DQ5 花、ふりしきり (越路遼介)
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第一話 革命

 このドラクエ5の二次創作小説は私の小説の中でも、かなり初期に書いたものです。ハーメルンに再投稿するに伴い、誤字脱字の訂正、そして若干改訂もしています。


 世界最大の都市、ラインハット。だが凡庸な王デールの治政になってからはその言葉もすでに過去形となっている。政治は乱れ、税の徴収も厳しく貧富の差も激しくなった。

 ここはラインハット城下、悪政が引かれているだけあって雰囲気は最悪のようだった。人々は疑心暗鬼に陥り、弱いものはただ、泣いて暮らす毎日だ。

 

 夫を亡くし、子供が残り、そしてその身が病魔に冒されていても王国は容赦なく税を取るだけで何もしてはくれなかった。そんな不幸な境遇を持つ女が城下で物乞いをしていた。彼女の名前はメル、息子の名前はレン。

「お願いします…。せめて1ゴールドだけでも…」

 物乞いに身を落とした一人の女、年のころは二十代前半だろうか。かたわらには息子レンがいる。

「やかましい!! 俺がもらいたいぐれえだよ!!」

 と男にあえなく突きとばされてしまい転倒してしまった。レンはそんな母に駆けよった。

「お母さん! ちくしょう、よくもお母さんを!!」

 と殴りかかるが男に突き飛ばされてしまった。

「あぐっ!」

 小さな体がむなしく吹き飛ぶ。

「レン…」

「ちきしょう…」

「ごめんね…。お母さんが病気で働けないばかりにあなたにこんな惨めな思いをさせてしまって…」

 レンはそれに答えずにうつむいている。そんな息子を不憫に思うばかりだ。だがその視線の先に人の良さそうな若者を彼女は見つけた。王城をぼんやりと眺めている。

 

(外壁からの侵入はムリそうだな。外堀から入るのにも小船がいるなあ)

 メルは立ち上がり、その若者に声をかけた。

「もし…」

 考えごとしていた若者は声の主に振り向いた。

「何か?」

「お願いします…。せめて1ゴールドだけでも」

 若者は薄汚れた女に少しとまどったようだが、その後ニコリと笑った。

「いいですよ」

 と懐から5ゴールドを渡した。

「こんなに…ありがとうございます。これで息子にパンを食べさせることができます」

 

「それにしても…城下はひどい有様ですね。僕は昔、この国に来たことがあるのですが、とても活気があってよい城下町だった。いつからですか、こんな苛政の地となったのは?」

 メルは小声で答えた。

「恐れながら…。デール様が国王となってからです。デール様は母親の太后様の言いなりとか」

「そうですか…」

 若者の歳は十七歳くらいだろうか。メルより六つ七つは年下であろうが、彼の持つ気品と威厳は年上の彼女もうっとりして見つめてしまいそうだ。

「教えてくれてありがとう。助かりました」

 と言いながら、若者は懐から20ゴールドを彼女に渡した。

「いえ、私そんなつもりでは」

 若者はニコリと笑い、メルに向け優しく言った。

「坊やがパンを食べられても母親のあなたが食べられなければ意味がないでしょう。では」

「あ、ありがとうございます。私はメル、貴方のお名前は」

「名乗るほどのものではないですよ。では」

 若者はその場を去っていった。レンは母親に駆け寄っていった。

「お母さん、よかったね。優しいお兄ちゃんで」

 メルは若者の背中をしばらく見ている。彼女のこの後の人生で今の若者が大きく関わってくることになろうとは彼女自身、予想もしていなかったであろう。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 数日後―――

 いつも物乞いをしている場所にあの親子はいなかった。この日メルは持病の肺病がやや悪化し、家にこもっていた。だが家と云ってもようやく雨露がしのげる程度なボロ家である。

 

「ゴホゴホッ」

 痛々しい咳が狭い部屋に響く。そして今日はこの親子に不幸な来客があった。親子に金を貸した高利貸しである。メルは夫の葬儀の際に金が無く、やむなくこの男に120ゴールドを借りたのだ。

 メルの夫は農夫であったが、あまりの太后の悪政のため国王デールに農夫仲間と共に直訴を試みた。だが密告により太后にそれを察知され、捕らえられ裁判も無く処刑された。反乱者の家族と云うことで城下では迫害され、葬式をするにも、わずかな蓄えも根こそぎ国に取られてしまった。だからやむなく借金をした。

 借金の額は今では利子により300ゴールドとなっていた。男はいかにも金回りの良さそうな太目の男。顔は好色そうであった。メルは知らない。直訴を密告したのはこの男ガラードだと云うことを。

 

「メルさん、こっちも商売なのですよ。お貸しした300ゴールド、耳を揃えて返してもらえませんかねえ」

「…そんな大金ありません。それにお借りしたのは120ゴールドではありませんか…」

「世の中には利子というものがあるのですよ。ウチはまだ低金利な方なのですよ」

 そう言いつつ、ガラードはメルのうなじを卑猥な目で見つめた。

 

 

 この日、城下町は晴れていた。季節は春。桜が咲いていた。思わず空や桜を見上げ深呼吸の一つもしたくなるところだが

 

「う~ん…。偽太后の正体をあばくラーの鏡も手に入れた今、あとは城に踏みこむだけなのだが、警備が思いのほか厳しいな。蹴散らすのは僕とヘンリーが力を合わせれば造作もないけど、後々王になるかもしれないヘンリーがそんな力技を使うのは印象が悪い。それに太后にどんなモンスターが化けているのか分からないしなあ…」

 先日、メルにゴールドを渡した若者、城の外堀の縁に立ち止まった。

「やっぱりヘンリーを勝たせるためには警備兵といちいち戦っていてはダメだ。二人とも無傷に近い状態で偽太后にたどりつかないと。となると夜に乗じて外堀から秘密裏に侵入するしかない。しかし船がない。最悪の場合は泳いででも…いや待てよ。これほどの警備体制だ。堀に四十や五十の肉食魚を放し飼いしていても不思議はないな…。ん?」

 若者は城下町をうろうろしているうちに、あばら家の軒先に小船があるのを見つけた。

「あ、あった! まさに文字通り、渡りに船だ。素人の作りみたいだけど頑丈そうだ。十分使える! よし持ち主にかけあって…」

 

 家の中から子どもの怒鳴り声がした。

「ヤメロォッッ! お母さんに何をするんだ!」

 ガラードはメルをベッドに押し倒そうとした。メルは無い力を振り絞り激しく抵抗する。そこにレンがガラードに飛びかかったのだ。

『やかましい!』とガラードは怒鳴り、まだ七歳程度のレンを容赦なくひっぱたいた。彼は倒れたレンの襟首をつかんで起こし、まだひっぱたこうとしている。

「レン! 何を…!」

 ガラードを止めるべく、メルはベッドから降りるが、そのまま床に崩れるように倒れてしまった。

「ハアハア…ゴホッ」

 もう呼吸もままならないものの、メルの目はガラードを睨み付けた。そんな睨みなど全く意に介さず、ぬけぬけと彼は言い放つ。

「簡単な話だ。病気でくたばっちまう前にいただくものいただきましょうってことですよ」

「…私が罹っている病は移るもの。私を抱けば死にますよ」

「下手な嘘は言いなさんな。なら何でガキはいつもアンタのそばにいるのです?」

 ガラードはレンを床に放り投げた。

「レン!!」

 確かに彼女はいま嘘を言った。どんな理由があろうと、こんな男に抱かれるなんて耐えられない屈辱である。

「さあさあ、俺に抱かれるだけで借金棒引きなんですよ。逆に感謝して欲しいくらいですなあ。おとなしく服を脱ぎな、それとも無理に脱がしてあげましょうかねえ?」

 

「…レン…お外に行っていなさい…」

 恥ずかしさと悔しさの中でメルは服を脱ぎはじめた。瞳からは涙がポロポロと落ちていた。

(ちくしょう…ちくしょう…ッ! あなた…ごめんなさい…)

 メルは心で無念の中に死んでいった夫に詫びていた。レンには母親が服を脱ぎ始めた理由が分からなかった。

「お母さん?」

 

 その時、ドアが勢い良く開けられた。そこにはメル親子にゴールドを渡した若者が立っていた。

「すいません。ノックはしたのですが返事がなかったので。実は軒先にある小船を譲っていただきたいのですが」

 ガラードはせっかくメルが服を脱ぎ始め、彼女を抱けると思っていたに邪魔が入ったことに苛立ち、若者に凄んだ。

「ああ? いま取り込み中だ。あんなボロ船欲しければ持っていきな」

「…貴様には聞いていない」

「なんだとォ」

 そんなガラードを無視して話を続ける若者。

「僕の見たてでは…そうですね。300ゴールド!これで足りますか」

「あ、あの…」

 そんな高価なわけがない。メルの亡き夫が趣味の釣りのために作った素人作品なのだから。

「いや、助かります。ちょうど、ああいう小船を探していましてね」

 若者は300ゴールドが入った革袋をメルに手渡した。小声で

「調子を合わせて下さい。小船が欲しいのは本当なのですから」

 と、メルにつぶやいた。

「分かりました。お売りいたします。ガラード!」

 メルはガラードの胸元に革袋を突き付けた。

「これを持って、とっとと消えて下さい。借用書も渡して」

「ちっ…」

 革袋の中を確認するとまぎれもなく300ゴールド入っていた。

 

「余計なことしやがって…」

 ガラードは若者を睨む。

「ナイト気取りか、小僧。こんな病気もちの乞食女、俺の性欲処理くらいにしか役に立たな…」

 聞くに堪えない下卑た言葉。若者はガラードの胸倉をつかみ片手で自分より体重のありそうな彼を簡単に持ち上げた。

「二度とこの親子に近づくな。また妙なことを考えたら湧いてきたら僕の今の目を思い出せ。わかったな」

 ガラードは鋭い若者の眼光に怯えた。歴戦の強者が醸し出す雰囲気、借金で女を脅して我が物にしようなんて思う三流以下の男は震えるしかなかった。

「はい…」

 それを聞くと若者はガラードを床に放り投げた。眼下に見下ろし、すさまじいまでの烈迫を放った。

「失せろ!!」

 ガラードはほうほうのていでその場を去っていった。メルは衣服を整えながら立ち上がり若者に礼を言った。

 

 

「ありがとうございます。お金は必ずお返しします…」

「いや、本当にあのお金で小船を買ったのです」

「し、しかし、夫が亡くなって使わなくなり埃だらけ。いくら私でもあんな小船が300ゴールドの価値があるとは」

「あるのです。僕と仲間には」

 若者が本気で言っていることがようやく分かったメル。

 

「では…ありがたく、そのお金でお売りします。借金も無くなって、しかも追い返してくださり…何とお礼を言えば…ゴホッ、ゴホッ!」

 借金とガラードの干渉が無くなったことで気持ちが楽になったか、同時に胸の苦しみが襲ってきた。激しく咳き込む。

「お母さん、ほら横にならなきゃ」

 レンは幼いながらも母を精一杯気遣っている。若者にはそんな少年がまぶしく見えた。

 

「…見たところ肺の病のようですね。どれ、横になってみてください」

「え、ええ…」

 メルは若者に言われるまま仰向けになった。

「ちょっと失礼」

 若者はメルの胸元に軽く触れた。

「……ベホイミ」

 メルの全身を光が包む。

「どうですか?」

「…!? く…苦しくない…治っている? …こ…こんなことって…」

「お母さん! 本当!? 病気治ったの?」

 レンの目から大粒の涙があふれてきた。

「あああッ! なんとお礼を申し上げて良いのか! ありがとうございます、戦士様! このご恩は一生忘れません!!」

 メルは両手を合わせ若者に心から礼を言った。

「いえいえ、困った時はお互い様です。僕も船が入手できて助かりました」

 

「お兄ちゃんありがとう。グスッ」

 レンは泣いて若者に礼を言った。

「…坊や、名前は?」

「レン」

「レンか、良い名前だ」

 そう言いながら若者は腰を下ろし、レンの背の高さに視線を合わせた。

「いいかいレン、君は男の子だ。お母さんをしっかり守ってあげるんだよ」

「うん」

「僕にはもう守ってあげたくても守ってあげられるお母さんがいないんだ。親孝行をすることがもう出来ないんだ。だからレンがとても羨ましい。お母さんを大事にするのだよ」

「うんっ!」

 レンはソデで涙を拭いて元気良く若者に答えた。メルは思った。息子もこの若者のように育ってほしい。いや、きっとこの若者のように育つであろうと思った。レンは若者を尊敬と憧れの目で見ていた。まるで父親や歳の離れた兄のように。きっと息子はこの若者のようになることを目指すはずだ。メルはそう思った。

「うん、いい返事だ」

 若者は優しい笑顔を見せ、レンの頭を大事そうに大きな手で撫でた。レンは嬉しそうだった。立ち上がった若者はメルの方を向いた。

「それでは小船、大事に使わせていただきます。後ほど取りに伺いますね」

 若者はペコリと頭を下げて、立ち去ろうとする。

「お願いします、せめてお名前だけでも!」

 メルには若者が名乗らないことは分かっていた。何か名乗れない事情があると感じていた。しかし聞かずにはいられなかった。若者は照れくさそうに笑った。

「ははは、名乗るほどの者じゃありませんよ。それじゃ」

 

 若者はメルの家から出て行った。レンは若者を追うようにドアを開けた。

「お兄ちゃん、ありがとう!!」

 若者は少し振り返り微笑んだ。メルも家から出て、若者の姿が見えなくなるまで見送っていた。そして心の中で何かが芽生えた。いつのまにか顔が赤くなっていることを自分で感じた。

(…あたしったら何を考えて…でもダメよね…。あれだけの若者なんだもの。かわいい恋人の一人や二人…。こんなオバさんなんか…。だけど…ああ…ごめんなさい。あなた…)

「どしたの。お母さん。顔赤いよ」

 気がつけばレンがキョトンとした顔で自分を見上げていた。

「え? いや何でもないわよ…」

「ふーん…」

(何考えてんの…私は…)

「そうだ! お母さん。お兄ちゃんが取りに戻るまでお船を掃除しとこうよ! 綺麗なお船を渡したいじゃん!!」

 我が子ながら名案を出すものだとメルは思った。そして颯爽と腕をまくった。

「そうね! お船を綺麗にしましょ!」

「やろうやろう!!」

 レンは元気な母親と一緒に何かをやれることがものすごく嬉しかった。親子はすっかり元気を取り戻した。若者はゴールドだけではなく、親子が元気になるキッカケも与えたのであった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 翌日の夜。このラインハットで革命が起きた。革命の首謀者はずっと行方知れずであった先代の王の嫡男ヘンリー王子。そしてその横にあの若者がいた。

 二人はメルより購入した小船で外堀から城内に侵入し、地下牢にて捕らわれ人となっていた本物の太后を救出し悪政をしいていた偽の太后を倒したのである。彼らはたった二人で革命を成功させてしまったのだ。

 城のテラスからシスターと思える女性と同志の若者を伴い、領民の前にヘンリーが姿を見せた時、ラインハット城下町は歓喜の声で沸き上がった。

 

 メル親子も、苛政の限りを尽くしていた憎き太后を倒したヘンリー王子を見るべく、城へと赴いた。城に来た領民には小さな国旗が配られた。領民はヘンリーに向けてそれを振り、革命の成功を讃えた。メル親子も心から革命の成功を喜び、ヘンリーに向けて国旗を振った。そしてその時にヘンリーの横にいる若者に目が止まった。

 

「ああっ!!」

 ヘンリーの横には昨日自分たちを助けてくれた若者がいた。メルはビックリして思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

「お、お母さん。あれ、あのお兄ちゃんだよ!!」

 レンも驚いている。メルは若者が名乗らなかった理由を今すべて理解できた。革命を起こそうとしているのに、おいそれと城下町で名前を言えないのは当たり前である。

 

「まさか…ヘンリー王子と同志の方だったなんて…」

 彼が王子のそばにいたのなら、二人だけの革命の成功もうなずける。戦いには素人のメルでさえ、若者がケタちがいに強いことは理解していた。だから彼女は若者のことを『戦士様』と呼んだのだ。

 

「お母さん! お兄ちゃんがこの国に住むのだったら毎日会いに行けるね!」

 レンはよほど若者が好きになったのか、革命の成功よりそっちのほうが嬉しそうだった。しかしメルにはそう簡単に会うことができない人と云うことは分かっていた。このままラインハットに留まったとしたら、彼がヘンリーの第一側近になることは明白である。ヘンリー、デールに次ぐ立場になってしまう。もはや一領民が会ってもらえる身分ではないのだ。

 メルは残念に思うものの、彼がヘンリーと共に治世を行えばラインハットは生まれ変わる。良い方向良い方向へと変わっていくだろう。今はその喜びを心から祝おう。メルはそう思い再び国旗を振った。

 若者はテラスからメル親子を見つけた。メルと目が合う。元気に旗を振るメルとレンを見た若者は嬉しそうに手を振って応えた。

 

 やがてヘンリーは親友の若者と革命の協力を惜しまなかった美しいシスターの名前を領民に紹介した。シスターの名前はマリア。ヘンリーの妻となる女性である。そして若者の名前は…リュカ。後のグランバニア王である。

 自分の自慢のように、二人を紹介するヘンリーに領民は応えるように『マリア様』『リュカ様』と歓呼した。無論、メル親子も。

「リュカ様…その名前、私も息子も一生忘れはしないでしょう」



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第二話 城へ

 翌日、レンは「城に行きたい」と言い出した。しかしメルは中々腰を上げようとしない。

「ねえ、お母さん。リュカ兄ちゃんに会いに行こうよう~」

「ダメよレン。もうあの人は雲の上の存在…会っていただけるわけないの」

「そんなの行ってみないと分かんないじゃんか」

 

 ヘンリーは王にはならなかったものの、宰相として以後デールを補佐していくこととなった。一国の宰相の側近となったかもしれない人に一領民の自分が会ってもらえるわけが無い。

 メルがそう考えるのも無理はなかった。だが幼いレンにそれは理解できないことである。強引にメルの手を引っ張り城へ行こうと聞かない有様だ。

「こら、離しなさい!」

「やだ。一緒に行こうよ~」

 と、レンが玄関のドアを開けた時であった。

 

「あっと」

 ラインハットの軍装をした兵士がそこに立っていた。メルはレンの手を解き、兵士に訊ねた。

「あ、あの何か?」

 兵士は敬礼をして

「メル殿とレン殿ですね。宰相閣下がお召しゆえ、お迎えに上がりました!」

「は?」

(何…? 殿って…)

 兵士をよく見ると、その後ろには馬車が用意してあった。

 宰相閣下とはヘンリーのことだ。

 

「さあお乗りくださいませ。宰相閣下がお待ちです」

「いや、あの、お人違いなさっています。私たち親子が宰相様に呼ばれるなんて恐れ多いことが…」

 

 しかしレンはさっさと馬車に乗ってしまった。生まれて初めての馬車に嬉しそうに乗っている。

「何言ってんだよお母さん。その人、俺たちの名前を呼んだじゃんか!」

 確かに兵士は自分たちの名前を呼んだ。しかし俄かには信じられなかった。自分が王室に呼ばれるなんて考えたことも無かったのである。兵士はとまどうメルに改めて言った。

「さあメル殿、お乗りください」

 

 

 しばらくすると馬車はラインハットの城門をくぐった。戸惑いながら馬車から降りると、メルの前に青い法衣を身に纏う金髪もあざやかな美しい女性が立っていた。

 昨日、ヘンリーの横に立っていたシスターのマリアである。

「お待ちしておりました」

 急いで平伏しようとするメルの手をマリアは取った。

「そのような振る舞いは不要です。さあこちらに…」

 メルとレンがラインハットに住むようになって久しいものの、城に入るのは初めてであった。マリアに案内されているメル親子は城の優美さにただ見とれていた。そしてメルは恐る恐るマリアに訊ねた。

「あの…リュカ様は…」

 マリアは立ち止まり、メルに振り向いて答えた。

「残念ですが、リュカさんは本日早朝に城を発たれました。まだあのお方には成すべきことがございますから…」

 リュカは城に留まらず、再び旅に出たことを告げられた。身分はあの時のままなのだ、とメルは何となくホッとしたが会えないことは残念だった。改めてお礼を言いたかったのに。

 

「…そうですか…」

「お母さん、そんなにガッカリすんなよ。いつかきっと会えるって!」

 レンは母の腰をポンポンと叩いた。自分だって残念と思っているだろうに、レンはそれを表に出さず母親を励ました。

「え?」

「お母さん、リュカ兄ちゃんが好きなんだろ?」

「な…何言っているのこの子は!」

 メルは顔が真っ赤になった。

「だってこないだリュカ兄ちゃんが帰ったあとずぅ~とポーとしていたじゃんか。お船を掃除しているときも時々今みたいに顔赤くしていたしさあ」

「あ、あれは病み上がりで少しだるかったから! お母さんが好きなのは死んだお父さんだけなの! ホントにもう、マセた子ね」

 必死に弁明しているが、メルがリュカに恋心を抱いているのは七歳の子供から見てもモロバレであった。

「ふぅ~ん、でも寝言でリュカ様って言っていたの、俺聞いちゃったんだけど」

「エッッ!?」

「へへ~ん、嘘だよ~」

「こらッ!」

 

 マリアはあっけに取られて親子を見ていた。それに気づいたメルは慌てて取り繕った。

「し、失礼しました」

 クスクスとマリアは微笑を浮かべた。

「いいえ、仲の良い親子で羨ましいですわ」

「は、はあ…」

「さ、つきましたよ。ここであの人がお待ちです。お入りください」

 

 応接間に通された二人はヘンリーに会った。リュカに劣らないほどの気品と威厳を持つヘンリーにメルは思わず平伏した。

「そのように畏まらず、こちらにお座りください」

 マリアがメルの肩に触れ、ヘンリーと向かいのソファーに座るように促した。恐縮してそのソファーにメルとレンは座った。

 

「そんなに緊張することはない。肩の力を抜いてくれ」

 ヘンリーは親子を気遣った。そして改めて自己紹介をした。

「よく来てくれた。私はヘンリー」

「マリアです」

「わ、私はメルと申します。この子は私の息子で」

「レンです」

 母親の紹介がじれったくなったのか、レンは自分で名前を言ってしまった。しかもレンは母親と比べ、さほど緊張している様子ではなかった。子供ゆえに状況をつかめなかったのか。それとも肝が太いのか。ともかくレンはヘンリーに堂々と名乗った。

「うん、中々いい面構えをしているな。ガキのころのアイツと似ている」

 ヘンリーはレンを嬉しそうに見つめた。褒められてレンは顔を赤めた。幼いレンでもヘンリーの云う『アイツ』が誰であるかは分かったからだ。

 

「急に呼び出してすまなかった。だがどうしてもそなたたち親子に会ってみたくてな」

「あの…私どもに何か…」

 ヘンリーは語った。まず船を提供してくれた礼。そしてかつてデールに直訴を試み偽太后に殺されたメルの夫に対して詫びの言葉と名誉回復のための発布を国内に伝達し、義勇の士として慰霊碑も作り、ラインハットの史書にその名を刻むことを約束した。

 無論、夫と同志だった農夫仲間も同様であった。そしてかつて没収したメルの夫が残した蓄えも倍額にして返済したのである。

 

「あ、ありがとうございます…。夫もこれで…」

 メルは感涙にむせびヘンリーの思いやりに感謝した。

「お父さん、すごいや。義勇の士だって! カッコイイ~」

 義勇の士と云う意味がレンに分かったのかは不明だが、レンは父親の名誉が回復したことは分かったようだ。

 

 一通りの用件を言い終えると、ヘンリーはメルに訊ねた。

「立ち入ったことを聞いてすまないが、そなたたち今後の身の振り方はいかがするのか」

 正直、親子には今後の生計を立てる算段はなかった。たった今返済されたゴールドも働かなければ、すぐに尽きてしまう。

 しかし病気も治ったことだし、城下の酒場やレストランで給仕でもしようかと考えていた。

「ええ、リュカ様に体も治していただけたことですし、そろそろ仕事に就こうかと思います。この子には少し寂しい思いをさせてしまうかもしれませんが…」

 レンの肩に触れながらメルは言う。レンは「平気だよ」と笑顔で母に答えていた。

 

「良ければ、私に仕えないか」

「…は?」

 ヘンリーはニコリと笑った。

「親子共に私に仕え、城に務めないか」

「……!?」

 信じられない言葉であった。メルは言葉を失った。つい先日まで物乞いをしていた自分が城に務められる幸運を得られたのである。

「メル殿は我が妻となったマリアの侍女として、レンは騎士見習いとして私に仕えてくれないか。そなたのように世の中の酸いも甘いも見てきた女性が妻に仕えてくれたら私も安心だし、レンは幼いが良い面魂をしている。騎士として、ものになるかもしれん。どうであろう?」

 

 メルはソファーから降りてヘンリーとマリアにひざまずいた。

「はいっ!是非お願いします!!」

 すかさずレンも母親を真似た。

「お願いします!」

 ヘンリーとマリアはお互いの顔を見て微笑んだ。マリアはソファーを降り、メルの手を取った。

「至らぬ私ですが宜しくお願いします」

「は、はい!」

「そんなにかしこまらないで下さい。私とて元はただの修道院のシスター。遠慮せず私に落ち度があるときは叱って下さいね」

 メルはここまで腰の低い『エライ人』を見るのは初めてだった。ゆえに感動してマリアに仕えることとなるのである。レンもまたヘンリー直属の騎士団の見習いとなった。

 

 今回のこの親子の幸運がリュカの口添えによることは明らかであった。

しかしヘンリーはリュカに口止めされているのか、そのことはメルには言わなかった。 メル親子はいつかリュカに再会し、礼を言うことを楽しみにしながらラインハット王家に仕えていくのであった。

 

 そして…九年の歳月が流れた。



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第三話 双子

 ラインハットはあれから平和であった。凡庸であった国王のデールも兄ヘンリーの補佐を得て、徐々に名君として変貌しつつあった。

 また、デールは妻を娶らなかった。かつて兄ヘンリーと弟である自分が王位継承問題の修羅場に巻き込まれた辛い経験。これを兄の息子、デールにとっては甥にあたるコリンズに味わわせたくは無かったのだろう。

 とはいえ、彼も男盛りを迎えている人の子。何人かの愛妾は側に置いていたようだ。しかし決して子を成そうとはしなかったらしい。

 

 メルは献身的にマリアとヘンリーに仕えた。マリアも彼女を重用し、公私ともに悩みができた時は相談した。まるで本当の姉妹のようだと、横で見ているヘンリーはよく思っている。

 レンは十六歳となっていた。今ではラインハット三指に入るほどの槍の名手であり、王立学院も優秀な成績で卒業した。

 現在は王国騎士団の騎士となり国中の若い娘のあこがれの的でもある。彼は母親自慢の息子となった。

 

 そんな平和な日常が続いているある秋の日、国王デールと宰相ヘンリーに目通りを願う四人の主従が来た。一人は緑色の鎧を纏う若き騎士、もう一人は全身に皮の鎧を纏う太目の男。残る二人はまだ十歳にも満たない男の子と女の子の双子である。

 目通りを願う者は多々いるが、この日に訪れたこの旅人たちは事情が違った。ヘンリーが男の子の背負っていた剣を見た途端に顔色を変えたのだ。当初は謁見の間にての目通りだったが、急きょ、応接間に通されマリアも呼び出された。

 目通りの儀でヘンリーが妻マリアを呼び出すのは異例な事であるからマリアもその四人に何か秘密があると直感した。

 自室でメルと談笑していたマリアは呼び出しの知らせを伝えに来た者に答えた。

「わかりました。すぐに伺いますわ。メル、しばらくしたらお茶をお持ちして」

「かしこまいりました」

 マリアはスタスタと応接間に向かい歩いていった。

「大切なお客様のようね。良いお茶とお菓子を選ばなくちゃ」

 

「お初にお目にかかります。私はサンチョ。グランバニア王に仕えし者です」

「同じくグランバニア騎士団にて騎士団小隊長を務めておりますピピンと申します」

「王女のポピレアです」

「王子のティムアルです」

 ヘンリーはこの日初めて知った。親友リュカもまた王であったこと。あの日サラボナで結ばれたビアンカと云う女性と双子を成したと云うこと。そして何より衝撃的なことはリュカが愛妻ビアンカと共に行方不明と云うことであった。

「では…もう七年も?」

「左様でございます、宰相閣下。我らも国を上げて捜索したのですが手がかり一つ得られずの有様でございます」

 サンチョはヘンリーに答えた。サンチョは正直に言うとラインハットにあまり良い印象は持っていなかった。かつて主人パパスとリュカの帰りを待つべくサンタローズにいた時、ラインハットの軍がパパスをヘンリー王子誘拐の犯人と決めつけ町に攻め、罪の無い人々を殺して町を廃墟にしたからである。命からがら逃げた彼は、それ以来、ラインハットを毛嫌いしていた。

 しかし、ヘンリー帰還後のラインハットは様相を変え、今では国内外に善政をしいている。サンチョは過去の経緯は忘れ、主君の友に協力を仰ごうと思ったのである。

 

「いいでしょう。他ならぬリュカ殿のこと。我が国も総力を上げて捜索を開始いたします」

 快くデールは了承した。しかしヘンリーは弟を諌めた。

「陛下、この問題はリュカ、いやリュカ殿個人を探せば済む問題ではございません。ビアンカ殿を拉致したのは聞けばあのゲマ一党。あの光の教団が絡んでいるのは明白です。ラインハット全軍を上げてリュカ殿、ビアンカ殿の捜索救出に動けば我が国も光の教団と敵対関係となるのは必定。おいそれと引き受けられませぬ」

 

 この諌言はデールにとって意外であった。リュカはヘンリーの親友。共に奴隷となっていた時代には刎頚の友として誓い合った仲なのだ。それがリュカを探し出すことに反対意見を述べたのだ。

「何を言うのですか宰相! 他の人物ならいざ知らず、リュカ殿を捜索救出するのですぞ。この国はリュカ殿に救われた国。何の手も打たないのは忘恩の徒の所業でしょう」

 ヘンリーは目をつぶり、無念そうに言葉を吐いた。

「…陛下はあの教団の恐ろしさをご存じないから言えるのです。教祖イブールはもとより、幹部であるゲマやラマダも人智の及ばない強さなのです。戦えば必ず負けます。せっかくここまで復興した我が国を再び戦火にさらすことは臣として賛同できません」

「し、しかし…!!」

 デール、そしてマリアも分かっていた。本当はヘンリーこそが一番に友を探しに行き、助けたいと願っていることを。だが母国ラインハットのことを第一に考えるとそれは許されない。サンチョもピピンもそれは理解できることであった。応接間に沈黙が流れた。

 

「おじさん…」

 ティムアルがヘンリーに話し掛けた。

「な、何かね?」

(おじさん…?)

「おじさんはお父さんと親友なんでしょ? お父さんてどんな人なの?」

「ん? そうだなあ…とにかく強い男だよ。そしてとても優しい男だ」

 嬉しそうにヘンリーは親友の息子にその父親のことを語った。

「そうか…やっぱりお父さんも強いんだ!」

「それはそうよ! 私たちのパパなんだもの!!」

 ヘンリーの言葉を聞くと双子は歓喜した。以前から王家の者でない人間に父のことを一度聞いてみたかったのだ。どうやら双子も幼いながら、かなり腕に覚えがあるようだ。だがヘンリーはここで心を鬼にして双子に釘を刺した。

「しかし…その強さを持っても敵の術中にハマッてしまった…」

「え?」

 厳しい目をしているヘンリーに一同はとまどった。

「君たちのお母さん。ビアンカ殿も火炎呪文を自由に操り、剣術や鞭術も長けていたと云う。でも負けてしまった」

「おじさん…どうしてそんなこと言うの…」

 ティムアルとポピレアは泣きそうになっていた。サンチョとピピンは少し慌てている。デールとマリアもヘンリーを止めようとするが、彼は聞かない。

「ティムアル君、君は天空の剣を抜けるそうだね。これから君は勇者として、いずれ父や母を越えるほどの力を持つだろう。ポピレアお嬢さんにもその資質はあるに見られる。だが決して自分の力におごり間違った選択はしてはならない。かなわない敵と合ったら迷わず逃げなさい」

 まるでリュカがヘンリーの口を借りて双子を諭しているようだった。ヘンリーはさらに続けた。

「昔から『可を見て進み、難きを知りて退く』とある。有利と見たら進み、不利と見たら退くと云う、ごく当たり前のことだが、勝算もなくやみくもに突っ込んでいくのが勇気であるとみなし、撤退することをもって臆病とそしるのは大間違いなのだ。『可を見て進み、難きを知りて退く』を知る者こそが本当の勇者なのだ。それを決して忘れてはいけない。いいね」

 ヘンリーのこの気持ちは双子に真っ直ぐに伝わった。

「ありがとうございます、おじさま…。何かパパに言われているみたい…」

「そうか…光栄だ…」

 優しい顔のヘンリーに戻った。マリアは何か惚れ直したように自分の主人を見ていた。また先ほどとは違う沈黙が応接間に流れた。

「…コホン、しかし宰相。グランバニアとは友好を結びたいと以前から考えておりました。ですから今回のサンチョ殿の願いを全く聞き入れないのはあまりにも薄情と云うもの。少数、しかも精鋭を教団に悟られない程度に探索に当たらせましょう」

 ヘンリーはうなずいた。

「それならば良いでしょう。いかがかなサンチョ殿」

「ハイ、ありがとうございます」

 と、話がまとまったころだった。

 

 コンコン。

 

 ドアをノックする音がした。

「失礼いたします」

 メルがお茶と菓子を持って応接間に来た。目が少し潤んでおりお茶を乗せていたトレイには涙とも思えるしずくが落ちていた。ヘンリーだけがそれに気づいた。お茶を各々に出しているメルにヘンリーは小声で言った。

「メル、今のこと決してレンには言ってはならん。捜索活動にはヤツは入れない。どういう意味か分かるな」

 メルはギクリとしたように肩を震わせた。ヘンリーの危惧していることはメルにも理解できた。大恩があり、今なおリュカを尊敬してやまないレンが行方不明となったリュカを探す旅に出たら、きっと命も顧みずに捜索に当たる。時には勝手な行動も取るだろう。リュカを思慕しているからこそ、レンが優秀な騎士とは云えこの任は危険だとヘンリーは考えたのだ。

「宰相閣下のお言葉のままに…」

(そうだ…。あの子がこのことを知ったら命がけでリュカ様を…)

 

一通りお茶を配るとメルは応接間を出て行った。そして深いため息をつく。

「リュカ様が行方不明だなんて…私には何も出来ないのだろうか…。それにしてもティムアルと云う王子様。リュカ様と目が似ておられるわ」

 

「秘密裏に事を起こさなくてはならぬゆえ、申し訳ないことに歓迎の宴は見送らせていただきます。とはいえ今日はお疲れでしょう。本日は城でゆっくりと休まれるが良いでしょう」

 そういうとデールはマリアの方を見た。マリアもうなずいた。

「ではお部屋にご案内いたします。どうぞこちらに」

 グランバニアの一同はマリアに促され応接間を後にした。後にはヘンリーとデールの兄弟が残り、少し冷めかけた茶をデールは一気に飲み干した。

 

「兄上…あんな辛いことを言わせてしまい申し訳ございません…。私も少し思慮が足らなかったようです」

「いや、あれでいい。俺たち二人が反対したら救われないだろう」

 微笑みながらソファーからヘンリーは立ち上がった。

「しかし…行方不明とはな…。あんな可愛い双子を置いたままで…」

「でもまさか…リュカ殿が探してやまなかった勇者が自分の息子だなんて皮肉な話です」

 窓から城下町の風景を眺めているヘンリーは苦笑いを浮かべた。

「パパス殿にも見せてやりたかったな…。あの頼もしい孫を…。パパス殿、リュカ、そしてティムアルの三代が歩を揃えて戦えていればイブールなど一蹴であろうに…」

 ヘンリーは自分の目の前で死んでいった親友の父の最期を思い出し、涙を浮かべていた。かつてパパスに叩かれた左頬を撫でる。

「パパス殿…。必ずリュカを救い出します」



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第四話 オラクルベリー

 5主人公の息子の名前はティミー、娘はポピー、これはドラクエ5のCDシアターから引用した名前です。


 その晩のこと、城下の自宅でレンは母のメルと共に食事をしていた。しかしレンのフォークは進んでいなかった。メルはレンに訊ねた。

「どうしたの? 今日の料理、口に合わないかしら」

「いや違うんだ…。ちょっと今日城で気になることを聞いて…」

「気になること?」

 レンはフォークを置いた。

「かあさん…。リュカ様が行方不明って本当かい?」

 内緒にしておこうと周りが思えば思うほど、その本人の耳に入ってしまうものだ。メルも少なからず恐れていたことが、あまりにも早く来てしまった。

「俺、聞いたんだ…。リュカ様が実はグランバニアの王様だってこと…。そして数年前、光の教団の賊徒、馬魔ジャミとの戦いから行方が知れないってことをさ…」

「レン…」

 

 ここまで知られているからにはもう隠しことはできない。メルはヘンリーの逆鱗に触れることを覚悟して今日、応接間で話されていた内容を息子に話した。

「かあさん…俺、捜索に志願しようと思う。きっとリュカ様は光の教団の悪辣な奸計によってどこかに監禁されているのだと思う。必ず探し出し助けたい。今度は僕たちがリュカ様を助ける番じゃないか」

 できることならメルは反対したかった。捜索の旅に行かせたくなかった。しかし自分が止めることによってレンが思うことを曲げることはもっと嫌であった。母親の心配ごときで息子の決意を邪魔してはいけない。そう思った。

「行きなさい。そう、今度は私たちがリュカ様を助けなくちゃね」

 母親が賛成してくれてレンは嬉しかった。胸の支えが取れたのだろう。レンは母の料理を美味しそうに食べ出した。

 

 

 翌日の早朝、騎士団の点呼のあとにレンはヘンリーに目通りを申し出た。ヘンリーはそれを許可し、自分の執務室に来るように伝えた。ドアの前で敬礼の姿勢を執りながらレンは堂々と名乗る。

「第三騎士団第二小隊所属レン、入ります!!」

「入れ」

「ハッ!」

 レンがヘンリーの執務室に入ってきた。机に向かっていたヘンリーはレンをジロリと見て、今まで走らせていた羽ペンを筆立てに刺した。

「何の用だ?」

「ハッ、グランバニア王の捜索救出活動の担当者に私の名を入れてもらいたく思い参上いたしました」

「……」

 ヘンリーの顔色をレンは読み取り、とっさに言った。

「は、母は私に何も言ってはおりません! 私は地獄耳なのです!!」

 思わずヘンリーは吹き出した。

「そうか。ならメルはとがめまい」

 ホッとした顔のレンを見つめ、ヘンリーは訊ねた。

「レン、お前いくつになった?」

「はい、今年で十六になります」

「…俺とリュカが革命をやらかした当時とほぼ同じ歳になったわけか。あのヨゴレが立派にもなるわな。ふふ、俺も歳を取るわけだ」

 そういうとヘンリーはさっきまで自分が書いていた書簡を取った。

「レン、お前には別の仕事がある。捜索活動は認められないな」

「そ、そんな! お願いします閣下! 私や母はリュカ様に大恩が!」

「最後まで聞け!ったく…。俺はまだ朝飯食ってねえんだからスキっ腹に響くようなデケェ声出すな」

 そしてラインハットの紋章の入った書簡俺ンに見せた。

「レンよ、ラインハット宰相のヘンリーが命じる。グランバニア一行に俺の名代として共に行動せよ。そしてグランバニアの王子と王女を守れ。俺の親友の子供たちを守るのだ!」

 たちまちレンの顔がパァと明るくなった。ヘンリーがこれほど自分を信頼してくれていることも、リュカの子供たちと共に旅ができることもレンの胸を熱くさせた。

 感極まって涙が出てくるほどレンは嬉しく、かしずいてヘンリーから書簡を受け取った。

「ありがたき幸せにございます」

 レンが目通りを願ってきたことで、ヘンリーは彼が事の詳細を知ってしまったことを察した。ヘンリーはレンの身を案じ、当初は彼の願いを突っぱねるつもりであったが、突っぱねたら突っぱねたで彼は無断で行ってしまうかもしれない。主君の命に背いてでも彼は城を出て行くかもしれない。

 いや確実にそうするだろう。それほどにレンがリュカを敬愛する気持ちは強い。結果が同じなら快く送り出してやろうとヘンリーは腹を括った。すぐさまサンチョにレンの随伴を願い出た。ただ捜索するのではなく、リュカの王子と王女と行動を共にした方が双方にとっても良いことだとヘンリーは考えたのだ。

「グランバニア一行にお前のことは話しておいた。これからはリュカの子供たちがお前の主君だ。頼んだぞ」

「ハッ」

 レンは書簡を大事そうに握った。またヘンリーは破邪の剣をレンに贈った。ヘンリーがレンに寄せる期待が十分に知れる。

 

 メルは人づてにこのことを聞いた。聞かせた本人はメルが喜ぶと思い話を聞かせたのだが、メルの態度は違った。泣き崩れたのだ。そして心の底から彼女は言った。

「ああ…あの子は…レンはもう生きて戻らない…」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 レンがグランバニアのパーティーに加わり、早や半年が経とうとしていた。このころになるとレンは王子ティムアルをティミー様、王女ポピレアをポピー様と双子が国で呼ばれている愛称を親しみ込めて呼んでいた。

 

 レンは双子に色々なことを教えた。野宿の仕方、馬の乗り方、剣に頼らぬ組打ち術、そして学問と様々である。双子は王子王女と崇められ少し我が儘に育ち、世の中や大人を甘く見ている節があった。サンチョやピピンにしてもまるで蝶よ花よと双子に接する部分が多かった。

 リュカと共に旅をしていたスライムナイトのピエールはティミーの剣の師で、魔法使いのマーリンはポピーの魔法の師である。今も彼らはパーティーに加わりレンと共に旅をしているが、すでに双子は彼らを越え、もはや二人の教えでは双子にこれ以上の上達はありえない。双子もそれを知っているのだろう。年長の仲間を軽視する傾向があった。

 しかし現時点ではレンはキラーパンサーのプックルを除けば双子より格段に強い。

 

 だからレンは双子に物事を教えるときは厳しかった。

 食事においてもフォークの持ち方がダメなら怒鳴りつけ、食べ物を粗末に扱うとゲンコツを飛ばした。主君と見ていてもダメなものはダメと時にはサンチョが戸惑うほどに双子に厳しく接した。そしていざ戦闘が始まると双子を命がけで守った。

 これはレンが『自分はヘンリー様の名代なのだ』と云う意思を強く持っていたからであろう。

 パーティーに加わった当時には双子や他の仲間たちに疎まれたレンだが、やがて命を賭けて双子を守ろうとしている彼の姿勢は徐々に仲間たちにも伝わり、今ではパーティーに欠かせない若者となっていた。

 

 

 そして今日も、ある町で宿泊しレンは双子に兵法の講義を開いていた。サンチョやピピンは情報収集に町を歩き回っていて留守である。

「彼を知り、己を知らば、百戦して殆うからず、と云います。まず敵を十分に知ってから戦うことができれば百戦しても負けないと云う意味ですが、百戦して百勝するのもあまり褒められたものではありません。それは少なからずこちらも損害を受け敵方にも憎悪を残すからです。最大の良策は戦わぬこと。味方につけること。これこそがお父上リュカ様の執ってこられた方法ではないでしょうか」

「でもレン兄さま、敵をよく知らなくても、どうしても戦わなければならない時はどうするの?」

 ポピーの質問にレンは微笑む。

「それはヘンリー様が言ったとおりにすれば良いのです。有利と思えば戦い、不利と思えば逃げる。しかしそれでも戦わなければならない時は決して勝手な行動は取らず作戦を定め、法則にのっとり戦うことです」

「法則?」

「そう、戦いは千変万化しようとも一定の規律を保つものです。直接攻撃、特技攻撃、攻撃呪文、補助呪文、回復呪文これが一つの和になって敵に当たるのです。だから日ごろから自分の力量と役割を掴んでおくことが大事なのです。バラバラでは勝てません。この和の法則に従って戦うことが敵に当たる基本です」

「レン兄さまのお話は勉強になります。…て、ティミー、アンタ分かったの?」

 ティミーには少し難しい話だったようだ。頭を抱えている。レンは苦笑いした。

「まあ、強い敵とどうしても戦わなければならない時は、みんなで力を合わせなきゃダメってことですよ」

「ああ! それなら分かるよ!!」

 三人は一斉に吹き出した。

 

 昼間の旅と夜のレンの講義による頭の運動で疲れたのか、双子はサンチョとピピンが戻る頃には眠っていた。その寝顔をサンチョは嬉しそうに見つめていた。

「ああ、この寝顔を見ると疲れなど飛んでいってしまいます」

 そして起こさないよう寝室を出た。部屋の居間にはソファーに座り剣の手入れをしているレンとグランバニアにいる母に手紙を書いているピピンがいる。

 仲間のモンスターたちは別の部屋でもう眠っているようだ。耳をすませばプックルのいびきが聞こえてくる。

「サンチョ殿、失礼ですが細君は?」

 剣をさやに収めながらレンはサンチョに訊ねた。

「いえ、私は独り者ですよ。王家三代に仕えるのに夢中でいつの間にか妻も娶らないままこの歳になってしまいましたよ」

 苦笑するサンチョだが、今までの付き合いでサンチョはとても人間味が豊かな人物とレンは思っていた。その気になれば美人な嫁さんだってもらえそうな感じがした。

「ところで町でいい情報は?」

「だめだね。陛下と王妃がジャミによって石像にされてしまったと分かったところまでは良いが、その石像がどこにあり、かつ石化を解くのはどうしたら良いかと云う肝心かなめの情報はこの町にはなかったよ…」

 ピピンが肩を落としながらレンに言った。

 

「…今まで言うのを少し迷っていたのですが…」

 レンが何やら意味ありげな発言をするとピピンは手紙を書く筆を止め、サンチョもレンを見た。

「オラクルベリーに行ってみませんか?」

「オラクルベリー? 確かラインハットのはるか南方に位置する町ですね?」

 サンチョは地名と場所を確認するかのようにレンに聞いた。レンはうなずいた。

「オラクルベリーはカジノや娼館もあって子供たちに少し教育上良くないのですが、行ってみて会う価値のある人物がいます」

「人物?」

「はい、占いババです。冒険者の指針を占わせればおそらくは世界一の老婆です」

 サンチョとピピンの顔がパアと明るくなった。そんな人物がいたとは知らなかったからだ。主君にたどり着く光が二人に差したようだった。

「そ、そんな良い情報をどうして今まで黙っていたのです?」

 サンチョは膨れた顔をさらに膨らませて言った。

「いや…はたして占いでリュカ様の居所が判明するか分からないし、偽情報をつかまされ時間を食われたら本末転倒ですから…」

「ううむ…」

 サンチョとピピンは顔を見合わせた。レンの危惧はもっともである。

「しかし、国の友人に手紙を書いて占いババの人となりを調べてもらいました。占いの的中率は八割強。決していいかげんな占いを出す人ではないと云うことです。占いババの人物が分かるまではお二人に提言はできなかったのです。あとちょっとお金を取られますが…」

「何の、お金で貴重な情報を得られるのなら安いものです。さっそく翌日に発ちましょう」

 サンチョが言うとピピンもうなずいた。

 

 翌日の夕方、グランバニア一行はオラクルベリーに着いた。宿に荷物を置くとその足で占いババが店を構えている路地裏へと行った。

 占いババはもう九十歳は越えていそうな老婆である。しかし眼光の鋭さたるやプックルにも劣らない。老婆は双子をジロリと見ると低く笑い出した。

「ふぉっふぉっ そうかお前たちはあのリュカ坊の子供だね?」

 名乗らないうちから老婆は双子の正体を見抜いた。一同に改めて老婆の凄さが伝わった。

「で? 私に何を占って欲しいのだね?」

 サンチョは老婆の前にズイッと歩み寄った。

「我が主君は今、石像にされてしまっているのです。その石像の場所と石化を解く方法を教えて下さい」

「ほお、リュカ坊は石になっておるのか。どうりでしばらく見えんと思ったわい」

 そういうと老婆は目の前の水晶玉に祈りだした。

「ほんにゃらほんにゅらほんにょら~、ふんぎゃらぴい~」

 ティミーはあまりに滑稽な祈りの呪文に吹き出した。ポピーに肘鉄を食らい笑いを止めたが口元はピクピクしている。ポピーも何か笑いを堪えているようだ。

「よし…わかったぞ。リュカ坊は小さい孤島におるね。羽振りの良い商人の邸宅前に立たされているよ」

 グランバニア一行に歓喜にも似た声が湧いた。だがレンは冷静に老婆に訊ねた。

「孤島と云うとどのあたりでしょうか」

「そこまでは分からんが、この世界には孤島は三つしかない。グランバニア南東、山奥の村の真北、テルパドールの北東。そのいずれかではないかの…」

 レンは一行に振り返りガッツポーズにも似た格好を取った。やはりここに来たのは正解だった。サンチョとピピンはレンと彼を派遣してくれたヘンリーに心の底から感謝した。

「おばあさま! そしてお父さんの石化を解く方法は!?」

「まあそう急くでない。今見てやるからの…」

 そういうと老婆はまたユニークな呪文をつぶやき…

「ううむ…」

「いかがなされました?」

 サンチョに一瞬不安がよぎった。

「リュカ坊の石化を解くには杖がいるね…その杖の名前は…」

 老婆はさらに水晶玉に向かい念じ続けた。

「…ス…ト…ロス…ストロスの杖と云うのが必要のようだね。幸いにそこのお嬢ちゃんが使えるようじゃ」

「私に? やったあ!!」

「『邪悪な石の封印を解け』こう言いながらリュカ坊にかざせばええ」

「わかりました!!」

 ポピーとティミーは飛び上がるほどの嬉しがりようだ。町のはずれの裏路地なのに中央のカジノの方まで双子の歓喜の叫びは聞こえるのではなかろうか。

「で、そのストロスの杖のありかは?」

 再びレンが肝心なことを訊ねた。サンチョやピピンも双子と一緒で喜びのあまりにそれどころでは無いらしい。

「まあ待て。今やっておる…」

 またまた老婆はキテレツな呪詛を吐いた。

「…レ…ヌー……ル」

「レヌール?」

「アルカパの北にあるかつての王国じゃ。その城の地下深くに封印されておるようじゃな」

 冷静を取り戻したサンチョがレンの肩を叩いた。

「レン殿、レヌール城なら私が存じております。大丈夫です」

 幼き日のリュカがビアンカと共に幽霊退治に赴いた古城だ。サンチョはリュカとビアンカ両方から、その時のドキドキワクワクとの大冒険の様を聞かされている。

 

 一通り望みのことは聞き終え、そして満足な結果を得られ一行は喜びに震えていた。すべてが一つの線で繋がったのだ。

 だが残念なことにビアンカの情報は得られなかった。ビアンカのことをどれだけ水晶玉で探っても彼女が何がしの結界で塞がられているのか、水晶玉に答えは出なかった。

 しかし、今はリュカを救出する方法が得られただけでも上々である。一同は満足であった。

「ありがとうございます。助かりました。で占い料はいかほどでしょう?」

「ふぉっふぉっ いらぬよ」

「いや、そんなわけには」

 老婆は人差し指を立ててサンチョの鼻っ先に向けた。

「リュカ坊を助けたらここに連れてくるのじゃ」

 サンチョはキョトンとした顔をした。

「へ、陛下をここに?」

 老婆は顔をポッと赤くした。

「じ、実はわしゃあリュカ坊に惚れておるのでのう…」

「「はあ?」」

 グランバニア一行は老婆の言葉を聞き違えたのかと思った。

「わしの若い頃にもあれだけの男はおらなんだ。今わしが若かったらきっとリュカ坊と燃えるような恋をしていたじゃろう。何せ若い頃のわしゃあビアンカとか云う小娘より百倍は美しかった。分かるじゃろ?」

 分からないと一同はとても言えなかった。

「…何じゃ疑っておるな?」

 サンチョが慌てて取り繕った。

「いいえ! 分かりますよ! 若き頃は我が国の王妃よりも美しいお方だったともうすぐに分かりましたよ! ねえみなさん!!」

 急にふられた他の一同は引きつった笑顔でうなずいた。

「証拠を見せてやるわい! 見ろ! これがわしの若い頃の絵姿じゃ!!」

 老婆の若い頃の絵姿は水晶玉を持っている姿勢で、顔立ちも美しかった。鮮やかな水色の髪が腰まで伸び、オレンジ色の法衣を身にまとう姿は神秘的にさえ思えた。

「お美しい方だったのですね…」

 レンはボソリとつぶやいた。その言葉を聞くと老婆はレンをジッと見つめた。

「お前も中々の美形じゃのう。きっとわしの若い頃に会っていたら恋に落ちたじゃろうて。何せわしゃあビアンカとか云う小娘より二百倍は美しかったからのう」

「数が増えているね…」

 シッとピピンはティミーに向かい人差し指を口に当てた。

「とにかく、リュカ坊を助けたらわしの元に連れてくるのじゃ。それが占い料じゃぞ。忘れたら針千本飲ますぞ。ふぉっふぉっ」

 

 裏路地を出てきた一行は少し疲れ気味となっていた。しばらく占いババの若い頃の恋物語を延々に聞かされたからだ。

「ふう、やっと解放されましたね…」

 双子はさきほどのはしゃぎ疲れと退屈な話の連続でよほど参ったのだろう。あくびをしている。サンチョもホッとした顔だった。レンは苦笑した。

「しかしリュカ様は女性におモテになられますね…それも年上の人に…」

「まあ王妃も陛下より二つ年上だからな」

 ピピンはレンがビアンカを指して言ったのかと思ったようだが、レンの言葉は違う女性を指していた。自分の母、メルのことを言っていたのである。

 レンは知っていた。母のメルが今でもリュカに恋心を抱いていることを。



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第五話 ストロスの杖

 グランバニア一行はアルカパに到着した。双子の母親であるビアンカ、彼女の両親が以前に経営していた宿に泊まった。ティミーとポピーは母親が生まれた家に訪れることが出来て嬉しそうだった。

 そして翌朝、町で準備を整えたあとレヌール城に向かった。

 

「レヌール城。ここは陛下や王妃にも因縁がございましてな。まだお二人がティミー様やポピー様と歳が同じ頃ここで冒険をなさったのです」

 レヌール城に向かう馬車の中、サンチョは一同に語りだした。特に双子は興味深く聞いていた。

「いじめっ子からプックルを助けるために、ここを根城に悪いことをしていたゴーストをお二人で退治なさって、我々大人もその勇気と行動力には舌を巻いたものでした」

 ウットリとリュカとビアンカの武勇伝を話すサンチョ。彼は本当にリュカとビアンカが好きなようだ。

 

 その時、馬車が止まった。

 御者をしていたのはレンだが、レヌール城の前に来るとラインハットの鎧を着た兵士が馬車に歩み寄ってきたのである。

「レン!」

 彼を呼ぶ兵士はレンよりは年長だが騎士になったのは同期であり親しい友人でもある若者であった。

 名はゲイツと云った。彼はデールにリュカ捜索救出の命令を受けた騎士の一人であった。彼も情報収集の末、このレヌール城地下深くに封印されていると云う『ストロスの杖』にたどり着いたのである。

 

「ゲイツ。君もここにたどり着いたのか。さすがだな。で、杖は?」

 ゲイツは両手を広げながら首を振った。

「強力なバリアの中に封印されちまっている。手も足も出ねえよ」

「そうか…」

 レンは肩を落とした。グランバニア一行はすでに馬車を降りていた。ゲイツはティミーとポピーを見ると急ぎひざまずいた。他国の王子王女とは云え礼を執るのはラインハット騎士のたしなみである。

 サンチョはゲイツの手を取った。

「ゲイツさん…でしたね。詳しく状況を説明していただけませんか」

「見ていただいて下されたほうが早いでしょう。私がご案内いたします。モンスターも少し棲みついているようですが、脆弱な連中ばかり。私とレンが露払いいたしますれば、安心してついてきて下さい」

 

 ゲイツの案内のもと、レヌール城の地下深くに一行は進んでいった。モンスターも出るには出るが、ドラキーや首長イタチ、おおねずみ等のザコモンスターでありレンやゲイツの敵ではなかった。

「レヌール城にそれほど深い地下室があるとは知りませんでしたね…」

 薄暗い城の中を歩きながらサンチョがつぶやいた。かつて、この城を探検したリュカとビアンカも地下階があることは知らないことだろう。

 

「まあ、私も見つけたのは偶然でしたが…」

 ゲイツもストロスの杖がレヌール城にあることは掴んでいた。しかし手に入れたレヌール城の図面には地下一階から地上八階までしか記されておらず、くまなく城内を探しても杖は見つからなかった。だが幸運にも一階の教会跡にあった神父の机の下。ここに隠し階段があるのを見つけたという。ここからさらに深い地下室へと直通で行ける。

「階段が急ですから気をつけてください」

 たいまつをかざしながらゲイツは一行に注意を促した。やがて最下層にたどり着いた一行は奥の方に神々しい光を見つけた。

 

「これがストロスの杖…」

 ポピーは感慨深く言った。しかし一行がストロスの杖が置いてある室内に踏み入れたその瞬間、紫色の光のバリアが床一面から放たれ一行を塞いだ。まるで業火のように一行に立ち塞がるバリアに一行は歯ぎしりをした。

「わずか3メートル先に杖はあるのに!」

 ゲイツは服の一部を破り、バリアの中に放った。ジュッ! と一瞬で燃え尽きてしまった。

 またゲイツは自分の持っている鉄の長槍で杖をひっかけて取る仕草を一行に見せるが、長槍が紫のバリアに入った途端にストロスの杖の前にカベができてしまった。要はズルをせずに自分の足で取りに来いと杖は言っている。

「これでお分かりでしょう。私がストロスの杖を取れなかった理由が」

 一行は嫌でも納得するしかない。

 

「一度城を出ましょう。何とかこの封印を解く術を考えなければ…」

 ゲイツは一行に引き返すことを勧めたが、目の前に父親の石化を解く道具があるのに簡単にあきらめるわけにもいかない双子は言うことを聞かない。

「私がキメラの翼でオラクルベリーに行き、占いババにストロスの封印を解く術を聞いてきましょう。だからとりあえず今は城を出ましょう」

 レンが双子を諌める。双子はしぶしぶレンの言葉に従い城を出てアルカパへと引き返した。双子とサンチョたちが宿に入るのを見届けたあとレンはキメラの翼を使い、すぐにオラクルベリーへと飛んでいった。

 

 そしてその夜、レンは何やら買出しでもしたのか荷物一杯にして帰ってきた。サンチョは驚いてレンに訊ねた。

「どうなれたのです。その荷物は?」

「いえ、ちょっと…ところで王子様たちは?」

「もうお休みになられた」

 ピピンと一緒にカードゲームに興じていたゲイツが短く答えた。ピピンは劣勢だったのかこれ幸いとカードを放りレンに訊ねた。

「で、レン殿。占いで何か分かりましたか?」

 レンは床に荷物を置き、そして首を振った。

「ビアンカ王妃と同じ現象が水晶玉に出ました。よほど強い封印なのでしょう。さすがの占いババもお手上げでした」

「そうですか…」

 ピピンはガックリと肩を落とし、ゲイツもカードを放りため息をついた。

 

「しかし手をこまねいているわけにも行きますまい。あの杖が無ければ陛下は助けられないのですから。レヌール城の四階と五階には本棚がありました。その中の書籍に封印を解く方法が記されているかもしれません。結構な本の数でしたが明日みんなで調べましょう」

 サンチョの言葉に一同はうなずいた。

「私は細かい字を読んでいると眠くなるのですが…」

 ピピンは一同に聞こえない程度の小声でグチをこぼした。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 夜もふけ、日付が変わったころであった。

「サンチョ殿、サンチョ殿!!」

 ピピンがサンチョをゆすり起こした。

「う~ん…どうされたのです?」

「レン殿がおりません」

「え?」

 その声でゲイツも起きてきた。

「レンが?」

 ピピン、ゲイツ、サンチョは宿の中を探し終えたあとに外に出てみると馬車につなげておいた馬がいない。

「レンのヤツ、馬で……ハッ!?」

「どうされたゲイツ殿?」

 引きつった顔でゲイツはサンチョを見た。

「あいつ…レヌール城に行ったんだ!」

 そういえば彼がオラクルベリーから帰ってきたときに持ち帰った荷物袋も無くなっていた。

「ひ、ひとりでレヌール城に?」

 ピピンが驚きの声を上げたころ、双子も宿から出てきた。

「どうしたの?」

 ティミーは眠そうな顔をしながら一同に聞いた。ポピーもまだ眠そうに目をこすっている。

「ティミー様、ポピー様、レン殿がお一人でレヌール城に!」

 サンチョは慌てた様子でティミーに報告した。

「ええ!?」

 双子は眠気が一気にとれた。

「こうしちゃおれん。我々も行こう。走っていけば夜明けには着く。急ぎましょう!」

 ゲイツの意見にみな同意して急ぎ支度を整え、レヌール城へと走った。仲間であるモンスターたちも続く。

 息を切らせながらポピーはサンチョに聞いた。

「どうして兄さまはお一人で!?」

「ハアフウ…お、おそらくは占いババからわずかながら封印を解く手がかりを聞いたのでしょう」

 ピピンはサンチョを押しながら走っている。心の中で(少しは痩せろよこのオヤジ…)とカゲ口を叩いていた。

「ではどうして我らにそのことを」

 ピピンもゼイゼイ言いながらサンチョに聞いた。その質問にはゲイツが答えた。

「おそらく…かなり危険な手段なのでしょう…。皆の前で実行すれば止められてしまう。だからアイツは一人で行ったのだと思います」

 

 明け方近くとなり、空が白み始めたころ、一行はレヌール城に到着した。ゲイツ以外の人間は走った疲れでゼイゼイ言っていた。そしてゲイツは発見した。

「レン!!」

 一行はその言葉で呼吸を止め、ゲイツの視線の先を見た。

「兄さま!!」

 ポピーの顔から血の気が一斉に引いた。城の入口前でレンは倒れていた。全身に火傷と凍傷を負っていた。そして右手にはストロスの杖がしっかりと握られていた。

「レン殿!!」

「レン!!」

 全員がレンの下に駆け寄った。ゲイツがレンの首元をかるくつまんだ。

「よかった…。息がある!」

「兄さま、兄さま…」

 ポピーの悲痛な叫びがレンに届いたのか、レンはうっすらと目を開けた。

「ポ…ポピー様…」

「どうして? どうしてこんな無茶を!?」

 レンはニコリと笑った。

「この方法しか…なかったのです…」

 レンは占いババより聞かされた。ストロスの杖の封印を解く術は無い。できるのはレヌールの正当な血筋を持ったものでなければダメであると。

 しかし、それは今の世に存在しない。だがどうしても手に入れなければならない。それでは自分の足でバリアの中を歩くしかない。ちゃんと歩いて杖の元まで行けば杖の前にカベが立ちはだかることは絶対に無いと云う。

 レンの決意を見た老婆は彼に贈った。大量の薬草と秘蔵の世界樹のしずく。自分が調合した回復薬。そして神秘の鎧をレンに与えた。

 一歩進むごとに言語に絶するダメージがレンを襲う。行きも帰りも回復しながら進むしかないのだ。

 そしてレンの立ち去った後に水晶玉で彼のその後を見た。その時には年老いた目からポロポロと涙を落としていたのである。

 

「これでリュカ様を…」

 レンは死ぬ思いで手に入れたストロスの杖をポピーに託した。

「兄さま…兄さま…」

 ポピーは杖を抱きしめながらレンの胸に顔をうずめて泣きじゃくる。

「短い間でしたが…可愛い妹ができて幸せでした…」

「そんなのイヤ! ポピー大きくなったら兄さまのお嫁さんになると決めていたのに! ピエール何しているのベホイミを!!」

 スライムナイトのピエールは首を無念そうに振る。回復魔法は受ける側にある程度の生命力が無いと役に立たない。レンのようにあまりに深いダメージを負ってしまうと逆に回復魔法がとどめとなってしまう可能性もあるのだ。ピエールはそれを知っていた。

「嘘よ! お願いピエール! 兄さまを…兄さまを…」

 もう「治して」と云う言葉が出てこない。ポピーはレンの胸にすがりつき、泣いていた。その声は静かなレヌール城に悲しく響いた。レンはそんなポピーの頭を愛しそうに撫で、優しく微笑んでいた。かつてリュカが同じ顔で自分の頭を優しく撫でてくれたように。そしてティミーに顔を向けた。

 

「ティミー様…」

 ポピーと同じように泣いているティミーにレンは語った。

「ティミー様…強き勇者となられませ。ただ強いのではなく…力無き者…弱き者に救いの手を差し伸べる…。そんな強き勇者に…。お父上のように…強く…優しい男に…それがレンの願い…」

「うん! 分かったよ。絶対に強くて優しい勇者になるよ!!」

 ティミーはレンの腕にすがりつき大粒の涙をポロポロと流していた。ティミーの言葉に安心したのかレンは夜明けの空を見上げて、最後に静かにつぶやいた。

「お母さん…」

 ポピーの頭を優しく撫でていたレンの手が大地に落ちた。ラインハット騎士レンはここに短い生涯を閉じた。享年十七歳。奇しくも、この日はレン十七歳の誕生日。あまりにも、あまりにも早すぎる死であった。

「兄さま――――――!!」

 一層大きな泣き声をあげるポピー。ティミーもレンにすがりついて号泣した。

 ゲイツは肩を震わせ仲間の死に涙を流し、サンチョ、ピピンも泣いていた。仲間であるモンスターもレンの死が分かるのであろう。プックルは悲痛に吼えた。

 

 この時、メルの自宅では彼女の目の前でレンの愛用していたティーカップが何の前ぶれも無くひび割れた。メルは全てをこの時に悟った。そして滝のように目から涙を溢れさせた。

「レン……!!」




次回、最終回です。


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最終回 花、ふりしきり

 最終回です。


 ラインハット騎士ゲイツの先導の元、グランバニア一行はレンの母国、ラインハットに到着した。

 城門には国王デール、宰相ヘンリー、その妻マリア、王太子コリンズ。そしてレンの母メル、王国騎士団の全員と城下の多くの領民たちが喪服を着てレンの帰還を待っていた。伝書鳩で前もってレンの死は知らされていたのだ。

 

 レンの棺を見るや、メルは棺にすがり号泣した。

「レン…レン! どうしてお母さんより先に死んじゃうの!!」

 メルの悲痛な叫びが参列していた人々の涙を誘う。レンは若い娘たちの憧れの的だっただけではなく、老若男女に慕われた騎士だった。病気で働けず生活に困った老人にサイフごと与え、同僚で仲間はずれやいじめに遭っている者には必ず救いの手を差し伸べた。

 

 徳に富み、智勇兼備の彼をデールやヘンリーも大いに期待し、次代コリンズの治世になった時には騎士団幹部に、とまで考えていた。ゆえに今回の旅もレンをさらに成長させる意味合いも含め、ヘンリーとデールはグランバニア一行に彼を加えたのだ。

 しかしそのレンは母国に無言の帰還をした。自然と参列者たちは共に旅をしていたグランバニア一行に憎悪の視線を向けた。

 (それだけの人数と強そうなモンスターを揃えて何をしていた。お前たちはレン様を見殺しにしたのか。お前たちが殺したのも同然だ)

 言葉に発せずとも領民の視線はそれを語っていた。サンチョやピピンは何も言い訳をしなかった。ティミーとポピーはいまだレンの死のショックから立ち直れず馬車の中で泣いていた。

 ヘンリーとデールは悲痛な思いで泣いているメルを見つめ、マリアはその光景から目を背け肩を震わせていた。

 

 棺にもたれ泣き崩れるメルに対し、サンチョとピピンは平伏した。しかし言葉は出ない。「お許しください」なんて言えるわけも無い。ただ、ただサンチョとピピンはメルに平伏した。

 メルが悲しみと怒りに任せ自分たちを殴打しようとも甘んじて受けるつもりであった。むしろそうして欲しかったほどだ。だが、メルはサンチョに意外なことを聞いた。

 涙を拭わぬままにメルはサンチョに

「この子は…立派でしたか?」

 この言葉でサンチョは堪えていた涙がドッと溢れてきた。

「ハイ…それは見事で…立派なご最期でございました…!」

「そうですか…」

 メルは棺の中で眠るレンの顔を見た。不思議と満ち足りた顔をしているのが分かる。息子の頬を優しく撫でる母のメル。

「そういえば…私この子を久しく褒めてあげなかった…。騎士になって以来どんどん私から離れていって…」

 メルの目にはすでに涙は無かった。そして優しく微笑みながら息子に言った。

「よくやったわレン…。貴方はお母さんの誇りよ…。安らかにお休み…」

 

 レンはラインハットの国葬で弔われた。ラインハットの歴史上最も若い人物の国葬であった。

 サンチョの『立派なご最期でした』の言葉からラインハット領民からすでにグランバニア一行への憎悪は消えた。レンが死んだのは誰の責任でもない。彼も自立している一人前の男である。自分の意思で生き、そして死んでいったのだ。

 ヘンリーやデール、レンと同僚の騎士たち、そして領民はゲイツやサンチョからレンの最期の模様を聞き、涙した。そしてその勇気と使命感を讃えた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 国葬から数日経った、ある日、メルは城の庭園に建てられたレンの墓に祈りを捧げていた。その姿を背中から呼ぶものがいた。

 

「メル」

 

「……!」

 背中から呼ばれたが、メルには声の主がすぐに分かった。あの時から一日たりとも忘れたことはない声。愛してやまない声である。

「リュカ様…」

 二人の間に心地よい沈黙が流れる。庭園の桜が風に揺られ舞い散った。そしてメルはリュカの胸に飛び込み、泣いた。国葬の時には涙を見せずに堪えていた涙が一斉に溢れ出した。

 リュカは抱き寄せず、ただメルが気の済むまで胸を貸していた。そしてうっすらと彼の目にも涙が浮かんできた。

 どのくらいの時間が経ったろうか。メルはようやくリュカの胸を離れた。

「ご無事…だったのですね…」

「レンのおかげだよ…。彼が命を賭してストロスの杖を手に入れてくれなければ僕は永遠に石のままだった…」

 そういうとリュカは無念の涙を流し始めた。

「しかしそのためにレンはわずか十七歳で…! こんな結果になるのならあの時…」

「おやめ下さい!」

 リュカが最後まで言い終わるのを待たずにメルは遮った。彼が申し訳なさのあまり思わず口走りそうになる言葉が分かったからである。

「お願いですから…私たち親子を助けたことを後悔なさらないで下さい」

「メル…」

「私はいつもこの子に言っていました。私たちが今幸せに生きていけるのもリュカ様のおかげ。私たちは決してこの恩を忘れてはいけない…。そうこの子に言っていました」

 レンの墓を見つめ、メルはリュカに語った。

「褒めてあげてくれませんか…息子を。この子もそれを望んでいます」

 リュカはレンの墓の前に跪き、頭を垂れた。

「ありがとうレン…。僕がこうして無事なのも君のおかげだ。子供たちにも色々なことを教えてくれたそうだね、感謝する。本当に、本当にありがとう。僕は君を誇りに思う」

「よかったね。レン。リュカ様に褒めてもらえて。きっと私の褒め言葉なんかより何倍も嬉しいでしょう。あなたの喜ぶ顔、目に浮かぶわ」

 二人の空には桜が舞っている。花がふりしきる。きっとこれはレンが褒められた喜びを二人に返しているのかもしれない。

 

 リュカがラインハットに訪れたこの日、ヘンリーやデールと共にささやかながら宴が催された。リュカは酒が飲めないものの、ヘンリーの気遣いが嬉しかった。

 その夜のことだった。リュカは来客用の寝室で眠れぬ夜を過ごしていた。レンのこと、メルのこと、そしてこれからの旅のこと。妻のビアンカのこと。様々なものが脳裏をかすめリュカから眠りを奪った。

 

 真っ暗な天井を見つめてどのくらいの時間が経ったろうか。寝室のドアをノックする音がその静寂を破った。

「どなたですか?」

「…メルです…」

「…開いている。どうぞ」

 上半身裸で寝ていたリュカはガウンを羽織った。メルがリュカの寝室に入ると月明かりでメルの姿が見えた。メルはガウンの下に何も身につけてはいないようだった。

「…メル…?」

「身分いやしい私がこんなことを望むのははしたないとお思いでしょうが…この気持ち、抑えることができません…」

「……」

「私は三十路の坂も越え、女としての華はとうに失っております。しかし、お情けあれば…せめて、せめて一夜の夢を…」

 暗闇で分からないが、おそらくメルは顔を真っ赤にしてリュカに思いのたけを言っている。

「どこかの国のお話で、人は死ぬともっとも愛した人の子として生まれ変わると聞きました…。ですから…ですから…レンを…あの子をもう一度私にお与え下さい…」

 最愛の息子を失い胸にポッカリ穴の開いた女、先行きが見えない未知の冒険に不安を抱く男。お互いを求めても不思議ではなかった。

 メルとリュカは一夜、一夜だけ結ばれた。メルはリュカが奴隷時代に負った体の傷跡一つ一つに優しく口づけをした。奇縁にも彼の妻ビアンカも初めてリュカと抱き合った時に同じことをした。リュカの傷跡を初めて見た時にビアンカは号泣した。そして泣きながらリュカを抱きしめて言った。

『あなたにこんな傷跡をつけたヤツを私は絶対に許さない。絶対に絶対に許さない!』

 メルもまた同じだった。リュカの傷跡を見たとき、泣いた。そして一つ一つの傷跡が消えるのを祈るように口づけをした。

 リュカが奴隷として過ごしたことがあることはヘンリーやマリアから聞いてメルも知っている。彼女もまた、ビアンカと同じように、リュカに傷跡をつけた者に怒りを覚えたのかもしれない。

 夢一夜…。リュカの最初で最後のビアンカ以外の夜はこうしてふけていった。

 

 そしてメルはしばらくして知るのである。リュカに抱かれる前に願ったこと。自分の中に新しい命の息吹が芽生えるのを。

 

 

 

 月日は流れていった。そしてラインハットにもこの上ない嬉しい知らせが届いた。天空の勇者ティミーとその家族と仲間たちが悪の権化、大魔王ミルドラースを倒したことを。

 ラインハットを含めた世界中の国々や町や村で平和を喜ぶ祭りが催された。

そんな祭りの夜であった。祭りの楽しそうな声が窓の外から聞こえる城内の自室で、男の子の赤ちゃんをあやすメルの元に客が訪れた。

 

「あなたは…?」

 初対面の美女にメルは戸惑う。鮮やかな金髪に美しい面持ち。均整の取れた体。女のメルから見ても惚れ惚れするほどの美しい女性であった。そして彼女は名乗った。

「私はグランバニア王妃、ビアンカ」

「え!?」

「貴方がメルさんですね」

 メルは困惑した。いま自分が抱いている赤子のことをリュカは知っているがその妻であるビアンカは知らないはずである。

 ヘンリーからの又聞きだがグランバニア王リュカの妻、ビアンカ王妃は美しいのみならず、とても気が強いと云う。自分の夫が他の女性と子を成したと云うことを聞けばリュカ様は責められ、私は処刑されるのではないかと一瞬考えてしまった。

「え、いや、あの、その…ハ、ハイ私がメルです」

「お話があるのです。入ってもよろしいですか?」

 

 メルは不安に思いながらもビアンカへ出すお茶を用意しだした。赤子を抱きながらやっているため、どうも要領を得ない。

「私が抱いています」

 ビアンカはそういうとメルから赤子を寄せた。愛しそうに赤子を抱くビアンカは言った。

「かわいい。さすがはリュカとあなたの子供ね」

 メルはティーポッドのお湯をこぼした。

「ち、違います。その子は…その子は…」

 適当な言い訳が思いつかず、メルは言葉に詰まった。

「いいのです。ミルドラースに挑む前日、すべて夫から聞きました。もちろん最初は腹も立ちましたが、詳しく事情を聞いて怒りはもう消えています」

「ビアンカ様…」

「でも、許すのはこれだけ。以後、夫と関係を持つことは許しませんよ」

 ビアンカはニコリと笑い、メルに言った。無論、言われるまでも無くメルもあの夜だけで満足であった。リュカもメルを求めなかった。ましてやメルは子宝まで得られたのだから不服を言うつもりなど毛頭なかった。

「心得ております。王妃殿下」

 ビアンカは我が子をあやすように赤子をあやしている。かつて自分の産んだティミーとポピーにできなかったせいだろうか。本当に嬉しそうに赤子を抱いている。

「この子の名前、教えていただけませんか?」

「はい、リュカ様より名づけてもらいましたその子の名前は…」

 感慨深くメルは言った。

「ケイ」

「それは…」

「はい、リュカ様のお名前『リュケイロム』から文字をいただき、リュカ様ご自身で名付けて下さいました」

「きっとお兄さまのように強い男の子になります」

 赤子にビアンカの言葉が分かるはずもないが、その言葉の後にレンは天使の笑顔を浮かべている。

「あらあら、ケイ今日はすごいご機嫌。やっぱり綺麗な女の人に抱かれるのは嬉しいのかしら」

 メルの部屋にすがすがしい女性の笑い声が二人分響いた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ここはラインハット城の庭園。騎士レンの墓が桜の樹の下で美しく映えていた。その墓を微笑みながら見つめるグランバニア国王リュカ。今日は彼に取りめでたい日なのだ。

「ここにいらしたのですか…」

 息子の墓を見つめるリュカに声をかけるメル。探していた様子だが、彼女もリュカがここにいることは少なからず読んでいたようだ。

「メル」

「もうすぐ、お生まれのようですよ」

「そうか…」

 そう、今日はラインハットのコリンズ王子に嫁いだ愛娘ポピーが出産を迎えた日なのだ。

 リュカも初孫の誕生に立ち会うべく妻のビアンカと王子ティミーを伴いラインハットまで訪れていた。待ち望んでいた日であるのに、どうにもリュカは落ち着かない。

「男親はこういう時、何の役にも立たないな」

 リュカは照れくさそうに笑った。

 

 あれから時は過ぎた。リュカも中年を迎えた歳となり、メルは中年の歳を少し越した齢となっていた。

 しかしリュカは若い時には無かった渋みや円熟味を増し、今なおグランバニアのご婦人たちからは熱烈な支持を受けている。

 メルは歳を取るにつれ色気が増してきたような気さえする。女盛りと言って良い。彼女の再婚相手として名乗りを上げる御仁も少なくは無い。

「どうですか、お爺さんになる感想は?」

 リュカは苦笑した。

「まさか四十前で爺さんになるとは思わなかったよ」

「まあ…」

 クスクスと少女のように笑うメルをリュカは優しく見つめる。と、その時メルを呼ぶ声が聞こえた。

 

「お母さーん」

「こっちよ。いらっしゃい」

 ケイが庭園にやってきた。今までどこかで遊んできたのか泥だらけである。

「あらあら、こんなに泥だらけで」

 メルは懐から手拭いを取り出して、優しくケイの顔についている汚れを落とした。ケイはリュカに気づいた。

「ほらケイ、ご挨拶なさい」

「あ、グランバニア王陛下こんにちは!」

 少し照れながらもケイはリュカに挨拶をした。

「やあケイ、元気だったかい?」

「はいっ!」

 ケイは自分の父親がリュカであることは知らない。リュカは言ってもかまわないとメルに言ったが、この子がもう少し大人になったら話すとメルは決めており、まだ彼は自分の父を知らない。気の毒だが『亡くなった』と言っているようだ。

 甘えたい盛りのケイは顔の泥を落としてもらったあともメルにピッタリとくっついている。

 

「まだまだ甘えん坊で…」

 庭園に春風がそよぐ。子供を脇に抱きながら苦笑するメルの黒髪が舞い散る桜と共に流れて美しさすら感じさせる。

「そういえば…あの日もこんな風に桜が舞い散る日でした…」

「ん?」

「あの革命前日の日…です」

 空に舞い散る桜を愛でながらリュカも感慨深く言った。

「ああ…。つい昨日のようだ」

「またこうして…泉下のあの子が見守るこの庭園でリュカ様と桜を愛でたいです」

 リュカはメルを見つめた。ストロスの杖で石の呪縛が解けた後、メルと再会したのもこの場所で今日のような桜が舞い散る季節であった。

 リュカはメルの手を優しく握った。たとえ手とは云え、メルに触れるのはあの夜以来である。メルも優しく握り返した。

「また来年も、その次も、君と一緒にこの桜を見に来るよ…」

 メルは顔を赤く染めながら微笑み、嬉しそうにうなずいた。その時、野暮にも彼らを呼ぶ声が庭園に届いた。肥えた腹を苦しそうにゆすりながら、満面の笑みを浮かべたサンチョである。

 

「へ、陛下! お生まれになられましたぞ!!」

 その言葉にリュカとメルは互いの笑顔を見つめた。

「そうか! 生まれたか!!」

「リュカ様、参りましょう! ポピー様を褒めてあげなくては!」

「うん、行こう!」

 リュカはメルの手を取ったまま走り出した。メルも嬉しそうに引かれていっている。置いてけぼりを食ったケイは急ぎ二人を追いかけた。

「あ、待ってよう! お母さん、王様―――!!」

 

 

 庭園を走るリュカとメルの二人には鮮やかなまでの自然の芸術、桜吹雪が静かに降り注いだ。花は…ふりしきる。




 ご愛読、ありがとうございました!


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