キヴォトスヤンデレ録 (ゆっくりいんⅡ)
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あなたの全ては計算通りに(早瀬ユウカ)

 拙作『大阪から来た』と並行で投稿していきます。こちらは原作と同じ『先生』となります。

 今回は先生の初めての女、早瀬ユウカ。計算を得意とする彼女は、先生にどんな愛を向けるのか?

 


 最近、ユウカによく会う気がする。それがどうという訳ではないんだけど。

 

「あ、先生! こんにちは、偶然ですね」

「こんにちは、ユウカ。何だか最近よく会うね?」

「そうですか? 私としては、先生の顔をよく見れて嬉しいですが……」

「うん、私もユウカに会えて嬉しいよ」

「! そうですか、それなら良かったです!」

 

 ゲヘナの用事からの帰り道。一人で歩いていたところで出会ったユウカは、不安げなものから一転、ツーテールに結んだ髪を揺らしながら微笑んでいる。

 最近は素直に笑ってくれるなあと、彼女の笑顔に動悸が上がることを悟らせないよう、私も笑みを浮かべる。キヴォトスで生徒と先生の恋愛に制限がないとはいえ、やっていいかは別問題だからね。

 

(でも、実際妙なくらい会うんだよなあ)

 

 最低でも二日に一回、多ければ一日三回は彼女の顔を見ることもある。

 最初はコタマみたいに盗聴器でも付けているのかと思ったけど、ユウカがそんなことをするとは思えなーー

 

「むにゃ。な、なふぃ?」

「せーんーせーいー? 私が目の前にいるのに、他の子のことを考えているのは酷くないですか?」

「ご、ごみぇんユウファ」

「ちょっと引っ張ったら許してあげます。……わ、先生ほっぺ柔らかいですね」

 

 それ許してないんじゃ、と言う間もなく、縦縦横横丸書いてちょんされた。赤くなってないといいんだけど。

 

「あいたたた……そんなに分かりやすかった? 私」

「女の子はそういうのに敏感なんですし、先生とは付き合いが長いですから。次からは気を付けてくださいね?」

「考えることまで読まれたらどうしようもないんだけど……まあ、頑張ってみるよ」

「努力してくださるだけでもありがたいです。もちろん、結果を出していただけるのが一番ですが」

「手厳しいなあ、ユウカは」

「ふふ。じゃあ頑張る先生のご褒美に、シャーレまで送りますね。

 ……戻ったら休憩も兼ねて、膝枕してあげましょうか?」

「い、いや、そこまでして貰わなくても……それに、帰ったら書類仕事が残ってるし」

「ダメですよ。ここ最近は急な任務ばかりで、ろくに休めていないんですから。

 先生が忙しいのは重々承知してますが、こういう時こそきちんと休みを取ってから仕事に臨む方が合理的です」

「う、まあ、そうかもだけど……」

 

 実際ここ数日は睡眠時間を削って働いていたため、ユウカの提案は魅力的過ぎる。膝枕は恥ずかしいけど、上手く説得できるだろうか。

 

(……あれ? 私、ユウカにスケジュール教えたっけ?)

 

 ここ最近は当番も回ってきてないし、偶然会う時以外一緒に行動することも無かったはずなんだけど。

 

「他の生徒から話を聞いて情報を統合した結果ですよ。先生、頑張るのもいいですけど、無理までして欲しいとは思っていませんよ?」

「……私、口に出してた?」

「ふふ、さあどうですかね? ほら先生、時間は有限なんですから行きましょう?」

「わ、わ。ユウカ、そんな引っ張らないでって!」

 

 

 その後、ユウカの説得に疲れで頭が鈍っていた私は断り切れず、膝枕されながらの休憩を取ることになった。

 

「ふふ。先生、気持ちいいですか?」

「う、うん。ありがとう、ユウカ」

 

 頭を撫でてくれるユウカは凄い優しい顔をしていたが、太腿の柔らかさや彼女の匂いに包まれて、安らぎはしたが落ち着けなかったのは言うまでもない。

 

 

 

 また別の日。久々の当番でシャーレに来てくれたユウカの手には、バスケットが握られていた。

 

「先生、こんにちは。お仕事は順調ですか?」

「あれ? こんにちは、ユウカ。セミナーの仕事は大丈夫なの?」

「はい、予定より早く終わったので。……途中妨害になるトラブルもありませんでしたし」

「あー……そうだね、それは良かった」

 

 ちょっと遠い目をするユウカに、私も同調して頷く。キヴォトスの子達は元気がいい(控えめな表現)ため、予定が予定通り進まないことの方が大半だ。

 そして、その分の皺寄せは大体各学園の一番上に来る。ミレニアムならセミナーに、という訳だ。

 

「ま、まあ終わったなら良かったよ。一段落したらお願いすることをまとめるから、座って待って」

「その前に先生。お昼の時間を過ぎてますけど、ちゃんと食べましたか?」

「え?」

 

 ユウカに言われて時計を見てみると、短針が頂点を過ぎていた。うわ、いつの間にかこんな時間になっていたのか。

 

「……はあ。そんな気がしましたので、お昼は用意してきました。先生、一緒に食べましょう」

「あはは……ごめん、ありがと。じゃあ食べながら」

「仕事の手は止めてくださいね? どうせ朝から休憩取ってないでしょうし」

「……えっと、はい。仰る通りです」

 

 だって仕事が間に合わないんだもんと目を向けてみるが、眼光が鋭くなったので口を噤むことにした。まあ、健康を損なっていい理由にはならないよね。

 

「はい、それじゃあ作業の手を止めましょう。すぐ準備するので、先生はテーブルに座って待っていてください」

「いや、テーブル拭くくらいは手伝わせてよ。ユウカにばっかり任せるのはちょっと、ね?」

「……先生も強情ですね。じゃあ、お願いします」

 

 苦笑しながらユウカが布巾を渡してくれる。これじゃあどっちが年上か分からないな。

 そうしてユウカが持ってきてくれた昼食――数種類のサンドイッチと、水筒に入れてきたスープを頂いていく。濃すぎない味付けが優しく入っていき、私の胃を満たしてくれる。

 

「ごちそうさま、美味しかったよ。うん、これならこの後も頑張れそうだ」

「それなら良かったです」

 

 程良くお腹が膨れて満足した私に、ユウカは頬杖を突いてこちらをニコニコと見やっている。何だか優しい視線がむずがゆい。

 

「そういえばユウカ。わざわざお昼作ってくれてありがとうね。ただでさえセミナーの仕事が忙しいだろうし、大変だったでしょ?」

「いえ、先生がまともにご飯食べてない状況だというのは計算出来ていましたから。空いた時間で作っておいたので、負担にはなっていませんよ。

 万が一予測が外れていても、夕ご飯にしてもらえば良かったですし」

「ユウカには何でもお見通しだね。もしかしたら、全部知られてるんじゃないかな?」

「それじゃあ、先生のスケジュールも全部管理してあげましょうか?」

「はは、それはすごい助かるし、ユウカ相手ならいいかもしれないね」

 

 私としては、軽口に答えただけのつもりだった。つもりだったのだが、

 

「ーーーーっ」

「ユウカ?」

 

 ユウカは息を吞み、肩を大きく震わせる。妙な反応に椅子から立ち上がろうとするが、

 

「ねえ、先生」

 

 テーブル越しにユウカは手を伸ばし、両手で私の頬を掴んでくる。まるで逃がさないと言わんばかりに。

 

「本当に、本当に」

 

 瞬きもせず、私を見つめる彼女の綺麗な瞳に濁ったものを感じ取り、思わず声を上げようとするが、

 

 

 

 全部、私が管理して、見てて上げていいんですか?

 

 

 

「ユウ、カ?」

 

 幾重もの、不吉なものを思わせる感情が混じり合った言葉に、私は喉を詰まらせてしまう。

 冷や汗が流れていき、見つめ合わせられたままどれくらいの時が流れただろうか。

 

「――なんて、冗談ですよ」

「え?」

 

 苦笑しながら、あっさりと離れてくれたユウカ。その瞳に、先程の濁った色は欠片も残っていない。

 

「すいません、驚かせてしまって。先生のだらしない所は管理させていただきますけど、自由意志までは奪いませんよ。

 さっきのはちょっとした脅しです。私だって、先生の全部を見るほど暇じゃありませんから」

「そ、そっか。……心臓に悪いよ、ユウカ」

「いつも頼ってくるんですし、ちょっとしたイタズラですよ。」

 

 そう言われると、こちらとしては返す言葉がない。苦笑する私に対して指を立てるユウカの姿は、すっかりいつも通りのものだった。

 

「さて、それじゃあお仕事を始める前に――新作ゲームの出費についてちょっと話し合いましょうか、先生?」

「……仕事の後にしない?」

「ダメです」

 

 あ、これは逃げられないな。笑顔で領収書を突き付けるユウカに、私は項垂れて降参の意を示した。

 

 

 

Side:ユウカ

「……危なかった」

 

 シャーレの仕事と先生へのお説教を終えて、帰路の最中。誰もいない公園のベンチで私は一息吐いていた。

 夜風が湯だった頭を冷やしてくれて心地良く、同時に自分のやらかしたことを冷静に、振り返らせてくれる。

 

 『先生の全てを知りたい、見ていたい』。そう思うようになったのはいつからだろうか。

 好意を持っているとはいえ、異常なことだというのは自覚出来たし、自制するべきだという理性は持ち合わせているつもりだったけど――私はその欲求を、抑えられなかった。

 だから、計算したのだ。先生の行動パターンを数値化し、近日中の情報を組み合わせて予測する。

 そうして、私は先生の行動を予測し、『偶然』遭遇できるタイミングを計っている。多少違和感は感じるが、ストーカー紛いのこれが他の生徒、そして先生にバレない程度の頻度で。

 ヴェリタスに頼んで監視カメラや盗聴器を共用すればもっと簡単だったろうが、物証を残したくなかったし、

 

(先生に、嫌われたくない)

 

 優しい先生のことだから、バレても許してくれるとは思うがーー万が一でも、私達の仲に溝が出来るようなことはしたくなかった。

 

 そうしてバレることなく、先生を知るための『管理』を上手くやっていたのだが。自分のやらかしに、思わず溜息が出てしまう。

 

「先生が、あんなこと言うから……」

 

 思い返すのは、昼間の何気ない会話。

 

『それじゃあ、先生のスケジュールも全部管理してあげましょうか?』

 

 願望混じりとはいえ、軽口の類だった。いつもなら『そこまでは勘弁かなあ』とか返してくると予想していたが、

 

『はは、それはすごい助かるし、ユウカ相手ならいいかもしれないね』

 

 気が緩んでいたのか、はたまた私への信頼からか。そんな、望んだ言葉を返された私は、気付いたら暴走してしまっていた。

 

「本当、気を付けないと……」

 

 私は先生の全てを知りたいが、迷惑を掛けたいわけではないし、先生の今を壊したいわけではない。知られない以上問題がないとはいえ、先生のプライベートまで『計算』するような行為に、罪悪感がない訳ではない。

 ただ、抑えきれないのだ。好きで好きでたまらない、異性を好きになるということが、こんなに私をおかしくしてしまうなんて、計算外にも程がある。

 

「先生。本当に許してくれるか、ダメになってしまったら」

 

 もし、もしも。そんな未来が訪れたなら。

 

 

「私が完璧に管理して――全部、愛してあげちゃいますからね?」

 

 

 とても、幸せなんだろうな。

 

 

 

√END

「ゆ、ユウカ。こんなこと、ダメだって」

「ふふ、ダメですよ先生。その言葉も、逃げようとするのも。私の計算通りですよ?」

「……っ」

 

 先生の自室。二人きりの空間で私に押し倒された先生は、私の下で息を呑み、顔の筋肉を引き攣らせている。

 生徒に向けるべきではないと思っているだろう、酷い顔。新しいものを見せてくれたこの人に、愛おしさがより一層増してしまう。

 

「大丈夫です、先生。痛いことはしませんし、先生の自由を奪うようなこともしません。

 ただ、先生のこれからのスケジュールを合理的に、無理が無いよう管理させてもらうだけです」

「そこまで、するのは」

「はい、おかしいです。でも、先生が本気で望んだんですよ? 『私に管理して欲しい』って」

「……それ、は」

  

 疲れていたというのもあるのだろう。ただ、心底から漏らしてしまったこの人の言葉で、私が私自身に課した枷は壊れた。

 

「大丈夫、先生の意思は尊重します。生徒のみんなとは平等に接してもらって大丈夫です。

 だから、私を先生の『特別』にしてください。先生のことを、もっと教えてください」

「……でも、私は生徒とは付き合えないよ。先生、だから」

「そんな言葉じゃ止まらないのは、もう分かってますよね……?」

「ーーっ。ゆ、ユウカ」

 

 首に腕を回し、動けないように抱きしめる。胸を押し付けられると、慣れない感触に顔を赤くしていた。

 

「先生、好き、好きです。ううん、一人の女として、あなたを愛しています。

 もし、これから好きになってくれるならーー私の愛を受け入れてください」

「……」

 

 抱きしめたまま、ゆっくりと顔を近付ける私に。先生は、顔を逸らさなかった。強制とはいえ、『選んでくれた』。

 距離がゼロになり、唇が触れる。激務のせいか、少しだけかさついた先生のと重なっていると意識しているだけで、多幸感と同期でどうにかなってしまいそうだ。

 

「ありがとうございます、先生。これからよろしくお願いしますね♪」

「……うん、よろしくユウカ。ところで、そろそろ離してくれないかな」

「ダメです。今日はもう予定もありませんし、もうちょっとこうさせてください」

「……甘えん坊だね、ユウカは」

 

 まだ引き攣っているけど、それでも笑っている先生は、ゆっくりと私の頭を撫でてくれる。

 ああ、本当に受け入れてくれたんだ、先生が、私を。

 

(完璧に計算通りだけどーーこのドキドキだけは、計算できない……。

 先生、私が今もこの先も、ちゃんと管理してあげますから)

 

「幸せになりましょうね、先生」

 

 

 

 

 




後書き
 純情という名で編まれた、蜘蛛の糸。誘導されたとはいえ、先生は早瀬ユウカという生徒の愛を受け入れた。

PS
早瀬ユウカ
タイプ:ストーカー型
 相手の全てを把握していたいタイプ
コンセプト:『悪役になりきれない悪役』
 愛したい、全部知りたいと思いつつも、降り積もる罪悪感には勝てない。先生が認めない限りは。


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この想いは、内緒ですよ(ミドリ)

 ゲーム開発部の双子の妹、ミドリ。
 背伸びしたい彼女は、どんな想いを先生にぶつけるのか。

※注意
 一部、絆ストーリーのネタバレを含んでいます。




 最近、ミドリによく見られている気がする。

 

「先生、こっちは終わりました」

「うん、ありがとうミドリ。私ももうちょっとで終わるよ」

「分かりました。じゃあ、待っていますね」

 

 処理した書類を私の机に置き、ミドリはシャーレに持ってきたゼリーズのぬいぐるみを抱え、じっとこちらを見ている。

 

「ねえ、ミドリ」

「はい、何でしょうか先生?

 あ、何か飲み物持ってきましょうか?」

「大丈夫だよ。もうすぐ終わるし、この後出掛けるからね」

「あ、そうでしたね……すいません。私からお願いしたのに、後のことを考えてませんでした。」

「ううん、気遣ってくれてありがとう」

 

 いえいえ、と手を振る彼女は苦笑しているけど。なんだろう、それ以外のものが混じっているような。

 ともかく、待たせるのも悪いのでさっさと仕事を終わらせる。幸い残りは少なかったので、三十分も掛からなかった。

 

「先生、お疲れ様でした」

「わ、ミドリ。いつの間に背後を取ってたの?」

「ふふ、先生を驚かせたくて。ステルス戦法は得意なんですよ。

 ちょっと子供っぽかったですかね?」

「そうかな? 私も似たようなことやるし」

「じゃあ、お揃いですね。

 それで先生。お疲れみたいですし、肩でも揉みましょうか?」

「え、うーん。ありがたいけど、これから出掛けるんだよね?」

「まだ遅い時間じゃないし、大丈夫ですよ。私から誘ったんですし、これくらいさせてください。

 それに先生、さっき伸びしたらすごい音がしてましたよ」

「う。最近デスクワークばかりでなまっちゃったからなあ……

 えっと、じゃあ、お願いしてもいいかな?」

「はい、任せてください! じゃあ先生、ソファに移ってもらえますか?」

 

 ミドリは満面の笑顔になって、私の肩を揉んでくれる。人肌の温かさと程良い力加減が、凝り固まった筋肉を解してくれた。

 

「ん、ちょ……ミドリ。くすぐったいよ」

「ふふ、先生くすぐったいのに弱いんですね。かわいい……」

「かわいいって……」

 

 一見すれば微笑ましい光景なのだが、ミドリが肩もみついでにあっちこっち触ってくるため、こそばゆい。何だか探るような手つきになっているのは、私の考え過ぎだろうか。

 

「こんなものかな。どうですか、先生?」

「おお、大分軽くなったよ。ミドリ、ありがとう」

「私も先生のかわいらしい一面が見れましたから、役得ですね」

「それについては勘弁して……モモイあたりに知られたら、絶対からかわれるし……」

「ふふ……大丈夫です。お姉ちゃんや皆には言いませんよ。私だけの秘密にしておきます」

 

 振り返ると、イタズラっぽい笑みを浮かべているミドリ。どことなく嬉しそうなのは、『二人だけの秘密』をまた共有したからだろうか。

 

 

 

 その後、ミドリの要望で私達が来たのはゲームセンター。仕事を手伝ってくれたご褒美として、やりたいゲームがあるミドリと一緒に行くことにしたのだ。

 

「あ、先生これです! 新作のパズルゲーム!」

「おお、運がいいことに空いてるね」

「あの、先生……いいですか?」

 

 上目遣いでそわそわしているミドリに、もちろん私は笑顔で頷く。

 

「ミドリ、楽しみにしてたんでしょ? 私は見てるだけでもいいから、やってきなよ」

「! あ、ありがとうございます!」

 

 許可を貰うと、リードから解き放たれた犬の如く新作ゲームにすっ飛んでいく。こういうところを見ると、いつものミドリだって思っちゃうな。

 以前「ゲーマーの性、みたいなものですから……」って恥ずかしそうにしてたけど、それでこそミドリだなって思う。

 

(でも、最近のミドリ……なんだろ、色々探られているような?)

 

 さっきの肩もみもそうだけど、私の知らない一面を探り当てようとしているような。

 とはいえ、ゲームを堪能しているミドリは以前からよく知る、無邪気な少女のものだ。

 

 多分、考え過ぎなのだろう。思考を打ち切って一緒にゲームを楽しんでいたら、ミドリがある方向を見て眼を見開き、

 

「せ、先生! ちょっとこっちに来てください!」

「え、ちょ、ミドリ!?」

 

 急に私の手を引いて、人気のないレトロゲームの隙間に引き込まれる。

 なんでこんなところに。口にしようとしたら、答えは先程私達がいた場所から聞こえる声で理解した。

 

「よーし、アリス! 勝った方が今日の晩御飯おごりだからね!」

「分かりました、モモイ! アリスの無限ハメコンボを見せてあげます!」

「いや、この格ゲーにそんなのないよ!?」

 

 どうやら、モモイとアリスが来ていたようだ。何故隠れたのか不思議に思っていたが、

 

「ミ、ミド、むぐっ」

「シーッ……先生、気付かれちゃいますから……!」

 

 私の口に手を当て、強制的に発言を遮ってくるミドリ。息がくすぐったいのか、抑える手が震えている。

 というか、スペースが狭い上に端へ押し込まれたため、ミドリに身体を押し付けられるというか、抱きしめられるような状態になっている。

 

(これ、マズいでしょ……!)

 

 小柄ながら柔らかく、細い腕が腰に回され、ミドリから感じられる甘い匂いが鼻腔を満たす。密着した状態は、私の理性を削りにかかってくる。

 

「先生、すごくドキドキしてる……」

「むぐっ、むー……」

 

 そりゃそうだよと言いたいが、口を抑えられているためまともに喋れない。見上げてくるミドリも顔が赤いから、誰かに見られたら言い訳出来ないシチュエーションだよこれ。

 数分か、数十分か。「ああー、負けたー!? あんな切り返しあり!?」、「パンパカパーン! アリスはモモイをやっつけた!」というやり取りの後に足音が遠ざかるのが聞こえて、やっとミドリが手を離してくれる。

 

「あいた!?」

 

 直前、手の甲を軽く噛まれた。痛いというより驚いたくらいだったが、ミドリの奇行に思わず目を白黒させてしまう。

 

「ぷはっ。ミ、ミドリ、色々聞きたいんだけど……」

「す、すいません先生。お姉ちゃん達には内緒にしたかったので、思わず隠れちゃいました……

 あ、間違って噛んじゃったの大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫。ケガはしてないから」

 

 隙間から出たミドリが慌てて私の手を取る。どうやら、焦って妙な行動に出てしまったらしい。

 

(そういえば、前にモモトークで言ってたよね。『ゲームセンター一緒に行ったこと、ミンナニハ ナイショデスヨ』って)

 

 モモイにも言ってないようだし、誰にも知られたくないのだろう。独占欲みたいなものなのかな。

 そう考えると、目の前で項垂れているミドリに対して愛らしさを感じ、思わず頭を撫でてしまう。

 

「ふわ。あの、先生? 怒ってないんですか?」

「うん、まあ。ミドリが秘密にしたい気持ちは、何となくわかった気がしたからね」

「……子供っぽいって、思いました?」

「ううん、可愛いって思ったかな。それに、二人だけの秘蜜って寧ろ大人っぽいと思うよ」

「そ、そうですか? でも、先生がそう言うなら、そうなんですよね……えへへ」

 

 はにかむミドリに私も微笑み、もう一度頭を撫でる。頬を私の服に擦り付ける姿は、猫みたいだ。

 

「それじゃあ先生。この後よろしければ、ゲーム開発部に来ませんか?」

「もうゲームセンターはいいの?」

「はい、もう十分先生を独占出来ましたし。あんまり待たせるとお姉ちゃんがうるさいですから」

「そっか。ミドリとの時間が終わるのは、惜しい気がするね」

 

 冗談っぽく、肩を竦めてみせたのだが。

 

 

 

「――本当に?」

 

 

 

 そのミドリの一言で、空気が軋む音が聞こえた。

 

「ーーっ?」

「先生、本当に、そう思ってくださるんですか?

 私が、先生を独占しちゃって、いいんですか?」

 

 私の頬に両手を添え、じっと見つめてくるミドリ。その目は驚愕から、女を感じさせる蕩けたものに変じていきーー

 

「ミド、リっ」

「……ーーっ。す、すいません先生。ちょっと、舞い上がっちゃいました」

「い、いや。大丈夫だよ」

 

 蛇に睨まれた蛙の直状態から解放され、慌てて離れるミドリに頷き、先程の密着とは別の意味で昂った動悸を、深呼吸で無理矢理落ち着かせる。

 何だったんだろう、今のは。まるで、こっちを絡め取ろうとするような。

 

「そ、それじゃあ先生。行きましょうか」

「う、うん。行こうか」

 

 その後は少しぎこちない感じになってしまったが、道中での雑談やゲーム開発部で遊んでいく内に、忘れていくことが出来た。

 

 

 

Side:ミドリ

「……はあ。もう、先生ったら。

 ああいうこと平気で言うんだから、本気にしちゃいそうだよ……」

 

 ベッドで寝返りを打ちながら、私は溜息を吐く。隣で爆睡しているお姉ちゃんには聞かれないのが救いだ、こんな姿は誰かに見られたくない。

 

(まだドキドキが止まらない……)

 

 ゲームセンターで抱きしめた、先生の温もりが忘れられない。衝動を押し殺せず、痕を付けたいと思って軽く噛んでしまったのも良くない。

 先生は許してくれるけど、もっと気を付けないと。

 

「眠れない……」

 

 すっかり目が冴えてしまった私はベッドから立ち上がり、カバンの二重底に隠していたものを取り出す。

 それは、アルバム。ゲーム開発部のみんなと撮ったものとは別で、全部の写真に先生が写っている。

 中には明らかに隠し撮りのものもあったが、ヴェリタスや他校の人が勝手に撮っていたものを、『お願い』して現像したものだ。

 

『ミドリは凄いね』

『ミドリにはミドリの良さがあるんだよ。だから、モモイや他の人と比べる必要はないと思うな』

 

 ページをめくるたび、先生がくれた大切な言葉が蘇っていく。お姉ちゃんと比較された私のコンプレックスを見抜き、私を認めてくれて、溶かしてくれた優しさを。

 

「先生、先生……」

 

 愛しさは静まるどころか募る一方で、私はアルバムを胸元に掻き抱く。こうでもしないと、抑え込んだものが暴発してしまいそうだ。

 

 

 

 いつからだろう、先生のことを一人の異性として、愛おしく感じるようになったのは。

 

 いつからだろう、先生の色々な面を見たいと思うようになったのは。

 

 ……いつからだろう。先生の愛情を、私だけを見て欲しいという我儘を抱くようになったのは。

 

 

 

「皆、先生……」

 

 ユズちゃん、アリスちゃん、お姉ちゃん。ゲーム開発部のみんなと、先生の姿が順々に浮かんでは、揺れ動く。

 ゲームもみんなも好きだけど、同じくらい先生が好き。どっちかなんて、選べない。

 

「ダメ。まだ、まだだよ……」

 

 分かっている。先生は皆の先生だから、例え告白しても断られるって。例え気付かれたって、先生は優しく(残酷に)、目を逸らしてくれるだろう。

 だから、待つんだ。ミレニアムを卒業するのを、先生に生徒としてではなく、一人の女として見てもらえるのを。

 だけど、やっぱり。

 

「苦しい、な……」

 

 先生。私、どうにかなっちゃいそうです。

 

 

 

√エンド

「先生、ごめんなさい。ごめんなさい……」

「ミドリ? どうしたの?」

 

 突然私を人気のない場所に呼んだ、ミドリは泣いている。混乱しているのか、うわ言のように謝罪を繰り返し、涙を地面に落としながら。

 

「もう、抑えられないんです。先生のことが、好きって気持ちが。

 先生を愛したくって、苦しいんです……」

「それって……」

 

 涙ながらの告白。それを聞き間違えるほど、必死の想いを間違えるほど、私は耄碌していないし、間違えることなどできない。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい。今のままじゃ迷惑を掛けるのは分かってるんです。

 でも、もう待てない……だから、聞かせてください。先生の答えを、ください」

「……」

 

 縋るように私の両腕を掴み、見上げてくるミドリに私はどう答えるべきか。

 そんな私の迷いを、ミドリは正確に把握していた。

 

「逃げないで、お願いだから逃げないでください。『先生』じゃなく、一人の男の人として答えてください。

 じゃないと私ーーどうにか、なっちゃう。先生を独り占めするために、我慢できなくなっちゃうんです……」

「ミドリ……」

 

 掴む力が強くなる。震えているのは、自分の激情を必死に抑えようとしているのだろう。

 向ける視線は、間違いなく愛欲に狂っている。

 だけど、真っ直ぐだ。だから私も、『私』として答えないといけない。

 

「……ミドリの気持ちは、嬉しいよ。でも、私が先生である限り、『独り占め』は出来ないと思う」

「……そう、ですよね。じゃあーー」

 

 掴んだ腕が、引き寄せられる。濡れた翡翠の瞳と唇が、目の前に来る。

 

「私を、先生の『特別』にしてください。

 他の人が、先生を好きなのは我慢できます。

 でも、愛するのは……私だけに、してください」

 

 それきり、ミドリは目を閉ざす。言葉ではなく、行動で返事をしてくれということなのだろう。

 

「……」

 

 私はーーミドリを抱きしめ返し、その唇を一瞬だけ、重ねた。

 

「先生……! 嬉しい、嬉しいです!!」

 

 ミドリは心からの歓喜に、抱きしめる力を強めてくる。

 離したくない、逃がさないと。これが彼女の『愛情』なのだろう。

 

(これで、いいんだよな?)

 

 自問するも、ミドリが向けてきた愛情を否定するなんて、私には出来なかった。

 だから、彼女の頭を撫でる。これからの大変さを、今だけでも幸福で塗り潰すために。

 

 

 

 




後書き
 ミドリの愛情は本物である。だが、それは『先生』という存在を独占したいという、歪んだものでもあった。
 『今』は上手くいった。これからこの『愛』がどうなるかは、二人の選択次第である。

PS
ミドリ
タイプ:独占型
 自分だけのものにしたく、監禁の手段もあり得る。
コンセプト:『姉へのコンプレックスからの背伸び、私を見て欲しい』
 ゲーム開発部は、皆で作り上げてきて、皆のものにしてきた。
 でも、先生は私だけのものにしたい。先生の『特別』は、私だけでいいの。



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本のようにいかないからこそ(ウイ)

 人嫌いの彼女が、本以外に始めて欲しいものが出来た。
 手に入れたい、私だけのものにしたいと願う。でも、本と違って独占は出来ない。
 だから、彼女はこう動いた。



 

 

 最近、見慣れない本が増えてきたような気がする。

 

「うーん……あれ?」

「ど、どうされました? 先生?」

 

 シャーレの休憩室。手に取った本を見て首を傾げる私に対し、本日の当番であるトリニティの図書委員長、古関ウイがこちらを見上げながら首を傾げてくる。

 

「いや、こんな本あったかなって思って……ウイ、これ知ってる?」

「えっと……あ、これは、私が持ってきた子ですね」

「ウイの?」

 

 大事そうに抱えているウイの姿を見て、意外さに目をしばたかせる。古書を『あの子』と呼び、傷付くことすら嫌がる彼女が古書館の外から持ち出すとは想像出来なかったからだ。

 

「そ、その……シャーレでも、この子達と一緒にいたいと思いまして……置かせていただいたんです。

 ご、ご迷惑でなければ、宜しいでしょうか……もちろん、先生に読んでいただいても、構いませんので……」

 

 恥ずかしそうに本で顔半分を隠し、見上げる形でウイが利いてくる。無許可で持ってきたことに、少しの申し訳なさを感じる視線を送りながら。

 私はそんな彼女に対し、笑みを浮かべて応える。

 

「もちろん、構わないよ。手伝いで来てくれる度に持ってくるのも大変だし、ウイの薦めてくれる子達はどれも面白いからね。

 ただ……」

「ただ……? な、なんでしょうか。何か、条件でも……?」

「いや、ここに置いておくと他の生徒が触れたりするかもしれないけど、大丈夫かなって」

「……あ」

 

 その可能性は考慮していなかったのだろう。ウイは声を上げ、顔を青くする。古書の子達が誰かに傷付けられたり、盗まれたりするのを想像してしまったのだろう。

 

(後者はともかく、前者は普通にありそうだしなあ)

 

 当番に来る子はほとんどがいい子だし、シャーレ内で暴れたりすることは滅多にないけど、絶対とは言い切れない。トラブルは日常茶飯事に起きているし。

 

「せ、先生、どうしましょう……?」

「うーん……それなら、図書館に使っていない棚があったはずだから、そこに置こうか? 防弾性で鍵の掛けられる奴だから、他のよりは安全だろうし」

「そ、それは、大変ありがたいのですが……いいんですか?」

「まあ、この子達が傷付いて悲しむウイの姿を見たくはないし、それに」

「そ、それに……?」

 

 オウム返しで問い返すウイに対し、私は近付いてウイが持った古書に手を触れ、

 

「置いてくれるってことは、またシャーレに来る気があるってことでしょ?

 ウイがそういう風に慣れてくれたっていうのが、私としては嬉しくってさ」

「う、うえ?」

 

 ちょっと臭いセリフだったかなと思いながらもハッキリ言うと、ウイは目を左右に泳がせまくりながら、赤い顔で「えっと、その、あの……」と言葉を詰まらせ続け、

 

「その、ありがとうございます、先生……私と、この子達のことを、考えてくださって……」

 

 やっとの思いで紡いだ感謝の言葉は、確かに笑顔だったが。いつもとは違う、心底嬉しそうなものを向けられて、不覚にも胸の動悸が高まってしまった。

 

(ーーっ、ダメダメ。ウイは可愛いけど、生徒にそんな気持ちを抱くなんて……)

 

 これじゃあ先生失格だ、と私は首を振って邪念を振り払う。キヴォトスで生徒と先生の恋愛が違法でないとはいえ、やっていい訳ではないのだから。

 

「……? 先生、どうされました?」

「な、何でもないよ。じゃあ、私も手伝うから、あの子達を移動させちゃおうか」

「は、はい……実は、三十冊ほどあるので、助かります……」

「……結構、持ってきてたんだね?」

「そ、その……先生にオススメしようと思ったのをまとめたら、いつの間にかこんな数に……」

「そっか。ウイのオススメは外れがないから、楽しみだな」

 

 ウイの影響で読書が好きになった私が期待を込めてみると、

 

「は、はい……先生の好みは、全て把握してますので……」

 

 珍しく、自信に溢れた笑みを浮かべてきた。それは素直に嬉しいけど、

 

(全部分かってるほど、好みの話をしたっけ?)

 

 などと考えてしまうが、本と一緒にいる彼女だからこそ、私自身よりも分かっているのだろうと結論付けることにした。

 

「先生が認めてくれた、私達の子……えへへ……」

 

 移動が終わってから、古書館と同じく横に並んで読んでいたウイが何やらつぶやいていたが、どういう意味だったのだろうか。

 

 

 

 数日後。トリニティでの用事を終えた私は、古書館に顔を出してみることにした。

 

「ウイ、来たよー? い」

「すぅ、んぅ……」

「あらら、寝ちゃってたか」

 

 制服のまま、ソファで横になっているウイ。モモトークに返信が無い訳である。

 

「全く、せめて布団を掛けないと……風邪引いちゃうよ、ウイ」

 

 机の上で作業途中っぽい古書が置かれているので、多分寝落ちに近い状態だったのだろう、少し寝苦しそうだ。

 

「……っと、いけないいけない」

 

 いつの間にか近付いて、女の子の寝顔を眺めている状態を自覚した私。

 流石に非常識だと反省し、とりあえず毛布を取ってこようと思ったら、

 

「んん……せん、せい……」

「? ウイ、起きたーーわ!?」

 

 声が聞こえたので振り返るーー途端、ソファから伸びた手が私の背に回り。不意打ちで体勢が整えられなかった私は、そのままソファへ引き倒されてしまう。

 

「ウ、ウイ?」

「えへへ……先生、この子、喜んでくれて、嬉しいです……」

「まさか、まだ寝てるの……?」

 

 目を閉じたまま、いい夢を見ているのか緩んだ笑みを浮かべたウイの顔が、目の前にある。少しでも動けば、唇が触れ合ってしまうような距離だ。

 

「……っ」

 

 ソファに広がる、無造作に伸ばしながらも綺麗な夜色の黒髪。閉じた目の下に浮かぶ隈。外に出るのを嫌がるだけあって、病的とまでは言わないが白い肌。薄く瑞々しい唇。

 本人は卑下するが、美少女と呼べる顔が間近にあり。抱きしめてくるウイの身体は細いが、確かに女の子らしい柔らかさも持ち合わせている。

 

(ウイの、匂いも……)

 

 古書とインクと、女の子のものが混じり合った、ウイ独特の良い香り。普段は横に並んだ時感じられるものが、私を包み込んでいる。

 意識しまいとしていたのに私の動悸は、否応がなしに早鐘を打ち。離れるのも忘れて、彼女から目を離せないでいる。

 

「…………っ。ウ、ウイ、起きて。お願いだから、起きてっ」

 

 どれくらい、そのままの状態でいただろうか。無意識で近付いていた指と唇を離し、申し訳ないと思いながらも耳元で呼び掛ける。

 

「んん……んえ? 先生……?」

「うん、おはようウイ。すぐでごめんだけど、離してくれーーんぎゅっ!?」

 

 軽く体を揺らしてから薄く開かれ、眼前の私を薄ぼんやりとした瞳で認識するウイ。

 このまま驚いて離してくれると思ったら、逆により強く抱きしめられてしまった。

 

「ふふ……夢なら、先生と一緒でも、いいですよね……」

「ゆ、夢、夢じゃないからっ。ウイ、お願いだから起きて……!」

 

 息苦しさと心地よさが一層強く感じられ、いよいよ心臓が爆発するんじゃないかと錯覚するレベルの動悸に、私は慌ててもう一度お越しに掛かる。

 

「ん、んん……んん? ……うえ?

 えあ!? せ、せせせ先生!? な、なな、なんで、あ、あれ、夢じゃーーえええ!!?」

 

 先程よりも覚醒した様子のウイが、眼前で抱きしめている私が夢ではないと認識した瞬間、呆然とし。見たことない機敏な動作で私を離し、ソファから起き上がる。

 

「な、なななんで先生が? さささっきのは夢じゃ、」

「お、おはようウイ。

 その、ごめんね? 私が不用意に近付いたから、寝惚けたウイに抱きしめられちゃって……」

「ーーえ。えええええ!?

 わ、私、そんな失礼なことを……!? す、すいません先生……!」

「い、いやいや、失礼なんてことはないよ! 寧ろーー」

「? せ、先生……?」

「な、何でもないよ!? とにかく、ごめんね?」

「い、いえ、私こそ……」

 

 柔らかくて心地良かった。と言いかけ、慌てて口を閉ざす。危なかった、口にしたら叩かれても文句は言えない。

 

「そ、それじゃあ、また別の日に来るから……」

「は、はい。お、お待ちしてます……」

 

 そうして謝罪合戦を繰り返してから、気まずい空気で私は古書館を後にする。流石にこの状態で読書が出来るほど、私は鋼のメンタルをしていない。

 

「はあ、ふう……っ」

 

 帰り道。ウイの匂いと柔らかさ、間近にあった寝顔を思い出し。浮かぶ邪念を振り払うという行為を何度も繰り返したせいで、通行人から不審な目を向けられる羽目になった。

 衝動で変なことをしないためにも、やむを得ない処置だったと思うしかない。

 

 

 

(ウイ視点)

「……行って、しまいましたか。襲ってくれても、私は良かったんですが……」

 

 先生が去った扉を見詰め、私は溜息を吐いてソファに腰掛ける。

 先程の行動が、寝たふりによる意図的なものだと知ったら、あの人はどんな顔をするだろう。

 

(でも、私を意識してくれた……んですよね)

 

 抱きしめた身体から感じられた、大きく速くなり続けた動悸。薄目で見た顔は真っ赤になっていたし、

 

「先生……」

 

 自分でも切ないと思う声を漏らし、恥ずかしいが、それ以上に嬉しさで紅潮する頬を手で抑える。

 同じかそれ以上に心臓は早鐘を打っていたが、先生は気付いていただろうか。

 

(シャーレの方も、順調に進んでいますし……)

 

 古書館の子達をシャーレに置かせてもらい、私個人の『居場所』を作る。古書を見る度、私を意識してもらうために。

 計画というには回りくどいかもしれないし、直接的なアプローチには遠いが、強引に行くより私らしい方法で行こうと決めたのだ。

 

「それに、強引な方法を取って、嫌われたら……本末転倒、ですし」

 

 シミコが持ってきた本、その中に紛れていた予定外の一冊。作業机の端に置かれたそれに、視線を送る。

 分類としては恋愛小説だろうが、登場人物の女性が自分の愛情を暴走させ、片想いしていた相手を監禁するという、中々異端な部類のものだった。

 最終的には結ばれているが、監禁したことで脅えられていたし、余計な障害を自分で増やしていたためご都合主義だなというのが、読後の感想だった。

 

「そうです……私は、私にとっては、これが最善のやり方……」

 

 古書館へ先生を監禁し、認めてもらうまで愛する。安易で魅力的な方法は真っ先に思いついたが、この小説を読んでから考えが変わった。

 

「先生……私、を……」

 

 漏れそうになる情愛を、言葉と息を吐いて必死に抑えつける。私にとって最善の機会、先生に受け入れらる時を迎えるために。

 

 

 

√エンド

「せ、先生、すいません……呼び出して、しまって……」

「ううん、大丈夫だよ。それで、話って?」

 

 シャーレの図書室。『二人っきりで話がしたい』と言って快く頷いてくれた先生は、あの子達を入れてくれた棚の前に立ち、私は誰にも入られないよう、入口を施錠する。

 

「……え、っと。他の人に、聞かれたくないのかな?」

「は、はい……先生だけに、聞いて欲しいので……」

「それは、光栄かな?」

 

 鍵の閉まる音が、妙に大きく響く。その瞬間、先生が唾を飲み込む音が聞こえた。

 人間嫌いだからこそ人の視線や表情に敏感な私は、それに気付く。『私と二人っきり』という状況に、好意的な意味で緊張し、視線を向けていると。

 だから、ここで一歩、先に進む。先生を手に入れるという、傲慢にも似た願いを叶えるために

 

「せ、先生……あの、私は……先生のことが、好き、です。

 生徒と、先生という、関係では、なく……一人の、い、異性と、して……」

「……う、うん」

「も、もちろん、先生の立場や、事情も、理解している、つもりですし……ど、独占したい、という気持ちは、ありますが……縛り付けて、困らせたい、と言う訳では、な、ないです」

 

 いつも以上につっかえて、愛の告白というには回りくどい言葉の羅列。それでも先生は、真剣に聞いてくれている。

 

「そ、それでも、その……先生さえ、良ければ……その、前向きに、考えて、欲しいな、と……」

「……ウイ」

「は、はい……」

 

 先生に名前を呼ばれ、私は自然、姿勢を正す。これですぐ断られなければ、十分に芽はあるとーー

 

「……多分、卒業するまでは普通に付き合うのは無理だと思うし、ウイの言った通り、私は先生だからずっと一緒にいるって言うのは、無理だと思う」

「そ、そうで「それでも良ければ」……は、はい?」

「その、お付き合いをお願いしたい、かな。

 私も、ウイのことが、好き、だから……」

「……!?」

 

 照れながらも、真剣な目で告白の返事をくれた先生。予想以上の言葉に私は目を見開き、

 

「……ウイ、泣いてるの?」

「え? ……あ、あれ……?」

 

 言われて気付く。私の目からは涙が流れ、視界を滲ませていることに。

 

「ご、ごめんねウイ。中途半端な答えで、嫌な気持ちにーー」

「ち、違う、違うんです、先生……私、嬉しくて……

 わ、私で、本当に、いいん、ですか……?」

「……ウイでいいんじゃなくて、ウイがいいんだよ」

 

 泣き続ける私を、先生は優しく抱きしめてくれる。

 いつかと望んでいた光景が、現実になり。嬉しくて、愛しくて、どうにかなってしまいそうだ。

 

「先生……これから、よろしくお願いします、ね?」

「うん。こちらこそよろしく、ウイ」

「私も、この子達も……ずっと、一緒に、いてください、ね……?」

「……うん。私こそ、離さないから」

 

 先生が微笑みながら、所有権を主張するように唇を奪ってくる。幸福感が溢れてきて、夢なのではないかと錯覚してしまうくらいに。

 

(まるで物語のヒロイン、みたいです……)

 

 自分には似合わないと思っていた、配役。私は望外な幸運に溺れないよう、先生を強く抱きしめ返した。

 

 

 

 

 




後書き
 周到に、気付かれないように好意を植え付けながら、最後の選択を先生に委ねたウイ。
 導いたとはいえ相手の意思を尊重した想いは、確かに愛のあるものだ。


古関ウイ
誘導・夢想型
 好きになってもらえるように、それでも恋の成就は夢に近い
コンセプト:『選択はあなたに、女性としてのコンプレックス故の現実主義』
 自分は女の子としての魅力が足りない。だからといって、安易な手段はとれないし出来ない。
 だから、片時も忘れないことで、意識をして欲しい。


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欲しくて欲しくてたまらない貴方に

「誕生日に欲しいもの、ですか?」

 

 トリニティにあるテラスの一つ。私に水を向けられたティーパーティーのホスト、ナギサは目を瞬かせてオウム返しに聞いてくる。

 

「うん。私に出来る範囲のものなら、何でもいいよ?」

「……先生から何でも、と言われてしまえば、逆に迷ってしまいますね……」

 

 紅茶を飲みつつ、私の提案に真剣な顔で悩みだすナギサに苦笑する。自分の誕生日なんだし、もっと気楽に考えてもいいと思うんだけどな。

 

(まあ、ナギサならそんな無茶は言わないだろーー)

「そうですね……なら、先生が欲しい、というのはどうでしょうか?」

「うん、それじゃあわたーーえ? 

 ……ナギサ、冗談だよね?」

「ふふ。冗談だと、思いますか?」

 

 ティーカップを置いて立ち上がり、歩み寄ってきたナギサは私の頬に、柔らかな指先を添える。

 可愛いより綺麗、美人と呼べる端正な顔立ちが間近に迫り。笑みを浮かべて私を見下ろす彼女の瞳から見える色に、何か違和感を感じる。

 

「ナギ、サ?」

「先生。先生は疑わしきは罰せよの精神で補修授業部の皆さんを陥れた私を許してくださり、幼馴染のミカさんも救ってくれました。

 そんな私、いいえ、私達のために身を削ってでも救ってくれた素敵な殿方を、好きになるのはおかしなことでしょうか?」

 

 笑顔で饒舌に、明確な好意を伝えてくるナギサ。その顔は徐々に近付いてくる。

 魅入られたように動けない私は、お互いの距離が0になるーー

 

「むぐっ」

 

 直前、頬を撫でていた指が私の口に添えられ、薄いが確かな障害となって阻んでくれた。

 

「冗談です。驚いてくださいましたか、先生?」

「ナギサ……心臓に悪いよ……」

「ふふ、すいません。先生の珍しい顔がかわいらしかったもので、つい。

 あ、感謝をしているのは本当ですよ?」

「……そっちだけ、受け取っておくよ。あと、大人をからかうものじゃありません」

「はい、気を付けます」

 

 指を口に当てながら上品に笑うナギサに、私は憮然とした表情を装って紅茶を口に含む。

 思い出したように早鐘を打つ動悸と顔の赤みに関しては、気づかれていないと願いたい。

 

「私は今こうして、先生と一緒にいられるだけでも十分ですが……それでは納得されないでしょうし、決まったら連絡させていただきますね」

「……うん、分かったよ。待ってるからね」

「はい、ありがとうございます。

 ところで先生、顔が赤いのですが……」

「……分かってて聞いてるでしょ?」

「ふふ、何のことでしょうか」

 

 去っていく私の姿を、ナギサは笑顔で見送ってくれた。何だか完全に、敗北した気分だ。

 余談だが、あの時のナギサの顔がしばらく浮かぶようになり。思い出す度羞恥と罪悪感で悶えていたのは、大分恥ずかしい話である。

 

 

Side:ナギサ

「……良かった。脈あり、ですね」

 

 一人になったテラスにて。私、桐藤ナギサは落ち着くために残った紅茶を一気に飲み干す。大分はしたないことをしたという自覚がある故に、せめて所作だけは礼儀を維持したままで。

 

「先生も、あんな顔をするんですね。……かわいい」

 

 本人が聞いたら、大人に対して言うことじゃないでしょと否定されるだろうが。私の言動で露骨にうろたえ、固まっていた先生の姿は、胸に来るものがあった。

 

(押せば行ける気はしますが……)

 

 寧ろ押し倒すべきか? と、はしたないを通り越して品のない思考に首を振る。

 いずれそうなりたいとは思うが、いくらなんでも強引すぎるし、それで溝が生まれてしまったら生きた心地がしないし、何より。

 

「……ミカさん」

 

 浮かぶのは、先生の尽力によって許され、また一緒に歩けるようになった幼馴染の姿。

 誤魔化してはいるが、会話の端々から私と同じように先生へ好意を持っていることは明白である。

 

「でも、私は……」

 

 恋と戦争は手段を選ばないというが、幼馴染を出し抜くことに罪悪感はある。

 だからといって、ミカさんといえど先生を奪われることに我慢出来るほど、私は人間が出来ていない。

 

(先生を私のものにしたい、などとは言いません)

 

 誰かを手に入れる、などというには、私は罪を重ね過ぎた。先生は許してくれたが、それで何もかも終わるわけではない。

 だから、今思うのは逆だ。

 

 

(私は、先生のものになりたい……)

 

 

 先生になら、どんなことをされてもいい。だって、そのすべてをいとしく感じてしまうのだから。

 

「先生……」

 

 向かい側のティーカップ、先生が飲んでいたものを手に取り、あの人が飲んでいた場所に唇を当て、残って冷めた紅茶を口にする。

 

「はあ……」

 

 客観的に自分の所業はどうかと思うが、間接とはいえ唇が触れ合うという状況に、私は脳が痺れるような感覚を味わう。

 

「先生、お慕いしています……」

 

 空気に溶けていく告白の言葉に、私は自嘲してしまう。先生に伝わらなければ、意味はないだろうに。

 

 

 

√突入

「ナギサ、本当に誕生日プレセントが買物に付き合う、で良かったの?」

「はい。先生の時間をいただく、これ以上のプレセントは私にはありませんから」

「あはは、大袈裟だなあ。事前に言ってくれれば、いつでも付き合うのに」

「……ダメですよ。お互い忙しい身ですし、頻繁に行ってしまったら、特別な感覚が無くなってしまいます」

 

 シャーレ付近のショッピング街。いつもの制服とは違う、ゆったりとした暖色のブラウスにフレアスカートという私服姿のナギサと並んで歩く。

 

「な、ナギサ。ちょ、ちょっと近いんじゃないかな?」

「そうですか? ふふ、少し舞い上がっているのかもしれません。

 こんな風に、先生と一緒にいられる時間が、愛しくて、愛しくて……本当に、仕方ないんです」

「ーーえ。ナギサ、それって……」

「ふふふ」

 

 腕を取ったナギサは、妖しく笑うのみで明確な答えは出さない。

 

「先生」

「う、うん。何? ナギサ」

「明確なお返事を、私はすぐ求めているわけではありません。

 ただ、一緒にいる時はーー私だけを見て、私だけを考えて欲しいです」

「っ、う、うん。出来るだけ、努力するよ……」

「はい、ありがとうございます。出来ないことを出来ると嘘を吐かれるより、そう言われた方が気楽ですから。

 あ、お返事は私が卒業するまでにいただければ大丈夫ですよ?」

「あ、あはは……ナギサ、随分積極的だね?」

「誕生日ですから。今日くらいは、こんな私でも許されると思いませんか?」

 

 冗談めかして言うナギサだが、その目は間違いなく真剣なものだった。その奥に潜む、押し殺した好意の形も。

 

(……ちゃんと、考えないとな)

「……本当に、私のことを考えてくれるだけでも嬉しいんですよ。先生」

 

 その後、ペアリングを買って身に着けた私を見て、嬉しそうなナギサを見て。可愛いなと思ってしまう私は、大分絆されてしまっているのかもしれない。

 

 

 




後書き
 結ばれるまでは至らず。それでも、二人の間には確かに離れがたいものが築かれた。

桐藤ナギサ
排除・崇拝型
 直接的な暴力や排除ではなく、用事やスケジュールの調整で二人だけの時間を作り出す。害はないため、気付かれる可能性は低い。
コンセプト:『からかう姿の奥に潜む本気、短くとも二人だけの時間を』
 先生をからかいはすれども、何かはしない。ただ、二人きりの時だけは、他の邪魔が入らないように徹底する。
 全ては、愛しい人と過ごす時間のために。



PS
 Pixivへ誕生日に掲載したのに、ハーメルンへの掲載を忘れた愚かな作者は私です。
 桐藤ナギサ様、マジでごめんなさ( ゚д゚)もごぉ!?


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純不純不明の形(フウカ)

 愛して欲しい、捨てないで欲しい。
 共に過ごす内、当然のように思い始めた感情。
 同時に、不安に思う。こんな自分を、あの人は選んでくれるのかと。
 愛を得るのに、手段は問わない。そう、聞いたことはある。
 それでも、彼女が取った選択はーー




 

 最近、フウカが不安定だと見ていて思う。

 

「どうですか、先生……?」

「うん、美味しいよ。卵焼きの味付けも、完全に私の好みドンピシャな甘さだし」

「ふふ、それなら良かったです。先生が好きな甘さの黄金比は、もうレシピを見なくても良くなったので」

「そうなると、フウカ以外の卵焼きが食べられなくなりそうで怖いなあ」

 

 軽口を叩きながら、もやしと挽肉のポン酢炒めをいただく。うん、程良い酸味についつい箸が進んでしまう。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、大袈裟ですよ先生」

 

 とフウカは苦笑しているが、実際、フウカの料理は何度食べても飽きないし美味しい分、外食のハードルがどんどん上がっているのだ。贅沢な悩みだろうけど。

 そう、正直に告げているつもりなのだが。嬉しさと恥ずかしさを混ぜ合わせた眼前のフウカが、食べる直前まで不安と、僅かながら恐怖に染まっていたことが、頭から離れない。

 前までは、「どうぞ召し上がってください!」と自信満々に料理を出してくれて、こっちの食べてる姿をニコニコしながら見ていたのに。

 

「ねえ、フウカ。何か不安なこと、ある?」

「? 不安なこと、ですか?」

「うん、何か不安そうな顔をしてたからさ。

 私で良ければ、相談に乗るよ?」

「……えっと、そんな風に見えますか?」

「気のせいだったらごめんね? ただ、どうしても放っておけないと思ったから。

 ……もしかして、私が原因だったりする?」

「え? い、いえ! 先生は何も悪くないです!

 あ、でも……先生が原因といえば、そうかも?」

「……」

「!? ごめんなさい先生! あの、決して悪い意味じゃないですから!」

「そうなの? 良かった、知らず知らずフウカに悪いことしてたら、申し訳なさすぎるからね。

 でも心配だし、大丈夫なら聞かせてくれると嬉しいかな」

「う……その切り出しはズルいですよ、先生」

「はは、ごめんごめん。それで、どうかなフウカ」

「……不安という程のものじゃ、ないんですが」

 

 ちょっと沈んだ表情を見せてから笑って尋ねると、フウカは赤い顔で不満気に眉を寄せた後、一瞬ためらってから口を開いた。

 

「その、先生……以前、私がいいお嫁さんになれるって、言ってくれましたよね?」

「ん? あー、うん。確かに言ったね」

 

 最初に手料理を振る舞ってくれた時、あまりの美味しさに口が本音を漏らしてしまった。

 あの時はコンビニの弁当やカップ麺ばっかりで食生活が荒れていたから、その反動もあったんだろうな。

 当時の失言に私が口を濁していると、フウカはじっと私を見詰めた後、おもむろに箸を取り、

 

「え、フウカ?」

「あ、あーん……」

 

 戸惑う私に、残していた卵焼きを差し出してきた。

 流石に恥ずかしいことと分かっているのか、顔は真っ赤になっているが。

 私が固まっていると、瞳の奥は徐々に羞恥より悲哀が増していき、潤いが増していく。

 

「……あむっ」

「あっ」

 

 そんな彼女を見ていられず、ためらいを捨てて卵焼きを口に入れる。

 うん、美味しい。そして、

 

(恥ずかしいな、これ……)

 

 新婚夫婦のようなやり取りにフウカの顔を見れず、目線を左右に泳がせてしまう。多分、顔の赤味は羞恥と比例して増しているだろう。

 一瞬見えた彼女の顔は、喜び一色へと変わっていたので。勇気を出した甲斐はあったのだろう。先生としては、ちょっと近すぎる行動だと思うけど。

 

「えへへ、先生が食べてくれて良かった。

 今の私、お嫁さんぽかったですか?」

「う、うん。いきなりフウカらしくないことしてきたから、ビックリしちゃったけど」

「先生が言ってくれたから、こういうことも出来た方がいいかなって思って……」

「そ、そっか。うん、良かったと思うよ」

 

 頬を掻きながら視線を向けると、フウカと同時に目が合ってしまった。

 

「「……」」

 

 気まずいけど、嫌ではない沈黙。そんな空気が数十秒続き、

 

「わ、私、お茶入れてきますね!」

「う、うんありがとう! 慌てなくていいからね!」

 

 破ったフウカは食べ終わった食器を持って立ち上がり、私も大きな声で応じる。こうでもしないと、顔も心も真っ赤に染まってしまいそうだ。

 

「……本当、参っちゃうなあ」

 

 自分は先生で、生徒は大切だけどそういう仲になってはいけない。

 誰かを特別扱いをしないために決めていたことだが、私自身の失言も含め、フウカには崩されかけてばかりだ。

 

「フウカがお嫁さん……か」

 

 そんな未来を想像するだけでも、暖かい光景が浮かんできた。彼女の料理も笑顔もずっと自分に向けられるならば、この上なく幸せ者だろう。

 

「って、私は何を言ってるんだ……」

 

 首を横に振り、上がる心拍数を深呼吸で落としていく。胃袋だけでなく心まで掴まれたら、今度こそフウカから抜け出せなくなってしまいそうだ。

 

(……でも、一番気になるのは)

 

 時折こちらに向ける、不安と悲哀、そして恐怖の感情。

 以前は見なかったその視線がどうしても頭から離れず、フウカを放っておけなかった。

 

「……もっと、力になってあげれればいいんだけど」

 

 先生としてか、私自身としてか。どちらか定かでないまま、私は戻ってきた彼女を笑顔で迎えることにした。

 

 

 

(フウカSide)

「はぁ……先生に、バレちゃってたんだ……」

 

 その日の夜、シャーレの休憩所にて。

 洗い物も終え、帰る前に休んでいくのを私は制服とエプロンを脱いでシャツとスカートだけのラフな格好になり、ソファに横たわってお気に入りのぬいぐるみを抱きしめる。

 思い返すのは、先生が相談に乗るよと言ってくれたこと。見てきたから分かる、あれは私のことを真剣に案じてくれている目だ。

 そのことが嬉しくて、私のことを見てくれているという実感が、隠しきれない愛しさを更に溢れさせる。

 

「先生を、困らせちゃうな……」

 

 それと同時、自己嫌悪にも陥る。相談しても解決できないのだ、先生のことが好きで好きで苦しいなんて。

 

 分かっているのだ。先生は私達生徒を平等に扱って優しいが、それは誰かを特別扱いしないためだって。

 きっと、告白しても困らせてしまうだろう。先生は優しいけど、『先生』としての線引きはしっかりしている。

 

「それに、私じゃあ……」

 

 凹凸の少ない、自分の胸元に手で触れる。身近な相手でも後輩のジュリや、美食研究会のハルナやアカリのように女性らしい豊かさがある訳でもなく、ゲヘナの風紀委員長さんやジュンコのように愛らしさもない。

 今まで気にしていなかった、女性らしさのどちらにも偏っていない容貌。先生の周りに魅力的な子達が多いからこそ、比べてしまう。

 

「…………」

 

 ポケットの中から、桃色の液体に満ちた小瓶を取り出す。

 一見すれば香水の類に見えるそれは、山海経のある生徒が作ったという睡眠薬と惚れ薬の効力を併せ持ったもの。

 雛鳥が初めて見たものを親と思うように、起きて最初に見た相手に惚れさせるらしい。

 無味無臭のそれを、私は料理に。

 

「使えるわけ、ないよね……」

 

 小瓶を専用のケースに入れ、カバンの奥にしまってから溜息を吐く。

 きっと、私が作ってくれた料理なら先生は疑いもせず食べてくれるだろう。薬入りだろうが、毒入りだろうが。でも、

 

「先生は、私の料理を美味しいって言ってくれた……」

 

 笑顔でそう言ってくれた、好きな人の信頼を裏切るようなことなんて、出来る訳がない。料理に一服盛るなんて、先生にも自分にも最低の裏切りでしかない。

 もっとも、私以外にも料理が出来る子はいる以上、そのアドバンテージもどの程度あるかは分からないけど。

 

「そんな形での先生の愛なんて、欲しくない……」

 

 先生が他の子と一緒に笑っている時の顔を思い出し、魔が差して買ったもの。あの時感じた胸の痛みは、嫉妬、なんだろう。

 

「先生、せんせぇ……」

 

 真正面からの玉砕も、卑怯な手を使うことも出来ない私は、ぬいぐるみを強く、強く抱きしめて目を閉じる。

 何も出来ない自分が嫌で、何より先生から距離を取られたり、見捨てられるようなことが。私は、怖くて怖くて仕方ない。

 

 

(√エンド)

 ……せい、せんせぇ……

 

「フウカ、どうしたの!?」

 

 休憩室にいるフウカに、そろそろ帰宅を促そうと足を運んだところ。中からうわ言のように、苦しそうな彼女の声を聞いて、我知らず駆け出してしまう。

 

「せんせーーせ、先生?」

「フウカ、泣いてたの……?」

「え? あ、あの、これは……目に、ゴミが入っちゃって……

 な、何でもないんです。心配かけさせちゃってすいません、先生」

「……」

 

 ソファから身を起こし、ツインテールを解いたフウカは、赤くなった目を擦りながら笑みを向けてくる。

 誰がどう見ても、無理して誤魔化そうとするのが分かる表情の彼女に近付き、隣に腰掛ける。

 

「せ、先生?」

「フウカ。無理にとは言わないけど、話してくれないかな?

 フウカは色々溜め込んじゃうから、少しでも吐き出した方がいいと思うんだ。

 ……私じゃ、力になれないかもしれないけど」

「……っ。そ、そんなこと、ないです。先生は、頼りになります」

 

 私の目を見たフウカは、痛みをこらえるようにシャツの胸元を握る。話すか否か、揺れているのだろう。

 

「でも。先生に、迷惑を掛けちゃうかも、しれないんです……」

「いいんだよ、フウカ。フウカにはいつも料理を作ってもらってるし、そのくらいの恩返しは

 それに、フウカの迷惑なら大歓迎だよ」

「ほ、本当に? 本当に、いいんですか?」

「もちろん。だってフウカはーーうわっ」

 

 大切な生徒なんだから。最後まで言う前に、言葉が途切れてしまった。フウカがぶつかるような勢いで、胸元に顔を埋めてきたからだ。

 

「……先生。今から言うことで、もし答えるのを困ってしまったらーー何も、言わなくていいです。

 あ、あと、誰にも言わないでもらえると……」

「うん、大丈夫。この事は、私の心の中に留めておくから」

 

 寄りかかったフウカを支えてあげると、「ありがとうございます……」と、くぐもった声が返ってくる。

 フウカの細身ながら確かな柔らかさを持つ肢体と、髪から漂ってくる安心する匂いが感じられ、こんな時にも関わらず私は動揺してしまい、

 

 

「先生、好きです」

 

 

「ーーえ?」

「生徒と先生じゃなく、一人の女の子として……私は、先生を、愛しちゃったん、です」

 

 呆けた声を出す私に構わず、フウカは一気に告白を言い切り。胸元に収まったまま、涙の浮かんだ顔を見上げてくる。

 

「言っちゃい、ました……本当は、卒業まで取っておこうと思ったんですが……」

「フウカ……」

「大丈夫、です、先生。どんな返事でも、私は受け入れます、から」

 

 気丈に、健気に微笑むフウカだが、抱きしめた身体は震えている。

 きっと拒んだら、傷付くだけじゃすまない。そんな予感を抱かせるほどに、脆い心理状態が透けて見えた。

 

「ごめんなさい、先生。やっぱり、迷惑だったーーきゃっ?」

「フウカ、謝らないで。

 それと、ありがとう。告白されて、嬉しいよ」

「え……?」

 

 抱きしめ直すと、フウカは涙を引っ込めてポカンとした顔になっている。そんな顔さえ愛らしく見えるのは、ズルいと思ってしまう。

 

(……いや、卑怯なのは私の方か)

 

 何せ女の子を思い悩ませ、あまつさえ泣かせてしまったのだから。

 思い悩む彼女の姿を見て、ほっとけないというのも、ある。

 だが、それ以上に。私は、私の中で定めたルールを壊してしまうくらい、腕の中に納まった彼女に、いつの間にか堕ちていたのだろう。

 

 

「フウカ、好きだ。私も、一人の女の子として、愛清フウカが好きだ」

 

 

 ありったけの想いを込めて、絶対間違わないようしっかりと、告白への返事をする。

 フウカは目を見開き、信じられないと言わんばかりに私の目を見て。

 

「わ、私で、いいん、ですか? こんなに、幸せな返事を貰って、いいんですか?」

「フウカでいいんじゃなくて、フウカがいいんだよ。

 私が愛するのは愛清フウカ、ただ一人だ」

「っ、せん、せぇ……」

 

 私にしがみつき、堰を切ったように泣き出すフウカの頭を優しく撫でてあげる。

 

「ぐすっ……すいません先生。服、濡れちゃいましたね」

「ううん、大丈夫。泣いてるフウカも、可愛かったよ」

「も、もう。そんなことばっかり言って……」

 

 腕の中で恥ずかしそうにしているフウカは今まで以上に愛らしく、私は笑いながら癖のない彼女の髪を手に取り、唇を落とす。

 

「これで、好きだっていう証明になるかな?」

「そ、そこまでしなくても……嬉し過ぎて、どうにかなっちゃいそうです……」

 

 私の唇が触れた髪を見て、紅の差した顔で嬉しそうにするフウカ。見れば見るほど、彼女への愛おしさが増すのだから恐ろしいものだ。

 

「先生。先生がいつでも食べたくなるように、もっとお料理を頑張りますので。

 ……その、ずっと……一緒に。離さないで、くださいね?」

「うん、こっちこそ。私もフウカに見捨てられないよう、うわっ!?」

「な、無いです! 私が、先生を捨てるなんて、逆ならともかく、絶対に……!」

「ふ、フウカ、ちょっと、痛い……」

「っ!? す、すいません先生!」

 

 軽い冗談のつもりだったが、指の一本一本が身体に食い込んできて思わず声を上げると、瞳の色を失いかけたフウカが慌てて指を離す。

 

「ううん。私も不安にさせるようなこと言って、ごめんね?」

 

 罪悪感と不安がない交ぜな彼女に微笑みながら、髪の毛を書き上げて額に唇を落とす。

 フウカは触れた部分を手で抑えて驚いたあと、嬉しそうに微笑む。

 いつか、この子が何の不安もなく、笑えるように。

 

 

 




後書き
 望外の幸運と彼女が思う展開の末、二人は結ばれた。
 それでも、彼女の不安は完全に払えたわけではない。不幸慣れした彼女は、何かがあれば潔く身を引くだろう。
 悲観的な彼女を繋ぎ止められるかは、この先の先生次第である。


愛清フウカ
無害・自傷型
コンセプト:『傷付けられない』、『揺らぐアドバンテージ』、『女性としての肢体の魅力不足(自身の視点から)』、『捨てられたくない』、『愛する人に合わせた成長』
 愛する人に尽くしたい、相手の好きな形に染まっていくのを望むタイプ。
 先生が他の生徒に目移りしても、先生を責めるより自分が悪いと思い込んでしまい、吐き出すことが出来ない。
 溜め込んだ分、吐き出す彼女の愛は重く、真っ直ぐである。


 


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