楽玲オンリーシャンフロ短編集 (東雲。)
しおりを挟む

主題:楽玲による交際バレ即興曲

こういうシチュエーションが大好きなので書きました。


 季節は巡り、桜が咲く春が訪れる。年度が変わっても俺の生活には特に変わりはない。いや、一つ変わった。クラス替えで玲さんと同じクラスになった。嬉しくはあるが、付き合ってる事がバレないように立ち回る機会も増える。気を付けないとな、と思っていた。

 

 そう。思って()()のだ。なぜ過去形なのか、それを語るには俺の記憶を遡らねばならない。忘れもしない、あれは数分前の正午のこと―――

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

 始業日に俺達高校生に与えられたプログラムは、正午の時点で終わりを迎える。多少顔ぶれの変わったクラスメイト達は我先にと教室を出ていった。逆に残ってダベっている連中もいる。その中には数週間前と変わらない顔ぶれも何人かいる。雑ピとか。

 

「楽郎、ゲーセン行かね?」

「悪いが今日は直帰の予定なんでな」

「ん、オッケー」

 

 生憎今日は一刻も早く家に帰りたいくらいの気分だ。許せザッピー。速やかに支度を済ませて席を立つ。玲さんの方を見ると、こちらもクラスメイトと談笑している。と思ったらちょうど終わったところらしい。

 

 

()()()()()()()

「ふぇ?あ、はい!」

 

 

 玲さんは赤ら顔で俺に振り向き、喜色満面に浮かべて立ち上がる。瞬間、いくつかの事が同時に発生した。

 教室内の喧騒は水を打ったように静まり返る。十数人分の視線が俺に突き刺さる。体育会系ズが無言で扉を封鎖する。そして俺は己の致命的失敗(ファンブル)を悟った。

 

 前々から怪しまれてはいた。だがその疑惑は都度否定してきた。そんな二人が一緒に帰ろうとして、あまつさえ名前呼び。そう、俺はこの時まで、学校では「斎賀さん」呼びで徹していたのだ。そりゃあ、

 

 

「ひ づ と め ら く ろ う クン?」

(こうもなるよな…)

 

 背後からかかる声に恐る恐る振り向けば、雑ピが息のかかる距離までって近っ!バカな、俺に気付かせずに背後を取った、だと…!?いやまぁ一般男子高校生が気付くほうがおかしいけども。

 

 

「聞き間違いか?今、『玲さん、帰ろっか』と聞こえたんだが…?」

「聞き間違いだろ?俺は今……えーっと…『礼賛、蚊、廊下』と言ったんだよ…我が家は、あー…宗教上の理由で蚊を崇めていてだな…」

 

 

 声が震えている。握った手に汗がにじむ。というか言い訳の前に雑ピのポエムネタを擦って論点をずらしにかかるべきだった。その方がまだ生存の可能性があっただろうに、こんな悪あがき以下のクソ言い換えで反撃の機を逸してしまった。プレミは連鎖する、坂を転がり落ちるように…!

 

 

「そうか、続けていいぞ楽郎。そのまま俺達を納得させられれば、帰してやっても 「できるかぁ!!」 ならば拘束する!斎賀さんも重要参考人故、任意同行を願う!」

「くっ…!お、俺のことは良い、せめてれ、斎賀さんだけは…!」

「彼女を守るナイト気分か、いい度胸だな!なおのこと許せん!」

「グワーッ!」

 

はい回想終わり。

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

 そして今に至る。流石にあの言い訳から続けるのは無理筋が過ぎる。何だよ蚊を崇める宗教ってピンポイントすぎんだろ。母さんでも入らんわ。

 俺は現在、教室のど真ん中で椅子に座らされ、上から肩を抑えつけられている。完全に身動きが取れない姿勢だ。玲さんは隣の席で女子に囲まれている。前の席に座る雑ピが俺に真剣そうな眼差しを向けてきた。

 

「なあ楽郎、俺はお前のこと友達だと思ってる。友達が付き合ったってんならさ、祝ってやりたいんだよ。だからさ……そろそろ認めな?」

「祝いたいんならまず待遇の改善を要求する」

「嘘つき罪の罰なので却下する」

 

 ぐぬぬ。流石にコレ以上の言い訳は苦しい。認めるしか、ないか……!

 

「ごめん、玲さん。俺が口を滑らせたばっかりに……」

「い、いえそんな…!遅かれ早かれ、知られてたと思うので…」

 

 そう言ってくれてありがたい。だったらもう認めてしまおう。ただし――雑ピに一泡吹かせてから。

 

「そういや暁ハート先生、裏垢の執筆も随分順調そうじゃないっすか…」

「なッ!?」

 

 俺の反撃に雑ピの表情が固まる。ハッ馬鹿め!お前のポエム(からかいネタ)を楽しみにしている奴がこの学校に何人いると思ってやがる。アカウント変えたくらいで逃げ果せられると思うなよ!

 

「ポエムの雰囲気は変えられても、書き方の癖は中々抜けないようだな!そうだろう『黄昏ティアー』先生よぉ!」

「ぬ゛っ…………がっ……!!」

「んでお察しの通り、俺と玲さんは去年末に付き合った」

「なあ今の暴露に何か意味あったか!?せめてお前への追求を回避しようみたいな意図があってこそだろうがよ!!」

「友達なんだろ?道連れになってくれよ」

「縁切ってもいいか~~~!?」

 

 やーいやーいざまみろー。男子連中は思い思いに端末で俺が口にした名前を検索し始めている。それでも俺を押さえつける重みは揺るがない。自我無い系ロボットかお前は。

 

『お、あったアカウント』

『どれどれ・・・へー暁ハート先生と違って結構アンニュイな感じ』

『なるほど、こういうのを書くために別アカウントを用意したのか』

『書き方とポエムの雰囲気が合ってなくね?』

『暁ハート先生、こっちもフォローしとくぜ』

 

「おいお前らやめろ!今は楽郎が先だろ!…とにかく!認めたんなら結構!別室で更に詰問させてもらう!おら立て!」

「人の上着を拘束具に使うのやめない?傷んだらどうしてくれる」

「しょうがないだろ。他に使えそうなのないんだから」

 

 こうして、俺を含む男子生徒は別室に移動していく。玲さんは俺と同じように女子生徒にいろいろ聞かれるだろうが、俺に出来ることは祈るしか無い。玲さんがボロを出さない乱数を祈るしか。……うーん少なからず不安。

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

 空き教室に移った。俺+雑ピ+クラスメイトの男子四名は、適当に用意した椅子に座っているが、俺だけ後ろ手に回され、手首に上着を巻きつけて拘束状態。頑張れば抜けるかもしれないが、ここで暴れてもデメリットしかない。早いとこ解放されたいもんだ。

 

「静粛に。被告人。我々はお前に幾つか聞きたいことがある」

「もう気分は良くなりましたか黄昏ティアー裁判長」

「被告人は質問にのみ答えるように!」

 

 そういうお前は随分()えているようだな、なんつって。

 

「で、聞きたいことってなんだよ」

「そう焦るな。まずは確認だ」

 

 咳払いが一つ。

 

「被告人陽務楽郎。斎賀さんと付き合っているのは事実か?」

「ああそうだよ」

 

「いつごろから?」

「去年末」

 

「告白はどちらから?」

「黙秘権を行使する」

「許可できない」

 

 末法の世。

 

「……玲さんから」

「被告人、嘘を吐くな」

「嘘じゃないんだが」

 

 連中、教室の隅に固まってヒソヒソ。

 

『な……斎賀さん…………惚れた……?接点…………』

『……JGE…一緒………………、シャンフロ…………?』

『俺…シャンフロ…………だけど…、フレンド……………女子……………………』

『………知りよう…無い……。楽郎…運……………んだろ』

『斎賀さ……彼女………読モ……?………ラック強者……程がある……』

 

 ぽつぽつと断片的に聞こえてくるが、なんか俺と玲さんの接点を探っているのだろうか。正直、玲さんとの巡り合わせは岩巻さんの後押しがかなり大きいからなぁ…。お前らもクソゲーをやってみれば何かわかるかもしれないぜ?『便秘』に来ないか?ボコボコにしてやる。

 

 何らかの結論が出たのか、連中が戻ってきた。

 

「とりあえずは信じてやろう。夜道には気を付けることだな」

「殺意ダダ漏れじゃねえか」

 

 そんなんじゃ天誅してくださいと言ってるようなもの…多分伝わらないから胸に閉まっとこう。伝わったらそれはそれで困るし。

 

「な、なぁ…陽務、だっけ?」

 

 雑ピ以外から声がかかる。見覚えが無いな。去年は別のクラスだったか?

 

「俺は去年、斎賀さんと同じクラスだった。気にはなってた。美人だもんな。だからって、陽務に別に思うところはないんだ。告白するほどの好意も勇気も無かったし。だけど、これだけは聞かせてほしい」

「前フリで質問の内容分かったわ。それを聞いて正直に答える奴いたら正気じゃないぞ」

 

 

「………斎賀さんと……どこまで行った?」

 

 

 こ、こいつ、強行しやがった!質問した男子生徒と俺以外が席を立ち、そいつに詰め寄る。

 

『流石にそれは聞いたらダメだろ!』

『そうだそうだ!』

『デリカシー足りてねえぞ!』

『で、でもよお!お前らだって気になるだろ!?ここに来てる時点でノーとは言わせねーぞ!』

 

『『『『………』』』』

 

 猿どもめ。さてどーする?さっきも言ったがバカ正直に答えてやる義理はない。人を本気で騙すなら最低でも――

 

『嘘っぽい嘘と、嘘っぽい真実と、真実っぽい嘘を用意する』

 

 だったな。覚えてるぜペンシルゴン。そうだな…よし。目の前で軽い取っ組み合いが勃発してるが、構わず口を開く。

 

「大したことないから言うけど、俺と玲さんの間にそーゆーのはねーよ。俺達は清いお付き合いを心掛けてるんでな」

「いやそれは嘘だろ」

「楽郎、お前の口に綺麗事なんて似合わないぞ?」

 

 はっ倒すぞ。

 

「斎賀さんとデートして、何とも思わずにいられるのは無理だろ」

「玲さんを物理的にどうこうしようって方がよっぽど無理だ。玲さんは腕っぷしが滅茶苦茶強い。下手に襲いかかってみろ。腕の関節外された上に骨砕かれるぞ」

「えっ……そんなに?」

「確か前にSNSに上がってた動画でも、ナンパ野郎の肩外してたような…」

 

 そうそう。これについては疑う余地は無い。少なくともあの動画を見た奴にとっては周知の事実だからな。骨砕くは盛ったが。…いやでも出来そうだな。

 

「つー訳だ。第一、付き合って三ヶ月目なんて、まだまだ相手の人となりを理解しようとしてる段階だからな、そういうのはナシだナシ」

「…そんなもんなのか?」

「なんか雑誌で見たことある気がする。一般的にはそうらしいぞ」

「そうか…………」

 

 第三者からの援護射撃で、質問をした輩は鉾を収めたようだ。よしよし乗り切ったな。

 

 

「こんなところか。もう聞くことはないか?………無いな?これにて詰問は終了とする!――さて楽郎」

 

 軽く締めくくり雑ピが近づいてくる。お?やるか??

 

「おめでとう」

「…お?」

「正直、友達に彼女が出来たの初めてだから、うまく言葉が出てこないけどさ…祝いたいって気持ちは本当なんだよ。だからまあ、おめでとう。」

 

『良かったな陽務!』

『幸せになるんだぞ!』

『斎賀さん泣かせたら許さねえからな!』

『お前は何様だよ』

 

 ん~~、素直に祝福されると少しむずがゆい。しかしまぁ、悪い気はしないな。いつの間にか外されていた拘束具(俺の上着)を抱えて立ち上がる。

 

「今後どうなるかはわからんが、玲さんを悲しませないように努力するつもりだ。それはそうと―――いい雰囲気にしとけば俺が仕返ししないとでも?」

『『『『頼む!こいつで勘弁してくれ!!』』』』

「え!?俺!?」

 

 美しいまでの心変わりの早さ。満場一致でスケープゴートにされた雑ピへの一抹の憐憫はあるが、それはそれ、これはこれだ。『やられる前にやり返せ。やられたら手酷くやり返せ』が鯖癌及び幕末流であるからして、こうも好き勝手されてすごすご引き下がるなんてとてもとても。そうは問屋が卸さないぞ。

 

 

「よろしい 「よろしくねぇ!」 これより黄昏ティアー先生のポエム朗読会を始める!」

『『『『ウェーイ!』』』』

「ンアアアアァアァァア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」

 

 男子生徒達に拘束され、人間の擬態が暴かれた化け物みたいな悲鳴を上げる雑ピをよそに、俺は端末を操作し始める―――!

 

……

…………

 

 あくは ほろびた!




書き方の癖で別名義バレする小説家は実在するので、何もおかしいことはありませんことよ?(一次創作者の方向を見ながら)

後これはどうでもいいことですが、サンラクサンの発言はちゃーんとペンシルゴンの言葉の通りです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大雨の微睡み

投稿時期はハロウィンですが内容はハロウィン全く関係ないし何なら夏の終わり頃をイメージしてます


 昼食の片付けを済ませて一息ついたころ、窓の外は大雨模様だった。ガラス戸を締め切ってなお、ベランダから雨の音が聞こえてくる。今日は元々出かける予定を入れてなかったから気持ち的な損は少ないのが救いか。

 というわけで、俺は今キッチンで麦茶を口の中で転がしてボケーッとしている。普段の俺ならとりあえずゲームと洒落こんでいただろうが、どうもそんな気分ではなかった。昨日徹夜でゲームしたから眠いってのもあるが――ライオットブラッドは攻略中に飲んだから今日は我慢しないといけない――、大部分は、この生活空間の唯一の同居人に由来する。

 

 玲さんが、ソファに座って窓の外の雨を見ている。片付けを終えてからずっと()()だ。後ろからではその表情は見えないが、俺のようにただ呆けている訳ではない事くらいはわかる。

 

 昨晩玲さんを徹夜攻略に付き合わせた事とは別…の、はずだ。申し訳ないとは思ったのだが、あのクソゲーは二人プレイじゃないとまともに遊べないので…。外道共は都合つかなかったし。

 

「………気になる」

 

 一体、彼女は何を考えているのだろう。話しかけて答えてくれるだろうか。声をかけた程度では反応すらしなさそうなんだが。

 

「よし」

 

 聞いてみよう。聞く権利くらいはあるはずだ。

 玲さんのコップに麦茶を注ぎ、話しかける建前を得る。同棲しといて建前がないと声もかけられない訳ではないが、どこか邪魔しづらい雰囲気を漂わせる今の玲さんと相対するには、理由は多いほうが良いと判断した。精神的なハードルが低くなるので。自然なフリで、二人分のコップを手に玲さんに歩み寄る。

 

 玲さんの横顔が目に留まった時、俺はその場に釘付けになった。玲さんにしては珍しい、憂いを帯びた横顔のギャップに見惚れ、同時に脳が記憶の引き出しを探る。その眼差しに見覚えがあったから。

 

----------------------------------------------------------------------

 

 変態(ロリコン)共で騒がしい『蛇の林檎』も、アクティブ数が減る時間帯には落ち着いた空間になる。そういう時は気兼ねなく、「鯖癌」の話が出来るものだ。まあ「鯖癌」がベースな以上は血腥い話題ばかりだが、しかし――いや、()()()()()、とある感情が去来する。そんな時に、ヤツはこんな目をしやがる。ほんの一瞬ではあるが。

 

 その眼差しに込められた感情は『望郷』。この場合の(ふるさと)は生まれ故郷の事では無い。遠く離れ、決して手が届くことはなく、忘れることなどできやしない――魂の還る場所と言うべきか。あんな血みどろの孤島を心の故郷にしてる奴は、一度精神科を受診したほうが良いと思う。俺?俺の心の故郷は合法の果てにもあるから大丈夫。

 

----------------------------------------------------------------------

 

 それはそれとして、玲さんは何に望郷を感じているのか。……思い当たる節は、無くもない。

 

「玲さん、何を見てるの?」

 

 コップを二つテーブルに置き、ソファの隣に腰を下ろす。その目は、未だ現実より望郷の在処を見ていた。

 

「……雨が、降ってますね」

「?……そうだね」

 

 玲さんがほう、と息をつく。

 

「……雨の日の事を、見てました」

「そっか」

 

 内心「やっぱり」と思った。玲さんの雨にまつわる出来事は、それくらいしか知らないんだけども。

 しかしまあ今の玲さんのなんと掴みどころのないことか。うたた寝で鈍った脳は、俺の問いかけに自動的に独り言を零しているのだろう。こくん、こくんと小さく船を漕ぐ様に罪悪感が刺激される。

 

「私は、今……とても幸せです。毎日が、至福に満ちています。大好きな楽郎くん……と、付き合えて、こうして…ひとつ屋根の下で…生活できているのですから…」

「えっと…どうも?」

「しかし、私が甘受している幸せは……途方もなく細い糸を、辛うじて切らずに済んだからこそ、あるものだと…………何かひとつ、ごく小さなボタンの掛け違いで……ここに、至ることはなかったのかもしれない………私と、楽郎くんは疎遠になって………そして…………」

 

 生気の薄い眼差しを、雨からテーブルのコップに落とし、玲さんは俯いて言葉を零す。横顔が垂れ下がった髪に隠れて見えなくなった。

 

「そんなことを、考えて……しまいました」

 

 玲さんの肩が、震えている。

 

「………」

 

 ――整理しよう。

 玲さんは今精神のバランスを崩し、普段は考えないようなネガティブな想像に支配されている。こういう時、彼氏たる俺が取り得る最良の選択は何だ?クソ、眠気でいまいち頭の回転が鈍い。ライオットブラッド……ダメだ。今の玲さんを、僅かにでも放っておくのは悪手だと漬鮪サンラク(ピザの記憶)が囁いている。

 

 考えろ。彼女の不安を和らげる為に、この場で俺に何ができる?………不安を和らげると言えば()()か?科学的に効果が保証されてるし。

 座ったまま身体を玲さんに向ける。両手で玲さんの肩を掴んで向かい合う。濡羽色のヴェールの向こうで、彼女はどんな顔をしているのだろう。

 

 普段、バグったりフリーズしたりこそすれど、あれだけ頼もしい玲さんが、今はあまりにも軽く、脆く見える。精緻な飴細工のような、儚く、危うい美しさ。僅かな刺激――例えば、俺がこの手を離すだけ――で、そのまま壊れてしまうのでは、と思えるほどに。

 

 

 だから真正面から抱きしめる。出来るだけ柔らかく、可能な限り固く。

 

 

 玲さんの体温と鼓動を、服越しに感じる。心なしか冷たく感じるのは、玲さんの不安が伝わってくるからか。ならば、俺から玲さんにも伝わるはずだ。

 

 どれだけか細い糸だろうと、辿り着いたならそれが勝利だ。『もしも』に怯える必要なんて無い。いっそ開き直ってもいいくらいだ。乱数の女神の悪戯としか思えない、再現不可能レベルのデレ行動に乗っかってラスボスに勝ったとしても、クリアした事実は不変なように。

 

「……ぅぁ」

 

 絞り出される小さなうめき声。我知らず力が籠もっていたらしい。慌てて緩めようとするが――ふと、ゆっくり、背中に腕が回される感触。弱々しさすらある力での抱き返しは、しかし玲さんの想いを強く語っていた。

 

「…………っ……、ぁぅ…………………」

「……いいんだよ、玲さん。好きなだけ泣いていい。不安も、恐怖も、後悔も。全部吐き出して、俺が受け止める。俺は、玲さんの彼氏なんだから」

 

 抱き合ってないと聞こえないくらいの嗚咽。肩に暖かい雫が触れる。なんとなくだが、俺はこの日の事を忘れないだろう。

 

 そんな気がした。

 

 

……

…………

 

 

 玲さんが落ち着いてきてしばらく。そろそろ良いかな、と身体を離す。

 まず黙して天を仰ぐ。理性は至ってシリアスなのに、欲望とかいう空気の読めない奴め。抱きしめている間、必然的に押し付けられるダブルパンチに、下腹部から沸き上がるすべてを台無しにする熱の抑制を余儀なくされた。理性と3大欲求の内2つが体内で大乱闘していた事は、墓場まで持って行くとしよう。

 

 心の中の戦争を笑顔で隠し、玲さんの顔を見る。

 

「……玲さ………あぁ…」

「………すぅ…………んむ………」

 

 しょうがないね。徹夜明けにたっぷり泣いたもんね。安心しきった玲さんの寝顔に、無粋な熱が引いていき、安堵と愛情が俺の心を暖める。

 玲さんは大丈夫だ。どうせならベッドで寝かせたいが、俺も睡眠欲にそろそろ抗えなくなってきた。身体にいまいち力が入り切らない。このまま玲さんを運んでも、擦ったりぶつけたりしそうでむしろ危険。

 

「ん……ぬぁ……」

 

 せめて、この場でできる最大限を…。玲さんと並んで座り直し、彼女の身体を引き寄せ、俺の身体で支える。玲さんの寝相はだいぶ良いので、これで暫くは倒れないはず…。

 

「おやすみ、玲」

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

 雨の降りしきる夕方に。

 薄暗がりのリビングで。

 ソファに座った、男女が二人。

 肩を寄せ合い、頭を預け。

 静かに寝息を立てていた。




ラスト5行の風景があまりにも鮮明に見えてしまったので、これを共有せんと一本書きました。これを読んだ方の脳内にも映像が見えたなら幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

将来の計は元旦にあり

時節に合わせて一本書いたって良いじゃない、にんげんだもの(もう一月終わる(単品としての投稿時点の時間軸))


 年が明けた。去年は…まあなんというか色々あったな。

 大学受験を無事乗り切ったり、念願の大学が変人の巣窟だったり、家からじゃ遠いしマンション借りようとしたら玲さんが押しかけてきて、何故か同棲状態になったり。

 彼女だから問題ないっちゃ問題ないのかもしれないが…良いのか良家のお嬢様よ。

 

 なにはともあれ、慌ただしい大学生活一年目も残り三ヶ月のこの頃。正月でそれぞれ帰省する前に二人で初詣に行こうか、となったのが大晦日の夜のことだ。

 そして現在元日の昼過ぎ。玲さんは振袖を着るらしく、俺はリビングで着替え待ち。

 当然、俺は洋服。着物なんか持ってないし、わざわざレンタルする気にはならない。一応デート用の奴なので普段着よりはマシだろう。

 

「お、お待たせ、しました…っ」

「うお」

 

 声に反応して振り返れば、当然ながら振袖に身を包んだ玲さんがいて、思わず声が漏れた。

 濃い緑を基調に、これでもかと満開の桜が咲き乱れる結構カラフルな一着。玲さんの艷やかな濡羽色の髪とよく合っている。それどころかベストマッチと言わざるを得ない。これ仙さんからの贈り物なんだっけ? 流石です仙さん。

 

 お団子に纏められた髪型もこれまた実にグッドだ。普段のエアリーボブももちろん良いのだが、お団子ヘアーにはどことなく家庭的な魅力があるように思う。柔和さや清潔感を感じるからだろうか。

 

 正直俺は今、既に今日の目的を終えたと言っても良いくらいの感動を味わっている。このままリビングでゆっくり茶でも飲んで寛ぐのもアリかもと思えてしまうくらいには。

 拝むべきは神ではなく玲さんだったのかもしれない。

 

 まあ玲さんは俺と初詣するために気合を入れてくれているので、短絡的な欲望はぐっと押し込む。

 

「可愛くて、綺麗で…よく似合ってる。なんというか…落ち着いた雰囲気が玲さんに合ってて…うん、良い」

「あ…ありがとう、ございます…」

 

 そんなに嬉しいのか、ぽっと顔を赤らめて俯く玲さん。あまり喜ばれるとこちらも気恥ずかしくなってしまう。

 付き合って丸二年になるというのに、未だこの体たらく。

 進歩が無いと言うべきか、初心を忘れていないと言うべきか。

 

「げふん、じゃあ、初詣…行こうか?」

「は、はい!」

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

 俺と玲さんが今住んでいるマンションから、『徒歩でもまあ一応行けるかな…?』くらいの距離に神社がある。特段大きい訳ではないが、それでもこの時期は流石に人が多い。

 

「ら、楽郎くん…お参りの前には、手水舎(てみずや)で手と口を清めてですね…」

「この時期に冷水で手と口を洗わせる神様、控えめに言ってサディストでは…?」

 

……

…………

 

「ぐおお…冷たい通り越して痛い…」

「ひ、必要なこと、ですから……」

「あ、少しマシになった」

「ぴゃば」

 

 冷えた手を温めるためアンド人混みではぐれないために手を繋ぐ。隣で何かが爆発した気がするがいつものことだ。うん。

 浄化バフの効果時間が残っている内に参拝を済ませてしまおう。混み合う人の間をすり抜け、行列に並んでしばらく。

 拝殿に辿り着く。

 さて賽銭を入れて……なんかお辞儀に作法があったような。なんだっけ?

 

「二礼、二拍手、一礼…ですね」

「それだそれ。さんきゅ玲さん」

 

 俺の思考を知ってか知らずか、バッチリのアドバイスをくれた玲さんに感謝。

 こういう時は教養豊かな玲さんの存在がありがたい。五円玉を賽銭箱に放り込み、きっちり二礼二拍手一礼を済ませ、願いを思い浮かべる。

 

「………。よし」

 

 隣を見れば玲さんも済ませていたらしい。後がつかえているので賽銭箱の前からそそくさと離れる。

 

「…楽郎くんは、どんな願い事を?」

「これ言ったら叶わなくなるやつじゃなかったっけ?」

「言う言わないは俗説の見方が強いので、人によるかと…」

 

 そういうもんだろうか。そういうもんかもしれない。

 

「声にしなければ……いつまでも………変わらないので…………」

「おおっと折角だしクイズにしようか! 俺の願いは何だと思う!?」

 

 急速に空気に重量を感じ始めたので話題転換。自分の発言が自分に刺さってしまったのだろうが、元日に出すような空気感ではない。

 

「え? えっと…『今年も良いクソゲーと巡り会えますように』…とかでしょうか?」

「おお、玲さんも俺の事分かってきたね」

「そ、そうですか!?」

 

 喜色を隠しきれないのか、そわそわする玲さんを眺める。フリフリと揺れる袖が可愛らしさを際立たせているな…。まあ、実際のところはハズレなのだが。

 

 玲さんと付き合っていない俺だったら、そういう願い事をしただろう。

 今の俺の願い事は、『今年も玲さんと一緒にいられますように』だ。

 言う言わないが個人に依るなら、俺は言わないことを選ばせてもらう。

 

 …流石に、面と向かっては恥ずかしいし。

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

「自販機で飲み物買ってくるけど、玲さんはどうする?」

「そ、それならお守りを、見てきても良い…ですか?」

「オッケー、いってらっしゃい」

 

 赤ら顔の玲さんが社務所の方へ歩いていく。生きた障害物(人混み)が存在しないかのような滑らかな歩みだ。玲さんにとっては振袖の動きづらさなど、あって無いようなものに思える。

 それを横目に近くの自販機に向かい、興味本位で買ってみたエナドリ味だがエナドリではないノンカフェイン飲料を一口。エナジーカイザーも無い割にこういうのは置いてるんだな。

 

「……うーん」

 

 なんだろう…この、コレジャナイ感。味は再現できているのだろうが、カフェインのパワーが無いためか。身体に活力が漲らない。

 普通にジュース買えば良かったな…。

 

 とっとと飲み干して玲さんの様子でも見に行こう。ついでにお守りの一つくらいは買っても良いかもな。

 

 さっきまでエナドリのような何かが入っていたペットボトルを自販機横のゴミ箱に入れ、人の波を避けて売り場へ向かう。今の玲さんは特徴的な服装しているし、見つけるのは容易いはず……お、いたいた。

 横合いに近づきながら声をかける。

 

「玲さん、お守り何買った? ――ん、『安」

「らら、楽郎くん!?」

 

 ちょうど巫女さんから受け取ったところだったらしいお守りを、霞む速さでハンドバッグの中にしまい込む。

 む、最初の一文字しか見えなかった。

 

「あ、え、えっと、これは、その……秘密、です!」

 

 そんな秘密にするようなお守りってあったっけ…?

 

「そう? ま、いいか。すみません、学業成就のお守り下さい」

「…はい、丁度いただきます。………では、こちらがお守りです」

「どうも」

 

 売り場にいた巫女さんが、俺に生暖かめな視線を向けながらお守りを渡してきたのが、少し気になった。

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

 結局のところ、一歩一歩進み続けるしかないのだ。

 玲さんと手をつないで、すっかり「我が家」と呼ぶようになったマンションへの家路を向かうように。

 

 参拝の中で見かけた、俺達より年上の、左手の薬指に同じデザインの指輪を嵌めた男女。あるいは、子供連れ。

 

 いつか、玲さんとああなれたら。

 

 気が早いかもしれないが、思うのだ。玲さんもそう思ってくれているのなら、これほど嬉しいことはないけれど。

 だが今ではない。俺も、玲さんも。まだまだその関係になるには足りないものが多すぎる。仙さんは玲さんの恋路をあの人なりに応援してくれたが、その先となると話は別だ。『学生結婚』の四文字は、斎賀家としては断じて容認出来ないだろう。

 第一俺が嫌。惚れた(ひと)一人満足に養えない身分で、娶る真似が出来るものかよ。

 

「楽郎くん?」

「――っと、ごめん玲さん。なんでも無いよ」

 

 玲さんと繋いだ手に、力が籠もっていたらしい。胸中を隠して無駄な力を解く。

 

 ……思考を進めていくと、ふと、考える。

 いつか来るその時(プロポーズ)に、俺は何を以て玲さんの愛情に報いれば良いのだろう。

 

 玲さんが俺に向けてくれる愛情と献身は、俺の両手どころか全身で受け止めてもなお溢れんばかりだ。けれど、それでも返してみせるのが男の甲斐性で、与えられれば同じ分だけ与えたいのが人の性質で、一方的な供給に甘んじられないのがゲーマーのエゴだと俺は思う。

 

 一番わかりやすいのは『金』なのだろうが、玲さんはそういうのを手放しで喜ばないだろうし、斎賀家の太さを考慮すると並大抵のもてなしでは効果は見込めないだろう。ナシだな。

 

「……楽郎、くん?」

「おっとっと」

 

 いつの間にか家の前まで来ていたようだ。懐から鍵を取り出して玄関の施錠を解く。

 

 心のなかでため息をついた。

 今はまだ、考えても答えは出ない。あるいは明確な正解なんて無いのかもしれない。まあ、だとしても諦める気はさらさらないけどな。

 生憎、正解が無いくらいで()()()()なんて思えるほど、俺の想いだって安くはないのだ。この程度で俺のモチベーションは尽きたりしない。

 

「玲さん」

「?」

 

 百点満点の正解が無くとも、考えることを止めはしない。

 七十点より七十五点。七十五点より八十点。考え抜いて、少しでも満点に近づけてやる。

 

「――今年も、どうぞよろしくおねがいします」

 

 玲さんが一瞬、キョトンとした顔をする。年が明けた直後にもう既に言ってるもんね。とはいえ二度言ったってバチはあたるまい。

 一回目は挨拶として。

 二回目は決意の表れだ。

 

「…はい! 今年も、どうぞ宜しくお願いいたします!」

 

 未来の俺に向けて、今の俺は俺にできることをする。大それたことをする必要は無い。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




ヒロインちゃんの振袖のイメージは「緑地振袖 桜に椿」って感じです。
そのままググっていただければすぐに見つかるかと。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一ヶ月分の先取りを

最近ヒロインちゃんにドギマギするサンラクサンの二次創作を読んだので、ヒロインちゃんにドギマギするサンラクサンが書きたくなったんだと思います。


「バレンタイン、かぁ…むぐ」

 

 登校中の町並みにも少しばかり甘い雰囲気を感じられたこの日はもう既に放課後。俺は学生鞄から今日クラスメイトに貰った一口サイズのチョコレートを口に放り込みながら校門へ向かう。

 ある意味では毎年恒例の状況であったが、一つだけ。そう一つだけいつもと違うことがある。

 この学生鞄の中には、貰いもの以外の菓子が入っているのだ。

 ()()()()()()()の菓子が。

 

 

 それが今現在俺の手元にあるということは、まだ渡せていないという事である。

 

 

 違うんだ。言い訳をさせていただきたい。

 俺と()()の関係はクラスメイトに大分疑われているフシがある。この間なんかオッズ表を見かけたくらいだ。教員に取り締まられてしまえ。

 まあ実際付き合っては居るわけで、いっそ隠すことをやめれば良いのかもしれないが、バレたら面倒事になるのは火を見るよりも明らか。

 

 そう、衆目の中で渡す事は非常にリスキーで、故にタイミングを見計らっていたわけである。

 別にビビってないし、チキってもないし、まして日和っている訳がないのだ。

 

 

 まあ、などとほざいている間にこのザマではあるのだが。

 

 だってしょうがねえじゃん! 瑠美に相談して勧められた時は「良いね」と思ったけど、日を跨いで冷静になった頭で考えたら、だいぶ恥ずかしいプレゼントをしようとしていることに気付いちまったんだよぉ!

 

 

 事ここに至っては仕方無い。処理する甘味が一つ増えるだけのことだ。数日は甘いものに困らないなハッハッハ。

 

「俺、こんなに臆病だったかなぁ…」

「あ、あの!」

 

 校門を横切った途端横合いから掛けられた声に、僅かに体が浮く。冗談抜きで心臓が口から出るかと思った。この半年間で大分聞き馴染んだ声。

 だのに、最近はどうにも緊張してしまう声。

 彼女の前では、俺は挙動不審に陥ってしまう。これが有名な惚れた弱みってヤツ?

 

「れ、玲……さん?」

「は、はゃい! そ、その……一緒に帰れれば、と………」

 

 状況を整理しよう。

 

 Q:玲さんは何故俺を待っていた?

 A:俺と一緒に帰るため。

 

 Q:何故俺と一緒に帰る?

 A:俺に用事があるから。

 

 Q:玲さんから俺への用事とは何だ?

 A:期待しても、良いのだろうか。

 

 咳払いで冷静さを買う。随分とお安い取引(シャークトレード)だな。

 

「げふん。い、良いよ。か…帰ろう、か?」

 

 すいませんこの冷静さ不良品なんですけど。クーリングオフできませんか?

 

「っ、は、はい!」

 

 その顔が俺の心拍を上げるのだ。わかっているのだろうか玲さんは。

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

 家路を歩き始めて数分。まともな冷静さを買うことができた俺は、ゲーム周りの他愛のない雑談の中でようやく切り出すことができた。

 

「今日は…何か、俺に用があった、り?」

「ど! どど、どうしてそう思われたのでしょうか!?」

 

 『どうしても何も、校門前で俺を待ってたなら俺に用事があると見るのが普通だろがーーーい!』…などと言えたなら、どんなに気が楽か。三ヶ月くらい前の俺なら言えたような気がするのが不思議でならない。

 

「い、いやァ……なんとなく、そう思って…?」

「な、なんとなく、ですか……」

 

 いかん、バッドコミュニケーションの文字がうっすら見え始めた…! このまま玲さん側の用事について話すのは危険だと経験則(PIZZA)が囁きかける!

 必要なのはそう、話題の転換!

 

「そ、そういえば玲さんに渡そうと思ってたものがあって――」

 

 全身が固まる。何故……よりにもよってジョーカーをここで切った、俺。

 頼む玲さん、聞き逃してくれ―――!

 

「わ、私に!? わわわ、渡したいもの、ですかっ!!?」

 

 なんてこった(Damm It)。もうこの話題で続けるしか無いじゃないか。

 

「あ、ああ、うん。まあその、日頃の感謝を……込めて…?」

 

 首の裏辺りで冷や汗が大量に発生しているのを自覚しながら、鞄の中の菓子を手探る。

 大丈夫だろうか。日頃の感謝とか言ったが、玲さん的には感謝されるような事では無かったりするかもしれない。だとしたら恩着せがましいなどと思われてしまうのでは…!?

 

「日、日頃の感謝だなんてそんな! むしろ私の方がお世話になってるくらいですから! わ、私こそ、せめてもの御礼を…!」

 

 想定外の事態! だ、だがまだ立て直せる。こちとら筋金入りのクソゲーマーだぞ!

 …全然、関係なくない?

 

「わかった! なら交換! 交換にしようか!」

「な、なるほど! そうですね!!」

 

 ごく普通の住宅街で、お互いに鞄に手を突っ込み、ピンと張り詰めた空気の中動かない。

 さながら西部劇の早撃ち勝負という所か。『機』を見切り、先に取り出したほうが…勝者となる。

 はて。さっきから思考の方向性が右往左往しているような。

 

 

 ―――遠くで、犬の鳴き声が聞こえた。

 

 

「「これ、バレンタイン(です)!」」

 

 

 ラッピングされた小さな箱を、同時に相手に突き出す。

 なるほど、玲さんの用事もバレンタインだったか。そっかぁ。良い意味で期待通りではあったな。

 俺の脳裏で『杞憂』の二文字が反復横跳びで煽ってくるが無視する。熟語の分際でしゃしゃるな。

 

 ん、ということは俺玲さんからチョコ貰ったのか。

 

「…………」

 

 目を何度か瞬かせる。

 マジで?

 

「――ふっ」

 

 学友共から何が何でも隠し通さなければならない秘密、増えちまったなぁ。

 

「ありがとう。なんつーかその…うん、大切に食べるよ」

「こ、こちらこそ! 家宝にします!!」

「……食べてね?」

 

 店売りの、しかも食べ物を家宝にされても正直困る…。

 

「じゃ、じゃあまた明日」

「は、はい! また明日、ですっ!」

 

 心残りである贈り物も出来た。玲さんからチョコも貰えた。

 

 

 ―――うん、良い日になったな。今年のバレンタインは。

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

 そろそろかと思っていた頃にやってきた彼女を迎え入れる。その喜色満面の表情を見れば、今日の作戦の成否も自ずとわかってくるものだ。

 

「ま、真奈さん! 真奈さん!」

「どーしたの玲ちゃん、真奈さんは逃げないわよー」

「こ、これ! らくろっ、くん、からっっ…! バレ、タインで…!」

「どうどう。深呼吸しようね玲ちゃん」

 

 過呼吸を起こしそうなレベルで興奮している玲ちゃんをなだめ、宝物のように胸に抱いた包装済みの小箱を受け取る。

 

(…意外といいトコのモノ買ってるわね。誰かに相談したのかしら)

 

 自分の記憶を探ろうとせずともすぐに出てくる、評判の良い有名菓子店だ。

 

 脳にクソゲーカセット刺さった彼が、異性へのプレゼントに造詣が深いとは思えない。彼のクソゲー基準の交友関係は与り知る所ではないが、中にはこういうのに詳しい人との繋がりもあるのだろう。

 人に頼る事は間違いではない。自分なりのプレゼントというのについ気を取られてしまうが、それで相手を喜ばせられなければ虚しさが残るのみだ。彼が自分の尖った性質を理解した上で、不得手な事柄で身近な誰かを頼るなら、全然良いと思う。

 

(ちなみに、何を買ったのかしら)

 

 流石に彼女を差し置いて包装を開けるわけにはいかないが、底面の情報を見れば大凡の中身は分かる。そう考え、ちらりと下から覗いてみる。

 

(………あら、あら)

 

 これはまた、陽務クンも随分と大きく出たものだ。次に店に来た時はこのネタでからかってあげるとしよう。

 深呼吸を終えた彼女に、そっと箱を返す。

 

「ふふ、玲ちゃん。何のお菓子を貰ったのかしら?」

「あ、え、そ、そういえば貰ったことに夢中で……わ、忘れてました!」

「まあ、玲ちゃんはそういう娘よね…」

 

 私の口から教えるべきだろうか。

 一瞬そんなことを考えたが、やはり止めておこう。

 自分で気付いてこそでしょうし。

 

「さーて、ロックロールは店じまいだから、早く帰って食べちゃうことね!」

「えっ、えぇ!?」

 

 悲鳴を上げる彼女の背中を押していく。貰ったものを思えば彼女の彼の間に感じ取れる甘ったるい空気感に、少し胸焼けしてしまったまであるからだ。

 

 彼女を家路に向かわせ、店じまいの支度を始める。

 

「……『()()()()()()()』かぁ」

 

 今夜の晩酌は、少しだけ苦く、笑えるくらいに甘くなりそうだ。




・マロングラッセ
『永遠の愛を誓う証』として男性から女性への贈り物に用いられる…らしい。
特に巷で語られるエピソードの信憑性は軽く調べた所いまいちなので、信じるのは程々に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミント風味の触れあい

 楽郎が「自作レジストやってみっか!」と意気込んでお酒とエナジードリンクのブレンドを作り始め、出来上がったものを飲み干して「お、これさわやかな風味が乗って普通に美味いな」と評した直後、バッテリーが切れたかのように昏倒したのが数分前の事。

 玲は、そんな彼氏を横抱きに抱え、運んで、ソファにそっと横たえる。実家を離れてからも日々の鍛錬を怠らなかった意味はここにあったと言っても過言ではなかった。

 

(楽郎くん、大丈夫なのでしょうか……)

 

 寝室からブランケットを持ってきて彼の身体に掛けながら、玲の頭の中は楽郎への心配で埋め尽くされていた。

 楽郎は「失敗してもぶっ倒れる程度らしいからへーきへーき」と軽く言っていたが、普通に考えて目の前で急にぶっ倒れられて心配するなと言う方が無理な話。

 

 アルコールとカフェインの飲み合わせが良くないことは、玲も聞いたことがある。ましてブレンド相手は全てのエナジードリンクを過去にしたと名高き()()ライオットブラッド。通常はアルコールの吸収率が上がるだけのハズだが、あっと言う間も無いノックアウトを目にすれば『体内で謎の化学反応が起きてアルコールが大量発生!』などという幻想すら可能性の内に入ってしまう。

 明日は普通に大学の講義がある。

 二日酔いで彼が学業に集中できない。そんな事態は、斎賀玲にとって末代までの恥であった。

 

(なんとか、しないと…!)

 

 斎賀家には、ぶっ倒れるまで酒を呷るような戯けた呑み方をする者は存在しない。つまりはこういう状況に対する玲の経験値は零に等しいが、知識をかき集めて自分に出来る介抱手段を模索する。

 

(二日酔いを抑えるには水分の接種が大事だったはず…)

 

 テーブルの上のコップに目を向ける。彼が用意していたコップの中には水道水が既に注がれている。

 飲んで直ぐに倒れた彼が水を飲む暇は無く、一口もつけられていない。そして、既に意識の無い楽郎の口元にコップを近づけたところで飲むはずもなく。

 口に入れてさえしまえば、肉体の反射で飲み込ませられるのだが。

 

 つまり、どうにかして、水を彼の口に含ませなければ。

 斎賀玲の誇りにかけて。

 なんとしてでも。

 

(―――、…!)

 

 玲は静かに意を決し、そっと、水の入ったコップを手に取った。

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

「ぬうぅ………」

 

 ずきずきと少し痛む側頭部を手で押さえながら、ゆらりと起き上がる。直前の記憶は―――ちゃんとある。俺は自作レジストを試そうとしてビールとライオットブラッド・アンデッドを混ぜてみたものの、案の定失敗作で華麗に気絶をキメたわけだ。

 アンデッドのキャッチコピーに則りぶっ倒れても直ぐに復帰できないかと一縷の望みをかけたわけだが…時計を見るとしっかり一時間くらい経っている。いや、過度の飲酒でぶっ倒れて起き上がるまでの時間を考えると早い方か…?

 

 というかここ椅子じゃなくてソファだ。

 ってことは?

 

 視線を巡らせれば、すぐ下に答えがあった。

 俺が寝ていたソファに頭だけ乗せて、玲さんが眠っている。

 

「…しくったなあ」

 気持ち的な居心地の悪さを感じて頭を掻く。

 

 玲さんの手を煩わせるつもりは無かったのだが、酒の回りが予想以上に速く、事前準備の水を飲む間もなく撃沈してしまった。これは反省しないとだな。

 水はキメる前に飲む。今後はこれを徹底しよう。

 

「よっ、と」

 

 起こさないよう慎重に玲さんの身体を抱え上げ、俺が寝ていたソファに寝かせる。俺に掛けられてたブランケットもそのまま掛けておこう。意識のない人間を抱えるのは大変と聞いては居たが、アルコールでノックアウトした起き抜けにやるもんじゃないな……よくやったよ俺。

 

 ともあれ、多少遅くなってはいるが水を―――

 

「あれ?」

 

 水が入っていたはずのコップの中身が空になっている。心なしか口の中も湿っているような。おかしいな、飲んだ覚えは無いのだが。

 もしかして、アンデッドのパワーで意識が無い間に身体が勝手に空けた? いやいやそんな……まさかね?

 

 まあ、疑わしきは罰せよが世の理なので、飲んだか飲んでないかわからんならとりあえず飲んでおくべきだな、うん。

 

 キッチンに向かい、コップに水道水をなみなみに注ぎ、一息に呷る。

 うーん、生きてるって感じの味。

 

「……ぅ、ん」

 

 人心地ついていると、小さなうめきが。寝かせたばかりの玲さんが起きてしまったらしい。眠りが浅い時に動かしてしまったか。

 いやまて、丁度いいのでは? 俺がアンデッドとアルコールのパワーで夢遊病を患ったのか、目撃者から聞けるじゃないか。

 流石にそんな副作用が発生するようでは、アンデッドでレジストするのは止めるべきだし、別の要因でコップの水が無くなったのなら…まあそれはそれで胸のつかえが取れる。

 

「あ、玲さん起きた?」

「ふぇ、あ!? ら、くろうくん!!?」

 

 玲さんのこの驚き様……俺マジで歩く死体(ウォーキング・デッド)になったか…!?

 今後のためにも、是非とも何が起きたのか聞かねば。

 

「玲さん、俺がぶっ倒れてる間………、何かあった?」

「ひゅふっい!!!」

 

 跳ね起きた玲さんが凄まじい勢いで俺に背を向ける。えっなにその挙動不審は。

 

「…玲さん?」

「いいいいえ! なんでも! ないれす!!」

 

 予想以上に語気強く否定されたな。こういうときは一度引き下がるべしと経験が告げている。仕方ない、また明日の朝にでも聞いてみるか。

 

「じゃあ、今日はもう寝ようか」

「は、ひゃ、い! そ、その、おやすみ、なさい…」

 

 足早に自分の寝室に向かう玲さん。開けたドアの奥へ消えていくその刹那。

 

「―――」

 

 ようやく垣間見た玲さんの横顔は。

 頬を染めて、細まった瞼の間から覗く瞳はうっとりと夢うつつで。

 自分の唇に、少しだけ指をあてていたその顔は。

 

 あまりにも印象的で。

 目が離せず、頭から離れず。

 俺はしばらくの間、キッチンにぼうっと突っ立って。

 その表情について、何一つまとまらない思考を繰り返していた。




Q.ヒロインちゃんは結局サンラクサンに何したんです?
A.某ピンクの悪魔が過去作でよくやったやつ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

変わるということ、変わらないもの

自分の解釈の内においてはサンラクサンも人の子であるので、環境が変われば心境も変わるはずという話。

大学生楽玲同棲済みユニバース。


「楽郎くん? 今日は、ゲームはしないんですか?」

「あー……まぁ、今は気分じゃない、かな?」

 

 歯切れの悪い彼氏の返事に、玲は直感的に何かあったのだと悟った。彼の内側に踏み込む事への恐れはどうにも無くならないが、楽郎には心身ともに健やかでいてほしい。

 その想いで恐怖を乗り越え、彼が座っているソファの右隣に腰を下ろす。

 

「具合が悪いとか……」

「いやぁ…そういうのじゃないんだけど……うーん」

 

 少し悩んでから、楽郎は口を開いた。

 

「玲さん……仮によ? 俺が、ゲームよりもやりたいなって思う時がある、別のことができたって言ったら……、玲さんは、どうする?」

(現在進行形なんですね…。でも――)

 

 玲は、事態は楽観視できるものではない、とも考える。楽郎のゲームへの熱意は、それはもう凄まじいものだ。プライベートの一切をシャングリラ・フロンティアに捧げた姉と比較しても勝るとも劣らない程に。

 二人のどちらがより健全にゲームを楽しんでいるのかと問われると、玲には甲乙つけがたいが。

 

(ですが、新しい趣味が増えたような素振りは特に無かったはず…。――私に詳細を明かせないような類の趣味? 最近私に視線を向ける機会が多かった気がしていましたが、私に後ろめたさを覚えていたから…?)

 

 憶測は程々に打ち切る。仮に玲に仔細を語れない趣味であろうとも、それがあることを自分に打ち明けた彼の誠実さをこそ見るべきだと玲は判断した。

 

「それは……どちらのつもりで答えれば」

「…『仮に』の体でここは一つ」

 

 そう言われれば否はない。玲は一応、仮定の話として考える。

 とは言っても、である。

 

(…どちらだとしても、私の答えは変わりません、ね)

 

 玲はソファに片手を突き、身体ごと楽郎に向き直って、ずい、と身を乗り出す。

 

「楽郎くんが、心からやりたいことなら、私は応援します。だって、私は、その………ゲームそのものではなく、好きなものを通じて、人生を楽しんでいる楽郎くんが、えと……、あ、いえ、楽郎くんに、惹かれた、ので……!」

 

 自分の気持ちを口にするほどに、顔に熱が溜まって思考がぼやけてくる。それでも、わたわたと手を振りながら、言葉の一つ一つに精一杯の気持ちを込める。

 

「楽郎くんの好きなものが、ゲームの他に出来たとしても……! 私の、楽郎くんへの想いは、変わらない、と………その、いいますか――」

「………ふくっ」

 

 楽郎が、小さく笑みをこぼす。

 

「ら、楽郎くん…?」

「あ、ごめ、違うんだ玲さん。これは玲さんに対してじゃなくて俺に対してのヤツで……ふっ、くく」

「……?」

 

 くつくつと肩を震わせる彼を見ていると、楽郎はぴたりと含み笑いを止め、玲の目を見つめ返した。

 

「――そっかそうだった。俺は玲さんを――あ、えっと、アレだな。あー、とにかく、それが玲さんの口から聞けてよかった、うん」

「そ、それは、どういたし、まして…?」

 

 言いかけて止まった楽郎の言葉が気にはなったが、何はともあれ、楽郎の懸念は払拭されたらしい。ほっと胸を撫で下ろす。

 しかし、話はここで終わりではない。玲の脳内には既に疑問が生まれているのだから。

 

「あの、それでその、楽郎くんの、新しい好きなものとは…?」

「うーん……口で説明はし辛い、んだけど…」

「あ、い、いえ! 無理にとは言いませんが……! そ、そのあの、可能であれば知っておきたい、ような……で、でも、決して楽郎くんのプライバシーを軽んじているわけではなく…!」

「大丈夫大丈夫。玲さんがそういう人じゃないのはわかってるよ。――実際にやってみせようか」

「み゛ゃっ!?」

 

 突然、楽郎がソファに突いていた玲の手に彼の手を重ねる。瞬間的に玲の顔がぼっと火を吹くが、楽郎はお構いなしに玲の後頭部に腕を回して引き寄せる。

 楽郎の胸に側頭部を押し付けるように抱き締められる。駆け足気味の力強い心音が、骨を伝って玲の鼓膜を直に震わせる。

 

(ぁ、う……こ、れ――)

 

 恋人の胸に身体を預けさせられている事による緊張と興奮、彼もこの状況に緊張しているのだという事実と心音そのものがもたらす安心感。

 両極端の情動が綱引きめいて奇妙なバランスを生み出し、玲の意識を引き留める。

 

「……こういうこと、したいなって。スキンシップってやつ」

「あ、ぱ、え、えと……」

「良い…かな、玲さん」

 

 彼の声が、頭上から聞こえてくる。玲を気遣おうとする優しさと、彼自身の欲望の間で揺れて震えるその声音は蠱惑的で、玲はぞくぞくと背筋を震わせる。

 全身が熱っぽくて、思考は激しくから回る。それでも、なんとかこれだけは口にする。

 

「わ、私はっ! 楽郎くんの、彼女っ、です、から――」

「ん…。ありがと、玲さん」

 

 玲の頭を抱き寄せる腕に、一際力が籠もる。重なった手の指が絡み合う。

 それが分水嶺だった。

 

「はぅっ……―――きゅう」

「あっ」

 

 この世の全ての幸福を一身に味わった。そんな心地のまま、玲は意識を手放した。




(――俺は、玲さんを甘く見ていたな)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あなたは鈍い人だから

シャンフロ連載開始五周年を微力ながら祝うべく書いたSSです。
ちょっぴり悪い子なヒロインちゃん。

高校生楽玲まだ付き合ってないユニバース


 二年間、通い続けた帰り道。けれど、彼と一緒に帰る日が生まれるようになって、通学路は随分と華やいだ。

 楽郎くんが隣にいるだけで、今日という日が最高の一日になる。こうしているだけでも心臓がバクバクして、胸の中に幸せが満ちる。未だに彼の顔を正視することもできない私だけれど、今はそれでも良いと思えた。

 

「…玲さん」

「はっひゃい!?」

 

 突然、楽郎くんに呼び止められる。何か怪訝な表情を私に見せている。うぅっ、そんな顔も素敵…っ。

 

「な、なんでしょうか…!」

「玲さん、よく俺と一緒に帰ってるけど……もしかして、俺に気があったり?」

「!!?、!!?!??!?」

 

 私は人生で初めて、驚きのあまり物理的に飛び上がった。

 

「な……、え、あ、と、その……っ」

「…図星?」

「は、い、ええと……」

 

 あまりにも予想外の展開。思考はから回って喉が干上がる。何か言わなければと思うものの、舌が貼り付いたみたいに全く回らない。

 

「っ……! あの………!」

「まあ実を言うと俺もなんだけど」

「~~~~~っ!!?!??!??」

 

 状況が第二宇宙速度を越えて空の果てへと飛んでいく。最早私にどうにかできる段階ではなくなっていた。

 

「玲さん、もし良かったら俺と――――」

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

 ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ

 

 無機質な電子音が、目を開いた私の鼓膜を叩く。のそりと上体を起こし、窓から差し込む陽光を顔に浴びる。

 

「………」

 

(ええ、わかっていました。わかっていましたとも。そんな都合の良い事になるはずはないと…)

 

 夢の中とはいえ、そのような展開を望んだ自分の浅ましさに朝から軽く自己嫌悪に陥る。しかし、あまり感傷に浸っている場合ではない。学校は今日もあるのだから。

 

 素早く身支度を整え、朝食を摂り、靴を履いて玄関扉に手を掛ける。

 

「お嬢様、今日の送迎は…」

「すみません、まだ少し眠気が残っているので…身体を動かしたい気分なんです」

「承りました。お気をつけていってらっしゃいませ」

「はい、いってきます」

 

 使用人の見送りを受けて敷地の外へ歩み出る。現に少し眠いので嘘ではない。ただ、その理由は言えないけれど。

 

(楽郎くんとゲームしていて夜更かししてしまったとは、流石に…)

 

 一人で通学路を歩きながら、昨晩の事を思い返す。

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

 戦闘開始から空間を埋め尽くすような弾幕の嵐の中で、私と楽郎くんのキャラクターは強制的に曲芸じみた回避をさせられていた。

 剣林弾雨と言う他無い砲撃の嵐を縫って相手の犬、猿、雉が襲い来る。

 楽郎くんは刀でそれを捌き、私は金と銀の斧を投げて牽制する。

 

「だああ鬱陶しいビット共がっ! レイ氏! きびだんごォ!」

「は、はいっ! こちらですっ!!」

 

 投げ渡した銀色のきびだんごは殆ど弾幕に潰されてしまったが、どうにか数個が楽郎くんの手に渡る。

 

「よしよしサンキュー女神様!」

「み゛うっ」

「しかしこりゃ時間かけてらんねえな…! お供は不法入星者(かぐや姫)を叩き返せ! レイ氏もそっちのサポートお願い!」

「っ…! わかりましたっ! サンラク、さんはっ!?」

「俺は…!」

 

 楽郎くんは手短に指示をした後、一気呵成とばかりに弾幕の中へ飛び込んでいく。

 

「ミラーマッチの時間だあぁぁ!! バフ倍率が五倍なら勝率は五十倍だオラーッ!!」

「そうなんですかっ!?」

「知らん!!!」

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

 ………思い返すと、末期戦めいた戦場で只管叫んで駆けずり回っていただけのような気がしますし、あの戦いは結果的に負けてしまいましたが、楽しかったので良いのです。

 

「ふぁ、ぅ……」

 

 小さく欠伸をして、少し急ぎ気味に歩を進める。彼と偶然を装って会うためには、少し早めに合流予定地点まで進んでタイミングを見計らう必要がある。

 

(今日は、道すがら何の話をしましょうか…)

 

 昨日のゲームの話でも良い。シャングリラ・フロンティアの話でも良い。彼を退屈させず、名分を持って側にいるために話題は必要不可欠だ。あるいは、

 

(告白、なんて……)

 

 つい、考えてしまう。

 ただの通学路で、なんの気無しに。貴方に『好き』と言えたのなら。

 そしてそれを受け入れて貰えたのなら。私はどれほど幸せな気持ちになれるだろうか。

 

 実際には、できはしないのだけれども。

 もし彼が聞き逃してしまったら、私にもう一度言い直す勇気は湧いてこないだろう。

 もし受け入れてもらえなかったのなら、私は生きる気力すら喪ってしまうかもしれない。

 

 だから、怖い。

 勇み足を踏むくらいなら。穏やかで、しかし停滞した今であっても甘受してしまいたい。

 けれどいつかは、私から気持ちを伝えたい。そのときに向けて、少しでも確度を上げるため、今日も側にいさせて欲しい。

 

「――楽郎くん」

「呼んだ?」

 

 私は人生で初めて、驚きのあまり物理的に飛び上がった。

 夢の中はノーカウントです。

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

 彼と二人、並んで通学路を歩く。こうしているだけでも心臓が早鐘を打ち、思考がぐるぐると意味のない回転を続けている。

 

「き、昨日、その…楽しかった、です」

「マジ? 正直付き合わせて悪かったなって思ってたんだけど…そう言ってくれたなら嬉しいよ」

「つつつ付き合っ!?」

「?」

「あ、い、いえ、なんでも…」

 

 楽郎くんの顔がどうしても見れなくて――というより取り乱している私を見られたくなくて――顔を俯ける。ふと思い出すのは夢の中の出来事。

 現実は夢の様にはいかない。

 現実の楽郎くんは、恋愛の事なんて興味がなくて、きっと、私が何を考えて一緒に登校しているかすら考えていないのだから。

 

 でも、それは仕方のないこと。そんな貴方だからこそ、私は惹かれたのだから。

 そしてそんな貴方だからこそ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、私はこうして貴方の隣に立っていられる。

 

 もし、楽郎くんが私の心をお見通しで、私に迫ってこようものなら…絶対に身が持たない。

 今の私に、そんな楽郎くんは刺激が強すぎてしまう。

 

「ら、楽郎くんさえ良ければ、また誘っていただければ、と…」

「んー…しばらくはオトギニアは良いかなー……久しぶりにマルチ荒らせて楽しかったし」

「そ、そうですか…」

 

 だから今はまだ、私を知ろうとしない、鈍いままの貴方でいてください。

 できれば、貴方と触れ合うことに私が耐えられるようになるまで。

 

「ん? 玲さんオトギニアハマったの?」

「え、あ、い、いえ! その、えと、あの……」

「違うか。じゃあ――あー玲さん。マルチ荒らしは程々にしないと心が荒むよ…」

「そ、それではない、です……」

「ん…? 別ゲーでマルチしたいの? なんかあったかなぁ…」

 

 考える楽郎くんの顔が見れない。自分の心が恥ずかしくて。

 ああ、なんて醜いエゴなのか。私は貴方に近づきたいのに、貴方は私を知らないでいてほしいなんて。

 とても口には出来ない、墓へ持っていくしか無いこの想い。

 それでも、もし許されるのなら―――

 

 

 ―――鈍いままの貴方に、もう少しだけ甘えさせてください。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最高の寝具

お題ガチャに創作意欲を刺激されたので。
楽玲大学生同棲済みユニバース。


「お、終わった……ぬ、ぐああっ……」

 

 用済みとなったエナジーカイザーの空き缶を傍らに置き、俺はリビングの椅子に座ったまま大きく伸びをする。連休を最大限に満喫するべく課題を連休前に片付ける麗しきスケジュールは、これで辛うじて守られた。

 今何時だ? 三時、四時? 目のかすみと疲労感で時計を見ても時間がイマイチわからん。もっと言うと、今俺は眠いんだか眠くないんだかすらわからない。

 

「お疲れ様です、楽郎くん。ミルク、飲みます?」

「あ゛ー…ありがと玲さん……うわああったけえ」

 

 玲さんからホットミルクを受け取り口をつける。おおう暖かさが染みる…。舌に刺さらない程度の熱加減は疲れ切った身体にクリティカルだ。しかし、こんな時間まで見守ってくれたのは嬉しいが、付き合わせてちょっと申し訳ないなぁと思ったり。玲さんは俺より少し前に同じ課題を終わらせてたし。

 正直課題を見せてもらおうかと何度か思ったがそこはこう…ホラ、彼氏の沽券にかかわるっていうか……多少は意地を見せたいっていうか……いやもういいやとにかく寝よう。流石に今からゲームする気力はない。

 

「さ、てと……眠りと連休が俺を待っている…」

「あの、楽郎くん? そっちはソファですよ?」

 

 椅子から立ち上がりふらふらと安眠の場所を求めた俺はいつの間にかソファを前に立っていた。ううんいかんなまるで先のことが考えられない。即物的な欲求に従って視界に映ったソファに来てしまったというわけか。

 玲さんの言うこともぼんやりとは分かるんだ。ソファで寝たら最悪身体バキバキになって連休を満喫するどころではなくなる…かもしれない。うんわかるぞ。だがそれはワンチャン起こらないかもしれないんだ。バキるかどうかは…えっと、なんだっけ……。乱数? そう乱数次第なんだよな。

 でもなぁ…安らぎが眼の前にあるのになぁ……。

 

「……ダメ?」

「ダメです。ほ、ほら、肩を貸しますから…お部屋に行きますよ?」

「ヴォオ…」

 

 ゾンビみたいな呻きを上げながらも、玲さんの肩を借りてなんとか俺の部屋に向かう。ありがたいが介護されているみたいでちょっといたたまれない。こんな事ならエナジーカイザーではなくライオットブラッドを飲むべきだったか…? しかし暴徒の血を学業のために消費しだすと合法堕ちに三歩くらい近づく気がしてだな…。

 

 どうにかこうにか自室のベッドの前まで送られた俺は身体を横たえる。ただ今の俺はえげつなく疲れているので、単に寝ただけでこの疲労を回復しきれるか怪しい所だ。何か、回復力を上げられる感じの癒やしがあれば…。

 俺の顔を覗き込む玲さんに目を向ける。身体を締め付けない、ゆったりと柔らかみのあるパジャマ姿の玲さんがいる。

 …あるじゃん癒やし。

 

「それでは…おやすみなさい、楽郎くん」

「待って玲さん」

 

 踵を返した玲さんの手を掴む。もし俺に、もう少しばかりの思考力があったのならばこんな選択肢は選ばなかったと思う。だがまあそんなものは無いものねだりであり、今の俺は即物的な欲求に従う生き物でしかなかった。

 

「ど、どうしました、か?」

「もうちょいこっち来て」

「は、はい…?」

 

 のこのこと近づいてくる玲さん。よしよしそのまま……はい今ァ!

 

「おらァイ」

「!?」

 

 玲さんの手を引き、ベッドの中に引きずり込む。そのまま腕を回して足を絡めてガッチリとホールド。ふははもう逃さんぞ。

 前々から思ってはいたが、玲さんの身体はなんというか…抱き心地がとても良い。別にいやらしい意味ではなく。女性特有なのか玲さんだからなのかは知らんが、柔らかさに満ちた身体は限りない安らぎを俺に与えてくれる。世界一の寝具は恋人ってかハッハッハ。

 

「あー……いいね…良く、眠れそ……」

 

 玲さんの平熱は俺より高い。そのためかこうやって抱きしめると、玲さんの熱が触れた場所から俺にじわりと滲んでくる。この湯たんぽ的な感覚がまた良いのだ。急速にリラックスできる。

 などと思っている内にもう意識が微睡んできた。急に引き込んで悪いが、このまま眠りにつかせてもらおう。すまん、そしてありがとう玲さん…。

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

「すまん…………ありがと…玲さん……」

 

 常夜灯が薄暗く照らす楽郎くんの部屋で、ぼそぼそと零すようにそれだけ言って、彼は静かに寝息を立て始めた。私、今すごく緊張しているのですが。

 でも、楽郎くんの腕に抱きしめられて、包み込まれているこの感触は、その…これ以上ないほどに『良く』て。緊張を忘れてしまうくらい、幸せな気持ちがあふれてくる。

 息を吸えば楽郎くんの匂いが感じられる。楽郎くんの抱きしめる腕の強さが、絡まって触れ合う足先の感触が。全部ぜんぶ、私に楽郎くんが刷り込まれているように思えてしまう。

 頭が沸騰してしまいそうなくらい興奮しているのに、不思議と安心する私がいる。くらりくらりと、意識が浮足立って。身体が自然に動いて、私からも楽郎くんの背中に腕を回した。

 

 でも、いきなりベッドに引きずり込んで、勝手に寝てしまう楽郎くんに思う所はあって。ずっと見ていたから疲れているのもわかるけど、私も寝てしまう前に何か仕返しをしないと気がすまなかった。

 抱きしめられているから動かせる範囲は広くはない。それでも、彼の少し日焼けした首元に唇を付けて。

 

「んっむ……ぷはっ」

 

 ちゅううっ、と吸い付く。少し離れて見れば、赤い痕が小さく残っている。楽郎くんに、私を刷り込み返してみる…なんて。

 

「ふふっ♪」

 なんだか楽しくなって、楽郎くんの腕の中に身体を預ける。

 

 そうして、ただただ暖かい幸せを甘受して。

 私も眠ってしまうのでした。




翌朝
3「玲さん、これは(自分の首元を指差す)」
0「む、むむ虫刺されでは、ないでしょうか…!」
3「虫刺されでこうはならんでしょ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハロウィンランナウェイ

ハッピーハロウィン!

大学生楽玲同棲ユニバース


「……何故、俺の身体にここまでピッタリな衣装が作れるんですかねあの人」

 

 十月三一日。

 狙いすました恋人の姉からの郵送物は、俺と玲さん用の衣装だった。同梱されていたなんか高そうな紙に書かれていた文の内容は、要点だけ抜き出すとこうだ。

 

―――

 手慰みに仮装衣服を作ってみました。好きにお使いください。

P.S.

 洗濯可能な生地で作ったので汚しても構いません。

―――

 

 追伸があまりにも余計なお世話っていうか余計で下世話だが、まあせっかく貰ったものを一度も使わず箪笥の肥やしにするのもなあということで、こうして身に纏ってみたわけだ。

 俺の衣装は吸血鬼風な代物。簡素ながら気品を感じる貴族風の衣装の上から、襟や裾が尖りまくったコートを羽織る感じらしい。ご丁寧に一人での着方まで同梱されていたので、素人ゆえ少々手間取りながらも一応着れた。

 鏡でセルフチェック。

 

「顔が健康的なのが少しミスマッチかもな…前日徹夜するべきだったか?」

 

 本末転倒な思考を脇によけてリビングに出る。玲さんは…丁度背後から扉の開く音。

 

「き、着替えまし、た……」

 

 ここでノータイムで振り返るようでは、仙さん検定三級も取れないだろう。あの人のことだ、一体どんな衣装を玲さんに渡したのか想像も出来ない。

 振り返る前に一旦立ち止まって、心の理性に気持ちだけでもバフを盛って――いざ。

 

「どんなの? ――おわっ」

 

 玲さんがお姫様になっていた。「よく作ったなこんなの」などという冷めた感想は蹴飛ばしておけ。

 色合いは南瓜モチーフだろうか。ハロウィンの時節にもよく合っている。フリルひらひらのロングドレスは、肩や鎖骨が露出してたり胸元が開いてはいるが、多分ファッションの範疇に収まっている。素直に「綺麗」と言える、正統派な美しさを備えた衣装だった。

 仙さんにしては控えめ…いや、極端な衣装だとそもそも玲さんが着ないパターンもあり得るからだろうか?

 それを纏う玲さんも、髪を纏め上げてちょっと大人びた雰囲気を漂わせる。

 

「ど、どうでしょう、か…?」

「凄い綺麗。ドレスも、ドレスを着た玲さんも」

「あ! ありがとうございます…っ」

 

 玲さん、頬を両手で抑えてもじもじ。玲さんはリアクションが良いので褒めがいがあるなあ。

 

「ら、楽郎くんも、似合ってて…その、かっこいい、です…!」

「そう? そりゃあ……どうも」

 

 ……褒め合いは互いに甘いダメージを負うばかりだ。話題転換話。

 

「えっと…しかし、お姫様と吸血鬼かぁ。なんか意味を感じるチョイスだ」

「そ、そうです、か…?」

「あー…フィクションだと吸血鬼ってやっぱいいとこのお嬢様を狙うモンじゃないかなあ」

 

 ああいうのって吸血鬼の性質に依るのだろうか。育ちの良い女性は栄養状態が良くて血が美味い…みたいな?

 

「っ……」

「……玲さん、今良からぬこと考えたでしょ」

「そ、そそそそそそんなことは!」

 

 動揺が顔と声と身振りに出てますよっと。

 

「それとも、実際にやってみせようか?」

「――!」

 

 ギザギザのコートをたなびかせ、玲さんに正面から近づく。手をぱたぱたと振るばかりの玲さんの肩を両手で掴む。

 

「こんな風に、真正面から無防備な首筋にカプリと行こうか?」

「う、あ、えと」

「それとも」

 

 ドレスの裾を踏まないように気をつけながら、玲さんの背後に回り込む。その首筋を狙うように口を開き、息を吐きかける。

 

「はーっ。――後ろからが良い?」

「ひぁうっ! あ、その、あの…っ!」

 

 おっと、これ以上は玲さんがフリーズしそうだ。

 からかうのもこの辺が止め時か。

 

「なーんてね、冗談――」

 

 顔を引いて少し距離を空けると、玲さんの肩から強張りが抜ける。

 

「冗談……」

 

 不意に目に映る、玲さんの今の後ろ姿。このドレス、前もそこそこ開いてたが背中側はそれ以上だった。背中の下半分しか隠れてないから肩甲骨も丸見えだ。

 その上に乗っかる首の裏側には、髪を纏めているため顕になった玲さんのうなじが。

 

「楽郎、くん?」

 

 玲さんの不安げな声が、脳まで届かない。吸い寄せられるようにその首筋にもう一度口を近づける。心臓がいやに大きな音を立てる。なんというか、これではヴァンパイアというよりゾンビみたいだ。

 まあ流石に。

 

「あの…?」

 

 噛みちぎったりはしないさ。

 

 

 かぷり。

 

 

「ひゃうんっ!?」

「ぬおっ!」

 

 歯から返ってくるふにふにした柔らかい感触を覚えた瞬間、大声に思わず飛び退く――のに失敗してその場で尻餅をついたがなんかもうそれどころではない。

 え? 俺今何やった??

 

「あ、えと、玲さん、これはその……」

「………」

 

 振り返って俺を見下ろす玲さんの顔は、耳まで真っ赤に染まっている。心ここにあらずな表情で、白いレースのグローブに包んだ手を、何かを確かめるように自分の首筋に当てていた。

 

 舌で犬歯を舐めると、つい先程の感触が脳裏に蘇る。あ、ヤバい顔熱い。

 

「ごめん、ちょっと顔洗ってくる!」

「あっ」

 

 とにかくいたたまれなくて洗面所へ向かう。

 なんかもう体調とかどうでもいいから頭から冷水をひっ被りたい気分だった。




「……もっとしてくれても、良かったのに」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

茶の湯 de デジャヴ

11/08をいいおっぱいの日とか言い出した人に全ての責任を擦り付けます。

楽玲高校生付き合いたてユニバース。


 俺は今、斎賀家の敷地内にある庵にて正座し、固唾を呑んで玲さんの動きを見守っている。家の敷地内に茶道用の庵があってももう驚かない。そういうものとして受け入れるしかない。でないと俺は衝動的にコミー君の手を取ってしまいそうだ。

 

 玲さんは近々家の行事で茶会を開き、そこで腕前を披露することになっているらしい。しかし、ここ数日ご家族が忙しく使用人もそれに釣られている。そこで臨時のチェック役として頼まれた訳……なのだが。

 

「………」

 

 玲さんの作法は何一つ淀み無く流水と見紛うばかり。素人目ながら完璧過ぎて、むしろこっちの気持ちが引き締めさせられていた。

 手中の茶筅が抹茶の粉と熱湯を素早く掻き混ぜる。出来上がった一杯の抹茶が俺の前にお出しされる頃には、傍らに置かせてもらった作法一覧のマニュアルを手に取れないくらいに、俺は厳格な雰囲気に呑まれていた。

 

「オ…オ点前頂戴イタシマス」

 

 出された茶碗を慎重に手に取る。茶碗は俺に正面を向けて差し出されているらしいが、俺の目にはまずこの茶碗のどこが正面なのかがさっぱりわからない。チェック役として必要な教養が足りてないな?

 少し器を回し正面(とやら)を避けて口をつける。ちょっと熱かったがここで口を離すのは憚られたので、我慢して飲み込んだ。うん、抹茶の味。

 

 飲みきった茶碗を置き、気持ち居住まいを正す。

 

「ケッコウナオテマエデ……」

「ふふ、楽郎くんは作法を気にしなくてもいいんですよ? あくまで私の作法のチェックなんですから」

 

 おとなしい色合いの着物に身を包んだ玲さんが袖で口元を隠してくすくすと笑う。なんとも胸を打つ嫋やかな仕草じゃないか。同年代であることを失念してしまいそうだ。

 普段の狼狽しきりな態度は可愛らしいのだが、これはこれで……うん、良い。

 

「そう言われても…玲さんの所作が整ってるから、つい?」

「それは……いえ、そう言っていただけるだけの事は出来ている…のですよね? ありがとうございます」

 

 今日の玲さんはなんだか強いなぁ。(言動のアレコレを除けば)常に冷静沈着なあの仙さんの妹なのだと、改めて理解する。

 

「茶道の心得は和敬清寂(わけいせいじゃく)。主人と賓客が互いを敬い合い、心も道具も清らかにすべしというものです」

「ほほう」

「茶を点てる行為、それに用いる道具、それらの取扱い方。全て決まっています。それは、ともすれば窮屈かもしれません。しかし、そうして自らを厳しく律する姿勢こそが、客人に良き時を過ごしてほしいと願う心の顕れだと思います。…これは、先生の受け売りなのですが」

 

 立派な心がけだなあ。

 

「ですので、カップ麺を美味しく食べるためのものではありません」

「……そっかぁ」

 

 一体何があったのだろうか。微かに顔を俯けて零した玲さんに、俺は曖昧な返事しかできなかった。

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

 マニュアル片手にどうにかこうにか講評を終える。改めてチェックするとわかる玲さんの完璧っぷりよ。失点ほぼ0なんだが。

 しかしなんというか、わかっちゃいたが俺に茶道みたいな芸道は向いて無いなこれ。いつぞやの剣道教室もだいたいE評価で突っ走ったし。

 

「じゃあ玲さん、俺はこれで。本番頑張ってね」

「はい! ありがとうございました!」

 

 玲さんの笑顔に報われつつ立ち上がる瞬間、俺は既視感を覚えた。足先に迸る電撃(スタンビート)。前に倒れかかった身体を、敢えて痺れた足を前に出して支える。脳天まで突き抜ける電気ショックを辛うじて堪えるが、畳が広がる視界の端に映ったつんのめる玲さんの影。

 

 前にもこんな事があった。であればこの後どうなるかも予想できる。俺が上体を持ち上げた瞬間、玲さんの頭部が俺の鳩尾を直撃するのだ。さっき和菓子と抹茶を戴いたばかりなので本格的にマズい。斎賀家の茶室を吐瀉物で汚そうものなら生命の危機――ヤバくね?

 

「ッ!」

 

 生存本能が体感時間を鈍化させる中、俺はとっさに両手を前方斜め上に突き出した。倒れてくる玲さんを支えれば最悪の未来を免れると信じて。緩やかに視点が上向くのを待つ暇もない、頭に近く支えやすい肩を狙う!

 

 

 

 もにゅ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「?」

 明らかに肩ではない感触が手から神経を通じて脳に届く。想定外の柔らかい触感に身体が反射的に手を引っ込めてしまう。「ハイ時間切れ」と言わんばかりに体感時間が元に戻り、影が視界を――

 

「きゃっ!」

「ぐぶえ」

 

 結果的にヘッドバットではなかったものの、俺の上に玲さんが折り重なるように倒れ込み、カエルみたいな声が吐き出される。どうにか最悪の結果は避けられ――むしろ最悪を更新してない?

 

「ご、ごごごごめんなさい楽郎くん! 大丈夫ですかっ!?」

「………あの、玲さん」

 

 すぐさま俺の上から退いた玲さんが俺を立たせる。一瞬の内に色々起きすぎて状況の理解が追いついていないが、まず何よりも先に言うべきことだけはわかる。

 

「は、はい」

「無礼を働いたことを深く詫びます。何でもします。なのでどうか命だけは勘弁してください」

「らら楽郎くん!? ど、どうして急に命乞いを!?」

 

 スッ(庵の襖が開く音)

 

「では責任を取って玲と夫婦の契りを」

「姉さん!?」

 

 ご多忙であらせられるのではなかったのですか御姉様。

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

 それからどうやって斎賀家の敷地を出たのか、俺が放心状態から帰ってくる頃には既に家路の半ばまで歩いていた。

 開いた己の掌を見下ろす。ここまで何一つ新しく記憶に留めなかったからか、その手には最後に触れた感触が残っている気がした。

 

「………」

 

 どこぞの変態曰く、時速60だか70kmだかの向かい風の感触は、何とは言うまいが同じだそうだ。「臨界速(ブラディオン)を使えば疑似体験できそうだねえ!」などと宣った舌には根性焼きをくれてやった。生死の瀬戸際にバカなこと考えてる暇があるわけないだろ。

 

「………」

 

 だが、仮に疑似体験が可能だったとしても、ソレとコレはやはり別物なのだろう。布では阻みきれない柔らかさ。着物からじわり滲んだ人肌の熱。手に伸し掛かるような重み――

 

「ぐぅ…!」

 

 手を服にでも擦り付けて感触の残滓を拭い去りたい。でもなんかそれはそれで玲さんに悪いことしてるような気もする。お、俺はどうすれば……!

 

「あ」

 

 そうだ、天誅しよう。幕末志士はみんななかよし。ちょっと遣り場のない衝動を天に喩えるくらい、笑顔で受け止めてくれるさ。むしろ積極的に受け止めようと向こうから来てくれる。

 そうと決まれば急いで帰ろう。(エモノ)達が俺を待っている!

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

 ログイン狩り狩りした直後にレイドボスさんに見つかっ(エンカウントし)てそれどころではなくなったとさ。今日のLUKは使い切っただろと乱数の女神は仰せですってよクソがよ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

年下だけど長男、年上だけど三女

長男なので無自覚甘やかしするサンラクサンと、三女なので無自覚甘えムーブするヒロインちゃんという概念を提供されて脳内にコスモがブワァしてコクーンがパージ。

大学生楽玲同棲ユニバース。


「こ、これ美味しいですね…!」

「でしょ? 最近ハマってて、せっかくならお土産にってね。ちょっと甘さ控えめな所がイイんだ」

「わ、わかります!」

 

 俺の隣で玲さんと京ティメットが土産の菓子で話に花を咲かせている。俺も一つ食べてみたけど、うまいはうまいが二人ほど好みに刺さらなかったかなというところ。エナドリとの食べ合わせも良くはなさそうだ。

 ……はて、エナドリとの食べ合わせはデフォだっただろうか。

 

「後で好きなだけ食べな玲ちゃん。彼氏サンの方はそこまで合わなかったみたいだし」

「かっ、カレ…!」

「玲さん、そこで止まると色々と話進まないよ」

 

 玲さんはハッと我に返るも、少し居心地が悪いのか黙々と眼の前のお菓子に集中する。

 それを見て、京ティメットはこちらへと向き直った。

 

「んでさあ、まさか玲ちゃんの彼氏サンがあのサンラクだったとはねぇ」

「正直京ティメットとリアルで顔会わせるの、おっかないから勘弁願いたいんだけどな」

「ひどくない?」

 

 京ティメットはけらけらと笑う。だってお前ゲームの恨みを気軽にリアル天誅で晴らしてきそうだし。コイツが関西在住で良かった。

 

「いくら私でも分別はわきまえてるよ。こんなところで竹刀振り回すワケ無いでしょ」

「もしここが道場だったら?」

「とりあえず天誅」

 

 だめだコイツ魂が幕末に囚われてやがる。あと俺の評価間違ってなかったじゃねえかよ。

 

「まあ、こんな面白い事知れただけでも、わざわざこっちまで来た意味はあったか――」

「あ、京ティメットちょいまち」

「ん?」

 

 京ティメットが来たからか玲さんのガードが緩んでいる。今ならいけるな。

 

「玲さん」

「は――むぐ!?」

 

 こちらに振り向いた瞬間に、玲さんの口の中に菓子をつっこむ。瞬間、玲さんは目を見開いて気付いたがもう手遅れ。玲さんの前の菓子は無くなっていて、今この場には俺が食べさせた分で全部だ。

 つまり。

 

「むぐむぐっ……んぐ。もうっ、楽郎くん! またお返しできないじゃないですか!」

「ははは、忘れるほうが悪いのさ」

「む~~~~~っ!」

 

 玲さんは、俺から貰ったものを返せない。これが玲さんにとってはどうにもやきもきするらしく、珍しくも『ちょっぴり不機嫌な玲さん』を見られる。

 まあ軽いイタズラのようなものだ。腕を捕まれ神社の鈴みたいに身体を揺さぶられるが反撃としては可愛らしいもの。愉快愉快…おや?

 

「どうした京ティメット。鳩が豆ガトリングを食らった顔して」

「それ蜂の巣じゃん…いやそうじゃなくて。え、なに。君らいつもそんなことしてんの?」

「いつもってほどじゃないな。一回やると玲さん警戒しちゃうからしばらくはさせてくれないし。だからこうやって油断した時にだな」

「うぅ~~っ」

「………」

 

 京ティメット、呆然。

 

「あー口の中甘ったる」

「ん? 甘さ控えめなんだろ?」

「そうじゃないんだよ。なあ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ただ名前を呼びたいだけ

クリスマス記念のSSです。
サンラクサンには軽率にヒロインちゃんにスパダリムーブしてほしい気持ちで書きました。

大学生楽玲同棲済ユニバース。


 クリスマス特有のイルミネーションがキラキラと眩しい夜の街並みを、玲さんと手を繋いで歩く。今日はイブだが、なんかもうイブの方が本番と言わんばかりの人と街の盛り上がりっぷりが肌で感じられる。

 軽く見渡せば、俺たちとさして変わらない年頃のカップルがお揃いのニットを被っていたり、ミトンみたいな手袋に包んだ手を握り合って歩いていたり。思い思いに今日を満喫していたようだ。

 数年前の俺に言っても信じないだろうな。『お前は遠くない将来に学年の高嶺の花と交際を始め、クリスマスデートするような関係になる』などとは。

 

 今日の予定自体はほとんど終わり、後は家に帰ってゆっくりするだけ。中々充実した一日を過ごした実感はあるがさて、いい加減ぼんやりと周囲や過去にピントをぼやかしてないで恋人を見よう。正確には、恋人の挙動不審を。

 玲さんの挙動がおかしいのはいつものことと言えば、失礼ながらあながち否定もできないが、今日は少し毛色が違っていた。

 

「ら、楽郎っ……くん」

「どしたの玲さん?」

「な、ん…あ、いえ、イ…イルミネーション、綺麗っです、ね!」

「お、おう…そうだね、綺麗だ」

 

 今日だけでこんな感じのやり取りを既に三回繰り返している。一回や二回なら特に気に留めないが、仏の顔も三度までとも言う。流石に玲さんに何かしら思惑があると考えるのが妥当だ。

 じゃあその思惑は何なのだろうか。本人に聞けば速いが、ここは華麗に玲さんの考えを読み解いてポイント的なものを稼いでみたい。

 

 まずは情報の整理だな。これまでのやり取りを思い返してみる。

 

 

 朝に家を出る時。

 

「ら、楽郎っ……くん」

「ん?」

「え、えと…よ、呼んでみただけ、です……」

「? …まあいいか。行こうか、玲さん」

 

 昼に飯を食べた後。

 

「ら、楽郎っ……くん」

「うん」

「あ、その……ご飯、お、美味しかったですね…!」

「まさか飯食ってビックリする日がくるとは思わなかったなぁ…。値段はしたけど」

 

 夕方に観光スポットで一休みしてたい焼きを食べていた時。

 

「ら、楽郎っ……くん」

「…玲さん?」

「いえ、そのっ……今日は、楽しかったです。楽郎くんと一緒に、クリスマスを過ごせるなんて……夢みたい、でした」

「大丈夫。これは現実だし、俺も楽しかったよ」

 

 

 共通点は『俺の名前を呼んで』、『一瞬言葉に詰まり』、『くっつけたように「くん」をつける』こと。その後の部分は時と場合でバラバラだから気にしなくて良さそう。ひょっとして玲さん、俺を呼び捨てにしたいのだろうか。

 

 肌を刺すような冬風が街を吹き抜け、街路樹の枯れ葉が路肩でくるくると舞う。マフラー、コートetcで首から下の防寒対策は万全だが、顔はどうしようもない。空いた手で顔を覆って風を凌ぐも、無防備な耳がピリピリと痺れのようなものを訴える。

 

「うわ寒っ……玲さん大丈夫?」

「は、はい……す、少し急ぎましょうか…」

「だね」

 

 大自然の前に人の文明など無力。今の一吹きで眼の前のイルミネーションより暖かい自宅が断然恋しくなった。

 少し歩調を速める。今の風に甘い空気を吹き飛ばされたのか、すれ違う人々もきゃあきゃあと囃しながら駆け足気味になっていた。で、なんだっけ…そうだ、玲さんが俺を呼び捨てにしようとしているんだった。

 

 まあ別に、呼びたいのなら好きに呼んでくれて良いのだが…玲さんにはあまり似合わないイメージだ。性格的にも合わないと思う。即ち――第三者の入れ知恵。

 思い当たる節はペンシルゴンか、斎賀姉か、岩巻さんか。ともあれ玲さんを経由して俺を動揺させ、それが酒の肴とか笑顔の源になるのは承服しかねる。よって先手を打つ。

 

「玲さん」

「は、はいっ」

「もしかしてだけどさ、俺の呼び方変えようとしてる?」

「っ!!」

 

 ハイ図星。わかりやすくて助かる。

 

「え、え。そ、そそそんなことは」

「それも入れ知恵されたでしょ。……岩巻さんかな?」

「ど、どうして…!?」

 

 三択のカマがクリティカル。今日は調子良いかもしれん。

 動揺で玲さんの足が更に早くなる。俺の手はしっかりと握ったままなので子供にリードを引っ張られる犬みたいな気分を覚えながら、俺は玲さんの隣をキープする。

 

「なんて唆された?」

「そ、唆されたなんて……そ、その、『カ』……『ップルになって結構経つし、そろそろ渾名で呼んでみるとかも一興よ?』みたいな、ことを……」

「一興て」

 

 見世物扱いじゃねーか。あの人俺達がくっつくまでは玲さんのアシストをしてくれてたっぽいが、いざくっついたら結構俺達()遊ぼうとしてるな?

 

「でも、その、私、渾名とかつけたことなくて、楽郎くんに似合う渾名が思いつかず…」

「それで、呼び捨てにしようと、した、っと」

 

 玲さんのネーミングセンス、結構硬派だからな…ニックネームには向いていなさそうだ。

 

「最初は、敬称を外すのも親密さの証だと思ったんです、けど……呼び捨てという考え方を完全に失念していて、その、あの、ごめんなさい…!」

「それは、いいっけど…! スタミナの差を見せつけてくるの勘弁して…っ!」

 

 なんで走りながらこんな流暢に喋り続けられるんだこの人。斎賀家凄いな!

 ようやく足を止めてくれた玲さんの隣でなんとか息を整える。我ながらちょっと情けない。

 

「あ、ああっごめんなさい! 私つい…!」

「い、いや、大丈夫……ふう、よし落ち着いた」

 

 気がつけば家の前まで着いていたらしい。早めに帰れて安心したのもつかの間、走っている間にかいた汗が風に冷やされ、体感温度の低下が加速する。

 いかん歯の根が合わなくなってきた。

 

「は、ははは早く入ろう玲さん」

「そ、そそ、そうですね…!」

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

 冷えた身体を風呂で温めた後の寝る前の歯磨き。

 しかしそうか呼び名かぁ。『玲さん』が俺の中でも収まりが良いから使い続けてたけど、変えてみるのもアリっちゃあアリだ。とはいえ、俺もネーミングセンスに自信があるわけではないのでいざ考えるとなると第一候補に呼び捨てが上がってきちまうな……。

 

「………」

 

 やってみるか。

 リビングに向かうと、先に風呂に入っていた玲さんがソファで待っていた。ここで大事なのはギャップだ。さも当然のように発せなければ二の舞になり意味がなくなる。深呼吸して動揺を鎮めて…。

 

「玲」

「………はひ?」

 

 こっちの覚悟に対してなんとも間の抜けた反応にちょっと吹き出しそうになったのを堪える。その一方で顔はしっかり林檎みたいになってるあたり、聞き逃された訳では無かったらしい。

 

「ほら、玲さんもやろうとしたんだし、俺がやってもいいじゃん?」

「い、いえ、それはそう…ですけど……」

「玲」

「ふひゃあ」

 

 別にトーンを特別変えている訳ではないんだけど、なんか凄いクリーンヒットしているようだ。ちょっと楽しくなってきたし追い込んでやろう。

 

「どうしたの? 口元がにやけているよ――玲」

「ん゛っ、こ、これはその、違くて…」

 

 ハッハッハこりゃ岩巻さんに感謝しなきゃなんねえな! 玲さんが慌てふためくのを見るのは実に楽しい。これまであの手この手で色々とやってきたが、こんなお手軽な方法があったとは…!

 

「玲」

「ひゃうっ」

 

……

 

「玲」

「んんぅっ」

 

……

…………

 

「玲」

「―――っ♡」

 

 

----------------------------------------------------------------------

 

 

「………」

 

 小鳥の囀り、カーテンの隙間から差し込む光。目を覚ました俺は、とりあえず朝風呂をキメるべく部屋を出る。

 先に起きていた玲さんはキッチンに立って朝食を用意しているところだった。少し羨ましくなるレベルのタフネスだ。俺も身体鍛えようかなぁ。

 

「! お、おはようございます…お風呂、もう入れます…よ」

「あ、うん…ありがと、玲――!!」

「!!」

 

 瞬間、俺(と玲さん)の脳裏に蘇る昨晩の記憶。完全に調子に乗って呼び捨て連呼しまくった記憶。

 間が良いのか悪いのか、ポットが湯気と共に甲高い音を立てる。何かを暗喩されたみたいで顔面が一気に熱を帯びる。

 

「………」

「………」

 

 えーっと、どうしようこれ。

 

「じゃ、じゃあ風呂、入らせてもらうね」

「あ、ど、どうぞ……」

 

 暫くの間、俺と玲さんは互いの名前を呼ぶのを避けて会話をするようになった。




二人の教訓:呼び捨ては軽率にするもんじゃない


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

獅子も喉鳴る小春日和

ヒロインちゃんお誕生日おめでとうございます!!!!
一日遅れて誠に申し訳ない(五体投地)

楽玲同棲済みユニバース


「春だねえ……」

「春ですねえ……」

 

 うららかな日差しが程よい暖かさを見せる、川沿いに伸びる桜並木のプロムナード。

 俺と玲さんは備え付けのベンチに並んで座り、のんびりと陽気を甘受していた。

 

「………」

「………」

 

 会話が続かなかろうとのどかな陽気が全てを許してくれるので、無言の時間もまるで苦にならない。精神がアンチエイジングしている気がする。

 でもなんか言いたいなあ。でも暖かくて何も思いつかないなあ。

 うーん。

 

「……春だねえ」

「……春ですねえ」

 

 引くほど会話の中身が無かろうと川のせせらぎが全てを水に流してくれる。

 

「あ、見て玲さん。柵の上に小鳥が停まってるよ」

「ふふ、かわいいですね」

 

 二匹の小鳥は小さく鳴きながら互いに身体を寄せ合っていたかと思うと、また慌ただしく空へと羽ばたいた。

 行方を追って見上げた瞬間、一陣の風が遊歩道を駆け抜ける。桜の枝がゆさゆさと揺れて、無数の花びらが空と俺達の周りを舞う。

 

「おお……」

「わあ……」

 

 気まぐれな風が起こした一瞬の絶景に目を奪われ、感嘆の声が自ずと上がる。

 

「春だねえ……」

「春ですねえ……」

 

 会話が無限ループに入ろうと無数の花弁を携えたピンクの風が、全てを何処かへと持ち去ってくれる。

 

 こうしてのんびりしているのは、特に理由があっての事じゃない。二人で買い物した帰り道、玲さんが「少しゆっくり帰りませんか?」と言い出したので腰を下ろした結果、こんな調子で動く気力が陽気にドレインされてしまっただけだ。

 家に帰れば新作のクソゲーが待っているのだが、今日は玲さんの好きに付き合ってあげたい。なんせ玲さんの誕生日だからな。

 それにしても。

 

「俺、玲さんと付き合ってからこういう時間を楽しめるようになってきた気がする」

「それは、良いこと……で、良いのでしょうか?」

「多分? 感受性が広がるっていうか、視野が広がったっていうか? ゲームしか知らなかった頃の俺のリアルは、まあ狭かったからなあ」

 

 学校が終われば一直線に帰宅、寄り道してもロックロールくらい。休日はゲームするかゲーム買うかの二択だ。別にそれが悪いだなんて思っちゃいないが、リアルにも目を向ける事で得られたものは確かにある。

 

「その切っ掛けには武田氏とかいるけど、玲さんの影響もすごく大きいから。うん……ありがとうね、玲さん」

「そっ、その、ど、どういたしまして……! で、でも! そういう話であれば、私の方が、楽郎くんに世界を広げてもらったと言いますか……!」

「そういえばそうだっけ。じゃあ俺達は互いに世界を拡げ合った仲って訳だ」

「そ、そうですね!」

「………ははっ」

「………ふふっ」

 

 実に晴れやかな気分だ。特に不調でも無かったが身体が軽い。これはゲームプレイのパフォーマンスも期待できそうだ。

 

「じゃあ、帰ろっか」

「はいっ。――ぁ」

 

 俺と玲さんはベンチから立ち上がる。だが、玲さんは立ちくらみを起こしたのかふらりとバランスを崩し堤防の坂へ―――

 

「あぶっ」

 

 俺は咄嗟に玲さんの手を掴んだものの、その為に身を乗り出した状態で引き上げるなど出来るはずもなく。

 俺と玲さんはゴロゴロと仲良く堤防を転がり、より川に近い一段下まで落ちてしまった。

 

「いてて……大丈夫? 玲さん」

 

 全身が痛むが、動けないほどではないしぎこちなさもない。痛み以上の怪我は無さそうだ。

 

「わ、私は大丈夫ですが、楽郎くんはっ!?」

「俺も平気。ちょっと痛いだけ」

 

 服についた土やら草やらを払って立ち、玲さんも立たせる。が。

 

「痛っ」

 

 立とうとした玲さんが足からかくんと落ちる。

 

「捻挫? それともまさか……」

「い、いえ! 軽い捻挫みたいです。少し待てば治まるかと」

 

 尻もちをついた玲さんはあははと力なく笑う。その笑顔に胸がちくりと痛んだ。

 

「じゃあ、はい」

「へ?」

 

 玲さんに背を向けてしゃがみ、手を後ろに伸ばす。

 

「ら、楽郎くん!?」

「おぶるよ。ほら乗って」

「そ、そんな事は流石に……私はその、重いですし…!」

「俺にとっちゃ玲さんの体重なんてりんご4個分と同じだからへーきへーき」

「で、でもっ、楽郎くんに疲れさせる訳には……」

「今日は玲さんの誕生日でしょ? 俺を馬車馬よろしくするくらいで良いの」

「っ……」

 

 少しの間が空いて、俺の背におずおずと一人分の重量が伸し掛かる。だが、不思議と心地よい重さだった。そう思うのも春の陽気にアテられたからかもな。

 少し難儀したがなんとか玲さんの腿を抱えて立ち上がり、家路を行き始める。

 

 しばらく無言で歩いていたのだが、日が暮れ始めた頃。

 聞こうか聞くまいか迷っていたが、やっぱり聞くことにした。

 

「……玲さんさ」

「はい?」

「その、もしかして……俺が手を出さないほうが良かった?」

 

 あの一瞬、玲さんは立ちくらみから復帰してバランスを取ろうとしているようにも見えた。俺が玲さんの手を取った事で、却ってそのルートを潰してしまったのではないか。

 

「………」

 

 背中から、答えは返ってこない。沈黙こそが答えなのかと思いかけた。

 

「どうでしょう。もしもを考えても仕方ないと思います」

「まあ、そうだけども」

「一人で立て直せたかもしれませんし、捻挫だけでは済まなかったかもしれません。でも、私は後悔してません」

 

 何かを察して、太陽が緩やかに朱く染まる。

 

「だって、楽郎くんに手を差し伸べてもらって、今もこうして、背中に乗せてくれて。良くないって分かっててもこの気持ちは誤魔化せません」

「………」

「今日は、今までで最高の誕生日です」

「………そっか」

 

 ……誰そ彼に俺の顔が隠れてくれて良かったよホント。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

酒に酔いどれ(よい)何処(どこ)更けゆ

六周年を祝うべく書いた短編です。体感的な一年が早すぎて本当に困る。

大学生楽玲同棲してないユニバース


 楽郎くんの家にある、正方形の小さなテーブルの前で。椅子に向かい合って座る私と彼は、静かに手を合わせた。

 

「「いただきます」」

 

 食前の挨拶を済ませたら、細長い和皿の上に綺麗に盛り付けられた、一口大の刺身を箸で摘む。桜鯛の切身は脂がのって、照明を反射して輝いているようにすら見えた。

 少しだけ醤油をつけ口に含むと、瑞々しい身の食感と程よい脂の甘味が蕩けるように口の中に広がっていく。新鮮なお魚、それも旬を迎えた真鯛はただそれだけでほっぺたが落ちそうなくらいに美味しいのだけれど、眼の前に楽郎くんを迎えながらだとそこに幸せの味が上乗せされる。

 感動的なまでの美味しさに思わず目を見張り、楽郎くんを見る。彼はそんな私を穏やかな眼差しで見つめていて、私は急に恥ずかしくなって俯いてしまった。

 目を合わせられないまま、私は率直な感想を述べる。

 

「こ、これ。美味しい、です……!」

「ならよかった。急に送りつけられてどうしようかと思ったけど、玲さんが喜んでくれたなら呼んだ甲斐はあったかな」

 

 楽郎くんは笑いながらそう言って、二切れ目を口に運ぶ。私は貴重な機会をくれた仙次さんに心から感謝した。

 大学進学を機に楽郎くんは一人暮らしを初めた。そんな彼に仙次さんは時折、自分が釣った魚の切身を――小さい魚は丸々一尾のパターンもある――送ってくる。

 そういう時はほぼ決まって、楽郎くんは私と二人で食べようとする。一人で食べても良いが、折角の美味しいお魚は二人で食べたほうがもっと美味しい、と。

 家族からの贈り物を、大切に美味しく戴こうとする姿勢も。それで私を呼んでくれることも。彼の考えの全てが愛おしくて、この時間は私の至福のひと時の一つになっていた。

 

「んぐ。っとそうだ、無くならない内に出しておかないと」

 

 急に席を立った楽郎くんは、キッチンの陰で取り出した一升瓶と、二人分のグラスをテーブルの上に持ってきた。

 

「日本酒、ですか?」

「うん。今回は晩酌セットみたい。これで慣らして今度帰った時に付き合えってとこかね」

「なるほど……」

 

 どうやら仙次さんは魚だけでなくそれに合うお酒まで送ってきたらしい。その心遣いは嬉しいけれど、一人暮らしの大学生に一升瓶は荷が重いのではないだろうか。

 そのまま一人でグラスに注ごうとした楽郎くんを見て、私は慌てて席を立った。

 

「あ、ま、わ、私が! お酌します!」

「え、そう? じゃあ……お願いしようかな」

 

 私は緊張からくる身体の震えを抑え込みつつ、両手で持った一升瓶を楽郎くんが持ち上げたグラスに向けて慎重に傾ける。小気味よい音を立てながら、清く透き通った液体が注がれていく。

 片手に納まる大きさのグラスの、六割程までで切り上げた。

 

「こ、このくらいで如何でしょうか……」

「ありがと。じゃ、玲さんの分は俺がやるね」

「そ、そんな! 私はお呼ばれした側ですし……」

「そういう堅苦しい場じゃないって。それに、俺がそうしたいの」

「で、では。お言葉に甘えて……」

 

 私は自分の席に戻り、少し掲げるようにグラスを両手で持つ。そこへ、楽郎くんのお酒が注がれていく。私と同じくらいの量を注ぎ込んだ後、楽郎くんは一升瓶を下げた。

 私と楽郎くんは、改めてグラスを片手で持ち直して。

 

「「乾杯」」

 

 グラスの口同士が軽く当たり、楽器のような涼やかな音色が部屋に広がった。

 口元に寄せ、まずは一度香りを楽しんでから、くいと傾ける。舌の上を日本酒が滑り、軽やかな果実の香りが鼻腔へ抜けていく。アルコール特有の喉の奥が少し焼けるような感覚と、同時に口の中に少し残っていた脂の気配がさっぱりと流れていく爽やかさが身体を包んだ。

 

「お、うまい」

「で、ですよね! フルーティな香りがお刺身に合います!」

 

 どうやらこのお酒は大分良い代物らしい。どこまでも澄んだ味わいはまるで一陣の風のように、香りだけを余韻に残して胃の中に消えていく。

 

 私と楽郎くんはしばらく鯛と日本酒を楽しみながら、とりとめのない話題に花を咲かせた。今日大学で何があったとか、楽郎くんが最近遊んだゲームの話とか。大学でも話してはいるけれど、腰を落ち着け時間を気にせず話し合うとまた違う楽しみがあった。

 

 


 

 

 話の合間につまむように食べていたお刺身がようやく無くなる頃。荷が重いと感じていた一升瓶は二人で飲むと早いもので、いつの間にか殆ど空になってしまっていた。

 

「楽郎くん」

「………なに? 玲さん」

「最後のお刺身、食べますか?」

「………食べる」

「はい、どうぞ」

「……ありがと」

 

 一切れ残していた刺身を、自分のお皿ごと楽郎くんの前に突き出す。楽郎くんは半ば条件反射めいて、すこし緩慢な動きで刺身を食べて日本酒で流し込んだ。私は、そんな彼を正面から眺める。

 外でお酒を飲む時の楽郎くんは、場の雰囲気に合わせたがるのかテンションが上がって饒舌になるけれど、こういう場所での酔った楽郎くんは寧ろ静かになる。それは、私と二人だけの時にしか見せない彼の姿。この世で唯一私だけが知っている、楽郎くんの酔い姿。

 そこに優越感を覚えてしまうのは我ながら悪い性だと思うが、それを差し引いてもこのときの楽郎くんは貴重で、これまた魅力的なのだから。

 

 楽郎くんはグラスを小さく傾け、少しずつ時間をかけて味わうように、日本酒を口に含む。少し蕩けた瞳は潤んで揺れて、頬は僅かに上気し赤みが差し、濡れた唇は妖しげに艶めく。

 普段の快活さや真剣さが鳴りを潜めた物静かな態度のギャップは、私の胸を切なく締め付ける。心臓が静かに鼓動を早めて、愛情が胸の内からとめどなく溢れてきてしまう。

 

 彼のそんな姿はいつまでも、本当にいつまでも見ていられる。今この時しか拝めない彼の貌を目に焼き付け、そしてまた普段の姿に惚れ直す。永遠に積み重なる愛情の連鎖はいったいどこまで続くのか。楽郎くんはどこまで、私を惚れさせれば気が済むのだろうか。

 

 そんな事を思いながら楽郎くんを見つめていると、不意に楽郎くんが壁掛け時計を見上げた。釣られて私も見ると、なんともう日付が変わる頃合いだった。時間の事をすっかり忘れて楽しんでしまっていたらしい。

 実家には、楽郎くんの家で夕飯をご馳走になる旨を伝えてある。帰る頃にまた連絡をすれば良いと思っていたが、これでは。

 

 私と同じ事を考えているのか、楽郎くんが緩やかにこちらを見る。細めて流した目を、こちらの意図を問うような目を向けて、楽郎くんは―――色気たっぷりに微笑んだ。

 

 

「………泊まってく?」




普段同棲系で書いてますが、こういう下りができるので同棲してないのもアリだなと思う次第。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リポリポグラムグラム

リポグラムをネタにした小説をリポグラムで書くというお遊びです。このお話はサ(ザ)行を封印して書いています。
リポグラムがメインなので短めだし、楽玲強度(造語)は弱めです。


「リポグラム」……特定の文字を使わないという制約のもとに文章を書く、もしくはすでに書かれた文章から特定の文字を抜き去って改作するというもの(Weblio国語辞典)


「玲、リポグラムってわかる?」

「ええと、特定のひらがな等を使わないで文を書く行為……だったかと」

「うーんやるねえ」

「あの、楽郎くん。一体どういう経緯で?」

 

 玲の問いに俺は考え込む。ぶっちゃけ玲にとってはどうでもいい事なので、巻き込む程でもないのだが……。

 まあ聞かれたからには答えるべきか。

 

「いやね、赤鉛筆ウーマンが煽り合いにリポグラムを持ち込んできたもんだから、こっちも慣れておかなくちゃとね」

「赤鉛筆……ああ、天音―――」

「彼の者の名を呼んではならぬ……」

「怪異扱い……?」

 

 もう怪異でも良いだろ人間の心を操ってる所が大いにあるんだから。

 

 あんにゃろとの煽り合いの途中で、突然話題に上げられたリポグラム。「相手の土俵に立ってはならない」のがマウントバトルの基本なのだが、熱くなっていた俺は勢いで乗っちまった訳だ。

 結果は見事にボロ負け。あの野郎テメーの持ち込みルールで勝ってよくもまあ、ああも人を煽れるものだ。次はこっちの番だからな。

 

 だが、過程はどうあれ負けを負けのまま置いていては、別口で勝っても鬱憤は晴れない。気持ちよく煽れないのだ。

 故に俺が今やるべきことは、何を置いてもリポグラムについて学び、慣れ、煽り合いで勝つ事。反撃の幕を上げる為にも、肩に乗った重荷を擲って顔面にブチ当てるくらいの真似はやってやらねばなるまい。

 

「というわけで、リポグラムゲームに付き合ってくれない? 幾つか使っちゃダメなやつ決めて、うっかり口から出たら負けってことで」

「な、なるほど。でもお力になれるかどうか……」

「玲だから、頼んでるんだよ」

「っ……! が、頑張りまひゅ!」

「ああ、あまり気負わなくていいからね? これは罰ゲームも無いただのお遊戯―――」

 

 言いかけた口が止まる。待て、俺は何を日和っているのか。()()()()()()本気でやるもの、だろう?

 

「いや、やっぱり罰ゲームは設けようか。うーん……負けた方は勝ったほうのお願いをなんでも一つ聞くって事でどう?」

「! な、なんでもとは……」

「なんでもはなんでも、だよ」

「!!!」

 

 玲の身体が跳ね上がる。マイハニーの勘所はとっくに分かっているからな……。こちらの都合で動いてもらうのだ、この程度の身は幾らでも切るとも……!

 

「ほ、本気で……参る!!」

「口調が変わるレベルで……?」

 

 おっと思ったより効いたようだなこれは。口調の方はいつかのデベリオンのように、縁のある誰かのロールプレイなのだろうか。

 まあ、何はともあれやる気になってくれたようで何よりだ。だったら前置き不要、とっとと行こう。

 レッツ、リポグラム!!

 

……

…………

 

 普通にやって危うく負けかけたが、話題を俺に変えて玲が狼狽えるよう導いてなんとか勝った。

 罰ゲームは某姉が送りつけてきた出来の良い()服を着て戴く運びで一つ。




Twitterに上げた時二箇所サ行を使ってたのを指摘され、修正したやつにもサ行が含まれるという失態を演じました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

玲さんスイッチ

サンラクサンお誕生日おめでとう記念の楽玲SSです。
ここ暫くは一次創作書いたりなんだりしてたので久しぶりの感覚。

楽玲同棲済結構経ってるユニバース。


 俺の手には、実に手作り感にあふれた、装置のような何かが乗っていた。

 

「玲さん」

「は、はい」

 

 小さな段ボール箱に丸いシールが5つ貼ってあり、それぞれ『あ』『い』『う』『え』『お』と玲さんの字で書かれている。玲さんの人柄が良く出た達筆だ。

 側面からはテープで留められた割り箸が上に伸びており、アンテナを模しているのだろう。こういう棒が一本立ってるだけみたいなアンテナ、教科書でしか見たこと無いけど。

 総じて何らかの機械を象った子供の工作みたいな代物で……結局なにこれ。

 

「……これは一体?」

「え、ええと、その……『彼女コントローラー』、と言いまして……」

「……それは一体?」

 

 すまん玲さん、聞いてもまだ俺にはわからなかったよ。

 

 


 

 

 今日は俺の誕生日なので、玲さんは一足先に大学から帰って色々と準備をしてくれる。主には晩飯とプレゼント。俺も玲さんの誕生日には同じことをするのでお互い様なのだが……玲さんが腕によりをかけた晩飯をご馳走になった後、俺に玲さんが手渡したのが…これだ。

 今年は中々予想外の方向から攻めてきたな。

 

「ええとつまり、『あ』から『お』までを頭文字にした命令に、それぞれ一回玲さんが従う、で良いの?」

「そういうこと……です」

「ふむ」

 

 シールの字からおそらく十割玲さんの自作なのであろう、不思議な味のある作品を眺める。まあそういうゲームの道具ってことは分かった、使い終わった後は部屋に飾ってしまおうか。

 

「あ、あの、こ、これはあくまでちょっとしたゲームのためのものでして、楽郎くんへのプレゼントは別に用意してありますから、け、決して手抜きをしたとかそういうわけでは……!」

「え? ああ、なるほどね」

 

 ……これはこれで面白いプレゼントだと感心してたんだけどな。

 確かに材料を鑑みればチープと言えるだろうが、『玲さんが俺の為に作った』という事実からは金では買えない価値がある。

 彼女が俺にそこまで手の込んでいないものを渡すという事自体が、ある種の気安さ・親密さの証に思える。上げ膳据え膳ばかりでは向こうも大変だろうし俺も気にする。時にはこういった雑さも悪くない。

 

「じゃあ早速使ってみるかな?」

「あ、い、いつでもどうぞ……!」

 

 要するに今日くらいは多少我儘に振る舞って欲しいというところなのだろうか。普段からそんな我慢しているつもりはないんだが、そういうことならお言葉に甘えさせてもらおうかな?

 リビングのソファに腰を下ろし、ちょっとそわそわしてる玲さんを見上げる。そうだなぁ……。

 

「じゃあ、『あ』で……『頭を撫でさせて』」

「っ! ……ど、どうぞ好きなだけ!」

「では失礼して」

 

 ソファの隣に腰を下ろした玲さんの頭にぽんと左手を乗せて、耳の方へ下ろしていく……うわすっげえ。

 

「サラッサラだ」

「んっ、そ、そうですか…?」

 

 いかん声に出てた。

 でも本当に凄いサラサラだ。こっちの指に合わせて沈み、髪の間を指がするすると抜けていく。無人の野を征くがごとしの爽快感ってこういうことなのだろうか。

 それを指先で味わえるとは、玲さんは構成要素の全てがハイスペックで頭が下がるな。

 

「一時間くらい触ってられそう。あ、でも髪に良くないのかな」

「長すぎると良くはないですけど……このくらいなら、大丈夫ですよ?」

「なるほど、じゃあ止める前に一つだけ」

 

 左手で撫でながら、右手で腿の上に乗せていた玲さんコントローラーの『い』を押す。

 

「『いまの気分はどんな感じ』?」

「え、えと、その……ちょ、ちょっとくすぐったくて、少しふわふわして……それでとても、暖かい気持ち、です……」

「そっかぁ」

 

 不覚にもほっこりしたところで手を離す。

 名残を感じるのか指先で頭をさすりながら立ち上がった玲さんを見上げて、残った3文字の使い方を考える。

 残りは『う』『え』『お』なのであと3回しか使えない。せっかくだからレアな玲さんを見たいところ。

 

「そうだ、久しぶりに玲さんの歌が聞きたいな。『歌って』?」

「えっ、こ、ここでです、か?」

「もちろん。確かテレビにカラオケの機能もついてたでしょ」

 

 俺も玲さんもカラオケに行くのは稀なため、彼女の歌声を聞く機会は本当に少ない。こうしてテレビにカラオケが搭載されているのも曖昧なくらいには。鼻歌なら家事してる時とかにたまに聞けるんだけどな。

 テレビをカラオケモードに切り替えてからリモコンを玲さんに渡して選曲してもらう。玲さんは緊張で操作をミスりつつも一曲を入れ終えた。

 

「で、では……行きます」

「やんややんや」

 

 

 約三分と十秒後。

 

 

「……ふぅ。ど、どうでしたか……?」

「ブラボー」

「あ、ありがとうございます……」

 

 称賛の意を拍手で示す。最後に聞いたのは半年くらい前だった気がするが、相変わらず玲さんの歌声は透き通る清涼感があって聴き心地がとても良い。アンデッド系に特攻付いてそう。

 残すは『え』と『お』か……よし決めた。

 

「玲さん、『笑顔を見せて』。とびっきりのね」

「え、笑顔ですか……? ええと……」

「それに追加で、『俺に愛してるって言ってみて』」

「!!!?」

 

 玲さんの顔がいつも以上に赤くなる。どこでこの遊びを知ったのかは俺にはわからんが、恋人どうしでやるならそりゃあこういう用途になるだろう。もしくはディプスロが喜ぶ類のナニカだ。

 さあ、どうする玲さん……あれ、思ったより行動が早い。

 

「楽郎くん」

 

 ふんふん、コントローラーを脇にどかして? ソファの隣に座って、俺の手を取ってうわ顔近手熱。

 

「世界で一番……愛してますっ」

「」

 

 


 

 

 冗談抜きで一瞬意識が飛んだ。

 後光が見えそうなエンジェリックスマイルと普段より弾んだ声でそれは駄目だよ俺保たねえよ。

 

「はぁぅ…は、恥ずかし……」

 

 束の間の失神から帰ってきた俺が見たのは、汗の浮いた顔を手でパタパタと扇ぐ玲さん。まあ流石に今のは諸刃の剣だわな。

 じゃあ俺も玲さんの手を取って、と。

 

「玲さん。俺も、世界で一番玲さんを愛してるよ」

「ふみ゛ゃ」

 

 お、フリーズ。ここ暫く見てなかったからちょっと新鮮だ。

 固まってしまった玲さんからそっと手を離して、ソファからすくと立ち上がる。

 

「さ、顔洗ってくるか」

 

 冷水でな。




今の世代にはおとうさんスイッチって伝わらないのかな……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

楽玲による嫉妬心との向き合い方講座

嫉妬心を隠さないヒロインちゃんという概念を見かけてファルシがルシしました。

大学生楽玲同棲済みユニバース。


 温まった身体をゆったりしたパジャマで包む。一人暮らしならパン一でもまかり通るんだろうが、同居人がいると流石にな。

 

「ふーさっぱりさっぱり。風呂上がりのエナド……おっと」

 

 キッチンの冷蔵庫を開け、キンキンに冷えたエナジーカイザー……に手を伸ばしかけたがぐっと堪え、代わりに牛乳をコップに注ぐ。

 昨日既に徹ゲーしたし、あまりやりすぎると玲さんに注意されてしまう。

 

「んっぐ、んぐ……ぷはあ」

 

 風呂上がりバフがあるので心地よく感じるな。エナドリだったらもっとキまったんだろうなぁと思うと未練が湧くが……おや?

 

「………」

 

 ソファに座っている玲さん(寝間着)が、珍しく背中を縮こまらせている。うたた寝という訳ではないだろうが。

 

「どうしたの、玲さん」

「あ、楽郎くん……」

 

 隣に腰を下ろす。玲さんは一瞬だけ表情を明るくさせたが、すぐに物憂げな顔をしてしまった。

 

「悩み事?」

「い、いえ。その、楽郎くんの手を煩わせるようなことでは……」

「なるほど、俺絡みね」

「!?」

 

 玲さんが目を見開く。

 

「な、なんで……」

「玲さんのことだもん、顔みれば分かるよ」

「うぅ……っ」

 

 玲さんは恥ずかしそうに頬を手で抑えるが、その仕草がまた可愛らしい。

 本当は理屈があるんだけどな。玲さんは俺が関係しない悩み事については、聞けばすんなり話してくれる。言い淀んだ時点で、まあそういうことだろう。

 

「それで、どうしたの?」

「……言わないと、解放されないんでしょうか」

「そりゃあ、俺に原因があるなら改善したいし?」

「い、いえ! 楽郎くんは、悪くないんですっ! ……ただ、その」

 

 それから、玲さんは顔を俯けて零すように話してくれた。

 今日のグループワーク、俺と玲さんは別の班分けになったのだが、その時俺が別の女子学生と話しているのを見ていると、どうにも胸にもやもやしたものが溜まった、と。

 なるほどなるほど。

 

「嫉妬だね」

「あうぅ」

「そんなに嫌? 俺的にはそれだけ玲さんに想われてるってのがわかって嬉しいんだけど」

「あ、ありがとうございます……でも、その、普通のことだって分かってても、嫉妬してしまうのは、自分の心が狭いからだと……」

「ふむ」

 

 まあ、そういう見方はあるか。

 

「――楽郎くんは、嫉妬とか……しますか?」

「ええっと」

 

 小首をかしげた玲さんの質問にちょっと詰まる。一般論的に捉えれば何ら問題ない発言だが、状況が状況なのでなんだか試されているような気がしないでもない。

 正直、玲さんが俺以外の男と仲良さそうにしてる場面を見たことがないので、すぐにはピンとこないんだよな。

 

 でも。仮に玲さんがほかの男と楽しげに話してるのを見たのなら。

 

「……まあ、するかなぁ」

「! そ、そういう時、どうしてます、か!?」

 

 うん、俺も嫉妬自体はする。例えばボスのランダム報酬で目の前で良いの取られた時とか。具体的に言うとトットリが貪る大赤依から超便利そうな装備品ゲットしてた時。

 だがそういう淀んだ感情は、考え方次第でどうとでも打ち消せるものだ。「俺だって良いアイテム引っこ抜いてやる」とか、「最悪略奪すればいいや」などと考えれば、心の余裕を取り戻せる。

 端的に言えば。

 

「心の中でマウントを取ってる……?」

「え、ええと?」

 

 やめてくれ玲さん。評価に困ってそうな顔はちょっとメンタルに来る。

 

「いや、言い方はアレだけど実際大事だと思う。俺の方が上だと思ってれば気持ちに余裕が生まれて、多少の事は笑って流せるモンだよ。だからこの場合は――」

 

 一度深呼吸を挟む。

 

「――『まあ、楽郎くんは私のものですけれど』なんて思ってみる、とか」

「!!!?!?!!??」

 

 玲さんが予想通り爆発した。

 俺だって言ってて恥ずいわ。でもそうなるだろこの場合!

 

「う、あ、その、それは、えっと」

「こ、これはあくまで一例ってことで! 詳しいところは玲さんなりの考え方でいいと思うよ!?」

「で、でしたら!」

「ぬおっ」

 

 いきなり玲さんが俺の身体を押す。慌ててソファの背もたれに腕を引っ掛けて最悪の事態(ソファから転げ落ちる)は避けられたが一体何を……?

 視界を覆う黒い影。見上げれば、耳まで赤くなった玲さんの真剣な顔が真上にあって、ようやく俺は自分が押し倒されたのだと理解した。

 玲さんらしいっちゃあらしいが、まさか物理的にマウントを取ってこようとは。玲さん検定一級を自称する俺の目でしても見えなかった。

 

 だが、その眼差しをよくよく見ると若干怪しい雰囲気を感じて。

 

「わ、私が、そう思えるように……楽郎くんが、私のものだって信じられるように……! きょっ、きょ、協力をお願いしても、宜しいでしょうか……っ!」

「あ、ああ。そういう、ね?」

 

 俺、明日一限なんだけど……まあ、いいか。




実践編は、皆様の心の中に―――。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あなたのクリスマスデートはどこから?

これを楽玲と言い張る勇気。
クリスマスなのでヒロインちゃんが素敵なクリスマスデートを語ってくれるようです。

ヒロインちゃん中学生ユニバース


 まず、昼過ぎに陽務くんと噴水のある広場で待ち合わせをします。

 30分早く来てくれた陽務くんと私がばったり鉢合って、

 

「あー、えっと、待たせたかな」

「い、いえ! いま来た所ですっ!」

 

 というお決まりのやり取りをして。

 その後はまず、映画を見に行きたいです。恋人同士が見るのに適した、雰囲気の良い映画を。恋愛ものは鉄板かもしれませんが、陽務くんとならどんな映画でも楽しめそうですね。

 映画の鑑賞中にポップコーンに手を伸ばしたら、陽務くんと手が触れ合って、ドキドキしたりして……。

 

 鑑賞後は喫茶店で軽食を戴きながら、映画のことを話し合いたいです。どこが良かった、どこか素敵だった、と。

 共感する話題について語り合うと、信頼関係が深まると言いますから。

 

 多分そのくらいで日が暮れ始めると思うので、夕陽の見えるスポットに行って、沈んでいく太陽を眺めるのもいいかなと想います。

 

「玲の顔、赤くなってる」

「ら、楽郎くんもですよ?」

 

 二人して夕陽の輝きに頬の紅を隠すなんて、素敵だと思いませんか?

 

 日が沈み切ったら街を歩いて、イルミネーションがきらきらしている通りを歩きたいです。通りの脇ではサンタさんの衣装を着た人がケーキを売ってたりする感じの。

 街道に並ぶ服飾品を眺めて、ウィンドウショッピングをしてみたいです。陽務くんに似合うマフラーを見つけたら実際に買ってプレゼントしたいですし、逆に陽務くんに服を選んでもらえたら私、もう一生その服を完全に保護して永久保存すると思います。

 

 それでその、私が寒くて吐息で手を温めてたら、突然陽務くんに手を握られて。

 びっくりして振り向いたら彼の顔が間近にあって、

 

「この方が暖かいでしょ?」

 

 な、なんて言われたりして……っ!

 

……

…………

 

 すーっ、はーっ……す、すみません。続けますね。

 街の活気と煌めきで目を楽しませた後は、レストランでディナーを頂戴しようかと。予め私が良いお店を予約しておいて、陽務くんを驚かせちゃうんです。

 普段は陽務くんに引っ張られる私ですけど、きっと陽務くんはこういったお店の経験は薄いのではないかと思うので、ここでは私がリードしたいですね。ちょっと興味深げに辺りを見回す陽務くんを私が上品にエスコートして、陽務くんに見直されたい、なんて……!

 ま、まあそこまでは夢想的かもしれませんが、とにかくそこでコース料理に舌鼓を打ちながら、今日のことを頭から振り返るんです。映画の楽しさ、夕陽の美しさ、街の明るさ……どれも今日でなくても味わえるものですが、その全てが特別になるんです。一生の思い出に、なると。

 

 デザートを戴いて、後は帰るだけ……と言いたいところですが、陽務くんはゲームが好きなので、最後にゲームに興じたいと思います。夜でも開いてるゲームセンターに行って、ARゲームを一緒に遊びたいです。私も陽務くんも初めてのゲームなので最初はうまく行かないかもしれませんが、それでも回数をこなす内に段々と理解を深めてステージを進めて行くんです。

 最後のボスを撃破した後は、ハイタッチとか……そそ、その、ハグとかしたりして……! そ、そんなことになったら私、私は人生最高の日に……っ!!

 

……

…………

 

 は、はい。もう大丈夫です。

 ええと、どこまで話しましたっけ…? あ、えと、陽務くんとゲームセンターで遊ぶところまでですね。

 「思ったより時間使っちゃったね」なんて話しながらお店を出て、流石にそろそろ帰ろう、と駅に向かうんです。

 そしたら、その……いえ、その、これは、もしかしたら、と言いますか……そうなるかもしれないなという可能性の話なのですが。

 

 終電が、無くなっているかもしれない、ですよね。

 

 今日の為に遠出しているので、こうなってしまっては帰れなくなって、駅の前で一度私達は途方に暮れるんです。

 で、その。そうなったら、もう仕方がない、と言いますか。必然と言いますか……

 ふ、ふた、二人で。ホ、ホテルでお泊りにならざるを得なくて、日付が日付なので一部屋しか空いて無くてっ!

 そそそうしたらやはり一部屋を借りるしか無くて、もももしかすると何かの間違いが「よし玲ちゃんストップ」

 

 


 

 

 自室のリビングで玲と通話していた岩崎真奈は、重い頭痛を覚えこめかみを押さえていた。

 初の自社製ゲームの制作が佳境に入っているためにクリスマスに帰ってこれない、と連絡を入れてきた夫の体調を心配しつつ、それはそれとして暇になってしまったこの一夜に、思い立って恋路を応援している少女と通話をしてみた。

 話題に困った折、ほんの思いつきで「そういえば玲ちゃんは、陽務クンとしてみたいクリスマスデートとかってあるの?」と聞いた結果彼女の口からお出しされたのがこれである。

 

 その内容の詰め具合と熱量もそうだが、何より恐ろしいのは斎賀玲はこの長さの話を『聞かれた直後にノータイムで話し始め』、『途中一人で盛り上がって詰まった点以外は淀みなく語ってみせた』ことである。

 常日頃から彼とのデートにそこまで思考を巡らせているのかと思うと、さしもの真奈も外気温を上回る寒気を覚えるのも無理からぬことであった。

 

「あ、どこか駄目でしたでしょうか? た、たしかにその、陽務くんのお家の経済力は把握していないので、もしかすると高級料理に慣れている可能性もあるかもしれませんが」

「いや違う、違うの玲ちゃん。そうじゃないの」

 

 根本から色々と言いたいことしか無いのだが、果たして今それを指摘する意味はあるのだろうか。交際するどころかまだ想い人との実質的な面識すらない中三の彼女に。

 よって。

 

「えーっと、玲ちゃん。クリスマスに何をするのかは、事前に陽務くんと話して打ち合わせしておくのがベストよ。彼を喜ばせたいならなおさら。言葉が無ければ親切がうまく伝わらない場合もあるから、ね?」

「そ、そうですか……確かに、陽務くんが喜ぶのが一番ですからね……。参考にします、真奈さん!」

 

 真奈は将来きっと訪れるであろう、彼女の恋人となった陽務楽郎に全てを任せ(ぶんなげ)ることにした。




アニメが放送される度に奇行が加速するヒロインちゃんに、自分なりについていこうとした結果産まれたSSでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

さかさま二兎を追う者たち

1/28が逆バニーの日と聞いて、やったろうと思ったけど狂いきれなくて一日で終わらなかったやつです。

成人楽玲同棲済ユニバース。


 今回ばかりは仙さんの正気を疑っても良いはずだ。

 

「玲さん、流石にこれは」

「姉に代わってお詫びをさせていただきます……!」

 

 俺達(玲さんはペコペコと謝っている)の前にあるテーブルの上、平べったい段ボールの中で役目を求め眠っているそれは、おおよそ健常な精神の持ち主が着るとは思えない衣服という概念を忘れてデザインされた何か。

 ツヤのある長手袋と、左右合わせて鼠径部のV字を刻む靴…いや靴か? タイツやストッキングの亜種かもしれない。足すことのビキニにしては際どい水着(下だけ)とハート型のシールめいたものが2つ。

 

 正直、何も知らない人ならコレを……ただ綺麗に箱の中に納まったコレのみを、人が着用するものだと分類することもできないだろう。俺は誠に遺憾ながら解ってしまう。おのれディプスロ。

 

「というか玲さんは逆バニー(これ)知ってるんだね」

「あ、い、いやその、知っているか知っていないかで言えば非常に曖昧で知っているとも言えますし詳しくは知らないとも……!」

 

 まあ玲さんだしな。

 こういう納得の仕方もどうかと思うが、積み重ねた実績に裏打ちされているのでしょうがない。

 

「で、これどうする?」

「どうする、とは…?」

「まあ処分だと思うけどさ、一応玲さんの意見も聞こうかと」

「えっ」

「えっ」

 

 あれ? 玲さんまさかの乗り気?

 俺の中の玲さん評を上方修正すべきですか?

 

「い、いえその。着るのは流石に心臓が保たないのですが、曲がりなりにも贈り物をただ捨ててしまうのも、とは」

「にしたってタンスの肥やしにするのもなぁ……ん?」

 

 改めて目を向けると、微かな違和感。

 そう、これを玲さんが着たと考えると、サイズ感、が……。

 

「よし、これは今すぐ処分だすぐに処分だ」

 

 今の俺に出せる最高速で段ボールを持ち上げる。

 いかん。これは想定以上の呪物だ! 仙さんマジでどうしたんだアルコールでもキメながら送り付けてきたのか!?

 この身の毛がよだつ事実を玲さんが気づく前に視界から消し去ってしまわなければ「あれ、楽郎くん。これなんだか大きさが」あっ。

 

「あ」

 

 たぱあ(玲さんの鼻から赤い雫が垂れる音)

 

「っ!!」

 

 恐ろしく俊敏な動作で鼻血を拭うも、俺の目はそれを捉えていた。

 そして俺が掴んでいる段ボールを奪い取ろうとする動きもなあ!

 

「玲さん今想像したね!? 俺がこれに袖を通したところを想像したでしょ!」

「い、いえしてません! してないので一つだけわがままを聞いて戴けないでしょうかっ!」

「『ので』で前後が何も繋がってない! こっちこそわがままを聞いてほしいなあ! その血管の浮いた手を離してくれないかなあ!」

「きっと似合います! きっと似合いますから!」

「これが似合ったらそれはそれで嫌だ!!」

「一生のお願いを、後生ですから……!」

「こんなとこで一生のお願い使うんじゃありません! もっと大事なタイミングに取っておきなさい!」

「楽郎くんが着てくれたら取り下げます!」

「それは取り下げたとは言わなくない!?」

 

 綱引きならぬ段ボール引きに勤しむ俺と玲さん。高校生の頃ならヤバかったかもしれないが、今なら体重込みで拮抗状態まで持っていける……!

 というか成人男性の全力に拮抗する玲さんは何なんだ一体!

 

 だが綱引きというものはやはり、握りやすいように太く、ちぎれないように頑丈に撚られた綱で引くのが正しいのだと、競技として成立しうるのだと、俺は遠からず知るのだ。

 

「きゃっ!?」

「のわっ」

 

 玲さんの膂力が段ボールを中間で破断させ、勢いで跳ね上がった俺の手が中身を天井まで打ち上げる。

 互いに尻もちをついた所にひらひらと舞い降りる―――()()()()()2()()()()()()()()()()()

 

「「……………ふっ」」

 

 互いに見合い、息を微かに吐いて笑う。

 ああ認めよう、俺も男だ。恋人のあられもない姿を、見たくないと言えば嘘になる。きっと、それは玲さんも同じなのだろう。今まで数度それを目の当たりにした俺には、ある種の責任があるのかもしれない。

 

「楽郎くん」

「………わかった」

 

 バカバカしい話だが、この一幕で不思議と腹を括れてしまった。まあ、写真とか動画とか記録に残させなければ、彼女のお願いを聞いても良いかもしれない。

 

「交換条件ね」

 

 まあタダで着るのは癪なので巻き添えにするけど(しなばもろとも)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

n度目の恋心

このシチュが書きたい・見たいの一念で突き通していくスタイル。

楽玲同棲したてくらいユニバース。


「楽郎くん」

 

 掛け布団を首元まで持ち上げた私の口から、ふと彼の名が零れた。

 

「なに? 玲さん」

 

 真上を見つめたまま左から聞こえてくる彼の声色は、耳が蕩けてしまいそうなほどに柔らかかった。

 

「……ふふっ」

「……どうしたの?」

「あ、ご、ごめんなさい」

 

 ひとつ屋根の下、ひとつのベッドを楽郎くんと共有する。

 ずっと、ずっと思い描いていたシチュエーションが、今現実になっている。それがどうしようもなく嬉しくて、背筋が歓喜に震えた。

 

「楽郎くんを笑ったわけではなくて、その。何だか不思議で」

「不思議……ってのは?」

「こうしてベッドで天井を見つめて、これから寝るときにふと名前を呼んで。それで、返事が返ってくることが」

「……あー、言われてみればそうかも。誰かと一緒に寝るのなんて、まあなかなか無いよね」

「はい。子どもの頃以来です」

「俺も」

「それを思うとなんだか、幼い頃に戻ったみたいに思えませんか?」

「うーん………無理かな」

「………ですよね」

 

 思いついたから言ってみたけれど、流石にそれは無謀だったようで。私も同じ気持ちです。

 

「あ、それで、その」

 

 詰まりかけた会話の流れをなんとかして動かそうとする。

 

「だから、でしょうか。今、すごく満ち足りた気分なんです」

「その心は?」

「楽郎くんを……その、好きに、なって。ずっと夢見てたんです。こんな風に、楽郎くんと一緒に寝ること」

「そりゃ光栄だ」

「時間はかかってしまいましたが、こうしてその夢が現実になって、いろいろな実感が強まって……」

 

 この先を口にすることに、抵抗を覚える。ただ、心地よい疲労感とじわじわと浸透する眠気が、私の口を軽くさせていた。

 

「まるで最高潮のように思えるくらい、今がとっても、幸せなんです」

「………」

 

 言ってから、後悔を感じた。これではまるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()―――

 

「そっか、そりゃあ楽しみだ」

「……え?」

 

 楽郎くんの言葉に、思わず左に。彼の方に顔を向ける。

 照明の落ちた部屋は暗かったけれど、楽郎くんの顔は見えている。

 

 彼は好戦的に、挑戦的に笑っていた。

 

「そ、それは。どう……して?」

「ん? だって玲さんは今が一番だと思ってるんでしょ? だったら、それを越える幸せだと玲さんが感じてくれた時、どんな反応をするのか楽しみじゃない?」

「っ」

 

 胸が高鳴る。彼と共に過ごし始めて、慣れてきたと思っていたのに。それを少し、寂しく感じていた所に。

 

 その顔は、よくない。

 叶い、満たされて、成就した恋心が。

 

 

 二度(ふたたび)三度(みたび)と燃え上がってしまう。

 

 

 するり、と。身体ごと私に向いた楽郎くんの左手が、私の頬を撫でる。

 

「ひゃみ」

「俺はまだまだ、玲さんを幸せにするつもりだよ。二人分以上の人生背負うつもりなんだから、そのくらいはしなくちゃね」

「あ、わ」

 

 チャレンジ精神に燃える彼の瞳が、私を射抜いて。

 鼓動がうるさくて、心臓がきゅんきゅんと締め付けられる。

 徐々に広がっていた世界がもう一度楽郎くんだけになる。

 

 ごめんなさい。降参です。

 もうすでに、さっきの最高潮を上回ってしまいました。

 

「……あ、あの」

「ん? あれ、玲さん顔赤い?」

「~~~~っ」

 

 指摘されて、更に顔に血が集まるのがわかる。

 

「あ、あの、その」

 

 この先を言葉にするのは相当に気恥ずかしいはずなのに。

 気がつけば、私の口は勝手に動いていた。

 

「最高潮、更新しちゃったみたい、です……」

「……予想以上に早かった。RTAしたつもりは無いんだけどなぁ」

「ううっ」

 

 思わず布団を引き上げて顔を隠す。

 恥ずかしい。けれどそれ以上に、彼にそんな風にからかわれるのが嬉しい。この恋心を抱いた当初からは比べられないくらいに、楽郎くんとの心の距離が縮まっているのを実感する。

 恋人であると同時に、友達のように気さくに話し合える。いつの間にか当たり前になっていた関係性が、かつて途方もなく切望した尊いものであることを、私は再認識した。

 

「ま、だからって俺も満足したりしないし、そろそろ寝ようか。明日……もう今日か。休みとはいえ夜更かししすぎたもんね」

「そ、そうですね……、!」

 

 そうだ、眠りにつく前に言おうと思っていた言葉があった。前置きのように話している内に忘れかけてしまっていた。

 

「そ、その。楽郎くん」

「なに? 玲さん」

 

 ベッドで寝ながら向かい合って聞く彼の声は、胸のドキドキが止まらなくなるくらいに素敵だった。

 

 改めて口にしようとすると、中々言い出せない。

 今の精神状態で言ってしまうのは、かなりの度胸が要るけれど。

 それでも、言うのだ。この恋心を初めて抱いた時から、私は成長していると信じて。

 

「大好きです、楽郎くん」

「俺も大好きだよ、玲さん」

「……きゅう」

 

 二度目の最高潮の更新を感じながら私は、気絶するように眠りについた。




おやすみなさい。

当初はもっと"夜更かし"の内容を匂わせる雰囲気にしようとしたけど、これはこれでと思ったのでこのまま行くことにしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

貴方は鋭い人なので

ヒロインちゃん誕生日おめでとうございますのSS。

持ち前の学習能力をヒロインちゃんに向け始めたサンラクサンに頭やられるヒロインちゃんが見てえなあ!!の気持ちで書きました。

二年前に投稿した『貴方は鈍い人だから』のセルフオマージュです。


 梅の花が見頃を迎えた通学路。

 楽郎くんと私は、同じ道を並んで歩いていた。

 明日から春休みで、リアルで会うのは難しくなるのは容易に想像できて。

 

 三年生になってしまえば、否が応でも受験を視野に入れなければならない。

 高校生の内に彼と遊べる時間は、もうさほど多くはない。

 

 だから私は、彼の手を取り。

 

 

 人生最大の勇気を出した。

 

 

 聞いた彼は心から驚いた顔をして、何かを言いかけて、やめて。

 心臓の鼓動がばくん、ばくんと。耳をふさぎたくなるくらいうるさくて。

 少し、私にとっては世界が一巡してもおかしくないほどの時間の後。

 

「えっと、良い…よ?」

 

 私は喜ぶより先に、感極まってしまって。

 まだ冷たいアスファルトにへたり込んで、泣き崩れてしまった。

 

 


 

 

 ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ。

 

 無機質な電子音が、目を開いた私の鼓膜を叩く。のそりと上体を起こし、窓から差し込む陽光を顔に浴びる。

 

「………」

 

 何度目かわからない夢から目覚めた私は素早く身支度を整え、朝食を摂り、靴を履いて玄関扉に手をかける。

 

「お嬢様、今日の送迎は…」

「大丈夫です」

「承知しました。お気をつけていってらっしゃいませ」

「はい、行ってきます」

 

 庭に植えられた木々は青々しく生命を漲らせ、お陽さまの光をいっぱいに蓄えながらわさわさと春風に揺れている。

 開かれた正門から一歩踏み出す。今日はついに、予てより考えていたミッションに挑むのだ。

 そう。

 

(楽郎くんのお家に向かい、玄関で出迎えて一緒に登校を―――)

 

「おはよう玲さん」

「み゛ょっ!?」

 

 なぜかすぐ横で楽郎くんが待っていました。

 

 


 

 

「き、来ていたのならインターホンを押していただければすぐに伺いましたのに……!」

「いやあ、朝の支度してるとこ急かしちゃ悪いかなって。それに、早く目が覚めたからせっかくだしドッキリの一発でもと思ってね」

「ぜ、絶対そちらが本音ですよね…!?」

「はは、バレた?」

「うう……」

 

 楽しげに笑う楽郎くんに、私は何も言い返せない。同じことを私もしようとしていたのに、それを棚に上げて楽郎くんに詰め寄るのは良くないから。

 

「もうすぐGWかあ、玲さんは何か予定ある?」

「ええと、私は家の都合で3日まで居ませんが、その後は今のところ……」

「なるほど。じゃあその後で良いから勉強会しない? また図書館とかで」

「それ、は……! 願ってもない、です!」

「良かった」

「っ」

 

 嬉しそうに笑う楽郎くん。その表情に私は、二種類の感情で胸が締め付けられた。

 

 ひとつは、そんな楽郎くんが純粋に好きだという気持ち。

 もうひとつは、もっと早くに楽郎くんに告白していれば、勉強会ではなく純粋にデートができたのにという後悔。

 

 考えても仕方のないこと。あのタイミングでの告白だったからこそ、楽郎くんは応えてくれたのかもしれない。

 いくら自分に言い聞かせても、それでも自問自答は止められなかった。

 

「どうしたの? 浮かない顔だけど」

「んひゅっ」

 

 急に楽郎くんの顔が近づいて、思わず息が詰まる。

 

「だ、だいひょぶれすっ。ちょっと、その。考え事してただけ、で」

「そう? 無理にとは言わないけど、俺で良ければいつでも頼ってくれていいからね」

「あ、ありがとうございます……」

 

 楽郎くんは何でもないことのようにそう言って、少しだけ前を歩く。

 

 私と付き合ったからか、楽郎くんは少しだけ変わった。

 いつも自分の道を笑いながら走っていた彼は、時折。本当に時折、振り返って私を見るようになった。

 それはとても嬉しくて、幸せなこと。でも、一つだけ悩みが。

 とてもとても、贅沢な悩みがあった。

 

「あ、そうだ玲さん」

「は、はい」

 

 物理的に振り返った楽郎くんが、自分の額に人差し指を水平に当てる。抑えられた髪が、微かに揺れて。

 そう、贅沢な悩みとは。

 

 

「髪、ちょっと切ったでしょ。似合ってるよ」

「」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…あれ、玲さん?」

 

 知らなかった。私がそんなにもわかりやすいなんて。

 知らなかった。彼がこんなにも鋭かったなんて。

 

「玲さん? もしもーし」

 

 貴方が鈍くて、私の本心を全然分かってくれなくても。

 貴方が私を知ろうとしてくれている。それだけで、私は十分幸せなのに。

 

 そんな貴方が、鋭く私を見抜いてしまうのなら―――

 

「……ふひゅう」

「玲さん!?」

 

 ―――そんなの、もう敵わないじゃないですか。




幸せな降参。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。