フォー・ゼロの星が導く異世界生活 (ヤマト・ゼロ)
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第1話「序・章・開・始」

初めましてヤマト・ゼロです

別で進めている作品の息抜き程度に

書いていくつもりですので

更新は気分次第かもしれません

唯、設定はちゃんと練っております

のでご安心を、

唯、各話短めで書きます


――これは本気でヤバいな。

 

 

固い地面の感触を感じて、

 

俺は自分がうつ伏せに倒れていると気付く。

 

全身に力が入らず、手先の感覚はすでにかった。

 

唯、喉を掻きむしりたくなるほどの熱が

 

体の真ん中を支配している。

 

 

――熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い。

 

 

叫び声を上げようと口を開いた瞬間、

 

こぼれ出たのは声ではなく血塊だ。

 

せき込み、喉からこみ上げる血液を思うさまに吐き出す。

 

ごぼごぼと、口の端を血泡が浮かぶほどの吐血。

 

ぼんやりとした視界に、真っ赤に染まった地面が見える。

 

 

――ああ、これ全部、俺の血か。

 

 

倒れる体が浸るほどの出血。

 

人間の血の量は全体の約8%、

 

そのうちの三分の一が流れ出すと命に関わるという話だが

 

 

――これはもう、全部出ているんじゃないか。

 

 

口からの吐血は打ち止めだが、体を焼き尽くすような

 

『熱』の原因はいまだに有る。

 

かろうじて動いた手が腹部に向かい、

 

そこにあり得ない感触を得て、納得がいく。

 

 

――なんだ、腹が裂けてたのか。

 

 

どうりで熱いと感じるわけだ。

 

『痛み』を『熱』と錯覚しているらしい。

 

鋭い裂傷は胴体をほぼ真っ二つに通り抜けて、

 

腰の皮一枚で繋がっている状態だ。

 

つまるところ、どうやら人生の『詰み』

 

というやつに直面したようだ。

 

理解した瞬間に急速に意識が遠のいていく。

 

さっきまでのた打ち回るのを強要していた

 

『熱』すらどこかへ消え去り、

 

不快な血の感触も内臓に触れる手の感覚も、

 

遠ざかる意識の中感じなくなる。

 

残されるのは、『魂』の亡くなった肉体だけだ。

 

その肉体を、消える意識からの

 

最後の足掻きで少しだけ動かす。

 

首を、上に向けて。

 

眼前、鮮血の絨毯を敷き詰めた床を、

 

黒い靴が波紋を生みながら踏みつける。

 

誰かがいるのだ。そしてその誰かがおそらく、

 

自分を殺したのだろう。

 

不思議と、その相手の顔を拝んでやろうという

 

気にはならなかった。

 

自分を殺すような相手、そんな相手にすら傍観

 

を決め込むほど日和見主義だった記憶はないのだが、

 

心はその相手の素姓など欠片も興味を払っていない。

 

ただ願ったのは――彼女が無事でありますように、

 

ということだけだった。

 

「――バル?」

 

鈴の音のような声が聞こえた気がする。

 

どこが耳でどこが鼻かもわからない状態だから、

 

空耳の可能性の方が高い。

 

それなのに、記憶を頼りに再現したのだとしても、

 

その声はひどく心地よく感情を揺さぶる。

 

だから――、

 

「――っ!」

 

短い悲鳴が上がって、

 

血の絨毯が新たな参加者を歓迎する。

 

倒れ込んだ体はすぐ傍らに、

 

そしてそこにはだらしなく伸びた自分の腕があった。

 

力なく落ちたその白い手と、血まみれの自分の手が絡む。

 

全ては偶然だったのだろう。

 

かすかに動いた指先が、

 

自分の手を握り返したような気がした。

 

「……っていろ」

 

遠ざかる意識の中、

 

最後の足掻きで死までの時間を稼ぐ。

 

『痛み』も『熱』も全ては遠く、

 

無駄な足掻きの負け犬の遠吠えだ。

 

だが、それでも――、

 

「俺が、必ず――」

 

――お前を、救ってみせる。

 

次の瞬間誰かの声が聞えた気がする。

 

『諦め――、私が必ず―――見せる。

――導く―のままに』

 

そして、俺――ナツキ・スバルは命を落とした。




何故か異世界に召喚されたスバル

だけど、召喚した美少女も無し

チートな能力も無し

どうすれば良い

次回 第2話「異・世・界・召・喚」

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第2話「異・世・界・召・喚」


昴は引きこもりではありません

初期のスバルは好きではないので

少し返させてもらうぜ

では本編スタートだ



――これは本気でマズイことになった。

 

 

一文無しで途方に暮れながら、

 

彼の心中はそんな一言で埋め尽くされていた。

 

一文無しというのは正確ではない。

 

財布はポケットの中に入っているし、

 

やや小銭が多くてお札が少ない点を除けば全財力には違いない。

 

地元から一番近い駅まで出て、

 

本屋で買い物して昼飯を食べてくるぐらいの余裕は持てる懐具合。

 

にも関わらず、一文無しと表現するしかない。

 

なにせ、

 

「やっぱり、同じ貨幣価値は通用しないよな…」

 

手の中の十円玉――希少な『ギザ十』を指で弾いて、

 

少年は長いため息をこぼした。

 

これといった特徴のない少年だ。

 

短い黒髪をオールバックにし、

 

高くも低くもない平均的な身長。

 

体格は鍛えていて筋肉質で、

 

安物のグレーのジャージと相まってスポーツマン風ではある。

 

三白眼の鋭い目だけが印象的だが、

 

今はその目尻も力なく落ちていて覇気がない。

 

群衆に紛れれば一瞬で見失いそうなほど凡庸な見た目だ。

 

が、そんな彼を見る人々の視線には

 

『珍奇』なものでも見るような不可解な色が濃い。

 

当然といえば当然の話――なにせ少年を眺める彼らの中には、

 

ひとりとして『黒髪』のものも『ジャージ姿』のものもいない。

 

彼らの頭髪は金髪や白髪、

 

茶髪を始めとして緑髪から青髪まで様々で、

 

さらに格好は鎧やら踊子風の衣装やら

 

黒一色のローブやら『それ』らしすぎる。

 

無遠慮な視線の波にさらされて、

 

少年は腕を組みながら納得するしかない。

 

「つまり、これはあれだな」

 

指を鳴らし、自分の方を見る人々に鳴らした指を向けながら、

 

「――夢にまで見た!異世界召喚だな!」

 

目の前を、巨大なトカゲ風の生き物

 

に引かれた馬車的な乗り物が横切っていった。

 

 

―〇●〇―

 

 

菜月昴は平成日本生まれのゆとり教育世代出身である。

 

彼の人生は十七年、その全てを語り尽くすには

 

それこそ十七年の時間を必要とする。

 

それらを割愛し、彼の現在の立場を簡単

 

に説明するのならば『高校三年生の不良少年』となる。

 

詳細に説明するなら、『受験を間近に控えた時期なのに、

 

親の期待も関係なく、遊び惚け喧嘩に明け暮れるクズ』

 

といったところだ。

 

不良と呼ばれた理由は特にない。

 

普通の平日、たまたま「今日は学校に行くのが面倒だ」

 

となんとなく思い、サボりを実行に移した

 

ことが切っ掛けではあった。

 

そのままずるずると自主休校が増え、

 

偶に学校へ行けば誰かと喧嘩を行い

 

退学一歩手前の状態。

 

立派に親を泣かせる不良少年の出来上がり。

 

「その行いの結果が異世界召喚か……

もはや自分で言ってて意味わかんねぇな」

 

改めて状況を再確認して、スバルはもう何度目

 

になるかわからないため息をついた。

 

先ほどまで好奇の視線を浴びていた通りから

 

場所を移し、今は少し薄暗い路地裏に腰を下ろしている。

 

地面は舗装されていて、現代日本と

 

比較すれば雑な仕事だが悪くはない。

 

「現状が異世界ファンタジーと仮定して、

文明はお決まりの中世風ってとこか? 

見たとこ機械類はなしで、

建材も石材か木材でほぼ統一……」

 

路地裏に腰を下ろすまでに見た光景を思い返し、

 

脳内の情報を整理していく。

 

日頃からこの手の作品は良く見ていたので。、

 

『異世界召喚』された際の心構えは上々だ。

 

まずは冷静にその時代の文明、現代日本との衣食住の差異。

 

物理現象の違いや、生息している『人型生物』

 

とのコンタクトが可能かどうか見極める必要がある。

 

「よし、いいぞ俺。伊達にいろんな作品

見てないぜ。文明レベルの確認はまぁよし、

とりあえず金は通用しない。

ついでに店主と会話できたし意思の疎通も問題ない」

 

召喚されたと気付いて、スバルが最初に行ったのが『八百屋?』

 

との交渉だった。店先に並んでいた『リンゴ?』を買おうとして、

 

日本円を拒否されたのだ。

 

そのときに見た限りでは、この世界での通貨は

 

金貨、銀貨、銅貨などらしい。貨幣自体が価値を

 

持つ世界観の理解しやすさは、

 

異世界ファンタジーらしいといえばらしい。

 

「まぁ、混じりもんとか粗悪品。

五百ウォン硬貨みたいなの出てきて衰退するだろけど」

 

持ち歩くには重たすぎるしなぁ、

 

と内心で呟き、再び通りをトカゲが引く馬車が通過。

 

砂埃が盛大に舞っているが、行き交う人々は慣れているのか無頓着だ。

 

「それでも車に比べれば数は少ないか。

……そういや、今のとこ犬とか猫も見てねぇな」

 

『馬車?』を引かせていた巨大なトカゲは、馬より一回りは

 

大きかっただろうか。細身な分だけ全体的な質量は変わらなそうだが、

 

爬虫類があれだけ大きいと違和感がスゴイ。

 

「一般的……なんだろうな。トカゲも、人間の見た目も」

 

そして確認を最後に回した部分、

 

この世界における人間の特殊な見た目だ。

 

髪の色がカラフルなのは認める。染めれば基本的に

 

何色の髪でもあり得るし、異世界ファンタジーな時点でそこは納得済みだ。

 

問題視しているのは別の部分、たとえば『獣耳』だ。

 

ざっと見渡した限り、『イヌミミ』と『ネコミミ』は発見した。

 

『バニー』もいれば、変わり種だと

 

『リザードマン』っぽいのもチラッといたような気がする。

 

かと思えばスバルと変わらない見た目の人間もいる。

 

まるで、ハロウィンのような風景だ。

 

これらの結論は――、

 

「ジャンルは異世界ファンタジー。文明は典型的な中世風。

亜人等の種族有り、たぶん戦争とか冒険も有り。

動物に若干の違いはあるけど、役割的に変化なしかな」

 

それだけ整理して、スバルはため息とは違う長い息を吐く。

 

自分の置かれた状況を口にしてみて、

 

そのご都合主義的な展開に眉が寄る。

 

テンプレな展開なら、自分はこれから現代知識を駆使して

 

『俺TUEE』を実行するはずだが、

 

用意していた知識が使える世界観とは微妙に違う。

 

「科学の発展していない世界なら科学の力で

成り上がりと思っていたんだが」

 

ここまで、発展しているとあまり活躍は出来そうにない。

 

異世界ファンタジーだと、使える知識も限られてくる。

 

それもこの世界の文明レベルによっては意味がない。

 

異世界ファンタジーにつきものの『魔法』が存在する場合、

 

それこそ科学なんておまけ程度の扱いだろう。

 

「まぁ、魔法が万能なもんじゃないってのもある種のお約束

にかけて町おこしって案も考えられるが、

俺は人の上に立つ器じゃないしな。

それよりも確認しないといけない問題があるな」

 

異世界召喚された原因も、目的もさっぱりわからないという点だ。

 

召喚される前のことはよく覚えている。夜中に家から出て、

 

コンビニで夜食のカップラーメンを買って帰る途中だった。

 

自転車の気分じゃなかったので徒歩で。

 

そしてその途中、ふと夜空を見上げて

 

『今夜は月が奇麗だな』と思ったことまで覚えている。

 

それから視線を下げて目に入ったゴミを取るために瞬きしたら、

 

いつの間にか昼だった。夜から一瞬で昼だ。

 

異常事態が起きたのはすぐにわかった。それしかわからなかったが。

 

今でこそ落ち着いているが、その直後の慌てぶり

 

ときたらあとから思い出すだけで赤面ものだった。

 

「まぁ、終わったことは忘れよう」

 

呟きながら、改めてスバルは自分の所有物を確認。

 

異世界ファンタジーの現状では初期装備が想像以上に重要だ。

 

今はどれだけ細い糸であっても繋がっている事実が大事。

 

まずスマホ(電池切れそう)、財布(ポイントカードやレシート多数)、

 

コンビニで買ったカップラーメン(とんこつ醤油味)、

 

同じくスナック菓子(コーンポタージュ味)、

 

愛着しているグレーのジャージ、

 

使い古したスニーカー(二年もの)、以上だ。

 

「終わったな……なんで俺は護身用に武器の一つでも持ってないんだ」

 

役立つのは腹の足しになりそうなお菓子ぐらいか。小腹を救って終了だが。

 

「事態は絶望的。そしてやっぱり原因は不明。

鏡くぐった覚えも池に落ちた記憶もないし、

銀色のオーロラだって見ていない。

魔方陣も現れていない。何より召喚ものなら

普通最初は王城の中に召喚だろうに

これがゲームなら始まりの町スタートだけども

大抵現地民のファーストコンタクトは

美少女が定番だろ、なのに俺の初イベントが

八百屋のおっさんとはな」

 

いわばメインヒロインの不在。二次元の世界からすればあり得ない職務怠慢だ。

 

まあ、最初におっさんを選んだのは俺だが、

 

流石にナンパもしたことない男が見知らぬ土地で

 

初対面の女性に話しかけるのは無理があったか。

 

召喚しておいて無目的で放置されたとあっては、

 

やり捨てされたようなものである。

 

実際、現状確認すら終わったスバルは

 

現実逃避すらできずにうなだれるしかない。

 

「マジで勘弁してくれよ。このあと俺にどうしろってんだよ」

 

弱音、泣き言がこぼれて早くも折れそうだ。帰りたい、とひたすら思う。

 

『現実は小説よりも奇なり』とはいうが、

 

まさか、自分の身に降り注ぐとは。

 

異世界召喚なんてものは作品として楽しむのであって、

 

本当に放り込まれたら尻ごみ以外の何ができる。

 

「とにかく当面は生きるのが目的だが……

当ても無いのにこの先やっていけるのか?」

 

バイト位しか働いたことないのに。

 

いきなり無一文でスタートとは、

 

俺の人生の難易度はいつから

 

ハードモードになったんだよ。

 

「ゲームなら初見はビギナーって決めてんのにな…」

 

現状を把握して今後を不安がるスバル。

 

と、その表情が変わる。理由は音だ。

 

ふいに路地裏に響いた足音

 

――見れば路地の入口、三人ほどの男が道を塞ぐように立っていた。




突如現れた三人組は

いかにもテンプレな悪党だった

スバルの拳で鉄拳制裁!

次回第3話「悪・党・出・現」

異世界!SwitchON!


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第3話「悪・党・出・現」

前回のフォー・ゼロは

突然異世界に召喚されたスバル

行く当ても金もなく

今後に不安に感じたその時

スバルの前に三人組の男が現れた。


男たちの侮蔑と嘲弄まじりの視線、

 

それを受けながらスバルもまた彼らを値踏みしていた。

 

見た目はおそらく二十代半ばくらい。

 

薄汚い身なりと、内面のいやしさがそのまま顔に

 

表れたような雰囲気。亜人ではないようだが、

 

善人ではないだろうな。

 

「なるほど、強制戦闘イベント発生か」

 

薄笑いを浮かべる男たちに対し、スバルは顔を拭って慌てて立ち上がる。

 

明らかに物盗り――しかも、

 

世界設定的に物だけじゃなく命まで盗られる可能性がある。

 

ミッション1『物盗りを撃退せよ』の発生だ。

 

クリア条件は敵の撃退。敗北条件はスバルの死亡、といったところである。

 

背中を悪寒が駆け抜けるのを、スバルは自分の頬を叩いて無視する。

 

異世界だからと様子見して、後手に回っては命がヤバい。決断力、

 

それには自信がある。今までも喧嘩は腐るほどやってきた。

 

「それにせっかくの異世界召喚だ。今を楽しもうか。、

もしかしたら召喚特典で何か貰って記憶を消している可能性もある。

頼むぜ過去の俺。使える能力にしてくれよ。

大丈夫、なんかいけるきがする!」

 

「なーんか、ぶつぶつ言ってるよ、アイツ」

 

「状況がわかってないんだろ。教えてやればいいんじゃないか」

 

気分の盛り上がるスバルに対し、男たちの反応はやや冷たい。

 

が、スバルはそんな彼らの態度にめげずに胸を張り、

 

「おっと、調子づいてられんのも今のうちだぜ。言っとくが、

俺はこうやって路地裏でチンピラに絡まれたパターンは日常茶飯事だ。

そいつら同様、明日の俺ぶっ倒して俺の糧にしてやるよ、経験値が」

 

「なに言ってんのかわかんねえけど、俺らを馬鹿にしてんのはわかった。ぶち殺す」

 

「やれるもんなら…やってみな!」

 

言い切って、男たちが動くより先にスバルの先制攻撃が入った。

 

懐に飛び込んで渾身の右ストレート。先頭の男の鼻面を見事に直撃する。

 

期待はあまりしていなかったが、特殊能力とかは無いか。

 

殴られた男は地面に倒れて動かない。そのまま勢いに任せて、

 

スバルは驚いている別の男にも躍りかかった。

 

「食らえ! 風呂上りストレッチが可能としたハイキック!」

 

「ぐはっ!」

 

弧を描く足先が男の側頭部を打ち抜き、壁に叩きつけて二人目を悶絶させる。

 

異世界であっても俺の力が通用してよかった。

 

「思っていたより大したことないなこいつら

さあ、ラスト一人!」

 

勇んで振り向き、最後の男を叩きのめそうとスバルは駆け出す、

 

その最後の男の手の中にきらりと光るナイフを見つけた瞬間、

 

体が固まった。

 

「まじかよ、ここで武器取り出すか、素手で来い素手で!」

 

今まで喧嘩なれしているといっても、相手は素手かバットなどの

 

武器しか使っていなかった。

 

異世界で初めて見るナイフに尻込みしてしまった。

 

流石に刃物は無理。刺されたら終わりだし、ナイフ持ち相手のスキルとかないし。

 

此方も武器かなんかあれば話は別だが、手持ちに武器になりそうなものはない。

 

気付けば一撃食らわして倒したはずの二人も復活している。

 

それぞれ鼻血の垂れる顔を押さえていたり、くらくらする頭を振ったりしているが、

 

それ以外は元気そうだ。

 

「くそ、浅かったか、超パワーあると思って加減しちまったか」

 

「なにわけわかんねえこと言ってやがる! よくもやってくれやがったな!」

 

男がナイフを突き出してくる。要は当たらなければいいんだ

 

俺は何とか震える足に活を入れて、攻撃を避ける。

 

「動くんじゃねぇよ、クソ野郎!」

 

「避けるにきまってるだろが、馬鹿野郎!」

 

唾を飛ばしてがなる男が怒りで顔を真っ赤にし、

 

持ったナイフを逆手に持ちかえるのが見えた。

 

ガシッ!

 

「しまっ!」

 

俺は目の前の男ばかり気にして他の男たちを見ていなかった。

 

ガタイのいい男が俺を後ろから抑え込む。

 

「動けないようにしてから身ぐるみ剥いでやるよ。ふざけた真似しやがって……」

 

「金目の物が目的ならぶっちゃけ無駄だぜ。なにせ俺は一文無し……!」

 

「なら珍しい着物でも履物でもなんでもいーんだよ。路地裏で大ネズミの餌になれ」

 

この世界にもネズミっているんだ。雑魚モンスターっぽい名前で。

 

振り下ろされそうなナイフを見て、そんな現実逃避がぽつりと思い浮かぶ。

 

走馬灯とかは特に見えない。世界がゆっくりに見える現象もなし。

 

俺もさすがにもう無理かと思ったそのときだ。

 

「ちょっとどけどけどけ! そこの奴ら、ホントに邪魔!」

 

切羽詰まった声を上げて、誰かが路地裏に駆け込んできた。

 

ギョッと顔を上げる男たちにならい、スバルも視線だけそちらに向ける。

 

その視界を少女が横切っていく。

 

セミロングの金髪を揺らす、小柄な少女だ。

 

意思の強そうな瞳に、イタズラっぽく覗く八重歯。

 

小生意気そうな顔立ちだが、年相応として見れば可愛げもあるかもしれない。

 

着古した汚い格好の少女は、今まさに強盗殺人が行われる現場に出くわしたのだ。

 

見計らったようなタイミングに、消えかけた希望がスバルの中でガッツポーズを決める。

 

これだ、この展開を待っていた。流れ的にこの子が義侠心溢れる性格で、

 

今にも消えるかも知れないスバルのか細い命の火を助けてくれるような流れに――。

 

「なんかスゴイ現場だけど、ゴメンな! アタシ忙しいんだ! 強く生きてくれ!」

 

「って、ええ!? マジで!?

下手したらもう死にますが!」

 

だがしかし、そんな希望は儚く砕け散った。

 

目が合った少女はスバルに申し訳なさそうに手を上げ、

 

走る勢いを殺さないまま細い路地を駆け抜ける。

 

男たちの後ろを素通りし、行き止まりのはずの奥へ。

 

そのまま袋小路に立てかけてあった板を蹴り、

 

身軽に壁のとっかかりを掴むとあれよという間に建物の上へと消えた。

 

少女の姿が見えなくなり、自然と場に沈黙が落ちる。

 

まさに台風のように一過していった少女。

 

唖然としたのはこの場にいた全員に共通だが、

 

我に返ったスバルの状況が変わっていないのも事実。

 

「今ので毒気が抜かれて気が変わってたりしませんかね!?」

 

「むしろ水差されて気分を害したぜ。楽に逝けると思うなよ?」

 

ぎらつくナイフ男の目がマジなので、

 

「なら、あがかせてもらうぜ、オラァ!」

 

俺は後ろの男に頭突きをし、拘束が緩んだ隙に抜け出す。

 

まだやれると思いなおした。

 

終われない。何もしていないのにこんなところで。

 

確かにまともな人生を歩んできたとは言い難いが、

 

それでもこんな終わり方を迎えるのは酷すぎる。

 

俺が何をしたのかと問えば、先に手を出したには俺だ。

 

だが、こんなそこらのチンピラに殺されるなんて嫌だった。

 

俺は、やりたいことも見つからず、

 

先の事を見ようともせず、問題を後回しにしてきた

 

つけがこれか。俺はそんな半端な自分が嫌だった。

 

こんな空っぽの自分のままで終わることだけはしたくなかった。

 

「――そこまでよ、悪党」

 

その声は雑踏の喧騒も、男たちの野卑な罵声も、

 

スバル自身の荒い呼吸も、なにもかもをねじ伏せて路地裏に響いた。




次回のフォー・ゼロは

スバルのピンチに颯爽と現れた少女

彼女は何者なのか、

次回 第4話「精・霊・使・い」


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第4話「精・霊・使・い」

前回のフォー・ゼロは

路地裏で突如三人の追いはぎに襲われるスバル

たった一人で戦ったスバルだが、

強くなったと油断して

ピンチに陥る。

そこへ、謎の少女が介入する。


時が止まる、というのはこういうことだろうか。

 

路地の入口、さっきまでの男たちと同じように

 

ひとりの少女が立っている。

 

美しい少女だった。

 

腰まで届く長い銀色の髪をひとつにまとめ、

 

理知的な瞳が射抜くようにこちらを見据える。

 

柔らかな面差しには美しさと幼さが同居し、

 

どことなく感じさせる高貴さが危うげな魅力すら生み出していた。

 

身長は百六十センチほど。

 

紺色を基調とした服装は華美な装飾などなく、

 

シンプルさが逆にその存在感を際立たせる。

 

ゆいいつ目立つのは、彼女の羽織っている白いコートに入った

 

『鷹に近い鳥』の紋章を象った刺繍か。

 

その荘厳さすら、少女の美しさの添え物にすぎない。

 

「それ以上の狼藉は見過ごせないわ。――そこまでよ」

 

再び彼女の口から言葉が紡がれ、総身を震えるような感動が走った。

 

銀鈴のような声音は鼓膜を心地よく叩き、

 

紡がれる言葉には他者の心を震わせる力がある。

 

スバルは自分の置かれた状況すら忘れて、

 

ただひたすら彼女の存在感に打ちのめされた。

 

そしてそれは男たちも同じだ。

 

彼女の敵意を真っ向から向けられ、

 

先ほどまで血気に逸っていた表情はどこへやら。

 

ナイフを持った男も顔を青ざめさせ、袋小路を後ずさる。

 

「待て待て待て! 待ってくれ! 

な、なんだかわからねえが、こいつは見逃す!

だから俺たちのことは勘弁して……」

 

「潔くて助かるわ。今ならまだ取り返しがつくから、

私から盗った物を返して」

 

「だから悪かったって……へ? 盗った物?」

 

「お願い。あれは大切なものなの。

あれ以外のものなら諦めもつくけど、

あれだけは絶対にダメ。

――今なら、命まで取ろうとは思わないわ」

 

懇願の気配すら漂わせていた言葉の最後、

 

そこだけが明確に怒りをはらんでいた。

 

少女の視線は鋭く、差し伸べるように

 

向けられた掌は何も掴んでいない。

 

しかし、そこに言葉にし難い何かが集まり始めるのを、

 

この場の誰もが感じ取る。

 

「ちょ、待って!……あの、

話が食い違ってると思うんだがっ」

 

「……なに?」

 

男たちがスバルを指差し、

 

「ええっと、この男を助けにきたわけじゃないんで?」

 

「……変な格好した人ね。仲間割れの途中?

三対一なんて感心しないけど……私に関係があるのか聞かれたら、

無関係と答えるしかないわ」

 

話をはぐらかされているとでも思ったのか、

 

少女の口調には苛立ちがまじる。

 

その態度に焦りを覚えたのか、

 

男たちは慌てた素振りで弁明。

 

「ちょ、ま、待ってくれ! こいつが目的じゃないなら、

俺らは別口だ! 盗まれたとかって話ならたぶん、さっきの女だろ!」

 

「あ、ああ、そうだ。さっきの! 壁蹴って屋根伝いに逃げてった!!」

 

「奥だ奥! その向こう! あの勢いなら通りをもう三つは抜けてる!」

 

男たちの続けざまの言い訳に、少女の視線がスバルと絡まる。

 

男たちの言葉が真実かどうかを問うてくる視線に、

 

嘘を禁じられ思わずスバルも頷いてしまった。

 

それを見届けて、少女は「うう」と不承不承、納得の頷きを作り、

 

「嘘じゃ、ないみたい。それじゃ、

盗った人は路地の向こう……? 急がないと」

 

こちらに背を向けて、少女の足が路地の外に向かう。

 

男たちの露骨な安堵。そしてスバルは関係無い子を

 

巻き込まずに済むと安堵した。

 

だが、

 

「それはそれとして、見逃せる状況じゃないのよ」

 

振り返りざまにこちらに掌を向けた少女――その掌から、

 

飛礫が立ち尽くす男たち目掛けて放たれていた。

 

球速はメジャー級で、コースはバリバリのビーンボール。

 

硬球が肉を打つのに似た音が三つ鳴り、男たちが苦鳴を上げて吹っ飛ばされる。

 

男たちに命中し、スバルの傍らに甲高い音を立てて落ちたのは氷塊だ。

 

拳大の大きさの氷の塊――季節感や物理現象を無視して生じた物体は、

 

その役目を果たした途端に大気に食まれるようにして霧散する。

 

「――魔法」

 

とっさに口からこぼれたのは、今の現象を説明するのにもっとも適した単語だ。

 

詠唱もなにも聞こえなかったが、今の氷は少女の掌から生まれて打ち出されていた。

 

こうして目の前で実際にその情景を見て、初めてわかったことがある。

 

それは、

 

「思ったより、幻想的な感じじゃないな……がっかりなリアル感だ」

 

演唱が必要とか、魔方陣が必要だったり、

 

派手なエフェクトが出たりと

 

そういうイメージだったのに。

 

実際には無骨な氷が急に生じて、急に消える。情緒もクソもありはしない。

 

まあ、実戦なら隙の出る演唱なんて不要か。

 

「やって……くれやがったな」

 

スバルの感想はさて置き、そのリアルな一撃を受けた側のダメージは甚大だ。

 

足をふらつかせて男が二人立ち上がる。ひとりは打ちどころが悪かったのか

 

昏倒しているものの、残りの二人は流血こそしているが健在。

 

ナイフ男とは別の男も、その手には錆びの浮いた鉈のような獲物を握って臨戦態勢だ。

 

「こうなりゃ相手が魔法使いだろうがなんだろうが、知ったことかよ。

二人で囲んでぶっ殺してやる……二対一で、勝てっと思ってんのか、ああ!」

 

片手で曲がった鼻を押さえながら、ナイフの男が怒声を張り上げる。

 

その罵声に対して少女は怯んだ様子もなく、

 

「そうね。二対一は厳しいかもしれないわね」

 

「じゃ、二対二なら対等な条件かな?」

 

少女の声を引き継ぐようにして、中性的な高い声が新たに路地の空気を震わせた。

 

驚きながらスバルは視線をさまよわせる。同様の反応は男たちにも見られた。

 

路地の入口にも、当然路地の中にも、その声を発した人物らしき姿はない。

 

戸惑い、困惑するスバルたち。その三人に見せつけるように、少女が左手を伸ばす。

 

上に向けられた掌、その白い指先の上に『それ』はいた。

 

「あんまり期待を込めて見られると、なんだね。照れちゃう」

 

そう言ってはにかむように顔を洗ったのは、掌に乗るサイズの直立する猫だった。

 

毛並みは灰色で耳は垂れ、スバルの常識で言うならばアメリカンショートヘア

 

という種類の猫が一番近い。鼻の色がピンク色で、妙に尻尾が長いのを除けば。

 

その奇妙な猫の姿を見て、ナイフ男がその顔に戦慄を浮かべて叫ぶ。

 

「――精霊使いか!」

 

「ご名答。今すぐ引き下がるなら追わない。すぐ決断して。急いでるの」

 

少女の言い分に口惜しげに舌を打ち、男たちは昏倒する仲間を担ぐと路地の外へ向かう。

 

スバルの隣を抜けるときに少女をちらりと振り返り、

 

「覚えてろよ、クソガキ。次にこのあたりをうろつくときはせいぜい気をつけろ」

 

「この子に何かしたら末代まで祟るよ? その場合、君が末代なんだけど」

 

恫喝は精一杯の矜持だったのだろうが、それへの返答は軽い口調ながら苛烈だった。

 

手乗り猫はへらへらとした態度だが、男たちはそれまででもっとも顔色を青くして、

 

今度こそ無言で雑踏の方へと駆けていく。

 

それきり彼らの姿が見えなくなると、この路地に残るのは少女たちとスバルだけだ。

 

「――動かないで」

 

とにかくお礼の言葉を。そんなことを考えていたスバルに対し、

 

少女は情を感じさせない冷たい声で言った。

 

彼女の瞳には警戒の色が濃い。スバルが男たちと別口だとは理解していても、

 

その存在が善性であるとは欠片も思っていない、そんな目だ。

 

それはそれとして、こちらを見る彼女の紫紺の瞳は魅入られるように美しい。

 

美少女慣れしていないスバルはそれだけで、思わず顔を赤くして目をそらしてしまう。

 

そんなスバルの仕草に少女は警戒の眼差しのまま不敵に笑い、

 

「やましいことがあるから目をそらす。私の目に狂いはないみたいね」

 

「どうかな。今のは男の子的な反応であって、邪悪な感じはゼロだったけど」

 

「パックは黙ってて。――あなた、私から徽章を盗んだ相手に心当たりがあるでしょ?」

 

小猫を黙らせて少女はスバルに問いを投げる。近年まれに見るドヤ顔だ。しかし、

 

「期待されてるとこ悪いけど、全然知らない」

 

「嘘っ!?」

 

そのドヤ顔が崩れると、その下から少女の素の表情がちらりと覗く。

 

先ほどまでの凛々しい態度もどこへやら、慌てふためく彼女は掌の猫と向き合い、

 

「ど、どうしよう。まさか本当にただの時間の無駄……?」

 

「その状態も刻々と進行中だけどね。急いだ方がいいと思うよ。

逃げ足がすんごい速かったから、きっと風の加護があるよ、犯人」

 

「なんでそんなに他人事なの、パックは」

 

「手出し口出し無用って言ったのそっちなのに。それと、あの子はどうする?」

 

思い出したように話題の焦点が戻ってきてスバルは苦笑。

 

あ、とその存在と状態にようやく思い至ったような少女。

 

そんな彼女にスバルは虚勢を張って立ち上がり、

 

「助けてもらっただけで十分だ。急いでるんだろ? 早く行った方がいい」

 

「その前に確認したいことがあるの、その情報が私の時間を無駄にした対価よ

―あなたは私の盗まれた徽章に心当たりがあるわね?」

 

元気をアピールするスバルに、少女はどことなく声をひそめて問いかけた。

 

その問いの内容にスバルは首を傾げざるを得ない。

 

正直、それとまったく同じ質問を先ほども行った気がしてならないのだが。

 

「じゃデジャブか? あるいは俺の隠された異能が目覚めて、

ほんの少しだけ先の未来の出来事を予知することができるようになったとか?」

 

能力名は『エピタフ』でどうだろうか。

 

質問に対して的確な答えを用意しておく、という意味では役立ちそうな気もする。

 

あるいは試験前などに立ち返って気になる引っかけ問題対策も可能。夢が広がる。

 

「あ、俺、試験なんていつもバックレてた!」

 

「こっちの意図を無視して暴走しないでくれる? それで、質問の答え」

 

「えーっと、それだったらさっきも答えたはずだけど……

心当たりとか、ないかなぁなんて」

 

徽章、というといわゆる弁護士や検事、

 

自衛官などが身分を証明するためにつけるバッジに当たるものだろう。

 

残念ながら、スバルはこの小一時間ほどの時間でそれっぽいものを見た記憶は皆無だ。

 

自宅に帰れれば好きなアニメの缶バッジなら山ほどあるだろうが、

 

帰る手段がわからない上にそれを差し出したら氷塊の餌食にされるだけだろう。

 

よって、スバルには彼女の求めているだろう期待に応えることはできない。

 

しかし、少女はそんなスバルの答えに対して落胆した様子もなく頷き、

 

「そう。それじゃ仕方ないわ。でも、あなたには何も知らない

という情報をもらうことができたわけだから、時間の無駄ではないわね」

 

と、詐欺師もびっくりな論法で自分の丸損を表明したのだった。

 

あっけにとられるスバルを置き去りに、少女は吹っ切るように大きく手を叩き、

 

「じゃあ、もう行くわね。悪いけど急いでるの。

脅したから連中ももう関わってこないと思うけど、

こんな時間に人気のない路地にひとりで入るなんて自殺志願者と一緒だから。

あ、これは心配じゃなくて忠告よ。次に同じような現場に出くわしても、

私があなたを助けるメリットがないから助けなんて期待されても困るから」

 

早口でメチャクチャ言いまくしたてて、押し黙るスバルの沈黙を肯定と受け止めたのか、

 

少女は「よし」と満足そうに呟いて身をひるがえす。

 

長い銀髪が彼女の仕草に合わせて揺れ動き、薄暗い路地の中ですら幻想的にきらめいた。

 

「ゴメンね。素直じゃないんだよ、うちの子。変に思わないであげて」

 

笑いを含んだ口調でフォローする。少女の手がその感触を確かめるように猫の背を一度撫で、

 

その姿は銀髪の中にもぐるように消えた。

 

その颯爽とした背中を見送りながら、スバルは今の猫の言葉をひたすらに反芻する。

 

――素直じゃないらしい、あの少女の言動と行動の意図を。

 

物盗りにあったらしい彼女は、大切な物を盗んだ相手を追いかけていた。

 

その途中で暴行を受ける無関係のスバルを見つけて、

 

盗んだ犯人を追う時間を削ってまで助けてくれたのだ。

 

聞いたはずの質問を繰り返してそれを代価とし、スバルに負い目を感じさせないようにした。

 

素直じゃないとかいうレベルの問題じゃない。

 

こんなに面倒くさい配慮ばかりを好んで実行する人物を、スバルは初めて見た。

 

少女にとって、スバルと関わって得た収穫は完全にゼロだ。

 

逃走犯を見失った上に、スバルを助けるために時間まで取られたことを考えると、

 

収支でいえばマイナスもいいところだろう。

 

少女にはスバルを責める権利があったし、スバルはどんな罵声も受ける義務があった。

 

しかし結果、少女はスバルを責めなかったし、謝罪の言葉も聞かなかった。

 

なぜなら少女にとって、スバルを助けたのは全て自分本位の目論見通りの結果なのだから。

 

「そんな生き方、メチャクチャ損するじゃねぇか」

 

「――おい、待ってくれよ!」

 

路地の入口、大通りへ繋がる場所で首をめぐらす少女、その背中に声をかける。

 

長い銀髪を手で撫でて、わずらわしげに彼女は振り返り、

 

「なに? 話ならもう終わったわ。もう私とあなたは無関係の他人です。

ほんの一瞬だけ人生が交わっただけの、赤の他人」

 

「そんな心にくる言い方すんなよ!? それにそっちは終わったつもりでも、

こっちは全然まだまだ丸っきし終わったなんて思ってない」

 

冷めた視線の少女に縋るように駆け寄るスバル。

 

なんか振られた男が女に追い縋ってるみたいだな、

 

なんて心の片隅で思いつつも、両手を広げて彼女の進路を阻み、

 

「大切なもんなんだろ? 俺にも手伝わせてくれ」

 

「でも、あなたは何も……」

 

「確かに、盗んだ奴の名前も素姓も性癖もわからねぇけど、

少なくとも姿かたちぐらいはわかる! 八重歯が目立つ金髪のガール! 

身長は君より低くて、歳も二つ三つ下だと思うけどそんな感じでオッケー!?」

 

てんぱると早口でテンション上がってしまうのがスバルの悪い癖だった。

 

今回もその癖が存分に発揮されて、はっきり言って自分で自分の発言にドン引きである。

 

――ガールとかオッケーとか俺は自分で何人設定なんだ。英語なんて中一で投げ出したくせに。

 

中一の夏、初めての夏休みの最中に英語の教科書をなくし、

 

以来スバルは外来語との関わりを一方的に断ってきた。プチ鎖国である。

 

そんな自分がどの面下げて日常会話で小粋に英語など――。

 

緊張と後悔で長ったらしい回顧録に入りそうになるスバル。

 

冷や汗で背中ぐしょぐしょ。脇汗と手汗で腕まわりがヤバい。

 

そのセルフ絶体絶命状態から彼を救ったのは、

 

「――変な人」

 

口元に手を当てて、珍獣でも見るように小首を傾けた少女の声だった。

 

彼女はスバルを値踏みするように見据えて、

 

「言っておくけど、なんのお礼もできません。こう見えて無一文なので」

 

「丸ごと持ってかれたからね」

 

「安心しろ。俺も無一文みたいなもんだ」

 

「安心できる要素が何もないね」

 

ちょくちょく入る合いの手を意識的に無視して、スバルはドンと自分の胸を叩いた。

 

「それにお礼なんていらない。そもそも、俺が礼をしたいから手伝いたいんだ」

 

お礼をされるようなことしてない。助けたことなら、ちゃんと代価は貰ってるから」

 

あくまで頑なな姿勢を崩さない少女。

 

そんな彼女の頑固な態度にスバルは苦笑して、「それなら」と前置きし、

 

「俺も俺のために君を手伝う。俺の目的はそう、だな。そう、善行を積むことだ!」

 

「善行?」

 

「そう、それを積むと死んだあとに天国に行ける。

そこでは夢のくっちゃね自堕落ライフが俺を待っているらしい。

今まで悪行ばっかだからな今後は100の善行を行うんだ。

だからそのために、俺に君を手伝わせてくれ」

 

自分でも何を言っているやらわけがわからないが、言いたいことは言い切った。

 

やり切った顔のスバルに少女は思案顔。しかし、

 

そんな彼女の頬を肩に乗る灰色猫がその肉球でつつき、

 

「邪気は感じないし、素直に受け入れておいた方がいいと思うよ? 

まったくの手がかりなしで探すなんて、王都の広さからしたら無謀としか言いようがないし」

 

「でも……私は」

 

「意地を張るのも可愛いと思うけど、意地を張って目標を見失うのは馬鹿馬鹿しいと思うよ。

ボクはボクの娘が馬鹿な子だと思いたくないなぁ」

 

肩をすくめて挑発的にたしなめる小猫に少女の眉尻が上がる。

 

それから彼女は数秒、「あうー」「ううん」「でもっ」と変に色っぽく悩んだ挙句、

 

「――本当に、なんのお礼もできないからね」




次回のフォー・ゼロは

助けられたお礼に

探し物の手伝いをするスバル

だが、異世界という現実が

スバルに容赦なく襲い掛かる。

次回 第5話「君・の・名・は」

異世界!SwitchON!


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第5話「君・の・名・は」

前回のフォー・ゼロは

三人組を氷の魔法で助けてくれた少女

彼女は精霊使いと呼ばれていた

始めて見る魔法と精霊に驚くスバル

困っている彼女をスバルはほおっておくことが

出来なかった。


異世界で初めて友好的な相手との交流。

 

そんな心温まるやり取りを経て、

 

彼女の手伝いを申し出てから約三十分。

 

「――ちょっとどういうことなの」

 

捜査は順調に滞っていた。

 

問い詰めてくる少女の視線は冷たく、

 

その不満げな眼差しを浴びるスバルは気まずい思いをしていた。

 

「いやぁ…まさか、ここまで足手まといになるとは…ははは」

 

「全然、笑い事じゃないんだけど」

 

腕を組み、少女は呆れた態度を隠そうともしないでため息をこぼす。

 

散々な評価もいいところだが、

 

そこはこの三十分間のスバルの功績を正しく評価した結果と言えるだろう。

 

スバル自ら申し出て、彼女の探し物を捜索する道行は始まったわけだが、

 

いくつかの問題点が浮上したことで捜査は非常に難航している。

 

まず、土地勘がない。

 

これに関しては正味、異世界召喚されたばかりなので

 

許してほしいとしか言いようがないが、

 

このあたりの地理に疎いという少女にとっても痛手でしかない。

 

二人して相手が道を知ってると思って、

 

十分ほど路地裏をさまよって時間を無駄にしたのは今となっては笑い話だ。

 

笑えないけど。

 

そして第二に、字が読めなかった。

 

会話が通じるので油断していたが、改めて周囲を見回すと

 

そこかしこに手書きの象形文字のようなものが存在している。

 

最初は気付かなかったが、看板などにも描かれていることから、

 

『巷で流行りのデザイン』とかでない限り、アレがこの世界における文字なのだろう。

 

おかげで看板で店を区別することもできなければ、

 

案内板を見て道を尋ねることもできやしない。

 

つまり、召喚物のお約束『言語の翻訳』は

 

言葉しか適用されなかったらしい。

 

言葉も適用されなければ野垂れ死ぬしかないことを考えれば、

 

少しはマシな状況といえるのかもしれないが、

 

「それにしたって難易度無意味に上げすぎだろ……」

 

何でもかんでも至れる尽くせりなスタートは期待していなかったが、、

 

あちこち不備が見つかるのはまるでクソゲーの如し。

 

そして何よりも少女の不興を買った致命的な問題、それは――、

 

「そもそも、さっきから全然話聞けてないじゃない、全然役に立ってないけど」

 

「いや、初対面の人になんて話しかけていいか分からなくて……」

 

「子どもじゃないんだから……」

 

頭痛でも感じたように形のいい眉を寄せ、

 

いっそ憐れむような声で彼女は言う。

 

スバル自身も懸念していた通り、

 

そもそも初対面の相手に物事を尋ねるというハードルが異常に高かった。

 

この一年で一匹狼ぶっていたロンリーボーイつまりはぼっちがスバルだ。

 

まるで母親に連れられるシャイな幼子のように、話しかけようとして出来ず

 

全て彼女に任せてしまっている。

 

さすがに少女の落胆にも物申したいところだが、

 

自分の不甲斐なさが身にしみていてついつい言葉が出てこない。

 

と、それまで彼女の肩の上で沈黙を守っていた小猫が尻尾を振りながら、

 

「安心しなよ。……彼、悪気だけはまったくない」

 

「より残念よ。いっそ妨害工作だっていう方が納得いくのに。

……ただ役に立たないだけの善意って、悪意より扱い難いのね」

 

「勉強になったねぇ」

 

他人事のような猫の態度に少女は吐息。

 

それから改めて通りに視線を送り、

 

「それにしても」と前置きして、

 

「やっぱり、かなり厳しいかも」

 

そう、小さく弱音を口にした。

 

場所は先ほどの路地裏からも、その路地と繋がっていた大通りからも移動して、

 

商店などの喧騒から遠い貧民街へと変わっている。

 

消極的ではあるものの、聞き込みを続けた成果がこの大まかな追跡だった。

 

「盗品をさばくならスラムか貧民街って話だったけど……」

 

「場所と相手の姿かたちはわかってるんだし、

あとは警察……じゃなくて衛兵とかに任せるんじゃ駄目なのか? 

人海戦術が使えれば一発だぞ」

 

二本ほど離れた通りの店主から聞いた、スラム街へ繋がる細い路地。

 

日が傾きかけているのもあるが、通りを一本隔てただけの空間にも関わらず、

 

光源以外のものが原因で雰囲気は薄暗い。

 

湿った空気とすえた臭いが漂ってきていて、スバルは思わず顔をしかめる。

 

「空気と雰囲気と、たぶん住んでる人間の性格も悪い。

さっきの三人組みたいな威嚇で逃げ出す相手ばかりとは思えない、

人呼んだ方が確実だ」

 

「ダメよ」

 

決してヒヨったりとかイモひいたりとかしたわけでなく、

 

少女の身の安全を慎重に判断した上での提案だったのだが、

 

それはぴしゃりと切って捨てられる。

 

その断言ぶりに目を白黒させるスバルに、少女は少しだけ申し訳なさそうに、

 

「ごめんなさい。でも、ダメなの。こんな小さな盗難なんかに

衛兵が動いてくれるとは思えないし……そもそも、

衛兵には頼れない事情があるから」

 

きゅっと唇を結び、彼女は「理由は言えないけど」と縋るようにスバルを見た。

 

事情を聞かれたくないのだろうな、とその視線にスバルは手を上げて応じる。

 

もともと、他人の懐を詮索するような野暮な性格ではないし、

 

深く関わるのも面倒なだけだ。

 

人間関係に積極さを持てるぐらいなら、そもそもぼっちになどなっていない。

 

「さて、それじゃどうする?」

 

事情は聞かないながらも、スバルは今後の方針を彼女へ問う。

 

理由を追及しないのと、彼女への協力を打ち切るかどうかは別の話だ。

 

少女の事情は知らないが、自分が恩知らずになるのは御免なのだから。

 

てっきりスバルは協力してくれないとでも思っていたのか、

 

少女はそんなこちらの提案に小さく眉を上げて驚いている。

 

その肩の上で猫が軽くステップを踏み、

 

「ね? 言ったでしょ。悪気はまったくないんだって」

 

相変わらずとぼけた様子で、ひどく楽しげに肉球でスバルを指差した。

 

しかし、それから猫はふいにその表情を真剣なものに引き締め、

 

「でも、判断は慎重にね。

――そろそろ夜になるから、ボクは手を貸せなくなる。

暴漢ぐらいが相手なら心配はしないけど……慎重さも必要だよ」

 

「そう、よね。……うん、考える。考えるけど」

 

小猫の提案に少女の答えは煮え切らない。

 

彼女が答えに悩む間に、スバルはふと湧いた疑問を猫へと向ける。

 

「今の話だと、お前って夜だと出てこれないの?」

 

「出てこれないっていうか、ボクはこんな可愛い見た目だけど精霊だからね。

常に顕現してるだけでもけっこうマナを消費しちゃうんだよ。

だから夜は完全に依り代に戻って、マナを蓄えるのに集中するんだ。

まあ、平均的には九時から五時が理想かな」

 

「九時五時とか公務員みてぇだな……精霊の雇用形態も案外シビアなんだな」

 

普通に精霊や依り代といった専門用語が飛び交っているが、

 

そこはアニメ・ゲームに毒された現代オタクの読解力でどうとでもなる。

 

ともあれ、目の前の小猫――もといパックは夜間の活動は契約外とのことだ。

 

その見た目から頼りになるようにはまるで見えないが、

 

路地裏でのチンピラ共のビビりっぷりからして、パック本人はともかく、

 

『精霊』という存在が相当な力を持つのは事実なのだろう。

 

魔法で氷塊を生み出す少女、彼女より恐れられたような存在だ。

 

以前に本で読んだことあるが、こういうマスコット系の使い魔が

 

実は黒幕で世界を滅ぼすのが目的とか…

 

見た目だって『僕と契約して魔法少女になってよ』って言いそうだし。

 

その尋常でない牧歌的な雰囲気に反して、

 

『人肉を食らい、血の香りを好む!』みたいな習性があるのかもしれない。

 

「そう考えるとにわかに恐ろしいな。

はっ、まさか彼女もそれで魔法少女に!?」

 

「ある程度ぼんやり心が読めるから言うんだけど……君はかなりバカだな」

 

オブラートに包もうとして包み切れなかった感じで言い、

 

それからパックはやたらとふさふさした眉あたりを寄せるように顔をしかめ、

 

「そういえば、まだ名前も聞いてないね。自己紹介とかしてないんじゃないかな」

 

「そういや、そうだな。んじゃ、俺の方から」

 

こほんと咳払いして、スバルはその場で一回転、指を天に向けてポーズを決める。

 

「俺の名前はナツキ・スバル!右も左も分からない孤高の男さ!」

 

「それだけ聞くともう絶体絶命だよね。うん、そしてボクはパック。よろしく」

 

友好的に差し出した手に、パックが体ごと飛び込んできてダイナミック握手。

 

片方は手で片方は全身なので、

 

傍目から見るとスバルがパックを握り潰しているように見える。

 

その見た目に通りのモフモフ感に癒されながら、

 

それからスバルの視線は傍らの少女へ。

 

彼女はひとりと一匹のやり取りを白けた目で見ながら、

 

「なんでその不必要に馴れ馴れしい態度を普通の場面に分けられないの?」

 

「いやぁ…それは俺にも分からないが基本会話は受け身だから。

 いつもは向こうから話しかけてきたし基本拳で語ってきた男なので…」

 

「すごーくしょうもない話ね。それって語れてないわよね。

今、あなたがどういう名目で私たちと同行してるのか自分で覚えてる?」

 

「もちろん。探し物転じて探し人のためだな。

そして、助けたお礼に俺も助けてほしい」

 

「今だ、助けになってないから怪しい所だけどね」

 

「俺のお馬鹿さんめっ!!」

 

頭を抱えてその場にかがみこむスバル。

 

確かに、このままじゃお礼の交渉場にすらつけない。

 

せっかくこの世界で初の友好的な接触だというのに、

 

縋るべき糸が切れそうで逸る焦燥感にやきもきさせられる。

 

が、そんなスバルの葛藤を見ながらパックが苦笑して、

 

「ま、お互いに事情はあるよね、事情は。

スバル――の方の事情はあとで聞くとして、

こっちの話を先に片付けちゃおう。それにしても、

珍しい名前だ。いい響きだね」

 

「そうね、このあたりだとまず聞かない名前。

そういえば髪と瞳の色も、服装もずいぶんと珍しいけど……どこから?」

 

「テンプレ的な答えだと、たぶん、極東の島国ジパングからだな!」

 

異世界ネタなら使い古されたパターン。

 

世界の東側に存在するジパングという隠れ里。

 

他国との国交がほぼない鎖国状態で、

 

黒髪、黒目でそこから流れ着いたと聞けば

 

大抵の人が納得してくれるという魔法のようなお約束が。

 

しかし、

 

「ルグニカは大陸図で見て一番東の国だから……この国より東なんてないけど」

 

「マジで!? ここが東の果て!? じゃあ、ジパングはいずこ⁉」

 

「ジパングは分からないけど、自分のいる場所もわかってなくて、

無一文で、人と会話が恐くてできない。

……なんか色んな角度からこの人の将来が心配になってきた」

 

慌てふためくスバルに対して、少女はそわそわ落ち着かない目をし始める。

 

素直じゃないわりに、だいぶ世話焼きっぽさが端々からにじみ出る少女だ。

 

あまりに無防備なスバルの様子に気が気でないのだろう。

 

その二人の懊悩を微笑ましげに見守るパック。彼はその頬のヒゲを肉球で弾き、

 

「とりあえず、そのあたりはおいおい詰めよう。

今はとにかく奥へ……といっても、ボクが顕現できるのは

あと一時間もない。決断を求めるよ」

 

「――行くわよ。どの道、今を逃す気なんてない。

手の届かないところへ持っていかれてからじゃ遅いんだから」

 

パックの求めにそう応じて、それから少女はスバルに向き直る。

 

「じゃあ、行くけど……この先の路地からは今まで以上に警戒して。

暗くなるからよからぬことを考える連中もいるだろうし、

もともと荒事慣れしてる人たちが住んでるところだから。

恐いようならここで待ってるか、さっきまでと一緒で私の後ろについてきて」

 

「ここで待ってるとか言わねえよ! 

行くよ! 後ろは任せろ!」

 

「前に出る選択肢はないのね……その方がこっちも余計な気をつかわなくていいけど」

 

もう何度目になるかわからない少女のため息。

 

出会ってから、その表情を曇らせてばかりだなとスバルは思う。

 

思い返せばまだ、少女の笑顔ひとつ見ていない。

 

怒った顔でアレだ。笑うと最高に可愛いだろうに。

 

だけど、人を笑顔にするってどうすればいいんだ?

 

親の顔さえ笑顔に出来てないってのに。

 

頭にはくだらないダジャレが浮かんできたが、

 

今はそんな雰囲気でもないし、

 

楽しいおしゃべりが出来る相手でもないしな。

 

「――大丈夫、スバル?」

 

彼女を笑顔にしようと悩むスバルを少女が呼ぶ。

 

初めて名前を呼ばれたことと、異性に呼び捨てにされたことに少しドギマギしつつ、

 

「お、おおう。ぜ、ぜぜん余裕。マジ余裕。超いけるわ、楽勝ッスよ」

 

「どうしてそんなに動揺してるの……恐いのはわかるけど、

まだ入ってもいないんだから。そんなに恐いなら待ってればいいのに」

 

見当違いの心配をしながら、

 

少女は短い吐息でスバルへの配慮を今度こそ打ち切る。

 

路地の中へと歩を進めるその背中に続きながら、

 

ふとスバルは彼女が目的を果たしたあとでも、

 

自分を見捨てるつもりがないことに気付く。

 

『ここで待っていて』というのは、探し物が見つかったあとに戻ってくる

 

意思があるということだ。変に打算的な嘘がつけない性格であるのは、

 

この小一時間でわかっている。

 

「やべぇ。俺、超かっこ悪ぃ」

 

手伝うとか申し出て、実際にはクソの役にも立たず、

 

挙句の果てには少女に目的を遂げたあとの身柄の心配までさせている。

 

ヒモもいいところだ。

 

頬を叩き、スバルは痛みで無理やりに意識を覚醒させて前を向く。

 

弱音泣き言はいまだに尽きない。

 

なんの庇護もなく異世界に落ちれば、

 

誰もがこうして路頭に迷う。そのことを悪いことだとはまだ思えない。しかし、

 

「おんぶにだっこはかっちょ悪い。後の事はすべて解決してから考えよう俺」

 

――覚醒したわりには、結局問題を後回しにするスバルだった。

 

「そういえば、なんだけどさ」

 

斜め後ろから声をかけると、少女はその銀髪の

 

隙間からちらりと視線だけ向けてくる。

 

流し目すら色っぽくて気後れしながら、その白い横顔にスバルは問いを投げた。

 

「けっきょく、飼い猫の名前は聞いたけど、君の名前は聞いてないんだけど」

 

俺の問いかけに、少女は視線を前に戻してしばし沈黙。

 

その態度に「すわ、失敗したか!?」と内心で焦る。

 

さっきの場面で喋らなかったということは、

 

名前は言いたくないと暗に言っていたのかもしれない。

 

人の心も女心も読めないコミュ障、それがまた遺憾なく発揮されたか――。

 

「――サテラ」

 

「お?」

 

ふいの少女の呟きに、葛藤にまみれていたスバルは驚く。

 

少女は振り返ることもなく、そんなスバルに無感情にもう一度だけ、

 

「サテラとでも呼ぶといいわ」

 

名乗っておきながら、そうと呼ぶのを拒絶するような態度だった。

 

そう呼べばいいってことはナナシみたいな偽名なのかな?

 

できれば呼びやすい名前を教えてほしかったスバルは、

 

はっきりとそう呼ぶこともできずに押し黙る。

 

とりあえずは二人称で呼ぶことでよしとしよう、とヘタレな納得。

 

そんな二人のやり取りの背景で、銀髪に埋もれるパックがふと一言、

 

「――趣味が悪いよ」

 

とだけ呟いたのは、スバルはおろか少女にすら届かなかった。




次回のフォー・ゼロは

情報を頼りに貧民街を

調査する二人は

一軒のとあるお店にたどり着く。

中に入りスバルが見た驚きのものとは

次回 第6話「盗・品・蔵・へ」

異世界!SwitchON!


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第6話「盗・品・蔵・へ」

前回のフォー・ゼロは

ピンチを救ってくれたサテラを

助けるために彼女に協力するスバルだが

異世界で地理も文字も分からず

足を引っ張るばかり

そして、サテラも俺に秘密がある様だった


探索フェイズは貧民街に入り、

 

相変わらずの難航の兆しを見せる――かと思いきや、

 

ここにきて意外な展開でスバルが役立つこととなっていた。

 

「なぜか不自然なほど周囲が優しい。どういうことだ……

さっき川に落ちて幸先不安だと思ってたが、

俺に秘められた才能が開花したか?」

 

「たぶん、って頭につける推測の話になるけど……」

 

「聞こう!魔法的根拠があるなら聞いてみたい」

 

「期待と違う答えだと思うけど、たぶん身なりが原因ね。

川に落ちたから汚れてるし、ここの人たちも苦労してそうだから、

見るに見かねてじゃないかしら」

 

「疑問が氷解して納得いきましたよチキショウ!」

 

なるほどどうりでみんながやたらと好意的。

 

中には「これでも食べて強く生きなよ」と小さな

 

ドライフルーツみたいなのを差し出す老婆もいたほどだ。

 

試しにビビりつつ口に含むと、固い感触の中にわずかな甘み。

 

そして強烈に流れ出してくる異臭。内側から鼻がやられる感覚に悶絶する。

 

「ふおおおお! 思いやりかと思ったら毒だった! 毒だった! 

なんか全身が燃えるように熱い! ヤバい! 死ぬかもしんない! 

あるいは脱いで社会的に死ぬかもしんない!」

 

「なんか貰ってると思ったらボッコの実ね、これ。

食べると体の中のマナを刺激して、傷の治りとか早めるの。

効果は個人差あって、だいたいは気休めなんだけど……」

 

発熱と発汗で呼吸の荒いスバルを見て、彼女は「ううん」と唇に指を当てた。

 

「見た感じだと、スバルってかなりマナの循環性が高いみたい。

過剰摂取すると死ぬかも」

 

「食べる前に言ってほしかったかなぁなんて! どうすりゃいい!?」

 

「そうね……パック」

 

呼びかけに応じて銀髪の中からパックが出てくる。

 

その動きはひどくのろまで、さっきまでの快活さがほとんど見られない。

 

端的に言うと、もの凄く眠そうな仕草だ。

 

ほとんど会話も聞いていなかったのか、パックはその大きな眼を手で擦りながら、

 

「にゃーに? もうボクそろそろ限界なんだけど……」

 

「寝る前にお腹ふくらませていきなさい。ほら、目の前に夜食があるから」

 

言い方に棘があるのを感じつつ、スバルはパックの黒瞳が自分を見たのに気付く。

 

と、その眠たげな目が好物を目の前にしたように爛々と輝き、

 

「食べていいの?」

 

「えっと…召し上がれ?」

 

まさか頭から齧られたりしないだろうな、と思いつつも返事する。。

 

パックは彼女の肩の上でその小さな体をしっかり伸ばし、

 

「じゃ、いっただっきまーす」

 

直後、スバルは自分の体の中で暴れ回っていた、

 

得体の知れないものがごっそりと抜け落ちる感覚を味わった。

 

どこから、とは口にしづらい感触。

 

しいて言えば全身の毛穴から根こそぎ中身を抜き取られたような違和感があった。

 

「ごちそうさまでした」

 

礼儀をわきまえ、手を合わせてくるパック。

 

その仕草に「お粗末さまでした」とでも返そうとして、

 

スバルはふいに今度は悪寒が全身にのしかかるのを感じた。

 

熱い、の次は寒いだ。しかも、肌寒いという感じではなく、体の芯からくる感じの寒さ。

 

思わず自分の肩を抱いてしまうスバルの様子に、サテラは咎めるようにパックを見た。

 

「パック」

 

「ごめんごめん、久しぶりだから加減間違えちゃった。

でも、スバルのゲートは変な感じがするね。使い込んでる様子がないのに素直。

だからちょっと吸いすぎちゃった」

 

てへ、と照れたように頭を叩くパックだが、吸われた側としては笑えないぞ。

 

またも聞き慣れないマナやらゲートやらといった単語が出てきたが、

 

「たぶんMPみたいなもんだろ……それで過剰にマホトラされたから辛いわけだ」

 

ここでも発揮される理解力の高いゲーム脳。

 

問題はMPがこの世界だとどれだけ重要視されているかによる。

 

MP回復アイテムの値段がバカ高い設定なら、かなりの問題行動だともいえるが、

 

そもそも、MPを消費するスキルも装備もないから問題ないだろうけど、

 

「ごめんなさい。あとでちゃんと言っておくから」

 

「反省してるよ。でも後悔はしてない。おいしかったです」

 

どこぞの漫画の主人公みたいなパックの態度と、

 

それを軽く叱るだけでとどめる彼女の様子からして、さほど重大な問題でもないらしい。

 

となると、いつまでも恨みがましく寒がってるのもカッコ悪いわけで。

 

「気にすることねぇよ、熱くて死にそうなのは終わったわけだし。

それより、犯人の行方を追おう。」

 

そして、二人が改めて貧民街の奥へ向かおうかと気持ちを切り替えたときのことだ。

 

「ごめん、ボクもう限界だ」

 

そう言って、彼女の肩の上のパックが彼女の首に弱々しくもたれかかる。

 

その灰色の毛並みはやや光を帯び、今にも消えてしまいそうに儚く淡く震えていた。

 

「なんか死にそうな消え方するんだな」

 

「けっこう無理してるからね。マナ使って実体化してるから、

消えるときは霧散するよボク。――ごめん、宝珠お願い」

 

「わかった。無理させてごめんね、パック。ゆっくり休んで」

 

彼女の懐から取り出されたのは、掌に乗るサイズの緑色の結晶だ。

 

宝石、というのともどことなく雰囲気が違い、

 

スバルの知識だとクリスタルというのが一番近い。

 

パックは肩から腕を伝ってそのクリスタルに辿り着き、

 

小さな体でその結晶を抱きしめると彼女に振り返る。

 

「わかってると思うけど、くれぐれも無茶はしないように。

いざとなったらオドを使ってボクを現界させるんだよ」

 

「わかってます。子どもじゃないんだから、自分の領分くらい弁えてるもの」

 

「どうかな。ボクの娘はそのあたり、けっこう怪しいからね。頼んだよ、スバル」

 

慈悲の成分が濃い微笑みを作り、不満げな彼女からスバルの方へ視線を移す。

 

親と子どものやり取りみたいだな、と思いながら二人を見ていたスバルは、

 

水を向けられてドンと胸を叩き、

 

「オーライ、任せろ。俺のセンサーに期待してなよ。

危険が危ないと思ったら即引き返すぜ」

 

「なんか半分くらい何言ってるのかわかんないけど、お願いね。

――それじゃあ、おやすみなさい。気をつけて」

 

最後にまた彼女を見て、今度こそパックの姿が世界から消失する。

 

彼の言の通り、その像が光の欠片となって霧散して消えていくのだ。

 

この現象は元の世界では絶対に起こり得ない光景だけに、

 

自然とスバルの総身に震えるものが走る。

 

そしてパックがいなくなると、彼女は掌の上のクリスタルを大切そうに撫でて、

 

しっかりと己の懐の中に仕舞い込んだ。

 

話の流れ的に、今はパックの大元の精神体みたいなものがあの中にいるのだろう。

 

「二人きりになるけど……変なことは考えないでね。魔法は使えるんだから」

 

そんなスバルの内心を知らず、ただ己の胸の内を覗き込まれていたと

 

思ったのかサテラの警戒を帯びた発言。スバルはそんな彼女の態度に思わず手を掲げて首を振り、

 

「そんなバカな! 女の子と二人きりなんて小学生以来のシチュエーションだ。

とてもじゃないけど何もできねぇよ。これまでの俺の人間力を見てなかったのか?」

 

「なんかすごーくしょうもないのにすごーく説得力がある。

……いいわ、進みましょう。ただしパックの警戒がないから今まで以上に慎重に」

 

胸を張るスバルに毒気を抜かれたのか、彼女はローブのヒモを締め直すと前に出る。

 

彼女は変わらずの立ち位置で首だけ振り返り、

 

「私が前衛で、スバルは後ろの警戒。何かあったらすぐに私を呼んで。

自分で何かしようとか思っちゃダメよ。

別にあなたを傷つけたいわけじゃないけど……弱いんだし」

 

「その前置きしちゃうから憎めねぇんだよなぁ……」

 

突き放すように、冷たいイメージを維持したいなら「弱いんだし」の前の部分は不要だ。

 

まあ、ファンタジー世界の住人からしたら俺は平和ボケした凡人だからな。

 

本音が隠せないあたり、やはり彼女は根が甘い。とろけそうなほど。

 

物言いたげな顔の彼女を促して、二人きりになっての捜索を始める。

 

といっても、やることは特に変わらない。貧民街の住人を見つけては尋ね人の特徴を話し、

 

心当たりがないか聞いて回るだけ。

 

聞き役はスバルが担当し、回数をこなした分だけそれなりに役割にも慣れが出てくる。

 

「ひょっとして、フェルトの奴かもしれないな。金髪のはしっこい小娘だろ?」

 

その有力情報にぶつかったのは、聞き込みを始めてから十四番目の男。

 

馴れ馴れしくもスバルが「よう、兄弟、景気はどうよ?」などと声をかけた相手だった。

 

身なりの汚いスバルの様子に兄弟はいたく同情した顔で、

 

「もしフェルトの奴なら、盗んだもんは今頃は盗品蔵の中のはずだ。

 

札付けてその蔵に預けて、あとでまとめて蔵主が余所の市場でさばいてくんのさ」

 

「変なシステムだな……その蔵主って奴がまとめて持ち逃げしたらどーすんの?」

 

「それをしないと信用されてるから蔵主なんだよ。ただまぁ、

盗まれたもんだって言っても『はいそうですか』とは返してくれんだろうけどな。

うまく交渉して買い取りな」

 

盗まれた方が間抜けなんだから、と好意的ながらもそこだけは当たり前のように、

 

貧民街のルールを押しつけて男は笑った。

 

盗品蔵の場所は彼から聞き出せたので、ほどなく盗られた品と再会は叶いそうだ。

 

ただし、別の問題が浮上してくる。即ち、二人して無一文の事実が。

 

「買い取りって言ってもな、どうする? こっちに弱味がある以上、

かなり吹っかけられるってイベントが定番だけど」

 

「盗まれた物を返してもらうだけなのに、どうしてお金払わなきゃいけないのかしら……」

 

問題が資金の方へ傾くと、にわかに困った顔をし出したのは彼女だ。

 

思わず漏れた彼女の呟きは正論に違いないが、

 

それが通じるような輩が相手でないのもまた事実。

 

穏便に事を、しかも確実に済ませるには男のアドバイスに従うのが賢明だろう。

 

 とはいえ、

 

「その盗まれた徽章って見るからに高そうな感じなのか? 

吹っかけられるにしても相場がわかんないからアレだけど」

 

「……真ん中に小さいけど、宝石が入ってるの。

私もお金でどのくらいの価値になるのかはわからないけど、安くないのは確かだと思う」

 

「宝石かぁ……そら厄介だ」

 

知識のない輩であっても、一発で高価な代物とわかる便利アイテムが宝石。

 

イミテーションを作り出す技術はこの世界にはなさそうなので、

 

宝石に見える物体はほぼ全て宝石で間違いあるまい。

 

となれば、付けられる金額も自ずと高価になると知れる。

 

安堵する要素が何もないのがわかる一方で、スバルは彼女の発言の違和感も気にかかる。

 

自分の持ち物であるはずの徽章、その価値がわからないと彼女は言ったのだ。

 

貰い物である可能性なども十分にあるが、多少、引っかかりを覚えなくもない。

 

「とりあえず、盗品蔵ってとこに行ってみてから考えよう。

こっちの交渉次第じゃマシな値段で譲ってもらえるかもしれねぇし……」

 

最悪の場合、スバルにとっては痛手になるかもしれないが手段はある。

 

言葉尻を濁したこちらに彼女は眉を寄せるが、

 

スバルは「なんでもない」と手を振るだけでその当惑に応じる。

 

資金繰りをどうするか、考えあぐねて歩くことおよそ十分。

 

――盗品蔵、と呼ばれているらしき建物の前に着き、二人は顔を見合わせていた。

 

「なんか思った以上にでかいな」

 

「小屋でなく蔵、と言った意味がわかるわね。

……この中にあるのが全部、名前の通りに盗んだ物ばっかりなら救えないわ」

 

もちろん、定期的に売り払っているのだから盗品まみれということはないだろうが。

 

内心でそう思うスバルの眼前、盗品蔵はその野卑な名称に

 

似合わぬ見た目で二人の来訪を待ち構えている。

 

建物の大きさはスバルの知識でいうと、おおよそコンビニの面積にあたるだろうか。

 

ちなみに建物でなく、駐車場まで含めてのコンビニの面積だ。

 

平屋ではあるものの、ゆうに車が二十台は止められそうな広さだ。

 

周囲にはこれまでの通りに並んでいた民家(小さく汚い廃墟や、掘っ立て小屋のような建物)

 

は見当たらず、高い防壁を背中にして、文字通り貧民街の最奥地に居を構えている。

 

「あの高い壁っていうのは……」

 

「王都の防壁でしょうね。いつの間にか端っこまできてたみたい」

 

彼女の物言いにスバルはぼんやりと、自分が今いる王都の地図を思う。

 

おそらく、四方をこの手の高い壁に覆われた真四角の地形なのだ。その内側、

 

中心か最北のどちらかに城があり、そこから離れた位置にこの貧民街が位置する。

 

捜索が始まって二、三時間が経過している実感があるので、王都の広さはそれなりのもののようだ。

 

もっとも、明確な仕切りのない日本と比較するとその広さは比べる対象が見当たらないものだが。

 

「さて、噂通りなら中にたぶん盗品をまとめてる蔵主ってのがいると

思うけど……こちらの立場としてはどんな感じで?」

 

「正直にいくわよ。盗まれたものがあるから、中を探して見つけたら返してって」

 

その正論は通らないと何度も主張したのだが、彼女は聞く耳を持ってくれない。

 

基本的に根がまっすぐなのだろう。曲がったことを是として、

 

それも手段のひとつと自分を納得させることが簡単にはできないのだ。

 

そんな彼女だからこそ、自分の利にもならないのにスバルを助けてくれたともいえるのだが。

 

此処ではその考えは邪魔なだけだ。

 

「あー、わかった。じゃあ、ここは俺に任せてくれ」

 

こじれる可能性があまりにも高いものだから、仕方なくスバルは自分から申し出る。

 

最後の手段――出番があんまり早くて切り札っぽくないが、

 

切るタイミングを見失って事態がややこしくなるのも問題だ。

 

こういう決断にはスバルは迷わない。

 

一方、その申し出にきょとんとした顔をするのは彼女の方だった。

 

彼女はどことなく自信ありげなスバルをうさんくさそうな目で見て、

 

「わかった。スバルに任せてみる」

 

「そりゃ簡単に頷けないのはわかるよ。ここまでの俺が君の信頼を勝ち取れるような

行動してないのは自分でわかってるから。でも、考えがあるから信じてみてって……えええええ!?」

 

「な、なんでそんなに驚いてるの?」

 

「だって今の流れは完全に一回はもめるパターンだろ!? 

『あなたみたいな対人能力ゼロの穀潰しに任せる? 

へそで茶が湧いて鼻が大爆笑よ、犬の方がマシだわ』

ぐらいの発言されるの覚悟の上だったぜ!?」

 

「そんなひどいこと私言わないわよっ」

 

被害妄想を垂れ流すスバルに彼女はご立腹だ。しかし、

 

彼女は一度咳払いするとそのアメジストの双眸でスバルを真っ直ぐ見据え、

 

「確かに今のところ、スバルはなんの役にも立ってないし、

見直せるような行動も発言もなんにもないけど……」

 

「自分の事ながらなんたる評価。反論なんにもできないけどね!」

 

「でも、考えなしだとは思わないし、嘘をつくような人間とも思えない」

 

自虐ネタに入ろうとする首根っこを言葉で掴み、「だから」と彼女は息を継いで、

 

「スバルを信じてみる。……うまくいったら儲けものぐらいの気持ちで」

 

「そこは後半を本音じゃなくて、『私のために頑張って』ぐらい言った方がやる気出るぜ?」

 

「そんな無理してなんて言えないもの。でも、頑張って」

 

あらゆる意味で、嘘がつけない少女なのだ。

 

スバルは破顔して彼女の求めへの答えとし、盗品蔵の入口へと向かう。

 

足取りは決して軽くないが、背中は期待とかすかな信頼によって押されている気分。

 

手柄のひとつでも持って帰らねば、本格的に役立たずで終わってしまう。

 

歩くスバルは手の中――これまで一度も話題に上がらなかったビニール袋を見る。

 

そこには現代世界から持ち込んできた所持品たちが仕舞われている。

 

スバルにとっては財産と呼べるゆいいつの物たち。その中のいずれかならば、

 

物々交換が成立するかもしれない。

 

徽章の価値がどれほどかはわからないが、

 

この世界において携帯電話以上の希少価値があるということはまずないだろう。

 

スバルにとっては痛手になってしまうが、

 

財産のいくつかを材料にすれば交渉の成立自体は不可能ではない。

 

それが彼女に告げなかった、スバルにとっての最終手段。

 

もとよりこの世界にあっては役に立たない類のカードだ。

 

使うチャンスがあるなら迷わず切る、それが正しい。

 

「えーっと、どなたかご在宅ですかー?」

 

扉の前に立ち、とりあえず木造のそれをノックする。

 

思った以上に低い音がこもって響くが、中からのリアクションは返ってこない。

 

不安に思いながら取っ手に手をかけると、

 

鍵の存在など最初からないかのようにあっさりと扉は開いた。

 

光源のまったくない室内は、夜の闇の中では完全に手探り状態だ。

 

盗品が集められている場所というわりには、

 

見張りも立たせていない無防備さはどうしたことだろうか。

 

「トイレ休憩って可能性もあるけど……あのー、誰かいませんかー?」

 

頭だけ突っ込んで中をうかがうが、月明かりも届かない屋内の様子は完全の暗闇。

 

よどんだ空気と据えた臭いの出迎えを受けながら、意を決してスバルの足は中へ踏み込む。

 

と、中の捜索の前に後ろの彼女に振り返り、

 

「下手に二人して入って泥棒扱いもなんだから、君は外にいてくれるか?」

 

「大丈夫? 私が中に入った方がいいんじゃ……」

 

「こんだけ声かけしてるんだから、いきなり切りかかられるってことはないだろ。

外から戻ってきた蔵主に誤解される方が厄介だし、頼まれてくれ」

 

頭を下げるスバルに彼女は少し黙考する。

 

「せめて明かりは持っておいて。誰もいなくても、誰かいても呼ぶのよ」

 

「わかってる。慎重に、だろ。灯りなら手持ちにあるから大丈夫」

 

俺はスマホを取り出しライトをつける。

 

せいぜいが数メートル範囲をぼんやり照らす程度だが、足下や手元の危険を確かめるには十分な光だ。

 

「始めて見るわね、便利な物を持ってるのね」

 

「スマホだよ唯一もってこれた財産だよ」

 

スマホ片手に、スバルは恐る恐る中へと足を踏み入れる。

 

背中に「無理しないでよ」と彼女の声を聞いて、片手を挙げて応じながら。

 

ぼんやりと確保された視界の中、入口をくぐったスバルの目の前にあったのは小さなカウンターだ。

 

もともとは盗品蔵は酒場かなにかの建物だったのかもしれない。

 

カウンターの向こうに割れた木箱が置いてあり、蔵主か誰かがそこに腰掛けていたのだろうと推測できる。

 

受付の役割を果たしていたらしいカウンター、その上には商品だろうか

 

――いくつかの小箱や壺、刀剣の類が無造作に並べられていた。

 

知識的な意味でも物理的な意味でも明るくないので、その価値はうかがい知れないが、

 

素人目からしてもさほど価値のあるようには見えない。

 

「当然だけど、値が張りそうなものほど奥だろうな」

 

並んだ盗品には木札が一緒に置かれており、刃物で削ったらしき文字が刻まれている。

 

この場所を聞いた男の話なら、これが盗品を提供した盗人の名前になるのだろう。

 

この木札を回収してまとめて衛兵に突き出せば、それだけで一網打尽にできそうな話だが。

 

「偽名って概念がどれぐらいあるかわからないけどな。

それにこういう場合、国の暗部は腐敗してて、

こういう後ろ暗い連中とは通じてるってのがテンプレだしな」

 

流れた盗品の行き着く先も疑わしいものだ。

 

小説や漫画ならば読み飛ばすような嫌な想像をしながら、スバルの足はさらに建物の奥へ。

 

相変わらず人気はないが、奥へ行くほど置かれた盗品の

 

サイズや価値が増しているのが乏しい光源の中でもわかる。

 

宝石のついた徽章となると、最奥の方にあるのは間違いあるまい。

 

そう考えて、無意識に逸る足取り。――そんなときだ。

 

「ん?」

 

ふいに靴裏に生じた違和感にスバルは立ち止まる。

 

何か固いものを踏んだ、というような違和感ではない。

 

むしろそれとは逆で、踏んだ地面から引っ張られるような――粘着質な何かを感じたのだ。

 

足を持ち上げ、スニーカーの裏に指先で触れると、そこにはべったりと液体が付着していた。

 

妙に粘っこいそれは指先で軽く伸び、本能的な不快感を刺激する。

 

「なんだ、これ」

 

指を鼻に近付けて臭いを嗅ぐが、そもそも屋内の空気がよどんでいるせいで

 

いまいち感じ取ることができない。ただ、当たり前だが舌で味わうような勇気も存在しない。

 

嫌な感触のそれを壁になすりつけて、スバルは生じる不快感に促されるように光を前へ。

 

進もうとしていた先に、その原因がある。

 

「……あ?」

 

思わず間抜けな声が出て、スバルはようやく『それ』を認識した。

 

淡い光の範囲、最初に見えたのは地面にだらしなく転がる『腕』だ。

 

指先が何かを求めるように開かれたそれは、不思議なことに肘から上が存在しない。

 

その繋がる先を求めるように光を動かし、さらに奥に投げ出された足が見つかる。

 

幸いにも足はちゃんと胴体に通じており、胴体には他のあるべきパーツも付属していた。

 

――首を大きく切り裂かれ、片腕を失った大柄な老人の死体が。

 

「ひ」

 

その死体に気付いた瞬間、スバルの口からは意味のない空気が漏れていた。

 

このとき、スバルの脳裏を支配したのは恐怖でも絶望でも驚愕でもない。

 

圧倒的なまでの空白がスバルの脳を支配し、その中から『思考』の全てを奪い取っていた。

 

『逃げる』『とどまる』といった選択肢が浮かぶ余地もない空白。

 

ただ棒立ちになり、目の前の事態を脳が吸収し切るまで訪れる無為の空白。

 

そしてそれはスバルの運命に、致命的な結果をもたらした。

 

「――ああ、見つけてしまったのね。それじゃ仕方ない。ええ、仕方ないのよ」

 

女、の声だったと思う。

 

低く冷淡で、どことなく楽しげな女の声がした気がした。

 

「ぐあ――っ!」

 

振り返る暇はなかった。

 

声がした方に顔を向けようとした瞬間、スバルの体はふいの衝撃に吹き飛ばされる。

 

背中から壁に叩きつけられ、ラグマイトも手から弾かれて視界が闇に染まる。

 

だが、スバルの意識はそんなことには向いていない。彼の意識を支配したのは、

 

「ぐぅぅぅ……あ、熱ッ」

 

――全身を支配する、圧倒的な『熱』だった。

 

――これは本気でヤバいな。

 

固い地面の感触を感じて、

 

俺は自分がうつ伏せに倒れていると気付く。

 

全身に力が入らず、手先の感覚はすでにかった。

 

唯、喉を掻きむしりたくなるほどの熱が

 

体の真ん中を支配している。

 

――熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い。

 

叫び声を上げようと口を開いた瞬間、

 

こぼれ出たのは声ではなく血塊だ。

 

せき込み、喉からこみ上げる血液を思うさまに吐き出す。

 

ごぼごぼと、口の端を血泡が浮かぶほどの吐血。

 

ぼんやりとした視界に、真っ赤に染まった地面が見える。

 

――ああ、これ全部、俺の血か。

 

倒れる体が浸るほどの出血。人間の血の量は全体の約8%、

 

そのうちの三分の一が流れ出すと命に関わるという話だが

 

――これはもう、全部出ているんじゃないか。

 

口からの吐血は打ち止めだが、体を焼き尽くすような

 

『熱』の原因はいまだに有る。

 

かろうじて動いた手が腹部に向かい、

 

そこにあり得ない感触を得て、納得がいく。

 

――なんだ、腹が裂けてたのか。

 

どうりで熱いと感じるわけだ。

 

『痛み』を『熱』と錯覚しているらしい。

 

鋭い裂傷は胴体をほぼ真っ二つに通り抜けて、

 

腰の皮一枚で繋がっている状態だ。

 

つまるところ、どうやら人生の『詰み』

 

というやつに直面したようだ。

 

理解した瞬間に急速に意識が遠のいていく。

 

さっきまでのた打ち回るのを強要していた

 

『熱』すらどこかへ消え去り、

 

不快な血の感触も内臓に触れる手の感覚も、

 

遠ざかる意識の中感じなくなる。

 

残されるのは、『魂』の亡くなった肉体だけだ。

 

その肉体を、消える意識からの

 

最後の足掻きで少しだけ動かす。

 

首を、上に向けて。

 

眼前、鮮血の絨毯を敷き詰めた床を、

 

黒い靴が波紋を生みながら踏みつける。

 

誰かがいるのだ。そしてその誰かがおそらく、

 

自分を殺したのだろう。

 

不思議と、その相手の顔を拝んでやろうという

 

気にはならなかった。

 

自分を殺すような相手、そんな相手にすら傍観

 

を決め込むほど日和見主義だった記憶はないのだが、

 

心はその相手の素姓など欠片も興味を払っていない。

 

ただ願ったのは――彼女が無事でありますように、

 

ということだけだった。

 

「――バル?」

 

鈴の音のような声が聞こえた気がする。

 

どこが耳でどこが鼻かもわからない状態だから、

 

空耳の可能性の方が高い。

 

それなのに、記憶を頼りに再現したのだとしても、

 

その声はひどく心地よく感情を揺さぶる。

 

だから――、

 

「――っ!」

 

短い悲鳴が上がって、

 

血の絨毯が新たな参加者を歓迎する。

 

倒れ込んだ体はすぐ傍らに、

 

そしてそこにはだらしなく伸びた自分の腕があった。

 

力なく落ちたその白い手と、血まみれの自分の手が絡む。

 

全ては偶然だったのだろう。

 

かすかに動いた指先が、

 

自分の手を握り返したような気がした。

 

「……っていろ」

 

遠ざかる意識の中、

 

最後の足掻きで死までの時間を稼ぐ。

 

『痛み』も『熱』も全ては遠く、

 

無駄な足掻きの負け犬の遠吠えだ。

 

だが、それでも――、

 

「俺が、必ず――」

 

――お前を、救ってみせる。

 

次の瞬間誰かの声が聞えた気がする。

 

『諦めないで、私が必ず貴方を救って見せるから。

星が導く心のままに―、』

 

そして、俺――ナツキ・スバルは命を落とした。




次回のフォー・ゼロは

死んだと思ったスバルだが、

気が付いたら最初の八百屋の前だった。

意味も分からなかったが

彼はサテラを探すのだった

次回 第7話「再・度・襲・撃」

異世界!Switch ON!


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第7話「再・度・襲・撃」

前回のフォー・ゼロは

サテラと共に貧民街を彷徨うスバル

情報を頼りにたどり着いたのは

盗品蔵だった。

その中でスバルが見たのは

老人の遺体!

犯人と思われる女に

スバルも襲われる

サテラも殺され死を覚悟したスバルだったが。


――どうしたよ、兄ちゃん。急に呆けた面して」

 

「は――?」

 

厳つい顔立ちの中年にそう声をかけられ、思わず間抜けた反応が出てしまう。

 

こちらの応答に中年は皺の目立つ眉間をさらに寄せて、

 

「だーかーら、けっきょくどーすんだよ。リンガ、買うのか買わないのか」

 

「は――?」

 

「リンガだよ! 食いたいんだろ? 自分でそう言って話しかけてきといて、

急に目がイッちまうんだからビビったぜ。……で、どーすんだよ」

 

筋骨隆々のスカーフェイスが、その掌にちょこんと可愛らしい赤い果実を乗せている。

 

突き出されてくるリンゴに酷似した果物、それと中年の顔を見比べて、

 

「あー、実は俺、金が無くて一文無し」

 

「……んだよ、じゃあ、ただの冷やかしじゃねーか。なら行った行った! 

こっちゃ商売してんだ。冷やかしに付き合ってられん」

 

おざなりに手振りでその場からどかされて、素直にそそくさと移動する。

 

彼――ナツキ・スバルはあたりを見回しながら、

 

「え? え? ――どゆこと?」

 

疑問と当惑に、誰へ向けたものでもない問いを吐き出すのが精いっぱいだった。

 

 

―〇●〇―

 

 

大通りは相変わらず人でごった返しており、

 

たまにトカゲの馬車が通りかかる以外では常に道幅いっぱいに歩行者が広がっている。

 

まだ日差しの高い時間だ。気温は暑いというほどでもないが、

 

目の前を通り過ぎる人型の狼――人狼とでも呼ぶべきか、

 

そんな人物の毛皮を見ると「さぞや暑いだろうな」という感想がぼんやりと脳裏をかすめる。

 

かすめるのだが、

 

「そんなお上りさんみたいな感想かましてる場合じゃねぇぞ。えっと、なんだ!?」

 

頭を抱えて腰をツイスト。その場で渾身の苦悩のポーズを披露するスバルに、

 

周囲から格好の物珍しさもあって視線が集中する。

 

その視線は身に覚えの強いものだ。つい数時間前、

 

あちらこちらから無遠慮にぶつけられ続けていた類のものと同種――というか、まったく同じ。

 

「そう、数時間前……の、はずなんだが」

 

言いながら周囲を見回し、極めつけの空を見上げてスバルは首を傾げる。

 

日が高い、のだ。少なくとも、スバルの認識ではさっきまで日没だったはずなのに。

 

この感覚もスバルにとっては初めてではない。

 

異世界――この世界に連れ込まれたときも、彼は夜と昼の逆転劇を体感している。

 

それだけに衝撃は最初ほどではないのだが、明確にそのときとは違う条件がある。

 

「腹の傷……ねぇな」

 

ジャージの裾をまくって、その下の腹部を確認しての呟きだ。

 

大型の刃物と思しき凶器に切り裂かれ、

 

血と内臓を思いっきりぶちまけたはずの傷跡がそこには存在しない。

 

当然、縫った跡もなければ服に血が付いている形跡もない。

 

それどころか、愛用のジャージには土埃や泥による汚れも見当たらなかった。

 

手の中のコンビニ袋は健在で、ズボン後ろのポッケにはそれぞれ

 

携帯電話と財布が収まっている状況なのも変わらない。あらゆる意味で万全の初期状態。

 

だったのだが、

 

「こればっかりは、持っていた記憶は無いぞ…」

 

ズボンのぽっけから追加で出てきたものがあった。

 

それは一見スイッチのようなもので、スバルの両手に一つずつ

 

握られている。

 

片方は黒とオレンジ色の押しボタン式のスイッチで『1』と数字が描かれている。

 

もう片方は黒と青のレバー式のスイッチで『2』と数字が描かれている。

 

「これって、仮面ライダーフォーゼのアストロスイッチだよな…」

 

そう、そのスイッチは俺が好きな特撮番組に登場する変身アイテムの

 

一つなんだが…。

 

「スイッチだけじゃ、なんの力もないし、ベルトがないと意味ないじゃん。

そもそもこれが本物って保証もないけど」

 

アストロスイッチはベルトがあって初めて力を発揮する物で

 

単体で持っていたって意味がなかった。

 

――頭がおかしくなりそうだった。

 

「異世界召喚ってだけで俺のキャパ超えてんのに、どうすんだよ、この状態……」

 

傷の回復に関してはここは異世界なので、回復魔法があるなら傷口が無いことにも納得はいく。

 

が、先ほど盗品蔵でスバルが負った傷は明らかに致命傷。

 

意識が落ちた瞬間に確実に死を感じたほどのものだ。

 

あれほどの傷が治るというのなら、この世界の魔法は死者蘇生すら可能にするとしか思えない。

 

「命の価値がだいぶ薄れるが……いや、それ以前に誰が?」

 

記憶の混濁が多少見られるのを意識して、スバルは意識を失う寸前のことを懸命に思い出す。

 

そう、腹を切り裂かれて殺されかけたのだ。女の声、がしていたと思う。

 

盗品蔵の中で死体を見つけて、あの死体の人物を殺したと思しき

 

相手にスバル自身も襲われた。そして死に瀕する状況下で――。

 

「そうだ、サテラ!」

 

銀髪の少女がスバルの身を案じて、盗品蔵の中に入ってきてしまったのだ。

 

その前後の自分の行いを思い出し、今さらになってスバルの胸中を後悔が覆い尽くす。

 

スバルは彼女にはっきりと言われていたのだ。

 

自分で何とかしようとしてはいけない、何かあれば彼女を呼ぶように、と。

 

あの言葉にはスバルの心配をしている以上の意味があったのだ。

 

あれには正しく、危機的状況にあるとサテラに伝える意味も込められていた。

 

にも関わらず、スバルはあの場で声を上げるだけの指示すら怠った。

 

結果、スバル自身も襲撃者から逃れることができず、

 

サテラをあの惨劇の場に呼び込むことになったのだ。

 

暗闇の中、自分の血が作り出す泉に溺れながら、

 

スバルは銀髪の少女が襲撃者によって断ち切られるのを確かに見てしまった。

 

血の海に同じように倒れ込み、スバルより先に動かなくなってしまった彼女を――。

 

「サテラを頼むって……言われたんじゃねぇのかよ、俺」

 

消える寸前、スバルを見てそう告げたパックの姿を思い出す。

 

決して軽い言葉ではなかった。スバル自身が重く受け止めなかっただけで、

 

あの小さな猫が懸念した通りの事態は二人を待ち受けていたのだ。

 

そしてスバルは再三の忠告にも関わらず、その機を単なる見落としによって逃した。

 

その結果が今の状況だ。

 

わけのわからないまま通りへ放り出され、見知った相手の安否もわからず、

 

指針すら見失って途方に暮れている。

 

「バカか……いや、バカだ俺は。うなだれてる暇なんざどこにあんだよ。

とにかく、サテラとパックを探さないと……」

 

二人とも、死んでいるかもしれない――そんな残酷な想像をスバルは頭を振って追い払う。

 

なんの取り柄もなくて、欠片も役に立たない、

 

言ってみれば単なる排泄物製造機であるところの自分ですら助かっている。

 

それならば、あの魔法が使えてお人好しの世話焼きで、

 

素直じゃないけどやたら真っ直ぐな性根の美少女と、

 

飄々と掴みどころがない変わり者の精霊が死んだとは思えない。

 

いや、死んでいてほしくないのだ。

 

「それと気になるのは最後の誰かの言葉だ…」

 

死を覚悟した直後俺を助けると言ったあの言葉…

 

俺を殺した奴でも、サテラの声でもなかった。

 

「あの子は一体何者なんだ…。『星が導く心のままに』

このフレーズどこかで聞いた覚えが…」

 

俺は必死に思い出そうとしたがどうしても出てこなかった

 

「分からんことはいいや。とにかく、今は……」

 

――盗品蔵に向かおう、とスバルは判断する。

 

あの場所が意識の終着点ならば、スバルの行動のヒントはあそこにある気がする。

 

思い立ったが即行動だ。ここでもスバルの決断力の速さが光る。

 

元の世界では「今日は学校いくのやめてゲーセン行こう」と

 

諦めの決断に用いられることがもっぱらだったが、

 

今のスバルにとっては迷いを断ち切るという意味で大きな意味を持つ。

 

だが、スバルのそんな勢い込んだ決断は――、

 

「よお、兄ちゃん。少し俺らと遊んでいこうや」

 

路地を塞ぐように立ちはだかる、三人の男によって邪魔される憂き目をみせた。

 

 

―〇●〇―

 

 

「おいおい、呆けた面してどうしたよ」

 

「状況がわかってないんだろ。教えてやったらいいんじゃないか」

 

恫喝に対して無反応のスバルを見て、男たちは嘲笑するように唇の端を歪める。

 

そんな彼らの態度を、まるで滑稽な芝居でも見せられているような心境でスバルは見ていた。

 

男の数は三人。その身なりはお世辞にも整っているとはいえず、

 

顔立ちは育ちと性格の野卑さがそのまま浮き彫りになったような典型的なチンピラ面。

 

荒事慣れしているのか傷の浮かぶ顔や肌、そして暴力を是とするわかりやすい雰囲気。

 

その全てに対し、スバルはどうしようもない見覚えがあった。なにせ彼らは、

 

「お前ら……ひょっとして、俺の知らないところで頭でも打った?」

 

つい数時間前に、スバルがサテラやパックと出会うきっかけを作った輩だったのだから。

 

モブ的な立ち位置には間違いないだろうが、

 

まるで、クソゲーのキャラデザの使い回しかと思うイベントだが、

 

此処は現実だそれはあり得ないだろう。

 

ならば似た顔の別人か、と言われると、

 

「似た顔の別人が三人揃って追い剥ぎ紛いをやってるって、あるかぁ?」

 

同じ顔は三人いるというが、それが同じ顔でパーティを組んでる、

 

という状況は考えにくい。となると彼らはスバルの記憶と同一の面子であり、

 

「頭打ったか……もしくはさっそくやられた復讐か。

異世界でもそのあたりは変わらねぇんだな。

仲間連れてこないあたりはまだ良心的か?」

 

現実世界だとひとり倒すと、倒された奴が仲間を連れて復讐しにくる。

 

最終的にはどれだけ倒してもあとからあとから敵がわき、

 

わけのわからん強敵を相手にする羽目になって気がつけば

 

周りは敵だらけ。

 

そういう負の連鎖を繰り返すパターンに比べれば、

 

他力でなく自力でくる彼らの精神力はそこそこ評価されるべきだろう。

 

どちらにせよ、あの展開で復讐相手をスバルにするのはお門違いと言わざるを得ないが。

 

「まぁ、弱いとこ狙いたくなる気持ちはわかるから、

悪いとは言わねぇよ俺は。でも、ちょっとタイミングが悪いというか……」

 

「なに言ってんだ、アイツ。頭おかしいんじゃねえのか」

 

ここは穏便に話し合いで、と解決の方法を探るスバルを男たちが嘲弄する。

 

その態度にさすがのスバルもカチンとくるものがあった。

 

穏便に済ませよう、というのはあくまで状況的に急いでいるからであって、

 

本来のスバルはかなり短気な人間だ。

 

それでも、事態の深刻さを思えば些細な侮蔑――そう堪える心構えでいたのだが、

 

「いいさ、兄ちゃん。とりあえず持ち物全部置いてけ。それで勘弁してやっから」

 

「ああ、はいはい。持ち物全部ね。急いでっから、それでいいや、ホント」

 

「あと犬の真似な! 四つん這いで犬の真似して、助けてくださいーって鳴けよ」

 

「調子乗んなや、てめえ――ッ!!」

 

あまりに調子こいた発言が飛び出したせいで、早くも堪忍袋の緒が千切れる。

 

突然にぶち切れたスバルの動きに男たちが動揺。その呆然とする男たちの中、

 

スバルは二番目に位置する男に狙いをつけた。

 

以前、ナイフによってスバルの猛攻をまんまと退けた男だ。当然、

 

そのすぐナイフを持ち出す短絡的さは健在だろう。よって、

 

「まずお前からだ! 命を大切にしない奴は大嫌いだ! 死ね!!」

 

渾身の掌底が男の顎を跳ね上げる。

 

そのままがら空きの胴体に左の拳を打ち込み、壁に叩きつけて男を撃沈。

 

とっさの事態に反応が遅い他の男に対し、スバルはまずひとりの足を払って転倒させる。

 

その隙に最後の男に狙いを定めると、相手の下半身目掛けて体ごと突っ込んだ。

 

胴タックルの要領で男を担ぎ上げ、そのまま壁へと全霊で激突。

 

衝撃で呻く男に蹴りでトドメを刺し、振り返ると転んでいた男が立ち上がるところだった。

 

「っづ……てめえ」

 

「さあ、タイマンだ。ナイフも鉈も先に沈んでるが、お前はどうするよ」

 

アドレナリンだばだば状態で強気のスバルに、男はどこか気圧されたように表情を変える。

 

実質、先ほどの騒ぎのときはサテラの魔法で昏倒していた男だ。

 

ゆいいつ獲物を確認していない相手であったが、

 

今の反応から致命的な武器の持ち合わせはないとスバルは判断する。

 

「もう手加減しねぇぞ!コラァァ!」

 

「っざっけんな、クソが。ああ! なめんじゃねえよ、ガキが!!」

 

差し出した手を振っての挑発に、唾を飛ばしてまんまと男が乗っかる。

 

掴みかかってくる男を迎え撃つ正拳。狙い違わずそれは男の胸を打ったが、

 

男は勢いに任せてスバルに飛びかかり、その体を壁際へと押しやろうとしてくる。だが、

 

「超絶、甘ぇ!」

 

肩を掴む男の両手首を握りしめて、スバルは男の腕力をそれを上回る腕力で引き剥がす。

 

男の顔に明らかな動揺が走るのを見て、スバルはその目つきの悪い顔を凶悪に歪め、

 

「見た目がひょろいからってなめるなよ。日々、喧嘩に明け暮れてたんだ。

ベンチプレスも八十キロまでならいけんだぞ」

 

同じような体格の相手との力比べであるならば、

 

よほどのことがない限り負けない基礎体力がスバルにはあった。

 

手首を握り潰される感覚に男が絶叫し、掴む力がゆるんだ瞬間にスバルの膝が男を打つ。

 

腹を打たれてくの字に折れるチンピラ。その背後にスバルは素早く回り込み、

 

「死んでも恨むな。いっぺんやってみたかった、地べた上の裏投げっ!」

 

相手の腰に手を回し、後ろに倒れ込むような勢いの中でその身をブン投げる。

 

プロレスのバックドロップに近い投げだが、途中で手放すあたりが悪質な技だ。

 

男はなすすべなく壁に頭からぶつかり、地面に落ちて身じろぎひとつしなくなる。

 

男二人の沈黙を確認し、スバルは最後に一番最初に仕留めたナイフ男の下へ。

 

比較的ダメージの少ないナイフ男は悶絶しながらも、

 

スバルの接近にとっさに懐のナイフを抜こうとする。

 

抜こうとしたのでスバルは容赦なく顔面を蹴った。轟沈。

 

「――し、楽勝! この世に悪の栄えた試しなし!」

 

ガッツポーズを決めて、ひとりその場で勝利を祝うナツキ・スバル。

 

日々、喧嘩で鍛えた力が無駄でないとわかって一安心だ。ともあれ、

 

「状況はなんにも変わってねぇけどな。とにかく、邪魔は入ったが盗品蔵に行かないと」

 

男たち三人が死んではいないことだけ確認し、スバルはそそくさと路地をあとにする。

 

通りから無傷で出てきたスバルを見て、

 

微妙に「おお」とか通行人から予想外っぽい声が聞こえたのが気にかかるが、

 

追い剥ぎっぽい事態を見たなら通報しろと声高らかに言いたい。

 

もちろん、人見知りのスバルはそんなことできるはずもなく、

 

小走りにそこから逃げ去ったのだったが。




次回のフォー・ゼロは

未だ現状も分からずとりあえず

サテラを探すスバル。

最後に居た盗品蔵に到着すると

死んだはずの人間がよみがえっていた。

次回 第8話「死・者・蘇・生」

異世界!SwitchON!


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第8話「死・者・蘇・生」

前回のフォー・ゼロは

自身の死を覚悟した直後

最初の八百屋前に戻っていたスバル

どうするべきか悩む中

またもやチンピラ三人衆に絡まれるスバル。

だが、素手での喧嘩なら負ける気がしない

スバルは難なく三人を倒すのであった。

考えるのは後にし、向かうは盗品蔵へ。


盗品蔵への道を急ぐスバルだったが、

 

以前行った際はサテラの後ろをついていっただけだった為、

 

道順など覚えていなかった。

 

「道に迷ってる暇はねぇ。とにかく、貧民街まで、急げ、俺!」

 

盗品蔵へ急いでいたスバルだったが、意気込み哀しく、

 

位置についての記憶は曖昧だった為、

 

人通りの多い場所で、道を尋ねながら進んでいた所……。

 

「よし!道は大体分かった、後は急ぐだけだ

待ってろよ!サテラ!」

 

「きゃーっ!?」

 

勢いよく走り出したスバルは道で誰かとぶつかってしまったようだ、

 

ぶつかった相手は、亜麻色の髪をセミロングで切り揃えた、愛らしい顔立ちの少女だった。

 

「いたた…も~、なんなの!

ちゃんと前見て走らなきゃダメでしょ!」

 

「悪い!急いでたもんで…痛っ。

あー、クソ、今のですりむいちまったか……」

 

謝ろうと急いで立ち上がれば腕に痛みを覚えた、

 

見れば、先ほどの衝撃で手をすりむいていた。

 

「勢いよく転ばれましたからな。

大丈夫ですか?」

 

少女に横に立っていた老紳士と呼ぶのが相応しい振舞の老人が声を掛けてくる。

 

「ありゃ、ヴィル爺の言う通り、

結構派手にやっちゃってるね」

 

「…フェリス、治して差し上げては?」

 

「ぶつかったのはこの子なのに…。

もう、しょうがないんだから。

フェリちゃんが治してあげるから見せて」

 

少女の言葉の通りぶつかったこちらに非があるのだから

 

ここは迷惑かけずにさっさとたちさろう。

 

「大丈夫だって。それに俺、本当に急いでるからさ」

 

「時間は取らせないから、素直に治療させる事。いいネ?」

 

彼女はそう言って、俺の傷口に手をかざすと光と共にみるみる内に

 

傷が塞がっていく。

 

「おお…治療魔法ってやつか!すげぇな一瞬で治っちまった」

 

始めて見る治療魔法にスバルは感激を覚える。

 

「ふふ~ん、まあね」

 

「ああ、そうだちょうどよかった。

貧民街って、こっちの方向であってるか?」

 

「貧民街へ向かわれるのであれば、

この方向で間違っておりませんが…。

しかし…」

 

二人は俺の身なりを確認し、眉を顰める。

 

「その見た目に加えて、訳ありっぽい目的地。

にゃんだか、怪しいネ

おまけに、随分慌ててるみたいだけど、

貧民街によほど大事な用でもあるのかな?」

 

「急がねぇと、あの子の命が…」

 

「えっ?ちょっとそれ大丈夫なの?」

 

「ふむ、何やら深い事情がおありの様子、

詳しく聞かせてはいただけませんかな?」

 

二人はスバルの切羽詰まった様子に

 

ただ事でないと確信していた。

 

「いやそれが、悠長に話している余裕は

ないんですよ、急いで盗品蔵にいかないと、

女の子が危ない目に遭ってるんだ!」

 

「女の子が危ない目にって…ええ?

まさか、君が助けに行く気にゃの?」

 

「疑わしい気持ちになるのは分かるけど、

本当の事なんだから仕方ねぇ。

とにかく、それで急いでるんだよ!」

 

俺は直ぐにでも貧民街に向かわないといけないんだ。

 

「にゃんだかただ事じゃない感じ?」

 

「急いでいると言われましたが、

貧民街への道程もままならぬご様子。

その盗品蔵の所在はご存じなのですか?」

 

「う…それは、記憶を頼りに…。

貧民街の奥までいけば、

そこに目的の場所があるはずなんだ!」

 

スバルは図星をつかれて狼狽するが、

 

何とか意気込みを叫ぶのであった。

 

「…ふむ」

 

「これまた随分と大雑把だネ。

時間が無くて正確な場所も分からないとか、

頼りににゃいにもほどがあるよ」

 

「分かっただろ?

だからこそ、急がなくちゃならねぇ!」

 

「ですが話を聞く限り、おひとりで向かうには

いささか危険な状況にあると判断せざるを得ませんな」

 

確かに、俺一人行って何が出来るんだと思うが、

 

それでもあの子を置き去りには出来ない!

 

「どう考えてもそうだよネ。

どうする?ヴィル爺」

 

「―では、その貧民街への道行き、

私も同道させていただきたくというのは

いかがですかな?」

 

それは、予想もしなかった提案だった。

 

「―っ、いや、それは助かるけど、

なんでそんな風に?」

 

「貴方のお話が事実なら、一人の女性が

危険な目に遭っているのでしょう。それを

見過ごせば、我々の主に顔向けできません」

 

「フェリちゃんも同意見。

ヴィル爺、お願いしていい?」

 

「ええ、もちろんです、

それで、いかがされますか?」

 

傷の手当までしてもらって

 

そのうえ俺に手を貸してくれるなんて…

 

「…ここで断れるほど、俺も状況を勘違い

出来ていないですよ。正直、一人でどうしよう

って思ってたとこですしね

お願いします!俺に力を貸してください!」

 

「承知しました。

私の事はヴィルヘルムとお呼びください」

 

その老紳士はヴィルヘルムと名乗った。

 

「俺はナツキ・スバルです。

じゃあ、目指すは貧民街の、盗品蔵へ!」

 

 

―〇●〇―

 

 

盗品蔵に行くには、裏通りを通るのが

 

最短ルートだという。ヴィルヘルムと共に、

 

目的地へと向かうスバルだったが、

 

「えーと、ヴィルヘルムさん。

ちょっといいですか?」

 

「どうかしましたかな、スバル殿」

 

俺は見覚えのある路地を通りながら

 

ヴィルヘルムさんに質問する。

 

「貧民街ってのは、この路地を抜けていく

ことになるんですかね?」

 

「ええ、こちらが近道になります。

かなりお急ぎのご様子でしたので…

何か不都合なことでも?」

 

「いや、不都合ていうか。

さっきここでチンピラに絡まれまして…」

 

まさか同じ場所に戻ってこようとは。

 

「二度襲われて、一度はさっき話した女の子が

来てくれて、事なきを得たんですが

その後も襲われて、とりあえず相手を気絶だけさせて逃げてきたので」

 

「また絡まれてしまっては、

余計な時間を費やしかねないと。

相手の人数はいかほどで?」

 

二度ある事は三度あるというしな警戒はした方がいいだろう。

 

「3人でしたけど…仲間を呼んでるかも」

 

「ならば、さしたる問題はないでしょう。

その手合いは、自分たちに大きな数的優位がなければ

襲ってなど来ないものです。ましてや、

スバル殿に一度、痛い目に合わされているのならば

なおさら。ところで、その女性とは、

どういったお知り合いなのですかな?」

 

「俺を助けてくれた恩人だ」

 

放っておけばいいのに俺の事を助けて自分は損をする馬鹿者だ、

 

「受けた恩には報いる、ということですか。

なるほど、殊勝な心がけですな」

 

「自分の用事があっても、

人助けを優先しちゃうようなお人好しで…

そういう子は、放っておいたらダメでしょ?」

 

そんな、子を放っておけず何が出来るとも分からないのに

 

助けに行きたいと願う俺はもっと大馬鹿野郎だからな。

 

「スバル殿の想い、しかと受け止めました。

私の全力をもって、そのお方をお守りいたしましょう」

 

「ありがとう、ヴィルヘルムさん!」

 

 

―〇●〇―

 

 

盗品蔵に到着したスバル達。

 

前の惨状を思い出し、扉を開ける前に気を引き締めるスバルだったが…。

 

「ここだ、間違いねぇ」

 

「なるほど、確かに貧民街の最奥と

言って差し支えない立地ですな」

 

一度訪れた場所だが、やはり不気味な場所だ。

 

「それだけに、ヤバイ客も多いんだろうな、

…気をつけてください、

まだ中にあいつがいるかもしれねぇ」

 

「承知しました。

扉を開けますので、

念のためスバル殿は下がってください」

 

ヴィルヘルムさんは扉を開けようとノブを回そうとしたが、

 

「…施錠されているようですな」

 

「…?さっきはそんなことなかったけど…」

 

さっき来たときは鍵なんて締まってなかった。

 

「御免。どなたかいらっしゃいませんか!」

 

「緊急事態なんだ!誰かいるなら、中に入れてくれ!?」

 

儚い希望だと思いながらも、その木造の扉を軽くノックした。

 

意外と鈍い音が中にも外にも響いたはずだ。が、

 

返ってくるのは居た堪れなくなるほどの無音と無言。

 

その静けさがどうにも恐ろしく、スバルは無駄だと知りながら扉を激しく叩く。

 

「誰か……誰かいるだろ! 頼むよ、返事してくれ……頼む」

 

「人の気配はあるようですが、

出てくる様子がありませんな」

 

「居留守なのか、

それともあいつがまだ中にいて…」

 

俺は最悪の展開が脳裏を過る。

 

「だとしたら、

ここは、扉を蹴破ってでも

押し入った方がよろしいかと」

 

「そうですね。一刻も争う事態なんで、

一発ドカンとお願いします!」

 

扉を蹴り破ろうと後ろに下がると、

 

今まで沈黙を守っていた扉が勢いよく開かれる。

 

「ドカンじゃないわい!

黙って聞いて居れば、符牒も知らん奴らが

何を物騒な相談をしておるんじゃ!!」

 

「…!?あんた…え…?」

 

突然の出来事に驚愕するスバルの瞳に映ったのは、

 

入口で顔を真っ赤にさせた老人がスバルを睨んでいる姿だった。

 

「何じゃお前さんらは、客か?

人の晩酌の邪魔をしおってからに。

これでつまらん用事なら、ひどいぞい」

 

「用事って…けど、あんたさっき…」

 

「ぶつくさと何を言っとる。

じろじろと、儂の顔に何かあるのか?」

 

大柄で、禿頭の老人だ。

 

元は白かったのかもしれない上着は、埃と長年の汗やらなにやらで茶色く変色し、

 

見るからに不衛生な有様だ。ほんのり漂う香ばしい異臭は、アレが原因かもしれない。

 

その衣服の下には筋肉質な肉体が詰まっていて、その年齢を感じさせる

 

見た目に反して弱々しさの一切を思わせない強靭さが見え隠れする。

 

つまるところ、体のでかいハゲの超元気そうなジジイが立っていた。

 

「…いや、馬鹿げた話なんだが、

爺さん…最近、死んだことねぇか?」

 

首と右腕をぶった切られて。

 

その言葉を付け足すのはやめておいた。見たところ、首にも肩にも継ぎ目はない。

 

スバルの問いと視線を受け、老人はしばしその灰色がかった双眸を見開き、

 

それからふと時間が動き出したように破顔した。

 

「確かに死にかけのジジイなのは認めるが、

生憎と死んだ経験はまだないぞ」

 

「どういうことなんだよ…。

じゃあ、さっきまでのあれは

全部夢だったとでも言うのかよ…?」

 

今、こうして言葉を交わしている老人だが――スバルは彼の死体を見たのだ。

 

この場所で、暗闇の中、片腕と喉を刃物で切られて、物言わぬ躯と化したこの老人を。

 

しかし、目に焼きついたその光景を否定するように、老人はスバルの目の前に元気に立っており。

 

その赤ら顔には確かに血の気が通い、大量の出血で病的に

 

青白くなっていた死相とは明確な違いを生んでいた。

 

「どうやら、お聞きしていた話とは

ずいぶん違ったようですな」

 

「いやぁ、それが俺にも何が何やら」

 

老人は間違いなく生きている。そして、それは逆にスバルにも言えることだ。

 

振り返ってみれば、老人と同じくスバルも死んでいるのが当たり前の傷を負った。

 

にも関わらず、そんな痕跡も残らない体でこうしてこの場を訪れている。

 

白昼夢でも見たのではないかと、スバルは自分の頭の中身が信用できなくなってきていた。

 

「ご店主、私からも改めて… ―!?」

 

「―貴様」

 

ヴィルヘルムさんが老人の顔を確認したと思ったら

 

突如二人は一触即発の雰囲気となった。

 

「え、何この雰囲気。

もしかして、知ってる顔だった?」

 

「…いや、まさか。

…存じ上げませんな、このような御仁は」

 

「…儂もこんなジジイ知らんわい」

 

二人はそういうと言葉を発さずにらみ合いだけが続く。

 

「―。」

 

「―。」

 

「知り合いじゃないって…

ならこの険悪な空気、なんなの?」

 

二人の間には、浅からぬ因縁が存在していたが、

 

それは、スバルには分からぬことであった。

 

「…まったく、

せっかくの晩酌の味が飛んで消えたわ

何か口直しに…うん?

お前さん、それは何を持っとる?」

 

「え?ああ、このコンポタスナックか。

俺の地元のお菓子でな。お気に入りなんだよ」

 

なにせこのスナックが食いたくてコンビニに

 

行ったんだからな。

 

「どれどれ…。おお、中々美味いもんじゃの」

 

「そうだろそうだろ…

って、勝手に食ってんじゃねぇよ!」

 

いつの間にかスナック菓子の袋を奪われて

 

中身を食べられてしまっていた。

 

「ケチなこと言うでないわい。

口直しの礼じゃ、

話位なら聞いてやらんことも無いぞ」

 

どうやら、大人気のスナックは

 

世界を越えても人を笑顔に出来る様だ。

 

こうして、スバルは最悪の展開を逃れることが出来たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回のフォー・ゼロは

思いがけぬ助太刀を得られたスバルは

急ぎ盗品蔵へ

到着したスバルを待っていたのは

死んだはずの老人だった。

そこへ盗人の少女も合流したことで、

事態は急変する。

スバルは無事にサテラの微章を取り戻せるのか

次回 第9話「交・渉・開・始」

異世界!SwitchON!


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第9話「交・渉・開・始」

前回のフォー・ゼロは

盗品蔵へ急ぐスバルだったが、

道順を覚えてなかった為、

道を訪ねながら向かうことに、

そんな中、出会った老紳士ヴィルヘルム

彼が同行してくれて、

ようやく盗品蔵に到着したスバルだったが、

そこには死んだはずの老人が生きていた。

スバルは徽章を取り戻すことは出来るのか。


盗品蔵の主との話が一向にはかどらない事に、

 

焦りを感じ始めるスバル。

 

「あの子がいない以上、俺の目的は探し物一つだ。

爺さん聞きたいんだが…」

 

するとそこへ一人の少女がやってきた。

 

「…入口でギャースカ騒いで、何してんだよ。ロム爺」

 

「おお、フェルトか。待っとったぞ」

 

やってきたのは、金色の髪をセミロングにした少女だ。

 

兎のように赤い瞳、口の端から覗く悪戯な八重歯。

 

小柄な体を動きやすそうな、言葉を選ばなければボロい服に包んでいる。

 

一瞬ではあったが、路地裏で出くわした少女に間違いない。

 

「人払いしといてくれって言ってあったろ?

なのに、誰かと立ち話なんかして…」

 

「…」

 

「…げ!な、なんであのヤバイ爺さんがここにいんだよ!?」

 

彼女はヴィルヘルムさんを見て動揺していた。

 

―以前何かあったのか?

 

「ヴィルヘルムさんがヤバイ爺さんって…

いや、それより今は大事な話があるんだ」

 

「ヤバイ爺さん…とは

いささか不本意な言われ様ですな」

 

「こんなヤバイ爺さん連れてきて、

どうせ碌な話じゃねーだろ」

 

ヴィルヘルムさんが居ることで、

 

ますます顔を不審にしかめる少女――フェルト。

 

心なしか胸のあたりに手を当てる様子を見るに、

 

盗んだ戦利品はそこにあるのだろう。

 

「まあ聞けよ。

お前、銀髪美少女から何か盗んだだろ?」

 

「盗み、ですか…」

 

「ばっ、おま…ッ、しーっ!

…な、なんでその話知ってんだ?

アタシを脅そうってのかよ」

 

ヴィルヘルムさんの凄みに動揺するフェルト。

 

「事と次第によってはそうなるかもな」

 

―俺としては、穏便に済ませたいけどな。

 

「私はあくまで、貧民街への同行者。

荒事のお手伝いをするつもりはありませんよ」

 

ヴィルヘルムさんは護衛の為についてきてくれただけだからな。

 

「何じゃお前さん、フェルトに用があったのか」

 

「結果的には、そういう事になっちまったみたいだな」

 

「厳密には、俺の目的は懐の中身だ。

譲ってもらえるのが、最適解ってとこだな」

 

―そううまくはいかないだろうけどな。

 

「ま、話くれーは聞いてやるよ。

ただし、こいつに興味あるんなら

それに相応の金を払ってもらう事になるぜ?」

 

「…やべぇ、俺一文無しなの忘れてたわ」

 

「なんだよ!話にならねーじゃねーか!」

 

いざ交渉で値を釣り上げようとでも思っていたのか、

 

肩すかしを食ったようにフェルトが怒鳴る。

 

「じゃ、この話は終わりだ。

とっとと帰りな」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!

確かに金はねぇんだけどさ」

 

が、スバルはそんなフェルトに対してとある話を持ち掛ける。

 

「話がつづくならこんなところで、

立ち話もなんじゃから続きはなかですればいいじゃろう」

 

 

―〇●〇―

 

 

盗品蔵の中へと場所を移して、

 

引続き交渉を続けるスバル。

 

お金の代わりに提示した交渉物とは…。

 

「で?結局、金はどうするんだよ。

さっきも言ったけど、

一文無しですじゃ話になんねーぞ」

 

「ここは物々交換と行こうぜ!

損はさせねぇからさ!」

 

「物々交換?アタシは金じゃなきゃ受け取らねーよ」

 

「まぁ、待てって」

 

「何か策がおありで?」

 

ヴィルヘルムさんの質問に頷きで応じて、

 

スバルはズボンのポケットをまさぐった。

 

そして、抜き出すその手が握るのは、

 

「ああ!ここに取り出しますは

恐らく世界にたった一つ!

万物の時間を凍結させる魔器、スマホだ!」

 

「な、なんだこりゃ…?」

 

「ほう…」

 

「始めて見る代物じゃが…」

 

「ちょっと待ってな、

あんたらの時間を切り取って見せてやるぜ」

 

コンパクトなサイズの白いスマホ。

 

初めて見るその姿に目を白黒させるロム爺とフェルトに対し、

 

スバルは素早く操作を入力し――直後、

 

薄暗い店内を白光が切り裂いた。

 

 パシャリ、と効果音が鳴り響き、光を向けられたロム爺とフェルトが

 

大げさに驚いてカウンターの向こうに転げる。

 

そのリアクションの大きさにスバルが思わず笑うと、

 

「お、おお…う!?」

 

「うわああっ!

何の音だよ、眩しいっつの!」

 

「まあまあ、落ち着け、深呼吸だ。

いいか?こいつの中を見て見ろよ」

 

突然の事に驚く二人に、スバルはずいと携帯の画面を押し付ける。

 

胡乱げな目でロム爺は下がり、

 

その小さな画面に目を凝らして――その目を見開いた。

 

そこに映っているのは、今しがた撮影したロム爺とフェルトの顔だ。

 

携帯電話のカメラ機能、それを使っての撮影。

 

当然、そんな技術はこの世界には存在しまい。

 

スバルの予想通り、ロム爺は食い入るように画面を見据えながら、

 

「これは…儂とフェルトの顔じゃな。

こりゃどうなっとるんじゃ?」

 

「…驚きましたな」

 

「言ったろ?

この道具であんたらの時間を切り取って、

この中に閉じ込め立ってワケさ」

 

顎に手を当てて、ロム爺は考え込むように携帯を覗き込んでいる。

 

その予想以上の食いつきに、スバルは交渉における手ごたえを感じ取った。

 

そんなスバルの確信を後押しするように、ロム爺はスマホを手に取って眺めながら、

 

「始めて見るが…これが噂に聞く、

『ミーティア』という奴か?」

 

「噂に!そう、それ!

どうだ、いい値が付くんじゃねぇか?」

 

それが何かは知らないが、とりあえずその場の勢いに乗っかるスバル。

 

「ふむ、確かにこいつは珍しい

高値で売れるのは間違いないじゃろうよ」

 

「ロム爺、『ミーティア』って、あの?」

 

「うむ、魔法使いでなくとも、

魔法のような効果を発揮できる道具じゃ」

 

「スバル殿にとって、『ミーティア』を手放してでも

手に入れたい物というわけですか」

 

「もちろんだ!何しろ、あの子が大切にしている探し物だからな」

 

―思いの他、評価は上々だ。このまま何事もなく終わってくれ!

 

コンコンッ!

 

そんなスバルの願いを打ち消すように、その場に乾いた扉を叩く音が響くのであった。




次回のフォー・ゼロは

交渉は何とか成功すると思われた矢先、

フェルトの依頼者が現れた。

何とか交渉して徽章を取り戻そうとするスバルだったが、

徽章を見たヴィルヘルムの反応に

事態は急変する事となった

次回 第10話「交・渉・決・裂」

異世界!SwitchON!


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第10話「交・渉・決・裂」

前回のフォー・ゼロは

盗品蔵にて徽章を盗んだフェルトと出会い

交渉を始めるスバル

スマホと交換で徽章が手に入るかも

とおもった矢先、盗品蔵に新たな来客

が現れた。


スマホを取引物件として出し、説明を続けるスバル。

 

その価値をロム爺が高く評価して、交渉が大分進展した頃…。

 

コンコン。

 

扉を鋭く、二度叩く音がふいに蔵の中に響き渡った。

 

「…お?もうこんな時間か。

多分アタシの客だから見てくるわ」

 

跳ねるように立ち上がり、フェルトの姿が入口の方へ。

 

「なんだ、誰か来る予定だったのか?」

 

「いや、儂も詳しくは聞いとらんが、

フェルトの依頼主じゃろう」

 

「う…フェルトの依頼人…。

ってことは、盗みの依頼主だよな…」

 

「やっぱりアタシの客だったよ」

 

フェルトが変に愛想よく笑いながら戻ってくる。

 

「やっぱアタシの客だったよ。こっちだ、座るかい?」

 

暗にスバルにどけと手振りで指示して、彼女の愛想は背後の相手に向けられる。

 

それが交渉相手か、と心持ち緊張しつつ相手をうかがい、スバルは少し驚いた。

 

フェルトが招き入れたその人物が、見目麗しい女性だったからだ。

 

身長の高い女性だ。スバルと同じぐらいの背丈に、年齢は二十台前半くらい。

 

顔立ちは目尻の垂れたおっとりした雰囲気の美人で、

 

病的に白い肌が薄暗い蔵の中でもはっきりと目立つ。

 

黒い外套を羽織っているが、前は開けているのでその内側の肌にぴったり

 

張り付いた同色の装束が目につく。細身ながらも出るとこの出たナイスバディだ。

 

そしてスバルと同じく、この世界では珍しいとされる黒い髪の持ち主。

 

背を越して腰まで届く長い髪を編むように束ねて、指先でその先端を弄んでいる。

 

どことなく妖艶な雰囲気の大人の女性だ。

 

スバルにとって縁がない上に、経験値もかなり少ない稀有なキャラである。

 

端的に言えば、超ドギマギせざるを得ない。

 

精神的に優位をとられて、思わず席をフェルトに譲ってしまうスバル。

 

空いた席にフェルトが腰掛け、その左隣に棍棒を携えるロム爺、

 

右隣に緊張が隠せないスバルが立ち

 

その後ろにヴィルヘルムさんが控える。

 

わりと物々しい出迎えを受けた女性だが、

 

彼女はそれを気にした様子もなく小首を傾け、

 

「部外者が多い気がするのだけれど」

 

「予想外の客なんだが、

お邪魔させてもらうぜ」

 

「悪いけど、

関係無い人は…ね?」

 

彼女はスバルに流し目で忠告する。

 

「この小僧は既にフェルトと交渉中じゃ、

つまり、お前さんの競争相手じゃな」

 

そこへ、ロム爺が簡単な状況説明をしてくれる。

 

「ロム爺、公平に頼むぜ!」

 

「もちろんじゃ、この商売、信用が大事じゃからな」

 

公平にやってもらわなければ勝ち目がないからな。

 

「さて、約束のブツはここだ。

これでいいんだろ?」

 

フェルトは懐から徽章を取り出し依頼人へ見せる。

 

「念の為の確認だが、

お前とこの人の関係は?」

 

二人が親しい関係の場合、いくらロム爺が公平だからと言って。

 

フェルト自身が彼女を選んだ場合は最悪だからな。

 

「ロム爺も言ってただろ。交渉相手、依頼主。

アタシにこいつを盗ってくるように、

話を持ち掛けてきた相手さ」

 

―なら問題ないが、

 

「―!?この徽章は…スバル殿、これはいったい」

 

後ろに控えていた、ヴィルヘルムさんが

 

徽章を目にした途端に表情が強張りスバルを問いただす。

 

「え?ああ、そうです。

俺の探し人がこれを無くして困ってて…」

 

「…スバル殿が探していたのは、

銀髪の少女ということでしたか?」

 

以前にも話した内容をもう一度確認するヴィルヘルム。

 

「え?はい、そうですよ」

 

「………」

 

何故そんなことを聞くか分からないスバルは素直に答える。

 

すると、ヴィルヘルムさんは考え込むように沈黙してしまう。

 

「申し訳ありませんが、

この取引は見逃せなくなりました。

この徽章は、あるべき所へ返さねば」

 

「あるべき場所?

ヴィルヘルムさん、それって…」

 

―どういうこと…

 

と尋ねたかったが、ヴィルヘルムの発言は相手が悪かった。

 

盗んだ少女と、その盗みを依頼した人物の目の前で、

 

盗まれたものを盗まれた相手に返すと宣言したのだ。

 

それは敵対宣言にも等しい宣告であり、

 

「―なんだ。

貴方達、関係者なのね」

 

――エルザの冷たい殺意を実行に移させるのに、十分な意味を持っていた。

 

「―ッ!!

スバル殿、危ない!」

 

「え、ちょっ!うわわわ」

 

横合いからヴィルヘルムがスバルを庇い、

 

彼女の攻撃を剣ではじく。

 

「やっぱり思った通り、貴方腕が立つのね。

これは楽しめそうだわ」

 

嬉しそうな声を上げ、ヴィルヘルムを見つめる彼女。

 

その彼女の手には、不釣り合いな凶器が鈍い輝きを放ちながら握られている。

 

――ククリナイフ、というスバルの知識がその凶器に該当するだろうか。

 

刃渡り三十センチ近いナイフ、その刀身はくの字に折れており、

 

俗に内反りとされる刀剣の一種だ。先端の重みで斧のように、

 

獲物を断ち切る武器と聞いたことがあった。

 

その刃を振りかざし、彼女は先ほどまでと変わらない微笑みを浮かべている。

 

体勢からして、一度はその刃が振り切られたのだろう。

 

だとすれば、その軌道上にいたスバルを助けたのは、

 

剣ではじいてくれたヴィルヘルムさんということだ。

 

「い、いきなりなんだってんだよ!

何しやがんだ!?」

 

一瞬のしかも意識の外で行われた出来事にスバルは動揺していた。

 

「貴方達にはとても悪いのだけれど、

状況が変わってしまったの。

だから、死んでもらえるかしら?」

 

どうやら彼女はここに居る全員を殺すつもりのようだ。

 

「もらえるかしら…で訊けるお願いか!

冗談じゃねぇぞ!」

 

「冗談じゃねーのはこっちの方だ!

なんなんだ、どうなってやがる!」

 

状況の急展開についてこれない人物がもう一人いたようだ。

 

「この状況…フェルト、逃げるぞ!」

 

「けど、ロム爺……!」

 

「命あっての物種よ。

それに、あの女のことは

あの男がケリをつける。儂らは邪魔じゃ!」

 

ロム爺は彼女の相手をヴィルヘルムに任せて、入口へと走る。

 

「くそ!覚えてやがれ、黒女!

テメー、絶対に許さねーかんな!」

 

フェルトが女性に捨て台詞を吐き、ロム爺の後を追う。

 

「ははっ、薄情にも無事逃げてくれたな」

 

だけど、それでいい。いてもこいつに殺されるだけだからな。

 

「ただし、俺達の事は、逃がしてくれそうにねぇけど!」

 

俺達が逃げるにはこの女を突破するしかないか。

 

「スバル殿、下がっていていただけますか」

 

「…えっ?せっかくの二対一の状況だ。

何言ってんだよ、ヴィルヘルムさん―」

 

「この者、かなりの手練れと見ました。

前に出てこられましても、

貴方を守り切れるかどうか」

 

俺だって戦える。と言いたかったスバルだったが、

 

ヴィルヘルムの言葉によりかき消される。

 

 

「そ、そんなにヤバそうな相手なんですか…?」

 

「この老骨が一瞬たりとも気を抜けぬ相手、

といえばよろしいでしょうか」

 

「へ、へぇ~…」

 

要するに俺は足手まといって事か。

 

「はぁっ!」

 

掛け声と共にヴィルヘルムさんが斬り込む。

 

その剣筋は素人同然のスバルからしても達人と呼ばれる

 

領域だと理解できる。

 

「期待しているわよ、私をたのしませてね」

 

一方で向かい合う女性の技量も異常の領域にあった。

 

片手にぶら下げたククリナイフを揺らしながら、

 

その攻撃の中に彼女の黒影は滑るように立ち回り。

 

斬られれば斬殺を免れない凶器を前にして、

 

それこそ本当の意味の紙一重で、

 

彼女は身をかわし時には弾きながらヴィルヘルムさんと戦っていた。

 

「あいつ…!

ヴィルヘルムさんもだが、なんて腕だよ!?」

 

「黒服に黒装束、そしてその刀剣。

なるほど、噂に聞く『腸狩り』だとすれば、

この剣力にも納得がいきます」

 

「あら、私の事をご存知なの?

貴方みたいな人に知られていて、

悪い気はしないわね」

 

「なんだその超物騒な異名…!」

 

相手の正体を看破したヴィルヘルムは

 

透き通る青い双眸で相手を見据える。

 

その視線に彼女は身じろぎし、

 

「でも、私はもっと楽しみたいの。

まだ楽しませてくれるんでしょう?」

 

「ご期待に沿えるかは分かりませんが」

 

二人は暫しの沈黙の後、再び動き出す。

 

「―ッ!」

 

鋭い呼気を放ち、女性が手にしたククリナイフを首目掛けて一閃。

 

走る銀色は空気すら殺し尽してヴィルヘルムの首に襲いかかる。

 

「…む。

―はぁぁぁぁ!」

 

ヴィルヘルムは即座に反応し、剣でナイフを弾く。

 

「素敵、素敵だわ!

―でも、これはどうかしら?」

 

彼女は懐から小型のナイフを取り出し、

 

ヴィルヘルムに向けて投擲する。

 

「―せぇい!」

 

ヴィルヘルムはナイフを紙一重で回避し、

 

ナイフを持つ彼女の手を斬る。

 

「ぐっ…」

 

女性の手を切断することは無かったが、

 

痛みにより武器を落とす事には成功した。

 

「武器を失えば、勝ち筋も見えぬはず。

潔く、投降されされてはいかがですか?」

 

武器を失った女性にヴィルヘルムは投降を促す。

 

「…それは無理ね。趣味ではないもの」

 

女性は俯きながらヴィルヘルムの提案を断る。

 

「では、致し方ありませんな。

―お覚悟を」

 

「くっ!」

 

ヴィルヘルムがトドメを刺すために剣を振り上げその時、

 

ヴィルヘルムを睨みつけてここまでかという彼女の表情が崩れ、

 

その表情は笑みへと変わった。

 

「…ふふ」

 

「その笑み…くっ!

まだ一本、隠していたか!」

 

彼女は外包に隠してあったもう一本のククリナイフを引抜き、

 

ヴィルヘルムの一瞬の隙を突き、胴体目掛けナイフで斬りつける。

 

「逃がすと思った?

せっかくお近づきになれたのに」

 

「この間合いを一息に詰めるか…。

躱しきれぬとは…不覚」

 

ヴィルヘルムは即座に回避したが、反応が間に合わず、

 

腹を斬られてしまった。

 

「これで五分五分…

いえ、私の方がまだ少し有利かしら?

いずれにせよ、おしまいにしましょう」

 

ヴィルヘルムは重症ではないが足手まといのスバルがおり、

 

相手は片手を負傷しているが、まだ余裕の表情であった。

 

「ヴィルヘルムさん!

てめぇ、この…っ!」

 

ヴィルヘルムがやられたことにかっとなったスバルは

 

女性に向かって殴りかかろうとした。

 

「スバル殿…!

此方に来ては…いけません…!」

 

「いいところなの、邪魔しないで」

 

スバルの拳は彼女に当たることもなく

 

容易に避けられ、その際にスバルはおなかを斬られてしまう。

 

「ぎ、ああああ!」

 

「―ッ!!」

 

守るべきスバルがやられ動揺するヴィルヘルム。

 

「うぐ、がぁぁぁ!

熱っ、熱い、熱い…熱い?

腹が、血が、こんな…ぁ」

 

一歩、二歩、よたよたとよろめきながら歩き、肩から壁にぶつかり、

 

滑るように崩れ落ちる。見下ろす眼下、

 

腹部からはとめどなく血が溢れ出し、

 

腹圧に耐えかねて中身がこぼれ落ちそうになっている。

 

震える片腕でその中身を腹に戻そうとするが、

 

こみ上げてくる血塊に遮られ叶わない。

 

「スバル殿!」

 

「ぁぅ…うぁ…」

 

何故だろうか、この感覚は前にも感じたことがあったような…。

 

「貴方がいけないのよ…?

せっかくの素敵な時間に、

横槍を入れるんだもの」

 

笑いながら彼女は言う。

 

「おのれ、腸狩り…」

 

痛い、痛い、痛い痛い、痛い痛い痛い

 

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 

「とても素敵な赤い色…。

さぁ、戦いを再開しましょう。

貴方の色も確認させて…」

 

腹、血が、いっぱい出て、死ぬ?

死ぬのか?このまま、死ぬ?いつ?

いつ死ぬ?もう死ぬ?死ぬ死ぬ死ぬ。

エルザとヴィルヘルム、

 

逬る剣戟の音が盗品蔵に響く。

 

その音がゆっくりと、遠くなる。

 

遠くなっていくのが、わかる――。

 

痛みが、苦しみが、怒りが、悲しみが、ただただ漆黒の恐怖に塗り潰される。

 

視界の利かない世界で、いつ命の灯火が消えるのかわからない世界で、

 

スバルの空虚となった心を支配するのは、ひたすらに襲いくる死への恐怖のみだった。

 

いつ死ぬ、わからない怖い死がやってくる

のが怖いいつ死ぬのか今死ぬのかもう死ぬ

のかまだ死なない死ぬなら死ぬ死んで

 

「くっ…スバル殿、お気を確かに!

想い人へ徽章を届けるのでしょう!?」

 

想い人…徽章…?

やだ、死にたくない…俺、俺は

こんな、こんなこんなこんな

 

「ゆっくり…ゆっくり、ゆっくり…。

体から、熱が引いて行って…」

 

なぶるように、ねぶるように、悼むように、愛しむように、

 

慈しむように、女性の声が終わっていくスバルの鼓膜をゆるやかに叩いている。

 

「―スバル殿!!」

 

俺を呼ぶヴィルヘルムさんの声も遠くに感じる

 

「ふっと搔き消えて、おしまい」

 

―あ、死んだ

 

そんな感慨を最期に、ナツキ・スバルの命はあっけなく潰えた。

 

 




次回のフォー・ゼロは

二度目死を体験したスバル。

だが、目を覚ませば、八百屋の前に居た

訳も分からず混乱するスバル。

そんなスバルの目の前に

銀髪の少女が通りかける

彼女の名を呼び引き留める

スバルだったが、

彼女の反応は思いがけないものだった。

次回 第11話「徽・章・窃・盗」


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第11話「徽・章・窃・盗」

前回のフォー・ゼロは

盗品蔵にて『腸狩り』に襲われたスバル

彼女の刃で腹を裂かれたが、

死を覚悟したスバルだったが。


「――兄ちゃん、ボーっとしてんなよ。リンガ、食うのか?」

 

意識が覚醒した瞬間、スバルの目の前にあったのは赤く熟した果実だった。

 

リンゴそっくりなそれを見て、ふとそれは知恵の果実などとも呼ばれているよな、

 

と益体もない思考が走る。

 

食べることで、楽園から追放されるような禁断の果実。

 

もしも齧りついたのなら、このわけのわからない状況から救い出してくれるのだろうか。

 

「おい、兄ちゃん?」

 

中年が眉をひそめて、何のリアクションも起こさないスバルに声をかけてくる。

 

それをどこか判然としない意識の縁で見やり、

 

それからスバルは飛び跳ねるように顔を上げた。周囲に視線をめぐらせる。

 

昼下がりの通り、場所は露天商の前だ。

 

八百屋のような店構えの中には、あちらこちらに色とりどりの野菜や果実が

 

並べられている。そのどれもに見覚えがあるようで些細な違いがある。

 

通りはむせ返るような人ごみでごった返していて、元の世界ではあり得ない

 

髪の色や文字通りあり得ない人種が当然のように行き交っていた。

 

その何もかもが静かな喧騒に満たされていて、スバルは自分の頭を掻き毟る。

 

 動く左腕が腹部に触れて、そこに何の異常もない肉の感触を感じ取り、

 

内臓がこぼれたような形跡も、何もないのを確認した。

 

「もう、わけわっかんねぇ……」

 

それだけ呟き、スバルはこみ上げてきた吐き気と目眩に翻弄され、膝から崩れ落ちた。

 

 

―〇●〇―

 

 

「水だ。飲めるか?」

 

差し出された陶器を受け取って、スバルはそこに注がれた水をちびちびと舐める。

 

水はきんきんに冷えていて、舌先から乾いた口内にしみるように広がり、

 

陰鬱に沈んでいた気持ちにもいくらかの安堵を与えてくれた。

 

「ああ、うめぇ。ありがとう。――おやっさん、超いい人だな」

 

「よせやい。店先でぱったり倒れられてみろ。うちの商品食って

倒れられたみたいで笑い話にもならん。日陰で落ち着くまで休んでろよ」

 

照れるでもなくそう言って、スカーフェイスの店主は店内の方へ戻っていく。

 

その背中を地べたに座ったまま見送り、スバルは通りの端で店の壁に背を預けながら深く息を吐いた。

 

目眩を起こし、倒れかけたスバルを助けてくれたのは、そろそろ見慣れた八百屋の店主だった。

 

その無骨な見た目に似合わず、彼はスバルの様子を熱中症だと判断すると、

 

テキパキと濡れたタオルや飲み水を用意し、こうして日陰の休息所まで運んでくれたというわけだ。

 

誰でも見た目で判断してはならないものだ。筋骨隆々のハゲジジイが好々爺である場合もあれば、

 

色気たっぷりのお姉さんが快楽殺人者であったりもするのだから。

 

出会いに文句なんて言ってごめんなおっちゃん。

 

「腹…、やられたはずなんだがなぁ……」

 

呟き、腹に触れて傷が無いことを改めて確認する。

 

またもやケガの一切を治療されて、こだわりでもあるのか八百屋の店先に放置されたらしい。

 

「それにしても……あれは……参ったな」

 

腹から手を離し、離れた手を眼前へ持ってくる。

 

その指先はなににも触れていないにも関わらず、細かな震えを発していた。

 

それは指先から次第に腕へと伝わり、しまいには全身を襲う悪寒と化してスバルを締めつける。

 

思い出しただけで歯の根が噛み合わず、スバルは立てた膝の間に頭を入れて、

 

喧騒すら置き去りに迫ってくる恐怖に体を震わせた。

 

おぞましく、得体の知れない、どうしようもなく理不尽な、絶望の体現だ。

 

あれほどの殺気にさらされたことなどなければ、あれほど痛みを伴う暴力を振るわれた経験もなく、

 

あれほど肉体を破壊された記憶などあるはずもない。

 

自分の命を奪われて、こうして縮こまっていることしかできないほど、

 

スバルの心はあの恐怖に壊し尽されていた。

 

あの常軌を逸した存在と向き合うことなど、考えることすら拒絶する。

 

「考えんな考えんな、馬鹿馬鹿しい。どうにもならねぇよ、どうにもできねぇよ。

死ぬんだ、あんなの。死ぬしかねぇじゃねぇか、あんなの。命拾っただけめっけもんだろ?」

 

誰にともなく同意を求め、スバルは必死で許しを乞う。

 

脳裏を、腸狩りに切られたヴィルヘルムの姿がフィードバックする。

 

あの傷では、やられるのも時間の問題だった。

 

その後に続くのは切られた痛みと恐怖の記憶だ。

 

吐き気と濁り切った負感情がこみ上げるのを感じて、とっさにスバルは持っていた陶器の水を頭から被る。

 

大した量ではなかったが、それでも頭全体に冷や水を浴びせるには十分な量だった。

 

前髪から滴る水を手で払い、スバルは何度も顔を叩いて気持ちを切り替えようとする。

 

「切り替えろ、そーだ、パーっとな。簡単な話だ。あんな場所のことなんか忘れちまえ。

それよりもやることも考えることも山ほどあるはずだぜ、俺。たとえば異世界、

生きていく方法を考えなきゃならん。悩んでる間に面倒事が起きて、そんでそこを……」

 

――助けてもらって、その恩を返したくて、死ぬような思いまでして。

 

「だから、そうじゃねぇって、言ってんだろ」

 

考えないようにしようとしても、銀髪の少女はスバルの記憶で輝き続ける。

 

もともと、この世界でスバルの身に起きた出来事の大半は彼女を切っ掛けとしている。

 

だから彼女を意識から外して、この世界のことを語ることはスバルにはできない。

 

だが、彼女を思い返せば、それは巡り巡って最終的にはあの苦痛と絶望の記憶に辿り着く。

 

思考は負の螺旋を繰り返し続けていた。

 

震えは止まず、堂々巡りを続ける陰鬱な思考は光明さえ見出せない。

 

なにをどうすれば前に進めるのか、立ち止まったままでいないで済むのか、

 

その糸口すらも今のスバルには掴めないでいた。

 

「兄ちゃん、そろそろ気分はどうだ? ちょっとはマシになったか?」

 

店先から顔だけを覗かせて、スカーフェイスが面倒見もよくそう聞いてくる。

 

悪ぶっていたわりに、自然な気遣いをしてしまうあたりに人の好さが滲み出ている。

 

そんな彼の好意に甘えっぱなしではいけないと、スバルはとにかくここを離れようと思う。

 

「ああ、なんとか少し落ち着いたと思う。迷惑掛けてすんませんでした」

 

どうにかこうにか無様にならないように立ち上がり、空になった陶器を店主へ返す。

 

受け取った店主は何か物言いたげな顔をしたが、それ以上は追及もしてこない。

 

「礼はいずれ必ず」

 

「いらんよ。それなら金のあるときに、うちのリンガでも買いにきてくれ」

 

神妙な顔のスバルの肩を軽く小突いて、店主は手を掲げると店に戻っていった。

 

そんなサバサバした態度に好感を抱きつつ、スバルは深呼吸をして通りに踏み出す。

 

人通りはスバルが体育座りでいじけている間も変わらず動き続け、

 

露天商の立ち並ぶ大通りの賑わいに陰りは見られない。

 

「……盗品蔵に」

 

行くべきなのだろう、とは漠然と思う。

 

思いはするが、その方向に足が向くことはない。

 

そちらへ行くということは、あの恐怖に向き合うということだ。

 

まかり間違って再び、『腸狩り』と遭遇することがあれば、

 

そのときこそスバルは拾った命をドブに捨てることとなるだろう。

 

異世界に召喚されて、何ひとつやり遂げることなく、ただ朽ち果てるだけの終わりだ。

 

「はっ。それは、このまま逃げられてもおんなじことか」

 

自嘲の言葉と笑みが浮かび、スバルはポケットに手を入れて歩き出そうとする。

 

すると、ポケットには先ほどまで入っていたスイッチが一つしか無かった。

 

腹を切られた時に落としたのかも知れない。

 

そう思いポケットからスイッチを取り出すと

 

「あれ…?」

 

俺の手の中にあるのは黒と黄色のつまみ式のスイッチで

 

『3』と番号が描かれている。

 

「ドリルスイッチ?」

 

俺が先ほどまで持っていたのは『1』のロケットスイッチと

 

『2』のランチャースイッチだった。

 

するとおれは、二つスイッチを落として

 

新しくこいつを手に入れたことになる。

 

「本物なワケ無いよな…」

 

スバルはそう呟き今度こそ歩き出した。

 

盗品蔵とは反対の方向だ。それがスバルの出した結論。

 

なにもかも投げ出し、諦観の海に沈んで、受けた恩義も忘れて見て見ぬふりをする。

 

ここにくる前だってそうやってきた。もともと、事無かれ主義なのだ。

 

貸し借りだなんて人との接点、面倒くさいと思って生きてきたはずだ。

 

それがどうして今さら――。

 

「え……?」

 

顔を上げて、逃避の一歩を踏み出す瞬間、スバルの口から困惑の声が漏れていた。

 

見開く視界の中、行き交う人波が立ち止まるスバルを避けるように通り過ぎる。

 

爬虫類の肌を持つ長身がいて、スバルの腰ほどまでの背丈の獣人がいて、

 

桃色の髪をした若い踊り子がいて、六本もの剣をぶら下げた剣士がいて、

 

――白いローブを羽織り、銀髪を揺らして歩く少女がそこにいた。

 

少女は立ち止まるスバルを一瞥して、その体が触れないように身をずらして隣を通り過ぎる。

 

 ひとつに束ねた長い銀髪が揺れ、風にまじる花の芳香のような匂いが鼻孔をくすぐる。

 

アメジストの意思の強そうな瞳はすでにスバルを見ておらず、

 

ただ真っ直ぐに自分の進むべき道を見据えているような鋭さを秘めていた。

 

その凛とした佇まいに変わりなく、その震えるような美貌に陰りなく、

 

求め続けた彼女の存在がスバルの目の前を通り過ぎようとしていた。

 

「ま――」

 

とっさに声が出ず、喉の奥で音を詰まらせて行き過ぎる背中に追いすがる。

 

すいすいと、人波を縫うように歩き抜ける少女。逃げる銀髪を戸惑いと困惑、

 

混乱の意識の中で追いかけながら、スバルは泣きそうな声で呼びかける。

 

「ちょ、待って……待ってくれ……っ。頼む、待って……」

 

一瞬、こちらを見た彼女の瞳は他人を見るかのように冷たかった。

 

ほんの数時間、彼女にしてみれば行きずりの相手だ。最低限の警告すら守らず、

 

自らの身を危険にさらした憎むべき相手でもあったかもしれない。

 

そう思われているかもしれなくても、スバルは彼女の背中を追いかける。

 

どんな風に思われているかわからない。ならばせめて、どう思っているのか言ってほしい。

 

想像するしかない想いに傷つけられるくらいなら、痛みを伴う現実に傷つけられた方がずっとマシだ。

 

「待ってくれ。――サテラ!」

 

彼女を引き止めて、どんな言葉を交わしたいのか。

 

己の中で明確な答えが出た瞬間、スバルは彼女の名前を思い出したように叫んでいた。

 

その叫びは通りの喧騒を正しく切り裂き、遠ざかろうとしていた背中にまで届く。

 

ぴたり、と足を止める銀髪の少女。

 

その立ち止まった少女に人込みをかき分けて歩み寄り、彼女の細い肩に手を触れる。

 

「無視、しないでくれ。いなくなったのは本当に俺が悪かった。でも、

俺もわけがわからなかったんだ。あのあとも盗品蔵まで探しにいったし、それでも会えなくて……」

 

肩に触れられたサテラが驚きを顔に浮かべる。

 

振り返った彼女に対し、口を開けば飛び出したのは言い訳の言葉ばかりだった。

 

早口で、傷つけられるのを恐れるような自己弁護。

 

それは彼女のスバルを見る、あまりに透徹した眼差しが原因だったのかもしれない。

 

しかし、そんな眼差しを向けられながらも、スバルは焦燥感とは別に安堵感も得ていた。

 

一見したところ、サテラの体には目立った外傷は見当たらない。スバルと同じで、

 

あの盗品蔵での一件のあと、彼女もまた何者かの治療を受けたということなのか。

 

あるいは自分で治したのかもしれないが、何より重要なのは、

 

「ごめん、自分のことばっかだ。……でも、無事でよかった」

 

二人、またこうして出会えたことが何より嬉しかった。

 

そうと思えば、次に気にかかるのは彼女の同行者――パックの安否だ。

 

特にスバルは彼に対し、謝罪しなければならないことが多すぎる。

 

男と男の約束を守れなかったのだ。それは責められて然るべき罪だった。

 

「あなた……」

 

早口のスバルが口を閉ざすと、それと入れ替わりに唇を震わせるサテラ。

 

数時間ぶり、なのにもうずっと聞いていなかったような気がする銀鈴のような声音。

 

彼女の姿が目の前にあって、こうして触れてまでいるというのに、

 

ようやっと彼女を捕まえることができたような、そんな場違いな実感がスバルを満たす。だが、

 

「どういうつもり――?」

 

安堵感を受け入れるスバルに彼女が向けたのは、眦をつり上げた怒りの形相だった。

 

白い頬をわずかに紅潮させ、サテラは小さく身をよじると肩に触れるスバルの手を振り払う。

 

一歩下がって間を開け、こちらを見上げる瞳には強い敵意が光っていた。

 

思いのほか厳しい反応を返されて、スバルは息を呑んで黙り込む。

 

だが、考えてみれば当たり前の話だ。彼女からすればどの面を下げてというところだろう。

 

どんな罵声を浴びせられようとも、甘んじて受ける。

 

そんなスバルの覚悟は――、

 

「誰だか知らないけど、人を『嫉妬の魔女』の名前で呼んで、どういうつもりなの!?」

 

放たれた想像の外からの怒声によって、粉々に打ち砕かれていた。

 

 

―〇●〇―

 

 

予想外の怒りの言葉をぶつけられて、スバルは時が止まったような錯覚を得ていた。

 

雑踏から音が消えている。聞こえるのは自身の高い心臓の鼓動と、

 

それ以外の一切の音が消えたような錯覚――否、錯覚ではない。

 

「なん、だ?」

 

呟き、ぎこちなく首をめぐらせてスバルは気付く。

 

周囲、露天商と通行人に満ち溢れるこの大通りにおいて、今や誰もが二人を注視していた。

 

そこには色濃い動揺が浮かび上がり、誰もが身じろぎを禁じられたように押し黙っている。

 

まるで、スバルとサテラの二人の会話が、この場所の全てを支配しているように。

 

「どういうつもりって聞いてるのよ。だんまりはやめなさい」

 

しかし、サテラはそんなスバルの困惑による逡巡を許さない。

 

厳しい口調でこちらを弾劾し、しかし身に覚えのない糾弾に反論もままならない。

 

スバルと彼女とで、問題としている点が食い違っている。

 

「もう一回、聞くわ。――どうして私を、『嫉妬の魔女』の名で呼ぶの?」

 

「いや、だって。そう呼べって……」

 

「誰に言われたのか知らないけど、タチの悪い趣向すぎる。乗る方も乗る方よ。

――禁忌の象徴、『嫉妬の魔女』。口にするのも憚られる、そんな名前を呼び名に選ぶなんて」

 

嫌悪感も露わに、サテラ――銀髪の少女はスバルを混乱の海へ突き落とす。

 

彼女の言に頷くのは、周囲を取り巻いている群衆の全てだ。それはとりもなおさず、

 

彼女の言葉の正しさを証明しており、それがますますスバルの心を戸惑いに押し込める。

 

なにを言われているのかわからない。

 

スバルはただ、彼女の名前を呼んだだけのこと。

 

たしかに彼女は名乗ったのは偽名だったのかもしれない

 

だが、そう呼べと言ったのは紛れもないこの子だ、

 

対応もまるで初対面かのような…?

 

「――用がないなら行くわ。私も暇じゃないの」

 

うなだれるだけのスバルに断ち切るように言って、銀髪をひるがえらせ颯爽と少女が歩き出す。

 

その背中に声をかけようとして、とっさに名前を呼びかけた喉が凍る。

 

名前で呼べば二度目の過ちだ。だが、それなら彼女をなんと呼べば。

 

その躊躇がスバルの判断を鈍らせた。

 

故に、彼は目の前で起きた出来事を、指をくわえて見過ごすことになる。

 

「――――っ!」

 

小さく息を呑む声がしたのは、スバルの身長より頭ひとつ高い位置――露天商の屋台、

 

その幌立ての屋根の上からだった。

 

跳躍。小柄な体が重力に引かれて軽やかに落ち、着地と同時に風に乗って加速する。

 

疾風は薄汚れた服を着て、金色の髪をなびかせていた。人込みを神がかり的な体捌きですり抜けると、

 

スッと伸びた腕が鷹の刺繍の入ったローブの中へ侵入する。

 

接触は一瞬、しかし、風にとってはその二秒の邂逅で十分だった。

 

風がローブをはためかせ、身をよじる少女から跳ねるように飛びずさる。

 

「まさか――!」

 

銀髪の少女が驚愕の声を上げ、己のローブの内に手を入れる。

 

そこに目的のものが見つからず、見開く彼女の目が追うのは急速に遠ざかる風の行方。

 

その風の手に握られた竜を象った徽章、そして後ろ姿を見てとっさにスバルは叫ぶ。

 

「フェルト!?」

 

呼びかけに風が戸惑うように揺れる。が、その速度はゆるまずに

 

一気に大通りから細い路地へと飛び込んでいく。

 

すさまじい早業。そして、それを成し遂げた風との刹那の邂逅。

 

ほんの一瞬だけしか見えなかったが、あの姿はおそらく――。

 

「やられたっ。このための足止め……あなたもグル!?」

 

めまぐるしく動く状況に対応できず、棒立ちのスバルに悔しげに少女がうなる。

 

とっさに彼女はこちらに掌を向けかけたが、すぐに思い直したように走り出し、

 

風の消えた路地へとその身を躍らせていった。

 

「おい、待て! 誤解だ! 俺は……っ」

 

その見当違いの誤解を解こうと、スバルもまた路地へと二人の影を追う。

 

走りながら、スバルの胸中は不可思議への疑問でいっぱいになっていた。

 

詰め込まれる情報量が多すぎて、焦る頭では処理し切れない。

 

それでなくても、今日は二度も死ぬような目にあって混乱しているのだ。

 

「誰かもっと、俺に優しくしろよ! 何のための異世界召喚だよ!」

 

理不尽に対して暴言を吐き、薄暗い路地をふらつきながら駆け抜ける。

 

持久力には自信がない。が、短距離での速度ならば二人にも引けをとらない。

 

すぐにその背中に追いついて、この疑問を晴らしてやる。

 

そんな心づもりで走っていたのだが、

 

「しまった……壁かよ!」

 

吐き捨てるスバルの眼前、待ち構えるのは行き止まりの袋小路だ。

 

そこにスバルが追った二人の姿はない。記憶が確かならば、

 

フェルトの身軽さは壁を楽々とよじ登るほどだ。サテラもまた、

 

魔法を使えば壁のひとつや二つ乗り越えることはわけないだろう。

 

「よじ登ってもいいが……追いつけるとも思えねぇ」

 

何より、距離が開けばスバルはずっと走り続けていられない。

 

短距離なら、足の速さには自信があるが、

 

長距離となると流石にあの二人には追いつけない。

 

ここでもその決断の足を引く。

 

「ここがダメなら、盗品蔵か? サテラもフェルトも生きてるなら……ロム爺も」

 

先回りして、ロム爺との合流を急ぐべきだと判断する。

 

とにかくまずは袋小路を出て、貧民街へ向かうのが優先。そうしてスバルは振り返り、

 

「……嘘だろ、オイ」

 

振り返った視線の先、路地の入口を塞ぐ人影の存在に気付いた。

 

三人、身なりは薄汚く、粗暴な性質がそのまま顔に出たような荒々しい雰囲気。

 

もはやその姿かたちを口にするのも煩わしいほど、スバルの前に立ちはだかる障害。

 

路地裏を狩り場とするチンピラ三人組と、この日、三度目のエンカウントが発生した。




次回のフォー・ゼロは

路地裏でまた現れた三人組。

だが、そこでスバルは

不可解な事実に気付く事になる

次回 第12話「三・度・目・の」

異世界!SwitchON!


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第12話「三・度・目・の」

前回のフォー・ゼロは

2度目の死を経験し、

又も八百屋の前で目を覚ますスバル。

先ほどの体験に思い悩む彼の前を

白いローブに身を包む銀髪の彼女が通りかかる。

名を呼び引き留めるが、彼女はスバルの事を

覚えていなかった。

更に、目の前で彼女の徽章が盗まれる

犯人を追いかける彼女を追うスバルだったが、

そこで、スバルの前に現れた者達は。



「いい加減にしろよ! 性懲りもないにもほどがあんだろうが!」

 

見飽きた三つのがん首に向かって、スバルは地面を踏み鳴らして苛立ちをぶつける。

 

三度目の邂逅、その全部が路地裏で三対一の状態だ。一度目、

 

二度目とあれだけ徒労でしかない結果を迎えながら、

 

それでもスバルを獲物にする彼らの執念深さには驚嘆する。

 

状況が状況でなければ、拍手のひとつでもしてやったかもしれないが、

 

「今はお前らに構ってる暇がない。落ち着いたら相手してやるから、そこを通せ」

 

焦燥感もあるが、一度は三対一で勝利している分、スバルの方には余裕がある。

 

多少、強めに恫喝しておけば隙も見えるだろう、そんな思惑だった。だが、

 

「通せ、だってよ。どーするよ」

 

「その態度が気に入らねえな。命令すんのがどっち側か、わかってねえよ」

 

「三対一で無様に負けておいて、どの面下げて大口叩くんだ、

お前ら……負け犬でももうちょっと申し訳なさそうに遠吠えするわ」

 

今の状況だと、正直なところスバル自身も負け犬気分は拭えない。

 

つまるところ、この場は負け犬だの敗残兵だのがこそこそと集まった寄り合い所か。

 

「ネガティブシンキングがすぎる! 俺はもうちょっと上を見るキャラだったはず!」

 

「ダメだ、完全に頭おかしいぜ。珍しい格好だからって狙ったけど外したんじゃねえか」

 

スバルの大きい独り言に、男たちは苛立ちを隠さずに話し合う。

 

鉈と素手は微妙にスバルへの興味を失い出しているが、

 

最大の脅威であるナイフ男の視線は鋭い。

 

その目はスバルの財布としての価値は見限ったようだが、

 

それ以外の暗い感情でひどく残酷に揺らめいていた。

 

その視線にスバルは胸中で「ヤバいな」と呟く。

 

二度の戦いを経て、男たちの中で一番厄介なのはナイフ男だとスバルは結論している。

 

獲物の殺傷力もそうなら、その性質の面でも彼が一番『キレやすい』。

 

もみ合いになるどころか、接近するのすら避けるのが上策だろう。

 

「わかった。抵抗しない。なにが要求なのか言ってくれ」

 

両手を挙げて、敵意がないことをアピールしつつスバルは彼らにそう応じた。

 

さっきまでの強気な外交と打って変わって、相手の要求を呑むスタンスの弱腰外交だ。

 

ナイフ男の琴線に触れないことと、今はこの場を脱することが優先と考えたが故の判断。

 

多少の損失は仕方ないと割り切って、とにかくこの場を逃れようと考える。

 

――まぁ、復讐目的だと下手したら袋叩きにされる可能性もあるけど。

 

もしも話の流れがそうなりかけたら、刺される前に一発入れて離脱しよう。

 

大通りまで逃げ込めば奴らも派手な真似はできないだろうし。

 

内心で虎視眈々と保身の案を練るスバルに、男たちの態度は軟化する。

 

素直に要求に応じる構えを取ったスバルの臆病さを嘲笑うように、

 

「んだよ、最初っからビビってんならそーしろってんだよ、アホ」

 

「クソが。イモひくぐらいならでかい口叩くんじゃねえ」

 

「いいじゃねーの。なーんにもしないし、いうこと聞くんだろ? 腰抜け」

 

カチンとくるワードがいくつか飛び出すが、スバルは「ハハハ」と乾いた愛想笑いでどうにか受け流す。

 

心の内で懲りない三人組を『トン・チン・カン』と名付け、ひそかに溜飲を下げながら、

 

「で、このアホでクソの腰抜けにいったい何をお求めでしょうか?」

 

「とりあえず身ぐるみ全部置いてけ。その珍しい着物と履物も全部だ。

パンツだけは履いたままでいーぜ? 俺らも悪魔じゃねえからな!」

 

へりくだったスバルに情け容赦のない嘲弄がぶつけられる。

 

『悪魔』の概念がこの世界にもあるんだな、と的外れな感想を抱く反面、

 

彼らの発言にスバルは強い違和感を覚えていた。

 

身ぐるみ全部と着物と履物、これらの要求は確か――。

 

「お前らって、やっぱり俺の知らないところで頭とか強く打ったろ?」

 

最初の遭遇のとき、奴らが求めてきた内容とまったく同じなのだから。

 

頭を打ったか、でなければ自分たちの発言も顧みる記憶力がない残念な輩か、

 

あるいは使い過ぎているテンプレ台詞なので誰に言ったかまでは覚えていない札付きのどれかだろう。

 

上から下にいくほど救えないが、自分たちを叩きのめしたスバルに

 

対する態度の不可解さを考慮すると、最後の可能性が一番高いというのがまた救えない。

 

「なんか記憶力残念な奴らだな……」

 

「無駄口叩くんじゃねーよ。言う通りにする気がないのか? 

それとも言う通りにやれる頭がないのか?」

 

「頭とかお前らに言われたら終わりだな……」

 

最後の呟きだけは口の中だけにとどめて、スバルはとりあえず言う通りにするスタンスを見せる。

 

さすがに服と靴は勘弁してもらうよう交渉するか、あるいは近づいてきた奴らを

 

いっぺんにどうにかしてしまおうかと考えながら、手の中のビニール袋に手を入れて――、

 

「あれ――?」

 

異世界へきてから最大級の、違和感にその眉を寄せていた。

 

「なん、で?」

 

呻くように呟き、スバルは白いビニール袋の中をゆっくりと確認する。

 

とんこつ醤油味のカップラーメンが入っていて、

 

そして、個人的な嗜好にもっとも合致する金色のお菓子。

 

そう、金色のお菓子――コーンポタージュ味のスナック菓子だ。

 

盗品蔵でロム爺の憤激を和らげるのに大いに役立ち。

 

その結果として中身のなくなったはずのもの。

 

――その菓子が、中身をいっぱいにした状態でコンビニ袋の中に詰まっている。

 

「食べられたはず、だ。ちょっぴしか残ってなかった、絶対に」

 

袋の中身は三分の一ほどまで減らされたはずだ。

 

そのはずの菓子の中身が元に戻っている。袋には開けた形跡も見当たらない。どう考えても異常だ。

 

傷の治りは説明ができた。サテラの魔法という前例があったからだ。

 

故に盗品蔵での二度の惨劇の結果も、何者かの治療という形でスバルは己の中に決着を見ていた。

 

――だが、仮に超級の回復魔法の使い手が存在したとして、無くなったはずのものを復元することまで可能なのだろうか。

 

「袋の口はどーする。まさか糊付けまで直せるのが回復魔法なんて言うんじゃねぇだろうな」

 

現実的な考えだとは思えない。

 

そしてこの機械文明の発展を犠牲に、魔法系の文明が発達したと思しき世界において、

 

この菓子袋の口を糊付けするという概念が理解できるとも思えない。

 

思考は八方ふさがりだ。だが、塞がった思考の中で、

 

スバルはこの現象は回復魔法ではないと半ば結論していた。

 

結論していながら発展を見せないのは、他に思い当たった可能性というものがあまりにも常識外れで、

 

あり得ないと理性が否定していたからだ。

 

「おいコラ、てめえ、何をしてやがる」

 

「あ?」

 

ふいにすぐ近くで声をかけられて、スバルは呆気にとられた声を出していた。

 

男のひとり――徒手空拳の三番手『カン』と内心で呼んでいた男だ。

 

いつの間にかすぐ側に寄ってきていた彼の姿にスバルは眉根を寄せ、

 

「なんだよ、近づいてきて。言っとくけど、手伝ってもらわなくても服ぐらい脱げる」

 

「誰もそんな手伝いしてやろうなんてしてねえ! お前がふらふらとこっちにきたんだろが!」

 

怒鳴りつけられて初めて、スバルは自分の姿が路地の奥から通り側まできていたことに気付いた。

 

思考の海に沈むうちに、無意識に移動していたらしい。しかし、

 

男たちにはそんなスバルの呆けた態度が敵対行動にしか思えなかったらしい。

 

「言う通りにしねえなら、少し痛めつけてやろうか?」

 

「っつか、もう面倒くせーよ。こっちでやってやろーぜ」

 

男たちが短絡的な行動に出ようとし始めるのを見て、

 

スバルはしばし思考に没頭するのを取り止める。

 

今、この場で必要なことは――、

 

「そーら、取ってこーい!!」

 

「なっ!?」

 

手の中のビニール袋を振り上げて、遠く路地の奥まで放り投げる。

 

放物線を描き、飛んでいくビニール袋は暗がりの方へとまっしぐらだ。当然、

 

それを獲物と目論んでいた男たちの視線もそちらにつられる。

 

その隙を見て、男たちの脇を掻い潜ってスバルは猛ダッシュ。

 

何度も結論した通り、この場は男たちから逃れることが最優先。

 

それから盗品蔵へ赴いて、浮上した疑惑への答えを得なくてはならない。

 

馬鹿馬鹿しい考えだとは自分でも思う。

 

治療魔法の使い手が、複製魔法だか復元魔法だかも極めた超人レベルの使い手で、

 

たまたま盗品蔵の惨状に出くわし、持ち前の慈愛の精神から無償でスバルたちを治療し、

 

スバルだけを八百屋の前で解放して、

 

ハードボイルド一直線にそこから名乗りもせずに立ち去った。

 

そんな荒唐無稽な四方山話を聞かされる方が、まだそれなりに納得できる。

 

「いや、それも納得には程遠いけど」

 

整合性はまだそちらの方が取れるのだ。

 

少なくとも、今さっき脳裏を過ぎった根拠皆無な愚考に比べれば。

 

相反する二つの思考を持ったまま、スバルは路地裏の汚れた地面を駆け抜ける。

 

大通りへ出て、でかい声を出しながら走り回れば奴らも追いかけてくるわけにもいくまい。

 

ビニール袋の中身は惜しいが、直前に抜き取っておいたので中に残っているのは

 

菓子袋と重石代りの小銭が少々――被害としては軽微。

 

そう結論して足を踏み出し、スバルはふいにその一歩が大きく狙いをずらしたのに焦った。

 

ぐらりと体が揺れて、前に出したはずの足でたたらを踏む。

 

が、今度は膝から力が抜けてその場に跪いてしまう。

 

前のめりに手をついて、このタイミングで転ぶなんて馬鹿かと己を叱咤。しかし、

 

「あれ、おかしいな……」

 

立ち上がるために力を込めようとして、地に立てた腕がガクガクと震える。

 

とてもではないが体を持ち上げられない。それ以前に、手に持っていたものも落としている始末だ。

 

「だから素直に言うこと聞けってったんだよ、バーカ」

 

嘲りの声が真後ろから聞こえて、スバルはどうにか首をそちらへ傾ける。

 

後ろ、スバルのすぐ側に立っているのは二番目に立っていたから

 

『チン』ともっとも屈辱的な渾名を付けていた男だ。

 

彼はその粗野な態度のままに、口の端を歪ませてスバルを指差す。

 

その指した先を視線で追って、スバルは自分が倒れた理由を把握した。

 

――倒れるスバルの背中、腰あたりにナイフが突き刺さっているのだ。

 

「ごぁっ……がっ……」

 

意識した瞬間、堪え難い激痛が走ってスバルの喉を塞いだ。

 

極々純粋で原始的な、鋭い痛みにのた打ち回る自由すら奪われる。

 

――刺された! 刺された刺された刺された刺された刺された刺された。

 

他の二人と違い、ナイフを持ったチンだけは意識がビニール袋に向かわなかった。

 

彼だけはあの時点で、物の価値よりスバルを痛めつける方に魅力を感じていたということだろう。

 

やはりトンとカンの二人より、優先すべきはチンへの対処であった。

 

それを怠った報いがこれだ。この数時間で、もはや何度も味わった類の激痛。

 

しかし、何度味わったとしても、これに慣れることは永遠にあり得ない。

 

「おい、刺しちまったのか」

 

「仕方ねえだろ。表に逃げられてみろ。面倒どころの話じゃねえ」

 

「あーあ、こりゃダメだ。腹の中身が傷付いてっから死ぬな。……着物もびちゃびちゃだ」

 

人をひとり刺しておいて、他に考えることはないのかと激痛の端で文句を垂れる。

 

別のことに思考を割いていないと、意識が持っていかれかねない痛み。

 

そしてトンの言葉を鑑みるに、一度意識を失えばもう戻ってこれない類の傷だ。

 

まだ意識のあるうちに対処しなくてはならない。

 

そう決断し、全身に残された力をかき集めて、

 

遠吠え一回分の力を寄せ集める。それを舌に乗せて、いざ咆哮しようとし、

 

「はーい、何かされる前に二本目!」

 

二本目のナイフが無慈悲にも、背中のど真ん中へと突き立てられていた。

 

「――――――ぉぅぐ」

 

発しようとしていた叫びが、手足の先にまで走る電撃のような痺れにキャンセル。

 

もはや衝撃は痛みを堪えることや、叫びを発するといった

 

行動を許す次元にはとどまっていない。スバルに残された選択肢はもう、何もなかった。

 

背中の傷が肺に達したのだろう。

 

掠れるような荒い息を繰り返しても、肺が膨らまずに呼吸が苦しくなっていく。

 

酸素不足はスバルの活動に多大な影響を及ぼし、思考は今にも途切れそうなほど弱々しい。

 

手足の感覚は消え、自分がうつ伏せなのか仰向けなのかもわからない。

 

視界は真っ暗で何も見えなかった。

 

――死ぬことから意識をそらせ。死ぬ前に、世界を把握しろ。

 

目は死んでいる。手足も終わっている。残っているのは鼻と耳ぐらいだ。

 

ならばその両方を最大限まで駆使する。どんな残り香でもいいし、

 

罵声を聞かされるのでも構わない。路地の泥の臭い。

 

こみ上げてくる血の鉄臭い香り。今、鼻が死んだ。死んだ。

 

耳も残りわずかしか活動できそうにない。

 

「……にか、金目……でも持っ……」

 

「……った! 衛兵が……つけ……る!」

 

「…………げろ! ヤバい! ……ったらシャレになら……!!」

 

拾えたのはそんなごくわずかの会話だけ。拾えたのはいいが、

 

それをどういう意味か理解するための脳がすでに死んでいる。

 

死んでいるから聞いただけ。聞いたそれを覚えておけるかはわからない。

 

覚えておくってなんだろう。おぼえておいてどうしたいんだろう。

 

どうしたいってなんだろう。なんだろうって――。

 

何よりも先に死んだ脳に従うように、他の機能も次々と息絶えて、

 

最後には抜けるような掠れた音を吐いて、ナツキ・スバルは三度、命を落とした。

 

 

―〇●〇―

 

 

意識が覚醒したとき、スバルは闇の中にいた。

 

それが己が生んだ闇であることに気付き、

 

そっと閉じた瞼を押し開く――と、

 

眩い日差しが瞳を焼く痛みに、スバルは小さく呻いて掌でひさしを作った。

 

「兄ちゃん、リンガは?」

 

聞き慣れた声色が、目の前でスバルにそう問いかけてきている。

 

耳は正常。大通りの喧騒は相変わらずうるさいほどで、

 

あの路地裏の残酷なほどの静寂とはかけ離れていた。

 

距離にしてみれば通りを一本、横に折れただけの違いでしかないのに。

 

「その通りを一本、曲がるのもできねぇとは情けねぇな」

 

自嘲の呟きを聞きつけて、しかし己への返答でないことに白い

 

傷跡の目立つ八百屋の主人は不機嫌そうに顔をしかめる。

 

とっつき難そうな風貌だが、実は意外と世話焼きな人物であることを

 

スバルは実体験から知っていた。もっとも、主人はそのことを覚えていないのだろうと思う。

 

そんな風に思いながら、スバルは改めてそのスカーフェイスに向き直り、

 

「俺の顔を見るのって、何回目?」

 

「何回もなにも新顔だろ、兄ちゃん。その目立つ格好なら忘れないぜ?」

 

「今日って何月何日でしたっけ?」

 

「タンムズの月、十四日目だ」

 

「ありがとう。――なるほど、タンムズの月か」

 

聞いてもわからない。

 

そもそもこの異世界で、暦はどんな感じで記録されているものなのだろうか。

 

一応、何月何日で話が通る以上、太陽暦的なものの存在があるのだろうとは考えられる。

 

一般常識なのだろうが、問いかけるのも憚られる話だ。

 

特に、今も熱心に商売に情熱を傾けている八百屋の店主などには。

 

押し黙るスバルに辛抱強く付き合っていた店主だが、

 

さすがに果実一個買うのにここまで手間取る客の相手はしていられないと思ったのだろう。

 

ずいと掌に乗せたリンガとやらを差し出し、何度目かの決断を催促する。

 

「で、兄ちゃん、リンガは?」

 

強面を精いっぱい、笑みの形にしての営業スマイルだ。

 

白い傷跡がひきつって、愛想笑いのはずなのに子どもに

 

好まれない形になっているのが見ていて笑えない。

 

そんな彼への返答を、スバルは腰に手を当てて胸を張り、

 

「悪いけど、天壌無窮の一文無し!」

 

「とっとと失せろ――!」

 

思わずのけ反るほどの怒声を浴びせられ、ほうほうの体でスバルは逃げる。

 

もうしばらくはあの店には寄れないな、と二つの意味で思いながら。




次回のフォー・ゼロは

三度の死を経験したことにより、

ようやく、自身に起きたことを理解したスバル。

彼の能力の正体が判明する。

次回、第13話「死・に・戻・り」

異世界!SwitchON!


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第13話「死・に・戻・り」

前回のフォー・ゼロは、

路地裏にて、またであった三人組、

一度倒した実績から、

楽に対応できるとなめてかかった、

スバルは返り討ちに会ってしまう。

そこで三度目の死を体験した

スバルだったのだが、



「財布、ある。スマホ、ある。コンポタとカップ麺も無問題。

でもって、やっぱり…」

 

俺は膨らむポケットから中の物を取り出す。

 

「今度は4番か…」

 

ポケットから取り出したのは真っ黒のホイール式のスイッチだった。

 

「レーダーのアストロスイッチか、そして、前に持っていた

ドリルは無くなっていると」

 

これがもし、本物だとして、一個じゃ使えないしなぁ、

 

そもそも、以前に手に入れたスイッチはどこ行ったんだ?

 

スイッチの謎は深まるばかりだ、

 

「それと、やっぱり…」

 

ジャージの裾をめくり、首を後ろに向けて背中を確認。

 

腰のあたりと背中の真ん中、そのどちらにも傷跡は見当たらず、

 

二本のナイフが生えているという非常事態も起こっていなかった。

 

「ふぅ、よかったぜ。逃げた時の負傷なんて恥でしかないからな」

 

ぼやきながらぺたぺたと無事な背中を触って回る。傷が無い事を確認しやっと一息。

 

「つまりこれはアレだな、信じ難い話だけど……」

 

顎に触れながら通りを見渡す。

 

場所は通りを変えておらず、八百屋の前から少し離れただけの露店の隅っこだ。

 

腕を組んで壁に寄りかかるスバル。

 

日差しは高く、風は柔らかだ。大通りは人だかりで賑わっていて、

 

そこをたまにトカゲの引くトカゲ馬車が通過する。

 

そろそろスバルも砂埃に慣れ始め、軽く手で顔の前を仰ぐ程度のリアクションがせいぜいだ。

 

体からは負傷の気配すら跡形もなく消え、腹に収めたはずのコンポタは何度だって味わえるお得な状態。

 

そして触れる顎の感触は引っかかるものがないつるりとしたものだ、

 

――己の顎の無精ひげが、コンビニに行く前に剃った直後と変化がない。

 

「つまり、アレだな」

 

顎に触れていた手を前に向けて、露店の店主含めてこちらを見ていた群衆に見えるように指を鳴らし、

 

「――死ぬたびに初期状態に戻ってる、ってことらしい」

 

馬鹿馬鹿しいと思っていた。そんな考えを結論とすることにした。

 

 

―〇●〇―

 

 

「死に戻りか……なんつーか、まさに『負けて死ね』って能力だな」

 

元ネタの場合は『負かした上で巻き戻す』といった感じの能力だが、

 

負けて戻ってくるパターンからすると文章的には今の自分の状態の方が相応しい気がする。

 

「キラークイーンの場合は心の底からの絶望が発動条件だけど、俺の場合は死亡だからなぁ…」

 

正直、つい十数分前までは可能性として浮上はしていたものの、

 

条件の厳しさから敬遠していた答えでもある。

 

まだ、流離いの超人的ヒーラーが通りかかった、

 

という展開の方がクリアする条件が少ないように感じていたためだ。

 

もっとも、あり得ないとしていた条件というのも、

 

「時間系の魔法なんてラスボスが持ってる最強パターンだから、序盤から俺が持ってるのおかしいし、

そもそも時間遡行って夢ではあるけど実現は無理だろ。常識的に考えて」

 

言ってから、そもそも『異世界召喚もの』のどこが常識的なんだろうと首をひねる。

 

そう考えてしまえば、さっきまで頑なに否定していた気持ちも萎えようというものだ。

 

「おまけに『死に戻り』してたって考えると、どうにもこれまでの

不自然さの辻褄がきっちりかっちり合っちまうんだよな……」

 

一度目の死は、つまるところサテラと二人で盗品蔵に入ったときのことだ。

 

無防備な腹を切り裂かれ、大声を出して危険を報せることもできずに、

 

むざむざサテラを巻き添えにしてしまった言い訳無用の最悪の展開。

 

そして二度目の死は、ヴィルヘルムさんの戦いに介入し、奮闘もむなしく腸狩りに殺されたときだろう。

 

一度目の『死に戻り』の際には日の高さの違いは日にちの違いだと思い込んでいたが、

 

事実としては『同じ日のあの時点』に戻っていたというわけだ。

 

じゃなければ髭が伸びているはずだしな。

 

三度目の死はまさについさっき、ほんの十数分前に体感したばかり。

 

まさしく、犬死というのにこれ以上ふさわしい死に方はあるまい。

 

まさか最序盤の雑魚キャラに殺されようとは。選択肢一個ごとにBADENDイベントを仕込む、

 

出来の悪いホラーゲームのような後味の悪さだった。

 

「っていうか、俺はほんの半日程度の間に三回も死んだってことか……」

 

人生が普通に考えれば一回だけのことを思うと、

 

たった半日で三回も死ねるというのはあらゆる意味で常識を覆したといえる。

 

チュートリアルで死にまくっているようなものだ。

 

「俺は絶望的に生きるのが下手糞だな」

 

ぬるま湯の元の世界の空気から抜けられていないせいで、

 

こちらの世界の即死イベントの連発に体がついていけていないのだ。

 

危険だとわかり切っている場所にひょいひょいと誘い込まれてしまっているのも、

 

ぽんぽん死んでいる一因ではあるだろう。

 

「一回目と二回目の因果関係からすると……俺はたぶん二回、腸狩りにやられてるな」

 

一回目、盗品蔵の暗闇に潜んでいたのは彼女だったのだろう。

 

倒れていた大柄の老人の死体はロム爺で正しかったわけだ。

 

あの場で俺達の介入と無関係に、ロム爺が殺害される展開の想像がつかないが。

 

「フェルトはあのとき蔵の中に……そこまでは確認できなかったか」

 

当然、フェルトの交渉にロム爺は付き合ったはずだ。

 

となると、ロム爺が殺害される経緯には彼女の関わり合いは欠かせない。

 

彼女の性格を考えると、

 

フェルトが欲を掻いたせいで交渉が決裂した可能性が高い気がする。

 

「無用の挑発でもかまして、口封じされたのかも」

 

負けん気の強そうなフェルトならやりかねない話だ。

 

その口封じが済まされてしまったところに、

 

スバルとサテラがタイミング悪くも到着というのが一回目のあらましだろうか。

 

「二回目はもっと単純だな。その口封じの場面に俺が居合わせただけだ」

 

そう考えると、スバルたちが殺されたあとにサテラは蔵を訪れたのだろうか。

 

彼女の魔法の技能は知っているが、詠唱の時間をあの

 

殺人鬼が与えてくれるかはかなり際どい気がする。十中八九、サテラの方が分が悪い。

 

「つか、二回も同じ相手に殺されてんだ。単純に考えて、

腸狩りは出会ったら死亡確定の青鬼みたいなキャラってことで確定だろ。それに……」

 

対策を講じる必要がどこにある、と胸中で冷めた自分の声をスバルは聞いた。

 

そう、腸狩りと遭遇した場合のことなど考える必要がどこにあるというのか。

 

彼女と遭遇する可能性があるのは、端的に言って『盗品蔵』のみだ。

 

そしてそこに赴く理由は『サテラの徽章』であり、サテラの徽章を取り戻すという

 

目的は『彼女に助けられた恩を返す』という理由に則する。

 

しかし、『死に戻り』によって召喚直後の時間まで巻き戻ったスバルにとって、

 

その恩義の行方は文字通り時間の彼方へ消え去っているのだ。

 

三度目の状況で、接触したサテラの冷徹な反応がそれを物語っている。

 

彼女はスバルを知らなかった。それはとりもなおさず、

 

この時間軸のサテラとスバルに何の関係もない証左であり、返すべき恩義の消失を意味する。

 

ならば徽章のことなど綺麗さっぱり忘れ去って、

 

あの脅威と再び遭遇するというBADENDフラグを回避すべきだ。

 

どうして『死に戻り』などという状況が用意されたのかはわからないが、

 

せっかく先の展開を知れる技能があるのだ。避けられる地雷は避けて通る、それが正しい。

 

ループものにつきものの展開だ。そうでなくては意味がない。

 

「幸い、スマホが金になることはわかってるしな。ロム爺に頼らなくても、

適当に信用できそうな店を見っけて売っ払えば軍資金は作れるだろ」

 

聖金貨二十枚以上、というのがどの程度の金額かわかり難いが、

 

適当な宿に何泊かできるぐらいの金額ではあると思う。

 

あとはそこで牙をとぎつつ、ガブリとやる日を待つだけだ。

 

「まぁ、何をガブリとやるのかってのはまだノープランだけど」

 

これといって突出した知識もなければ、拘り抜いた趣味があるでもない。

 

あらゆる情報に対して広く浅く、それが現代人のスタンス。スバルも漏れなくそのひとり。

 

「これはスマホ売り払ったら、その金がなくならないうちに

どっかの店に下働きとして雇ってもらうとかしかねぇな……」

 

就労経験のない自分でやっていけるか甚だ不安だが、少しくらいブラックな

 

労働環境でも刀傷沙汰よりはマシだろう。半日に三回死ぬような目には遭わないで済むはず。

 

「そうなりゃ話は簡単だ。とっとと行動しないと日が暮れちまう」

 

周りを見れば、露店で商人が物を売っている。

 

俺だって、現代知識を使えば何かが売れるはずだ、

 

だれか、見かねて俺を助けてくれないかと期待もするが、

 

どの世界だって行きずりの他人に接する人間の心なんて冷たいものだろうし、

 

「でもさ、自分が切羽詰まってても人のこと助けちまうお人好しもいんだよ」

 

大切なものが盗まれたあとで、それを盗んだ相手を追いかけてる途中で。

 

無関係の役立たずを助けて、そんな奴を時間をかけて治療して、

 

それのお礼も貰わないで立ち去ろうとして。

 

役立たずの自己満足に付き合って、ひどい最期を迎えてしまうお人好しが。

 

「三回も繰り返してみると、色々とわかってくることもある。

いや、それでわかってこなかったらだいぶ頭可哀想だけど、俺の頭はそこまでじゃない」

 

「たぶん、パターンがあんだよ。運命って言い換えてもいいな。

――何度やり直しても、この展開は必ず起こるって運命が。たとえば……」

 

一回目でも二回目でも、三回目でも、サテラはフェルトに徽章を盗まれる。

 

一回目と二回目はいずれも、盗品蔵で腸狩りに襲われた。

 

ならば、二回目も盗品蔵の現場に到着しただろうサテラはどうなった。

 

足手まといの役立たずはいないが、あの腸狩りに勝ち得たのだろうか。

 

「それはわからない。わからねぇまんまだ。だけど、わかることもある」

 

このまま四回目の今回も事態を放置しておけば、間違いなくフェルトとロム爺は殺されるだろう。

 

そして、サテラと腸狩りは一戦を交えることになる。

 

あの二人が死ぬからなんだというのか。盗品をまとめて裏で売りさばく小悪党と、

 

盗んだ品物を悪びれもせずに高値で売りつけようとする剛腹な小娘だ。

 

二人まとめて犯罪者、いなくなって清々するというものだろうに。

 

「あー、やっぱ俺って現代っ子ってことなんだろうなぁ。こんな気持ち、

パソコンの前じゃすっげぇバカにしてたくせによぉ」

 

同情とか慈悲とか馬鹿馬鹿しいと、そう振舞っていたはずだ。

 

少なくとも、スバル自身はそれを偽ってきたと思ってはいない。

自分は情が薄い人間だと思っているし、現代人は誰もがそんな感情が希薄なものだ。

 

だからどんな事態に陥ったとしても、さほどの情動もなく淡々と受け止めると思い込んできた。

 

知人が何人か死ぬなど、その範疇を出ていない。

 

「なのに、嫌なんだよ。気持ち悪ぃんだ。善人とは程遠いよ、二人とも。

――でも、いっぺん知り合った奴らが殺されるって知ってて、見過ごすのは無理だな」

 

けっきょくは、そう振舞っていただけという話なのだろう。

 

全てはバーチャル感覚でのお話。実際にそれがリアルな重みを伴えば、

 

容易く宗旨替えしてしまう程度の薄っぺらさでしかない。

 

別に拘ってる宗旨でもないから、引き剥がれたところでダメージないけど。

 

「それにやっぱサテラ……ってか、あの子も見捨てられねぇし」

 

彼女が本名を教えなかったのは、ようするに信頼が足りなかったということだろう。

 

好感度不足だったため、名前獲得イベントの成否処理で失敗判定を食らったということだ。

 

「んだらば、今度は名前くらい、ちゃーんと教えてもらえるように頑張りますか」

 

その場で屈伸して、スバルは「うーん!」と体を大きく伸ばす。

 

「ちゃーんちゃーちゃちゃっちゃっちゃっちゃ!」とラジオ体操を始めるスバル。

 

ラジオ体操第二をやり切ってスバルはすたこらと長い長い思考に沈んだ露天商からひとっ走り離れた。

 

しばし人込みをかき分け、二百メートルほど走ったろうか。

 

「さて……」

 

立ち止まったスバルは短い前髪をかき上げるアクション。

 

無駄に爽やかさを演出しつつ、右へ左へ視線を走らせ、

 

自然な動きで壁に手を当てて寄りかかり、瞑目しながら再び髪を撫でる。して、

 

「偽サテラって、どこに行ったら会えっかな」

 

と、かなり先行き不安な発言で見切り発車が始まった。




次回のフォー・ゼロは、

またも、路地裏に現れた三人組、

狙われるスバルだが、彼を助ける存在がいた。

その男は燃えるような真っ赤な髪に

腰に剣を携えた男性だった。

次回、第14話「赤・髪・の・男」

異世界!SwitchON!


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