安定した定職を求めて (ごすろじ)
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今更感がありますが、バイオレット・エヴァーガーデンの二次創作少なくね、な心境で書き始めました。

こちら処女作のため拙い文章ですがご了承下さい。



困まりました…本当に困まりました。

私の名前はアレイダ、前世では誰とも諍いを起こさず八方美人を誇りにする平和主義者でした。

戦火の気配一つ無い国に産まれ、心から平和ボケを享受し娯楽を愉しみ茶を啜る日本人だった…はずなのに。

 

「イケーー ッ!!突撃ィ!」

「帝国兵を一人たりとも通すなッ!死んでも死守するんだ!」

 

後方から聞こえてくる味方の地鳴りのような足音と怒号。

血と硝煙、そこに混じる吐き気を催す肉の焦げた香り。

止むことのない爆炎と周囲の酸素も建造物すら一切合切燃やし尽くす火災。

 

 

 

今の私のを一言で言い表すのなら所謂「転生者」というものでしょうか。

ですが、別段テンプレみたいに神様に合った訳でもなく、長い死という恐ろしい夢から目覚めた瞬間から第ニの人生が始まっていました。

それも、前世の恵まれた日本人ライフとは裏腹に貧民街の孤児という最悪の状況で…。

フフ…前世で言う親ガチャ大爆死とはこう言うことを言うに違いありません。

 

この世に生を受けてからの始めの数年は何度も死の境を彷徨いました、電気も普及していない世界で前世では当たり前の衛生観念なんてものはドブい打ち捨て、女児ボディーを賢明に動かし残飯を漁り飢えを凌ぐに日々。

異世界転生お決まりの自動翻訳機能なんて都合の良いものは無く、食料調達と平行し自力でこの世界の言語を学び。

時にはなけなし残飯を餌に貧民おじさん達相手に会話の練習をしたり…そうしてなんとか、今では簡単な日常会話が成立する程度には成長出来ました。

 

常時栄養失調な劣悪幼少期を過ごしたお陰か、気づけば髪毛の色素は完全に抜け落ちて…真っ白になっていましたが。

偶然窓ガラスに映る自身の姿を見た時の衝撃は今でも忘れられません。

幼少期の記憶なんて殆ど残っていないですから正確な年齢は分かりませんが、恐らく前世であればJK程度には年若い乙女に相当するこの私が…一本残らず白髪。

生え変わりに希望を見出すも、数日後にはその希望も真っ白に消え失せました。

あまりのショックで一日中寝込こんだことは記憶に新しいです。

 

幸いだったのは、この一見貧弱に見える身体が素晴らしくハイスペックだったことです。

この身体のおかげで女の身一つで治安最悪の貧民街で生き抜けたのだから感謝してもいいでしょう。

 

これなら前世で読んだ、なろう系が如き「なんかやっちゃいました」系の反応が期待出来ると思いワクテカしていたのですが、未だそういった反応を誰一つ見せてくれません…。

 

貧民おじさんズは私のフィジカル芸を披露したら頭を撫でて褒めてくれたのに、仲良くしてくれるチンピラさん達は一切何も言わず無言のノーリアクションですよ。

 

流石にショックでした、もしかしなくても、この世界基準だと大したことのない能力なのかもしれません、別に魔法でも超能力とかでもありませんしね。

 

ただこの表情筋の死に絶えた常に笑みを浮かべた鉄仮面はどうにかならないものでしょうか、いくら腕っぷしがソコソコ強くてもこんな優しさ全開のアルカイクスマイルを浮かべてたら舐められてしまいます。

 

自慢じゃありませんが割りと顔は良いんですよね、私。

実際人攫いなんかにも何回か遭遇しましたし。

あの時は運良く交流のあるチンピラさん達に助けられなければどうなっていたことか…やはり持つべきものな仲間、友情パワーこそ人生の逆境を覆す真の力なのです。

 

そんなこんなの散々な日常を手段を選ばず生き汚なく生きてきた訳ですけど…――今宵私はとうとう名もなき挽き肉として今生を終えるかもしれません。

 

此処は今生で私が産まれ落ちたテルシス大陸、その南に位置するライデンシャフトリヒ北東部。

大陸全体の中でも秀でた資源を産出する鉱山地帯であり、軍備に欠かせない鉄や銅などが眠る重要拠点、この豊かな大地を見回り警護するのが私に与えられた命令…だったはず。

うん、おかしいですね…着任初日の平和な光景は見る影もなく絶賛毎秒人命が散る死地と化しています。

受けた命令は資源の採掘施設周りの警備やら見回りなんかの簡単なお作業だと聞かされいましたが…――まさか、あの兵役求人が此処までの地雷だったとは。

 

 

日夜安定した食い扶持を求め職を探すも、貧民街の孤児、出自不明、国籍不明、おまけに言葉は喋れても文字も読めない学無し、そして終いには薄汚いボロ布纏った私を雇入れてくれる奇特な場所なんてまぁ、ありません。

 

しかし、あの時の私はいい加減廃墟で残飯を貪る生活にウンザリしていました。

無駄に頑丈な身体してる癖に頻繁に熱が出たり、節々が傷んだり、顔には出ませんが控えめに言って地獄でしたし。

選り好みなどしていられる程精神的余裕も無く、そんな時降って湧いてきた兵役の話です、国へ奉仕する精神など欠片もありませんでしたが、衣食住が約束されているのは大変魅力的でした、説明する役員の説明を話半分に聞き流し即行動に移していました。

字も読めない癖にほとんど衝動的に志願してしまうとは…我ながら愚かとしか言いようがありません。

その結果がこれ…現地に到着しての数日後経たずにこの惨状。

今にして思うと…国籍、人種、年齢、問わず求めに応じた者は無条件で国が抱えてくれるなんて違和感しかありません。

私達みたいな貧民街の掃き溜めを士官学校の卒業も免除して正式に…うん、ないですね。

普通に捨て駒、というか此処思いっきり敵の矢面、私は比較的後方の配置ですが完璧な肉壁で草も生えません。

 

まぁ、偶然にしろ故意にせよ私の足りない頭で考えても仕方の無いこと、生き残ることだけ考えましょう。

幸いにも見覚えのある顔もちらほらいますし、何かあればきっと助けてくれるでしょう。

 

 

帝国側の奇襲による砲撃で既に既に名も知らぬ私の同僚達が絶賛肉片となって飛び散りまくっています、背後からは正規の陸軍と思わしき軍勢が砲撃を打ち返し応戦し始める轟音が鳴り響き鼓膜が破れそうです。

 

「な、なんで…どうして」

「巫山戯んな…ッ、戦うだなんて聞いてねーぞ!」

「これ、で、弾は出んだよな!?」

 

よく見れば周りにいる人達は明らかに訓練を積んだ正規兵ではありませんね。

首からは立派な銃がぶら下げられてはいますけど、扱いがおぼつかず、目に見えて狼狽えてますし、とは言え当然ですね訓練なんてまだ一、二回しか碌に出来ていませんし。

 

って、それよりも…よしよし、スローインナイフもどきにマチェーテ…その他の投擲物…うん、全部揃っていますね。

残念ながら今生の私に銃撃の才能なんてものは欠片も期待できません。

銃なんて持つ位ならナイフを一本でも多く持った方がまだ生き残る確率が上がるというもの。

私はたった一回の射撃訓練で全てを悟ったのです。

 

「あ…マズイですね…これは、久しぶりに飛んでしまいます」

 

邪魔な重しは地面に捨ててっと…何やら背後で煩いですが残念ながらもう聞こえませんよ。

初陣のせいか何時もよりもかなり敏感になっていますね。

あぁ…肌を刺す殺意が…心臓が脈打たせて全身に血が巡り…意識が遠のいていきます。

 

「…どうかすぐに死にませんように…」

 

遥か前方に殺意を滾らせる敵影が視界に写り込んだ瞬間…――私の意識は暗転しました。

 

☆☆☆

 

現在ライデンシャフトリヒの防衛を担う地方貴族と中央軍の間では慌ただしい動きを見せていた。

ライデンシャフトリヒには天然の港、豊富な天然資源が存在し、長年それを狙い周辺諸国から繰り返し侵攻を受けてきた、ある時には大敗を喫し、首都にまで敵軍が侵攻した歴史を有する国だ。

当然、こうした経験から他国を含む周辺諸国からの牽制には必要以上に神経質になっていた。

 

動きを見せたのはテルシス大陸北部に位置するガルダリク帝国。

以前から南部国相手に挑発めいた行動を見せていたが、ここ数日で無視出来ない程までにその動きを活発化させていた。

その中でも武器・弾薬の製造や保管を主とする軍需工場の維持と稼働に欠かせない採掘地帯を中心とした場所に帝国兵の存在が報告され始め、明らかに今までとは違う帝国の動きに一層の警戒を強いられることになった。

 

帝国の影が確認された場所はどれもライデンシャフトリヒという国にとっての重要拠点ばかり、仮に攻め込まれ占拠されれば今後の戦況は大きく不利になるだろう。

しかし未だ仮定の段階、兵を送り込もうにも辺境伯が管理する常備軍を回せば国境が手薄になり周辺諸国に付け入る隙きを与えてしまう。

安易に兵の数を増やせば、国民の戦火に対する不安を煽る結果に繋がってしまう、現在の段階で世論を敵に回すなどもってのほかである。

 

そこでとある貴族から一つの代案が出された、なにも帝国を牽制するだけならば正式な兵を送り込む必要はないと。

近代に移り変わる時代といえど未だ選民思考を持った貴族というものは実在した。

国の手が碌に行き届いていない貧困街、その更に深くに存在する極貧のスラム街、数だけは存在する、そこから人員を確保しようというのだ。

 

戦力としてではなく、動くハリボテとして――

数に圧倒され帝国が躊躇うのならそれでよし、例え最悪の状況になろうとも、あらかじめ敵軍の進行が予想される場所に配置しておけば、肉壁として機能させ処分も出来る、まさに一石二鳥と言わんばかりの発言。

戦死したとしても親類縁者からの追及もなく、生き残れば傭兵を雇うよりも少ない二束三文の小銭を渡せば満足するだろう、そんな思考の元この非情な案は可決された。

 

無論一部の良識を持つ人物達からは反論の声が出たが、悲しいことに現在の軍事、政治は貴族達を中心として大きな発言力を有するのが現状。

多少罪悪感があれぞ、わざわざ未確定の案件に自身の抱える常備軍を割いてまで反対する者もおらず、過半数が代案に乗っかる姿勢を示していた。

 

そうして、重要拠点各地に動員されたのが中隊規模のハリボテ兵。

しかし期待に反し帝国側は、怯むどころか想定よりも遥かに早い速度で攻撃を仕掛けてくる結果となった。

奇襲の砲撃は行くてを阻むハリボテ達へと向けられ、当初の想定通り肉壁の役割を果たし、背後の採掘施設、控える正規軍には損害は出なかった。

 

そこからは血で血を洗う泥沼の正面激突――

遮蔽物の碌に存在しない戦場、浅い塹壕を弾除けにひたすらの正面衝突。

一見数は同等、しかしいくら兵装で身を固めても所詮は訓練されていない一般人、帝国の正規兵に敵う道理があるはずがない。

 

寄せ集めのメッキが徐々に剥がれその数を減らしていく。

攻勢を強め勢いづく帝国兵相手に、防戦を強いられ始めたその時――

 

敵へと進軍する味方を追い抜き銀の閃光が敵陣に向けて放たれた。

 

☆☆☆

 

…最悪だ。

何?俺が誰かだって…ただの糞の肥溜で育った名前もないチンピラさ。

眼の前の悪魔みてーな女に、絡んだのが運の尽き、こんな血生臭い地獄に引っ張り込まれた哀れな大馬鹿だよ。

 

この女と出会ったのは貧民街の俺らが根城にしていた廃墟の一角だ。

見なりは悪りぃボロ布一枚まいクソガキが俺らの飯を食い尽くしてやがった。

当然周りの連中は殺気立ち、中でもガタイのデカいリーダー格の奴は、楽しみしていた肉を食われて大激怒。

 

まぁ、別に珍しい光景でもない。

弱肉強食の世界、弱い奴が悪いってだけだ。

 

俺は別にそこまで気にしていなかった。

ただ、プラチナブロンド靡く髪、温和な笑みを浮かべた整った顔立ち、十代前半の儚げ系美少女…人攫いいヅテに金持ちの好事家共に売り渡せば、良い金になるのになるだろうな、なんて呑気にクズいことを考えていただけだ。

 

激昂した男は角材を持ち出し、周りは「大人気ねー」などとゲラゲラと笑っている、これを見世物に楽しめるんだから、此処の連中はどうしようもなく精根が腐ってやがる。

まぁ、俺もその一人だが。

 

あいつも二、三発ボコせば満足するだろ、やんわり仲裁に入ってその後は少し愉しませて貰った後、売りさばけば良い…まったくボロイ商売だぜ。

 

おいおい…大の大人がガキ相手に四五人で取り囲んでリンチを始めようってか。

はぁ~こりゃ、売値が大幅に下がるな、最悪顔だけは残してくれれば助かるんだが。

 

得られる金がどんどん減っていく光景など愉しめるかっての。

俺は溜息混じりに奴らから視界をそらした。

 

ギチ、ギチ、ィ゛…

 

あん…?なんだこの音。

肉が軋むみてーに――ゴトッ

 

は?

 

なんだこれ…頭?え、これってアイツだよな。

いつも図体も態度もデケーが実力は本物で…おかしいだろ、アイツは今角材握りしめてガキを嬲ってる筈。

そのアイツの顔が、恐怖に彩られた絶望の表情と目が合った。

 

俺は呼吸も忘れ急いで奴らの方へと視界を戻した。

其処には頭を無くし、首から噴水のように血を拭き上げるアイツだったモノと数人の男が地面に横たわっていた。

 

俺は反射的にガキから見えない位置へと身を潜めた。

なんだ、一体何が起きたッ!?

 

ぎゃぁぁ゛ぁ゛~~!!?

 

今度はなんだ!?バレなよう遮蔽物から覗き込む様に視線を向ければ。

男の胸元にガキの細腕がめり込んでやがるッ。

 

男の手にはナイフが痛いほど握り込まれており、俺とは違い反撃に打って出たのが伺える。

おいおい…冗談だろ、なんだあのガキ。

 

メギィ゛――ズ、るるるゥ゛~~~ッ

 

肋骨を握り潰してヘシ折やがった。

その上抜き出した骨を心臓に突き立て――グチャぁ

 

俺はそこまで見た瞬間地面に汚物をブチ巻け、身を潜めた。

物音一つ立てず柄にもなく神に祈りまで捧げてガタガタ震えて…。

ガキの気配が無くなっても恐怖は消えず、同じ様に生き残った仲間が声を掛けるまでずっと恐怖に打ち震えていた。

 

それから、最悪なことに偶然例のガキ…いや化け物と再会する機会が訪れた。

再会した時、俺たち全員は生きた心地が全くしなかったが、奴は俺らの顔を覚えていなかった、あの時は心底安心したぜ。

 

本当に忘れているにしろ、見逃されたにしろ、こんな化け物相手にしたら命がいくつあっても足りやしねぇ…。

俺はもう二度と関わるのは御免だと早足でその場を逃げた。

だが、他の奴らはどうやら違ったらしい。

 

あの化け物が、どういうわけかこの肥溜で長年住んでる奴らも知らねーような裏稼業持ちと頻繁に会い始めるようになった。

一見その辺にいる薄汚え爺さん共だが、あれでも裏の仕事に関しては凄腕のヤベー奴らだ。

掃除屋に暗殺者、運び屋…日に日に化け物の交友関係は徐々に広がり始め、ここら一体で奴には逆らえない妙な空気が出来上がってきた。

 

が、俺の周りの奴らは本気であの化け物を殺そうと考えているらしい。

馬鹿じゃねーのか、爺さん共とコイン遊びだとか言って、飛ぶ鳥をコインを弾いて撃ち落としたりしてるバケモンに敵うわけねぇーだろ!

 

と、思っていたが、あいつらは割りと建設的な作戦を用意してきた。

いくら化け物でも巨大な猛獣を殺処分する猛毒を与えられればひとたまりもないだろう。

成る程、確かにな…どんな猛獣だろうと内側から毒に侵されて抵抗出来る生き物などいないはずだ。

 

 

奴は野生の獣のみてーに殺意に敏感だ。

俺らが行けば感づかれちまう、正直不安だが、その辺のガキを雇って毒入りの飲料を手渡させた。

そうして、奴は――それを飲みやがったッ!

 

この日の夜俺らは盛大な祝勝会で互いの健闘を称え合った。

くくッ…最早あの忌々しい恐怖の根源を消え失せた。

明日からは再び大手を振って出歩けるというものだ。

 

――あら、チンピラさん何か良いことでもあったのですか?

 

翌日、奴は髪の色が全て抜け落ちた以外なにも変わらずピンピンしてやがった。

あの、表情が抜け落ちた不気味な笑みを貼り付けた化け物が。

 

それからというもの、天然の猛毒を持つ蜂、蛇、鰒、果には科学薬品まで試せるものは全て試した…だというのに奴は死ぬ気配一つ見せない。

おまけに、毒を盛った翌日には最近肩が痛いだの、腰が痛いだの態々俺たちの前に現れて言ってきやがる。

天然のよく効くきつ~い()とか…心当たりありませんか?――なんて、普段の変わらない調子で聞かれた時は、背中から冷や汗が止まらなかったぜ、薄っら開いた瞼が俺を見つめてくる。

全身に虫が這うような名状しがたい恐怖が駆け巡らせてきやがる。

 

奴はとっくの昔にに気づいていやがった。

元々気狂いだとわかっていたが、明らかに俺らが毒を盛ってることを遊び感覚で愉しんでやがる。

 

最早完全に敵愾心など削ぎ落とされた、あるのはあの化け物への絶対的な恐怖だけだ。

その日以降、俺達は奴を害する行動の一切を止めた。

 

それからは憑き物がとれたみてーな平和な日常だ。

 

過去何度か俺達と繋がりのあった、ガキを金持ちを相手に売りつける闇商人が久方ぶりに現地調達とばかりにスラム街に現れた。

ご丁寧なことに屈強なガードマンに銃まで携帯してやがる。

マンハントの気取りか知らんが此方に迷惑掛けないなら好きにやれ、邪魔する意味もない。

 

なんて思ってたら、早速ヤらかしやがった!

糞どこだ!?確かこの辺り…いやがった!

 

「うんうん、いいなぁ、身形こそ薄汚い下賤のソレだが、雪の様に白い髪、傷一つ無い陶器のように滑らかな、そう、まるで芸術品のような肌、顔も良い…愛想よく客に振る舞えることも商品価値を高める一つだ、ふふふ…とんだ掘り出し物だ。おい、この最後はこの子供だ。今回の目玉商品だからな丁重に連れてい――ぐゥ!?

 

こいつらの口を急いで塞ぐ。

銃や国の裁きがどうした、俺らはお前の連れてきた図体のデカい馬鹿が化け物に触ろうとしてることの方が怖いわ!

 

き、貴様は確か――が、はぁ゛!?

 

喋んな、奴にお前と繋がりがあるなんて邪推されたら溜まったもんじゃない。

大人しく、そこの化け物を孫可愛がりしてるおっかない爺さん共にでも沈められてろ。

 

よ、よし!気を失ったか、取り敢えずこいつらは隠して、明日爺さん共の所へ運ぶとするか。

 

――翌日、目を覚ました時には死体は消えていた。

血痕も無く闇商人が此処に来た痕跡も一つ残らず消え失せていた、奴からは礼を言われた。

 

危ない所でした…危うく()()()()()()()()所でした。

 

何言ってやがるこの化け物は…こいつがこんなか弱い貴婦女全開のセリフを字面通りに吐くはずがない、逆に攫って殺すのはお前だろう――

 

いや、待て…こいつ、まさか!?

「ま、待て!奴から何を聞き出したかは知らねぇが今回のは無関係だ!」

 

こいつだ…闇商人の奴らが消えた原因は間違いなくコイツの仕業だ。

必死に弁解を試みるも、奴は首を傾けトボけてやがる。

話を聞く気はないらしい…一体何が望みだ。

 

そうでした、今日は先日のお礼に素晴らしい仕事先を教えて差し上げようと思いまして…こちらです、如何ですか。

 

なんだこりゃ…、条件だけ見りゃ破格だがキナ臭い臭いがプンプン香ってきやがる。

こんな怪しいモンに引っかかるのは、それこそ極貧で死にかけてる奴くらいだろ。

この紙切れに書かれた裏をちょっと深読みする頭がありゃ、どれだけ危険な仕事か一目瞭然だ。

最低限度の衣食住なんかと釣り合うかっての。

ま、血に飢えた異常者なら喜んで行くん、だ、ろうが、な……――

 

如何ですか、素晴らしいとは思いませんか。

 

嘘だろ…まさか、行くのか。

 

勿論です、如何ですか。――

 

どうやらYES以外の答えは許されないらしい。

 

ドォォォォッン!

突撃ぃぃぃッ!!

 

案の定戦場と化したな。

いや、この化け物が引き起こしたと言うべきか。

 

はぁ~…んで、武器はこの使い古しライフル一丁とナイフ一本かよ。

せめて拳銃と手榴弾くらいは寄越せよな。

 

さてさて、頼りになる頼みの化け物様はどんな様子だ――

 

おいおい嘘だろ…街角で転がってる鉄屑で作った暗器なんかでヤるつもりか。

げッ…マジか、後ろで兵隊さんらがガン見してくる中武器を捨てんな!

 

「おい!貴様、今すぐ銃を拾え!女といえど兵役に志願した以上敵前逃亡並びに降伏は重罪だぞ!」

 

ほら来たよ面倒くさいのが…おい馬鹿、重罪なのはお前だ。

 

「銃を拾えと言っているだろうッ!」

 

や・め・ろ・ォッ!

戦場で血の気が立つのは分かるが、ソイツに敵意とか向けてんじゃねぇッ!!

 

ギチ…ギチギチぃ…――グルン

 

ヒゥ、油の切れた金属のように筋肉を軋ませながら、奴が此方を向いた。

その瞬間、先程まで怒鳴っていた兵士の言葉が止まった。

 

「あ…あが…あ、あぁ゛」

 

何か言葉を発しようとするが、息は荒れ、全身から脂汗が吹き出ている。

恐怖により言葉が言葉にならないのだろう。

 

見る者に全てに言い知れない不安と恐怖をを与える不気味な微笑み。日頃から糸のようにに薄く開かれた瞼は、ギョロギョロと完全に開ききっており、濁りきった光一つ映さないドロりとした赤黒い血の玉石が此方を捉えて離さない。

 

いつ見ても慣れない、あの目に捉えられた瞬間に感じる濃密な死の気配。

根源的恐怖を無理矢理叩き込んでくる血に飢えた化け物の目。

 

――バタン

 

チッ、情けねぇ兵隊さんだ…気絶しやがった。

よかったな、今のこいつは敵意と殺意に反応する獣だ、あのままだったら帝国兵なんかより真っ先にお前が殺されてたぞ。

 

――ガチャ

 

っと、そろそろ行くか?

死なねぇようにしっかり辿っていくとするか…バケモンが作る死体の道を通るのが一番の安全地帯だろうしな。

 

 

☆☆☆

 

敵陣に向け放たれた砲弾が着弾すると同時に、ライデンシャフトリヒ所属の陸軍兵がGew9を抱え敵軍に向け走り出す。

 

その後方、砲撃による目を潰すような眩い閃光が一面を照らす。

せの極光がナニか反射しドロリと紅い光り輝いた瞬間――

 

ドンッ

 

地を蹴りつける足音が鳴り響く。

砲撃により舞い上がった土煙の中を迷いなく突き進み、戦線を維持する兵士を悠々と追い抜き敵軍へと肉薄していく。

その速度は到底人間のものとは思えない人外の挙動。

獣のように身を屈め、機関車と見紛う速度でジグザグと的を絞らせず突き進む。

 

敵陣までの距離残り数キロ、瞬き一つせず瞳孔をギラギラと輝かせる獣は、ズボンのポケットから無骨な鉄の板、掌に収まる薄い正方形であり角を研いだだけの粗末な鉄屑を取り出し投げつける。

通常であれば驚異にすらなりえないお粗末な攻撃手段。

しかし――

 

ド、ちゅ゛

 

人外の膂力を発揮する化け物の手から放たれたそれは、遥か数キロ離れた帝国兵の目玉へと回転を伴い抉り込む。

そのまま眼窩の骨ごと肉を切り裂き脳味噌まで到達し暫く漸く止まった。

 

続けざまに連続で投擲。

戦線の弾幕を形成する敵兵の左目、頸動脈、口内のへと滑り込ませ頸椎の神経完全に破壊する。

 

投擲した数は30枚、その全てが帝国兵へと致命の一撃となって襲いかかる。

この間たったの数分、その一瞬で帝国の勢いづいた戦線は崩壊した。

 

右手にはマチェーテを握り、左手には鉱山から零れ落ちた小石をポケットに詰め、握りしめる。

そして再び敵陣目掛けて走り出す。

再び戦場に一筋白銀の閃光が流れ落ちる。

 

 

ガルダリク帝国側は訓練された動きで敵を迎え撃とうと銃剣の切先を向ける。

 

「どこだ!?出てきやがれッ!!怯むな!敵は女一人――なッ」

 

自軍を鼓舞するように、兵士のド号が土煙吹きすさぶ戦場に木霊する。

超低姿勢のまま接近を悟られず敵兵の前に姿を現すアレイダ、帝国兵が眼前に捉えた瞬間、勇敢な兵士な顔青白く血の気が引き恐怖に彩られた。

 

その様子に反応することもなく無慈悲にマチェーテを淀みない動作で軽く首に滑らせ、そのまま速度を落とすこと無く突き進む。

後には、胴体と頭が切り離された物言わぬ肉塊が転がっていた。

 

心臓が痛い程に脈打錆びついた機構に油を流し込むように全身に循環する。

その身に宿る本来のスペックが徐々に引き出されていく。

全身の筋繊維に伝わる電気信号まで完璧に連動させ一切の無駄を無くし地を蹴り首を刈り取る。

 

「馬鹿なッ!?一人であの戦線を突き抜けてきたのか!」

「前線の奴ら何やってんだ!」

「集中砲火だッ゛!なんとしても食い止めろ!戦線を崩したのその女だ!」

 

言語、倫理観、道徳、善悪、人間である全てを切り捨て獣の世界に身を投じる。

研ぎ澄まされる五感の中で感じ取れる、数多の兵士達から向けられる激しい憎悪殺意――

 

ニ ッ チ ゛ァ~~

 

化け物は心底愉しいと言わんばかりに、口角は釣り上がる。

それを見た兵士達は皆一同未知の恐怖に顔を引きつらせた。

 

「う、撃てェ゛!!」

「死にやがれ化け物がッッ゛」

 

――ジャリ

 

向けられる銃口は軽く数えただけでもニ桁に登る。

が、アレイダは怯むことなく敵陣の中へと猛スピードで接近。

左手に握り込んだ小石を指の腹にセットすると親指の爪で弾くように打ち出した。

 

銃弾と紛う勢いで射出された小石は吸い込まれるように兵士の眼球を穿ち脳味噌の中枢まで肉を轢き潰しながら突き進む。

 

「な!?おいどうしたッ!―ぐっあ」

「巫山戯るな!なんであんな化け物がこんなところに―ぐッ!?目が、ぁ゛」

 

敵陣を縦横無尽に駆け巡り娯射を誘うように立ち回る。

小石により眼球、喉、口内を人間の急所を執念に叩き潰す。

 

目指すは指揮官の首。

殺意を向けてくる相手は全て等しく肉の塊へと変えていく。

後に続くのは帝国軍の死体で舗装された道を進むライデンの兵士達。

アレイダが引き起こした惨状を目の当たりにし、困惑と恐怖に顔を歪めながらも自身に課された使命を全うする。

 

速度をまるで落とすこと無く、廃材から生み出されたスローインナイフで急所を穿ち。

時にはアキレス腱を抉り首を切飛ばすし前進する。

 

それから約数十分後、ガルダリク帝国の指揮官が討ち取られた知らせと共に、ライデンシャフトリヒの中央軍部に防衛の成功と勝利が知らされた。

帝国軍の夥しい死者数と共に。

 

 

 

 

 

 




主人公 
名前:アレイダ。
ライデンの極貧スラム育ち、転生者。
元の髪の美しいプラチナブロンド、幼い頃の劣悪な環境&毒盛られまくって雪のような白髪化。
目元も、口元もニンマリ不気味な微笑みを崩さない。見る者に不安を抱かせる不気味な微笑みを貼り付けた鉄仮面フェイス。糸のようにに薄く開かれた瞼からは、濁りきった光一つ映さないドロりとした赤黒い血の玉石が見える。

性格
比較的楽観主義者。
戦時中とは思えない程度には前世の能天気な性格を引きずっている。
一度死を経験したことにより割りと自身と他者に拘わらず生死感がガタガタ。
ただ別に好き好んで殺したり、死にたい訳ではなく、可能なら平和に穏やかに暮らしたいと思う程度には狂ってない。
ちなみに字は読めないし書けない。

能力
ファンタジー系チート虚無のフィジカルお化け。
見かけは中背中肉の美女だが、生まれながらに筋骨密度がエゲツナイ強度を誇り、体重は軽くひゃく(グチャ
エゲツナイ五感。
日常的に力をセーブしている為、普段の力は全力を出してもチンパン程度。(筋肉使用率50%)
異常に進化した肉体性能故に原始本能にも忠実、向けられた殺意と敵意対し過剰とも言える防衛反応が現れる。(筋肉使用率100%)
殺意+本人が危機敵状況に追い込まれた瞬間、完全に本能に飲み込まれ意識も記憶もブッ飛ぶ。敵味方判別せず殺意を向けてくる相手はスべからず皆○し(筋肉使用率120%)


武装
造船工場付近に廃棄された鉄屑、辺を尖らせたちょっと分厚い鉄の板(手裏剣もどき)
ハサミとか色々加工した鉄屑(スローイングナイフもどき)
石ころ(ただの石)
マチェーテ(スラムの爺から貰った)
ナイフ(支給品)
銃(捨てた)


反応あれば続き書くかもです。


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まだ、誰も見てないだろうしゆっくり書こ~…ほわっ!?評価バーが赤い!!?

まさか赤バーが見れるとは思いもしませんでした
軍事とかミリタリー系の知識は皆無なので、あんまり話を広げられないと思うけど、評価ありがとうございます!

ちなみ、こちらアレイダさんの簡単な似顔絵になります。


【挿絵表示】


笑顔が素敵なアレイダ=サン。


【挿絵表示】




おはよございま~す。

初陣でまったく活躍出来ず意識がブっ飛んでたアレイダです。

今私は医務室のベッドで絶賛ニート生活を謳歌中です。

ふぁ~極楽極楽、全く御国の脛を齧って受ける点滴は最高ですね。

 

そうでした、なんだかんだあの鉱山地帯の戦いには勝ったそうです。

何故過去形、ですか?いえ…私、何が起きたのか全く理解出来てないんですよ。

極限状態になると、なんだか色々飛でしまうというか。

 

あの後、無事意識が戻ったんですが、周りには誰もおらずポツンと私だけが取り残されていました。

 

――ぐちゃぁ

 

よく見れば支給された緑一色に統一された服は血でグッチョリ、ブーツの中まで血が染み渡っていて、あれは気持ち悪くて堪りませんでした。

 

一体私は…何をしてたんでしょうか?

 

意識が吹き飛んだ後は並大抵のことは解決されてる筈なんだけど…やはり記憶まで完全に飛んじゃうのは問題ですね。

しかも、場所が採掘施設からめちゃくちゃ離れた場所でしたし。

 

えぇ、勿論全速力で帰りましたよ、いくら全力疾走しても疲れないこの身体は最高ですね。

それにしても全身血まみれ…こんな離れた場所。

これは、やはり…私もなろう系主人公が如く一騎当千の活躍を見せたのでは、と淡い期待を胸していました…採掘地につくまでは。

 

英雄のご帰還ですよ~、なんてドヤ顔で帰ってきた私を待っていたのは。

味方からの熱烈な銃口、それも大量の。

 

――ファッ!?待って!ステイ!

こんな一般人にそんな凶器を向けないで下さい!美少女の死は世界の損失ですよ!粗末に扱うんじゃありません!

 

銃口なんて向けてきてるのに一切殺意は無し、あれは死にます。

殺意か敵意をビンビンに向けてくれないと秘めたるフィジカルパワーを開放出来ない欠陥筋肉持ちの私なんて普通に蜂の巣です。

 

表情差分が数枚程度しかないであろう表情筋をフルパワーで動員させます。

私の凝り固まった満面フェイスから放たれる声は、何故か必死さの欠片も無い間の抜けたモノになってしまいますが、そんなこと気にしていられませんでした。

出来うる最大の感情を込めて訴えました。

 

その甲斐あってか、我らが指揮官様の鶴の一声により皆さん銃口を下ろしてくれました。

ふッ、さしもの強面少佐殿も美少女の命乞いの前では一匹の雄と言ったところですか。

 

これで一安心。

かと思ったら、指揮官様から告げられる独断専行やら命令違反やらの身に覚えのない罪状を突き付けられてしまいました。

 

心なしか強面具合いが二三割増してましたね。

私の内心舐め腐った態度が見抜かれていたのでしょうか?

 

そこからは怒涛の勢いで拘束され牢にブチ込まれました。

かと思えばドナドナトラックに詰め込まれ移送…行き先はライデンシャフトリヒ陸軍省だとか。

 

 

正直、指揮官様が言って半分も理解出来ていませんでした。

私って、ほら、簡単な日常会話程度しか処理できない学無しな訳で。

そんな私に、軍の専門用語みたいなことペラペラ早口で言われましても、困ると言うか…。

脳がパンクして、どうしていいか分からず、気づいた時にはグルグル巻にされていまいました。

 

ですが、まぁ…あの状況から察するに。

防衛拠点からめちゃくちゃ離れた場所で目覚め

皆さんの、お前何帰ってきてんだよ、と言わんばかりの視線。

ドン引きだわ、て感じに頬をピクピクさせてましたね。

加えて命令違反だとか。

あ~これはヤっちゃい(敵前逃亡)ましたね。

 

意識の飛ぶ前に、無駄死にだけしたくありません、なんて考えてまいたし。

まず全身返り血で血まみれなんて、普通スプラッター映画でも無い限りありえませんよね。

大方死体の山にでも潜り込んで身を潜めていたんでしょう。

 

私の魂の盟友であるチンピラさん達の姿もありませでしたし。

きっと呆れて帰ってしまったんですね。

シャイなチンピラさん達が人伝にくれる特性ドリンクが恋しいです。

あれを飲んだ後、動機が激しくなって活力が湧き、最後にはドっと疲れが押し寄せてくるんですよ。

まさに前世で言うエナジードリンク、全身がピリつく癖になるアノ感覚が堪りません。

こんなコトならレシピを教わって置くんでした。

 

養豚場から出荷される家畜の様な面持ちで故郷の味に思いを馳せていた私ですが、初陣を経て疲れていたのか瞼は徐々に重くなり、いつの間にか眠っていました。

全力スニーキング逃亡が余程過酷だったのでしょう。

 

次に目覚めた時、私は地面に打ち捨てられる衝撃と共に目覚めました。

罪人は普通に起こしてすら貰えないみたいです。

 

テンションは落ちに落ち込んで最悪の一言。

まだ寝足りないうえに、産まれて初めての筋肉痛で全身はぐったりしているのに、兵隊さんが手枷に結ばれた紐を引っ張り私を急かして来ます。

子鹿みたいにプルプル震える脚が見えないんですかね。

 

兵隊さん達に先導されるがまま、靴底をズルズル刷らしながら気怠げに歩いて行きます。

人間眠気には勝てません。

そこは分かってくれるのか、周りも人達もとやかく言ってきませんでした。

だったらもう少し寝かせてくれても、と思うものの、言葉にはせず遠慮なくご好意に甘えさせて頂き、ゆっく~り歩いて差し上げましたよ、えぇ。

 

にしても凄かったです、私の住む廃墟とはまさしく天地の差。

定職に就くのなら、こういった清潔感のある場所が良いですよね。

勢いに任せてつい飛びついてしまいましたが、この仕事はダメですね、私の理想の安定した定職とは程遠いです。

次の仕事が見つかるまでのツナギ程度が関の山でしょう。

 

のんびり眠気に任せて、先導されるがままに歩いていたら…また独房に案内され、40代位の威厳のあるおじさんの前に跪かされました。

眠すぎて記憶が朧気ですが、どうやらかなり偉い人のようでした…階級に対する知識なんて、ありませんでしたしたし、礼儀も弁えず普通に半分寝てましたが。

 

何か色々聞かれましたけど、何でしたっけ?

射撃演習について聞かれたような…。

一応素直に答えましたけど、打つ瞬間に飛んできた虫に驚いて、全弾明後日の方向に打ち尽くしちゃったんですよね…アレは顔から火が出るほど恥ずかしかったです。

将官さん…人の黒歴史を無理矢理聞き出しておいて顔を歪めるのなら初めから聞かないで下さいよ。

 

その後、途中なんどか眠気で意識飛んでましたけどセーフだったようです。

 

続いて二、三質問されましたが良い感じに受け答えできたと思います。

どうして志願したの=ここしか働き先がなかったからです!我定職求ム!

これからも戦ってくれる?=(衣食住とお金の為なら)はい、喜んで!

 

なんか色々許してくれそうな雰囲気に思わず全肯定でお返事をしてしまいましたが、お金も生活基盤もありませんし渡りに船でしたね。

 

先日の一件でこの仕事の危険性は身に沁みて理解していますが、戦争なんてそうそう起こるものでもないでしょうし、暫く御世話になっても大丈でしょう。

 

 

この辺りから記憶が途切れています、どうやら完璧に寝落ちしてしまったようです。

 

ぐっすり眠り気分爽快、次に目覚めた時にはこの医務室のベッドの上でした。

牢獄行きでない所を見るに、なんとか罪人RTAは回避出来たようです、人生意外となんとかなるものですね。

 

 

☆☆☆

 

「エックハルト中将、報告します。」

 

ここはライデンシャフトリヒ陸軍省、陸軍中将を務めるエックハルト・ミュンターの執務室。

規律正しいキビキビとした敬礼と共に今回、ライデンシャフトリヒ北東部を狙ったガルダリク帝国との間に起こった詳細を記した報告書がエックハルトの元に提出されていた。

 

「ご苦労、少佐」

 

省略気味な労いの言葉を掛けるエックハルトは少佐から目を逸らすと、落ち着きのない様子で報告書に目を通す。

なにせこの日起こった出来事は、大陸全土を巻き込む火種になりかねない最も注視しなければならない案件だ。

今後のガルダリ帝国の動向を掴むためにも、手に入れられる情報には全て迅速に念入りに目を通す必要があった。

 

ペラペラと早い速度で紙を捲る音が執務室に静かに鳴り響く。

時折悲痛な感情を顕にするも読み進める速度は一切変わらない。

 

エックハルトという男は良識を重んじる軍人である、いくら決定された命令であっても良心の呵責には苛まれずにはいられない。

報告書を読み進める内に出た民間人、上層部が比喩するところの肉壁の死傷者の膨大な数に思わず眉間揉む。

しかし、その成果はしっかりと出ていた。

採掘施設への損害は軽微、兵士達の死傷者も少ない。

 

報告書にある通り、帝国側の奇襲で被害にあったのは肉壁として集められた彼等だ。

予定されていたシナリオ通り、彼等は目先の的としての役割を十全に果たしていた。

 

エックハルトは今後の戦況が一方的な不利に陥ることがない軍人としての安堵する気持ちと、良識ある大人としての考えに板挟みになり苦悩する。

 

(しかし、こんなものが通用するのは今回限りだ、本格的に戦争が始まれば足を引っ張るだけのお荷物でしかない。統率のとれた軍としての強さは、長期的な体系的教育と実践的訓練を通して磨かれるものだ、今後は彼等が望まぬ限り無儀な犠牲を強いられることはないだろう)

 

しかし、そんなエックハルトの鬱屈とした感情を吹き飛ばす意味不明な報告が先には記されていた。

一定のペースで紙を捲っていた手が完全に止まる。

 

「少佐…一体これは」

 

「全て事実です」

 

予め聞かれることを予想でもしていたかのように、一呼吸も挟まず叩き返された言葉にエックハルトは口を噤み再度報告書に目を通す。

 

エックハルトの前で微動だにしない厳つい顔つきの男は、重要拠点の防衛指揮を任される程忠義に熱い模範的な軍人だ。

報告書の捏造など四肢を切り落とされても犯しはしないだろう。

 

エックハルトもそれはしっかりと理解していた。

しかし、それでも余りに常識外れの内容である。

 

「アレイダ…人種、国籍共に不明か、一体何者だ?」

 

「現状、判明していることはライデンの貧民街で育ち、歳は推定16~18、出自は一切不明、経歴だけ見れば取止めもなく、他の志願者達に共通するモノばかりです」

 

エックハルトは考え込む様に再度報告書をアレイダに関する報告を確認する。

 

「……ふむ」

 

 

なにやら考え込む上官を前に直立不動の男、アレイダの直接の上司にして此度の防衛戦の指揮を務めた男は此処に来るまで出来事を思い起こす。

 

アレイダの手により帝国軍側の指揮官である男が戦死した結果、指揮系統は無惨に崩れ、帝国軍は烏合の衆と化していた。

戦況は最早一方的蹂躙と化し、一人また一人と帝国軍が降伏し、そして程なくして北東部での戦火はあっけなく終決した。

戦後処理の指揮を遂行するため戦場の前線跡地に出向いた男が見たものは、帝国兵の血と死体で舗装された死骸の道だった。

その少し先には地面に出来た血溜まりを見つめニヤニヤと笑みを浮かべる女の姿。

 

少なくない修羅場を潜り抜けてきた男は本能的に理解した。

アレには近づいてはいけない。

 

幽鬼のように夕日に照らされ輝く白髪の頭。

部下である兵士から上がってきた報告の特徴と一致する。

ここまで戦場を一方的な蹂躙の場を作り変えたのはあの女だ。

 

聞くべきことは山ほどある、しかし生物としての直感が女に接触することを拒む。

男は一先ず目先の問題を棚上げすることに決め、数人の監視を残し拠点へと戻ることにした。

しかし、その数十分後、女は車両を使い移動するような距離を二本の足で、それも短時間で戻ってきたのだ。

 

戦場での女の所業を目の当たりにしていた兵士達は一様に化け物を見るような目で女を見る。

敵、味方、判別なく殺し尽くしてしまいそうな鬼気迫る姿で知っている。

頭では味方だとわかっていても身体が…生存本能が女に銃口を向けさせる。

敵意は無くあるのは畏怖と恐怖。

 

この場の指揮を執るべき男は、どう場を納めるべきか素早く頭を回転させる。

元々女は一般人、しかし自身の意思で志願した以上、兵士同様その処遇と権限は男が握っていた。

 

しかし状況は悠長に待ってはくれない。

銃口を向けられた女の口が開く。

 

あまり…命を粗末にするものではありませんよ――

 

その場にいた全員の背筋に悪寒が走る。

銃口を向けていた兵士達の口からはガチガチと震える歯の音が漏れ出し。

彼等の脳内に、明確なリアリティを伴た死の実感が強引に焼け付けられる。

夕日を背に薄く開かれた女の目は赤く輝き、口は三日月に裂け、悪魔と見紛う恐ろしい笑みを浮かべていた。

 

 

女の口から出た言葉には確かな、それも強靭な意思が宿っていた。

一人また一人と兵士達を瞳に移し、獲物を物色する肉食獣のように目を光らせる。

最早男に猶予など残っていない、このままでは間違いなく皆殺しにされる。

それが容易く想像出来た。

 

そして男はどうにか、死者を出さず場を納めることに成功する。

兵士達の銃を降ろさせ、言いがかりに等しい罪状を女に告げた。

碌に命令など受けていないであろう女に対し命令違反として拘束したのだ。

しかし、男にとってこれは賭け同然の行いであった、女が人間としてのモラルも道徳も持ち合わせない獣であったのならば真っ先に自分が殺されていただろうから。

実際はどうあれ、男はそう信じて疑わなかった。

 

 

厳重な拘束が施される中、女は一言も発さなかった。

兵士達は緊張の糸が解け眠りについたが、男にとっては問題が山積みである。

部下からの報告をまとめ上部への報告書を作成するも、余りにも荒唐無稽な内容に男の口からは溜息が漏れる。

女の処遇は、早速男の手に収まる問題ではなかった。

上官へと先触れを出し、女を乗せた軍用車はライデンシャフトリヒ陸軍省へと向かった。

 

 

 

そして現在、周りの緊張などお構いなしアレイダはトラックの中で爆睡していた。

 

 

 

「論より証拠か…少佐、一度彼女と会わせて貰っても構わないか?」

 

「ハッ、直ちに離れにある牢へと運び込みます」

 

「それと…自白剤の投与も頼む、重要な決断だ、彼女が本当に我々の味方なのかのな、そうでないのか…」

 

 

 

 

 

フラフラと覚束ない足取りで歩みを進めるアレイダ。

周りにいる誰もが就寝中に打ち込んだ自白剤の影響と思い込み、そのダルさ満載の寝惚けた動きに疑問を持たない。

真実はただの寝不足と筋肉痛が原因でしかない。

そもそも幼少期から猛毒を盛られてなお順応する巫山戯た免疫力を持つアレイダに致死量にも満たない自白剤など効くはずがなかった。

 

牢の中へと跪かせる様に座らせ、兵士が鍵を閉める。

それと同時にエックハルトとアレイダの上官である男が牢の前に立つ。

 

「こちらです、中将」

 

エックハルトはアレイダを見て納得がいったと浅く頷く。

アレイダが着ているものは軍の人間ならばもよく見覚えのある国防色の軍服だ。

しかし、エックハルトが軽く一瞥した瞬間、自身の知っているものと同じだとは到底思えなかった。

 

隅々に至る所まで布地を赤黒く染め上げた乾いた血の軍服を纏う女。

その全身からは悍ましいまでの濃密なまでの死臭が漂っていた。

 

「……」

 

怨念、恐れ、憎悪、帝国兵の負の感情が宿った血に全身を浸しながら穏やかな笑みを浮かべており。

女は、下を向き死んでいるかのように微動だにしない。

 

 

「…時間は多くありません、自白剤は許容量の限界まで打ち込みました。今も意識の混濁が起きている筈です、後数分もしない内に意識を失うでしょう」

 

「わかった…では、端的聞かせて貰おう」

 

エックハルトは出来る限り答えやすく直接的な表現で質問を開始する

 

「アレイダ、君に聞きたいことがある、君は我々の味方か」

 

――コクン

 

アレイダは肯定を示すように首をゆっくり縦に振る。

 

「肯定…と、受け取ってよろしいかと」

 

「では、君が射撃訓練の際に仕出かした事は君の意思か」

 

この質問は捕虜となったガルダリク帝国の兵士の供述を元に考え出されたものだ。

捕虜の話によれば、本来であれば作戦の遂行時期はもう少し先であったという事実。

そして、そのライデンシャフトリヒ側が想定するよりも、遥かに早く帝国側に作戦決行を迫らせた要因が存在した。

 

日夜送り込まれる過剰とも思える兵士、兵装というメッキを纏ったハリボテとは知らない帝国側にすれば異常事態である。

当初の想定よりも敵の数が多い、それも現在進行系で増え続けている。

これだけでも帝国の指揮官の頭を悩ますのには十分過ぎる程であった。

 

しかし、ここに追い打ちを掛けるように採掘施設、及びライデンシャフトリヒの兵士達の動向を監視する数人で構成された斥候部隊が、伝達兵を除き全滅したのだ。

山頂を跨ぎ、風速、飛翔高度からの落下、着弾地点まで全て計算されつくした銃弾が降り注ぎ部隊員の命を瞬く間に刈り取った。

この出来事が、焦った指揮官を万全な準備を期さざずして作戦決行へと踏み切らせる決め手となった。

 

「この時刻…君が射撃訓練中、いきなり的とは掛け離れた方角に撃ったことの証言は得ているよ」

 

「それは私も確認しました。突然なにかに気づいたかのように山岳を目掛けて全弾打ち尽くしていましたので」

 

しかし、アレイダは答えない。

頭をフラつかせ返答に悩んでいるようだ。

 

「安心してくれ、この件で君を処罰に掛けようなどは考えていない、約束しよう、正直に教えてくれるだけでいい」

 

答えを引き出す為、努めて優しく労るように声を掛けるエックハルト。

その気持が通じたのか、女はハッと俯かせた顔を上げ目を合わせる。

 

「お恥ずかしながら…飛び回る虫が苦手で…ついヤッてしまいました」

 

飛び回る虫、それはつまりあの場所を監視していた斥候部隊を指す言葉なのだろう。

この返答は、すなわち斥候部隊を壊滅させたのは自身だと肯定しているのと同義だ。

 

エックハルトは戦慄した。

報告書を読んでも意味不明な事故としか思えない凶弾は、目の前の女は人為的に作り出したものだった。

知らず知らずの内に眉間にシワが寄り、表情が引きつる、それは側に控える男も同じだった。

 

「ありがとう…約束通り、この事私が責任を持ちは不問にしよう」

 

――コク

 

その後、数個程の質問を問いかけるも、返事はなく肯定と否定を表すジェスチャーのみで返答が繰り返された。

肯定ならば頷き、否定ならば沈黙。

 

「そろそろ限界が近いかもしれません、意識が落ちかけています」

 

「そのようだな…では最後に二つだけ質問しよう」

 

――君は、一体どうして兵士として志願しようとしたのかね?

 

エックハルトは思う、孤児であり身元を証明する証を何一つも立てられない、それは確かに大変なことだろう、特に彼女は良くも悪くも特異に映る。

この国に根差す容姿とは大きく掛け離れている、人間とは何時までも変わらない日常を望む生き物だ、異分子である彼女を受け入れようとする人間の方が少ないだろう。

 

(しかし、それでもだ、女の身で兵士になるよりも楽な生き方など幾らでもあったはずだ。

今回集まった者の多くは金の為、生活の為だろう。

しかし彼女は何か違う気がする…今後処遇を決める為、これだけは聞いておかなければならない)

 

――ピク

 

エックハルトの質問に、アレイダは再び顔を上げる。

爛々と輝く血の結晶を埋め込んだ瞼を見開き、力強い決意の籠もった声を上げる。

 

「居場所…私が、安心出来る、この世界の、居場所、それがないと…私は生きていけません、此処なら、私を受け入れてくれる…だから…それが欲しかったんです…」

 

その声は薬の副作用かどこか朧気で、拙く要領を得ない。

しかし心から切望する思いと感情が込められていた。

 

「…そうか」

 

エックハルトは悲哀の感情をその目に浮かべ数秒瞑目した。

 

(哀れな獣だ…戦いの中でしか安らぎを感じず、殺し殺される世界にしか居場所を見い出すことが出来んとは…金や名誉の為ではなく居場所の為か)

 

で、あれば…その居場所を与え続ける限り、この悲しき獣が飼い主の手を噛むことも、裏切ることも無いだろう。

エックハルトそう結論づける。

 

「これで最後だ…その居場所を守る為にこれからも戦い続ける覚悟はあるかね」

 

――はい、喜んで。

 

静かに、覚悟を滲まる返事と共にアレイダは地面へと倒れ込み意識を失った。

 

「気を失っています、それで…彼女の処遇は」

 

「医務室に運んでおいてくれ、あぁ…間違えても独房なんかに入れるんじゃないぞ、彼女は罪人ではないんだからな」

 

(アレイダ…何時か、君が執着するその居場所が広がり、この国を守ることに繋がることを切に願っておくよ…)

 

 

こうしてアレイダ晴れて無罪放免となり、生活基盤を得たのであった。

しかし彼女はまだ知らない、戦時中の兵士がブラック企業真っ青の魔境であるなど…彼女は知らなかった。

 




余談

医務室に運び込まれる際に大人四、五人係でやっと運べたとかなんとか


注射の針は全て猛獣様、普通の針はそもそも刺さらないのでバカデカイ針が腕にぶっ刺さってます。

アレイダさん自分では美少女なんて言ってますけど、実際は第三者目線で見るとおっとり美人系。



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3

なんということでしょう…バーが未だに真っ赤です。



クァークァー――

 

「嗚呼…海風が心地良いですね…」

 

海鳥の鳴き声が心地よく鼓膜を揺らし、目を開ければ一面の大海原が広がっています。

 

しかし、そんな太陽光を反射しキラキラと輝く母なる海を前に私は…完全に心が死んでいました。

 

きっと、傍目から見れば死んだ目をしている疲れ切ったOLみたいな有様ですね…。

数ヶ月前の私ならこの心洗われる光景に感動の涙の一つでも流していたに違いありません。

ですが、今の私はブラック企業も噴飯ものの労働環境に身も心もズタボロに粉砕され、情緒なんて機能していません。

 

いえ訂正、身体は闘争を求めすこぶる健康です。

 

私が医務室のベッドで三食完備でお世話されるという人生の絶頂期を堪能してから随分と月日が経ちました。

落ちる所まで落ちれば後は上がるだけ、とはよく言いますが、同時に上がりきったのなら後は落ちるだけとも言い変えることも出来ます。

 

 

あれから早数ヶ月…たった一週間という入院生活を終えた私を待っていたものは、短期間での濃密な集中学習。

規則がギチギチに厳しい士官学校に強制的に叩き込まれた挙げ句。

軍事に関わる礼儀作法、上下関係、階級への知識、基礎中の基礎を頭ではなく身体に叩き込むスパルタ教育の数々。

その癖、一番教えて欲しかった基本的な文字の読み書きは当たり前如くスルーされ、気がつけば一ヶ月が経ち、なんとか教官から合格をもぎ取ることに成功しました。

苦手分野の勉強はかなり大変でしたが、これで私も中身はともかくガワだけは立派な軍人さんになれました……いえ、最悪のタイミングでなってしまいました。

 

今後に役立つありがたい学びを叩き込んで下さった訓練学校から開放され、存分に自由を噛み締める私の前に一つの知らせが届きました。

 

恐怖はまさしく過去からやってくる…忘れかけていた初陣での紛争がまさか、大陸全土を巻き込む大事に発展しているなど知る由もありませんでした。

 

北側諸国と同盟を結んだガルダリク帝国から南側勢力へ向けての宣戦布告が言い渡され

――大規模戦争勃発。

 

戦争なんてそうそう起こらないと高を括っていた私にはまさしく寝耳に水の出来事。

数分白目向いて放心する程度には現実を受け入れられませんでした。

 

しかし無情にも、陸海空のいたる所で血で血を洗う争いが起こり、後はのんびり荒事が起こらないことを祈りつつ、円満退職を目指して貯蓄作りに励みましょうか…などと言う浅はかなプランは全て灰燼と化しました。

 

ライデンシャフトリヒとガルダリク帝国の小競り合いによる戦火が徐々に周辺諸国だけでなく大陸全土に燃え広がり大陸を二分に別つ戦場へと姿を変え、ガルダリク帝国を盟主に担ぐ北東勢力、そしてライデンシャフトリヒが盟主を担う南西の勢力での全面抗争にまで発展しました。

 

当然国に仕える新米兵士である私も問答無用で動員させられました。

ガタガタ震える新兵さん達と共にトラックにぎゅうぎゅう詰めにされ、あっさり戦地送りです。

ただ一つ違う点は同盟国の通行書が貼り付けられた旅行カバン、アンティーク調のトローリーバッグが支給されたことですね。

オシャレな外観に騙され受け取ったのが運の尽きです。

 

これぞ私をブラック企業真っ青の精神粉砕機に誘う諸悪の根源だったのです。

 

まず送り込まれたのは戦闘機が飛び交い砲弾の雨が降り注ぐ激戦地。

危機的状況に追い込まれるも寸での所で意識がぶっ飛んで生き残りました。

が、問題はここからです。

 

酷い疲労感から、一刻も早く帰って爆睡したい私の前に、その場の指揮官が私宛の伝令と言い命令書を押し付けてきました。

 

指令の中身を要約すると、早く移動してこっちの戦争にも参加してね。

なんて簡素に頭の可笑しいことが書いてありました。

 

いくら新兵でもこんな雑な扱いがまかり通ってよいのでしょうか?

 

しかし…言いたいことはあれぞ、私は生真面目が売りの元日本人。

頂いたお仕事には感謝の心を持ち真剣に柔軟に対応させて頂きますとも。

 

民営の列車に揺られ数時間の仮眠を取った後に無事目的地へと到着しました。

一面焼け野原を元気よく駆け抜け全速前進、例の如く意識を昇天させ生存しました。

 

さぁ、今度こそ熟睡しますよ、と意気込む私の前に見覚えのある印が押された指令書を持った兵士が駆け寄ってきます。

 

この時点で嫌な予感がしていましたが、勘違いかもしれないと封を開いてみれば

 

次は北西にある平原地帯――グシャ

 

半分読んで握りつぶした私は悪くないでしょう。

しかし、これは正式な指令、無視すれば今度こそ命令違反、ともすれば叛逆罪です。

従わない訳にはいきません。

幸い次の目的地は乗り継ぎもなく大陸横断線を使った長距離移動、眠る時間としては十分でした。

 

流石に、次で最後に違いありません。

次も無事生き残れたのなら今度こそフカフカのベッドに横になり惰眠を貪ってやります。

 

なんて、自分を奮い立たせていましたが、その数週間後も私は変わらず機関車の中で揺られていました。

この頃には慢性的な睡眠不足に身体が適応し始め疲労感はそれ程感じなくなり、代わりに前世でも味わったナニカ大事な部分がゴリゴリ削り取られている感覚に陥りました。

 

防衛戦は前線に突撃するよりも比較的心に余裕があり意識を飛ばさずに済みますが、それ以外は常に飛んでいたお陰か、意識が戻るまで暫くかかっていた時間も無くなり、終戦を合図に即意識が戻るようになりました。

 

乾いた笑い声を出しながら支給されたバッグにベタベタに貼り巡らされた通行書を見ます。

察しの悪い私の頭でもこれだけは理解出来ました。

私は当分は帰還することも安全地帯で爆睡することも出来ないのだということに…。

 

新兵とは一体…こんな旅行感覚で戦場を行ったり来たりする私は一体何兵に該当するんでしょうか…。

与えられるのは端的な命令のみ、上の人間は私を機械かナニカと勘違いしているに違い有りません。

 

それでも、後一日、もう一日、今月には、来月には…きっと終わる筈です、だから、だからもう一踏ん張りです私。

 

 

 

そうして半年後…私は機関車ではなく港にいます。

機関車を乗り継ぎ戦闘、目的地の道半ばに戦闘、ある時は飛行機で運ばれまた戦闘。

気づけば随分と時間が過ぎ去っていました。

まぁ、戦闘時は意識が無い方が多い上に、日の大半は移動時間でしたから実感はあまりありませんが。

 

 

意地でも辞めてやると息巻いた時期もありましたが。

信じられます…?私のお給金半年前と一切変わらないんですよ。

しかも、前世で言う学生のアルバイトみたいな額です。

 

昇進やお給金の交渉をしようかとも考えましたが…そもそも、防衛以外の戦場で自分が何をしてるのか覚えてすらいないのに交渉もなにもありません。

具体性のある、相手を納得させられる説明など出来ないのですから。

 

そして、国を渡り歩く中で辞めたくても、辞められる状況では無いことを理解しました。

戦争による侵略、占領による治安悪化、そのせいで大陸中の至る場所で難民が生み出されていました。

 

大抵の難民は志願兵となり戦場に向かいますが、増え続ける難民を受け入れに、どこの国も村も新たに人を抱える様子が無さそうな有様です。

 

つまり…ですね、ただでさえ虚無に等しかった私の雇用先が、完全に消え失せたことを意味します。

まだまだ戦争が続くと仮定すれば、更に厳しいものになるのは想像に難しくありません。

 

三食しっかり食事どころではありません、行き着く先はホームレス、果てには餓死する DEAD ENDの一本道。

貧民時代に逆戻りは流石に嫌です。

並の人間程度には高まった私の自尊心が耐えられる筈がありません。

ならばどうするか、決まっています…人間性を捧げてこの過酷な労働環境にロボットのように従事するのみです。

 

そして今回は初の海上行きですね。

久しぶりに故郷の土を踏むことが出来た私は。急ぎ港に移動しディートフリート・ブーゲンビリア海軍大佐の指揮下に入ることとなりました。

 

完璧な敬礼と共に御挨拶…の筈が失敗したようです。

不機嫌オーラが凄い、これは嫌われてしまいましたか。

 

挨拶全スルーで嫌味だけ言ってどこかに行っちゃいました。

ロン毛靡かせ去っていく後ろ姿に蹴りの一発でも入れてやればよかったでしょうか。

しかし今は精神的に疲れ切ってて言い返す気力も湧きません。

 

港から見る海は綺麗ですね…。

甲板からはロン毛大佐とクルーである海兵さん達の声が聞こえてきます。

コミュニティー能力に難があるかと思いましたが、どうやら普通に会話しているようですね、明日には海に出るみたいですし、打ち合わせですかね。

 

ちょっと聞き耳立てて見ましょうか。

ふんふん、戦前夜に…景気づけに軽く一杯。

 

――カァーーーッとんだ不良軍人でございますね。

クルーの命を預かる指揮官がこのザマとは、由々しき事態です。

 

これはいけません。

私に与えられた命令は大佐様の護衛。

護衛対象から目を離すなど言語道断、もとい一人だけ美味いお酒を堪能することは許されません。

 

前世を最後に一滴も口に出来てませんでしたし、何がなんでもついていっていきます。

そうと決まれば船内に荷物を置きにいきましょう。

 

 

ほほぉ…ここで寝泊まりするんですね。

一室に縦積みされたベッドがこんなに…決して広くはありませんが、横になれるだけありがたいですね。

 

さて、荷物は支給された旅行カバン以外ありませんし、備え付けのロッカーの中にブチ込んで…完了です。

後は港で海を眺めながら時間でも潰していましょう。

 

 

 

心落ち着く月夜に照らされる海を眺めていると、船内から一人の男性の人影が出てきました。あの無愛想なロン毛は間違いありません。

待ってましたよ大佐、さ、お供します。

 

――はい?

何と言いました…ついてくるな?

 

なんということでしょう…この男、私からの誘いを鼻で笑って一蹴にしてきました。

しかし、そんなものは関係ありません。

今の私は酒呑まずにはいられない精神状態なのです。

屁理屈捏ねてでもついていっていきますよ。

 

私の必死な説得が通じたのか、折れてくれたようです。

ゴミを見るような目を向けられた気がしますが…気にしません。

パーフェクトコミニケーション成功です。

 

港から街の方へと歩み出した大佐を確認すれば、私も合わせて歩き出します。

 

さぁ、行きつけの酒場を紹介して下さい、もしかしてオシャレなバーですか、私ワインなんかもいける口なので大歓迎ですよ。

 

行ったことのないお店へと歩いていくこの瞬間、なんともいえない浮ついた気分になってしまいます。

外で飲む時の密かな楽しみですね。

 

内心結構なハイテンションで楽しんでいますが、私は出来る部下なので上司の心境を汲み取り、静かに無駄口を叩かず歩きます。

 

そうして数分程歩いた後、大佐は目的地についたのか足を止めて中に入ります。

成る程…大衆向けの酒場ですか。

いいですね、生ビール飲みましょう大佐。

 

空いているカウンター席に大佐が座るのを確認し、私は斜め後ろで直立不動になっておきます。

そのまま何事もなく酒を注文し始める大佐。

 

あら、まさか…座らせないつもりですか?

普通は気を使って座らせてくれるものでは…こっちは貴方から許可してくれないと立場的に座れないんですよ。

 

――ムカッ

 

どうやら徹底的に空気扱いして無視するつもりのようですね。

それなら、ちょっと嫌味の一つでも言って、嫌でも意識させて差し上げましょうか。

 

丁度そのタイミングで大佐が注文したお酒がカウンターに置かれます。

私はグラスに伸びる大佐の手をソっと妨害し、こう言ってやります。

 

お体に障りますよ。

 

――ホわぁ!?

あの…大佐、嫌味一つでそんなにキレないでください。

実際本当のことなんですから。

 

この男、人が下手に出てるからといってば言いたい放題言ってきます。

これはワカラセが必要なようですね。

 

ふふふ…この大佐は全く、なんてこと言うのでしょうか?

命令にだけ従うだけの機械ですか…ほぉ。

でしたら、見せてあげましょう…これは命令違反ではありません!上官の護衛の仕事の一環です。

 

なに飲もうとしているんですか、そのお酒を私に寄越しなさい、毒見して差し上げます。

ふふ…グラスを奪い取ってやりました。

 

大佐がゴチャゴチャ言ってきますが無視です。

さぁ…飲みますよ。

 

なぜだか私が大佐からお酒をふんだくった瞬間、店内にいた数名と酒場のマスターさんがギョッとした目で此方を見てきます。

いえ、この視線の先は私ではなくグラス…

 

――げ!?これはウイスキー…それも相当高濃度な代物ですね。

 

度数の高いお酒は苦手なんです。

うぅ…前世で一度喉が焼けて血を吐いたトラウマを思い出します。

 

えぇい、構うものですか!前世では飲みすぎて失敗しただけ、一杯如きものの数にも入りません、いざ…イきます。

 

ゴックン

 

お、美味しぃ~~~身体に染み渡るこの感覚。

身体に蓄積されたストレスが中和されていくようです。

 

そしてこの喉を焼くアルコールの喉越し…焼けるような……これはマズイです。

とても…身に覚えのある感覚。

喉からお酒とは違う液体が吹き出てきて…

 

――ゴフゥ!?

 

嘘ですよね…たった一杯でこれって。

掌に少量血を吐いた程度で身体に問題はありませんが、お酒一杯如きで吐血した事実の方は大問題です。

 

前世の私であれば何の問題もなかった筈です…これは、つまり。

…もしかしなくても私の身体…お酒にめちゃくちゃ弱いのでしょうか?

 

今生一番のショッキングな事実を前に私の頭は真っ白になりました。

今私の顔はさぞかし生気の抜けった表情をしていることでしょう。

 

カチャ、カチャ!!

 

なにやら…聞き覚えのある音が鼓膜を揺らしてきます。

こちらをガン見していたお客さんの三名が私達に向かって拳銃の銃口を向けてきました。

 

ナニカ言っていたようですが、放心してて覚えてません。

ですが、殺意を向けてくるということは敵です。

条件反射で身体が動きます、サクッと抹殺してしまいましょう。

 

 

 

はい、終わりました。

機銃ならともかく、最早オモチャみたいな豆鉄砲程度に怯む私ではありません。

 

はぁ~…最悪の一夜となりました。

お酒で疲れた精神を癒やすどころか、これでは死体蹴りです。

もう一生お酒が飲めないとは…。

 

 

あぁ…大佐、用事は終わりましたか…帰りましょう。

 

私が深い溜息を吐いていると、カウンター裏から大佐が出てきました。

男共を始末した後、待機命令が下されていたので待っていましたが、用事は終わったようですね。

 

帰り道の最中、大佐からボソッと大丈夫なのかと聞かれましたが。

このタイミングで言われると、お酒を呑ませて女を持ち帰ろうとする男みたいですね。

十中八九、吐血に関してでしょうけど、一応酔ってないことを念押しして答えておきました。

 

そして翌日、生涯強制禁酒という憂鬱な気分を抱えたまま、船は港から出向しました。

 

 

 

☆☆☆

 

 

「機関長、メインエンジンの調子に不備はないな」

 

「アイ!ご安心下さい艦長、主要エンジン並びに各機関すこぶる好調です。投錨、抜錨全て滞りなく、何時でも出航出来ます。」

 

「よし次、補給長報告を」

 

「はい艦長、予定された日数分の食料、必需品、想定された燃料、弾薬、全ての積み込みが完了しました」

 

「明日の早朝に予定通り港を出る、よし…もう日暮れの時間帯だ。各人残りの消灯時間までの間は自由に過ごせ、以上解散!」

 

慌ただしく港から船内へと人が行き来する首都ライデンの港。

大小様々な船が停泊する中の一隻。

海軍大佐ディートフリート・ブーゲンビリアが率いる巡洋艦の甲板上では明日行われる作戦決行へ向けての最終確認が行われていた。

各持ち場を預かる責任者達が招集され、確認事項を艦長であるディートフリートへ伝えていく。

全ての報告を聞き終え問題無しと判断したディートフリートは大海原に響く威厳ある声で解散を宣言した。

 

甲板から人が居なくなった後、彼は悠然とした足取りで甲板の上を歩き、船端の前で足を止める。

船上から港を見渡すしの冷淡な顔を歪める。

そこには数時間程前に自身に向けて敬礼を示した女の姿があった。

 

「お疲れ様です艦長、アレが噂の南西の悪霊ですか?」

 

言葉にし難い感情を滲ませる大佐の横から声が聞こえてくる。

その声の主彼はディートフリートの部下であり、船内の砲撃、弾薬の管理を一任する砲撃長の声だった。

 

「あぁ…どうやら、そうらしいな」

 

南西の悪霊、それはガルダリク帝国、北東諸国軍らの間で密かに広がった女の異名だった。

分かっている事はその正体が年若い女であることだけ。

 

ライデンシャフトリヒ軍部からは密かに秘匿され、その経歴の一切が存在しない孤児であるが故、北東勢力が総力を上げ調査を試みるも未だ一切の手がかりが掴めなていなかった。

 

その正体が成り立ての一兵卒など帝国軍は想像もしていないだろう。

どれだけ情報を掴もうとしても霞の様にすり抜け掴めなず、戦場を不規則に転々と変え、予想だにしない場所から現れ敵を殺し回る、その所業と突如として現れる所から悪霊の異名が広がった

 

「女ということは聞いていましたが、おぉ…凄い美人ですね」

 

砲撃長が船から身を乗り出し目を凝らせば、そこには港の石辺に座り込みジっと海を眺める女の姿があった。

夕日に照らされ光輝く白銀が潮風に靡いて揺れている。

砲撃長はその姿はまるで一枚の絵画のように美しいものだと感じた。

 

「ハッ…砲撃長は女の趣味が悪いらしい」

 

しかしディートフリートはそんな彼の様子を見て失笑で返す。

しかも嫌味つきで。

 

「そうですか?私はてっきりガマガエルみたいな悍ましい化け物が来ると想像していましたが…実物は中々お目に掛れない良い女じゃないですか」

 

慣れたものと言わんばかりに砲撃長は気にした素振りも見せず、彼女がこの気難しい大佐のナニを刺激してしまったのかの探りを入れる。

 

「見て呉れの話ではない…距離があるせいで分からないらしいが、あんなモノ早速人間かどうかすら怪しい」

 

ディートフリートは思い出す、それは数時間前。

新たに自身の護衛という巫山戯た名目で寄越された女と合った出会った時のことだ。

 

心当たりはあった、大方ブーゲンビリア家の親類連中から手を回されたのだろう。

 

ディートフリートの生まれ育ったブーゲンビリア家とは多くの優秀な陸軍軍人を輩出した格式高い名門貴族である。

 

その歴史は古く、ライデンシャフトリヒの脈々と紡がれた歴史を語る上で避けては通れない名として南西で広く伝わり、過去幾度となくライデンシャフトリヒの資源を狙った周辺諸国からの侵略を受けた際もブーゲンビリア家の子息達が活躍し破竹の勢いで攻め入る敵を押し戻したと知られている。

 

当然その名は南西だけに留まらず、今回侵略を開始したガルダリク帝国も警戒すべき敵としてその歴史から家族構成の全てを事前に調べ上げていた。

それは、今は亡きブーゲンビリア家当主の猛反対を押しのけ海軍士官となったディートフリートも例外ではなかった。

 

ディートフリートは既に開戦の始まりから現在まで、ライデンへと身を潜めた間者達からの闇討ちを数回経験していた。

そして今も虎視眈々と自身の命を狙い、周辺を嗅ぎ回るネズミの気配を確かに感じ取っていた。

 

そして命を狙うのであれば今夜を除いて他に無いことも理解していた。

明日にはディートフリートの率いる船はライデンを発つ、その前に仕留めることが出来れば海軍大佐の始末と同時も軍事作戦を大幅に遅らせ、北東勢力の戦況に大きく利することにも繋がるからだ。

 

そうして諸々の事情と状況が重なり今回送り込まれたのが、今現在北東を騒がせる悪名高い悪霊、アレイダだった。

 

 

 

完璧な敬礼、完璧挨拶、動きに一切無駄が無く洗練された海軍式の作法。

どこから見ても不備は無く、大佐であるディートフリートも舌を巻く美しい所作だった。

いや、完璧過ぎた。

 

ディートフリートをしても見惚れる敬礼であった、しかし瞬き一つしない内にソレの一挙一動から言い知れない不気味なモノを感じ取った。

 

人間であればどれ程美しい所作を心がけようと人間らしい微細なムラは確実に存在する。

しかし、目の前の女にはソレが全くといっていい程存在しなかった、まるで球体人形の関節をただ回転させた様な、そんな感じだ。

 

そしてディートフリートは上官である最低限の礼儀として挨拶を返そうと女の顔を見る。

が、その瞬間…ディートフリートは胸の内からマグマのように煮え立つ不快感を感じた。

 

女の顔からは本来生者が持ち得る生気というものが完全に抜け落ちていた。

薄っすら開いた瞼から見える瞳孔には光を宿しておらず、まるでガラス玉を詰め込んだような無機質さを放ち。

生への渇望、欲望、活力、大凡人間であれば誰もが当たりまえに持ち得る自由意思というものが完全に欠落していた。

 

なんだ、コレは…本当に人間か?

 

覇気は無く、今にも消えてしまいそうな程なにもかもが希薄過ぎた。

女は人と同じ形をしていた…だがコレを同じ人間と認めることはディートフリートには到底出来なかった。

死人のような気配を纏うこの女を…。

 

ディートフリートにとって自発的な意思とは今の自身を形作る重要なものだ。

名門と名高い軍人の家系、しかしディートフリートにとってそこは狭苦しい牢獄同然でしかなかった。

日常生活に及ぶまで徹底的に軍人としての規律で雁字搦めにされた窮屈な日常。

日に日に高まる自由への渇望、聞き分けの良い弟とは違いディートフリートには黙って耐えることなど出来なかった。

そうして胸の内に燻ってた渇望はある日盛大に爆発する。

初めはただの反発から始まった。

産まれた時から引かれた人生のレールを蹴り飛ばし、家を出て海軍士官となった。

 

海軍士官となった後も、暫くは両親への反抗心は消えなかった。

しかしそれが次第に階級を上げる中で仲間を持ち、船の責任を任され、乗組員の命を預かる立場となり変わっていった。

幼稚な反抗心から始まったものだが、今では誇りと責任を持ち比較的充実した日々へと変わったのだ。

 

だからこそディートフリートは人間の自由で自発的な意思を尊重する。

流れに身を任せることをよしとはせず、どれだけお粗末であろうとも自身の意思に従い貫いた結果今があるのだ。

環境、立場、あらゆる苦境の中から生まれる意思の発露こそが人間を成長させるのだ。

言葉にはせずともディートフリートの心の内にはその考えが深く根付いていた。

 

しかし、どうだ…。

この女の酷いザマは。

 

ディートフリートとしても別に意思軟弱な人間を見て一々不機嫌になったりはしない。

実際現状流れに流されている実の弟との交流は続き、不仲でもないのだ。

 

 

気味の悪い壊れきった笑顔の仮面。

考えることを、生きることを、全ての自主性を放棄した抜け殻を前にしているだけでディートフリートの気分が悪くなった。

 

それ程までに女の今の有様はディートフリートの癇に障ったのだ。

八つ当たりということは重々理解していても、女の放つ雰囲気はディートフリートにとって生理的に拒絶反応が起こるほど耐え難いものだった。

 

 

 

「はぁ…ですがどうも噂が独り歩きしているだけに感じてしまいます」

 

ディートフリートの意識を現実に引き戻すように砲撃長の声が聞こえてくる。

 

「それには同意しよう…曰く血に飢えた獣、障害として立ち塞がったモノは何物であろうとも皆殺しにする真正の化け物。アレにそんな脅威は微塵も感じなかった」

 

相変わらず港に腰掛けボーと海を眺めている女を見てディートフリートは同意した。

相手を殺すどころか、今にでも海に呑まれて死んでしまいそうである。

 

「艦長からそう言われちゃ、あの娘も護衛として立つ瀬がありませんね」

 

「陸一辺倒の女が海上でなんの役に立つ…足手まといになるだけだ。」

 

「まーまー落ち着いて下さい艦長。あっちだって命令で来てるんですし上官である大佐が折れてあげないと…」

 

「知るか…それと、この後少し出る」

 

「またですか、お気持ちは理解出来ますが明日は重要な日です。大佐の身になにかあれば大事になります」

 

砲撃長が呆れと心配を織り交ぜた声色でやんわりとディートフリートを諭す。

それもその筈、ディートフリートがこれから行おうとしているのは自身を囮に間者共を誘い出す危険な行為だ。

 

そして今夜、隙を見せれば高確率で自身の命を奪おうとする者達らが何かしらの手段を講じてくることは容易に想像できた。

 

「心配するな、後顧の憂いを断つついでに、一杯愉しむだけだ」

 

「はぁ~…了解しました。クルー全員に通達しておきます」

 

「頼んだぞ」

 

 

 

夕日は沈み夜の帳が降りた港。

ディートフリートは外装のコートに身を包み船内から港へと降り立った。

一見ラフな服装ではあるが、コートは特注の防弾仕様であり、その内には防弾のベスト、さらに手袋まで防刃対策の警戒度だ。

ホルスターに差し込んだ拳銃の位置を確かめ、歩き出そうとした瞬間…

 

―――お待ちしておりました。

 

一切の気配なく真後ろから声を掛けられディートフリートは背筋を凍らせる。

即座にバックステップで距離を取り振り向きざまにホルスターへと手を掛ける。

 

「貴様は…何故此処にいる」

 

するとそこには闇夜の中でも月光で爛々と光り輝く白髪の女がいた。

今容易く背後を取られたこともそうだが、昼間の初対面での心象があまりにも悪いディートフリートは思いもしないアレイダとの対面に神経がささくれ立つ。

 

(チッ、ここまで目立つ女にどうして気づかなかった…)

 

絶賛不機嫌全開です、と言わんばかりに顔を歪めるディートフリートに対しアレイダは相変わらずの笑みを浮かべ口を開く。

 

「私の頂いた御命令は大佐様の護衛です。ご理解頂けましたでしょうか」

 

息遣い、声のトーン、それら全てが一定。

それを聞いたディートフリートは聞くに耐えんとばかりに眉を盛大にしかめる。

 

「なら此処で待機していろ、何もするな命令だ」

 

命令と言うのであれば追加で命令を出してやるまで。

ディートフリートはアレイダに向けその場で待機を言い渡すが、アレイダは懐から今回手渡された指令書を取り出し広げて見せた。

 

そこにはの護衛に関する内容と共にディートフリートよりも数段上の階級を示す印が押されていた。

 

「その御命令に従うことは出来ません、中将様以上の権限を大佐様は有しておられません」

 

(…狸爺共め、面倒な真似をしてくれる)

 

「…いいか、貴様は黙って何もするな、視界にも入ってくるな」

 

ディートフリートはそう言い残すと無言で街へと向けて歩きだす。

 

そうして行き付けの酒場に到着。

道中気配なく背後をついて回る女の存在にディートフリートは薄ら寒いものを感じずにはいられなかった。

 

行き付けの酒場だけあってかディートフリートは慣れた動きでカウンター席に座り込む。

 

「はぁ…マスター、キツめのものを頼む」

 

「あいよ…」

 

席につくとわざとらしく溜息をつき、チラリと背後を確認する。

すると、そこには斜め後ろに自然体で突っ立ているアレイダの姿があった。

 

(不気味な奴め)

 

港で顔を合わせて以降、気配どころか足音一つ聞いていないにも拘わらず、ふと後ろを見ればいるのだ、ディートフリートでなくても正直心臓に悪い。

 

まさしく悪霊、しかし先程忠告したように視界に入らず口を挟まないのなら徹底的に無視し、こちらから関わるつもりは無かった。

好きなだけそこで突っ立てろ、と言いたげに視線をそらし前へと向き直る。

 

――コトッ

 

丁度良いタイミングでカウンターの上にグラスが一つ置かれる。

飴色の液体に氷が数個浮かび、鼻をつく香りが脳を痺れさせる。

 

(ウイスキーか…たまには良いだろう)

 

グラスの中から揮発し香ってくるアルコールの香りからは度数の高い酒であることが伺える。

しかし、ディートフリートは今はともかく酒が飲みたい気分だった。

グラスに向かって手を伸ばす。

 

しかしそこに思わぬ妨害が入る。

グラスを掴もうとしたディートフリートの手とグラスの間に傷塗れの手が差し込まれたのだ。

それは自身の背後にいた筈の女の手。

ディートフリートがそのことに気がつくと静かに怒気を滲ませアレイダを問いただした。

 

「どういうつもりだ、言ったはずだ…何もせず視界に入るなと」

 

「ご安心下さい大佐様、一字一句記憶しております。ですが此方は控えて頂いた方がよろしいかと」

 

「黙れ…俺の命令が聞けないのなら此処から失せろ」

 

「大佐様…再度忠告致します。明日の出航を無事に済ませたいのであればソチラはお控え下さい」

 

「貴様…ッ、命令に従うしか能のない機械なら、大人しくもの言わぬ鉄屑らしくしていろッ」

 

ディートフリートの口から今まで溜め込んでいた鬱憤が溢れ出す。

怒気を滲ませ高圧的な口調でアレイダに向け怒鳴り散らす様は、大の大人でも泣き出してしまいそうな程の威圧に満ちていた。

 

「お断りいたします大佐様、コレが私の仕事です」

 

勢いにまかせて酒に手を伸ばすディートフリートの横から音もなく酒を掻っ攫うアレイダ。

百戦錬磨の盗人もドン引く早業である。

 

そしてグラスを自身の眼前に持ちナニカを観察し終えた後…

 

―ーゴクン

 

気持ちの良い飲み越しで喉をゴクゴク鳴らし、グラス一杯分の酒を一気飲み。

そうして…飲み終えたグラスをカウンターテーブルへと叩きつけるアレイダ。

 

最早言葉も出ないと言った有様でプルプル震えるディートフリート。

さながら噴火する直前の火山のような激情を全身で表現していた。

 

しかし、ディートフリートの怒りが爆発しようとした瞬間…

 

――ゴ、フゥ…

 

口元に手をやり何かを吹き出すアレイダ。

その何かは掌の指の間から滴り落ち、地面に赤黒い斑点を作り出す。

 

場の空気が一瞬にして凍りつく。

その光景を間近で目撃したディートフリートの顔には最早怒りなど消え失せ、エメラルドの瞳に慧敏な知性の光を宿していた。

 

原因はまず間違いなく酒にある。

ディートフリートはアレイダが飲み終えたグラスの底に残っていた一滴を手袋越しに掬い上げ、そのまま舌の上に軽く押し当てる。

 

――ジュワァッ

 

(チッ…酸性の毒か!?)

 

ほんの少量にも関わらず舌の繊維を溶かし尽くす様な感触が痛みを伴い脳内へと駆け巡る。

一口でも飲めば器官が焼け爛れ確実に命を失ってたであろうことが容易に想像出来た。

ディートフリートは素早く唾液に絡め毒物を吐き出す。

 

(ついに直接的な手ではなく毒薬での暗殺まで謀ってきたか、気が乱れていたとはいえ、とんだ失態だ)

 

既に数回以上暗殺を経験してきたディートフリートであったが、毒をもちいての暗殺は今回が初めてであった。

てっきり今回も直接手を下してくるだろうとい思い込み、知らず知らずの内に危険な先入観を抱いていた。

結果、その影響は本来年若くして海軍大佐にまで上り詰めたディートフリートの広い視野を狭め、その凶悪な毒牙を後一歩の所まで届かせようとしていた。

 

ちなみに、その帝国の毒を軽い気持ちで一飲みにしたアレイダだが、本来彼女の磨き抜かれた毒物耐性は並大抵の毒物の影響などもろともせず、血を吐くなどありえない。

しかし結果的には喉がちょっと焼け爛れ血を吐いた。

 

彼女が飲んだものは前世で言う所のほぼ硫酸と同質の劇薬であった、勿論薄めているとはいえ常人が飲めば問答無用で即死である。

これには、さしものアレイダでもノーダメージとまではいかなかった。

 

アレイダが口元についた鮮血を袖で拭う。

 

それを合図を離れたテーブル席に座っていた三人組が立ち上がりディートフリート達に向かって銃を突き付けてくる。

 

 

「計画は失敗だッ!」

「どうして酒の毒がバレた!」

「今はそんなことどうでも良い!ディートフリートをヤれッ!」

 

向けられる3つの銃口を前に、ディートフリートは腰を屈めホルスターへと手を掛け、戦闘態勢へと移行する。

 

(数では圧倒的に不利か、どう乗り切る…)

 

ディートフリートと男達の互いの牽制が火花を散らし、息の詰まる緊張感がその場を支配する。

 

(あの女は何をやっている…そもそもアレを飲み干してどうして生きているんだ)

 

横目で自身の護衛とのたまう女の姿を見る。

すると三人組の男を軽く一瞥した後、軽い足取りで他の客が食事をしていたテーブルへと向けて歩出す。

当然男達の注意はアレイダへと向かう、銃口がアレイダを捉える。

そしてトリガーに掛けられた指に徐々に力が入っていき…

 

――ド、スッ゛、ド、チュゥ゛、ぐちぃ゛

 

誰もが銃声が鳴り響くと想像したが…。

酒場に鳴り響いたのは火薬の炸裂音ではなく、まるでステーキ肉にフォークを突き立てたかのよな酷く生々しい肉の音であった。

 

一部始終を見ていたディートフリートは唖然とする。

男達の眉間からは血が止めどなく吹き散らし、後頭部からは銀色の鋭利な金属が飛び出していた。

 

(今この女…ステーキ用のナイフとフォークを投擲しただけで殺したのか?)

 

アレイダのやったことは酷く単純であった。

ある程度質量があり、最低限鋭利なもの探し出しブン投げただけである。

まるでピッチングマシーンの様な何百、何千と繰り返してきたような精密機械じみた動きで敵の命を狩り尽くした。

その威力たるや、投擲された食事用のナイフは空気を裂き眉間のド真ん中へと命中。

頭蓋を真正面から破壊し、脳髄を引き裂き、後頭部の頭蓋すら貫通していた。

 

あれだけの毒物を飲み干し、表情一つ変えず機械のような精密さで敵対者を皆殺しにする姿。

ディートフリートは半信半疑…いやほとんど眉唾と考えていた血に塗れたアレイダの噂話を思い出す。

 

生への執着はなく、しかし生を渇望し殺意を滾らせる敵対者の尊厳と秩序すら踏みにじり血と臓物の塊に変える女。

 

こいつは正真正銘の本物の化け物だ、ディートフリートはそう認識を改めた。

しかし、だからと言って何も変わらない、依然変わりなく虫唾が走る。

 

毒薬を自身で飲んで証明したこともそうだ。

確かに、あの瞬間のディートフリートに何を言ってもアレイダの言葉など一ミリも届かなかっただろう。

しかし他に方法なんてものは幾らでもあった、なのに一番安直な手に打って出た。

こいつは根本的に頭を使っていない、自分でモノを考え実行する自発性の発露がまるで感じられない。

 

敵対したから殺す、捕縛という選択肢がはなっから存在していなかった。

こいつは、そう…人の形をした機械だ。

人間などではない。

 

 

そして暫くした後、酒場の異変に気がついた警邏の兵士達により死体は回収された。

ディートフリートは酒に毒を仕込んだ酒場のマスターの顔面に一発拳を叩き込み、兵士達に引き渡し酒場を後にした。

 

ディートフリートは艦への帰り道の最中、腹立たしいことだが命の恩を受けたアレイダに対し、不器用な労りの言葉を掛けた。

 

――大丈夫ですよ大佐様、慣れておりますので。

 

爛れたガラついた返事が帰ってくる。

 

ディートフリートはこの壊れきった機械が歩んできたであろう半生を想像し、止めた。

ほんの少し、考えを巡らせただけで酷い気分になったからだ。

 

同情も憐れみも無い、あるのは純然たる恐怖のみ。

脳裏に先程の光景が思い浮かぶ、数秒掛けずに行われた曲芸じみた殺戮ショー。

いくら気丈に振る舞っても、頭が多少切れようともディートフリートは常識の範囲内で物事を考える普通の人間だ。

背中から冷や汗が溢れ止まらない。

今も背後を歩いているはずなのに感じ取れない気配に心臓が痛み動悸が止まらなかった。

 

返事も返さないまま歯を噛み締め無言で歩き始めるディートフリート。

その心の奥深くにはアレイダに対する明確な恐怖が刻み込まれていた。

 

化け物に背後を許し夜道を歩く。

ディートフリートの足取りは酷く早く…そして怯えていた。

 




次回から勘違いが減っていくかもしれません。気持ち程度になるかもしれない。


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4

誤字報告助かります!ありがとうございます。
書いている内は気づかなくても、指摘されて見てみると違和感ありまくりですね。




うぉえ、気持ち悪い。

この時代の船って結構揺れるんですね…知りませんでした。

 

現在、数日掛け南連合諸国の沿岸を補給を繰り返しながら跳ねるように渡り、北東戦域で北側の船とバチボコやりあってきた帰り道です。

 

船酔い以外は楽な戦いでした。

まぁ…当然と言えば当然ですね、海上で私に出来ることなんて何もありません。

流石に荒れ狂う海を泳いで船を沈めるなんてパワープレイなど、ちょっと力が強いだけの私に出来る筈もありません。

 

精々が港の漁師さん達から頂いた漁業用の銛を甲板からブン投げるくらいでしたね、それも飛距離が短く戦闘機を追い払う程度の威嚇行為にしかなりませんでしたが。

 

酔いのせいで私のフィジカルパワーも半減どころの騒ぎではありません。

海上での私は無力です、終盤はほとんど大佐達頼りでしたからね。

 

 

そうして結果的に、なんとか勝利を収めることが出来ましたが、海上での無理な挙動が祟ってかエンジンに動作不良が起こってしましまいました。

今は北東戦域内部にある無人島に一時停泊させメンテ中です。

 

海上ではなにかと新鮮で気も紛れていましたが、徐々に精神状態がまた機関車暮らしをしていた頃のブラック社畜精神に戻ってきてしまいました。

 

世界が灰色に色褪せていきます。

聞こえてくる波の音も壊れたスピーカーみたいでなんだかおかしいですね。

青い海も灰色に見えて…あぁ、これは…自分で実感しているよりも精神的にかなりキてるみたいです。

 

身の毛もよだつ前世の恐怖。

ブラック労働は死よりも恐ろしい人間が生み出した悪しき文明です。

このままでは肉体的では無く精神的に確実な死を迎えます。

低賃金のやり甲斐搾取許すまじ。

 

前世での私はどう対応していたでしょうか…。

天涯孤独の身で休日といえば…夕方までひたすら眠ってましたね。

そこから自己嫌悪で床に伏せて、気づいたら朝で…貴重な休日終了、会社へGO!…無限地獄の始まりです。

 

社会はなぜ私達に二連休というものを許して下さらないのでしょう。

有給は吐いて捨てる程ありますよ、何なら毎年消えていた筈です。

 

はぁ~…えぇと他には、お酒…お酒は、もう飲めないんでした。

いくら好きだったとはいえ、吐血してでも飲み続けたいアル中でもありません。

 

後は…

嗚呼…そうでした、過労で死にかけ寸前だった私の前に…あの子が来てくれたでした。

 

薄汚れてて、毛並みもゴワゴワした愛らしい一匹の野良犬。

捨てられたのか警戒心が強くて懐いて貰えるまで苦労したものです…。

手に噛みつかれて骨をへし折られたのも良い思い出ですね。

そう…私の何より大切な家族、私の命よりも大事な生きる希望。

 

そうでした、それで随分長生きしてくれて…長生きしてく、れて…それで…少しずつ動けなくなって

 

――ぅ゛、ぉえ゛

 

これ以上は止めましょう…生死感ガバった私でも…かなり、真面目に死にたくなります。

船酔いも相まって吐き気が凄いですし。

 

べ、別のことを考えなくては…。

 

見渡す限り海と島しか見えず人影一つ見当たりません。、

 

ディートフリート大佐を除いた数名のクルーの方々は無人島に降りて休んでいる様です。

護衛でなければ私も行きたい。

はぁ…大佐は私を避けているようですし、どうにもなりませんね。

 

 

 

おや、何やら大慌てで船員の皆さんが帰ってこられました。

急いでどうしたのでしょうか?

成る程遭難者を保護したらしいと…あぁ、それで大佐に許可を取りに来たんですね。

 

私は急ぎ甲板上で寝そべる大佐の元に直行し耳元に声を掛けます。

 

すると大げさな程肩を震わせ驚くディートフリート大佐。

出航初日からずっとこんな感じです、表面上変わりありませんが私に対して幽霊と遭遇したみたいな異常なオーバーリアクションをしてきます…。

面と向かって嫌味を言われるよりも、余程ダメージが来ますね。

私の顔って可愛いですよね…笑顔も絶やしてませんし。

 

ニコっ――

 

どうです美少女のキラースマイルですよ。

あら、顔が真っ青ですね…横になっている様でしたし具合が悪かったに違いありません。

巫山戯過ぎました、これは真面目に反省しないといけません。

 

いらぬ心労をかけぬように端的に用件を伝えます。

意外とあっさり了承を頂けました。

それを伝えると、船員さん達が大急ぎで森林の中に入っていきます。

 

それにしても災難ですね…こんな無人島で遭難だなんて。

大の大人でも生き延びるのは難しそうですし、私なら確実に餓死してますね。

 

あ、クルーの皆さんが帰ってきましたね。

胸に抱えた子が遭難者でしょうか。

 

小さな女の子ですね可哀想に…こんなに汚れて…綺麗な金の髪はこんなにゴワゴワになってて………………なんでしょう、この感覚……嗚 呼…そうですね…どこか…とても……とても…

 

――似 て い ま す 。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

日に照らされる甲板の上、海軍大佐ディートフリートは顔面蒼白になりながら手で顔を覆っていた。

天候は一面に柔らかな日差しが降り注ぐ大快晴。

しかしそんな思わず気分も晴れやかになりそうな太陽の下、ディートフリートは正反対のやつれた顔をしていた。

 

長く伸ばされ艷やかだった濡羽色の髪はくすみ、三つ編みに纏められた後ろ髪は所々ほつれその多大なる心労具合が伺える。

 

(あの女、これで何度目だ。銛で戦闘機を貫通させた事といい…いい加減にしろ)

 

原因は勿論、護衛と言う名の背後霊と化しているアレイダのせいである。

まるで感知出来ない気配が四六時中背後についてまわり、ふとした瞬間振り返れば悍ましい能面と目が合うホラー体験。

不意打ち気味で声をかけられた日など全身が硬直し悪寒で震え上がらずにはいられない。

 

 

どれだけトゲトゲしい態度を取ろうとも一向に離れる素振り一つ見せないのだ。

アレイダに対して深めのトラウマと恐怖を抱いているディートフリートにとって、意識外から何度も何度も不意打ちを決めてくるその姿はまさしく悪霊そのものであった。

 

もはや護衛というよりも祟り殺す気満々の怨霊である。

 

胃がキリキリと痛む…正直色々と限界であった。

 

身体を起こし溜息と共に立ち上がる。

 

(遭難者か…会話が出来る状態であれば補給地点の港に送り届け、それで終わりだ)

 

心臓に拳を叩き込まれるような不快感が全身に這いずり回る。

ただでさえ感情の抜けたアレイダの顔、その更に上から不気味な作り笑いが貼り付けられていたのである。

それを間近で見たディートフリートは金縛りにあったように数秒間呼吸を忘れ、身動き一つ出来ず硬直した。

気分はまさに肉食獣に睨みつけられた草食動物であった。

 

先程の一連の出来事を思い出したディートフリートは、気を紛らわせるようにガシガシと後頭部を掻き毟る。

 

(くそッ…少し様子を見てくるか)

 

船内から慌ただしい足音が聞こえてくる。

大方遭難者が運び込まれたのだろうと当たりをつけ、ディートフリートは音の聞こえる方へと歩みを進める、すると一箇所に集まった船員達の姿が見えてきた。

 

そして、遭難者と思わしきベッドに横たわった小さな影に目をやる。

 

(なんだ、コレは…子供か?)

 

言外に面倒事を抱えてしまったと言いたげに顔を歪める。

遭難者相手にコレ扱いである。

しかし次の瞬間、そんな憂鬱な気分を吹き飛ばす衝撃がディートフリートを襲った。

 

アレイダがいた。

 

それも普段の無味乾燥な気配とは段違いの存在感を放っていたのだ。

薄っすら開かれた目は自然体に開かれ、光すら映さない瞳には横たわる少女を確かに写していた。

 

今にも涎が口から溢れ落ちそうな程惚け、少女をただジっと見つめていた。

アレイダを知らない人間からみれば、さぞやマヌケなアホ面に見えただろう。

 

しかしディートフリートは違う、その異常性を理解していた。

アレイダという化け物は生死の中であろうと表情一つ崩さない女だ。

 

そんな女が普通の人間のような表情を浮かべ少女を見つめていた。

とんでもない異常事態である。

ディートフリートの脳内には大音量の警戒アラートが鳴り響く。

 

(何が起こった…この女の変わり様はなんだ…?)

 

ハッキリと見える情動の一端…ディートフリートはこれがこの女の本性であるならば…まだ感情のない機械であってくれた方が遥かにマシだと思った。

 

不快感どころではなく、ディートフリートはアレイダが心底気色悪くて堪らなかった。

 

人並みの温かい感情が宿った、などという甘っちょろい表現では決してない。

芯まで冷え切った金属だったモノが、次の瞬間には内側から火を吹き、原型を留めていないレベルでドロドロに融解して燃え上がっているのである。

 

控えめに言って意味不明な程劇的な変化を起こしていた。

ディートフリートの精神に最早何度目かわからない未知の恐怖を刻み込まれる。

 

貼り付けた笑みは消え、口元はだらしなく開ききっており、全身からは生への活気が満ちていた。

だが、しかし…その目に宿るドロドロとした感情に気づかずにはいられない。

 

執着、歓喜、愛憎、大凡好意と表現できる言語、感情を纏めてごった煮にしたような狂気の光を帯びていた。

一人の人間に向けるには度を越した膨大な感情の波が渦巻き、コロコロと瞳の中で移り変わる。

 

ディートフリートにはこの禍々しい鈍光に見覚えがあった。

それは死兵の目…国の為に死すら躊躇わない狂信的な愛国者の目。

目的の為なら喜んで命を捧げるイカレタ奴らの目に似ていた。

 

(ちっ…面倒事ばかりが増える!)

 

ディートフリートは出会った頃以上に今のアレイダを恐れた。

命令に従うだけの殺戮兵器が、突如として理由も分からず明確な意思を持った殺戮者へと変貌したのだ。

最早自身の命もアレイダの気まぐれ一つで消される可能性すらある。

 

そして同時に、寝息を立てる少女にも仄暗い恐怖と恨みを抱いた。

 

(一体ナニがこの女の琴線に触れた)

 

機械が如きアレイダの感情を引き出し、あんな目を向けさせる少女を恐れた。

同時に、後数日で終わる筈であった地獄を更に悪化させた少女を憎んだ。

 

 

ディートフリートは逃げるようにアレイダから視線を逸らすと、スヤスヤと眠る少女を忌々しげに見下ろした。

 

 

☆☆☆

 

 

少女は孤児だった。

 

少女には文字も言葉も物事の分別すら分からなかった。

 

しかし、獣のように俊敏な身体能力と天才的な殺しの才を有していた。

 

少女は碌な教育を受けることなく、傭兵として買われた。

 

まるで動物に芸を仕込むように、殺しの合図だけを教え込まれた。

 

少女の掌は未だに他者の命で汚れていない。

 

そして、その掌を汚すため戦場へと送り込まれることとなった――

 

 

 

少女が目を覚ました瞬間、そこには大人達がいた。

囲むように見下ろしていた、しかし敵意は感じなかった。

少女に教え込まされていることは二つ、殺しの合図と飼い主の分別だけだ。

 

鼻を鳴らす、ただソレだけで誰に従えば良いのかがわかった。

周りを囲む大人達からは濃い血の香りがした。

そしてその中の一人である女性は、鼻が曲がるような濃密な死と血の異臭を放っていた。

 

開かれた目には赤黒い血の沼を渦巻かせ、ドクドク煮え立たせていた。

野生の本能が、この女性は危険だと告げてくる。

しかし、少女は恐れなかった。

 

あの瞳の奥に見える温かいなにかを知っているような気がした。

 

少女は立ち上がると再び鼻を鳴らす。

 

そして、見つけた。

 

この中で一番血の香りが薄い人。

少女に芸を教え込んだ男、戦上で指揮を執る筈であった男…その共通点は総じて血の香りが薄いことだった。

指揮官は前線に出ず指揮をするのが仕事、だとかそんな難しいことは少女にはわからない。

ただ教え込まれた芸に従うだけの条件反射で動いていた。

 

そこに意思は無く疑問も無く感情も無い、ただそうあれと躾けられた。

他の判断基準など持ち得ない。

 

だから少女は思う、この人が飼い主なのだろう。

 

エメラルドの瞳に長髪の髪。

少女は海軍大佐ディートフリートの前に立つと、その目をジっと見つめ微動だにしなかった。

 

――命令を下さい。

 

言葉は無く、ただただその碧眼の瞳でじっと見上げ続けた。

 

☆☆☆

 

数日後、エンジントラブルも無事復旧した船はライデンシャフトリヒの首都ライデンの港を目指し運航していた。

 

天候は雨、暗雲が立ち込め、甲板に降り注ぐ雨水が飛沫を上げる。

そんな雨風吹きすさぶ露天艦橋で艦長であるディートフリートは操艦指揮をとっていた。

その顔には色濃く疲労の色が見え、苦虫を噛み潰したようなイラついた表情で指示を飛ばす。

 

その原因は絶賛ディートフリートの背後で物言わぬ像と化し佇む二名にあった。

 

一人は先日、北東戦域の無人島で拾った小汚い少女。

ボロ布一枚を纏い、雨風に打たれながら立ちつくしていた。

ひたすらディートフリートを見上げ、ソレ以外の反応を一切示さない。

 

本来であれば近場の港に押し付けてくる予定であったが、その肝心の少女はディートフリートから一切離れようとしなかった。

結果、なし崩し的に連れてきてしまった…しかしそれがディートフリートにとって最大の失敗であった。

 

少女は何処に行くにもディートフリートの後をついて回った。

扉を隔てても永遠に扉の前に居座り、就寝時であろうとお構いなし。

就寝するディートフリートの横に立ちガン見してくる有様である。

 

これだけなら、まだ我慢のしようもあっただろう。

しかし問題はそれだけに留まらなかった。

 

更にその後ろ、少女の背後に控える女を見る。

当初とはまるで別人の様に生き生きとしている、少なくともディートフリート目線ではそう見えた。

足音一つせず、気配も感じ取れない程希薄な存在感には変わりはない。

アレイダを知る他の人間が見ても、何一つ変わっていないと断言するだろう。

しかし、ここ数週間アレイダに纏わりつかれていたディートフリートにはハッキリと感じ取れていた。

近くにいなければ気づけなかった微細で大きな変化。

虚無しかなかったアレイダ内面に灯る狂気の熱。

ディートフリートは自身に向けられていないにも拘らず嫌でもソレに対し反応してしまうのだ。

 

そう、ディートフリートは少女の視線だけでなく、気づきたくもなかったアレイダの気配と視線にまで晒され続けていた。

背後に感じる二つの視線と気配。

どちらも無機質で、絶賛視線に敏感になっているディートフリートをノイローゼ一歩手前まで追い込むのに十分だった。

 

少女の視線には何かを待つだけで何の感情も宿しておらず、アレイダの視線からは護衛対象以外の何も感じ取れない。

あの狂気を宿した玉石に写るものは少女の姿だけだ、それ以外は何も写していなかった。

 

そうして重度のストーカー被害で精神錯乱寸前のディートフリートはついに爆発する。

 

「…タオルを持って来い、このまま入れる訳にはいかない」

 

ディートフリートは少女に目配りをしアレイダに命令を飛ばす。

常につかず離れずで護衛をしてくるアレイダだが、こと少女に関わることは例外であることを知っていた。

 

「畏まりました大佐様…ふふ、お優しいですね」

 

唯一アレイダがディートフリートから離れる瞬間である。

 

アレイダが船内に消えるのを確認したディートフリートは周りにいる船員達に大きな声で命令を飛ばす。

 

「こいつを俺から引き剥がして、閉じ込めておけッ!」

 

船員達は少女を取り囲み逃げ道を塞ぐ。

唯一邪魔になる可能性のあったアレイダは既にいない。

 

(一人でも減れば多少マシにはなるだろう…)

 

船員達の大きな手が少女を取り囲み、少しずつ迫っていく。

 

 

☆☆☆

 

 

少女は獣であった。

 

人間として秩序はなく野生動物のようにしか行動出来ない。

 

飼い主には逆らってはいけない、それだけは知っていた。

ただそれだけしか知らない。

 

幼少期に同じ歳の子供と遊び、会話し長い年月経て少しづつ組み上げていく人間関係の土台というべき部分がそもそも存在していなかった。

 

だから逃げる。

本能に従い、本能だけで行動する。

 

近づいてくる大人をすり抜け飼い主の元に向かう。

捕まえようとしてくる、だから逃げる。

 

しかし、どんなに逃げ回っても空腹からは逃げ切れない。

無人島とは違いここは船内だ、自力ではどうしようもない。

 

気がつけば辺り一面は暗くなっており、少女は飼い主の部屋の前で身を丸め眠っていた。

 

少女にとって飼い主の言うことを聞けた時だけが食事にありつける瞬間であった。

だから、お腹が鳴って苦しくても飼い主の部屋の前で身体を丸めて耐え忍んだ。

 

しかし飼い主は出て来ない。

代わりに足音が聞こえてくる、それは少女の待ち焦がれていたものでは無かった。

 

月明かりが差し込む通路から人影が近づいてくる。

 

気がつけば少女は獣のように警戒し、腰を屈め今にも走り出しそうな構えをとっていた。

 

少女はその人物を知っていた、薄く開かれた光すら飲み込む赤黒い瞳。

見上げれば、その目に少女を写していた。

鼻につく…皮膚の深部にまで染み付いた乾いた血の香りを纏う女性。

 

女性は少女が後一歩踏み出せば逃げ出していたであろう場所で立ち止まると、その場に屈み込んだ。

 

女性は無言で袋からパンや干し肉に水と様々な食料を取り出していく。

少女は思わず喉を鳴らした。

 

その音を聞いた女性はニコリと微笑みハンカチを地面に敷く。

取り出した食料をそこに置き、何も言わずに立ち去った。

 

食料が目の前にあるのなら食べない理由はない。

少女はガツガツとパンクズを地面に撒き散らし、干し肉を噛みちぎり、水を飲み干した。

 

お陰で飢えは満たされた。

彼女がした行動の意味を少女は理解できない。

だが、少女は彼女からナニカ凄く昔の…とても懐かしいものを感じたような気がした。

 

 

☆☆☆

 

 

ディートフリートの命令により船員達が少女を取り囲む。

今までの手を抜いたものではなく、力付くでも取り押さえてやろうジリジリと距離を詰めていく。

そしてついに船員の一人が少女の腕に手を伸ばした瞬間…

 

――どッごぉ!

 

少女は船員の懐に素早く潜り込み鳩尾を殴りつけると、くの字に曲がった船員の顔面に回し蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐ、ほぉ゛ッ」

 

少女の踵が男の顔面を抉り、錐揉み回転しながら吹っ飛ぶ。

 

ディートフリートは数秒間放心していた。

すばしっこいだけで、囲めば取り押さえられると踏んでいたのに、箱を開ければコレだ。

少女は身長差をもろともせず大の男を殴り、蹴りとばしていた。

 

(なんだ今の動きはッ!?まさか…こいつも化け物か!)

 

恰幅のいい男を足払いし、躊躇なく顔面にスタンピングする容赦の無さで乗組員の顔面を変形させていく。

 

簡単に終わると思っていた。

これで、残り数日間の航海も多少マシになる程度に考えていた。

 

ディートフリートは焦った。

 

もはや時間が無い。

此処まで騒ぎを起こせば何時異常を感知したアレイダが駆けつけてきてもおかしくない。

この現状を見てアレイダがどういう行動に出るかまるで予測が出来なかった。

 

ディートフリート追い詰められた末…とうとう()()()()()()()

 

「何をやっている!?構わん()()()

 

ディートフリートの怒号が空気を震わせ辺り一面にビリビリと鳴り響く。

 

その瞬間…少女は耳をピクッと動かした。

唯一知っているソノ言葉に反応を示したのだ。

 

少女の纏う空気が変わる。

碧いその瞳には炯々とした光が灯されていた。

 

上官から命令が下されたのであれば船員達も一人の軍人と最早止まる事は出来ない。

船員達は各員、銃やナイフといった武器を取り出し少女に対し確固たる殺意を向ける。

 

 

――バッン!!

 

先に仕掛けたのは船員達であった。

少女の背後で銃を構える男が躊躇なくトリガーを引き、銃口から鉛玉が放たれる。

 

その玉は少女の脳天に目掛け高速で接近していくが、血の華を咲かせることなく空を切る。

そして着弾することはなく地平線へと消えていった。

 

少女は上半身の重心を少し動かし、飛来する銃弾を躱していた。

 

そうして火薬の炸裂音が未だ残り続ける中。

 

――チリン

 

薬莢が落ちる音を合図に、少女は駆け出す。

最短距離で突き進み、銃を放った男に飛びかかった。

拳に全体重を乗せて顔面を殴りつける。

 

「ぐぅ…こんなもんで…ッ」

 

想像よりも遥かに重い拳に男は数歩後ずさるようにして怯んだ。

 

少女に銃に関する知識はなく、使い方など分からない。

しかし鈍器としては最適だと瞬時に理解した。

 

少女は怯んだ男から素早く銃を奪いとると銃身を両手で握り込む。

そしてフラついた男の顎下を銃床で掬い上げるように振りかぶった。

 

「ぐ、き゛ィ!?」

 

歯と歯が強制的に打ち鳴らされ、男の全身が一瞬だけ空に浮かび落下する。

男は死んではいないものの、意識はなく完全に再起不能となっていた。

 

そして一息つかない間に次の得物へと狙いを定め走り出す。

船の手摺、高低差などを利用し銃口を絞らせない立体的な動きで船員へと襲い掛かかる。

 

「気を抜くな!普通の子供じゃない!」

 

ナイフを持った男は少女を迎え撃つようにカウンターの突きを繰り出し、油断なく連続で斬りつける。

しかし少女は何でもないように全てを躱し、男の頬に銃床によるフルスイングをお見舞いした。

 

「ぐぅ、はぁ゛…ッ」

 

その衝撃で男の手からナイフが溢れ落ちる。

 

少女はナイフを拾い上げると、得物をより殺傷力の高いものへと切り替える。

手にしていた銃を次の獲物に投げつけ、少女は再び走り出す。

 

「く゛ぁ!?――ま、マズいッ!?」

 

銃は放物線を描き命中、獲物は既に隙だらけだった。

 

――ギュゥ…ッ!!

 

少女は力強くナイフを両手で握り、速度を維持したまま船員の一人へと突き立てた…

 

 

 

――ザくぅッ゛

 

雨が降り荒ぶ海上に静かに肉を裂く音が木霊する。

 

 

 

――ぴちゃ…ぴちゃ…

 

少女の掌を伝い…地面に熱い鮮血の赤が滴り落ちていく。

初めて感じる自分のものではない、他者から滲み出る血液。

 

少女は驚いた様に目を見開く。

 

誰かを害したことに驚いたのではない。

 

余りにも熱い命の熱に驚いたからではない。

 

 

 

ナイフを突き立てたその先に

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

その瞳は少女を真っ直ぐ写し出していた…それも瞳の中に写る少女と目が合う位に鮮明に。

 

お日様のように温かい光を帯びた目が…少女を優しく見下ろしていた。

 

「間に合ってよかったです…怪我はございませんか?」

 

それはアレイダだった。

血を吹き出す腹部など気にもせず少女の頬に手を添えると、安心したように微笑む。

 

その姿を見て少女はなんだか…とても胸の奥が熱くて、むずむずするような気がした。

 

「………」

 

しかし少女には結局の所、何もわからなかった。

現状、状況、言葉、感情、この場を渦巻く全てが分かない、唯一理解出来るものは命令だけ。

 

ただ愚直に飼い主からの命令に従う、それしか知らないのだから。

 

 

――ブ、スゥ

 

 

少女はナイフを抜き取ると、再びアレイダの腹部へと突き立てた。

肉を抉り溢れた鮮血が少女の顔へと飛び散る。

 

アレイダは一切抵抗せず、少女を抱きしめた。

 

「ふふ…元気一杯でございますね。私は…とても嬉しいです」

 

少女には何を言っているのか理解できない。

ただ、耳元で響く優しい音が心地よくて…少し眠くなった。

 

 

――ド、すゥ゛、どゆぅ゛、ぐさぁ゛

 

 

少女は何度も何度も腹部にナイフが突き立てる。

血が吹き上がり、少女の全身を赤く染め上げていく。

 

アレイダは少女を抱きしめる力をそっと強めた。

ぎゅう、と優しく包み込む様に抱き込み、少女の後頭部を甘やかすように丁寧に撫でる。

血と潮風でボサボサになった髪を梳かすように手を這わせ決して離さない。

 

「おや…お眠のようですね…大丈夫です、安心してお休み下さい」

 

少女は自分の意識が少しずつ遠のいていくことに気が付いた。

 

とても懐かしい陽だまりのように温かい手。

昔、とても小さい頃に確かに感じたことがあった気がする温もり。

少女は不思議と…凄く安心出来た。

 

少女の身体から力が抜けていく…。

 

 

カラン――

 

 

ナイフが少女の手から地面に落ちた。

 

少女は徐々に瞼が閉じていくのを感じながら、最後の力を振り絞って上を見上げる。

 

そこには先程と一切変わることなく赤黒い瞳を輝かせた優しい笑みを浮かべる女性がいた。

 

慈愛の籠もった瞳に見守られながら、少女は深い眠りへと旅立った。

 

 

 

――おやすみなさい。

 

 

 




ディートフリート君の胃は爆発寸前!、一人でも耐えきれないのに二人も耐えきれる筈がなかった。

原作開始まで後4年もあるので、色々飛ばし気味でいきます。
具体的にはディートフリート君が活躍する海上戦を考えたけどバッサリカットしました。




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今回でディートフリートさんの出番は終了です。

少し主人公のイラストをアニメ調に修正しました、笑顔も素敵になったぞ。

【挿絵表示】



 

ふぅ…焦りました。

危うくこの娘に人殺しを許してしまう所でしたよ。

 

戦いも、血を流すのも、盗みも、詐欺も、恐喝も、犯罪も貴女がしたいと言うのであれば尊重しましょう。

 

私は別に善き人ではありませんし、その辺の許容範囲はかなり広いです。

生まれ変わってからは生きる為に善人から悪人まで様々な人を自分の都合だけで害してきました。

必要に迫られた面もありましたが、その事に対して罪の意識は抱いていません。

人殺しに罪悪感を持たない私は間違いなく悪人です…ですのでヤりたいのならどんな事でもオールOKです。

 

――ですが殺しはダメです。

 

こればかりは肯定も尊重も出来ません。

 

情緒も育ってない内から人生の経歴にキル数なんて項目作っちゃう人間は後々絶対後悔します。

 

殺したいなら私が代わりに殺してあげます。

 

出来れば人殺しなんてしたくありませんが、貴女にお願いされればきっと息を吸う様に実行出来てしまうと思うので…そういうことは私みたいなヒトデナシに押し付けて貰えると嬉しいです。

 

正直そんなに強くもありませんし、絶賛落ち着いた職もない私ですが…貴女が望むなら叶えてあげたい。

 

私の胸の中に感じるこの温もり…この娘はとても暖かいですね。

貴女は私の世界…。

 

灰色に褪せてしまっていた景色をまた一瞬で色づかせてくれました。

疲れだって吹き飛んで、また昔みたいに世界が輝いて見えるんです。

 

あぁ…駄目ですね…これは…。私、また依存しています。

 

生まれ変わって暫くは大丈夫だった筈なんです。

だからまた、こんな状態にならないように今度こそ安定した仕事に就こうとしたんですが…。

結局こんなザマです。

目先のお金に飛びついて同じレールを辿るなんて、自分で呆れる位学習出来てませんね。

 

貴女を初めて見た時…あの子かと思う程雰囲気がそっくりでしたが、貴女は貴女です。

全然違う生き物でした。

そもそも犬と人間を見間違う私の頭がおかしいですね。

 

でも不思議な程あの子と似てる所もあって…ほっとけません。

だから…申し訳ありません…やっぱり少し重ねて見てしまってます。

 

だから好きなだけ噛んだり、刺して…甘えてくれて構わないんですよ。

 

代わりに‥どうか貴女が私を必要としなくなるその日まで…見守らせて下さい。

 

 

 

あ…大佐、いえ忘れてませんよ。

今から声をかけるつもりでしたし…本当ですよ?

 

え、なんですか?

 

殺せ?

 

ディートフリート大佐が胸に抱いたこの娘を指さして私に命令してきます。

雰囲気からして、どうやら本気のようですが…

 

――巫山戯ないで下さい、その可愛い三つ編み引っこ抜かれたいんでしょうか。

後、殺気立たないでいただけますか?この娘が起きてしまうじゃありませんか。

 

 

はぁ…成る程…殺されそうになったと。

 

まぁまぁ、落ち着いて下さい大佐…ちょっとじゃれただけですよ。

誰も死んでません…子供がナイフ持って暴れ回って刺しちゃうなんて貧民街のスラムではよくある光景です。

 

私?…私は良いんですよ寧ろ嬉しいですから。

なんですかその変顔…はぁ、よく動く表情筋が羨ましいですよ大佐。

 

 

おやおや…お腹の血が止まりませんね。

この娘に殺意なんて欠片も無かったせいで結構抉れてしまっています。

 

何時もの戦場であれば軽症程度で済みましたが、これは流石に無視出来ません…治療しないと出血多量で死にますね。

 

殺すってことの意味もわからず相手を殺そうとすることができるこの娘は私の天敵かもしれません。

まぁそれでも、子供の筋力で私の天然コルセットを完全に貫くことは出来なかったみたいですが。

 

といいますか大佐…早く銃を下げください。

身体が興奮して血が全身に巡り始めてます。それがそのまま出血量に繋がってしまうんですから、ちょっとは労ってください。

 

大佐が何か言ってますね…すっごくやつれていますけど、大丈夫なんでしょうか。

B級ホラーのゾンビみたいに目の窪みが浮いて見えますよ。

 

えぇ…私が大佐達を殺す…ふふ、面白いジョークです、思わず笑ってしまいましたよ大佐。

 

しかめっ面で言われると本気に聞こえますよ…超絶ブラック労働に文句一つ言わず従事してきたこの私に対して、そんな巫山戯たことを言ってしまえるとは…

 

――今のは流石にちょっとイラッときました。

 

…なんて一瞬考えてしまいましたが、ありがとうございます大佐様。

一体なにがあってこんな状況なのかまるで理解出来てませんが、怪我人を気づかって直ぐに銃を下ろしてくれる大佐は素敵ですよ。

それと、私がいない間にナニカするの止めて下さい。現状がわからず意味不明で混乱してます。

 

大方大佐から無理矢理触ろうとして噛みつかれたんでしょう。

このロリコン。

 

っと、こんなことしている場合ではありませんでした。今私の胸の中で微かに震えましたね。優先すべきはこの娘です。このままでは風邪引いてしまいます。

 

急いで濡れた身体を拭き取ってあげないといけません。

って、大佐がまだ何か言っておられますね…。

 

命令違反でこの娘ごと纏めて監禁ですか…え、船長室使ってもいい!?

ふふ、顔に似合わずツンデレですか大佐。

 

 

ということは…ライデンに着くまでこの娘の御世話が出来る。

最高ですね…しょうもな…たいく…大事な大佐様の護衛を離れることは心苦しいですが、大佐様の気遣い…遠慮なく受け取らせて頂きます!!

 

ほぉ…狭いですが個室はやはり快適です。

ソファーに寝かせて…服はビショビショですね。水気と血を拭き取って…取り敢えず乾くまでって…私の血でドロドロですね。これではもう着れません。

取り敢えず私の予備の服を羽織らせておきましょう。

 

ブカブカですが可愛いから…ヨシ!

 

大佐、ちょっと医療品使わせて頂きますね…。

 

治療するにしても、血生臭くなるといけないので船長室から外に出ます。

 

頑丈なだけが売りの私の身体でも死ぬ時は簡単に死にます。

ファンタジーな無敵さなんてありません、銃弾で肉は抉れますし、火災で火傷もします。

実際戦地をたらい回しされていた時は生傷が絶えませんでした、今も手に残った古傷の跡が沢山あります。

お陰でこういう傷の処置には慣れたものですよ。

 

ランプ…縫合用の糸…アルコールとガーゼ、後は包帯。

 

麻酔?大丈夫ですよ大佐、私の身体はそういう類のものを一切受け付けない代わりに痛覚がかなり鈍いみたいなんです。

 

つくづく戦闘向きな身体ですね。まぁ…痛みを感じない訳ではなくて普通にかなり痛いですが。

 

さて、やりますよ――

 

まず血を拭いて…消毒して…縫合して…痛ぅ゛~~~ッ…か、完了です。

後はガーゼを押し付け包帯を巻いて…終わり。

 

手早く処置を終わらせて立ち上がります。

あの娘が起きているかもしれませんし、急ぎましょう。

 

では大佐失礼します。備品を使わせて頂きありがとうございました。

大佐…あの、まだ何か?

 

私の目標ですか?

それは…勿論充実した衣食住、生活基盤を維持出来る安定したお仕事ですよ!

ブラックはいけませんけど、働かなくていい訳でもありません。前世も今生も働き詰めだったせいか…逆に働いてないと落ち着かないんです。

 

後はあの娘についてですか?勿論初対面ですよ。ただ私の命も今も未来も夢も全部捧げてでも幸せにしてあげたいだけです。

 

大佐にもそういう人がいるようで安心しました。

 

よく考えれば大佐と世間話をするのは初めてでしたね。楽しかったです。

 

立ち去ろうとする私に大佐は再び引き止める様に声かけてきます。

ありがたいことに大佐はあの娘の引き渡し先を教えてくれました。

 

本当は私が御世話出来れば理想なんですけど…文なし家なしの私に子育てなど無理難題も良いところですからね。

 

武器として弟さんに引き渡すなんて言ってましたが……何も言いませんよ私は。

言い方はあれですが、行き先を伝えてくれるだけ大佐なりに私を気遣ってくれているのでしょう。

海軍であるディートフリート大佐に陸軍所属の私を自由に動かす権限は無いでしょうし…会いたければ自分でどうにかしろと言った所でしょうか。

 

勿論です、船を降りたら即効で陸軍省に駆け込み、私をあっちこっち飛ばしまくる中将様に物申して差し上げますよ。

 

 

☆☆☆

 

 

船上に殴打の音が絶えず鳴り響く中…ディートフリートは、何もすることが出来ずたた呆然と立ち尽くしていた。

 

目の前で殺害を命じた小娘相手に部下である船員達が蹂躙される様を見ていることしか出来なかった。

 

ここ数週間で起きた出来事のどれもがディートフリートという男の積み上げてきた人生の経験則に当てはまらない滅茶苦茶なものだった。

なにもかも未知で既知なことなど殆どなかった、ゆえに対応出来ない。

 

航海、戦闘の指揮、不測の事態に対応する確かな技術と柔軟性を持ち合わせるディートフリート。

しかし体格差、身長差の優位性をもろともせず殺しかける十歳程度の子供など知るはずがなかった。

 

こんなモノをあらかじめ予想して対応しろなど無理に決まっている。

ディートフリートはあまりにも理不尽な現実に唾を吐き捨てたい衝動に襲われた。

 

ライフル銃の弾丸を躱したかと思えば、荒波で揺られる船上を神業がかった体重移動で跳ね回る。

体格差は軽く二倍は違うだろう大男に対してどうして殴り掛かれる?恐怖はないのか?

突き出されたナイフの軌道を完全に見切るなど子供に出来ていい芸当ではなかった。

 

全て理解を超えていた、思考が完全にフリーズする。

眼の前の問題に対してどう対処すればいいかディートフリートには…まるで解らなかった。

 

だから少女が船員の一人からナイフを奪い走り出した時も何も出来なかった。

ただ、船内からアレイダが飛び出し少女と船員の間に身体を滑り込ませ刺される姿を見ていることしか出来なかった。

 

ディートフリートの耳に少女とアレイダのやり取りが一字一句が入ってくる。

網膜を通して映し出される、苦痛一つ漏らさず恍惚した表情で血を撒き散らすイカれた女の姿。

 

聞こえるもの、見えるもの、感じるもの…全てが理解の限界を超えていた。

 

猛烈な吐き気が襲ってくる、ディートフリートは今すぐにでも胃液を海にぶち撒けたい気分だった。

 

アレイダが少女を横抱きにし立ち上がると、ディートフリートの方を見て口を開いた。

 

「この娘…ちょっと興奮してしまったようですね、大丈夫でございましたか大佐様」

 

それは、まるでペットが粗相をしてしまった程度の気軽さだった。

 

(巫山戯るな…この惨状を見て、どうも思わないのか?)

 

その言い分は余りも…ディートフリートの物事の判断基準から掛け離れていた。

頭が正常に機能しない、ただ胸の内から溢れる防衛本能のままに声を荒げる。

 

「殺せ…今すぐそいつを此処で殺せッ゛!!」

 

(化け物の基準も道理も知ったことか、貴様がまだ俺の護衛であると言うのなら…命令に従えッ゛!!)

 

「そいつは俺の仲間を殺そうとした…命令だ、俺の護衛であるお前が殺せ」

 

しかしアレイダは何も答えない。

暗に無視すれば命令違反であることを仄めかしたにも拘わらず、アレイダの口から了承の言葉は出てこなかった。

 

「………」

 

彼女は少女の殺害命令から数秒置いて周囲を見渡すとは口を開いた。

 

「大佐様…御言葉を返すようでございますが、お見受けしたところ誰も死んでおりませんし、此処はどうか穏便にことを済ませて頂けませんか?」

 

口調は聞き慣れたおっとりとした落ち着いたものだった。

しかし、同時にその言葉がディートフリートのうなじ周辺に強烈な寒気を走らせた。

 

(――ッ゛!?な、なんだコレはッ!?)

 

その言葉にはまるで首を斬りつける様な凶悪で濃密な幻覚が伴っていた。

ディートフリートは何度も何度も首を手で触り、首が繋がっていることを確認すると安堵の息を漏らした。

 

「子供の癇癪一つで騒ぎ立てるのは…大佐様の沽券を傷つけるだけでございますよ」

 

こんなもの詭弁ですらない、ただの脅しである。

 

(化け物がッ゛…死にたくなければ言う通りにしろとでも言いたいのか)

 

「なら、その血はなんだ…ソイツはお前も殺そうとしていた筈だぞ」

 

「大佐様それは誤解というものです。この娘はただ私に甘えてくれていただけなのです」

 

会話が成立しない上に、口から紡がれる言葉の一つ一つ、表情一つ一つがディートフリートにとって耐え難い程悍ましく気色悪い。

アレイダは母が娘を見るような、姉が妹を見るような、主人が飼い犬を見るような一般的な愛情を数倍…数十倍に練り上げた様な粘着質な笑みを浮かべ頬を赤らめていた。

 

もう何も考えたくないディートフリートは最終的に妥協した。

 

今、ディートフリートがしなければならない最善の行動、それは意味のない問答を繰り広げることではなく、アレイダから命の保障を引き出すことだ。

 

何時暴れだしても不思議ではない凶獣の口から言質を引き出す必要があった。

 

「……いいだろう、だが俺を含めて部下達に手を出さないとを此処で誓え」

 

アレイダは化け物ではあるが、言葉の通じる化け物だ。

ならば出された条件に従う義理程度は持ち合わせていても不思議ではない。

 

 

「……フフ、冗談を言う暇があるなら…銃を下ろしてくれませんか…大佐」

 

――嗤った。

今まで一切乱れなかった鼻につく程丁寧な口調が乱れ笑っていた。

そして、その笑みの中には明確に…ディートフリートに対する怒りの感情を滲ませていたのだ。

 

少女以外を写していなかった瞳に初めてディートフリートが写り込んでいた。

 

(―――ぁ―が――ッ゛!?)

 

全身の細胞が悲鳴を上げる。

膝がガクガクと小刻みに乱れ、視界はぐにゃぐにゃと溶けだし正常に認識出来なくなっていく、周りの船員達に異常が見られない所をみるにどうやらディートフリートにのみ、向けられているらしい。

 

 

口内がカラカラと乾き言葉が出ない、ディートフリートは未だ少女を警戒し銃口を向ける船員になんとかハンドサインを送り銃を下ろさせる。

 

「感謝致します、やはり大佐様はとてもお優しいですね…ご安心下さい、私が皆様に手を出すなど誓ってございません」

 

そして、消えた。

死へと強制的に向かわされていく絶望的恐怖も…瞳に写った自身の姿もなにもかも消えていた。

 

ディートフリートはこれ以上下手なことを喋れなかった。一体何処に地雷が眠っているかわかったものじゃない。

ならば後は…アレイダの関心を集める少女を利用する以外に方法はなかった。

地雷原を渡るように慎重に…言葉を選びながらディートフリートは口を開く。

 

「チッ…無駄口を叩くな、貴様が俺の命令に反したことは事実だ」

 

「それについては反論致しません…私は明らかに大佐様の御命令に反する言動を取っておりました」

 

「貴様が抱えるソレも、どんな理屈を捏ねようと俺の部下を殺そうとした事実に変わりはない」

 

「……それで、どうするおつもりですか?」

 

「…貴様達をライデン港に到着するまでの間監禁させて貰う…異論はないな?」

 

ディートフリートは決して下手に出てることなく、それでいてアレイダが喜んで納得するであろう提案をする。

あの胸に大事に抱えているモノを引き合いに出せば必ず頷く。その確信がディートフリートにはあった。態々化け物の内面を考慮してやる必要などない。

 

「ですが私達を監禁出来る個室というと…大佐様の…」

 

「船長室だ、文句でもあるのか」

 

「いえ、謹んで…処罰を受けさせて頂きます。」

 

(よし、想定通りだ…)

 

内心柄にもなくガッツポーズを決めたい気分だった。

何故ならこれで朝昼晩常に背後に張り付いていたストーカー共と距離を取ることが出来るのだから。

 

 

アレイダは早足に船内に入り、自身の所有物であるバッグをロッカーから取り出すと、急いで船長室へと向かう。

探る様に辺りを見渡した後、部屋に備え付けられたソファーの上に優しく抱えた少女を寝かせていた。

 

(腹立たしいしいが、コイツらから開放されるのなら止む無しか…)

 

「あの、大佐様…」

 

なにやら伺うような口調の声が聞こえてくる。

ディートフリートがアレイダの方を見れば、そこにはタオルを片手にズブ濡れの服を着た少女に手をかける姿があった。

彼は盛大に眉を顰めた後、溜息と共にアレイダ達に背を向けた。

 

(化け物共の裸体など此方から願い下げだ)

 

腕を組み苛立った様子で指先をトントンと弾ませる彼の背後からはタオルの擦れる音が聞こえてくる。

 

「感謝します大佐様、もう振り向いて頂いても大丈夫でございますよ」

 

再度視界を正面に戻せば陸軍に支給される軍服を着た…いや、ぐるぐると簀巻きにされた少女がいた。

心地よさそうに寝息を立てている所を見るになかなかに快適なのだろう。

 

「申し訳ありません大佐様…少々船の備品を使用する許可を頂けないでしょうか?」

 

起きることなく寝息を漏らす少女を確認したアレイダは、立ち上がりディートフリートの元へ近寄ると血に塗れた軍服を摘み、医療品の使用許可を求めた。

 

(この女の化け物具合を見るに拒否した所で死ぬとは到底思えん。だが、このままいけば後数日で全て終わる…浅い望みに掛ける意味もないか…)

 

「許可してやる、ついて来い」

 

 

ディートフリートは医療品が備蓄された棚の鍵を開けると、アレイダにさっさと取れと言わんばかりに雑な手振りで促す。

彼女が取り出した物はランプ、アルコール、縫合糸、ガーゼ、包帯の五種類。

 

「おい…針と麻酔はどうした、まさか麻酔無しで縫うつもりか」

 

ディートフリートは呆れたように医療用の針、局所麻酔と注射器を指差しアレイダへと嫌味混じりの注意をする。

 

麻酔が無ければ激痛により傷口を縫うことなど出来はしない。実行したとしても人間の防衛本能が許しはしないだろう。そんなもの誰もが当たり前に持つ一般常識だ。

だからディートフリートも面倒だと思いながらも最低限の注意は口にする。

 

しかし、彼はアレイダという女の化け物具合を見くびっていた。

 

「お気遣い感謝します…ですが、私の身体にその手の薬の効果は期待できません」

 

その言葉にディートフリートはアレイダと初めて会った日のことを思い出した。

確か人一人を容易く死に至らしめる猛毒を一息で飲み干し平然としていた筈だと…。

 

(麻酔も一種の毒だ…この女に効く筈もないか)

 

だったらどうするつもりか。

ディートフリートがその質問を投げかける前にアレイダは行動を開始した。

 

ランプにアルコールを注ぎ火を灯すと、軍服を脱ぎ捨て患部にアルコールを注ぎ消毒を施した後、血をタオルで入念に拭き取っていく。

 

(醜いな…射創、火傷、縫合の後、一体どれだけある)

 

アレイダの上半身、そこには夥しい程の戦闘による爪痕が深く刻まれていた。

それは傷痍軍人など見慣れたディートフリートをしても思わず目を背ける程酷いものであった。

患部を消毒し血を拭い終わると、アレイダの腹には肉が大きく抉れた縦穴が五つ姿を現す。

 

(内蔵までは達していないようだが…麻酔なしでの治療は不可能だ)

 

「それでは手早く治療してしまいますので、少々お待ち頂けますか大佐様」

 

そう言ってアレイダは手慣れた手つきで針へと縫合糸を結びつける。

しかしその針が問題であった、なにせその針は治療用でもなんでもない――

 

(釣り針だと…ッ)

 

そう…釣り針だった、しかも通常の縫合に使う針の二、三倍ぶっとい代物である。

針の返しは削いであるようだが頭がおかしいとしか言いようがない。

 

釣り針をアルコールで消毒し、ランプで炙り滅菌処理を施す。

 

わなわな震えるディートフリートを他所にアレイダは治療を開始する。

タオルを口に噛み締め、苦痛に顔を歪ませながらも数分程度で一つの傷口を縫い上げていく。

 

(痛覚が無い訳ではない…)

 

むせ変える鉄の臭いが周囲に漂い始める、治療の為に身体を縫い上げる針が更に身体を傷つけ、糸を通した穴から新しい血が漏れ出し滴り落ちていた。

 

「―――ッ゛ぅ゛!!」

 

ドクドクと溢れ出るマグマの様に熱い鮮血。

まるでアレイダが感じている痛みを体現するように噴き出し、止まらない。しかし彼女の手は施術中一切止まることはなかった。

 

そうして刺し傷は全てテンポよく縫い合わされていく…数十分後、腹部に出来上がった大穴は全て綺麗に縫い合わされ、施術の際に発生した流血の処置も終え無事に治療は完了した。

 

腹部を覆うようにガーゼを軽く押し当て、胴体を包帯を巻き上げると、血濡れの軍服を羽織り直しアレイダは何事もなかったかのように立ち上がる。

 

「お待たせ致しました大佐様」

 

立ち上がったアレイダはテキパキと血を拭ったタオルや使用済みの医療品を処理していく、その動作は自然体で、とても五つの刺傷を縫い合わせた後だとは思えなかった。

 

「それでは…戻りましょうか」

 

もう用は済んだとばかりに立ち去ろうとする彼女をディートフリートは呼び止めた。

 

「貴様…そうまで身をすり減らし、血反吐を吐いた先に一体何を望んでいる」

 

「誰しも現状をより良くするべく勝利や栄光を願い生きている。そのために研鑽と努力を積み上げる。そうしてまで手にしたいものがあるからだ…それを、貴様は何だ…まるで理解が出来ん。何を欲しがってそんなザマになる」

 

「目的は殺しか…?殺して、殺し尽くして、その先はなんだ?戦争が終結した後もまだ殺すつもりか」

 

矢継ぎ早に飛ばされる彼の問い詰めるような質問の数々にアレイダは振り返り口を開く。

 

「大佐様、私の願いなど些細なものでございます」

 

「ただ自身の居場所を得たかっただけ…誰だって安心出来る自分だけの居場所というものを求めるものでございましょう?」

 

「……」

 

ディートフリートは何も答えない、拍子抜けする程平凡な願いだった。

そんなもの望まずとも持ち得ている人間がほとんどだ。多くは家族、余程劣悪な両親の元で育てられない限り子は親に拠り所を見出し、そして平凡に要領よく生きれば学校や職場、自身の存在を肯定してくれるコミュニティーなど幾らでも築けるはずだ。

 

少なくとも全身を傷まみれにし、数多の死体の山を築いた上に望むものとしては到底似つかわしくなかった。

まだ殺し自体が目的と言われた方が納得というものだ。

 

「私はそれがないと駄目になってしまうのです。過剰でも不足でもいけません…弱い私は恐怖で震えてしまうのです。ですので私が求めるものは一つだけ、安心出来る居場所。それさえあれば何も不満はありません」

 

しかし、切実に語る言葉には確かな真実があった。

ディートフリートにはアレイダが話す内容が一ミリも分からない、ただ無感情に殺しを愉しむ化け物でなく、その行動には一定の意味があることだけは辛うじて理解出来た。

 

「…なら、あの子供はなんだ。何の関係もない、何にも興味を示さない貴様が何故そうまでする」

 

アレイダの腹部を指差し、最も疑問であったことを聞く。

言葉も介さない獣をなだめる為だけに無抵抗で腹を刺し貫かれるなど狂気の沙汰である。

それが敵意を向けた相手を躊躇なく始末する機械が如き冷徹な女なら尚の事。

少女が彼女の不鮮明な目的に関わりがあるとは到底思えなかった。

 

「大佐様…貴方様にとって命よりも大事なモノはございますか?」

 

答えになっていない。

しかし彼は気紛れに答えることにした。

 

ディートフリートは考える。自身の命よりも大事な存在、そんなものがあるのかと自問する…が、案外簡単に見つかった。

それは誇りだ。戦場で自身が死の瀬戸際に立たされたとしても決して命乞いも諦めもしないだろう。

家族だ。絶縁同然の母…年々弱り小さくなっていく背中を見ていると胸が苦しくなる。そして弟…アイツが死にかけているのを想像すれば、不思議と自分を犠牲にしてでも助けるのだろうなと思う。

 

「色々想像なさっているようですね…大佐様が思うソレこそ私にとっての彼女なのです」

 

「あの子供と面識があったのか?」

 

成る程、過去どこかで面識があり、ディートフリートが考える様な大事な存在であったなら先程の行動の意味にも一考の余地が生まれる。

 

「いえ、初対面です」

 

だが、そんな考えはキッパリと否定される。

ようやく、この化け物に対し共感出来る何かを見出せそうだと思った瞬間にこれである。

 

ディートフリートは額に太い青筋を浮かべながら、苛立った様子でアレイダを睨みつける。

 

「貴様、巫山戯ているのか?」

 

どこの世界に血の繋がった家族と出会って間もない子供に同等の価値を見出す奴がいる。

ディートフリートの価値観で考えるのであれば、一切相容れない馬鹿げた考えだ。

どれ程初対面の印象が良くても、それが命を捧げるに値するなど絶対に起こり得ない。そんな戯言をほざく奴は詐欺師か狂いきった狂人くらいだろう。

 

「至って真面目です。大佐様に対し物申すことはあっても虚偽を口にすることは決してございません」

 

「それは貴様の命、欲したモノ、今ままで積み上げた全てよりも見ず知らずの子供を優先するということだ…本気で言っているのか?」

 

「勿論でございます、彼女からすれば一方的で迷惑かもしれませんが…この命を懸けて幸せにして差し上げたい。その為なら自身の過去、これからの全てを投げ捨てても構わない。そう出来ると信じております。こんなにも身勝手で自分本位で性根まで腐りきったどうしようもなく弱い私に彼女は生きる意義をくれたのです」

 

もうディートフリートはこの女を理解しようとすることを放棄した。

この女の思考は複雑怪奇、同じ人間のものとは思ってはいけない…そんなことはとうに分かっていた筈なのに、いざアレイダの口からその考えを聞かされ、改めてディートフリートは女が常人の理解が及ばない化け物なのだと再認識させられる。

 

しかし喜悦に濁った瞳を輝かせる女の言葉から大事なことはしっかりと理解出来た。

つまりあの少女を抱え続ける限り、この女が地獄の果てまで這いずり回ってでも来るということだ。

 

「だから刺さされても文句など無いと――もういい。狂人の戯言を聞く気はない。ライデンの港に降りた後二度と俺に近づくな。そして関わるな」

 

(…ギルベルト…先に謝っておく、すまない)

 

「あの子供は俺の弟であるギルベルトに引き渡す。武器としてだ。だから俺の手元から直ぐに離れると思っておけ」

 

アレイダにとっての特級の地雷である少女。

彼女の胸の内を占めるそのぶっ壊れた比重を知れたのなら、手元に置き続けるなどという愚行は犯さない。

敢えて彼女の逆鱗を煽る様にその行き先を告げる、これで彼女の興味はディートフリートから離れ…弟であるギルベルトの元へと向かう。

 

ディートフリートは内心弟に対し酷く申し訳ない気持ちを抱きつつも、胃潰瘍寸前の胃の痛みには逆らえなかった。

 

「……はい、畏まりました」

 

(引き渡す際に忠告程度はしておくか…どんな手を使ってでもギルベルトの部隊に潜り込もうとするだろうこの女のことを…)

 

 

☆☆☆

 

 

少女が目覚める、其処は柔らかいソファーの上で身体にはブカブカに布地を余らせたサイズ違いの服が着せられていた。

 

「……」

 

その目は半開きで寝惚けており、髪はあちこち跳ね上がっていた。

 

不思議そうに辺りを見渡し、眠りにつく前のことを思い出す。

骨を蝕む雨風の寒気、全身を燃やし尽くす熱い血の熱、しかしそれらは全て綺麗になくなっていた。

 

そしてあの、暖かい眼差しも消えていた。

そのことを理解した途端、少女は何故か身体がソワソワと落ち着かなくなる感覚に襲われる。

 

それは不安。頼る存在などいなかった少女が初めて感じた無償の愛と慈愛の感情が喪失したことによる不安が胸の内から押し寄せていた。

 

少女は身体に纏った緑の服をギュと抱き寄せる。その服から微かに香る覚えのある血の臭い。それに包まれていると…心が落ち着きとても安心出来た。

 

――バタン

 

不意に聞こえてくる扉の閉まる音。

少女は驚いた様に全身を少し揺らすと、服を頭からすっぽり覆い被さり身を縮め、音のした方を油断なく警戒し始める。

 

気配が迫り、伸ばされた手が肩に当たった瞬間

 

ー―ガブゥッ!

 

噛み千切る勢いで思いっきり噛みついた。

手からはギチギチ肉を磨り潰す嫌な音が聞こえ、赤紫の歯型が広がっていく。

 

「おやおや…貴女は相変わらず可愛いらしいですね」

 

それはとても穏やかな声だった。ただひたすら愛情に満ちた安心させる声。

最後に見た光景となにもかも変わらない…あるがままの少女を瞳に写し、優しく頭を撫でてくれた。

 

少女はゆっくりと手から口を離していく。ニコニコと笑みを浮かべる彼女の手には痛々しい歯型が残っていた。

 

それを見て少女は先程よりもっと胸が苦しくなる。

やってしまった。取り返しのつかないことをしてしまった…言葉に出来ない後悔、理解できない感情が少女の胸を締め上げ痛ませる。

 

知らず知らずの内に少女は下を向き…きつく瞼を閉じていた。

殴られ、蹴られると思っていた。芸を仕込まれるまでに経験してきた全てこそが少女の持ち得る判断基準だ。

彼女は飼い主ではない…しかし飼い主や大人に逆らえば決まって躾けが待っていた。食事だって丸一日抜かれた。

ならば同じ様に彼女からも何時硬い拳、冷たい靴底の感触が飛んできてもおかしくないと考えていた。

 

しかし何時まで経っても痛みは来ない。感じるのは頭を撫でる手の感触だけ。

ゆっくりと顔を上げる…そして目が合うと少女は胸が凄く軽くなった。

その瞳には許しがあった。庇護の対象に向ける何処までも甘やかすような深い愛情があった。

 

「優しい娘ですね…ほら私は痛くもなんともありません。その証拠にぎゅぅ~~っとしてしまいますよ。貴女さえいてくれれば…私は何時でも元気百倍でございます」

 

少女が苦しそうに腕や脚をバタつかせるのもお構いなしに全身を抱きしめる。

安らげる抱擁だった…数分、数十分と長い間ずっとそうしていた。

 

最初こそ驚いたように暴れていた少女もだんだんと落ち着いていき、落ち着ける匂いを纏う彼女の胸元にグリグリと鼻先を押し付けていた。

 

「貴女に名前をつけて差し上げたい、呼び合いたい。ですが私にそんな資格ありません…ですので、何時か貴女を表す名を得たのなら…どうか、名を呼び抱きしめさせて下さい」

 

 

☆☆☆

 

 

そして数日が経ち、船はライデン港へと無事到着する。

 

アレイダは少女との束の間の別れを惜しみながら陸軍省へと猛スピードで走り去っていき、ディートフリートは病院に駆け込み数日入院した後、少女を弟の元へと丁重に送り届けた。

 

 





無事お労しい兄上は病院に駆け込み治療を受けることが出来ました。
なお胃は既に爆発していた模様。

どうでもいいですが、アレイダさんは依存した相手を崇拝するタイプの変態です。


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