだから! まだまだ若いですぞ!?」

 

 自分の主は爺だという情報を書き込もうとする水晶玉を必死に止める心は若いつもりの魔族なのであった。



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十四組目 〜下僕と吸血鬼〜

今回は番外編的な話です

あと普段の話より(比較的)下ネタ多めなので注意


※追記

後から読み返したところ下僕とヴァンパイアの絡み少なすぎね?と思い書き足しました
よかったらヨンデネ


 

 

 

 これはとある魔族が例の部屋に両片想いの男女をぶちこみまくる前の物語──。

 

 

 

 

 

 

「失礼する」

 

「うわなんじゃおぬし!?」

 

 魔王軍と人間達の戦争を勇者一行が終わらせてから早幾年。魔族と人間が少しずつではあるが歩み寄るようになっていた。

 

 そんな中でも種族の特性故、人間を糧とする者達がいる。その一つがヴァンパイア。人の生き血を啜り生きる種族だ。

 

 戦争時は幾らでも『餌』を調達出来ていたのが出来なくなりヴァンパイア達は少しずつ表舞台から姿を消していった。

 

 たった今「うわなんじゃおぬし!?」と発言した、一見幼くも麗しい容貌をしたブロンドヘアーのヴァンパイアもその一人だ。彼女はとある人間の男を下僕とし魔界のひっそりとした奥地へと移り住んでいた。下僕とのそれなりに平穏な日々を送っていた彼女であったが下僕をパシリ……もといおつかいを頼んでぐうたらしていたところに扉をバーンと開けてきた来訪者が現れたのだ。

 

「んん……その禍々しい魔力と冷たい眼差し……確かおぬしは魔王軍幹部の……」

 

 ブロンドヘアーのヴァンパイアは魔王軍に属してはいなかったが目の前の魔族に見覚えがあった。

 

 魔王の命令とあらば自ら創造した空間に対象を閉じ込め返り血を浴びることもなく圧殺。味方であれどその処刑に一切の私情も交えない。それゆえ味方からも恐れられ魔王軍随一の冷酷な男と言われていた。何故そんな男が戦闘能力を碌に持たない自分を訪ねてきたのかヴァンパイアには分からなかった。

 

「『元』だ。魔王軍は解散したし……俺は魔王軍を名乗る資格はない」

 

「……ふむ。まあその辺はわらわには関係のない事か。それでおぬし何のようじゃ」

 

「貴女が読心術が使えると噂で聞きやって来た」

 

「……まあ出来るが……それがどうした。弱みでも握りたい奴でもおるのか? もしそうなら他を当たれ」

 

 その魔族の言う通り彼女には心を読む力があった。力を持たない彼女が生きていくために身につけた能力。その能力でのし上がってきた彼女だが長年の腹の探り合いに疲れ果て人だけではなく同族も避けるようになっていたのだ。

 

「違う。心の読み方を教えていただきたい」

 

「……何故?」

 

「これから男女を性行為をしなければ出られない部屋に閉じ込めていく予定があってな」

 

「は??????」

 

「しかしその男女の間に『愛』がなくてはならない。一方通行では駄目だ。そういう行為をしてもいいと思えるくらい互いに想い合う男女でなくてはならない。最初のケースは知り合いに協力してもらったがこれからは自力で見つけていく必要がある。なので心を読めるようになれば間違いなくそういった男女を選別出来るのではないかと」

 

「何言っとんじゃおぬし。頭イカれとるのか」

 

 早口で述べられる理解不能意味不明な言葉の羅列にヴァンパイアは混乱する。何言っとんのかこいつは、と。

 

「至って真剣なのだが」

 

「……そもそもなんでそんな事をしようと?」

 

「愛を知りたいのだ」

 

「愛ぃ? おぬし淫魔じゃろ? 淫魔ならヤリまくりじゃろ? 腐るほど知っとるんじゃないのか?」

 

「俺は童貞だ」

 

「えー……」

 

 出会ったばかりの男から意図は分かるが謎のカミングアウトをされヴァンパイアは再び困惑する。

 

「頼む。金ならある。望みも俺が出来る範囲なら全力で叶えよう。だから俺に心を読む術を教えてくれ」

 

 以前魔王城ですれ違った時のゾッとするような恐ろしいオーラはどこにいってしまったのか。魔族はヴァンパイアに頭を下げ懇願している。その態度と心の声に本気でこの男は自分を頼りに来ていると悟りヴァンパイアはため息をつく。

 

「はぁー。わらわではおぬしのようなバケモノには勝てん。仕方ないから教えてやろう。ありがたく思うが良いぞ」

 

「ありがとう。助かる」

 

「……望みを叶えてくれるのじゃったな」

 

「ああ。俺が出来る範囲なら」

 

「………………おぬしの言っていた部屋について詳しく聞かせい」

 

「性行為しないと出られない部屋についてか?」

 

「そうじゃ」

 

「構わないが……その部屋は──」

 

 魔族の淀みのない部屋の説明にヴァンパイアは一巡した後覚悟を決めたように面を上げ、告げた。

 

「……なら決まりじゃ。わらわの望みは────」

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

『性行為をせよ。さすれば扉は開かれる』

 

「な、なんですかこれ!?」

 

「さあのう。わらわにはサッパリじゃ」

 

 ヴァンパイアと下僕の人間。主従関係である二人は視界をピングで埋め尽くす部屋に閉じ込められていた。ヴァンパイアはすまし顔でベッドに寝転んでいるが下僕はあたふたと部屋中を駆け回っている。

 

「御主人様! 出口がありません!」

 

「そうか。ならするしかないのう」

 

「な、なにをでしょう?」

 

「交わりを、じゃよ」

 

【御主人様とセッ○ス!? うおおおおー!!!!!!! セッ○ス!! したい!! 髪も目も肌も唇も手も脚も体中の色んな所をチュッチュしてペロペロしたいよぉ!!でもそんな事するわけには………でもしたいぃぃぃー!!!!めちゃくちゃ御主人様にエッチな事したいいいー!!!!!!!】

 

(相変わらずじゃのお)

 

 いつも礼儀正しく気弱な下僕の『いつも通り』のイヤらしい欲望の心声にヴァンパイアはニヤリと笑った。

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

『部屋にわらわ達を閉じ込めてほしい?』

 

『そうじゃ。あやつ……下僕はな。わらわの事を愛しておる』

 

『……ふむ。続けてくれ』

 

『わらわは死にかけていたあやつをほんの気まぐれで持ち帰り下僕にしたのじゃが……あやつはわらわのことを好いたらしくうるさいくらい心の内で可愛い、キスしたい、抱きしめたい、触りたい、バチクソに抱きたいだの言うようになってきてのう。最初はなんと無礼なと腹が立ったのじゃが……あんまりにも熱心に妄想してくるものだから一周回って満更でもない感じになってのう………』

 

『実際には求愛してきたのか?』

 

『いやまっっったく。心の中だけじゃ。あやつ、わらわが心を読めると知らんからあそこまで明け透けなんじゃろ』

 

『両想いなら貴女の方から求愛してもいいのでは』

 

『わらわとて永く生きているとはいえ乙女の端くれ。求めるより求められたいんじゃ!! それにわらわからそういうの言ったらセクハラ&パワハラみたいな感じになるじゃろうが!! あとなんか負けた気がする!!』

 

『そういうものか』

 

『そういうものなんじゃ!! なのにあいつ、全く手を出そうとして来ない!! 内心わらわでドスケベなイヤらしい妄想に耽っているくせに実際は指一本たりとも触れて来ぬ!! 夜のティッシュの消費量だけが嵩むばかり!! 何なのじゃあいつは!! 妄想せず手を出せ手を!!』

 

『……事情は分かった。では部屋の手配をしよう』

 

 

 

 

 というやり取りの後今に至るのだが……その事を下僕は知る由もなかった。

 

「交わりだなんて私は……恐れ多いです……!!」

 

「はあ……お前はわらわの事を愛しているのだろう? それも……性的な意味で」

 

「そ、そのような事は……!!」

 

「嘘じゃ。今もわらわを押し倒して服を脱がせてキスしたのち△△や○○や×◇☆*したいと思っておるくせに」

 

 真っ赤になって頑なに否定する下僕にヴァンパイアはあえて卑猥な言葉を使う。最も下僕が心の中で思っている事をそのまま言っているだけなのだが。

 

下僕は主人であるヴァンパイアに生々しいまでの好意を抱いていたがそれ以上に心酔していた。命を救われたのもあるがヴァンパイアの恐怖を抱くほどの美しさに惚れ込んでおり自分のような平凡で下賤な存在が触れてはならないと思うほどだ。

 

 まあそれはそれとして下僕にとってヴァンパイアは容姿性格その他諸々好み過ぎて妄想に耽ってしまうのだが。

 

【な、何故自分の考えがバレているんだ……!? 確かに御主人様は察しのよい聡明なお方だが……】

 

「……実はのう。今まで黙っとったのじゃがわらわ、心が読めるのじゃ」

 

「え」

 

「だからお前の考えていることなどぜーんぶお見通しじゃ。死にかけたお前がわらわを【最後に美しい方に出会えてよかった】などと思うから戯れに拾ってしまった。そのまま下僕にしてこき使ってもお前ときたら不満の一つも言わず延々とベタ褒めし続けおってからに。気まぐれの暇つぶしだったはずが本気になってしまったではないか」

 

 ヴァンパイアはトドメとばかりに下僕の膝に座り無防備な首筋を甘噛みする。すると下僕は体を仰け反らせ嬌声にも似た声を発する。

 

「△□☆%$#¥>¥々仝ゝゞヽ〃〜!?」

 

「わらわが欲しいのじゃろう? その卑しい雄を猛らせておいて認めぬとは何様のつもりじゃ?」

 

 ヴァンパイアが卑猥な言葉を発した事に興奮したのか、言葉責め自体に興奮したのか、それともこの状況そのものに興奮したのか。下僕の雄は高らかに反応していた。その象徴を指摘すると下僕は頬を紅潮させながら脳内でめちゃくちゃピンクな妄想を捗らせていた。

 

「あ……うう………これは生理現象でして……なのでその……」

 

「………………あーもうやかましい!! 四の五の言わずに覚悟を決めて抱けぇ!!」

 

 自らの欲望を認めようとしない下僕に業を煮やしたヴァンパイアは結局痺れを切らして豪快に襲いかかりなんだかんだむちゃくちゃセッ○スしたのだった。

 

 

 

 

「あ、あのっ。御主人様っ。御身体は大丈夫でしょうか!?」

 

「処女じゃあるまいし平気じゃ。まあ、久々であったからちと疲れたが」

 

「ではお飲み物をお持ちしますね」

 

「いや、いらん。飲み物ならあるからの」

 

 気まずいのか奉仕作業をしようとする下僕の腕を掴みカプリと噛みつく。喉を鳴らしながら飲む血はヴァンパイアにとって何よりの御馳走であった。

 

「んっ……♡ やはり運動の後の一杯は格別じゃの。やる気が漲ってきたわい。………おや。お前は別のヤる気が漲ってきたようじゃの?」

 

「うう……まだ若いんですよ自分は……」

 

「ほーう? それはわらわが年寄りだと?」

 

「あ、いえそんな事は……」

 

「ふん。なら今度はわらわが上になってやろう。絞り尽くしてくれるわ」

 

「えっ、あのっ…………ぎゃー!!」

 

 その後何時間か経ってからツヤッツヤになったヴァンパイアとげっそりした下僕が部屋から出てきたそうな。

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

「心が読めるからこそストレートな好意にもどかしい思いをする年上のじゃロリヴァンパイアと傍にいられるだけでいいと綺麗事を言ったものの主に劣情を抱いてしまい罪悪感を抱きながら心の内で発散していた下僕……興味深いデータが取れたな。あいつの持っていた本には無い属性だった」

 

 読心術の取得という当初の目的を果たしたうえに二組目の立候補者が現れ魔族は上機嫌だった。

 

「しかし……愛を知るための手段がこの方法で本当にいいんだろうか……だが二組とも幸せそうだったし間違いではないのか……?」

 

 これでいいのだろうか……と疑問に思いつつなんだかんだ繰り返し検証を続けた結果──両片想い男女拉致くっつけヒャッハーモンスターに自分が変貌する事を彼はまだ知らない。

 

 

 



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十五組目 〜賭博師と占い師〜

前話の下僕とヴァンパイアの絡み少なくね?と思ったのでちょっと書き足しました

前話の前書きにも書きましたが念の為こっちにも書いておきます
(大幅な加筆ではないですが事後描写とか増えてます)

ふと気になったのですがどのカップルが好きかアンケート取ったらどうなるんでしょうね
割とバラけそうです
20組目くらい書いたらアンケしてみたいですね





 

 

 

「このバカタレ!! 見え見えなボッタクリに騙されやがって!!」 

 

「ほぎゃー! ごめんなさいごめんなさい!」

 

 町中で怪しげな壺を抱えた占い師の女を叱りつけているのは賭博師の男だった。

 

「またやってるよあの二人」

 

「よく飽きないわよね。なんだかんだ仲いいのかしら」

 

 が、街の住民にとってそれはもはや生活の一部のようなものだった。特に誰が窘めることもなく占い師は正座をしながら賭博師の説教を聞いていた。ちゃっかり汚れないよう下に敷く布を用意している辺り占い師にとってもそれは日常なのだった。

 

「はぁー……最初はこんな腕のいいやつがフリーでツイてるぜと思ったんだがなぁ……」

 

 占い師は占いの命中率が高いことで評判がよかった。そこで賭博に役立つかもしれないと賭博師が話を持ちかけコンビを組んだのだが二人の始まりだ。だが想定外な事にこの占い師、めちゃくちゃ騙されやすいのである。人が良いといえば聞こえがいいが主人がオオアリクイに殺されて……と泣く女性に「なんと!? それはお気の毒に……」とコロッと騙されるほどのアホだった。その時は賭博師が傍にいたので何事もなかったがマジかこの女……と戦慄したのは記憶に新しい。

 

「ごめんなさいぃ!! 捨てないでくださいっ……!!」

 

「ああもうしがみつくな! 俺がグズ男みたいじゃねえか!」

 

 傍から見るとガラの悪い男に泣きながら足元に縋り付く女なのでヒソヒソ後ろ指を指されるような光景である。もっともそれもいつものことなので誰も気に留めていないが。

 

「貴方にまで見放されたら私みたいなゴミは一人ぼっちになっちゃいます〜!」

 

「……はぁ……分かったから離せ……お前をゴミなんて思ったことねえから……」

 

 泣いて自分を卑下する占い師に賭博師はため息をつきながら手を引き立ち上がらせる。

 

「なんですぐお前は騙されちまうんだよ。今回のその壺だって見るからに偽物だし値段に釣り合わないだろ」

 

「たしかに高すぎるようなー、とは思ったんですけど……妻に先立たれ病気の息子さんがいるって……あと私しか頼れる人がいないと……」

 

「あの商人独身だぞ」

 

「ええ!?」

 

「巷で有名な詐欺師だ。手配書もあるだろうが」

 

「ほんとだぁ!?」

 

 賭博師が呆れ気味に壺を売ってきた男と同じ顔の手配書を渡すとなんとぉ!?と面白いくらいに占い師はオーバーリアクションな反応をする。

 

「お前よくそんなんで生きてこれたな……」

 

「うう……悪運だけは強いんですよ。お金がすっからかんになったら占いで稼げますし! 私凄腕占い師ですしおすし!」

 

 と胸を張る占い師がイラっときた賭博師はドヤ顔娘の額にデコピンをする。するといだい!! と占い師の奇声が発せられるのだった。

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

「大当たりでしたねえ」

 

「俺の腕があれば当然だ」

 

 壺の分の金を回収すべく向かった先のカジノで大儲けをし賭博師と占い師は上機嫌に歩いていた。その手には金品で一杯になっている。

 

「これもあのカジノがいいと導き出した私の占いのお陰ですね!」

 

「バーカ。俺の直感と駆け引きの上手さもだ」

 

「ふっふっふっ。そうですね〜。私達はゴールデンコンビですよ〜」

 

「ったく卑屈なんだか調子いいんだか……」

 

 沢山儲けたのが嬉しかったのか水晶玉片手に得意げに回る占い師を賭博師は呆れつつも眺めていた。

 

「私達も大分儲けましたけど……あの人凄かったですよね」

 

「顔に傷のある男のことか? いやー、あいつは凄かったな。気迫があるというか……『持って』た。数いるギャンブラーの中でもトップに入ると自負する俺ですらヒクほどの賭けっぷりと勝ちっぷりだった。あれでプロじゃねーんだから参るわ」

 

「最後の大一番に勝った時これで自由になれるぞって叫んでましたね! なんかドラマがありそうでちょっと感動しちゃいました」

 

「惚れた女の為だったんだろうな……そういう面してたぜ。末恐ろしいまでの執念だなありゃあ。こっちまでアツくなっちまった」

 

 先程までいたカジノでのとある男の死闘を思い出し盛り上がる二人。普段行かないような高級な飲食店にでも行くかとゴキゲンに話していると突如周囲が光り賭博師と占い師はその場から姿を消した。

 

 

 

 

『セッ○スしないと出られない部屋』

 

 ピンク一色の内装。妙に整った設備。ハートマークのキングサイズなベッド。そして掲げられている『セッ○スしないと出られない部屋』の文字。それらを視認した二人は手荷物を落としかけ慌ててベッドの上へと下ろした。

 

「どどどどどういうことですか!?」

 

「知らねえよ!」

 

「ハッ……ま、まさかここが今日の占いにあった【桃色の空間で愛を見つけるでしょう】の場所ですか!?」

 

「いやだから知らねえって。つーかそれ初耳だぞ」

 

 普段は「今日のラッキーカラーはゴールドですよ! 成金もビックリのギラギラの腕時計を着けましょう!」など具体的な占い内容を聞いてもいないのに話してくるのだが今回は伏せられていた事を問いただすと占い師は若干気まずげに視線を泳がせた。

 

「だって今日はピンクの空間で愛を見つけるみたいですよー、って言ってもついに可笑しくなったかって言うじゃないですか! ヘタしたら病院に連れてかれるやつですって」

 

「……まあ、確かに」

 

「しかしアレですね……今回の占いはハズレだったようです」

 

「何でそう思う」

 

「だってこの場にいるの私しかいないじゃないですか。私なんかと愛が生まれるわけないです」

 

「……そうかあ?」

 

「そうですよ。……ここにいるのが妹ならともかく」

 

(また『妹』か)

 

 占い師が卑屈な理由。それは彼女には優秀な妹がいるからだ。

 

 代々続く由緒正しい家系に生まれた彼女は優れた占い能力を持っていたが妹はそれを遥かに上回る桁外れの能力──予言とも言える先見の力を有していたのである。最初は目を掛けられていた占い師だが妹の能力が判明すると周囲は自分に向けていた期待や投資を妹にするようになった。

 

 それは両親さえもそうであっという間に彼女は透明人間になったように周囲は無関心となった。神の遣いであり巫女になった妹。それに傅く大人達。

 

 その異様な光景に怯え、妹と家から逃げたのだと親しくなってから語られた事を思い出し賭博師はため息をつきそうになるのを堪える。今ため息をついたら占い師が悪いわけでもないのにごめんなさいと謝られてしまうからだ。

 

「……この部屋の噂、知ってるか」

 

「何かあるんですか?」

 

「好き合った男と女が連れてこられるんだと」

 

「はあ……」

 

 じゃあガゼですね、と言わんばかりの達観した表情に賭博師は苛立つ。何故、自分は好かれていないと確信しているのかと。

 

「お前、俺のこと好きだよな」

 

「はえ!? ず、ずず随分自信家ですね!? なしてそう思うんです!?」

 

「この前待ち合わせ場所で俺の名前呟きながら花占いしてたからな」

 

「あんぎゃー!? 聞かれてたんですか!?」

 

「『好き』になるように事前に花弁の数数えるのは占いじゃないと思うけどな。なんで水晶玉で占わなかったんだよ」

 

「だって欠片も好意を抱いていません、むしろ嫌いだって結果になったら立ち直れないじゃないですか!」

 

 なわけないだろと即答しそうになるのを賭博師は堪え、更に一歩先の言葉をぶつける。でなければ気を使っているんじゃといらない勘繰りをされるからだ。

 

「なら安心しろよ、好きだから」

 

「へっ?」

 

「好きだぜ。癪だけどな」

 

「癪なんです!?」

 

 心外なと怒る占い師に賭博師は肩をすくめる。ヤレヤレだ、と言わんばかりの仕草に占い師は頬を膨らませた。

 

「だって面倒だからなお前。自信過剰のくせに自己評価地の底、騙されやすい上アホ、調子にノッたかと思えば自分ゴミなので……とか言って落ち込む。滅茶苦茶めんどくせえ」

 

「うわーん! そこまで言うことないじゃないですか! 事実ですけど!」

 

「ま、その面倒臭さに惹かれちまったんだよな」

 

「ええ……普通もうちょっとポジティブな理由で好きになるのでは……?」

 

「じゃあ聞くがお前は俺のどこが好きなんだよ。自分で言うのもなんだが俺は身勝手だしケチだしそこそこにクズだぞ」

 

「本当に自分で言うことじゃないですね……えっと……なんだかんだ懐に入れた相手には面倒見よくて優しいところとか好きです。私みたいな人間を見捨てずに構ってくれますし……」

 

「お前、面倒だけどオモシレー女だからな」

 

「……うう。……でも私は……あなたに好かれる価値がある人間なのかと思ってしまうんです。もしかしたらあの時の両親や大人達みたいに心変わりしてしまうのではないかと……ごめんなさい……」

 

 信じ切る事が出来ないのか不安げに瞳を揺らす占い師を受け止めるように賭博師は真正面から見つめる。

 

「そんなに不安なら賭けようぜ」

 

「へ?」

 

「俺がお前に愛想つかすかどうか。俺は一生傍にいる事を賭ける」

 

「……その賭け、私が負けたらどうなるんですか……?」

 

「そうだな。金じゃ納得できねえ。……お前の人生全てを貰おうか」

 

「え」

 

「俺が負ける事はねえから言う必要はねえな。ああ、これじゃ賭けにならねえや」

 

「あ、あのっ、それってどういう……!?」

 

「そういうことだろ」

 

「えー! そこ濁すんですか!?」

 

 自分に自信が持てないため直接言われても信じきれないかもしれない、でも言われたい。そんな面倒くさい自分自身にどうかと思いつつも占い師は賭博師に言葉を強請る。

 

「……知りたいか?」

 

「ハ、ハイ。もちろん知りた………ふぎゃっ!?」

 

 占い師がどこぞの郷土品の如くペコペコと首を縦に振ると賭博師が強引に占い師をベッドに押し倒した。

 

「──じゃあ教えてやるよ。沢山な」

 

「……ハヒッ」

 

 もはや語彙力が消失した奇声をあげ口をパクパクするしか出来ない占い師の心を賭博師は鮮やかに奪い去ってみせたのだった。

 

 

 

 

 

 

「えへへへへ」

 

「……」

 

「私こんなに愛されてたんですねえ。ふへへへへへ」

 

「おう……」

 

「もう、いつも素直じゃないんですから〜。このこの〜」

 

(うぜえ)

 

 じっくりと愛し合った結果、愛された実感が湧いたのか露骨に調子に乗って頭を肩にグリグリしてくる占い師に賭博師はイラっとしていた。

 

(ここで違えって言ったら「……あ、そうですよねすみません……」って一気に急下降しやがるんだろうな……めんどくせえな……)

 

 と思いつつも占い師の頭を撫でる。するとまるで犬のように気持ちよさそうにするので何度も撫でた。

 

(前はこんな面倒な女タイプじゃなかったんだがな……これも惚れた弱みになるのかね)

 

 賭博師は甘えるように擦り寄ってくる占い師を抱き寄せ唇を重ねるとビクンと分かりやすいくらい体が跳ねた。さっき山ほどしただろうがと賭博師がからかうと占い師は先程までの喧しさは嘘のように真っ赤になって俯く。

 

「……よし。今度からお前がネガティブ入ったり調子ノッた時は口塞ぐか」

 

「ええええ!? 心臓保たないですよ!?」

 

 賭博師の爆弾発言に更に顔を真っ赤にして抗議する占い師なのであった。

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

「自己肯定感の低い娘にオレオレな男が肯定しつつも強引に迫るのでしか摂取できない栄養素があるー!!!!!!!」 

 

『そうですか』

 

 魔族のいつもの発作を水晶玉は華麗に受け流す。受け流しつつも内心まあ、分かりますけど……と思っている辺り着実に染まってきているのだが。

 

「いいですないいですな。最高ですな!!」

 

『お気に召したようで何よりです』

 

「なんか冷たくなーい?」

 

『私は水晶玉ですから。触れれば冷たいかと』

 

「まさかの物理なやつぅ。それボケなのそれとも皮肉なの? ……それにしても水晶玉クン以外の水晶玉を見るの久しぶりですな。あっちも大事にされているのかツルツルつやつやで綺麗ですぞ」

 

『……』

 

「ん? 何か気になる事でもありましたかな?」

 

『あの占い師の水晶玉より私の方が魔力的にも石の質的にも優れています。あとこうして対話も可能ですが』

 

「何で対抗心燃やしてるの水晶玉クン!?」

 

 なんだかんだ冷たい物言いをしつつも魔族の事が大好きな水晶玉なのであった。



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十六組目 〜鍛冶師と小人〜

ドワーフの平均身長を調べたところ120cm~150cm程度らしいのでそのへんを想定しています。

意外と身長ある方なんですね……小さいけど。




 

 

 

『セッ○スしないと出られない部屋』

 

 掲げられた文字とピンクの異様な内装の部屋に2mは超える大男である鍛冶師の男と対照的に背が低くずんぐりむっくりな体型の女ドワーフが立っていた。二人は師弟関係であり仕事終わりに鍛冶師の家で酒を飲んでいたはずが突然謎の光に包まれ気がつけばこの部屋にいたのだ。

 

「はあ!? こんなデカブツのブツが入るわけねえだろ!!」

 

「し、師匠……そういうことはあまり言わない方が……」

 

 鍛冶師の股間を指差し叫ぶ女ドワーフに鍛冶師は頬を赤らめながら窘める。鍛冶師は人間と巨人族の混血児であり体躯が人よりも大きかったのだ。純粋な巨人族に比べると小柄だが。

 

 鍛冶師の言葉に女ドワーフは「どうせオレとお前しかいねえんだからいいだろ」と荒々しく手に持っていた槌で部屋の壁を叩くがヒビ一つ入らないので舌打ちをした。

 

「チッ、無駄に固え。こりゃ壊すのは無理だな……お前もやってみろ」

 

「はい。セイッ!!」

 

 部屋は巨躯から繰り出される怪力による攻撃もビクともしない。その鉄壁の守りに耐久性は抜群ですね……と鍛冶師は項垂れる。

 

「お前の馬鹿力でも駄目なのか……ん? そういえば確かにお前はデカブツだが……アレまでデカいとはかぎらねえな。実際どうなんだよ」

 

「師匠……酔い過ぎ……」

 

 酒が回っているのか普段以上に口が悪い女ドワーフに鍛冶師は照れつつも股間を手で隠した。ズボン越しとはいえジロジロと見られるのは恥ずかしいものだった。……意識している異性なら尚更だった。

 

「いいじゃねえかよ減るもんじゃねえ。どれどれ」

 

「わあ!?」

 

 そんな鍛冶師の複雑な男心を察することなく女ドワーフはぐいっと鍛冶師のズボンを引っ張り中を覗き込む。

 

「…………」

 

 そして無言で引っ張るのを止め、ベッドに座り込んだ。あ、コレ無理だわと明後日の方向を向きながら。

 

「……臨戦態勢になったら縮むような特殊体質だったりしねえか」

 

「どんな体質ですか。……普通に大きくなりますよ」

 

 こんな事言わせないでくださいよと鍛冶師は色んな意味で涙目になるがそれは女ドワーフも同様だった。ドワーフという種族は基本的に小柄であり比較的大きい方の自分でも受け止められないのではと戦慄していた。

 

「とはいえこのままここに骨を埋めることになるのはヤだな。依頼もあるし。……うし、覚悟を決めるか。脱げ」

 

 女ドワーフは冒険者達に武器を作ったり修繕するのを仕事としており今も複数の依頼をこなしていた。弟子である鍛冶師もその手伝いをしている。口は悪いが職人としての矜持を持つ女ドワーフはまるで戦いに赴くが如く険しい顔で服を脱ぎだした。

 

「師匠!? だ、駄目ですよ! 自分の事は大切にしてくださいっ!」

 

 女ドワーフの豪快な脱ぎっぷりに鍛冶師は咄嗟に目を逸らす。しかし目を逸らした先に女ドワーフの衣服が落ち逆に煽るような形になってしまっていた。

 

「オレの仕事を待ってる奴らがいるからな。四の五の言ってられねえ。 ……まあ、お前は嫌だろうけどな。こんなずんぐりむっくりな女」

 

 最後に出た引け目を含ませる言葉にそれまで慌てた様子の鍛冶師はピタリと動きを止める。

 

「……そんなことないですよ。僕は……師匠の事好きですから」

 

「は!?」

 

「こんな時に言うのも変かもしれませんが人として……いや師匠はドワーフなので厳密には人じゃないですけど同じ職人として尊敬してますし女性としても魅力的に思っています」

 

 普段気弱でうだつの上がらない鍛冶師からの突然の告白にそれまで覚悟を決めながらもあっけらかんとしていた女ドワーフは段々と赤くなり近くにあった布団に包まる。自分が魅力的だと言われ後から羞恥心が芽生えてきたのだ。

 

「な、なんだよ急に……調子狂うじゃねえか」

 

「……師匠こそ僕が相手とか嫌じゃないんですか。こんな図体だけデカい奴。覚えも悪いし力加減がヘタでいつも叱られてますし……」

 

 言うだけ言って後から自信なさげに俯く鍛冶師に女ドワーフは布団に包まったまま近づく。

 

「……アホ。好きでもねえやつに抱かれる覚悟を決めるほど軽い女じゃねえんだよオレは」

 

「えっ」

 

「もしお前以外だったらぶっ殺してでも外に出てるぜ」

 

「ぶ、物騒ですね」

 

「自分が死ぬのはゴメンだからな。……オレのこと本当に好きなのか? オレかなり口も悪いだろ」

 

「でもなんだかんだ優しいですよ師匠は。叱りながらもどうすればいいのかちゃんとアドバイスくれますし」

 

「……チビだし」

 

「ちょこちょこして可愛いです」

 

「うっせ、背高のっぽ。……オレは………」

 

「はい」

 

「オレ……髭生えてねえんだぜ!?」

 

「あ、はい……それは別に気にしてないというか……生えててもいいですけど」

 

 ドワーフ族にとって髭とは毛髪と同等の価値があり誇り、そしてドワーフという種の象徴でもある。それなのに大人になっても髭が生えない自身を女ドワーフはコンプレックスに思っていた。

 

 もっとも鍛冶師本人は基本的に感性は人間のものなので特に気にしていなかった。まあ立派な髭が生えててもサンタみたいで可愛いだろうなと思えるくらいにはベタ惚れであったが。

 

「……オレ達両想いってやつなのか?」

 

「み、みたいですね」

 

「「………………」」

 

 気まずい、けれど甘い沈黙が二人を包む。長年の師弟関係から発覚した事実に二人とも困惑半分嬉しさ半分だった。

 

「えっと……どうすんだ? 景気づけに一発ヤるか?」

 

「そんな飲みに行くみたいに」

 

「仕方ねえだろ! 酒抜けてきて恥ずかしいんだよ! 勢いで押し切るしかねえだろ!」

 

「……まあ気持ちは分かりますけど。……本当にいいんですか? さっきから色々限界なので師匠がいいなら遠慮なく抱きますけど」

 

「お、おおおおう! 来いや!」

 

 と布団を下ろし全裸のままベッドに豪快に寝転がる女ドワーフであったが鍛冶師の臨戦態勢になっていた凶悪なソレに怯んだり、鍛冶師の入念な『準備』にヘトヘトになりながらバチクソに抱かれるのであった。

 

 

 

 

 

 

「おい……自分で歩けるって」

 

「足腰ガクガクじゃないですか。駄目です」

 

「そんなことねえって。それより恥ずかしいんだよ。お姫様抱っこって歳でもねえし」

 

「僕がそうしたいんです。……ふふ。あの時の師匠、可愛かったですね」

 

「うっせ。調子に乗りやがって……」

 

「そういうつもりではないですが……自信はついたかもしれません」

 

「……アホ」

 

 口ではそう言いながら甘えるように身を委ねる女ドワーフとそんな女ドワーフを大切そうに抱える鍛冶師なのであった。

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

「ちょっと体格的に大丈夫か心配だったけど無事済んでよかったですな。場合によってはサイズ調整的なサポートしようと思ってたけど」

 

『ドワーフの神秘を感じました。苦痛を感じさせないように鍛冶師の方が頑張った成果もあるでしょうが』

 

「まさに愛ですな〜。男勝りで粗雑なところのある女性がそういうことになると初心になっちゃって普段気弱だけどそういうことは割とガッツリ攻め攻めになる隠れ肉食系男子ってヨクナイ?」

 

『……性別が逆でもアリかと』

 

「あー、夜は弱々な俺様男と夜つよつよゆるふわ女子……それはそれで滾りますな……話せるようになってきたね水晶玉クン」

 

『……なんだか変な事ばかり学んでいる気がします』

 

「言えてるぅ〜。ごめんね☆」

 

『ウザいです』

 

「ストレートな罵声!? うう……まあ水晶玉クンの毒舌はいつもの事ですからな。気を取り直して次のターゲットの事を教えてくだされ」

 

『次該当するターゲットは…………………検索完了。蛇神とそれに仕える巫女です』

 

「おっと……インモラルな組み合わせですな! だがそれがいい! ついに神様をターゲットにする時が来ようとは……これは気合を入れて拉致りませんとな! ちょっと本気出すわ!!」

 

 魔族は軽く体操をして体を温めた後、何の躊躇いもなく他所の神と巫女を拉致る為の術式を展開させるのだった。

 

 

 

 



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十七組目 〜蛇神と巫女〜

 

 

 

「巫女様。どうか我らに導きを」

 

「巫女様。先視をしていただきたいと国からの依頼が」

 

「巫女様。私の未来をお教えください……!」

 

「巫女様」

 

「巫女様」

 

「巫女様」

 

 代わる代わるやってくる大人達。絶え間なく乞われる『未来』への先視。それらを淡々とこなしているのは代々占いを生業としている一族の末裔である巫女だ。巫女は幼い頃に『先視』という未来を凄まじい精度で感知する能力に目覚め一族の始祖、初代様の君臨だと祭り上げられてきた。

 

 厳しい修行に多忙な毎日。その事に思うところが無かったわけではないが大人になった今ではそれも日常になっていた。

 

「やっぱり仕事の後のポテチは格別だわ」

 

 巫女の住む家に帰ったあとゴロゴロとポテチを貪る程度には息抜きという名の堕落を覚えていた。そこには神秘性の欠片もない。

 

「巫女服のままポテチを食うでない! 汚れたら染みになるだろうが!」

 

 完全にオフモードでパリポリと巫女装束を着たままポテチを貪っていた巫女を叱る者がいた。巫女と対照的な白髪に金の瞳を持つその者は蛇神。巫女が仕えている主である。

 

 蛇神が長い年月の果てに信仰が薄れ消えかけていたところに巫女と出会い契約を交わした事で形を得ていた。

 

 蛇神は麗しい人の姿をしており肌の所々に銀色の鱗が生えていた。もっとも巫女を叱るその姿はオカンそのものである。

 

「全く誰が洗濯すると思っているんだ。寛ぐにしても着替えろ」

 

「はーい」

 

「今脱ぐな! 我が部屋から出てからにしろ! 全く近頃の若者は慎みが……」

 

 蛇神の言葉に渋々巫女が頷き服を脱ぎ始めたため蛇神はくるりと背を向け部屋から出ようとする。

 

 蛇神が部屋の扉に手を掛けた瞬間、部屋全体に光が満ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋の光が消え周囲を見渡すとそこは別空間であった。見覚えのないピンク色の内装。ハート型の大きなベッド。そして『セッ○スしないと出られない部屋』と掲げられた文字。蛇神はあまりの突拍子の無さにポカンとしていた。

 

「ふーん。セッ○スしないと出られないんだって」

 

「おい。仮にも巫女が下品な事を言うな」

 

「どうして? セッ○スは下品な言葉ではないと思うけど。そもそもセッ○スは遺伝子を残すうえでも愛を伝えるうえでも必要なことでそれを卑猥だの隠すべきことだの言うのはセッ○スに失礼なんじゃない。だってセッ○スは「やかましい! 何度も連呼するな!」」

 

 窘める蛇神に巫女はマイペースな持論を展開すると蛇神は言葉を重ねて遮る。遮られた巫女は少し不満げにした後ゴロンとベッドに寝そべった。その間に蛇神は部屋の内部を調べるが出口が見つからず舌打ちをする。

 

「それでセッ○スするの?」

 

「するわけないだろうが!」

 

「……何をするわけがないの?」

 

「……何を言わせようとしているんだお前は」

 

「貴方が『セッ○ス』って俗物的な言葉を発するのが聞きたい」

 

「何を言っとるんだお前は……」

 

「あと貴方とセッ○スしたい」

 

「は?」

 

「やらないか」  

 

「やらんわ!!」

 

 巫女服を肌蹴けさせストレートに誘い受けする巫女に蛇神は断固拒否の姿勢を貫きそっぽ向く。しかしそっぽ向いた蛇神の耳が赤く染まっているのを巫女は見ていた。

 

「私じゃ嫌?」

 

「嫌も何もお前は巫女だろうが! 巫女が率先して純潔を無くそうとしてどうする!」

 

「私は先視が求められているのであって処女を求められているわけじゃない。そういう事もする渡り巫女とかいるし。それに相手が神だから寧ろ神事のようなもの。むしろ神聖。問題なし」

 

「お前の貞操概念はどうなっているんだ!?」

 

「至って普通。愛している人……いや、神か。愛している神様と結ばれたいだけ」

 

「……………………は?」

 

「好き。貴方のことが」

 

「はあ!? 何を血迷えばそうなる!?」

 

 表向きはクールで神秘的な巫女だが自分の前だけ見せるフリーダムな、甘えるような振る舞いに蛇神は自分に心を許しているのだと内心喜んでいた。しかしそれが自分への好意故とは欠片も思っていなかったので驚愕して縦長の瞳孔が丸く開く。

 

「ある日未来が視えたの」

 

「み、未来? 突然何の話だ?」

 

「ええ。貴方と私がこの部屋でまぐわっている未来」

 

「は……?」

 

「私今まで何でも視えていた。最初は凄い力だってはしゃいでたけれど何でも視えるってことは何でも知っているって事でしょう? すぐに楽しい気持ちが失せて退屈になってしまったの。でもある日突然自分の未来が視えた。一瞬視えたあの幸せそうな私と私に優しい眼差しを向けている知らない男の人の未来を視て……私、会ってもいない貴方のことを好きになった」

 

「お前、何を言っている……!?」

 

「私は必死になって一瞬見えた貴方の事を探した。外見から蛇の神様なのは分かったけどどこにいるか分からなくて資料を漁ったり先視しまくったのよ。やっとの思いで貴方を見つけて契約を交わし、傍にいてと縛り付けた。巫女なんて面倒な役割だってこなし続けた。あの未来のためにひたすら耐えたの。でもいつ、どこであの未来が訪れるのか分からなくて内心焦っていたんだけれど……やっと今日、その日が来た」

 

 巫女の告白と言うには強すぎる執着に蛇神は言葉を失う。告げられた言葉を咀嚼して、何とか飲み込む頃には時間がだいぶ経っていたが巫女は辛抱強く蛇神の返事を待っていた。

 

「我はこの部屋の主やお前の思い通りにならぬ」

 

「え? 私を抱いてくれないの? どうして? 私の事好きでしょう?」

 

「何故そうなる! 決めつけるな!」

 

「……え……? 未来が間違っていたってこと……? 私の事好きじゃないの……?」

 

 予知していたがために断られると思っていなかったのか巫女はガクリと肩を落とす。蛇神と結ばれるために続けていた努力が、未来への希望が間違いだったのかと涙まで滲ませている。

 

「……泣くことないだろう」

 

「だって……だって……」

 

「……はぁ……お前は愚直過ぎる。嫌いとは一言も言っていないだろうが」

 

「でも……私大切な人に嫌われてるし……神様だってそうなんじゃないかなって……」

 

「…………姉の事を言っているのか? 確かにあいつは家を出たがお前を嫌っているわけではない。ただ……これ以上共にいて己を嫌悪する事に耐えられないから離れただけだ。去り際もお前の事を頼みますと我に頭を下げてきた」

 

 巫女には年の近い姉がいた。幼い頃はとても仲が良かったが巫女が『先視』の能力に目覚めてからというもの大人達は妹である巫女の方に構いきりになり姉はおざなりにされてしまった。

 

 姉も優れた能力を持ってはいたが驚異的精度の未来予知たる先視ほどではなかったのだ。姉はごめんね、これ以上ここにいたら私は私じゃいられなくなるからと去り巫女は心に深い傷を負った。自分のせいで姉を追い詰めてしまったのではと姉から手紙が届く度巫女は思い悩んでいた。

 

「嫌いな相手に文など書かんわ。我とてそうだ。嫌いな相手に世話など焼かん」

 

「……じゃあ好きなの……? ならなんで抱いてくれないの……? あの時確かに私、貴方に抱かれる未来を見たのに……」

 

「……先視とは厄介なものだな。過程ではなく結果を先に見せるものだからどうしてそうなるか思考する能力を失わせている」

 

「……どういう事……?」

 

「我は好いた者に求められたからとはいえはい喜んでと抱くような獣ではない。そういった事は強制されてするものではないし心を通わせてからするものだ」

 

 蛇神は泣く巫女を抱き寄せる。その眼差しは人と神の垣根を超えた深い絆を感じさせる優しいものであった。

 

「……好き」

 

「そうか」

 

「私が伝えたんだからそっちも言って」

 

「……さっき言ったようなものだろう」

 

「ずるい。たった今私が新しい『好き』を言ったでしょ」

 

「……好きだとも。怠け者で、俗物で、面倒くさがりのくせに人々のためになんだかんだ頑張るお前のことが」

 

「なんか貶されてない?」

 

「貶しつつ愛でている」

 

「えー。100%愛でてほしい……」

 

「……いいのか? 今、この状況でそんなことを言って」

 

「……わっ……!? あれ……手を出さないのでは……?」

 

 甘えるように胸元に頭を擦り付ける巫女を蛇神はとさりとベッドに押し倒し覆いかぶさる。このままお預けな流れだと思っていた巫女は喜びつつも困惑していた。

 

「……気が変わった」

 

「もしかして誘ってたの意外とクリーンヒットして………えっ、顔赤いけどまさか図星……むぐっ!?」

 

 巫女のからかいの言葉は蛇神の長い舌によって塞がれなんだかんだ二人は濃密な時を過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

「……………………」

 

「どうした。呆けて」

 

「蛇の交尾が長いって本当だったんだなあと。あと本当に二本あった……」

 

「お前はまたそんな事を……」

 

「凄かった……凄く凄かった……」

 

「語彙力やばいぞ大丈夫か」

 

「うごけないからだっこ……」

 

「はぁ……仕方のない奴だ……」

 

 数時間どころか一日以上愛し合った二人は男は元気にキビキビと移動し、女は男に抱えられ脱力しながら部屋を去ったのだった。

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

「……すんごいものを見ましたな」

 

『はい……すんごいものでした……朝昼晩ずっと繋がってましたね……』

 

「ああいう男って一度手を出すと結構躊躇しなくなりますからな。これから巫女様は大変かもしれませんな」

 

『背中を押すどころか飛び膝蹴りしておいてその言い草……貴方様は本当にふてぶてしいというか……』

 

「まあね☆ しかし世の中狭いですな。姉妹揃ってこの部屋の拉致対象になるとは……」

 

『……これで共通の話題が出来ましたね。巫女の方が手紙で今回の事書くと思います』

 

「えっ、もしかしてわざとなの水晶玉クン!? やだ策士……恐ろしい子っ!!」

 

 どんどん情報を吸収し人の心を理解していく水晶玉に嬉しい反面ちょっとビビる魔族なのであった。



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十八組目 〜芸術家と葬儀屋〜

少しだけグロテスクな表現があるので注意(登場人物が酷い目にあってるわけではありません)


 

 

 

「さあ、お逝きなさい」

 

 黒い衣装を身に纏い衣装と同じく黒いヴェールで顔を覆った女が杖をトンと床に下ろす。目の前の男の死体がぼんやりと光り、光が粒子となって消えていく。それは男の現世に留まっていた魂であり未練であった。

 

「肉体よ。貴方もその役目を終えました。安らかに眠りなさい」

 

 女が柔らかい声で語りかける。すると肉体が黒の炎に包まれやがて骨となった。その様子に遺族達は息を呑む。ある者は恐れ、ある者は涙し、ある者は感心していた。

 

 それからしめやかに女は自らの役目を終え去る。女は死者を取り扱う葬儀屋だった。死者の姿を整え魂を死後の世界へと送る重大な役割を持っているのだが……。

 

「おいあの黒い服の女……」

 

「ああ、あれが例の。確かに陰気臭いな」

 

「ヴェールで顔まで隠してら。やべー顔なんかね」

 

「そもそも魂なんてものあるのかしら。インチキじゃないの?」

 

「バカ。呪われるぞ。あいつの悪口言ったやつが前腹を壊したらしい」

 

 いかんせん『死』を商売にしているため差別や無理解が多かった。加えてこの葬儀屋自体暗い性格のため誤解されっぱなしなのである。仕事終わりに表を歩いているだけで悪意と畏怖の視線がかのじょに突き刺さる。

 

(……うるせえ! ほっとけ! アタシを視界にいれるな話題に出すな! あと腹壊したのはアタシかんけーねえから!)

 

 そう怒鳴りつける度胸もないため葬儀屋はそそくさと人気のない路地へと早足で歩いていく。

 

 彼女は人間が嫌いだった。自分達では出来ない事を押し付けて後から好き勝手言う連中に嫌気が差していた。それでも仕事を続けているのは代々受け継いできた仕事であることと稀に感謝してくれる人がいるからだ。彼女の根は複雑にひん曲がっているが真面目なのだ。

 

(やっと静かになった……やっぱり一人が一番落ち着く。なんで早死しちゃうのよお父さんもお母さんも。引き継ぐのがアタシ以外居なくなっちゃったじゃない)

 

 根っからのボッチ体質の葬儀屋は裏通りを歩きながら流行り病で亡くなった両親に愚痴をこぼす。それが罰当たりで良くないことは分かってはいたがそうしないとやっていられなかった。

 

(次の依頼は一週間後。やっとゆっくりできるけど次の仕事は海難事故の被害者か……酷い事になってるんだろうな。体の原型が留めていなかったら遺族には見せずに骨に変えないと。あー、でもどんな姿でもいいから最後に一目見たかったって言う遺族だったらヤダなー。そういうやつに限って実際見たら吐くしなんで止めてくれなかったって喚いたりするんだよなー。下手したら慰謝料払えって言われるし………あー、面倒くせえ。何でこんなこと考えなくちゃならないのよ。人と関わるのホント嫌!!)

 

 勝手にマイナス思考を巡らせブチギレるという情緒不安定かつ器用な真似をしながら葬儀屋が人通りの少ない裏道を歩いていると後ろからポンと肩を叩かれる。それだけで葬儀屋は内心げっ、あいつだと辟易する。

 

「見つけた! 今暇か? よかったら一緒にご飯食べないか!?」

 

「……ど、どうも。……暇じゃないのでこれで………」

 

 陰気な葬儀屋と対照的に白い歯を輝かせながら太陽のような笑みを向けナンパしてくる男がいた。

 

 その男は以前葬儀屋が関わった仕事の遺族であり絵を描いたり彫刻を彫ったりと芸術関連の仕事をしている芸術家である。性格はハキハキとしており素直だが強引なところがあるまさに葬儀屋とは真逆の男であった。

 

 芸術家は葬儀屋の事を気に入っているようで事あるごとに声を掛けてきていた。最初はアタシと話していると変な噂が立つから止めたほうがいい、貴方や貴方の作品まで悪影響を受けるかもと警告していた葬儀屋だったが芸術家は「君自身も君の仕事も素晴らしい! よく知りもしないでつまらん事を言ってくる輩と関わらなくて済むならそれでいい!」と正面から言われてしまったのでなんだかんだ絆されていた。

 

 とはいえいつか離れていくかも……とネガティブ思考の葬儀屋は適切な距離を保とうと誘いを断りそそくさと離れようとする。しかし。

 

「君の仕事が一区切りついたことは知っている! 行くぞ! 美味い飯屋を見つけたんだ!」

 

「わぁ!? ちょっと!? てか何でアタシの仕事のスケジュール知ってるのよ!? 怖いんだけど!?」

 

 葬儀屋の嘘を見抜いた芸術家は葬儀屋を俵担ぎし飯屋へと強制連行する。じたばたと葬儀屋が藻掻くが絵の具や彫刻の材料を自ら産地に赴いて購入もしくは作る超アグレッシブ芸術家の筋力の前では無力だった。

 

 ……とはいえ本気で嫌なら魔法を使っているはずなのでそういう事である。葬儀屋は素直ではないのだ。

 

 

「うまいうまい!」

 

(うるせえ……確かに美味いけど……)

 

 連れてこられた飯屋はひっそりとした町外れにあり客は少ないもののメニューは豊富だし味は美味しかった。知る人ぞ知る穴場というやつなのだろう。いちいちうまいうまい言う芸術家に呆れながらもしっかりと葬儀屋は完食していた。今はデザートを食べているところである。届いたパンケーキに普段は死んだ目を輝かせて黙々と口に運んでいた。

 

「気に入ったようで何よりだ!」

 

「ま、まあ、美味しいけど……それでなんか用……?」

 

「いや、さっきも言ったように美味い飯屋を見つけたから君と昼飯を食べたかっただけだが」

 

「……それだけ? アタシとご飯食べたいなんて相変わらず変わってるわね……前飯が不味くなるから帰れって言われたじゃない。貴方は猛抗議してくれたけど」

 

 以前もこうして芸術家に誘われ昼ご飯を共にする事があったのだがその時客の一人にお前みたいな奴が近くにいると飯が不味くなる!出ていけ!と面と向かって言われ内心罵倒しながらも仕方がないと芸術家に詫びを入れて去ろうとしたら芸術家が抗議し口喧嘩の末文句をつけた客共々店の人に追い出されてしまったのだが。

 

(まあ散々口論した後飲みに行くあたりコミュ強よね。アタシといて楽しいのかしら)

 

 パンケーキのシロップと生クリームを満遍なくパンケーキにつけながら口に入れるとシロップの甘さとふわふわしたクリームとパンケーキのホワホワ感に至福を感じる葬儀屋。その様子を芸術家は嬉しそうに眺めていた。

 

「君といると幸福を感じるんだ」

 

「……っ……本当に変な人」

 

「……よかったらこれを受け取ってほしい」

 

 芸術家の言葉に葬儀屋の青白い頬がほんのり赤くしていると手を握られ何かを手渡される。手を開いて見るとそこには輝く宝石が嵌め込まれた指輪があった。

 

「え?」

 

「これからも共にいたいんだ」

 

「な、何言って……罰ゲームか何か?」

 

「真剣だとも。だからその想いを形にしたんだ。受け取ってくれないか」

 

 それは婚約指輪そのものだった。確かに何度かデートじみた誘いを受けることはあったが好きだと直接言われた訳でもなかったためどういうつもりなのだろうと思っていた葬儀屋だったがハッキリと好意を形にされ戸惑っていた。

 

(へ!? そりゃちょっとはこいつアタシの事好きなんじゃね?とか調子乗った事はあるけど本当に好きなの!? 趣味悪っ。こいつならもっと他に女いるでしょ! ……そうよ。もっと他にいい相手がいるわ。こんな後ろ指差されるような奴じゃなくても)

 

「……ごめんなさ──────」

 

 勇気を振り絞り芸術家からのプロポーズを断ろうとした瞬間、『させるか! 自分の気持ちに素直になるんですぞ!』と謎の男の声が聞こえたと同時に葬儀屋と芸術家は飯屋から姿を消した。

 

 同時にテーブルには『あ、これお代です』と謎のメッセージと料金よりも多めの金が置かれ店の者は混乱したという。

 

 

 

 

 

 葬儀屋と芸術家が目を開いた時、『セッ○スしないと出られない部屋』という文字とともにピンクの内装の壁や寝具が視界に映る。そこに出口はなく完全なる密室だった。

 

「は?」

 

「ふむ……プロポーズしたその日に合体は展開が早すぎるな!」

 

「言っとくけどアタシじゃないからね。こんな趣味の悪い部屋……」

 

「分かっているとも。多分噂のアレだろう。ということは……さっきの返事はOKということか! やった!」

 

 両片想いの男女を拉致しセッ○スさせようとする魔族がいる。そんなアホの極みの噂だが例の部屋に行ったことがあるという体験者がそれなりにいる事が確認されているため信憑性の高いものであった。芸術家は大はしゃぎして葬儀屋を抱きしめる。

 

「ちょっと! アタシまだ何も言ってないでしょ! それにあんまり近寄らないほうが……香の匂いもあるし」

 

「ふむ……いい匂いだ。俺は好きだぞ」

 

 綺麗な死体ならまだいいが中には粉々になったり腐乱して原型のとどめていない惨い時もある。そういった死体を整えて形だけでも綺麗にする際に血や腐敗臭が染み付くのを避けるため仕事時は匂い消しの香を纏うのだ。その香の匂いは独特で線香に似たものでやはり『死』を感じさせるものだった。その匂いを葬儀屋は割と気に入っていたのだが芸術家もそうだと知るとなんだかソワソワして落ち着かない気持ちになる。抱きしめられている、というのもあるが。

 

「どうしてアタシの事をそんなに……アタシは好かれるような女じゃないのに」

 

「そうだな……好意を持ったきっかけは祖父が死んだ時仕事で来た君と話した事だな。最初は葬儀屋というものに少しばかり恐れがあった。死人ばかりを相手しているおどろおどろしい連中だと周囲から聞いてしまっていたのもある」

 

「……でしょうね」

 

「そして君がやってきた。君は黒い衣服を身に纏い顔もヴェールに包んでいてまさに『死』そのものだった。儀式そのものも粛々と執り行う姿は死神のようだとも思った。だが同時に興味も湧いた。俺と同じくらいの年の女性がどんな気持ちで仕事をしているのかと。その答えが何にせよ作品に活かせると思ったんだ」

 

「あの時の質問そういう意図があったの? 本当になんでも芸術に結びつけるわね……」

 

「興味本位、好奇心。そんな不純な気持ちで君に近づいて訊ねた。どうして葬儀屋をしているのかと。そしたら君は言った。「家業だから。……でもそれ以外もある。今回の貴方の祖父の様に愛されて沢山の人に見送られる人もいるけれど中には一人寂しく死んだ人、事故で見るも無惨な姿で死んだ人、憎まれて殺された人。沢山の死がある。それらの死に平等に接しあの世に導くのがアタシの役目だから」と。その時に思ったんだ。なんて素晴らしい人なんだろうと」

 

 その時感じた想いを思い出しているのか芸術家は感極まったように頷いている。そんな芸術家に葬儀屋は過去の自分の発言に恥ずかしくなっていた。本心から言った言葉ではあるがカッコつけ過ぎたのではないかと黒歴史的にむず痒さを感じていた。

 

「そういえばまだ直接的な言葉を伝えていなかったな。好きだ! 結婚してくれ!」

 

「……っ……アタシ結婚したとしても今の仕事続けるわよ」

 

「問題ないぞ。葬儀屋としての君に惹かれたわけだからな。ただ仕事ばかりだと寂しいので休みも取ってくれ」

 

「……それアタシ側が言うセリフじゃない……? ……結婚するっていうなら浮気したら呪うから」

 

「いいぞ! その時はちょん切ってくれ!」

 

「そこまでしないわよ……はぁ。なんか馬鹿馬鹿しくなってきた……。分かったわよ。貴方に振り回されて平気な女なんて………アタシくらいのものでしょ」

 

「やった! 幸せにするぞ!」

 

 芸術家は葬儀屋を抱きかかえて部屋の中を犬のように走り回ると満足したのかベッドの側でピタリととまり葬儀屋を丁重におろした。

 

 二人は唇を重ね合うがまだ結婚の約束したばかりだしそういうのは早いわよ、と葬儀屋が躊躇うので一緒にベッドに横になるだけだったもののなんだかんだいい雰囲気になって若さが暴走しそのままゴールインするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「最高だった!!」

 

「感想はいらないのよバカ!! あーもう! なんで最後までしちゃうのよ! キスまでって約束だったはずでしょ!」

 

 事後の最初の一言がムードぶち壊しのものだったため葬儀屋は芸術家の頭を軽く叩くとぺちん、とへにょへにょした音がした。

 

「すまん! 我慢しようと思ったがムラムラして無理だった! だがなんだかんだ君も受け入れていたよな? 可愛かったぞ! あ、裸婦画描いていいか!? プライベート用にするから!」

 

「駄目に決まってるでしょ! バカ! 待ての出来ないおバカ犬!」

 

 そんな口論(?)をしながら二人はなんだかんだ仲良く部屋をあとにする。葬儀屋と芸術家の左手の薬指にはキラリと指輪が輝いていた。

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

「よし!! くっつきましたな!!」

 

『楽しそうで何よりです』

 

「闇属性の子をやかましいほど照らす光属性の子ってイイヨネー」

 

『闇属性の方が満更でもないのがいいですね』

 

「そうそう。なんか捻くれた事言ってもストレートな好意が返ってきてタジタジになるやつぅ〜。好き〜」

 

『わかりみ』

 

「!?」

 

『同意をする時の言葉ですよね? 合っていますか?』

 

「う、うん。合ってる合ってる。……水晶玉クンはどんどん成長していきますなぁ……嬉しいような切ないような……」

 

 何も話さなかった頃やカタコト喋りだった頃の水晶玉の事を思い出したのか感慨深げにする魔族。そんな魔族を尻目に水晶玉は次の被害者もといターゲット候補を検索していた。

 

『花屋の男とアルラウネが該当しています。花の魔物であるアルラウネと森で出会い時々密会しているようですがアルラウネが話せない事と種族の差からなかなか踏み出せないようです』

 

「ほうほう……話をkwsk!!」

 

 しんみりモードから両片想い男女拉致くっつけヒャッハーモードに切り替わった魔族は水晶玉に詳しい話を聞くのだった。

 

 



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十九組目 〜花屋と魔花〜

 

 

 

「おはよう」

 

「!」

 

 緑豊かな森の中で抱き合う男と女がいた。男は森から遠く離れた街の花屋であり女は一見普通の人間だがその正体は魔花アルラウネである。花屋が森に花を摘みに来た際に倒れていたアルラウネと出会い血を与えたところ懐かれ絆された花屋は何度も森に足を運ぶようになっていた。

 

 最初は緑の肌に裸の上半身に蔦や葉を這わせ下半身を花ビラで覆っていた魔物らしい姿をしていたアルラウネだったが血を飲ませる回数が増えるにつれ人間らしい姿へと変貌していった。血の情報から人間の姿を真似るようになったのだ。魔法で作った白いワンピースを纏い頭に美しい花を差し歩く度頭と同じ花を咲かせるその姿は魔物というよりは花の妖精のようだと花屋は思う。

 

(元々綺麗な娘だったけど……最近は本当に綺麗になったな)

 

 最初は花が好きだからと善意で弱っていたアルラウネに血を与えていた花屋だったが元気になっても血を与える続けているのは彼女自身に惹かれ逢いたいがため。純粋な善意から不純な好意に変化してしまった事を花屋は自己嫌悪しつつも逢いに行くのを止められなかった。

 

「♪」

 

 いつものように腕を差出し血を飲ますとアルラウネが手から色とりどりの鮮やかな花束を出す。魔花であるアルラウネは花を生み出す魔法が使えた。花屋が花を求めているのを知っているためアルラウネは血を貰った後に花屋に花をあげるのがお決まりのやり取りだった。

 

「ありがとう。いつも綺麗な花をくれて」

 

「♡」

 

 アルラウネは礼の言葉に応えるように花屋に抱きつく。アルラウネは人の言葉を話せないためボディーランゲージ……つまり身振り手振りで気持ちを伝えていた。こちらこそいつも血をありがとう、と。

 

(……駄目だなあ。彼女は純粋な好意を伝えてくれているのに僕は……)

 

 抱きつかれた体の柔らかさと間近にある麗しい顔に花屋の理性はグラグラと揺れている。情けない男だと自嘲しているとアルラウネは元気がないと勘違いしたのか頬にキスをしてくる。唇の感触と花の香りが更に花屋の心を搔き乱すのだが……アルラウネはニコニコとしている。

 

(もう逢わない方がいいのかな。彼女もどんどん人らしくなって他の魔物と関わらなくなってきてるみたいだし……)

 

 何度もそう思いながらも結局はコソコソと逢いに来ている辺り意志が弱いと自分を呆れていた。

 

「そろそろ帰るよ」

 

「……」

 

 花屋がそう言うとアルラウネはしょんぼりと肩を落とし抱擁を解く。それと同時に蔦を纏った手できゅっと花屋の手を握った。その行動は『行かないで』なのか『また来てね』なのか花屋には判断できず「また来るよ」と手を握り返す。するとアルラウネは寂しそうにしながらもコクリと頷いた。その瞬間───。

 

 辺りが白い光に包まれ花屋とアルラウネの姿が森から消えた。

 

 

 

 

 

「ここは…………ってごめん、急に強く抱きしめて」

 

「///」

 

 白い光に包まれた際に危険なものだと思った花屋は咄嗟にアルラウネを庇うように抱きしめていた。窮屈そうにしながらも照れた様子のアルラウネから離れ周囲を見渡すとそこは一面ピンクの謎の部屋だった。ベッドや台所、風呂場はあるものの窓も扉もないその部屋の目立つところに『セッ○スしないと出られない部屋』という文字とその文字の下に見たことのない言語が掲げられている。

 

「えっ」

 

「✧」

 

 花屋はその内容に唖然とし、アルラウネは瞳を輝かせた。対照的な反応をする二者である。

 

「いやそれは……困ったね……………………あれ? なんで嬉しそうな顔してるのかな?」

 

 爛々と瞳を輝かせるアルラウネに気づいた花屋は後ずさるがやがて壁が彼の後退を阻む。

 

「♡」

 

「え、もしかしてあの文字って魔族の言葉なのかな……? 同じ文字が書いてあったとか……?」

 

 発情しているようにも見えるアルラウネにもしやと問いかけるとアルラウネはコクンと頷く。つまりアルラウネは自分とセッ○スしようとしているのだと気づき花屋は両手をブンブン振って止めようとする。

 

「だ、駄目だよ! 僕達は友人……だろう!? そういう事は好きな人同士でするもので僕は君の事が好きだけど君はそういう『好き』じゃないだろ……わっ!?」

 

 花屋が自分との行為を嫌がっているのかと慎重に見極めていたアルラウネだが花屋の「君の事が好き」という言葉を聞いた瞬間、体の蔦を花屋に纏わせ一気に引き寄せた。両想い!?ならいいじゃん!! と言わんばかりの強引さである。

 

「えっ……なんか甘い匂いが……んっ……」

 

 花屋の周囲に甘い芳香が漂う。それはアルラウネが発する発情の香りである。つまり媚薬のようなもの。人間が耐えられる程度にまで効果を落としているものの媚薬に耐性のない花屋には一溜まりもなかった。手足を覆う蔦の感触でさえ甘美な快楽に変わってしまっている。

 

「まっ、まって、そんなっ……あっ……駄目だって……んあっー!!」

 

 アルラウネが触れるだけで花屋は淫らに声を上げる体になってしまった。そんな事が出来るアルラウネにああ、そういえば彼女は魔物だったんだっけ、と今更な事を花屋は思う。それから為す術もなく花屋はアルラウネの『捕食』されてしまうのだった。

 

 

 

 

 

「……」

 

「♡♡♡♡♡♡」

 

「あはは……すっかり美味しくいただかれちゃったなあ……」

 

 アルラウネにあらゆるものを搾り取られ脱力する花屋であったが嬉しそうに頬ずりしてくるアルラウネを見たら愛しさが込み上げてくる。人と魔物という今までの葛藤が全て吹き飛んでしまっていた。

 

「こうして森に通うのも好きだけど……もう離れたくないや。君がよかったら一緒に暮らさないかい?」

 

「!!」

 

 花屋の提案にアルラウネは首が取れてしまうのではないかと思う勢いで何度も頷きその提案を受け入れた。

 

 それから花屋とアルラウネは結婚し『花が花を売る花屋』として街に愛される店となったのだった。

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

「男の触手プレイ……それはそれで」

 

『何でもいいんですね本当に』

 

「愛故のプレイなので」

 

『両想いでなかったら大惨事でしたがまあそうですね……』

 

「それにしてもあそこまで人間に擬態するとは……本当にあの花屋の男が好きなんですなあ。街に住むようだし」

 

『言葉がなくとも通じ合う事が出来る……素晴らしい事だと思います』

 

「それな!! あ〜尊いんじゃ〜。 まあその手段が若干手荒だったけど丸く収まればヨシ!!」

 

 誰のせいですか誰の、と出かかった言葉を水晶玉は飲み込む。

 

(……人間に擬態……それが出来たら私ももっとお役に立てるでしょうか)

 

 まるで人そのものに変化したアルラウネを横目に見ながら水晶玉は密かにそんな事を思うのだった。

 

 

 

 



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二十組目 〜冒険家と探検家〜

若干紛らわしい組み合わせになっちゃいましたが違う役職です

冒険家が宝とか集めたり伝説を確かめる感じで探検家はマッピングとかその土地の生態を調べる……みたいなニュアンスで書いてます


 

 

 

「ねえ。記憶にずっと残り続けるにはどうしたらいいかしら」

 

 ベッドに横たわる女がいた。白く長い髪。病的なまでに青白い肌。やせ細った体。一目見ただけで死期が近いのだとの分かるほど弱りきっているのが分かる。女はおどろおどろしい表紙の本を持っておりその瞳はどこか狂気じみている。

 

「私はもう長くないのでしょう? 他の医者にも散々言われた言葉だけど……最近は自分でも確信しているの」

 

 白髪の女は傍にいる従者らしき女に問いかける。従者は項垂れはいと頷いた。白髪の女は従者に礼の言葉を述べどこか遠くを眺める。

 

「……私が死んだら……あの人は悲しむかしら」

 

 白髪の女が腕に抱えていた本を布団の上に置き表紙を眺める。その本には『魂の転移』と書かれていた。

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

『……今のは一体……?』

 

 これまで収集した映像とは異なる、見たこともない映像が流れ込み水晶玉は戸惑いながらも該当する映像を探す。だがデータベースのどこにも見当たらない。

 

 だがデタラメな情報ではない。と、証拠もないのに確信していた。知らない情報なのに知っている。たまにあるその謎の現象に水晶玉は不思議に思いながらも受け入れていた。

 

「水晶玉クン。今大丈夫ですかな?」

 

『あ、はい。問題ありません。……あの』

 

「なんですかな?」

 

『いえ、なんでも』

 

 これまで沢山の人や魔物を見てきたが自分のように話す水晶玉は見かけなかった。自分が一体何なのか。何故意思を持ち、話すことが出来るのか。それ口にする事は出来なかった。

 

『次のターゲットのお話ですか?』

 

「うん。どんな子達にしますかな〜、悩みますなあ」

 

『只今検索します。…………結果が出ました。今回は───』

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

『セッ○スしないと出られない部屋』

 

「はあ!?」

 

「ええっ!?」

 

 ダンジョンでお宝を探すべく探索していた冒険家の男と探検家の女は突然連れてこられたピンクの謎空間に驚愕していた。

 

「なんですかこれ!? 隠し部屋的なやつですか!?」

 

「いや……どう考えてもお宝は無さそうだぞ……というかこの部屋って……!」

 

 あたふたする探検家に落ち着けと窘めつつ冒険家はリュックから雑誌を取り出す。

 

「……やっぱり例の部屋じゃねえか! 実在すんのかよ!」

 

「えっと……例の部屋って……?」

 

「このページ読んでみろ」

 

「えっと……『セッ○スしないと出られない部屋。それはとある魔族が創り出した強制性交空間である。その部屋にセッ○スしても構わないくらいに想い合った男女が拉致され……』 ええええええ!? なんですかこの記事と内容! これじゃ私と貴方がらぶらぶみたいじゃないですか!」

 

 魔族が創り出した強制性交空間というだけでも胸焼けしそうな情報であったがセッ○スしても構わないくらいに想い合った男女が拉致されるという雑誌の記述に探検家は真っ赤になって冒険家の方を見る。すると冒険家も同様に顔を赤く染めていた。

 

 冒険家と探検家は一年ほど前に出会った。ダンジョン初心者だった探検家がダンジョン内で遭難し泣いていたところをベテランだった冒険家が助けたのだ。

 

 危険を承知で様々なところへ向かう冒険家。

 

 前人未踏の地へ調査に赴く探検家。

 

 同じ『未知』というロマンを追い求める調べる職業である事、豪胆かつカンが鋭い感覚派の冒険家と繊細かつ理論派な探検家の真逆な性質が逆に相性がよくコンビを組んでいた。

 

 相反する性格なため反発する事もあるが互いの良さを分かっているため大きな喧嘩にはならず仲良しな二人組である。共に過ごすうちに内心仲間としてではなく異性として意識している事が増えどうしたものかと互いに一歩踏み出せなかった二人だが強烈過ぎる後押しに逆に固まってしまった。

 

「えっ。やめてくださいよこの初々しい感じ。調子が狂うじゃないですか」

 

「お前だって真っ赤になってモジモジしてるじゃねえか!」

 

 軽口を言い合いつつも二人の視線は掲げられた『セッ○スしないと出られない部屋』という文字に行き着く。

 

「ほ、他に手段がないか探しましょう! 私達は冒険家&探検家! 手順通りに進むのも大切ですが他の道を探すのも仕事です!」

 

「そ、そうだな!」

 

 互いに意識しまくりな中部屋の探索は続けられたが魔族の絶対的な密室に抜け穴はなく二人は困り果てていた。

 

「「…………」」

 

 脱出の手がかりが見当たらず休憩しようとベッドに腰掛ける二人の間に気まずい雰囲気が漂う。というのもそのベッド自体がハート形でそういう事しますよ〜と全力で主張してくるからである。

 

「なあ」

 

「はい。なんでしょう」

 

「……お前男と寝たことあるか」

 

「……な、何聞いてるんですか! セクハラですよ!?」

 

 冒険家の爆弾発言に探検家はジトリと非難の眼差しを向ける。冒険家は怒る探検家にまあ落ち着けと制しながら言葉を続けた。

 

「最終手段だが……必要な情報だろうが」

 

「そ、それはそうかもですけど……! そういう貴方はどうなんですか!」

 

「俺は昔ヤンチャしてたからな。遊びまくった」

 

「ふーん……ああ、そういえば行く先々で綺麗な女の人と知り合いでしたもんね。モテる男は辛いですねー」

 

 冒険家の雰囲気からなんとなく察してはいたもののいざ本人の口から『女』を知っていると言われると無性にムカムカして棘のある言い方になってしまう。可愛くない反応しちゃったなと探検家が落ち込んでいると冒険家はむしろ嬉しそうに笑っている。

 

「なんだ妬いたか」

 

「は、はあ!? なんで私が貴方の女性遍歴聞いてヤキモチ妬くんですか! 別に私は……私は………………………………」

 

 別に貴方の事なんて、と言うつもりだったはずなのにその言葉が喉に突っかかって出てこない。どうしようと困った探検家は枕を抱えて誤魔化すようにゴロンと寝そべる。

 

「お前は本当に分かりやすいな」

 

「……」

 

「お前とコンビ組んでからは女遊びはやめたんだ」

 

「……どうしてです?」

 

「女といるよりお前といる方が楽しかったからな」

 

 探検家に寄り添うように冒険家もベッドに寝そべる。子どもをあやすように頭を撫でられ探検家は唇を尖らせつつもされるがままにしていた。

 

「なんですかそれ。私だって女なんですけど」

 

 まるで女扱いされてないような物言いに探検家は枕から顔を出し冒険家を睨む。とはいえ探検家の顔立ちはどちらかというと幼い方なので睨んでも仔猫の威嚇程度の可愛らしいものだった。

 

「分かってるさ。ただ……人って本当に大切なモンには臆病になるもんなんだな」

 

「……? なんの話ですか」

 

「お前が好きって事だ」

 

「へっ……!?」

 

「昔の女にも言われたよ。アンタが手を出してないなんて信じられないってな」

 

「……どんだけ手を出すの早いんですか貴方」

 

「いやー、そういう気安い奴を選んでたのはあるな。別れた後も後腐れなく会える感じの」

 

「……最低です」

 

「だな。あの頃は若かった……」

 

「今も若いでしょうに」

 

 自分とたいして歳が変わらないのにと呆れるがそういうダメなところも、いざダンジョンでは頼れるところも自分は惹かれているのだと探検家は思っていた。

 

「……そういえば言い忘れてました」

 

「おう。なんだ」

 

「……私も好きですよ。貴方の事」

 

「……っ……」

 

 好きと言われたのに返事をしてなかったなと探検家が恥じらいながらも好きだと伝えると一拍置いてからズシリと重みを体で感じた。その重さは冒険家のものであり覆いかぶさられたのだと気づき慌てる。

 

「えっ、ちょっとなんですか急に!?」

 

「うるせえ! 煽りやがって!」

 

「はい!? そっちが勝手に発情しただけで……んー!!」

 

 理性というには割と脆いなけなしの冒険家の理性をぶっ飛ばした探検家は抵抗をする間もなくあんなことやそんなことをされたのだった。

 

 

 

 

 

「俺が何で冒険家になったか前に話したよな」

 

「はい。誰も見つけたことのない宝を見つけるためだーってよく酒場で酔っぱらいながら言ってますよね。耳タコですよ」

 

 一段落しベッドでゴロゴロと寝そべりながら二人は穏やかに話をしていた。冒険家の達観したような表情に探検家はこれが賢者モードってやつなのかな……と少し失礼な事を考えていると。

 

「……まさかこんな近くに宝があったなんてなあ」

 

「………………ななななな何キザっぽい事言ってるんですか!」

 

 からかうようにポンと頭に手を乗せられしどろもどろになる探検家に冒険家はキスをする。するとますます赤くなるのでこいつといると退屈しねえなあと冒険家は思うのだった。

 

 それからしばらくして部屋を出た二人は適度にイチャイチャしつつも名を馳せたという。その際に酒場で変なダンジョンがあったとセッ○スしないと出られない部屋の事を話しますます噂が広がったそうな。

 

 そして冒険野郎は「なんでそんな事話しちゃったんですか!!私達がそういう事したって広まっちゃうでしょう!!」と探検家な奥さんに怒られたそうな。

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

「居心地のいい停滞した関係性を掻き乱すのは楽しいですな〜」

 

 二人が無事結ばれたのを確認し魔族は「遊び慣れた冒険野郎と真面目で経験はないが本質的には好奇心旺盛な子の絡みは良いですぞ〜」と満足そうに頷いた。

 

『その台詞だけ聞くと凄く悪い奴みたいですね……』

 

「まあ魔族ですからなあ。善い存在ではないでしょ」

 

『それはまあ……合意なしに拉致しているわけですからね。私も協力しているので同罪ですが』

 

「そうそう。俺達は同志ですぞ」

 

『はいはいそうですね』

 

「なんかお母さんみたいに流された!?」

 

 水晶玉の塩対応に涙目になりながらもうざ絡みする魔族なのであった。

 

 



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二十一組目 〜竜人と竜騎士〜

「はぁっ!!」

 

 跨がる緋色の雄竜と同じ色の鎧を纏う竜騎士の女が戦場を勇ましく駆けていく。その姿はまるで一つの生き物のようだった。竜の飛翔に合わせて竜騎士の紅き槍が魔物を貫き周囲に鮮血が舞う。それすらも竜騎士を美しく彩る装飾に過ぎない。舞うが如き槍さばきに魔物達は統率を失い一斉に逃げていく。

 

「やったね。凶暴化した魔物を追い払う任務完了だ」

 

「いや……まだ油断は出来ん。警戒は怠るな」

 

「うん」

 

 剣呑な空気を纏う竜騎士と対照的に無邪気に喜んでいるのは竜騎士の跨がる緋色の竜だ。緋色の竜は人と竜との混血……竜人(ドラゴニュート)であり竜騎士とは幼い頃から共に過ごす間柄であった。

 

(今日もかっこいいなあ)

 

 こっそりと自分に跨がる竜騎士を見上げ竜人は胸をときめかせる。竜人にとって幼馴染みの竜騎士は憧れであり初恋だった。

 

(好きだなあ)

 

 お前は人と生きなさい。純粋な竜である父親に言われ竜人は優れた竜騎士を輩出する家に預けられた。それは竜人が竜として生きていくには優しすぎるが故の選択だった。

 

 母親以外の人間と話したことのなかった竜人はビクビクと震えていたがこれからよろしくと自分と異なる生き物に堂々と握手を求める彼女の強さに惹かれたのが全ての始まりであった。

 

 それから十年以上の月日を過ごし強い絆で結ばれた二人はパートナーとして共に依頼をこなしている。

 

「ん〜〜……どうかな? 人に擬態出来てる?」

 

「はは。角が生えたままだぞ」

 

「あ、本当だ」

 

 仕事が終わり酒場に行こうと竜騎士に誘われたため竜人は人間の姿に変身するが变化は苦手なせいか人にはない大きな角が着いていた。うんしょと角を引っ込めようとするが引っ込まず悪戦苦闘しているのを竜騎士は微笑ましそうに見ている。

 

「笑わないでよ。これでも真剣なのに」

 

「すまんすまん。だがこれから行く酒場は行きつけの所だろう。多少变化が不自然でもいいんじゃないか」

 

「それはそうだけど……これから先完全に人の姿に成れるようになる方がいいかなって。多少は魔族も人に受け入れられるようになったけど怖がる人もいるからね」

 

「確かに……お前が良いやつだということは私はよく知っているが初対面の人間には分からないからな」

 

「ありがと。だから完全な人への擬態を覚えなくちゃ。君と出来る限りずっと一緒にいたいし」

 

「っ……」

 

「……あれ? どうしたの? 顔が赤いよ? もうお酒飲んじゃった?」

 

 突然頬を赤らめた竜騎士を竜人は心配するが顔を近づけると更にその赤みが増す。

 

「違う。全くお前はそういう事をサラッと言うのだからタチが悪い。一緒にいたいなんて他のやつに気軽に言うなよ」

 

「……? キミにしか言わないよ」

 

「そ、そうか……」

 

 ならいいが、と嬉しそうにする竜騎士を見て竜人は何か良いことあったのかなとニコニコと笑う。

 

 そんなちょっぴり甘酸っぱい空気が流れる中、二人は謎の光に包まれたその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

「なんだこの悪趣味な部屋は……! 全部ピンクじゃないか!」

 

「わー、凄いねえ。ここまで同じ色なの初めて見た」

 

 転移の魔法を使われた事に気付いた竜騎士は落ち着いて現状を把握しようと周囲を見渡すが一面ピンクな内装に唖然としていた。竜人は僕はピンクより赤が好きだなあとズレた事を言っている。

 

 そんな二人の目の前にとある文字が表示された。

 

『セッ○スしないと出られない部屋』

 

 と。

 

「は?」

 

「ええっ?」

 

 部屋の内装に対する感想と違い両者同じ反応をする。戸惑いと驚き、そして羞恥だ。

 

「セッ○スしないとこの部屋から出られないの? なんで?」

 

「こ、こら。そういう単語を軽々しく言うな」

 

「あ、ごめんなさい」

 

「いや、そこまで悪い事ではないんだが……人前では言わないように」

 

「はーい」

 

「……全く、子どもなのか大人なのか……」

 

 口頭での注意に手を上げて返事をする竜人に竜騎士は肩の力を抜き抜いた。お前といると気が抜けるとベッドに腰掛ける。

 

「もう大人だよ」

 

「年はそうだな」

 

「むう。同い年なのにすぐ年上ぶるんだから」

 

 少しだけ不満そうにしながらも竜人は竜騎士の隣に座る。ベッドがギシリと音を立てて沈み沈黙が訪れた。

 

「どうしよっか」

 

「なにがだ」

 

「ここからどうやって出る? 出口とかなさそうだけど」

 

「そうだな……壁に向かって火を吹いてくれ。もしかしたら壊れるかもしれない」

 

「りょーかい」

 

 すうぅと竜人が大きく息を吸い、思い切り吐き出すと炎のブレスが壁を覆った。しかし壁は燃えることなく焦げ目すら付かない。突き攻撃ならどうかと竜騎士が力の限り壁に攻撃するがびくともしなかった。

 

「駄目だな。お前のブレスに対する魔法防御力も私のランスに対する物理防御力も強い。かなりの耐久性だ。こんな意味の分からない部屋ではなくもっと他のことに有効活用出来るだろうに」

 

「そうだよねえ。僕は具体的に思いつかないけど……あ、食料とかあるよ。しばらくはここに留まれそうだけどそれじゃ駄目だよね」

 

「ああ。いつ食料の供給が無くなるかわからないからな。この部屋から出るには……」

 

 竜騎士がチラリと例の文字を見て言葉を濁す。普段ハキハキと話す彼女であったがそういった性関連には初であった。

 

「うーん……そういう事って好きな人同士ですることなんだよね?」

 

「……少なくとも私はそう思う」

 

「うん。僕も君とはシたいけど他の人や竜は嫌だなあ」

 

 世間話をするように告げられた直接的過ぎる好意の言葉に竜騎士は何があっても応戦出来るよう手に持っていたランスを落とす。床とランスがぶつかる音に慌てて落としたランスを拾うが周囲への警戒が出来ないほど心乱れていた。

 

「は!?」

 

「やっぱり君次第になるなあ。君は僕とセッ○スしたい?」

 

「なっ、なななななな何を言ってるんだお前は!」  

 

「共同作業をするときは相手の意見をちゃんと聞くんだぞって教えてくれたじゃないか」

 

「それは言ったが! ……わ、私でいいのか? 女性らしさのない硬い体に可愛げのない性格だぞ?」

 

「筋肉かっこいいよ? それに硬いだけじゃなくてしなやかで柔らかいし性格だって可愛いよ?」

 

「んなっ!?」

 

「それにとっても優しい。今まで言い出せなかったけどいい機会だから言っちゃうね。僕さ、ずっと前から君のこと好きだったんだ。初めて会った時から可愛い子だなって思ってたんだけど君が半端者の僕に手を差し伸べてくれたよね。あの時の手の感触と僕を受け入れてくれる優しい眼差しに僕はきっと恋に」

 

「やめろぉ! しんじゃう! しんじゃうからやめてぇ!」

 

 竜人の怒涛の愛の言葉に竜騎士は許容キャパシティを超えたのか耳まで真っ赤にして悶絶していた。照れからか制止の言葉まで幼いものになっている。

 

「えー。しんじゃうくらい嫌だった……?」

 

「そんなわけないだろう! この鈍感め……わ、私だってお前のことは…………す、すすす好いているとも! こんな形で言い出すことになったのは業腹だが」

 

「本当!?」

 

「あ、ああ」

 

「僕達は両想いってやつなんだね。両想いということは好き合ってるって事で、好き合ってる者同士でするのはセッ○スで……ということは僕達はセッ○スが出来る……?」

 

「……………まあ……正直私も吝かではないが……」

 

「わあい!」

 

 初めてのきっかけがコレなのは度し難いしそれに籍も入れていないのにそういったことをするのは、と言おうとした竜騎士であったが竜人に勢いよく抱きつかれ押し倒される。

 

「ねえ、キスしていいかな? 好きな人同士がする愛情表現なんだよね? してみたい」

 

「い、いいけど……」

 

 竜人の勢いと猛アタックにすっかりしおらしい態度になった竜騎士が恐る恐る頷くと初めての接吻とは思えないほど長く濃密な口づけが贈られた。歯も舌も全てが奪われるような深いキスに竜騎士はビクビクと体を震わせながら竜人の背中に縋り付く。

 

 それが合図だったのだろう。二人は何度も口づけを交わした後深く愛し合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「体、大丈夫……?」

 

「ああ……大丈夫だ。それよりお前、どこでこんな事を覚えてきたんだ。……まさか父さんが?」

 

 愛を交わし合った後気遣ってくる竜人に竜騎士は照れくさそうに視線を逸らしながら性知識の出どころを訊ねた。というのも竜騎士は戦闘訓練ばかりに明け暮れていたため性知識に疎く竜人にそういった事を教える事が出来なかったからだ。

 

「酒場のおじちゃんとか同僚に絶対必要になるから覚えとけって言われて色々と教えてもらったんだ」

 

 本当に必要なったねえと朗らかに笑う竜人に竜騎士は「周囲にはバレバレだったんだな……」と苦笑する。これからどんな顔をして知り合いに会えばいいのだろうかと悩んでいると竜人が正面から抱きしめてきた。

 

「改めてこれからよろしくね」

 

「……ああ。こちらこそ」

 

 改まった挨拶のような会話に二人は笑い合いながら一眠りした後、部屋をあとにするのだった。

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

「甘酸っぺえ……これが異種族幼馴染みの破壊力か……っ!!」

 

『互いに互いが大好きな初々しい二人でしたね』

 

「一見勇ましい竜騎士の方が主導権握ってるように見えてプライベートではのほほんとした竜人の方が主体なんですな〜。そういうのいいよもっとちょうだい!」

 

(前から思ってましたけどこの方本当にギャップに弱いな)

 

 全身で震え喜びを表現する魔族を慣れたように傍観しつつ今回の情報を記録する水晶玉なのであった。

 

 

 

 

 

 

 



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二十ニ組目 〜細工師と雪女〜

なんかめっちゃ筆が乗ったのか普段より長い話になりました





 

 

 

 政略結婚。それは互いの家の利益のために行われるものだ。そこに愛があるのかと言われれば人による、としか言えない。初めは政略結婚でも愛を育む者達もいれば互いに公認の愛人を作り冷え切った家庭を築く者達もいる。ようは両者の歩み寄る努力次第なのだ。

 

「なんですかジロジロとこちらを見て」

 

「あ、いえ……お綺麗だなと」

 

「……あら。お世辞がお上手。ですがわたくしはその程度の世辞で籠絡されませんので」

 

「そんなつもりは……」

 

 凍てつくような氷の眼差しを向けてくる水色髪の美しい娘がいた。娘は雪女であり女しかいない種族のため定期的に他所から婿を招き入れる風習があった。

 

 今回婿として選ばれたのは細工師の男。寂れた田舎で工芸品を作り一人暮らしをしている凡庸な男であった。

 

 本来雪女に選ばれるのは優れた能力を持つ者、つまり優れた遺伝子を持つ者だ。

 

 その事を噂で聞いていた細工師は自分には縁のない話だと思っていたがある日村長に呼び出され両親が既に亡くなっており独り身というのもあったのかもしれないが不自然なほど手早く婚姻が推し進められた。

 

 困惑を通り越して達観の心持ちのまま目の前にいる雪女を見る。目元が鋭くキツイ印象ではあるがとても美しい娘だと細工師は思った。

 

(どことなくあの子に似てるな。同族だからかな)

 

 雪女という種族は人間達の間では見た目は美しいが怒らせればたちまち氷漬けにしてくる凶悪な一族だと恐れられている。

 

 しかし細工師はそこまで悪感情を抱いていなかった。というのも半年ほど前に「貴方の作品のファンです! サインください!」と嬉しい言葉と共に自分を持って訪ねて来てくれた幼い雪女がいたからだ。

 

 仕事であり趣味である自分の細工を認めてくれた上にわざわざ訪ねてくれた者がいる。それだけで細工師にとっての好感度はうなぎのぼりなのだ。そのためむしろ雪女という種族に好印象を持っていた。しかも目の前にいる娘は自分のファン第一号とどこか似ている。それならまあいいか、拒否権もないようだし、と気楽な独身生活を諦めつつも受け入れることにしたのだ。

 

 しかしなあなあで夫婦となったものの妻である雪女の態度は一向に冷たいままだった。

 

 話しかけてもつれない態度を取られるし雪女に似合うだろうと作った赤い華の簪も一瞥して「ありがとうございます。一応頂いておきます」と言ったっきり一度も身につけて貰えていない。

 

 初夜も「わたくし達には必要のない事です」と一蹴されてしまった。それどころか「駄目です貴方はこの部屋に入ってはいけません!」と雪女の部屋に入ることすら拒絶される始末。

 

 自分の存在意義は何だろうと細工師はすっかり落ち込んでしまっていた。

 

(不本意な結婚だったんだろうな。僕みたいな平凡な奴じゃまるで釣り合わないくらい綺麗な方だし。なんで僕が婿に選ばれたんだろう)

 

 雪女は誰にでも冷たい訳ではなかった。同族や里に訪れる商人には柔らかく自然体な態度で接している。だが細工師の前だと何かに耐えるような強張った顔になる。それが何故か分からず細工師は肩身の狭い思いをしていた。

 

(……分かりづらいけど優しい方ではあるんだよな)

 

 いっそ冷たくされるのが当たり前だと割り切ってしまえばいいのかもしれない。

 

 だが細工師が外に出る時にちゃんと防寒をしなさいと防寒具を一通り持ってきてくれたり何か困ったことはありませんかと気にかけてくれたり慣れない土地で熱を出してしまった時はつきっきりで看病してくれたりと棘のある物言いばかりではあるがそこには細やかな気遣いが感じられた。

 

「結婚したからには旦那様に不自由な思いはさせられません。わたくしの器が小さいことになってしまいますからね」が雪女の言い分であるが。

 

(……いつか僕のことを好きになってくれるといいんだけど)

 

 最初は強引な婚姻に思うところはあったが同じ屋根の下暮らしていくうちに細工師の中で雪女への愛情が生まれていた。それは家族としての情でもあったし異性としての情でもあった。

 

「相変わらず細かい作業がお好きなのですね」

 

「ああ。それくらいしか取り柄がなくてね……」

 

 幸いな事に結婚しても「細工がしたいのならお好きになさったら。わたくしは止めませんので」と結婚前と同じ様に仕事をさせてもらえていた。小物入れを作ろうと木材を箱状にカットして蓋と側面に細かな模様を彫っていると雪女がお茶と菓子を差し入れてきた。雪女にとってそういった細工物は珍しいようでたまに口を出すでもなく興味深そうに観察してくる。

 

「……そういえばこの前近所の子に薔薇の飴細工をあげたそうですね」

 

「ん? ああ、そうだね。あの子が薔薇を見たいと言ったから本物は無理だけど飴ならって思って。ここは寒いからすぐ固まっちゃってちょっと不格好になっちゃったな。喜んでくれたけどまたリベンジしようと思う」

 

「……そうですか」

 

(どうしたんだろう。なんかご機嫌斜めのような。まあムスッとしてるのはいつもの事だけど)

 

「赤い薔薇を一本女性に贈る意味はご存知ですか?」

 

「へ? 確か一目惚れとか貴方しかいないとかそんな意味はあったと思うけど……」

 

「そうですか。知った上で貴方はあの子に赤い薔薇を一本渡したと。あのような幼子が好きなのですね?」

 

「ええっ!? 違うよ! あの子はまだ恋も知らないような小さな子どもじゃないか。それに本物じゃなくて飴細工だし……」

 

「あのくらいの歳の子は貴方みたいな年上の男が魅力的だと錯覚する時期なんです。誤解を招くような行動は慎んでくださいませ。貴方は一応わたくしの夫なのですから」

 

 細工師の弁明を雪女はピシャリと遮る。有無を言わさない強い言葉に細工師は分かった、気をつけるよと頷く事しか出来なかった。

 

(こうして強く出れないから駄目なのかなあ……情けない)

 

 別に近所の子どもへのプレゼントくらい好きにさせろと反論出来たのならよかったのかもしれないが細工師は割と小心者なのだ。この気まずい空気なんとかならないかなと止まっていた作業を再開させる。

 

「…………その小物は誰かに?」

 

「いや売り物だね。ここではこういう細工物は珍しいのか皆褒めてくれて嬉しいよ」

 

「…………」

 

(あれ。またご機嫌斜めに……いつスイッチが入るか見極めるのが難しいな……)

 

 むしろ先程よりも機嫌が悪いのか眉をむむむっと寄せており迫力のある顔立ちが更に険しいものになっている。

 

「若い娘にちやほやされるのがお好きなのですね。もしかして客の誰かを狙っていたりするんですか?」

 

 ジトリと不貞を疑うような視線を向けられ細工師は困り果てていた。もちろんそんな事実は欠片もない。そもそも自分は目の前にいる娘の伴侶であり一応形式上とはいえ婚姻の、愛の誓いを交わしたというのに何故そんなことを言うのだろうか、と怒りよりも悲しさが勝る。

 

「ええっ。そんなんじゃ…………そもそも僕みたいなつまらない奴を好きになる人なんていないよ。君だって選べるなら僕なんて選ばずもっといい相手を選ぶだろう?」

 

「え?」

 

「どういう理由で僕が選ばれたかは分からないけど勝手に決められた婚姻なんだろう? 君は僕の事を疎んでいる様だし……他の人を見つけた方がいいんじゃないかな。僕もご両親や一族の方を説得するのを協力するから」

 

「えっ、ま、待って。違う、ちがうの。そんな事わたくしは……!」

 

 雪女への未練はあるがそれ以上に彼女に負担を掛けるわけにはいかないと細工師は作業道具を机に置き部屋から出ようとすると雪女が今まで見たことがないくらい慌てて細工師の腕を掴む。するとピカリと部屋が強い光に包まれ二人は姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

『めちゃくちゃすれ違いと誤解が生まれてるので問答無用の心の声聞かせちゃうぜタイムー!!』

 

 ピンク色の部屋、通称『セッ○スしないと出られない部屋』に拉致された二人が状況を把握するよりも早く魔族が心の声を聞く事が出来る術式を発動させた。

 

【どこですかここ!? いやそんなのは今はどうでもいい!それよりもこのままじゃ旦那様と別れることになっちゃう!そんなの嫌!】

 

【え、別れるのが嫌……? というか旦那様……?】

 

 自分の考えている事が脳内に直接響き二人はしばし固まる。その間もえ、ナニコレ。心の声って?と取り留めのない思考が互いに伝わっていた。 

 

『細工師クン。この子ツンデレですぞ。それもデレを全く見せない悪質なタイプの』

 

「ツンデレ……?」

 

『ちょっと自分の事好きか聞いてみ』

 

「はあ…………僕の事、どう思う?」

 

 細工師は誰に話しかけられているんだろうと思いつつもその声に悪意は感じないので言われた通りに訊ねてみる。すると。

 

「なんですか急に。質問の意味が分かりません」

 

【好きぃー!! 好き好き好き好き好き好き好き好き好き愛してるぅ!!】

 

 澄まし顔に涼し気な声に相反して心の声はハチャメチャに甘ったるい。表と裏の差のえげつなさに細工師は首を傾げた。果たしてこれは本当に雪女の心の声なのかと。

 

【えっ、好きって……愛してるって……】

 

【ってあああああー! 聞こえてるんでした! どうしましょう!】

 

「……僕のこと好きなのかい? てっきり嫌われているものだと」

 

「……わたくしは貴方を嫌いだなどと口にした事はございませんが」

 

【そんなわけないでしょうー! わたくしはずっと貴方の大ファンでホーリンラブ♡なんですから! ってああああああまたしても! それにしても脳内に直接響く旦那様のお声……素敵……ではなく!!】

 

 口を抑えて頭をブンブン振る雪女だが当然そんなことをしても心の声なので意味はない。

 

『そもそも今回の婚約だって「お母様わたくしあの方と結婚したいのですおねがいしますなんでもしますから」って強請ったから成立したんですぞ』

 

「え」

 

「わー! なんでそれを知っているのですか!?」

 

 出鱈目だと冷静に言えばいいものを錯乱していた雪女は魔族に対して怒って肯定だと示してしまう。嫌われていると思っていた婚約者がむしろ自分にべた惚れであると知り細工師は世界が一転したような衝撃を受けた。

 

『部屋だってほら。誰かさんの作品だらけで』

 

 パッとモニターに映し出されたのは雪女の自室だ。自室には細工師が作った小箱や花のつまみ細工、ガラス細工の飾り紐に螺鈿細工のアクセサリー、金細工の壺などなど細工師が手広く作った作品の数々が所狭しと並んでいた。そして枕元に一際大事そうに置かれていたのは細工師が雪女にプレゼントした簪だった。

 

「こんなに沢山僕の作品を集めて……?」

 

「わー! わー! わー!」

 

 雪女はモニターを隠すようにブンブンと手を振るが気休めにもなっていない。もしかしてこの作品達が原因で自分は部屋に招いてもらえなかったのではと細工師は思い至る。

 

『ちなみに毎晩貰った簪にキスしてますぞ』

 

「え」

 

『あともう一つぶっちゃけますが細工師クンが半年前に会ったファンの幼子、あれ若返りの薬でわざわざ変装したこの子ですぞ。里に来た商人経由で細工師クンの作品のファンになって買い集めた結果どんな人が知りたくなったんだそうで。それで会ってみたら人柄も好きになってしまいこれは運命だと思い里長や細工師クンの村長に頼み込んで婚姻を』

 

「に゛ゃ゛ー!!」

 

 次々と暴露される真実に雪女は普段のツンケンした態度は何処へやら。猫のような奇声を上げて悶え苦しんでいる。知ってはいけないことまで知ってしまった細工師は床にゴロゴロと転がる雪女をじっと見つめた。

 

【あああ見られてるぅ……溶けちゃう……恥ずかしくて溶けちゃうよお……】

 

「それは困るなあ。溶けたら僕の奥さんがいなくなっちゃう」

 

「っ……今、なんと……?」

 

【奥さん!? 奥さんって言った僕の奥さんって!?】

 

「……今まではそう呼んでいいのか分からなくて面と向かって言えなかったんだけど……そう呼んでもいいかな」

 

「………………まあ、お好きになさったらよろしいのでは?」

 

【やったあー!! 呼んで!

奥さんって呼んで! ハニーとかでもいいですー!】

 

「……ハニー?」

 

「な、何真に受けているんですか。というか心の声聞かないでください……」

 

【ダーリン大好きぃ♡♡♡♡♡♡♡♡】

 

 打てば響くというのはこういうことなんだなあと細工師はしみじみ思う。この部屋に連れてこられる前までは悲壮感すら漂っていた二人の関係はもはや喜劇的なものに早変わりしている。

 

『話は纏まったみたいだしあとはごゆるりと……この部屋セッ○スしたら出られますので……あ、心の声そのままにしときますかな?』

 

「色々と突っ込みたいけど……助かったよ。あのまま別れてたら僕も後悔してただろうし。心の声は……聞いていたい気もするけどやっぱりちゃんと話し合いたいから」

 

『りょ。じゃあ術式切っときますな。ではごゆっくり〜』

 

 この部屋に拉致し色んな意味で場の空気をぶち壊した黒幕は陽気な声を響かせながら気配を消した。二人だけが取り残された部屋で細工師は真っ赤になって死にそうな雪女に歩み寄る。

 

「大丈夫かい」

 

「……大丈夫ですが大丈夫ではありません」

 

 本当に心の声の術式は解かれたようで何も聞こえてこない。それが少し残念な気持ちもあるがこれでいいのだとも思った。

 

「なんだか生まれ変わった気分だよ。君があんなにも僕の事を愛してくれていたなんて」

 

「……っ……そうですよ! 悪いですか! 貴方の事が好きで、好きで好きで! どうしようもなく好きで! 無理矢理結婚しました! 貴方の意志関係なくどうしても貴方と結婚したかったから!」

 

 もはやヤケなのか逆ギレ気味に自分への愛を叫ぶ雪女に細工師は心をときめかせる。そしてそれならと自分自身の気持ちを打ち明けることに決めた。

 

「悪いか悪くないかで言えば悪いかもしれない。僕も当時は戸惑ったし。どうにか上手くやっていこうと思っても君は冷たかったし」

 

「う……それはごめんなさい……いざ貴方の前に立つと素直になれなくてつい突き放した言葉を……」

 

「うん。でも僕も悪かったんだよ」

 

「えっ? どうしてですか? 貴方はわたくしの我儘に巻き込まれただけで……」

 

「いいや違う。最初はそうだったかもしれないけど婚姻の儀を行ったあの日から僕は当事者だったんだ。だけど君の心に深く踏み込む事が出来ず足踏みをしていた。でも夫婦っていうのは互いに支え合っていくものだろう?」

 

「……はい」

 

「僕達は本当の意味で夫婦じゃなかったのかもしれない。だから今日から本当の夫婦になろう。書面上ではなく心から分かり合える夫婦に」

 

「はい……はいっ……」

 

 二人は両手を握り合い結婚式以来の口づけを交わす、雪女の唇はヒンヤリと冷たく氷のようだった。

 

「……初夜のやり直しもしたいと思ってるんだけどどうかな。そうしないとここから出られないらしいし」

 

「…………それはその……わたくし、殿方との経験が無いので優しくしていただけると……」

 

「……うん。善処します」

 

 暴走したらごめんねと謝りつつ細工師はもう一度口づけを落とす。細工師の唇の熱さにわたくし、本当に溶けてしまうかもしれませんと思う雪女なのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば聞き忘れてたんだけど」

 

「はい、なんでしょう」

 

 一つに溶けてしまうほど愛し合い二人はベッドで寄り添う。細工師の腕枕に雪女が幸せそうに目を細めていると細工師の方から話を切り出した。

 

「……どうして今まで夜の営みが無かったのかな。責めるつもりはないんだけど不思議で。種族差を考慮してとかじゃないよね。確かに体温はヒンヤリしていたけど体の構造自体は人間と変わりなかったし」

 

「そ、それは…………」

 

 細工師の問いに雪女は言葉を濁す。以前であればそこで引き下がっていた細工師だが辛抱強く雪女の返答を待つ。

 

「……一緒の空間にいるだけで幸せすぎるのにそういう事したら死んでしまうのではないかと不安で…………」

 

 しばらく待っていると雪女は観念したようにそう語る。完全な惚気である。まあ求められない理由が分からず不安を抱いていた細工師からすると若干脱力するものであるが。

 

「そっか。死んじゃわなくてよかった」

 

「……本当にすみません…………何から何まで……」

 

「いいよ。君の我儘を聞くの好きだから」

 

「……すみません。じゃあお言葉に甘えて一つよろしいでしょうか」

 

「話してご覧」

 

「……わ、わたくしも薔薇の飴細工が欲しいです」

 

「別にそれくらい構わないけど……さっきのあれってヤキモチだったの?」

 

「……はい。自慢されて自分は貰ってないのに、って悔しくてついあんな事を……」

 

「そっか。帰ったら作るよ。まずは……そうだな。赤い薔薇の飴細工を三本贈るね」

 

「……はい」

 

 赤い薔薇を模した飴細工を三本贈るという細工師の変則的な想いの伝え方に雪女は頬を熱くする。それから部屋から出た細工師と雪女夫妻は雪女が時にツンツン、時にデレデレしつつも末永く幸せに暮らしたのであった。

 

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

「ツンデレ拗らせすぎて一歩間違えばすれ違うどころか大惨事になってた娘の本心ぶち撒けて慌てふためく様を見るのって最高だよネ……」

 

『……あれだけ盛大に暴露しておいて……悪魔ですか……』

 

「だってあのままだと別れちゃいそうだったし。それにしてもわざわざ変装してまで会いに行ってー、そこから更に好きになって親に頼み込んで婚約までしたのに素直になれなくてもだもだしちゃってさー。これが俗に言うジレジレってやつですかな? そこからの感情の爆発! 美しい……これ以上の芸術がありますかな……?」

 

『それ以上に拗らせた方が何か言ってますね……』

 

「はー! ツンデレは好きなんだよ文句あるかみたいな逆ギレデレした時に一番輝くと思うのヨネ〜。好き〜。それを包み込む包容力のある男……イイ……」

 

『よく分かりませんがツン部分を真に受けて落ち込む男性とそれを見て自分からツンしたのにあわあわする女性は好ましいと思います』

 

「えっ、めっちゃ早口で言うじゃん……」

 

 互いが互いに若干圧倒されながらもツンデレの魅力が最大限に発揮されるのがどんなシチュか魔族と水晶玉は仲良く語り合うのだった。



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二十三組目 〜粘液生物と召喚師〜

粘液生物=スライムです

スライムってイイヨネ


 

 

 

『セッ○スしないと出られない部屋』

 

 それは両片想いの、くっつきそうでくっつかない男女をセッ○スしなければならない部屋に閉じ込めその一部始終を観察して楽しむという特殊性癖を持つ魔族が創り出した強制性交空間である。

 

 その密室性は凄まじくあらゆる攻撃を受け付けない。その部屋の利用者兼被害者達はもっと他の事にその能力使えよと口々に言うともっぱら評判(?)の部屋だ。

 

 そんな部屋に閉じ込められてしまった者達がいた。

 

「わ〜。本当にピンクなんだね。実在したんだセッ○スしないと出られない部屋〜」

 

 謎の部屋に拉致されているにも関わらずゆるっとした口調で話しているのは半透明で水色の粘液生物。通称スライムである。

 

「嘘でしょ……」

 

 呑気なスライムに反してこの世の終わりだと言わんばかりの絶望顔をしているのは召喚師の女だ。

 

 召喚師とは主に魔物を呼び出し使役する術師の事だ。召喚師の隣りにいるスライムは彼女が子どもの頃に初めて喚び出した魔物であった。初めての召喚に大はしゃぎした彼女はスライムと契約を交わし家族のように共に過ごしたパートナーだ。最初は唯の丸いフォルムだったスライムも彼女と共に修行した結果今では人の形を保ち言葉を交わせるほどに進化していた。

 

(ど、どうしよう……いくら大好きなスラちゃんでもそういう事は……スラちゃんは私の大事な家族だしそもそも……そういう事出来るの……?)

 

(また何か考え込んでるな〜。おもしろ〜い)

 

 青くなったり赤くなったりを繰り返す召喚師をスライムはじーっと観察している。スライムにとって主である召喚師を眺める事が何よりの娯楽なのである。とはいえ悩む主人を放置するのは使い魔として良くないよなと思いスライムは勢いよく人の手を模した触手を挙げる。

 

「あの〜、質問いいですか〜?」

 

「ちょっとスラちゃん。話しかけたって返事が返ってくるわけ……」

 

『なんですかな』

 

「返ってきた!?」

 

「セッ○スの定義ってなんですか〜?ぼく性自認はオスだけどスライムの体だから生殖器官ないよ。人に模したの造れるけどそれを挿入するのでもおっけ〜?」

 

「ちょっ!? 何言って!?」

 

『もちろん。ラブがあればよし!』

 

「なるほど〜。回答ありがと〜」

 

『いえいえ〜』

 

「スラちゃん!? なんで私達をこんな所に拉致した黒幕と仲良しな感じで話してるの!?」

 

 内容の生々しさはともかくほのぼのとした空気が流れ召喚師はスライムの肩を掴み揺さぶる。するとスライムの体がぷるぷると揺れ緊迫感の欠片もない絵面になっていた。

 

「やきもち?」

 

「ツッコミだよ!」

 

 どこに妬くところあったの、と召喚師が重ねてツッコむとスライムはあはは〜と笑う。どこかズレた事を言うスライムにツッコミを入れる召喚師。二人(?)の定番のやり取りである。

 

「とりあえずどうする? えっちする?」

 

「えっ」

 

 しかしここはセッ○スしないと出られない部屋。必然的に話題は和やかなものではなく性的なものになる。平然といつものように質問してくるスライムに召喚師はポカンとした。

 

「そうしないと出られないらしいけど」

 

「そ、それは……ねえ、どこかに穴とかない? スラちゃんなら小さな穴でも抜け出せるよね?」

 

「んー、どうだろ。一応探すけど」

 

 スライムは自分の手を千切り床にペイっと落とす。すると丸い球体のスライムがすそそそと床を駆けていく。スライムは自分の体の一部を切り離し分裂させることが出来るのだ。分裂させたスライムをくっつけ元通りにする事も出来る便利な能力である。いくつかの小スライムを作り部屋の隅々まで探索したがスライム達はヒビの一つすら見つけることは出来なかった。

 

「蛇口も駄目だね。こっち側から逆流するのは無理みたい。お手上げ」

 

「そっか……」

 

 探索能力の優れたスライムに打つ手なしと宣言され召喚師は肩を落とす。

 

「……どうする?」

 

「……えっと、えっと…………そうだ! スラちゃんが二人に分裂してそういうことをすればいいんじゃ!?」

 

「ヤダよそんな大掛かりなオ○ニーするの」

 

「だ、だよね……じゃあ……」

 

「うん!」

 

「こんな事で喚び出すのは心苦しいけど最近契約した淫魔を召喚して相手をしてもらうよ」

 

「はあ!? なんでさ!! 今の流れはぼくとえっちするのを提案する奴でしょ!! というかぼく差し置いて他の男とえっちするなんて絶対許さないんですけど!!」

 

 召喚師の日和ったクソボケ発言にゆるゆるな態度だったスライムがガチに怒り出す。滅多な事で怒らないスライムの怒りの形相に召喚師は動揺した。

 

「だって……スラちゃんは家族だし……」

 

「そういう目で見れないってこと? ぼくのこと嫌い?」

 

「嫌いなわけないよ。でもその……弟みたいな感じで………………ってひゃっ!?」

 

 煮えきらない態度に痺れを切らしたのかスライムは触手を伸ばし召喚師の服の中に入れる。ヒンヤリとしたぬるぬるの触手が肌を這う感触に召喚師はあられもない声を上げる。

 

「だ、だめっ」

 

「きこえなーい」

 

「ひゃんっ! 冷たっ……待ってそんなところに入っちゃ……!」

 

 服の中を這い回る触手が下着へと到達し繊細な部分を直接触られ召喚師はビクビクと体を震わせた。男を知らぬ彼女にとってスライムの触れ方は劇薬のようなものだった。

 

「わ〜、今の凄くえっちな声。もっと聞きたいな〜」

 

「あ、やっ、そんなとこ吸っちゃだめだよっ……あ、あああああー!」

 

 それから召喚師は怒ったスライムにありとあらゆるところを蹂躪されもう二度と淫魔喚び出すねとは言わないと固く心に誓うのだった。

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

「ヤキモチスライムの逆襲……凄かったですな」

 

『触手責めだけでは飽き足らず途中分裂して二人で召喚師の方を責めるとは……流石に予想外でした』

 

「擬似3Pとか器用ねスライムクン……いやー、凄いもの見たわぁ……スライムクンは固さも太さも調節出来るから便利だよねぇ……」

 

 スライムの、愛しの召喚師をオトすために行われた怒涛のテクニックの凄まじさに魔族と水晶玉は感心していた。

 

『召喚師の方もなんだかんだすぐ好き好き言ってましたね。家族同然の付き合いだったからこそ最初は好意を口にしないようにしていたのでしょうか』

 

「だろうねぇ。スライムクンもそれを感じ取ってたからこそムキになったのでしょうなあ……青春ですな……」

 

 青春な恋というには性的かつ邪悪すぎる展開であったが終わりよければすべてよし精神の魔族は満足そうに頷き今回の記録を見返すのであった。

 

 



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二十四組目 〜王子と女王〜

国名は深く考えずに決めたのでツッコまないでください
センスなんて自分にはないです


 

 

 

『セッ○スしないと出られない部屋』

 

 それはその名の通りこれまで数多くの男女を(強制的に)招き入れセッ○スさせてきた恐るべき部屋である。

 

 この部屋に選ばれた二人組は両片想いの者達のみなので紆余曲折ありながらもなんだかんだ甘い空気を纏いそういう事を行ってきたのだが……

 

「はっ!」

 

「遅い! 踏み込みが甘い!」

 

 白い肌に短い金髪の美しい男と浅黒い肌に長い銀髪の美しい女が剣をぶつけ合わせ火花を散らしていた。

 

 金髪の男は海に囲まれた島国、ブリティニアの王子であり銀髪の女は森の奥地にある国、アマゾーネの女王である。

 

 高貴な身分である二人が剣を交え戦っているのには理由がある。

 

 アマゾーネは血統ではなく強者が王となる弱肉強食で実力主義な国であり銀髪の女もまた王を決める戦いの末に勝利し女王となったのだ。

 

 女王の伴侶は女王自ら選ぶことが出来た。女王は「私は強い者を愛する。私に勝つことが出来たならその者を伴侶とする」と国内外に通達し多くの男が集まった。美しい女王を手に入れたい者、強さに自信のある者、アマゾーネの国そのものを狙っている者。様々な思惑を持つ男達が女王と戦ったが誰一人として勝てる者はいなかった。

 

 ブリティニアの王子もその一人である。王子は末弟であるため序列は低いものの国の中では随一の強さを誇っていた。幼い頃から大人相手にも負けた事がなく自分は最も一番強い男なのだと自負していた。そんな中で女王の通達を目にし王子は考えた。

 

 ──僕は末の子であり兄上達を押し退け自国の王にはなれない。だが自分は誰よりも強い。自国で王になれぬのならこの麗しい女王を倒しアマゾーネの王となればよいのではないか、と。

 

 野心を胸に意気揚々とアマゾーネに赴き伴侶選定の戦いに向かった。が。

 

「今まで負けたことがないんだろう? 喜べ。敗北の味を知ることが出来たぞ」

 

 女王は一切の慈悲もなく大勢の前で王子を打ち負かした。地面に這いつくばらせ完膚なきまでに叩きのめし王子の高い自尊心と驕りをズタズタにしたのだ。その時、女王にとって王子は数いる敗北者の一人に過ぎず一瞥することなく他の男と戦い始めた。その事もまた王子のプライドを深く傷つけた。

 

 大抵の挑戦者は一度戦っただけで女王の圧倒的な力を理解し勝てるはずがないと逃げ帰っていったが負けん気が強く頑固な王子は自国に帰らず毎日のように女王に試合を挑み続けた。

 

 最初は無様に負けた王子を嘲笑っていたアマゾーネの民も何度も女王に挑むその執念と日々研鑽に励む姿に敬意を表すようになっていた。それは女王も同様であり対戦の後は言葉を交わし執務のない時は共に過ごすくらいには心を開いていた。

 

 そんな二人がいつものように戦おうとしたところ謎の光によって魔族の創ったセッ○スしないと出られない部屋に閉じ込められてしまった。二人は当然戸惑ったが……。

 

「私は自分より強い男以外に組み敷かれる気はない」

 

「ならすることは変わらんな。僕が勝ってお前を手に入れる……!」

 

 と戦闘民族らしい会話をした後イヤらしい雰囲気になることはなく戦いに明け暮れていた。部屋の中で傷つくことはなく時間の流れも止まっている事から二人はむしろ都合がいいとアマゾーネにいた頃よりも激しい攻防を繰り広げている。

 

「今日も私の勝ちだ」

 

「くそっ……次は勝つ……!」

 

「そうか。偉いぞ」

 

「子ども扱いするな! 歳も3つしか離れていないだろう!」

 

 剣を弾かれ首に刃を突きつけられた王子は悔しそうにしながらも明日は勝つと女王を睨む。その視線に女王は愉快そうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 そんな日々を送り三年の月日が流れた。部屋の中は時が止まっているため歳を重ねる事はないが経験の蓄積は出来る。何度も戦う度に少しずつ実力差が縮まっていき、そして───。

 

 キンッ!

 

 女王の装備していた剣が王子の強烈な一撃により離れ遠くの床へと落ちる。そしてその隙を逃すことなく王子は女王に剣を突きつけた。それは女王がいつも王子にしている事であり初めて立場が入れ替わった瞬間であった。

 

「僕の……勝ちだ……!!」

 

「……ああ。そうだな」

 

 ようやく掴んだ勝利に喜びを噛みしめる勝者と悔しさはあれど心の奥底から待ち望んでいた敗北に穏やかな表情で負けを認める敗者。二人は互いを称え合い抱き合った。

 

「これでお前は僕のものだ」

 

「ああそうだとも。私はお前のものだ。王子よ」

 

「そうか……ついに僕は…………………と、とにかく今日は休もう」

 

 しばらく抱き合っていると勝利による高揚感が薄れ好いた女と抱き合っている羞恥心の方が勝ったのか王子は顔を耳まで赤くしながらそっぽを向いて離れる。その初々しい様子に女王はポカンとした後、妖艶な笑みを浮かべ王子の背中に抱きついた。歳上である女王の方が今は背が高いため王子の体はすっぽりと女王の体に包まれる。

 

「どうした? 私を抱かないのか?」

 

「抱っ!?」

 

「そのために今まで戦っていたのだろう? 違うのか?」

 

 挑発するように王子の下腹部をイヤらしい手付きで撫でる女王に王子はビクリと体を震わせ下半身を反応させないようぎゅっと目を瞑り耐える。

 

「そ、それは…………し、しかしだな。そういうことは正式に婚姻を結んでからすべきだと」

 

「正式に結ぶにはここから出なければならないだろう。そのためにはまぐわう必要があると思うのだが?」

 

「……っ……そうかもしれないが……」

 

「私はこの部屋に連れてこられる前からお前に負ける日を待ちわびていた。お前が私を負かし、組み敷く瞬間を何度も思い描き自分を慰めていたのだぞ」

 

「なっ……!?」

 

 熱っぽく卑猥な秘事を耳元で囁かれ王子の理性は暴発寸前であった。しかしアマゾーネに比べ血統と気品を重んじるブリティニアで生きてきた王子は荒い呼吸をしながらもそれを耐える。

 

「と、とにかく! そういった事はまだ……早いというか」

 

「……そうか。お前がそういう考えならば私は私の考えで動くことにしよう」

 

「何を……っておい!?」

 

 意外と奥手&ヘタレな王子を愛しく思いつつも女王は強引に王子を持ち上げベッドへと運ぶ。ドサリとベッドに降ろされた王子は驚きながらも起き上がろうとするが女王が上に覆いかぶさりそれを止める。

 

「もう待てない。私がどれほどこの日を待ったと思うんだ。早く抱け」

 

「そりゃ僕だってそうだが……! 今は戦って汗だくだしせめてシャワーを浴びてからの方がだな……!」

 

 服を脱ぎながら迫る女王にドギマギしながらも自身の汗を気にし拭う王子だがその仕草すらも女王にとっては情欲を煽るものであった。

 

「むしろ汗に塗れていた方が興奮する。このままシよう。ほら、邪魔なものは取り払おうな」

 

「わー! 脱がすな! せめて自分で脱ぐから! あと僕の方が下なのも納得できない! 僕の方がお前を押し倒すべきで……って話している最中に咥えるなぁ!」

 

 それから閨での攻防をしながらもなんだかんだ激しく互いを求め合う二人なのだった。

 

 

 

 

 

「ここから出たらもう一度僕と戦ってくれ」

 

「何故だ?」

 

 何度も睦み合い共に寝そべっていると王子が対戦の申込みをしてきた。その真意が分からず女王が理由を訊ねると王子は拳を強く握りしめ遠くを見るように視線を天井に移す。

 

「アマゾーネの民の前でお前を負かさないと意味がないだろう。皆僕達の戦いを見守ってくれていたのだからな」

 

「ほう。しかし今回はお前が勝ったが……お前の今回用いた戦略はもう私に通用しない。お前がまた負ける可能性もあるぞ?」

 

「新しい手を考えるさ。もし負けてもまた挑戦する。何度も戦って最終的には負の数よりも勝った数を上回らせてやるさ。覚悟しろ」

 

「ふふふ。それでこそ私の愛する男だ。楽しみにしているぞ」

 

 王子の消えぬ闘志に女王は恍惚とした表情になり王子に寄り添う。それからアマゾーネに帰った二人は何度も戦い勝っては負けてを繰り返しつつも互いを高め合う夫婦となるのだった。

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

「しゃあおらっ!!!!!!!!!!!」

 

『長かったですね……部屋の滞在記録としては最長では?』

 

 二人が結ばれ部屋から出ていくのを見届けたあと魔族は勝利の雄叫びを上げた。天に高く拳を勢いよく突き上げた後犬のようにその場でぐるぐる回転する。

 

「なかなか一線を超えず焦らされ続けてからの互いの欲望を開放する姿!! うめえ!!」

 

『いつにもましてテンション高いですね……』

 

「年上な姉さん女房気質で性に奔放な女王と生意気だけど性に初心な年下王子……しゅきぃ……おねショタというほど歳は離れてないけど自分より年上な女に翻弄される年下の男はイイゾ……」

 

 三年の月日を経ての本番に魔族のテンションはうなぎのぼりであった。いつも以上にドタバタくねくね興奮する魔族に水晶玉は若干引きつつもそうですね、と話を合わせるのだった。

 



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二十五組目 〜料理人と森人

異種族恋愛を書くならこのテーマは書くべきだよなあと思い気合を入れて書いたら文量が妙に増えました。

森人=エルフです。



 

 

 

 

「おい兄貴。愛しのあの子が来てるぞ」

 

「えっ、あ、本当だ。……後を頼んでいいか」

 

「あはは。いいですよ〜」

 

 昼食を終え人が疎らになるのどかな昼下り。とある国のとある料理店でオーナーでありシェフでもある男が一息ついていたところウェイターであり弟でもある男に小声でそう声をかけられる。シェフはその言葉を聞き弟子に料理の仕込みを頼むと早足で移動し物陰からテーブルに座っているエルフを見つめた。

 

(ああ……今日も綺麗だな……)

 

 太陽のごとく輝く金の髪。物静かで優しい瞳。そしてエルフの特徴ともいえる尖った耳がピコピコと動いている姿にシェフは魅了されていた。

 

「早く話しかけにいけや」

 

「お、おう……頑張る……!」

 

 じっと見つめるだけのシェフにウェイターが苛ついたように背中を押す。すると観念したのかシェフはテーブル席近くの窓からぼんやりと景色を眺めているエルフに近づく。

 

「いらっしゃい。また来てくれたんだね」

 

「はい。来ちゃいました」

 

 和やかに二人が話す様子を従業員だけではなく常連の客も見守っている。

 

 そして同時にこうも思っていた。

 

 はよ告白しろ

 

 と。

 

「今日のおすすめはなんですか」

 

「野菜たっぷりのスープだよ」

 

「野菜たっぷりの……美味しそうですね。ではそれを。それとチキンのステーキをください」

 

「かしこまりました。すぐに作るよ」

 

 エルフが瞳を輝かせながら注文しそれを聞いたシェフが厨房へと向かう。それは本来ウェイターがする仕事であるが兄の恋心を察した弟が少しでも話させようと兄貴が聞いてこいと任せるようになったのだ。

 

「〜♪」

 

 鼻歌交じりに料理する様子を弟や従業員達は生暖かい目で見守っていた。これで好意を隠しているつもりなのだから呆れるなと弟は呆れてもいたが。

 

 

 

 

 

 シェフとエルフが初めて出逢ったのはシェフがこの街に店を開いた初日のことであった。シェフとその弟は夢であった自分の店を立ち上げたものの余所者であった事、わざわざよく分からない店に行くより近場の馴染みの店に行くような保守的な考えを持つ住民が多かった事から外から眺めはしても入ろうとする客がいなかった。

 

 オープン初日に客がゼロかあ、と若干挫けそうになっていたところチリンと扉についている鈴が鳴り振り向いたところ立っていたのがエルフだったのだ。

 

 エルフはシェフにとって初めての客だった。そのエルフは好奇心が旺盛で初めて見るものに強い関心を持っていた。シェフがおそるおそる差し出した料理を食べとても美味しいですと食べ残すことなく平らげまた来ますと笑顔で去っていった。それからエルフが宣伝してくれたおかげで客脚は増え今では街評判の料理店となっている。

 

「出来たよ。召し上がれ」

 

「わあ……相変わらず美味しそう…………はむっ……うん、今回もとっても美味しいです」

 

 シェフが作った色とりどりの野菜が入ったスープと皮をパリッと焼いた香ばしいチキンステーキをエルフはゆっくりと味わうように咀嚼している。普段どちらかというとクールな印象の顔立ちが料理を食べる時に幸せそうに緩むのを見るのがシェフの生きがいだった。

 

「毎日来てくれてありがとう。助かるよ」

 

「ここの料理は美味しいですからね。……あなたにも会えますし」

 

「えっ」

 

「……今のは口が滑りました。忘れてください」

 

「あ、うん……」

 

 頬を赤く染めて誤魔化すようにチキンステーキを切り始めるエルフだが動揺しているのかナイフとフォークからカチャカチャと音を鳴らしている。気まずい雰囲気が流れ耐えきれなくなったシェフは注文があったら呼んでほしいと言い厨房へと戻っていった。

 

「なんであそこで引き下がるんだよバカ兄貴!」

 

 逃げるように戻ってきたシェフにウェイターは一喝する。他の従業員達もそうだそうだと無言で頷いていた。

 

「い、いや……びっくりしちゃって……」

 

「あんなのほぼ告白みたいなもんだろ! 両想いなんだよ兄貴達は!」

 

「そうだそうだ」

 

「はよ告白しろ」

 

「結婚しろ」

 

「姉さん女房バンザイ」

 

「お前らな……」

 

 口々に好き勝手言う弟と従業員達にシェフは頭を抱える。周囲に応援されているのは嫌ではないが気恥ずかしいというのが本音であった。

 

「……自信が持てないんだ。恋なんてしたことなかったし告白なんてして気まずくなって店に来てくれなくなったらと思うと……それに彼女はエルフで俺は人間だろう。種族も違うし……」

 

「兄貴料理バカだったからなー。でも俺からすればあちらさんも兄貴の事絶対好きだと思うぜ。毎日兄貴の飯食いに来てる上俺にちょくちょく兄貴の事教えてくれって聞いてくるし」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。だからカッコ悪い話とか武勇伝(恥)とか教えた」

 

「ちょっとまて彼女に何を教えたんだお前!」

 

「まあまあ。細かいことは気にすんなって。……しかし他種族との恋愛か………ああ、そうだ。あの爺さんに聞いてみたらいいんじゃねえの」

 

「あの爺さん?」

 

「この街の花屋の店主だよ。奥さんがアルラウネの。エルフじゃねえけど他種族の嫁さんがいて50年以上連れ添ってるらしいし参考になる意見が聞けるかもだぜ」

 

「ああ、あの穏やかで優しいお爺ちゃんか。確かに……」

 

 店を始めた際に慣れない土地で大変だろうけど頑張ってねと無償で花を贈ってくれた優しいお爺ちゃんとその隣にいた美しいアルラウネの姿を思い出す。今でもたまに家族と店にやってきて食事をしている大変仲睦まじい夫婦である。確かに参考になる意見が聞けるかもしれないとシェフは思った。

 

「彼女は花が好きだし……うん。今度の休みに花束を買うついでに話を聞いてみるよ」

 

「おう、頑張れや」

 

 雑な応援をしつつも心から兄と恋人兼嫁候補なエルフが上手くいくよう心から願う弟なのだった。

 

 

 

 

 

 

「おきゃく、さま……?」

 

「あ、はい。花束を買いに来ました」

 

 店の定休日にシェフが花屋に行くと飾り気のないシンプルな服とエプロンを着た美女が立っていた。頭に花冠を乗っけたその女はアルラウネ。植物の魔物であり花屋の店主の妻である。

 

「いらっしゃいませ〜。はなたば、だれに?」

 

「えっと……好きな人への贈り物にしたいんですが」

 

「わあ。すきなひと! すてき!」

 

 アルラウネは辿々しいながらもシェフと会話を交わす。初々しい相談に頭の花冠がパアッと花が開く。どうやらその花冠はアルラウネの体の一部のようだ。アルラウネはあなた〜と嬉しそうに店主を呼びに行った。その楽しげな後ろ姿だけで愛し合っているのだと伝わるようでああ、こんな夫婦になりたいなと強い憧れを抱く。

 

「いらっしゃい。花束だね」

 

「はい。……好きな人に渡したくて」

 

「なるほど。お相手はよく君の店に来ているエルフさんだよね」

 

「えっ、何故それを!?」

 

「この街の住民なら誰だって気づくんじゃないかなぁ。休日もよく逢引してるじゃないか」

 

「あ、あれは……彼女の荷物持ちくらいはしたいと思って手伝っていただけで逢引ってわけでは……」

 

 常連客であり店の宣伝をしてくれたエルフに恩返しがしたい、俺に何か出来ることはあるかなと伝えたところよく買い物の時に買いすぎてしまうから手伝って欲しいと頼まれシェフはエルフの買い物に何度か付き合っていた。しかしそれは周囲からすると単なるデートであり二人が恋仲ではないと知ればえ、なんでむしろなんで付き合ってないの?と首を捻る案件なのである。

 

「あ、そうなの? でも好きなんだよね?」

 

「はい……ただ俺は人間で、彼女はエルフでしょう。友人のうちはよくても恋仲になったらどこか根本的に違うところが出てきてしまうのではないかと考えてしまうんです。……それでずっとアルラウネの奥さんと一緒に過ごしている貴方のお話が聞きたいなと。よろしければ、ですが」

 

「……なるほどねえ。参考になるかは分からないけど僕のお話でよければ」

 

 花屋は神妙な表情で頷きながら店の前の『営業中』と書かれた看板をひっくり返し『休憩中』を表にする。そしてアルラウネにお客さんと少し話すから奥で休憩していてくれと話しかけ二人分の椅子を置く。

 

「何から話したものかな。そうだね……僕が彼女に出逢ったのは25歳の頃だ。森で弱った彼女を見つけて血を分けて助けたのが僕達の出会いだった。それから何度も逢瀬を重ねて僕は気がつけば彼女を好きになっていた。彼女も同様に僕を想ってくれて……それで…………まあ、ちょっとした事があって一緒に暮らすようになったんだ」

 

「ちょっとした事……?」

 

「ええと……うーん……ちょっと口に出来ない事があったんだよ。えっと…………とある魔族に部屋に閉じ込められた事があってね。その時にまあ…………色々とあったんだよ、うん」

 

「はあ……」

 

 頬を赤らめながらも言葉を濁す花屋にシェフはなんとなく追求しないほうがいいんだろうなあと曖昧な相槌を打つ。

 

「それから一緒になって花屋を切り盛りした。最初は魔物である彼女に街の人達も距離を取ってたけど彼女が頑張って街に溶け込めるよう人の生き方を学んでくれてね。子どもが出来る頃にはもう彼女を魔物と思う人はいなくなっていた。愛する妻と子どもと過ごす日々。あの頃は毎日幸せで仕方がなかったよ」

 

「……今は違うんですか」

 

 懐かしむように話しながらも寂しさを含む笑みを見せる花屋をシェフは訝しむ。あんなにも仲睦まじく光り輝いて見えるのに今は幸せを感じていないのか、演技なのかとつい咎めるような視線を送ってしまう。すると花屋は息をゆっくりと吐く。

 

「今だって幸せさ。だがそれ以上に辛いんだ」

 

「なぜ……?」

 

「……彼女はね、僕と出会った頃と変わらないんだよ。若く美しい姿のままなんだ。だけどあれから五十年以上経って僕はすっかりお爺ちゃんになってしまった。あと十年二十年生きられれば良い方だろう」

 

 悔しさに滲んだ声にハッとする。それは人間と他種族の残酷な違い。寿命の差を指摘するものだった。

 

「僕は彼女を置いて逝く。少しでも長く生きられるよう努力はしているけれどどうしたって体のガタはある。もし僕が死んだら彼女はどうするのだろうか。しばらくは子どもや孫達と暮らすだろうがその子どもや孫だって彼女を置いて死んでしまう。そしたらまた彼女は傷ついて、泣いて一人になってしまうんじゃないだろうか。僕と一緒になったのを後悔するんじゃないかって、そう思うと辛いんだよ」

 

 若い頃は一緒にいられるだけでよかったからそんなこと考えもしなかった、後悔はしてないけどねと花屋は涙を滲ませながら話す。

 

「話が長くなってしまったけれど……他種族の……寿命の長い者と結ばれるということはそういうことだ。僕達人間は五十年百年で死ぬ。だからこそ悔いのないように生きなさい。もし彼女と共に歩みたいのなら……彼女を置いていく覚悟をしておきなさい」

 

「は、い……」

 

 花屋の五十年分の重たい言葉にたじろぎながらもシェフはかろうじて頷いた。シェフが頷くと説教臭くなっちゃったね、ごめんよと花屋は白を基調とした美しい花を桃色のリボンで纏めをシェフに渡した。

 

「今日は色々とありがとうございました」

 

「どういたしまして。気をつけて帰るんだよ」

 

 花束を受け取り帰るシェフの後ろ姿を花屋の店主は見守る。その姿が頼りなく落ち込んでいるように見えて若い子に余計な事を言ってしまったかもしれないなぁとため息をつきながら店に戻ると。

 

「って、君いつの間にそこにいたんだい?」

 

「……ごめん、なさい」

 

 花屋が後ろを振り向くとアルラウネが立っていた。しかもポロポロと涙を流しておりそれだけで今までの話を聞いていたのだと察する。

 

「……ああ、話を聞いていたんだね。不安にさせちゃったかな」

 

「わたし、こうかい、してない。これからもぜったいしない……!」

 

「うん……そうか……君の気持ちを考えずに酷いことを言ってごめんね……」

 

 泣きじゃくるアルラウネを愛おしく思いながら花屋もまた涙を零し優しく抱きしめるのだった。

 

 

 

 

 

 

(そうだよな……俺が老いても、死んでも彼女は美しく若い姿のまま生き続けるんだ)

 

 無意識に考えないようにしていた事を花屋に突きつけられシェフは花束を大事に抱えながらぼんやりと歩く。両想いかもしれないと花屋に行く前の浮足立った気持ちが地についている。

 

(だからって諦めるのか? こんなに胸が苦しいのに?)

 

 自分の作った料理を幸せそうに食べる彼女の横顔を思い出すだけで胸が高鳴り心惹かれる。この恋心を殺し生きるなど自分には無理だとシェフは思う。

 

「あ、どうも」

 

 彼女の事を想っているとその彼女と似た声が聞こえる。まさかと思い振り向くとそこには走ってきたのか息を切らし肩で息をするエルフの姿があった。

 

「わあ……綺麗な花束ですね。お店に飾るんですか?」

 

「ああこれは──」

 

 君に贈ろうと思ってと言うつもりであったのに先ほどの花屋の言葉を思い出し口を紡ぐ。話を聞いて怖気付くくらいの気持ちならば諦めたほうがいいのではと考えた瞬間、辺りに光が満ちる。何事かと考えるよりも前にシェフとエルフはその場から忽然と姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 光が収まり目にしたものは一面ピンクの異様な空間であった。台所に浴室、ベッドその他生活に必要なスペース全てがピンクで染められている。それだけでも不気味であるのに『セッ○スしないと出られない部屋』という文字が二人の思考を固まらせる。

 

「えっ……そんな。どうしましょう」

 

「一体誰がこんな悪質な事を…………弟は……ないな。あいつは俺や君の意思を無視するような事はしない」

 

「ですね」

 

 一瞬だけ悪戯好きな弟が浮かんだがすぐに疑惑を振り払う。だとすれば誰の仕業だろうか。と考えても答えは出ない。

 

「……もしあの書いてあることをしなければ私達は一生ここで過ごすことになるのでしょうか」

 

「それは……どうだろう」

 

「……私としてはそういう事をして出るのもそういう事をせずこのまま暮らすのも吝かではありません。あなたの事が好きなので」

 

「えっ」

 

 日常会話のように直接的な好意を告げられシェフは驚いて抱えていた花束を離す。するとそれも予想していたのかエルフがすかさずキャッチしてこれ私へのプレゼントでしょうといたずらっ子のように無邪気に笑った。

 

「急にごめんなさい。あなたからの言葉を待とうと思ってたんですけど……待てなくなっちゃいました」

 

「……俺の気持ちに気づいていたんだな」

 

「これでも永く生きていますから。でもあなただって気づいていたでしょう?」

 

 私の気持ちに、と見透かすように指摘されシェフはうんと観念したように頷いた。

 

「よかった。あんなに分かりやすくアピールしてたのにあなた途中まで気づかないんですもん。流石に買い物デートに付き合わせた辺りで気づいたみたいですが」

 

「ああ、やっぱりあれデートだったのか……そうならいいなと思ってたよ」

 

「ふふふ。デートに決まってるじゃないですか。鈍感さんなんですから」

 

 勝ち誇ったように笑うエルフにときめきながらもどこか暗い気持ちのままなのはやはり花屋の話を思い出すからだろうか。シェフはどうして自分を好いてくれたのか訊ねるとエルフは少し悩んだ後口を開く。

 

「最初は放っておけなかったんですよ。だってしょんぼりした子犬みたいなうるうるした目で店の前に立っててこれはお助けしないとなと。演技はあまり上手くないので美味しいといいなーと思って食べたら今まで食べたものよりも美味しくて! もう驚いちゃいました」

 

 開店初日の懐かしい思い出にシェフはそんなに情けない顔をしていたのか……と恥ずかしくなりつつも楽しそうに話をするエルフの言葉を聞き続ける。

 

「これはもう推すしかないなーと思って美味しいですって言ったら……あなたすっっごく嬉しそうな顔してて……またあの顔見たいなーって思ったら毎日のように通い詰めてました。つまり胃袋を掴まれたのとあなたの笑顔が決め手です」

 

「そっか……俺も君が俺の料理を食べている時の幸せそうな表情に惹かれたんだ。けどいいのかい? 俺は……人間だよ」

 

 エルフの好意を嬉しく思いつつもシェフはあえて水を差す。自分は人間で、弱くて、老いて、早く死ぬ生き物だぞと暗に言う。するとエルフは一度目を瞬かせた後花束を見つめる。

 

「私花が好きなんです。一瞬に思える短い時間の中で賢明に、美しく咲き誇る花が。それは人間も同じです」

 

 花束を大切そうに抱えながらエルフは話す。短い時間でも一生懸命生きるのが愛しいのだと。

 

「自分には決して出来ない生き方なんです。私は長い時間をだらだらと生きてきましたから。森での惰性的な生活が嫌になり色んな所を旅をするようになって……花と人を愛するようになりました。沢山の別れはありましたがやはり私は心惹かれてしまうのです。たとえ私だけが取り残される事になっても」

 

「……」

 

 これまでの人生を振り返るように語るエルフの表情は安らかなものであった。数多の悲しみを乗り越えた強さがそこにはある。

 

 そんな彼女にシェフは自分を恥じた。何を恐れてうだうだと小難しく悩んでいるのかと。

 

「俺は君の人生の一部になりたい。たまに思い返して笑ってくれるような、そんな思い出になりたいんだ」

 

「……ふふ。それは楽しみですね…………笑ったあとに泣いちゃうかもですけど」

 

 想いを伝え合った二人は少しのほろ苦さを感じながらも口づけを交わす。やがてやってくるであろう幸福と別離を思いながら男と女は愛し合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだったかな……?」

 

「えっと、何がでしょう」

 

「上手く出来たかなって……経験がなかったから不安で」

 

「初々しくて可愛かったですよ」

 

 愛し合った後おそるおそる感想を訊ねるシェフにエルフは微笑ましそうに優しい眼差しを送る。初めて愛を交わし合った感想が『初々して可愛かった』という男としては複雑な褒め言葉にシェフは落ち込む。

 

「可愛いはちょっと……ああもう情けないな……」

 

「大丈夫です。人間は向上心が強く上達が早いのですぐ上手くなりますよ」

 

「……そうかな」

 

 エルフの励ましの言葉の裏にほんのり隠れた過去の男……もしくは女の影にシェフはちょっぴりジェラシーを感じる。しかしそれで拗ねるのも大人気ないのでエルフの髪を撫でるだけに留める。しかし長く生きているエルフには伝わったようでバツの悪そうな顔になる。

 

「あ、ごめんなさい。野暮でした」

 

「いや、いいよ。これから勉強するから」

 

「ふふ。それは楽しみです。私も研鑽しなくてはですね」

 

 二人はなんだかんだ甘い空気を纏わせながら部屋をあとにした。それから二人は周囲の祝福を得て結婚し幸せな家庭を築いた。人間であるシェフは百を超えるほど大変長生きしエルフと沢山の思い出を作ったそうな。

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

『寿命の差ですか……やはり残された側は辛いのでしょうね』

 

「……うん…………そうだね」

 

『……』

 

 二人が部屋を出てからも黙り込んでいる魔族を不思議に思いながらも水晶玉は話しかける。

 

 何気なしに放った言葉に魔族は目を伏せながら答えた。普段おちゃらけているのに時々垣間見る悲しげな表情に水晶玉は今までなら飲み込んでいた言葉を発する。

 

『……先立たれた経験がおありなのですか』

 

「……………おや。珍しいですな。水晶玉クンが俺の過去を聞いてくるなんて」

 

『……申し訳ございません。お嫌でしたか』

 

「ううん。俺もなんとなく話してないだけだし。先立たれた事はあるよ。同族だったから寿命の差じゃなくて病でだけど。その魔族は病弱でね……いつ死ぬかも分からないくらいだったんだ」

 

 思い出すだけでも辛いのか魔族は水晶玉を撫でる手が止まり大切そうに抱えられる。その離別が悔いの残るものであったと察せられるほどに今の魔族は不安定だった。

 

 そんな魔族に水晶玉は────。

 

(どうして? どうして私は……喜んでいるのです……?)

 

 口では辛辣な事を言いつつも水晶玉は確かに魔族の事を主と慕っていた。だというのに誰かの事を思い嘆き悲しむ主の姿に仄かな喜びを抱いている自分が信じられなかった。

 

【いいのよそれで。だってあなたは──】

 

 自分の抱く昏い感情に動揺しているとどこからか女の声がする。録音したデータではない、知らないはずの女の声が水晶玉に優しく語りかけた。

 

【私なんですもの】

 

 

 




次の話(人形と人形師)の次が最終章となります。よろしくお願いします。


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二十六組目 〜人形と人形師〜

 ──大切にしたものには魂が宿る。

 

 それは人形師である彼女が子どもの頃に祖母に教えられた教えであった。それを心から信じていた訳ではない。だが魂が宿るかもしれないものを粗末にするのはもったいないな、と思いそれ以来彼女は色んなものを大事にするようになった。

 

 それから時が流れ、現在。

 

 彼女は一人前の人形師として独立し街で人形を作り生計を立てていた。彼女の人形は作りが丁寧でまるで生きているようだと評判で売上も好調だった。順風満帆と思われる彼女だがとある一つの問題に直面していた。

 

「おはよう。朝だよ」

 

「わぁ!? 起こさなくていいって言ってるじゃない!」

 

 ベッドで熟睡していた彼女を起こすのは一目見れば誰もが振り向くであろう美貌を持つ金髪碧眼の青年であった。

 

 人並み外れた容貌である青年にまるで人形のようだ、と評す者もいるだろう。実際、彼女に寄り添う青年に直接言う者もいた。

 

 ……厄介な事にそれは的外れな表現ではなかった。というのもその青年は本当に人形であったからだ。

 

 人形師である彼女が「仕事忙しくて彼氏なんて出来ねーしめっちゃ好みの奴つくろ」という不純な動機で持てる技術全てを注ぎ作った人形。それが彼である。

 

 会心の作である人形に毎日大好き、今日もかっこいいね、愛してるよー、とめちゃくちゃ愛でまくる日々を送っていたらある日、人形師がいつものように愛の言葉を言いながらキスをしたら「僕も大好きだよ」と抱きしめ返された。それどころか意思を持つように話し動くようになったのだ。

 

 祖母の言っていた教え。大切にしたものには魂が宿る。それが本当の事だとは思いもしなかった彼女は腰を抜かしそうになるほど驚いた。しかも動くようになってからの人形の姿は人そのものになっており陶器の肌は柔らかさと熱を持っていたし球体関節も無くなっていた。

 

 誰がどう見ても彼は人間にしか見えなかった。自ら作り、人形であった彼を知る彼女以外は。

 

 それから人形師と人形は共に暮らし始めた。人形は彼女がそうしたように毎日愛の言葉を贈り好意を伝えてきた。

 

 家の中以外でもところ構わず抱き寄せたり好きだ、愛していると伝えてくるため近所の人は人形師と人形は仲のいい恋人同士であると誤認していた。もっとも周囲の人間は彼を人形と認識していなかったが。

 

「寝癖ついてるよ。可愛い」

 

「可愛くないの! 自分でやるから」

 

 人形に起こされ人形師は慌てながらも髪を櫛で梳かす。息を吸うように好意を示す彼に真っ赤になりながらタジタジになっていた。人形師は色恋に無縁な人生を送っていたためめちゃくちゃ好みの男に口説かれるのに耐性が無いのだ。

 

「可愛いのに」

 

「っ……あー、もうっ。着替えるから部屋から出て!」

 

「手伝うよ?」

 

「ばっ、ばか! 必要ないから部屋から出なさい!」

 

「はーい」

 

 さらっととんでもない事をいう人形に人形師はへにゃへにゃした声で怒ると人形は渋々部屋から出ていった。

 

「はあ……心臓が保たないわよ……」

 

 朝から超絶美形に起こされただけでなく髪まで優しく触れられ人形師の頭はパンク寸前であった。

 

(あれは人形あれは人形あれは人形あれは人形あれは人形あれは人形……)

 

 人形師はそう自分に言い聞かせながら着替える。着替え終わったあとに部屋から出ると焼けたパンとベーコンの香りがして寝起き直後で空のお腹がぐぅと鳴く。

 

「おはよう。朝ご飯出来てるよ」

 

「う、うん……いつもありがとう……」

 

 人形が作った二人分のトースト、ベーコンエッグにサラダがテーブルに並べられ人形師は席につく。好みの焼き加減のトーストやベーコンエッグに上機嫌になりながらふと向かいに座り同じ食事を取る人形を見つめた。

 

「それにしても不思議よね。人形なのに食事出来るなんて」

 

「君が食事の時に僕を向かい側の席に座らせてくれただろう? 美味しそうに食べる君を見て一緒に食事したいなって思ったからきっと神様が叶えてくれたんだと思う」

 

「……その話は言わないでよ恥ずかしいから…………」

 

 幸せな記憶のように話す人形に反して人形師は羞恥心を抱いていた。いい大人が等身大の人形をいそいそと運びこうするの新婚みたーい☆と妄想しながら食事を取っていたのが今にしてみると小っ恥ずかしいのだ。

 

 ちなみに添い寝とかその他諸々もしている。彼女は割と行動派であった。ただその人形が意思を持ってしまったため大部分は黒歴史になっているが。

 

「ねえ」

 

「なに?」

 

「好きだよ」

 

「むぐっ……!? ごほっ、ごほっ」

 

 朝食を食べている真っ只中に告白され人形師は動揺してパンを喉に詰まらせそうになり咳き込む。

 

「わっ、大丈夫かい? はい牛乳」

 

 人形は空になったグラスに牛乳を注ぎ人形師に手渡すと人形師は一気にそのグラスに入った牛乳を飲み干した。

 

「いい飲みっぷりだね」

 

「ありがとよ! ……じゃなくて! そういう事急に言うのやめて言ったでしょ!」

 

「……? 愛してるって言うのは控えたけど」

 

「……っ……好きも愛してるも似たようなものでしょ! 心臓が破裂しかねないから言わないでよ……」

 

 意識しすぎてこのままだと死ぬわ自分と人形師が深呼吸しているといつの間にか人形が傍に近寄り抱きしめてきた。

 

「大丈夫、ちょっと鼓動は早いけど正常だよ」

 

 人形は耳を人形師の胸辺りにポスンとつけその心音を聴く。幸せそうに目を細める人形に人形師は更に真っ赤に頬を染めた。

 

「どさくさに紛れて何してるのよスケベ!」

 

「心臓が破裂しそうって言うから大丈夫か確認してるだけだよ」

 

 と言いつつもちゃっかりと頬擦りして胸の感触を堪能している人形に人形師はばか、えっち、すけべとプンスカ怒りながら人形を胸から引き剥がそうとする。その瞬間、眩い光が二人を包んだ。

 

 

 

 

 

「は?」

 

 人形師が意識を取り戻した瞬間、目に映るのはピンクの天井だった。

 

「な、何ここ……というかなんか重い……って!?」

 

 ずしりと体に重みを感じ視線を天井から落とすと人形が自分の体に覆いかぶさった状態であった。抱きついた体勢で飛ばされたせいで押し倒すような形になっていたのだ。しかも顔は胸に埋もれたまま。

 

「ん……なんか暗い……あと柔らかい…………」

 

 状況をまだ理解出来ていない人形はもぞもぞと動く。その際に手がベッドから人形師の体へと動きそのふくらみに触れる。

 

「ひゃあ!? ちょっと! どこ触ってるの!」

 

「え……あ。ごめん」

 

 人形としても意図していないものだったのか珍しく頬を赤らめている。が、決して胸から手は離さずむしろ何度も指を動かしている。

 

「謝りながら揉むなばか!」

 

「ごめん。理性より欲望が勝っちゃった」

 

「勝つな! んっ……やめてってば……変な感じになるでしょ……っ」

 

「んー、でも変な雰囲気の方がいいみたいだよ?」

 

「え」

 

 人形が指差す方に視線を送るとそこには『セッ○スしないと出られない部屋』という文字が掲げられていた。

 

「……これ、あんたの悪戯じゃないわよね?」

 

「そんなわけないじゃないか。こんな手の混んだ部屋用意するよりも君を夜這いした方が早いし」

 

「……まあそうね」

 

 毎晩一緒に寝ようと人形がベッドに入り込むのを阻止している人形師としては納得のいく返答に頬を熱くしながら頷く。すると人形は人形師の額に唇を寄せる。ちゅっというリップ音と共に額に柔らかい感触が伝わった。

 

「どうする?」

 

 その囁きは熱を孕むものだった。既に火照る体と引きずられる心を理性で押し留めながら人形師は口を開く。

 

「そ、そもそも……あんたそういうこと出来ないでしょ!」

 

「……出来ない?」

 

「だって私あんたを作った時…………ペニ……せ、性器作らなかったもの!」

 

 人形師は男の体については人形を作るため筋肉や骨や皮膚などの表面上のものは研究していたがそういったプライベートな部分の知識は皆無であった。そのため理想の恋人的人形を作る時も悩みはしたもののそういった機能をつけることをやめたのだ。

 

「そうだったね。でも僕が動けるようになってからなんか生えたんだ」

 

「生えた!? 何言ってるの!?」

 

「ほら」

 

「え……わー!?」

 

 人形がズボンを下ろすとそこには男の象徴であるソレがしっかりとあった。しかもなんかちょっと『反応』している。初めて見るソレに人形師は餌をもらう金魚のように口をパクパクと開閉する。

 

「……わぁ……」

 

「うん。だから出来るよ」

 

「……で、でも人形だし……あんたとそういう事は…………」

 

「どうして? 前は動けない僕を横に寝かせながら僕の名前を呼んで果てていたりしたじゃないか。僕に愛される妄想をしながら自分を慰めていたんじゃ」

 

「そ、そそそそそんな事もあったけど! しちゃったけど! でもあんたが私を好きなのは私があんたに好き好き言って構い倒してたからでしょ! 今はそうでももっと外の事を知ったら……」

 

「他の人を好きになるかもしれないって?」

 

「……うん」

 

 人形師が人形に心惹かれながらも拒絶していた理由。それは人形が外の世界を知ったら、沢山の事を知ったら自分を見なくなるのではないかという恐怖心であった。口に出すのは情けなくて今まで口に出していなかった弱音を吐くと人形はため息をついた。そのため息に人形師はビクリと体を震わせる。

 

「僕は君から沢山の愛を貰った。そんな君を愛しいと心から思っているからこうやって生きているんだ。君への愛が失われたら僕は再び物言わぬ人形に戻るだろう。僕の魂は君への愛で出来ているんだよ」

 

「あ、愛って」

 

「話したい、触れたい、傍に居たい、一つになりたい。欲望とも言うのかな。君にとってこの感情が迷惑だというなら……僕は元の姿に戻るけど」

 

 しゅんと眉を下げ離れようとする人形に人形師は慌てて抱きしめる。

 

「迷惑なわけないでしょ! 普段つい離れてとか恥ずかしい事言わないでって言っちゃうけど全部照れ隠しだから! 本当は私だってあんたのこと……好きだから。だから……」

 

 必死に愛情を伝えようとする人形師に人形は嬉しそうに微笑み今度は額ではなく唇にキスをする。そしてそのまま押し倒した。

 

「嬉しいな。じゃあ……僕が君のことをどれくらい好きか教えてあげるね」

 

「え」

 

 それから人形師はまさに溺れるほどの愛情を教えられくたくたになって動けなくなってしまい、そんな人形師の世話をいそいそとしながら人形は人形師をお姫様抱っこで抱え部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

「いやー、人形に魂が宿って実際に動くなんてスゴイですな。長く生きてきたけどここまで人らしく振る舞う無機物は初めて見ましたぞ」

 

『……はい。大変珍しいケースかと。他の方が知ったら大騒ぎになるでしょうね』

 

「まあ彼女が言わないかぎりバレようがないので大丈夫でしょ。なんの禁術も無しに魂を宿らせるなんてねぇ。凄い愛ですな。人形師クンと人形クン、両方の愛あってこそでしょうな!」

 

 奇跡って凄いですなあとはしゃぐ魔族に水晶玉は躊躇いながらも話しかける。その声は少し震えていた。

 

『そうですね。……あの。お聞きしたいことがあるのですが』

 

「何ですかな?」

 

『私は今回の人形と同様に生き物ではありません。ただの水晶玉なのに何故意思を持っているのですか』

 

 それが当たり前のことであったため疑問にも思っていたかった事を水晶玉は魔族に問う。自分が自ら考え話すことが出来るのは何故なのか。自分は何者なのかと。その言葉に魔族は真顔になり天井を見上げる。

 

「水晶玉クンが疑問に思うのも無理ないですな」

 

『はい。様々なデータベースを検索しましたが私のような無機物が意思を持ち話すという事柄に対する答えを見つけることは出来ませんでした』

 

「そっか。そうだろうね。君が意思を持っているのは禁術の影響だから」

 

『禁術……?』

 

「そう。とある魔族が禁術を用いて魂を水晶玉に移したんだ。もっともその時には魔族は弱っていて魂も朽ちかけていたから一部しか宿せなかったようだけど」

 

『その水晶玉が私……言われてみればデータにない女性の映像や声を感じる事が何度かありました。その方が私に魂を……どんな方なのですか?』

 

「……名前はエレノア。俺と同族の淫魔で──」

 

 

 

 

「俺の婚約者だよ」




次回からは最終章 魔族と水晶玉編となり今までの○○組目〜という表記ではなくなります。

最終章は魔族の過去と水晶玉の謎が明かされる章であり物語のコンセプトであるセッ○スしないと出られない部屋とそこに閉じ込められた男女が登場しませんのでご了承ください。


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二十七話 エレノア

最終章からサブタイトルの表記が話数とサブタイトル的な内容に変わります


ややこしいですがよろしくお願いします


 

『……婚約者、ですか……?』

 

「うん。親同士が決めた政略結婚だったけどね。当時の俺は淫魔のくせに性に興味がなくて戦いばかりに明け暮れる毎日を送ってまして。愛情だの恋情だのまるで理解出来なかったしきっと一生分からないんだろうなと思うくらい心が冷え切ってましたな。ある日貴族の病弱な令嬢と結婚しろって実の父親に怯えられながら言われた時もそこまで関心もなくて。初対面から婚約者相手に俺は愛なんてわかんねーからおめーのこと愛せねーかもごめんって感じの事言っちゃうくらいアレな奴でござった」

 

 魔族の過去と現在の差異にも驚かされたが自分の根幹である魂が主の婚約者だったという事実は水晶玉にとって今までの人生……もとい水晶玉生をひっくり返す驚愕のものであった。

 

『……知りませんでした』

 

「うん。多分魂の転移が不完全だった影響でしょうな」

 

『……そもそも何故私……ではなくエレノア様は私の体である水晶玉に魂を移したのでしょうか』

 

「実は言うと何故エレノアがそんな事をしたのか俺も正確には分かってない。君の体である水晶玉自体は俺が贈ったものだけど」

 

『そうなのですか』

 

「うん。エレノアは変わり者でね。人と魔族が啀み合う中で人間の書いた恋物語を愛していた。その物語の一つに恋占いをして男女の仲を取り持つ占い師が登場するものがあってね。『好き合っているのに互いの好意に気づいていない二人が紆余曲折ありつつも結ばれる瞬間は何度読んでも最高ですね……私もこの物語の占い師みたいに両片想いのお二人を支援したいです』とかよく言っていたなあ……」

 

 どこかで聞いたような興奮気味な表現に水晶玉は耳を疑った。もっとも水晶玉に耳はないのであくまでニュアンスとしてだが。

 

『……エレノア様、貴方様のような事を言ってませんか?』

 

「…………あ、本当だ。そういえばそうですな。無意識に影響されてたのやも。あはは」

 

 指摘されて初めて気づいたのか一瞬固まった後朗らかに笑う魔族に水晶玉はほんの少し意識が揺れる。それが良いのかそれとも悪いのか水晶玉には分からない。

 

「それで占い師に憧れたんだけど……エレノアは家から殆ど出られなかったから水晶玉を見たことがなくてですな。どんなものなのかと訊ねられてじゃあと見せるために人間と交渉して鉱山を買い取ったんですぞ。水晶は人間界にしかなかったから」

 

『え。鉱山って……前部屋に拉致したお嬢様の家に差し上げたものですよね? わざわざ買い取ったんですか? 戦争の最中だったのですから奪えばよかったのでは』

 

 ただの雑談のように話す魔族であったが先程述べたようにその頃は魔族と人間は何百年もの間抗争状態にあった。人間も魔族は啀み合い殺し合っていたのである。そんな中人間から奪うのではなく交渉して手に入れるということがどれだけ危険で手間の掛かることであるのか水晶玉も理解していた。

 

「まあそうなんだけど……エレノアに渡すものにそういう血腥いナニカを含ませたくなかった、というのが当時の自分の考えでして。質の高い鉱石が採れる鉱山を買い取っていい感じに魔力を宿した水晶を発掘して丹念に磨き上げ君が出来たというわけです」

 

『……なるほど』

 

 自分が君を造ったんですぞと話には聞いていたがそこまで手間を掛けて製造していたとは知らなかった水晶玉はあ然とする。しかも造られたきっかけが婚約者が水晶玉を見たがったから、という予想だにしない理由に情報処理が追いつかなかった。

 

「それから君はエレノアの元にいた。そして……勇者が魔王城に突入しようと迫っていた時、エレノアは君の中に魂を転移させた」

 

『えっ……何故そんな一大事に……』

 

「……一大事だからだよ。魔族と人間の戦争が長引いたのは互いに決定打が無かったからだ。人間はすぐ増え成長が早く、魔族は長命な上にしぶとい。どちらかが大打撃を食らうことはなく惰性的に争っていた。あまりに長く争いすぎてどちらも争うようになったきっかけすら曖昧になるほどに」

 

『……心の中で戦争を忌避する者が増えたと』

 

「エレノアは元々魔族らしくない穏やかな生格をしていたからね。それに愛読書の影響で人間の事を好ましいと思っていた。勇者側にはエレノアの幼馴染みで魔王軍の幹部であったサキュミーがいたしね」

 

『この前話していただいた勇者と結ばれたサキュバスのことですね。それで何故私に魂を……?』

 

 (話を聞くかぎり将来を悲観しての自殺……とは思えませんが……)

 

 何故勇者が魔王城を攻め込むタイミングで魂の転移という自ら命を危険に晒すような事をしたのだろうという疑問を抱いていると魔族は水晶玉を柔らかいクッションの上に置いた。

 

「……エレノアはね。勇者一行が魔王城に攻め込む前に毒を飲んだんだ」

 

『何故そのようなことを……?』

 

「……魔王城の結界や守りは俺が担当していた。勇者一行の動きは把握していたし門の前で迎え撃つつもりだった。だけど突然エレノアの従者からエレノアが危篤だと連絡が入って俺は……………その場から離れて彼女の元へと向かってしまった。魔王様を護るという魔族にとって最大の栄誉を投げ捨てて」

 

 大戦犯ですな、と魔族は自分を茶化すものの強い罪悪感があるのか肩を落としため息をつく。背を向けられているためよく見えないがきっと泣きそうな顔をしているのだろうなと水晶玉は思う。

 

「それで血相を変えて駆けつけたら何もかも手遅れで…………ああもうこれは助からないと一目で分かる有様でしたな。血を吐いて苦しいだろうに声を失った彼女は水晶玉を通して俺に『貴方がここに来たという事は魔王城の守りは薄くなりましたね。指揮をするはずの者がいなくなって統率も乱れたでしょう』と言いやがりまして」

 

『まさか……そのために毒を……?』

 

「……『実は私は秘密裏にサキュミーと手紙やり取りをしていたのです。サキュミーが言っていました……勇者様はとてもお優しい方だと。いたずらに犠牲者を出さないと。長い間魔物と人間は争ってきましたが……私は人間が好きです。彼らの紡ぐ物語が好きです……魔族の事だって……彼らにも、サキュミーにも、貴方にも傷ついてほしくない……』とも言いましたな。その後───」

 

 ガガッ。

 

 魔族が水晶玉に語りかけながら触れた瞬間、水晶玉の中でとある映像が流れ込んでくる。それは魔族が持つエレノアとの最期の記憶であった。

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

「…………だから、毒を……? 守護を任された俺が駆けつけてくるだろうと…………?」

 

『…………成功、しましたね。実はちょっとだけ不安だったんです。貴方が私よりも使命を優先させてしまうかもしれないと』

 

「……っ……馬鹿だ!! お前は大馬鹿者だ!!」

 

 目の前の女の、ただでさえ残り少ない命を削る行為が理解出来ないのか魔族は声を大きく張り上げる。元々何を考えているか分からない女だと魔族は思っていたが理屈も理解も出来ない行動にひたすらに動揺していた。

 

『……はい。馬鹿、なんです私……今こうして貴方に選ばれた事が嬉しくてたまらないんです。……毒を飲まなくてももう死にゆく体でしたが最後に大切な事を伝えられます』

 

「……大事なこと…………?」

 

『──貴方は私を愛しています』

 

「愛……? 私が、お前を……?」

 

『はい。貴方は愛が無いわけじゃないんです。ただ自覚が出来なかっただけ。周りが『愛』を教えてくれなかっただけなんです。だって……魔王様や同胞を放ってまで私のところに来てくれたんですもの。愛が無ければ出来ない事です』

 

「それは……」

 

 自分は私を愛している。傲慢とも取れる言葉をエレノアは口にする。その言葉を丸ごと受け入れらず戸惑う魔族にエレノアは優しく微笑む。その笑みには慈愛と……僅かな狂気が垣間見えた。

 

『正直に言ってしまうと悔いはあります。愛する貴方を一人にしてしまう事。貴方ならきっと私が死んでも立ち直ってしまうのでしょうが……私自身がもっと貴方と一緒にいたい。ずっと、永遠に』

 

「……俺だってそうだ。お前と共に生きたい」

 

『……ふふ。嬉しい…………だから私の宝物に私の魂を宿します。ご迷惑でなければ、お傍に─────』

 

「な……エレノア……!!」

 

 どういう意味だと身を乗り出すと同時にエレノアは瞳を閉じ大切そうに触れていた水晶玉から手が離れていく。ほんの少し前まで話していた女は、呆気なく息を止めた。その顔は安らかで笑みすら浮かべている。

 

「……宝物…………エレノアの、魂……」

 

 エレノアの死の実感で心が軋む前にせめて最後の遺言を叶えるため魔族は思考を巡らせた。彼女の宝物とは何か。

 

『とても……とても嬉しいです。ありがとうございます。一生の宝物にします……!』

 

 花のように笑いながら彼女が何を大事そうに抱きしめたのか。魔族は思い至りエレノアが死に際まで大切そうに撫でていた水晶玉に触れると──。

 

「ああ……たしかにそこにいるのだな……エレノア……」

 

 水晶玉が淡く輝きだした。その淡い眩さはエレノアの在り方そのもの。その水晶玉を大切そうに抱きしめながら魔族は涙を流す。

 

「愛……愛か……俺には分からないよエレノア。君が俺を愛してくれていた実感も、俺が君を愛していた事すらも自覚出来ていない……君は本当に幸せだったのかい……?」

 

 男の問いに答える者は既にない。けれど沈黙の中、問いに呼応するように水晶玉は光り輝いていた。

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

(ああ……そうか。貴方は病魔に蝕まれて死ぬよりもこの方の一生の傷になってでも死に様を刻みつけたかった。綺麗な思い出になんてなりたくなかったから。その上で永遠に寄り添いたかったんですね。たとえ一部しか魂を残せなかったとしても)

 

 自分が何故存在しているのか。その一端を垣間見た水晶玉に光が灯る。それは段々と強くなっていき自分自身の何かが変わっていくのを感じていた。

 

「……水晶玉クン……!?」

 

『あ──』

 

 ぐにゃりと思考が歪む。過去と今の自分が混ざり合ってどろどろと溶けていく。それは心の奥底で待ち望んでいた瞬間でもあり来なければいいと祈っていた瞬間でもあった。水晶玉という丸い球体が蛹から蝶が羽化する時のように蠢き形を変えていく。

 

 そして──。

 

「エレノア……?」

 

 水晶玉はやがてヒトのようなカタチとなり床に這いつくばる。その姿は魔族の記憶にあるエレノアと酷似しており額には水晶のような球体が付いていた。

 

 

 

 

 




一応魔族と水晶玉の設定は三話、四話辺りで固めてました。

水晶玉クンと呼んで男っぽい感じにしてるけど魂は女である事と最終的に人型になる事もその辺りで決めてたんですけど感想で水晶玉が女で人型になる予想が結構早い段階からされてて内心メチャクチャビビってました……。

ナンデワカッタノ


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二十八話 キブリー

過去回想回です


 

 何百年もの間共に生きた水晶玉が変貌しかつての婚約者、エレノアと瓜二つの姿になったのを目撃した魔族は言葉を失った。

 

(ああ……確かに最初はこうなる事を望んでいたんだっけ…………)

 

 目の前の女の姿を見て魔族の脳裏に浮かぶのはかつての、『始まり』の記憶であった。

 

 

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 

 

「久しぶり」

 

 魔族がエレノアの墓の前で手を合わせていると足音が聞こえてきた。その声は聞き覚えがあり振り向くとそこには同族のサキュバスが立っている。エレノアの幼馴染みのサキュミーだ。普段は露出度が多い服装で肌を晒しているサキュミーだが今は露出を控えた喪服に身を包んでいた。

 

「サキュミーか。魔界に戻ってくるとはな。勇者にでも振られたか」

 

「振られてませんー!! エレノアの墓参りに来たんですぅ!!」

 

 珍しく沈んだ様子のサキュミーに魔族が酷い言葉を投げかけるといつもの様な明るい声と表情に戻る。

 

「……息災でなによりだ」

 

「……そっちもね。思ったより元気そうでよかったわ」

 

「まあ……こうなることは覚悟はしていたからな」

 

 口ではそう強がるがそれは嘘だ。魔族は心の整理がつかず毎日墓の前で黄昏れていた。その事を心配したエレノアの従者が相談したからこそサキュミーは裏切り者と攻撃される危険を承知で魔界へとやって来たのだ。それを指摘するのは野暮なので魔族自身もその事は黙っていた。

 

「……てっきり俺は殺されると思っていた」

 

「……魔王軍的には敵前逃亡した大戦犯だもんね。まあそれを言ったらあたしは寝返ってるから更にタチが悪い大々戦犯だけど!」

 

 変わらず明るく笑うサキュミーに魔族は少し気が抜けたように笑った。

 

 

 

 

 エレノアを看取り埋葬を済ませた後魔族は裁判にかけられた。

 

 裁判の理由は明白だ。勇者一行との戦いを放棄した事である。しかし直接的な罰は下されなかった。

 

 長らく魔界を支配していた魔王が倒され後任候補達でゴタついている事。

 

 魔王は討伐されたが人間と魔族の間に平和条約が結ばれ結果的には敗戦となったが永らく続いた戦争が終わり血腥い選択を辟易する者が増えていた事。

 

 被告である魔族が同族にも容赦なく処罰という名の処刑を繰り返し行っていたため大半の同族にとって恐怖の対象であり強く罰したら逆に酷い目に遭うのではないかという心理的恐れがあった事。

 

 様々な思惑から魔族はしばらく謹慎していろという戦闘と守りを放棄したには軽すぎる罰を下された。

 

 処刑覚悟で裁判に赴いたというのに拷問すらなくその判決を言い渡され魔族は困り果てた。敵前逃亡という大罪を罰せられるでもなく、赦されるでもなくただ大人しくして表に出るなというのは逆に堪えるものがあったのだ。罰を与えられない事自体が罰なのかもしれないと思った魔族は自分の住んでいた屋敷を売り払いエレノアの住んでいた屋敷に引っ越していた。

 

「……あたしさ、エレノアに聞かれたの。いつ魔王城を攻めるのかって」

 

「……そうか」

 

「いくら大切な幼馴染みでもそんな事教えられないじゃない? でも魔王軍にも、キブリーにも言わないから教えて下さいって言われて……」

 

「最後に書いてあったの。勇者様とお幸せにって。でも勇者ちゃんが生きてるって事は魔王様を倒したって事でしょう? それってキブリーを倒す事にもなるのになんでそんな事を言うのかなって思ってた。そしたら……キブリーが城にいなくて……」

 

「……ああ。驚いただろう」

 

「うん。キブリーは真面目だからあたしと敵対しても手を抜かずに殺しに掛かってくると思ってたからさ。死ぬか殺すかの覚悟はしてたよ。でもいなくて……罠かって警戒しながらなんとか魔王様を倒して人間界での住居に戻ったら……お別れの手紙が入ってた」

 

 手紙の内容を思い出しているのかサキュミーの瞳には涙が滲み出す。

 

「エレノアは自分の命を賭けてあたしとあんたを救ったんだ」

 

「……それでも……それでも俺は…………一秒でも長く生きていて欲しかったよ」

 

「うん……」

 

 魔族が思わず呟いた言葉にサキュミーが同意して頷くと冷たい風が頬を撫でる。

 

「訊ねたい事がある」

 

「なに?」

 

「あいつは……エレノアは幸せだったと思うか?」

 

 震えた声の問いにサキュミーは驚いて目を瞬かせ少し考えるような仕草をした後、話しだした。

 

「……あの子、生まれた時から病弱でね。最初は両親も心配してつきっきりだったんだけど……死にかけては助かって、また死にかけて……悲しむのも喜ぶのも疲れちゃったんだろうね。空気がいいからって遠くに別荘を建てて隔離した後放置するようになったの」

 

「……ああ、聞いている」

 

「従者のメリィは付き添ってくれたし私も出来るだけ会いに行ったけど……どこか諦めた顔をするようになってた。でもキブリーと出会ってから少しずつ明るい顔をするようになったんだ。驚いたよ。あたしがどんなに話しかけても気を使うように笑ってたのに。最初は魔法を使って洗脳でもしたのかと思った」

 

「……するか」

 

「だよね。でも噂では血も涙もない男だって言われてたからさー。ちょっと話したら案外ふつーだったから拍子抜けしたけど。むしろ情ありまくり過ぎて心配になった」

 

「……そうか……?」

 

「そうだよ。まあキブリーのことは置いといてエレノアの事だけど……エレノアはさ、愛されたかったんだ。純粋に愛されて必要とされたかった。あたしやメリィだってエレノアの事は愛してはいたけど……なんていうのかな……少なからず憐れみもあったからさ。それが嫌だったのかもしれない。結構そういうのにあの子は敏感だったから」

 

「……俺とてエレノアに憐れみは抱いていた。こんな男の嫁になるなんて不憫だと」

 

「あはは。それエレノアから聞いたわ。クスクス笑いながら言ってた。こんな病弱で、いつ死ぬかも分からない女を貰う方が嫌でしょうにって」

 

 魔族はそんなことはないと口に出そうになるが伝えたい相手がいないので口つぐむとそれを見抜いているのかサキュミーはニンマリと笑う。その笑みに居心地が悪くなりながら疑問を口にした。

 

「俺はエレノアを愛していたのだろうか……」

 

「愛していたんじゃない。愛してるんだよ。今も」

 

「そう……なんだろうか。エレノアも似たような事を言っていたが俺には分からないよ。ただ今は胸に穴が開いたような喪失感があるだけでそれが愛ゆえのものなのか断定出来ない。あいつの言葉を心から受け止める事が出来ない。疑ってしまう。………それが何よりも辛い」

 

 命をかけて遺してくれた最期の言葉すら信じきれない自分に絶望しながら持ってきていた水晶玉を撫でる。そんな魔族の肩にサキュミーは手を置いた。その眼差しは弟の悩みに親身に答える姉のような暖かさがあった。

 

「なら『愛』を学べばいいんだよ」

 

「愛を学ぶ……?」

 

「そう! 分からないなら知ればいいんだよ。私達は淫魔なんだからさ、愛し合ってるところを見てみたらいいんじゃないかな」

 

「愛し合っているところを……そんなもの飽きるほど見てきたが」

 

 淫魔達が人目も憚らず外で性交をする事はよくある事だ。見たところで何の感情も湧かない。魔族がそう答えるとサキュミーは首を横に振る。

 

「淫魔同士のソレは愛もあるだろうけど本能と欲望が強すぎるというか習性?というか……もっと複雑そうな方がいいかな。エレノアは人間の恋物語が好きだったし人間が愛を育んでいるところを観察するとかいいんじゃないの?」

 

「それは………どうやって……?」

 

「うーん…………あっ、そうだ! きっかけを作っちゃえばいいんだ!」

 

「きっかけ?」

 

「そう! ギブリーは結界や空間創るの得意でしょ? 例えば…………セックスしないと外に出られない仕掛けの部屋を作って閉じ込めちゃえばいいんだよ」

 

「性行為をしないと出られない部屋……?」

 

「そうそう。どんな反応をするのか、どんな行動をするのか観察できるよ。心の機微や愛を知るには手っ取り早いんじゃない?」

 

「…………そうかもしれないが……そういった仕様の部屋は創った事が無いしな……勝手が分からん」

 

「あたしも手伝うよ。……あ、最初に閉じ込めるの、あたしと勇者ちゃんにしたら? 実際に経験した方がアドバイスしやすそうだし」

 

「…………それが目的か?」

 

 急に早口になるサキュミーをジロリと睨みつけると彼女は萎縮しつつも違うよと否定した。

 

「いや、今思いついちゃって……で、でもあたしと勇者ちゃんは両想い…………………かなぁ? 少なくとも嫌われてはいないはずだから!! 失敗しちゃっても死ぬことはないんだから気軽に試してみたら?」

 

 ただお前が勇者とセックスしたいだけでは、と呆れると同時にサキュミーの赤面と動揺具合からまだ深い関係ではない事に気づく。あれほど気に入ったら即交わっていた女が勇者に対し奥手(淫魔基準)になるとは驚いた。

 

「まあいい。物は試しだ。やってみよう」

 

「ホント? ベッドは二人寝そべれるくらい大きいのがいい! それと……」

 

 それからサキュミーの偏ったアドバイスを経て魔族はセッ○スしないと出られない部屋を創造したのである。

 

 そして────。

 

 

 

『下僕との仲を取り持ってくれた事の礼に良い事を教えてやろう。その水晶玉、ほんの一部ではあるが魂が残っておるな。おぬしが容れたのか他の者が容れたかは知らぬが大事な者の魂なんじゃろう?』

 

『大事にした物には魂が宿る。今はまだその微弱な魂では話す事も儘ならぬじゃろうが……幸いその水晶玉は魔力の媒体としても優れておる。それこそわらわが教えた心を読む術を水晶玉を介して行ったり他の魔法を行使すれば魔力と共に魂が微弱ながらも成長していくじゃろう』

 

『そうすれば……いつかはその魂の主と再び巡り会えるかもしれん。途方も無いほど長い時間を費やすじゃろうが……その間に『愛』とやらを学ぶのじゃな』

 

 

 

 心を読む術を教えてくれたヴァンパイアが礼にと放った言葉は魔族にとって光明そのものであった。もしかしたらエレノアと再び会う事が出来るかもしれない。もしそれが叶うのならと魔族は意欲的に想い合う男女を交わらなければ出られない部屋に閉じ込めた。その過程で様々な愛を学び水晶玉にその情報を書き込んでいった。

 

 それらを繰り返すうち学習から性癖の昇華へと変貌していったのは魔族にとっても想定外であったが計画通り水晶玉の中の魂は成長していき言葉を少しずつ発するようになった。

 

 しかし同じの魂とはいえエレノアと水晶玉はあまりにも違う存在であった。エレノアとしての記憶は無く器も生き方も異なった影響か水晶玉自身は丁寧な口調であるものの毒舌で冷めておりあくまで魔族を主人として扱った。

 

 最初はその事に落胆した魔族であったが部屋運営の共犯者として共に過ごすうちにエレノアとしてではなく水晶玉自身に愛着を持つようになっていたのだ。

 

(目的は果たされた。当初の目的が叶った。なのになんで俺は……)

 

 白い髪。赤い瞳。そしてその顔立ち。翼や尾はなく纏う魔力から同族である淫魔ではなく鉱石精霊であるなどの差異はあるもののエレノアとそっくりなカタチを模したソレに魔族は足をすくませる。

 

 それでも確認しなければならない、大切な事のために一歩踏み出した。

 

「君は誰だい……?」

 

「……私は──」

 

 

 




※追記 

次回の29話と最終話(予定)の30話を同日に投稿することにしました。

なので少々投稿が遅れますが必ず完結させるのでしばしお待ち下さい


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二十九話 私の名は

 

 

 

「私は──水晶玉です。エレノア様の記憶と情報は引き継ぎましたが私は私です。貴方様の所有する水晶玉……いえ、正確には水晶の鉱石精霊となったようです」

 

「そっか。うん……それでいいんだ」

 

 人の形が慣れないのかぎこちなく起き上がろうとしながらもハッキリと答える水晶の精霊に魔族は安堵と哀しみが混ざり合ったような笑みを浮かべ手を差し伸べる。

 

 エレノアとの別離に対する悲哀とそして水晶の精霊との再会に対する歓喜、両方が含まれる笑みに水晶の精霊はコクリと頷いて手を取り立ち上がった。

 

「しかし今の私はエレノア様の魂が変化した姿。私の中にエレノア様が僅かながらにいる、と言っても差し支えはありません。なので……長年抱いていた願いを叶えられては如何でしょうか」

 

「……何でそれを」

 

「……申し訳ございません。先程触れられた時に僅かながら貴方様の記憶が見えたのです。おそらく私の中の魂が揺らいだからでしょう。貴方様の記憶の中にエレノア様に対する悔いが見受けられました。私はエレノア様ではありませんが……一時的な代行は出来るかと」

 

「そっか……じゃあ遠慮なく」

 

 魔族は大きく息を吸いゆっくりと吐いた後、水晶の精霊に向き直る。その真っ直ぐな視線は水晶の精霊をすり抜け遠くへと注がれている。

 

「エレノア。俺は沢山の愛の形を知った。人と人、人と魔族……種族関係なく様々な愛を紡いでいた。それをずっと見ていたら……自分の中の、君に抱く想いが何かやっと理解出来たんだ」

 

 魔族はこれまで部屋に閉じ込めた男女の記憶を振り返っていく。それは万華鏡のように鮮やかで尊いものだった。

 

「エレノア。俺は君を愛している」

 

 キブリーの願い。それはたった一言、生前一度も伝えられなかった愛の言葉をエレノアに告げる事だった。死に際に伝えられた『貴方は私を愛しています』という言葉が真実であり、今もお前を愛しく思っているのだと教えたかった。それだけの事を伝えるために魔族は気が遠くなるほどの年月を費やし沢山の愛の形を見てきたのだ。

 

 生まれながらに強大な力を持ったせいで恐れられ、疎まれた故に愛し方を知らなかった男が自分の抱いていた想いを知る為にたどり着いた終着点。それはありふれた愛の言葉で幕を閉じる。

 

「────はい。私も愛しています、キブリー」

 

 その言葉に水晶の精霊は瞳を閉じ、自分の中に宿る『エレノア』として答えた。魔族と同じ、飾らない言葉で。

 

「ああ。やっと伝えられたな……」

 

「……私からもお伝えしたいことがあります」

 

 長年の悔いをようやく解消出来た事に安堵する魔族に水晶の精霊は『エレノア』から元に戻り語りかける。

 

「うん。なんですかな水晶玉クン。………って、いつまでも水晶玉クンと呼ぶのも可笑しいですな」

 

「そうでしょうか」

 

「……君にちゃんとした名前をつけなかったのは名前をつけることで『個』が生まれるのを避けたかったから。まあつけなくても君という『個』が普通に出来たから意味はなかったんだけど……改めて名前をつけるのは出来なかった。君がエレノアではないと分かるのが怖くて……情けない話ですな」

 

「……そうでしたか。確かに今の私は水晶玉ではなく人型です。名前がある方がいいでしょう。名前……」

 

(私の名前……私自身の、私だけの名前……)

 

 エレノアと名乗るつもりは毛頭ない。かといって全く別の名にするのも違う気がした。少し考えた後水晶の精霊はぎこちなく手をきゅっと握る。

 

「エレノア様なくして今の私は存在しません。ですのでエレノア様の名を拝借して………エレナ。私の名前はエレナということで」

 

「いい名前ですな。では改めてよろしくですぞエレナクン」

 

「はい。……キブリー様」

 

 自分の名を持った水晶の精霊は初めてキブリーと、魔族の名を呼ぶ。それは彼女自身が一歩進むための決意の現れであった。

 

「私は貴方を愛しています」

 

「──。」

 

 エレノアではなくエレナとして、水晶の精霊は魔族に愛を告げる。その事が予想外だったのか魔族は目を大きく開いた。

 

「この想いの始まりはエレノア様の、キブリー様への愛から来るものだったのでしょう。ですが私は私として貴方様と長い時を過ごしてきました。あの部屋の事で共に悩み、時には語らったあの記憶は私だけのもの。今、この瞬間に抱いている想いは私だけのものです。私は貴方様を愛しています」

 

 水晶の精霊は淡々と平坦な口調で魔族への想いを打ち明けた。だが声に反して表情は不安げで瞳は小さく揺れて額の球体がぼんやりと光る。

 

「……俺はエレノアを愛している。これまでも、そしてこれからも」

 

 その淡い想いを魔族は受け入れる事なく切り捨てる。それは同志であり心から敬愛する彼女に対する魔族なりの誠意だった。その言葉を聞いて水晶の精霊は俯く。

 

「……でしょうね。どう答えても逃げられないようセッ○スしないと出られない部屋に転移させる魔法を使ったのに発動しませんでしたから」

 

 魔族が作り上げた強制性交空間、『セッ○スしないと出られない部屋』はこの世のどこよりも優れた防御性能を誇るがその分絶対的な誓約がある。

 

 ──体を重ねてもいいくらい『想い合う』男女でなければその部屋に入れることは出来ない。

 

 という誓約が。

 

 魔族は水晶の精霊を愛している。しかしそれは友愛(フィリア)慈愛(アガペー)であり決して恋愛(エロス)ではない。魔族と水晶の精霊は部屋の入室条件を満たしていないのだ。だからこそ魔法は発動せず弾かれた。

 

「なんてことしようとしてるのエレナクン!? さっき額のソレ光ったのって魔法使ったからってコト!?」

 

「私が一番心にクるのは自分は安全圏にいると思って油断しきっている男が迫られて慌てふためくシチュなので」

 

「ええ……急に性癖の開示してきた……」

 

「……振られるのってこんな苦しくて、切ない気持ちになるんですね……知りませんでした」

 

「う、うん。ごめん……エレナクンはもはや娘みたいなものだからこれっぽっちもそういう目で見れない……」

 

 性癖をぶち撒けて来たと思ったらしゅんと落ち込んで泣き出した水晶の精霊に魔族は困惑しつつ紳士的にハンカチを渡す。キツイトドメめの一言を添えながら。

 

「……なんで今トドメ刺したんですか」

 

「気を持たせる事言うのは嫌ですからな。気まずくなるのも嫌だし正直にぶっちゃけようと思って」

 

「ハァ……もういいです。今は私の事は置いておくとして……キブリー様。これからどうなさるのですか」

 

「どうとは?」

 

「貴方様の目的は一応達成されました。これからはどうするんですか」

 

「ああ確かに。……でもそんなの愚問ですぞ。確かに始まりは『愛』を知るのが目的ではありましたが! 俺はこれからも両片想いの男女がセッ○スしないと出られない部屋に閉じ込められてあたふたする様子が見たいっ!! なのでこれまで通り続行しますぞ!!」

 

 高らかに握りこぶしを掲げ最低な宣言をする魔族に水晶の精霊は呆れながらもこのヒトは本当に仕方ないなと微笑む。

 

「ではお手伝いします。私も見たいですし……参考にもしたいので」

 

「……なんの?」

 

「何年、何十年、何百年経っても私は必ず成し遂げてみせます」

 

「えっ、怖いんだけど……全身ゾワゾワするんたけど……言っとくけど実力行使に出ても君じゃどうあがいても俺には勝てないからね?毒とかも効きませんぞ?他にイイ人探しなさい?」

 

「私、絶っっっっっ対に諦めませんので」

 

「ええ……コワー」

 

 水晶の精霊から向けられる殺意にも似た恋情にドン引きしつつもなんだかんだ二人は仲良くこれからも両片想いの男女を拉致り強制的にセッ○スさせていくのだった。

 

 

 

 




今回の魔族と水晶玉に関してはもしかしたら賛否両論……どころか否の方が多いかもしれませんね。魔族と水晶玉が結ばれたり魔族と水晶玉がセッ○スしないと出られない部屋に入る予想や要望をしていた方が多かったので……。

予想以上にそういった声が多かったので自分もそうした方がいいのかなと思いはしたのですがどうにも引っかかってしまって。

無自覚に愛していた婚約者の死を引きずって何百年も新しい恋も見つけず童貞だった男が同じ魂を持つ似た容貌の女(しかも中身は長年一緒にいた彼にとって家族的な存在)と即ゴールインするかと言われると『ない』な、少なくとも初回は絶対振るだろうという結論に至りました。

しかし振って終わりにするのは水晶玉ことエレナがかわいそうだったので今後どうなるかは分からない、という感じで〆させていただきました。今後二人がどうなるかは想像にお任せします。

いよいよ次回は最終回となります。

サブタイトルは『セッ○スしないと出られない部屋に男女を閉じ込めるのが性癖の魔族に巻き込まれた話』です。よろしくお願いします。


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最終話 セッ○スしないと出られない部屋に男女を閉じ込めるのが性癖の魔族に巻き込まれた話

ついに最終回となりました


 

 

 

 

 

 世界の至るところでとある噂がまことしやかに囁かれていた。

 

 両片想いの、あと一押しでくっつく男女を拉致しセッ○スしないと出られない部屋に閉じ込め一部始終を眺めるのが性癖の魔族がいる。

 

 そして実際にその部屋に閉じ込められ、なんやかんや心を交わし結ばれた者達がいると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「髪伸ばそうかな」

 

「いいと思いますけど……どうしたんですか急に」

 

「だって……可愛くないし」

 

「誰ですか、そんな事を言ったのは。魔法で消し炭にしてきます」

 

「ち、違うよ! ただ君と並んだ時にふと思っちゃって。ほら、僕って男っぽいから」

 

「それは単にボーイッシュなだけですよ。あなたがとても可愛らしい女性であることはわたしがよく知ってますから」

 

「わっ……!? 外で抱き締められるのは恥ずかしいよ……」

 

「大丈夫ですよ。誰もいませんから」

 

「で、でも君に抱きしめられると僕……変になっちゃうんだよ……」

 

「──。」

 

「なんかこう、ソワソワするというか……ってアレ? なんで僕お姫様抱っこされてるの? どこ行くの!?」

 

「休憩所です。ご休憩です」

 

「えええええ!?」

 

 

 ──魔法使いと剣士。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ。……さっきは言いすぎたわ。ごめんなさい。だから……仲直り、したいんだけど」

 

「……俺もさっきは言いすぎた。こっちこそ悪かった」

 

「「…………」」

 

「ねえ」

 

「なんだ」

 

「言葉だけだとさ、仲直りにはなんか足りない気がしなくもないなと思うのよね。何かが」

 

「……キスしたいならそう言えよ」

 

「ばっ、そそそそんな事言ってないでしょ! べ、別にあたしは……んっ……」

 

「んっ………そうだな。俺がしたいだけだ」

 

「ばっ、ばかっ! いきなりキスしないでよ死ぬかとおもったじゃないっ!」

 

「じゃあやめるか」

 

「え。や、やめちゃヤダ……」

 

 

 

 ──弓兵と拳闘士。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〜♪」

 

「あらあら。鼻歌でご機嫌ね」

 

「身長をさっき計測したら伸びてたので嬉しいんです」

 

「まあ。よかったわね。……ふふ。もう少ししたらわたしよりも大きくなるかもね」

 

「大きくなってみせますっ。そしたら……あなたにプロポーズしますから!」

 

「……っ……それ、今言ってよかったのかしら……?」

 

「宣言みたいなものなので……決意表明です」

 

「もし途中で成長が止まっちゃったら?」

 

「えっ……その時は……」

 

「その時は?」

 

「……カッコ悪いですけど厚底靴を履いてプロポーズします」

 

「……くすっ。ズルい子。でもそういうところが好きよ。背が伸びても伸びなくても楽しみねぇ……」

 

 

 

 ──吟遊詩人と踊り子。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様こちらです。お気をつけください」

 

「ええ。……まあ……ここがあの方がくださった鉱山ですのね! すごい大きさですわね……」

 

「しかしお嬢様が直接出向かずともよかったのでは……?」

 

「いいえ。わたくし自ら手に入れたいんですの。あの方はこの鉱山から魔法の触媒であり相棒である水晶玉を創り上げたと雑誌のコラムに書いていました! ならばわたくしも水晶をゲットして家宝にしますわ! わたくし達が結ばれたのはあのお方のおかげですもの!」

 

「だからってヘルメットと作業着とピッケル装備して鉱山に向かう令嬢は世界中探しでも貴女くらいでしょうね……」

 

「あら。お嫌い?」

 

「……いえ。そういう破天荒なところ含めて愛しておりますとも」

 

「ふふ♡」

 

(俺達もいるんだけどナー、二人の世界ダナー)

 

(いいじゃねえか青春ってやつだよ。俺達はモブらしく先に発掘してようぜ)

 

 

 

 ──召使いとお嬢様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ! 我ながら素晴らしい発明だ!」

 

「また何かしょーもないことを思いついたんですか?」

 

「失敬な! 画期的革命的な発明と言いたまえ!」

 

「はいはい。なんですか」

 

「目に直接レンズを入れて視力を補正する発明品だよ。目に直接触れるわけだから衛生面を特に気をつけなくてね」

 

「え」

 

「眼鏡を忘れたり落としたりするうっかりさんや眼鏡を掛ける事自体が苦手な人にオススメだ。これは売れるぞぅ」

 

「……それ売り出したら博士はどうするんです?」

 

「うーん……なんだかんだ眼鏡には愛着あるからなぁ……それに助手君は私の眼鏡掛けている姿に一番興奮するようだからね。試しはするが基本眼鏡のままにしておくよ」

 

「変な言い方しないでくれませんかね」

 

「えー、でも私がこうやって指で眼鏡をクイッてするのメチャクチャ好きだろう?」

 

「ドチャクソに好きですけど」

 

「え」

 

「ドヤ顔でからかっておいて今みたいに照れくさくなってカチャカチャ眼鏡を動かしてしどろもどろにするのに一番興奮しますが」

 

「えっちょっ、待ってまだ研究したいことがっ……あっー!!」

 

 

 

 ──助手と博士。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エルリーゼの御令嬢と婚約するって本当?」

 

「どこでそれを……まあいい。そうだが?」

 

「アナタ女でしょう。世継ぎのための婚約なのに世継ぎはどうするつもり」

 

「……表向きはエルリーゼ家の御令嬢と婚姻するが御令嬢の弟君と『作る』事になっている。両者ともに了承済みだ。偽りの、女同士の婚姻……辛い思いをさせてしまうだろうが……アルシュタインの者として、夫として出来る限りの事をするつもりだ。もし子が出来たら『病気』で療養する手筈となっているから留守を頼む」

 

「っ……何よそれ。男としても女としても生きるって事?むちゃくちゃじゃない」

 

「……既に決まった事だ」

 

「それでいいの? アナタの気持ちは?」

 

「そんなもの必要ない」

 

「……そう。…………誰のものにもならないなら傍で支えるつもりだったけどアナタがそういう選択をするというのなら考えがあるわ」

 

「副団長……?」

 

「団長。アタシと決闘して。アタシが勝ったら……アタシは団長になるわ。そして武勲を得て爵位を貰う。だからアナタはアルシュタインの子息ではなく令嬢に戻ってアタシのお嫁さんになりなさい」

 

「なっ!?」

 

「決闘を申し込まれたら受け入れるのが我が騎士団でしょう? 剣を取りなさい」

 

「くっ……どうかしているぞお前は!」

 

「アナタほどじゃないわよ!」

 

 

 

 ──副団長と団長。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「呪い、解けませんでしたね……あの魔女さんならと思ったんですが」

 

「そうだな。まあ気長に試すさ」

 

「うーん……どうすれば元の姿に戻れるんでしょうね……くしゅんっ!」

 

「大丈夫か?」

 

「す、すみません……あ……雪降ってきたんですね。だから妙に寒いと…………わっ!?」

 

「これでどうだ? あたたかいか?」

 

「は、はい……あたたかくて……もふもふに包まれてるの安心します……」

 

「君は小さいな。こうして抱きしめているだけですっぽりおさまってしまう」

 

「えへへ……狼になった貴方が大きいのもあると思いますよ。……好きな人と見上げる雪ってこんなに綺麗なんですねぇ……」

 

「そうだな……もう少しこうしてていいか?」

 

「そうですね……ここなら人も来ませんしもう少しこうしていましょうか……」

 

 

 

 ──人狼と治癒師。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……今日は御主人様が料理を……?」

 

「何を驚くことがある。お前を引き取った最初の頃は私がお前に料理を教えていただろうが」

 

「は、はい。それはそうですが……どうして急に?」

 

「……お前に教えるものがある」

 

「新しい料理、ですか。御主人様直々に教えていただけるなんて一体どのような……」

 

「……私の母が聖夜祭でよく作ってくれたパイがある。それを教えるから覚えろ」

 

「御主人様の御母様が……」

 

「我が家代々伝わってきたものらしい。私の代で途絶えさせるつもりだったが……戯れでにお前に教えることにした。他言はするなよ」

 

「……っ……はい。全身全霊で覚えます」

 

「大袈裟な女だな…………おい、何故泣いている。古傷が痛むのか」

 

「いいえ。ただ嬉しいだけです」

 

「……? おかしなやつだな……」

 

 

 

 ──商人と奴隷。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おらっ悔い改めろー!! ……よし、魔物退治完了っと」

 

「毎度思っていたんですが僕達しかいない時にたまに使うその場違いなハリセンはなんなんです?」

 

「これ? これは私の御先祖様である勇者が魔の物をを殺さない程度に加減してぶっ叩く時に使う聖なるハリセンよ」

 

「勇者ってあの勇者ですよね。え、魔王を倒した伝説の勇者がそんなアホな武器を? 何かの間違いでは?」

 

「本当よ。直接ぶっ叩かれていたサキュミーおば……おねえちゃんが私にプレゼントしてくれたんだから」

 

「ええ……ご存命だったんですか」

 

「……ううん。あのひと、全然精気を吸わなかったから衰弱しててね。旅に出る前に亡くなったわ」

 

「淫魔なのに精気を吸わなかったんですか?」

 

「勇者ちゃん以外からは吸わないんだって口癖みたいに言ってたわ。それで私はシワシワのあのひとしか知らないんだけど……すっごく綺麗なお婆ちゃんだったの。あんな風に幸せそうに笑う素敵な恋がしたいなって思ったんだけど……」

 

「おや可哀相に。悪い男に捕まってしまいましたね」

 

「まあ……そうね。で、でもあのひとは『この人しかいない』って思う人を見つけなさいって言ってたからいいの!」

 

「へえ。僕に『この人しかいない』って思ったんですか?」

 

「あ。……し、知らない」

 

「……おや。そんな反応をされるとどんな手を使ってでも言わせたくなりますね?」

 

「えっ、ちょっと何してっ!?」

 

 

 

 ──暗殺者と聖女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わー!? 朝っぱらからお前何してんだよ!?」

 

「ゆーひゃひゃんのゆーひゃひゃんをいただいてまふ(勇者ちゃんの勇者ちゃんをいただいてます)」

 

「お前散々昨日絞っただろうが!」

 

「あうっ☆ 勇者ちゃんの愛のハリセンアタック痛いっ! 痛くないけど!」

 

「全く朝から頭ピンクの色情魔が……」

 

「だってサキュバスだもん。勇者ちゃんが精気くれないと私他の人から貰わなきゃいけなくなるんだけど」

 

「それは駄目だ」

 

「……ふぅん。即答なんだ?」

 

「あ。……いや……まあそりゃ……命の危険もあるし俺くらい頑丈なやつじゃないとな」

 

「それだけー?」

 

「し、知らねえ」

 

「もー、誤魔化すのヘタなんだから。あたしの事大好きなんだもんねー?」

 

「……それは………ってどさくさに紛れて服脱がそうとするんじゃねえ! 朝からは絶対おっ始めねえからな!」

 

「イタァイ!! 照れ隠しにハリセンフルスイングしなくてもいいのにー!!」

 

 

 

 ──勇者と淫魔。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……これじゃダメだな……うう……上手く書けない……」

 

「入るよ。おや? 丸めた紙が落ちてる……?」

 

「あー! ちょっ、ちょっと待ってくださいその紙広

げちゃ……!」

 

「『せんせいのことが大好きです』……これって恋文かい?」

 

「わー! 読んじゃ駄目です!」

 

「だって僕宛なんだろう? 気になる」

 

「駄目ですってば! 字もヘタだし文章も全然上手くないんですから!」

 

「そんな事ないのに……どうして急に?」

 

「それは……せんせいが前に作家さん同士で楽しそうに話のネタを出し合ってたじゃないですか。いいなぁって思って小説を書いてみようと思ったんですけど私おバカなので……自分の気持ちを書ける恋文から始めてみようかなと。でもそれすら上手く出来ないんです……」

 

「なるほど。僕のために努力してくれるその気持ちが一番嬉しいよ」

 

「でも……」

 

「じゃあ僕も君への恋文を書くよ。明日書いて渡すから」

 

「へっ!? ひゃ、ひゃい……」

 

 

 

 ──小説家と手紙屋。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても……広い島だね」

 

「そうだな。無人島なんて貰っちまっていいのかね……『悪い連中に狙われるようならここに避難するといいですぞ!』とか手紙にあったが」

 

「いいんじゃない? あの魔族色々土地持ってるみたいだし貰っちゃおうよ。……あの村ものどかで好きだったけど……私みたいな人魚がずっと留まってたら悪い人達に巻き込まれちゃうかもしれない。……君まで村を出ることになってゴメンね」

 

「バカ。謝るなよ。不老不死だなんだいってお前を傷つけようとする奴らがわりぃんだ。それにお前がいるならどこでもおもしれーだろうよ」

 

「……もう。カッコイイなあ。好き」

 

「なんだよ急に。今回は歌わないのか?」

 

「からかわないで。……でもそうだね。歌おうかな。たまには一緒に歌わない?」

 

「まあいいけどよ……俺はそこまで上手くねえぞ」

 

「いいの。こういうのは一緒にするから楽しいんだからっ」

 

「へいへい」

 

 

 

 ──漁師と人魚。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「護衛に行ってくる。近場での仕事だから夜には必ず戻る」

 

「ええ。いってらっしゃい」

 

「……」

 

「……どうしたの?」

 

「いってらっしゃいのキスがしたいんだが」

 

「……もう。それ毎朝するけど飽きないの?」

 

「飽きない。……昔はお前からしてくれたものだったな」

 

「……それ子どもの頃にままごとで新婚ごっこしてた時の話でしょ。何年前だと思ってるのよ。しかもその時はほっぺだったし」

 

「駄目か」

 

「駄目とは言ってないでしょ。ほら、屈んで。アンタデカいから届かないのよ」

 

「分かった。……このくらいか?」

 

「ちゅっ…………はい。いってらっしゃい。これでいい?」

 

「ああ。いってきます」

 

 

 

 ──用心棒と娼婦。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほれ。褒美じゃ。何がしたい?」

 

「御主人様の細くスラリとした脚で自分の顔を踏んでほしいです」

 

「仕方ないのう。このド変態め。こうか? こうされたいのかっ! ほれっ!」

 

「ありがとうございますぅ!! 最高です!!」

 

「……お前本当に欲望を隠さなくなったな」

 

「心の声がバレバレならもういいかなと。足の裏舐めてもよろしいでしょうか」

 

「キメ顔で言うことか。まあどうしてもというのなら……ひゃっ!? ば、ばかもの! 許可をする前に舐めるでないわ!」

 

「ぐおっー! 一蹴りありがとうございます! 次はもっと強めに蹴っていただいても大丈夫です!」

 

「無敵かお前!?」

 

 

 

 ──下僕と吸血鬼。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だ、大丈夫でしょうか」

 

「ただ実家に帰って妹と会うだけだろ。気負いすぎるなって」

 

「そうなんですけど! 怖いんですよぉ! 妹も蛇神様も!」

 

「堂々としてりゃいいんだよ。スーパーなギャンブラーである俺がついてるんだからな」

 

「……うちの家一応おカタイ家なのでギャンブラーはむしろマイナス要素かと」

 

「なんだとぉ! 占いもギャンブルも大して変わんねえだろうが!」

 

「はぎゃー! それ暴言です! 流石に今の発言はスルー出来ません! 訂正してください!」

 

「お前こそ賭博師を下げただろうが!」

 

「マヒしてるかもしれないですけど賭博なんてふつーの人はしませんからね!? それにアングラな雰囲気がどうしてもありますし! あと貴方口悪いですし!」

 

「お前だってすぐ調子に乗るじゃねえか! そのあとヘラるし!」

 

(あれ、止めなくていいの?)

 

(放っておけ。犬も食わないやつだアレは)

 

(なるほど……仲がいいようで何より。姉さん幸せそうでよかった。……家の前で口喧嘩されるのはシュールだけど)

 

 

 

 ──賭博師と占い師。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どうでしょう」

 

「ふむ……作りは所々荒いが……この出来なら71点ってとこだな」

 

「おお……初めての70点代……!」

 

「最初弟子入りしてきた頃は酷かったからなー。剣を作るのに鉄の塊にしたやつは初めてだったから頭抱えたぜ」

 

「面目ないです……あの時は迷惑をおかけしました」

 

「まあな。だが今ではそれなりにカタチになってやがる。まだまだ荒削りだがそのうち剣を作る仕事任せる事になるかもな」

 

「やった! ……あの師匠」

 

「どうした」

 

「……自作の剣の点数、90点以上採れるようになったら伝えたい事があるんです」

 

「……仕事関連か?」

 

「いえ……どちらかというと家庭関係というか……僕達の今後の話と言いますか」

 

「あん?」

 

「……僕達はその……肉体関係を持ったじゃないですか」

 

「ま、まあな」

 

「……一人前の鍛冶師になったら結婚を申し込みます」

 

「…………お、おう。採点は甘くしねえからな。なるべく早く上達しろよな」

 

「はい」

 

 

 

 ──鍛冶師と小人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉さんの恋人、結構良い人でよかった。最初賭博師と聞いたときはいいように利用されてるんじゃと思って会いたいって手紙送っちゃったけど……久しぶりに姉さんに会えたし勇気を出してよかった」

 

「そうだな。我から見てもあの男は悪い男ではないだろう」

 

「ならよかった。ワイルドでカッコいい人だったね」

 

「……我の方が美しいが?」

 

「貴方とあの人じゃジャンル違うでしょ。どうしたの急に」

 

「お前が我の前で他の男を褒めるからだろう」

 

「えっ。姉さんの彼氏だよ?」

 

「だからなんだ。男だろう」

 

「……貴方って意外とヤキモチ妬くタイプなんだ」

 

「自分の所有物に執着して何が悪い」

 

「ふーん。ふふ、知らなかった。姉さんに手紙書いて本当によかったわ」

 

 

 

 ──蛇神と巫女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これどういうことよ!」

 

「君をモデルにした彫刻だが」

 

「じゃあこれは!」

 

「君をモデルにした絵を描いた陶芸だが」

 

「じゃあこのバカでかいのは!」

 

「君をモデルにした絵だ。最初は裸婦画にしようと思ったが君の裸体を見るのは俺だけがいいと思って服はちゃんとあとから足したぞ!」

 

「当たり前でしょう! じゃなくて! なんで私がモデルのやつばっか創ってるのよ! お陰様でお熱いですねって冷やかされるんだけど!?」

 

「いやあ……照れるな!」

 

「照れるな! 知名度は上がって仕事は増えたけど……」

 

「そうか! それはいいことだ! 俺は可愛い奥さんを自慢できて君は仕事の依頼が増える! いいことづく目だな!」

 

「いいわけあるかー! 普通に恥ずかしいのよ!」

 

 

 

 ──芸術家と葬儀屋。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『あ』」

 

「『あ』……?」

 

「うん。そう。その発音で合ってるよ」

 

「♪」

 

「次は……『い』」

 

「『い』?」

 

「うんうん。うまいうまい。人間の言葉を覚えるのが早いね」

 

「…『あ』『い』…………」

 

「うん? 何かな?」

 

「『あ』『い』『しぃ』『て』『る』」

 

「……っ……! 驚いたな……僕より愛情を伝えるのがずっと上手いんだね君は。負けていられないな。僕も君の言語で愛してるって言えるようにならないと」

 

「♡」

 

 

 

 ──花屋と魔花。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ。悪かったって」

 

「知りませんっ」

 

「ついな、酒を飲むと口が軽くなるんだ。悪気はないんだって」

 

「そういう自覚があるなら外で飲まないでください」

 

「……ごもっとも」

 

「あんな大勢の前であの部屋の事話すなんて何考えてるんですか! 周囲の視線が恥ずかしくて死ぬかと思いました!」

 

「悪かった。だから布団から出てきてくれよ」

 

「……当分酒場での飲酒はナシと約束してくれるなら」

 

「わかった! しばらく酒は家でしか飲まねえ!」

 

「……仕方ないですね…………んっ!? ……ぷはっ、なんで今キスしたんですか!」

 

「……はは。布団から出てきたお前が可愛くてつい」

 

「や、やっぱり布団に篭もります!」 

 

「おい!? 照れんなよもう何度もしてるだろ……って俺の分の布団まで取るなって!」 

 

 

 

 ──冒険家と探検家。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……」

 

「……どうした。 気分でも悪いか? 今日はもう仕事も終わったし酒場には行かずに帰るか?」

 

「ううん。そういうわけじゃないんだけど……なんかムズムズする」

 

「ムズムズ……花粉症か?」

 

「ううん。花粉はへっちゃらなんだけど……君に跨がられると意識するようになっちゃって」

 

「何をだ?」

 

「もしかして騎乗ってえっちなことなのではって……」

 

「なっ!? そ、そんなわけあるか!」

 

「だってお尻や足を密着させて腰をゆらすんだよ。えっちなのでは……?」

 

「やめろ! 私が淫乱な女みたいじゃないか!」

 

「君がいんらんな子…………それはとてもえっちなのでは……!?」

 

「さっきからなんたんだお前は! 思春期か!」

 

「ううん。発情期の方」

 

「……は?」

 

「君とあの部屋から出た時から兆候が見られるようになったんだ。あれ以来仕事忙しくて色々とお預けだし……僕、つらいです」

 

「それは……」

 

「イチャイチャしたいよう……」

 

「……っ……私だってそういう気持ちはあるが……」

 

「あるんだ」

 

「……まあ」

 

「じゃあイチャイチャしよう。家は……家族がいるし……森?」

 

「………………いや外はちょっと。隣町のホテルとか……」

 

「りょーかい!」

 

「わあ!? はやいはやい! 露骨すぎるぞ!?」

 

 

 

 ──竜人と竜騎兵。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うちの使用人に贈り物をしたそうですね」

 

「え? ああ、うん。誕生日だったから」

 

「旦那様。使用人は使用人です。あまり特別扱いするのはよろしくないかと」

 

「でも僕達は彼女達にお世話になって暮らしているわけだし誕生日に祝うくらいいいと思うけど」

 

「むぅ……ですが簪を贈るなんて」

 

「君が今つけてくれている赤い華の簪を凄く綺麗だって褒めてくれたから彼女に似合いのを作っただけで深い意味はないよ」

 

「……旦那様。子どもの時といい少し前から思っていたのですが気を持たせるプロなのですか? 旦那様にその気はなくとも受け取る側は違うのですよ?」

 

「彼女は弁えてるよ。それに僕が愛しているのは君だけだからね」

 

「ミッ」

 

「でも僕の事が大好きすぎて確認に来るくらい不安になっちゃったんだね。ごめんよ。よしよし」

 

「……っ……頭を撫でないでください! わたくしは犬ではありませんよ!」

 

「じゃあハグということで」

 

「ミャー!!」

 

「おや。どうやら君は犬ではなく猫さんだったみたいだ。可愛いねえ。ぎゅー」

 

「……はわわ…………わ、わたくしの方が立場は上なはずなのにぃ………」

 

 

 

 ──細工師と雪女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「浮気したね」

 

「してないけど!?」

 

「してたよ! さっき他所のスライムの体に指突っ込んでたじゃん! ぼくというものがありながら!」

 

「ええっ……スラちゃんが小さい頃はあんな感じのスライムだったなと思って懐かしくて触っただけだよ?」

 

「スライム的にはあれはアウトですー! あんなんセッ○スみたいなもんだもん!」

 

「えええええー!? ちょっとツンツンしただけなのに」

 

「君はぼくにだけツンツンしたりぎゅうぎゅうしたりちゅっちゅっすればいいのー! もうこれはおしおきするしかないね」

 

「おしおきって……」

 

「あ、ぼく三人まで分裂出来るようになったんだ」

 

「え?」

 

「「「おしおきだー!」」」

 

「ひっ。ちょっと待って二人でもへとへとなのに三人はしんじゃうって……あー!!」

 

 

 

 ──粘液生物と召喚師。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ! どうした我が妻よ! 私はたかが腕一本折れた程度で引かんぞ! 来い!」

 

「よく言ったそれでこそ我が夫だ! だが私が勝つ!」

 

 

 

 

 

「わあー! もっとやれ!」

 

「女王様も王様も頑張れー!」

 

「……おい。これは結婚式の余興なのだろう……? 何故ガチに殺し合っているんだ? そして何故それを国民はノリノリに受け入れているんだ……?」

 

「国民柄としか……アマゾーネは強さこそ正義なので」

 

「……お、おう」

 

 

 

 

 

「愛してるぞ! 我が妻よ! 楽しいなぁ!」

 

「私もだ我が夫! 愛しているぞ! 永遠にこうして切り合っていたいものだ!」

 

 

 

 

 

 

「……アマゾーネへの侵攻計画は白紙にしよう。こんなイカれた化け物どもに喧嘩を売ったらろくな事にならん」

 

「……賢明な判断かと…………」

 

 

 

 ──王子と女王。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味しい……」

 

「よかった。今まで作ったことがないレシピだったから不安だったんだけど口に合ったならよかった」

 

「とても美味です。しかしエルフの郷土料理なんてよく見つけましたね」

 

「花屋さんが色んな種族に関する本を沢山くれたんだ。エルフに関するものもあって試しに作ってみようと思ったんだよね」

 

「ふふ。ありがとうございます。森で暮らしていた頃の懐かしい気持ちになりました。ですが……こんなに美味しいと感じるのはやはり貴方が作ってくれたからなんでしょうね」

 

「そ、そうかい? とりあえず喜んでくれて嬉しいよ。他にもレシピあるんだけど何がいいかな」

 

「貴方が作ってくれたなら何でも美味しいし嬉しいですけど……酸っぱいものが食べたいですね。最近酸っぱいものが妙に欲しくなってしまって」

 

「最近暑いもんねえ」

 

「……いえ。そうではなく……」

 

「……えっ!? もしかして!?」

 

「……お医者様が3ヶ月目だと……エルフは出来にくいから驚きました」

 

「そっか……じゃあお祝いしないと! 嬉しいな……」

 

「はい……」

 

 

 

 

 

「ウェイターさんー。このブラックコーヒーに砂糖入れてない? 甘いんだけどー。口の中ジャリジャリするぅ」

 

「入れてないですねぇ……あのイチャイチャバカップル……いえ、イチャイチャバカ夫婦のせいかと」

 

「……そっかー、なら仕方ないな……」

 

 

 

 ──料理人と森人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ」

 

「どうしたの? ご飯美味しくない?」

 

「ううん。今日もとっても美味しいけど……あんたってこうやって普通にご飯とか食べるじゃない? トイレとかいかないけど食べたものどうなってるの?」

 

「神様に一緒にご飯が食べられるようにしてくださいって頼んだらしてくれたから僕もよく分かってないや」

 

「……ねえ。たまに神様のおかげ的なこと言ってるけどもしかして本当に神様がなんかしてくれたの……?」

 

「え? うん。神様が『人形相手にここまで執着してラブなのウケルー、キミも人形師の事大好きなカンジ? マジ? 両想いじゃんー! そんなに好きなら動けるようにしてあげるー! あ、でも大事なトコ出来てないじゃん生やしてアゲルー☆』って色々してくれたんだ」

 

「神様ギャルだこれ!?」

 

『イエーイ』

 

「っ!? なんか脳内に直接話しかけてきたよ!?」

 

「あ、君にも聞こえるようになったんだー。面白いよね」

 

「面白いで済ませていいのこれ!?!?!?」

 

 

 

 

 ──人形と人形師。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キブリー様。この二人組はどうでしょう。『孤児の子ども達のために悪徳貴族や領主から宝を盗む女盗賊と最初は捕まえるのが目的だったのに盗賊と関わるうちに惹かれてしまった衛兵』です」

 

「ふむふむ……いいですないいですな! 王道だよねそういうの! さっそく拉致りますぞ!」

 

「了解。ふふふ。楽しみですね」

 

「ひゃっほーい!!」

 

 魔族達はこれまでも、そしてこれからも欲望のままに半ば強制的に紡いでいく。

 

 

 

 

 

 ──数多の愛の物語を。

 




最後まで読んでいだきありがとうございました!

これにて本作品は完結となります。10話で一旦一区切りをさせたもののこうして連載を再開して完結まで至ることが出来たのは皆様の応援や感想のおかげです。本当にありがとうございました。

今回最終回ということでよくある今までの登場人物を登場させるという王道のやつにしようと思って書いてみたのですが……いやあ登場人物多いですねこの話。はじめは地の文含め1エピソードがっつり書こうと思ったのですがそうしてしまうといつまで経っても最終回投稿出来ないし自分の指と脳が死ぬと思い会話文のみにしたのですがそれでも1万字近くになってしまいました。少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。



10話で告知したR18版についてなんですが……実はあの時は本当に10話分で終わらせて今回の結末をR18版でする予定だったんですよね。

でも日間ランキングとか載る事が出来たり感想いただいたりお気に入りしてもらえたりしたのが嬉しくてついついカップルを増やしてしまった上に自分的に満足する終わり方をした結果R18版書きたい欲よりも物語を完結出来た達成感が勝ってしまいまして……あと正直26組にまで増えたカップルのR18部分を書き分けられる自信が今の自分にはないです! すみません!

とはいえ今作のカップル達のR18を書きたくないかと言われるとぶっちゃけ書きたいのでそのうち書くと思いますがいつになるかは分かりません。もう少し他の物語を書いて自信がついたら書こうと思いますのでその時はよろしくお願いします。


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