地球を防衛する傭兵になりました (No.28)
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序章
一話 序章


 

 

 少し隙間のあるコクピットの中で、私は携帯端末で小説を読んでた。遠い昔、地球に降り立った異星人が人類を排除するための戦争をしていた、というSFである。

 『地球防衛軍』という、安直で絶妙に受けなさそうなその小説は、しかしとてもよく練られたストーリー構成で、私の目をすぐに奪う。それが一週間ほど前で、私がレイヴンとして活動二年目になるというところだった。

 

 レイヴン。

 

 私たち傭兵はそう呼ばれ、全ての人達の憧れの存在であった。しかし、同時にシビアな職業でもあり、新規のACを貸与され、試験を受ける人達の80パーセントは死亡し脱落してしまう。

 試験を生き残った20パーセントのうち、12パーセントはレイヴンとしてデビューしてから4ヶ月以内に、依頼での戦闘中に戦死している。

 

 私は、その過酷なレイヴンの中でも、比較的優秀な部類だったのだろう。最初こそおぼつかなかったが、今はこのACの操縦にも慣れ切っていて、難なく依頼をこなせる。

 

 ACの歴史は長い、今は割愛しよう。どうして私が今コクピットの中にいるのか。レイヴンがコクピットに座る理由は二つある。

 『仕事の時』の場合と『戦いが忘れられない時』だ。

 

 ──自分でも驚いたが、私はどうやら後者らしい。

 

 こうしてコクピットに搭乗していると、私は外の世界の全てを忘れていられる。外はあまりにも醜く醜聞で、目に入れるのもはばかられるほど汚い。今はそうでもないが、戦場でない場所だったとしても、私は外に出たくもない。

 

 『管理者』のいなかった世界は美しいものだったが、管理者が管理をやめたその日から、人は醜くなった。自由に生きる人間とは、こんなにも醜悪に映ったのかと。

 

 対人恐怖症であるからか、それは分からない。ただ私は人が嫌いで、だからこうしているとだけ。

 

 そして管理者*1を破壊し、続いてもうひとつのレイヤードに存在した兵器*2をも破壊した後、レイヴンズアーク*3に半年間所属して、私はその後勃発したアライアンスとバーテックスとの戦闘*4にバーテックス側として参入した。

 戦争後期……と言っても24時間で決着が着いたこの戦いなので、作戦開始時刻は早朝になるが。同じくレイヴンだったエヴァンジェ、ジナイーダ、そしてジャック・Oの、合わせて4人によるパルヴァライザー及びインターネサインの撃破を敢行した。

 

 結果から言うと、生き残ったのは私だけ。

 

 ジャックは私達4人の中では最も高い火力を持っていたものの機動力の低さから敵の攻撃を躱し切れず、パルヴァライザーにブレードで貫かれ戦死。

 エヴァンジェは単機でパルヴァライザーを抑え、私とジナイーダの2人にインターネサインを破壊するよう頼んでから消息不明。

 ジナイーダは、インターネサイン破壊後、インターネサインから生成された新型のパルヴァライザーによって、死亡。

 

 結局インターネサインとパルヴァライザーの双方を破壊して離脱できたのは私だけだった。

 

 レイヴンは私だけになった。

 私はレイヴンとして生き残ってしまった。

 

 正直、死ねば楽になると思っていたのに、体がそれを許さなかった。銃を向けられた時、殺意を向けられた時。私の体は決まって敵を殺していた。殺していたのに、死ねなかった。

 

 やがて男の声が聞こえてくる。どうやら私のガレージの中に誰かが入ってきていたらしい。十中八九エドだろう。エド・ワイズというその男は、私が仕事を受ける唯一の窓口だ。あまり私の事を心配している様子がないので、つまりエドは私を稼ぎ口として考えているようなので、意図的に冷たく振る舞う。

 あまり良い気はしないが、まぁエドなので。

 

『レイヴン、来てくれ。仕事が来たぞ』

「いつも通りコクピット内HUDに表示してください。私が外に出たくない理由は知ってるはずですよね」

『はは、いつも通りかね。了解』

 

 そう言って、仕事を斡旋するエド。内容は以下の通りだった。

 

『君にベルザ高原まで来て欲しい。これは緊急の依頼だ。なお、僚機を雇う事は許可しない。この依頼は非常に秘匿性の高いものであり、よって我々は最大限リスクを排除すべく、君一人を雇う事にした。良い返事は期待している』

 

 ……と。興味が湧いたので、私はこれを受けた。

 

 その先に、何が起こるとも知らず。

 

 

 

 

 

 

 

 

『作戦区域内に入った……クライアント、次は?』

『よく来てくれた。それでは我々の作戦目標を伝えよう。我々の目標はただ一つ。今後の不安要素である君を排除する事だ』

 

『…なっ──』

 

 彼女はその瞬間、眩い閃光に包まれ、そしてすぐに彼女の視界は暗くなっていった。彼女の遥か後方を追跡していた一機のACが、彼女を撃墜したのだ。

 ACは、構えていたグレネードキャノンを収納し、作戦の終了を告げる。

 

『……呆気ない。インターネサインを破壊したレイヴンというのも、案外大した事はなかったな』

『それでも、今後我々が世界を統治していく上で、ああいう手合いは邪魔になる。よくやった、帰還せよ』

 

 空中900メートルを飛行していた彼女のACは、きりもみ回転しながら勢いよく墜落していく。その後彼女の機体は、いくら探しても見つかることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 う、うーん………。 ここは……?

 

 私は、何をしていたんだっけ…。

 

 ……思い出した、そうだ、久しぶりに『騙して悪いが』*5されたんだった。あんのやろう、許さないぞ。少なくとも私を騙した罪は重い。

 とはいえ、私は生きている。ACのジェネレーターの主電源が落ちているのか、理由はわからないがコクピットの中は暗い。すぐに起動シーケンスを開始する。レバーを引き、三段階の起動認証スイッチをすべてオンにし、そうするとモニターに光が灯る。

 

『おはようございます。システム、通常モードに移行。貴女の帰還を歓迎します』

 

 人の声で聞いていて辛くないのは、この機械音声だけ。新鋭のコンピューターが使われているらしく、ある程度の会話も成り立つ、とても可愛い子だ。

 ちなみに、ストームというのは私のレイヴンネーム*6である。外の喧騒をかき消してくれる嵐が好きだった事に由来する。

 

コム(COM)、現在地は特定できる? まだ私はベルザ高原にいるの?」

『ストーム、私達は現在位置の信号を受信できないエリアにいるようです。現在位置の特定は困難でしょう。UAV射出。付近の地形情報を収集します』

「そっかぁ、お願いね」

 

 どうしようかな。このままここにいようかな。あ、でもそうしたら備蓄の食料も無くなっちゃうか。そんな事を考えていると、コムが急にシステムモードを通常モードから戦闘モードに切り替えた。

 

 戦闘モードというのは、通常モードで使えなかったあらゆるACの機能が開放されるモード。ブースターの起動許可、それにメインカメラの起動許可。オーバードブーストの使用許可や……とにかくいろいろ。特に、FCSの起動認証。このFCSが無いと、武器を全て使用できない。通常モードとは全く違うのだ。それとは別に『巡航モード』と言って、低出力で長時間飛行できるブースター類の許可だけされるモードもあるが、とにかく、コムがシステムモードを切り替えたという時は、頭部レーダーに敵影を受け取ったという事になる。

 

「何? 何があったの?」

『ストーム、敵生体兵器を確認。敵数、38』

「生体…AMIDA!? 38体も…」

『詳細は不明。速やかな殲滅を推奨します』

 

 コムがそう言うと同時に、インターフェースのコンピュータボイスが『メインシステム、戦闘モードに移行します』と告げ、サブカメラだけだった映像が、メインカメラの起動によって大画面に、より鮮明に映る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………そこには、見た事のない、新種の生体兵器がいた。

 

 いや、正確には見た事はある。ないのは、その大きさだった。木々、つまり森の中から姿を現したそいつらは、見た目は蟻に酷似していたが、凄まじく大きかった。

 

「………大きい!? 見た目はアリだけど……これが群体で襲ってくるんじゃ、ここでも外では歩けそうにない、か」

 

 ストームはそう呟き、言葉を吐き出しながら操縦桿を握り、ペダルを踏んでブースターを点火して距離を離しつつ、右手のエネルギーマシンガン(WH10-SILKY)を連射する。連射と言っても、たかだか数発程度だ。何十発も撃っていたらジェネレータ内コンデンサの容量不足ですぐチャージングに陥る事間違いなしだろう。

 

 着弾時の衝撃で、蟻は大きく怯み、そして弾け飛んだ。着弾点が熱に晒されて融解したかと思えば、生物であるはずだが飛散する。繁殖し、数で相手に襲いかかる習性は、どうやらAMIDAと同じらしかった。だが……。

 

「やっぱりただの生体兵器じゃない…キサラギ派だって、こうまで繁殖させるのには時間がかかるはず。一体誰が…」

 

 そのうち肉薄してきた一体の黒蟻を、レーザーブレード(CR-WL06LB4)で切り飛ばす。その時、アリがその腹部からオレンジ色の体液を飛ばしてきていた。どうにか避けたのだが、そのうちの一部がレーザーブレードをマウントしていた左腕部のマニピュレータに付着した。驚くべきは、マニピュレータ部分に付着した体液が、AC装甲の防御スクリーンを瞬く間に溶かしていく事だ。

 

「これは…酸!? こいつ、やはりAMIDAの後継種…?」

 

 離れつつ、マシンガンを撃ち続ける。指切り射撃で速射性とEN回復を両立しつつ、近付いてくる蟻を撃ち殺す。何体も何体も破裂していくが、その体液は危険だと前もって知っているので全て避けてやる。

 

 10体ほど倒した辺りだろうか。レーダーに点々と表示される赤い点、つまり敵の表示が一瞬目を離した隙に倍以上にまで膨れ上がっている。

 

「なっ…」

『敵影を補足しました。敵数、68。至近距離での戦闘は危険です。銃火器を活用した、中距離からの射撃戦が有効でしょう』

「わかってる…大丈夫」

 

 マシンガンを握る右腕部を下げ、左肩のミサイルを起動する。6発までロック出来るこのミサイルは、FCSのタイプによって一個体に集中砲火を浴びせるか、連射可能数上限である6体に対して一斉攻撃するかを選択出来る。私の使うFCSは、これとのシナジーを加味して6体ロック可能のFCS、MF05-LIMPETを搭載している。代わりに並列処理能力が想定よりも低く、武装は左腕をレーザーブレードに変換する事で解消している。

 

 6体目へのロックが完了し、左肩部の小型ミサイルコンテナ(WB01M-NYMPHE)から6発のスモールミサイルが放たれ、そして全て綺麗に命中した。爆発は小さなものだが、周囲の蟻を巻き込む。

 

 しかし、吹き飛んだそばから次へ次へと殺到してくる。その図体に反して非常に俊敏なようで、ACの規格とはいえただの歩きでは追いつかれてしまうだろう。

 ブーストを駆使して巧みに距離を離しつつ、射撃で数を減らしていく。複数体をスモールミサイルで、突出してきた相手をマシンガンで。それぞれ適した武装をチョイスする。

 

「コム、数は!」

『敵数、残り11。ミサイルによる遠距離攻撃が有効でしょう』

「わかった!」

 

 愛しい我が頭部コムに相槌を打ちながら、フルロックしたミサイルを全弾斉射する。ACの装甲すら吹き飛ばすスモールミサイルだ、生体兵器など粉々だ。

 ミサイルの爆煙が晴れたころ、突撃してきた蟻はすでに三体まで減っており、引きながら冷静にエネルギーマシンガンで駆除する。

 

 

 

 もう何も残っていない。あるのは、黒い蟻が粉々に砕け散った四肢や内容物、血と思われるオレンジがかった体液だけでした。

 

「ふぅ……。こいつらは一体何なんだろう…」

『ストーム、解析完了しました。UAVからの情報を統合、分析した結果、ここは森林のはずれです。ACのオーバードブースト推力であれば、五分ほど北上していけば、軍事基地に到着しますが…』

 

 コムが珍しく黙る。滅多にない事だが、余程伝えにくい事なのかもしれない。続きを促す。

 

「………しますが?」

『…………………解析によると、アライアンス、アライアンス戦術部隊、バーテックス、また登録されている全ての小規模武装勢力のどれにも該当しませんでした』

 

 表示されたUAVからの映像に写っていたエンブレムは、確かに私の知るどれとも似つかない。そこには、地球を冠した青い円形から、羽ばたくような翼の意匠と『E.D.F』の3文字が描かれている。

 

「新興勢力って事? ……まぁいいんじゃない? 今私達は後ろ盾の無い状況だし、匿ってもらおう?」

『良いのですか? 私としては不吉な予感を覚えます』

「まぁ、いいんじゃないかな。何も無いよりマシでしょう?」

 

 そう言って進路を北に決め、オーバードブーストを使って飛ぶ。飛んで、飛んで、飛んだ。

 

 

 

 

 

 その先は、確かに軍事拠点のようだった。但し本当に私の知らないものだらけらしい。

 

 基地に待機しているであろう戦闘機械らしき機体は、複数の回転式チャンバーを持つ超大口径のリボルバーのような武装を両腕にマウントしており、両肩部にはコンテナが搭載されている。ミサイルだろうか? 肩側面には二基のシールドが展開されており、流石に旧式MTよりかは防御力は高そうだ。

 青みがかったグレーカラーのそれは、その基地に幾つも待機していた。その隣に搭乗者らしき人員がいるのが遠目で見えた。

 

『巡航モード終了。システムモード、戦闘モードに移行します』

 

 バスッ、バシュウ。と、ブースター推力を徐々に抑えつつ着地の衝撃を吸収するように空中に浮遊する。

 

 コムが私の視点を内部センサで読み取って、その人に対してズームしてくれる。ようやく人を間近で見る事が出来たが、その表情はとても驚いている様子でした。なんで?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『見ろ! あれは…どこかの国の新兵器か!?』

「浮いてる……あんな巨体で、どうやって浮いてるんだ!!」

『落ち着け! 武装解除勧告を行なえ!』

 

 我々コンバットフレーム・ニクス隊のメンバーは全員困惑していた。警備を担当している我々の他に人はおらず、全員基地の内部で待機している状態だ。突如現れたその巨大な人型兵器は、右手にライフルらしき武装を装備しているが、それをこちらに向けてくる様子はない。また、その膨大な推力で巨大な体を長時間空へ浮かべていられる事から、現在のEDFの科学力では及ばない域の兵器だと、直感した。

 

『あ、あー、あー! き、聞こえているか! 所属不明機は速やかに着陸、貴機の所属を伝えろ!』

『…………』

 

 人型兵器からの応答は無いが、拡声装置をつけたのか、マイクに空気の擦れるような音だけは周囲に響いている。

 

『……』

「………た、隊長。 あれはこちらを、襲おうと……準備、しているんでしょうか…?」

『わからん…だが、警戒しておけ。《全機、コンバットフレーム・ニクスの起動シーケンスを始めろ! 奴が敵だった際は、こちらで撃墜する!》』

 

『ニクス、アンヴィル2了解』

『アンヴィル3、了解』

『アンヴィル4、ニクス起動了解』

「アンヴィル5了解。起動シーケンス開始!」

 

 私を含め、全機が眼前の所属不明機からのもしもに対応すべく、起動シーケンスを開始する。アンヴィルというのは私の所属するニクスチームだ。

 

『…………あー』

『《! き、聞こえているのか? 着地し所属を!》』

 

 もう一度隊長がそう所属不明機に伝えた次の瞬間、人型の後方から煌めいていた蒼炎が止まり、推力を失った人型が基地の前方に落下する。

 どしん、と大きな音を立てて着陸したそれは、空に浮かんでいたから全く分からなかったが、改めて見ると非常に巨大だった。人間の5倍以上はある大きさで、その武装の口径も桁違いだった。ニクスでは恐らく、歯が立たないのだろう。

 もしもの時はやるしかなかった。

 

『え、あー……』

 

 女の子の声だった。まだ若い。

 

『………私、は。 職業軍人では、ない。 ただの傭兵です』

「傭兵……?」

 

 巨大な軍事力を誇るEDFが存在する現在に、傭兵などという不確かな物は聞いた事がない。それに、日本語話者であるという事は、つまり日本で活動する事が可能な傭兵でもある、という事になる。EDFの存在する世界では、傭兵は全てEDFが派兵の形で行っている現状、たかだか一人の傭兵に出番は無いはずだった。

 

『《傭兵だと? そんな馬鹿な…。 ………そちらに敵対の意思がない事を証明するため、搭乗者はコクピットから離脱せよ。そちらの姿を確認次第、私の部下にもニクスの起動を中止させる》』

 

 誰かの喉が鳴った。クールで何事にも動じないアンヴィル2か、無口だけど熱血漢なアンヴィル3か、はたまた曽祖父からの軍人一家の出であるアンヴィル4か。もしかすると私かもしれない。隊長のものかも。

 

『………駄目です。先に、そちらの武装解除を願います。そうすれば、私もコクピットから出ます』

「なんだと…?」

『アンヴィル5やめろ。 了解した、全機ニクスを停止。彼女の言葉に従ってくれ』

『隊長! しかし……』

『いいから、早く!』

 

 『っ……了解』アンヴィル3がニクスの起動を中断し、コクピットから出る。それに続いて私やアンヴィル2、4も同じようにニクスから出た。それを見て人型兵器の少女は納得したのか、兵器の胴体部分が沈み、前傾姿勢になる。頭の光っていた部分が消え、その中にいる人間が立ち上がり、姿を現す。太陽光に照らされたパイロットスーツの体躯は小さく、少女のようだった。

 

『………降りてこれるか』

「あの高さでは──」『いいですよ』

 

 私が隊長に意見をしようとした瞬間、少女の声が聞こえた。いいですよ、と。そう言ったのか? そう思って少女の方を見た瞬間、私は目を疑った。少女が両手を左右に伸ばし、T字に体を広げて、10メートルはある地点から落下したのだ。自由落下だった。

 

「お、おいっ!?」

『なっ!』

 

 飛び降りた!? と隊長が驚愕したのも束の間だった。少女は空中で姿勢を整え、片膝と左手を地面に着けて着地した。俗に言うヒーロー着地というやつだろうか? あんな高所から降りる時点で怪我では済まないと思ったが、立ち上がった彼女はピンピンしている。怪我ひとつないらしい。

 少女はヘルメットを外した。

 

「……こんにちは」

 

 にこりと微笑むように口元を優しく傾ける彼女は、どう見ても高校卒業したての年齢にしか見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 しきりに隊長と呼ばれていた男性に連れられて入った場所は、地上施設の一室だった。ニスの塗られた木製テーブルの上には見たことも無い菓子が置かれており、隊長が部屋に入ってきた時、その手には熱そうな飲み物があった。ふたつあるうちのひとつをこちらに渡してきて「お茶だ。何も入ってない。菓子も好きなだけ食って構わない」と言う。

 言葉に甘えて菓子をひとつ取って、袋を開けて食べる。中身はチョコレートだった。

 

「で、本題だ。君はどこの所属……いや、傭兵だったか。最後に雇われた組織の名前を言えるか?」

「………守秘義務がある、と言いましょうか」

「だよなぁ……。じゃあ質問を変えよう。あの兵器は? 一体、どこの国があんなものを作った?」

 

「国? ………あー、メーカーの事ですか。いえ、存じません。ACは、私が生まれるずっと前からあったものですから」

「………アレがか?」

「えぇ」

 

 そう返すと、隊長は頭を抱えた。やがて隊長はため息をついたかと思うと、本音を話し始めた。

 

「いやな、実は君の乗っていたあの兵器……AC、と言ったか。ACの仔細を把握し、報告するよう上から言われてな」

「それはいつ?」

「さっきだよ。お茶を汲んで君に持っていく際にな。あぁ、君の兵器を分解したりはしない、約束しよう」

 隊長はそう言った。不思議と、人と話している時の嫌な感じは彼からはしなかった。

 

「よし、とは言いながらもだが、君を易々とここから出す訳にはいかなくなってしまった。すまんが、一週間程度ここにいてくれ。もちろん客人以上の待遇と、あのACに指一本触れる事のないよう、部下達に言及しておこう」

「………まぁ、わかりました。ただし、条件がひとつ」

「なんだ?」

 

「1日10分ほど、コクピットの中に居させて欲しいのです」

「…………理由は」

 

「話をしたい相手がいるものでして。良ければ紹介しましょうか? あなたなら、彼女に会わせてもいい」

 

 この男性からは、私を利用しようという悪意のようなものは一切感じなかった。アーク時代から傭兵をやってる身としても、こんな人は初めて見る。この人だけなのだろうか? 話していて嫌悪感を覚えない人は。

 

「私だけか。他のやつはダメなのか?」

「まだわかりません。あなたは直接話をして、大丈夫と直感しました」

「それは名誉に感じて良いのかな?」

「とても」

 

 隊長はふっと笑う。

 

「今ので君が悪い奴、ヤバい奴では無いというのがわかったよ。軟禁という扱いで済まないが、歓迎するよ。ようこそ、EDF第229ベースへ」

 

 ここはEDFという組織の、229番目の基地らしい。

 

 この時の騒動のおかげで、私は巨大蟻と交戦したことをすっかり忘れてしまっていた。

 

 

 

*1
アーマードコア3。主人公はレイヤードという大規模地下都市の中で、クレスト、ミラージュ、キサラギの三企業からの依頼をこなしつつ、ユニオンという組織に関わる事で、管理者と呼ばれる存在の核心へと触れていく。

*2
アーマードコア3 サイレントライン。管理者の消え去った後の世界が舞台となる。主人公はミッションをこなしていく道程で、人類の未踏の領域《サイレントライン》には何か秘密があるのだと知る。

*3
アーマードコア ネクサス。主人公は新人のレイヴンとして、レイヴンを登録し、依頼を斡旋する組織レイヴンズアークに所属しながら、AC3より続投する三企業と、新興企業ナービスとの依頼を受け、そして様々な戦いを経て主人公は、トップランカー・ジノーヴィーに肉薄していく。

*4
アーマードコア ラストレイヴン。アライアンスに対し、バーテックスが24時間後攻撃を行うという宣戦布告から、主人公を含め19人のレイヴンを巻き込んだ生存戦争へと発展していく。やがてそれはバーテックスのリーダー、ジャック・Oにより仕組まれたものであると知り、熾烈な戦いを勝ち抜いたレイヴンらは24時間後……。

*5
アーマードコア2。騙して悪いが、目標など初めからここにはない。レイヴンが敵のレイヴンを騙す際、特に依頼を出して受け取った相手を騙し討ちする際に用いられる。

*6
レイヴンの殆どは偽名やコードネーム等で呼び合う。個人の特定は御法度だからだ。まれに本名で登録するレイヴンも存在する。





 次あたりでストームの機体構成書きます。


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二話 強化人間



 おいろけかい




 

 

 

 軟禁状態になってから、今日で丸々二日ほど経つか。行動を制限されているとは言っても、10分から20分程度ACに搭乗する事はできるし、隊長や他のアンヴィル隊のメンバーが私の監視という名目で着いてきてくれる場合は、一時間も彼女……コムと会話する事を許されている。

 

 ……しかし、この二日間を使ってアンヴィル隊やこのベース229の基地司令官と何度も話し合った結果、私が今いるこの場所は、私の知るあの荒廃した戦場ではない、という結論に至った。

 

 まず、ここは()()という、私の育った場所では見た事も聞いた事もない地名であるということ。そもそも初めて聞いた、土地と人民、そして民の指導者を持つ『国』という言葉。それらから推察するに、私の知らない世界、つまり『別世界へ転移した』のではないか、と。

 

 アンヴィル隊も私も、今回の事にはとても頭を悩ませている。元の世界に帰る方法……は、まぁ良いとして。私のような()()ができてしまった以上、私ではない別のレイヴン等が来る可能性だって否定できない。

 更に私の職業、以前居た世界においてのレイヴンの仕事や立ち位置を彼等に伝えたところ、その()()()()()()()()()()()()()()()の危険性に対処するべく、ひとつの解決方法に至った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………という訳だ。では、改めて伝える。貴殿は本日より、本EDF基地ベース229所属邀撃隊、アンヴィル隊のセカンドチームとして我が基地の戦力に編入する。君の識別IDは『アンヴィル2-1』だ」

 

「はい。まぁ、堅苦しい事は抜きにして。要は私もこの基地の兵士になって、皆と一緒に基地を守ろう、って事ですよね」

「あぁ、そういう事だ。無論君を戦力とすると、アンヴィル隊では些か過剰に過ぎる。君は今まで通り、客人としてゆっくりくつろいでくれ。どの道あのACを操縦できるのは君だけだからな」

 

 私はベース229の基地司令官殿とそういった旨のやり取りをする。私の他にレイヴンが現れた場合、私が対処する、というものだ。特に新しいレイヴンが敵対的だった場合、ACの残骸をEDFに譲渡し、技術の解析を行うという契約である。

 

 基地司令官は私に丁寧な敬礼をする。私も、見かけだけでも敬礼を返す。司令官が私に貸与した私室から退出したのを見て、私は大きく息を吐いた。ソファに身体を預けながら、目を瞑る。

 

 そういえば、バーテックス戦争*1が終わってから、全然お風呂に入っていなかった。かれこれ一週間ほどになるが、戦争が終わってから強化人間*2となった都合上、全くお風呂に入る事が無くなっていたからだ。肉体の新陳代謝が活発化しても消費は低いままの為、食事もほぼ趣味に過ぎない程便利な体だけど、忙しかったとはいえ風呂無しはやはり精神的に来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂を借りる事にした。

 案内人になってくれたのは、ベース229に着任して二ヶ月目の女性士官だった。飛行ユニットというものを利用した地対地航空戦力、ウイングダイバーチームの一員らしい。

 

「お風呂場、ですか? いいですよ、二日間も入ってなかったら、さすがに気になりますもんね!」

「そうですね」

 

 快活な様子で私の案内を許諾してくれた彼女は、そのまま私を客間から連れ出し、入浴所へと案内してくれる。

 

「えーと、お名前は…」

「ストーム」

「ストーム………えっと、コードネームではなく、本名を…あ、もうこの基地の隊員なんでしたっけ……」

 

 うーん、と私は喉を鳴らして唸る。この二日間で考えていたもう一つの事項が、今のだ。

 ここは私の住んでいたあの世界ではない。私を知る人間は誰一人としておらず、現状命を狙われる危険もない。あるかもしれないが、基地にいる以上遠くからの攻撃は不可能だ。

 だったら、名前を教えてもいいのか? 答えは、どちらとも取れない。いつもストームを名乗っていた手前、本当の名前を言うのは恥ずかしいと言えばいいだろうか。それはそれで思春期の女の子みたいでなんか嫌だ。

 

 悩んだ挙句、もうすぐ風呂場に着きますよと女性兵士が言ったのと同時に、私は名前を言った。

 

「………ウィンディ。Windy、って書いて、ウィンディ。親は風のように飄々とせよ、って意味で名付けたらしいけど」

「……ウィンディさん。 …ふふっ、良い名前ですね」

「そ、そっちは? 教えてください、名前」

 

 そう言うと、女性兵士は少しどうしようという風に頭を掻く。キョロキョロと辺りを見渡して、誰もいないことを確認してから、彼女はこっそりとこう言った。

 

「EDFでは、他の隊員に名前を聞いたりするのは駄目なんです。規律とか、軍事組織としての団結を重んじるため、個人に深入りするのは違反なんです。だから、私達は普段階級と所属チーム名、チームIDの3種類で呼び合います」

「えー、随分めんどくさいですね」

「まあまあ。………私の名前は三上です。所属部隊はウイングダイバーチーム、レイニア隊。IDはレイニア2です。レイニア2って呼んでくださいね。くれぐれも他の場所、他の人がいる所で名前を呼ばないでくださいよ!」

 

 レイニア2はそう言って敬礼した。

 

「……うん、よろしく」それに応じるように、私もピシッと敬礼を返した。その次の瞬間だった。

 

「ちょっとレイニア2、抜け駆け?」「私達も混ぜてよ〜」「あ、可愛い! この子が今話題のスーパールーキー?」「すごーい!アルビノって言うの?綺麗!」

 

 たくさんの女性兵士が私を取り囲んだ。

 

「え、え、え。 ……え?」

「しまった……この時間は女性隊員の入浴時間なんです、すみません。私の把握ミスです」

「いや、それはいいんだけどね……っ」

 

 この人だかりは何なんだ。どうして私に集まるんだ。私は混乱した頭でどうにか言葉を受け流そうとするが、駄目だった。

 

「え、一緒にお風呂入ろうよ!」「あ、いいねぇ!それ賛成!」「ねえねえ、体流してあげる!」

「う、わ……! うわぁぁあああぁぁぁぁぁ…………」

 

 私は数多の女性隊員にもみくちゃにされながら、入浴所へと連行されていった。レイニア2だけが後に残った。

 

「………ま、いっか。私も入ろ」

 

 ………特に罪悪感を覚えているわけではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここの入浴所は男女で別れていて、女性陣が入浴を終えてから30分後に男性陣が入浴する、というルーティーンらしい。男性と女性のどちらも、入浴する際はそれぞれ二つのグループに別れていて、私と三上隊員……もとい、レイニア2はその第一部隊に巻き込まれたらしい。

 

 全ての隊員には、入浴所の前でロッカーが与えられるようで、私は何ヶ月か前に定年で退職した事務員のロッカーを貸してもらえるらしい。

 EDF隊員の年齢層は様々だったが、特に若い隊員が多いようだった。カーテンで仕切られたパーソナルスペース越しに、隣の隊員と会話する。

 

「ふーん。じゃ、その髪の色って生まれつきなのね」

「うん」

 

 パイロットスーツを脱ぎ、ロッカーの中に入れながら私は隣の隊員、ポーン4へ相槌を返す。左腕に着けていた古い腕時計を取り外して、それもロッカーの上段にあるスペースにするりと入れた。中のハンドタオルを手に取って前掛け代わりにする。

 カーテンを元に戻し、風呂場に向かう。ちょうどポーン4も着替え終わったようで、私とほぼ同じタイミングでカーテンを開いて出てきた。

 歳は23だと言っていたが、その割に色々大きかった。特にお胸が。ウイングダイバーは皆プロポーションが良くないとなれない呪いにでもかかっているのだろうか。

 

 ちなみに私は貧相である。クソです。

 フン、まあいいもんね。私はACを操縦できるんだぞ。

 

 

 

 

 ポーン4は私の前を歩いている。私達が最後の二人だったようで、もう他の人達はシャワーで体を流したり頭を洗ったりしている。

 私も適当な席に着き、シャワーを流して備え付けのシャンプーを手に出して、頭に手をつけて指を立てた。戦争中も、その前も、ずっとシャワーを浴びるなんてことなかったから、砂埃が髪の間に挟まったりしていてゴワゴワだった。洗えば洗うほど、砂粒が出てくる。我ながら随分とレイヴンとして板に付いていたんだなぁ、と実感させられた。

 あたりから談笑が聞こえてくる中、私は一息つくように息を吐いた。

 

「ふぅ………あったかい」

「いいでしょう? EDFは福利厚生にも力を入れていて、特に現場で動いたり常日頃から訓練をする事の多い戦闘員は、訓練時以外は衣食住の全てにおいて優遇されているの。過酷だけど、それが目的で入隊を志す人も多いわね」

「へぇ……私のいたところと大違い」

「あなたはどうだったの?」

 

 私は今までを振り返る。

 

「誰もが生きる為に戦っている。……って言うべきかな。何人も私と同じような人達が死んでいって、私自身何人も手にかけた。それでも生き残る為に、私は戦い続けたよ」

「そんな………まだ、若いのに」

 

 周囲の人達は、私の話を聞いたのか静かになっていたが、私が話し終わるまで、それに気付く事はなかった。

 

「ううん、私の世界ではそれが当たり前だったから。皆覚えてるよ、殺した相手のこと」

 

 そう言って私は指折り数えていく。直近で殺したレイヴンの数は、大体20人前後だろうか。MTや戦闘機、ヘリ、車両などを合わせれば平気で4桁は行きそうだった。

 

 

 二年前。まだ16歳だった頃、私はレイヴンとして初めて人を殺した時の事を鮮明に覚えている。同期の青年受験者と一緒に、試験管理官の指揮下の元トレネシティの北部に侵入してきたテロリストのMTを排除する、という任務だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これに生き残れば…!」

「気を付けて、A-1! 後方に敵機!」

「なに!? 喰らえッ! ……助かったよ、A-2」

「お互い様だよ、さっきのカバーのお礼」

 

 A-1の後方のMTを指摘し、A-1はそのMTに対して振り返り、滑腔砲を受けながらもレーザーブレードで斬り伏せる。私も目の前の逆脚型MTに対してライフルとミサイルを浴びせかけ、そのMTは爆発する。

 

 

 ……私達はこの戦いを生き延びる事に、人生の全てを賭けていた。A-1の当時は動きのキレはあまり見られなかったが、確実に敵にダメージを蓄積させる戦いを好んでいた。私はというと、覚束無いなりにブースターを使った移動や空中での回転を利用する回り込みなど、その時から実践的な動きを覚え始めていた。

 

 操縦桿のトリガーを引いた感触は、あの時から一度たりとも忘れていない。一人、また一人と撃ち殺し、その機体が爆ぜていく様を忘れたことはなかった。

 白状するなれば、私は殺し合いに楽しさを見出していたのだ。レイヴンの志望動機も、生活の為だけではない。レイヴンになったら楽しいだろうな、というものだ。昔からそれは変わっていないのだが、それでも以前ほど欲求は減った。

 

 …だから不意打ちを受けたのだろうが。

 

 直感とセンスだけで生き延びてきた訳ではないが、そういう貪食な面も助けたのだろう。結局その後、二年の歳月を経て私は大人になった。

 

 ちなみに、その後A-1…レイヴン、アップルボーイとは幾度か共闘しているが、レイヤードの管理者を破壊する際、管理者のAC部隊と交戦の末死亡した旨を、ユニオンの部隊指揮官から伝えられている。

 その時は、私は柄にもなく落ち込んだものだ。同期として何度も互いを励まし合ったり、時には共闘して互いの腕を確かめたりしたものだったからだ。最後の散り際には、友軍のAC部隊が来るまでMTの退却の時間を稼ぐ為、単機で管理者のAC3機を食い止めていたらしかった。

 

 

 

 

 とにかく、そういった事があって私は今、衝動を簡単に抑えられるようになっている。という事を彼女に話すと、彼女は閉じていた口を開いて、私の肩に手を優しく乗せた。ぽんぽん、と柔らかく二回叩く。

 その表情はお湯から出た湯気に隠れて全く見えない。

 

「………そっか。若いのに沢山厳しい目に会ってきたんだね」

 

 ポーン4が優しく慰めてくれる。他の盗み聞きしていたらしい隊員達も、啜り泣いたり無言で私の話を聞いたりしていた。

 

「私はもう平気。あいつのお陰で私は成長できたし、今こうして生きてるから。じゃなかったら……」

 

 パルヴァライザーと連戦を重ねた時を思い出してため息を吐く。技術に裏打ちされた戦術が無ければ、あの青いパルヴァライザーを破壊する事は難しかっただろう。

 シャワーで洗い終わった頭の泡を流して、おでこからうなじ側にかけて両手で水を切る。水分が少なくなった髪の毛はオールバックのようなものから、少しずつ普段のウェーブ状に戻っていく。

 

「じゃあ、そろそろ湯船に浸かろっか」

「バスタブに? 久しぶりだなぁ」

 

 シャワーだけでなくバスタブまであるとは思わなかった。そう考えながら別室に行くと、湯を張った巨大な四角のバスタブがあった。

 

「……凄い大きい」

「あれ、見た事ない?」

「うん。こういうのって戦争で壊されたりしたし、凄い新鮮」

 

 会話をしながら、ポーン4に習って体に桶でお湯をかけ、そのまま巨大バスタブの中に入る。アツアツだが、力が抜けるような安堵感を覚える。

 

「はぁぁぁ〜〜…………」

 

 自分で出したのかもわからないほど間の抜けた、気の抜けるような声を出した事に驚いた。今までこんな声出した事なかった。信じられない、

 

「良いでしょー。お湯張りする度に疲れの取れやすい入浴剤が使われてるんだ。もう凄い効果って皆から人気なの!」

「ほぇ、へぇ〜…………」

 

 もう何も考えられない。一生この湯に使っていたい。

 

 ぶくぶくぶく…。

 

「わーっ!?」

「ぶくぶく」

 

 風呂から引きずり出されそうなのを手で制する。そのまま身体中の空気を出し切り、瞼を閉じて、全身でお湯の温もりを甘受する。生まれてから18年、ずっと銃声の響く世界に住んでいた私には、あまりにも不釣り合いな安心感だった。

 

 身体が毛布に包まれたような感覚を噛み締めながら、私はふと考える。

 死んだレイヴンは、こうして別の世界に飛ぶんだろうか。私だけがこうして日本に来ているのに、私が殺したレイヴンや、管理者のAC部隊を前に散っていったアップルボーイは、こっちへ来ていないのだろうか。

 あるいは、飛びはしたけど、私と同じ世界じゃないって事なのかな。もしそうじゃないとして、アップルボーイがこの世界に飛んできているのなら、また会いたいな。

 

 思案しているうちに、どうやら10分以上経過していたらしい。目をパチリと開く。

 長時間潜っていても、強化人間の恩恵で溺れる事は中々ないが、心配をかけさせる訳にも行かないので浮上する。バシャと揺れた湯の波が縁から外に出ていく。

 

「わっ。……凄いね、12分間も潜ってたよ」

「うん…得意だから?」

「なんで疑問形なの……?」

 

 適当に誤魔化しつつ、ポーン4がやっているように、肩まで浸かる。はぁぁ、とため息を漏らしながら脱力する。凄まじい魔力を持っている。この風呂は。

 

 

 

 突如、頭の中に機械音声が響く。

 

『《体温の急激な上昇を検知。緊急冷却します》』

「あっ」

 

「えっ? ……うわっ!? な、何これっ!!?」

 

 入浴していた私の体から、凄まじい水蒸気が吹き出す。正確には、私の上昇した体温を体内のナノマシンが検知し、更に私が脱力していた事でナノマシンは私が意識不明瞭の状態だと判断し、緊急冷却を作動させたのだ。

 冷却と言っても、別に体内にラジエータが埋め込まれている訳では無い。心身に埋め込まれた皮膚組織内のナノマシンが、身体を刺激して発汗を促すだけなのである。それとは別に、体内電気を微量に用いて普段から体温を調節してはいるが。

 

 とにかく、急に目の前の人間から白煙が吹き始めれば、誰だって驚くだろう。特にバーテックス戦争後の強化人間なんて私だけだったし。

 いや、そもそもこの世界で強化人間なのは私だけか。

 

「大丈夫です、上がります」

「大丈夫なの…!?」

 

 身体中の水滴を落としながら立ち上がる。まだ水蒸気は私の体温を減らしつつある。シャワールームの方に行くと、私を見た隊員が何人か悲鳴を上げていた。それはそうだよね。

 

 

 

 

 

「………で、何があったのかちゃんと教えてくれる?」

「はい…」

 

 基地内女性隊員で最年長だというお姉さん隊員に洗いざらい白状させられた。私が強化人間という存在である事、水蒸気の理由は私の体温調節の為である事、ついでにそれ以外にも色々な機能を持っている事も白状させられてしまった。

 

「へぇ…つまり、サイボーグって事?」

「半分機械の人間という意味では似てるかな」

 

 そう言って適当なシャツと短パンを貸してもらった私の二の腕を、お姉さん隊員がぺたぺたと触る。なんなら私達を取り巻く隊員達も身体中ぺたぺた触ってくる。くすぐったいんですけど。

 

「今は? もう暑くないの?」

「はい、もう暑くないです……いや触りすぎ」

 

 正座している足の指の隙間まで触ろうとする不逞な輩が居たので正座をやめて胡座をかいた。

 

「とにかく、あれは全部私の機能。珍しいかもしれないけど、私のいる世界ではそれなりの数がいたから。…こっちで強化人間の情報に関する知識が一切存在しない、という事を想定してなかったのは謝る。 …ごめんなさい」

 

 頭を下げて謝ると、お姉さん隊員は優しく許してくれた。

 

「うん、いいのよ。心配だから色々聞いたんだから。こっちこそ根掘り葉掘り聞いちゃってごめんね」

 

 頭を撫でられる。訂正しよう、お姉さんではなくお母さんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、私はアンヴィル3、4と一緒に私のACのコクピットに居た。私だけコクピットの中に入って、アンヴィルチームの二人はコクピット上部、コアの部分にしゃがみこんでコクピットを覗いている。

 今は夏という季節らしい。確かに、レイヤード内部の天候管理設備が破損した時は、こんな感じの蒸し暑さだったのを覚えている。発汗はしていないが、不快感を催した。一応体温調節によって体温の上昇も防いでいる。

 

「おはよ」

『おはようございます。今日も無事のようで、安心しています』

「もう……みんな優しいし、そんな危ない事ないよ」

『それは良かったです。…おや、髪がふわりとしていますね。入浴されましたか?』

 

 機械と人が楽しげに会話をするという光景に、二人は開いた口が塞がらなかった。特にアンヴィル4は、それを見てから適した言葉を捻り出すまで10秒以上はかかっていたようだった。

 ようやく口を出た言葉も、月並みに過ぎない言葉でしかないようだ。

 

「……凄いな。本当は人が話しているんじゃないのか」

「さぁな……」

 

「それでね、今日は沢山の人と仲良くなれたんだ」

『そうでしたか。それは僥倖です』

 

 機械と話す彼女はとても無邪気だ。アンヴィル4はそう思っていた。確かに、客間に赴いた時にはあまり見せない笑顔を、機械の少女には何度も見せている。我々に心を開いていないだけかもしれないが、会話からして打ち解けられてはいるらしい、と安堵した。

 

「ううむ、本気で人間としか思えん」

 

「あの子のいる世界は、もしかすると私達の住むここよりもずっと進んだ未来なのかもな。 ……あんな年頃の子でさえ、こんな機械に乗って戦わねばならないほど、荒廃した未来……」

 

「そうはさせない。俺達が」

「あぁ……」

 

 未だ紛争の絶えない世界だが、だからこそ俺達がいる。アンヴィル3、4は固く誓い、拳を握りしめた。

 

 

 

 

*1
アライアンスとバーテックスによる、24時間という極めて短期間に勃発した戦争。名目上バーテックス側の勝利に終わっているが、その実双方の戦力どちらとも激しく損耗しており、特に両陣営の所属レイヴンの殆どが戦死した事で、24時間で戦いを終えざるを得なかったというのが真相。ストームはこの際、バーテックス側として参戦。バーテックスの指導者ジャック・Oの指示で動きながら、アライアンスと戦闘を繰り広げた。

*2
レイヴン本人の身体を改造する事で、ACに関する性能の向上を目指した技術。特に二脚型では構えなければいけない反動を持つ肩部キャノン砲系統の武装を、構えなしで、空中からでさえ射撃可能であるこの技術は、技師の圧倒的な少なさから普及には至っていない。また心身の全体に影響を及ぼし、リスクは非常に低くなったとはいえ、精神崩壊の危険さえ孕む。汗をかかなくなり、全ての神経を強化光ファイバーに置換する事で戦闘行為への適性を向上させるが、あくまでACの強さは本人の腕に寄る。






 ストーム(ウィンディ)

 パイロットネームも本名も、風に由来する。苗字は、両親が他界した時に捨て、そして既に忘れている。そもそも本名もあまり名乗らない。前述した通り、アーマード・コアの世界において本名を晒す事は個人の特定、引いては個人への攻撃に繋がる為である。


 AC名「ゲイルウィンド」

 機体名の由来は、木々を薙ぎ倒すかのように荒れ狂う強風を意識したもの。 標準的なパーツを使い分ける、中量二脚型AC。ENマシンガンやミサイルといった武装を駆使し、機体の消費ENの低さから来る総合的な機動力を活かして、終始自分に有利な状況に持ち込み続ける戦法を取る。
 ミサイルは六連射型のコンテナミサイルを装備し、多数への攻撃に力を発揮する他、単体に対して六発斉射することも可能。汎用性に富む。
 ENマシンガンは火力面では優れないが、FCSのロックサイト拡充による命中精度の良さから採用。射撃時消費ENの悪さから機体性能を活かしきれない為、文字通り彼女が自身に課すハンデ。彼女の頭を敗北の二文字がよぎった時、ようやく格納されたマシンガンが姿を見せる。この時の猛攻はとにかく凄まじく、機体のダメージを全く考慮しない突撃戦法に切り替わる。

 パーツ名列記

 HEAD: H02-WASP2
 CORE: CR-C84O/UL(格納機能+OB搭載)
 ARMS: A11-MACAQUE
 LEGS: CR-LH89F

 FCS: MF05-LIMPET(広角複数ロック型、最大6)
 BOOSTER: B02-VULTURE
 GENERATOR: CR-G84P
 RADIATOR: CR-R92

 INSIDE: CR-I78R2(内蔵型ロケット)
 EXTENSION: CR-E92RM3(連動ミサイル)
 BACK UNIT R: WB01M-NYMPHE(6発ミサイル)
 BACK UNIT L: CR-WB03CGH(大型チェインガン)
 ARM UNIT R: WH10-SILKY(ENマシンガン)
 ARM UNIT L: YWL16LB-ELF3(レーザーブレード)
 HANGER R: WH05M-SYLPH(マシンガン)
 HANGER L: CR-WH79H3(長期戦用ハンドガン)

 常に重量過多であり、機動力では他の中量二脚型に遅れを取るが、脚部を含み全体的に消費ENが低めのパーツを採用しており、ブースト時の移動のしやすさはトップクラス。また、重武装でありながら全体的に見ればむしろ速めの機体速度でもある。
 ブースターの熱量に関しては、低空飛行と地上への着地を繰り返す独特の飛行方法により、ある程度は解消できる。

 しかし、BACK UNITにレーダーを搭載していない為、索敵を強化人間としてのレーダー及び頭部レーダーに頼る他なく、旋回戦闘における敵機の捕捉性は低い。
 またレーダーを搭載していないためにECCMに大きな不安を残す。実数値にして耐性値504程度の対ECM性能しか確保されていない為、電子妨害によるFCSの不備や、ターゲットの反応消失などの危険性を孕む。



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三話 模擬戦闘訓練


 はじまる。


 

 

 聞いたか? ベース228で民間人を受け入れて大規模なイベントを開いてるらしい。もう3ヶ月前からそうしてるんだとよ。……知ってたか?

 

 知ってるよ。なんでも武装の多さからEDFは国を相手に戦争でもするんじゃないかって抗議の嵐らしいな。俺も新聞で見たよ。

 

 嫌だな、俺達は地球の平和の為だけにこうして訓練してるってのにさ。そんな疑われちまったらやる気も削がれる。

 

 だな……。

 

 

 

 

 守衛の二人が雑談をしている。私はその隣で小銃を持って森の向こうを見ていた。軟禁から六日ほど経つが、私の立場は今や客人からここの兵士だ。まさか仕事をしない訳にもいかないだろう。ACは雨ざらしでも平気なので外に置くよう頼んだので、有事の際には直ぐにACの近くに駆け寄る事も出来る。

 今は、守衛のレンジャー隊員の二人に随伴するように、警備をしていた。入口に不審者が入ってこないように監視するのだ。

 パイロットスーツをばっちり着込んで、ライフルを持ち、レンジャーの使うヘルメットを被せてもらっている。だがサイズ感が合わなさ過ぎてぶかぶかだ。レンジャーのハンマー1は私を見て申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「いや、今はアンヴィル2-1がいるんだった。すまんな、こんな話をしちまって」

「私は大丈夫。確かに、巨大な軍事力を持つ組織は恐ろしいものだけど、それに抗議をぶつけられる程平和で、軍事組織が暴力を振るえない世界なんて滅多にないよ」

「……そうだな。ありがとうなアンヴィル2-1。俺達もいっちょ頑張ってやるか!」

 

 レンジャーの二人、ハンマー1、2が笑う。

 

 そう、今は平和だ。平和すぎるのだ。何が起こってもおかしくない。こちらに来て早六日となるが、何も起こらなかった。それが、私にそんな不安を抱かせた。そんな私の不安を他所に、ハンマー2は腕時計を見て笑った。

 

「はっ、ふう。おい見ろ。もうすぐ16時だ。ネイルチームと交代する時間だな。向こうにも無線で呼びかけよう」

 

 ハンマー2が、別方向を警備しているハンマー3、4、5に無線通信で交代の時間が近い事を伝える。ハンマー1は私に向き直り、親指で基地の地上施設を指差し、言った。

 

「よし、そろそろ帰ろう。今日もなんか奢ってやるよアンヴィル2-1」

「やったー」

 

 不安をひた隠して喜んだフリをする。いや嬉しいのだが、何か起こるという直感が私を素直にさせてくれそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私とハンマーチームは食堂にいた。正確には今フリーの隊員の殆どが食堂に来ていた。理由は私を見るためらしい。どうしてそんなことを。

 

 聞けば、私はこの基地で最年少な為なのか、半ばアイドルの扱いらしい。お姉さん隊員が教えてくれた。特に若い男女の隊員から人気らしいうえ、一部の隊員からはなんとファングッズまで造られているのだそう。私の愛機ゲイルウィンドもデフォルメ化?されていて可愛らしいキーホルダーになってしまっているし、ゲイルウィンドの中身であるコムも擬人化されている。

 

「えぇ……? なんで…?」

「言ったでしょ? 凄い人気なんだから、あなた。それにいいんじゃない? 基地内でお金の循環も起きるし、その浮いたお金で私達も近隣住民を招いたイベントを開催できる寸法ってわけ。まったく基地司令官も良く練ったものよねぇ」

「え、私から出たお金でイベント開くの?」

「らしいわよ。昨日盗み聞きしちゃった」

 

 お姉さん隊員は笑っている。とんでもない事をしている自覚はあるのだろうか。

 しかし、それにしてもアイドルとは。昔レイヴンの中でトップクラスの人気を誇る奴はいた気がするが、それにしたって私を起用するか? もっと私より綺麗で可愛い人はいるだろうに。

 

 なんて事を考えていると、私の頼んだ料理が運ばれてきた。カレーライス、というものだ。カレールー、というカレーの素を具材と一緒に鍋に放り込んで煮込むと、美味しいカレーができあがるんだそうだ。調理過程を見せてもらったが私には到底真似できそうにない。

 しかしとてつもなく美味しいので、私のお気に入りだ。

 

「きゃーっ!可愛い!!」

「可愛い女の子なのにカレーが好きっていう男の子みたいなギャップ、堪らないぜ…!」

「俺、今から売店行ってくる!アクリルキーホルダーまだ残ってるはずだよな!?」

「レンジャーチーム、出動しろ!今ならまだ残ってる!」

 

「………えー……凄いなんかもう…なに?」

「だから、それ程人気なのよ。さ、食べましょ」

 

 私とハンマーチームの座っているテーブル座席に、お姉さん隊員ともう一人のウイングダイバー隊員が座り、料理を手に取って食べる。

 私もスプーンを握ってカレーを食べた。こんな料理、私がいたあの世界では拝む事なんかなかった。料理は発展してきたそうだったが、レイヴンや中流階級の会社員のような一定の生活水準ラインの民間人はこんな料理食べられなかった。

 

 食材等が貴重という理由もあるが、そもそも農作物や肉類を使用した料理は栽培、繁殖が著しく難しいという理由もある。初めて匂いを嗅いだ時なんか、あまりにも良い匂いすぎて料理が来るまでお腹の音は鳴りっぱなし、涎に至っては頻繁に啜らないと口から垂れてきそうな程だった。

 私は恵まれている。そう思った。

 死んだはずなのに、こうしてここにいて、こうして美味しいご飯を食べていられている。私は天国に行ったんじゃないかとさえ思ったが、何度寝て起きても同じ光景、そして美味しい食事を摂れるので現実だということにした。

 

「んーっ……あぁ、美味しい……」

 

 咀嚼したお米とルー、じゃがいもと牛肉を飲み込む。中辛という、中程の辛さなので、舌に程よい刺激を残してくれるのも新鮮だ。水を含んで一気に飲み干すと、思わず息を吐いてしまう。自分でも顔が綻んでいるのがわかった。

 

 食堂の向こう側できゃあきゃあ言っているのが見えるが、気にしない気にしない。今はご飯の時間だから。

 ハンマーチームの面々も、ステーキやポテトサラダのような栄養のありそうな料理を黙々と口に運んでいる。食べながら「うん、美味い」とか「最高だな、ここの料理は」とか「アンヴィル2-1は可愛いなぁ」とか……おい待て。

 

 とにかく、こうしてみんなで食卓を囲んでご飯を食べている。隣のテーブルにどこかのチームが座ってきた。振り返ってみると、いちばん最初に世話になったアンヴィルチームだった。その内の一人は私に向かってサムズアップしている。

 

「あっ、アンヴィル1!」

「よ、アンヴィル2-1。ここでの生活は慣れたか?」

「うん、みんな良くしてくれるし、料理も美味しいから」

「はははっ、料理か! 確かにそいつは大切だな」

 

 事情を知ってくれているアンヴィル1は、笑った後に神妙な顔つきをした。食料状態が深刻だった私の世界の事を想像したのだろう。厳つい顔の割に繊細で優しい人だった。

 

「ごちそうさまでした」

 

 手を合わせて完食のサインを出す。食器を持って食堂受付の隣にある返却口に食器を下げた。お姉さん隊員やハンマーチームも大体同じ時間に食べ終わったらしく、ぽつぽつと食器を下げる隊員がいた。

 お姉さん隊員が私に近寄ってくる。

 

「ね、この後暇かしら? ちょっと話したいことがあって」

「え?うん、大丈夫」

「よかった、じゃ、行きましょうか……の前に、ファンサービスしてあげたら?」

「……え? …………ひぇっ」

 

 ふと見ると、着席している隊員の殆どがこちらを見ている。ここまで熱狂的だと少し怖い。

 遠慮がちに手を振ってやる。

 

「おおおぉぉーーーっ!!!」

「ウオオォォォーー!!」

「イヤッホーーーッ!!」

 

 狂喜乱舞している。コワイ。

 お姉さん隊員に連れられて、私は食堂を後にした。

 

 

 

 

 

 

 夕方の基地地上施設B棟。B棟は、食堂や寮のあるA棟とは違いレーダー施設や通信塔、アンテナ等の軍事施設としての側面を持つ施設だ。

 その裏手に、私とお姉さん隊員の二人だけが立っていた。時間帯もあって中々近寄る人がいない場所らしい。隠れて話をするなら、ここだと彼女は言っていた。

 

「それで、何かあったの? わざわざここまで呼ぶなんて」

「あのね、私あなたのいた世界の全てが気になってて。だってあなた、お風呂借りた時とは想像できないほどいい笑顔よ。私もそれなりに生きてきたからわかるけど、前にいた世界は相当酷いものだったのかなって」

 

「あぁ………確かに、向こうはいい世界とは言えなかったよ。毎日のように鳴り響く銃声、何度も届く殺しや防衛の依頼、戦う度に荒れていく土壌。 ……控えめに言うけど、クソ以下だったよ」

「……」

 

 お姉さん隊員は何も言わない。

 

「でもね、私はあの世界が好き。確かに普通の人が生きる上で言えば、あれほど厳しい世界はないよ。でも私にはそれが普通だったし、死ぬまで私は特別でいられた。邪魔をする奴はみんなこの手で捩じ伏せたし、何度も変わるオペレーターだって愛想良くしてくれた。戦争にだって従軍したし、それの悉くを生き残ってきた。信用の置けるパートナーだって……死んじゃったけどね、あいつ(アップルボーイ)も私も」

 

「いや、あの世界が好きな訳じゃないかな。私が好きなのはね、戦う事なの。平和って良いよね。戦わなくて済むから。私も楽だと思う。でもそれ以上に、身体が戦いを、戦争の火を求めてるんだ。その最前線で捨て駒のように戦うからこそ、私は私が特別でいられるっていう実感を得られる」

 

「………それでも」

 

「……それでも、アンヴィル2-1。私はこの世界を守りたいの。戦いのない世界を。あなたの為とは言えない。これは私個人のお願いだから。力を貸してほしいの。……えーっと、レイヴン」

 

「………なんか久しぶりに呼ばれた。その呼び方」

「嫌だった?」

「ううん、むしろ凄く落ち着いた。 ………わかったよ、私は平和の為に戦う。そういう依頼だよね」

 

 私がそう言うと、お姉さん隊員はにこりと微笑んでくれた。

 

「ありがとう」

 

 明日からはやる事が増える。早めに寝よう。お姉さん隊員と別れて客間に戻り、私はその日、久しぶりにぐっすりと眠れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七日目。

 

 私は早朝からアンヴィルチームとメンテナンス作業員、メカニック等を引き連れて森の開けたエリアに来ていた。私はACに搭乗している。メカニックとメンテナンス作業員は合計7名ほどで、それぞれメンテナンス作業員にはニクスとACの整備を、メカニックには私とニクスのIFF(敵味方識別装置)FCS(火器管制システム)に手を加えてもらうように頼んだ。

 

 実戦的な模擬戦闘である。

 

 

 

「ルールは単純。手持ちの武装でどちらかの陣営を壊滅させれば勝ち。弾は出ないようにしてもらったから、敵機体をロックオンして引き金を引く。引き金を引くと、本来銃弾が飛び出す銃口から、レーザー照射を行える。

 

 合計5秒間被弾状態になったその時点で、その機体は動かなくなる。私はアンヴィルチーム五機全てを撃破するか、降伏させる。アンヴィルチームは私を撃破する。これが勝利条件ね」

 

 なるほど……。と、アンヴィルチームの面々が納得している。チームリーダーのアンヴィル1は、私に疑問をぶつける。

 

「そちらの敗北に降伏は含まれないのか?」

 

「良い質問だね。答えは単純、私は死兵だから。文字通り命を投げ捨てて、死ぬつもりで突撃してくる兵士」

「了解した。 ……しかし、何故そんな真似を?」

 

 私は笑いながら答えた。

 

「当然。だって私は傭兵だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうそろそろ模擬戦闘訓練開始時刻の12:30になる。私は基地を攻撃する傭兵、アンヴィルチームは基地を守る防衛部隊という設定だ。事前に基地司令官からは許可を取っているので、アンヴィルチームと私以外は、離れの森林の奥部で待機してもらっている。デモンストレーションも兼ねているので、私の機体とアンヴィルチーム全員のHEADパーツ側面にカメラを接着、無線で映像を共有している。

 

『あー、あー。聞こえているか、アンヴィル2-1』

「聞こえてますよ」

 

 オペレータ役を務める情報管制官がこちらに問いかけ、私は答える。オペレータ役は、この基地で航空管制官としてのキャリアが最も長い隊員に頼んでいる。ACも扱い的には航空機と似ている。生産に高い費用がかかることや、一機の作戦に管制官、つまりオペレータが配備されるからというのもある。

 

『作戦、及び周囲の地形を簡潔に説明する。作戦は、全ての敵機体の撃破。あるいは、敵部隊の戦意を削ぎ、拘束する事。

 

 周辺の地形について説明しよう。基地の周囲は大きくわけて二つだ。ひとつは、君のいる森林部。伏兵を隠すなら、ここだろう。木々の高さもニクスを隠すにはちょうど良く、またニクスは草場にロックシステムを阻害されない。

 

 もうひとつは、山間部だ。基地を挟んで反対側にあるそこは、ある程度は木々で覆われて隠れていながらも、基地全体を見渡せる程の視界の良さを持っている。狙撃手が構えるならここだ。

 

 尚、こちらからは基地の様子をモニタリングしている。防衛している敵兵器は三機。事前情報では五機編成なので、二機が付近に潜伏している可能性が高い。奇襲に警戒してくれ』

 

「了解」

 

 

 

 

 

 腕時計を見る。12:29:56。

 

『よし、作戦開始時刻だ。ミッションスタート。敵ニクスを全て破壊。その後、このエリアに帰還せよ』

「ゲイルウィンド、作戦開始」

『《メインシステム、模擬戦闘モードに移行します》』

 

 オーバードブースターを起動し、超高出力の熱量が後方の草木を薙ぎ倒す。その推力が前方に向き、私の機体は高速で空を駆けた。一度上空に飛行し、基地の位置を把握する。北東1,300メートル。同じようにニクスがこちらを見つけたらしく、レーダー照射を受けている。向こうは恐らくミサイルロックを行っている段階だろう。

 

 ニクスの姿をサブカメラに納める。コムが解析を始めてくれている間にすぐさま下に降り、着地寸前にブースターを吹かして硬直を緩和する。そのままもう一度オーバードブーストし、木を薙ぎ払って突進する。

 

 基地の500メートル程手前で一度止まり、レーダーを確認した。敵機の反応はない。

 この周辺の木々は背丈が高い。ACでは隠れられないが、ニクス程の大きさの機動兵器が身を隠すには充分な高さを持っている。ACに膝をつかせて、現在位置を眩ませた。

 敵の出方を伺っていると、コムから報告があった。

 

『ストーム、基地内のニクスの解析が完了しました。武装は30mm機関砲及びマルチロック式ハイ・スピード・ミサイルです。遠距離での戦闘は危険です。近距離での、速度を活かした撹乱攻撃が有効でしょう』

「OK、ありがとね」

 

 コムに礼を言って、しゃがんだ状態からもう一度だけ、オーバードブーストを起動した。コア後部ががしゃんと開き、付近の空気を吸い込むようにエネルギーが凝縮されていく。ブースター内部に溜まったエネルギーは後方へと放たれ、その推力を持って私は基地の内部に突入した。

 

 

『……! 来たぞ、敵だ! 各員応戦しろ!』

 

 アンヴィル1の指示で、基地防衛に当たっているアンヴィル2とアンヴィル5。彼等と同じようにアンヴィル1が跳躍やブースターによるホバリングを活用しながら、私を攻撃する。

 

 ………1。

 

 一秒間ロックオンされ、レーザーの照射を受けた。すぐさまニクスの後方に飛んで素早く振り返り、マシンガンのロックを行って引き金を引いた。三秒稼ぎ、すぐに建物の影に隠れる。一応建物は傷付けないよう言われているので、屋上に着地したりはしない。あくまで遮蔽物に用いるだけだ。

 

 ニクス一機が空を飛んでこちらに詰め寄り、もう二機は建物の側面と側面とで挟み合うようにこちらを捕捉しようとしている。

 こういう時は、側面を取ろうとしてくる相手のさらに裏を取るのがセオリーというものだ。コアを斜めに傾けて、オーバードブーストを吹かす。

 

 銃口を既に()()()おきながら、その時を待つ。

 

「………捉えた」

『凄まじい、なんて早さだ──』

 

 先程から捕捉を続けていたアンヴィル2の機体は膝を着いてダウンする。マシンガンを五秒間受けた、という事で彼は撃破された。

 続けて振り返り、マシンガンをパージして本来の速度を取り戻しながら、チェインガンを構える。小さくブーストジャンプと着地を繰り返す移動法と、ブーストダッシュによる高速移動を繰り返し*1ながら、敵の射線に入らぬようこちらの機体の銃口を向け続ける。

 アンヴィル5のニクスが跳躍し、ブーストして高く飛ぶが、ACのサイディングは何度も訓練している。そう簡単には抜け出させない。

 

『…だ、ダメだっ!操縦不能!』

 

 アンヴィル5のニクスが空中で静止し、ブースターが途切れて地面に着地、膝を折って動かなくなる。

 

 ………2。

 

 アンヴィル5の撃破を確認している間に、もう一秒稼がれたようだ。すぐさま隊長機の方に向き、パージしたエネルギーマシンガンのサブに持つ、小型マシンガンを隊長機に向け、先程行ったサテライトを繰り返す。

 

 ………3。

 

 被弾状態が収まらない。まさか、下げさせているだろう二機が狙撃しているのか。

 マシンガンを下ろし、背を向けてオーバードブーストを起動し、急いで森林に隠れる。離れながらレーダーを注視すると、離れの山間部に二機の反応が伺えた。

 

 なるほど、狙撃機か。隊長機を建物越しに牽制しつつ、オーバードブースターを起動して山間部に向かう。飛翔中の隙は、木々を無理やり薙ぎ倒して隙間に隠れながら進む事で、多少の時間を稼ぐ。

 

『しまった、狙撃部隊が見つかったのか!』

 

 隊長機が急いで追いかけようとするが、高い推力を持つ移動方法を持たないため、私のゲイルウィンドに追いつけていない。そのまま山間部に到達する。

 

 

 二つの低山を臨むそのエリアに、二機は居た。

 

『チィッ……見つかったか』

『アンヴィル3来るぞ!迎撃!!』

 

 アンヴィル3と4の組み合わせがこちらを迎え撃つ。肩部にマウントされた肩狙撃砲(ショルダーハウィツァー)は近距離戦闘では役に立たない。自衛用の腕部リボルバーカノンをこちらに向け迎撃してくる。

 

 それを、上空への跳躍で回避しながら、アンヴィル4とアンヴィル3が並ぶようになる位置に着地し、短距離オーバードブーストを行う。

 

「(二機で応戦している…誤射は避けたいところだろうし、盾にさせてもらおうかな)」

 

 一瞬で距離を詰めながら、レーザーブレードによる斬撃をアンヴィル4に浴びせかける。その間、アンヴィル3は敵機がアンヴィル4を盾にしているせいで迂回して射撃する他なく、攻撃態勢に移る前には既に撃破扱いになっていた。

 無論、レーザーブレードの出力は全くなく、代わりに短射程でレーザー照射範囲が無効化される様に調節されている。

 アンヴィル4が沈黙してからすぐにターゲットを切り替え、サテライトによって射線をずらし、そのままチェインガンを構えてアンヴィル3にレーザー照射をヒットさせる。

 

『これが、AC………』

 

 アンヴィル3も沈黙したことを確認し、六連小型ミサイルを起動して、ロックオンする。ターゲットは、もちろんアンヴィル1。隊長機だ。

 

『この距離からロックオンが可能だと!』

 

 隊長機はすぐに建物に身を隠そうとしたが、間に合わずにACからの六連射を受けて沈黙した。

 

「こちらゲイルウィンド。ターゲット沈黙、帰投します」

『…り、了解。帰還せよ』

 

 声が若干引いてたような気もするが、気にしない。

 私の勝利だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰還し、作戦終了を告げてすぐに、隊員達を収容しておくトレーラーの中から何十人もの隊員が出てきた。お姉さん隊員やハンマーチームの姿もある。

 

「凄いな、あれがAC……アーマード・コアってやつか?」

「いや、あんなのは初めてだよ! まるでSFXの世界に入り込んだようだった!」

「あれと戦うかもしれないなんて、恐ろしくて敵わないぜ……。 もし新しいレイヴンが来たら、頼むぜ!」

 

「うん、任せて」

 

 私が返事をすると、隊員達が沸き上がる。未だに慣れないが、何だかこれでも良いという気になってきた。私が苦笑いを浮かべていると、模擬戦を終えたアンヴィルチームが基地からやってきた。

 

「いや、まさかここまでとはな………。 恐れ入ったよアンヴィル2-1。君は凄いんだな」

 

 アンヴィル1が、ヘルメットを脱いでACを見ながら驚嘆の声を漏らした。アンヴィルチームは、他のEDFベース間との模擬戦闘訓練において、上位の成績を収める程の優秀な部隊なのだったそうだ。

 確かに戦闘中は一切の焦りや混乱が見られなかったように思う。特にACに有効な、囮という戦法を躊躇なく採用するのも、部隊としての高い練度あってのものなんだろうか。

 

「ううん、むしろ五機相手にここまで苦戦させられるとは思わなかった。もしよかったら、今後もこうして模擬戦がしたい」

「構わんよ、俺は。皆はどうだ?」

 

 アンヴィル1の問いに、全員が頷いてくれた。またやろう、私はそう思った。戦っていれば腕は鈍らない。最適な練習相手を見つけられたというものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 結局、もう一度模擬戦をする事は叶わなかった。

 

 

 

 

 

*1
サテライトと呼ばれるレイヴンの基本技術。敵の周囲で円形を描きながら周り続ける戦術。こちらの弾を敵に当てながら、敵の攻撃を回避する事が出来る、初心者は体得して損は無い基本戦術となる。グローバルコーテックス、というレイヴンの登録所に所属するレイヴンの大半において、この戦術は基幹技術とされ、生存率の高さから初心者レイヴンは必然的にこれの習得に駆られた。



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四話 落日


 かいせん。









 

 

 八日目。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きろアンヴィル2-1! 急いでACを出してくれ!」

「んぅ…な、何? ……AC?!」

 

 ACを動かせ、という声で私は起きた。起こしに来たのは左腕を怪我したレンジャー隊員だった。レンジャーは息も絶え絶えといった様子で、そのまますぐに倒れ、苦しそうに呻いていた。

 

 よく聞けば、遠くの方で銃声が鳴り響いてる。ただ事ではないらしい。

 パイロットスーツはお風呂に入る時以外はずっと着ているので、着替えの時間は取らなくて済んだ。急いで部屋を飛び出し、A棟の玄関を出る。

 

 

 

 

 

 

「これは……」

 

 そこには、凄まじい光景が広がっていた。壁や土嚢を盾に銃撃戦を繰り広げるレンジャー部隊や、レーザー兵器を手に飛翔するウィングダイバー。

 彼等が相手にしているのは、以前見た巨大な蟻だった。

 

「あいつら、また……」

 

 

 殆どの隊員が市街地などでの警備などに出払っていたり、そもそも休暇を取っていたりという現状らしく、迎撃に出ている隊員はおおよそ80数名。レンジャーチームが五部隊、ウィングダイバーチームが三部隊だった。

 だが、隊長を表す赤いヘルメットの数に比べて、普通のヘルメットを被ったレンジャーやウィングダイバーの隊員の姿は明らかに少ない。恐らく迎撃戦闘中に倒れてしまったのだろう。注視すれば、倒れているレンジャー隊員やウィングダイバー隊員が、基地の外にいた。もうピクリとも動いていない。

 

 急いで愛機の下に走ると、愛機の影になっていて見えなかった場所で狙撃を繰り返すレンジャーが居た。ハンマーチームだった。ハンマーチームリーダーは私を見つけると駆け寄ってきて安堵したように言う。だが言葉は私を急かしていた。

 

 

「良いところに来たアンヴィル2-1! 早いとこACを起動してくれないか? レンジャーだけじゃ抑えきれん、もう何人もやられてる!」

「分かった!」

 

 頷き、私は愛機によじ登る。 コア上部に到着してコクピットを開き、座席に座る。ACに搭乗すると、すぐに機体の起動に取り掛かった。

 

『メインシステム、通常モードに移行します。おかえりなさい、ストーム』

「コム、緊急事態! 急いで戦闘モードを!」

 

 

 了解しました、という言葉と同時にメインカメラが起動して、モニターにACフレームや武装のパーツ名が羅列されていく。その全てがコントロールシステムやFCSに接続され、起動の完了を合図した。

 オールグリーンだ。

 

「アンヴィル2-1、起動! 付近のレンジャーは下がって、援護を! ダイバーチームはレンジャーの護衛!」

『了解した』『OK!』

 

 基地の外部で戦闘を続けていた彼等は、ACの起動を確認し次第酸で溶かされたフェンスやゲートをくぐって基地の内側に逃げ込み、敵を抑える。

 

 私は基地の外へ飛び出し、チェインガンを掃射した。脚部を地面に固定し、連続して放つ大口径弾は、蟻の甲殻を一瞬で貫き、即死させる。横薙ぎに砲身を向ければ、その着弾点にいる蟻は脚なり胴体なりに弾丸を受け、瀕死か行動不能、もしくは死んだ。

 

 しかし、恐るべきはその多さだ。既に二十匹は倒したはずなのに、蟻たちの遠方から次々と敵が湧いてきている。

 

『い、一体こいつら、どこに潜んでやがったんだ!』

『見ろ!後ろからも来てる!挟撃されてるぞ!!』

『くそっ!あっちはアンヴィル2-1に任せろ!俺達は西の敵を抑えるぞ!!』

 

 無線通信から聞こえてくる音声が言うに、私の防衛している場所とは真反対の位置にも蟻の群れが現れたらしい。レンジャーチームの足音と、それのすぐ後に射撃音が鳴り響いていた。

 私もこちらの敵を単独で抑える必要がある。ロックオンが間に合わない数だが、それは足止めすれば良いだけの事。レーザーブレードをパージしてハンガーユニットからハンドガンを取り出し、近い敵を撃ちながらミサイルを構え、敵をロックサイト内に捉えて小型ミサイルを六発全て射出する。

 

 しっかり全て着弾、命中したが、敵の数が多すぎるせいで効果はあまり見られない。

 

「チッ」 舌打ちしながら横にブーストし、敵をハンドガンとENマシンガンで撃ち続ける。その間も敵は私に追いすがり、酸を吹きかけようとしてくる。

 数、機動力、繁殖力。恐らくは、どれをとってもAMIDAの上位互換だろう。

 

『撃て!撃ち続けろ!』

『フェンサーチームが来るまで持ち堪えるんだ!』

『接近された!助けてく……うわぁぁぁぁっ!?』

 

『くそったれ、一人やられたぞ!』

 

 防衛部隊もかなり苦戦しているらしい。早々に殲滅しなくてはいけなかった。続けてチェインガンを向け弾幕を張り、ハンドガンで近寄る敵の頭部をぶち抜く。

 

 やはり、こういった数で攻めてくる相手には連射系の武装が有効か。そうと決まれば、チェインガンはリロード時間以外の全てを弾丸の発射に費やさせ、左も弾が尽きるまでハンドガンで撃ち続ける。

 

 

 

『こちら基地司令本部!各隊員は地下へ避難せよ!コンバットフレーム・ニクス隊、及びACは、撤退する部隊の足止めを行なえ!』

 

 その言葉と同時に、地下から十一機ものニクスが姿を見せる。うち五機は見知ったカラーリングだった。

 

『こちらアンヴィルチーム。作戦開始!』

『アンヴィル2-1、よく耐えてくれた!俺達も戦う!』

 

『バルダーチーム、作戦開始。敵を攻撃せよ!』

 

 アンヴィルチームの面々と、見た事のないニクス隊が戦闘を開始する。その威力はまさに圧巻で、私の前方にいた蟻はもちろん、後方にいた敵の大群も、バルダーチーム六機だけで凄まじい弾幕を展開し、既に4分の1ほど撃破している。

 

『ACは強いが、絶対じゃない。仲間を頼れ』

『俺達がついている、背中は守ってやる』

 

 アンヴィルリーダーとバルダーリーダーの二人が声をかけてくれた。私もその声に自身を奮い立たせ、上空に跳躍する。弾幕の邪魔にならないよう、上からミサイルを乱射させて援護した。ミサイルは全弾独特の軌道を描きながら敵の群れに着弾して、爆風によって何匹かを道連れに爆炎として消えていく。

 

 バルダーチームの方の敵にもミサイルを撃ち込み、殲滅を手助けする。六発の小型ミサイルは、マルチロックによって全く別の敵をロックし、同じくバラバラに飛翔していき、着弾と同時に爆ぜる。

 

 ミサイルをパージする頃には、既に敵の数はこちらの数よりも少なくなっていた。ニクス隊が残った相手にリボルバーカノンを撃ち込んで殲滅していく。

 私もニクスに続き、弾数残りわずかとなったハンドガンを全て撃ち切る。残り二体になった蟻の軍団を、チェインガンの横薙ぎ連射で薙ぎ払った。

 

 最後に戦場を支配したのは私たちだった。

 

 

 

 

 

 

『凄いな、あれがACか』

『な、凄いだろう?』

 

 降り立った時には既に戦闘は終わっていて、両チームが私の話をしているところだった。

 

「みんな、無事?」

『こちらレンジャー『バンカー』全滅は免れた』

『ウィングダイバー『レイニア』被害多数。生存者6名』

 

 全員が被害状況と生存者を報告していく。迎撃部隊合計19部隊中、11部隊が壊滅状態、残る8部隊も一人二人死亡しており、開戦間もなくの奇襲が原因で殆どが死傷したのだという。

 

「深刻か……。 部隊を再編しないと。司令は?」

『こちら基地司令。私とこの建物にいた士官12名は無事だ。全員、感謝する。

 

 ………しかし、事態は深刻だ。既に戦闘中の部隊はほぼ壊滅、残った部隊は地下にいるが、通信が遮断されている。恐らく地下で通信する為の受信機に何らかの不備があったのだろう。

 

 ニクス隊、地下では誰か見かけたか?』

 

『いえ、誰も。私達とバルダーチームが合流して地上に出ましたが、その間は誰も見ていません』

 

『妙だ。フェンサーチームが地下で待機中だったはずだ。なぜ出てこない? そもそも、通信が途絶されたのなら出てくれば良いはず。出れない理由があるのか……?』

 

「私じゃその中には入れない」

 

 入口を見ながら言う。入口の大きさは縦3メートル、横8メートルほど。例えACを斜めにしたって入れないサイズだ。ニクスならギリギリ入れる大きさに設計されているらしい。

 基地司令は、しかし私のその疑問を払拭する。

 

『安心しろ、車両搬送用のエレベーターがある。そこならACも内部へ入り込めるし、中の通路もACが活動するには充分な大きさだ』

 

「なるほど、それなら──」

 

『うむ』

 

 司令が言った。

 

『ACによる内部探査を行う。アンヴィル2-1は、内部の兵士たちの所在を確認。生存を確認次第護衛しながら地上へ戻ってこい』

 

「了解………あ」

 

 ENマシンガンの弾数に余裕が無い。ハンドガンに至っては使い切っており、先程の防衛戦でだいぶ消耗を重ねている。

 

「チッ、別のにしたら良かったなぁ。……弾薬がありません。こっちの武器じゃ、間違いなく使用する弾薬の互換性は無い。武装をそのまま流用しないと……」

 

「なるほど……わかった。倉庫に予備のニクスがあるはずだ。火炎放射器とリボルバーカノンを搭載している。それをエンジニアに頼んでACに搭載しよう」

 

「助かります」

 

 感謝を伝えて、エンジニアと一緒に地上の倉庫前に到着する。エンジニアがシャッターを開き、中に入ると、倉庫内からニクスが一機歩いて出てきた。ニクスの主武装を、エンジニア達が建物の工事に使われるような鉄骨の足場に乗って取り外していく。外れた武装はヘリコプターによって持ち上げられ、私の機体のマニピュレータに取り付けられていく。ニクスのサイズはACの半分程度だが、その武装は大敵に対する為に巨大に設計されていたらしいのが、功を奏してくれた。

 

「凄い、しっかりと嵌ってる」

 

 AC用マシンガン等と比べても遜色ないサイズ感だ。ニクスのリボルバーカノンを見ていた限り、火力も継戦能力も高そうな武装だ。ベルト給弾式になっており、右腕側面に弾薬のベルトがたんまりと詰まっているらしい。地下の探索には充分だろう。少し遅れて左腕へ取り付けられた火炎放射器も、ACやガードメカに採用される対AC用火炎放射器と比べても遜色ない、大型のものだ。

 

「作業は終わりだ。よろしく頼んだぞ!」

 

 親指を立てて合図するエンジニアの彼をカメラで一瞥し、私は案内されたエレベーターの上に乗った。司令から通信が入る。

 

『そちらに地下の地図情報を送った。フェンサー部隊がいると思われるポイントは二箇所。我々の方で既にマークしている。そこを調査し、もし居なかった場合は速やかに帰還してくれ』

 

 ブリーフィングを終了すると同時に、マッピング機能のない頭部に地図が表示される。私のACのヘッドパーツ、通称ワスプIIにはマッピング機能と呼ばれる、通った場所の付近をソナーで探知して地図情報に登録する機能が排除されている。

 これは開発元のミラージュが、対ACよりもMTやガードメカといったもので防御を固める施設への攻撃を主軸に置いた機体を開発していたため、という経緯がある。

 

 地上のレンジャー隊員に合図を送ってエレベーターを降下させる。視界がどんどん地下へ進んでいく中、四人のレンジャーとコンバットフレームが一機降りてきた。

 

『我々はここを保持する。君は内部調査を頼む』

『俺たちが守っておくから、あいつらを頼むぜ』

 

 コアを傾けてそちらをカメラに収め、正面に向き直り前進した。

 

 

 

 

 

 

 内部は暗い。警報装置と一緒に機能している警告灯が無ければ暗闇である。もしACの頭部に暗視機能が搭載されていなければ、視界の無い場所を戦う羽目になる。

 過去に一度そういう経験があるから、暗所での戦闘がどれほど危険なものなのかは身に染みている。

 特に、真っ暗闇の中でAMIDAに襲われた時と言ったら、心臓が止まってしまうのではないかと思えるほど激しい動悸だったのを覚えている。そんな事があったから、多少他の頭部に見劣りしたとしても暗視機能を搭載した頭部は絶対に外さなかった。

 

「レーダーに敵の反応は無し、か。フェンサーチーム応答せよ。そこにいるの?」

 

 問いかけに応じる声は無い、と思った。突然凄まじいノイズに襲われ、思わず耳を塞ごうとするが、無線によく耳を傾ければ、僅かに、微かに話す声が聞こえてきた。

 

『………こえ……るか……こちら……ンサーチ……』

 

「っ! フェンサーチーム、近くにいるの!?」

 

 途切れ途切れの通信を聞いて、私は通信機に向かって問う。

 

『こち……交戦ちゅ……支援が……要だ……』

 

 交戦、支援という言葉だけがかろうじて聞こえる。それ以降はノイズと激しい雑音で何も聞こえず、恐らくだが先程のアリと戦っているのではないかと嫌でも想像させた。

 ここに来て一度もフェンサーの姿を見た事がないが、フェンサー(剣士)というぐらいだし、多分ファンタジーの剣士のような身軽な格好なのだろう。

 

 暗がりの奥に、巨大な影が見えた。それがアリのように蠢いているのを見て、躊躇いなくリボルバーカノンを連射する。大口径の高初速弾頭は瞬く間にアリを破壊する。続けてニ、三体が襲いかかるが、遠方のアリを同じくリボルバーカノンで薙ぎ払ったあと、近いアリを左手の火炎放射器で焼き落とした。

 

「敵の数が多くなってきた……」

 

 一段落ついてからレーダーを見る。五秒おき程度の更新速度だが、敵生態反応を示す赤いポイントの数が急激に増している地点がある。

 そこにいるのだろうか?

 

 私はそこに向かう。長い通路を、ブースターに点火して高速で進む。ACのブースターから生み出される高出力と、重量超過という枷から外れた機体のスピードは、人には長い程度の通路など直ぐに突き当たりまで辿り着く。

 

「フェンサーチーム、いるの?」

 

 もう一度無線に問いかける。返答があったが、それには全くノイズが無かった。相手が余程出力の強い受信機を使い始めたか、ECMや電波の悪さに縛られないほどの距離になったということだ。

 

『……女の子? 上にいるニクスはどうなっている!?』

「落ち着いて、こちらはアンヴィル2-1。そちらを救助に来た。レーダーを見るに敵の多いこの部屋に貴方達がいるという事でいいの?」

 

『なるほど……いや、正確にはその奥の弾薬庫で生存者を集めて立てこもっている。この数で交戦すれば、多分全滅だ』

 

 その言葉と同時に、同期されたレーダーマーカーが青いポイントを点々と表示させる。数えなくともわかる程の少人数で、交戦したあとかは不明だが、八人と言ったところか。赤いポイント(つまり敵)の側面を取るように布陣している。

 しかし、私の目の前にある扉のような巨大な壁が、敵への道を阻んでいる。これをどうやって開けるのだろう?

 

「えっと、フェンサーチーム。この隔壁はどうやって開ければいい?」

『なに、知らないのか? 地上勤務組か……待ってろ。その隔壁は一定の階級以上でなければ開かない。つまり、軍曹以上だ』

「軍曹? そちらに軍曹はいるの?」

『俺だ。今から隔壁のロックを解除に向かう。 ……各員、シールドリフレクターと武器のリロードを済ませておけ! 激戦になるぞッ!』

 

 無線越しに、フェンサー達の持っているだろうシールドを動かす、重々しい音が聞こえる。弾帯を装填し直す音や、何か機械が動かされる音。……大分重々しい。

 

『全員、デクスターの装填は済んだな?』

『はい、軍曹!!』

 

『よし、これから死地をくぐり抜けるぞ。 …………隔壁のロックを解除! 各員、俺を援護しろォッ!!』

『うおおぉぉぉああっ!!』

 

 中から重厚な銃声や、何かが勢いよく噴射されるような音が聞こえる。

 

『近い奴から撃て! デクスターじゃ遠くには届かない!』

『側面だ、側面から来るぞッ!』

『数が多すぎる、もっと撃て!!』

 

 更に銃声が重なる。眼前の隔壁が少しずつ開いていくが、その動きは遅々として進まない。

 

『くそ、遅いぞ、どうなってる!?』

『多分アイツらの吐く液体で機関部が少し劣化したんだ!』

『クソッ……開けぇぇぇええッ!!!』

 

 本来ならもう少し早いはずだったのだろう。フェンサーの焦る様な声が聞こえる。

 

『全員来い! 隔壁が開くまでここで耐えるぞ!!』

 

 更に近くで銃の射撃音が聞こえる。もう隔壁のすぐ奥に彼らがいるのだ。ACの武装を全て確認し、そのまま隔壁が開くのを待つ。

 

『開いたぞ! 行け、行け!!』

『な、なんだこれは!?』

 

 フェンサーのひとりがこちらを見て驚愕している。私も驚愕している。フェンサーと言うものだからてっきり身軽な剣士を想像していたのだが、なんと目の前にいるのは重厚な鎧を身に纏った、さながら騎士だ。

 

「フェンサーチーム、よく持ちこたえた。後は私の役割」

『……味方か……! すまんが、後を頼む!!』

 

 フェンサーチームが出口に向かって歩き続ける。私は開き切った隔壁の奥にいる敵を目の前にして、左手の火炎放射器を構えた。

 

 業火が吹き荒れる。リボルバーカノンが火を噴き、次々とアリが蜂の巣になり、吹き飛んでいく。近付いてくる個体を火炎放射器で焼き払いながら、遠い相手をリボルバーカノンの連射で粉々に粉砕する。

 壁や天井を伝って接近しようとする相手に銃を向け、倒し、少し後退して通路で迎え撃つ。フェンサーチームはもう、だいぶ遠くに行ったらしい。ここを戦場にしても誰も怪我をしないわけだ。

 

 ACの基本は、動き回って被弾を抑える事だ。私の機体のように打たれ弱いACであるなら、なおさらの事。しかしながら相手を即座に倒せる場合であるなら、むしろ閉所での戦闘である方が優位に働くのである。

 

「ここから先には通れない。諦めてね」

 

 ACのその性質上、両手に武装を搭載する事で瞬間的な火力が倍増する。制圧力が大きく増すのだ。だからこそACは、攻めの姿勢を崩さず守りを行える。最強の人型汎用兵器、アーマード・コアと呼ばれる所以である。

 

 

 

『凄いぞ、あの機体……ニクスじゃないようだが……』

『聞いたぞ、地上勤務組と話してたヤツが言ってた。ACだかっていうやつだそうだ。話によると、たった一機でニクス五機をあっという間に倒しちまうらしい!』

『なんてこった……あれを量産するつもりなのか、本部は』

『いや、聞いたところだと……()()()からやってきたらしい。こっちの技術じゃまだ造れない代物なんだとさ』

『異世界だと!? 信じられないな……』

 

 

 両手の銃火器が火を噴き終えた頃には、もう敵の姿は見えなかった。部屋の中から通路の外側まで、無数のアリの死骸や体液が四散している。

 

『見ろ、もう殲滅してるぞ!』

『すげぇ……あんなに居たのに』

 

 フェンサーチームの近くへ向かい、護衛する。

 

「他に残った部隊は?」

『俺たちだけだ。みんなバラバラだった時にやられたらしくてな……。 部下達をかき集めてあそこで篭城していたんだ』

 

 運良く集まった八人の中で死傷者は居ない。恐らくかなりの規模の基地だったのだろうが、殆どが死亡してしまったようだった。

 

『そう言えば、軍曹。点呼はどうするんでしょう? 多分俺達、別々の部隊のメンバーだと思うんですが』

『確かに……全員、所属部隊は?』

 

 全員が元々所属していた部隊の名を挙げていく。八人のうち六人が別の部隊の隊員だったらしい。

 

『……やっぱ、新入りは死んじまったのか。あいつまだ入隊して一ヶ月だったのにな……クソッ』

『兄貴……くそったれ……』

『怪物どもめ、よくも仲間を……!』

 

 殆どがバラバラの部隊というだけあってか、やはり死傷者は想定よりも多かったらしい。一瞬で何人も仲間を失った衝撃は大きかったようだ。

 彼らの心情は察するに余りある。裏切られのが常とはいえ、傭兵同士にも仲間意識はあったからわかった。彼らの周囲を悲しみが取り巻いているようにすら見える。

 

「……とにかく離脱しよう。ここは危険だから」

『了解した……。フェンサーチームは以降我が隊『ドーザー』隊に再編。ドーザー隊はそちらに追従する』

 

 集まった各隊の生存者は全員が、軍曹の率いるドーザーチームとして再編された。彼等の後方をゆっくりと歩き、レーダーを見て警戒を続ける。ドーザー隊も通り過ぎる隔壁に銃口を向けたり、頻繁に後方を確認している。

 

『通信、回復しました!』

『司令部、応答願う。こちらドーザーチーム。生存者八名。繰り返す、生存者八名。これより地上へ脱出する』

 

 隊長が無線通信を行う。

 

『司令部よりドーザーチームへ。了解した、出口にレンジャー隊とコンバットフレームが待機している。合流せよ』

『了解』

 

 通信を切って歩き続ける。彼らの背は、生き残ったはずだというのに一敗地に塗れているかのような悲壮ささえ感じさせたのだった……。

 

 

 

 

 

 全員でエレベーターに乗り込み、上昇する。もっとも、自分達より多く生き残っているハズだと思っていたのだろう。フェンサー達を迎えたレンジャー達の表情は暗かった。

 

 フェンサーは、レンジャーと比べても比類無きものと表される程の戦力差があると、レンジャー隊員のひとりが話していた。戦車並みの装甲、戦車並みの火力、戦車以上の汎用性。地上部隊の精鋭とも呼ばれるという彼らが抵抗虚しく殺され、こうまでボロボロになっているという事実が、レンジャー達に希望の薄さを如実に伝えているようだった。

 

『ドーザー隊、だけか。……よく無事だった』

『おいおい、たった八人しか生き残れなかったってのかよ……冗談じゃねぇぞ、クソ!!』

『大丈夫だ、俺達には……まだ、ニクスが、ACがある』

 

「とにかく指示を請おうよ。これからどうしたらいいのか、私達だけじゃわからない」

『確かにそうだ、司令。俺達はどうしたらいい?』

 

 フェンサーの《軍曹》が本部と通信を取る。

 

『こちら基地司令部。 ……今現在を持って、この基地を放棄する。生存している部隊は、現在を持って市街地へ向かい、最寄りの部隊と合流せよ。合流した部隊から順次、市街の防衛に加われ』

 

『…………。 了解。 お前達聞いていたな? 市街地へ向かい、市民の保護を行う。近付いてきた敵は残らず撃破しろ!』

『サー、イエッサー!!』

 

 倉庫から引き出された箱やら何やらから弾帯を補充したり、燃料を補給しているニクス隊。レンジャー部隊も弾倉を交換していて、ビークル操縦免許を持っているレンジャーの数名は破壊を免れた戦車やニクスに搭乗している。

 

『アンヴィル2-1! 君も補充を行うか?』

「あ、お願いしてもいい?」

『了解した。 ACが補充を行う、メカニック!来てくれ』

『了解!』

 

 

 

 

 

 

 無くなった弾薬を補充してもらう間、私はACから飛び降り、死んだ巨大アリに近付いていた。観察が目的だ。

 

 ……どうにもAMIDAとは似ても似つかない。酸を吐き出し攻撃するという点だけは踏襲しているようだが、それ以外は全くと言っていいほど類似性が見られない。あの可愛らしい見た目と反してこのアリどもは、アリがそのまま大きくなったような見た目で気色が悪かった。

 強いて言えば繁殖するところは似ているが、それさえAMIDAの比ではないだろう。現に襲ってきた敵は数百を優に超える程の数だった。レーダーの殆どが真っ赤に埋め尽くされることなど一切想定されていないはずだ。

 

 キサラギ派の仕業ではない、それはわかった。奴らも無差別な殺人テロは起こさない。自然に繁殖し、自然に増えるのだろうか。

 それも、こんな奴が。

 あまり想像したくない……。

 

 

『アンヴィル2-1、戻ってきてくれ。補充は終わった! これより移動を開始する、追従せよ!!』

 

 観察しているうちに補給が済んだらしい。駆け足でACに戻り、補充が済んだことを確認してFCSをシャットダウンし、システムを通常モードへ手動移行する。AC用パーツであるENマシンガンや小型ミサイル、チェインガンなどパージした武装を回収し終え、積荷を乗せた12台のトラックがニクス隊の後方に従属する。

 

『よし、着いてきてくれ。しばらく行軍になる』

「了解」

 

 歩幅を調節しないと、戦車とかちょっと踏んじゃいそうだなぁ。微調整頑張るか。まあACは徒歩で動けるし、巡航ブーストを使えば長時間の滞空も可能だから平気なんだけどね。

 

 

 私は、数日のあいだお世話になった基地を。足元の部隊全ては、守るべきだった拠点を。それぞれ放棄して旅立つのだった。

 

 

 






 読まなくても良いオマケです。


 生存部隊内訳
 レンジャーチーム

 ハンマーチーム、バンカーチーム、他3チーム

 それぞれ狙撃部隊、対戦車部隊、ライフル部隊。レンジャーとしての役割というのは近、中、遠距離全ての敵に対応する、個ではなく群による統率の取れた攻撃役である。歩兵対歩兵から対車両、対コンバットフレームまで全てに対応すべく、それぞれの役割を持つ部隊がそれぞれの分野でのエキスパートとして厳しい訓練を積む。PA-10を装備する小銃隊、KFF50での狙撃を目的とした狙撃部隊、グラントM31を配備される対戦車猟兵部隊など、その数は多岐に渡る。また、一定以上の階級のレンジャーはビークル操縦ライセンスの取得が許可・推奨される。


 ウイングダイバーチーム

 レイニアチーム、他2チーム

 粒子照射装置であるマグ・ブラスターを配備した、中距離射撃戦に特化したウイングダイバー部隊。ウイングダイバーは遠距離での兵力の削り合いというよりは近距離戦闘における火力の集中を主軸に据えている。戦車をも破壊するプラズマアーク放射銃レイピアや、戦闘用電磁投射装置ライトニング・ボウなどその装備は様々であるが、総じてレンジャーよりも火力に優る反面、選ばれた女性兵士しかウイングダイバーになれないため、その絶対数が少ない難点を抱える。


 フェンサーチーム

 ドーザーチーム(及び併合された他4部隊)

 パワードスケルトンによって装備可能となった重火砲に加え、シールドとバックブースターユニット、そして本体装甲による機動力と装甲の両立を行った、二刀装甲特殊作戦歩兵。役割はレンジャーとさほど変わらないが、銃弾や砲撃に対して脆弱であるレンジャーと違い、火力を集中されても耐えうる強靭な装甲とシールドによる耐久性を活かした強行作戦を可能としている。デクスター自動散弾銃を装備した近接邀撃隊など、装甲を利用した戦闘に力を発揮し、戦車と真っ向から殴り合う唯一の歩兵である。


 コンバットフレーム・ニクスチーム

 アンヴィルチーム、バルダーチーム

 五機編成による、市街地のような狭所での制圧戦闘を目的として開発された二足歩行型特殊ビークル、コンバットフレーム・ニクスは、搭載武装やブースターユニットの換装でその運用方法を大きく変えることで知られている。大型肩部突撃臼砲や複数回転砲身火砲リボルバーカノン、ニクス用大型火炎放射器、マルチミサイル、拡散榴弾砲、グレネードランチャーなど、多岐に渡る武装の数々はニクスの普及を確固たるものとし、地上におけるマルチロールファイターのような運用を可能とした。また激しい戦闘にも耐えうる兵器であることから戦車の次代を担う機動兵器と目されるが、量産には至っていない。


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五話 市民救助



 5,護送任務

 俺達は奇襲を受けてボロボロだ。市街地でレンジャーチームと合流後、別拠点にて部隊再編を行う。
 君は俺達の主戦力だ。有事の際は頼む。

 避難民は可能な限り保護せよ。
 敵を倒し、味方を守れ。





 

 八日目。

 

 

 

 

 

 市街地での戦闘は泥沼の様相を呈していたらしい。無数のアリが市民や点在するEDFの隊員たちに襲いかかるだけでなく、散発的に戦闘が繰り返されるせいで、兵士たちは休む事も出来ず疲弊しているという。

 

「……そんな有様だ。正直もうどうすればいいかわからなかった。あんた達は何処の基地の兵士だ? 増援を寄越してくれた……ってわけじゃなさそうだが」

 

 空の木箱に座り込み、制圧が完了した地域のど真ん中で燃え尽きたかのように項垂れているそのレンジャー隊員は言った。酸によってアーマーや衣服が所々焦げ付いており、相当な激戦の渦中にあったことが伺える。

 ヘルメットを外して短い茶髪が顕になっているその隊員は、その傍にいくつものドックタグを置いている。それの意味するところを知らない私達ではなかった。

 

「俺達はベース229の者だ。俺達の拠点が怪物に襲われて壊滅した為、市街地で戦闘を続けている仲間と合流するよう指示を受けた」

 

 現状もっとも階級が高いアンヴィル1-1が対応する。

 

「ハッ…壊滅か。笑えるな。他国と比べて圧倒的な軍事力を誇ったEDFの軍事拠点が、このザマか」

 

 返す言葉もなかった。私達は生き残ったとはいえ、奇襲を受けてからの戦闘開始から僅か数分で半分以上の部隊が全滅したのだ。物量をぶつけられれば兵士は疲弊し、その隙を突かれれば脆くも瓦解する。簡単だが実に厄介なはなしだ。

 ACがあってこの有様となれば、人々はかつての戦争以上に悲惨な目に会うかもしれない。たったの24時間で基幹インフラの殆どが破壊され、市街地への攻撃により住むところを失う民間人。作戦の合間に私はそういった人々を目にしてきたからわかる。

 

「だが、俺達は生きている。生きていれば戦える。防衛に成功した拠点に集結し、部隊を合併して組織的な抵抗を続けるんだ。そうすれば勝てる」

 

「何に! ……何に勝つと言うんだ! 俺達は散々殺したし、逆に殺されもした!! なのに敵を殲滅する様子は全くない! 疲れたって戦い続けるさ、それがEDFだからな……でもな、勝ち目の無い戦ってのはシロウト目に見てもわかるもんだ!!」

 

 項垂れていた彼は立ち上がり、怒声を挙げた。我慢ができなかったのだろう。現に周りが見えていないかのように怒り、それは敵の無秩序さ、無尽蔵さに怒り狂っているようにも見えた。

 

「敵の数は俺たちの数十倍だった……タンクもニクスも集中砲火であっという間だったよ。 俺達は市民を守るために戦ったさ。 後ろで現れた怪物共に、市民が虐殺されているなんて知らずにな!! ……クソォッ!!!」

 

 座っていた木箱を蹴り飛ばしている。耐え難い事実だったのだろう。守るべきものが知らず知らずの間に蝕まれていたことが。

 

 私も堪らずACから降りて、話しかける。

 

「……怒りは制御できないものだから、沢山発散するといいよ。でも、それを心に残しておいてはいけない。戦いに雑念はいらない」

 

 怒りに打ち震え、自身の膝を拳で殴っていたそのレンジャーが、私の方に振り向く。

 

「……女の子? もしかして、あのでかいニクスのパイロットか。 …………わかるかよ、目の前で仲間を、後ろで市民を失う虚しさが」

「わかる」

 

 そんなものはとっくに味わっている。戦場で背中を預けた仲間が殺された時は私も悲しんだし、何度もバディを組んだ同期が死んだと聞いた時は虚しい気持ちに襲われた。だからこそわかる。彼の気持ちが。

 

「私も、傭兵として活動してきた以上仲間の死には敏感だから。あなたの気持ちはとても共感できる。でも私は傭兵を辞めなかった。ここに立っている」

「アンヴィル2-1…」

 

 諦めずに立て。それが傭兵や兵士の務めだ。

 そう言う他にない。それで諦めて立てないようなら、彼を兵士として留めておくのは無理だ。きっと復讐心に苛まれ指示を聞かず、無茶を続けて死にかねない。

 だが彼は、復讐心に囚われた心を捨ててでも戦うことを選べる、誇り高きEDFの隊員でもあったらしい。

 

「…………そうだ。そう、だよな。 俺達は兵士だ、EDFだ。市民の盾なんだ。……部隊を再編しよう。俺達はあんた達の指揮下に入る。アームチームは集まれ!」

 

 周囲で見張りをしていた仲間が続々と集合してくる。アームチームというのは彼の所属するレンジャー一個小隊の呼称だった。

 

「これより我々はベース229の部隊に再編。彼らと市民を連れて、アウトポスト89に帰還する!」

「サー、イエッサー!!」

 

 アウトポスト89。ベース229よりも後に作られた基地であり、《ベース》と称された軍事拠点よりも更に僻地の防衛を務め、同時に巨大な基地という意味を持つらしい。

 

「アウトポスト?」

「市街地から離れた場所に設営されている巨大拠点でな。基本的に平地に設営されているから防衛拠点でありながら他部隊の中継拠点にもなる、軍事行動の重要な地点だ」

 

 そもそもの母数が少ないから、ベース型より数は無いがな。そう言って笑みをたたえる彼は、もう怒りと悲しみに燻っている人間ではないようだ。

 

「……戦えば、いつかは勝てる。弔いはその後でしよう」

「そう、だな。敵討ちは戦ってりゃ終わる」

 

 敵討ち。私に敵討ちという概念はずっとなかった。僚機が殺されれば、それは僚機が弱かっただけの事。ある種の自然の摂理。強い者が生き残り、弱者は淘汰される。

 私達の住む世界は、それが普通だった。戦って生き残る、それがレイヴン。会社員や工場員のような搾取に搾取を重ねられ衰弱して消えていくような、力を持たざる者ではない。ただ力だけが物を言う世界。

 

 だからこそ、彼らを応援したくなった。手助けしたくなった。

 この世界の兵士たちは、力を生きる為に振るわない。自分達でなく、無力な人々を守るために振るうのだ。それがかつて私の知っていた企業とは違う点だ。

 力を持つものは驕り、保身に走る。だが彼らEDFは仲間の為に怒り、民間人の為に悲しんだ。純粋な力とはまた違う、もうひとつの力の形を久しぶりに見たから。

 

 私もACに乗り込み、移動準備を整える。この付近の民間人は全て私達に合流しており、あとはさっきアームチームの彼が言っていた『アウトポスト89』へ向かうだけだ。運送会社から()()()したトラックやバスも数十台確保しているので、すこし窮屈だがこれに民間人を乗せればどうにか全員無事に移送できると思う。

 

『準備はいいか、アンヴィル2-1。出発するぞ』

 

『民間人の皆さん! これからEDFの軍事拠点に移動します! 我々の指示に従ってください! かさばる荷物は置いて、トラックに乗り込んでください!』

『押さないで! そこ、荷物を捨ててください! 家財を持ち込むと他の方が乗り込めません!』

 

「……大変そうだなぁ」

 

 立ち上がったACは10メートルの高さを誇る。コアが邪魔をしてカメラで下を捉える事は無理だが、無線通信から聞こえてくる声から、避難誘導に苦心しているらしい様子が伺える。

 

『アウトポスト89では多数の食料を用意します! しばらくはアウトポスト89での生活を強制してしまうことになりますが、必ず、我々がこの街を取り戻す事を約束致します!!』

 

 そうだ。復讐ではなく、他者のために戦う。きっとそれがEDFの、組織に所属する事で培われた個人個人の強さなのだろう。

 

『待て、なんだアレは……おい、あれを見ろッ!!』

「……え? …………な、っ!?」

 

 遥か前方の空。ACよりも上。それは建物? ビルや電波塔? いや、そんな程度の高さにあるものじゃなかった。上空500メートルほどの位置に存在する、巨大な何か。遥か遠くを飛行するあれは一体何だ。

 

『信じられねぇ……あんなデカいのが、どうやって飛んでやがる!?』

 

 ……それは巨大だった。レンジャーやフェンサー、ウイングダイバー、ニクス、タンク。誰もが上空に銃を向け、そしてその巨大さに呆気を取られ、唖然としている。私も例外ではなかったが、他の隊員を庇うために前進して盾になる。

 あれはきっと、敵だ。

 

 

 

 

『た、隊長、あれを!!』

『こちらスカウト! 巨大な航空機が出現しました! 位置は……ベース210上空です!』

 

 あの巨大さで、アウトポスト89より遠方の基地の上空を埋めてしまうような巨大さを持つようだ。

 

『総員、対空攻撃を用意! 少しでも不審な動きを見せたら、ミサイルも機銃もありったけ叩き込め!!』

『こちらクローズ3、射撃用意よし!』

『バレット2、いつでもいけるぞ!』

 

 遠目に見てもわかる巨大な()。私達の世界の技術でも、ああも巨大な飛行艇を飛ばす事なんて、物理的にも技術的にも不可能だ。

 

 ……その()から何かが放出される。細かい無数の粒のようななにかだ。

 

『巨大船が何かを出しました!! あれは…………うわっ! 撃ってきた!? ド、ドローンだ! こちらスカウト、応答願います!! アレは戦闘用ドローンです!! 巨大船の正体は敵の母艦です!!!』

『交戦開始! 撃て、撃てぇッ!!』

 

 

 

 

 

『畜生、なんだアレは!?』

『デカい……向こうから銃声がしやがるぞ…』

 

 現状、あれに対抗する術は無い、と思われる。白煙の線がいくつも飛び上がり、対空機関砲の曳光弾が無数に巨大な()に飛翔している。いくつかはドローンに命中し、空中で何度も爆発が巻き起こっている。

 だが遠目に見ても弱点が見つかりそうにない。奴のお膝元に行けば、無数のドローンに攻撃されるだけだ。

 

『ダメだ、俺達には市民がいる!あそこに向かえばむざむざと死ぬだけだ!! ……心苦しいが、予定通りアウトポスト89へ民間人の護送を開始する。 市民の皆さん、安心してください! 我々EDFが皆さんをお守りします!』

 

 足元の仲間達は車両に乗って移動を開始したようだ。ビル影から18台ものトラックやバスを発進させ、その中には民間人や護衛のレンジャー隊員が数人同乗している。

 

「アンヴィル2-1は殿(しんがり)を務める。各隊は拠点まで民間人の護衛に専念して」

『アンヴィル2-1へ、こちらブラッカー・タンクチーム、ゴールド1。感謝する。万一の支援は任せてくれ』

 

 レーダーで味方の位置を確認しながら後ろ向きに歩き、後方の確認を行う。建物の影から敵が飛び出すのを警戒しての後方警戒であり、そうする理由もまた、レーダーに映らないように移動する術が敵にないとは言えないからだ。

 

 ここは開発の進んだ住宅街のようだった。それが今は、爆発による建物の倒壊やアリの酸による自然の破壊が深刻で、傍に倒れる無数の死体がその悲惨さを雄弁に物語っている。

 

『行かせてくれ! このエリアに家族を置いてきてるんだ!!』

『一人が全員の足を止める訳にはいかない! 諦めろ…!!』

 

 兵員輸送装甲車、グレイプに搭乗しているレンジャーの一人が飛び出そうとし、数人がかりでそれを止めている様子が無線越しに伺えた。

 

『頼むよ、娘はまだ中学生なんだ!』

『隊の規律を乱す気か!? 市民がいるんだぞ!!』

『俺の娘だって!!』

 

 下で揉み合いになっているのが無念でならない。確かに軍隊は規律が全てだ。一人が列を乱すと、それが群の崩壊を招く可能性になりかねない。だが下のレンジャーはどうしても助けたい存在があるらしい。

 

『……俺の妻だってそうだ』

『婚約者を向こうに置いてきてる。だが、今ここにいる民間人が大切だ』

『無事に避難出来ていることを祈ろう。もしかしたら、今ここにいる民間人の中に紛れているかもしれない』

『……すまない…………』

 

 解決はしたようだが、根本的には何も終わっていない。敵を倒さなければ、この悲劇はずっと続く……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピピッ。 コクピット内に異音が響く。この音を私は知っている。警告音だ。続いてコムが話し始める。

 

『周辺に多数のエネルギー反応を確認しました。敵の増援です。敵生体兵器を確認』

「!? 敵襲!!」

『なんだと!? こんな時に……!!』

 

 コンバットフレーム14機のうち10機が広く散開し、敵襲に備える。だがヘッドパーツのバイオセンサーが敵の存在を指摘しただけで、正確な位置は一切掴めていなかった。

 

『アンヴィル2-1、敵はどこだ!?』

「わからない……でも、センサーに反応がある! 周囲の警戒を続け…………──────まさか」

『どうした!?』

 

 突如として悪寒が私を襲った。急いでレーダーを確認する。赤い点、つまり敵の反応は私達と重なっている。なのに何も無い……いや、何も無いはずはない。絶対どこかに……上空? にはいない。周辺はニクスが警戒しているからありえない。

 

 ……そんな。

 

「全部隊!()()()()()! ここを離れて!!」

『ッ! なんだと…!?』

「いいから早く! 敵は────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはあまりにも唐突だった。前方を走っていたタンクが大きく迫り上がるように、アスファルトの破片や砂塵と共に、違和感を振り撒きながら跳ね上がる。

 いや、それは何かに持ち上げられていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『う……うわぁぁああ!?』

『なんだ!? メイル1、どうした!?』

 

 戦車の一両が勢いよく横転し、それの原因も直ぐにわかった。敵襲があると察知した時点でどことなく可能性は感じていたが……!

 

「下だっ! 敵は地面を掘って移動できる!!」

 

 そう警告するのも束の間、すぐさまトラックやバスを囲い込むようにアリの群体が姿を現した。数は少ないが場所が場所だ。

 

『こちらグレイプ3、挟まれた! 身動きが取れない!!』

『怪物だ!! 前から来る! 速射砲だ、撃て!!』

 

『クソ、旋回が間に合わない! 民間人が!!』

 

 私は即座に射撃を開始する。

 

『じ、冗談じゃ……!!』

『クソッタレついてねぇ! 真下から来やがった!』

『ハッチ開け! 後方の敵を撃て!!』

 

 リボルバーカノンを敵の群れに向けて撃ちながら、ブーストジャンプして滞空し、真上を取る。武装がリボルバーカノンと火炎放射器しかない上、火炎放射器では大型すぎて出力が高いため、敵の脇を抜けた着火済み燃料が民間人の車両を巻き込みかねなかったのだ。

 

 だがリボルバーカノンはAC用マシンガンと比べると威力に少し劣るぶん、マガジンレスであるため弾切れまで撃ち続けられる。バレルは防熱処理が厚いのかわからないが、オーバーヒートの心配もなさそうだった。弾幕を張るには最適な武器である。

 

『フェンサーチーム! ガリオン速射機関砲、射撃始め! 民間人には決して当てるな!!』

『撃て! 撃てぇっ!!』

『奴ら、民間人のバスをひっくり返してやがる!!』

 

 アリが、バスが横転したせいで混乱している民間人を食べようとしている。私もそいつらを優先して射撃する。リボルバーカノンが敵の甲殻を貫き、付近を汚していく。

 

『いやぁぁぁあああっ!!』

『助けてくれ!化け物だぁぁ!!!』

『隊長、民間人が!!』

『構うな、敵の殲滅を優先しろ!! 群れの中にいるんじゃ手の出しようがない!』

 

 可哀想ではあるが、隊長の判断は正しいのかもしれない。ひっくり返ったバスやトラックは、車体がそのまま防壁の役割を果たしてくれている為か、中の人間に危害が加えられている様子は見られない。……今にも加えられようとはしているが。

 

「チッ……!!」

 

 こちらに注目し始めたアリ共が、酸を射出して対空攻撃を仕掛けてきた。私はブースターを切り返して急速に前進する。知能のある生物ではないためかは分からないが、流石に予測射撃はしてこない。楽に避けられるが、少数だからこそできる事だ。

 避けてすぐに火炎放射器のトリガーを引く。横転してしまったバスとトラック以外の民間人の乗る車両は、グレイプとタンクの護衛のもと既に脱出できたらしい。

 バスを狙うのをやめて私を狙ってくる奴を攻撃する。大型火炎放射器から放たれる火力が文字通りアリを焼いていく。

 

「こちらアンヴィル2-1、敵がそちらに向かう!」

『了解! ニクス隊チームA、射撃始め!』

『チームB、撃て!』

 

 バスを狙うより抵抗してくる奴を倒すべきだと判断したのだろうか、アリは上空の私でなく、50メートル圏内に存在しているニクスを狙って攻撃を始めた。

 ニクス隊がゆっくりと後退しながら両腕リボルバーカノンを一斉掃射する。距離を出来るだけ離しつつ敵を撃って殲滅する作戦だろう。しかし、弾幕を掻い潜って2機のニクスにアリが群がる。

 

『こちらセイバー1! 敵に肉薄された、離脱できないっ! 装甲が融解してる、助けてくれぇぇぇぇ!!』

『セイバー3、激しい攻撃を受けている!! うっ! ……うわぁぁぁぁぁっ!!』

 

 アウトポスト89所属ののニクス隊がかなりの損害を被っている。一部のセイバー隊は上昇する事で攻撃から逃れたようだが、判断が遅れた2機のセイバー隊ニクスは酸の集中砲火を浴びて膝を下り、爆発して倒れている。

 機体が爆散していて、もう助からないだろう……。

 

『少尉! セイバー1とセイバー3が!!』

『クソ……撃て!敵を近付けるな!!』

 

 跳躍したニクス達が着地と同時に、自分達の近くにいる敵を撃ち始める。リボルバーカノンの速射がアリの甲殻を破壊していくが、それを敵は数で押している。

 

『セイバー隊、後退!アンヴィルチームは前進して味方を支援しろ!民間人を救出するんだ!!』

『アンヴィル1-1、了解!』

 

 比較的敵の数が少なかったアンヴィルチームが前進してリボルバーカノンの一斉射撃を始める。私もそれに乗じてセイバーチームに追いすがるアリを火炎放射器で燃やしていく。

 

『ありがとうアンヴィル2-1! 感謝する!』

「それよりも民間人を!!」

 

 無線に叫びながら私は、グレイプに接近していくアリに攻撃を続ける。できるだけ損害を出さないように立回るだけで精一杯だ。だが、戦局はたった数秒の時間をかけず、一気に好転する。

 

『敵数、急激に減少! 誰かが戦闘に加わってるぞ!!』

『誰だアレは!? あの中に飛び込むなんて無茶苦茶だ!』

 

 下で何かが暴れ回っているらしい。確かにレーダー上の敵の数は大幅に減っていっている。

 

 20秒経たずにニクス周りのアリだけになった敵も、それぞれのニクス隊が個別に撃破していく。

 

 死体だけになり、味方の損害も相当に抑えられた。グレイプ1台とニクスが2機吹き飛んだのは大きな痛手だったが、グレイプ内の人員は運転手とガンナーの機転で離脱できていたらしい。危機は去ったのだ。

 

『バスを立て直せ、トラックもだ』

『了解』

 

 低音の声が聞こえる。バスを立て直しているその男達は、全身を黒いパワードスケルトンで覆っていた。彼らが地面に置く武器は、フェンサーチームが使っていたデクスター自動散弾銃やガリオン軽機関砲とは違う、パイルバンカーのような武装だった。

 

『殲滅目標は沈黙した。次のエリアへ向かう』

『《よろしい。アルファ地区でレンジャー一個中隊が孤立している。援護に向かえ》』

『了解』

 

 その黒いスケルトンのフェンサー達は、トラックとバスを立て直すと直ぐに武装し、フェンサーの重厚さからは想像もできない身軽さでブースターを強く吹かし、足早に去っていく。私は思わず通信回線を接続して話しかける。

 

「そこの黒いフェンサーチーム、ありがとう。民間人を助けてくれて感謝する」

『………………。 ……それが俺達の仕事だ』

 

 しばしの沈黙の後、短い答えを述べて通信が切断される。彼等もEDFの一員なのだろうが、その有り様は他の隊員とは一線を画している。その理由が、私にはまだわかりそうになかった。

 

『聞いたか、このエリアに黒いフェンサーがいたらしい』

『黒いフェンサー……死神部隊か』

『なんでも、隊内じゃお互いの事をコールサインじゃなくてアルファベットで呼び合うらしいな』

 

 死神。人々を守り、助けるのがEDFであるこの組織にあってそれは、とても異質な呼び名だった。

 

 ふとベース210の方を見る。

 だが、見るに堪えず私は目を背けた。

 

 ……巨大な敵船に蹂躙され、黒煙を吹く仲間の遺骸など、誰が好き好んで見たいと言うものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こちらD()。レンジャーチームを確認しました』

T()よりD()へ了解。……隊長』

『……敵を殲滅しろ』

 

 市街地に展開しているその黒いフェンサー達は、バックブースターではなく、特殊なサイドスラスターを装備している。それは上方への跳躍ではなく、前方への勇猛な前進を可能とし、彼らもまた前に進む事で敵を倒す、誇り高き影の部隊だった。

 

『スピアを始動しろ』

『了解』

 

 《ブラストホール・スピア》と呼ばれる、銃撃戦が主たる現代の戦場において極めて時代錯誤な近接武器。

 EDFの科学技術面での研究開発能力が可能とした、弾速を優に超える速度で杭を射出するそれは、コンバットフレームの装甲を貫く為だけに開発されたものだった。

 彼らは以前の紛争の際、国軍とEDFとの戦争に駆り出され、歩兵でありながら機甲師団、機械化師団といった、歩兵とぶつけられるはずのないものに対し類稀なる戦果をもたらした。

 それが紛争において圧倒的な勝利を収める直接的な理由になったにもかかわらず、その功労を称えられる事の無い暗部の兵士だった。

 

『怪物だ、見ろ。あの数を』

『とんでもない数だ。全滅するぞ』

 

『それがどうした。これが俺達の仕事だ』

 

 スラスターを四連続で吹かし、目にも止まらぬ高速移動を繰り返す。その黒いフェンサー達の戦術の要は速度と威力の両立。捨て身で突撃し、的を絞らせず、気が付けば相手はその胴を穿たれている。

 撹乱に重きを置いたその戦闘スタイルであるそれは、彼らの戦術とマッチしており、大型の敵にすら勝ちを譲らない。敗北を喫する理由はない。

 圧倒的な戦力差でさえ生き残る彼らの名は、死神。

 

 あるいは─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────こちら()()()()()()()。次の目標を指示しろ』

 

 

 

 

 

 






 対二足歩行戦闘装甲兵器(コンバットフレーム)猟兵及び機動装甲部隊

 黒いフェンサー、死神部隊、あるいはグリムリーパーと呼称される彼らは、現在の戦争よりも前から活動する、フェンサー全てにおける精鋭中の精鋭、選りすぐりの戦闘部隊である。彼らの戦術は機動力を頼んだ撹乱戦闘、及び大火力による至近距離での敵の破壊にあり、それがニクスへ対する最適解であるとされていた。
 隊員は互いに本名を知らず、コールサインも与えられず、影の部隊であることの戒めとして互いを無作為に決められたアルファベットで呼び合う。名前も素性も知られず、ただ敵に死をもたらす。それは死神の名に相応しい。



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六話 束の間の休息



 せつめいかい。





 

 

 

 私は他の隊員に交じって、市民に炊き出しを行っていた。レーションでは市民の腹を満たせないかもしれないという、基地司令の判断である。

 

「はーい、どうぞー! 受け取った方は3列目に並んでくださーい!」

「列を乱さないでください、順番を守ってください! ……はい、ご協力ありがとうございます!」

 

「え、あ……え、ど、どぅぞぉー……」

 

 うわぁぁ……明らかに私だけ声出てない……。

 

 いわゆる奉仕活動というものだろう。戦いしか知らない人にこんなことをさせるな、とは言えない。この世界に来てベース229の人達に世話になった以上、そしてEDFの隊員となった以上、私も市民を守る義務がある。

 ……だからといってこれは、慣れることはないだろう。

 

「アンヴィル2-1、声が出てないな。緊張してるのか?」

「……実は、そう」

 

 人と関わるのが苦手だ。

 私は言い訳を並べ立てて人と関わってこなかった。他者と接点を持ったのはごくわずか。それ以外は殆ど、仲介人を通してのやり取りでしか無かった。苦手なだけかと聞かれればそれまでだが、他者と関わるのを極端に忌避する事に、理由なんて無いようなものだ。あっても、恐らくは忘れている。

 

「まあ、そういうこともある。こういう時くらい気楽にいたらいい。それに君はうち(基地)の中で一番可愛いからな」

「かわっ………? はあ、ありがとう…?」

 

 誉めそやされたって何も無いのに……。

 

 

 

 

「お嬢さん、兵隊さんの手伝いかい?」

「えっ?」

 

 炊き出しを手伝いながら雑談していると、既におにぎりを貰い終えたのだろう老人が話しかけてくる。雑談相手の彼は笑顔で離れていく。待って。置いてかないで!

 

「あ、はい。そんな所です……というか、私も──」

「そうかいそうかい! 偉いねぇ、まだ若いのに……」

 

 お爺さんは私の髪を巻き込むように、頭をくしゃくしゃと撫でてくる。払い除けようか一瞬迷ったが、手が存外に温もりを与えてくれたのに驚いて、気が付けばなされるがままだった。

 

「俺も昔は兵士だったんだけどねぇ……」

 

 暖かい手を引っ込めてからお爺さんが言う。老齢のレイヴンも珍しくはなかったが、このお爺さんのように歩くのも一苦労といった者はいなかった。平和的な世界だったからこそ見られる人物だろう。

 大きな戦いがなければ人は長く生きれる。簡単な理屈だ。

 

「私も兵士をしています。EDFで……」

「ありゃ、そうだったのかい? 道理でそんな戦闘機乗りみたいな服を着ていると思ったよ」

 

 戦闘機乗りのような服、というのは私が着用する対Gスーツの事だろう。高速移動が常のアーマードコアに搭乗する者の定めとして、Gによる身体への負荷との戦い、というのがある。高機動型ACに搭乗しておいて、戦闘中に気絶しましたでは本末転倒だからだ。

 このスーツはそういった負荷を軽減する目的がある。強化人間になったあとは着替えていないが……それは汗のような老廃物が殆ど分泌(流石に下のは出る)されないからであって、面倒だとかそういうのじゃない。ホント。

 

「私も似たようなものですよ。仲間を守るために、戦っていますから」

「…………懐かしいねぇ」

 

 会話中に最後のおにぎりを配り終え、私はお爺さんを連れて空の弾薬箱を椅子替わりに座らせる。

 

「懐かしいって?」

「俺も昔は兵士だったんだよ。数十年も前、それはもうでかい戦争があってね。戦ううちに同じ部隊の仲間と仲良くなりゃ、そいつらを守りたいって気持ちになる。大切な友達、戦友だったからね」

 

 そう言ってお爺さんは、ポケットから財布を取り出し、その中から写真をつまみ上げて見せてくる。色の着いていない古めかしい写真には、数十人の兵士たちが肩を組んで写っている。

 彼らの後ろには巨大な戦車が写っている。サイズだけなら横向きに寝かせたACぐらいはあるかもしれない。戦艦砲と思える程巨大な砲身が目に留まる。

 

「六十年式陸上要塞戦車。それが、俺達の乗る()()の名前だった」

 

 家族、レイヴンがACを自分の半身として扱うのと同じようなものだろうか。お爺さんは感慨深そうにその写真を見つめる。

 

「俺の孫も、EDFに入隊しとるんだ。こっからずっと東に行った場所にある基地で働いてるんだ。無事だかねぇ……」

 

 彼の孫もEDFの隊員らしい。今戦闘を行っている部隊かもしれない。無事だといいが……。

 

 ……あっ、用事を忘れてた。

 

「お爺さん、ごめんなさい。私、人に呼ばれていて……。もう行かないと」

「おや、そうかい? ごめんね、付き合わせちゃって」

 

 断りを入れて基地に歩いていき、振り返ってお爺さんが可愛らしく手を振るのを見て、思わず微笑み返してしまった。気持ちが温まったのは何年ぶりだろう。

 もしかすると、初めてかもしれない。人と話すのが楽しいのなら、もっと話しておけば良かったんだろうか。

 

 話を戻すと、忘れていた用事というのは基地司令に呼ばれていた事だ。一応炊き出しの手伝いをするという報告はしていたのだが、少し時間を取られてしまった。

 アウトポスト89。大規模なEDF基地であるこの場所は、駐屯地であるベース型のEDF基地とは違って地下格納施設は、民間人を避難させるためのシェルターしか存在しないらしい。代わりに膨大な数の守備戦力が集まっており、ここが壊滅するのはそうそうありえないのだそう。アウトポスト型の拠点ひとつで5000人近い隊員が待機し、その一部の隊員……つまり1000人近くのEDF隊員が即座に戦闘を行える体制にあるのだという。

 

 長大なフェンスの内側には監視塔とそれに付随する対空機関砲及び機関銃があり、その更に内側には数にして100機に及ぶコンバットフレーム、250両ものブラッカー型タンクがある。直ぐに防衛、或いは攻撃に当たれるように無駄なく人員を配置しているそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兵士が生活する宿舎がある。そこの渡り廊下を渡ると事務仕事をするための兵舎があり、その二階に基地司令室がある。私はベース229でそれを学んだ。

 

「失礼しまーす……」

 

 声が小さくなりながらも宿舎の中に入る。いや、EDF隊員のための場所なんだから失礼します、だなんて言う必要はなかった。

 そのまま廊下を歩き、渡り廊下のある鉄扉を開く。

 

「おい」

「ひゃっ……」

 

 声をかけられてつい驚いてしまう。驚かせるなよ!とは叫べないので無言で振り返る。ヘルメットを外しながらもアーマーはそのままで、とりあえず休んでいる。そんな風体の兵士がいた。

 

「ここは隊員以外立ち入り禁止だ。悪いがそこから出てくれ」

「いや、私もEDFの隊員なんだけど」

「何ぃ? だけどお前、制服も戦闘服も着てないじゃねえか。嘘は通じないぞ」

 

 ここの隊員だろう。証拠がないと証明は難しいか……。申し訳ないが、他の隊員に証明してもらうとしよう。

 

「じゃあ着いてきて」

「ふん、わかった」

 

 彼が後ろに着いたのを確認して宿舎を出て、ちょうどよく炊き出しを終えた隊員に駆け寄る。彼が私と一緒に戦ったベース229の生き残りのひとりであることは確認済みだ。

 

「ちょっといい?」

「はいはい、どうしましたか? ……って、アンヴィル2-1。どうしたんだ?」

「いや…………なんか彼が、私がEDF隊員であることを証明できるまで通せない、みたいな事言われて。あなたなら証明できると思ったから」

 

 後ろの兵士は頭をポリポリと書きながら、私が証明するのを待っている。私が話しかけたのはハンマーチームの隊員。ベース229の狙撃部隊、その一人だ。

 

「あー、まぁ君はまだ18?だったか。 確かにEDF隊員として見るにはちょっとだけ若いからな。 そこのあんた! この子は正真正銘、EDFの兵士だ。現にこの子に何人も仲間を救われてる。嘘だと思うなら、他のベース229の奴らにも聞いて回るといい。コールサインはアンヴィル2-1だと言えば直ぐに教えてくれるだろうよ!!」

「わ、わかった……もういい。疑ってすまなかった。 お前も、わざわざ拘束してしまってすまない。なんの用事かはわからないが、責任は取ろう」

 

 少し頑固なようだったが、折れると存外に素直らしい。彼が頭を下げるのを私は慌てて撤回させる。

 

「いや、私もこんな見た目だったのが悪いから。それに責任なんていらないよ。多分許してくれるだろうしね」

「そうか……すまん。気を付けてな」

 

 彼とベース229の仲間が敬礼し、手を振っている。私も手を振り返し、宿舎の中から兵舎へ急ごうと、ドアノブに手をかける。ドアノブは鉄製でひんやり冷たく、今の季節にはちょうど良いものだった。渡り廊下の窓ガラスは防弾製だろうか。軍事基地である以上は防弾ガラスなんだろう。

 もう一度、反対側のドアノブに手をかけ、押して開く。涼しい空気が入ってくる。気持ちいい……。じゃない、基地司令室に行かないと。突き当たりに階段を見つけ、二階へ行く。

 二階に上がると分かりやすく二人が雑談している。もう片方が敬礼すると、片方の制帽を被った人も敬礼を返し、別れて、制帽の人が部屋の中に入っていく。そこの前に立ち、ルームプレートを見ると、やはりここが基地司令室で間違いなさそうだった。2回ノックする。

 

「アンヴィル2-1です」

「入っていいぞ」

 

 一礼をして入る。

 

「よく来た。まあ座ってくれ。 ……単刀直入に聞こう。君は未知の異世界から来た、という噂を聞いている。 まことかね?」

「私にとってはよく知る世界でしたが……。 はい、間違いありません。私はこことは違う場所で生まれ育ち、そしてこの世界へ」

 

 丁寧にこちらの世界へ来た時の状況を説明する。司令は制帽を机の上に置き、私から目を逸らして頭を抱える。当然の反応だろう。

 

「………………。 私はオカルトを信じない。今だって、君と君の乗る……アーマードコアと言ったか。アレを私は、北米総司令部の機密兵器と考えている。敵からの襲撃に備え、最悪の事態を回避するために用意していた決戦兵器のようなものだとな」

「信じられないのも、無理はないでしょう。しかし、AC……アーマードコアの技術は、サンプルなしだとこちらの世界では再現不能である。 そう技師が判断しました」

「技師というのは君達のいたベース229のかね」

「はい。彼らも私達と同じく壊滅したベース229を脱出し、アウトポスト89の部隊と現地で合流し、ここの仮宿舎で休んでいます」

 

 サンプル、というのはとどのつまり私の機体だ。バラしたものを戻せる確証がない、という理由で技師からも私からも、ACを分解して技術解析を行う試みは為されていない。

 

「委細は把握した。しかし君の機体の武装は、見たところニクス・リボルバーカノンに、ニクス用の火炎放射器……。 独自の装備は?」

「回収できたものは全て回収しています。ミサイル、チェインガン、レーザーブレード、エネルギーマシンガン、格納型マシンガン・ハンドガンなどなど、全てACの武装です」

 

 ……基地司令が難しい顔をしている。

 

「ミサイル、チェインガン、ハンドガンなどはわかる。 だが、レーザーブレードやエネルギーマシンガンというのは? 君のいた世界にも光学兵器があったというのか?」

「光学兵器……つまりEN兵器……ここの辺りは解説すると長くなるのですが、よろしいですか?」

「構わない」

 

 許可を頂いたので、適当な紙とペンを貰って簡単な図を描く。私に絵心はないが、ACパーツは山ほど見てきた。

 

「……はい。 この人型がACで、この内側にジェネレーターが格納されています。ACは、ジェネレーターからの電力供給を得て動いています」

「燃料は? ガソリンか?」

「燃料電池を使用している、と企業……つまりメーカーからの説明がありますから、燃料電池で間違いないです」

「……つまり、水素と酸素だけか。出力は…………あの巨体を動かせるのだ、相当なものだろうな」

 

 私は頷き、続いて武器の図を描く。それぞれエネルギーマシンガンとレーザーブレード。そしてそれらを繋ぐ腕だ。

 

「ACの手のひらと武装のグリップパーツには電極が設定されています。これを火器管制システムに接続することで武器としての使用が可能であり、ジェネレーター内コンデンサからの電力供給が可能になっています」

 

 ジェネレーターのイラストからENが供給されていく様子を、分かりやすく矢印を書いて説明する。

 

「そしてエネルギーマシンガンがエネルギー弾を発射するシステムですが。武器に供給されたエネルギーは、武器内に装着されたカートリッジ内に充填され、何時でも発射可能な状態を維持します。このカートリッジは摩耗が激しい素材ですから、規定数発射すると消耗限界を超えたと見なされ、暴発・故障の危険があるため武装側からシステムがロックダウンし、発射が不可能になります」

 

 武器の上にカートリッジを描き、撃つ表現と同時にカートリッジを塗りつぶして注釈を加える。

 つまりは、他の武器と同じようにほぼ無限のエネルギーを使うはずの武器に弾数が設定されている理由というのが《エネルギーを通しやすい素材を使うカートリッジは磨耗が早いため、撃ち切ると壊れるかもしれないから交換が必要になって撃てなくなる》という事である。

 私は次の図を描き説明を続ける。

 

「逆にレーザーブレードの方は簡単です。高出力のレーザー、光というのは、収束させるための技術が無くてはすぐに霧散してしまう。これを逆手に取ったのがレーザーブレードです。出力をわざと可能な限り高め、エネルギー収束機構の搭載量は最低限に絞る事で、短射程高出力のエネルギー型ブレードの生産、運用に至ったという事ですね。逆転の発想で着手されたレーザーブレードの開発は、レーザーライフルやエネルギーマシンガンの開発よりも後だったと聞きます」

 

 ブレードの内部構造を簡単に描く。ブレード射出口のレンズを描き、繋がるようにエネルギーを模した矢印とEN収束機構を描き、レンズ部位からレーザーが放射状に伸びていき、ある一点に到達した際に急速に収束していく様を描いてみせた。

 

「これらの他にもAC内ラジエータや各部パーツ駆動にエネルギーを食いますがね。頭は生体センサーだったり暗視機能だったり、腕は武器を持つものだったり武器そのものだったりと、多種多様です。脚は脚で多脚型やタンク型もありますから、そのエネルギー消費量も計算に入れる必要がありますね」

 

 そう言った途端、司令がぴくりと反応する。

 

「……それはつまり、パーツごとに役割が違うということか?」

「え? まあ、そうですが」

 

 そりゃ役割は違うだろうと思う。脚は歩くため、頭は演算処理や映像処理のため、腕は武器マウントのため、コアは追加機構や格納のため。……と言うのは私だけが思っていたらしい。

 司令は、私にとって当たり前でも彼らにとっては画期的なアイデアだったもの、それに気付いた、という事だろう。

 

「違う。 パーツの規格を一定に揃え、組み直す事であらゆる戦局に対応する。今のその説明からはそう読み取れた。間違いないか?」

「はい、間違いないです。ACはパーツを組み替える事で想定される戦場全てに対応可能であるべき。そういった理念で製造される汎用兵器てす」

「なんてこった…………」

 

 基地司令はその私の描いた図を手に取り、まじまじと見つめる。そんなに見られると照れる……なんて呑気な事を考えているのは恐らく私だけだ。彼の中では今凄まじい考えが脳を巡っているのだろう。そしてそれは、すぐに行動に移る事になる。

 

「少しここにいてくれ。連絡するべきところがある」

「構いません」

 

 私に断って席を立つと、司令は自身の机にある固定電話に手を伸ばし、番号を入力する。すぐに繋がったらしいその相手は、私にわかるはずもないが、内容から読み取ることは出来た。

 

「先進技術研究主任、こちらはアウトポスト89司令だ。急遽伝えたい事がある。 ……………そうだ、兵器開発技術の根幹を覆しかねない情報だ。彼女に……パイロットに代わりたい。 ……ああ、機体の技術にも精通している」

 

 先進技術研究主任、というと、恐らくはEDFの兵器を作る研究所、開発局の最高権限を持つ人物だろうか? 受話器を私に渡して、司令は言う。

 

「さっき言った事をもう一度、彼に説明してもらえるか? 手間だと思うが、助けると思って頼むぞ」

「わかりました。 …………もしもし?」

 

 私が声を出すと、少し遅れて返事が来た。

 

「……幼いな。まだ成人していないのか? まあいい。君が例の、未知の人型兵器を操る隊員か?」

「その認識で間違いはありません」

「そうか。よかった、では聞きたい事がいくつかある」

「どうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

「────聞けば聞くほど信じられないな。燃料電池のみで、そのサイズの兵器を、それも二足歩行兵器を長時間活動可能とする技術など、想像もつかない。が、それは置いておこう。

 ……君の言っていたパーツ構想。それぞれ頭部、胴部、腕部、脚部に対応する別用途のパーツを生産、それを戦場に合わせてアセンブルし、状況に対応した汎用性を確保する、コア思想……。 全て、考えが及ばなかった」

 

「何故ですか?」

 

 私が聞くと、主任だという彼は続けた。

 

「安定性に欠けるんだ。銃火器などでは、砲身や機関部を取り替える事で違う口径に換装したり、機関銃を擲弾銃に換装できるシステム・ウェポン構想が採用される事が稀にある。だが安定性が何より重視される大型兵器、それも高度な技術を用いて製造されるコンバットフレームでは、整合性の不具合の解消を行うことが難しいという結論へ数年前に至ってから、今まで不可能だとされていたんだ。

 それを、君のいた別世界……そこではいとも簡単に実現し、それを容易く生産・運用する事さえ可能としていると君が言った。何か技術革新があり、その上で多量に量産し、本来与えられ、運用する側である君ですら、兵器に関する説明を行える。それほど普及した技術に近づくというのは、今後の戦闘においては非常に有意義だ。それも、敵がこちらの裏をかくようなこの状況では」

 

 含みを持たせた物言いに気にかかる部分はあったが、それでもそんなことがどうでも良くなるぐらいの説明を受けた私は脳の中でこの世界の技術力に対して完全とまではいかないが、かなり理解が及んだと思っていいはず。

 

「では、この世界においてはACを生産することは難しいのですか?」

「難しいと言わざるを得ない。何より今まで存在し得なかった兵器を作る事がどれほど難しいか。もう既存兵器に関する設計思想の見直しを図っているが、上手くいくかは分からない。だが、万事に備えて開発の準備は整えてある。あとは細部の設計を行い、開発を重ねるだけだ」

 

 仕事が早い人らしい。話を聞きながら要点を纏め、既に作図か何かをしていたようだ。

 

「ありがとう。大きく進歩したと思いたい。……君の階級と、コールサインを教えてくれないか?」

「階級はありません。コールサインはアンヴィル2-1です」

「アンヴィル2-1……アンヴィルチーム……ベース229の所属か。仲間の事は残念だったな……」

 

 検索か何かをかけたのだろう。気を遣ったような言葉をかけてくれる。

 

「いえ、3分の1ほどは助けられました。ここの仲間はみんな守るつもりです」

 

 私が自信たっぷりで言うと、主任は笑った。馬鹿にするような笑いではなく、感心したような、そんな笑みと言うべきものだった。

 

「そうか……是非そうしてくれ。アウトポスト89の司令に話を通して、私の携帯電話に直接繋がる電話を用意させる。今後参考にしたい事も浮かぶかもしれない。それを聞かせてくれると助かるんだが」

「はい、大丈夫です。私も、今はEDFの兵士ですから」

 

 そう言って、基地司令に代わる。いくつかやり取りをした後、受話器を置いて司令は棚の引き出しから電話らしきものを取り出し、それを私に手渡す。

 

「これはEDFで開発された軍用通信機……平たく言えば頑丈で長持ちする電話だ。 本来は私のだから大切に扱ってくれ」

 

 了解ですと笑って、それの電源を着ける。画面をタッチして入力するタイプらしい。メールや電話機能など、様々な機能がある。

 

「電池はどれぐらい持つんですか?」

「起動しっぱなしで丸3日以上。スリープモードだと数ヶ月以上持つらしい。充電しなくても電源を切っておけばコンデンサの劣化が進みにくくなる為、10年間は充電せずとも起動できる計算だそうだ」

 

「……逆にすごいなぁ、それ…………」

 

 EDFは変なところで私たちより優れているのかもしれない。普段使いの道具に関しては、やはり平和だった世界なだけあって数年単位で開発が早いのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はベース229の仲間達が待機している仮宿舎に戻ってきていた。隣には野ざらしの愛機ゲイルウインドが俯いて立っている。ジェネレーターをスリープモードにしているからああなっているだけで、コクピット内に私が入ればセンサーが感知して起動してくれる。

 私は食堂の中央に座っていた。……否。座っていたというよりは、座らされていたの方が正しいだろう。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとう、レイニア2」

 

 私は、みんなから取り分けた食事のおかずを1品ひとつずつ分けてもらっている。話し合いが長引いて注文時間が終わってしまった為に食事をレーションで済ませないといけなくなった私をみんなが案じてくれ、ウイングダイバーのレイニア2が提案してくれたことだった。

 

「はいあーん♡」

「ん……もぐ……んー、おいしい!」

 

 …………と思ったら、これだ。

 

 食事を分けてもらうだけの夕食会だったはずが、気が付けば私にみんなで餌付けするような図になっていて、私は図らずしも彼女達の言葉を借りると《バイキング方式》という、たくさんの食事を自身の皿に盛り分けて食べられる夢みたいな状況になっていた。

 

「おい、次は俺だ!」

「だーめ、次はあたし達だよ」

「モグモゴ」

 

 ……まあ、これはこれで嬉しいのだが。

 

 不謹慎かもしれないが、戦闘で痛手を負った私たちベース229残党やアウトポスト89所属の現地部隊アームチームが18時間の休息と6時間の自由時間を取れているのは、私達の代わりに夜間出撃を行っている戦闘部隊が出動してくれているからに他ならない。感謝の気持ちを忘れる訳にはいかな───

 

「んむっ! ……ング……ぷはっ!!」

「だ、大丈夫!?」

「………喉に詰まった」

 

 水の入ったコップをもう一度煽り、喉を落ち着かせる。そんな様子を見て心配してくれる者や、笑ってくれる者がいる。その光景は私が今まで見られず、こちらに来てようやく拝めた温かい情景なのだ。

 

 私たちはEDFだ。EDFは市民を守る使命がある。だから明日からは、また戦いが始まる。

 

 それまでは一緒にいてもいいよね。

 

 

 

 

 

 

 

 






 先進技術研究主任

 アンヴィル2-1の搭乗するACの事を、噂程度ながら把握していた人物。研究所内での最高権限を持つ者であり、同時にEDF内における新鋭技術を数多く確立した人物。現在のEDFの主要兵器であるコンバットフレーム・ニクス、戦闘ヘリEF60ネレイドなど、要求される知識の全く違う兵器を開発した人物でもある。彼の功績は主任以前の頃からその芽を覗かせており、基礎となるアサルトライフルPA-10の基礎を前任の主任らと部署を交えて共同で開発するなど、その才覚は大いに人類の理となる。




 六十年式陸上要塞戦車(ネタ)

 旧国軍の開発したトンデモ兵器。かつての紛争より、世代を跨ぐほど前の時代。人同士で争っていた頃に開発された、装甲と火力を重視された巨大戦車。巨大すぎるために当時の技術力ではエンジンを4つ搭載しなければまともに動かせず、そのせいでガソリンをバカ食いし、戦車であるにも関わらず数百ミリクラスの主砲を搭載し、戦車砲の直撃で軽微な損傷しか負わない装甲に加え、主砲砲手に二名、装填手に四名、同軸機銃手及び装填手に三名、操縦手三名、予備員二名、副砲砲手一門につき二名、装填手一門につき二名という、人員も資材も燃料も弾薬も、訓練費もヘイトも敵の砲弾も何もかも、目に付くその全てをバカ食いする人類史上の珍兵器筆頭格。こんなのでも敵対国からは、ロケット100発戦車砲50発で仕留められなければ撤退せよ、と言われるほど恐れられた。現在EDFが運用するB651タイタン重戦車が、この六十年式陸上要塞戦車の構想を元になぜか開発・生産されている。





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第一章 転機
七話 彼の者



 7.静かなる脅威

 おい、このエリアは敵がまだ来てないって話だったろ!?なんでドローンがいやがる!!

 ……!? クソ、撃ってきた!!
 反撃!反撃しろ!!

 あれは……民間人が! 彼らを護衛しろ!お前とお前、俺についてこい!お前ら二人で民間人を護衛するんだ、いいな!
 俺たちでドローンを抑えるぞ!

 撃てぇッ!!!






 

 

「────えるか! 聞こえるか!? 応答せよ、本部、応答せよ!! こちらチームドルフィン! 敵のドローンに阻まれた! 我々の装備では歯が立たない! スナイパーチームを寄越してくれ!!」

 

 建物に隠れて本部に連絡を取ろうとする数名のレンジャー隊。3名が立ち上がって周囲に銃を向け、その奥にピクリとも動かない2人のレンジャーがいた。彼らの更に奥に隠れるように4人の作業員がいた。

 

「聞こえているか、本部! こちらは民間人を保護している! ブルージャケットチームを手配してくれ!!」

「……隊長、ダメです! ドローンから微弱なジャミング波を検知しました! 長距離通信は恐らく妨害されています!!」

 

 部下の隊員、ドルフィン3が計測装置の画面を見せてくる。100メートルを超える距離では通信さえ難しい、そう示されている。悪態をつきながら、荒々しく無線機のスイッチを切る。マガジンの残数を確認した。残り4個程度。怪物の相手ならともかく、高速で動き回るドローンに弾を当て続けられる自信はどこにもない。

 

「……あの、俺たち助かるんすか……?」

 

 作業員のひとり、最も若い青年の男性が不安げに話しかけてくる。絶望感と敵への怒りをひた隠しにし、事実と希望的観測を綯い交ぜに述べた。

 

「………すみませんが、作戦司令本部との通信が妨害されています。ですが安心してください。EDFは仲間を見捨てません。付近に展開していた部隊があります。彼らは我々が消息を絶った事を察知し、調査に来てくれるはずです。そうすれば、我々でドローンを殲滅し、皆さんを無事に家へ送れます。ですから心配はご無用です」

「……そう、っすか。良かった……」

 

 脱力して地面にへたり込む青年。隣にいた壮年の作業員らも安心したように壁……というよりはパイプやタンクの基盤部コンクリートなどにもたれかかった。

 

「(もちろん、助けが来る保証はない。あと30分待って助けが来なかったら、俺達ができるのは囮だ……。 ……もしもの時は許してくれ、ケイト…)」

 

 妻の顔を思い浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソ……ドルフィンがこの付近にいるはずだが……よりによってドローンだと……ついてないな」

「隊長、電波が遠くまで届きません。恐らくあのドローンはジャマーとしても機能するのかと……」

 

 通信が取れない。彼が放つ言葉の意味が、機械に詳しくない私にだって、わからない意味ではない。

 事実上の本部との通信途絶。我々は孤立したのだ。

 

「ドルフィン、こちらはチームラビット。聞こえていますか? 付近に存在するなら応答してください!」

 

 ……反応はない。近くにはいないのか?あるいは……。 そこまで考えて、首を振って考えを止めた。必ずドルフィンを連れて生きて帰るのだ。

 ドローンを観察する。相当に飛翔速度が早く、重火器では捉えきれない可能性が高い事が容易に窺える。

 こちらの武装はショットガン、対するドローンは高機動で敵を翻弄するタイプだ。先日もドローンと巨大浮遊空母の攻撃を受けてベース210が壊滅したと聞いている。対空火器の歯が立たない相手となれば、恐らくは機動力に特化した相手。小回りの効くスナイパーライフルが必要だが……。

 

 工業地帯では遮蔽物として機能するものが多い。閉所では、跳弾の可能性を捨てればドローンと少数で戦える可能性はあるが、その場合は付近にいるはずであるドルフィンも巻き添えを食いかねない。手を出す訳にはいかない。

 

 もどかしさが我々を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵の航空戦力ひしめく工業地帯。付近のガスを管理しているだけでなく、地下では水質改善の為の施設がある、地球環境改善プロジェクトと呼ばれるEDF設立4年目に発案・実行されているエリア。

 

「本部、到着したぞ」

『よろしい。ドルフィンとラビットを救助せよ!』

 

 そこに5人の男達がやってきた。

 

「了解。仲間を救出する!」

「ヘッ、そりゃ無理ってもんだ。あの数を見ろよ、俺達だけでやれる数じゃねぇ!」

「弱音を吐くな。仲間を見捨てないのがEDFだ」

「へいへい、わーったよ!」

「軍曹。ドローンの数は尋常ではありません。どう戦えば……」

 

 軍曹と呼ばれた男が敵にライフルを向けたまま思案する。確かに、自分たちの武装は突撃銃。対するドローンは、横方向に拡散する未知の弾丸を5連射し、射程も長い。到底こちらの叶う相手ではないのだが、だが、彼は厄介な事に、誇りあるEDFの一員だった。

 

『軍曹、聞こえるか。円盤に関する情報がある。少佐。説明を頼むぞ』

『わかりました。 軍曹、聞こえていますね? こちら戦略情報部。円盤の残骸を調査した結果、内部に人員などは搭乗していません。つまり敵はドローンです。無人機が相手であれば、やり方によっては少数でも戦えるはずです』

 

 少佐と呼ばれた女性の説明を聞く4人のEDF、その後ろで銃弾の残りを確認する、一人の民間警備員の男。軍曹に武器を渡され、生き延びるために戦えと説得され、彼も軍曹の部隊に合流し、街から街へ移動しながら戦闘を行なっていた。

 

『青く輝くドローンは戦闘状態にありません。周辺の敵を探知するまで戦闘行動を控える、言わば警備モードです。恐らくこの状態では無害な状態である、と推測できます。

 逆に、何らかの条件で警備モードのドローンは赤く変化します。発見した者を追跡・破壊する、殺戮マシーンです』

 

「なるほど。つまり、ドローンが赤く変色しない限り、俺たちに攻撃はされない、ならやりようはある、か」

 

『映像を分析した。そのエリアのドローンは全て警備モードだ。一度に全てを相手するのでなく、分散させ、各個に─────』

 

 本部からの通信が切れる。部下の3人も困惑しているようだ。民間人は驚いた素振りを見せないが、緊張しているのかもしれない。

 

「軍曹、通信が!」

「切れちまった……どうなってんだ!」

「軍曹! 仲間を救出して、はやく逃げましょう!」

 

 通信はともかくとして、仲間がこの付近で身動きが取れない状況はどうにかしなければならない。民間人には他の隊員からの遺品であるボディーアーマーを着せてやってはいるが、先の戦闘と同じように生き残れるとは限らない。

 先刻での市街地戦では、D兵装を装備したウイングダイバーチームや狙撃銃を装備したレンジャー、ハンマーズに加え、対空戦闘型ニクスミサイルキャリアー、アームズの存在もあって、大軍から市民の大半をどうにか守りきれた。

 だがここにいるのは彼らだけだった。小銃兵が4人、民間人が1人、安否すら分からない部隊がふたつ。ドローン数十機を相手するには無謀がすぎるというものだ。だが野放しには出来ない。

 

「お前達、聞いていたな? 少しずつ敵を誘き寄せ、少しずつ撃破する。長丁場になるだろうが、油断はするな!」

「了解! ……!? おい、民間人!?」

「どうしたんだアイツ!」

「そっちは危険だ、戻れ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 軍曹達の言葉を振り切って、狙撃銃を片手に突撃する民間人。最初の一機目に的確に銃弾を命中させて墜落させると、次に警備モードから戦闘モードに変化したドローンへ照準を合わせ、撃墜していく。

 アンチマテリアルライフルKFF50はその構造上ボルトが引きにくく、訓練を受け平時から慣れておかなければ咄嗟の再装填は難しい。だが、民間人はなんの抵抗もないかのようにボルトを引き、薬室に次弾を押し込む。その動きは常日頃から慣れている熟練者の動きだった。

 

「凄い殲滅速度だ……!」

「全員民間人を援護! 近づくドローンを撃ち落とせ!」

「イエッサー!」

 

 民間人に駆け寄りながら、付近の戦闘モードのドローンへ集中して銃撃を加え、2機、3機と撃墜していく。絶え間なく襲いかかってくるが、その数は一貫して5機以内だった。

 よく見れば民間人の照準の先にあるドローンは、群れから離れ孤立しかけている個体ばかりだった。がむしゃらに当てるのでなく、ターゲットを選んで撃っていた。

 

「そっちに行くぞ!撃て!」

「民間人! 俺達が守る! やりたいようにやれ!」

 

 敵に銃を向けたままの背中で軍曹の言葉を肯定しつつ、敵へ攻撃する。何発で敵が落ちるか、どこへ当てれば敵が落ちるか。どこへ撃てば移動中の敵が落ちるか。彼は頭の中で常に計算を続けながら攻撃している。高速飛翔体の予測射撃など、訓練された職業軍人でも難しい技術だ。

 それを何かしらのミスを犯すことも無く、ただ一度も外すこと無く命中させている。それだけでただの民間人ではない技量の豊富さを感じさせた。

 

 

 

 

『……30分、か。民間人の皆さんは我々と反対側へ走ってください! 我々が囮になります!! こちらドルフィン、救援部隊、本部!聞こえているか!? 追い詰められた、建物から出て反撃するッ!!』

『うおぉぉぉーーっ!!!』

 

 

 

 驚いた事に、先に戦闘に巻き込まれていた民間人を保護、隠れていたチームがいた。民間人は彼らの場所を知っているかのように一目散に向かっていく。その間も敵への狙撃を怠らず、的確に数を減らしていく。

 

『民間人!? どこへ行く!』

『多分戦っているチームが見えたんです! 軍曹、行きましょう!』

『俺に続け!民間人を援護し、味方を助けるぞ!!』

 

 民間人だけが頭一つ抜けて離れた位置にいたために味方の通信が聞き取れたのだろう。通信妨害を受けていたと思われるが、それを抜きにしても民間人の迷いのない行動は、軍曹たちレンジャーチームの行動指針となりつつある。

 

『撃て! とにかくこっちに来るやつだけを撃つんだ!!』

『隊長あれを! 民間人が走ってきます!!』

「なに? おい、そこの民間人!! 何をやってる、こっちは危険だ! 戻れ!!」

 

 通信が必要なくなるほどの距離にまで近づいた為、隊長と呼ばれた男が無線機を切ってこちらへ呼びかけてくるが、民間人はそれに対して手をすっと伸ばして静止させると、KFF50でドローンを撃ち抜く。

 続いて追いついてきた軍曹隊が生き残っていたレンジャーチームと合流し、端的に事情を説明する。

 

「ドルフィン、生きてたか! 民間人はドローン撃墜にかけては俺達より上だ! お前たちも手を貸してくれ!」

「民間人が!? 信じられん、が……了解した! ドルフィンはこれより彼に追随し、護衛する! 敵を撃て!!」

 

 上空にアサルトライフルを向け、全員で引き金を引く。敵数が少なくなってきたとはいえ、まだまだ襲いかかってくるドローンの数は多数だ。民間人が積極的に攻撃を仕掛けていくが、数が減るスピードは遅々として進まなかった。

 

「民間人! ドルフィンチームの他にラビットチームがいるはずだ! 彼らとも合流したい、場所が分かったら向かってくれ!」

 

 軍曹の指示に敵を撃ちながらも頷いて答える民間人。するとまた歩き始める。銃を上に向けながら迷いなく敵を攻撃、正確に撃墜しつつも、しっかり足元に何があるかを把握しているように動いて道路へ飛び出す。

 

「撃て、撃てっ!!」

「ドローン、機数6! まだ来ます!」

「叩き落とせ、あの民間人に近づけさせるな!!」

 

 アサルトライフルの鋭角な弾頭がドローンの装甲を削り、撃破していく。爆発と共に原理のしれない浮遊力を失って墜落していったドローンを尻目に、民間人が的確に射撃体勢にあるドローンだけを撃ち抜き、破壊する。

 

『うわぁぁぁあ!! このままじゃ、全滅だぁっ!!』

『こちらラビット、敵にバレました! こうなったら、少しでも多く道連れにしてやります! ラビットチーム、行くぞ!!』

 

 ラビットチームの3人が接近してきたドローンにショットガン・スローターE20の子弾を撃ち込み、破壊する。部下達もそれに乗じて接近してくるドローンを撃ち落として破壊し、道路の側へ走り込む。広いところへ出て敵の注意を引き、可能な限り敵を破壊する算段だったのだろう。

 それによって、偶然か必然かは知れないが、その覚悟によって彼らの命は、大口径対物ライフルを構えるひとりの民間人に委ねられることとなる。

 

「なっ…民間人!? ここは危険です、逃げて!」

「ラビットチームか! 俺たちはドルフィンだ、よく無事だったな! 軍曹が助けに来てくれた。俺達も合流して戦うぞ!」

「了解! ……でも、なぜ民間人が?」

 

 ラビットの疑問を、民間人はまたもドローンを射撃して撃ち落とす事で払拭する。

 

「……なるほど、ただの民間人じゃないということか! 心強いな。 ラビットチーム、あの民間人を支援! 戦闘開始!!」

 

 生存していた両部隊が合流できたことで、近距離での火力が高まり、接近してきたドローンにも余裕を持って対応できている。民間人の精密射撃を邪魔する敵を、仲間で手分けして撃墜する。凄腕の彼がいなければできない芸当である。

 

『い、EDFの人! 俺達、無事に逃げれました! 本当にありがとう!!』

「『構わない! その装備も君達にやる! 仲間と合流したら事情を説明して匿ってもらえ! 私達がここを抑える、安心してくれ!』」

 

 ドルフィンチームの隊長が死亡した隊員の装備を渡して離脱させた民間人が無事に脱出できたことに喜び、そして勇ましく近距離のドローンに弾丸を浴びせかける。

 

「おおぉぉぉーーーーーっ!」

「ウォォォ!!」

「ドローンどもめ、俺たちを倒してみろォ!!」

 

 自分たちを奮い立たせる雄叫びを響かせながら、ドローンを減らしていく。敵の個数がこちらの残り人数を下回ったところで、通信が回復したらしい。

 

『こちら本部、工業地帯で戦闘中の部隊は応答せよ! 何があった!?』

「こちらドルフィン! どうやら敵のドローンは群体として行動する事で、自分たちの電波を放って我々の無線通信を妨害するジャミング波を放出するようだ! こちらは2名死亡、ラビットチーム、及び救援部隊は無事! 繰り返す、ドルフィン2名死亡、ラビットチーム及び救援部隊は無事!!」

『了解した! 状況はどうなっている!?』

「民間人がドローンを次々と叩き落としている! 状況はこちらの優勢に傾いた!!」

 

 ドルフィンが銃声で聞き取りにくい無線に叫ぶように伝えながら、アサルトライフルをドローンに向けて撃つ。

 

『了解した、よく無事だった! 各員は全てのドローンを破壊し、その民間人を街へ護送してやれ』

「了解!」

 

 民間人の放ったスナイパーライフルの弾丸がドローンの装甲を穿ち、敵は爆発を挙げて撃沈する。レーダーにはもう敵影はなかった。

 

「……よく助けに来てくれた。もう死ぬものだと覚悟していた」

「俺達もだ。あのドローンの中でどう戦えばいいかわからなかった。感謝する!」

 

 ドルフィンとラビットの両名が民間人に敬礼し、民間人は手持ちの銃のリロードを行いながら頷く。ヘルメットに付属するゴーグルでその目元は窺えないが、その口元は僅かに笑みを浮かべていた。

 

「凄いぞ、民間人!」

「飛び出ていった時は生きた心地がしなかった……」

「ホントだぜ、まったく!」

「そう言うな。民間人! お前には素質がある。軍に志願するといい。熱烈歓迎だぞ、俺達は」

 

 民間人はそれに親指を立てる。肯定の合図だろうか。わからないが、軍曹は本気にしていないらしい。

 

「フッ、冗談だ。お前はよくやってくれたが、民間人であることに変わりはない。しっかり家へ送ってやるから、安心しろ」

『軍曹、迎えの部隊がそちらへ向かっている。休んでいいぞ』

 

『───これは記録に値する、素晴らしい戦果です。このデータを解析すれば、戦いの流れを変えられるかもしれません』

 

 戦局情報部少佐が安堵したように言葉を発した。

 

 たった一人の民間人に出せる戦果では、到底ありえない。訓練されていない人間がただの一人で訓練した人間が出せる戦果を上回る功績を得るなど。

 本当の事を知るものはただ一人だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『聞こえているか』

 

 

 

 

『よし、繋がった、成功だ。この状況を打開する為のキーが見つかったかもしれない。()と双璧を成す、もう一人の()()()()1()の可能性が』

 

 

 

 

 

 

『私は今回でデータを提出し、参謀に掛け合うつもりだった。だがやはり今回では参謀には掛け合わない事にする。()()がもたらした兵器の開発に力を入れなければ。だから私はギリギリまで先技研(先進技術研究所)で粘る。だから、もし私がしくじった時は……君がやれ』

 

 

 

 

 

 

『ベース229。君のいた場所のひとつ隣と覚えるんだ。私はあれを完成させないといけない。チーズバーガーは()()も飽きさせてくれそうにないな』

 

 

 

 

 

 

『……そうだ。私達が繰り返すうちに、特異点が生まれたんだ。《プライマー》の手の者かと疑ったが、協力的な以上同じ人類として認識を固定する事にした。彼女とはまだ会っていないだろうが、会えばわかるさ』

 

 

 

 

 

 

『歴史改変のリスクを負うには私達二人では荷が重すぎるかもしれない。 ……だが、彼女と私達なら? この仮説を決定的なものとしたい。プライマーの過去改変を上回る何かが、彼女と彼女の乗る機体に、そして君の、どんな戦場でも生き残るイレギュラー性に込められていると、私は信じる』

 

 

 

 

 

 

『ああ、それと……。 君の言う通り、妻は先技研の私の部屋で寝泊まりさせている。窮屈な思いをさせてしまっているが。だが、彼女への変わらぬ愛が、私を奮い立たせてくれる。次こそプライマーへ勝利する』

 

 

 

 

 

 

『君は歴史をなぞりながら、特異点となる彼女と接触してくれ。出来れば、次で決着に持ち込みたいところだな』

 

 

 

 

 

 

 

『……もう切るぞ。アイデアが浮かんできた。君も自由に戦ってくれ。勝った暁には、食事にでも誘おう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………自由に、か」

 

 兵員輸送装甲車、通称グレイプの車内で、通話先の男に《ストーム1》と呼ばれた民間人は呟く。自由に、それはどうすればいいんだろう。

 ストーム1は、彼に教えられてリングの存在を完全に認識してから三回目の《くだんの日》を迎えている。何度戦って何度生き残って何度仲間の死を見届けても。悪夢は繰り返し、そして終わらない。

 プライマーへの変わらぬ復讐心だけが、彼の支えだった。

 

「変わらないよ、プロフェッサー。俺は戦うだけだ」

 

 誰もいないグレイプの中でひとり、決意を固めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








 ストーム1

 !!ERROR!!
 存在しないコールサインです。もう一度ご確認の上、正確なコールサインを入力してくださ%(F/#*$&¥?=+<」:




















 プライマーとの最終決戦の際に活躍したと言われている、幻の特殊遊撃部隊。4つの部隊で構成され、それぞれがEDF内別兵科で最大級の戦果をもたらした、伝説級の兵士達と噂されていた。
 誰もが不可能と考えていた敵母船の撃墜を実行、成功させたただ一つの部隊であり、彼と肩を並べた兵士は全員が生還したという報告すら上がっている。最大の戦果を挙げた部隊であり、母船撃墜直前には北米総司令部への転属が打診されていた。







 しかし、ストーム1でさえ敵母船の砲撃を受け無傷ではいられず、ストーム1を除くストーム2、ストーム3、ストーム4の全滅をきっかけに、怪我のせいで活動さえままならないままある基地の医療施設で眠り続けていた。
 復帰した時、人類は勝利したにも関わらず敗戦後のような絶望の中に生き延びていた。
 生存したストーム1は、同じく生き延びたEDF軍事拠点のひとつ、ベース251に配属される運びとなり、誰にも本来の部隊として認識されないまま、繰り返す度に新兵として戦場に身を投じるはずだった。

 プロフェッサー。
 そう呼ばれた男が話しかけてくるまでは。







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八話 混成部隊


 11.進撃

 初めまして。こちらは戦略情報部分析官、少佐です。
 本日付でアウトポスト89は、他ベースの生存者及び残存戦力を集めた、主要反撃部隊として活動します。

 早速ですが、貴女にも任務を。

 市街地上空に巨大円盤が飛来しました。先日確認された、ベース210を破壊した超大型円盤と違い、攻撃能力は確認されていません。
 ベース200、213、216、228、236の上空に出現したものと同型と見て間違いないため、貴女の所属する部隊をこちらで編成、撃墜に向かわせる作戦です。貴女は尖兵としてできるだけ多くの敵を撃破してください。

 戦力の減少が確認され次第、後方に待機させる複数の混成部隊で敵を完全に撃破。このエリアの制空権を掌握します。




 

 

 

 十日目。

 

 

 

 

 

『メインシステム起動。システム通常モードに移行します』

「最低限の整備はしたけど……まだ動けそうだね」

 

 私はACに搭乗していた。理由はもちろん、出撃命令が下ったからだ。作戦は、市街地に確認された敵円盤の全撃墜。私が反撃の要として機能すれば、それだけ味方の士気も高まるというものだ。この作戦は円盤の撃墜というシンプルな内容以上に、今後のEDFの戦況を左右する重要なターニングポイントだ。

 

『アンヴィル2-1! ……いや、今はコールサインじゃなくて別の部隊名が与えられてるんだったか』

 

 アンヴィルチームの隊長、アンヴィル1が寂しそうな声を出す。短時間とはいえ背中を預けあった仲間だ。そう思うのは当然なのかもしれない。私もそう思うが、彼に慰めの言葉を投げかけた。

 

『寂しくなるな』

「大丈夫。部隊名が変わっても、皆の仲間である事に変わりはないから」

 

 仲間の為に戦うのがEDFだ。それに、私も彼らに世話になった恩がある。部隊が変わった程度で簡単に恩を忘れるほど薄情な人間ではない。

 

『今回、俺達アンヴィルチームの仕事は住宅街で生存している民間人の保護だ。お前と同じ戦場にはいないが、ヤバい時はいつだって助けに行く事を忘れるな。今日も生きて帰れよ』

「了解。 アンヴィル1、ありがとう」

 

 お礼を言って、ACのメインシステムを巡航モードに切り替えた。このモードなら、市街地までオーバードブーストを使っていてもエネルギー切れにはほとんどなる事は無い。腕部や武装類に消費するENを全てカットし、コアに直接繋がっているオーバードブースターにその分を供給するためだ。

 パネル上部のスイッチを切り替え、腕部へのEN供給を断つ。ジェネレータ内のコンデンサには行き場をなくしたENを溜めすぎて爆発事故を起こすことのないよう、定期的な放電処理が行われる。

 

『こちら本部。今回の円盤撃墜作戦に参加する部隊は応答せよ』

『アルファチーム。フェンサー部隊だ』

『こちらブラボー。同じくフェンサー』

 

 フェンサーチームふたつが、私の足元を通ってゲート前に集まる。続いて最新の武装を施したというニクスが3機、集まってくる。

 

『こちらニクス。アーマリー隊。いつでも戦えるぞ』

『アーマリー2、ウェポンシステムをアンロック』

『アーマリー3、システム全て正常』

 

 そのニクスは他のニクスとは違い、専用の武装を装備しあらゆる戦況に対応可能なものだそうだ。ミサイルコンテナや大型の肩部砲は分かるが、両手に持つその武器は今まで見たことの無いものだった。

 レンジャーチームも接近してくる。

 

『こちらレンジャーチームイプシロン。いけるぞ!』

『同じく、チームデルタ! 作戦準備よし!』

 

 スナイパーライフルを装備したデルタ部隊と、ロケットランチャーが数名とショットガンを装備したイプシロンチームが集った。更にウイングダイバーが一部隊近づいてくる。

 

『こちらポスト89所属。ウイングダイバー、スプリガン。作戦に同行する』

 

 ウイングダイバーの中では群を抜いた戦果を誇るという噂の部隊も集まってくる。彼女たちは私のACを見て疑問をそのまま口にした。

 

『これは、新型のコンバットフレームか?』

「残念だけど違う。これはアーマード・コア。私は二日前にここに配属になった。よろしく頼む」

『なるほど……了解した』

 

 私のカメラ、つまりヘッドパーツの眼前まで飛んできたウイングダイバー、スプリガンのリーダーがカメラをノックし、私への質問に答えで返すと、彼女は少しにやりと笑って了解し、下に降りて行く。

 

 今回の作戦にあたって、私の武装も一新している。といっても一部はニクスの流用だが。実弾兵器であるハンドガン、小型マシンガン、及び肩部チェインガンは、薬莢の解析を行ってくれた為に比較的速やかに、アウトポスト付属の工場の一部ラインを私専用に合わせてくれ、エネルギーマシンガンとミサイルを除く全ての武装がもう一度使えるようになっている。

 問題の、エネルギーマシンガンとスモールミサイルコンテナを装備していた右腕部と右肩部だが、これにはニクス用ミサイルポッドとヘビーリボルバーカノンと呼ばれる、大型の弾頭を使用するバースト型のリボルバーカノンを装備する事で問題を解消している。

 

『よし、地上部隊は揃っているな。聞け。君達の眼前にある巨大な戦闘機械、それが君達の為に敵の数を減らす。敵の数が減った事を確認できた際、我々が合図する。合図と同時に大型円盤を攻撃。全て撃ち落とせ』

 

「こちらアーマード・コア。チーム《ラプター(猛禽類)》。私がみんなを守るから、安心して戦って」

 

『噂には聞いた事があるぜ……ベース229が壊滅した時、味方を何人も助けたらしいってな』

『俺も聞いた事がある! なんでもあのデカイのは、本部の最重要機密兵器って話だ!』

 

 下にいる兵士たちが噂をする。どこから漏れ出たのか……原因は分からないが、まあ基地へ入ってきた時に入り口からこんな大きなACが見えていれば、見たことの無い人達はそう思っても不思議はないだろう。

 

『よろしい。ラプター、円盤を破壊した際はそちらのタイミングに合わせる。後方部隊を突入させたい場合はこちらへ要請しろ。いいな』

「こちらラプター、了解」

 

 いよいよもって、この作戦の成否は私の手にかかってくる。今までは傭兵だったから、自分の命に危険が生じるような任務でない限り気楽に戦えたが、今はもう、そうでは無い。

 後ろには守るべき仲間が、その更に後ろには守るべき市民がいる。あの温かい手のお爺さんや、人情味に溢れる仲間達を殺させる訳にはいかない。

 

「ラプターは先行して敵を攻撃する。私の付近には近づかないで欲しい。歩兵は踏んでしまう可能性がある」

『イプシロンよりラプターへ、了解』

 

『こちら本部。現時点を持ってこの円盤攻撃隊をサンダーボルトと呼称する。サンダーボルト隊、円盤撃墜へ向かえ!』

 

 私はそれに頷いて答え、ACの動きでも左手のハンドガンを少し上にあげて、敬礼の意を込める。

 

「巡航型オーバードブースト起動。目標、距離16,300メートル。操縦権限をコムに移行」

『OB、起動開始』

 

 私がブースターを使って上空50メートルに飛び上がると、コアの後部がパカリと開く。実際はそんな軽々しい音ではないが。それと同時にコア後部のブースターユニットにエネルギーが充填されていき、一挙に放出される。

 

 

 

 

 ───私の機体はこの時だけ、空にひとつの光線を描く。巨体でありながら凄まじい推力を以て空を駆け巡る。私はスピードスター。兵士でありながらも、私をまだ傭兵としての存在たらしめる、この高負荷のG。これが、地下を脱して地上の土を踏んだあの時からずっと、心地良かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『すごいスピードで飛んでいくぞ……』

『凄い、あれがアーマードコアってやつか』

『遅れるな! 俺達も続くぞ!』

 

 レンジャーとフェンサーが用意された装甲車グレイプに乗り込み、発進する。ニクスとウイングダイバーは素のスピードが歩兵を上回るため、そのまま移動することになっている。

 

『スプリガンもウイングダイバーのエースだ。今回の作戦、勝ったな』

『油断は出来ないぞ。大型円盤は上部からの攻撃に無敵って話だ。空軍が先制攻撃を仕掛けたが、無駄に終わったらしい』

『怪物を投下して逃げていった、とも聞くぜ。あのアーマードコアですら倒せなかったら、俺達で怪物をやる』

 

 兵士達の雑談は、広域無線を通じて部隊全員の耳に入っている。

 

『安心しろ。アーマリーチームがいる。あのアーマードコアを模して武装構成された、汎用型だ。ラプター程じゃないが、怪物も円盤も俺達が着いてる限り敵じゃない』

 

 アーマリーチームの武装は統一こそされているが、そのジョイントに接続されているものは、両腕部と左右肩部でバラバラだった。右肩部にはミサイルポッド、左肩部には散弾砲と呼ばれる徹甲弾を拡散発射する散弾銃を装備している。

 そしてこれが今回の作戦において初めて試験運用を受ける最新型の装備にして、今回の目玉と言っても過言ではない。

 本部直属の技術研究機関から貸与された、計6基の新型兵器《X-RAYパルス放射機構砲》通称、X-RAYパルスライフル。原理としてはレーザーによって熱する事で発生する高温のプラズマを圧縮し、エックス線を伴う高出力の短射程レーザーを単発発射する、というものである。

 

 スプリガンの隊員が低空を飛行しながら話す。

 

『私達もいる。私達は怪物退治のプロよ、任せなさい』

『地上部隊、あたし達に任せて!』

『我々は独自に戦闘を行う。遊撃として機能する』

 

『スプリガンへ、了解。エースと共に戦えて心強いよ』

 

 輸送車両に揺られながら、あるいは歩きながら、あるものは飛びながら、作戦が始まるまでの僅かな間、雑談を楽しんでいる。

 

 

 

 

 …………はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おい、なんだ……!?』

『レーダーに多数反応あり!』

『上だ!! グレイプ1、急いで後退しろ!!』

『バックだ急げ!!』

 

 車列が後退した瞬間、グレイプ1と呼ばれた車列最前列の車両の目の前に巨大な塔が落下してくる。

 

『なんだコイツは!?』

『離れろ! あれも敵の新型兵器かもしれないぞ!』

 

 焦ってか、後退する部隊を冷静に引き止める女の声。

 

『全部隊、一定距離を維持しろ。ニクスは後方から地上部隊を援護。レンジャー部隊は広く展開し、フェンサー部隊は前衛でレンジャーを守れ』

『スプリガン、アンタ達は!』

 

 彼女達は覚悟を露わにする。

 

『我々は遊撃部隊だ。不測の事態に対応し、その上で全てを倒す。それが使命だ。 スプリガン、ウェポン・システム、アンロック!』

『イエッサー!』

 

 スプリガンが各々の武装のロックを解除するのとほぼ、それは同時だった。気付いた展開中のレンジャーの一人が叫ぶ。

 

『見ろ! 塔から敵が!!』

『う、うわぁぁあ! 撃て、撃てええぇぇ!!』

 

 塔から敵がなだれ込んできたのである。今まで確認されていた酸の怪物に加え、それの赤色種、更には全高が低い多脚タイプの新種までが押し寄せてくる。

 展開を終えた全部隊が一斉に攻撃を開始した。ロケットランチャーや散弾、高火力なスナイパーライフル、ニクスからのマルチロックミサイルなど、あらゆる武装が一斉に敵に襲いかかる。

 

『赤いヤツがいるぞ!!』

『見たことも無い新型がいる、ヤバいぞ!』

 

 粘性の糸らしき物を射出してくるものだけでなく、酸を吐かない代わりに赤い個体がいる。ロケットでもあまり怯む様子がなく、一目散に突撃してくる。ショットガンやロケットランチャーなどの火力を集中させてようやく倒せる、そんな固い敵が出てきたとあれば、焦りが場を包み始める。

 

『本部、応答願います! 本部、応答願います!! こちらサンダーボルト。 作戦エリアまで残り6キロメートルほどですが、現在、敵性勢力の塔に進路を阻まれています!!』

『何!? 円盤への攻撃を開始せねば、市民に被害が……クソッ! サンダーボルト隊は塔への攻撃を行なえ! ラプター、聞こえるか? 応答せよ!』

 

 本部の焦燥が混じった声に応答するラプター。

 

『こちらラプター。どうした?』

『後続部隊が攻撃を受けた。彼らは現在動けない。 単騎で作戦行動に当たれ!』

『ラプター了解。円盤まで残り2000メートル』

 

 ラプターからの通信が閉じ、本部が引き続きサンダーボルト隊の指揮を取り持つ。

 

『アーマリーチームは徹甲散弾の使用を許可する。敵を破壊しろ! フェンサーチームはデクスター自動散弾銃を以て敵の足止めを行なえ!』

『アーマリー1、了解!』

『アルファ了解。レンジャーの盾になれ!!』

 

 フェンサーが盾を構え、デクスターを連射し始める。敵を近づけさせれば、それへの対処で前線への火力供給が絶たれる。そうすると更に敵がなだれ込んで来、それを倒す為にまた押し寄せる敵を放置してでも防衛ラインに入り込んだ敵を倒す必要がある。そうするとまた敵がやって来て──と、それの悪循環だけは防がなくてはいけない。

 

『スプリガン、ファイア!』

『オオォォォーーーッ!!』

 

 スプリガン隊が高速で敵に接近する。上空から真下へ、恐れを知らないかのように降下すると、赤色の怪物へ向けてその武器を向けた。

 パワーランス。ウイングダイバーの精鋭に支給される、至近距離限定で凄まじい貫通力、破壊力を持つ降下翼兵の憧れの対象。

 その瞬間的な火力はロケットランチャーの破壊力にも匹敵し、ダメージの及ぶ範囲が面ではなく点である事から、それ以上の攻撃力を持っている。その青い刀身の切っ先から飛び出た真紅の閃光は、赤色の怪物の甲殻を容易く破壊する。

 

『見ろ! 赤いのを一撃で仕留めてる!!』

『さすがスプリガンだ…俺達も続くぞ!』

 

『アーマリーチーム、徹甲散弾発射用意よし。スプリガン隊、射線から離れろ!!』

『スプリガン、上昇!』

 

 アーマリーチームの合図でスプリガンが一斉に上空へ退避する。それと同タイミングで横に散開したニクスが、その肩部に搭載された大型散弾砲を一斉に発射する。ニクスに搭載しなければ運用が難しいほどの兵器は、その火力と貫通力を以て射線上の敵、怪物の生体反応をレーダー上から抹消した。

 

『なんて火力だ……!』

『こいつは試作型だ、冷却と再装填まで時間がかかる。 パルスライフルに切り替えろ!』

 

 ニクスの散弾砲薬室から、凄まじい煙が吹き出している。どうやら発射すると膨大な熱量のせいで冷却しなくてはいけないらしい。大火力を吐き出したニクスが両手の武装に切り替え、()()を構えた。

 

『アーマリーチーム、X-RAYパルスライフル速射開始!』

『パルスライフル発射!』

 

 ぴしゅん、と、まるで水鉄砲から水が勢いよく飛ぶような軽快な音を立てたパルスライフル弾は、赤い怪物の甲殻を瞬く間に融解させていく。

 

『レンジャーチーム!! パルスライフルはオーバーヒートまであまり長く持たないらしい! これが終わったら前線の敵を頼む!』

『任せろ……!! 各員、リロードを挟んでおけ!! フェンサーチームはニクスがオーバーヒートした時に備えてくれ!』

『アルファ了解!』

『ブラボー、既に準備できている!!』

 

 X-RAYパルスライフルの弾丸は単発式だが、引き金を引き続ける事でヒートから復帰次第次弾を発射する事が可能であり、擬似的なフルオート射撃を行える。敵を倒し、大軍を倒す上でニクスは重要な火力拠点と言えた。

 

『X-RAYパルスライフル、オーバーヒートだ! 地上部隊、スプリガン、頼むぞ!!』

『撃てぇぇぇぇええっ!!!!』

 

 グラントM31を構えるレンジャー隊長の射撃と、彼の雄叫びが皮切りとなって、全ての隊から放たれる弾幕が敵へ強襲し、効果的なそれらは怪物の一切を寄せ付けない。スプリガンが上空から急降下し、怪物たちにとってのタンクの役割を果たしている赤色の怪物を攻撃し、絶命させていく。

 攻撃は有効なままなのだが、数は一向に減る気配はない。

 

『どうなっている? 敵が減らないぞ…!』

『隊長、塔です!! 思い出しました、あの塔はただ怪物を出すだけでなく、無限に転送させるんです! そのせいでベース209とベース228、アウトポスト39が壊滅しています!!』

『何だと…!? スナイパー、塔を撃て! 破壊しろ!』

 

 狙撃部隊デルタが塔に攻撃を加えるが、装甲が堅牢である為か破壊できる気配が一切ない。

 

『やってる! クソ、弱点はどこだ!!』

 

『こちら本部、戦略情報部が塔の破壊方法を解析した!』

『塔の上部分を撃ってください。装甲に守られておらず、また敵の転送装置でもあります。恐らく、装甲で覆ってしまうと転送が難しいのだと推測されます』

 

 それを聞いたデルタチームの一人が、塔の上方にある桃色の結晶のようなもので出来た部位を攻撃する。結晶が細かいガラス片のように削れていく。

 

『効いてるぞ! 全員、塔の上部分を撃て!!』

 

 デルタチーム全員が火力を集中させ、塔を破壊しようと上部を攻撃し続ける。

 

『こちらアルファ! 弾が切れた、リロードする!!』

『ブラボー、俺達もリロードだ!』

 

 フェンサーチームがリロードの体勢に入り、シールドを前に押し出して展開し、敵の攻撃へ対して構える。

 

『隊長、プラズマコアがっ!?』

『オーバーヒートか……お前は徒歩で下がれ。容量が限界のものはレンジャーチームより後方に待機せよ』

『隊長は!?』

『私はまだ余裕がある。行け!』

 

 攻撃を続けていたスプリガン隊の隊員も、隊長及び副隊長を除き全員が離脱する。苦し紛れにマグ・ブラスターのカートリッジ内に残るビームを全て撃ち切り、走って撤退する。

 

『隊長、我々もそろそろ……くっ!?』

『お前も下がるんだ。私だけで赤色を撃破する』

 

 副隊長がウイングに被弾したのを見逃さず、隊長が撤退指示を下す。そのまま降下してパワーランスの一撃を赤色の怪物に叩きつけ、流れるように二体目、三体目の敵を破壊する。

 

『凄いぞ、あれがエース部隊のリーダーか…!』

『彼女達の頑張りを無駄にするな!! デルタはアンカーを破壊! 俺達とイプシロンで敵を抑える! ニクス、オーバーヒートはどうなっている!!』

『十秒待て! 無理に撃つと銃身が破損する!!』

 

 デクスター自動散弾銃のリロードが完了したフェンサーが、怪物の群れに向かって撃ち続ける。そのうち肉薄してきた一匹の糸発射型が、フェンサーに糸を吐きかける。

 

『うわぁっ!? い、糸に絡まった、助けてくれ!!』

『アーマーが融解してるぞ!! 動きを拘束するだけじゃない、糸で獲物を溶かそうとしてやがる!!』

『盾を構え続けろ! レンジャーがこれにやられれば一撃であの世行きだろうが、フェンサーなら多少は耐える!!』

 

 フェンサー隊が更に前進し、盾を構え、さながら古代ギリシアのファランクスを維持するかのような隊形で敵ににじり寄りつつ、攻撃を続ける。

 レンジャー隊イプシロンがそれに随伴し、フェンサーを襲う敵を排除する。デルタチームは逆にニクスへ随伴しながら、プラズマコアがオーバーヒートしたスプリガン隊の隊員を庇うように立ち、塔を攻撃する人員とフェンサー隊やイプシロンに接近する敵を叩く人員に分かれ、撃ち始める。

 

『こちらラプター。円盤には攻撃が通用しない。下方部に赤いものが見えたが……接近するには怪物の存在が厄介だ。怪物を足止めするため、増援を要請したい』

『本部よりラプター。増援を出す事は難しい。サンダーボルト隊へ空対地攻撃機を向かわせた。サンダーボルト隊の到着まで粘れ!』

『ラプター了解。 ……くっ! 離れろ!』

 

 サンダーボルト隊が一丸となって敵の群れへ攻撃していく。段々と勢いが弱まってきており、フェンサー隊に敵が肉薄する事態が増えてくる。

 

『クソォ、これ以上は……!! ニクス、急げ!!』

『散弾砲発射可能、しゃがめ!!』

 

 足元にいたレンジャー、スプリガン隊以外の全ての隊員が姿勢を下げ、まだ戦闘を継続しているスプリガンリーダーは上空へ退避する。

 

『徹甲散弾、次弾発射!!』

『発射!』

『発射!!』

 

 二度目の散弾砲が放たれ、その全てが効果的に敵を貫通し、薙ぎ払う。

 

『オーバーヒートだ! 各員パルスライフルに切り替えろ、独自に敵を削れ!!』

『了解! X-RAYパルスライフル、ファイア!!』

 

 フェンサー隊、イプシロンチームが立ち上がり、攻撃を続行する。しかし敵の勢いは増し続け、フェンサーが押され始めた。

 

『近いぞ、撃て!!』

『来るな! ヤツを倒せ!!』

『フェンサー、イプシロン、後退、後退しろ!!』

 

『こちらスプリガンリーダー、コアが限界を迎える。少し下がらせてもらうぞ』

 

 パルスライフルの掃射、スナイパーライフルの攻撃、ショットガンの直射、そのどれも敵の数を減らしはするが、勢いを削ぐに至らない。スプリガン隊が完全離脱してしまうと、その兆候は顕著に現れてきた。

 

『うわぁぁぁああっ!?』

『アルファ3がっ! そいつを下ろしやがれ!』

 

 フェンサー隊の隊員が赤色の怪物に噛みつかれたのだ。噛みつかれた隊員は振り回され、銃を向けて撃つことが叶わない様子で、それを仲間が助けようと撃つ。

 

『ぐぁぁぁああっ!!』

『ぎゃぁぁ!!』

 

 それに気を取られたブラボーの隊員が横から迫ってくる糸型に攻撃され、糸でシールドとアーマーが溶かされる。

 

『戦線が崩壊し始めてる……!! スプリガン、まだか!!』

『翼がイカれた、攻撃不能!!』

『コア、リチャージまであと20秒!!』

 

 スプリガンの隊員が焦ったように叫ぶ傍ら、イプシロン隊の一人、イプシロン4がフェンサーを助けようと前進し、射撃する。パワードスケルトンが過剰な熱量のせいで、まるで加熱したフライパンのように熱い。だが、それを気にも留めず銃を担ぎ、倒れそうなフェンサーを抱え込んでどうにか両手で持ち上げた。

 肉の焼ける音がする。

 

『やめろ……放熱でスケルトンが熱を帯びてるんだ。 お前、火傷したいのか!?』

『俺が火傷するぐらいなんだ、仲間を見捨てないのがEDFだ!! 立て、生きて帰るぞ!!』

 

 痛みを隠しながらスケルトンを支え続ける。

 

 フェンサーはスケルトンに過剰なダメージが及ぶと、外殻を内部からの熱によって加熱し、金属片や弾丸を可能な限り弾くための機構が搭載されている。

 同時にスケルトン内の人員に対しては熱が及ばないよう、ラジエータ及び、スケルトンの至る所に存在する無数の冷却口から供給される冷却水がスケルトン内を巡り、冷却されるのである。

 だからこそ、イプシロン4のやっている事は自傷行為にも似て、危険な行為だった。だが、そのおかげで倒れそうだったフェンサーは早期に復帰できた。

 

『イプシロン4、感謝する……この怪物どもめ、仲間を危険な目に合わせたこと、後悔させてやる!!』

『ぐっ……大丈夫だ、俺はまだやれるぞ!!』

 

 イプシロン4もそれに続き、立ち上がる。しかし直ぐに跪いてしまい、武器を持つことが出来ない。痛みが邪魔をしてしまうのだ。

 

『イプシロン4、大丈夫か……っ!? うわぁぁぁ!!』

『隊長! うっ、うわぁぁああ!?』

 

 仲間が噛まれて、あるいは糸に蝕まれていく。ショットガンを手に取るが、立ち上がれない。人間は痛みに弱い、気が昂って忘れていたとでも言うのか。イプシロン4が自分の無力さに嘆いた時、その()()は起きた。

 

『《こちら戦闘爆撃機カムイ《スカイルンバ1》。ピンポイント爆撃を開始する。さて、ウチの愉快なバカ共をいたぶってくれたのはこいつか?》』

 

 爆撃機、スカイルンバ1から放たれた10個もの280キログラム爆弾が飛来し、塔の前方に布陣していた怪物の群れを一挙に薙ぎ払ったのである。

 

『うお、おおっ………オオーッ!!』

 

 戦場のあちこちから喜びの声が上がる。

 

『こちらスカイルンバ1、間に合ったようだな。……おおっと? どうやらまだ、ボムベイの中に残飯があるらしい。本部?』

『構わん。奴らは大層腹が空いているようだ。残飯だろうと遠慮なく喰わせてやれ!』

 

 了解(ウィルコ)。笑いながら言ったスカイルンバ1が去っていく。

 

『こちらスカイルンバ1。反転し、塔に攻撃を仕掛ける。地上部隊はレーザーマーカーでポイントを指定してくれ』

 

 スカイルンバ1はそう言うと、速度を上げて直進後、機体を反転させる。デルタチームの隊長が塔の上部、転送装置部分にポインターを当てると、スカイルンバ1は真っ直ぐ塔に向かって直進する。

 

『スカイルンバ1、ターゲット了解。残飯処理を開始する』

 

 高速で飛翔し、ボムベイに残っている280kg爆弾の全てを直撃させる。途中でスピードを極端に落としながら急降下することで、連続射出される爆弾を一点に命中させる危険なテクニックだ。

 塔が直撃を受けた事で、塔の上部にいた怪物の諸共弾け飛び、凄まじい爆炎を挙げる。着実にダメージを与えていたものの決定打が足りず、弾数に余裕が無くなってきていたタイミングでと塔破壊である。士気は高まり、残った怪物を殲滅しようと、すべての部隊が前進して敵を攻撃する。

 

『報いを受けろ!!』

『俺達EDFに勝てるものかよ、怪物風情が!!』

 

 スカイルンバ1が去っていき、エリアを完全に制圧した。

 それと同時に、通信が入る。

 

『こちらラプター。敵の弱点が判明した。円盤は装甲下部が開いた際、転送装置を起動するようだ。転送装置には装甲が無い。これを攻撃し、既に6機破壊している。残りも私が片付けられそうだ』

 

 先行しているラプターが敵をほぼ殲滅しているらしい。幸いな事に戦力はAC一機で事足りたようだ。

 

『ラプターへ了解。こちらは負傷者が多い為、無事な者以外は退却する。すまない』

『構わない。ニクスの新型武装は使えた?』

『ああ、敵をマグマみたいに溶かしていった。火力だけならACレベルで強力そうだ』

 

 ラプターはそれを聞いて安堵し、敵への再攻撃を開始すると伝えて無線を切る。

 奇襲を受けたにも関わらず、死亡者が出なかったのは幸運だった。フェンサー隊の盾としての役割、スプリガン隊という主要火力、ニクス隊の爆発力、レンジャー隊の総合火力、そのどれが欠けても大きな犠牲が出ていただろう。

 それを生き延びたのは、他ならぬ勇敢なEDF隊員の証明であり、彼らはまたひとつ場数を乗り越え強くなった、優秀な兵士となったのである。

 負傷者をグレイプに載せている作業中に、再度通信が開かれる。相手はラプターのようだ。本部が応答する。

 

『こちらラプター。このエリアに飛翔していた全ての円盤を破壊した。怪物も全て倒している。作戦は完了した、帰還する』

『こちら本部。ラプターへ了解した。全員よく生き残ってくれた。帰還しろ』

 

 戦いを終えた開放感、達成感、そして死と隣り合わせだった緊迫感と高揚感は、彼らが基地に辿り着いて数時間たってなおも続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『少佐。この成果をどう捉える』

 

 

 

 

 

『興味深い、と言うべきでしょう。ラプターが単独で6機もの円盤を破壊したこと。そして、サンダーボルト隊がビークルと歩兵の共同戦線によって杭を破壊、死亡者を出さず生還したこと。どちらも検討するべき情報です』

 

 

 

 

『なるほど。 この戦果、結果的な生存には爆撃機カムイの存在も大きいと思うが、それはどう考えている?』

 

 

 

 

『無論、カムイが間に合わなければサンダーボルト隊の損失は結果として大きくなっていたでしょう。今後、混成部隊の検討及び空軍所属期の陸軍転属についても考慮する必要がありそうです』

 

 

 

 

『であれば、手は早い方がいい。私が根回ししておく。各戦局分析官に掛け合ってくれ』

 

 

 

 

『協力、感謝します』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 

 

 

 

「民間人、無茶だ!!」

「円盤の下に行くな、死ぬ気か!」

 

 一人の男が、ロケットランチャーを片手に円盤の真下へ走り込む。そこで停止した民間人と呼ばれた彼は、円盤にロケットランチャーを向けてじっと静止する。

 

「いや、待て……。民間人はドローンへの対処を知っていた……。今回のは、真下へ行く事が対処の方法なのか?」

「だとしてもあそこは危ねぇ! 怪物が降ってくんだぞ!? 民間人のやつ、死ぬ気だぜ!!」

「いいや、あいつは死ぬ気はない。俺達も円盤の下へ向かうぞ!!」

「軍曹、無茶です!」

 

 円盤の真下で待機する民間人の近くへ走る軍曹と、それに続くように部下達が接近した。それと同時に円盤の下部装甲が開く。

 

「ほら見ろ、開いた! 怪物が降ってくるぞ!!」

「民間人が攻撃してる、俺達も続くぞ!!」

 

 民間人に続き、軍曹達がアサルトライフルを上空に向け、円盤の中を目掛けて攻撃する。軍曹は円盤のその中身に気付いたようで、集中的に火力を向けている。

 そうすると、民間人のロケット弾の着弾と同時に円盤が大きな爆発を起こし、地面へ向かって降下……いや、墜落していく。

 

「おい、真上に落ちてくる!」

「退避だ、民間人、着いてこい!!」

『こちらスカウト! 円盤が火を噴きました! 墜落していきますっ!!』

 

 スカウトが遠方から円盤を偵察していたらしい。山間部で大きな爆煙を挙げた円盤は地面へ墜落し、一際巨大な、周囲が一瞬輝く程の大爆発を起こして粉々に砕けた。無事に退避していた4人は、民間人を囲んで喜びの声を上げる。

 

「す………すげぇ、すげぇぞ、民間人!!」

「まさか、装甲内部が弱点とはな!」

「凄すぎます! ですが、どうして……」

 

「なるほどな……奴らも、本来怪物を投下するための輸送機だ。まさか投下ポイントの真下に位置して攻撃してくるとは、夢にも思っていなかったんだろう」

 

 円盤が消えた空を見ながら軍曹が呟く。民間人が隣に立って、同じように空を見つめる。部下達も同じように空を見上げるが、その姿勢は多様だった。しゃがみ込んだ者、立ったままの者、アスファルトに座り込んだ者。

 

「綺麗な空だ。俺達はこの綺麗な空、地球を守らなければならない。……民間人、俺達はお前を必要としている」

 

「軍は歓迎するだろうぜ」

「ここを抜けたら、伍長の所に行くといい。手続きしてくれるはずだ」

「もし入ってきたら欠員の枠に後輩が来るっていうのに、まるで先輩面ができないな」

 

 冗談交じりで話し、笑う。民間人が一際大きく頷くのを、軍曹は喜んだ。

 

「フッ……よし! 今日からお前は俺達の部隊に所属する、いいな!」

「やったぜ、これで百人力だ!!」

「頼もしい仲間が増えたな」

 

 全員でガッツポーズを取る。ライフルや拳を天に掲げるように。地球を守るという決意の表れであるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 








 戦闘爆撃機カムイ

 コールサイン、スカイルンバ1。ボムベイの容量は決して多くないが、装填機構の簡略化および飛翔速度の強化により、要請を受けてから戦場まで短時間で到達可能であり、素早い火力展開が可能である。基本カムイの所属は空軍であり、戦場への火力支援は要請コードを知るエアレイダーしか要請できないのだが、このスカイルンバ1、及び姉妹機であるスカイタンゴ1、スカイサルサ1の3機はEDF関東方面陸軍試験部隊の所属である。
 理由としては、現在空軍ではなく陸軍に爆撃機を所属させた際に、如何に効率的な連携攻撃が行えるかの基礎実験中であるため。
 そのため本部の指示があれば、エアレイダー無しで速やかな火力支援が可能であり、これが結果的に、サンダーボルト隊全員の命を救う事となった。



 サンダーボルト隊

 第12突撃歩兵小隊、第2狙撃歩兵小隊、第3・第6装甲歩兵小隊、試験運用型コンバットフレーム・テストチーム、輸送専用グレイプ12両、特殊作戦降下翼兵隊・スプリガンの、計6部隊+グレイプ12両で構成された攻撃部隊。
 近距離、及び遠距離での効果的な攻撃能力を重視し本部とアウトポスト89基地司令の判断で結成された攻撃隊である彼らは、円盤へ対する部隊としては非常に効率的であった。
 しかし、母船から射出されている塔、通称転送装置に運悪く遭遇してしまい、予想外の防戦を強いられてしまう。しかし近距離での高い火力、装甲歩兵二個小隊の奮迅により、少ない負傷者数での撃退に成功する。
 現在、戦略情報部によって、複数の歩兵部隊と少数のビークル隊による混成攻撃部隊の実験的な運用を立案中。その判断に、彼らサンダーボルト隊の功績は大きい。



 ラプター

 アンヴィル隊の指揮下を外れ、その高い戦闘能力を活かす為に遊撃兵として新たに任命された、アーマード・コア隊。隊とはいうものの単機であり、ラプターの役割はピンポイントでの目標攻撃から敵部隊の掃討など、多岐に渡る。
 ラプターは猛禽類を意味し、制動性の高さ・瞬間的な火力の充実さを活かした遊撃兵に相応しいコールサインであるとして、本部が直接命名する。
 たった一機で作戦行動に従事するのは危険はないか、という議論が分析官及び本部の間で交わされていたが、防衛対象と攻撃対象を速やかに行き来できるほどの機動力と、単機で敵の一団を撃破できるほどの継戦能力・火力を高水準で両立できているのはラプターを除き他には無いとの判断で、単独作戦部隊として任命された。



 アーマード・コア

 ベース229に新型兵器が移送されてきた、という噂から始まり、結果的に情報分析官や戦線の兵士らに広く知れ渡ることとなった、アウトポスト89所属機動装甲部隊の主戦力。出自が兵士達に知らされておらず、その正体は、未来から来た人類側の最終兵器、敵性勢力側だったが裏切ってこちらに付いた人型機械生命体、あるいは総司令部が極秘裏に開発していた最新兵器ではないか、という噂ばかりが広まり、不確かなもの。
 いずれにせよ人類種の希望であるとして、本部はその扱いを中尉クラス、いわゆる前線部隊司令官にまで引き上げるべきか否かを検討している。


 


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九話 折れた黒翼




 ──TITLE
 お久しぶりです。

 ──SENDER
 戦略情報部分析官少佐

 貴女のラプターとしての活躍から、六ヶ月が経ちました。あの時、全く同時に別エリアで確認された円盤撃墜の報告は、貴女と別働隊が保護するあの民間人の他にはありませんでした。
 ……あの情報によって多くの命が救われ、戦局は好転したかに思えていました。ですがそれは、我々のぬか喜びに過ぎなかった、という事です。

 それと知っての通り、幾つかの名称が更新されました。

 酸の怪物をα型、その赤い変異種を強化甲殻α型。糸の怪物をβ型。大型円盤をテレポーションシップ、塔をテレポーションアンカーと呼称。そしてこれらを投下、今もなお攻めの手を緩めない敵性勢力を《プライマー》と命名しています。
 プライマーはテレポーションシップによる各地への攻撃を続けていますが、現状はどうにか撃墜に成功し、防衛を続けられている地域が大半を占めています。

 これらは貴女や、貴女とほぼ同時期に活動していたとある部隊の活躍によって得られた情報による成果です。

 ……我々は、勝利を諦めません。

 貴女も、どうかそのつもりで。








 

 

 

 

 

 

 

 春。

 

 まだ残る寒さが、私の肌を貫くように突き刺してくる。宿舎で目が覚めた私がやる事というのが、ぬるま湯で顔を洗って外に出る事だ。暖かいお湯で顔を温め、外の冷たい外気で冷やす。このルーチンをこなすとすぐに目が覚める。

 端末内蔵機能の時計を見る。まだ朝の5時だ。起きて訓練している隊員もいるが、そういった者は趣味で体を動かしているごく一部だけだ。ほとんどの仲間はまだ睡眠の中にあるだろう。

 

 ……先程、今朝届いていたメールを読んだ。

 

 戦局が一進一退の攻防を続けてから六ヶ月が経過している、と見た時、どうしようもなく虚脱感に駆られた。

 この六ヶ月間、戦いをやめた時は無かった。24時間を戦い続ける事もできない訳では無いが、一日で体が限界を迎える以上どうしても休む必要はある。だからこそ、私が休息を取っている間に出撃した部隊を宿舎の窓からこっそり見送るのだが、帰ってきた時、その数が見るからに減っているのを見て、私が悔しがるのをみんなで慰め、共感してくれた事も一度や二度ではない。

 

 怒りに身を任せれば、その身を滅ぼす。私は戦場で敵討ちを狙った勇敢なヘリパイロットをひとり、知っていた。その男は敵だった。仲間の恨みを晴らすべく、退却するACへ2機で挑みかかり、その後は杳として知れない。そういうことなのだろう。

 

 だから、私が出撃した時は味方を誰も殺させはしない。散っていった仲間達の無念を晴らすために、なんて綺麗事は吐かない。ただそこにいる人を助ける為だけに戦い、恨みつらみを奴らにぶつけるのは、帰ってきて自分の部屋に入ってからだった。

 なのに。

 

 ……戻ろう。

 まだ昨日の疲れが取れていないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二日前

 

 

 

 

 

「ッ…くそぉ……くそおっ!!」

「ラプター、落ち着いて……大丈夫。大丈夫だから」

 

 彼女は怒りを、自分にぶつけていた。それが見ていられなくて、這う這うの体で戦場から帰還した私は彼女を抱きしめる。

 

「………ごめん、お姉さん」

「ううん、いいの。私や、死んでいった仲間の為に怒ってくれているのはわかっているもの」

「……………うん」

 

 彼女は強い。それこそ、ひとたび戦場に出れば敵を全て薙ぎ払って、同行する部隊に死者を一切出さず帰還させる。その姿が正に天使とすら呼ばれている程。だからこそ、自分がよく知る知り合いの死が許せない。彼女はそうして怒るのだ。

 

「私も悔しい、だけどね。私は貴女を死なせない為に戦うの。貴女の命は、もう貴女だけのものじゃない」

「うん……」

 

 悔し涙を流している。

 

「優しいね、レイヴン。貴女は」

 

 私の、焼き切れて包帯が巻かれた左足()()()()()を見て彼女は更に涙を流す。私がアウトポスト89の医務室に運ばれた時、彼女は慣れない手つきながらも私を必死に介抱してくれた。

 

「ごめんね。久しぶりに会えたのに」

「………ううん。 ……お姉さんが生きててよかった」

「……ありがとう」

 

 そんなこの子を優しく抱きしめてあげることしか、私にはその他の何も、してあげられそうにはなかった。

 私はこの子にペンダントを渡そうと、首元に手を伸ばし、ペンダントを外してラプターの首にかける。

 

「これは……?」

「今回の作戦で、貴女を守りたいと息巻いてた人達で作ったもの。写真が入ってるの…」

 

 ラプターがそれを開く。中には、戦局が一時的に好転した六ヶ月前、ベース266で抗戦を続けていた私達残存戦力のみんなで撮影したものだ。

 みんな噂だけで、未来からやって来た人類の最終兵器の存在を話していた。私だけがその正体を知っていたが、それを敢えて言わなかった。全員でその人類の希望に生きて会おうと、決意を固めるための写真を撮影したのである。

 あるものは手帳の最初のページに。一人はキーホルダーに、一人は愛読する本の栞に。そして私はペンダントに。そして生き残ったのはペンダントと、ごく小数の記念品、その持ち主だけだった。

 そして二日前、大量のテレポーションシップが、しぶとく抵抗を続ける私たちの上空へ、突如として飛来した。

 生き残った兵士達は少ないが、それでも生きてアウトポスト89に帰還できたのは、突如ベース266にやってきた軍曹達と、彼らが護衛する新兵の活躍に拠るところが大きい。

 

 あの時。基地に大型円盤……テレポーションシップが多数飛来してきた時だ。私達は幾度となく補給と前進を繰り返し、テレポーションシップの撃墜と負傷者の収容を続けた。

 無数に落とされる怪物。倒しても倒しても終わらない仲間の死。下で溶けていく勇士達に、翼をもがれ墜落していく戦友達。傷を負い、なお銃を取り立ち上がる負傷兵達。我らの世界には奴らを入れはしない、そう決意し勇敢に立ち向かう仲間達。あの戦場では、みな等しく愚者であり、生きる事に貪欲であり続けた。

 

 私は彼女を……レイヴンを抱き、気付かれないようにひっそりと涙を流した。この身を案じてくれる、彼女の人となり。その優しさに触れて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 39.巨船直下

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 映写機を後ろに。スクリーンを前に。その間に挟まるように、兵士達が座っている。彼らのうちの一人は、部屋に置いてあるラジカセを動かして、ニュースを聞いていた。

 

《───続いては、戦局報道です。本日未明、EDF陸軍歩兵部隊が大阪の市街地上空に接近した大型円盤4機の撃墜に成功、また北海道でも同様に6機の大型円盤を撃墜しました。また、市街地での戦闘時は、自宅ではなく近隣に設置されたシェルター内に避難する必要があります。シェルターには備蓄物資が大量に保管されており、これによって中の市民の皆様は、数ヶ月間を飢えずに生活する事が可能と────》

 

「ブリーフィングが始まるぞ。ラジオを止めろ」

 

 彼が流していたラジオを止めるよう、隊長が指示する。隊員がラジオの電源を切ると同時に、ブリーフィングルームの中にある投影機から光が放たれ、そこに地図が表示される。映像を中継しているようだ。

 

『よく集まってくれた。我々はプライマーとの戦闘において、とある二人の兵士のおかげで度重なる戦果を挙げる事に成功している。だがそれは、地上を怪物で覆い尽くして攻め込み、なし崩し的に制圧する……という敵の第1プランを妨害しているだけに過ぎない。よって本日行われる作戦においては、現状の膠着した戦況を打破する為の作戦行動を実行。君達には、その先駆けとなってほしい』

「なるほど。 で、それは一体なんです?」

 

 隊長がコーヒーを飲みながら尋ねる。

 

『それは、マザーシップ・ナンバー7への威力偵察である』

 

 市街地が表示され、そこにはマザーシップ下部のドローン射出口から無数の円盤が出現している奴の姿があった。マザーシップは、その装甲や輸送能力、ベース210へ攻撃を行った際に見られたように、深緑色の閃光を放つ爆弾を放射して攻撃を行う。その非常に高い対地攻撃能力から、撃墜はおろか接近さえ難しいという結論に至っている。

 

「マザーシップ、か……ついに始まるのか」

 

 そのためだ。

 彼等が集められた理由は他でもない。このレンジャーチームは、このアウトポスト89に所属する歩兵部隊の中では群を抜いた戦果を誇っている為である。

 ラプターの六ヶ月前からのテレポーションシップ撃墜数、アンカー破壊数には到底及ばないが、この対テレポーションシップ特殊編成陸戦歩兵部隊・スティングは、10人編成の部隊であり、通常のレンジャーチームと違って怪物よりも更に巨大な敵、すなわち大型円盤を撃墜する為だけに設立された部隊である。

 

 4人のスナイパー、5人のライフル兵、そして対戦車猟兵の隊長による熟達であり同時に的確な攻撃は、この一部隊のみでテレポーションシップを一度につき2隻までの破壊を可能とした。

 人員の入れ替えが多少ありながらもたった10人でテレポーションシップを累計17隻撃墜してきたという実績は、彼らスティングチームをマザーシップ威力偵察の第一部隊に任命するには十二分であった。

 

『今朝7時56分、東京上空にマザーシップの存在が確認された。奴らは制空権を維持し、空軍ですら手の出しようがない超高高度での移動を行っている。今回、マザーシップが上空を移動するタイミングを情報部が割り出している。ここだ』

 

 本部の腕が少しスクリーンに映り、地図上の市街地北部にマーカーで大きな赤丸が描かれる。このエリアにマザーシップが降下する確率が非常に高いと思われる、という事だろう。

 

『マザーシップがこの市街地を次の攻撃目標に指定している可能性が非常に高い。接近時にはドローンが応戦してくるはずだ。ニクス・ミサイルガン、ネグリング自走地対空ミサイル、及び対空戦闘チームスピット、近接戦闘チームフレイムが現地で合流する』

「了解した」

 

 了承に反応して本部が次の写真を投影する。部隊構成が映し出されており、そこには歩兵がスティングチームを含んだ30名、ニクスが4機、ネグリングが6両、そして()()()()()()が確認できる。

 

『今作戦にはアーマード・コア……コールサイン、ラプターも同行させる。彼女らと共同して任務に当たれ』

「ラプター、あの大型新人か」

 

 隊長はその姿を思い浮かべる。巨大な二脚型の戦闘兵器。武装位置こそはニクスと似ているが、その大きさ、そして速度はニクスとは桁違いのものだった。この六ヶ月間まだ共闘したことは無かったが、それでもあの飛行速度に大型の武装の数々。そしてそれを手足のように使いこなす、幼い少女。()()()()()()()自分の娘と同じぐらいの年齢だというラプターだが、その彼女の戦績は最近凄まじい活躍を見せるスーパールーキーの次点という目覚ましさだ。そんな彼女と肩を並べて戦える。

 

 兵士なら。戦士なら。勇士と共に戦える光栄は身に染みて余りあるというものだ。

 

『マザーシップの威力偵察では、接近時、攻撃時、敵殲滅時にどのような反応を見せるかを調査する必要がある。現地到着後のデータ収集は、戦略情報部が引き継ぐ。君達は油断せずに戦闘を行え』

「了解」

『質問のある者はいるか?』

 

 無言を貫く。

 

『では以上。健闘を祈る』

 

 本部からの映像共有が終了し、部屋の電気が着いて明るくなる。

 

「よし、スティング隊起立! 同行する部隊と合流。マザーシップの到達までに現地へ移動!」

「サー、イエッサー!!」

 

 全員が即座に席を立ち、各々の武器を取りに武器庫へ向かう。隊長が最後に部屋の鍵を閉め、同じように武器庫へ走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『《基地に侵入者!繰り返す、基地に侵入者!! 地下勤務の戦闘員は直ちに迎撃!!》』

 

 武装確認の最終段階に入ったところでスティング隊の耳に入ったのはけたたましい警告音だった。アウトポスト89の地下に怪物が侵入したのだろう。

 

()()か……今週で何度目だってんだ!?」

「プライマーども、ここが人類の反撃拠点と踏んで攻撃を繰り返してやがる」

「俺達にはスプリガンがいる。高所も閉所も敵無しだ」

 

 弾を込めたマガジンをポーチに差し込み終えて、全員が部屋を出る。地上からこちらに入ってきた部隊がスティングチームに話しかける。

 

「マザーシップへの攻撃を始めるんだな」

「そうだ。こっちは任せておけ。帰る場所の安全確保は任せたぞ」

「フッ、任しとけよ。こう見えても俺は、一人で20体の怪物を仕留めた! 奴らも同じように焼肉にしてやるぜ」

 

 軽口を叩きあって、互いに背を向けて走る。片方は地下へ、もう片方は地上へ。戦場の違う彼らだが、EDFである以上、仲間意識は何者よりも固い。部隊は兄弟、仲間は家族。決意を固めて戦うEDF達が、未だプライマーへ対し大敗を喫する戦場が存在しない理由である。

 

「スティング隊、行くぞ!!」

「EDF!! EDFッッ!!」

 

 基地の地上へ出て向かう先はグレイプだ。操縦席に二人、ガンナー席に一人、兵員室に十人が搭乗でき、万一の際には対軽装甲車両25mm榴弾砲を速射して自衛も可能な輸送車両だ。

 運転は専任のドライバーが務め、隊長が助手席に搭乗する。残る九人のスティングは後方から兵員室に乗り込んで、出撃準備を整える。

 

『全員、戦闘準備を整えたな? 基地の向こうはプライマーがいつ襲って来るかわからんからな!』

「サー、イエッサー!」

 

 ドライバーに車両を出すよう命じ、作戦地域まで走らせる。外から歓声が聞こえる。防弾ガラス窓から身を乗り出した隊員の一人がそれに返す。

 

「マザーシップをギャフンと言わせてやれ!!」

「俺達のベースの仇を頼んだぞぉーーっ!!」

 

「任せとけぇーーーーっ!!!」

 

 狙撃兵を務めるスティング8が手を大きく振って返事し、そのままグレイプの中に戻った。スティング8になんと言ったか、スティング4が尋ねる。

 

「あいつら、なんて?」

「マザーシップを墜として、元所属ベースみんなの仇を頼むっ! ……ってよ」

「そりゃいい。威力偵察とは言うが、落としちまうか」

 

 冗談混じりの返答で場を盛り上げるスティング3。その後も雑談は続いていく。

 

 

 

「知ってるか。つい先日、欧州でβ型の大群を撃退したらしい」

「俺が聞いたのは、欧州に大量のエイリアンが降下してきたって話だ。噂で聞いたんだが、プライマー側の陸戦兵だとかって。本部は現場の混乱を避けるため、一度情報を隠しているらしい!」

「おい、そりゃ噂だろ?」

 

 缶詰を開けながらスティング2が噂を否定する。その缶詰の中身を食べながら言うスティング2の言葉に、更に追い打ちをかけるのはスティング3だった。

 

「そうとも言えないぞ。1000体の怪物に襲われて生き延びたはずのマルセイユ基地を、エイリアンが占領しているらしい」

「それこそありえないな。欧州最大のEDF拠点だぞ?」

 

 スティング9はそれを強く否定し、マルセイユ基地への信頼を明かす。転属前は欧州にいた事もあってか、彼は基地がどれほどの戦力を保有するか知っているうえでの発言だった。

 それへ切り返すのはスティング10だ。

 

「さぁな。この六ヶ月間で奪い返した基地の数は多いが、放棄された基地も同じぐらい多い。どっちつかずの戦況を打破する為にプライマーの本隊が奇襲してきたってんなら、頷ける話だ」

 

 スティング隊の雑談は続くかに思えたが、突然に車両が停止する。助手席の方からドンドン、と二回叩く音が聞こえた。戦地に到着したのだ。最後尾に搭乗していたスティング10が後部ドアを開け、全員が降りていく。

 

『噂はかねがね聞いているぞ、スティングチーム』

『アイツらがスティングチーム……テレポーションシップ撃墜の専門家って噂の!』

『ラプターもスティングもついている! 俺達は運にも恵まれているぞ!!』

『イヤッホーーッ!!』

 

 降りてきたスティングチームを迎え入れたのは歓声と歓迎だった。それらを程々に返しつつ、彼らはラプター……巨大な人型兵器の足元へ近寄る。

 

「ラプター! 噂は聞いてる!」

『私もスティングチームの名声は知っている。共に戦えて嬉しい』

「俺達もだ。全員、マザーシップへの攻撃に備え、待機!!」

 

 

 

 ──市街地北部。そのエリアは複数の防御拠点が存在していたエリアだ。マザーシップからの攻撃を事前に察知した戦略情報部、及び本部からの適切な支持によって、現地のEDF市街地防衛部隊は全て退避している。

 また、街の外部では有事に備え、怪物が入ってこないように20の部隊をパトロールさせている。

 

 マザーシップとEDFの初戦を邪魔する者はいない。

 

「ネグリング、今のうちに後方へ下がっておけ。フレイム(近接戦闘部隊)チームはネグリングだけをとにかく守れ。ニクス・ミサイルガンは、俺達とスピット(対空戦闘部隊)チームで守る」

『私はどうする?』

 

 ラプターが指示を要求する。

 

「君は単機で俺達の数倍以上の戦果を挙げたと聞いている。好きに戦ってくれ。俺達がそれに合わせる」

『了解』

 

 ラプターがその場でブースターを使って飛び上がり、ビルの上に着地してマザーシップの到着を待つ。

 

「本部。マザーシップ攻撃部隊、全隊配置に着いた」

『よろしい。マザーシップが出現次第、攻撃を開始せよ』

「了解した」

 

 地面に座り込む。他の隊員も、銃は手に持ったままではあるものの、アスファルトに手をつけて座っている。

 

「ううっ、冷てぇ……。 外気は平気なのにな」

「アスファルトは冷えるのかもな。もしそうなら、冷たいのも納得だ」

『レンジャーチーム、寒すぎて指が()()()て撃てねぇ、なんて事になるんでないぞ?』

「ああ。 ………ん、しばれる……?」

 

 ニクス搭乗員、ストライク2の言葉遣いに違和感を覚え、スティングリーダーが聞き返す。ストライク2は答えた。

 

『北海道の、八幌が出身なんだ。まあ方言みたいなもんだ』

「なるほどな……。帰ったら故郷の話でも聞かせてくれ。戦争が始まる前は八幌に観光したかったんだ」

『ああ、いくらでもして───ッ!?』

 

 ストライク2が息を呑んだのと、他の隊員が上空を見上げたのはほぼ同時だった。

 

「……来るぞ」

『レーダーに反応、機数1。……単機?』

「結論を急ぐなラプター。マザーシップには兵員輸送能力が存在する事が確認されている」

『ドローンを出すって事だ。もしもの時は頼むぜ、ネグリング、ストライクチーム!』

 

 ……その音は、戦場を包み込む。太陽の光を遮断し、巨大な影をその場に作り出す。薄雲に隠れて認識が遅れたソレも、太陽を隠したとなればその位置も、正体も、見ずともわかるというものだ。

 

『来るぞ! 各員は独自に戦闘を開始。 パトロールチームは街に怪物を近づけるな!!』

『こちらパトロールチーム、K11。了解』

 

 上空を覆う巨大な影は、機械の駆動する大きな音を上げながら雲を切り裂いて降下してくる。

 

「あれが……」

「……マザーシップ・ナンバー7か!」

 

『見ろ、ドローンを射出してやがる!!』

 

 ネグリングが車体ミサイルキャリアーのミサイル発射口をドローンへ向け、ロックオンする。

 

『ネグリング自走ミサイル、攻撃開始!!』

『ストライクチーム、射撃始め!!』

 

 6両のネグリング、4機のニクスから一斉に発射されるミサイル群が、ドローンの数々をあっという間に殲滅していく。

 対空戦闘型ニクス・ミサイルガン。先進技術研究部により考案された、腰部ジョイントの運動性を高めることでバックマウント式のミサイルによる敵捕捉精度を高めるという試みによって生まれた、新型のニクス。ネグリングと同型のミサイルを搭載しながら、一基の装弾数は少ないながらも二基搭載する事で結果的にネグリングよりも弾数が増加。同時に発射する数もそれぞれを少なめに抑えた為、殲滅力と継戦能力の両立に成功している。

 

 ミサイルの着弾したドローンは炎を吹き出しながら墜落していく。ビルに直撃して爆発するドローンを尻目に、接近してきたドローンへ対しスティングチームの狙撃兵4人が射撃し始める。

 

「甘い甘い!!」

「こんな戦力で俺達に挑むつもりか!」

『油断するなよ……マザーシップには巨大なビームの爆雷が装備されてるらしい。これ以上前に行けば粉々にされるぞ』

 

 戦線を維持しつつ、射撃を続ける。ラプターの駆る人型兵器が、ビルを使ってバネのように跳躍し、レーザーブレードを発振させて進行方向上のドローンを一直線に斬払う。

 そのまま返す手で追ってきていたドローンも斬り捨てると、右手のヘビーリボルバーカノンを正確に敵機へ照準し、3点バーストの大口径砲を発射してドローンを引き裂く。

 機動力ですらニクスより上というのに、パイロットの能力も合わさって一騎当千の勢いを見せている。

 

『ドローンを殲滅した。次に注意!』

「了解! ……待て! マザーシップに動きがある!!」

『あ……あれだ!! 俺達の基地を焼いたのは、あの攻撃だ!! 離れろ、俺達もやられるぞ!!』

 

 ネグリング搭乗員のひとりが叫ぶ。それはマザーシップの下部から突出した何かだった。

 一本の巨大な三角錐、それを囲うように三本のピラーが出現すると、ピラーが何か緑色のエネルギーを、三角錐にチャージしていく。

 

『《高エネルギー反応を確認しました。超高出力型のエネルギー型砲台だと推測されます。速やかな離脱をオススメします》』

 

 ラプターの無線機から音声が入力される。それを聞いてか聞かずか、全ての部隊がマザーシップから離れようとする。

 ……ラプターを除いて。

 

「ラプター、何をやっている!?」

『下がれ! コンバットフレームでも持たないんだぞ!』

 

 ラプターがひたすら上昇しながらマザーシップに接近していく。助けようがない地上部隊は下がるしかなかった。

 

『ラプター、聞こえないのか!?』

「やめておけ、きっと考えがあるんだ!」

「隊長、我々も退避しましょう!」

 

 それにスティングリーダーが頷き、ハンドサインを出して全部隊を後退させる。道路を歩いて、あるいは走って敵の攻撃範囲から逃れようとする地上部隊とは対称に、ラプターはマザーシップ下部のピラーに肉薄し、レーザーブレードを起動する。

 

『これが何かしようとしてるんだ!! これを破壊すれば、何かが起きる!!』

 

 ラプターが叫びながらブレードを用いてピラーを切断する。高出力のレーザーで真っ二つにされたピラーは爆発を起こして落下していき、エネルギーの充填がひとつ分止まる。だが、他ふたつのピラーから溜められただろうエネルギーが、三角錐の砲台から発射されようとしているのは時間の問題で、同時に彼女の機体のエネルギーも、高空への飛行とエネルギー武装の使用で枯渇しかけていた。

 

『くっ、ダメか……私も離脱する』

「急げ、もう……!!」

 

 ラプターが降下してくるのと、緑色の光球が放たれたのはほぼ同時だった。彼女をよく知る、元ベース229の兵士が絶叫する。

 

『レイヴン!! 下がれぇーーっ!!!』

「っ、くっ! ……うおぉぉぉおああっ!!!」

 

 ジェネレータの内容ENを全て使い切る勢いで、彼女はコア後部のオーバードブーストを起動した。

 空中で自由落下の体勢を取っていたにも関わらず、突然に重力が下から前方へと変化したのではと思わせる程のスピードで飛行したラプターは、公道、つまりマザーシップ攻撃隊の後方に着地を試みようとしている。

 膝の関節部を少し曲げ、脚部を大きく開いたラプターが着地する。機体の重量と上空から降ってきた際の質量が合わさって、アスファルトは粉々に砕けてラプターを受け止める。後ろにアスファルトを削りながら滑って、脚部左側を支点に、180度ターンしてマザーシップ・ナンバー7を見据える。

 その直後だった。大きな爆発が周囲を包み込み、爆破地点から1キロメートルは離れているのにも関わらず、部隊は押し戻されそうなほどの爆風に襲われた。

 ラプターは膝折りの体勢のまま、無線を開く。

 

『……すまない、チャージングだ。しばらく飛べない』

「そんな事はいい、無事でよかった。各員! あの柱が弱点と思われる、あれを攻撃しろ!!」

 

 爆発が止んだのと同時に、誰かの悲鳴が通信に割って入った。

 

『わぁぁぁぁっ!!!』

『こちらK18!! 怪物が大挙して押し寄せてきた! 6名戦死! K19も……うわっ!? は、離れろ!! うわぁぁぁぁああっ!!!』

 

 マザーシップの攻撃を聞きつけて集まってきたのか、怪物にパトロールチームが襲撃され、壊滅したようだった。

 

『こちら本部! 怪物が来るぞ!!』

「レーダーに多数反応! はっ……!? た、隊長!! ドローンです!ドローンも来ます!!」

 

 スティング7がレーダーを見ながら叫ぶ。マザーシップが上昇しながらドローンを放出していく。

 

『逃げるつもりか!?』

『柱に攻撃が届かねぇ! もうレンジの外だ! マザーシップの事はもう置いておけ、それよりもドローンを攻撃しろぉっ!!』

 

 ネグリングがドローンを、ニクス・ストライクチームは散開して全方向から集まってくる怪物を迎え撃つ隊形を組む。

 

『こちらK6、我々も合流します! 聞こえるか、パトロールチームの生存者は市街地北部のマザーシップアタックチームへ合流!!』

『K7! こっちで生き残ったのは俺達だけだ…』

『こちらK1! K2、以降K5まで全滅した!』

 

 レーダーの赤い点、敵を抑えるように味方部隊が展開する。味方は射撃を繰り返しながらスティングチームのいるこの場所へ合流するつもりのようだ。ネグリングがドローンへミサイルを撃ち込む。

 

『こちらネグリング! ミサイル残数、残り半分!!』

『本部! マザーシップが逃げていきます!』

『クソッ、散々引っ掻き回して、逃げるつもりか……』

 

 マザーシップが上昇していくのを尻目に、スティングチームのライフル兵が射撃を始める。パトロール隊Kチームの生存者が接近してきた為、それに釣られてやってきた怪物を攻撃しているのだ。

 

『こちらK6! 助かった、礼を言う!』

「礼はいい、死にたくないならニクスを守れ!」

 

 スティング2が接近して、逃げてきた部隊を引き連れて戻ってくる。同じように合流しようと近づくK1、K7にもスティング3が合流し、防衛目標の指示を行う。だが、スティング3達に近づくドローンの姿があった。ドローンの銃口は既にスティング3を補足しており、咄嗟に銃を構えようするも迎撃は間に合いそうになかった。

 だが、ドローンはスティング3の目の前で爆発し、スティング3は窮地を脱する。それはネグリングから放たれたミサイルのおかげだった。

 

『こちらネグリング! 弾がきれたっ!!』

『こっちも無くなった!!』

『歩兵部隊、ドローンは落とした、後は頼む!!』

 

 ネグリングの搭乗員が無念そうに路地裏へ隠れ、車両のエンジンを切る。

 

『こちらストライク2、ミサイルが切れた。リボルバーカノンで応戦する!!』

 

 ミサイルを怪物に撃ち込んでいたニクス4機が、リボルバーカノンを連射し始める。地上部隊の反撃は、効果的に怪物を撃滅せしめていた。

 

『こちら本部、マザーシップ・ナンバー7が空中で静止した。 ……何をする気だ!?』

『こちらスカウト!! マザーシップは逃亡しようとしたのではありません!! 高空へ飛び上がり、射角を増やして街を薙ぎ払うつもりです!!』

『ばかなっ!!』

 

 無線を聞いていた全員が青ざめる。怪物を迎撃しながらでも、その光は目に入ったからだ。

 太陽の温かな光を遮った巨船は、その腹に抱えている砲台をもう一度展開し、冷酷で冷ややかな緑光によって周囲を上書きし始める。

 

『ばかな、ばかな、ばかな』

『ふざけるな!! 届かないところから一方的にっ!! 卑怯だろ、このクズどもっ!!!』

「退避!! 退避!!!」

「ダメです、間に合いません!!」

 

 通信回線内が阿鼻叫喚の様相を呈している。本部が何か指示を下そうとしているが、誰も聞く耳を持てないようだった。

 

「本部、聞こえない!! クソ、お前ら静かにしろ!! 本部、応答しろ!!」

『こち─本─────を──し───退──不──』

『ダメだ、巻き込まれる!!』

 

 怪物との交戦を続けながらも、死を待つ。あまりにも絶望的だった。光球が再度放たれ、それが地面へ落下していく。

 

『こちらラプター、回復した…………』

「ラプター、逃げろ!! お前だけでも!!」

 

 スティングリーダーが叫ぶように指示を下す。俺達を見捨てろ、とラプターはそう捉えてしまう。

 眼前が眩い閃光、そして凄まじい熱に襲われる。

 

『うわぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!』

『助けてくれぇーーーーっ!!』

 

 全員が叫んでいたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何も残らない戦場。ビルは粉々に吹き飛び、街の中心にはクレーターが出来ている。緑のあった公園は焼け、破壊の限りを尽くされ、みな死んだ。

 マザーシップ下部の砲台を囲う柱……チャージングピラーに対しては攻撃が有効であると、マザーシップ攻撃隊らの決死の攻撃により判明はしたが……。

 

「クソォッ!!」

 

 通信機の設置されたテーブルを拳で殴りつける男がいる。EDF極東方面作戦指令本部総指揮官少将。通称は本部と、そう呼ばれる男は無念さを隠そうともせず、ヘッドホンを外して拳を握りしめる。

 

「……プライマーめ………ッ!!」

 

 怒りを噴出させながら、本部は悔しさを込めた眼差しを空に向ける。

 

「………生存者は無し、作戦も、成功したは成功したッ!! だが、犠牲が大きすぎる……!」

 

 記録官に作戦の顛末を記録させる。これを通して戦略情報部へと戦闘データが送られていくが、今は彼女の解説を聞く気になどなれなかった。指令室を出ようと席を立つ。ノブに手をかけ、ドアを開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こち……フレ…ム………生………22…名……』

 

『聞こえ………生存者………迎え………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 破損したアーマード・コアを影に、残存しているかもしれない怪物に警戒しながらも残った食料を分配する。

 

「すまん…」

「ありがとう……」

 

 怪我を負った兵士に優先して治療と食事を取らせる。奇跡的に無事で済んだ4人の隊員は甲斐甲斐しく、怪我をしつつも生き残った18人の仲間を手持ちの包帯と消毒液で簡易的な応急処置を行う。

 

「ぐぁ……もっと優しくしてくれ…っ……」

「医者じゃないんだ、無茶を言わないでくれ」

 

 俺達フレイムチームは、近接戦闘部隊である以上仲間の治療という面においても理解を深めておく必要がある。戦闘で負った傷を、少しでも和らげるためだ。

 その知識が味方して、この22人はどうにか生き残っていられた。

 

「おい……そのでかいのの中身は? ラプターはどうなってる……?」

 

 生き残った隊員の一人、スティング5が聞く。

 

「開かねぇ。多分ひでえ事になってる」

 

 ラプターはあの瞬間、味方を見捨てて逃げろという指示を聞けなかった。それだけは知っている。でなければ俺達が無事な理由がない。

 

 ただわかったのは、そこに()()()()()()()()()()()7()()()()という事だけだ。だが、大手を振って喜ぶなんてできるわけが無い。俺達はたった一隻のマザーシップを落とすために、人類の希望、その双璧のうち片方を失ったんだ。

 

 誰も勝利を喜べなかった。ここにいるのは戦勝を収めた華々しい英雄の部隊でも、敵を目前に大敗を受け入れた間抜けな敗北者でもない。

 ……ただ生きて、ただ助かった。それだけの奴らだ。

 

 

 

「通信機は?」

 

「俺のは壊れてる」

「俺のもだ」

 

「多分だが、あの爆風にはEMPのような作用もあるんだ」

「EMP? 略語は覚えられん」

 

「Electromagnetic Pulse。電磁パルス、つまりEMPだ」

「わからん。EMPでいい。でそのEMPが?」

 

「電子機器を壊すんだ。1回目のEMP発生は大した範囲じゃなかったんだろうが、2回目であのデカさだ。相当な規模だったんだろうよ。ほら、あの電波塔を見てみろ」

「火花が噴いてる……つまり待てよ、通信できねぇのか」

「ご名答。厄介なこった」

 

 煙草を吹かしながら、俺は頭をかきむしった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「撃て!怪物を近づけるな!!」

「クソッ、やめろ!! そいつを喰うんじゃねー!!」

「諦めろ、もう死んでる!」

 

 アサルトライフル、ショットガン、ロケットランチャー。EDFの科学力の粋を集めて開発された火器達が一斉に火を噴く。敵はもちろん、地下街に入り込んだ怪物どもだ。

 怪物は奇襲を仕掛けて来、気付くのが遅れたニクスのパイロット、スピットチームの6人を最初に殺した。続いて怪我人を連れて地下に逃げようとした仲間を襲って、そのせいで怪我人と、怪我人を背負って逃げたスティングチームのほとんどが喰われた。

 この時点で16人だった。今一人死んだ。

 

「撃て……怪物を、近づけるな……っ!!」

「その怪我じゃ無茶だ、下がれ!」

「俺に構うな……!」

 

 噛みつかれて脇腹をアーマーごと食いちぎられたスピット6が、死を悟って前線に立ち、苦痛を忍んでライフルを撃ち続ける。

 

「っぐおおおおぉぉぉぉああっ!!!」

「やめろぉぉーーっ!」

 

 仲間を次々と食っていく赤いα型を撃ち続ける。俺達は徐々に、地下街のど真ん中に追い詰められつつあった。

 

「フレイム7、弾をくれ!!」

「使え! ……おいスティング6、後ろだ!!」

「なにっ!? ぐぁぁぁぁっ……!!」

 

 滅茶苦茶だ、もう何もかも。乱戦になった俺達は、目の前の敵をとにかく撃ち続ける。ショットガンで敵の頭を吹き飛ばしてやったし、ライフルで敵の体を蜂の巣にしてもやった。ロケットランチャーで敵の集団を吹き飛ばせば、恨み言しか出てこない。

 

「怪物め、くたばりやがれっ!!」

「死ねぇーーッ!」

 

 俺達の数は減っていく一方だ。もう13人しか残っていない。9人が……せっかくマザーシップの攻撃を生き残った9人が殺された。俺も膝をついてしまう。噛まれた傷が痛い。

 

「もう……やめてくれ。これ以上、戦うのはゴメンだ…」

「弱音を吐くな……はっ!? がぁぁぁっ!!」

 

 またひとり、またひとりと倒れていく。弾は尽きた。失血が酷くて、銃を握る力さえ残っていない。

 怪物が目の前に迫ってきた。

 

 

 

 

 

「こちら軍曹。生存者を確認。酷い怪我だ……おい、立てるか?」

「信じられん……マザーシップの砲撃を受けて、こんな場所で生き延びていたとは」

「しかも怪物からも……彼らは…………」

「そんな事どうだっていい! また怪物に襲われる前に、全員連れてここから出ようぜ!!」

「そうだな……。 救護班! こっちに生存者を発見した! 地上へ連れていくから、キャリバンを寄越してくれ!」

 

『こちらキャリバン装甲救護車両、了解した』

 

 俺の顔にフラッシュライトを当ててくるレンジャー。優しく手を伸ばしてくれている。その手を掴もうとして、俺は意識を失った。

 

 ありがとう。それを言う前に。

 

 

 

 

 

 

 

 








 ラプター

 マザーシップを撃墜したと思われる。しかし安否の程は不明。コクピットが一切反応せず、またハッチも開かない。死亡したものと診断され、機体は先進技術研究部へ輸送される運びとなる。




 マザーシップ・アタックチーム

 ラプターの身を呈した突撃により墜落していくマザーシップを目撃したと思われる部隊。運用爆破を免れた地下街の中央部で怪物と交戦中のところを、アウトポスト89から派兵された救助部隊が発見。救助された。被救助時の生存者数は12名に及び、どのようにマザーシップの砲撃を耐えたのかを戦略情報部が解析する見通しである。




 マザーシップ・ナンバー7

 戦闘終了と思われる時刻から17時間後、残骸が発見された。隊員のほとんどが覚えていない中、重篤な怪我を負いながらも生存者のひとりとして帰還したフレイム3が、マザーシップを撃墜したのはラプターの活躍に拠るものと証言する。
 マザーシップの弱点こそが、彼の治療が済み次第フレイム3から聞き出す事が速やかに求められている理由たる情報である。



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M.22 大防衛戦


 緊急連絡! 敵の大群が迫っています!!
 α型、β型、共に数え切れません!!

 ……!?
 エイリアンまで来たぞ!! 待避、待避!!

 間に合わない!! ……うわぁぁぁぁぁっ!!



 スカウト7からの通信が途絶した。最後に彼らが残した情報によれば、このベース196目掛けてプライマーが大規模な攻撃作戦を決行したものと思われる。
 ベース196は一般に公開されていない地下施設、なぜプライマーがこの基地の存在に気づいたのか……。

 付近に展開している部隊を招集し、防衛線を構築する。各部隊は協働し、敵の攻撃に備えろ。




 

 

 

 

 

 

「来たぞぉぉっ!!」

 

 その言葉で戦場全体が緊張状態に入る。横5キロメートルにも及ぶ巨大な防衛線は、その全てにAFV5両、コンバットフレームニクスが3機、それらが500メートルおきに防御にあたっている。

 俺達の防衛するエリアは【ポイントフォックストロット】。フォネティックコードで言うところの【F】だ。

 

 この戦力数、普通なら勝ち戦だが、恐ろしい事に脅威なのは敵はエイリアンの指揮する部隊だという点だ。人間のような見た目のあいつらは、怪物を引き連れて、大挙してここに押し寄せてくる。

 更に怪物は、司令塔であるエイリアンが死んだところで止まることがない。何を先に倒しても後々が辛い相手だ。

 

「ブルージャケット、頼むぞ!!」

『任せろ。我々は狙撃のプロだ。奴らは俺達の狩場に誘い込まれたに過ぎん!』

「シールド、構えろ!!」

『ニクス3、バトルシステム起動!』

 

 地響きを感じ取った仲間たちが、戦闘準備を整えていく。俺もPA-11アサルトライフルに弾倉を込める。

 

『こちらスカウト2。敵部隊がタンクの有効射程内に入った』

『了解! タイガーチーム、曲射用意!!』

 

 俺達レンジャーチームに随行する戦車部隊タイガーが、砲身を上に向けて曲射弾道による遠距離攻撃を開始した。横並びのタンクから凄まじい数の115mm榴弾砲が発射され、タンクの最大射程距離である2.5キロメートル先から爆発の音が絶え間なく響く。

 

 それだけで終わるのが怪物駆除だが、そうはいかないのが戦場だ。スカウトチームから全体に通信が入る。

 

『こちらスカウト4! エイリアンが怪物を引き連れて進路を変更しました!! ……うわっ!? こっちに来るぞ! 迎撃、撃て! 撃て!!』

『護衛部隊2-6、スカウトチームを連れて離脱する!! 全員、急いでグレイプに搭乗しろ!!』

 

 偵察部隊スカウトの弱いところだ。彼らは戦場の目を司るが、戦闘に加わることは難しい。偵察のため戦闘訓練は最低限しか行っておらず、野外で長時間活動するためのサバイバル訓練や、敵の目から身を隠すためのレーダースクランブラーの携帯に留まり、レンジャーと比べてその戦闘能力は低い。

 だから、通常はスカウトチームの護衛部隊が、スカウトが安全を確保したエリアに待機し、有事の際に備えるのだ。

 

『護衛部隊1-7、離脱した。防衛部隊、あとは任せた!』

『こちら護衛部隊2-6、離脱完了!』

 

 スカウトチームの乗るグレイプが戦場から離脱する。ビル街を離れた場所で応戦を始める前衛のタンク、その後方で火力支援を行うニクス、そしてその隙を埋めるようにレンジャー、フェンサー部隊が展開している。

 更には最も後方の部隊に、怪物退治において右に出るものは無いというエリート部隊、ブルージャケットが控えている。

 

『獲物を捉えた。曲射止め! タイガー、徹甲榴弾に切り替えて射撃を始めろ!!』

『こちらニクス4、敵影捕捉! ミサイル発射!!』

 

 タンクが直射弾道に切り替えて攻撃する。その弾頭の行先にはα型の怪物が迫ってきていた。戦車砲は怪物に直撃し、大きな爆炎を上げる。ニクスのミサイルが大枚して敵に降り注ぎ、前線の怪物を焼く。射程距離にしておおよそ1.5キロメートルに差し掛かったところか。

 

 ニクスのミサイルは射程距離、すなわち飛翔距離が非常に長い反面、一機に搭載可能なミサイルの総数は40基、総数を合わせても80基と、ミサイルキャリアーの筆頭であるネグリング自走ミサイル車両の100基には及ばない。生産もネグリングの方が3倍近く安価である事を考えれば、ニクスは近接戦闘も可能であるという面で優位性を見出す必要がある。

 であるにも関わらず、この戦場にはネグリングではなくニクス・ミサイルガン仕様が大量に配備された。それは何故か。

 

『こちらポイントアルファ! 迂回した部隊が側面を攻撃してきた! ニクス、どうした早くやれ!!』

『こちらニクス、酸で駆動系をやられた! この場で応戦する!!』

 

 ポイントアルファが敵からの攻撃を受けている。これが、配備されたのがネグリングであれば防御線を構築した時、近接戦闘に持ち込まれた時の脆弱性が表に出てくる。

 ネグリングでは接近された時の対処法が無いのだが、ニクスであれば、近接戦においては歩兵十個小隊にも匹敵するその火力で、敵からの攻撃にも耐えられる。短時間であれば。

 

『ポイントエコー、攻撃を受けた、交戦開始!!』

『こちらポイントゴルフ! ニクスがやられた、誰か寄越してくれ!!』

 

 左右で戦闘が開始されたようだ。もう間もなくここにも敵が押し寄せてくる。後方のブルージャケットが敵影を捉える。

 

『こちらブルージャケット6チーム、敵を捉えた! 射撃始めぇ!!』

『怪物風情が、ブルージャケットの力を見せてやる!!』

 

 1キロメートル圏内に敵が入ったようだ。ブルージャケットが次々に射撃を開始する。ビル街を抜けて住宅街に布陣する俺達は、怪物に対して一方的に攻撃を加えられるようになっている。怪物は、大した遮蔽物のないエリアを抜けて俺達に肉薄しなければならない。

 

「来たぞ、フェンサーチーム、レンジャーチームは攻撃用意!!」

 

 ライフル、ショットガン、ロケットランチャー。軽量機関砲、自動散弾銃、ハンドキャノン。

 各々役割の違う武器を構え、射撃用意に移る。有効射程に入らなければ、どの武器も大した威力を発揮できない。多少の危険やリスクを犯してでも、接近戦を挑む必要があるのだ。

 近づいてくる。ニクスとエイリアンが射撃戦を繰り広げ、俺達はひたすら怪物が接近してくるのを待つ、そしてその時が来た。

 

 

 

『ポイントフォックストロット、全部隊射撃開始!!』

『撃てェェェェーーーーーッ!!!』

 

 

 

 ロケット砲から徹甲弾、散弾からライフル弾に至るまで、この戦場のありとあらゆる火力が戦線に集約していく。α型もβ型も、火力の前には等しく無力だ。赤いα型ですら、火力を集中されればものの数秒で灰になる。

 弾倉を取り外して交換し、次の攻撃に備える。ブルージャケット隊がエイリアンの頭部や胴体に火力を集中させて撃破した。

 タンクとニクスが爆発を以て多数のα型を巻き込み、リボルバーカノンが飛翔するβ型を地上から粉々にする。

 

『敵、第二波接近戦!! ……なんだあれは!?』

『こちらスカウト8、見た事のない新種のα型です!! 速いぞ!?』

『おっ、追いつかれる!! うわぁぁぁぁぁぁっ!!!』

 

 怪物を殲滅する傍ら、向こう側でビルが崩れていくのが見えた。新種らしきα型の存在も気にかかるが、今は正面の敵を倒す必要がある。

 

『タンク! 新種が来るぞ!! 近くの敵は任せて敵の数を減らせ!!』

『了解、タイガーチーム、曲射用意!!』

 

 徹甲榴弾を遠くへ撃って破棄し、曲射を始める。俺達はタンクの近くに集まり、ニクスに群がる敵を撃ちながらタンクを護衛する。

 ブルージャケットは俺たちより50メートルほどは離れているので、よほど近づかない限り攻撃を受ける心配はない。それよりも敵に接近されているぶん俺達の方が危険だ。目の前のβ型が糸を噴射する格好を取るのを見て、急いでライフルを胴に当てて足止めする。そこから横のショットガンを持ったレンジャーが近づいて、硬直していたβ型に散弾を撃ち込み吹き飛ばす。

 

「助かった!!」

「それよりもタンクを守れ! タイガーがやられたらおしまいだ、お前こそ頼むぞ!!」

「了解!」

 

 短いやり取りを終えてまた別の敵を攻撃する。戦車砲が発射される音が戦場に響き渡る。ブルージャケットが叫ぶ。

 

『やばいぞ、敵の新種だ!!』

『速いっ! もう目の前まで来やがった!?』

 

 タンクが後退し、貫通力に優れるハンドキャノンを持つフェンサー部隊が前面に押し出て射撃を開始した。俺達も護衛対象をタンクからフェンサーに移しつつ、戦闘を継続する。

 歩兵はフェンサーの後方に位置し、フェンサーは味方を守る。緑色のα型は、つい5秒前までビル街にいたというのに、既に歩兵部隊の真正面にまで接近していた。

 

「速いぞこいつら!!」

「速いだけじゃない、小さい個体もいやがる!!」

「機動力と火力を両立したんだ。甲殻の硬さはそうでもない、撃て!!」

 

 全員が接近してくる敵を撃ち、緑のα型を排除していく。ロケットランチャーの爆風と、貫通するハンドキャノンが特に有効のようだ。火力を集中させるのでなく、広く満遍なく、全体的に飽和攻撃を行う。タンクの榴弾砲による爆発も効果的だった。

 

 ブルージャケットのスナイパーライフルは、まだ残存しているエイリアンを攻撃している。

 

『こちらポイントアルファ! 敵影無し、作戦終了!!』

『ポイントブラボー同じく!』

『チャーリー、敵影は確認できない!』

 

 右翼方面の敵は全滅したようだ。逆にこちらの敵はまだかなりの数が残っている。だが誰かが死傷したりなどの報告は一切ない。戦局は優勢だ。

 

『ポイントデルタ、作戦完了だ』

『ポイントエコー、作戦継続中。もうまもなく殲滅する』

「ポイントフォックストロット、同じく敵が残っている。交戦を続ける!」

 

 エコーも同じようにまだ敵が残っているようだ。通信への応答の裏で銃声が聞こえる。

 緑のα型を撃ち、その数を減らしていく。順当に推移しているように思われた戦況は、思わぬ所で陰りを見せる。

 

『こちらポイントホテル! テレポーションシップだ!!』

『ポイントゴルフ、目の前にテレポーションアンカーが降下してきた!! 奴ら、俺達を集中攻撃して突破するつもりだぞ!?』

 

 ポイントG、Hに展開する部隊の正面に、テレポーションアンカー、テレポーションシップが接近・降下してきたようだ。こちらの敵はもうまもなく殲滅できるが、防衛線を崩せば戦線が崩壊しかねない。全ての部隊を動員するのではなく、一部のレンジャー部隊が増援としてゴルフ、及びホテルへ向かう事になるだろう。

 

『こちら前線司令部。全てのエリアのレンジャーチーム1から3は、至急ポイントゴルフ、ポイントホテルへ集合せよ!!』

 

 アサルトライフルのグリップを握り締め、走る。俺に数人の隊員が着いてきており、全員で道路を直進する。

 向こうから凄まじい数の銃声が響き、その曳光弾の向く先はテレポーションシップだ。遠目から見てもわかる程の巨大さであるそれは、続々と怪物を投下している。

 

『こちらポイントゴルフ!! ニクスがやられた、早く来てくれぇ!!』

 

 数に押されニクスがやられたようだ、あまり戦況は良くない方向に向かっている。このベース196は他の基地と比べてビークル類を多数保管してある機甲師団の中枢だ。ここを突破される訳には行かない。

 

『前線司令部だ。ポイントフォックストロットのニクス隊はゴルフに向かえ。同じくポイントインディアのニクス隊はホテルの敵を殲滅しろ』

『インディア、ニクス隊。了解した、作戦を継続』

『フォックストロット、ニクス隊、敵を殲滅。ゴルフの救助に向かう!!』

 

 ポイントゴルフに差し掛かるタイミングで流れてきたα型が接近してくる。隊員が叫んだ。

 

「うわぁっ!! 怪物です、こっちに来ます!!」

「焦るな、落ち着いて狙え!!」

 

 ライフルとショットガンを撃ち込みつつ前進、倒れた敵の屍を回り込みなから、ゴルフの部隊に合流、ポイントゴルフに到着した。ポイントゴルフは戦線が崩れて乱戦の様相を呈しており、ニクスは敵からの集中攻撃が理由で倒れたようだ。

 

『フォックストロットの部隊か? 助かった!!』

「アンカーを壊すぞ!! タンクは生きてるか!?」

『後方で戦車砲を撃ち続けてる!! あいつらを盾にするのか!?』

「それしかない、タンクを呼んでくれ!!」

 

 通信機に大声で呼び掛けながら、接近してくるα型にライフルを向けてトリガーを引き続ける。マガジンを交換しながらタンクの到着を待つ必要があった。

 

『ウルフ隊! タンク、来てくれ!!』

『こちらウルフ、了解した。歩兵はタンクに隠れろ!!』

 

 後方からタンクがやって来、その後部にピッタリと張り付くように随伴歩兵が来ている。

 

『お前達が救援か、感謝する!!』

「タンク、お前達を盾にアンカーへ接近、総員でアンカーに火力を集中させて破壊する!! やれるか!?」

『ウルフ隊を舐めるな! 全部隊、突撃ーーっ!!』

 

 戦車が勇ましく敵の群れに榴弾を撃ち込みながら前進していく。俺達歩兵はタンクに張り付きながら、タンクがカバーしきれない側面からの怪物を攻撃する。

 

『アンカーまで残り10秒ぉぉぉ!!』

「始まるぞ、リロードは済ませておけ!! ショットガンは接近する怪物、ロケットランチャーはアンカーを! 小銃兵は適宜ターゲットを切りかえて攻撃!!」

 

 タンクが更に前進し、ビル街の前方に差し掛かろうという時、停車して戦車砲を撃ち始める。

 

『到着した! 早いとこやってくれ、あまりもたない!』

「了解! レンジャーチーム、交戦開始!!」

 

 アンカーと怪物を取り囲むように小銃兵と対戦車猟兵が展開し、ウルフ隊らのタンク5両を守るように突撃兵が守りを固める。ロケットランチャーや榴弾砲が着々とアンカー上部に直撃していく。α型が爆風の隙間を縫って肉薄してくるが、そこは俺達の出番だ、一気に叩き、すぐに沈黙させる。

 

『こちらポイントホテル。ブルージャケットがテレポーションシップを仕留めた、感謝する』

『ゴルフへ、こちらはフォックストロット・ニクス隊。間もなくミサイルによる攻撃を行う。少し離れていろ』

 

 その言葉と同時にタンクと歩兵部隊は交代する。怪物がこれ見よがしにと数湧いて突撃してくるが、頭上から飛来するミサイルの直撃で殆どが消えていく。

 

「助かったぞ、ニクスチーム!!」

『戦線に参加する。早いところアンカーをやっちまおう』

 

 ニクスのリボルバーカノンがアンカーを集中的に攻撃していく。アンカーにヒビが入り、活動が鈍っていく。ウルフ隊が榴弾砲をアンカーに直撃させたのをきっかけに、そのヒビは更に大きくなっていき、一際大きな光がアンカーを包んだかと思うと、大きな爆発を起こしてアンカーは、その基幹部から崩れていく。

 

『残った怪物を殲滅しろ!』

 

 その命令の通りに怪物を殲滅し、レーダーを見る。

 敵を示す赤点は既にこの場に無く、戦場を歓声が包み込む。

 

『やったぞ、生き残った!!』

『新入り、無事か!? よし、よく生き残ったな』

『こちらポイントホテル、感謝するよ!!』

 

 戦闘は終わった。怪物の死体を処理せねばならない為、まだ仕事は残っているが、それでも今日を生き延びた歓喜は大きい。

 そういえば、仲間達の話によれば新型のニクスが開発、その実験機が試験運用されているらしい。そんなのがあればこっちにも寄越して欲しいものだ。俺はタバコを吸いながら、頭の中で司令部に悪態をついた。

 

 

 

 

 






 ベース196

 EDF陸軍機甲師団の中核を成す基地。地下施設に多数のビークルが格納されており、その総数はニクス200機、タンク480両、グレイプ輸送車両170両、ネグリング自走ミサイル車両440両と、反撃部隊の主力としては充分に成立する程の戦闘能力を備えている。


 防衛線196

 横方向5キロメートルに及ぶ長大な防衛線。500メートルおきにニクス3機、AFV(タンク)5両、レンジャー部隊15個小隊、フェンサー5個小隊、ブルージャケット狙撃歩兵部隊3個小隊が防衛に当たっている。
 スカウトチームによる進行部隊の早期発見による防衛戦線の構築は、結果的にベース196への攻撃を許さず、敵侵攻部隊への大きな打撃を与える結果となった。



 負傷者39名、死亡者22名、破損コンバットフレーム4機、AFV7両大破。

 備考:この損失でベース196を防衛できたのはむしろ誇るべき事である。何より歩兵によるテレポーションシップの撃墜方法が広く知れ渡っていた事、現地部隊がタンクを盾に使った事で攻撃部隊への損害が少なかった事を考えると、大勝利と言えよう。



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十話 先進技術研究部・前





 

 

 

 私は死んでいた。

 

 比喩ではない。生命活動の一切が停止していたのだという。なのに私はここにいる。それは、ただ私の体が頑丈だったというだけでは説明は付かないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きたか?」

 

 私はベッドから身体を起こした。シンプルな造りの部屋の端、そのベッドに私は眠っていたのだろう。机はふたつあり、ひとつはその上にコンピューターがある。

 もうひとつの方にはいくつかの小道具入れとコーヒーメーカーが置いてあり、そのテーブルの上にはパンで肉を挟んだような、美味しそうな食べ物が置いてある。そのテーブルの椅子に座ってコーヒーメーカーの中から淹れたてのコーヒーを手に取り、熱々の飲料を喉に流し込んでいる男がいた。

 

「どれだけ焦ったか……無事でよかった」

「その声は……」

 

 こくり、と彼が頷く。

 

「ここは先進技術研究部。私の私室だ」

「主任さん……ですね」

 

 主任は淹れたコーヒーを嗜みながら立ち上がり、全て飲み干してカップを机の上のソーサーに置き、改めて名乗る。

 

「プロフェッサーと呼んでくれ。()もそう呼んでいる」

「彼、ですか?」

 

 主任、もといプロフェッサーが言う彼の意味を、私はすぐにはわからなかった。それは寝起きだったからだろうか、その理由はわからない。そのプロフェッサーが言う彼というのが何者なのかを説明してくれるまでは、検討も付かなかった。

 

「スーパールーキー、そう言えば伝わるかな」

「……! はい、わかります」

 

 プロフェッサーが呼ぶ彼、スーパールーキーは、遠距離からの通信の際、プライマーのマザーシップから妨害される事が非常に多い為、滅多に連絡を取り合えないらしい。

 

「君がここに運ばれてきた経緯は、マザーシップ撃墜後、自分の機体を盾にして爆風から仲間達を守り、その際の衝撃と膨大な熱で気絶。

 その上コクピットハッチが熱風によって溶接されてしまったうえに搭乗員、つまり君の生死が数十時間不明だった為死亡と断定。せめてもの技術開発に役立てるためここに────そんなところだ」

 

「一度は死んだ。 という事ですか?」

 

 私が尋ねてしばらく言葉を選んでいたようだが、3、4秒程度悩んで適切な言葉を見つけたらしい。

 

「生存は有り得なかった」

「有り得ない? でも、私はこうして……」

 

 生きている。そういって自分の胸に触れる。正確には触れようとした、触れられなかったのだ。パイロットスーツには首の骨折を避けるための機能の一環で首元にはクッション材がある。そのせいで体の様子を見られないのだが、作戦中は特に気にも止めていなかった。

 食事をする時は半分脱いでインナーだけになれば済む話なのだから。

 しかし、それとは全く事情が異なる。見れない間に私の体に何があったというのか。

 

「鏡を用意してある。覚悟があるなら、見てくれ」

 

 私はプロフェッサーに渡された手鏡を覗く。私の顔が写っている。その下には何があるのか、見たくない反面、興味はあった。

 

「………………!?」

 

 無かった。臓器などどこにも。そこにあるのは融解後既に凝結し、破損しながらも残った部位で動作を続ける機械的な肉体だけだった。私の腸や臓物は機械に置き換えられ、半ば機械人間の域である。

 こんな姿になっていても苦しさや痛みを覚えないのは、その消滅した部分がさほど重要ではない器官だからだったのか、あるいは私は既に人では無いのか。恐らくは両方であろう。

 

「君もこれを知らなかったのか」

「……施術者には、ただ神経系の置換・循環器系の強化とだけ。 こんな事になっているなんて、思ってなかった……」

「神経系の置換? そんな事が可能な技術力……」

 

 プロフェッサーが更なる思考へ入る前に話しかけて中断させる。

 

「多分できます。キサラギ、という企業が、私の居た世界にありました。その企業が生体兵器を生産、運用可能直前までに調整できていましたから。奴らが私の体を弄ったとなれば、可能性は……」

「……君の住む世界はろくでもないな。単なる一企業が生体兵器を生み出す、そんな事があるのか」

 

 ある、そう言うとプロフェッサーは一層頭を捻っていく。私だって半年前にこっちの世界に来た時は混乱した。プロフェッサー程の聡明な人だって、その視点に立てば混乱は免れ得ないだろう。

 そのうえ生体兵器。つまりアリやクモ、彼らが言うところの怪物を自力で生み出せる、国ではなく単体の企業が存在するなどと。

 そんなことを言われれば思考を停めたくなるというものだ。まして、それが同じ人間が生み出した生命体であると伝えられたのなら。

 

「にわかには信じ難いが、状況が状況だ。君の言う《そういう世界》も存在したんだろう。

 ……本題に戻る。君がどうして生きているか、だ」

 

 プロフェッサーがもう一度コーヒーメーカーに空のカップをセットする。私は彼の言葉の続きを待った。

 

「まず君の体だが……修復は難しい。そして君がいつまで生きていられるかもだ。君が失ったものが主要な機能を司る部位では無いためこうしていられるのか、はたまた致命的な部位を失い、非常電源のような動力によって辛うじて動いているのか、も。

 まるで君が機械であるかのような言い方をして済まない。これも謝っておきたい事だが、君の生命活動が確認された6時間前、検査を行わせてもらった。……体のほぼ全てが機械だったよ。

 君の肉体の部位で生身だったのは、脳と皮膚組織、それも顔に該当する部分。そして瞳だけだ」

 

 私は絶句する。もちろん彼の言っていることを理解できないと切り捨てるのは簡単だ。だが、それをするほど私は子どもじゃない。理解し、だが苦悩する。そんな事ぐらいは私にもやれる。

 

「腕は……足も。胴体ですら……」

 

 恐らくは。プロフェッサーは遠回しに私の意識の中にあった可能性を肯定する。

 

「ショッキングだろうが……聞くか?」

「お願い、します」

 

 プロフェッサーは出来上がったコーヒーに気づかないまま続ける。私も彼の話に集中しようと耳を傾けていたため、気づかなかった。

 

「人工皮膚や、擬似的に感触を脳神経に伝える機能。おおよそ人間と遜色ない。君は高いレベルで人を再現した、言わばサイボーグだ。

 今までにこんな経験はないか? 膨大な熱に襲われて、熱いとは感じたがそれ以上の危険温度を感じることはなかった、とかだ」

 

 それは、私達で言うところのAC緊急冷却だろう。続けて被弾、外気の熱による蓄熱、ラジエータの性能不足・ブースタの過剰熱量等による熱暴走。それらの外因(あるいは内因)によって引き起こされる、言わばACの状態異常。ACの熱暴走は内側からフレームパーツ外部のシールドスクリーンを摩耗させてゆく。

 強化人間手術は、熱暴走を抑えるため熱量の上昇を防ぐ機能が追加されると聞いた。それは恐らく、ACが熱に耐えられるようになった以上に、そのACが耐えられる熱によって中身の人間が死亡しないよう抑えるための手術だったのだろう。

 

「………あ」

 

 直近でも一度だけあった。直近、とはいうがもう数ヶ月も前になる。ベース229。私がかつて所属していた基地での話だ。まさに三ヶ月以上も入っていなかった風呂に入る機会があった。

 幾度でも言うが、私が風呂に入らないのは一日の殆どをAC内で過ごすから汚れたりせず、老廃物が体外に排出されたりも殆どしないからであって、面倒臭いからではない。

 

 ───とにかくそういう理由で入っていなかった風呂に入る機会があったのだが、その際に私が十分近く湯船に顔をうずめていた事や全裸の状態で外気上の熱に暫く触れていたこと。このふたつの条件が合わさって、熱が体外放出された事がある。ナノマシンによる緊急冷却手段として知ってはいたが、恐らくこういったACの熱暴走等になった際にも発生し得たのだろう。

 もっとも、それも強化人間に特有の強力な排熱機構によって見た事はなかったが。

 

「───なるほど。その《強化人間手術》という手術を受けた人間だけが、君のように損傷を受けても活動が可能な人間となれるという事か」

「本当はそんなこと知らされていませんでしたけどね。 ……奴ら、前から変態技術者集団だとは思っていたが…」

 

 よもやこんな身体にされようとは夢にも思うまい。キサラギの施術者どものそう言うセリフと不気味な笑みを浮かべた顔が容易に想像出来る。

 私が苦虫を噛み潰したような顔を見せているのには触れずに、プロフェッサーは続きを話す。

 

「そういう事で……非常に勝手ながら、破損した部品の一部を解析させてもらった。君の世界の技術を少しでも解析出来れば、と思ってな。気分を害したならすまない。謝る」

「構いません、なんとも思いませんよ」

 

 そう返答して安堵したプロフェッサーが懐から取り出したのは、酷く小さなパーツだ。

 

「君の胸部。……つまりこれは、恐らく生命活動を維持する上で必要なものの複数個ある為一つ欠けても問題がないもの。 ……肺に該当するものだと思われる」

「肺? この、小さなものがですか?」

 

 プロフェッサーの手は私と比べても大きい。その彼の手に収まる程度の大きさだ。握れば少し顔を覗かせてくる、そんな程度の大きさだ。肺と言うからにはもう少し大きいものだろうが……それは硬球程度のサイズでしか無かった。

 

「溶解しかけていた部品の中で、これが最も形を保っていたものだった。中身は、ある意味驚くべきものだったな」

 

 そう言い、プロフェッサーは自身の端末を起動し、その中のアプリケーションを開く。端末にはデータが保存されており、簡単な設計図代わりにできるらしい。

 彼はその設計図と私の胸の中にあった肺らしいパーツを交互に照らし合わせていく。

 

「ひと目ではわからないかもしれない。だがこの部分も、この部分もそうだ。全て私たちの()()になりうるものだ」

「答え?」

 

 私がそう言うと、プロフェッサーは椅子に座って私と同じ目線で話し始める。

 

「少し長くなるが、聞いてくれ。私たちは先進技術研究部。先進技術研と呼ばれている。戦略情報部が脳、ブレインだとすれば、我々はそれと対になるもう一つの脳なんだ。

 彼等が情報を司る傍ら、私たちは科学技術を司る。EDFが設立された2007年から私たちの課題として、武装の充実。それと並行するように、医療技術の向上というものがあった。

 武装の充実は、君が何度も見てきたコンバットフレームが主な成果として挙げられる。なら医療技術向上は? 君の知らないかもしれない技術として、ウイングダイバーのエネルギー槍の操作の為に用いられる、《サイオニック・リンク・システム》の存在が大きい。あれも私たちの開発した技術だ。

 従来の個人携行型パーソナル・ミサイルランチャーよりも、更に早く、更に正確に。エネルギーの照射技術とほぼ同時に確立したものでもある」

 

 話が逸れたな。プロフェッサーはそう言いながら、思い出したのだろう、コーヒーメーカーからぬるくなったコーヒーカップを手に取り、それを飲む。ソーサーに置いて、再び話し始めた。

 

「……医療技術向上という人類の課題には、もう一つの通過点が存在した。それは昔に挫折し、以降一切触れられないものだった。

 

 ……………人体の、半機械化。それが私たちがかつて研究していた、もう一つの内容だ」

 

 人体の半機械化。それは平たく言えばサイボーグ手術。私から言えば、強化人間手術のそれだった。そしてプロフェッサーは端末を見せてくる。

 

「これだ。私が八年前に構想を練り、データ上でだが、数百回以上の技術試験を繰り返したものだ。似ていると思わないか?」

 

 私は見比べてみる。機械に関してはあまり詳しいことは分からないが、それでもそれとなく似ている、形や構造が類似する部分が多いということもわかった。そして私は理解した。

 プロフェッサーも私の顔を見て伝えようとしていた事に気づいたと悟ったらしい。ゆっくりと頷き、続けた。

 

「そうだ。 ……君の体内にあったこの機械は、私が考え、製作していた物に()()()()()()()()()と言わざるを得ない」

 

 プロフェッサーは続ける。

 

「恐らく私のデータは、非常に完成が近いところまで来ていたのだろう。だが私はそれの先を行く為の答えが見つけられずに挫折した。君の寝ていた6時間でこれを解析した時、私は妙な納得を覚えたんだ。これが答えか、と。

 要するに、私のこちらのデータは正解に極限まで近づいていたものの、たどり着くことは無かった。反面その()()()()の技術は、私がたどり着けなかった領域、即ち答えへとたどり着き、同時にそれは、私に答えへの道を示した」

 

 彼はまじまじと私から取り出した内部パーツを見つめる。

 

「安心してくれ。私なら君を()()()。治療ではなく、修復・修繕としての意味だが」

 

 それは、つまり彼等なら私の体に使われ、今の私を構築している技術を分析し、今後に活かせるということを表していた。

 

「ただ、相当に時間をかけないと完全な解析を行う事はできない。だから()()は《アレ》で代用しよう。 ……さあ、これに座ってくれ」

 

 プロフェッサーが席を立ち、私の目の前に車輪の着いた椅子を持ってくる。

 

「これは?」

「知らないのか? いや……相当技術が進んでいるのなら、義足が歩けるようになっていても不思議はないか。 ……これは、車椅子という。端的に言えば、体の不自由な人が動きやすくなる椅子だ」

 

 彼は私をこれに座るよう促す。

 座るが、あまり座り心地は良くない。安価なものなのだろう。それに、座る時に思ったよりも身体が軽くなっていることに驚く。

 十中八九、物理的に軽くなっているだけなのだろうが。

 

「今の君を無理に動かして、機能停止にでもなったら、あの機体をどうする事もできなくなる。だから最低限の措置だな」

 

 プロフェッサーが車椅子を押しながら話す。ドアを開き、廊下へ出ると、数人の科学者が忙しなく行ったり来たりしていて、彼らが入って行く部屋はガラス張りになっている。ライフルが置かれているテーブルを数人で囲み、レポートを書いているのだろう。

 

「あの人達は…」

「彼らは私の部下だ。今は、試作した第六世代型武器の改修を行っているところだ」

 

 一通りレポートを書くと、次にライフルを的に向かって試射し、その様子を映像に収めて何度も見直す、そんな作業を続けているようだ。

 

「彼らはいい仕事をする。 ……と、今は違う用があるんだったな。こっちだ、案内しよう」

 

 車椅子を手押しで押してもらう間、プロフェッサーが雑談を振ってくれた。

 

「この研究基地には研究員の家族が住めるようになっていてね。私の妻もここにいる。両親は遠いところで暮らしていて、当面会いに行けそうにもないから、今は妻だけが私の支えになってくれているよ。 ああ、あと()もだな」

 

 あのスーパールーキーの事だ。

 

「それに、私はもうすぐ……いや、なんでもない。もしもの時は君も来るか?」

「……どこに?」

 

 プロフェッサーは、私がそう聞くと首を横に振る。

 

「いや…………まだ言うべきことではないな。時が来たら話そう。さあ、着いたぞ」

 

 カードキーをかざしてドアが開いたその先には、いくつかの大きめ(とは言っても手に収まるサイズだが)な部品があった。その前には大きめなベッド。手術台に似たようなものだろうか。

 

「あれを、君の身体を解析した6時間前から、プリンターにかけて製作していたものだ。君の肺と思わしきパーツのおかげで至った答えだ。性能は保証できないが、無いよりマシだろう?」

 

 それはつまり。私の内臓の代わりな訳で。私は車椅子から立ち上がり、部品の前にあるベッドへ腰を下ろす。この感じ、懐かしい。強化人間手術を受けた時に少し似ている気がする。

 

「さあ、施術を始めよう。とは言っても、接合部に取り付けていくだけだ。数十分程度で終わる。何か適当に雑談でもしながら、暇を潰してくれ」

 

 そう言ってプロフェッサーは溶接用のプラズマ発生装置のようなものを身体に近づけていく。私が強化人間だからか、それはわからないものの、痛みや熱さは感じない。そうだ、暇潰しというからには、あの話でもしよう。

 

 

 

 

「六ヶ月前。私は自分の世界で傭兵をやってました。軍として世界を統治するこの世界とは違って、向こうの世界は崩壊した企業同士が寄り添って出来た団体に全てが管理されてました。

 だから、それに縛られない唯一の存在が傭兵だったんです。私たちの世界で言うところの、()()()()です」

 

「レイヴン……。 こっちの世界にもレイヴンはあるぞ。ただ概念じゃないが。突撃小銃M1R、通称M1レイヴン」

 

「こっちでも武器に名称を? 私たちも武装に名前をつけるんです。エルフ、ガスト、ピクシー、シルフ、シルキー、ガルム、フェンリル、ゴースト、レイス、グリフォン……………エトセトラ。とにかく沢山ですね。私も多くは把握してませんが」

 

「そんなにか。 こちらでもいくつかあるな。スラッガー、ストーク、スローター、モンスーン、ライサンダー、フラウンダー、ターミガン、ホーネット、レイピア、ファランクス、ライジン………ふっ、枚挙に暇がないな」

 

「あまり変わらないのかも知れませんね、私たちの世界」

 

「同じ人間だ、考える事は似ているのかもしれないな」

 

 

 

 

 

 そうこう話しているうちに、プロフェッサーが私の肩を優しく叩く。彼を見ると、プロフェッサーはゆっくりと頷く。身体を起こすと、少し重たい気がするのは、きっと中身が詰まっているのだ。

 

 鏡を見せてもらうと、私の体内にあの機械たちが満遍なく敷き詰められている。

 

「しかし。胴体が抉れているというのに、心停止……なのか? 心停止の状態から蘇生するとは。焦ったが、それ以上に驚かされたよ」

 

 私だってそんな状況から生き返れるとは思えない。が、実際生き返っているのだ。この機械の体のせいか、はたまたおかげか。

 とにかくここに連れられてきたのは運が良かった。何が原因で……というか、胸の大怪我が原因で死にでもしたら、死んでも死にきれないというものだ。

 

「はい、私もですよ」

 

 

 

 






 先進技術研究部

 プロフェッサーやその部下、警備員、緊急出動部隊、更には彼らの家族など、延べ千人以上の人員が組む、EDF最新鋭研究基地。プロフェッサーは現在二代目の主任であり、その成果は先代と比べて大きなものである。特に紛争以前からコンバットフレームを開発した功績は大きく、その構想に至ったのは10年も前である。EDF設立後15年間のうち9年から今に至るまで、この研究基地は──特に近年はプロフェッサーの活躍によって成り立っていると言っても過言ではない。



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十一話 先進技術研究部・後

 

 

 あれは別に、手術というほど大それたものではなかったが……それはともかくとして、施術を終えた私はプロフェッサーの後ろについて、彼の進む道を辿るように、研究基地の中を歩いていた。

 目的はもちろん、破損したと思われる私のAC・ゲイルウィンドの安否確認である。

 

 基地の内部はいつか見たベース229の中とさほど変わりない。強いて違う点を挙げるとするなら、AFV(戦闘装甲車輌)やコンバットフレーム用の斜度が強烈な坂道がないという点だ。恐らくビークルを出撃させてでの戦闘を、この基地は行わないからだろう。出口もエレベーターの物が複数箇所に存在しており、基地が襲撃された際も脱出は容易である。

 プロフェッサー曰く、私のACを搬送するためにリフトを使ったらしい。そしてそのリフトは先程通り過ぎた。

 

「着いたぞ」

「ここが……」

 

 一際巨大な隔壁が設定されているこの格納庫の中に、ACがあるのだろう。

 

「少し待ってくれ。私が権限を持ってる」

 

 そう言ったプロフェッサーは尻のポケットからカードキーの入った財布を取り出し、カードキーを取り出してリーダーに読み込ませた。

 

「《ようこそ、プロフェッサー》」

「開いたぞ。さあ入ってくれ」

 

 AIが彼を歓迎する。私もプロフェッサーに続いて格納庫の中へ入るが、暗い。搬送されてすぐだった為に、電気を落としていたのだそうだ。

 

「あっ!」

 

 その暗闇の中、ほんやりと光を反射する私の機体があった。プロフェッサーが駆け寄る私の為に照明を着けてくれる。光に照らされた私の機体は、残念な事だが当然、無様な姿になってしまっている。

 ヘッドパーツや武装、アームの殆どが焼けて爛れ落ちており、コアと脚部が辛うじて生きていられるかもしれない、という程度だ。そこにかつて私と共に地下を、大地を、戦場を駆け巡った愛機の姿はない。鉄クズと化してしまった。

 

「…………あ、コム…」

 

 修理されたばかりのボディでACの融解部分をよじ登り、私はコクピットと思しき場所へ行く。そこには私の居たであろう場所、即ちコクピットがあり、その入口部分は思い切りカッターか何かで切断されている。

 

「………流石に死んでるか……。残念……」

「すまない。私たちの基地に運ばれてきた時は、既にそんな状態だった。君を助けるのに精一杯だった」

 

 プロフェッサーが慰めてくれた。

 

「いえ、大丈夫です。残念ですが機体は消耗品ですから。……そうですね、()()()()()()をご存知ですか?」

「舟? ……確か、破損する度に修繕していった船は、全てが新しい部品で構成された時、果たして元の船と言えるのか? ……という哲学的問題だったな」

 

 そうだ。私の機体も、過去幾度となく破壊され、あるいは破損している。レイヤード時代からずっとそうだったのだから、パーツなんて当時からいくらでも違うものが使われている。

 唯一変更点のないコアだって、二次損傷と呼ばれるほど機能が低下するレベルで損傷が酷かったりで、何度か入れ替えているのだ。ACは消耗品である。

 

「それと同じですよ、プロフェッサー。私の機体は何度も塗り替えられている。消耗品に過ぎない。これに乗って戦う以上はこれと共に死ぬ覚悟でしたが、生きているにもかかわらず機体が壊れたうえ、この世界では替えは効かない。もう、私に出来ることは歩兵として戦う事ぐらいです」

 

「待て、それは早とちりだ」

 

 プロフェッサーは私の言葉に少しだけ待ったをかける。早とちりといっても、この世界では補充が効かないのだ。武装も騙し騙しでコンバットフレームのものを流用してきたのだから。

 だが、プロフェッサーは端末を操作している。何かを私に見せようとしているのだ。

 

「これを見てくれ。ACの技術は、我々にも真似はできる。一からの設計、生産は不可能だとしても、我々には培った技術がある。

 システムエンジニアリングの繰り返しさえ出来るなら。つまり時間さえ掛ければ、十分似たようなものを作る事は可能だろう。問題はその時間が───」

 

 プロフェッサーが言葉を続けようとした次の瞬間の事だった。端末に通信が入る。プロフェッサーは眉間に皺を寄せて応答した。

 

「……始まる」

 

『プロフェッサー! こちらレンジャー9! 怪物が基地に侵入しました!! 緊急出動チーム、レンジャー7、8、及び9の、3チームで制圧に当たります!!』

「わかった。できるだけ科学者達を避難させてくれ」

『了解! ……うわっ! こっちに来るぞ、撃てっ!!』

 

 銃声が響く端末をスリープモードに切り替える。プロフェッサーは私を見て、冷静に告げた。

 

「単刀直入に言う。私はこの時この時間、ここが襲撃されるのを知っていた。そしてこの後、人類は未曾有の危機に晒されることも」

「え……? …………え? つまり、どういう事ですか?」

 

 彼は私の腕を引っ張って、格納庫の奥へ連れていく。そこには小さい扉があり、奥には武器の数々がある。

 

「悪いが話している時間はない。君は好きな武器を取って、生きてベース251へたどり着くんだ。私も妻を連れてそうする」

「え? ……わ、わかりました。プロフェッサーも、どうか無事でいてください」

 

 私は何もわからないまま、アサルトライフルPA-11を手に取る。弾数は40発。弾倉の数は16個程。短時間の戦闘なら問題は無い。

 

「プロフェッサー、あなたは?」

「言ったとおり妻を助けに行く。安心してくれ。私は兵士じゃないが、戦い慣れている」

 

 プロフェッサーは慣れた手つきでマガジンの中身を確認し、弾倉を銃に装着してレシーバを引く。確かに、銃の扱いはまるで兵士のようだ。

 

「でも、ひとりじゃ……」

「大丈夫。これは予定調和なんだ。私は生き残る。妻も、生き残らせてみせる。君も生きろ」

「…………分かりました。どうかご無事で」

 

 私とプロフェッサーは別々の道を走る。私は複数ある出口のうち、もっとも近くにある場所へ。プロフェッサーは居住区へ。

 

 装備もそうだが、体内の機械のせいか体がとても重たい。それに、パイロットスーツが首元以外壊れているせいで防護効果がないのに無駄に窮屈な思いをしている。

 外しちゃえっ。

 

 スーツを取り外した私は、さっきよりかは身軽になった。弱点としては皮膚(これはつい先程人工皮膚であると分かったが)が露出してしまうことと、ハーフパンツと破けたTシャツしか来ていないこと、そして私に羞恥心がある事だ。

 

(思ったより恥ずかしい……)

 

 ハーフパンツにブーツというよく分からない組み合わせのまま走る。出口へはあと200メートル。それなのに、目の前にはあのアリが広がっている。

 

 やるしかないか、私はそう思いつつ、引き金を引く。

 

 

 

 

 

 私の持つPA-11から放たれる数発の弾丸は、近くにいたアリの甲殻を破っていくが、致命傷には至っていないようだ。アリが付近の仲間に敵の存在を知らせてしまったが、構わず損傷を与えた1匹を撃破する。続けて最も近い2匹目に狙いを定め、引き金を引いて連射した。

 

 アサルトライフルの連射は、破壊力は抜群のようだ。だがすぐに弾が切れてしまう。私は慣れない手つきでマガジンを取り出し、次の弾倉に入れ替える。焦るうちにも、どんどん敵は迫ってきている。私は背を向けて全力で走り、薬室に手動で弾を込めると、振り向いて敵の位置を確認する。

 

「うわぁあっ!?」

 

 目の前で攻撃態勢に入っていた。私は驚いて尻もちをついてしまったが、それが逆に功を奏したようだった。アリの腹部から放たれた酸は偶然にも私の頭上を通り過ぎていき、私はこれ幸いとライフルを連射した。的確に頭を撃ち抜くなんて芸当は私にはできない。

 

 できることと言ったら、堅実に敵の数を減らすことだけだ。後ろを見ながら後ろに走って、敵の姿を確認しながら敵を撃つ。難しいが。できなきゃ死ぬ。プロフェッサーと約束したのだから。

 

「うぉぉおおおおっ!!」

 

 私は自分を振るい立たせて目の前の敵の大群にライフルをばら撒き、リロードする。さっき一度やっているから、次は容易に取り替えられた。格納庫に撤退しつつ、肉薄してくるアリをライフルで応撃する。近づいてきていたそいつが死んだのを確認して、銃口を別の敵に向けて引き金を引いた。

 反動が私を襲うが、無理矢理に抑えて敵へ弾を当てる。銃身がブレて弾が一定の軌道を進まず、そのせいでかなりバラけてしまっているが、的は大きいので今のところ当たってくれている。だが、戦い続ければ私は疲弊してしまう。ここいらで数を減らしておきたいが、絶え間ない攻めと物量で、減っているような気がしない。

 

 だが、諦める訳にはいかない……。

 プロフェッサーと生きて落ち合うのだ、ベース251で!

 

「倒れろぉーーーっ!!」

 

 逃げながらも。 私は撃つ。

 銃弾を敵にあびせ、敵の攻撃をどうにか回避する。避けて体勢を立て直し、目の前に迫るアリへ攻撃する。そのまま倒した奴から離れながら別の個体へ銃を向けて連射する。弾倉を変える。

 

「クソッ……!!」

 

 だがダメだ。

 敵は減らない。こっちは銃が一丁に、歩兵戦闘の経験すらないシロウトがひとりだけ。勝ち目はなかった。格納庫は広いが、逆に言えば包囲される隙を与えかねない。私は有利な位置に逃げたはずが、敵に取り囲まれていたのだ。

 そして私が取った行動は、ダメ出しと言わんばかりの吶喊。ライフルを腰だめに構えて連射しながら、包囲の薄い場所を見て突撃するのである。

 

 それが良い方向に働いたのか、私は命からがら包囲網を脱する。ブーツが敵の放った酸の液体を踏んづけたせいで、靴底が焦げていくような気がする。

 

 振り返ってライフルを撃ち続ける。突破はしたが、全て倒せたわけじゃない。ましてや、敵は数が減るようには思えない程の大群だ。

 

 どん。

 

 残念だが、人は壁を背中だけで押す事はできない。私は絶望する。

 

「う…っ!? くそぉ……っ!!」

 

 横薙ぎにアサルトライフルを振り回し、引き金を引き続ける。カチカチ、と、無情にも弾は空になる。私は壁に背をつけながら、敵が怯んでいるうちに弾倉を変えようと予備弾倉に手を伸ばす。だが、それを焦って落としてしまった。

 

「あっ! ………うッ!」

 

 そして見てしまった。マガジンに手を伸ばした時、その眼前にアリが迫っていたところを。

 私は思わず壁に寄りかかってしまう。だが、それは重々しい音と共に消えていき、私は消えた壁に寄りかかる事が出来ずに転ぶ。

 

「わ、あっ!?」

 

「こちら、レンジャー1。迷子のお嬢さんを発見。保護する」

「レンジャー2、怪物を撃て!! レンジャー1を援護!」

 

 私は大人の手に引かれて床を滑るように移動し、アリから離れていく。そして逆にアリへ突撃するように、5人の兵士が走っていく。

 

「よく生き残ったね。安心してくれ、俺達は怪物退治のプロだ。こんな小勢に負けはしない」

 

 そう言うと、私を庇ってくれたもう5人の兵士も突撃していく。凄まじい事に、彼らは私なんて比にならない程の速度で敵を殲滅していく。私は全く歯が立たなかったのに、兵士たち……あのレンジャー達は手馴れているかのように軽々と殲滅させていく。

 お互いがお互いをカバーするように立ち回り、2人で火力を集中させて1匹を倒す。連携の取れた動き、統率の取れた動きだ。私は彼らの動きを見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うー………悔しい……」

 

 気がつけば私は1人のレンジャーにおんぶしてもらっていた。情けない事に、へっぴり腰で立てなかったのだ。ついでに言うと私をしっかりと見るまでボロボロの服の女の子としか思っていなかったらしく、私を正面から見たレンジャー2人が短い悲鳴を上げていた。少し申し訳なかった。

 

「噂は聞いていた。凄い兵器を操る機械の少女。まさか高校生ぐらいの見た目だったとは思わなかったが」

「うん……その凄い兵器も、壊れちゃったけどね……」

 

 離れていく格納庫を見やる。ドロドロに溶けているACの腕がかろうじて見える。

 

「まあ、生きているだけで儲けものさ。俺達の仲間が散々助けられたらしいからな。次は俺達が助ける番だ」

 

 EDFの仲間だ。 彼はそう言って私を勇気付けてくれた。これもまた情けない事に、戦うと決意しながらも守ってもらえることに安心してしまった。

 私はACがないと、こうまで非力なのか。

 戦闘適性なんて備わっていないのかもしれない。私は、本当はドミナントなどではなかったのかもしれない。じゃあドミナントとは誰だ?

 

「おっ、見えたぞ! 君、もうすぐ出られるぞ! レンジャー2、グレイプを用意してくれ」

「了解。少女は守り切るぞ!」

 

 レンジャー2が先行していき、車両庫から輸送車両グレイプが1両、その姿を見せる。ここにいるのは11人、運転手と助手で2人の、ガンナー1人の兵員室10人。人数としても問題は無い。

 

 私は抜けた腰が戻った事を言うタイミングを見失ったまま、グレイプに乗せられる。うーん、情けね……。

 

「もう安心だ。最寄りの拠点に連れて行ってあげるからな。ここからだと……遠いな。ベース496か。80キロは走るぞ、軽油は!? 入れたか?」

「昨日俺が整備してる。任せろ」

 

 グレイプが走り出す。基地のリフトに到着するのは早いがここから80キロは走る必要があるらしい。

 

「大丈夫だ、もう安心していい。君のコールサインは? 君とか少女って呼ぶんじゃ不便だ」

「ラプター、それかレイヴンって呼んで」

「レイヴン? この前実戦配備された新型ライフルか」

 

 彼もプロフェッサーと同じ認識だ。当然か。私の世界でのレイヴンとこの世界でのレイヴンは意味合いが違うのだから。

 

「わかった、レイヴン。うん、クールだ……ハハハ」

「フフ、良いな。レイヴン、俺もそう呼ぶか」

「……しかし、こんな小さい子も戦う時代か。嫌な時代になったもんだ」

「だがサイボーグか。ロマンがあるな」

 

 レンジャーの1人が私の頭を撫でる。私が機械の体というのはあまり気にしていないようだ。

 

「そういえば、聞いたか? プライマーの奴ら、遂にアーマーを着た精鋭歩兵を投入してきたらしい。かろうじて防衛に成功したのは例のスーパールーキーがいたエリアだけらしいぞ。それも、防衛に当たった機甲中隊は全滅、コンバットフレームもやられたって話だ」

「プライマーの精鋭歩兵か……戦況は悪くなっていくばかりだな」

 

 私が眠っている間に……死んでいる間に、敵はどんどん戦力を増強しているらしい。

 

「レイヴン。あの機体は君にしか動かせないと聞いたよ。 プロフェッサーから君を護衛するように言われている。《君は今後の未来に絶対に必要な人材だ》とね」

 

 伝言からするに、プロフェッサーはACを解析、生産するつもりらしい。でも、プロフェッサーは《始まる》と言っていた。なぜプロフェッサーは、ここが襲撃されることを知っていたのだろうか?

 更には、この後もっと酷い惨状が人類を待ち受けていることも知っていると言う。何があるのか? ベース251に行けと言っていた。ベース251には何が存在しているのだろうか?

 

 私の疑問は尽きる事はなかったが、それ以上に生身で戦闘した疲労が私を襲って、起きてから数時間と経っていないにもかかわらず、眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 起きると、私はベッドの上にいた。身体を起こして、ブーツを履く。起きて気がついたが、上着がジャケットになっている。誰かが着せてくれたのだろうか?

 ……行かないと。ベース251に、プロフェッサーが待ってる。私は部屋に置いてあったビニール袋を拝借し、その中に一緒に入っていた食料を手に部屋を出た。武器庫に行ってライフルを取りに行かないと。後は、私の身長にも合うアーマーが欲しい。

 ブーツが灼けた事は既に確認している。戦闘服は無理でも、せめてサイズの合うアーマーがあれば、多少は耐えられるはずだ。

 

 廊下には誰もいない。ここは恐らく基地なのだろうが、兵士の姿はなかった。戦闘中なのかもしれない。なら食料なんて持っていく暇は無い。銃を取って戦わないと。私の体格では、ショットガンやスナイパーライフルみたいな反動の大きい武器は使えない。必然的に、アサルトライフルが選択肢を独占することになる。

 

 武器庫を見つけた。案の定というべきか、入口から近い場所のガンラックは空になっていて、弾薬もごっそり減っている。私は少し奥にあるライフルを手に取り、アーマーを吟味する。サイズの一番小さいものを選び、身体にきつく固定すれば、どうにか着られない事は無さそうだ。ヘルメットも被っておいた方がいいだろうか?

 ……残念ながらヘルメットは全部ぶかぶかで、クリップを取り付けてもずり落ちてしまうからダメだ。 その代わり、ブーニーハットがあったので代わりに被っていく。紐をくくれば私でもかぶれる大きさだ。

 アーマーにマガジンを差し込み、ライフルに弾倉を装填する。これで戦える。

 

 出口を見つけないといけない。ベース251へ…………うわっ!

 

 私は突然浮き上がった!

 

「ようやく見つけたぞ! いたずらっ子め、こんな所にいたか。武装までして……何をするつもりだったんだ?」

 

 どうやら抱き抱えられただけらしい。私はゆっくりと下ろされた。ライフルを床に置く。

 

「って、おい、それは俺の帽子だぞ! 返せ!」

 

 紐を解かれて、彼の頭にブーニーハットが収まってしまう。あー、せっかくピッタリなサイズのを見つけたのに……。

 

「全く……どこへ行くつもりだったんだ? 俺の監視の目を抜けるとは、なかなかやるじゃないか、ん?」

 

 頭をガシガシと撫でられたあと、私は抱っこされる。いや、そんな事される歳じゃないんですけど。と、それとなく言ってみたが聞く耳持たずだ。仕方ないので質問されたことに答える。

 

「私はベース251に向かおうと思ってて。プロフェッサーとそこで落ち合う予定だったんです」

 

 それを聞くや否や、彼はピタリと歩みを止めてから私を下ろしてしゃがみ、視線を合わせてくる。

 

「それは確かか? 俺もベース251に転属の予定だった。じゃあ一緒に行くか? 他の仲間も何人か着いてくる予定だからな」

 

 偶然な事に、彼もまたベース251へ行くつもりだったらしい。これは僥倖、とばかりに頷く。彼は更に続けた。

 

「お前もEDFの兵士なんだったか? 俺は前までは民間人でな。戦況が悪くなってきたと聞いて居ても立ってもいられず、入隊した。階級はまだ一等兵だが、そのうち()()()のように軍曹へ! そして曹長、少尉、中尉! そして大尉へと成り上がり、いずれは俺の管轄する基地が人類一大反撃作戦の要となるのだ!!」

 

 という夢を語る彼は、握りこぶしを天に(というか天井に)突き上げて決意を露わにしている。そんな彼の後ろから走る音が聞こえてきた。

 

「おい一等兵! 少女は見つけたか!?」

「はっ! 伍長殿! ここに!!」

 

 後ろから話しかけられた伍長殿に向き直る私と一等兵さん。一等兵さんは私がさっきまで被っていたブッシュハットを頭に被っている。後は保護ゴーグルをつけていて、あごひげが生えている。今まで見たのが普通の隊員だっただけあって、一等兵さんの見た目のインパクトが強すぎる。見た感じ軍曹っぽい感じだったけど……。

 

「よかった、ここにいましたか。体調は問題ありませんか、中尉?」

「うん、大丈夫。一等兵さんが来てくれたから」

「え……えっ!? ち、中尉っ!?」

 

 入隊して二ヶ月程度なのだろうが、どことなく謎の貫禄がある一等兵さんは私と私の階級を聞き返して困惑する。

 実は、テレポーションシップ撃墜を敢行した二日後、中尉へ昇進させるという通達があった。勲章などは与える時間がなかったため、形だけの中尉階級だが、それでも前線の歩兵の指揮を行うことはできる。……実際に指揮が上手いかは置いておくとしてだが。

 

「しっ、失礼いたしましたぁっ!!」

 

 ビシィッ!! ……と、そんな効果音が似合いそうなほどキビキビと手を動かし、足を揃えて勢いよく敬礼する。私はそんな一等兵さんを宥める。

 

「まあまあ、私なんて機体が無いと戦えないから、民間人と変わりないよ。だからそんな畏まらないで」

「しかし自分は……いえ、わかりました。 んんッ! ……わかった、そうさせてもらおう」

 

 調子が戻ったようだった。伍長さんも頭を掻いている。

 

「中尉、あまり甘やかさんでください。そいつぁ訓練成績こそ優秀でしたが、血の気の多い奴でして。一等兵お前もだ! 中尉のご好意に甘えて、規律が疎かになるぞ!!」

「えぇ…え、し、しかし中尉は……!」

 

 板挟みになって、可哀想に……私が助け舟を出してやろう。

 

「まあ、伍長さんも。私の階級は見せかけのようなものなんだから。畏まらずに。じゃないと私が気恥しいよ」

 

 伍長も納得したのかしてないのか、半々といった様子で了解してくれたようだ。

 

「……仕方ないですね。了解しました。一等兵! 中尉殿に甘えることのないようにな!! ……ではこれで。私はまだ内務がありますから」

 

 彼が敬礼して廊下を立ち去っていく。私が見慣れない格好で武装している事は触れないのか……と思いながら立ってると、一等兵さんが目の前に屈んで視線を合わせる。

 

「しかし、こんな女の子が尉官かぁ……一体何をやったんだ? まさか、一人で怪物の群れをやったとかか! それなら納得だ、俺も民間人の時に怪物に襲われたが、奴を倒すのに相当の勇気を振り絞った!」

「そっかあ、倒すのに勇気を……え、民間人なのに!?」

 

 一等兵さんは胸を反らして誇るように語る。

 

「そうだ! 俺は軍に入るまでは猟師をやっていた。 あれは鹿を仕留めた帰りの事だ……家に帰った俺の携帯に入る一通の通知、それは住んでいた地域に少数の怪物が出たとの知らせだった。

 俺は居ても立ってもいられず、散弾銃を持って家を飛び出し、市民を襲う一体の怪物を仕留めたのだ!! その後EDFに保護された市民達から、俺は称えられた……そして、俺は決意したのだ。EDFに入隊し、怪物から市民を守ると!!」

 

 なるほど……それは確かに勇気ある行動だっただろうなぁ……。猟銃って確か2発ぐらいしか入らないんじゃなかったかな?

 外したら食べられてしまう状況で冷静に敵を倒せるのは、確かに兵士の素養というか素質があるのだろう。

 

「中尉殿も、やはり怪物を?」

「いや、私はテレポーションシップをかな……」

 

 遠慮がちに言うが、一等兵さんの耳にはガッツリ入っていたらしい。私を持ち上げて、真偽を尋ねる。

 

「ほ、本当なのか、それは……!!?」

「ムグムグ……ぷはっ! ほ、本当! ホントのこと!!」

 

 まあACあっての事だけど。そう付け加えるも、一等兵さんは聞く耳持たずで私を私が寝ていた部屋に連れ込んだ。

 私をベッドに座らせると、一等兵さんはその前で正座してメモを取り出す。

 

「是非ご教授願います、中尉!! 俺はもっと敵を倒し、市民を救いたいんです!!」

「だからぁ、私は生身じゃなくて機体があったのっ!!」

 

 ───実にそんなやり取りを数時間近く続けたかもしれない。時間が来て、一等兵さんがベース251へ移動することが決まると、私もそれに同行した。

 ここはベース247だったらしい。

 

 また疲れた気がする……。

 

 

 

 








 ウィンディ『ラプター』レイヴン中尉
 入隊日:2022年7月29日

 身長156cm、体重79kg(機械の体がこれほど軽いとは思えない。何か特殊な金属を使っているのか?)
 所属基地ベース247。後にベース251へ配属予定。
 備考:扱いを兵士ではなく民間人とする。理由としては、彼女の有する機体が破壊され、戦闘が不可能であるためとされる。


 『レンジャー2-4』一等兵
 入隊日:2022年11月19日

 身長179cm、体重81kg
 所属基地ベース247。後にベース251に配属予定。
 備考:誰かこいつを止めてくれ。夜間ですら訓練を続けるもんだから朝寝坊する事が稀にある。部屋を同じにしたがる奴もいないし、勘弁してくれ!



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十二話 ベース251にようこそ!



 あたらしいしょくば。






 

 

 

 

 

 

 グレイプ11両の車列の車列が、無人となった市街地を走っていた。この辺りのエリアはマザーシップの進路上に重なってしまったり、怪物の群れが多数確認されていたり、ドローンが降下してきたりでとても住める環境では無くなってしまい、家財の一切を放り捨てて地下街のシェルターへ逃げ込んだのだとか。

 

「静かだな……不気味だぜ」

「人っ子一人も見当たらねぇ。そりゃそうか」

 

 地下シェルターはこの先のベース251からそう遠くない距離にあるのだそうだ(それでも3kmは歩かなければならないそうだが)。その為、ベース251とシェルターを繋げる計画があるらしい。しかし地盤の問題や地下水道、進路上に電線が埋められているなどの理由から実行には至っていないそうだ。

 

「中尉、何かあったら守ってやる」

「ありがとう」

「そこの一等兵! お前中尉殿になんて口の利き方を!!」

「いや、いいんだって」

 

 こんなやり取りを続けているうちに、ゴールへとたどり着きそうだ。ゴールと言っても到着予定地というだけで、ここに到着すれば全て終わりというわけではない。私も最低限戦えるよう、ここで訓練を積むことにした。ACは戻ってこない上、ニクスに搭乗する事も出来ない。ライセンスを持たない人は起動すらできないそうだ。

 だったら私ができるのは、みんなと同じようにライフルを持って戦うことだけだ。

 

「着いたぞ! さあ降りろ降りろ!」

「よし、行くぞ中尉!」

 

 一等兵さんに連れられて、私も同じようにグレイプから降りる。車両が続々とベース251内部に格納されていき、私たち120人+ひとりのレンジャー達はベース251の中に入っていく。

 私も一等兵さんの後に続いて基地の中へ入った。

 

 

 

 

 

 基地は今まで見た事のある、いわゆる地上に展開するタイプではなく、居住スペースから車両格納スペース、訓練場に至るまで全てを地下に押し込めた形である。

 

 そして私達は、その中でも特に広いエリアに居た。居住スペースである。プレハブ小屋がいくつか並び、その手前で整列している。

 

「ベース251にようこそ。この基地は今、深刻な問題を抱えている──」

 

 この基地の司令官だという大尉殿が話し始める。

 

 

 

 

 ──人手不足だ。兵士が足りない為に任務に遅れが出ている。これではマズいと、私は各基地に増援を要請した。諸君らの様な兵士をな。

 だが!! 蓋を開けてみれば、なんと訓練過程を終えたばかりの一兵卒が大半だ!! これでは到底、我々は人類のために戦うことなどできん!!

 

 貴様。訓練過程でどのようなことを学んだか言ってみろ。

 

 ──はっ! 私は射撃に優れているとされ、事実動く相手に当てることの重要さを知りました! その経験を加味され、狙撃兵科に配属されました、サー!!

 

 つまり、卒業したてのへっぽこスナイパーだ。次! 貴様だ。貴様は訓練で何を学んだ?

 

 ──私は敵へ恐れず突撃する事こそが兵士の花であると学びました。よって上官に掛け合い、突撃歩兵として配属されました、サー!

 

 つまり、向こう見ずのマヌケだ。貴様は?

 

 ──俺は訓練よりも前から怪物を倒し、入隊後も敵を倒し、市民を守る事ばかり考えていました! 兵科も小銃兵であります、サー!

 

 なるほど……つまり少し戦いが出来るだけの馬鹿だ。

 

 こういう事だ! 貴様らは基礎を終えただけ、まだ応用すら分からないペーペーの新米だ! 役立たずを寄越せと頼んだ覚えはない!!

 よって我がベース251の精鋭部隊が、貴様らを根っこから鍛え上げてやる。光栄に思え!!

 

 「「サー、イエッサー!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は奥の方だったからか目をつけられずに済んだ。ああいう人はあんまり得意じゃないんだけどなぁ……。

 一等兵さんは私の前で走っている。射撃訓練場に集まれという事だから、全員で駆け足である。私は身長の割に体重があるから遅れがちだ。

 

「ねえ、一等兵さん。 訓練中もああいう人が上官だったの?」

「ん!? ……俺の訓練を担当したのは、今巷で最も有名なレンジャー部隊と言われてる軍曹殿だ。()()()の訓練はキツかったが、強くなるという実感があったなぁ……」

 

「軍曹、そういう人もいるんだ……。じゃあ、あの人は? えーっと、大尉!」

「奴の身体、見ただろう? ぶくぶくに太ってやがる。きっと金で成り上がったんだろ。あれじゃあ市民を守る事なんざできん!! 俺が大尉となった暁には、この基地の司令官として戦い、街からプライマー共を追い出し、市民を守る!!」

 

 確かに、私たちの前でなんやかんや言っていた大尉はお腹周りが残念なことになっていた。一等兵さんが大尉になったら、確かに頼もしい人になりそうだ。私としてはあの大尉より、こっちの()()の方が将来的には健康に良い。

 

「到着するようだ、そろそろ黙るぞ」

「うん」

 

 そうして口を閉じてまた少し走り、着いた先はいくつかのマトがあるだけの簡易的な射撃訓練場だった。私もみんなと同じようにPA-11アサルトライフルを持って整列する。

 先に来ていた大尉がマトの50メートル前方で立っている。

 

「よぉーし。まずは貴様からだ。こい!」

「イエッサー!」

 

 一等兵さんが走っていく。 あれ? ってことは次、私?

 彼が正確にマトを撃ち抜いていく。腕は見事だ。

 

「よーし、上出来だ。次、貴様!!」

「あ……イ、イエッサー!!」

 

 私も駆け寄る。男性ばかりのレンジャー部隊にあって、見た目160cm前後の女の子はどうやら物珍しいものに映るらしい。当然かもしれない。大尉も私の事を見て怪訝な顔をしている。

 

「ん!? 貴様は兵士か? 階級と前までの部隊名、元の所属基地を言え!」

「え? あ、階級は中尉、部隊名はラプター。所属基地はアウトポスト89です、サー」

「…………ラプター……どこかで聞いた事が……ああっ!!」

 

 大尉が絶句して、膝を折って尻もちをつく。

 

「も、もも、もしかして……マザーシップを撃墜した英雄!?」

「いや……正確には、私がロボットに乗って、マザーシップを落とした、ですけども……そうです」

 

 私が応えると、後ろにザワザワと喧騒さが浮き出てくる。私は大尉を見つめている。

 

「だから歩兵としては戦えません。鍛えてくれるんですよね? 大尉どの?」

「は、はははいぃ! め、滅相もありませんッ!!」

「え? だから鍛えてくれるんですよねって……」

「い、いえいえ、私などがマザーシップを落とした方に……!!」

 

「……だめだ、これは」

 

 

 

 

 

 

 話にならなくなってしまったのか部下ふたりがふとっちょ大尉を運んでいき、3人目の部下が正面に立つ。

 

「………上官がすみません。私はこの基地で訓練兵教育をしていました、軍曹です。英雄と会えて光栄です。

 ……ですが、基礎訓練過程を終えていないということですよね。でしたらここで一通り終えてしまいましょう。射撃が出来れば狙撃兵に、体力があればライフル兵に、その他条件によって突撃兵や対戦車猟兵と、その兵科が変わるんです、中尉」

 

 なるほど。私は体力だけはあるから、ライフル兵が良いのかな。長時間走っていられる(今思えばそれも機械の体のおかげかもしれない)し、撃った経験のある銃が今手元にあるライフルPA-11しかない。

 

「ではライフル兵ですね? 中尉殿はこの距離からマトに弾を当ててください。10秒間撃ち続けて、どれだけ命中させられるかで成績の善し悪しを決めますから」

 

 懇切丁寧に教えてくれる軍曹さんの指示通り、ライフルを構える。引き金には指をかけていない。

 

「射撃用意!! ………撃て!」

 

 合図と同時に引き金を引き絞り、反動を抑えるためだけにがっちりと腕を固定する。機械の体だからできる、この無理矢理反動を抑える感じ。ズルをしている自覚はある。

 銃身が跳ね上がろうとするのを力で無理やり押さえつけた。

 10秒間撃ち続けると、40発なんてあっという間に弾切れしてしまう。弾倉を取り換えて、記録を確認する。

 

「ふむ……ブレ無し。すごいな……これならライフル兵としてはやって行けるでしょうが……いいんですか?」

「え?」

「中尉は階級こそ前線指揮官ですが、貴方の階級は専用のビークルあってのものと聞きます。民間人としてこの基地で保護することもできるのですよ?」

 

 なるほど、いいんですか、と聞いたのは私が戦えないかもしれないから逃げ道を用意してくれたということだろう。

 軍曹は優しい人だが、だからと言ってそれに甘えるつもりは無い。一等兵さんがいるうちは私も前線で戦いたいのだ。彼が行く先を見てみたいし、プロフェッサーがここに来るまで私はどうにかして戦えるようになっていなければならないからだ。

 

「大丈夫。基地に来た時から覚悟は出来てる」

「そうですか。 ……英雄は、心まで勇ましいという事ですか? 私も見習いたいものです。 ……よし、では次!!」

 

 私は下がり、次のレンジャーが駆け寄っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これを以て、全員の確認が終了した。後々配属する隊を編成するので、配布された紙にある番号を呼ばれた者から集まるように! なお、当面は向こうにあるプレハブ小屋で生活する事になる。小屋ひとつにつきしっかり200人ほど住める計算だ、遠慮なく私物を部屋に置いていいぞ!!」

「「サー、イエッサー!!」」

 

 そして解散していくレンジャー部隊。私はというと、何故か十数人に囲まれていた。

 

「あなたが、英雄!?」

「しかも中尉と来た。こんなところで会えるなんて!」

「マザーシップを落とした英雄、ここにいたとはな」

 

 みんなして私にわちゃわちゃ話しかけてくる。一等兵さんはというと、少し離れた場所で腕立て伏せをしている。ゆらゆら揺れるブッシュハットが印象的だ。特徴的なゴーグルも相まってちょっとかわいい。

 

「おい一等兵! お前も来いよ!!」

「俺に構うな、今忙しいんだ!」

 

 うーん凄い熱入ってる。私もした方がいいのかな、腕立て伏せ。いやそもそも、ほぼ全身が機械だから筋肉も何もつかないのか。重たいものでも難なく持てるっていう利点だけは良いかも。

 

「しかし似合わないジャケットだ……。誰のです?」

「これ? これは一等兵さんの……」

 

 腕立て伏せをする彼を見ながら言う。寝ている間にジャケットをかけてくれたのだ。少し暑いのでそれを脱ごうとすると、正面にいたひとりが短い悲鳴を上げる。

 

「うわっ!!」

「おい、どうした!? ……うおっ!」

 

 私は急いでジャケットを着る。忘れてた。今人工皮膚が破けてて中身が丸見えなんだった。先進技術研究部の格納庫で助けてくれた一等兵さんは触れないでいてくれたけど、普通はそういう反応だよね。

 

「……………アンドロイド?」

「マジかよ……どうなってんだ!?」

「噂で聞いたぞ! 未来から来た人類の最終兵器があるって! そのパイロットなんじゃないのか?」

 

 未来から来たこと以外は間違ってない。機械人間だから確かにアンドロイドと言うべきだし、人類側の……最終兵器かはわからないが、戦果を挙げて勝利に貢献するつもりではいた。

 

「と、とりあえず小屋に行こう。あれが俺達の部屋らしいからな」

「そう、だな……中尉殿、あなたは?」

 

 私も行こうかな。休める場所が欲しい。そう言うと、聞いてきたレンジャーが頷く。

 

「じゃあ決まりだ。一等兵、お前は!?」

「98……99………100ゥッ!! ……ふぅ、よし!! ん? どうしたお前たち、こぞって俺を見て」

 

 一等兵さんは夢中で聞いていなかったようだ。私が近づいて説明する。

 

「これからあの小屋で暮らすんだって。部屋は自由に決めていいらしいよ。一緒に来る?」

「ん? ……ああ、説明のあったプレハブ小屋か。 よし、俺も行こう」

「うん、決まり!」

 

 一等兵さんを連れてみんなでプレハブ小屋に向かう。簡単な室外機が沢山取り付けられていて、本当に見る通り、詰め込めば200人は住めそうだ。そうでなくとも向こう側に数棟建っているので、ここにやってきたレンジャー部隊一個大隊の家を用意するぐらい簡単なんだろう。

 

 

 プレハブ小屋は玄関から廊下がずっと続き、その左右に部屋があって、最奥と中央に階段がある。2階、3階まであって、その何処にでも、自分の部屋を決めても良いのだそうだ。

 他に集まったレンジャーがどこそこが俺の部屋だお前の部屋かなんだと騒ぎ立てる中、私と一等兵さんだけが3階の一番奥の部屋とその手前の部屋を選ぶ。

 

「うるさいのは好かん! お前もか?」

「まあ、私も……そもそも人があんまり得意じゃないから、ここでいいかなって」

「そうか。 俺は平気なのか?」

「うん。最近わかったのだけど、私が大丈夫だと思える人は大丈夫………と思う」

「ふぅむ……よくわからん。そう言えばお前の番号は?」

 

 一等兵さんはペラリと自分の紙に書いてある番号を見せてくる。私も同じようにポケットの紙を取り出した。

 

「俺は32だ」

「私、は………29だね」

「同じ隊だと良いが。そうすれば味方もお前も、そして市民も、俺の手で守ってやれる」

 

 一等兵さんはとても頼もしいね。当たり前だ。そう言って笑い合いながら。私達はお互いの部屋に戻って、窓を開けてベッドに倒れるように横になる。機械の体だと意識してからは、無意識に制御していたものがぎこちなくなっていくような気がしていた。例えば呼吸やものを掴んだり、歩くことだって妙に力むようになってしまっている。

 

 ジャケットの裾を捲って、マザーシップの砲撃を受けた時の怪我の様子を見る。胸部とは違い、腕に負った火傷は人工皮膚が焼け爛れて中身が半分見えそうになっているぐらいだ。恐ろしい事に、こんな惨状でも痛みは感じない。それどころか、ぎこちなさを抜きにしても一切動きに支障をきたす様子は見られない。

 さすがは、キサラギ社の人間がやった施術なだけはある。そこだけはキサラギに救われている。これがもし普通の強化人間だとすれば、砲撃の時点で私も死んでいたかもしれない。

 

 

 

 

 やがて、番号が呼ばれ始める。小屋の外からメガホンで数字が読み上げられ、そして呼ばれた人は小屋を飛び出して軍曹の前に駆け寄る。

 

『29!30!31!32!33!』

 

 あ、私が呼ばれた。確か一等兵さんは32だから、一緒に呼ばれたってことはもしかして同じ部隊なのだろうか。

 

 私は身体を起こしてベットから飛び出し、部屋を出て階段を下り、小屋の前に駆け寄って直立する。

 あとから他の人たちも来るが、一等兵さんが私の二番目に早かった。逆に一等兵さんは私が先に来ていた事に驚いたらしい。フフーン、整理する荷物もないからね、私は。

 

「よぉし、集まったな。諸君は以降、ベース251所属遊撃隊・ハリケーンとする。わかったな、ハリケーン!!」

「「サー、イエッサー!!」」

 

 全員で声を合わせて敬礼する。

 

「よし! この隊の指揮官は一等兵、貴様に任せる! なお、只今を以て一等兵、貴様はふたつ昇級、以後伍長とし、部隊の生存を第一に定めるよう命ずる。貴様は訓練成績だけでなく、戦闘においても味方や市民を守るよう、積極的に盾となるようだな?」

 

「はっ! 俺は市民を守り、美しい地球を取り戻すため、この身を犠牲にしてでも戦い抜く所存です!!」

 

「目標が甘いッ! 市民を、味方を守り、皆で生き残ってこそEDFの仲間だ!! 貴様ひとりが抜け駆けすることは決して許さん! わかったな!!」

 

「サー、イエッサー!!」

 

 一等兵さんと軍曹のやり取りが終わると、軍曹はニコリと笑って大きく頷く。

 

「よーし、よく言った。市民を守り抜くその心意気は良いが、自分が死んでは元も子もない。生き残れ。それがお前達の重大な任務だ」

「サー! お言葉ですが、それでも俺は市民を守る事を優先したいです!!」

 

 一等兵さんは半歩踏み出し、なおも食いついていく。軍曹は困ったような顔をするが、直ぐに笑顔に戻る。

 

「それも良い。だが忘れるな。お前が死ねば仲間は悲しむぞ。分隊は兄弟で

EDFは家族だ。俺達は市民の為、そして兄弟・家族の為にも戦う。それだけは覚えておけ、いいな」

「サー、イエッサー!」

 

 一等兵さんが半歩下がった。軍曹も納得させられた、というような顔でもう一度頷き、解散と言って次の番号を呼び始めた。

 

 ハリケーン隊の面々は早々に集まっていた。

 

「英雄と同じ隊に入れるなんて光栄です!」

「一等兵……いや、隊長! あんたも頼りにしてるぜ」

「任せろ! 俺がプライマーどもを宇宙に送り返してやる!」

「よっ、いいぞ大将!!」

 

 みんなでワイワイはしゃぐ。軍隊とは思えない緩さだが、その奥には市民を守るという固い誓いがあり、それととても強い仲間意識こそがこの軍を強いものにしているのだ。

 

「じゃあ自己紹介だな。改めてハリケーン3だ。前の部隊が全滅しちまった、俺だけは生き残ってやるぞ!」

「同じくハリケーン4。前の基地では怪物を15体倒した、ここでも活躍してみせるぜ」

「ハリケーン5、元ベース228の所属だ。欧州でエイリアンに襲われて、どうにか生き残ってここに来た」

 

 次は私だ。

 

「ハリケーン2。敵兵器を沢山落としてきたけど、歩兵戦はからっきしだから、1からのスタートということで頑張るよ」

 

 そして隊長。

 

「ハリケーンリーダーだ! 俺が隊長になるのは必然だった!! 何故なら、俺はこの基地の司令官となり、プライマーをこの星から叩き出す為の起点となるつもりだからだ!! 遊撃隊というからには、俺達はビシバシ働く事になる。だが安心しろ! いつか地球は綺麗になる、俺達が戦い続ける事でな!」

 

 全員の前で隊長は豪語してみせた。集まっていた次のグループも唖然としてこっちを見ている。ハリケーン3がクスリと笑った。

 

「なるほど、こっちもある意味、英雄だ」

「言えてるな! ハハハハッ!」

 

 隊長がブッシュハットを揺らしながら怒る。

 

「な、なんだとぉ!? 俺はな、市民を守るという崇高な目的の為に………───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜。隣で窓を開けてタバコを吸っている。隊長が隣の部屋なので、声を抑えて話す。

 

「戦うのは怖くない?」

「怖くないな。だが、怪物に食われるのはゴメンだ」

 

 タバコの灰を灰皿に落としながら隊長は答えた。

 

「それは嫌なの?」

「当たり前だ。食われれば戦えなくなる。市民を守り抜いた末に食われるのなら致し方ないが、そうでない所で無駄死にするのは無駄だ」

 

 確かにそうだろうとも。怪物に食われて良かった、などと思う人間はいまい。

 

「それにな、ハリケーン2。先進技術研に派遣されてすぐの交戦だったが、お前の事は知っていたぞ。英雄の噂もな。俺はお前のような力ある戦士になりたい。そして市民を守るのだ。

 怪物どもを残らず駆逐し、エイリアンどもを追い出す。プライマーは元の星に帰ってもらう。そして、地球に平和を取り戻す!! ……俺の最終目標はそこだ」

 

「どうして市民にこだわるの?」

 

 隊長は新しい1本を吸おうとしていたのを止め、話に集中する事にしたようだ。

 

「……俺の家族と連絡が取れん。数ヶ月もだ。欧州に住んでいた俺が日本に来た2ヶ月後のことだ。プライマーが襲ってきて、家族と連絡が取れなくなった。俺が入隊したのがこの時だ。

 

 最初は助かるだろうと高を括っていたが、欧州の生存者のほとんどが、飛行型の怪物にやられたと聞いてな。そこで諦めた。そして決意したのだ。市民を守り、怪物を倒すことで、家族の仇を取ろうとな。だから、まだまだ道は長い。お前にも期待してるぞ、中尉」

 

 そんな重い過去があったとは知らなかった。だから軽率に聞いてしまったのだろうが、それを私は後悔し、だがそれを振り返らずに隊長の言葉に頷いて答えた。

 

「うん。私に任せて、隊長」

「俺もだ、隊長」

 

 下から顔を出して、ハリケーン5が便乗してきた。どうやら私の一個下の部屋を自室に定めたらしい。

 

「お前にも期待させてもらおうか。 俺の部隊は厳しいぞ、着いてこれるか?」

「任せなって。こう見えても6ヶ月間生きてきたんだ」

「私も、これからは慣れない戦いだけど、役に立てるように頑張るよ」

 

 消灯時間直前の私たち3人は、こうして意志を固めたのだった。

 

 明日から、怪物を倒す任務が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 








 ハリケーン隊

 ベース251にて遊撃隊を務める、新規部隊。上等兵を飛ばして伍長に就任した隊長と、副隊長の中尉、一等兵3人の、合計5人による遊撃班。ベース251訓練兵教官を務める軍曹が、ベース228奪還作戦の折に名付けられた特殊遊撃部隊ストームに対抗して命名したらしい。




 ストーム隊

 最精鋭の隊員達を集めて結成された、EDF陸軍所属特殊遊撃部隊。ストーム1、ストーム2、ストーム3、ストーム4の4部隊からなる戦闘部隊で、特に目覚しい活躍を見せるストーム1は、もはや戦場に求められていると言っても過言ではない。
 余談だが、ストーム1の人数はひとり、あるいは4人ではないか、という噂が兵士の間に広がり、その詳細の一切が分かっていない。



 





 没案タイトル

 【ベース251に           とうこそ】



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十三話 精鋭部隊


 緊急事態だ、エイリアンの揚陸艇が接近!
 敵の船は市街各地へ降下しており、別エリアを巻き込んでの大規模戦闘に発展した。
 既にベース249、ベース253が壊滅しており、彼らを攻撃した部隊もまたこのベース251に迫ってきている。

 各部隊は緊急出撃!
 エイリアンを殲滅し、地下シェルターの存在を奴らに知らせるな。市民を守っている隊員は怪物を追い払える程度の数しかいない。我々でエイリアンを防ぎ止めねば、市民の命も仲間の命も無いと思え!



 

 

 

 

 緊急出撃命令が下され、格納ビークル全てを駆り出して防衛に当たるという極めて異質な状況に、彼らはいた。

 街には痛々しい破壊の後が残り、既に幾度となく敵の侵攻を防ぎ止めている防波堤でもあるこのエリアも、遂にエイリアンの直接攻撃が仕掛けられようとしていた。

 

 既に攻撃を受け壊滅した基地の残存部隊が合流し、彼らと共に戦闘を繰り広げることになる。拠点で装備を整えて準備をしている間に生存者が伝える敵の外見や攻撃性、狡猾さは、これから戦いを挑むであろうベース251の面々を震え上がらせた。

 訓練を受けているのか挟撃するように進軍し、歩兵を掃討する為の武器や車両に対する為の武器さえ持ち、更に装甲に身を固めたエイリアンが来たのだと。それを聞いた防衛部隊は酷く恐れるが、ひとり、いやふたり。それに該当しない例外がいた。

 

「火炎放射器? ロケットランチャー? それがどうした! 市民を守り、最後まで戦うのがEDFだ。俺達に敗北は無い!」

「それに、私も待っている人がいるから死ねないしね」

 

 繰り上げ昇進で一等兵から伍長になったハリケーン隊のリーダーと、その副隊長を務める中尉が、武器を掲げて仲間を鼓舞する。

 

「俺は敗北主義者などではない。それを見せてやる。お前達も、俺達の戦いを見ていろ!」

 

 ハリケーンリーダーと副隊長が輸送車両グレイプに乗り込む。その姿を見て何か思うところがあったのだろう。他のレンジャー部隊も後に続いて搭乗する。

 

「おい、相手は少数で基地ふたつを壊滅させた化け物だぞ!? 行って何になる!!」

 

 彼らを止める生存者に、最後にグレイプに搭乗しようとした一人が笑って答えた。

 

「シェルターに家内を置いてきたのを思い出した」

「……!!」

 

 その言葉を受け止めた生存者のひとりは驚き、そして握りこぶしを作って俯く。

 

「まあ、あれさ。お前らの仇は取ってやる。安心しろ」

 

 そう言って、ショットガンを片手に乗り込む隊員の背中を、彼はじっと見ていた。グレイプ5両編成の車列は次々と発進していく。それを見送る隊員の、その後ろにいる残存部隊の生き残りたちもまた、短い対話を聞いて同様に俯いていた。そして誰かが呟いた。

 

「……やられたままで、いられるか……」

「隊長……」

 

 焦げ付いたヘルメットを被り直し、ロケットランチャーを手に立ち上がる。隊長と呼ばれた隊員の決意は、ゴーグル越しに映るその燃える瞳に現れていた。

 

「タンクとレールガンがあれば、奴の装甲を貫ける。そうでないとしても、大きな痛手を与えられるはずだ。ベース251司令に掛け合ってビークルを出撃させろ、手段は問わない。数百人のEDF隊員と数千人の市民たちの今後を左右する戦局だ、死ぬつもりで臨むぞ」

「しかし隊長! 敵はニクスを軽々と倒してのけた相手です、今更何ができると!?」

 

 隊長は悲観して叫ぶ部下の顔を見て話す。

 

「俺も、みすみす家族を死地には向かわせられん」

「新入り、安心しろ。あのニクスは廃棄直前のA型だったから負けちまった。ビークル部隊とレンジャー部隊とで連携すれば、勝機は充分にあるさ」

 

 グレイプの後続が全て基地を出るのを確認し、続けて5両のブラッカーE1タンク、イプシロン・レールガン搭載装甲車両3両が、出撃準備を整える。全て、ベース249、ベース253の生存者が操縦しているものだ。

 

「無謀すぎる、無茶だ!!」

「新入りに同意見だ。今すぐ交戦を中止して、敵が通り過ぎるまで身を潜めるべきだ」

 

 口論を押し退けるように、隊長がやってきたレールガンの砲塔によじ登って座る。

 

「俺達は軍人だ。例え無茶でも、守るべき仲間がいる限り戦う。ハリケーンチームとかいう、大バカ達に思い出させられた」

「隊長、俺も続きます」

 

 ひとり、またひとりと立ち上がり、ビークルに乗り込む。残っているのは、戦うことを否定していた数人だけになった。

 

「……それでも俺は……」

「自分も、怖くて足が………すみません」

 

 隊長は一度降りて、彼らを一瞥して一言伝えた。

 

「怖い気持ちはよぉくわかる。俺は今も怖い。だが、戦わないと最初から負けてるようなもんだ。少しでも勝つ可能性があるなら、俺はあいつらの下について一緒に戦う。 お前達はここで待っていろ。恐怖心は簡単には拭えない。俺達が戦いに勝ったら、その時はもう一度俺の下に来い。また共に戦おう」

 

 隊長がもう一度ビークルに乗り込み、ビークル隊は出撃していく。残った兵士たちは、その背中を黙って見ている事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レーダーを見ていた斥候兵が、無線で伝えてくる。

 

「確認しました。エイリアンです。重装甲のエイリアンです! 進軍スピードもかなり早い……!? 一分で接敵します!」

「来たか…」

 

 斥候の報告を受けてハリケーンリーダーが呟く。顎髭が特徴的な為、ヘルメットの赤色と相まって判断しやすいのもあって目立つ。今兵士全員の士気を維持している彼は、対エイリアン攻撃部隊全員にとっての旗印だった。

 

「俺達だけで重装エイリアンをやる。かなり辛い戦いだが、俺達がやらねば市民が危ない。弾倉の確認をしておけ!」

「サー、イエッサー!」

 

 よし。と、そう呟いてハリケーンリーダーはビルの影から顔を覗かせて、レーダーの敵エリア方面を偵察する。ビルからビルへ身を移しつつ退避するスカウトチーム、そしてその後方にそびえるように数体の重装甲型エイリアンが歩いてくる。視線を下に向けてビル影を頻繁に確認し、アンブッシュを警戒しているようだ。

 

「やつら、軍事訓練を受けてやがるんだ。待ち伏せの警戒なんてシロートはやらねぇ」

「油断はするな。影に誘い込んで、一体ずつやるぞ」

 

 大通りに出る道を挟むように建つビルの影にふたつの部隊が、隠れるように待ち伏せている。各々の武器を握りしめ、見つかった途端に全弾を撃ち込むつもりで構えている。

 

「ロケット砲、射撃用意よし」

「奴らめ。全弾叩き込んでやる……!!」

 

 全員が確認を終え、いよいよ戦闘態勢が整った。重々しい足音とともに、巨大な銃口が最初にビルの裏側から見え、続けて1体のエイリアンがその姿を全員の前に見せた。ハリケーンチームの隊長が叫ぶ。

 

「チーム1、撃て!」

「うおおぉぉぉぉぉーーーっ!!!」

 

 第1部隊全員のライフル弾が、散弾が、ロケット砲弾が、エイリアンへ一斉に降り注ぎ、アーマーの胴体部分や腕部が爆風、銃創、そのふたつで傷つけていく。エイリアンは怯み、銃口を向けようとしても爆発の衝撃で上手く構えられず、後続のエイリアンも先頭で攻撃を受けている個体の体が邪魔で、前に出てこれないらしい。

 

「チャンスだ、こいつを倒し切るぞ! アーマーを壊して中身を狙え!!」

「どっかだかの軍曹が言ってたぜ。こいつ、戦闘ロボットじゃないってな。中のヤツも、撃てば死ぬ!」

「殺すさ、ロボットだろうが、そうでなかろうがな!!」

 

 軽口を叩き合いながらも、その火力を吐くことを止めない。エイリアンは度重なる衝撃に怯み続け、遂にその胴体部が顕になる。灰色の肌に、紫の鮮血。人とは思えない禍々しさだ。

 

「うっ……おぞましい、あんなのがいていいのか!?」

「気色の悪いエイリアン共め。宇宙へ帰れ!!」

 

 ひとりのロケットランチャーから放たれた砲弾がヘルメットに命中し、大きく揺らぐ。平衡感覚を失ったのかそのまま転倒した敵に対して、チーム1は弱点である肉体部分に攻撃を集中させやすい位置を取った。同時に後続のエイリアンが仲間を守るためやってきており、そのエイリアンを足止めするように後ろから攻撃するチーム2。

 

「来たぞ! チーム2、射撃!!」

「EDFッ!EDFッッ!!」

 

 仲間の体を乗り越えて攻撃してきたエイリアンの気を引く為、チーム2が射撃を始める。敵の後方に残っているエイリアンはこれで後3体。残存するエイリアンは残り5体。気味の悪い事に、敵も小隊編成で敵と戦うよう訓練を受けたらしい。だが、その少なさが今仇となっていた。

 

 凄まじい血飛沫を噴き上げて、エイリアンの1体が死亡する。残るは4体。ハリケーンリーダーが更に指示を下す。

 

「チーム2は後退しながら撃て! チーム1は一度隠れて待機、敵がチーム2を追跡したら挟撃するぞ!!」

「イエッサー!!」

 

 全員が指示通りに動き始め、チーム2はビルを盾にしつつ縦横無尽に動き回り、撹乱する。チーム1はチーム2を何時でも助けられるよう、エイリアンへの攻撃を一度停止する。

 チーム2を火炎放射器が襲い、凄まじい爆炎が周囲を包むが、全隊員がリロードをする為に物陰に隠れたらしく、運良く数人の火傷程度で済んでいる。エイリアンが更に踏み込んで攻撃しようとした時を見計らって、ハリケーンリーダーは叫んだ。

 

「チーム1、攻撃!!」

「おおぉぉぉーーーっ!!」

 

 後方にいた3体のエイリアンを巻き込むように交戦を再開するチーム1。ほぼ全ての隊員の弾丸が胴、頭、腕、足へ。一直線に襲いかかっていく。しかし堅牢な装甲によって弾かれ、また攻撃も予測できていたかのように振り向いたかと思うと、エイリアンのロケットランチャーの砲口も同時にこちらを向いた。

 

「たっ、退避!!」

「退くな、撃て! ここで倒せないと作戦は崩壊する!」

「おい行くな! 離れ離れになったら最後だぞ! ……くっ。俺達が離れた部隊を連れ戻す、中尉は向こうを、俺達はこっちのを集めるぞ!!」

 

 半分ほどの兵士がロケットランチャーの攻撃から逃れるために散開する。攻撃作戦の参加部隊指揮を務めるハリケーン隊から離別してしまったチームを含んだ、残ったもう半分の部隊は攻撃を続ける。

 

「くそっ……全部隊散開! 散らばって、各個に敵を攻撃だ。ゲリラ戦を展開するぞ!」

 

 作戦が瓦解し、残ったチーム1の残党部隊は別々の方角へ散らばり、電柱や鉄道橋のような身を隠せる場所に退避しつつ、退きながら銃を乱射する。

 

「チーム2は現状の戦力で敵を倒せ、生き残れ!」

『了解! ……っ!? 隠れろ、炎が来るぞ!!』

 

 エイリアンが火炎放射器を地面の味方部隊に向けて放つ傍ら、チーム1の少数はエイリアンから撤退できずにその場で交戦していた。火炎放射器を撃つ個体の更に奥から、無数の弾丸が飛んでくる。精度は良いというわけでは無いようだが、その弾幕は仲間を萎縮させるのに充分だった。ガトリングガンである。

 

「ちっくしょう、ガトリング砲だ!」

「数じゃ勝っても火力で負けてる! どうにかならないのか?」

「無理だ。今は味方がバラけてる。集まりなおさないと、攻勢に転じるのは難しい!」

「くそったれ、とにかく撃てぇっ!」

 

 ガードレールの前で伏せて身を隠し、ビルの影からライフルだけを出して攻撃し、塀や電柱を盾に射撃する。抵抗の方法は各員バラバラだったが、その射線は複数いるうちのエイリアンのうち1体にのみ注がれている。

 

「火力支援は無いのか!? 全滅しちまう!」

「空軍への支援要請コードを持ってる奴はチーム2だ、通信できそうにないんだろう!!」

「じゃあ、あれだ! 噂で聞くアーマードコアとかってやつだ! あれは出さないのか!?」

「もうやられてる、マザーシップの撃墜例を遺してな!」

 

 冗談じゃねぇぜ、そう悪態をつきつつもその銃口はエイリアンを向き続ける。エイリアンの装甲は強固だが、全員で食ってかかるように撃ち続ければ破壊は可能であるらしい。

 

「みんな無事!?」

「中尉殿! 負傷者は数名です! しかし、エイリアンを引き連れて囮になってしまったチーム2の安否はわかりません!」

 

 中尉と呼ばれた少女の姿に機械の人間。ハリケーンチームの副隊長を務める彼女がやってきて、全員に怪我の有無を聞く。その後ろには纏められてきた30人のレンジャー部隊がおり、その半分が遅れてやってきたハリケーンチーム先導のもと、エイリアンへの射撃を開始している。

 

「チーム2はなんとかなる、と思う。それよりもエイリアンを攻撃しよう。闇雲に、バラバラに攻撃してもアーマーに難なく弾かれてしまう。それよりも全員で火力を集中させて狙いやすい胴体部分のアーマーを壊そう。それで多少は戦いやすいはず!」

「胴体部か……了解! お前たち、聞いたな!?」

 

 弱い点を観察して見つけ出したのだろう。中尉が指示を下し、こちらへ向かってきている2体のエイリアンを、チーム1の半数と半数とで挟むように取り囲み、射撃を続ける。

 

「ぐぁぁぁっ!!」

「うっ、うわぁぁぁぁっ!?」

 

 しかし、ただやられているだけではなかったエイリアンの反撃で、ひとり、またひとりと倒れていく。幸いとロケットランチャーを持っていた敵はチーム2の方に向かったようだが、それでもガトリングと火炎放射器による攻撃は怪物100体を相手するより余程地獄であった。

 

「怯むな、攻撃しろ! エイリアンを殺せ!」

「不法入国者は厳しく取り締まらないとな。わかったら出ていけ、ここは俺達の星だぞ!!」

 

 ハリケーンチームがエイリアンのうちのガトリング持ちの個体に対して肉薄し、ライフルによる射撃を行いつつ銃口が届かない足元まで接近することに成功した。隊長が全員に聞こえるように叫ぶ。

 

「見たか、足元は奴らも手が届かない。恐れるな!!」

「行け、行けぇぇぇっ!!」

 

 ハリケーンチームの勇気に鼓舞されたレンジャー部隊が同じように向かっていく。薙ぎ払うように火炎放射器を撃とうとするエイリアンだったが、1発のロケット弾に阻まれてトリガーから指を離す。

 

「こちらブラスト1、敵は止めた!」

「サンキュー。レンジャーチームは中尉殿に続け!!」

「ハリケーン2、突撃!」

 

 中尉に続いて、レンジャーチームはハリケーン隊を真似るように足元へ潜っていく。接近した部隊が胴体へ執拗な銃撃を続けていく。胴体アーマーが割れると同時に俊敏な動きでレンジャーチームから距離を離そうとするエイリアンだったが、それを1発の鋭い弾丸が捉え、逃がそうとしなかった。

 

『間に合ったようだな』

『こちらシャープチーム。イプシロン自走レールガンだ。攻撃チームを支援する!!』

『タイガー1から5は、チーム2の支援に回れ!』

 

 鉄道橋の向かいから3両のイプシロン自走レールガンが姿を見せ、その後方からやってきた戦車が線路沿いに侵攻してエイリアンへ曲射弾道による砲撃を加えていく。

 

「ビークル部隊だ、助かるぞ!!」

「レールガンの火力ならエイリアンも楽勝だ。この勝負、勝てるぞ!」

 

 攻撃隊の士気が上昇していき、それに比例するようにエイリアンへの攻撃も苛烈になっていく。ショットガンやロケットランチャーなどの強力な銃火器による至近距離からの攻撃、アサルトライフルによる実直なダメージの蓄積と牽制、3基のレールガンによる一斉攻撃。鎧を着込んだ重装甲のエイリアンとはいえ、装甲を上回る火力の前には無力である。

 

 鮮血を浴びてなお銃口を向け引き金を引き続けるレンジャー部隊を前に、2体のエイリアン、その巨体は漸く倒れ、動かなくなった。

 ハリケーンリーダーがチーム2に安否を問う。

 

「こちらチーム1、チーム2、聞こえるか? 応答せよ」

『こちらはチーム2。タンク部隊の支援のお陰で大体は生きてる。それでも少なくない数がやられた』

「そうか……とにかく、殲滅は完了だ。よく生き残った。……仕事は辛いか? だが、いずれ平和になる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘は終わり、街の治安は守られる。

 

 ベース251の管轄エリアから離れた土地だが、それでも守らない理由は無い。人類や街、人々の資産はすべからくEDFの庇護下に置かれている。だからこそEDFの隊員たちは、使命のもとに団結できるのだ。

 避難施設に家族がいるから。非戦闘員を守る義務があるから。自分の故郷が戦場だから。理由は多種多様だが、それでも一丸となって戦っている。

 

 ベース251とその管轄の市街を守り切った隊員達もまた、ベース251内の談話スペースでくつろぎながら雑談をしていた。

 

「前はコックをやってた。職場が潰れて、職探しのためにEDFに来たんだ」

「マジかよ、俺は農家だったぜ!」

「俺も漁師だった。家内が病気で金が必要になって軍に来た」

 

 様々な成り立ちでEDF陸軍にやってきたという彼らの視線は、ひとつ隣のテーブルを囲んでいるハリケーンチームの隊長、伍長と、その副隊長である中尉に注がれている。

 今回の戦いにおける前線指揮官を務めた、ベース251所属の特殊遊撃隊だ。

 

「よくやった、中尉。攻撃目標をひとつに絞るのは良い案だった」

「隊長こそ。咄嗟に人を纏めるよう指示を出してくれなかったら、各個に撃破されていた。グッジョブだね」

「調子狂うぜ。伍長と中尉が同じ扱いか?」

「中尉殿と隊長は以前の基地でも気の置けない仲だったそうだからな。まあそういうものだろう」

「そういうものか?」

 

 ハリケーン隊が雑談に花を咲かせているのを見守る他のレンジャー部隊。そこに割り込んでいくように、ベース249の生存者……イプシロン自走レールガン車両やブラッカーE1タンクを運転していたシャープチームの隊長が、隣のテーブル席に座る。

 

「礼を言わせてくれ。あんた達のおかげで仇を討てた」

「お前の支援のおかげで仲間は助かったぞ。EDFは仲間を見捨てない。互いにな」

「それに、一応負傷者だから基地に置いてきたのに来ちゃったら元も子もないよね」

 

 談笑を重ねる隊員達。そこにベース251のベース指揮官である大尉が現れる。なお、体格の良かった(非常に柔らかな表現)大尉は戦闘開始と同時に子飼いの兵士を連れて逃げてしまったので、この大尉は基地副司令官であった中尉が繰り上げ昇進したものである。

 

 そんな大尉がやってきて空いた席に座る。

 

「よくやってくれたな。市街地を守り、エイリアンを排除した。それは君達の功績だ、伍長、中尉、そしてハリケーンチーム」

「はっ!」

 

 隊長が立ち上がって敬礼するので、中尉以下ハリケーンチームもそれに習って敬礼する。大尉は軽く敬礼を返して続ける。

 

「まあ、座れ。今からする話は知っていてもらいたいものだ。 ……先進技術研究部が壊滅。被害は敵のエイリアンによってもたらされたものだ。研究員やその家族は殆ど逃げ遅れた。特に伍長と中尉は、元々先進技術研にいた人間だろう。聞かせておいた方が良いかと思って、な」

 

 それは、先進技術研究部が敵の攻撃を受けて壊滅し、人員がほとんど失われたという事実を示していた。私はプロフェッサーに救われてあの基地に。そして隊長はあの基地に配属されていた。だから大尉は私たちに話しておくべきだろうと思ったのかもしれない。

 

「そんな、プロフェッサーが?」

「プロフェッサー? あの研究主任か……彼の開発した武器で多くの人が救われた。残念でならない」

 

 プロフェッサーの生死が不明。こんな世界で行方不明など、もはや彼の末路を想像するに難くない。

 

「とにかく伝えたぞ。それと伍長、お手柄だったな。前線での指揮は見事だった。君の指揮のおかげでエイリアンはこの街を現状諦めている。だが、隣接しているエリアは全滅してしまったらしく、通信に応答する様子が一切ない。次のハリケーンチームの仕事は、この通信が途絶したベース253の調査だ。生存者を確認し次第、連れて帰ってこい」

 

「了解しました! お前たち聞いたな。次の作戦に備えて英気を養っておけ!」

「イエッサー。よし、今日は飲むぞーっ!」

「俺もだ!」

 

 ハリケーン隊が宿舎に向かい、大尉も事務室に戻っていく。中尉だけが席に留まって俯き、頭に両手を乗せて暗い顔をしている。

 

「プロフェッサーが……」

「気を落とすな。死んだと決まったわけじゃない。ここで会う約束をしているというのはその人なのか?」

「……うん。命の恩人なんだ」

「そうか。 いずれ再会できる、そう信じろ。生きる希望は捨てるなよ、中尉」

 

 隊長の慰めが、中尉の心を少し和らげる。先に宿舎へ戻っていったハリケーンチームの隊員達を追うように、中尉も自室へと帰っていった。隊長だけが席に残っている。

 

「(………あいつも疲れているのか。次の出撃までは、そっとしておいてやるか)」

 

 頭の中でそう思考しながら隊長は配られたサンドイッチを頬張った。今日も美味いな。呟きつつ咀嚼して、しばらく食べる事に集中していた。

 

 

 

 








 ベース251

 重装甲型エイリアンからの攻撃を受けた拠点の中で唯一防衛及び他ベース侵攻部隊の迎撃、殲滅に成功した基地。新鋭戦力ハリケーン隊を筆頭とした遊撃部隊、訓練を積んだ多数のレンジャーによる守備部隊、怪物の殲滅を率先して行う攻撃派遣部隊、他ベースからの要請を受けて出動する攻勢部隊など、兵士数は他ベースに劣りつつも、その立地から防衛戦においては非常に有利なポジションにある。
 他ベースが崩壊し、その生存者がなだれ込むように撤退してきた為、現在近隣の拠点を含めても最大規模の基地となった。
 航空戦力等は保有しておらず、他ベースから流れてきたレールガンが数両、残りは全てブラッカーE1型戦車のみ。フェンサーやウイングダイバーといった主力兵科もレンジャー以外は存在せず、最新兵器の多く揃うEDFにあって前時代的戦闘を展開する稀有な存在。



 ハリケーンチーム

 ストームチームと対抗しているらしい部隊。しかしストームチームの功績があまりにも大きすぎるため、それほど注目されていないが、二個小隊という小規模な部隊だけで重装型エイリアンの小隊を撃破したのは、ストームチームを除けば現状ハリケーンチームの指揮する部隊だけである。



 ストームチーム

 橋梁を挟んだ長大な防衛戦に出撃。ベース251での小規模戦闘と同時に並行して発動した対エイリアン戦線において凄まじい戦果を挙げる。ベース250方面へ進軍したエイリアン小隊によってもたらされる被害を気にしていたようだったが、ハリケーン隊の活躍によりベース251へ進軍していたエイリアンは殲滅されている旨の報告を受け、防衛戦線に残存するエイリアンの部隊を掃討し、作戦司令本部へと帰還した。



 先進技術研究部

 壊滅した。既に崩壊した拠点のひとつに数えられてしまい、生存者は現在確認されていない。研究主任1名、研究技術者36名、その家族を含む民間人185名の、計222名が消息不明である。



 重装甲型エイリアン

 確認されているエイリアンの中でも特に装甲と火力に優れる個体。現状、ロケットランチャータイプ、ガトリング砲タイプ、火炎放射器タイプの3種類が確認されており、それぞれ対ビークル用、殲滅戦用、対歩兵用の位置付けが為されている。
 特にガトリング砲タイプの編隊による総力戦となると、火力の差が如実に表れてしまう。今後のEDFにとって、重装甲型エイリアンへの対処は文字通り命運を左右する重要事項と言える。



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十四話 時代の終わり



 生存者を収容した、作戦は完了だ。

 ……!?

 港に停泊して補給を行っていた戦艦『エリゴール』からの救援信号だ。EDF極東方面海軍艦隊エリゴールは、最後の潜水母艦エピメテウスを除けばEDF海軍の保有する海上戦力随一の戦闘能力を持つ戦艦だ。
 詳しい情報は分かっていないが、怪物は海を移動できないはず。恐らくドローンによる攻撃と推察される。即座に救助に向かうぞ!

 ……悪い知らせだ。

 たった今11隻目のマザーシップが、攻撃隊を壊滅させたという情報が入った。俺たちに出来ることはもう何も無い。戦え。いつかこの戦争が終わる時が来る。

 例え地球全土が絶望に包まれたとしてもだ。




 

 

 

 今回もまた仕事だ。EDFは人材の減少が顕著なため、活動可能な兵士は即座に戦場へと回したい気持ちは分からないでもない。しかし一昨日から昨日、今日と来ての連続出撃は流石にきついものがある。

 

「中尉、大丈夫か?」

「ん……大丈夫、少し疲れているだけだよ」

 

 そうか。そう呟いて、隊長がグレイプのガンナー席に戻る。隊長も同じように連日の出撃で疲れているはずだが、その表情に疲れは見えない。睡眠も取っているのか分からないのにいつでも戦えるように準備を整えているらしい。

 

 私とは違って、彼は生粋の軍人であるようだった。数々の戦果を挙げ、今や伍長ではなく、曹長になっているのも、軍人としても異様な昇進ペースらしい。

 

「港まではあと何時間だ?」

「今は……西町か。100キロ先にある市街地を抜けたら海が見えてくる。大体、あと1時間半もかからないだろ。グレイプで飛ばせばな」

 

 今回の出撃理由は、EDF極東方面本部(日本支部の事らしい)が保有する海軍戦力最大最後の艦隊、その中核を成すという戦艦エリゴールの救援要請によるものだった。エリゴール艦隊は一度敵を撃退したらしいが、付近の海域にはまだドローンらしき戦力が残されており、再び艦隊を攻撃しようと進軍している。

 私たちはそれを撃破し、洋上における最大火力を守らなければならない。

 

 弾倉をチェックする。数に問題は無い。というより、投入された隊員の殉職率が非常に高いため、弾が有り余っているというのが正しいだろう。数々の防衛戦、怪物駆除、エイリアンの攻撃によってEDF基地ベース251の人員は、補充時の半分以下に減っている。壊滅どころか全滅だった。

 

 

 

 グレイプに揺られながら考えていた。私は生き残れるのかと。かつて私が暮らした世界では、先天的戦闘適性説。いわゆる、ドミナント論と呼ばれる学説が企業残党の集合体たるアライアンス内部の学者によって提唱されていた。

 そして私はそれに当てはまる唯一の事例であるとも。だがそれはAC、アーマード・コアに搭乗している場合に限っての話では無いのかと考えるようになっていた。歩兵としてのドミナントではありえないのでは、と。

 そもそも依頼に際し、不意を突かれてそのまま死亡するなど、ドミナントと言えるのか、そんな疑問すら浮かんでいる。

 

「中尉」

 

 しかも、マザーシップの砲台を落として赤い弱点を壊した時も、チャージングを引き起こすまで無理をした挙句爆発に巻き込まれ、唯一無二の機体を喪った。

 

「聞いてるか、おい」

 

 ……私はドミナント、ではなかったのかもしれない。では一体あの世界の誰が? 誰がドミナントたり得るというのか。少なくともあの世界で生存したレイヴンは私だけ、私が最後のレイヴンだった、パルヴァライザーを破壊するあの時までは。

 ならば生き残ったレイヴンである私が、必然的にドミナントである、そういう訳では無いのだろうか。

 

「中尉、しっかりしろ!」

「……!!」

 

 ガンナー席から顔を覗かせて、隊長が私を見ていた。他の隊員たちも心配そうに私の様子を伺っているのを見て、私は気付かない程に熟考していたのだと気付かされた。

 

「……不安か?」

「……。 うん。 最後まで生きていられるか、プロフェッサーと会えるのか。 ……私は戦えるのか」

 

 かねてより思っていたこと、今考えていたこと、その全てを露呈する。弱音をぶつける相手なんていなかった。隊長の存在が嬉しかった。

 

「お前は強い! それに人類は負けん! 俺達がいる!」

 

 隊長の自信満々で底抜けに前向きな発言に、思わず顔が綻ぶ。私は気付けば礼を言っていた。

 

「……ありがとう、隊長」

「安心しろ、俺の部下は俺が守る。仲間はみんな守ってやる。心配するな」

 

 隊長の励ましのおかげで空元気とはいえど、気力が湧いてきた。そうだ、私は生き残る。たとえドミナントではなかったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「港まではあと何時間だ!?」

「15分で着く! 荒くなるぞ、座ってろ!!」

 

 激しく揺れるグレイプの中、焦りを隠せないレンジャーチームの面々は、自分の得物を握りしめて作戦に備えていた。

 

 ……エリゴール艦隊からの救援要請が再度発信されてから、既に20分。敵勢力の概要は、ドローンだけでなく、飛行型の怪物も確認されているらしい。

 テレポーションシップからの怪物投下によって敵の攻勢は激化し、既にミサイル駆逐艦オリアクス、ラウム、巡洋艦レラジェが撃沈され、航空母艦アグレアスが中破。

 そのほかにも、フリゲート艦4隻、コルベット艦5隻が轟沈し、艦隊は3分の1が既に撃破されているという壊滅的被害を被っているそうだ。

 特に戦艦エリゴールだけがどうにか耐えている現状で、テレポーションシップの撃墜に成功したのもエリゴールだけ。他の残存する軍艦は全て対空戦闘に力を注いでいるらしく、港から出ることが叶わないようだ。

 

 街に間延びした砲撃音が響く。

 

「おい、主砲の音だ!!」

「エリゴールがまだ戦ってる……! まだ艦隊は生きてる、早く! 飛ばせ!!」

「後列が事故を起こさないように走ってるんだ、ドリフトが甘いグレイプで街中なんざ走ってる今が奇跡だよ、クソッ!」

 

 タイヤが悲鳴を上げながらも曲がり角の多い商店街を3両のグレイプが突っ切っていく。この近隣は既に市民が避難しており、無人となっている。誰かにぶつかる心配は無い。

 グレイプの最高速度は110km/h。兵員や装備を満載すればその速度は85km/h前後にまで落ち込む。むしろ今こうして飛ばしているのが危険であるが、だからといってエリゴールを助けなければ、人類は洋上における切り札を失う事になる。

 

 そして今、隊員の1人が何かに気付いた。

 

 

 

「……砲撃音が聞こえない」

「何!?」

「エリゴールの主砲は55センチだ。今は止んでいるだけだろ。じゃなきゃ、エリゴールがやられるはずがない」

 

 EDF設立後、最初に建造された戦艦バフォメットの後継エリゴールは、バフォメットの轟沈後、海洋を進むテレポーションシップなどの航空戦力へ対する有効な戦力として目されていた。

 特に、新たに開発された最新鋭の衛星兵器フーリガンを転用した54.9cmフーリガン砲は、テレポーションシップといった通常兵器では貫けない装甲を撃ち抜き、撃沈させる事が可能な、地球上で唯一の兵器となった。

 全地球防衛機構宇宙軍EDSF(Earth Defense Space Forces)保有の衛星軌道兵器ライカによるフーリガン砲を除けば、エリゴールの損失は敵戦力を受動的でなく、能動的に攻撃し撃滅する事ができる火力を持つという戦局を左右するほどの重要な戦力を失うことになる。

 

 俺はもう一度中尉の顔を覗いた。もう不安げな顔をしていなかった。中尉も俺の顔を見て、にこりと笑う。こうして見ればただの歳若い少女なのに、その心の内は誰よりも勇敢で、そして人並みの恐怖心や不安感をも持っている。

 アーマード・コアだとかというものが無くなったとしても、中尉は懸命に戦い、生き残っている。兵士たちの士気を高めているのも中尉の存在があってのものだという事は俺でも把握出来る。

 

 こんな子を死なせられない。市民も大切だが、それ以上に中尉が死ぬのはダメだ。皆そう考えている。自分たちよりも一回り若い少女が、乗っていた機体を放棄して戦闘能力を失い、それでもなお、諦めずに戦っている。

 元々EDF所属では無いはずだが、その志は誰よりもEDFのものだ。敵を倒し、市民を。守るべきものを守る。彼女はそれをやり遂げようとしている。

 

「中尉!」

「わっ! どうしたの?」

 

 揺れるグレイプの中、中尉にもう一度声をかける、

 

「必ず生きて帰れる。心配するな」

 

「……うん」

 

 暫くの沈黙の後、中尉はにこやかに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 段々と爆発音が近付いてくる。緊張感が高まってきている。逸る気持ちを抑え、交戦に備える。戦場では冷静さを欠いた者から死んでいく。平静を保って戦場を見据える者だけが生き残るのだ。

 

「見えたぞ! 戦艦エリゴールだ!!」

 

 車列の先頭を行くグレイプの運転手が全員に聞こえるように広域無線で話す。湾口で編隊を組み、接近するドローンや飛行型の怪物を縦横に薙ぎ払うべく機関砲や対空機銃を乱射している。5隻ある巡洋艦のうち1隻が夥しい数の針の連射を受け、艦橋が目も当てられない惨事に見舞われる。

 司令塔が死んだまま、巡洋艦オーガの乗組員は生き残るため対空戦闘を継続している。

 

「間に合ったか! 軍艦は何が何隻残っている!?」

 

 隊長が無線機で通信を行う。エリゴールの艦長が応じた。

 

『こちらエリゴール艦長。よく来てくれた! 生きているのは戦艦1隻、巡洋艦4隻、駆逐艦2隻、航空母艦1隻、フリゲート艦3隻、コルベット艦1隻だ。潜水艦は3隻中2隻が沈没、1隻が沖に待避し、ミサイルによる攻撃を行っている』

 

「半分がやられたのか! 思ったよりも深刻だぞ……!」

「フーリガンは生きている、まだ勝ち目はある!」

 

 港に出たグレイプ運転手が見た光景は凄まじい戦火の内にあった。引火した重油が港に垂れ流された為に海が燃え、生き残っている12隻の軍艦の砲火は上空の敵へと向いている。

 

「ドローンだ!」

「ドローンだけじゃねぇ、飛行型もいる!

「タイプ2ドローンまでいるぞ!」

 

 横に細長く、火力が通常型と比べて高いタイプ2と呼ばれる新型ドローンが、ミサイルや対空機銃を回避しつつ肉薄し、それを巡洋艦バシリスクが更に濃い弾幕で迎撃する。

 

『フーリガン砲、ファイア!』

『ファイア!!』

 

 艦載フーリガン砲の近距離射撃による攻撃でテレポーションシップが撃墜されると、飛行型の大軍が戦艦エリゴールへと押し寄せていく。エリゴールを守るようにフリゲート艦の全てが集まると、円陣を組むようにエリゴールを囲み、艦載ミサイルを全て放つ勢いで射出し続け、飛行型の怪物を巻き込んで爆破する。

 

「レンジャーチームは補給艦を守れ! 狙撃部隊は敵航空戦力の排除、そうでない部隊は狙撃部隊に近付く敵を排除しろ!!」

「さあ、仕事だ仕事!」

 

 スナイパーライフルによる精密射撃が次々とドローンを打ち破る。機銃やミサイルの方が一度に多くの敵を撃滅せしめる事が可能だが、一度撃ち切ると再装填に長時間拘束される。そこをカバーするための狙撃部隊だ。スナイパーライフルによる狙撃なら、小回りが効き、射程も長いため十分カバー可能な距離まで撃てる。

 

 

 スナイパーが1機、また1機とドローンを穿ち、接近する飛行型を護衛部隊のライフルやショットガンが刺し貫き、沈黙させていく。海の底に死体や残骸が積もっている。

 水上スレスレを飛行するドローンが、生き残っていた最後のコルベット艦ヴァサゴが撃ち上げようとしていたミサイルに接近し、拡散ビーム砲で攻撃。ミサイルの誘爆によって、諸共ヴァサゴを撃沈する。

 船が巨大な爆発とともに沈んでいく。

 

「ヴァサゴが!!」

「あれじゃ乗員は助からない。弾薬庫か燃料庫か、あるいは両方に引火したんだ。それよりも生き残っている艦を助けろ!!」

 

 地上部隊の弾丸が更にドローンや怪物を捉え、撃ち落としていく。しかし大元たるテレポーションシップを撃墜する事はできそうにない。洋上、しかも低空飛行をしながら飛行型の怪物を投下し続けている。

 あれを破壊するにはフーリガン砲か、軍艦が潜り込んで対空機銃による直接攻撃を行う必要があるが、後者は得策ではない。テレポーションシップ下部に潜り込めば怪物による集中砲火を受けることは必定であり、その選択をするという事は、その為に今対空戦闘能力を持っている艦の1隻を失うことになる。

 選択肢は当然、前者のフーリガン戦艦砲による直接破壊しかなかった。

 

『こちらエリゴール。フーリガン砲弾装填中。砲身調節に時間がかかる。我が艦を他の艦に護衛させる為、地上部隊には各艦の防衛を頼みたい。時間を稼いでくれ、それだけ犠牲が減る』

「了解。聞いたな、全員で船に群がる敵を撃て!」

 

 ハリケーンチームリーダーの指示を受けて、45名のレンジャーチームは怪物やドローンへの集中砲火を開始する。

 しかし、無数の怪物やドローンを撃ち落とそうにも弾数に対して敵数があまりにも多すぎた。飛行型はたった2機のテレポーションシップから降下し、ドローンは遠方の海からひっきりなしにやってくる。遠くの街でEDFを壊滅させ、市民を皆殺しにした部隊か。怨敵には違いない。

 

『こちらフリゲート艦アンドラス! もう持たない、せめて全弾撃ち切ってやる!!』

 

 艦首が激しく炎上していくアンドラスが、艦側面、機関部、後部と爆発し、やがてバクリと割れるように真っ二つになって沈没する。沈む最後の最後まで対空機関砲を撃ち続けていた。

 

「またやられた!」

『EDF海軍最強を誇る艦隊だぞ!! 敵は強すぎる……!』

 

 しかし、ただ黙ってやられる艦隊ではない。防戦一方だった戦局に僅かな日の目が見えた。

 

『こちらエリゴール。フーリガン砲装填完了。照準よし。衝撃波による被害が予測される為、甲板上の乗員は退避せよ』

 

 エリゴールからの退避指示で、甲板の上でライフルによる対空攻撃を行っていた射撃部隊が艦内に入っていく。

 フーリガン砲は本来、衛星軌道上に待機する衛星兵器ライカから放たれる、重力による加速を伴った質量攻撃である。であればその威力・貫通力を支える要素の重大な1つである、重力による加速。この点が艦載砲としての運用時点で失われている。

 だとすればどうやって威力を高めれば良いのか。火薬では限度があるため、貫通力を最大限高める為に電磁加速装置による加速で射程距離と貫通可能距離を稼ぐ。そもそもフーリガン砲などという巨大な弾頭の砲を放てば、その時点で砲身が凄まじい熱量により崩壊・融解し、一度の攻撃で使用不可能となる。

 

 

 ────アーマード・コアに使用されていた技術の一部を、あるひとりの技術者が解析。基地の崩壊直前に、戦艦バフォメット、及びエリゴールへの兵装補充を主任務としていた海軍基地とその付近に位置する工廠へ、そのデータを転送した。

 

 アーマード・コアの装甲というのは、ただ金属による補強によるものではない。金属とはまた別に、あるひとつの技術が使われている。防御スクリーン技術と呼ばれるものだ。

 それを、EDFは知っていた。だが、何によってその技術が人類側に知られていたのか、その出自を問われれば、()は口を閉じるだろう。

 

 プライマーの地上機甲師団が運用する防御機構搭載機動兵器。シールドベアラーが展開する巨大なシールド。恐ろしい事に、その一切と防御スクリーン技術は一致していた。

 

 AC(アーマード・コア)は、その気になれば硬い装甲に守られるマザーシップ、テレポーションシップ、揚陸挺、そしてシールドベアラー、それら全ての装甲を強力な武装によって正面から破壊できたと推察されている。

 

 

 

 

『───防御スクリーン展開完了! 発射ッ!!』

『撃てェッ!!!』

 

 55cm艦載主砲フーリガン砲の砲身が一瞬に煌めき、地上から黄金の装甲を貫くため肥大化を重ねた砲に耐えるための防御力をシールドによって確保。爆炎かと見紛う程の一瞬の灼熱を帯びたフーリガン砲は、続けざまに二度、放たれる。

 ……砲は、二本あった。

 

 テレポーションシップ2隻は、地上からのフーリガン砲直射を受けて轟沈していく。海面に墜ち、轟音と共に海洋を汚染しながら沈みゆく。

 

『テレポーションシップが沈黙! 各艦、怪物を倒せ!』

『おい、待て……沖からドローンが来るぞ!! アモンは何をやっている!?』

『潜水艦アモン、応答ありません! 恐らく……』

 

 それとほぼ同時にドローンの大軍が沖の空を埋め尽くす勢いで迫ってくる。どうやらアモンが単騎で抑えていたのだろう敵部隊最後の一団が、残存するドローン部隊と合流して港を潰しに来たのだと思われる。

 

「やつらを倒せば終わる。勝ちの目は見えたぞ!」

 

 雄々しい鼓舞の声が、レンジャー達を昂らせる。士気は高騰し、怪物への攻撃はいっそう激しくなっていく。

 

『こちらは巡洋艦バラク。巡洋艦ヴィネと共に、ドローンへの飽和攻撃を実行する。前方のフリゲート艦は退避せよ』

『こちらフリゲート艦ガドリエル。ダメージコントロール中につき、今すぐの移動は難しい。待ってくれ』

 

『クソッ、指揮系統が乱れてる。空母は! 艦載機を全て出させろ、迎撃させるんだ!!』

『こちらエリゴール。ガドリエルの乗員は全て本艦へと移動せよ。3分で全員退艦出来なければ、飽和攻撃を中断する』

『航空母艦ミミックに搭乗するファイターパイロットは全て発進! ドローンでも怪物でもなんでもいい、とにかく敵を倒し続けろ!!』

 

『こちらファイター、シーワーム1。今出撃できるのは6機だけだ。全機出せ、俺達の故郷を守るぞ』

『こちらニクス、ゴーレム4、離陸を支援する。派手に蹴散らしてやれ!』

 

 戦闘機に先んじて甲板で対空戦闘を続けていたニクスが、近づきつつある敵にリボルバーカノンを乱射しながら叫ぶ。

 

『うおおぉぉぉぉぉああ!!』

『シーワーム・スクアッド、タキシングを許可する』

『………発艦完了。ゴーレム4、支援感謝する。シーワーム1エンゲージ!!』

 

 飛翔したファイターの1機が、怪物の群れへ機関砲を撃ち、そのうちの何体かが薙ぎ払われたのを確認しつつ急速にターンし、一挙に距離を離す。無論タダで逃がすドローンと怪物ではなく、同じように空を飛ぶシーワーム1を目敏く追跡し追い回す。シーワーム2が飛び上がり、3番機もまた飛ぼうとしている。

 

『ドッグファイトはするな!こいつら低速でも高速でも機敏に動きやがる!』

『ドッグファイトが禁止!? じゃあこいつらをどうやって倒すっていうんだ!!』

『流石に戦闘機のスピードに着いてこれるほど速い訳では無いらしい。迎撃機のようにスピードで振り切るんだ。その後Uターン、速度を落としつつ機銃で薙ぎ払え。ドローンにはミサイルを使った方がいい。装甲のせいで機関砲が貫通しにくいようだ』

 

 シーワーム隊の半分が飛び上がった辺りで、巡洋艦ガドリエルの人員が避難し終えたらしい。無線での短いやり取りを終えたあと、巡洋艦から一基のミサイルが放たれた。

 

『待避完了!!』

『了解。サプレスミサイル発射。奴らはこれで終わりだ』

 

 人の居なくなったガドリエルを巻き込むように、雲に隠れて垂直に射出されたミサイルは見えなくなる。そのまま雲を突き破るように急降下すると空中で分裂していたらしい12基ほどの子弾が敵の頭上へ降り注ぎ、炸裂と同時に無数の鉄片と爆風が怪物とドローンの群れを焼き払った。

 

『流石にサプレス(鎮圧用)の名を冠するだけはある。鎮圧と言うよりは制圧、殲滅の類いだろうが』

『なんて火力だ……』

 

「お前達!まだ仕事は終わっていないぞ! 残ったドローンを全て撃墜しろ!」

「イエッサー!」

 

 チームリーダーからの指示で、続けてドローンへ射撃を繰り返し、1機ずつ着実に撃墜していく。敵の数は既に味方の数を下回っており、戦闘が終わるのも時間の問題だった。

 

 近づいてくるドローン数機を、更に奥からやってくるシーワーム隊の機銃が薙ぎ払うと、辺りを歓声が包む。

 

 

 

 

「あんな激戦だった。よく……」

 

 ハリケーンチームの副隊長である中尉が、何隻も軍艦が沈没し炎上し続けている海を見ながら呟く。その独り言を聞いていた隊長は中尉に向き直り、グレイプの中で言ったことを再度繰り返す。

 

「言っただろう。生きて帰れる、心配するな、と。俺の部下を殺させるようなマネは、俺の目が黒いうちは絶対にさせん。プライマーどもを全滅させるまでは、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

『感謝する。これで俺達も役目を果たせる』

『ここで死ぬのは嫌だった。本当にありがとう』

「港で襲われていたら何度でも助けてやる。まだ死ぬなよ」

 

 戦闘が終わったのだ。最後のタイプ2ドローンが撃ち落とされると、戦場は歓声に包まれた。生き延びた隊員達は船に駆け寄り、手を振る。生き残った艦隊の乗員達も同じように甲板に出て手を振って別れを告げ、船は全て出港していき、船を見送りながらレンジャーチームの隊員たちもグレイプへと戻っていく。

 中尉と少数の隊員だけが消えゆく船を見ていた。

 

「また生きて会えるかな」

 

 中尉の呟きに答える者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()は帰還中に起きた。

 

「全員出ろ!グレイプは盾になって敵を食い止めろ。歩兵部隊はとにかく敵の数を減らせ!」

 

 基地と港の間に位置する長大な山間部。夕日がグレイプを照らす。敵勢力、すなわちプライマーの強襲だった。β型の怪物が群れを成して襲いかかってきている。

 

「糸だ!糸だぁぁぁっ!」

「酸を含む糸だ、敵は手強いぞ!!」

 

 住宅を軽々飛び越えてしまいそうな程の跳躍を何度も繰り返しながら、トリッキーな動きで迫ってくる。

 ライフルやスナイパーライフルが火を噴きβ型を寄せ付けないとばかりに弾幕を形成するが、敵の数に対して味方の数は半分以下。火力だけでは敵を抑えきれず、β型が次々と肉薄してきており、徐々にその戦線は押されつつあった。

 

「当たらなければ、なんということはない! …何ッ!?」

 

 至近距離での攻防を繰り広げていたレンジャーチーム、そのうちの一人にβ型が急接近し、反応できないまま一人が糸に巻かれる。

 

「ぐぁぁぁぁっ…!」

 

 そのまま物言わぬ屍となった隊員には目もくれず、更なる獲物を求めるように生存しているレンジャー達へ対してβ型が突撃してくる。

 

「近付かれたら最後だぞ! 撃ちまくれェ!」

「クソッ、仕事帰りで疲れてんだぞ! 少しは遠慮しろ!」

 

 β型を抑えつつも後衛の狙撃手達が数を減らそうと敵の密集する地点を重点的に攻撃する。アサルトライフルの弾幕が敵を押さえつけようとしているが、数の暴力というものは火力で抑えるには少し多すぎるらしい。

 

「うわぁぁぁっ!!」

「や、やめっ! ぎゃああっ!!」

「糸を何とかしろ!」

 

 悲鳴と怒声が響き渡る戦場。もう何人が倒れたかなんてわからない。私はがむしゃらに敵を撃ち、抵抗していた。

 

 

 

 

 

『伏せろォ!』

 

 誰かの声。私達は気が付けば、敵を目の前に地面へと突っ伏していた。普通なら自殺行為のようなものだが、その時だけは声の主が救いの手を差し伸べてくれているらしかった。

 

 リボルバーカノンによる一斉射。β型は瞬く間に薙ぎ払われ、弾丸の雨に切り裂かれていく。グレイプに着弾し、砲塔が大きく凹むが、そんな事は今どうだっていい。私たちが伏せなければこの火砲は止み、私達はβ型に近づかれてほぼ無抵抗のまま処刑される。

 なら多少の被害は無視しよう。物の損害程度を命に変える事は出来ないから。

 

『ゴーレム5、撃ち切った……』

『ゴーレム6、同じく弾切れ』

『ゴーレム3、こちらはまだ残っている』

 

『敵を殲滅した。歩兵部隊、遅れてすまない』

 

 コンバットフレーム・ニクスB型。全地域のEDFビークル隊に普及するコンバットフレーム、その決定版と名高いB型だ。装甲強化、機動力向上はもとより、火力の上昇、武装の充実、全てを均等に上昇させた普及型ニクスの傑作だ。

 

「感謝する」

「こちらこそだ、ハリケーンチーム。俺たちだけでも救われたんだ、恩人を助けなきゃ兵士じゃない」

「よかった、無事で……」

 

 隊長と救助に来てくれたゴーレム隊リーダーのやり取りを聴きながら、私はホッと胸を撫で下ろした。ゴーレム隊は、先程航空母艦の上で対空攻撃をしていたニクス護衛部隊だ。船の上からわざわざ降りてまで助けに来てくれたのだ。

 ……船から降りて? そんなのはありえない。

 既に出航した船からどうやって降りる? 海底を歩行する機能を持っているニクスなんて聞いた事がない。

 

「良いニュース、悪いニュース、どっちから聞きたい?」

「…………良いニュース」

 

 私は恐る恐る答える。

 

「じゃあまず良いニュースだ。マザーシップ・ナンバー11攻撃隊は少数が生存。マザーシップの撃墜に成功した。エリゴールの大型受信機じゃなきゃあ掴めなかった情報だよ」

 

 その言葉に私たちは一瞬どよめき、理解して歓喜し、そして涙した。まだ生きていた、そして勝ってくれたんだ。地球は守られたんだ、彼等の手で!!

 

 そして、二つ目の悪いニュースの事が脳裏を過り、悪寒が背筋をなぞった。

 

「……で、その悪いニュースは」

 

「………」

 

 沈黙を間に置いたあと、ゴーレム4は話し始めた。

 

「俺たちの任務は囮だった。港で敵戦力を引き付け、攻撃隊の時間を稼ぐ。その任務は成功したわけだが、それで終わらないのがプライマーらしい。マザーシップの搭乗員がストームチームを殲滅した後、残る攻撃隊を殺し尽くす為に各国のマザーシップを集め始めた。海軍の誇る最強のエリゴール艦隊最後の任務は、マザーシップの足止めだったのさ。俺たちはお役御免さ、怪物駆除に手を回せと言われて、輸送艦に乗って帰ってきたのさ、陸上に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私達が()()()2()4()8()に辛うじて逃げ帰ったあとも、場は暗いままだった。当然だ、私達が命を賭して守った艦隊は、徹頭徹尾囮のために動くだけの役だったのだから。

 

 なぜ私達がベース251ではなくベース248に避難したか。それは、私たちが不在の間に守備隊を壊滅させたのだろう怪物の群れが、ベース251の近辺を彷徨(うろつ)いていたからだった。

 この戦力で尚且つ疲弊しているのに戦うのは自殺行為だとして、隊長が全戦力を率いて放棄されたベース248に退避し、どうにか生きている。

 

「……どうする?」

「どうするもクソもねェ。終わりだ」

「みんな死んだ。生きてたって、何ができるんだ?」

 

 敗戦したような面持ちだ。負けは濃厚どころかほぼ確実、マザーシップは私が撃墜したナンバー7を除く9隻が集結して攻撃隊を潰そうとしている。私たちに何が出来る?

 

 さっき隊長が、少しの部下と何やら話をしていた。オペレーションだの、囮だの、多分エリゴール達の安否について話し合っているのだ。

 隊長が座り込んでいる私の目の前に立つ。しゃがみこんで視線を合わせてくれた。

 

「中尉。俺たちは仕事が入った。しばらくお別れだな」

「…………え?」

 

 私は素っ頓狂な声を出して、疑問を頭の中で巡らせる。どうしてお別れなんだろうか。そのみんなで行く仕事のメンバーに私は含まれていないの? 聞きたい事が喉から出なかった。

 

「オペレーション・オメガが発令された。全人類はEDFの兵士として戦うことになる。だが、俺はそいつが気に食わん。お前だけでも守ってやりたい」

 

 先程話していたオペレーションがどうとかというのは、オペレーション・オメガという最後の作戦が発令されたという話だったのだろう。そして囮と言っていたのは、そのオペレーション・オメガによって兵士となった私たちが、攻撃隊へ向かうマザーシップの足止めを行うからなのだろう。

 

「だ……だったら私も戦う! 私だって兵士だから!」

「違う。お前は兵士じゃない。まだ若い女の子だ。まだ未来がある。俺たち兵士の仕事は、お前のような未来ある若者を守る事だ」

 

 全てを否定されたような気持ちで胸が裂けそうになる。どうにかこらえ、反論しようと切り出す。だがどうにも上手い言葉が出てこない。結局出てきたのはすがりつくような言葉だけだった。

 

「……そんなの!」

 

 若くたって私は戦場に身を置いて生きてきた。今更戦いを捨てて何ができるのだ、私に!

 

「だめ、みすみす行かせられない!」

「それこそダメだ。俺たちは仕事に行く。お前を守るために。お前は大人しく守られていろ、いいな!」

「ッ……ふ、ふざけないでよ! 戦って生活してきた私が今更戦いをやめて、どうするって───」

「どうしたもこうしたもない! みな死ぬような戦場にお前のような若いヤツを送れるか!!」

 

 隊長が胸を張り上げて嫌そうに、だが断固として意志を曲げない。私は思わずへたりこんでしまった。

 

「なんで……行かせてくれないの……」

 

「何度でも言う。お前は庇護対象だ。EDFは市民を守る。本来のその役目を今ようやく、果たす時が来た。戦い続けてきた一生だ、お前も休んだって良い。俺たちはお前より20年かそこらぐらい長く生きてきた。もう休みは充分貰った。この命をプライマー共にくれてやる。お前は平和になった世界で女の子として生きろ。もう機体も無い、銃も無い、武力の無い平和な世界を生きろ」

 

 涙が溢れてくる。隊長の優しさが胸を刺すように痛くて苦しい。戦場で死ぬつもりだった。私は傭兵だ。何時でも戦いに生きていて、何人も手にかけてきた。そんな私が、まともに生きれるわけがないのに。

 隊長はそれでも、私に一人の女の子として生きろと言う。

 

「………じゃあな、中尉……いや、民間人。お前といた時間、楽しかったぞ。 ───全員グレイプに搭乗、ゴーレム隊は全機出せ! 残った弾薬、命、覚悟、全部奴らに喰わせてやる時が来たぞ!」

「EDFッッ!EDFッッ!」

「おおぉぉぉーーーっ!!」

「EDFッッ!!!」

「EDF!」

 

 やめて。そんな雄叫びをあげないで。まるで死にに行くみたいだよ、みんな。仲間だから、私も行くよ。

 ライフルを手に取ろうとして、私が使っていたライフルを一人の兵士が持ち上げる。

 

「女の子の手にはちと重いな。借りるぜ。後で返す」

 

 だめだよ、今返して。私が行けばみんなで生きて帰れる。何が起きてもみんなで守り合えば生き残れるんだよ。無視しないでよ、私にみんなを守らせてよ。

 レンジャー達がビークルに乗り込んでいく。私も立ち上がろうとしたが、足が動かない。壁に寄りかかって座り込んだままだ。

 

 ああ、限界が来たんだ。もともと壊れかけだった私の体がたった今。今になって、その限界のときを迎えたのだ。なんで今になって壊れるんだ、私の体は。せめてあともう少し耐えてよ。

 ……視線だけは辛うじて隊長の方を向く事ができる。

 

「行か……な…いで……」

 

 絞るような声を聞きつけた隊長は、こんな時でも察しが悪いのだろう。私に一声かけて、グレイプに乗り込む。

 

「安心しろ民間人。俺が必ず守ってやる」

 

 違うの。そばにいてよ。寂しいよ。

 戦わないで一緒にいてよ。15人とニクスだけで何ができるの。だったら一緒に居ようよ。生きて平和な世界で暮らそうよ。

 

 

 

 

「……さよならだ、中尉」

 

 グレイプとニクスは去っていく。

 

 さみしい。

 

 同業者を手にかけて、生まれ直した世界で人の為に戦って。積み重ねた罪を精算できなかった私の、穢れた末路がこれか。

 

 行かないで。

 

 私は中尉だよ。みんなの中で一番偉いんだ。私がみんなを守ってあげるから、指揮権をちょうだい。指示通りに動いてくれればきっとなんとかなる。

 

 お願いだから。

 

 みんな去っていく。腕は動かない。足は動かない。首も、口も、視線も、眉ひとつ動かない。機能停止だ。

 

 皆、ごめん。

 平和な世界、みんなと見てみたかったなぁ。

 

 隊長、アウトポスト48の皆、ハリケーンチームの皆、サンダーボルト隊の皆、アンヴィル隊の皆、ベース229の皆。

 

 意識が完全に途絶える前に私が見た幻覚は、皆が私に背中を向けて敵に立ち向かい、死んでいく、そんな最悪の光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地上基地ベース248の瓦礫の傍に、一人の少女が佇んでいた。

 

 頬は涙に濡れていたのか跡が酷く、だが擦ったような跡も無い。その少女の胴体は機械のように部品が敷き詰められていて、サイボーグやアンドロイドのような類のものだと思わせるような造りになっている。人間の見た目の子が、だ。

 

 アンドロイドなら涙なんて流さない、誰もがそう思うはずだろう。だが聞いて欲しい。

 彼女は生きていた。ある時は傭兵として、ある時は兵士として。そしていつしか、平和な世界に生きる一人の少女として。

 

 輝かしい未来を、歩むかも知れないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 かつて戦った者がいた。

 

 仲間の為、友の為、家族の為に。

 

 胸に手を当てれば思い出が浮かぶ。

 

 強く、熱い鼓動。生きた証だ。

 

 皆死んだが、我々はまだ生きている。

 

 ならば生きているものがやらねばならない。

 

 

 

 

 

 

 

 ───やつらに一発、喰らわせる。そうだろ?

 

 

 

 








 ベース251残存部隊
 接近するマザーシップ・ナンバー2を足止めするため、攻撃隊を編成。オペレーション・オメガ発令と同時に攻撃を開始。安否不明、恐らくは死亡したものと推察される。



 ハリケーンチーム
 全滅。マザーシップ足止めの際に死亡したものと思われるが、詳細は不明。特筆事項として、マザーシップからの攻撃を受けるまでの間、テレポーションシップやアンカーを数機破壊していた事が挙げられる。



 ストームチーム
 隊長を除き全滅。更に隊長の安否不明。たった少数の攻撃隊でマザーシップ・ナンバー11、敵のコマンドシップを破壊出来たことは未来に残る偉業だが、生還者は絶望的。



 EDF陸軍
 壊滅的被害を受ける。継続しての戦闘は不可能。

 EDF海軍
 1隻の潜水母艦を除き全滅。

 EDF空軍
 一部基地は無事。別エリアへの航空支援は不可能。




 ウィンディ《ハリケーン2》レイヴン中尉
 消息不明。最後に活動を共にしていたとされるベース251残存部隊の中に彼女の姿が見えなかった為、恐らくは死亡したものと推察される。




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第二章 決意
十五話 ベース251†††††




 ベース251より兵員補充要請あり。
 ただちに向かってください。


 

 

 

 

 

 かつて私はこう言った。

 

 希望はある、と。

 

 

 

 

 

 希望はある。

 

 なぜなら、我らがいる。

 

 我々の名は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ったぞ、心配させないでくれ」

 

 彼が入ってくる。集合の時間になっていたらしい。彼と行動を共にするべく、俺は彼に近づいた。

 

「今着いたばかりか。まあいい、時間には間に合った」

 

 二人で扉の前に立つ。俺は兵士として、彼は徴兵された身として、このベース251に立っている。扉を開く。

 

「行こう」

 

 彼の言葉に頷き、歩く。ふと一人の事が脳裏をよぎる。確か彼が言っていた。もう一人のストームチームとなるかもしれない者がいたと。思わず足を止めてしまっていた。俺を見兼ねたのだろう彼は、俺に声をかける。

 

「こっちに来てくれ。 ……相棒、ここだ。 …………まさか、覚えていないのか? ………………私だ。プロフェッサーだ」

 

 そこまで声をかけられてようやく気付いた。考えを止めて足を動かし、プロフェッサーの元へ駆け寄る。

 

「問題ない、覚えているよ」

「そうか、よかった。あまり心配させないでくれ。君に何かあれば、我々は路を失う」

 

 無駄な心配をさせてしまったようだ。俺とプロフェッサーは基地の廊下を歩き、やがてひとつの部屋に到着する。

 そこには俺と同じような職業軍人や、徴兵された兵士が集まっていた。プロフェッサーが一足先に部屋の隅に行き、俺を呼ぶ。

 

「ここだ、来てくれ」

 

 その通りに頷き、プロフェッサーの目の前まで移動する。俺たちはそこでようやく息を吐き、胸を撫で下ろす。安堵感から来るものだった。

 

「生きて会えたな。どれだけホッとしたかわかるか?」

「俺も同じ心境だよ。お互い無事でよかった」

 

 椅子に座り、ため息を零す。

 

「ずっと最前線か。よく無事でいたな。しかもついに………成し遂げた」

「………犠牲は多かったがな。それでもやれるだけやった」

 

「コマンドシップを落とし、世界を救った。犠牲も多かったが、それ以上のことをしたんだ、君は。 ……長い戦いだったな」

 

 プロフェッサーの労りが身に染みる。俺もプロフェッサーも、位置は違えど互いの分野での最前線で戦っていた。俺はとにかく戦い、プロフェッサーはこの時の為に生き延び続けた。

 プロフェッサーは俺が背負っているアサルトライフル、T3ストークに目を落とし、その目尻がメガネ越しに緩む。

 

「私の作った武器は役に立ったか」

「ああ。こいつに救われた場面も多かったよ」

「そうか、それはよかった。 ……話すことがたくさんある。何から………」

 

 微笑みながらそう続けたところで、もうひとつの隔壁が開く。大尉が来た。

 

「大尉が来た。後で話そう。まだ時間はある」

 

 そうプロフェッサーが言った直後。

 

「集合しろ。クズども! 並べ!」

 

 ブーニーハットが印象的な大尉が、部屋の中心で大きい声を張り上げる。新兵たちはおっかなびっくりで、軍人のひとりはきびきびと整列する。俺とプロフェッサーも、予め決められていたかのように空いている場所へ寄り、直立する。

 

「よーし。ベース251へようこそ! この基地は今、深刻な問題を抱えている」

 

 この先の文言を俺は知っている。

 

「それは……人手不足だ」

 

 その先も知っている。全て聞いたからだ。

 

「兵士が足りず、任務に影響が出ている。そこでいくつかの基地に要請した。精鋭を送れ、とな」

 

 このメンツの素性も知っている。軍人、トラックの元運転手、給養員、弁護士、タクシー運転手、科学者、そして遊撃隊。俺とプロフェッサーだ。

 

「しかし、おかしい! 送られてきたのは貴様らだ。精鋭には見えん! それどころか、兵士ですらない!」

 

 そして大尉は新兵たちへ近づいてくる。昨日までの仕事を言わせるのだ。この流れも、プロフェッサー共々知っている。

 

「貴様、昨日までの仕事を言ってみろ!」

「給養員です、サー!」

「つまり、コックだ。次!」

 

 そして大尉はプロフェッサーへと向く。ブーニーハットを揺らしながらプロフェッサーの眼前に近づき、仕事を尋ねる。

 

「貴様は何をしていた?」

「技術研究部です、サー」

「科学者だ」

 

 そして奥の新兵に聞く。

 

「貴様は?」

「入隊は五日前です。それ以前は、トラックの運転手を……」

「もういい!」

 

 大尉はそのまま言葉を遮り、また前へ戻っていく。

 

「つまり貴様らは精鋭どころか兵士ですらない。銃を撃ったことも撃たれたことも無く、戦うどころか身を守ることすらできない。約立たずの臆病者、それが貴様らだ!」

 

 辛辣な言葉を新兵たちに浴びせかける。思えば軍人になる前から戦果を挙げていたからかは分からないが、こうした罵声は浴びせられた事がなかったかもしれない。

 

「だが、贅沢を言っても始まらない。猫の手も借りたい。使えないなら、使えるようにするしかない。訓練すれば少しは使えるようになるだろう」

 

 そうだ。訓練すれば戦えるようになる。少なくとも繰り返してきたこの間ずっと、彼らが死ぬ所を見ていない。

 大尉も大尉で、激動と破滅の5年間を生き抜いてきただけはあって精強な兵士だ。怪物の一団程度なら難なく退けることも、この男なら可能だろう。

 

「これから貴様らを鍛え直す。徹底的にだ。わかったか!」

「サー、イエッサー!」

 

 その言葉に全員が了解する。大尉はそのまま続ける。

 

「侵略者は去った。EDFが地球を、人類を救った。それがどういうことか、わかるか? 我々が必要だということだ」

 

 コマンドシップは落ち、プライマーの主戦力は消えたが、まだ残っているものがある。プライマーの置き土産、即ち怪物だ。

 

「誰もが望んでいる。命を脅かされることの無い平穏な、平和な日々を。それは我々にかかっている。我々は失われていった命を、今を生きる命を背負っている。重責だぞ。地獄を見る覚悟が必要だ、わかったか!」

「サー、イエッサー!!」

 

 大尉が返事を聞いて頷く。そして続けた。

 

「プライマーとの戦争が終わった3年前。文明は崩壊寸前だった。だが勝利した我々は、復興するこの世界で治安を守る。その使命を、心に刻め。いいな!!」

「サー、イエッサー!!」

 

 街を守り、人々を守る。いつだってそうだ。

 

「街を守り、人々を守る。覚悟はいいか!」

「サー、イエッサー!!」

 

「覚悟はいいか!」

「サー、イエッサー!!」

「覚悟はいいか!!」

「サー、イエッサー!!」

 

「訓練を始めるぞ!」

 

 とにかく覚悟の有無を問われ、全員が決意を固める。そして大尉から各隊員に銃が支給される。俺は自前の装備を置いてそれを受け取る。壊れかけのPA-11アサルトライフルだ。さながらブロークンモデルといったところか。

 

「まずは銃の撃ち方を教える。貴様らのようなクズでも、引き金ぐらいは引けるはずだ。ついてこい!」

 

 プロフェッサーと目配せし、大尉の後ろに着く。駆け足で走ることも、この後射撃訓練があることも、全て知っている。不法侵入者、もといコロニストの残党部隊と交戦することも、何もかも。

 

「君は世界を救った」

 

 プロフェッサーが言う。果たしてそうだろうか?

 

「俺はそうは思えない。まだ何かある」

「リングか? 確かにそうだな。だがどうにかする。なる。しなきゃいけない。私達だけが次に何が起こるかを知っているのだから」

 

 そうだ。歴史を知るプライマーと、更に少しの歴史を知る俺たち。軍に対するは俺たち、たった2人の人間。それでも戦い続ける。俺たちが折れない限り。大尉は大尉らしく、勇敢に戦うだろう。新兵たちも大尉に守られながらも懸命に戦う。

 

 俺たちは彼らの命を守る。()()()()()()事で。

 奴らは仲間達の命を奪う。()()()()()()事で。

 

 無限に続く死のイタチごっこ。制するのは俺たちだ。

 

 

 

 

 







 新兵
 新たにベース251に配属、もとい徴兵された7人の兵士。前職は様々だが、職業軍人としてのEDF隊員も少ないながら戦線に加わっており、救いの無い未来を戦い続けていく。

 プロフェッサー
 死亡したと思われていた先進技術研究部の主任。隠れて生存しており、かつてを共に戦った相棒と合流すべくわざと徴兵され、ベース251へ向かう。

 ストーム1
 新兵のひとり。コマンドシップを落とした英雄だが、当時の功績を知るものはプロフェッサー以外にはいない。



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十六話 望まれぬ翌日



 不法侵入者を取り締まりに行くぞ。
 ついでに街をパトロールだ。

 慣れた仕事だが、手を抜くんじゃないぞ。




 

 

 

 あれから一週間が経った。ベース251でプロフェッサーと再会したあと、俺たちは順当に敵を倒していたコロニストの残党、α型の怪物、そしてマザーモンスターをも。途中で怪物駆除チームがやられたりもしたが、今のところベース251の兵士に欠員は出ていない。皆潜在的には優秀な兵士だ。

 

 プロフェッサーも息が絶え絶えながらも戦闘に加わっている。俺たちはリングが来る時まで生き延びなくてはならない。そこにはプロフェッサーがいる必要がある。プロフェッサーと俺がいて、初めて過去の世界での抵抗が成り立つのだから。

 

「しかし、いい加減辛いな、戦闘は」

 

 プロフェッサーが膝を曲げて鼻の先から汗を垂らしながら言う。最低限の訓練を受けているとはいえ、やはり戦闘は慣れないものらしい。そういう割に、繰り返す何年間もの期間を戦っているのは、お互い様のはずだろう。

 

「そういう問題じゃない。君はいつも戦っているが、私の本職は研究開発だ。戦いなんて想定していなかった、昔は」

 

 昔は。そう言うプロフェッサーは、世界が荒廃した3年後、つまりプライマーが撤退して俺達と合流し、リングが来るまで、徴兵されて戦っている。何度も繰り返していれば、いい加減怪物やコロニスト残党の相手も嫌でも慣れるというものだろう。

 

 荒れ果てた街だが、それでもなお守るために戦う。大尉は常に何かを意識して戦っていた。それは今はもう居ない市民を守る意識の表れだと思っていた。だが5回目になって、どうやら何か変異が生じた。

 

 守る対象がより具体的になっている。

 市民を守る、そう言っていたのが、あいつを守る、そう言うようになっていたのだ。あいつが誰か、知る術は無い。だが大尉が何かのために戦うという事自体は変わらない。生粋のEDF隊員だからかは分からないが、5年前に居れば模範的な兵士として皆の良い規律となったろう。

 

「報告、周囲に人影、無し!」

「エイリアンを探せ! 勝ったのが俺たち人類である事を、奴らに思い出させてやれ!!」

 

 大尉の言葉で捜索隊が街を警戒しながら探索する。エイリアンとの戦闘になれば、一対一では分が悪い。二面作戦を展開し、味方の進軍を助けながら足止め、挟撃によって撃破するのが一般的な手法である。

 隊員の一人が敵を見つけたらしい。無線で全員に知らせる。

 

「エイリアンを発見! 応援を!」

「わかった。全員聞いたな、行くぞ! ここは俺達の星だ、エイリアンの住む場所は無い!」

 

 エイリアンのいるエリアへ向かう。既に大尉が増援を要請しており、あと数分で一番近い場所で展開していた駆除チームの、下半身をトラックに載せたニクス、形容するならばコンバットフレーム・ニクスワゴンと呼ぶべき戦闘車両が加勢してくれる予定だ。

 

「昔勇敢に戦う兵士を見たんだ。俺もそうありたい」

「その兵士はどうした?」

「もういない。だから俺がやる」

 

 エイリアンを発見した大尉率いる俺たちは、武器を構えて突撃する。コンバットワゴンの到着までこいつらを足止めするのが本来効果的ではあるんだろうが、俺は違う。最初に腕を撃って武器を落とさせ、足を壊して動きを止め、肉薄してショットガン・スローターE22GAの銃口を頭に向ける。

 そのまま即死させて、次のコロニストを排除しに向かう。射線を途切れさせるためにビルを使って遮蔽物のように隠れながら忍び寄り、不意を突いて二体目も排除する。怪物が数匹引き連れられていたようだが、それは背中にかかっているアサルトライフルの出番だ。

 

 T3ストークは調整が難航し、遠距離では力を発揮できない失敗作呼ばわりされている。だがそれは裏を返せば、近距離であるほど威力を発揮する接近戦モデルとなる。なれば肉薄するほど殺傷力は増し、その殲滅力は中距離以内であればショットガンにも匹敵する。

 近ければ近いほど精度の低さを補え、威力を引き出せる。常に動き回り、常に敵を倒し続ける。俺の戦闘スタイルにはピッタリの装備だった。プロフェッサーには幾度となく命を救われているという理由がこれだ。狙撃任務に携行する時、護身用にこのライフルを持つ理由でもある。

 

 怪物の群れを大尉達と共にライフルで一掃すると、ニクスワゴンが到着し、残ったコロニストを側面から焼き、あるいはマシンガンで粉砕していく。血が四方に飛び散り、ニクスワゴンに近づく怪物を俺たち歩兵が排除する。ビークルと歩兵の混成部隊は強い。それをプライマーは痛いほど知っているだろう。

 

「殲滅完了だ。よくやった! ……ん、何!?」

 

 大尉が敵を倒したことを確認するためにレーダーを見た途端硬直し、上を見上げる。俺とプロフェッサーだけは空に何があるか知っているが、彼らは初見でもしょうがない。なぜなら彼らはこの時間軸にしか存在せず、そして限られた時間の中で初めてリングを見たのだから。

 

「おい、空を見ろ!!」

『ばかな、ばかな、ばかな』

 

 …………リング。それは、敵の時間移動船だ。奴のせいで俺たちはもう30年ほど戦い続けている。休みが欲しいところだ。あの怨敵を落とせれば気持ちがいいんだろうな。

 

「待て待て待て、もう戦う力なんかないぞ!!」

「奴ら、また戦争を始める気か!? 今日を生きるだけで精一杯なんだぞ、いまさら戻ってくるな!」

「人類に何が出来る……? もう、おしまいだ……」

 

 隊員達が悲壮な叫びを挙げる中、一人だけが立ち上がる。大尉だ。彼は武器を手にリングへと歩み出す。

 

「俺達人類は戦う。何度でもだ!!」

 

 そう言った時、エイリアンの一団が向かってくる。それだけではない。テレポーションシップや見た事のない白い船、それらがとにかく無数に飛翔してくる。その光景を俺たちは幾度となく見ている。歴史を変え、より優位に、より完璧に立ち回る。過去に戦力と情報を送ることで、プライマーはそれをやろうとしているのだ。

 

「……? こ、攻撃してこないぞ?」

「あれは救助船なんだ。エイリアンは帰ろうとしている!」

「その保証は無い。エイリアンどもを地獄に送れ!」

 

 新兵たちの希望的観測を破り、大尉が指示を下す。無論あのリングは救助船などではない。人類を最も殺した兵器、殺す事になる兵器と言っても良いものだ。大尉の発言は的を射ている。

 

 この場で作戦を立案し、部隊を三つに分ける事になった。大尉率いる第一攻撃隊、俺とプロフェッサー、そして数人の新兵が就く第二攻撃隊、広場に展開するニクスワゴンを防衛する守備隊の三つだ。

 

 大尉がエイリアンの部隊に攻撃を仕掛けていき、俺達の第二攻撃隊も広場前方のビル街からやってくるエイリアンを待ち伏せすべく前進する。レーダーには敵の位置がしっかりと映っており、タイミングを見て奇襲を仕掛けられそうだった。この時代になってもレーダーが壊れていないというのは、流石にEDF製だけあって兎角頑丈だ。

 

 第二攻撃隊を更にふたつに分けて俺と新兵、プロフェッサーと新兵の二人ずつに別れ、ビルの陰に隠れて隙を窺う。一体目が通り過ぎる。隣にいる新兵の喉が鳴った。

 二体目が過ぎていく。唾を飲み込む。

 

 三体目。レーダーに後続の姿は無い。上に伸ばした手を、最後尾のコロニストへ向けて振り下ろす。

 一斉射撃が始まり、容赦のない弾幕がコロニストを襲う。前を歩いていた二体のエイリアンも後続が攻撃されていることに気がついたようだが、もう遅い。三体目が血を吹き流して倒れ、残る二体への射撃が始まる。敵の武装はショットガンのようなものだが、その造りはあまりにもお粗末で、拡散弾をバネのような力で打ち出すだけのオンボロに過ぎない。

 

 射線を管理しつつ適度にちょっかいをかければ敵は激昂して向かってくる。そうすればショットガンが火を噴くだけだ。

 スローターE22GAは、拡散性を抑え単体への攻撃力を特に高めたモデルだ。故にこそ、エイリアンを相手する時最もその真価を発揮する。怪物程度に使うには勿体ない火力をコロニストへと存分に叩きつけ、沈黙させる。

 

 残り一体となった訳だが、こいつも既に死んだも同然だ。いつもの通りに足を吹き飛ばし、駆け足で接近する。バックパックに手を伸ばし、細いワイヤで繋がれた()()()()()()、もといスプレッド・グレネードを投擲する。

 特に拡散数に特化した、通称3号弾を投げつける。対怪物用に開発されたスプレッド・グレネードシリーズだが、俺はむしろこうした大型の敵に対する火力として活用する方が良いと考えている。

 実際子弾が全て命中した時の破壊力は凄まじく、ヘリから飛び降りつつテレポーションシップに投げつけた時は、一撃で墜落まで持ち込むほどのパワーを発揮した。

 

「すげえ、あっという間に三体も倒したぞ!」

「大尉はどうされている?」

「彼は……どうやら彼らも倒し終えたらしい。タフな男だ」

 

 プロフェッサーがレーダーを見ると、確かに大尉の展開した方面にいた敵部隊も壊滅している。残るはニクスワゴンを攻撃する部隊だけだが……こちらも間もなくカタが着きそうだ。援護がてら遠くからT3ストークのフルオート射撃で弾幕を張ってやる。

 こちらに気を取られたコロニストがこちらを向いてボロショットガンを撃ち込んでくるが、拡散とそもそもの弾の失速の為にこっちまで届いていない。やはり欠陥品を使っていると弱い。兵士は質より数と武装だ。こちらに気を取られている間にマシンガンとコンバットバーナーに焼かれて、コロニストは息絶えた。

 

『援護感謝する』

「礼はいい。それよりも……」

 

 テレポーションシップがリングに吸い込まれるように消えていく。プロフェッサーと俺はその光景を見上げる。大尉が戸惑っている。

 

「な、奴ら味方の船を消したのか? 奴ら血迷ったか!」

 

 確かに遠目には消えたように映る。だがそれは間違いだ。時間移動船であるリングは、ああして船を過去へと送る。あれはあくまでも利敵行為ではない。遠巻きに過去の自分達を支援しているのだ。迷惑な話だ。

 

「……始まる」

 

 プロフェッサーのつぶやきを、俺は黙って聞く。

 

「どうする事もできない。ただ祈るだけだ。 ストーム1。明日私たちは死んでいるか? それとも……」

 

 空が赤く、汚染されていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────あれから3年が経った。

 

 プライマーは依然として勢力を増し、既にその戦力は、手先ですら俺たちEDFの数を大きく上回っている。

 その最たる例が、個々では弱いものの群を為すと恐るべき強さを発揮する、忌々しい()()()()()()だ。白い球体のような見た目に、不安定そうなのにキビキビと動く手足。そして手の先に装着された有線式バリスティックナイフ。

 安価で生産でき、容易に数を揃えられ、一個体の戦闘力もそこそこ。侵略にはうってつけの兵器だ。そのせいで初動のアンドロイド部隊に対応出来なかったEDFとその守備隊が守っていたエリアはほぼ全て壊滅した。

 

 あの白色の船。あれが全てを変えた。

 恐らくあれもリングから送られてきたものだ、というプロフェッサーの見解は間違いないだろう。

 テレポーションシップをリングに投入し、そのせいで過去が変わったのを幾度となく見てきた。その度に悪くなっていく戦況を変えることも出来ずに。

 俺たちができるのは、リングによる転送中に事故を発生させて、それに巻き込まれるように過去に飛ぶ、それだけだ。

 

 大尉が部屋に入ってくる。

 

「整列しろ。並べ」

 

 全員が立ち上がり、所定の位置へ並ぶ。

 

「よし。 ベース251にようこそ。お前達が恐らくこのエリア最後の生き残りだ。人手不足は深刻化しており、忌々しいアンドロイド共からこの基地を守るだけの戦いを幾度となく続けてきた。

 兵士は死に、市民は守れず、俺はかけがえのない一人の仲間を失った。そいつは若い少女でありながら歩兵でもあり、お前達よりも若く、俺よりも勇敢だった」

 

 その言葉に一瞬どよめく新兵たち。

 その話は初めて聞いたぞ。大尉の言葉に傾聴する。

 

「だが、そいつは死んだ。いや、死んだかもわからん。守ると約束したあの時、アンドロイドどもの奇襲で俺の指揮する遊撃部隊は散り散り。そいつも姿を消した。何処にいるのか、生きてるのかもわからない。お前達が今生きているのは幸運だ。よく生きのびた」

 

 プロフェッサーが信じられないといった顔をしている。

 

「お前達もこれから、アンドロイドどもと戦うことになる。今のうちに休め。各自訓練はしておけよ。有事に備えなければいつか死ぬ。俺たちだけでも、最後まで戦い抜くぞ」

 

 大尉はそう言って部屋を出ていく。緊張の糸が解けた新兵たちは訓練場へ向かっていく。俺とプロフェッサーだけがこの場に残っていた。

 

 信じられない。プロフェッサーは開口一番そう言った。

 

「あの子は生きていたんだ。君に話をしたこともあったろう、アーマード・コアという歩行兵器を駆る少女の話を。アンドロイドの奇襲後、全く話を聞かなくなったが。生きていたんだ、ある時までは」

「それは大尉への《アンドロイド部隊の奇襲》までか?」

 

 俺が聞く。

 プロフェッサーは悩みつつもほぼ間違いないと頷いた。

 

「そうだ。多分だが、アンドロイドに攻撃され機体を放棄したのだろう。だが、きっと偶然が重なったか、生身でも充分戦える能力を備えていたか、とにかく次にアンドロイドに奇襲されるタイミングまでは生きていたんだ。彼女が死亡してしまったのは本当に無念だが……。

 

 ……話を変えよう。破壊され、ボロボロになったACの残骸を調べる機会があった。驚くべき事がわかった。シールドベアラーに用いられているシールドスクリーン技術は、アーマード・コアの運用されている……そうだな、AC世界とでも呼称しよう。AC世界では当然の様に普及しているものなんだ。アーマード・コアの解析時に得られた情報はこの程度だが、他にも興味深いものは山ほどあった。アーマード・コアが単純な燃料電池の重ねがけだけで動いている事、脚部の安定性の理由、エネルギー武装のノウハウ、機能の充実したヘッドディスプレイ、高度な敵味方識別装置、非常に性能の高い冷却装置、巨体を余裕で浮上させる高出力のブースター……。

 

 そのどれも、聞き覚えがあるものじゃないか? コンバットフレーム・ニクスのジェネレーター技術、そのニクスの二足歩行技術、歩兵用に携行可能なエネルギー兵器、レーダー技術、安全装置・ミサイルロック技術、リボルバーカノンの冷却能力、ニクスに備わったブースター。その全てに。

 そうだ。我々の知らない世界にある未知の技術で造られた、技術力の結晶だと思っていたアーマード・コアは、実は我々が行き着く技術の完成系だったと考えられる」

 

「……つまり、アーマード・コア? は、将来的には生産可能だと。単機でマザーシップを撃墜可能な機体がか?」

 

 プロフェッサーは力強く頷く。

 

「勿論、生産には天文学的な数字の資金が要る。それを抜きにしても造る事は可能だろう。記憶を持って帰れば、戦況を覆す戦力を奴らにぶつけられる。全部できるんだ。妻を助ける事も。両親を守ることも。君を助けることも」

 

 口早にまくし立てるプロフェッサーは、拳を握りしめて力説する。アーマード・コア、それがどれほど強いのかはマザーシップの単騎撃墜という戦果で充分に知っている。

 それが造られれば、人類は勝てるのか。……いや、勝てる勝てないでは無い。勝つ。それ以外にない。抵抗か、あるいは死か。行く末はその二つで、そして俺たちが選び取る道は二つに一つだ。

 

「私は研究所に行かないといけない。ベース251からはそう遠くない。地上を通る以上、間違いなくアンドロイドからの攻撃は受けるが、君がいる。どうにかなるだろう?」

「任せろ、戦うことだけが取り柄だ」

 

 そうと決まれば、と早速用意する。リングへ攻撃を敢行し、事故を発生させるまであと数日。それまでにプロフェッサーがやっておきたい事を終わらせておき、尚且つベース251へと戻っていなければならない。

 事故が起きねば帰れない。そうなれば俺達は為す術なく過去改変の影響を受け詰み。単純に終わりだ。

 

「プロフェッサー」

「……? なんだ?」

「運転免許ってのは取ったことあるか?」

「? ……出勤の為に普通自動車免許は取っていたが。それがどうかしたのか?」

 

 車庫へ向かおう。少しばかり可哀想だが、これも地球と彼の家族の為だ。それと俺の仲間たちの為に。プロフェッサーにも多少の無茶は、やってもらわねば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あー、本当にやるのか?」

「ああ。アンドロイドを撒けてかつ、飛ばせばすぐに行って帰ってこれる。どうだ、悪くないだろう」

 

 俺達はそれぞれ装甲化バイクに跨っていた。軍用オートバイ、フリージャー・タイプ2。爆発的な加速と比較的安定したハンドリングのタイプ2ならば、マッドカスタムとかいう産廃……じゃなくて、ピーキーな車両よりずっと扱いやすいと思ったのだ。

 

「言っておくが、私はバイクの運転経験は無いぞ。親戚のバイクに昔、一度だけ乗せてもらった事があったぐらいだ」

「大丈夫だ、ちょっと覚えればすぐに慣れる。いいか、まずペダルは……」

 

 

 

 色々教えていると、レーダーに反応が現れた。変わらずリングの反応が一点あるが、それとは別にアンドロイドの群れがこちらに向かってきているらしい。実践の時間が来たようだ。

 

「行くぞ!」

「ま、待ってくれ!」

 

 俺とプロフェッサーがフリージャーのエンジンを点火し、比較的舗装された道路を走る。倒壊したビルや横転し放棄された戦車を避け、潜り抜け、スピーディーに障害物を越えていく。予想外な事にプロフェッサーは、初めて運転したのにも関わらず俺の荒い運転についてきている。

 

「なんだ、やっぱり経験者だったのか!?」

「物覚えが良いだけだ!!」

 

 ヘルメット越しに大声で会話する。風を切るような感覚が気持ち良い。プロフェッサーも着いてこれているし、アンドロイドとの距離もどんどん離れていく。もう心配は無さそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……頼む、もうこんな無茶な運転はさせないでくれ」

「帰りもやるからな」

「……中を調べよう。緊急時でも視界を確保できるよう、電気が通る設計になっているんだ」

 

 プロフェッサーが現実逃避をしながら先進技術研究部の中へと足を踏み入れる。フラッシュライトが必要かと思っていたが、プロフェッサーの言う通りジェネレーターは生きているのだろう。センサーか何かでジェネレーターを動かし、全域に電気を通して明かりをつけたのだ。

 

「凄いな……初めて来たぞ」

「ああ、そういえばそうだったな。散らかっていてすまないな。それじゃあ護衛してくれ、私は私のやる事をやる」

「任せてくれ」

 

 プロフェッサーがどんどんと奥へ進み、俺はその少し後ろを着いて歩き、何時でも交戦出来るよう銃を構えておく。T3ストークの弾は有り余るほど持ってきた。怪物程度ならいくらでも倒してやるとばかりに。

 

「3年前。アンドロイドに基地を襲撃された時、私はACの解析手段を失った、正確にはそう思い込んでいた。たった一人で基地に戻るのは自殺行為、リング襲来以降は来るタイミングも無い。そう考えれば基地に帰るなんてことはできない」

 

 プロフェッサーは歩きながら続ける。

 

「だが君の案で私はもう一度ここに来る機会を得た。君のおかげだ。アーマード・コアを操縦できるAC世界の住民たる彼女は既にいないが、そこは何とかする。私たちがアーマード・コアの情報を過去に持って帰れば、戦況は変わる。私たちにかかっているんだ」

 

 アーマード・コアがあれば戦いの流れは簡単に変わるのだろう。それはきっと元の持ち主たる少女も理由ではあろうが、それ以上に普及した汎用兵器の強さをコンバットフレームという実例を以て知っているからだ。

 

 プロフェッサーが最後の隔壁を開く。そこには凄まじい数の切り傷が着けられ、それでも自壊せず直立し続ける、ACの姿がそこにあった。

 

「これが……」

「そうだ。これから人類にもたらされる反撃の要、人型汎用兵器、アーマード・コア……その原点とする第一歩だ」

 

 無数の弾痕を受け、裂傷により傷付き、だが一時も倒れること無く立ち続けている。人類の希望にはこれ以上なく相応しいものだろう。一兵士でしかない俺よりも。

 

「ストーム1。君とこのAC、そうだな……母体と呼ぼう。母体と君が合わさった今回の世界では、何か決定的な特異点が生じたんだ。君が前哨基地を、彼女と母体がマザーシップを。陸と空の二大戦力をそれぞれ落とした。……だが、勝てなかった。9隻のマザーシップの砲撃、アンドロイドの投下、それで全て終わった」

 

 ACの内部に入り込んだプロフェッサーが、何かをデータへと変換し、端末へ保存しながら話し続ける。

 

「その前の時間軸では、核による攻撃すら行えず、互いの戦力をひたすら消耗し合う泥沼合戦になった。その前は、核によって地球の半分が住めなくなったうえ、勝利すら掴めなかった。この、前哨基地とマザーシップ一隻の撃破という好条件を活用するためにやることは一つだ。

 

 情報を持って生き残る。君も私も違う分野での戦いで勝利を収めるんだ。君は敵戦力を削り、私は武器装備を作る。その場にはきっと、アーマード・コアがあるだろう。例え不格好な新型でも、EDFと人類の切り札として」

 

 プロフェッサーがデータを抜き終えたのだろう。端末を仕舞って、時刻を確認している。

 

「行こう。リングの攻撃時間が迫っている」

 

 それを聞いて俺も時計を確認すれば、15時を回ろうとしている。確かに、これ以上ここで待てばリングへの攻撃、そしてあの事故を再現する事が出来なくなる。偶然を必然にするには、全ての条件を一致させなければならない。

 いつ、どこに、誰が集まり、誰が戦うか。その全てが完璧に整っていなければならない。

 

 基地を抜け出した俺たちは路肩に停めていたフリージャーに跨り、全速でベース251へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠目に見えてくる。赤い大気の中からでも、船を過去に飛ばしているあの怪しい光は見えていた。

 

「! 既に始まっているか!」

「行こう、ストーム1。未来を変える時が来たんだ」

 

 プロフェッサーからの言葉に頷き、フリージャーを走らせる。そして俺たちは違和感に気付いた。その違和感は最初、なんてことの無いものだった。しかしリングへと近付くにつれて、違和感は疑念に、そして確証へと変わっていった。

 

「…………? この位置は……」

「気付いたか。私も今気付いたところだ」

 

 座標が違う。数キロ前後離れており、ベース251上空での展開ではなくなっていた。前回はベース251の頭上を埋めるように浮遊していたのに。今になって、なぜ位置が変わったのだろうか。

 そして位置が変わっているということは同時に、条件が満たせなくなっている可能性がある。

 

 つまり、リングは所定の位置を離れた。そうすると、今まで全く同じ状況で繰り返せていたはずの事故が、起こらなくなるかもしれないのだ。そうなればたとえリングを撃墜したとしても、時間軸は固定され、最悪の未来のまま緩やかな死を迎えるだけになる。

 プロフェッサーも全く同じ考えに至っていたらしい。悪寒を隠そうともせず、リングを忌々しげに見つめている。

 

「プライマーめ、この期に及んで何を考えた? なぜ場所を移動した? この場所ではいけない何かがあるのか?」

 

「わからない。ただひとつ分かるのは、俺たちはそれでもリングを落とさなきゃいけないって事だけだ」

「……そうだったな。過去改変船を一機でも妨害して、これ以上事態が悪化するのを防がないとならない」

 

 リングを見ていたその時、後ろから足音が聞こえてくる。橋梁を潜り抜けてきた大尉たちが、俺たちを見つけて合流してきたのだ。

 

「お前達! 姿が見えないから死んだと思っていたぞ。よく無事だったな。俺たちはリングの守備隊を攻撃する。お前達も加われ」

「了解だ」

「分かりました、大尉」

 

「よし。今日こそリングをやるぞ。俺たちはリングを攻撃し、プライマーに一泡吹かせる。奴らは驚くだろう、人類の反撃に。リング撃墜作戦、開始だ」

 

 大尉率いる攻撃隊に合流する。この一ヶ月間の戦いを経て新兵たちは一端の兵士になりつつある。だが、こんな作戦に参加させるには練度が足りなさすぎる。いつも通り、俺がやる。

 

「あ、おい! 何処へ行く!」

「自殺行為だ、リングの下に行くなんて!!」

 

 大尉と攻撃隊の一人の引き留めを無視して、俺たちはリングへと向かう。バイクは移動用のものであるため機銃は搭載していない。機動戦闘ならフリージャーにも出番はあるかもしれないが、これは攻撃戦だ。距離を離す為のバイクに使い途はない。

 

 リングを壊し、事故を再現する。

 

 行こう。未来を守るために。

 

 

 

 

 






 アーマード・コア
 戦闘不能に追い込まれながらもかろうじて完全な破壊を逃れた、ファーストタイプ。プロフェッサー曰く、母体。この母体を元にACを作り出す。プロフェッサーの意思は強く、そして固い。


 リング
 超巨大船。リングの役割はストーム1とプロフェッサーの二人しか知らず、大尉を除く全員はリングを巨大な空母、大尉はリングをプライマーの攻撃拠点と考えている。破壊する時が来た。



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十七話 くだんの日†††††




 無茶だ、成功するはずがない。

 それでもやらねばならない。
 行くぞ! リングを破壊する!!




 

 

 

「新入り、危険だ!」

 

 大尉の言葉を無視して、俺とプロフェッサーはリングの真下へと向かいつつあった。リングを破壊することで事故を再現し、記憶を持って過去に戻る。死ねば記憶はリセットされ、そして続かず、終わりに飲み込まれる。俺とプロフェッサーが過去、歴史改変船がリングを通って過去改変を行った時に危惧していた事。それが、自分たちの意思で干渉できない過去改変への懸念だった。

 

 だが俺たちは運命か必然か、それによって生かされた。なら、俺たちは戦う。リングを壊し、事故を起こす。

 二人で日にちを確認する。先程リングに接近した時、座標があまりにも違い過ぎたことを認識した。位置がおかしいのなら日にちはどうだ?

 

「……いや、やはり今日で間違いない。旅が始まった日だ。今日で正解なんだ、やはり。リングに近づこう」

 

 月日も曜日も間違いはなかった。あれがズレているのは座標だけなのか。だとすれば、事故は起こせるかもしれない。リングの内側が怪しく輝き、中から無数のアンドロイドが飛び降りてくる。

 

「アンドロイドだ!」

「機械人間が降りてきたぞ!!」

「大型アンドロイドまでいやがる。守りが固いぞ、まずは大型アンドロイドの排除を優先しろ! 」

 

 アンドロイドの中には大型の個体も混じっている。膨れた瓢箪のような歪な形をしている大型は、バルカン砲や粒子グレネードのような強力な武装を持ち、歩兵部隊を容易く鎮圧せしめる火力を持っている。

 だが反面、装甲が剥がれたあとは簡単に怯むため、爆発力のあるロケットランチャーか、一撃の強力なショットガンで倒すべき相手だ。とにかくショットガンを使おう。並の相手は一撃、強力な個体もすぐに沈黙させられる。

 

 スローターE22GAの子弾がフルチョークバレルによって大きく絞られ、眼前の的に纏まって着弾する。マガジンチューブから次弾を装填し撃ち出せば、その都度敵が倒れる。遅れて大尉たちも戦闘に参加し、アンドロイドを近づけないとばかりに弾幕を張って怯ませ続けている。装甲の剥がれた相手にはかんしゃく玉がよく効く。3号弾が着弾したと同時にそこかしこで大小様々な爆発が起き、気持ちの悪い緑の鮮血が散らばる。

 大型アンドロイドを難なく倒せば、アンドロイドの数も気付けばかなり減っている。かなりの数を倒していたようだ。レーダーにも近辺の敵反応は見られない。プロフェッサーは無事、大尉たちの部隊も特に損害はないようだ。続けて前進する。

 

「リングが光ってる。何をするつもりなんだ!?」

「見ろ、船が消えたぞ!!」

 

 彼らはそうだ。この時間軸にしか存在しないたった一人の自分という枠組み。そのたった一人の彼らが今見ている光景は、俺たちは過去何度も見た。歴史を変える一手を、過去に遡って打てる。後出しジャンケンや、出す手札の見えているポーカー。手探りで抵抗手段を模索し続ける人類と違い、奴らは常に最善手を打てるのだ。

 

 …………アーマード・コアの存在。それがあれば戦いの流れを変えられる。なら、今この段階で変えてしまってもいいのではないか?

 俺は後ろに振り返り、大尉たちに言う。こんなこと、本当ならするべきじゃない。何が理由で事故が起こらなくなるか分からないからだ。だが今の俺は、何か衝動に突き動かされていた。プロフェッサーもまた同じように立ち止まるが、俺の意図までは汲み取れなかった。

 

「……聞いてくれ。俺たち……俺とプロフェッサーは、あのリングの役割を知っている」

「役割を知っている? それは……いや、待て。お前今、プロフェッサーと言ったか? こいつがか?」

 

 大尉がプロフェッサーを見る。プロフェッサーは眼鏡をかけ直して頷く。

 

「……そうだ。私がプロフェッサーだ、大尉」

「そうか……聞いた事があると思っていた。あいつもプロフェッサーと、そう言っていた。お前が、あいつの待っていたプロフェッサーだったのか」

 

 あいつ。それは多分、徴兵された隊員達を集めたあの時、ベース251で話した最後まで勇敢だった少女の事だろう。プロフェッサーもその()()()に心当たりがあったのか、聞き直した。

 

「あいつ……それはもしかして、あの子か? マザーシップを単機で撃墜した……」

「! そうだ! ……そうか、お前が…………。 あいつはお前を待つ為に、懸命に戦い、生き延びようとした。せめて祈ってやれ。この戦いが終わったらな」

「………ああ、そうするつもりだ」

 

 この3年間、ずっと少女は姿を見せていないという。戦闘に巻き込まれて跡形もなく消えてしまったというのが全員の見解らしい。

 接近するタイプ3ドローンを撃墜しつつ思考する。

 

 生きていればどこかのタイミングで会う機会もあったろう。プライマー襲来から2年間、活躍は聞いても戦場を共にすることはなかった。七機目を撃ち落とす。

 リングの防衛戦力は、4回目の時に比べると多少強くなってはいるが、所詮付け焼刃程度に過ぎない。以前は100匹程の怪物やタイプ2ドローンがいた程度だったことを考えると、主力が置き換わったぐらいの変化しかない。

 

「狙撃用の、あるいは遠距離用の武器はあるか?」

「グラントM40。射程よし、威力よし、精度よしだ。技研には頭が上がらないよ」

「使いこなせるからこその武器だ。 遣い手が居なければ武器は武器としての意味を成さない」

 

 遠距離用の武器が必要な理由は、リング自体の大きさにある。弱点はリング下部にあるが、その下部にさえ、PA-11のような旧式アサルトライフルは疎か、上位グレードモデルであるTストークアサルトライフルシリーズすら届かない。狙撃兵か対戦車猟兵だけが必然的にリングへの攻撃を行えるという事だ。それに備えて俺はライフルを捨て、ロケットランチャーを取った。

 前回はスナイパーライフル、その前はセミオートライフルを使った。射程が長くなければリングへの攻撃は事実上不可能に等しかった。

 

「タイプ3ドローンの全滅を確認!」

「あいつは凄いぞ!」

 

 全てのタイプ3ドローンを破壊した事で、リングを守る戦力は無くなった。あとはリング下部の制御装置を破壊するだけだ。

 

 話を戻そう。

 

「あのリングの役割。それは時間の移動だとプロフェッサーは考えている。突拍子もない話かもしれないが、俺とプロフェッサーはあのリングを過去4回に渡って壊してきた。そして《事故》を起こし、過去へ戻って戦局を変えてきた。

 

 ……今のところその全てが失敗に終わっているがな。信じなくてもいい。ただ、もし賭けてみようと思えるのなら。俺たちに付かず離れずでいてくれ……」

 

 そしていよいよリングの真下に到達する。赤く光るパーツが目前に迫り、プロフェッサーの語気が荒ぶる。

 

「戻ってきたぞ、ここが始まりだ! リング下部に、赤く光る制御装置がある。破壊してくれ!」

「わかった」

 

 ロケットランチャーを構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 煩い。私は今眠ってるんだ。邪魔をしないで。

 

 ……いや、でも。私はどうして眠っているんだろう。起きなくていいのかな。そんなわけは無い。何かはわからないが、起きてやる事がある。

 

 パチリと目が開く。

 

 そうだ。アンドロイドとの交戦で私は左肩から先を失ったんだった。幸いそれ以外は無事みたいだけど、なんでか機械としての私が機能を停止するよう判断したらしい。

 

 おかげで隊長ともハリケーンチームのみんなとも連絡が取れないし。あ、端末が無い。乱戦時に無くしちゃったのかな。あれがないとほかの味方と連絡が取れない……って。

 

 

 

 私が見た光景は筆舌に尽くし難い絶望感を醸していた。赤く汚染された空、そして遠くに見える円状の巨大飛行物体。そして何よりも、守りたくても守れなかった、破壊され尽くした町。ベース248で一度死んだ後、何があったのか。

 

 その意味を理解するのにさほど時間は要さなかった。人類は負けたのだ。アンドロイドの投下による初動の防衛戦に失敗した各地のEDFは壊滅。組織的な抵抗を続けられる部隊は無く、近隣に残っていた部隊も、私たち特殊遊撃隊ハリケーンチームが指揮を執るベース251残存部隊だけだった。

 

「行かないと」

 

 傍らに落ちていた大口径狙撃銃ライサンダーを手に、私はあの円へと歩き出した。銃声が聞こえる。誰かが戦っている。行かなきゃ。私が守らなきゃ、彼らを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 グラントM40の弾を撃ち切り、リロードしていた時のことだった。突然制御装置に一発の弾丸が直撃する。ここの誰も狙撃銃なんて持っていない。制御装置の下を見る。

 

 俺は驚いたと言わざるを得ない。

 隻腕の人間が、自分よりも身長があり、とにかく反動と威力が馬鹿げている事で名高いライサンダーを片手で持ち上げ、あろう事か反動を押し殺すことの出来ない真上に撃ち上げている。

 隻腕は俺たちを見つけて駆け寄る。近付いてきてようやく分かったのだが、よく見ると隻腕の少女は腹部や足にも大きな傷が見られ、特に痛々しい左眼の欠損だ。顔の左側が殆ど焼け焦げていて、あまりに酷い傷であるにも関わらず、少女は嬉しそうな顔でこちらを見ている。

 ……いや、正確には俺の後ろに立っているプロフェッサーと大尉に対してだった。

 

「プロフェッサー! それに隊長!!」

「おっ……お、お前……っ!!」

「私の目が信じられない、まさか本当に無事だったのか!」

 

 再会を喜ぶ三人。この反応からするに、大尉の言うところでいうあいつ、プロフェッサーの言うACを駆る少女、それがこの子であるようだった。

 

「その怪我、お前は……そうか、お前もアンドロイドだったな。正確にはサイボーグか」

「た、大尉ッ! この少女は人間なんですか!?」

「馬鹿野郎、コイツは中尉なんだぞ! もっと敬え、俺の大切な部下だ!!」

「えっ!? し、失礼いたしました……?」

「やめてよ隊長、私はただの兵士に過ぎない。それに、あなたの方こそ。大尉になれたんだね!」

「うむ。まあ戦況は奮わないが。だが安心しろ。リングを落とす、その時が来た」

 

 雑談に花を咲かせる中尉と大尉。元々同じ部隊の仲間だったらしい。

 

「あー、話しているところ悪いが、時間が無い。リングを破壊する。怖い奴、現実を受け入れたくない奴はここから逃げろ。多分離れれば間に合う。過去を変える覚悟がある奴は残れ。俺と共に……ストームチームとして、戦ってくれ」

 

 大尉が俺の言葉に驚愕する。

 

「ストームチーム……!? ではまさか、あなたがあの!」

「隠していて悪かった。本当は正体を隠して俺たちだけで過去に飛ぶつもりだった。だが、彼女の事を思い出して気が変わったんだ。次なら勝てるのではないか? とな。大尉。来るか?」

「はっ! 光栄であります!!」

 

 中尉もプロフェッサーも、大尉の部下たちも覚悟を決めたように頷く。きっとこれから飛ぶ時間はみんなバラバラだ。どの時間の自分として目覚めるかはわからない。でも、ただ1つわかることがある。

 

 次の俺は、負けない。

 俺たちがいる。

 ストームチームがいる。

 

 ライサンダーとグラントM40の弾頭が直撃し、リングは火を噴き傾く。大尉が焦ったように見上げる。

 

「なんだ!?」

「動くな、共に来るならな」

 

「よかった、成功だ。やったぞ!」

 

 最後の懸念であった、座標のズレによる条件の不一致によって事故が起こらない可能性があるという不安が解消された。プロフェッサーが光を放つリングの制御装置を見上げる。俺たち全員がリングを見上げていた。

 

「いいぞ、始まる!!」

「これが……歴史の転換点になるのね」

「ああ。 ……これから死ぬ程苦しい目に会う。覚悟はいいか?」

 

「「サー、イエッサー!!」」

 

 ……いい返事だ。

 

 俺は笑って、光に飲み込まれるみんなを一瞥した。

 

 

 








 豁エ蜿イ縺ッ譖ク縺肴鋤縺医i繧後?∽ココ鬘槭?雋?縺代◆縲ゅ?繝ゥ繧、繝槭?縺悟享蛻ゥ縺励◆縺ィ縺?≧豁エ蜿イ縺御ココ鬘槭r謾ッ驟阪☆繧九?ゅ@縺九@縲√◎繧後?邨ゅo繧翫〒縺ッ縺ェ縺??ゆコ御ココ縺ョ蜍?」ォ驕斐′莉イ髢薙r蠑輔″騾」繧後※謌サ縺」縺ヲ縺阪◆譎ゅ?∵ュエ蜿イ縺ッ繧ゅ≧荳?蠎ヲ蜍輔¥縲






 はじまる。
 歴史を動かす時が来た。




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一話 序章´

 

 

 

 

「………ッ!!」

 

 痛い。頭が割れるような痛みに襲われ、視界は閃光に包まれる。今何が起きた? ……怪我はない。無くした左腕もある。

 

 そして少しずつ視界が明瞭になっていく。左眼も元に戻っているようだ。キョロキョロと周囲を見渡せば、そこはACのコクピットの中だ。離れていた期間は一年ちょっとだけだったが、それでも涙が出るほど懐かしい。

 

「コム」

「システム起動。おはようございます、ウィンディ」

 

 ああ、コムだ。帰ってきた。

 

 ……ありがとう、思わずそんな声が漏れる。コムには理解できないか。唐突に目の前の主人が突拍子もなく礼を言うなんて、コンピュータには分からないかもしれない。だけど、私はとにかく礼を言いたかった。

 

「? 発言の意図が不明です、すみません」

「ああ、いや……ごめん、なんでもないよ」

 

 謝ってから、ACのコクピットから飛び降りる。強化人間故の身体能力向上で、落下時の衝撃吸収が容易なおかげでこういう事も可能なのが、このボディーのありがたいところだ。

 

 ガレージには何十人もの整備員が慌ただしく走っている。私は彼らに挨拶しながら、見知った廊下に出る。丁度、昔の情報屋と会った。

 

「……あ? お、おお……ウィンディじゃないか。お前、珍しいな。外に出てくるなんざ」

「……別に。普通、だと思うよ」

「……なんか、雰囲気変わったな。いつの間に人見知りやめたんだ?」

「なっ……!」

「……………ん???」

 

 またこの男は失礼な事をなんの躊躇いもなく言うのだから。エド・ワイズは、私が24時間の戦争を生き延びた時の情報バイヤーだった。とにかく歯に衣着せぬ物言いが嫌で触れ合いをできるだけ絶っていたのだが……今にして思えばこの男も、少々皮肉屋な点を除けば普通のEDF隊員とさほど変わらない。

 

「……ふふっ、なんでもないよ。それより依頼、来てるんだよね?」

「え? ……おぉ…おう。なんかマジでお前、頭打ったのか? キャンセルした方が良いか?」

「それはダメ。それは受ける事にしてるの。中身は機密だから、今ここで渡してもらってもいい?」

「ああ、勿論だ。……見違えたな。昨日までのお前はとにかく人が嫌いで、機体の中に閉じこもってる、そんな印象だった。今のお前は自信に溢れてる。何かあったのか?」

 

 エドが聞く。あったにはあった。

 

「うん、色々あったよ。色々ね。これからも。じゃあもう行くね。また後でね」

「あ、おい待て。シーラには挨拶しねえのか? あいつもあいつなりに、お前のこと心配してたんだぜ」

「あー……うん、今はいいや。全部終わって、帰ってきたらするよ。また後で」

「そうか……まあいいさ。また後でな」

 

 エドと別れる。この後にやる事は決まっている。(プライマー)が何をするわかっている以上、それに適したアセンブルを行う。幸い私はACの操縦に関する才能には溢れていたから、どんな脚部でも一度触ってしまえばすぐに慣れる。一番習熟に時間を要したのはフロート型脚部だったが。

 

 ガレージに入って整備員に指示を下す。彼らは的確に動いてくれる優秀なエンジニアだ。

 

「機体を変更します。言う通りに。まず脚部ですが……」

 

 

 

 

 

 

 

 そうして完成させる新しい機体と共に、AC名もレイヴン名も改める事にする。私はこれからレイヴン名ハリケーン。AC名はストームとする。

 

 

 

 脚部は変わらず中量二脚CR-LH89Fを採用。積載量と消費ENの軽さは私の戦闘スタイルから外す事はもう難しい。

 コアには、EN弾補充機能が搭載されたイクシードオービット搭載型コアC01-GAEAを選択、豊富な弾数と弾薬の自然回復という継戦能力の高さを活かし、怪物との戦闘に備える。

 怪物が生体兵器扱いかは分からないが、念の為CR-YH85SRをヘッドジョイントに据え、作戦遂行型と名高いシリーズのヘッドパーツを搭載した。

 腕は全体的に優秀な中量級腕部A07-LEMURを選んだ。特に防御性能とAP面に優れるこの腕は、怪物やアンドロイドとの戦いで大いに役に立ってくれるだろう。

 内装に変更は無い。FCSに若干の不安は残るが、そこは腕で解決する。ロック範囲が狭まった事でより狙った敵に狙いを絞れると思えば安いものだ。私がやる戦いは一対一ではなく、多対多なのだから。

 

 武装だが、こちらもまた一新してプライマーの新兵器群へ対抗する。アンドロイドに対抗する為には、エネルギーマシンガンなどよりも弾持ちが良く、貫通能力に優れる武装が欲しい。

 そのため、ミラージュ製ライフルWR01R-SHADOWを装備した。これは火力と装弾数の多さから主力となる。弾薬も単純なライフル弾である為、すぐに工場などへ持っていけば増産は容易いだろう。

 左腕には弾数に優れるパルスライフルYWH14PU-ROC4で、火力の底上げを図った。パルスライフルやレーザーライフル系の武装は、無くした弾をチャージするのに、ジェネレータから直接エネルギーを引っ張ってきて充電すれば済む話なので、エネルギーマシンガンとは勝手が違う。あちらは文字通りの産業廃棄物である。

 そして肩部武装だが、パルスライフルやライフルと同じ理由で生産しやすく、補充の必要が無い武装に絞る。まず右肩。こちらにはリニアガンCR-WB91LGLを、そして左肩にはレールガンWB14RG-LADONを搭載する。その弾頭の大きさや発射速度から、リニアガンには貫通効果が備わっていると思って良い。そのため怪物に肉薄された時は直線での退路を確保するために用いる。

 逆にレールガンはEN型弾を用い、弾速が凄まじく速い高速弾を射出する。これによって大型アンドロイドや、遠方のマザーシップの砲台などの目標へ射撃し、迎え討つ事が可能となる。そして予備に、レーザーブレードCR-WL06LB4を搭載する。リロード時間の長さがネックだが、それ以外は非常にハイレベルで纏まった逸品だ。

 

 え? ……格納型のコアじゃないから格納不可能?

 

 誰が格納するなんて言ったんですか? ブレードレンジが多少短くなってもいいから小型化。パルスライフルの銃身側面に取り付けて。いつでも起動できるように調節しておいてください。

 ああそれと、また今後もアセンブルを頼む機会があります。その時はまた頼みますね。

 

 

 

 

 

 

 

『AC1、ストーム、出撃。ハッチ開きます』

 

 格納されていた私の一番機、ストームがハッチから出る。私は既に機体に搭乗しており、いつでも操縦可能だ。

 

 依頼内容は、5年前のアレと全く変わらない。ベルザ高原へと来て欲しいという依頼だ。アライアンスから送られてくる騙しの依頼。後方から来る敵ACの砲撃によって私は死亡し、何らかの原因でベルザからEDF基地ベース229に飛ばされる。理由は不明だが……。

 

 だからとにかく、依頼に出てあの場所で殺されなきゃいけない。だが今回はオーバードブースト機構の無いコアを採用しているから、巡航オーバードブーストは使えない、陸路で向かうのも面倒くさい。じゃあどうしようか。

 

 

 

 

 

 ……レイヴン特有の、ブーストジャンプと慣性による移動を繰り返して、私はベルザ高原内部の作戦区域内に陸路で突入した。トラック運転手を使おうとも思ったが、奇襲を受けるのは間違いなく、それに巻き込まれて死亡するのは可哀想だったから、さすがにやめた。

 

「こちらハリケーン。目標地点へ到達」

『ハリケーン? ………ああ、直前にレイヴンネームの変更申請を出していたのか。困るな、許可してないうちは以前の名前で活動してくれ』

 

 アライアンス職員オペレーターが私の勝手なネーム変更を諌める。どうせそんな事どうでも良い癖に、演技が随分とうまいことだ。

 

「で、ACはどこ?」

『AC? いいや、ここでの君の任務は敵MTの──』

 

「じゃあ今飛んできたグレネードはどう説明する?」

『……!?』

 

 軽くひょいと避けて、遠くで爆発するグレネードを見ながら説明を促す。

 

「どうしたの? 答えられないの?」

『クソ…! 予期してはいたが、化け物め。予備のACを投入、生きては返すな!!』

 

 その言葉と同時に、グレネードランチャーを構える重量二脚、リニアライフルとマシンガンを持つ標準的な軽量二脚、クレストのレーザーキャノンを搭載した四脚が姿を見せる。もしあの時死んでいなければ、この三機ものACを相手することになっていたのか。とても素敵な事だ。だが。

 

「……ふふ」

『? ……敵AC、攻撃してきません』

『こちらバーチャスファイター、意図が不明だ。何が起きている?』

『わ、わからん。後詰の戦力を連れてきているのか?』

 

 焦ったような言葉が面白い。けど、それだけだ。全ての敵が倒れたこの世界で活動したって、もう何も面白味はない。それよりもやる事が残っているからだ。

 どうせなら、と意向返しに彼らが私を殺そうとしていた理由を言い当てる。といってもどうせたかが知れているというものだ。

 

「当ててあげるよ、どうして私を狙ったか。大方、あなた達が世界を掌握するためには私のような者が邪魔になるからでしょう? 単騎で百倍以上もの敵を相手に張り合える、そんな戦力である私が。

 

 ん〜、ちょっと違うかな? ……正確にはその不穏分子となりうる、レイヴンとなる存在全てが。でしょ?」

 

『………ッ!! 貴様……どこまで知っている!』

「全部憶測。まあ、そこの人達は知らなかったようだけど」

 

 明らかに目の前のレイヴン達に動揺が走っている。もちろん自分たちも後で排除される予定だなどとは思っていなかったのだろう。いの一番に立ち直った一人が高く飛び上がり、私の近くに着地する。軽量二脚の機体だ。そのまま旋回してAC2機の正面を見据える。

 

『何をするつもりだ、バーチャスファイター!』

「騙し討ちは主義じゃない。それを思い出した」

 

 二人のレイヴンが、私達に銃を向ける。

 

『畜生、裏切ったな!』

『こちらデモニュクス、両方排除する!』

『構わん。後続も来ている、叩き潰せ!』

 

「あなたの事は聞いた事がある。後で決闘と洒落こもう」

「いいよ。それと、私は話に聞くほど高潔な人間じゃない。ただあの時、最後の一人(ラストレイヴン)であろうとしただけ。 ……覚悟はいい?」

「いいぞ!」

 

 私の右腕ライフルが、バーチャスファイターの左腕リニアライフルが、それぞれの見つめる敵の方を向く。5年ぶりの対AC戦闘だ、腕が鳴る。飛び上がりながらダブルトリガーと呼ばれる集中攻撃で、両手の武器から放たれるパルス弾とライフル弾が、重量二脚に直撃する。

 

 重量二脚はバズーカを私に向かって撃ち込むが、そんな弾速の遅い武器では当たらない。重量過多を常にブースターで補っている私は、いわばハンデを課してやっているようなものだ。バズーカ程度当てられなくては、一線を退いたジャック・Oにすら劣るぞ。

 

『なぜ当たらない!』

「弱いから」

 

 それは自分への戒めでもある。強ければ勝ち残れる。私は弱かったから負けた。次は負けない。

 その場で跳躍して飛び上がり、レールガンをチャージする。可哀想だが、彼は弱かった。だから負ける。

 

『なっ……ば、馬鹿なっ!』

「まあ、終わりだよね」

 

 そのまま放たれたレールガンは凄まじい弾速を伴ってACの防御スクリーンをコクピットごと貫き、沈黙させる。向こうの四脚も、バーチャスファイターに追い詰められて苦し紛れにレーザーキャノンを撃つが、焦りがあったのか発射直前に飛び上がってしまい、ロックが切れて明後日の方向に飛んでいく。

 

『ま、待て! 降参だ!!』

「……ああ言っているが、どうする?」

「んー……逃がしちゃっていいよ。どうせ長く持たないし」

 

『ひぃっ………!』

 

 四脚は逃げていく。大方複数人で依頼を受けて、他者が囮をしている間に威力の高い一撃を撃ち込んで敵を無力化。軽い労力で無理なく成り上がってきたタイプだ。

 

 四脚の撤退と入れ違いになるように、五機の巨大兵器が姿を見せた。その全てが見た事のある同一機体だった。

 

「馬鹿な、レビヤタンが五機……奴ら戦争でもおっぱじめるつもりなのか」

「そうだと思うよ」

 

 新たな戦力がさらに向かってくる。高級MTが15機。クレスト製標準MT20機、戦闘機編隊6、ヘリ7。まだまだ来る。

 

「どこまでこんな……世界を滅ぼすつもりか…」

「いいや、滅ぼすんじゃない。元鞘に戻ろうとしている。レイヤード時代に」

「……正気か? なぜ地下に潜る。 まさか、2年前の再現のために自らが管理者となるつもりか?」

 

 2年前。檻からの解放。レイヴンは地上へと飛び立ち、空へと墜ちていった。初めて人を殺した当時を思い出す。

 

 お世話になった先輩レイヴン(ゲド)や、同期の親友(アップルボーイ)、鎬を削り合った良きライバル(エヴァンジェ)に、友として共闘した腐れ縁(ジャック・O)、そして最後に相応しい者を決める為共に戦った好敵手(ジナイーダ)

 

 彼らの頑張りを無に返してまで、クレスト・ミラージュ・キサラギらアライアンスは、かつてのレイヤードに閉じこもり、緩やかな破滅を迎えようとしている。

 

「だけどもう、どうでもいい」

「…え?」

 

 私の言葉に、バーチャスファイターは振り向く。

 

「バーチャスファイター。名前は?」

「レイヴンネームか? ……アグレッサーだ。それが?」

「アグレッサー。良いね。私と一緒に来る覚悟はある?」

 

 アグレッサーは少し惑うが、すぐに意志を固める。

 

「……当然だ。あなたと共に行けるなら、何処へでも」

「良い答えだね」

 

 私は抵抗を辞める。アグレッサーは尚も武器を下ろそうとしないが、私の態度に少しどうすべきか迷い、同じように武器を下ろした。

 

「……何を?」

「私たちがこれから行くのは、もうひとつの世界。こんな薄暗く汚い世界よりも綺麗で、そして滅びゆく世界。あなたも共に来てほしい」

「……戦いを辞めることで、新たな場所であなたと会えるのなら。一度きりとはいえ、共に戦えて光栄だ」

 

「一度きりじゃないよ。これから何度も繰り返す事になる。その一度きりをね」

『撃てェッ!!』

『敵は抵抗をやめた! 撃ち込め!!』

 

 眩い閃光が視界を包む。始まる。

 

「……何度も? うッ───」

「行こう、一緒に───」

 

 凄まじい光が眼前に迫ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 う、うぅん………。

 

 私は、どうなったんだろう……?

 

 目を覚ます。森の中、コクピットに映るサブカメラ越しの森林を見て、私は確信へ至った。

 

「そうか、成功したんだ!!」

「……な、なんだ……一体何が。ここはどこだ……?」

 

 ACの起動を終えて周囲を見渡せば、少し離れた位置にアグレッサーのACバーチャスファイターが膝を着いて倒れかけている。私が近くに寄ればそれに気付いたのか、自主的にACを起動する。

 ここでひとつ分かったことがある。私達の世界からこの地球にやってくる時に使った弾薬や負った損傷がどうなるか。

 

 私が初めてこの世界に来たあの時、グレネードランチャーに攻撃されて一撃で機体が使い物にならなくなった。もしその状態で転送されるのであれば、機体は壊れていてしかるべきだろう。

 それなのに機体は一切の損傷なく、私と一緒に転送されてきた。つまり、私の仮説はこうだ。

 

 機体ごと身体が転送される時、それらは直前の姿で保存され、そして何が起ころうが保存された状態まで巻き戻ってこの世界に送られる。

 恐らくその保存というもののタイミングが、AC用ガレージを出る直前までなのだろう。

 

「説明を願う、あー………呼び方は変えた方が?」

「うん、もうラストレイヴンじゃないしね。ハリケーンと呼んで、アグレッサー」

「了解、ハリケーン。で、今はどういう状況なんだ?」

 

 アグレッサーは初めてここに来たからわからないだろう。私も原理は分からないが、という前提を踏まえた上で説明する。

 

「ここは、私がさっき言っていた滅びゆく世界。私が騙しの依頼を受けてベルザ高原に来て、そして死ぬと、私はこの世界で目覚めることになっている……らしい。前回、つまり5年前が初めてだったから、まだわからないけど、概ね間違っては無いと思う」

「5年前? い、いやいや待ってくれ。じゃあなんだ、俺たちは過去に来ているとでも言うのか? 前回って事は一度来た事があるってのはわかる。だが、時間を飛び越すなんてのは聞いていないぞ」

 

 通信越しにアグレッサーが困惑する。何も事情を知らないのに唐突に《過去に来た》みたいな物言いをされると誰だって惑わされるだろう。私も多分そうなる。

 

「つまりあの時あの時間、あの依頼を受けて死ねば、私達はここに来れる。最後にガレージを出た時、そのままの機体で。なぜ機体ごと来れるのかはわからない。でも、ここで私は戦わないといけない。貴方にも、付き合って貰いたかった」

 

 アグレッサーは息を吐いて、少し間を開けてから続ける。

 

「……わかった、わかったよ。突拍子もない話だが、現にこうして知らない場所にいる。それに、あなたに協力すると決めたからな」

 

 そう言うとアグレッサーのAC、バーチャスファイターが立ち上がる。60メートル左後方にいたようだ。そちらの方に向けば彼の機体は私を向いており、行動からも言動からも読み取れるとおり、その意志を固めたようだ。

 

 なら早速やる事がある。彼にも付き合ってもらおう。

 

『生体兵器の反応を確認。敵数60』

「生体? ……AMIDAかっ!」

 

 やっぱりそういう認識なんだなぁ。私も同じことを思ってきたのかと思うと、やはり生物の兵器イコールAMIDAという公式が出来上がっているのはキサラギ社の悪いところだ。

 

「聞いて。ここにはアライアンスも何も無い。クレストもミラージュも、キサラギだって。ここにあるのは我々だけ。そして守るべき人々と、倒すべき敵」

「人々を守る、か。面白い」

 

 私の言葉に焚き付けられたらしい。流石は高潔な(バーチャス)戦士(ファイター)だ。彼の軽量二脚と私の中量二脚があれば、更にマザーシップを撃墜し、プライマーを追い払ってやれるはずだ。

 α型の怪物がやってくる。ライフル弾を使うのはもったいない。こいつには充填が早めで補充が必要ない武器、つまりパルスライフルとレーザーブレードだけで戦おう。

 逆にバーチャスファイターの武装はマシンガンにリニアライフルと、全て実弾系である為あまり怪物の相手はさせたくない。実弾兵器はその場その場の補充が利かず、格納兵装にもよるが撃ち切ると戦闘能力がなくなってしまう。ちょうど補充の利くEN兵器を持っていなかった一度目の私のように。

 

「敵は強酸を放射して攻撃してくる。動き回っていれば当たらないから。ここは私がやるから見てて」

「わかった。見せてくれ」

 

 見本を見せよう。飛び上がって大きく後退し、近付いてきている個体から順にパルスライフルで焼いていく。やはりAC規格の武装なほぼ一撃で間違いない。エネルギーマシンガンで一撃なら、パルスライフルが一撃じゃない道理はないだろう。

 

 そのまま群れの戦闘を薙ぎ払えば、肩部レールガンを構え、チャージしたEN弾を群れの中心に放つ。穿たれた群れの中央が激しく爆発し、衝撃波が周囲の敵を巻き込む。レールガンは性質上爆発は起きないはずだが、ハンドレールガンの開発以前に作られたこのLADONは何故か小規模の爆発を起こす。AC同士の戦闘では巻き込む範囲などは計算に入れるまでもなかったが、対歩兵では十分に致死範囲の広い武器でもある。それは、怪物が相手でも同じだ。

 

 多数を巻き込んだことで散り散りになった怪物がバラバラに襲いかかってくる。それを迎撃するため、イクシードオービットを起動しつつ地面にゆっくり下りて、そのまま後退しながらパルスライフルで引き撃つ。

 急降下して着地すると、衝撃吸収の為に膝を曲げなければならず、そうすると大きな隙を晒してしまいかねない。それをしないためのホバリングだった。

 

 やがて最後の一体を倒せば、レーダーには何も映らなくなる。過去よりもずっと手馴れた方法で倒したからか、数が少なかったからか。それは分からないが、思っていたよりもずっと簡単に殲滅できた。

 

「AMIDAではなかった。ハリケーン、奴は一体?」

「侵略生物α。主にα型って呼ばれていて、強酸性の体液を撃ち出して攻撃。卵生で個体数も多く、プライマーの主力なんだと思う。 ……あ、プライマーっていうのはこれから私達が戦う敵ね」

「α型に、プライマー……。ふむ、覚えた」

 

 木々の裏に隠れていたアグレッサーが出てくる。敵の名前も教えたことだし、とりあえず最寄りの基地に行こう。確かベース229だったはず。

 

 ……懐かしいなぁ。お世話になったアンヴィルチームにまた会えるとは思っていなかった。アンドロイドに機体を破壊されてから、もう連絡のひとつも取れなかったから。

 どれ、久々に顔を見せよっかな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そ、そこの所属不明機2機は、速やかに武装解除! 貴機の所属を言え!!』

『人型だってのに、どう飛んでやがるんだ!!』

『どこかの国の新兵器なのか、あれは……?』

 

 ……だよね。覚えてるわけないよね。あの場(リング撃墜現場)にいなかったもんね。

 

「私は職業軍人では無い。ただの傭兵だ。そちらに攻撃する意思はない。そちらも武装を解除されたし」

『信じるな、攻撃されるぞ!』

『いや………。 全員、ニクスを降りろ!』

『隊長ッ!』

 

 下で色々やり取りが続いている。5年前に聞いたことのある会話だ。

 

『……了解。これでいいですか?』

『ああ、すまん。 傭兵、こちらは武装解除した。そちらも降りてきてくれないか?』

「わかった。アグレッサー、行こう」

「了解」

 

 コクピットが顕になり、私はそこから飛び降りる。アンヴィルチームの面々がこれに驚くのもいつも通りだ。

 

『馬鹿な、あの高さから飛び降りたぞ!』

『無傷……どうなってやがる』

 

 私は強化人間などというレベルではないぐらいに肉体が機械になっているので、身体能力の強化もまた、普通の人間と比べて著しい。一方アグレッサーは普通の人間のようなので、機体側面に備え付けられた梯子を使ってゆっくり降りている。私たち二人が地面に着いたと同時に、兵士が十人、ライフルを構えながら私を取り囲む。

 

 ……アレ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この少女と青年は一体なんなんだ。あのロボットは一体どこの国の兵器なんだ。そもそも、EDFという全世界に広がる軍事組織があるにもかかわらず傭兵をやっているなどという自己紹介。事実上、正体を明かしていないようなものだ。

 アンヴィルチームをまとめあげてもう二年になるが、紛争などはずっと発生していない。ココ最近はテロも無く、平和だった。たまに抗議してくる市民団体が押し寄せてくることはあるが、のらりくらり対応すれば躱せはしていた。

 

 だが、これは異常だ。傭兵ではなく特殊部隊、それも恐らく、単騎でEDF基地を壊滅させて有り余る戦闘能力を有していると思われる。それが2機も。何を考えているのか読めなかった。

 

「隊長、投降した二名の所属不明機はどうしますか?」

「……触れるな。有用かもしれんし、有害かもしれん。とにかく話をつけてくる。応接室に案内しておいてくれ。私もすぐ行く」

 

 了解と言ってアンヴィル3が部屋に二人を連れていく。私も行くか、対談と行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………だよなぁ。じゃあ話題を変えよう。あのロボットは……どこの国が作った? 戦闘ロボットの開発は、EDF主導のもと行われなければならない。それを反故にする国があるとなれば、相当な国際問題に発展する可能性だってある」

「国はありません。私たちは……信じられないかもしれませんが、別の世界から来ました。人類を守るために」

「人類を?」

 

 話し合いは、その根元を掴むことができなかった。曰く国に所属していなければ、別の世界から来たと。挙句には人類を守ると来た。心意気はEDFだが、連絡も無しに基地に押し掛けてくれば普通は武装した兵士を出動させてまで拘束したくもなる。

 そこは私の一存でどうにか有耶無耶に出来たが、基地司令との連絡で、あの機体……アーマード・コアとかいうものの詳細を把握せよと言われている。それとなく聞いてみれば、聞き出せるだろうか?

 いや、無理だろうな……。 突拍子も無いことを言って惑わせてくるのだから、そんな事を言う訳が───

 

「良いですよ。むしろその為にこちらに来た迄あります」

「え?」

 

 思わず聞き返す。急に素直になられると、なんだろうか。困る。いや助かるのは助かるが、誤魔化すラインと正直に話すラインがわからない。

 

「というか、待ってくれ。人類を守ると言っていたな。教えてくれ、何が人を襲う?」

「これも信じないかもしれませんが……。 4000年ほど前の話です。EDF設立のきっかけとなった出来事がありました」

 

 彼女は、ここにいる誰も……多分、司令官クラスでなくては知らないのであろう話をし始めた。突然始まった妄言にも近いそれは、しかし妙な信憑性を帯びていた。

 

「金のUFOが地球に墜落して、そこから神が現れた。情報部をやっていたっていう脱走兵から聞いたんだ。卵型の船が見つかれば、人類は勝てるって。でも勝てなかった。その子も私も、アンドロイドにやられてね」

 

 彼女はまるで、地球に襲来してきた未知の脅威と戦ってきたかのように話していた。普通なら妄想・妄言だと言って切り捨て、釈放するのだが、彼女は違う。まだ高校生ぐらいの年齢だというのに、その目は慈愛と、そして復讐の炎に呑まれている。

 

「私は勝てなかった。だから新しい人を連れてきた。彼が、私に協力してくれる。そして私たちは、人類を守るために貴方達と一緒に戦う」

「……言いたいことはわかった。だが君たちが言う事が妄想であると切り捨てる事もできる。証拠はあるのか?」

 

 自分でとても嫌らしいことを言っている自覚はある。だが、それを示せるのなら私たちは信じざるを得ない。敵の存在を、そして彼女たちが味方であるという事を。

 

「……あります。着いてきてください」

 

 …………行くしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『隊長、本当に基地の警備を放り出してまで十機もニクスを出す必要があるんですか?』

『俺もそう思う。隊長は急ぎすぎている。何を焦っているんだ』

 

 焦っているのは私では無い。彼女だ。どうやら彼女の取り巻きは状況の整理が出来ていないのか黙ったままで、彼女だけがこれから何が起きるかを見聞きして、あるいは実際に経験しているのだろう。

 

『いいから黙って彼女についていけ。全機、あのアーマード・コアを護衛せよ。何が起きるか分からない』

『……臆病なのは隊長だ。テロどころか抗議だってずっと起きてない。今更何があるっていうんだ』

 

 森に入りながら、部下が毒づく。分かっている。自分がいかに間抜けな事をしているか。だが。十年間EDFに勤務してきた勘としか言いようがないが、彼女は何かを知っている。

 

 ……そしてその答えは、早くも提示された。

 

『な、何だこの化け物は……!?』

『死んでいるのか? バルーン……とかじゃないよな』

『まだ血が出ている。……お前が?』

「そう。私がやった」

 

 アーマード・コアの少女が言う。化け物の傷は、どちらかと言うと銃創ではなく、超高熱の何かで焼き切ったようなものだった。多分、その武装のどれかが熱を放つ兵器なのだろう。

 

『こんな化け物が……一体、どこに……』

「こいつは侵略生物α。プライマーの尖兵」

『アルファに、プライマー? それが敵の名か?』

「理解が早くて助かる」

 

 いよいよもって、こいつは大変な事になりそうだ。

 

 

 






 アンヴィルチーム´
 かつてウィンディが所属していたチーム。今回はウィンディが混乱せずに情報を渡しているため、比較的早い段階で怪物の存在を認識できている。






 AC、バーチャスファイター

 頭部:YH08-MANTIS 高性能レーダー頭部
 コア:CR-C75U2 格納機能有
 腕部:A05-LANGUR 軽量、ブレード適性高
 脚部:CR-LH99XS 防御力と積載に特化

 FCS:CR-F73H 横に長い近接戦闘型
 ブースタ:CR-B83TP 高性能、高消費
 ジェネレータ:G02-MAGNOLIA バランスタイプ
 ラジエータ:ANANDA 軽量だが高消費

 右腕武器:CR-WR69M クレスト製高火力マシンガン
 左腕武器:CR-WH05RLA 三発毎に再装填、リニア
 右腕格納:WR12PU-ROC2 速射特化パルスライフル
 左腕格納:CR-WL79LB2 高威力高熱量ブレード

 機体速度もそこそこに、火力を確保した軽量二脚。どちらかというとEN兵器を多く装備する相手との射撃戦闘を想定した機体であり、マシンガンとリニアライフルによる同時攻撃は、例えタンク型ACであっても無視できない痛手を与えられる。
 反面継戦能力は最低クラスで、特にブースタが大食いの為長時間の飛行は難しい。ただしラジエータの性能のおかげで熱暴走には陥りにくくもある。一長一短で、弱点が浮き彫りながら性能は総じて高め。
 また、肩部武装を搭載していない。レーダーやミサイルのような補助兵装を搭載せず、頭部レーダーと必然的に短くなる戦闘時間で勝負するためである。



 アグレッサー
 ラストレイヴンが生まれた3日後、生き残った最後のレイヴンに憧れて自身もレイヴンとなった。卑怯な事が嫌いで、騙し討ちだと知った時、その相手が自分の尊敬していた人であると知った時に、彼は密かに裏切りを決意した。



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二話 市民救助´



 君の言っていたことが本当になるとはな。
 だが、君のおかげで敵のファーストストライクは防いだ。

 市民を助けに市街地へ行くぞ!
 既に展開中の他部隊を援護する!!





 

 

 

 基地を防衛した、それだけで私がこの世界に戻ってきた価値があった。ベース229の面々はほとんど無事で、怪我人も少数、最初はまともに取り合ってもらえなかったものの、怪物へ対抗する為の手段に退きながら撃つというのが有効だということも知っておいて貰えていたのが功を奏し、死者はゼロ人だった。他のエリアにも戦法自体は波及していたのか、目立った損害は見受けられなかった。

 

 空をテレポーションシップが飛んでいる。隊員が叫ぶ。

 

「あんな形で飛んでるぞ!」

「UFOってやつか! まさか本当にエイリアンなのか!?」

「バカ、SFXなんかじゃないんだぞ。どうせどこかの国が作り上げたハリボテだ、撃てば落ちる!」

 

 彼らはまだ信じられないようだ。無理もない。戦争が絶えた時代に敵に襲われれば、平和を壊そうとする国の仕業だと思うだろう。まさか異星人とは思うはずもない。

 

 市街地に多数の軍用ビークルが出動している。ブラッカーE1主力戦車、コンバットフレーム・ニクスA型、そして攻撃ヘリEF31ネレイド。怪物相手なら後れを取る事はないだろう。

 その近くを警戒するように私が、ビークル部隊を護衛する為にアグレッサーが、それぞれの持ち場に着いて行軍する。ACが2機もいては、一部隊の戦力としては些か過剰に過ぎるが、今はどの戦力がどの位置にいるのか把握する時間だ。少なくない被害が出るが、今無闇矢鱈に動いても効果的に敵軍を叩けない。仕方がないのだ。

 

『こちらアウトポスト49、基地を放棄して撤退せよ! 繰り返す、残存部隊は基地を放棄し、撤退!』

『今逃げても追いつかれる、隠れろ!!』

『ダメだ、見つかった!!』

『前哨基地2-6が敵の攻撃を受け、被害甚大!』

『こちらベース196! 全員、退避しました!』

 

 オープンチャンネルで隊員に指示を下す基地司令と、更に部下へ隠れるよう伝える隊長。だが発見されたと叫んでいるあたり、相当に侵攻が早いようだ。他の基地も大きな被害を受けたりと、全体を通しての戦局は良くないらしい。

 

「どこの基地も一斉に攻撃を受けている。謎の怪物と、怪物を投下する飛行物体に」

「戦況は思わしくない。EDF程の勢力が防戦一方とは…」

 

 前線部隊へ合流中の私たちのチームのレンジャー隊員が呟く。前線指揮官が合流中の部隊に無線通信で話しかける。恐らくレーダー反応などで私たちを捉えたのだろう。

 

『援軍か、ありがたい! 前線でアームチームとニクスチームが戦闘中だ、援護してくれ! 防衛チームは援軍到着後、合流して建て直せ!!』

 

 私が覚えている限り、タンクチームも戦闘していたはず。という事は、まだニクス隊の人命は助かるということだ。私は機体を飛ばし、後続を離して先行していく。後ろからアンヴィルチームの一人が止める。

 

『おい、どこへ行く気だ!』

「先に向かって味方を援護する。死なせはしない。アグレッサーはここでみんなを守ってあげて」

『了解』

『待て、先走るな!』

 

 静止を聞かず飛ばす。みんなには悪いが、助かる命を見捨てるほど腐っちゃいない。助けられないならともかく、助かるはずの味方を放っておく訳にはいかないのだ。

 オーバードブースト機能を搭載するコアでは無いため多少の不便さはあるが、それでもブースタの通常出力だけで充分間に合う。

 

『また巨大な怪物だぁっ!!』

『リボルバーカノン、ファイア!』

『ファイアッ!!』

 

 ニクスが複数機で弾幕を張れているあたり、まだ壊滅直前な訳ではないようだった。また、と言っているということは、何度も撃退に成功してはいるのだろう。恐らくは踏みとどまり、 市民が自主避難するまでの時間を稼げという命令を受けているはずだ。

 ブーストジャンプとダッシュを併用する、いわゆるステップと呼ばれる移動を繰り返し、最低限最効率のスピードで戦闘エリアへと接近する。

 

 ビル街を飛び越えると、住宅街や倒壊したマンション、完成途中の駅といった、まだ開発中であろう事が伺える場所に出た。レンジャーチームとニクスは、マンションの道路中央で迫り来るα型を撃ち、今は何とか押し留まっていられている様子だった。

 

『! 援軍だ!!』

『なんだアレは! 人型なのに浮いているぞ!?』

『まさかあれも敵の兵器か……!』

 

 壮大な勘違いをされる前に通信を入れる。

 

「こちらはアンヴィル2-1、ハリケーンだ。戦闘中の部隊を援護する為、急いで駆けつけた。目標を指示して!」

『イヤ、やっぱり味方だぞ! おい撃つな!』

『わっ、悪い! 当たっていないか!?』

「大丈夫!!」

 

 弾は脇を素通りしていったので当たってはいない。問題ないと伝え、そのままα型を攻撃しつつ自由落下する。パルスライフルが多数の敵を襲い、一様に蒸発するかのように傷口を抉って死んでいく。

 

 そのまま大きく膝を曲げて着陸しながら、出し惜しみもなくリニアガンを薙ぎ払うように速射する。敵の群れを弾が通り抜けていき、範囲に立っていた怪物は有効射程を少し狭める以上のことをできなかった。

 

『すごい火力だ、あんなのが味方に来てるのか!』

『勝てる、勝てるぞ!!』

 

 リニアガンの再射撃によって最後のα型の群れが駆除される。

 よく見ればレンジャーチームの前方、怪物の死骸に塗れるようにタンク、ブラッカーE1の残骸が三両横たわっていた。助けられなかった命は悔やんでも仕方がない。新しい敵を倒しに向かおうとすると、通信が入る。

 

『こちら本部。君達のおかげで、おおよその敵は片付いたようだ。君達はこの先の庁舎前市街地にいるレンジャーチームと合流し、体勢を建て直せ。付近にビークル中隊が待機中だ、怪物の心配はするな』

 

 本部の通信だ。私がアウトポスト89に所属していた時の作戦司令本部、その総指揮官の声だった。

 

『ありがてぇ。こんな凄いのに加えて、ビークル中隊が待機中と来たか。もう敵の好きにはさせねえぜ!!』

『だが……EDFに新型コンバットフレームの開発を急いでいるという話は無かったはずだ。あれはニクスなのか?』

『すまない、君! 所属は? どこに勤めてた?』

 

 足元に近付いてきたレンジャー、アームチームの一人が聞いてくる。私は所属していた通りの名前を伝える。嘘は言っていない。別に本当の事を言ったところで信じられはしないだろうが。

 

「私はベース229所属機甲中隊、アンヴィルチーム2リーダー、ハリケーン。あなた達を救いに来た」

『ベース229? あそこに最後のビークルが搬送されたのは、もう半年近く前の話だぞ』

『最高機密って訳か。なんでもいいぜ、俺は。敵を倒してくれるんならな』

「大丈夫。私はそのつもりで来た。皆を助けるために」

 

『可愛い女の子の声して、ガワはおっかねぇロボットか。アニメで見たぜ。追い詰められた人類の最終兵器は、試作型の人型巨大ロボットなんだ』

『そりゃアニメの話だろ? ま、験担ぎはしておくか!』

 

 雑談に話を咲かせていると、離れている本隊から通信が入る。相手はアンヴィル2-2、アグレッサーのようだ。

 

『ハリケーン。こちらもα型と遭遇したぞ。弾薬はほぼ消耗していない。次はどうする?』

 

 どうやら向こうも会敵はしたらしい。前の世界で言えばちょうど、護送中の民間人車両を攻撃してきた地中の怪物が襲ってきたあたりか。この様子だと苦もなく撃退したようだ。

 

「本部から指示が下った。ベース229の攻撃部隊はレンジャー・ハンマーチーム、ウイングダイバー・レイニアチーム、ニクス・バルダーチーム、攻撃ヘリチーム以外は帰還して基地の防衛。あなたもね、アグレッサー」

『了解。その4チームは?』

「前進させて、私と合流して。他エリアの味方と合流して戦力を補強するらしいから」

『了解した。聞いていたな! 指示されたチーム以外は基地に戻るぞ! 防御を整える!』

 

 これで、基地が襲われたとしてもニクス一個小隊にレンジャーやウイングダイバーも多数防衛に加わるうえ、アグレッサーがいるから問題ないはずだ。

 下の部隊の所属は、記憶が正しければアウトポスト89所属の市街派遣隊だったはず。確か、アームチーム。生存していたようで何よりだ。

 

『こちらアームチーム。庁舎にいる部隊は応答せよ』

『──こちらウィスパー1。君たちが合流に来てくれる隊か?』

『ウィスパー1、そうだ。俺たちがそちらに向かう。付近に怪物はいるか?』

『いいや……。恐ろしく静かだよ。ここだけ見れば基地が攻撃されているなんて思えないぐらいだ』

 

 どうやらウィスパーチームの部隊がいる庁舎前は平和そのものらしい。市民が列になって避難しているのだろう。戦闘中のあの、どちらに逃げるべきかもわからないような混迷さは、無線越しに聞こえる騒々しくもゆったりとした足音からは読み取れない。

 

『だが、怪物によっていくつかの基地が放棄されたのも事実だ。市民は無事なんだな』

『無事だ。怪物の出現報告もないし、のんびり避難してる。シェルターにも入り切る人数だ』

 

 下で状況共有と雑談を兼ねた会話を続けていたところ、四つの部隊が私のいるチームに合流してくる。

 

『こちらニクス、バルダー。来たぞ』

『同じくレイニア! 合流完了!』

『ハンマーチーム、全員いるぞ』

『EF31ネレイド、ポイント1。三機とも合流した』

 

 これで全員集まった。

 

『ビークルの増援だ!!』

『命拾いしたぜ、これなら!』

 

「指示はまだある。ウィスパーチームに合流するぞ」

『イエッサー!』

 

 全員が庁舎へと歩き出し、私も彼らを護衛する為に続く。使った弾数はパルスライフルが12、リニアガンが5。パルスライフルは戦闘を挟まなければ20分後には再使用可能だが、リニアガンは実弾を使っているためそうもいかない。生産拠点にAC規格の弾丸を製造してもらうよう頼まねば。

 

 移動中も頭の中に今後のプランと敵への対処の事ばかり考えていた。

 

 

 

 

 市街地に入る。今は夏だが、不思議とこの辺りはさほど暑くはないらしい。私の機体はクーラーが効いているが、下の彼らはそうではないだろう。

 

『畜生、早く家に帰りてぇ』

『我慢しろ。ウィスパーチームと合流したあと、何をするのかだけでも指示を仰がないとな』

 

 レンジャーチームの誰かが話を切り上げ、そのまま周囲の警戒に移る。向こうの部隊から聞いていた限りでは付近に敵は確認できないそうだが、果たして本当に襲われない確信を持つことは出来ない。警戒するに越したことはない。

 

『こちら本部。ベース228からも生き残った部隊が合流する。庁舎に合流し、そのエリアに防衛拠点を築け。新入り、お前の戦果には目を見張るものがある。期待するぞ』

『了解』

 

 どうやら凄い新入りとやらも来るらしい。ベース228といえば、私たちがいたベース229のお隣さんだ。お隣さんと言ってもそれは数字上だけで、別に立地まで隣という訳ではない。229基地が228基地の次に建設されたというだけである。

 

『新入りが凄い戦果を、か。スーパールーキーって奴だよな』

『ああ。単独でテレポーションシップを三隻、アンカーを6本破壊したらしいぜ。とても真似出来ねぇ』

 

 隣を歩くバルダーチームのメンバーが呟き、下を歩くハンマーチームのメンバーがそれに便乗する。確かに歩兵だけでテレポーションシップを落とす事は不可能ではないが、単独でそれをやるとなると凄まじくリスキーだ。基本的には10人編成の攻撃隊を組んで戦うべきであり、一人でやるには火力も人数も、何もかも足りない。

 

『こっちだ!』

 

 赤いヘルメットのレンジャーが手を振って合図している。彼らがベース228からやってきたという残存部隊らしい。そのうちの一人は珍しく、迷彩服ではないグレーの戦闘スーツを着用しており、その上からブラックとブルーのアーマーを装備している。

 その姿……というより、私はそのカラーリングのアーマーに強い既視感を覚えた。

 私は彼を呼んだ。誰も知らないはずのコールサインで。

 

「………ストーム1?」

『気付いたか。初めて会うのは5年後だったな』

 

 周囲が私たちの話について行けていないが、それは今どうでも良い。彼がストーム1本人である事の確認の方が大事だ。

 

『ストーム1……聞いた事がないな』

「当然、だってまた無い部隊名だもん」

『はあ……?』

 

 そりゃわかるわけもない。この呼び名で彼だと分かるのは、リング撃墜時の事故現場にいた、あの時のメンバーだけだ。

 

『だが、今はそのコールサインで呼ぶな。まだその名じゃない。今は……そうだな。ルーキーと呼んでくれ』

「オーケー、わかったよ」

 

 ルーキーは変わらずだ。活躍は前の時間軸で聞いていたけど、しっかりとした軍服姿の彼を見るのは初めてだった。私とルーキーだけが今、この場で5年後何が起きるか、そしてそれまでに何が襲ってくるかを知っている。

 状況が動く。通信が入る。

 

『見ろ、何か飛んでくるぞ……?』

『う、うわぁっ! あれはドローンだ!!』

『くそっ、ここも安全じゃなかったってのか! 奴ら、気まぐれで襲うエリアを決めてやがるのかよ!?』

 

 前線に展開しているウィスパーチームの叫びを受けて、全部隊が前進する。目指すは庁舎。目標は全てのドローンの破壊だ。

 

『撃て、撃てッ!!』

『増援を催促しろ! この数じゃ全滅だ!!』

 

 一拍置いてこちらに通信が届く。増援要請だ。

 

『こちらウィスパー3、激しい攻撃を受けている! 直ぐに増援を寄越してくれ!!』

「こちらアンヴィル、既に向かっている。建物に身を隠して耐えて! ドローンの総数は?」

『わからない、とにかく沢山いる!! 30か、40か……。 ……おいおい、嘘だろ?!』

 

 向こうが混乱している。隊員たちの怒声や困惑、銃を乱射する音までも聞こえてくる。

 

『聞こえるか、本部聞こえるか!! こちらはウィスパー1! マザーシップが来た、ここはマザーシップの進路上にある!!』

 

『なんだと!? ……とにかく、ウィスパーチームはエリアから離脱! ドローンから逃げ切れ!! 情報部、もっと早くわからなかったのか!?』

 

『衛星がほとんど無力化されているようです。スカウトチームも怪物の妨害によって近付けず、それが偶然重なったのだと推察されます』

 

『何? 偵察衛星がダメになっているのか……。 衛星兵器で無事なものはいくつある?』

 

『極東エリアに限って言えば、衛星サテライトコントロール・W-1、衛星スプライトフォール、衛星ライカの三つです。全世界で被害はもっと多いでしょう』

 

 どうやらマザーシップが攻め込んできたらしい。なら好都合だ。ここで奴らの母船の1隻を落としてやる。ストーム1……じゃなくて、ルーキーとカメラ越しに目配せする。

 ()()()()()()()()()()()()()()()。彼の言葉が脳裏にこだましている。覚悟はあるかと聞いてくる。

 ……上等!

 

 ペダルを踏み込んで前進する。ルーキーもダッシュしてついてくる。もちろんACの最大加速には大きく劣るが、人外じみた加速力によって自動車より少し遅いぐらいの速力で追跡している。普通に化け物かな?

 

『またか。皆彼女に続け!』

『ルーキー、あまり行き過ぎるな! ドローンが来てるぞ!!』

 

 私たちは静止を振り切って戦闘エリアに突入する。レーダーには確かにドローンが写っている。

 

「今更こんな程度の数、なんだと言うの?」

『大した数じゃない。俺たちだけで十二分に殲滅可能だ』

 

 確かにドローンは飛んでいるが、その数は市街地で相手するα型とは比べ物にならない。落ち着いて一機ずつ落としていけばすぐに終わる。問題はマザーシップだが……それも、私と彼なら変えられるはずだ。

 

 ドローンがビルから飛び出す。すぐにパルスライフルを撃ち込み無力化させると、そのままウィスパーチームの頭上を飛び越えるようにドローン部隊の真ん中に浮き上がり、イクシードオービットを起動する。レーザーが放たれていき、ドローンが一撃で撃墜されていく。

 私の予想だとドローンはあの形自体に浮力・推進力となるものが備わっていて、その形を破壊などによって歪まされる事で浮遊能力を失い、落ちるのではないかと考えている。

 でなくては、歩兵の火器で落とせる説明が着かない。

 

『なんだ、あのデカいのは!!』

『ドローンを撃墜してる……味方か?』

『何にせよ助かった! いいぞスーパーロボ!!』

 

 その脇からすり抜けてウィスパーチームに迫っていくドローンを瞬く間に撃ち抜くのはルーキー。一機を手早くスナイパーライフルで撃ち抜いた後、ショットガンによる対空攻撃で続く三機を撃墜、その後に突撃してきたドローンをさらに撃ち落とす。

 

『無事か?』

『う、おぉ……すげえのが二人もいやがる』

 

 私とルーキーがドローンを落としていく中、マザーシップが動き始める。砲台を展開し始めたのだ。

 

「!! ……わかってると思うけど…」

『任せる。もとよりそっちが頼りであまり火力のある装備を持ってきていない』

 

 彼が全幅の信頼を寄せている。なら落とさなくては。期待通り撃墜すれば、この後の流れを変えられる。それも前回と同じのはずだ。

 前は私の機体が道連れとなってしまったが、今回は余裕だ。なぜなら、その為に武装を一新してきたからだ。

 

 レールガンWB14RG-LADONは、この時のために装備してきたと言っても良い。その射程はFCSによる制限を度外視すれば1,000m、1キロメートルにも及び、ACの大きさなら多少飛べば届く距離まで接近できる。

 

 砲台に緑色の光が溜まっていく。私は機体を飛ばして接近し、レールガンの銃口を砲台へと向け、チャージを開始した。逃がさない。

 

 レールガンから一際大きな閃光が放たれてその曳光は眩く煌めき、光線が一瞬で砲台に到達する。装甲を溶かして内部を焼き、掻き回していく。非常に大きな爆発による光が辺りを覆ったかと思うと、砲台がマザーシップから分離し、庁舎に墜落していく。溜まっていた緑の閃光が失われた事で、砲台がその効力を失ったのだとわかった。

 

『こちらベース219方面部隊、攻撃部隊に合流する!』

『ベース229攻撃隊、間もなく戦闘エリア内!』

 

 マザーシップから続々と落とされるタイプ2ドローン、α型、β型の群れ。それを待っていたと言わんばかりに到着する増援の味方部隊。マザーシップは今、想定していなかった被害に相当焦っているのだろう。本来出すはずではなかったタイプ2ドローンという航空戦力を、出し渋ろうともしない。

 

 チャンスだ。

 

 再度レールガンをチャージし、砲台のあった場所、転送装置に向けて放つ。直撃する。

 

「──1発じゃ足りないか……!」

 

『そこは任せろ』

 

 後ろから飛んできた大型弾が、私の撃ったレールガンの弾痕に当てるように飛翔し、転送装置を破壊する。マザーシップが落ちていく。振り向けば、そこにはスナイパーライフルMR99ファングのリロードに入るルーキーがいた。

 

「ありがとう、仕留め損ねたかと思ったの」

『だろうと思った。再発射には時間がかかるんだろう、そいつは。カバーが間に合ってなによりだ』

 

 マザーシップが所々から火や黒煙を吹き、轟沈していく。庁舎は吹き飛んだが、レンジャーチームはまだ無事のようだ。

 

『戦線に合流した! ……マザーシップが!?』

『落ちている……アレがやったのか!!』

 

 先に到着したベース219方面部隊が驚いている。私とルーキー、ストーム1がやった事だ。この戦果は当然だ。私もそうだが、それ以上に彼がいる。

 

『こちらベース229攻撃部隊! ……こいつはすごい』

『ネレイド、ポイントチームは地上の敵を攻撃! こいつが対地戦闘じゃ無敵な所を見せてやれ!!』

『ハンマーチームだ。ニクスと共にドローンを撃つ!』

『こちらバルダー。戦闘開始!!』

 

 後続の部隊が残った戦力の殲滅に取り掛かる。彼我戦力差は圧倒的にこちらが有利であり、敵の殲滅は目前だ。

 

『こちら本部。 ……あの巨大な船を落としたのは君たちだな。戦略情報部から話がある。聞いてくれ』

 

『……こちら戦略情報部、少佐です。あなたの事は、失礼ながら監視していました。突如現れた未知の兵器(アーマード・コア)、我々にはその心当たりがあります。

 先進技術研究部、というベース1に併設された研究基地をご存知でしょうか。先進技術研究部の主任も、ある時を境に人型兵器の開発を始めました。いえ……開発と言うよりは、製造。設計図のみを手に入れ、それを元に型を作り、そして兵器を造る。

 その完成予想図を見た事があります。彼からの、我々のサポート下にある部隊に一機ずつ配属して欲しいという進言と同時に、です。あなたの駆るその機体。それは、彼に見せられたその完成予想図と細部は違うものの、ほぼ全く同じものでした。あなたから話が聞きたいのです。作戦司令本部にて待っています。

 

 それと、あなたも。確か、ストーム1と言っていましたね』

 

 ……聞かれていたらしい。

 

『その点についても、聞きたいことがあります。既にプロフェッサーが待っています。あなた方も合流してください』

 

 その言葉を最後に通信が切れる。どうやらプロフェッサーの扱いは私とルーキーを呼び寄せるためのデコイらしい。まあ良い。ちょうどプロフェッサーとは積もる話もあった。合流して色々聞かなければ。

 振り返ればちょうど、最後のβ型が倒されたところだった。

 

『……というわけだ。作戦完了だ、よくやった』

 

 本部から〆の言葉が贈られる。今回の作戦は大勝利と言うべきだ。これで人類は大躍進を遂げる。遂げて貰わないと困る。

 

 

 

 

 今日は歴史を塗り替えた。次に倒すべきはアンドロイドだ。アンドロイドの侵攻で、対処できなかった殆どの部隊が全滅した。機会があればもう一度、いや何度でも。マザーシップを撃墜する。その時はストーム1も一緒だ。

 

 

 

 

 






 ベース229攻撃部隊
 プライマーからの攻撃を退け、市街地で戦闘中の部隊の支援、敵部隊の討滅に向かったベース229の部隊。ウィンディの活躍によって死者は出ず、兵員の殆どを、余裕を持って運用できている。コンバットフレーム10機が常に戦闘可能な状態にあり、その他歩兵戦力も充実しており、攻撃ヘリによる対地戦闘能力は随一である。



 ベース219方面部隊
 戦力を集める事で最悪の事態を免れ、壊滅を阻止したベース219の部隊。半壊した5つの基地の兵力がベース219に集まっており、その戦力が最寄りの大規模拠点アウトポスト89へ向かう道中、マザーシップと交戦中の部隊を発見し、それを援護するために戦闘エリア内へ突入した。



 マザーシップNo.7
 攻撃を受け被害を被るとは思ってなかったのか、投下するはずのないタイプ2ドローンを打ち出し、挙句の果てに撃墜に至っている。残るマザーシップは9隻であり、これの撃墜の可否によって、事態の進展の今後が左右される。



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SIDE STORY:四人目の男



 何? 装備は持って来れないのか!?
 ううむ、仕方あるまい。技術と記憶を持ってこれただけ、マシと考えるか。

 ! 非常警報……来たか、プライマーどもめ!
 目にものを見せてやる!!




 

 

 

 

 俺はガンケースに大切に保管されている猟銃を手に取り、愛用車の軽トラックに乗って市街地へと急行する。記憶の限りだと、俺の家の先にある市街地で怪物の群れが暴れ回っていた。今は8月下旬。ちょうど、プライマーどもの侵攻が始まった日だ。

 

 

 

 

 

 やがてまばらに家が見えてくると、やがてビルが視界を覆う。そこかしこから悲鳴が聞こえてきており、怪物の居場所は容易にわかった。5年前のあの時、俺は怪物を二体仕留めた。二体も、ではない。二体()()仕留められなかったのだ。

 

 以前、俺は弾をさほど持ってきていなかった。それは、まさか怪物が襲ってくるなど夢にも思っていなかったからだ。だが今は違う。怪物が来るとわかっていれば、弾を山ほど持ってきて、それを全部奴らにぶつけられる。

 

 怪物の姿を見つけ、散弾銃を引っ掴んでトラックから飛び降りる。予想通り、酸を吐かない黒いα型、いちばん弱いやつだ。

 

「喰らいやがれ、怪物!!」

 

 俺は叫んで、怪物に銃を向けて発砲した。散弾は怪物の甲殻を破り、その中身を覗かせる。怪物はまだ倒れないが、こいつには二発目がある。

 もう一度狙いをつけて発砲し、破れた甲殻の更に内側を穿てば、流石の怪物も生きてはいられず、倒れ伏す。

 すぐに次弾を装填する。記憶が間違っていなければこの街にいる怪物は6体、今一体倒したから、あと5体だ。以前EDFが到着するまでに倒せた数は2体だったせいで、市民に被害が及んだ。次は全部倒してやる!

 

 ベルトポーチには20発の散弾が入っている。前と同じようにしっかり狙って当てれば、俺なら余裕だ。

 

「いやぁぁぁっ!!」

「か、怪物だぁぁっ!」

 

「!! そっちか、怪物め!!」

 

 俺は猟銃を構えて市民の海を掻き分けて前進する。俺が守りたかった市民はあの時、もはや街に住んではいなかった。今は市民たちも無事だ。それならEDFたる俺が守らねばならない!

 

「うおおおおぉぉぉっ!!」

 

 OLらしい女性に噛み付こうとしていた怪物を発見し、散弾で牽制しつつ接近、リロードに入って撃った一発を装填する。残り19発。女性は腰が抜けているのか立てないようだ。俺にしがみついてくる。

 

「ひいっ……た、助けっ……!!」

「立て、下がっていろ!!」

 

 女性を手で後ろに庇い、散弾を放つ。あと18。拡散範囲が狭い為市民への誤射の心配は無い。それよりも今はアーマーを装着していない。噛みつかれたら終わりだ。正確に狙いを定めて、その頭部を甲殻ごと撃ち抜く。17。

 巨体が沈んでうんともすんとも言わなくなる事を確認し、俺は庇っていた女性に向き合う。

 

「無事か?」

「はっ……あ、た、助かりましたっ……!」

 

 無事なのを確認して、俺は次の目標へと移る。一刻も早く敵を倒し、市民を助けねば。残りの弾は17発。倒した敵の数は2、記憶の通りなら残り敵数は4。これなら余裕だ。

 

 建物の角を曲がれば、二体の怪物が市民を噛み、投げ出していた。あの高さから落ちれば、恐らくは助からまい。

 

「やめろっ!!」

 

 猟銃を撃って気を引き、後退しながらリロードする。

 

「弾……装填、よし!」

 

 リロードを終えて散弾を甲殻に撃ち込み、破壊された胴体部に続けて射撃する。残り15発。血を吹き出し倒れるが、その影から次の一体が迫ってきていた。噛みつきの体勢に入った怪物は、俺目掛けて突進してくる。

 

「うおっ!」

 

 既のところで横に身を投げ出し、ギリギリだが回避に成功する。そのまま背中を地面に押し付けて勢いのまま立ち上がり、ポーチの中からショットシェルを取り出して装填し、銃口を怪物に向ける。市民が怪物を避けているおかげで、ここにいるのは俺と奴だけだ。

 

 立て続けに二発撃ち込み、四体目の怪物を沈黙させたそばから、五体目が逃げてきた市民を追って路上にやってきた。好都合だ。俺は素早く一発のみ装填し、一発撃ち込んで怯ませ、続けて二発装填。それも全てくれてやる。

 

 一体に三発使ってしまったが、残りの弾は10発。五体目を倒すのに12発使っている事を考えれば、ペースは上々だろう。このまま次の敵を探したいが、レーダーが無いせいで自分で探さなければならない。こればかりは不便だ。それに猟銃のみでは心許ない。軍用ショットガンなら一撃で仕留められる貫通力があるというのに、狩猟用の散弾を使っている散弾銃だから一発だけでは甲殻を破壊するに留まってしまう。

 

「きゃぁぁぁああっ!!」

「! そっちか!!」

 

 俺は二発装填し、猟銃を持ってそちらへ向かう。その目の前で一人の男が立ち止まり、聞くように話しかけてくる。

 

「…………大尉?」

「なに!? お前は……新兵の一人か!」

「そうです、元……いや、コックの! 俺です!!」

 

 なんとそいつは俺の部下のひとりだった。俺はそいつとの再会を喜びたかったが、そんな時間はない。怪物を倒さねば。

 

「お前は後でEDFに入隊しろ。俺も奴を倒したらすぐに行く。行け!」

「大尉! 後はレンジャーに任せましょう。俺たちも!」

「俺が今やらねば! 市民が被害を受ける! お前は先に行って待っていろ!!」

 

 きかん坊を引き摺るように次の怪物を倒しに行く。路地を走り抜け、次の道路に出ると、悲鳴こそ遠くから聞こえるもののこの辺り一帯は静かだった。見れば道路には無残にも食いちぎられ、あるいは叩きつけられて絶命したのであろう市民たちの躯が横たわっていた。

 

「くそ……」

 

 どこだ。報いを受けさせてやる。俺は猟銃を構えてゆっくりと前進し、周囲を警戒した。だが、俺の耳が敵の足音をようやく捉えた時には既に遅かった。

 

「なに!? ぐわぁぁっ!!」

 

 衝撃だった。こいつは俺が来ることを予測していたのか、ビル壁に立って待ち伏せしていたのだ。俺が出てくるタイミングで食いつき、俺は猟銃を手放してしまう。

 

「や……めろぉっ……!!」

 

 両手でどうにかα型の牙を押し退けようとするが、やはり体躯の差が差なだけあって、向こうの方が数段上だった。俺は徐々に押され、その牙は遂に俺の着ているジャケットに食い込もうとしていた。その時だった。

 

「大尉ッ!!」

 

 後ろから着いてきていた部下が噛みつかれている俺に気付き、叫ぶ。その瞬間注意が部下に向いたのか力が緩む。

 

「うおおぉっ!!」

 

 俺は足を浮かせて膝を曲げ、思い切り目の部分を蹴りつけて怯ませる。目は流石に甲殻で守られておらず、ブチュリと嫌な音を立てて怯ませる。その隙を突いて牙を押し退け、着地しようとするが、思わぬ痛みで受身が取れず、地面に叩きつけられる。どうやら両手に食い込んだ牙が思ったよりも深いところに刺さったらしい。

 

 ズキズキと痛む手の傷を抑えつつも、取り落とした猟銃へ向かう。俺が目の前まで迫った時、猟銃をおもむろに拾い上げて怪物へ向ける部下。

 

 ダァン、ダァンと、連続して二発が怪物に撃ち込まれ、怪物は沈黙する。部下に助けられる形となった。

 

「大尉は無茶をしすぎです。少しは俺たちを頼って下さい」

「ふん、生意気な口を聞いたな? ……助かったぞ」

 

 俺は部下に肩を貸して貰い、路地を抜ける。市民たちはほとんど逃げ切れたらしい。犠牲を抑えることはできなかったが……それでも多くを、俺は救えたはずだ。

 

「大尉……まさか出会えるとは思っていませんでした。5年前のあの時、勇敢な民間人のおかげで沢山の命が救われたと、救助に来たレンジャー隊員に聞きました。貴方だったんですね」

「フン、当然の事だ。俺は大尉だぞ」

「ハハッ、なにを言うんです、大尉。俺たちはまだ民間人ですよ」

「ふっ………それもそうだな」

 

 笑いながら路地を抜けた俺たちは、EDF基地のある通りを歩く。だが、そこで俺は気付いた。太陽が俺たちの影を写すはずなのに、その更に後ろを巨大な影が覆っている。

 気付いて咄嗟に二人で振り返った時には、既に奴の体勢が噛み付こうとするそれに移っていた。

 

「伏せろ!」

 

 俺は迷わず部下を押していた。

 

「大尉ーーーッ!!」

 

 部下の叫びが聞こえてくる。次はお前が大尉になる番だ。

 

 そんなことを考えながら、妙にスローモーションになった世界を見ているように、視界がゆっくりと進行していく。戦いの日々、移ろう歴史、家族との思い出。これが走馬灯というやつか?

 

「伏せろッ!」

 

 その一言に俺はハッと気付けられ、頭を下げる。そのまま頭上を素早い何かが通っていき、破裂音と共に怪物は沈黙した。

 怪物の方を見れば既に事切れており、その傷口は爆発したかのように激しく裂傷を負っている。銃声のした方を見ると、赤と黒のアーマーを着た兵士達が、ショットガンスローターE20を構えて通信していた。

 

「こちらシータ5。怪物は衝撃に弱い模様。……立てるか?」

「……助かった」

 

 手を貸してもらって立ち上がる。傷に気付いた隊員……シータ5が、手を消毒して包帯を巻いてくれた。

 

「驚いたよ。ただの民間人が、街に入り込んだ怪物を駆除して回っている! ……なんて通報があった時は」

「当然の責務だ。俺は大尉だぞ」

「大尉? ……ああ、もしかして元国軍の方ですか?」

「いいや、俺は…………いや、なんでもない。それよりも、俺もEDFに入隊したい。伍長はどこにいる?」

 

「大尉! 無事ですか!?」

 

 部下が走り寄ってくる。どうにか無事だったか。それを聞いたシータ5は更に混乱する。

 

「?? ……大尉? やはり国軍……いや、なんでもいいか。EDFに入隊するには試験を受けて貰いますが、構いませんか?」

「無論だ。お前も来るよな?」

「はい、大尉」

 

 傷がついたジャケットを脱ぎ捨て、ブラウンのワイシャツになる。腕を捲り、傷を見る。深く刺さっていた傷だが、怪我の容態自体は思ったより酷いわけではないらしい。グレイプ輸送車両に乗り込んだ俺たちは、猟銃を忘れてきた事を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの二人。なんて成績の良さだ」

「体力もあれば動きも良い。動く的にも正確に命中させるし、訓練成績の上位を占めている。新兵には思えない。特にあの《大尉》と呼ばれていた訓練生はな」

 

 俺達は書類上の訓練成績を眺めていた。213訓練兵694番と、695番。特に大尉と呼ばれていた方は、群を抜いて成績が良い。入隊前は複数の怪物を倒していたと考えると、その身体能力の高さは逸材と言っても良い。

 

「……だが、規則は規則だ。規定通り6ヶ月の訓練期間を経て、正式にEDF陸戦歩兵部隊に所属させる。大尉呼ばわりの方は、最初から軍曹……いや、特務曹長でも良いかもしれないな」

「教官としてか? 確かに同期の中じゃリーダーシップもあったが……それほどか?」

「いや……それもあるが、それ以上に気迫を感じる。長年戦ってきたような……」

 

 ……訓練成績は、主に五段階で評価される。射撃能力、体力、判断力、集中力、そしてリーダーシップ。これらが高ければ高いほど、兵士として優秀な証なのだが……。

 

 一部、あるいは複数で五段階を取る優秀な兵の候補はちらほらと居るのだが、四つ以上か、あるいは五つ全てで五段階を獲得している兵士は二人だけだった。

 例の二人組だ。民間人とは思えない。何を経験すれば、あそこまで的確に、かつ正確に物事を判断し、確固たる決断のもと動けるというのか。それはまるでそれ以上に厳しい何かを耐えてきたように。

 

「こいつはハイスクールの体育大会じゃあないんだぞ」

「さぁな……。 思ったよりも修羅場を抜けてきたのかもな」

 

「どうでしょうね」

「! シータ5か。お前もどう思う?」

 

 部屋に入ってきた赤いヘルメットのレンジャー。シータ5を見て、意見を求めた。的確な判断能力と計算能力、そして観察眼を見出されエリート部隊シータチームに入ったシータ5であれば、彼等の優秀さの秘密が分かるだろうか?

 だが、その答えは分かり切っていた。わからないからこそ、彼も半ばふざけての答えを出す。

 

「もしかしたら彼等は、転生してきたのかもしれませんよ?」

「転生? あの、あれか。テレビで流行ってるやつ」

「情報が古いぜ。現代知識を持った人間が中世にタイムリープして、現代の知識で技術を発展させたりするやつだろ?」

 

「はい。まあ、とは言っても彼ら、大尉・部下、或いは新兵と呼び合っていましたし、同じ世界……それも戦争中の世界からやってきたのかも」

 

 それなら……と一瞬思うが、そもそも転生というのが馬鹿な話だ。そんなもの有り得るわけが無い。

 

「バカ言うな。突拍子も無い」

「納得できそうなのが怖いところだな」

 

 確かに……と、否定はできない。もしそうならあの能力の高さにも頷けるからだった。シータ5は踵を返して後ろ手に手を振る。

 

「じゃ、ボクは仕事があるので。また」

「ああ。気を付けろよ」

 

 シータ5が部屋を出る。

 

「……とりあえず、前線に配属するか?」

「だな。隊長として着任させよう」

 

 大尉の居場所は決まった。最前線しかない。彼もそれを望んでいるはずだ。部下の方はどうだか知らないが……。

 

 

 

 






 大尉(民間人)
 猟師。猟銃で武装し、市街に入り込んだ怪物五体を撃破。負傷するものの軽微であり、一週間後に痛みを残しながらも復帰。EDF隊員として前線配属となった。その実力はベテランのEDF隊員にも劣らない。顎髭がチャームポイント。

 元コックの部下(民間人)
 色々居たうちのコック。避難中に怪物と遭遇。逃げた先で大尉と出会い、彼の危機を助ける。大尉の強烈なしごきをタイムリープ前に受けており、更にそのまま絶望的な戦況を生き抜いた為か、特に鍛えられている。オールバックが特徴的。


 シータ5
 ベース213所属の特殊作戦部隊シータチームの隊員。全員がそれぞれの技術に精通する中、シータ5はその観察眼や判断能力の高さを買われ入隊。敵の弱点を的確に見抜き、α型への対処方法の有用性を確立させた。
 元ネタは『ま〜るい地球が四角くなった!?デジボク地球防衛軍 EARTH DEFENSE FORCE: WORLD BROTHER』陸戦兵 3α(シータ5)。


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三話 Cored NIX



 昨日ぶりですね。戦略情報部分析官、少佐です。
 先日の話し合いは……その。
 突拍子の無い、根拠も無いものと決めつけるのにはあまりにも早計に過ぎると、貴女を見ていて思っていました。異世界からの転移者。貴女をそう呼ぶ者もいます。現に、貴女の搭乗するロボット、アーマード・コアは、今の人類では製造し得ないものと認めざるを得ません。

 本題に戻りましょう。本日付でアウトポスト89は、他ベースの生存者及び残存戦力を集めた、主要反撃部隊として活動します。

 早速ですが、貴女にも依頼を。

 市街地上空に揚陸艇と思われる飛行物体が飛来しました。先日確認されたベース210を破壊した超大型円盤と違い、攻撃能力は確認されていません。ただし、内部の人型生命体を投下し、いかなる攻撃も受け付けないことから、直前での撃墜は不可能でした。現在は市街地を奪われ、エイリアンが街を闊歩している状況です。これを私たちは、コロニストと呼称します。
 ベース200、213、216、228、236の上空に出現したものと同型と見て間違いないため、貴女の所属する部隊をこちらで編成、撃破に向かわせる作戦です。貴女の隊は尖兵として、できるだけ多くの敵を排除してください。

 戦力の減少が確認され次第、後方に待機させる複数の混成部隊で敵を完全に撃破。このエリアを再度、掌握します。
 また、貴女には専属のオペレータを一人付けます。戦略面でのサポートは、彼女に任せてください。

 よろしくお願いします。このエリアを奪取できるかは、あなた方の双肩にかかっています。




 

 

 出撃任務が与えられた。エイリアンの撃滅だ。これに対する戦力は前回の記憶の通り、複数のビークルを擁する混成部隊による突撃となる。この作戦は敵歩兵討滅というシンプルなものであり、だがエイリアンの撃破は難しいものとされてきた。それは敵が訓練を受けた歩兵部隊であると推察され、同数の歩兵部隊だけでは圧倒されてしまうからだった。

 私がこれを打ち破ることでEDF全体の士気向上を図るという、その内容以上に重大な作戦でもある。だが、これに失敗するつもりは無いし、同行する部隊も負けるつもりは毛頭ないようだ。それもそのはずである。

 

『まさか先進技術研から、最新型のコンバットフレームが送られてくるとはな! これで負け無しだぜ!!』

 

 先進技術研、つまりプロフェッサーからプレゼントだと言わんばかりに、アウトポスト89やベース229のような残存戦力の残る部隊に最新鋭のニクスが輸送されてきたのだ。

 

 その姿はコンバットフレームよりも一回り大きい。膝は直立せず逆に曲がっている。いわゆる逆関節という形であり、それは私たちの世界で見た戦闘用マッスルトレーサー、MTに似ていた。その他にも四足型の四脚タイプ、キャタピラ型のタンクタイプが来ている。

 MTはACよりも安価で生産できるうえに機体によってはAC並の火力を持ち、ACと同規格の兵器すら搭載可能だというものである。

 

『胴体部、つまりコアを主軸として腕部装備を変更し、あらゆる環境に対応可能な新型コンバットフレーム。その名もコアドニクスだ。新鋭機だぞ! こんなのを回してもらえるコネがあったとはな……』

 

 今回のコアドニクスというものは、アーマード・コアがコアを主軸として脚部や武装を変更する《コア構想》というものに由来している事から名付けられたのだろう。

 実際、彼らのコアドニクスは武装が全て違う上に脚部も違う。流石にコアや頭部は変わらないようだが。

 プロフェッサーが手を回してくれたおかげで、火力だけならACにも負けず劣らずのコアドニクスが三機、混成部隊の主力として戦闘可能だ。その他素晴らしい事に、タンクや既存のニクスにも改良が加えられており、それぞれ90ミリ滑腔砲を搭載したA型・ブラッカーA2タンクが五両と、火力や機動力の強化されたニクス・ミサイルガンが三機。

 正面から敵の部隊を打ち破るには十分な戦力だ。

 

『こちら本部。これより、テレポーションシップへの攻撃を開始する。今回の作戦には、英雄と名高い二人の兵士が同行する。最新型の……アーマード・コアを駆るレイヴン、ウィンディ少尉と、ルーキーでありながらマザーシップの撃墜歴を持つスーパールーキーだ』

 

 私はあれからアンヴィル2チームをアグレッサーに託し、独立した戦力《レイヴン》の第一人者として活動している。私だけではなく、米国本部、欧州支部方面でも、合計7人の試作試験型コアドニクスを貸与された《レイヴン》が、独自に敵戦力とぶつかり合っているとの事だった。

 また私や、私を含む《レイヴン》は、その枠組みによってEDF所属という肩書きを失い、階級と共に自由な戦線の移動権限を手に入れている。また、各工場においてはAC規格、コアドニクス規格の弾薬、燃料を精製する事を義務付けられており、これによってエリアを選ばず戦闘が可能である。

 

 ちなみにこのおかげで名前を名乗ってもよくなった。

 

 

 

 

 

 

 三隻の潜水母艦が海洋へ沈みゆく人々の希望だとすれば、コアドニクスと私たちのアーマード・コアは、陸を守り抜く人々の勇気だ。

 

「こちらハリケーン。ウィンディです。皆と同行できて嬉しく思う。よろしくね」

 

 私の機体は昨日からずっと変わらず。イクシードオービットやパルスライフル、レールガンを主体としたEN武器偏重機体。雑魚散らし用のライフルやリニアガンが、怪物相手では光る。

 

『同じくコアドニクス・レイヴン。ライノだ。タンク型で、とにかく敵を寄せ付けない。よろしく』

 

 ブラッカー型タンクを脚部に据えた、コアドニクス。腕部が大口径のグレネードランチャーに置き換わっている他、肩部にはチェインガンを模したと思われる大型弾倉を複数装填した、ショルダーリボルバーカノンに、四十基ものミサイルを搭載しているミドルミサイル。火力のみならばACとも遜色ない。

 

『レイヴン、ブリッツ。私の武装はロケットによる大物への集中砲火だ。デカブツは任せてほしい』

 

 逆関節型で、標準的な腕部リボルバーカノンを二門搭載するが、それ以上に目立つのが、肩部に装備された六基もの大型ロケットランチャーだ。威力の程は不明だが、あの大きさならば怪物の群れはおろかマザーモンスターやキングを吹き飛ばして有り余る火力があるはずだ。

 

『同じくレイヴン。フレイマーだ。撹乱戦が得意な機体を使う。よろしく頼むぞ』

 

 腕部にマシンガンと火炎放射器を装備したコアドニクス。肩部には標準的なミサイルを二基搭載し、それぞれがACのスモールミサイルレベルの火力を持っていると見て良いだろう。大型のブースターも目を引く。速度に特化したチューニングなのだろう。

 

 こちらの世界でアグレッサー以外にレイヴンと名乗る人を見るのが珍しすぎて、思わず黙ってしまう。まるで昔のあの時に戻ったようだ。地下世界で過酷に、そして懸命に戦っていた時代を思い出す。

 ……まだ16歳の時だった。最低限の教育だけを受けて労働施設に放り出され、どん底をさまよっていた時のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ウィンディ少女は、哀れな子だった。工具を持つことも出来ないひ弱な子は、どこにも居場所はなかった。両親と死別した彼女は、14歳の時、自分の暮らしていた居住区にレイヴンの駆るACが侵入してきた事を知った。

 

 夢も希望も失せていた彼女の唯一の楽しみは、端金を抱えて観戦するアリーナでのAC戦だった。機体と機体がぶつかり合い、ライフルとマシンガンが削り合い、ブレードが斬り、シールドが防ぐ。肉薄し、そして終幕を迎える。会場は当然のように熱く燃え上がり、ドームは熱気に包まれる。アリーナは観客の歓声やブーイングに覆われ、喧騒の中で少女は目を輝かせていた。

 

 そして市街地を破壊し、居住区を荒らすレイヴン、そしてアーマード・コア。力を振るう、自由の象徴。そんな存在を目の当たりにした彼女の──

 

《楽しそう》

 

 ──呟いた一言は、ごく単純だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭から落ちていた記憶に思わず目を細める。あの頃と比べると、今の私は感情豊かで、そして恵まれている。人生何があるか分からない。戦いにのみ身を捧げてきたような娘が、今や人類の為に戦う英雄だ。

 仲間からは担ぎ上げられ、敵からは恐れられる。

 

 ……彼もそうだ。足元でアップしているスーパールーキー、ストーム1。彼は幾度も同じ時間軸を繰り返し続けている。私とは違い、本当に戦い続けてきた、本当の英雄だ。

 

『レイヴン部隊は、ウィンディ少尉の指示に従え。また、この混成部隊によるエイリアン攻撃隊は以後、サンダーボルト隊と呼称する。サンダーボルト隊、前へ!』

 

 五両のブラッカーA2、三機のニクス・ミサイルガン、12のレンジャー部隊、6のフェンサーチーム、3のウイングダイバーチームによって構成されるサンダーボルト隊。

 そして私と、私の()()配下であるレイヴン。ライノ、ブリッツ、フレイマーによって構成されるレイヴン部隊。

 

 戦いの準備は整った。いざ行こう。

 

「全機、出撃!!」

『EDFッッ!!』

 

『サンダーボルト隊、続けっ!!』

『おおぉぉぉーーーっ!!』

 

 鬨の声を挙げ前進するレイヴン隊、サンダーボルト隊。目的地は市街地北部。マザーシップによる度重なる攻撃とエイリアンによってEDF防衛部隊が壊滅し、異星人の蔓延る外宇宙と化したエリア。

 今日、そこはもう一度人類の世界となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 タンク型とはいうものの、元がブラッカー型タンクのキャタピラなだけあって速度は速く、むしろ逆関節タイプが最もスピードを出しにくいようだ。それはタンクの通常速力、四脚のブースタ出力の、そのどちらにも逆関節は劣ってしまうからだろう。逆関節タイプの本懐は本来、上下を縦横無尽に行き来する事による回避率の高さ、それに起因する生存力の高さにある。

 

 だが、それでも通常型のコンバットフレーム・ニクスがブーストジャンプ移動を繰り返すよりは余程高速で動けている。

 

「作戦領域まで残り2キロメートル。市街地が見えてきた」

『こいつの性能が楽しみだ』

 

 ライノが言う。タンク型の利点は、強力な武装が構えずに撃てるというものがある。装甲の強固さ、そして火力の高さから、耐えつつ先に倒すという用途に向く。

 

『こちら本部。作戦エリアは多数のエイリアンだけでなく、マザーモンスターやα型、特に黄金に輝くマザーが確認されている。能力は未知数だ、最大限に警戒しろ』

 

 了解、と全員の声が重なる。

 

『こ、こちらはオペレーターです! 皆さんの作戦をサポートします。よろしくお願いします!』

 

 戦略情報部から一人、作戦情報補助やオペレーション案内を担当する士官が配属されている。これは本来私、つまりレイヴンとしてのウィンディ少尉個人につけられたものだが、今は4機でひとつのチームであるため、全員の動向の確認を担当してくれている。

 

『声が若いな。新人か?』

『は、はいっ。まだ18なんです』

「えっ、同い年なの?」

『えっ?』

『…………え?』

 

 ……どうやら誰も、私が今18歳とは知らなかったらしい。いや、それは当然なんだけれども。なぜなら一切個人情報を伝えていないから。一応アンヴィルチームの皆やベース229の皆に顔を晒したりはした(そのうえ前の時間軸と同じようにアクリルキーホルダーを作られた)ものの、自分の過去などは話していない。その理由がないからだった。

 

『……ま、まあ。なんだ。年齢は関係ない。ここではあんたが先輩、隊長で、俺達は後輩、部下だ。マザーシップを落とした実力、見せてくれ』

「ん、オッケー。各機、何を相手しても構わないけど。 絶対に死んじゃダメだよ」

 

 死んだら終わりだ。同期は皆死んだ。だから死ぬな。当然の事だ。生きていれば機会は巡ってくるが、死ねばそこでおしまいなんだ。私はたくさんの命を奪ってきたし、仲間の命を奪われてきた。これからもそうするだろう。だからこそ、死んで欲しくない。最悪、敵は一手に引き受けてやる。だから生きろ。

 その旨を伝えると、渋々といった様子ではあったが全員了承したようだった。

 

 

 

 

 

 

「作戦領域に到達。作戦行動を開始する」

『はいっ! まずはエイリアンですね。数は多いですが、警戒の為か小隊を組んで散り散りになっているようです。そしてα型ですが、数が多いもののひとつの地点に固まっています。特に脅威なのは、あの金色の女王です。どれほどの戦闘能力を持っているかは不明です。排除の順番はお任せしますね』

 

 オペレーターがヘッドディスプレイに全体マップと敵の大まかな位置を表示させる。市街全域に散らばるエイリアン反応と、中央に固まる赤い光、つまりα型とそのマザーの反応。普通の部隊が相手するのでは確実に敗北するが、今はそうじゃない。レイヴン部隊による、個の能力を重視した少数精鋭ならば、エイリアンを各個撃破しつつ敵を殲滅可能である。

 

「散開。エイリアンを排除したら、サンダーボルト隊の到着を待って突撃。いい?」

『OK』

『了解』

『行くぞ』

 

 全機が離れていく。私も遠方のエイリアンへ向けてパルスライフルを構える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その火力は、圧倒的だった。グレネードと言えば諸君は何を想起するだろう。爆発か、それとも派手さに見合わぬ小柄な弾頭か。或いは、発射機だろうか?

 

 タンク型コアドニクス『ライノ』を駆る男は、エイリアンの弾幕をその装甲によって弾きながら、その火力を思う存分叩きつける。薙ぎ払うのでは無い。()()()()()のである。粉砕された骨肉は吹き飛び爆ぜ散り、そして消滅する。跡形もなく。

 

『次弾!』

 

 装填までの間、ビルに身を隠そうと後退しつつ、牽制にショルダーリボルバーカノンをばら撒き続ける。ばら撒くとは言いつつも、その火力は圧巻である。ビルを一瞬で粉々にする火力を、なんの遠慮もなく吐き続ける。エイリアンからすれば図体の小さいチビに過ぎない大きさだ。だがその戦力は、まさに怪物。あるいは暴君と呼ぶに相応しい。

 

 装填が完了した。それはコロニストにとって、死の合図だった。隠れていたビルごと吹き飛ばされたコロニストの死骸を乗り越えるように、更に6体のコロニストが飛び出て来、その手に持つエーテルガンと呼ばれる突撃銃やラプチャーガンと呼ばれる散弾銃を撃ち込んでくる。

 

『弱いな』

 

 ミサイルのフルロックが完了する。

 

『人類技術の結晶を、思い知れ!!』

 

 6発のミドルミサイルが放たれた。独特の軌道を描きながらもコロニスト達の胴体に突き刺さり、順に爆発していく。レーダーに敵の反応はない。

 

『……終わったか』

 

 

 

 

 

 

 

『遅い遅い!』

 

 ラプチャーガンの散弾を軽快なブースト移動で避けながら、マシンガンで着実に削っていく。遮蔽物を使用しながらの戦闘は、四脚型コアドニクス『フレイマー』を用いる彼には、おちゃのこさいさい、とでも言うべきだろう。

 

 弾は全て外れ、マシンガンによる着弾と火炎放射器による熱量ダメージによって、コロニスト達は1体、また1体と倒れていく。火力によるゴリ押し、強硬策は面白くない。手数を頼んだ地道な戦い、詰将棋のような理性的な戦場こそ悦楽だ。フレイマーを駆る彼は、そういう考えを持っている。

 

『燃えろ』

 

 だが、決して火炎放射器の威力やマシンガンが弱い訳では無い。むしろニクス用として調節されたものよりも更に大型であり、その為に装填機構や燃料の精製方法も全て一から一新されている。なら、敵はどうなるか。

 フレイマーの通り道に転がる焼け焦げたエイリアンの躯。それこそが証明となっていた。そして、フレイマーを止めるべく更に合流し、エーテルガンを向けるエイリアンの小隊が現れる。

 

『次だ』

 

 敵を見つめるフレイマー。虐殺は留まるところを知らない。火力と機動力を併せ持つ機体の恐ろしさは、人類がいちばん良く知っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ガシン、ガシン……恐怖の足音が聞こえてくる。逆関節型のコアドニクス『ブリッツ』を与えられた彼女に取って、自らの足音は敵へ恐れを抱かせるものだ。

 

 出会い頭に強力なロケット砲を撃ち込み、エイリアンを一撃で無力化する。グレネードと違い、派手な爆発もなければ、ロックオンしないため当てるには技量が伴う。

 それが? と、例え実戦にあったとしても彼女はそう言うのだ。それは彼女がロックオン機能を使わずにロケットの照準を合わせ、そして当てる腕を持っているからだった。

 

『そこ』

 

 レーダーによって敵が出てくるタイミングが読めていれば、そこにロケット弾を()()()おけばいい。奴が顔を出した時、それが終わりの時だ。

 派手ではない爆発を伴い、コロニストの首は吹き飛ぶ。侵略者のくせに、一丁前に首が飛べば死ぬらしい。彼女に取って敵とは倒すべきターゲットであり、そこに自身の思惑は介在しない。破壊と装填の繰り返しで敵を抹消する。

 

 仕事を冷徹にこなし、味方の作戦を支援する。ウィンディの考えに基づいて言えば、彼女こそが最も『()()()()』らしい。

 

『完了。オペレータ、次は?』

『サンダーボルト隊の到着を待ってください』

『了解した』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニクスが点在するα型を蹴散らし、タンクがコロニストを撃ち抜く。歩兵部隊の仕事はなかった。だが、そうと決めつけるのは早計だ。先程、前線に立つ部隊のオペレーターから通信があった。

 

『こちらレイヴン部隊オペレータです。金色に光るマザーモンスターを確認。α型の女王と推察され、また付近のα型にも少数ながら金色に光る個体が確認されています』

 

 それを聞いた部隊だったが、未知の敵に悲観している様子は無い。むしろこの数なら勝てる、ニクスがついてるから負けない、と。実戦で何が起きるのかわからないのが戦場だが、彼等は慢心していた。

 

「……金装甲殻種」

 

 俺は呟く。散弾ながら、まるでスナイパーライフルやイプシロンレールガンのような超高速の弾速を持ち、それは酸の酸性というよりは単純な質量による破壊力でこちらの戦力を確実に削り取ってくる。

 金色のα型は、ビークルだけでなく歩兵の天敵でもある。接近されれば命は無い。目の前で共に敵を撃っていた味方の上半身が消えていた事もあれば、空を飛ぶウイングダイバーが跡形もなく消えたこともあった。

 

「金色は危険だ。赤いヤツよりもな」

 

 皆に聞こえるように話す。

 

『金色……まあ、確かにエリートっぽい気はするな。だが安心しろ! 俺たちにはコアドニクスがある。負けは無い!』

 

 ……勝てるのなら良いが。ビークルですら、装甲を容易く貫通する威力だ。水圧だけでリンゴを斬る実験があった。あれを数百倍強めたようなものに、更に酸を追加したものだと思えば、金装甲殻種αの恐ろしさが理解出来るはずだ。

 金色のマザーも厄介だ。とにかく固く、とにかく強い。エルギヌスやアーケルス、とにかく色んな敵を倒してきた俺だが、いちばん苦手と考えている相手だ。どれだけ撃ち込んでも絶対に三度は反撃され、そしてその三度に巻き込まれて味方は壊滅し、金色のマザーモンスターが出没した戦場に残るEDF陣営はいつも俺だけだった。

 

 次は守る。絶対に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サンダーボルト隊の到着と同時に、私たち4機は別方向からα型の群れに攻撃を仕掛ける。通信が入る。オペレータではなく英雄、ストーム1からのものだった。

 

『聞こえるか? 金に輝くα型がいるはずだ。そいつは最優先で倒せ。ビークルが避けられる弾速じゃない。フェンサーのサイドスラスター移動に追尾して直撃させてくるような奴だ。図体がでかいビークルじゃ避けられないと思え。それと金色のマザーは、とにかく全員で火力を集中させて倒す。今は取り巻きを殲滅するぞ』

「わかった!」

 

 パルスライフルを連続で撃ち込み、特に金のα型を優先して撃破する。前の時間軸で一度、グリムリーパーの高速機動を見た事がある。あれを追尾して当ててくるようなら、避けるより先に倒した方がいい。リニアガンを構え、横方面にブーストダッシュしながら連射する。貫通して多数のα型が巻き込まれていく。

 

『うぁぁっ!?』

 

 ライノの声だ。側面から金のα型に攻撃を受けたのだろう。凄まじい衝撃を受けているのか、抵抗ができていない様子だ。

 

『カバー!』

 

 フレイマーが合流し、接近して金色のα型を撃破する。ライノが焦ったような声を出す。

 

『アーマー・ポイントが半減だと? なんて化け物だ…』

『まだ来るぞ。構えろ!!』

 

 四脚とタンクのコンビ、砲台と撹乱役に別れる事で効率的に敵を倒している。私はというと、α型を倒しながらも敵に追われている。

 イクシードオービットを展開し、レーザーの光条が敵を貫くものの、数は減らない。高速で移動していた機体がビル壁にぶつかったのを確認して、私はそれを足蹴に飛び上がる。

 上空からパルスライフルとイクシードオービット、ライフルの同時射撃を浴びせる。FCSの誘導を切ってマニュアルで照準を合わせれば、単体の敵に何発も当ててオーバーキルしてしまう、ということもない。

 オービットで至近距離の敵を、ライフルとパルスライフルで中、遠距離の敵を撃てば効率がいい。

 

 敵の一団を壊滅させて味方の援護に向かう。単独で戦闘を続けているブリッツの救出に来た、と思ったのだが…。

 

 とても器用に戦っている。接近してきた普通のα型を腕部リボルバーカノンで撃ち抜き、遠くに見えた金色のα型は飛び上がってロケットを撃ち込み、撃破する。彼女がレイヴンだったらと思うとワクワクする。一度刃を混じえてみたい気もするが、今は仲間だ。

 

 私は後ろから挟撃するように敵を攻撃し、効果的に撃滅していく。後方からマザーモンスターが迫っているような感覚を覚えた。レーダーに一際大きな存在が認識される。

 

『タンク、ニクス全機、一斉射ァッ!!』

 

 リボルバーカノン、ミサイルポッド、90ミリ滑腔砲、その全てが等しく金のマザーに浴びせられ、あるいは降り注ぐ。甲殻は一部剥がれるがそれでも目立ったダメージは無い。

 

『信じられない装甲だ!』

『今のを耐える生物がいるのか!?』

 

『こちらライノ! マザーへの攻撃に加わる!』

『ブリッツ、敵を殲滅。マザーを攻撃する!』

 

 残党処理をしていた私とフレイマーも同じく戦線に加わった。広場を陣取るマザーと、ビル街を抜けて四方から射撃するEDFサンダーボルト隊の、命をかけた合戦だ。

 

『ロケット砲、フルバースト!!』

 

 ブリッツのロケット6門から、大型のロケット弾が同時に放たれていく。凄まじい爆風の嵐がマザーを覆い尽くすが、レーダーから反応は消えない。マザーが体勢を替え、その臀部から酸を噴出させる。ターゲットは最も接近してマシンガンを撃っていたフレイマーだった。

 

『避けろ!』

『な! ……うおっ!?』

 

 既のところで躱した……いや、よく見れば右前脚の先端が融解し、焼け焦げている。

 

『なんて酸だ……まともに浴びたら死ぬぞ……』

 

 どうやら金色のマザーは、普通のマザーと比べても恐ろしく強い酸を持っているらしい。それだけでなく装甲も機動性も上。完全上位互換と言っても良いようだ。

 

『こちらブリッツ、ロケットを撃ち尽くした。接近してリボルバーカノンで攻撃する!!』

『ライノ! グレネード、ミドルミサイル発射!』

 

 タンク型のライノから大型の榴弾砲とミサイルが放たれる。マザーの甲殻が剥げ、頭部の肉が顕になる。

 

『あそこを狙え、甲殻が落ちた部分だ!』

『歩兵部隊、全員射撃!』

『ビークル隊は全弾くれてやれ!!』

 

 レイヴン部隊の奮戦によって弱点が露出したマザーへ、全ての部隊が集中砲火を浴びせる。マザーはもはや虫の息だったが、それでもまだ抵抗せんと、私に向けて酸を吐き出した。後方には誰もいない。安心して避けられる。

 

 リニアガンを折り畳んでレールガンを構え、チャージする。

 

『グレネード、装填完了!』

 

 レールガンの光が一際大きく輝き、それと同時にグレネードが発射される。

 

『グレネード次弾、発射!』

『レールガン、ファイア!』

 

 私のレールガンとほぼ同時に撃たれたグレネードは、レールガンが付近の甲殻ごとマザーモンスターの頭部を焼き、そして二門のグレネードランチャーが直撃して大きく吹き飛び、死骸が街に落下する。大きな地響きを残して、マザーは息絶えた。

 

『……やった、のか?』

『あれを犠牲無しで……よくぞ……』

 

「か、勝った……焦った……」

 

 勝利の余韻よりも、焦燥感からの疲れが私たちを襲っていた。基地に帰って休みたい……。

 

 

 

 と思っていたところで、秘匿通信が入る。全てのレンジからの通信を切断し、その秘匿通信からの内容に注目する。

 

『聞こえているか? 私だ、プロフェッサーだ。昨日ぶりだな、ウィンディ少尉、ストーム1』

 

 ……通信相手はプロフェッサーだった。この秘匿通信には私とストーム1、そしてプロフェッサーの3人しかいないようだ。

 

『第6世代型のビークルを送った。役に立っているか?』

「あぁ、今ちょうど役に立ったよ」

「あの金マザーモンスターを被害無しで倒したと言えば、わかりやすいか? ついでに言えば、俺の出番は無かった。最高の兵器だ」

 

『それは……役に立っているようだな。よかった』

 

 プロフェッサーの小さい笑いが私たちを和ませた。

 

『聞いて欲しいんだが、実は第6世代型ビークルは十分なテストをする余裕がなかった。最低限の安定性テストのみで前線に送ってしまうのが少し不安だったが……杞憂だったようだな。機体構想時点でかなり優秀だったんだろう』

 

 火力、装甲、機動力。それらの役割を分割できたコアドニクス構想は、事実優秀だった。プロフェッサーの考え通りに動けていたのも大きいし、パイロットが冷静に動ける者だったのもある。

 

『これからは先日のように直接会うのが難しくなる。伝えたい事があれば、この周波数で連絡してきて欲しい。電話だと通信履歴を探知される。もう頭がおかしくなったと思われてラボから離されるのは……ふっ、御免だ』

 

 プロフェッサーは鼻で笑う。経験があったのだろう。

 

『それじゃあ、切るぞ。役に立ててよかった』

「ありがとね、プロフェッサー」

 

 通信が終了する。ストーム1も同じ気持ちだったろう。一瞬で装甲を融解させてくるような化け物相手に無傷とはいかないものの、死者を出さずに生き残れた。それだけでコアドニクスの存在価値はある。

 

『ミッション完了ですっ! お疲れ様でした、少尉!』

 

 オペレータが声をかけてくる。本当に疲れた……。体力的な疲れというよりは、当たる=死という精神的な疲れによるものだ。

 

「帰ったらシャワーね……それとご飯、それから……」

『はい、手配しますっ!』

 

 私の頭はもう、帰還したあとの事しか考えていなかった。油断と同時に腹の音が鳴って、皆に笑われてしまった。……無念。

 

 






 Cored NIX(コアド ニクス)
 プロフェッサーがウィンディと彼女の駆る母体となるACから着想を得たもの。コアごとに装備や脚部を変更して作戦に適合したアセンブルで出撃できるコア構想を打ち出し、先進技術研究部内の全てのレーンを打ち切ってまで急ピッチで開発、生産した機体。試作型として10機のコアドニクスが生産され、3機が欧州方面へ、4機が北米方面へ、そして残る3機を極東で運用している。まだ実験段階にあるものの、既にその戦果は旧来のニクスB型を上回りつつある。

 コアドニクス『ライノ』
 アーマード・コア運用における装甲特化型のタンクタイプを模したコアドニクス。ライノは開発ネームであり、タンク型全てがライノというわけではない。最も目を引くのは腕部に搭載された武器腕型のグレネードランチャーである。120ミリ榴弾砲を発射するグレネードランチャー二門は、大多数の敵を一撃で仕留めるほどの威力を持つ。副装備として装弾数に特化したショルダーリボルバーカノン、ニクス型よりも一回り強化されたミドルミサイルがある。

 コアドニクス『ブリッツ』
 アーマード・コア運用における生存能力特化型の逆関節タイプを模したコアドニクス。ブリッツもまた開発コードの為、全ての逆関節型がブリッツと呼ばれているわけではない。副兵装として腕部に搭載したアームマウント型リボルバーカノンによる近接防御を行うほか、大型の敵に対し最も効力を発揮するのが、ショルダーユニットとして装備された6門の大型ロケットランチャー群である。それぞれに16発ずつ装填可能であり、全弾発射時の火力は圧巻。

 コアドニクス『フレイマー』
 火炎放射器とマシンガン、ニクス用小型ミサイルを二基搭載した、四脚型のコアドニクス。機動力に特化しており高い基礎性能を持つ他、腕部武装もニクス用と比べて大型化しており、取り回しに難はあるものの、威力の高さはコアドニクス内でも中位に位置し、高機動型コアドニクスに搭載するには比較的高火力である。マシンガンは口径の大型化とマガジンの大型化を図っており、威力確保と継戦能力の向上を目的として専用に開発され、ニクスに転用予定。

 プロフェッサー
 遂にコア構想を取り入れた新型ニクスの開発に成功した。第6世代型と銘打ち、更なる改良型を増産する予定のようだが、改善点は定期的にレイヴン部隊からフィードバックされてくるものを使うため、まだまだ戦果を必要としている。今後の課題はタンク型、四脚型以外の脚部で、強力なショルダーユニットを構えずに射撃可能とする技術の開発である、と語っている。ウィンディから言わせればそれは強化人間になれば済む話なのだが、普通に現代の技術力では生きた人間に機械を埋め込む事は不可能に近いので、別の方法を模索中。



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M.16 転機



 2022年、9月29日
 EDFヨーロッパ支部方面ベースマルセイユ
 特筆事項:本作戦にて運用するコアドニクスの記録

 作戦を説明する。依頼主は、EDF欧州方面本部。目標は、三ヶ月前に怪物からの攻撃を受けて失われたベースマルセイユの奪還だ。音声データを再生するぞ。

 ───の奪還である。マルセイユ基地はその設備の豊富さ、規模の大きさからも、敵の初動攻撃で陥落するにはあまりにも惜しい拠点だった。我々はこのエリアを奪還し、戦力を結集させることで、プライマーへ対する一大反攻作戦の要としたい。
 この作戦の重要性は分かって貰えただろうか。あとは君に任せる。それと、プロフェッサーが機体のデータを欲しがっている。戦闘行動の一切を録画し、後日提出。それらを守ってくれるなら、あとはやりたいようにやってくれ。任せたぞ。

 ──だと。この依頼は受諾するよな?



 ………仲間の仇を取る。負けられない。





 

 

 

 作戦エリアに到着する。視界が開けた。森林地帯を抜けて道路に抜け、そのままブースターで移動していると、街が見えてくる。

 今は秋だ。木々が枯れ木の葉は落ち、外気温と変わらず過ごしやすいはずのコクピットは、心做しか冷えている気がする。それは死んでいった部隊の仲間たちの亡霊が、私の背中に宿っているからだ。

 

『フォーゲル、聞こえるか』

「こちらフォーゲル、聞こえるわ、どうぞ」

 

 私は復讐の為に舞い戻ってきたのだ。

 

『よし。今回の作戦は、マルセイユ基地を防御しているエイリアン部隊の排除だ。マルセイユ基地は地下施設が無い代わりに地上設備が多く整っており、プライマーの初動侵攻を食い止めていた、仏国最大のEDF拠点……いや、すまん。知っている事だったな』

「いいから続きを」

『………わかった。 マルセイユ基地に確認されているエイリアンは36体。中にはα型やβ型といった怪物も確認されている。単機を投入するにはちと多すぎるが……聞いているか?』

 

 やっと巡ってきた復讐の機会だ。この好機を逃す事はできない。私は自分の搭乗する試作試験型コアドニクス『フォーゲル』の最終確認を行う。

 標準的な二脚型、出力強化アンプリファイア搭載レーザーライフル、40ミリグレネードマシンガン、ショルダーキャノン、スプレッドミサイル。中距離での戦闘に特化しつつ、近距離でも迎撃可能な機体に仕上がっている。

 

『聞いているか、応答せよ』

「……聞いてる。いいから続きを話して」

 

 私が突き放すように言うのを、オペレータは気に食わないようだ。それがなんだというのか。

 

『なあ、フォーゲル……おい、ラナ。お前はもうひとりじゃないんだぞ。仲間もいるだろ』

「アイツらを仲間になんて認めない。私の仲間はマルセイユで死んだの」

 

 結局マルセイユで生き残った同期はこの男だけだった。腐れ縁だったが、私はこの男が嫌いだ。共に戦ったマルセイユの仲間を、ただ死んだ……それだけで切り捨てて他の基地に移ったから。私はそれが許せなくて、ここに固執していた。いつか一人でだって取り返してみせる。みんなの仇を取る。それだけを考えて。

 

『ラナ、いい加減にしろよお前。アイツら、お前が単独で出るって聞いて心配していたんだぞ』

「もういいでしょ。通信回線封鎖、前進して敵を攻撃。ラナ機フォーゲル、16:32状況開始」

 

 無線通信を一方的に遮断してしまい、3キロメートル先に見えるマルセイユ基地の敵部隊に接近、攻撃を開始する。

 まずはスプレッドミサイルの有効射程内に敵を収め、そこから110mm滑腔砲で攻撃する。徹甲弾を高初速で打ち出すショルダーキャノンなら、先制攻撃には最適だ。

 

 その後は訓練通り、ミサイルで中距離戦を展開。近づいた敵にはレーザーライフルを撃ち込み、更に近づいた敵には40ミリグレネードマシンガンが火を噴く。榴弾を連続射出するこれは怪物退治には最適な武器だ。前回のβ型駆除作戦で前もって体験済みだった。

 

 私たち、選ばれた3人のコアドニクス・テスターには、それぞれ鳥の名を模した開発コードに因んだコールサインを与えられている。

 

 重量二脚型は、アホウドリから『アルバトロス』。

 逆関節型は、鷹から『ファルケ』。

 そして私は、ドードーから『ヴァルクフォーゲル』。

 

 長いので省略して『フォーゲル』として再登録してもらってはいるが。この3機の中でも私のフォーゲルは特に射撃戦闘に特化している。

 敵をロックオンする。いよいよ奴らに復讐の鉄槌を下す時が来た。コンピュータに搭載されたAIが敵のデータを照合する。

 

『敵、エイリアン・タイプコロニスト。侵略生物α型。侵略生物β型。総数約180』

 

 淡々と話してはいるが、大まかな数がわかるのは助かる。どれだけ殺せば終わるかが明確になるからだ。

 

 曲射弾道で1100メートル先のコロニスト部隊へ攻撃を仕掛ける。砲撃は予測通り精確に群れを貫徹するように着弾し、2体のコロニストが吹き飛ぶ。襲撃に気付いたコロニストの狙撃部隊がプラズマキャノンを撃ってくるが遅い上に威力も大したものではない。簡単に避けて、二射目を撃ち出す。弾速の違いが如実に現れ、110ミリ徹甲弾が更に1体のコロニスト・スナイパーを排除した。私の存在を察知した怪物がこちらに迫ってくる。

 

 本来この機体は中量型の二脚であるため、重い武装を載せすぎると安全率の問題で移動速度が低下してしまう。これはプロフェッサーが言っていた『母体』となる機体にも同じ事が言えるらしいのだが……。

 

 とにかく、そういった重量の問題を解消する方法がある。

 

『レフト・ショルダーユニット、パージ』

 

 重々しい音を立てて接合部が取り外され、ショルダーキャノンが地面へと落ちる。その瞬間機体は従来の軽快さを取り戻した。

 

「16:35、交戦開始」

 

 フィードバックの為に記録を残しつつ、ミサイルを構えてロックオンと同時に発射する。一基のミサイルが分裂して4基に分裂、そのひとつが接近していたコロニストに直撃、大きく怯ませ、残った3基も立て続けに命中し沈黙する。

 コロニストの相手は限界だ。怪物への迎撃に移る。

 

「α型接近。40mmGM使用開始」

 

 マシンガンを横に薙ぎ払う。着弾点が大きく爆発し、着弾点半径11メートル内にいたα型は容赦なく吹き飛ぶ。火力の高さだけでなく、継戦能力が高いのもこの武装の特長だ。反面弾薬の重量から初速は遅いうえ、弾薬の大きさから再装填に時間がかかり、結果秒間4発しか発射できないなどの難点を抱えるが、それでも威力の高さだけで期待以上の性能だった。

 

 爆発は容赦なくα型を焼き尽くしていく。

 

「ッ……ハハハッ!!」

 

 笑みが溢れ、自分でも珍しいと思うほどの高笑いが出てくる。目の前の敵が炎に塗れて消えていく。手足がちぎれ飛んでいくのが爽快だ。ウイングダイバー時代では味わえなかった、この大群を一瞬で壊滅させる圧倒的な暴力を行使する快感。

 

「もっとぉ……燃えろぉっ!!」

 

 飛び上がってブースターを起動し続け、熱量限界でブースター熱が切れるまで飛翔し、撃ち続ける。後続のα型はほぼ全滅し、コロニストがこちらの有効射程を見計らいながら一進一退を続けている。次に来るのはβ型だ。

 酸を含んだ糸を何本も射出して攻撃する難敵だが、この程度なら問題ない。退却しながら冷静にレーザーライフルでβ型を焼き落としていく。まるでハエ取りのようだ。レーザーだけでなく、私に近付けばグレネードの雨がお前達を待っている。

 

 ブースターが熱量負荷限界に達し、冷却の為数秒ブースターが使えなくなる。落下中に放つグレネードマシンガンに装填されたカートリッジの重みが、殺意の塊にも等しい40mm炸裂弾となって戦場を突き抜け、着弾点のβ型を焼く。

 

「死ね、死ねっ! 部下の仇だ!」

 

 奴らを見る度に思い出す。怪物に囲まれて死んでいった部下たちの、悲痛な表情を。あと数センチで手が届いたのに、彼女はプラズマコアのオーバーヒートで離脱できず、怪物の海に飲まれた。

 別の部下は敵弾の直撃を受けてウイングが折れ、残った仲間を逃がすために飛べない体で囮になった。

 最も心の置けない仲の腹心は、目の前の敵から私を庇い、消し飛んだ。皆私が守れなかったから死んだのだ。プライマー、こいつらが攻めてさえ来なければ。

 

 こいつらがあの時私の所属していたマルセイユ基地を襲った1000体の怪物であるという確証は無い。エイリアンの大部隊ならともかく、ただの怪物の群れの同行をいちいちチェックする余裕など、スカウトチームには無い。

 

「うおおおぉぉぉぉぉっ!!」

 

 けれど、私は目の前の怪物を駆除する事で頭がいっぱいだった。その他の事はどうでも良い。この機体が続く限り怪物を倒す。それだけだった。

 

 実のところ、コンバットフレーム・コアドニクスの操縦に慣れるまでさほど時間はかからなかった。ウイングダイバーは通常、脳波コントロールによってプラズマ出力を調節し飛行・離着陸を行なっているが、コアドニクスはそれが手動になっただけの話なのだ。

 

 レーザーライフルを迫り来るβ型のうちの一体に向け、チャージしない状態での超高熱エネルギー弾を直撃させる。レーザー兵器は元ウイングダイバーでも扱いやすいよう、チャージ方式になっている。

 

 それぞれ単発射撃で連続しての攻撃が可能なアサルトチャージ、回転率よりも威力や射程を重視しているハーフチャージ、そして絶大な威力・射程を引き換えにリロード時間やオーバーヒートのクールダウンに時間を取られるフルチャージ(スナイプチャージとも)の三つに分かれる。

 今さっきやってみせたのが、アサルトチャージによる攻撃。怪物程度ならこのぐらいの出力の弾でも余裕で落ちる。コロニストもハーフチャージで二発耐えられず、フルチャージなら一撃で死ぬ。

 

 定期的にENカートリッジ内の清掃・交換を行わねばならない弱点はあるが、それを差し引いても弾薬はレーザーに限って言えば実質無限と言っても良く、エネルギーを使ったレーザーライフルは次世代の主力武器を担うかもしれない……らしい。

 

「遅い!」

 

 β型に混じるように突撃してくる、ラプチャーガンを持ったコロニストからの散弾を避け、近くの敵をグレネードで吹き飛ばしつつレーザーをチャージし、フルチャージのスナイプレーザーでその頭を胴体から切り離す。

 

「あと203……」

 

 HUDに表示されている40mmグレネードマシンガンのカートリッジ内弾薬の残りが、使いすぎて少なくなってきていることを示していた。約半分になっている。

 

「敵数は?」

『敵数、残りおよそ85』

 

 このペースならやれる。怪物にはグレネードを、コロニストにはレーザーとミサイルを。的確に武装を選んでいけば、弾を全て使い切る事無く終えられるだろう。

 

「弱い弱い。弱すぎる」

 

 3ヶ月前は怪物と戦うなんて想定していなかっただからあんなに深刻な被害を出した。叶わないのだろうが、もしやり直せるのなら、怪物の襲来を前もって知っていれたのなら。

 

 ……いや、それでも私は戦うだろう。復讐のためよりも、市民のために。だからこそ、あの時みんなを守れなかった私の実力不足だということが浮き彫りになって私を責め立てる。

 

『敵性反応減少により、正確な数値を測定可能です。敵数、残り61』

「16:41、現在はこちらが優勢」

 

 作戦開始からまだ数十分も経っていない。このプロフェッサーから貸与された機体は思った以上の傑作だ。ニクスよりも武装が豊富で、タイタン重戦車レベルの装甲、ヘリ以上の機動性。どのビークルをも凌駕して有り余る。もしプライマーが出てきていなければ、これが対人・対戦車に使われていたのかと思うと、今という現状の異質さがよくわかる。

 

 迫り来るコロニストを射殺し、次の敵を撃つ。敵は予測射撃をしようとしない為、動いてさえいれば敵の攻撃は一切当たらない。楽な仕事だが、復讐相手としては張り合いがない。単騎で敵の大部隊を撃滅せしめるのだから、コアドニクスがどれだけ前倒しで開発された兵器なのか察しがつくというものだ。

 

『敵数、残り26』

 

 敵部隊の数が少なくなりつつある。もはや消化試合と何ら変わりない。立ち止まっていても装甲で弾丸を弾くのだから、これ以上戦っても何を得られるわけでもない。数はさらに減っていく。

 

『敵数、残り11』

 

 怪物は全滅し、残った敵はコロニストだけだ。後退し、先程パージしたショルダーキャノンをもう一度取り付ける。ジョイント部分にアームが備わっているため、一度取り外しても再度装着が可能であるとの説明を聞いた時、使い捨てた武器をもう一度拾うのか? とその機能の存在には懐疑的だった。

 だから今はわかる。パージ機能、ピックアップ機能無くして、この機体は立ち行かない。

 

『敵数、3』

 

 レーザーで引き撃ちしながらキャノンを装着し終えた時には、既に敵はコロニストの砲兵だけになっていた。こうなれば、奴らに勝ちの目は無い。元々無いようなものだが、それ故に奴らから恐怖のような感情が読み取れないのが勿体ない。

 

 一発、二発。、FCSの補助で的確にセカンドロックを終えたキャノンの砲弾は、コロニストなどあっという間に貫く。最後の一匹が苦し紛れにプラズマキャノンを撃ち出してきたが、それの回避など意識せずとも避けられる。そのままスプレッドミサイルを射出し、最後の一体を倒し終えると、録画映像に入るように報告する。

 

「現在時刻16:43。全ての敵を撃破。状況終了」

 

 これでフォーゲルとしての私の仕事は終わりだ。あとは、EDF所属降下翼兵部隊サーベルリーダーとしての仕事だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これだけか……」

 

 仲間の遺品をかき集めていた私は、だが成果はほぼ無しに等しかった。ドッグタグが2、3枚に酸で融解してグズグズに溶けた銃が数丁。空のマガジンが無数に転がっている。

 

 ……あの時失った仲間の形見。それを集めていた。少なくない人命がここで散っていったのを鮮明に覚えている。私や一部の幸運な生存者は、戦火を逃れ遠方の基地へ逃げ、あるいは仇を取るため最前線の基地へ赴いた。私は、後者だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『隊長、みんな死にました……もう撤退しましょう!』

『ダメだ! ここで退いたら避難中の民間人が襲われる! 少尉どのは何をしているの!?』

『少尉は今避難民を連れていますが、消息不明です。連絡も取れません……』

 

 あの時の戦況は、最悪と言ってよかった。無尽蔵にやってくる怪物に対し、私たちは全力の防戦を強いられた。民間人が基地見学に来ていたタイミングだったのも、それに拍車をかけていた。

 

『クッ……! まだ逃げるわけには! フライト!!』

 

 プラズマコアに無理を言わせて突撃し、敵の目の前に立ちはだかるように着地して、マグブラスターによる攻撃を続けていた。最後の一人になってしまった私の部下は、一人で逃げなかった。

 

『……! 隊長、危ない!』

『うっ! ……!!』

 

 私を押し退けるように私の体を手で押し出して、一歩前に彼女が立った。爆発とも思えるほどの濃密な弾幕が、私のいた場所へ……つまり彼女が今立っている場所に襲いかかった。

 

『……ッ!?』

 

 私は即座に飛ぼうとして足を浮かせてジャンプし、そして転んだ。何が起きたのかもわからなかった。ブラスターを撃とうとして弾切れしている事に気付き、リロードする。だが一瞬で終えるはずのリロードが終わらない。

 そこでようやく、私は気付いた。チャージング警告音。プラズマコアのエネルギー残量は既になく、飛行する為のエネルギーもリロードする為のエネルギーも底を尽きた。

 

 攻撃手段を失い、飛ぶ事も出来ない。無力だった。

 

『撃て、撃てェッ!!』

『そこのウイングダイバー! 這ってでもこっちに来い!!』

 

 呼び声に意識を割かれ、そっちを向けば、戦列を組んだレンジャーとタンク、コンバットフレームの陸上混成部隊が私の少し後ろで敵を押し返そうと射撃を続けている。

 

『おい、早く来い! ネレイドが無誘導爆弾を投下する、巻き添えを喰いたいのか!?』

 

 私はそれで我に返り、マグブラスターを前に思い切り投げてから急いで立ち上がり、腕を振って思い切り走った。ウイングダイバーの常として基礎体力訓練は本当に基礎しかやらないため、直ぐに息切れが私を襲った。それでも走り続けた。途中に落ちたマグブラスターを拾い上げ、そして私を援護してくれていたレンジャーに縋り付くように崩れ折れると、そのレンジャーは私に肩を貸してくれた。彼も同じく、一個小隊の隊長だった。

 

『よく耐えた! 遅くなって済まない。避難させよう』

『ま、まて……私はまだ……』

 

 そしてブラスターを構えようとするが、コアのエネルギーが回復したのを確認した後に飛ぼうとして、私は平衡感覚を失い、焦りながらブースターを切る。

 嫌な感じがして後ろを向くと、その()()は的中していた。ライトウイングが、ブースターごと消えていた。

 

『そんな……』

 

『ようやく気付いたか? ………それじゃもう飛べない事ぐらい、レンジャーの俺にだってわかる。既に負傷兵や戦闘能力を失った部隊が後方で集まっている。お前は彼らをまとめてやってくれ。頼む』

 

 私はへたり込みそうになるのを耐えながら歩く。後方で装甲兵員輸送車両グレイプが複数台待機している。中は悲惨だった。私と同じようにウイングが折れた者がいれば、負った傷に呻く者もおり、キャノンごと腕を失ったフェンサーもいる。

 

『……負傷者か?』

『いや、私はウイングを失っただけだ。他は?』

『みんなこの有様だ。増援が来てくれなかったらやられてた。感謝しないと、な……』

 

 その光景を目に焼き付けて忘れなかった。結局、混成部隊もほぼ殲滅され、散り散りに別のベースに合流したそうだが……。

 

 

 

 

 

 その遺品達が、こうしてここに転がっていた。

 

『……い、おい! 応答しろ、どうなった!?』

 

 ……オペレータの存在をすっかり忘れていた。通信を回復させたのだろう。こちらから切っていたのに、どういう裏技を使ったというのか。嫌々応答する。

 

「作戦は完了している。機体の調子も良好よ」

『そうか、まったく……急に切断されたから、シグナルが途絶したかと思ったぞ。10分間以上も焦らせやがって、無事でよかった』

 

 作戦完了した旨を告げるや否や、怒ったり安堵したりと忙しい男だった。とにかく、私は生きて敵を殲滅せしめた。この機体のおかげだ。

 

『……その様子じゃ、まだ満足してないらしいな?』

「当たり前でしょ。ここには一個大隊の家族がいたの。同じ、いや10倍は殺さないと気が済まない。……いや、やっぱり奴らを地球から根絶するまでは」

 

『俺も同じ気持ちだ。聞いてくれ、欧州作戦司令本部から緊急の依頼だ。ベースマルセイユに移動する部隊の護衛任務が入っている。できる限り迂回はするそうだが、どの移動ポイントを経由しても敵と接触する恐れがある。補充後、すぐに作戦に従事する事になるが、もちろんやるな?』

「当たり前よ。いい仕事持ってくるじゃない」

 

 次の任務は味方の護衛。とは名ばかりの、事実上の移動ルート上の敵の殲滅。いいお題目を貰ったものだ。

 

『最寄りの補充ポイントはベースF6だ。すぐに向かえるな?』

「了解。こちら《フォーゲル》。ベースF6、応答せよ」

 

 一拍置いて、ベースF6管制官が応答する。

 

『こちらベースF6。フォーゲル、補充か?』

「ええ。緊急修理は必要ないから、武装のリロードをお願い。ありったけね」

『OK、準備しておく。フォーゲルにご馳走を用意しておいてやるから早めに来てくれ。待ってるぞ』

 

 通信が切れたあと、もう一度オペレータから通信が掛かってくる。

 

『やるんだろ、ラナ』

「ええ、もちろん。それと私は准尉なのよ、丁寧な言葉を使いなさい」

『へいへい、わかりましたよマダム。これでいいですか?』

 

 この男のふざけた冗談に、笑みをこぼす。戦いの前に心を和らげるには充分だった。

 

『じゃあ准尉、用意はいいか?』

「OKよ。出発する」

 

 F6までしばらくかかる。休みはいらない、持ちうる時間の全てをプライマーの殲滅に当ててやろう。

 

 

 

 

 

 






 フォーゲル

 正式機体名《ヴァルクフォーゲル》
 パイロットはラナ准尉。

 欧州方面に派遣されたコアドニクスのうちの一機。機体性能は普遍的なものだが、それはあくまでもコアドニクス内で比べたものであって、世界中に普及しているコンバットフレーム・ニクスB型とは比べ物にならない。
 主武装たる40ミリグレネードマシンガンは別名、ヒートマシンガンとも呼称されるが呼ぶ者は少ない。榴弾を低初速で撃ち出すグレネードマシンガンは、爆発が広範囲に及び、特に怪物に対して有効であると目される。
 ショルダーキャノンは、肩武装版のスナイパーライフルとも呼べる代物で、狙撃能力だけではなく、貫通による敵の掃討性能も高い水準を満たす。
 スプレッドミサイルは弾頭が分解され、内部に仕込まれた四発のミサイルが敵を攻撃するというものである。指向性を持っており、爆発の際にはエンジン部より後方の味方を巻き込まない。
 レーザーライフルには三段階のチャージレベルがあり、連射タイプの《アサルトチャージ》、中距離射撃タイプの《ハーフチャージ》、狙撃タイプの《フルチャージ》がある。運用に癖はあるが、使いこなせれば強力無比な武装となる。


 マルセイユ基地

 制圧に成功。部隊を派遣し、再度EDF側の攻撃拠点として活動予定である。



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四話 銀白の船団



 マルセイユ基地より北東に80kmの地点に、新型船と思われるプライマーの航空機が飛来しました。テレポーションシップよりも大型の船です。驚くべきことに、何らかの方法でレーダーや熱源探知などの索敵網をすり抜けていたらしく、またこの船を事前に撃墜する方法はありませんでした。

 既に市街地の大半が蹂躙され、その時点で防衛に当たっていた部隊は全滅しました。マルセイユ基地にて防衛網を構築。生存した市民の避難を助けてください。




 

 

 

 もう間もなく戦場となるだろうマルセイユ基地北部。その平野に展開していた防衛部隊は、士気こそ高まっているものの、少なくない数の兵士が新たな敵の飛来に恐怖していた。

 

「聞いたか? 敵船は、今度は大量のドローンを投下してきているらしい」

「ドローンだって? いや俺は四足歩行のロボットだと聞いたぞ」

「何? 生物じゃないのか?」

 

 噂は噂を呼び、敵の想像の姿は既に不定形なものとなっている。ある者がドローンだと言うと、別の者がいやロボットだと言う。来たる未知の敵に対し、不安感を隠さない彼らはレンジャー二個小隊であり、基地の最前線防衛部隊としてはあまりにも貧弱だった。

 一応とばかりに三両のブラッカー型タンク、一機のニクス・ミサイルガンが展開しているが、どのような数を揃えてくるのかが不明瞭である以上、今の人数や戦力は最低でも今の倍以上は欲しい、というのが全員の見解のようだ。

 

「基地司令に増援要請は?」

「攻撃部隊が広く展開してるらしい。今から呼び戻す頃には全滅してるとよ」

 

 通信を担当していた兵士が悪態をつく。100人のレンジャーが展開していると聞けば十分に思える数なのだが、敵と自陣営の彼我戦力差が未知数である上、敵新兵器の性能さえ把握出来ていない以上は不安だった。

 

「アーマード・コアは? コアド・ニクスは無いのか?」

「どこもかしこも遊撃だと。市街地を取り戻すのに躍起になってるらしい。 笑えるな。帰る場所がなきゃ、いくらすげえ兵器でも腹を空かせて動けなくなるっていうのに」

 

 双眼鏡を構えている兵士は、頼りになる戦力が全く防衛に当たらないという事実にため息をついた。全員がライフルやスナイパーライフルの整備や最終確認をしており、タンクやニクスも来たる戦いに備えて周囲の警戒を怠らない。

 

「コンバットフレーム! 調子は?」

『各部位オールグリーン。X-RAYパルスライフルも問題ない』

『確か、技研の最新型ニクス兵装か。頼もしい』

 

 先鋭的な装備を持つニクス・ミサイルガン。改善が重ねられつつあるX-RAYパルスは、冷却機構の改善によりオーバーヒートがより遠のいたと技術研究部の主任が豪語していたと語るが、いつのパルスライフルと比べて改善されているかは誰も知らない。もしかすると技研内部では常日頃から特殊兵装の開発を行っているのでは? という予想が兵士たちの間で存在している。

 事実それは間違いでは無い。もっとも主任ことプロフェッサーが、文字通り時間を越えた戦いをしていると知っていればの話だが。

 

「敵、来ないな」

『ビビって逃げたんだろ』

「だといいがな。ま、この様子じゃ大したことはないんだろうな」

 

 無論誰もその言葉を真に受けてなどいない。でなければ防衛部隊の出撃していた市街戦において大敗を喫し、敵に市街地の蹂躙を許しなどしていなかったからだ。

 彼らは軽口を叩くことで戦闘前の過度の緊張の糸を解そうとしていただけである。

 

「……! レーダーに反応!」

「来たか……タンクは戦列を組め! 歩兵はAFVの後方に広く展開!!」

 

『こちらニクス、ミサイルロック射程に敵を捉えた! 攻撃するか?』

「構わん! 既に交戦許可は降りてるんだ、派手にぶちかませ!」

 

 了解、というニクスパイロットの返事と同時に、フルロックされた小型ミサイル弾頭が斜め上に6発×2セット、12発射出され、それらは丘を越えた向こう側の敵部隊に着弾する。

 

『命中、命中!!』

「いいぞ、滑り出しは好調だ!」

 

 レーダーの敵反応にいくつかの穴が空いた。効果的に攻撃できている証拠だった。確かに数を減らし、効果も確認できていた。しかしそれは、さらなる後続の部隊によって埋まった穴と共に、丘を乗り越えて姿を現した。

 

 均衡の釣り合わない不安定な脚部に、それこそ不安定という言葉が似合う白い球状の頭部。腕部から伸びる赤い刃物は、ローコストで高い殺傷能力を持つ、恐ろしい武器だ。

 だが、何よりも恐ろしかったのは────

 

「ま……待て待て待て!!」

「信じられん……なんて数だ!!」

 

『怪物よりもずっと多い……新型船は輸送船だったのか!』

「ひ、退こう! 基地の味方と共同で戦うべきだ!!」

 

 ──その味方と比べてもあまりに違いすぎる数であった。

 

 混乱をきたした前線は戦略的撤退を提案するが、中隊長の指示により却下される。

 

「ダメだ、基地には逃げてきた市民がいる! ここで踏み止まるぞ! スナイパー、やれ!!」

「もうやってる! くそ、まるで装甲があるみたいだ!!」

 

 狙撃兵が次々に敵兵器を攻撃するが、怪物よりも頑丈にできているのかその数を大きく減らすには至っていない。集中攻撃によって一人の放った弾丸が装甲を破壊すると、血飛沫が周囲に振り撒かれた。

 

「なっ!?」

「ロボットじゃねぇ……生物だ!!」

『アンドロイドってやつか!? 不気味な……歩兵部隊、敵は任せる! こっちは盾になってやる!!』

 

 ブラッカーE2が前進すると、砲身から120mmハイ・エクスプローシブ弾が発射され、殆ど直線的な弾道を伴ってアンドロイド軍団の先頭に着弾する。激しい爆発と水色のおぞましい鮮血が辺りに散らばり、付近の敵の装甲も破壊する。

 

「射撃開始!」

「クソ、死ねっ!!」

『うわぁぁぁ! 来るな来るなっ!!』

 

 ブラッカーE2の攻撃をすり抜けてきたアンドロイドの一部が、戦車を素通りして歩兵に迫ってくる。恐慌状態に陥った兵士も、自らを奮い立たせる兵士も、やる事は同じく眼前の敵を撃つことだった。広大な平原で約100の歩兵が織り成す超過密な弾幕は、確かにアンドロイドをものの数瞬で撃破せしめる火力を持っていた。だが問題は、相手の数であった。

 

「レーダーが故障してんじゃねえのか!? 何だこの数は!」

『撃て! アンドロイドを近づけるな!!』

 

 ブラッカーE2が後退しながら敵の群れに砲弾をぶつける。同じように歩兵部隊も後退を続け、彼らを支援するようにニクス・ミサイルガンの小型ミサイルとX-RAYパルスライフルの射撃が敵を穿つ。特にX-RAYパルスライフルの火力は凄まじく、実体弾であったなら敵を数体は貫通しそうな勢いである。

 

「弾が切れた、誰かマガジンをくれ!」

「最後の一個だ、大事に使え!」

 

「狙撃銃はもう役に立たん! 予備兵装に切り替えろ!」

 

 弾薬の枯渇しかけた戦線へと戻るように、狙撃兵達がアサルトライフルPA-11LSを手に駆け寄ってくる。

 

「射撃初めェ!」

 

 弾幕は更に濃密になっていくが、敵の数も更に増していく。火力か数か、どちらかが勝るだろう、まさにいたちごっこであった。

 ニクスのパルスライフルが戦線を支え、ブラッカーE2の120mmHE弾が敵を押し退け、歩兵部隊のライフル射撃が撃ち漏らしを退ける。しかし、そんな完璧に思える火力編成をただの数で押し返すように、敵の数は増えていく一方だった。たちが悪いのが回り込むように移動してくる個体で、これの対処が為に数名の歩兵が意識を割かねばならず、戦線は徐々に徐々にと崩壊しつつあった。

 

「新入り、後方にあるZE-GUNオートタレットを起動してこい! あれを出せ!」

「隊長、でもあれは戦時特例以外では使用不可と……」

「馬鹿野郎、今がその特例だろうが! いいから早くやれ、責任は取る!!」

「り、了解しました!!」

 

 後方にも少し高く、そして広がる丘がある。その上から撃ち下ろせるように、12基のZE-GUNオートタレットが設置してある。自動で敵を認識して攻撃するこれは、戦列を組む際にはかなり頼りになる火力を発揮してくれる。足止め能力にも富み、戦時下であれば仲間と同じように頼りになる存在だ。

 

『起動します!』

 

 新兵がオートタレットの戦闘モードをオンにしたらしく、後方から絶え間ないライフル弾の雨が降り注ぐ。単体でアンドロイドを押し返すには至らないが、その真価は歩兵と共に戦ってこそ発揮される。無数の弾丸が、先頭にいるアンドロイドに収束し、破壊する。それを幾度となく繰り返す苦痛な作業で、そして何よりも生き残るための決死の戦いであった。

 

「いいぞ、押してる!!」

 

 誰かの放った一言で戦況を俯瞰し始めたもの達が、各々状況を判断し始め、そして見出した勝機に歓声を上げた。アンドロイドの数は減っており、対するこちらは火力に優っている。弾倉を均等に分けることができたのか、弾切れを危惧していた兵士も射撃を続けている。

 装甲が剥がれ、脳味噌のようなグロテスク極まりない青い肉塊を撃ち砕き、平原を青い血で染め上げていく。この世のものとは思えない光景だ。EDFの勇敢な兵士とはいえ、地獄に迷い込んだかと錯覚するほどである。

 

「こちらフロント2! 側面装甲が酷く損傷した、退却する!」

 

 ブラッカーE2の一両が黒煙を吹き出しながら後退する。その間も内部の車輌人員と協働で砲撃は続けていた。ワイヤーの繋がった有線式のナイフ───例えるならバリスティックナイフと言うべきそれは、弾丸並みの速度で射出され、容易に戦車の装甲を傷付け破壊できる。歩兵が受ければどうなるか、彼らにとっては想像に難くないだろう。

 

「レーダーに新手! どうなってんだ!?」

「あっ、見てください!! 遠方に敵新型船! ……なんてこった、何かを投下しています!!」

「何!?」

 

 目の良い狙撃兵の一人がレーダーに写ったらしい敵の姿を指摘する。銀白色の輸送戦艦は、尾のような部位の先端から速射式のエネルギー弾を連発して攻撃してくる。それと同時にハッチが開き、内部からアンドロイドの上位個体らしき、大型のものが飛び出した。

 瓢箪のような頭をしているそれは、傍から見れば面白可笑しい造形であるが、その両手に構える火砲は、歩兵部隊にとって危険極まりないものだった。発射されたそれを見た兵士の一人が叫ぶ。

 

「エ、エネルギーの榴弾だッ!!」

「こっちはバルカン砲だぞ! 待避、待避ーーっ!!」

「クソッ、戦線は完全に崩壊だ!!」

 

 通常のアンドロイドでさえ大苦戦を強いられる相手だったというのに、ここに来て増援とは、運のない……。中隊長は毒づく。

 新たな戦力の登場だけでも最悪な戦況だというのに、追い討ちをかけるが如くそれらの武装は対多数に特化したものだった。

 

「スナイパー、撃て! 近付けるな!」

「だめだ……甘い弾道じゃ跳弾されちまう! あれが相手じゃ仕留めるのに時間がかかる!」

 

 弧を描くように丸みを帯びた表面に加えて非常に堅牢な装甲も相まって、掠る程度の弾道では、弾丸が弾かれてしまう。狙撃手どころか歩兵にとっては最悪と言ってよい相性だった。

 

 残った二両の戦車が照準を向け、砲を放つ。直径12cmの爆弾と呼ぶべき戦車砲は着弾時即爆発するHE弾だ。

 

『よぉく狙って撃てよ!』

『わかってる…………ファイアッ!!』

『ファイア!』

 

 砲弾が着弾したかと思うと、大型のアンドロイドの頭部は大きく爆発し、手足がちぎれたように弾け飛ぶ。辺りに鮮血をまき散らして沈黙したそれは、爆発物にはある程度弱い事を証明してくれた。だがそれは根本的な問題の解決には至らない。その理由は銀白の船団にあった。

 

「ちくしょう、また来たぞ!」

「数が多いぞ、仕留めきれない!!」

『く、来るな! 下がりやがれッ!!』

 

 戦車が後退し始める。歩兵部隊もそれに釣られるように戦線を下げ始めた。負傷者の数はまだ少なかったこの戦場も、阿鼻叫喚に染まっていく。

 

「う、うわぁぁぁああっ!?」

「死にたくないぃ!! うぎゃああっ!!」

「やられた……足が……ッ」

 

 EN榴弾砲の爆風によって多くの歩兵が吹き飛ばされていく。戦列などあってないようなものだ。再集結などしようとするものなら、する間もなく殲滅される。だが、ここで抵抗を続けなくてはと各々は銃を敵に向ける。

 X-RAYパルスライフルが大型アンドロイドの多くを打ち破っていくが、小型のアンドロイドに肉薄されて大型への攻撃の中止を余儀なくされる。そしてニクスからの攻撃を受けなくなった歩兵の天敵は、自らが狩ると言わんばかりに歩を進め、バルカン砲の乱射で逃げ惑うレンジャー達を一人一人狩っていく。

 

「う、撃たれた! 撃たれたっ!!」

「被弾した、助けてくれ!!」

 

『こちらニクス、援護してくれ!』

『フロント3! 装甲が……うわ、おい! 燃料タンクに引火してるぞ、逃げ───』

 

 敵の戦線に取り残されていたブラッカーE2が、爆発を残して大破した。幸いと言うべきは、その爆発によってそれ相応の数のアンドロイドが誘爆したことぐらいか。それにかすりもしなかったアンドロイドの大半は、まだまだ殺意を持って……あるいは殺意などなく、ただ作業的殺戮に戻ろうとする。

 

「くそったれ、完全に負け戦だ! 援軍は来ないのか!?」

「どこも手が塞がってるんだぞ!? もう手遅れだ!!」

「……くそぉっ!!」

 

 ……いや、と通信士が呟いた。その声に気付いたひと握りの歩兵がレーダーを見る。

 

「こ、後方から友軍反応! ……待て、一部隊? 聞こえるか!? 無茶だ、こっちに来るな! 味方を呼んでくれ!!」

 

『こちら軍曹。今行ったところでお前たちが全滅するだろう。 問題ない、俺たちで処理するぞ!』

『基地の戦力は何をやってやがる!』

 

「無茶だ、逃げろ!!」

 

 通信士の必死の懇願も虚しく、無謀な部隊は戦線へと向かってきている。なんて無謀な真似をと呟くが、心の中には僅かばかりの光明も見えていた。もし腕のいい部隊なら……と。

 そんなわけがあるはずもない、偶然そうだとしてもこの圧倒的不利をどう覆すのか。ビークルがいくら来ても無理だろうに、たった一部隊……5人の分隊が何をできるんだ。

 目の前の大敵を前に、通信士のレンジャーも諦めながら銃を撃ち続けるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……無理だぜ、あんな数!」

「無理でもやらないといけない。仲間がいる」

「大丈夫ですよ、()がいますからね!」

 

 部下のその言葉にルーキー……いや、スーパールーキーはこくりと頷く。この男は入隊前から一個人とは思えないほどの功績を挙げている。テレポーションシップの撃墜から敵大部隊の殲滅、新戦力の撃破、マザーシップの撃墜。

 彼は、英雄と呼ぶに相応しい男だった。

 

「軍曹。行きましょう」

「よし……仲間を救うぞ!」

 

 スーパールーキーに背を押され、俺たちは駆け出す。作戦領域まで残り2km。あの丘を越えれば、味方部隊と合流できる。そうしたら、俺たちは仲間をかき集める。スーパールーキーは敵と交戦する。そういう作戦だった。流れ弾で倒れる可能性も充分ある。だがここで勝てる可能性に、スーパールーキーと俺は賭けた。もっともこれで負けるつもりは俺たちにはなかった。

 

 もうじき、突入する事になる。銃声や爆発音がそこかしこから聞こえてくる。敵は余程の大群だろう。だが負けなどいらない。俺たちに要るのは勝利と、そして少しでも多くの生存者だ。

 

『軍曹。間もなく作戦領域だ。戦果を期待する』

「了解だ。 行くぞ!」

 

 本部なりの気遣いに背中を押され、俺たちは丘を乗り越えて混迷を極める烈火の中に足を踏み入れた。

 

「くっ、そこらじゅう敵だらけだ!」

「こんな事なら基地で寝てるんだったぜ!!」

「軽口を叩くぐらいなら撃て!」

 

 部下が弱音を吐き、俺はそれを諌めながら敵へ攻撃する。市街地で確認したアンドロイドと全く同じものだ。有線式ナイフを飛ばすタイプと強力な火砲を持つ大型タイプを確認した。小型のナイフタイプを優先して排除しつつ、大型に肉薄して集中砲火を浴びせる。

 装甲が滑らかで傾斜装甲のように弾丸を跳弾していくが、それはあくまでギリギリを掠めた時だけだ。しっかりと中央を狙って撃てば、装甲が剥がれて内側が顕になる。弱点であるそこを狙い撃ちにすれば、大型とはいえ沈黙させられる。問題は死に際に自壊することで、得体の知れない体液が撒き散らされることだが、残念な事に戦争中にそこまで気にする余裕は無い。

 

「大型を倒した! おい、そこの部隊! 大丈夫か!?」

「あんたは……軍曹か! 助かった、他のやつも頼む!」

「よし、俺たちと来い!」

 

 ひとつの部隊を回収した。事前情報では二つの小隊が左翼右翼にそれぞれ別れ、中隊長の指揮下で交戦をしていたという話だった。今回収できた彼らは右翼側小隊の一個分隊、人数で言えば5人だ。だが人手が増えれば集まる数も多くなる。

 次の敵を攻撃していた味方に加勢し、エリアのアンドロイドを殲滅すると、その部隊も着いてくるように促す。

 

「助かる、チーム1は半壊だ、助けられるやつは助けたい」

「そのつもりだ。続け!」

 

 軍曹という階級は便利なもので、前線で戦いながら積み重ねた功績のおかげで部隊指揮官の立場を維持しながら、ある程度柔軟に立ち回れる。おかげで部隊を自由に動かしながら戦えた。

 

「左側面だ! 撃て!!」

「もうやってるっての! ……あ! 弾、弾!!」

「受け取れ!!」

 

 命の危険を前に猛る者たちが、アンドロイドへ攻撃をする。今回の作戦では歩兵部隊に試作された第六世代とやらの武器を提供しているらしい。射程に富むセミオートライフルや、全体性能の強化されたスナイパーライフル、基礎性能の引き上げられたアサルトライフルが試供品として運用されていた。

 実験兵器の側面も強いだろうそれらは、相当数のアンドロイドが倒れている辺りかなりの戦果をもたらしたようだ。もっとも、プライマーはその戦果を超える物量で押し潰すつもりだったようだが。

 単純な数による侵略戦、それは単純にして一番面倒な戦いだった。どれだけの数や戦力を揃えようと、必ず多くの人死にが出る、嫌な戦いだ。

 

「合流した! グランス2、こっちだ!」

「な、なんだ? 俺たち、助かるのか?」

「そうだ! いいから急げ、やられるぞ!!」

 

 合流できた部隊が、更に別の部隊を引っ張って戻ってくる。俺たちも、部下たちが二部隊引き連れて戻ってきた。

 

「もう一部隊はどこにいる!」

「サーバル3! 応答しろ!! ……ダメです」

 

 生き残ったのはグランス1、2。サーバル1、2の四部隊だけだったようだ。より戦線に近く、敵と多く接触していたらしいサーバル3は、時を待たずして全滅の憂き目を見たという事になる。

 悔しいが、ここで立ち止まれない。右翼側小隊の回収はこれで終了だ。左翼側の部隊の回収を目指す必要がある。俺は無線機に手をかけ、話しかける。

 

「スーパールーキー、敵はどうだ?」

『問題なく処理できてます。それと、味方部隊の回収も』

「……ふっ、さすがだな。俺達も戦線に加わるぞ!」

 

 俺たちの部隊と、スーパールーキーの部隊。数字としては全く増えていないどころか多すぎる欠員に少なすぎる補充員で、むしろマイナスになっている。しかし戦力として考えれば、この戦場に負けは無い。ここにはスーパールーキーがいるのだ。

 

『全部隊は後退して援護、俺が多く敵を倒す』

『助けてくれたのはありがたいが無茶だ!』

 

「いや、そいつの言う通りにしろ。スーパールーキーなら本当にやりかねない」

『軍曹!? しかし……いえ、了解しました』

 

 俺はあいつに信頼を寄せている。単なる強さだけではなく、仲間を出来るだけ守ろうとする高潔さが好ましかったからだ。EDFらしいその振る舞いが、俺が自分に求める理想像の体現だったように思う。

 

「向こうで前線を押してる? 一体何が…」

『す、すげえぞ、あいつ! アンドロイド共を一人で押し返しちまいそうな勢いだ!!』

『ハハッ、いいぞ! 機械人間どもめ、宇宙に帰れ!』

 

 どうやら始まったようだ。スーパールーキーの戦法は一見命を捨てるようでいて、圧倒的な戦果を確実にもたらすやり方だった。レンジャーであるはずなのにまるでフェンサーであるかのような立ち回りをし、敵に肉薄したと思えば被弾を押さえて数を減らす。その手にある武器がどんなものであるかを問わず、的確な使い方をして、敵を殲滅するのだ。その戦い方は非常に洗練されていた。まるで何十年も戦ってきたかのように。

 

 そんな事、有り得るはずがないというのに。

 

「本部、あの船に関する情報は?」

『軍曹……残念だが、プライマーの輸送船という情報以上のことはわかっていない。撃墜も不可能だ。戦況は数ヶ月前……振り出しに戻ったと言わざるを得ない』

 

 作戦司令本部が無念そうに答える。あいつならどうにかしてくれる、俺はそう思ったのに、その具体例が浮かばなかった。テレポーションシップなら、船体下部に潜り込んで弱点を攻撃すればよかった。だがあの船は? 

 銀白の船は悠々と空を飛び続ける。落ちる様子は無い。あいつにも手の出しようがなかったのだろう。

 

『生き残ったぞ……う、うぉぉぉぉっ!!!』

『や、やった! やったぞ!!』

『生きてる……俺、生きてるのか……?』

 

「アンドロイドの殲滅を確認……凄い戦果だ……」

『船の落とし方はわからないままだ。だがそれでも、アンドロイドの部隊を正面から打ち破ったことは勲章に値するだろう。よくやった』

 

 あの船が逃げていくのを、俺やあいつは黙って見ていることしかできなかった。その役割も知らないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 戦勝、というわけではないが、勝利と生存の喜びを分かち合うべく、マルセイユ所属歩兵中隊は救援に来てくれた軍曹たちの部隊を囲んで食事をしていた。

 

「今日の英雄たちに乾杯!」

「イヤッホーーーッ!!」

 

 負傷者を含めない49人が、広場の一室で食事会を開いている。出撃手当てを食事や酒類に割いただけの簡単なものだが、それでも俺にとってはご馳走だった。最もまともな食事を摂れるのが戦時中とは、なんとも皮肉な話だが。

 

「あれ? あのスーパーマンはどこにいった?」

「お、いたいた。 どうしたんだよ、俺達の英雄! これ全部お前の為にみんなで買ったんだぜ?」

 

 レンジャーが手を伸ばした先にあるテーブルの上には、ずらりと食品が並んでいる。スナック菓子やファストフードだけでなく、レトルトのハンバーグや、終戦後は絶対に見られないステーキまである。

 

「あんたのおかげでほとんどのやつが助かったんだ。半分のやつが無傷で生き延びた。まさに英雄だよ」

「………そうか」

 

 俺は俺に出来る事をした。仲間を助けるのは当然のことで、今回はそれがたまたま派兵されていた欧州基地の仲間たちの事だった、それだけの話だ。

 

「故郷に家族を残してきてる。助かってよかったよ」

「俺も兄弟がこの基地に勤務しているんだ。次も生き延びようぜ」

 

 酔いが回って来たレンジャーたちは、その家族や友人、守りたい人々の話をし始める。普段は個を隠し群として従軍する彼らも、ついポロリと漏らすことはある。この酒の場においては、そういう事だった。

 

「あの白い船。落とせると思うか?」

「当然だ。解析が進めば落とせる。テレポーションシップも、マザーシップだって撃墜したんだぞ。不可能は無い」

 

 かつて、人類は核によって居住スペースの半数を失った。そして過去改変を目論むプライマーの後を追い、五年の歴史をやり直した。化学兵器によって地上のプライマー諸共破滅し、またやり直した。半数の基地が壊滅し、もう一度やり直した。核攻撃能力を失って殲滅戦となり、更にやり直した。人口の二割を失ってから五年を経て一割以下になった。そしてまた……。

 

 それを知っているものはここにいない。ここで生き残った人間の、何人が本当に最後まで生き延び続けられるのか。そんなことを考えながら食う食事は、もう味がしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『本部、応答願います。本部、応答願います。こちらウィンディ少尉』

「ウィンディ少尉か、作戦はどうなった!」

 

『敵新型船追撃任務は失敗。五機撃墜しましたが、残る二機には逃げられました……』

「なに? 落とせたというのか!」

『はい。AC規格の武装であれば充分、弱点部位への攻撃で破壊可能です』

「弱点があるのか! 帰還後すぐにデータを確認、情報部少佐へ転送する。今は帰還してくれ。よくやった!」

 

 

 






 アーマード・コア

 作戦指令本部からの指示により、新型船撃墜のため極東から欧州へと派遣。銀白の船を七隻中五隻破壊する戦果を挙げる。


 マルセイユ基地

 軍曹の隊とACを迎え、プライマーの新戦力を攻撃。
 市街防衛部隊は壊滅し、市街地もその殆どを失っていたものの、新型船と投下されたアンドロイド双方において、90%以上の撃破に成功し、同時に派遣していた他の『レイヴン』の活躍で、陥落した市街地を奪還する。特に農耕地の奪還による食料供給率の増加が功を奏し、士気が高い。




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五話 滅びゆく街 前編

 

 

 

 

 マルセイユ基地より帰還した全ての極東基地所属戦力は、その当初と比べて半分以下にまで数を減らしていた。死者の数に嘆く間もなく、彼らは新たな戦場へと召喚されるのだ。そこには軍曹たちや『英雄』と呼ばれる男の姿もあった。

 

「……戻ってきたか、軍曹。それにお前も。あるいはお前たちが欧州に行った所で、死ぬはずも無いか」

「グリムリーパーの手が欲しくなるほどの激戦だった。そっちも相当に忙しかったんだろう?」

 

 戻ってきた派遣部隊たちの中から軍曹を見つけたのは、グリムリーパーと呼ばれる黒いフェンサー部隊の隊長だった。数々の戦場で肩を並べたグリムリーパーと軍曹隊は戦友と言って良いほどの数を共闘している。

 だからこそ軍曹は、グリムリーパー隊の隊長の強さを知っていた。その言葉も、後に続く本筋への切り口でしかない。

 

「こちらもアンドロイド、向こうにもアンドロイドだ。余程死神と会いたいらしい」

「ハハハハ…」「ククク…」

 

 彼の部下たちが笑っていると、別のウイングダイバー隊が帰還してくる。多種多様な武装に際して市街の防衛に当たっていたらしい部隊群は、帰還者が隊長のみであったり酷い怪我を負った隊員を抱えていたりと、とにかく酷い有様だが、その中でも一際威容を持つエリート部隊、スプリガンだけは堂々と帰還してきていた。

 ……一人足りない。四人が三人になっている。

 

「よう、スプリガン。そっちも厳しそうだったらしいな」

 

 グリムリーパーの副隊長がからかいと労い半々と言ったところで声をかける。スプリガンリーダーは全員の前に立って腕を組み、ため息をつく。残った部下二人も意気消沈し、基地の地面にへたり込んだ。

 

「……部下が死んだ。私のミスだ。一人一人の力を過信していた」

「フ、お前もか。敵は強い。ついて行けないやつは死ぬ。それはお互いわかっていたはずだ」

「ああそうだ!! だが私はお前たちのような死にたがりとは違う、部下一人一人を頼り、部下にも私を頼らせた! 私の、ミスなんだ! …………いや、すまない。やめておく。仲間に言葉の矛を向けるなど」

 

 EDF最精鋭とも目される、各兵科の代表格が、戦力の磨耗にどれだけ耐えられるか。極東基地所属隊員たちはそれを気にしていた。自分たちではどうしようもない戦場でも、あいつらなら生きて帰れる。そう信じていたからだ。

 

 だが、実際はそうではなかった。

 

 グリムリーパーは3つの分隊を持つ。グリムリーパーリーダーの直接指揮する第一分隊、副隊長二人がそれぞれ従える、第二・第三分隊。グリムリーパーはその殆どを失っている。擲弾兵によって命を落としたのは第二分隊及び第三分隊とそのリーダー。第二分隊隊長は第一分隊に再編され、そしてその第一分隊すら五名中二名が戦死している。

 

 同じくスプリガンも、死者数こそ少ないが元の数も少ない部隊。元々十名ほどだった部隊が一人、また一人と減り、今や三名しか存在していない。

 

「構わん。俺たちは敵を殺すために死ぬのが仕事だ。お前たちは生きて敵を倒すのが仕事だ。軍曹、お前たちもまた、生きて戦うのが仕事だろう。 ……()()()()はどっちだ? 生きているか、死んでいるか。 一年後の未来を想像してみろ」

 

 そこでようやく俺は、みんなからの視線が俺に注がれている事に気付いた。

 

 この人が苦手だ。俺はいつも、この人にだけは色々見破られているんじゃないかと思わされる。本人にとってはきっと、そんなことは無いんだろうが。一年後の未来なんて単語、知らないと出てこない。

 

「生きている。生きて戦っている。戦争は終わらない。だけど人類も負けない。俺がいる限り」

 

 確固たる決意を持って言う。それは彼の心に深く刺さったらしい。黒いカラーリングの特注スケルトン越しでもわかるほど肩を震わせてそして短く笑った。

 

「……勝て。あるいは殺し尽くせ。俺がお前に求めるのはそれだけだ」

「頼むぜレンジャー。俺も仕事をするからお前は敵を倒せよ」

 

 グリムリーパーの三人は去っていく。次の戦場に行くのだろうか。スプリガンも、全員立ち上がって基地へと戻っていく。隊長だけが振り向き、俺に言う。

 

「あなたは強い。次の戦場でも共に戦いたいものだ」

 

 向き直って基地に入り、そして辺りが一瞬静かになると、軍曹が後ろから肩をトントンと叩く。バックパックに手を伸ばした軍曹は、そこから150ミリリットルのカップ酒を二本取り出し、片方を俺に押し付けてニヤリと口角を上げた。

 後ろを見ると同じようにカップ酒を持ち寄った軍曹のチームメンバー三人が俺の事を囲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 カップ酒を受け取ると、俺は資材が足りず放棄されて隊員たちの居住スペースとなっている第六格納庫の端で酒盛りを始めた。と言っても度数が強いだけで量が少ないため、酔うにも酔えない。それでも雰囲気はあった。

 

「最近はお前が活躍しているおかげで助けられている命も多い。本当に感謝している」

「まあ、大将は俺たちの稼ぎ頭だからな! だもんで俺たちは誰一人欠けてないと来た! 俺は大将の背中がいちばん安全だと踏んでるぜ」

「俺もそう思う。なにせ、出会う敵みんな倒して回るような戦いぶりなんだ」

 

 俺はちびちびカップ酒を飲みながら、つまみに持って帰ってきたチップスをパーティー開きして、男五人で分け合う。

 

「俺は最近不眠症なんだ」

 

 一人が言った。眠れていないのはストレスのみが原因ではなく、単純に昼夜問わず呼び出される激務だからという理由もある。みんなそうだ。EDFに安息は無い。プライマーを撃滅するその時まで、あるいは────。

 

 みんなそれを考えないようにしている。そうしたら楽になる、だなんて誰も考えたくないのだ。あまりにも魅力的なあの世からの提案は今、各々がプライマーへの復讐心や人類を守る使命感によって足蹴にされている。

 

「ドローンのせいで仲間を失った。アンドロイドのせいで故郷を失った。次は何を失うんだ?」

 

 五人で酒盛りをしていた後ろから、聞きつけてきた一人のレンジャーが来て、俺の隣に座り込む。

 

「家族を亡くした。妻と息子だ。仲間も、家もだ。希望なんてない」

 

 彼の言葉を俺は聞いているしかできない。これが、俺の守る事が出来なかったものの声なのだ。

 

「仲間は足りない、弾も無い。食料も尽きかけ、民間人は死に、敵は増える一方だ。守るための戦いが、生きるための戦いになっちまった」

 

 気付けば俺は、そのレンジャーと二人きりになっていた。軍曹たちの姿は無い。周囲は暗く、寝息も聞こえない。

 

「俺は守れたのか? お前は? 守れたのか、ストーム1?」

「………!?」

 

 このレンジャーは何故か、誰も知るはずのない俺の部隊名を呼ぶ。その後ろから何人もの人々が現れる。見覚えのある姿だ。みんな俺の目の前で……。

 

「俺は五人兄弟だった。今は一人っ子だ」

「基地には……あそこには、仲間がいた」

「援軍は来ない、もうおしまいだ」

「お前たちは意地を見せた。地球人のな」

 

 知るはずのないその言葉を話す彼らは、更に言葉を投げかけ続ける。ただ話すだけでなく、そこにいるはずのない何かに銃を撃ち続ける者もいた。

 

「遮蔽物が無い、撃たれ放題だ!」

「今から……俺たちはレンジャーだ!」

「黄色いランプが光ってる、なんだこれ?」

「マザーシップの砲撃で、部隊は壊滅!」

 

 そうだ。みんな死んでいった者だ。

 

「ストーム1! 俺がお前の盾だ!」

「ストーム1! 貴方は希望をくれた!」

「ストーム1! お前に賭ける!」

 

 棒立ちでその光景を見ていた俺の背後から通り過ぎていくように、三つの部隊が武器を構え、前へ走り出し、消えていく。

 一人は機関銃とも見紛うほどの弾幕に消え、一人は凄まじい質量を伴う近接攻撃で消え。軍曹はあの時、呼び寄せられた隕石から俺を庇うために俺の胸を強く押し出して……。

 

「ストーム1。俺は守れなかった。今のお前も守れていない。人類の人口はどうなった。お前を信じた友はどうなった。お前の結末は?」

 

 目の前に立つレンジャーを睨みつける。正論を投げつけられ、怒りに任せて顔を殴ろうとした。オリーブドラブのアーマーカラーに、赤いストール。破損した装甲は旧式の装甲板に張り替えられていて、見るも痛々しい。そしてその姿に俺は見覚えがあった。

 

「俺は、守れなかった。仲間を死なせ、行き場のない希望をどうすることもできず。いたずらに時間逆行を繰り返す。民間人時代から戦争に加わり、そして敗北し、決死の覚悟でリングを落とす。一歩でも進展したか? していないだろう。もう五回も繰り返した」

 

「俺は違う! 六回目は上手くいってる!!」

 

 そう思い込んでいるだけだ。目の前の()が言う言葉に、俺はたじろぐ。

 

「五年間という短い時の中を駆けずり回って得たのは? 五回分の敗北と五回分の戦友の死、五回分の失意だけだ」

 

 俺は悪夢を見ているのか?

 俺は守れなかった人々に苛まれ続けているのか?

 俺が戦うために命を落とした人々の血の溶岩が、咄嗟にライフルを構えた俺の足を引っ張っていく。ダメだ、まだそっちには行けない。俺は生きて戦い続けないといけない。

 

 これ以上浸かる訳にいかなくて、目の前に手を伸ばす。その手を、下から伸ばしてきた手が掴む。ハッと振り返る。軍曹だった。

 

「ストーム1。よく頑張ったな。お前の頑張りのおかげで今の地球は平和なんだ、少しは休め」

 

 やめろ……。 軍曹はそんな事を言わない。やめろ!

 

 やめてくれ!!

 

 その手は、言葉は、あまりにも暖かすぎる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、大将!? 倒れちまいやがった、どうなってんだ?」

「待ってください! ……酷い熱だ、すぐに医療班を!」

「なんてこった、待ってろ! すぐに呼んでくる!」

 

 部下たちが必死の処置をする。しかし彼は酷く呻くばかりで、返事をする事もできないほどに体調が悪化しているようだった。

 

「どうなっている……やはり、連日の戦闘が祟ったのか」

「軍曹……彼は俺たちの数百人以上の働きをする。多分、相応のコストを支払っているんだろう。でなきゃ、こうしてツケが回ってくる理由が思い浮かばない」

 

 部下の一人が三人の衛生兵と一人の軍医を連れてくる。軍医は早速彼を診るが、しばらく容態を確かめて首を横に振る。その意味がわからない俺ではないが、同時にそれを受け入れられるほど出来た人間でもなかった。

 

「……ダメなのか、どうしても?」

「余程無理をしていたんだろう。後でウイルス性のものじゃないか検査はしてみるが……気を抜いた途端にこれだ、恐らく精神的なものから来る……」

「…クソッ」

 

 気付かないうちに頼ってしまっていたのか、俺は。守ってやるなどとのたまっていたあの頃が今は遠く感じる。無意識で頼ってしまっているほど切迫した戦況、それが自分の知らない間に強い負担になっていたのか。

 俺は軍人失格だ。今は同じ軍人とはいえ、元民間人を頼ってしまうなど。本来は俺が守る立場だったというのに。

 

「……軍曹?」

「あ……いや、すまん。問題ない」

「顔が怖いですよ、軍曹。軍曹も少し休んでください」

 

 俺はそれを拒否したが、部下二人に半ば抑えられる形で、医務室に連れていかれるあいつに付き添うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 軍医の検査結果では、やはり精神の消耗から来る高熱だという話だった。解熱剤と数日分の経口補水液を処方され、しばらくの間隣にいてやれという話だった。

 俺は戦場にいるべき人間だ、それはこいつの家族の役目じゃないか、そう言いかけてやめた。こいつも家族をなくしたのかもと思うと、言うのがはばかられたからだ。

 

「……新入り」

「…………………」

 

 返事は無い。小程度の発汗と苦しそうに歪ませる表情さえなければ、ただ寝ているだけの人に過ぎない。こいつがこうなってしまったのは俺のせいという後ろめたさもあって、俺はこいつの傍から離れられなかった。

 

 日替わりで部下たちが見舞いに来てくれるが、付きっきりなのは俺だけだった。今あいつらは別のレンジャーチームの指揮下に入って派兵されているらしい。俺が出撃しようとしても、医師に止められればそうせざるを得なかった。

 部下を失う怖さと、こいつを失う怖さ。天秤にはかけられなかった。かけてしまえばきっと、俺は自分の価値を知ることになる。

 

 今日ほど自分を女々しいと思ったことはない。

 真の意味で信頼している部下や戦友を失うかもしれないのに、何も出来ないのがこんなに恐ろしいとは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「新入り……」

「う、ぐ…………す……ま……」

 

 悪夢を見ているのだろうか。俺は濡れ布巾を定期的に取り替えてやる事しかできない。流石に催した時はどうにか起き上がってくれるが、それだけだ。用を足し終えたら、そのまま身体の気だるさを隠さず医療ベッドの上に寝転び、そのまま眠る。

 

 新入り、お前は夢の中でも戦っているのか。そこに俺はいるか?

 

 語りかけても返事は無い。労いの言葉をかけてやりたくとも、起きた時は辛そうにしていて無理で、寝ている時はそもそも途中で途切れる一方通行になってしまう。

 俺は戦士だ。戦場で戦うべきなんだ。それなのに今やっていることはまるで兄弟だ。弟の世話を焼き、看病して……。

 そこまで考えて思いとどまった。俺はこいつの兄になる資格は無い。弟に頼り切りの兄弟なんて、きっと望んでいないし、俺も望まない。こいつにとって頼れる人間でありたい。

 だが、そんな人間には、まだなれていない。

 

 新入り。お前は夢の中で何をしているんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「……すま、ない……すまな……い……」

 

 その日は誰も来なかった。悪夢も酷いものを見ているのか、ひたすら謝り続けている。俺には解熱剤を飲ませて頭を冷やさせてやる事しかできなかった。精神の消耗から来る高熱。あの軍医はそう言っていたが、最初にそう聞いた時はさほど大したことは無いと思っていた。前に戻ってその自分を殴り飛ばしたかった。

 

 苦しいか。辛いか。すまん。死ぬな。

 

 俺が絞り出せる言葉なんて、それぐらいだ。今日、新入りの自室の整理をしていたとき、よく話していたゲーム機というのを見つけた。もう何年も遊んでいるらしい物言いをしながら紹介してくれたものだが、発売日はわずか一年前、プライマーが襲来してきて一年後ぐらいの時期に出てきたものだ。それを新入りは、遊ぶ度に懐かしい顔をしながらプレイしていたのを、輸送車両の中で見ていた。

 

 ふと興味が湧いて、手に取る。こういう携帯ゲーム機はバッテリーの容量が少ないと聞いたが、少し遊んでみるぐらいならば、許してくれるだろうか。

 

 ……ん、少し、いや、だいぶ難しいな。

 

 これが狙撃兵で、これが整備兵。これが戦車……なるほど。

 

 こうか。 いや、違うな。これか?

 

 ふむ、こう動かせばいいのか? ……ほう。

 

 

 

 ……クリアー、か? かなり苦戦したが、御せない相手ではなかったか。 ……何、ステージ2だと?

 

 むむ……更に難易度が高くなるのか。面白い。

 

 ただのゲームと思って侮っていたが……敵もなかなかやる。

 

 敵のファイターを倒したいな……陸戦狙撃兵をここに……。

 

 歩兵を配置して巨大生物を待ち伏せして……なに!?

 

 増援部隊まであるのか? 一筋縄じゃ行かないか…。

 

 

 

 

 

 気が付けば日が暮れていた。夢中になって遊んでいた戦略シミュレーション、とやらも、もうバッテリーが切れかかっている。苦笑いが漏れた。俺とした事が、ゲームに熱中する事になるとは思ってもいなかった。

 

 だが、一つ気にかかる事があった。このシミュレーションゲームは新入りの持ち物だが、プレーヤーの名前が既に決定されているのだ。軍隊と軍隊が戦うのだが、味方側の将軍の名前が《ストームチーム》となっている。

 シナリオを少し読んでも見たが、将軍がストームチームと名付けられている描写は一切なかった。命名法則的には、EDFの陸戦部隊のようにも思えるが、ストームという隊名は知らない。

 

 その答えを俺は、見つけることが出来ずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう。大将はどうだ?」

「ん? ……変わらずだ。ずっと寝ている」

 

 見舞いに来た部下が、新入りを軽くつつく。何かしら反応のありそうなものだが、苦しんでいる以外は変わらずだった、

 

 

「治んねーのか?」

「治るとは言っていた。最もいつになるかは分からないらしいが」

「そうかよ……。早く起きろよ。いつ死ぬのかヒヤヒヤもんだぜ、俺たちは」

 

 新入りの頬をぺちぺちと軽く叩いて、替えの経口補水液を置いて部下は部屋を出た。新入りが倒れてからもう三日が経とうとしている。目を覚ます気配は無い。生死の狭間という訳では無いらしいが、付きっきりで様子を見てやっていると、俺にはどうしてもそうは思えなかった。

 

 まるで悪夢という地獄の中で、自分の敵の全てと戦っているかのような苦しい顔をする。敵対者を皆殺しにするまで起き上がらないとでも言うような苦悶の表情は、いつも崩れることがない。

 

 お前は今、どんな夢を見ている?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まただ。何度繰り返そうが、みんな死ぬ。ストームチームも、レンジャーチームも、フェンサーやウイングダイバー、スカウトチームだって。

 どれだけ良い戦果を挙げようが、俺のそれはみんなの犠牲という非情なチケットの上に成り立っていたものだった。

 

『ストーム1。 生き延びたければ離れるな』

『ストーム1。 これで最後か。生きて帰るぞ』

『ストーム1。 後を託す……』

『ストーム1! お前がやるんだ!』

 

『ストーム1! お前に賭ける!』

 

 軍曹は最後まで俺が理由で死ぬ。どうしても助けられなかった。その罪の意識ばかりが俺の胸を突き刺してくる。もう一人の俺にその罪を責められ、どうしようもなく脱力してしまう。

 

『やれ、ストーム1!』

『終わらせてください、この悲劇を!』

『ストーム1!』

 

 生き延びた世界に、希望は残らなかった。本部も、軍曹も、グリムリーパーも、スプリガンも。誰一人、何一つ。

 

 だが、いたずらにこの命を断つことは許されない。繰り返す先にまだ、俺の目指す未来が───。

 

「まだそんな夢を? 幾度繰り返そうが、お前が守るべき人々を、仲間を、失うという事実は覆ることはないんだ」

 

「……黙れっ! 例えそうでも、勝ち続けるんだ! 愚直に戦う、俺にはそれしかない!!」

「哀れだな。その先にあるのが破滅だとしても?」

 

「……だとしてもだ!!」

 

 心の底からその絞り出した俺は、目の前に立つボロボロの装備を纏うレンジャーを見据える。そうしてわかった。

 

 ──こいつら、未来の俺自身の姿だ。これまでやり直してきた俺の意識の集合体なんだ。

 

「……なら、やり直し続けろ。かつての頃からな。そしてやれる事をやるといい。自分が成すべきこと、その答えが、自ずと見えてくるだろう」

「なに……」

 

 そう言うと、俺は姿を変えた。以前勤めていた職場の、民間警備会社の懐かしい防刃ベストとヘルメットを装備した俺の昔の格好に。

 

「お前は戦うことしか出来ない馬鹿だが、敵との戦い方を知っている。次はお前がやってみろ」

「お前は……俺じゃないのか?」

 

「俺は……いや、()()は、確かにオレさ。ずっと頑張って戦ってきたお前自身だ」

 

 そう言うと、警備員の姿の俺は、兵士の姿へと戻った。兵士の姿のそいつは、俺の肩を軽く叩き、笑う。足元が炎の揺らいでいる。

 

「人類を救ってみせろ、俺」

 

 そう言って()は消えた。

 

 

 

 ……意識が覚醒する。

 

 きっと、上手くやってみせるよ。

 

 

 

 

 けれど、勝利への道はまだまだ遠そうだ。

 

 それでも掴まなくてはならない。もう一人の俺が言ったように、人々を救えるのは、俺たちしかいないんだから。

 

 

 

 

 



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