ようこそ省エネ至上主義者のいる教室へ (チタンダエル)
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異端なる省エネ主義者の理念
高校生活といえば薔薇色、薔薇色といえば高校生活、と形容の呼応関係は成立している。a=aという簡単かつ誰にでもわかる簡単な公式は、現在では未だ果たされていないものの、広辞苑に載ってはいない。
それは全ての高校生が薔薇色を望んでいる訳では無いということを意味しているのかもしれない。例えば、勉学にも運動にも色恋沙汰にも、とにかくあらゆる活力に興味を示さず灰色を好む人間というのもいるし、それは俺の知る範囲でさえ少なくない。
テスト前ということもあって、試験勉強に勤しむ生徒が多い図書室の隅っこで、本の虫という言葉がピッタリの同学年の椎名ひよりから尋ねられた「有意義な高校生活とはなんでしょう」という話に、俺なりの見解を淡々と述べていくと、椎名は驚いたように目を見開いた。
「……たしかにそう思います。けれど、折木さんに自虐趣味があるのは少し意外でした」
「俺が灰色だって?」
「いいえ、そうは言いません。でも、勉学にも運動にも、おそらく恋愛にも。折木さんと知り合ってから日は浅いですが、貴方がそういうのに前向きだとは思えません」
と、みんながテスト勉強に勤しむ中、図書室は本読む場所だと主張して教科書やノートではなく、文庫本を手に持っている俺を見ながら、おそらくと言いつつも椎名は確信を持ってそう言った。
あの本の虫である椎名ですら、真面目にテスト勉強に取り組んでいるというのに、俺だけが余裕そうに本を読んでいることが気に入らないのか、椎名の言葉には少しばかり刺がある気がした。
「別に後ろ向きなわけじゃない」
機会があればやるさ。そうしなければいけない状況に追い込まれれば。俺が誰に言い訳することも無く心の中でそう呟くと、椎名は持っていたシャープペンシルを下唇にあてながら天井を仰いだ。
「なんでしたっけ、やらなくてもいいことならやらない。やらなければいけないことは手短に……でしたっけ?」
「あぁ、そうだ」
会ってから間も無い頃に言ったセリフをよく覚えているなと感心しながら頷く。俺は別に活力を嫌っているわけではない。ただ単に面倒で、浪費としか思えないからそれらに興味を持たないだけだ。
酸素を吸ったり、食事を摂ったり、学校に行ったり、睡眠をとったりと必要なことはする。生きるために、面倒を持ち込まないためには最低限の努力というものは必要だ。けれど、それ以外のこと。いわゆる、やりたいやつだけがやること。言い換えれば、やらなくてもいいことはやらない。
だが、こうして本を読むという行為は必要ないことではないかと、思われがちだが、何もせずに起きているよりは本を読んでいる方が快適だと感じるからだ。本を読むには目を動かして、活字を追いかけて、ページをめくるだけでいいのだからこれほど少エネルギーで済む行為はない。
「わたしも人のことは言えませんが、珍しいですよね折木さんみたいなタイプって」
「そうか?」
「はい。わたしのクラスメイトは今回の試験を乗り越えようと努力しています。それは他のクラスも同じです」
椎名の振り返る視線の先には、彼女が抜け出してきたであろうCクラスの面々と、その後ろではDクラスと思わしき面々がノートと睨めっこしている姿がある。もちろん、少し奥では俺の所属しているクラスメイトたちの姿も。それがどうしたと椎名の言葉を持っていると、彼女は改めて俺の方へと向き直ってから口を開いた。
「ここは実力主義の学校です。生き残るためには結果を残さなければなりません」
「……俺は授業中の居眠りや遅刻とかはしてないぞ」
俺がボソッと小さな抵抗を示すと「それは当たり前です」と肩を竦められる。
「当たり前のことは当たり前に。それでいて、実力という名の結果を示さなければならない。わたしのクラスメイトが言っていました」
「立派なことで」
「……折木さんはテスト勉強しなくても大丈夫なのですか?」
赤点を取ったら退学というのは、学年全体に伝わっている周知の事実で、誰もがそうならないように懸命に努力している。しかし、赤点を取ってはいけないということは学生ならば当然のことだ。平均点を下回る点数なんて授業を聞いていれば、取るなんてことはほぼありえない。そう、ちゃんと聞いていれば。
「所感ですが、折木さんは授業中は起きていても、授業の内容は聞いていないように思います。それに予習復習をするタイプでもなさそうですし……おそらくは一夜漬けタイプでは?」
「……エスパーかお前は」
その通りだよと、読んでいた本に栞を挟んで降参の意を示すために手をひらひらと振った。椎名はそれを見て「やっぱり」とクイズに正解して喜ぶ子供のような嬉しさと、予想通り子供がちゃんと勉強していないことを知った母親が見せるような呆れの混じった表情になるとコホンと咳払いをした。
「小テストの内容や授業から、中間テストでノー勉というのは自殺行為だと思います。他クラスですけど、大切な読書仲間が退学というのは心苦しいです」
だから一緒に勉強しましょうと朗らかな笑顔を向けてくる椎名に、なぜだか背中に白い翼の生えたかのような幻覚を見つつも、俺は椅子を引いて立ち上がった。
「そうだな。勉強するとしよう」
「? あ、勉強道具ですが? 女の子モノでよければお貸ししますよ?」
椅子の横にカバンがあると言うのに、俺が教室や寮に勉強道具を置いてきたおちゃめさんだと思ったのか、椎名が優しく問いかけてくるがそれはそうでは無いと首を振った。
「明日からやる。今日はもう帰る」
「……はい?」
じゃあなと手早く文庫本をカバンの中にしまって、信じられないという顔を向けてくる椎名を無視して図書室を出る。彼女の厚意は嬉しいが、俺は省エネ主義者。やらなければいけないことは手短にやるタイプだ。
椎名や図書室にいた連中のように、地道に努力して上を目指すというやり方は否定しない。むしろ賞賛されるべき行為だ。
よく勘違いされるが、俺はなにかと比較して省エネが優れていると思っているわけではないので、活力ある連中を小馬鹿になどしてはいない。何やら、廊下にも響くくらいの怒号が聞こえ始めたが、勉強に喝を入れるための掛け声か何かだろうと思って、俺は歩き出す。
ここは東京都高度育成高等学校。60万平米を超える程の敷地を大都会の真ん中に形成している異質な進学校。国が主導する指導を行う高等学校であり、進学率、就職率がほぼ100%という非常に優秀な学校だ。……表向きは。
美味い話には落とし穴があるように、この学校の進学率、就職率100%という謳い文句は特定の条件を満たした生徒にのみ限られている。A〜Dの4クラスのうち、もっとも優秀なクラスであるとされるAクラスで卒業した生徒のみということである。
初めて聞いた時は、現実なんてそんなものだろうと俺は思った。努力を積み重ねた者に正当な報酬が与えられる当然のことだ。そして、4クラス用意して競い合わせることで、高め合い、成長を促すという考えも透けて見えた。
これこそが薔薇色。これこそが高校生活。そんな言葉がふさわしい面白い学校……なんて、省エネ主義の俺が思うわけがない。
俺のクラスではAクラスに上がろうと、リーダー的存在が台頭し、勉強会を開いて退学回避をしようと手腕を振るっている。クラスの素行や成績がクラスポイントと言われる、各クラスの評価を表すポイントへと直結するのだから、少しでも高めようと努力するのは当然の帰結と言える。
では、その努力をしていない俺はと言うと……一応やるべきことはやる。それが俺のポリシーだ。
椎名も言っていたがこの学校は実力主義、結果が物言う学校だ。俺が影でこっそり、表舞台でガッツリ努力しようと結果が伴っていなければ意味が無いと切り捨てられる学校だ。
ならば、俺が取るべき行動はただ一つ。
いかにエネルギーを抑えて結果を残すか。
この一つに限られる。
よう実とのクロスを書いてみたくなって、折木奉太郎単体でのクロスとなります。データベースや好奇心の妖怪などは出てきません。そして、これは単発だ(腹パン)
書く気が起きたら書きます。
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青春の1ページ
4月。入学式。小中高生にとっては最初のイベント。いわゆるスタートダッシュというやつで、どう自分をクラスメイトや同級生にアピールしていくかで、最初の1月が決定される。
例えば、明るく教室に飛び込んで積極的に誰彼構わず話しかければ、1人くらいは友達になってくれるだろう。下手な弾でも数撃ちゃ当たるからな。他には連絡先を書いた紙を渡して回るという方法もあるらしいが、デジタル化社会が進んでいる今では、メッセージアプリを開いた状態でスマホを持って回る方が早いのかもしれない。
まぁ、これらの方法は友達が欲しいやつに限る。俺の場合、変に関わってトラブルを呼び込まれたら面倒だという観点から、無理に友人を作る気はない。
というか、作る余裕が無い。今までと環境の違う完全なアウェーな状態。小中学校のように地区ごとに進学したわけじゃないから、顔見知りもいないし、地元ではないから土地勘もない。
登校しているのが半分くらいかという教室の中をぐるりと見渡して、俺は自分のネームプレートが置かれた席へと向かう。窓際近くの後ろから2番目の席。大抵の場合は当たり席と言われてはいるが、目立たない後ろの方ほど教師たちは注目していそうだから、個人的にはあまり好きじゃない。
大体は自分の席で大人しく学校の資料に目を通したりしているか、既に仲良くなったのか楽しげに談笑している姿が見える。どうやったらこんなに早く話し相手を見つけられるのか。同じ出身校というわけなら分からなくもないんだがなと、俺は肘を着きながら教室の中を天井から床まで見渡して見るが、やはり異質なのは廊下にも見られた監視カメラだろうか。気味が悪いとは思ったが、高度育成高等学校と言い張るからには、生徒の一挙手一投足にまで目を配っているということかもしれないなと自分なりに納得出来る考えを導き出しては、入学式までの時間を待つ。
「はーい! 皆、席に着いてー!!」
それから数分も待てば、始業を告げるチャイムが鳴り、それと同時にスーツ姿でウェーブのかかったセミロングの女性が教室に入ってくる。おそらくはこのクラスの担任なのだろう。見た目の印象としては、生徒と距離の近い若めの教師といったところか。
俺と同じく、クラスメイトたちも彼女を教師として認識し、自分の席へと座る。どうやら俺の前は女子で、後ろは男子らしい。
「新入生のみんな、はじめまして! 私はBクラス担任の星之宮知恵です。保険医だから、みんなと直接関わることはホームルームくらいしかないけどよろしくね! あ、初めに言っておくけど、この学校には学年ごとのクラス替えは存在しないからこれから三年間一緒に過ごすことになるから、仲良くしてね!」
当たり障りもなく、むしろ初対面だと好印象を得られそうなほどの笑顔を向けながら、星之宮先生はそう俺たちに言い放った。彼女の自己紹介に何人かの男子生徒はヒソヒソとにやけ顔で話し始め、女子たちからも同様の声が聞こえる。
「今から一時間後に体育館で入学式が行われます! なので、それまでこの学校についてのスペシャルなルールについて説明するよ。まずは資料を配るから前の人は後ろに回してね」
前の席から合格発表の際に貰った見覚えのある資料が回ってくる。配られた資料には、寮での学校生活の義務化や肉親であっても外部との連絡を一切禁止する旨が書かれており、以前貰ったものと全く同じだったため、俺は星之宮先生の話を左から右へと聞き流していく。
許可なく学校の敷地から出ることも禁じられているが、イマドキの高校生に必要なものは数多くある施設で揃えられるようだ。カラオケや映画館、カフェ、ブティックといった娯楽施設やショッピングモールがあるため、学外の高校生と同じ生活ができる。懸案事項だった本屋も図書館もしっかりと存在していることはあらかじめ確認済みだ。読み親しんだ本の持ち込みも許されたため、訪れることはあってもすぐに利用することは無さそうだが。
「次に今から配る学生証カードについて説明するよ。これを使えば、施設内にある全ての施設の利用したり、売店とかで商品の購入が出来るよ。ただ、使うたびに所持ポイントを使うから使い過ぎに注意してね。基本的に学校内ではこのポイントを使って買えないものはなくて、学校の敷地内にあるものなら、何でも購入可能だよ」
学生証と一体化したポイントカードは、学校での現金の意味合いがあり、キャッシュレス決済の進んでいる日本では珍しくない。ここは政府が管理している学校だ。キャッシュレスを進めると共に、あえて紙幣を持たせないことで、学生間で起きる金銭のトラブルを防いだり、ポイントの消耗をチェックすることで浪費癖をチェックしているとかそんな理由だろう。
「施設では機械にこの学生証を通すか、提示するかで使用できるよ。ピってするだけだから、簡単だよ! あ、それからポイントは毎月初めに自動的に振り込まれることになっているから計画的に使ってね」
イメージとしては電車の改札やバスに乗る前に押す感じだろうか。
「確認してもらったらわかるけど、みんなに平等に10万ポイントが支給されてるよ。1ポイントにつき1円の価値があるから、10万円持ってるのと同じだよ」
高校生にはあまりに多すぎる額に教室の中がザワつく。
「ポイントの支給額の多さに驚いた? この学校は実力で生徒を測るから、この学校に入学できた皆に、それだけの可能性と価値があるってことなんだよ。そのことに対する評価だからポイントは遠慮なく使っていいよ。あと、このポイントは卒業後に学校側が全て回収することになっているから、ポイントを現金化することはできないことになってるんだけど、譲渡に関しては自由だから、卒業前くらいに誰かに渡すとか工夫してね。あ、でも無理矢理カツアゲとかはしちゃ駄目だからね。学校はいじめ問題とかにも結構敏感だから」
戸惑いの広がる教室内で、星之宮先生が俺たちを見渡してくる。質問はないかと視線で尋ねているようだが、いくら実力があると言われてもいきなり10万円を渡されれば簡単に口は開けない。
それにいきなり質問しては変に目立つ可能性があるという危惧もあるかもしれない。
「質問はないみたいだね。じゃあ良いスクールライフを!」
そう言うと、入学式の準備があるからと星之宮先生は教室から出ていく。そして、数秒も待たずにクラス内に喧騒が広がる。
「やべえって10万だって!」
「私欲しいワンピースあるんだけど、ここにあるかな!?」
「毎月こんなに貰えるなら、なんでも買えるな」
「帰りに色々見に行かない?」
そこら中で仲良くなったクラスメイトと喋りあったり、俺のように1人で黙っているやつは支給された10万という大金をどう使うか妄想を膨らませているのだろうかと俺は頬をつきながら、高額なお金を貰って浮き足立ち始めたクラスメイトから視線を外す。
一気に10万も配るなんて、もしかしたらここの購買や施設の商品の売り値が高いからじゃないかと考えていると、唐突に前の席に座っていた女子が席から立ち上がった。
「よし、みんな! 注目!」
そう言いながら手を叩いたのは、長い金髪の毛先が薄い赤で色付いている女子生徒だった。俺は後ろにいるため、顔はよく見えない……と思ったら、1度ぐるりと回って一人一人に顔を向けてきた。美少女という言葉が似つかわしいほどに端正で整った顔のそいつは、クラスメイトたちが視線を自分に向けていることを確認すると口を開いた。
「入学式まで時間もあることだし、今から自己紹介しない? これから三年間一緒に過ごすことになるから、1日でも早く友達になれたらなって……どうかな?」
「その意見に賛成だ」
「うん! みんなの名前とか全然分からないし!」
近くにいたこれまた好青年のような雰囲気を漂わせている男子が言うと、それに追従するように迷っていた生徒たちも賛成を表明していく。
「私の名前は一之瀬帆波! 呼び方はなんでもいいよ! はやくみんなと仲良くなりたいから後で連絡先教えてね! これから3年間よろしく!」
台本でも用意して密かに練習していたのかというくらいに、非の打ち所のない自己紹介に、クラスからは拍手が起こる。なんなら口々に「よろしくー!」「よろしくねー!」と一之瀬にこちらこそという感情を向けていた。
「もし良かったら、端から自己紹介を始めてもらいたいんだけど……いいかな?」
あくまで自然に確認をとる一之瀬に、視線を向けられた生徒は少しだけ戸惑いを見せるも、すぐに意を決して立ち上がった。
「うん、もちろんだよ。私は網倉麻子……」
と、自己紹介が始まっていく。どうやら名前順にやっていくらしい。俺の前は3人で、一之瀬がすでに自己紹介したことを考慮すれば3番目か。自己紹介ってのは最初の方ほど印象が薄れる傾向にあるが、面倒なことに初めの3人が全員顔のいい女子で、なおかつ明朗快活ときた。
これだといつものテンションで自己紹介したらどうなるか……後々「あ、あの地味目の……」と言われることは避けられそうにないが、無理に明るくしてもぎこちなくなりそうだ。
自己紹介をするのは初めてじゃない。変に気負わずに、噛むことなく淡々と終えれば、何事もなく終わるだろう。
前の2人は名前と趣味、あとは特技を言っている。このテンプレートに沿っていけば心配ないはずだ。
「ありがとう、紗代ちゃん! じゃあ次……」
と、過去の自己紹介で何を言ったか思い出していると、一之瀬の前の女子の自己紹介が終わったらしく、俺の方へと視線が向けられる。顔を上げれば、目の前で柔らかな微笑みを浮かべている一之瀬が視界に入った。
俺はガタリと音を立てて椅子を下げて立ち上がる。
「折木奉太郎です。趣味は読書。特技はありません。よろしくお願いします」
軽く頭を下げて、スっと席に着く。一瞬、えっそれだけ? という空気が流れるも、俺の中では完璧すぎた。誰からも注目されず、記憶にも残らない。やるべき事はやった。最低限に。俺のポリシーは守られたことに満足する。
「……あ、よろしくね、折木くん。後ろの席だし、3年間仲良くしてね!」
まばらな拍手を見兼ねてか、一之瀬がそんなフォローをしてくる。しかし、今の俺は同情のようで、お情けの拍手ですら耳に心地いい。やるべき事が終わった以上、あとは入学式が始まるのを待つだけだ。
「俺は神崎隆二だ……」
さすがに人が自己紹介している時に本を読んだり、居眠りをするのは気が引けたので、苗字くらいは覚えた方がいいかと、全員の自己紹介を聞いていたが……どうにもこのクラスの奴らは顔も性格もいいらしく、誰も彼もが青春万歳という顔をしている。
恥ずかしがり屋で言葉に詰まったり噛んだりするやつはいたが、一之瀬や周囲のフォローもあって、しっかりと自己紹介を終わらせられている。俺はその光景を見て、これが青春の1ページってことかと思いながら、力のない拍手をするのだった。
一之瀬と神崎に挟まれる奉太郎可哀想(省エネ主義だから)
時系列順だと少し書きにくかったので、書けそうなところから書いていこうかなと思います。なので、ひよりとの出会いとかは省略するかも……です!
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ようこそ仲良しこよしの教室へ
水泳の授業
部活動紹介
生徒会長挨拶……など。
評価(氷菓)ありがとうございます。
5月に入り、学校開始のチャイムが鳴る。と、同時ににこやかな星之宮先生が入ってきて、互いに今月に振り込まれたポイントを確認していた生徒たちが離散する。それを見て、生徒たちが全員席に着いてから教壇の前に立った先生が口を開いた。
「今から朝のホームルームを始めるよ。けど、その前に……」
そう言葉を切ると、先生は俺の前の席、Bクラスのリーダーと言えるほどに頭角をあらわしている一之瀬へと目線を向けた。
「みんななにか聞きたいことがあるんじゃないかな?」
「はい」
先生の問いかけに一之瀬は頷き立ち上がった。
「今朝確認したら毎月1日に支給されるポイントの額が10万ポイントではありませんでした。これはどうしてでしょうか?」
「うん、そうだね。ポイントは毎月1日に振り込まれるよ。だから、みんなの所持ポイントにプラスで65000ポイント入ってると思うんだ」
確かに、4月末までに持っていたポイントに65000ポイント振り込まれている。それは俺も朝見た時に気づいたし、後ろの席の神崎からも尋ねられた。
「え、でも4月は10万ポイント……だったよね?」
クラスメイトの1人がそう口にする。一之瀬と仲のいい……どころか結構な頻度でベッタリとくっついているのを見るその女子生徒は、一之瀬と先生を交互に見る。彼女の疑問は他のやつらも抱いているのだろう。不審な目が先生へと向けられた。
「それについてはこれを見てくれるかな」
手にしていた筒から白い厚手の紙を取り出し、広げるとそれを黒板に貼り付ける。磁石で貼り付けられた紙にはそれぞれのクラスの横に最大4桁の数字が表示されていた。上からAクラス940、Bクラス650、Cクラス490、そしてDクラスが0。
「先生、それは……?」
「これは各クラスのクラスポイントの数値だよ。この1ヶ月のみんなの成績を数値化したの。で、このポイントからみんなが毎月支給されるポイントの額が決まったってわけ。で、クラスポイントの数値に100倍して、みんなのプライベートポイントになったってこと」
なるほど、俺たちの成績か。そのための監視カメラと考えれば、怪しいほどに取り付けられているのも頷ける。だいたい、通知表の評価項目と同じと考えれば、授業態度や提出物、あとは素行などがポイントの対象だろうか。
最大ポイントが10万ポイントでそこから減点方式で、今回の650ポイントになったのだとしたら、Aクラスは非常に評価が良く、逆に0ポイントのDクラスは最悪だな。というか、何をしたらそうなるんだ。
「先生、クラスポイントが減った理由について教えていただけませんか」
「ごめんね。ポイントの増減の詳細については答えられない決まりなんだ。でもそうだね……遅刻や欠席、授業中の私語が多かったり、出席してても授業態度が悪かったら、結構引かれるかな」
神崎が質問すると、先生は少し申し訳そうにしながらも答えられる範囲で回答する。しかし、普通の学校なら個人の授業態度が悪かったらその生徒の内申点が下げられるだけで済むのに、ここはクラスのポイントに関わってくるわけか。
Bクラスは序盤は入学当初で浮かれ気味だったのを、一之瀬の神崎が注意してからは不真面目な態度を取るやつが減ったから、-350ポイントで済んだのだろう。
「他に聞きたいことはあるかな? って言っても、答えられるかは分からないんだけど」
先生はやや困ったように笑いながらそう口にする。つまりは、最低限の情報も俺たちに話せるかは、学校側で決まっているらしい。
「クラスの決め方ってもしかしてクラスポイントの数値順ですか?」
「そうだよ。この学校では優秀な生徒はAクラスへ。逆にダメな生徒はDクラスに配属されるよ」
学習塾や少人数制の授業を取り入れている学校でよくある制度か。となると、BクラスはAクラスには届かないにしても、平均より上くらいの生徒が集まるクラスになるわけか。
本当にそうかと俺は窓に映った自分を見ながら、首を傾げる。
「さて、ここからが一番大事なことだよ! この学校は確かに入学できれば進学率、就職率が100%保証されている素晴らしい学校です! 」
この学校は全国でも屈指の進学、就職率を誇っている。ここさえ卒業出来れば、普通に入ることは決してできないと言われている希望先にも簡単に入れるという噂があったが、甘い話にはなんとやらだろう。
「……でもそれはAクラスに所属しているクラスにしか適応されません!」
俺の懸念どおり、先生の口から放たれた言葉が教室に響き渡る。
「はぁ?」
「なんだよそれ! ありえねぇ!」
「そんなのってないじゃん!」
目標とする進学先や就職先を持っているクラスメイト達が、今日発覚した学校の制度に不満を漏らし、先生へと声を荒らげる。それに彼女は落ち着いてと口を開く。
「安心して! 今のAクラスだけが、進学や就職が保証されるわけじゃないから」
「え?」
「今発表したクラスポイントは、毎月更新されるの。だから、もしみんながこれから普段の態度を良くしたり、試験で高得点を取れれば、クラスポイントが上がるの。そうして、今のAクラスより高いクラスポイントを獲得出来たら、その時点で君たちはAクラスになれます!」
「なるほどつまり、俺たちが941ポイント獲得していれば、Aクラスになれていたわけか」
俺の後ろでポツリと言葉を漏らした神崎に「その通り!」と先生が親指を立てる。要するに連帯責任を与えつつ、クラス同士を競い合わせることで大きな成長を目指すといった考えか。
合理的ではあるが、この場には学校の知名度や寮生活を夢見てといった、確実な就職や進学を目指しているわけじゃないやつもいるかもしれない。Aクラスだけがゴールだと誤認して、盲目的になれば視野が狭くなるなんてこともある。いや、考えすぎかと俺は思考を切り上げる。
「じゃあ次は先日行われた小テストの結果を返していきたいと思います」
先生はそういうと、クラスポイントの書かれた表の横に、もう一つの紙を黒板に張りつける。そこにはクラス全員の名前が書かれており、各教科で高得点を取ったものから順番に記載されていた。
「流石、Bクラスだね! 結構難しい問題もあったのに、平均点は7割以上! これなら中間テストも大丈夫そうだね」
何が大丈夫なものか。成績には関わらないからと、軽く受けてみたが、基礎問題の中にやたらと解くのに時間がかかるやつがあったことを俺は覚えている。理数系は得意ではないから、捨てたが、国語や社会の問題には最後の方に高校1年生レベルを逸脱した問題があった。
その証拠に小テストと謳いながらも、100点をとっている者はAクラスの次に優秀と言われているBクラスでも数えられるほどしかいない。
しかし、赤点のボーダーラインがこのクラスだと75点ほど。つまりは40点を下回らなければいいわけか。それなら、あの問題があろうとなかろうと関係ないかと、完結させるとクラスメイトの1人が先生の言葉で気になったところがあったのか手を挙げた。
「え、あの、中間テストで何かあるんですか?」
「あ、忘れてた。この学校では中間テスト、期末テストで1科目でも赤点を取ったら退学になることになってるから。みんな頑張ってね!」
先生の言葉に全員が驚きの声やら表情を浮べる。なんなら、俺もその中の一人だ。何故ならば、俺の成績はあまり宜しくない。その気になれば、上位陣の中に食い込むことも出来るだろう。
しかし、今回の小テストは成績に反映されない。いわば、やらなくてもいい事だと判断して、かなり手を抜いていた。……と、まぁこれは強がりで実際は解けるやつだけ解きはした。その結果が下から数えた方が早い数学と理科の点数というわけだ。
「えぇ!? た、退学ゥ!? それはないですよ、先生!」
「大丈夫、大丈夫! 中間テストまで3週間あるし! みんなが赤点を取らずに乗り切れる方法はあるから!」
そう言って逃げるように教室から出ていった星之宮先生を見送ると、クラス内ではざわめきが起こった。場所によって話の内容は異なれど、さっきの先生の話と関係したものが多い。
「65000かぁ……」
「まぁ、学生が貰えるお金としては十分じゃない?」
「俺がBクラスか」
「なに? 自分はAクラスに相応しいって言いたいの?」
「いや、そうじゃないが……」
「帆波ちゃんどうするの?」
「そうだね。まずは中間テストだよね」
聞こえてくる会話に耳をすませていると、「よしっ!」と前の椅子が下がってきて、一之瀬が立ち上がる。先月も見た景色だ。その時と少し違うのが、一之瀬はその場ではなく教壇の前に立ったことだろうか。
「さっき星之宮先生が言ってたことを整理して、放課後にこれからBクラスがどうAクラスを目指すか。それで3週間後の中間テストに向けてどう対応していくか決めようと思うんだけど、どうかな?」
もはやクラスの中心どころか、代表と呼べる存在になっている一之瀬の提案に異を唱える者などいるわけがなく、放課後に一之瀬と神崎が中心となって、話し合いが行われることになるのだった。
スキップしたイベントですが、奉太郎は参加していないわけではなく、書く必要を感じなかった(書く気がなかった)のでスキップしました。
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異端なる省エネ主義者の一言
6時間の授業が終わると、教師の言葉以外耳にしなかった教室に高校生らしい喧騒がBクラスに聞こえ始める。高校生らしいというか、学生らしいといった方がわかりやすいだろうか。
わずか1ヶ月足らずだと言うのに、もう打ち解けたのか、後ろを振り向いたり、わざわざ立ち歩いて自分の席から離れた場所にいるやつの所へ談笑しに行く奴が見える。
なるほど、学校側の下したAクラスには満たないが、平均よりは上というBクラスへの評価は真っ当なのかもしれない。そんなクラスに知力も、運動能力も、コミュニケーション能力も平均にも達していない俺がいるのが不思議でならないが。やろうと思えば、どちらも平均以上になれるかもしれないという、俺の将来性を学校が見出したというのならば、それは俺以外の生徒にも言える話だから可能性としては薄いか。
まぁ、判断基準が明確化されていない以上は推察のしようもない。考えても仕方の無いことは考えるだけ無駄だ。さっさと、帰るとしようかと思った矢先、教師のいなくなった教壇へと長い髪を靡かせて一之瀬が立つなり、口を開く。
「朝言った通り、この学校のシステムを整理しながら、BクラスがこれからどうやってAクラスに上がるかをみんなで決めようと思うんだけど……どうかな?」
一之瀬の言葉に、部活に行こうとしていた者や、俺のように早々に帰宅しようとしていた奴らの足が止まる。これからクラスの行く末を決めるという時に、残らずに自身の目的を優先するほど協調性に欠けているわけはなく、各々が持っていたカバンを置いて自分の席へと着いていく。
マジかと思いながらも、俺もまた席に着くと、一之瀬が再び話し始める。
「みんなありがとう! じゃあ、これから話し合う前に黒板に話の内容をまとめてくれる書記をしてくれる人がいてくれると助かるんだけど……」
そう言って一之瀬がクラスを見渡す。すると、俺の後ろの席で椅子が引きずられる音がした。
「俺がやろう」
躊躇いもなく黒板の方へと歩いていった神崎に、一之瀬が礼を言うと、朝の話の要約がされる。この学校では月初めに生活に必要なポイントが、クラスの成績で決定され支給される。最高額は10万で、最低額は0。
クラスの成績の判断基準は不明瞭だが、校内や敷地内の至る所に置かれた監視カメラによって、一挙手一投足が見られていることから、普段の生活態度から学校生活まで把握されているのだろう。さすがに寮内やトイレ、更衣室など、監視カメラのない場所はあるため、ストレス発散するならそのあたりか。
次に希望の大学や就職先にいけるのはAクラスで卒業した場合に限られ、テストで赤点をとったら退学になるといった情報が神崎の手によって綴られていく。
「ひとまず、こんなものか」
「うん、ありがとう神崎くん」
他に付け足しがないか一之瀬が問いかけるが、朝出た情報だとこんなものだろう。
「じゃあ、これからBクラスがどうやってAクラスに上がるか、だね」
Aクラスは940ポイントに対してBクラスは650ポイント。単純に考えれば、290ポイントの差を覆すことができればいいということになる。
「やはり授業態度や日常生活を清く正しくとかになるのかな」
「Aクラスは頭いいやつも多いし、小テストの点数とか?」
「確かにそうだね。Aクラスの授業態度を見たことないけど、私たちは前半ちょっと騒がしかったしね」
クラスのやつが言った意見に一之瀬が頷く。騒がしかったといっても、3日も経たないうちに一之瀬が注意してからは、Bクラスの授業風景は穏やかなものだった。しかし、昼食後にウトウトしてしまったり、ふとした瞬間に気が抜けていたところで減点されたため、Aクラスとポイントが開いた可能性はある。俺も何度か記憶が飛んで、いつの間にか授業が終わっていたしな。
「小テストの方は、Aクラスでも最後の問題を解けたのは1人だけだと聞いた。だから、あまり関係ないかもな」
神崎の言う通りなら、小テストの点数はクラスポイントにあまり影響がないのかもしれない。俺は後半の2問で諦めたが、下手するとテストに対する姿勢とかも見られているのかもしれない。
「じゃあ、どうやったらAクラスとの差が埋められるかな」
「体育とか?」
「運動はCクラスの方ができるって体育の先生が言ってたよ」
「マジで?」
「Dクラスの高円寺ってのがヤバいって聞いたけど」
「今、Dクラスは関係ないから無視でよくね?」
「部活の成績とか?」
「それは個人成績になると思うが」
口々に、クラスメイトたちがどうやったらクラスポイントが上がるかを考えている。だが、残念ながら、どんなに考えても学校側が俺たちに正解を公表することはない。俺はそう思っている。
おそらく、プライベートポイントとやらを使って、教師、あるいは学校側にギブアンドテイクすれば一定の情報はくれるかもしれないが、時間が経てば徐々に線引きは明確化してくるだろう。もしかすると、どこかのクラスのやつが学校側が介入してくる問題や、厳罰対象、成績の基準を明確化するために動き出してくることも考慮すれば、俺たちの取るべき選択肢は……。
「3年間あるし、急いでこの差を埋める必要はないんじゃないか」
「……折木くん?」
「どういうことか説明してもらってもいいか、折木」
しまったな。思ったことをそのままストレートに言いすぎた。しかも、普段喋らないやつが思いのほか、よく聞こえる声で喋りだして当惑の視線が痛い。
「いや、学校側がクラス成績の明確な基準を提示しない限りはどれだけ考えても無駄だろうから、今はとりあえず現状維持で、クラスポイントの差を埋められる行事とか、基準が分かってからでもいいんじゃないかと俺は思うんだが」
早口で矢継ぎ早に話してしまったが、どうだろうか。もう1回言ってとか言われないかと不安になっていると、神崎がポツリと呟く。
「確かに、現状わかっていることだけで考えても仕方ないか」
「うーん、そうだね。今の私たちにできることがあるとしたら、赤点を回避すること、かな!」
どうやら俺の言葉は好意的に受け取って貰えたらしい。良かったと一息つくと、パンと一之瀬が手を叩いた。
「よーし! じゃあ、みんなテストに向けて、勉強会しよう! 今日は部活とかもあるだろうから、明日から! いいかな?」
クラスのために考えて前に立っている一之瀬の言葉に異を唱える者はいるわけもなく、こうしてBクラスは赤点による退学者回避の方向性と相成った。
「折木」
初めてのクラス会というやつが終わり、帰宅しようとしていたところで俺の行く手を阻むように、ドアの前に神崎が立っていた。
「どうした」
「いや、何……前後の席なのに話したことはなかったなと思ってな」
言われてみれば、初めて言葉を交わしたのはさっきだったか。
「少し意外だった。だが、助かった」
それは俺があまり話すタイプに見えなかったからということだろうか。正解だ。しかし、助けるようなことをした覚えはないと俺は首を振った。
「クラスの一員として意見しただけだ」
けれども礼を言われて悪い気分はしないので、思ってもないことを口にしてみる。
「貴重な意見だった。……そうだ、連絡先交換しないか?」
「別にいいが」
学校から支給された携帯電話を取り出して、連絡先を交換し合う。
「また何かあったら遠慮なく言ってくれ」
「わかった」
礼を言って満足したのか、連絡先が欲しかったのか。どちらかは分からないが、神崎が去っていくと、ようやく俺は教室から出る。
「あ、折木くん!」
どうやら俺はまだ自分の部屋に帰れないらしい。今度は一之瀬かと、俺は努めて普段通りの顔で首を傾げた。
「なんだ?」
「さっき意見してくれたお礼言っとかないとと思って」
そんな礼を言われるようなことを言った覚えはないんだがな。俺としては、あれ以上答えの出ない議論をされて、拘束されるのが嫌だっただけで、解決を引き伸ばしたにすぎない。
「別にいい。クラスの一員として意見しただけだ」
「そんな事言わないで、私がしたいだけだから」
微笑みながらそう言う一之瀬に、俺は特に何も言い返さない。本人がしたいと言っているのなら、させてやるのが時短だろうと考えた。
「あのまま話し続けてても下校時間まで続いたかもだからね。だから、ありがとう!」
どういたしましてと、お礼を受け取った俺はもう用はないなと帰ろうとする。
「あ、そうだ。私、折木くんの連絡先知らないから、教えて貰っていい?」
またかと思いつつ、俺は減るもんじゃないからと、一之瀬とも連絡先を交換する。
「ありがとう! じゃ、これからもよろしくね折木くん!」
一之瀬もまた、神崎のようにお礼と連絡先の交換という目的を果たしたからか、俺の進む方向とは逆へと歩き出していく。
久しぶりに疲れたなと思いながら、そんなに荷物の入っていないショルダーバッグを担ぎ直して、目の前に佇んでいた女生徒を見て俺は「げ」と声を出してしまった。
「どうしてそんな嫌そうな顔をするんですか、折木さん」
声とともに表情に出るほどに俺は彼女に苦手意識を持っていたのか。そう認識させてくれた目の前の他クラスの女子に、俺は彼女の言う通り嫌そうな顔をしながら口を開いた。
「……お前こそなんでここにいる。Cクラスは逆側だぞ、椎名」
「図書室と下駄箱に繋がる階段はこちらなので」
「今日は図書室には行かないぞ」
「あら、そうなんですか。テスト前だからですか?」
単に眠いからだと俺が言っても、椎名は多分「そうですか」と言って、昨日渡してきた本の感想を聞いてくるに違いない。まだ読み終わってないどころか、読んですらない本の感想を言えるほど、俺は達者じゃない。
ほんの数週間前に知り合ったこいつは椎名ひより。Cクラスの文学少女だ。ほんわかとした見た目をしているが、出るところはでているし、本の虫という言葉が似合うほどに読書を愛している。
クラスに馴染む気もなければ、居心地の良さを感じなかった俺は、比較的省エネルギーで時間を潰せる図書室に入り浸っていた。しかし、そこで会ったのが同じ1年生で、図書室の利用頻度が高いからと顔を認識されていた椎名だった。
「そういうことにしておいてくれ」
「分かりました。じゃあ、今日は茶道部に寄って帰ります」
「そうか」
想像以上に聞き分けのいい椎名に違和感を覚えつつも、帰れるのならいいかと俺は階段を降り始めた。
「本の感想、明後日に聞かせてくださいね」
遠回しに明後日までに読めと言われたが、テスト前だから読めなかったで乗り切ろうと俺は返事をせずに下駄箱へと向かっていった。
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