憧れの警察官になれたのに、転属先はクライムアクションの舞台でした。 (福利更生)
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憧れの警察官になれたのに、転属先はクライムアクションの舞台でした。

 魔法、霊感、超能力。その実在が証明されたのも今は昔。

 技術的な躍進こそあったが、所詮はただの舞台装置だ。人の営みそのものはそうそう変わるものでもなく。

 今日も元気に、悪人どもはせっせと罪を重ねている。

 俺の駆けまわるこの街は、そんな悪党が一等集まる、掃きだめみたいな街だった。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 傍から見れば死屍累々。十人が十人そう答えるだろう。

 

 しめて三十六名。呻き声の一つも上げないそれらは、決して死体じゃあない。

 ここらで新たにヤクの販売を始めた、命知らずで頭足らずな馬鹿の集まり。芋づる式に辿って行って、見ない顔のヤツらしか掘り出せない。つまり他の組織が後ろ盾になっているわけでもなければ、許可を取っているわけでもない。

 大方、裏でも表でも有名な悪の吹き溜まりに、一攫千金のし上がりを狙ってやって来たお上りさん共だろう。

 “掃除”をされる前にしょっ引くことができて良かった。

 遅れに遅れて突入してくる制圧班。相も変わらずやる気のないことで結構だ。

 

「おーおー、また派手にやったなぁ」

 

 小銃を担いで話しかけてきた、制圧班の隊長のケニー。この街の警官に相応しい屑の一人だ。

 

「楽できるんだ、いいだろ」

「お前がこいつら見つけなきゃもっと楽できたんだがな」

 

 この街はクソだ。麻薬の密売人を見つけても、基本的には金で解決する。公僕が、だ。俺の倫理観は未だにその現実を受け入れきれずにいる。だが、言ったところでどうにもならない。そこらの折り合いをつけるまでにどれだけ掛かったことか。

 

「掃除屋に任せときゃいいものを…そんな顔すんなよ。捕まえた以上は運ぶさ。おらさっさと“荷台”に突っ込め!」

 

 ここは悪徳の街。現代の自由と無法の履き違え(リベルタリア)

 俺は、そんな掃きだめの街の溝さらい。市民の味方、警察官(お巡りさん)だ。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 今日も今日とて、銃声轟く掃きだめを駆けまわる。

 

 低く低く、暴徒の膝よりも下の空間を、四足の獣もかくやと言わんばかりの姿勢で。埃で汚れた汚いコンクリすれすれを動き回るのは不快この上ないが、慌てて銃を抜く連中が、その物騒な鉄のお口を下に向けることはない。

 時には壁を、時には天井を、そして時には人間を足場に、縦横無尽に駆け巡る。

 

 一人、二人、三人。

 

 秒と掛からず顎を打ち、意識を刈り取り、ついでに手足の関節を外す。見るものが見れば銃弾に限りなく近い速度。もっとも、この街でもそこまでの感覚器官を持つ人間は滅多にいるものじゃあないが。

 しかしまあ。

 銃声銃声、また銃声。よくもまあ飽きがこないものだ。何が楽しいのやら。

 見る。避ける。悪党のお仲間に当たりそうな弾(フレンドリーファイア)を弾く。流れ作業で顎を打つ。

 一人、また一人と崩れ落ち、結局一分と掛からぬ内に、立っているのは俺だけになった。

 

 大型火器の売買。型落ちの横流し品だが、そんなものでも欲しがる小悪党はこの街でなくともごまんといる。

 今回の購入予定者は特に組織に属してないチンピラ。そしてバイヤーは中国系マフィア『黄龍会』、その末端も末端。幹部のかの字も見当たらない。ヤツらにとっては小遣い稼ぎ以下の仕事ということだ。

 

「柳沿だ。特別権限を発令する。五番街の倉庫、そう第三、チャイナタウンの近くの。急げ」

 

 通信を切る。電話口のダル気な声は、俺の名前を聞いた途端に身が入った。もうとっくに日付は変わっているが、あの様子ならそう時間が掛かることはないだろう。

 まったく、どういつもこいつも飽きもせず。おかげで毎日が月曜日だ。

 

 どうしてこんなことになったのやら。俺が目指していたのは、地域の頼れるお巡りさんだというのに。

 

 

 

 魔法、霊感、超能力。その実在が証明されたのも今は昔。

 巷に溢れる手頃に狂気を呼び起こす魔導書、本物のお(まじな)いグッズ、猛獣と猛禽をかけ合わせたようなミュータント、そしてそれらを利用する悪党。

 

 混沌の街(ケイオスシティ)

 いまやそう呼ばれるこのギガフロートは、元々は超常技術と人類の融和を目指した一大都市計画だった。

 しかしそれらが生み出す莫大な利権を巡り、各国の秘密組織、非合法組織、そして元々超常技術を独占していた者たちの介入、そして超常技術そのものに恐怖する民衆運動の甲斐もあり、見事この街は悪意渦巻く混沌の街と化した。

 街にはマフィアやそれに類する組織が我が物顔でのし歩き、裏では各国諜報員が日夜鎬を削っている。かと思えば黒魔術師が往来で研究成果の怪しい呪文を唱えだし、マッド共の改造人間がマフィアに喧嘩を売りに行く。どこもかしこも、札付きの屑の見本市だ。

 

 そして、俺の所属する組織。公僕代表お巡りさん。警察も例外なく腐っていた。

 

 平の警官は金で犯罪を見逃し、トップは金で犯罪者を釈放する。

 この街に配属される警官など、汚職を恥とも思わない悪徳警官か、俺のように上司に嫌われた世渡り下手くらいのものだ。

 そもそも、俺の目標は交番勤務の市民に寄り添う警官だった。それが勝手に家の意向で、かっちりスーツとネクタイを絞めたエリート街道になってしまった。それならそれで職務を全うしようと、働いて働いて働いて、そして身内の不祥事すらも暴いてしまい。

 僻地に飛ばされるくらいなら万々歳だったが、たどり着いたのは悪の吹き溜まり。

 

 くそったれ以外の言葉は出てこなかった。

 

 だが、ウジウジしてても何も始まらない。

 誰もかれもが金で動くなら、その流儀に従って『お巡りさん』の仕事をするだけだ。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

「またヤツか」

「ああ、ヤツだ」

 

 ケイオスシティ商業区のとあるビル。街を見下ろす高層階の一室で、高級酒の注がれたグラス片手に、しかしてそれぞれ苦い顔で、人種も年齢も違う数名の男女がテーブルを囲んでいた。

 彼らはそれぞれ名のある犯罪組織、そのケイオスシティ担当の長達だ。こうして定例会議を開いては、お互い牽制しあっている。だがある話題になると、大悪党には似つかない、場末の酒場の労働者の愚痴大会のようになってしまう。

 その話題は、彼らにとっては目の上の瘤、最早定番と化したとある公僕のもの。

 テーブルの上の写真には、黒髪黒目のアジア人…とある日本人が映っていた。

 

「カズマ・リュウゾエ…ヤツがこの街に来てから金がサツに流れっぱなしだ」

「ハッ!やり方が下手くそなんだろ」

「お前ぇんとこは下っぱ切ってばっかだろうがよ。今度は人手が足りないんじゃないか?」

 

 彼らにとっては突如として現れた脅威、日本から島流しにされた警官『柳沿一真(りゅうぞえ かずま)』。

 彼がこの街にやって来てからというもの、それぞれの組織の検挙数が一気に増えた。

 どの組織も大なり小なり悪さはやっている。闇取引しかり、非合法なサービス業しかり、兵器開発しかり。

 今までなら、例え現行犯だろうと金で見なかったことにさせる程度容易だった。

 

 だが一真は違った。

 

 個人的な賄賂は一切受け取ろうとはしなかった。別にそれだけならまだいい。この街に『正義』なんてものが在ると勘違いした馬鹿は今までもいた。そういう馬鹿は、現実に打ちのめされてこの街の流儀に染まるか、あるいは幾許ない内にストリートの染みになるかのどちらかだ。

 

 だが一真は違った。

 

 現行犯で一人も逃がすことなく捕縛する。彼らにとっては驚くことに、どれほど武装しようとも一真は無傷で、敵味方問わず一切の死人も出さずに鎮圧しているのだ。それも報告によれば、徒手空拳によって。

 情報そのものは簡単に集まった。

 日本人。二十代。代々警察官を輩出している家系。当時勤務していた課の上司の収賄を暴いた結果、ケイオス市警へ転属。実家からも縁切りされている。

 

 そして、驚くことに超常の力は持っていない。

 たとえ銃弾を視認して回避し、装甲車や魔獣を素手で粉砕し、実体のないエネルギーの塊である魔法陣を殴り飛ばし、亜音速で動き回ろうとも、検査の結果、超常の力は宿していないとの判定だ。ついでに言えば、超常技術による人体改造の形跡も見当たらない。どこからが『常ならぬ事象』なのか問いただしたいところだ。

 

 怪物。その一言に尽きる。

 

 そんな怪物は、捕まえた構成員や幹部がいくら賄賂で釈放されようと、飽きもせず何度も何度も、何度でも牢屋にぶち込んでいる。

 最近は警察署長も味を占めてきたのか、状況次第では賄賂の額を釣り上げることすらある。どこの署の統括も基本的には金にがめつい連中だ。

 彼らケイオス市警上層部も最初は一真を疎ましく思っていたようだが、それが金の卵を運んでくるとなれば話は別だ。

 今では収容のためにいつどこの署員も動かせる特別な裁量すら与えている始末だ。

 

 一真はこの街の流儀に従っている。

 郷に入っては郷に従い、その上で自分の職務を力押しで全うしている。

 何度逃げようが何度でも捕まえる。

 金で見逃されるなら、それが尽きるまで捕まえる。いつか「勘弁してくれ」と、素寒貧の悪党の方から泣きを入れてくるその日まで。

 

 柳沿一真は『警察官(お巡りさん)』として、この掃きだめを生きていく。

 

 




ブラックラグーンが好きです。でも血界戦線も好きです。


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2話

誰かに見てもらおうと思って小説を書いたのは初めてなんですが、感想や評価をもらうというのは予想以上に嬉しいですね。

というわけで、書き貯めもないですけど、続きを書いていこうと思います。


 

 魔法、霊感、超能力。その実在が証明されたのも今は昔。

 今日も今日とて、誰かが誰かを傷つける。犯罪都市は平常運転。

 ケイオスシティはこともなし。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 ケイオスシティ、昼。十番街の一角、通称『ヤマトタウン』。

 純和風の武家屋敷や和モダン住宅の立ち並ぶこのエリアは、元々高跳びしたヤクザの親分が元締めを務め、日本人のチンピラを取りまとめ、今の形に発展していった。故に、外国人の想像する妙な日本ではなく、内も外もしっかりと故郷を再現した作りになっている。

 当然ながら、それは食事にも言える。材料も調理法もアレンジの入りまくった似非日本食もなければ、カレーやラーメンなど半日本食もしっかりと故郷の味だ。

 

 だからこそ、昼食の邪魔をされた俺は、爆発一歩手前だった。

 

 至って普通の定食屋。しかし他の地区にはない、日本食の定食屋だ。

 犯罪都市とはいえ、堅気の人間だってこの街には大勢いる。安全に仕事をするためにどこかのシマに入っているとはいえ、彼ら自身は真っ当に生きている。所場代さえ払っておけば、マフィア連中だって行きつけの店くらいはあるし、態々自分たちの娯楽を自分たちで摘み取る程覚っちゃあいない。

 

 しかしそんな街のルールを無視する馬鹿は存在する。

 

 一攫千金目指して、何もかも失って流れ着いて、或いはワルに憧れて、この掃きだめにやってきたお上りさん共。

 無駄に血気盛んか、失うものなど何もない故に好き放題に暴れまわる。この街ではそれが許されると思っている。

 そんな暴徒以下の馬鹿のために、せっかくのランチタイムがぶち壊しであった。

 正直、あまりこの地区には来たくはないし長居したくもない。しかし極偶に故郷の味が恋しくなる。無性に味噌汁が飲みたくなってしまったのだ。

 だというのに、馬鹿のせいで。ああクソ、騒ぎになってしまった以上、面倒ごとは避けられない。護送班はまだか。

 

「久しぶりだの、一坊(かずぼう)や」

 

 来た。面倒事だ。

 

「…じいさん。分別ある屑と、そうじゃない屑くらい見分けろ。とうとう耄碌したか」

「カッカッカッ!言うてくれるのぅ。見回りでも増やすとするか」

 

 見慣れない顔の若者と、見慣れた幹部の強面を侍らせた老人。

 校倉正栄(あぜくら しょうえい)。ここヤマトタウンの元締めと言っていい爺。

 このご時世に、昔気質のヤクザよろしく仁義を重んじ、堅気には手を出さない。

 しかし決して善人じゃない。

 薬や超常兵器の密売には手を出さないが、殺し殺されは日常だし、ここらの地区の違法賭博の元締めでもある。

 もう八十も過ぎているにもかかわらず、背筋正しく和服を着こなす老体は、この地域の抑止力を担っている。新たに入島した日系のチンピラを取り込み、禁じたシノギには絶対に手を出させない。そして、他の勢力がこの地区に厄介ごとを持ち込まないように常に目を光らせている。正直言って、この地区だけなら警察よりもこの『校倉組』の方がよっぽどお巡りさんをやっている。

 忌々しくも、必要悪として見逃さなければヤマトの平和が崩れる人物だ。

 向こうもそれが分かっているから、こうして俺の前に姿を表す。俺にできることは精々、面と向かって悪態をつくことと、他の構成員を現行犯で逮捕して、人足と資金力を削ること。その程度ならこの街も回る。

 

「てめぇ!親分になんて口を」

「新入りかお前。それ以上囀るなら公務執行妨害だ」

 

 見慣れない顔の青年が口を出してくる。そもそも自分のボスの話に割って入ってくる時点で躾のされたヤクザではない。拾い物のチンピラか。

 護送班を待っている間、大きな声で何かしらイチャモンをつけてくるのであれば、立派な公務執行妨害だ。ただでさえイライラしているんだ。何ならこの爺の側に立っているというだけで反社会的勢力として拘束することだってできる。

 

 ゴン、と。

 

 頭蓋の奥を揺らすような鈍い音が店内に響く。

 爺の後ろに付き従うもう一人。強面の幹部、源次が青年の頭を床に叩きつけた音だった。

 

「親父、すんませんでした。よく言い聞かせときますんで」

「おう」

 

 ヤクザに限らず、こういうところは上下関係には一等厳しい。親の会話に割って入るなどもっての他だ。

 ついでに言うなら、源次は俺に目をつけられればどうなるかをよく知っている。何度か牢屋に叩き込んだからだ。

 俺の機嫌が悪いことを察して庇ったんだろう、あれでも。最近は血の気も引いてきて、人を率いる余裕も器もできてきたらしい。次代の仮初の平和と均衡は心配ないだろう。

 

「悪ぃな。顔合わせにと思ったんだが、まだここの流儀に慣れてねぇんだ」

「顔合わせなんて必要はない。何かあればしょっ引くだけだ」

「頑なだねぇ。お前さんも」

 

 まあそこが気に入ってるんだが、と。そう言って笑った。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

「兄貴…親分の話に口出したことは謝ります。けどあのマッポなんなんすか!」

 

 一真が護送班と共に去っていった後の食堂。

 校倉組新人組員、信二は、怯むことなく己の兄貴分に疑問と不満をぶつけていた。

 小さな頃から腕っぷしだけを頼りに生きて、行く当てもなくさ迷って正栄に拾われた。感謝している。深く深く感謝している。

 だからこそ、この街に来て早々警察の屑っぷりを知ることになった信二は、先の警官に好き放題言われていることが許せなかった。

 

 そして再び床に叩きつけられる信二。

 ぐりぐりと床に押さえつけながら校倉組のナンバー2、次期親分の源次は話し始めた。

 

「俺は最初に説明したな。親父が話振らなきゃ黙ってろって。そんなこともできねぇ犬だったか手前ぇは」

「んぐっ…!す、すんません」

「このまま聞け。あのサツ、柳沿には手を出すな、見つかるな、逆らうな。手前ぇじゃあ絶対敵わねぇ。いや、組の誰も勝てやしねぇ。手前ぇが手柄上げて幹部にでもなりゃあ捕まっても出してやるが、今捕まればそのまましばらく塀の向こうで無駄なお勤めだ。分かったな」

「う、うす」

 

 そうしてようやく手を放す。

 滲みだす血を拭う信二に、続けて話す。

 

「色々あだ名はある。『先兵にして最終兵器』『一人機動隊(ワンマンアーミー)』『怪物』『化け物』『モンスター』『なあ賄賂受け取らねーんだけど賄賂あの馬鹿』『あの馬鹿どこにでも出てくるんだけどあの馬鹿』」

 

 後半突っ込みどころ満載だなと思いながら、それでも信二は黙って聞いていた。

 源次はこう締めくくった。

 

「ヤツはもうこの街のルールの一つになってる。ここでやっていきたいなら、柳沿一真に目をつけられるな」

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 一坊との縁ももう三年近いか。

 

 阿保ほど強いお巡りが街で猛威を振るってるって噂を聞いて、どれ程の馬鹿かと見に行けば、まあ想像以上に愚直な馬鹿だった。

 今でこそ多少落ち着いちゃあいるが、当時は誰彼構わず片っ端から豚箱にぶち込む狂犬みたいな男だった。源次のヤツも、二回だか三回だか真正面から叩きのめされて豚箱行き。出所にゃ結構な額を吐き出した。

 まあお陰で源次も、伸びてた鼻っ柱散々に叩き折られてちったぁ大人になった。

 

 この街のお巡りの目は暗く淀んで、溝川の方がまだマシに見える有様だ。

 金さえあれば、それで世はこともなし。

 理想を持ってこの街に来るヤツなんぞいない。どいつもこいつも流れ流れてここにたどり着く。

 そんな連中の中で、悪意の濁流に抗いながら確かな輝きを宿した、俺の好みにドンピシャの馬鹿。

 

 暴れっぷりも気持ちのいいもんだ。速過ぎてあまり見えやしないが、大の男どもがあっちへこっちへすっ飛んでいく様は、見ていて胸がすくような気分になる。あれで誰も死んじゃあいないどころか、後に引きずる怪我もねぇってんだから、バケモンよなぁ。

 

 そんなバケモンが俺ぁ欲しい。

 

 次の頭は源次と決めちゃあいるが、中々どうして、ああいう馬鹿が身内にいると楽しいことになるだろう。

 孫も気に入っているようだし、どうにか手に入んねぇものかねぇ。



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3話

皆さん、高評価本当にありがとうございます。
前にも書きましたが、とても嬉しいものですね。


 

 魔法、霊感、超能力。その実在が証明されたのも今は昔。

 掃いて捨てるほど湧いて出る悪人悪人、また悪人。犯罪都市は平常運転。

 ケイオスシティはこともなし。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 空間が歪む。

 視認することはできないが、肌で感じる。空気が押し出される感覚。

 巻き込まれないように加速する。“彼女”と組む時は速度の加減が難しい。これ以上加速すると、周囲の被害が大きくなる。

 いつもの様に顎を打ち、脳を揺らし、意識を飛ばす。そして不可視の力の奔流に巻き込まれない場所に放り投げる。いちいちこの行程が挟まるのも面倒だ。

 問題の彼女は手加減を考えていないかのような、いや、実際考えていないだろう勢いで、その両の義足を振るっている。

 最新のサイバネ義肢は、サイズこそ女性が装着しても、違和感なく細身のパンツスーツに収まるものにもかかわらず、その出力は重機のそれに届きうる。

 蹴撃そのものでの負傷は諦める。気を配るべきは、勢いのまま頭からコンクリに叩きつけられるヤツと、地上二十三階の窓を破って外に放り出されるヤツだ。

 幸いにして今回の相手はボディアーマー等で武装したり、強化手術を施しているものがほとんどなため多少の無理は利く。そもそも、脆そうなヤツらは最初に潰して脇に置いている。

 気を付けることが少し増えただけだ。流れ作業に変わりはない。意識を刈り取り、安地に置きつつ、彼女の超常性から守ればいい。ただそれだけ。それだけだ。

 

 …いつも思うが、何故こいつと組ませるんだ。

 正直、少し前の自分を見ているようで、あまり気乗りはしないんだが。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

「こうして仕事が重なるのは久しぶりですね、リュウゾエ特別巡査部長」

 

 周りはいつもの死屍累々。今日に限っては、ああ、とか、うう、とか小さく呻いているヤツが多いくらいか。何人か、あれは骨もいってるかもしれない。

 

 俺の目の前で入念に緩んだネクタイを締めなおしているのは、この街には珍しい女刑事(デカ)。それも超常性を有した人間だ。

 クリスティアナ・シモンズ。シモンズと呼ぶたびに「クリスです」と訂正を入れてくる。

 濡羽色の髪を切りそろえ、パンツスーツを着こなしたアジア系の美女。

 コツコツとピンヒール…のように見える義肢の踵を踏み鳴らしながら、ズズイと目前に迫ってくる。如何にもクールビューティーといった風貌だが、出会ったときから異様なまでに距離が近い。

 やはり、彼女は苦手だ。

 

 彼女は俺と似たような経緯でこの街にやって来たらしい。資料で読んだきりではあるが、要は上司に嫌われたのだ。

 超常捜査官として切れすぎるその能力は、彼女の元上司にとっては目の上の瘤だったらしい。

 もっと言えば、いまだこの島の外では超常性をもった人間というのは差別される傾向にある。すでに『暴露事件』から二十年以上経っているにもかかわらずそんな有様なのは、事件の影響もさることながら、そもそも超常性に触れる機会が未だに少ないからだろう。

 生まれつきそういった力を宿しているものは、この街ですら未だ多いとは言えない。超常技術が日常で使う機器に応用されているとはいえ、外見上、そうあからさまなものではない。それでは実感というものも湧かないのだろう。

 逆を言えば、この街以上に超常犯罪が起こっている街もそうない。持て余すなどと言われてしまえば、島流しの理由としては十二分に過ぎるだろう。

 

 経緯が経緯だけに、初めは俺と同じようにこの街に馴染めてはいなかった。

 賄賂を受け取ろうとはせず、しかし捕まえた悪人はすぐに牢から出て行ってしまう。そしてそいつがまた事件を起こし、捕まえ、釈放、捕まえ、釈放…同僚も上司も、笑顔を浮かべてそれを当然のように受け入れる。本来それらを取り締まるべき、栄えあるケイオス市警トップは、太陽のような笑みを浮かべて、でっぷり膨れた懐を愛犬のように撫でまわす。

 俺が出会った当初は、そんな街の腐敗具合に相当参っていたようだった。

 この掃きだめに来る前は真っ当な警察官だったのだ。持ち前の正義感から、この街の流儀に染まることもできず、なまじ実力はあるものだからイタチごっこを繰り返す。

 俺が彼女と出会ったのはそんな時だった。

 ちょっとしたアドバイスをした程度だが、心折れかけていたからだろうか。また変な風に懐かれてしまった。

 まあ、たとえ捜査に駆り出されても、嫌な顔一つしない同僚だ。他の屑より万倍マシだ。

 

 しかし頼むから、その距離感を何とかしてくれ。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 最初に抱いた感情は、この上ない歓喜だった。

 

 持って生まれた超常性は、比較的見ることの多い念動力(サイコキネシス)。しかし、その出力は強大に過ぎた。

 年を経る毎にその力は制御を離れていき、少し意識してしまうだけで、空間ごと対象を歪め、潰し、吹き飛ばす。

 ようやく力を抑えられるようになるまでに、犠牲にしてしまったものはあまりに多くあり過ぎた。私の足もその(ふた)つだ。

 やがて施設に預けられ、隔離されるように過ごす毎日。車椅子を押す介護士たちの、恐怖を飲み込む息遣いを聞く度に、私の心は軋んでいった。

 だから、こんな私でも人の役に立てるのだと言われた時には、どうしようもなく涙が溢れた。

 

 超常捜査官。

 『暴露事件』以前には、超能力捜査官とも呼ばれていた警察の特殊捜査班。

 とはいえ、その頃は主に未解決事件を感応能力(サイコメトリー)で調査するといった活動だったらしいが、今では大分ニュアンスが違う。

 超常現象に対して超常現象で立ち向かう。それが超常捜査官だ。

 観測史上最高峰の超常性だと笑顔で伝えられた私は、今まで迷惑をかけた分、誰かを助けてあげるのだと、必死になって知識を詰め込み、体を作り、そして能力を拡張した。

 失くしてしまった両足を、戦闘用のサイバネ義肢に換装し、抑えるばかりだった力を、訓練と手術によって、脳の思考領域の拡張という手段でもって制御した。手術の成功率は低かったが、それは『正義(ざいあくかん)』と『(そがいかん)』の前には関係ない。

 

 正式配属されてからは、戦って戦って戦った。

 『暴露事件』より二十余年、増加しつつある超常犯罪。それを解決する度に、私の心は救われていった。

 幸せだった。本当に。これで誰かが喜んでくれる。

 

 そんな折、唐突に突きつけられた転属届。

 新たな配属先は、悪名高き混沌の街(ケイオスシティ)

 

 

 最初に抱いた感情は、この上ない歓喜だった。

 

 

 噂に聞く犯罪都市。街に蔓延るマフィア、テロリスト、秘密組織。そこでは日夜、休むことなく超常犯罪が繰り広げられているという。

 そんな街を守護する立場になれるとは、なんと栄誉なことだろう。

 そんな街を守護する同胞は、どれだけ気高い人たちだろう。

 心が躍った。きっと私は、今よりもっと誰かの笑顔を守れるのだと。

 仲間も上司も“栄転”だと、笑顔で快く送り出してくれた。

 さあ行こう。新たな誇れる仲間たちと、止めなきゃならない巨悪が私を待っている。

 

 

 

 

 

 そんな期待は(あぶく)のように、私を嘲笑(わら)って消え去った。

 

 

 

 

 なんだここは。なんなんだヤツらは。一体全体なんだ彼らは。

 聞きしに勝る悪意の坩堝。どこもかしこも、屑、屑、屑!

 現行犯だぞ、どうして見逃す。

 マフィアの幹部だ、どうして逃がす。

 私は職務を全うしたぞ。どうしてそんな目を向ける!

 

 あんなに幸せだった心が、再び軋んだ音がした。

 

 殴り飛ばす、手錠をはめる。

「やれやれ、やっと出られるぜ」

 四肢に力が籠るのが分かる。

 

 蹴り飛ばす、手錠をはめる。

「融通の利かない女ね。何を頑張ってるんだか」

 奥歯が欠けそうなのが分かる。

 

 見えない力で関節を砕く、手錠をはめる。

■■■■■■(クソビッチが)■■■■■■■■■■(今度会ったら覚えてろ)!」

 下唇から命の雫が垂れるのが分かる。

 

 殴り飛ばす。蹴り飛ばす。吹き飛ばす。

 殴り飛ばす。蹴り飛ばす。吹き飛ばす。

 殴り飛ばす。蹴り飛ばす。吹き飛ばす。

 殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす殴り飛ばす蹴り飛ばす吹き飛ばす

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、何をぼーっとしてるんだ。さっさと“手錠をかけろ”。」

「は?別に何度でもシバき倒しゃいいんだよ。一日だろうが一週間だろうが、その間はこいつらに泣かされるヤツはいない」

「金で動く馬鹿なんだから、あいつらに出させりゃいいんだよ。金庫が空になりさえすれば、お上にとっちゃ用済みなんだ。稼がせてやった分、判子押す程度はしてくれる」

 

「徒労だなんだと、知ったことかよ。何度だってしょっ引いてやる」

 

 最初に抱いた感情は、この上ない、歓喜だった。

 

 この街は駄目だ。彼曰く、掃きだめ。言いえて妙だ。もうどうしようもないからこそ、こんな所まで流れ着く。

 だが共に抗う、尊敬すべき同胞がいる。

 金で肥え太る豚ならば、なるほどいくらでも与えればいい。私たちは、いつもの様に仕事をすればいいだけだった。上等な餌も甘い汁も、屑が勝手に用意してくれる。

 右を見ても左を見ても、上も下も屑ばかりだが、彼は私に教えてくれた。

 

 そうとも。

 なんで私が、あんな屑どもに心を砕いてやらねばならないのか。

 なんで私が、私の正義を曇らされなきゃならないのか。

 もう迷わない。彼とともに歩む限り、私の正義は揺らがない。

 

 さあ、今日の突入捜査は二か月と十三日振りに彼との合同捜査だ。血の通わない両足にすら、しっかりと熱が籠るのが分かる。

 少しでも貴方に追いつけるように、今日も元気に“シバき倒そう”。

 




躁鬱と思い込みの激しい子です。


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4話

たくさんの感想、評価、お気に入り登録、そして誤字報告ありがとうございます。
まさか自分の作品がランキングにのるとは思いもしませんでした。
少し短めですが、今回も楽しんでいただければ幸いです。


 魔法、霊感、超能力。その実在が証明されたのも今は昔。

 悪意渦巻く背徳の街。その暗闇に蠢くものは、何も小悪党だけじゃあない。

 国家のため、人民のため、裏の公僕が夜闇を駆ける。自国の法に触れようが、成すべき大儀を成すために。

 しかし、その肩書がなんであろうと、そのお題目がなんであろうと、罪は罪だと声高らかに言える男が一人いる。

 罪には、罰だ。

 

 さあ今日も、ケイオスシティはこともなし。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

「待ってくれ、貴方とやり合うつもりはないって」

 

 

 見覚えのある女はそう言って、両手を上げて、少しでも俺から離れるように体を後ろへ逸らしている。

 ああ、思い出した。殺人の現行犯で捕まえたことがあった。

 

 たしか最初は、『青空星辰会』の違法儀式のタレコミ。危うく接触禁忌神性が召喚されるところだった。確かその制圧中にかち合ったのがこの女。

 今思えば、タレコミはこの女からだったのだろう。

 混乱に乗じて任務を達成する手筈で、実際それは成功した。詰めは甘かったようだが。

 こういった雰囲気のヤツはたまにいる。各国の秘密組織、諜報機関の極秘任務というヤツだ。まあ殺しのライセンス云々など知ったことではない。殺人は殺人だ。少なくとも現行犯なら毎回しょっ引いてる。

 そういうヤツは無駄な問題を避けるためか、潜入先の人間以外には手を出さないことが多い。それ以前に目撃された時点で問題ではあるのだろうが。

 しかしこいつは、警察だ、と一声かけたにもかかわらず、口封じのためか躊躇なく発砲してきた。

 俺が巷で色々言われているのは知ってはいるが、しかし立場としては、ただの市警の一警察官なのだ。その俺に発砲してきたということは、一般人にも手をかける可能性は十分にある。

 即刻鎮圧して、研究所の職員と一緒に留置所送りにしてやった。

 

 蓋を開ければ、数時間と経たない異例の早さで釈放された。似たようなヤツらでも一日はかかるのに。

 その後署長に某大国の諜報員だったと、これまでにないにやけ面で知らされた。おそらく保釈金も異例だったのだろう。

 国家機関相手でもがめついとは、大したもんだと一周回って感心した。まあ、この街の警察にはそれが一番手っ取り早いと知っていたのだろう。これが他所の市警程度であれば金銭ではなく圧力をかけられたのだろうが、ケイオス市警に関して言えば別だ。

 そもそもケイオス市警そのものが超法規的措置によってこの街に存在している。都市計画の段階で、超常的利権に関わらない、しかし規制はしたい何者かがねじ込んだのだろうが、今では集金のためにその強権を振りかざしているというのは、なんとも馬鹿らしい話だ。

 

 それから何度か現場で鉢合わせすることがあった。

 この街はいつでもどこでもホットスポットだ。超常技術に関しては、街の外より数世代は進んでいる。その技術を少しでも独占しようと動いている国は多い。

 

 彼女らは国の奉仕者なのだろう。自国の発展を願う敬虔な愛国者なのだろう。

 だが、俺に見つかった以上、罪は罪だ。

 しかし、今現在に限っては彼女は何もしていない。勝手に怖がっているだけだ。凶器の類も向けられていない。これがまたぞろ違法組織で出くわしたというのであれば、任意同行を申し出るかもしれないが、今この場に限ってはない。

 

 何故ならここはただのカフェ。ランチタイムを過ぎた頃、偶然隣に座っただけ。

 

 いくら前科があるとはいえ、さすがにこの場で逮捕するほど、俺に常識がないわけではない。別に指名手配されているという訳でもないのだから。

 整っている割りに、剃刀みたいな切れ長の目の凶相に、プルプルと小刻みに震えながら無表情で涙を溜めているのがあまりに哀れでならなくて、少し早いが仕事に戻ることにした。

 

 この街にいればまた会うこともあるだろう。その時はしょっ引いてやる。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 カズマ・リュウゾエ。ケイオス市警特別巡査部長。

 肩書の上ではただの一市民であるにもかかわらず、諜報員(エージェント)である私に彼の情報が回ってきたのは、手を出すのは割に合わないと上層部すら認めたため。

 資料は読んだ。偶然手に入った戦闘ログも閲覧した。結果としては信じられなかった。

 

 だって見えないんだもん。スロー再生してやっとだ。

 

 私もプロだ。組織内でも五指に入る実力だと自負している。だからこそこんな危険極まりない街に派遣されるのだ。

 繰り返す。私はプロだ。

 この業界で生き残るコツは、コイツには勝てる、アレには勝てない、そんな風に相手を見極めること。勝てるならそのまま無力化すればいい。無理なら逃げに徹すればいい。任務の中で培ってきたその感覚は、今では一番信頼できる能力だ。そうして今日まで生きてきた。

 そんな私が一目見て、恐怖で思わず発砲してしまった。そんなこと、訓練中どころか生まれて初めてだった。逃げることすらできやしないと、私の感覚は訴えかけてきた。それ程の相手だ。

 

 気が付けば檻の中だった。意識する間もなくやられたらしい。やはり私の感覚は正しかった。亜音速で動くという資料も真実のようだ。

 規模の大きい、且つセキュリティも厳重過ぎるからと、安易に情報を流すべきではなかった。

 情報漏洩を危惧して自決も考えたが、幸いすぐに釈放された。組織が手を打ってくれたらしい。その恩義には報いるべく、任務に邁進しようと決意した。

 ただし、ヤツに見つからないように。

 

 それがどうしたことか。

 ヤツは街のどこにでも現れる。抗争、密売、裏取引。どの区画のどんな現場にも出張ってくる。

 ヤツが来ればその時点で仕事は終わる。後は逃げるだけという段階が一番マズい。そういう時は絶対に見つかる。暗殺の後は特に、だ。血の匂いを辿ってると言われても納得するが、傷つけず、毒も使わず仕留めた後に捕まった時はもう何も考えたくなかった。

 逆にまだ何もしていない時は、綱渡りだが逃げ切れるのだ。本当にヤツはどんな世界を見ているんだ。絶対私とは違うぞ。

 ああ、あれは笑うしかなかったな。いつだったか、珍しく追加の人員とチームで活動していた時、他国の諜報員と鉢合わせて銃撃戦になったことがある。しかしヤツが現れた途端にお互い何も言わずとも共同戦線を張ることになった。まあ三十秒と経たずに全員落とされたが。

 駄目だ、考えるだけで脳が疲弊する。

 

 諜報員(エージェント)にも息抜きは必要だ。そこらのカフェでコーヒーブレイクくらい、私にだって許されている。

 隣の客と一つ席を開けカウンターに腰かけて、おすすめの日替わりブレンドを注文。

 ふと、本当にふと、嫌な予感とかではなく、何かのはずみで横を見ると、私がこの世で二番目に信を置く、天然物の魅惑の顔面が凍り付いた。

 何を見たかは、察しの通りだ。

 私は何も見なかった。そう自己暗示をかけて視線を元に戻すがしかし、真後ろから迫る弾丸を弾き落とす程の男が視線に気付かぬわけもなく。

 何度でも言う。私はプロだ。故に恐怖は隠しきる。あくまでクールに。戦闘力ではともかく、精神的にはイニシアティブはとらせない。

 しかしこの場を乗り切るにはこれしかない。

 

「待ってくれ、貴方とやり合うつもりはないって」

 

 ハンズアップ。降参である。だって無理だよ。

 

 体一つで音速出せる?私はできない。

 




何もしていないとはいえ、彼がいる現場から逃げ切れる彼女は正真正銘のプロです。


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5話

皆様のおかげで日刊ランキング一位になることができました。
正直最初は自分の目を疑いましたが、それだけ沢山の方に読んでいただいて、本当にありがたいです。

あとすみません。感想なのですが、予想以上に書いてくださった方が多く、遅筆な私では返信する時間がとれません。
一つ一つしっかりと、だらしのない顔で読ませていただいてますので、これからもよろしくお願いいたします。


 魔法、霊感、超能力。その実在が証明されたのも今は昔。

 欲望渦巻くこの街で、我欲を貪り金と怠惰に支配された、人の形をした獣。

 ならば、獣の形をしたモノの方が、よほど人らしく思えてくる。

 

 今日も今日とて、ケイオスシティはこともなし。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 この街で犯罪が発生しない日というのは存在しない。

 個人的には当然などと思いたくもないのだが、まあしかし、度合が違うというだけで故郷の首都もそんなものだ。これについてはもう考えたくない。

 そんな有様だからこそ、中々気が付けない犯罪行為というものが一定数存在する。

 その内の一つが誘拐だ。

 俺が配属されてからは極少なかった身代金目的の犯行は一切なくなったが、なんせこの街では人が消えることなんて日常茶飯事だ。昨日話していた友人が消えたところで、「ああ、何かに巻き込まれたんだな」と思って通報しないなんてザラにある。

 今回のは特に慎重に事を運んでいたらしい。

 普通にチンピラどもを攫おうと露見するのはかなり遅れるにもかかわらず、ストリートの浮浪者連中かつ、たまに俺がパトロールをしているのを知ってか子供には手を出していなかった。まあその子供に目撃されて俺まで話が回ってきたんだが。営利目的でないのは明らかで、だからこそ物騒なのがこの街だ。人間の体も魂もいくらでも使い道がある。事は急を要した。

 俺でもやろうと思えば残留物や足跡から犯人の居場所を割り当てることはできるが、流石に時間がかかる。故にプロフェッショナルを招集した。

 

「しかし最近よく会うな。ま、前よりコソコソする輩が増えてきたからな。主にお前のせいで」

「そう言うな。感謝してるよ」

 

 外見と口調にそぐわぬ美しい声で話しかけてくるこのヤマのMVP。

 茶と黒の混じった、しかししっかりと手入れされているサラサラの毛並み。

 ピンと立った耳と鋭い眼光がどこか気高さというものを漂わせている。

 

 ジャーマン・シェパードのユーリだ。

 

 『暴露事件』以前より人間社会に紛れていた彼らは、突然変異(ミュータント)ともまた違った特殊な個体だ。

 遺伝子的にも魔術的にもなんら異常はないにもかかわらず、この様に人語を解し、自ら語り、寿命すら人間のそれに比することすらある個体。

 

 異常が見当たらないことそれそのものが異常、一切の説明が出来ない動物。

 

 未解明異常動物(アノマリー・アニマル)、通称『アノマル』などと呼ばれる彼らは、この街の警察…まあ主に俺に取っては、俺より優れた発見力を有する、なくてはならない相棒と言える。最近は特にだ。

 この街に来たばかりの頃は入れ食いといった様子で、そこらを歩けばそれだけで一斉検挙といった有様だったのだが、クソどもはこうして態々探す手間を作りやがった。それこそ犯罪者としては当然の状態に戻ったとはいえ、最初の頃と比べると些か億劫なのは否めなかった。

 

 既存の警察犬としての働きは勿論のこと、コイツはこの街で生まれ、この街で育った生粋のケイオス市民である。俺よりも遥かにこの街に詳しく、さらには他の同族の情報網を持っており、逃走ルートや隠れ家の予想すらしてくれる。

 何よりも、それを言葉にして伝えることのできる能力と、あくまで他の同僚よりは、であるが追跡中の俺についてくることができる、普通の警察犬の何十倍の身体能力を誇っている。サイバネ手術を施しているシモンズですら俺にはついてこられないのにだ。

 

 制圧そのものは大した手間はかからなかった。

 狂信者故に詠唱を止めることなく、只管血走った目でいあいあ言っているだけなら、秒で終わった。人質(いけにえ)も無事確保。こうして『冥王星友の会』の大規模次元間移動術式は阻止された。

 

 手放しに信頼できる友人との仕事は気分がいい。

 「あーそこそこ」とひっくり返って悶える友人の腹を撫でながら、珍しくそんなことを思うのであった。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 吾輩は犬である。名前はなかったが、コイツはユーリと名付けてくれた。生まれはこの街だが、具体的にはどこだったかと言われればとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でバウワウ泣いていたことだけは記憶している。

 

 まあこの街の路地裏なんてどこもそんなもんだし、どこだって同じだ。違いと言えば、血と腐臭が沁みついているか、落書き代わりの魔法陣が刻まれているか、そんなもんだ。

 

 よく見かける姿かたちが似たような奴らとはあまり話が合わなかった。精々が単語くらいしか分からなかった。まだ全く姿の違う二本足のデカいの(当時はまだ人間という名前だと知らなかった)の方がマシだ。

 同じようなヤツもいくらか見かけたが、ヤツら喋れないふりをして人間に飯をもらっていた。そこらの人間程度には負けない体だったオレには(銃といったか。なぜあんなものに当たるのだ)信じられなかった。

 

 やがてオレは人間がするという『仕事』をすることにした。何故できることを我慢しなければならないのか、オレはあんな媚を売ってまで粗末な飯を食いたくはない。

 そうして、同じ形のヤツらが働いているという『警察』という職につくことなった。

 人間は怠惰だ。ただでさえ少ない仕事をさらにオレに押しつけやがる。人間の決めたルールに従わないヤツを閉じ込める仕事だろうに、すぐ出ていく様を何度も見てきた。もうずっとその繰り返しだ。

 なんでも『金』のためらしい。存在は知っていた。あれがないと人間は生きていけないらしい。だが、あり過ぎるとあんな風に、路地裏の同族のようになり下がる。

 

 望んでそうなるなど、オレには理解が及ばない。

 

 そんなヤツらを見続けて、オレも屋根の下で飯が食えるだけのことに満足してきていた頃。誰もそんなことしようとしなかったオレに「名前がないと不便だな」なんて、密かに憧れていたものをつけた馬鹿が現れた。

 

 一目見た瞬間、首を垂れそうになった。

 同族がするように、腹を見せて鳴きたくなった。

 今になってやっとアイツらの気持ちが分かった。“勝てない”という感覚とはこういうことか、と。

 無理だ。実力もなにも見ていないがオレには分かる。コイツには勝てない。

 そして実際にそうだった。

 種族の違いや得意の違いくらいは分かっていた。なのになんでコイツは臭いをかぎ分けたり、コンクリートにはほとんど残らない足跡なんてものが分かるんだ。流石にオレ以上にとはいかない様子だったが。

 なにより、オレより速く動けるヤツを見るのは生まれて初めてだった。同族どころか機械とやらにだって負けたことのないオレがだ。

 まあしかし、できることを我慢しない、誰にも腹を見せない、金とやらに屈服しないコイツは嫌いではない。

 たまに会えば食ったことのないものをご馳走してくれるし、オレを喜ばせるのも上手いしな。

 オレも最近はコイツとくらいしか仕事をしない。たまに、あのよく分からない力を使う、無駄に物を壊す姉ちゃんくらいのものだ。

 

 さて、今回も無事に終わったようだ。帰ったらマッサージでもしてもらうとしよう。

 




名前:ユーリ
犬種:ジャーマンシェパード
性別:メス

ついでに言えば、一真くんは犬派です。


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6話

遅筆な私が諄くない文章を書こうとすると、どうしても文字数が少なくなってしまう今日この頃です。


 

 魔法、霊感、超能力。その実在が証明されたのも今は昔。

 神秘不可思議が詳らかにされたとて、人が全能を手にした訳では断じてない。

 ただ、閉じきっていた扉の鍵を、少し回した程度なのだ。

 しかし誰もが、その未知の扉の狂熱に逆上せ、気付こうとすらしていなかった。あるいは、目を逸らしていただけかもしれない。

 

 鍵がかかっていることには、相応の理由があることに。

 扉の向こうに、何がいるのかも理解(わか)らずに。

 

 暗闇の淵に手をかけたとて、ケイオスシティはこともなし。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 神の召喚という儀式は、『暴露事件』以前よりも盛んに行われていた超常現象の一つだ。

 日本における神降ろしや、シャーマニズム、雨乞い、低位のものでは狐狗狸(コックリ)さんなど幅広い。

 そして『暴露事件』以後には、危険度の少ない神性降臨の儀式以外は軒並み規制がなされた。

 一部地域での雨乞いなどの生贄を要求されるような儀式は当然として、新たに制定された資格を所持していない者の神降ろしや交霊術も、事故で何が呼び出されるか分かったものではない。

 しかして、この超常成長期の最中、何が一番問題か。

 

 『神』の存在が証明されてしまったことだ。

 

 世界各地で宗教戦争が勃発寸前だった。現在は各国の相互監視で落ち着いているとはいえ『暴露事件』の混乱でいい方向に転がっただけだ。正直なところ、今でも僅かな火花が散れば一気に燃え盛ることだろう。一たびそうなってしまえば、それこそ大洪水で全てをリセットするしか収拾する方法はない。

 

 そんな状況だからこそ、水面下で邪教崇拝が沸き立った。

 『暴露事件』からひと月と経たない内に、観測史上一件目の接触禁忌神性の降臨が確認された。

 

 『それ』は一晩で、五つの国を“ごそっ”と(そら)の彼方へ連れ去って行った。

 

 この事件以降、神性存在の召喚に限っては、どんな超常犯罪よりも厳重に取り締まっている。この街の警察ですら、と言えばどれ程の事態かは分かってくれるだろう。彼らだって、他所の土地の地図が書き換わるならともかく、自分の豚小屋の危機くらいには真剣に働くのである。

 

 

 だから、目の前の『これ』は、俺の落ち度だ。

 

 

「なんだい?そんなに熱い視線を向けてきて。ふむ、これが君たちで言うところの『照れる』というやつかな?」

 

 瞬き一つしない白。白だ。とにかく白い。髪から肌から、一体何が『これ』を造形(デザイン)したのか。それは考えれば考える程に、きっと深淵を覗きこむことになってしまう。常人であれば眩暈がするほど美しい(かんばせ)、耳鳴りがするほど美しい(おと)、吐き気がするほど美しい香り(におい)。ジュニアハイスクールに通っている程度の体格で、起伏もあるとは言えないというのに、咽返る程の色香を漂わせる肉体は、その印象とは真反対の日本の黒いセーラー服に身を包んでいる。その顔には老若男女関係なく、何が何でも『これ』を自分のモノにしたいと感じるような微笑みが、俺にとってはニヤニヤと、嘲るような歪んだ笑みが浮かんでいた。

 総じて、人間以上の存在が、人間という動物を過剰に“盛って”作り上げればこうなるんじゃあないか、そんな女だった。

 

「悪くない。悪くないぞぉ。君に見られているというのは実に悪くない。いつもボクだけが一方的に見つめているというのも、少しツマラナイからね」

「用事がないならさっさと(かえ)れ」

「今その用事の真っ最中さ」

 

 この掃きだめに配属されてしばらく経った頃。下らない街の流儀をゴリ押しすることを決意し、ようやっと豚共の煽て方を覚えたような時分。

 珍しく、というかこの街にきてから初めて警察署員が真面目に動いている現場を目の当りにした俺は、もうすぐそこにまで迫っていた神性存在の召喚を許してしまった。

 言い訳にもならないが、経験的には一般的な日本の私服警官の域を出ていなかった俺は、まだ超常犯罪というものに慣れていなかった。この街での俺の最大のミスだった。

 

 禁忌神性。

 文字通り、禁忌の存在だ。そうとしか言いようがない。

 神の存在が証明されたとはいえ、それが具体的になんであるのか、即ち神という存在そのものの正体は解明されていない。

 ただ、解釈としては多神教のそれだ。理解の及ばぬモノ、人では抗えない力。

 科学全盛期、『暴露事件』直後に人々が最初に観測に成功してしまった、人々に認識されてしまった『それ』は、まさにそんな抗えない何かだった。

 我々が『あれ』らを認識してしまえば、『あれ』らも我々を認識する。召喚の儀式とはそういうもの。

 

 餌を用意し、寄ってこさせる。

 大きすぎる力を、人間の尺度(スケール)に寄ってこさせる。

 

 『あれ』らが認識している最小単位が、俺たちの住む惑星であるならまだ気にかけられている方だ。その程度なら、態々寄ってくるようなヤツも少ない。

 だが、力が強大になる程、存在が巨大になる程に、あるいは銀河が、あるいは宇宙が、あるいは次元が。そんな風に認知の最小単位が膨れ上がっていく。

 人間だって、顕微鏡を覗き込んで、矮小に過ぎるモノ(アメーバ)が手招きしていれば、人にもよるが、気になって研究したがるものだろう。

 そう、(かみ)による。それが数少ない救いではある。だがもし興味を持たれたら?

 

 だからこそ『それ』らは、自らの存在を零落(スケールダウン)させて、この星に降臨する。興味を引かれた何某かに、直接出会いに行くために。

 この女はまさにそれだった。

 

 人類の最大の不幸は、自分たちをアメーバに類するものだと認識するモノが存在すると知ってしまったこと。

 この超常成長期においてすら、曖昧な言葉でしか言い表すことのできない、桁違いな、場違いな、どうにもならない災害のようなもの。

 

 人は彼らを、否、『それ』らを総じて、神と呼称した。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 なんだかわからないが小さいもの(ひと)の視座に立つようになってどれくらいだろうか。

 時間など、ボクにとってはあってないようなものだから、あまり意識ができていない。

 それでは勿体ないと思おうとしてはいるけれど、君の命の時間さえ数えられればそれで良いじゃあないか。

 

 本当に不思議なモノだ。

 よく分からないモノらが声をかけてきたから、暇つぶし(たわむれ)触手(食指)を伸ばしてはみたけれど、まさかこんな小さなモノに“千切られる”とは思っても見なかった。

 だから形を真似してみたけど、これが案外面白い。

 思考、言葉、感覚。初めて得たものだ。矮小だが、新鮮だ。

 

 君のことを考えるのは面白いよ。

 君と話すのは楽しいよ。

 君に触れるのは、何だか、そう、とても『照れくさい』よ。

 

 ただ形を真似ただけの仮初の肉体でも、君たちの力では本来どうにもできない筈なのに。

 どうして君は、“千切って”しまえるのだろうね。

 折角…何だったか、そう、『綺麗』に作っているのに、毎回君は千切ってしまうのだから。

 

 まあいいさ。今回も楽しくお話できたからね。次はもっと、沢山お話したいな。

 ああでも、急がないと。すごく急がないと、君の時間が尽きてしまうね。

 

 じゃあ、また会おうね。




一真くんはSAN値チェックで1しか出さない人です。


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