ウマ娘逆転ダービー(仮) (グレート・G)
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第一話、貴方はトレーナー

ウマ娘にはまったへっぽこトレーナー(アニメ未視聴)が、ウマ娘で何か書きたいと思い書いたもの。
不定期更新になりますが、ご了承くださいますようお願いいたします。

メインは黄金世代ですが、今回は出てきません。


・第一話 貴方はトレーナー

 

「親父、母さん、俺トレーナーになるよ!」

「「止めなさい」」

「なんでさ!」

「「何でもだ!/何でもよ!」」

 

 

ウマ娘、それは別世界の「ウマ」と呼ばれる生き物の魂を宿して生まれてくるとされる。

頭頂部付近にあるおおきなウマ耳、腰のあたりから生えている尻尾、人間離れした身体能力、そして全員が美人。

 

 

人によっては「走る芸術品」だの「最速のアイドル」だのと形容される彼女達。

神話の時代より、人々と共に生きてきた親愛なる隣人。

 

 

そして、同性のトレーナーと二人三脚でトレーニングを行い、

その集大成として「レース」に出走して走りの頂点を目指す。

 

 

ウマ娘達の勝負にかける情熱、走りの中で見せる一瞬の煌めき、レースが終わった後のノーサイドの精神と

全員が一体となったライブは太古の昔より人々を魅了してやまないのだ。

 

 

だがここで、注意しておいてほしいのは「異性のトレーナー」の存在だ。

 

 

勿論、存在していないわけではない。

過去形となってしまうが「いた」のである。

とは言え、それは文字通り過去の話。

 

 

男性が年々減少傾向にあるこの世界において、男性トレーナーなどという物は夢女の妄想の産物であり、

レッドリストに載る絶滅危惧種であり、もしくは絶滅して化石になったものかもしれなかった。

 

 

特に顕著なのは1945年以降の男性出生率であり、学者の間では「戦争によりウマ娘達も戦地に赴いた事を3女神が怒ったのだ」

と冗談めいて語られる程に、急下降している。

そんな状態が現在まで続いてしまった、無論、原因は解らない。

 

 

ただ、今や男性の絶対数は少なくなり、女性が世界の中心を占めることが多くなり、

その結果として「女尊男卑」が社会問題となった。

 

 

女性は仕事へ、男性は家庭へ、そう言っていられたのはもはや過去の話。

今や男性であるというだけで、ちょっとした価値が付いてしまう程度には男性は少数になってしまった。

 

 

性犯罪に巻き込まれるのは決まって「男性」であり、女性政治家の男性への失言は政治家生命に直結する。

 

 

ツイッターで少しでも男性を批判すれば「マスキュリスト」や「男性差別阻止団体」の

バッシングとネガティブキャンペーンに晒される。

 

 

そんな混迷極める世界において、数少ない男性達は「ウマ娘」というヒトならざる種族に対して

あまり良い印象を抱いてはいなかった。

 

 

確かに、その外見は文句なく美しい。

 

 

女性の強い世の中において、彼女達の外見は時にヒトの女性すら魅了する。

心を通わせ深い愛情を注ぎ、常に寄り添ってくれるその姿勢は、

通常の世の中であれば――特に恋愛方面は――大いに盛り上がっただろう。

 

 

『俺もトレーナーになりたい!』と男性諸君は夢を見て、挑戦するものも現れただろう。

しかし、この世界においては異なる。

 

 

彼女達は、力においては男性を凌ぎ、頑丈さで男性を凌駕し、その在り方は老若問わず万人を引き付ける。

 

 

そんな存在に対して、希少種になってしまった男性が抱くのは「力への恐怖」「人気への嫉妬」「あり方への羨望」等であり、

愛情を抱く男性は稀であった。

 

更に、男女間の熱愛で夫婦になるウマ娘と男性が居ても、彼女達の在り方として「勝負」という物に魂を震わせる為、

結婚後は「恋の勝負が終わった」と感じてしまう。

 

その結果、ウマ娘と男性の恋愛は長続きせず、結婚後の生活ではヒトと比べると離婚率が高かったりする。

 

そして、そのテの醜聞は世の中に広く発信されてしまう為、

更にウマ娘という種族への男性の視線は年を重ねるごとに

厳しいものになっていった。

 

 

硬い文章が続いているからぶっちゃけると、ウマ娘は「アスリートやアイドルとしては素晴らしい」けど

「異性としてはあんまりモテないし敬遠されがち」なのである。

 

 

《ここまでは導入部である、ただし話の内容とはあんまり関係がない・・・・・・こともない》

 

 

《主人公side》

 

 

「俺」はどうやら転生者と言うべき存在らしい。

「らしい」というのは、何というか転生したという実感はあるし、

元々の記憶もおぼろげながら存在している。

 

 

しかし、前世で何をしていたのかを思い出せず、前世の性別も思い出せない。

だが、俺の転生した世界が「ウマ娘プリティダービィ、熱き血潮に」という

育成シミュレーションゲームを元にした世界線なのは解る。

 

 

「ウマ娘」という種族の少女達とコミュニケーションを深め、訓練メニューを組み、

レースに出て、最終年度の有馬記念で勝つ。

 

 

これは、企業の企画として誕生し現実の競馬とコラボしたのを皮切りに、後にスマートフォンのアプリとなり、

アニメとなり、箱ゲーム、映画化、ゲームセンター、舞台と活動のすそ野を広げていった。

 

 

最終的には「ウマ娘プリティダービィ、世界のあの子に愛を叫ぶ」という世界編が誕生し、世界的に「ウマ娘」が認知されるようになった。

開発元のサイキック・ゲーム社(通称サイゲ)のゲーム技術の、一つの集大成に成長したと称される大人気ゲームだ。

現実の競馬も大変盛り上がり、社会現象になったり、馬術以外にレースがオリンピック競技になったりと与えた影響は計り知れない。

 

 

そして、この世界はそれが「現実に」起こっている。

テレビにはウマ娘、スマホにはウマ娘、新聞にはウマ娘、身近にもウマ娘。

レース以外に、オリンピックに世界レースとあらゆる分野でウマ娘を見ない日はない。

それを認識した時、俺の胸には歓喜と女神への感謝の念が胸を突き破らんばかりに芽生えたのを覚えている。

 

 

転生先の俺の家族は、親父・母さん・姉の4人であり、俺は長男だった。

主夫をやっている親父曰く「真剣に彼女に向き合った結果」俺が生まれたそうだ。

 

 

ウマ娘である母は、G1こそ勝てなかったもののダートレースでは勝利を重ねており、

現役ではデビュー戦を含めてダートで6戦6勝という好成績だったそうだ。

選手としての戦績は13戦6勝(デビュー戦含む)であり、結構な成績を残している。

芝のコースにもチャレンジしたようだが、どうにも相性が悪く勝てなかったそうだ。

 

 

何でも現役のころは「北関東の英雄」と呼ばれて、ローカルとは言え有名人だったらしい。

現役時代、性別を偽って母さんのトレーナーとなり、のちに性別を明かし、プロポーズして結婚したのだと、親父は照れながら語っていた。

母さんも、そんな親父の話を照れながら聞いていた。

姉はそんな二人を、文字通り砂糖を吐きながら見ており、両親の年のくせに青くて甘酸っぱい空気に当てられて早々に家を出た。

 

 

そんな姉は、大学卒業後レース関係の会社である「メジロ・ランニング・インダストリアル(MLI)」に就職しており、

蹄鉄部門の設計とテストランナーを担当しているとのこと。

 

 

俺は、そんな家庭環境に育ったからか、将来の夢は意外と早くに見つかった。

そう「トレーナー」である。

 

 

もしウマ娘に生まれていれば、俺はレースに挑戦した。

が、今の俺は男だし人間だ。

(ちなみに姉はウマ娘だったがレースの才能は無かったそうだ)

 

 

まあ、トレーナーを志したのも前世のゲームとしてのウマ娘の知識があったからというのは大きい。

 

 

そして何より、家族の事だ。

親父は、現役引退をした後も母さんのレースを支え続けていたし、

母さんは現役引退した後もチャリティレースに出場していた。

姉さんだって、レースに向いていないとはいえ、レースに関わりたいと企業の蹄鉄部門に行っているし、

テストランナーとして日夜走っている。

そんな親父と母さんと姉さんの背中をずっと見て育ってきた俺にとっては、この選択は非常に自然なことだった。

 

 

――――ただ、親父は激しく反対したし、母さんも物凄く渋い顔をして反対し、

姉さんに至っては俺に精神科医を進めたのがかなり引っかかるのだが――――

 

 

俺は小学校高学年から勉強し始め、高校卒業後のトレーナーズ・スクールへの入学試験は主席で入学することが出来た。

ただ、入学テストを受けるとき俺の周りには女性しかいなかったように思う。

あと、視線が物凄く痛い・・・・・・いや、舐めるようなねっとりした視線というのか、あれを味わった。

まあ、そんな事を気にしていたら試験の邪魔になるので、全て意識からシャットアウトしていたから別に問題はなかった。

ちなみに、その年のトレーナーズ・スクール入学率がかなり上がったのは・・・・・・なんでなのだろう?

 

 

そして、トレーナーズ・スクール入学式当日。

そこで、俺は気が付いてしまった。

 

 

(あれ、女の子多くねえか?)

 

 

そう、トレーナーズ・スクールに入学してくるのは99.9%女性だった。

男性なんていない、四面楚歌、黒一点、そんな言葉が頭をよぎる。

そして、俺は入学式をブッチしてトレーナーズ・スクールの事務窓口の方々に改めてお話を聞きに行った。

 

 

「・・・・・・というのが、我がトレーナーズ・スクールの概要となりますが?」

「おいおい、マジかよ」

 

 

話を聞いて、俺は自分の直感が正しかったことに愕然とした。

どうやら、この世界において男性がトレーナーズ・スクールに入学するのは、なんと実にうん十年ぶりらしい。

 

 

更に、ウマ娘というヒト族の上位種のトレーナーになろうとする男性というのは、少なくともここ20年はゼロらしかった。

 

 

何でも、女装してトレーナーになった男性がいて、それが担当ウマ娘と結婚したというデマが広がった時期があり、

そのせいでモテないウマ娘やトレーナーの間で暴動に近いデモが発生した弊害だという。

 

 

(ちなみに最後は本当に暴動になって逮捕者も出たらしい・・・・・・いや、マジか)

 

 

あの騒動が、細々とした男性トレーナーという存在へ止めを刺したんですよ、と高齢の事務窓口担当者は語る。

まあ、結婚したというのは都市伝説らしいのですが、とも。

 

 

(これは、俺の家族ではないか!?)

 

 

聞いている俺は、笑顔を浮かべながらも背中に冷や汗が止まらなかった。

何せ、担当者の方曰く「そのウマ娘はダートで強かった」「男性と結婚して円満な家庭生活を送っている」

「嫉妬と腹いせにウマ娘選手名鑑に写真が乗せてもらえなかった」等々、

余りよろしくない裏話がたっぷり小一時間続いたのもある。

 

そこから、事務のおばあさんの話はさらに続く。

 

何でも、残っていた数少ない男性トレーナー達も、今や身の危険を感じて退職したり、

掛に掛かった教え子達に連れ去られたり、

蒸発していたりでゼロになったとの事。

 

 

即ち、今の日本に男性トレーナーという存在自体がいないのだ。

もしかしたら、世界的に見ても男性トレーナーは少ないかもしれない、とも。

 

 

(これは、やばいかもしれん)

 

 

もっとも、親からは学費が振り込まれており、俺自身もここまで来て退くという選択肢はないわけで。

 

 

(ちなみに、両親曰く危機的状況に陥ったら一目散に逃げなさいとの事)

 

 

全く慣れない女の園へと踏み入れざるを得なかったのだ。

さて、そんな訳だが。

 

 

まあ、女の園で学ぶという事を重々肝に銘じて、俺は夢の為に学び出した。

更に、前世の影響からか、女性が不快に思わないように外見に気を使い、清潔を心掛け、

できる限り円滑に過ごすために爽やかな好青年を演じる事にした。

 

 

それに、細い外見ではウマ娘達に格好もつかないだろうと思い立ち、

小学生のころから行っていた筋力トレーニング等も回数を増やし、

勉強と並行して肉体の改良に取り組んだ。

 

 

更に更に、栄養学や料理を学ぶことで、自身の食生活の改良と並行して

ウマ娘達の疲労回復やスタミナ強化が出来る料理なども作れるようにもした。

 

 

極めつけは、一般的な事務から資格のいる仕事まで一通り手を出して基礎的な部分を身に着けた。

これで、この世界が「ラブリーダービー」の世界線ならば、ウマ娘達(特にゴルシとかナカヤマとか)の

無茶振りにある程度答えることが出来るだろう。

 

 

3年間という長くもいろんな意味で濃密な年をスクールで過ごし、1年間の地方トレセン学園での実地研修を受けた後、

俺は中央と言われる「トレセン学園本校」にサブトレーナーとして配属されることが決定した。

 

 

いきなり初年度からトレーナーにはなれない、リモート会議の場で中央のちびっこ理事長の秋川やよい理事長がそうおっしゃった。

学園のナンバー2と言われている駿川たづなさんも、実にいい笑顔で頷いていた。

確かに、親父がトレーナーをしていた時代から色々変わったのかもしれない。

まあ、それはともかく。

 

 

(親父、母さん、姉さん、俺頑張るよ!)

 

 

親父の夢、母さんの夢、姉さんの夢、俺の夢、4つの夢をかなえるために、俺はその第一歩を踏み出したのである。

 

 

《ウマ娘S side》

 

 

信じられない物を見た。

奇跡に等しいものを見た

夢が現実になったのを見た。

彼は将来私達の「トレーナー」になるという。

これは、三女神のお導きなのだろうか?

ああ、彼を逃してはならない。

彼に、私の方に振り向いてもらわなくてはならないのだ!

今ここに、私の負けられない戦いが始まるんだ!

 

 

――――――――――《ウマ娘Sの内心》――――――――――

 

 

(・・・・・・取りあえず、お兄ちゃんの首筋と鎖骨を目に焼き付けておこう)

(あ、ゴールドシップさんその隠し撮り写真いくら・・・・・・いや、最低でニンジン100はぼったくりすぎじゃありません事?)

(脳内でエラーを確認、エラーの根本を男性サブトレーナーの匂いと判断・・・・・・はふぅ)

(どうしよう、お兄様の匂いで賢さが下がってへぅぅぅぅ・・・・・)

(はちみー指につけてぺろぺろするぐらいは、許してもらえないかなぁ)

(どうしよう、一着狙いに行ってみようかなぁ、でも万年3着のアタシじゃぁ・・・・・・)

(おおおおおおおおお、男の人だぁぁぁっつ!? ハヤヒデとタイシンにも連絡しなきゃっ!!)

(ふぅん、いい体をしているじゃないか・・・・・・くくくっ、このゲーミング薬のモルモットは君に決めたよ!)

 

 

ウマ娘達の賢さが50下がった。

ウマ娘達の体力が50減少した。

ウマ娘達は200スキルポイント手に入れた。

ウマ娘達のやる気が絶好調になった。

ウマ娘達はスキル「抜け駆け◎」を手に入れた。

ウマ娘達はスキル「アガッてきた!」を手に入れた。

ウマ娘達はバッドコンディション「異性に掛かり気味」になってしまった。

ウマ娘達はバッドコンディション「寝不足」になってしまった。

 

 

《フジキセキside》

 

 

春、それは新しい出会いの季節。

この私、フジキセキにとってもそれは変わらない。

 

 

正式に寮長になった私は、担当する「栗東寮」に所属する問題児達にどう対処しようかという事で少し頭を悩ませている所だった。

そんな私を見かねてか、わざわざ休日の土曜日、その午前中を使って生徒会室で話し合いの場がもたれる事になった。

 

 

そして、私と同じく寮長に就任したヒシアマゾンや、生徒会長シンボリルドルフ、副会長エアグルーヴ、臨時書記にビワハヤヒデを迎え、

その妹で生徒会所属のナリタブライアンという面々と共に話し合いをしていた所だった。

 

 

1時間程の話し合いのはずが、途中からミスターシービーとマルゼンスキーの二名が参戦して結構熱の入った話し合いになってしまい、

予定時間を1時間オーバーという結果になってしまった。

 

 

そう言えば最初に所要があるとか、ルドルフ会長が言っていたけれど何だったのだろうか?

本人が忘れているみたいだし、私が気にしてもしょうがないか。

 

 

(まあ、そのおかげで実り多い話し合いだったのだけれどね)

 

 

癖が強く我が強く、おまけに負けず嫌い共の集まりが、このトレセン学園だ。

毎年、生徒会や各寮長はその対処対応に頭を悩ませているのだけど・・・・・・今年は多分大丈夫だと思う。

 

 

そんな事を考えながら会議で火照った頭と熱を帯びた喉を冷やすために、私は自動販売機に向かっている所だった。

 

 

その時、だ。

 

 

トレセン学園校舎、中庭を丁度横切っていく黒い影を見つけた。

ウマ娘の視力だからこそ詳細を確認できたし、それを踏まえて信じられないと思う。

本当に非常識な黒い影を。

 

 

(えっ・・・・・・男の人、いや、え、嘘だろう!?)

 

 

トレセン学園の校舎内部で、信じられないことに「男性」を見つけた。

何を言っているのかわからないけど、私も何を言っているのかわからない。

 

 

思わず、生徒会室に置かれていた劇画みたいな漫画の女性キャラ(ジャンヌ・ポルナレフとかいうヒトだ)

が言っていた一節をおぼろげながらに思い出してしまう・・・・・・これで合っていたっけ?

 

 

「いや、おかしいだろう!?」

 

 

思わず大声で叫んでしまったが、私は悪くない。

今日が土曜日で本当に良かったと思う。

何故か勉学向上という理事長の突然の号令で、生徒はほぼ校舎内にいないのだから。

全員が近くの図書館とか自室とか、そう言う場所で今頃勉強に励んでいるのだろう。

 

 

(なんでも一定以下の成績のウマ娘は地下収容所で24時間耐久勉強会だとか)

 

 

まあ、勝負にかまけて成績が下がるなんてことはウマ娘の世界では日常茶飯事だし、仕方のない事だと思う。

だけど、曲がりなりにもトレセン学園は教育機関、レースに勝てどもおバカばかり、というのは理事会的にも受け入れがたいのだろう。

ちなみに、補習率の高いヒシアマゾンは何とか対象から外れることが出来た・・・・・・カンニング、はしてないはずだ。

 

 

だけど、今日の突然の号令がこの時の為だとしたら、納得だ。

ルートを構築している頭の片隅でそんな事を考えながら、私は男性の進む方向に当たりを付けて走り出した。

 

 

確かに校舎内に人が少ないとはいえ、決して全員が出払っているわけではない。

校舎の中には私や一部生徒のような、所用で出入りしている娘だっている。

そんな中で男性が一人で、何の護衛もなしに私達ウマ娘の密集地に入り込むなんて、ハッキリと言える、

あり得ない非常識だし、貞操的な意味で自殺行為だ。

 

 

(まずい、なんで男の人がトレセン学園にいるのかわからないけどっ!)

もし、この男の人を掛かったポニーちゃんが襲ったら。

(トレセン学園の存続が危ぶまれる事態にっ!?)

 

 

ついこの間も、アメリカURA理事長が男性へのセクハラでクビになったニュースがあったけれど、それがリアルで発生する可能性が出てきてしまった。

何でも近いうちに最高裁判所で裁判をするとか、ニュースキャスターが言っていた。

ただでさえ「女男平等」が叫ばれる今の世の中なんだから、SNSやウマッターで尚更大炎上するのは目に見えている。

 

 

(ここで対応を間違えたら、トレセンがまずいっ!!)

 

 

「ちょっと、そこのキミ!」

「む、ああ、君は・・・・・・この学園の生徒さんかな?」

「そうだけど、今はそんな悠長なことを言っているわけにはっ!」

「実は理事長室に行きたいんだけど、道に迷ってしまって・・・・・・よければ案内していただけないかな?」

「・・・・・・理事長のお客さん、ですか?」

「うん、実は待ち合わせの時間になっても迎えが来なくて、困っていた所でね・・・・・・恥ずかしながら勝手に動いて迷子になってしまったんだ」

「・・・・・・Jesus」

 

 

実に困った、という風に頬を掻く男性。

それを見て、私は一つ心当たりがあった。

 

 

(あのウッカリルドルフッ!)

 

 

多分、ルドルフが会議前に言っていた用事って、この事だ。

ルドルフの欠点として、やると決めたらとことんやるという事がある。

これは彼女の美点でもあるけど、今回ばかりは大問題だ。

 

 

「今度会ったら、ちょっとキツメの悪戯してやろう」

「どうしたんですか?」

「いっ、いえ大丈夫です・・・・・・何でもありませんとも、うん」

 

 

いつもの口調も何処かに消えてしまう、正に少女の声が出た。

いや、仕方ないだろう!?

 

 

何せ、目の前にいるのは今どき珍しい上下スーツの高身長の男性だ。

髪の毛は短め、鼻立ちは整って舞台役者の男役(プリマドンナ)のようだ。

身なりはすごく整えられていて、清潔感と清涼感を併せ持つ所も好印象。

おまけに、女性受けを狙ったアイドルやその手の男達のどこか細い外見とは違い、服の上からでも鍛えられていると解る筋肉の量。

上半身だけじゃなくて下半身もしっかりとしていて、特に安定感のあるヒップラインをしている。

一部のウマ娘が心底羨ましがる、服の上からも解るきっちり鍛えた肉体美。

 

 

そして、言葉を交わして分かったけれど、この人はウマ娘にも優しい人だとすぐにわかる。

何せ、ウマ娘である私と目を合わせても、背けるどころか微笑すら浮かべているのだから。

普通の男性という物は、ウマ娘に会うと目を背けるか露骨に恐怖や緊張の色をにじませるかだけど、彼にはそれが一切ない。

目の中にあるのは、私への慈しみと親しみ、そして親愛の情だ。

 

 

目つきが鋭く少し怖いから、その点はマイナスだけど、それを補って余りある

「男性らしい男性(おとぎ話のヒロイン)」が目の前にいるんだから。

 

 

(あれ、今の私、走ってきて身なりがダメダメでは!?)

 

 

最速で走った結果、今の私はどうなったか。

廊下のガラスに映る私の髪は風圧で乱れていて、制服のワイシャツがスカート部分からはみ出してしまっている。

正直に言って、すごくかっこ悪い。

 

 

「あ、あああああああ、の、その、私が案内するので、着いてきてください!」

「え、あ、はい・・・・・・よろしくお願いしますね?」

(うぁぁぁぁぁっ、絶対引かれたっ!?)

 

 

口ごもりつつ、急いで身なりを最低限整え、作り笑い100%で対応する私。

そんな私に、目の前の男性は少し笑い気味だ。

何というか、幼子を見る親の目をしている。

最悪だ、父親以外の男性(注1)との初めてのファーストコンタクトがこんな、こんな情けない形でなんてっ!!

 

 

(ルドルフ、今回の件はとっても高くつくから覚えておくといいよ・・・・・・)

 

 

頭の中でタキオン印の妙薬を使用した、禁止悪戯100選をひも解きながら、彼を理事長室へ先導することにした。

取りあえず、バフを撒きつつ八方睨み、襲われてもいい様に地固めも積んどこう。

 

 

《主人公side》

 

 

道に迷ってうろついているとき、黒い髪に黒いウマの耳をした少女が俺の方へ全速力で駆けてきた。

息を乱し、肩で呼吸している彼女は、俺にとって見覚えのある顔だった。

 

 

(彼女、フジキセキか?)

 

 

俺が初めて育成した「マイルウマ娘」の一人であり、かなり思い入れのあるウマ娘だった。

ご存じ家庭用の名作「ウマ娘 ラブリーダービー~有馬は燃えているか~」では「マイルシナリオ育成編」

における初期育成対象キャラクターの一人で、有馬挑戦シナリオが非常に良いというのが俺の感想だった。

 

 

特に、長距離の才能がないフジキセキが、綺麗さやエンターテイナーな所を捨てて、怪我で夢見る事を諦めた少女との約束を守るために、

文字通りがむしゃらに泥と涙に塗れながらも有馬記念で一位を取った時の感動は、数ある名シナリオの中でも屈指の出来だった。

テレビの前でコントローラーを手に男泣きに泣いた記憶がある。

 

 

(家庭用は「ライスシャワー」「フジキセキ」「アグネスタキオン」の3人がとてもいい出来だったんだよなぁ)

 

 

ヒールと言われた少女が、ヒーローになるまでを描いた「燃えるライスシャワー編」

夢は諦めなければかなうという事を、自分の身をもって証明した「根性のフジキセキ編」

皐月賞の後、怪我と挫折からシニア三冠を手にするまでの「復活のアグネスタキオン編」

全て名シナリオであり、ドリームキャスティング3(略してドリキャス3)の名作ソフトとして今なお語り継がれる逸品だ。

記憶している限り、ネットの掲示板では「お兄様」「ポニーちゃん」「モルモット」の3勢力が、

今なお誰が全体を通して一番なのかで争い合っているほどだから相当だ。

 

 

そんな事を頭の片隅で思い出しつつ、目の前のフジキセキから緊張を取り除くために行動を起こす。

スクールで習った『ウマ娘とのっ! コミュニケーション100の事っ!』という講義内容にのっとり、フジキセキに笑顔で応対する。

ただ、俺には表情筋に少々の難があるらしく、笑い方が硬いというのが担当教官の評価であった。

 

 

(きちんと笑えているといいんだが)

 

 

俺が笑いかけると、残像が残る勢いで前を向いたフジキセキを見て、やっぱり俺の笑顔は硬いのだなという事を再認識することになった。

 

 

トレーナーたるもの、ウマ娘の不安の解消に努めるべし、常に笑顔で彼女等の安心安寧を図るべし、とはあの講義の最初に習う事だからな。

何とかして、改善していこう。

 

 

理事長室までの道のりを案内してもらいつつ、かつてフジキセキを育て切った時の記憶にあるあの感動を呼び起こす。

 

 

(あのフジキセキと、まさか現実で出会えるなんてなぁ)

 

 

先程であったとき、彼女の名前を出さなかった自分を褒めてやりたい。

いきなり自分の名前を言い当ててくる男など、不審極まりないからな。

彼女自身、スマホゲームや家庭用ゲームではSNSをやっている。

 

 

もし、この世界でも同じことをしていたら、自分の名前が知られているという事は頭の片隅にあるだろう。

だからっていきなり『あのフジキセキさんですよね!?』とがっつくのはない。

だって、ほら、あれだ。

なんか厄介なファンみたいで、嫌だし。

仲良くなれるなら、ちゃんとした方法で仲良くなりたいし。

とは言え、だ。

 

 

(フジキセキはこんな歩き方する子だっけ?)

 

 

なんで俺の前を行く彼女は「ナンバ歩き」をしているんだ?

いや、まあ、ナンバ歩きって実は体にいいとかそういう事を調べた事はあるけれども、今のフジキセキにそんな悪いところあったか?

 

 

(ふぅむ、目星をつけても何もない・・・・・・足の故障を隠しているわけでもないか)

 

 

トレーナーズ・スクールにおける必須教科「ウマ娘への目星(注2)」を行い、見える範囲で彼女の異常を観察する。

だが、全く異常が見当たらない、全身に目星の範囲を広げても彼女は健康体そのものだ。

内心首を傾げながらも、彼女に案内されつつ理事長室へ。

理事長室の前まで送ってもらった後、今度こそはと満面の笑顔でお礼を言ったら、物凄い勢いで逃げられてしまった。

何というか・・・・・・俺は、笑顔で人に接してはいけないのだろうか。

 

 

 

《フジキセキside》

あの後、サブトレーナーさんを理事長室まで送って行った。

それはいいんだけど・・・・・・笑顔でお礼を言われてしまった。

多分、これは私の想像だけど、この人はすごく優しくて不器用だ。

不器用な人が、精一杯の笑顔を浮かべながらお礼をいうという行為、私はそんなに嫌いじゃない・・・・・・むしろ結構好きな部類だったりする。

うん、何というか、我ながら惚れっぽいかもしれない。

まあ、何が言いたいのかと言うと。

 

 

 

(笑顔の指導・・・・・・ううん、笑顔の訓練という事で二人きりになる口実ができたかもしれない!)

 

 

 

あのウッカリルドルフのおかげで、こうしてサブトレーナーの事を知れた以上、私が一バ身はリードしているはず。

このリードを保って、後続との差を存分に開かせて・・・・・・ふふっ、なんて、こんな事は考えすぎかもね。

そんな事を考えて、行動に移す算段を付ける私。

少し熱を帯びた頬を緩めながら、私の足取りは軽い。

 

 

 

取りあえず、ルドルフには覚悟してもらうとしよう。

 

 

 

―――――――――――――(数日後)―――――――――――

 

 

 

 

ある日、生徒会長シンボリルドルフの使用しているボールペンが全部「芯を出そうとすると電気が流れて地味に痛いペン」にすり替えられ、

ルドルフの調子が絶不調になった。

事情聴取を受けたフジキセキ曰く「トレーナーの事を忘れていたルドルフ会長が悪い」の一点張り。

取り調べを行ったバンブーメモリー曰く「今回は無罪っす、あと会長はギルティっす」といってフジキセキの援護に回った。

報告を聞いたエアグルーヴには呆れられ、ナリタブライアンからは思いっきりため息を付かれたシンボリルドルフはその日一日凹む事になるのだが、

これは本編と何の関係もない。

 

リザルト

 

・サブトレーナーになる・・・・・・200MP

・トレセン学園内で迷子になる・・・・・・50MP

・トレセン学園でウマ娘に襲われない・・・・・・150MP

・フジキセキと出会う・・・・・・100MP

・家族の夢の第一歩・・・・・・500MP

 

Total・・・・・・1000MP(注3)

 

Next・・・・・・黄金世代との接触イベントが発生

注1 トレセン学園の生徒は「男性の夫」がいる家庭が結構多い

注2 トレーナーはウマ娘への目星を必ず成功させなければならない

注3 MPとは「女神ポイントの略」でボーナスがある

 

(5/3 追記・修正の後再投稿)

(7/5 修正)

 




今回は、一話というか長い前置きという回になります。
次回投稿より、黄金世代中心に絡んでいくことになります。

感想、誤字脱字等の報告をお待ちしております。

あと、フジキセキが好きだったりする為、ちょくちょく登場するかもしれません。


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第二話 黄金世代

皆さま、GWはいかがお過ごしでしょうか。

第二話の方を投稿させていただきます。

手直しや練り直しで些か時間がかかってしまいました。

誤字脱字感想の方、良ければよろしくお願いします。

追記

皆さま、ウマ娘アプリでナイスネイチャとキングヘイローの新衣装
が実装されましたね。

当然、ひけましたよねぇ?(ねっとり)


2.黄金世代

 

正式にサブトレーナーとなった俺は、一年間という時間を全て中央のウマ娘達との

交流と勉強に費やすことになった。

 

この一年間は、地方トレセンで過ごした一年間を更に煮詰めた形で、

非常に充実した毎日を送ることになったと思う。

 

俺の配属先は「リギル」「スピカ」と言った名門かつ強力なチーム

と肩を並べる優秀なチーム「レグルス」だった。

 

俺を指導してくれた「先生」はアプリのライバルキャラの一人で、

管理指導主義を掲げるトレーナーで有名だ。

 

指導内容は非常に堅実かつハイレベルであり、モブ娘をどんな相手とも

互角以上に戦うことが出来る「ハイ・オールラウンダー」に仕上げる事で

アプリプレイヤーの間では有名だった人だ。

 

ちなみに、レグルスの主力モブ娘達はアプリ版で出てきたら

数多のトレーナーを引退に追い込むレベルで強い。

 

でもそれは朧気な記憶にあるゲームでの話、俺の生きている現実では

更に事情が異なる。

 

俺の生きている世界線が特殊だからか、彼女の担当しているチームに

所属するウマ娘にも、現実で名を残している連中が多い。

 

この世界では絶賛売り出し中のリトルココン、ビターグラッセを筆頭として

ネームドメンバーは以下の通りだ。

 

エイシンフラッシュ(中距離担当)

エアシャカール(長距離担当)

ファインモーション(マイル担当)

スマートファルコン(ダート担当)

サクラバクシンオー(短距離担当)

 

ハッキリ言おう、正にリギルに負けず劣らずの強者ぞろいだ。

更に、彼女の育てたモブ娘と言われているウマ娘達もG3やG2で

勝利する娘がいて、中にはG1に出装経験のある子も含めて多数在籍している。

 

ちなみに、スピードなどはアプリと同じS~Gでランク分けされているのだが、

ネームドメンバーは普通にAとSが並んでいるし、モブ娘達もBがほとんどだ。

スキルや固有という「ゲーム的な何か」が目に見えて存在していない以上(注1)、

鍛えた結果が導き出した数字というのは正に「目に見える全て」と言える。

 

仮に、今のレグルスメンバーがアプリで出てきたら・・・・・・正直勝てるか怪しい。

他のトレーナー達曰く「最強のチームはどこかと言われれば多数あるが、

最優のチームはどこかと言われたら樫本トレーナーのチーム」との事。

 

ちなみに『ウマ娘ラブリーダービー・ポケット』というスマホゲームにおいて、

彼女はライバル兼サポートキャラクターとして実装されており、非常に優秀な

性能を持っている。

一時、彼女は覇権サポートと呼ばれ、非常に重宝されたのを覚えている・・・・・・

ガチャ、結果、銀の蹄鉄・・・・・・駄目だ、これ以上はいけない。

 

リギル所属のフジキセキや、彼女経由で仲良くなったヒシアマゾン、

ナリタブライアン、シンボリルドルフと言った歴史に名を遺す名ウマ娘達と

同じチームになれなかったのは少し残念だった。

特にフジキセキは、耳がペタンと垂れてしまう程に惜しんでくれたのが、

印象的だった。

 

(後日、理事長室には同じ筆跡の抗議の書簡が山ほど届いて

業務が止まったそうだ・・・・・・なんで?)

 

先生の下で中央のエリート達相手にみっちりと学び直し、中央所属のモブ娘

(名前はパルヴァライザーという子だった)とは言え半年間担当もした。

G2レース(アルゼンチン共和国杯)でネームドを抑え一着を取った時は、

彼女と抱き合い涙を流して喜んだものだ。

 

ちなみに、俺が力を入れ過ぎてしまったのか、彼女は俺の腕の中で気絶してしまい

病院に救急搬送された・・・・・・顔は鼻血まみれで恍惚とした表情を浮かべていたそうだ・・・・・・

力加減を間違えたか、肘が当たったか、何はともあれ彼女には悪い事をした。

 

そんな騒動もあったが、俺は晴れてトレーナーと認められ、振り分け戦を見学に来ている。

そう、俺はとうとう、中央ウマ娘の担当を持つことが出来るのである!

ちなみに振り分け戦とは、まあ、いわゆる逆ドラフトみたいなものであり、

このレース結果には目に見える栄誉みたいなものはない。

 

しかし、「順位が希望チームへの優先交渉権」みたいなものだ。

ここで勝てるか勝てないかで希望する所属チームに入れるかどうか、

そしてジュニア級へのデビュー戦に勝てる確率が上がるかどうかが決まるという。

 

ウマ娘達だって、良いチームに入り、良い環境で練習を積み、

勝利という栄光を勝ち取りたいと思うのは当然の事。

 

そして同時に、俺のような新人トレーナーにとっても「デビュー戦」という側面を持つ。

何せ実績と経験のない新人がスカウトするのは大変難しい。

 

スカウトを何十回として、一回もスカウトできないという事もあるという。

その結果、トレーナーとしての自信を喪失してしまうという人も年に何人かいるそうだ。

 

そう言った事を乗り越えられるか否かでトレーナー人生が決まると「先生」は言っていた。

故に、この振り分け戦こそ「ウマ娘と人の本当のデビュー戦」というのは父と母の言葉だ。

 

「うし、双眼鏡・ストップウォッチ・その他もろもろ準備完了!」

 

気合、入れて、スカウトに行きます!

 

 

 

――――――――――――――――――(しばらくしてから)――――――――――――

 

 

 

「何故、俺はスカウトが出来ないんだろうか・・・・・・」

 

ウマ娘達は全員遠巻きに俺の事を見ており、不審者を見る目で見られているような気がする。

もし、俺にその手の性癖があったら大喜びだが、残念ながら俺はそこまで上級者ではない。

更に、視線を向けると勢いよく目を逸らしたり、顔を逸らしたり、最悪逃げる。

正直に言おう、心が折れそうだ。

ただ、一つ気が付いた事がある。

 

 

「なんでこんなにハイペースなレースをしているんだろうか?」

 

 

今日に限ってはコースレコードがどんどん塗り替わっているのだが。

そして、観客席に届くレベルの気合と熱量がすごい・・・・・・。

 

 

 

―――――――(ウマ娘S side)―――――――――

 

 

 

今日、どうやら噂の彼がトレーナーとして担当するウマ娘をスカウトに来るらしい。

そう、男性トレーナーのスカウトだ。

そして同時に、あの都市伝説『男性トレーナーと結婚して幸せになったウマ娘』が現実になる。

私と、彼とで。

さあ、私の人生G1が今スタートするんだ!

 

((((((なんで私達は振り分け戦に出場が出来ないんだ!)))))))

(そりゃデビューしちゃったらねぇ)

(担当がついている以上、無理だろう常識的に考えて)

 

 

――――――――――――(黄金世代side)―――――――――

 

 

 

ウマ娘とは、別世界の「ウマ」と呼ばれる生き物の魂が転生して生まれてくる。

そんなオカルトめいた話が語られるようになったのはいつのころか。

 

勿論、それは一般的には話のネタと呼ばれる程度であるのだが、

ウマ娘本人たちからすれば「もしかしたら」と思う所が無いわけでもない。

 

即ち「この子と初めて会った気がしない」という事が多いのである。

それは、例えば「覇王と怒涛」だったり「緋色の一番と型破りの女傑」や「超粒子と摩天楼」

だったりとパターンは多い。

 

そして、今日この日、新入生の入学式の日、かつて同じ年代で戦った名馬の生まれ変わり達が一堂に会したのである。

 

「あれっ?」

「あら?」

「おやぁ?」

「けっ?」

「あらあら?」

 

スペシャルウィーク、キングヘイロー、セイウンスカイ、エルコンドルパサー、グラスワンダー。

 

各々が歴史に名を遺す名馬の名を冠する、異なる世界の生まれ変わり、記憶なき転生者達。

かつて人々を沸かせた5人が、今またレース会場で顔を合わせる事になった。

 

とは言え、予兆がなかったわけではない。

実は始業式からずっと、なんだか気にはなってはいた。

 

だが、恐らくはデジャビュであり過去に似た人と出会っていたんだと思っていたのだが。

結構な頻度で鉢合わせたり、教室の席が隣だったり、食堂で相席になる確率が高かったり。

そして、今日のレース場での鉢合わせはもはや、運命というしかなかった。

 

「何というか、初めてあった気がしないねぇ・・・・・・実はセイちゃんと昔会っていたことある?」

「いいえ、私達は今日初めて会った・・・・・・そのはずなんですが」

「そう、グラスの言うというり、私達は初めて会ったはず、なのデェス」

「でも初めてあった気がしない、私も貴女達もみんな・・・・・・」

「もしかして、これが《女神様のお導き》ってゆうのかな?」

 

お互いに、何故か心がほっとするような、闘争心が奮い立つような。

くすぐったくて、でも、不快じゃない感覚を感じる5人。

 

多分、自分達はこれからライバルとして切磋琢磨して、同時に生涯の友人になるんだという確信めいた予感があった。

 

世間一般のウマ娘達曰く、その感覚は《女神様の導き》と言われる謎の既視感であり、彼女達の予感はやがて確信へと変わるのだが、それはまだ先の話。

今の彼女達は、まだまだ青いルーキーであった。

 

「とりあえず、今日のレースで担当がつくといいんですけどね~」

「あら、担当が付くんじゃないわ、この私の輝きに惹かれて『担当させてください!』と言いに来るのよ!」

「あはは、キングちゃんの自信がすごい・・・・・・」

「スぺちゃん、考えが甘いデース! キングみたいな気持ちで挑まないと、トレーナーさんの目には留まりまセン!」

「そうですね、私達の全力をもって当たれば、良縁が巡ってくれるでしょう」

 

もしかしたら、噂の男性トレーナーが私達をスカウトしに来るかも、

とスカイが茶化すと、それこそキングの輝きに惹かれたのよ、と答える。

そんな二人のやり取りに、残りの3人が笑い出し、最終的には5人で大笑い。

そんなやり取りをしつつ、更衣室で体操着に着替えてレース場に集まる5人。

 

気負いはある、緊張はある、そして何よりわくわくと夢がある。

 

初めての、重賞でこそないものの、これからの学生生活、

そしてもしかしたらウマ娘としての、競争バとしての一生を左右しかねない大事な一戦。

 

軽口をたたきつつも、5人のルーキーは気合を入れて模擬レース会場へと移動した。

そして、その場にて。

 

 

「「「「「っ!?」」」」」

 

 

圧倒的な熱量と、本番さながらな闘志のぶつけ合いに足がすくんでしまったのだ。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「うるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「でぃやああああああああああああああっ!!」

「負けるかぁぁぁぁぁっつ!」

「勝つのは、わたしだぁぁぁっ!」

 

 

正にそれは、古の戦場が如く。

芝のコースの上は正に、剣闘士が闘うコロッセオか、

それとも女神の加護が届かない無慈悲な戦場か。

 

 

各々がリミッターを解除して、一秒でも早くゴールへたどり着こうと、

戦の雄叫びを上げながら凄まじい熱量と闘志をぶつけ合う。

 

 

血走った目で走る彼女達、そのあふれ出る殺気や闘志が

芝を、ダートを、空を、大気を覆いつくす。

 

 

そして、そんな彼女達を見定めようと、新人の中堅の玄人のトレーナー達が目を皿のようにして、

食い入るようにレース会場を見つめている。

 

 

その様は正に、全てのウマ娘が目指そうとする「G1」の舞台さながら。

 

 

ふとスペシャルウィークがコースを見れば、レースにおけるただ一人の勝者は、

拳を天に突き上げて吠える。

 

 

キングヘイローは、全力を出して戦った敗者が、地面に伏せて

悔しさに拳を地面に叩きつけるのを見て息を呑む。

 

 

セイウンスカイの鋭利な頭脳は、レースが異常な熱気に包まれていると直感的に導き出したが、

何故ここまで盛り上がっているのかわからない。

 

 

グラスワンダーは、この熱気に自身の闘志がみなぎるのを感じたが、

冷静な部分が今の自分には勝つことはできないと警鐘を鳴らしている。

 

 

エルコンドルパサーは、腕を組んで不敵に笑いながらこの状況を見ているが、

よく見れば組んだ手が緊張で震えている。

 

 

徐々に徐々に、彼女達の出番が近づいてくる。

そんな彼女達を、トレーナー達が冷徹かつ冷厳な表情で

手元の紙媒体や情報端末に何事か書き込み打ち込んでいく。

 

 

彼女達には、その内容はうかがい知れないが、気にするほどの余裕もない。

今日、この日、この場所にあったその様は正に、レースの本質を表すもの。

あるものはそこを「戦場」と形容し、あるものはそこを「地獄」と言い。

枷が外れ本性をむき出しにしたものは「天国」と呼ぶ。

そんな阿鼻叫喚の絵図が広がっていたのである。

 

 

「あっ、あはははは、セイちゃん気分が悪くなったんで保健室に・・・・・・」

「お、お腹が痛くなってきちゃった・・・・・・セイちゃん、私も一緒に・・・・・・」

「スぺさん、スカイさん、逃がさないわよ・・・・・・」

「私達、一蓮托生ですよ?」

「いやー、闘志むんむんで、いい場所デース!・・・・・・うぇっ」

 

 

だんだんだんだん出番が近づき、彼女達の緊張もピークに達しようとしていた。

セイウンスカイとスペシャルウィークは顔色が青くなり、咄嗟に逃げようとした。

 

それをなんとか止めたキングヘイローもまた口元が引きつっており、

逃げることをプライドが許していないだけで本音は彼女達と同じだ。

 

グラスワンダーとエルコンドルパサーは闘志に当てられてすでに臨戦態勢だが、

よく見ると尻尾が内またに入り込んでいる。

 

 

経験を積んだ未来の彼女達ならまだしも、今の彼女達にとってこの環境は毒だ。

既に全員が更衣室で感じていたわくわく感が無くなり、

極度の緊張によって意識と体が支配されつつあった。

 

 

「おい、ゼッケンをつけろ、そして出走に備えろルーキー達」

 

 

緊張しきっている彼女達に対して、一人のウマ娘がそう言って声をかける。

黒い艶やかな長髪、鼻に貼ったテープ、切れ長の目とそこに宿る闘志。

一歩踏みしめるごとに体から溢れ出す自分の強さへの自信。

口にくわえた葉っぱがトレードマークの三冠ウマ娘「ナリタブライアン」がジャージ姿でそこにいた。

 

 

サブトレーナーが正式にトレーナーとなったその日、

彼女もまた正式に生徒会メンバーに入ったのだ。

 

彼女は、生徒会の仕事として新入生にゼッケンを配っていた。

ちなみに、本来ならばビワハヤヒデを生徒会に入れたかった(エアグルーヴ談)が、

ビワハヤヒデが妹を推薦し、シンボリルドルフもそれを了承したという経緯がある。

 

言葉で語らず、実力で指し示すブライアンは、生徒会という組織では異色だ。

エアグルーヴ自身もちょくちょく手を焼く程度には、ナリタブライアンというウマ娘は

一筋縄ではいかない。

 

それでも、その実力は新規気鋭の、いいかえれば小生意気な新入生たちを

率いるにはうってつけと言えた。

この学園では、レース場では、実力こそが全てだと、彼女は走りで語るのである。

 

 

「ふん、この空気に当てられたのか」

「「「「「・・・・・・」」」」」

「・・・・・・はぁ、少し手荒いが我慢しろ」

「きゃんっ!?」

「「「「!?」」」」

 

 

ブライアンは目の前の事に固まっている5人に溜息をつきながら近づくと、

スペシャルウィークの背中を思いっきり引っ叩いた。

その時初めて、彼女達は自分が緊張して視野が狭まっていたことに気が付いたようだった。

 

 

(まあ、ここまでの争乱染みた雰囲気、私もそうそう味わった事は無いからな)

 

 

ルーキー達が緊張で視野狭窄に陥るのは当然の事だろう、ブライアンは目を白黒させている

スペシャルウィークを見ながらそう思った。

自分の三冠達成目前、菊花賞の緊張感はどうだったかと頭の片隅で考えながら口を開く。

 

 

「お前達は・・・・・・成程、お前達全員が走って今日の振り分けは最後だ」

 

 

手元にあった端末を片手で操作し、本人確認を済ませながらブライアンは言う。

 

 

「へっ、もうですか!?」

「いやいやいや、流石に早すぎじゃない!?」

「私達まだここに来たばかりなんですけど!!」

「あのなぁ、お前達時計を少しは確認しとけ」

「ケッ!? みんな時計見るデース!!」

「なんて事でしょうか・・・・・・私達全員こんな時間まで立ち尽くしていたなんて」

 

 

ブライアンの一言に対し、慌ててレース場の大きな時計を目にすると、

振り分けレース終了間近な状態だった。

 

 

「ほら、ゼッケンはここにあるから全員行ってこい」

「あ、ありがとうございます!」

「ほら、全員ダッシュよダッシュ!!」

 

 

スペシャルウィークがお礼を言っている間に、キングヘイローが

ひったくるようにしてゼッケンを受け取る。

そして、配るというより投げつけるように全員に渡す。

受け取った瞬間、セイウンスカイが走り出し、エルコンドルパサー、キングヘイロー、

スペシャルウィーク、グラスワンダーの順番で走り出した。

 

 

「逃げが1、先行が1、残りは差しか」

 

 

砂埃と共にレース場に走り去っていく5人を見送りながら、ブライアンはポツリと呟いた。

 

 

「はぁ・・・・・・私もあのトレーナーのチームに入りたかったな・・・・・・」

 

 

新入生振り分けレースは、文字どおり新入生対象のレースであり、

自分はリギルに所属している為に参加は不可能。

チームの移籍についても、完全に望み薄とくれば、接点は作れそうにない。

 

 

(せっかく男と仲良くなれるチャンスだったんだが・・・・・・)

 

 

はぁ、と肩を落とすブライアンの背中には、ちょっと哀愁が漂っていた。

 

 

 

――――――――(レース場)―――――――――

 

 

 

新入生振り分けレースは、この学園に所属するトレーナー達からすれば真剣で、

ウマ娘達からすればある意味息抜きの娯楽と言った意味合いも持つ。

その為か、かなり多くの見物客が学園備え付けのレース場には訪れていた。

 

 

「1番の娘、『カスケードレイジ』はいいわね、あの娘うちのチームに入れられないかな?」

「確か『デンジャーマイン』だったはず、差し脚は注目よね」

「3番の『サンダークラウド』はすごくいい仕上がりね・・・・・・結果度外視で育ててみたい」

「ふむ、中々今年のルーキー達は元気がいいじゃないかエイミングホーク」

「フォックスアイ、面白がっているところ悪いが、今後どれだけ残るか・・・・・・」

 

 

ここ、トレセン学園では担当に振り分けられるレースの日には、

一日使って模擬レースが行われる。

その為、今日一日は全ての学業を取りやめてレースに注力することになる。

トレーナー達以外にも、トレセン学園に所属している生徒達もこぞって

手弁当で観戦に来るのが常だ。

そして、本日の最終レース。

その中で、トレーナーこと彼は自分の担当を決められないでいた。

 

 

(ふむ・・・・・・どうしたものか)

 

 

彼は、双眼鏡でレース場のウマ娘達を観察していた。

足腰の使い方や体つきなど、今まで学んできた事を全て動員して、

猛禽類のようにレース場のウマ娘達から担当を見つけようとした。

 

 

(あの娘、下半身がしっかりしている・・・・・・だめだ、なんかちがう)

 

 

どうしても、これだと思った娘がいない。

勿論、良いと思える子が全くいないわけではない、しかし。

 

 

(なんか、違う)

 

 

彼は転生者であり、転生した際のおぼろげな記憶にある「ウマ娘」シリーズの

登場ウマ娘達を目で追ってしまう。

その為「まずはあの娘を」と思って目で追ってしまう。

何せ、レース場で案内係として活動しているヒシアマゾンやフジキセキ、

エアグルーヴ等がいると、視線がそちらに向いてしまう。

 

モブウマ娘達が悪いわけではない、ただ、彼自身が無意識的に

前世の記憶に引っ張られてしまっているだけなのである。

その証拠に、何か違うと思いつつ彼の手元にある端末は、良いと思ったウマ娘達のデータを

常にピックアップしており、優先順位もきちんとつけられている。

 

 

(とは言え、早く当たりをつけて新人の子をスカウトしなければ・・・・・・うん?)

 

 

今日最後の第11レース、総勢16人の出走者。

その中に、見知った姿を見たような気がして、彼は双眼鏡を覗き込んだ。

 

 

(あれは・・・・・・まさか!)

 

 

そして、運命のゲートが今開いた。

 

 

 

――――――――(セイウンスカイside)―――――――――

 

 

 

さて、セイちゃんはどうやって仕掛けたものかと思案しているわけですよ。

 

 

レース場に初めてついた時には、余りの熱気と気迫に押されてフリーズしていましたけれどもっ、

ターフの上ではそんな事はないのですっ。

なんて強気に考えていたのもはるか昔、今のセイちゃんはピンチです。

 

 

「はっ、はっ、はっ、はっ・・・・・・くそぉっ!」

 

 

周囲の熱に押されるように前半戦を飛ばし過ぎた結果、今や私のスタミナはエンプティ。

何とか最下位にはなってないけど、1位から、いや先頭集団から大きく離されている。

懸命に走る脚が鉛のように重く感じているし、息は上がっているし、

そのくせスピードはどんどん落ちていく。

そして、前にいる競争相手との差はどんどん開いていて、埋められない。

 

 

「はぁっ、はぁっ・・・・・・くぅぅぅっ」

「こんなっ・・・・・・はずではっ」

「一流にふさわしくない、こんなっ、走りっ!?」

「息が、苦しい、デェ、ス」

 

 

耳を後ろに回してみれば、セイちゃんの友達が喘いでいる声がする。

私達全員、掛かり気味になった結果がこれ。

全員で最下位集団形成真っ最中というわけ。

 

 

そんなセイちゃん達は今、振り分けレースの真っただ中。

参加人数は16人で本日の最終第11レース。

これに勝てなきゃ担当トレーナー獲得という意味ではかなり不利になる。

 

 

何せ勝った娘に優先的に強いチームとの交渉が出来るルールがある。

このレースはいわゆる「ドラフト」みたいなものなのです。

 

 

だというのに、私達5人は全員で最下位争いをしているという体たらくなのです。

 

 

まあ、ウォーミングアップもなしでぶっつけ本番、更に芝の状態もかなり悪い

「不良バ場」ときたものだから、しょうがないっちゃあしょうがない。

 

 

おまけに対戦する残りの11人は、気合も根性も天元突破とかいう意味わかんない状態。

 

 

周囲の観客席から発せられる重圧に似た熱量も、

私達全員を掛かり気味にするには十分すぎるスパイスだった。

 

 

そんな中でゲートが開き、いの一番に飛び出したのはキングヘイローで、その後で私が続き、

エルコンドルパサー、グラスワンダー、スペシャルウィークの順番で走っていたのだけども。

 

 

全員が自分に合わない走りやペースで走ってしまったため、

1200mを過ぎたあたりで全員ガス欠気味なっちゃった。

 

 

そして、それを見越してか他の娘達が仕掛けてきた。

気合と根性が走力に上乗せされて、とんでもない加速を引き起こしている。

不良バ場のはずなのに、芝を抉って加速するなんて、どうかしていると思う。

 

 

そんなコースの距離は芝2000mの右回り、天気は良好バ場悪し、

セイちゃんの運命はこの一戦にあり。

とは言え現実はどうにもならないもので。

 

 

(これは、私達じゃあどうしても勝てないね)

 

 

勝てない、と判断した頭の中は冷静に負けを認め、なぜ負けたのかを考えていた。

 

 

異様な雰囲気でウォーミングアップが出来てない、バ場が悪すぎる、ゲートで出走遅れ、

緊張で筋肉が萎縮して動きが悪い、どんどんと駄目な理由は出てくるけれども。

 

 

でも、本当はそんなものはただの言い訳に過ぎなくて。

 

 

(ああ、畜生)

 

 

目から涙が止まらない、止められない。

こんなはずじゃなかったのに、華麗に勝利を収めてトレーナーに選ばれて、

速くて強いウマ娘になるはずだったのに。

 

 

(じいちゃん・・・・・・)

 

 

じいちゃんとの約束、強くて早い日本一のウマ娘、初めから躓いちゃったなあ。

 

 

そして私は、いや、私達は何の見せ場もないままゴール板を駆け抜ける事になったのでした・・・・・・くそっ。

 

 

 

―――――――――(観戦席side)――――――――――

 

 

 

「あー、あの子たちは残念だったわねぇ」

「確かに、初めてゲートに入った時から緊張が隠せてなかったものねぇ」

「初めからスパートをかけすぎて、後半は見ていられない状態だったな」

「この雰囲気に呑まれたいい例だね、かわいそうだが」

 

 

中堅トレーナー達が口をそろえて、最後の第11レースを評価している。

その評価対象は、1位を取ったウマ娘・・・・・・ではなく、最下位集団の事を指していた。

 

 

12位「セイウンスカイ」

13位「グラスワンダー」

14位「エルコンドルパサー」

15位「キングヘイロー」

16位「スペシャルウィーク」

 

 

彼女達5人に寄せられる視線は、同情を含んだものが多かった。

それは、観戦していたウマ娘達も同じだ。

 

チームリギル、学園最強、否日本最強クラスの実力者のみを集めたチーム。

最強軍団、ドリームチーム、そんな呼び声の高い面々もまた、彼女達のレースを見ていた。

 

「ふん、ご愁傷様としか言いようがないな」

 

先に彼女達にゼッケンを渡した「ナリタブライアン」がレース結果を皮肉る。

いや、皮肉るというよりも同情しているといった方がいいか。

それぐらい、彼女の声色には実力を発揮できなかった彼女達への憐憫が含まれていた。

 

「ああ、彼女達は完全にレース場の雰囲気に呑まれていた」

 

ブライアンに同意するのは、皇帝「シンボリルドルフ」その人。

彼女もまた、生徒会の合間を縫って新入りの走りを観戦に来ていたのである。

その目は真剣そのもので、何時もの温和な雰囲気など微塵も感じられない。

 

「わかるわ、初めては何時もそうよねぇ」

 

そんな彼女達に頷きながら同意するのはスーパーカーの異名を持つ「マルゼンスキー」だ。

馬時代の彼女はクラシックに出場することが出来なかったが、ウマ娘の彼女は違う。

通算成績16戦15勝1敗という成績であり、その1敗は皇帝に敗れた1敗だった。

 

「これで潰れるようならそれまでだけど・・・・・・果たしてどうかな?」

 

どこ吹く風の自由人、3冠ウマ娘である「ミスターシービー」もまた、

珍しい事に今回のレースを観戦していた。

何か感じる事でもあったのか、と問われれば飄々としてはぐらかすだろうが。

 

((((例の彼との話のネタぐらいにはなるか?/だろうか?/かしら?/かなぁ?)

 

見に来た理由は、彼女達に憧れているウマ娘をちょっと幻滅させる理由だったが。

 

 

―――――――――――(トレーナーside)――――――――――――

 

 

様々な憶測が飛び交う中で、トレーナーはただ真剣に彼女達のレースを考察していた。

時折手元にあるタンブラー(中身は自家焙煎の珈琲)に口を付けながら、

鋭い目つきで頭を高速回転させていた。

 

 

(なんてことだ、彼女達は黄金世代だぞ・・・・・・ルーキーゆえの経験不足が祟ったか?)

 

 

経験値の足りない状態で、こんな雰囲気の中で走れば、自分の走りが出来なくて当然だ。

むしろ、そんな状態の彼女達だから見るべき物がある、彼はそう考えた。

双眼鏡で見ていた彼女達のレース運びは、荒削りも粗削りだが、

見るべきものが無いわけではなかった。

 

 

(はじめ、全員がゲートで出遅れても仕方がなかったが、彼女達は出遅れなかった)

 

 

特にキングヘイローはゲートが開いた瞬間、完璧なスタートダッシュを成功させていた。

今日の戦術は逃げに近い先行だったが、走りそのものも前半の試合運びも悪くない。

雰囲気に呑みこまれさえしなければ、今日の勝利者は彼女だったかもしれない。

 

 

(5人全員、コース取りも悪くなかった)

 

 

特にセイウンスカイのコース取りは、なるべく外側を取って比較的

芝の良好な部分を走っていたのが特徴的だ。

あの状況でも、視野狭窄にならずに最善手を探して実行したのだろう。

更に、不良バ場でありながら脚を取られることなく、ペースが乱れなかったエルコンドルパサー、彼女の脚は流石としか言いようがない。

地面が変形して、走りづらい状態のバ場ですら彼女の走りを崩す要因にならなかった。

 

 

(最後の差し合い、スタミナの切れた状態であの差し脚・・・・・・)

 

 

グラスワンダー、彼女の差し脚は凄まじい。

スタミナが切れ、フォームも崩れ、しかしその足元だけは決して崩れない。

最後の最後、団子状態となった中でグラスワンダーは最下位から一気に13位に上がったのだ。

 

 

(そして、スペシャルウィーク・・・・・・)

 

 

スペシャルウィークは、この圧倒的に不利なレースで、肉体と精神の消耗も激しい状態で、

不良バ場のコースを全力で走りぬいて・・・・・・。

 

 

「あの娘、スペシャルウィークさん、もう息が整っていますね」

「ええ、心肺機能が強靭で基礎的なスタミナもある証です・・・・・・慣れない中で、

しかも荒れたレース場を走り切ってこれですからね・・・・・・おや」

 

 

女性の声が聞こえて、振り返るトレーナー。

その視線の先には、一人のスーツ姿の黒髪の女性がいた。

年のころは、トレーナーよりも10ほど上だろうか。

理知的な切れ長の目、ウェーブのかかった黒髪、上等な黒いスーツ。

凛とした気を感じる、理知的な女性がそこにいた。

 

 

「先生もご覧になっていたのですか」

「ええ、そしたら見知った人が双眼鏡片手に唸っているのが見えたので」

「お恥ずかしい限りです・・・・・・今のレースの勝者との交渉に行かないんですか?」

「いいえ、その件に関してはサブトレーナーとエアシャカールに任せました」

 

 

意外な一言に、トレーナーは目を瞬かせる。

そんな彼に、先生――樫本理子――は微笑みながら続けた。

 

 

「彼女の目と知識は確かなものです、貴方もそれは知っているでしょう?」

「確かに、エアシャカールにはかなり助けてもらいましたし・・・・・・というか先生、

レグルスに新人また入ったんですか?」

「ええ、理事長曰く『信頼っ! 貴女ならば任せられる!(注2)』とおっしゃられて」

「理事長・・・・・・」

 

 

トレーナーの問いかけに、頷く樫本。

私は別に、サブトレーナーのトレーナーになった覚えはないんですが、と肩をすくめる。

 

 

「だから、というわけではないのですが、サブトレーナーとエアシャカールに最終レースのスカウトを担当してもらったんです」

「成程、後進の育成・・・・・・それには確かな目と知識が必要ですからね」

「ただ、今度のサブトレーナーは貴方よりも幾分未熟、なのでエアシャカールに助手をしてもらっているのです」

「新人も大変だな、下手なトレーナーより見る目がありますよシャカールは」

「ええ、更に新人の彼女には選んだ子たちのトレーニングメニューもあの子たちと一緒に考えてもらいますから」

「スパルタ・・・・・・ではないですね、トレーナーになるためには必要な事だ」

「ええ、私達はウマ娘達の人生を預かっているのです、半端な覚悟では任せるわけにはいかないでしょう」

「シャカールの理詰めに耐えられると思います?」

「ええ、そこに関しては心配していませんから、大丈夫です」

 

 

あの娘、詰めは甘いですが頭はいいし精神的にも中々タフなので、と樫本は語る。

そんな彼女を見て、恐らく今頃エアシャカールはそのサブトレーナーに

苦労しているだろうと直感的に思った。

 

 

(今度シャカールに甘いものでも持って行ってやろう)

 

 

樫本の下で学んでいた時、差し入れのドーナッツと珈琲の組み合わせで、

頬を緩めていたシャカールを思い出した。

同時に、レグルスのみんなにもドーナッツの差し入れをしようとも。

 

 

「行かなくていいのですか?」

「お見通しですか、先生」

「一年とは言え、貴方を指導しましたからね」

 

 

貴方がどういう男性か、少しは解っているつもりです。

樫本理子はそう言うと、うなだれてロッカーへと引き上げている

黄金世代たちを指さした。

 

 

「早く行かないと、あの娘達帰ってしまいますよ?」

「おおっと、これはいけない!」

 

 

そう言うと、彼は手すりに足をかける。

その瞬間、彼は樫本に振り替える。

 

 

「先生」

「何でしょうか?」

「先生に、あの娘達と一緒に挑ませてもらいます」

「・・・・・・期待して待っていますよ」

 

 

ではっ、という掛け声と共に、トレーナーは地上8メートルある観覧席から身を投げた。

そのままスーパーヒーロー着地を決めると、5人に向かって走り出した。

 

 

「ふふ、いいものですね・・・・・・夢を追い、努力する男性というのは」

「あの、樫本先生、その、新しく入る娘のピックアップ終わりましたっ!」

「おう、樫本さん・・・・・・もうこれっきりにしてくれ、オレにはトレーナーの真似事は向いてない」

「ええ、ありがとう・・・・・・シャカールもご苦労様でした」

「ふん・・・・・・ん、この珈琲の残り香は、あいつか?」

「ええ、先ほどまで私と話していたんです」

「あいつ、というと私の前の、例の男の人ですか?」

「そうだよ、アイツも樫本学校の生徒ってわけだ」

 

 

つーかこっちに一度くらい顔出せよアイツ、と少しむくれ気味なエアシャカールに対して、

樫本は笑いながら言う。

 

 

「ふふ、今度差し入れをもって挨拶に来るんじゃないかしら」

「そいつは楽しみだ」

 

 

新人サブトレーナーがおどおどしながら、二人の会話を聞いている。

二人にとって、もしくは、自分の所属しているレグルスにとって、

彼の存在は大きかったのではないだろうか。

 

 

(私もそれぐらいのトレーナーになろう!)

 

 

サブトレーナーがそう決心し、同時にエアシャカールもこんな柔らかい表情をするんだ、

と内心驚いた時。

 

 

「それと、私達に挑ませてもらうとも」

「ほぉ、それはいい事を聞いたな」

「ぴぃっ!?」

 

 

樫本の一言にエアシャカールの声が一段下がった。

周囲を凍てつかせるような雰囲気を纏ったエアシャカールは、

獰猛で好戦的な笑顔を浮かべていた。

 

彼女のその声色は、心底彼が育てたウマ娘と戦う事を楽しみにしている、

という強者の余裕があった。

 

先ほどと今のエアシャカールの温度差に、新人サブトレーナーは

思わず悲鳴を上げてしまった。

 

 

「さて、オレは先に戻る」

「えっ、ちょっと、シャカールさん!?」

「あ? 別に、アイツからの宣戦布告をあいつ等に伝えに行くだけだ」

「じゃ、じゃあ私も一緒に!」

「へいへい、こけるなよ」

 

 

じゃあ、先に戻るぜ。

そう言うとシャカールはサブトレーナーと共にレグルス用のミーティングルームへと戻っていった。

 

 

「弟子の最大の孝行とは師を超える事ではありますが・・・・・・貴方は私を超えられるかしら?」

 

 

樫本理子の言葉は、風に乗り、ターフに吸い込まれていった。

 

 

――――――――(スペシャルウィークside)――――――――――

 

 

ロッカールームとレース場を繋ぐ通路に、私達5人は座り込んで蹲っていた。

 

通路を通る人たちは、皆私達の事を見て見ぬふりをしてくれている。

 

多分、こういうのは皆慣れっこな光景なんだろう、冷静な部分がそう言ってくる。

 

(でも今は、それがすごく、ありがたいなぁ)

 

負けた、と思った。

 

もうだめかもしれない、とはギリギリで思わなかったけど。

 

それでも、私に、私達にとって、この負けは堪えた。

 

もっとバ場がよかったら、もっと普通の環境だったら、もっとウォーミングアップできていたら、そんな事は言い訳に過ぎなくて。

 

もっと、もっと、いい走りができたはずなのに、そんな言葉がずっと

頭の中をぐるぐると回り続けていて、胸が苦しかった。

 

「うっ、くっ・・・・・・ひっく」

 

とうとう涙が零れ落ちてきて、思わず下を向いて、鼻の奥の痛みと目の奥からあふれる涙を、

決して見えないように隠した。

 

周りで、私だけじゃなくて、皆も悔しくて泣いているのが聞こえる。

 

本当に、本当に、一つもいい所がないレース運びだったと思う。

 

悔しくて、情けなくて、何より、日本一のウマ娘になるという夢に最初からつまずいて。

 

「うっ、うぅぅぅぅぅっ」

 

何よりも、こんなに情けない走りをしてしまった事が恥ずかしくて。

泣いている自分が情けなくて、いやで、悔しい。

 

「こちらをどうぞ」

「あ、ありがとうございます・・・・・・」

 

差し出されたタオルに思いっきり顔をうずめて、私は泣いた。

情けないレースと、弱い自分に。

 

暫くの間、私はタオルに顔をうずめて、悔し泣きに泣き尽した。

耳からは、皆もまた悔しくて泣いているのが聞こえていた。

タオルをくれた女の人(にしては声が低いような?)は、

私達が泣き止むまでジッと待っていてくれた。

 

「スペシャルウィークさん、でよろしいでしょうか?」

「ふぁい、そうですけど・・・・・・」

 

少し噛み気味に、その人の質問に答える私。

涙を始めとしたさまざまなアレを、タオルで強引に拭いて、初めて顔を上げた。

 

そこには。

 

「スペシャルウィークさん、G1ウマ娘に興味はありませんか?」

 

身長180cmを超える、大柄なスーツ姿の「男の人」が名刺を持って立っていた。

 

 

 

 

 

 

リザルト

 

黄金世代と接触する・・・・・・200MP

樫本理子と接触する・・・・・・100MP

チームレグルスに宣戦布告する・・・・・・100MP

異常な加熱の原因になる・・・・・・50MP

トレーナーとしての第一歩を踏み出す・・・・・・50MP

 

合計・・・・・・500MP

 

前回合計 1500MP

 

次回 チーム編成イベントと新規ウマ娘加入イベントが発生。

 

 

 

(注1) スキルについてはまだわかっていないことが多く、

        研究者の間で研究が行われている状態。

        「私はこういうスキルがある」とウマ娘達は自己申告している。

        学会で一番有力なのは「ウマ娘のリミッターを段階的に解除してゆく事」

        がスキルと言われているモノの正体ではないか、という説。

 

(注1) 固有領域と言われているモノは

        「スキルの延長にある脳と体のリミッターの完全解除」

        ではないかと研究者の間では言われている。

        固有領域の描写は彼女達のリミッターを外すイメージであるという説がある。

 

(注2) 樫本理子はアプリ版のチームファースト勝利後の彼女。

        なお、この時空においてはアプリ版の担当のケガは発生していない。

        ただ、一人でも多く学園から去るウマ娘を少なくして、

        勝たせるためにどうするか考えた結果、管理指導主義に行きついた。

 




まさかの1万4千オーバーという結果になりました。

プロットが切れたため、投稿期間がかなり伸びる事になると思います。

気長にお待ちいただけると幸いです。

追記

10連回したら、キングヘイロー(新衣装)と
セイウンスカイ(新衣装)が出ました。

出た瞬間、うへっという変な声が出ました。


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第三話、黄金は認められて始めて輝く

大変遅くなりました。

第三話を投稿させていただきます。

どうにも、何回も書き直し、追加し、いじくりまわしていたら、
作業時間と文字数が大幅に増えてしまいました。

もう少し、文章量を減らす練習が必要ですね・・・・・・。

今回は黄金世代メイン回という位置づけになります。



(そうだ、この娘達は皆去年まで小学生だったんだ・・・・・・今回の敗北を受け止められないのも無理はない)

 

トレーナーは、落ち込んだ様子の彼女達を見て直感的にそう思った。

 

―――――――――(レース後)――――――――――――

 

彼ことトレーナーが、黄金世代の5人に声をかけたのは、振り分けレースが終わった後の事。

レースは一日をかけて行われるため、終了次第寮や自宅へ帰宅するという流れとなるのが一般的。

何せ、鍛えてきたとはいえルーキーで、レースが終わるとほぼ疲れ切っているのが常であり、

そんな時にまともに話などできるわけがない。

 

だから、本格的な交渉は翌日に持ち越されるのが暗黙のルールとして存在した。

しかし、トレーナーはその慣習をあえて破り、直ぐに声をかける事にした。

それは、先生と慕う「樫本理子」に言われたからというだけではなく、

彼女達の不調の原因を探りたかったのが大きい。

 

彼女達が制服に着替えるのを待った後、学園から少し離れた所にある喫茶店に入った。

彼としては本当は学園内部のカフェテラスでもよかったが、

レース結果に傷心の彼女達に少しでも英気を養ってもらおうと、

顔見知りの喫茶店に入ることにしたのである。

 

店内には店長のおすすめのジャズがちょうどいい音量で流れている。

木目の目立つ内装は狭くなく広くなく、ちょうどいい居心地をしている。

照明も明るすぎず暗すぎずと、どこかログハウスや隠れ家的なバーを思い起こさせる。

 

店の壁には、この喫茶店に訪れたであろうトレセン所属のウマ娘達の写真が飾られていた。

ただし、少し年代が過ぎたのか茶色くなっている。

そんなレトロチックな内装に反するように、この店のケーキは美味しい。

実は洋菓子店で修業を積んだ店長が作るケーキが売りの隠れ家系喫茶店である。

 

店内の、一番奥のボックス席に座る彼女達の前には珈琲とイチゴのショートケーキが並んでいる。

程よい温かさの珈琲と、赤いイチゴがみずみずしいショートケーキは、異常なレースを走り切った彼女達の心と体を癒してくれるはずであった。

しかし、彼女達は誰一人として珈琲一滴、ケーキ一欠けら手をつけようとしなかった。

 

彼は彼女達をスカウトする気力で満ち満ちていたし、スカウトできるだろうという予想はあった。

確かに彼女達は負けたが、決して悪い負け方ではなかった。

良い点と悪い点がハッキリと出ており、それを踏まえて彼女達と腰を据えて話し合いをするはず・・・・・・だったのだ。

 

しかし、彼女達の答えは芳しいものではない。

初手で彼はつまずいた、と言ってもよかった。

 

「すみませんが、今の私をスカウトしてもあまりよい結果にはならないかと」

 

そう言ってグラスワンダーは端正な顔立ちを渋い顔にゆがめる。

顔を少しふせ、そこに明るい栗色の髪がカーテンのように覆いかぶさる。

彼女の両手は膝の上できつく握られており、スカートも一緒に握りしめている。

その姿はまるで体全体で彼女の内心を表しているかのようだ。

 

「グラスに同意デス、エルは今回の負けが許せません」

 

エルコンドルパサーもまた、グラスワンダーと同じく彼の話を切り捨てる。

いつもの陽気さは鳴りを潜め、目つきは鋭く気配は硬く、口を真一文字に結んでいる。

黒鹿毛な髪も、輝きが消えて鈍く鋼鉄のように黒光りしているように見える。

 

「いや~、セイちゃんとしてはそのお話は嬉しいんですけどねぇ」

 

セイウンスカイはにへら、と笑いながら同意するような口調だ。

だが、目の中にはギラギラと自分への不甲斐なさがまるで炎のように燃え上がっていた。

言葉と裏腹に目は彼の提案を明確に拒絶している。

彼女の葦毛は本来サラリとしているのだが、心なしかトゲトゲと尖っているように見える。

 

「ごめんなさい、その、お話は嬉しいんですが・・・・・・」

 

キングヘイローはそう言うと、視線を白いテーブルクロスに落とした。

瑞々しい栗毛も今は輝きを失って暗い色になっている。

落ちた肩と相まって「ショック」を体現したかのようだ。

前三人と比べて、特に意気消沈の度合いが高く、そのままテーブルに突っ伏しそうだ。

 

「・・・・・・やっぱり、今、答えなきゃダメですか?」

 

そして、スペシャルウィークは困り顔だ。

話は嬉しいが、内心はその提案を拒否したいというのが言葉の端々から伝わってくる。

不甲斐ない負けを覆さない事には話は飲めない、体に纏う雰囲気がそう語っている。

彼女の髪の色は、本来明るい茶色のはずだが、今は極限まで濃くした茶色に見える。

 

全員が全員、意固地になっている。

 

(まるで子供・・・・・・いや、それもそうか)

 

想像以上に意固地になっている彼女達に内心辟易し、話の切り出し方が解らなくなるトレーナー。

しかし、と彼は思い直す。

そう、彼の目の前にいるのは「黄金世代であって黄金世代ではない」のだ。

彼女達が黄金世代と言われるようになるのは、数々の強敵と競い合い、

磨かれた末に人々がそう「称賛」し「認知される」事で生まれる。

だから、彼の目の前にいるのはまだ黄金にすらならない、原石のままの彼女達だということだ。

 

「・・・・・・失礼を承知で聞きたいのだけれども、今までこういったレースに出た経験というのはあるのかな?」

 

トレーナーは自分の直感的に感じ取った事を確認するために、あえて彼女達に問いかけた。

 

「リトルレースに何度か」

「うーん、子供向け野良レースならありマスけど・・・・・・」

「んー、私はその手のレースに出た事は無いかなぁ」

「その、母のレースを見に行ったことはあるけど、出場したことはないわ」

「うー、そもそも私の周りにウマ娘がいなかったから・・・・・・」

(成程、本当に彼女達はまっさらな状態なんだな)

 

グラスワンダーとエルコンドルパサーは、お国柄と言うべきか。

恐らく幼少期からレースという物に慣れ親しんだのだろう、そう思わせてくれる答えだ。

 

しかし、キングヘイローが今までレースに出たことがないという事に彼は内心驚く。

彼女の母(恐らくグッバイヘイローだと思われる)が、彼女の優しすぎる気質を鑑みて、

レースの世界に関わらせなかったのではないか、彼はそう考えた。

 

セイウンスカイは、多分だがレースに出場したことはあるのではないだろうか。

彼のトレーナーとしての第六感がそう告げている。

ただ、多分正直には返答してはくれないだろう、という気がした。

 

スペシャルウィークについては、さもありなん。

レースに出たことの無いこの状態で走り切れるのだから、

むしろその力は並以上と言えるだろう。

 

(惜しい、実に惜しい、恐らくはこの娘達に目を付けているのは俺だけではあるまい)

 

彼女達からは、確かに意気消沈した気配を感じるが、同時にある種の「熱」も感じた。

それは、いわば「自分のふがいなさからくる怒りの熱」であり、

正しく爆発すれば自身を成長させる大きな起爆剤となるものだ。

 

他人や周囲に当たり散らすのではなく、自分自身の弱さを認めそれを乗り越えるための、

いわば「正しい怒りのエネルギー」に満ち満ちているのだ。

 

(もし、先生が彼女達に目を付けたら・・・・・・)

 

先生こと樫本理が彼女達の指導を買って出たらどうなるか、と一瞬頭の中でシミュレートする。

そして、止めた。

 

(俺は、先生と勝負したいと言った・・・・・・その最初で躓いてたまるか!)

 

トレーナーは、ふっ、と一息ついてから、彼女達に向き直る。

彼の目標の為、そして、彼女達を真の黄金世代にする為に。

 

(ここからが、俺のトレーナー人生の本番だ!)

 

彼は、彼女達に自分の考えを伝えるべく口を開いた。

 

 

――――――――――(キングヘイローside)―――――――――――

 

 

今、この私、キングヘイローは人生の分岐点を迎えている。

でも、それは私だけではなくて、スぺさん、グラスさん、エルさん、スカイさんも同じだと思う。

だって、私達は、あの時、間違いなく全員で勝つつもりで挑んだ。

勿論、勝者は私達の一人になるだろうとは思っていたけれど。

でも、結果は違う。

私達は敗北し、全員が最下位争いをする体たらくを晒した。

 

(こんなはずじゃあ無かったのよ・・・・・・)

 

顔を伏せて、唇を噛みしめる。

G1を勝つ、トレセン学園に入学する生徒達が、全員目指す目標。

私だって、G1勝利を夢見て、栄光を掴むことを目指して入学したのだ。

 

(でも、それだけじゃない)

 

私の母、アメリカでスターの一人として有名だったウマ娘。

アメリカの名族「ヘイロー一族」の中でも、良い成績を残した、偉大な母。

レース激戦区であるアメリカで、G1を7勝という成績を残した紛れもない一流。

 

母は31億円という当時破格の金額でURAに外部コーチとして招かれた経歴を持つ人。

コーチとしてだけではなく、デザイナーとしても当時のURAに革命を起こした人だった。

日本の勝負服は地味、そう言われていたものを今のように煌びやかにしたのも母なの。

 

更に、その成果を見込んで、URAから直々のオファーを承諾し、日本国籍を取得した。

今は勝負服中心のデザイナーと実業家を兼務していて、毎月アメリカと日本を行き来する日々を送っている、そんな人。

 

(私は、そんな母のように・・・・・・いいえ、母を超えたウマ娘になりたかった)

 

母は、私をレース場に連れて行ってくれたことがある。

その時、私はとても興奮して、幼いながらも『あの芝の上で走りたい!』と母に言った。

でも、母は。

 

『貴女では無理よ、キングヘイロー』

 

そう言うと、少し悲しそうな顔をしながら私の頭を撫でたのを覚えている。

私は、そんな事を言う母がだんだん嫌いになった。

やってもいない事を最初から諦めるなんてもっと嫌だった。

だから、私はこのトレセン学園に入学を決めた。

日本で一番速くて強いウマ娘になるために。

『キング』の名に恥じない、一流のウマ娘になるために。

 

(でも、これはない、これはないわよ!)

 

あの時、出走を控えたロッカールームでのバカ話が頭の中で甦る。

 

『この私の輝きに惹かれて、担当させてくださいと言ってくるのよ!』

 

バカな事を言った、と今はそう思う。

輝きどころか泥まみれの今、担当させてほしいなんて言われても、

みじめな気持ちになるし、格好が悪いじゃない!

それに何より、何よりよ!?

 

(よりにもよって、なんで男の人なのよっ!?)

 

私をスカウトに来るだろう女性トレーナーに対しても、私は己の目標である「一流のウマ娘」になる為の手伝いを頼むつもりだったわ。

トレーナーは女性が基本、これは世界中のレース関係者の常識よ、じょ・う・し・き!

なのに、なんで私達の所に来たトレーナーは「男の人」なのよ!?

母のトレーナーだって女の人だったし、私は一般的な「ウマ娘とウマ娘の間に生まれたウマ娘【注1】」なのよ!?

周りは常に同性だったのよ!?

 

(今更異性にどうやって接すればいいのよっ!?)

 

顔を伏せたまま、周囲を見渡す。

私の友人達が、なんとも形容しがたい表情で彼を見つめていた。

 

(スカイさん、その、目がギラついていて怖いわよ!?)

 

右隣のセイウンスカイ、つかみどころのいまいち分からないけれどもレースに真剣な彼女の目は、

今は猟犬の如くギラついていて、そして私は彼女のそんな一面を見て物凄くびっくりよ!

 

(貴女、レースで勝つのが一番の目標って言っていたじゃないの!?)

 

何秒速で手のひら返しているのよ、貴女はっ!?

物凄い熱量を感じて、隣にいる私はちょっと暑いわよ!?

 

(スぺさん、貴女、緊張すると自分の尻尾を握っちゃうタイプなのね!?)

 

『私、日本一のウマ娘になる!』

出会った時、私達の前で、そう宣言した素直で純朴な友人。

彼女は今、ほんのちょっと背中を丸めつつ、彼を見ている。

 

彼の言葉に対して、ちょっと考えさせてと言っている彼女。

私の左隣にいる彼女の、テーブルの下の手は、尻尾の毛を思いっきり握りしめていた。

緊張しているのがよく解るわ、だって手に青筋が浮いているんだもの。

 

(あれよね、育った周りに同性しかいなくて、異性慣れしてないのよね・・・・・・わかるわ)

 

北海道の田舎出身だと本人は言っていたけど、もしそうならば異性なんて周囲には居ないし、何より交流する切っ掛けなんて皆無でしょうし。

何より、ケーキに一口も手を付けていないという事が、彼女の緊張具合を表しているわ。

 

そのまま、私は左斜め前に座るグラスさんに視線を移す。

 

日本人より「日本」を感じる、アメリカから来た大和撫子。

心に秘めた闘志は誰よりも強い彼女、私の友人にしてライバルの一人。

そんな彼女は、開口一番に自分が許せないといったけれど。

 

(グラスさん、貴女、自分が許せません、みたいな事言っているけど、耳が常に彼の方に向いているわよ!?)

 

物凄く意識しているわよね、何なら一言一句聞き逃さないようにしているわよね!?

初めて彼女と話したとき、妹や母達の話題が出たから、多分私と同じ家庭環境だと思うのだけれど。

育った国柄か、男性に対しても緊張はしていない・・・・・・もしくはその精神力で抑え込んでいるのかしら?

 

そして、もう一人。

情熱の国出身、ルチャという格闘技を愛するラテンなウマ娘。

でも、その実態は極度の恥ずかしがり屋。

エルコンドルパサーさん、彼女は問題よ。

グラスさんの正面に座るエルさんに私は視線を移す。

 

(エルさんの首筋が、羞恥で真っ赤に染まっているわ!?)

 

お父さんがいるとは言っていた。

けど、それ以外の異性との交流はないとも明言していた。

そんな彼女が、私達より年上とは言え若くて、背格好もいい男の人に、照れないわけがないのよね。

見て、多分緊張だろうけど、赤くなった首筋を汗が伝っているわ。

 

何というか・・・・・・一通り混乱すると、冷静に周りが見えるようになってくるわね。

多分、私以外全員が緊張の真っただ中にいるし、何より彼の話を多分あんまり理解できてないと思うわ。

でも、彼はそんな私達に熱心に真剣に接してくれている。

これだけでも、ウマ娘に対する異性の対応としては奇跡に近いけど。

 

(男の人は、結局普通の人と結婚するものだって)

 

母と父型の母が口をそろえて言っていた。

男の人と結婚できるウマ娘は、本当に極まれであると。【注2】

その時の二人の顔は、今でも覚えているほどに悔しそうな顔だった。

 

(これは、私達に思ってもないチャンスが来たのかしら?)

 

彼は、熱を感じる。

真剣に私達に向き合ってくれるという確信がある。

出会って間もない私を惹きつけたのは、この人ならばと確信を持たせてくれたのは、彼の目だった。

 

(彼、本気で私達をスカウトしたいのね)

 

曇りのない、真剣な目、これは・・・・・・癖になりそうだわ。

 

 

―――――(トレーナーside)―――――――

 

 

(くそっ、俺の見通しが甘かった!)

 

内心で己の見通しの甘さに歯噛みする。

喫茶店に来てから1時間程、中学生になりたての彼女達に対して、俺は懇々と道理を説いた・・・・・・と思う。

曰く「決して今回のレースが全てではない」、曰く「一度や二度の失敗で全てが終わるわけではない」、曰く「まだ原石である君達は、これから大いに伸びるから大丈夫」等。

しかし、しかしだ。

それは俺のような「大人が前を向くための理屈」だった。

そして「終わってしまった事を消化するための後付け」でもあった。

思い出してもみろ、彼女達はまだ「子供」であり、我儘で、意固地で、とても多感な、10代の少女たちなのだ。

 

(ゲームの事は忘れろ、俺っ!)

 

ゲームの中の彼女達は、どこか人間が出来ていたから、現実もなんとなくこうなのだろうと考えていた。

しかし、こうして彼女達と話しているとそれは見当違いという事がよく解る。

俺の言葉は、全く彼女達から良い返事を引き出せないでいる。

 

(子供心に、俺の言葉は響かない、か)

 

恐らく、俺という大人がどれ程信頼できるのか、信用できるのか、それを頭の中で測っているのだろう。

俺への視線は鋭く、睨みつけるような視線を感じる。

特に、セイウンスカイとグラスワンダーから刺すような視線を常に感じている。

エルコンドルパサーは、腕を組んだままだ、俺は受け入れてもらえていない。

スペシャルウィークは、ケーキも珈琲も手を付けないで、両手をテーブルの下に下げているのが解る。

そして、キングヘイローは。

 

(先ほどと違い、俺の言葉を聞く気になってくれたようだ)

 

さっきまで頭を下げて、俺の言葉を聞く気はない、と体で語っていた彼女だったが、気が付いたら頭を上げて俺の事を見ていた。

何とか、俺の言葉はキングヘイローにも届いたようだった。

だが、それだけだ。

 

(今の彼女達には暖簾に腕押し、言葉に意味がないのだろう)

 

悔しい、と思った。

確かに、黄金世代と言われた彼女達に、将来的に強くなることが確定しているであろう彼女達に対して近づいたことは否めない。

だが、俺が彼女達を担当したいと思ったのは、紛れもない事実。

史実やゲームの彼女達を超えた、紛れもない「最強世代」を育て上げたいとも思っていたのも、紛れもない事実だった。

だが、ここまで説得が難しいと思わなかった。

 

(一度出直した方がいいか)

 

最悪、彼女達が別のトレーナーに合流することも考えつつ、俺は一端引き下がることにした。

 

(先生にも、この点は注意されていたっけ)

 

樫本先生も、俺の「根拠のない自信」については注意していた。

曰く「何でもうまくいくと考えすぎてしまうのも良くない」と、そう言っていた。

先生の言葉を、今回の事で痛い程理解した。

何事も、経験しなければ本当の意味で理解したとは言えない、という事も。

腕時計を確認する。

針は午後6時を指している。

学園まで徒歩で10分圏内にこの喫茶店があるとはいえ、この時間まで中学生を引きつれているのはまずい。

まずは彼女達を学園の寮まで送り届けよう、話はそれからだ。

 

「ふむ・・・・・・申し訳ありませんでした、疲れているのにここまで引っ張ってしまって」

「え、ああ、あれ、こんな時間!?」

「うぇっ、珈琲が冷めてマース!?」

「流石にもったいないですし、頂きましょうか」

「せっかく作ってもらったものを残すのは一流とは言えないわ」

「いやー、見事にケーキがパッサパサ・・・・・・ちょっと形も崩れているねぇ」

 

スペシャルウィークが、俺の言葉に慌てて壁の時計を確認する。

それによって、彼女達も自分が小一時間何も手を付けずにいたという事を知ったらしい。

慌ててケーキをかきこんで、珈琲を飲み干していた。

何というか・・・・・・一時間も話し続けた俺が言うのも何だが、喫茶店に連れてくるんじゃなかったと思う。

人目に付かないところに、ウマ娘とは言え中学生を連れ込むなんて、下手したら通報物ではないか。

いや、それならば早く話を切り上げるべきだったのだ、反省。

 

それに、と思う。

 

(俺がやっていることは、負けた彼女達への侮辱以外の何物でもあるまい)

 

仮に、俺が何かの試合で負けたとして、その際に『いい負け方だね、見どころあるからスカウトさせてほしいなあ』などと言われたらどうするか?

 

そんな事、認められるわけがない。

もしそんな事をされたら、はらわたが煮えくり返るという言葉通り、怒り狂うかもしれない。

今の彼女達は、正にその状態なのだろう。

 

(ここは、素直に出直そう)

 

俺は、己の拙速を恥じる。

こんな下心見え見えのトレーナーに等、彼女達が心を開いてくれるわけがない。

 

(とりあえず、支払いを済ませてからだな)

 

時間も時間だし、そう思う。

6時を過ぎ、寮の門限も近づいている。

少なくとも、中学1年生の内から門限破り等させるものではないだろう。

 

(人とのかかわりは、それだけで勉強だなぁ・・・・・・)

 

精神的な疲労がどっと出てくるが、それを顔に出さないように極力努力しつつ、彼女達に話しかける事にした。

 

 

――――(スペシャルウィークside)―――――

 

 

悔し涙と鼻水とその他色々を垂れ流したあのレース、その後。

私は友人達と一緒にトレーナーさん(確定)と一緒に喫茶店に来ていました。

お話を要約すると『君たちに惚れ込んだから担当させてください!』という事みたいで。

私だけ、というわけではないのが残念ですが、それでも「男の人」のトレーナーさんと知り合えたという事に比べれば、そんな事は些細な事です!

 

さて、少し話題は変わりますが、北海道の片田舎から上京してきた私にとって、全く慣れていないものが3つほど。

 

一つ、ウマ娘の友達。

私の住んでいた所は、ウマ娘の友達がいなかったからか、ちょっと気おくれするところがありました。

でも、同期で友人の5人と出会って、それはなくなったけれども。

それでも、時々緊張することがあります。

 

2つ、都会の様々な事。

バスの本数とか、電車の本数とか、コンビニの数とか、その他色々。

地方出身である私には、目まぐるしく動き過ぎて、慣れるのに苦労しています。

 

そして、3つ。

異性のトレーナーさん。

うん・・・・・・まあ、何というか・・・・・・正直な所これはどうすることも出来ないと思う。

だって、だってだよ?

北海道の大都市である札幌にも、そんなに男性が歩いていることは少なかったんだよ?

大東京だって、その、男性が歩いている所はそんなに見ないんだよ?

その、あの、まあ、えっちぃ本とか、ネットのそう言う漫画とか、そう言うのでは、あの、男の人のごにょごにょを見た事はあるというか・・・・・・うん、私の男性経験なんて察してほしいべ。

 

そんな私の前に、男性の、それも高身長で見た目も・・・・・・目つきが鋭い以外はその、かっこいいと言える人が現れたわけで。

 

そんな人が、その、私達をスカウトしたいという風に言っているわけでして。

 

(どどどどど、どうしよう!?)

 

現在盛大に動揺しております。

 

だって、仕方ないよ!?

 

高身長で顔つきもいい、しかも、服の上からも解るマッスルボデェですよ!?

 

そんなの、意識するなという方が無理だと思うんだ!?

 

内心で言い訳をしつつ、目の前のケーキをパクリ。

あ、美味しい、と素直に思う。

ただ、惜しむらくは時間が立ち過ぎてクリームもスポンジもパサついている感じがする事。

それでも、十分。

疲労と緊張に強張ったからだを解す様に、甘みが体にいきわたる。

冷たくなった珈琲を一口、苦い。

けど、舌に刺すような苦さじゃない、ほろ苦い感覚。

甘さを流して、口をさっぱりさせてくれる。

 

(ほんとに惜しいことしたなぁ)

 

もっと早く手を付ければよかったと思う。

周りを見渡すと、皆顔をしかめながらもケーキを食べる手を止めない、そんな光景が広がる。

多分、皆私と同じように考えているんだろうな。

 

「皆さん、よろしいでしょうか?」

 

皆がケーキをほぼ食べきって、珈琲も空っぽになった瞬間を見計らって、トレーナーさんが話し始める。

本当は、ケーキを食べながら雑談なんかしたかったけれど、お腹がすいていたのか黙々と食べ進めてしまい、5分とかからず食べ終わっちゃった。

ちょっと恨めし気にお皿をつっついている私をしり目に、トレーナーさんは続ける。

 

「今回のお話ですが、考え直させていただいても・・・・・・いえ、勝手ながら保留にさせていただいても宜しいでしょうか?」

 

保留、ほりゅう、ホリュー、そうですか、そうですか。

ちなみに、何時頃私の北海道の実家に顔を出していただけるんでしょうか。

やっぱり、あれですか。

私の夢である「日本ダービー」を取った時でしょうか。

良し、気合が乗ってきました。

明日から、よろしくお願いいたします!

 

「どう考えても、私の声のかけ方がよくなかったようで・・・・・・その、もう一度交渉を仕切り直しにさせてほしいんです」

 

仕切り直し、仕切り直しなんてレースにはないです。

でも、トレーナーさんならば大丈夫、トレーナーさんへの心の広さを見せちゃいましょう!

私とトレーナーさんで大家族になるんですから!

え、皆はどうするかって?

ふふふ、私が本命ならばみんなも本命、全員で大家族です!【注3】

皆で北海道に引っ越して、スーパービッグファミリーを作りましょう!

 

「その為、今回のお話は一端打ち切りとさせていただきたいのです」

 

撃ち切り・・・・・・いや、そんな、まだ私中学生だし・・・・・・でも、その、あの、優しくしてくれたらいいなぁなんて・・・・・・あはは、ちょっと気が早いかも?

でもでも、6人で、皆でその、あの、すれば打ち切りにも・・・・・・あはは、何を考えているんだろう私!?

 

「ですので、今回の件は白紙に戻させていただきたいと・・・・・・真に勝手で大変申し訳ありません」

 

私にはまだ早かったようです、なんて、そんなことはないです!

ん、早かった・・・・・・はれ?

なんだか、変な方向に話が進んでいるような・・・・・・?

 

「皆さんの意見や意思を無視してスカウトして、大変申し訳ありませんでした」

 

あるぅえー、おかしいよー?

なんでトレーナーさんが悲痛な表情で私達に頭を下げているんだろう?

見てよ、キングちゃんが物凄くポカンとした顔で見てるし。

スカイちゃんも「え、何を言ってるの」みたいな顔をしているし。

エルちゃんは目を白黒させて、理解できなさそうだし。

グラスちゃんに至っては、木製のフォークを片手でへし折ったし。

 

(((((なんで?)))))

 

私達、多分全員一緒の事考えているんじゃないかなぁ?

 

 

――――――――――【学園寮前】――――――――――

 

トレーナーの謝罪と共に、喫茶店でのスカウトはお開きとなった。

トレーナーは終始、悔しさをにじませ続けており、握りこぶしに浮いた血管がそれを如実に表していた。

彼にとって、今回のスカウトは苦い教訓となった。

熱意や思い、前世の知識、そんな物は現実には役に立たないのだと、彼はその骨身に刻み込むことになった。

彼女達と別れた後は、トレーナー室に籠って別の候補を絞りこむ事になる。

自分の師匠と真っ向勝負をする、そう言った以上はやらねばならないのだ。

 

そんな事を考える彼と共に、寮へと帰ってきた黄金世代の5人は、放心状態とでも言えばいいのだろうか。

どこか気の抜けた表情をしていたのである。

 

「すみません、私の我儘につき合わせてしまいまして」

 

学園前の正門、そこから寮へと彼女達は帰る事になる。

即ち、二つの寮に分かれる前の、最後に一緒に居られる場所である。

そんな場所で改めてトレーナーはそう言うと、再度彼女達に頭を下げた。

舞い上がっていた自分へと向けられた怒りを殺し、同時に、彼女達の事を無視して話を進めた自分への戒めも込めて。

 

とは言え、頭を下げられても、彼女達にとってはなんのこっちゃと言わんばかり。

何せ、彼女達は全員『こんな私ですが、愛バになってくれますか』なんて青春漫画の一ページをちょっと期待していたのである。

なのに、なんでかわからないが、彼はドシリアス。

温度差に風邪をひきそうになるが、それを指摘できる猛者はここには居ないのだ。

 

(どうすれば・・・・・・どうしようグラスちゃん!?)

(落ち着いてスぺちゃん、まだ勝負は解らない・・・・・・はずですから)

(グラァァス、そこは言い切りまショウ!?)

(いやー、男心って漫画やアニメみたいに単純にはいかないねぇ)

(のんきな事を言っている場合!? このままじゃあ私達のトレーナーが取られるわ!)

 

頭を下げている彼からは見えないし聞こえないけれど、黄金世代全員でひそひそ話の真っ最中。

真剣に頭を下げているトレーナーには悪いとは思うけれど、彼女達だって気が気ではない。

男性の少ないこの世界、お近づきになれるチャンスが向こうから逃げようとしているのだ。

もしここで逃したら、どうなるかは想像しやすい。

 

(とにかく、彼を私達に繋ぎ止める為にも何とかする必要があるわ!)

(でも、なんだかトレーナーさんの決意は固いような気がするんだけど・・・・・・)

(いえ、不退転の決意で挑めば取れるはずです)

(合戦じゃない・・・・・・いえ、これはもはや戦争デェス)

(それじゃあ、私がちょっとしかけてくるね~)

 

セイウンスカイがふらりと仕掛ける。

その足取りは自然体、しかし、その目は勝負師のそれだ。

逃げ牽制の為、彼女は口を開いた。

 

「そのー、トレーナーさん?」

「はい、なんでしょうか?」

「私達と会った際、名刺を出していたけど、それもらえない?」

「・・・・・・いいですけれど、悪用はしないでくださいね?」

「しませんよ~、ただ私達も明日になれば考えが変わって連絡をするかもしれませんから」

「・・・・・・優しいですね、貴女は」

「そんな事は無いかなぁ、ま、それはそれとして名刺は頂きますね~」

 

ひょうひょうとしながらも、目的のブツを入手したセイウンスカイは、名刺をもらうと仲間たちの元へ戻ってきた。

なお、セイウンスカイの手はすんごい手汗まみれになっていた。

そして、そのまま仲間達を伴って寮へ続く道をゆく。

そんな彼女達を暫く見送ると、彼は踵を返してトレーナールームへ向かう。

今日のレースで目を付けていた新入生、その洗い出しをするために。

 

トレセンにあるトレーナー寮ではなく、学園近辺にある1LDKマンションを借り受けている彼は、そのまま背中を丸めて歩いて行った。

なお、何故学園内のトレーナー寮を借りられなかったか、彼には説明されなかった。

 

これは余談だが、彼が学園外のマンションに入居が決まった際、何故か駿川たづな及び秋川やよい両名がボロボロになっていた。

更に、同時に有力なウマ娘及びトレーナー達がボロボロになっていたのだが、その真相は闇の中である。

 

去っていくトレーナーを暫く見送ったのち、彼女達も一端自分たちの所属する寮への道を行く。

誰が見ているか分からない以上、一度自分達は戻りますよという事を周囲にアピールしなければいけないという、セイウンスカイの判断だった。

なお、スカイが作戦立案してから全員が共有するまで凡そ2秒、アイコンタクトでの出来事である。

 

「全員、一端寮の裏手に集合!」

「「「「はい/わかったわ/ええ、解りました/了解デース」」」」

 

美浦寮の裏手にあるちょっとしたスペースに、全員が集合。

そして、スカイのスマホの明かりで名刺を照らす。

トレーナーの名前と一緒に、本来ならばチーム名が書かれているはずだが。

 

「成程、トレーナーさんはチーム名がまだ決まっていないんですね」

「成程、本当にまっさらなチームにエルたちは誘われたんですネ」

「成程ねぇ、となると早めに手を打った方がいいねこれ」

「成程、兵は拙速を尊ぶと言いますし、ここは一気呵成に攻め込みましょう」

「いや、だから、何が成程なのよっ!?」

「あはは、まあ、そこは置いておいて、このセイちゃんにこんな提案があるんだけどなぁ~」

 

そして、グラスさんはたとえが武士過ぎるのよっ! そう言って突っ込むキングに生暖かい視線を送りつつ、彼女達は行動を起こす。

セイウンスカイの話を要約すると、こうなる。

『私達でチームを作ってトレーナーさんを逆ハントすればいいんじゃない?』と。

正しく『男性トレーナーへは電撃戦を仕掛けよ』という、近代のウマ娘達の恋愛観を大いに発揮した彼女の提案は賛成多数で可決された。

そして彼女達は、夜通しチーム名を考えて、ついにコンディション「寝不足」を獲得するのであった。

 

―――【彼女達がトレーナーと別れた時間より少し後の事】―――

 

「ふむ・・・・・・俺はどうしたいのだろうか・・・・・・」

「ごほっ、がはっ、こひゅーっ」

「・・・・・・き、救急車っ!?」

「た、担当さんが決まらないまま今日一日が過ぎようとして・・・・・・ぐふぅっ」

「き、きみぃぃぃぃぃ!?」

 

どことなくシンボリ一族やトウカイテイオーを感じさせる風貌をした、一人のウマ娘が文字通り道の真ん中でぶっ倒れていた。

どうやら、担当が決まらない為に精神的に参ってしまい倒れたという。

彼は、彼女をお姫様抱っこしつつ十傑集走りで移動しながらそこまで聞き出すことが出来た。

その後、彼女を保健室に届けた後、彼女の手に自分の名刺を握らせると、今度こそ自分のマンションに帰って行ったのだった。

 

 

――――――(翌朝)――――――

 

 

「ふぅ、こんな所か・・・・・・」

 

彼は与えられたトレーナールームの椅子の上で伸びをした。

凡そ新人トレーナーに与えるには似つかわしくない、小さな会議室クラスの広さを持つそこには、彼のいる机以外に応接セットやロッカー、小型冷蔵庫等が揃っている。

 

なお、定期的に業者が『掃除』をしていくという徹底ぶりで、新人にここまでしてくれる理事長の好意に彼は頭が上がらない。

なお、この『掃除』の決定の際、一部トレーナーとウマ娘から抗議の声が上がったとか。

 

ゴキゴキと豪快な音が背中から響くが、疲れた表情の彼は気にする様子もない。

帰宅後、直ぐに就寝し朝一番に登校、その後はトレーナールームに籠りっきりでピックアップを進めていたのである。

 

そして気が付けば、時刻は何と昼の12時を過ぎていた。

空腹を主張し始めた腹をさすりながら、ぼそりと呟く。

 

「しかし、才能のある子が多いんだよなぁ」

 

聞いたことの無い名前の、しかし、非常に優れた能力を持ったウマ娘達。

中央に入学できる時点で、非凡な才能の持ち主たち。

そんな彼女達を担当して、無名の選手が有名どころと接戦を繰り広げるのもいい、等と疲れた頭でそんな事を彼は考えていた。

そして、そのまま携帯ゼリー食品の2個目を3秒で飲み干した。

その時だ。

 

「しっ、失礼します!」

「ちょっと、スぺちゃん緊張しすぎだって~」

「スカイさんの言うとおりよ、堂々としていればいいのよ」

「そうですねぇ、私達は別に悪い事をしに来たわけではないのですし」

「まあ、私達以外にとっては悪い事デスね」

 

彼のトレーナー室の扉をノックするのとほぼ同時に、扉が割と勢いよく開かれた。

扉から入ってきたのは、やはりというか黄金世代の5人組。

がちがちに緊張してナンバ歩きで近づいてくるスペシャルウィークを筆頭に、スカイ、キング、グラス、エルと続く。

スペシャルウィークは何か、A4サイズの割と深刻な皺が付いた紙を持っており、それを胸の前で握りしめるようにしている。

そのせいで、更に紙の皺が強くなっているのだが、5人ともそれに気が付かない。

割と緊張しているのだ、5人とも。

 

「君達、どうしてここに?」

「まあ、何というか、その、あの・・・・・・ごめん、グラスちゃん、パス!」

「えっ、あの、えっスぺちゃん!? ・・・・・・エル」

「ケェッ!? いや、ここでエルに振りますか・・・・・・あの、キングぅ」

「はぁ・・・・・・漫才しているんじゃないのよ貴女達・・・・・・あの、昨日の話の続きの為に今日は来たんです」

「えぇ・・・・・・ここは私まで回ってくる流れじゃないの?」

「だまらっしゃい」

「はーい」

「ええと・・・・・・?」

「そう言えば、ツルちゃんに連絡入れた?」

「それは私がLINEで」

「ありがとう、グラスちゃん」

 

トレーナーは、彼女達が何を言いたいのかいまいち察せない。

早朝から今まで、ずっとデスクワークをし通しだったために頭が働いていないというのも原因ではあるのだが。

 

「それで、皆さんはどういったご用件なのでしょうか」

 

来客用机とソファを用意して、自分はパイプ椅子に座りながら彼は聞いた。

3人掛けのソファにスぺ・グラ・キングの3人、一人用ソファにグラスとエルが座っている。

彼女達の前には、コーヒーメーカーから淹れたての珈琲が湯気を立てている。

彼は、眠気覚ましに1杯あおり、2杯目を入れながら話しかける。

カフェインと熱さで何とか頭がさえるが、それでも彼女達の言いたい事が解らない。

 

(昨日の続き・・・・・・続き・・・・・・まさかあれか?)

 

まさか、と思い彼女達の持って来た紙に視線を移す。

すると、そこには大きな字で『チーム新設届』と書かれていた。

チーム名は『黄金仏薙斬軍団(おうごんぶっちぎりぐんだん)』とされており、各員がそれぞれの得意距離を担当するという事になっている。

 

(いや、名前よ)

 

顔には出さないが、そのチーム名はどうなのかと彼は思う。

少しおかしいか、と思い観察眼で彼女達の体調をこっそりとスキャンする。

すると、彼女達全員がうっすらと化粧をしており、化粧の下にはバッドコンディションである「寝不足」状態でできる隈があることも解ってしまった。

 

(寝ないで考えたのか・・・・・・何という事だ)

 

昨日、自分の浅はかなスカウトを受け、それでもなお一晩考えた末にこうして彼女達の方から来てくれたという事に、彼は嬉しさを感じていた。

自分の言葉は、彼女達にある程度は届いていたのだと。

こんな大人の理屈を振りかざした自分を選んでくれたのか、と。

もっとも、彼女達黄金世代が自分を囲い込むためにチームを作ったなんて、思いもよらないわけだが。

 

(しかし、名前が・・・・・・これは、いやぁしかし、指摘していいのか?)

 

ただ、彼にとって目下の重要事項は、彼女達のネーミングセンスにどう対処するかにかかっていた。

ここで彼女達の機嫌を損ねたくない。

なにせ、ここでヘタに指摘したら、彼女達は出て行ってしまうかもしれない。

だが、チーム名というのは一度登録してしまうと解除が出来ない。

最低でも中等部の間はこのチーム名で戦っていかなくてはいけないのだ。

インパクトはある、しかし、流石に暴走族のようなチーム名はいけない。

嬉しさと良識を天秤にかけて数秒、天秤は良識へと傾いた。

年上として彼女達のネーミングセンスを正さねばならないと彼がそう決心し、口を開こうとした時だ。

 

「お待たせいたしました、ツルマルツヨシただいま参りました!」

 

元気な声が、再度トレーナー室に響き渡った。

 

そこには、彼が昨日保健室に連れて行ったウマ娘がいた。

ルドルフやテイオーと似た髪を肩程の長さで切りそろえており、一見するととても元気のよい少女だ。

元気な運動部系美少女、という言葉がよく似合う。

美少女ぞろいの黄金世代のいる空間が更に華やかになった、トレーナーは頭の中で思う。

 

「えっと、ここでいいですよね・・・・・・あ、皆いたっ!」

「あっ、ツルちゃん! 体の方は大丈夫?」

「ええ、今日は非常に調子がいいので」

「無理はしちゃだめよ?」

「大丈夫ですキングさん、心配ご無用です!」

「呼び出しておいてあれだけど、状況は把握してる~?」

「勿論ですスカイさん、トレーナーさんが付くんですよね!?」

「それでは、トレーナーさん、全員が揃ったのでチーム監督欄に名前を書いていただいて宜しいでしょうか」

「ちなみに、拒否はさせませんから、早く書いてもらいますヨ!」

「あ、ああ、解りました」

 

ツルマルツヨシの登場と、自然な合流の流れで流されようとするトレーナーだが。

 

「あり? このチーム名見せてもらっていいですか?」

「え、ええどうぞ」

「ネーミングセンスが余りにもあれ過ぎますよ、これ・・・・・・誰が考えたんです?」

「What!?」

「おお、グラスが思わず英語になったデース」

「チーム名はくじ引きでグラス案に決まったんだよねぇ」

「そんなに悪いセンスかしら・・・・・・私は好きよ?」

「キングちゃん・・・・・・」

「えぇうっそぉ・・・・・・」

「なっ何よぉ!?」

 

いつの間にか展開される女子中学生の雑談空間。

それに呑まれたトレーナーは、どうしていいかわからない。

取りあえず、ツルマルツヨシにも珈琲をふるまう為に、コーヒーメーカーの元に向かった。

 

「うんうん、こっちの名前の方がいいですね!」

「・・・・・・私のネーミングセンス、カッコいいですよね、ねスぺちゃん?」

「・・・・・・えっと、その、個性的でいいんじゃないかなぁ」

「うわぁ、スぺちゃんが反応にめっちゃ困ってマース」

「私はいいと思うんだけど・・・・・・駄目なの?」

「キング、キングはちょっと黙ろうね」

 

トレーナーが珈琲を入れて戻ってくるまで、和気あいあいとした雰囲気で話し合っていた黄金世代の面々。

彼が彼女達の手元を覗き込むと、そこには先ほどの名前と異なる名前が用紙に記載されていた。

 

『黄金新星(ゴールデン・ノヴァ)』

 

「へぇ、いいじゃないですか」

「おおっ、やったぁ!」

「え、なんで、私の考えたチーム名・・・・・・」

「グラスちゃん、その、独特過ぎたんだと思うよ?」

「というか、珍走団みたいでエルはイヤでしたし・・・・・・」

「えっ、そうなの!? 私はいいと思ったのに」

「キングってさ、旅行先の変なペナント買うタイプでしょ?」

 

先程のアレよりずっといい。

そう言いながら頷くトレーナーと、嬉しそうにはしゃぐツルマルツヨシ。

そんな二人にショックを受けるグラスワンダーと、そんなグラスを慰めるスペシャルウィーク。

割と冷静に突っ込みを入れるエルコンドルパサー。

彼女の一言に驚くキングヘイローと、やれやれという風にあしらうセイウンスカイ。

これから先、割とよくある光景の第一幕が、今日幕を開けたのである。

 

「それじゃあ、よろしくお願いしますね」

「「「「「「はいっ!/わかりました/任せなさい!/OKデース!/は~い/わかりまごほっ」」」」」」

 

今日、トレーナーは正式に新チーム立ち上げを理事会へ通達し、それが受理された。

チーム名は『黄金新星(ゴールデン・ノヴァ)』

短距離・・・・・・キングヘイロー

マイル・・・・・・グラスワンダー

中距離・・・・・・セイウンスカイ

長距離・・・・・・スペシャルウィーク

ダート・・・・・・エルコンドルパサー

中距離及びマネージャー・・・・・・ツルマルツヨシ

 

後に『黄金世代』『スター軍団』『怪物の群れ』などと称されるチームが、産声を上げたのである。

 

 

 

 

 

――――(おまけ)―――――――

 

「そう言えば、ツルちゃんはいつ振り分けレースに出場していたんですか?」

「あ、そうよね、私達貴女の事見かけなかったんだけど?」

 

グラスワンダーとキングヘイローがツルマルツヨシに純粋に疑問をぶつける。

そんな二人の言葉に、ツルマルツヨシは照れたように頬を掻きながら口を開く。

 

「実は、一番最初に受けたんです・・・・・・最下位だったけど」

「えっ、貴女体は大丈夫だったの?」

「はい、その日の午前中は調子も良くて、足の方もよく動いたので」

 

思い切って受けてしまおうと思ったんです、と照れたようにツルマルツヨシは言った。

そしたら、トレーナーさんに会うことが出来たんで、結果オーライですね!

元気いっぱいに言う彼女に、グラスとキングは苦笑するしかなかった。

 

「ちなみに、私も囲うメンツに入れて頂けるんですよね?」

「勿論です」

「味方は多い方がいいもの」

 

 

 

ーーーーーーーー(リザルト)ーーーーーーーー

 

黄金世代全員と知り合う・・・・・・500MP

 

新チームを立ち上げる・・・・・・500MP

 

合計・・・・・・1000MP

 

次回、他sideから見た『彼」の話

 

 

 

――――――(注釈解説)――――――

 

【注1】

男性が年々減少する事態の打開の為、人口減少への苦肉の策として世界中で行われた『ヒト娘×ウマ娘』『ウマ娘×ウマ娘』という形の結婚政策。

予想以上に上手くいき、世界各国で人口不足及びウマ娘不足等にはならなかった。

ただし、生まれてくるのは全員女性であり、男性が生まれた事は一度たりとも無い。

この政策は、男性と女性の比率がおかしい現在の世界を決定した元凶として、世界中の国会でよくやり玉に挙げられる。

 

【注2】

ウマ娘は、その身体的特性(男性よりも色々強い)から男性のパートナーを見つけにくい。

なので、割と失恋経験が多いウマ娘が多数いる。

その経験を娘に語る為、娘達は異性に対して掛かり気味になる。

 

【注3】

ウマ娘の中でも、実家に余裕がある、株式投資等で十分な資産を形成している、レース賞金を元手に店舗等を開き一定以上の成功を収めている等の安定的な稼ぎのあるウマ娘達は、結託して男性を囲う事が多い。

この世界においては、ウマ娘との重婚は(現代では死文化しているとはいえ)世界各国の憲法に権利として明記されている。

その為、資産や立場を使い男性を囲うウマ娘達は現在も存在している。

なお、主人公の両親は例外中の例外である。

 




投稿の方をさせていただきますが、
もしかしたら修正等を行うかもしれません。

次回はレグルスのメンバーの話にしようと思います。

割と中学生感を出すのが難しい。


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第3.5話 幕間の小話

注意書き
割とこのシリーズは、時空がねじれまくっている為、
混ざった時空となっておりますことを、ご報告させていただきます。
即ち、史実と異なる点が多々あることを、遅ればせながら報告させていただきます。

寒くなってきまして、皆さまどのようにお過ごしでしょうか。

季節の変わり目には十分に注意してくださいますよう、よろしくお願いします(1敗)

今回は実験として、文字機能を弄ってみました。



男! 思い出を話さずにはいられないっ! 

 

「さて、今回の議題は新人のデビュー戦及びOP戦についての方針になります」

 

 ここは、教室二つ分の広さを持つミーティングルーム。

 そこで、チームレグルス担当トレーナー樫本理子は、パワーポイントを使用した資料で所属しているウマ娘達に説明を行っていた。

 チームに新人が入り、新しいチームが始動し始めるこの時期は、どのチームもまずはスカウトしてから説明という流れが一般的だ。

 もっとも、もろもろの手順を吹っ飛ばしてチームメイトを攫ってくるチームがいるのは公然の秘密である。

 

『へっきしっ!!』

『ちょっと、貴女汚いでしょう!?』

『いやいや、これは全世界564万のアタシのファンから貰ったパワーが許容量を超えただけだから』

『貴女は何を言っていますの!?』

 

 どこかで、黄金浮沈艦と最高傑作の愉快なやり取りが聞こえたような気がしたが、割愛。

 

 凡そ40分程度の少し長めな説明が終わり、本日のミーティングは一時終了。

 その後は、グラウンド仕様練習の時間まで待機という形になった。

 そんな一幕の話。

 

「あぁ? あのバカ野郎の事を教えて欲しいぃ?」

「は、ひあぃ……その、迷惑じゃなければですけど」

「いや、迷惑だなんて一言も言っていないけどよぉ」

「いいんじゃない、シャカール」

「ファイン、お前なぁ他人事だと思って」

「いや、彼の取り扱い的な意味で情報共有は必要だよ?」

「あー、まあ、確かに……どう説明していいか未だにわっかんねえんだよアイツ」

「そんなにですか!?」

 

 トレーナーと黄金世代が新チーム『黄金新星(ゴールデンノヴァ)』を結成し、理事会の許可を受けたという事はトレセン学園中に衝撃を与えた。

 トレセン学園でも指折りしかいない男性トレーナーへの電撃戦をまんまと成功させた黄金世代に、ちょっと怨みがましい視線を向けてくるウマ娘が増えた。

 

(特に寮長兼役者かつエンターテイナーで奇跡な黒鹿毛のウマ娘は地団駄を踏んだ)

 

 そして、その男性が樫本理子の弟子であったことが解ると、更なる衝撃が駆け巡った。

 それは、異性へのあれこれではなく『競技者』としての『指導者』としての衝撃だ。

 何せ、樫本理子はどんなに「勝てない」と言われて匙を投げられていたウマ娘でも、OP戦やGⅢレースで勝ち星をあげられるレベルに育て上げる事で有名なトレーナーだったからだ。

 

 彼女の指導したウマ娘の中には、OP戦オンリーだが長年走り続けているウマ娘、中央から地方へ活躍の場を移し地方重賞で勝ち星を稼ぐウマ娘、更には地方3冠ウマ娘、シニアで劇的に成長したウマ娘等も存在している。

 

 それだけではない。

 ケガ等で故障してしまったウマ娘を、文字通り再生させてもう一度ターフに舞い戻らせることも数多く。

 クラシック三冠ウマ娘こそ在籍していない物の、その実力は折り紙付き。

 競争倍率は、なんとリギルやスピカ、カノープス等をはるかに超える。

 

 そんな樫本理子についたあだ名が『勝利の請負人』『樫本再生工場』である。

 何せ、今でも地方に移った娘やケガに苛まれた元1冠2冠のウマ娘が毎月のように合同練習の話などを樫本に持ち掛けてくるのだ、その慕われようは並ではない。

 URAが編集している雑誌『優秀』の中で、5年連続で『日本で一番指導力のあるトレーナー』に選ばれていることからも、その評価がうかがい知れるだろう。

 

 そんな樫本の下についた新人トレーナーとシャカファイコンビが話しているのは、彼女が率いるチーム『レグルス』に与えられたチームルームだ。

 レグルスの上げた勝ち星に比例するかのように、チームルームは広い。

 教室2個分くらいの広さを持っているそこは、割とレグルスメンバーが溜まり場にしていることも多い。

 ロッカールームとは別に、全員で集まることのできるルームを別に持っているのは、リギルとレグルスくらいの物だろう。

 

 そんなチームルームの壁にはマホガニー材を使用したキャビネットがあり、その中にはメダルや盾等が嫌味にならない程度に自己主張している。

 その他の目に付く設備として大型ソファーや100インチ大型モニターに加え、割と上等なコーヒーメーカー、天然水を使用したサーバー等、割と堅実で贅沢な設備が整っているのがこのミーティングルームである。

 その対面の壁には『勝利記念』と書かれた本棚と、分厚いアルバムが数十冊。

 

 そんなミーティングルームだが、まだ割と多くのウマ娘が残っていた。

 チームに所属しているモブウマ娘(現在中距離OP戦4勝)の一人が、先ほどのミーティングで使用していた資料を片付けていた。

 それなりの価格で、いいパフォーマンスをするノートPCや発表用のプロジェクター設備等を片付けているウマ娘(マイルG1出走確定済み)もいる。

 そして、悩んでいるシャカールの元に一人のウマ娘がバクシンしてきた。

 

「ふぉうでふね、ひんひんはんにもははりやすいひょうにへふへいすへきではないへひょうか!」

「おい、口ん中に物入れながら話すなバカチンオー」

「ゴクッ、ゴクッ、プハッ……そうですね、新人さんにもわかりやすい様に、説明してあげるべきではないでしょうか、後お水ありがとうございますシャカールさん!」

「繰り返すな、ちゃんと伝わってるからよ……後、礼はいらねえ」

「おお、伝わったようで何よりですね!」

「はぁぁぁ……疲れる」

「ふふ、お疲れ様シャカール」

「撫でんじゃねえ!」

「きゃあ、こわーい!」

 

 ミーティングで疲れた頭を労わるように、購買で購入した桜餅を頬張りながらシャカール達に絡むバクシンオー。

 そんな彼女に、一応毒づきながらも注意するシャカール。

 もっとも、バクシンオーにはどこ吹く風、反省する様子は皆無だが。

 肩を落とすシャカールをからかいつつ、適度にガス抜きさせるファインモーション。

 そんな彼女達のやり取りに、目を白黒させている新人トレーナーは、どうやって話を切り出すべきか迷っていた。

 そんな彼女を見かねたのか、作業をしていた二人が助け舟を出す。

 

「シャカールさん、そんな風に投げやりなのは良くないと思うなっ☆!」

「ファルコンさんの言う通り、説明するときはきちんと説明してあげたほうがいいと思いますよ?」

 

 まあ、どう説明すればいいのかわからない、というのは解りますけど。

 そう言って話しかけてきたのは、先ほどまでミーティングで説明役をしていたスマートファルコンと、書記をしていたエイシンフラッシュだ。

 エアシャカールに先ほどのミーティング内容を記載したノートを渡しながら、エイシンフラッシュは彼女の態度に対してくぎを刺す。

 エイシンフラッシュの言葉に、バツが悪そうに頭を掻きながらも、中身をぱらぱらと速読して内容をチェックするエアシャカール。

 何故彼女なのかと言えば、彼女が今回のミーティングのまとめ役であったためだ。

 

(すごいチームですね)

 

 新人トレーナーは『どうやって説明するか』を話し合い出した彼女達を見ながら思う。

 彼女がうわさに聞くチームスピカは、ウマ娘達の自主性を重んじているが、それ故にバラバラでまとまりがなく見えることがあるという。

 また、スピカはトレーナーとの距離が近すぎることもある、という事も聞いた。

 

 常勝軍団と言われるチームリギルは、逆にトレーナーのワンマン手法で運営されており、このようなミーティングは行われないか、報告会染みているという。

 トレーナーとの距離も、チーム内部では上司と部下のような関係性でストイックだとか。

 このうわさもまた、リギルというチームを表しているといえるだろう。

 

 だが、このレグルスはそう言ったものがない。

 議題や運営方針等は、樫本自身が決定している。

 だが、入ったばかりの新人チームメイトもミーティングでは発言が求められ、良いと思った意見は積極的に採用される。

 そうして挙げられた数々の目標が、チームとしての大目標と個人としての目標として振り分けて決定される。

 責任者として樫本チーフが議題内容のチェックや修正を一応入れるが、基本的にこれらの目標は彼女達に決定させる。

 そして、目標を決定したらその目標を達成するために、樫本チーフがトレーニングメニューなどを作成するというやり方を取っている。

 

 レグルスは、スピカのように近すぎず、リギルのようにがっちりとし過ぎない。

 だがそれは、チームや個人の練度の低さを意味しない。

 彼女達が『最優』と言われるゆえんを、彼女は垣間見ていた。

 

(自分達で考えて、責任を持って実行するから彼女達は伸びるんですね)

 

 チームレグルスの考え方は「徹底管理主義」と外部からは言われている。

 しかしそれは「人材育成」と「長期的視点の指導」そして「担当ウマ娘への理解」という3点を念頭に置いた上で形作られたものだ。

 ウマ娘の目標を最大限達成させつつ、練習過多で壊れる様な事は絶対にさせなかった。

 彼女のやり方は、担当の目標達成までの道のりを徹底的に管理するやり方だ。

 

 なお、レグルスは樫本をチームリーダーとして栄養・トレーニング・メンタル等多岐にわたる様々な分野の専門集団がバックアップを形成している。

 これらの集団により、多数いる彼女の担当ウマ娘達は、目標達成確率を大幅に上げている。

 無論、その集団も癖のある連中が揃っており、その連中をまとめ上げることが出来る樫本チーフの仁徳がチームの土台なのだが。

 強力で手厚いバックアップと、ウマ娘に理解のあるチーフトレーナーという布陣だからこそできる『群の強み』こそ、レグルスのレグルスたる所以である。

 

 そんな樫本だからこそ、エアシャカールを筆頭に一癖以上の癖があるウマ娘達をまとめ上げていけるのだろう。

 そして、エアシャカール達もまた彼女を信頼しその判断に信用を置いている。

 だからこそ、うまくいっている。

 更に、彼女達リーダー格が率先して手本を見せると、後輩達もそれに続くようになった。

 管理体制の下でアクティブに活動する組織としてのレグルスが完成していた。

 だからこそ、理事長も新人トレーナーを任せるに値するという判断を下したのである。

 その結果、世界でも数が少ない男性トレーナーの面倒を見させられたのだが。

 

「貴女達、どうしたんです?」

「あ、樫本さーん、ちょっと相談に乗ってほしいな☆」

「ファルコンさん、一々☆を付けない……樫本トレーナー、実は彼の事を説明しようとしていたのですが、どこまで話したものかと」

「ふむ、フラッシュありがとう……シャカール、ファイン、貴女達はどう思います?」

「あー、まあ、アイツの説明自体……つーか聞きたきゃ直接話に行けばいいだろうが」

「あはは、シャカールらしいと言えばらしいけど……まあ、彼との距離感の掴み方的な意味で話しておいた方がいいかなと」

「まあ確かに、何かあってからでは遅いですからね」

「別に、アイツなら並大抵のことは笑ってすますンじゃねえか?」

「何かある事前提ですか!?」

 

 樫本も彼女達の話の輪に入りだし、そこから聞き捨てならない言葉が出てきた。

 何かあるのか、と新人トレーナーが身構える。

 とんでもないパンドラの箱を開けようとしているんじゃないのかと。

 

「ふむ、そうですね…………では私から話すとしましょうか」

「樫本トレーナーからですか?」

「ええ、私から話した方が後々で指針になるでしょうから」

「確かに、明確な線引きが可能ですね」

 

 エイシンフラッシュの相槌に頷きながら、樫本は彼事トレーナーについて話し始めた。

 

 

 ────―(樫本理子の場合)────

 

 始めからトレーニングに関する高い知識や、スカウトに関する観察眼等、高いレベルを最初から持っていました。

 終わった後だから言える事ですが、彼は恐らく初年度の私を超えた知識量を有していたと思います。

 ええ、彼は大雑把で荒削りではありましたが、きちんとしたウマ娘の為の育成計画書を作成し、実行するために必要な知識や実力等を有した男性でした。

 一言で言えば【男性なのにウマ娘に詳しい癖の強い人】という印象を持ちました。

 

 大丈夫です、彼が異常だっただけで、貴女が劣っているわけではありません。

 貴女の実力も、初年度トレーナーの中では頭一つ抜きんでていますから。

 そんな彼ですけれども、どうやら両親がトレーナーという事らしく、両親の方針を色濃く受け継いでいます。

 貴女達も経験があると思いますが、彼はウマ娘との毎日のコミュニケーションを非常に重視する人でした。

 挨拶、雑談、相談、練習以外の色々ですね。

 

 確かに練習のみを突き詰めた話をトレーナーというのはしてしまいがちです。

 特に、新人のトレーナーは得てして次につなげる為の名誉や実績を求め、過度なトレーニング等を担当に科してしまいがちになりますから。

 そして、その失敗によって新人ウマ娘や時には新人トレーナーすら学園を去ることがある……全く、このことは理事長と再度話し合わないと……。

 ああ、失礼、ただ、彼はそれが無かった。

 非常に珍しい事ですが、彼は功名心や野心という物を強くは持っていなかった。

 飲み込みも早く、ウマ娘への情熱と愛情もたいへん高く、少なくとも名声や利益の為にトレーナーをやるような輩ではない事は、接しているとすぐにわかりました。

 

 確かに、自分の腕を振るってみたいという一種の「挑戦」や「やる気」を強く感じる事はありました。

 しかし、思い込みによる視野狭窄は割と少ない方で、むしろ広い心と自分を強く律する自制心の持ち主です。

 

 ただ、私達トレーナーとは割と見方が違う事も多々あります。

 彼にはこんな話があります。

 レグルスに来る娘には、時に色々と難しい娘が来る事もあるのは、ご存じの通りでしょう。

 彼が私の下で最初に担当した彼女「スプリットステップ」もその一人でした。

 彼女は短距離部門の娘で、未勝利戦を勝った後、OP戦で勝利を収めました。

 

 しかし、OP戦で勝利したにもかかわらず、常にどこか浮かない顔だったそうです。

 そして何度も出走しては負け続け、ついには明るい性格が、卑屈で後ろ向きな性格に変わってしまったのです。

 担当は原因の究明に手を尽くしましたが、彼女の不調を取り除くことが出来ず、私に白羽の矢が立ちました。

 

 私の元にやってきた彼女は、その時には自分の実力にすら疑問を呈していました。

 彼は、その状態の彼女を見るや、彼女の担当にしてほしいと言ってきたのです。

 ええ、驚きましたし、余り進めたくはなかった。

 でも、彼は是非にと言って彼女の担当になりました。

 彼女も随分と驚いていましたし、ますます卑屈で暗い雰囲気を漂わせ始めました。

 本当に大丈夫か、と思っていたのですが……。

 結果から言うと、彼に任せた事は正解だったと言えるでしょう。

 

 彼は担当してから2週間程した時、スプリットステップに5日間の外出許可を取らせました。

 その後、彼は学園に対して自身の外出許可を取ったんです。

 何をしたと思います? 

 1週間かけて、彼女と一緒に日本各地の「元競争バ」に話を聞きに行ったんです。

 それも、競走バだけでなく、企業等に就職したウマ娘達へもアポイントを取って。

 始め、私は彼がスプリットステップに何をしたいのか解りませんでした。

 しかし、後日提出された彼のレポートを読んで、スプリットステップと面談してみると彼女の何かが違う事に気が付きました。

 驚いたことに彼女から、卑屈な部分が和らいでいました。

 様々なウマ娘達から話を聞き、どうやら自分の事に関してもう一度考えたらしいんです。

 

 話を要約すると、スプリットステップ曰く『今まで中央にいるからには勝たなければならないと思い込んでいたのですが、世の中には様々な見方があるという事が解りました』と。

 

 その後の彼女は、卑屈になることもなく、暗い事もなく、何か吹っ切れたように練習に取り組みました。

 そして、彼女の地元である西日本で開かれたOP戦に挑んだのです。

 レースの結果は見事に1着、ムラのあるレースが多かった彼女が、堂々とした先行策で完勝しました。

 その後、彼女は私の元にやってきて、言ったんです。

 

『私は競走バではなくて警察官になりたい』と。

 

 話を聞いてみると、どうやら両親が共に競争バであり、ともにOP戦をメインに走るウマ娘だったようで、彼女自身も『そうならなければならない』と思い込んでいたらしいのです。

 中央に受かる事が出来るあたり、彼女に才覚も実力もあったのでしょう。

 

 ただ、彼女は警察ウマ娘、いわゆる【騎バ警官】に憧れていたようで、小学生の時に何度も警察署に話を聞きに行っていたらしいのです。

 ですが、中央に入った以上はそんな事は言っていられない、入れなかった娘の為にも、私は頑張らなきゃならないんだと、ずっと自分を押し殺していたようでした。

 入学を喜んでくれた両親、期待してくれた地元の友人、大切な人たちを裏切ることになるのではないか、彼女はそう考えていたそうです。

 ですが、夢見ていた事、本当にやりたいことを押し殺し続けるのは、どうやら無理だったらしく、心と体が別物になっていたと。

 しかし、彼と一緒に回った1週間で様々な職種についたウマ娘達の意見を聞き、その考えを改めたと言っていました。

 

『私の人生、主役が私なら、私の心から願う栄冠を勝ち取りたい』と。

 

 彼女は今、警察学校へ入学するためにトレセン学園の普通科に編入し、学生生活を過ごしています。

 本人曰く『進む勇気と辞める勇気の大切さを教えてもらった』と。

 彼曰く『私の姉によく似た娘でした、姉もずっと悩んでいましたから』と言っていました。

 ええ、彼にはウマ娘の姉がいるんです。

 

 肉親にウマ娘がいるからなのか、彼はウマ娘の気持ちに寄り添うスタンスを取ります。

 着眼点も私達トレーナーは「レース」を物差しにして考えてしまいますが、彼は「人生」を物差しにして考えています。

 だから、彼の練習計画にはケガの可能性を極力下げたものが多い。

 競争の後、走ることを止めた時、歩けなくなるのでは本末転倒だから、と。

 

 ええ、言いたいことは解りますよシャカール。

 彼の優しさは、同時に大きな弱点にもなります。

 100%の力を発揮するには、時に厳しいトレーニング状況に身を置かねばならない。

 しかし、彼は……その決断が出来ない。

 いえ、彼の計画には入っているんです。

 ですが、彼が躊躇ってしまう。

 ケガをしてしまうのではないか、夢を諦めなければならなくなるのではないか、と。

 

 彼は文字通り、ウマ娘の為ならば無茶をしてでも願いを叶えようとするタイプです。

 しかし、貴方達を大切に思うがあまり、どうしても決断できないことがある。

 その点が、本当に大きな弱点です、致命的といってもいい。

 エイシンフラッシュ、彼は真剣に貴方達ウマ娘を信じていますし、案じています。

 黄金新星の子達も、彼のトレーニング通りにやればG3やG2クラスならば、容易く勝つことが出来るでしょう。

 G1出走も、決して夢物語ではありません。

 勝てるか、ですか? 

 それは解りません。

 勝利の女神の前髪を掴むことが出来るウマ娘こそ、G1の舞台で勝利するのです。

 後、生来の物か、性格の根底に割と楽観というか『必ずうまくいく』という考えをしているというか。

 まあ、総評としてはトレーナーとしては、私からするとまだまだ粗削りです。

 ただ、人格的には大変良い人物であろうというのが、教育を担当してみた感想です。

 今の心配事ですか? 

 そうですね、チームメンバーも新人で固めるのではなく、それなりに経験を積んだ娘がサブではいってくれれば、こちらとしても安心できるんですが……。

 

 ──────(チームレグルス視点)────────

 

「何というか、彼は楽天家なのでしょうか?」

「おや、リトルココンいつの間に?」

「すみません、いきなり話を遮ってしまって」

 

 金髪碧眼なウマ娘「リトルココン」が、樫本の話が終わり話しかける。

 彼女は樫本が担当しているウマ娘の一人だ。

 

「すみません、皆さんにお話しがありまして」

「あぁン? ビターグラッセもどうした? 

 

 褐色肌で栗毛のウマ娘の「ビターグラッセ」も、リトルココンの後に続く。

 彼女の手には、A4のプリント用紙が一枚。

 その紙にはでかでかと『原因不明の爆発とニンジンによりグラウンドが一日使用不可能』という文字が、まるで血を思わせる真っ赤な赤文字で印刷されていた。

 

「あー、またなんかあったのか」

「はい、タキオンさんが」

「……アイツ、何やったンだ?」

「何でも、タキオンさんが伝説の『虹色に光る宝石のようなニンジン』を開発したらしく」

「ええ、それをゴールドシップさんが強奪して、グラウンドに散布したところ……」

「グラウンド全体に虹色のニンジンが発育し、それを回収するのに時間がかかっているのですね?」

「「はい、樫本トレーナー」」

 

 この二人の発言に、チームレグルス全体が『まーたあいつ等か』という空気になった。

 そして、今続けている話が割と長くなりそうとも。

 

「樫本コーチ、その、我々レグルスとしてはどういたしましょうか」

「はぁ……そうですね、フラッシュ今日一日使用できない以上……ええ、新人との交流会という事で、このまま話を続けましょうか」

 

 いつの間にか、レグルスのチームルームには、地方に遠征しているウマ娘以外の全員が集合していた。

 

「それじゃあ、次は誰かなっ☆」

「オレ、正直あんまり話したくはねえが……」

 

 ──────(エアシャカールの場合)──────

 

 あんまりオレが話す事は無いが、まあ、俺がレグルスに入る切っ掛けがアイツ。

 以上、オレの話はこれでおしまい……なンだよ、ファルコン? 

 はぁっ? これ以上を話せだと……畜生、ファイン、そんな目で見るな、わかったよ。

 オレは自分を3冠ウマ娘としての実力を持っている、そう思っていた。

 練習量、脚質、他の連中の勝利データ、俺自身の敗北データ、全てを照らし合わせ、統計すると高い確率で……いや、よそう。

 

 正直に言うと、100%3冠を取れると思っていた。

 負けるという気持ちも全くない、そんな状態だった。

 ただ、オレにはネックになっている所が一つあった。

 オイオイ、そんなもん一つしかねーだろうが。

 トレーナーだよ、樫本さんの前任者さ。

 あいつは、はっきり言ってオレのトレーナー足りえない。

 何せ、古すぎる根性論と威圧的権威主義というか、根拠のないスパルタというか、まあ前時代的な……いうなれば生きた化石みたいな奴だった。

 

 1回会って、話をして、それで見切りをつけた。

 オレは、自分が勝つためのトレーニングと道筋を、自分でつけて練習をし始めた。

 前任者? 

 ああ、奴曰く『最初も最後も根性』らしい……全く理解できねえ。

 確かにレースでの競り合い、特に最終場面での喰らい付きに関しては、最後の燃料と言われる『根性』が重要になるのは理解が出来る。

 ただな、初手から根性論を振りかざすような奴は、正直あてにならない。

 まあ、だから奴の話は適当に聞き流してコンビを組んでいた。

 なんでってトレーナーが付いていないと、少なくともジュニア級では出走が出来ねえ。

 チーム移籍が認められるのは、クラシックになったらだ。

 そこは常識だろうが、覚えとけバクシンオー。

 

 で、だ。

 俺はホープフルステークスを勝利し、ジュニア級のトップになったわけだ。

 そして、ヤツも鼻高々。

 したり顔で『私の教育のたまもの』なんてのたまうからな、正直反吐がでる。

 その後のオレは、まあ負け続けだ。

 上位こそ取るが、1位にはなれない走りを続けた。

 正直な話、クラシックにデビューした当初から、前任者とオレの間にはデカい溝が出来つつあった。

 レースに出る回数、走るレースの種類、レースの運び方、何でもさ。

 前任者も、オレの事を自分の指導に従わねえウマ娘で、自分の話なんて聴き流しているという事を薄々解っていたらしい。

 

 その時のオレは根性だとか気合だとか、そういう物を極力排して物を考えていた。

 必要なのは経験値とデータ、目指す結果以外は2の次。

 レースに出るのは、もっぱら相手の戦略や考えを学ぶためだった。

 ライブハウスと同じさ、肌に感じる雰囲気だけは実地でなければ学べねぇ。

 勝ち切れねえオレは善戦ウマ娘、なんて呼ばれていたよ。

 あ? なんで勝てるレースを勝たなかったって? 

 フラッシュ、ダービーの事を考えろ。

 いいか『勝てる』と『勝つ必要がある』は違う、勝つ必要のあるレース以外は全力を出すわけにはいかねえ……ヘタをして怪我して引退なんて御免だ、そうだろ? 

 

 そして、出走条件を満たしたオレは、3冠の第一歩である皐月賞への出走が決まった。

 皐月賞は俺の計算で勝った、ああその時には、全く前任者とは口を利かなくなっていた。

 今思えば、あの皐月賞はオレの……独力で集めたデータと計算で勝った最後のレースだった。

 そして、あの日本ダービーの日だ。

 何度も計算を繰り返した、オレはあのダービーで負けるはずがなかった……そのはずだった。

 けど、オレは負けた。

 その時、オレは担当トレーナーとの契約も切った。

 元々ロジカルな奴じゃなかったし、今でも後悔はない。

 何より、オレはスランプに陥っていた。

 情けないが、誰にも相談できない、自分ひとりで走っていた状態のオレの初めての経験だ。

 次第にオレは、走る事への意義を無くしかけていった。

 別チームへ移籍も考えたが、オレの悪評【何を考えているかわからない】つう評価が過大に流布されててよ、それも出来ねえ。

 そもそも、前提として三冠を取れないなら走る意味はない。

 学園止めて工学系の専門学校にでも通うか、賞金を元手にゲーム制作でもするか、そう考えながら退学届けを出しに行く途中で、アイツに出会った。

 なんつーか、オレの事をまるで最初から知っているかのように、気さくに声をかけてきた。

 

『おや、エアシャカールさん、どうされたんですか?』

『あァ? 何でもねえよ……話しかけんじゃねえ』

『そうおっしゃらないでください、私は候補とは言えトレーナー、貴女の悩み等の解決に力になりたいんです』

『なんでオレが悩んでいると思ったんだ』

『靴下、左右間違えていますよ?』

『はっ? あ、マジか』

 

 オレは、同室のドトウの靴下を間違ってはいていた。

 それだけじゃねえ、靴下裏返しだったんだ。

 そこにドトウがじぶんのイニシャルを書き込んでいたらしくてな、それで分かったんだとさ。

 当時のオレは、周囲に気を配れていなかったらしい。

 ダメ元、というよりも、まあ最後だしいいかな、という感覚でオレは今までの事を話した。

 あいつは、オレの話を聞き終えると『数日待ってくれないか』と。

 まあ、いつでも辞められると思ったオレは、興味半分で待つことにした。

 え、いや、男のトレーナー候補だろ、どんな考え方しているのか興味があンだよ。

 

 そして2日後、アイツはオレの所にやってきた。

 目の下にデカい隈作って、寝てねえのか話の内容も時々しどろもどろになる。

 だが、オレの脚質をよく調べたうえで「これから」のレースプランニングを作り上げてきやがったのはまいった。

 まずデータの詰めが甘い、更に計画も割とほつれや無理がある、おまけに計算もざっと見て複数に間違いがある。

 けど、初めから根性論を振りかざしてくる奴よりも、ずっといいと思った。

 オレというウマ娘を理解して、どうにか話し合おうという意思を十分に示した。

 そして、データは常に超えることが出来るという事も、実例で示したやつだ。

 アイツ、何したと思う? 

 50メートル競走。

 お前らは信じられるか? 

 ただのヒトが……皐月賞ウマ娘と走りで勝負するってこと。

 

 そして、無謀なアイツの挑戦を受けて……そして、オレは負けた。

 アイツ曰く『初めの50m、君はそこで常に出遅れる癖があるから』だと。

 俺の脚質上、先行策より追い込みの方が合っているという事を踏まえても、衝撃だった。

 追い込みだって、速さは普通のヒトよりかずっと早い。

 でも、アイツは、何度転んでも立ち上がって、泥だらけになりながらオレに食い下がる。

 最後の最後に、アイツの走りは、オレを上回った。

 頭を殴られたなんて、ちゃちい表現じゃねえ。

 正にコペルニクス的な何かを、オレは味わった。

 計算するまでもねえ、勝てるはずだった。

 だけど、アイツは自分の実例をもって、データは常に超えることが出来るという事を示しやがった。

 アイツ曰く『99%は計算で勝てるかもしれない、しかし、残りの1%を軽んじていては勝てるものも勝てない』とな。

 ああ、そうだ。

 その時になって、オレはやっと自分が傲慢だったことに気が付いたんだ。

 オレは、データに固執しすぎるあまり、感情という不確定要素を完全に『理解した』気でいたんだ。

 その結果、オレは負けた。

 ダービーも、この50m走も。

 その気づきのせいで、オレはこの学園に残る羽目になったってわけさ。

 その後、アイツの推薦で樫本さんに会って、樫本さんのトレーニングメニューのおかげで菊花賞とジャパンカップ、年末の有馬記念も勝った。

 この間の天皇賞春も勝った……シニア三冠も当然視野に入っている。

 まあ、オレの再起を促した破天荒なヤツ、それだけさ。

 あぁ? 何ってんだファイン、オレが優しい顔してる……だと? 

 そんな事あるわけ……樫本さん、お前らも、その生温かい目は何だよ!? 

 ああくそっ、アイツの事になるといつもこうだ!! 

 全くロジカルじゃねえ!! 

(つーか、オレとは勝利の夢を見たくねえってか……期待させやがって、チクショウ)

 

 ──────(サクラバクシンオーの場合)──────

 

 おお、それでは何故かいじけたシャカールさんの次は、委員長たるこの私、サクラバクシンオーがお話しいたしましょう! 

 実は私、こう見えてかなり体がデリケートでして。

 はい、そうなんです。

 何せ、一度走るとすぐに足の検査をする必要があるくらいには。

 ああ、いえ、脆いというよりも、私の踏み出す力が強すぎるせいか、足にヒビが入ったりする可能性が非常に高いらしいのです。

 お医者様からは、レースの後は入念に足の調子を気にするように、些細な違和感も医者にかかるようにと言われていたのです。

 なので、体を作る食生活も含めてトレーニングには結構気を使っているんです。

 

 ちょわっ!? 

 何で皆さん『嘘だっ』て顔をしていらっしゃるのですか!? 

 いや、私本当に体はデリケートですよ、ほんとです!! 

 ええと……それで、彼との出会いもまた私の体の事だったんです。

 実は、その、私恥ずかしながら元担当トレーナーさんとの相性がそんなに良くなかったんですよね……。

 彼女は、いわゆる『レースこそ成長の場』と言うタイプのトレーナーでした。

 連戦させるタイプの「現場で戦って覚えよう」なタイプと言いますか。

 割とよくいるタイプですよね。

 

 ただ、その、走った後のケアの方に全く気を回さないというか、気にしていないというか。

 今考えると信じられないぐらい合わないトレーナーでした。

 それで、その、私もジュニア級の際に何試合もレースに出走することになりまして。

 脚が、結構悪くなっていたんです。

 歩けないくらい、とまではいきませんでしたが。

 

 どんどんタイムが落ちていきまして、一時期プレオープンも勝てない連敗していた時があったんです。

 割と倦怠感が両足にあって……まあ、今思えば極度の疲労ですねぇ。

 その時ですかね、彼に出会ったのは。

 いやー、私にサインをねだってきたんですよ、彼。

 この委員長に掛かれば、男性ファンの一人や二人……え、その話はいいから先に進め? 

 うう、少しぐらいは自慢させてもらってもいいと思うんですが……。

 その時彼が言ったんです『どうして脚が悪いのに走るんですか』と。

 驚きました、私の脚が悪い事を一瞬で見抜いたんです。

 それで、その、彼は私の脹脛をいくらか揉みまして。

 その後、私が悲鳴を上げるより早く、顔色を変えて元トレーナーに食って掛かったのです。

 私、その時は地方のレース場に遠征していまして、元トレーナーも一緒に居たんです。

 そして、彼は、その元トレーナーを怒鳴りつけたんです。

 ハイ、そりゃあもうとんでもなく大きな声で。

 一瞬ですが、この私が驚きで地面から数センチ飛び上がってしまう程度には。

 

『日本の至宝たる短距離ウマ娘を、アンタは何だと思っているんだっ!!』

『地方のトレーナー風情が、私の教育方針にケチをつける気!?』

『アンタが中央のトレーナーだと!? ふざけるな、さっさとバッジを置いてしまえっ!!』

『何ですって!? 男だからっていい気になるんじゃないわよ!!』

 

 聞いたことの無い大声で、周囲に人だかりができていて、彼はとんでもなく殺気立っていました。

 私の元トレーナーもヒステリックになっていて……正直とても怖かったです。

 その後、彼はその、すごい勢いでお医者様と一人の年配の女性を呼んできまして。

 そのお二人も、私の脹脛を触るや否やすごい勢いで行動に移ったんです。

 お医者様の方は救急車を呼び、年配の女性はどこかへ連絡を始めました。

 そして、私は担架で救急車に乗せられて、総合病院で精密検査を受けました。

 その、両足の疲労が限界に近く、最悪骨が砕けて動けなくなる可能性があったと、後日お医者様からそう言われました。

 ニンゲンだったら、両足を落とさなければならないレベルだったとも。

 手術にこそ発展しなかったですが、私は半年間という長い間、レースに出る事はおろか日常の練習に関しても8割がた禁止されまして。

 その後はすごく目まぐるしく環境が変わりました。

 4か月間は病院と学校を往復する生活を送りまして。

 彼が中央に来て1カ月程、私は彼と、樫本トレーナーと一緒に過ごしました。

 ああ、いえ、練習というより、リハビリと軽い訓練に近い形で毎日を送りました。

 定期的に、骨の回復の為の治療を受けまして、ええ、今ではこの通りです。

 その間に、元トレーナーは再教育という形でスクールに戻されたという事を噂で聞きました。

 何でも、指導方法がとにかく大間違いだったと。

 ご年配の女性は地方トレセンの学園長であったらしく、トレーナー審査会に連絡を入れたと教えていただきました。

 それで、後日、中央に正式に合流した彼に謝られました。

 

『一人のトレーナー候補として、君には謝っても謝り足りない』

 

 そう言いながら、私に頭を下げたのを覚えています。

 チームですか? 

 いつの間にか、私はレグルスに移籍という事になったんです。

 おかげで私の体は健康体ですし、スプリンターズステークスも勝つことができました。

 実は、1カ月ほどですが彼が担当だったんです。

 彼と共に、スプリンターズステークスを勝利した時、彼は興奮して叫んでいました。

 

『サクラバクシンオーは世界一っ!!』

 

 ええ、しっかりと聞こえましたよ。

 欲を言えば、彼と世界を目指したかったんですがねぇ……。

 あと、なんで私を新チームに誘ってくれないんですかねぇ。

(復活した私はダメで、新人の子はいいんですか、そうですか、ふんっ!)

 

 ──────―(スマートファルコンの場合)──────

 

 もー、バクシンオーさん、むすっとしないで笑顔だよっ☆

 それじゃあ、次はファルコだね。

 うーん、マネージャー……じゃなくて、トレーナーさんだよね? 

 うん、私の夢を笑わなかった人かなぁ。

 ほら、私ってトップウマドル目指しているでしょ? 

 でも、レースとアイドルの両立なんて難しい。

 でもでも、レースで勝利することと、皆に希望と笑顔を届けるウマドル、どちらも手抜きなんてできない。

 そもそも、手を抜く事自体が周りにも、自分にも失礼だと思うし。

 だけど、担当トレーナー(元)にはレースに絞れと言われていたんだ。

 元トレーナーさんの言っていた事は、その、解るよ? 

 彼女は、私にこう言ったの。

 

『貴方なら、日本一のダートウマ娘……いいえ、ダートのシンボリルドルフになる事だって夢じゃないわ』

 

 そう言ってくれた。

 その言葉には、その、とっても感謝しているし、今でもその言葉は私の支えになってる。

 だけど、違うの。

 私は、その、すごく我儘だけどね? 

 両方欲しかったの。

 どっちも、トップに立ちたかった。

 初めにもいったけど、どっちも諦めるなんてしたくなかったから。

 だから、私は陰でウマドルとしての草の根活動も続けた。

 でも、それが彼女にばれて、ね。

 

『貴女の才能は、ただ一つの事に注力してこそ輝くのよ!? どうして、どうしてわかってくれないの!?』

『違う、ファルコは、ファルコは、どちらも一番を目指したいの!! 手抜きなんかしたくないの!!』

『違うわ、それはただの驕りよ、相手への無礼よ、スマートファルコン!! もう一度言うわ、今すぐそのくだらない活動を止めなさい!!』

『そんな事……無い!! くだらなくなんてない!! 今はまだ少なくても、ファンになってくれる人は絶対にいるんだから!!』

 

 うん、トレーナーとウマ娘という関係で考えれば、レースに集中してほしい、その考えはとっても正しいんだけどね。

 それでも、私は二つとも諦めるつもりはまったくなくて。

 でも、ついに大喧嘩して、ファルコも夢の事でひくに引けなくて……気が付いたら学園を飛び出して河川敷で泣いていたの。

 悔しい、悲しい、どうして、なんで。

 そんなグシャグシャの気持ちが全然止まらなくて、どうしていいかわからなくて、ずっと泣いていたんだ。

 

 その時に、彼に会った。

 何でも、近くの商店街からの帰りだったらしくて。

 彼、男の人で、でも、なんでかな。

 緊張とかそう言うの、全然なくて。

 誰かに話を聞いてほしかったんだと思う。

 それで、トレーナーさんはね、ずっと寄り添って話を聞いてくれたの。

 彼は私の夢を笑わなかった、黙って隣に座って頷いて。

 それで、話を聞き終わって、ハンカチを貸してくれた。

 涙と鼻水で、ひどい顔していたんだって。

 

 その後、私の元トレーナーさんと、彼と樫本コーチとで話し合いの場が持たれて、私のチームレグルスへの移籍が決定したんだ。

 そして、今の私が……ウマドルの私がいる。

 すごいんだよ、彼。

 何せ、私がウマドルとしてやっていくためのチャンスをものにするために、色々骨を折ってくれたらしくて。

 今では【逃げ切りシスターズ】としてデビューもしちゃったしね。

 え、そうだよ? 

 逃げ切りシスターズの元は、彼が作ったんだよ? 

 ちなみに、私達のデビューシングルを音楽メーカーに売り込んだのも彼なんだ。

 でも、その、ファルコもびっくりだよ。

 だって、その、ねぇ? 

 私、スズカさん、ブルボンさん、アイネスちゃん、マルゼンスキーさん。

 このメンバー以外にも、ターボちゃんとかパーマーさんとか、いろんな逃げウマ娘に声かけてくれたからね。

 だから、逃げ切りシスターズの歌唱バリエーションがすごく増えちゃった。

 ちなみに、元トレーナーさんはファルコのファンクラブの会長をやってるよ☆

 

『貴女の言葉を信じきれなくてごめんなさい、貴女なら両方日本一になれるわよ!』

 

 ライブに来てくれて、楽屋でそう言ってくれて、すごく嬉しかったなぁ。

 それとね、ファルコが好きなハムカツも、実は彼のおススメだったんだ。

 話を聞いてもらった時、お腹なっちゃって……えへへ。

 あの時河川敷で食べたハムカツは、いろんな意味で思い出の味なんだぁ。

 樫本トレーナーの下で、私も短期間だけど担当してもらったからね。

 帝王賞で勝った時、抱き付かれてすごくドキドキしちゃった……えへへ。

 えー、新チームについて? 

 うん、まあ、勝てるよ? 

 勝ってチーム逃げ切りシスターズツヴァイを結成して、彼にはマネージャーになってもらって、あ、そうだ、おまけにセイウンスカイさんも引き抜いちゃおう☆

(ダート最強、この名が伊達じゃない事を黄金新星の娘達にはおもい知ってもらうよ★)

 

 ──────(エイシンフラッシュの場合)──────―

 

 スマートじゃないファルコンになってしまった彼女の次、というのが……。

 ごほん、次は私ですね。

 ええ、彼ですか。

 まあ、一言で言い現わすならば「期待をさせすぎるんだ、バカ野郎」でしょうか。

 そんなに驚くことですか、皆さん。

 まあ、何というか、私自身色々と悶着があったんです。

 はい、皆さんと同じです、前任者の問題です。

 元担当トレーナーの腕は良かったのですが、それ以外が丸でダメ。

 身なりも私生活も、あらゆる面がダメだったんです、無視できないレベルで。

 何せ、不摂生や寝不足は当たり前、服装はだらしないし洗わない、髪の毛もぼさぼさでみっともない。

 なんでレースプランは完璧に立てられるし、練習メニューも悪くないものが作れるのに、日常生活がダメなのか理解できません。

 生理的に無理、というか幻滅していたというか……。

 そんな人であったために、私の方から愛想をつかしてしまったんです。

 その、ええ、自分でも当時はかなり神経質だったとは思います。

 何というか、ある時に彼女がだらしのない恰好でトレーナールームをうろついていまして……しかも、書類の山を作って、それを崩した後で、です。

 時々ではありますが、片付けを手伝ってはいたのですが、1週間もするとまた混雑する乱れっぷりでした。

 度重なるだらしなさに、とうとう私も怒りが爆発いたしまして。

 

『トレーナー、なんで貴女はこんなにだらしないんでしょうか!?』

『ふへっ!? あの、フラッシュ……さん?』

『度重なるこのだらしなさ……私に対して喧嘩を売っているという事ですか!?』

『あの、あの……ええと、その、ごめ『何度も聞きましたが、一向に改善しないのは何故ですか!?』はい、その通りです……』

『貴女の下にはもういられません、今日限りで失礼いたします』

『ええっ!?』

 

 怒りに任せて、私は彼女の下を去ることにしました。

 その日のうちに退部届を出して、私は寮へ帰りました。

 その時は、正に怒り心頭、ああ清々したと思っていたのですが。

 翌日には、その自分のやってしまった事を意識した時には、どうやってドイツに帰ろうかと考えていました。

 情けない話ですが、私は本当に何も考えていなかったんです。

 引退ないし故障で故郷に帰る、という事は想定していても、こんな事で学園から去るなんて考えてもみなかった。

 途方に暮れていた時に、ほとんど偶然にも彼に会いまして。

 はい、3女神像の近くにベンチがあるのですが、そこで肩を落としていたら彼が話しかけてきたんです。

 

『その、失礼ですがエイシンフラッシュさんですか?』

『え、ええ、その、そうですけれど、貴方は、いえ何故この学園に男性が?』

『まあ、説明するのは構わないのですが、貴女はここでなにを?』

『何を、と言われても……』

『いや、その、もう昼休みが終わって30分以上たっていますが……』

『えええっ!?』

『気が付いていなかったのか……』

 

 悩み続けた結果、昼休みを通り越していた……漫画に近い事を本当にするとは思わなかったですよ、私。

 それで、生まれて初めて授業をさぼるという行為と共に、彼に事情を説明しました。

 その、恥ずかしい事ですが、あの時何を話したのか覚えていないんです。

 頭がいっぱいになってしまって……。

 だけど、その、話をしている最中に、私は泣いていたようで。

 ハンカチで涙をぬぐっていただいた時、気が付いたんです。

 張り詰めていた気分が、とても楽になったのを覚えています。

 

 彼はその後、元トレーナーの下に行ったらしく、改めて私と元トレーナーとで話合いが行われることになりました。

 彼も立ち会ってくれて、話し合いは進んだのですが、やはりもう一度組もうとは思えず。

 最後は、私の退部届を受理してもらう事になりました。

 いえ、彼女はその後、格好や生活を改めつつあるらしいというのは聞きます。

 新しい担当も今度G2に出場すると、メールで教えてもらいました。

 その話し合いの後、私は困りました。

 その、あの、恥ずかしい事ですが、学園に残ったのはいいのですが、次の所属チームを全く決めていなかったのです。

 そんな時、彼は私に声をかけてくれました。

 

『貴女に相手がいないのなら、私が立候補してもよろしいでしょうか?』

 

 彼は私の手を取って、そう言ってくれました。

 その後は皆さん知ってのとおり、私もレグルスに所属することになりました。

 樫本トレーナーの指導の下、私はダービーとジャパンカップを勝利しました。

 その後、彼は言葉通り、私の一時的な担当になり、1カ月の間……そう年末の有馬記念までの間、私を支え続けてくれました。

 ええ、その時運命を感じたんです……結果? 

 ふふふ、面白い事を言いますねリトルココン? 

 どうしてそんなに引きつった顔をしているんですか、ビターグラッセ? 

 そんな事、お察しですが? 

 脈がある、そう思っても仕方ないじゃないですか! 

 三女神の像の前で! 

 ベンチで悩んでいるときに話しかけられ! 

 人生の転機を迎え! 

 そして『貴女の相手に立候補してもいいですか』ですよ!? 

 脈が大ありだと思ったって仕方ないじゃないですか!

 そもそもおかしいでしょう! 

 彼は何故新しいチームに、一番に私を誘ってくれないんですか、声もかけてくれないんですか、相談すらしてくれないんですか! 

 私は……ダービーウマ娘ですよ!?

 ジャパンカップも有馬記念も勝った、日本一のウマ娘なんですよ!? 

 なのに、なんで私にひと声かけてくれないんですかっ!? 

 なんなら、私の両親に会っていただくためのプランも完璧につくっ!? 

(あの時、有馬を勝った時、約束いえ契約を取り付けていれば今頃はっ!!)

 

 

 ──────(ファインモーションの場合)────―

 

 

 ポンコツになったフラッシュさんは、ソファーに寝かせておいてね隊長。

 え、私? 

 もう一言しかないよ。

「囲う」

 以上。

 えー、それ以上を教えて欲しい? 

 オレが話したんだから、その切り上げは無しだって、シャカールぅ…………いじわる。

 そうだね、まあ、確かにこれだけじゃああんまりだもんね。

 

 うん、割と無茶をするタイプだよ彼。

 実は、彼を見つけたのはとあるウマ娘と喧嘩、まあ言い争いをしている最中だったんだ。

 ああ、その娘の名誉の為にも名前は出さないよ? 

 その娘の口癖? 

 ああ、それは『ロジカル』だって。

 え~、どうしたのシャカール? 

 ううん、シャカールの事なんて一言も言ってないよ? 

 

 それで、彼は「一度でも貴女に勝つことが出来たら、私の先生に会ってもらえませんか」って言ったんだ。

 その娘は「そんな事はデータ見るまでもねぇ、不可能だ」って。

 だーかーらー、シャカールじゃないよ、ほんとだよ? 

 あ、フラッシュさん回復したんだ。

 え、私の口元がにやけている? 

 ま、まあそれは置いといて。

 彼の話にもどすけれど、いいかな。

 普通はウマ娘の身体能力に、人間は勝てない。

 でも、彼は勝った。

 勿論、ハンディキャップありの競争だけど。

 50mと言えば、私達がレースをする時の場所取り争いをするあの距離かな。

 10本の内、1本でも取れたら彼の勝ち。

 彼は、10本目で、彼女に勝って見せたの。

 あの夕焼けの日、泥と汗にまみれて、格好悪いぐらいドロドロで。

 グラウンドに泥まみれで倒れている彼は、でも、どこまでも真剣だった。

 倒れたまま動けない彼の所に、私は寄って行った。

 彼は、私を澄んだ目で、少し驚いたように見つめていたの。

 

『ねえ、キミ』

『おや、ファインモーション殿下……見ていらしたのですか?』

『うん、ねえどうして?』

『何が、どうしてなのです』

『どうして、キミはそこまで見ず知らずの彼女の為に頑張れたの?』

『何故……それは、難しい質問ですね』

『それは、キミの中でも答えが出ていないから?』

『それは、少し違います……何と言いましょうか』

『?』

『私がここまで体当たりで取り組む理由、それは……』

『それは?』

『後悔しない為です』

『後悔……』

『ええ、あの時ああすればよかったとか、あの時こうしていたら、とか、そう言う変えられない過去の事、ありますよね』

『うん……あるね』

『それを、できるだけ無くしたい、私の行動で変えられる範囲で……そう思っています』

『余計なおせっかい、そう言う風に言われない?』

『言われますよ、さっきの彼女にも言われました』

『それじゃあ、どうして?』

『彼女は必ず輝ける、そう信じているから……いや、違うな』

『違うの?』

『俺が見たいんだ、彼女が、彼女達が輝きを放つその瞬間を……あと、できれば俺の手で輝かせたいとも思う』

『貴方はとても我儘……なんだね』

『ええ、何せ行動原理が「俺が後悔したくない」ですから……はは、ちょっと独善が過ぎますかね』

『ふふ、いいんじゃないかな……そういうのも』

 

 そこからかな、彼に興味が湧いたのは。

 彼を追いかけるように、樫本チーフのレグルスに私も入れてもらって、そして彼には短期間だったけどマイル担当として教えてもらいつつデビューしたの。

 え? 前の担当はどうしたって……いないよ、私。

 あのね、私はこれでもアイルランドの王族だよ? 

 アイルランドから日本留学に来てはいたけど、本当は走らないはずだったんだもの。

 

 それで、話の続きをするね。

 常に彼は、樫本チーフから技術や考え方を学ぼうと必死だった。

 樫本チーフの下で、私の練習も見てくれる時があった。

 沢山とはいかないけれど、彼の事も割と知ることが出来た。

 ひたむきで、真っ直ぐで、私達ウマ娘を心から愛している人だった。

 

 彼が独立する少し前に、私にマイルチャンピオンシップに出場してみない、と聞いてきた時には驚いたよ。

 私は、勝てるとはあんまり思ってなかったから。

 でも、でもね? 

 1カ月練習を見てもらって、真剣な彼と毎日接していてね?

 私の中で『ただのファインモーション』として、彼の中に輝きを残したい、そう思ったの。

 えー、マイルチャンピオンシップに勝った時? 

 感極まった彼に衆人観衆の中で抱きしめられて、うん、まあ、ドキドキだったよね。

 おまけに、男のヒトだからかなぁ、いい匂いがしてその、うん、鼻血が出そうになったよ。

 ふふ、気合とコンジョーで耐える、そんな事を経験できるなんて思わなかったよ~。

 

 だからね、シャカール。

 私ちょっと彼には怒っているんだ。

 うん、普通は私達を誘うべきなんじゃないの? 

 なんで新入りの子を誘うの? 

 ここは、私達を新チームとして招集するべきじゃないの? 

(やっぱりここは、彼を手に入れる為にも王族パワーで外圧を……)

 

 ──────―(チームレグルス)────────

 

「うわぁ、これはひどい」

「何というか、こじらせてるなぁ」

 

 機嫌が瞬く間に悪くなったリーダー格達を見ながら、小声で話すココンとグラッセ。

 うわぁ、という風にドン引きしている、そのほかのチームメンバー。

 そんな彼女達を微笑ましそうに見つめる樫本チーフ。

 そして、そんな彼女達を見ながら、戦々恐々としている新人トレーナー。

 正に、カオス。

 新人トレーナーが樫本チーフに、これほっといていいんですかね、と言うと、彼女はええ、別にいいわ迷惑かけるわけでなし。

 そう言って、苦笑する。

 そして、彼女達に聞こえるように大きめな音で手を叩く。

 その瞬間、室内にいるみんながすぐに意識を切り替えた。

 

「さあ、エースたちの話は終わったし、次はほかのメンバーの話も聞きましょうか」

 

 いたずらな顔をして、樫本チーフは更なる爆弾を投下した。

 なお、この後チームレグルス所属ウマ娘達による彼との出会い発表会が、半日ほど続くことになるのだが、それは割愛する。

 

 ただ、一つ言えるのは、私達レグルスメンバーは割と彼との接点が合って、なおかつ彼と一緒にチームを組みたかったのだという事だ。

 ゴールデンノヴァの連中には、私達の嫉妬の受け口となってもらう。

 レースをするのが今から楽しみだ、本当に。

 

 レグルス所属兼学園新聞部所属【パパラッチクイーン】のネタメモより抜粋。

 

 

 

 

 おまけ

 

 

 

 

 

 

 

【樫本理子が今の彼女になったわけ】

 

 これは昔話だが、彼女達レグルスの最初期メンバーにはとある遅咲きのウマ娘が在籍していた過去がある。

 

 彼女は長い間レースで走り続けて、負け続けてきた。

 その走りは、常に上位入着を果たす事が出来る程には強く、勝ち切れない。

 

 そのウマ娘は気性難で、反骨心の塊で、とても頭の切れるウマ娘だった。

 当然、トレーナーとの関係性もうまくいくはずがない。

 

 幾つものチームをたらいまわしにされた挙句、彼女にお鉢が回ってきたのである。

 そのウマ娘の担当になった当時の彼女は、初年度に担当していたウマ娘が過剰な練習と彼女の管理不足でケガをして、失意のうちに学園を去った後だった。

 

 傷心、そして自信の喪失を味わっていた時期だった。

 勿論、この問題しかないウマ娘を学園から追い出すために当時の樫本に付けた、という黒い噂もあながち間違ってはいない。

 

 勝ち星をあげられないウマ娘は、学園から去るという事がある。

 碌な指導も受けない問題児と、傷心の彼女とでコンビを組ませ、問題児を緩やかに退学させようとした当時の理事会の思惑が透けて見える人事だった。

 

 樫本は彼女の決めた目標である「G1で一勝」を達成するためのトレーニングメニュー等を徹底的に考えて実践した。

 

 彼女の為というよりも、樫本自身が己のミスから逃げる為のものだった。

 

 だが、そのウマ娘はやはり反発した。

 始めの内は、その反発に右往左往して時には怒った樫本だったが、冷静にその話を聞くうちにおや、と思う所があった。

 

 そのウマ娘の話は、的を射ていることが多かったのだ。

 非常に強力な差し脚を持つ彼女のトレーニングメニューが、追い込み型ウマ娘のトレーニングメニューと混合していた時は、問題点などをA4用紙に書き出してきた程だ。

 

『おい、てめえ何トレーニングメニューを間違えてんだ……ちっ、オレならばこのトレーニングの量を削って質を上げてだな……』

 

 しかも、自分がトレーナーならばこうする、という改善点も添えて。

 もしかしたら、ひどい思い違いをしているかもしれない、彼女はそのウマ娘との触れ合いの中でそう思いだしていた。

 

 そこから、彼女の「ウマ娘個人への理解」への取り組みが始まった。

 そのウマ娘と、時には口喧嘩をし、時にはその意見に耳を傾けた。

 

 そして彼女は国内G2である「目黒記念」を勝利し、見事重賞勝利ウマ娘とトレーナーという関係になった。

 

 そのまま担当して、前より本気でぶつかって、彼女は色々な側面を目にした。

 嘘をつかず、本音でぶつかると、彼女もまた本音でぶつかり合ってきた。

 

 話をしていると彼女は、まるで何かを探しているような、まるで長い「旅路」を行くような、そんなウマ娘であるという事が樫本には解った。

 

 何かに苦しみ、何かを求め、何かを探している。

 重い荷を背負い、坂道をひたすらに歩き、自分の走る意味を見出そうとしていた。

 

 まるで、求道者のようだった。

 

 何時しか樫本は、その重荷を支える手伝いをするようになっていた。

 

 そして、運命の日。

 

 彼女は引退を決意していたウマ娘に、最後の大舞台を踏ませるべく、海外のレースを手配する。

 

 その名は「香港ヴァース」

 そして、その香港ヴァース、国際G1の舞台で。

 彼女は伝説を目にした。

 

『さあ、──────―先頭までは残り5バ身あるぞ! 差し切れ、──────― 差し切れっ! ──────―! 、──────―! …………差し切ったぁぁぁっ!!』

 

 日本中で放送された、その伝説的なレース。

 その場所に、熱狂の渦の渦中に、彼女はいた。

 気性難、問題児、そう言われ続けていた彼女が、最後に大舞台で見事に。

 黄金の如き輝きを放ったその時。

 樫本の両目からは涙が零れ落ちていた。

 その涙をぬぐいもせず、そのウマ娘と、何か言葉を交わそうとした時。

 彼女は、樫本に照れくさそうに言った。

 

『オレは、どうやらデカい舞台で、信頼できる相棒と一緒に勝ちたかったらしい』

 

 気性難も、生意気さも、全て取っ払った彼女の顔は、とても愛らしく見えて。

 

『その、なんだ……色々付き合ってくれてありがとな、樫本さん』

 

 オマエでもなく、アンタでもなく、トレーナーでもない。

 樫本さんという言葉、その一言に。

 

『おい、おいおいおい、抱き着くなって暑苦しい……はぁ、少しだけだぜ?』

 

 彼女に抱き付いた樫本の目から、滂沱の涙が溢れ出した。

 

 その後、彼女は世界を旅すると決めたらしく、学園を去って行った。

 卒業をせず、気の向くままに。

 そして、そんな彼女を担当した樫本もまた、一回りも二回りも成長していた。

 彼女と共に歩んだ旅路から得た教訓「決して諦めない」「決して見捨てない」「向き合い続ける」という3本柱。

 彼女の指導は、管理しつつ担当と向き合い、そして着実に結果を出していった。

 その結果、今の彼女とレグルスが完成したのである。

 

 なお、この香港ヴァースを見て『競争バ』に憧れたウマ娘達が大挙して中央に入学する事態となった。

 この入学者達は、別世界における「とある血統の一族」が特に多かったとか。

 

おまけ2

 

 

『ねえ、問題児さん』

『何だよ、樫本さん』

『貴女並の問題児が私の下に来たの』

『はっ、そりゃあ大変だな……ご愁傷様』

『しかも、彼女じゃなくて彼なのよ』

『マジか顔見てえ、写真ない?』

『ないわ、見たいなら帰ってきなさい』

『じゃあ無理だ、今はアマゾンの奥地に探検しに来てるから』

『もう、心配ばかりかけさせて』

『わりい、それじゃあな』

『体に気を付けてね』

『樫本さんも、旦那さんと仲良くな』

『旦那も娘も貴女に会いたがっているのよ?』

『……わかった、帰国を考えとくよ』

 

【樫本トレーナーと彼女のやり取りより抜粋】

 

 

おまけ3

 

 

 

「元チームレグルスのウマ娘達―上巻」より抜粋

 ・北関東三冠ウマ娘「FSM」

 ・南関東三冠ウマ娘「ロディーナ」

 ・99戦走り今も現役のウマ娘「ミス・トウジン」

 

「元チームレグルスのウマ娘達―下巻」より抜粋

 ・3年連続最優秀スプリンター受賞「ジャパンザウィナー」

 ・狂気の天才2冠ウマ娘「ミナミノカチドキ」

 ・麗しき桜色の2冠ウマ娘「サクラスタァキング」

 

 以下多数




この話のエアシャカールは、エアシャカール実装前に書いた為、キャラクターが
定まっていないかもしれない。

なので、あれ、シャカールのキャラちがくね? と思っても、大目に見て頂けると幸いです。


超蛇足的説明

ゲームで例えるとトレーナー達はこんな感じ。


トレーナー
ランク・・・・・・SSR(無凸)

樫本トレーナー
ランク・・・・・・UR(完凸)

桐生院トレーナー
ランク・・・・・・SR(完凸)

東条トレーナー等
ランク・・・・・・SSR(完凸)

元トレーナー達
ランク・・・・・・R(無凸及び完凸)


この話の樫本さんは既婚者である。
しかも、旦那は男性である。
そして、1児の母でもある。
体力以外はミスパーフェクト、それが樫本トレーナーである。

彼の身の安全を確保するため、樫本トレーナーはあえて両親をトレーナー
と偽りました。


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第4話 黄金世代の練習風景とその他

前作から時間がたってしまって、もうこの話を忘れている人も多いかもしれないけれど、第4話を投稿させていただきます。

執筆速度が遅くて、お待たせしてしまいますが、5話も執筆しております。

それはそうと、ウマ娘2周年、来ますね師匠とシービーが。

さあ、何連で来てくれるのでしょうか?




 

 

 

 

「「「「「「疲れたぁっっっ‼」」」」」」

 

 

夕焼けに染まるグラウンド、その片隅にあるベンチに7人の男女が集っていた。

この世界の中でも超希少を通り越してレッドリストに乗っかっている『男性』トレーナーと、

彼の担当するチーム『ゴールデンノヴァ』の面々だ。

 

「おあああああっ、ツーカーレーターデースっ!!」

「足腰が、震えて、立てないとは、不覚っ」

「オホホホホ、キングは一流、疲れなんて無いのよっ・・・・・・へっふぁ」

「ああっ、キングちゃんが疲れで大変なことにっ!?」

「いやー、見事に魂が抜けてるねぇ・・・・・・スぺちゃん、膝借りるね~」

「ごほっ、無理のないメニューとは言え、これ程とは・・・・・・スぺちゃん背中借りますね」

「ちょっと、セイちゃん、ツルちゃん!?」

「ふむ、少しやり過ぎましたか・・・・・・とは言え、まずはお疲れ様です」

 

二人に引っ付かれて、ほにゃあ!? という変な奇声を上げたスペシャルウィークを無視して、

トレーナーはねぎらいの言葉をかける。

だが、その言葉は疲れ切った黄金新星の少女達にはいまいち届いていなかった。

 

―――――――(当日昼過ぎ)―――――――

 

トレセン学園の午後、所属ウマ娘達が午前中の授業が終わり、さあ練習だと駆けだす時間帯にて。

 

入学して時間がたったとはいえ、まだまだひよっこの黄金世代の面々に対し、

彼は訓練初日に、まずこんな事を言い出した。

 

『貴女達には、これから芝とダートの両方を走ってもらいます』

 

彼曰く、書面上の適性と、実際の適性が合っているのかの最終チェックだとの事。

実は、書類審査と現実の脚質が異なることが多く、芝とダートの適性が逆だったせいで勝てない

ウマ娘が割といるのである。

 

この実態は、多数の所属人員を抱えるレグルスの樫本チーフにより発見され、

秋川やよい理事長の厳命により、再調査がトレーナー達には義務付けられたのだ。

また、この行為は生徒会長シンボリルドルフも賛成している。

学園首脳部が賛成しているとあっては、どんなに面倒でもやるしかないのだ。

ピカピカの新人ウマ娘と新人トレーナーには、割と不満がある制度ではある。

なお、後のこの調査により『障害競走の絶対王者』とかいう頭おかしい人材が

発掘されることになるのだが、それはまた別のお話。

 

「さて、昨日Lineで連絡した通り、今日は芝とダート双方を走っていただきます」

「入学時の適性検査を改めて行うンデース?」

「あー、確かちょいちょい問題になっていたねぇ」

「そう言えば、理事長が全校集会でも、脚質の話をおっしゃっていましたね」

「えっ、そうだっけ?」

「スぺちゃんは~、半分寝ていたからね~」

「そうなんですか?」

「そうなんですよ、トレーナーさん・・・・・・大きく船こいでました」

「ツルちゃん、しーっ、しーっ!!」

「はぁ・・・・・・緊張で眠れなかったのかしら、スぺちゃもが!?」

「キングちゃんもそういう事言わないのっ!!」

 

後、最初っから寝ていたスカイさんは人の事言えないでしょう、

スペシャルウィークの拘束から逃れたキングがつっ込んだ。

 

(実に仲がよさそうで何より、さてこれからどうしようか)

 

トレーナーは、じゃれ合う黄金世代に目を細めつつ、手元の端末を見る。

そこには、入学試験時の記録と今回調べたデータを比較して算出された、

最新のデータが記載されていた。

 

トレセン学園が制作したAIである『UMAMUSUMEs・ARC』というAIは、

画像やレース動画を元にAIがその適正を判断するという物だ。

熟練トレーナーにとっては『自分の感覚を説明づけられる』便利なツールとして。

中堅トレーナーにとっては『自分の感覚が正しい事の証明』を示せるツールとして。

普及した瞬間から、かなり重宝されている。

なお、このAIを作成するにあたり、エアシャカールとアグネスタキオンが過労で数日、

彼女達の手伝いをしていた他のトレーナーやウマ娘達も寝不足と疲労で丸一日動けなくなった

という大事件が起きたが、それは割愛。

 

取りあえず、場所を取ってありますからと体操服に着替えた彼女達と共に、

ダートと芝の並立している練習コースへ向かった。

コースは新潟の芝1000m、短距離一本のコースとよく似た練習コースであり、

正に脚質試験の為だけに作られたといっても過言ではなかった。

 

秋川やよい理事長曰く『笑止っ、ウマ娘達の適性を正しく把握できないなど言語道断!』

と言い切った。

彼女の本気度合いを示すかのように、コースは着工から2週間という爆速で制作された。

このコースのおかげで、ウマ娘達が自分の本当の脚質や適性を図れるという事で、

なかなか勝てないウマ娘の受けは上々であった。

なお、トレーナー達は業務量の増加に悲鳴を上げたとか。

 

「それじゃあ、まずはダートの方を走ります・・・・・・準備はよろしいでしょうか?」

『はいっ!』

『位置につきました、いつでも走れます』

『エルの調子は上々デース!』

『ええ、キングの脚も絶好調と言った所かしら』

『うへ~、ダートは苦手なんだけどなぁ』

『今日は調子がいいみたいです、何時でも行けます!』

 

凡そ1000mという距離ゆえに、肉声では届かない。

その為、トレーナーはインカムを使用しており、ゴールデンノヴァの面々もまた、

イヤホンとマイクを着用していた。

 

上空にはドローンが飛行しており、1ハロン(200m)毎にカメラが設置されている。

そのおかげで、脚や速度等を正確に読み取ることが、高い精度でできるようになった。

もっとも、そうしなければならない程に脚質の問題は大きいという事の証左でもあるのだが。

 

それじゃあ、脚質試験を始めます。

そのトレーナーの一言に、黄金世代の目が真剣なものに変わる。

例え試験とは言え、レースでは負けたくないのだ。

そして、彼のスタートという声と共に、横一列で彼女達は駆けだした。

 

――――――――――――――――――――――――――

 

ぐんっ、という擬音が当てはまるかのように加速し、芝の1000mを駆け抜ける少女達。

その足取りは軽く、大地を駆け抜けるのではなく飛び跳ねながら移動するようで。

そして、全身から発せられるエネルギーはまるで太陽を凝縮したかのような『熱さ』がある。

現に、コース終点で待機しているトレーナーは、彼のいるゴールに迫る彼女達の膨大なエネルギーをひしひしと感じる。

 

(美しいな)

 

思わず、そう思う。

正に時代と共に駆け抜けてゆく彼女達。

その第一歩、まだ粗削りなその速さは美しい残像として、彼の眼の中に残った。

 

驚くべきことに、芝とダート両方の脚質試験で彼の予想外のことが起きた。

一位は両コースともにキングヘイロー、しかし、その後は団子状態。

ダートで勝てるとは思っていなかった彼は、キングの短距離能力に内心驚いた。

 

「ふふんっ、この私、キングこそが一位よ・・・・・・讃えてもいいのよ!!」

「はいは~い、おめでと~キング・・・・・・チクショウ!

「いやー、早いですネぇキング・・・・・・マイルならばっ!!

「うう、負けちゃったよキングちゃん、やっぱり早いべ~」

不覚、短距離でも勝てるようにならなくてはっ・・・・・・

「うぐぐぐぐ、不慣れとは言え・・・・・・欲を言えば勝ちたかったっ!!

「ち、ちょっとっ!? スぺちゃんしか讃える声がないのだけれどっ!? さては称える気ないわね!?」

「「「「うん/デース/はい/はいっ!!」」」」

「ふぇっ!? ・・・・・・えっと、あっと、そのぅ」

「スぺシャルウィークさん、無理に話を合わせようとしなくてもいいんですよ?」

「あ、トレーナーさん!!」

「そしてキングヘイローさん、お見事な走りっぷりでした」

「! そうでしょ、そうでしょ・・・・・・あ、ごほん、一流のキングだもの当然よっ‼」

「「「「「・・・・・・」」」」」

 

同期4人に塩対応を受けたキングがしょげている。

いつものようにお嬢様なポーズを取っているが、耳は下向き尻尾も力なく垂れている。

とはいえ冗談8割の対応だからか、そこまでダメージは受けていないようだ。

更に、トレーナーからの一言で耳は上向き、尻尾はまるで扇風機のようにぶん回っている。

そんな彼女の反応に、他の五人はジト目で抗議している。

心なしか尻尾も垂れ下がり、耳も絞っているように見える。

だが、背中を向けているキングはそんな事に気が付かない。

 

トレーナーも負けたから悔しいんだろうな、ぐらいにしか思っていない。

彼は手の中のタブレットを見ながら、騒ぐ彼女達を微笑まし気にみていた。

そして、そんな彼の背中には冷や汗が伝っていた。

彼の持つタブレットには、この芝とダート2本を走った結果が表示されているのだが。

その表記を、彼はどうしても信じることが出来なかったのである。

 

(え、何この娘達・・・・・・AIのバグ?)

 

脚のレースであり、勝敗は二の次だが、競い合う黄金世代。

荒々しくも微笑ましい様子に、彼は心底ほっこりとしていた。

そして、手元のタブレットに目を落とし、二度見した。

信じられない、しかし、結果は変わらない。

その結果が以下の通り。

 

・エル 芝・ダートともにA、短距離以外オールA、先行S、足首不安発生率55%

 

・グラス 差しS、短距離以外オールA、膝関節部異常発生確率45%

 

・スカイ マイルA、中距離S候補(将来到達可能性90%)、股関節故障確率30%

 

・スぺ  長距離S、脚部不安確率20%、マイルD

 

・キング 短距離適性S、マイルA、中距離B、長距離B、脚部不安の可能性60%

     (すべての距離に出走した場合100%)

 

・ツヨシ 各種脚部不安の可能性常時50%、芝S、先行S(天才)、中距離S

 

(これは控えめに言って天才の集まりでは?)

 

少なくとも、こんなAI表記を見た事は無い。

そもそも、S適正どころかA適正だってこんなにポンポンと表示されていいものではない。

地方トレセンの娘達は、文字通りB判定で大喜びすることが多いのである。

それに、中央トレセンの娘達の平均的な適正もBが多い。

無論、リギルやスピカ、レグルス等のチームに所属しているウマ娘達だって、

入学当初はBランクからという子も多い。

 

だが、機械はこの破格と言っていい判定をたたき出した。

彼は真っ先にバグや故障等を疑ったが、どうやらそうではない。

何せ、メンテナンスを受けたのが昨日である、調子が悪いわけがない。

機材の方も、エアシャカールお墨付きのパフォーマンス能力が高い機材を使用している。

即ち、疑うべきなのは己の思い込み。

 

(うっそだろ・・・・・・)

 

この表記は事実、という事だ。

恐らく、故障率などはこの粗削りな走りを続けていればという前提条件の為、改善はできる。

問題は、この表記をそのまま伝えていいのかどうか。

 

特に、キングヘイローなんて『全部の距離でキングになるわっ!』などと言い出しかねない。

しかし、練習次第では本当に全距離の王者になってしまいそうでもある。

ツルマルツヨシの常時脚部不安というのも、これからの練習を考えるうえでネックだ。

しかし、その才能はあのシンボリルドルフ以来のトリプルSという、

神様の悪ふざけとしか思えないもの。

 

エルコンドルパサーのダートと芝の二刀流はあまりにも数が少ないレアケースだ。

勇者アグネスデジタルや葦毛の英雄オグリキャップ等、指折り数えられる程度しかいない。

そして、そのすべてが超一流のウマ娘だ。

グラスワンダーも、短距離以外の全適正がAという数値。

しかも、その豪脚は驚きのS適正であり、怪物二世の名に恥じない天才だ。

セイウンスカイの適正が、マイルAあるのには驚きを隠せない。

更に、将来的には中距離でSランクの適性が付与される可能性があるのだ、

成長率半端ないとは、まさにこのことだ。

 

(マイルの対戦相手は地獄を見るぞ、これ)

 

更に、世代のキングことキングヘイローもマイルAなので、ほぼ参戦が決定している。

正に地獄のレース、デスレースといえるだろう。

 

そして、スペシャルウィーク。

マイル適正こそDランクと、彼の記憶の中の適性よりも下がっている。

だが、長距離に対する適正が初めからSなんて、普通思わないだろう。

ああ、これでトントンということかな、と彼は逃避気味にそう考えてしまう。

 

(というか、スペシャルウィークの比較対象がメジロマックイーンなんだが?)

 

AIはご丁寧に現在の比較対象ウマ娘をピックアップしてくれた。

その対象は、メジロ家の至宝とうたわれる『名優』メジロマックイーンその人。

日本最強のステイヤー、メジロの屋台骨、ステイヤーの到達点などなどの異名を持つ彼女。

即ち、スペシャルウィークはジュニアの段階で『あの』メジロマックイーン並みの

長距離の才覚を持っていることになる。

 

(メジロ家が飛びつきそうな逸材なんだが?)

 

いや、メジロ家以外にもほかの連中が、彼女たちの能力を見たら文字通り

なりふり構わず引き抜きにかかるのではないだろうか、

彼の脳裏に嫌な想像がよぎる。

 

『いやー、セイちゃんあっちの条件の方が性に合ってるからね~』

『はぁ・・・・・・一流のキングが信頼できる人材じゃなかったわね・・・・・・さよなら』

『エルが世界を目指すには、トレーナーさんは少し物足りなさすぎマース、チャオ!』

『申し訳ありませんトレーナーさん、より厳しい環境に身を置いてきます』

『ごほっ、なんだか、トレーナーさんの練習で、体が・・・・・・別のチームに移りますげほっ』

『うー、トレーナーさんといると、日本一のウマ娘になれないし、そのごめんなさいっ!』

 

想像の中でとはいえ、彼女たちが自分に背を向けて去っていくところを幻視してしまったトレーナー。

途端に顔が青くなり、冷や汗がだらだらと顔を伝い始めた。

 

(どうする、オレェ!?)

 

地面が急に渦を巻き、自分が飲み込まれるような感覚になりながら、

超真剣にタブレットの画面とにらめっこを開始するトレーナー。

だからこそ、いつもは気が付くはずの黄金世代の心配そうな視線に気が付かない。

 

「どうしたのかしら?」

「あり、トレーナーさんの顔が青くなったり、土色になったりしてますね・・・・・・けほっ」

「私達の結果に、何か問題でも、あったのでしょうか?」

「うーん、でもあんなに大汗をかくような結果わたし達が出すとは思えないけどな~」

「トレーナーさん・・・・・・何とかしてあげられないかなぁ」

 

そんな彼の奇行に対して、少女たちは心配そうにしていた。

黄金世代の少女たちは、彼が想像したことはおそらく一度も言わないし、

彼女たち自身が考えないだろう。

だが、トレーナーは違う。

 

(このまま、彼女達が天狗になって練習をさぼるようになったら・・・・・・?)

 

一度悪い考えが頭の片隅に巣くうと、大変なことになる。

正規トレーナー一年目にして、彼は大変な問題に直面していた。

やっぱり6人同時は無理があったな、とか、やっぱりまずは1人に絞るべきだったかもしれない、

とか、樫本先生助けてぇ!?なんてことを考えていた。

 

「ヘーイ、みんなにエルからプレゼントデース・・・・・・どしたの?」

「あ、エルちゃんどこ行ってたの・・・・・・おっきな水筒?」

「おー、中にスポドリはいってるねぇ」

「貴女ねぇ、きちんと先生とか責任者の方に許可もらったんでしょうね?」

「エル、勝手に持ってきたなら、私も一緒に謝りに行きますよ?」

「ケェッ!? 何故にエルはこんなに信用がないんですか!?」

「あ、これ持ち出し自由の水筒だ・・・・・・よし、これなら」

 

スペシャルウィークが意を決したように、気合を入れるようにして。

ふむ、と全員が注目する中で彼女は一歩を踏み出した。

彼女の手には水筒の中身スポーツドリンクの入った紙コップ、

これをだしにしてトレーナーの調子を聞き出そうというのだ。

それを察したのか、残りの五人は固唾をのんで見守っている。

スペシャルウィークは靴ひもがほどけそう、なんて普段は気を付けていることに

気が付かない程度には、気合を入れていた。

 

「三女神様、なんで俺にこんな天災児達を?」とか「なるほど、これは夢だろうか」とか

「誰から継承したの、誰から?」とかつぶやいている情緒不安定なトレーナー。

いつもならば気が付くが、あまりのことで気が回らず、

スペシャルウィークの接近に気が付かない。

 

「トレーナーさ・・・・・・ひょあっ!?」

「おぁっ!?」

「「「「「!?」」」」」

 

見守っていた全員が、スペシャルウィークの仕掛けに驚き固まり動けない。

トレーナーも、体に感じる柔らかさと熱に目を大きく開けて驚いていた。

スペシャルウィークは、驚くべきことに彼の背中に抱き着いたのだ。

トレーナーの背中には、いまだ成長途中の彼女の体の感触と、

体温がじわじわと広がりを見せつつあった。

なお、抱き着いたスペシャルウィークは、あまりのことに

首が赤くなるほどの羞恥を感じているのだけれど、彼には見えない。

なお、チームメイトには丸見えだが。

 

(ほ、ほぁぁぁっ!? 柔らかい、スぺちゃん、やわらいがががががが!?)

(どっどうしよう、声をかけるつもりが転んじゃって、あわわわっ!?)

「す、スペちゃん大胆だねぇ」

「自分から抱き着きに行きましたネ」

「というより、手前で躓いたような・・・・・・?」

「なんというラッキースケベ、ごほっ」

「ほら、ツヨシさんは落ち着いて飲みなさい・・・・・・スぺちゃん大丈夫かしら?」

 

やはりというか、なんというか。

スペシャルウィークの靴紐が途中でほどけ、それを誤って踏んづけた結果

トレーナーの背中にダイブすることになった。

一般的な男性の反応として、トレーナーは緊張を隠せない。

何せ、まだまだ成長中のスぺちゃんの双大将が思い切り押し付けられているのだ。

不意打ちをくらい、普段は理性と仕事人精神で隠している素の部分が、表に現れてしまう。

同時刻、三女神像が同時にニヤリと笑った、というトレセン学園のもう何個目になるかわからない

不思議が発生したのだが、それは別の話。

 

「その、すぺさん?」

「ふえっ、いや、あの、ごっ、ごめんなさいっ!?」

「ああ、いえ、そのこちらの方こそ皆さんに心配かけていたようで・・・・・・」

 

それでも早くに冷静さを取りもどし、状況を把握し、どうやら自分が心配をかけていたと

スピード認識した彼は、すぐさま黄金世代のみんなにわびを入れる。

なんで心配かけたのかは、いまいちわかっていない。

トレーナーズスクールにおいて叩き込まれた『ウマ娘に心配をかけさせない』という標語が、

無意識のうちに彼にこの行動をとらせたのだ。

なお、それを教えた教官は、なぜか彼にだけボディタッチが激しかったという。

 

「ん~、まあ別に心配しているわけではないからねぇ」

「えー、セイちゃん、あーでもそうですネ」

「その、結果が教えていただけないので、スぺちゃんに聞いてもらおうかと」

 

そんな彼に、セイウンスカイが気にしないでという風に手をひらひらさせながら答える。

そんな彼女にエルコンドルパサーとグラスワンダーが同調した。

 

「それで、スぺちゃんはいつまでトレーナーの背中にくっ付いている気なのかしら?」

「ずるいですよ、それは看過できません!」

「すー、はー、すー、はー、これが男の人の・・・・・・はっ!?」

「「さっさと離れなさいっ!」」

「ほみゃぁ!?」

 

なんだか恍惚とした表情を浮かべながら、背中にくっ付いてトレーナーの香りを堪能している

スペシャルウィークを引きはがすキングヘイローとツルマルツヨシ。

なお、トレーナーからはちょっと変わっているな、程度の認識だった。

 

これは全くの余談ではあるが、なぜトレセン学園で男性トレーナーがここまで極端に少なくなったのか、

その理由の一つが異性のトレーナーへのセクハラ行為だという。

今までセクハラをしたウマ娘が退学処分となることも多く、

2重の意味でトレセン学園全体の頭を悩ませる問題だった。

ゆえに、彼が中央に来た結果、とんでもない事になったのだ。

 

「ごほっ、ごほっ、ぶふっ!?」

「ツルマルさん、大丈夫ですか!?」

「器官に、飲み物、入って、むせっ、ごほっ」

「ちょっと、トレーナー貴方も上着が!!」

「そんなことより、ツルマルさんの方が先です」

「すいません・・・・・・背中さすってもらっちゃって・・・・・・」

 

――――――(屋上)――――――

 

「こちら、狙撃第一班、目標SWがセクハラと思われる行為を働きました」

『こちら司令部、狙撃は許されない』

「なぜ?」

『目標KHとTTを巻き込む可能性がある、驚いたことに防衛対象がセクハラと気が付いていない』

「・・・・・・なんですと?」

『このまま狙撃を敢行した場合、学園の心象が悪くなることが予測される、待機せよ』

「くそ・・・・・・命拾いしやがる!!」

 

屋上にて、対ウマ娘用の麻酔弾を装填した4倍スコープ二脚付きサイレンサー使用の

レミントン700カスタムタイプを構える班員。

彼女は、彼を守るために派遣されたSPである。

なお、彼はそのことに気が付いていない。

ちなみに、班員はアイルランド軍にて狙撃訓練を2年間叩き込まれたプロである。

そんなバックアップを受けている、なんて彼は当然気が付いていない。

黒幕の一人である殿下からの『ニンジャみたいに影に紛れて守るように』という命令を

班員は厳守しているのである。

 

―――――――(グラウンド)―――――――

 

「わかりました、それじゃあ皆さんタブレットを見てください」

 

彼は、弱気な葛藤を上着と共に投げ捨てると彼女達に情報を見せることに決めた。

天才的な脚質を持っている、しかし、彼女たちの脚質問題を開示しなければ

ケガをしてしまうかもしれない。

彼は彼女達が去ってしまうかもしれないという事と彼女たちの安全を天秤にかけて、

天秤は爆速で彼女達の安全に傾いた。

 

彼は、タブレットの全情報を彼女たちに開示し、今後の相談を持ち掛けたのである。

が、しかし。

 

「それで、貴女達の脚質についてですが、非常に優れた素質の持ち主であるといういうことをはじめに申し上げておきます」

「「「「「「・・・・・・」」」」」」

「ただ、今のような走り方を続けた場合、残念ですがクラシック出走はおろか、ジュニア級のホープフルステークス前に故障引退の可能性が高いです」

「「「「「「・・・・・・」」」」」」

「そのため、貴女達にはつらい思いをさせるかもしれませんが、体を基礎から作り、ケガの可能性を極限まで下げることを念頭に・・・・・・」

 

(どうしよう、これ、セクハラ?)

(いや、これ、警察に突き出されても文句言えないよ?)

(トレーナー、ちょっと警戒が甘すぎデース)

(これは、据え膳、なのでしょうか?)

(貴方、体つきも一流なのね・・・・・・嫌いじゃないけど、うーん)

(あわわわわ、さっき私が飲み物を噴きだしたせいで!?)

 

深刻な顔して、彼女たちの今後を語るトレーナーをしり目に、

黄金世代はひそひそ話の真っただ中。

眼前にはワイシャツがいい感じに透けたトレーナー(筋肉質)が立っているのだ。

 

背中あたりにスポーツドリンクをぶちまけたスペシャルウィーク。

その結果、彼の着用していたスーツは少し濡れてしまった。

乾かすためにも脱いだ方がいい、というセイウンスカイの助言を聞いて、

彼はスーツを脱いだうえで話そうとした。

だが、運命の悪戯か、ツルマルツヨシが飲んでいたドリンクを気管に詰まらせる事態が発生。

勢いよく噴出したドリンクは、まるで霧のように広がり、

彼の着ていたワイシャツを濡らしたのである。

ただ、さすがの彼もワイシャツを脱ぐわけにもいかず、そのままで話始めたのだ。

 

「「「「「刺激が、強い‼」」」」」

 

そしてその光景は、彼女達には刺激的に過ぎた。

彼女たちは女子中学生、すなわち異性を意識しだす思春期である。

そんな彼女たちにとって、男性が水分を含んで肌にぴったりと張り付いている

ワイシャツを着用している、という光景は刺激がすんごく強い。

紳士諸君に例えるならば、思春期の中高生の前に、濡れすけワイシャツの若い巨乳女教師がいたらどう思うだろうか。

目が釘付け、いろいろとくるものあるのではないだろうか。

それが、今、黄金世代の眼前にいるのである。

 

「本題に入ります、まず貴女達の脚質についてなのですが――――――」

(セイちゃん、見えそうですよ、何とは言えないけど!?)

(ちょちょちょちょ、トレーナー、ガード緩すぎじゃないの!?)

(ガードの緩さがへっぽこすぎるのよ、このおバカ―!?)

(やばいデース、どう考えてもエルたち犯罪者でーす!?)

(こんな煩悩、心頭滅却すれば・・・・・・ああ、無理、むりっ!?)

(うわ、どうしよう、シャツまで透けて・・・・・・うわぁお・・・・・・え、今日アタシ死ぬの!?)

黄金世代の面々は、全く話を聞いていなかった。

もう、ガン見である。

元の性別だったら、某カボチャテロリストのごとく「いきり立って」いたかもしれない。

でも、この世界では女の子だから心配はないのだ。

 

―――――――(学園某所にて)――――――――

 

「・・・・・・」

「おう、何してんだゴルシ?」

「・・・・・・まじかー、ゴルシちゃん眼福かも」

「いや、どうしたんだホント?」

「フェス、ちょっと双眼鏡で覗いてみ?」

「どれ・・・・・・例の黄金世代?」

「トレーナー見てみな」

「・・・・・・!?」

「でもさ、これ、ゴルシちゃんの知識だと犯罪じゃないの?」

「確かに・・・・・・セクハラとかそこらへんで訴えられたらまず負けるな」

「・・・・・・なあ、フェス」

「嫌な予感がするが、ひりつく予感もする・・・・・・聞くぞ」

「ここに8倍レンズ装着型高性能デジカメがあります」

「撮影して学園の裏ルートに流す、ルート構築は任せろ」

「OK、そう言ってくれると思ってたぜーい!!」

 

葦毛の浮沈艦と宝塚の勝負師が極秘裏に撮影したこの「スケスケトレーナー写真」は、

学園の裏ルートでとんでもない高値で売れたという。

以下、購買者より。

(購買者の安全のため本名は隠させていただきます)

 

女帝『・・・・・・このたわけ、と言いたいが、その、いいんじゃないか?・・・・・・あ、これも頼む』

閃光乙女『うわぁ、これ、いいかも、でも、お兄ちゃんこんな、こんな、うぅ』

緋色一番『な、なななななな、バカバカバカ、ヘンタイッ!!』(手には写真1ダース)

どぼめじろう『いい資料ね・・・・・・新刊はこれで決まり、え、リクエスト? 高いわよ?』

火酒『・・・・・・おふっ』(鼻血を出して倒れた、顔は赤い)

天才幼女『うわぁ、これが男の人の体・・・・・・はぅ』(一番アングルのいい写真を手に)

菱密林『タイマンの張り合いがあるじゃあないか・・・・・・』(目を血走らせてガン見)

 

こんな事態が以下多数。

男に飢えたウマ娘達に、とんでもない燃料を投下してしまった。

重版を重ねた結果、4回の重版すべてが完売し、中央トレセンの生徒で彼の写真を持たないものはほぼいない、と言われるほど売れた。

なお、この際に動いた金額は、都心一等地に5階建てのビルが建つほどだったとか。

 

 

―――――――(グラウンド)―――――

 

「――――――ですので、皆さんにはジュニア級に参戦するときまでは、少々心苦しいでしょうが

基礎練習の反復を延々とこなしていただきます、よろしいですね?」

「「「「「「・・・・・・」」」」」」

「あの、皆さん聞いておられますか?」

「「「「「「・・・・・・」」」」」」

「どうしよう」

 

説明を終えたトレーナーが、黄金新星の面々に確認を取ったのだが、

彼女たちはぜんぜん応えない。

トレーナーはどうしたものか、と頭をかいた。

自分の説明が悪かったのか、彼女たちに隠す素振りが悪かったのか、

彼はまた思考が変な方向へ脱線し始めてしまう。

そんな彼女たちの心境は、彼の思うものとはかけ離れたものであった。

 

((((((鋼の意思、鋼のいし、はがねのいし・・・・・・))))))

 

もはやお経のように、心の中で「鋼の意思」を連呼していた。

男性トレーナーへの接し方、という眉唾物(少なくとも今までは)マニュアルの中に、

もし襲い掛かりそうになったら「鋼の意思」を連呼してやり過ごすように、

と書いてあったのだ。(著者:きりゅーいん)

 

「えっと、皆さん、私の話は理解できたでしょうか?」

「はいっ、にほんいちになるためによろしくおねがいします!」

「まあ、ゆるりゆるりとやっていきましょ~」

「ふふん、このきんぐにかかればどんなれーすもかったもどうぜんよ!」

「えるこそがさいきょうということを、とれーなーさんとしょうめいしまーす!」

「ふふふ、みなさんときそうこと、うえのかたたちときそうこと、いまからたのしみです」

「けがなく、けんこうに、そしてしょうりのいただきにはばたきます!」

「・・・・・・わかってくれたのならいいのですが?」

 

なんで、彼女たちは俺に背を向けつつやる気は満ちているのだろうか?

彼はそんなことを思った。

彼は知らない、実は彼女たちの鋼の意思作戦が、開始2秒で崩れそうになったのを。

彼は知らない、実は彼女達に押し倒されるかもしれなかったのを。

彼は知らない、彼から顔どころか体をそむけた6人全員が、自分の手の甲をつねり上げつつ、

押し倒したい衝動に耐えているのを。

彼は、何も知らないのだ。

 

なお、煩悩と戦い続けていた彼女たちも知らないことではあるが、

実はマジでヘッドショットされる5秒前だったりした。

SP曰く、もし一歩でも前に踏み出したら迷わずに撃っていたとのこと。

黄金新星の面々は、いろんな意味でぎりぎりの綱渡りをしていたのである。

 

「さて、それじゃあ練習の基礎に入りましょうか」

((((((腹筋が・・・・・・シックスパックが見えてる!?))))))

 

そして、冒頭に至る。

彼女たちは話なんて聞いていない。

ただ、彼の考えてくれたトレーニングメニューの基礎の基礎を淡々とこなした。

その際、彼の方をあまり向かないように努力していたのは、彼女たちだけの秘密だ。

煩悩を振り切るために、自制心を取り戻す為に、真剣に基礎の基礎に取り組んだ。

トレセン学園生徒たちの例にもれず、多少なりとも体に自信のあった6人だが、

彼のメニューは地味だが負荷のかかるものばかり。

夕日が地平に沈むころには、全員が汗だくでベンチにへたりこむことになったのである。

これは余談だが6人とも翌日筋肉痛で足があまり上がらなくなるが、ここでは関係ない。

 

―――――――――(学園某所)――――――――

 

「いやー、こんなに売れるとは思わなかったな~」

「まさかここまでとは・・・・・・ゴルシ、これどれくらい売り上げた?」

「データ・写真・抱き枕など、全部合わせても・・・・・・これくらい」

「・・・・・・おい、一般OP戦の賞金がほんの1時間で手に入ったんだが」

「・・・・・・もうちょいやるか」

「おう」

「あのね、君たち何やってるのさ?」

「あーら、寮長お怒りモード?」

「まてフジキセキ」

「遺言なら聞いてあげないこともないよ?」

「これを見ても、か?」

「・・・・・・何それ」

「トレーナーが甘やかしてくれるボイスの試作品」

「・・・・・・いくら?」

「見逃してくれるのなら、タダでいい」

「オーケー、私は何も見なかった」

「助かる」

「フェス、よく作ったなおい」

「ああ、あいつに『調子を上げるための激励を音声にとりたい』と正直に言ったら」

「言ったら?」

「張り切って収録してさ・・・・・・聞いてるこっちが恥ずかしいくらい熱はいってた」

「うわぁ・・・・・・ちなみにアタシも聞けるのか?」

「半日は上の空だが?」

「マジ?」

「マジ」

 

その後、フジキセキが完全にとろけた姿で発見される。

本人は何を聞いても「ふひひ」としか答えなかった。

なお、原因のボイスを聞いてしまった生徒会及び

ヒシアマゾン・マルゼンスキー・ミスターシービーもまた、

その日一日を「ふひひ」としか言えなかったという。

 

――――――――――――――(チームレグルスにて)――――――――

 

「おう、タキオン仕事の時間だぞ」

「はっはっはっはっは、シャカールくぅん、君は鬼か悪魔かい?」

「オレだって嫌なんだよ」

「じゃあいいじゃないかぁ、私は研究と実験に忙しい・・・・・・なんだいこれ?」

「アイツの担当のデータ、オレ達が作ったAIのバグじゃないのだと」

「ふーん、興味深いねぇ、彼に言ったら実験データ取らせてくれないかな?」

「そこも了承済みだ、共同練習の約束は取り付けてある」

「ふぅん、まあ、それならばやらないことはないかな」

「ちなみに、業務担当量はオレが3でお前が7な」

「ちょちょちょっと待ちまえ! 明らかに私の業務量が多いじゃないか!」

「ちなみに、あいつの使っていたタブレットを最後に使用したのは誰だ?」

「・・・・・・わたしだねぇ」

「ちなみに、あいつのタブレットに入っていたのはまだ開発中の『成長予想AI』だったんだが、なんで使われているんだろうな?」

「・・・・・・わたしがじっけんをしていたんだったねぇ」

「調べてみたが、あの成長率はロジックのバグだった・・・・・・適当にデータ打ち込んでも同じ結果が返って来やがった・・・・・・AIのロジックは誰担当だ?」

「・・・・・・あのAIのロジックたんとうはわたしだねぇ」

「オレも時間はあんまりねえが、手伝ってやるよ・・・・・・さすがに哀れだ」

「・・・・・・きょうりょくにかんしゃするよしゃかーるくぅん」

「ちなみに、3日後にまた測りなおしたいとさ・・・・・・さあ、デスマーチと行こうぜ」

「・・・・・・あははははは、はぁ」

「溜息つきたいのはこっちだバカ」

この3日後、成長予測AIに発生したバグを完全に治しきることに成功した2人。

しかし、シャカールは虚空を見つめながら数式を口ずさみ、タキオンはうめき声とも悲鳴ともつかない言葉を口から漏らし続けた。

 

なお、再度検査しなおしたところ、きちんとゲームと同じ適正に収まったという。

 

 

黄金新星の体力が50減少した。

黄金新星のスピードが15上がった

黄金新星のスタミナが15上がった

黄金新星のパワーが15上がった

黄金新星の根性が20上がった

黄金新星の賢さが10下がった

エアシャカールは「寝不足」になった。

アグネスタキオンは「寝不足」になった。

 




もう少し文章量を少なくすれば、早く投稿できるようになるとは思うのですが。

どうしても書きたいことが多すぎて、文字が多くなってしまう・・・・・・。

どうにかしなくては・・・・・・。

※2月18日微調整


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第5話 トレーナーの日常 上編

皆さま、季節の変わり目の大変な時期にいかがお過ごしでしょうか。

大変遅くなりましたが、第5話を投稿させていただきます。

今回から、字数を少なくしたりと色々といじっていこうと思います。

もしかしたら、読みにくかったりするかもしれません。

それでも、生暖かい目で見守っていただけると幸いです。

あと、アーマードコアの新作が出ましたね。

レイヴンの時代が再来しますね、楽しみだなあ。


第五話 トレーナーの日常、上

 

 

 

 

 

PPPPPPPPPP

 

 

 

「うむ・・・・・・朝かぁ」

 

目覚ましの音で目を覚ます。

朝の5時ぴったりに起きることができるようになったのは、トレーナーとしていい事のはずだ。

さあ、担当ウマ娘達のためにも今日も一日頑張ろう。

そんなことを考えつつ、ぬくもりを持った布団の誘惑を断ち切る。

二度寝してえ、そんなことを思いつつ布団をたたんで未練を断捨離。

 

「ふぁぁぁぁ」

 

最後の未練をあくびと共に放出しつつ、俺はカーテンを開けた。

 

「いい朝日だ・・・・・・感動的だな」

 

変な言葉が口から流れ出る、いつものことだ。

この年齢ではなかなか住めない1LDKのなかなか高級なアパートに住む俺は、

トレセン学園に所属しているトレーナーである。

さて、俺の朝のルーティーンは・・・・・・まず裸になります。

そして、そのままシャワーに直行し冷水を体に浴びて体調を整えることから始まる。

俺は、子供のころから朝一番に冷水を浴びるという「冷水健康法」を続けている。

風呂場の前、洗面台で全裸になるためにパジャマに手をかける。

パジャマには様々な注意書きがプリントしてある、ちょっと恥ずかしいタイプだ。

少なくとも、俺の年齢で着るには恥ずかしい。

ただ、これは、その、理事長からの指示だったりする。

理事長曰く『命令! いついかなる時でも、そこに書いてあることを忘れるべからず!!』とのことだが。

 

(ちょっと過激表現過ぎないか?)

 

パジャマを裏返し、注意書きに目を通す。

 

《ウマぴょい厳禁》《気をつけろあの娘の笑顔に潜む影》《鍵は2重3重に!》・・・・・・

 

いや、その、理事長。

 

(自分の所の生徒を信用してなさすぎでは?)

 

というか、あの子たちと触れ合って常々感じるのが、

本当彼女たちはレースにストイックだということだ。

 

注意書きに書かれるようなことは、まるで起こったことはない。

実家の両親も、ウマ娘と同室にいる場合は本当に注意するようにと何度も念を押していたが・・・・・・。

 

(彼女たちが一体何をたくらむというのか?)

 

着任してから時間がたったが、その、年齢制限引っ掛かり気味なことは一切起こったことがない。

むしろ、各種媒体で描かれていた練習がぬるく感じるぐらい、彼女たちはストイックにレースと向き合っている。

 

(フジキセキなんか、特にすごく気合が入っていたなあ)

 

リギルに所属している彼女には、会う機会がなかなかないし、

会っても呼び出しや生徒会の手伝いで離れて行ってしまう。

 

その裏では後輩たちの面倒を見ていたり、過激なファンからの過激な贈り物を

文字通り粉砕していたりと、陰に日向に毎日頑張っている。

 

「見習わなきゃなあ」

 

全裸になりながら、ふとつぶやく。

あの子たちを教える立場になったが、実際は俺の方が教えられてばかり。

座学研修や地方での実地研修、樫本先生のレグルスでの本番さながらの実習、

どれをとっても大変学びのある内容ではあった。

だが、自分で担当すると本当に難しい。

 

(だけど、あの娘たちが成長してゆくのを見るのが、とても楽しい)

 

もしかしたら、ゲームの中のトレーナー達もこういう気分で毎日ヒントを得ているのだろうか?

だからこそ、怪しい薬や実験、はたまた無人島遭難なんかも平気でこなすんだろう。

 

(いや、考え過ぎか)

 

少なくとも、俺は彼らのようにぶっ飛んでないし、うん。

そう思いながら、俺は冷水のシャワーを浴びた。

冷たい水が、体を流れてゆくと思考が冴えてくる。

水を止め、バスタオルを取り、体をふくと完全に意識が覚醒した。

と同時に、鏡に自分の体が映る。

 

(フーム、ちょっとジム借りようかな)

 

体が少し、なまっている気がする。

全身から滴り落ちる水滴、映る筋肉。

どうも、鈍っているような、張りのないような。

試しに軽くシャドーをしてみる。

 

(うむぅ、鈍い)

 

体の動きが明らかに鈍くなっていた。

拳で落ちてきた水滴を打つのだが、10滴程を打ち抜いたあたりで息が切れる。

トレーナーズスクールにいた教官曰く『最低でも水滴を50回打ち抜けるように』

と訓練を付けていただいたのを思い出す。

 

ただ、割と密着気味だったのには参った。

男として、割と切実にまずい状況だった・・・・・・思考が脱線してしまったな。

 

(まあ、あとで考えようか)

 

シャワーを浴び終わると、学園から支給された男性用コロンを付ける。

たづなさんからは、絶対毎日つけてくださいねと言われている。(注1)

確かに、女子高生と接するにあたって男臭いのは嫌われるだろうし、

そこは女心を理解できていない俺の落ち度だ。

 

(今度ケーキでも買ってお礼をしておこう)

 

切れた場合は無料でコロンも購入してくれるということで、至れり尽くせりだ。

理事長たちの好意に、俺はますますあの娘達を勝利の栄光に輝かせなければと思う。

そう思いつつ、俺は朝食の用意と並行してお弁当も用意する。

学食を使用していいとも言われてはいるが、トレーナー業務をしていると、

デスクから動きたくなくなるのが常なのだ。

そのせいで体が鈍りだしている、と常々思う。

 

「タンパク質を中心に、野菜は・・・・・・作り置きのポテトサラダにコールスロー」

「ピクルスも・・・・・つかり具合がちょうどいいな・・・・・・」

「メインは米粉のパンを使ったサンドイッチか・・・・・・なかなかいい」

「こうなったら汁物も欲しくなるな・・・・・・とは言え、こればかりはスープの素を使うか」

 

淡々と、独り言をつぶやきつつ、迅速に。

俺の目の前には、大きなバスケット3個分のサンドイッチ弁当が出来上がった。

残りの具材をフランスパン風のバゲットに挟み込み、あの子への軽食として包む。

 

「少し作りすぎたかな・・・・・・まあいいか」

 

バスケットを前に、少しやり過ぎたと思った。

まあ、いいだろう。

さて、俺が今いるリビングはテーブルとイスに棚と、シンプルで使いやすい。

それに反して、ゲームをするための大型TVやゲーミングパソコンなどがある私室は、すごくあれだ。

 

(あの子たちには見せられんなこれは・・・・・・)

 

そんなことを考えつつ、俺は下着姿で自分の朝食の準備をする。

なお、こんな健康法のおかげかどうかわからないが、風邪は引きにくい。

濃い目のコーヒーを準備しつつ、前日に準備していたスーツに着替える。

朝食はトースト2枚とベーコンエッグにバナナヨーグルトというシンプルなもの。

こいつを眠気と共にコーヒーで流し込めば、準備完了。

もろもろの準備を終えると、出勤時間だ。

「行ってきます」

俺は玄関に飾ってあるゴールデンノヴァの集合写真にそう言った。

 

 

――――――(トレセン学園正門前)――――――

 

 

おはよう、と彼は正門前で仁王立ちしているバンブーメモリーに声をかけた。

 

「おおお、おはようございまっす!」

「そんなにどもらなくてもいいと思うんだけどな」

「いや、その、そうっすね・・・・・・すー、はー、おはようございまっす!!」

「あはは、この挨拶を聞かないと気合が入らないよ」

「恐縮っす・・・・・・」

 

朝の出勤において、彼の目の前には一人のウマ娘がいた。

彼女の名はバンブーメモリー。

風紀委員をしている熱血根性ウマ娘である。

彼がトレセン学園に到着すると、きまって挨拶をしてくれるウマ娘だ。

朝一番で気合の入った挨拶を受けると、気持ちが引き締まると彼はかなり好意的だ。

 

(ただまあ、早くないバンブーさん?)

 

天候は晴れ、そして現在朝の6時半、トレーナー業をする人間からすれば基本的な『朝』だが、

健全な学生諸君ならば少なくともまだベッドの中で睡魔と一緒に過ごしているだろう。

 

(風紀委員だからかな・・・・・・気合入ってるなあ、俺も頑張らないと)

 

まだまだ生徒の数が少ない校門前にて、少しバンブーメモリーの横顔を見つめる。

最近は温かいとはいえ、ちょっと今朝は肌寒い。

だが、彼女の顔は少し赤く。

もしかしたら朝練の帰りで、始業のベルが鳴るまでここにいるつもりかもしれない。

トレーナーは、そんな彼女を見て思いついた。

 

(ちょっと手伝ってみようか)

 

トレーナー業務は朝の7時から始まる、しかし、事前準備は前日に済ませてある。

本日の予定は基礎練習だし午前中は学園のウマ娘達は、自分の担当含めて学業をしている。

 

(それがいいな、うん、学園のウマ娘諸君と、交流でもしておこうか)

 

何かヒントを思いつくかもしれないしね、と彼は一人納得する。

そして、バンブーメモリーに話しかけることにした。

 

「それにしても、バンブーメモリーさん」

「はい?」

「今日もこれから始業までここに立つつもりですか?」

「あー、まあそうっすね、なんだかんだ遅刻とか多いし」

「ほう、遅刻・・・・・・でもまあ、学生と遅刻はイコールみたいなところもあるのでは?」

「いやいや違うっすよ、きちんとした行動はきちんとした結果につながるんで」

「なるほど、金言ですね」

「あはは、暑苦しいとかむさくるしいとか、よく言われるんすよね・・・・・・同室のやつに」

「同室・・・・・・たしか、シチーさんですか?」

「ええ、脚のケガとかでモデルの仕事も休んでいた時に、色々と話すことがあったんで」

「あの子、割とわがままでしょう・・・・・・よくついていけていますね」

「まあ、わがままを受け止めるのもルームメイトの役割みたいな感じなんすかねぇ」

 

笑いながら、まったく仕方ないなあという風に話す彼女を見て、彼は思う。

 

(人間出来てるなぁ、彼女)

 

会話を続けながら、そう思う。

彼女の同室はゴールドシチー。

その美しい見た目とは裏腹に、ストイックでレースにかける情熱は誰にも負けない、そんな子だ。

ストイックなところは我の強さにもつながり、我儘というよりひねくれた部分があるように思う。

もちろん、彼にとってはそんな面倒くさい部分も大変かわいらしく、頭をなで繰り回してあげたいくらいなのだが・・・・・・と彼は(そして全国のシチートレーナー諸君も)そう思っている。

 

とはいえ、当たりが強いと感じてしまう人もいる。

要するに彼女の素の部分、苛烈で強く勝利を求める棘のある部分を

受け入れられるか否かというのが、彼女とうまくやるコツ。

シチーのようなタイプとコミュニケーションをとる方法として樫本の下でそのように学んでいた。

 

だからこそ、バンブーメモリーはなんでうまくやれているのかと少し疑問だったのだ。

真面目だからこそ、シチーと衝突しそうな気がする、そう思っていたのだ。

 

(真面目だけど、おおらかなところもあるからこそ、上手にやれていると)

 

バンブーメモリーは真面目だ。

それは、朝早くからこの場所で、風紀委員として声掛け運動をしていることからもわかる。

そして、彼女は誰にでも優しい。

頼まれても嫌とは言わず、進んで風紀委員という面倒ごとを引き受けるような彼女だ。

しかし、彼女の所属する風紀委員は強引とか高圧的などという噂は全く聞かない。

それどころか、バンブーメモリーはそれが問題のある生徒でも、頭ごなしに取り締まらない。

理由をきちんと聞いてから、間違っていれば取り締まり、共感できるようならば口添えするというような事をよく聞く。

即ち、バンブーメモリーは熱血でありつつおおらかで、相手に先入観をあまり持たないやさしさを持っている。

 

「(そういえば彼女、先生方からの信任も厚かったっけ)」

「ほわっ!?」

 

驀進系委員長がやる気空回りで迷惑をかけることがあるのに対して、

バンブーメモリーはあまりそういったことを聞かない。

気合の声が大きすぎるという苦情が少しあるくらいか。

彼の記憶の中にある知識でも、オグリキャップに憧れたり、ライバル認定する人数が多かったり、

お化けを気合で退けたり、そういう可愛らしいところが沢山ある。

 

「(本当に、本当にこの子はもう)」

「あー、その?」

 

バンブーメモリーへの評価は、彼の眼から見れば、今時珍しすぎる、いい子という認識なのだ。

ウマ娘自体彼の視線から見れば、基本的にすごくいい子達ではあるが、

バンブーメモリーは輪をかけていい子な気がしてならないのだ。

 

「(とはいえ、あまり熱血し過ぎても疲れるんじゃないかなぁ)」

「ええっと、っすね?」

 

彼からしてみれば、燃焼しきって真っ白にならないか心配でしょうがない。

息抜きはできているのだろうか、きちんと休日は遊べているんだろうか。

熱血の裏でいらぬ苦労を背負い込んでいたりしないだろうか?

どうしてもそう考えてしまうのだ。

 

「マジで危なくなったら俺だけじゃなくて、周囲をきちんと頼るんだよ?」

「その、トレーナーさん?」

「うん、なんだい?」

「途中から声がものすげえ漏れてました」

「・・・・・・マジ?」

「はいっす・・・・・・あと、心配してくれてありがとうございますっす」

「おおう、もう」

 

彼は思う、何、この恥ずかしさ。

バンブーメモリーが少し照れ気味に、お礼の言葉を言ってくれる。

それがまた、トレーナーを気恥ずかしくさせるのだ。

そんなテレ顔を直視してしまったトレーナーは、つい口から一言漏れてしまった。

 

「かわいい」

「かっ!?」

「あぁ、その、失礼」

「あはは、かっこいいとか、凛々しいとかは言われるんすけど、その、驚いたっす」

 

頬を染め、耳をピンと立てながら気恥ずかしそうに頭をかくバンブーメモリー。

トレーナーもトレーナーで、ううむ、実に、その、なんだ、反応に困ると空を見る。

ちょっとした、気まずさの混じった時間が流れる。

ただ、いたたまれなさからくる空気ではなく、どこか気恥ずかしさが勝つ空気だ。

そしてトレーナーは逃れるように、ちらり、と腕時計を見る。

どうやら、結構な時間が立っていたようだった。

そして、バンブーメモリーも何かに気が付いたようだった。

そわそわとどこかを気にしつつ、彼に問いかけた。

 

「あ、トレーナーさん、そろそろ時間じゃないっすか?」

「あ、ああ、そうだね・・・・・・すまない、邪魔をしたようで」

「いえいえ、なんというか、その、いい時間つぶしになったっす」

 

ははは、とお互い笑い合いつつ、それじゃあと言いながら分かれる。

しかし、校舎に入ったはずのトレーナーが何を考えたのか引き返してきた。

手には鮮やかな緑色のハンカチとお茶のペットボトルが2本。

 

「何かあったっすっか?」

「いや、朝から仕事熱心な君達に、少し差し入れをとね」

「?」

 

不思議そうに首をかしげるバンブーメモリーに対して、彼は包を差し出した。

そして、彼女の耳に口を近づけて何事か話しかける。

バンブーメモリーからすれば、いきなりのことで戸惑い、驚き、尻尾まで逆立ってしまった。

しかし、彼の口から語られた言葉で何か納得したようで。

 

「わかりました、それじゃあ改めて行ってらっしゃいっす」

「ああ、ありがとう」

 

行ってきます、と彼は自分のトレーナールームに今度こそ駆けていったのである。

 

 

 

――――――(バンブーメモリー)――――――――

 

 

 

いやはや、フジキセキ寮長に聞いてはいたけど、なんというかアタシ達ウマ娘にすごい、

こう、距離感の近い男の人っすね・・・・・・大丈夫なんすかねえ、色々と。

そう思いつつ、アタシは手の中にある包と2本のお茶のペットボトルを見る。

そして、近くの茂みに向かって話しかけた。

 

「あー、シチー、そんなところで何しているんすか?」

「ッツ!?」

「あーほら、髪とか制服に葉っぱめちゃくちゃついているっすよ」

「あ、いいから、場所だけ教えてくれるだけでいいからっ!」

 

茂みががさりと揺れて、その中から葉っぱにまみれたシチーが出てきたっす。

さっき話している最中に、シチーの耳が茂みの中から出ているのが見えていたので、

まあ、聞き耳を立てているんだろうなとは思っていたっすが。

 

(わかりやすすぎっすよ、シチー)

 

ばつの悪そうな顔をして、葉っぱを落とすシチーを見る。

今、シチーは樫本チーフ率いる「チームレグルス」の「リハビリテーションチーム」に短期移籍しているっす。

シチーは、ジュニア期・クラシック期に仕事とレースの両立で無理しちまったせいで、

年末に足を疲労骨折したっす。

 

人間ならただの骨折で済むっすが、アタシ達ウマ娘にとって骨折は一大事。

精密検査を受けて、ほぼシニア期を棒に振る形になったっす。

まあ、その、仕事としてやっていたモデルも休業して、治療に専念したんすけど・・・・・・。

その際に、色々あって荒んだっす、ものの見事に。

で、その時にさっきのトレーナーに出会い、まあ、色々あってその、惚れたのかな、多分。

 

(アタシは知っている、シチーのウマホのカバー裏に二人で撮ったプリクラ写真が貼ってるのを)

 

好きでもないやつにそんなことしないっすからね。

さて、それじゃあこいつをいただきましょうか。

 

「ほら、シチー」

「? 何よ、これ」

「トレーナーさんからの差し入れっす、あと朝早く起きてえらいと伝言っすよ」

「なっ、何よ、もうっ、人の事子ども扱いしてッ!!」

 

おー、おー、言葉と顔がこれほど不一致なのも珍しいっすね。

ものすごい顔がにやけているっす。

人の恋路に口を出したらウマ娘に蹴られて死んじまうっすから、これ以上は言わないっす。

シチーに包の片方を渡し、あたしも包を開けるっす。

中から出てきたのは、固焼きオムレツとベーコンを挟んだサンドイッチ。

フランスパン風のバゲットに挟まれたそれは、すごくいい匂いがするっす。

 

「あむっ」

「はむっ」

 

二人で校門の影でかぶりつくっす。

まあ、風紀委員が立ち食いなんて、ほかの子に見られたら問題っすからね。

 

「おお、ウマいっ!」

「ほんとに腹立つぐらいおいしい・・・・・・」

 

バゲットとベーコンはカリカリ、固焼きのオムレツはその分食べ応えがあってよし。

レタスとオニオンは、水気をふき取っているのか、水っぽさのないシャキシャキっす。

更に、ピリリとした粒マスタードと溶かしたバターの風味が最高に美味しいっす。

タンパク質とカロリーが、一口ごとに空腹の体に染みわたっていくのがわかるっす。

シチーも眉間にしわ寄せながら、むしゃむしゃ食べているっす。

モデルやっていた時は、カロリー高めの朝食食べてなかったみたいだからしょうがないっすね。

ケガをした理由も、実際栄養不足からくる骨の強度低下だったみたいだし。

 

「ごくごくごく、ぷは」

「こくこく、ふう」

 

お茶を一息で飲み干して、朝食終了っす。

ほんの数分で食べ終わってしまったっす。

まあ、それぐらい夢中になれるおいしさという事っすね。

 

「シチー」

「何よ、隠れてた理由でも聞きたいの?」

「いや、そこは見当がつくしいいっす」

「それじゃあ、何?」

「道は険しいっすよ?」

「・・・・・・応援として受け取っておくわ」

「うっす」

 

それじゃあ、と言ってシチーも校舎に入って行ったっす。

さて、そろそろ寝坊寸前の連中が駆け込んでくる時間っすからね。

 

「風紀委員、バンブーメモリー今日も張り切っていくっすよ!」

 

取りあえず、朝食のお礼はどうしようかなあ。

しかし、一目見ただけで空腹かどうかわかるかなんて、トレーナーってすごいっすね。

 

 

 

 

 

(注1)

男性を守るためのコロンであり、男性フェロモンを抑える効果のあるコロン。

生徒の中には異様に鼻が利く生徒がいるため、それらの対策に導入された。

 

 

 

 

 

 

=====(おまけ)=====

 

トレーナーは『ウマ娘への目星』を使った。

 

1D100=1 クリティカル!!

 

トレーナーはバンブーメモリーが「朝食を忘れて空腹」であることに気が付いた!

 

トレーナーは『聞き耳』を使った。

 

1D100=1 クリティカル!!

 

トレーナーは茂みの中でゴールドシチーが聞き耳を立てていることに気が付いた!

 

更に、彼女のお腹が鳴ったことにも気が付いた!

 

トレーナーはお茶とサンドイッチを渡した!

 

バンブーメモリーとゴールドシチーの体力が50回復した!

 

トレーナーは軽食が「サンドイッチ」から「プロテインバー」にランクダウンした。

 

バンブーメモリーの好感度が10上がった。

ゴールドシチーの好感度が20上がった。

 

 

=====(おまけ2)=====

 

 

風紀委員、それは学園を守る最前線につく者たち。

今日は、その風紀員の仕事の一端をご覧いただこう。

なお、プライバシーに考慮し音声は加工させていただいております。

 

はいそこの君、何してるっすかぁ~?

いや、そこのアンタすよ。

【あ、えと、その、カレ・・・・・・私ですか?】

そうです、ちょっとカバンの中身見せてもらってもいいですか?

【えと・・・・・・はい】

おや、このホラーDVDは一体何ですかね?

友達の龍王に借りていたホラーDVDを返しに、それはいいっすね。

それじゃあ、なんでちょっとこっちの方を見ずに話すんすかねぇ~?

ちょっと詰所まで来ていただいてよろしいでしょうか?

 

ああ、それと後ろにいる万能勇者、こっちに来るっす。

【ひょわっ!? わわわわ私は何もしておりませんですよ!?】

その手提げの中身、見せてもらっていいすっすかね?

【え、あ、いや、そのそれだけは・・・・・・本当に、後生ですからぁ!!】

おやおやぁ~、なんでこんな『ウス=異本』が何冊も入っているんすかねぇ~?

【そのー、あのー、今度のウマケットの打ち合わせに、ハイ】

しかもこれ、全部R指定の新刊本っしょ、なんで?

【それは・・・・・・ごにょごにょ】

こっち見て話してくれないと聞こえないっす、詰所でお話聞いてもいいすか?

 

ふーん、このDVDケース2重底になっているっすね・・・・・・ほーん、メモリーカード?

中身を見せてもらってもいいっすかね。

【え、まままままままって、それはダメ、お願い、ダメっ】

え、ダメ、なんで?

【それは・・・・・・うう】

はい、没収っす。

で、これを渡すのは誰ですか?

【どりゃあっ、逃げますよカレンさん!】

【う、うん!】

うおっ、煙玉っ!?

ゴホっ、なるほど・・・・・・。

 

『こちら風紀委員リーダーのバンブーメモリー、ホシがわれた、総員突入準備』

『『『『了解!』』』』

 

――――――(どこかの空き教室)――――――

 

そこには、異常な雰囲気が漂っていた。

皆が皆、頭に黒い頭巾のようなものをかぶっており、そして、部屋はすべて黒幕で覆われている。

机は一つだけであり、その机の上にはなんと・・・・・・

 

『男性トレーナーの際どい写真及びDVDの違法な奴』とか『男性トレーナー×ウマ娘の薄くて違法な本』とかそういうのが山になっていた。

 

そう、ここは学園指定注意団体「三つ葉異界」の集会場だった。

常に空き教室を転々とし、また、陰の会員証の発行や欺瞞情報の流布等、様々な遅延工作によって、風紀委員の眼を欺いてきた団体だ。

彼女たちは、生徒会側からも注意団体としてマークされている。

即ち「彼とウマぴょい(隠語)に走る可能性がある」との事。

そんなことになったら一大事、まさにトレセンの沽券にかかわる問題だった。

そのために、バンブー率いる風紀委員がマークして、せん滅するための網を張っていたのである。

 

「さあ、同志諸君、今日も渡し合いを行おうじゃないか」

「「「「賛成、賛成、賛成!!」」」」

 

黒頭巾の一人がそう言った、そして同意の声が上がったその時。

 

「「ドぼ先生!!」」

「何よ!?」

「風紀委員が踏み込んでくる!」

「全員、撤収用意!!」

 

万能勇者「アグネスデジタル」と閃光乙女「カレンチャン」が猛スピードで転がり込んできた。

そして、ドぼ先生ことメジロドーベルが叫んだその瞬間。

 

「御用改めっす、神妙にお縄を頂戴するように!」

 

バンブー率いる風紀委員が踏み込んできたのは同時だった。

その後、まさに池田屋事件のように凄まじい捕り物が行われ、とうとう「三つ葉異界」の面々は御用となったのである。

 

バンブー以下風紀委員により、三つ葉異界メンバーは地下の強制勉強所通称「地下牢」に送られて、72時間の勉強付け合宿となった。

なお、これにより「どぼめじろう先生」は参加するはずだったイベントに参加できなかった。

地下牢には、彼女の「なんでよーっ!!」という叫びが響いたとか響かなかったとか。

そして、三つ葉異界の顧客リストを入手したバンブー達風紀委員の来年度予算は、大幅にアップしたのである。

 

「やあ、バンブーメモリー、今日もありがとう」

「まあ、風紀を守るのがアタシの仕事っすからね」

「寮長という立場上、表立って動けないからさ」

「それじゃあ、勉強合宿の方はよろしくお願いしますフジキセキ先輩」

「うん、任されたよ」

 

こうして、学園の醜聞は未然に防ぐことができた。

がんばれ、風紀委員、学園の存続は君たちにかかっているといっても過言ではないぞ!

 

―――VTR作成、秋山やよい学園長―――

―――編集及びナレーター 駿川たづな―――

 

 

====(おまけその2)====

 

(学園の秘密 その1)

風紀活動の取り締まり対象に、新しく「黄金新星のトレーナー」に関するものが増えた。

男に飢えている女子高ウマ娘達にとって、彼は「超優良」である。

ウマ娘と聞いても偏見や嫌な顔などしないどころか、優しく、自分を全肯定してくれて、

困ったときは全力で助けてくれて、迷ったときは自分と一緒に考えてくれて、

そのくせ重大な決断や判断は決して口を出さずに見守ってくれるのだ、そりゃあ目の色が変わる。

そして、バンブーメモリーと風紀委員は共に取り締まりを強化しているのである。

以下、取り締まったブツ。

・隠し撮り写真(容疑者多数)

・隠し撮り動画(容疑者多数)

・合成音声ソフト「彼が耳元でささやいてくれるシリーズ、ドS編」

・人工音声による再現ソフト「貴女だけのトレーナー君 バージョン2.5」

・彼をモデルとした純愛だけどアウトな同人誌「ウマ娘×彼」「彼×ウマ娘」

・彼をモデルとしたアングラ同人「彼を××××して自分しか見えなくする合同」

エトセトラ。

無論、これらが氷山の一角であることは言うまでもない。

 

 

 

 

 




感想はすごく励みになっております。

本当はすべてに返信したいのですが・・・・・・。

ですが、この場を借りて、見ていただいている皆様と

感想をくれた皆様にお礼をさせていただきます。

読んでくださり、感想を下さり、本当にありがとうございます。

お礼として、皆さんのご自宅に1分の1スケールのナインボールを

発送したんで、よかったら戦ってください。


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第6話 トレーナーの日常 中編



初めに・・・・・・教えて、三女神様

ゴドルフィン(以下ゴ)
バイアリーターク(以下バ)
ダーレーアラビアン(以下ダ)

ゴ「さぁて、今回の謎について解消していくわ~」
ダ「ふむ、子羊君の目星がファンブルにならないのがおかしい、だね」
ダ「これに関しては、トレーナーズスクールの教え方に問題があるんだ」
バ「教官たちの中にはウマ娘がいてな・・・・・・アイツの目星はどんな目が出ても成功すると教育を施したんだ」
ゴ「ただ、副作用として彼、自分を狙う視線やら気配やらに鈍感になっちゃったのよね~」
バ「やれやれ、我々の子孫もなかなかに大変だな・・・・・・そのくせ、全員いつもへたれてラインは踏み越えないときた」
ダ「そういうことだから、子羊君のダイスは『どんな出目でも成功してしまう』のさ」
ゴ「これってもう、タダの呪いじゃないかしら~」
バ「我々の誰がかけたんだろうな?」
「「「・・・・・・」」」(心当たりあり)




トレーナー、学園でのふれあい

 

その1、ミホノブルボンとライスシャワーの場合

 

 

大型のトレーニングジム、それはこのトレセン学園の一つの目玉のようなものだ。

地方トレセンにあるトレーニングジムを一般的なジムだとすれば、

トレセン学園のジムは正に高級ジムといえるかもしれない。

それぐらい、差があった。

 

そこでは毎日ほぼ誰かがトレーニングを行っている。

それも中央トレセン学園ならではの光景だろう。

そして、意外なことにそのジムは人間もウマ娘のコーチ役がいれば使用できる。

 

さすがにウマ娘用のトレーニング機材であるため、一般的な人間が使用することはまずないが、

トレセン学園のトレーナーのような一般から少し逸脱した存在ならば、

使用できないわけではない。

そう、使用できないわけではないのだ。

 

「ふぅっ」

「「・・・・・・」」

「んっ・・・・・・・ふぅつつつ」

「「・・・・・・」」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

「「・・・・・・」」

「くっ・・・・・・ふぅっ、はっ、はっ、はっ、はっ・・・・・・ふぅぅぅぅ」

「「「「「「・・・・・・」」」」」」

 

はじける筋肉、飛び散る汗、そしてシャツから透けて見えるシックスパック。

年頃の娘であるウマ娘諸君にとって、目に毒極まりない男、トレーナーがそこにいた。

と言っても、急造の壁で仕切られているため、彼を直接は見られない。

 

しかし、急造であるため、隙間が空いているのだ。

 

その隙間から、彼の熱い吐息が聞こえるのだ、彼の体が見られるのだ。

トレーニングを真剣にしている娘はほぼいない、全員彼のいるスペースをガン見している。

休憩とかこつけて覗きに行こうとするもの、トレーナーのスメルを集めて金もうけに走ろうとするもの、隠し撮りをしようとするもの、などなどなど。

 

一歩二歩とふらふらと、まさに誘蛾灯に誘われる蟲のごとく。

彼に近づこうとするウマ娘達が出てくるが、そこはきちんとしている。

 

「ふひひひっひ、彼の、おおおおおなかの、シックスパックゥゥゥゥ、ふっふふふふふ」

「ターゲット確認、排除開始」

「ミホノブルボン!? レグルスのウマ娘がどうして、お、おい助け・・・・・・ふぎゃっ!?」

「騙してわるいが助けるつもりはもとよりない、さあ、彼のスメルを・・・・・・はっ!?」

「月光の光波をてぃっ‼・・・・・・」

「ライスシャワー!? ごふっ!?」

 

正にそれは、暴力的な光景であった。

トレーナーに肉薄しようとしたウマ娘達は例外なく、2人の餌食になっていく。

レグルス所属の二人である「ミホノブルボン」と「ライスシャワー」である。

手早く、一人また一人と〆ていく二人。

 

トレーナーのいる急増スペース周辺には、死屍累々のウマ娘達が。

そんな二人を気にせずに、トレーナーは黙々とベンチプレスを行っていた。

耳にはワイヤレスイヤホンを付けており、そこからは軽快な音楽が流れている。

 

(今日も平和だな、いい事じゃないか)

(トレーナーがこちらの騒動に気が付いた様子は皆無、ミッション成功)

(お兄様の日常を妨げる人には、次はこのムーンライトソード(AC仕様)で・・・・・・)

 

トレーナーが、ウマ娘用のジムを使用しているのはいくつかの偶然が重なって起きたことだった。

まず、今日は朝から出勤したが午前中の彼女たちは学生として勉強の時間。

それはいい、彼はトレーニングメニューを個人個人に作成し、その詰めを行っていた。

 

しかし、そこから運命がちょっとずれ始めた。

黄金新星のトレーニングは赤点組の追試で1時間程度の軽い

トレーニングに変更するよう、キングから直々の連絡が来た。

キングの泣きの入ったラインに苦笑しつつ返信で元気づけ、

さあ空いた時間をどうしようかと困ってしまった。

 

ウマ娘用のジムがあいていますよ、私も行くんでよければどうですか

というフジキセキからのお誘いがあったのだ。

 

フジキセキはジムに行くというのに柑橘系のスプレーの香りを漂わせていたり、

うっすらと化粧をしていたりした。

 

普段のフジキセキなら絶対しないおしゃれをしているのだが、

残念なことに彼は気が付かなかった。

 

更に間が悪いことに、フジキセキは生徒会の仕事に呼び出されてしまい、

血涙を流しながら生徒会室へ突貫していった。

 

なお、生徒会室からは『カァォ、カァォ』という独特の発砲音と『ピー、ピー、ピー、ボボボボボ』という青白い光の爆風が窓を割ったとか、色々な噂が立ったが、ここでは何の関係もない。

 

「それにしても・・・・・・ふっ、お二人とこうして再会するとは・・・・・・ふっ思いませんでした」

「それはこちらのセリフです・・・・・・っ、なぜ来たんですか?」

「そうだよお兄様・・・・・・こんなところに来たら危ないよ?」

「? ああ、ウマ娘用のジムだからね・・・・・・ふっ、年頃のお嬢さんには・・・・・・ふっ、汗臭い男がいてすまない・・・・・・そう思っているよふっ」

(男がいての意味が全然違いますよ)

(ふええ、真意が伝わってないよお)

 

ミホノブルボンもライスシャワーも内心大焦り、しかし。

残念ながら口下手なブルボンと、引っ込み思案なライスではどうにも真意が伝わりづらい。

トレーナーも、ウマ娘用ジムに来てしまった自分を諫めていると勘違いしてしまう。

 

(やはり俺がいることが、彼女たちの緊張に直結してしまうんだな・・・・・・そこまで考えられないなんて俺は未熟だ)

 

微妙な空気が、彼らのいる場所に漂う。

通訳になる子がいれば直ちに解消されるような問題ではある。

もしここにアグネスデジタルがいれば、すぐに解決する問題といえる。

 

だが、ここにデジタルがいた場合、彼女の優秀な頭脳はトレーナーに手を出してしまうと

大問題になるという事を叩き出し、速攻でトレーナーを遠ざけにかかるだろう。

しかし、そんな些細な事は数多の益荒漢女(ますらおとめ)達には関係のないことだった。

 

徐々に防衛ラインを越えて彼のいるスペースににじり寄りつつある益荒漢女達。

それに気が付いたミホノブルボンが、ライスシャワーのウエア袖を引っ張る。

それだけで、彼女が何を言おうとしているのか気が付いたライスシャワーは、

ミホノブルボンと頷き合うと彼に向き直る。

 

「すみませんが、急用ができました」

「お兄様、後でライスたちとトレーニングしてもらってもいい?」

「いいね、その時は近況も聞かせてほしいかな」

「うん、約束するね!」

「では、失礼します」

 

そういうと、ミホノブルボンとライスシャワーは『トレナー用』

(ミホノブルボン作)と急遽手書きで書かれた暖簾をくぐって、

彼のために作られた急増品のトレーナー用スペースから外に出た。

そこにいたのは・・・・・・。

 

「全く、ここは獣だらけですね」

「お兄様のトレーニングを邪魔するのは許さない」

「おおおおおおおお、おとこおとこおとこおとこおとこ」

「ふひひひひひひひひひ、ああ三女神様に感謝をををををををを」

「おーう、マジェスティック!」

「ああ、トレーナー、あるいはアナタ、私と一緒にぴょいぴょいと、うふふふふふふ」

「「「「「HUHIHIHIHIHIHIHI」」」」」

 

正に獣であった、獣の群れであった。

もはやその目に理性はなく、もはやそこに尊厳はなく、ただただ彼のみを求めんとする。

獣になり果てたウマ娘達がそこにいた。

二人は頷くと、獣の群れと対峙する。

 

「さあ、ミホノブルボンの狩りを知りなさい」

「ライスの月光、ライスを勝利へと導いて」

「「「「「「「「URYIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIA‼」」」」」」」」

 

二人の言葉が口火を切り、戦いの幕が開けた。

その日、トレーナースペース以外のトレーニングスペースは、

ほぼ全損という大ダメージを負うことになる。

 

最も、ミホノブルボンもライスシャワーも怒られることはなく、

むしろ理事長から大いに褒められることになった。

 

そして、トレーナーが使用したトレーニング機器をめぐる、

新たな動乱が幕を開けるのだが、そんなことはここでは関係のないことである。

 

なお、ミホノブルボンとライスシャワーコンビ対益荒漢女の群れは、

ものの5分で決着がついたとのこと。

 

―――――(トレーニング中)―――――

 

 

「お兄様、大丈夫、もう少しで上げきるよ」

「トレーナー、今のままをキープしてください、はい、おろしていただいて結構です」

「ううむ、ウマ娘用で最も軽い奴でも、割ときついな」

 

彼の持ち上げているバーベルには100キロと書かれており、

それを使っての高負荷下半身トレーニングを行っていた。

要するに、スクワットのようなあの運動である。

 

汗にまみれた彼の姿、その匂いは、慣れているはずの二人にもくらくらとするものがあったが、

樫本の下で耐性のついていた彼女達にはあまり効果はなかった。

 

「ふうぅぅぅ、これで10セット目か・・・・・・汗だらけだな」

「お疲れさまでした、器具は私たちで片づけます」

「お兄様は休憩しておいてね?」

「いや、片付けも最後までやってトレーニングだと思っているから」

「では、よろしくお願いします」

「でも、できるだけ軽いものを持ってね、お兄様」

「ああ、わかった」

 

バーベル上げ、高負荷トレーニング等を一通り終えたトレーナーは、

二人と共に片づけをしていた。

 

二人の近況(もしかしたら黄金世代と戦うかもしれない)や

元トレーナーとの話(人間やめてる二人)をしつつ、

ふとトレーナーは気が付いた。(※)

 

「む、少し汗臭いみたいだな・・・・・・」

「それでしたらプールに備え付けのシャワーに行かれてはいかがでしょうか?」

「いや、でも、女子高のプールだろう?」

「確かにそうですが、ここからですと最も近いところがプールにあるシャワーです」

「おぉぅ・・・・・・ジムのシャワーは当然鉢合わせになるし、使用は無理かぁ」

「その、お兄様、多分ブルボンさんに他意はないよ?」

「わかってるよライス、でもねえ」

「あはは」

「?」

 

着替えは持ってきていても、シャワーのことを忘れていたトレーナー。

そんな彼にミホノブルボンは、ならばプールに備え付けてあるシャワーを使えばいいと言った。

ライスシャワーも苦笑してしまうその提言。

即ち、彼はこう言いたかったのである。

 

『ほかの娘と鉢合わせたらどうするのさ』と。

 

「あのね、ブルボンさん」

「なんでしょうライスさん」

「多分お兄様は、室内プールだとほかの人と鉢合わせてしまうことを心配してるんじゃないかな」

「・・・・・・ああ、確かに」

「ブルボン、君ってやつは・・・・・・」

 

うっかりでした、とお茶目アピールをするブルボン(無表情)に可愛い奴だ、

と内心ほのぼのしつつも彼は頭の中を高速で回転させていた。

 

そして、出した結論は。

 

「その、二人とも?」

「「?」」

「屋外プールって今空いているかな?」

 

屋外プールの冷水シャワーで汗を流したいとの事。

一応、海水パンツを持ってきているから、もしできれば泳ぎたいとの事。

そのことを伝えると、彼女たちは顔を赤らめつつも、空いていると答えるのであった。

 

 

その2 プール・イン・ザミラクル

 

 

ヒシミラクルにとって、プールなんてものは害悪でしかなかった。

泳ぎの壊滅的センスのなさを自覚している彼女にとって、逃げ出したくてたまらないものである。

とはいえ、常に逃げ惑うわけにもいかない。

ここが学校であり、成績というもので評価される場所であるためだ。

トレセン学園でも当然、学業としてスポーツも行っている。

ミラクル自身、体育でみんなと体を動かすのは好きだった。

だが、水泳からはとにかく逃げた、仮病などを使って逃げた。

そのため、彼女用の新ルールが適用されてしまったのだ。

 

「やっぱりおかしいですよ~、なんで私だけ『必ず一度は水泳を履修しなければ成績1』とか差別ですよ~」

「そこまで逃げすぎたからだろう、アンタの自業自得さね」

「大丈夫だよミラクルさん、終わったらボーノなお好み焼きを焼いてあげるからね!」

 

この世の終わりのような顔をしているのは、葦毛の「普通にかわいい」系ウマ娘。

ヒシミラクルがそこにいた。

そんな彼女の監督役としてムチを振るうのは、褐色肌の美しい「姉御」ことヒシアマゾン。

飴の役割兼ミラクル捕獲要員として「でっかわいい」ヒシアケボノ。

ヒシグループが勢ぞろいしている。

 

本日は、ボイラーの整備のために室内プールが使用できません。

無慈悲に教師から告げられたその言葉もまた、ヒシミラクルにとっては嫌なものだった。

太陽が熱く輝き、風も生ぬるいものに変わりつつあるとはいえ、やっぱり嫌だった。

 

(とんでもない事態が起きて、水泳が中止にならないかなあ)

 

そんなことを考えていた、考えてしまった。

そして、それは予想外の方向に叶ってしまったのだ。

 

「やあ、ちょっとプールを使用させていただけませんか?」

「へっ!?」

 

学園で話題になっている「ウマ娘との距離感が近い男性」こと黄金新星のトレーナーが、

ひょいとばかりに顔をだし、開口一番にそうのたまった。

 

プールの監督役の先生曰く「ちょっと彼の裸体を妄想したら鼻血が止まらなくなった(要約)」とのことであり、彼が代わりを任されたのである。

ちなみに、監督役の先生は成人済みのウマ娘だ。

何やってるんだ、なんて言ってはいけない、異性のない青春を過ごした彼女にすれば、

異性の合法的裸体が見られるプールなんて、理性が吹き飛ぶ可能性が大だ。

生徒たちと異なり、大人である彼女はある程度の分別はつくのである。

 

トレーナーとしては、シャワーを浴びたいだけなのだが、頼まれては嫌とは言えない彼の性分。

なぜか、ヒシミラクルの泳ぎのテストを監督することになってしまったのだ。

そして、そこで彼のトレーナー魂に火が付いた。

どうせならば、25メートル彼女を泳げるようにしようじゃないかと。

その結果、ヒシミラクルは・・・・・・。

 

「はい、ミラクルさんそれじゃあ俺の手を握って、バタ足の練習から始めようか」

「は、は、は、はいいいいいっ!?」

「はは、いい返事だねそれじゃあやってみよう」

「ひ、ひいいいいいいいっ!?」

「大丈夫、俺は君の手を離さないから、さあ・・・・・・おお、ウマいじゃないか!」

「ふ、ふぎいいいいいいい!?」

「よし、引っ張るからバタ足続けてね」

「へげげげげげげ!?」

 

奇声を上げつつ、しかし絶対に顔を水につけない。

目の前の光景を、網膜に、思考に、絶対に張り付けてやるんだという気合が凄まじい。

何せ、彼女の目の前には、生男性肌が広がっているのだ。

生腹筋があるのだ、生へそがあるのだ。

 

上半身こそスイムウエアで覆ってはいるが、その締め方が甘いのか

腹筋とへそがチラリズムしまくりなのである。

 

重賞を何回も勝って、沢山の賞金を得て、初めていける「大人のお店」でも

こんないい腹筋は拝めないと、彼女は直感で分かってしまったのだ。

いや、そもそも。

 

 

(こんなの、本当に、R18の無修正サイトでも存在しないやつー!?)

 

 

もう正常な思考なんてできていなかったわけだが。

みんなからも、普通と言われちゃうようなミラクルである。

普通にこの年代にありがちな、ちょっとエッチなサイトには手を出してしまっている。

そのためか、こう、妄想とか空想とかいうもので男性を思い浮かべたことはある。

ただ、本当に妄想が現実になったとき、現実に迫られる人はどうなるか。

その答えが、今のヒシミラクルである。

 

「さあ、25メートルバタ足で泳ぎ切れたよミラクルさん」

「ほげげげげげげげげ」

「おーい、大丈夫かい?」

「おっふ、ごぼっ、へはぁへはぁ」

 

てんぱり、焦り、大慌て。

挙句の果てに、身長差のある彼が少ししゃがみ気味に、上目遣いで彼女を気遣うのだ。

精神の許容量をあっさり超え、ヒシミラクルは後ろにぶっ倒れた。

なお、プールの中だったので、すぐに我に返れたが。

 

(あははは、うち、今日死ぬかもしれん・・・・・・)

 

一周回って正常な思考になった彼女に対し、トレーナーはちょっと半笑い気味に近づいてきた。

 

「ほえ、どうし・・・・・・ふみぃ!?」

「ほら、木の葉が額についてるよ」

 

ヒシミラクル、今度こその大轟沈である。

正に大外からぶち抜かれて、一位をかっさらわれるがごとく。

超至近距離に、はにかみスマイルを充てられて、

それが上からでなく、少しかがんで下からくる。

 

それだけじゃあない、見えちゃったのだ。

本来、修正とか黒塗りで隠されているはずの男性の胸が、見えちゃったのだ。

その結果。

 

「ほえあああごぼごぼごぼ・・・・・・」

「ミラクルさん!?」

 

意識を完全に手放し、足元から崩れ落ち、水の中に沈んだ。

最も、すぐさまトレーナーが抱え上げたのだが。

腕の中を堪能する余裕はもはやなく、彼女の脳内CPUはオーバーヒートを通り越して

HDDクラッシュを起こしていた。

後日、その時の光景を思い出せないことに、一生分の悔し涙を流すことになる。

 

「いやはや、アイツとんでもないねえ」

「お兄さん、やりすぎだよー」

「トレーナーは我々へのガードが甘すぎると思うのですが」

「大丈夫、ライス含めてみんなそう思ってると思うから」

 

プールサイドで見ていたヒシアマゾン、ヒシアケボノ、ミホノブルボン、ライスシャワーは、

全員が遠い目をしつつこの光景を眺めていた。

 

4人とも、実はトレーナーとの交流がある。

ミホノブルボンとライスシャワーは、レグルスへの配属の際に。

ヒシアマゾンとヒシアケボノは料理教室でそれぞれ、面識があった。

 

「まあなんというか、あたし主催の料理教室みたいなものを開いたことがあってねえ」

「ライス、知ってるよ・・・・・・倍率がすごい高いんだよね?」

「あはは、まあみんなスポーツ一本で料理はからきし、なんて子もいるからねえ」

「それで、なぜトレーナーさんがいらっしゃったのでしょうか?」

「それがねえ、アイツ自分の教え子達の疲労軽減や太らない間食を作りたくて、わざわざこっちに来たんだとさ」

「その時に、私が迷っていたトレーナーさんを連れて行ったんだよー」

「あの時はありがとうボーノ、おかげで悪いこと考えてるやつが手を出せなかったからね」

 

そういって豪快に笑いながら、ヒシアケボノの腰のあたりを軽くたたくヒシアマゾン。

ヒシアケボノもにゃーいたいよー、と言いながらわらった。

 

「そうでしたか・・・・・・いろいろなところで、色々と騒ぎを起こしているようですね?」

「おいおい、騒ぎなんてとんでもないことを言うもんじゃないぜ?」

 

ヒシミラクルを寝かせているトレーナーが、口をとがらせる。

その顔は、少しすねたような何とも言えない顔をしている。

 

「メンバーの中には、太りやすい子とか体の弱い子がいるんだ、食事は非常に重要なんだよ」

「ああ、確かに・・・・・・スペシャルウィークはいい食べっぷりだからねえ」

「それに、ツルちゃんも体弱いから食べ物に結構気を使っているからねー」

「なるほど・・・・・・黄金新星の食事管理もしているのですか・・・・・・」

「お兄様、ちゃんとトレーニングできてる?」

「心配は無用・・・・・・とはいいがたいなぁ」

 

やっぱり6人は手が回らないこともあるんだよな、とトレーナーは愚痴をこぼした。

その言葉尻からにじむのは、6人を平等に見てやれないことへの不甲斐なさだ。

その言葉に、ライスシャワーとミホノブルボンは顔を見合わせた。

何か考えがあるのだろう。

その時だ。

 

「ほああああ、なんだかすごく弾力があるもんがウチの頭の下にある~?」

 

ヒシミラクルは目を覚ました。

 

「やあ、ヒシミラクルさん調子はどうかな?」

「はえ、トレーナーさん・・・・・・!?」

「あれ、目を見開いて固まった?」

「アンタ、そんなことしてればそりゃあそうなるよ」

「おにーさん、ちょっとボケボケすぎるんじゃないかなー」

「トレーナー、貴方の常識は我々の非常識なんです」

「?」

「お兄様・・・・・・」

 

ヒシミラクルは、普通である。

モブウマ娘と並んでも、割と可愛いけど普通である。

しかし、だ。

天下のトレセン学園中央に入学できるということはどういうことか、

生き残り続けるということはどういう事か?

即ち、頭の回転等は一般的な普通と比べても「かなりいい」のである。

 

そして、かなりいい回転数を誇る頭が、今の状況を克明に認識してしまったのだ。

 

(まず、トレーナーさんが中央にいて、その後ろにヒシアケボノちゃんがいて、

右隣にはヒシアマ寮長がいて、左隣にはミホノブルボンさんがいる)

 

そして、自分の頭を乗せている、筋肉質な弾力のある何かとは一体何か?

 

「まさかまさかの膝枕ですかぁぁぁぁぁ!?」

「うおっ!?」

「ひゃん!?」

「んなぁっ!?」

「なっ!?」

 

突然目を見開いて大声を上げたヒシミラクル。

そんな彼女の迫力に、動揺したのかのけぞるトレーナー。

しかし、そこはトレーナーズスクール卒業のトレーナーである。

驚異的な何かに対して、ウマ娘達を守ろうと防御姿勢を取った。

即ち、上半身をのけぞらせつつ両手を広げたのである。

 

さて、この状況をもう一度整理しよう。

トレーナーを中心において、下半身にはヒシミラクルがいる。

そして、彼の後ろには、少しかがみ気味にミラクルを心配していたヒシアケボノがいる。

最後に、両脇にはヒシアマゾンとミホノブルボンがいる。

そんな状態で、手を広げつつ上半身をのけぞらせるとどうなるか?

 

そう、当たっちゃったのである。

彼の後頭部は、ヒシアケボノの「ぼのぱい」

右手は、ヒシアマゾンの「あまぱい」

左手は、ミホノブルボンの「みほぱい」

それぞれの豊満な、女性を感じるその部分に直撃してしまったのだ。

もちろん、わざとではないし、何より一瞬だったから彼は気が付かなかったが。

3人にとっては、思考停止するぐらいの衝撃だった。

 

 

(((あっ!?)))

 

耳の先から尻尾の先まで電流で撃たれたような、そんな気持ちになってしまう。

しかし、その考えも次の瞬間には吹っ飛んだ。

 

「なんなん、この気配は!?」

「未確認ウマ娘の接近を感知、これは一体!?」

「この気配、剣聖のウマ娘ううん、深淵歩きのウマ娘の気配と同じ淀み!?」

「おおおおおい、アンタいったいどういう事なんだい!?」

「あわわわ、おにーさんこれどうしよう!?」

「いや、まてこの気配は・・・・・・?」

 

トレーナーが出入口に目をやった瞬間、そこにいたのは。

 

「随分と、たのしそうだねぇ」

 

修羅となったフジキセキだった。

フジキセキの視線は、一点に注がれている。

そう、トレーナーに膝枕されているヒシミラクルへと。

 

 

「ひぃぃいぃぃぃぃぃぃ!?」

 

 

そして、ヒシミラクルは逃げた。

生存本能が、ここにいてはいけないと叫んでいた。

だが、出入口にはフジキセキ(修羅)がいるため、出ることができない。

そんな彼女がとった手段は、なんと「投擲」である。

ひとみみ・ウマ耳の双方がもつ、太古からの攻撃手段。

でも、石がないのに何を投げるのか。

簡単だ。

トレーナーを投げればいい。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

「へ?」

 

その間、凡そ1秒。

ずぶいと言われて久しいヒシミラクルの、超即投擲はフジキセキの意表を突いた。

ヒシミラクルに種も仕掛けもない「人体貫通」マジックを食らわせようとしたフジキセキは、

飛んでくるトレーナーに反応ができなかったのだ。

 

(このままでは彼女に追突する!)

 

トレーナーズスクールで習った「ウマ娘に投げられた際の対処法」を思い出し、

彼は全身の筋肉を使用して、空中で軌道を変えた。

 

野球でいうところの、カットボールのような起動を描いて、

彼はフジキセキに追突せずに済んだのである。

最も、その結果として。

 

 

「ぐふっ」

「と、トレーナーさん!?」

「おにいさまぁぁぁ!?」

「頭から血が出ています!?」

「保健室に行って先生呼んできな二人とも!!」

「「はいっ!!」」

 

 

思いっきり頭をぶつけ、額が切れてしまい、大量の出血を起こしてしまったのだが。

その後、彼は包帯を頭に巻き、保健室で2時間ほど休むことになった。

不思議なことに、2時間休んだら傷口が完全にふさがり、血液量も元に戻っていたのだが。

本人曰く「タキオンの投薬実験に付き合っていたらこうなった」らしい。

また、休んでいる最中、トレーナーへヒシミラクルが謝罪に来た。

涙目というより半分泣きながらの謝罪に対して、トレーナーは笑顔だった。

 

「なんでこんな笑顔でいられるんですか~」

「いや、君がとてもいい子でよかったなと」

「悪いことをしたら謝るのは当然やん」

「人間その当然ができないことが多いのさ」

「・・・・・・ケガ、大丈夫ですか?」

「ちょっと痛い、でも俺のお願いを聞いてくれたら治るかもね」

「・・・・・・どんなお願いでしょうか」

 

その後、改めて行われた水泳の授業の際。

ヒシミラクルは遅いタイムながらも、25メートルをきっちりと泳ぎ切ることができた。

彼女曰く「約束をまもれてよかった」との事。

 

なお、今回の一件以来、ヒシアケボノ・ヒシアマゾン・ミホノブルボンの3人が

少しよそよそしくなり、彼は少しへこむことになった。

 

 

 

 

ヒシミラクルの好感度が上がった

ヒシアマゾンの好感度が上がった

ヒシアケボノの好感度が上がった

ミホノブルボンの好感度は最高だ

ライスシャワーの好感度は最高だ

フジキセキの好感度が上がった

 

 

 

 

お昼ご飯と午後の授業と特別移籍に続く。

 

 

おまけ

 

 

レグルス所属ウマ娘達

・ミホノブルボン

・二つ名「復活の2冠ウマ娘」

・能力値

芝 S ダートD

逃げS 先行C 差しG 追い込みG

短距離A マイルA 中距離A 長距離G

スピード SS+ スタミナ B パワー SS+ 根性 SS+ 賢さ B+

 

脚のケガにより現役を引退する瀬戸際まで行ったが、ミホノブルボンを惜しんだこの世界の黒沼トレーナーによりレグルスへ「特別移籍」という形で合流。

その後、ウマ娘用の「トミージョン手術」を受けることで、長距離能力の消滅と引き換えに短距離・マイルのウマ娘としてターフに返ってきた。

中距離能力は根性で上げた。

なお、ダート能力はリハビリで走っていたら身についていたらしい。

 

・ライスシャワー

・二つ名「帰ってきた青バラ」

・能力値

芝 S ダートG

逃げ G 先行S 差し G 追い込み G

短距離G マイルG 中距離A 長距離S

スピードS+ スタミナSS+ パワー S+ 根性SS+ 賢さA+

脚の親指等の骨折により、走行能力の消失一歩手前まで追い詰められ、彼女の前トレーナーが樫本に対して相談、樫本の下で「特別移籍」として療養と訓練を兼ねたリハビリを行う。

ミホノブルボンと同じくウマ娘版「トミージョン手術」を受け、持っていた他の脚質とマイル能力消失と引き換えに成功。

現在は正式にレグルスへ移籍している。

 

 

関係のないおまけ

 

むーんらいとそーど(月光)

・フロムソフトウエアのゲームに登場する武器

・大体「剣」であることが多い、かっこいい

・ライスのは元はとある医療機関所属のウマ娘が使用していたもの、みちびきのげっこー

・ゴルシがヤフ〇クで購入し、ライスシャワーにプレゼントした、じつはほんもの

・暗い所に置くとほのかに光る、けものよけにちょうどいい

・夏場は外に置くとすごい虫が寄ってくる、むしはすべてつぶせ

 

お姉さま

・元ライスシャワーのトレーナー

・現在は自主的にもう一度トレーナーズスクールでやり直し中

・最強の肉体と最強のメンタルを持つ「人間界最強の女性」

・本人曰く「ライスシャワーを骨折させた自分が許せねえ」とのこと

・なお、見た目は筋骨隆々でボイスは強力ワカモト

・謎が多く、様々な「知り合い」がいる。

・料理が得意であり、ライスに料理のいろはを教えたのは彼女

・必殺技は「ジェノサイドブレイバー」

・口癖は「ぶるぁぁぁぁ」

 

この世界の黒沼T

・元ミホノブルボンのトレーナー、レディースの総長

・現在は別のトレセン学園に出向中

・背中に龍の彫り物があるという噂がある

・とあるレディース集団の元4代目という噂がある

・本人曰く「ブルボンのケガは俺に全責任がある」との事

・一から鍛えなおす為に、自分から出向した

・見た目に反して結構お茶目で、ミニ四駆大会に出場しカラオケでノリノリになる

・虎を2匹素手で倒している

・様々な武術のほか、対物狙撃銃すら手足のように扱う女傑

 

 

 

 

 




投稿のペースが非常に遅い・・・・・・

今回は、ギャグの練習もかねてこのような内容にしてみました。

また、コメントでもご指摘がありました通り、

彼の出目はおかしいという件につきましても、

一応設定のようなものとして「女神の呪い級のうっかりミス」で

ファンブルなしの出目連発ということになっております。

間違い感想等、お待ちしております。


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第7話 トレーナーの日常 下編

クラスについては、正確性を欠いております。

そのため、違和感などあるかもしれません。

また、日本ウマ娘8氏については、在来馬のウィキを見て制作しました。

ただ、もしかしたら、欠けていたりすることがあるかもしれません。

重ね重ね、申し訳ない。


トレーナーが保健室から出たとき、ちょうどお昼の鐘が鳴った。

ちなみにこの鐘は、秋川やよい理事長の希望で本物の鐘が使用されている。

何せ、用務員の就業条項の中にお昼の鐘つきが入っているのだから相当だろう。

 

 

「さて、俺もそろそろお昼の時間かな」

 

 

大型バスケットの中にある数々のサンドウィッチは、時間が立っているがいい香りがする。

文字通り、今か今かと食べられるのを待っているように。

しかし、その誘惑に耐えつつ彼はある場所を目指していた。

 

 

少しずつ、少しずつ、まるで夕闇が迫る道を行くように、陰の深まる廊下を進む。

原因は、窓からの光を遮る暗幕である。

窓一面に張られたそれは、日光を遮断し廊下を闇へと変えている。

本棟の蛍光灯はLEDへと変更されているはずなのだが、旧棟はまだ水銀灯を使用しており、

切れかけのそれは廊下の闇の中では空に浮かぶ星の煌めきに等しい。

 

 

立っていることがわかるぎりぎりの闇を抜けた先、トレセン学園旧棟の一室。

そこは、夜な夜な光を放ち、また、誰かの狂ったような笑い声が聞こえるという。

生徒たちもよほどのことでない限り近づかない、そこの主に合う事が彼の目的だった。

そこは「旧理科実験準備室」またの名を「タキオンラボ」「お化け屋敷」

そう、アグネスタキオンとマンハッタンカフェのいる場所である。

最近はジャングルポケットも入り浸っており、この3人組の校内拠点のようになっている。

 

 

「いるといいんだが」

 

 

独り言をつぶやき、扉をノックする。

3回のノックの後、ガタガタという音が返ってくる。

これは、カフェのお友達が「入ってよし」と意思表示しているのだ。

 

 

「それじゃあ、遠慮なく入らせていただくよ」

 

 

彼は何もない空間に言うと、扉を開けて中に入る。

その際、彼のいたスペースの少し後ろにカフェに似た少女がいたのだが、

それは一瞬だったし誰も見ていなかった。

 

 

普段ならば『ふーはっはっはっはっはっ、待っていたよモルモットくぅん』だの

『さあカフェ、ポッケくぅん、この薬をのんでみてくれないか』とか、

『お、おう、まあ実害がないならいいか・・・・・・?』

『ポッケさん流されないでください・・・・・・タキオンさん、貴女が飲めばいいんですよ』

という微笑ましいやり取りが繰り広げられているのだ。

 

 

しかし、本日はいささか事情が異なっていたようだ。

 

 

「おぉーい、モルモットく~ん、おなかがすいたよぉ~」

「わりぃ、あたしもダメだ、腹減って、しぬぅ~」

「すみませんトレーナーさん・・・・・・ちょっと早めに用意していただいてもよろしいですか?」

「ははは、了解了解」

 

 

3人とも、溶けていた。

そして、三人の腹の虫がものすごい音を立てている。

あのマンハッタンカフェですら、お腹から音を立てているのだから、相当なことだ。

 

 

とはいえ、(主にタキオンに)別に大きな問題があったわけではない。

彼女たちはトレーナーに胃袋を握られたのである。

 

 

それは、まだトレーナーが樫本チーフの下で下積みをしていた時の事。

レグルスフルメンバーの全体練習を行う際に、食事の用意をすることになった時の話。

彼が料理担当者と共に料理を制作したのである。

その際は、エネルギー補給と塩分補給を兼ねて焼きおにぎりとお吸い物という形になった。

が、その焼きおにぎりが曲者だったのだ。

彼のひと手間により、よりおいしくなった焼きおにぎりは、レグルスメンバー全員に食べ過ぎの

デバフを与える程美味しかった。

 

 

そして、そんな珍事はトレセン学園ではすぐさま広まるもの。

 

 

結果、彼の作る料理というのは割と狙われる羽目になった。

 

 

とはいえ、そこは思春期真っ只中。

ねだれば卑しいのでは? 

そう考えてしまう娘達が多いため、彼は被害を受けずにすんでいたのである。

だが、世の中にはそんな思春期の考え方を一蹴するような奴もいる。

そう、かのマッドウマ娘がそうだった。

 

 

『ふふふ、シャカール君から聞いたが中々いい料理スキルを持っているんだねえ』

『おや、タキオンさん・・・・・・なぜ俺は縛られているんだい?』

『ふふふふふふ、お約束さ・・・・・・ということで、私のお昼を作ってほしいんだよ』

『まあ、縄抜けできないほどではないな・・・・・・いいよ、少し待っていてくれ』

『断るというならばこの試薬第108号の・・・・・・へ?』

『それじゃあ、軽く作ってくるよ』

『あ、ああ・・・・・・割ときつめに縛ったし、麻酔も強力なはずなんだけどなあ?』

 

 

首をひねったタキオンを後にして数分後。

 

 

『おや、なんだかすごくいい匂いと余計な二人が付いてきたねぇ』

『余計な二人とはなんだ、お前が余計なことしたんだろうが!』

『タキオンさん・・・・・・ギルティですよ・・・・・・?』

 

 

湯気と美味しそうな匂いを漂わせながら現れたのはトレーナーとジャンポケとカフェの3人。

なお、この日からタキオン、カフェ、ポッケの3人は旧理科準備室でつるむことになる。

 

 

『何つーか、美味そうな匂いがあたり一面に充満してるからよ、顔出しに来たんだ』

『トレーナーさんの・・・・・・手伝いです』

『ふぅん、この匂いは・・・・・・チャーハンかい?』

『ご名答、本当はニンニクを使用したかったが口臭も考えてね・・・・・・高菜を使用した高菜チャーハンにしたよ』

 

 

高菜の香ばしい匂い、煌めく米、卵とチャーシューのシンプルな具材。

料理のできないタキオンからすれば、実においしそうだった。

それが3人分である。

 

 

『二人ともお昼を食べ損ねたと言っていたからね・・・・・・ま、腹の足しになると思うよ?』

『なんかすんません』

『ありがとう・・・・・・ございます』

『おぉい、私の分が少なくなるじゃないか!』

 

 

むすっと頬を膨らませたタキオンだが、カフェとポッケは気にしない。

カフェのおしゃれな丸テーブルに、3人分のチャーハンを乗せ、3人輪になって手を合わせる。

 

 

「「「いただきます」」」

「味が濃すぎるかもしれないから、お茶買ってくるよ」

 

 

うっかり、と彼はお茶を買いに行ったが、3人はそれどころではなかった。

 

 

口に入れた瞬間に広がる、高菜の味。

しかし、2~3口かみしめるとそこから卵とチャーシューのうまみが溢れ出す。

ご飯はパラパラとしていて、コメの旨みが十分で負けてない。

何より、油だ。

 

 

(これは、いわゆる動物系の油だねぇえ!)

(やべえ、すきっ腹にガツンと来やがる!)

(蓮華が、止まりませんっ!)

 

 

健康志向という言葉に中指を突き立てるがごとく、動物性の旨みをこれでもかと叩き出した、そう、ラードであった。

 

 

「すまない、本当ならばウーロン茶を入れたかったんだけど・・・・・・む?」

 

 

ものの5分、彼が近くの自販機に言って緑茶を買ってきて5分である。

彼女たちの皿は空っぽになり、そして。

 

 

「「「おかわり!!!」」」

 

食欲の爆発した目で、彼を見ていたのである。

 

 

そんなこんなでいろいろあって、毎日とはいかないまでも、週に一度は彼がお弁当を作ることになってしまったのである。

 

 

最も彼自身、ウマ娘達に自分の料理の腕を振るうことを楽しんでいる節があるため、苦とは思っていないようだ。

 

 

今日は多めに作ってきたからね、心なしか弾んだ声でトレーナーは大型のランチボックスをどこからともなく取り出した。

今朝がた作成した自信作であり、バンブーメモリーとゴールドシチーが食べたのはその一部であった。

 

 

そして本日のオーダーは、カフェのメインオーダーである「コーヒーとそれに合う料理」である。

そこに、タキオンのオーダーで「エネルギーを大量に摂取できる料理」を追加。

更には、ジャングルポケットの「肉とかそういう腹にたまるやつ」というふわっとした概念を加味した結果、彼の行き着いた最適解とは。

 

 

「米粉を使用したパン・・・・・・ですか」

「ああ、それに肉や卵、紅茶にコーヒーと一通りの飲み物とも相性がいい」

「おお、肉じゃねーか!」

「ああ、たっぷりの肉類を挟んだローストビーフサンドだ、がっつり食べてくれ」

「ふぅん、これは卵サンドかい? はさんであるのは卵焼き?」

「米粉だからな、和風卵焼きを挟んだ変わり種のサンドイッチさ」

 

 

次々と大型バスケットから出てくる大量のサンドウィッチ。

それらは全て、種類も味もはさんである具材すら異なる、非常に手の込んだ代物だった。

バスケットから取り出されたサンドイッチは、そのすべてが米粉のパン特有の香り漂う代物で、そのこうばしい香りだけでもおいしそうだ。

 

 

タキオンが手に取ったのは、厚い卵サンド。

分厚く焼いた和風の卵焼きは、だしのしっかりとした香りと卵本来の旨味に加え、昆布だしで溶いた和風からしのピリリとしながらツンとしない辛さが食欲をそそる。

一口食べて、二口食べて、気が付いたら彼女の食欲は加速した。

 

 

ジャングルポケットは迷わず肉のサンドに手を伸ばす。

ローストビーフサンドの分厚さは指四本分もあろうか、しかし、決して食べにくいわけではなく、むしろひと噛み毎に肉の美味さが際立ち、肉汁を使用したグレービーソースと西洋わさびのソースにクレソンが合わさり、彼女の食欲がもっと食わせろと叫び出す。

 

 

マンハッタンカフェは、おずおずとバランスのいいサンドイッチに手を伸ばした。

ベーコン・レタス・トマトの3種類が絶妙なバランスで成り立っているBLTサンドは、堅実かつ丁寧なおいしさを提供してくれる。

更に、挟み込まれた薄切りのチェダーチーズが「こく」と「まろやかさ」を演出。

この名わき役のおかげで、劇団BLTサンドの美味しさは摩天楼を突き抜ける。

タキオンに負けないほど、彼女の食欲が加速したのはお友達だけの秘密だ。

 

 

ポテト・ツナ・照り焼き・カツ、エトセトラ。

大量のサンドイッチが文字通りあふれ出る。

その美味しさは、普段は小食のカフェが大口を開けてかぶりつくほどだ。

 

 

勿論、彼の作る料理には箸休めがきちんとついている。

小鉢(ウマ娘基準)にどっさり入ったサラダも忘れてはいけない。

スモークサーモンとオニオンスライスのサラダは、酢が利いていて口の中をさっぱりとさせてくれる。

そのおかげで、サンドイッチを2口3口と食べていても飽きが来ない。

 

 

付け合わせとしては異例の、大きく食べ応えのある鶏のから揚げ。

鳥の皮もカリカリになるまで揚げてあるそれは、まさに「肉って肉」としてメインに負けない異彩を放つ。

醤油ベースのたれで漬け込まれた鶏肉は、時間がたっても美味い。

 

 

大きな保温式の水筒の中には、彼の作ったコンソメスープがたっぷり入っていた。

小さなパックに分けられたカリカリのクルトンが心憎い演出をしている。

 

 

更に、デザートとして生クリームたっぷりのフルーツサンド(イチゴ・オレンジ・マスカットの3種類)までついているのだ、彼女たちの食欲が止まらないなんてレベルではない。

 

 

無心になって、一心不乱にかぶりつき続ける3人は、ものの15分で大きなバスケット群を空っぽにしてしまった。

 

 

「うー、もう食べられねえ」

「うーむ、私としたことがつい食べ過ぎてしまったねぇ・・・・・・」

「とてもおいしかったです・・・・・・あ、コーヒーありがとうございます」

「タキオンも紅茶をどうぞ、ポッケにはウーロン茶なんてどうだい?」

「あー、ありがてえ」

「モルモットくぅん、砂糖マシマシ・・・・・・いややめておこう、ストレートで頼むよぉ」

「はいはい、わかりましたよ」

 

 

3人の顔には「感動的満腹」と書かれており、何も語らずとも彼にはそれがわかった。

何より、自分の作ったサンドイッチをひとかけらも残さず食べてくれるのだから、そのうれしさというのは並大抵のものではない。

 

 

先のバンブーメモリーとゴールドシチーといい、自分の作ったものを美味しそうに食べてくれるのは、作った側として至上の喜びと言っていい。

だからこそ。

 

 

(まあ、エネルギーバー3本食べれたしいいか)

 

 

彼は常に、自分の昼食が貧相になろうと、別にいいかとなってしまうのだ。

本人もこれは問題とは思っているのだが、どうしてもウマ娘への愛情が勝つらしい。

 

 

「ああ、そういえばねえ」

「なんだい、タキオン?」

 

 

昼食後の休憩時間、腹をさする3人のうち、タキオンがなんとなく口を開いた。

本人的には、食後の歓談のようなものらしい。

彼女の時々マッドな内容に脱線する話に、嬉しそうにトレーナーはそれに律儀に付き合うのだから、大したものである。

ちなみに、カフェとポッケは食後の一服中であり、いつもの事と聞き流す気満々である。

 

 

「シャカール君から聞いたんだけど、どうやら君のチームに2名ほど移籍させるらしいよ」

「・・・・・・マジ?」

「ああ、なんでも『初めから6人は無謀』とのことらしい・・・・・・恐らく、シニアクラスの子じゃないかなぁ」

「あー、サブ的な?」

「そう、サブ的な」

 

 

そっかー、サブで来るのかぁ・・・・・・なんて、トレーナーはちょっと苦笑い。

確かに、6人分の練習メニューを考えるのは楽しいけれど、いかんせん一人ひとりにかける時間も6分の1だから、物足りない感は常にあった。

もし、この話が本当ならば、その二人に5人を任せて1人に時間を作れるかもしれない。

 

 

「特別移籍・・・・・・ですか」

「まあ、アタシらには関係ない話だけどなぁ」

 

 

ズズー、と珈琲とウーロン茶をすすりながら言うカフェとポッケ。

確かにねえと相槌を打ちつつ、ストレートティーを飲み干すタキオン。

 

 

彼女たち3人は、今まさにクラシックの真っただ中におり、

3人はこの世代の3強と目される存在である。

もし、特別移籍でもしようものならば学園新聞を超えて、

一般新聞等が取材にかこつけて色々書くだろうことは想像に難くない。

 

 

手早くバスケット及びこまごまとしたものを片付けるトレーナーに、カフェが手伝いを申し出るも休憩していなさいとやんわり断られる。

なお、残り二人は言わずもがな手伝う気はないらしい。

その時である。

 

 

『こちらは理事長室、こちらは理事長室、黄金新星のトレーナーは直ちに理事長室に来るように、直ちにこちらに来るように、以上』

 

 

秋川理事長の呼び出しがかかった。

なお、呼び出す声が少し疲れているような気がしないでもない。

 

 

「呼び出しとは」

「バスケットは・・・・・・運んでおきますから」

「ありがとう、カフェ」

「いえ、これくらいは」

「それじゃあ、また明日」

 

 

そう言って旧理科準備室を後にするトレーナー。

そんな旧理科準備室では、残された三人がこんなことを考えていたなんて知る由もない。

 

 

(むふー、これが愛妻弁当というものなのかな?)

(私の好みを・・・・・・的確に・・・・・・これはもう)

(やっぱダンナにするには、あのトレーナークラスのやつがいいなあ)

 

 

トレーナーを狙う肉食獣がごときウマ娘が増えた瞬間である。

 

 

 

――――――――――――(午後の授業)――――――――――――

 

 

「さて、今回は歴史の一コマを受け持つことになったわけなんだけれども」

 

俺は、今臨時講師としてトレセン学園の歴史の授業を受け持っていた。

なぜ、だと?

理事長呼び出しからの、たづなさんお願いからの、歴史教師が失恋でお休みという事実を知らされたからさ。

いや・・・・・・いいのかトレセン学園、こんなガバガバな理由で有給取って?

まあいい、俺はトレセン学園から給料をいただいている身分、無理のない範囲でやらせてもらうとしよう。

ちなみに、教員免許はきちんと取得している。

トレーナーズスクールの合格=教員免許の取得と考えていい。

だったら体育じゃないんですか、と聞いてみたら、理事長曰く『驚愕! 自殺願望でもあるのか君は!?』と驚かれた。

確かに、ウマ娘の全力突撃なんて、一度は大丈夫でも二度三度と立て続けに食らったらアウトだ。

さすが理事長、部下のことをよく考えていらっしゃる。

さて、そんな経緯から俺は歴史の担当をすることになったんだが。

 

(アッツゥイ!?)

 

今時の子は歴史の授業なんか興味ない、みたいな風潮があると聞いたが、全然そんなことはないというか、視線が熱エネルギーを帯びまくっていて怖いぐらいだ。

今だって、背中に浴びている視線がものすごい。

どれくらいすごいかというと、背中に熱を感じてしまい、変な汗が流れているレベルだ。

まあいい、やる気があるのは結構なことだからね。

 

「さて、今日は歴史ということで近代のウマ娘の歴史を振り返っていこうと思う」

 

噛まずに最初の出だしが言えて、実にいい調子だと思う。

さて、地球の日本国における『在来種』と呼ばれる馬の種類は凡そ8種類と言われている。

絶滅した品種も数あり、100の純血はゼロだったと思う。

そして、このウマ娘の世界においても、割と似通った状況と言える。

 

「では、日本古来より存在する『日本ウマ娘八氏』を順番に答えていただこうかな」

「「「「「「「「はいっ!!」」」」」」」」」」」

「おおぉう」

 

思わず声が漏れた、俺は悪くない。

俺の学生の頃、こんな風に聞かれたら絶対(当てないでくれ)と心中で叫んでいたからだ。

やる気に満ち溢れている、とはまさにこのことなんだろうか。

 

「では・・・・・・グラスワンダー・・・・・・いや、ここはセイウンスカイにしようか」

「えっ!?」

「ありゃ、私かぁ~」

 

グラスワンダーは、なんというか、俺に変わって解説もしそうだからやめておこう。

すまん、だからそんな涙を浮かべた目で俺を見ないでくれグラスワンダー、このまま3階の窓からアイキャンフライしそうになるじゃないか。

 

「ほいほいっとぉ、え~と【北海道氏】【木曽氏】【御崎氏】【対州氏】【野間氏】【トカラ氏】【宮古氏】【与那国氏】の八氏ですかね~」

「大正解、さすがに基本だから覚えているね」

「まあね~」

「よし、じゃあ途絶えてしまった有名な明治の氏を・・・・・・エルコンドルパサー、答えられるかい?」

「ケッ!? ええと、その、あと、三河氏・・・・・・でしたっけ?」

「惜しいな、正解は【ウマ娘南部氏】だよ、三河氏は明治以降だ」

「うぅ、不覚でーす」

 

うむ、我が教え子たちが勉強しているようで何よりである。

だから、その、グラスワンダー、泣きそうな顔でこっち見るのはやめなさい。

 

日本人より日本を感じる、と言われるグラスワンダーだけあり、この分野においてはすごくすごい知識を持っているのは想像に難くない。

だけど、それじゃあだめだ。

授業というのは、知識を得るだけじゃなく知識を補うのも役目だ。

キミが答えると、ほぼ100パーセント答えちゃうから。

俺はそういう意味でウインクすると、授業を進める。

グラスワンダーとその一帯が、示し合わせたかのように別の方向へ向いた。

教師いじめ・・・・・・ではないだろう、多分。

 

「また、近代化に伴い、日本に入ってきて定着したものが2つある」

 

なんだかわかるかな?

気を取り直して俺がそう聞くと、む、と首をかしげる子と、あっ、と気が付いた子がいる。

そして、俺は首を傾げた筆頭であるスぺちゃんと同じクラスにいるボーノへ問いかける。

 

「へっ、えっと、えっと、なんだべか・・・・・・あ、あれ、えっとぉぉぉぉぉ」

「ふえ、うーん、うーん、あれ、喉元まで出かかってるのになぁ」

 

スぺちゃんとボーノは、眉間にしわを寄せてうなっている。

あまりにも自然すぎるから、結構気が付かないものなんだよね。

クラスを見渡すと、ビコーとツルちゃんは思考停止で魂が空へと昇っている。

戻って来なさい、特にツルちゃん。

グラスとキングは答えがわかったのか、切れるような目力でこちらにアピールしている。

二人の目力は、文字通り岩を貫くレベルだ・・・・・・最後の手段として二人は残しておこう。

バイトアルヒクマとジャラジャラの頭からは、考え過ぎて湯気が出ている幻が見える。

いや、顔赤くなるくらい考えるもんじゃない、間違えていいんだよ?

まあ、なんだ・・・・・・俺が正解を言ってもいいか。

 

「正解は『マウスピース』と『蹄鉄』だ」

 

俺の答えを聞いて、む、と考え込む子と、うんうんと頷く子に2分されるのが面白い。

とはいえ、顔には出さずに真剣に続ける。

 

「鎖国時代に日本にも、ウマ娘用の『ハミ』と呼ばれるマウスピースのようなものはあった」

 

ただし、芋がら等の食用植物で作られていたため、とある問題が発生してしまった。

 

「さあ、これが俺からの最後の問題、当時のウマ娘に一番多かったものは何か、そして、なぜマウスピースが広がったのかだ」

 

これには、模範解答が必要だろう。

 

「ということで、グラスワンダー、いける「もちろんです」・・・・・・おう」

 

まさかの食い気味返答である、グラスってこんな子だったかな?

 

「鎖国していた際、レースや労働を行うウマ娘達は『ハミ』と呼ばれる植物性のマウスピースを使用していましたが、あごの力をうまく分散させることができずに、歯が砕けてしまうことが多発してしまいました」

 

「うん、続けてくれ」

 

「はい、そこで西洋式のマウスピースが横浜の商人たちからもたらされると、どんどんと模倣されていき大正期には全国で使用されるまでになりました」

 

「素晴らしい、実にいい回答だ」

 

「「「「おぉぉぉぉぉ!」」」」

 

ちょっと照れ気味のグラス、かわいい。

みんなから注目されて照れ気味のグラス、超かわいい。

思考がずれるが、そこを強制的に真面目モードへ。

 

「それじゃあ、キングもう一つの方をお願いできるかな?」

 

「え、ええ・・・・・・蹄鉄が広がったのは西洋化が原因ではあるのだけれど、日本のウマ娘8氏等のウマ娘達が、蹄鉄なしでも山野を駆け巡ることができていたため、元々日本には蹄鉄という考えがなかったのよ」

 

「いいね、続きを聞かせてくれ」

 

「それは、日本のウマ娘8氏の足が今とは比べ物にならないくらい強靭だったのだけど、西洋化が進むにつれて、足を壊すウマ娘が増え、力の分散効率を上げるために蹄鉄を導入することになり、現在に至るといった所かしら」

 

「GREAT、模範解答だ・・・・・・テストの答えは彼女の回答で満点が取れるね」

 

「「「「おおおおおおおおおっ!」」」」

 

「ふふん、このキングにかかれば当然よ!」

 

どやキングが可愛い。

調子に乗ってるキングはとってもかわいい。

なでなでしたい、させろ・・・・・・はっ。

 

頭の中に浮かんだ悪魔のささやきを一蹴して、彼女たちに向き直る。

今の俺は先生なのだから、きちんとしなければ。

 

その後、俺の授業は問題なく進み、午後の授業はめでたく終了、みんな大好きトレーニングの時間になるのであった。

 

ただ、驚いたことにあのセイウンスカイが授業中に居眠りせずに授業を受けているというのは、

なかなか新鮮なものがあったことを付け加えておこう。

 




今回の投稿にて、トレーナーの日常はいったん終了。

次回より、黄金世代の練習風景やレースなどを重点的に書いていきたいと思います。

ただ、書くことに詰まったら、またトレーナーの日常という形で投稿します。

感想・ご指摘のほど、よろしくお願いします。


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第8話 焦りと現実、そして知らない貴方

何とか形になったので、投稿させていただきます。

本来は8話で登場するはずだった彼女たちは、

次の話に持ち越しになりました。

誤字脱字があるかもしれませんが、

楽しんでいただけましたら幸いです。


 

 

 

「ふぅぅぅぅぅ」

 

 

 

 ここは、自宅である1LDKのアパートの一室。

 

 業務用のノートパソコンの前で一息つく男性。

 

 彼は、このトレセン学園の唯一と言っていい現役男性トレーナーである。

 

 担当しているのは6名。

 

 日本一の総大将こと「スペシャルウィーク」

 

 怪物二世こと「グラスワンダー」

 

 不屈の王者こと「キングヘイロー」

 

 トリックスターこと「セイウンスカイ」

 

 怪鳥こと「エルコンドルパサー」

 

 大器晩成こと「ツルマルツヨシ」

 

 二つ名と共に黄金世代と未来にて人々に並び称され記憶される豪華な面々である。

 

 そのこと自体は、彼にとって問題ではない。

 

 黄金世代として輝かせてやるという決心、恩師率いる面々と自分が率いる黄金世代とでターフの上で競い合いたいという野望は、今もマグマのように燃え滾っている。

 

 だが、彼を悩ませているのはそこではない。

 

 

 

「む…………遅い時間になったな」

 

 

 

 壁にかけてある時計は夜の12時を指している。

 

 彼は学園からの帰宅後に夕食も取らずにPCに向かい合っていたため、今になって空腹を体が認識していた。

 

 机の上にラップでくるんでおいたサンドウィッチを手に取ると、ラップを乱暴にむしり取りかぶりつく。

 

 冷たくなってしまったコーヒーと一緒に流し込んで、どうにか体にエネルギーを供給した。

 

 担当している彼女たち一人ひとりにあった練習メニューを考えていると、どうしても時間が足りなくなってしまう。

 

 ゲーミングPCなどうっすらと埃が積もっているが、それを掃除する気にも彼はならなかった。

 

 

 

「はぁ…………時には逃げ出したくなる時もある、か」

 

 

 

 開けっ放しだったカーテンから、空に輝く月を見上げながらふとつぶやく。

 

 都市の電灯も消えるこの時間だからか、月以外にもきれいに星々が見えていた。

 

 都心に近いこの物件で、これだけの星が見えるのは中々ない。

 

 師匠である樫本チーフからの卒業試験の際、担当させてもらった2人のウマ娘のことをふと思い出した。

 

 

 

 それぞれ悩んでいた2人に、真摯に向き合い、そして彼女たちの最後を見届けた。

 

 一人は、脚部故障とそれに伴うトラウマに悩み走れなくなっていた。

 

 一人は、生まれからくる重責を受け止めきることができずスランプになっていた。

 

 2人にどう向き合うべきか悩んだ末に、レンタカーを借りて、遠くまでかっ飛ばして、3人で星々を見た。

 

 熱いインスタントコーヒーを3人で飲みながら、1枚の毛布に3人で包まって。

 

 静かな、確かな、大切な時間を共有した。

 

 

 

(その後…………2人とも吹っ切れたんだよな)

 

 

 

 故障とトラウマを克服し、再度輝きを取り戻した彼女。

 

 重責を受け止めたうえで逃げるという事を選んだ彼女。

 

 吹っ切れた彼女たちはトゥインクルシリーズを納得のいく形で卒業し、片やシニア級へ、

 

 片やドリームトロフィーリーグへと進むことができた。

 

 

 

 ふと、自分のスマホを見てみる。

 

 スマホの電話帳には、2人の電話番号が記載されていた。

 

 

 

(元気にしているだろうか)

 

 

 

 トゥインクルシリーズとドリームトロフィーリーグは日程や時間が異なる為、トレセン学園で出会うことはまずない。

 

 勿論、トゥインクルシリーズもジュニア級とシニア級では同様である。

 

 

 

 そんな彼女たちに会いたいか、と聞かれると非常に困る。

 

 彼自身、今の自分があの時の彼女たちのように負のスパイラルに陥っている自覚はある。

 

 だが、あの星空を見た日のように、話を聞いてほしいかというと…………。

 

 

 

「はぁ…………いかん、感傷的になり過ぎた」

 

 

 

 首を振り、頭に浮かんだことを振り払う。

 

 スマホの電話帳を閉じ、充電器につなぐ。

 

 PCの電源を落としたら、風呂場に行って湯を張った。

 

 

 

「こういう時は、さっさと眠ってしまおう」

 

 

 

 服を脱ぎつつ、彼は一人でそう言った。

 

 彼の陥っている負のスパイラルとは、即ち「トレーナーたるものウマ娘を導く存在でなくてはならない」というもの。

 

 

 

 彼は、黄金世代の6人を一人前に導くトレーナー足らんとしている。

 

 そのためのトレーニング内容を、彼の持ちうる全力で作り上げようとしている。

 

 そして、それは連日のフル稼働を生み続けていた。

 

 だが、その結果彼女たち6人を蔑ろにしてしまっていたのである。

 

 

 

 もし、一対一のトレーナー業務であれば、お互いに膝を詰めて話し合うという事ができたかもしれない。

 

 彼女たちの頑張りや苦悩と向き合い、自分と照らし合わせ、自分の反省に生かすとともに、彼女たちのトレーニングメニューに細かい微調整を加えるという事も出来たかもしれない。

 

 それができていないこと自体、彼自身の根本にある「それでもうまくいく」という一種楽観的な(もしくは転生者特有の万能感)がいまだに抜けきっていないことの証左でもあった。

 

 

 

 どんなに優れた身体能力を有していたとしても、頭脳を有していたとしても、彼は一人だけである。

 

 彼自身の自覚がないが、6倍の業務量を処理できるほどの万能選手ではないのだ。

 

 

 

 ここにきて、樫本が不安視していた彼のどこか楽観的な態度が彼の首を絞めつつあった。

 

 だが、彼はそのことに気が付いていないのだった。

 

 

 

 ──────(翌日)──────―

 

 

 

 彼は疲れの残るからだを動かしつつ、彼らの根城たるトレーナールームへと向かう。

 

 そこは、今や資料室と見間違うほどに大量の資料に満ちていた。

 

 沢山のデータや、それに関する論文まで存在し、小さな図書館といった風ですらある。

 

 だがその反面、黄金新星の持ち物は少ない。

 

 しかし、今の彼にはそれを気にするほどの余裕がなかった。

 

 

 

(彼女たちの夏のデビュー戦まで残り2か月…………)

 

 

 

 壁にかけてあるカレンダーをにらみつける。

 

 しかし、時間は無情にも過ぎ去り、止まってくれる気配はない。

 

 手元にある黄金新星の育成状況を示すグラフ表をにらむ。

 

 6人全員にスピードこそEの文字が見えるが、全体的にF+が並んでいる状況だ。

 

 

 

(これでは、彼女たちに申し訳がない…………)

 

 

 

 新バ戦まで2カ月でこれでは、いったいどうすればここから成長させられるのか、彼自身わからない状態になっていた。

 

 勿論、この状態でも勝つ見込みは十分にあるだろう。

 

 しかし、現実とゲームではことなり、レースに絶対というものは一部例外を除いて存在しないのが実情。

 

 更に、彼を悩ませている心配の種はまだある。

 

 

 

(新バ戦で同じ組にならないだろうか…………)

 

 

 

 6人全員がデビュー前である為、抽選で同じ組になる可能性が十二分に存在する。

 

 仮にスペシャルウィークとツルマルツヨシが同じ日に、同じレースでデビューを飾るとして、勝つのは一人だけである以上敗北も存在する。

 

 となると、別メニューを考えて次回の新バ戦に備えなければならない。

 

 それだけでなく、負けた方の心理的なケアも必要となるだろう。

 

 

 

(やることが多すぎる、オーバータスクになってしまうのではないか?)

 

 

 

 それだけではなく、6人を送迎するためのレンタカーの手配に宿の手配に、何から何まで手が足りない。

 

 マンパワーが足りていない、経験が足りていない、順序が悪すぎる。

 

 彼は自分を責め、そして、どんどんと視野狭窄に陥っていく。

 

 だが、それを指摘する人は誰もいない、誰もいないのだ。

 

 

 

 もし、樫本がいれば彼の頭をひっぱたいてお説教をするかもしれない。

 

 もし、エアシャカール達レグルスの面々がいれば理攻め感情攻め双方で、無理やり休ませるかもしれない。

 

 だが、今ここにいるのは『新人トレーナーとデビュー前のウマ娘6人』なのだ。

 

 双方がお互いに距離感を分かっていない上、どこまで踏み込んでいいのかわからない。

 

 だが、黄金新星の最大の懸念事項はそこではなかった。

 

 

 

(何よりも…………同世代に目標とするウマ娘がいないというのが問題だ)

 

 

 

 目標、この場合はライバルというべき存在の不在である。

 

 これは、彼自身が失念していたことではあった。

 

 彼女たち黄金新星の過ちでもあった。

 

 勝負の世界において、ライバルの存在は同時に自分自身を高めるための成長剤として作用する。

 

 だが、成長剤として使用するには彼女たち黄金新星の距離は“近すぎる”のである。

 

 

 

 たとえ話として黄金新星という輪の中で、誰か欠けていると仮定しよう。

 

 

 

 もしスペシャルウィークが欠けていたとしたら。

 

 彼女の夢である「日本一のダービーウマ娘」という目標にひた走る彼女は、残りの5人にとっていいカンフル剤として作用しただろう。

 

 

 

 もしグラスワンダーが欠けていたとしたら。

 

 彼女のストイックな練習に対する態度やレースに臨む姿勢は、残りの彼女たちの目標として良い効果をもたらしただろう。

 

 

 

 もしキングヘイローが欠けていたとしたら。

 

 彼女の泥臭いまでの努力、それを表に出さない精神性、王者足らんとする行動は、彼女たちの心身に大きな目標として刻まれるだろう。

 

 

 

 もしセイウンスカイが欠けていたとしたら。

 

 表に出さないその姿勢、レースに対する静かな情熱、勝利を求める飽くなき探求は、彼女たちの闘争心を大きく刺激し、目標となっただろう。

 

 

 

 もしエルコンドルパサーが欠けていたとしたら。

 

 最強を目指す彼女の熱は、同世代の彼女たちに必ず伝播して、彼女たちのレースへの姿勢に大きな影響を与えただろう。

 

 

 

 もしツルマルツヨシが欠けていたとしたら。

 

 病気がちでありながらも、勝利へ向かい前進する彼女の姿勢は、残りの彼女たちにレースへの向き合い方等の精神面で大きな成長をもたらす存在になっただろう。

 

 

 

 だが、彼女たちは揃ってしまった、

 

 揃ってしまったのだ。

 

 彼女たちは、仲間であり友人になってしまった。

 

 距離は近く、何やら共通の目的でがっちりと硬い友情をはぐくんでいる。

 

 

 

 そのような要素が揃ってしまった以上、そこで「輪」が閉じてしまう。

 

 それ以上外へ出てゆかない。

 

 何せ、彼女たちの必要とするすべてがその輪の中にあるのだから。

 

 そのことに気が付いたとき、彼は絶望した。

 

 彼は、自分の目標を達成しようとして、逆に彼女たちの成長を妨害したのだと、自分の愚行をそう理解した。

 

 

 

 その日から、彼は彼女たちのトレーニングメニューをすべて考えるようになった。

 

 あえて競わせるようなトレーニングメニューを組んだり、模擬レースの量を増やして本番の空気感を演出しようとしたりと工夫を凝らした。

 

 練習中はなれ合いにならないように、細心の注意を払いつつメニューを組み続けた。

 

 その結果、輪の中で競争がある程度発生し、彼女たちの能力は伸びつつある。

 

 しかし、その伸び率は微々たるものだ。

 

 

 

(そうか、ゲームではカードがあるもんなぁ)

 

 

 

 疲れた頭で、彼はぼんやりと考えた。

 

 そう、ゲームではサポートカードが能力上昇の助けとなってくれた。

 

 だが、現実ではそうはいかない。

 

 そんな便利な機能がない為、個々の能力の伸び率が非常に微々たるものになり、それが彼の焦りの原因になっていたのである。

 

 

 

(このままでは、彼女たち全員のデビューが…………危ぶまれる事態になる?)

 

 

 

 資料をあさっていた手が止まり、彼の全身がガタガタと震えだす。

 

 自分が不名誉をこうむるのはいい、そんなことは些細なことだ。

 

 しかし、自分の担当しているウマ娘達がもし、デビューできずに失格などとなったら? 

 

 その可能性に思い至った彼は、とうとうそこで思考が停止してしまった。

 

 

 

 

 

 ────―(学園某所)────―

 

 

 

 学園某所の一室。

 

 ここにあるのは、今年デビューすることになっている新人トレーナーや、新入ウマ娘を手掛ける中堅トレーナーが情報交換等をする通称『談話室』と呼ばれるところ。

 

 喫煙スペースや給茶機などが用意されており、トレーナー達の憩いの場兼情報交換の場として機能していた。

 

 

 

「はぁ…………」

 

 

 

 しかし、場の空気は重く、一人が吸っている煙草の煙も心なしかしけったように漂っている。

 

 

 

「なあ、あの噂聞いた?」

 

「あの噂、ってどの噂ですかぁ?」

 

「しらばっくれんな、我らが《王子》の噂さ」

 

「ああ、うん、もう耳にタコができるぐらい聞いたぁ~」

 

「なんというか、私、自信を無くしそう…………」

 

「わかるー、なんというか別物よねぇ」

 

 

 

 女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、そこに集っていたトレーナー達は話に花を咲かせ始める。

 

 だが、声のトーンはどことなく疲れたモノであり、体中から哀愁が漂っていた。

 

 皆、重賞を勝利したウマ娘をチームに有する中堅トレーナー達だ。

 

 本来ならば、今年入ってきた新入生の新バ戦に向けての情報交換やら何やらが行われるはずだった。

 

 しかし、ここ一週間に限り、そのような事はほぼないといっていい。

 

 

 

 それは、彼女たちが話題に挙げた《王子》こと、トレーナーに関することが原因だ。

 

 勿論、初めは『女皇帝』と称された樫本理子が弟子を、それも男の弟子を取ったという事への少し下卑た噂話だった。

 

 しかし、彼がいつしかOP戦を勝利し、G3を勝利した時に変わっていき、その声のトーンに下卑た色は薄れていった。

 

 彼が実績を積むたびに新人は顔色を失くし、中堅はうすら寒いものを感じていた。

 

 

 

「まさか、こんなことがあるとはねぇ」

 

「いや、その、やばいですよね彼」

 

「まさか、ドベの娘達をここまで育てあげられるとか…………」

 

 

 

 そして、彼が樫本の下から独立し、新しいチームを立ち上げたとき、多くのトレーナー達は共通の認識を持った。

 

 即ち『樫本の所からエース級を引き抜いて独立するのではないだろうか』と。

 

 彼の人心掌握術とでもいうべきコミュニケーション能力から、チームレグルスの中核メンバーと仲がいいのは理解していた。

 

 そして、そこには一種の確信があったのも事実だった。

 

 それは『樫本が卒業記念として中核メンバーから何名か彼の下へつける』という噂がまことしやかに囁かれていたからだ。

 

 

 

「エアシャカールとファインモーションがものすごい機嫌よかったの見ましたよ」

 

「エイシンフラッシュなんか目が血走ってたぞ、マジで」

 

「スマートファルコンとサクラバクシンオーがすごいノリノリだったもんねえ」

 

 

 

 中堅どころの彼女たちですら、上記メンバーを引き抜いて独立しようとしていると考えていたのだ。

 

 しかし、ふたを開けてみれば彼が選んだのは選抜レースのブービーズと陰口をたたかれていた面々だった。

 

 会場の熱気に飲まれてしまった、哀れな新入生に手を差し伸べるのか、と全員がそう考え、一部のものは肩の荷が下りた気分だった。

 

 

 

(所詮男のトレーナーといえど、樫本の弟子と言えど、こんなものか)

 

 

 

 そう思ったトレーナー達は、大変多かったのだ。

 

 しかし、その認識が間違っていたのは彼女たちの手元のタブレットが証明していた。

 

 

 

 ・スペシャルウィーク

 

 スピード     E (240)

 

 スタミナ     F+(190)

 

 パワー      F+(195)

 

 メンタル     F+(180)

 

 インテリジェント F+(185)

 

 

 

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 彼女たちがブービーと思っていた少女たちは、自分たちが育てているウマ娘よりも能力すべてが勝っているのだ。

 

 これは新バ戦で得られるデビュー枠のうち、6枠がほぼ埋まったようなものだ。

 

 新バ戦は華のクラシック戦線やジュニア級後期と異なり、純粋な身体能力のみで競われるため、身体のステータスが純粋な強さに直結する。

 

 即ち、新バ戦で純粋なステータスの暴力を、自分の愛バ達がぶつけられることになるのだ。

 

 それは、愛バ達の心が折れる可能性が高まるという事でもある。

 

 トレセン学園を辞めていく生徒の内、凡そ半数がこのデビュー戦が原因なのである。

 

 

 

「うちの子、スピードがFにようやくなったって喜んでいたよ…………」

 

「貴女はまだいいわよ、うちの所は、まだ伸び悩んでるの…………」

 

「スピードEは、シンボリルドルフとかが叩き出していたわねぇ…………」

 

 

 

「「「…………はぁ」」」

 

 

 

 中堅トレーナー達は、打つ手がないとがっくり肩を落とした。

 

 彼の育成は間違ってはいない、ただ、ゲーム基準でものを考えてしまう弊害が起きているだけなのである。

 

 

 

 

 

 ────―(トレーナー)────―

 

 

 

「ちょっとトレーナー、大丈夫?」

 

「え、あ、すまないキング…………何分ぐらい寝ていたのかな?」

 

「別に、5分くらいじゃないかしら?」

 

「そ、そうか…………」

 

 

 

 なんてことだろうか、居眠りなんてらしくない。

 

 頭を振り、眠気を追い出す。

 

 その際に、デスクの上にあった資料がバサバサと音を立てて床に落ちたが、まあいい。

 

 見れば、心配そうな顔をしてこちらをのぞき込むキングの後ろには、スカイもいる。

 

 

 

「ん~、寝不足ですか~、トレーナーさん、寝不足は体に毒だよ~?」

 

 

 

 いつものどこか間延びした声で、しかし、こちらを気遣ってくれるスカイ。

 

 キングも心配そうだ。

 

 これではいけない、彼女たちに心配をかけるのは、トレーナーらしくない。

 

 

 

「そ、それでどうしたんだい…………今日のトレーニングまでは時間があると思うけど」

 

 

 

 時計を目にしながら、取り繕う。

 

 まだ午前中の時間であり、今彼女たちは休み時間だと思う。

 

 まったく情けない事だ。

 

 だが、彼女たちがこうして来てくれている以上、何かあったのだろう。

 

 

 

「ええ、その、これを渡してほしいと頼まれたのよ」

 

「樫本トレーナーから、トレーナーさんへって」

 

「先生から?」

 

 

 

 スカイがA4サイズのクリアファイルを渡してくる。

 

 そこには、樫本先生から合同練習の誘いが書いてあった。

 

 ありがたいことだ、と思う。

 

 渡りに船とはこのことかもしれない。

 

 彼女たちの実力を、もっと伸ばすためにも刺激が必要だ。

 

 それも、G1級の刺激が。

 

 

 

「ありがとう…………キング、スカイ、この書類は俺の方で預かるよ」

 

「え、ええ…………それじゃあ、休み時間も終わりそうだから私たちはこれで」

 

「うん、その、トレーナーさん、無理はしないでね?」

 

「ははは、こんなもの無理なうちに入らないさ」

 

「「…………」」

 

 

 

 そう、無理なうちには入らない。

 

 俺の使命は、この子たちを本当の黄金世代にすること。

 

 そのためならば、俺がどうなろうと知ったことではない。

 

 

 

 

 

 ────―(黄金世代・キングヘイロー)────―

 

 

 

 

 

 無理をしている、と思うわ。

 

 だって、彼は私たちがここに来た時には、眠りについていたんだもの。

 

 それも、書類を持ってそのままの体勢で。

 

 見事な物と思ったけれど、時間を見て驚いたわ。

 

 少なくとも、丸まる1時間はその、寝ていたんだもの。

 

 

 

「キング、トレーナーさんすごく疲れた顔してたね」

 

「ええ、本当に…………あのへっぽこトレーナー」

 

 

 

 スカイさんの言葉に同意する。

 

 彼が疲れている、というのは何となくメンバー全員が感じていたことではあるの。

 

 でも、言い出せなかったわ。

 

 彼は、私たちの為に文字通り身を粉にして働いている。

 

 そんな彼に、これ以上はやめなさい、なんて言えるはずもない。

 

 現に、私たちのステータス(あのAIによる数値化の事よ)は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なのに、彼はそこで満足していないの。

 

 油断せず、妥協せず、高みを目指す。

 

 私の理想と同じことをしている。

 

 でも。

 

 

 

(こんなにも心配をかけるような事を、私は目標にしていたのかしら?)

 

 

 

 何か違うような気がするの。

 

 考えても、それらしい答えが出てこないけど、直感が違うと告げている。

 

 

 

(でも、何を私たちに求めているのかしら)

 

 

 

 考えても出てこない、思いつかない、情報が足りない。

 

 

 

(そういえば、私…………)

 

 

 

「ねえ、キング?」

 

「…………え、ええ、何かしら?」

 

「トレーナーさんはさあ」

 

 

 

 少しいい淀むスカイさん。

 

 本気で悩んでいたのは、彼女も同じだったのね。

 

 そして、彼女が抱いている疑問は、もしかしたら私と同じものかもしれない。

 

 つばを飲み込み、彼女の次の言葉を促す。

 

 意を決したように、スカイさんは口を開いた。

 

 

 

「私たちの事、愛称呼びにしていたよね?」

 

「へっ?」

 

 

 

 そういえば、と思う。

 

 彼は私たちをきちんとフルネームで呼ぶ。

 

 癖みたいなもの、と本人は言っていたけれど。

 

 

 

(そういえば、さっき私たちの事を愛称で呼んだわ…………)

 

 

 

 というか、初めてじゃないかしら、彼がウマ娘を愛称呼びするのは。

 

 

 

「「おっふ」」

 

 

 

 見れば私と同じようなリアクションをしているスカイさん。

 

 ちょっと頬が赤い、私も多分同じ。

 

 

 

「おーい、キング、スカイ、こっちデース!」

 

 

 

 私たちに気が付いたエルさん達が手を振っている。

 

 取りあえず、さっき愛称で呼ばれたことは秘密ね、とアイコンタクト。

 

 OK、とアイコンタクトで返すスカイさん。

 

 こういうことに関しては、割と口が堅いのよ彼女。

 

 そして、待ち合わせていたみんなと合流した。

 

 

 

 その時、私の脳裏に電撃のようにひらめいたことがあった。

 

 

 

「私達、トレーナーのことを全く知らないじゃない」

 

 

 

「「「「「?」」」」」

 

 

 

 ああ、なんてことだ。

 

 自分たちの都合を優先した結果、私たちは全員、彼という一人の人間を理解することを忘れていた。

 

 自分たちのトレーナーということに胡坐をかいて、彼の人物像が全然解っていなかった。

 

 

 

(引っかかっていたのは、恐らくこれよね)

 

 

 

 さあ、どうしようかしら。

 

 取りあえず、まずはこの気心知れた友人たちに、このことを打ち明けるとしようかしら。

 

 

 

 




各種機能を使用してみました。

過去の話を見返してみると、見にくいような気がしていましたので、

今回の使用に変更しました。

個人的にはこちらの方が読みやすいため、

過去の話もこの方式に変更しようかなと思っております。

誤字・脱字・感想についてお待ちしております。


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第9話 遅れてきた一等星 上

きりがよいところで投稿できそうだったので、投稿させていただきます。

黄金新星の欠けたピースということで考えた末の人選となりました。

割とここからどうすればいいか、詰まり中です・・・・・・。


 熱を帯びた空気が、まるで暴風のように吹き荒れている。

 これは比喩表現ではなく、目の前のG1級の猛者達が走ると、

 空気が引き締まるだけでなくどこか人を興奮させる熱量を帯びる。

 

 何かをしでかしてくれるのではないか、そういう「夢の熱量」とでもいうのか。

 

「やはり、レグルスはすごいですね先生」

「あら、今更そんなことを言うの?」

「いえ、部外者の立場になって、改めて認識した次第です」

「ふふふ、今日はよろしくねトレーナー君」

「はい、樫本トレーナー」

 

 先生へ頭を下げる。

 今日は、同じトレーナーという立場として合同練習に臨むことになる。

 文字通り格の違うチームとの合同練習だからか、スペシャルウィーク達黄金新星

 の表情も堅い。

 まあ、眼前の光景を見ればそれもそうかと思えるだろう。

 

「オラ、ペース落とすんじゃねえぞ!」

『『『『『 応 !! 』』』』』

「はーい、それじゃあ本気出しちゃおうかな!」

「おや、ファルコンさん芝は不得意では?」

「みんなと軽く走れないほどじゃあないんだよっ☆」

「ぬぬぬ、2000メートルだって委員長パワーをもってすればっ!」

「バクシンオーさん、無理は禁物かと」

 

 彼女たちの眼前でウォームアップを走っているのは、まさにリギル・スピカ・

 カノープス・シリウスといったトレセン学園の顔たる面々と同格の

「レグルス」のAチーム集団だ。

 シニア戦線の注目、否、シニア戦線の主役級と言える面々が揃っている。

 

「2冠ウマ娘」エアシャカール

「マイル女王」ファインモーション

「ダービー・JC制覇」エイシンフラッシュ

「短距離王」サクラバクシンオー

「砂の赤鬼」スマートファルコン

 

 そして、正式に2冠ウマ娘のミホノブルボンが参入し、層がさらに厚くなった。

 なお、ライスシャワーはシリウスに所属することが正式に決まったという。

 寂しいか、とミホノブルボンに聞いたところ以下の回答が返ってきた。

 

『愚問です、菊花賞の借りをこれで返せます』

 

 ミホノブルボンは、最初から戦闘モードに突入しているようだった。

 彼女たちは全員シニア級だから、黄金新星と当たることはまずない。

 それでも、彼女たちから放たれるオーラは圧倒的だった。

 

 勝負服すら着ていない、練習着でこの熱量なのだから、本番ではどれほどの圧力

 を相手は感じることになるのだろうか? 

 

 更に、所詮『モブ娘』などと言われている面々の面構えがまるでモブではない。

 G1戦線でも上位に食い込んできそうだし、G2やG3のレースでは、

 優勝をかっさらっていきそうだ。

 

「それに、クラシック級も濃い面々が揃っていますね」

「あら、とても可愛い子達だと思うけれど?」

「それは、旅程さんと比べれば…………ですか?」

「当り前じゃない」

「ははは…………はは」

 

 そう、クラシック級の面々も、上記に劣らずとんでもない連中が揃っている。

 いや、むしろ尖りで見れば負けていないどころか…………。

 

「ふえぇぇぇ、シャカールさん達ペースが速すぎますぅぅぅぅ!」

「おいおい、泣き言言いながら付いて行けているじゃないか、ドトウ」

「ほわぁぁぁ、皆様とてもお早いですね~」

「ブライト、私達周回遅れなんだから、もう少しペース上げよう!」

「この一周が苫小牧の未来にかかっている…………うう、やっぱり芝はつらいべ」

「声出していくよー、トレセーン!」

「「「「「トレセーン! ファイ、オー、ファイ、オー、ファイ、オー!!」」」」」

 覇王のライバル「メイショウドトウ」

 宝塚の勝負師「ナカヤマフェスタ」

 メジロの至宝「メジロブライト」

 新時代の女王「メジロドーベル」

 ダートの怪物「ホッコータルマエ」

 

 正直、この5人は俺も知らなかった。

 いや、まあ、ずっと黄金新星にかまけて情報収集を怠ったという原因もあるけど。

 どうやら、噂ではメジロ姉妹は何らかの交渉の末にこのチームに来たらしい。

 声だしを行っているモブウマ娘も、なんだか一発ぶちかましてくれそうな気配を感じる。

 具体的に言うと、有馬記念あたりでみんなびっくりさせそう。

 

「ちなみに、ホッコータルマエは新人さんが見つけたのよ」

「俺の後釜の娘ですか?」

「ええ、いい目をしているでしょう?」

「本当に、いい目をしていますよ…………ナカヤマフェスタは?」

「ふふ、あの娘が推薦してくれたのよ、面白い奴がいるってね」

「まさかの旅程さん推薦…………マジかぁ」

 

 話によると、ドトウ・フェスタ・ブライトの3名は樫本さんが、

ドーベルとタルマエは新人が受け持つことになっているとの事だ。

 ドトウの移籍に関しては、リギルにいる覇王との闘いに備えての人的補償らしい。

 どうやら、樫本さんはシニア級を本気で勝ちに行くようだ。

 そして、俺が一番驚いたのは、恐らく、彼女だ。

 

「樫本トレーナー、ウォーミングアップ終わりました!」

「あら、早いわねジハード」

「はい! 今日を楽しみにしていたんで!」

 

 ツルマルツヨシとグラスワンダーを足して2で割ったような外見をした、美少女。

 しかし、髪に交じる白い流星が、彼女があの「エアジハード」であることを告げている。

 そう、黄金世代に数えられる「エアジハード」が樫本さんの所にいるのだ。

 どうやら、選抜レースで一番初めに走っていたらしく、その時は5着だったとの事。

 ただ、樫本さん直々に口説きに行ったらしく、一発OKをもらったとの事。

 

(樫本さん、黄金世代全員に目つけていたとかマジかぁ)

 

 どうやら、ジハードと同世代の娘を何人かチームに引き入れようとしていたらしい。

 彼女たちが走ったのが、最後でよかったとは思わなんだ。

 

「えっと、貴方が今日一緒に練習するトレーナーさんでいいですか?」

「え、ああ、よろしくお願いします」

「はい! 改めて自己紹介を、エアジハードですよろしくお願します!」

 

 そう言って、礼儀正しく頭を下げる彼女。

 元気なグラスワンダー、健康的なツルマルツヨシ、そんな言葉が頭をよぎる。

 そして、ふと気が付くとエアジハードは黄金新星に突撃していた。

 

「ねえねえ、名前を教えて、何て名前?」

「え、あ、えと、スペシャルウィークです!」

「おお、私と同期なんだよね…………そだ、後でLINE交換しよーよー!」

「ふえ、えと、う、うん」

「そこの貴女、スぺちゃんが困っているでしょうに…………」

「グラース、薙刀は危ないからしまうデース!?」

「すごい陽キャな娘だね~」

「元気なツルマルさん、という所かしらね」

「いやぁ、元気なグラスさんじゃないかなぁ…………ごほっ」

 

 すごい、エアジハード一瞬で溶け込んだだけじゃなく、黄金世代の緊張もほぐしてしまった。

 エアジハードのコミュ力の高さはすごい、俺は改めてそう思った。

 そして、恐らくこの子が我々黄金新星の好敵手として立ちはだかるのではないだろうか? 

 

「ふふ、何を考えているか当ててあげましょうか?」

「お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「黄金新星の前に、エアジハードが立ちはだかるのでは…………かしら」

「…………」

「沈黙は肯定と受け取るわよ?」

「はい」

「素直でよろしい…………その考えは正しいわね」

 

先生はそう言い、俺をまっすぐ見つめて言った。

 

「エアジハードはジュニア級で私が担当する娘の一人だもの」

 

 え、という言葉を喉元で飲み込む。

 そういえば、ビターグラッセとリトルココンが今年デビューすると雑誌「優秀」で

言っていたけれど、まさかの3人目がジュニア戦線に来るとか聞いてないぞ!? 

 

「オーマイゴッド」

「どうしたの?」

「いえ、世の不条理を嘆いただけです」

 

 いや、もう、どうしろというんだマジで。

 恐らく、脚質的な問題で長距離はないだろうが…………確かこの子、

中距離もいいところに食い込めるほどの脚質ではなかったか。

 

 同じ脚質の、グラスワンダーやキングヘイローとバチバチにやり合うことになるだろうし、

リトルココンとビターグラッセがいるからほかの距離も安心できない。

 やばい、とはこのことだ。

 樫本トレーナーは本気で同一チーム所属ウマ娘で全階級制覇という偉業を達成するつもりだ。

 

 それは、黄金新星の前に巨大な壁が出てきてしまったことを意味していた。

 

(超えるビジョンが見えねえ)

 

 冷や汗が止まらない、思考がまとまらない、まさかのジュニア級からの師匠との対決とか想定の範囲外すぎるだろう。

 

 とはいえ、今はまだスタートラインに立ってすらいない以上、まずは黄金新星をスタートラインに立たせることにしよう。

 

「おーい、みんな、こっちもウォームアップの為に軽く走ろうか」

「「「「「は、はーい」」」」」

 

 彼女たちの返事が堅い。

 先ほどよりは解れているようではあるが、声の端々に緊張が残っている。

 例えていうならば、強豪校と何故か練習する羽目になった弱小校のようだ。

 今の練習を見ても明白だが、いわばチームレグルス全体の一部でしかない。

 

 そもそも、レグルス自体3チーム制をとっているためだ。

 先ほどのエアシャカ―ルを筆頭としたAチーム、クラシック級を狙うことができるBチーム、OP戦及びデビュー戦を控えたCチームがある。

 まず、シャカール筆頭のAチームが走り切る。

 これは先ほどのシャカール達以外だとチームファーストに出てくるいわゆる「強化モブ娘」がこれに当たる。

 次にBチームが走り始める。

 さすがにクラシックを戦いぬく覚悟を決めているだけあって、足取りは力強く、吐く息は荒く、全身から闘志がにじみ出ている。

 そして、これから我々黄金新星を含めたCチームが走り出すのだ。

 

「全員、いつも通りの軽いジョギングだから…………早まっても競争じみたことするなよ?」

「わ、わかってます」

「もももちろんでしゅ」

「いエース、エルの調子はぜっこーちょー」

「いやぁ、緊張してるねえこれだけの人数だもの」

「し、仕方ないわよ一流のキングだってそうだもの」

 

 軽口をたたいてみたが、俺の緊張につられてか、スぺシャルウィークはがちがちに緊張しているのが目に見えてわかる。

 グラスワンダーは、表向きは自然体だけど、さっきセリフをかんだことでも緊張しているのがわかった。

 エルは言わずもがな、明後日の方向を向いて、太陽万歳みたいなポーズをとっている。

 スカイだけはいつも通りの自然体に見えるが…………尻尾が足の内に入ってる。

 キングはすごい冷や汗をかいていることから、一番緊張しているんじゃないだろうか。

 

 とはいえ、しょうがなくはある。

 凡そ15名程度(黄金新星を入れて20人ほど)が一丸となって走るなんて、今まで経験させたことがない。

 しかも、デビュー戦の相手となるかもしれない相手が複数人交じっている可能性もある。

 ということは、ここでの走りからデビュー戦では対策を立てられてしまうかもしれない。

 

(みんなそんな風に思っているんだろうなあ)

 

 ちなみに、今日のツルマルツヨシは、少し微熱と咳があり、見学兼助手としていてもらうことにしている。

 本人は元気だと言って交じろうとしたのだが、樫本トレーナーからもお説教されて、大人しく助手の役割に徹してくれている。

 

「その、トレーナーさん」

「なんだい、ツルマルツヨシさん?」

「いいんですか、あの並びで」

「?」

「ほら、見てくださいあの並び順」

「はて」

 

 俺の目に見えるのは、学園が保有する芝2000メートルのジョギングコース。

 学園祭等でチャリティレースが開かれるここは、同時にこういう練習にも使われる。

 さて、黄金世代の面々は石灰で引かれた線の上に横一列で並んでいる。

 それにつられるように、Cチームの娘達も横一列で並びつつあった。

 

「なんつーか、レースみたいなことしようとしてないか?」

「私、あんな指示は出していないのだけど?」

「先生じゃないんですか」

「ええ、貴方のやり方ではないの?」

「あー、確かに横一列でいつも並んで…………おぅ」

 

 彼女たちにいつも通り、と言ってしまった弊害が発生してしまう。

 レース感を養うために、横一列に並べてからのジョギングをさせていたのが裏目に出た。

 

「あーツルマルツヨシさん、彼女たちを止めて…………いない」

「彼女なら、フラッグもって所定の位置についているわよ?」

「え!?」

 

 ツルマルツヨシが、大きめの旗を持ってどこから持ってきたのか台の上にいる。

 

「あちょ、おい、待ちなさいっての!?」

「こら、いつも通りなんでしょう?」

「だからってこれはいかんでしょう、けがしたら大変じゃないですか!?」

「そこらへんは貴方の担当だしきちんと分かっているわよ、大丈夫」

「ですかねぇ…………」

 

 見れば、レグルスのA・Bチームもこの競争まがいのウォームアップを見学することに決めたようだ。

 というか、ナカヤマフェスタよ誰が勝利するかの賭博の胴元やっているのはいいのか? 

 視線を別の所に移せば、エアシャカールが遠隔ドローンでデータを集めようとしている。

 更に、ファインモーションがエイシンフラッシュを誘って実況まがいの事をやりだした。

 ちなみに、サクラバクシンオーは伸びており、ミホノブルボンはその看病をしている。

 スマートファルコンとホッコータルマエが新人応援ライブをやりだした。

 救護班と書かれたスペースにも誰かいるようだが、誰がいるのかわからない。

 

(自由だなぁ)

 

 半ば考えることを放棄しつつ、黄金新星たちに向き直る。

 内枠に黄金新星の5人、大外にエアジハードという形になっている。

 

「位置について!」

 

 ツルマルツヨシの凛とした声が響き、皆が走り出す態勢を整える。

 そこには、凛々しい、勝負に臨むウマ娘の顔があった。

 

「よーい…………スタートォ!!」

 

 旗が空気を切り裂くパァンという音と共に、彼女たちが一斉に走り出した。

 

 

 ──────(スペシャルウィーク)────―

 

 

 布で空気を打つ乾いた音が響き渡ったとき、私は余韻が残る耳を抑えることもなく自然と一歩目を踏み出すことができました。

 

(よし、いい滑り出し!)

 

 最初の50メートルで競争の4割は決まる。

 私の位置取りは、先行策をとる場合のお手本みたいな場所だ。

 前方には逃げのスカイさん、3バ身後には先行のエルちゃん、その間にチームCの3人がいて、私は5人目の位置につけている。

 恐らく、その後ろにはグラスちゃん、キングちゃんがいる。

 そして、あのエアジハードちゃんも。

 

(頭は冷静に、心は熱く燃え、肉体は羽のように)

 

 トレーナーさん曰く「日本で初めて5冠を達成したウマ娘の言葉」だそうだ。

 レース中はどうしてもレースに集中してしまうから、頭の回転が鈍くなる。

 負けたくないという心を常に燃やし続けないと、プレッシャーで闘志が萎えてしまう。

 肉体が緊張してしまうと、冷静で闘志十分でも十全の走りにならない。

 意味をトレーナーさんから教わったとき、レースのすべてがこの言葉にあると思った。

 

(大丈夫、全部大丈夫)

 

 いきなり仕掛けた模擬レースとはいえ負ける気は毛頭ない。

 何よりも、Cチームの皆さんには悪いけど、ここで私たちが勝つ。

 

(そうすればトレーナーさんの心の負担も軽くなるはず)

 

 さっきキングちゃんと皆と話し合って、トレーナーさんが緊張していることが分かった。

 トレーナーさんのことを私たちが知らないこともわかった。

 じゃあ、このレースの勝利をだしにして、質問をぶつけてみようということになったのだ。

 トレーナーさんには悪いけど、このレース形式は私達が考えたモノだから。

 

(考えた以上、実行しちゃった以上、負けるわけにはいかない!)

 

 600メートルを過ぎる、先頭から最後尾までの集団ができる。

 スカイさんは1200を過ぎたころから仕掛け始めるし、エルちゃんも同様。

 グラスちゃんとキングちゃんはともに最後のコーナーを曲がった瞬間に仕掛けてくる。

 何度も走っているからこそ、彼女たちの、友人たちの癖はわかる。

 

 残り1000メートルというところで、一人のウマ娘が先頭に出始める。

 Cチーム所属で、ブラックモアという選手だ。

 ぐんぐんと伸びてきて、あっという間に私を抜いていった。

 先行策だけど、差しよりの先行というタイプだろう。

 

(早い! だけど、私だって負けないっ!)

 

 私も同様に加速を始める。

 空気を吸い込み、肺から全身に酸素をいきわたらせる。

 体全体に力が入り、一段重力が重くなるような感覚に陥る。

 そして、ためていた足腰のバネを思いっきり伸ばす。

 

(っ! これでも届かない!?)

 

 重力を振り切るような加速で、私は先頭に迫らんとするブラックモアを追いかける。

 スカイさんは必死の形相で逃げ続けているけれど、距離は縮まり続けている。

 エルちゃんと並ぶ、後ろからはグラスちゃんとキングちゃんが爆発的な差し足で猛追してくるのがわかる。

 でも、でも! 

 

(差が、縮まらない!)

 

 速いのだ、単純に。

 私達とはまさにグレードが違うというべき、完成された走り。

 先行策のお手本のような走りで、ぐんぐんとスカイさんのセーフティリードを奪っていく。

 周囲に見知った存在感が現れる。

 視線を少しずらすと、キングちゃんとグラスちゃんがいる、

 ただ、二人とも相当スタミナを消費したのか、ちょっと苦しそうだ。

 エルちゃんがブラックモアに食らいついているけど、少しづつ離されている。

 

「すぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

 

 もう一度、息を入れる。

 もう一度、酸素を全身に回す。

 もう一度、自分の足腰のバネをつかって加速する! 

 

「だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 キングちゃんとグラスちゃんを置き去りに、エルちゃんに追いついて、追い越して、とうとうスタミナ切れでばてたスカイさんを抜き去った。

 後は、先頭にいるブラックモアだけ。

 

 後2バ身の差があるけど、それでもっ!? 

 追い抜こうとした瞬間、後ろからすごい威圧感がぐんぐんと近づいてくる。

 この威圧感、全然知らない…………まさか。

 耳を後ろへ向ける。

 息遣いは知らない、けど知らないからこそ見当がつく。

 

(エアジハードさん!?)

 

 地面を踏み砕き、轟々と風をまといながら直線一気に距離を詰めてくる。

 私たちの中で唯一存在しない脚質、追い込み。

 彼女は追い込み脚質だったのだろう。

 そして、あっという間に私を追い抜いた。

 

 結果、このレース形式のウォームアップは、1位ブラックモア、2位エアジハードさん、3位私、4位スカイさん、5位エルちゃんという結果となった。

 

 負けたくなかったのに、負けちゃいけなかったのにっ! 

 

 

 

 ────―(トレーナー)────―

 

 その走りは、今の彼女たちができる精一杯だった。

 その走りは、今の彼女たちが目指すべきお手本のような走りだった。

 その走りは、今の彼女たちにはない暴力的な走りだった。

 その走りに、俺は今目を奪われている。

 

 あのブラックモアの完成された先行策、あれはなんだ? 

 ジュニア級の、身体能力だけで走り切る走りの形ではない。

 息を入れるタイミング、仕掛けのタイミング、加速のタイミング。

 そのすべてがまるでクラシックの出場選手のように、完成されている。

 

 エアジハードの追い込みを見たか。

 ジュニア級で、あれだけの追い込みをかけることができるということは、どういうことか。

 それだけ体が仕上がっているという事だ。

 クラシックの追い込みと比較すればさすがに粗削りだが、それを使ってくるということはそれだけの自信があるという事だ。

 正に、ジュニア級の大きな壁というにふさわしい存在ではないか。

 

 正に、雷に打たれたような気分で俺は目の前の光景から目が離せないでいた。

 

(完敗、完敗だ、それしか言葉が見つからない)

 

 思考がフリーズし、何も考えることができなくなる。

 それでもと、無理やり自分の思考回路を回転させる。

 考えることを辞めるな、あの子たちはよくやった、至らないのは俺の方だ。

 だが、俺はこれ以上あの子たちに何ができる? 

 それよりも訓練メニューの見直しを行って本番を迎えるようにしなければならないだろう

しかしそれでは間に合わない彼女たちを勝たせてあげられないそれは嫌だでも

どうすれば………………「ナー、トレーナー聞いているかしら?」…………はっ!? 

 

 ひんやりとした何かが首元に充てられ、思わず身震いする。

 慌てて振り向くと、そこにはファインモーション殿下とエアシャカールがいた。

 殿下が背伸びして、俺の首にスポーツ飲料のペットボトルをあてていた。

 

「殿下、その、すいません聞いていませんでした」

「むー、きさま~このファインモーションをしかとしたと申すか~」

「はあ…………ファイン、本題はそこじゃねえ」

 

 シャカールが半眼気味に俺を見つめてくる。

 こういう時のシャカールは、何か言いたいがこちらの気づきを待っている状態だ。

 何が言いたいんだろう? 

 

「あ、スポーツドリンク」

「おう、両手がつめてえからさっさと持て」

「お、おう、すまん」

 

 ファインモーションからも俺の分と合わせて7本、スポーツドリンクの差し入れをもらった。

 これをどうすれば…………? 

 

「あのなあ、さっさと走り終わったやつらにやってこいや」

「はっ!!」

「ぼーぜんじしつ、だっけこういうの?」

「ああ、多分使い方も合っているんじゃねえか?」

 

 そんな言葉を後ろに、俺はあの子達に駆けだした。

 そうだ、まずあの子たちをねぎらってやらねばならない。

 それがトレーナーってもんだろうに! 

 

 

 

 

 彼よりも早く、樫本トレーナーは走り終えた彼女たちにねぎらいの言葉をかけていた。

 それに遅れることしばし、彼はやっとのことで走り終えた黄金新星の下にやってきた。

 

「みんな、差し入れだ…………今回の件、よく頑張ったと思う」

「あ、ありがとう…………ございます…………」

 

 彼はねぎらいつつ、スペシャルウィーク達にスポーツ飲料のペットボトルを渡す。

 しかし、そんな彼女の言葉には覇気がない。

 一度の敗戦で、調子が下がってしまったようである。

 トレーナーは焦った。

 こんなにもショックを受けるとは思っていなかった。

 スペシャルウィーク達もあせっていた。

 自分たちが仕掛けたゲームで負けてしまったのだから、その焦りは相当だ。

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

 その結果、双方ともに二の句が継げずに困り果ててしまった。

 摩訶不思議な空間が、レース場の一角に顕在していた。

 その時だ。

 

「ハロー、ルーキー諸君! 走り終わったらバイブスぶち上げて、笑顔でお疲れ様っしょ!」

 

 突然、何の脈絡もなしにこんなこと言われたら誰だって驚くだろう。

 それが、恐らく相手チームの人員だったら、よほどだ。

 

 そしてこの出会いが、トレーナーと黄金新星の面々の運命を変えることになる。

 

 




ということで、今回はここまでとなります。

一応、題名で誰が来るかの予想はつきやすいと思います。

取りあえず、次も早めに投稿できるように努力いたします。

感想・誤字脱字等のご指摘などいただけましたら幸いです。


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第10話 遅れてきた一等星 下

難産でした。

色々迷ったり、書き方を分けてみたりと試行錯誤した第10話です。

今回、ようやく突っ込み役が黄金新星に合流することになります。


 遅れてきた一等星 下

 

 

 

 黄金新星たちは、彼女のことを知らない。

 

 だからか、目を白黒させて、どうしていいかわからないという表情をしている。

 

 トレーナーは彼女のことを知っている。

 

 仕方ないな、という表情の中に会えてうれしいという感情がある。

 

 そこで、対応の差が出るのも仕方のない事だ。

 

 

 

「やあパーマー、君も観ていたのか」

 

「前代未聞のルーキートレーナーとルーキーウマ娘でチームを作成だからね、見なきゃ損でしょ」

 

「あー、確かにそうかもしれん・・・・・・俺も当事者でなけりゃ確かに見物に来てたな」

 

「でしょでしょ・・・・・・ってそうじゃない」

 

 

 

 そういいつつ、パーマーは視線を移す。

 

 彼女は体操着姿で、右の二の腕には「救護」と書かれた腕章をつけている。

 

 救護スペースにいたのが彼女のようだ。

 

 確かに、彼女の脚力ならば救護にはうってつけだろうと、彼は思った。

 

 

 

「私が救護委員として立ち会っているから、トレーナーは樫本さんの所に行ってきなよ」

 

「え、ああ、いやその・・・・・・」

 

「アタシの方で、この子達と話しておくからさ」

 

「その、ありがとう」

 

「「「「「・・・・・・」」」」」

 

 

 

 正直に言えば、彼は戸惑っていた。

 

 なんでパーマーがこんなタイミングよく自分の下に来てくれたのかとか。

 

 なんで黄金世代の子たちはこんなにショックを受けているのかとか。

 

 さっきの、一位になったブラックモアというウマ娘は本当にジュニア級かとか。

 

 

 

 だが、彼の優秀な頭脳であってもすべてを一瞬で理解することは難しい。

 

 彼は連日一人で6人分のトレーニング等の微調整やその他の業務もこなし続けていた。

 

 その結果、今、彼の頭脳はオーバーフローを起こしていた。

 

 そのため、パーマーの一言にもただ純粋にありがとうという気持ちしかわかなかったのだ。

 

 彼は素直に彼女にその場所を任せることにしたのだった。

 

 

 

「さ、貴女達は救護室についてきてもらうよ、えーと立てるよね?」

 

「え、ええ・・・・・・みんな、行きましょう」

 

 

 

 パーマーの問いかけにキングが代表して答える。

 

 そして、6人はぞろぞろと救護室の方へ歩いてゆくのであった。

 

 その光景は、けが人が列をなしている光景に近い、とレグルス所属のウマ娘達はこぞって証言した。

 

 

 

 ────────(トレーナー)────────

 

 

 

 いつもより数段重い足取りで、俺は樫本先生の所に来ていた。

 

 

 

(あのウマ娘、ブラックモアの事を知らなくてはいけない)

 

 

 

 エアジハードがあれほど仕上がっているというのは、正直想定していなかった。

 

 しかし、予想はできる。

 

 あの、樫本理子がトレーナーをしているんだから当然だ。

 

 

 

(だが、あのウマ娘は違う・・・・・・少なくともシャカール達のように直接トレーニングを受けているわけではない)

 

 

 

 シニア級の熟達した走りではなかった。

 

 クラシック級の研ぎ澄ました走りだった。

 

 しかし、だ。

 

 

 

(何をすればあんな走りができる・・・・・・それを吸収すればあの子たちをより早くできる)

 

 

 

 そう、あの走りにこそ黄金世代を輝かせる一つのヒントがあると思う。

 

 だからこそ、聞かなくてはならない。

 

 彼女が何者なのか、どのようなトレーニングをすればいいのか。

 

 

 

「先生、相談に乗っていただけませんか」

 

「あら、早々にあの子達を強くするための相談事かしら?」

 

「・・・・・・わかっているならば、教えていただけませんか、あのブラックモアというウマ娘のことを」

 

「・・・・・・はぁ、重症ね貴方」

 

「え?」

 

 

 

 いいわ、こっちに来て頂戴、と樫本先生が言うと、まさにおずおずといった風に先ほどスペシャルウィーク達を抜かしていったウマ娘「ブラックモア」が現れた。

 

 

 

(やはり、クラシック級の筋肉のつき方をしている)

 

 

 

 現れたブラックモアは、すらりとした長身であり、170cmはあるだろうか。

 

 体全体の筋肉のつき方が大変バランスよくまとまっており、特に中距離で非常に強いと思わせる。

 

 競争の際の体の使い方も、かなり柔軟かつ大胆だろう。

 

 

 

(いや、まて、何かおかしくないか?)

 

 

 

 しかし、もし仮に、考えている事があっていたとしても、樫本先生がそんな事をするか? 

 

 いや何のために俺にこんなことをするのだろうか? 

 

 

 

「心当たり、あるみたいね」

 

 

 

 言ってみなさい、採点してあげます。

 

 少しきつい口調の樫本先生にそう言われ、俺はブラックモアを観察し、思ったことを言ってみることにした。

 

 

 

「まず、彼女の筋肉のつき方はクラシック級である」

 

「そうね」

 

「彼女の走りは、ジュニア級ではない」

 

「その通り、では結論は?」

 

「彼女は・・・・・・正真正銘のクラシック級選手である・・・・・・?」

 

「満点よ・・・・・・ただし、トレーナーとしては今の貴方は落第点だわ」

 

 

 

 それは、言わなくてもわかることではある。

 

 

 

「クラシック級の選手がいたことを見抜けなかったことですか、しかしそれは」

 

「それだけじゃないのよ」

 

 

 

 ブラックモア、ありがとう練習に合流していいわよ。

 

 そういわれた彼女は、俺と樫本先生に軽く頭を下げると、全体練習に戻っていった。

 

 

 

「私から言いたいことは2つあるわ、まず一つはブラックモアの事よ」

 

「それは、そもそも先生がクラシック級のウマ娘を入れてくること自体予想ができませんよ!」

 

「私の下でトレーナーとしての経験を蓄積していた貴方ならば、整列した瞬間にわかっていたはずよ」

 

「それは・・・・・・」

 

 

 

 ぐうの音も出ない正論であった。

 

 先生の下でサブトレーナーとして経験を積んでいた時の俺ならば、ブラックモアが何か変だということぐらいはカンづいたはず。

 

 そのカンが出てこなかったこと自体、トレーナーとして問題ではないか。

 

 

 

「でも、今の貴方にそこまでの、そうね、目の輝きがないのよ」

 

「輝き、ですか」

 

「ええ、ウマ娘へのレーダーと言っても過言ではないわ」

 

「・・・・・・」

 

「私の知っている貴方は、私の下で面倒を見ていた貴方だけど、少なくともその時はレーダーを日夜張っていたと思うけど?」

 

「おっしゃる通りです、はい」

 

 

 

 樫本先生が怒っていらっしゃることは、薄々感づいてはいた。

 

 そして、何に対して怒っているのか今までは解っていなかったが・・・・・・今ならわかる。

 

 

 

「さて、トレーナー君、今までのことを含めて私が言いたい事は解るかしら」

 

「自分がトレーナーとして持つべき余裕・・・・・・全体を見渡すことができる広い視野がない、といったところでしょうか?」

 

「50点よ、確かにブラックモアだけ見れば満点だけど」

 

「50点ですか・・・・・・ほかに何が・・・・・・」

 

 

 

 少なくとも、あの子達黄金新星の体調管理やスケジュール管理、更にはトレーニングに関する管理などは先生仕込みの管理術で何とか出来ているはずだが・・・・・・。

 

 

 

「灯台下暗し、とは今の貴方に言うべき言葉なのね」

 

「え?」

 

「貴方は私仕込みの管理術で、あの黄金新星をスケジューリングしようとしている」

 

「そりゃあ、そうです・・・・・・貴女は俺の目標ですよ?」

 

「ありがとう、でも、今の貴方では私には遠く及ばない」

 

「うっ・・・・・・」

 

 

 

 痛いところを突かれた。

 

 確かに、スケジューリングの能力一つとっても、先生に俺は遠く及ばない。

 

 しかし、彼女たちさえいれば・・・・・・まて、彼女たちさえいれば? 

 

 そういえば、俺は彼女たち黄金新星にトレーニングメニューを渡すとき、どういう会話をしただろうか? 

 

 いや、そもそも俺は今まで黄金新星のあの子たちとひざを突き合わせて話し合ったことがあっただろうか? 

 

 俺は少なくとも、樫本先生の下ではひざを突き合わせて話し合ったことが何度もあるぞ? 

 

 

 

「ようやくカンが戻ってきたみたいね?」

 

「いえ、それは、その・・・・・・」

 

「さっきの50点分、それは貴方と黄金新星とのコミュニケーション不足よ」

 

「・・・・・・それは」

 

 

 

 そんなことはない、彼女たちと俺はコミュニケーションを取っていたはず・・・・・・あれ、彼女たちと本気で向き合って話し合ったのは何時だ? 

 

 

 

「貴方は新バ戦に向けて取り組むあまり、視野狭窄に陥るだけじゃなく、一番大切な愛バとのコミュニケーションすら疎かにしている・・・・・・違うかしら」

 

「・・・・・・」

 

 

 

 違う、と言いたかったが声が出ない。

 

 喉の奥に、ぐちゃぐちゃとした感覚がへばりついて、樫本先生の指摘に返答ができない。

 

 なぜなら、それは・・・・・・。

 

 

 

「その、通り、です」

 

「でしょうね」

 

 

 

 絞り出すような声で、いや、実際声を絞り出して先生の指摘にこたえる。

 

 確かにそうなのだ、俺は指摘されたことを疎かにしてきたのだ。

 

 樫本先生の下にいたときは、ある程度のことをやってくれる子(エアシャカール筆頭の経験を積んだウマ娘達)がいたから、俺は細部に気を配って、向き合って、解決してやることができていた・・・・・・はずだ。

 

 しかし、今の俺は全てを自分一人でやらなくてはいけない。

 

 その分、ほかの何かを切り捨てなければ、仕事が回らない。

 

 そして、切り捨てたのが彼女たちとのコミュニケーションだとしたら。

 

 

 

「あの子たちを蔑ろに・・・・・・最悪だ、俺は」

 

「いいえ、最悪と気が付いたんだからまだいい方よ」

 

「先生、すみませんがあの子たちの所に戻ってもいいでしょうか」

 

「ええ、あの子達ならば救護スペースにいると思うわ・・・・・・きちんと向き合いなさい」

 

 

 

 これは貴方の先生としての宿題よ、と樫本先生に言われた俺は、小さな声で「はい」と答えるしかなかった。

 

 先生に一礼すると、踵を返し、俺は救護スペースに急ぐことにした。

 

 

 

 ──────(救護スペース)────―

 

 

 

「すまない、黄金新星のトレーナーだが彼女たちの容態は?」

 

「あら、今は救護教員が留守にしているから詳細は分からないわ」

 

「ベガ・・・・・・君も救護係だったのかい」

 

「ええそうよ、久しぶりね」

 

 

 

 救護スペースにいたのは、かつて樫本先生の下で俺が最後に担当した一人、アドマイヤベガだった。

 

 脚のケガでクラシック期後半を棒に振った彼女の復帰戦を俺が担当したのだ。

 

 

 

「その、ベガ、あの、黄金新星の子達は今どうしてる? 練習に戻ったのか?」

 

「そこの救護ベッドにいるわ、起こさないで上げてね」

 

「・・・・・・調子が悪かったのか、あの子たちは?」

 

「ええ、あとは自分で確かめてみなさい」

 

「すまない」

 

 

 

 俺は、救護スペースで出迎えてくれた彼女に導かれて、最奥にある救護用ベッドが置かれたスペースに来た。

 

 そこには、黄金新星の娘達が二人一組になってベッドで寝息を立てていたのである。

 

 

 

「・・・・・・極度の緊張、肉体と精神の疲労、それに寝不足・・・・・・なんで俺は気が付いてやれなかったんだ、チクショウ」

 

 

 

 目星を振らなくてもわかる、恐ろしいまでのバッドコンディション。

 

 絶不調も絶不調な状態で俺は、この合同練習にやすやすと乗っかったという事か、チクショウが。

 

 

 

「やっほーベガちゃん、スポドリ買ってきたよ・・・・・・あれ、トレーナーじゃん、さっきぶり」

 

「ああ、その、パーマー」

 

「ん、どしたの?」

 

「この子たちの、容体を教えてくれはしないか?」

 

「自分で聞いてみれば・・・・・・ああ、寝ちゃったのか」

 

「すまん、起こしたくないんだ」

 

「いいよ、教えてあげる」

 

 

 

 そう言って、パーマーは俺に先ほどの黄金新星との話をかいつまんで話してくれた。

 

 

 

 スペシャルウィーク曰く「トレーナーさんはトレーニングメニューを渡してくれるだけになってしまった」

 

 

 

 グラスワンダー曰く「緊張しているのが毎日伝わって話しかけづらかった」

 

 

 

 エルコンドルパサー曰く「メニューの中で些細な調整をしたくても、毎日業務をこなしているトレーナーに迷惑をかけたくなかった」

 

 

 

 セイウンスカイ曰く「自分たちだけが休むのが、なんだか悪い事をしているみたいで休みづらかった」

 

 

 

 ツルマルツヨシ曰く「日に日にやつれていくトレーナーを見ていると、自分たちの不調はただの甘えに思えてきた」

 

 

 

 キングヘイロー曰く「今日のレース形式のトレーニングで勝って、トレーナーを安心させてあげたかった」

 

 

 

 パーマーから、彼女たちの言葉を聞いたとき、俺は頭を何度も何度も殴られたような、そんな衝撃を受け続けた。

 

 彼女たちは、俺に対して言いたい事や相談したい事があったのだ。

 

 しかし、俺が仕事に追われていて話しかけづらく、しかも、自分たちの新バ戦のことだから余計に言い出しづらかったのだ。

 

 それでも、それでも彼女たちは俺を安心させるべく、今日のレース形式のトレーニングで勝とうとしていたのだ、絶不調なのを隠して。

 

 

 

「みんな・・・・・・」

 

 

 

 眠っているキングヘイローの眼の下には、隈ができている。

 

 ただそれを、化粧で覆い隠して今日のトレーニングに臨んでいたのだ。

 

 否、キングヘイローだけではない。

 

 黄金新星全員が、多かれ少なかれ化粧で目の下の隈を隠していた。

 

 

 

「すまない、本当に、すまない・・・・・・っ」

 

 

 

 下半身から力が抜け、俺はその場で膝をいてしまう。

 

 慌てて立ち上がろうとしたとき、俺は自分の目が潤んでいることに・・・・・・涙を流していることに気が付いた。

 

 最悪の気分だった。

 

 彼女たちに心配をかけさせた自分が、彼女たちの心配を解決してやれない自分が、彼女たちの不安を払しょくしてやれなかった自分が、ただただ情けなかった。

 

 

 

「なあ、パーマー、ベガ」

 

「何?」

 

「どしたの」

 

「俺は、紙の上では彼女たちのことを知っていたつもりだった」

 

「「・・・・・・」」

 

「でも、そういえば、現実の彼女たちのことを何一つ知らないんだな」

 

 

 

 ベガとパーマーは黙って俺の告白を聞いてくれた。

 

 心の中につっかえていた事、即ちゲームでしか彼女たちを知らず、現実の彼女たちを知らないという事実はぼかして伝えたが。

 

 それでも、卑怯だとしても、心の中の思いを、誰かに聞いてほしかったのだろう。

 

 最後には、もう俺自身涙を流しながら彼女たちに謝り続けることしかできなかった。

 

 

 

「トレーナー、厳しい事を言うようだけど泣いたところで現実は何も変わらないわ」

 

 黙って俺の懺悔のような、後悔のような、解らぬ心の内を聞いてくれていたベガが開口一番言った。

 

 確かに、そうかもしれない。

 

 泣いたことで、俺の頭の中はすっきりしている、しかし、それだけである。

 

 

 

「いったい貴方は何をしたいの、どうしたいの、それをはっきりさせなさい」

 

「ベガちゃん、厳しいね・・・・・・だけどパーマーさんも同意かな」

 

「それは・・・・・・」

 

 

 

 ベガたちの追求に、言葉が詰まる。

 

 俺はどうしたいのか、俺は何がしたいのか、ぐるぐると頭の中で回り回って答えが出ない。

 

 おかしい、俺はこんなにも優柔不断でできないタイプだったのか。

 

 

 

「はぁ・・・・・・それじゃあ、今から始めていけばいいじゃない」

 

「え?」

 

「今から、彼女たちのことを知っていけばいいのよ」

 

「今、から・・・・・・」

 

 

 

 ベガが呆れたように言う。

 

 それが出来たら苦労はしないんだ、それができないから苦しんで・・・・・・あ。

 

 

 

「そうか、俺は、彼女たちのことを、知らない部分を、少しでもいい、教えてほしいという事か・・・・・・?」

 

 

 

 単語を紡ぎ出していくと、すんなりと言葉が出てきた。

 

 俺が本当にしたい事、しなければいけないこと。

 

 そういえば、チームを結成した後に、何かみんなで集まってしたことはあったっけ? 

 

 ないような気がする、いや、ない。

 

 

 

「トレーナーさん、あの日使ったパーマー2号があるんだけど、使う?」

 

「パーマー2号・・・・・・」

 

 

 

 確か、俺がローンを組んで購入した、中古のライトバンだったはず・・・・・・ん? 

 

 いや、そもそも「パーマー2号」何て名前つけてなかった気がするんだけど。

 

 

 

「それじゃあ、私は天体観測用の望遠鏡を持っていかないといけないわね」

 

「お、いいね・・・・・・そうだ、キャンプ道具一式持って行ってキャンプしちゃおう!」

 

「ふふ、それは楽しみね・・・・・・あの時みたいに腕を振るってくれるんでしょう?」

 

「え、ああ、まあそれはその、やぶさかでもないが」

 

 

 

 なんだか、俺の知らぬところで天体観測キャンプが決定している。

 

 今から彼女たちのことを知る、とはいえだ。

 

 

 

「その、新バ戦が近いんだが・・・・・・」

 

「貴方ね、新バ戦と黄金新星の子達とどっちが大切なのよ?」

 

「黄金新星だが?」

 

 

 

 そんなものは当たり前だ。

 

 

 

「じゃあパーマーさんからも質問、その大切な黄金新星の子たちが絶不調の時、トレーナーさんがとるべき行動は?」

 

「それは、リフレッシュ・・・・・・あ」

 

「にひひ、やっとわかったかな?」

 

「ああ、すまない・・・・・・いや、ありがとうパーマー、ベガ」

 

「別にお礼を言われるようなことはしていないわ」

 

「そうそう、単なる連想ゲームだし」

 

 

 

 それでも、彼女たちのおかげで俺は大切なことを取り戻せそうだ。

 

 取りあえず、黄金新星の彼女たちに外泊届を受理してもらわなくてはならない。

 

 それに、学園側にも、貴重な時期ではあるがこの外泊届を受理してもらわねば。

 

 

 

「すまないが、樫本先生の所に行ってくる・・・・・・外泊届の件、彼女たちが起きたら話しといてくれないか?」

 

「はーい、うけたまわりぃ!」

 

「ほら、さっさと行ってきなさい」

 

「ありがとう、二人とも」

 

 

 

 俺は、黄金新星をリフレッシュさせるための外泊を思いついた。

 

 新バ戦までは残り3週間程度だが、1日程度ならば完全外泊を取り付けることができるだろう。

 

 もしできなければ、樫本先生他を巻き込んで認めさせるだけだ。

 

 

 

 ────―(救護スペース)────―

 

 

 

「それにしても、よかったね皆の事忘れてないってさ」

 

「まあ、その、彼を許してあげてほしいわ・・・・・・これは独り言だけど」

 

 

 

「「「「「「・・・・・・」」」」」」

 

 

 

 救護スペースのベッドの6人は、彼が泣いているときにはもう起きていたのである。

 

 最も、今更気恥ずかしくて起き上がれないから、顔までシーツをかぶって寝たふりを続けたわけだが。

 

 

 

 ────―(レグルスチームA)────―

 

 

 

「ふぇ? 黄金新星のトレーナーが樫本さんに頭下げていますぅ」

 

「あ、ホントだ・・・・・・何を言っているのかな?」

 

「ちょわ、後姿がシャキッとしていますね!」

 

「私たちのよく知るトレーナーさんに戻ったみたいですね」

 

「さっきのトレーナーさんは見てられなかったからね☆」

 

「マスターのメンタルが良好になったのを感知しました」

 

 

 

 レグルスのウマ娘達もなんやかんやで彼らのことを心配していたのだ。

 

 現に、チームAだけでなく、ブラックモア筆頭のチームBも、そしてチームCも。

 

 この全体練習に参加していた全員が、大なり小なり彼らのことを気にしていたのである。

 

 

 

 そんな中で、ただ一人、黙々とトレーニングメニューをこなすウマ娘がいた。

 

 そう、エアシャカールである。

 

 ブラックモアがおずおずと、エアシャカールに話しかけた。

 

 

 

「シャカールさんは、その、混ざらなくていいんですか、会話」

 

「あ? いいよオレは別に・・・・・・そもそも心配すらしていねえからな」

 

「え?」

 

「そもそも、アイツは周囲の人間巻き込んでバカやって初めて輝くタイプなんだぜ?」

 

「そう、なんですか?」

 

「そうさ、アイツは賢いバカなんだ・・・・・・他人に迷惑かけてなんぼなのさ」

 

「それは言い過ぎじゃあ」

 

「はっ、チームAのメンツ見てそう言えるのか?」

 

「えっ」

 

「アイツがいなけりゃ、そもそもチームAなんて存在しねえんだよ、迷惑な話だろ?」

 

 

 

 ニヤリ、と犬歯をむき出しにして獰猛に笑うと、エアシャカールはまた走り出した。

 

 

 

 

 

 ────―(キャンプ当日)────―

 

 

 

 新バ戦まで残りあと2週間というところの土日を使用して、黄金新星は近くのキャンプ場へキャンプに来ていた。

 

 メジロパーマーの所有しているライトバン、通称「パーマー2号」に荷物と一緒に乗り込んでだ。

 

 なお、外泊届受理を渋った秋川やよい理事長に対し、トレーナーは土下座して頼み込んだ。

 

 その姿勢に、何かを感じ取ったのか、秋川理事長は「外泊受理」の大判を押したのである。

 

 とはいえ、決して遠出できるわけではない為、車で2時間ほどのキャンプ場ではある。

 

 なお、このキャンプ場の所有権はメジロ家が握っているため、実質無料なのはトレーナーには秘密であった。

 

 

 

「空が広いーっ、でも北海道よりは狭い・・・・・・」

 

「あのねスぺちゃん、さすがに北海道と比べたら失礼じゃない?」

 

「スぺさん、スカイさん、そういうことは言いっこなしよ!」

 

 

 

 それより早く準備を手伝いなさい! 

 

 私服で怒鳴るキングヘイローに、わーっと走り出したスペシャルウィークとセイウンスカイの両名。

 

 待ちなさいよーっ、と叫びながらダッシュで2人を捕まえにかかるも、やすやすと交わされるキングヘイロー。

 

 最終的にはむきになり、2人との追いかけっこに準ずるのであった。

 

 

 

「あはは、みんな元気デース!」

 

「そうね・・・・・・ツルマルさん、貴女大丈夫?」

 

「大丈夫、車に少し、酔っただけですので・・・・・・ちょっと風に当たれば治ります・・・・・・」

 

「ツルちゃんは川辺を歩いてくるデース、準備は私達でやりますからネ!」

 

「すみません・・・・・・お願いします・・・・・・」

 

「はぁ、ごめんなさい、私も彼女に付き添いで付いていくわ」

 

「ありがとうございます、アヤベ先輩・・・・・・」

 

 

 

 ツルマルツヨシは、アドマイヤベガにもたれかかるようにして川岸の遊歩道にまで歩きに行ったようだ。

 

 

 

「ぬうっ!? 抜かったわ・・・・・・」

 

「どうしたんですか、罠にかかった武士みたいな言動をして!?」

 

「ああ、いや、今日の調理に使うはずだった魚を持ってくるのを忘れてね・・・・・・くう」

 

「あ、それなら釣りができるスポットあるし、アタシ達で釣りしてこようか?」

 

「ああ、頼むよパーマー・・・・・・グラスワンダーさん、エルコンドルパサーさんを連れて行って来てくれませんか?」

 

「お一人で大丈夫ですか、その準備とか」

 

「ああ、大丈夫・・・・・・それより、あれを見てください」

 

「・・・・・・ああ、解りました、行ってきます」

 

 

 

 トレーナーが指し示す方向には、本日彼が作る料理「チリコンカーン」の材料の中に激辛パウダーを混入しようとしているエルコンドルパサーの姿があった。

 

 

 

「エル、釣りに行きますから、餌になりなさい」

 

「ケェッ!?」

 

「あはは、グラスちゃん、さすがにこの川に巨大魚はいないよ」

 

「ほっ・・・・・・いや、パーマー先輩、いたらエルを餌に・・・・・・!?」

 

「シナイヨー、パーマーサン考エテナイヨー」

 

「ケェェェェッ!?」

 

 

 

 それじゃあ行こうか、とパーマーが2人を連れてレンタルスペースに釣竿をレンタルしに行った。

 

 なお、エルコンドルパサーの激辛パウダー混入は、寸前のところでグラスワンダーにより阻止された模様。

 

 

 

「さて、彼女たちが帰ってくる前に料理の準備を始めるとしましょうか!!」

 

 

 

 普段のスーツ姿からラフな私服に着替えているトレーナーは腕まくりをしながらキャンプ飯の料理に取り掛かった。

 

 何せ、ウマ娘が8人もいるのだから、料理の量も多くなるというもの。

 

 

 

「だが、燃える」

 

 

 

 思いっきり腕を振るえるとあって、トレーナーの眼はギラギラと輝いていた。

 

 彼が作るのは、ダッチ・オーヴンと言われる鍋を使用したキャンプ飯だ。

 

 河原の石を積み上げて即席の炉を作り、そこに木炭を入れ、火をつける。

 

 まずそれを何個も作るのだが、トレーナーの手際は人間やめているレベルだったとか。

 

 

 

 ────―(夕食)────―

 

 

 

「「「「「「「「おぉぉぉっ」」」」」」」」

 

「まあなんだ、がっつり食べてくれ」

 

 

 

「「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」

 

 

 

「このピラフ、バターの風味とエビの旨みがむぐむぐ」

 

「チリコンカーンにむぐ、大量の牛肉も入ってもぐ、がっつりしてマースむしゃ」

 

「うー、釣りに行くならこのセイちゃんを誘ってよ~、ニジマスの塩焼き美味しい・・・・・・」

 

「すごいわね貴方、ラム肉の香草焼きなんて、それに臭みが全然ない、もぐ」

 

「まさかキャンプでフライドチキンが出てくるとは思いませんでした、もむ」

 

「ああ、ポトフの美味しいスープが胃に染みるぅ」

 

「パーマーさんは牛すねの赤ワイン煮込みが出てくることに驚きを隠せないよ、はむはむ」

 

「このオムレツふわふわしてないけど、食べ応え十分ね、美味しいわはぐ」

 

「ふっ、腕によりをかけてよかったよ」

 

 

 

 まだまだあるから、たっぷり食べてくれ。

 

 トレーナーはウキウキとした声色で彼女たちに言う。

 

 その様子は、まさにウマ娘達がたっぷり食事をしてくれるのが、心から楽しくてしょうがないという顔だ。

 

 気になる異性の前では食欲が落ちる、なんて社会実験を鼻で笑うかのように、成長期の面々は文字通り山のようなキャンプ飯をお腹いっぱいになるまで堪能した。

 

 

 

(そうだ、彼女たちの笑顔を曇らせることがあってはならない)

 

 

 

 トレーナーはしみじみと、食後のコーヒーを飲みつつ和気藹々と話す彼女たちを、少し離れたところで鍋の火を確認しながら盗み見ていた。

 

 なんだか、無性に彼女たちと目をあわせたくなかったのである。

 

 

 

(なんだか怒られた子供みたいだな、俺)

 

 

 

 少し苦笑しつつ、鍋の中を見る。

 

 その中には、ラム・シロップを使った焼きリンゴが黄金色をのぞかせていた。

 

 

 

(黄金世代を良くするのも、悪くするのも、トレーナーである俺次第か)

 

 

 

 焦げないように、煮詰まらないように、しかし、生にならないように。

 

 ゆっくりと時間をかけて作る焼きリンゴは、まさに彼女たち黄金世代の育成と同じ。

 

 

 

「俺は仕事に逃げていたんだなあ、彼女たちの責任と向き合うことに」

 

 

 

 ミスをしないように、彼女たち黄金世代に泥を塗らないように、そう思いつつ、どこかで責任から逃げていた。

 

 彼は冷静になった頭で考え、今までは責任を樫本理子に押し付けてきたんだなあとしみじみと思った。

 

 

 

「もう、逃げるのはやめだ・・・・・・向き合おう、彼女たちと」

 

 

 

 向き合い、膝を詰め、話し合う。

 

 今までできていたのだ、これからだってできる。

 

 ただ、自分の責任になってしまうことが怖いが、それは当たり前のことだった。

 

 彼は、ここにきてそのことに気が付いたのである。

 

 

 

 ────―(メジロパーマー)────―

 

 

 

「パーマー先輩は、その、トレーナーさんとはどういった関係なんでしょうか!?」

 

 

 

 ツルマルツヨシ、通称ツルちゃんが私に聞いてくる。

 

 いやはや、其の瞬間ほかの5人が耳だけこっち向けてくるのにはまいったねぇ。

 

 

 

「なんでそんな事を聞くのさ」

 

「ええと、その、ベガ先輩とパーマー先輩は、二人ともトレーナーさんと親しそうだったし、その、何かあったのかなあと」

 

「ぷっ」

 

「な、なんで笑うんですか!?」

 

「いやあ、素直な後輩ちゃんだなあと」

 

「へ、いやなでないで答えてくださいよぉ!?」

 

 

 

 わしわしともみこむようにツルちゃんの髪をなでる。

 

 さて、どうしたもんかなと考えていると、ベガと目が合う。

 

 

 

(ヘルプ)

 

(別にいいでしょ私たちの関係なんて)

 

(そういわずに、こっちから切り出すのはさ)

 

(はぁ・・・・・・貸し一つよ)

 

 

 

 この間1秒に満たない。

 

 いやはや、頼りになるなあこの一等星。

 

 

 

「トレーナー、貴方の事が聞きたいってこの子達が言っているけどー?」

 

 

 

 前言撤回、何考えてやがりますかこのポンコツふわふわスキーは。

 

 黄金世代の面々がものすごい勢いで固まっちゃったじゃない。

 

 でもまあ・・・・・・いいか、彼に説明してもらうのも。

 

 

 

 

 

 ──────(トレーナー)──────

 

 

 

 

 

 さて、ベガから黄金世代が俺のことを聞きたいとのリクエストだ。

 

 そして、ちょうどいいことに焼きリンゴも完成した。

 

 

 

「そうだな、じゃあ食後のデザート食べるついでに話そうか」

 

「そうね、そうしたらいいんじゃない・・・・・・あら、いい香り」

 

「軽いなあ・・・・・・お、焼きリンゴかぁ美味しそう」

 

「「「「「「・・・・・・」」」」」」

 

「でもその前に、俺の方からも一つ頼みがあるんだ」

 

 

 

 ちょっと気恥しいが、これをするための1日キャンプなのだからしょうがない。

 

 

 

「俺の自己紹介をさせていただきたい」

 

「トレーナーさんの自己紹介ですか?」

 

 

 

 スペシャルウィークが目をしばたかせた。

 

 わかるよ、いきなり自己紹介だなんて言われても困惑するのは。

 

 

 

「ああ、その、料理を作っているときに考えたんだが、その俺は、君達のことを書類上でしか知らなかったんだ」

 

「「「「「「・・・・・・」」」」」」

 

「だから、改めて、その、黄金新星の結成式もかねて、このキャンプをさせてもらったんだ」

 

 

 

 あ、と黄金新星のみんなはあっけにとられた表情をした。

 

 そういえば、そんなことしてなかったね、なんて言葉が顔にありありと浮かんでいる。

 

 

 

 その後、俺から始まった自己紹介はベガとパーマーを巻き込んで全員が続けることになった。

 

 

 

 書類上ではない、生の声で彼女たちと自己紹介をしあう、ベガとパーマーとどうしてであったのか話す等、色々と話した。

 

 

 

 文字通り、話のタネが尽きるまで、今まで俺が逃げてきた時間を少しでも取り戻す為に。

 

 彼女たちを不安にさせていた分を、少しでも埋めるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Result

 

 

 

 ・チーム「黄金新星」の正式な結成

 

 ・トレーナーがトレーナーとしての自覚を形成

 

 ・黄金世代全員の体力全回復及びコンディション絶好調

 

 

 

 

 

 おまけ

 

 

 

 

 

「ちなみに私達二人が、今後黄金新星に正式に加入することになったわ」

 

「ということで、よろしくねみんな」

 

 

 

 そういうと、ベガがポーチから折りたたまれた一枚の紙を取り出した。

 

 驚く黄金世代、もちろんトレーナーもちょっとびっくりしている。

 

 ベガから渡された紙には、樫本先生の筆跡でこう書かれていた。

 

 

 

 トレーナー

 

 

 

 貴方のことですから、自分ですべて補おうとしてしまう事でしょう。

 

 しかし、一人でできることは限られています。

 

 だからこそ、チームとしての強みを生かしなさい。

 

 アドマイヤベガとメジロパーマーの二人を貴方のチームに特別移籍させます。

 

 これで少しは、貴方の負担も軽くなるはずです。

 

 私が先生として、何かしてあげられるのは今回が最後と思いなさい。

 

 

 

 樫本理子

 

 

 

「先生、ありがとうございます」

 

 

 

 そういうと、トレーナーはその紙を折りたたんで、胸の内ポケットに入れた。

 

 その紙は後日、彼のデスクの内側に貼られることになり、彼は毎日それを読みながら、気合を入れることになるのであった。

 

 




改行や文章の行間等、読みやすいように変えてみました。

従来のやり方だと、どうしても文章が固まって読みにくかったように思います。

感想・誤字・脱字の指摘、お待ちしております。

おまけ

アドマイヤベガとメジロパーマーなら突っ込み役できるよね?
(実は不安しかない)


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閑話休題 学園内部の内部資料

そういえば、これはあべこべをメインに書いていたんだよな・・・・・・

なんであべこべじゃない、こう、真面目な物をかいていたんだろうか・・・・・・

あれ、あべこべの書き方忘れてないか?

ということで初忘却です。

これからはあべこべのネタもきちんとやろうと思っています。


 MMUSの報告会

 

「さて、今回も集まってくれてありがとう同志諸君」

 

 重苦しい空気の中で、とある一人のウマ娘が口を開いた。

 耳が出ている、しかし、それだけだ。

 彼女は、否、彼女たちは全員頭巾をかぶっている。

 頭からすっぽりと自分たちを覆っているその頭巾の長さは膝まであり、

 耳と目の部分にのみ穴が開いている。

 その恰好はいうなればテルテル坊主のようだ。

 

 しかし、その実態はテルテル坊主の集まりではない。

 彼女たちこそ、トレセン学園内部で非常に影響力のある秘密結社。

「MMUS」なのである。

 

「先輩方から脈絡と受け継がれてきたこのMMUSも、

 今日では100名を超える大所帯となっている」

 

 シン、と静まり返ったその場所は一体どこであろうか。

 光はささず、各々が持っている小さなランプの明かりしか彼女たちを照らすものはない。

 

 そのランプの総数は、50を超える。

 だが、ランプの明かりは非常に薄明りであり、これだけ集まっているのにあまり明るいと感じさせない。

 

 だが、ウマ娘の夜目は人間より優れている。

 その結果、彼女たちにとってはこの薄明かりはあまり気にならない。

 

「我々MMUSは、過去苦渋を味わい続けた」

 

 彼女はそういうと、頭巾の下で握りこぶしを作った。

 

「かつて、目を付けた男性は普通の女性との婚約を選んだ」

 

 その言葉に幾人かの頭巾はかぶりを振った。

 

「これはいい感じじゃないかと思ったら、先約がいた」

 

 その言葉に幾人かの頭巾が膝をついた。

 

「今度は大丈夫だろうと思ったら、普通の人と駆け落ちで消えた」

 

 幾人かが耳をふさぎ、両手で目を覆った。

 

 そんな彼女たちに、解るぞと言わんばかりに鷹揚に頷いたその彼女=呼称「S」は、しかしだ、と言葉を続ける。

 

「長い冬を味わい続けてきた我々にも、ようやく春の日差しが訪れようとしている」

 

 全員が、Sの方を向いた。

 目と耳を、いや、五感のすべてを、彼女の一挙手一投足に向けた。

 

「いや違う、諸君、我々にも春が、やっと来たのだ!!」

 

 その言葉と共に、Sは力強く言った。

 だが、その言葉に反論するものがいる。

 ここではその呼称を仮にAとしよう。

 

「しかしですS、我々は過去何度も何度も裏切られてきた…………今回こそはという確証はあるのでしょうか?」

 

「その通りだ、Aよ…………だからこそ、これを見てほしい…………T映写機を頼む」

 

「やれやれ…………S、君の古い言い方は何とかならないのかねぇ…………ぽちっと」

 

 Sの横に映写機(最新モデル提供メジロホールディングス)をセットしていた

 T(頭巾の下から白衣がのぞく)がぼやきつつもスイッチを入れる。

 すると、映写機が映像を映し出したのである。

 

 

『匿名で聞かせてほしいことがある…………ですか?』

『そうだ、その、貴方の迷惑でなければだが…………』

『いいですよかい『ここではSで頼む』…………あ、はい』

 

 

 そう、トレセン学園の噂の渦中の人物、黄金新星のトレーナーが映っていた。

 Sの正体がばれてそうだけど、勢いで押し切ったのは全員見て見ぬふりをした。

 

 

『えっと、何々…………この子たちの評価ですか?』

『評価、というと語弊がある…………人間力、印象というか』

『あー、思うところを語ればいいというような?』

『うむ、その通りだと思ってほしい』

『了解、それじゃあ一人目…………エアグルーヴさんか』

 

 

 名前が出た瞬間、Aの両肩がびくりとはねた。

 ざわざわと周囲の団員もざわつきを隠せない。

 

 

『そうですね…………まず、花に対する思い入れが深いというのが第一印象でしょうか』

『花、か』

『ええ、うちのエルとスぺが花壇に花を植えるということで、助けてもらったと』

『ふむ、確か実現困難な花を植えるということで一致したんだっけ?』

『はい、その後きちんと実現困難な花を咲かせていましたし』

 

 

 とても愛情深い方なんでしょうね、と彼は笑顔で言った。

 その言葉に対して、Aは体がかゆくなるような気恥ずかしさと嬉しさを覚えた。

 インタビューは続く。

 

 

『その次は、やはり面倒見のいいという事でしょうか』

『ふむふむ、それはどういうところかね?』

『トレーナーのつかない子達の為に、練習用のメニューを考えて実際に実演し、

 厳しい口調で注意してはいるけれど見捨てない所とかですね』

『確かに、心当たりがあるな』

 

 

 彼のエアグルーヴへの評価を聞いて、Aはどんどん体をくねらせている。

 羞恥が割と許容量を超え始めているのかもしれない。

 しかし、まだ続く。

 

 

『それと最後は、やっぱり後輩を導く先輩足らんとしている事でしょうか』

『ほう、それはどういうところかね』

『メジロドーベルさんが、彼女を追い越そうと努力しているということを風の噂で聞きまして』

『はは、それはチームAという風かな?』

『そこは黙秘しますよS』

 

 

 ドーベルという名前が出た瞬間、会員MDの両肩が跳ねた。

 そして、恐る恐るという風にAへと視線を送ると、Aはその彼女の視線を真正面から受け止めてくれていた。

 彼のインタビューはまだ続く。

 

 

『普通は、自分を追い越そうとする奴がいたら、潰してしまえと考えたりする奴が割といますが…………』

『少なくとも、エアグルーヴはそれがない、と?』

『ええ、彼女はむしろ自分を超えろと思っている節がある』

『見ていてそう思うのかね』

『はい、厳しくも愛情深い、そんな感じを受けるんですよ彼女を見ていると』

 

 

 ただまあ、今のドーベルさんは割と新しい環境に付いていくのがやっとみたいですけど、と彼はつづけた。

 そこには、メジロドーベルに対する心配の念が多分に含まれている。

 そんな彼の言葉を聞いて、Aも何事か考えだしたようで、くねくねした動きが止まった。

 

 

『では、エアグルーヴさんの総評はどんなものかな?』

『そうですね…………愛情に満ち満ちた、しかし、それをあまり表に出さないいい子ですね』

『ほう、かなり高評価ではないかな?』

『むしろ低評価する方がおかしい気がしますよ』

 

 

 おおおおお、とどよめきが室内に波のように広がった。

 そして、そんな評価を聞いていたAは、明確に両手で顔を覆っていた。

 

 何せこの世界、ウマ娘というのは人気がなかった。

 否、レース後のライブ等でアイドル的な人気は大変ある。

 

 しかし、異性として見られるかというと、そうではなかったのである。

 あくまで『アイドル』として人気があるのであって、異性としてはノーサンキューという男性は大変多い。

 それは、先のSの発言でもよくわかるというものだ。

 

 そんな中での、好意100パーセントの意見である。

 Aの羞恥心が割と真面目に、心配になるレベルであった。

 

 

「あの、Aさん、その、大丈夫ですか?」

「ああ、MDか、その、なんだ、婚姻届けは役所に出しに行けばいいんだったか?」

「Aさん!?」

 

 

 頭巾の、人でいうところの鼻に当たる部分に血なまぐさい赤い染みが広がっていく。

 どうやら、Aはオーバーヒートしたらしい。

 慌ててMDがポケットティッシュを取り出した。

 自分の姉であるMBがよく転ぶので、ティッシュと消毒液は常に持ち歩いている。

 A譲りの面倒見の良さであった。

 

 

「…………ふう、ありがとうMD」

「いえ、まあ、こうなりますよ普通」

 

 

 周囲からの生暖かい視線に、ちょっと居心地の悪いAであった。

 

 

「さて、この個人評価だが…………今回参加してくれた全員分が、実はある」

「「「「「!?」」」」」

「みんな驚いているな、私も同意見だ…………彼は、その、我々を本当によく見ている」

「「「「「…………」」」」」

「これはもう、あれだ、私たち全員で…………なんだ?」

 

 

 ちょっとやばい発言をSがしようとしたその時、Sの耳に聞きなれない異音が入る。

 はっとしたSが周囲を見渡すと、そこにはいつの間に現れたのか、小型のドローンが全く音を立てずに浮遊していたのである。

 

 

「全員、突入準備!!」

「総員、撤退開始!!」

 

 

 ドローンを操っていたバンブーメモリーが突入準備をかけた際、Sはメンバー全員に撤退を指示していた。

 秘密通路から全員が撤退を開始し、バンブーメモリーは少しの差で確保できなかったのである。

 

 

「くそ、アイツら日に日に逃げるのが上手くなっているっす」

「委員長、追撃しますか?」

「いや、罠を這っている可能性を考慮して追撃は中止…………この秘密基地の内部を捜索し証拠品を集めるっす」

「わかりました」

 

 

 園芸用倉庫に置かれた鉄製の板、それをどけると地下へと続く梯子がある。

 その梯子を下り、しばらく道なりに進むとこの「カタコンペ(地下集会場)」へと行きつくのである。

 風紀委員の眼を逃れるために、MMUSはどうやら地下に拠点を作ったようだった。

 

 

(まあ、証拠が残っているとは思えないっすが…………)

 

 

 百戦錬磨の手練れたるバンブーメモリーだが、このMMUSに関してはお手上げであった。

 何せ、学園中に集会場を持ち、その場所は分からない為、しらみつぶしにやるしかない。

 時間と手間がかかるが、逮捕者はいまだに出ていないのだ。

 

 

(一体だれがこんなでかい組織を率いているんすかね?)

 

 

 ガシガシと頭をかいたバンブーメモリーは、地上へ戻っていった。

 

 後日、一部のウマ娘達がイヤホンを付けニヤニヤ笑うという光景がいたるところで見られたとか。

 

 

 ──────────────────────────────────────

 

 

 要注意

 ここから下は、学園の極秘事項となっております。

 閲覧の際は十分注意して閲覧をしてください。

 

 学園内部の注意団体

 

 SS…………最大級の注意と監視が必要、武力行使も辞さない

 S…………要注意団体、監視が必要、武力行使も可能

 A…………注意団体、定期的な監査が必要、武力行使は時と場合による

 B…………危険度の低い団体、一括の監査対象、武力行使は控えること

 C…………危険度のない団体、監査は任意、武力行使禁止

 

 

 最大級の要注意団体 SS

 まったく・もてない・ウマ娘S = MMUS

 

 

 規模…………100名程度

 資金源…………不明

 トレーナーに対する行為…………隠し撮り、ストーキング、私物のオークション行為など

 

 

 概要

 非常にカリスマの高いウマ娘(通称S)により運営されている組織。

 重賞勝利ウマ娘のみで構成されているというタレコミがあり、理事会としても対処に頭を悩ませている。

 レースで強い、容姿は美しい、しかし、男性の消極性、重賞ウマ娘への忌避感情などから、異性に全くモテなくなってしまったウマ娘達の団体。

 黄金新星のトレーナーは、MMUSのウマ娘にも分け隔てなく接するため、狙われているという確かな情報がある。

 武力行使をする場合は、重武装の風紀委員を最低でも2個小隊投入すること。

 

 要注意団体 S

「即バ異界(そくばいかい)」

 

 規模…………500名~

 資金源…………グッズなどの販売利益

 トレーナーに対する行為…………トレーナーと思われる男性の肖像・音声無断使用等

 

 

 概要

 規模でいえばMMUSを上回るも、表立って直接的な行為に及ばない集団

 非常に大規模であり、風紀委員も実態全容を把握できていない。

 ただし、中心メンバーである「メジロドーベル」「アグネスデジタル」を確保したことにより、徐々に鎮静化に向かうと思われる。

 ただし、依然その規模は脅威であり、監視が必要と思われる。

 

 

 注意団体 A(潜在的SS)

 お茶会ロイヤリティ

 

 規模…………不明

 資金源…………各所属団体からの出資金

 トレーナーに対する行為…………引き抜き、青田買い、強引な婚姻届け受理を迫る等

 

 概要

 メジロ家・ハギノ家・シンボリ家等学園に対する多大な献金・貢献等をしている「富裕層」による注意団体。

 今のところ、実力行使に出ていない為、定期的に監査すること。

 武力行使は極力控え、確保する際は傷をつけないようにすること。

 ただし、最大級の注意団体であるMMUSの主催Sとの関連性が疑われるため、監視の目は緩めないように

 

 

 低い危険度の団体 B

「劇団ウマ娘」

 

 規模…………100名程度

 資金源…………レースによる獲得賞金等

 トレーナーに対する行為…………舞台への(強引な)出演依頼等

 

 概要

 テイエムオペラオーとフジキセキが所属している団体。

 聖蹄蔡等では、本格的な舞台を演じる演劇集団であり、これ自体に問題はない。

 ただし、黄金新星のトレーナーに隙あらば舞台に上がるようにという依頼をしがち。

 黄金新星のトレーナーはこの手の依頼を断りづらい為、注意が必要である。

 

 

 危険度のない団体 C

「クラブ・シリウス」

 

 規模…………不明

 資金源…………シンボリ家及びレース賞金

 トレーナーに対する行為…………トレーニングの監修依頼等

 

 概要

 シリウスシンボリをトップとする不良集団。

 ただし、風紀を乱したりはしておらず、練習に付いて行けない娘達をまとめているだけ。

 黄金新星のトレーナーも積極的に、彼女たちのためのトレーニングメニューを組んでいるが、本業を疎かにしないようにするためにも注意が必要。

 

 

 学園内部の団体

 

 武装風紀委員

 バンブーメモリー率いる「ガチ」の風紀委員。

 催涙弾や暴徒鎮圧用ガス弾を所有しており、その検挙率はかなり高い。

 トレーナーの味方(ガチ)であり、トレーナーを陰に日向に助けるのが役目。

 アイルランド特殊部隊から暴徒鎮圧の訓練を受けている模様。

 




ちなみに、上記の団体はもしかしたら本編に出るかもしれません。

また、加筆して評価されるウマ娘が増える可能性もあり得ます。

感想・誤字・脱字報告等、ご指摘よろしくお願いいたします。


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第11話 距離の縮まった新バ戦

あべこべ要素は薄いかもしれませんが、一応これで区切りの新バ戦です。

ここからはまた、あべこべ要素を出したやつを書いていきたいと思います。

ということで、第11話を投稿させていただきます。


第11話 距離の縮まった新バ戦

 

ゲートにいる全員がガン見であった。

それは、彼女たちが所詮「あだるてぃ」なサイトでしか見たことがなかった。

それは、まごう事無き男性の半裸であった。

それは、まごう事無き二度見の産物であった。

それは、黄金新星にとって、日常的に見慣れているものであったのだろう。

それは、私達の日常と彼女たちの非日常が大きく分かれたスタートダッシュだった。

結果から言おう、黄金新星は全員大差で新バ戦を勝ったのである。

黄金新星たちは、全員ちょっと不満げな顔をしていたが、まあ勝ったからいいかと、サラリと流してしまったのだが。

そして、負けた方は負けた方で、すごくいいものが見られたとある意味大満足して次の戦いに備えることにしたのだが。

最後に、この新バ戦で一番割を食ったのは、ほかでもない私達トレーナーかもしれない。

 

新バ戦時の、とあるトレーナーのメモより抜粋

 

 

 

 

時は遡り、新バ戦当日

 

「みみみみんな、いいいいいつも通りの成果を出せば、必ず勝てる、うん」

「トレーナーさ~ん、それ、もう10回は聞いてますよ~」

「トレーナーが緊張してどうするンデース?」

「それだけ私達のことを、考えてくださることは、いいことですが・・・・・・」

「んんんもう、そんなへっぽこなトレーナーじゃないでしょう貴方!」

「キングちゃん、ちょっと移ってる、緊張移ってる!」

「あわわ、なんだか緊張が止まらなく・・・・・・ごほっごほっ」

「はいはい、ツルちゃんは深呼吸して、大丈夫だってパーマーさんが保証するよ!」

「なんだか、すごく懐かしいわね・・・・・・私もこんなに緊張していたかしら?」

 

総勢9人、新人チームとしては異例の大所帯であった。

トレーナーからすれば、自分のチームの、自分の担当が栄光の一歩を踏み出すのであるからして、緊張で歯の根がかみ合わないのは当然のことである。

 

しかし、担当している彼女たちは全員がリラックスしていて、かついい具合に力が抜けている状態だ。

見るからに華麗なスタートを切れる、周囲にそう思わせるような空気を纏っている。

なにせ、ツルマルツヨシの血色が大変よく、かつ、軽いステップまで踏んでいるのだから、その調子の良さは折り紙付きと言えた。

 

「なんというか、俺の作る食事でよくこの1週間持ったね」

「あら、逆でしょ貴方の食事だから彼女たちも我慢できたのよ」

「そうだね、そこはベガちゃんに同意かな」

「そうか?」

「「そうよ/だよ」」

 

軽いウォームアップを行っている黄金新星たちを見ながら、トレーナーはふとつぶやく。

それは、この一週間の食事に関してだった。

 

レースに出る以上、食事制限等で体重はレース適性の体重にしなくてはならない。

そのため、レース一〇日前から食事制限を始めたのである。

具体的に言えば、黄金新星の6人がトレーナーの自作弁当を食べるようになった。

 

筋肉量を増やし、かつローカロリーに抑えるメニューで作られたそれは、ウマ娘用に量もそれなりにあった。

だが、それでも育ち盛りの彼女たちには足りないのではないかと、彼は毎日心配をしていたのである。

 

しかし、体重審査で一発合格、適正体重で勝負に臨めるという事になり、彼は内心歓喜しつつも不思議がった。

 

足りたの、あれでと。

 

そんな彼のすっとぼけた態度に溜息をつきつつ、パーマーとベガはそれを訂正する。

 

(ま、新バ戦に向けての打合せやら何やらで忙しかったのは分かるけどさー)

(あの子達、見せつけるようにしてトレーナー自作弁当を食堂で食べていたものねぇ)

 

パーマーとベガのアイコンタクト会話。

もうこれぐらいの長文は、声に出さなくてもわかる程度には熟達していた。

 

なにせ、男性からの手作り弁当なんてもらえるウマ娘が世界広とは言え、何人いるか。

あのシンボリルドルフでさえ、男性からお弁当等もらったことはないのだ。

それが、6人が6人、男性の手作り弁当をもらっているのだから、事は大きい。

 

食事の際、それを見つめる大勢のウマ娘達の怨念と視線は、凄まじいものだった。

例えばカレンチャンとサトノダイヤモンドの眼からはハイライトが脱走した。

例えばウォッカとダイワスカーレットが喧嘩を辞めて、虚無の瞳で6人を見つめた。

例えばキタサンブラックとサトノクラウンは持っていた食器を握り潰した。

例えばナリタトップロードが箸を握力で粉砕した、そんな怨念。

モテないウマ娘の怨念が、食堂に渦巻き続けていたのである。

それは、あまたの怪奇現象を巻き起こし、食堂は一瞬でホラーハウスに早変わりするほどだったのだ。

 

まあ、6人は6人でそんな状態の中でも美味そうに(そして実際美味しい)昼食タイムを崩さなかったのだが。

 

(まあ、あたし達も昼食ごちそうになっているからねー)

(さすがにこれを注意することはできないわね)

 

そしてちゃっかり、パーマーとベガもお昼を作ってもらっていた。

だから彼女たちは、彼のいう事をやんわりと否定することにとどめた。

ウマ娘への愛情がたっぷりと込められた弁当である、お腹は八分目どころか五分目位かもしれないが、気持ちは満腹だった。

 

そんな愛情弁当をこれ以上ほかの連中にくれてやるものか、と2人はそう考えていたのである。

 

なお、8人分の弁当を作っているおかげか、トレーナーの家事力は限界突破しているのだが、それはまた別の話。

 

そして、トレーナーに忘れられたアグネスタキオンが干からびかけた状態で発見されたのも、また別の話である。

 

―――――(トレーナー)―――――

 

 

「ひぃ、残暑とはいえ、今日は特別に暑いなあ・・・・・・ごくごく」

 

スマートフォンの天気予報を調べてみると、なんと最高気温が35度もある。

9月の新バ戦において、こんなに暑いんじゃああの子達も熱さと緊張でどうにかなってしまうのではないか?

 

実は俺は、まさに熱中症にやられていたのだが・・・・・・この時は気が付いていなかった。

そして、俺は女性観衆の中、大変気恥ずかしいことをやってしまうわけである。

 

(ワイシャツ・・・・・・汗・・・・・・気持ち悪い・・・・・・)

 

手元の水筒を空にしつつ、頭の片隅にあるのはそんな気持ちだった。

その時、ふと頭の片隅からこんな記憶が、まるで泡のように浮き出てきた。

そうだ、某グルメの原作の彼も言っていたじゃないか。

暑い時にはどうすればいいか、そんなの決まってる。

 

(そうだ、脱げばいいんだ)

 

今、こうして冷静に考えても、周囲が女性の中で、なんで脱ごうと思ったのか理解に苦しむ。

だが、その時の俺はこれが解決の一手と信じて疑わなかった。

 

「パーマー、すまないが飲み物を買って来てくれないか・・・・・・ベガの分も含めて」

「あら、自分の位自分で出すわよ・・・・・・それじゃあ、行きましょう」

「あー、うん、トレーナー今日は暑いから気を付けてね」

「そうね、木陰に避難しておくことをお勧めするわ」

 

そう言いつつ、ベガとパーマーは席を立ち飲み物を買いに席を離れた。

十分に彼女たちがいなくなったのを見計らい、俺は自分のワイシャツに手をかけた。

レース会場に残念ながら木陰がない、今ならばベガが「木陰で脱ぎなさい」と言っていたとわかるのだが・・・・・・残念ながら当時の俺はそんなこと考えもつかなかった。

ただ、暑さと不快感から解放されたい一心だったのだ。

 

(うへ、ワイシャツが絞れる・・・・・・)

 

試しにワイシャツを絞って見ると、なんと汗が大量ににじみ出るじゃあないか。

シャツも脱ぎたいが、周りは女性・・・・・・さすがに上半身裸はダメだろう。

 

(とはいえ、だいぶ涼しくなったぞ)

 

体を抜けていく涼しい風は、火照ったからだに染みわたる。

そして、彼女たちのレースが始まる。

 

(そして運がいい、今回は全員がバラけることができた)

 

第一から第六まで、全てのレースに黄金新星はバラけることに成功した。

通常のレースならば、むしろつぶし合い上等だし、それがレースだと割り切れる。

だが、新バ戦はデビュー戦であり、むしろデビュー確率を高くするためにもバラけてくれる方がいい。

そのため、俺が恐れた「誰かが敗北」はどうやら起こらないようだ。

 

え、なんで負けないなんて言えるのかって・・・・・・そりゃあ、俺の愛バだもの。

 

まず、第一レースはスペシャルウィークが来る。

俺ができることは何か、そんなことは決まっているだろう。

 

《さあ、各ウマ娘ゲートに入りました》

 

そのアナウンスが聞こえたとき、俺は立ち上がった。

そして、腹から声を出していたのだ。

 

「いけるぞ、スぺちゃーん!!」

 

――――――(スペシャルウィーク)―――――

 

「いけるぞ、スぺちゃーん!!」

 

その声が聞こえたとき、私の耳はその声の方を向きました。

でも、視線はまっすぐ前を向いていた。

 

(はは、勝利の神様が応援してくれている・・・・・・なんてね)

 

ちょっと柄にもない事を思う、それぐらいの余裕が今の私にはある。

ううん、私達黄金新星には全員ある。

 

あの日、みんなでキャンプに行った日、私たちの距離は縮まった。

どこかにあった壁は崩れ、今は真剣に、お互い向き合えている。

そんな私達が今やること、それは、一番大事な「最初の1勝」を彼にプレゼントすることだ。

 

私たちの事を考えてくれていた、そんな彼のためにも、今日この1勝は絶対に落とさない。

今の私ならば、どんな相手だって勝てる!

 

ゲートが開くまで、秒読みを心の中で唱える。

 

(3・・・・・・2・・・・・・1・・・・・・今ッ!)

 

ゲートからのスタートダッシュは最高、今までの中で一番いいダッシュを切れた。

何故か、後ろの子達が全員遅れていたが、そんなことは気にしない。

ぐんぐんと加速して、私が一番になっている。

 

(いける、行ける、勝てる!!)

 

中距離直線

中距離コーナー

 

今はまだ、この2つしか習得していないけれど。

この2つがまさに火を噴いているのがわかる。

だって今の私には、場内アナウンスに耳を傾ける余裕すらあるのだ。

 

《いやしかし、全員出遅れでスペシャルウィーク独走です!》

《まあ、しょうがないですよ、【あれ】を見ちゃったら・・・・・・》

 

あれ、が何かわからないけれども、今の私はそんな事関係なしに風になっている!

さあ、トレーナーさんへ捧げる最初の1勝はもうすぐだ!

 

《さあスペシャルウィーク、2位以下に大差をつけて今ゴールイン!》

 

見ていてくれましたか、トレーナーさん!!

 

―――――(モブウマ娘)―――――

 

緊張している、心臓が口から出そう、正直逃げ出したい。

 

そんな気分の新バ戦で、一人だけ違うオーラを纏っている子を見た。

 

なんか、キラキラしてる。

 

一番大外で、外れの番号なのに、なんていうかもう「勝った」と言わんばかり。

 

さすがに腹が立つけれど、でも正直その精神力は少しほしい。

 

「うっぷ・・・・・・」

 

緊張で吐きそうだ、というか吐いた。

 

トイレで全部のものを出し切った。

 

まあ、胃液しかなかったんだけどさ。

 

しょうがないじゃん、いくら練習したって、勝利するイメージってゆうのが、その、湧いてこないんだから・・・・・・。

 

うう、トレーナーさんに叱られるかもしれないなぁ・・・・・・怖いもんなあ・・・・・・。

 

ああ、ゲート動作不良とかで、明日に繰り越しになんないかなあ・・・・・・なんないよなあ。

 

《第一レース、出走選手各員ゲートイン完了》

 

アナウンスが流れる、もう後戻りはできない。

 

その時だ。

 

「いけるぞ、スぺちゃーん!!」

 

ありえない声が聞こえた。

 

いや、新バ戦に男の人の声とか、絶対にありえない。

ありえたらそれは、天変地異の前触れに違いないと思う。

 

モテない歴=年齢のアタシ達ウマ娘にとって、その、男の人がわざわざ新バ戦に来るなんてありえない。

脳が拒否している、思考がありえないと叫んでいる。

 

だから、だろうか。

 

(どこのドイツだ、こんな悪趣味な事をする奴は!)

 

こんな風に考えて、アタシ含めた全員が声のする方を睨みつけちゃったのは。

 

そして、見てしまったのだ。

 

(なん・・・・・・だと・・・・・・)

 

上半身が汗で濡れ透けている、そんな男の人の姿を。

 

ゲートが開いた音がして、一番大外のあの娘が走り出した気配がして、たっぷり3秒後にあたしを含めた全員が走り出したのである。

 

だって、しょうがないじゃん。

 

男の人の生半裸だよ、年頃のアタシたちがガン見しちゃうのも無理はないよね。

 

だから、その、出遅れは不可抗力ということで・・・・・・

 

 

―――――(スペシャルウィーク)――――――

 

大変だ、トレーナーさんが大変だ。

 

「ほふぁあっ!?」

「よくやったぞ、スぺちゃん!!」

 

今、私は抱きしめられてわしわしと頭をなでられています。

 

おかあちゃん、私は一足先に旅立ちそうです・・・・・・はっ!!

 

違う、そうじゃない、そうじゃないってば!!

 

明らかにトレーナーさんがおかしい、おかしいレベルのスキンシップですよこれは!!

 

「トレーナーさん、大丈夫ですか!?」

「うん、大丈夫なんだが?」

 

あ、これ大丈夫じゃないですね。

無理やり自分からトレーナーさんを引きはがして聞いてみる。

その答えがこれだ。

オグリ先輩じゃないんだから・・・・・・。

 

というか、今気が付いたけど汗がすごい。

シャツは透けていて、上半身裸に近い。

目の保養・・・・・・じゃない、これは大変危険な状態じゃないかな!?

 

(確か、こんなに大汗をかいている場合・・・・・・)

 

顔色もなんだか優れないし、汗のかき方が尋常じゃない。

足元もなんだかふらついている気が、いや、ふらついている。

確か保健体育の授業で習った中に熱中症に関することがあった。

 

「トレーナーさん、この指は何本に見えますか?」

「はは、スぺちゃん何を言っているんだ、勝利のブイサインじゃないか」

「おお、もう」

 

手遅れ一歩手前だー!?

私は指一本しか建ててないのに、勝利のブイサインと勘違いしているー!?

 

手元に水はない、手元に頭を冷やせるような何かがない、どうしよう、全部待合室において来ちゃった!!

 

その時だった。

 

「貴方たち何してるの?」

「スぺちゃん、百面相になってるよー?」

 

ベガ先輩とパーマー先輩が、ミネラルウォーターのペットボトルを手に現れたのだ。

 

「すいません、言い訳は後で話しますからっ!!」

「え、何!?」

「ちょ、スぺちゃん!?」

 

二人の手から水をひったくると、片方の水をあけてトレーナーさんの頭にバシャりと振りかけた。

 

頭から湯気が出る、なんて比喩表現が現実で起きるのを私は初めて見ました。

 

「う、あ、スぺちゃん何を・・・・・・」

「しゃべらなくていいですから、まず、この水を飲んでください!!」

「は、はい」

 

私の剣幕に押されたのか、ごくごくと水を飲み始めるトレーナーさん。

事ここに至って、先輩たちもトレーナーさんの異常を察知したみたいだった。

 

「これ、熱中症の症状じゃないかな」

「はぁ、いつも気をつけろと言っている貴方がどうして・・・・・・」

「多分、緊張して暑さがわからなかったんじゃないでしょうか」

「成程・・・・・・医務室に運ぶ?」

「そうね、念のため担架をもらってくるわ」

「いや、ありがたいけど、大丈夫・・・・・・一人で何とか出来るさ」

 

500ミリの水を飲み干し、そして頭の上からも水をかぶったおかげか、多少回復したみたい。

でも、心配だなあ。

 

「すまないが、俺が戻るまでこいつを使って応援していてくれないか」

 

―――――(トレーナー)―――――

 

これを受け取ってもらえないか。

 

そう言って、俺は持って来ていたカバンの中身、即ち手作りうちわを差し出した。

 

スイッチ一つで光る、光ファイバー内蔵型の無駄に凝った応援うちわである。

 

うちのメンバー全員分を夜なべして作った、俺の自信作だ。

 

これで、残りのメンツを応援してやってほしいと、スぺちゃん達にそう言った。

 

勿論、俺はもう大丈夫・・・・・・とはいかない。

 

近くの自販機に行き、スポーツドリンクを買って戻ってくる。

 

ただ、次に走るエルの応援には間に合いそうにない。

 

ううむ、慢心によるこの事態、反省しきりである。

 

―――――(エルコンドルパサー)――――――

 

「エルちゃん、がんばれー!!」

「エルー、負けんなー!!」

「頑張んなさい、エル」

 

おおう、なんという三者三葉の応援デース。

 

というかトレーナーさんはどこに行ったんですカ?

 

なんでみんなエルの名前が書いてある応援うちわを用意しているのですカ!?

 

は、早く終わらせて訳を聞きに行かなくてはなりまセーン!!

 

《・・・・・・スタート!!》

 

スタートの合図が聞こえ、エルは飛び出しました。

 

ゲート練習のおかげか、難なく飛び出すことができただけでなく、なんと、エルは今トップを走っています。

 

(どうやら逃げの脚質はいないみたい)

 

即ち、先行策有利の状況であるという事。

 

あれ、もう1600を超えたんですか?

 

あれれれ、なんというか、何のドラマもないまま勝っちゃいました・・・・・・まあいいか。

 

それよりも、あの応援は何だったのか聞きに行きマース!

 

 

―――――(キングヘイロー)―――――

 

「「「「「キング、キング、がんばれっ! キングヘイロー!」」」」」

 

「何事なの!?」

 

なんでキングコールしながらギニュー特戦隊なの、なんで!?

 

いえ、その、うれしいわよ?

 

ちょっと緊張していたのは事実だし、トレーナーの応援は力になるし、同期の応援はとっても嬉しいわよ?

 

でも、なんで特戦隊ポーズしながらキングコールなのよ!?

 

しかも、無駄にきらきら光る応援うちわのせいで、私を応援しているのが丸わかりじゃないの!?

 

「ふっっ」

「くぅふふふ」

「貴女、大変ね・・・・・・くくっ」

 

ああああああ、もう、このキングヘイローの華麗なるデビュー戦が、なんか、お笑いの前座

みたいになっているじゃないの!!

 

《ハイ、そこのノリノリで応援している人たち、少し控えてくださいねー、走る子達の邪魔になりますからねー》

 

もー、あのへっぽこぉぉぉぉぉぉっ!!

 

案の定、アナウンスで注意されているじゃないのぉぉぉぉぉッ!!

 

「あんのおバカ、問い詰めなきゃいけないわ・・・・・・」

 

この2000メートルを走り切って、さっさとあのへっぽこトレーナーになんでこんなことしたのか、問い詰めなきゃいけないわ。

 

さあ、全員このキングヘイローの勝利への道を開けてもらうわよ!

 

 

―――――(グラスワンダー)―――――

 

 

待合室で精神統一を図りました。

 

これで私の精神は鋼・・・・・・とは言いませんが、ハプニングに動じないと言えるでしょう。

 

噂では、もう黄金新星のメンバー3人が勝利しているということを聞きました。

 

(負けていられません、私も勝利を)

 

そして、トレーナーさんにこの一勝をささげましょう。

 

そう考えて、パドックに入ったのですが・・・・・・。

 

「ぶふっ!!」

 

吹きました。

 

ええ、思いっきり吹きましたとも。

 

なんで、皆で某トレインの回るパフォーマンスをしているんですか!

 

しかも、キングさん、貴女まで!!

 

パーマー先輩とベガ先輩も、仕方ないなあなんて感じでやらないでください!

 

スぺちゃんとエルはなんで満面の笑みでノリノリなんですか!!

 

そしてトレーナーさん、貴方は何をしているんですか、彼女たちを止めなさい!!

 

いえ、私の応援うちわを用意してくれて、なおかつ、見事なチアリーディングをしてくれるのはいいんです、ええ、目の保養になりますから。

 

でも、さすがにこれは・・・・・・はっ、まさか!?

 

緊張するなというメッセージ!?

 

ええ、解りました、このグラスワンダー空気を読みました。

 

さあ、出走しましょう、そしてあの乱痴気騒ぎに私も飛び込みましょう!!

 

―――――(セイウンスカイ)―――――

 

なんでも、変な応援団がいるらしいんだよねー。

 

ウマ娘と男性一人の変な応援団、いやぁ、セイちゃんとはなんも関係ないと思いたいな~。

 

うん、絶対うちのメンツだよね。

 

セイちゃん分かってる、絶対セイちゃんに仕掛けてくるでしょ。

 

「まあ、そのすべてを利用して勝利をつかむのがセイちゃんなので~」

 

誰に聞かれることもなく、私は自分のモットーでもあることをつぶやく。

 

精神統一というか、レースに入る前にスイッチ切り替える、あれ、あれですよ。

 

そして、パドックへと言ったわけなんですけれども・・・・・・。

 

「「「「「「セイウンスカイ!」」」」」」

 

「あ、命!!」

 

「ぶほぉっ!?」

 

セイちゃん名指しですか!?

 

っていうかネタが古いわっ!!

 

掛け声にグラスがノリノリで参加しているのもわけわからないしー!

 

周囲からはものすごい笑い声が聞こえてくるし・・・・・・恥ずかしいぃぃ。

 

しかもトレーナーさん、命のポーズしてるとき上半身ほぼ裸じゃん、やばいじゃん。

 

その裸はセイちゃんのものなのに、なんでほかの子にも見せちゃうのさ!!

 

もう、あれだ。

 

速攻で逃げ切って、トレーナーさんに文句言いに行かなくちゃいけないよね!

 

《3・・・・・・2・・・・・・1・・・・・・スタート!》

 

速攻、逃げ切り、大勝利ってね!

 

 

―――――(ツルマルツヨシ)―――――

 

本日最後の出走になりました、ツルマルツヨシです。

 

トレーナーさんの作ってくれた食事のおかげで、体の不調はかなり抑えられていて、調子自体は上向きです。

 

(みんなこのレースで勝ったって聞いた)

 

噂では、すごい応援でやる気がものすごく上がるって言われていました。

 

どんな応援なのか、私にはいまいちわかんないけど。

 

(応援してもらえるのはいいことだよね)

 

体の弱さからくる、私の体質。

 

そのせいで、あんまり応援とかとは縁がなかった。

 

『またツルちゃん最下位だった』

『仕方ないよね、体弱いもん』

『ウマ娘なのに、体弱くて走れないって変なの』

 

そんな言葉を、小さい時から聞いてきた。

 

悔しかった、悲しかった。

お母さんにどうして、こんなに弱い体で生まれたのと、今思えばひどい言葉を投げつけたこともある。

 

友達なんか、できなかった。

 

ウマ娘の友達は、いなかった・・・・・・走るのが苦手な私のせいで。

人間の友達は、いなかった・・・・・・体が弱すぎる私のせいで。

 

(でも!)

 

今は違う、そう思いたい。

 

こんな体でも、友達として受け入れてくれたスぺちゃん、キングちゃん、エルちゃん、スカイさん、グラスさん。

 

そして、こんな私を・・・・・・担当すると言い切った、トレーナーさん。

 

「みんなのためにも、私がここで勝つんだ!!」

 

小さな声で、しっかりした声で、自分を鼓舞する。

 

体の弱さに気持ちで負けたら、文字通りすべてに負けてしまう。

 

「ツルマルツヨシ、行きますっ」

 

パドックへと私は向かう、どんな光景が広がっているかわからないけど。

 

「・・・・・・わぁぁ」

 

感嘆の声が出た。

 

こんなにも、応援されていたのは、もしかしたら初めてかもしれない。

 

そこには大きな横断幕でこう書かれていた。

 

『飛翔、ツルマルツヨシ!』

 

そして、皆の声がする。

 

「ツルちゃん、がんばれーっ!!」

「ヘーイ、ツルちゃんが最強って見せつけるデース!」

「ツルマルさん、心頭滅却です、焦らないでっ!」

「ツヨシさん、大丈夫、このキングが付いているのだからッ!」

「ほどほどなんて言わない、全力で行っちゃえー!」

「ツヨシーっ、大丈夫、君は強いよーっ!」

「貴女の全力を見せてあげなさい!」

 

私の応援うちわがキラキラ輝いていて、すごくきれいです。

そして、彼の大きな声が私の耳に届きました。

 

「ツルマルツヨシーッ、俺の愛バは日本一、ここで負けるわけがないっ!!」

 

トレーナーさんの全力の応援が、私の中にあった弱い自分を吹き飛ばしてくれました。

 

ツルマルツヨシ、行きます!

 

《3・・・・・・2・・・・・・1・・・・・・スタート!!》

 

私は、ゲートから勢いよく飛び出しました。

 

 

―――――(トレーナー)―――――

 

ツルちゃんの勝利を見届けたとき、パーマーが俺に話しかけてきた。

 

「それにしても、こんな大それたことを用意していたなんて・・・・・・さすがに驚いたよ」

 

「まあな、ほら、よく言うだろう・・・・・・踊る阿呆に見る阿呆、同じあほなら踊らにゃソンソン、だっけか」

 

「なんか使い方間違ってる気がするけどね」

 

くすくすと笑い、俺の隣に座る。

 

俺もこの暑さの中で、目いっぱいを出し切った以上、立っていられない。

 

観客席に座り込んでいた。

 

俺の目の前で、ツルちゃんの為に用意した横断幕をスぺちゃんたちが片付けている。

 

俺とツルちゃんの個人面談の時、ツルちゃんに聞いたことを思い出した。

 

ツルちゃんは、元気でごまかされそうになるが体が病弱だ。

 

それ自身、生まれ持ったものである以上、治癒の見込みとかはあんまりない。

 

だからこそ、ツルちゃんは不安なのだといった。

 

皆と一緒に勝ちたい、けど、気持ちがどうしても上向かない、怖いと。

 

勇気をもって、俺に打ち明けてくれた以上、何とかするのがトレーナーというものだ。

 

その日から、夜なべして大きな横断幕や、応援用のうちわなどを作り始めた。

 

そして、ツルちゃんが最終レースであることを確認して、チームのみんなを巻き込んでいったのだ。

 

ツルちゃんが、自分の体のことで不安がっているという事も、打ち明けた。

 

全員二つ返事でOKしてくれたのにはびっくりしたが、これで準備は整ったんだ。

 

このレースでツルちゃんは、顔色悪く、下を向くようなことはなかった。

 

ああ、本当に良かった。

 

俺は、そう思いながら撤収のためのライトバンを取りに行くため席を立つ。

 

「パーマー、後の事任せていいかな?」

 

「はいよー、パーマーさんに任せときなよ」

 

サムズアップで答えてくれたパーマーに笑いつつ、俺は駐車場に向かうのだった。

 

 

 

 

 

なお、これは後日談だが・・・・・・

 

トレーナーの上半身ほぼ裸の画像が、なぜか出回るようになってしまった。

 

なんと、新バ戦を取っていたTVクルーが映像を流出させてしまったのだという。

 

そのため、彼に会いたいと、彼に担当してもらいたいと、地方から中央への編入試験の倍率が200倍を超える事態となってしまうのは、少し先の話だ。

 

そして、一般公募の倍率が1000倍を超えるという超事態に秋川理事長とたづなさんが胃炎を発症してぶっ倒れるのだが、それもまだ先の話。

 




これで一区切り、新バ戦までが完了しました。

ここからまた不定期な更新になると思われますので、

よろしくお願いいたします。

感想・誤字等の報告等お待ちしております。


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第11・5話 蹄鉄を買いに行こう

皆様、急に寒くなってきたこの頃、お体は大丈夫でしょうか。

そんなこんなで第11.5話を投稿させていただきます。

ウマ娘世界の蹄鉄に関する、独自の設定がありますので、

苦手な方はご注意ください。


 第11・5話 蹄鉄を買いに行こう

 

「よーし、じゃあ記念写真撮るぞ」

「「「「「「イエーイ!!」」」」」」

「あはは、喜んじゃってまあ」

「いいんじゃない、新バ戦に勝つ事がまず第一歩だもの」

 

 トレーナー室でチーム「黄金新星(ゴールデンノヴァ)」は記念写真を撮っていた。

 それは、新バ戦で6人全員が一発勝利をした記念としてだ。

 

 いつぞやの、資料やトレーニングの論文であふれかえっていた黄金新星の部室は、今は写真立てやレース関連の雑誌が入った棚、大型テレビ等が置かれていた。

 

 棚の中には、ゴールデンノヴァ専用と書かれた写真用ファイルが存在していた。

 今回撮った写真は、まさにその一ページ目にふさわしいものとなるだろう。

 

 さて、とトレーナーは一息ついた。

 紆余曲折ありながらも、彼女たちとの距離も近づいたし、いいことだったのかもしれない。

 

 そう思っていた、この時までは。

 

「そういえば、スポーツショップで買った蹄鉄もう擦り切れちゃった」

「それじゃあ、新しい奴を買いに行くデース!!」

「そうね…………でも、お小遣いで足りるかしら?」

「そりゃあ、バーゲン品とか買えばいいんじゃない?」

「これから、真剣勝負に挑むのに、バーゲン品はちょっと…………」

「今の私達じゃあそれぐらいしか買えません、賞金手に入れるまでは我慢です!」

「まて、今なんといったんだ君たちは」

 

 女子中学生ウマ娘の他愛ない会話。

 しかし、そこにトレーナーとして聞き逃してはいけない単語が含まれていた。

 

「へ、あ、いやあ蹄鉄擦り切れちゃったなあと」

「成程スぺちゃんありがとう、セイちゃん君はそれになんと返した?」

「え、バーゲン品」

「オーマイゴッド!」

「ど、どうしたんですかトレーナーさん!?」

 

 スペシャルウィークがものすごい心配して彼の隣に駆けつける。

 それに対して、彼の一言は彼女を驚かせるのに十分だった。

 

「スぺちゃん、脱げ」

「ふへっ!?」

「「「「「!?」」」」」

「違うでしょ、トレーナー?」

「はっ、すまんベガ…………スぺちゃん、靴下を脱ぎなさい」

「…………へ、あはい」

 

 そして、靴下の下から出てきたスペシャルウィークの足は、ちょっと酷いことになっていた。

 具体的に言えば、足の爪にひび割れがあったのだ。

 

「ああ、やってしまったぁぁぁ!?」

「うわ~、見事に細かいヒビが入ってる」

「オーウ、スぺちゃん大丈夫ですカ?」

「え、うん…………痛みとかは感じないかな…………うん」

「そうだね、完全に割れてないからそこは安心かな」

 

 頭を抱えたトレーナーに変わり、スペシャルウィークの足をチェックしたパーマーが、心配することはないと言う。

 事実、ウマ娘の足の爪は人間のそれに比べて強度は大変強い。

 そのため、ちょっとのことでは割れないのである。

 とはいえ、ひびが入っているのは問題ではあった。

 

「よしみんな、これからやることが決まった」

「何をする気なのよ」

「安心してくれキング、突拍子もない事をするわけじゃない、むしろ俺の不手際だった」

「トレーナーさん、自分で何もかも抱え込まないでください、そう何度も忠告しましたよ?」

「その通りだグラス、今日俺たちはこれから【蹄鉄を作りに行く】」

「蹄鉄を作りに行く、デースか?」

 

 その通り、と大げさに頷くトレーナー。

 その目にはらんらんとした光と共に「あー行きたくねえなあ」という背反する感情が見て取れた。

 何とも珍しいこの反応に、8人全員が顔を見合わせるのであった。

 

 ────―(トレーナー)────―

 

 なんという失態だろうか。

 彼女たちにまず一番初めに…………勝負服よりも先に渡すはずの蹄鉄を用意していなかったなんて! 

 クソ、俺のバカ野郎が! 

 そんな風に心の中で怒り狂いながらも、俺は努めて冷静に彼女たちに接する。

 だって、彼女たちに本当に何の責任もないからね、もし八つ当たりしようもんなら俺は自分の舌をかみ切る用意がある。

 

 さて、爆速で外出届を用意し、3倍速で理事長とたづなさんに事情を説明し(3倍速で注意されたぜ)、そんなこんなでパーマー2号を飛ばしつつ俺たち一行はとある企業にたどり着いたのである。

 

 〈レースと言ったらめ~じ~ろ~〉

 

 車内のラジオからも流れてきたコマーシャルソング、これ、歌っているのはなんとあのメジロ一門である。

 ちなみにパーマーも歌っているらしく、本人はかなり恥ずかしがっていた、かわいい。

 

 そう、俺たちがやってきたのはメジログループに名を連ねる企業「メジロインダストリアル」傘下にある「株式会社メジロスポーツ」である。

 メジロスポーツはただのスポーツ専門会社ではなく、蹄鉄から勝負服の作成に至るまで、レースに関することならば何でもそろういわば「レースの万事屋」なのだ。

 

 そして、ここにはもちろん「蹄鉄部門」がきちんと存在していて、日夜良い蹄鉄を作るための試行錯誤が繰り返されている。

 

 そして、俺の姉の就職先でもあり、俺は姉のつてで本社の方へ来ることができたのである。

 

「やっと来たか、この愚弟」

「いきなり過ぎないか姉さん」

「アホ、期限ぎりぎりに電話かけてきていきなりも何もあるか」

「すんません、おっしゃる通りです」

「納期にはきちんと間に合わせる、ほら、さっさと始めるぞ」

 

 いきなり現れたウマ娘の女性は、開口一番俺を罵った。

 まあ、仕方ない事でもある。

 なにせ、本来ならばもっと早く蹄鉄を発注しなければいけなかったのだ。

 だが、全員が新バ戦に勝ったことで有頂天になっていた俺は、まさに期限ぎりぎりのところで、今回の【オーダーメイド蹄鉄】のことに気が付いたのである。

 

 これから先、ジュニア級以上を戦うことになるため、一般的な市販品ではなく、使用者の足に合ったオーダーメイドの品を購入しなくてはならない。

 市販品は、その「微妙な差異」を考慮に入れていない為、先ほどの足のひびのような事態が発生しやすいのである。

 特に、彼女たちウマ娘はレースの最後、最終直線におけるあの超前傾姿勢ともいうべき姿勢を維持するために、足の指に負担がかかりやすい。

 そのため、地面をつかむ強力なグリップ力が当然必要となる。

 だが、レースの賞金がまだない新バ戦を勝ったウマ娘にとって、よい蹄鉄というのは高い。

 その為、新バ戦を勝ったウマ娘に蹄鉄をプレゼントするのが中央トレーナーの了解なのだ。

 新バ戦がウマ娘からトレーナーへのプレゼントだとすれば、この蹄鉄はトレーナーからウマ娘への激励の意味合いがある。

 その激励を、俺は忘れていたのである。

 

「さあ皆、これから足のサイズとかを図るから、用意してくれ」

「うわぁ、なんというか、すごい人でしたね」

「トレーナーさんのことを愚弟と言い切りマスカ…………」

「一種の、達人の域に入った、そんな気配を感じます」

「うーん、レースに出てる私達と違う空気を纏ってるね~」

「キャリアウーマンとはちょっと違うわね…………」

「企業所属のスポーツ選手、みたいな感じでしょうか?」

「ほら、話していないで貴方達用意をしなさい」

「「「「「「はーい」」」」」」

 

 いきなりの事で目を白黒させていたチームの面々だったが、ベガの一括でぞろぞろと姉の後に続いて作業場に入り始めた。

 ベガ自身、この会社に来るのは2度目くらいだとは思うが、それでも慣れている子がいてくれると助かる。

 パーマーか、彼女はもう姉と一緒に奥の試着場に行ってしまったよ。

 なんだかんだ言っても、彼女もまた『メジロ』なのだという事だろう。

 

 ────―(試着場)────―

 

 試着場というと、どのようなものを想像するだろうか。

 デパートの紳士・淑女服の売り場を思い浮かべるだろうか。

 それとも、多少カジュアルな店を思い浮かべる人もいるかもしれない。

 

 だが、このウマ娘用の試着場は少々事情が異なる。

 紳士・淑女の洋服売り場のように多種多様な蹄鉄や勝負服、更には本番用の靴が用意されており、選んだ蹄鉄を実際のレース用靴にはめて見る。

 そして、併設されている2000メートルコースで走って調子を確かめるのである。

 

「すっごーい」

 

 スぺちゃんの眼が点になっている。

 いや、ほかのメンツも同じようなものだ。

 

 ただ唯一、メジロパーマーとアドマイヤベガだけが慣れたように寛いでいる。

 まあ、ベガに関してはおそらく何回か訪れているし、パーマーからすればいわば「自分ちの延長線上」にある場所だ。

 だから緊張なんてしないんだろう、たぶん。

 姉以外にも、複数人の(おそらく同僚か)蹄鉄部門の人がいる。

 

「それで、アンタの担当6人+2名の蹄鉄を見繕えばいいんだな?」

「ああ、それでいい…………けど姉さん、その、大変じゃないか?」

「ああ、普通なら日にちを分けて一人一人十分な時間を…………どこぞのバカがギリギリに申請を出したおかげで、巻きで仕事せにゃあならない…………納期ってわかるか?」

「その節は、まことに申し訳ありませんでした」

 

 平身低頭とはまさにこのことだろう。

 その気になれば、文字通り土下座する勢いで俺は姉に頭を下げた。

 弟という生き物は、姉に一生勝てない生き物なのだ、ああ哀れ。

 しかも、言っていることは至極当然のことだから、何の言い訳も思い浮かばぬ。

 

「本当ならアタシが一人一人やるところだが…………今回は先輩や同僚に話をつけてある、全員別々の人の所に行ってくれ」

「「「「「「はーい」」」」」」

「うん、いい返事だ…………それじゃあ、スペシャルウィーク、こっちに」

「はいっ」

 

 姉の言葉に、スぺちゃんは元気よく頷くと、試着スペースにかけてゆくのであった。

 

 ────―(スペシャルウィーク)────―

 

「成程、靴のサイズが左3.5の右が3.0ね…………」

「…………」

「それで、蹄鉄はどうするかな…………スペシャルウィークさん、どんな蹄鉄がお望みですか…………スペシャルウィークさん?」

「へ、あ、すいませんトレーナー…………じゃなくてお姉さん」

「ふむ…………あー、そのなんだ、呼びにくいなら『ダッシュ』でいいぞ?」

「ダッシュ、さん?」

「ああ、中央に入学しても一勝もできなかった…………そんなよくあるウマ娘の名前さ」

「う、あの、その」

「ああ悪い、そもそも私はレースより蹄鉄とかそっち方面が好きでね、初めから中央でその方面を学ぶために入学したんだ」

「へー、すごいんですねえ」

 

 作業をしている横顔が、トレーナーさんに非常によく似ていたので、見とれてしまいました。

 いつも頑張っているトレーナーさんのお姉さんだけあって、横顔が本当によく似ています。

 

「うん…………なんだ、アタシの弟と似ているかい?」

「えっ、言葉に出しましたか!?」

「いや、目は口程に物を言うというだろう?」

「うぅぅぅ、恥ずかしいぃぃぃ」

「ははは、厄介だろうあのバカは」

 

 ポンポンと会話を交わしつつ思ったのですが、全体的にお姉さんはトレーナーさんと雰囲気がよく似ています。

 こうして話しているときも、緊張を感じさせないというか、緊張がどんどん解れていくというか、こう、話しやすいというか。

 更に、その手は口とは真逆にすごい勢いで動いていて、この人が所謂「職人」と言われる人なんだなあとしみじみと思います。

 

 ふぅ、とお姉さんが一息つきました。

 まあ、確かにずっと作業しっぱなしでは疲れるだろうし、休憩でもするのかな? 

 

「スペシャルウィークさん、一応これで君の蹄鉄は仮止めできた」

「へっ」

「ちょいとボコボコしているが、あの2000メートルコースを軽くでいいから走ってみてくれないか」

「え、あ、はい」

「全速力で走ると、スカートの中が見えちまうから、気を付けてな」

「はいっ!」

 

 驚いたことに、私の足には不格好ではあるけども、しっかりした造りの競技用ブーツが装着済みでした。

 足の裏を見ると、銀色に光る蹄鉄もきちんと装着されています。

 

(いつの間に取り付けたんだろう…………)

 

 体をひねってみると、少し骨の鳴る音がします。

 軽くストレッチをして、制服で走り出しました。

 

「うわぁ、すごい」

 

 軽く走るだけで、足元が全然違うのがわかります。

 なんというか、こう、足で地面をつかむ感覚が全然違うんです。

 今までの、スポーツショップの蹄鉄はこう、その「グッ」て感じだったのが、この蹄鉄を付けた足は文字通り「ガシッ」と地面をつかんでいる、そう感じます。

 

(軽く走っているだけなのに、すごく気持ちよく走れる!)

 

 蹄鉄一つでこれだけ変わるのか、と実感させられました。

 あっという間に2000メートルを走り切ります。

 あれ、少し重く感じるのは、なぜだろう? 

 

「あの、その、ダッシュお姉さん、すごいですこの蹄鉄…………お姉さん?」

「ダメだな、その蹄鉄は外そう」

「え、でも…………」

「足の裏見てみ」

「?」

 

 渋い顔をしていうダッシュお姉さんの言葉通り、足の裏を見てみます。

 

「えっ!?」

「ちっ、やっぱりか」

 

 右足の蹄鉄が、大きく浮き上がっていました。

 更に、浮き上がった蹄鉄の間に砂と芝が入り込んでいて、それがさっきの違和感の正体でした。

 

「ふむ、オーソドックスな鋼鉄製だったんだが…………やはり剝がれたか」

「やはり?」

「ああ、これはいわゆる「一般的なウマ娘」が使用するタイプの蹄鉄だ…………可もなく不可もない、特徴がないのが特徴のやつだ」

「あ、あはは」

「だが、君の脚力は軽い流し走りでこの蹄鉄をダメにして見せた、いいじゃないか」

「えっ、でも、その、弁償とかそういうの…………」

「いや、蹄鉄を進めたのはこっちだから、責任はアタシにある、心配すんな」

 

 少し椅子に座って待っていろ、とそう言ってダッシュお姉さんはバックヤードに引っ込んでいきました。

 何をしに行ったのかなぁ? 

 

 

 -----(全員side)-----

 

 

 スペシャルウィークが大人しく椅子に座って待っていると、ほかのメンツもスペシャルウィークの所に集まってきた。

 どうやら、彼女たちを担当していた店員に、スペシャルウィークの所に集まるようにと言われたらしい。

 

「どういう事なのかしら?」

 

 キングヘイローが開口一番に切り出す。

 なんでも、彼女の走りを見た店員は、顔色も目の色も変わったらしい。

 そして、それはほかのメンツも同じだった。

 

 そこに、ダッシュがやってきて言った。

 

「お前さん達には、いわゆるレースの才能ってやつがある」

「「「「「「…………」」」」」」

 

 バックヤードで聞いたが、全員普通の蹄鉄ダメにしたんだってな。

 そういうダッシュの顔は、非常にうれしそうで、楽しそうだった。

 

「そこで、ちょいと材質が変わっている蹄鉄と、精製方法が変わっている蹄鉄を用意したから、こいつで試走をしてみてほしい…………あ、全員汎用勝負服を着用してな」

「あの、トレーナーさんはどこに?」

「ああ、スペシャルウィークさん、心配無用さ君たちの勝負服のことで、被服部との打ち合わせ中だ」

「ほぁぁ」

 

 トレーナーの仕事の件について、スペシャルウィークがあんぐりと口を開けた。

 まさか、ここで自分たちの勝負服も作っちゃうんだあ、という思いがありありと浮かんでいる。

 それは、ほかの面々も同じなようで、程度の差はあれどもトレーナーの行動力には驚いているようだった。

 

「というわけで、これから皆の蹄鉄に関してはこのパーマーさん達が担当しちゃうから、よろしくね」

「一応、私達も蹄鉄を使用しているから、アドバイスとかできると思うし」

「ああ、なるほどデース」

「確かに、走りに関することは、トレーナーさんでは難しいですね」

「そういう事、それじゃあぱぱっと始めちゃおうか」

「「「「「わかりましたお嬢様」」」」」

「そのお嬢様ってやめてよー、恥ずかしい」

 

 パーマーのやる気に満ちた声に対して、従業員たちが全くそろってお嬢様と呼んだ。

 そのことで、黄金新星の面々は「そういえばパーマー先輩はお嬢さまだったなあ」と今更ながらに思い出したのであった。

 

 そこからの流れは、まさに圧巻である。

 なにせ、次から次へとブーツが出てくるのだ、シンデレラもびっくりの高速ブーツ履き替えが始まった。

 その速さたるや、かのキングヘイローとグラスワンダーが揃って音を上げた程には凄まじいものだった。

 

「それで、この、キングの、一流の…………もういいわ、ちょっと疲れた…………」

「あはは、キングちゃん、私も疲れたよ…………」

「スぺちゃんが、疲れるとは、相当の、負担のようですね…………」

「グラス、そういうグラスも足がプルプルふるえてまーす…………」

「セイちゃんは、そういうの無いと思っていたんだけどなあ…………」

「せ、咳をする暇すらなくこの速さとは…………ごほっ」

「ま、まあ全員プロだからねえ…………あははは」

「な、なんというか、全然貴方達にアドバイスできなかったわね」

「「「「「「「「疲れた…………」」」」」」」」

 

 そして、そのターゲットはメジロパーマーとアドマイヤベガにも及び、とうとう8人全員が疲れ切ってベンチに腰掛けて休んでいるという構図が生まれていた。

 その構図は、子供たちに付き合ってぐったりとしている若い母親にも似ていたという。

 

 さて、そんな彼女たちだが、蹄鉄は以下の通りの物となった。

 

 ・スペシャルウィーク 鋼鉄(歴代日本総大将がつけてきた蹄鉄

 ・キングヘイロー 玉鋼(現代科学でも未解明

 ・セイウンスカイ 超々ジェラルミン(軽くて強い

 ・ツルマルツヨシ チタン合金製(腐食しない

 ・グラスワンダー ジェラルミン製(足の負担にならず極力強い

 ・エルコンドルパサー 合金鋼(踏み込んだ際に崩れない

 

 なお、パーマーとアドマイヤベガに関しては、自分たちの蹄鉄を持っている為、それの付け替で済んだ…………が、なぜ彼女たちも疲れているのかというと、その恰好にある。

 

「いやー、汎用勝負服を着て、合わせを何度もやることになるとはねぇ…………」

「レースをするより疲れるって、どういうことなのよ…………」

「全員を代表してお礼をさせてください、先輩方」

「いいよキング、別にそんなことは大した負担じゃあないからさ」

「そうね…………何か、特別にふわふわしたものを献上すればチャラにするわ」

「おーい、このふわふわスキー、この流れでそんなこと言うかねこら」

「ふ、ふわふわ…………?」

「ああ、ほら、キングが真に受けちゃったじゃないか…………」

 

 ふわふわって何、と残りのメンツに聞きに行ったキングを見送りつつ、パーマーがベガの側頭部を小突く。

 それに対して、ふん、と鼻を鳴らしながらベガが言う。

 

「じゃあ貴女はここまでの事態になったかしら」

「…………それは、今日このことかな?」

「そうよ、私はせいぜい20分で終わったのよ…………でもあの娘達は違うわ」

「そうだねえ、一人20分だから、2時間かー」

 

 もし一人一人、別々の日にちで行っていたらどうなっていたことか。

 そう言いたげなベガに対して、パーマーはニヤリと笑っていった。

 もしかして、可能性に嫉妬してる? 

 そう言ったパーマーのにやけ顔に対して、ベガは不満そうに顔をそむけた。

 それが答えだった。

 

 彼女たちの前で、汎用勝負服に身を包んだ6人が、一斉には走り出す。

 それぞれがそれぞれにあった蹄鉄を持ち、試走用コースでレースするその姿は、まだまだ粗削りだが、見ている全員が息をのむほどの「可能性の塊達」の一端が見えた。

 

 ベガは、そんな彼女たちに嫉妬しているのだ。

 シニア級に上がり、成長が頭打ちになりつつある彼女と、まだまだ伸び盛りな彼女たち。

 いずれ自分すら追い越してゆく可能性の塊、原石たち。

 

 うらやましいなちくしょー、パーマーもまた、そんな彼女たちの、のびのびとした走りを見つつ、こころの中でそう思ったのである。

 

 なお、その時トレーナーはというと。

 

「よっし、いいよーいいよーその表情、実にいいよー」

 

 どっかのデジタルが乗り移ったかのように、スマホの録画機能で彼女たちの走りを記録していた。

 ちなみに、被服部の担当者がちょっと引くぐらいの熱量だったという。

 

 次回

 

 女神ポイントが溜まり、とうとう強制休暇を取らされることになったトレーナー。

 そこで彼は、幼いころに出会っていた少女たちと出会う。

 少女たちの理性は、彼の行動で壊れ気味、さて、彼はどうなるのか。

 次回「休もうか、トレーナー」

 

 




ということで、次回は女神ポイント回収回となります。

レースを書きたいのに、なぜか横道に逸れる逸れる・・・・・・。

今回、ウマ娘の超前傾姿勢(でいいのかな?)を理由付けするために、

このような無茶な蹄鉄解釈をしてしまいました。

誤字・脱字・感想等、お待ちしております。


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