色んな人に告らせたい (マイケルみつお)
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白銀御行は告りたい 

御行とかぐやがすれ違う物語です。かぐやが失恋するssってあんまり見ないから書きたくなりました。別にかぐやアンチってわけではありません。かぐや好きですよ。


それは始業前のある日の事。秀知院学園の生徒会長、白銀御行は日々の勉学とバイトによる疲労が溜まっていたのだろう。担任の先生が来るまでの間、机に突っ伏していた。

 

「まさか振られるとは......。絶対オッケーもらえると思ってたんだけどなー」

 

「(振られたのか。高橋のやつかわいそうに)」

 

まだ眠りに入っていなかったためクラスメイトの会話が聞こえる。どうやらクラスメイトの高橋が玉砕したという話のようだ。

 

「(まあ俺は振られた事ないし。四宮も俺の事が好きだろうけどな)」

 

あまり他人の恋バナというものを聞いた事がない白銀。自身も絶賛恋愛をしているという事から少し話が気になった。白銀は若干の罪悪感を抱きながらもその話に聞き耳を立てる事にした。

 

「いやお前それ初耳。誰がどう見ても脈無しだったろ......。やけに自信満々だと思ったら......何か彼女に直接言葉で言われたりしたか?」

 

「いや、言葉じゃ何も......。ってかそういうのって言葉じゃなくて目線とか雰囲気とかで何となく分かるもんだろ!」

 

「(分かる。その気持ち分かるぞ! ふと振り返ると目が合ったり、熱い視線を向けられているとか分かるもんな)」

 

白銀は高橋に同情した。しかし高橋の話し相手、山本の見解は違ったようである。

 

「はーお前なぁ......。基本好きになったら相手の事を都合の良いように見てしまうんだ。俺達男はちょっとした事でも「もしかして俺の事が好きなのか?」とか思っちまうもんなんだよ。だから直接言葉で言われない限りそういった判断するなよ。その人の事が好きなら尚更な」

 

「(し、四宮も俺に対して好き、とかは別に言ってないがそれでも......)」

 

「そうだなー。俺も振り返って考えてみたらちょっと()()くさかったなって今なら思うわ。サンキュ、山本」

 

童貞、という単語が白銀の心を貫いた。

 

「何......だと.........」

 

白銀御行は大ダメージを受けた! 

 

──────

「(ほ、本当に四宮は俺の事が好きなのだろうか......)」

 

白銀は今朝のクラスメイトの会話が原因で今日一日ずっと上の空であった。勉学を大事にし、生徒会長は全校生徒の模範たるべき! という強い信念を持った白銀が授業に集中できないくらいには動揺していた。

 

「(いや、動揺するな白銀御行。直接確認すればいいだけの話だ。......どうせいつかは告白しないといけないって事は分かっていたんだ。覚悟を決めろ!)」

 

白銀はいつもとは違う、強い覚悟を持って生徒会室に足を進めた。

 

──────

「おへそ取られちゃいますー」

 

しかし肝心なところでチキンな白銀。いざ生徒会室でかぐやと相対すると折角固めた決意も揺らいでしまった。......いつものように二人の関係に何の進展性もないまま今日が終わろうとしていた。しかし白銀の意識、目下の課題はそんな恋模様とは別のところに向いていた。

 

「電車が止まっている......だと.........」

 

白銀はスマホで交通情報を入手する。白銀家に車などない。そして学校から白銀の家までは徒歩で帰れるほど近くもない。そして何よりこの問題が白銀にとって重要な理由は......

 

「やばいな、今日バイトあるんだよ。シフトに穴空ける訳にはいかないし......」

 

責任感の強い白銀にとっては由々しき問題であった。

 

 

 

 

「そうですよね。台風だからといって休むなんて社会人としてはあり得ませんよね。日給より高いタクシーを使うか、誰かに乗せて行ってもらうか......。社会人なら当然の選択ですよね」

 

かぐやはこの状況を即座に恋愛頭脳戦へと結びつけた。彼女の目的は白銀を自分の車に乗せて彼の家まで送迎......もといドライブデートをする事である。しかしそれを彼女の側から言えば......

 

「(それって私がデートに誘ってるって事になるじゃない!)」

 

......との事なので、その頭脳をフルに活用し、白銀の側から「車に乗せてくれ!」と懇願するような作戦を立案したのである。

 

「......ちょっと考えついでにトイレに行ってくる」

 

「(一番厄介な藤原さんも帰らせました。責任感が強い会長がバイトを休むという選択をとる事はないでしょう。そして守銭奴の会長が働いてお金を得るためにそれよりも多いお金を支払う決断などできないでしょう。さあ! 私の車に乗せてくれと頼むのです! さて、勝ちは確定しました。早坂にメールでもしましょうか)」

 

一連のやり取りを受けて白銀が他に採れる選択肢はなかった。彼女のプロファイルは完璧である。一言一句違えずに今の白銀の心境を把握していた。白銀は席を立ったが、かぐやの目的は達成されるだろう。......前提が変わっていないのなら。

 

「って! 電車復旧してるじゃない!」

 

「(なんでこのタイミングで? もうちょっと頑張りなさいよ台風! これを会長に知られるわけにはいきません!)」

 

そもそも電車が復旧してしまえばドライブデートも、赤信号で「このままずっと青にならなければいいのに!」などといった甘酸っぱいイベントも、これまでかぐやが立てた計画も全てが水の泡になってしまうのである。かぐやとしては白銀に電車が復旧した事を悟られる訳にはいかない。

 

「こうなればやる事は一つです」

 

かぐやは白銀のスマホのバッテリーを交換するという荒技を用いて、白銀がスマホを見られないようにと工作を始める。

 

「会長がトイレから戻ってくるまであとおよそ一分。この短い時間だけど私ならできる!」

 

もろ犯罪行為なのだが......しかし恋する乙女は無敵なのである。かぐやはその持ちうる才能の全てをこの一分にかけていた。

 

 

 

 

「(ど、どうする......? バイトに穴は開けられない。四宮に頼むか......?)」

 

白銀はトイレなどには行っていなかった。生徒会室を出て、誰もいない廊下で頭を抱えていたのだ。

 

「(いや、これじゃあ俺がド......ドライブデートに誘いたいと言ってるみたいじゃないか!)」

 

その選択肢を相手に採らせるためにこの半年、かぐやと白銀は恋愛頭脳戦を繰り広げてきたのだ。今更自分からその選択を採れる訳が無い。そんな簡単に採れるのならこんなにも拗れていない! そして......もし採ってしまえば、ここで自分がかぐやに頼めば、これまでの半年は無駄となり自身の敗北が決定するという事を白銀は理解していた。

 

「(だが......どの道今日言うつもりだったんだよな)」

 

ここにきて白銀は自ら固めた決意を思い出す。......ここらが潮時かもしれない。

 

「(そうと決まれば!)」

 

このまま考え続けてもまた決意が鈍るだけだ。白銀は走った。自分の想いを、そのまま生徒会室に一人いるかぐやに伝えるために。このまま考え続けても自分の決意が鈍るだけ。それを分かっていたから一心不乱に、ただ何も考えずに来た道を走って戻った。が......

 

「しのみ......や.........?」

 

トイレなどせず走って戻ったきたからか、白銀が廊下にいた時間は一分も経っておらず......白銀と一心不乱に彼のスマホに対してドライバーを振るうかぐやが相対してしまった。

 

──────

「早坂ー!」

 

四宮家別邸。あれから白銀とかぐやはお互いに何を話したらいいか分からず無言のままそれぞれ帰宅した。かぐやは帰宅後、自らの近侍に泣きついていた。

 

「事情はわかりました。十中八九かぐや様が悪いです。もう本当の事を話すしかないんじゃないですか?」

 

「それじゃあ私が会長をドライブデートに誘いたかったって事で......それもう告白じゃない!」

 

「だからもうそうすればと言っています」

 

早坂愛。代々四宮家の使用人の家系に生まれ、現在四宮かぐやの近侍を務めている女子高生である。主のかぐやの今日の大失態を聞いて......

 

「(もうこれ告白するくらいしか誤解解く方法ないでしょ......)」

 

と思っていた。

 

「あーもう本当にダメダメですね。どうやったらここまで下手を打てるんでしょうか」

 

加えて最近主が恋愛方面で驚くほどにポンコツであるという事からかなりの負担を強いられており、彼女のストレス値は驚くほど高騰している。そのストレス発散も兼ねてか、使用人の身分ではあるまじき悪態を彼女についた。

 

「......早坂だったら会長を落とせるって言うの?」

 

「まあおそらく」

 

まさしく売り言葉に買い言葉。しかしそのやり取りはかぐやの中の絶対に超えてはならない一線を超えてしまったようで......

 

「言ったわね! ならやってみなさいよ! 早坂にかかればどんな男もイチコロって言うなら会長も一日で落としてみなさいよ!」

 

爆発してしまった......。

 

「イチコロとは言っていないです」とかぐやの発言を訂正する早坂であったがその言葉はかぐやには届かず、かぐやは自分の苦労をノンストップで喋り続ける。

 

「口ではいくらでも言えますからね。大言壮語も程々にして欲しいわ!」

 

最初は無理難題を押し付けてくる主に対して少し意地悪をしてやろうといった軽い気持ちからの発言であったが......

 

「......かぐや様がやれと言うのならやりますが?」

 

「やれるものならやってみればいいわ」

 

普通にかぐやの発言にイラついたのか、割と本気で白銀を落とそうと準備に取り掛かり始める早坂であった。

 

──────

白銀御行を落とすため、早坂愛はスミシエ・ハーサカに変装し、学校近くの本屋を訪れていた。 

 

「(白銀君が今日、参考書を買いに本屋に寄る事は既にかぐや様に命じられて調査済みの事です。この後バイトがなく時間もあるという事も。......冷静に考えて何で私はこんな事を......。しかし昨日のかぐや様の発言には普通に腹が立ったので命令通りに白銀君を落としてみせましょう。かぐや様は少し反省するべきです。丁度白銀君の後ろに並ぶ事に成功しましたね。それでは......作戦開始です)」

 

 

 

 

「あ! やっぱり白銀君だ!」

 

聞き覚えのある声。後ろから肩を叩かれたので白銀は振り返る。

 

「ああ。確か四宮のとこのメイドさんのスミシエ・ハーサカさん、だったか?」

 

白銀は数日前にこの擬態の状態の早坂と出会っていた。「白銀御行と会話する」第一関門、まずはクリア。

 

「ピンポーン! 覚えてくれたんだ!」

 

「いや、前の時と雰囲気違ったから一瞬分からなかったよ」

 

いつもと完全に違う、猫を被った状態で早坂は更に会話を進める。

 

「それにしても日本語上手になりましたね」

 

「猛特訓したから! 白銀君こそ本当に勉強熱心なんだね!」

 

当たり前だが早坂は日本で育ったため日本語など最初から習得している。そんな中、白銀は彼女がパソコンに関する本を数冊か持っている事に気がつく。

 

「パソコンの本を探してるのか?」

 

「ノートパソコンを買おうとしてるんですけどね。あ、そうだ! こういうのって男の子の方が詳しいって聞きますしよかったら教えてくれませんか?」

 

早坂は巧みな会話テクニックと、人間が持つ「他人に教えたい」という欲求を利用する。そしてカフェテリアで白銀と隣り合わせのカウンターに着席する事に成功した。その様子を......

 

「か、会長...!」

 

どうしても様子が気になったために着いてきたかぐやが建物の陰から見ていた。周りから見れば若干......いやかなり行動がストーカーのそれであるのだが。

 

かぐやは後悔していた。何が楽しくて自分の好きな人と部下がイチャイチャする様子を見せられなければならないのか。かぐやが早坂に一言謝るだけでこの茶番もすぐに終わるだろう。かぐやからの謝罪さえあれば、早坂が白銀を落とす動機は()()()()()ない。

 

しかしかぐやに謝罪する気はない。一度言った事を曲げたくない! というか......正確には早坂に謝りたくない! というか......何だかそれじゃあ自分の負けを認めたみたいじゃない! とか......とにかくかぐやは負けず嫌いだったから。それに白銀が自分以外の女性に靡く事はないだろうと確信していた。かぐやには正妻の余裕といった安心感があったのだ。だが実際はどうだろう......

 

「ねえ、白銀君。試しに私と付き合ってみない?」

 

白銀への告白という、まだ自分もやった事のない行為を早坂に許してしまう。

 

 

 

 

白銀は嬉しかった。勿論これまで誰かに告白をされた事がないという事もある。しかしクラスメイトの話からきちんと言葉にして伝えるという事を意識し、ずっと悩んでいた。何か裏心があったとしても直接言葉にして好意を伝えてくれた事が何より嬉しかった。

 

「......ありがとう。すごく嬉しい」

 

想いをストレートに伝える事を考えてきた白銀。やはり飾らず自分の想いを伝える事が肝要だと思い直す。だがそんな嬉しい告白も、白銀は受け入れる事ができない。

 

「ちょっと話してみて思った。勘違いだったら本当に申し訳ないんだが......ハーサカさん。本心じゃ別に俺の事好きじゃないだろ? なんか演じている気がして」

 

「............」

 

早坂は自分の演技に自信があった。白銀に悟られる訳がないと思っていた。

 

「(一体どこでボロを出してしまったのでしょうか......)」

 

何にせよ、演技が見破られたという事はかぐやからの指令、「白銀御行を落とす」という作戦がこれ以上遂行不可能だという事、つまり失敗を意味する。その事を建物の陰からこちらを監視していたかぐやも分かったのだろう。勝ち誇った顔をして鼻歌を歌いながら去っていった。

 

「演じるのは好きじゃなかった?」

 

もはや早坂の頭の中から「白銀御行を落とす」という思考は消えている。

 

「まあ......。素で接してくれる方が嬉しい」

 

「嘘よ」

 

任務とは関係なしに早坂は白銀に尋ねたくなった。純粋に意見を聞きたくなった。

 

「人は演じないと愛してもらえない。弱さも、醜さも演技で包み隠さなければ生きていけない。赤ん坊だって本能で分かっている。ありのままの自分が受け入れられる事などあり得ない」

 

『四宮』という、人間の汚い部分を知り尽くしているのは何もかぐやだけではない。近侍の早坂もその一人である。早坂もかぐや同様、他人に対して絶望しているのだ。でも主が惚れ込んだ白銀ならばもしかしたら違うかもしれない、と一縷の望みを抱いて尋ねているのである。

 

「そんな事は......」

 

「だったら、君は見せられるの? 背伸びも虚勢もなく、弱さも全て隠さない、本当の白銀御行を」

 

そう言うと白銀は言い返せないのか、顔を俯かせてしまう。

 

「......確かにそうなのかもしれない」

 

「(やっぱり彼も違うのですね......)」

 

勝手に他人に期待して勝手に裏切られたような......。そんな事を思ってしまう自分に早坂は自己嫌悪を覚える。しかし白銀の言葉はそこでは終わっていなかった。少し前までの白銀だったらここで沈黙していたのかもしれないが......今の白銀は違った。

 

「でも自分のそんな弱い部分も、醜い部分も全て曝け出せる相手が見つかれば、見せてもいいと思える相手が見つかればそれでいい。早坂の言うとおり、全ての人に好かれる事はできないのかもしれない。それでも相手の事を知りたいとお互いが思い、自分の事を知られてもそれでいいと思える相手がいるのなら、俺は弱さを見せられる」

 

そこには言葉で伝える事を考え続けた白銀の確かな答えがあった。

 

 

 

 

「早坂は四宮の専属メイドなんだな」

 

「はい。先程は嘘をついて申し訳ありません」

 

「別に気にしてないぞ。それに俺たち、友達だからな。そんな畏まった口調をしなくていい」

 

「友達、ですか」

 

「ああ。早坂がどう思ってるのかは分からないが、俺は早坂に自分の弱さを見せた、いや出せた。だからと言って早坂にそれを求めてるわけではないがな。俺が勝手に親しみを持っているだけだ」

 

「(何だろう、この気持ちは。自分の弱さを見せたからだろうか? 学校でも常に張ってる虚勢を脱いで人と話しているからだろうか? 初めて感じる気持ちだ)」

 

──────

「白銀君。また会えない?」

 

「......いいぞ。」

 

白銀は早坂に対して、早坂も白銀に対して最初とは違った感情を抱いていた。しかしこれが恋なのか、二人には分からない。むしろ色々なものを抱えた二人にとっては恋でない方がいいのかもしれない。だから恋という気持ちと向き合わずに二人は仲を深めていった。

 

 

「四宮と話している時より楽しい......」

 

二人がお互いの気持ちに気づくのはもう時間の問題である。




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石上優には謝れない

今話は、ややアンチヘイトぎみなお話です。アンチヘイトものが苦手な方は飛ばした方がいいかもしれません


 「お前学校来るなよ!」

 

「お前の席無えからwwww」

 

 

石上優はいじめられていた。それも無実の罪で。しかし彼の心はそれでも折れる事はなかった。家にも居場所はなかった。教室にも居場所はなかった。しかし彼がこれまで生きてこれたのは...

 

 

「お!石上来たな。」

 

「石上くん、こんにちは。」

 

「いっしがみく〜ん!遅いですよ〜!」

 

「どうせまたゲームしてたんでしょ。」

 

 

生徒会という居場所のおかげだった。しかしその平穏は突如として崩れる事となる。

 

──────

 それはある日の昼休み。ある生徒は弁当片手に学友と談笑し、またある生徒は勉学に勤しんだりと各々が自由に過ごす事ができる時間である。そんな中、石上優はいつものごとく昼休みに入った瞬間に教室を飛び出していった。教室に残っていても意味がない。むしろ居心地が悪い。今日も事前に買っておいたパンを片手にゲームをしようと昼間にはあまり人が通らない特別棟へと足を進めた。しかし...

 

「充電切れてる...。」

 

石上優、重大なミスを犯してしまう。いかにゲーム機のバッテリーが進化し、自身も玩具会社の社長の息子といってもバッテリーが切れたゲームで遊ぶことはできない。石上は今にも溢れようとする涙を堪えながらゲーム機をポケットへとしまう。元々石上は小食な方であり食事もゲームのついでのような感覚であったため持ってきたパンの量などたかが知れている。あっという間に文字通り、手が空いてしまった。

 

「あ、そういえば...」

 

石上はゲーム機のバッテリーをバッグに入れていた事を思い出した。教室に戻る事は憂鬱だが背に腹は代えられない。石上は立ち上がって教室へと向かい出した。

 

 

 

 「え?」

 

石上は教室に戻ってその雰囲気の異常さに気づいた。教室に入った瞬間、そこの人間が一斉に石上の方をみる。普段からいない人間のような扱いを度々受ける石上だが別に視線を集める事がなくもない。ただ今回違った事は...

 

 

その視線が嫌悪や侮蔑ではなく困惑だという事である。

 

 

 

 石上は荻野から大友を守った。しかし誤解され無実の罪で糾弾され攻撃され続けた。それでも彼が沈黙を守り続けたのはただ純粋に大友を守るためだった。別に好きだった訳じゃない。ただ自分の正義感に蓋をする事ができなかっただけ。見てみぬふりができなかっただけ。そしてどれだけ自分が苦しんでも大友は荻野の事など疑いもせず幸せに生きている。複雑に歪んで絡まった感情だが彼女が真実を知らないままであるという事実がある種、石上のこれまでやってきた事の証明となっていた。

 

「ねえ、石上。これって本当なの?」

 

だが石上は見落としていた。荻野は徒党を組み多くの狼藉を働いてきた。そう、被害者は大友だけではないのである。だからクラスメイトの小野寺が差し出したスマホに書かれているように大友以外の被害者が名乗りをあげたのであればそれは大友の耳にも入るはずなのである。

 

──────

 目の前が真っ暗になった。こんな感情はあの時以来だろうか...。小野寺に対してどういった返答をしたのかすら思い出せない。なんで今更謝罪なんてしてくるんだよ!僕はただ逃げるようにトイレに籠る事しかできなかった。

 

 

 

 用を足す事もせず、ただ呆然と座っていると聞き慣れたクラスメイトの会話が聞こえてくる。

 

 

「石上、許してくれないよな。」

 

「そりゃあ...そうだよ。俺たちはあいつに対してひどい事をしたんだ。」

 

 

なんで今になって優しくしようとするんだよ!なんで!どうしてバレてしまったんだ...。誰も知らず、知ろうとせずにいてくれたら、僕だけが真実を墓場まで持っていけばよかっただけなのに...。

 

僕は人生を懸けて、大きな痛みを受ける事も覚悟した。大きな犠牲を払いながらも自分の正義感のための一連の行為は...失敗に終わった。...僕には何も残らなかった。...僕は何も成し遂げる事ができなかった...。

 

──────

 「あら石上君。今日は早かったですね。」

 

気がつくと昼休みはとっくに過ぎていて放課後に突入していた。僕は五限と六限が過ぎているのにも気づかず一人トイレで泣き続けた。そしてそれから日々の習慣となっていたからか何も考えずとも足は生徒会室の方にへと向かっていた。

 

 

 「ちょっとお話が...」

 「みんなで合コンゲームしましょう!」

 

「えっ...」

 

伊井野と藤原先輩は置いておいて会長に相談したかったんだけど...。でもまあ教室の連中と違って何も変わらず接してくれるってのは心地いいな。会長達も学年が違うから僕の事もまだ耳にしてないだけかもしれないけど。伊井野は知らんが。

 

「十円玉ゲームをしようと思います!」

 

藤原先輩がその提案をし、みんなにルールを説明していく。なんでも質問をしてそれをコインの表裏にて回答するというもの。匿名性を担保しつつしかし誰がその回答を行ったのだろうと場が盛り上がるゲームなのだ。正直合コンとか行った事ないし、でもそんな事藤原先輩に言ったらなんか言われそうだな。今の僕の精神状態なら切り返せるか分からない。

 

「いいですかー嘘はダメですよー。このゲームは誰か一人でも嘘をついたらグダグダになって面白くなくなるんです!だから一応嘘発見器も持ってきたので!」

 

「「「「え?」」」」

 

かくして嘘の許されない十円玉ゲーム、スタート。

 

──────

 「じゃあ私からいきますね〜!ぶっちゃけ今、恋してるって人はYES!してない人はNOでお願いします!」

 

「そのレベルの質問?!」

 

 

藤原先輩のいかにも合コンっぽい質問だなと思いながらも会長がそれにツッコむ。恋愛...か。多分つばめ先輩の事が僕は好きなんだろうけど...。正直僕なんかじゃ付き合える訳ないし。...最初からこの恋は始まってもなかったんだ。裏、だな...。

 

「みなさん出しましたね〜それじゃあシャッフルして...と。えーっと結果は...二人!」

 

「え!二人も?!誰?誰?」

 

「会長!特定行為は禁止ですので!答えが分からないモヤモヤとドキドキ、これが十円玉ゲームの楽しいところです!」

 

この何とも言えない空気が楽しいところ、か。やっぱり僕にはよく分からないな。みんなとズレてるんだろう...。

 

「じゃあ石上君!次いっちゃいましょう!」

 

藤原先輩に指名された。何ともいえない空気が楽しいのなら...

 

「ぶっちゃけ僕の事嫌いじゃないって人はYES。嫌いって人はNOを出して下さい。」

 

お、場がいい感じに白けている。それにこの生徒会の皆さんだからこそ安心して聞ける事だ。

 

 

「えー結果は...全員コインの裏です!みんな石上君の事分かってるんですからね!」

 

「え...」

 

 

裏ってNO...つまり嫌い。みんな僕の事を分かっていて裏...。

 

 

「すみません。死にたいので帰ります。」

 

「えっ?あ、おう。」

 

──────

 え?何で?会長...四宮先輩...藤原先輩...。伊井野は普通に分かるが...。

 

「そうか...僕はみんなから嫌われていたんだ...。」

 

思い出せば教室ではゴミのような目で僕を見るクラスの奴ら。どの教師も僕が悪いって決めつけて一方的に怒鳴り続けられる毎日。家に帰っても。そして生徒会のみんなも...。いや、僕が悪いんだ。僕が真実を話さなかったから。どうしようもない正義感と自己満足で周りに迷惑かけて、そんでもってそのツケが自分に返ってきただけじゃないか。因果応報、自業自得。ただ自分が悪いのに生徒会のみんなを巻き込んで...。僕を生徒会に入れる事で色んな人からの色んなものを失ったかもしれない。会長なんてただ混院だ、って理由であれだけ成果を上げてもまだ反対の勢力は存在する。それを僕の存在が助長させたかもしれない。役立たずは捨てていけ、現実が見えていないのは僕の方だったんだ。

 

僕のせいだ。学校も家も生徒会も。居場所を無くしたのは純粋に僕のせいだ。他の誰も悪くない。僕の事が嫌いでも会長達が僕の恩人である事には変わりない。そんな会長達を悪く思うなんてしたくない。...それでも

 

「もう...限界だ...。」

 

──────

 「合コンゲームしましょう!」

 

やっぱり四宮のあの事聞かれてたよな...。それが気になってさっきから大量に送られてくる学校からの書類にも目が通せていない。

 

「十円玉ゲームをしようと思います!」

 

藤原はあの時四宮と一緒にいた。つまりこれは四宮に何らかの罠が仕掛けられている可能性が高い、いや確実に罠が仕掛けられているという事だ。

 

「だから一応嘘発見器も持ってきたので!」

 

「「「「え?」」」」

 

嘘発見器だと?!にわかに信じられないがしかし四宮が用意したものだ多分。なら効果は本物だろう。考えろ!四宮がこれでどうするつもりだ!

 

「じゃあ私からいきますね〜!ぶっちゃけ今、恋してるって人はYES!してない人はNOでお願いします!」

 

嘘発見器がある以上、迂闊な嘘は自らの首を絞める結果になるか...。YES、だな...。

 

「みなさん出しましたね〜それじゃあシャッフルして...と。えーっと結果は...二人!」

 

ん?これは...藤原に渡されたコインの製造年が全て違う...。つまり製造年で誰がどの答えを出したのか特定する事ができるという事だな!じゃあ次の質問で仮に四宮が「私の事が好きな人はYES」とか言ってきたら詰みじゃないか!...よし、他にあるのと同じ昭和五十六年の硬貨が運よく財布に入っててくれた。際どい質問をされたらこれで切り抜けよう。

 

「...僕の事嫌い...人はYES。...人はNOを出して下さい。」

 

考え事に没頭していてよく聞こえなかった。だが石上がまたネガティブな事を言ったのは分かった。どうせ「僕の事が嫌いな人はYES」とか言ったんだろ?俺たちがお前の事嫌いになるわけないだろ?当然NOに決まってるだろ?

 

──────

 会長を嵌めるためにわざわざ違う製造年の硬貨を藤原さんに使わせました。さて、会長はどのような対応をするでしょうか。会長の予測抵抗パターンは何種類も既にシュミレーション済みです。すごいわ!こんな簡単に会長を追い込む事ができるなんて!尻軽達が好んでやるゲームなだけあるわ!

 

「...僕の事嫌い...人はYES。...人はNOを出して下さい。」

 

ついつい考え事をしていて聞こえませんでした。しかし石上君はどうせまた「僕の事が嫌いな人はYES」とか言ったんでしょう。全く、そのように卑屈では前に進めませんよ。当然NO、です。

 

「えー結果は...全員コインの裏です!みんな石上君の事分かってるんですからね!」

 

藤原さんの男を誘うような、媚びるような声が響いて全員がNOに投票した事が分かります。ほら、誰もあなたの事は嫌ってないのですよ。...てっきり伊井野さんはYESに入れると思っていましたが。でも石上君はその結果を見ると絶望した表情を浮かべ、

 

「すみません。死にたいので帰ります。」

 

そう言って帰ってしまいました。もしかして...YESとNOが逆だったかしら...。では伊井野さんはそのまま投票して私と、おそらく会長も気づいたのでしょう、考え事をしていたので聞き逃してしまった。そして藤原さんは...まあ間違えたのでしょう。藤原さんは色々と間違えているのですからコインの表裏くらい間違えても不思議ではありません。それより明日、石上君には何かしてあげませんとね。さて、それよりこれからどうやって会長を追い詰めるか。思考を働かせなさい!四宮かぐや!

 

──────

 私は気づいてしまいました!この硬貨、製造年が全部違います!つまりそこさえ見ていれば追求せずとも誰がどの回答をしたのかが分かるという訳です!なんて天才なのでしょう!ラブ探偵千花がここ最近生徒会室に漂うラブの気配を見抜いてみせますよ!

 

「...僕の事嫌い...人はYES。...人はNOを出して下さい。」

 

あ、考え事をしていて聞き逃してしまいました。でもところどころ聞こえた単語からどうせ「僕の事が嫌いな人はYES」とか言ったんでしょ石上君。全く石上君はもう...。当然NOです!

 

「えー結果は...全員コインの裏です!みんな石上君の事分かってるんですからね!」

 

よかった。NOが石上君を嫌いじゃない、で合ってましたね!ちょっと不安だったんですよ〜。でもこれで石上君も分かったでしょ?ここにいるみんな石上君の事嫌いじゃないんですよ!

 

──────

 「すみません。死にたいので帰ります。」 

 

え?何で皆さんNOに投票しているんですか?藤原先輩も!てっきり私だけだと思っていたのに...。というか石上のあの様子、普段とちょっと違うような。そういえば今日、教室で石上に対する視線が違ったわね。

 

「ちょっと先輩達、気になることが失礼しますね。」

 

そう言って私は生徒会室を後にした。

 

 

 

 「ねえこばっちゃん。今日石上の様子が何かおかしかったんだけど何か知らない?」

 

「え?ミコちゃん知らないの?あぁ...ミコちゃん昼休みいなかったしその後はあんまり話してないししょうがないか。実はね...」

 

 

そこで私は石上の中等部時代の事件の真実を知った。

 

「あれ?それは?」

 

こばっちゃんが持ってる紙がつい気になって尋ねる。

 

 

「ああ、これはなんか石上が書いてたものらしくて。ほら、夏休みの読書感想文、石上賞とったでしょ?で、それが今日返ってきたらしくて私が石上に返すように先生から頼まれたの。」

 

「ちょっと見せて。」

 

「別にいいけど。」

 

こばっちゃんの許可ももらって私はその文を読む。

 

『...こうして主人公の努力は...』『...いずれ報われる。そう私に教えてくれて...』『...君主であっても...』『...それはいつかの...』

 

「嘘...。」

 

見間違える筈がない。それは、その文字は...

 

「ステラの人のと同じ文字だ...」

 

中学の時周りに疎まれて一番苦しかった時に私を助けてくれた...何も見返りを求めないあのピュアな優しさのステラの人と似ている、なんてものじゃない。

 

「...石上がステラの人だったの...?」

 

──────

 「えー結果はー...2人でしたー。」

 

「お前もか!」

 

 

石上と伊井野が途中で抜けたのでもう俺と四宮と藤原しか残っていない。そして四宮の罠を完全に看破した俺が最後の詰めに入ろうと思ったが藤原お前もか...。そう思っていた時!

 

「白銀会長!」

 

扉が勢いよく開けられた。

 

 

「伊井野か、どうした。」

 

「今日、学校側から届いた書類、確認しましたか?」

 

「いや、まだだけど...」

 

 

今日は四宮の対処で頭がいっぱいだったからな。まあ今から業務に戻ろうとは思っていたが。

 

「なら早く確認して下さい!」

 

こんなに焦った伊井野は初めて見るな。

 

──────

 全く、騒がしいですね伊井野さんは。

 

 

「これは本当か...?」

 

「会長、どうかされたんですか?」

 

 

会長の顔が真っ青になっていらっしゃる。そして手渡された書類に目を通す。そこには一年前の事件の内容が書かれており、先日の体育祭で何も知らずに石上君を罵倒していた大友京子に関わる事件が。

 

「私が十円玉ゲームをやろうだなんて言ったから...」

 

違うわ藤原さん。あなたを焚きつけたのはこの私。

 

 

「会長。」

 

「ああ。いつもならともかく今日は心配だ。各自、石上を探そう。」

 

 

こうして職員室が大騒ぎになってから数時間経った後、生徒会室も慌ただしくなり始めた。

 

──────

 「石上は?!」

 

「家には帰っていませんでした。」

 

「あいつが立ち寄りそうなゲームセンターとかにもいませんでした。」

 

「校内を探しましたが石上君の姿は見当たりませんでした。」

 

 

どこだ!どこにいるんだ石上!その瞬間俺は石上の言葉を思い出してしまう。『死にたいので帰ります』。やめろ!なんて想像してんだ俺は!どこだ!他に石上が行きそうな場所は!

 

「...そ、それは本当なのですか早坂。」

 

「四み...や...」

 

四宮の携帯が鳴った。会話の内容からして相手はおそらくハーサカだろう。しかし問題は会話を始めてから。四宮の様子が急変した。俺はこの四宮を知っている。一年前、俺たちが初めて会った時の四宮だ...。まるで氷のような...。

 

「...目撃情報がありました。今から1時間ほど前、一人の男子高校生が崖から身を投げたと。...その男子生徒は秀知院の制服を着ており...ッ!首に...ヘッドフォンをつけていたようです。」

 

──────

 「あ、ああああああああああ。」

 

四宮先輩の話を聞いてからどれだけ時間が経ったのか分からない。石上は...ステラの人は...私をいつも助けて、支えてくれた人を私は救えなかった...。

 

「俺がちゃんといつも通り業務を行なってあの書類を早く確認していれば...」

 

「石上君は私たちに何か話があるようでした。それに応えていれれば...」

 

「私があんな提案なんてしなければ石上君は...」

 

 

みんながこんなに悲しんで...こんなに涙を流しているのにあんたの事が嫌いな訳がないじゃない!見返りを求めないその優しさに私は救われた。それから私はあんたを色んなところで助けてきた。でもそんなあんたは私に何の感謝もしなかった事からあんたに怒った日も少なくなかった。でもあんたがあのステラの人なら...今ならこばっちゃんが言った事が分かる気がする。きっとあんたも私を助けてくれてたんだ。イヤホンが抜けてた時もそう、あんたは自分が泥を被る事で私を助けようとしてくれてたんだ。それを私が気づかなかったからで...。遅くなったけどごめんね石上...。私を助けてくれてありがとう。

 

──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────

 「目は覚めた?」

 

「あ、ええと...あなたは!」

 

「何であんな無茶をしたの!後少し発見も何もかもが遅くなったら死んでたのよ!」

 

「でも僕は...」

 

「色々と聞いたわ。でもね!私は優の事嫌いじゃないわ!」

 

「先輩...。」

 

「だからもう二度とこんな事しないで...。」

 

「...。」

 

「第一!おばさま達が優の事嫌いになるわけないでしょ!御行もそんな人じゃないって!でもそう考えてしまうくらい追い込まれてたんだね...。」

 

「ッ!」

 

「私は優にいなくなってもらいたくなかった。何か辛い事とか悩みとか話してくれていいから!優だって今まで私の悩みとか聞いてくれたし。」

 

 

「...ありがとう。マキ先輩。」 




自分はどんなに暗い話であっても最後はハッピーエンドにしたいって考えています。

あと誤解されるかもしれませんが僕は石上君が大好きです。なので次作は石上君が主人公か報われる話でも書きたいと考えています。

長かったですが読んで頂きありがとうございました。感想とか書いてくれると嬉しいです。


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四宮かぐやは惚気たい

突発的に思いつき、勢いで書いてしまったかぐや様短編です

作中出てくる影島とは高校二年生で早坂同様四宮家に仕える近侍です(架空キャラ)

女子にキモがられるという理性を無視すれば教室の真ん中で下ネタを叫ぶ事に何の躊躇いもないような男です。


 それは秀知院の文化祭、奉心祭の後の話。

 

「早坂知ってる? 初キスがレモンの味ってのは嘘なのよ!」

 

かぐやの様子は普段とまるで違う。彼女はつい先ほど学園の屋上、後夜祭の時に人知れず想い人の白銀御行と結ばれた。そして念願のキスまで。今の彼女は恋愛脳が全てを支配したいわばアホである。

 

「そ...そうなんですか?」

 

その惚気を聞いているのは早坂愛。彼女は恋に憧れておりそして主の恋愛頭脳戦で度重なる活躍をしてきた女である。主とその想い人が結ばれた事を心から祝福し、そしてその生々しい話に内心ドキドキしながら耳を傾けている。彼女もまた、恋に恋する乙女なのである。

 

「会長はちょっと前までアメリカンドッグを食べていたからケチャップの味がしたわ!」

 

数刻前まで大して変わらなかった筈なのにもうかぐやは早坂よりもずっと遠くまで行ってしまったのだとこの時早坂は思った。

 

「でも少し手間取ったわ! 唇を合わせるまでは大変なのですがその後が大変で!」

 

「ちょっと待って下さいかぐや様! キスとは! 唇を合わせるのがゴール! その先なんてないんです! 一体何をしたんですか?!」

 

話のあまりの飛躍にかぐやと早坂はドアがノックされた事にも気づかない。

 

「あらあら! 早坂は何も知らないのね? いい? 恋人同士がするキスってのはね? ──」

「失礼します。お嬢様、本家──」

「唇を合わせながらこう...舌を絡ませてやるのよ!」

 

──────

 影島は四宮家に仕える近侍である。主のかぐやとは異性であるため同僚の早坂ほど距離は近くはないがそれでも良好な関係を築いている。かぐやも早坂もできないような事を彼は担ってきた。そして彼も、かぐやの恋愛頭脳戦を支えた一人である。そして先ほど、四宮本家から遣いが来た事を知らせるためにかぐやの部屋をノックした。

 

が、返事がない。もう一度ノックをするも...やはり返事がない。

 

「(ヘッドフォンで音楽でもお聞きになられてるのだろうか...?)」

 

しかし緊急性は低いが必要性のある事柄。彼はドアノブを引いて主の部屋へと入った。

 

「失礼します。お嬢様、本家──」

 

本家の遣いの方がいらっしゃってます、と最後まで言葉を紡ぐ事ができなかった。なぜなら...

 

「いい? 恋人同士がするキスってのはね? 唇を合わせてこう...舌を絡ませてやるのよ!」

 

どう考えても異性の自分が聞いてはダメな内容だったからである。

 

「失礼しました。話が終わりましたら居間にお越しくださ──」

 

「逃がしませんよ影島」

 

即座に踵を返して撤退しようとしたが早坂に腕を掴まれ失敗に終わる。

 

「あ! 影島も聞いて! さっき会長とね!」

 

早坂はこの羞恥に自分一人では耐えられないと思い、そしてかぐやは異性であろうが信頼している影島にも惚気たいと思い、影島の来訪を歓迎した。そして影島も併せてかぐやの惚気談は再開する。

 

「だからこう、お互いの舌を絡ませあったらすごく幸せなのよ!」

「〜〜〜〜!!」

 

そのかぐやの惚気に早坂は最早羞恥で赤くなっていた。一方三人目の参加者の影島は...

 

「(えっ? それだけ? 早坂が真っ赤になるほどだからもっと...それこそ突っ込んだ内容だと思ったけど)」

 

この男。かぐやや早坂と違ってピュアではない。二人は知らないがかぐやが言った内容など数年前に経験している。そしてその先も既に。

 

「影島君。遅い...ってどうしたんですかかぐや様」

 

「ママ?!」

 

影島が言った本家の遣い。それは早坂奈央。早坂愛の実母である。

 

「あら! 奈央さんも来ていたのね! 聞いてくれる?」

 

かぐやの思考は幼児レベルに退化している。早坂や影島にしたように惚気てマウントを取ろうとする。

 

「あら、初々しいですね。それなら──も──も既に?」

 

「えっ?」

 

「──とか──とかも付き合いだしたらしますよね? かぐや様は──の経験は?」

 

「えっ?!」

 

レベル5の勇者が魔王に挑むが如くのレベルの差。散々人を赤面させてきたかぐやだが明らかにレベルの違う猥談に着いていけず赤面する側となる。尚、この小説はR-18ではないため奈央の発言は一部音割れしている。

 

「お嬢様、やっぱりアホですよね。子持ち既婚者相手にマウント取ろうだなんて。早坂がいる時点で早坂のお母さんはそれ以上の事を既に経験してるのは確定なのに」

 

「やめて。人の親のそういう事を考えさせないで」

 

本日の勝敗 かぐや、早坂の敗北




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