夢見る竜の軌道式〜貧乏魔道具店の魔導師と滅びの姫〜 (こがれ)
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開いて三日で経営危機

 ソフィア・ルミナリエは魔導師に憧れていた。

 

 ソフィアは幼いころに拾われ、魔導師の義母に育てられた。 

 母は辺境の街で小さな魔道具店を営んでいた。

 毎日のように困り顔の人が母を訪ねて、帰るころには笑顔になっている。

 

 ついたあだ名は『夢を叶える魔導師』。

 母は恥ずかしがっていたが、ソフィアは憧れた。

 だから店を建てた。

 これで自分も母のような魔導士になれる。そう思っていたのだが。

 

「どうして、お客さんが来ないんですか!」

 

 客の居ない店に声が響く。

 ほんの数日前。開店直後は結構な人が来ていた。

 

 ソフィアは無駄に容姿が良い。

 人形のように整った顔立ちと、神秘的な青白い髪が合わさって妖精のようだ。

 

 だから美少女が初めた魔道具店と言うことで、最初は客が入っていた。

 しかし二日、三日とたつにつれて客足は減っていき。

 今日はお昼を回っても誰一人来ていない。

 

「うぅ、お店を建てるのと材料の仕入れで、お金もほとんど残ってないですよ」

 

 本気でまずい。

 このままでは開業して一か月で廃業する。

 ……廃業タイムアタックかな?

 

「お嬢様、この事態なら予測していた」

 

 店の奥から出てきたのはメイド姿の少女。

 緑の髪に寝癖(ねぐせ)がはねて、メイド服はやたらと(そで)が広い。本人いわく和風メイド。

 

「ほのか? どういうことですか?」

「はっきり言って、お嬢様の商才がゴミなことは分かり切っていた」

「ゴミってなんですか!」

 

 ゴミは無いだろう。

 

 メイド少女。ほのかは店の商品棚に近づくと、商品の一つを指さす。

 円盤のような形をした魔道具だ

 

「お嬢様、これは?」

「それは自動掃除機です。勝手に動いて掃除してくれるうえに、障害物に当たっても方向転換するので部屋の隅々まで掃除してくれますよ。まぁ、方向転換機能を付けて小型化をした結果、吸い口が詰まりやすくなったので、掃除させる前に掃除をしなければいけませんけど」

 

 掃除をする前に掃除が必要な掃除機。

 哲学かな?

 

「……こっちは?」

 

 次に指さしたのは巨大な杖。

 

「それは冒険者向けの杖ですね。10種類以上の様々な現象を引き起こし、組み合わせしだいでは100を超える魔法を扱えます。……お客さんには重すぎて持てないって怒られましたけど」

 

 ソフィアだって作っているときに『あれ、これ重いかな?』とは思った。

 だがこれ以上は性能を削りたくなかったのだ。

 だって大きくて強い武器ってロマンにあふれてるから。

 

 ほのかはぐるりと店を見渡す。

 どれも革新的だが一癖も二癖もある魔道具ばかり。

 

「ゴミじゃん」

 

 ゴミだった。

 

「お嬢様は使う人の事を考えずに、自分が面白いかどうかで物を作る。だから売れないゴミばっかり量産する」

「そんな! つまらない魔道具には意味がありません!」

「道具は使うためにある。使えない魔道具を作るお嬢様にまともな経営は無理」

「うぐぅ」

 

 ド正論をぶつけられて肩を落とすソフィア。

 『面白い方が良いじゃないですか』といじける。

 そこに、ほのかは一枚の紙を差し出した。

 

「ただ、お嬢様の腕は確か。世界一と言っても過言ではないと思う。だから、これを配ってきた」

 

 その紙にはこう書かれていた。

 

 

オーダーメイドやってます

魔道具、竜について困っている方はご相談ください

今なら開店祝いで無料相談受付中!

 

 

「お嬢様は対面でお客さんの注文を聞けば良い物が作れる。だからオーダーメイドが良い。そして少しでも評判を良くするために、しばらくは無料相談を受け付けて仕事をとろう」

「オーダーメイド、相談……あまり人と話すのは好きじゃないですけど。やってみます」

 

 その時、カランと音を立てて店の扉が開いた。

 

「仕事をお願いしたいのだが」



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夢と霧

「暇です」

 

 ソフィアは手すりに寄りかかりながら呟いた。

 目の前に広がるのは青い空、そしてどこまでの続く広い森。

 空を飛ぶ船『飛竜艇』にソフィアは乗っていた。

 

 服装は灰色の服に黒いスカート。その上に真っ白な白衣を羽織(はお)っている。

 

「やっ!」

 

 イスが倒れた音と女の子の声が響いた。

 そちらを向けば、倒れたイスと小さな女の子。イスの近くには黒い学生服の青年が二人立っていた。

 

 ソフィアの記憶によれば、学生たちは二人ではしゃいでいたはず。

 ふざけていたはずみで女の子の座っていたイスを倒したのだろう。

 

「大丈夫ですか?」 

 

 ソフィアは女の子に走り寄る。

 特に怪我などはないようだが。

 

「あまりはしゃぐと危ないですよ。この子に謝ってください」

 

 こういう時はあまり責めてはいけない。

 ソフィアはさとすように学生たちに言った。

 しかし学生たちは気に入らなかったようだ。

 

「はぁ!? なんか文句あんのか!」

「そんなところにいる、ガキが悪いんだろうが!」

 

 怒り出す学生たち。

 手には酒瓶。体からアルコールの匂いがする。

 酔っ払いか。

 年齢は15歳ていど。別に飲酒が制限されている年齢ではないが。

 こんな昼間から飲むのはいかがだろうか。

 

「あなたたち酔ってるんですか? 一度酔いを醒ました方が」

「うるせぇ!」

 

 学生が腰に掛けていた剣を引き抜き、振り上げる。

 しかし次の瞬間。

 キン!

 学生の剣が弾き飛ばされる。

 床から伸びた氷柱のような結晶に。

 

 そしていつの間にか、ソフィアの手に水晶のようなもので作られた拳銃が。

 それを学生の眉間に突き付けている。

 

「ま、まて、待ってくれ」

懺悔(ざんげ)なら、あの世で神様にどうぞ」

 

 ソフィアはゆっくりと、その引き金を引いた。

 ポン!

 かわいらしい音が鳴ると、拳銃から球が飛び出しぺチリと学生の眉間に当たった。

 

 ソフィアはいたずらが成功して笑う。

 

「ふふ、本当に撃つわけがないじゃないですか」

「そ、そうだよな」

「は、はは」

 

 安堵したように笑う学生たち。

 ソフィアだって流血沙汰なんて起こしたくない。

 まぁ、それはそれとして、

 

「その酒瓶、もらえますか?」

「あ、ああ」

 

 茫然としていた学生は、つい酒瓶を渡す。

 ソフィアはそれを船の外に放り投げた。

 

「あ、おい!」

 

 ズバン!

 ソフィアが構えた拳銃から爆音が響き、酒瓶は砕け散った。

 

 そう、撃とうと思えば撃てた。

 眉間を撃ち抜く威力で。

 

 その事実に気づいた学生たちの顔が真っ青になっていく。

 酔いもさめただろう。

 

『す、すいませんでしたぁ!』

 

 声をそろえて叫ぶと、ドタバタと逃げていった。

 そしてソフィアの手元にあった拳銃と、床から伸びた結晶の柱が空気に溶けていく。

 

「……思ったよりも怖がらせてしまいましたね。ちょっと驚かせるつもりだったのに」

 

 アレではトラウマになっただろう。

 学生たちを追い払ったところで、ソフィアはしゃがんで女の子に話しかけた。  

 

「痛いところはありませんか?」

「うん。大丈夫だよ……あっ」

 

 女の子は落ちていたおもちゃの杖を拾う。

 そしてそのボタンを押したのだが、反応が無い。

 

「わたしの杖、壊れちゃった」

 

 女の子の目じりに涙が浮かび、すすり泣く。

 自慢じゃないが、ソフィアに子供をあやした経験などない。

 子供が泣いたときの対処法など分からない。

 困った。

 

「ああ、泣かないでください。えっと、そうだ私が直してあげますから」

 

 直してあげる。

 そう言うと女の子は泣き止んで、うるんだ瞳でソフィアを見つめた。

 

「おねえちゃん。直せるの?」

「私も、一応は魔導師ですから。少し見せてくださいね」

 

 ソフィアはおもちゃの杖を受け取る。

 軽い木材で作られているようだ。

 

 ソフィアは白衣のポケットに手を入れる。

 そのポケットには何の膨らみもなかったが、手を出すと水晶のようなもので作られた工具を持っていた。

 

「きれい!」

「ありがとうございます」

 

 工具を使って杖を半分に開ける。

 そこには小指ほどの小瓶と、そこから黒い紐のようなものが伸びていた。

 

 それを女の子はキラキラと目を光らせながらのぞき込む。

 魔法に興味があるのだろうか。

 

「この小瓶に竜の体液が入っています。これから出る龍素のおかげでこの杖は動いているんですよ」

 

 ソフィアは杖の中身を指さして、女の子に説明する。

 

「そしてこの黒い紐、これは竜の筋肉で龍素を運んでくれるんです」

 

 そして黒い紐をたどっていくと、杖の外側に付いている小さな宝石のようなものに行きつく。

 

「そしてこの石。これは触媒と呼ばれて、龍素を流すことで様々な魔法を起こしてくれるんです。今回は石ですけど、水っぽいものとかいろいろな触媒があるんですよ」

「わたしの杖ってこんなっだんだ!」

 

 どうやら説明が気にって貰えたようだ。

 

 そしてソフィアはドコが悪いのか見る。

 幸いどこかが壊れているわけではなく、小瓶と紐の接触が悪かっただけ。これなら少し金具を締めなおせば直る。

 

「はい、これで直りましたよ」

 

 ソフィアは杖を元に戻して女の子に差し出す。

 女の子がボタンを押すと、シャラシャラと音を立てて杖は光りだした。

 

「ありがとう、おねえちゃん!」

 

 女の子の笑顔を見て、ソフィアはホッと息を吐く。

 泣かれるより笑顔でいて欲しい。

 すると若い女性が近づいてきた。

 

「あら、ごめんなさい。この子が何かしましたか?」

「おかーさん!」

 

 どうやら、女の子の母親のようだ。

 もしかして子供に近づく不審者だと思われただろうか。

 ソフィアは不安に思いながら言い訳をする。

 

「いえ、この子が学生とトラブルになっていて――」

 

 ソフィアが簡単に説明すると、母親は頭を下げる。

 

「ありがとうございます。おもちゃまで直していただいて」

「これぐらいは簡単なことですから。あの、余計なことかもしれませんが、あまり目を離さないであげてください。この船には学生が多いですし……」

「そうですね。自室で大人しくしておきます。ありがとうございました」

 

 そう言って、母親が女の子と離れようとしたとき。

 女の子がソフィアに抱きつく。

 

「わたしね、おねえちゃんみたいな、まどうしさんになるんだ!」

 

 女の子はソフィアを見上げながら、元気に叫んだ。

 ソフィアは幼い頃を思い出す。

 自分も母に抱き着いて、同じようなことを言っていた。

 

(お母さんは確か――)

 

 ソフィアがおずおずと女の子の頭をなでると、女の子はにへらと笑う。

 

「きっとなれますよ」

 

 そして、女の子は杖を光らせながら去っていく。

 楽しそうに母親に話しかけて。

 ソフィアは、ほんの少しでも女の子を幸せにできたのだ。

 

「私も、少しはお母さんみたいな魔導師になれてますかね?」

 

 

 

 

 そうして、ソフィアが女の子と分かれた直後。

 

「さすがですな。魔導師殿」

「ああ、船長さんですか」

 

 そこにやってきたのはこの船の船長。

 筋肉のついた大きな体、ひげを生やした初老の男性だ。

 今回の依頼者でもある。

 

「今回はご依頼ありがとうございました。まさか、船の臨時魔導師をやるとは思いませんでしたけど」

 

 先日、ソフィアの元にやってきた依頼は船の臨時の魔導師。

 と言っても仕事は出向前のメンテナンスがほとんど。現在はトラブルがあった時のために同乗しているだけだが。

 

「雇っている魔導師が整備中にケガをしましてな。緊急でとなると、なかなか見つからず」

「それでもよく私に依頼しようと思いましたね。自分で言うのもなんですけど、まだ15歳の子供ですよ?」

「いや正直、初めてソフィア殿にあった時は不安でしたが。今は依頼してよかったと思っていますよ」

 

 ソフィアは船長と話しながら周りを見る。

 それにしても学生が多い。

 全員が同じ制服ではなく、三種類ほどの制服を着ている。

 

「たしか、黒焔重工(こくえんじゅうこう)の実地研修でしたっけ?」

 

 黒焔重工は世界最大と名高い重工業メーカーだ。

 そこは毎年、学生を対象とした実地研修を行っている。

 

「ええ、そちらに参加する学生が乗って居ます。少し手を焼いていますがな」

 

 船長が少し困ったような眼を上に向ける。

 そこには船につけられたテラス席。

 そこから大音量の音楽と、学生たちの、はっきり言って品のない笑い声が響いている。

 あの様子では、先ほどのソフィアの件も気づいていないだろう。

 

 正直、ソフィアはああ言った集団に苦手意識がある。

 なぜなら陰キャだから。

 

 船長はトーンを一つ落として話す。

 

「今回の研修は優秀な学生を対象とした、いわば囲い込みに近い物ですから、はしゃぐ気持ちは分からなくはないですが」

 

 この研修に参加できることは、実質的な内定に近い。

 黒焔重工は魔導師にとっては理想的な就職先。同じくらいの就職先があるとしたら国に仕える宮廷魔導師くらいだろうか。

 そこに就職が決まり、後の学生生活はゆるく過ごせるとなったら嬉しいものなのだろう。

 ソフィアは学校に通っていないため、あくまでも想像だが。

 

「それにしても、もう少し品位のある行動を心がけて欲しい物ですがな。この船には黒焔重工の方も乗っていると言うのに……」

 

 すると、船長は何かに気づく。

 

「ああ、そういえば。ソフィア殿に依頼したのは黒焔重工の方からの推薦もあったのですよ。この船にも乗っているボレアス殿です。知り合いですかな?」

「少し前までお世話になっていた人です。久しぶりにあいさつに行きたいですね」

「それでしたら部屋番号は――」

 

 そうして、ソフィアは知り合いに会うために船長と別れた。

 

 

 そして、すぐに変化は起こった。

 

「霧ですか?」

 

 うっすらと霧がかかる。

 その霧はドンドンと濃くなっていき、あっという間に数メートル先も見えなくなる。

 

「何ですかこれ。霧が出るような気候じゃなかったのに」

 

 あまりにも不自然な現象。

 世界には居る。異常気象を引き起こし、天地を割り、世界を都合がいいように捻じ曲げる存在が。

 霧の奥に感じる。圧倒的な存在感を。

 

「まさか、これは――」

 

 キュオオオン。とガラスをこするような音が響いた。

 そして、

 

「あれは山? いや、動いていますね」

 

 山と見間違えるような巨大な影。

 それはその巨体をゆっくりと動かしている。

 しかし、次の瞬間。

 

「消えた!?」

 

 巨大な影は霧に溶けるように消え失せる。

 あのような巨体が消えるはずがない。しかしジッと霧の奥を見つめても影は出てこない。

 ふと、船の先頭を見ると。

 

「ぶつかる!?」

 

 そこに巨大な影。

 ぶつかると思った。だが船は影をすり抜けて何事もなく進んでいく。

 

「実体が無い?」

 

 しばらくの間、ガラスをこするような鳴き声と巨大な影が出たり消えたりしていた。

 もはやその現象にも慣れたころ。

 

「霧が晴れていく。竜から離れたんですか?」

 

 むしろ、逆だった。

 完全に視界が開けたとき。

 

 目に入ったのは巨大な水槽だ。

 まるで海を切り抜いたように深い青。そこには沢山の魚や竜が泳いでいる。海底からは海藻と共に異質で巨大な黒い塔が生えていた。

 

 それを背負って歩いているのは亀のような巨竜。

 甲羅の様なドーム状の水槽。長く伸びた首。ずっしりとした太い足。水槽以外は金属質なうろこに(おお)われている。

 そしてお腹のあたりから大量の蒸気を噴き出し、それは霧のようにあたりに広がる。

 

 こんな竜は見たことが無い。聞いたこともない。

 全く未知の竜。

 これは――

 

 天才たちの遺品。

 最も古き龍。

 自然を征服した古代技術の欠片(かけら)

 

「古龍」

 

 どきどきと胸が高鳴る。

 自然と笑みがこぼれる。

 目の前の未知に心がおどる。

 

「ときめきますね」



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迷惑な次期社長?

 ソフィアは今後の対応を聞くため甲板に向かった。

 そこには自称和風メイドのほのかも居た。

 

「あれ、ここに居たんですか?」

「さっきまでジジイに会っていた」

 

 ほのかがジジイと呼ぶのはボレアスだ。

 船長が言っていた黒焔重工(こくえんじゅうこう)の人間。

 今回の依頼にソフィアを推薦した人だ。

 そして、ほのかに従者としての心得を教えた先生でもある。

 

「ボレアスさんはどうしたんですか?」

「説教がうるさいから睡眠薬で眠らせた」

「この状況で眠ってたらまずいですよ……トラブルがあった時の指揮権ってボレアスさんにあると思うんですけど」

 

 ボレアスは黒焔重工で、そこそこ偉い立場だ。

 この船も運航しているのは黒焔重工。

 トラブル時の指揮権はボレアスにある可能性が高い。

 

 二人がそうして喋っていたときだった。

 

「いいからあの古龍に着陸しろ!」

 

 甲板に怒鳴り声が響く。

 声の主は鋭い目つきの男子学生。

 彼は船長と向き合っていた。

 

「無理です。我々には乗客の安全を守る義務がある。未知の竜に着陸することはできません」

 

 船長が当然の言葉を返す。

 なぜあの学生は偉そうにわめいているのかとソフィアは首をかしげた。

 

「なんだか、無茶な要求をしている人が居ますね。学生のわがままが通るわけがないのに」

「そうでもないかも」

 

 そうでもない?

 なぜ学生のわがままが通る可能性があるのか。普通に考えれば断られて終わりだが。

 

 学生と船長のあいだに、スーツ姿の男性が割って入る。

 あれは実地研修の関係者だろうか。

 

「まあまあ、お二人とも落ち着いて。ストル様もここは諦めていただけると――」

「お前。俺を誰だと思っている」

 

 ストルと呼ばれた青年は、男性の胸倉をつかむ。

 気弱そうな男性はされるがままだ。

 

「黒焔重工の社長『ボルバー・ウィンチェスター』。俺はその甥の『ストル・ウィンチェスター』だ。子供のできない叔父の後を継いで、将来は黒焔重工の社長になるのは誰だと思う?」

 

 ストルの言葉にソフィアは驚く。

 井戸端会議で意外な噂を聞いた奥さんぐらいに。

 

「え、ボルバーさんの跡継ぎって決まってたんですか?」

「さぁ? あの甥っ子を跡継ぎになんて話は聞いたことないけど。勝手に勘違いしてるだけじゃない」

「そんな勘違いしますかね?」

 

 自分が次期社長になる。

 そんな勘違いをするだろうか。あるとしたら誰かにそそのかされているとか?

 ソフィアたちがダラダラと喋っている間にも話は進んでいく。

 

「わ、分かりました。あの古龍に着陸いたしましょう」

「待っていただきたい! ここは一度街に戻って――」

「諦めろ船長」

 

 ストルは聞き分けのない子供をさとすように。あるいはバカにするように。

 

「古龍の発見は我が社にとって大きな利益だ。お前も古龍が内包する物的、技術的な資源がどれほど莫大かは分かっているだろう。もはや実地研修などと、くだらないままごとをしている場合ではないのだ」

 

 確かに古龍は未知の技術や資源の宝庫である。

 金山などよりもずっと価値がある。まさしく宝の山だ。

 だからとって乗客を危険に(さら)すのは会社の信用にかかわる。

 ソフィアには得策だと思えない。

 

 そうだ。とストルは何かを思いついたように続ける。

 

「むしろ俺が学生どもを査定してやる。古龍の調査には俺と学生どもだけで行く」

「な、待ちなさい。せめて船員から護衛を」

「そうして、俺の手柄を横取りする気か?」

 

 言っている意味が分からず、船長は言葉に詰まる。

 

「今回の古龍調査を成功させれば、黒焔重工での俺の地位はさらに盤石なものとなる。……場合によっては叔父には早くから退いてもらうことになるかもな」

 

 それは社長への反逆ともとれる言葉。

 船の上が静まる。

 誰かが息をのんだ。ソフィアのあくびだった。このやり取りに飽きていた。

 しかし、学生たちは違った。

 

「ストル様、ぜひご一緒させてください!」「俺も付いていきます」「さすがはストル様ね。行動力が違うわ!」「俺も――」「僕が――」

 

 学生たちはドッとストルに押し掛けると褒めはやす。

 自称次期社長のストルに気に入って貰えれば、自分も美味しい思いができる。

 目の前にぶら下げられた出世街道に釣り上げられたのだ。

 

「これで決まりだな。古龍調査に向かうぞ!」

 

 そして、船長は周囲を見渡すとソフィアに気づく。

 こめかみを抑えながらソフィアの方へと歩いてくる。

 ソフィアは嫌な予感がする。

 面倒ごとを押し付けられそうだ。

 

「ソフィア殿、追加で依頼をしたい。あの馬鹿どもに付いて行って護衛をしてくれ」

「え? なんで私が?」

 

 予感が的中してしまった……。

 ソフィアは嫌だった。

 実は数か月前まで、ソフィアは引きこもりの不登校だ。

 正直言って、あんなパリピ学生たちとは肌が合わない。関わりたくない。

 

「彼らと同じ年ごろだろう? それに着ている服も制服に似ている。なんとかなるだろう」

「いや、同年代の人ってくくりでまとめないでください。若い子にだって属性があるんですよ。みんな仲良しこよしの子供時代はとっくに過ぎてるんです。制服だって無理がありますって、ね?」

 

 ソフィアはほのかに助けを求める。

 しかしほのかは首をふる。

 

「お金ないし行っておいたほうが良い」

 

 金のことを言われると強く出れない。

 だって散財したのはソフィアだから。

 

「うぅ、わかりました、行きますよ。でも学生じゃないってバレたら戻ってきますからね! ほのか、準備しますよ」

「あ、私は付いて行かないから」

「なんでですか!?」

「私はこれしか服が無いし。お金になりそうなものが無いか探してる」

「うらぎりもの!」

 

 

 

 

 古龍の背中。

 そこはガラスで作られたサンゴ(しょう)のようだった。 

 

 石灰のような白い岩が積もった地面。

 そこからガラスの木のようなものが生えている。

 ガラスの木は色とりどりの淡い光を放ち、幻想的な風景を作り出す。

 

「ハァァ!!」

 

 そこをストルは走る。

 手に持っているのは黒い剣。ただの剣ではなくジェット噴射によって勢いを増して振るうことができる魔道具だ。

 

 対峙するのは一匹の竜。

 大きさは人が乗れる程度。魚のような姿で三角柱に似たフォルム、全身が金属質のうろこでおおわれ、ぬるぬると光っている。

 

 シュゥゥ!! と音を立てて魚竜の尻尾から水が噴き出す。

 その勢いを利用して魚竜は地面を滑り、ストルに体当たりを仕掛ける。

 

「甘いな!」

 

 ストルはひらりと避けると剣を振るう。

 剣の(つか)から勢いよく炎が吹きあがり一気に加速する。

 ズバン!!

 音を立てて魚竜を切り裂く。魚竜はびくりと一度震えると動かなくなった。

 

 学生たちがストルに走りよる。

 ちなみに船の上でソフィアとトラブルを起こした学生たちはいない。

 酔って寝ているのか、ソフィアにビビッて出てこなかったのか。

 

「さすがはストル様です!!」「いやーさすがさすが」「まったくさすが」「すごいさすが」

 

 そして学生たちは口々にストルを褒める。

 よくもまあ飽きないものだ。

 ソフィアは(あき)れながらガラスの木を眺める。

 

「しかし、なんだこの竜は」

「この竜は『シーモビル』です」

 

 ストルのつぶやきに、メガネをかけた学生が答えた。

 

「学術名は滑泳船竜(かつえいせんりゅう)。滑るように泳ぐ船の竜です。尻尾から水を噴射するのが特徴で、噴射した勢いで海上を滑るように泳ぎまわります」

 

 学生はメガネをクイクイと動かしながら得意げに説明する。

 

「海を泳ぐか。どうしてそんな奴がココに居る? 海は近いはずだが数キロは先だ

「え? そ、それは」

 

 メガネの動きが止まった。

 どうやら答えに詰まっているようだ。

 ほかに答えられる者も居ないため、気まずい沈黙が流れる。

 

 無視しようと思っていたソフィアだが、明らかにイライラし始めるストルを見てしぶしぶ口を開いた。

 かんしゃくを起こされる方が面倒そうだ。

 

「おそらく、この古龍は海の中で生活していたのでしょう」

 

 学生たちの視線がソフィアに集まる。

 ソフィアは人の視線が苦手だ。注目されると緊張する。

 少し早くなる鼓動を抑えて、ソフィアはガラスの木を見る。

 

「あのガラスの木も竜の一種で、サンゴと似たようなものです。暖かい海に生息し船竜の背中に寄生します」

「なるほど、この古龍が海から上がった時に引っ付いてきたのか。ならばなぜ古龍は陸に上がった?」

「何とも言えません。現状では情報が少なすぎますから」

「ふん。それもそうか」

 

 ストルの機嫌はとりあえず良くなったようだ。

 無駄に怒り始め無くて良かった。

 

 さて、そんな会話をメガネ学生は不機嫌そうに聞いていた。

 メガネ学生からしたら知識を披露してストルの得点を稼ごうとしたのに、横やりを入れられた形だ。

 

 だからだろう、ソフィアをジッとにらんでいたメガネ学生はソフィアが学生服を着ていないことに気づく。

 

「ちょっと待ちたまえ、君はドコの学生だ? なぜ制服を着ていない」

 

 あ、まずいです。

 ソフィアは心の中でつぶやく。

 すみっこで大人しくして、口を開くべきではなかったかと後悔するが遅かった。

 

 学生たちはうちの生徒ではない、こっちでもないと情報共有を終える。

 もう言い逃れは難しいだろう。

 仕方がないとソフィアは口を開く。

 

「私は学生じゃありません魔導師です。皆さんの護衛のために付いてきたんです」

「なんだと?」

 

 ストルの不機嫌な声。

 これ幸いと調子に乗り出すのはメガネだ。

 

「君、年齢は?」

「同じ15歳ですけど」

「15歳で魔導師! つまり君はまともな教育も受けずに魔導師をやっているのか! ……どうせ下請け会社の低能魔導師だろう。ストル様、そんな奴の言うことを信じてはいけませんよ」

 

 メガネのあおりに釣られる学生たち。

 ひそひそとソフィアの悪口を言い出す。

 

 注目されるだけでも辛いのに、悪意をぶつけられるのは無理だ。

 

「まったく、危うくバカの戯言(ざれごと)に騙されるところだった。おい、お前はもう帰れ。お前のような役に立たない護衛など必要ない」

「……そうさせてもらいます」

 

 このまま学生たちと居ても気分が悪い。

 ソフィアはきびすを返して学生たちから離れた。



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ゴスロリと襲撃

 学生たちから離れたあと。

 とぼとぼと歩いていたソフィアの視界に影がうつる。

 

 おそらくは人。

 きょろきょろと周りを気にしながら歩いている。

 

 あれは誰だろうか。

 飛竜艇(ひりゅうてい)から抜け出した乗客?

 

「どうかしたんですか?」

 

 ソフィアが声をかける。

 すると人影はびくりと震えると、急に走り出した。

 

「あ、待ってください!」

 

 ソフィアは追いかける。

 なぜ急に逃げるのかは分からないが、竜にでも襲われたら大変だ。

 

 そして数分ほど走ったところで影はどさりと座り込んだ。

 

「大丈夫ですか?」

 

 そこに居たのは少女。

 動きやすいように改造された、ミニスカートのゴスロリドレスに身を包んでいる。

 ゴスロリ少女はソフィアを見ると目を見開き、はぁはぁと息継ぎをしながら

 

「な、なんだ、ち、違うじゃ、ないの」

 

 違う?

 いったい何と違うと言うのだろうか?

 

「何のことですか?」

「ちょっと、休ませて」

 

 ゴスロリ少女はまともに話せる状態じゃないようだ。

 息が整うまで待つしかない。

 

「かまいませんけど」

「なんで、キミは、あれだけ、走って、平気なのよ」

 

 一分ほど休憩。

 息を整えた少女は立ち上がると、不思議なポーズをとった。

 ソフィアに対して斜めを向いて、右手を顔に当てて、左手を伸ばす。

 

「何ですかその変なポーズ?」

「変!? んん!」

 

 少女は一瞬おどろくが、すぐに声色を変えて。

 芝居がかった口調で話し始める。

 

「汝は堕ちた箱舟に乗りし者ね」

「いや、落ちてはないですけど」

「ならば()く去りなさい。古龍に満ちた闇が汝らを飲み込む前に」

「こっちの話は聞いてくれないんですね?」

 

 なんでこんな回りくどい話し方をするのだろうか。

 もっと簡単に話してくれればいいのに。とソフィアは疑問に思う。

 話に口を出すソフィアに、ゴスロリ少女は不満そうに。

 

「キミ、もう少し静かに聞けないの? 私がカッコいいセリフを言ってるでしょ?」

「さっきまではぁはぁ言ってた人にカッコつけられても困ります」

 

 情けない姿を見た後に、変なカッコつけられ方をしても困る。

 そもそもカッコいいかどうかも疑問だが。

 

「もう少し具体的にお願いして良いですか? 闇とか光とか抽象的な感じではなくて」

 

 少女は不満げに頬を膨らませる。

 が、わざとらしくやれやれと肩をすくめる。

 まったく、やれやれだぜ。

 

「やれやれ、わかったわよ。この古龍には――」

 

 その時、爆発音が響いた。

 ソフィアはとっさに音の方角を見る。

 黒い煙が上がっている。そこは、

 

「船が下りた場所!」

「遅かった!」

 

 二人は同時に走り出した。

 

 

 

 

「ぐぁぁ!!」

 

 船長は吹き飛ばされる。

 そして勢いよく船体にぶつかり、その手からサーベルを落とした。

 

「おいおい、よえーなぁ」

 

 半笑いの声が響く。

 そこにはずんぐりとした巨大な鎧。

 それは竜を用いて作られた鎧。甲高い駆動音を響かせながら船長に近づく。

 

 鎧の男は船につけられた紋章。黒焔重工の紋章を見る。

 

「あんたら、黒焔重工の人なの? すごいって評判の黒焔重工もこんなもんかよ」

 

 周りには他の襲撃者たち。規模は30人程度だろう。

 明らかに劣勢だ。

 船員たちは次々と倒されていく。

 

「貴様、今に後悔することになるぞ」

「はぁ? なに、負け惜しみ?」

 

 その時、鎧の男の後方から声がかかる。

 

「残念ながら負け惜しみではないな」

 

 爆発音が響くと、襲撃者の一人が吹き飛ぶ。

 そこに居たのは黒い剣を振りぬいたストルと、その後ろに続く学生たち。

 

「お前もこの剣のサビにしてやる」

 

 ストルは黒い剣を自慢するように見せつける。

 

「冥土の土産に教えてやるが。この剣は我が黒焔重工が誇る魔導師『無銘(むめい)』が鍛え上げた一品ものだ。そのサビになれること、光栄に思うと良い!!」

 

 走り出すストル。

 鎧の男に近づくと、一気に剣を振りぬく。

 しかし、

 

「ごはぁ!」

 

 あっけなく鎧に蹴飛ばされるとゴロゴロと地面を転がった。

 

「いや、そりゃ無銘は知ってるよ。名前も見た目も、男か女かも分かってない。黒焔重工をでかい企業まで押し上げたって言われてるスゲー魔導師だろ」

 

 鎧の男はストルに近づくと、道端に落ちている小枝を踏みつけるように、無造作にその腕を踏みつけた。

 バキっとあっけない音が響いた。

 

「あぁぁぁぁ!!!」

「でもスゲーのは無銘って魔導師。お前はどっかのぼんくらだろ」

 

 鎧の男はストルの頭を掴み上げ、自身の鎧を見せる。

 

「この鎧はな俺が作った龍装だ。スゲーだろ? あ、お前ら学生か、じゃあまだ龍装について学んでねぇか?」

 

 鎧の男はストルを学生たちの方へと投げ捨てる。

 ストルは地面に転がるが、学生たちは誰も動けない。

 目の前の脅威にただ身をすくめる。

 

「龍装と魔道具。どっちも竜の素材を用いて作られる道具だ。その決定的な違いは『生きている』かどうか」

 

 鎧の男は気持ちよさそうに語り始める。

 教えるという行為はマウント行動にもなる。

 お前らガキよりも、俺の方が偉いんだと酔っているのだろう。

 

「龍装ってのは『人間の拡張パーツ』みたいなもんだ。生きている竜の肉体を、人間の体の一部だと認識させて自在に操る。人と竜で相性があったり、違う種類の竜の龍装を同時に使おうとすると拒否反応が起こるから単純な道具としては使いにくいが」

 

 鎧の男は地面を殴りつける。爆裂音と共に地面に亀裂が走る。

 

「その分、性能はスゲー。しかも人間の細胞を変化させて体内で龍素を作れるようになるから、外部からの補給もいらない。最高の兵器だぜ」

 

 鎧の男は学生たちにずかずかと近づく。

 ひっ。声を上げながら学生たちは後ずさる。

 

「じゃあ、なんでそんな便利な龍装は一般には普及していないと思う。おい、そこのメガネ答えてみろ」

 

 鎧の男に指名されたメガネはびくびくと体を震わせながら、か細い声で答える。

 

「龍装の作成には専門的かつ高い技術を要します。だから龍装を作れる魔導師自体がとても希少で、一流の魔導師にしか作れません」

「そういう事、そんな龍装を作れちゃう俺はスゲーってことだな」

 

 ひとしきり語って満足した鎧の男。

 そして自身の手下に向けて声を上げる。

 

「テメーら! 船の中から乗客を引っ張り出してこい!」

 

 乗客は船の前に集められ、船長を含む武装をしていた乗員たちは縛り上げられた。

 鎧の男は学生たちに近づくと、

 

「お前らの命は助けてやってもいいぞ」

 

 学生たちは戸惑った。

 何を言われているのか分からなかった。

 しかし次第にその言葉を理解すると、安心した空気が流れる。

 

「ただし、お前らには俺の下についてもらう。今の上司は人使いが荒くてな、ちょうど魔導師の人手が欲しかったところだ。お前らみたいなひよっこでも俺が上手く使ってやるよ」

 

 こんな男の下に付くのは嫌だ。

 しかし命が助かるならば、と学生たちは納得した。

 ストルを除いて。

 

「ふざけるな! 俺は黒焔重工の次期社長だぞ。お前のようなクズに――」

 

 最後まで言い終わらなかった。

 ガスっとストルの腹を鎧の男が蹴る。

 一度ではない。二度、三度。何度も蹴りつける。

 

「や、やめ――」

「止めてくださいだろ」

「や、やめてください」

「無駄に手間かけさせんじゃねーよ」

 

 鎧の男は乗客たちを見渡す。

 

「それと女、あと反抗的じゃない男は助けてやる。あとは、」

 

 鎧の男の視線が止まる。

 そこに居たのはおもちゃの杖を持った女の子。母親に抱かれて怯えている。

 鎧の男は興味もなさそうに言い捨てた。

 

「ガキはいらないな」

 

 鎧の男はぼろぼろになったストルを無理やり立たせる。

 そして女の子を指さした。

 

「お前、あのガキを俺のところに連れてこい」

「な、なんで……ですか」

「俺のところに連れてきたら、あのガキを殺す」

 

 びくりとストルの肩が震えた。

 

「お前を試してやる。ガキを犠牲にしてでも俺に忠誠を誓えるか。おら、さっさと連れてこい」

 

 ストルの背中が乱暴に押される。

 一瞬の迷い。

 女の子と鎧の男を、ストルは見比べる。

 しかし、すぐに決まったようだ。

 ストルはずんずんと女の子に近づいていき、その腕をつかんだ。

 

「こっちにこい!」

「やだ!」

「お願い! やめて! やめてください!」

 

 ストルは母親を蹴飛ばし、無理やり女の子を引きはがす。

 

「うるさい! 次期社長の俺のために死ねると思えば光栄だろう!」

 

 ストルは泣きわめく女の子を引きずり、鎧の男の前に突き出した。

 

「これでいいんだろう!」

「はい。よくできましたっと」

 

 鎧の男は女の子を見下す。

 女の子は自分の杖を抱いて、ぎゅっと目をつむっていた。

 

「杖のおもちゃ? なんだガキ、魔導師にでもなりたいのか?」

 

 女の子はうっすらと目を開いて、こくりとうなずく。

 鎧の男はしゃがみ込む。

 

「じゃあ、良いことを教えてやるよ。魔導師ってのはな、他人を容赦なくつぶせる奴が偉くなるんだ。他人の研究成果を奪って、身に覚えのねぇ冤罪吹っ掛けて、クソみてぇな実験台にして潰すようなやつが、出世してのうのうと生きる。そういう仕事だ」

 

 鎧の男が指先でおもちゃの杖をはじくと、杖は地面に転がった。

 落ちた杖を、鎧の男はぐしゃりと踏みつぶした。

 

「まぁ、ここで死ぬお前には関係ないけどな」

 

 そして鎧の男は再び足を上げる。

 その真下に居るのは女の子。

 女の子はただぼんやりと、その足を眺めていることしかできなかった。

 そして重苦しい鉄の塊が女の子の頭に触れて、

 

 グシャ。

 

 金属のひしゃげる音と共に、鎧の男が吹き飛んだ。

 数メートルは飛んだ鎧はガシャンと音を立てて地面に転がる。

 

 鎧の男を吹き飛ばしたのはキラキラと光る水晶のような砲弾。

 それがとてつもない勢いで飛んできて、鎧の男に当たった。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 砲弾が飛んできた方角には一人の少女。

 人形のように整った顔立ち、神秘的な青白い髪、そして真っ白な白衣。

 ソフィアが立っていた。 



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無銘の結晶

 ソフィアが女の子に駆け寄る。

 ぐしゃぐしゃに泣いた顔。

 よほど怖かったのだろう。

 女の子の頭をなでると、女の子はソフィアに抱き着いてきた。

 

「おねえちゃん!」

「うぇ!? えっと、何があったのかいまいち理解してないんですけど……」

「まどうしは、ひどい人がなるんだって言われて」

「ひどい人?」

 

 ガシャン!!

 鎧の男は起き上がるとソフィアに走る。

 

「このクソガキがぁぁぁぁ!!」

 

 風を引き裂き、その剛腕(ごうわん)を振りぬく。

 ガン!!

 水晶のように透き通った結晶の壁。突如現れた壁に拳は阻まれる。

 

「あぁ!?」

「この人に言われたんですか?」

 

 ソフィアの腕の中で、女の子がうなずいた。

 そしてソフィアは鎧を眺めると、何かに納得する。

 

「なるほど、どうりで」

「なんだ? なんか文句でもあんのか!?」

 

 文句ならある。

 女の子を泣かせたこと。沢山の乗員を傷つけたこと。乗客を怖がらせたこと。

 

 だが納得したのは別の事だ。

 ソフィアは興味なさそうに言い捨てる。

 

「ただ。つまらない龍装(りゅうそう)だな、と思っただけです」

「はぁ?」

 

 ソフィアは女の子を抱いて立ち上がる。

 そして冷ややかな目を鎧の男に向ける。

 

「オリジナリティがありません。どこかで見たような設計のつなぎ合わせは、素人が教科書を見て作った継ぎはぎだらけの裁縫(さいほう)のようです。あ、もしかして本当に教科書でも見ながら作ったんですか?」

 

 最後の方は(あお)り気味だ。

 ブチっと、血管が切れた音がした。ような気がする。

 

「お前、バカにしてんのか」

「してますよ。とても」

 

 鎧の拳が振るわれる。

 ガン! ガン! ガン!

 しかし、二度、三度振るおうとも結晶の壁は壊れない。

 

「クソがぁ! テメェら! このクソガキを袋にしろ!」

 

 襲撃者たちが武器を振り上げてソフィアに走る。

 しかし遅い。

 

 ソフィアの白衣が液体の様に動き足元に広がる。

 そこから花弁の様に結晶の銃が開く。

 ズバババン!!

 銃は一斉に音を鳴らすと襲撃者たちはうめき声をあげて倒れた。

 

「安心してください。ゴム弾みたいに軟らかめにしてますから。骨は一本くらい折れてるかもしれませんけど」

 

 そしてソフィアは鎧の男に、

 

「どうですか? 私の龍装は。貴方のよりときめくでしょう?」

「っざけんじゃねぇぇ!!」

 

 こりずに拳を振るおうとした。

 しかし、その腕は動かなかった。

 

「鎧に結晶が!?」

 

 鎧に結晶がまとわりつき、もはや一歩も動けない。

 

「それでは、貴方と遊んでいる時間もないので」

 

 ソフィアが手を伸ばす。再び白衣が動きソフィアの手元に集まる。

 そして音を立てて周りの空気を引き寄せると、そこに結晶で作られた巨大なパイルハンマーが形成される。

 パイルハンマーはギリギリと音を立てて、先の潰れた杭を引き絞る。

 

「そのつまらない性根と龍装。鍛えなおしてあげます」

「待て! 止め――」

 

 ズドン!!

 轟音を立ててパイルハンマーが鎧の男を殴りつける。

 鎧はバラバラになりながら吹き飛んだ。

 

「これがロマンの味です」

 

 

 

 

「な、なかなか、やるわね」

 

 しんとした沈黙を破ったのはゴスロリ少女だった。

 顔は汗だくで、ぜぇぜぇと息を切らしている。

 なんだか、先ほどから疲れている姿ばかり見ている気がする。

 

「お疲れのようですね?」

「キミが私を置いていくからでしょ! なによあの結晶のバイク、カッコいいじゃない! 私も乗せてよ!」

 

 文句なんだか褒めてるんだか分からないことをゴスロリは叫んでいた。

 そこに、もう一つ叫び声が響く。

 

「ウォォォォ!! ご無事ですかぁぁぁ!!」

 

 エンジン音かと聞き違えるような男性の叫び声。

 ソフィアには危機馴染みのある声だった。

 そちらの方を見れば、老人が凄い勢いで走ってくる。

 

 それは黒焔重工から来ていた護衛だ。

 

 その老人に反応したのはソフィアだけではなかった。

 ストルは老人に気づくと、ぼろぼろの体を引きずって前に出る。

 次期社長である自身が心配されていると思ったのだろう。

 

「心配をかけたな! 俺なら無事だ!」

 

 周りの乗客から冷ややかな目を向けられるが、ストルは気づかない。

 そして老人は、ストルの真横を抜けてソフィアに走り寄った。

 

「お嬢さヴァ!!」

 

 老人は結晶の壁に勢いよくぶつかる。

 そして壁にはピシリとひびが入る。龍装に何発殴られてもヒビすら入らなかった壁に。

 当の老人は何事もないようだ。

 

 ソフィアは老人の化物ぐあいに少し引いた。

 

「どうして、このボレアスの愛情を(こば)むのですか!!」

「いや、ぶつかられたら死にますよ」

 

 ソフィアは冷ややかに呟いた。

 とてもお世話になっている方なのだが、この勢いには相変わらず慣れない。

 この老人はボレアス。筋肉でパツパツになった執事服を着た、とても元気な老執事だ。

 

 そんな老執事にストルが噛みつく。

 

「おい、どういうことだ!」

「おや、ストル様。ストル様もご無事、ではなさそうですが、命が助かって何よりです」

「そんなことはどうだっていい! どうして俺よりもこの女の心配をする!? こいつは誰なんだ!?」

 

 ボレアスは不思議そうに首をかしげるとソフィアを見る。

 

「お嬢様、何も話されていないので?」

「わざわざ話しませんよ」

 

 ボレアスは『そうですか?』と呟くとストルの方を向いた。

 

「ストル様、こちらはソフィア様。ボルバー様の姪ですぞ」

「はぁ!? 姪!? そんな奴がいるなんて聞いたことがないぞ!」

「最近までずっと引きこもっておりましたからな! ただボルバー様の仕事は手伝っておりましたから、何もしていなかったわけではありませんぞ」

 

 ストルは目を見開くと、ソフィアとボレアスを見回す。

 ストルとしては自分が会社を継いで当然だと思っていた。

 そこに突然現れた姪。危機感を覚えるには十分だろう。

 ソフィアは会社に興味などないが。

 

「仕事を手伝ってた……? ボレアス、ボルバー叔父様の跡継(あとつ)ぎは俺だよな? 叔父様は子供ができないから」

「ストル様を跡継ぎに? そのような話は聞いたことがありませんが。確かにボルバー様は子供ができない体です。だからソフィアお嬢様のことを我が子の様に可愛がっておりますぞ」

「わ、我が子の様に?」

 

 茫然自失(ぼうぜんじしつ)

 ストルはぼんやりと後ずさると、ふらふらと船へと戻っていった。

 

 なんだか、いっそ可哀そうでもある。

 ソフィアは機会があれば教えてあげようと考える。

 そもそもソフィアは我が子の様に可愛がられてなどいないと。

 

「嘘つかないでください。私はボルバーさんに感謝してますけど、可愛がられたことなんてありませんよ。顔を合わせても『何か困ったことはないか』とか『体調はどうだ』くらいしか聞かれませんでした」

「ボルバー様は不器用な方なのです」

「不器用で納得できないくらい不機嫌そうでしたよ」

 

 話がひと段落したとき。

 ソフィアの視界にスッとゴスロリ少女が入ってくる。

 

「ちょっといいかしら。気になったことがあるのだけど」

 

 ようやく息が整ったのだろう。

 またおかしな、おそらく本人はカッコいいと思っているポーズをとっている。

 そのポーズは毎回とるのだろうか。

 

「黒焔重工には名前も顔も、性別さえも分からない凄腕の魔導師。『無銘(むめい)』が居たはずよね? フフ、名前が分からないから無銘、カッコいいわ

 

 無銘と言う名前はゴスロリ少女の琴線(きんせん)に触れたらしい。

 ソフィアはそんな魔導師の事は知らないが。

 

「はぁ、そんな方が居るんですね」

「え、キミは知らないの? すごい有名な魔導師なんだけれど……そちらのおじさまはどうかしら?」

「もちろん、存じ上げておりますぞ」

 

 答えたボレアスをソフィアはチラリとみる。

 汗が凄い。そんなに暑いのだろうか。

 

「ソフィアさんは最近まで引きこもって居た。つまり今は違うという事ね。そして先ほどの戦闘でのやり取りを見た限り、龍装を作れるほどの魔導師である。なのに黒焔重工にその様な魔導師が居るという話は聞いたことが無い」

「その通りですな。お嬢様が表にでることはありませんでした」

 

 ソフィアは再びボレアスを見る。

 とてつもなく汗をかいていた。足元に水たまりができている。

 

(え、なんでそんなに汗をかいているんですか。そんなに暑くないですよね)

 

 ドン引きだ。

 ソフィアはボレアスからそっと離れる。

 

「ところで最近、無銘が黒焔重工を離れたという噂を聞いたわ。あら、そういえばソフィアが引きこもりを止めたのも、つい最近って話だったわね。もしかして――」

「いかほどお支払いすればよろしいですかな?」

「え?」

 

 予想外の金銭の話にゴスロリ少女の声が止まる。

 ボレアスはズイっとゴスロリ少女に近づく。

 その大きな体には威圧感がある。

 

「ボルバー様は無銘様の生活を(おびや)かすことを望んでおりません。黙っていていただけるならば、ボルバー様はいくらでもお支払いするでしょう」

「あ、いえ、別にお金が欲しいわけじゃないの。ただ確認がしたかっただけ。ちょっと目が怖いのだけど

 

 ボレアスの鋭い目つきから逃れるように、ゴスロリ少女はソフィアに向き直る。

 

「ソフィアさん。キミにお願いしたいことがあるの」

「……え、お願い?」

 

 いきなり話しかけられてソフィアは驚く。

 二人の話に興味がなかったため、ぼんやりと遠くを眺めていた。

 いきなりなんだろうか。ソフィアは言葉を待つ。

 

「私と一緒に、この古龍に眠る宝。『夜空の石』を探してほしいの」



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霧を従えし深海の古龍

 この土地にはかつて、邪悪な古龍が巣くっていた。

 その古龍は一年に一度、周りの国を襲った。

 襲われた国は何もかもを飲み込まれる。

 無力な人々はただ暴虐(ぼうぎゃく)が過ぎるのを必死に耐えるしかなかった。

 

 そしてまた古龍が襲ってくる日がやってきた。

 しかしその年は違った。

 

 一人の青年がやってきた。

 青年は『星ちりばめたる黒い石』の力を使って邪悪な古龍を退(しりぞ)けた。

 

 古龍を退けた青年は国を(おこ)した。

 私たちが住むインスミア王国を。

 しかし忘れてはいけない。邪悪な古龍は死んでいない。

 いずれ傷を(いや)した古龍は現れる。自らの巣を取り戻すために。

 

 邪悪な古龍が戻ってきたら、南へ向かいなさい。

 ずっとずっと南に。

 

 そこに古龍が現れる。

 星辰(せいしん)(そろ)うとき。深き海の底から浮かび上がる。

 深き霧を従えて。星を喰らいにやってくる。

 

 深海の古龍の腹に星空がある。

 邪悪な古龍を退けた『星ちりばめたる黒い石』が。

 

 

 

 船の一室。

 用意された客室で。

 ソフィアはゴスロリ少女の話を聞いていた。

 

「これが私の国に伝わる伝承をまとめたものよ」

 

 ゴスロリ少女はそう締めくくる。

 

「さて、じゃあ自己紹介をしておくわ。私は『ルイエ・シーア・インスミア』よろしくね」

 

 家名に国の名前。

 ルイエが語った伝承にも出てきたインスミア王国の名前が入っている。つまりは、

 

「もしかして、インスミア王国のお姫様ですか!?」

 

 ソフィアはびっくりして声をあげた。

 それは相手が王族だったから、だけではない。

 ソフィアは気遣うように。

 

「でも、インスミア王国は……」

「そう、半年前に滅びたわ。古龍に襲われてね」

 

 そして生き残った王族はいない。

 新聞などではそう報じられていた。

 

「今もインスミア王国には古龍が居座っていて、復興のめどは立っていないわ」

 

 古龍に襲われて滅んだ。それはまるで、

 

「……伝承の通りになった」

「伝承なんて信じている人は居なかったけどね。こんなおとぎ話はありふれたものだから」

 

 ルイエは淡々と説明する。

 

「国を支配するには大義名分が必要だわ。たとえば『この国の王は神に命じられて国を支配している』みたいにね。この場合は王権神授説(おうけんしんじゅせつ)なんていうけど」

 

 そして、とルイエは続ける。

 

「王権神授説と同じくらいありきたりなのが『屠龍征服説(とりゅうせいふくせつ)』。初代の王様が古龍を討伐したから、この国の権利は王族にあるっていう主張ね。たいていはちょっとした竜を討伐しただけなのを誇張しているだけでしょうけど」

「でも、インスミア王国の場合は違ったんですね?」

「そうね」

 

 ルイエはポケットから手帳を取り出す。

 年季の入った皮の手帳だ。

 

「私はそんなおとぎ話を信じていた。いや、信じたかったの。そっちの方が面白そうだから」

 

 ルイエは手帳を渡してくる。

 渡された手帳をパラパラとめくると、どうやらインスミア王国の伝承に関する研究が書かれているようだ。

 

 ルイエは震える声で語った。

 

「そして半年より少し前に、伝承が真実である可能性にたどり着いた。でも遅かったわ。国王である祖父に進言して、軍備を拡張してもらったけど、準備不足だった。国はあっけなく古龍に滅ぼされた」

「それは……」

 

 その声に後悔と自責が感じられる。

 決してルイエのせいではないだろう。

 どれだけ努力を重ねようと、どうにもならないこともある。

 特に古龍は自然災害のようなものだ。

 

 しかし、気休めの言葉をかけていいものか、ソフィアは悩む。

 故郷を、家族を奪われるのはつらい。軽々しい言葉をかけるべきではないだろう。

 

「別に、そこまで気を使ってくれなくても大丈夫よ。それに、私にはまだやることがある」

 

 そうルイエは力強く言い切った。

 まだやる事。それは、

 

「もしかして、この古龍が?」

 

 伝承には『邪悪な古龍』以外にも、もう一体の古龍が居た。

 霧を従えて、深海より浮かび上がる古龍。

 まさしく、ソフィア達が居るこの古龍の特徴に合致(がっち)する。

 

「ええ。伝承に出てきたもう一体の古龍。実は王族だけが見れる古文書があってね。そこでこの古龍は『ウルヌイエ』と呼ばれていたわ」

 

 伝承の中にはもう一つ大事なものがあった。

 

「そして『邪悪な古龍』を退けた『星ちりばめたる黒い石』。これは『夜空の石』と呼ばれていた」

「夜空の石。ルイエさんはそれを手に入れるのが目的なんですよね? やっぱり、国の復興のために?」

 

 国を復興するため。国に巣くう古龍を退けるため。伝承にあった夜空の石を求める。

 それは筋の通った話だ。

 しかし、ルイエは首を横に振った。

 

「違うわ。いえ、国の復興もしたいけど、それ以上に差し迫った問題があるの」

「差し迫った問題?」

「『目覚めの剣』奴らはそう名乗っているわ」

 

 そういえば、船を襲った襲撃者たちが何者なのか分かっていなかった。

 『目覚めの剣』それが襲撃者たちの組織の名前。

 

「彼らはインスミア王国の生き残りが中心となって作られた組織。国の復興を目的としているの」

「それに何か問題があるんですか?」

「問題なのは、そのリーダーね」

 

 ルイエは苛立たしげに名前をあげる。

 

「『ジュリアス・マーシュ』。元は家を捨てた貴族だった。だけど、ある日ふらりと帰ってくるとジュリアスの親類は次々と死んでいった。そしてジュリアスが家督を継いだ」

「その話だけ聞くと、ジュリアスが家督を継ぐために親類を殺したように思えますね」

「事実、そうだと思うわ」

 

 自身の利益のために家族や親類を手にかける男。

 そんな奴がリーダーの組織はろくなものではないだろう

 ソフィアもうっすらとルイエの危機感を理解してくる。

 

「目覚めの剣だってろくな組織じゃないわ。ジュリアスが連れてくる人間はクズばかり。さっきの魔導師を見れば想像できるでしょう?」

 

 ソフィアは鎧の男を思い出す。

 捕まった後もギャアギャアと暴言を叫んでいた。

 国の復興など考えていないだろう。

 自分が暴れて気持ち良くなることを優先していそうだ。

 

「国の復興を考えてくれている人もいる。だけど組織としては腐っている。そんな奴らに夜空の石を、大きな力を渡せばろくなことに使わないわ」

 

 そしてルイエはジッとソフィアの目を見つめる。

 

「だから、奴らよりも先に夜空の石を手に入れたいの。あんな奴らに、私の国の起源を汚されたくない」

 

 真っすぐにソフィアを見つめならルイエは言った。

 変に芝居がかったセリフより。ソフィアにはカッコよく思えた。

 

「わかりました。協力します」

 

 その言葉を聞いたルイエは立ち上がる。

 グレーのサイドテールが尻尾の様にゆれた。

 そして子供のようにはしゃぐ。

 

「本当に!? やった!」

「ところで依頼料のほうなんですが」

「は? 依頼料?」

 

 ソフィアはスッと名刺を差し出す。

 

「ええ、私もタダ働きはできないので。お店の倒産が目の前に迫ってるんです!」

 

 ルイエの話は理解した。協力したいとも思った。それはそれとして。

 こちとら金が無いのだ。

 正直、ソフィアとしてはお姫様ならある程度のお金は持っているだろうと考えての事だったのだが。

 

「あの、それって……出世払いでもいい?」

 

 こいつも金がなかった。

 

 

 

 

「と言うことで。私はこの古龍、ウルヌイエの調査を続けるので先に戻ってください」

 

 船の外。

 ソフィアはボレアスを呼んで事情を説明した。

 するとボレアスはわなわなと震えだした。

 

「なりません。なりませんぞお嬢様! それでしたら、このボレアスもご一緒に!」

「だめです。現状でまともに船を守れるのはボレアスさんしかいないんですよ」

 

 船長を含む他の乗員は、先の戦闘で負傷している。

 飛竜艇(ひりゅうてい)は絶対に安全と言うわけではない。

 空を飛ぶ竜などいくらでもいる。もし襲われたときに対処できるのはボレアスしかいない。

 

「しかしですな! お嬢様を一人、古龍に残すなど!」

「それに、今だにほのかが帰ってきていません」

 

 そう、自称和風メイドのほのかが帰ってきていない。

 襲撃が起こった時の爆発音は広範囲に聞こえているはず。さらに煙だって見えたはず。

 なのに今だに帰ってきていない。ならば、

 

「もしかすると、目覚めの剣に襲われた可能性があります」

「確かに。私も船に戻ってくるときに襲われましたからな」

 

 なんと、ボレアスも目覚めの剣に襲われていたらしい。

 あれ? なぜボレアスは船に居なかったのだろうか。

 

「そもそも、なんで船から離れていたんですか?」

「お嬢様と学生たちだけで探索に向かったと聞いて、追いかけたのです」

「その割には逆方向から走ってきてましたけど」

「ハハハ!! 方角を間違えておりましたな!」

「あ、そうですか」

 

 何はともあれ。

 

「ほのかの事も探す必要があります。まさか、あの子に限って捕まっていることはないでしょうが」

 

 ほのかなら大丈夫だと信じている。

 だが見捨てて帰るわけにはいかない。

 

「はぁ……わかりました。お嬢様がお一人で行くこと、我慢いたします。このボレアスも船を街に戻したらすぐに戻ってまいります」

「さすがにボレアスさんが戻ってくる頃には終わっているでしょうけど」

 

 渋々と言った具合にボレアスは了承した。

 そして話が終わったところにルイエが近づいてきた。

 

「話はついたようね」

「はい。向かいましょう」

 

 ソフィアの白衣が動く。

 その一部が分かれて周囲の空気を取り込むと、そこに結晶のバイクが作られていく。

 ソフィアが前に座り、そこにルイエはためらいながらも抱き着く。

 

「あんまり、他人に抱き着いたことってないわ」

「私だって抱き着かれたことなんて……いや、いつもほのかに抱き着かれてました」

「メイドさんとそういう関係なの!?」

「違います! あの子が無理やり抱き着いてくるんです!」

 

 そんな二人のじゃれ合いを、ボレアスはニコニコと見守っていた。

 目じりに涙まで浮かんでいる。

 

「良かったですな。新しいお友達ができて」

「お友達って……」

 

 別に目的が同じなだけで友人ではない。

 いや? そもそもドコからが友人なのだ?

 友人とはいったい……。

 ソフィアが陰キャ思考を発揮する。

 

「別にいいじゃない。私たちは目的を同じにした盟友よ!」

「あなたは盟友って単語が言いたいだけじゃないですか?」

 

 ソフィアは何となくルイエのことが分かってきた。

 こいつは何となくでカッコいい単語を使いたがるやつだ。

 

「ともかくボレアスさんの方も、早めに船を出してくださいね。また襲われる前に」

「承知しております。行ってらっしゃいませ。お嬢様」

「行ってきます」

 

 そして、バイクは走り始めた。



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水族館デート?

 ソフィアとルイエはバイクから降りる。

 目の前にあるのは壁。

 ウルヌイエの背中に乗った巨大な水槽。その底辺を補強するようにぐるりと囲まれた金属の壁だ。

 

「なんだか、気味が悪いわね」

 

 そこにぽっかりと通路が通っている。

 薄暗い通路。ガラスの枝が壁から生え淡い光を放っている。

 視界は悪くないが薄気味悪い。

 夜の病院を思い出す。幽霊とかが出そうな感じだ。

 

 ソフィア達はこれからウルヌイエの内部に入ろうとしている。

 竜は生物であると共に、元は建造物や乗り物、機械などだ。

 建造物や船などの乗り物なら、内部には通路が残っている。

 まさしく生きた遺跡だ。

 

「やっと見つけた入り口ですから、入っていくしかありませんね」

 

 ソフィアは何ともないように言った。

 そもそも、ソフィアは幽霊や竜よりも人間の方が苦手。むしろ人が居ない方が気が楽だ。

 

 だが、ルイエの方は違った。

 

「フ、フフフ。転ぶといけないから手を繋いであげるわ」

 

 声が震えている。

 分かりやすいほどに怖がっている。

 

「怖いんですか?」

「はぁ!? 怖くないわよ! 私はソフィアさんの事を考えて言ってるの!」

「いえ、むしろ手がふさがる方が嫌なんですけど」

「うるさいわね! いいから手を出しなさい!」

 

 ルイエはソフィアの手を乱暴につかむ。

 やはりびくびくと震えていた。

 

「はいはい。それじゃあ行きましょうか」

「大丈夫、大丈夫。幽霊なんていない。オバケなんて嘘」

 

 ソフィアが引っ張りながら入っていく。

 少しずつ、出口の明かりが遠のいていく。

 

 やはり通路はそこまで暗くない。

 数メートル先は見通せるし、隣のルイエの表情もよく分かる。

 不安そうに周りをきょろきょろと見回している。

 首を動かすたびに、サイドテールが尻尾の様に揺れている。

 

 すると、ルイエは気を紛らわせるように声を上げた。 

 

「ねぇ、ところでソフィアの白衣って龍装なの? なんだか色々なものを作ってたけど」

「そう……ですね。これは龍装ですよ」

 

 ソフィアは空いている右手を差し出す。

 白衣の袖が液体のように動くと、白衣の下に来ていた服の袖をまくる。

 ひじから手首のあたりまで包む、腕輪が付けられていた。

 

「こっちが操作用の本体ですね。そして、」 

 

 再び白衣が動き袖を元に戻す。そして右の手のひらに集まり、小さな布を作り出す

 

「これは、とある竜の血液を加工して保存できるようにしたものです。物を引き寄せて、周囲の物体の結合を強くすることができます」

「結合を強くする?」

「はい。普段は白衣みたいにして持ち運んでますけど。こんな風に液体みたいにしたりできます」

 

 手の上の布はスライムの様にだらりと広がる。

 

「本来は血液ですから。液体の形が自然なんですけどね。それの結合を強くして白衣みたいにしています。そして、これは周囲の物体の結合も操れるので」

 

 ソフィアは手のひらにそよ風を感じる。

 手のひらに乗った液体に空気が集まっている。

 そして手には小さな布ではなく、そこそこ大きな水晶のような結晶が作られていた。

 

「こんな感じで、空気を集めて固めたりもできます。ちなみに結合の強さを変えれば」

 

 ソフィアはその結晶をグッと引き延ばす。

 結晶はゴムの様に伸びていった。

 

「硬さや柔らかさは自在に変えられます。それにこんな感じで」

 

 結晶は小さくなっていき、ビー玉サイズになる。

 ソフィアはそれを前方に投げ捨てた。

 ポン!

 結晶は小さな爆発を起こす。

 

「きゃ!」

「圧縮された空気を解放すれば爆発も起こせます」

「ちょっと、先に言ってよ!」

「えへへ、すみません」

 

 ソフィアはいたずらが成功してにこりと笑う。

 再び手のひらを差し出すと。

 

「もう何度も見せましたけど、こんな風に物を作ることもできます」

 

 そこに作られたのは、水晶のような結晶で作られた髑髏(どくろ)

 

「なるほどね。性質が変えられるのを利用して、パイルハンマーやバイクみたいな複雑なものも作れる……なんでドクロなの?」

「ルイエさんは好きかと思って」

 

 ソフィアとしてはルイエが好きなものを考えて作ったのだが。

 ルイエは『はぁー』と深いため息をつく。

 気に入らなかったようだ。

 

「違うのよね。確かに私にはダークな雰囲気のものが似合うけど、こういうのじゃないのよ。ちょっとずれていると言うか――」

 

 ルイエの説教が続く。

 もしかしたら幽霊が怖いくらいだし、人のドクロとかも怖いのだろうか。

 ソフィアは手元のドクロの形を変える。今度は人ではなく竜のものに近づけて。角とかも付けておこう。

 ついでに仮面の様に顔に付けられるような形にする。

 

 それを見たルイエはキラキラと目を輝かせた。

 

「すごい! かっこいい! 貸して!」

「どうぞ」

 

 今度はお姫様のお気に召したようだ。

 ソフィアが仮面を渡すと、ルイエはそれを顔に付ける。

 はしゃいだ笑顔をソフィアに向ける。

 

「どう? 似合う? クールでミステリアスな美少女の私に似合うかしら?」

 

 クール? ミステリアス?

 クールと言うかキュートだし。表情の変化が分かりやすくて、謎など一ミリもないのだが。

 

 だが、わざわざ現実を突きつけなくてもいいだろう。

 幻想は幻想のままでいいのだ。

 

「ええ、似合っていますよ(かわいらしくて)」

 

 ソフィアは生暖かい笑顔でそう言った。

 

 

 

 

 通路の終着点につく。そこには扉があった。

 二人が近づくとモーター音を響かせながら扉は開く。

 そこは、海の中だった。

 

「なにこれ、すごい……」

 

 巨大なガラスの壁。

 そこから見えるのは青い水の中。

 

 ふわふわと浮かぶクラゲ、飛ぶように泳ぐマンタ、色とりどりの魚。

 その魚の群れをサメのような竜が飲み込んだ。

 

 そしてガラスの壁の中央。そこに通路があった。

 全面がガラス張りの、大きな三角形の通路だ。

 それは水槽の底までずっと伸びている。

 

「ソフィア! あそこに行ってみましょうよ!」

 

 ルイエとつないでいた手がグッと引かれる。

 先程までびくついていたのはドコに行ったのやら。

 二人はガラスの通路に入っていく。

 

「すごい。海の中を歩いているみたい」

 

 不思議な感覚だ。

 

 だが海の中と決定的に違うものがある。

 それは海底から伸びた黒い四角い塔。それが水槽の底から何本も伸びている。

 よく見れば黒い塔には三角形の小さなパネルがびっしりと並べられている。

 いったい何のために伸びているのか、あのパネルはどんな意味があるのか。

 

 そんなことを考えていた時、ルイエが声を上げた。

 

「もしかしたら、水族館だったのかしら?」

「水族館?」

 

 水族館。ソフィアは聞いたことのない単語。

 いや、昔どこかで聞いたかもしれないが思い出せない。

 

「古代では水生生物を捕獲して、保全、研究を行っていた施設があるの。一般にも開放していて娯楽施設でもあったのよ」

 

 お金を稼ぎながら生物の研究を行うための施設。

 効率的ですね。ソフィアは納得する。 

 

「数は少ないけど水族館が変化したと思われる竜も居て、その竜たちはこんな風に沢山の水生生物を体内で保管しているのよ」

 

 水族館が変化した竜の特徴。水生生物を体内に保管する。

 たしかにウルヌイエにも当てはまるが。ならばどうして、

 

「でも、この竜の体内には夜空の石があるはずですよね? 古龍を退けるほどの力を持った石が。どうしてそんなものが水族館にあるのでしょうか」

「それは、どうしてかしら?」

 

 目の前の水槽に生物を保管している感じはしない。

 ただ大量の水を取り込んだら、結果こうなったような感じがする。

 それにただの水族館であれば、あの黒い塔の存在意義が分からない。

 なんにしても――

 

「もう少し奥の方を調べてから、また考えましょう」

「それもそうね」

 

 二人が奥へと歩いて行こうとした。その時だった――



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深きものども

 それは慟哭(どうこく)だった。

 男が悲しみに泣き叫ぶような声。

 

 声の主を探せばそこに居たのは巨大な人。

 いや、人型の竜だ。魚の様に面長で、しかし人に似ている。前面についた目がらんらんと輝き、黄ばんだ錆びた歯をむき出しにしている。

 やせ細ったような体にはびっしりと青黒い金属のうろこが生え、異常に長い手足には水かきが付いている。

 薄暗い水槽の底。黒い塔を抱きながら天に向かって泣き叫んでいる。

 いや、泣き叫んでいるわけではないのだろう。よく聞けばそれはエンジン音。

 ウォォォンと、けたたましいエンジン音を響かせている。

 

 その魚人のような竜の目が、暗い底でらんらんと輝く二つの光が、ソフィア達を捉えた。

 ぞわりと肌が震える。

 あれはまずい。本能が叫んでいる。あれはまずい!

 

 遅かった。

 巨大な魚人竜は一気に浮かび上がり、ソフィア達のいるガラスの通路にへばりついた。

 エンジン音が鳴り響く、ソフィア達の内臓まで震わせる。

 

 しかしガラスの通路が壊されるようなことはない。

 

「な、なにこいつ」

「わ、分かりませんが、この通路を壊すつもりはないようです。早く逃げましょう」

 

 その時、キュィィンと音が鳴った。

 ソフィア達が入ってきた扉が開いた音だ。

 そちらを向けば、(あふ)れた。

 

 目の前にいる巨大な魚人竜。それを2メートルくらいまで小さくしたような竜。

 それが洪水の様にあふれ出た。

 

 気味が悪い。

 やつらは人のような形をしているのに、その動きは獣のようだ。

 手を床について犬のように走り、ソフィア達に殺到する。

 

「ッ!」

 

 とっさに結晶の壁を展開する。

 その壁に魚人竜たちは阻まれる。

 だが、終わりじゃない。

 

「なによ、あれ」

 

 ガシャ、べちゃ、ガシャ、べちゃ。

 魚人竜たちは自分の仲間が潰れることも気にせずに壁に激突する。

 竜から飛び散ったオイルのような、ぬるぬるとした赤黒い血が結晶の壁を染めていく。

 異常な執着。理解できない。怖い。

 

 ピシリと、結晶の壁にヒビが入った。

 

「走って!」

 

 茫然(ぼうぜん)とするルイエの手を、ソフィアは引き走り出す。

 それと同時に結晶の壁が割れる。

 決壊したダムのように魚人竜が流れ出る。

 

 向こうの方が足が速い。

 ソフィアは結晶の壁を展開するが、同じように割られる。

 このままでは追いつかれる。

 

「さっきのバイクは!?」

「作るのに数秒かかります! 走りながらは無理です!」

 

 まずい。まずい。まずい。

 このままでは追いつかれる。

 数が分からない状況で戦うのは得策じゃない。

 だが命乞いを聞いてくれるような相手でもない。

 

 どうする。どうすれば。

 

「ソフィア! あれ!」

 

 ルイエが指さす。

 そこには魚型の竜が背中を向けている。ストルが戦っていた『シーモビル』だ。

 挟まれた!

 

 顔をゆがめたソフィアだが、ルイエは逆だった。

 そこに希望を見出す。

 魚竜を見て笑う。

 

「ソフィア! あれに飛び乗って!」

「えぇ!?」

「いいから! 私を信じて!」

 

 二人はジャンプすると魚竜の背中に乗る。

 ルイエが前でソフィアが後ろ。

 その背中にはちょうど人が乗れるような、くぼみがあった。

 そして驚いた魚竜は尻尾から勢いよく水を出す。

 その勢いで床を滑る。

 

「うぇ、ぬるぬるしてる」

 

 ルイエは嫌そうな顔をしながらも、魚竜の背中から伸びた突起を握る。

 ルイエがその突起を動かすと魚竜の尻尾も動く。

 

「この竜のもとになったのは水上バイクなの。こんな風に人が乗って、水上を走るためのバイクね。だから背中の骨と尻尾が連動していて、操作できるようになってるの。ちょっと抵抗されるけど!」

 

 これならば魚人竜よりも早い。

 逃げ切れる。

 ソフィアたちは水槽の底へと進んでいく。少しずつ、周りは暗くなっていく。

 

 そして終着点。金属の壁に大きな扉。

 

「吹き飛ばします!」

 

 ソフィアが手を構えると大砲が形成される。

 ドン!

 圧縮した空気を爆発させて結晶の砲弾を撃ちだす。それは扉にぶつかって、ボンっと音を立てて爆発する。

 扉が吹き飛び道が開けた。

 

 魚竜に乗ったソフィアたちはそこに飛び込む。

 そこは廊下。光る枝が輝き、入り口の通路よりも明るい。

 そして壁にはいくつもの扉が並んでいる。

 本当ならば一部屋づつ調査をしたいが、そんなことを言ってられる状況じゃない。

 

「曲がるわ! 捕まって!」

 

 ソフィアはぎゅっとルイエに抱き着く。

 狭い廊下は入り組んでおり、右に左に曲がっていく。

 

「まだ追ってきてる!?」

「残念ですけど!」

 

 後ろを向けばまだ魚人竜たちは追いかけてきている。

 少しずつ差は開いているが。

 

 ソフィアは手元に銃を形成する。

 ズダダダダ!

 乱射するが、前方の魚人竜たちが転んだくらいで、後ろから次々にわき出てくる。

 無駄ですか。

 

「左から!?」

 

 ルイエの声に反応して前を向く。

 左右に分かれた通路。その左側から魚人竜が飛び出す。

 

 とっさに銃撃。

 さらに水晶の壁を展開して、それ以上竜が来ないようにする。

 

 しかし曲がるのが間に合わなかった。

 魚竜は勢いよく壁に衝突して、ソフィア達は投げ出される。

 

「こっちに!」

 

 二人は近くにあった扉に飛び込む。

 そこはパイプがむき出しになった通路。足元も金網でできている。

 ガシャガシャと音を立てて二人は走る。

 

「ッ! まずいわね……」

 

 その先にあったのは、ぽっかりと開いた縦穴。

 底は見えない暗闇だ。

 さらに、

 

「あのクラゲ、触れたら感電死しそうね」

 

 穴の中。空中をふわふわと泳ぐのは小さなクラゲのような竜。

 黒いゴムのような質感の体。そこからバリバリと放電している。

 それがなん十匹も。穴をふさぐようにびっしりと浮かぶ。

 

 しかし、それ以外に道はない。

 ガシャンと音がする。魚人竜たちが追いついてきた。

 

「飛び込みましょう」

「大丈夫なの?」

「おそらく」

「……信じるわよ!」

 

 そうして二人は穴に飛び込んだ

 

 

 ボヨン。

 結晶の球体は地面にぶつかると軽く弾んだ。

 その球からはいくつもの棘が伸び、そこに沢山の金属が巻き込まれていた。

 

 話はそれるが。

 家に雷が落ちたとしても、中にいる人間は感電しない。

 それは電気が流れやすい方に流れるため。

 人間ではなく、家の中に通った水道管などの金属に流れて行き、そのまま地面へと逃げていく。

 まぁ、金属に触れていれば人間も感電する危険はあるが。

 

 ソフィアはそれと同じことをした。

 結晶の球体に金属を巻き込み、それを壁に触れさせる。

 そうすることでクラゲ竜たちの電気はソフィアたちではなく金属に、そして金属から壁に流れていった。

 

 ゆっくりと結晶が溶けていく。

 中からは無傷のソフィア達が出てきた。

 

 ルイエはどさりと座り込む。

 

「……怖かった」

 

 落ちている間。

 常に周囲でバチバチとはじける音が響いていた。

 とても心臓に悪かった。

 

「上手くいって良かったです」

 

 ソフィアは落ちてきた穴を見上げる。

 よかった。魚人竜たちは追いかけてはこないようだ。

 ソフィアはホッと息を吐く。

 

「あいつら、なんなのよ」

「私も見たことがありません。ウルヌイエに生息する特有の竜かもしれませんね」

 

 ウルヌイエに限らず、古龍が環境に与える影響は大きい。

 その周囲や体内に独自の生態系を築くほどに。

 

「見つかれば、同じように追い回されるかもしれません」

「じゃあ、見つからないように気を付けなきゃね。特にあいつらの親玉みたいな巨大な竜。アレに勝てる気がしないわ」

「同感です。慎重に進んでいきましょう」

 

 二人はウルヌイエをさらに進んでいった。



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私のレールガンなのに……

「ルイエさん! あれ見てくださ――むぐ!?」

 

 さて、『慎重に行きましょう』と言ったのはどこのどいつだっかたか。

 大声を上げたソフィアの口をルイエがふさぐ。

 そして内緒話でもするように、

 

「ばか、見つかっちゃうでしょ!」

 

 二人が居るのは湖の横。

 ときおり大きな穴から水が補給される。

 逆に水門のような場所から水を排出している。

 ここはダムのように、水量を調節するための場所なのだろう。

 

 そして二人の目線の先に居るのは竜。

 クジラのようなフォルムをしているが、顔が凶暴だ。

 トカゲのような顔をしている。

 

 そして目立つのは背負った砲台。

 音叉(おんさ)のように分かれた砲身が背中から頭にかけて、まるでヤンキーの髪型のように伸びている。

 

 ソフィアが興奮した様子で見ているのはその砲台だ。

 『スーパーキャビテーション式水中適応レールガン』

 

それは、「ぷは! あれは通常であれば弾速が落ちるはずの水中で、弾を音速を超える速度で打ち出せる超兵器です。その威力は古龍に風穴を開けるほど。弱点として連射が出来ませんが、あの竜はそれを補うために海底から狙撃を行います。その射程距離は海を泳ぐ竜はもちろん、空を飛ぶ飛竜を落とすほどなんです」……と言うことである。

 

「そ、そう」

 

 ソフィアの怒涛(どとう)の長文にルイエも引き気味だ。

 

「ルイエさん。あれ欲しいです」

「は?」

「だって、なかなか市場に出回らないレア物なんですよ! あの竜はほとんど水中から顔を出さないせいで狩り辛いんです。こんな湖の中で閉じ込められてる状態はチャンスですよ!」

 

 いったいなんのチャンスなのか。

 そもそもどうやって持ち帰るつもりなのだろうか。

 ソフィアの知能指数はだだ下がりだ。

 

「いやチャンスって何するつもりなのよ」

「一狩り行きましょう」

「無理に決まってるでしょ! だいたいアレ、兵器が竜になったものでしょう!」

 

 竜は元となった機械によって性質が違う。

 例えば、人が使う道具や建造物ならそこまで人に興味がない。縄張りに立ち入るなど、刺激しなければ人を襲うこともない。

 

 だが兵器が竜になったものは違う。

 彼らは人を殺す道具としての本懐を遂げるように、人を殺して食らう。

 人など大した栄養にもならないのに。

 

 まぁ、その性質も世代を重ねるごとに薄れているらしく、現代ではわざわざ竜の知覚に入らなければ襲われることもないのだが。

 

「でも……」

「でもじゃない。さっさと行くわよ」

 

 ソフィアはルイエに引きずられる。

 

「あぁ、私のレールガン」

 

 お前のじゃないぞ。

 

 

 広い空間だ。

 ウルヌイエの背中の様にサンゴのような竜が色とりどりに光っている。

 そこは先程の湖の下。

 水門から出た水が滝のように流れ、大きな川を作っている。

 

「うぅ、欲しかったです」

「いい加減、諦めなさいよ……」

 

 さすがはロマンと言う名の売れないゴミを量産して店を潰しかけた奴である。

 今だにレールガンが諦めきれないらしい。

 

 さて、二人が岩のそばを通った時。

 岩陰から影が飛び出した。

 影は剣を振り下ろす。

 

 ドン!

 ソフィアの白衣がアームの様に変形すると、影の喉を掴んで岩に叩きつけた。

 そのまま結晶の銃で頭を撃ち抜こうと――

 

「まって!」

 

 ルイエの声に止まる。

 

「あ、よく見れば人ですね」

 

 影の正体は人だった。

 引き締まった体の中年男性。。

 ソフィアは魚人が襲ってきたものだと思ったが。

 

 男性はルイエを見ると目を見開く。

 何かを言いたそうにしていたので、ソフィアはアームを解いた。

 

「げほ! ルイエ様!?」

 

 どうやらルイエの知り合いのようだが。

 

「知り合いですか?」

「ええ、城で衛兵をやっていた人で、目覚めの剣の人員よ」

 

 男性はルイエの前にかしずく。

 そういえば、この残念ゴスロリ少女はお姫様だった。

 

「ルイエ様、どうしてこのような所に?」

「私は――」

 

 そしてルイエは語った。

 ジュリアスが信用できないこと、目覚めの剣がソフィア達の船を襲ったこと、ソフィアと共に夜空の石を探していること。

 

「貴方も協力してくれないかしら?」

「……少し付いてきていただけますか?」

 

 二人が案内されたのは川のそばに設営されたキャンプ。

 ひどいありさまだ。

 そこには薄い布がひかれ、その上に何人もの怪我人が寝かせられていた。

 ケガの具合はまちまちだが、中には腕を失っている者、このままでは命にかかわる者もいる。

 一方で無事な人間は数人。必死に看病をしているが間に合わないだろう。

 

「我々はウルヌイエの調査隊に選ばれて、ジュリアスに使いつぶされたのです――」

 

 男性が語るには。

 彼らはウルヌイエの調査隊に選ばれて、最初は意気揚々と探索を進めていた。

 これを成功させて夜空の石を発見すれば、愛する祖国を復興できる。

 しかも古龍の探索は男の子の夢だ。

 大人になってもそれは忘れない。未知の古龍の冒険を最初こそ楽しんでいた。

 

 しかし二度三度、それを短い期間で繰り返せば疲労がたまっていく。

 少しずつ神経がすり減っていく。

 だがジュリアスは休ませてくれない。祖国のためだと言って無理やり探索に向かわせる。

 そんな時に出会ってしまったらしい。巨大な魚人に。

 

「その後は地獄でした。魚人共に追いかけまわされ、倒しても倒してもわき出てくる。一方で仲間は一人ずつ死んでいく。ようやく逃げ切ってもこのざまです」

 

 ソフィアたちのことも、魚人が追いかけてきたと思い攻撃したらしい。

 

「申し訳ありませんが、ルイエ様のお役には立てません。仲間を見捨ててはいけませんから」

 

 愛国心を利用されて使いつぶされた調査隊の人々。彼らもジュリアスの被害者なのだろう。

 ソフィアは隣を見る。

 ルイエと目があった。

 気持ちは同じようだ。

 

「助けて貰える?」

 

 ソフィアはけが人たちを見る。

 設備も物資も足りていない状態で、まともな治療で全員は救えない。

 だが希望はある。

 

 ソフィアはにこりと笑う。

 これは一石二鳥。

 ちょうどいいチャンスだ。

 

「一狩りいきませんか?」 



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川の先

 湖の中。

 クジラに似た竜は悠々(ゆうゆう)と泳いでいた。

 

 そこは彼にとって、そう悪くない場所だった。

 巨大な古龍に飲み込まれ、隔離(かくり)された水槽に閉じ込められて、彼にとっては狭い水道管を流されてたどり着いた。

 外敵はいない。補給される水に交じって餌が流れてくる。狩りをせずとものんびりと過ごせる場所。

 

 だが、それも今日までだった。

 

 ズドン!

 大きな音が鳴ると、クジラ竜の体に(もり)が突き刺さる。

 それは結晶の銛。長い鎖が伸びており、その先に居るのはソフィア。

 地面に設置された砲台から銛を撃ちだした。

 

 地面に(しば)られてクジラ竜は思うように動けない。

 鎖を引きちぎらなければならない。

 クジラ竜は尻尾に着いたプロペラを全力で回そうとする。

 

「ルイエさん!」

「解ってるわ!」

 

 ルイエが水上バイクに乗って近づく。

 それは魚竜。シーモビルの素材を使ってソフィアが作った魔道具。

 

 そしてその手元には一振りの剣。

 ルイエはその剣を刺突するように構える。

 だが遠い。まだその剣先は届かない。クジラ竜がプロペラを回す方が圧倒的に早い。

 

 しかし伸びた。その刀身が。

 蛇腹剣。

 ルイエの剣は磁力によって伸びた剣を操作する魔道具だ。

 

 剣がプロペラに絡みつく。

 動きを阻害された。

 

 だからどうした。ルイエのような小さな存在は障害にならない。

 クジラ竜は勢いよく尻尾を振るう。

 

「きゃ!」

 

 絡まった蛇腹剣とともに、ルイエが飛ばされる。

 そこに飛び出したのはソフィア。背中に結晶の翼を生やしている。

 ソフィアはルイエを片手でキャッチすると、クジラ竜を見据えた。

 手元には大きなパイルハンマー。刃先は潰されていない。鋭利な刃物がクジラ竜の頭部を狙っている。

 

 ズドン!

 クジラ竜の頭部に穴が開いた。脳に届く勢い。

 もちろん。背中のレールガンは傷つけないように。

 

 これで狩りは終わり。

 そもそもクジラ竜に勝ち目はなかった。

 クジラ竜の元となった兵器は長距離狙撃潜水艦。

 その本質は『見つからず』に『長距離』から狙撃すること。

 すでに見つかっている上に、近距離ではどうしようもない。

 

 

 

 

「ルイエ様。本当にありがとうございました」

「私じゃないわ。ソフィアのおかげ」

 

 けが人たちの治療はすでに終えていた。

 あたりにはソフィアが使った魔道具が転がっている。

 その辺の竜を狩ってきてソフィアが組み立てたものだ。

 

「しかし、凄まじい物ですな『竜の軟膏(なんこう)』とは」

 

 特にソフィアが治療に使ったのは軟膏。

 軟膏は簡単に言えば塗り薬。

 油などを用いて作成できる。

 だが通常はちょっとした切り傷や、皮膚疾患に効く程度のものだ。

 大けがをした人間を治療できるものではない。

 

「私も初めて見たわ。クジラ竜なんて、そんなに狩られることもないからね」

 

 今回は使った油が特殊だ。

 

 クジラの脳油。

 クジラは脳に油をため込む。

 細かい説明は省くが、潜水や浮上を行うのに使用するため。

 さきほどのクジラ竜も同じで、この脳油を用いることで静穏性の高い潜水を行うことができた。

 

 そしてクジラ竜の脳油を使った軟膏の効果はすさまじい。

 塗るだけで傷口をふさぎ失血を抑え、細胞に作用することで治癒能力を高める。

 明日には全員の傷が完全に治るだろう。

 

「……それにしても」

 

 ルイエが呆れたように見たのは川。

 大きな川だ。水深も深い。

 そこには誰も居ないが。

 

「ぷは!」

 

 水の中からソフィアが現れた。

 着ていた服は脱いでいる。

 現在は白衣を変形させ、学生用の水着に似せている。

 白スクだ。

 色気はない。子供より平たい、その胸が原因だろうか。

 ルイエの中には、ソフィア男の娘疑惑が浮かんでいる。

 

「それ、水中に設置する意味あるの?」

 

 ルイエが川を覗き込む。

 透き通った水の中にレールガンが沈んでいた。

 当然、撃てるように調整してある。

 

「何言ってるんですか! 水中適応のレールガンなんだから、水中に設置しないとダメじゃないですか!」

 

 自ら上がったソフィアは手を振り回しながら叫んだ。

 水滴が飛ぶ。

 

「ちょっと濡れるでしょ! そもそも組みなおしてどうするのよ。撃つわけでもないのに……」

「あ、やっぱりルイエさんも撃ったところ見たいですか? ドカンと撃ちますか!」

「止めて! 振りじゃないから! 撃たないで!」

 

 結局。レールガンを撃とうとするソフィアを止めるために、ルイエは濡れる羽目になった。

 

 

 

 

 その後。元気な調査隊の人々を集めて話を聞くことにした。

 夜空の石がドコにあるのか。その手掛かりを掴むために。

 

「申し訳ありません」

「……見つけたのは魚人竜どもの巣ぐらいで」

「思い当たりません」

 

 有力な情報は得られない。

 しかしルイエがふと気づく。

 

「ねぇソフィア。竜の性質は元となった機械に影響されるはずよね?」

「その通りですね。兵器が元となれば狂暴な竜になるはずです」

 

 先程のクジラ竜も同じ。

 兵器が元となったため気性は荒かった。

 たとえソフィア達が攻撃をしていなくても、見つかっていれば襲われたはずだ。

 

「ねぇ、あの魚人竜たちを外で見た人はいる?」

 

 調査隊の人々に聞く。皆が首を横に振った。

 ソフィアも外で魚人竜を見かけることはなかった。

 そして一人が、

 

「以前襲われたときなんですが、外に出たら追ってこなくなりました」

 

 魚人竜たちは外に出ない。

 常にウルヌイエの内部だけを守っている。

 そう、守っている。

 

「あの魚人竜たちは警備用の機械だったんじゃないかしら。だから外に出た人間には興味をなくす」

 

 一方で侵入者は執拗に追いかけている。

 

「だからあいつらの巣。そこには本当に守らなければならない大事なものがあるんじゃないかしら?」

 

 大事なもの。

 それは夜空の石だろう。

 

 おぉ! と調査隊の人々から歓声が上がった。

 しかし、

 

「ねぇ、あいつらの巣は何処にあったのかしら?」

「……分かりません。必死に逃げ回ったもので」

 

 残念ながら場所の特定はできない。

 次に声を上げたのはソフィアだ。

 

「では、その辺りに何か特徴はありませんでしたか? ささいな事でも構いません。気になった部分などがあれば教えてください」

 

 皆が首をかしげる。

 しかし一人が手を挙げた。

 

「あの、関係ないかもしれないんですけど。すごく暑かったです」

 

 それに隊員たちは同調した。

 暑さ。

 

 ソフィアは考える。

 なぜ暑いのか。

 

 ドバドバと滝の音が響く。

 そういえば、そもそもウルヌイエはなぜ巨大な水槽を背負っているのだろう。

 この滝の水はいったい何処に流れていくのか。

 なぜ大量の蒸気を排出しているのか。

 

 大量の水。暑い、つまりは熱。そして蒸気。

 それは、

 

「冷却水?」

 

 ソフィアの呟きに一同は首をかしげた。

 

「夜空の石からエネルギーを生成する過程で膨大な熱が発生したとします。その熱を冷やすために大量の水を使う。使われた水は蒸気となって体外に排出される。だからウルヌイエの周辺は常に霧がかかっている」

 

 そして、

 

「魚人竜たちの巣は暑かった。つまりは熱源。夜空の石からエネルギーを作り出す場所に近いはず。そしてその場所に行くには」

 

 そしてソフィアは川を見る。

 それは冷却に使われるだろう水。

 

「水の流れを追っていけばたどり着くはずです」



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決壊

 その日、二人はキャンプで休んでいくことになった。

 ウルヌイエの中には昼も夜もない。

 テントの外からうっすらと明かりが入ってきて眩しい。

 いまいち寝れない。

 

「ふふ、なにそれ、そんな理由でお店を潰しかけてるの?」

「そんな理由ってなんですか! 魔道具は面白い方がいいでしょう!」

 

 二人は横になりながら話し込んでいた。

 狭いテントの中。すぐ隣にお互いの息遣いを感じる。

 

「ソフィアって『私は頭が良いです』ってすまし顔してるくせに暴走するとバカよね」

「ルイエだって同じじゃないですか。カッコいいって興奮しだして」

「ふふ」

「何がおかしいんですか」

 

 隣を向く。

 同じようにルイエがソフィアを見つめてきた。

 鼻先がこすれ合う距離。

 ルイエの黒い瞳が星空の様に輝いていた。

 

「初めて呼び捨てにした」

 

 そう、だったかもしれない。

 ソフィアは気恥しくなってそっぽを向く。

 

「照れてるのかしら?」

「照れてません」

 

 ルイエがソフィアの手を握ってくる。

 ソフィアは茶化しているのかと思った。

 だが、その手は震えている。

 何かに怯えるように。

 

「ソフィアは凄いわ……私とは違う」

 

 羨望と落胆。

 それがルイエの声から感じられる。

 

「私ね。夜空の石を手に入れた後、どうしたらいいのか分からないの。国を復興させたい。でも、私にはその力が無いわ」

 

 ルイエは国の姫だった。

 だが、それだけだ。

 

「私はソフィアみたいに魔道具も作れない。戦えるわけでもない……ジュリアスの様に人を集めて指揮することもできない」

 

 王族として国を復興させる。

 その重責に対して、ルイエは何の力も持っていない。

 汚いことをしようとも、実際に人を集めて組織を立ち上げたジュリアスの方が、ずっと先を歩んでいる。

 

「だからたまに考えてしまうの。諦めた方が良いのかなって。ジュリアスに任せた方が、私が我慢してひどいことに目をつむればいいだけなのかな……現実を見るべきなのかな」

 

 現実的に国の復興に近いのはジュリアスだ。

 それに反しているのはルイエ自身のこだわり。

 王族の責務として、国の事を考えれば間違っているのかもしれない。

 

 ルイエが恐れているのは、未来だ。

 夢から覚めるのが。

 現実を思い知らされるのが怖い。

 自身の無力さを突き付けられるのが怖い。

 

 ソフィアはルイエの手を握る。

 ソフィアだって他人事じゃない。

 母のような魔導士になるんだと意気込んで店を開いた。

 だが結果は失敗だった。

 客は来なくなり経営危機におちいっている。

 

 未来は怖い。

 夢は怖い。

 それでも、

 

「今は、前に進むしかないんだと思います」

「……そうね」

 

 そして少女たちは目をつむった。

 せめて眠りの中だけでも、幸せな夢が見られるようにと祈って。

 

 

 

 

「お二人とも! 起きてください!」

 

 抑えた声が響く。

 ソフィアの体が乱暴に揺さぶられた。

 どうやら調査隊の人に起こされたらしい。

 

「なによ。どうしたの?」

「お二人とも、急いで逃げてください」

 

 ソフィアはゆっくりと体を起こして目をこする。

 逃げる?

 いったい何から。

 

「ジュリアスがやってきたんです」

「な、本当なの?」

 

 その名前を聞いて一気に意識が覚醒する。

 そして二人はテントの隙間から外を盗み見る。

 

 そこに居るのは真新しい装備に身を包んだ男たち。

 調査隊の人々には古ぼけた装備を渡して、自分たちは新しい物を使っているようだ。

 そして調査隊の人々を気遣う様子もなく周囲を警戒している。

 

 その中心。守られるように立っているのは長い金髪の男。

 白地に金の線が入ったコートを着ている。

 年は30代前半くらい。凛とした顔の男。

 そしてずっと薄ら笑いを浮かべている。 

 

「あれがジュリアスよ」

 

 見た目は爽やかなイケメン。

 だがジュリアスはねっとりとした、性格の悪そうな声で喋りだす。

 

「これは皆さま。調査の方はいかがかな?」

 

 それに答えたのはジュリアスの前にかしずいた調査隊の人。

 一番初めにソフィア達が会った人だ。

 

「申し訳ありません。我が隊は竜に襲われて壊滅状態です。撤退のために準備を整えておりました」

「なるほど……」

 

 ジュリアスはゆっくりと見回した。

 視線が止まる。

 その先にあるのは魔道具。ソフィアが治療に用いたものだ。

 

 まずい。

 ジュリアスの表情は変わらない。

 だが怪しんでいるのか、ジッと見つめている。

 

「……ところで、こちらにルイエ様は来ていませんか?」

「いえ、存じ上げません。なにかあったのですか?」

「……そうですか」

 

 ジュリアスは残念そうにつぶやくき、わざとらしく首を振った。 

 

「何か情報がある者には報酬を払いましょう。ああ、ただし最初の一名のみです」

 

 奴は気づいている。

 ソフィア達の存在に。少なくともここに立ち寄ったことを。

 だが無理やり聞き出そうとするのではない。

 裏切者を出そうとしている。欲に目がくらんだ者を釣り上げようとしている。

 心底性格が悪い。

 

「よろしいですか?」

 

 調査隊の一人が声を上げた。

 ケガをしていた。ソフィアが治療した一人。

 『ありがとう』と感謝の言葉をかけてくれた。

 

「なんですか?」

 

 まさか裏切るはずがない。

 そう思いたかった。

 

「ルイエ様ならあそこにいます」

 

 指さした。ソフィア達の方を。

 

「ッ!」

 

 ソフィアはとっさに砲台を作り出し、ジュリアスに向かって放つ。

 轟音と共に飛ぶ結晶の砲弾。

 ガン!

 

「おいおい、とんだじゃじゃ馬が居るじゃねえか」

 

 弾き飛ばされた。

 ジュリアスを守るように立ったのはずんぐりとした鎧を着た男。

 初めに船を襲った魔導師と同じ龍装だ。

 手には巨大なメイスを持っている。

 

「あなた達! 逃げなさい!」

 

 ルイエの声と共に、調査隊の人々は走り出す。

 それをジュリアスの隊は追撃しようと武器を構えた。

 しかし、巨大な結晶の壁が現れ攻撃を邪魔する。

 これで時間が稼げる。そう思った。

 

 バリン!

 音を立てて結晶の壁が崩れた。

 砕かれた。

 メイスの男の一撃で。

 

 仕方がない。

 すでに走り出していたソフィアとルイエ。

 二人は逃げる調査隊の人々を守るように立ちふさがる。

 

「お二人とも!?」

「先に逃げなさい! あとから私たちも逃げるわ!」

「おや? 逃げられるとでも?」

 

 どこかバカにしたような声。

 相変わらず薄ら笑いを浮かべているジュリアスだ。

 

「彼らは別にかまいません。ですがルイエ様は行けませんよ。国の復興に必要ですから」

「ふざけないで! 調査隊の人を、国民を攻撃しようとして。復興なんて望んでいないでしょう!」

「そんな奇麗ごとで国は取り戻せませんよ。相手は古龍。世界の支配者に挑もうとしているのですから。外道を歩む覚悟も必要です。ルイエ様、現実を見てください」

「それは……それでも、あなたのやり方には賛同できない」

 

 はたから見れば子供のわがままかもしれない。

 それでも誰かを犠牲にするなんてことは、ルイエにはできないのだろう。

 

 沈黙の中、『はぁ』とジュリアスのため息が響いた。

 

「頭を冷やしてもらう必要がありそうです……捕まえなさい」

 

 敵が動いた。

 数は20人ほど。

 ソフィアは銃を生成して撃ち抜こうとするが。

 

「おっと、お前の相手は俺だ」

 

 メイスの男が動く。

 速い!

 ソフィアはとっさに横に跳ぶ。ドカンと音を立ててソフィアが居た場所が潰れる。

 

「お前は強そうだからな。ザコどもじゃ手に余るだろ」

 

 強い。

 使っている龍装は、船を襲った魔導師と同じもの。

 出来が悪い祖製品だ。

 

 だが使い手が違う。

 当たり前だが龍装は道具。使い手によって発揮する性能が違う。

 メイスの男は戦いに慣れている。

 鎧の性能を引き出している。

 

(マズいですね。この男もそうですけど――)

 

 ソフィアが見るのは男の背後。

 ルイエが蛇腹剣を振り回して、敵を寄せ付けないようにしている。

 幸いなのはルイエを傷つけないようにするため、銃の類は使われていないこと。

 だが捕まるのは時間の問題だろう。

 

 目の前の男は倒せるかもしれない。

 だが、その間にルイエが捕まったら。

 人質に取られたら。

 

 その前に何とかしなければならない。

 何かないか。

 何か役に立つものは……

 

 ブン!

 巨大なメイスが振られる。

 現れる結晶の壁。しかしそのままでは砕かれる。

 だから。

 

「うぉ!?」

 

 真っすぐではなく斜め。

 メイスの軌道をそらすように壁を生成する。

 メイスは明後日の方向にフルスイングされて隙ができる。

 

 ソフィアは二丁の結晶の銃で撃ちぬいた。

 メイスの男ではない。

 その後ろ、ルイエに近づこうとしている敵を。

 例によってゴム弾だ。

 命に別状はないが、戦闘の継続は不可能。

 

(とりあえず時間稼ぎを……)

「調子に乗るんじゃねぇ!」

 

 フルスイングされたメイス。

 それはぐるりと回転しソフィアに襲い掛かる

 

(避けられない!)

 

 同じようにそらす軌道で壁を展開。

 だが、メイスの男もバカではなかった。

 それを見越して力を入れる。

 

 パリン!

 結晶の壁が砕かれる。

 勢いのついたメイスがソフィアの体に当たる。

 

「ッ!?」

 

 ベキ! バキボキ!

 体内から異音がする。なってはいけない音。

 それと共に来る激痛。

 

 ズドンとソフィアは数メートル吹っ飛ばされる。

 

「ソフィア!」

 

 ルイエの叫び声。

 ソフィアはゴロゴロと転がり、川辺で止まった。

 

「ぐ、かは!」

「なかなかいい飛距離じゃねぇかクソガキ」

 

 まずい。

 半身が動かない。

 ざくざくと河原を歩く足音が聞こえる。

 メイスの男が近づいてきている。

 

 ソフィアは這いつくばったまま前を見る。

 そこにあるのは川。

 

(あ、そうか……)

 

 何とかなる。この状況をくつがえせる。

 

「骨が折れた感触だったからな。もう動けねぇだろ。おとなしく諦め――ぶべぇ!」

 

 ソフィアが飛びあがり、メイスの男の頭部に蹴りを入れた。

 油断していた男は横倒しに吹っ飛ぶ。

 

「骨が折れたら動けないとか、発想がつまらないですよ」

 

 ソフィアの体には結晶で作られたスーツ。

 内部の骨が折れたなら、外部から補強すればいい。

 まさしく強化外骨格(パワードスーツ)だ。

 

「ソフィア、大丈夫!」

 

 走り寄ってきたルイエ。

 後ろからぞろぞろとジュリアスの部隊が追いかける。

 ちょうどいい。

 

「大丈夫。ちょっと痛いだけです」

「嘘つかないで! あんだけ飛ばされて平気なわけないでしょ!」

 

 そこに悠々とジュリアスが歩いてくる。

 

「お友達のことを考えるなら、早めに投降された方が良いですよ」

 

 逡巡するルイエ。

 だがすぐに決まったようだ。

 

「……分かっ――」

「その必要はありません」

 

 ルイエが降参しようとしたのを、ソフィアが遮った。

 

「おや、やせ我慢かな? どのみち捕まるのです。早めに諦めた方が身のためだよ」

「いいえ。本当に必要ありません」

 

 そう。あと少し。もう少しだけ時間が稼げれば。

 ガシャン。メイスの男が起き上がった。

 

「このクソガキがぁ!」

「落ち着きなさい。今は私が喋っています」

「コケにされて黙ってられるかよ! このガキもあのメイドのガキみたいに殺してやる!」

 

 メイドのガキ。

 メイスの男はそう言った。

 メイド。船に乗って居たメイドはほのかだけだ。

 

「メイドとは、どういうことですか?」

「あぁ? なんだお前。あのメイドの知り合いか?」

 

 ゲラゲラとメイスの男は愉快そうに笑う。

 そして楽しそうに語った。

 

「あのメイドなら俺のメイスでぶっ飛ばしてやったのよ! 古龍から落ちてったぜ! 真っ逆さまにな!」

 

 だから、戻ってこなかったのか。

 だが死んだところを見られていないなら、まだ可能性がある。

 あるはずだ。

 速くこの件を終わらせて、探しに行かなければならない。

 

「もう結構です。あなた達と喋っている時間が無駄です」

「おや。諦めてもらえるのかな?」

 

 諦める。

 むしろソフィアが考えていたのは逆だ。

 

「いえ、これで終わりです」

 

 ズドォン!! ガラガラガラ!

 ソフィアの背後から大きな水しぶきが上がる。

 レールガンが放たれた。

 それは水門に当たると、一気に水が噴き出す。

 

「なぁ!?」

 

 ソフィアが狙っていたのはこれだ。

 白衣からアームを伸ばしてレールガンを操作。

 そのまま水門を撃ち抜いて、大量の水でこの場を押し流す。

 

 ソフィアはルイエの手を握り、話さないようにぎゅっと握る。

 

「ルイエさん。手を離さないでください!」

「ちょっと、何よこれ!?」

 

 そして全てが水に流されていった。



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魔女狩り

「お前のせいだ!」

「いたっ!」

 

 投げられた石が幼いソフィアの足に当たる。

 ズキズキと痛む。

 痛みに耐えられずソフィアはしゃがみ込んだ。

 

 周りはガレキの山。

 もとは街だったものの残骸(ざんがい)

 

 幼いソフィアを大人たちが囲んでいる。

 血走った眼だ。

 大人たちは憎い敵を見るように、憎悪に満ちた目をソフィアに向けている。

 

「違います! 私たちのせいじゃありません!」

「なら、どうして街は古龍に襲われたんだ!」

 

 怒鳴り声を上げたのは一人の男性。

 ソフィアも通っていたパン屋のおじさんだ。

 いつもソフィアがお使いに行くと、おまけだと言って甘いパンをくれた。

 いつもにこにこしていた、優しい目のおじさんだった。

 

 だが今は違う。

 その目は憎しみに満ちている。

 

 この街は古龍に襲われた。

 突如として現れた古龍に、街のすべてを潰された。

 沢山の人が死んだ。

 おそらくはソフィアの養母も。

 

「お前たちが、あんなわけの分からない建物を作ったからじゃないのか!?」

 

 そう言って指さしたのは丘の上。

 そこに建てられた建物。それは、

 

「あれはただの天文台です!」

 

 星を見るための施設。ただの天文台だ。

 友人たちに奇麗な星を見せるため。

 ソフィアが母に教わりながら設計した建物。

 古龍を呼び寄せる機能などない。

 

 だが。そんなことはどうでもいい。

 憎悪に囚われた町民には関係ない。

 彼らはただ、ぶつける対象が欲しいだけだ。

 家を壊された悲しみを、愛する人を奪われた憎しみを。

 

 その対象として魔導師は都合が良かった。

 だって彼らには理解できないから。

 

 空に浮かぶ星を観察して何の意味があるのか。

 もしかしたら自分たちには理解できないことをして、古龍を呼び寄せたんじゃないか。

 

 その疑念を(ぬぐ)えるものはいない。分からないから。

 『特に理論や根拠はないが、何となくあいつらが悪いんじゃないか』。その意見が通ってしまった。

 たとえ目の前に居るのが小さな女の子だったとしても。魔女の子は魔女だ。自分たちには理解できない力を使っているんだ。そう納得してしまった。

 

「嘘をつくな! この悪魔!」「娘を返せ!」「この人殺し!」

 

 罵倒と共に石が投げられる。

 痛い。痛い。痛い。

 ソフィアは必死に体を丸めて耐える。

 止めてと泣き叫んでも、誰も手を止めてくれない。

 

 なぜ自分が罵倒されるのか、なぜ石を投げられるのか。

 ソフィアは考える。

 それは魔導師だからだ。

 魔導師だから無実の罪を着せられて。

 憂さ晴らしのために断罪されている。

 

 憧れなければ、願わなければ。

 魔導師になんてならなければ良かった。

 

 ふと、腕の隙間から見えた。

 それは一人の女の子。

 ソフィアの友人だ。昨日まで一緒に遊んだ。

 共に星を見た。

 もしかしたら助けてくれるかもしれない。

 周りの大人たちに、止めるように言ってくれるかもしれない。

 そう思って、ソフィアは手を伸ばした。

 

 だが助けてなんてくれなかった。

 少女はゴミを見るような目を向けた。ソフィアに対して。

 そして何処かへと走り去った。

 

 そして――

 

 

 

 

 ソフィアの意識が浮かび上がる。

 嫌な夢を見た。

 ずっと昔の夢。ソフィアが引きこもる直前の夢。

 

 誰かに頭を撫でられている。

 母もよく頭を撫でてくれた。

 嫌なことがあった時、悲しい時。そんなときの撫で方に似ている。

 目を開けると。

 

「ソフィア? 大丈夫?」

 

 それはルイエだった。

 ルイエはずぶ濡れの状態で、ソフィアを膝に寝かせて頭を撫でていた。

 とても心配そうにソフィアを見ている。

 

「ずっとうなされていたのよ? どこか辛いの?」

「いえ、大丈夫です」

 

 ソフィアは起き上がる。

 ソフィアもずぶ濡れだ。まぁ流されたのだから当然だ。

 

「嘘言わないでよ。あんなに吹っ飛ばされて、骨が折れてもおかしくないでしょう? それとも、そんな嘘をつくほど私は頼りないの?」

 

 どこか悲しそうにルイエは言った。

 ソフィアに信用されていないと思ったのだろう。

 そんなことはない。ソフィアはルイエを信じている。

 

「いえ、本当に大丈夫なんです。ほら」

 

 ソフィアは攻撃を受けた方の腕を動かす。

 なんともない。まるで攻撃なんて受けていなかった様に。

 

「……何か仕掛けてるんじゃないの?」

「何もありませんよ」

 

 ソフィアは腕をまくり素肌を見せる。

 奇麗な肌だ。

 傷はもちろん腫れてもいない。

 

「たしかに、なんともないようだけど……」

 

 ルイエは納得できないようだが、事実としてなんともないのだ。

 それ以上はどうしようもない。

 

「……それにしても暑いですね。おそらくは炉が近いんでしょうけど」

 

 暑い。

 それは熱源、つまりウルヌイエの炉に近づいているのだろう

 川の流れた先にあるはずなのだから、水に流されてその近くにたどり着くのは当然なのかもしれない。

 

「炉の近くに流れてきたのはラッキーね。ただ……」

 

 ルイエは自身の服をつまむ。

 濡れた服が体に張り付いて気持ち悪いようだ。

 

「先にぬれた服をどうにかしたいわ」

 

 

 

 

 ソフィア達が少し進むと、そこに温風が出ている通気口があった。

 二人はそこに服を干した。

 そして、

 

「はぁー、濡れてたせいかしら。すごく温かく感じるわ。ソフィアも早く入りなさいよ」

 

 その近く。

 大きな温水だまりにルイエは入っていた。

 当然、着替えなどないから裸だ。

 

「お待たせしました」

 

 一方のソフィアは水着だ。

 川の作業でも使っていたように白衣を使った白スク。

 とんだ裏切り行為である。

 

「ちょっと! なんでソフィアだけ水着なのよ!?」

「え、何か問題がありますか?」

「当たり前でしょ! 私だけ裸じゃ恥ずかしいじゃない」

 

 それはそうだ。

 お互いに裸なら恥ずかしくも無いだろう。

 だが自分だけ裸と言うのは嫌だ。

 

「……じゃあ、用意しますね。どうぞ」

 

 そう言ってソフィアが差し出したのは水着。

 本当に最小限の局部だけを隠せるようなもの。

 平たく言えばマイクロビキニ。

 着てる方が恥ずかしいやつ。

 

「分け合いの精神とかないのかしら!?」

「……わがままですね」

「うるさいわね! もういいわよ! これ着るわよ!」

 

 ルイエはソフィアの手から水着を奪い取ってつける。

 ちなみに紐部分は結晶で作られている。本当に最小限の消費で作ったらしい。

 そしてルイエは着たはいいが、やはり恥ずかしそうだ。

 

「……私、ソフィアが本当は男じゃないかって疑ってるんだけど」

「……どうしてそうなるんですか?」

「そこまで裸を見せたがらないのが怪しいわ」

「た、ただ恥ずかしいだけです」

 

 そして二人はしばらく他愛もない話を続けた。

 ふと、沈黙が流れた。

 そしてルイエは気遣うように話した。

 

「……気絶してた時、ずっと『ごめんなさい』って呟いてたけど。何かあったの?」

「昔の夢を見たんです」

「昔の夢?」

 

 ソフィアは夢の内容を語った。

 自分が冤罪をかけられて、石を投げられた話を。

 

「それが原因で、私は最近まで引きこもってたんです。自分の作ったものが原因で、誰かに憎まれるのが怖くて」

 

 人と接するのは怖い。嫌われたらいやだから。

 人と仲良くするのは怖い。裏切られたときの辛さを知ってるから。

 だからソフィアは誰とも会わずに、ただ魔道具を作っていた。

 そっちの方が気が楽だった。

 

「そうだったの……もう大丈夫なの?」

「昔の話ですから。今でも人と話すのは苦手ですけど、問題はありません」

 

 そう昔の話だ。

 苦手意識は残っているが、だいぶ克服できた。

 今更、気にするような出来事ではない。

 ソフィアは自身にそう言い聞かせた。

 

 語り終えた後。

 ギュッとルイエがソフィアに抱き着いた。

 なめらかな肌の感触が伝わる。

 柔らかい胸からどくんどくんと鼓動を感じる。

 そしてゆっくりとソフィアの頭を撫でた。

 

「私、ソフィアなら成れると思うわ。お母さんみたいな魔導師に」

 

 そう言って貰えるだけで、少しだけ心が軽くなった気がした。



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痺れるぜ

「……とんでもない数ですね」

 

 そこは魚人竜たちの巣。

 大きな円柱状の空洞。そこの床にびっしりと魚人竜たちが寝てる。

 

 その巣をソフィア達は遠くの物陰から覗いていた。

 はっきり言って見づらい。

 遠くから、しかも四角く開いた入り口から中を覗けるだけ。

 これでは中の様子が良く見えない。

 もう少し近づきたいのだが、

 

「これ以上近づくと見つかる危険がありますね」

 

 見つかってしまっては意味がない。

 するとルイエが指さす。

 

「あの辺だけ魚人たちがいないわ。あそこから覗けるんじゃない?」

 

 巣の一角。

 確かにそこだけ穴が開いたように魚人竜たちがいない。

 そしてパイプに(おお)われた壁の隙間から光が漏れていた。

 

「行ってみましょう」

 

 ぐるりと周って行ってみる。

 

「うわ、ここも凄いわね」

 

 バチバチと電気がはじける。

 そこはクラゲ竜の巣だった。

 

 だが幸いなことに、壁沿いに人が通れる程度の隙間がある。

 ソフィア達は壁に張り付きながら、そこを進んだ。

 

「ここから中が覗けます」

 

 そこは壁に空いた窓。

 パイプが伸びてほとんど塞がれているが、中は覗ける

 

「デカいのも寝てるわね」

 

 巣の中央。そこには巨大な魚人竜が猫の様に丸まっていた。

 そして床と壁を覆いつくすような魚人竜たち。

 その数100は超えるだろう。

 正面から戦うのは無理。

 

 そして巣の奥。

 そこには巨大な扉がある。

 魚人竜たちはアレを守っているのだろう。

 あそこに夜空の石が。

 

「これ、ジュリアスも取れないんじゃないですか?」

 

 ソフィアには目覚めの剣の戦力がどれほどか分からない。

 だがこの大量の竜を殲滅できるほどの戦力があるのだろうか?

 別にソフィアたちが何もしなくても、夜空の石に届かない可能性もある。

 

「あのクズなら、他の人間を(おとり)にして、その間にゆうゆうと取るんじゃないかしら」

 

 ジュリアスならばやりそうだ。

 結局、ソフィアたちが先に入手する方が安全。

 

 だがこの大量の魚人竜たち。

 これをどうしたら。

 

 その時。

 魚人竜たちが一斉に、ぐるりと首を動かした。

 らんらんと輝く目が見つめるのは壁。

 

 ソフィアたちとは逆方向の壁だ。

 その方向に魚人竜たちは走り出す。

 

「アぁぁぁ! 止めろ! 来るな!」

 

 ベキ! バキ!

 音を立てて壁が引きちぎられる。

 そこから引きずり出されたのは男。

 ジュリアスの部隊に居た顔だ。

 

 おそらくは水に流されて、はぐれたのだろう。

 

「やべで! ゆるじ――!?」

 

 ぐちゃ、パキ、べちゃ。

 思わずソフィアたちは目をそらした。

 人が生きたまま食われていく様など見たくない。

 

 あれが魚人竜に捕まった者の末路。

 自分たちが捕まったら。そう考えるだけで背筋がゾッとする。

 

「あいつら、なんであの人の居場所が分かったのよ」

 

 ルイエが青い顔をして、震えた声で呟いた。

 どうして壁の中にいた男が分かったのだろうか。

 明らかに目で見えていなかった。

 

 そしてもう一つの疑問。

 

「どうして、私たちは見つかってないの」

 

 そう。ソフィアたちだって男と条件は同じだ。

 見えないはずの壁の中。

 不自然なほど周りに魚人竜たちはいないが、そこまで距離が離れているわけじゃない。

 見つかっても、おかしくないはず。

 いや、一つ明確に違う部分がある。

 

 ソフィアは後ろを見る。

 そこではパチパチと電気をはじけさせているクラゲ竜たち。

 

「ルイエさん、これで勝てます」

 

 

 少し後。魚人竜たちの巣。

 ズバババン!!

 連続した炸裂音。

 魚人竜たちの頭部に風穴が空いていく。

 

「グルァァ!?」

 

 巨大魚人が目を覚ます。

 音の方角、入り口をにらみつける。

 

 そこに居たのはソフィア。

 いつもの白衣姿ではない。

 結晶で作られたパワードスーツ。

 背中には大きな羽根。その両手には機関銃。

 そして動きやすいよう、長い髪をポニーテールにまとめていた。

 

「ちょっと地獄まで付き合ってもらえますか?」

 

 殺到する魚人たち。

 ソフィアはくるりと(きびす)を返すと、羽根から空気が噴き出す。

 ソフィアの足にはローラースケート。

 地面を滑る。

 これならソフィアの方が早い。

 

 その時、ウォォォンと唸り声に似たエンジン音が響いた。

 ちらりと後ろを向く。

 それは巨大魚人。前を走る魚人たちを()き飛ばしながらソフィアに迫る。

 

「大きい割に早すぎません!?」

 

 ソフィアはくるりと回転する。

 一気に巨大魚人に向けて飛翔する。

 

「あなただけ来られても困るんですよ!」

 

 ズドン!

 ソフィアのサマーソルトがあごに決まる。

 顔を天に向けてひっくり返る巨大魚人。

 蹴り上げた勢いのまま、ソフィアは跳躍し魚人たちから離れる。

 

「並んで付いてきてください」

 

 そしてそのまま滑り出す。

 後ろでガシャンと大きな音が鳴った。当然、あの程度で倒せるものではないだろう。

 

 ソフィアは広い通路を右に左に曲がっていく。

 このまま行けば目的地までもうすぐだ。

 

 ソフィアは後ろを見る。

 ……巨大な魚人はドコに行った?

 

(引き離しすぎた。どうする、一度戻りますか?)

 

 その時だった。

 バコン!

 前から音が鳴った。

 

 前を向けば巨大魚人が壁を壊して姿を現す。

 先回りされた!?

 そう思った時には遅かった。

 

 その巨大な腕が振るわれて、ソフィアは乱暴につかみ取られる。

 

「う、くぁぁ!!」

 

 ミシミシと体が締め付けられる。

 蹴られた恨みを晴らすようにゆっくりと、いたぶるように。

 

「性格悪いんですよ!」

 

 ボン!

 音を立ててソフィアが爆発する。

 羽根を除いて、つけていた装甲を爆発させた。

 

 爆発の勢いでソフィアは逃れると、巨大魚人の股下を走る。

 そこにあったのは巨大な湖。

 ソフィアは湖に飛び込む。

 

 これから冷却に使われるのだろう水。

 冷たい水の中をソフィアは潜っていく。

 

 後ろからもバシャバシャと音が聞こえる。

 魚人たちが追ってきている。

 底に着いた。

 上を見上げれば魚人の群れ。

 不気味に輝く瞳。おびただしい数の瞳がソフィアを見つめている。

 

 巨大魚人がソフィアに迫る。

 その剛腕で再びソフィアを捕まえようとした。その時だった。

 

 バシャンと大きな音が鳴る。

 それは大きな魔道具が降ってきた音。

 それと同時に。

 

「う、あぁぁぁ!!」

 

 ソフィアのくぐもった叫び声が水中に響く。

 だがそれ以上に苦しんでいるのは魚人たち。

 巨大魚人も頭を抱えて悶えている。

 

 正体は電流。

 魔道具から放出される電流が、湖全体を包み込んでいる。

 

 さて、鮫には電気を感知する器官が存在する。

 鮫たちはその器官によって、暗闇や砂に隠れた獲物を探し出す。

 

 それと同じように魚人たちも電流によって敵を探していた。

 だから壁の中に隠れていた男も発見できた。

 一方ですぐ近くに電流が発生していたソフィアたちは発見できなかった。

 

 この感知する器官は便利なようで弱点にもなる。

 人間だって目に強い刺激を受ければ失神することがある。

 空気中の微弱な電流でさえも感じ取れる、とても敏感な器官。

 そこに大量の電流を流し込んでやれば――

 

 ガツン、ガツンと魚人たちの死体が沈んでいく。

 巨大魚人は耐久力が違うらしい。

 浮かび上がろうとする巨大魚人だが、

 

「グルァァ!?」

 

 しかし手足に絡みついた結晶が逃がさない。

 ソフィアは水中でパクパクと口を動かした。

 

『逃がしません』

 

 

 魔道具から放出される電流が収まったころ。

 湖からぷっかりとソフィアが浮かんできた。

 そしてぷかぷかと浮いたまま岸に流れ着く。

 湖の底には屍の山が出来ていた。

 

「ソフィア!」

 

 走り寄ってきたルイエはソフィアを引き上げる。

 

「うっ、思ったより重いわね」

 

 なんとか引き上げる。

 良かった。息はしているようだ。

 

「ら、らいしょーふれすよ」

 

 大丈夫ですよ。と言いたいらしい。

 電流にやられたせいか舌足らずだ。

 

「人には無害だって言ってたじゃない! なによあのバリバリ!」

 

 事前の説明で、人には問題ないくらいの電気しか流れない。そうルイエは聞いていた。

 だが実際にはバリバリと凄い音が鳴っていた。

 魔道具を落としたルイエからしたら心配で仕方がないくらい。

 

「無茶するときはちゃんと説明してよ」

 

 泣きそうな声をルイエは絞り出した。

 よほど心配だったのだろう。

 もう少し説明しておくべきだったか。

 ソフィアは後悔する。

 

「……言いたいことは山ほどあるけど、とりあえず休みましょうか」



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夜空の石

「……いよいよね」

 

 三角形の大きな扉。

 ソフィアたちがその前に立つと、プシューと音を立てて開いていく。

 

 そこに広がっていたのは宇宙だった。

 足元も見えない真っ暗な暗闇。

 床はガラスなのだろうか。

 360度全ての方角、ずっと遠くに灯りが点滅している。

 まるで星空を歩いているような感覚。

 

 二人は圧倒されながらも歩みを進める。

 

「ソフィア、あれ」

 

 それは天球儀。

 重力を無視してふわふわと浮いている。

 いくつもの輪が折り重なった巨大なオブジェ。

 その中心に浮かぶのは黒いガラスの球体。

 周りの灯りを反射しているからだろうか、キラキラと星屑の様に輝く。

 

 ソフィアたちが近づくと、天球儀はゆっくりと降りてきた。

 そして(いざな)うようにガラスの球体の一部が開く。

 

「入れってことでしょうね」

 

 二人はお互いの手を握った。

 そして警戒しながら球体に入っていく。

 すると、

 

「……浮いてます」

 

 ソフィアたちが中に入ると、球体は閉じて再び浮かび上がる。

 同じようにソフィアたちも重力から解放された。

 体を地上に縛っていた力が抜け、軽くなる。

 

「あれ? ちょっと!?」

 

 隣を見る。

 ルイエが手足を振り回しながらくるくると回っていた。

 遊んでいるのかな。

 

「……何やってるんですか?」

「上手く動けないのよ!」

 

 そう言ってバタバタと手足を振るう姿は捕まった猫のようだ。

 ソフィアはクスリと笑って、ルイエに手を出した。

 

「無駄に体を振り回すからですよ。泳ぐのをイメージしてください」

「わ、分かったわ」

 

 そうして、ようやくルイエの動きが安定したころ。

 

「あれが、夜空の石なのかしら」

 

 ルイエが指さした先。

 そこには黒い石が浮かんでいる。

 拳より少し大きいほどの石。

 

 二人はふわりと宙を泳ぎ、その石に近づいた。

 星空を固めたような石。これが夜空の石。

 

「見た目は黒い宝石のようですね」

「……ずいぶんと小さいけど、古龍を退ける力があるのかしら?」

 

 それは分からない。

 だがこれで夜空の石は手に入った。

 ジュリアスの手に渡ることはない。

 早く。ウルヌイエから脱出しなければ。

 

「もう少し、無重力空間で遊んでいたいですけど……」

「私はさっさと降りたいわ。ずっと浮いてたんじゃ落ち着かないわよ」

 

 

 

 

「石はソフィアに渡しとくわ」

「いいんですか?」

「もしもの時、ソフィアの方が守れそうだもの」

 

 三角形の出口がプシューと音を立てて開き、外に出た時だった。

 ズドン!

 ソフィアは吹っ飛ばされる。

 この激痛には覚えがある。

 

 ガン! ソフィアが壁に激突する。

 肺の空気が強制的に押し出される。

 

「二度目のヒットだな。クソガキ」

 

 10メートル以上飛ばされたらしい。

 遠くを見れば、そこにはジュリアス、メイスの男、その他目覚めの剣の人員。

 ルイエは捕まり、その手を抑えられている。

 

(油断しました!)

 

 ソフィアは空っぽになった肺に必死に息を吸い、にらみつける。

 状況は最悪だ。

 ルイエは捕まっている。

 ソフィアも今の一撃で動きが悪くなっている。

 まずい。勝つ方法が思いつかない。

 

 ジュリアスがルイエの前に立つ。

 

「さて、石はドコですか?」

「残念だけど、石なら残ってなかったわ」

「ふむ……」

 

 ゴッ。鈍い音が響く。

 ジュリアスがルイエの顔を殴りつけた。

 

「なに、するのよ」

「いい加減にしていただきたい」

「かはっ!」

 

 次は膝蹴り。

 ルイエのみぞおちに当たる。

 そして苦しそうにうめいた。

 

「ぐっ、うぅ、やめなさいよ」

「あなたには女王としての責務がある。いつまでも、くだらない遊びに興じては困るのです」

 

 ジュリアスが首を掴む。

 ルイエの首がギリギリと締め付けられていく。

 必死に口を開いているが、息が吸えていない。

 その目元に涙が浮かんでいく。

 

「私が持っています!」

 

 ソフィアの叫びが響く。

 ジュリアスは手を離すと、にこりと笑った。

 

「はじめから言っていただければ、無駄なことをせずに済んだのに」

 

 最初からこれが目的だったのだろう。

 ルイエを痛めつけてソフィアに吐かせる。

 

「こちらに渡してください」

 

 どうにかならないか?

 メイスの男が近づいてくる。

 ゆっくりと足音が鳴る。

 チクタクと時を刻む時計のようにソフィアをじらす。

 何か策は無いのか?

 

 その時だった。

 

「グルァァ!!」

 

 入り口から魚人竜たちがなだれ込んできた。

 巣から出ていた生き残り。

 数は少ない。それでも50匹ほどいる。

 彼らはソフィアよりも、数の多いジュリアスたちを優先して襲っている。

 すぐに対処できる数でもない。

 焦ったようにジュリアスが怒鳴った。

 

「クソ! 南西の方角に大きな穴が開いた場所がある! そこに来い! 石とルイエを交換してやる!」

 

 石とルイエを交換。

 石を渡すのは危険かもしれない。だがルイエの方が優先だ。

 最悪、石は後から奪える。

 

 魚人竜たちがソフィアに襲い掛かる。

 ソフィアは結晶を使って体を補強し走り出した。

 今は逃げなければ。

 

「必ず助けますから」 



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深海への道

「……ここですね」

 

 しばらくして、ソフィアは指定された場所に向かった。

 そこはジュリアスたちが拠点として利用してる場所のようだ。

 テントや機材が設置してある。

 ジュリアスの手下が近づいてきた。

 

「こっちへ来い」

 

 周りに警戒しながら付いていく

 せわしなく動いているジュリアスの手下たち。

 彼らはソフィアに気づくとニヤニヤと見てくる。

 

 ルイエが言っていたように、ジュリアスの連れてきた人間はガラの悪そうな者ばかりだ。

 街のごろつき、犯罪者、そんな雰囲気の男たち。

 暗い経歴の人間の方が、ジュリアスにとって扱いやすかったのだろう。

 

「ここだ」

 

 案内された場所は大穴の空いた場所。

 地の底に繋がっているのではないかと思うほど暗く、底が見えない。

 

 その大穴の脇。そこにルイエが立っていた。

 背後から銃を突きつけられて、うなだれている。

 

「ルイエ!」

 

 返事がない。

 どうしたのだろうか。

 ただ床をジッと見つめている。

 

 ふと気づいた。

 ルイエの後ろ。そこには大きな黒い球体が置いてある。

 何の機械だろうか。

 わざわざ労力をかけて運んできたのだ。何かしらに必要なのだろうが。

 

「ようやく来ましたか」

 

 その黒い機械の脇からジュリアスは出てきた。

 何が面白いのか、ニコニコと笑っている。

 

「夜空の石を持ってきました。ルイエさんを放してくれますね」

 

 ソフィアは夜空の石を見せる。

 ジュリアスはうなずいた。

 

「束縛するようなことはいたしません。ルイエ様の意思にお任せしましょう」

 

 そして交換方法が決まった。

 ルイエが真ん中まで歩い行き。

 それを確認したらジュリアスに向かって石を投げる。

 

(下手に抵抗してルイエが傷つけられる方が危ないです。ここは素直に渡すしかありません)

 

 ソフィアは石を投げる。

 あとはルイエと合流するだけ……のはずだった。

 

「ルイエ?」

 

 ルイエは一歩、後ろに下がった。

 どうして後ろに下がる?

 何の意図があるのか、ソフィアは必死に考えるが答えは出ない。

 そして、

 

「……ごめんなさい」

 

 ルイエはそのまま、ジュリアスの方へと戻っていった。

 どうして戻るんだ。

 最悪の言葉がソフィアの頭をよぎる。

 そんなはずは無い。必死に否定しようと頭を働かせるが現実が物語っている。

 

(……裏切られた?)

 

 スッと体が冷えていく。頭から血が抜ける。

 くらくらする。視界が定まらない。

 足元がおぼつかない。

 どうして、いつから、なんで。

 考えても答えは出ない。

 

「クク、ククク、アハハハハハハ!!」

 

 誰かの笑い声が響く。

 その声もずっと遠くに感じる。

 

「これが友情ごっこの末路か! 傑作だな!」

 

 ジュリアスの声だ。

 ごっこ。遊びだったのか?

 初めから騙されていた?

 友達になれたと思ったのはソフィアだけだったのか。

 あの時と同じように。かつて故郷が古龍に襲われた時のように捨てられたのか。

 

 ジュリアスはひとしきり笑うと、夜空の石を持って黒い球体の前に立った。

 そして夜空の石を球体に向かって放る。

 バクン!

 球体の真ん中、そこが口の様に開くと夜空の石を飲み込んだ、

 そして黒い球体がほどけていく。

 

 それはタコのようなフォルムだ。

 丸い球体、その下部から何本もの触手が伸びてうねっている。

 球体の真ん中には巨大な口。

 そして頭部には真っ黒な豪奢(ごうしゃ)なイスが付けられていた。

 

 タコ型の機械はソフィアにかしずく。

 その頭に乗ったイスを差し出すように。

 そしてルイエがイスへと座る。

 そうか、あれは玉座だ。女王であるルイエが座るための。

 

「これは『闇夜への玉座(アザン=ルフス)』。私がルイエ様のために特注で作らせた龍装だ」

 

 次の瞬間。玉座が吠えた。

 形容しがたい、まるで不安を(あお)るような鳴き声。

 それと同時に体中に金色の線が入ってく。

 感じる。とてつもない威圧感。

 あれは夜空の石を喰らっている。

 膨大な龍素へと変換している。

 

 ジュリアスが興奮しだす。

 両手を空に上げる。まるで神を仰いだ信徒のように。

 

「素晴らしい! この力があれば殺せる! この古龍を、ウルヌイエを殺せるぞ!!」

 

 ウルヌイエを殺す。

 そうかジュリアスの目的は夜空の石ではなかった。

 その目的はウルヌイエ。つまりは古龍の力。

 

 たった一度きり。古龍を殺して終わりの力じゃない。

 古龍を殺せるほどの力を持ち続けることが目的。

 それほどの力があれば世界を手に入れられる。

 力で世界を支配できる。

 

 だが、それには一つ問題がある。

 

「……苦しんでる」

 

 闇夜への玉座(アザン=ルフス)が力を増すたびにルイエは苦しんでいる。

 それは当たり前の話。

 龍装とは人の拡張パーツ。つまりは人体の一部になる。

 闇夜への玉座(アザン=ルフス)の力に、ルイエの体が耐えられていない。

 

 このまま、ウルヌイエを殺せるほどの龍素を生成すれば――

 

「死んでしまいますよ!」

 

 死ぬ。

 ウルヌイエの命と引き換えに、ルイエも死ぬ。

 

「それがどうした!? 国のために王族が犠牲になる! それがルイエ様のした尊き決断! 部外者は黙ってろ!!」

 

 ジュリアスが叫んだ。

 ソフィアはもはやルイエの友人とも言えない。

 ただの邪魔者だ。

 ルイエの決断に口を出す権利などない。

 

「ルイエ様、まずはあの邪魔者を――殺してください」

 

 必死に、苦しみに耐えていたルイエの体が大きく震えた。

 

「いや、いやよ。ソフィアは――」

「まだ言うのですか!? ルイエ様に自由などないのです! ルイエ様がもっと早くに古龍の存在に気づけていれば国は滅びなかった!」

 

 ルイエは頭を抱えてうずくまる。

 叱られた子供の様に。

 

「ちがう、ちがう」

「ルイエ様が殺した! 国を、民を、あなたの家族を! 殺した責任を、王族としての責務を果たせ!」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 何度も繰り返す。

 ごめんなさい、ごめんさないと。

 嗚咽交じりの声で必死に許しを請う。

 

「ならば殺してください。あのガキを」

「ごめんなさい、ゆるしてください、やめてください」

「殺せ」

「やめて」

「殺せぇ!!」

「いやぁぁぁぁぁ!!」

 

 ルイエの叫び声と共に、闇夜への玉座の触手から閃光が走る。

 でたらめに振られた触手。

 その先からほとばしる閃光は床や壁をガリガリと削る。

 閃光がソフィアに迫る。

 ズパン!!

 そして、ソフィアの右腕を切り飛ばした。

 

「ぐ、あぁぁぁぁぁ!!!」

 

 熱した鉄を押し付けられたような激痛が走る。

 痛い、熱い、痛い。

 とっさに結晶で止血をするが痛みまでは取れない。

 ソフィアは絶叫する。

 そうすることでしか痛みを紛らわせられない。

 

「あ、ちが、そんなつもりじゃ……」

「おや、外してしまいましたね。もう少し良く狙わないと駄目ですよ」

「いや、やめて、もうやめて」

 

 ソフィアは痛みによって熱された頭の中で、ぼんやりと考える。

 

(ああ、私はここで死ぬんですね)

 

 くだらない人生だった。

 なにも成し遂げられなかった。

 でも、それがお似合いだったのもしれない。

 

 もう苦しい思いなんてしたくない。

 なにもしたくない。

 このまま死んでしまう方が楽なんだ。

 だからもう、どうでも良い。

 

「お嬢様!」

 

 聞きなれた声。

 誰かがソフィアに寄り添った。

 

「ほのか?」

「お嬢様、遅くなってごめん」

 

 ソフィアに仕える自称和風メイド。

 ぼろぼろだ。

 メイド服のあちこちが破けている。

 それでも自身の疲れを感じさせない優しい笑顔でソフィアの頭を撫でる。

 

「大丈夫。もう大丈夫だから」

「おや、何が大丈夫なのかな?」

 

 バカにしたように言ったのはジュリアス。

 ソフィアたちを包囲するように周りには敵がいる。

 逃げ場はない。

 ……一か所しか。

 

「私、逃げるのは得意」

 

 ヒスイはルイエを抱えて飛び込んだ。

 地の底まで続いていそうな暗い穴に。



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願い事

 目が覚めたときソフィアは暗闇の中に居た。

 暗く寒い、深海のような暗闇。

 すぐ近くに集められた光る枝だけが、焚火のようにソフィアを照らしていた。

 

「起きた?」

 

 声の主はほのか。

 いつものように、感情の薄い顔でソフィアを見つめている。

 その姿を見た瞬間。ソフィアは、ほのかに抱き着いた。

 

「ほのか! 心配したんですよ!」

 

 ソフィアの目からぽろぽろと涙がこぼれる。

 ほのかなら心配ない、大丈夫だ。

 ソフィアは自分に言い聞かせていたが、本当のところは心配だった。

 何かあったらどうしよう。死んでしまっていたらどうしよう。

 ずっと、そんな不安を押し殺していた。

 

「ごめん。遅くなった」

 

 ほのかはソフィアの頭を優しく撫でる。

 自分だってぼろぼろの体なのに。

 それを感じさせないように優しく微笑んで。

 

「この後はどうするの?」

 

 この後。

 その言葉を聞いて、ソフィアの体がこわばった。

 

「……帰ります。帰って、お店は閉じます。どうせお客さんなんて来ませんから。またボルバーさんのところで、黒焔重工で働かせてもらいます」

 

 もうウルヌイエでソフィアに出来ることなどない。

 そもそもルイエの依頼でここまでやってきたのだ。

 ほのかを探すためにウルヌイエに入ったのだ。

 そのどちらも終わった。

 これ以上ソフィアが残る意味などない。

 

 そして帰ったら店を閉じる。

 どうせ誰にも必要とされていない。

 それよりも黒焔重工に戻って働く。

 そうすれば人と関わらなくていい。

 ずっと部屋の中で、一人ぼっちで魔道具を作る生活に戻るだけ。

 それでいい。

 

「ルイエって子と友達になったんでしょう? その子が死のうとしてるんだよ?」

 

 このままならルイエは死ぬ。

 ウルヌイエを殺す。その引き換えに命を失う。

 そんなことはソフィアが一番、分かっている。 

 

「友達だと思っていたのは私だけでした。それに本人の意思です。私が関与することじゃないでしょう」

 

 ルイエ自身が決めたことだ。

 国のために命をかける。王族としての責務を果たす。

 ソフィアが口を出せることではない。

 

「このままじゃ、悪い奴らが力を手に入れるんだよ?」

「戻った船が助けを呼んでいるはずです。私がどうにかしなくたって、誰かが何とかするでしょう?」

 

 悪い奴らと戦う。

 そんなのはソフィアがやらなければならないことじゃない。

 どこかの誰か。もっと力のある人がやることだ。

 

「……本当に帰るつもり?」

「そう、言ってるでしょう」

 

 ここで終わりだ。

 ソフィアがやるべきことなどない。

 戦う必要なんてない。

 救うべき人なんていない。

 なのに、

 

「もう一度だけ、ルイエさんと話してみようよ?」 

 

 ほのかは諦めてくれない。

 どうして、ソフィアを行かせたがるのか。

 

「嫌です」

 

 ほのかが頭を撫でる。

 優しく、さとすようにソフィアに話しかける。

 

「お嬢様だって、本当は分かってるはず。ルイエさんを助けに行かなきゃいけないって、悪い奴らを止めなきゃいけないって」

 

 なぜそんなことをソフィアがしなければならないのか。

 ソフィアは頑張った。その結果がこれだ。

 これ以上、何をしろと言うのか。

 じわりと、ソフィアの中に怒りがにじむ。

 

「このまま帰って、お店を辞めて、また引きこもるの? そんなの逃げてるだけだよ」

 

 うるさい、うるさい、うるさい。

 ソフィアの中に、暗い感情が湧き上がる。

 正論を振りかざすな。

 押し付けるな。

 辛いこと、苦しいことから逃げて何が悪いんだ。

 そんなのは個人の自由だろう。

 

「お嬢様の辛い気持ちは分かるけど――」

「なにが分かるんですか?」

「え?」

 

 何が分かるんだ。

 勝手に分かった気になるな。

 何も知らないくせに、何も分からないくせに。勝手なことを言うな。

 ソフィアのふつふつと煮えたぎった怒りが、

 

「ほのかに何が分かるんですか!?」

 

 爆発した。

 

「私だってルイエさんを助けに行きたいですよ!! ずっとウルヌイエを一緒に冒険してきたんです! 仲良くなったと思った、友達になれたと思った! なのに――」

 

 裏切られた。

 拒絶された。

 片腕を切り飛ばされ、殺されかけた。

 信じた人に裏切られるのが一番つらい。

 

「こんな思いをするなら魔導師になんて憧れなければよかった! 店なんて開かなければよかった! ルイエを信じなければよかった! ずっと、一人で引きこもってればよかったんです」

 

 そうすれば、辛い思いはしなかった。

 憧れなんて持たなければ、夢なんて見なければ、人なんて信じなければ。

 暗い部屋の中に居れば、こんな思いはしなかった。

 

「もしかしたら、ルイエさんは私を待ってるかもしれない。助けを求めてるのかもしれない。でも、どこにもそんな証拠はないんです」

 

 勝手な希望を持って、裏切られたら?

 そう思うとソフィアの足がすくむ。

 裏切られたら怖い。

 なら初めから、希望なんて持たなければいい。

 夢なんて見なければいい。

 

 それがソフィアの出した答えだった。

 

 静寂の中。

 ほのかがソフィアの顔を上げた。

 その頬を優しくなでる。

 まだ、何か言うつもりなのだろうか。ソフィアの叫びを聞いても、その気持ちが分かると言うのだろうか。

 それとも怒られるのだろうか。

 身構えるソフィア。

 ほのかはその口にキスをした。

 それは乙女のように初々しく、けれども強引だった。

 

「!?」

 

 わけが分からない。

 どうしてそうなるんだ。

 ソフィアの目がグルグルと回る。

 

 そしてたっぷり数秒。

 二人はその唇と重ねる。

 湿っぽい音と共に、二人の口が離れた。

 

「お嬢様」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 ソフィアの上ずった声。

 心の中ではあたふたと状況を整理している最中だ。

 

(何ですか? 告白ですか!? このタイミングで!?)

 

 ソフィアが今度は別の方向で身構える。

 ほのかの真剣な瞳がソフィアを見つめる。

 そして、

 

「そんなの知らない」

「は?」

 

 それは告白でもなんでもなかった。

 ほのかは心底、興味もなさそうに続けた。

 

「私はルイエなんて子と会ったことないから、そんな子が死のうが生きようが興味ない。悪人共が何をしようと、どうでもいい」

 

 ひどい言い草だ。

 だが事実なのだろう。

 あったこともない人間の死に悲しみなど覚えない。

 ほのかは悪事にいちいち怒るほどの正義感もない。

 

「正直に言えば、お嬢様がどんなに辛いかも分からない。だって他人は他人だから。お嬢様の気持ちなんて想像しかできない」

 

 ならば、どうしてソフィアにルイエを助けに行かせたがるのか。

 

「私ね。お嬢様のことが好き。大好きだよ。仕える主人として、友達として、愛する人として。だってお嬢様は私の願いを叶えてくれた魔法使い様だから」

 

 ほのかはスラムで捨てられていた。

 それをソフィアが拾った。

 ソフィアにとってはなんてことなかった出来事。

 ただ使用人を雇っただけ。

 だが、ほのかにとっては違ったのだろう。

 

「どん底に生きてた私を救ってくれた。生きる道をくれた。手足をくれた。普通の女の子として、普通に幸せになりたいっていう願いを叶えてくれた」

 

 ほのかにとって、ソフィアは夢を叶える魔法使いで、自分にとっての王子様なのだろう。

 白馬に乗ってさっそうと助けに来る。かっこよくて素敵なヒーロー。

 

「だからお嬢様。もう一度、願いを叶えて。ルイエさんを助けに行って。泣いている女の子を助けて、悪い奴らをやっつける。そんな理想のヒーロー、私の大好きなお嬢様でいて」

 

 それはドコまでも身勝手な願い事。

 流れ星だって押しつけがましいと思うだろう。

 だけど、ソフィアの口からは笑いがこぼれた。

 

「ふ、ふふ、本気で言ってるんですか?」

 

 身勝手で、バカらしくて、押しつけがましい。

 盲目的な恋に落ちた乙女のような願い事。

 それがいっそのこと、清々しかった。

 

 ソフィアは考える。

 本当に大事なのは、自分が何をしたいかだ。

 それではソフィアがしたいこととはなんだ?

 店を辞めて引きこもる事か。ただ誰にも会わずに魔道具を作る事か。

 そんなわけがない。

 助けたい。ルイエを死なせたくない。

 だが拒絶されたら? そう考えると足がすくむ。

 だからどうした、拒絶されようとぶん殴ってでも止めればいい。

 恨まれようと、嫌われようと、知ったことか。

 自分がしたいから、そうするんだ。

 

 願いは決まった。

 

「ルイエを止めに行きます」



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インスミアの光

「最初の問題は、ルイエがドコにいるか」

 

 場所は先ほどと変わらない。

 深海の様に暗い場所。

 しかし枝の光が、先程までよりも輝いている気がする。

 

「ルイエさんがウルヌイエに攻撃できるのは一度だけです」

 

 その一撃でルイエは死ぬ。

 龍装が生成する膨大な龍素に耐え切れずに。

 

「なら確実に、一撃で殺せる場所を目指すはずです」

 

 つまりはウルヌイエの弱点。

 と言っても、生物の弱点など限られている。

 どれだけ大きかろうとウルヌイエも生物。弱点は変わらない。

 

「ウルヌイエの頭部。そこを目指すはずです」

 

 ほかに弱点と言える場所はウルヌイエの炉だが、そこを攻撃してはウルヌイエ全体に被害がおよぶ可能性が高い。

 ウルヌイエの技術を欲してるジュリアスとしては避けるだろう。

 

「加えて相手は大人数。しかもルイエさんは大きな龍装を使っています。通れる通路はさらに限られる」

「大人数で動けば跡も残る。見つけるのは簡単そう」

 

 ルイエを追うことは可能だ。

 しかし、まだ問題は残っている。

 

「そもそも、勝てるの?」

 

 先程から話している通り、相手は多数。

 ジュリアスの部隊。そして龍装をまとっているメイスの男。

 さらには古龍を殺すほどの力を持った闇夜への玉座(アザン=ルフス)

 

 対するこちら側は少女が二人。ソフィアとルイエのみ。

 圧倒的な戦力差。

 普通は勝てない。

 普通なら。

 

「勝てます」

 

 ソフィアは力強く言い切った。

 なぜならソフィアは――

 

「ほのかは、私が何者でも付いてきてくれますか?」

 

 

 何本もの柱が立った広い空間。

 飾り気はないが、どこか神殿のような荘厳な雰囲気を漂わせている。

 

 そこに彼らは居た。

 目覚めの剣。

 

「見つけました。この先にルイエが居るはずです」

 

 彼らはソフィアたちに気づいていない。

 だが道をふさいでいる。

 ソフィアたちを足止めするためだろう。

 

「回り道を探す?」

「いえ、もうあまり時間は残されていないでしょう。正面から突破していきます」

 

 ソフィアは結晶の大砲を作り出し、集団に向けて放つ。

 

「来やがったか!」

 

 ガン!

 それをメイスの男が弾き飛ばした。

 やはりここに居たか。

 最後まで厄介なお邪魔虫だ。

 

「どいてもらえませんか?」

「退くわけねぇだろうが!」

 

 男はメイスを構える。

 それに合わせて後ろに控えた者たちも武器を構える。

 

「お嬢様、先に行ってもいいよ」

「いくら何でも、あなた一人じゃ勝てませんよ」

 

 時間はかかるがソフィアも戦うしかない。

 そう、覚悟を決めたとき。

 

「いえ、先にお進みください」

 

 物陰からぞろぞろと出てきたのは調査隊の人々。

 ソフィアが治療した人たちだ。

 

「よかった、無事だったんですね」

「我々も共に戦います。それに、我々だけじゃないはずです」

 

 調査隊の人は深く息を吸って、叫んだ。

 

「貴様ら! それでもインスミア国民か! ルイエ姫を犠牲にして、国を再興するのが正しいと思っているのか! 違うだろう! 今こそ立ち上がるのだ! 我らの姫のために!」

 

 その叫びに、帰ってきたのは嘲笑だった。

 何を言っているのかと、バカにしたようにせせら笑う。

 そしてメイスの男が呆れたように言い放った。

 

「愛国ごっこなら他所でやりな。こっちにはテメェらの味方なんて――」

「ウォォォ!!」

 

 メイスの男をさえぎって、雄たけびが上がった。

 誰かは分からない。顔も見えない。

 だがきっと、インスミアの人なのだろう。

 

「ルイエ様を死なせるかぁぁ!!」

 

 その声を皮切りに目覚めの剣から、次々と雄叫びが上がる。

 そしてあっという間に敵も味方も分からない殴り合いへと発展していった。

 ルイエは、なんだかんだ国民から愛されていたのだろう。

 まぁ、あんなポンコツ姫だ。嫌いになるのも難しい。

 そして調査隊の人々もそのバカ騒ぎへと突撃していく。

 

「ルイエ様を、お願いいたします」

 

 ソフィアはこくりとうなずく。

 重い物を託された。必ず止めなければならない。

 そしてソフィアは走り出した。

 

「行かせるかよ!」

 

 そこに立ちふさがったのはメイスの男。

 だがそれを邪魔するようにほのかが割って入る。

 

「お嬢様の邪魔はさせない」

「もう一度吹っ飛ばしてやるよ、クソメイド!」

「私の本気はこれから」

 

 ほのかは拳を振りかぶる。

 だが明らかに遠い。届く距離じゃない。

 ゴッ! ほのかの拳がメイスの男を殴りつけた。

 伸びている。手首の先、拳だけが。

 そして伸びたワイヤーによって拳が巻き戻る。

 拳が戻った反動を利用して、くるりと回転しながら飛びあがる。

 回し蹴り。

 メイスの男は避けようと首を振る。速度的には避けられる。

 ガン!!

 ほのかの踵から炎が噴き出て、一気に加速した。

 蹴りが直撃してメイスの男は横なぎに吹っ飛ばされる。

 

「義手と義足。お嬢様からの愛の結晶」

 

 ほのかの右腕と左足は義体だ。

 ソフィアの趣味によって、無駄機能がふんだんに盛り込まれた特注品。

 

「愛は詰まってませんよ!? ロマンは詰まってますけど!」

「ああ、良いから。お嬢様は早く先に行って」

「……勝ってくださいね」

 

 ほのかは右手を上げて答えた。

 そして、ソフィアは走り去った。ルイエを追って。

 

「ガキが、テメェに大人の怖さを教えてやるよ」

 

 ガシャンとメイスの男が起き上がった。

 今までと気迫が違う。

 彼もここからが本気。

 だが、ほのかも負けるわけにはいかない。

 ソフィアにふさわしい従者として。

 

「恋する乙女の強さを教えてあげよう」



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月明りの道

 そこは長く広い廊下。

 片面はガラス張りになっておりウルヌイエの水槽に繋がっている。

 もう時間は夜。

 外には満月がのぼり、はかなげな月明りが廊下を照らしている。

 

 そこを闇夜への玉座(アザン=ルフス)は触手をうねらせて進んでいく。

 それに乗ったルイエは、ぼんやりと水槽を眺めた。

 かがやく星々。満天の星空。

 それを水中から見たら、このような光景なのか。

 これが最後に眺める景色。悪くはない。

 

 ルイエはこれから死に向かう。

 国の再興のため。間に合わなかった罪を償うため。王族の責務を果たすため。

 そのために自身の命をかけて、ウルヌイエを殺す。

 代償としてルイエの命も失われる。

 だが安いものだ。一人の命で古龍を狩れるなら。

 その莫大な力を手に入れることができるのなら。

 ルイエはゆっくりと絞首台に登って行く。

 

「そういえば、来週は本の発売日だったわ……」

 

 ふと思い出した。やりたかったことを。

 読みたかった本があった。

 食べたかったスイーツがあった。

 旅行に行ってみたい場所があった。

 

 古代文明について知りたかった。

 竜について研究したかった。

 たくさんの冒険をしたかった。

 

 もっと――ソフィアと仲良くなりたかった。

 

「ソフィアと旅行に行きたかったな。行先はどこが良いかしら……南の島とかいいわね」

 

 ソフィアとなら道中だって楽しいはずだ。

 行きの飛竜艇でくだらない話をして、おもちゃのトランプで遊ぶ。

 あっという間につくのは常夏の島。

 青い海。照り付ける太陽。並ぶヤシの木。

 

「ソフィアは服に興味がなさそうだから。水着も私が選んであげないと駄目ね」

 

 また白スクでも着てきたら大変だ。

 ソフィアは青系の水着が似合う。ルイエは黒系。そっちの方がカッコいいから。 

 

「食べ物は、魚やフルーツが美味しいのかしら。そういえば、ソフィアの好きな食べ物とか知らなかったわ」

 

 ソフィアについて知らないことがたくさんある。

 もっといろいろな事を聞いておけば良かった。

 

「そして、こんな風に変な事件に巻き込まれたんでしょうね。ソフィアはごたごたに巻き込まれやすような気がするもの」

 

 ソフィアなら、何だかんだと文句を言いながらも事件に飛び込んでいきそうだ。そうルイエは思った。

 

「また竜を冒険するのかしら。あるいは悪い奴らから女の子を助けたり?」 

 

 ソフィアとルイエがさっそうと事件を解決する。

 誰一人かけることなく。みんなが幸せになって事件は終わる。

 そうしてまた、日常に戻っていく。

 幸せな想像を広げた。

 だけど、想像は想像だ。はかない夢は消える。

 

「それで、みんなでかえって、それでぇ」

 

 おえつ交じりの声が響く。

 そんな未来は来ない。

 ルイエは、ここで死ぬのだから。

 もう、この先には何もない。

 それを自覚してしまうと、もう止まらない。

 恐れが涙となってあふれ出る。

 

「やだよぉ、しにたくないよ」

 

 その声は誰にも届かない。

 ただ月明りに溶けていく。

 龍装だけがぞるぞると不気味な音を響かせる。

 ルイエを死へと運ぶ。

 そのはずだった――

 

「じゃあ、死ななければいいじゃないですか」

 

 その声は月の影から現れた。

 真っ白な白衣をはためかせて。

 その青白い髪が月明りに照らされてきらめく。

 片手は存在しない。ルイエが切り飛ばしたから。

 しかしそこには結晶の腕が輝き、ギュッと拳を握っていた。

 

 来るはずがない。ルイエはそう思っていた。

 だってあんなにひどいことをしたのだから。

 裏切って、片腕を切り飛ばして、殺しかけた。

 どうして。

 

「ルイエさん。喧嘩をしましょう」

 

 

 

 

 死にたくない。

 ルイエはそう言っていた。涙を流していた。

 これでソフィアに憂いは無い。

 存分に戦える。全力で止められる!

 

「喧嘩って、なによ」

「昔、聞いたことがあります。古代文明時代には、仲違いをした若者は夕日がさす河原で殴り合いの喧嘩をして友情を深めたそうです」

 

 いったいどこのヤンキー漫画だ。

 そもそも河原じゃなくて水槽だし、空に登っているのは夕日ではなく月だ。

 間違った古代文明に関する知識。

 

 しかし、気持ちは本気だ。

 本気でルイエと、『闇夜への玉座(アザン=ルフス)』と殴り合おうと考えている。

 だが、はたから見てれば無謀と思える挑戦だ。

 

「ふざけないで。これは古龍を殺すための龍装よ。人間が勝てるわけないじゃない」

「ええ。『人間なら』勝てないでしょうね」

 

 ソフィアは懐から取り出した。

 それは腕。ルイエが切り飛ばしたソフィアの腕。

 結晶で固められて、まるでつい先ほど切り飛ばされたかのよう。

 パキン!

 その腕を包んでいた結晶と、ソフィアが腕として使っていた結晶が砕けた。

 そして切られた腕を傷口に当てると。

 瞬く間に傷は消えて行き。腕がくっついた。

 

「なん、で……」

 

 ルイエは目を見開く。

 目の前で起こったことが信じられないように。

 ソフィアはくっついた腕を、動作確認でもするように動かす。

 

「ここまで奇麗にくっつくとは、自分でも驚きです」

 

 思えば、ソフィアの耐久力は明らかにおかしかった。

 ルイエがぜぇぜぇと息が上がる距離を走っても、息切れ一つ起こしていなかった。

 骨が折れているような攻撃を喰らっても、少し休んだら問題なく動いていた。

 死んでしまうのではないかと心配するほどの電撃を喰らっても平気だった。

 

 ルイエは幽霊でも見たように呟いた。

 

「人竜」

 

 そう呼ばれる伝説上の存在が居る。

 もしも古代文明時代に人間そっくりの機械が作られていたら。

 人間と同じように思考し、まるで生きているかのように動く機械があったら。

 それが竜になったなら、人間と区別のつかない竜になっているのではないか。

 

 そんな存在はこれまで確認されていない。

 だから古代文明にそんな機械は存在しなかった。

 もしくは竜になった時に人間のような思考力は失われた。

 そう考えられていた。

 

「さて、」

 

 ソフィアは構える。

 それは武術のような、近接戦の構え。

 

「その龍装。本当に『古龍』を殺せるのか試してみましょうか」

 

 そして、ソフィアは駆けた。

 一足で数メートル駆け、ルイエに近づく。

 結晶による強化などは行っていない。ただ生身で。

 

「なっ!?」

 

 ルイエはとっさに触手を束ねて殴り掛かる。

 それは明らかに手加減をしている。生身のソフィアを攻撃して傷つけてしまうことを恐れた。

 ズドン!!

 凄まじい轟音と共に、触手と拳がぶつかる。

 だがソフィアは何ともない。

 それどころか、触手の方がはじかれた。

 

「安心してください。全力で殴られても私の方が強いですよ?」

「分かったわ。やってやるわよ!」

 

 数十本の触手がソフィアに殺到する。

 だが当たらない。

 避けられ、いなされ、さばかれる。

 ならばと、ルイエは数本の触手を束ねて殴りつけた。

 それもひらりと避けられると、掴まれた。

 

 そして闇夜への玉座(アザン=ルフス)がふわりと浮かび上がる。

 背負い投げ。

 玉座は古代文明時代に使われた車と同じくらいの重さ。

 常人では持ち上げることさえ不可能だ。

 それが投げ飛ばされた。

 

「えぇ!?」

 

 とっさにルイエは触手を使って着地する。

 だが驚いている。こんな重い物を投げ飛ばすとは思わないだろう。

 それに、

 

「ソフィアって銃とか使って戦ってなかったかしら?」

 

 明らかに戦闘スタイルが違う。

 なんだったら近接戦闘のほうが様になっている。

 

「母がそういう戦い方をしていたので。私はこっちのほうが得意ですけど」

 

 つまりは手加減。

 ただの人間相手に振るうには、ソフィアの力は強すぎる。

 

「なら、私だって本気でやるわよ。私は王族の責務を果たさなければいけないの!」

 

 ルイエは触手を横なぎに鞭のように振るう。

 ソフィアはそれをジャンプして避ける。

 しかしそれは悪手。

 空中では避けられない。

 束ねた触手の突き。ソフィアは腕を交差させて守るが直撃する。

 ドン!

 ソフィアは数メートル飛ばされるが、それだけだ。

 何事もないように着地すると、しびれたように手をぷらぷらとさせた。

 

「本当にルイエさんが死ぬしか手段はないんですか?」

「これしかないわ。夜空の石があれば古龍は退けられる。だげど、それまでよ。もし他国が侵略してきたら、私たちには国を守る力が無い」

 

 だからウルヌイエの討伐が必要だ。

 その力があれば、他国から、古龍から、国を守れる。

 

「これ以外の選択肢はない。私が犠牲になるしかない。国を守って私も生きる。そんなのは不可能なの!」

 

 触手を使って闇夜への玉座が跳びあがった。

 玉座はソフィアに向かって落ちる。

 ソフィアは後ろに跳んで避けるが、それを狙ったように触手が襲い掛かる。

 バン! バン! バン!

 触手を拳で弾き飛ばし、ソフィアは闇夜への玉座(アザン=ルフス)に蹴りを入れる。

 ズドンと鈍い音を響かせて、玉座は滑る。

 

 不可能。

 ソフィアにだって他の選択肢は浮かばない。

 だが、だからと諦めるのは止めだ。

 

「……ルイエさんは空を飛べますか?」

 

 何を言っているのか。

 ルイエは怪訝な顔をする。

 

「飛べるわけないでしょう」

「いいえ。飛べるはずです。飛竜艇に乗れば」

 

 空を乗る船『飛竜艇』に乗れば飛べる。

 そんなのは当たり前の話。

 だが、当たり前ではない。

 

「私の母が言っていました。魔導師とは『不可能を可能に変える人たち』だと。人間は空を飛べません。いえ、他にもできないはずの事なんていくらでもあります」

 

 人間は空を飛べない。

 遠くまで泳げない。

 できないことなんていくらでもある。

 

「ですが、昔の魔導師の人々は一つ一つを叶えていった。当時は『不可能』だった夢を」

 

 だから現代の人は空を飛べる。大海原を行ける。

 人が重ねてきた歴史が、あらゆることを可能にしてきた。

 それが現代の当たり前になっただけ。

 

 そして未来には、もっとたくさんのことができるようになっているはずだ。

 遠くの人と話せるようになっているかも。

 夜空に輝く星々を行きかっているかも。

 

 そんな、ありえない夢に比べれば、古龍を倒すとか、他国から国を守るなんて不可能じゃない。

 

「だから、私にあきらめるなって言いたいの?」

「そうです」

「……無理よ」

 

 ルイエは眩しそうにソフィアを見つめた。

 そしてギュッと自身の体を抱いた。

 

「私にそんな力はない。ウルヌイエの探索だってソフィアに頼り切りだった。私はソフィアみたいにはなれない」

 

 ソフィアのそれは強者の理論だ。

 失敗して、挫折して、それでも再び前に歩く。

 それはとても辛く厳しい道だ。

 誰にでも歩める道じゃない。

 少なくとも、ルイエには行ける自身がないのだろう。

 

「なら、依頼してください」

 

 それは一人では厳しい道かもしれない。

 だけど、共に歩める友人が居るのなら。

 応援してくれる人が居るなら。

 

「お店では竜や魔道具に関する相談も受け付けています。古龍のお悩みも解決しますよ」

 

 ソフィアはおどけたように言った。

 依頼なら古龍だってどうにかしてみせると。

 そして、手を差し出した。

 これから向かう険しい道を、共に歩けるように。

 

「……お金はないわよ」

「出世払いでかまいませんよ。だって女王になるんでしょう?」

 

 二人なら、できるのかもしれない。

 もう一度、夢を見れるのかもしれない。

 ルイエは手を伸ばして――

 

「困るんですよねぇ。くだらない夢を見られると」

 

 ズパン!!

 炸裂音。そしてルイエの肩に黒い粘液が張り付いた。

 

 その瞬間。

 闇夜への玉座がうごめくと、その触手でルイエをからめとった。

 

「ソフィ―ー」

 

 バクン!!

 そして大きく開いた口に飲み込んだ。

 

「ルイエさん!」

 

 とっさに助けようとソフィアは動く。

 しかし触手が動きソフィアを吹き飛ばした。

 

「いやぁ、くだらない猿芝居でした」

 

 そう言って玉座に近づいたのはジュリアス。

 相変わらず、うすら寒い笑顔を浮かべている。

 そして玉座がジュリアスにかしずくと、ジュリアスは玉座に座った。

 その顔から初めて笑顔が消える。マズいコーヒーを飲んだように吐き捨てた。

 

「……座り心地の悪いイスだ」



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エンジン

 ルイエが闇夜への玉座(アザン=ルフス)に飲み込まれた。

 だが死んではいない。

 龍装は使用者が死ねば動かない。

 玉座の使用者はルイエのはず。なのに動いていると言うことは、生きているはずだ。

 

 だが一つ疑問がある。

 明らかに玉座はジュリアスの意思によって動いている。

 一つの龍装を複数人が操ることなどできない。

 可能性があるとしたら。

 

「精神を操る龍装でも持っているんですか?」

「おや、よくわかったね」

 

 ジュリアスはコートの中から長い銃を取り出す。

 細かな装飾が(ほどこ)された、アンティークのようなマスケット銃。

 ジュリアスはその銃を玉座に空いた穴に差し込んだ。

 初めから、ルイエを操るために設計したのだろう。

 

「ルイエにもその龍装を使っていたんですか?」

「そうだよ。バレないように思考を誘導する程度にだけどね。都合の良いように転がってくれて便利だったよ」

 

 ルイエがソフィアの腕を切り飛ばしたとき、明らかにルイエの言動はおかしかった。

 それもジュリアスによる精神操作の影響だったのだろう。

 

「あなたは何が目的なんですか。ウルヌイエの力を手に入れて、何をするつもりなんですか」

 

 ソフィアとしては、ジュリアスが何か大掛かりな悪事でも考えているのだと思っていた。

 そのために大きな力を欲しているのだと。

 だが実際には違った。

 

「インスミア王国の復興。常にそれを目指しているよ」

「本気で言ってるんですか? 犯罪者まがいのごろつきを集めて、自国の民を無下に扱い、ついには王族まで殺そうとして、本気で復興を願っているんですか?」

「もちろん」

 

 ジュリアスは嘘くさい笑顔を浮かべて言い切った。

 

「私は人を信用していない。愛国心なんて不確かな物で動く者たちなんて扱いづらくて仕方ない。それよりもシンプルな欲望で動く者たちのほうが制御しやすい。だからごろつきどもを集めた」

 

 つまりはただの人間不信。

 この男は人を信用できない。だから欲望で縛ろうとした。欲望で操れる人間だけを周囲に置いた。

 

「王族、ルイエを殺そうとしたのはプロパガンダとして利用できるからだ。国民に愛された姫。彼女が命を賭けて国を再興した。とても感動的で、バカな国民たちが騙されそうな話だろう?」

 

 一度滅びた国をまとめ上げるため。

 そのためだけにルイエの命を、たくさんの人命を犠牲にしようとした。

 

 ここまで来て、ジュリアスが嘘を重ねる理由が無い。

 本気でこの男は復興を目指している。

 そのやり方が冷酷で、無慈悲なだけ。

 

「あなたは、そんなやり方しかできないんですか?」

「もっとも効率的で、確実なやり方だと思うけど?」

 

 そのやり方にソフィアは納得できない。

 人の感情も命も無視して、ただ効率だけで国をまとめようとするやり方が。

 

 パキパキとソフィアの周りに結晶が作られていく。

 結晶によってパワードスーツが作られる。

 ルイエを助けに行けるような脚力を、ジュリアスを殴れるような拳を。

 そして余った白衣が、マフラーのようにたなびいた。

 

「止めます」

「来たまえ、目を覚ましてあげよう」

 

 ダン!

 地面をけり上げてソフィアは走る。

 先程までとは比べ物にならない速度。

 竜の脚力を、さらに底上げした。

 

 だが、違うのは闇夜への玉座(アザン=ルフス)も同じ。

 玉座全体に黄金色の線が走り、触手から金色の閃光がほとばしる。

 

 ジャンプで避けるソフィア。

 だが空中では身動きがとれない、それを見透かすように狙いすました触手が光る。

 ボン!

 ソフィアが空中を跳んだ。圧縮した空気を蹴って。

 そして空中を自在に飛び回る。

 触手から光が飛ぶが当たらない。

 

 そしてジュリアスには弱点がある。

 戦闘を行っている長い廊下。

 そこは片面がガラス張り。巨大水槽をさえぎっている。

 貫通力が高すぎる閃光はそちら側を攻撃できない。

 そのことに気づいたジュリアスの動きが鈍る。

 今だ!

 ソフィアは一気に加速し、ジュリアスに迫る。

 玉座は固いがジュリアスは生身。そこを攻撃すれば一撃で片が付く!

 

「甘いね、お嬢さん」

 

 触手が振るわれる。その先端には閃光の剣。

 撃ちだすだけでなく、剣のように振るえるのか!

 とっさに結晶でガード。ガリガリと結晶が削れる。ソフィアは横に跳んで間合いから逃げる。

 

 カシュッと音を立てて、触手の先端から棒が引っ込む。

 アレを中心として閃光の剣が生成できるのか。

 

 ……まずい。ソフィアは焦る。

 玉座が放つビームは、結晶の壁である程度防ぐことができる。

 だが白衣の消費が激しい。

 白衣が無くなってしまえば結晶は維持できない。

 攻撃力、機動力、防御力。あらゆる面で不利になる。

 白衣が削り切られる前に、勝負を決めなければならない。

 

「おや? 焦りが見えるね。それなら、こんなのはどうかな?」

 

 ぼとりと、玉座の触手が外れた。

 それはコロコロと床を転がると、うねうねと動き出した。

 

「ッ! 分離ですか」

 

 まずい。

 攻撃パターンが一気に広がる。

 このままでは対応しきれなくなる。

 

「いい言葉を教えてあげよう。人生は諦めが肝心だよ」

 

 

 

 

「オラぁ!」

 

 メイスの男の一撃がほのかを捉える。

 ドガン! 

 轟音と共に壁がひしゃげ、土ぼこりが舞う。

 

「ちょこまかと逃げやがって! テメェなんざ俺の敵じゃねぇんだよ!」

 

 ほこりが晴れたとき、そこには潰されたメイド服。だけが残されていた。

 

「は?」

「残念、空蝉(うつせみ)の術」

 

 メイスの男がハッと上を見上げる。

 そこにはぴっちりとした黒シャツと、スパッツを着たほのか。

 メイド服はただのおとり。

 

 伸びた義手が男の頭を掴み、一気に引き戻す。

 義足から炎が噴き出し加速する。

 両方の加速をのせた跳び蹴り。

 ドガン!

 男の兜がひしゃげるほどの勢いで、その跳び蹴りが決まる。

 そして、男は酔ったようにふらふらと後ずさると、ガシャンと倒れた。

 

「前職の経験が役に立って良かった」

 

 ほのかはメイド服を着なおす。

 やはり、今はこの服がしっくりくる。

 

「さて、一応あっちを助けに行かないと」

 

 見れば『ジュリアスの集めたごろつきども』と、『元インスミア国民』では国民の方が有利。

 このまま行けば、ほのかが何をしなくても勝てそうだが。

 念のため助けに行こう。

 そう思ってほのかが一歩進んだ時だった。

 ゾッと背筋に寒気が走る。

 後ろから殺気。

 とっさにほのかは横に避ける。

 ガツン! 大きな剣が空気を切って床にを叩いた。

 襲撃者の正体は。

 

「えぇ……?」

 

 メイスの男と同じ龍装をまとった者が三人。

 それぞれが違う武器を持っている。

 

「量産されすぎ」

 

 しかもその後ろからは、ぞろぞろと目覚めの剣の人員が歩いてくる。

 まだこんなに居たのか。

 まずい。勝てる人数じゃない。

 だが先には行かせられない。ソフィアが戦っている。

 主人を助ける従者として引けない。

 

 ほのかが決死の覚悟で挑もうとしたとき。

 ウォォォォンと唸り声が聞こえる。

 いったい、次はなんなんだ。

 それは唸り声にも、エンジン音にも聞こえる。

 

 ……よく聞けば、ほのかはこの音に聞き覚えがある。

 それは、

 

「ウォォォォ! お嬢様ぁぁぁぁ! このボレアスが参りましたぞぉぉぉ!」

 

 ほのかの師匠。ソフィアに仕えていた執事。

 ボレアスだ。

 そして目覚めの剣の集団から叫び声があがる。

 

「どけぇぇ! 貴様らが目覚めの剣か! 退かないとひき殺すぞ!!」

 

 人の海が割れる。

 現れたのは真っ黒なバイクに乗ったボレアス。

 

「ぬぉ! ほのかではないか! お前は何をしている! ソフィア様はどうした!」

「ちょうどいい所に来たなジジイ。こいつらはお嬢様の邪魔をする敵。ぶっ飛ばすから手伝え」

「また私のことをジジイなどと! ボレアスと呼べと言っているだろうが!」

「おいクソジジイ」

 

 最後に声をかけたのは、ほのかではない。

 龍装を着た一人だ。

 

「失せないと殺すよ?」

「やってみろ小童」

 

 ブン! と大剣が振り下ろされる。

 ボレアスはバイクの前輪を上げて、大剣を横なぎに殴りつける。

 そして回転の勢いのまま今度は後輪を上げると、鎧の顎を殴りつけた。

 タイヤの回転を利用したアッパーカット。

 鎧は数メートル飛びあがり、ガシャンと音を立てて落ちた。

 

「まぁ良い。お嬢様のお役に立てるのならば戦おう」

 

 ボレアスがバイクを降りる。

 するとバイクがガシャンと音を立てた。

 ガシャガシャと音を立ててバイクは変形し、ボレアスを覆う鎧へと変わっていく。

 タイヤは二つに分かれて、それぞれを手足にまとう。

 

 それはボレアスの龍装。

 作ったのはソフィアだ。

 どこからかソフィアの『バイクが変形するのはロマンですよね!』と声が聞こえてきた気がする。

 

 ブォン! エンジン音が響き、ボレアスの背中から煙が上がる。

 

「さて、行くかジジイ」

「この程度、従者の敵ではないな」



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かすかな流星

 ズドン!

 迫る閃光を結晶の壁で防ぐ。

 しかし長くは持たない。ソフィアが避けると、すぐに壁は貫かれる。

 

 今ので、ほとんどの白衣を失った。

 もはや結晶の鎧も残っていない。

 次の一撃から身を守る事もできない。

 

「ほら、まだ終わりじゃないよ!」

 

 闇夜への玉座(アザン=ルフス)の触手から何本もの閃光が迫る。

 必死に避けるソフィアだが、長くは持たないだろう。

 それならばいっそのこと、ソフィアは賭けるように前に走る。

 ドッ!

 貫かれた。ソフィアの脇腹からどくどくと血が溢れる。

 

「ッ!!」

 

 どさりとバランスを崩してソフィアは床に転がった。

 あふれる血だまりがソフィアを飲み込んでいく。

 ぞるぞると触手をうねらせてジュリアスが近づいてきた。

 もはやソフィアは戦えない。そう判断したのだろう。

 

「夢なんて見るからそうなる。何も成せずに、みじめに死んでいく。それに気づくのが遅かったようだね」

 

 触手を振り上げる。これでとどめ。

 ドス!

 

「グうァァァァァァ!」

 

 ジュリアスが叫んだ。

 床に広まった血だまり。

 そこから伸びた紅い結晶に片目を貫かれて。

 

「いい具合に穴を開けてくれて、ありがとうございます」

 

 ソフィアが使っていた白衣は『とある竜』の血を使ったもの。

 つまりはソフィアの血。それ自体が原材料だ。

 

 さらに紅い結晶が作られ、闇夜への玉座(アザン=ルフス)の口をこじ開ける。

 ルイエさえ助ければ玉座は動かせない。

 

 ソフィアは口の中に体を突っ込む。

 ずっと奥。のどのようにくぼんだ場所に手が見える。

 届かない。あと少し。

 

「ルイエさん!」

 

 

 

 

 幼いころ。

 ルイエは祖父の書斎で本を読んでもらうのが好きだった。

 

 暖かい暖炉の火に当てられて、祖父の大きな膝の上に乗せられて。

 たくさんの竜の伝説を教えてもらった。

 

「わたしね。将来は冒険者になるの。そしていろんな竜を冒険するんだ!」

 

 幼いルイエは叫ぶ。自分の夢をなんの疑いもなく。

 

「それでね。いつか人竜を見つけてお友達になるの!」

 

 そして祖父が頭を撫でてくれる。

 大きくてごつごつした。けれど、とても優しい手。

 その手が止まった。

 

「おじいちゃん?」

 

 祖父の膝から降りて後ろを向くと。

 そこには祖父の死体があった。

 ぐったりと力が抜けて、口から血をたらしている。

 

 そしていつの間にか、ルイエの体も大きくなっていた。

 暖炉の火も消えている。

 寒い。

 突き刺すような冷気がルイエの肌を撫でていく。

 

 獣の雄叫びが響いた。

 おぞましく、恐ろしい声。

 あれは古龍の声だ。

 

 そうだ。死んだのだ。

 ルイエの家族。祖父、父、母、兄弟姉妹。みんな死んだ。

 窓から外を見れば、崩壊した街が広がっている。

 他にも、たくさんの人が死んだ。

 

「……私も行かなきゃ」

 

 なぜかそう思った。

 ふらふらと部屋の扉に近づく。

 

『ルイエさん!』

 

 どこからか声が聞こえた。

 後ろを振り向くと、暖炉に火がくすぶっていた。

 とても小さくて、かすかな光。

 今にも消えてしまいそうな火。

 だけど、

 

『ルイエさん!』

 

 ルイエは思い出した。

 一緒に歩んでくれると言われた。

 応援してくれると言われた。

 そうだ。あの手を握り返さなければ。

 

 そして、そのかすかな光に手を伸ばして――

 

 

 

 

「つかんだ!」

 

 ソフィアの手をルイエが握り返した。

 グッと引き戻す。

 偽りの玉座から引きずり出す。

 

 ズル!

 ルイエを引っこ抜くと、勢い余って二人は床に転がった。

 

「あなたは向こうに行っててください!」

 

 生えた結晶が玉座を殴り飛ばす。

 玉座は数メートルは飛ばされ、ごろごろと転がっていった。

 

「ルイエさん、大丈夫ですか」

「大丈夫よ。ちょっと疲れただけ」

 

 その言葉通り。ルイエは少し元気はないが、特に異常はなさそうだ。

 そして星空のように輝く目でソフィアを見つめた。

 

「ソフィア、依頼してもいいかしら」

「おや、何をですか?」

 

 少し、いじわるにソフィアは言った。

 ちゃんと言葉で言って欲しかった。

 

「古龍を討伐して国を再興する。その協力をして欲しいの」

 

 それがルイエの願い。

 きっと厳しい道だ。辛い思いもたくさんする。

 そのうえで、叶うかは分からない。

 古龍はそれほどまでに強大だ。

 だから、

 

「安くはありませんよ?」

「余裕よ。女王になるんだもの」

 

 ソフィアはそれを助けてあげたい。

 友達として。

 『夢を叶える魔導師』として。

 

「ふっざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 憎しみのこもった叫び声。

 ジュリアスだ。

 闇夜への玉座がその大きな口を叫ぶように開けている。

 そこにはバチバチと音を立ててエネルギーが蓄積していく。

 

「私の前で、くだらない夢を語るなぁぁ!!」

 

 それは嫉妬なのかもしれない。

 子供の夢は眩しくて、美しい。

 だがその光に当てれたとき、暗く濃い影が浮かび上がる。

 何も成すことのできなかった、大人のみじめさが。

 

「あれ、私たちを攻撃しようとしてるわよね」

「……そのようですね」

「ちょっと、早く逃げないと!」

 

 急いで立ち上がるルイエだが、ソフィアは動こうとしない。

 いや、

 

「ごめんなさい。私はもう動けなくて」

 

 たびかさなる戦闘。そして多量の失血。

 もはやソフィアに動ける体力は残されていない。

 そして玉座の口にはドンドンとエネルギーが溜まっていく。

 黄金色に輝く小さな太陽が作られていく。

 ソフィアを背負って逃げている時間は無いだろう。

 

「ルイエさんだけでも逃げてください」

 

 ルイエだけなら間に合う。

 ソフィアを見捨てれば。

 だけど、当然ながら、見捨てられるわけがない。

 

「ふざけないで。二人で助かる方法を考えるわよ。不可能を可能に変えるのが魔導師なんでしょ?」

 

 また、諦めようとした。

 ソフィアはため息を吐いた。

 全く自分も学ばない。

 

「……つまらないことを言いました。忘れてください」

 

 二人が助かる方法なら、ソフィアは一つ思いついた。

 

「あの攻撃を押し返します」

「そんなことできるの?」

「成功率は低いです。それでも、協力してくれますよね?」

「当たり前でしょ」

 

 ソフィアが構えると、そこに紅い結晶の銃が作られた。

 普通の銃じゃない。音叉(おんさ)のように別れた銃身。レールガンのような形状だ。

 そしてその根元にソフィアの血が集まっていく。

 轟々と音を立てて大量の空気が集まっていく。

 やがてそれは真っ白な光に変わった。

 ソフィアの血を、周りの空気を、強力な引力によってエネルギーに変えていく。

 

「私は踏みとどまる力も残ってないですから、支えてくださいね」

「それぐらい、任せときなさい」

 

 そして、

 

「消え失せろ! ガキどもがァァァァァァ!!」

 

 玉座の口からまばゆいほどの閃光が走る。

 

「これが(ロマン)の味です」

 

 ズドン!

 ソフィアの銃からも白い光がほとばしる。

 

 ズバァァァァァン!!

 両方の光がぶつかる。黄金と白銀。二つの色がせめぎ合う。

 優勢なのは、

 

「こっちが押されてる」

 

 ジュリアス側が優勢。

 少しずつ、ソフィアたちに閃光が迫る。

 

 しかもソフィアがこの光を維持できる時間は長くない。

 どくどくとソフィアの脇腹から流れ出る血。

 これが光の原料。

 ほんの数舜、維持をするだけでもソフィアの体力は削られて行く。

 

 ソフィアは体から血が抜けていくのを感じる。

 体が冷たくなっていく。

 視界が暗くなる。意識が遠のいていく。

 まずいと感じることもできずに、その意識を手放し――

 

「ソフィア!」

 

 ソフィアは背中に温度を感じた。

 それはルイエのぬくもりだ。

 そうだ、負けたら駄目だ。

 夢を叶えるため、夢を守るため。

 勝たなきゃいけない。

 

「あぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 血が抜けていく。

 それでも耐えなきゃいけない。

 この一撃に、全力を!

 

『行っけぇぇぇぇぇぇぇ!!!』

 

 二人の声が重なった。

 ソフィアの白い光が勢いを増す。

 一気に閃光を押し返す。

 

「クソがぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ズドォォォォォン!!!

 光は玉座を吹き飛ばし、ウルヌイエの外壁に穴を開ける。

 そして夜空を白銀の流星が昇った。



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それは夢の結晶

「かった」

 

 そう呟いて、ソフィアはうつむきに倒れた。

 土下寝のポーズだ。

 

「大丈夫!?」

 

 ルイエが焦ったように叫んだ。

 ソフィアは脇腹の傷を結晶でふさいでいる。

 もう血は流れていない。

 ソフィアは床に倒れたまま、

 

「大丈夫です。ただの貧血です」

 

 ぎゅるぎゅるとソフィアのお腹が鳴いた。

 

「お腹が減りました」

 

 そういえば、ろくに物を食べていなかった。

 ルイエはクスリと笑うと、ソフィアの隣に座る。

 

「ねぇ、ソフィアの好きな食べ物ってなに?」

「お肉です」

「……意外とワイルドね」

 

 以外そうにルイエは言った。

 

「今度、一緒に旅行に行かない? 南の島とか」

「かまいませんけど、お金がありません」

「まぁ、私もないんだけど」

 

 それでいい。

 いつか行こうと、未来の話ができれば。

 

 その時だった。

 ゴゴゴゴゴとウルヌイエが震えだす。

 

「な、なに?」

「もしかして、穴開けたから怒ったんですかね」

「まずいじゃない!」

 

 ルイエはソフィアを背負う。

 うっとルイエは呻きを上げた。

 

「お、重い」

「竜ですからね」

 

 だがマズイ。このままじゃろくに動けない。

 そして、ブシューと音が響いた。

 始めはウルヌイエが鳴らしている音かと思ったが、音源は動いているようだ。

 後ろを振り向くと、

 

「お嬢様、迎えに来た」

 

 それは水上バイクに乗ったほのか。

 クジラ竜を狩るときに、ソフィアが作った魔道具だ。

 陸でも動かせるように底に車輪が付いている。

 ほのかはソフィアたちの隣にバイクを止める。

 

「キミがルイエさん?」

「そうだけど、メイドのほのかさん?」

 

 ほのかはこくりとうなずくと、どや顔をした。

 

「そう、お嬢様のメイド兼恋人。キスもした」

「うぇ!?」

 

 驚いたのはルイエだ。

 いったいこのメイドは何がしたいのか、ソフィアは呆れる。

 

「やっぱり、メイドさんとそういう関係だったの!?」

「嘘つかないでください。ただのメイドです」

「なんだ嘘なのね。キスもしてないのね」

「……いや、キスはしたんですけど」

「うぇ!?」

 

 ルイエは再び驚くと、小さな声でぶつぶつと呟く。

 

「キスまで行ってるなんて、私も少し積極的に行った方がいいのかしら」

 

 ソフィアには声が小さくて聞こえていなかった。

 良かったな。墓穴を掘らなくて。

 

「早く二人とも乗って、脱出する」

 

 そしてソフィアが二人に挟まれる形でバイクに乗る。

 

「このバイクどうしたんですか?よ

「目覚めの剣が持ってた」

 

 どうやらソフィアが作ったものを回収していたらしい。

 

「捕まってて」

 

 勢いよく水が噴き出し、バイクが走り出す。

 向かう先はソフィアが空けた壁の穴。

 しかし、ここはウルヌイエの首付近。結構な高さのはずだ。

 ルイエは焦ったように、

 

「待ってよ! そこから落ちたら!」

「大丈夫」

 

 バイクは穴から飛び出す。

 すぐ下は海だった。

 バイクは何事もなく着水すると、暗い海の上を走る。

 

「いつの間にか海まで出てたんですね」

 

 ふと空を見上げれば、そこには飛竜艇が飛んでいた。

 

「あれにインスミアの人たちが乗ってる」

「良かった、大丈夫だったのね」

「……ジュリアスが集めたごろつきたちはどうしたんですか?」

「さぁ? 泳いで帰るんじゃない?」

 

 哀れごろつきども。無事に変えれることを祈っておこう。

 

 クォォォォンとウルヌイエの鳴き声が響いた。

 それと共にその背中から霧が噴き出し、星空にうっすらと霧がかかっていく。

 いったい何が起こるのか、星空をぼかすように広がった霧をソフィア達は見つめる。

 そして、その霧から星が落ちた。

 オーロラのような。虹色に輝く煙が落ちていく。

 それはウルヌイエの水槽に落ちると、あの黒い塔へと吸い込まれる。

 

 一つ、二つ。どんどんとその数を増していき、やがて流星群のように星の光が降り注ぐ。

 

「すごい」

「良い眺め」

 

 だが目の前の景色以上に、ソフィアには気になることがあった。

 何のためにあんなことをやっているのか。

 そして考えた結論は。

 

「夜空の石を作っているんでしょうね」

「夜空の石を?」

「龍素は星と密接な関りがあると言われています。私たちが暮らしている地球にも龍素の流れ、龍脈があります。そして空にかがやく星々の光にも龍素が含まれています」

 

 だから星の光を集めている。

 

「たしか、ウルヌイエは特定の周期、星の並びによって現れると言う話でしたよね。その辺も関係しているのかもしれません」

 

 ルイエから聞いた伝承によれば『星辰が揃うとき』にウルヌイエが現れるとあった。

 その意味は星の並びが正しいとき。

 夜空に輝く星。ソフィアから見ればいつもの夜空だが、ウルヌイエにとっては特別な意味があるのだろう。

 

「夜空の石って、本当に夜空の光を集めた物だったのね」

 

 ウルヌイエは夜空の石を作るための施設だったのだろう。

 はたして、古代で夜空の石がどのように使われたのか。

 人々の生活を支えるためのエネルギー源。

 もしくは人を殺すための兵器に使われたのか。

 それは分からない。

 だが、目の前の景色は美しかった。

 

「知ってるかしら。流れ星に願い事をすると叶うのよ。これだけあれば、いくらでも願えるわね」

「それは良いことを聞いた。お嬢様とデートしたい、お嬢様とキスがしたい――」

「欲望をたれ流さないでください」

「じゃあ、一つだけにする」

 

 ほのかは流星群を眺めた。

 とても真剣な瞳で。

 

「お嬢様とずっと一緒にいたい」

 

 真面目にそう言われると、ソフィアはむずがゆい。

 だが悪い気はしない。

 次に願ったのはルイエだ。

 

「私は国を復興させるわ。私含めて不幸な人を生まずにね」

 

 必ず叶えなければならない。

 ソフィアが依頼を受けたのだ。

 そして最後に、

 

「私は沢山の人を幸せにできる、夢を叶える魔導師になります」

 

 少女たちは星に願う。

 夜空にかける流れ星。

 それは人が作り出した流星群。

 

 

 古龍。

 それは古代の遺産。

 天才たちの遺品。

 世界の支配者。

 そして、

 

 ――夢の結晶だ。 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
本作はとりあえず完結とさせていただきます。

続きは書くつもりですが、あらゆる面で作者の技量が不足していることを実感したので、もう少し書きやすい物を書いてレベルを上げてから再び挑みます。

また、今後の参考にしたいので、面白かったところや、つまらなかったところを教えていただけると嬉しいです。

それでは本当にありがとうございました。
よろしければ、また別の作品でお会いできると嬉しいです。


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