宿スレDQ3ネタ投下まとめ(仮タイトル) (Rasny)
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Stage.1 エスケープ
一学生に過ぎない少年と、世界の運命を背負った少年。
決して交わるはずの無い二つの世界が重なったとき、
少年たちの新たな物語が始まる──
<GAME SIDE>
そりゃ確かに、現実を忘れたいって気持ちがあったことは認めるよ。
もう何年前になるのか、ドラクエなんかにハマってた幼少時は、僕も平和な毎日を送っていた。あの頃が急に懐かしくなって、衝動的に本体ごと押し入れから引っ張り出して、裏ボス直前の冒険の書を再開したのが昨日の夜中。夜更かしなんて滅多にしないんだけど、人間たまには精神的に「避難」したい時ってあるでしょ。
でもあくまでゲームってのは、一時的な心の休憩時間に過ぎないものだと、僕は思う。それで活力を養って、また明日から厳しい現実に立ち向かっていくわけですよ。よく「異世界に行ければ」なんてアホな夢語るヤツがいるけど、別に僕はそういうのあんまり興味ない。
なんというか、人選ミスだと思います。
僕みたいに、それなりに生活こなしてる人間じゃなくてさ。こういうのは、もっとこう、救いようのないヒッキーなヲタとかが適任だと思うわけ。
【ダメダメな主人公が異世界で困難に立ち向かい、成長する感動物語!】
ほら、その方がサマになるって、絶対。
——なんてことをダラダラ考えながら寝てるフリを続ける僕を、こちらの世界のお母さんは、優しく優しーく揺すって起こそうとしている。
「まったく、こんな大切な日だっていうのに寝起きが悪いのは、あの人に似たのね」
むしろ嬉しそうな声。「頼もしい」という解釈なんだね。ポジティブな親だ。
今日は僕の一六歳の誕生日。勇者オルテガの息子である僕が、魔王バラモス
そうか、最初からなのか。神竜まで行ってたのになんてこった。
「……おはよう、母さん」
腹をくくって身体を起こす。こうなったら仕方ない、やることやってさっさと戻ろう。
切り替えの早いヤツが生き残るもんだって、死んだ
「ようやくお目覚めね、私のかわいい勇者さん」
DQ版お母さんは(美人だ。しかも若い)ふんわり笑って、僕の頭をクシャッとなぜた。
「さ、早く
笑顔が少し切ない。そりゃそうだろうな。一人息子で、愛する夫の忘れ
初プレイ当時、マセガキだった僕はこの時点でそういう裏事情を想像して、実はかなり根の暗いゲームなんじゃないか?とか思ってたっけ。嫌な裏付け取れちゃったな。
まだ寝ぼけている演技で、勝手のわからない「
ゲームでは一人で王に
途中、知り合いらしい兵士に「例のアレ、頼みますね」とかなんとか言われてヒヤッとした。どう見ても年下の僕に敬語だから、友人未満の間柄と推測。
城の前でDQ版お母さんと別れた。
別れ
さて……そろそろかかってくる頃か。
一人になった僕は、近くの建物の裏側に回り、周囲に人がいないことを確かめてから、ポケットから携帯を取り出した。ベッドの中にいた時から、ずっと隠し持っていたものだ。案の定、取り出した
『どうだ、俺のおふくろ。なかなかイイ女だろう?』
僕はため息をこらえつつ、昨日の対話の内容を確認した。
「で? ナビはしてくれるって約束だよね」
僕の言葉に、彼は「まあなー」と面倒そうに答える。
『でもこっちもドッキドキの異世界生活だしぃ? んなヒマねえかも』
「ふざけるな。だいたい僕は本気で承知したわけじゃないんだぞっ」
思わず怒鳴った僕に、彼は——勇者アルスは、くっくと嫌な笑いをもらした。
『でもお前、言ったじゃねえか。“代われるものなら代わりたい”——ってさ。だから俺は、お前の願いをかなえてやったんだぜ?」
「悪魔か君は……」
初めて会話したときは、そりゃもう立派な勇者様って感じで、僕も思わず彼の話に引き込まれてしまったものだけど。
だからつい、こんなアホな話に乗ってしまったんだけども。
ダーマ神殿にはきっと「
「君がサポートについてくれなきゃ、とてもじゃないけどクリアなんて不可能だよ?」
『4回もクリアしてんだからナビなんざいらねえんじゃねえの?』
「あのね、自分の母親の名前すら知らないのに、どうしろっていうんだよ」
多少の知識はインストールされるかと期待してたのに、僕は本当に僕のままだった。
さっきの兵士だって、もしかしたら過去にアルスの命を救った恩人かもしれないが、僕にはさっぱりだ。
人間関係の話だけじゃない。
ブーツひとつ履くのにも苦労した。麻製の布地は少しゴワゴワしてて、これも慣れるまでかかりそうだ。
四次元ポケットみたいな「ふくろ」は、とりあえず入れるだけでいいみたいなんで、王様からもらったアイテムを担いで歩く必要はなくて助かったけど。
たとえば、いずれ数万単位で持ち運ぶことになるはずのゴールドとか、どうやって管理するんだ?
どんな体感ゲームでも味わえないリアリティ。
うわっつらのシナリオを知ってるだけでどうにかなるほど、この世界は安っぽい作りじゃない。目覚めから数時間たっただけで、僕はそれを痛感している。
「とにかくナビ。ゲームと実際に携わるのとじゃ、勝手が違いすぎる」
僕が辛抱強く繰り返すと、彼は電話の向こうで『へいへい』と投げやりに返事をした。
『わーったよ。んで、これからルイーダか?』
「そうだよ、君のオススメは?」
ゲーム上では数値しか見えない相手だったけど、これから生死をともにする仲間だ。実際の選択基準には、もっと細かい要素があって当然だろう。
『そーだなー。宿屋の娘でエリスってのが、魔法使い登録してるはずだ』
「人の話は聞こうよ。友達とかは避けて欲しいんだって言ってるだろ」
僕は君の交友関係を知らないんだってば。
舌打ちしそうになったのをなんとかこらえた僕に、バカ勇者は追い打ちをかけた。
『安心しろ。友達じゃなくて元カノだ。こないだ捨てたんだよな。でも魔法の才能はホンモノだから、連れてって損はねーぞ、うん』
うおおおおい、そんなの押しつけるなー!
『というわけで、今日のヒントはここまでー。じゃあ頑張ってね。ばいばい』
「ええ? 切るなよオイっ……って……ちょっと……」
——ただいまおかけになった番号は、電波の届かないところにおられるか、電源が——
あのバカ電源まで切りやがった!
その後なんどリダイアルしても、あの無情な音声案内が流れるのみで。
失敗した。あそこでうかつに「はい」なんて選ばなきゃ良かった。
どう考えてもあの人、僕を身代わりにする気マンマンだ。
これは、あれだな。
ゲームキャラの現実逃避に、プレイヤーが付き合わされた——ってことですかね。
<REAL SIDE>
うるさくなりそうなんで、俺はさっさと通話を打ち切り、携帯の電源をオフにした。
どうせヤツのことだ、たとえクリア経験が無かったとしてもそれなりにこなせるだろう。よっぽどヤバイときはナビしてやるが、基本的にはほっとくつもりでいる。
いい加減、あの世界とはしばらく関わりたくない。
「ようやく“こっち”に来れたんだし……さ」
ゴチャゴチャした狭い部屋。
窓の外を眺めれば、この部屋以上にゴチャついた街並みが、どこまでも広がっている。
いつもいつも、夢で見ていた通りだ。
魔王も魔物もいない平和な世界。勇者なんかまったくもって不要。
それどころか魔法も必要ない。あんな疲れるもんなくったって、100円ライターで火は着くし、金さえあれば電車だのバスだの飛行機だの、夢みたいな乗り物でどこまでだっていける。ホント、死ぬ気でラーミア蘇らせてんの、バカみてー。
そもそも、無理に移動する必要もほとんどない。狭い一地域で、狭い人間関係の中で、毎日決まり切ったことをテキトーにこなしてればいいだけなんて、ここはパラダイスですか。
室内に目を戻す。付けっぱなしのテレビの画面では、ヤツが丁度ルイーダの酒場に入るところだった。ドット絵の二頭身キャラクターが、恐る恐るといった感じで歩いている。
さっき試してみたが、こちらからのコントロールは一切受け付けない。そういう設定なのか、「俺」だからなのかはわからないが、手を出せないというのはつまらん。
しかも、今はまだお互いに移行が完了していないから、もしデータがブッ飛んだり、ヤツがあっちで死んだりすると、俺も一緒に消えるらしい。
そうでなければ、とっくの昔に本体ごと叩き壊しているところだ。
「ま、せいぜい頑張って、お前も神竜を倒すことだな」
そして俺と同じ願いを叶えてもらうこと。
【もし目が覚めたら そこが現実世界の一室だったら】
血を吐くような思いで神竜に願った瞬間。
渡されたのは、小さな精密機械。
遠く離れた個人と個人を一瞬でつないでしまう、魔法のような道具。
開いた途端にコールが始まり、出た相手は、夢の中のあの少年で——。
「初めまして、タツミ君。キミ、勇者をやってみる気はないかい?」
考えるより先に、言葉が出ていた。
「さてと——まずは“コンビニ”でも行ってみるか」
口慣れない単語をわざと声に出してみる。それだけでちょっと楽しい。
ヤツも言っていたが、確かに、夢で見ているのと実際に携わるとではだいぶ違う。
こっちは少し、空気が悪いかな。
さーて、あんまりのんびりしてもいられない。
ヤツが戻ってくるまでに、なんとか完全に入れ替わる方法を見つけないとな——。
部屋を出る。
剣も魔法もない奇跡のような世界での、記念の第一歩だ。
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Stage.2 ラムと偽牛乳 ★番外付
<GAME SIDE>
勇者アルスのナビが当てにできないので、僕はさっさとこの世界に慣れることに決めた。
まずは素直にルイーダの酒場に行ってみる。いつか映画で見たような中世ヨーロッパ風の薄暗い店内で、3人の男がジョッキを片手に騒いでいる。その男達の他に客の姿はない。なんだかガラの悪い連中で、あまり近づきたくない雰囲気だ。仕事が無いのか、夜からの仕事なのか、どちらにしても昼間から飲んだくれてる人間にまともなヤツはいなさそうだ。どっちの世界も一緒だな。
奥のカウンターで、ハデな化粧のお姉さんがこっちを見てニヤニヤしていた。優雅にキセルをふかしている様は、なかなか堂に入ったものだ。そんじょそこらのアラクレじゃあ太刀打ちできないしたたかさがにじみ出ている。彼女がルイーダさんかな?
「いらっしゃいよ。話は聞いてるわ」
チョイチョイと人差し指を手前に倒す。一応僕が噂の勇者様だから遠慮したみたいだが、そうでなければ、きっと最後に「坊や」とか入っていただろう。
彼女のセリフで僕の存在に気付いた飲んだくれ達が、人を小馬鹿にするような笑みを浮かべた。僕がカウンターに着くなり、三人の酔っぱらいは当然のように僕を取りかこむ。そのうちの一人が馴れ馴れしく肩に腕を回してきて、酒臭い息を吹きかけた。
「勇者様ぁ、今日が旅立ちでしたっけぇ? こちらにはお仲間を探しにぃ?」
わかりきってることをわざと聞いている感じだ。
「でもせっかく酒場に来たんだし、勇者様も景気付けに一杯飲んでいかねえかい?」
「もちろんここは、勇者様のおごりでな!」
3人目の言葉と同時に、全員が爆笑。勇者だからって、誰もが
「バカ言ってんじゃないよ。勇者様にタカったなんて知れたら、しょっぴかれるわよ」
ルイーダさんが僕と肩を組んでいた(というかもはや羽交い締め状態だった)男の腕を、キセルでパンっと叩いた。中の粉が飛んで、二、三度咳こんでしまう。それを見て、またもやみんな爆笑。
「いやいや勇者様、もちろんおごれってのは冗談ッスよ?」
「緊張してるみたいだからほぐしてやろうと思っただけだって。なぁ?」
ふーむ。こんなのに構ってるヒマないんだけどなぁ。
「だっけど勇者様もよぉ、酒場に来たんなら礼儀として、一杯くらいは飲んでいかな……」
ガシャン!
いきなり大きな音が店内に響いた。やいのやいの騒いでいた男達がピタリと黙る。カウンターにはゴールドの山。王様からもらったお金を、僕が全額ぶちまけたのだ。
「いいよ、飲もう。でもこれじゃ足りないと思うから、ここは飲み比べといかない?」
「ちょっと、無茶すんじゃないよ、坊や!」
ルイーダさんの顔がこわばった。意外といい人だったり? いや、勇者に悪さをしたら捕まるぞ、みたいなこと言ってたから、そっちが心配なのか。もう遅いけど。
「ここは酒場でしょ、ルイーダさん。お客に酒を出せないの?」
「うおっしゃ、よく言った勇者様!」
「大丈夫大丈夫、これくらいありゃあ、多少アシが出るくらいだぜ!」
「この剣とかも売れば釣りが来るしな!」
男達が再び大騒ぎしだしたのを横目に、僕は最初の一杯を注文した。
「……マジかよ、強すぎだろ……」
最後の一人が口元を押さえて表に飛び出していったのを、先にダウンした男が見送りつつ、呆然とつぶやいた。そいつの足下には、もう一人の男がいびきをかいて寝ている。しんと静まりかえった店内に、僕がくるくると揺らしているグラスの、カランと氷がぶつかる音だけが響く。
「いやぁ、おじさんたちが先にだいぶ飲んでたからだよ」
僕は残りのロックを一気にあおった。
「あ、あんた、大丈夫なの?」
ルイーダさんがカウンター越しに手を伸ばして、僕の頬に触れる。その手をやんわりと遠ざけて、代わりに空になったグラスを手渡した。
「もちろん大丈夫じゃないよ。さすがに、ちょっと酔ったかも」
ラムなんて強いお酒で勝負しちゃったしね。
「っぷ……くくくく……アハハハハハ!」
と、ルイーダさんは突然ゲラゲラ笑い出した。さっきまでの妙にシナを作った笑い方じゃなくて、ちょっと中年オバサンが入ってる品のない笑い方だ。
「参ったねぇ。お高く止まった優等生だとばっかり思ってたけど」
「へえ、そんな風に思われてたんだ」
アルスってば、こっちでも性格悪いって思われてるのかよ。ダメじゃんあの勇者。
「意地悪してごめんよ。仲間を探すんだろ? こっから選んでちょうだい」
ルイーダさんはボンっと厚い冊子を投げてよこした。開いてみると、一人一ページずつ、似顔絵付きで人物紹介がされている。これが例の名簿か。
「うわー……」
こっちの世界の文字が普通の日本語として認識できるのはありがたいんだけど。パラパラとめくってみて、僕はガックリきた。
どこまでいっても「レベル一」ばかりだ。いやゲームではそうなんだけど、実際問題、こんな履歴書で本気で雇われたいと思ってんのか。ナメてないか?
「——そう言えば、あの人は一二だったな」
城で声をかけてきた「例のアレ頼みますね」の兵士のことを思い出す。あの時はろくに話もしなかったけど、彼の胸には城の外門の紋章と同じ形をしたプレートが付けられていて、それには「レベル一二」と書いてあったんだよね。う〜、いるところにはいるんだよな。連れ出せるなら、あの人がいいんだけど。
まあだけど、載ってないのも当たり前か。とりあえず最後まで目を通した僕は、使い物にならない名簿をカウンターに投げ出した。
「いい加減にしてよルイーダさん、これ全部じゃないでしょ? 何で隠すのさ」
少し間があった。——それからニヤリと笑うルイーダさん。
「ふふん、勇者の方から言ってきたなら、違反にゃならないからねぇ」
とか言いながら、奥の階段から二階に上がっていく。すぐに戻ってきた彼女は、僕が今持っているのと同じ冊子を持ってきた。ただし、こちらの表紙には大きく「特選」と書いてある。
「本当はこっちも見せるべきなんだけど、王様に止められててさ」
開いてみると、なるほど、特選と銘打ってるだけあってトップページから「レベル一〇」だ。
「勇者の指名は断れない、って決まりを先に出しちまったもんだからさ。優秀な人材を引っ張って行かれるとマズイから、こっちの名簿は見せるなって言われてたんだよ」
ルイーダさんはあっけらかんと真相を語る。おいおい王様、人の良さそうな顔して、それはひどくないか?
特選の名簿には、あの兵士さんも載っていた。サミエルさん。うそ! 二二歳? 意外と若かったんだなー。てっきり三〇代半ばくらいかと思ってた。
「ああ、サミエルね。ずいぶんあんたについて行きたがってたわよ?」
ルイーダさんが思い出したように笑顔をこぼす。登録時は相当意気込んでいたようだ。ということは「例のアレ」ってのは、旅仲間に指名してくれってことだったのかな。
その2ページ後で、僕はようやく、目当ての彼女を見つけることができた。
【エリス/魔法使い/女/一六歳 「レベル一四」】
アルスの言っていた魔法使いの女の子。さっきの名簿に彼女が載っていなかったからこそ、別冊があると思ったんだ。嫌がらせで元カノを勧めてきたのに、その子が架空の人間というのもおかしいからね。それにしてもレベル一四とは。
「じゃあまず、このエリスさんを指名するね」
「あら、別れたんじゃなかったの?」
ルイーダさんが
「うん、ヨリを戻したくなって」
面倒だから適当に答えておく。僕の淡白な対応に、ルイーダさんも簡単に流してくれた。
あとはコレを持って本人を迎えに行ってね、と三人分の契約書を渡される。レベル一〇以上ともなると、別の場所で働いている人も多いから、雇い主が迎えに行くのが習慣らしい。ようやく酒場を出られるな。
「全員お城勤めだから楽でいいわよ。じゃあ頑張ってね♪」
ルイーダさんは、すっかり僕に気を許した風だ。だから僕は最後に、気になっていたことを聞いてみた。
「ねえルイーダさん。もし僕が特選名簿のことに気付かなかったら——レベル一のヒヨッコどもを押しつけて、世界を救えと言うつもりだったの?」
今度は、少しの間もなく。彼女は笑顔のまま答えた。
「当然でしょ。どうせあんた、ルビス様の加護がついてんだから簡単に生き返るし」
——了解。わざわざ入り口まで見送りに来てくれた彼女を、僕は二度と振り返らなかった。
店を出ると、外はすでに日が傾いていた。うわ、けっこう長くいたんだなー。
でも携帯の時計の方は、まだ正午を少し過ぎたあたりだ。現実時間よりゲーム内時間の流れの方が早いらしい。僕は少し気持ちが楽になった。始めからレベルの高い仲間を得ることに成功したし、この分なら探せばまだまだショートカットできるところはありそうだ。うん、思ったより早く戻れるかもしれない。
さて。
城に向かう前に、僕は裏路地の井戸に立ち寄った。運良く誰も使ってなかったので、桶に水を汲んで、路に沿って掘られている
「ゲホッ…うぇっ……ゲホゴホ!」
さすがに限界だった。いくらなんでも飲み過ぎだ。量で勝負の安酒なんて、悪酔いするに決まってる。
でも気分は悪くなかった。あの根性のねじくれた大人達が、呆気に取られている様子は見ものだった。まったく、一六歳の少年に、いい大人が揃いも揃ってとんでもない大儀を押しつけといて、よくも「お高くとまった優等生」なんて言えたもんだ。ふざけんな。だからアルスだって嫌になるんだよ。
でも……現実も、同じようなもんなんだけどね。
手酌で口の中をゆすぎながら、携帯越しに聞いた彼のはしゃいだ声を思い出して、僕は少し、心が苦しくなった。
<REAL SIDE>
上着をはおって部屋を出ると、リビングのテーブルにヤツの母親が伏せっていた。
「……いまごろ起きてきたの?」
顔も上げず、かすれ気味の声で非難してくる。そういう自分も昼寝してたんじゃねえのかよ? と突っ込みたかったが、まあ初日はおとなしくしておこう。
「ちょっと出かけてくるよ」
普通に声をかけておく。彼女がなにか言っていたが、俺は無視して靴を履き玄関を出た。マンションの廊下に出て、エレベーターで1階へ。こういう仕掛けは向こうにもあったから、大した珍しくもない。
だが一歩外に出ると、俺は視界一面にあふれている意味不明な記号群に圧倒された。「止まれ」とか言葉が書かれているものはわかるんだが、絵だけの表札はハッキリ言ってさっぱりわからん。あの青い親子連れはなんだ。人さらい注意? もっとも、徒歩の場合は自動車にさえ注意すれば、移動はそれほど難しくないはずだ。信号はわかる。何度か夢に見た。赤はNG、青はOK、インパスと一緒だな。
住宅街の一角に、目の前の住人の日照権を完全に無視した形で立っているデッカイ茶色の建物がヤツの住居だ。入り口を出てすぐ裏側に回る。こっち側からはマンションのベランダが見えて、4階の一番右端に今出てきた部屋がある。迷子にならないようにこの景観を頭にたたき込む。通学路だから、ヤツを通してしょっちゅう見ていた景色なんだが、やっぱり現実に目にすると感覚が違う。ここで暮らすからには、こうやって一つ一つ確実に自分の物にしていかないとな。
ここからコンビニまではそんなに遠くない。マンションの裏手にある小さな公園を横切り、狭い路地裏を二〇〇メートル(単位は俺の世界と同じ。アレフガルドは違ってたけど)も歩くと、青い看板が見えてきた。
ところで、このコンビニの看板はなぜミルクタンクのマークなんだろう。気になるじゃないか。
実は俺、牛乳が大好きだ。
だがイイ女ほど冷たいのと一緒で、あの白磁色の甘い液体は、俺の腹に入った瞬間に暴れ出す。飲んだ端からすーぐゴロゴロきちまうんだよな。だから俺の朝食はいつでも野菜ジュースだ。おふくろは蜂蜜を入れたり、あれこれ工夫して飲みやすくしてくれてはいたが、やはり牛乳の魅力には敵わない。
さて、こっちではどうだろう。俺はワクワクしながら、縁起の良いマークのコンビニに入った。それにしてもスゲエ品揃えだ。こんな狭い敷地内に、いったい何千点のアイテムがあるんだか。アリアハンで年に一度開かれる大百貨市でも、これほどの種類は集まらないだろう。
さっそく愛しの牛乳ちゃんが並んでいる場所を目指す。もちろんこんな大事な部分はちゃんと予習済みだ。こっちの牛乳は、紙の箱に入って冷やされてるんだよな? 壁際の方から冷気が漂ってくるから、あっちかね。
そう言えばレーベの発明ジジイが、低温の食料貯蔵庫を作るとかってはりきってたな。エサをやることを条件にスライムつむりにヒャドらせてたら、気がついたら食料みんな食い逃げされたとか。こっちの「冷蔵庫」を見せたら、どう思うだろ。
「あったあった♪ えーと、メグ…ミル…?」
赤いパッケージのは他のと比べてちょっと高い。せっかくだからこれにしよう。ただ、さすがに1リットルのを買っても飲みきれないから、俺は同じデザインの一番小さい紙箱、じゃない紙パック(だっけか?)を手に取った。
と——同じ段の左側に並んでいる、緑色の細長い紙パックが目に入った。
「まめちち?」
“乳”とつくからには、これも牛乳の仲間だろうか。しかし、「まめちち」って。エリスに言ったら泣くだろうなー。いや、俺は大きさも大事だが形も大事だと思……コホン。
「違うな。TO…NYU……とうにゅう、か」
とうにゅう。とうにゅう。不思議な響きだ。俺はついでにソレも買うことにした。勇者たる者つねにチャレンジ精神を忘れてはならない。他にも数点、ツルツルした袋に入った軽い食い物を選ぶ。スナックとかいうやつ。持ちきれなくなってきたので、俺は精算することにした。金はレジで、だよな?
青いシマシマ服を着た姉ちゃんが、カウンターの向こうで、しきりにこっちを気にしていた。俺は別に変な行動は取ってないはず。他に客もいないからヒマしてるのか、
「それとも——顔がいいからかな〜?」
一応ゲームキャラですから。まあ美少年と呼んで差し支えはないでしょう。とはいえ、俺のプレイヤーが俺にそっくりだっつーのは、ちょっとシャクに障るが。
そんなことより問題はあれだ。どうやって牛乳を飲めばいいか。これ開け方わかんねーぞ。商品を店員の前に並べつつ、俺はさらに頭を回転させた。よし! ここは——
「すみません。それ飲んで帰りたいんで、そういう風にしてもらえます?」
つらっと頼んでみる。店員は怪しむこともなく、牛乳の箱の横に張り付いていた小さな棒を、箱の上部にプツッと突き刺した。あ、なーる。そうやるのね。
「六三八円になります。会員カードはお持ちですか?」
カイーンカード。わからん単語は飛ばすに限る。「ありません」。こまかい貨幣計算はまだ不慣れなので、俺はヤツの財布から紙幣を一枚抜き出し、渡して様子を見た。足りたようだ。
「ところでお客様」
釣りを受け取って立ち去りかけた瞬間、姉ちゃんが声をかけてきた。
「そのぉ……」言いにくそうな姉ちゃんは、「ズボンのファスナーが……」と視線をそらす。
「あ、どうも」
そうか、ここが開いていたのか。確か、こっちでは恥ずかしいことなんだよなー。あはは。
……って向こうでも恥ですから! うわー、これで歩いてたのかよ俺 !!
やっぱ緊張してんのかな。
買い物を終え、俺は店から少し離れたところで立ち止まった。コンビニの袋を片手に、もう一方の手には言わずもがな、牛乳のパックを持っている。これがビン入りだったら腰に手を当て、斜め四五度に向かって仁王立ちで飲みたいところだが、そこまで望むのは贅沢というものだろう。いよいよ念願の現実牛乳だ。
いざ、リアルミルクターイム!
チュウウウゥゥゥゥゥーーーー……………ぷはぁ!
「…………」
「……………………」
「……………………………………マズイ?」
なんだろう。妙に水っぽくないか? いやこんなもんだっけか? 向こうでも久しく飲んでないから、味を忘れてるんだろうか。でもなんか違うような気がする。あれ〜?
しかも腹のあたりで嫌〜な感触がしている。まだ大丈夫だがこれ以上はヤバイ、という警告らしきものが、胃の腑のあたりで
「楽しみが一つ減っちまったなぁ……」
まあ仕方ない。牛乳だけが人生じゃないさ。
「いいもん。牛乳だけが人生じゃないもん 。・゜・(ノД`)・゜・。」
俺は公園のベンチに座り、しばらくシクシク泣いていた。本当はめっさショックでした。
しかし勇者は決して希望を捨てないものだ。俺はコンビニの袋をあさり、謎の「まめちち」を取り出す。俺はこいつに賭けるぜ!
「でも一応、成分表を見てからだな。……うむ。牛乳は入ってないのか」
乳が入ってないのに乳とはこれいかに。店員がやっていたように、俺はパックの横についていた細い筒を頂部に突き刺した。どれどれ……?
<GAME SIDE>
アリアハン城で三人分の仲間の契約を終えた頃には、すっかり夜も遅くなっていた。
僕が指名した三人の仲間は、宮仕えの中ではレベルこそまだ中の下くらいらしいが、どの人も将来を有望視されているエリートで、王様には散々嫌味を言われた。だーから、世界を救う勇者に人材の出し惜しみをするなっつーの。
「疲れた〜」
夜中に帰ってきたにもかかわらず、DQ版お母さんは優しく迎え入れてくれた上に、夕食も用意すると言ってくれて、すごく嬉しかったんだけど。とてもご飯なんか食べる気力もなくて、僕は二階の自室に戻るなり、ろくに着替えもしないで、そのままベッドに倒れ込んだ。明日からはいよいよ本格的に冒険が始まるのだが、そんな興奮も押し寄せる眠気の前には消し飛んで……
プルルルルルル! プルルルルルル!
「うはぁ!」
いきなり鳴り響いた甲高い電子音に、僕は心臓が止まりそうになった。反射的に携帯を手にとって確かめると「ARS」と出ている。
え……アルス? 向こうからかけてくるなんて、もしかしてなんかあったのか?
「どうしたのアルス!? まさか事故にでも遭っ——」
『聞けよタツミー! すげえぞコレ! ウマイってもんじゃねえの! まめちち最高!』
ぎぃやああ !! ふ、二日酔いの頭にガンガン響くぅぅ!
「はぁ? な、なんだってぇ?」
『だから、まめちち? いやトウニュウ? これマジウマー!』
こらこらこらこら、ちょっと待て。
「うるさいよ! なんだよもー! 何時だと思ってんだよ!」
『あん? 午後三時二二分だが、どうかしたか』
「こっちはもう夜中だ! 時差を考えろ!」
『時差ぁ? 知るかよ。それより、まめちち!』
「ワケわかんないっつーの!」
『いいから聞いてくれよ〜! でなきゃこの感動を、俺は誰に伝えればいいんだ! だって牛乳じゃないんだぞ? 腹ゴロゴロいわねーんだぞ? なのにマッタリとしてコクがあって、それでいて動物性タンパク質にある独特の脂っぽさが無いこの上品なテイスト! 作ったヤツはもはや 神 だぜ! なあ!?』
……なんだか知らんが、すっかり現実世界を
『しかも、このハバネロってのがまた辛いけどサックリ感がーーッピ』
通話を切って、今度はこっちから電源をオフにする。さらに輪をかけてグッタリ疲れた僕は、
「カンベンシテヨモウ……zzz」
次の瞬間には、意識を失っていた。
スレに連載していた時、たまに下記のようなインターバルを挟んでいました。
番外編というか、ちょっとした裏話っぽいものだったり。
★番外 1「アルスの名前」
アルス「作者がなんでもいいから雑談しろってよ」
タツミ「どう見ても間をつないでるだけです。本当にあり(ry」
アルス「ところで、お前の本名の『三津原辰巳』ってさ」
タツミ「うん」
アルス「辰って竜と同じような意味の字だろ。つまりDQ3? 単純じゃね?」
タツミ「悪かったね。単純なのは作者の命名センスだろ」
アルス「っつーか、それはお前もだろ。なんで俺デフォルト名なのよ」
タツミ「もしかして僕が『アルス』ってつけたから、君その名前なの?」
アルス「そうだって。4周もしてたのに全部同じにしてるし」
タツミ「うん、考えるの面倒だったから」
アルス「ありえねー、なにその思い入れの無さ!」
タツミ「こら、『アルス』って名前を気に入ってプレイしてる人もいるかもしれないだろ」
アルス「お前は今、考えるの面倒だったからって言ったじゃねえか」
タツミ「じゃあ『ジョニー』とか?」
アルス「このSSの印象変わりそうだな」
タツミ「それなら『ゲパルト』とか」
アルス「てめえワザとだろ」
タツミ「わがままだなぁ。もう『ヘニョ』にしていい?」
アルス「なんだそりゃ!」
タツミ「いいじゃないか。ヘニョに決定」
ヘニョ「決定するニャ! うニャ、名前まで変わってるニョ!?」
タツミ「語尾も変わってるw」
ヘニョ「ニョwwwwwwやめwwwwwwww助けてマリニャン様ぁ!」
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Stage.3 リサーチ ★番外付
<REAL SIDE>
「ハバネロもいいが、かっぱえびせんってのもまた……あれ? もしもし? おーい!」
なんだよタツミの野郎。話の途中で携帯ブチ切りしやがって。
……しかも繋がんねえし。まめちち発見記念に、大サービスでいろいろナビってやろうと思ったのにさ。
「まあ俺もヒマじゃねえから、いいんだけどよ」
俺はメシ代わりにスナックを平らげ、まとめてコンビニの袋に突っ込んだ。えーと、こういった不要物の処理システムは、かなり整備されていたはず。
狭い公園内を見渡すと、隅の方に白いカゴが2つ並んで設置されていた。緑に白字で「燃えるゴミ」「燃えないゴミ」と書かれたプレートが取り付けられている。一応「燃えるゴミ」の方に袋を放り込む。
「あれ、タツミ? なにやってんの?」
「ハイィッ!?」
——おっとぉ。
なまじ「俺はタツミだ」としつこいくらい自分に言い聞かせてきたから、タツミという単語に過剰反応してしまったな。
声をかけてきたのはショートカットの小柄な若い女だった。ポカンとしている。
「あ、ごめん。びっくりさせたかな」
「いや、俺の方こそ悪かった。……カタオカ、ユリコ?」
頭の中からヤツと関係する人間のリストを引っ張り出す。夢の中で断片的に拾った記憶のつなぎ合わせだから心許ないが、確か同じ学校に通う人間で、家も近所だったはずだ。
っていうか「片岡百合子」って、ヤツのガールフレンドじゃなかったか!?
嘘だろー……。確か今は「春休み」とかいう長期休暇期間で、知人に会う確立が低い時期だから安心してたんだが。
俺もヤツと同じで、こっちの人間関係をきっちり把握してるわけじゃない。休みの間に電話などで間接的に確認し直しておく予定だったんだが、いきなりこんな濃い間柄の人間と出くわすとはな。
エリス似のカワイイ子だから引き継ぐのは構わないんだが、さぁて、どうしたものか。
「休みは滅多に外に出ないのに、珍しいね」
俺が思考を巡らせる間に、彼女は疑いもせず寄ってきた。それからふと首をかしげる。
「さっき『オレ』って言った?」
ヤツの一人称は『僕』だっけか。いいや、のちのち面倒だからここで変えちまえ。
「ちょっとイメチェン。おかしいか?」
「う…ん、正直、違和感はあるけど。まあ、その方が取っ付き易いからいいんじゃない」
なんだか歯切れの悪い言い方だ。彼女的には「僕」の方が好みなんだろう。
「それよりもさ! ヒマしてんなら付き合ってくんない?」
ユリコは話題を切り替えるようにパンっと手を合わせた。さっそくデートktkr!
この際うまく誘導して、あちこち案内させるのも手か。
「いいよ。どこに?」
「ガッコ。昨日の補習ん時に、教室に携帯忘れちゃって」
やっぱ落ち着かないのよねえ、と苦笑する。なんだ、デートじゃねえんかよぉ。
でも学校なら本や資料も豊富だろうし、この世界のことを調べるには丁度いいか。
そこに行けば例の、なんだっけ、調べ物するのに便利な……「インターネット」! あれも使えるだろうし。
そう、タツミの家にはインターネットがない。俺の夢研究が正しければ、一六歳の少年が住む家には、当たり前にある設備のはずだが。
改めて考えると、タツミんちって、ちょっと変わった家なのかもなぁ。
なんて思って、俺はもう一度マンションを振り返った。
「ん?」
四階の自分の家のベランダに、ヤツの母親が立っている。じっとこちらを見下ろしていたが、俺と目が合うと、ふいっと中に引っ込んでしまった。
どうしたんだろ。用があんなら声をかけてくれりゃいいのに。
なんか感じの悪い親だよなぁ。ぶっちゃけうちのおふくろの方が若くて美人だし。
ま、あんな親父にいつまでも入れあげてるバカ親よりゃ、よっぽどマシだからぁ? 贅沢は言わねえけどさ。
近くのバス停から、がらがらに空いたバスに乗り込む。
道順はけっこう単純だ。一〇分ほど揺られていると、学校の名前がそのままついた停留所が出てきたので、そこで降りる。次は一人でも迷うことはなさそうだ。
初めてのバスだったから、「次停まります」のボタンが押せなくて悔しかったり(俺もピンポーンって鳴らしたかったぁ!)「定期券」がわかんなくて、ユリコにうまーく言って財布から出してもらったりと、いろいろあったがひとまず無事に到着。
ヤツの通う学校はなかなか立派な門構えで、他の建物と比べると歴史を感じさせるような古びた風情があった。
門の横に掲示板があり「合格者」と墨字で書かれた下に三桁の数字が羅列されている。
こっちにも「試験」ってあるんだもんな。しかもなんか、やったらペーパーに偏った査定方法だったはず。向こうでは常にトップ張ってた俺だが、剣術や呪文なんかの実技の方が得意だったし、こっちじゃどうなるかな。
本物のタツミに合わせて、勉強もスポーツも真ん中くらいにしといた方が、無難っちゃ無難なんだろうが……。
「ちょっと、置いてくよ?」
「あ、待てよユリコ!」
置いてかれたら自分の教室わかんねーっての。
ユリコは携帯を取ってくるなりスゴイ勢いでボタンを操作し始めた。たまっていた友達からのメールに返信しているらしい。かけた方が早いんじゃないか。
ちなみに、俺が今持っている携帯は通話機能しかない。
カメラもなければインターネットにも未対応なのでメールも当然ムリ。折りたたみ式のツルッとした黒いボディで、内側のモノクロ画面に表示できるのは文字のみだ。
しかも裏側に、色あせてほとんど白くなってるロトのマークのシールとか貼ってるし。
タツミの私物だが、はっきり言ってダセぇ。「着うたフル」とか楽しみだったのに。
「お待たせ。えーと、図書室だっけ?」
「いや、先にインターネット」
俺が最初に調べたいことは、学校の図書には載ってなさそうだからな。
「じゃあ職員室でコンピュータールームの鍵借りないとね」
ユリコはさっさと前を歩きだした。俺が命令するまでジーッと待ってるエリスと違って自発的に行動してくれる子で助かる。
んで、新しく出てきた単語「職員室」。鍵の管理をしているなら、たぶん講師や管理側の人間の詰め所のことだろう、と予想したら正解だった。イエーイ。
向こうにいた間も、「夢」に出てきた知らない単語は、そのあとの展開と照らし合わせながら意味を覚えてきた。「情報」を集めて「推測」するってのは、冒険中は当たり前のことだったから慣れたもんだ。
まったく、旅の間はずっと脳みそフル回転だったからな。
そこらのガキが歌ってた「お日様ボタン〜♪」とかのふざけた歌詞が、古代文明の大いなる遺産にして伝説の巨大迷宮ピラミッドの謎を解くヒントだなんて——
普通は絶っ対わかりませんからぁ!
俺がちょっと判断をミスれば、仲間の命を危険にさらすことになるし。ああ俺バカじゃなくて良かった……なんて、グタグタに疲れながら思ったもんだ。
でもこっちはそんなキバんなくても平気なんだよな。ビバ現実世界!
「——さっきから難しい顔したり、ニタニタしたり、どうしたの」
「気にすんな。それより、これどーやって使うんだっけ?」
俺はユリコに案内されたコンピュータールームの一席で、ついに「パソコン」と対峙していた。はい、使い方はサッパリです。
「忘れたの? 珍しい。まあ家にパソコン無いからね……貸してみて」
彼女は俺の隣に立って、手元にあった線が付いた丸いヤツを動かした。画面の中の矢印が一緒に動く。あとデコボコがついた板状のものをカタカタやったら文字が出てきた。
指示をするのは丸いの、何か記入するときはこっちの板だな。よし覚えた。
「パスワードっと……繋がったよ。何を観たいの?」
そりゃ「無修正」とか「動画」とか「一八歳未満は閲覧禁止」とか!☆
なんて女の子にゃ頼めないしなぁ。っち。
——いやまあ、それは今度として。
「ドラゴンクエスト3ってゲームについてなんだけど」
「ゲームぅ? ああ、ドラクエ3だけは好きだって言ってたっけ。攻略方法?」
「いや、内容は嫌っつーほど知ってるから、いい。なんつうのかな、位置づけというか、ゲームそのものの情報というか、たとえば、実際に作った人間のこととか」
俺が「1ゲームの登場人物に過ぎない」という残酷な事実を、認識するために。
「じゃあウィキがいいかな。『ドラゴンクエスト3』っと……。はい出たよ」
「ありがと。悪い、ちょっと集中していいか? すぐ終わるから」
「ん…じゃ、あっちのパソで私もなんか観てるよ。終わったら声かけて」
彼女が離れてから、俺はひとつ深呼吸して「ドラゴンクエスト3」という項目のページを読み始めた。知らない用語が多すぎていまいち理解しきれないが、「システム」「作品」なんて単語を目にすると、本当に俺の世界は作り物なんだな、と思い知らされる。
初期型の売上本数、三八〇万本。リメイクを含めるとそれ以上。
そんな星の数ほどの「勇者」の中で……俺の存在に、どれだけの意味があるんだろう。
<GAME SIDE>
翌日。
夜中にアルスの電話で叩き起こされて少々寝不足だったが、僕は予定通り家を出た。
街の入り口に行くと、昨日契約を交わした仲間たちが待っていた。
現在の僕の仲間は三人。戦士、僧侶、魔法使いと、ごく基本的な構成だ。
戦士は前述でも登場しているサミエル。
二二歳でアリアハン第二近衛隊の副隊長を勤めるエリートさんだ。剣術もなかなかの腕前だそうで、「新入りの指南役がいなくなるなぁ」と彼の上司は残念そうにしていた。
もう一人の仲間は宮廷司祭見習いの三二歳、ロダム。
司祭職……つまり僧侶は年功序列の職業なので、この年齢の彼もまだ見習いだそうだが、実力は「Lv.16」と、パーティーの中で一番高い。
そして問題の魔法使い……エリス。
アルスの元カノで、「こないだ捨てた」なんて不穏なことを聞いていたから、初見の時はドキドキしたもんだけど。
彼女はアルスに対して、まったく怒っていなかった。それどころかすこぶる低姿勢で、別れた原因も自分が悪いからと、会うなりいきなり謝られた。
しまいには「こんな私を旅に加えてくださるなんて!」などと号泣する始末。
他人の色恋沙汰に首を突っ込む趣味はないけどさ、なんというか……やっぱりこれは、アルスが悪かったんじゃないのかなー。
素直だし、僕の幼なじみとちょっと似ていてカワイイ子だし、一瞬マジに付き合っちゃおうかな、とかとか、頭をかすめたんだけども。
なんだか友達の彼女とこっそり浮気しているような、妙に後ろめたい気持ちがしたので、
「ここは友人からリスタート」ということで話をまとめておいた。
そんなこんなで僕もいよいよ冒険の旅へ。
もちろん目指すは、かつて誰も為し得たことのない、超最速クリアだ。
で、最初の目的地はロマリア。
【レーべ▽岬の洞窟▽ナジミの塔(盗賊の鍵)▽レーべ(魔法の玉)▽いざないの洞窟】
などという序盤のまどろっこしい順当ルートは、さっそく無視させていただきましたw
実はエリスちゃん、つい半年ほど前までロマリアに留学していたそうで。
「もちろん私のルーラで行けますわ。お任せ下さい勇者様」
とのこと。ショートカット第二弾。まだ二日酔いは抜け切ってないんだけど、頑張った甲斐があったなぁ。
「では勇者様、私から離れませんようお気を付けくださいませ」
頭にバカがつくほど丁寧に言いつつ、エリスがルーラの詠唱に入った。
彼女を中心に、地面に複雑な文様の光の円が浮かび上がる。
初めて呪文を目の当たりにした僕は、内心かなり感動した。やっぱりここはドラクエの世界なんだな、と再認識する。
軽い酩酊感を覚えたあと、目を開けると世界は一変していた。
僕らは森の中にいた。アリアハンとはまるで違う種類の植物が茂っていて、湿度が低い。カラッと晴れ渡る青空と、爽やかな風。
木立の向こうに、巨大な建造物がどーんと構えていた。白い頑強な城壁が左右に長く続き、二つの塔が天空に高く突き出していて、その先端には、ここからでも視認できるくらい大きな旗が翻っている。
赤地に黄金の獅子の紋章を掲げる、王都ロマリア。
現在、世界の中心はここと言ってもいいような、大きな都市だ。
3階建ビルに匹敵する巨大な門の前に、二人の兵士が直立不動で番をしていた。ヨロイも上等とわかる凝った意匠で、彼らは僕たちが近づくと、長い槍を素早く交差させた。
ロダムが先頭に出て、柔和な笑顔を向ける。
「我々はアリアハンより参りました。魔王討伐のために旅立った勇者アルスの名は、こちらにも届いておられるかと存じますが?」
「おお、アルス様ご一行でございましたか!」
厳めしい顔をしていた兵士の表情が、アルスの名を聞いた途端に明るく崩れた。最敬礼でサッと道を開け、高々と「開門」を告げる。
勇者アルスの名前って実はすごいんだな。本物はアレだってのにさー。
「さっそく王様にお会いください」と案内をされかけたのを、僕は「失礼になるので旅の汚れを落としてから」とやんわり断った。
それは建前で、真っ直ぐ「ある」場所に向かう。訝しげな顔をしている仲間たちを連れて、街の南西にある大きな建物へ。
武器・防具屋と道具屋のテナントが並んでいる向かい側から、賑々しい音楽が響いてくる。その先の大きな階段を降りていくと、そこがかの有名な「モンスター格闘場」。モンスター同士を戦わせ、その勝敗を予想する賭博場だ。
「ほぉ、こんなところに……。よくご存じでしたね、勇者様」
サミエルが感心したように僕を見る。そりゃ予習してるからね。プレイ経験があるってだけじゃなく、実際、アリアハンを出る前に城内の図書館に寄って、ロマリアについて調べてきているし。
奥の「受付」と書かれたコーナーの前に人だかりができていた。大きな黒板が立てられていて、男の人が二人がかりでモンスター名とそのオッズを、ひっきりなしに書いたり消したりしている。
その隣には一回り小さな黒板があり、本日の結果の一覧が出ていた。
よーし、これがあれば何とかなる。結果一覧をザッと見て、受付カウンターへGO。
現在の所持金は、仲間から預かった分も合わせると約三〇〇ゴールド。
僕は次の試合の二番目に高いオッズのアルミラージに、所持金の全額を賭けた。
「えっ!? ちょ、ちょっと勇者様!?」
仲間たちが目を白黒させるが、まあまあと手を振りつつ賭札を購入してしまう。
——二時間後。
資金を二〇倍ほどに増やした僕たちは、カジノ内のバーの一角を陣取っていた。
もはや声も出ない仲間たちに、テーブルに積んだゴールドの山から四分の三ほど取り分けてあげる。
「さすが勇者様ですわ……」
エリスなんか目をキラキラさせているが、種明かしをすれば、モンスターの強さや特性を「数値」としてよく知った上で、実際の戦績表から統計を取ったら、ほとんど外すこともないってワケ。大したことじゃない。
それよりも、大事なのはこのお金の使い方だ。
「ちょっとみんなに頼みがあるんだ。国王様には僕が一人で会ってくるから、その間に、みんなには『金の冠』というものを取ってきてほしい。このお金で腕の立つ傭兵を雇えるだけ雇って、とにかく最短でね」
どうせ「Lv.1」の僕がついていったって、足手まといになるだけだもんね。
僕はロマリアから目的地までの地図を、羊皮紙に描いてサミエルに渡した。ルーラで来たので世界地図を取り損なっているんだけど、頭に入ってるから問題ない。
北上してカザーブに行き、そこから西に向かうとカンダタが根城にしている「シャンパーニの塔」がある。
「この最上階のカンダタ一味を倒せばOK。たださっきも言ったけど、絶対に殺さないこと。うるさく命乞いしてくるはずだから、見逃してやってね」
カンダタとその子分の特技についても説明しつつ、そこは何度も念を押す。
あとからまた出てくるキャラだから、殺してしまったりするとストーリーが大きく崩れてしまう。そうなると、僕が知っているシナリオからも逸脱し、その後のショートカットが使えなくなる可能性があるから、ここは慎重に。
「あと、こっちはシャンパーニの塔。出入口や階段が見つかりにくいから気をつけて」
塔の内部図まで書き出した僕に、さすがにサミエルやロダムは「こいつはなんでそんなことを知ってるんだ?」という顔をしていたけど、
「昨日の夜、ルビス様からお告げがあったんだよ」
とか言っておいたら、なんだか納得したみたいだった。ルビス様バンザイ。
半端な加護で迷惑こうむってる女神様だし、これくらいは利用させてもらおう。
3人を送り出してから、僕は一人でロマリア城に向かった。
正門の番兵にはすでに話が通っていたようで、僕はすぐに入城を許可された。
そして入った瞬間に、思わず引きそうになった。目に痛い真っ赤な毛氈が、入り口から遙か先の階段まで一直線に続いているその両サイドに、きれいなドレス姿の女性たちがズラーッと並んでいたのだ。僕が歩くのに合わせてお辞儀をしていく。
歓迎の意……というよりは、権力を見せつけたいんだろうね。気後れしたら負けだ。
階段を上がると、そこが謁見の間だった。王の前まで進んで膝を折る。サミエルに事前に教えてもらっていた「騎士の礼」というやつだ。
ロマリア王は思ったよりガタイのいいオジサンで、豊かなヒゲをなぜながら、僕を上から下まで一通り眺めた。
「勇者オルテガのご子息、アルス殿。よくぞ我がロマリアに参られた」
王の声が広間に響いた。大勢の人がいるのに、他に物音ひとつしない。教育が行き届いているというか、この王様も一筋縄ではいかない御仁のようですね。
うっしゃ、こちらも気合い入れてご挨拶させていただきましょう。僕のターン。
「わたくしも特別のご歓待を賜り、身に余る光栄に存じます。陛下のご聖采はかねがねうかがっておりましたが、聞きしに優る素晴らしい都ですね。まさに明君の賢政隅々までゆき渡りし様、ただただ感嘆の声を漏らすばかりです」
必殺褒め殺し! さらにとっておきの営業スマイル発動! ここでターンエンド。
王座の左右に控える大臣たちが「ほぉ」と小さく声を上げた。
「……ふむ。勇者殿に誉められると、儂も鼻が高いのぉ。ゆるりとしていかれよ」
王様もまんざらでもないようだ。偉そうにふんぞり返っている相手は、とにかくヨイショしとけば間違いない。
そのあとは予想通り、派手な歓迎パーティーに突入した。
僕はあんまり騒がしいのは好きじゃないので、仕事でしたくもない接待に付き合わされてるのと同じことなんだけど、今頃モンスターを相手にしている仲間たちには、ちょっと申し訳ない。
王様の機嫌がいいときを見計らい、僕は仲間たちが事情があってロマリアを離れていることと、戻ってきたら改めて紹介したい旨を伝えた。王様は二つ返事で承諾。
その時には、金の冠奪還の記念に、さらに盛大なパーティーが開かれることだろう。
そのついでのように、僕は本来の用件を切り出した。
「ところで陛下、あとで書庫を拝見せていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「書庫とな?」
ワインを片手に鼻歌交じりだった王様が、怪訝な顔をする。
「ええ、古い歴史を持つ由緒正しきお国ですから、その蔵書もさぞかし素晴らしいのでしょう。ぜひ一度、この目で見てみたいと思っておりました」
「さすが勇者殿は篤学でおられるの。好きに見ていかれよ、あとで案内させよう」
良かった。だってアリアハンのお城にはロクな本が無かったんだもん。
アルスと「神竜の間」で最初に話し合ったときには、お互いに携帯を通して丁寧なフォロー、つまり「ナビ」をすると約束していたんだけど——。
向こうにその気がないのもあるけど、結局いちいち聞いてる方が面倒なんだよね。自分で学んでしまった方が早い。ドラクエは書籍に関する表現が多い世界だから、そういった意味では知識を得るのが楽なゲームだ。
アルスからのコールがほとんどないのも、きっと彼も同じ結論を出したからだろう。
ところで、本は量より質が大事。ただ小難しいことが書いてあればいいってもんでもなく、読み手のレベルと目的に合った本こそが、その人にとっての「良書」だ。
パーティーがお開きになってから、僕はすぐに書庫に案内してもらった。
ロマリアの王様が遊び人、って事前知識があったから目をつけていたんだけど。いやーあるわあるわ、今の僕にとってのお役立ち本の数々♪ よだれ出そう。
「まずは『宮廷マナー入門(全二巻)』『公文書の書き方(全五巻)』『正しい帝王学のススメ(全一二巻)』と。これもいいな『今日からあなたもカリスマ国王(全三巻)』『常勝必至の兵法一五〇選(全二二巻)』。あ、全部あっちのテーブルに運んじゃってください」
案内役のお兄さんが手伝いを申し出てくれたので、僕は遠慮なく彼の手にどんどん本を積み重ねていった。
「あの、勇者様……これ全部、今から読まれるんですか?」
「もちろん。大丈夫、眠くなる前に片付けるから」
めぼしい本はこのくらいかな。テーブルに移動する。
さっそく一冊目を手に取り、右手の親指の腹でパラララっとぺージをしごくこと数回、
「次の本…と」
「えーっ! 今のでもう読み終わったんですか!?」
うん、これでだいたい頭に入っちゃうんだよね、僕。
ラピッド・リーディングーー「速読」ってやつ。
ちなみに「直感像記憶力」という、目で見た情報を細部にいたるまで写真のように記憶できる能力もあったりする。
勇者専用の呪文に「思い出す」というのがあったけど、つまりはコレのことなんじゃないのかな? 他の人にはきっと、魔法のように思えたんだろうね。
だからアルスが僕の代わりをすること自体は、無謀ではないのだけれど。
「でもあの人には、あんな『現実』なんて、合わないと思うんだよなー」
まったく、あっちの世界の何を見て「羨ましい」なんて思ったんだろう。こっちの方がずっとラクだろうに。
★番外2 「アルスの服装」
「現実世界のアルスの格好ってどんなですか?」
という質問がきたので、当事者たちに聞いてみました。
アルス「俺の今の格好か。えーと、ちょっと丈の短い黒いのと……」
タツミ「はいはい。こんな感じだね」
【アルス(元勇者):装備】
上着:リブスタンドブルゾン
(ブラック)
上:2ボタンのカットソー
(レッド)
下:ストレートデニム
(ダークグレイ)
靴:スニーカー
(ダークレッド)
タツミ「僕、本当は白系の服の方が多いんだけど、黒でまとめたね」
アルス「とりあえず濃い色のを適当に選んだ。それより、(元勇者)ってイヤミかよ」
タツミ「事実でしょうが」
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Stage.4 ミイラ男と星空と(前編) ★番外付
<GAME SIDE>
「エリス、この手紙をポルトガ王に届けるよう頼んできて。あとこっちはイシス女王へ。で、こっちがエジンベア王宛てね」
各手紙の隅に、ロマリア国王直筆の書簡であることを表す判を押して、すっかり秘書役になっているエリスに手渡す。
ポルトガ王には「死ぬほど黒コショウ贈ってやるからノルドに道を開けさせろ」。
イシス女王には「勇者に魔法の鍵を貸してあげて。まだピラミッド内から発掘されていないのであれば、ピラミッド関連の資料を勇者に渡してほしい」というお願い。
エジンベア王には「いずれ勇者が訪ねるから、番兵一人にいたるまでしっかり伝えておくように!」。差別主義のアホな門番一人のために、何度も海を越えてられるかっての。
エリスは各手紙をくるくる巻いて紐でくくると、遠慮がちに声をかけてきた。
「ところでゆう……じゃなくて新国王様。なにかお召し上がりになりませんか?」
言われて時計を見ると、正午を回っていた。そういや朝からろくに食べていない。
「じゃあ厨房にサンドイッチでも作らせてくれる? あ、ピクルスは入れないでね」
「わかりました。あまりご無理をなさないでくださいね」
ふわりと笑って退室するエリス。優しくてよく気がつくコだ。ホント、仲間には恵まれたなぁ。
サミエルたち三人がカンダタから金の冠を取り返して来たのは、実に明け方すぐだった。最短でという僕の要望に、期待以上に応えてくれた三人には超感謝!
「ロマリアで雇った傭兵の中に、カザーブ出身者がいましてね」
その人にまずキメラの翼でカザーブまで連れて行ってもらって、今度は地元の猟師からシャンパーニの塔への近道を教えてもらい、普通は丸一日かかるところを半日で到着したのだ、とサミエルが得意気に説明する。
「それに、カンダタも賢い男で助かりましたよ、ははは」
話を引き継いだロダムが思い出したように笑った。手下より大勢の傭兵部隊に囲まれて、カンダタ一味は剣も抜くことなくさっさと降伏したとのこと。ビビったんだろうなw
そんなこんなで僕は今、ロマリアの新国王(仮)をやっている。
朝イチで王様に金の冠を届け、さっそく祝いの宴じゃ!と騒ぐ王様をなだめすかして、さっさとカジノに追い出した。
仲間の労をねぎらってやりたい気持ちは山々だったんだけど、
「別に城の公式パーティならいいッスよ」
肩をすくめるサミエル他、全員が「堅苦しいのはパス」になったので、仲間が泊まっている宿にごちそうを運ばせるだけにしておいた。
それからずっと執務室のデスクに張り付いている。王様権限を駆使して、今の内に打てる手は打っておかないとね。
ポルトガへの関所は、真っ先に国王命令で鍵を開けるよう通達を出した。
なので直接バハラタに向かって黒コショウを手に入れ、ポルトガで船をゲット。
エジンベアで渇きのつぼを取って、すぐ浅瀬の祠に向かい、最後の鍵を入手してから、旅の扉を使って世界を回るのが手っ取り早いはずだ。
ただ鍵関係のイベントは大切だから、イシスには行かないとダメかもしれない。できればあの罰当たりな墓荒らしイベントは飛ばしたいんだけど。
あ、よくわからない方は攻略本や攻略サイトをごらんください。
「あとは、あれがこうなってそうなるから、あれは飛ばせるはず。でもあそこをハショるとヤバイかなぁ。だけど時間無いし……痛ぅ」
目の奥がズキッとして、僕は両手の親指でこめかみのあたりを抑えた。ドラクエ世界に飛ばされて、眼精疲労で頭痛を訴える主人公なんて僕くらいだろうな。
結局きのうもほとんど寝てないし、ダメだ、頭が回らなくなってきた。
少しだけ仮眠を取るか——。
と、急にドアが開いた。
入ってきたのは前国王だった。城の塔の最上階に隠居している、放楽息子に頭を悩ませているロマリア国王の父君その人である。
僕は慌てて立ち上がり、彼の前に膝をついた。彼は「まあまあ」と言って僕の腕をつかんで立ち上がらせると、ソファに腰をおろして僕にも座るよう促した。
「いやはや、正直ワシは参っておるよ。うちの息子よりよっぽど評判ではないか」
言葉とは裏腹に、父君はなにやら上機嫌だ。
評判もなにも、こんだけ女官さんを抱えてるんだ。若い男の子が一日署長、じゃない、一日王様やってれば、城中がキャーキャー騒がしくもなるわいな。
「どうじゃ、いっそ本当に継いでみんか?」
彼はフォフォと笑った。一見すると王族というより、田舎の旅籠のご隠居さんという感じの、冗談好きのただのおじいちゃんだ。
でも目が笑ってない。本気らしい。「勇者アルス」のネームバリューの高さを考えれば傀儡として飼っておきたいと思うのは当然か。
王様…か。確かに向こうで普通のリーマンやってるよりは楽しいかもなー……。
いかんいかん。ここで誘惑に負けたらいけない。ヘタに「はい」なんて選んだ日には、またとんでもないことになるに決まってる。
「申し訳ありません。このような重責は、わたくしごときには耐えかねます」
「そうかのう。頭も良し、見目も良し、しかもあのオルテガ殿のご子息とあれば、ワシは申し分ないが。ほれ、うちの姫も年頃じゃし」
いやいやそんな、まあ頭脳と容姿は少し自信ありますけどぉ……って、はいぃ!?
姫なんかいたっけか? 僕は急いで昨日の謁見の模様を脳内再生した。ビデオのようにはっきりと情景が浮かび、偉そうな王様の隣にフォーカスをずらすと——うわ、いた。
確かに年増の地味な、もとい、熟女の魅力を放つ慎ましやかな姫君が、鎮座ましましていらっしゃるぅ! 濃ゆい王様の存在感に負けて、そっちまで意識が行ってなかったよ。
もちろん、丁重にお断りさせていただきマス。
だいたい大国ロマリアの姫君ともなれば、引く手あまたのはず。なのに今まで独り身なのは、あの国王が見かけによらず親バカってことじゃないの? ヘタすれば僕の首がハネられる。冗談じゃない。
前国王はとても残念そうだったけれど、僕に再三断られると、しぶしぶ退室していった。
ヤ、ヤバかったぁ。ほんと下手な選択肢は選べないゲームだな。
これ以上長居すると、さらに余計なトラブルに巻き込まれそうだ。
王様がまだ陽の高い内に帰ってきてくれたのを幸いに、僕はすぐ王位を返還し、その日の内にロマリアを出発することにした。
「みんな、慌ただしくてゴメンね」
次の目的地バハラタまでの旅程を確認してから、チェックアウトしてもらう。
「気にしなくていいッスよ。それにしても、ようやく勇者様と旅ができますね」
サミエルがにかっと笑った。いよいよ冒険らしくなるとウキウキしているようだ。
僕はこの時点ですでにウツ気味だけどネ。
はぁああああ。とうとうこの時が来ちゃったよ。
「もう少しでロマリアの警戒域を抜けます。ここからはモンスターが出ますから、お気をつけてくださいね、勇者様」
エリスが心配そうに僕を振り返る。
前にも言ったけど僕は「Lv.1」で「経験値ゼロ」。無論、僕のレベルが低いことは最初の契約時に確認してることだから、戦闘に慣れるまでは後方支援に徹する、という打ち合せは済ませている。
なんだけど、本当に問題なのは、たぶんそこじゃない。
「って、言ってるそばからなんかいっぱいキター!」
獲物だ、とばかり茂みの中から4つの塊が飛び出してきた。ついに宿スレ定番の初戦闘シーンだ! ちょっといまさら感もあるけど、そこはほら、初スライムまで平均五時間という噂のDQ7もあることだし。
敵は紫色の一角ウサギが二匹と、緑色のイモムシが一匹、それに頭から黒いフードをスッポリ被った怪しい人型のが一匹。アルミラージ、キャタピラー、まほうつかいだ。
ロマリアのモンスター格闘場で遠目には見たけど、間近だとホント迫力ある。
「これまた出ましたねぇ。下がっていてください勇者様」
「はーい、お任せしまーす」
最後部に回って「ぼうぎょ」に入る僕。って言ってもどうしていいかわからないから、とりあえず逃げることを優先に構えてるって感じ?
うはww情けなーwww
反面、この地点での目標レベルを軽く越えている三人は、余裕の笑みさえ浮かべている。
「精霊界の偉大なる女王ルビスの名において汝らを召還す、ジン、イフリート、サラマンドラよ、我のもとに集いて我を守る盾となり、敵を貫く剣となれ……ベギラマ!」
エリスが高らかに詠唱する。彼女の手の平から目もくらむ閃光が放たれ、ウサギ二匹が巻き込まれた。
あっけなく炎上したアルミラージのそばをすり抜け、サミエルがカザーブで買ったというチェーンクロスを巧みに操って、イモムシを薙ぎ払う。
その間にロダムがまほうつかいにマホトーンをかけて呪文を封じ、オロオロしているソイツを、駆けつけたサミエルがすかさず斬り捨てた。
なんとも鮮やかな連係プレー。初戦闘は、呆気ないほど簡単に終わってしまった。
だが、問題はここからだ。
僕の様子を見たロダムが慌てて駆け寄ってきた。
サミエルも走ってきてくれたが、その彼の背中には、モンスターの体液がベッタリ付着したチェーンクロスが背負われている。ほっぺたにも紫色の返り血が飛んでたり。
「ちょ、ごめ、やっぱダメ!」
僕は急いでその場を離れ、適当な木の陰に回りこんで幹にすがりついた。
「うっ…うぇぇっ……ケホ、ゴホッ……」
ああもう、僕吐いてばっかりいないか? 後世に「吐瀉王伝《としゃおうでん》」などと伝わるのは激しく抵抗があるんだが。
でもねー。ここで行われたのは、あくまで「殺害行為」なワケだし。
アルミラージは火だるまになって、しばらくのたうち回ってから動かなくなった。獣の体毛と肉の焼ける臭いって、ほんと形容しがたいようなキツさがある。
サミエルがキャタピラーを斬った時はグチャッと音がしたし、飛び散った体液と内臓器官は全部ドス黒い紫で、それもしばらくピクピク動いていた(一部まだ動いてる)。
まほうつかいなんて最悪、本当にモンスターかと疑いたくなるような、まるで人間みたいな声で悲鳴を上げるんだもん。最期の瞬間、僕の方を見てなにか叫んでたけど、それが
「命乞いだ」と容易に察しがついた時点で、もう限界。
「……どうぞ」
エリスが遠慮がちに近づいてきて、水筒を差し出してくれた。小さく礼を言って受け取り、胃酸くさい口内を洗い流す。それからなんとなくバツが悪くて、汚した場所にブーツの先で土をかけた。
「大丈夫ッスかー? なーに、最初は誰でもそうですよ」
サミエルは予想通りといった様子で、カラカラ笑う。
「そうですよ。勇者様は実技の成績もとても優秀でいらしたんですから、場慣れさえすれば、すぐに我々に追いつきますよ」
ロダムも優しくほほえんでいる。今ちょっと気になるコトを言ってたが(あのバカがなんだって?)、僕は問い返す気力もなく、素直にうなずいた。
落ち着いたところで行軍再開。
三人はまるで何事もなかったように、また談笑している。タフだなぁ。
僕は彼らの少し後ろを歩きながら、腰のベルトに差してある「聖なるナイフ」の柄に、そっと触れてみた。銅の剣なんて重量武器は、どう考えたって僕に使えるわけがないのでさっさと売り払ったし、鉄の槍や鎖鎌も同じ理由で却下。とりあえず扱えそうな武器としてロマリアで買っておいたのが、このナイフだ。
次にモンスターが現れたときは、僕もこいつで戦うことになるのか——。
「ま、考えても仕方ないよな」
殺せというなら殺すさ。たとえどんな手段を使っても、絶対にクリアしなきゃ。
だって僕が戻れなかったら、アルスも帰ることができないから。
あのおっちょこちょいのバカ勇者様は、逃げる先を完全に間違えてる。まだ物見遊山で済んでいるうちにこちらへの退路を確保してあげないと、きっともっと傷つくことになる。
いろいろ考えたけど、やっぱりね。
あの人に、あんな現実を押しつけるわけにはいかない。
<REAL SIDE>
「へ…っくしゅ!」
うぃー。冷えてきたかな。もう陽も沈みかけているし。
俺はちょっと迷ったが、ユリコを呼んでパソコンの後始末の仕方を教わった。このインターネットってやつでだいたいのことは調べたし、図書室は次の機会にしよう。
「そんじゃ付き合ってくれてありがとね」
ユリコが校門の前で手を振り、そのまま別の方角へ歩いていった。バスの中で、今日は「ジュク」があるとかで、帰りは学校前で別れることを話していたのだ。
「ところでさーっ」
少し離れてから、ユリコが振り返って叫んだ。同時にバスがやってくる。
「なんでまた名前で呼ぶことにしたの?」
「は?」
バスのドアが開く。
「カノジョでもないのに名前で呼ぶのは変だからって、あんたが言い出したのに」
「え?」
「乗らないんですか?」バスの運転手が言うから「いや、乗ります!」思わず乗り込む。
「嬉しいけど……私はやっぱり『片岡』に戻してくれた方が——」
ドアが締まって彼女の声が途切れ。
走り出したバスが、片岡百合子を追い越していく。彼女はうつむいて歩いていて、顔は見えなかった。
……カノジョじゃないって?
「おっかしーなー…」
別に「甘酸っぱい青春な毎日!」を期待してこっち来たんじゃねえから(いや多少の憧れはあるが)、ヤツの女関係なんざどうでもいい。
しかし「間違う」ってのはどういうことだ? 「知らない」ことはあったとしても、この俺が自発的に覚えようとしたことを記憶違いをすることは絶対ない。
いっぺんイチから情報を洗い直さなきゃダメか? タツミ本人に聞くのが手っ取り早いが、ここぞとばかり、あることないこと吹き込まれそうだし。
「三津原ぁ?」
いっそ頭でも打って、記憶喪失になったフリでもするか。でも下手に大怪我したら治せないで死ぬしな。
「おい、三津原ってば」
アホみたいな難病も治せるくせに、死んだらそれまでってのは中途半端な話だ。いや、ベホマだのザオリクだの、究極の回復呪文が存在する向こうが極端なのか——。
「ミツハラタツミー」
「うお!?」
いきなりポンと肩を叩かれて俺は飛び上がった。振り返ると、黒髪を短く刈り込んだ、俺より一〇センチくらい背の高い少年が、俺の大げさな反応に苦笑している。
肩にでかいバッグをひっかけて、青赤の派手な色合いの服を着ている。黒のごついヒモ靴は泥だらけ。なんかのスポーツ系の、動きやすそうな格好だ。
戸田和弘。こいつもヤツの同級生で友人……のはずだが、合ってるかはもはや疑問だ。
「三津原の私服見たの久々だな。お前でも休みに出歩くことあるんだ」
また言われたよ。うちのプレイヤーはヒキコモリかと、俺はちょっとガックリきた。
「ユ……片岡に付き合わされてさ。携帯、教室に忘れたとかで」
「片岡が。あいつも健気だね。マジお前さ、なんで断ったのよ。付き合ってやれば?」
なんとヤツの方がフッたのか!? 生意気な! って俺も人のこと言えねえか。
俺の複雑な心情をよそに、カズヒロが屈託の無い笑顔を見せる。
「まあ三津原にとっちゃ、俺も片岡も子供っぽく見えんのかもしんねえけど。若いもんが変に達観しててもつまんねえぞ? うん?」
こいつは「夢」の通りにイイ友達らしい。俺は内心ホッとした。
「ほっとけよ。んでそっちは? あーと…『部活』?」
「ん、試合の帰りだけど。昨日言わなかったっけ?」
こういう食い違いはこれからいくらでも出てくる。サラッと流すに限る。
「だっけか。すまん、最近どうも記憶力に自信なくてさぁ」
「え、マジで? ヤバイだろ、それ」
途端に真面目な顔になるカズヒロ。俺そこまで変なこと言ったか?
「まあ三津原なら問題ねえだろうけど……なんか困ってたら言えよ?」
なんだかわからんが、騙してる手前、心配かけるのは悪い気がする。「大丈夫」と首を振ったら、相手は一瞬だけ斜め下に視線を流した。
「じゃあ俺にも付き合えよ」
言いながら「次、停まります」のボタンを押す。
「試合負けちまってさ。気晴らしにゲーセンでも行こうぜ」
ゲーセン? 気晴らしというならカジノみたいな娯楽施設の一種か。
それもよくわからんが、さっきからどうもモヤモヤした状態だからな。スッキリできる場所なら大歓迎だ。俺は一も二もなく賛成して、カズヒロに続いてバスを降りた。
「なるほど、『Game Center』の略でゲーセンか……」
カズヒロが案内した施設は、向こうのカジノとはまるっきり違っていた。
雇われ楽士が奏でる景気の良い音楽の代わりに、所狭しと置かれた機械の一個一個が、好き勝手に甲高い音を垂れ流している。大勢の人間がいるのに、ほとんど「人の声」がしない。多少騒いだところで機械の音が掻き消してしまっている。
うるさいのに静かな、なんか不思議な場所だ。
「なにやる?」
カズヒロに聞かれて俺は困った。そうだな。
「モンスターとか派手にやっつけるようなの、ないか?」
「へえ、意外。じゃあこれなんかいいよ」
引っ張っていかれたのは、おどろおどろしい装飾がされたデッカイ画面の前だった。前に小さな操作台があって、その横にヒモに繋がれた、赤い「へ」の字型のものが2つひっかけてある。
カズヒロは慣れた手つきで操作台の穴にコインを投入した。画面に「プレイ人数」だの「難易度」だのといった文字が浮かび、操作台のボタンで設定していく。
「まずは初心者向けにしとくな。一緒にやろうぜ。ほれ」
への字型の1つを渡される。あ、前にヤツが観てたテレビに出てたのと形が似てる。
「これ、銃だよな。どーやんの?」
「普通に握りゃいいよ。んで、敵が出たら狙って撃つ!」
「おお!? おおお!!」
いきなり画面に腐った死体みたいなのが出てきたと思ったら、そいつがバンと弾けて飛び散った。カズヒロがかっこつけて、銃の先端にフッと息を吹きかけてみせる。
「すげえっ。えーと、狙ってここを引くと……」
腐った死体をやっつけた!
「おもしれー! うわ、なんかたくさん出てきたぞ。あれみんな敵か?」
「そうだ。左下に弾数が出てるだろ? 無くなったら銃を下に向けると補充されるぞ」
「え? あー撃てなくなった! んで下に向けると、うん増えた」
ルールは単純だが、あれだけ苦労したゾンビ系モンスターが、こんなもんをカチッとやるだけで吹っ飛んでいくのは爽快だ。
「っく〜、気ぃ持ちいい〜! なあなあ、これもっといっぱい出てこないか?」
「うまいじゃねえかオイw じゃあ難易度、思いっきり上げてやるよ」
画面が薄暗くなって止まり、さっきEASYに設定した項目がVERY HARDに変わる。
「足引っ張んなよ、三津原?」
カズヒロがちょっと意地悪く笑った。
ふん、挑戦されたら受けて立つのが勇者だぜ。やったろうじゃん!
——なんて意気込んで臨んだのだが。
「おいカズぅ、お前また撃ち漏らしたぞ?」
「いや三津原がおかしいから! お前こそ本当に初めてかぁ!?」
だって簡単なんだもん。前方向しか来ないのに全部の敵に出現予告あるし、弱点とか見え見えだし。ちょっとのミスで死ぬような向こうのバトルと比べたら、なあ?
「んじゃそっちのも貸して」
俺はカズヒロからもう1個の銃を取り上げた。画面をほとんど埋め尽くしている敵が、俺の銃撃で次々と倒されていく。弾数の補充はいちいち腕を下げるより、輪っかの部分に指を引っかけて銃をクルッと一回転させる方が楽だな。
あーあ、向こうでもこんな風にやっつけられたら、俺も楽だったのに。
「マジかよ……全国レベルじゃん、このスコア」
カズヒロが傍らでぼやいている。
なんとなーく白けた空気が流れた。その時だ。
プルルルルルル! プルルルルルル!
携帯? なんだよこんなときに。
察したカズヒロが俺から銃を取り上げて、目だけで「出てこいよ」と促す。俺は店の入り口まで移動した。携帯を開けた。みると表示は「TATSUMI」。
へぇ、向こうからかかってくるとは珍しいこともあるもんだ。
「うーっす。話の途中でブチ切りするような相手に、なにかご用ですかぁ?」
『あの時はごめん。君も、時差のこと知らなかっただけだよね』
およ? なんか素直じゃないか。まあ俺も時差のことは知っててかけたけどな。
『それで…さ、今回だけ、ナビ頼めないかな』
聞き取りづらい小さな声で、ヤツは言った。
『そのーーゾンビ系のモンスターの楽な倒し方って、ある?』
「ップハ!」
やべえ、なにこのタイミングw 思わず吹き出した俺に、タツミが『なんだよ』とムッとしたような声を出す。
「悪い、こっちのことだ。リビングデッド系の楽な倒し方だよな? 簡単だぜ」
『ホント? どんな!?』
「まずな、弾切れする前にリロードすること」(だはははは!)
『え、リロード?』
「あとはよーく弱点を狙って撃つことかな。参考になりましたでしょうか?w」
『…………』
タツミは電話の向こうで黙ってしまった。ありゃ、反応無し?
ああ、元ネタがわかんねえのか。ヒキコモリ(らしい)コイツが、外にある店のゲームを知らないのも仕方ない。
いやもちろん俺もそこまで性格悪くねえし、ちゃんとナビってやるけどさ。
「なんてな、教えてやるからありがたく思え。有効なのは火炎系魔法だが、もうひとつ、武器にあらかじめ聖水をかけておくと……」
『もういい!!』
いきなり怒鳴られて、俺はその場で固まってしまった。
「タ、タツミ?」
『自分でやるよ! 二度と頼らないから、そっちも勝手にすればいい!』
同時にブツッと切られて「ツー、ツー」と数回鳴った後に、静かになる。
「もしかして……マジでヤバいのかな」
なんかちょっと、泣きそうだった、ような。
って、しかもお前、ゾンビ系の攻略法を聞いてきたってことは、
「嘘だろ、今ピラミッドかよ!?」
俺はてっきり、今頃はアリアハンを脱出したあたりかと踏んでいた。時差があるとしても早すぎる。いったいヤツはどういうルートをとってんだ。
「すまん、急用ができたから帰るわ!」
俺はカズヒロに向かって叫び、すぐ店外に走り出した。気のいい友人が追いかけてきてるかどうかも、気にする余裕はなかった。
ヘタをしたら俺もヤツもここで「死ぬ」。
冒険を肩代わりさせるにあたり「ここはナビが必要だ」というポイントがいくつかある。
ピラミッドもそのひとつだ。
たぶん現実側からプレイしてる限りわからないだろうが、実はあそこ、とんでもない数のトラップが仕掛けられている。回避策さえ知っていればなんともないんだが、普通は絶対にわからないだろう。かなり複雑な謎解きだから誘導してやるにしても、俺もいったん家に戻って、あっちの現状をモニタリングしながらでないと難しい。
しかもあそこの地下は……頼むから落ちてくれるなよ、普通の神経じゃまず保たねえ。
「ったく、なんでつながんねえんだよっ」
何度もリダイアルしたが「電波の届かないところにおられるか……」の繰り返しだ。
ゲーム内の時間の進み方は現実と比べると恐ろしく早いが、通話している間だけは同期するらしい(でなきゃ普通に会話できん)。つながってさえくれりゃ、こっちも同じ時間の流れで動けるが、このままだと俺が家に帰る前にすべて終わってしまうかもしれない。
さっきのバス亭に戻り、時刻表を確認する。
「一〇分後か」
家はここからそんな遠くない。次の便を待つより走った方が早いか? 判断に迷う。
「待てよ三津原」
その瞬間、グイっと乱暴に肩をつかまれた。
「だから急用だって……っと!」
カズヒロじゃない、と思うと同時に、咄嗟に避けた耳元を相手の拳がかすめていった。背後からいきなり殴りかかられたのだ。
「へえ、タッちゃんやるぅ」
そいつの後ろで手を叩いているのが2人。どいつも見たことのない顔だ。
俺と同い年くらいの3人組で、揃いの紺色の服を着ている。向こうじゃ王族が着るような良質の生地だろうに、着こなしがだらしないせいで、ひどく俗っぽい印象を受ける。
「ビックリさしてごめんな? なんせ久々だったからさ〜」
ニヤついた顔に見て取れるのは明らかな敵意。
「…………」
「ま、待てっつってんだろ!?」
無言できびすを返した俺の前に、他の二人が回り込む。なに慌ててんだよ。
ああああああめんどくせええ!!
なんなのよコイツら! いや不良さんにカラまれちゃったみたいテヘ♪ってのはすぐ理解したんだけどね、なんで今ここで湧くんだよ!
時間ねえっつーのに、どうすっかな。黙らせるのは簡単だが、初日から騒ぎを起こすのもどうよ。俺、静かで平穏な生活を望んでこっちに来たんですけど。
それにしてもうちのプレイヤー、おとなしそうに見えて、実はロクに出歩けないほど敵が多いのか? どうなってんだいったい。
★番外3 「ゲームサイドの携帯」
「ゲームサイドの携帯の充電はどうしてるのか?」
というご質問が来ましたので、当事者たちに聞いてみました。
アルス「あ、当事者って俺らか」
タツミ「実は僕も気になってたんだよね、携帯の充電」
アルス「んなもん決まってんだろ、お前どこに飛ばされたと思ってんだよ」
タツミ「じゃあ、この電池残量のマークに重なってついてる『M』ってのは……」
アルス「当然『MP』だろ。使う人間の」
タツミ「なるほどー。って、僕にMPなんてあったの!?」
アルス「知らん。お前のステータス見てねえからわかんねえや」
タツミ「遊び歩いてないでちゃんとモニタリングしてくれよ。こっちからは客観的な数値がわかんないんだから」
アルス「うるせえ命令すんな。だいたい俺、お前にクリアさせる気ねえし」
タツミ「それ以前に僕が死んだら君もくたばるってこと忘れてない?」
アルス「ほぉ、死ねるモンなら死んでみろ」
タツミ「実際そうなりかけたら大慌てのくせにねぇ」
アルス「なんだよ」
タツミ「なにさ」
……空気が悪くなってきたので今日はこの辺で。
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Stage.5 ミイラ男と星空と(中編)
<GAME SIDE>
「もう二度と頼らないから、そっちも勝手にすればいい!」
怒鳴り散らして通話を切り、直後、僕は壁に背をつけてずり落ちるように座り込んだ。
バカなことをしたのはわかってる。電波状況が最悪のこのダンジョンで奇跡的につながった瞬間だったってのに、なんで切っちゃってるんだよ僕。
まあ今のこの状況で、電話越しのナビがどの程度役に立つかは疑問だけど——。
すぐに「圏外」表示に戻ってしまった携帯をぼんやり眺めた。ここは、そこら中に散らばる白骨死体がぼんやりした燐光を発している以外、いっさい光の差さない闇の回廊。小さなモニターから漏れるわずかな明かりさえ、まるで太陽みたいにまぶしく目に映る。
「……ゆ、勇者様……?」
エリスが身を起こして、不安そうに僕を見上げた。携帯を閉じる。
「ああ、ごめんね。なんでもないよ」
腕を伸ばし、その頬に手を当てながら「大丈夫だよ。大丈夫だから」と何度も繰り返して言ってあげると、彼女は微笑んで、また目を閉じた。
冷たい石畳に僕のマントをひいて、エリスはぐったりと横たわっている。
さっき火炎ムカデにやられた彼女の右足は焼けただれ、真っ赤に腫れ上がっている。手持ちの薬草で簡単な応急処置はしたが、早くロダムに回復してもらわないとまずい。
ロダム、サミエルの二人とはぐれて、どれくらい経つのか。現実の時刻を示すだけの携帯じゃよくわからない。このダンジョンに入った時間を考えれば、もうじき外は日が暮れる頃だろう。炎天下の外と違い地下は昼間でも肌寒かったが、これからもっと冷え込むだろうか。
まったく。一六歳の健全男子が可愛い女の子と暗闇で二人っきりだっていうのに、まるで色っぽい思考に走れないって、なんなんだろうね。
生き残ることしか頭にないって——そんな状況って、なんなんだよ。
◇
ロマリアから使者が馬を飛ばして追ってきたのは、僕たちがアッサラームまでまだ三分の一も来ていない森の中で、早々に野営準備を始めた頃だった。
二つに斬られて のたうつ魔物〜♪
飛び散る内臓や 跳ねる血しぶき〜♪
呪文でバラバラ 見る影もなく〜♪
勇者がまたもや うしろで吐いた〜♪
近道しようと公道をそれたせいか、あの後、何度もモンスターと戦うことになった。
慣れる間もなく次々に惨殺シーンを見せつけられ、かといって戦闘を任せきりにしている仲間に申し訳なくて目をそらすこともできず、吐く物もなくなって完全にグヘ〜となってしまった僕を心配し、まだ早いけど今日はここでキャンプをしましょう——という運びになったのである。なんとも情けない。
「どうかお気になさらずに。まだ一日目なんですから、当たり前です」
「ありがとう。本当にごめん、必ず近いうちになんとかするから」
正直なところ僕「血」はダメなんだよ。ホラー映画もサイコ系は平気だけど、スプラッタは気分が悪くなって観られない。いざとなればなんとかなるかなーと思ってたんだけど、なんともならなかった。人間、簡単には変われないもんだね。
そこへ息を荒くした人馬が走り込んできたのだ。
「ゆ、勇者様でいらっしゃいますね!?」
「そうだけど……」
「良かった、間に合った!」
国に遣わされたのではなく、ある人からの個人的な使者だというその青年は、ろくに
この場で読んでくれ、と急かされて、目を通した僕は思わず舌打ちした。
「どうなさったんです?」
声を低めるロダムに、黙って書状を回す。
「なになに……魔法の鍵を壊した? 勇者様が!? どういうことですか!?」
「罪をなすりつけられたんだよ。ま、きっかけを招いたのは僕だけど」
ポルトガとの重要な陸路であるはずの関所が、何年も閉鎖されているのは不思議だったが、なんのことはない。
ロマリアの現国王が、イシス女王から親善の証として贈られた「魔法の鍵の複製」をダメにしちゃって開けられなくなっていたのだ。当然、んなアホな失態を
ところが僕が開門命令を出したので、ポルトガとの交易を望む商人を始め、国民は大喜びした。王様が戻ってすぐに撤回されたが、そりゃ不満の声も出てくるだろう。
今まで閉鎖理由を心底では納得していなかった国民は事実を疑い始め、困った王様は、
「勇者が国王代理を務めている間に勝手に持ち出して壊しおったのだぁ!」
と思いっきりデタラメこいてくれたのだった。小学生かおまいは。
「んで僕たち、お尋ね者になっちゃったワケだ」
「もちろん勇者様に
助けたい、ねぇ。
「でもこの手紙の内容だと、結局僕たちが責任を取るんじゃないの?」
“追っ手は差し止めておくから、その間にピラミッドから『本物の』鍵を取ってくれば万事解決だよ”ってアンタ、アドバイスにかこつけた命令じゃないか。
僕がジトーッと横目で睨むと、使者の青年は済まなそうに目を伏せた。
「行くことないッスよ! 真実を話して本人に責任を取らせればいい」
サミエルがそう息巻くのももっともだ。エリスもロダムも難しい顔をしている。
だが僕はその時、もう少し別の観点から物事を考えていた。
——たぶん僕が懸念していた通り、このイベントはカットできないのだろう。
だから本来のシナリオに対し、本当に飛ばしても構わないノアニールの話はその片鱗も出てこないし、魔法の鍵にいたってはやや強引とも思える選択肢がここに用意された。
「はい」と「いいえ」。僕の中でなにか予感めいたものが「断るな」と告げている。
ここで無理に断れば、物語が
「わかりました。お引き受けしましょう」
「勇者様!」
そろって抗議の声をあげる三人に、僕は苦笑を返した。
「仕方ないよ。どちらにしても鍵は必要なんだから、僕たちが責任を取ってなんとかするのが一番すっきり治まる。一度そう発表されてしまった話を二転三転させても、ロマリア国民の不安を煽るだけだしね」
それから小声で、
「ヘタに言い訳したって話がややこしくなるだけだしさ。鍵さえ手に入れば、今度はこっちから王様に『いろいろ』お願いできるかも?」
とたんに三人の目がキラーンと光る。
薄ら笑いを浮かべ合う僕たちには気付かず、使者の青年はブワッと涙を溢れさせた。
「すばらしい、さすが勇者様です! 感動です! あの、これ!」
ふくろからゴソゴソと引っ張り出してきたのは、キレイな装飾の腕輪だった。
「前国王より預かって参りました、『星降る腕輪』というものです。不思議な力が込められているそうで、きっと勇者様の冒険をお助けしてくれるだろうと」
ほお、ここで手に入っちゃうんだ。話が話だけにイシス女王に挨拶には行けないから、さっき引き受けた時点でコレは諦めていたんだが。
「そしてこれがですね……」
使者の青年はさらになにか取り出して、満面の笑みで差し出した。
今度はなんだろう。前国王ってばなかなか気前いいじゃん。
「ピラミッドの場所を記憶させた特別なキメラの翼です。追っ手をとどめるにも限界がございますし、すぐにも向かった方がよろしいかと」
ちょ、待てコラそっこう行けってかww
そうこう言ってる間に、遠くにロマリアの旗を掲げた一団が現れた。本当に追っ手を差し止めていたのか? なんて考えるだけムダだ。王族なんてもう信用ならない。
僕たちは慌てて、渡されたばかりのキメラの翼でピラミッドに飛んだ。
◇
乾燥したきった空気と照りつける日差しの強さは、想定していたから驚きはしなかった。
砂漠とはこんなものなんだろう、と認識するに留まる。問題はピラミッドだ。
「結構……きれいなんだね」
本物は観たことないが、現実側のそれはしょっちゅうテレビで紹介されている。今その通りの光景が目の前にあり、それがかえって僕に奇妙な感想を抱かせた。
観光名所として手入れの行き届いているエジプトの王墓ならともかく、こちらはもっと自然のままに、砂に埋もれたり崩れたりしているもんじゃないのかな。
「きっとイシスの人間が、定期的に清掃を行っているのかもしれませんね」
王墓なのだからあり得そうだが、そう言うエリスも腑に落ちない顔をしている。国が管理している遺跡に、他国の冒険者が土足でズカズカ入り込むことを黙認するだろうか?
「あ、そうだ」
僕はロマリアでくすねてきた紙の巻物を取り出した。この世界は羊皮紙が一般的だが、普通の「紙」の方がインクのノリも良いし薄くて軽い。でも高くてなかなか手に入りにくいから、ここぞとばかりいただいてきたのだ。
巻物には、これから向かうことになるダンジョンのマップが描かれている。ロマリアに泊まった夜に、僕が事前に描いておいたのだ。
最初の方にピラミッド内部の簡易図もある。念のため描いておいたけど、まさかこんなに早く使うことになるとは思わなかった。
そこをビリッと破ってロダムに渡す。僕は頭に入っているから、実質二枚の内部図を分けて持つことになる。
「これもルビス様のお告げですか? どれが人食い箱かもわかるのですね」
ロダムが苦笑する。
まあ自分でもちょっと異常な気はするけど、そこは気にしない気にしない。
その他、簡単に打合せを済ませて、いよいよピラミッドへ突入だ!
と、勇んで踏み込んだは良かったが……。
中に入った瞬間だった。いきなり僕たちのうしろで「ズゥゥン!!!」と大きな音がした。
「うそ、閉じこめられた!?」
こんな演出、ゲームにはなかったはず。
わずかな明かり取りの窓から入る光だけとなり、視界の明度が一気に落ちる。サミエルが手早くたいまつに火を灯すと、それが合図だったように、暗がりから大量のモンスターが襲いかかってきた。
それでも普通に戦闘をこなすだけならば、出発時よりさらにレベルが上がっているエリスたちの敵ではない。
中も存外に広い造りで、人が三人余裕で並んで歩けるくらいの通路が真っ直ぐに続いている。天井も高く、これくらい広さがあれば互いにカバーしながら戦える。余裕のはずだ。
「持つよ、気をつけて」
僕がサミエルからたいまつを受け取ると、彼はニカッといつものいい笑顔を見せて、前に出た。
だが、切り込みを買って出たサミエルが、何歩か進んだそのとき——。「うあ!」と叫んで剣を取り落とし、彼はその場に倒れ込んでしまった。
エリスが慌ててベギラマを唱え、倒れた戦士に群がるミイラたちを牽制する。
駆け寄ってたいまつをかざすと、サミエルの脇腹に数本の矢が刺さっていた。
「トラップ……?」
全身から血の気が引いた。
「みんな伏せてぇ!!」
エリスとロダムが弾かれたように身を伏せる。瞬間、風を切る音がいくつも聞こえ、近くまで寄っていた蛙型のモンスターが真っ二つになって吹っ飛んでいった。今度は矢ではなく、巨大な刃物のようなものが横切っていったのだ。
入り口からたいした進んでもいないのに、ここまでのわずかな距離に、一撃で命に関わるような罠がいくつも仕掛けられているのだ。
なにこれ。話が違いすぎだろ?
◇
【我ラガ王ノ眠リヲ妨ゲル者ハ誰ダァ〜!】
どこからともなく低くくぐもった声が響いてくる。これって確か、上の階の宝物庫にある宝箱を開けたときのセリフだったっけ? 内容が少し違う気もするが、それなりにゲームを継承しているわけだ。
こんなえげつない罠が仕掛けられている時点で、すでにドラクエとは言えないけどさ!
「く……油断したッス……」
「大丈夫サミエル!?」
苦しそうにうめくサミエルの脇腹に、みるみる血がにじんでいく。人間の、まして仲間のケガだ。心臓が跳ね上がった。でもここで血はダメだなんて言ってられない。
「立てる? 早くロダムに回復を——」
瞬間、目の前にユラリと黒い影が現れた。そいつの腕が首に巻き付いてきて、一気に締め上げられる。見た目と裏腹にとんでもない力だ。
「!……!…!!」
声が出ない。く、首の骨が折れる〜!
「青き女王の御子ら氷の精霊たちよ古き盟約に従い我が戦陣に馳せ汝が力を示せヒャド!」
エリスがものすごい早口で詠唱を完了させた。青く煌めく氷の刃が、僕をシメあげていたモンスターに突き刺さった。
グギャア、とおぞましい悲鳴をあげて飛びすさる影。
その場に投げ出された僕は、肺に無理やり新しい空気を送り込むのと、転がってるたいまつを手に持つのと、反対の手でサミエルを引きずって後ろに下がるのとを同時にやってのけた。おお、すごいぞ「星降る腕輪」効果。
「……の精霊の名においてかの者たちに癒しの光をーーホイミ、ベホイミ!」
先に詠唱を開始していたロダムが、這い戻ってきた僕とサミエルにタイミング良く回復呪文をかけた。喉の痛みがすうっと引いていく。サミエルの脇腹から折れた
瞬間的に負傷度合いを測り、呪文を使い分ける年配僧侶に感心しつつ、僕は通路の奥に向き直った。
さて、仕切り直しだ。
【我ラガ王ノ眠リヲ妨ゲル者ハ誰ダァ〜!】
「うるさいなぁ。エリス、なるべく中央に向けてベギラマお願い」
「はい勇者様っ」
彼女の閃光呪文が、追いすがってきたモンスターを散らすついでに、通路の奥の方まで明るく照らし出した。
両サイドの壁にはいかにもエジプトっぽい絵が延々と描かれている。
そして床。
僕たちが待機している場所は真っ平らだが、やや先の方から、床に一メートル平方の大きな石がタイル状に敷き詰められているのがわかった。タイル一枚一枚にエジプトの象形文字のような(あるいはそのものか)レリーフが刻まれている。
そのうち数枚が、周りと比べてやや下に引っ込んでいた。一枚はちょうどサミエルが踏み出したあたりではないだろうか。「蛇」の形をしたマークの文字だ。
一番手前に目をやる。たいまつの光に浮かび上がるのは「鳥」をかたどった文字のタイル。さっき戻ってきたときに、間違いなく僕はこれを踏んでいるが、なにかが動いた気配はなかった。暫定的に「鳥」は安全ルートと決定。もう少し検証したいところだが、そんな余裕はない。
エジプト神話における「蛇」の象徴は多々あるが、ここは有名な悪い蛇の神様「アポピス」と見立てていいだろうか。「墓守の蛇の女神」といういかにもな神様もいるけど、壁画はその女神とは無関係の神話のものだし。だとすると……アレかな。
——ここまでの思考を数秒でまとめる。
えい、読みが外れたらそれまでだ。僕は腹を据えた。
「この中で一番身軽なのは、今のところ僕だよね」
「それはどういう意味ですか」
トラップ地帯をすり抜けて迫ってきたあやしい影を真空呪文で吹き飛ばしつつ、ロダムが
「なにかわかったんスか!?」
逆にサミエルが期待に満ちた声を上げる。剣を構えて前方を睨みつけているが、接近戦が得意の彼としては、思い切り戦えないこの状況が歯がゆいだろう。
「うん、任せて」
その彼に僕は持っていたたいまつを返した。星降る腕輪が「途中」で外れないようグッと上に押し上げて、それから片膝を立てて前傾姿勢で両手を床につける。
こういうのは勢いが大事。クラウチング・スタートの体勢から重心を前に移動し——、
「まさか、勇者様?」
「援護ヨロシク!」
タイルの模様と位置は、さっきベギラマで見えたときに、すべて頭に叩き込んだ。
通路は薄暗いが、敵のモンスターがどこにいるかくらいは視認できる。トラップ障害の条件は敵方も同じ。まごついているモンスターたちの足下をすり抜け、飛び石を渡るように「鳥」のタイルを踏みながら、目的の場所へ!
【我ラガ王ノ眠リヲ妨ゲル者ハ……】
「だからうるさいっつーの!」
襲いかかってきたミイラ男のすぐ前にあった「蛇」マークを思いっきり踏んづけて、横の「鳥」に転がる。ドカカッ!と矢だらけになってひっくり返ったそいつを飛び越えたところで、物理トラップ無効のあやしい影が、サッと前に回り込んできた。
「ヤバ……」
仲間の援護を信じて、とっさにその場に伏せる。
「「バギ・ベギラマ!!」」
同時に、灼熱を伴った真空波が実体のない魔物をぶち抜いていった。その狙いの精度と、仲間に向かって迷い無く呪文を放てる思い切りの良さは、大したものだ。
チラッと壁に目をやる。延々と続く壁画は、数あるエジプト神話の中でも最も有名なストーリーを描いたものだ。僕が目指しているのはそこにいるべき、ある神様。
ヘリオポリス九柱神の一人であり、厄災の蛇神「アポピス」の天敵とされる、地下世界の王「セト」。「蛇」を鎮めるなら、そのお方しかいないでしょう!
……たぶん。
ノーヒントじゃこれが限界です。これで読み違えてたら諦めるしかありません。
モンスターたちは目標を僕に絞ったらしい。例のセリフを繰り返しつつ、トラップにもガンガン引っかかりながら、とにかく追っかけてくる。
「これだけの殉死者を道連れって、ここの王様も最悪だな。——おりゃ!」
再び「蛇」を踏んで「鳥」に待避。天井から円盤形の刃物が降りてきてミイラが胴体から半分になって転がった。これが自分だったらと思うとゾッとするけど、今は考えない。
「勇者様、大丈夫ですか!」
「今のところはね。えーとオシリスが暗殺されてイシスが逃げて……」
エジプト神話なんて、小学生のときに軽く流し読みしただけだからなぁ〜。
しかも暗くてよく見えないから、ところどころ天井の隙間から漏れてくる光で見える場所から、前後を推測しなきゃならない。
「イシスがホルスを産んで、セトと一騎打ちになって……っていたぁ!」
セトちゃん発見! 動物のかぶり物しててちょっと愛嬌のある絵だけど!
壁、壁、なんかスイッチとかないか!?
あれ……なんにもない?
うーわー、まさかやっぱり読み違えたんじゃ——。
「勇者様危ないですぅ!」
立ち止まったせいでミイラ共がわらわら集まってきてしまった。気がついたらすっかり
取り囲まれている状態だ。
【【【我ラガ王ノ眠リヲ妨ゲル者ハ誰ダァ〜!】】】
「ごめんアルス、僕死んだかもww」
ミイラが一斉にたかってきて、僕は反射的にその場にしゃがみ込んだ。
——と、目の前にいかにも「押してください」といわんばかりの丸いボタンが、床から
出っ張っている……。
あったじゃん。
ポチっとな。
ガコン!
——という大きな音が、通路全体に響き渡った。
今にも僕を袋だたきにしようとしていたミイラたちが、一瞬、動きを止める。
同時に、
「勇者様になにさらすんじゃワレァ!!!」
戦士らしからぬ素晴らしいスピードで走ってきたサミエルが、一振りで三体まとめて薙ぎ飛ばした。エリス・ロダムの呪文組が一気にとどめを刺し、ハイ、終・了。
「……普通に戦えればホント強いよね、うちのパーティ」
「いやはや、いきなり飛び出して行かれるから、びっくりしましたよ」
「さすが勇者様、ちょこまかと素晴らしい動きでしたね!」
サミエル、それ微妙に褒めてない。
「なにをのんきなことを! もう、一人でご無理はなさらないでください!」
泣きそうになってるエリスに、僕は手を合わせた。
「ごめんごめん。また誰かが罠にかかったら、って思ったら、嫌だったから」
「勇者様……」
それになんとなく、こういうドラクエらしくない部分は、僕が担当のような気がする。
「しかし、こんなものよく見つけましたね」
ロダムが足下のボタンを指して感心する。そこは影になっていて、確かに言われなきゃ気付かないような場所だ。
だから、そのボタンの上に文字が彫りつけられているのも、今気がついた。
「ふむ、『礼節を知る者、客として歓迎する』という意味ですな」
「読めるの? さすが宮廷司祭殿」
そうか……神の前ではひざまずくもの、だよな。
「そう言えば、魔物の気配が消えましたね」
エリスがあたりを見回した。さっきまであれだけいたモンスターが消えていた。
「じゃあ俺たち、ここのお客様になったんスかね」
うーん、だといいんだけど。
あとは普通のダンジョンであることを祈って、僕たちは先に進むことにした。
ガコン!
——という大きな音が、通路全体に響き渡った。
なんだこの前述に出てきたのとそっくり同じ文章は。作者の入力ミスか?
とか思ったら、なんか、急に、フワッと身体が、軽くなった、ような……。
「落とし穴忘れてたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「きゃあああ勇者様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
僕とエリスが落ちたとたん、頭上で穴が再び閉じ始めた。
慌てて追ってこようとするサミエルたちに気付いた僕は、とっさに叫んでいた。
「構うな! 鍵を探せ!」
◇
あとのことは、正直あまり語りたくない。
魔法が使えないピラミッドの地下で、この組み分けが最悪だってのは説明不要だよね。
上と違って肌寒いくらいのジメジメした地下室を、逃げ回って逃げ回って、なんとか身を隠せる場所を見つけ出して、今はつかの間の休息を取っている状態だ。
いつ敵が襲ってくるかわからない緊張感でほとんど休まる気はしないが、エリスの様子があまりに痛々しくて、これ以上動かすのは可哀想だった。
ここでようやく、このパートの「1」に続くってワケ。
さーて、次はどうしたもんかな。
寒さ、飢え、疲労。さすがに考えがまとまらなくなってきた。
上でちょっと張り切りすぎたかな。
——でも、考えなきゃ。どちらか一人でも、ここから生きて出るための方法を。
<REAL SIDE>
久しぶり、と言われた相手をまったく覚えていないというのは、普通は失礼な話だ。
ヤツの日常を「夢」という形で見ていた俺は、曖昧だったり、抜け落ちている情報も多分にある。あまり
が、こいつらにその必要はないと思われる。
「さっき見てたけど、お前ゲームもすげえのな。さすが天才?」
「俺らもれんしゅーしてえんだけど、先立つモノっつーのがちょっと無くてさ」
「なあタッちゃん、また貸してくんねーかな〜? 二、三万でいいからさー」
お決まりの要求パターンだ。ったく、五体満足で衣食住にも恵まれてそうなのに、こいつらはなんでこんな、場末でやさぐれてるゴロツキみたいなマネをするんだ?
「おい三津原、聞いてんのかよ」
「無きゃそこのコンビニで降ろしてくりゃいいし。な、俺らの仲だろ?」
ねとねとした口調がひどく勘に障る。しかも今の話だと、
「アイツ、以前からこんな連中にカモにされてた、ってことか……」
「へ?」
最初に殴りかかってきた少年が一番近かったから、そいつにした。
相手を見ることもなく逆手で襟元をひっつかみ、そのまま振りかぶって、
「な……」
丁度そこにいたお仲間のひとりに適当にブン投げる。一回転して背中から激突し、巻き込まれたガキ共々、そいつは数メートル先までフッ飛んでいった。
「そんな、片手で投げた……!?」
残ったひとりが引きつった声を出す。
右腕を回すとコキッと音がした。思ったより重さを感じたな。
「やっぱちょっと肩にくるな。向こうの半分ってとこか」
元の世界じゃボストロールにヘッドロックかまして遊んでたからな。
さすがに「現実」だと制限がかかるようだが、今の自分のステータスが把握できてないから、かえって加減の取り方がわからん。
かなり力を抜いたつもりだが、やりすぎたかね。
「悪い。いちおう教会、じゃねえ病院? 連れてった方がいいかもよ。んじゃ」
お前らみたいなのに構ってるヒマはねえんだよ。
と——。
「ふ、ふざけんなぁ!!」
甲高い叫びが上がった。投げ飛ばしたガキが立ち上がる。そいつの手元でチャキっと音がして、なにかが小さく光った。
「おい……」
どうやらナイフらしい。待て待て、向こうならともかく、こっちの世界でそんな簡単に刃物を持ち出していいのか。
「お前、それはまずいんじゃないか? ケーサツとか大丈夫なのかよ」
「黙れ!」
相手は完全に激昂していて、俺の言うことなんかまるで聞く気なしだ。周囲から悲鳴や制止の声があがる。
「やべえって栄治、ほんとに捕まるって……うわ!」
エージと呼ばれたそいつは、止めに入った仲間にまで斬りかかった。
「落ち着いてくれよ栄治!」
「うるせえ! タツミてめえ! 俺にそんな、く、口きいていいと……!」
「なんだよこいつは——」
わざと力の差を見せつけてやったのに、まるで前後がわかっていない。こっちの若者はキレんの早すぎだ。
ラリホーでも使えれば一発で片がつくんだが、「しかしなにも起こらなかった!」って地文にテロップが流れるだけだろうしな。
しゃあねえ、殴って気絶させるか。「当てる」となると手加減が難しいんだが——。
「三津原やめろ!」
今度は俺の方が止められた。聞き覚えのある声に振り返ると、戸田和弘が必死の形相で俺の腕を押さえている。
「ダメだろ、手ぇ出したら! 今度こそ取り消されるって言ってたじゃねえか」
「取り消される……? なんだよそりゃ」
「なんとかって奨学金、出なくなるんだろ? 学校これなくなるって」
は? そんなの知らねーぞ!?
「とにかく逃げるぞ」
軽くメダパニっている俺は、カズヒロに引っ張られるままその場を離れた。
「待ちやがれ、このクソヤロウ! 死ね!」
エージ少年は、ザキが発動しそうなくらい憎しみのこもった叫びをあげながら追いかけて来る。もしやタツミの方があのガキになにかしたのか?
あんなザコ相手に逃げなきゃならんってのもめっちゃストレスだし、ホントどうなってんだよ、ったく——!
◇
俺たちはひとまず、どこかの路地裏に入って相手をやりすごした。
これだけ建物が密集していると追っ手をまくのも容易だ……が、俺はすでにここがどこだかわからなくなっていた。こっちの街って、ホント似たような景色ばかりなのな。
「よりによって一條たちに出くわすとは。ゲーセンに誘ったの、悪かったよ」
「いいけどさ。しかし、アイツらはなんなんだ」
神妙な顔で謝る友人に、俺はつい、自分が関係者であることを忘れてぼやいた。
「おい三津原、まさか心当たり無いとか言わないだろ? お前って肝心なことはなにも言ってくれねえし……。本当は一條となにかあったんじゃないのか?」
逆に問われる。そんなの俺が聞きてーよ。
正直、一分一秒でも惜しいところだが、俺は思い切ってカズヒロに聞いてみた。
「あのさカズ、いきなり変なこと、聞くけどさ」
「お、おう。なんだ?」
「俺は……『三津原辰巳』ってヤツは——そんなに特徴的な人間か?」
「そりゃそーじゃねえ? 本読むのメチャクチャ早えーとか、見た物ぜんぶ写真みたいに覚えられるとか。言っちゃ悪いがちょっと普通とは違うと思う」
やっぱりか!
ユリコが言ってた「忘れるなんて珍しい」って言葉も、アイツらが天才呼ばわりしてたことも、これで納得がいった。俺とは少し方向性が違うようだが、ヤツも「思い出す」に類する特技を持っているらしい。
「うちみたいな進学校で、満点以外取ったことねえヤツが他にいるかよ」
しかも遠慮なくフルで能力発揮しまくりかよ。
となると、さっきの「しょーがくきん」ってやつも、たぶんアレだろ。
「それで国とかそういう上の方から、特別な援助金が出てたりするのか」
「俺はよく知らねえよ。お前んち、一度も学費払ったことないって聞いてるけど」
マジかーッ。これじゃうちと一緒じゃねえかよ!
嫌なことを思い出す——。
勇者オルテガの名前のせいで、うちはやたらと国王から
でも魔王討伐に「失敗」した勇者の家だぜ? そんなのやっかまれるに決まってる。
「……この家はどうも、風の突き当たりになっているみたいねぇ」
直しても直しても割られる窓ガラスを、おふくろは困ったように見つめていた。じじいは出歩かなくなったし、俺の友達は全員「敵」か「他人」でしかなくなった。
俺が周囲を、実力で黙らせるしかなかったんだ。
逆に俺が「夢」で知っている「三津原辰巳」は、学業も運動も人並みで、一般的な家の生まれという設定だった。おとなしくて目立たない少年だが、人当たりはいいのでいじめに遭っていることもない。
特に問題は無いが、強いて言えば父親が単身赴任とかって遠方勤務で留守がちの上、母親が子供に無関心で少し寂しい家庭だ、とかそんな程度。
ごく平凡なそこらの学生、のはずだった。
なのに「夢」と「現実」がズレてる。俺がなにか大きな勘違いをしているのか——?
「あ、俺バカだ!」
カズヒロがいきなり叫んだ。内側に向いていた意識が引き戻される。
「完全に振り切ったら、アイツらお前の家の前で待ち伏せするに決まってるよな?」
うへー? あのキチ○○君、タツミんちも知ってるのか。
カズヒロは眉根を寄せて考え込むと、すぐに「よし」とうなずいた。
「俺が引きつけとくから、お前先に帰っとけ」
「え、ちょっと——」
「いいか、お前は顔を出すなよ。大事になるから警察とかにも捕まらないように!」
止める間もなく行ってしまう。追いかけていいのかどうか迷ってるうちに、カズヒロは雑踏の中に紛れてしまい、俺はぽつんと一人、薄暗い路地裏に取り残された。
「おーい……こっからどうやって帰れと」
拝啓、母上様。
アルスはただいま、異世界で迷子になりました。
◇
とにかく帰ろう。住所はわかっているから、誰かに聞くのが早いよな。
路地から表を観察し、エージ少年らがいないことを確かめてから出ていった。
最初に近くを通りかかったオッサンを捕まえる。
「あの、すみません」
「ん?」
頭のてっぺんが横にシマシマになっているオッサンは、あからさまに迷惑そうな顔を向けて来た。
「道に迷ったんですけど、教えてもらえないかと——」
「忙しいんで他の人に聞いてくれる?」
足を止めることさえなく、スタスタと行ってしまう。
ずいぶん淡泊な反応だ。そんなに忙しそうに見えなかったが。
まあ人口の密集度はすさまじい世界だ。すぐに別な人間に声をかける。
今度はまじめそうな雰囲気の、年配の女性だ。
「すみません、道を——」
が、その女なんか目も合わせようとしない。いきなり歩調が早くなって逃げるように離れていく。
なにそれ。俺そんな不審人物? 慣れない反応に戸惑うが、とにかく時間がない。合間に携帯のリダイアルを続けているが一向につながる気配がないし。
「ちょっと! 道をですねっ」
次にもう少し若い女を捕まえた。今度は俺のウケの良さそうな二十代くらいのお姉さんで、案の定、彼女は変な顔もせず微笑んでくれた。
「どうしたの?」
「はい、あの、道を尋ねたくて」
住所を告げる。彼女は首をかしげて「ごめん、わからない」と言った。
「交番に聞いた方が早いんじゃないかな。すぐ近くだし、案内するよ」
コーバンって、ケーサツの詰め所のことだっけ?
「いやあの、ケーサツはまずいっていうか……」
途端に相手の顔が険しくなる。
「ああ、やっぱり。もしかしてと思ったけど、あんた家出してるのね」
「はぁ?」
「近頃のガキはホントどうしようもないわ。さっさと帰りなさい、かまってられない」
厳しい口調で言い捨てて、やたらかかとの細い靴をカッカッと鳴らしながら去っていく。
だから、その家に帰れなくて困ってるんだってば!
「なんだかなー……」
そりゃ向こうでも、話しかけても冷たい反応を返されることはあった。だがたいがいの街人は、きちんとこちらを向いて丁寧に情報提供してくれたものだ。
それに比べてこっちの人間は、冷淡すぎやしないか。他人のことなんか、本当にどうでもいいみたいな……。
ふるっと震えがきた。この時間にもなると一気に冷え込むようで、肩にひっかけていただけの上着の前を合わせる。
日の暮れた街は、たいまつやランプとはまるで違う白く冴えた光で溢れかえっていて、なにもかもが作り物めいて見えた。
作り物は、向こうの世界のはずなのに。
「なんでつながんないんだよ、タツミの野郎……」
「あはははは!」
いきなり後ろから笑い声が聞こえた。
驚いて振り向くと、一人の細身の少年が立っていた。
俺と同い年か、少し上くらいだろうか。ダフッとした黄色のシャツを着て、首回りや両腕に幾重にも派手なアクセサリを巻きつけている。
「いや失礼。ここは場所が悪いんですよ。さっきみたいに家出少年か、キャッチだと思われちゃうんですよね。もう一本先の表通りに出れば、また反応も違いますよ」
少し長めの茶色の髪をかき上げる。チャラチャラした格好だが、エージたちよりはずっとまともそうだ。
「さっきの立ち回りを見て、もしやと思って追いかけてきたんですが……。良ければ僕が家までお送りしますよ?」
「それは助かるが、あんた誰だ」
タツミの記憶にはないし、相手も知り合いというわけではなさそうだ。
「そうですね、今は詳しいことは秘密にしておきますよ」
唇に人差し指を立てて、彼は人好きのしそうな笑みを浮かべた。
「あなたも『移行』が完了しないうちは、簡単に素性を明かさない方が賢明でしょう」
移行……? って、まさか!
「お前も『向こう』の人間なのか!?」
「ええ。僕もまだ1ヶ月くらいですけどね」
彼の左耳で、小さなピアスがきらりと光った。
「ここではショウと呼ばれてます。どうぞよろしく」
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Stage.6 ミイラ男と星空と(後編)
<REAL SIDE>
「別に急ぐ必要なんかないですよ。所詮ゲームです、本当に死にやしませんから」
早く帰ろうと焦る俺に、ショウはあっさりそう言い切った。
「でも相手が死んだら俺も消えるって……」
「確かに消えはしますけど、主人公は自動で生き返りますし。相手が蘇生すればこっちも元に戻ります。誰かの前でいきなり消えたり出たりしたらちょっとまずいかな、というていどの問題なんですよ」
「マジで? うわー心配して損した!」
なんだよ、タツミのヤツも復活するのか。神竜も紛らわしい言い方しやがって、死んだらそれまでって意味だと思い込んでいたから、気が気じゃなかったっつーのに。
「——ただ僕たちにも、一応『生き返らない条件』ってあったじゃないですか」
ショウが続けた言葉に、俺はつい顔をしかめた。あまり触れたくない話だ。
「あったな。心から絶望して自殺したら生き返らない、とか」
もっとも主人公の自殺判定はかなりシビアで、ほとんどは戦略上の理由として片付けられて自動蘇生の対象となる。成功することは滅多にない。
正義の主人公というのは、そう簡単には死なせてもらえないものだ。
「一応そこは気をつけた方がいいでしょうね」
まあうちのあのプレイヤーに限っちゃ、まずあり得ねーな。
「ちょっと待ってください。コーラでいいですか?」
表通りに向かう途中の自販機の前で、ショウが立ち止まった。コインを入れ、一斉に点灯した購入ボタンのうちのひとつを二度押して、先に出てきた缶を手渡してきた。
「えっと……」
どうすれば、と思うと同時に、相手が自分の缶を目の前に持ってきた。
「ここに指を引っかけて、こうやって開けるんですよ」
プシュッといい音がして、缶の上に水滴型の穴が空く。うまくできてるもんだ。
「あんがと。そういう細かいとこが、ところどころわかんないんだよなぁ」
「僕も苦労しました。こっちじゃ常識だから、聞くに聞けないし」
「わかるわかるw」
プレイヤーの生死に神経質になる必要はないとわかったし、事情が同じヤツと話しているのもあって、俺はすごく気が楽になった。
やがて大きな通りに出ると、ショウは片手を上げて一台の車を止めた。屋根に変な形のランプがついている。
「住所がわかってるなら、こうやってタクシーを拾った方が早いですよ」
なるほど、勉強になります。
自動的にドアが開いて、ショウが先に乗り込もうとする。
「待てよ、これに乗ってけば帰れるんだろ? わざわざついて来なくてもいいんだぜ」
さすがに俺も遠慮したんだが、彼は首を振った。
「落ち着かないんで、きちんと家まで送りたいんです。嫌じゃなければ、ですけど」
嫌なわけはない。本音ではありがたい申し出だ。やっぱこっちの人間と違って、向こうのヤツはみんな親切だよなーっ。
人工の光に溢れかえる街中を、車がゆっくりと走り出す。
さて、いい機会だし、あとはなにを聞いておこうかな——。
「ところで、さっき『心配した』って言ってましたよね?」
俺が口を開く前に、少し低いトーンでショウが聞いてきた。
「言ったけど、どうかしたか?」
ふと、彼の顔から笑みが消えた。
「プレイヤーに同情は禁物ですよ」
一瞬、返す言葉に詰まる。相手は「ふぅ」と溜息をついた。
「右も左もわからない異世界で、お互いに自分の正体を知っているのは立場を交換した相手だけ。情が湧くのも当たり前ですけどね。でも、地位も名誉も、家族も仲間もすべて捨てて——よっぽどの覚悟を決めて、こっちに来たんでしょう?」
「そりゃ……まあ」
「プレイヤーに同情してクリアまで手伝ってたら、すべてフイになりますよ」
こいつは、本当はそれが言いたくてタクシーに乗り込んだんだなと、俺は悟った。冷たく突き放したような内容だが、言ってる本人も少ししぶい顔をしている。
「僕も最初はずいぶん悩みましたよ。プレイヤーも『帰りたい』って泣きましたし。でも考えてもみてください。相手は、つかの間でも現実の生活を忘れたくて『ゲーム』を楽しんでたんです。慣れれば必ず向こうを選びます。現に僕のプレイヤーなんて、一週間で永住を決めましたよ」
「帰りたくない、って?」
「もちろん、そうなるように僕も誘導しましたけど。——今は僕たちが『プレイヤー』なんですから、うまく相手を動かさないとね」
小さく肩をすくめて、彼は俺を見た。
「あとは好きに生きればいい。いつまでも相手のフリをする必要もありません。僕たちがこっちで生活するために利用してるだけで、どうせ親兄弟も赤の他人なんだし」
その通りだった。
俺が感じていた不安や疑問をすべて的確に晴らしてくれる答えだ。
ただ——なぜか俺はそこで、すぐに返事ができなかった。
黙り込んだ俺に、ショウはフッと笑った。
「よけいなお世話、でしたか?」
「いや……そうだな。お前が正しいよ」
救うべき世界をプレイヤーに押しつけて逃げ出してきた罪悪感と。
命懸けで守ろうとした世界が作り物だと知ってしまった虚無感と。
全部振り切って、ここで生きていこうと決めたのだ。いまさら引き返せない。
車が停まった。いつの間にかタツミのマンションの前まで来ていたのだ。
「そう言えば、あなたはこちらでは、なんて?」
「タツミ。三津原辰巳」
「いい名前じゃないですか。……じゃあまた、頑張ってくださいね、タツミ君」
俺を降ろしたタクシーは、少し行った先で角を曲がり、すぐに見えなくなった。
<REAL SIDE Another>
——1台のタクシーが夜の住宅街をすべるように進んでいく。
とあるマンションの前でいったん停車し、黒髪の少年を一人降ろして再び走り出す。
その車は、近くの十字路を折れてマンションからの死角に入ると、もう一度停まった。
「ここまででいいです」
後部席に乗っていた黄色シャツの少年が運転手に告げた。財布から紙幣を数枚出して、座席の間のカウンターに置く。運転手は紙幣を数えると、メーターの示す金額を引いた釣り銭を代わりにカウンターに置いた。
「ところで、さっきのはゲームの話だよね?」
運転手が聞いてくる。少年は釣り銭を財布に戻しながら「ええ」とうなずいた。
「いまどきのゲームって凄いよねえ。自分みたいなオジサンにはついていけないよ」
「やってみたらそんなに難しくもないですよ。特にドラクエとかは」
少年は愛想良く答え、車を降りた。
そして、走り去っていくタクシーのテールランプに向かって、少年は呟いた。
「近いうちに、嫌でもかかわることになるけどね——」
さきほど別れたもう一人の少年が帰っていったマンションを注意深く眺める。4階の右端の部屋に明かりが灯ったのを確かめると、携帯電話を取り出した。
「……僕です。やっぱりゲームサイドの人間でしたね。でも、あんまり期待できないと思いますよ。なんか人の良さそうな子だし。……いや、それはないと思いますけど」
通話口の向こうで懸念を示す相手に、彼は静かに言った。
「もう少し様子を見ましょう。それでもしもの時は……僕がちゃんと、処理しますから」
彼はもう2、3言交わしたあと、通話を切って歩き出した。
街灯と街灯の合間にある影の溜まりに踏み込んだところで、ふと立ち止まる。
次の瞬間、そこから光の柱が立ち上がり、空を貫いていった。
あとには誰の姿もなかった。
<GAME SIDE>
「少し、いいかな」
僕は周囲を警戒しつつ、エリスに小声で話しかけた。
「……はい」
暗闇の中から、エリスのか細い声が返ってくる。
「死んだ時、生き返ることが "不可能" な条件って、なに?」
この世界じゃあまりに常識だからか、かえって本なんかには載っていなかった。こんな時に話したい内容ではないが、こんな時だからこそ早めに確認しておくべきだろう。
「そうですね。自ら命を絶った者は生き返らないケースがあります」
彼女がゆっくりと答える。知らなかった、自殺は蘇生対象外なのか。
「それから、魂を呼び戻すための器である肉体が必要です。半分もあればいいそうですが」
「つまり、バラバラになったら半分くらいはかき集めろってこと?」
「ですね」
ふー。ますます「血はダメだ」とか言っていられなくなってきたな。
ってかおかしいよこのドラクエ。堀井先生もそこまで生々しい世界を想定して作ってたとは思えないんだけど。
「あ〜、それで遺体を運ぶときって、やっぱりアレに入れて引きずるの?」
「折りたたみ式の車輪の付いた棺桶が人気があるそうです」
さいでっか。
「うち棺桶なんか用意してないけど、ふくろに詰め込んでもいいのかな……」
「それだと、教会に渡すとき、うっかりパーツを取り出し忘れたりしそうですね」
エリスがフフっと笑う。うわー、ありそうだ。
「あとからアイテム出そうとしたら、干涸らびた腕とか出てきたりね」
「それでサミエルなんて『記念にとっておく』って言い出すんですよ」
「やーめれー。なんの記念だよ〜w」
しっかし僕らも不謹慎な話をしてるよなぁ。まあエリスも笑ってくれたし、少しは気が軽くなったかな。
あとは脱出をどうするかだけど……。
「勇者様」
不意に彼女が動く気配がした。やわらかい重さが僕の全身に被さってくる。
首に回される細い腕。耳元でささやく、優しい声。
「私は、いいんですよ……?」
エ、エリス!? びっくりして混乱しかかった僕に、彼女はちょっと笑った。
「落ち着いてください、勇者様。あなたは頭のいい人ですから、本当はずいぶん前から、決断されていたのではないですか?」
この状況で、どうするのがベストなのか——。
「それでいいんです。冒険には、よくあることですもの」
…………頭の芯が、すうっと冷えていくのが自分でわかった。
「じゃあ、ちょっと様子を見てくるから、君はここで待っててくれる?」
気がつくと、僕は彼女にこう言い渡していた。
エリスはどこかほっとしたような、諦めたような、そんな笑顔でコクリとうなずいた。
「なるべく早く、帰ってきてくださいね」
「もちろん」
即答した僕に、彼女は少し迷ってから、そっと唇を重ねた。
全面的な肯定を態度で示してくれたのだろう。本当に優しい子だなぁ、と思う。
そして僕はエリスと別れ、一人で通路を歩き出した。
まずは現在位置をはっきりさせよう。頭の中にピラミッドの地下室のマップを引っ張り出し、落下した位置と逃げてきた方向を照らし合わせる。たぶん、このあたりは出口に近い方の区画のはず。例の隠し階段もこの辺だ。
上に置いてきた二人だが、戦闘面はお任せのサミエルに、お堅い職業の割には機転の利くロダムがついていればまず心配ない。事前の打合せ通りに他の宝箱をすべて無視し、地図に従って進んでいれば、もう魔法の鍵を取って脱出してもいい頃だ。
『構うな、鍵を探せ』
あれは一応、そこまで計算した上での指示だ。
もう一つ。地下室に散らばっている死体をいろいろ観察しているが、さすがピラミッドパワーが効いているのか、どれも意外と保存状態がいい。きれいに片付いている地上と違って、地下には死体を食い荒らすようなモンスターもいないようだ。
以上より、結論はこうなる。
【さっさと脱出して、三人で彼女を「回収」しに戻った方が早い】
しばらく進んだところで、後ろからエリスの叫び声が聞こえた。助けを求めるものではなく「さっさとこっちに来なさいよ!」とか「やれるものならやってごらん!」なんて、彼女らしくない威勢の良い啖呵を切っている。
そこかしこでざわめいていた魔物の気配が、そちらへと流れていくのを感じる。
僕はただ、敵との遭遇を避けることに専念しつつ、出口を目指して進む。
本当は、地下に落とされた瞬間にここまでのシナリオはできていた。先刻の「死」についての談義も、彼女が自発的に囮役を引き受けてくれるのを期待してのものだ。
どちらも今になって気付いたことだけど……結局僕は、こういう人間なんだろう。
◇
途中で何度かミイラに襲われたが、ここでも星降る腕輪が効力を発揮して助かった。
とはいえ、なんとか地上までたどり着いた時点でほとんど立っていられない状態で、僕はその場に突っ伏したまま動けなくなった。
「勇者様! ご無事でしたか!」
その途端にロダムの声が聞こえた。いやはや、僕の計算も大したもんだね。
「エリスがまだ中にいるんだ。案内するから、急いで僕を回復してくれる?」
可能性は低いけど、まだ間に合うかもしれないし。
……が、サミエルとロダムはなにやら戸惑ってて、顔を見合わせたりしている。
ちょっと、そっちも疲れてるかもしれないけど、早くしないとエリスが可哀想だから。
「それともロダム、MPない? 薬草でもいいよ」
僕の方は使い切っちゃったけど、ロマリアで買い込んできたからそれは残ってるはずだ。
だが、彼らの道具袋に手を伸ばそうとしたところで、ロダムに止められた。
「お待ちください勇者様。もうよろしいですから」
「は? なに言ってるんだ、エリスがまだ中にいるんだよ?」
思わず声が荒くなる。年配の僧侶は、まるで諭すように穏やかに続ける。
「彼女は我々が迎えに行きます。こちらの地図に印をつけてくださればけっこうです」
「俺らの方は全然OKッスから。勇者様のお陰でホントにお客さん扱いで、あのあとまったく敵も出なくて……」
「僕が案内した方が早いって言ってんの。いいからさっさと回復して!」
さらに言いつのる僕に、ロダムとサミエルはますます困ったような顔をする。
「では言い方を変えましょう。地下に置いてきたということは、彼女を助けに行くのではなくて、遺体の回収に向かうということなんですよね?」
「そうだね。はっきり言ってしまえば」
「でしたらそこまで急ぐ必要もないでしょう。それに正直なところ、疲弊しているあなたを連れて行くより、我々だけで向かう方が楽なんです」
あーなるほど。僕を連れて行くメリットとデメリットを考えると、デメリットの方が大きいということか。戦闘じゃまだまだお荷物にしかならないもんなw
「了解。確かに二人に任せた方が効率的だね。いいよ、地図貸して」
差し出された地図に印をつける。回復呪文を受けてる間に、地下での注意点を簡単に説明して、僕はすぐに二人を送り出した。
「さすが最年長、冷静で助かるね」
二人とも妙な顔で僕を見てたのは気になるけど、エリスの件はこれで片付くだろう。
預けられた『魔法の鍵』を見てみる。それは小さくて煤けてて、想像よりずっとみすぼらしいシロモノだった。伝説のアイテムといってもこんなもんなんだろうか。
さてと、みんなが戻ってくる前に、一応あの人にも報告しておこうか。心配してるかもしれないし……っていうか、イヤミのひとつも言っておかないと気が済まない。
なーにが「リロードは早めに」だ、バカ勇者。
<REAL SIDE>
家に戻ってみると、部屋の中は明かりもなく静まりかえっていた。
玄関にあった女物の靴が無くなっているから、どうやらヤツの母親はでかけたらしい。もう夜も8時を回っているんだが、こんな遅くにどこに行ったんだろうか。
そういや俺も連絡すら入れてなかったな。放任主義という情報は正しいようだ。
タツミの自室に入る。テレビは出かける前に消していたから、ここも暗かった。
明かりはつけずに、ベッドが寄せてある壁側の窓にカーテンをひく。窓に背を向けてベッドに腰掛けると、ちょうど正面にテレビが来る。
手元にあったリモコンで——どうにも気が向かなかったが——スイッチを入れた。黒光りする鏡でしかなかったモニターが、命を吹き返したように光を放つ。
が、思ったほどの光量でもない。画面の向こうも夜らしい。
「やっぱピラミッドか……」
砂漠の真ん中にぽつんと配置されている△の前に、勇者が一人でたたずんでいた。
あいつ仲間はどうしたんだ。まさか一人旅ってことはないよな。今までろくに連絡を取ってないから、まるっきり状況がわからん。今なら携帯も繋がるだろう。向こうが電源を切ってなければだが——。
プルルルルルル! プルルルルルル!
かけようとした途端、向こうからコールがきてちょっとビビった。
「……よう」
『やほーアルス! 今どこ?』
なんだ、いきなりテンション高いな。
「お前の部屋だ。画面で見てるが、まさか本当にピラミッドまで来てるとはな」
『ふっふっふ、早いだろ。ダテに4周してませんから』
「鍵はもう手に入ったのか?」
『まあね。取ってきたのは僕じゃないんだけど、その辺の報告しとこうかと思ってさー』
奇妙に軽いノリでしゃべるヤツは、そのまま『実はねー』と続けた。
『ごめんアルス! 君の元カノ、見殺しにして逃げて来ちゃってさ。今サミエルとロダムが回収しに……って、そうそう、この三人が仲間なんだけど知ってる?』
「ああ、1回目の冒険の最終パーティーだった連中だ」
『え、そうなの? 僕はそんな名前のキャラ作ってないんだけどな』
そのあたりのズレは俺にもよくわからないが。
それよりお前——その声。
『なんだっけ。そうだエリスちゃん。いやホントごめん、助けたかったのは山々だったんだけどさ。力及ばずというか、ぶっちゃけそこらの高校生には荷が重いっていうかw』
「……タツミ」
『だいたいピラミッド最悪だよ、なにあの罠。ありえないって。本当にここはドラクエかと小一時間問い詰めたい! でもスクエニ本社に問い合わせても意味ないしねー』
「タツミ、落ち着け」
『っていうかアルスが一番ひどいって。こっちは必死だってのに、なにふざけて……』
「タツミ!」
『……………』
遮られて、急に機嫌が悪くなったみたいに黙り込む。
参ったな。相手の心情がわかりすぎるだけに、対処に困るというか。
「とりあえず、ちょっと上見てみ。その様子じゃ気づいてないだろ」
普通は気がつかない方がおかしいってもんだが、俺もあの時は顔を上げる気力もなくて、しばらくわかんなかったからな。
『は? 上ぇ? なんでさ』
「いいから、騙されたと思って」
『上ってなにが——』
次の瞬間、携帯の向こうで、はっと息を呑むのが聞こえた。
『…………すごい……星が、降ってる……!?』
「そこな、世界的な流星群の観測地帯なんだそうだ。俺も初めて見たときは、言葉をなくしたよ」
今でも鮮明に思い出せる。遮る物のない砂漠の空いっぱいに広がる星の海と、そこから雨のように降ってくる大量の流れ星と。信じられないくらいきれいで、思わずぽかーんと見上げてたっけ。
「でさ、先にカミングアウトしちまうとな。俺、最初の時そこでかなり泣いた」
『え、泣いた……?』
タツミがびっくりしたみたいに聞き返してくる。
「泣いた泣いたw だってピラミッドなんて暗いし死体だらけだし、マジこえーじゃん」
1周目はまだ冒険の進め方もよくわからなくて、序盤の難関のピラミッドでは当然のように全滅寸前になって。
古ぼけた小さな鍵を握りしめて、たった一人、命からがら逃げ出して。
「もうやってられっか!って叫んで上見たら、そんなのが一面だもんなぁ。なんか急に切なくなって、ずいぶん長いこと一人でわんわん泣いてた」
『そんなこと、あったんだ』
「だからさ、お前も我慢すんな。——エリスが死んだのは、お前のせいじゃない」
しばらく返事はなかった。
待っていると、やがて少しかすれた声が、途切れ途切れに漏れてきた。
『……でも、僕のミスだし』
しゃくりあげそうなのを必死にこらえている感じだ。
『こうなること、わかってたのに……僕は、仲間より鍵を優先して』
「まあ指揮官なんだから、目的を優先するのは当然だな」
『でも……女の子を見捨てて、逃げ出しただけで……』
「戦場で男も女も関係ねえよ。その方がいいと判断したことなんだろ?」
『だけど……こんな……僕……勇者なのに……!』
「相手は天下の魔王様だぜ? キレイゴトだけじゃ戦えねっつーの」
『……でも………うぅ……うわぁぁぁぁぁああああ!!!』
はいはい、それでいいんです。
リーダー張ってるからには、仲間の前じゃなかなか見せられないが。一人になったときくらい素直に泣けるようにしとかねえと、この先保たねえぞ。これも冒険のコツだぜ。
ふと、あいつの言葉がよぎる。
(プレイヤーに同情は禁物ですよ)
しかしなぁ。後輩クンが昔の俺と同じところで悩んでたら、つい励ましたくなるのが人情ってもので。いや、偽善もいいとこだってのも、わかってるけどさ……。
俺は画面から目を離して、そのままベッドに寝ころんだ。横になったまま、カーテンの端をつまんで隙間から空を眺めてみる。こっちは地上の光が強すぎて、ただ灰がかった闇がよどんでいるだけだ。
あの星空も、俺が捨ててきた物のひとつなんだろうな。
堰が切れたように泣きじゃくるタツミの声を聞きながら、俺はそんなことを考えていた。
<GAME SIDE Another>
「いや〜、あんなつらそうな顔してんのに、自分で気づいてないんだもんなぁ」
地下へ続く狭い階段を下りながら、サミエルは深々と溜息をついた。
「本当はかなりムリしてるんスかね?」
「なんというか……あの子は頭が良すぎるんでしょうな。冷静な考えが先行してしまって、感情が置き去りにされてしまうというのか」
ここ数日の付き合いではあったが、ロダムも時折、同じ不安を抱いていた。
モンスターとの戦闘でも、「血はダメなんだよねぇw」などとヘラヘラ笑っていたが、その目の奥に押さえつけられている恐怖は本物だった。だがそれを表に出したところで意味がない、そう理性が先に判断したのだろう。小刻みに震える指先にも、はやり気づいていないようだった。
今回も、せめて一人にしてあげようと地上に残してきたが、あの少年は一人になったところでそのままのような気がする。なにか切っ掛けがあれば別かもしれないが——。
「えーと、本名なんて言いましたっけ? 珍しい名前でしたよね」
「タツミ=ミツハラですよ」
「だったっけ。呼んじゃいけないとなると、つい忘れるッスよ」
彼らを迎えにアリアハン城にやってきたその少年は、三人を別室に集めるなり、とんでもないことを切り出した。
「この世界に、勇者アルスはもういません。僕はその人の代理としてここに遣わされた、まったく別の世界の人間です」
いったいなんの話だ? そうロダムが思うと同時に、エリスが立ち上がった。
「ではあなたはアルス様ではないのですか? アルス様はどうなされたのですか!?」
「わかりません。しかし彼は『勇者』ですから、魔王が関わっている可能性は高い。真実を知るには、やはり魔王を倒す以外に方法はないでしょうね」
全身から力が抜けたようにガクリと椅子に座り込むエリス。少年はあくまで冷静に、先を続ける。
「ですので、あなた方は偽りの勇者を掲げて旅をすることになります。注意事項は二つ」
あとで教えるが、本名では呼ばないこと。アルスの名でも呼ばないこと。
「特にこだわるわけではありませんが、咄嗟の時に対応が遅れる可能性があります。対外的にはアルスとして通してもらいますが、普段は肩書きで呼んでください」
「勇者様、ですか?」
エリスがぼんやりと問い返すと、少年はにっこり笑った。
「結構です。ところで、あなたはアルスの恋人だったそうですね? 僕をここに導いたルビス様が、あなただけは必ず仲間にしなさいと言っていました」
「え、私を……?」
「アルスには、なくてはならない存在なんだそうです。一緒に来ていただけますか?」
目に見えて元気になった彼女が、大きくうなずく。そこですかさず、彼はテーブルに三枚の契約書を広げた。
「ではここにサインをお願いします。あなたがたはどうなされます?」
実に手際がいい。サミエルがおそるおそる手を挙げた。
「んで、その……あんたは、魔王を倒せるのか?」
お前は勇者たるに相応しい人物なのか。戦士の質問に対し、少年はやはり顔色ひとつ変えずに、さらりと言ってのけたのだった。
「倒しますよ。——最短でね」
「俺はハッキリ言ってどうでも良かったんスよね。オルテガさんに憧れて魔王退治に出たいだけだったッスから」
言いながら戦士が剣を抜く。
同時に、新たな獲物を見つけたミイラたちが寄ってくる。
「でも、今は『ほっとけない』って感じッスかねぇ」
「私もですよ」
少年が何者かはわからない。だが彼は確かに、命懸けでこの世界を救おうとしてくれている。そこにどんな事情があるにせよ。
子供たちにばかり、苦労させるわけにはいかない。二人は全力で武器を振るいながら、仲間の少女の元へと急いだ。
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Stage.7 SAKURA MEMORY -Part.1-
<REAL SIDE>
ヴヴヴヴヴ……! ヴヴヴヴヴ……!
頭のすぐ横で妙な音がしている。まくらを通して細かい振動が伝わってきて、ほっぺたがくすぐったい。
「んあ……なんら?」
それがマナーモードにした携帯が震えているんだと、俺はようやく気づいた。そう言えば昨日、夜間は着信音が出ないように設定しておけとタツミに言われて、そうしたような覚えがある。
その後の記憶は曖昧だ。俺はいつの間にか寝てしまったらしい。
「うに……もしもし、タツミかぁ……?」
『ちょっとタツミはあんたでしょ? なに寝ぼけてんのよ』
「おぁああ!?」
予想外に高いキーで返答されて、寝ぼけ半分だった俺の脳ミソはいっきに覚醒した。
「エ、エリス?」
『……ちょっと、エリスって誰?』
違った、まだ寝ぼけてんな。えーとこの子は、
「片岡百合子?」
『そうですよ。ってかなんでフルネームで呼ぶかな』
苗字と名前のどっちで呼ぶかまだ決めかねてるからだが。
『まあいいや、おはよう。まったくいつまで寝てるんですか、天才クン』
ユリコが呆れたように言う。俺、そんなに寝過ごしたんだろうか。
「——ってまだ朝の5時じゃねえか !!」
時計を見て俺は思わず怒鳴った。電話の向こうでユリコが笑う。
『あはは、起こしてごめんね。とりあえず、出かける支度して降りてきてよ』
「出かけるだぁ? こんな早くにどこ行くんだ」
『いくら平日でも、このくらいの時間に出ないとイイ場所取られちゃうもん』
なにを言われてるんだかサッパリな俺に、彼女はやはりわからない単語を、実に嬉しそうに投げてよこした。
『この季節はやっぱりお花見でしょ! ね?』
オハナミってなんだ。しかもこいつ「降りてこい」って言わなかったか?
「もしかして下にいるのか」
『玄関の前で待ってる。お弁当も敷物も用意してるから手ぶらでいいよ』
おk、レジャー関連のお誘いですね。
どうすっかな、そういうのは嫌いじゃないが、ゲームの方も気になるし。でも俺の分のメシまで作って来てるんじゃ、断るのも悪いしな……。
『もしかして今日に限ってなにか用事がある、とか?』
急に心配そうな声を出すユリコに、俺は「いやいや」と否定した。
「そうじゃないんだ、少し待っててくれ。すぐ折り返す」
俺はいったん携帯を切って、タツミを呼び出した。
『はいはい、どしたのアルス?』
タツミの方はワンコールですぐに繋がった。お互いかけても繋がらないってパターンが多かったから、なんか新鮮だ。
「おう。どうだ、あれから落ち着いたか?」
『え……? そうか、そっちは朝になったばっかりだもんね。おとといはどーも』
相方が苦笑する。言われて俺も時差のことを思い出した。ピラミッドの夜のことは、向こうではもう二日前の話になるのか。
俺が寝る前に消したらしいテレビの電源を入れると、優雅な音楽とともに海原を進む白い帆船が映った。全体がオレンジ色がかっているから、あっちは夕方のようだ。
「もう船を手に入れたのか。……ってポルトガとバハラタを二日で往復したのか!?」
とんでもない強行スケジュールだぞ。またこのバカは——。
俺がムッとすると、気配が伝わったのかタツミは慌てて説明した。
『無理はしてないよ。僕の場合、システム外のショートカットが使えるから。魔法の鍵を餌に、ロマリア国王からバハラタ座標の入ったキメラの翼をもらって、直行できたんだ』
そこで、なにか思い出したのか深〜いため息をつく。
『でもそのせいでひずみが出てるのか、なんかストーリーがおかしいんだよねぇ』
「なにがあったんだ」
『……バハラタに黒胡椒をもらいに行ったら、タニアさんの代わりに僕がさらわれた』
「お前がさらわれたんかよ!」
うちのプレイヤーはどうしてこう、本来のシナリオの斜め上を行くんだ。
『そんなことはどうでもいいんだけど。で、どうしたの?』
「いやその前に、なぜ勇者がカンダタに拉致られたのか聞きたいんだが——」
『そんなことはどうでもいいんだけど。で、どうしたの?』
ループしやがった。あまり話したくないことらしい。
まあ俺も人を待たせてるし、そのうち番外で語ってもらおう。
前回は場合が場合だったから、けっきょくユリコのことも、奨学金やあの不良少年エージとの関係についても、なにも聞けなかったんだよなぁ。その辺の確認も、また後回しだな。
「今ユリコから、オハナミに行こうって誘われててさ」
俺が本題を切り出すと、タツミは急に静かになった。一秒、二秒、三秒。
『あっそう。ユリコがね。うん、いいんじゃない?』
おや〜、ちょっと引っかかるような言い方だな。しかも普通に名前で呼んでるしぃw
「本・当・にいいのか?」
『なんだよその言い方。いいよ、せっかく現実にいるんだから、楽しんできなよ』
タッちゃんやーさしー。ではお言葉に甘えさせていただきます。
「んじゃ行ってくるわ。お前もなんかあったらすぐ電話しろよ」
『了解。あ! その前に僕のステータスだけ教えてくれる?』
そうだった、お互いにそのことを思い出した瞬間に向こうのメンバーが戻って来て、それも後回しになったのだ。
「よし、ステータスウィンドウ出せ」
『えーと? コマンドを思い浮かべればいいのかな』
ピッという軽い音とともに、画面上に黒いウィンドウが展開される。
——その瞬間、俺は言葉を失った。
『どうしたの』
「あー……詳細ステータスの方を出せるか?」
『やってみる。コマンド▽つよさ▽ゆうしゃ、かな』
あいつの言葉に合わせて、画面上で自動的にカーソルが動き、勇者タツミの詳細ステータスが表示される。
なんだこりゃ。こんなステータスってありか?
『ねえどうしたの。そっちからピッピッて聞こえるから、表示は出てるんでしょ?』
タツミの不安そうな声に、俺はなるべく冷静に事実を告げた。
「実はそのーーレベルと経験値が『??』でな、最大HPは64だからまあ普通なんだが、最大MPが999なんだよ。素早さ170は……星降る腕輪の効果か。それでも高い方だな。賢さが245ってのはどうなんだろう」
『…………なにそのバランスの悪さ。レベルが??ってどゆこと。MP999ってなに』
「俺にもわからん。現在のMPは975なんだが、お前、今日なにか呪文使った?」
『まだひとつも使えないよ、呪文の練習なんてしてるヒマないし』
「あ、しかも減った! 今974になったぞ、オイ」
『はぁ? 僕はなにも……あ』
俺も同時に気がついた。
もしかしなくても、携帯、だよな?
『え——!? 番外の“携帯の電池がMP”って、あれ冗談じゃなかったの?』
「それに宿屋とかに泊まったあとで最大MPに戻ってないってことは、減った分は増えないってことじゃないのか」
『僕のMPはプリペイド式かよ! しかも呪文と電話代の合算請求?』
「ということになるな」
『っもう信じらんない! 電話代もったいないから切るね! 行ってらっしゃい!』
「あ、待てって……」
ツー ツー
切られてしまった。しっかし、今後はうかつに長電話できないのか。
うちのプレイヤーはどうしてこう、本来のシステムの斜め上を行くんだ。
プルルルルルル! プルルルルルル!
途端に電話がかかってきた。表示は「YURIKO」になっている。
『遅いからかけたんだけど……やっぱりダメかな?』
こっちはこっちで最初の元気はドコへやら、ふみ〜んと沈んだ声になってるし。
「大丈夫だ。今行くからもう少し待ってろ」
『良かった! 待ってる』
ありゃま、ずいぶん嬉しそうだなぁ。
そういやこの子、タツミに惚れてるんだっけ。
「あのさぁ、やっぱりユリコって呼んでいいか?」
ちょっと聞いてみる。ぶっちゃけ「カタオカ」って言いにくいし。それに、タツミ君も本当はそう呼びたいみたいですしね♪
『え? ……うん、あんたがそう言うなら、いいよ』
ふはは、もじもじしてるのが見ないでもわかるww かわいーじゃんw
エリスもそういうとこあったなぁ、なんてニヤニヤしつつ、俺は簡単に身支度を整えた。
出がけに別室をそっと覗くと、いつの間に帰ってきていたのか、ヤツの母親が眠っていた。こんな時間に起こすのも悪いから、声はかけないでおこう。
リビングのテーブルにメモを残して、玄関を出る。
というわけで、現実生活二日目は友達とレジャーでGO!
昨日はいろいろあったが、俺の異世界ライフ、まあまあ順調じゃねえ?
……向こうはワヤクチャみたいだが、まあ頑張ってくれたまえタツミ君。
朝日に照らされた街並みが、のんびりと後方に過ぎていく。窓のすぐ外を等間隔でふっ飛んでいく柱を見るに、けっこうなスピードなんだろうな——とは思うんだが、初めて乗る電車は意外と退屈だった。
風を肌で感じられるラーミアの方が「移動してる」って気はするな……。
悪い癖がつきかけてる。
俺は軽く頭を振って、黄金の鳥の幻影を追い出した。ことあるごとに向こうと比較して懐かしがってたら、この先やっていけない。
「なんか三津原も眠そうだな。俺も倒れそうだよ……ふぁ〜」
向かいの席で、戸田和弘が大きくあくびをした。
この長身のスポーツ少年も、片岡百合子に朝早くから駆り出されたとのこと。マンションの下で再会した俺たちは、「では出発ー!」と腕を振り上げるユリコを挟んで、お互いに苦笑したのだった。
朝から元気いっぱいな彼女を少し「ウゼえw」と思わないでもなかったんだが、パステルブルーのワンピースでキメちゃってるユリコちゃんは、ちょっとホンキでかわいいので俺は許す。カズヒロもそうなんだろう。男って単純よねぇ。
「しかし、あの不良どもをよく振り切れたな」
俺が聞くと、カズヒロはまたあくびをした。
「あいつら頭悪いからなぁ。こういう言い方はなんだが、所詮、三流高校の連中っつうか」
そういやあの三人が着てた服、タツミが学校で着てるのとは違ってたっけ。こっちの学生って、他校の生徒とはほとんど交流が無いものと認識していたが。なんか複雑な背景がありそうだ。面倒は避けたいんだがねー。
カズヒロがちょんと足の先で俺をつついた。
「前にも言ったけど、困ってたら遠慮しないで頼れよ? うちの親父ってほら、市議会議員とかやってっから、あいつらもあんまり俺には手ぇ出してこねえしさ」
「ん、わかった」
カズヒロの親父さんはエライ人なのか。覚えとこ。
「お待ちどう。はいどうぞ」
そこにユリコが戻ってきた。俺とカズヒロに冷たい缶をくれて、となりに座る。
「探したんだけど、豆乳は売ってなかった。お茶で良かった?」
「そうか。いやいいんだ」
牛乳が体質的に飲めないだけで好き嫌いはねえから、独特の渋みがある「緑茶」も平気。
「お腹空いたでしょう。待ってね」
ユリコは足下に置いてあったバスケットを膝に抱え上げて、中から半透明の箱を取り出した。サンドイッチとサラダが、彩り良く収まっている。
「これ朝の分だから、全部食べちゃっていいからね」
「おー、うまそうじゃん」
「いただきまーす」
あ、うめえ。昨日は結局ロクなモン食ってねえからな。旅してると丸一日食えないなんてザラだったから苦痛じゃないが、さすがに腹減ってたから幸せだ。
「しっかし片岡も上手になったよなー」
すぐに二つ目のサンドイッチに手を伸ばしながら、カズヒロが思い出したように笑う。
「俺と片岡、中1ん時に同じクラスだったんだけどさ、家庭科の実習で片岡が作ったマドレーヌ食って、ハライタ起こしたやつがいたんだぜ」
「マジで?w」
「戸田! もうあんた食べるなッ」
サッとカズヒロの手からサンドイッチを奪い取るユリコ。すかさず新しいのを取ろうとした彼から、俺も素早く箱ごと遠ざける。
「だっ、お前ら、なにその連携プレー」
「自分は女の子とご飯の味方っす」
「可哀想に、儚い友情ねぇ」
一拍おいて、三人で同時に吹き出した。
◇
それから俺たちは二駅目の「サクラ坂台」ってところで降りた。謎の単語「オハナミ」が出がけに引いた辞書で「花見/桜の花をながめ、遊び楽しむこと。」だとわかったので、目的通りの地名だ。
駅の正面から真っ直ぐゆるい坂が続いていて、その先に、所々淡いピンクに染まった山があった。
「小学校の何年生だったか、遠足で来たっきりだな」
カズヒロが懐かしそうに山を見遣る。ユリコが相づちを打った。
「あたしもそうだよ。タツミはその前に引っ越したから、来るの初めてだよね」
らしいな。ヤツの生まれはこの街だが、幼い頃に遠くに引っ越して、今の高校に入るためにまた戻って来たと記憶している。ユリコもヤツの幼なじみではあるが、せいぜいここ一年の付き合いなのだ。ありもしない「想い出話」に付き合う必要がないから、その辺は気楽でいい。
「このあたりでいいか。三津原、そっち引っ張って」
二〇分くらい坂をのぼったところで、カズヒロが敷物を取り出した。俺が手伝ってる間に、ユリコが風で飛ばないように重石(オモシ)を持ってきて四隅に置いた。
「貴重品だけ持てば大丈夫だろ。この上に広場あったよな。フリスビー持ってきた」
「確かあそこから海も見えたよね」
荷物を置いてさっそく歩き出した二人の後に、俺もついて行く。
それにしても、どの桜も満開で見事なものだ。
アリアハン城にもジパングから輸入された木が一本だけあって、エリスと夜中にこっそり忍び込んで見に行ったことがあった。月夜の桜もきれいだったな。懐かしい。
……あ、また悪い癖が。気をつけねば。
「タツミ行ったよー!」
薄い青空をオレンジの円盤が飛んでくる。背面キャッチ! おーっと歓声を上げる二人に(かなり力を抜いて)投げ返してやる。
いいねいいねー。こういう普通のガキっぽい遊び方、憧れだったんだよ。旅の間はどこ
行ってもモンスターの影がちらついて、のんびりできなかったし。
「あ、ごめーん!」
「こーら、どこ投げてんだw」
その方向は、先が急な坂になっていて、そこを超えると取りに行くのが面倒になる。本気を出せば取れないことはないけど、ここは追いつけないのが普通かな。
見当違いな方向に飛んでいったフリスビーは、たまたまそこにいた男の手に収まった。坂の手前の大きな桜の木に寄りかかって、男はフリスビーをしげしげと眺めている。
黒いサングラスに、上下は黒いレザー、かな? そんなのを着ている。風雅な桜の下に、全体的にタイトなその格好はあんまり似合わない気がした。
「すんませーん」
投げ返してくれ、の意味で声をかけたが、男は逆に俺に手招きした。まさか「ちゃんとここに来て謝れ」ってんじゃねえだろうな。
「すいません。わざとじゃないよ」
言いながら近づいていくと、男はサングラスを外して胸のポケットに納めた。
「ここ、いい場所だな」
男の背景には、住宅街が見下ろせて、その遠くにうっすらと青い水平線が見える。
「あっちの二人は友達か?」
再び俺を見て、彼はフッと笑顔を浮かべた。まだ若い、20代前半くらいか。
「ですけど……あの、それ返してくれませんか」
「ああ——」
男は円盤を持った手をスッと後ろに引いた。そして……思いっきり海の方に投げた。
唖然とした俺だったが、男がまだニヤニヤしているのを見て、ついカッときた。
「なにすんだよ!」
そいつの胸ぐらをつかみかけた、その瞬間。俺は逆に腕を取られ、坂に投げ出された。
◇
「とっとっとととととと、とあー!」
前転で着地成功! こんくらいの奇襲で無様に転がる勇者様じゃないぜ。
って、奇襲されたのか俺?
ザン! と土を蹴る音がする。反射的に横に避けると、一瞬前まで俺がいた場所に、男
のごっついブーツがめり込んでいた。
「てめ……!」
「あんなくだらないお遊びより、こっちの方が楽しいだろう?」
男は笑顔のまま、太ももに縛り付けていたホルダーから、刃渡り三〇センチはあるブレードナイフを取り出した。マジかよ。
「タツミ、大丈夫か!?」
カズヒロとユリコが坂の上で叫んだ。降りてこようとする二人を手で制し、
「来るな!」
怒鳴り返してから、俺は身を翻した。場所を変える。そろそろ増えてきた桜の見物人や、あいつらを巻き込まないためもあるが、なにより俺が思い切り動けねえ。
桜並木が続く歩道をそれて林道に飛び込むと、男も後を追ってきた。山林の奥まで行けば、簡単には第三者の介入もないだろう。
「足も速いな。防御力はどうかな?」
再び地を蹴る音がする。柔らかい腐葉土の上で音がするって、どんだけの脚力だよ。
林道のサイドには、散策者が迷い込まないようにか黄色のロープが渡されている。俺はロープを通している鉄製の杭を一本引き抜いて、振り向き様、横に払った。金属がぶつかる甲高い音が響き渡る。受けた力を手前に逃して、邪魔なロープを相手のナイフで切り落とす(いや、わざとやってくれたか)。
バックステップで距離を取った。
「あっちのヤツ……だよな? 降りかかるメラはギガデインで返すのが俺の流儀だぜ」
「でもこっちじゃ呪文が使えないだろう」
「まあな。名前と理由を述べる気はあるか」
一応尋ねてみたが、相手は肩をすくめるだけだ。
あーそう、じゃあもう聞かんよ。——言い訳もな。
「ったく、せっかくの『祝・青春』を一話も終わらんうちに台無しにしやがって、覚悟しろよ」
「覚悟なんてマジメに構えることでもないだろ。これは……お遊びだ」
左肩をやや下げて、右肘をしぼるように引いてナイフを構える。俺と同じ型? そう認識したと同時に、相手は一気に間合いを詰めてきた。
◇
相手の武器は、その格好に合わせたようにブレードもグリップも黒。余計な装飾がなにもないシンプルな造りで、明らかに殺傷を目的として設計されている本格的なものだ。
それも、先日の不良少年みたいなのがイキがって持ってるだけならともかく、この男にはそんな素人じみた気負いなどまったくない。本物の「斬り合い」に慣れている人間だ。
だが、軽い。
男が振り下ろしたナイフを、俺は細長い鉄の杭で再び受け流した。こんな頼りないエモノでさばけてしまうのは、相手の武器が軽量だというより、力のかけ方が散漫だからだ。
「ふむ……妙だな。うまく動かん」
男も実力を出し切れていないことに気付いたようだ。
「現実側は制限があるとは聞いたが……どこがおかしいんだ?」
「俺に聞くなよっ」
あのな。親切に答えるわきゃねえだろーが。
確かに制限のせいもあるだろうが、こいつ、構えを間違ってんだよ。
俺の基本の型であるその構えは、応用が利くのでマルチタイプと誤解されがちだが、実はナイフのような軽い武器にはあまり向かない。筋肉の生み出すエネルギーを一エルグも無駄にせずインパクトに変換する、ってのを追求したもんだから、武器にある程度の重量が無いと刃が走りすぎて、パワーロスの方が大きくなってしまう。
軽量武器には専用の型がちゃんとある。どこで習ったんだか知らねえが、親父が基礎を創り、俺が体系化し、後にアレフガルドで「ロト流」としてまとめられるはずのそれは、中途半端な知識で使いこなせるもんじゃねえ。
(それでも五:五だろうなぁ……)
こいつの言うとおり、制限がかかっているのは俺も一緒だ。身体的にどの程度までの負荷に耐えられるのか自分でまだ把握できてない以上、いつなにが起きるかわからない。早めに終わらせるべきだ。だがまだ早い。一般人が歩く遊歩道から、もう少し離れないと——。
すれ違うのもやっとの狭い林道で打ち合いながら、押されているフリで奥へ誘い込む。
「おい、どこまで逃げる気だ」
「うるせえっ。てめえこそ腰が引けてるぞ」
「ふん……関係ない人間を巻き込まないように、か?」
俺の内心を見透かしたように、男は鼻で笑った。
「しょせんあんたも、プレイヤーを身代わりにしたクチだろうに」
「!」
男が繰り出したナイフの切っ先が、俺の左手の甲をかすめていった。一拍遅れてピリッとした痛みが走る。
「いまさらイイコぶるなよ」
「だからって、なにしてもいいわけじゃねえだろう」
傷口から沁み出した血が、指先を伝って地面に滴り落ちた。いつもならホイミで簡単に治せる傷だが、こっちじゃそうはいかない。
「この世界には回復呪文も蘇生呪文もないんだ。間違って人を傷つければ……」
「そうだな。殺せばそれで終わりってのは、ラクでいいよな」
今まで抑えていた苛立ちが、カッと熱を持って脊髄を駆け上がった。
「てめえみてえなのが、俺の型式使ってんじゃねえ!」
低い位置から間合いを詰め、鳩尾を狙って鉄杭を突き上げる。
ぎりぎりで避けた男が、俺の背中にナイフを振り下ろした。俺はそのまま地面に片手をついて足払いをかけ、相手が飛んでかわしたのに合わせて方向転換。
瞬間、目の前に男のブーツが迫っていた。上半身をのけぞらせたが勢いを殺し切れずに、胸に蹴りを食らって吹っ飛ばされる。木の幹に背中がぶつかり、薄桃色の花弁が舞い散った。肺から無理やり押し出された空気を補充する間もなく、次の一撃が迫ってくる。
ギン!
黒いブレードを、鉄杭で思わず受け止めた。しまった、と思った瞬間、とうてい鍔迫り合い(ツバゼリアイ)で勝てるはずのない細い鉄杭がそこから折れ、勢いに乗ったナイフが俺の喉を斬り裂いていった。
パッと血しぶきが飛んだのが自分で見えた。
(やばっ……)
回復呪文がない、という恐怖感のせいで、対応が一瞬遅れる。
男は容赦なく俺の足を払い、顔面をつかんで後頭部を地面に叩きつけた。
「が……!」
頭の中が白く弾けた。腹にズシッと重いものが乗っかって、息ができなくなる。
「なにが伝説の英雄だ。ただのガキじゃないか」
喉にヤツの指がかかった。目の前に、血のせいでよけい黒光りするブレードが突きつけられた。
うわー、もしかして俺、めっちゃピンチじゃね? 人の首を締め上げながら、男はなんかブツブツ言いだしてるしっ。
「普通に血も赤いしな。あれか、開いたら中身は違うとか? どうなんだ」
ちょwwwww中身っておまwwwwwwwwww
いーやー! こんなサイコさんに解体されるなんてゴメンだー!!
俺は地面の土をえぐって、力任せに相手の顔に叩きつけた。使える物はなんでも使うのがオレ流だ!
「なっ……」
ひるんだ一瞬の隙に、折れた鉄杭を男の腹に突き立て、ひざで腹を蹴飛ばした。男の下から這い出して、必死に息を整える。首に手を当てて傷の程度を確かめてみると、どうやら頸動脈やリンパなんかは無事みたいだ。一応よけたつもりではいたが、思ったより血が出てヒヤッとしたんだよな。
相手も浅かったのか、腹に手を当ててから小さく息をついている。
「……あまりきれいな戦い方ではないな」
顔についた土をぬぐいながら男が言った。
「ケホッ。ア、アホか。戦いなんてたいがい泥臭いもんだろうが」
そんなスマートにキマる戦闘なんて、強者が弱者をいたぶる時くらいのものだ。
——そう続けようとして、俺はそのあとの言葉を飲み込んだ。男がジッとこちらをにらんでいる。あの薄笑いはもうなかった。
「なんだそれは。伝承と違うじゃないか」
そこにはなんの表情もなく、瞳だけが氷のように冷たい。背筋がゾッとした。
◇
「おかしいな。『勇者は常に華麗に戦うもの』じゃないのか?」
「なんだよそれ」
俺が警戒していると、男は急に背筋を伸ばして、ナイフを持ち直して眼前に立てた。
「俺はアレフ。アレフィスタ=レオールド。あんたは?」
左手を十字にクロスさせ、アレフガルド流の騎士の礼を取る。
「……本気かよ。せっかく平和な国に来て、バカじゃねえのか」
戦いの最中に名乗るのは、たいていの場合、敵を殺すときの死出のみやげだ。それでも相手が名乗ってきたからには、こちらも名乗りを返さなきゃならない。
「アルスだ。アルセッド=D=ランバート」
俺は次の武器とする鉄杭を地面から引き抜いた。強度こそ足りないが、リーチと「刺す」ことに特化してる分、まだナイフとは相性がいい。無いよりはマシ、という程度だが。
正直、ちょっとヤバイ。どうもさっきから身体が重くてしょうがないのだ。 現実側の制限のせいか? それにしても、あまりに消耗が早すぎる——。
そのときだ。葉ずれの音とともに、俺の視界にパステルブルーが現れた。男の後ろでユリコが、恐ろしい物でも見たように、両手で口を押さえている。
「タツミ……!? そんなに血が……」
「バカ! 逃げろユリコ!」
俺が叫ぶと同時に、男が再びニヤリと笑った。身を翻し、真っ直ぐ彼女に向かっていく。
「関係ねえやつに手ぇ出すな!」
追いかけようとした瞬間、ガクっと足から力が抜けた。なんだ? さっきの後頭部への一撃で脳震盪でも起こしたか? いや違う、なにかおかしい。まるでタイムリミットでも来たような。ちくしょう、どうなってやがんだ!
恐怖で身がすくんでいるのか、彼女は動かない。男がナイフを振り上げた。
「ユリコ……!」
スパーン!
……といい音がして、彼女のハイキックが男のあごに決まった。
「あんた、あたしのタツミになにすんのよぉ!」
しかも二段蹴り。
そのまま流れるように回転し、ふわっとワンピースが広がって(ピンクのレースでした)、気合いも腰も入りまくった見事な回し蹴りが男の脇腹にメリ込んだ。
たまらずよろけた男の顔を両手でムンズとつかむと、さらにひざを叩き込む。二発、三発と入り、最後の仕上げとばかりの腹蹴りをくらって吹っ飛ばされると、男は地面に転がったまま動かなくなった。
マジっすか。
「タツミ! タツミ、大丈夫 !?」
「いえ、大丈夫です。ええもう」
思わず逃げ腰になる俺に駆け寄ってくるユリコちゃん。
「やだ、こんなに血が出てるッ。待ってね、すぐお医者さんに連れて行くからね」
グシャグシャに泣きながら俺をギュムっと抱きしめるユリコちゃん。ちょっデカ、柔らかいんですがっ。かなり着やせするタイプですねオネーサン。
これバレたらおっかねえなぁ、と思いつつも、役得だしまぁいいかと浸ることに決定。
「……邪魔が入ったな」
だぁ! サイコ男(アレフだっけ?)起きてくるし。お前はもう黙って寝てろ。
「なによ、まだヤル気? 沈めるわよ?」
ユリコがギロっとにらむ。俺でさえゾッとした男の眼力にもまったく怯んでない。
アレフは自分の左腕の袖を上げると、腕時計を見て忌々しげに舌打ちした。
「完全に時間切れか」
小さくつぶやいて、もはや俺たちなんか完全無視で背中を向ける。まるでなにごとも無かったかのように、ガサガサと林の奥に消えてしまった。
ああいう切り替えの早さは一流戦士のそれらしいのに。狂気じみた言動がアンバランスで、はっきり言って気味が悪い男だ。
「通報した方がいいだんだろうけど……」
ユリコが悔しそうに唇を噛んだ。ああそうか、「奨学金」だかなんだかの関係で、ケーサツはダメなんだっけ?
それにしても、やっぱり変だ。なんか頭がボーッとする。まるで全MPを一気に消費したみたいな疲労感が襲ってきて、身体が動かない。本当にどうなってるんだろう。
「あ、あれ、タツミ……? あんたコンタクトなんかしてたっけ?」
は? なんだいきなり。こんたくと、とはナンデスカ。
「今確かに……でも、そう言えば……」
彼女がなにやら動揺しているが、急激に理解力が低下していて、意味が入ってこない。
よくわかんねえけど、ただ、ユリコちゃんせっかく可愛い服だったのに、血やら草キレやらでドロドロになっちゃってて、なんか悪かったなぁとか。そんなことがグルグル回って。
「あなた、誰? タツミじゃないの……?」
彼女の呆然としたような言葉を最後に、俺の意識はすうっと闇に呑まれた。
---------------------------------------------
アルス「はいこれ、お前のステータス。だけどこの場合、意味あるのかねぇ?」
タツミ「知らないよ! なんだよこれぇ」
【タツミ】
レベル:??
HP:58/64
MP:974/999(プリペイド式)
装備:E聖なるナイフ、E旅人の服、E星降る腕輪
力:12
すばやさ:170
体力:19
賢さ:245
運の良さ:118
攻撃力:22
守備力:18
Ex:??
★番外 「年頃ですから」
アルス「ふぅ……」
タツミ「溜息なんかついてどうしたの」
アルス「いやさぁ……。なんかユリコちゃんの大活躍のおかげで、俺の前半の死闘がすべてオマケだったような気がするんだけど」
タツミ「だね。しょせん『萌え』の前には、ヤローの頑張りなど前座に過ぎないしぃ」
アルス「しかも俺のフルネーム初披露だったのに」
タツミ「アルセッド=D=ランバート、だっけ? さっさと自己紹介しないのが悪い。いまさらンなこと言われたって、読者様も混乱するだけでしょーが」
アルス「いやそーだけど……なんかお前、冷たくない?」
タツミ「ぶぇつぅにぃ~? ユリコのパンツ見たことなんかちっとも気にしてないよ?」
アルス「悪かったって。不可抗力だし。っつか全年齢対象作品でパンツとか言うな」
タツミ「あの豊満なおっぱいにスリスリしたことも気にしてないしね!」
アルス「スリスリなんてしてねえって! それじゃ俺ヘンタイじゃねえか! っつかおっぱいとか言うなってば!」
タツミ「ああああああ! やっぱり我慢ならん! 激しくムカついてきたー!!」
アルス「そんなキレんならなんでユリコをフッたんだよ!」
タツミ「うるせーこっちにも事情があんだ! DQ8仕様でSHTマダンテかましてやるー!!」
アルス「人の話を聞けー!! てめえ呪文使えねえだろ!!」
タツミ「今ならできる。 ―― 消 滅 し ろ 」
アルス「ぎゃー! なんかメテオみたいな巨大な火球がーッッ!
賢さ245MP974のSHTマダンテってどんだけっすかぁーーーーーーーーー!!!!」
カッ
| | ロロ | | | | | |
| |_ __ロロ _ _ _ _ | | | | | |
| __| | |. _| |_ _| |_ _| |_ l二l | | |_| |_| |_|
| |  ̄| | l_ _l l_ _l l_ _l __| | _ _ _
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‘
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‘ ,; (( 从`,;从‘ ⌒`)、⌒`)
(⌒`)(从 ‘ ∵从 (⌒);`)从∵从⌒; ‘ l7
(__,;;))⌒` ,;;)” ,;(⌒));`)从‘ 从‘ ,;)` ,; ___
((‘,;[:::::::::::] ∵,;((⌒‘,;)从⌒;,;`:::::::;(⌒));`)_从_ ,;从 /:::
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※DQ8仕様……賢さに比例して呪文の威力が大幅に上がる
※SHT……スーパーハイテンション 最高までテンションを高めた状態 攻撃力7.5倍
※マダンテ……全魔力を放出する最強攻撃呪文 使用MPの量でダメージも高くなる
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Stage.8 新しいお友達
<GAME SIDE>
アルスがなんだか大変なことになっていた、その頃。
そんなことは露も知らず、僕は初めての船旅に浮かれていた。真っ白な帆船『リリーシェ号』は、ロマン溢れる冒険の旅に相応しく。夕日が世界中を黄金色に灼きながら、水平線の向こうに沈みかけている。思いきり潮風を吸い込めば、自然と歓声も上がる。
「っん〜っ、気持ちいい! けっこうスピード出るんだね」
「今日は潮も風も最高だ。勇者ってのは、自然も味方につけるみたいだな」
船長のモネさんがガッシリした手を僕の肩に置いて笑った。もじゃもじゃの白ヒゲと、ちょっと悪党っぽい刺青と、トレードマークのキセル。ポルトガ王から僕らの航海を任された人なんだけど、まさに「いよっ海の男!」って感じの、頼りがいのあるおじいちゃん船長だ。
「これなら、明日の朝にゃあエジンベアに着くぜ」
「お願いします」
問題はあの差別主義の番兵だな。ロマリア国王(仮)をやってたときに事前に釘を刺しておいたし、ポルトガ王の紹介状もあるから大丈夫だとは思うけど……くしゅん!
「おっと、風邪ひいちゃいけねぇ。さ、中に入んな」
「はーい」
船室に戻ろうとしたら、入れ違いにロダムとサミエルが出てきた。ロダムは口に手を当てて青い顔をしている。船酔いがひどいらしい。
「大丈夫?」
「え、ええ、ご心配なさらz……うぷ!」
船縁に駆け寄り、身を乗り出してまた吐いている。ロダムの背中をさすりながら、サミエルは脳天気に笑った。
「しっかし意外ッスよねえ。てっきり勇者様だと思ってたのに」
「別に僕は、酔いやすくて吐いてたわけじゃないってば」
でも気持ちはよーくわかる。あんまり吐くと胃を痛めるし。頑張れロダムー。
船室に降りていくと、なにやらみんなが騒いでいた。「あっち行ったぞ!」「こっちに逃げた!」とか叫んでいるから、ネズミでも出たんだろうか。
エリスがいたので聞いてみると、なんでも魔物が荷物に紛れて乗り込んでいたらしい。
「教会の洗礼を受けていない魔物を乗せるのは、縁起が悪いんだそうです」
「そうか。船乗りさんは験《ゲン》を担ぐ人たちだからね」
こういうのはただの迷信じゃなく、昔からの知恵が反映されていることが多い。僕も手伝った方がいいかな。
「勇者さーん、そっちに行きゃしたぜ!」
「え?」
瞬間、足下をなにかが駆け抜けていった。ランプの明かりじゃ暗くてよく見えなかったんだけど、サッカーボールくらいの青いカタマリが、僕の後ろの、樽の陰に隠れたようだ。
「勇者様は下がっていてください」
エリスが杖を構えて前に出ようとする。
「待って待って、たまには僕に任せてよ」
逃げ回ってるくらいだからそんなに強い魔物でもないんだろうし。
船員にランプを取ってもらって、かざしてみる。どれ、確かこの辺に……
そこで僕は、見てしまった。
こ、こんな……こんなことがあっていいのか? ありえない。ありえないモノが、こ・こ・に・い・る !! !!
「カ………………………カ〜ワ〜イ〜イ〜ッッ☆♪ !!」
ちょ、ちょっと待ってよ、なにこの、つぶら〜な瞳! 丸くてね、半透明でね、プルプルしててね、もうなんて言ったらいいのか!
「いや〜カワイ過ぎるッッッッ!! え、もしかしてこれがスライム?」
「そうみたいですね」
横からのぞき込んだエリスがうなずいた。あんまりカンドー無いみたいだけど、女性はこういうのに弱いんじゃないの?
「私たちは子供の頃から見慣れてますから。そう言えば勇者様、アリアハンからロマリアに直行しましたから、近くで見るのは初めてでしたか」
そうなんだよ。これならアリアハンでちょっと外に出てみれば良かった。
さて、モニターの前の読者様は「たかがスライムだろ?」と思われるかもしれない。ドラクエ界ナンバー1の有名モンスター、あまりにいろんなメディアやグッズで出回ってるから、いまさらというか……。
だぁがしかし、ホンモノはもう想像の範囲外! ウェルシュコーギーの子犬にもアメリカンショートヘアの子猫にも負けず劣らずの愛らしさだ。そんなのがウルウルした目で僕を見上げているのだから、言うことはひとつしかない。
「飼う!」
「ダメです」
光の速さで却下されたぁ!
僕が味方だとわかったのか、スライムは物陰から出てくると、ピョンと僕の胸に飛び込んできた。柔らかくてひんやりした肌触りも超GOOD!だ。あ、なんか震えてるよぉ。
「いいでしょエリス。こんなに怖がってるのにっ」
スライムを抱きしめて訴える僕を、エリスと屈強な船乗りさんたちがじりじり取り囲む。
「そうは言ってもなぁ。勇者さん、洗礼してないのはヤバイんだよ」
「他の魔物を呼び寄せてしまうそうです。海のモンスターは手強いんですから、危険はできるだけ回避するべきですよ、勇者様」
「じゃあ、どうするの……?」
「海に捨てます」
そ、そんな〜!
「死んじゃうじゃないか! 可哀想だよ、この子なんにも悪いコトしてないのに!」
ランランララランランラ〜♪
誰だナウシカのBGMかけてるヤツぁ! やめやめ、あれ防衛に失敗してるじゃん!
「お願い、ちゃんと面倒見るから。ね? ね?」
「ダメったらダメです。わがまま言わないでください」
「お願い、ちゃんと面倒見るから。ね? ね?」
「ループ合戦なら負けませんよ。朝まで続けますか?」
「よーし朝までやろうじゃないか。その頃にはエジンベアだ、真っ先に教会に行って、その『洗礼』とかいうの、やってもらえばいいんでしょ?」
「勇者様ってば……」
あきれ顔でため息をつくエリス。わかってはいるけど、でも〜。
「おや、皆さんどうしたんですか?」
そこにロダムとサミエルが戻ってきた。船員さんの一人が説明する。穏やかに聞いていたロダムは、事情がわかると僕の方に近づいてきた。
「まあまあ、そんな涙目で睨まないで。この子に洗礼をしてあげれば良いんでしょう?」
「え……ロダム、できるの?」
にっこり笑う宮廷司祭殿。
「あんた神父の経験があるのかい?」
モネ船長がほぉっと感心する。ロダムは少し照れたように頭をかいた。
「まだ駆け出しの時に武僧に転向したもので、簡単な典礼だけですがね」
ロダムは僕からスライムをそっと受け取ると、テーブルの上に置いた。スライムはおとなしくしている。
気を利かせた船員さんが分厚い本を持ってきた。バイブル——聖書か。ロダムが祈祷を始めると、みんなが手を組んで祈り始めた。僕もそれに倣う。お、スライムも目を閉じてるし。賢いやつだなぁ♪
たっぷり一〇分くらい祈ったのち、精霊神ルビスに誓いを立てて聖水をかけて(ダメージ食らうんじゃ!?と心配したけど平気そうで良かった)、スライムの洗礼は終わった。
◇
下を向いて本(聖書)を読んだせいで、ロダムはまた酔いがぶり返し、儀式が終わった途端に甲板に出て行った。ありがとうロダム、あなたの犠牲は無駄にしないよ!
「プニプニしてかわいーなー♪ よし、お前の名前はヘニョだ」
「ヘ、ヘニョ……?」
エリスとサミエルが口の端をヒクヒクさせている。そのいかにも「こいつセンスねぇな」的な眼差しが痛いんだけど。だって誰かさんがあんまり嫌がるからさー。いいじゃないか、スライム本人だって気に入ったみたいだし。ずーっとニヘラっとしてるから、いまいちわからないけど。
「そろそろメシにするぞ」
「お、待ってました!」
船員さんに声をかけられて、サミエルがさっそくとなりの食堂に移動する。
「ここのシェフのメシはうまいッスよねぇ」
「だねー。そういえばヘニョはどんなもの食べるの?」
「基本は草食ですが、だいたいなんでも食べますよ」
雑食と思っていいのかな。じゃあ旅の間もエサには困らなそうだ。
……だが、その雑食性であることがどのような問題を引き起こすのか、僕はすぐに思い
知ることとなった。
今日の夕飯は子羊のシチュー。黒胡椒がピリッと効いてなかなかの美味。ヘニョも食べたそうだけど、まだ熱すぎるかな。
「冷ましてあげるから、もうちょっと待ってね?」
僕のひざの上で不服そうにしているヘニョをなぜてやる。
と、視界の隅をなにかがカサカサっと走り抜けた。同時に、ヘニョがピョンと飛び降りて素早く追いかけていく。隅の方でガタガタなにかと格闘して、すぐに僕のひざに戻ってきたんだけど。
その口にはーーネズミがくわえられていた。
すごいでしょ、と目をキラキラ輝かせているヘニョ。……まったく動けない僕。
まだバタバタ暴れているネズミを丸呑みするヘニョ。……顔がひきつってる僕。
パキパキ絞め殺されるネズミが透けて見えるヘニョ。……鳥肌たちまくりな僕。
ニヘラっと笑う口の中が血まみれになってるヘニョ。……今にも吐きそうな僕。
「やるもんだなぁ! よっぽど腹が減ってたんだな」
モネ船長や船員さんたちの評価が上がったことは喜ぶべきなんだろうけど。
僕は震える手でそーっとヘニョを床に降ろし、できるだけゆっくりと食堂の出入り口に向かった。みんな必死で笑いをかみ殺してるんだけど、僕にそれを抗議する余裕はない。
ドアを開けて、ドアを閉めた瞬間に、甲板への階段を駆け上がる。見張りに出ていた船員さんが驚いて声をかけるのも無視して、ロダムのいる船縁に猛ダッシュ。彼のとなりに立つなり、今食べてたシチューをお魚さんのエサにしてやったわけで。
「……おや、勇者様も酔ってしまわれたんですか?」
「まあ、ね」
だーかーらー! こんなリアルなのドラクエじゃねえっつーのぉ!
せめてスライムくらい、可愛いままでいて欲しかったよ、ううっ。
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Stage.9 仮免勇者と彷徨勇者 ★番外付
<GAME SIDE>
トントン、とボールが弾むような音がした。ヘニョだ。相変わらずの笑顔だけど、少し手前で留まってモジモジしている。気にしてるのかな。
おいで、と手を差し出すとピョンと飛びついてきた。
「ごめんごめん。君が悪いんじゃないよ」
スライムも生きているんだから、一〇〇%「かわいい」だけで済むはずがない。勝手な理想を押しつけようとした僕が悪いんだよね。
リアル……か。
「そう言えば、ロダムは神父さんだったの?」
さっき気になったことをそれとなく聞いてみる。ロダムは少し口ごもった。
「そうなんですがね……いや、お恥ずかしい話なんですが」
頭をかく彼に、僕は首をひねった。「神父」と「僧侶」の違いもよくわからない僕には、なにが「お恥ずかしい」んだかも理解できない。
ロダムもそれに気づいたのか、「異世界の方なんでしたね……」と苦笑した。
「簡単に言うと、神父は殺生できないから、僧侶になったということですな」
神父はあくまで「救う」職業であって、たとえ魔物でも無闇に命を奪うわけにいかない。だが世界規模で魔物被害が拡大している昨今、彼らの強力な退魔能力を正当に利用するために、殺生を許された特別な聖職が設けられた。
それが「僧侶」。だが名目上はどうあれ、殺すために聖職に就くという矛盾は埋めようがなく、特に神父からの転職は「宗旨替え」と中傷を受けることも多かったという。
「最近は理解されてますがね。現実問題、きれいごとで魔物は払えませんしなぁ」
「ロダムはどうして……やっぱり、街が魔物に襲われたから、とかで?」
「よくある話ですよ。妹一家が犠牲になりまして」
ロダムはただ穏やかに、月明かりに煌めく夜の海を見つめている。
「本来は神父の修行をする『宮廷司祭』も返上するべきなんですが、国王様が認めてくださいましてね。ありがたいことですよ」
旅が終わったあとは、たとえどんなに殺生を犯してもまた神父に戻っていいってことだそうだ。こんな特別待遇を設けてるのは、世界中でもアリアハンだけなんだって。
「へぇ、あの王様もけっこういいとこあるじゃん」
優秀な人材が勇者にスカウトされないよう、ルイーダに手を回したりしてたけど。それだけ「人」の力を大事にしてるってことなのかもしれないな。
本当に複雑だ。「現実」と同じように。
この世界もまた、様々な人間模様があって、そこに悲哀があって、歓喜があって、みんな一生懸命に生きている。とてもこれが「ゲーム」だなんて思えない。
いや、ゲームだからなんだっていうんだ? そんなのは、僕の住む世界から見たときの勝手な枠組みでしかない。ここにはここの、確かな「リアル」がある。
でも……それでも、彼には耐えられなかったんだろうか。
すべて投げ出してもかまわないくらい、「ゲーム」という事実が嫌だったんだろうか。
アルスは捨ててしまった。勇者であることも、家族や恋人や、仲間も、なにもかも。
そんなこと、アルスを信じ切っているみんなにはとても言えなくて、僕は彼の行き先も、彼と連絡が取れることも隠している。魔王を倒せば戻ってくる、なんて嘘をついている。
本当は、ちょっと、苦しい。
「——勇者様?」
「あ、はい! ……え、どうしたの?」
つい考え込んでしまった僕は、ロダムがなんだか険しい顔をしているのに驚いた。
「大変なことを忘れていましたよ。職業の話で思い出したのですが、勇者様はまだ本試験に受かっていらっしゃいませんよね?」
「ホンシケン? なにそれ」
「まずい、もう日にちがありませんぞ」
ロダムは急に僕を船内に引っ張っていった。ヘニョもピョンピョンあとをついてくる。僕らに割り当てられた船室に戻るなり、そこにいたエリスやサミエルも交えて、いきなり作戦タイムに突入。
なんと僕、まだ「勇者」の仮免中なんだって。
……仮免?
◇
「そうですよ、忘れてました! アルス様、本試験の前にいなくなられましたから」
エリスも口に手を当てて「参ったな」って顔をしている。
「よくわかんないんだけど……僕はまだ正式な勇者じゃないってこと?」
「勇者様は、『勇者』というものについてご存じですか」
逆に問い返されて、僕はふるふる首を振った。
ダーマで転職できないから「勇者」が職業だっていうのはわかるんだけど、勇者は勇者だってなんとなく思ってたし。
「勇者というのは通称なんです。正式には『世界退魔機構認定特別職一級討伐士』というんですよ」
そ、そりゃまたご大層な。
世界退魔機構とは、ほぼ世界中の国や街が加盟している、モンスター被害の対策機構だ。
ダーマ神殿で認定される「戦士」や「魔法使い」などの一般の冒険職とは別に、この退魔機構が認定しているのが特別職であり、冒険において格別の特典が与えられる。
その特典というのが——
・加盟国、または加盟店のアイテムを安く提供してもらえる。
・ほぼ売買を拒否されない。
・アイテムの買取価格が、商品的価値の有無に関わらず売値の四分の三。
・宿屋に何時でもチェックイン可能。また宿泊拒否されない。
・真夜中でも教会の利用が可能。
・親族への生活補助金を、所属国家に支払うよう促す(強制ではない)。
——などなど。
言われてみれば納得できる。普通は使い古しのステテコパンツなんて絶対に買い取るわけないもんな。
武器や防具なんかも、本当は僕たちが買ってた値段の一・二倍から一・五倍はするんだとか。
それだけの特典があるので、当然のように特別職に就くための道は険しい。
ただし、基本的にこの世界における「職業」はすべて「やる気のある初心者を支援するため」の制度であり、特別職においても試験で実務経験を問われることはない。「レベル1」の勇者が存在するのもそのためだ。
でも怠けられても困るから、取得後三ヶ月間は仮免で、その後の本試験を経て正式に認められる。さらに一年ごとに更新試験があり、資格を維持する方が大変なんだって。
「その本試験ってどんなの? 正直、実技だったらキツイよ僕」
ペーパーだったら自信あるんだけどなぁ。
「一級討伐士の場合、本試験も更新試験も内容は一緒でして、期限までに次の3つの条件の内、いずれかをクリアしていればいいんですが……」
(一)なにか大きな人助けをする。
(二)魔物から街や村、教会など慈善組織(海賊等は含まれない)を護る、救う。
(三)世界退魔機構が指定する試練をクリアする。
サミエルがぽんとひざを叩いた。
「なーんだ、それなら今までの旅の中で、どれか当てはまりそうじゃないッスか?」
「そうですね、それを退魔機構に申請すればいいんですよね」
エリスもほっと胸を押さえている。が、ロダムはまだ難しい顔をしたままだ。
「無理でしょうなぁ。たとえば大きな人助け、なにかしましたか?」
「金の冠を取り返したじゃないッスか」
「……では、ロマリア国王がそれを認めますか? 対象者が認めない限り、審査を通りませんよ」
申請内容の真偽を確認されるのは当然として。なるほど、冠を盗まれるなんて失態、あのロマリア国王が公に認めるわけないよな。魔法の鍵についても同じく。
「バハラタでも、カンダタ一党をこらしめましたが……」
そう言うエリスも自信なさげだ。答えは聞くまでもない。
「あくまで『人さらいらしい』という噂の範囲で、実害が出ていたわけではありませんからね。私たちが向かったのも、勇者様がさらわれたためですし」
そうそう、変にストーリー狂ったんだよね。思い出したくもない……あの変態オヤジには二度と会いたくないよ。
あ、誤解がないように言っておきますが、宿スレ的にヤバイことはされてませんよ。
「となると三番だけか。『世界退魔機構が指定する試練』って、たとえば?」
「そうですな、今の勇者様でもこなせそうなものとなると……」
ロダムはしばらくうなっていたが、ようやく言葉を絞り出した。
「……ランシール、でしょうな」
ガターン! と椅子ごとひっくり返る僕。全員が驚いた顔で僕を見ている。
「ど、どうなされたんですか勇者様!?」
みんなが助け起こそうとしてくれてるんだけど、さすがに身体に力が入らない。
じょ、冗談じゃないよ。ポルトガからすぐエジンベアに直行したいからこそ、あれだけ根回ししたのに! 消え去り草を売っているランシールに先に行くんだったら、同じことじゃないか。なんなんだよソレ。
(軌道修正されてるのか……?)
ロマリアからピラミッド行きを強制されたときにも感じたことだけど。
確かに、勇者職の話も試験の話もおかしいとは思わない。でもなんでそれが「今」なんだ? まるでなにか見えない力が、ドラクエ3のストーリーに無理やり当てはめようとして、圧力をかけてるように思える。
それに、考えてみればアルスもアルスだ。こんな大切なことは先に教えておいてくれてもいいじゃないか。あの夜……ピラミッドで、少しは見直したのに。
「ごめん。ちょっと甲板に出てくる」
「こんな時間にですか?」
「頼むから人を来させないで。しばらく一人にして欲しい」
言い捨てて、僕は部屋を飛び出した。ついてこようとしたヘニョをどうするか一瞬迷ったけど、立ち止まった途端に飛びついてきたスライムを抱きしめて、また小走りに甲板に向かう。
そろそろハッキリ言ってやらなきゃダメだ。あの人は僕をクリアさせたくないみたいだけど、それがどういうことなのかわかってないのか?
故郷に戻れなくなる。そのつらさは、ゾーマを倒したあとに嫌なほど味わってるだろうに、なんで自分から帰り道を閉ざそうとするんだ。
プルルルルルル! プルルルルルル! ……ッピ
「もしもし、アルス? 楽しんでるところ悪いけど、大事な話があるんだ。ちょっと長くなると思うんだけど、ユリコたちから離れられる?」
『……………………タツミなの?』
頭の中が、真っ白になった。
片岡百合子。どうして。
『タツミ? アルスってこの子の名前? ねえ、あんたいったいドコにいるのよ!』
叫ぶようなユリコの声を、僕はただ呆然と聞いているしか、できなかった。
<Memories of Ars>
「聞いてください、アルス様! 私、とうとう『魔法使い』になりました!」
「あ、そう。……で?」
嬉々として報告に来たエリスを、俺はいつものように冷たくあしらって、読みかけの呪文書に目を落とした。街から少し離れた草原の木陰で、誰にも邪魔されないよう独りで勉強するのが俺の日課だったが、この女はしょっちゅう訪ねてくる。うるさくて仕方ない。
「今、ルイーダさんのところにも予約してきたんです。アルス様の旅立ちの時までには、もっともっとレベルを上げますから、絶対に指名してくださいね!」
「まだ先の話だろうが……。まあ、気が向いたらな」
確かに、一二歳で正式な冒険職ライセンスを取得するやつなど、年に何人もいないが。俺から言わせれば、その前に三回も試験に落ちてる時点でアウトだ。ちゃんと計画を立てて一発で受かる方がよっぽど賢い。そこらの冒険者と勇者は違う。多くの人命がかかる旅で「失敗」は許されないのだから。
俺が黙っていると、エリスは肩を落とした。見るからに落胆している。ったく、面倒くさいやつだ。
「今晩、お前の部屋の窓を開けておけ」
「え?」
「いいな。邪魔だからもう行ってくれ」
「あ、はい」
シッシッと追い払う。エリスは何度も振り返りながら街へと戻っていった。
その夜、俺はエリスの生家である宿屋に向かった。二階の彼女の部屋を見上げる。言いつけ通り開けてあった窓に、その場で小石を拾って放り込んだ。
エリスは待機していたようで、すぐに顔を出した。
「アルス様♪」
「静かにしろ。こっそり降りてこい」
彼女をつれて、城に向かう。
「あのどちらに……?」
不安そうなエリスを、口に人差し指を立てて黙らせる。城の裏門に回ると、夜番のサミエルが俺の顔を見てニカッと笑った。こいつは親父の信者で、他の奴らと違って俺にも悪い態度は取らない。事情を話し、中庭に通してもらう。
庭の中心に、ジパングから運ばれてきた「桜」という大きな木があった。
天頂から照らす月明かりに、満開の桜は薄桃色にぼんやりと輝いている。はらはらと散る花びらは妖精が戯れているようで、幻想的な情景に、エリスは言葉も出ない様子だ。
「合格祝いだ。きれいだろ」
が、ふと見るとエリスは両手で顔を覆ってしまっている。
「おい、どうした?」
「アルス様……。私、アルス様みたいに頭も良くないし、剣技も武術も全然ダメです」
肩を小刻みに震わせて、絞り出すように言う。
「お役に立ちたくて……でも本当は……ヒック……ちっとも自信なくて……ヒック……」
「な、泣くことないだろ。そんなの最初からわかってる。ってか、俺と比べようってのがおこがましいぞ。そうだろ?」
困っている俺に、彼女は必死に嗚咽を飲み込んで、そして泣き笑いを浮かべた。
「その通りですね。ごめんなさい、やっぱり私バカですね」
「エリス……」
彼女の部屋はいつも遅くまで明かりがついている。試験の前にはほとんど寝てなくて、根を詰めすぎて倒れたのも1回や2回じゃないらしい。暇があれば城の書庫や宮廷魔術師のもとに通い詰め、呪文学の成績はダントツでトップだ。
それがすべて俺のためだと、彼女は真っ直ぐに答える。どんなに俺が邪険にしても。
たまらなくなって、抱きしめた。
本当はずっと前から、俺も彼女のことが好きだった。なにせひねくれたガキだったから、この時まで認めようとしなかったけれど。「もしエリスまで他の連中みたいに裏切ったら」と、怖かったのかもしれない。
大好きだ。あの時から——そして今でも。
でも。
そんな想い出も、彼女も……すべて作りもの、なんだよな?
俺自身も、おふくろも親父も、あそこに暮らす人々の誰もが、あの世界のなにもかもが、ただのゲームでしかなくて。
俺と仲間たちが命懸けで魔王と戦ったことも、その魔王でさえも、誰かが作り出した虚構の物語でしかなくて。
そして……だからこそ、あの世界には決定的なものが欠けている。
決して救われない。どんなにあがいたところでどうしようもない。
世界を救うはずの俺だけが、まるで救いがないことを知っている。
——なにも知らなければ良かった。
なにも知らないまま、ゲームの中におとなしく収まっていたなら、俺はただのキャラクターとして戦っていられたのに。
課せられた使命の重さに悩むことはあっても、まさか、今まで信じていたものすべての価値を見失うなんてことは、なかっただろうに。
どうして俺は、タツミのことを知ってしまったんだろう。
どうして俺は、現実への境界を越えてしまったんだろう。
ただ一人、知ってはならない世界の秘密を知ってしまった勇者は、どこへ行けばいい……?
<REAL SIDE YURIKO>
(うなされてる……?)
嫌な夢でも見ているのだろうか。片岡百合子は、眠り込んでいる少年の髪にそっと手を置いた。
「あの……大丈夫だよ、ここは安全だから。安心して、ね?」
そう語りかけると、少し表情が和らいだ気がした。
三津原辰巳によれば、彼こそが家庭用ゲーム界きっての有名RPG「ドラゴンクエスト3」の主人公だということだ。夢みたいな話だが、入れ替わった本人がそう言うのだから、信じるしかない。
それに、確かにあの戦いの跡は尋常なものではなかった。途中で折れていた鉄杭……なにか刃物で押し切られたようだったが、並の人間同士なら、ああはならない。互いにもの凄い力をぶつけ合った結果だ。
(でも、見た感じは普通よねぇ……)
治療にあたっていた掛かりつけの医師は、特に不審に思っている様子はなかった。ケガも深い傷はないということでホッとしたが、なかなか目を覚まさないのは心配だ。
「過労のようですね、しばらく安静にしていれば、じき意識も戻るでしょう」
医師はそう言っていたが、もう5時間は経過している。
(まあ、異世界に来て生活するって大変だよね。よっぽど疲れてたのかな……)
少年が持っていた時代遅れの携帯電話を見つめ、ユリコは何度目かのため息をついた。
『それで、アルスの様子はどうなの!? ちょっとヘニョおとなしくして、今大事な話をしてるんだから! え? ああ、ヘニョってスライムの名前なんだけどね』
スライムって……。自分でなければ、絶対にふざけていると思うだろう。昔から変わったヤツだと思っていたが、異世界で勇者やってます、というのはどうなのだ。
(しかも、戸惑ってるあたしのことなんかそっちのけで、この子の心配してるし……)
よほど相方(?)が心配なのか、電話も5分置きにかけてくる始末。いい加減しつこいので抗議すると、時差がどうのと言っていた。なんのことやら。「寝ている本人にも障りが出るから、目が覚めたらこちらからかけ直す」と説得して、ようやく静かになった。
毎度のように思っていることだが、惚れる相手を間違えたかもしれない。
「う…ん……」
それにしても、よく眠っている。
こちらも見事に騙してくれたものだ。ロクに知らない相手と「友人」として花見について来るその大胆さに、ユリコは逆に怒る気になれなかった。騙された方が悪いというか。
もっとも、目の前にそっくりの人間がいて、そいつも本人の名を名乗っていれば、多少様子がおかしいからといって「別人が成り代わっている」とは疑わない。だからこそ眠っているこの少年も、タツミ本人も、そう簡単にはバレないと気楽に構えていたのだろう。
(そんな電波な発想をしろって方が無理よね)
違うのはせいぜい瞳の色くらいか。実は少し青みがかって見えた。それも光の角度によるのか、通常は普通の黒にしか見えない。起きたらもう一度確かめてみよう。
(だいたい、こんな顔がゴロゴロいてたまるかっての。男の子のくせにさぁ)
この少年もさすが有名ゲームの主人公なだけあって——
(いいなぁ……まつげ長いし。肌とかすっごくキレイだし)
頬をおそるおそるなぜてみる。
(やーん、やっぱりツルツルだぁ。洗顔料なに使ってんの? ちょっと悔しいかも)
フニっとつまんでみる。
(向こうの子って、みんなこんなのかなぁ。そりゃこっちの「理想」を形にした世界なんだから、当然だろうけどぉ)
フニフニ……。
(かわいい女のコも多いのかな。あいつも勇者なんてご身分ならモテるだろうし……)
フニフニフニフニ……。
(そういえば、ぱふぱふとかあったじゃない! 3はギャグだったっけ? でもなぁ)
「あお〜、あいやっへんほ?」
「キャアアア!」
——あ、起きた。
「えーと、アルス君、だっけ?」
身を起こした彼は、今の一言で状況を察したらしい。
「もうタツミに聞いてるんだな。……アルセッド=D=ランバートだ。騙してすまない」
「あ、いえ」
アルセッドというのが本名なのか。さすが勇者は名前もカッコイイのね。
(って、そうじゃないでしょ。反射的に許しちゃってるし)
セルフツッコミを入れているユリコに、少年はふと首をかしげた。
「ここずいぶん広いけど、あんたの部屋か? それにその服……他と違うね」
幾重にも合わせた襟元や、華やかな金糸の帯を、珍しげに見ている。
「やっ、変でしょう? 今時、普段着が着物とかあり得ないよねっ」
「キモノ?」
さらに首をかしげるランバート少年。そうか、そもそも「着物」を知らないか。
「日本の民族衣装っていうか、昔の正装っていうか、そんな感じ……かな」
異世界の勇者だとか言われると、どうにも気持ちが焦ってしまう。どこかユーロ諸国の王子様がお忍びで日本旅行に来ていた、とかの方がまだピンと来るのだが。
(ってどこの厨設定よ。まあでも、要はそんなもんよね)
「そ、それはともかく。キミ、やっぱり呪文とか使えるの? メラとか?」
まずは気を楽にしてもらおうと、ひとまず笑顔で会話を続けてみる。
が、少年は「はぁ?」と呆れたような声を出した。
「ここは現実だろ。呪文なんか使えるワケないじゃん、常識で考えて」
——意外とリアリストらしい。
言葉に詰まってしまったユリコを、少年はなんだか不審そうに見ている。
「なあ……あいつ、俺のこと、あんたになんて言ったんだ?」
「え?」
入れ替わることになった経緯だよ、と彼は視線をそらす。ユリコも気まずくなった。
「それは……なんかタツミが無理に頼んだんだってね。すっかり迷惑かけちゃって。あいつも悪気は無かったと思うんだ、許してあげて?」
手を合わせるユリコに、少年はきょとんとしている。そして盛大にため息をついた。
「ったく、お人好しもほどほどにしろよな……」
なんのことだろう? ユリコが聞こうとした、その時だ。
廊下をドスドスと乱暴に踏み鳴らし、誰かが近づいてくる。バンと大きな音を立てて、障子が左右に開けられた。
古風な衣装をまとった初老の男が立っていた。ギロリと二人を睨みつける。
「お、お父さん……!」
ユリコが慌てて間に立ちふさがったが、その彼女を乱暴に突き飛ばし、父親はズカズカ少年の元まで近づいていくと、
パーン!
問答無用で横っ面をひっぱたいた。
「娘には二度と近づくなと、忠告したはずだがね。危険な目に遭わせおって……どう責任を取るつもりかね」
「いきなりなにするのよ! だいたい人違い……あ、いや、そうじゃないけど」
なるべく彼の正体をバラさないでくれ、とタツミに頼まれている手前、別人だとも言えない。どうしたものか。
少年はあまりのことに呆然としている様子だった。が、なにか得心したのか、
「なるほどねぇ……」
小さくうなずくと、いきなり妙なことを父親に尋ねた。
「すみませんね。ところで、お父さんもなにか武芸を嗜(タシナ)んでおられます?」
ぽかんとしているユリコのとなりで、父親はひたいに血管を浮き上がらせている。
「君にお父さんなどと呼ばれる筋合いはないがね。剣なら多少の心得はあるが、それがどうかしたのか」
「へぇ……。あそこに飾ってあるカタナ、レプリカじゃなさそうですね」
そう言いつつ立ち上がると、思ったよりしっかりした足取りで床の間に歩いていく。飾られていた日本刀を手に取ると、少年は片腕で簡単に持ち上げてしまった。
本物の日本刀はかなりの重量がある。父親の顔つきが変わった。
そして——
「試合、してみませんか。お父さん?」
その瞳が、一瞬だけサファイア・ブルーに煌めく。まるでとっておきのイタズラを思いついた子供のような笑顔だった。
以前スレで連載していたとき。
読者様にこの主人公たちが「オリラジっぽい」と言われたことがあります。
アルス「俺らオリラジっぽいって」
タツミ「オリエンタルラジオ? 懐かしいね。わからない人は動画サイトで検索してみてください。ほらアルス、こんな感じのお笑いコンビだよ」
アルス「ふーん」
アルス「…………」
タツミ「…………」
アルス・タツミ『デンデンデンデ デンデデンデンデン♪』
タツミ「ドラクエサンラジオです!」
アルス「お願いします!」
タツミ「アル君いつものやったげて♪」
アルス「オウ! 聞きたいか 俺の武勇伝!」
タツミ「そのスゴイ武勇伝をゆったげて♪」
アルス「俺の伝説ベストテン!」
タツミ「レツゴー!」
アルス「むっつりスケベに認定される」
タツミ「スゴイ! 今では神龍マブダチに」
アルス・タツミ『武勇伝 武勇伝 ぶゆうデンデンデデンデン♪』
タツミ「レツゴー!」
アルス「ポルトガ王を黒ゴマでだます」
タツミ「スゴイ! セサミンパワーで長寿大国」
アルス・タツミ『武勇伝 武勇伝 ぶゆうデンデンデデンデン♪』
タツミ「レツゴー!」
アルス「ラスボスがなんと多段変身」
タツミ「スゴイ! 道に迷って相手はピサロ」
アルス・タツミ『武勇伝 武勇伝 ぶゆうデンデンデデンデン♪』
アルス・タツミ『意味は無いけれど ムシャクシャしたから~♪ ラーミア青く染めてみた~♪』
アルス・タツミ『デンデンデンデデン♪』
アルス「ハイ! レイアムランドのそっくり巫女に モスラのテーマを歌わせる」
タツミ「ペケポン!」
アルス・タツミ (=´∀`)人(´∀`=)
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Stage.9.5 Border Breakers
<REAL SIDE ANOTHER>
——彼は「勇者」となるべく育てられた。
勇者は常に、慈愛に満ちた存在でなければならない。特定の人間に愛を傾けず、世の中のすべての人間を平等に慈しみ、他人を助け、他人を優先し、他人の非を許せる優しさを持たねばならない。
また勇者は、憎悪や嫉妬などの醜い感情を持ってはならない。他人を憎んだり、ねたんだりするのは「悪」であり、そのような感情はみずから速やかに排除し、自省できる人間でなければならない。
また勇者は、清廉潔白でなければならない。俗人と同じ劣情を持たず、他者の感情に左右されず、泰然としていなくてはならない。
また勇者は、他者に弱さを見せてはならない。常に平静な状態を保ち、どのような問題にも完全に対処できなければならない。
また勇者は——。勇者は——。勇者は——。
世は文字通りの暗黒時代。
竜王の魔力によって陽の光は厚い雲に遮られ、真昼でも夜のように暗い日々が続いた。人々は魔物に怯え、寒さに震え、飢えに苦しみ、ただじりじりと滅亡の道へと追い込まれていくだけだった。
英雄が必要だった。絶望の淵に追い込まれた人間たちが、最後の心の希望としてすがりつくための存在が必要だった。
ゆえに、本来は結果論であるはずの「勇者」をゼロから作り上げるという行為が、どれほど不自然なことなのかも、誰一人気づくことはなかった。
伝説の再来から、救世の終わりに至るまでの間……誰一人として。
◇
腹に突き刺した鉄杭を、さらに正確に蹴りつけてきた相手の格闘センスに、アレフィスタ=レオールドは内心で舌を巻いた。ただのガキだと思ったが、なかなかどうしてやるじゃないか。さすが伝説の英雄、そうでなければ倒し甲斐がない。
「なあ、本当に大丈夫なのかよ、アレフ。くそ、あの野郎なんなんだよ」
傍らで不安そうにしている少年は、さっきから同じことを繰り返している。
「わけわかんねえよ。なんでいきなし強くなんだよ。タツミの野郎、運動しんけーとかそんな悪くなかったけどよ、あんなんじゃねえよ。なんなんだよ」
「少し黙れ」
いい加減うっとうしくなり、アレフは低い声で呟いた。少年はビクッと肩を震わせると、顔色をうかがうように上目遣いにアレフを見つめた。
「わ、わかったよ」
どうにも使えそうにないヤツだ。未だにあれが別人だと気付いていないのも鈍すぎて呆れるが、ここは説明してやることにする。
「あいつは、お前が言うミツハラタツミという人間じゃない。俺と同じく、ゲームの世界からこちらに来た人間だ」
「なんだと!?」
大声を出す少年を、人差し指を唇に当てて黙らせる。
「たぶん、ミツハラタツミと入れ替わったんだろう。俺が、お前の妹と入れ替わったのと同じように、な」
少年の名はエージ……
妹が異世界に飛ばされたにも関わらず、こいつは「すげぇ!」を連発し、自分に常人以上の力があると知るや、「タツミというガキを半殺にしてくれ」と頼んできた。話を聞けばそれなりの情状はあり、衣食住の世話から武器の調達までおこなってくれたことへの礼として引き受けたのだが——それがまさか、偉大なるご先祖様だったとは。
「これも運命か……。まあいい、ひとまずここを離れるぞ」
追っ手がかかれば面倒なことになる。今日は出直した方がいい。
「——なるほど、その子に頼まれてやったことだったんですね」
いきなり声が掛かった。
木の陰から現れたのは、鮮やかな黄色の服を着た少年だった。首や腕にジャラジャラと装飾品をぶら下げ、左耳にピアスが光っている。
肩に妙な形をした大きめの黒いケースを背負っていた。エージの家にもあった、ギターとかいう楽器をしまうものだったか。
「でも、平穏な生活を望んでいるマジメなPCに手を出すのは、良くないですよ?」
少年は人の良さそうな笑みを浮かべたまま、二人を交互に見ている。
「なんだぁ? てめえ誰だ……わっ」
「下がってろ」
吠えかかるエージの襟首をつかんで後ろに転がし、アレフはナイフを抜いた。同じ「におい」がする——こいつも、明らかに向こうの人間だ。
「ピーシー、とはなんだ。ヤツのこちらでの名前か?」
距離を調整しながらアレフが聞く。
「いいえ、まさか。PCというのは、プレイ・キャラクターの略です」
少年はクスクス笑いながら、ギターケースを地面に置いた。
「僕やあなたのようにゲームから来た人間のことを、僕らはそう呼んでるんですよ。ゲーム側の人間、とか、いちいち言いづらいじゃないですか」
説明しつつ中から取り出したのは、ギターなどではなかった。ジャキッと慣れた様子で、なにか禍々しさを感じる複雑な構造のもの——間違いなく武器だ——を
「ちなみに、入れ替わりの対象となるプレイヤーのことも、単純にPLと略してますが」
「……嘘だろ、あれ銃だぞっ。やべえよ、あんなんで撃たれたらぜってー死ぬって!」
「だったら逃げろ!」
また騒ぎ出したエージをアレフが突き飛ばした瞬間、ダン! っと腹に響く音がした。
現実側の人間よりも遙かに優秀な知覚を持つアレフには、二人の間をなにかが高速で突き抜けていくのがわかった。撃たれる、というのは今のを食らうことらしい。
「ひ、ひぁ! アレフぅ!」
「行け、邪魔だ!」
アレフに怒鳴られ、エージはつんのめるように森の奥へと走り出した。
「へえ……現実の人間なんかどうでもいいタイプだと思いましたが」
「どうでもいいさ。だが、まだ後見人は必要だからな。少々頼りないが」
相手の皮肉に苦笑で返しつつ逃走ルートを探す。まともにやりあうには分が悪すぎる。少年も気づいているのか、ゆっくりと退路に回り込むように動いてくる。
「やめた方がいいですよ。まだ半端なあなたでは無理です」
瞬間、目の前に少年がいた。とっさに両腕を十字に組んで防御するが、一見ぞんざいとも見える蹴りに、身体ごと後方に吹き飛ばされた。頭ひとつ分の身長差がある、どちらかといえば小柄な少年に簡単にパワーで押し切られ、アレフは相手が言った「半端な」の意味がわかった。
「っぐ……貴様、制限がないのか?」
ゲーム内では自身の何倍もあるモンスターを剣一本で両断できるだけのその力を、現実でも最大限に発揮している。少年が相変わらずの笑顔で肯定した。
「僕はもう移行が完了してますので。ですから、時間制限もありません」
セリフが終わると同時に、先刻聞いた重い音が轟いた。
彼の持つ銃器はライフル。本来はストック後端にあるバットプレートをしっかり肩に固定して狙い撃つものだが、少年は長身の銃器を片手で軽々と持ち、常人なら
ほぼ動物的勘で弾道を読み、危ういところを避けたアレフに、少年が再び肉薄した。ロングレンジの武器を持つにも関わらず接近戦をしかけてくるのは、あまり撃ちたくないためか。繰り出したアレフのナイフをスライディングするような姿勢で避け、すり抜けざま銃の柄で脇腹を殴りつけていく。たまらず膝をついたアレフに容赦なく蹴りが入る。
「あなたのようにおかしくなっちゃう英雄が多いんですよね。そういうPCを『狩る』のが僕の仕事です。勇者狩り、とでも言うのかな」
「がぁっ……!」
背中を踏みつけられる。それだけで肋骨がきしみ、呼吸ができなくなった。
「ここではショウと呼ばれてます。どうぞよろしく」
ダン! ダン! ダン! と間近で立て続けに発射音が響いた。
同時にアレフの意識も吹き飛ばされた。
◇
ショウは「ふう」と息をつくと、動かなくなった青年を足で転がし、仰向けにさせた。
PCは総じて現実の人間より遙かに体力も耐久力もあるが、さすがに大型獣用の麻酔弾を3発もぶち込めば、しばらくは起きないだろう。
と、胸元で細かい振動が起きた。マナーモードにしていた携帯電話だ。付近の封鎖にあたっていた組織の人間からで、逃げた少年についての処置を尋ねてくる。
「いえ、放置してください。まずはこのPCの搬送を頼みます」
相互置換対象の実兄となれば、一條栄治もまた、他のPCと入れ替わる現象が起きるかもしれない。泳がせておく方が得策だろう。確保したばかりのPCの扱いを手短に指示し、携帯を切る。愛用のライフルをギターケースにしまうと、自分はさっさとその場を離れた。
ふと、たった今逃がしてやった不良少年が、現在監視下にある他のPCに要らぬちょっかいをかけていることを考えた。
あのPCは——こちらでの名はタツミと言ったか——今のところ良識的に行動しており、移行完了後のスカウトも検討している。移行前の半端な状態では使い物にならないので様子を見ているが、その障害になるようなら、やはり一條栄治も監視しておくべきか。
「いつまでも僕一人じゃキツイしなぁ。“タツミ君”も早く割り切れればいいけど……」
ショウは公園を出てその場でタクシーを拾い、一時間後には中央区に戻った。
オフィス街の一角にある高層ビルの前で車を停めさせる。ビルのフロントにIDカードを示してギターケースを預け、エレベーターで最上階まで昇り、いくつものセキュリティを通ってたどり着いた先の広いオフィスで、一人の青年に出迎えられた。
「やあ、お疲れ様」
やや長めの黒髪を後ろで結い、上品な濃紫のスーツを着ている。
青年の傍らには美しい秘書が二人控えており、そのうちの一人が無言で進み出た。見事なストレートブロンドをゆるやかに編んで肩にかけ、緑のスーツをまとった大人らしい雰囲気の女性だ。中央にある応接セットのソファに優雅に腰を下ろし、ショウを見て微笑む。
彼はわずかに眉をひそめたが、にこやかにこちらを見守っている青年を見て、小さくため息をついた。ソファに大股で近づいて、秘書の太ももを枕に、乱暴にドサッと背中から横たわる。
「相変わらず手際がいいね。今度の『勇者』くんはどうだった?」
青年も向かい側のソファに腰を下ろし、気軽な口調で尋ねてきた。
「どうもこうもないですよ。一度は世界を救った英雄だろうに、どうしてこうネジが外れちゃうんでしょうね」
ショウは目を閉じたまま、億劫そうにひらひらと手を振った。
その手ですでに、二人の『狂った勇者』をこの世界から抹消している。現実側での生も死も仮のものでしかないとわかってはいるが、決して気持ちのいいものではない。
「仕方ないさ。それだけの大命を果たしたからこそ、よけい『現実』とのギャップに苦しむんだろう。君だって最初、自分がたった一枚のディスクの存在だと知ってどうだった?」
「僕はそれどころじゃありませんでしたから」
即答する。現実もゲームも、ショウにとってはどうでもいい話だった。
「あなたはどうだったんですか?」
横目で見つつ逆に問い返すと、青年はあごに指をあてて少し考え込んだ。
「私の場合は……それほど驚きはしなかったな。私の世界にも妖精界だの魔界だの、いくつも平行世界があったから、『現実』もそんなに突拍子のない話じゃなかったしね」
自分の息子が伝説の勇者だと知ったときの方がよっぽどショックだったよ、と笑う。
そこにもう一人の秘書が、コーヒーを煎れて戻ってきた。
こちらの女性は白を基調としたスーツに身を包み、ほぼ黒に近い濃紺の長髪の上半分をまとめ、残りを背中に流している。枕にしている方と比較するとやや幼い印象を受けるが、その物腰には深窓の令嬢を思わせる慎ましさがあった。
「ありがとう。君もここへ」
ソファを叩いて隣に座らせた彼女を、青年は自然な動作で抱き寄せた。
どちらの女性も現実の人間だ。青年がゲーム内で妻とした女性たちによく似た人間をわざわざ捜し出し、そばに置いているのだという。
最初、妻が二人という意味がわからず、重婚ではないのかと聞いたところ、青年はあっさり肯定した。こいつのPLはよほど女好きらしいな、と内心で毒づいたものだ。
あるいは逆に、表向きはとんでもない堅物で、内側に
DQシリーズのコンセプトが「主人公=プレイヤー」である以上それも道理であるが、問題は、PLの隠れた願望や深層心理が、より顕著に影響を与えるという点にある。
PLの現実生活が歪んでいれば、それだけ理想や願望は大きく強くなっていく。それらが強引に投影されることにより、PCは本来のストーリーとの軋轢によって過剰なストレスにさらされ続け、あげく『現実とゲーム』というショッキングな事実に直面し、精神に異常をきたしてしまうのだ。
先刻確保した
アレフも被害者なのだ。でなければ、彼もひとつの世界を救うほどの人物であり、たとえ異世界でも立派にやっていけるだけの器量を保っていられたはずである。
——それに自分だって、狂ってない、とは言い切れない。
しょせん
「すみません、僕、そろそろ戻ります。向こうにも顔を出さないとまずいし」
ショウは身体を起こした。
「もう行くのかい?」
つまらなそうな顔をする青年に「あなたもヒマじゃないでしょう」と言い捨てて、さっさとドアに向かう。
「——
振り返ると、青年はやはり人の良さそうな、少し子供っぽいほどの笑顔で手を振った。
「君の愛しい彼女にヨロシク」
「…………」
こいつのPLには一度会ってみたいものだ。
◇
フロントでギターケースを受け取り、ビルの前ですぐタクシーを拾った。どうせ経費はすべてあの青年が持つので、遠慮せず楽な方法を使う。
込み入った中心街を抜け、二〇分ほどで自分の今の家に着いた。庭付きの一戸建て、このあたりでは割と広い方だろうか。
ショウが戻ると、やや年かさの母親が満面の笑みで出迎えた。
「おかえりなさい、翔ちゃん。今日は早かったのね。お昼はどうする?」
「さっき軽く食べたから、もう少しあとでいいよ」
なかなか面倒見のいい、気の優しい親だ。春休みにも関わらず毎日のように出かけていることや、いつも持ち歩いているギターケースについては、大学のサークル活動だと説明している。中身を知ったら卒倒するに違いない。
「ちょっと疲れたんだ、少し寝るね」
「あら大丈夫なの? 無理しちゃだめよ」
心配そうにする母親をなだめつつ、ショウは2階の自室に入った。
ついこの間まではアニメの美少女グッズが山と積まれた最悪の部屋だったが、ショウはろくに中身を確認せずに一掃した。万が一、大切な彼女をおもちゃにしたような書籍など出ようものなら、その場でPLを始末してしまいそうだったからだ。
ヤシロ・ショウ。
最初の旅の頃からずっと相手の生活を夢で追っていたが、どうしようもないクズだった。入れ替わり、少しいい目を見させてやっただけで、肉親も生活も捨てた無責任な人間だ。最近はまた帰りたいと嘆いているらしいが——いまさら遅い。
まずテレビの電源をつける。音量はゼロにしている。テレビには電源が入りっぱなしのゲーム機が接続されており、とあるゲームが無音で始まった。
自分が生まれ育ち、旅をし……そして一度は救った世界が、そこにある。
ショウは画面の中が無人であることを確認すると、部屋のドアに鍵を掛けた。ピアスなどのアクセサリーを外し、服もすべて脱いで準備をする。食事を取ったのは3時間以上も前なので、胃の中に未消化物も残っていないはずだ。
【自分以外のいっさいの持ち込み・持ち出しができない】
それが、自分たちが未だに突破できない障壁であり、最大の研究テーマだ。
唯一の例外は携帯電話である。ショウはいつものアドレスに向け、空メールを送信した。少年の身体の輪郭がぶれ、その姿がメールの送信と共に消えていく。
——次に目を開けると、視界が一転していた。
木調に統一された簡素な室内。長年過ごしてきた、本当の自分の部屋だ。
衣装ダンスから服を引っ張り出して袖に腕を通す。生地の肌触りなどは現実の物の方がいいが、こちらの格好の方が落ち着く。黄色のチュニックのポケットに携帯を入れ、ブーツを履いて部屋を出ると、鉢合わせた部下がサッと敬礼した。
自分よりかなり年配の兵士だが、年若い上司によく仕えてくれている。ショウも敬礼を返し、長い廊下を渡って王宮に入った。
いくつも階段を上り、最上階のテラスに出たところで、ようやく目当ての姿を発見した。
この城の王女にして、幼なじみ。そして、永遠の忠誠を誓った愛しい人。
「あまり風に当たりますと、お身体に障りますよ」
声をかけると、艶やかな黒髪を風に遊ばせていた少女が振り返った。少年の姿を認めて花のような笑顔を浮かべる。
「ーーエイト!」
駆け寄ってきた少女を抱きとめて、彼も微笑んだ。
「ただいま戻りました、ミーティア姫」
現実では誰にも見せない、心から湧き出す純粋な笑み。
それが“八城翔”の名前と人生を奪った少年の——
トロデーン国近衛隊長・ラグエイト=ハデックの素顔だった。
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Stage.10 事情それぞれ
<GAME SIDE>
勇者資格の本試験までまだ若干の日にちがあったから、まずは当初の予定通りエジンベアに直行した。ゲームのルールなんて知るかいな。こっちは常識に合わせて行動してるんだ、それで通らなきゃゲームがおかしいっつーの。
というわけで、例の差別主義な門番。やっぱり通せんぼをしてきたんだけど、
「ロマリア国王から事前に書状が送られてるはずだけど? ここにあるポルトガ王の紹介状も疑うわけ? エジンベアは二国の王を敵に回す気か? 国際問題だぞ? あんたごときが責任取れんの? ああコラ?」
詰め寄ってやったら、泡食って上司に報告しにいった。こっちは「アルスが襲われて意識不明」なんて話をユリコに聞いた上、彼女からの連絡待ちの状態でイライラしてるんだ。余計な神経を使わせるな。
んで、王様から地下への立入許可をもらったはいいけど、これまた予想通りというか。縦横一〇〇マスくらいの広大な地下室に、池やらドクロマークのタイルやらが点在し、動かす岩も五〇個以上という超難解なパズルになっていた。
徹夜で解いて「渇きの壺」をゲット。賢さ245をナメんなよ。
その後、即行でアリアハンにルーラして一泊。明日の早朝にランシールに向かえば、ギリギリ本試験の前日までに到着する予定だ。
ちなみに、ランシールの本試験は、言わずもがな、例の「一人でお使いできるかな?」な単身洞窟攻略だ。通常、神殿へ入るには「最後の鍵」が必要なのだが、試験のときは特別に開けてもらえるとのこと。ここはゲーム本来のストーリーを無視してもOKらしい。
どうもこの旅は、フラグが立つ基準がよくわからない。ストーリー外のショートカットが使えるなら素直に使わせてもらうが、またあとで面倒になるのは嫌だなー。
◇
そんなこんなで、僕たちは久々にアリアハンに帰ってきた。
仲間はそれぞれの家に帰り、僕は今、アルスの実家に戻っている。目の前にはDQ版お母さん。
もちろん実のお母さんを騙すわけにもいかないから、エリスたち同様、彼女にも僕がニセモノであることは出発前に説明している。出がけの慌ただしいときに、いきなり重大な話を告げるのも申し訳ないと思ったんだけど、その時のDQ版お母さんの反応は以下の通り。
「あらまぁ、ちっとも気付かなかったわ。言われてみれば、確かに少し違うかしらね」
さすが勇者の母。
ちなみに彼女の名前は「サヤ」さん。突然現れた怪しい異世界人にも関わらず、また笑顔で出迎えてくれたサヤお母さんに、「こんな素敵な人が僕のお母さんだったらいいな」と素直に話したら、「嬉しいわ」とまたギュっとされました。ちょっと照れるなー。
そしてもうひとり。
「タツミ君、と言ったかな。旅はどうじゃね?」
これまたのんびりしたお人柄のデニーおじいちゃんが、夕食のテーブルを挟んで聞いてきた。僕はヘニョにちぎったパンをやりながら、事前に用意しているセリフを答える。
「アルス君が一級討伐士の資格を取ってくれていたお陰で、とても順調ですよ。仲間も彼を取り戻そうと、一丸となって協力してくれてますし」
「そうかそうか。しかしあの子も、元気でいるのかのう」
自慢の孫が消えたんだ、やっぱり心配だよね。本当のことを教えてあげたいけど……
【本人は豆乳に花見に大はしゃぎな挙げ句、サイコな男に襲われて意識不明らしいです】
……やっぱり事実を告げるのは僕にはムリです。代わりにアルスをヨイショしておく。
「彼はルビス様に選ばれた、かけがえのない世界でただ一人の勇者です。きっとご無事でいらっしゃいますよ。——すみません、僕ごときが彼を
「いいえ、あの子のために頑張ってくれているんですもの。さ、おかわりはどう?」
フワンと笑顔を向けてくれるサヤお母さん。そのあたたかい笑みが逆に心苦しい。僕は明日の準備を理由に早々に席を辞して、ヘニョを連れて二階に上がった。
久しぶりに戻ってきたアルスの部屋は、急の帰宅であるにも関わらず、きれいに掃除されていた。
出るときはゆっくりする余裕もなかったけど、こうして見てみると、文化の違いはあれど年頃の男の子らしい部屋だと思う。壁には剣と盾の飾り。怪物と闘う勇ましい騎士の絵がピンで留めてあって(ポスターみたいなものかな)、落書きを消した跡とか、なにかおもしろくないことがあって暴れたのかヘコんでるところもあったり。
ロダムに取ってくるよう言われた「一級討伐士」の仮免許証を探す。知らないで置いて出てしまったもので、本試験で必要とのこと。
それは机の引き出しの中にすぐ見つかった。金色のプレートに彫られている名前は、
【Arsed Deny Rangbart】
アルセッド=D=ランバート。
一六歳という史上最年少の若さで、特別職一級討伐士の一次試験に合格した、アリアハンの天才少年。世界的にも有名な討伐士オルテガ=S=ランバートの息子ということもあって、冒険が始まる前から伝説が始まっちゃってるような人物。
……なんだそうだ、実は。改めて話を聞くと、とんでもないヤツだったんだねー。周囲の反応から薄々感じてはいたけど、まさかここまでとは。彼のネームバリューの高さも、これで納得がいったよ。
アルスという少年が、このあと本当に伝説の英雄になれることを、僕は知っている。
家族から愛されて、世界から愛されて。普通の少年らしい一面を持ちながらも、勇者に足る能力と資格を有し、実際に過酷な使命を成し遂げてみせるだけの——。
「…………」
なんか胸につっかえる感じがする。少し外の空気を吸ってこようか。
「ヘニョも行く?」
まん丸の目で僕を見上げたヘニョは、当然のようにピョンと僕の腕に飛び込んできた。抱っこ犬とか抱っこ猫とかはよく聞くけど、こいつは抱っこスライムなのかな。ヘニョを抱いて階下に降りる。
「ちょっと散歩してきますね」
台所の方に声をかけたが、サヤお母さんの姿がない。どこに行ったんだろう。
◇
玄関を出て城壁沿いに歩いていった。
アリアハンは初夏を迎えた頃。現実側よりはだいぶ暖かいけれど、夜風はまだ肌にひやりとして、身体の熱と一緒にくだらない考えも奪っていってくれる。
(ま、アルスはアルスで、僕は僕なんだし……)
正面入り口を守る夜番の兵士さんに挨拶しつつ、適当にブラブラしていたら、やがて共有井戸がある広場に出た。いつの間にか街の端っこまで来ちゃったらしい。
そろそろ戻るか。そう思ってUターンしようとした、その時だ。
風に乗って女性の声が聞こえてきた。聞き覚えのある——サヤお母さん?
広場の隅の薄暗いところに人影が見えた。間違いない、サヤお母さんだ。人目を忍ぶような暗い色のマントを着ていて、彼女の前にも同じような格好をした背の高い人がいる。
そのもう一人が、低い声で言った。
「そなたはなにを考えておるのだ。これ以上好きにさせておく法はないであろう?」
「しかし真相がはっきりするまでは、様子を見るべきかと存じます」
深刻そうな空気を感じて、僕は咄嗟に物陰に隠れた。相手は男の人みたいだけど……ん?
え——!? こんな夜に男の人と密会デスカ? これなんてFLASHネタ?
「余はもう我慢がならんのだ! あのような紛い物がアルセッドの名を騙り、世界を偽り、遊び半分に勇者ごっこをしておるのだぞ?」
「ですがいきなり捕らえるとは性急にすぎます。もしあの子の言っていることが真実だとしたら、ルビス様の遣いを害することになる。そうでございましょう、陛下?」
“これなんてFLASHネタ?”じゃねーや。思いっきり僕のことじゃん。どうやらアリアハン国王その人が、僕の処罰をどうするか、サヤお母さんに聞いているようです。
まあ王様にはバレてて当然か。僕の仲間は全員、城勤めの人間なんだから。
「ルビスの遣いなどと、そんなたわごとを信じろと? おおかた、どこぞでご子息を見かけたあやつめが、似た容姿を利用して成り代わろうと画策したのではないのか」
「しかしそれでは、うちの息子がなぜそれを許したのかが……」
「そこらの小童に遅れをとるような子ではないが、ご子息は情が深い。聞けばあの紛い物め、頭は回るようだからな。騙されてどこぞに封じられておるのやもしれん」
苦々しく吐き捨てる王様の言葉に、僕は思わず苦笑が漏れた。ま、普通はそう考えるよねー。ある意味、この世界に来て一番常識的な意見を聞いた気がする。実際「ルビスの遣い」なんてデタラメだしね。
王様は怒り心頭といった様子だ。
「忌々しい。いっそ今すぐ捕らえ、手足の一本も落とせば吐くのではないか? もっとも亡き親友の忘れ形見を偽った罪、その程度で済ます気はないがな」
「おやめください陛下。仮に偽りであったとしても、魔物に親を殺されたかしたみなしごが、生きるために取らざるを得なかった手段かもしれません」
「今の世に、親のない子が他にどれだけいると言うのだ。みなそれぞれに働いて生きている。勇者を騙る理由にはならん!」
「ですが、アルセッドと同じ年頃の、それもうり二つの子に、そんなひどい目に遭わせるなんておっしゃらないで。あなたはもっと優しいお方のはずです」
「……まったく、優しいのはサヤ殿だ。そなたは昔からそうであったな」
そうか、王様とオルテガさんって親友だったんだ。あの親しげな雰囲気を見るに、昔はサヤさんを巡って二人が争ったり、なんて青春の日々もあったのかもしれないなー。
(紛い物、か)
必要とされているのはアルスであって、僕ではない。ここに僕の居場所はない。最初からわかっていたことだ。
「誰かそこにおるのか!?」
王様が鋭く叫んだ。僕はヘニョにこの場で静かにしているよう言いつけて、両手を挙げて出て行った。
「すみません、聞いてしまいました」
◇
サヤお母さんが、まるで僕を庇うように王様との間に入った。
「なりませんよ、陛下っ」
「……わかっておる」
咄嗟に剣の柄に手をかけていた王様が、しぶしぶという感じで一歩下がる。どうもサヤお母さんには弱いらしい。この王様も、基本的にはいい人なんだろうね。
「ご処断はお任せします」僕は言った。「手でも足でも、どうぞ」
「なにを言うの!?」
驚いているサヤお母さんを制して、僕は王様と向かいあった。
「ただし、それは僕が旅に失敗してからにしてください。僕が勇者の後継を任されてここにいるのは本当です。そして旅が無事に終われば、本物のアルスが戻ってくるということも。でも、僕が勇者でなくなったら、それは叶わない」
神竜の前で交わした契約の中に、「主人公」をやめない、というのがある。
主人公、つまりこの世界における中心キャラクターとしての特別な立場を放棄、あるいは資格を失うと、物語を進める力がなくなるんだとか。
たとえば僕が「勇者」でなくなり、町民Aみたいな1NPCになってしまえば、普通に生活はしていけるだろうけど、魔王を倒すことも、神竜に再び会うことも出来なくなる。でなければ、僕は「勇者」なんてとっくに辞めていただろう。ただ神龍に会えばいいだけなら、もっと合理的な方法が他にいくらでもあるしね。
ひゅんと風を切る音がした。王様が剣を抜き放ち、その切っ先をぴたりと僕の喉もとに据えていた。
「貴様は何者だ」
「言えません」
「アルセッドはどこにいる」
「言えません」
「なぜ言えない?」
「僕にとってもアルスは大切な人間だからです。僕は絶対に彼を連れ戻します。あなたが信じようと信じまいと関係ない」
「答えになっておらんわ!」
気色ばんだ王様は、次の瞬間にフッと笑った。
「本試験は明後日だったか。貴様の条件からすれば、まず試験に合格しなければ、勇者ではなくなるぞ?」
「そうですね。ですから、その時は」
ご自由に。
しばし無言の時が過ぎた。
射殺さんばかりに睨み付ける王様の目を、僕はただ見返していた。すうっと頭の芯が冷めていく、いつものあの感覚。こんな時の僕は、きっとまた冷淡な人間になっているんだろう。
「——まるで正反対だな。その目、見ているだけで虫酸が走る」
王様が剣を収め、マントを翻して背を向けた。サヤお母さんを一瞥し、通りに向かって歩き出す。
二人の兵士が音もなく寄ってきて、王様を守るように前後につくと、彼らは闇に紛れるように去っていった。
「もう……タツミさんっ。私でも怒るわよ?」
サヤお母さんが僕の腕をつかんで、強い口調で言った。そりゃそうだよな。僕に騙されてたんだと、明白になったんだから。
「ごめんなさい、サヤさん。確かに今は言えないんですけど、でも近いうちに……」
「そうじゃなくて!」
遮られて、僕は口をつぐんだ。
「なんであんな無茶をするの。無茶な約束を平気でしちゃうの。冗談じゃ済まないことだとわかってるでしょう。もっと自分を大切になさいっ」
「サ、サヤさん?」
「どうせなら『知らない』とシラを切ればいいのに、『言えない』なんて正直に言っちゃうんだもの。あの子よりよっぽど賢そうなのに、あなた、アルセッドより無鉄砲だわ」
あのぉ、えーと。……ど、どうしよう。僕の頭が珍しくパニックを起こしている。こんな予想外の反応をされるとは。
「そんなことより、アルス君のことは気にならないんですか?」
「だから『そんなこと』とか言わないの。もちろん気になるわよ、実の息子のことだもの。でも元気でいるのは本当なんでしょう?」
「ええ、まあ(ちょっと今は寝込んでるみたいだけど)」
「ならいいわ。あなたの言い分だけを信じることもできないから、あの子が帰ってきたら、一緒にみっっちり話を聞かせてもらいます。いいわね?」
「は、はいっ」
ぶんぶん首を縦に振る僕に、サヤお母さんはまたいつものフワンとした笑顔を浮かべた。マントを脱いで僕の肩にかけてくれる。
「なにが起きてるか、私にはよくわからないけれど。でもあなた、あの子を庇ってくれてるんでしょう? ありがとう、ごめんなさいね」
ああ、お母さんなんだな——と思った。
この人は、アルスが自分の意志で消えたことをわかっている。でも、そこには必ず正当な理由があるはずだと信じてる。そのせいで僕に迷惑がかかっているのなら、責任は母親の自分が負うべきだという覚悟も持っている。
そして、僕を真っ直ぐに見る彼女の目には、ちゃんと僕のことも映ってる。アルスへの信頼と同じように、僕のことも信じようとしてくれている。
参ったな。今ちょっとでも気を抜いたら……泣きついちゃいそうだw
僕は慌ててヘニョを呼び出した。我慢しきれなくなったみたいに勢いよく飛び出してきたスライムに体当たりされて、その場にひっくり返る。
「ごめんヘニョ、忘れてたわけじゃないってば」
プニプニの身体をなぜてやると、まん丸の目がウルウルしている。スライムにまで気を遣われるとは情けない。
「王様との約束に関しては心配ありません。僕もそこまで無謀じゃないですよ、それなりの計算はあります。試験には絶対に合格しますから」
僕が断言すると、サヤお母さんは「本当に?」と念を押してきた。しっかりうなずいて安心してもらう。僕だって腕や足を切られたかないもんね。
「ただ世の中に一〇〇%なんてないですし、これからエリスの家に行って、打ち合せしてきます。今晩はそちらに泊まりますけど、いいですか?」
サヤお母さんはまだなにか言いたいことがあるみたいだったけど、
「わかったわ。でも無理はしないでね」
僕のおでこにキスをして、家に戻っていった。
「ま……やるしかないよな」
自分に喝を入れるという意味では、今回の厳しい条件も良かったかもしれない。
正直なところ、胸の内はまだちーっとも整理がついていない。アルスが羨ましいのは本音だし、なんで僕がこんな苦労しなきゃなんないんだとも思うし。
でも僕には、そうするだけの理由がある。立場を完全に交換するわけにはいかないけど、少しくらいなら、わがままを叶えてあげたい。
伝説の勇者に実際に会ってみて、ショックなことも多かったけどさ。それでも僕にとってアルスは命の恩人なんだよね。一方的な話ではあるけど。
「向こうは……5時間か。さすがにもう起きたかな」
携帯を取り出し、リダイアルボタンを押す。最近はこれしか使ってないな。
「もしもし片岡? アルスの様子は……って、え? アルス!?」
出た相手は、ユリコではなくて彼本人だった。
「ケガは大丈夫なの? うん、うん。ならいいけど——って、はぃい? 片岡のお父さんと? 試合? ちょ、なにやってんの! ええ?」
なんか向こうはえらく盛り上がっている。
「ふーん……。あーそう、良かったね」
話を聞いているうちに、僕は再びイライラしてきて、話の途中で通話を打ち切った。こっちは君の立場を考えて、自分の命もヤバイところで駆け引きしてるってのに……。
ああもう! 電源も切っちゃえ! エリスのとこで試験準備してこよう。
え、なに話したかって? 次のリアルサイドで本人に聞いてください。ではまたねっ。
<REAL SIDE>
「なに考えてるのランバート君、危ないよ。まだ起きたばかりだし」
ユリコが慌てて俺の腕を引っ張った。まあまあと抑えて、先を歩き出したあのオッカネー親父さんの後についていく。
しかし広い家だな。エキゾチックな庭園がずーっと奥まで続いている。池があって、小さな橋までかかってるし。タツミもすごいトコのお嬢さんに惚れられたもんだ。
「ランバート君! さっきのことは代わりに謝るから、まずタツミに連絡取って……」
「アルスでいいぜ、アルとか。別に叩かれたのを怒ってんじゃねえよ。ただ、せっかくのチャンスを利用しない手はないだろ? 今は俺が『タツミ』なんだから」
ユリコは先を行く父親の背中に視線を向け、少し黙った。俺の真意に気付いたようだ。
「でも、もしラン……アル君になにかあったら、あたしがタツミに怒られるよ。お父さん、ああ見えて免許皆伝なの。意味わかる?」
「強いってこったろ? 雰囲気がそうだもんな。——だからこそなんだが」
あれだけ厳格な父親が、自身も相当の腕前を持ってて、娘にもしっかり武道をやらせてるってことは、だ。価値観もそういうところにあるタイプと見ていいだろう。
あの手合いを黙らせるには、実力を認めさせるのが手っ取り早い。まだあちこち痛みはあるが、こっちの人間相手なら、このくらいのハンデがあって丁度いい。こういう荒事は、あのお人好しは苦手だろうし。
「一肌脱いでやるさ」
「なに?」
「いや。そうだ、すまないが時間を計っておいてくれないか」
それに、早いとこ自分のステータスを正確に把握しておきたい、という理由もある。
「もし試合の途中で俺の力や動きがガクっと落ちたら、それがリミットらしい。まあ負けることはまずないと思うが」
「よくわからないけど……じゃあ時計、見ておくね」
「なにをこそこそ話しとるんだね。着いたぞ」
長い渡り廊下の突き当たりに、これまた古風な趣の家が独立して建っていた。板張りの
床で、真四角の広い空間になっている。壁にいくつも竹製のカタナが掛けられていた。
この国流の稽古場らしい。
「そういや、戸田和弘はどうしたんだ?」
小声でユリコに聞くと、彼女は少しバツが悪そうに答えた。
「適当にごまかして先に帰ってもらったよ。すごく心配してたけど……」
あいつもイイヤツだもんなぁ。本当のことを伝えるかどうかは別として、あとで謝っとかないとな。
さて、と。
「まさかとは思うが、真剣でやる気かね?」
ユリコの親父さんが、俺の手元を見て小馬鹿にするように笑った。
「ああ、そうですね。怖いんでしたら、そこに掛かってるのに換えますけど」
「——口だけは達者だな」
向こうも控えていた女中にホンモノを持って来るよう命じた。マジで真剣勝負に乗ってくれちゃうらしい。いいねー、俺はこういう思い切りのいいオッサン好きだぜ。
ユリコは頭を抱えているが。
「あ・ん・の時代錯誤のバカ親父〜! まさか試合中の事故で片付けようって魂胆!? アル君、本っ当に大丈夫なんでしょうね?」
「どうかねぇ」
軽く身体をほぐしてから、中央に進み出る。
「そうだ、俺、外国で剣術を習ったんで、日本式の礼儀とかは全然わかんないんですよ。
そこは許してもらえます?」
「好きなようにしたまえ。しかしそれならなおさら、日本刀など扱えるのかね?」
「心配ご無用♪」
一級討伐士、いわゆる「勇者」の認定条件においては、初級剣術や初級槍術の他に特殊武器の技術も必要とされる。鎖鎌からブーメランなんてものまで使いこなせなくちゃならんのだ。俺もそういう訓練をしてきたから、手に持っただけでだいたいその武器の特性をつかめたりする(だから鉄杭でも戦えちゃうわけ)。
それに……この日本刀ってやつ。なんというか、慎ましくも凜とした雰囲気がどこか俺の愛剣に通じる物があって、妙に手に馴染む。
「では、いざ尋常に——」
勝負!
◇
「……っつーわけで、ユリコパパをゲットしちゃったわけ。すっかり気に入られちゃって、すっげーごちそう出てさぁ♪」
最初はマジで危なかったんだが(オッサン本当に強かったよ。ナメてましたごめんなさい)、上手に引き分けに持ってったら手の平返したみたいに待遇が良くなったのだ。
実は会った瞬間に、このオッサンとは気ぃ合うなと思ったんだよ。「男は黙って拳で語れ!」って感じの武闘派バカ(またもや失礼)、俺も嫌いじゃないからさ。
「まさかこんな劇的にうまくいくとは思わなかったけどなw」
『あーそう、良かったね』
携帯の向こうで、タツミは思いっきりふて腐れたような声を出している。
「なに怒ってんだよ、むしろ感謝してほしいぞ。これでお前も彼女と堂々と付き合えるだろ? 悪い印象ってやつは、いったん覆したら逆に前よりずっと良くなるもんだしな」
『でもそれは……僕じゃないもん。ってか君は僕をそっちに戻す気ないんじゃなかったっけ? 適当なこと言うなっつーの』
「そこはフェアだろうが。クリアすれば帰れるんだし、俺はそれを邪魔することはできないってルールなんだから。なんだよ妬いてんのか? お前もけっこう——」
プッ ツー ツー
あ、切られたw あいつも素直になりゃいいのに。
「アル君……タツミなんて言ってた?」
ユリコが顔をのぞかせた。気を利かせて離れていたらしい。
「僕のユリコに手ぇ出したらタダじゃおかない、ってさ」
携帯を放ってやると、受け取ったユリコはカァっと耳まで赤くなった。
「冗談でしょ? あいつそんなこと、絶対言わないわよ」
「確かめてみれば?」
ユリコは少し携帯を見つめていたが、なぜか小さく首を振って、俺に返してきた。
「今度ね。それより、お父さんのせいでまたケガ増えちゃって、ごめん」
「え、いや俺の方こそ、親父さんケガさせちまって悪かった」
思った以上に腕の立つ相手だったから、無傷で済ませられなかったんだよな。どちらも軽傷とはいえ、今は片岡氏もあちこちに包帯が巻かれている状態だ。
もっとも、本人はまったく気にしていないようだが。
俺が中座していた宴席に戻ると、片岡氏は庭に面した廊下(エンガワというらしい)で、静かに酒を飲んでいた。
「終わったのかね?」
続きをやろう、と盃を掲げてみせる。ハイ、最初は未成年だからと断ったんだけど、片岡氏があんまり勧めるのでいただいちゃってました。「ダイギンジョウ」ウマー。
外は夕暮れ。ここから見る庭にも見事な桜があって、薄桃色の花を風に散らしている。
漆塗りの雅な盃に、ユリコがいい香りの酒を注いでくれる。「こーん」とたまに小気味のいい音を響かせているのは、シシオドシというらしい。風流だねぇ。
「しかし、少し見ない間にずいぶん変わったものだ。まるで別人だな、今の君は」
そりゃあ別人ですから。
「タツ……じゃない、以前の俺と、そんなに違うんですか?」
「まったく違う。あの頃の君は『自分の命などどうでもいい』という者の目をしていたぞ。あんな生きた屍のような人間に、大事な娘は近づけられんよ」
「はぁ。え、そうなの?」
なんかすごい言われようだぞタツミ。ってか、お前そういうキャラだったっけ?
「ちょっとお父さん、変なこと言わないでよ! ……ええとほら、本人の前で」
「ははは、失礼。だが今は、あれだな、親の屍を食ってでも生き残るようなしたたかさを感じるよ。そういう人間は信用できる」
そ、そうすか。俺もすごい言われようだな。ってユリコ、今度は笑ってるし。
片岡氏はしみじみと酒をすする。
「この子の母親は早くに亡くなってね。私も過保護だとは思っているんだよ——」
ふむ。人にはそれぞれの事情ってのがあるんだな。
そのとき、ピリリリリリ! と甲高い音が鳴った。一瞬タツミからかと思ったが、片岡氏が胸元から携帯を取り出してその場を離れた。
今までとは違うせわしない口調で、なにやら難しい単語をやりとりしている。
「やはりイグリス社か? そのルートだけは必ず確保しろ。私もすぐ行く」
仕事のことでトラブルが発生したらしい。こっちの人ってよく働くからなぁ。
「すまんな三津原君、急用ができたので私は失礼するよ」
「ああ……じゃあ俺も帰りますよ」
「なに、ゆっくりしていきたまえ。ユリ、あとで送ってあげなさい」
言うだけ言って、片岡氏は颯爽と去っていった。
「あんなにタツミのこと毛嫌いしてたくせに……なんなのよもう」
ユリコもすっかり呆れていたが、俺と目が合うと苦笑に変わった。
「まあいいや、結果オーライよね。もう一杯いかがですか、勇者様」
「お、もらおうかな。こんな美人の酌なら何杯でもいけるやね♪」
「っぷ、どこのおっさんよぉw アル君って、本当に異世界で魔王を倒した勇者なの?」
実はちょっと自信なくなってきたかも。すまんゾーマ、宿敵がこんなんでw
と——。
「あの、アル君。もしかしてだけど……タツミから、なにか聞いてたりする?」
ユリコが急に神妙な声で切り出してきた。
「なにかって、なにを?」
「あいつが人を避ける理由。アル君にはなにか言ってるかなって思って」
「いや、そんな話はしてないけど」
俺が首を振ると、ユリコは「そう……」と、少しだけ肩を落とした。
「タツミってけっこうモテるのよ。顔はいいし頭もいいし、性格だって悪くないし。でも誰とも付き合おうとしないのね。っていうか、友達も作らない感じ。要領がいいから周囲に悟らせないようにうまく逃げてるけど。休みになったら、ほとんど外出もしない。あたしと戸田くらいかな、しつこくまとわりついてるの」
「なんだそりゃ」
ヒキコモリっぽいとこがあるなぁ、とは思っていたが、そこまで徹底していたとは。
「だから今日の花見みたいに、強引に誘うこともあるんだけど。……あたし、実はタツミにフられちゃったのね。去年の暮れかな、あいつに『もう僕に近づかない方がいい』って言われたんだ」
ユリコの表情は硬い。その時も、そんな顔をしていたんだろうか。
「でもその理由が理解できなくて。正直、今でもどう受け取っていいかわからないのよ」
「あの親父さんが怖くて、適当な理由で遠ざけたんじゃねえの?」
「普通はそう考えるわよね。でもそれにしては、なんか強烈な言い訳だったし」
そこで逡巡するユリコ。
「タツミね……『僕は何人も殺してる人間だから』って、そう言ったの」
「こ、殺してる?」
「うん。『君まで巻き込みたくない』って……。亡くなったご両親も自分が殺したんだって、そんなこと言うのよ」
◇
「亡くなったご両親——? タツミの親、両方とも死んでんの!?」
俺は思わず叫んでいた。ユリコの方は別の意味で驚いている。
「知らないで入れ替わってたの? あいつが引っ越したあとのことで、詳しくは知らないんだけど。事故でお父さんが亡くなって、その三ヶ月後にお母さんも亡くなったって」
おいおいおい、なんだその話。じゃあ今マンションに同居してるあのオバチャンは誰なんだ。単身赴任とやらで遠くにいるはずの父親って?
「一緒に住んでる人はタツミのお母さんのお姉さん、つまり伯母さんよ。彼女は独身だから他に家族はいないと思うけど……。アル君、いったいどういう風に聞いてたの?」
「聞いてたっていうか、勝手に覗いてたっていうか——」
タツミの生活については、俺が向こうにいる間に“夢”を通して知ったのだ。それが事実と食い違ってる部分は今までにもあったが、まさかここまで違うとは思ってなかった。本人に確かめたくても、なーんかずっとバタバタしてて聞きそびれていたし。
……いや、俺も無意識に、タツミに聞くのを避けていたかもしれない。
あいつ、一度も俺を問い詰めてきたことがないから。いきなり命懸けの冒険を押しつけられれば、わめき散らしたって当然なのに、タツミはいつも「仕方ないなあ」って感じで飲み込んでくれてて。
だからなおさら、こっちだけ詮索するのも悪い気がして。
「でも殺したってのは、尋常じゃないよな……。他には?」
「ううん。あいつ、肝心なことはなにも教えてくれないもん」
昨日カズヒロも同じようなこと言ってたな。こうなったら腹を据えて聞いてみるか!
——おかけになった番号は、電波の届かないところにおられるか、電源が入っていないため、かかりません。
……orz またかよ〜。もしかして本格的にスネちゃったんか?
「つながらないの?」
「ん。まあそのうちかかってくるだろ。連絡が取れたら、あんたにもすぐ伝えるよ」
俺が立ち上がると、ユリコは心配そうに袖を引いた。
「帰るの、危険じゃない? 今日はうちに泊まっていったら」
「いやーさすがにタツミに悪いから帰るよw」
別にやましいこたぁないけどさ。それに、ゲームがどこまで進んだかモニタリングしとかないと、俺の方も連絡をつけるタイミングが計れない。
「それでユリちゃん、ちょっと頼まれて欲しいことがあるんだが——」
その後、ユリコにタクシーを呼んでもらい、俺はタツミのマンションに帰ってきた。
くだんの「伯母さん」はまたでかけているようだ。甥っ子の面倒を独りで見ているわけだから、もしかしたら夜系の仕事でもしているんだろうか。
ゲーム画面は、帆船が夜の海を西に進んでいた。ランシールに到着し、一行は真っ直ぐ宿屋に入っていく。「一晩」たてばほとぼりも冷めるだろうし、少し待ってもう一度かけてみよう。
それにしても、両親を殺した、なんて冗談で言えることじゃないよな。
(自分の命などどうでもいい、そういう者の目をしていたよ——)
「タツミ……お前いったい、なにしたんだよ」
ゲームキャラの俺よりプレイヤーの方が謎って、なんか変じゃね?
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Stage10.5 ここらで一端まとめ!
不要であれば、この章は読み飛ばして下さい。
登場人物紹介
■主人公1■
【タツミ】
本名:三津原辰巳(ミツハラタツミ)
本作の主人公の一人。ドラクエ3の世界に飛ばされ、元の世界に戻るためにイヤイヤながら勇者をやりつつ、ゲームクリアを目指す。見たものを写真の様に記憶できる「直感像記憶力」と超スピードで本を読める「ラピッド・リーディング(速読)」の特技を持っており、それがゲーム世界では「思い出す」の能力として扱われている。
ゲーム中では一部の関係者にのみ自分がアルスではないことを告げているが、自分は「ルビスに遣わされてやってきた」ことにしており、行方不明のアルスについては「魔王に封じられたので魔王を倒せば戻ってくる」と嘘をついている。
高校の成績は常にパーフェクトで首席。奨学金をもらっており戸田和弘いわく「一度も学費を払ったことがない」。運動神経も容姿もなかなかと三拍子そろった少年。
しかし、両親が幼い頃に立て続けに死亡するという不幸に見舞われ、現在は母親の姉(伯母)と二人でマンションに暮らしている。一見すると明るくポジティブな性格だが、「両親を殺したのは自分だ」と言い、現実ではさり気なく人付き合いを避けていた。
一條英治に恨まれており、何度か金銭を巻き上げられている。片岡百合子の父親からは「自分の命などどうでもいい、生きた屍のような目をしている」と酷評されている。
無理やり勇者を押しつけられたアルスを、それでも大切な人間だと言い切り、一方的に恩人としているようだが……。
MPが最初から999あり、携帯電話を利用するたびに減っている。プリペイド方式で減った分は増えない。現在呪文の習得は皆無だが、今後使う機会があればさらに減ることを懸念している。
[誕生日]7月7日生まれ
[性格判断]ずのうめいせき
[よく観る映画]ダスティン・ホフマン主演の「レインマン」
[好きだった銘柄]ラッキー・ストライク(もうやめたけど)
[気に入った魔物]スライム(というかヘニョ)
[苦手なもの]血(見ると気分が悪くなりヒドくなると吐く)
[嫌いな食べ物]ピクルス
[関わりたくない人種]わがままな王族
■主人公2■
【アルス】
本名:アルセッド=D=ランバート
本作の主人公の一人。ドラゴンクエスト3(SFC版)の勇者であり、プレイヤーの三津原辰巳と立場を交換する契約を交わした。ほんの少し目の色に青みがかっている以外は、タツミと見分けがつかないほどそっくりな容姿をしている。ゲーム世界にいた頃から「夢」を通してタツミに同調(シンクロ)し、彼の生活や現実の常識などを事前に学んでいた。が、実際と食い違うことがいくつも発覚し戸惑っている状態。実はLv.99。
現段階ではタツミとの入れ替え(移行)が不完全であり、ゲーム世界でのステータス値が半分以下に制限された状態になっている。それでも常人より遙かに強靱な肉体と力を持っているが、全力を出す時間にリミットがあり、無理をしすぎると激しい疲労に襲われ、意識を失うこともある。今のところ呪文は使えない。
タツミが元の世界に戻ることを諦めれば「移行」が完了し、上記のしばりが無くなる。アルスもそれを望んでいるが、内心ではプレイヤーを犠牲にすることに躊躇している。
仲間も家族もすべて捨てて異世界へと来たが、その理由が「あの世界には決定的なものが欠けていてどんなにあがいても救われない」ということを、自分だけが知ってしまったためらしい。
言動は荒っぽいが、意外と常識的でリアリスト。八城翔(エイト)には「人の良さそうな子」と評されている。
[誕生日]12月24日生まれ
[性格判断]くろうにん
[好きな飲み物]豆乳(以前は牛乳だったがすぐ腹を壊すので変わった)
[普段着の色]赤系か黒でまとめることが多い
[気に入ったゲーム]セガのHOD(簡単で飽きるけどまたやりてえw)
[やってみたい職業]商人・遊び人
[苦手な科目]地理とか歴史などの暗記物
[消したい人種]ねちねち意地悪するような連中は全員だ!
■主な登場人物・リアルサイド■
【ユリコ】
本名:片岡 百合子(カタオカユリコ)
三津原辰巳の高校のクラスメイトでタツミを慕っている、ショートヘアの似合う元気で明るい性格の美少女。実は格闘技をたしなんでおり、かなりの強さ。花見に行った際アレフに急襲され、それを機にアルスの正体を知ることとなる。大変よろしい感じに発育しており、アルスいわく「かなり着やせするタイプ」。
大金持ちのお嬢様で広い日本屋敷に住み、家では着物を着せられている。母親を早くに亡くしており、そのせいで父親からちょっと過保護にされている。
【カズヒロ】
本名:戸田 和弘(トダカズヒロ)
三津原辰巳のクラスメイトで友人。人付き合いを避けているタツミを気遣い、ユリコと二人でなにかと彼に構っている。高校では運動系の部活に所属しているスポーツ少年。
父親は市議会議員で、タツミに絡んでいる一條英治のこともなんとかできないかと気にかけている。一條英治とその取り巻きを「あいつら頭悪いからなぁ」と評している。
【エージ】
本名:一條 英治(イチジョウエイジ)
三津原辰巳を憎んでいる不良少年。他校の生徒で(カズヒロによると三流高校)、学業面だけでなく、すぐにカッとなりナイフを振り回すなど、普段の思考力においても優秀とは言い難い。なぜこの少年の言うことをタツミが聞いているのかは不明。
妹がおり、彼女と入れ替わりで現実に来たアレフの世話を焼いていた。アレフが強いと知るや「タツミを半殺しにしろ」とけしかけたが、今のタツミがアルスだと知らずに失敗。実の妹が異世界に飛ばされてしまったことは、なんとも思っていないようだ。
■主な登場人物・ゲームサイド■
【エリス】
本名:エリス=ダートリー(魔法使い)
タツミのパーティーメンバー。ルイーダの店の「冒険者名簿」の「特選」に選ばれている優秀な魔法使いで、最初から「Lv.14」の実力を持つ16歳。現在は城に勤めている。ロマリアに留学経験があり、彼女のルーラで一気にロマリアまで連れて行ってもらった。
アルスに強く惚れており、彼の役に立ちたいと幼い頃から猛勉強を積み、12歳にして正式な「冒険者ライセンス」を取得した才女。行方不明になる前に、アルスから別離を告げられるも健気に慕い続けている。
次項サミエル・ロダムと一緒に、タツミからは「アルスは魔王に封じられたらしい。自分はルビスの遣いでアルスに代わり勇者をしつつ魔王打倒を目指す」と説明されており、ニセモノの勇者と知りつつ同行を承諾する。
【サミエル】
本名:サミエル=レイトルフ(戦士)
アリアハン第二近衛隊の副隊長を勤めるエリート戦士。「〜ッス」という口調で話す、少々老けて見える22歳。オルテガに強い憧れを抱いており、魔王討伐の遺志を継ぐために同行を承諾。アルス奪還という点にはあまり重きを置いていない。だがタツミが懸命に勇者職を勤めようとする姿を見て、タツミ本人に協力する気持ちが強くなっている。
【ロダム】
本名:ロダム=J=W=シャンメール(僧侶)
アリアハン宮廷司祭見習いの32歳。若い頃は「神父」を目指していたが、妹夫婦の住む村が魔物に襲われたのを切っかけに、殺生を許された聖職「僧侶」に転向した。常に穏やかで落ち着いた雰囲気を保ち、パーティーの保護者的存在。タツミも内心で頼っている。
【ヘニョ】(スライム)
ポルトガからエジンベアへの航海中、船に紛れ込んでいたスライム。「縁起が悪い」と船員たちに海に捨てられるところを、その愛らしさに一目で参ってしまったタツミに庇われ、そのまま飼われることになった。基本的には草食だがなんでも食べる。しかし消化の様子がすべて透けて見えるため、与えるエサは考えないといけない。名前の由来は過去の番外を参照のこと。
■主な登場人物・アナザーサイド■
【ショウ】
現実での名前:八城 翔(やしろしょう)/本名:ラグエイト=ハデック
ドラゴンクエスト8の主人公であり、すでにプレイヤー八城翔への「移行」を完了している。そのため現実におけるステータス修正がなく、ゲーム内での能力をフルパワーで発揮することができる。呪文が使えるかは不明だが、ルーラらしき呪文を使用した描写がある。また自分の肉体のみに限定されるが、携帯電話を使って自由にゲームと現実を往来することが可能。
表向きは八城翔として普通の大学生をしているようだが、裏では謎の組織に所属しており、他のPC(プレイ・キャラクター)の動向を監視、場合によってはライフルなどの火器を用いて拘束したり、「抹消」する任を負っている。
彼のPL(プレイヤー)である本物の八城翔は美少女アニメのオタクで、ショウにクズ呼ばわりされている。ゲーム世界から帰れなくなった状態らしいが、今どうなっているかは不明。
【アレフ】
本名:アレフィスタ=レオールド
ドラゴンクエスト1の主人公で、一條英治の妹と相互置換し、現実にやってきた。他のPCと違い「入れ替わっても周囲の人間が気付かないほどPLとそっくり」というパターンに当てはまらない。まだ移行は完了していないため、ステータス修正・時間制限がある。
一條英治の世話になり、タツミを半殺しにしろと頼まれて承諾するも、相手が自分の先祖にして伝説の勇者ロトであることを知り、本気で襲う。ユリコに邪魔をされ逃走したあと、ショウに捕獲されどこかに連れ去られた。行きすぎた勇者教育を受けて育ち、人格的に少々問題がある。アルスに「サイコさん」呼ばわりされている。
【謎の青年社長(?)】
その言動から、ほぼドラゴンクエスト5の主人公と推測される。中央区のオフィス街の高層ビルで、最上階のフロアにてショウを出迎えた。ショウが所属する組織の一員か、あるいはトップの人間かもしれない。移行が完了しているかどうかは不明。
ゲーム内では正妻が二人おり、また現実でも似た女性たちをわざわざ探し出し、秘書としてそばに置いている。
■その他の方々・リアルサイド編■
【片岡氏(ユリコパパ)】
お金持ちなユリコの父親。剣術は免許皆伝の腕前で、普段着は和装。一人娘のユリコを大切にしており、三津原辰巳を毛嫌いしていた。タツミのフリをしたアルスと真剣試合をして一発で気に入り、すっかり仲良くなってしまったが、ニセモノとバレた時が心配される。
【伯母さん(タツミの保護者)】
タツミの保護者として一緒に暮らしている彼の伯母。幼い頃に亡くなったタツミの母親の姉ということだが、それ以外はいっさい謎。昼間は寝ていて夜に出て行くことが多く、これまでアルスとほとんど会話を交わしていない。アルスは「夜系の仕事をしているのでは」と推察している。
【タツミの両親】
タツミが幼い頃、引っ越した先の街で二人とも死亡している。経緯は不明だが、タツミが話したがらないところから、ただの事故ではないことがうかがえる。
■その他の方々・ゲームサイド編■
【サヤお母さん】
アルスの母親。息子が急に姿を消したことを心配するも、タツミの正体を知っており、タツミを信じてアルスの帰りをおとなしく待っている。またタツミのことも実の息子のように心配してくれる。おっとりしているようだが、優しくて芯の強い素敵な女性だ。
【デニーおじいちゃん】
アルスの父方の祖父。アルセッド=D=ランバートの真ん中の「D」は、名付け親であるデニーおじいちゃんの「D」である。アルスのことに関するスタンスはサヤお母さんと一緒だが、可愛い孫のことが心配でならない様子。
【アリアハン国王】
オルテガを親友とし、忘れ形見のアルスを特別に可愛がっていた。母親のサヤのことも強く気にかけている。タツミの話を信じておらず、アルスに成り代わろうとしている「紛い物」をただちに捕らえて拷問にかけると言ってサヤに止められ、今度の試験の結果次第で実行する、とタツミに厳しい条件を課す。
ちなみに、世界退魔機構を提案したのがこの人。いち早く魔王の存在に気がついた国王は各国に協力を呼びかけたが、先の大戦で大敗を喫し、世界統一国の成れの果てである弱小国の提案に、他の国は口を揃えて「まずお前がやれよ」。親友であるオルテガを死地に向かわせるハメになった(オルテガ本人はノリノリだったが)、という裏設定がある。決して悪い人間ではないのだが、いまいち空回り気味の王様である。
■用語/設定・リアルサイド編■
【PC】ピー・シー
プレイ・キャラクターの略。主にゲームの世界から現実にきた人間のことを指す。ショウの組織で便宜上そう呼んでいる。
【PL】ピー・エル
プレイヤーの略。本作では主にPCと入れ替わったプレイヤーのことを指す。これもショウの組織で使われている呼称。「相互置換対象」と称することもある。
【相互置換】そうごちかん
PCとPLが入れ替わる現象そのものを指す言葉。
【移行】いこう
PCがPLと入れ替わって現実の存在となること。移行初期の段階では不完全な状態であり、能力に制限がかかる(ステータス修正)。完全に移行するためには「ゲーム世界のプレイヤーがクリアを諦め、完全にゲーム世界の住人となる」という条件を満たさなければならない。
【移行の完了】
PCが完全に現実の存在となること。移行が完了したPCは、現実においてもゲーム内同様の超人的な能力をフルに発揮できるようになる。また携帯電話を利用することで、ゲームと現実を往来することが可能となる。ただし自身の肉体以外は、持ち込み・持ち出しできない(胃に残る未消化物さえも対象外)。
【PCは単一的な存在】
相互置換されたPCは、あくまでそのPLが所有するソフト内から出現した単一的な存在であり、作品全体の代表としての存在ではない。ただし現段階では同タイトルから同キャラクターが移行した例はない。
【PLの影響】
個々のPCについて、原作では表現されない詳細設定はPLの潜在意識に大きく影響を受ける。どのような形で影響されるかは明確ではなく、PCの人格そのものに反映されていることもあれば、PCの生活環境や対人関係に影響を及ぼしている場合もある。
【PCのストレス】
影響を与えるPLの潜在意識がゆがんでいる場合、PCに悪影響が及ぶ。たとえば、現実ではおとなしい性格の人間が、内心に暴力的な衝動を抑えつけ鬱屈を溜めていた場合、PCが勇者にあるべからず凶暴な性格になってしまったり、PC自身は普通でも周囲に暴力的な人間が多くなる、などの弊害が起きる可能性がある。
■用語/設定・ゲームサイド編■
【冒険者】
魔物を退治して得たゴールドで生計を立てている人間の総称。「ダーマ冒険者協会」によって各専門職ごとにライセンスが発行されており、正式にライセンスを取得している冒険者には様々な特典がある。しかし協会の管理下に置かれるのを嫌い、モグリでやっている人間も多い。
【冒険者職の中の「各職業」】
「冒険者職」の中に「戦士」や「魔法使い」など専門職が区分されている。冒険者でなくともライセンスは取れるが、ただの「魔法使いライセンス」よりも「冒険者職の魔法使いライセンス」を取得する方が難易度が高い。また1年ごとに簡単な更新試験がある。基本的にこの世界における「職業」はすべて「やる気のある初心者を支援するため」の制度であり、実務経験を問われることはない。取得後は全員が「Lv.1」からのスタートとなる。
【冒険者職の中の「特別職」】
ダーマ冒険者協会とは別の機関「世界退魔機構」が管理している特別な職業で、「勇者」「賢者」などがこれにあたる。
【特別職の特典】
特別職のライセンスを持つ冒険者は、以下の特典を受けることができる。
・加盟国、または加盟店のアイテムを安く提供してもらえる。
・ほぼ売買を拒否されない。
・アイテムの買取価格が、商品的価値の有無に関わらず売値の4分の3。
・宿屋に何時でもチェックイン可能。また宿泊拒否されない。
・真夜中でも教会の利用が可能。
・親族への生活補助金を、所属国家に支払うよう促す(強制ではない)。
【特別職の試験】
かなりの難易度、年齢制限や一度不合格を取ると再試験は不可といった条件がある。1次試験と本試験とに分かれており、1次試験合格から3ヶ月は仮免期間で、その後の本試験に合格してから正式なライセンスを取得できる。更新試験は半年ごとに行われる。
◆受験資格・30歳以下の健康な男女で、犯歴が無い者。初受験者のみ。
◆1次試験
「ペーパーテスト」
・呪文理論 ・魔物学 ・その他学問全般
「実技」
・初級剣術(各国の型でOK) ・初級槍術
・その他特殊武器(ブーメラン・鎖がま・杖などの特殊型の武器から選択)
・初等呪文(ホイミ・メラの成功率が一〇〇%・確実に発動する・確実に当てられる)
◆本試験
「仮免期間の間に、以下の条件のうちいずれかを満たしていること」
・なにか大きな人助けをする
・魔物から村や町、教会など慈善組織(海賊等は含まれない)を護る、救う等
(上記はいずれも援助対象者に真偽を確認し、虚偽が発覚した場合はライセンスの永久剥奪及び罰金が科せられる)
・世界退魔機構が指定している試練をクリアする(ランシールの洞窟など)
◆更新試験
「半年の実働期間中に本試験と同様の条件を満たしていること」
【勇者=「一級討伐士」】
「勇者」の正式名称は「世界退魔機構認定特別職一級討伐士」という、「特別職」のひとつである。以前は「一級討伐士」と呼ばれていたが、今は「勇者」という通称が定着している。アルスやオルテガもこのライセンスを取得している。
【世界退魔機構(MMO - World Monster Measures Organization -)】
ほぼ世界中の国や街が加盟している、魔物被害の対策機構。エジンベアは未加盟国だが、国内のほとんどの店は独自に加盟している。アリアハン国王が提唱・発足した。
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Stage.11 勇者試験(前編)
<GAME SIDE>
「我々魔術師は、世界は膨大な一個のプログラムで構築されている、と考えています。その根源的な構成文書の一部に、直接働きかけて実行させるのが魔法である、と」
小難しい魔術理論の本を挟んで、テーブルの向かいに座っているエリスが説明する。僕がうなずくと、彼女は本を閉じて横にどけ、目の前にピッと指を立てた。
「世界に起こりうるすべての事象と結果には式が存在します。たとえばメラ」
立てた指の先に「ボッ」と火が灯もる。
「この座標に同規模の発火を生じさせる手段はいくらでもあります。ロウソクを使ってもいいし、丸めた紙の先を燃やしてもいい。実際に火が着いたのですから、結果そのものはすでに構成文書の中に存在しています。その結果式に術者の意志をアクセスさせ、結果のみを先回りして実行させるわけです」
「だけどロウソクや紙というのは、燃焼する物があっての結果だよね?」
「はい、物事が実働するためには対価が必要です。その実働エネルギーに代替えとして充当されるのが術者自身の理力、つまりMPなんですね」
なるほど。MP消費量が多ければ、より広範囲に大きく結果を出せることにもなる。
「結果式の検索にもっとも大切なのが、あらゆる『過程』を瞬時に『仮定』するイメージ力なんです。専門用語では『検索アルゴリズムの設定』と言いますが」
勇者様の得意分野ですよ、とエリスが微笑む。構成文書、つまりこの世界を構築するプログラム群の中から、必要な『結果式』を探し出すための、もっとも効率的な手順を素早く設定する能力。
「私の場合は『精霊による力の発現』というイメージを手がかりにアクセスしています。イメージがブレないための詠唱なので、今のメラのように慣れた呪文は省略してますね」
逆に慣れ過ぎると意識が不用意に結果式にアクセスしてしまうことがある。そこで誤作動を防ぐため、術の行使には実行を確定するキーワードが存在し、「メラ」や「ギラ」などの言葉が当てられている。パソコンで言えばEnterキーってところか。
ここはランシールの宿屋の一室。僕はアリアハンから引き続き、エリスに呪文の講義を受けていた。
一級討伐士の試験はランシールの単独洞窟攻略、さすがに簡単な回復呪文くらい使えないとマズイってんで、アリアハンを出発してからずっと詰め込み授業をしている。
それにしても、この世界に住むエリスの口から「世界はプログラムだ」という言葉を聞くのは不思議な気がする。
確かにその通りで、僕が現実側から「呪文」というコマンドを選択した時に、対応プログラムが実行されて画面上に結果が表示される。その成り立ちを内側から見た場合の認識が、彼女の講義内容になるんだね。
「時間がなかったので昨日はまず実践から入りましたが、これが魔術の基本概念です。よ
ろしいですか?」
「はーい先生。僕はメラ・プログラムを実行してるわけなんだね。……“メラ”」
エリスのマネをして、指先に火を灯してみる。この時の感覚はなかなか口では説明しづらいんだけど、発火までの過程をイメージしてるうちに「これかな?」という形の無いなにかが意識の中にフッと浮かぶ。それを捕まえて、タイミング良く呪文(実行キー)を打ち込む。そんな感じ。
「ここまではほとんど完璧ですね。正直、かなり悔しいですよ。私、本格的に練習を始めてメラが成功するまでに、二週間かかったんですよ?」
苦笑するエリス。
「いやまあ……具体的にイメージする、なんてのは僕の
いきなりメラが成功した時は、エリスは目をまん丸にして「す、少し席を外しますね」とか言いながらフラフラと部屋を出て行って、しばらく戻って来なかったっけ。
これまで読み漁っていた本の中にも魔術書や呪文書があって、「なんとか理解はできそうだな」とは思っていたけれど。まさか僕自身も、昨日の夜ちょっと実践的な指導を受けただけで呪文が発動するとは思わなかったよ。
「概念も理解できて実際に発動できたなら、あとはすべて応用させるだけです。こればかりは実戦の中で覚えていくしかありませんから……」
エリスは窓の方を見た。つられて目をやると、外はもう日が沈んで真っ暗だ。
いよいよ試験は明日に迫っていた。
「ここ二日間はほとんど寝てないんですから、今晩はゆっくり眠ってください」
「そうするよ。君もゆっくり休んでね」
「はい。じゃあ、私はこれで——」
エリスは本を抱えて席を立った。
そしてドアに向かいかけたところで、ふと彼女は振り返った。
「あの、勇者様。本当はこんなことを言うのは良くないのでしょうけど……無理しなくていいんですからね? 危ないと思ったらすぐ戻ってきてください」
いつもの優しい笑みを浮かべる。たとえ勇者の肩書きなんかなくたって、私たちは今までと変わりないですから、と……。
きっとその通りだろう。もしもアリアハン国王との約束を彼女たちが知ったら、今すぐルーラでとって返して猛抗議するに違いない。
「わかってるよ。ありがとう」
僕も笑顔を作った。おやすみを言って彼女を送り出し、ドアを閉める。
それから小さく「ごめん」と付け足した。
こんなにいいメンバーなのに、僕は隠し事が多すぎるよね。
ベッドに寝転がる。古びた木目の天井をじっと見つめていると、なんとなく、このずーっと向こうでアルスが見ているような気がした。
ポケットから携帯を取り出すした。電源はオフのままになっているから、現実側の時間はわからないけど、もうそろそろ帰ってきた頃だろうか。
——たぶん僕は、意地になっている。
王様との確執だって、アルスが起きるのを待って、携帯をつないで本人から王様に真実を説明してもらえばそれで済んだ話だ。アルスも根はいいヤツっぽいし、僕の腕が切られるなんて聞いたら、そこでシラを切るようなことは絶対にしないだろう。
でも僕は嫌だった。自分が現実に戻ることを前提に旅をしている以上、彼が最終的にこちらに戻ってきたときのことを考えれば、真実は最後まで伏せておいた方がいい。
父親が魔王討伐に失敗して、息子まで使命を投げ出して異世界に逃げたなんてレッテルが張られたら……エリスたちや、サヤさんやデニーおじいちゃんも、アルスを好きな人たちみんなが嫌な思いをすることになる。それがアルス自身も傷つける。
どんな嘘も偽りも、最後まできれいに繋がれば本当のことになるから。
僕がうまくやればいい。最後に僕がすべて抱え込んで消えれば、それで済む話なんだ。
◇
翌日、いよいよ試験という段階になって、ひとつハプニングが起きた。
「か、重なったですとぉ!?」
ランシールの神殿の入り口で、僕の代わりに手続きを取ってくれていたロダムが、彼には珍しく大声を出した。なんだと思って行ってみると、そこにはもう一人、真っ黒な甲冑に身を包んだ背の高い剣士がいた。
美しいというか、凛々しいというか……思わず見とれてしまうほど端正な顔立ちをしている。その人は艶やかな黒髪を掻き上げると、僕を見て顔をほころばせた。
「やぁ青少年、久しぶりだね。ダーマの試験会場で以来だったかな。あの時は騒ぎになってしまって、すまなかった」
「は、はぁ……」
手を差し出され、つられて握手を返す。まるで
「しかし、まさか君と重なるとは思わなかったよ。私の方は更新試験を受けに来たんだが、私も君と同じく期日ギリギリなものでね。今日を逃すとまずいんだ」
黒い剣士さんは腕を組んで難しい顔をした。
ランシールの洞窟って、誰かが挑戦したあとは清掃やらトラップ再設置などの準備のために、次の試験まで二、三日の間を置くことになるんだって。なんてこった。
「まあこれが一般職なら、どっちかが諦めろと言われておしまいだろうが。お互い一級討伐士ともなると、神殿側も慌ててるよ。世界退魔機構の本部に指示を仰ぐそうだ」
苦笑する剣士さんの言葉には、しかし少しだけ誇らしげな響きがある。一級討伐士ということは、つまりこの人も「勇者」なのか。
僕がまじまじ見ていると、剣士さんは不思議そうな顔をした。
「どうした青少年。もしかして忘れられてしまったかな。私だよ、レイーー」
「さー勇者様! 早くエリスたちにも知らせねば! ではレイ殿、のちほど!」
ハッと気づいたロダムが、慌てて僕を引っ張っていく。そうか、アルスの知り合いらしいから、僕もそれっぽい態度を取らなきゃいけないトコなんだよね。……そろそろ面倒になってきたけど。
あーあ、また絶対ややこしいことになるな。
「アレがかの有名な『東の二代目』ッスか」
遠巻きにチラチラ見つつサミエルが感心している。レイ=サイモン。『東の勇者』として名高いサマンオサの一級討伐士サイモンの、その跡取りとのこと。
サイモンって、あの無人島の牢獄に流されて骨になってたガイアの剣の人だっけか。確かにその子供だっていうNPCもいたね。
でもまた原作と設定がズレてるな。
「あの人、セリフと違うんだけど……」
「セリフ?」
おっと、ゲーム中のセリフがどうだなんて話はできないか。
「いや、ルビス様に少し聞いてたんだ。サマンオサで行方不明のお父さんを探してるって」
「お父上を……そうだったんですね。ですが、あまり触れ回ってはなりませんぞ」
ロダムが口に指を立てて「内緒」のポーズをとった。
「そういう目的があっても誰も責められるものではありませんが、やはり世間体を考えると、『私情で勇者になった』などと誤解されそうな話は避けるべきかと」
エリスも相づちをうつ。
「一級討伐士の一次試験を受けにアルス様がダーマに行かれたときに、たまたま用事で近くに来ていたあの方が訪ねて来られたんです。ご本人は軽い気持ちだったと思うのですが、『世紀の対談だ!』と神殿の前にもの凄い人だかりができてしまったとか」
「そうそう。結局五分も話してられなかったって、しばらく話題になってたッスよ」
「レイという名前も、本名ではないという噂がありますしなぁ」
まるでハリウッドスターだなw ならプライベートを守るために、いろいろと隠す必要も出てくるのかな。有名人も大変だ。
「まあ少し会っただけなら顔を忘れていたとしても不自然ではありませんし、レイ殿からおっしゃらない限りは、なにも知らないフリをしていた方が得策でしょうな」
ロダムがレイ=サイモンに対する方針をまとめる。了解したよ、司祭殿。
なんて僕らがヒソヒソやっているところに、当の本人がやってきた。
「参ったね。競争になってしまったよ」
世界退魔機構より指示。今回の試験は二人が競争し勝った方が合格とする、とのこと。
はぁー? なんじゃそりゃ!?
「完全におもしろがってるわ! なにを考えてるのかしら」
「私もそう抗議したんだが、本部の指示だ、の一点張りなんだ。よっぽど『西の二代目』と『東の二代目』の対決を見たいらしい」
おいおい。一級討伐士とかの特別職は、一度試験に落ちたら再試験は受けられないんだろ? 落ちた方は二度と勇者に復帰できないってことじゃないのか。
僕がそう言うと、レイさんは首を振った。
「いや、それは一次試験の話で、本試験や更新試験は一年間の猶予がある。ここで不合格になっても九ヶ月後の最終期日までに条件を満たせばいいんだ。その間は例の『特典』がつかないんだが、まあそれは大したことじゃないがね」
こうなったら今回は譲るよ、とレイさんは言う。どっちが勝つかはわからないが、更新試験ならまだしも、本試験を落としたとなると今後の旅にも支障をきたすだろう、と気を遣ってくれるんだけど——。
それも変な話だろ。
「レイさんだって、勇者やってる一番の理由は、人々を苦しめてる魔王を倒して世の中を平和にしたいからだろ? そういう人を支援するための制度じゃないのかよ、これ」
僕の白けきった言葉に、レイさんもため息をついた。
「まったくだ。こんなくだらないことで貴重な人材を潰し合わせてどうする気なんだか」
「よし、私がもう一度かけ合ってみますっ」
ロダムが憤然と立ち上がる。
……あーでも、ちょっと待てよ。
「ストップ、ロダム」
いきなり止められ、つんのめりかけてレイさんに支えられるロダム。
「待って。競争はいいけど、なにを競争するの?」
「地下神殿の奥に奉られている宝物を、どちらが先に持ってくるか、だそうだよ」
「誰がそれを判定するの。同行する審判でもいるの?」
そこで、僕が言わんとしていることを全員が理解したようだ。
「……協定を組む、ってことでいいのかな?」
レイさんがニヤリと笑う。
僕は、今度は自分の意志で手を差し出し、握手を交わした。
次回の投稿予定は7月11日です。
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Stage.12 リアル・バトル
<REAL SIDE>
PS3やらWiiやらが台頭している今の世では、すでに3世代くらい前になる置き型ゲーム機スーパーファミコン。そのドットも荒い原色バリバリなドラクエ3の画面の前で、俺は思い切り頭を抱えていた。
「やべえ……本試験のこと完っっっ全に忘れてた」
タツミたち一行がランシールの宿に入り、例の「ターラーラーラータッタッタ〜♪」の効果音のあと朝を迎えたが、携帯電話はいっこうに繋がる気配を見せない。
「なんで通じねぇんだ。なにやってんだあのバカはー!」
などと俺が一人で騒いでいる間に、ヤツらは町はずれの神殿に入っていった。
そこで表示された会話を読んで初めて、俺は彼らが「一級討伐士の本試験を受けにランシールに来た」ということに気付いたのだ。
タッちゃんマジでごめんなさい。
そのあたりもちゃんとナビるつもりでいたんだがなぁ。クリアしてもらっちゃ困るけど、くだらないことで余計な苦労はさせたくないというのが俺の本音だ。矛盾してるのは重々承知だが、なんつーか……タツミには俺の世界を嫌いになってほしくないんだよ。
この「本試験」、実はもっと楽に合格できる裏技があったりする。
一級討伐士のクリア条件の一つに、【期間内に魔物から村や町、教会など慈善組織(海賊等は含まれない)を護る、救う】というのがあるが、裏の仲介屋を通して教会や修道院に金を渡せば、「この方々に危ないところを救われました」などといくらでも口裏を合わせてくれるのだ。向こうはあんな世界だからどこも財政難で、そこは持ちつ持たれつ。俺も本試験のみならず、半年ごとの更新試験のたびに利用していた手だ。
ズルいとは思わない。本当に魔物に襲われた人々を前にして、「俺が助けたんだ!」なんて自慢げに世界退魔機構に申請するのは、なにか違うだろ? そんなことのために戦ってんじゃねえんだから。
なんだけど……もう日にちに余裕がないから今更の話だよな。
よりによってランシールか。正攻法でいくならレベル的にここしかないだろうが、他の試験会場の内容と比べると一番面倒なんだよな、ここ。
「ったく、ホントお互いタイミング悪いよな……。って、レイ!?」
俺が頭を抱えている間に、画面の中ではなにやら妙な展開になっていた。レイ=サイモン? あのスカしたキザ野郎と競争だと?
*「どっちが勝つか わからないが こうなったら 今回は ゆずるよ?」
はい ▶いいえ
*「協定を組む ということで いいのかな?」
▶はい いいえ
ゲーム仕様でかなり省略された会話になっているが、どうやらレイと二人で洞窟攻略に挑戦することになったようだ。
う〜む……まあ、腕は立つ男だからな。妙に馴れ馴れしくて俺は苦手だったが、最初から勝ちを譲るようなことも言っているし、タツミが一人で行くよりは遙かに安全か。
どうも洞窟攻略が終わるまでは携帯を繋げる気も無いようだ(怒ってんだろうなぁ)。今回はおとなしく経緯を見守ることにしよう。
となると、飲み物とお菓子は必須だろ。俺はタツミの自室を出てリビングに行った。
キッチン周りの戸棚を適当にあさると、「チョコパイ」と書かれた赤い箱を発見した。何気なく箱の裏の成分表を見る。小麦粉や砂糖はわかるが、聞いたこともない物がいろいろ入ってる。ショートニングってなんだ。ソルビトール? なんの呪文だよ。
それにしても賞味期限がすごい。これ生菓子だろ。何ヶ月も保つってのが信じられん。こんなのが旅の間にあればもっと……。
——ガチャガチャ
「んん!?」
玄関で鍵を開ける音がして、俺はその場に固まった。まさか。
「あら、
そのまさからしい。タツミの保護者である「伯母さん」が帰ってきたのだ。
◇
ユリコに事前に確認したが、タツミも普通に「伯母さん」と呼んでいるそうだ。
「なんか下の階の店がボヤ出したとかで、今日は早く終わってさ」
彼女は高そうな毛皮のコートをそこら辺に放ると、リビングのソファにバタッとうつぶせに倒れ込んだ。歳を考えると少ぉしばかり露出度が高い気もするドレスをお召しになっていて、昨日の昼間にはボサボサだった髪もきれいにセットされている。
うわぁ……酒くせぇ。本当に夜系のお仕事をなさっていらっしゃるらしいです。
別に職業差別してるんじゃないぞ。俺みたいな、たとえ魔物でも殺してなんぼのヤクザな商売やってたヤツが、なにをか言わんやだし。
そうじゃなくて、昔ルイーダの店で嫌なことがあって、そういう雰囲気を持っている相手だとどう扱っていいかわかんねえんだよ、俺。
まして「身内」とくれば。
「……あれ出してよ」
伯母さんがかすれた声で言った。
「え、あれ?」
「ビール」
まだ飲むんですか。迎え酒ってやつですか。
やめた方がいいですよ、と言いたいけど、うかつなことは言えないし。タツミはいつも素直に出してんのか?
冷蔵庫を開けると下段の奥に銀色の缶が並んでいた。一本取り出して、シンク横の水切りかごに伏せてあったグラスに注ぎ、半分ほど余った缶と一緒に彼女の前のテーブルに置いた。
向かいのソファに座って様子を見ていると、伯母さんは物憂げに顔をあげた。
「なによ……そのままで良かったのに。洗うの面倒でしょ」
「そ、そうだね」
伯母さんはモソモソと身体を起こして、グラスの中身を一気にあおった。俺が注ぎ足してやる間もなく、缶に直接口をつけて残りを飲み干す。そしてグテーッと背もたれに寄りかかって動かなくなった。
「あの、もう一本、飲む?」
恐る恐る聞いてみると、彼女はヒラヒラと手を振った。もういらないのか。となると俺はすることがない。
コッチコッチコッチ……
家の中は静まりかえっていて、時計の音だけが妙に大きく響いている。
伯母さん、なんか動かないんですけど。もしかして寝ちゃったんですか? そんな姿勢だと首をいためるんじゃないかなぁ、とか。
えーと……。
コッチコッチコッチコッチ…………
だぁああああ!! 気まずい!! めちゃめちゃ気まずい!!
これならおばけキノコとお見合いしてる方がまだマシだぁ!!!!
題 【お見合い】
アルス「キノ子さん、ご趣味は?」
キノ子「甘い息を少々」
アルス「zzz」
キノ子「まあ、居眠りするなんて失礼な方ね!」
〜完〜
いやいやいや、4コマに逃げるな俺。現実を見なきゃ。
「あんたさ、大学はどうすんの?」
いきなり聞かれた。
ちょ、ここで進路相談!? え? 俺が答えていいの?
でも俺がタツミなんだもんな。これからは俺が決めなきゃいけないんだよな。
「——い、行かせてもらえるなら、行きたいなぁ、とか」
今在学している「高校」の卒業まで約2年。ここからゼロスタートだとしても、卒業前までに必要な学力を身につけるだけの自信はある。だてに一級討伐士は取ってないぞ。
俺の言葉に、伯母さんは「おや?」という顔をした。
「はーん、行く気になったの。働くってきかなかったのに」
ここの家庭環境を考えると、ヤツならそう言いそうだな。
「その方があの子も喜ぶだろうね。お母さんに報告した?」
「まだ、だけど」
「じゃあ伝えてきなさいよ」
くいっと奥のドアをあごでしゃくる。彼女の自室で、まだ入ったことはない。もたもたしてるのも怪しまれるから、俺は素直にその部屋に入った。
◇
照明をつけてドアを閉める。ムッと立ちこめる芳香。化粧品や香水とかの“女” の匂い。
バックやら靴やら、果ては下着までそこらじゅうに散らばってる狭い部屋の奥に、そこだけきれいに整ってる、不思議な一角があった。
漆塗りの黒檀に金箔の装飾が施された、東洋版の祠というか。小さな扉が左右に開け放たれていて、各神具の細かい意味はわからないが、それが死者を悼む祭壇だというのは察しがついた。文化の違いはあれど、そこに込められた祈りはどの世界も共通だろう。
中央に白黒の写真が二つ飾られている。一枚が俺のおふくろによく似た女性で、もう一枚は、親父を少し若くしてひょろっとさせたらこうなるかなって感じの男性。
タツミの両親に違いない。
あいつの。
「……やっぱ甘いか」
二度目のごめんなさい、かな。
俺もさ、こっちに来る前はありとあらゆることを予測してたし、覚悟もしてた。でも実際、こうして目の前にしてしまうと、なんの意味もないことが思い知らされる。
俺が? タツミになる? ムチャもいいとこだ。どの面下げてこの人達の供養を引き受けるってんだよ。
俺も最終的には、ショウが言っていたように適当なところでプレイヤーの人生を捨てて、ここを離れることになるんだろう。そうじゃなきゃやってけねえよな、とても。
「辰巳、どうしたの?」
伯母さんに呼ばれて俺はリビングに戻った。怪訝そうにしている彼女に、さっきの話の撤回を告げる。
「あー……大学のことだけど、やっぱりもう少し考えようかと思って」
「そう。ま、好きにしたらいいわ」
いくぶん投げやりに言う伯母さん。こういう話し合いは今までにも何度かあったようだ。
そういや俺もおふくろや爺ちゃんから「本当に勇者やるのか」ってよく聞かれてたっけ。二人とも普段はそれを願ってるようなことを言ってても、やっぱり心配だったんだろう。どこの家庭も一緒なんだな。
「ごめん、ちょっと忙しいんだ。部屋に戻るよ」
意識的に目を合わせないようにして、俺は背中を向けた。
と、リビングから廊下に出る寸前に、玄関のチャイムが鳴った。
人ンちを訪ねるには遅くないか。なんだかんだで夜の九時を過ぎているんだが。
「辰巳、出てきて」
伯母さんは玄関をジッと睨んでいる。なぜか少し声が震えている。借金取りのコワイお兄さんだったりして? ありそうだなぁ。
ま、そいつが闇の衣をまとって極大呪文を連発するような魔王じゃない限り、二秒で撃退してやるから心配すんな。もちろん正当防衛が成り立つようにな。
「はいはい、どちらさんっすかー?」
玄関のドアを開けてみたが、そこには誰もいなかった。
その前にパタパタと慌てて去っていくような足音がしたから、ピンポンダッシュってやつだろうか。暇なヤツもいるもんだ。
と下を見たら、一抱えくらいのダンボール箱が置いてあるのに気がついた。
——これで俺がもう少し現実世界の風潮や時事に
だが育った世界の違いというのは、ふとした瞬間に表れるもので。
「届け物か?」
俺は特に疑問にも思わず、その箱を抱えてリビングに戻ってしまった。
「誰からだろ。玄関に置いてあったよ」
封もしてないのですぐに開けられる。なんの気なしにテーブルの上に置いて、俺がフタを開いたのと、伯母さんが叫んだのは同時だった。
「ダメ! 開けるんじゃない辰巳!」
「え?」
黒い塊が詰め込まれていた。鼻をつくような腐臭がぶわっと広がる。
そして、俺はミスを重ねることになる。
「なんだこれ。なんかの動物の死骸か?」
そう……「冷静」に判断してしまったのだ。
「もういやだ! なんなのよあんたはぁ! そんな、なんともない顔して……!」
「な、なんともないっても、えーと……」
だって見慣れてるんだもん
だから伯母さんが金切り声を上げて暴れ出したのにも、「いやなんでそこまで反応しちゃうのこんなもんで?」と、俺の方が一瞬ボーゼンとしてしまったワケで。
「あの、とにかく落ち着こう? すぐ捨ててくるから。ね?」
「信じられないよ! あんた、母親もそんな顔で見殺しにしたの!? ねえ!?」
ちょ、なんすかそれ。母親を見殺しにした?
伯母さん顔が真っ青になってるし、なにがなんだか。
「あんたが来てからロクなことないわ! もう出て行け!」
「いや、出て行くのはいいけど、コレとかどうしたら——」
「出てってよぉ!
た、た、助けてエリスぅ! ユリちゃんでも可! 俺どうすればいいんですかぁ?
——ピンポーン
玄関のチャイムが鳴り、一瞬、静かになる。
……と同時に、俺は反射的に走っていた。緊張状態が不意に断ち切られたせいで、フラストレーションが暴発したというのか。
「てめえがやったのかコラぁ!」
が、相手はきれいに受け流すと、俺の足をパンっと払った。勢い余って思い切り後頭部から硬い床に落ちかけたところを、寸前で襟首をつかまれて引き止められる。
目の前で、色とりどりのブレスレットがぶつかり合って、チャリっと鳴った。
「いった〜。まったくどうしたんですか?」
「ショウ……?」
仰向けにゆっくり降ろされた俺は、廊下に転がったまま——ふうっと息をついた。
「悪い。こういうの、慣れて、なくて」
ショウは眉間にしわを寄せると、一つうなずいて中に入っていく。俺も、もう一呼吸つけてから、起き上がって後についていった。
◇
ショウはダンボールの中身を
「僕、タツミ君の友達でショウといいます。大丈夫ですか? ずいぶんと悪質な嫌がらせですね」
第三者の介入を警戒してか、さっきまで半狂乱だった伯母さんもずいぶん落ち着いてくれた。ショウは穏やかに言葉を重ねる。
「これは立派に犯罪ですよ。警察へは届けましたか?」
「警察……」
彼女は壁際で腕を組んでいる俺をちらっと見て、首を振った。
「それはまずいわ。あの子、奨学金をもらってるんだけど、今度また警察沙汰になったらもらえなくなるって言われてるの」
「そんなバカなことはないでしょう。本人が罪を犯したならともかく、被害者なんですから。僕の父は警察の人間です。きっと力になれると思いますよ」
ショウの力強い言葉にも、伯母さんはただ戸惑うように視線を
「……少し休みましょうか」
彼女は小さくうなずくと、ショウに支えられながら立ち上がった。
奥の部屋に向かう前に、こちらに顔を向けて苦しそうに言った。
「辰巳……さっきは悪かったわ。あれ、本心じゃないからね」
疫病神とか、あんたのせいだとか。思わず本音が出た——って感じだったけど。
「わかってるよ。全然気にしてないから」
たぶん本物のタツミなら、こう答えるだろう。
そうして伯母さんが自分の部屋に入って静かになり、一段落したところで、ショウが小声で聞いてきた。
「どうします? ここだと筒抜けですよね」
神経が過敏になってる今の彼女に、余計な話は聞かせたくない。
裏にある公園に出ようと決めて、俺はショウを先に行かせた。一度、自室に戻ってゲームの進行具合を確認する。
レイを仲間にしたタツミは、特に問題なく進んでいるようだった。携帯にかけてみると相変わらず不通のままだったが、取り立てて俺のナビも必要ないってことだろう。
「ちょっと出てくる。なんかあったらすぐ電話しろよ」
通じないのはわかっているが、画面にそう声をかけて、俺もショウのあとを追ってマンションを出た。
◇
「はい、お疲れ様。あなたのところはいろいろ厄介みたいですねw」
ベンチに並んで座ったところでコーラの缶を差し出され、俺は冷たいそれをひたいに押し当てた。
「でもびっくりしましたよ。たまたま近くに来たんで挨拶しに寄ったんですけど、チャイムを鳴らそうとしたら、いきなり中から『出て行け!』ですもん」
しかもドアで吹っ飛ばされるし、とショウはクスクス笑う。
「すまん、俺も気が動転してたっていうか……」
自分ではもうちょい冷静に物事に対処できる人間だと思ってたんだが。なんか本気で、魔王を倒した英雄だって自信が無くなってきた。
「それで、コレですけど」
ショウの足下には、例のダンボールが置いてある。
「マンションの前で走っていく人影を見たんです。よく見えなかったんですが、背格好からして、たぶん昨日の昼間にあなたが投げ飛ばした子だと思うんですよね」
「やっぱあの不良か。今度会ったら絶対ヘシ折る」
「どこをですか。この国の法律は復讐を認めてませんよ」
「わかってる! でもこんなんされて黙ってられるか!」
俺は力任せにダンボールを蹴飛ばした。フタが開いて黒い塊が転がり出る。
「この猫はなにも悪くないんですから、八つ当たりしちゃダメですよ」
ショウが俺の肩を叩いて、猫を拾いに行った。ダンボールに入れて戻ってくると、また足下に置く。
「モンスターとは違うんですから、たとえ死体でも憐れみを持って接してください。でないと『冷酷な人』と思われますよ。ヘタすれば『精神異常者』とされかねない」
「……面倒くせぇ」
さっき伯母さんも、俺の冷静な態度を責めていた。日々命がけでモンスターとバトルしてた俺に、そんな甘っちょろい感傷を常識だと説かれてもツライものがあるぞ。
溜息をつく俺に、ショウが何かを振り下ろすマネをして見せた。
「魔物を相手に剣を振ってる方が楽、ですか?」
そう問われると、どっちが楽とかって問題でもない気はするが。
「ま、現実なんてこんなもんですよ」
ショウは悟ってるように言い切った。
「狭い一地域で、狭い人間関係の中で、毎日こまごましたことに神経をすり減らして生きていく。これが現実での戦いなんです」
俺が冒頭で言ってたのと同じような言葉が並んでるが、意味合いはまるで正反対だ。
確かにこの世界に来てから、身体より心が疲れることが多すぎる。
タツミが以前から不良に金をタカられてたってことも、奨学金とやらの関係でそいつらに真っ向から対抗できないってことも、さらにはネジの外れたゲームサイドの男に襲われてもケーサツにすら言えないってのも。挙げ句に猫の死骸を届けられるわ、保護者のはずの人間に「疫病神」だの「出て行け」だの言われるわ。
悪者をぶった斬っておしまい、にはならない。なんでも手順を踏んでルールに従って、いろんなことを我慢して……よくもタツミはここで一六年間も生きてきたよ。
その他人の人生を横取りしようとしてる俺が、言う筋合いじゃないけどさぁ。
「僕のこっちの父親は警察の偉い人間なんです。この件は任せてもらえませんか?」
悪いようにしませんから、とショウは微笑んだ。
「ん……任せる」
今は素直に厚意に甘えておく。
携帯電話を貸してくれと言われて渡すと、ショウはなにやら設定してから返してきた。
「僕の番号を登録しておきました。短縮8番ですぐ僕に繋がりますよ。——あと本名、教えてください。僕はラグエイト=ハデック。元の世界ではエイトと呼ばれてました」
「なんだよ、本名は伏せてた方がいいんじゃなかったか?」
「そうなんですけど……僕はもう『ショウ』の方が慣れちゃってますが、あなたは『タツミ』と呼ばれるたびに、ちょっと困ってるみたいだから」
うっ。ホント気の回るヤツだ。俺は苦笑しながら名前を教えた。
「アルセッド=D=ランバート。アルスとか、アルとか呼ばれてた」
地元じゃ「ジュニア」と呼ばれることも多かったが……あれは大っっっ嫌いな呼び名だから却下。
「じゃあまた、アルス君」
ダンボールを抱えて、ショウは離れていく。
——俺は迷いつつも、その背中を呼び止めた。
「ショウ、もう一つ頼みがある」
「なんです?」
「その……三津原辰巳の過去を調べられないか? 両親を殺しただの、母親を見殺しにしただのと、
「本人には聞けないんですか?」
「携帯がつながり次第、聞いてみるつもりだったけど。あいつ、仲のいい友達や幼なじみの女にも秘密にしてるみたいで、本当のことを話すかわかんねえし」
人のプライベートを探るようなマネは好きじゃないが、情報の曖昧さが、俺の判断を鈍らせる一番の原因になっている。背に腹は代えられない。
ショウは笑って頷いた。
「わかりました。今回の件をカタすにも必要な情報ですしね。なにかわかったらすぐに知らせますよ」
◇
マンションに戻ってみると、伯母さんは眠っているのか、室内は静かだった。
俺は冷蔵庫から缶ビールを何本か取り出して、自室に持ち込んだ。テレビ画面の中では、タツミとレイが「ちきゅうのへそ」を出るところだった。
*「それでは 君がこまるだろう。本当に 私でいいのかい?」
▶はい いいえ
なんだか入り口付近でもめている。レイに何度も念を押されつつタツミは「はい」を選んでいた。もしかして、勝負をレイに譲ったのか?
缶ビールを飲んで(金属くさくてまずいコレ)携帯をかけてみるが、まだ繋がらない。画面の中では、仲間たちが不合格になったことを口々に慰めている。
「……お前、なに考えてる……?」
なぜか、ひどく嫌な予感がした。
次回の投稿は7月18日です。
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Stage.13 勇者試験(後編)
<GAME SIDE>
「薬草は持ちましたか? 毒消し草は? 聖水と満月草もちゃんとありますね?」
「いいですか、危なくなったら迷わず逃げるのですぞっ。絶対に無理はなりませんぞっ」
「っくぅ! 俺が付いて行ければいいんスけどッ、いいんスけどぉ……!」
あのね、「はじめてのおつかい」じゃないんだからさぁ……。
「「「レイ殿(さん)、くれぐれもうちの勇者様をよろしくお願いします !!」」」
深々〜と頭を下げる三人組に、
「ま……任せておきたまえ……プックククク」
レイさんは必死に笑いを堪えている。
——心配してくれるのはありがたいんだけどね。
そんなこんなで僕とレイさんは、いよいよ試験会場にやってきた。
「ここが入り口らしいな」
赤茶色の地肌がむき出しの荒野が、地平まで広がっている。そのど真ん中にぽっかりと空いている空洞。妙に人工的に整った階段が地下へと続いている。
建材に発光物が含まれているのか、中は地下全体がぼんやりと明るく、視界に不自由はなかった。降りてすぐ、僕の背丈ほどあるドクロの像が左右に並ぶ通路が続いている。
「まだ新しいな。わざわざ作ったのか?」
「やだね、このいかにも〜って雰囲気。ピラミッドでも感じたなー」
侵入者を歓迎しない建造物ってのは、えてして随所に恐怖を煽ろうとする「あざとさ」がある。それでなくとも僕が直接絡むイベントは異常に難易度が高い。また本来のシステムを無視した難問を吹っかけられなければいいけれど。
「しかし、まさか君がこんなふざけた話を承知するとは思わなかったよ、青少年」
先を歩くレイさんが振り返って言った。なにやら上機嫌だ。
「青少年って……レイさんとあんまり変わらないと思うんだけど」
「ははは、一回りも年上なんだ、いいだろう」
ということは二八歳か。それでも世界に名を馳せる勇者としては十分若い。
「君のことだ、てっきり本部に食って掛かると思ったんだがね」
「騒いだって時間を食うだけでしょ。どうせ世の中なんていい加減なもんだし」
僕がさらっと流すと、レイさんは首をかしげた。
「なんだか前に会った時とは別人のような気がするな」
「そんなに変わったかな」
「怒らないでくれよ? 以前の君は少々ギスギスしてて、人を寄せ付けない雰囲気があったんだが、今は素直というか……かわいい、というのか……」
かわいい、ねぇ。まあ妥当な評価だな。へたに「デキるヤツだ」と頼られたり警戒されるより、多少あなどられるくらいが丁度いい。
「それに武器も。剣は使わないのかい?」
僕の腰に差しているえものをレイさんは珍しそうに見ている。さっき武器屋で新調したばかりの物だ。基本的に戦闘は人任せな僕としては使う機会が無いことを祈りたいが、いざとなったら自分で身を守らないと、ってんでサミエルに
「使い慣れてるわけじゃないけどね。僕、こういう軽いのじゃないと扱えないから」
なにより刃物で斬ったり刺したりってのが、どうにもダメだ。その点でもこの武器は僕の性に合っていると思う。
「まあ人それぞれだが。やはり君は変わったなぁ」
ひとまず地下一階は問題なく進んだ。
僕がさりげなく正解ルートに導いてるせいもあるけど、なにせレイさん、強すぎ。
途中で二、三体のさまようよろいと出くわしたが、ひとりで瞬く間に倒してしまった。金属の塊を剣でスッパスッパぶった斬っていくんだから、常軌を逸している。
最近のサミエルも戦闘が人間離れしてきたと感じていたが、この世界の人たちは能力の上昇具合が半端じゃない。外側からゲームとして接していた時は考えもしなかったけど、こうして生で見る分には鳥山先生のDBかって迫力だ。
しかも洞窟を入る前にさり気なく現在のレベルを聞いてみたら、三〇を超えたあたりから面倒で数えていないとか言ってるし、もしかしてこの人、実は単独でバラモス打倒も余裕なんじゃないだろうか。
◇
地下二階に降りると、だだっ広い空間に出た。画面上なら右上の方に正解ルートの下り階段があるはずだけど、ここからじゃ遠くて見えない。
「たぶんこの方向だと思うけど」
見当をつけて歩き出そうとした矢先。レイさんが低い声でつぶやいた。
「あのヨロイ共ばかりなら良かったんだが……やはり生身の魔物もいるか」
「グワゥ!!」
暗がりから突然ピンクの物体が飛び出してきた。キラーアンプ、蛍光ピンクの殺人ゴリラという、こいつも別の意味で向こうじゃ考えられない生物だ。
そいつが二、四、六……ちょっと待て、なんだこの数?
「散れ、用はないっ」
地下室に爆発音が響き渡った。東の二代目のイオラが、押し寄せてきたピンクの群れを牽制する。
だが魔物の群れは怯む気配もなく、さらに数を増して押し寄せてきた。地下室を埋め尽くさんばかりのモンスター軍団。ピンクのゴリラの波間に、巨大な鹿型モンスター・マッドオックスや、ピラミッドでも散々お世話になったマミーやら腐った死体やらも混ざって大騒ぎだ。
やはり来たか、ゲーム設定を大きく無視した局地的ハードモード! 今回は「エンカウント率が黄金の爪所有時並」というイレギュラーらしい。
「仕方ない。君は下がっていたまえ」
すうっと流れるように、レイさんは魔物の群れの中に踏み込んでいった。
瞬間、黒い剣士を中心に殺戮の嵐が巻き起こった。血煙の中を舞う白刃に、迷いはかけらも見受けられない。
「グギャア!」
モンスターの身体の一部が空中を飛んで、ドサリと僕の目の前に落ちてきた。斬られた本体の方と目が合った瞬間、そいつは後ろから縦に半分にされて転がった。
いやはや、レイさん本当に強いな。これなら僕に出番が回ってくることもなさそうだ。なるべくそちらを見ないようにしつつ距離を取る。
僕の「さくせん」はいつものことながら「ぼうぎょ」。いかに素早く戦線を離れ身の安全を計るかが重要だが、仲間から離れすぎると別の敵と相対する危険があるため、「にげる」とは違う微妙な距離の取り方が難しい。防御も存外と奥が深いのだよ。
ほら、戦闘じゃ全然役に立たない分、せめて邪魔にならないようにしないとね。
なんて気をつけてたつもりだったんだけど、いきなりバシっと肩のあたりに痺れるような痛みが走った。
「——ッ なんだ?」
ブーンという昆虫の羽音が近づいてきた。巨大なピンクの蜂が何匹も飛び回っている。
げっ、ハンターフライだ。確かこいつは通常攻撃の他にもう一つ、ギラを持っている。順当なルートでこの洞窟に挑んだのなら大したダメージではないはずだが、僕のレベルでは十分な痛手だ。
「大丈夫か青少年?」
「平気、こっちは気にしないで」
とは言ったものの、素早いコイツらから逃げ回るのは至難の業だ。
仕方ない。
心は迷ったままだったが、僕の理性はその場で作戦を切り替えた。マントを後ろに払って、新品の武器を引っ張り出す。
「たまには戦います、かっ!」
ヒュンと空気を裂いて鎖状の刃がうねり、攻撃してきたハンターフライが逆に吹っ飛んでいった。
はがねのむち。
『勇者様は器用っスから、こういう特殊武器の方が合うと思うっスよ。っていうかコレしかないっしょ! ほらぴったり! 似合う!』
というサミエルのアドバイスを受けて(なにがそんなに似合うんだか気になったけど)買ったものだ。今まで扱ったこともない武器をいきなり実戦投入するのは不安だったが、さすが武器の専門家が見立ててくれただけあって、コイツは意外と思った通りに動いてくれる。
僕には一撃で仕留められるほどの腕力は無いが、当たれば痛いものは痛い。本能レベルで襲って来ているモンスターたちを牽制するには十分だ。
が。
「え、嘘?」
牽制のつもりで放った一撃が、一匹のハンターフライの片羽を根本から切り落とした。
偶然だ。テロップでは『改心の一撃!』とか出ているんだろう。足下に墜落してきたピンクの蜂は、狂ったようにその場で暴れている。
これを放っておくのは……かえって可哀想だよね。とどめをさしてやるべきだ。
僕は意を決してそいつを足で押さえつけ、聖なるナイフを握った。
——手が、動かない。
耳元には別の敵の羽音が迫っている。
羽音に混じって、いつもの悪夢がフラッシュバックする。
刃物が肉を割く音と、飛び散る血と。
『あんたなんて——』
ズサリ、と目の前の蜂に大振りの剣が突き立てられた。
同時に肩にトン…と重みがかかり、そこがふわあっと暖かくなった。いつの間にか傍らに来ていたレイさんが、僕の肩に手を当てている。今のは回復呪文?
「無理しなくていい。さ、耳を塞いで」
僕は咄嗟に両耳を手の平で押さえた。
ドーン! ともの凄い音が轟き、先刻よりさらに激しい光と衝撃が周囲を
ばしゃ、ばしゃ、と吹っ飛ばされた生物の部品が雨の様に降り注いできた。今度は耳じゃなくて口を塞いだ。
「減らないな……立ってくれ、どっちへ行けばいい?」
グイっと僕の腕を取って引き起こし、レイさんは微かに焦りをにじませた声で言った。見ると、敵の数がほとんど減っていない。むしろ増えているみたいだ。
あくまでここは「試験会場」のはず。このモンスターたちも神殿の管理者がなにかしらの手段で呼び寄せたんだろうが、もう少し調整があってもいいんじゃないか? 本気で潰しにかかってるようなこの状況は、どう考えてもおかしい。
「ま、まずあの昇り階段まで。昇らずにそこから北」
僕は一番近い位置にある昇り階段(結構距離がある)の方を指して言った。あの階段はダミールートで、そこを起点に上、つまり北方向に進めば正解ルートの下り階段がある。
簡単にそれだけを伝えると、レイさんは急にニンマリ笑った。
「緊急事態だ、大目に見てくれたまえ」
いきなり僕を抱き寄せるように手を回して「え?」ひょいっと肩に担ぎ上げ——。
「ひゃあああ〜!?」
「腹に力を入れてないと息が詰まるよ」
とか言われた途端、すんごいスピードで景色が動き出した。グンッとGがかかって本当に息が詰まりかける。
「はい退けて」「邪魔だよ」なんて、そこまで気合いが入ってるようにも聞こえないレイさんのかけ声とは裏腹に、進行方向に背中を向けている僕の眼前には、斬られた魔物が
「ここから北だったね」
「は、はぇ?」
気がついたらダミールートの階段に到着していた。
止まることなく直角に折れてまた走り出すレイさん。背後からどたどたと追いかけてきた人型モンスター・殺人鬼が斧を振り上げたが、
「レ、レイさん、さつじ……」
僕が警戒を呼びかけるまでもなく、レイさんはクルッと一回転、次に見たときにはそいつはあっさり返り討ちにされていた。筋肉質の胸のあたりがぱっくり裂けて、吹き出した生暖かい液体がピシャリと僕の顔に跳ねた。
「——!」
抑えろ! 死んでも抑え込まなきゃ!
「目をつぶってなさい。君が血に弱いのはロダム殿から聞いている」
一瞬、吐き気も忘れた。
ロダムから聞いてる?
◇
地下三階への下り階段へ飛び込んだところで、追撃はぴたりとやんだ。魔物にもそれぞれの持ち場があるのか。こうなってみるとあれも試験のうちだったのかもしれない。
先ほどまでの喧噪が嘘のように静まりかえった地下室に、レイさんの吐息だけが聞こえる。さすがの勇者様も少し息が荒い。少しで済んでるのがすごいけど。
「あの……そろそろ降ろしてくれます?」
やっぱり軽々と地面に降ろされた。よろけた僕をレイさんはすかさず支えてくれた。
「具合が悪そうだったからね。でもよけい酔わせてしまったかな?」
首だけ振って答える。ここはお礼を言うべきなんだろうが——。
「聞いてたんだね。いつ?」
「君が武器屋に行っていた少しの間にね。旅を始めた頃よりひどくなっていると。ずいぶん心配していたよ」
やだなぁ、さすが
「なにか血に関してトラウマがあるのかい?」
レイさんの問う声は軽い。まるで大したことじゃないとでも言うように。本当なら、仮にも勇者の名を背負っている人間に対して、怒鳴りつけてしかるべきだ。
どうしてだろう、この世界で僕が深く関わる人たちは、みんな怖いくらい優しい。
まるで僕の理想が反映されているみたいに。
「ごめん、今は話せない。口に出すのはちょっとまずいんだよね」
さっきから過去のつらい感覚が戻りそうになっていて、僕の理性が必死に抑え込んでいる。街中ならともかく、こんなダンジョンの奥で発作を起こしたら迷惑もいいところだ。
レイさんは困ったように下を向いた。言葉を探しているようだ。
話せない理由については、ちゃんと教えないといけないか——。
「なんていうか……僕は人より記憶力がいいんだ。知識面だけじゃなくて、その時に見た映像や音、感じたこととかを丸ごと覚えていて、頭の中にそっくり呼び出せる」
「そりゃすごいな」
レイさんは感心したようにうなずいた。
「でも弊害もあるんだ。今この瞬間に感じてる現実の体感よりも、脳内で再生された疑似体感の方が勝ってしまえば、僕自身はもう、自分が今どこにいるのかさえわからなくなるほどその『記憶』の中に引きずりこまれてしまうんだよ」
視覚も聴覚も嗅覚も触覚も、あらゆる感覚を処理しているのはあくまで脳だ。その全ての記憶が忠実に再生されれば、今『それ』を体感しているのと同じことになる。
「そして感情もね。たとえばその当時は本当に死にたいくらい悲しかったとしても、何年もあとに思い出したら薄れてるものだろう? でも僕の場合は……」
「その場で自殺しそうなくらいの悲しみが、同じ程度で戻ってきてしまう、ってこと?」
「うん。レイさん、理解が早くて助かるよ」
それでも、ただ頭の中で思い出すだけならまだ抑制がきく。
しかし口に出して語るというのは、まず頭の中で言うことをまとめ、音声で形にし、自分の耳で聞くことでまた脳に還元されるという、三段階で記憶を鮮明にする行為だ。それだけですぐに意識が飛ぶってことはないけど、どうしたって感覚がおかしくなるから極力避けたい。
ユリコやカズヒロに何度か過去を聞かれたこともあるけど、それが嫌でそのたびに誤魔化していたものだ。
別に生まれた時から付き合っている症状だから対処法もよくわかっているし、日常生活にはそんな支障もなかったんだけどね。うかつに思い出話ができないくらいで。
でもこの世界に来てガラッと環境が変わって、刺激の強いことも多くて……。
「血に弱いとしか聞いてなかったが、仲間にはそこまで話してないのかい?」
他人のパーティーを心配するレイさんの優しい言葉に、僕は苦笑を返した。
「言えばみんな気にしすぎて、必要以上に制約を設けてしまうからね」
それでなくとも最近、みんな戦闘ではなるべく流血沙汰を少なくしようと気を遣ってくれているみたいだし。今後イベントのたびに「これは勇者様には刺激が強すぎるのでは?」なんて協議されるわけにもいかない。
「なるほどなぁ……。仲間に隠し事をするのは感心しないが。冷静に判断した上で黙ってるならいいんじゃないかな」
レイさんはにっこり笑うと、僕の頭をぽんぽんと叩いた。なんか完全に子供扱いされてる? 仕方ないけど。
「先を急ごうか。次はどっちだい」
「右に折れて、あとは道なりに行けば突き当たりの小部屋にゴールの宝箱があるはず」
「ははは、楽で良いな。今後も一緒に旅をしたいくらいだよ」
「僕もだけど。ダメなの?」
こんなに頼もしい人がパーティに入ってくれるなら、願ってもない。
「私はどちらかというと父上を捜すのが目的だからね。同行することで迷惑になる」
っち、断られたか。惜しいなー。
まあ目的があるのに、こんな面倒な連中に構ってられないか。
◇
いよいよ試験も終わりだ。地下三階にはまったくと言っていいほど敵の気配は無かった。上の階で出し尽くしたんだろうか。
奥の正面の壁に目をやると、大きな人の顔が掘られていた。例の「引き返せー」を言ってくるわけだが……ここは黙っておこうw レイさん驚くかなー?
とかwktkしつつ、そいつの前まで来たら。
あれ? なにも言わないぞ? レイさんはさっさと左に曲がっていく。壊れてるのかな。
僕はそいつの顔をペチッと叩いてみた。
『しまった! レイさん、振り向かないでそのまま聞いて』
いきなりそいつがしゃべった。それも僕そっくりの声で!
「なんだい、青少年?」
『忘れてたんだよ、ここはそういうトラップなんだ。振り向いたらスタート地点に戻されるっていう』
「ち……!」
違う! なにデタラメこいてやがんだコイツ!
と言う前になにかが腹の周りにズルッと巻き付いて、すごい力で後ろに身体ごと引っ張られた。
「おいおい、いきなりゴール間近で振り出しに戻るトラップとは」
『ひどいよね。そういうことだから、気をつけて……』
石の人面とレイさんの会話が、急速に遠ざかっていく。
「ひゃあああ〜!?」
なんかさっきも同じようなことなかったか?
『騒ぐな』
頭上から降ってくる低い声。見上げると、金色の鱗がうねうね動いていた。太い蛇のような身体が僕に巻き付いたまま、狭い通路を器用に飛んでいる。
僕の記憶が正しければこいつは、
「あんた、スカイドラゴン?」
『当たりだ』
確かにここの地下深くには、なぜか空の名を冠する金色の龍が出現する。システムバランスはともかく、生態系としてはどうなんだと突っ込んだ記憶がある。
『暴れるな、取って食ったりはせん』
金の龍は言った。
『貴殿に話しがあるのだ、異世界の勇者よ』
異世界の……僕の素性を知ってる?
『本当なら上の階で分断し、連れてくる予定だったのだが。片割れが絶えず貴殿を気にしていて、思うようにならなかったのだ』
「ええ〜!? じゃあ死ななくていいのに殺しちゃった魔物もたくさんいたんじゃないの? ごめん! そんな事情知らなくて」
思わず謝ると、金の龍はぐははと笑った。
『気にするな。戦いに興奮して本当に貴殿を襲っていた愚か者もいたようだ。知能が低いのはちっとも使えんよ』
そうこう話しているうちに行き止まりについた。ここは宝物部屋の裏側に当たる外れルートで、もっとも奥にある人面に「たまには人の話を素直に聞け」と諭される場所だ。
その最後の人面が、僕を見下ろしている。
僕の後ろで、金の龍が地に降りて頭を下げた。
直後に、威圧感。
圧倒的な——。
『われが勇者と語り合うのは、これで五度目となるな』
壁の顔から声が聞こえた。どこか遠くから流れてきているような、擦れ混じりの声だ。
『だが貴様は、勇者であって勇者ではない。あの孤高の、悲しい少年とは、違う』
「……アルスのこと?」
『そうだ』
アルスのことを悲しいと言ったそいつは、静かに、決定的なことを僕に告げた。
『われが勇者によって討たれたのは四度。さしもの少年も、四度目には狂いそうな顔をしておったよ』
心臓が、鳴った。
ずっと考えないようにしてきた事実を、とうとうここで突きつけられてしまった。
「いやぁ……うん、なんとなくわかってたんだけどね。やっぱりそうなんだ。参ったな」
——あの、
『キミも勇者になってみなよ。本当に楽しいから』
吸い込まれるように僕も手を差し出して、そして契約が成立したあの瞬間。
彼が一瞬、すがりつくような目をしたのを、僕は見たのだ。
ゲーム……だからこそ、この世界には決定的なものが欠けている。
決して救われない。どんなにあがいたところでどうしようもない。
世界を救うはずの彼だけが、ここに
『繰り返される伝説の中で過去を覚えておったのは、勇者たる少年とわれだけであった』
そうか。それでも他に仲間はいたわけだ。皮肉にも敵の親玉だったみたいだけど。
本当に参ったなー。
いやね、最初からどうもおかしいとは思ってたんですよ。だってアイツ『四回も』って言ってたでしょ? 僕のクリア回数を。
でもこのゲーム、前回のデータを引き継いだまま最初からプレイはできないから、冒険の書は一度消さなきゃならない。アイツが前の冒険を覚えていられるはずがないんですよ。
っていうか、ですよ?
死に物狂いで旅をして、目の前で父親を殺されるような経験もして、挙げ句にやっとの思いで魔王を倒したら今度は故郷にも帰れないとか、そんなキッツイ冒険をですよ?
延々と繰り返されたら……普通、精神イッちゃいますよね?
「魔王を倒してふと気がついたら、一六歳の誕生日の朝に戻されるってわけだ。あなたも、いつの間にか復活していて?」
『さすがに飽いたわ。決して手に入らぬ世界を侵攻してなんになる』
「そういうシナリオだもんねぇ。でも僕に声をかけたということは、僕にそれを壊せる可能性があるということかな」
『知らぬ。無いのではないか?』
そんな投げやりにされても。あんた魔王でしょ。
「じゃあなんで呼んだの」
『伝えただけだ。いつもの通りわれの元に来るも良し。なんらかの方法で神竜とやらに会い、さっさと戻るもよし』
ただ貴様には
——そして、そのさらに向こうからレイさんが僕を呼んでいるのが聞こえた。
僕がいなくなったことに気がついたらしい。
『…………』
壁の顔は沈黙してしまった。あの圧倒的な威圧感も無くなっていて、後ろを向くとスカイドラゴンの姿も消えていた。
ビキッ
いきなり目の前の壁に亀裂が入った。あっという間に崩れ落ち、埃が舞い上がる向こう側に、レイさんが剣を構えて立ちつくしている。
「ど、どこに行っていたんだね! 心配したぞ、気がついたらいないから」
「ごめん、なんか変なワープトラップ踏んじゃったみたいで、気がついたらここに飛ばされてたんだ」
言いながら壁の残骸をまたいで隣の部屋に移動する。そこには二つの宝箱が並んでいた。
「まあ無事で良かったよ。それでこの宝箱だが、どちらかニセモノだったり罠だったりするのだろう?」
それを聞こうとしたら僕がいなかったんだね。さすがレイさん、慎重だ。
「えーと確か……」
僕は一方の宝箱を、すっと指で示した。
「こっちをレイさんにあげる。実はランダムで当たり外れがあるんだ。こればかりは事前知識じゃわかんないんだよ。それでさ、考えたんだけど……ここくらいはフィフティにいかない? 当たった方が合格ってことでさ」
◇
僕の手にはコインが一枚。初めて手に入れた「小さなメダル」ってヤツだ。向こうではレイさんがブルーオーブを片手に、神殿の人たちと更新手続きの件で話しをしている。
こちらを気にしているようだったので、僕はもう何回目になるのか、「気にするな」と手を振った。
「心配ありませんよ勇者様、どうせすぐ別の条件で合格できますって!」
「一級討伐士を持つ者は人気が半端ではないですからな、退魔機構もそうそう剥奪できません。ヘタなことをすれば世論を敵に回しますし」
「そうッスよ! 俺らも今までと変わんないし。元気出してください!」
仲間たちが口々に僕を励ましてくれる。
「ありがとう。ごめんね、期待に応えられなくて」
僕の形ばかりの返事にも、みんなは真剣な顔で言葉を継いだ。
「なに言ってるんスか! 無事に戻ってきただけでホッとしましたよ」
「命あっての物種ですからな」
みんな本当にごめん。僕もいい加減、自分が嫌いになりそうだよ。
こんなに心配されてるのに……僕もう、そんなのどーでもいいんだよね。
なんかいろいろ考えることがてんこ盛りで、頭の中ワヤクチャだよ。
さてどうしよう。
天下の魔王様まで投げちゃったこの大問題を、どうやって片付ける?
次回の投稿は7月25日予定です。
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Stage.14 Cursing My Dear
——アイツはじっと俺の言葉を聞いていた。
携帯の向こうで。
画面の向こうで。
決して混じり合うはずのない二つの世界。
俺たちの出会いは、それ自体はとんでもない奇跡であるはずなのに。
なのに。
なあ、タツミ?
俺はお前が大嫌いだよ。死ぬほど嫌いだ。
だけど俺は、どうしてもお前を嫌うことができない。
それも、“お前”がそう望んでいるからなのか。
俺の気持ちも、ぜんぶお前が決定していることなのか。
「さあね。で、これは復讐なの?」
——わかんねえよ。
<REAL SIDE>
一周目。
俺が“現実”を“夢”で見るようになったのは、最初の旅の中盤くらいだった。
夢の中で俺は、タツミという五、六歳くらいの幼い少年をすぐ近くから見下ろしていた。
まったく知らない世界——そこは、すべてが見知らぬ物ばかりで、しかも毎晩のように見るもんだから、本気で俺の頭がおかしくなったのかと心配になった。
だが、タツミがしょっちゅう夢の中でやっている「ゲーム」のストーリーが、たった今自分が歩んでいる冒険を簡略化したものだと気づいた時、俺はこの夢を、アリアハンのはるか未来の世界を見ているのだと解釈した。
謎の「ゲーム」とやらは俺の冒険譚をつづった絵本のような物で、あの小さな男の子はそれを楽しんでいるのだろう、と。そして俺のことが後世に伝説として残っているのなら、俺は魔王討伐に成功したに違いない、なんて、前向きというか、今思えばずいぶんのんきに考えていたもんだ。
妙な“夢”はその後もずっと現れたが、俺はいつしかそれを楽しむようになった。メモを取ってあれこれ考察したり、仲間たちにもまるで知らない文化について語ってやるのが日課になった。
いつかこのタツミって子に会ってみたいなと、そんなふうに考えたりもした。
旅自体は決して楽ではなかったが、それなりに順調に進んだ。エリス、サミエル、ロダム。みんな頼もしい、強い絆で結ばれた大切な仲間たちだ。
特にエリスとは……まあ当然のように恋仲になって。この旅が終わったら結婚しようと約束を交わした。プロポーズの瞬間は、ホント死にそうなくらい緊張したなぁ。
泣きながら抱きついてきたエリスが、デバ亀してたサミエルに気付いてイオナズンで吹っ飛ばしたときは、ちょっと早まったかと不安になったが。
やがてバラモスを倒し、センセーショナルなゾーマ様の登場に再び旅立ちを決意し、ギアガの大穴から地下世界に赴いた。
俺はそこで、死んだはずの親父が生きていたことを知る。生きてたなら連絡くらい寄越せと憤りも感じたが、やっぱり嬉しかった。
でも結局助けが間に合わなくてさ。親父は俺の目の前で殺されてしまった。
つらかったよ。その場で崩れ落ちそうだったが、それでも仲間たちが懸命に励ましてくれたお陰で、俺たちはついに魔王を倒すことができた。
が、今度は魔王のバカが半端な仕事しやがってたせいで、故郷に帰りそびれるという始末。最後までハタ迷惑な野郎だ。
そこも俺はグッと堪えたさ。おふくろやじいちゃんには悲しい思いをさせてしまうが、やるべきことは果たした。あの二人ならきっとわかってくれる。俺と、そして親父のことを誇りに思ってくれるだろうって……。
——そこで俺は、最初のループを体験する。
確かに倒したはずなのに、いつの間にか魔王の城に行く直前に戻されていたのだ。ラダトームでの華やかな
メダパニ状態の一歩手前だった。仲間たちに聞いたら、魔王打倒を願うあまり幻でも見たんじゃないかと笑われた。マジで?
俺が納得できないでいると、ロダムが「こんなもの持っていましたっけ?」と首を
「ロトの称号を授けよう!」
という国王の言葉に国中が沸き返り、そのあまりの騒ぎっぷりに俺はつい「ロトってなに?」と聞き返したら、全員がひっくり返ってしまった。いやだって、アレフガルドじゃ立派な称号らしいが、俺にはその原義がよくわからんし。
なぜ手元にあるのか? 仲間たちはそれについても覚えがないと言う……。
ふと「真の勇者の称号がなんたら」とか聞いたのを思い出したんで、俺たちは先に竜の女王の城に向かった。魔王の城を目の前にしてそんな寄り道する余裕もなかったんだが、どうしても気になってさ。
そこから天界へ昇り、俺たちは神竜と戦うことになる。
神竜は強かったが、俺たちも弱くはなかった。ゴリ押しで叩いてたら意外と早く倒すことができた。偉そうにしてっからだ。
そしたら願いを叶えてやろうと言われた。親父の復活さえ可能だって!?
信じられなかった。この俺が、あの時は心の底から感謝したもんだよ。魔王討伐の後、あの幻(?)の通りにアリアハンに戻れなくなったとしても、これならおふくろだけが残されることはない。息子としてはロクな孝行をしてやれなかったけどさ……これで少しは許されるんじゃないかなぁ、って。
神竜に父親の復活を頼んで、アリアハンで久々に親父とツラを会わせた。
もう言いたいこと、山のようにあった。まずは最初に恨みつらみをぶつけてやる予定だったけどなw 何年も家ほったらかしてこのクソ親父、おふくろがどんだけ苦労したかわかってんのか!
んで十分反省したら、改めて「おかえり」って言ってやろう。
そんな風にさ、いろいろ考えてたんだ。
なのに……最初にちょっと会話しただけで、急にフッと意識が無くなって。
その冒険はリセットされた。
二周目。
次に意識が戻ったとき、俺は再び16歳の誕生日の朝を迎えていた。
……なぜこんなことが起こったのか、まったく理解できなかった。あれだけ過酷な旅をしたにも関わらず、エリスたちはなにも覚えていないという。
なんだこれ? なぜ俺だけが前の冒険の記憶を持っている??
起きたことは強引に解釈するしかなかった。前の冒険の記憶は、例の不思議な“夢”とはまた別の「予知夢」かなにかで、ルビス様が事前に教えてくれたのかもしれない。
急げばあの時は助けられなかった親父も死なせずに済むだろう。サマンオサで偽国王に理不尽に殺されてしまった人や、前の冒険では間に合わなかった人たちを助けることができるんじゃないか。
俺は死に物狂いで突き進んだ。一日でも一秒でも早く進めば、それだけ誰かを救えると信じていた。でなきゃやってられなかったよ。あの冒険のすべてが夢オチとか、冗談じゃねえ。俺だけが「未来」を知っていることに、なにか意味を持たせたかった。
旅には同じメンバーを連れて行った。なんど過去の話を振っても誰もなにも思い出してはくれなかったが、それでも俺の無謀とも言える旅程に必死に付いてきてくれた。
やっぱりこいつらはいい連中だ。大事な仲間だ。——そう自分に言い聞かせて。
エリスに結婚は申し込まなかったけどな。せめて彼女だけでも思い出して欲しかったから。だから、なんか裏切られたようで、どうしても許せなかったんだ。
あの不思議な“夢”もまた見るようになった。ボケッと平和に過ごしているガキが腹立たしくて、俺はもう無視することに決めた。
結局、俺たちがどんなに頑張っても、未来は変わらなかった。
前の冒険より数ヶ月も早く到着したってのに、レイの父親の勇者サイモンも、他の人たちも、みんな間に合わずに死んだ。親父もやはり俺の目の前で殺されてしまった。
なんで? どうして? 時間軸おかしいだろ!
わかっているのに助けられない。
苦しんでる俺を、エリスたちは本気で心配してくれる。だが本当の意味で俺の苦しみを理解できてるわけじゃない。
それでも俺たちはなんとか魔王を倒した。わかりきってた結末だから、達成感はなかったが。凱旋式もその後のパーティーでも、俺はぼんやりと酒を飲んでるだけで、仲間も扱いに困ってるみたいだった。
どうせこのあとは……とか思っていたら案の定、前回と同じくいったんショートループに巻き込まれて魔王を倒す前に戻された。
そこから「予定通り」天界へと向かい、神竜と戦って今回も短期決戦で勝利できた。
願いを叶えてくれるというが……しかし二度も救えなかった人々のことを考えれば、俺だけ親父を生き返らせるなんて、できないだろ?
せめて平和な世の中に似合う娯楽でも増やしてやろうかって。
仲間の猛反対を押し切って、俺は半ばヤケになりながら新しいすごろく場を頼んだ。
そのすごろく場でゴールした瞬間、フッと意識が遠のいた。
ああ、また最初からだと……ゾーマが大喜びしそうな絶望の中で、俺は眠りについた。
三周目。
一六歳の朝に戻ったと気付き、俺はすぐに一回目の自殺を試みたが死ねなかった。寝間着のままアリアハン王の前にワープしてきたバカは俺くらいだろう。
そのまま外出許可をもらい、その足で外に出て魔物に食われてみたが、やっぱり無駄に生き返るので早々に諦めた。死ねないってのもある意味呪いだよなぁ。
家に戻ったらおふくろが半狂乱になっていた。当然だな、前日までは「明日から勇者として頑張るぞ!」とか意気込んでたヤツが、起きるなり割腹自殺を図ったら何事かと思うわ。
いちいち説明するのも面倒だったから無視して旅の支度をし、ルイーダんとこに行った。メンバーは全員違うヤツらで、遊び人とか盗賊とか、なんか楽しそうな連中ばかり適当に見繕った。……あいつらと一緒にいても俺がツライだけだし。
かったるい。もはや他人の生き死になんかどうでも良かった。飛ばせるイベントはガンガン飛ばした。すごろくやら闘技場やらに入り浸り、冒険はまるで適当だった。さっさと役目を降りても良かったが、実は勇者ほど金回りのいい職業はないってことは知ってたから、とりあえず続けていただけだ。
例の奇妙な“夢”は相変わらず見続けていた。
タツミの世界は平和そのものだ。その頃に気付いたが、向こうはどうもループしていないようだった。こっちと比べると恐ろしく時間の進み方が遅いが、前の冒険の頃に見ていた“夢”よりは明らかに季節が進んでいる。
なんか知らんが向こうはこれから「ショウガッコウ」とやらに通うことになるらしい。こちらのことなど露知らず、ガキは妙にはしゃいでいる。
ったく、俺はお前くらいの年の頃に親父が死んだとか聞かされて、同時に勇者の十字を科せられたんだからな。こいつブチ殺して入れ替わりてえよ、ホント。
そんなんでも魔王を倒してしまったんだから、世の中は本当に適当だ。
親父はまた目の前で死んだ。いっそ火山に落ちた時点で素直にくたばっててくれりゃ良かったのに。
ついでだから神竜も倒した。願いはエッチな本ってやつ。別に勇者の肩書きのお陰で女に不自由はしてなかったが、神様直送便がどんだけスゲエんだって気になったから頼んでみた。期待してたほどじゃなかったが。
冒険の最後がエロ本で終了。そして振り出しに戻されるわけだ。
ったく、すごろくの落とし穴よりひでえ。あんまりひどいと、なんか逆に楽しくなってくるよ。人間どうしようもなくなると笑うしかないって言うが。
あははは。
あはははははははははは。
誰か助けてくれ。
四周目。
……感覚的なものだが、前回から随分と間が空いていたように思う。うんざりしつつも、久々に冒険に出るような軽い高揚感があった。
それは間違いじゃなかったんだろう。例の“夢”の中のガキが、急にデカくなっていたのだ。俺と同い年くらいまで成長していて、しかも驚いたことに、アイツは気味が悪いほど俺とそっくりな顔をしていた。
(これなら本当に入れ替われるな……)
そう思ったがすぐに打ち消した。くだらねえ、“夢”の中の相手とどうやって入れ替わるってんだ。
変わったことはもう一つあった。俺の他にもう一人、過去を覚えてるヤツがいたのだ。今までに何度も会っていたのだが、敵同士だったので気付かなかった。
切っ掛けは些細なことだった。
『何度来ようとも同じこと。このバラモスがどれほど偉大か、思い知らせてくれる』
はいはい、どうせ俺に倒されるのにご苦労なこって。心の中で嘲笑しつつ(半分は自嘲だったかもしれない)、剣を構えたときだった。
「……あれ、前はハラワタ食うとか言ってなかったっけ」
今回の冒険では初対面なのに、「何度来ようとも」だと?
「あんたまさか、前のことを覚えてるのか?」
そいつの顔色が変わった。
『貴様も覚えているのか!?』
勇者と魔王が妙な会話を始めたことに仲間たちは動揺している。ウザいんで俺はそいつらをラリホーで眠らせ、バラモスにバシルーラで片付けてもらった。
バラモスが記憶を引き継ぐようになったのは、俺の三回目の冒険の時かららしい。
二回目の頃からも、なんとなく俺の顔に見覚えがあるなぁとは思っていて、三回目と四回目(つまり今回)は、最初からしっかり思い出していたそうだ。
『先を知っておるのに、侵略はある点を境に一向にはかどらぬ。まだ力を持たぬうちに貴様を始末しようと刺客を差し向けたが、それもつど邪魔が入る』
立場こそ反対だが、こいつはこいつで俺と同じような苦悩を抱えていたようだ。
「しっかし、よりによってお前かよ。こちとら
『こちらのセリフだ。われがなんど進言申し上げても、ゾーマ様は夢でも見たのだろうと一笑に伏される。たかが人間に討たれるなどと、クドく言えばお怒りに触れるだけだしの』
「あー……上の理解が得られない中間管理職ってのも、大変だな」
取り引きしないか。俺はバラモスに提案した。紙とペンを用意させ、俺に関わる親類縁者や親しい者たちの名を片っ端から書き連ねて、手渡した。
「この世界をくれてやる。人間を支配するったって、全員皆殺しにしようってんじゃないんだろう?」
『な、なにを……』
ぽかんとしているバラモスに、俺はもっと呆れるような内容を告げてやった。
「お宅の上司、こっちにも簡単に手を出せるほどの力があるのに自ら侵略に来ないのは、上の世界はとりあえずあんたに一任してるってことだよな? だったらそこに書いてる人間たちだけは優遇してほしい。その人数なら現場レベルでこっそり調整できるだろ」
『われを信用するのか?』
「してない。でも他に頼めない。でさ、もしもゾーマ直々に上の世界もいじりだして、あんたでも庇いきれなくなったら、その時は……逆にあんたがみんなを、苦しまないように一瞬で楽にしてやってくれ」
『勇者の言葉とは思えんな』
「それくらい思い切らなきゃ、この輪廻から抜け出せない気がする。完全に魔王に支配された世界でも、それもひとつの未来だろ? 人間中心の世の中が魔物中心に変わるってだけで、おふくろも親父も、俺の仲間たちも、来世でモンスターに生まれ変われば、普通に暮らすんだろうし」
淡々と語る俺にバラモスさえビビっていた。その時の俺はどんな顔をしていたんだろう。
「俺を封じてくれ。完全に死ぬとアリアハンに戻るだけだから、生かさず殺さずで。ついでに永遠に苦しむような呪いでもかけてくれよ。その手のは得意だろ?」
未来を得るために人類を売り飛ばすような勇者には、それくらいしないとなぁ?
バラモスは承諾した。承諾せざるを得ないだろう。
これでもかってくらい何重に呪術を
「なんか、妙に寝心地いいんですけど」
中は柔らかくて肌触りのいいシルクが敷かれている。むしろこれじゃあ……。
『さらばだ』
バラモスの言葉と同時に、石棺の蓋が重々しい音を立てて閉じられていく。それと共に強烈な眠気が襲ってきた。
『安らかに眠っておればよい。これ以上苦しむ必要もなかろう』
なんだよこいつ、いきなり約束破りやがって。
魔王のくせに——。
意識が薄れるのと同時に、いつもの“夢”が現れた。タツミは「ゲーム」が映し出されている「テレビ」の前で、なにやら困っているようだった。
「おっかしいなぁ。バラモスごときに負けるなんて。しかもいきなりバグるし」
ヤツが見つめているテレビの中にはコミカルに描かれたバラモスがおり、「アルスたちは ぜんめつした!」と表示されている。
随分あっさりした記述だ。その「ぜんめつ」するまでの行程にどれだけの想いがあったのか、こいつにはわからないだろう。
画面は静止していて、なんの操作も受け付けないようだ。タツミはしばらくうなっていたが、「まあいいか」とスイッチを切った。テレビが暗くなり、俺の世界は眼前から消えた。あっちはどうなっただろう。バラモスはうまくやってるだろうか。
今のタツミは「コウコウセイ」とやらになっていた。父親は単身赴任で家におらず、母親はお稽古ごとだのショッピングだの、自分が楽しいことを優先するタイプなので息子にはほとんど構っていない。それが少し寂しいと思いつつも、タツミは友人やガールフレンドに囲まれ、それなりに楽しく暮らしている。
俺は“夢”の世界でタツミと一緒に時を過ごした。
そのまましばらく経った、ある日のことだ。
いきなり場面が飛んだ。
学校からの帰りがけに、戸田和弘とマクドなんとかに立ち寄ってダベっていたはずが、いつの間にか家に戻っていた。
場面が飛ぶのは今までもよくあったことだが、タツミの様子がおかしい。
「まさか……嘘だろ」
薄暗い部屋の中で電気もつけず、座り込んでブツブツと呟いている。
「あいつの妹が? 冗談だろ? ……うぐっ!」
いきなりタツミがむせた。口を押さえて便所に走っていき、ゲホゲホと吐いている。
キッチンでうがいをして落ち着くと、タツミはまた部屋に戻った。
しばらくぼうっとしているようだったが、やがて物憂げにテレビの方を見た。あれ以来ずっとやっていなかった「ゲーム」の機械を引っ張り出し、スイッチを入れた。
嫌な予感がした。なにが起きるか想像がついた。
やめろ、ソレに触れるな! あのまま終わらせてくれ! 俺をもう起こさないでくれ!
俺の祈りは届かず、グンと意識がどこかに引っ張られる感覚があって——。
目を開けると、俺はダーマ神殿の入り口に立っていた。あの時バラモスのバシルーラでアリアハンに飛ばされた仲間たちも、何事も無かった顔で俺の後ろに立っている。
「恨むぞ、タツミ……」
この時になって俺はようやく、この世界と「ゲーム」との因果関係を把握した。
あっちが「現実」なのだ。
俺のいるこの世界こそが、ただの「ゲーム」だったのだ。俺たちが物語を作っているんじゃない、すでに出来上がっているストーリーのコマとして、アイツに動かされているだけなのだ。俺も、仲間たちも、魔王ですら。そのことに俺はやっと気がついた。
再会したバラモスはすべてを諦めたような顔をしていた。お互いに一言も交わさず黙々と戦い、シナリオ通りにヤツは俺に
地下世界。魔王討伐。ショートループ。天界。そして神竜。
次の願いはなににしようか。もう新しい選択肢は無かったはずだが。
そこで、奇跡が起きた。
いきなりそれまでとは違う流れになった。神竜が急に妙なことをほざきだしたのだ。
『オマエノ ネガイヲ カナエヨウ』
ワケもわからず立ちつくしている俺に、神竜は言った。
『オマエハ タツミニ ナリタイノダロウ?』
お前はタツミになりたいのだろう?
意味が——理解できるまでに、随分かかった。
返事をするまでには、さらにかかった。
「……本当、に?」
掠れている自分の声が、他人のものみたいだった。
【もし目が覚めたら そこが現実世界の一室だったら】
血を吐くような思いで神竜に願った瞬間。
渡されたのは、小さな精密機械。
遠く離れた個人と個人を一瞬でつないでしまう、魔法のような道具。
開いた途端にコールが始まり、出た相手は、夢の中のあの少年で——。
「初めまして、タツミ君。キミ、勇者をやってみる気はないかい?」
考えるより先に、言葉が出ていた。
◇
『……そして僕と入れ替わったわけだ』
俺の長い話しが終わり、携帯の向こうでタツミは大きく溜息をついた。
『で、これは復讐なの?』
「わかんねえよ」
いや、どうなのかな。考えないようにしてきたが。
俺はタツミを生け贄にして別な世界に逃げた。それが事実だ。これからタツミは、俺の代わりに永遠に終わらない伝説をグルグルと紡いでいかなければならない。
『まあ、あくまで僕がクリアに失敗すればだけどね』
「そうだが……」
タツミの声は普通だった。いつもよりやや冷たい感じはしたが、俺が想像していたよりずっと冷静だった。俺はもっとこう——
「お前、今の話しを聞いて、なんとも思わないのか」
『なにが。君が僕を身代わりにしたこと?』
「ああ、まあ」
『別に。なに、僕になんか言ってほしいの?』
すっかり呆れているようなタツミの返答に、俺は戸惑った。
俺が、なにを言ってほしいって……?
『あのさー。なんか僕ムカつかれてるみたいだけど、それ僕のせいじゃないよね。絵本の登場人物に、ループするから読むなって恨まれても、それ読者の責任か?』
こんな理不尽な逆恨みもあるかよ、いい加減にしてくれ。
バッサリ切り捨てられ、俺は完全に言葉を失った。
タツミは続ける。
『さっき言ってたよね、どうしても僕を嫌いになれないって。イイコぶるのはよせよ、君の目の前にあるそのゲーム、キャラの気持ちまで操作できないなんて、わかるだろ。単に僕に罵られたくないだけじゃないの。それとも、僕への哀れみかな? バラモスが君を封じた時みたいに。僕ってほら、割と物わかりはいい方だからさ。諦めて運命を受け入れてくれるんじゃないかって期待してるんだろ? だからせめて俺はお前を許してやるって? 自己肯定するにしても、それはちょっと浅ましくないかなー』
…………。
『まったく。一度は自分を犠牲にして、人類を引き替えにしてまで未来を勝ち取ろうとしたってとこまでは、カッコ良かったのにさ。聞いててそこは感心したよ、さすが主人公だよなーって。でもだったら最後まで貫いてほしかったな。諦めて逃げ出してハイ終了はないっしょ。なにこのクソゲー。ねえ?』
…………。
『悪いけど僕はクリアするよ。こんな理不尽な要求、呑む気はさらさらないね。だいたいさ、せっかく僕の親が僕のためにって買ってきたプレゼントに、こんなヒドイ仕打ちをされるって、倫理的に許されるのかよ。親子の愛情とかさ、もう完膚無きまでに踏みにじりまくってるよね。どう思う、正義の味方の勇者さんとしては?』
…………。
『でも君だって本当はわかってるんだよね? 自分の望みがどういう意味を持つのか、死ぬほどよーっくわかってる。だから君は僕を素直に憎めない。君を可哀想だとは思うよ、同情する。でも僕はどうなのかな。ねえ、君と僕と、どっちが可哀想なんだろうね?』
…………。
俺は…………。
『僕はただゲームをしていただけだ』
俺は……なにも答えられない。
『ゲームをしていただけなんだよ。平和な世界で、ちょっとしたヒマ潰しに、古いゲームを楽しんでいただけだ』
俺はなにも答えられない。
『でも——君にそれは関係ない。僕に君の苦悩が関係ないように、君の苦悩に対して僕の権利や主張は関係ない。そうだろう? 運が悪かったんだろうね。僕たちは敵でも味方でもなくて、起きてしまった現象に巻き込まれて、そこでお互いに譲れないってだけでさ。だから君は悪じゃないんだ。僕の存在さえ否定すれば、君はちっとも悪くない』
なにも、答えられない。
『とりあえず僕が君に要求するとしたら、そっちの時間で明日の朝くらいまで、テレビを消しててくれってことくらいかな。なんかね、見られてるのがわかるんだよ。どうも落ち着かないんだ。どうせ金輪際、君にナビを頼むこともないだろうしね。でも本体のスイッチは切らないでくれよ? それとも僕と心中したいかな。僕は止めようがないけど』
「いや……切らねえよ」
『ありがとう。——ああそうそう、それともうひとつ』
「なんだ?」
『優しいバラモスさんはできなかったみたいだけど、僕はそんなに優しくないからさ。代わりに僕から、君に呪いをあげるよ』
タツミの声が、急に明るくなった。
『それでもね、僕は君が好きだよ。友達になりたいって今でも思ってる』
「……友達?」
『そう。だってすごくない? ゲームの中の勇者と友達になれるとかさ?』
まるで子供がはしゃいでいるようなタツミの問いかけに。
「そうだな。すごいことだよな」
俺は、まるで中身のともなわない空虚な言葉を返す。
『だろ? だからさ、友達になってよ』
「いいぜ。友達になろう」
『良かった! 嬉しいよ。あ、画面は消してほしいけど、なにかあったらいつでも電話していいからね。困ったことがあったらなんでも聞いて。簡単なアドバイスくらいしかしてあげられないけどさ』
「わかった。そうする」
『それじゃまたね。おやすみ、アルス』
「ああ——おやすみ、タツミ」
電話が切れた。
俺はまず、言われたとおりテレビのスイッチを切った。電気はつけていなかったから、部屋が暗くなった。カーテン越しに差し込む街灯の明かりが、ぼんやりと室内を照らしている。
次に電源が入ったままのゲームの本体をテレビ台の中に押し込んだ。コントローラーのひもを巻いて、それもいっしょに中に入れてガラスの戸をカチッと閉める。
それから俺は、上着を脱いでベッドの中に潜り込んだ。
ただ眠りたかった。バラモスが用意してくれたあの石棺が——異常に恋しかった。
珍しく後書きです。
ここで出てくる「もし目が覚めたら〜」は連載していた「宿スレ」のタイトルの一部でもあります。
そして、そのあとに続く一節が「Stage.1 エスケープ」に繋がります。ここを書いたときは、一つ大きめの伏線が回収できてホッとした記憶があります。
次回の投稿は8月1日予定です。
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Stage.15 喧嘩と恋とエトセトラ(前編)
<GAME SIDE>
「僕のMP、今のでどれくらい減ったのかな」
現実の通話料に換算すると、けっこう減っちゃったかも。これ、もし最近のサービスを利用してたらタダだったりしたんだろうか。思い出にこだわらないでさっさと新しい携帯に機種変しておけば良かったかもしれない。
窓の外に目をやった。今夜は満月。
ここはレーベの村。試験を終えてランシールを出立した僕たちは、アリアハンに戻る前にこの村に泊まることにした。ここらでちょっと骨休みしようという僕の提案による。最初はアリアハンに直帰する予定だったのだが、魔王討伐中の勇者一行が地元をうろうろするのも気まずいし、勝手のわからない街では落ち着けないから、レーベあたりが妥当じゃないか——という僕の言い分に、みんなも賛成した。
それは建前で、なんのことはない。サヤお母さんに「絶対に合格するから」なんて大口たたいちゃった手前、顔を出しづらいだけなのだが。
「ん、どうしたのヘニョ」
ベッドに座っている僕の隣にヘニョがやってきた。なぜてやろうと手をのばしたら、思い切ったようにピョンとひざに飛び乗ってきた。
まん丸の目が僕を見上げている。なんだかまた心配されているようだ。
「さっきの電話かい? 大丈夫、別にケンカしてたんじゃないよ」
しっかしあのバカ、よくもまあとんでもない勘違いをしてくれたもんだ。「三津原辰巳のことはなんでも知ってる」とか言っておいて、まさかなにもわかっていなかったとは。
父さんは単身赴任で? 母さんは僕に無関心? 友人やガールフレンドに囲まれてそれなりに楽しく暮らしてるって? はあ? 誰のことだよそれ?
それねー、僕が思い描いていた『夢』なんですよ、アルセッドくん。
アルスが
なにせ僕の場合、イメージ力が半端じゃないからね。僕のリアルな妄想を「現実」と勘違いし、彼は「日本のごく平均的な高校生」と入れ替わったつもりでいたわけだ。ずいぶん混乱したことだろう。
「そっか……知らなかったんだ」
まあ、知らないならその方がいいんだけど。
アルスのさっきの話を聞けば、僕の方がマシか?って気がしないでもないし。
さてと、その辺の処理は後でやるとして——。
レーベには明日いっぱい滞在する予定だ。全員フリーにしておいて、僕はその間にこっそり抜け出し、一人で王様のところに行こうと思っている。
あれだけ言えば、アルスも大人しく言うことを聞いてくれるだろう。向こうの時間で明日の朝まで、最低でもあと数時間は、絶対にモニタリングさせてはならない。
◇
翌日は抜けるような晴天だった。
「——というわけで、かなり綿密なプランの練り直しが必要なんだよ。一日部屋にこもるから、悪いんだけどみんな邪魔しないでね」
「了解ッス!」
即答で敬礼するサミエルの後ろで、エリスとロダムは微妙な表情を浮かべている。
エリスはわかりやすい。試験に落ちた僕をずっと気にかけているようだから、「今この人を一人にして大丈夫かしら」とか、女性らしい心配をしているんだろう。うんうん、君は本当に優しいね。
ロダムはちょっと怖い。どこまで読まれてるのか……この人は勘がいいからな。
そのロダムがふうっと息を吐いたことで、ことは進んだ。
「わかりました。では我々も一時解散ということで。私は博士を訪ねておりますので、なにかございましたら、そちらへいらしてください」
一礼して退室するロダム。昨日の夕食の時に、魔法の玉を作っているおじいちゃんが、もとはアリアハンお抱えの発明家だと聞いた。若い頃ロダムも少し勉強を見てもらったことがあるそうだ。
「んじゃ俺は、
誘いの洞窟にいるおじいちゃんはサミエルの親戚の人なんだって。人口密度の低いアリアハンでは、たいていどっかこっかで血が繋がっているんだろう。
「では、私はアイテムの補充をしておきます。道具屋さんにいますから」
エリスも渋々部屋を出ていった。宿には僕だけが残された。
廊下に人の気配がなくなったことを確認し、ドアに鍵をかける。ベッドの下から隠していたキメラの翼を引っ張り出そうとしたら、なにか引っかかった。
「こらヘニョ、なにやってんの」
キメラの翼に噛みついて放さないヘニョごと引っ張り出す。置いていかれると本能的に理解しているのだろう。行くなと目が訴えている。
「いい子だから放して、ね? 別に大したことじゃない。すぐ戻ってくるから」
現在の
半透明のとんがりをこちょこちょしてやると、ヘニョは諦めたように口を開けた。
「ありがと。じゃ、ちょっと行ってくるね」
僕は窓を乗り越えて外に飛び降りた。二階の高さから地面に落ちるまでの間に、素早くアリアハンに飛ぶ。
アルスの実家の前を避け、僕はルイーダの酒場の横から道具屋の裏へ廻り、城の外堀に沿って歩いた。
城門の近くまで来ると、僕に気付いた若い番兵さんがにこやかに声をかけてきた。
「ジュニアじゃないか、どうしたんだい?」
たまにアルスのことを「ジュニア」と呼ぶ人がいる。僕はどうも好きじゃないんだが、今はかまわずに用件だけを告げた。
「王様に会いたいんだけど、取り次いでもらえるかな」
番兵さんは少し不思議そうな顔をしつつ、奥の詰め所に向かった。そうか、アルスは顔パスで入城できるんだっけか。
しばらくしてさっきの番兵さんが二人の兵士を連れて出てきた。おろおろしている番兵さんに構わず、厳めしい顔をした兵士たちは両サイドから僕の腕をグイとつかんだ。
「まさか自ら戻るとはな」
ドスの効いた声だが、なんとなく困惑している。僕がニセ勇者だということと、例の王様との「約束」についてはトップシークレットのはずだから、たぶんこの兵士たちは、サヤさんと王様が密会していたあの夜、王様の警護に当たっていたSPあたりだろう。
「追っ手を放つ準備をしていたが、手間が省けた」
どういたしまして。税金を無駄遣いさせなくて良かったよ。
すぐに牢屋に連行されるかと思っていたのだが、普通に
この部屋の主役である国王はむっつりと押し黙り、ランシールの地下にあった石の人面より無表情だ。重苦しい雰囲気の中、王様ではなくそばに控えていた大臣が口を開いた。
「……なにか申し開きはあるか」
「すみません」僕はぴょこんと頭を下げた。「落ちました」
大臣が目を丸くする。広い謁見室は再び静まり返った。
「他に言うことはないのか!」
たまりかねたように王様が怒鳴った。大臣が止める間もなくづかづか近づいてきて、僕の襟首をつかんで無理やり引き立たせる。意外と背が高い人で、僕は爪先立ちになった。王侯貴族なんてみんな貧弱だと思ってたけど、かなりの腕力だ。大勇者オルテガの親友だけあって、この人も実はそこらの冒険者より腕が立つんじゃなかろうか。
なんて考えている僕に、王様は怒声を重ねる。
「この痴れ者が、ようもヌケヌケと現れたものだ! 貴様、よもや自分が吐いた
「忘れてませんよ。手でも足でも好きに持っていけと言いました。——でも」
僕は正面から王様を見つめた。
「言い訳はありませんが、ひとつ確認していいですか?」
王様が手を離した。僕は再び膝を着くことはせず、立ったまま続けた。
あの不条理な「約束」についての確認を。
「僕も当時は誤解してたんですけど、今回の本試験に落ちたからって『一級討伐士』の資格が永久
「……」
僕の言葉に周囲の空気がわずかに波立った。
「教えてくれたのはサマンオサの一級討伐士の方でしたが、その人と僕が競争になったのは、王様のご指示だったんでしょうか」
「余ではない。退魔機構の議会が決めたことだ」
「やっぱりご存知だったんですね」
王様の唇の端がピクリと動いた。
「……なにが言いたい」
「いえ。ずいぶん嫌われたものだなーと、そう思いまして」
世界退魔機構の創設者であるアリアハン国王に、僕とレイさんの試験が重なったことはすぐに知らされたはずだ。「おもしろそうだから競争させろ」なんて
別にみんながみんな、僕の味方をしてくれるなんて楽観してるわけではない。
ただ——
「正直に言わせてもらいます。僕はあなたの干渉がとても面倒だ。これ以上僕にかまって欲しくない」
「無礼者が!」
脇にいた兵士が僕を
「ケン…カを売りたい、わけじゃない。前にも言ったように、僕はアルスを元の鞘に戻すことしか考えてないし。だから、王様」
目の前のピカピカに磨かれた靴先に、僕は血に濡れた唇を押し付けてやった。
「好きなとこ持っていっていいんで……それで手を打ちませんか? サヤさんにも余計なことは伝えなくて結構ですから」
このときの王様がどんな顔をしてるか見てやりたかったんだけど、僕はすぐに兵士に反対方向に引きずられ強引に退室させられたので、それは叶わなかった。
◇
今度こそ地下牢にブチ込まれた。さて王様はどうする気だろうか。
実際問題、僕にはなにひとつ「罪」はない。
王様<神様 という図式が成り立つこの世界で、ルビス勅命で『アルス』の名を継いだ僕に詐称罪はあたらない。それはこの国を出立する前に目を通したアリアハン司法全書で確認している(安易にルビスの遣いを称してるわけじゃないのだよ)。まあアルス本人からのご指名だとストレートに言えちゃえばいいんだけど、そうはしたくないからちょっとややこしいことになってるんだけどね。
んで焦点は上述の真偽になるわけだが……ぶっちゃけルビスの遣いなんてデタラメなんだけど、真実か偽りかを立証するにも、これまでの活動記録を洗うしかないわけで。この時点で僕のしてきたことに問題は無いはずだ。
だがここで、僕と王様はこれらとは無関係に「約束」を交わしている。
その始末の付け方によって、僕の身の振り方も決まる。
「いて——」
口の中が気持ち悪い。初ホイミを試そうかと思ったが、今後のことを考えるとMPの無駄遣いは避けたいのでやめた。
石作りの素っ気無い牢の中はランシールの地下を思い出す。自然とレイさんのことも。
あの人は別れの間際まで僕のことをずいぶん気にかけていた。世界退魔機構へも、『どちらが合格してもおかしくない接戦だった』と力説していたとか。
「やはり私は、この試験を譲られるべきではなかったように思うよ」
出発前に「少し話さないか」と呼び出された神殿の裏。大理石の柱にすらっとした長身を寄りかからせているレイさんは、絵画のように様になっていた。
「譲ったわけじゃないよ、僕が最後にハズレを引いただけ。内容的には間違いなくあなたの方に軍配が上がると思うしね。なるようになったってことだよ」
僕はちょっと大げさな動作で肩をすくめた。レイさんは黙っている。澄んだグレイの瞳が、なにか物思いにふけるようにじっと地面を見つめている。
なんとなく落ち着かなくて、ちらちらと横目でうかがっていると、ふいにレイさんが顔を上げた。
「私はね、君のことが心配なんだよ、青少年。君はいつも、自分のことを二の次にしている気がする。最初に会ったときからね」
反論を封じるようにぴっと人差し指を立てたレイさんは、一瞬あたりをうかがうようにすると、僕の耳元に口を寄せてきた。
「私は一度会った人間は忘れない。君は『アルス』じゃないだろう?」
「え? ええと……」
内心焦っている僕に、レイさんは笑みを浮かべた。
「安心したまえ、誰にも言う気はないよ。君が誰だろうと、そんなのはどうでもいい。ただ私は——」
『君』が心配なんだ。
真っ直ぐに僕を見つめて繰り返すレイさんの言葉は、胸に響いた。さすが『勇者』っていうのかな。すべてを打ち明けて、寄りかかってしまいたくなるような。
でも、今この人に言うべきことじゃない。僕には僕の、レイさんにはレイさんの役割がある。
「他に隠してることや困ってることはないのかい? 言ってくれ、力になるから」
僕は黙って首を振った。レイさんはもどかしいような表情を浮かべたが、汲み取ってくれたのだろう。
「わかったよ。じゃあせめて、本当の名前くらいは教えてくれないか」
「タツミ。変わってるだろ?」
「ふむ、タツミか。珍しいが、いい名前だ」
神殿の表の方から、サミエルが僕を呼んでいる声が聞こえた。出発準備が整ったらしい。
「そろそろ戻るか。ま、なにかあったら連絡してくれたまえ。退魔機構に問い合わせればすぐわかるようにしておくから」
「うん、ありがとうレイさん」
歩き出した東の二代目の後姿に、一人っ子の僕にもし上がいたなら、レイさんのような人がいいな、と思った。
……牢獄はしんと静まり返っている。
ここにいる人間の気配のすべてが、僕に集中しているのがわかる。事情を知っているのは牢番だけで、囚人たちは「なぜ勇者が投獄されるんだ?」と興味津々の体で様子を見ている状態だ。
やがて入り口が騒がしくなり、とうとう声がかかった。王様がお呼びだそうだ。
◇
連れて行かれたのは、ぐるっと高い石塀に囲まれた直径三〇メートルくらいの円形の広場だった。赤茶色の砂をならした地面。ど真ん中にぽつんと設置されている、腰の高さくらいの平らな石の台。他にはなにもない殺風景な場所だ。
真っ青な空に目を細める。今日は本当に天気がいい。
正面の上段に王様が立っていた。逆光でよく見えないが、先刻より小さくなってしまったように思えた。
「もう一度聞く」
どこか疲れた声で、王様は以前と同じ質問を投げてきた。
「アルセッドはどこにいる」
「言えません」
僕の答えも以前と変わらない。
たっぷり間を置いて。
「……利き腕はどっちだ」
「右、かなぁ?」
実は両利きなのでどっちでもいいんだけど、そんなんで悩ませても時間の無駄なので、僕はそう答えておいた。普通に応答している僕に、王様はさらに疲れた様子で、
「お前はなにを考えておるのだ」
と大きくため息をついた。
僕が考えてることなんて、大したことじゃないですよ、全然。
これは単なる…………嫌がらせ。
そう、嫌がらせだ。
王様の性格を考えたら悩んだと思うよ、この数時間。もう禿げ上がるくらいね。
だって世界的に慕われている大勇者オルテガの親友だったんだろ? カッとなりやすい
そんな彼が嘘をついた。その場の勢いだったとしても、伝えるべき真実を捻じ曲げて、僕を追い込んだ。
しかし間違った前提で交わされた「約束」でも、国王直々に申し渡したことをおいそれと撤回することはできない。最初から恩赦も考慮にあっただろうが、僕が終始こんな調子だからね。臣下は全員「容赦するな」って異口同音だったろう。
だから彼はもう、身動きが取れない。彼が決められるのは刑の執行後のことだけだ。この「約束」には、その後のことは含まれていないから。
この世界で『勇者』の肩書きを背負っていくためには、世界退魔機構と無関係ではいられない。仮に今回の試験で合格していたとしても、僕がアルスのことを吐かない限り、王様からいつまでも陰険な妨害を受けるのは目に見えている。
だからここできっぱり決別を叩きつけてやるために、僕はわざと試験に落ちた。さすがに決心までは時間がかかったが、アルスの話を聞けば、甘いことも言ってられない。
王様にはご自分の不実にモヤモヤしていただきながら、今後の不干渉を取り付けさせてもらおう。
これが僕の、喧嘩の買い方だ。
丸く切り取られた青空を、一羽の
手枷が外された。目隠しをされ、石の台にうつぶせに肩を押し付けれた。
高々と罪状が読み上げられる。小難しい用語を並べているが、要約すると大事な情報を
普通、こういうときに思い浮かぶのはユリコだったりエリスだったり、せめてアルスとかロダムとかサミエルとか、そのあたりだろう。
なのに、僕が真っ先に脳裏に描いたのは、レイさんだった。
おいおい大丈夫かよ僕、と自分に突っ込んだ瞬間。
それが——来た。
次回の投稿は8月8日予定です。
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Stage.16 喧嘩と恋とエトセトラ(後編)
<GAME SIDE>
「それ」は——相変わらずの勢いだった。
入り口付近で制止しようとしているらしい兵士たちの情けない悲鳴が聞こえてくる。僕の肩を掴んでいた執行役も加勢しに行ったので、起き上がって目隠しを外すと、陽光を鮮やかに反射する黒い
……嘘だろオイ。マジで? このタイミングで来ちゃうの?
いくら勇者だからってアンタ……デキすぎじゃね?
「これはどういうことだ!」
レイさんの澄んだアルトの声が場を一喝する。後ろにはエリスたちの姿もあった。
「東の!?」
「いったい彼はなんの罪で裁かれているのだ? 誰にとっても無益だろう、これは!」
出会い頭に世にも正論ブチかまされて、王様もたじたじになっている。引け目があるからなおさらだ。
「なぜそなたが……?」
王様が逆に問い返すと、レイさんはふんと鼻を鳴らした。
「世界退魔機構が私と彼の競争を取り決めたときから、ずっと疑問だったんだ。そんな
たっぷり嫌味のこもったセリフを投げつけてから、僕には柔らかく笑いかける。
「決め手は君がわざと試験を譲ったことだがね、青少年。神殿の人間に確認したら、最後の二つの宝箱の中身を変えることなどないと言っていたよ。まんまと騙されたな」
そこチェックされたかー。その場の思いつきだったし、やはり無理があったかな。
「勇者様! あなたはどうしてこう、全部ひとりで片付けようとするんですか!」
我慢できなくなったようにエリスが駆け寄ってきた。
「最初から私たちを頼ってくださったら、もっといい解決方法がいくらだって、い、いくらだって……もう! もうこのバカ勇者! バカ! バカバカ!」
「うわわ、ごめん泣かないでエリスっ。僕もまさかこんな——いったぁ!」
今度はスパコーンと頭を叩かれた。
「ロダム、杖は痛いよ……」
「じゅーぶん加減しておりますよ。まったく、サミエルが忠義をのけて明かしてくれなければ、我々は知らぬ間に後悔させられるところでしたぞ?」
「宿を出たフリしてすぐ戻ったってのに、部屋はもぬけの殻で俺も焦ったッスよ」
ええっ? 三人のうち誰かが王様から見張りを命じられてるのは察していたが。
「もしかして僕の『監視役』って……」
「俺ッス。試験に落ちたって報告した途端、逃げないように取り押さえろって指令が来てびっくりッスよ。本人に戻る意思があるからって、様子見に徹してたんスけど」
サミエルは悪びれもせずうなずいた。てっきりロダムが監視役だと思ってたけど、サミサミってば意外と役者?
「でも俺はありのままのことしか伝えてないッスよ。『アリアハンの一級討伐士として
最後はキッと主君を睨みつけるサミエル。
「わ、わきまえろレイトルフ!」
目を剥く王様に、サミエルは涼しい顔をしている。その隣にエリスとロダムが「自分も同意だ」とばかり無言で並ぶ。クビ確定、ヘタをすれば反逆罪で逮捕される可能性だってあるのに……。
「さて、私も少し格好つけるとしようか」
うるうるしている僕の肩をぽんと叩いて、レイさんが一歩踏み出した。優雅な動作で膝を着き、「騎士の礼」を取る。
「王よ。ルビス勅命という彼の言葉が信じられぬなら、私が神命に誓って保証する」
堂々と宣言する一級討伐士に、王様は息を呑んだ。しかも——、
「どうしても許されないなら、代わりに私の腕をもげばいい」
「なに言ってんのレイさん!?」
これには王様どころか、エリスたちや周りで成り行きを見守っている兵士たちも驚いた。当たり前だ、他国の『勇者』が簡単に口にしていいことじゃない。
「レイ=サイモンともあろう者が、この紛い物ごときになぜ……」
「そうだよ! 無関係のあなたがそこまでする義理はないでしょ?」
今回ばかりは僕も王様と同意見だ。慌ててレイさんの腕を引っ張って、撤回してくれと訴えた。
するとレイさん。ちょっと首をかしげると、僕の両肩に手を置いて、静かに告げた。
「無関係なんて言わないでくれ。惚れた弱みというものだよ、青少年」
……はい?
ブッ飛んだセリフを僕の脳みそが理解する前に、強く抱きしめられた。
「んんっ——!?」
唇に柔らかい感触が重ねられる。最初こそジタバタしたが、剣一本でモンスターの大群を蹴散らすような相手になんの抵抗ができようか。
「……んん…ん……」
しかもあれだ。大人のチューってやつですか? 何度も角度を変えてついばまれているうちに、そのせいなのか単に酸欠になったのか、頭がボーっとなってきた。
「ん……っふ…ぁ…」
ようやく解放されたときには、ろくに立っていられなくて。しなやかな長身にすがりつくように身体を預けたまま、ぼんやりしている頭を振る。
「すまない。でも好きなんだ。初めて逢った時から、ずっと」
耳元で熱っぽく囁かれ、のろのろと視線を上げると、端正な顔が間近で微笑んでいた。
「レイさん……僕は……」
どうしよう。急にそんなこと言われても。
困った僕が振り返ると。
全員が (OдO) という顔で固まっていた。
「いやぁああ!! うちの勇者様にナニしてくれやがってんのこの人ぉ!?」
「こンの変態が勇者様から離れろぉ! ってスリスリするなぁあ!!」
「だってカワイイんだもん。あ、こら返せ」
サミエルが僕の服をガシッとつかみ、レイさんから一気に一〇メートルくらいズザザザッと引き離した。
「大丈夫ですか勇者様!? ああ可哀相に、びっくりなさったでしょう」
エリスなんか、まるで交通事故に遭いかけた幼い我が子を心配する母親のようだ。さっき腕が切られかけていたときより激しくないか? 仲間たちのものすごい剣幕に、僕もどう反応していいのやら。
「えっと、そ、そりゃびっくりしたけど。変態は言いすぎじゃあ……」
「勇者様!? まままままさか」
「本気ッスか!?」
サーッと青ざめる二人に、ロダムだけはいつもの穏やかな口調で、
「落ち着きなさいエリス、サミエル。混乱してはなりません。ほら、衆道も武士の嗜みと申しますし——」
「武士ってなんスかー!? あんたが一番混乱しとるわ!」
アリアハン第二近衛隊副長に蹴飛ばされて転がる宮廷司祭殿。散々な言われようにも関わらず、レイさんは楽しそうに笑っている。
「ははは、厳しいね。私はそんなに不釣合いかな?」
「うがー!! まだ言うか! 叩っ斬るぞ変態勇者!」
ちょっ、そりゃいくらなんでも言いすぎだ。
「やめなってサミエル! た、確かに僕とレイさんは……」
世間一般では受け入れられないのはわかるよ。でも、
「一回りくらいの年の差ならアリだとおm」
「「「そこじゃNEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!」」」
なにそのツッコミ。
「いや俺らだって、勇者様がその気だってんなら応援してやりたいッスよ?」
「でもここはグッとこらえてください。流されてはいけませんっ。今まで読んでくださってた読者様もここでブラウザバックしたら帰って来ませんよ!?」
半泣きで必死に説得する仲間たちは、まるで身分違いの恋をした主君を必死に諌める臣下のようなぁ〜ってもうウマイ比喩が見つかんねーよ、なんなんださっきから! お前ら偏見持ちすぎだっつーの!
「エリスもサミエルもいい加減にしろよ、あんまり失礼だろ!」
「ですが殿方同士の恋愛なんてカテゴリ的にブッチぎりでアウアウじゃないですかっ。タグ詐称すんなって炎上するに決まってますでしょう!?」
「確かにビジュアル的にはちょいヤバかもだけど、どうせテキスト表現なんだから設定が女性ならセフセフじゃないのかよ!?」
「そりゃこいつが女なら……………………………………え?」
全員がいっせいにレイさんを振り返った。
「「「お、女〜!?」」」
本人は腹を抱えてゲラゲラ笑い転げている。
「アーハハハハハ! か、彼らを責めてはいけないよ、青少年。君のその鋭い観察眼が、他の人間にも備わっていると思わないほうがいい」
◇
なんと、みんなレイさんのこと本当に男だと思い込んでいたらしい。
おいおい、普通わかるだろ? 注射とかで改造してるわけじゃなし、どうしたって違和感あるじゃん。そんなのマンガとかゲームの話だけで
……ゲームだった orz
「いつから気付いてらっしゃったんですか?」
まだ半信半疑のような口調でエリスが聞いてくる。
「最初から。僕はてっきり公然の秘密なんだと思ってたよ。だからレイさんのことも一度も『彼』とか『彼女』って言ったことないし」
僕の言葉に三人は「えっ?」と顔を見合わせた。
「前のStageからですか! じゃない、前の前でしたっけ?」
「リンクどこだリンク!」
ちなみにレイさんの初登場はStage.11の中盤からですが。
「本当だ……マジで言ってないッスね」
「そのせいでたまに文章が不自然になってますな」
うるさい、仕方ないじゃないか、僕だって気を遣ってたんだ。
原作ではレイさんにあたる
聞けば本名を伏せてるとか、有名人っぽい苦労してるらしいし、僕も曖昧にしておいた方がいいだろうと判断したんだけどね。
こみ上げる笑いを抑えつつ、その「彼女」はカードサイズの金色のプレートを取り出した。アルスも持っていた、一級討伐士の身分証だ。
「いちいち説明するのも面倒で、今は男で通すようにしているが。この通り世界退魔機構には『レイチェル=サイモン(女)』で登録されているよ」
決定的な証拠を見せられ、サミエルとロダムはようやく安心したようにうなずきあった。エリスはまだジトーっとレイさんを睨んでいるが、不機嫌な彼女をよそに、サミエルは当然のごとく次の矛先をこっちに向けてきた。
「そうなると、勇者様はどうなんスか〜?」
ニマニマしつつ僕をヒジで小突く。ロダムも同じ顔だ。
「しっかり見せつけられてしまいましたしなぁ。おや勇者様、耳まで真っ赤ですぞ?」
「あ、当たり前だっつーの……」
さっきは照れる間もなく大騒ぎになったけど、僕だってまだ一六なんだぞ、そこまで耐性できとらんわい。
でも返事はしないとな。マジでどうしよう。ったく、こういう色恋沙汰とか、ドラクエらしからぬ部分はやっぱり僕の担当らしい。
正直、レイさんみたいに男顔負けのカッコイイおねーさまがお相手じゃ、どう考えても恋人ってより弟かツバメがいいとこだ。僕だって男だぜ、そんな年上にいいように翻弄されるなんて…………まあ…………悪くないかな……
「ぬぅあぁにを考えていらっしゃるんですか、勇者様ぁ?」
「もちろんどうお断りしたら角が立たないかなーってことだよははははは」
「当然ですわ。勇者様には重大な使命があるんですもの、女にうつつをぬかしてるヒマなんざありませんわよねぇ?」
にっこり。
エリス怖いよ。
「あー、ということで……レイさんゴメンなさい」
僕は腰から九〇度で頭を下げた。
いやまあ、僕の年齢では不純異性交遊になるし、そうなるとやっぱり世間体面的にヤバイ気もするし、だからといって成熟した女性にずっとプラトニックでいてくれというのも酷な話だし、僕だってアレがコレでソレだから、いろいろと……ねえ?
レイさんは一瞬すごく切なそうな顔をしたが(本当にごめんなさーい!)、すぐに笑顔になった。
「まあそうだろうな。いいさいいさ、悩ませてすまなかった」
が、またもやとんでもないことを言い出した。
「でもせめて、しばらくは一緒に旅をさせてくれないかな?」
え? つい身構えてしまった僕に、黒の剣士はひらひら手を振る。
「諦めは早い方だよ。信じてくれ、誓ってもう手は出さないから」
途端にうちのパーティは祭り状態になった。
「信じられません! 絶対また勇者様になにかするに決まってるわ!」
猛反対するエリスに、さっきまでの拒絶っぷりはどこへやら、女性と判明した途端すっかり肯定派に回ってしまったサミエルが反論する。
「そこは信じてやれよエリス、レイさんは嘘をつくような人じゃないだろ。それに東の二代目が入ってくれりゃあ百人力だぜ。なあロダム」
「そうですな。先ほどのように勇者様個人に私的感情で近づかれては全体の士気に関わるので私も賛成しかねるが、あくまでメンバーとして加わっていただけるなら問題ないのでは。レイ殿は呪文についても
中立だったロダムも今はサミエル側のようだ。確かにアレやコレやを置いとけば、純粋な『戦力』としては桁外れだからな。
仲間になだめられ、エリスは口を尖らせている。だが彼女も変に意固地になるような子ではない。ギュッと目を閉じた後、レイさんに向き直った。
「あなたほどの実力者にご協力いただけるなら、我々の方こそ頭を下げるべきだと思います。ですが申し上げた通り、勇者様は重大な使命を背負われています。ですから……その妨げとなさらぬよう、それだけは気を付けてくださいね」
「もちろんだとも」
わーっと歓声があがり、パチパチパチとサミエルとロダム、さらには成り行きを見守っていた兵士さんたちも盛大な拍手を送る。
「素晴らしい。それでこそエリスですな」
「改めてよろしくッス、レイさん!」
「こちらこそ」
あっという間に和気あいあいムードができあがり、「今夜は歓迎パーティーだ!」とかはしゃいでいる。とりあえず一件落着のようだね。良かった良かった。
ま、ただ一つ言いたいとすれば。
僕の意見はまったく無視ですかそうですか。
「いいけどさー……」
今後うちのパーティのリーダーは、間違いなくレイさんになるんだろうな。
……と、和やかに帰りかけた僕たちの背後から。
「ま、待たんか皆の者おぉぉおおおおおおおおおお!!!!!!!」
魂の底から搾り出すような絶叫が響いて来た。
「まだこっちの話は終わっておらんぞ! 空気読んでずっと黙っていたというに、最後までシカトとはあんまりではないかぁ!!!」
(OдO)…ア
やべ、王様のことすっかり忘れてた。
<REAL SIDE>
……何時間経っただろうか。寝ようと思っても、意識は冴える一方だった。
ベッドの中で何度も寝返りをうっていた俺は、我慢できなくなって身体を起こした。
さっきの電話。ヤツが俺に叩きつけてきた言葉のうちの、九割は嘘だった。
ヤツの癖なんだろうが、タツミがわっとまくし立てるのは、本心を隠したいときだ。俺を責めるその内容はいちいち正論だったが、口に出している方は心にもない言葉を並べているだけで、そんなことは考えてもいない……声から相手の心情を読むのが得意な俺には、それがはっきりと伝わってきた。
本音は、わずか二箇所。
『僕の存在さえ否定すれば、君はちっとも悪くない』
『友達になりたいって、今でも思ってる』
そこだけだったのだ。
わからない。タツミは俺のことを、まったく恨んでいないのか?
テレビ台の下に押し込んだゲーム機本体の電源ランプが、小さな赤い光を放っている。ヤツと俺の命綱としてはあまりに頼りない。
ベッドを降りて、投げ出していた携帯とテレビのリモコンを拾う。
もう少しだけ、話してみようか。そう決意して俺は画面に向けてスイッチを入れた。
ブンと音がして、茶を基調とした鮮やかな光彩が部屋を染めた。限界まで絞り込んだ音は「王宮のロンド」。ほぼ画面いっぱいをうめる砂地の円形の広場の中心に、タツミたち四人組と、黒装の剣士(レイに違いない)がおり、彼らを挟むように正面に王様、後ろに数人の兵士が控えている。
どこの城だろう。幼い頃に見た気もするが、実際の風景とゲーム画面は別物なので、はっきりとは思い出せない。
まあ本人に聞けば済むことだ、と携帯に目を落とす寸前、「ティロロロ」というテロップの表示音が流れて、俺は反射的に画面を見た。
そこで俺h
※「まあ ほれた弱みと 言うものだよ。っちゅ!」(←ドラクエ的表現)
カシャン!(←携帯を取り落とした音)
……………(←アストロン状態)
※「最初に会ったときから ずっと好きだった」(←ゲーム仕様による会話の簡素化)
……これはなんだ。(←意識の回復)
なにやらヤツとレイがアヤシイことになってるんだが?(←状況分析)
どうも目がおかしくなったかな。(←合理的解釈の模索)
※「勇者様 本気ですか?」(←ゲーム仕様による会話の簡素化)
▶はい いいえ(←駄目押し)
しかもOKなの?(←状況理解)
いやいや、まさかな。(←拒絶)
本当は寝ちゃってるらしいな俺。(←現実逃避1)
ったく、変な夢見てるよな俺も。疲れてるんだな。(←現実逃避2)
……俺は再びテレビのスイッチを切った。ごそごそとベッドの中に潜り込む。
とにかく、今はただ眠りたかった。
バラモスの用意してくれたあの
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Stage.17 うちの勇者様
<GAME SIDE Another>
【サミエル=レイトルフの場合】
勇者様について? タツミのことッスか。あー……、確かにあいつは得体の知れないやつッスよ。自分は異世界の人間だ、とか言い出したときは、こいつアタマおかしいんじゃねえかと思ったし。
んで、いざ一緒に行動してみたらマジでこの世界の習慣を知らないみたいで、「トイレの男性用マークはどっちだ」とか聞いてくるから焦ったッス。「革靴」が男用で「扇子」が女用のマークだって、世界共通の常識じゃないスか?
あとほら、よく宿屋でメシの後にサービスでニームの枝がついてくるっしょ。なんとあれをポリポリ食っちまったりとか。
「……勇者様、それ噛んで柔らかくして、歯を磨くんスよ」
と俺が呆れ半分で教えてやったら、えらく感心してたっけ。
あげくに、パーティの金銭管理はリーダーの仕事だからって俺たちの所持金を預けた時は、「ええ! ゴールドって銀貨や銅貨もあるの!?」なんてこれまた当たり前のことに驚いてたし。本当にこいつがリーダーで大丈夫なのかって、俺も不安になったもんッスね。
だけどタツミって、すごく熱心なんスよね。行く先々の街や城で片っ端から本を読み漁って、暇さえあればロダムやエリスに、呪文や世界の歴史について習ったりしてる。俺にも魔物との戦いの注意点とか、しょっちゅう質問してくるし。
今でこそあいつも慣れたもんで、旅のプランニングや経費の計算、売買の交渉とか、冒険に関する雑務も一通りこなしてるけどさ。もともと記憶力はすこぶるいいヤツだったけど、こんな短期間で覚えたのは、やっぱ努力の
まあ厳しいことを言えば、この程度はどのパーティでも当たり前にやってることで、冒険者としてはまだ全っ然なっちゃいないッスけどね。
まして「勇者」が魔物と戦えないなんざ、よそには絶対に知られたくない話だし……。
それでもなぁ。
血がダメなのはかなりマジだろうに、あいつは吐いても吐いても逃げ出さずに俺たちの戦いを見守ってるんスよ。俺自身が知らないうちに負っていたケガに気付いてくれたり、エリスもほら、女ゆえのサイクルってのがあるっしょ? それで体調が悪いのを見抜いて、俺らに「フォローしてあげてね」ってさり気なく頼んできたりとか。
マメっちゅうかなんちゅうか、いつも俺たちを気遣ってて……自分の方こそ、戦闘のたびに顔が真っ青になってるってのにな。
だから、あいつが戦えないなら俺が二人分戦えばいいや、なんて。
いろいろ頼りないヤツだけど、今の俺たちのリーダーは、やっぱタツミなんスよね。
そういうことで、王様。
あいつが理不尽に罰せられるのは許せないッスよ、俺は。
◇
なーんて意気込んでアリアハンの刑場に乗り込んだ俺たちだったんスけどねぇ。
現在、その王様はひとり壇上でイジけてますよ。先刻の騒動ですっかり存在を忘れられていたのがよっぽど悲しかったらしいッスね。執行役の兵士たちも「どうするよオイ」とかマゴついてるし、なんかもうすっかり
ピーヒョロロ〜と鳶が
「王よ、ここはいったん腰を据えて、じっくり話し合うべきではありませんか?」
だとさ。まあ無難な提案だわな。王様も渋々壇上から降りてきたんスけど、なんか情けない顔してるわ。
タツミの方も同じように肩を落としてて、俺と目が合うと苦笑いした。
「今の王様の気持ち、僕もよくわかるよ。なんかこうして落ち着いちゃうと、結局のところ、『吐け!』『言うもんか!』『じゃあ痛めつけてやる!』『やるならやれよ!』とお互いに意地を張り合ってただけ——って感じだもんね〜」
「っぷ」
思わず吹き出した俺。本当にその通りだもんなぁ。
タツミはそれで吹っ切れたらしく、一歩前に出ると、王様に思いっきり頭を下げた。
「あの、王様。いろいろ失礼なこと言っちゃって申し訳ありませんでした!」
そうそう、うちのリーダーは本来、自分が悪いと思ったらすぐにちゃんと謝る人間だもんな。今回みたいにわざと反感買うような真似してるのは、全然らしくないんスよ。
王様もしばらーく黙っていたけど、やがて降参とばかりに両手を挙げた。
「わかったもうよい。不問とする。貴様ではないが、だんだん余も面倒になってきたわ。お前たちも下がってよいぞ」
どこかスッキリしたように笑いながら、王様は兵士たちに退席を命じた。兵士たちはサッと敬礼すると、物騒な道具をかかえてそそくさと刑場を出て行く。あいつらも本当は嫌々従事していたんだろうな。
アリアハンはもともと平和ってゆーか、ノンビリした国ッスからね。魔物ガラみの暗い事件はたびたび起きてるけど、それがなきゃこんな陰気な話は滅多に無い。いつだったか、王様が自分の息子みたいに大事に思ってるオルテガ様のご子息に
「まったく、本当に虫の好かんヤツだ貴様は。余の力量を試すなど、侮辱罪で打ち首にされても文句は言えんのだぞ?」
王様がチョンと首に手を当てるマネをすると、タツミは胸の前で手を組みつつブンブン首を振った。
「いやだなー王様、僕そんな恐れ多いことコレっぽっちも思ってませんよ? 偉大にして神聖なる
「だーまーれ、少しは物怖じせんかこのクソガキが。……まあ確かに、余も少しばかり頭に血が昇っていたかもしれんが」
ありゃ? なんかこの二人、かえって仲良くなってないか?
「ふむ。やはりアリアハン国王は立派な方だな」
とか言いつつレイさんはニタニタしてるし。この人も最初から結末が読めてたっぽいな。
「さて、余は譲歩したぞ。次は貴様の番であろう?」
王様の言葉に、タツミは少し困ったような顔でうなずいた。
「——わかってます、アルス君のことですよね」
アルセッド=D=ランバート。
本来、俺たちがともに旅をするはずだった、真の勇者たる少年。
タツミは間違いなく「彼」の身に起きたことを偽っている。それは王様が疑問に思うまでもなく、俺たち三人も薄々察していたことだ……が。
けど実は、「とりあえず向こうが言い出すまではそっとしておこう」って俺たちの中で話し合いは済んでたりする。実際あいつはマジメに勇者として人助けの旅を続けてるんだし、たとえ隠し事をしていようとそれなりの事情があるんだろう、ってさ。
だいたい、王様がタツミに「アルスの名声を横取りしようとしている
でもまあ、そろそろ真実を聞いておきたいところではあるなぁ。
エリスやロダムも同じ考えなのか、じっとタツミの方を見つめてる。
うちの勇者様もそれに気付いたのか、軽く肩をすくめてうなずいた。
「わかりました。僕にわかる範囲のことはお話します。ひとまず腰を落ち着ける場所を貸していただけますか、王様?」
【エリス=ダートリーの場合】
タツミ様のこと、ですか?
そうですね。実はその……今だから言える話ですが、最初の頃、私は彼をまったく信じていませんでした。
タツミ様は一見すると、温和で人当たりが良くて会話上手、他人とすぐに打ち解けられる方ですが——その笑顔の裏でいつもクールに場の空気を読み、先を計算しているようなところがあります。私だって、ついついアルス様と比較してしまうからこそ、そういう性質に気付きましたが、普通の人は彼の表面的な笑顔に簡単に騙されるでしょうね。
あ、ごめんなさい、騙されるというのは言い方が悪いわ。それが彼なりの気遣いや優しさなんだって、今はもうわかっていますから。
まあロマリアにいた頃までは私もそんな感じで、
(このニセモノがアルス様の命を握っているのかしら)
と本気で不安に思っていました。王様が疑っていたように、私も彼が、アルス様に成り代わろうとしている魔王の手先かなにかでは……と考えていたんです。
だからモンスター格闘場での八百長じみた大勝にも大げさに感心してみせましたし、おとなしく彼の指示に従って金の冠を取り返しにも行きました。
どういういきさつなのか一時的にロマリアの国王代理を務めることになった彼から、
「僕、王様してる間にちょっとやっときたいことがあるんだ。そんなにかからないから、しばらく宿屋でのんびりしててよ」
そう言われましたが、私は彼に秘書役として手伝いを申し出ました。だって、こんな怪しい人間にロマリアのような大国の権力を渡すなんて危険じゃないですか。
「ありがとうエリス、本当に助かるよ。ごめんね、疲れてるのに」
少し照れたように言う彼に、
「いいえ、お気になさらずに。タツミ様の方こそずっと働きづめではないですか、少しは休まれたほうがいいですよ?」
なんて白々しく心配するフリをしながら、私は彼の動向を探っていたんです。
結局、タツミ様は約束どおりすぐに王位を返還し、一日も経たずにロマリアを出立することになりましたけど。
——それから、初の魔物との戦闘に至り。
タツミ様が血に弱いということが、ここで初めてわかりました。
冒険者の中にも苦手という人はいますよ。ロダムのような僧侶など、基本的に殺生ごとは好みませんし。でも彼の……血液恐怖症というのでしょうか、あれは半端ではないですね。木陰で吐いているのを見かねて水筒を持って行きましたが、とても演技とは思えないくらい参っていました。
なのに、
「ごめんね〜、血はどうも苦手なんだよねw 近いうちに必ずなんとかするからさ」
と、必死に笑顔を作ろうとするんですもの。
この人、悪い人じゃないのかしら……?
ふとよぎったその思いは、ピラミッドで確信に変わりました。
タツミ様と二人で落とし穴にはまり、魔法が使えない地下道を彷徨い歩き、どうにもならなくなって通路の隅に隠れて休んでいた時です。
気を紛らわせようと雑談をしていたんですけれど。
その会話の方向性が、私に
むしろ遠回しに誤魔化さないではっきり言ってくれた方が良かったんですが、男の彼から女の私に「身代わりになれ」とはさすがに言い辛いのでしょう。そう思って、親切心で私の方から言ってあげたんですよ。
私を置いていけ、と。
抱きしめてあげたのは、まあちょっとしたサービスで。
……すぐに後悔しましたけどね。
その時のタツミ様の表情は、今でも忘れられません。
悔恨とか自己嫌悪とか、なにかそういった、自分に刃を向けるような負の感情に一気に支配されてしまったかのような。
うまく言えないんですが、たとえば、大切な人をどうしようもない理由で殺してしまった、その直後みたいな。もう他人にはどうすることもできないくらい自分を追い込んでしまった人を、目の前でただ見ているしかない状態というのか……。
しかも驚いたのは、彼は次の瞬間には、スッといつもの笑顔でそれらすべてを覆い隠してしまったことです。
「じゃあ、ちょっと様子を見てくるから、君はここで待っててくれる?」
まるでなにごともなかったかのように。正直、私はほっとしました。私には、さっきの状態の彼にどう対処していいかわからないもの。
だから、あの時の私の言葉の、本当の意味は。
「なるべく早く、帰ってきてくださいね」
そしてさっさとどこかの街に戻って、宿を取って、この人に暖かくしておいしいものを食べさせて、ゆっくり眠らせてあげたい。
そう思ったんです。
キスをしたのは……よくわかりません。
私の方こそごめんなさい、って、そんな気持ちの表れだったような気がします。
◇
刑場から応接間に移動した私たちは、そこでタツミ様のお話を聞くことになりました。
「まず謝ります。僕、嘘をついてました。アルス君がいなくなったことに関して、魔王が直接なにかしたわけじゃないんです」
アルス様は魔王に封じ込められたのではなく、タツミ様の異世界に飛ばされ、替わりにタツミ様がこの世界に送られたというのです。
つまりお二人は入れ替わってしまったのだ、と。
「ではアルセッドはどうしてるのだ? 無事なのか」
王様の問いかけに、タツミ様は自信が無さそうにうなずきました。
「たぶん。僕が住んでいた世界に魔物はいませんし、アルス君ほどの戦闘技術を持つ人間もほとんどいません。まず危険はないと思います」
私も少しですが、タツミ様が住んでいらした世界について聞いたことがありました。魔術の類はいっさい存在せず、まったく異なる文明を持つタツミ様の故郷。そこは魔王も魔物もいない平和な世界であると。
タツミ様はそこで溜息をつきました。
「正直、僕もなにが起こってるのかわかってないんです。この世界に来る直前に、神様だかなんだかに簡単な説明をされただけで……。僕がアルス君の代わりに魔王を倒さなければいけないらしいんで、やっぱり魔王が間接的に関わっているのかもしれませんけど、それも僕には答えようがありません」
「なるほどな。君も大変だったね、青少年」
レイ様がしみじみと言いました。
「いきなり見知らぬ世界で『勇者』をやれなんて言われて。よくやってるじゃないか」
「まあなんとか。——ただ、アルス君の方はどうも以前から、僕や、あっちの世界のことを知っていたみたいです。『夢を通して見ていた』と言っていました」
え、夢で見ていた……?
(——聞いてくれよエリス、また例の『夢』を見たんだ。ほんと不思議な世界だよ、ヒコウキってわかるか? 何百人も人を乗せて空を飛ぶんだぜ。ラーミアよりすげえよな!)
どうしてでしょうか。嬉しそうに語るアルス様の姿が浮かびます。
そんなこと、過去に一度もなかったはずなのに。
「なんだか貴様はアルセッドを知らぬような口ぶりだな。以前、余に『アルセッドは自分にとっても大切な存在だ』と言い切ったではないか」
王様がややキツイ口調で尋ねました。タツミ様はそれにも困った顔になりました。
「それは間違いありませんが……。当時は彼がアルスという名で、しかも僕とそっくりだなんて知りもしませんでした」
「知らないけれど大切な存在? タツミ殿、どういうことですかな?」
ロダムが首をひねります。
「えーと、なんて言えばいいのかな。僕の世界では、彼の冒険譚が絵本みたいな形で残されているんだよ。この世界にも古い伝説や神話を描いた子供向けの絵本はあるだろ? 僕もそういうのを読んで育ったというか……だから、勇者アルスは僕にとって憧れの英雄というか、なんかそんな感じなんだ」
「すでに伝説になってるって? じゃあタツミさんトコの世界って、未来の世界なんスか? これからどうなるかも知ってるとか」
興味
「もしかしたらそうかもね。僕が知ってる話では、勇者は魔王を倒して世界を平和にするよ。登場人物の名前はハッキリしないんだけど、戦士や僧侶や魔法使いが仲間だったから、きっと君たちのことなんじゃないかな?」
おっしゃぁ〜!と嬉しそうにガッツポーズをするサミエルを、王様は呆れたように見ています。
「まあそれはわかった。で、アルセッドのことだが……まさかと思いたいが、自らの意思で貴様の世界に行ったのか?」
王様がそう問いかけると、タツミ様は申し訳なさそうに首肯しました。
「だと思います。でも、なんだかつらそうに見えました。皆さんからこんなに頼りにされて、心配されてるんですから、きっとよほどの事情があったんじゃないかな……」
その後もいくつか質問が出ましたが、タツミ様にもはっきりしないことばかりでした。
「貴様をアルセッドの後継と認めよう。余に報告を怠らぬように」
最後に王様から正式な許可が下りました。わけもわからず勇者を押しつけられた彼の苦労が、王様にも察していただけたのでしょう。
そこでひとまず、私たちは解散したのでした。
【ロダム=J=W=シャンメールの場合】
アリアハン城を出た我々は、その足でルイーダの店に向かいました。タツミ殿が、すぐにもレイ殿の歓迎パーティーをしたいと言い出したのです。
「僕のせいで変なことになっちゃったし。……それと、なんと言いますか、このままじゃサヤさんところに顔を出しづらいし。もちろん、落ち着いたらちゃんと行くけどさ」
勢いをつけるために先に一杯ひっかけたい、というところでしょうか。気持ちはわからないでもありませんが、そこはまずサヤ殿に謝りに帰る方が先では——。
と思ったのですが、
「ねえねえ、ダメかな〜?」
タツミ殿の「お ね が い♪ ウルウル瞳攻撃」にレイ殿とサミエルがあっという間に陥落したため、多数決で即決されました。
その後、ルイーダの店の二階の一室を借り切って、大いに盛り上がりました。
二時間くらい経ったでしょうか。
そろそろドンチャン騒ぎも一通り落ち着いた頃、私はふと、店内にタツミ殿の姿がないことに気が付きました。
彼はあれでなかなかの酒豪で、少々のお酒では参りませんが、酔って絡んできたレイ殿をあしらったり、それでまたいきり立ったエリスをなだめたり、調子に乗って脱ぎだしたサミエルを酒瓶でドついておとなしくさせたりと忙しく立ち回っていたので、息抜きをしに行ったのかもしれません。
私もそっと席を離れ、外へ出ました。少々気になっていたことがあり、この機会にタツミ殿に確かめられればと思ったのです。
彼は店の横を流れる城の外堀のふちに座っていました。すっかりお気に入りとなったスライムのヘニョを抱き、空中に投げ出した足をまるで子供のようにぶらぶらさせながら、水面に映った月を見つめています。
「疲れましたか」
私が声をかけると、気配には気づいていたのでしょう、彼は微笑んで片手をあげました。拒む様子はなく、隣に立った私に彼の方から話かけてきました。
「ごめんねロダム、嫌な思いをさせたね」
「それは、王様との約束のことですか? それともレイ殿のことですか?」
私の言葉に、彼はあう〜っと情けない声を出しました。
「どっちもだけど——。レイさんのアレさ、やっぱり本気だよね。年下をからかってるとかじゃないよね」
「まあ冗談ではなさそうですな。私も女性の気持ちはよくわかりませんが、少なくともレイ殿の人となりからして、ふざけてあのような言動はなさらないでしょう」
「だよねー……。いや確かにレイさんの戦力は欲しかったから、ちょっとは『仕掛け』たさ。でも別に女心をもてあそぶとか、そんなつもりはまったく無かったんだよ」
水面の月から上空の月へと仰ぎ見て、またうあ〜っとうなっています。
私はわざと澄ました顔を作って言いました。
「ほほぉ。わざわざ私に『自分が血に弱いことはレイさんに決して話さないで』と念を押してから、いかにも話してくれとばかりにサミエルと連れ立って武器屋に行ったり。洞窟内でも、我々にもまだ話していない悩みをレイ殿だけにはこっそり打ち明けたとか、いやはや勇者様もなかなかやり手だなと感心しておりましたが?」
そもそも、普段のタツミ殿はご自分がアルス殿の偽者だとバレないよう第三者への態度にはかなり気を遣っています。しかしレイ殿に限っては、妙に適当だったり、わざと弱みを見せていたところなど、ずっと気になっていたのです。
「だーからー! 『なんか頼りない後輩君をちょっと助けてやろうか』なんて思ってくれればいいなぁ、程度だったの! 王様に実力を計られてる状況でこっちから助力を仰ぐわけにもいかないし、でもこんなチャンスは逃したくなかったし。だいたいあんなスゴイ人が僕みたいなガキに本気で惚れるとか、あり得ないだろ? 普通は思わないってば!」
レイ殿のことは本当に予想外だったのでしょう。いつもどこか冷静に構えている彼が、すっかり弱りきった顔で言い訳しています。
なんだか私は、ようやく年相応の勇者様を見られたような気がして、ついつい笑顔になってしまいました。
「ではそういうことにしておきましょう。なに、レイ殿も立派な大人だ、自分の恋はきちんと自身で責任を取りますよ。あなたを悪く思ったりはしないでしょう」
「う〜……。僕ももう一回、ちゃんと謝るつもりだけどさぁ……」
「そうですね。——まあ、ひとまずレイ殿のことはそれとして」
それよりも問題は。
さきほどから、彼がなんとか話題を逸らそうとしている、もう一つの方です。
「……なぜ、我々に黙って国王とあのような約束をなさったんです。しかも、わざと国王を煽ったでしょう? あなたならもっと穏便に済ませることもできたはずです」
ヘニョをなぜていたタツミ殿の手が止まりました。
「どうしてですか。理由があるのでしょう?」
私はなるべく声に棘がないように問いを重ねました。
アリアハン城でのさっきの話も、私は彼がすべてを語ったとは思っていません。まだなにか隠しているのは間違いないでしょう。
ですが、タツミ殿はそこらの十五、六歳の子供とは訳が違う。彼が自分の身が可愛くて嘘や隠し事をするような子ではないことは、これまでの旅でわかっています。この少年がなにを一人で抱え込んでいるのか、少しでもその重荷を分け持ってあげたいと、そう思うのです。
「話してはくれませんか? そんなに、我々が信用できませんか」
スッと月が雲に隠れ、当たりが暗くなりました。
「……このゲームは本当に良くできてるよ」
ようやく、押し殺したような声が彼の口から漏れました。
「ゲーム?」
聞き返した私に、彼は独り言のように続けます。
「本気でクリアを目指すなら、どうしたって心の通い合った仲間が必要になる。利害関係だけのパーティでエンディングに到達できるほど甘くはなさそうだもんね。でもそうして絆を深めて、一緒に困難を乗り越えて、その先の最後の選択まで到達できた時、果たしてそれを全部捨ててまで『あっち』を選べるものなのかな?」
月が雲の陰から再び姿を現しました。
タツミ殿が私を見上げます。そして。
「帰りたくないって……思っちゃうのが、普通じゃないのかな?」
それは、ぐっとなにかに耐えているような。
私たちには入り込めない深いところで、ひとり孤独な戦いを強いられているような。
そんな胸が痛くなるような、笑顔でした。
「ここらでちょっと痛い目に遭わないとダメかなぁ、なんてバカなこと考えちゃったんだ。本当にごめんね、心配かけて。もうあんな無茶はしないよ」
なんと言っていいのかわからず立ちつくしている私に、タツミ殿はもう、いつもの飄々とした調子に戻っていました。「寒くなってきたネー」なんて腕をさすりながら、店に向かいます。
その後ろ姿が今にもフッと消えてしまいそうな気がして、私も急いで後を追いました。
彼の言ったことは、私にはよく理解できません。
ただ、「ゲーム」というからには勝敗がある。
そしてその負けというのが、先ほどの言葉の通り「この世界を好きになり、元の世界に帰りたくなくなってしまうこと」——なのであれば。
私たちがこうしていっしょに泣いたり笑ったり、心を通い合わせて旅をしていることのすべてが、彼にとっては重荷にしかならないと、そういうことになるのでしょうか。
それはひどく悲しい話だと……私は思いました。
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Stage.18 SAKURA MEMORY -Part2-
----------------- REAL SIDE -----------------
繋がらない。
何度リダイアルしても、タツミは一向に携帯に出る気配はない。
(とうとう面倒になったのかね……)
テレビ画面には、青い海原と船だけがドットで映し出されていた。船の名前は、俺が最初に旅をした時と同じ「リリーシェ号」だと前に聞いたことがある。
※「いいじゃないか 少しくらい うわきしても」
はい
▶いいえ
※「せめて チューくらい いいだろ?」
はい
▶いいえッ
※「そうは言っても 君の年なら たまってたりしない?」
はい
▶い い え!!
※「どんな プレイでも 応じるけど」
はい
▶……………………ィィェ
「なに迷ってんだお前は」
どうやらタツミ君ってば、レイおねーさまにモーションかけられまくってるらしい。さっきからずっとこんな調子だ。
※「私だって おんな だ 恋のひとつやふたつは したいじゃないか」
という決定的なセリフがあったお陰で、レイが実は女だったということがわかって俺もホッとしてはいるんだが(あいつ女だったのか)、しっかし勇者同士でなんつー会話をしとるんじゃ。
「とりあえず、命に関わるような大事にはなってないみたいだな……」
試験で合格をレイに譲った時は妙に胸騒ぎがしたんだが、なにごとも無く済んだみたいだ。まあ試験は所詮ただの試験だし、落ちたところで死にやしないが。
——実際はアリアハン国王によってあやうく腕を切り落とされるところでした、という話を俺が聞いたのは、ずっと後になってからだ。
もしこの時、俺がそのことを知っていたら……どうしたんだろう。
俺が現実に来てから、今日で三日目を迎える。
起きてからとりあえず顔を洗って、それからずっと、俺はベッドに寝っ転がったままぼんやりテレビを見つめていた。携帯を片手に、延々とリダイアル操作を繰り返している。
タツミの方は大きな戦力となるレイを仲間に引き入れ、なんだかんだで順調に旅を進めている。このまま放っておけばまさかのクリア=俺の強制送還もアリ。以前ショウに忠告されたように、俺もヤツをうまく誘導して向こうに永住させるよう仕向けるとか、なんらかの手を打たなきゃいけないんだろうが……。
こうも予想外のゴタゴタが続くと、あまり動く気になれなかった。まったく、俺はなにをやっているんだか。
なんとはなしに部屋の中を見回した。向こうにある俺の部屋と比べると物の数も色彩も格段に豊かではあるが、面白みがない感じがする。オーディオ機器だとかマンガや雑誌とか、そういった道楽に関するものが、この部屋にはまるで見あたらないのだ。
ゲームもドラクエ3だけ。他のソフトは一本もなかった。ユリコやカズヒロは、タツミはあまり外出しないと言っていたが、アイツは普段どういう休日を過ごしているんだろう。
「エロ本くらいねえのかよ」
起き上がってベッドの下をのぞき込んでみても期待するようなものはなにもなく、片手に収まるくらいの透明な空のビンがひとつ無造作に転がっているだけだった。拾ったビンを机の上に置く。今までは「移行が完了するまでは」と遠慮していたが、あいつの過去に通じるものがなにかないかと、机の引き出しを開けてみた。筆記用具やファイルの類などが整然と収まっているだけで、見事になんにもない。日記でもあれば助かるんだがな。
プルルルルルル! プルルルルルル!
「お、タツミか?」
てっきりヤツが折り返しかけてきたと思ったんだが、相手はユリコだった。
『もしもしアル君? あれから身体の具合はどう』
心配そうな声だ。考えてみれば、謎のサイコ野郎に襲われて意識不明になったのって、つい昨日の話だもんな。しかもユリコパパとも真剣勝負しちゃってるし、彼女が不安に思うのも当然か。
「大丈夫だよ。傷もほとんど治りかけてるし」
そう答えつつ、サイコさんに斬られた左手の甲に目をやると、うっすらと赤く線が見える程度にまで回復していた。俺としては普通のことなんだが、
『本当に一晩で回復しちゃったの!? ゲームの人ってすごいのね』
ユリコは心底驚いている様子だ。現実ではありえないらしい。
それなら、と彼女の声が明るくなった。
『昨日頼まれてたやつ、いくつかいいの出てきたんだけど。良かったらついでに、あたしとデートしない?』
◇
公園で待ち合わせた俺たちは、ユリコの案内で街に行くことになった。「街」とは言っても、向こうでルーラ座標に登録されるような大きな単位のことじゃなく、おもに駅前や繁華街といった中心部を指す言葉だそうだ。
そして「地下鉄」初体験。
昨日乗った「電車」と似たようなものだが、なんだか落ち着かない。真っ暗な中を高速ですっ飛んで行く体感だけがあって、まるで明かりの無いダンジョンをなすすべも無く延々と滑る床に運ばれているような、妙な気分だ。
次の駅で降り、地上に出たところで、今度は正面の大きなビルに目が釘付けになった。高さだけなら神竜の塔の方が遥かにあるが、全面に鮮やかに空が映り込んでいる。
「ああ、あれね。イグリス・グループの本社ビルよ。ミラーガラスっていうのを使ってて、外から中が見えないようになってるの」
「あれじゃ鳥が間違ってぶつかったりしないのか?」
「よくあるわ。だからってわけじゃないけど、あたしはあんまり好きじゃないわね」
ふと、ラーミアが激突してしまうシーンが頭に浮かんだ。大量のガラス片とともに墜落していく奇跡の鳥を、俺はただ見ているしかなくて……。
「アル君?」
ハッとして首を振った。つい
二人とも朝メシはまだだったんで、手近なファーストフード店で食べながら話すことにした。席に着き、オーダーが出来るまでの間に、ユリコはいくつかの書類を狭いテーブルに広げた。
本題に入りますか。
「アル君が帰ったあと、お父さんの会社の人に聞いてみたら、うちの系列のホテルで何人かバイトさん募集してるって。ただ学校はバイト禁止だから、うまくごまかないといけないけど」
「ありがとう、助かるよ」
昨日、帰りがけにユリコに頼んでおいたことだ。こっちじゃ経歴に『勇者』なんて書けないし、早めに簡単なアルバイトでもして現実に慣れてから、本格的に生活を考えるのが妥当だろう。最初はタツミの名前で大学まで行くつもりでいたが、ヤツの家庭の事情がはっきりした今は、そこまで甘える気にはなれない。
「へえ、住み込みの働き口なんてのもあるんだな。これは三食付き? ああでも寮費でけっこう天引きされるんだ。となると、こっちの家賃と水光熱費だけ徴収って方が節約できていいのか……」
バイトの募集要項に目を通していると、向かい側が妙に静かになった。ユリコが、なんだか曖昧な表情で俺を見ている。
「……もしかしてアル君、自分の世界に帰りたくないの?」
「まさか。帰れるなら帰りたいさ」
即答する。でも心の中ではNOだ。俺はあの世界に帰るわけにはいかない。
「心配すんなよ、万が一の話さ。昨日も話したけど、タツミが戻ってきたあとも、いったん実体化してしまった俺が必ずゲームに戻れる保証はないし。一応の準備はしときたいんだ」
タツミが戻ってきたあと、か。俺もよく言うな。
だが、もしヤツを犠牲にすることなく俺がこの世界にとどまれる方法があるなら、その方がいいけど……。
彼女はまだ納得しかねる様子だったが、そこにいいタイミングで店員がオーダーを運んできた。
「食べようぜ。こっちってなに食ってもうまいもんな、感心するよ」
これは嘘でもなく本当に思う。東西南北あらゆる食材が集まってる国ならではの、深みのある味わいというのか。俺が頼んだ照り焼きポークバーガーも、いったい何種類の調味料が使われてるのか見当もつかない。
ユリコは自分が頼んだフィレオフィッシュを見つめて首を傾げた。
「そうなの? アル君の世界の方が、天然物で新鮮そうで、おいしそうな気がするけど」
「宮廷料理ならともかく、庶民のメシはシンプルだよ。乾パンとたっぷり塩のきいた薄切りベーコンだけってのが三食とか。干すか塩漬けにした保存食がほとんどだし」
「そっか、冷蔵庫なんて無いもんね。モンスターも食料になるの?」
「食える種類はほんの一握りだからなぁ。ゾンビ系は言わずもがな、毒攻撃を使わないやつでも体内に毒素を持ってるのが多いし」
食料調達は冒険者にとっても頭を悩ませる問題だ。戦闘なんてこなせば嫌でも腕は上がっていくが、どんな熟達者でも食えなきゃ死ぬ。
「俺も旅の間に食料が底を付いて、仕方なくガルーダって鳥型のモンスター食ったら腹壊してエライ目に遭ったよ。あ、食事中に失礼」
「いいえ。それにしても——」
ユリコはハンバーガーの包みを片手に、ふう〜と溜息をついた。
「アル君って本当に普通なのねぇ」
っう。そんなしみじみ言わなくたっていいじゃないか。
「どうせ俺は勇者様らしくねえ小物っすよ」
俺が頬を膨らませると、ユリコは慌てたように手を振った。
「そ、そうじゃなくて! 逆よ、感動してたの」
「カンドー? なにが」
「だって、たった数人で世界を救っちゃうんだから、勇者ってすごい人なんだろうなって思ってたんだもん。世界一の学者みたいに頭が良くて、演説したら大統領みたいにカリスマ入ってて、それで、一国の軍隊なんか軽くひとひねりで、しかも一目見たら卒倒するくらい超絶美形で——とか」
「……いまどきのゲームってそんな超人が主役なのか? 俺なら興醒めするな」
「違うけどっ、なんかそういうポテンシャル? 秘めたる力みたいな? そういうのを最初から持ってる人を想像してたの。だから……」
普通の人が一生懸命に努力して『勇者』になったんだってわかって、感動したの。
一息に言って、彼女は照れたように笑った。
「………」
「やだ、ちょっと黙らないでよアル君。ごめんってば、変なこと言って」
「あ、いや」
なんか、びっくりした。
初めてかもしれない。こんな風に、俺自身の努力をストレートに認められたのは。
あっちじゃいつも、「あの」オルテガの息子ならこれくらい出来て当然って目で見られてたから。何事も人並み以上で当たり前、ちょっとでもしくじれば、まるで俺がとんでもない怠け者かと言わんばかりに責められた。身内や仲間は、俺が寝ないで努力していることを知っていたから決して責めたりはしなかったが、それでも俺は特別な人間だと心から信じ切っていて。
「あなたはあの人の息子なんですもの。絶対にできるわ!」
「アルス様なら大丈夫です。オルテガ様のご子息なのですよ? 誰にも負けませんわ!」
……結構、プレッシャーだったんだよな。
「普通」だよ、俺は。
どこにでもいる、ただのガキだよ。
ずっと誰かに言いたかった。その上で頑張ってるんだってわかって欲しかった。
それがまさか、こんな別世界の人間にあっさり言われるなんて。
「あ……あのさ、ユリちゃん」
「ん、なにアル君?」
「もしも、だけどさ。もしも、タツミが……」
プルルルルルル! プルルルルルル!
「タツミから!?」
途端に彼女の空気が一変した。キラキラと期待に満ちた目がジッと俺の手元に注がれる。
携帯の表示は「SHO」。そういえば、わざわざ俺の携帯に登録してくれたっけ。
「ごめん、俺の知り合いだ」
「あ、そうなの」
見るからに落胆する彼女に、俺の中に生じた妙な気分も霧散していく。
所詮、他人。
深入りしてはいけない相手だ。
「悪いユリちゃん、ちょっと待っててくれな」
いったん席を離れて着信する。
『良かった! 出なかったらどうしようかと思いましたよ』
いつも落ち着いた印象のあるショウにしては、妙に焦った口調だった。
『今どこにいます?』
「中心街の、なんつったかな、駅前の店でハンバーガー食ってるが」
切迫するような問いかけに、やや戸惑いつつ答える。
『ああ、わかりました』
そこでショウは気が緩んだのかもしれない。本来なら言わないつもりだったのだろうが……こいつは口を滑らせた。
『昨日ゲームサイドの男に襲われたでしょう。気をつけてください、そいつがまたあなたを狙う可能性があるんです』
◇
俺が最初に胸に抱いたのは、慌てたように警告の電話を入れてくれたショウに対する感謝ではなく、「また面倒ごとかよ」という唾でも吐きたくなるような気持ちだった。
次から次へとなんだってんだ。ここは「テレビゲーム」なんてハイテクな玩具が日常に溢れてるような、平和な国じゃないのかよ。
それでも冒険者のサガとでも言うか、デートなんてシチュエーションにちょっとふわふわしていた俺の意識は、その瞬間に自動的に警戒モードに切り替わった。
「俺が襲われたことを、なんでお前が知ってるんだ、ショウ?」
昨日の晩ショウに会った時、俺はわざと昼間に起きたことをひとつも話さなかった。朝早くから花見に行ったことも、行った先で他のゲームサイドの男に襲われたことも、そのあと夕方までタツミの女友達の家で寝込んでいたことも……なにひとつ。
ショウの登場のタイミングがあまりに良すぎたから。まるで俺を見張っていたかのようで、少し胡散臭いものを感じてカマをかけたのだ。他のゲームキャラに襲われるなんて出来事、知っていたなら必ず話題を振ってくるだろうし、逆になにも知らないなら、こいつを変に巻き込まない為にも俺からわざわざ口にするべきじゃない。
だがどちらでもなく、こいつは「知っていて」話を避けた。俺だって赤の他人を頭から信じるほど単純じゃない。
「お前、何者だよ」
『なるほど、昨日そのことに触れなかったのは、僕を試したんですね』
電話の向こうでショウは感心したように溜息をついた。そして、
『なかなかキレるじゃないですか、かえって安心しました。少なくとも僕は敵じゃないですよ。まずは話を聞いてください、あなたに危険が迫っているんです』
自分のことなどどうでもいいとばかり、あっさり要点を戻された。気に食わないが、俺が疑っていたこともショウは最初から想定していたようだ。
『あなたを襲った男について、僕も詳しくは知りません。僕と違うゲームナンバー出身の人ですしね。ただ僕は、こっちに来てからすべてのドラクエをプレイしてるんで、あなたとあのPCとの関連は知っています。あなたの子孫なんですよ、彼は』
「待て。昨日のあいつが俺の子孫だぁ?」
そう言えばあのサイコさん、アレフガルド流の騎士の礼を取ってたな。
「それにPCって……」
『ああ、僕はゲームサイドの人間のことを『プレイ・キャラクター』の略で『PC』と呼んでるんです。子孫と言っても、あくまでゲーム上の設定ですし、深く考える必要はないと思いますよ』
「ちょっと待てって」
『とにかくですね、僕が今からそっちに迎えに行きますから、あなたはそこを動かないでください』
やはりショウは焦っている。まくし立てるような口調で、俺はロクに言葉を挟む余地もない。
『アルス君は今ひとりですか? もし誰かと一緒なら、うまく説得して離れてもらった方がいいと思います。僕もすぐそちらに向かいますから……』
「だから待てっつってんだろ!」
怒鳴りつけると、はっと息を呑むのが聞こえた。
ったく、従うのが当然みたいに指示すんなよ、シャクに障る。俺への隠し事はもっとあるだろうし、信用できない人間の言うことを聞く義理はねえぞ。
「今デート中なんだ、邪魔しないでくれるか」
『はぁ? あの、アルス君……?』
俺の投げやりな返答に、ポカンとしているショウの様子が手に取るようにわかる。
『た、確かに僕もいろいろと黙っていたことは悪かったと思いますが、それも会った時にぜんぶお話しするつもりです。今だけは信じてもら——』
「ウザいんだっつーの。あのイカレ頭が襲って来るかもってんだろ? そうなった時に考えるからいい。もう面倒くせえのはたくさんだ」
こっちに来てからずーっとワケのわからん状態が続いてるんだ。ようやく穏やかなひと時を楽しんでるんだから、少しはノンビリさせやがれ。
はっきり言って、ストレス溜まってんだよバカヤロー!
『冷静になってください。女性と一緒というなら、片岡百合子さんでしょう? 彼女もあの男に顔を見られてるじゃないですか、危険なのはあなただけじゃないんですよ』
まあね。それどころかユリコちゃん、ボッコボコの返り討ちにしちゃったし。
「それもこっちでなんとかする。心配なら勝手に来いよ。どうせ見張らせてんだろ?」
『確かに昨日まではあなたを監視してましたけど、今朝になってやめさせたんです。あなたがまっとうな人だとわかったから、プライベートを尊重して。だからさっき居場所を聞いたでしょう?』
「あっそ。そりゃどうも」
自分でも少し素直じゃねえなとは思うが、今はまともに対応する気になれない。
互いに沈黙する。
時間にしたら数秒も無かっただろう。さっきとは違う性質の溜息をついて、ショウはワガママな子供に言い聞かせるように言った。
『わかりました。でも、僕があなたを心配してるってことは信じてくれたんですよね? 僕も二〇分くらいでそちらに行けると思いますから、できればそのあたりにいて下さい、お願いします』
そうして電話は向こうから切られた。
溜息をつきたいのは俺の方だ。
断っておくが、俺はユリコを危ない目に遭わせる気はない。ショウは離れろと言っていたが、彼女もあのサイコ野郎の標的にされる可能性がある以上、かえって単独行動をさせる方が危険だ。
それにショウは一日でユリコの身元を割り出す調査力と、人を使って俺を見張らせるくらいの組織力を持っている。そこから逃げ出して未だに捕まっていないのだから、あのサイコ野郎もそうバカじゃない。こんな街のド真ん中で後先考えずに奇襲をかけてくることはまずないだろう。
ならいっそ、いつ襲われるかわからずビクビクしながら隠れてるより、人混みに紛れて動き回り、相手を引きずり出してやる方が対策を立てやすいと——
「なんか難しい顔してるね、アル君」
いきなりユリコが、ヒョイっと腰をかがめて下から俺を見上げてきた。
「うひゃ!? い、いや別に、たいしたことじゃないんだ、うん」
あーあのですねユリコさん。その角度だと、隙間というか、谷間というかがですね、よく見えちゃうんですが。目のやり場に困るんですけど。
一瞬この女ワザとかと思ったが、どぎまぎしている俺をユリコはきょとんと見つめている。もしかユリコちゃん、かなりの天然系?
「待たせて悪い。冷めないうちに食べないとな」
慌てて席に戻ったが、ほら〜どこまで考えたかわかんなくなったじゃねえか。
「今の電話、お友達から?」
無邪気に聞いてくる彼女に、俺は再び思考を巡らせた。どうすっかな。
この子は俺の正体もあのサイコ野郎の存在も知っているから、今さら無理に隠す必要はない。でも変に深入りさせて、俺たちゲームサイドの人間——ショウの言う『PC』が、実はプレイヤーを「犠牲」にするつもりで現世に来ているということまで彼女に知られるのはマズイ。
<ゲームは所詮ゲーム、絶対に安全だし、もちろん死ぬこともない。
クリアすればいつでも帰れるが、現実世界に戻れば二度と交換できない。
なのでわざとクリアを延ばすプレイヤーもいるらしい……>
俺がユリコにした説明だ。一番最初にタツミにも同じ内容を伝えた。
嘘は言ってないが、肝心なこともなにひとつ言ってない。あのお人好しが庇ってくれたのをいいことに、俺はこの瞬間も、彼女をいいように利用している。
「友達じゃないんだ。役所の人でさ」
特に悩む間もなく、そんなセリフが出てきた。
「タツミになんか頼まれてたの?」
「そうそう。ほらアイツ、国から援助金みたいなのもらってるだろ。その書類関係のことで今の電話の人と、タツミの代わりに何度か話してたんだ」
いまさら嘘のひとつやふたつ重ねたところで同じだ。
「了解です。それにしてもタツミのヤツ、アル君を使いッパにするとはねー」
ユリコはまったく疑う様子もなくクスクス笑った。俺も愛想笑いで調子を合わせる。
「まあドラクエもお使いイベントが多いしな」
「もうアル君ったら、勇者様がソレ言っちゃおしまいじゃない」
勇者様、ねえ……。
残りのハンバーガーを口に放り込むと、まだ温かいのに急に味気なくなったような気がした。そんなのは無視して立ち上がる。
「ごちそうさま。次はどこに案内してくれるの、ユリちゃん」
彼女もハンバーガーの最後のひとかけらを口に放り込むと、指先についたケチャップをペろっと舐めつつ視線を泳がせた。こういうちょっとお嬢様っぽくない仕草は親しみやすくて好感が持てる。
「できるだけアル君のリクエストに合わせるよ?」
「あんまりこっちのこと知らないからな。普通でいいよ、デートの定番コースってやつ。俺、職業が職業だから向こうでもあんまりそういう経験ないし」
「あらら、アル君モテそうなのに。よーし、そういうことなら任せなさい!」
張り切ってガッツポーズを取るユリコちゃん。ウザかわいいってやつだな、うん。
悪いなタツミ君。まあ今日だけだから許せ。
今はまだ、もう少しだけ。
「普通」の十六歳でいさせてくれ。
◇
色んな場所を回りたいから、遊園地のような一日がかりになる大型施設は避けることにした。だいたい安全を保証されたアトラクションや、動物園や水族館で人形みたいにおとなしい生き物を眺めてても、俺は全然おもしろくない。
まずは映画館に行った。女の子が好きそうな、異国の若い男女が恋愛がらみでごちゃごちゃやってる内容だった。日本語字幕(俺にとっては向こうの公用語)だったからいまいちストーリーが掴めない部分もあったけど、まあ概ね楽しめたかな。
俺がそう感想を述べると、ユリコは「ああ!」と声を上げた。
「ごめん気付かなくて! そうだよね、日本語が読めるわけないもんね」
「違う違う。それじゃさっき見てたバイトの書類も読めないだろ」
「あ、そっか」
この子やっぱ天然だな。
「実は俺、あんまり目が良くないんだよ」
「え……!? アル君って目が悪かったのぉ!?」
そこまで大げさに驚くことかね。
「もともと小さい頃から弱くてさ。それに俺の世界じゃ夜はロウソクかランプを使うしかないから、遅くまで勉強してるとどうしてもね」
冒険に出た最初の頃は、延ばした自分の指先も二重に見えるくらいひどかった。旅をしてる間にかなり回復したが、まだ映画館のような薄暗いところで字幕なんて読めない。
もっとも向こうは視力を測る習慣が無いから、気付いてないだけで目が悪いやつは他にも大勢いると思うが。
「じゃあこの世界だとなおさら不便でしょ。なんかゲームの世界より、細かいものが多い気がするもの」
実はその通り。初めて外出した時も「標識」の多さに圧倒されたが、現実世界はそこら中に「文字情報」が溢れている。無意識に片っ端から読もうとしてずっと目を凝らしてるもんだから、結構しんどいんだよな。
ユリコは腕を組んで少しうなっていたが、すぐに俺の手を引いて歩き出した。
「よし、お姉さんが眼鏡をプレゼントしてあげよう!」
「いいの? マジで?」
「現実世界に来た記念にね♪」
ユリコちゃん優しいなぁ。でも以前、インテリ眼鏡ってアイテムを装備した時に仲間に爆笑されたんだよな。
「俺に似合うかな」
「アル君くらいイケメンさんだったら、なにやったって大丈夫だって」
それは暗にタツミがイケメンだとノロケてることになるんだが、気付いてないな。
映画館から一番近い眼鏡専門店に行った。落ち着いた雰囲気の店内には、ズラリと陳列された眼鏡が照明を反射してきらきら光っている。
ユリコが店員に話をつけ、俺は店舗の奥にある別室に連れて行かれて妙な機械の前に座らせられた。
「そこのレンズに片目をつけてくださ〜い。奥に何が見えてますか〜?」
妙に間延びした口調の白衣の女性が、機械を挟んで向かい側でなにやらカチャカチャ操作している。言われたとおり見てみると、奥に確かになにかの映像は見えているんだが、映っているモノの名称がなんだかわからん。
「ユリちゃん、ちょっと」
俺は目を離して、そばに立っている彼女の袖を引いた。小声で「アレなに?」と聞いたら、ユリコもレンズを覗き込んでから「気球だね」と囁き返してきた。
「えーと、キキュウ……ですね」
「二重に見えてますか〜?」
白衣のおねーさんがまたカチャカチャなにか操作したら、
「おっ、きれいに見えた。すげえな」
「では反対側の目で見てくださ〜い」
そのあといくつか検査をやって、右が「0.2」、左が「0.8」という数値が出た。かなり悪い方らしく、結果を聞いたユリコがまた驚いていた。向こうじゃそこまで不自由は感じてなかったんだけどな。
再び店舗内に戻り、ユリコは並んでいる一つを手に取った。
「フレームはこれがいいんじゃないかな?」
彼女が差し出したのは濃い青色の金属製のやつで、全体的に細いタイプのものだった。一見ヤワそうに見えるが、形状記憶なんとかって金属でできていて、多少なら折り曲げても元に戻るそうだ。
「少しくらい暴れても壊れないヤツだよ」
にっこり笑う。ゲーム世界に戻ったあとも使えるようにと、強度を重視して選んでくれたのだろう。チクッと胸が痛んだが、顔には出さずに素直にそれに決めた。かけてみると、うん、そこまで変じゃないし。
「じゃあフレームはこれでお願いします。時間かかりますか?」
そばにいた女性店員にユリコが尋ねると、こちらは黒い制服姿のおねーさんがはきはきと答えた。
「いいえ、こちらですと在庫がありますので、40分ほどお待ちいただければ出来上がりますよ」
眼鏡が出来上がるまでその辺をブラついて時間を潰すことにした。ずらりと並んでいる店を片っ端から覗いて歩く。どれも向こうにはない珍しいものばかりでちっとも飽きない。
「こういう時の『金持ちのトモダチ』でしょ! 遠慮しないで買っちゃいなって」
というユリコちゃんに甘えさせてもらい、気がついたら服も靴もフルチェンジしていた。どんどん増えていく手荷物が邪魔になり、一度駅に戻ってロッカーに荷物をぶち込んだところで、あっという間に約束の時間になった。
さっきの眼鏡屋に戻り、先の女性店員からケースに収まった眼鏡を受け取る。さっそく取り出してかけてみると、信じられないくらいクリアに見えた。ってか今までずいぶん見えづらい生活を送ってたんだな、俺。
「世の中ってこんなにクッキリしてたのか……。本当に嬉しいよ、ありがとう」
「どういたしまして。こっちに来て見てみなよ、似合うよ」
ユリコに言われ大きな姿見の前に立つ。そこには、表通りですれ違った若者たちと大差のない少年が、どこかぼうっとした表情で俺を見返していた。なんだかなぁ、俺ってもう少し賢そうな顔してなかったっけか。
店を出て、さてこれからどうしよう、とユリコと顔を見合わせた。さすがにちょっと疲れてきたな。
少し休もうか——と思った直後、すぐ近くから柔らかいメロディが聞こえてきた。ユリコが慌てたようにハンドバックを探る。彼女の携帯電話だった。
「戸田? どうかしたの」
カズヒロからのようだった。そういやカズの方は中途半端になってたっけ。ユリコの方でうまく誤魔化してくれたようだが。
「そうよ、今朝言ったじゃない。今日はタツミとデートだからって……え?」
急に彼女の顔がこわばった。
「それ誰に聞いたの!? なに? ちょっと聞こえないよ、あんたどこにいるの? 戸田? ……やだ切れちゃった」
「どうした?」
ユリコは戸惑うように俺を見上げた。
「戸田、アル君のこと知ってる」
「なんだって?」
「あたしは言ってないよ。でもあいつアル君の名前を知ってて、それになんか変だった。なんていうか、泣きそうなっていうか……すごく怯えてるみたいな感じで」
まさか。
「場所も変だよ、声が反響してるみたいで、とにかく聞き取りづらいの。電波も悪くて何回も途切れそうになってたし」
俺の中で不安がふくれあがっていく。嫌な予感。ほとんど確信に近い。
プルルルルルル! プルルルルルル!
今度は俺の携帯が鳴った。予想通り表示は「KAZUHIRO」だった。
『よう、ご先祖様。もうこっちの女をモノにしたのか。なかなか手が早いじゃないか』
確かに声が反響して聞こえる。
それは向こうで散々迷いまくった、暗く湿った洞窟の中を思い出させた。
次回の投稿は9月5日予定です。
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Stage.19 望むか、臨むか
----------------- REAL SIDE -----------------
通話は一方的に切られ、数回の不通音が流れたのち、俺の持つ古い型の携帯は沈黙した。隣ではユリコが不安そうな目で俺を見ている。
「アル君の知り合いなの?」
そう聞いてきた直後に、ユリコはハッと口に手を当てた。
「もしかして、昨日アル君を襲ってきたあの男!?」
こういう勘は鋭いんだな。
と、シャラっと聞き覚えのある音がした。
「まさかご友人を誘拐するとは思いませんでしたね」
振り返ると、いつもの黄色のシャツに(気に入ってんだろうか)ジャラジャラとアクセをぶら下げたショウが立っていた。
「そろそろ出てくる頃合いだと思ってたよ。ショウ、お前の親父って確かケーサツの偉いヤツなんだよな?」
「そうですよ」
相変わらずニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべている。腹の底でなに考えてるかイマイチわからないが……
「任せていいのか」
「もちろんです」
ショウは自信満々に胸を叩いてみせる。だけど、どこの世界も公的機関は小回りがきかねえからな。
「ケーサツとやらに任せてもちゃんと間に合うのか?」
「この国の警察はなかなか優秀らしいですからね。ロクにこの世界を知らない異世界の人間を取り逃がすことはないでしょう。まして誘拐されたのはどこかのお偉いさんの息子さんなんでしょう? 行動も早いと思いますよ」
「待ってよ! あの、あなたは?」
戸惑うユリコに、ショウはニコっと笑顔を向けた。
「アルス君の友人でショウと言います。初めまして、片岡百合子さん」
「友人って……」
この世界に、自分の他に俺の正体を知っている人間がいたことに驚いたようで、ユリコは物言いたげな目で俺を見た。そんな微妙な空気をあえて無視して、ショウは俺に対して言葉を続けた。
「彼女の事は心配いりませんよ。すでに片岡家の方には連絡を入れています、間もなく迎えが来るでしょう」
「さすが手際いいな」
「ちょっと、どういうこと?」
彼女が困って俺の腕をつかんだ。俺は黙ってそっとその手を離させた。
「アル君は……助けてくれないの?」
ユリコが言う。その時になって初めて気付いたみたいだった。「俺」ならきっと、悪いヤツに誘拐された友人を助けに行ってくれるものだと思い込んでいたんだろう。
俺が勇者だから? 正義の味方は困っている人間を見過ごしたりできないって?
「それはムリだよ、ユリちゃん」
俺は苦笑した。
「さっき自分で言ってただろ、『普通』だって。俺はただのガキだよ。剣も魔法も使えないし、仮に使えたところで、それでヘタに相手を傷つけたり殺してしまったら、捕まるのは俺の方だ。ここはケーサツに任せるべきじゃないの?」
「そう……だけど」
それはなにか違う。ユリコの目はそう訴えている。でも現実は現実、ゲームやマンガじゃあるまいし、そんな「非現実的」なことは起こらない。そうだろ?
と、スーツ姿の男が二人、俺たちに近づいてきた。ユリコがわずかに身を引く。
「お嬢様、お迎えに上がりました。あなたがご連絡をいただいた八城様ですね?」
「そうです。考え過ぎかとも思ったんですが」
「いえ、ありがとうございます。さあお嬢様、今日は帰りましょう」
男達の背後の路上には、妙に威圧感のある真っ黒な車が横付けされていた。もう一人、白い手袋をした壮年の男が、後ろのドアを開けてかしこまって待っている。まるで貴族専用馬車と、その御者って感じだ。ユリコって本当に金持ちなんだなぁ、と感心して眺めていると、クイっと袖を引っ張られた。
「仕方ないわね、今日はおとなしく帰るわ。ありがとうアル君、楽しかったよ」
「ああ。気をつけてな」
「ところで、一昨日かな、公園で声をかけた時すごく驚いてたけど、あの時からもうアル君だったんだよね?」
言われて俺は思い返してみた。そうそう、確かコンビニで牛乳を買ったがやっぱり飲めなくて、代わりに豆乳のウマさに感動して……タツミに電話した直後くらい、か。
「そうだよ」
俺が答えると、ユリコは妙にまっすぐに俺を見つめて繰り返した。
「右側のベンチに座ってたんだよね、確か?」
「だったかな。ゴミ箱をはさんで反対側にもうひとつベンチがあったから、右側でいいんじゃないか」
なんでそんなことを、と聞く前に、ユリコはもう背中を向けていた。
「じゃあね、アル君」
ヒラヒラと手だけ振って、彼女はもう未練などなにも無いように、さっさと車に乗り込んだ。
◇
「思ったより聞き分けのいい子で助かりましたね」
ショウが俺の肩に手を置いた。そのまま軽く押されて、その方向に目を向けると、さっきの黒い車に負けず劣らずという感じのピカピカのデカイ車が、反対車線に止まっていた。あっちは俺たちの方のお迎えらしい。
「悪く受け取らないで欲しいんですが、あなたの身柄は僕たちが保護させてもらいます」
勇者が保護されるって、なんだかな。俺は苦笑しつつ、素直にうなずいた。
「任せると言ったからな。でも、悪いんだけど先に俺のマンションに寄ってくれないか。しばらく戻れないんだろ? どうしても持ってきたいものがあるんだよ」
「わかりました。あまり時間が無いので、急ぎましょう」
うながされるままに歩いて、車に乗り込む。続いて乗り込んできたショウは、運転手の男に俺のマンションに行くように指示してから、大きく息をついた。
すっかり安心した様子のショウに、俺はおかしくなった。
「さっきの、本当は俺に言ったんだろ」
「なにがです?」
「思ったより聞き分けのいい子で助かりました、ってさ」
俺の言葉に、ショウも渋い笑みを返してきた。
「そりゃそうですよ。あなたがこの期に及んでもまだダダをこねたらどうしようかと思ってましたもん。すんなり応じてくれて助かりました」
「啖呵きった手前シャクだけど、もう俺の手には負えないからな」
ユリコの気持ちもわからんじゃないけどさぁ——そう俺がぼやくと、ショウはうんうんとしたり顔でうなずいた。
「賢明な判断ですね。やっぱりあなたは頭の切れる人です。ああそうだ……あと、あなたに頼まれて三津原辰巳について調べさせてもらったんですが」
突然アイツの名前が出てきて、俺はドキリとした。
「正直、入れ替わるには本当に面倒な人間ですよ。まず彼、幼い頃にご両親を亡くしていますが、その原因というのが……」
「ちょっと待ってくれ」
思わず遮った。
「すまんが、それはあとでゆっくり聞かせてくれ。今はほら、カズの方が心配なんだ。短い間とは言え友達だったしさ」
そういっぺんに情報を渡されても混乱するだけだ。物事には優先順位というものがある。ショウは一瞬きょとんとしてから、再び笑顔になった。本当によく笑うヤツだ。
「なるほど、勇者らしいですね。優しいというか。じゃああとにしましょう」
入れ替わるには面倒な人間、か。まあそれはこの数日間で痛感しているが。
そうこう話してるうちに見慣れた風景に戻ってきた。こんな車で乗り付けたところを伯母さんに見られたら厄介なんで、車はマンションから見えない位置に停めてもらう。
「あとさ、念のためついてきてくれるとありがたいっつーか……」
あの伯母さんだからなぁ。またなんかあってヒステリー起こされたら、俺対処する自信ねーもん。
「はいはい。なんか急に頼られるようになっちゃいましたね」
とか言いつつショウはついてきた。玄関の前で待っててもらい、俺だけ中に入った。
室内には人の気配がしなかった。伯母さんは出かけているようだ。テーブルの上に俺が出がけに置いていったメモがそのまま載っていたが、よく見ると隅っこに別の字体で「買い物に行きます。夕方には戻ります」と書いてあった。
普段ならいちいち書き置きなんてしないタイプだと思うが、きっと昨日のことを気にしているんだろう。どうやらあの伯母さんも、心の底からタツミのことを嫌っているわけじゃなさそうだ。
「ほんと、複雑な人間関係だよなぁ」
タツミの自室に入る。テレビ画面の中では、タツミたち一行は女海賊のアジトに来ていて、なにやら問答していた。ま、パーティメンバーに例の黒い騎士『東の二代目』が入っているので、何が起きてもよっぽどのことがない限り大丈夫だろう。
携帯、今なら通じるかな。今だけは通じて欲しい。
プルルルルルル! プルルルルルル! プル……
『はいはーい、どした? なんか困ったのアルス』
この野郎……。今まで散々シカトぶッこいてたくせに、その普通の応答はなんだ。
「どした、じゃねえよ。今朝から何度もかけてたんだぞ。そんなにあからさまに無視することないだろ」
俺がそう言うと、携帯の向こうでタツミはウッと言葉を詰まらせた。だってこいつと会話するの、昨日の夜以来だからな。俺がゲームで何度も冒険を繰り返して嫌になったって告白したあと、「それでプレイヤーを犠牲にして入れ替わるなんて八つ当たりだ」とこいつにマシンガンの如く責め立てられて終わったままだ。
『そ、そうだよね。ごめんね、いろいろ立て込んでたんだ。無視して悪かったけど、ほら、そっちとは時間の流れが違うだろ? ちょっとくらい大丈夫かなって思ってさ』
なにやら必死に取り繕っている。俺はその態度も納得できないのだが。
「なあタツミ。お前、なに考えてる?」
しどろもどろと弁解を続けるタツミを遮って、俺はストレートに聞いた。
「昨日お前が言ったことは全面的に正しいよ。お前はただ、ちょっとしたヒマ潰しに親にプレゼントされた古いゲームを楽しんでいただけなんだ。そのゲームのキャラに逆恨みされて、立場を奪われるなんて理不尽はないよな」
『どうしたのアルス。なんか変な物でも食べた?』
通話口の向こうで、タツミはマジメに心配してるように声を低めた。俺は無視して言葉を続ける。
「だけどお前はどうも、俺のことを嫌ってるわけでもないみたいだし。昨日のアレだって本音じゃなかったろ? お前がなにを考えてるんだか、俺にはわかんねえよ」
少し間があった。
『うーん……あのさアルス、前々から言おうと思ってたんだけど。君ちょっと、物事を深刻に考え過ぎじゃない?』
「はぁ」
思わず気の抜けた声が漏れた。なんだそりゃ。
『やっちゃったもんは仕方ないんだから、グダグダ悩んでないで楽しめってこと』
タツミはまるで、ポンと背中でも叩くように気軽な言葉を投げてきた。
『君が最初に言ったんだよ、これはゲームだって。だから僕はクリアに専念することにしたし、勇者なんて夢みたいな立場もそれなりに楽しんでる。ゲームってのは楽しんだ者勝ちだろ? そもそも、それくらいのゆとりが無きゃ勝てる物も勝てないっしょ』
確かに今の俺にはゆとりなんて無いと思うが。
『ま、僕がクリアするまでは "三津原辰巳" の名前を預けてやるから、それまでアルスも好きにしなよ』
「ちょ、おま、それでいいのかよ!」
『うん。だってゲームなんだし』
おいおい。お互いに一生の問題がかかってるはずなんだが。
……なんか悩んでるのがバカらしくなってきた。
「なーにがクリアするまでだ。お前こそ、これからの勇者生活がもっとラクになるように頑張っとけ。どうせもう二度と帰れないんだから」
『うーわ、なんかこいつ急にヤル気になってるしー』
携帯の向こうでタツミは吹き出した。まるで普通の友達とくだらない話で盛り上がっているみたいに。ホントうちのプレイヤーはなに考えてるかわからん。
「あー……タツミ。俺これからちょっと出かけるが、しばらく連絡が取れなくなると思う。今はレイと一緒なんだよな?」
『そうだけど』
「面倒ごとはなんでもアイツに押しつけて、お前は無理すんなよ。いいな」
『およ? えーと了解。じゃあそっちも気をつけてね』
「ああ。またな」
携帯を切る。
ひとつ深呼吸した。
それから俺はすぐ玄関に行き、隙間から顔だけ出した。待ちくたびれた様子のショウがホッとしたように声をかけてきたが、
「すまん。もう五分だけ待っててくれないか? ホント悪い」
俺は申し訳ない顔を作って拝むように手刀を立てた。室内を気にするように振り返ってみせると、ショウは納得してうなずいた。
「ああ、彼女まだ落ち着いてないんですか。僕が行きましょうか?」
「今はかえってお前が出ない方がいいと思うんだ。面倒なことになってるわけじゃないんだけど……」
「いいですよ。こうなったら焦っても仕方ないですから」
ふわりと笑って、「でもあと10分くらいでなんとかしてくださいね」とまた横の壁に背中を寄りかからせる。俺はもう一度「悪いな」と謝ってから、ドアを閉めた。
そして今度は——ゆっくりと、外に聞こえないよう静かに鍵を掛けた。
こうして一度顔を見せておけばショウも安心するだろう。自分で言った通り、あと一〇分くらいは律儀にあそこで待っているはずだ。靴を持って、ベランダに出てから履き直す。ゲーム機の本体を押収されたら厄介だな……とは思うが、これはどうしようもない。その時はその時だ。
ひらりとベランダの柵を飛び越えた。四階程度なら「移行」が完了していない今の俺でも平気で降りられる高さだ。場所は直接あのサイコ野郎に電話で聞くとして、移動手段は、慣れないうちはタクシーを捕まえた方が早いってショウが言ってたっけな。
走り出そうとして、ふと目の前の公園を見て思い出した。去り際のユリコのセリフ。俺と出会った時のベンチの位置をやたら気にしていたっけ。
周囲を警戒しつつその場所に行ってみると、思った通りベンチの下になにか置いてあった。紫の布に包まれた細長いもので、持ってみるとずっしりと手に重い。口ひもをほどいて中を覗いてみると、金で装飾された柄(ツカ)と、それに続く長柄の鞘が見えた。
俺が使った、あの日本刀だ。
「こんなとこに置いといたらアブねえだろうがw」
やっぱ期待されてるらしい。
ずっとイライラしていた。煮え切らなくて、決意しきれなくて。自分がこんなに優柔不断で、覚悟の決まらないヤツだとは思わなかった。しかも情けないことに、今でもいろいろ迷ってる。だけど。
好きにしなよ。
その一言が、俺の中でくすぶっていた物をみんな吹き飛ばしてくれた気がする。
まあ行くだけ行ってみるか。ゲームは楽しんだ者勝ち、らしいしな。
----------------- GAME SIDE -----------------
「んもうっ、彼ってば意外とナイーブだったのね☆」
……………。
いや、やっぱアレはちょっと、言い過ぎた……かな。
通話を切ってから、僕は深く反省した。
アルスなんて強気でワガママで俺サマ全開なタイプだと思ってたから(第一話を参照してください)、まさかあんなに気にしていたとは意外だった。
まあこっちもつい勢いでっていうか、あれが本音ってわけじゃなかったんだけどね。それはアルス本人も最初からわかってくれてたみたいだけど……。
「あれ? でもなんで『本音じゃない』ってわかってたんだろ」
電話で話しただけなのに、そこまで悟れるもんだろうか。
まあいいや。最後はなんだか元気になってたみたいだし、大丈夫だろう。こっちもそれどころじゃなくなりそうだしね。
「おーい勇者様、もういいッスか?」
「あ、今戻るからー!」
僕は携帯をポケットにねじ込んで、急いで建物の陰から表へと出て行った。そこにはいつものメンバーの他に、屈強な海の男共が数十人、二組に分かれてバチバチと火花を散らして睨み合っている。
一方の組は、僕らがいつも航海でお世話になっているリリーシェ号の乗組員さんたち。もう一方は、女海賊ジュリーさんが率いる海賊さんたちだ。剣呑な空気を漂わせている面々の間で、レイさんとジュリーさんだけは妙にのほほんとした様子で、やれやれと肩をすくめている。
「で、結局どうなったのかな?」
話の途中でマナーモードの携帯に着信があったので適当にごまかして場を離れていた僕は、エリスのそばに行って小声でこれまでの経緯を聞いた。エリスは困った様子で、耳打ちするようにして教えてくれた。
「進展はありません。とにかく、ただでは渡せないの一点張りですね」
「そうか、それは困ったね」
どうやら今回も簡単にはいかないみたいだ。
アリアハンでの悶着が一段落したあと。
アルスの実母のサヤさんにもしっかり謝って許してもらってから、僕はみんなと次の目的地をどこにするか話し合った。そこでレイさんから、
「じゃあその『最後の鍵』というのを『北の浅瀬』に取りに行くんだね? だったら私のルーラでジパングに飛べば早いんじゃないかな。あの国は変わっていて面白い所だよ」
というすんばらしい短縮ルートをご提供いただいたので、お言葉に甘えることにした。
ところが! そう決まりかけたところで、
「長い航海しなくていいのは助かりますな。海には凶悪な魔物や海賊が出ますし」
「でも最近は、海賊に襲われたって話はほとんど聞かないッスけどね」
とロダムとサミエルの何気ない会話に、再びレイさんが一言。
「それはたぶん、南海一帯を縄張りにしてるジュリーが方向転換したからだろうね」
などとこれまた大層なコネをあっさり披露してくれたことから、流れが一転した。
世界的に有名な大海賊「ジュリー海賊団」のお頭ジュリーさんは、実はサマンオサ出身で、同郷のよしみからレイさんとは数年前からの親友なのだそうだ。
それなら先にレッドオーブを回収してしまう方が効率がいい。海賊が根城にしている島はルーラ除けの術がかけられているので船で向かうことになるが、そのあと一気にジパングに飛べばかなりのショートカットになる。ホント頼りになるわぁこの人。
しかし、星の巡りはそうそう良い方にばかりは転がらず。
僕らのリリーシェ号をまとめるモネ船長は、その昔ジュリー海賊団に襲われて、思いっきり返り討ちにしたことがあったんだとか。しかも降参して逃げ出そうとしていた海賊さんたちを逆に散々追い回して、かなりこっぴどくやり込めたらしい。
「いくらお頭の命令でも、俺たちゃただでは協力できやせんぜ! こいつにいったい何人殺されたか、忘れもしねえ!」
と息巻く海賊さんたちに、うちのモネ船長も負けじと怒鳴り返す。
「うるせえ、そういうのは逆恨みってんだ! ガタガタぬかさねえで黙って勇者様にレッドオーブとやらを差し出しゃいいんだよ! ブッ殺されてえか、ああコラ?」
……船長、これじゃどっちが海賊かわかりません。
「よしな! あん時はあたいらが弱かった、それだけだろ。ましてこっちが仕掛けたんだ、これ以上恥をさらすんじゃないよ」
凛としたジュリーさんの声が、海賊たちの騒ぎを一瞬で鎮めた。
と、モネ船長が一歩前に出て、少し屈むようにしてジュリーさんの足下を見た。つられてよく見れば、長いマントの隙間から見える彼女の左足は、ひざから下が無く杖のような棒状になっている。
「おめえ、その足はどうした」
「ああ、あの時やられた傷口から腐っちまってな」
「むぅ……そうか。俺もまさか、女とは思わなかったからな」
今度はモネ船長が黙り込んでしまった。いくら相手が海賊とはいえ、女の人を傷つけてしまったのはバツが悪いのだろう。さっきまで威勢の良かったリリーシェ号の船員さんたちもなんだか勢いを無くしてしまって、妙な雰囲気になっている。
パンパン! と手を鳴らして、レイさんが間に立った。
「モネ船長、ジュリー、とりあえず過去のことはお互い様ということでいいかな?」
「あたいは最初からそう思ってるよ」
「まあ、お互い様だぁな……」
モネ船長もうなずいた。
「ではレッドオーブについてだが、確かにただでというのは申し訳ない。かと言って誰かの命や、必要な路銀や船を差し出せと言われても請けかねる。普通に考えて、我々にできるところで手を打ってはくれないだろうか。ただし我々は『勇者一行』だ。それなりの要求には応えられると思うが」
さすがレイさん。どちらかというと話し合いが苦手そうな人たちばかりだから、こうやって要点を整理して簡潔にしてあげるのは大事だよね。
最初に口を開いたのはジュリーさんだった。
「じゃあ、サマンオサをなんとかしてくれないか」
「サマンオサですか?」
エリスが聞き返すと、ジュリーさんは首をかしげた。
「おや、レイから聞いてないのかい。あの国は今ひどいことになってるんだよ。王様が急に人が変わったみたいになっちまってさ。うちにも、あの国で生きられなくなって流れて来たカタギの奴らがかなりいるんだ」
お陰で一度は壊滅しかけたジュリー海賊団が、数年で立ち直ることができたんだがね。とちょっと皮肉っぽく笑ってから、彼女はまじめな顔になった。
「あたいらは
鋭いね。さすが女だてらに海賊のアタマは張ってない。しかしまさか、ここでこの話が出るとは。
「さっき言った通り今はカタギの連中が多いから、うちもあんまり斬った張ったはやらせたくないんだ。普段は漁をやって暮らしてるし、商い船の護衛もけっこういい金になる。だけど海の魔物は日に日に凶暴になって、あたいらも困ってるんだ。魔王ってやつが元凶で、それを倒そうとしてるあんた達が必要だと言うなら、レッドオーブだろうがなんだろうがくれてやるつもりでいたよ。このバカ共が騒いじまって、すまなかったね」
「ジュリー……」
呟いたモネ船長に、ジュリーさんはニッと格好良く笑って見せた。
「そのついででいいから、あたいの故郷をなんとかしてくれるとありがたい、って話さ」
◇
ジュリーさんからレッドオーブを受け取り、僕らはいったんリリーシェ号に戻った。
気持ち良くレッドオーブを渡してくれた彼女のためにも、できれば先にサマンオサの問題を片付けてしまいたい。この海賊島にルーラできないことを考えると、あとからまた来るのに、ジパング→最後の鍵→ロマリア北西のほこら(旅の扉)→サマンオサ北東のほこら、とかなりの時間を待たせることになる。誠意を見せるためにも、できるならさっさと取りかかった方がいい。
割り当ての船室にメンバーを集め、僕はテーブルにお手製の地図帳を広げた。
「話には聞いていたが、大したものだな。こっちがサマンオサの南の洞窟かい?」
レイさんが洞窟のマップが書かれた巻物を手に取った。僕がロマリアで王様やっていた時に、羊皮紙より高価な紙を贅沢に使いまくって徹夜で書き起こしたものだ。
「うん、ここにいるメンバー以外には絶対に内緒にしてね」
「そうッスよレイさん。でないとまた勇者様がさらわれてしまうッス」
いけしゃーしゃーと述べるサミエルに、
「あなたが言う事ですか!」
とエリスとロダムが声をそろえてツッコミを入れた。彼が口を滑らせてくれたお陰で、僕がカンダタにさらわれたのだから当然だ。
「確かに君のこの知識は、ちょっとでも腕に覚えがある者はノドから手が出るほど欲しがるだろうね」
その通り。僕はこの世界の主要な建物や洞窟内のマップ、宝箱やトラップの位置をすべて記憶している。当然それを悪用しようとするやからも出てくる。
以前、エリスたちにロマリア国王の冠の奪還を頼んだ時。シャンパーニの塔でみんながあまりに早く最上階に到達したため、カンダタ一行は逃走の準備が間に合わずあえなく捕まってしまった。なぜだぁ〜と嘆くカンダタに、うちのサミサミってばつい僕のことをしゃべってしまったのだ。
そこでカンダタは一計を案じ、バハラタで僕が一人になった隙を突いて拉致ってくれやがったのである。本当にあの時は、エリスたちの到着があとちょっと遅かったら僕はどうなっていたかわからない。ぶるるっ。
「まあそれは置いといて。国状を考えると、正規ルートでの入国は厳しいよね」
「それはジュリーさんが部下に抜け道を案内させるとおっしゃっておりましたな」
「船を隠すのに丁度いい入り江も、近くにあるそうッス」
ふむ、入国に関しては問題ないか。残る問題は一箇所。
「サマンオサの城の中で、この扉だけでいいんだ、なんとかならないかな」
最後の鍵が必要となる扉が、王の寝室までのルート上にひとつだけある。ここさえ通過できれば、サマンオサ周りのイベントは今の時点でクリアできてしまうんだが。
「この扉が開けられればいいんだね? ふむ、それくらいなら——」
レイさんが城内の見取り図を指差して言った。「東の勇者」と謳われたサイモンさんを慕う人たちは今でもたくさんいる。うまく渡りをつければなんとかなるだろう、と。
「お願いします。僕らは先に、こっちの南の洞窟から『ラーの鏡』を取ってきますので、レイさんは城内に忍び込むための算段を付けておいてください」
「了解。でもサマンオサ周辺は強いモンスターが多い。失礼を承知で言うが、君たちだけで大丈夫かい?」
む……痛いところを突かれたな。
「正直なところ、レイ殿には同行していただきたいですなあ」
ロダムも神妙にうなずく。時間をかけたくないから、できれば二手に分かれて同時進行したいところなんだけど。
僕らが黙り込んでしまうと、レイさんが何か思いついたように、顔を上げた。
「それなら、私の代わりをサミエル君かロダム殿に頼めばいいんじゃないかな」
そう言って急に立ち上がると、黒衣のマントをひるがえして腰に差している剣をサヤごと抜き出した。すらりとサヤから抜いて見せる。彼女が普段使っている背負いの長剣とは別物で、特に凝った意匠でもない片刃の剣だ。
だが。
「……え?」
見た目は凡庸なその剣の——役割の、大きさは。
「まさかそれ、ガイアの剣じゃないの!?」
思わず叫んだ僕に、レイさんは感心したようにうなずいた。
「さすが、よく知ってるね。私が父から受け継いだ由緒ある名剣だよ。委任状の代わりにコレを持っていってくれれば、私がいなくても信頼してもらえるだろう」
◇
「ごめん、ちょっと考えることができたんだ。少し一人にさせてね」
みんなに断って、僕は船内の自室に閉じこもった。ベッドに転がって目を閉じる。
参った。
まさかここで、あんなブッ飛んだショートカットが出てくるとは思わなかった。アレが手に入るなら、まさにこれから行こうとしていたサマンオサも、グリンラッドのおじいさんところも、幽霊船も、湖の牢獄も、すべて無視してしまえる。
そもそも、サマンオサのイベントは「できるならすっ飛ばしたい」というのが僕の本音だった。ここの中ボスであるボストロールを倒して得られるのは、実戦ではなんの役にも立たない「変化の杖」。グリンラッドのおじいさんに「船乗りの骨」と交換してもらうための引換券でしかない。だったら一人暮らしの寂しいスケベジジイを口八丁で丸め込んだ方が早くね? とか密かに企んでいたのだ。
だけど——僕はジュリーさんにサマンオサのことを頼まれた。勇者として。
レイさんにだってこんなにお世話になっているんだから、湖の牢獄にいるサイモンさんに再会させてあげたい。『主人公』である僕が動かなければ、彼女をそこへ導くことはできないのだから。
(悩む必要なんか無いだろ、まずはネクロゴンドに向かえ。レイというチートキャラがいるうちに、一番の難関をさっさと攻略してしまうべきだ。そのあとジパングでオロチ退治まで手伝ってもらえればしめたもの。使えるうちに使い倒しておけばいいじゃないか)
——頭の中で、もう一人の僕がそう囁く。
「どうしよう……」
枕にバフッと顔を埋めて、僕はしばらく悩んだ。
次回の投稿は9月12日予定です。
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【Stage.20 最大効率優先主義】
< GAME SIDE >
「ふんふ~んふふ~ん♪ ふんふ~ふふふ~ん♪ ふふ~んふふ~ふんふ~んふ~ん♪」
……街のテーマ、かな。
レイさんは上機嫌で僕の前を歩いている。僕と二人っきりでネクロゴンド行きが決まってからずっとこんな調子だ。声が洞窟内に反響して魔物に位置を知られるから普通は静かに歩くものだけど、この「東の二代目」にとっては高難度のネクロゴンドも大したことはないらしい。
「いやぁしかし、ガイアの剣がまさか火山爆発を引き起こすことは思わなかったな」
代々伝わる由緒ある名剣、とか言ってたのにも関わらず、躊躇なくポイッと火口に放り込んだ当の本人は、あっけらかんと振り返って笑った。
「でも本当に良かったのレイさん。お父さんも大事にしてた剣なんでしょ?」
「なあに、戦闘には使えないお飾りの剣だったからね。役に立ったならなによりだよ」
そう言って、陰から飛び出してきたライオンヘッドを一刀のもとに両断した。続いて到着した地獄の騎士の団体様を、素早く持ち替えたドラゴンテイルで片付ける。僕が血に弱いことを知っているので、魔物の死体を遠くにはじき飛ばしてなるべく僕の目に触れないようにする、という余裕までカマしているんだから、もはや言葉もない。
強い。っていうか強すぎる。本当にチートキャラだな。
「それに、君とデートできると思えば剣の一本や二本、安いものだよ。はっはっは」
そうか彼女にとってはデート感覚なのか。ここまでの道程に点々と横たわっている魔物さんたちは、あの世で号泣していることだろう。
今回のこのぶっ飛んだショートカットについて。
読者様にもいろいろとご心配いただいたんですが、必ずしもすべてのイベントを「僕」が引き受ける必要はないんじゃないか? と思い当たったことで解決いたしました。
ヒントは例のカンダタがらみの話。ロマリアの「金の冠」のイベントは、僕が指示を出しただけでちゃんと進行したわけで(あの時、もしかしたら主人公である僕が出向かないと先に進まないかも、とちょっと不安だった)、だったら他人でも条件が揃えばイベントはこなせるということだ。僕には頼れる仲間たちがいるんだから、あれこれ一人で悩むより素直に相談してみることにしたのだ。
「んじゃ、俺がレイさんの代わりにサマンオサに行って来るッスよ。別にそのガイアの剣を持ってかなきゃダメってことはないッスもんね?」
「その間に、私とエリスがラーの鏡を取ってきましょう。実は先ほどモネ船長がいらっしゃって、手伝いたいとおっしゃいまして。確かにこのあたりのモンスターは強いようですが、人数を集めれば難しくはないでしょう」
「レイ様と勇者様だけというのは……。でもレイ様の大切な剣を使わせていただくことになりますし……ううっ……し、仕方ありません! でも決して妙な気は起こさないでくださいね!? シルバーオーブを持ち帰ることに専念してくださいね!? きちんとお約束していただけるなら、私も私の責務をまっとういたしますわ」
とまあ、あれよあれよと決まってしまったのである。戦力的には僕なんかいてもいなくてもいいわけで、サマンオサ周りのイベントは今、エリスら3人とモネ船長たちが、ジュリーさんの助けを借りつつ進めている。そっちは丸々彼らに任せて、僕はレイさんとネクロゴンドへシルバーオーブを取りに来たのだった。
レイさんが細い行き当たりの通路の奥から、金色に輝くギサギサの剣を持ってきた。
「ふむ、なかなかの業物(わざもの)だね。これもサミエル君に良さそうだ」
道具として使うとイオラの効果を発揮する「稲妻の剣」に違いない。さっきも『刃の鎧』拾ったし、考えてみればサミサミばっかりいいお土産に当たってるな。エリスやロダムにもなにか持ち帰りたいところだけど、あいにくこのルートに魔法使いや僧侶が装備できそうな物は落ちていない。
帰りにちょっと寄り道してなにか買って帰ろうかな~、と僕がブツブツ呟いていると、レイさんが苦笑した。
「おいおい、別れる前にかなりの軍資金を渡してきただろう?」
「うん、サマンオサは品揃えがいいって聞いたからね」
頼りになるレイさんを僕が取ってしまったから、ボストロール討伐には現時点での最高装備で臨んでもらいたい。好きに使っていいよ、と数万ゴールドを預けてきている。
「でもほら、それとこれとは別でしょ。公平にしないと」
「君が無事に帰るだけで彼らは大喜びしてくれるよ。リーダーが仲間への公平さを考えるのは当然だが、君はちょっと気を遣い過ぎだ」
顔を上げると、レイさんは相変わらずのニコニコ顔で僕を見ている。
「君がワケあって仲間たちに一線を引いてるのは知ってるが、向こうはそれを寂しく感じてるんじゃないかな」
「……そんなことはないと思うけど」
確かに僕はみんなと少し距離を置いている。でも他人行儀に思われないよう、僕なりに努力はしているつもりだ。
あの時……アリアハン国王に刑に処せられそうになった時、みんなに心配をかけて、エリスのこともすごく泣かせてしまったから。僕だって反省したから、今回のこともみんなに包み隠さず相談したのだ。
が、レイさんは軽く肩をすくめるだけで、納得はしてくれなかった。
「なあ青少年。この際はっきり言うが、彼らに関係があることを隠し立てしてるのは良くないぞ。まして本当に隠しておくべきか、それとも伝えるべきか、君自身もどこかで迷ってないか? 彼らもそれを察知して君との距離を感じるんだろう」
うっ、さすがレイさん、言葉は優しいけどシビアなとこ突いてくるな。
「一人で抱え込んでも悪い方にしかいかないものだ、まずは誰かに相談することだよ。どうだ、私に言ってみなよ。第三者として客観的に判断してあげよう」
「ごめんレイさん、それは言えないよ」
僕がみんなに言えない秘密。
それは、アルスが自ら望んでこの世界を捨てた、ということ。
真実を知ればきっとエリスたちは傷つくし、その他の人間も「世界を捨てて逃げた勇者」なんてレッテルを彼に張るだろう。黙っていることで僕に不信感を持たれようがなんだろうが、「なぜ勇者アルスと僕が交換されたか」という一点において、僕は最後まで「わかりません」で押し通すつもりだ。
「しかし秘密を一人で抱えてるのはつらいだろう?」
レイさんが近づいてきて僕の肩に手を置いた。慈悲の光を湛えたグレイの瞳が僕を間近で見つめる。
「思い切ってこのオネーサンに素直に言ってごらん。ん?」
「いや、でも……」
「もちろん、君がどうしても知られたくないと言うなら私も口裏を合わせるが」
ずずいと顔が近づいてきた。
「ほら、協力者がいた方がなにかあった時に君も安心だろう」
さらに顔が近づいてきた。
「あ、あの」
いつの間にか僕は洞窟の壁面まで追い詰められていた。レイさんますます顔が近い。
「……あんまり頑固だと、私も少ぉし意地になっちゃうなぁ」
「ほひっ!?」
僕の胸のあたりをレイさんの手がなぜ回している。ちょwwセクハラwwww
「レレレレイさん、こんなところで、そういうのはちょっと……」
「こんなところって?」
「ひやっ!?」
耳元にふーっと息を吹きかけられて背筋がゾゾっとした。
「いくらなんでも難関ネクロゴンドの洞窟の最深部で油断しすぎでしょー!?」
「油断はしてないよ、モンスターなんかに君を食わせたりしないさ」
「まずあんたに食われかけてるっつーの!!」
ヤバイヤバイヤバイ、この人思ってた以上に変態だ! さっきから妙に絡んできてウゼェなこいつとか思ってたけどコレが狙いか。
だけど僕のわがままに付き合ってもらってる手前あんまり邪険にできない、っつーかこんな危険極まりないトコにひとりで放り出されたら生きて戻れないので抵抗しーづーらーいー。どーする、どーする僕!?
英雄色を好むとはよく言ったもんだ。レイさんこういうのはマジで困りますぅ~!
――と、レイさんの手が止まった。僕の胸を指先で押して首をかしげる。
「なんだこれ?」
プヨン、プヨン。
次の瞬間、僕の胸元からヘニョがにょっと顔を出した。そういや出がけのバタバタしてる時に僕についてくるってきかなかったから、ここに押し込んできたんだっけ。
ヘニョは、あのウルウルのつぶらな瞳でレイさんをじっと見つめている。
「そうかヘニョ君だったか。すまないが、ちょっと席を外してくれないかな」
ヘニョはつぶらな瞳でレイさんをじっと見つめている。
「あー、わかるかな、少しの間だけ離れていてもらいたいんだが」
ヘニョはじっと見つめている。
「えーと、あのねヘニョ君……」
見つめている。
「………」
「――――――――先を急ごうか」
レイさんはガクーッと肩を落として、すごすごと僕から離れた。
一級討伐士レイチェル=サイモン、スライムに敗北。
◇
洞窟を抜けると、うすい青空の下に半砂漠化した丘陵地帯が広がっていた。枯れかかったブッシュが点在する他は、生き物の影ひとつ見あたらない寂しい風景だ。丘陵地帯の向こうには大きな川が流れていて、対岸には、薄い霧がかかっていてよくわからないが、岩山に囲まれた奥にうっすらと城の尖塔らしきものが見える。
――ああそうか、あれはバラモス城だ。
アルスと同じく、この物語の壮大な無限ループを知ってしまった魔王の居城。ランシールで勇者試験を受けた時に石の人面を通して会話して以来、向こうからの接触は無いけれど……。
(バラモスのおじちゃん、あれから元気でやってるのかなー)
「おい青少年、あまり私から離れないでくれ」
少し先の方で、レイさんが手招きしている。
「あ、ごめんなさーい」
僕もレイさんの後に続いて埃っぽい丘を北東に向かって歩く。規格外の一級討伐士に恐れをなしたのか魔物の影も無く、僕らはやがて森に囲まれた祠(ほこら)へと辿り着いた。
祠に入ると奥に壮年の男がひとりいた。ボロボロの身なりで、今にも壊れそうな椅子に疲れ切った様子で腰掛けていたが、僕らの姿を認めるとまろぶように走り寄ってきた。
「まさか、まさかここまで辿り着く人間がいようとは!」
涙にむせびながら、彼はしっかりと胸に抱え込んでいた麻袋から、銀色に煌めく竜珠の像を取り出した。
受け取ったそれは、間違いない、シルバーオーブだ。この空間のどこもかしこも壊れ、すすけ、埃が積もって淀んでいるのに、ただひとつそのオーブだけが最後の希望のように美しく磨き上げられ、光を放っている。ジュリーさんに譲られたレッドオーブよりもずっしり手に重く感じるのは、きっと気のせいじゃないよね。
「ご身分のある方とお見受けするが」
レイさんがひざをついて、今にも崩れ落ちそうな彼を支えて言った。
「ここで、何があったのです?」
「突然だったのだ」
彼ははらはらと涙を流しながら、その惨劇を語った。
元々この大陸はひとつの国家が治めていたが、突如、強力なモンスターの大群が襲ってきて、あっという間に壊滅状態に追い込まれてしまったこと。彼はその国の将軍という立場の人間だったが、王の密命で国宝のシルバーオーブを守るため、最後の聖域であったこの祠にオーブを持って逃げ込んだこと。以来十数年、たったひとりで生き延び続けてきたこと。そして伝説に語り継がれる勇者の降臨を、ひたすら待ち続けていたこと――。
振り絞るように言葉を紡ぐ彼の背後には、手作りらしい墓が並んでいる。彼が貫き通した覚悟の深さに、僕はたまらなくなって……レイさんをジトーっと睨んでしまった。黒衣の剣士は気まずそうに目を逸らしている。
だーからイチャコラしてる場合じゃないって言ったでしょうが。「伝説の勇者」の実体がこんなんだなんて、このおじさんには口が裂けても言えないよ。
「ピキー?」
胸元でヘニョが鳴いた。うちのヘニョは滅多に声を出さないので、僕は少し驚いた。
「どうやらヘニョ君は気付いたみたいだね」
レイさんが立ち上がって僕の方に戻ってきた。というか、将軍と名乗った男から目を逸らさずに、後ろ向きのまま距離を取ったのだ。
そして剣を抜いた。
この時点で僕も悟った。
バラモスが現れ、国が滅ぼされてからすでに十年以上も経過している。その間ろくな食べ物も無く、強力な魔物が徘徊する荒れたこの土地で、たったひとりで生き抜くことなど果たして可能だろうか。
『ここまで辿り着く人間がいようとは』と彼は言った。そんな人間は、それこそバラモスにとって脅威となりうる存在だろう。ならばシルバーオーブをエサとして、逆に……。
将軍の両腕が大きくいびつに伸びた。背中からコウモリの翼のようなものが生え始め、あらゆる筋肉が盛り上がり、衣服を押し破って膨らんでいく。
「ああ」
将軍は自分の腕を見下ろし、なにかを思い出したような顔をした。それから、
「済まぬ……世話をかける」
小さくつぶやいて、頭を下げた。
レイさんが床を蹴った。次の瞬間には彼の首は宙を飛んでいた。魔物へと変身しかけていた胴体がドスンと音を立てて倒れ、その肉体は瞬く間に砂となって崩れていく。やがて一粒残らず風に流されるように消えてしまった。
チャキ、と剣をしまう音で僕は我に返った。レイさんは笑っている。ニコニコといつもの笑顔だった。
「早く帰ろう。サマンオサ組がどうなったか心配だしね」
でも急ぐと言った割りには、レイさんは祠を出てもすぐにルーラせず歩き出した。彼女の後ろを黙ってついて行くと、祠からそれほど離れないうちに川が見えてきた。対岸にはここからでもうっすらと魔王城を望める。あの将軍のおじさんも、かつては華やかであったろう王城の成れの果てをここから眺めていたのかな。
「勇者なんかやってると、ああいうのはよくあるんだ」
レイさんが言った。
「だから私は、どちらかというと人間に肩入れしてしまうんだよ」
まるで自分は人間じゃないような言い方が少し気になったけど、僕はやっぱり黙っていた。レイさんくらい強くなると、そういう気分になるのかもしれない。弱さゆえに群れるのがヒトであるなら、強さとは異端であることだ。
この世界での「最強」は間違いなくレイさんだろう。
だから、世界にひとり。
レイさんが僕に執着する理由が、なんとなくわかったような気がした。
◇
ヴヴヴヴヴ……! ヴヴヴヴヴ……!
いきなりポケットの中で携帯が震えた。え、アルス? しばらくは連絡できないって言ってなかったっけ。だから僕は、レイさんと二人っきりのミッションをさっさと終わらせようと思ったのに。ほら、少人数での行動だと携帯のことがバレ易くなるし。
レイさんは不思議そうな顔で僕を見下ろしている。いくらマナーモードにしていたって、こんな密着状態じゃバレるに決まっt……密着状態!? うわこのエロ勇者、いつの間にか僕の肩を抱こうとしてやがった! まったく油断も隙もねえな。いや、今はそれどころじゃない。
「レイさん、あの、えーとですね」
どーする、どーする僕!? と焦っていたら、レイさんの方からヒョイっと両手を挙げて後ろに下がってくれた。
「どうぞ。私は向こうに行ってるよ」
「あ、ありがと」
レイさんってたまに物わかりが良過ぎてちょっと反応に困る。勇者って人種はみんなひとクセもふたクセもあって、なかなか付き合うのは難しい。
……え? 僕? 僕はごく普通の善良な人間ですよ、ええ。
携帯を開けてみると、僕の古くさい携帯のモノクロ液晶画面には「ARS」と表示されていた。なんだろう、急用だろうか。しつこく鳴り続けている携帯の通話ボタンを押して耳に当てる。
『なんだ、繋がっちゃったよ。まだギブアップしてないとは、大したものです』
――誰だこいつ。
聞いたことのない声。大人びた柔らかい口調だが、声音は僕と同じくらいの少年ぽいかな。聴力にそれほど自信は無いから、確信は持てないけど……。
『初めまして、あなたがタツミ君ですね?』
「えーと、どなたさま……?」
彼は僕の問いかけを無視して話し続けた。
『なるほど、確かに声もそっくりだ。相互置換現象にはPCとPLの姿がそっくりになるケースと、まったく違う姿になるケースの2パターンに分かれるんですが、相似のケースは声まで同じになるんですね。でもタツミ君自身は、そこまで似てるとは思わなかったでしょう?』
「……まあ、自分の声を自分で聞くと違和感があるって言うからね。で、君は誰?」
『ここではショウと呼ばれてます。どうぞよろしく』
ショウ? 誰だっけ。なんか番外じゃしょっちゅう話題に出てるんで読者の皆様も勘違いされている方が多いのではと思いますが、実は本編では、僕は彼のことをまったく知りません。アルスってば教えてくれないんだもーん。
というわけで、僕は不審に思いつつ質問を重ねた。
「ここでは、って言ったね。別のどこかじゃ名前が違うってこと? もしかして君もこっちの人間なのかな」
『ふふ、鋭いですね、この国のガキなんてぼんやりしてるヤツばかりかと思ってましたが。となると中身も似たのかな? アルス君のあの回転の良さも納得できましたよ』
なんか嫌味だなー。僕についてはともかく、こいつうちの勇者君についてもなんか言いやがったか?
「ショウ君ったっけ? この携帯の持ち主はどうしたの」
『さあ、僕が聞きたいくらいですよ。この携帯、落ちてたのを拾っただけですから。あなたの方こそアルス君からなにか聞いてないんですか? 妙に仲いいみたいじゃないですか』
トゲトゲしい言い方に、こっちもイラついてきた。さっきからなんなんだこのガキ。
「悪いけど君に教える気にはなれないよ。どうにも敵意を感じるんだけど、僕の勘違いじゃないよね? 正直、うちの勇者君にも近づいて欲しくないな。なんの用?」
『用? 用ねえ……考えてみれば、僕としてはあなたに用があるのかもしれませんね』
妙な言い回しでひとり納得すると、ショウと名乗ったその少年は急に声のトーンを落として、そしてとんでもないことを僕に告げた。
『わかってないようだから教えてあげますが、その「うちの勇者君」とやらが無限ループで何年も苦しむことになったのは、あなたのせいなんですよ、タツミ君』
「…………え?」
『あなたの存在が、アルス君を散々苦しめ続けてきたんですよ。もう一度言いますよ? あ な た が 無限ループの原因なんです。だから、あなたのその薄っぺらいくだらない人生と名前くらい、アルス君に譲るのは当然なんですよ。わかりますか?』
どうやら僕は弾劾されているらしい。
むしろ断罪と言うべきか。
罪。
僕の。
……………………………………………………………………………………僕の、せいで?
『おっと、もう行かなきゃ。またすぐ連絡するつもりですが、そちらとは時間の経過が違うんでしばらくあとになっちゃうと思います。それまでに僕が言ったことをよく考えておいてくださいね。では』
ップ ツー ツー……
携帯は一方的に切られ、僕の意識は殺風景な荒野に放り出された。目の前には濁った水の流れる大河と、その向こうにバラモス城。乾いた風が僕の身体をなぜていく。
それまで大人しくしていたヘニョが、胸元から這い出して足下に飛び降りた。
「いや……うん。大丈夫。思ったより平気みたい」
自分でもワケのわからないことを呟きながら、僕はヘニョを抱き上げた。
「大丈夫だよヘニョ、なんでもないから」
ヤだな、仮にも勇者なのに、またスライムに心配されちゃってるよ。
「おーい、終わったかい?」
振り向くとだいぶ離れたところからレイさんが手を振っていた。まるで子供みたいに両手を振り回してるのがおかしくて思わず笑ってしまう。
「はい、オッケーで~す!」
僕も両手で大きくマルを作ると、レイさんが走って戻ってきた。そろそろ本当に帰らないと日が暮れてしまう。レイさんは慣れた様子でササッと地面に魔法陣を描くと、ルーラの詠唱を始めた。
まずはサマンオサに戻ってみんなと合流。サマンオサの国王が無事に政権を取り戻していたら、東の海岸にいるスー族のおじいさんの町作りを手伝ってあげるようお願いして、イエローオーブのフラグを立ててからジパングへ。北の浅瀬はそのあとかな。
当初の予定からはだいぶ狂っちゃったけど、まあ順調だろう。
うん、順調だ。
妙な横槍を入れられたくらいで動揺してる場合じゃない。
あの将軍のおじさんの、潔い最期を思い出す。
しっかりしろ、僕。
とっくに覚悟は決めてるだろう?
久々の再開です。
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