俺様がカイドウだ!!!! (ヘルスパイダー)
しおりを挟む
最強生物の名乗りを上げろ!
俺の一番最初の……いや、俺がこの世界で思い出せる最初の記憶はゴミ山の上で寝転がって青空を見ていたということか……。
俺には前世ともいえるべき記憶がある。
とはいえ、それだけだ。何か凄まじい出会いがあった訳でも、神を名乗る神聖存在と出会った覚えもない。
突然の出来事とも言えるこの状況で俺は冷静に周囲を確認した。
目を覚ましたら突如として見覚えのない場所に移動させられたという非日常体験に脳がちゃんと追いついてなかったからの対応なのだろう。
俺がこの世界に来て2日目が経った日に、俺はここがようやくどういった世界なのかを知ったのだ。
流星街というこの場所の名称を仲良くなったこの街の住人から聞けた。
その地名には聞き覚えがあった。それは俺の前世の記憶の中に存在している。
ハンター×ハンターというタイトルの漫画に登場する街の名前に流星街という地名の街が存在する。
そこはこの街の景色同様にゴミの山で溢れかえり、犯罪者たちが行き着く最後の場所とも言われている場所だ。
ここが流星街だというのならば、俺はハンター×ハンターの世界にやってきてしまったということなのだろうか?
だとしたら、やるべきことは1つだろう。
この世界の強者は軒並み念能力というものを習得している。
この念というものは説明しなくても理解できるだろう。
俺はこの念を習得する為に座禅をすることを日々の習慣に加えた。
この街で生きるのに必要なのは強さではなく、他者とのコミュニケーションだった。
日々を凌ぐのに必要な食べ物はネズミや虫といったおよそ人が食べるようなものではない物ばかりだった。
とはいえ、死ぬよりはマシという考えと、この体が以前からこれらを食していた為に口に放り込むことに躊躇はしなかった。
こんな生活に内心は嫌気がさして早くこの街を出て行きたいと願っていたが、俺が思っていた以上に流星街は広く大きい。
それに、出ていくにしろ流星街出身=犯罪者というレッテルが貼られてあり、それ相応の手続きか移動手段を確保しなければ出ていくのが難しいということが分かった。
ただ念に関しては座禅を始めて1週間程で会得することが出来た。これは僥倖と言えよう。
このスピードで念を覚えられるということは、ひょっとして俺って天才なのかもしれん。
そのまま『発』を作ってしまうのもいいかと考えたのだが、これといって自身の戦闘スタイルや得意な系統も判別していないのに作るのは愚かの一言だろう。
実際に、原作でも天空闘技場で才能のあったカストロも念の師匠がおらず独学で能力を得た為にヒソカに敗れてしまったのだ。
それに、俺は念能力者との戦いにおいて強力な能力が必ずしも必要とは考えていない。
例えば、グリードアイランド編で発生するレイザーとドッチボールの戦いではゴンたちよりも総合能力が高い筈のツェズゲラがあっさりと敗北した。その原因は基礎能力不足としか言えないだろう。
このように、ハンター×ハンターは常にしっかりとした敗因が存在しており、俺はこの2人を反面教師として見習わなければならない。
そう考えた俺は日々の習慣であった座禅を取りやめて基礎トレーニングとグリードアイランドでビスケが教えた念の基礎修業を取り組んだのだった。
そんなこんなで、俺はこのハンター×ハンターの世界にやってきて特に語ることもなく数年の月日が経過した。
本来ならば、ここで原作キャラとの遭遇や原作には登場しなかったオリジナルキャラとの出会いなんかがあるはずなのだが、本当にそういうのはなかった。
だが変化ならあった。とても大きな変化だ。
「なげぇことこの街に滞在しちまったが、もうそろそろ旅立ってもいい時期か……」
ゴミ山の上で見上げるほど大きな巨体の男が青空を眺めながら感慨深げに口にする。
なんとなく気づいているかもしれないが、この大男の正体は俺なのだ。
最初の頃は前世の記憶もあって一般人として過ごしてきたのだが、長年この街で過ごしていくウチに性格は勿論のこと、長年の修業により肉体が凄まじい速度でバルクアップしたことにより、漫画の世界の住人特有のこんなデカイ人間がいるか状態へと変化したのだ。
加えて、俺の一人称も今じゃ俺様になっている。ここまで特段語るような出来事は無かったが、それでも人1人を歪めてしまう苛酷な環境だったのは理解してほしい。
「さて、行き先はとりあえず決まっている。武人の聖地『天空闘技場』だ!!」
この数年で俺様が手に入れたのはなにも強さだけじゃねぇ。
「「「「オッス! 飛行船の手配は完了しておりますボス!!!!」」」」
理解しているとは思うが、ここ流星街は犯罪者の溜まり場といっても過言ではない。そんな奴らがいの一番に目をつける奴がどういった奴か分かるか?
それは脅しやすそうな貧弱な奴でも、金目の物を所持してそうな奴でも、綺麗な顔をした美人でもない。
そう、俺様のようなどこのグループにも所属していない腕っぷしの強い奴のことだ。
何故かって? 味方でもねぇいつ敵になるかもしれねぇ奴を無警戒に放っているような奴らならここに来る前にどこぞで捕まって海に沈められてるからよ。
とはいえ、ここにはルールが存在する。そいつを破るようなバカはここじゃ生きてやんねぇ。
だが、例外ってのはどこにだって存在する。
それが俺様だ! 修業中に俺様を見張っている三下共を鬱陶しい! という理由で半殺しにした後でソイツらボスの元まで案内させて組織ごと金と人員を丸ッと俺様のモンにしちまった訳さ。
流石は流星街のマフィアと褒めるべきか、組員の何人かに念能力者が紛れていたんだが、所詮はマフィアに雇われているだけのモブキャラに過ぎなかった。
俺様の硬による一撃で全員が纏めて吹き飛んで瀕死の重症で倒れちまいやがった。こんなにもあっけなくちゃまるで戦った気がしねぇ……。
そうして俺様は晴れてマフィアのボスとなり、財力と権力の2つを同時に得ることが出来た。
「こうやっていざこの街から出るってなると、感慨深いものが出来ちまうな」
流星街を出るための車に乗る込む前に、恐らく生涯最後になるであろう見慣れたゴミ山の景色を見納める。
「さて、そろそろ出るぞ。車を出せ」
俺様専用となる超大型トラック並みにデカイ車に乗り込んで運転手に指示を出すと、ブロロロォォォ!!! と排気ガスを大量に吐き出しながら流星街を後にする。
「けどボス? どうするんですかい?」
「ああぁん? 何の話だ?」
「何のって、ボスの名前の話じゃないっすか」
車が発車して少しすると、一緒に乗り込んだ部下の1人が俺様に向かって1つの疑問を投げかけてきた。
そうなのだ、今の俺様には名前がねぇ。前世での名前はあるのだが、ジャポン出身でもないのに日本人の名前は違和感がありすぎて名乗りづらいのだ。
流星街で過ごしていた頃はお前やアイツ、部下からはボスと呼ばれていたから問題は無かったが、流石にこれから天空闘技場に出場する際に名無しってのは問題があるからな。
さてどうしたものかと窓から見える景色を眺めていると、不意にゴミ山の中に巨大な看板が目に入る。
(なんだありゃ? カ・イ・ド・ウ)
長い間捨てられた為か、雨風によって所々が擦れてしまって文字が読めなくなってしまっているが、辛うじて読める箇所を続けて読むとカイドウという文字になる。
その名前に前世の記憶が稲妻のように脳裏にかける。
カイドウというのは世界的にも人気を博したワンピースの最強キャラにも位置付けされる超強キャラの名前だ。
確か、あのカイドウは今の俺様並みの身長で肉体特化した戦闘スタイルだった筈。
(偶然か運命か? 名乗りを上げるのに迷っていた今ならば天命とすら言えるタイミングだな)
不敵な笑みをニヤリと零すと、先程名前の件について聞いてきた部下に向けて俺様は今さっき思いついた名前を口にする。
「おい、決まったぞ!」
「決まったって? あっ! 名前のことっすか!?」
「ああ、今日から俺様の名前はカイドウだ! よ~く他の奴らに覚えさせとけよ。ウオロロロォォォォ!!!」
「ウッス! って、ボスって笑う時ってそんな変な笑い方でしたっけ?」
「あぁん? これはな新しい自分のキャラ付けってやつだ。変にツッコンだりすんじゃねぇぞ」
この特徴的な笑い方は原作カイドウを真似たものだ。これに何か特別などはない。
しいて言うならば、強さへの信仰とこれからの進む道を決めた証とでもいうべきか……。
さあ、冒険を始めようか異世界よ!!!!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
天空闘技場の化け物
存分に高評価を押してください!1とか押した奴は恨む!
流星街を出立して早や数日が経った。
街へついてからは、流星街で着ていたボロボロの服じゃ周りの奴らから舐められる視線を向けられるので、この街一番の服屋でマフィアらしさとカイドウらしさを合わせたデザインの服を特注で仕立てて貰ったのだが、中々に金が掛かっちまった。
急ぎで無理矢理やらせたのと俺様のサイズに合わせて作らせたからな素材の量や人件費なんかで結構な額になっちまったが、仕上がりがいいので大笑いしながら一括で払ってやった。
ざっと600万ジェニーはしちまったが、俺様の組織が持つ財力にとってはうまい棒を600本大人買いしたようなもんだ。
さて、晴れ舞台用の衣装も手に入れたことだし、そろそろ向かうとするか念願の天空闘技場へ!!!
「う~む、予想はしていたがかなりの大混雑だな」
見れば天空闘技場の受付から並ぶ列は長蛇の列と化しており、登録するまで数時間は掛かると予想できるだろう。
「いや~、流石は今話題の天空闘技場ですねボス!」
「あぁん? 話題だと?」
「あれ、知らないんですかボス。最近じゃ天空闘技場の試合のギャラが上がって色んな国の腕自慢がこぞって集まってきているって」
「各国の腕自慢だぁ? こいつらがねぇ……」
部下からの情報に疑惑の眼を列に並ぶ男どもに向ける。
正直言って蟻んこが行列を作っているようにしか見えねぇな。
「っけ、こんな雑魚共と一緒に順番待ちなんざまっぴらごめんだぜ俺は!!!」
「えぇ、ちょっとボス! どうするつもりですかい!?」
カイドウの不穏な言動に部下の1人が慌てて止めようとするが、それで止まるようなカイドウではなく。
行列の隣を悠然と歩いていき、やがて受付が見える場所までやってくると、列に並んでいる男たちに向かって一言告げる。
「どけ雑魚共が!!」
カイドウがそう叫ぶと、列に並んでいる男どもが一斉にこっちを向いてメンチを切ってくる。
「あぁん?」
「テメェ誰に向かって雑魚なんてほざいてんだぁ?」
「ちょっと図体がデカイからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」
流石は天空闘技場に挑む荒くれどもなだけあって見上げるほどの巨体を持つカイドウの挑発的な言葉に嚙みついてくる。
「ほぉ、度胸はあるみてぇだな。だがな、それに実力が伴ってなけりゃ意味がねぇんだよ!!!」
次の瞬間、カイドウから嵐のような殺気と軽い念を飛ばすと、先程まで反抗的な態度で嚙みついてきた男どもが一斉に蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「ひぃぃぃ!!!」
「ば、化け物だぁぁぁ!!?」
「こ、殺されるぅぅぅ!!!」
あれほどあった長蛇の列が綺麗さっぱりと消え失せて、残ったのカイドウとその部下のみであった。
だがさもありなん、相手は流星街を牛耳るほどに成長したカイドウだ。
もし仮にここで敵対を選ぼうものなら、一流の念能力者以外ならば木っ端微塵の死体が完成されるだろう。
「ウォロロロォォォ!! 随分と賢明な奴らだったぜ。まあ、俺様的にはもう少し歯応えのあるような奴がいてほしかったがな」
「勘弁してくださいよボス! こんな街中で普段通り暴れたら受付で登録できなくなるどころか、ボスの場合はシングルの称号持ちのブラックリストハンターがやってきてもおかしくないんですから!!」
「それはそれで面白そうだが、今はまだハンター協会なんぞと敵対するのはマズイな……」
顎のひげを撫でながら部下の言葉に耳を貸す。いくら傍若無人な性格といえど分別のつく知性はあるようだ。
「さて、これで受付前も空いたことだし、さっさと選手登録を済ませるぞお前ら!!!」
「「「「「はい!!!」」」」」
ここにいる部下共は多少は念能力が使える能力者だ。戦えば200階層にいる新人狩り程度の奴らなら問題無く勝つことができるだろう。
確か原作でキルアが200階にたどり着くまでに稼いだ金は2億ジェニー程だったか?
今の天空闘技場と原作での天空闘技場のギャラが同じかどうかは知らんが、今いる部下共は5人程で俺様を含めりゃ、ここにいる全員が200階に到達する頃には10億ジェニーは軽く超えるだろう。
まあ、俺様は特に金に興味は無いから組織の財政係の奴にでも渡しとくか。
そっから選手登録を全員済ませ(受付係が死ぬほど顔を蒼ざめていた)試合開始まで控え室で時間を潰そうとしたのだが、ここで大きな問題にぶち当たってしまった。
「入り口が小さすぎて入れねぇ……」
「あ~、確かにボス体がデカイからな。俺たちの乗っ取りに来た時も入り口ぶっ壊してましたもんね」
「あったあった。あんときはマジでビビったぜ!」
「そん時お前『ば、化け物ぉぉ!?』ってビビり散らかしてたもんな」
「おい! 無駄話もそこまでにしとけ。んで、俺様はこれからどうしたらいいと思うよ?」
目の前で楽しそうにくっちゃべと昔話に花咲かせる部下共の頭を鷲掴みにして、話を本題へと戻す。
まったく、度胸があるのはいいが、時たまこうして喝を入れねぇと大人しく言うことを聞かねぇ時があるから面倒なんだよな。
「それならこういうのはどうでしょうか? 俺らはここで待機して試合を待ちます。その間ボスは近くで時間を潰して、試合が始まれば電話して俺らがボスを呼ぶってのは?」
「ほぉ、なかなかシンプルだが悪くねぇ提案だ。よし! その案でいくぞ」
こうして試合が開始するまで時間潰しがてらに近くの散策を楽しんでいると、ポケットから電話の着信音が鳴り出した。
「おう! もう試合の時間か。分かったすぐに行く」
ピッ! と電話を切ると、天高くそびえ立つ天空闘技場を睨み上げ、これから起こることにニヤリと笑みを零す。
♦
今日からこの俺の人生は変わる。ただの街の荒くれ者から世界に轟く男として輝くんだと信じていた。
そうあの瞬間、アイツを見るまでは──―
『それでは! 天空闘技場にお越しの皆様方!! 長らくお待たせ致しました。この天空闘技場にやってきたルーキー達の力の見せ合いが今開始されます!! って、おやぁ? 1つだけまだ対戦者が揃っていないリングがあるぞ?』
司会者の言う通り、他のリングでは対戦相手が出そろっているというのに、真ん中のリングだけはまだ1人やってきてはいないようだ。
今リングの上で立っているのは身長2mを超える充分に大男と呼べる体格をしたガタイのよい男だ。
「へっ、どうせ対戦相手の野郎はビビッて逃げてっちまったのさ。俺の地元じゃよくあったぜ、調子に乗って喧嘩を挑んでくるが、いざ俺を目の前にすりゃ怖くて泣いて謝ったり逃げ出したりする奴がよ!」
なっはっはっは! と逃げた対戦相手を笑っていると、選手入場口で何やら騒ぎが起きり出した。
「ったく、ここは控え室だけじゃなくて入場口まで小せぇとはな。バリアフリーってのを徹底させなきゃならんだろうが!!」
バキバキと入場口を乱暴に壊しながら入ってくる身長5mを超える大男というよりも巨人という言葉が似合いそうな男がズシンズシンと足音をたてて中央のリングへ足を運ぶ。
「俺の対戦相手はテメェか?」
「なぁ、ああ……」
目の前に現れた自身の倍以上もある巨人を目の前に対峙して口が上手く動こうとしなかった。
俺だってある程度の覚悟を持ってこの天空闘技場にやって来たんだ。
そりゃ、俺以上の身長を持った奴と戦うだろうと予想ぐらいはしてきたさ。
けど聞いてねぇぞ!? 天空闘技場は人同士の対決だろ? なんで俺の相手がこんな化け物なんだよ!?
余談ではあるが、カイドウはここに来るまでに体の大きさに合わない廊下を中腰姿勢のまま移動してきたので非常にイライラしている。
それはつまり、カイドウが無意識に殺気だっているということ示しており、それに当てられて対戦相手が恐怖状態に陥っているのだ。
「あぁん? なんだ子犬みてぇにプルプルと震えやがって。そんなんで俺様と本当に戦えんのか?」
「…………」
何も言えない。当たり前のことだ。想像してみてくれ。目の前にドラゴンが威嚇してきているんだ。
そんな状態でマトモにいられるか?
審判の野郎が不安そうな顔をしてこっちを見てきやがる。おい? 噓だろう。
まさか俺とこの化け物を本気で戦わせようって気じゃねぇよな? 周りの連中だって戦わずにこっちのリングを見てやがる。
『こ、ここでは入場者のレベルを測ります。制限時間3分──―』
おいおい、なに試合のルールを説明してやがんだ審判!? ダメだ、周りの連中や観客共も完全に俺とあの化け物が戦うって空気になってやがる。
『それでは試合始め!!!』
「さて、ようやく試合開始と言いたいが、こんなプルプル震えた野郎一匹ぶっ潰しても何の評価にも繋がりゃしねぇ」
呆れた顔で俺を見る奴の姿はまさに絶対者! それも圧倒的な強さを持つ強者だ。俺は今まで井の中の蛙だったってのを思い知らされた。
もし生きて帰ることが出来たら実家の漁業を継ごう。絶対に……
「よし! テメェに1つだけチャンスをやろう。俺はテメェが動くまで一切動きはしねぇ。好きなようにしな」
降って湧いた僥倖だ。つまり、今ならどんな攻撃も容易く当たるということ。鳩尾への一撃か、首筋への攻撃、もしくは股間への蹴り上げも有効となるだろう。
ここは無慈悲であろうとも一撃で殺す覚悟で仕留めにかからなければ、殺されるのは自分になる。
そう思っていざ攻撃をしようと一歩足を前に出した瞬間、俺は悟った。
(なんだよコイツの体は?)
恐怖の対象ではなく、敵としてちゃんと相手を見たとたんに理解したのだ。
俺の攻撃はどこに当たろうとも、コイツには……この化け物には通用しないということが……。
なんて例えればいいんだ? 鋼か? それともダイヤモンドか? いずれにしろ、俺の攻撃が命中したと同時に俺はこの男に殺される。
その時、カイドウとの実力差が天と地以上に離れていると実感した男が取った行動は──―
「ま、まいった。俺の負けだ……」
恥もプライドも脱ぎ捨てた敗北宣言だった。
「ちっ、根性無しのヒヨッコが! まあいい、おい審判! 俺様の勝ちだ。さっさと宣言しろ!」
『は、はい! カイドウ選手の勝利!!!』
審判が試合結果を宣言すると同時に、観客たちが何もせずにサレンダーした選手に向かって野次や罵倒を浴びせる。
それに対して、普段ならばそんな喧嘩を売って来るような奴らに対しては、反抗的な態度を見せる筈の彼も、下を向いてトボトボと情けなく試合会場から退出していった。
「え~、それではカイドウ選手は160階へ。頑張ってください」
「おう!」
審判から160階行きを言い渡されたカイドウは、自身が壊した入場口から出ていった。
そうしてカイドウの姿が試合会場から消え、ようやっと自分たちも同じく戦いに来たのだということを思い出した他の選手らが、目の前に立つ対戦相手に向かって一斉に殴り合う。
先程まで会場内を包み込んでいた異様な殺気も消えたことで、残りの消化試合じみた戦いに観客たちも白けた目で見守っている。
「あ~あ、あの対戦相手の男も可哀想にな。ボスを相手になんざ運が悪すぎだぜ」
「まっ、馬鹿正直に攻撃せずに即座に降伏したのはいい判断だったと思うぜ」
「だけど勿体ないよな。あいつ見た感じここじゃ100階クラス以上の実力の持ち主だぜ」
「ああ、あの調子じゃ故郷へ帰っちまっただろうな」
「はは、高い旅行代の代わりがジュース1本分に化けたってわけだ」
観客席で先程までの試合を見ていた部下たちが、口々に感想を言い合う。
だが、その感想の中には周りの観客たちと違って、腰抜けだの意気地なしだのという批判的なものはなく、逆に英断だという感想を口にしている。
実際にカイドウの真の実力と性格を知らない観客たちの目には先程の男は戦いもしない腰抜け野郎に見えただろうが、実力と性格を知る部下たちの目から見れば相手との実力差をキチンと把握できる実力者と評価している。
『選手番号667番の方、選手番号668番の方、選手番号──―』
「おっと、ようやっと俺らの番か……」
「へへ、負けんじゃねぇぞお前ら」
「バカ言ってんじゃねぇぞ! 俺らがこんな雑魚共なんかに負けるかよ!」
「まあ、ボスみたいな化け物が紛れ込んでいたら分かんねぇけどな」
それぞれが案内されたリングの上で対戦相手と対峙したが、案の定相手は全力を出すまでもない雑魚だった。
それぞれ一撃のもとに失神、またはリングアウトでKOさせると、審判から60階行きを言い渡される。
「まっ、これが妥当だわな」
「ボスが例外過ぎるんだよな」
「無駄口叩いてないでさっさとチケット換金してボスと合流すっぞ!」
「あの人目を放すと何すっか分かんねぇからな」
♦
天空闘技場での初戦は相手側のリタイアで決着か……。
まあ、予想していなかったわけでもねぇな。流星街でも俺様をぶっ倒して名乗りを上げるって野郎はチラホラいたが、いざ俺様と対峙して戦おうってなった瞬間、即座に土下座して許しを乞う野郎もいた。
まあ、今回連れてきた部下の1人がそいつなんだけどな。
ぶらぶらと部下共の試合が終わるのを待っていると、廊下に設置されてあるテレビからさっき俺様の試合を担当した審判が映っていた。
『カイドウ選手はルーキーではとても相手出来ない強さの持ち主と判断した為、即座に160階行きを言い渡しました。これは実力差のある者同士を戦わせた際、先程の試合同様の結果が再現されると予想された為に──―』
なるほどな。原作でゴンは50階層からのスタートだったのに対して何の実績もない俺様がいきなり160階層行きになった理由は理解できた。
「お待たせしました。ボス!!」
「おぉ、その調子じゃ全員問題なく勝ち上がったようだな」
やって来た部下共の顔色を見る限り全員勝ち上がったのだろうと予想できる。
ちなみに、カイドウと戦った選手の名はザナックといい、彼は実家に戻って両親の船を譲り受けて立派な漁師になったとさ。
あと、試合後の部下たちに言い渡された階層が60階ですが、160階と訂正の報告がきました。
分かりにくかったですかね?
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
圧倒的な暴力
なあ知ってるか? 最近天空闘技場で暴れ回っている怪物のことをよ。
けっこう巷じゃ有名な話だぜ。まず、ソイツは身長が5mを超える巨人でよ。
って、待て待て! 噓やホラ話の類じゃなくて真実なんだよ。
続けるぞ。っで、問題なのはソイツの身長じゃなくて強さなんだよ。
最初にソイツの試合を見た時に俺はビビったね。あれはまだ奴がデビューしたての頃なんだけどよ、風の噂でトンデモねぇ新人が入ったって聞いてソイツの試合を見に行ったんだ。
何でも、初試合で睨み上げただけで相手に負けを悟らせて勝ったって話なんだ。
それが噂が噂を呼んでドンドン話が盛り上がっていって、俺が聞いた時にはドラゴンのような凄まじい威圧感で対戦相手を威嚇して、ドスの聞いた声で話しかけただけで相手は白髪の爺になって降参したってことになってたな。
まあ、あんまり噂と事実が変わんねぇが。
ともかく、俺がその噂を聞いて160階の試合のチケットを買って見に行ったんだ。
ソイツの対戦相手のモーリアって選手は常に試合で好成績を納める実力者で、対戦相手の組み合わせさえ悪くなければワンチャン200階へ進めている実力者だったんだ。
けど、今回は組み合わせが最悪過ぎたんだな。見た瞬間にっていうか、入り口をぶっ壊して入ってきた瞬間に理解したよ。
あれは人間っていう生物じゃ勝てないカテゴリーの生き物だってことがな。
あぁ? 試合の結果はだって? んなモン、その化け物が勝ったに決まってるだろ。
え、内容を詳しく話して欲しいだ。ん~、別に内容を語るのはいいんだけどよ……。
まずあれは試合じゃねぇな。なんて言えばいいのかな? 虐待? いやお遊びって言った方が正しい気がするぜ。
どんな試合内容だったかと言うとな、ソイツが記念とか言って一発モーリアに殴らせたんだ。
その挑発を受けてモーリアは思いっきりソイツの顔面を拳でぶん殴ったんだ。言っとくがジャブなんて甘いもんじゃねぇ、全体重を乗せた本気の一撃だったね。
そしたらどうなったと思う? 試合会場全体にガン! って音が鳴ったのさ。最初は一体何の金属音だって俺は思ったね。
でも違ったんだ。その音の発生源はリングの上で戦っている2人からだったんだ。
リングの上を見れば殴ったはずのモーリアが拳を押さえて苦悶の声を上げながら困惑した表情でソイツのことを見上げていたんだ。
最初は俺もソイツが噓をついてモーリアに攻撃したのかと疑ったがそうじゃない。よく見ればソイツの鼻の辺りが薄っすらと赤くなっていたんだ。
つまり、信じられねぇことだがモーリアの拳よりも、ソイツの鼻の方が硬かったということだ。それも金属音が鳴るほどのな。
そういや、ソイツはそん時に妙な事を口走っていたな。俺は奮発して最前席のチケットを買ったから何とかギリギリ聞こえたんだが、『念による硬どころか練すらしてないってのにこの程度か……』ってな。
何のことかよく分かんねぇが、そん時のソイツが酷く落胆した顔をして喋ってたんで印象に残っちまった。
それから試合がどうなったかだって? 多分もう理解できてるとは思うが、そっからのモーリアの扱いは悲惨というしかなかったな。
お前らは子供の頃に人形遊びってしたことあるか? 女の子ならお上品に人形を丁寧に扱ったりするだろうが、男の子はそうじゃねぇだろ。
例えばヒーローと怪人とかの人形を持ったらさ、乱暴に振り回したり叩きつけたりするだろ?
あれと同じことをソイツはモーリアにした訳さ。
痛がって手を押さえるモーリアに対して、ソイツは無警戒に近づくいていきやがった。
そんな隙を160階選手が見逃すわけもなく、モーリアの奴はソイツの胴部に向けて蹴り、それも最も威力の高い後ろ回し蹴りを決めたんだ。
でもそんな技が効くようなタマじゃねぇ、蹴りが決まったってのに平然とした顔で蹴りつけたモーリアの足を握ると、そのままモーリアを片手で持ち上げてぶん回したのさ。
こう右へ左へブンブンと振り回して遊んでさ。最後にはポイって上空に投げ飛ばしちまってよ。
ありゃ可哀想だったな。投げ捨てられたモーリアがリングに叩きつけられた様なんてもう……。
俺は涙なしには見れなかったね。もうあれだ夏場のアスファルトの上で死に掛けてるセミのようだったな。
ん? ソイツの名前はなんていうのかだって?
ああ……、そういや言ってなかったか。ソイツの名前はな『カイドウ』っていうんだ。
♦
あれから200階へ行くのに数日とかからなかった。軒並み対戦相手はボロ雑巾のように軽く捻ってやったが、それが原因か近頃じゃ俺様のことを怪物と呼んでくる連中が増えてきやがった。
まあ別にそれはどうでもいい。問題なのは200階へ着くなり新人狩りが現れるもんだとばかり思ってたんだが、どうやら調べてみた結果、新人狩りの奴らの名前はまだ部下共と同じ100階層付近で戦っていた。
どうやらまだ原作が開始する前の世界のようだな。それでも少しは似たような奴らがいると思たんだが、俺様があまりにも強すぎたせいで慎重に様子見に徹しているようだ。
まあ、別に急いでいる訳でも何が何でもフロアマスターになりたいわけでもねぇ。
だが、なれるのならば早めになっておきてぇ。
何故かって? そうだな。どうして俺様がフロアマスターになりたいかの理由は3つある。
1つ目は名声を得る為だ。これは流星街以外のマフィアにも使えるネームバリューを獲得するためだな。そのために試合は圧倒的かつ残虐に行わなければならない。ここで慈悲や甘さを見せればマフィアなんかに名が通用しねぇからだ。
2つ目のこれはただ単純に俺様が強い奴と戦いたいからだな。この世界に転生して強くなったせいか、かなりの戦闘狂になったと自覚している。
3つ目はフロアマスターになった際に得られる人脈といったところか。
この天空闘技場200階クラスにいる奴らは金、強さ、地位と様々な目的でやってきている。そして、それらの目的を達成するにはそれなりの人脈というものが必要になってくる。
それ故、この階層に至るまでに、あるいはこの階層にやってきてから
以上の理由により、俺様はフロアマスターを目指している。
だがまあ、こんなのは別にフロアマスターにならずとも叶えられる内容だ。
とはいえ、このまま試合せずに失格は少しばかし味気がなさすぎるな。
さてどうするか……。適当に200階クラスの闘士に挑発なり脅しなりかけて試合するか?
俺様が今後のことを考えていると、廊下の奥の方から見知った1人の男がこっちに向かって歩いてきた。
「お初にお目にかかります。カイドウ殿」
「オメェは確か最近フロアマスター挑戦間近(まぢか)と言われているカルヴァンじゃねぇか」
見た目は20代後半の優男だが、見る者が見ればよく分かる。鍛え上げられた肉体とそれを凌駕する念の完成度は、彼の積み上げた実績が虚構の物ではないと物語っている。
「ふっふっふ、あの怪物カイドウ殿に名前を知っていただけるとは、光栄ですな」
「へっ、スカした言い方しやがって。んで? 何の用だ俺様によ」
「何の用とはまた……。決まっているじゃないですか。7月10日に試合の申し込みを行いました。もしお暇でしたら私と一戦交えてみませんか?」
張り付けたような笑みの下から獰猛な獣の一面がチラリと顔を見せる。
「ウォロロロォォ!! 随分と面白れぇお誘いじゃねぇか。いいぜ、ちょうど暇してたとこなんだ。受けてやるよその挑戦をよ!!」
まさに棚から牡丹餅ってところか、幸運の女神ってのは本当にいるもんだな。
なにはともあれ、これで試合のことは問題無くなったな。
初の200階クラスの闘技者、それもフロアマスターへの挑戦権を目前にしている奴との勝負だ。
こいつは少しばかし歯応えのある戦いになりそうだ。
♦
そうして時は瞬く間に過ぎ去り、念願の対決の日がやってきた。
『さあ、皆様方大変長らくお待たせいたしました。今宵遂に我々はあの男の真の実力を目にすることができる!! 僅か数試合という驚きの回数で200階まで登り詰め、怪物の異名を勝ち取った男、カイドウ選手!! だが、真に驚くべきはその試合内容と言えるでしょう。今までの戦績は対戦相手の棄権か蹂躙としか呼べないような圧勝しかなく、5戦5勝2KOという破格の試合結果!! ですが、今回戦うはフロアマスターへの挑戦権獲得間近であり、200階での対戦成績は13戦9勝4敗という好成績!! 更に、この4敗のうち2敗は怪我の治療の為の不戦敗であり、残りの2敗は200階に来たばかりの頃と、現フロアマスターであるヴァイオレット選手との激戦の末の敗北であります!!』
テンションの高い司会者の声を入場の合図とし、それぞれの出入口から今宵のメイン選手たちが姿を現した。
それと同時に観客たちから凄まじい声音の歓声が響き渡る。
それはもはや怒号レベルの域にまで達しており、観客がどれだけこの対決を待ち望んだかが推し量れる。
「ウォロロロォォ!! ようやく天空闘技場もバリアフリー活動に乗り出して来たな。おかげで廊下や入り口が広くなって楽に出入できるぜ」
「目の前に立つ私の事は眼中に無しですか? まあ、こうしてリングの上で対峙してみてよく分かります。肉体と念、そのどちらもが世界最高峰と言っても過言ではない程の逞しさだ……」
見惚れるように俺様を見つめてくるカルヴァン、一応念の為に補足しておくがホモの目ではなく武人としての目で見ているということを理解してほしい。
それから審判が退屈なルール説明を始めてはいるが、リングの上に立つ2人はそんなこと耳には入れずに目の前に立つ相手の事のみに集中している。
そのことを理解しているからか、審判の方もいつも以上に早口で説明を終えると、即座にリングの外へとダッシュで離れる。
「これでようやく邪魔者がリングから消えて2人きりなったが、毎度の恒例ではある
カイドウの言うアレとは試合が始まった際に行われる無抵抗の状態で相手の攻撃を1発だけ受けるという挑発行為のようなものだ。
最初は相手への記念ややる気を起こさせる為に始めたことなのだが、今ではカイドウがこの行為を気に入ってしまった為に恒例行事として取り入れてしまったのだ。
だが、カルヴァンにとってそれはプライドを刺激するのに充分なものだった。
「それは、私を舐めているということでいいのか?」
今まで丁寧な言葉で接してきたカルヴァンの口調が怒りの混じったものに変わった。
だが、カイドウはそれに言葉ではなく行動で答えた。
『纏』
念による基本的な防御の構えともいるもの。それを腕を組んだ状態で棒立ちのまま行った。
それはつまり、先ほど口にした言葉を変えるつもりも引っ込めるつもりもないということだ。
「──―っ、いいでしょう。なら、こちらも最初から全力の一撃を叩き込ませてもらいます!!」
「ああいいぜ、俺様はこのままテメェの一撃を喰らってやるよ」
ふてぶてしく傲慢に、されどそれが全て許されるような強者のオーラを放っているカイドウを前に、カルヴァンは全力の練を始める。
ゴゥ!! っとカルヴァンを中心にして謎の突風が吹き荒れる。
念を知らない一般人でも肌で直感してしまうような危険な雰囲気を放っているカルヴァンに、カイドウは威風堂々とした態度を崩すことなく立ち尽くしている。
「これが最後の忠告だ。今すぐ先程の言葉を取り消して全力で私と戦え!!」
「ウォロロロォォ!! 随分と甘い事を言うじゃねぇか。それとも、このまま勝負がつくとプライドが許さねぇってか? なら安心しな。
確信を持った態度で言い放ったカイドウのその言葉に殺しの覚悟を決めたのか、練によるオーラの上昇が更に跳ね上がる。
もはや一流と呼ばれる念能力者でさえ耐えられるかどうかも分からない程の圧倒的なオーラの質と量を前にして、リングの近くにいた審判は一目散に観客席前まで避難した。
それは最前席で見ていた観客も同じで、カルヴァンが全力で練を見せた瞬間から得体の知れない恐怖に襲われて即座に後ろの席まで退避する。
だが、あくまで後ろに退避するだけで逃げ出す観客は全くいなかった。それだけこの場にいる人間全員がこの世紀の一戦の目撃者になりたいという表れだということだ。
やがて、最前席から観客が全て後方へ移動したのと同時に、カルヴァンのオーラは100%を超えた120%の本気の全力を出す準備が完了する。
ゴクリと誰かが唾を飲み込む音が聞こえる。それは隣に立つ誰かか、もしくは自分だったかもしれないが、そんな小さな音でさえ響いてしまいそうになるほど試合会場は静寂に包まれており、実況を担当する司会者でさえマイクを持つ手に力を入れるだけで喋ることを忘れてしまったかのように、2人の動きに注目している。
「ウォロロロォォ!! 中々に見応えがある練だったぜ、それなら俺様に傷ぐらいはつけられるだろうよ」
「ほざけ! この私もここまで高めたオーラを人にぶつけるのは初めてだ。死んでくれるなよ!」
練によって高められたオーラが全てカルヴァンの両手へと集中してゆき、そのオーラが変化して紫色の炎と変貌を遂げる。
ここでカルヴァンのこれまでの過去についての話をしておくとしよう。彼は200階に来た直後に洗礼として念による深手を負わされた。
その際に、その対戦相手にこれまで稼いできた多額の賞金を報酬にその強さの秘密を聞き出すことに成功したのだ。
それにより、彼は念に目覚め水見式によって自身のオーラの系統が変化系だということを知った。
その後、念についての基本的な講義までという条件で教えを乞うていたので、そこから先は全て自分なりの独学で研鑽を積み重ねていった。
基礎トレーニングと共に念の四大行の発以外の3つを自分なりに極めたと自負した為に、試合で使える自分専用の発つまり能力の開発に取り組んだ。
その過程で自分にとっての強さは何かを考えた。
かつて、幼少期の頃の自分にとっての強さとは尊敬し憧れを持っていた父のような存在だった。
父は格闘家であり戦士でもあり優しい人だった。子供ゆえに強さと優しさを
だけど、父は自分が大人になる前にあっけなく死んでしまった。死因は毒ヘビによる噛み付きによるものだった。
あれだけ強かった父が青白い顔をして苦しみの表情のまま死んでいったのは子供心に深く突き刺さり、トラウマを植え付けるには充分だった。
それからほどなくして故郷を飛び出して自分探しの旅に出た。
強さとは何かという疑問への答えを探す為の旅は苛酷を極め、野盗や犯罪者程度なら父からの教えを受けていた為に問題無く対処できた。
だが、問題はそんな自分でさえ尻尾を巻いて逃げ出してしまうほどの化け物と遭遇してしまうこと。
それはビルほどの猿や鉄の塊をも嚙み砕くワニに100を超える大ネズミの群れとの遭遇は生死の境を彷徨った。
だが、ある日そんな強烈な体験を色褪せたものにしてしまう程の存在に出くわしてしまったのだ。
それは、物語の勇者や英雄が信頼する仲間と共に決死の思いを
口から吐き出す炎の攻撃は森を焼き払い、その爪や牙はあらゆる生物を刺し貫く鋭利さを持つ。
だが真に恐ろしいのはその眼光だった。あらゆる生物の頂点に君臨するドラゴンの睨みは死を覚悟させるにあまりに充分だった。
その時は幸運にも自分のような矮小な存在が目に入っていなかったのか、そのままなにもされずにドラゴンは飛び去ってしまった。
それ以来、自分の中に燻っていた強さへの疑問はすっかりと消えていってしまっていた。
アレを倒すことこそが真の強さに繋がると確信を持ったのだ。その為に、ただ単純な身体能力を強化させただけダメだ。
それだけではアレには到底敵わないと優に想像できる。
だからこそ、自分と同じような存在が集う場所、野蛮人の聖地たる天空闘技場へと足を運んだのだ。
そして、200階で戦い抜くことで手に入れたのだ。かつての
『
それがカルヴァンをこの200階で連戦連勝に導いている必殺の拳だった。
その必殺の構えを見てようやくフリーズから立ち直った実況がマイクを片手に口を開く。
『おおっと!? 初っ端からカルヴァン選手お得意の必殺技である毒蛇龍炎拳だぁ!!! マトモに喰らえば大火傷の致命傷、防御やかすり傷程度でもその手に纏った炎の毒により動けなくなるという、なんとも凶悪無比な技!! まさか、本当にこれを無防備に受けるというのかカイドウ選手!!?』
カルヴァンの変化した両手のオーラや、実況の解説を聞いてもカイドウは動きを見せることもなく仁王立ちの状態のまま立ち尽くしている。
「ぬぅ、なおも動きを見せぬか。ならば、その傲慢な慢心のまま地獄へ落ちるがいい!!」
ドン!!!
怒りが込められた重い一撃が無防備なカイドウの胸へと突き刺さる。
掌底がぶち当たった瞬間、その手の紫炎がカイドウの体全体に瞬く間に広がってゆき、ほんの一瞬で誰の目から見ても分かる焼死体が完成した。
『なっ──―!!?』
「──―っ!!?」
これには実況者を含めた観客全員が驚いた。
まさか、空前絶後の絶戦を期待していたというのにあの怪物の2つ名を持つカイドウがあっけなく一撃の元で殺されてしまったのだから無理も無い。
そして、驚いたのは何も実況者や観客だけではない。リングに立つこの男カルヴァンもその例に漏れずに驚いていた。
だがそれはカイドウが自らの一撃であっけなく焼死体に変貌したことではない。
ここに立つ以上、多少なりとも人殺しの覚悟は出来ているし、あの技を真っ正面からマトモに喰らって無事で済むことは無いというのは能力を作った本人だから当然のこと理解している。
そんなカルヴァンが驚いたのはカイドウの体のことだ。
ここで戦った人間とはまるで違う肌の感触、まるで鋼鉄の塊を殴ったのかと錯覚するほどの硬い感触に本当に倒せたのかという一抹の不安を拭い切れずにいた。
そして、その不安を察したかのように、さっきまで微動だにせずに今も炎に包まれて微動だにしなかったカイドウが声を出した。
「ウォロロロォォ!!! なるほど、毒と炎の2重攻撃とはシンプルながらに強え手を使ってくるじゃねぇか」
「なっ……!」
確かに、仕留め切れていないかもしれないという不安はあった。だが、まさかここまで余裕のある声で喋れるほどとは思ってもいなかった。
「──―っふん!!」
全身からオーラを放出することで、体に纏わりついた炎を吹き飛ばすと、首をゴキゴキと鳴らしてまるで堪えていないかのような態度のカイドウ。
それを見て観客達はスゲェ! と歓声を湧かすが、カルヴァンはそれとは真逆に若干青ざめた顔でカイドウを睨む。
己の全力の一撃がまさかここまで効いてないという事実に心が折れかけていた。精神の敗北はすなわち念能力者にとっての圧倒的な弱体化を意味する。
今のカルヴァンの練は先程までの見事なレベルのものとは打って変わって、不安定で揺れ惑っている程にガタ落ちしている。
「しかし中々に強烈な攻撃だったぜ。俺様も纏に加えて鉄塊を使用してなけりゃ流石の俺様も危なかったかもな」
「──―っ、そうですか。鉄塊……聞いた感じからすれば肉体を鋼鉄の強度と同等にまで高める技といったところですかね?」
「ウォロロロォォ!! どうやら肉体や念だけじゃなく頭の方も優秀そうじゃねぇか。その通り、鉄塊は自身の肉体を鋼鉄の領域まで外功を高める硬気功の極みの1つ。俺様の肉体と念と技、この3つを組み合わせた状態の俺様に傷を付けるのは至難の業だぜ!」
なるほどそういうことかとカルヴァンは胸中で安堵の息を吐く。あのただ無防備にしか見えない立ち姿はある意味フェイクであり、実際にはこれ以上ない防御の型の1つだったということ。
その事実が折れたカルヴァンの心を多少なりとも立ち直させる。
だがしかし、いくらガード状態だったとはいえ、真っ正面から喰らって多少の火傷痕があるとはいえほぼ無傷の状態に近いのは事実。
つまり、カイドウを倒すには戦いの最中に念も技も使用する前の隙を突いて攻撃を決めなければならない。
なんだそのクソゲーは! と思わず叫びたくなってしまう内容だが、敵は自身よりも格上の存在。
むしろ、目標であるドラゴンに匹敵するやもしれない相手とこうして何の邪魔もなく一対一で戦うことが出来るのだ。
それに、これは殺し合いではなく試合なのだ。必要以上に怖れるのは辞めよう。
ふぅ~っと息を吐きだすと、何時の間にかこわばっていた肩の力が抜けてゆき、諦めの色が見えていた瞳から勝つという意思が湧き上がっていた。
「ウォロロロォォ!! どうやら心は折れなかったみてぇだな。降参だなんてつまんねえ真似をしてくれずに済んで良かったぜ!」
「あっはっは……、それならあんなふざけた真似はしないで欲しかったけどね」
軽く先程の行為に愚痴を飛ばす。どうやら少なからず根に持っていたようだ。
再び両手に紫炎を纏わせ、蛇のようにしなやかに、龍の如く力強さを体現したカルヴァン独自の構えを取る。
「いくぞ!」
「ウォロロロォォ!! 悪りぃがこっからはさっきみてぇなチャンスはもうやらねぇぜ!」
そこからの戦闘は一般人ではとても視認することが出来ないレベルの次元の戦いだった。
一瞬の間にリング上で複数の箇所が破損し、会場全体に響き渡る轟音が発生する。
見ている観客は勿論のこと、日頃から様々な試合を見ている実況者でさえマトモにその内容を口にすることが出来ない。
見ている側の視点からは何が起こっているのか理解不能だろう。
ならば、ここからは実際に戦っている選手であるカイドウ目線で語るとしよう。
ウォロロロォォ!! 原作や二次創作で天空闘技場選手は念能力者の中じゃ最底辺に位置する実力者ってのが相場だったが、中々どうして骨のある奴がいるじゃねぇか。
もう既に3回は俺様の拳を受けたってのに骨にヒビが入った程度の感触しかねぇ。コイツの得意な系統は変化系統の筈なのはほぼ確定してるっつのに、随分とバランス良く鍛え上げてやがる。
「ウォロロロォォ!! 存外楽しませてくれるじゃねぇか。これならもう少しペースを上げても大丈夫そうだな!!」
「大丈夫なわけないでしょ!? こっちはギリギリの状態で捌いてんだぞ! ってか、炎は別として何で毒が効いてないんだ!? 喰らえば大の大人はおろかゾウなんかの大型生物さえぶっ倒れるモノだぞ!!」
「アホがぁ! 流星街出身の俺様が生半可な毒で動けなくなるかよ。俺様が今日まで何を食って生きてきたか教えてやろうか?」
「結構だ!」
轟音鳴り響く戦闘の最中に軽い世間話程度に語りかけるカイドウと違って、必死の形相でカイドウの攻撃にくらいつくカルヴァン。
「オラオラ! どうした? 守ってばっかじゃ勝てねぇぞ!!」
「ぐっ、この化け物め……!」
笑いながら攻撃こそが最大の防御だと言わんばかりに果敢に攻めたててくるカイドウの攻撃は1発1発がカルヴァンの神経を大きくそぎ落とし、息をすることすら億劫になるほど追い詰められていた。
そして、決着の時はあっけないほどあっさりと訪れる。
「久方ぶりにちゃんと体を動かせた気分だ。礼として苦しまねぇように一撃で沈めてやる」
先ほどまで至近距離で戦っていたカイドウが一気に後ろに飛んで距離を取った。
恐らくはこの距離を使っての大技が来るということ、一気に距離を詰めて技を潰すか? それともこっちも距離を取って技を見切って避けるか?
2つの選択肢がカルヴァンの脳裏によぎるが、カイドウが腰を下げて踏み込みの態勢に入った時に本能的にか理解してしまった。
(これを潰すのも避けるのも無理! なら、私に出来るのは全力で受け止めることのみ!!)
すぐさま腕を交差させて堅による防御の構えを取る。
「こい! 全力で受け止めてみせる!!」
「ウォロロロォォ!! 面白れぇ、これでお前が受け止められることが出来たなら俺様の負けにしといてやるぜ」
自信満々の顔でそう宣言するカイドウに、最初と違って怒りは湧いてこなかった。
もうこの試合中に理解してしまった自分とカイドウの実力の差、そしてこれはカイドウなりの後の事は考えずに精一杯自分を楽しませてみろというメッセージだと受け取った。
なら、もう後の事は考えない。今日だけじゃない、明日の分と更にその先の分も今ここで使い果たす。
その覚悟がカルヴァンに120%以上の力を引き出させた。これはある種の制約と誓約の1種に属するもので、カルヴァンは無意識ながらにおこなったのである。
「ガッハッハッハ!! ここにきて更に成長をみせやがったか。なら、俺様ももう一歩先の技を披露してやるか」
グッと足に力を込めて一歩を踏み出す。
バキッ
カイドウの足の踏み込みにより、リング全体に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
『り……リングがバキバキだぁ──―!!』
2人の動きが一時的に止まったことにより、ようやく理解できながらも衝撃的な展開に実況者がマイクを手にとって声を上げる。
「っ──―」
カイドウが使っているのは震脚と呼ばれる武術の動作、踏み込む力が強いほどに技の重さは増してゆくもの。
たった一歩目からリングを破壊するほどの踏み込みに、恐ろしさが腹の底から湧き上がってくるが、覚悟は既に済んでいるカルヴァン。
ドンドンとゆっくりと近づいてくるカイドウの動きを見ながら次の動きを脳内で予測する。
足技でくるか? いや、震脚は八極拳に使用する技の1つ。なら使用する技は八極拳によるものか? そうした考えが短い時間の中で頭の中をグルグルと渦巻く。
もうあと2歩で拳が届く距離にまで近づくとカイドウが握った拳から人差し指のみを伸ばしてみせる。
「……?」
なんらかのパフォーマンスか? いや、カイドウはもうチャンスは与えないと口にした。
ならアレは攻撃の為の予備動作か? 指1本で出来る事など眼球への刺突や耳からへの鼓膜破壊が考えられるが、あのカイドウがそんな狡い真似はしないという謎の確信があった。
ならば単純だがやはり突きによる刺突攻撃か?
そう確信を持ったカルヴァンは堅による防御から腕への凝へと切り替える。
「いい判断だ。正解だぜ、
常人をはるかに凌駕する巨体を持つカイドウの指の太さは普通の人の腕の太さに匹敵する。
そんなゴツイ指で人体を貫通させる威力を持つ技を使用すればどうなるか? 答えは単純に砲弾を軽く超えた殺傷能力を発揮する。
「──―っがはぁ!!!」
カイドウの指銃がカルヴァンの防御した腕に衝突する。その衝撃は数トンもあるトラックに跳ね飛ばされたかと錯覚するほどで、元々カイドウの攻撃によってヒビが入っていた腕の骨は完全に折れてしまった。
そして、腕の骨を折った程度では終わらず、カイドウの指銃はカルヴァンの腕を貫通する勢いのまま胴体に直撃し、そのままカルヴァンはリングから後ろの客席まで弾丸のような勢いで吹き飛ばされていった。
幸いなことに、最初のカルヴァンの錬によって観客は全員後方の席に退避したおかげで、吹き飛んだカルヴァンにぶつかって怪我を負う者はいなかった。
『おおっと! す、凄い!! 一撃です!! たった一撃でカルヴァン選手がリングから場外アウトしてしまいました。っていうか、指一本であの威力っておかしくない!?』
「す、スゲェー! あのカルヴァンが手も足も出てねぇぞ!?」
「やっぱ次期フロアマスターはカイドウで決まりか!」
「「「「カ・イ・ド・ウ!!! カ・イ・ド・ウ!!!」」」」
実況の声と共に、先程まで静まり返っていた会場が盛り上がってゆき、ほとんどの人間がカイドウの勝利を確信して勝者へのスタンディングオベーションを送る。
『カルヴァン選手気絶により戦闘不能! よって、この試合はカイドウ選手のKO勝利!!!』
何時の間にか客席に隠れていた審判が吹き飛んでいったカルヴァンの容態を確認し、この試合の勝者であるカイドウの勝利宣言を口にした。
「ウォロロロォォ!! 見たかお前ら、これが俺様の実力だぁぁぁぁぁ!!!!」
「「「「「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」
『まさに圧倒的! 強靭、無敵、最強☆怪物の二つ名は伊達ではないことが今試合を通して証明されました。次にカイドウ選手と戦うことになる選手は誰か? 次回の試合も楽しみにしましょう!!』
戦闘シーンはカイドウの圧倒的な描写にしたいがために、何回も書き直ししたんですが、満足のいく出来ではないかもしれません。
これでいい!とかこういうのが見たかったという読者諸君は感想欄で返事下さい。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
カイドウの娘
気になった人は『ドラゴンボールZ 超大魔王』で検索して読んで下さい。
野蛮人の聖地と呼ばれるここ天空闘技場は異様な熱気に包まれていた。
その理由はここでは当然のことであるが、この天空闘技場のスター選手同士、それも超大物の試合があるからだ。
試合会場となる場所には開始1時間前以上から既に満席となっており、誰も彼もがこの試合を楽しみに待っている。
それがまさかこんな結果に終わるとは──―
『この天空闘技場のメインイベント中のメインイベントであるフロアマスターを賭けての決戦がまさか
実況者の説明通り、リングの上ではフロアマスターであるヴァイオレットがボロボロとなった状態で転がっていた。
その反対に、挑戦者であるカイドウは大の大人1人分程の大きさもあるトゲトゲの金棒を片手で担ぎ上げながら、無傷のまま仁王立ちしている。
周りで観戦していた観客達も「流石はカイドウだ!」「やっぱりヴァイオレットでも無理だったか……」「とんでもねぇ奴が現れやがったぜ」とカイドウについて口々に評価する。
僅か10秒ほどにしか満たない試合であったが、そこでカイドウがヴァイオレットに下した強烈な一撃は凡庸な試合100回分を観るよりも価値があったと言わざるを得ない。
さて、急な展開に理解が追いついていない者もいるだろうから、今から時を少しばかし巻き戻しておこう。
あれはカイドウがカルヴァンとの試合を終えてからのことだった。
「いやはや、流石はボスっすね。終わってみればいつも通りの余裕の勝利でしたね」
「ウォロロロォォ! まあ、余裕だったが他の馬の骨よりかは歯応えはあったな」
ご機嫌なカイドウは部下が買ってきた大量の酒を飲み干しながら、部下から祝いの言葉を受け取る。
「ん? ようやく来やがったか」
酒を飲む手を止めて部屋のドアの方をカイドウが睨むと、コンコン! とドアをノックする音が聞こえてきた。
「おう、中に入っても問題ねぇぞ」
「失礼しますボス」
ドアを開けて入ってきたのはいかにも平凡なサラリーマン風の男で、部屋に入るなり手に持ったカバンから数枚の紙の資料をカイドウに手渡す。
それを受け取ったカイドウはペラペラと書かれている内容に目を通しながら、サラリーマン風の男に問いかける。
「なるほど、どうやら事は順調に運んでいるようだな。それで、
「ええ、ありがとうございます。全員が全員とも全てうまくいっているとは言いませんが、目を見張る才能を持つ者が数名いますね」
カイドウが言う
そんな身寄りのない子供を使ってなにをしているのかというと、簡単に説明するなら戦力の増強だ。
行く当てのない孤児を衣食住の保証を条件に、念能力者として育て上げファミリーに勧誘しているのだ。
当然のことながら、それを懐疑的に見る者はいるが、大半の子供はそれが罠かもしれないと分かっていながらも生きる為にその手を取ってしまう。
そして、そんな子供の育成を任せていた念能力者である部下の1人であるサラリーマン風の男が今日カイドウの元に定時報告しにやってきていたのだ。
手渡された資料と報告を聞きながら目ぼしい子供を脳内でピックアップしていく。
「目ぼしいのはギード、アウガ、フウガ、ライガの4人ぐらいか……。そうだな、専属の教育者としてお前らコイツらの親になれ!」
「「「「ええぇぇぇ!!?」」」」
部屋に設置されているテレビを観ながら試合観戦を楽しんでいた部下たち4人は、カイドウからの突然の提案に驚きの声を上げる。
「何を驚いてやがる。別に仲良しこよしの家族ごっこをしろって言ってる訳じゃねぇんだ。一応はガキ共の保護者ってのが世間的に必要だろう。お前らの言うことを聞かなきゃブン殴って言うことを聞かせりゃいいんだ。気楽にやりやがれ」
「まあ、それなら……」
「仕方ないっすね」
「うっす、ボスの命令なら了解です!」
「ガキのお守りか……、面倒だが承った」
全員がカイドウの命令とあればと全員が渋々と了承の意を口にする。
それに満足したのか、手元にある酒を浴びるように口に放り込むと、資料に書いてある1人の子供の写真を凝視する。
「なに、お前らだけに子守は任せねぇよ。俺様も1人面倒を見てみてぇガキがいるからな」
「はぁ? え、ボスもガキを育てるんですか!?」
「……大丈夫なのか?」
「あぁ、そのガキ死んだな」
「ボスが直接面倒を見るガキか……、興味があるな」
「ああぁん?」
部下全員から信じられないといった顔で見られたカイドウは、不機嫌さを隠すことなく部下たちを睨みつけると、全員揃って明後日の方向を向いて口笛を吹いて誤魔化す。
「オメェらが心配するような問題じゃねえよ。それに、ソイツは俺様が拾ったガキだ。礼儀は多少悪いが俺様の言うことならちゃん聞く奴だ。それよりもだ、今後の天空闘技場での試合をどうするかだ?」
部下たちの軽率な発言にカイドウからのお咎めもなく、今後の天空闘技場での立ち回りについて話し合う。
「しかし、やはり前回の試合の結果を見て俺様と戦おうって気概のある野郎が現れなかったな」
「そりゃ仕方ないっすよ。あんなもん見せつけられたら挑む気なんざ失せますぜ」
「なら、やっぱり俺らが200階にまで登ってボスと戦うってのがベストな形じゃないっすかね?」
「だな。まあ、流石に手合わせしたら俺らの体がもたないから不戦勝って形になるがな」
「うんうん!」
ざっくりとした案しか出ないが、フロアマスターとの挑戦権を獲得するにはこの方法しかないだろう。
とりあえず、部下たちはこのまま天空闘技場で活動を続けさせ、俺様はコイツらが200階の闘技者になるまではアジトに戻って力仕事でもするとしようか。
「ボス、お戻りになるのでしたらすぐに車と飛行船のご用意を致します」
「いやいい、たまにはちゃんとした運動もしなきゃ体力が落ちちまうからな。流星街まで走っていくとしよう」
「えっ、ちょっとボス!?」
ガシャン!
部下の静止を聞く間もなく、部屋の窓をぶち破って高さ200階の部屋から出ていった。
普通ならばそんな高さからパラシュートも無しに飛び降りれば死は免れないのだが、この場にいる者全員がカイドウの安否を心配するどころか、ため息を吐いて壊れた窓の弁償をしなければと口にする。
♦
天空闘技場を飛び出し、その巨体に似つかわぬ凄まじい速さで空を文字通り駆けるカイドウ。
六式の1つである月歩と剃の複合した自身のオリジナル技である瞬足に加え、全身から念のオーラを放出して速度を増すブーストを使用したカイドウは人間ミサイルと呼んでも過言ではなかった。
「ウォロロロォォ!! もう酒が切れちまった。やはり
目的地である流星街にいる今後自分の子となる子供に頼む品を考えながら空中を駆けていると、前方から巨大な影が目に入ってきた。
「グオオオオォォォォ!!!!」
「あん? なんだありゃ? トカゲ……いや、ドラゴンか」
カイドウは酒に酔って飛び出したために気づいてはいなかったが、現在カイドウが飛んでいるここは第一級の危険生物が生息している超危険地帯であり、空中ですら安全地帯はなく、そこにはプロのハンターですら死の危険が及ぶ最強生物のドラゴンの縄張りだ。
そんなところに、無防備にもやってきたカイドウはドラゴンにとっての敵であり餌でもあった。
だが──―
「邪魔だ!!!」
「グギャァ!!?」
今回ばかしは相手が悪すぎた。最強生物である筈のドラゴンでさえ、カイドウにとっては視界を遮る羽虫でしかなかった。
無駄に大口を開けて捕食しようとしたドラゴンに対して、念を込めた右ストレートの1発で鋭い歯の大半を根こそぎ砕き、顎の骨は修復不可能なレベルで粉砕され、そのままドラゴンは意識を失って地上へと墜落していった。
「っけ! せっかくの酔いが覚めちまった。まあちょうどいい、このままさっさと流星街に戻るとするか」
落ちたドラゴンに見向きもせぬまま、カイドウは目的地である流星街へと足を急がせる。
♦
ここは流星街の中でも特に闇に近い場所と呼ばれている通称『暗黒道』といい、表と裏のどちらからも爪弾きにされた悪党が集う場所であった。
そんな地獄のような場所で神妙な顔つきをしながら貧乏揺すりを繰り返し、部下からの報告を受け取る男がいた。
「そんで、ボスが天空闘技場を飛び出したって話が届いたのは何時間前だ?」
「はい! ペリップさんからの報告は3時間前ですね」
「それじゃあ、ボスが持っている携帯電話のGPSは今どこを指してんだ?」
「えぇっと……、それが流星街の2つ向こう側にあるグジャ大森林を物凄い速さで移動しています!」
「──―っ、おっかしいだろ!? 天空闘技場からここまで飛行船を飛ばしても数日はかかる距離があんだぞ!?」
「そりゃ、ボスだからとしか言えないでしょ……」
「ああそうだよな!? チックショー、お前らさっさとボスを出迎える準備すっぞ。それとあのガキ共も呼んで来い!」
「「「「「ウッス!!!」」」」」
カイドウが天空闘技場に出かけている間の留守を任された男が頭をガシガシとかきむしりながら部下たちに指示を飛ばす。
数日前にこの流星街の状況の定時報告を任せたペリップからの『ボスがそっちへ帰還した。後は任せる。あっ、それとさっきメールで送ったガキの面倒はコッチで見ることになったから、飛行船やらなんやらの手続きなんかも一緒に頼む』という連絡を受けた男は続いてカイドウが超猛スピードで流星街に接近しているという情報に、常識って何だっけ? と一時的に現実逃避していたが、いつまでそうしていても事態は変わることは無い。
いくら理解不能な事態が起こったとしても、自分の身の保身を守ることにかけてはこの場にいる誰よりも優れている故に、即座に行動に移せるのがこの男の強みなのだ。
だからこそ、カイドウに留守を任せるに一番相応しいと判断され、この場の誰よりも偉い命令権を持つことが許されている。
それから1時間も経たない間にカイドウが好む酒とツマミを用意し終え、別の場所で念の修業をしていたガキ共の招集も完了させた。
「ウォロロロォォ! 流石はジャッカルだな。俺様の帰りを知ってこんな豪勢な宴の用意をするなんざ気が利いてやがる」
「当然ですよボス。アンタが怒って暴れだしたら誰にも止められないからな」
「ウィ~ヒック、ん? なんか言ったか」
「いえ別に、それでペリップの奴から聞いたんですが、あのガキ共をそっちの方で引き取るって話の方は……」
「ああ、事実だ。今は天空闘技場で教育者として養子にすることに決めた」
そうカイドウが口にすると、招集されていた子供の何人かがコソコソと隣の者と喋り出した。
大方誰が選ばれたのかの噂話でもしているのだろうと考え、カイドウは特に注意することなく酒とツマミを楽しむ。
「そういや、姿が見えねぇがアイツはどうした?」
「ああ……、いつもの部屋に引きこもってます」
「そうか、まあ別に構うことはねぇ。礼儀作法なんぞこの街じゃゴミみてぇなもんだ。後で俺様から迎えに行くとする」
ご機嫌な様子のカイドウにこっそりと緊張していたジャッカルはほぉっと安心して胸に詰まっていた息を吐く。
「ウォロロロォォ! 美味い酒と飯だったぜジャッカル。そんじゃ俺様はあのガキんとこに行ってくるから、後のことはまたお前に任せるぞ」
「へい! お任せくださいボス!!」
用意されたご馳走を全て平らげ、ジャッカルに引き続き留守を任せると伝えると、カイドウは目的であった自身の養子となる子供がいる部屋へと足を運ぶ。
そこは他の部屋と違って重厚な造りのドアが鎮座しており、その大きさも他の部屋の数倍以上はあった。
元々この部屋はカイドウの部屋だったのだが、天空闘技場に行く際に空き部屋にするのも勿体ないということで、才能があると思ったその子供に部屋の使用権を譲ったのだ。
「ウィ~、入るぞカンナ」
ノックをすることなく無遠慮に部屋に入るカイドウ。
「……ん? 何か用なのボス?」
部屋の中央で地べたに座って何やら作業をしている女の子が部屋に入ってきたカイドウを見上げてキョトンとした顔で何の用か
その容姿は雲のような真っ白いふわふわとした髪をしており、宝石のような緑の瞳、小生意気そうな顔立ちをした控えめに言っても美少女と呼ぶに相応しい美貌であった。
「おう! 実は天空闘技場でやることが一旦なくなっちまったから帰って来た。それでな、お前への用もあってここへ来た」
「ふぅ~ん、それで私への用って何なのさ?」
「ああ、実はお前を俺様の娘にしようと考えてる」
「……は?」
カイドウの言ったことが理解出来なかったのか、顔が宇宙猫となったまま戻ってこない。
なんとなくそうなるのではないかと予感していたカイドウはやれやれと頭をかきむしりながら、気つけとしてパァン! とカンナの目の前で猫だましをして正気に戻す。
「はっ! 何かとても信じられない言葉が耳に入ったのですが?」
「一応言っとくが、さっきのは空耳じゃねぇぞ。正真正銘お前は今日から俺様の子だ」
「まじか……、私がボスに気に入られているのは知ってるけど~、まさか娘にしたい程だったなんてねぇ~♪」
「…………」
カイドウの娘にするという言葉が本当だと納得すると、カンナはニヤニヤした顔でカイドウの顔を覗き込むが、当の本人のカイドウはその仏頂面を変えることはない。
「俺様を相手に冗談が言える程度に肝が据わってるなら家族ごっこの真似事くらいは出来るだろう」
「ちぇっ! ボスは全然面白い反応してくれないからつまんない」
ぶ~っと膨れっ面で文句を言うがカイドウはそれに答えることなく懐から数枚の紙の束を取り出してカンナに渡す。
「俺様にいちいち強さ以外のことを求めるな。それとホレ、これを受け取れ。あと今日から俺様のことはボスではなく父と呼べ」
「あ~、そうだよね。今日から私の親になるんだし、お父さんって呼んだ方がいっか。っで、この紙に書いてある内容のことなんだけど」
ピラピラと手に持った紙をカイドウに見せつけるようにするカンナ。
その書かれている内容というのは武器と道具の作成依頼といったものだ。
1枚目に書かれていたのはとにかく頑丈な武器数種類の作成で、カイドウのメイン武器である金棒に加えて、薙刀やモーニングスター、大剣に槍などと様々な種類の武器のデザインと形状、そしてカイドウの体格に合うように大きさの指示まで書いてある。
これだけであるのならば、どこぞの鍛冶屋にでも依頼すればいいと思われるが、カイドウが考える頑丈の理想が高すぎるのだ。
カイドウが考える武器とは自身の怪力に振り回せれても耐えうる頑強さを誇り、どんな相手からの攻撃も受け止められる盾にすら転用できる丈夫さを兼ねそろえた、およそ普通の腕の鍛冶師どころか名人などといった腕利きの鍛冶師ですら匙を投げる依頼だ。
だが、カンナならばこの条件をクリアできる実力を持っている。
カンナの持つ念能力の1つである『
そして、2枚目の紙に書かれているのは酒が永遠に出続ける瓢箪型の酒壺を作れ! と命令口調でデカデカと書かれており、恐らくカイドウが一番欲してるのがコレなんだなとよく分かる。
これもまた普通の人間では作成不可能な類のものだが、カンナの2つ目の能力である『
そして、最後の紙には1枚目に書かれた武器を瞬時に入れ替えることができるアイテムを作れと書かれてあった。
「なんじゃこりゃ、いくら私が変化系と具現化系の2つを100%修得出来る特異体質で、それに合った能力を身につけたからって無茶ぶりが凄いんだけど」
「ウォロロロォォ! オメェなら出来ると信じて任せてんだ。必要な材料がありゃ部下に言え、もしそれで文句がありゃ俺様からの依頼って言えばいいし、今じゃオメェは俺様の娘だ。雑に扱うような自殺志願者はここにはいねぇだろ」
「ああ……、だから私を娘にしたのか。つっても、私はどこぞの未来から来た青いタヌキじゃないんだけどもね」
っと言いつつも、無茶苦茶な武器と道具の作成依頼にウキウキを隠せない様子のカンナに問題無さそうだと判断したカイドウが頭を少し乱暴に撫でてやる。
「ふん、その顔なら問題は無さそうだな。困ったことがありゃジャッカルに相談しな。あいつなら俺様も信用も信頼も置ける優秀な部下だからな」
「ふへへへ、うん! 分かったよお父さん♪」
「おう!」
さっそくのお父さん呼びに笑って返し、そのままカイドウは部屋を出ていった。
親子となったにしてはその関係は依頼人と請負人といった淡泊なものだが、その間には確かな信頼があり絆があった。
「それにしても私とボスが親子か……、所詮は書類上だけの偽りの関係だってあの人は思ってるかもしれないけど……」
物心をつく前からこの流星街で生まれ育ち、生きる意味なんかも存在しなかった自分にカンナという名前を授け、食べる喜びも何かを作る楽しさも、そして自分が誰のために生きるべきなのかという存在理由だって作ってくれた世界で一番大切で純粋に好きな人。
「さぁ~って、せっかくお父さんが私に頼んできた依頼品だし、100%満足いく出来の物を作るぞ!!」
そして、2ヶ月後に天空闘技場にいるカイドウ宛に武器と道具が届いたのは言うまでもない。
新キャラのカンナちゃんのキャラ設定に随分と悩みました。
容姿としては小林さん家のメイドラゴンのカンナちゃんを意識しており、性格はざぁ~こと言いそうなメスガキをイメージしています。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
フロアマスター就任
あっ、それと作者はドラゴンボールの小説も同時に書いているので、この作品とドラゴンボールの作品交互に投稿していくのであしからず。
流星街にいるカンナからカイドウが依頼した物が届いたその当日のこと。
つい先日天空闘技場にて10勝を果たしたカイドウは、すぐさま金棒の性能を確かめる為に、さっそくフロアマスターへの挑戦権を使用して戦う舞台を整えた。
その日の夜はカイドウに遅れてようやく200階選手になった部下たちの祝いを遅ればせながら開くこととなった。
「ウォロロロォォ! こいつはいい出来だ。使う前から分かる! この手に張り付く感触からして俺様専用というのがビシビシ伝わってくる。そう思うだろお前ら!!」
「「「「ウッス! マジでカイドウさんの為だけの武器だと思います!!」」」」
「ウォロロロォォ!! そうだろそうだろ! 早くこいつでフロアマスターの野郎をブン殴ってやりてぇぜ!!」
酒を飲みながら送られた武器を子供のようにはしゃいで自慢するカイドウに、部下の4人は少々ゲッソリとした様子で酒を大量に浴びるカイドウを見つめる。
「おい、今の話これで何度目だ? 」
「軽く5回は超えてるな」
「あれってボスが養子にしたガキが作った物だろ? 確かに一目見ても業物って感じだが、にしたって自慢話が過ぎると思わねぇか? 」
「ああ、初めはボスが子育てするって聞いた時は不安だったが、今じゃ別の不安が出てきたな」
コソコソとカイドウの耳に入らないようになるべく小声で会話する4人だが、最初の方はこうじゃなかった。
宴の始めの方は届いた金棒を右手で持ったり左手で持ったりしてひと通り感触を確かめた後、悪くねぇとニヤリと笑みを浮かべて金棒を自分の座る椅子の横に立てかけて酒をあおっていた。
そのまま金棒のことは触れずに明日戦うヴァイオレットの話題に移り変わったのだが──―、
それが酒を飲むにつれて明日の試合の話からいつの間にか金棒の話へと戻っていき、笑い上戸となったカイドウがひたすら部下に娘のカンナが作った金棒をいいね! させるちょっとしたパワハラ上司へと変貌していった。
「ウィック! おい、なにそんな俺様に隠れてコソコソ話してんだ?」
「いえいえ、何でもねぇですよボス!」
「ほら、明日はフロアマスターとの対決の日。じゃんじゃん酒を飲み明かしましょうよ!」
ジロリというよりギロリといった擬音の方が正しい鋭い視線をぶつけてくるカイドウに、部下たちは酒を手に持って誤魔化し入ったが、そこでカイドウの親バカ地雷を踏んでしまったのだ。
「ウォロロロォォ! そうだ酒だ。見ろこの瓢箪を!! こいつに入れた酒は念を
再び始まった娘自慢に辟易しながらも、相槌マシーンと化した部下たちの地獄の飲み会は夜通し繰り広げられることとなったのだ。
♦
「ウィ~ヒック、頭が痛えな……。久しぶりに二日酔いになったぜ。今何時だ?」
部屋の壁に備えつけられている時計に目をやると、時刻は既に昼前を指しており、試合の開始時刻は13時となっている。
まだ試合は始まってはいないが、この時間からでは酒を抜くことは出来ず二日酔いのまま試合に出なければならない。
とはいえ、それはさして問題ではない。ここ天空闘技場に現在滞在している200階クラスの闘技者で自身に敵う者はおろか、こんな悪条件の状態でも攻撃を喰わすような強者はいないと断言できる。
情報は全て部下から送られてくるものであるが、試合のビデオから念を覚えるまでの背景など大体の情報は全て目を通してある。
当然、今回戦う選手であるヴァイオレットの戦闘スタイルから経歴に至るまで全て調べ尽くしており、そのうえで問題ないと判断する。
今仮に問題があるとするならば、床で無様に空になった酒瓶を持ってぶっ倒れている部下たち4人だろう。
「おい! とっとと起きやがれバカ野郎ども!!!」
「「「「ギャッ!!?」」」」
叫び声と蹴りで4人は部屋の壁に埋まるように吹っ飛んでいく。蹴りが飛んでくる直前の叫び声と殺気に意識が目を覚ますよりも本能が危険を察知してギリギリ念で防御をとった為に大事には至ってはいないが、ギャグ補正が無ければ死んでいたと後の彼らは語っていた。
朝っぱらから暴力で叩き起こされた部下たちはウ~ウ~とゾンビのような動きで顔を洗いながら意識を覚醒させ、先に試合会場へ出ていったカイドウの後を追うように急いで服を着替えて部屋を出る。
“ワアアアアアアアァァァァァァァ!! ”
試合会場へ部下たちが着いた頃には既にカイドウとヴァイオレットの両者がリング上で対面しており、それを見た観客達が言葉にならない声を歓声として挙げているのだ。
正直言ってこの歓声は二日酔いの頭には堪えるが、リング上で立つカイドウは嫌そうに顔をしかめているだけで、二日酔いの様子を一切見せていなかった。
「ウィ~、耳障りな歓声だな。頭にくるぜ」
「やれやれ、目の前に立つ私のことは無視ですか。まあ、貴方ほどの強者であるならばその傲慢な態度は許されるのでしょうね」
カイドウの目の前に立つ女のように綺麗な顔をしているヴァイオレットは、キザったらしく薔薇を手に持ち無駄にキラキラした顔を隠そうともせず、観客達に見せつけるような仕草でカイドウに語りかける。
その顔立ちや仕草からはおよそ闘技者ではなくアイドルか俳優にしか見えないが、彼は紛れもなくこの200階の頂点であるフロアマスターの1人なのだ。
ヴァイオレットの戦い方はシンプルな接近戦タイプで、手に持つ薔薇の花弁を操り武器にして戦う様は戦場の王子様と呼ばれるほどに鮮やかで、対戦相手からは鮮血帝と恐れられている。
そんな彼の目から見たカイドウの姿は絶対的な生物であり、決して自分では敵うことのない高みの存在に見えた。
それでも彼がこの場から逃げ出さないのは闘技者としての誇りと、戦士として高みへの挑戦を心待ちにしていたからだ。
『さあ皆様お待たせいたしました。フロアマスターヴァイオレット選手と怪物の異名を持つカイドウ選手のフロアマスターを賭けた世紀の一戦が始まろうとします!! そして、カイドウ選手は金棒を持っての登場だ!! これはつまり、ただでさえ強いカイドウ選手の攻撃力が上がるという! まさに、鬼に金棒といったところでしょう!!』
実況の声がいつも以上のテンションで喋っているが、それもその筈だ。今リングに立っているのは薔薇の貴公子の2つ名で呼ばれているヴァイオレットと怪物の2つ名で呼ばれているカイドウ。
どちらもこの天空闘技場にてトップクラスの実力の持ち主だ。特にカイドウの方は実力の一部もまるで見せずに完勝しているという規格外ぶりに、この試合でヴァイオレットはカイドウの実力を引き出すことが出来るのか? というまるでヴァイオレットでは勝つことは無理だろという認識が広がっている。
「──―以上が試合のルールだ。それでは、始め!!」
試合が始まる前の審判からの恒例のルール説明があったが、内容は変わらないため聞き逃していたが問題はないだろう。
「まずは先手を取らせてもらう! ローズメイル」
薔薇の花弁が大量に空へと舞い上がり、それらすべてが繋がりあってヴァイオレットの全身を覆う鎧へと変貌を遂げた。
その強度はおよそ花弁とは思えない程に硬く、その重量は花弁らしく軽やかなもの。火、水、雷、土などの属性攻撃にも耐性を持っており、かつてカルヴァンと戦って勝てたのもこの花弁の鎧があったからこそなのだ。
だが、それでもヴァイオレットの胸中は不安で押し潰されるかのようであった。
今まで幾多の強敵たちからの攻撃を防いできた絶対的な信頼を持つこの鎧ですら、目の前のカイドウの攻撃を防げる未来のビジョンがまるで見えないでいる。
「ほぉ、操作系と強化系の合わせ技か。効率としては悪いが、結果としては見た限り上出来な発だな。だが──―」
ヴァイオレットの作り出した鎧を見て感心するカイドウだが、今回は娘が作ってくれた金棒の初披露という門出の時、普段ならば余裕を持って相手の全力を引き出してからトドメを刺すのが彼の流儀だったが、これほどこの金棒の実戦相手に相応しい存在はいないといった状況に、初手からトドメを刺す気構えでいた。
「この金棒を持った俺様に初めて出会っちまったのが運の尽きだったな」
不敵な笑みを浮かべると、手に持っていた金棒を逆手に持ち変え腰を深く落とす。
「こいつは本来なら剣で使用する技なんだが、やろうと思えば金棒でも使えるとっておきだ。まあ、剣による斬撃じゃなく、金棒による打撃になっちまうから技名を少し変えて──―」
途端にカイドウの姿がブレたかと思えば、先程まで立っていたカイドウの位置から強烈な破壊音とリングの石板が粉砕されて巨大な砂埃が生じた。
気がつけばカイドウはヴァイオレットの目の前に接近しており、咄嗟にヴァイオレットは残った薔薇の花弁を全て自身の前に壁として展開するもその行動は何ら意味をなさなかった。
『アバンストリーム』
その技名が聞こえたと同時に、目の前の花弁の壁は搔き消えてしまい。ヴァイオレットの意識は宙を舞い、体は天高く吹っ飛んでいた。
「……がはっ!?」
何が起こったのか理解できないままに、ヴァイオレットは地面への衝突による痛みによって意識を取り戻したが、立ち上がろうにも全身の骨が砕かれたかのような強烈な痛みと痺れによって指一本動かすことさえできないでいた。
「ウォロロロォォ! まだ意識を失っていねぇとは流石だな。いや、意識を取り戻したといった方が正解か?」
小さく息を整えようと必死で浅い呼吸を繰り返すヴァイオレットに不用心に近づいていくカイドウ。
だが、それよりも早くヴァイオレットに近づく者がいる。それは、幸か不幸かこの試合の審判を任された男だった。
「……ヴァイオレット選手戦闘不能! よって、この試合の勝者!! カイドウ選手!!」
彼は辛うじて息をしているヴァイオレットの状態をひと通り確認すると、全身の骨は砕けているかひび割れている様で、全身から皮や肉が裂けて血が溢れ出ている。
こんな状態では試合はおろか、一刻も早く治療しなければ命に関わってくる重症である。
そう判断した審判は両手をカイドウや観客達に分かるように大きくクロスさせ、ヴァイオレットの戦闘続行不可能と宣言する。
『この天空闘技場のメインイベント中のメインイベントであるフロアマスターを賭けての決戦がまさか
審判の宣言を聞いた実況の者が声高々にカイドウの強さを改めて認識させる。
そして、あまりにも一瞬な出来事に事態を吞み込めずにいた観客達もポツポツと現状を理解できてきた者が現れ始め、口々にカイドウを評価する声が上がりだした。
「早く救護班急いで! ついで緊急治療の必要性もあり! 直ちに病院への連絡も!!」
審判の男は腰に下げていた無線機を手に取り、控室にいる救護班へ出動の手配と病院への連絡を済ませるように指示する。
「ウォロロロォォ! 今回はこの金棒の出来を確かめる試金石に使わせてもらったが、次にまた戦う機会がありゃ今度こそテメェの力を見せてもらうぜ」
「──―っ、次こそは、必ず満足のいく試合を──―」
「もう喋らないで! 君は絶対安静の状態なんだ。あっ、救護班こっち! 急いで!!」
息も絶え絶えながらに必死に言葉を紡ごうとするヴァイオレットを審判はなだめながら救護班へと引き渡す。
「ああ、次はもっと強くなったオメェと戦いてぇ」
担架に担がれて試合場から消えていくヴァイオレットに対して、カイドウなりのまた会おうという意味を込めた別れの言葉を送る。
こうして、いつも以上にあっけなく天空闘技場において最も名誉なフロアマスターの称号をカイドウは手にれたのだった。
次回から本編であるハンター試験に突入させようと思います。
これまでの話でいかにカイドウが化け物じみた強さの持ち主か理解できたでしょうから問題ないですよね?
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
カイドウがハンター試験に参加するのは間違っている?
この作品が好きだという人は是非とも読んで下さい。(気に入るかどうかは知らない)
カイドウがフロアマスターに就任して7年の月日が経った。
カイドウが乗っ取ったマフィアは今や世界中で一番手を出してはいけない超極悪な組織へと変貌し、何人かのプロハンターと直接対決したことも何度かあったが、その大半がカイドウとぶつかる前に部下たちの手によってこの世から葬り去られていった。
辛うじて部下たちを退けた強者もいたが、その後に現れたカイドウと戦って幾人かは逃亡に成功する者もいたが、中途半端な強者はカイドウの金棒の一振りによってその命をあっけなく堕としていった。
今ではカイドウの名は『怪物』『暴君』『最強生物』と様々な呼び名で世界中に広がっている。
曰く、あの男に狙われれば街どころか国すら滅ぶとすら噂されており、実際にカイドウの機嫌を損ねた国の王は、3日のうちに城を壊され国の7割が荒れ地のごとく滅ぼされた。
それを重く見たハンター協会を筆頭に様々な国や組織がカイドウ討伐を議題に上げたが、翌日の会議にてカイドウ討伐の議題は無かったこととなった。
そこにどのような思惑があったかは世間は知らないが、ハンター協会のパリストンが裏で動いていただとか、カイドウが流星街の重鎮の1人だとか、世界にバレてはいけない闇の情報をカイドウが握っているからだとか、予測や妄想めいた話が各地であちこちと流れたが、その真相は誰も知らない。
♦
パチッ、パチッ、パチッ
広い部屋に将棋を指す音のみが響き渡る。
「ウォロロロォォ! 暇だ……。久しぶりに国でも滅ぼすか?」
「やめてくださいよボス。昔もそうやって国を滅ぼしてジャッカルさんやペリップさんらが顔を青ざめさせて後始末にかかりっきりになって死に掛けてたじゃねぇっすか」
アジトの広間で横になりながら、酒を浴びて趣味の一つである将棋を指すカイドウが物騒なことを呟き、その発言にカイドウの対戦相手を務めている部下が焦った様子で説得を試みる。
「あれも余計なお世話だってんだ!! あのまま戦ってりゃ俺様もタダじゃ済まなかっただろうが、こうまで暇になることはなかった。今のこの世界で俺様と対等に殴りあえる奴なんざ数えるほどもいねぇ。それがどれだけ退屈なことか、テメェに想像できるか?」
「いや、そりゃボスとまっとうに戦える人間なんざハンター協会のネテロ会長か伝説の殺し屋一家のゾルディック家しかいねぇでしょうが、ボスがあまり軽率に行動しちゃ……」
はぁ、グダグダした説教なんざ聞き飽きたぜ。なんか面白れぇイベントがあったような気がするんだがな……。
「あっ、そういや俺様ハンターライセンス持ってねぇや」
「え?」
部下のつまらん言葉を横流しに聞いていたカイドウが、突如として前世の記憶の1つであるこの世界の重要イベントの1つであるハンター試験のことを思い出したのだ。
ちょうど退屈していた時に、天啓の如く脳裏に浮かんだイベントなのだ。そこからのカイドウの行動は早かった。
少々負けかけていた将棋盤を蹴り飛ばし、目の前にいる部下に指示を出す。
「ウォロロロォォ! ジャッカルの奴を呼べ!! 俺様もハンター試験に参加するぞ!!」
「ええええええぇぇぇぇ!!!??」
カイドウの突拍子のない行動をするのはこの組織にいる者ならば誰もが知っているが、まさか現在は落ち着いているが、一時期は敵対関係にすら陥っていたハンター協会の傘下に実質入るような真似をするだなんて開いた口が塞がらないなんてものじゃない異常事態に自分だけでは判断どころかカイドウを止めることは出来ないと理解している部下は、即座にこういう場合において全組織の中で1番頼りになるジャッカルの元まで走り出す。
「アホかぁぁぁぁ!!? 毎度毎度、なんで俺んとこには厄介事の話しか流れ込まないんだよ!!!」
両膝を突きながら天を仰ぐジャッカルの姿に誰もが憐れみの視線を飛ばすが、誰一人として声を掛ける者はいない。
だって、もし声を掛けて巻き込まれたら面倒だからだ。
「それで、ボスは本当にハンター試験を受けると言ったんだな?」
「はい。間違いなく。原因もただの暇つぶしの一環だと思われます」
「っくそ!」
それを聞いてジャッカルは頭を乱暴にかきながら、リスクとリターンを頭の中で冷静に考えながら自身の持つパソコンを乱暴に操作する。
「こうなったら仕方がねぇ。このままボスのストレスを溜めててもいずれどっかで爆発すんならハンター試験を利用してストレス発散してもらった方がこっちにはありがてぇ。それに、ハンター協会がこれをきっかけにどうこう言ってこようが、ボスなら面倒だとか言ってライセンスを捨てて終わりだろうしな!」
アッハッハッハっと笑って答えるジャッカルの自暴自棄な考えながらもリアルにありえそうな未来図に、他の者たちもジャッカルの考えに賛同してカイドウのハンター試験の参加に異を唱えることはなかった。
そうして、カイドウ参加の一報がハンター協会へと届けられた。
♦
この日、ハンター協会に激震が走ることとなった。
「た、大変です会長!!?」
「なんじゃ騒々しい。また上の連中が面倒な指令でもよこしてきたのか?」
「いいえ違います。とりあえずこれを……」
「なんじゃというんじゃ? ん、こりゃ今年のハンター試験の参加登録の資料かの?」
一体何がビーンズをここまで慌てさせ……!?
「…………ここに書かれている人物。こやつが今年のハンター試験に本当に参加するのか?」
「はい。現在協会にいるハッキングハンターに裏どりを取って貰っていますが、参加登録を送ってきたのは例のマフィアが縄張りにしている地域からだと報告を受けています」
「ふ~む、今年のハンター試験は荒れるのぉ……」
「ですが会長、この登録が本人からだとしても、本当に彼をハンター試験に参加させるんですか?」
「まあ、ビーンズの言うことも分かる。あやつは国家規模の超危険人物として登録されとるが、じゃからこそワシは奴の参加を否定してはならんと考えておる」
「それは一体?」
「な~に、簡単なことじゃ。ハンター協会とあやつらの全面戦争を防ぐ為じゃな」
「ぜ、全面戦争ですか?」
ネテロの発言に驚愕するビーンズだが、全面戦争と発言したネテロは至極当然と言った顔で自身の髭を撫でる。
「信じられんか? じゃが思い返してみよ。過去にあやつがどういった理由で国を滅ぼしたのかをな」
「あっ!」
そう、あやつは子供じみた理由で国を堕とすような破天荒極まりない男じゃ。
そして、あやつのそんな無茶苦茶で破天荒な性格、そしてそれらを実現できてしまう圧倒的な力に魅入られて後ろを着いていく部下たちの実力も一流クラスと厄介極まる実力者揃いじゃからのう。
一対一での戦いなら望むところじゃが、周りがそうさせてくれねぇのがお偉い立場の人間の悩みじゃな。
「確かに、この人物なら十分その可能性もありますね」
「うぬ、じゃからこその国家級の超危険人物として登録されておるんじゃからな。それにしても……」
資料に載っている人物の顔写真を見て老人と思えぬ若々しい笑みを浮かべて今年のハンター試験の難易度を思案する。
「ふっふっふ、テメェが一体どういう考えでウチの試験に臨むか知らねえが、そう容易く合格させるほどハンター試験は甘くねぇって思い知らせてやるぜ」
ギラギラとした殺気にすら近い敵対心を燃やしながらネテロは電話を取り、今回のハンター試験を担当する試験官全員に一言伝えた。
『今回の試験はお前さんらが思う最高峰を挑戦者どもにぶつけよ』
今年のハンター試験の難易度が爆上がりしました。
ついでに言えば作者の今後のハンター試験内容も大幅に変えなければいけなくなったので、話の展開を考える難易度も爆上がりしました(笑)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
トンパの最悪の1日
こちらにも事情があったことをここに記す。
ところで最近カイドウが父親になった作品を目にしたのだが、やっぱりカイドウ=親バカなイメージがあるのかな?
よぉ、俺の名はトンパってんだ。よろしくな。
まあ、新人つぶしのトンパなんて2つ名もあるぐらいハンター試験じゃちょっとした有名人だってのは自覚していた。
だがまさか、それがあんな野郎に目をつけられるなんて思いもよらなかった。
「……どうしてこうなった?」
♦
それはカイドウがハンター試験の応募を終えた日の翌日のことだった。
「ボス。お客人がご到着です」
「おう、こっちへ通せ」
自身の部屋に設置されている特別な電話から依頼した相手が到着したとの連絡が入り、即座に自分の部屋まで案内させる。
「お久しぶりですカイドウさん」
「おう、元気そうでよかったぜツェズゲラ。相変わらず仕事が早えな。ウォロロロォォ!」
やって来たのはシングルの称号を持つマネーハンターのツェズゲラだった。
彼とカイドウの関係はシンプルに金の付き合いと言った方がいいだろう。
今や世界中のあらゆる裏の分野に手を出しているカイドウの組織とマネーハンターであるツェズゲラが衝突するのは必然の成り行きだった。
カイドウとしてはツェズゲラは原作キャラという立ち位置以上に基礎トレーニングの大切さを勝手に反面教師として学ばせてもらったということもあり、一時期商売敵として立ち塞がったがカイドウの鶴の一声でビジネスパートナーとしての関係を繋ぐこととなった。
「それでカイドウさん。これが例の依頼されていたあんたの要望に沿う人物についての書類だ」
「ほぉう、……成程な。流石はツェズゲラだ。俺様の期待通りの成果だぜ!」
書類をチェックするとトンパという人物の詳細が書かれている。
ハンター試験への挑戦回数は35回、そのうちの本試験連続出場は30回の大ベテランで、試験での序盤の振るい落としという面倒な事を抜けるには最適な人物といえよう。
「そいつは俺がライセンスを取得する前からいる男でしてね。当時はまだ新人潰しなんて異名を持ち合わせちゃいませんでしたが、その頃から奴の行動は目にしてましたからね。コイツならほぼ間違いなくカイドウさんを試験会場まで案内してくれるでしょう」
「ウォロロロォォ! お前がそこまで言うなら安心だな」
自信ありげに言うツェズゲラにカイドウは握手でもって返事を返す。
「それじゃ、試験当日のトンパの動きもこちらで動向を探って連絡しますんで……」
「おう! 既に部下に言って入金の方は完了している筈だ。後で確認してみろ」
「ええ、如何なる相手だろうと依頼完了後の金の受け渡しはシビアにチェックするのが私の心情ですからね」
清々しい程に金にがめついその姿勢にはいっそ好感すら抱く。一時期は本気で仲間に迎え入れるつもりだったが、生憎悪党の傘下に入るのは勘弁だと笑いながらふられっちまった。
そして迎えたハンター試験当日の日の事、ツェズゲラからの連絡でトンパの居場所を把握したカイドウはドーレ港で目的の人物を発見する。
ダンゴ鼻の小太りの男は船から降りると迷うことなく目的地に向かって歩き出す。
「ん? なんか急に暗くなったな? 雲でも出てきた……か……」
「ウォロロロォォ……、テメェがトンパだな?」
急に自分の周りに影が差してきたから雲でも出てきたと勘違いしたが、後ろを振り返ると見上げるほどのデカイ巨体が立っていた。
っというか、立っていたのは誰でも知っている超有名人だった。
「あ、あの、あなたは……、っじゃなくて、貴方様はあの天空闘技場のフロアマスターのカイドウさんでよろしいでしょうか?」
「あぁん? それ以外の誰に見えるってんだ?」
ああ、やっぱり……。なんでそんな超大物が俺なんかに話しかけてきたんだよ(涙)
っは!? まさか、俺がハンター試験で潰して来た新人共が復讐で雇った殺し屋か!?
嘘だろおい!? いくらなんでもこんな化け物を俺なんかの為に雇うとか割に合わなさすぎだろ!!
逃げるか? いやいや、無理だ!! 俺も何度かコイツが天空闘技場で戦う映像を見たことがあるが、ありゃ人間じゃなくて本物の化け物の戦いだった。
あの巨体に加えて常識外れのスピードを併せ持つ異常さ、更に裏の世界のトップの非常さと残酷さは見聞だけ知っているとはいえ、それがいつ己に牙を剝けて襲ってくるか内心ヒヤヒヤであった。
「まあ、そう怯えるな」
ポンっと軽い感じで肩を触られたが、傍から見れば借金を抱えた中年とビックボスの呼び名でも持ってそうなヤ○ザのやり取りにしか見えなかった。
「単刀直入に言おう。俺はハンター試験の会場までの案内人を求めている。そこでお前が選ばれたというわけだ!」
「そ、そうっすか……」
あっぶねぇ!! 新人共が送り込んできた殺し屋じゃなくてハンター試験への会場までの道案内係が欲しかっただけか。
まあ、確かに俺は自慢じゃないがハンター試験を受験して本試験まで進んだ回数じゃ俺の右に出る者はいないと断言できる。
とはいえ……
「あの、それって俺じゃなくても──―ぴえっ!」
人間誰しも好き好んで魔獣や猛獣の傍にいたいとは考えないものだ。
当然、トンパもそういった人間だ。恐る恐るといった様子で自分は言外には役に立たないので別の人をと言いかけたところでカイドウから人を殺せそうな視線をぶつけられ、つい情けない声を出して口を閉ざす。
「いいか、お前は光栄にも俺様に選ばれた人間だ。自分を卑下するな」
一見すると優しい言葉を投げかけられたように思えるが、言われた当人であるトンパからすれば『逃げれば殺す!』と脅されているように聞こえる。
というか、あの顔と声は絶対にそうだ! もしここで自分が背を見せて逃げようものなら後ろから何らかの手段で殺しにかかる。
「はい、分かりました」
「ウォロロロォォ……、そうか。なら道案内を頼むぜ!」
バン! と強く背中を叩かれ(カイドウからしたら99.7%手加減した)スッ転んだトンパが笑いながら(目尻になにやら汗が?)本試験会場に案内を始める。
やがて辿り着いたのは少々ボロさが目立つが、中々に立派な作りをした酒場のような店だった。
「ウィ~ヒック、ここが試験会場か?」
「い、いえ、ここは俺がよく使ってる情報屋がいる場所です」
ここに来るまでにカイドウは持っていた瓢箪に入っていた酒をずっと飲んでおり、もう既に出来上がっているのだ。
何故か、明らかに容量以上に飲んでいるというのに一切酒が途切れずに出ていることに疑問を抱いたが、それを興味本位で聞いてしまったために、散々娘の自慢話を飽きる程聞かされるという羽目になった為、もう瓢箪のことなどどうでもよくなってしまった。
「邪魔するぜ!」
「……なんだお前かトンパ。まあ、もうハンター試験の時期だしな。ほれ、情報が欲しけりゃ例の物を出しな」
中に居たのはそこそこの年配の男性で、トンパの顔を見るなり興味を失い磨いてあったコップを棚に戻してカウンター席に移動する。
それと同時にトンパもカウンター席へと移動する。
「なんだとは失礼だな。こうして通い詰めてる常連客だぜ俺は?」
「アホ抜かせ。ここは酒場であって情報屋なんかじゃねぇんだよ」
「おっとそれは悪かった。……っにしては客が全然いなさそうですがねぇ?」
周りを見れば客はいるものの、数でいえば2人というあまりにも寂しい状況だ。それに飲んでいる酒も決して上等と呼ぶには程遠く、水にアルコールを入れた程度の安酒のようでもあった。
「うるせぇ! ほれ、情報が欲しいだろ? さっさと例のブツを出さねぇんだったらすぐに帰れ!」
「へいへい、ほれ超合金合体ロボガンダック3号の20分の1サイズの等身大フィギュアだ」
トンパは自身の用意していた鞄から非常に細かい仕上がりのデカイフィギュアをカウンター席にゆっくりと置いた。
「おおぉぉ!! こ、これはまさしく幻と言われたガンダック3号!! それに当然と言ったら悪いが、一切の傷がついてない完璧な代物だな!!」
カウンター席に置かれたフィギュアに、先程まで見せていた余裕の一切をかなぐり捨てて、食い入るように様々な視点からフィギュアを観察……っというより鑑定してみせる。
「はは! 流石はトンパだな。俺もこれの入手には随分と力を入れたと思ったんだが、こうもあっさりと手に入れっちまうとはな……。お前さんも趣味の悪いことは辞めて、こっちの稼業に専念すりゃ今頃はハンターライセンスを売り払って手に入る分の金くらい手に入ってるっつーのに」
「やめろやめろ。俺はもう自分でも手遅れだって分かってんのさ。いくら金を手に入れても満たされないものを知っちまったからな」
2人が笑いながら会話をし続けているとカランと氷が崩れる音がすぐ隣から聞こえる。
「…………っ!?」
「ウォロロロォォ、ここの酒も悪くねぇな。おっと、悪いが店主、勝手に飲ませて貰ってるぜ」
気がつかなかった。見れば天井ギリギリまである巨体でありながら一切の存在感が無かった。
だが、驚いたのはただいつの間にか隣に大男がいたことじゃない。その大男がよく知る超有名人であり、現在ハンター試験の難易度を大幅に上げた張本人様だからだ。
「一体いつの間に……?」
「俺がこの店に入ってカウンター席に腰かけた時からさ」
トンパの言葉に店主は目を見開く。まさか、気づいていたのか?
自身もトンパとはそこそこの長い付き合いではあるが、お世辞にもトンパはハンターとしての才能は平凡よりも少し上といった評価でしかない。
そんな彼があれ程までに完璧に気配を消したカイドウの存在に最初から気がついていたということことに驚愕した。
「んでトンパよ、欲しい情報はまだか?」
欲しい情報? そうか、驚かしやがってトンパの野郎!最初から気づいていたんじゃなくて、初めから知っていやがったな。
カイドウがハンター試験を受けることは知っていたことだ。トンパの奴を案内人として採用することも視野に入れてもおかしくなかっただろうに。
「はは、そんなことにも気がつかなかったとは、俺も老いたかな?」
「なにカッコつけてんだよバカ! 早くハンター試験の本試験の場所を教えなきゃカイドウ様が店をぶっ壊しちまうかもしれねぇんだぞ!」
カウンター席から身を乗り出して胸ぐらを掴む勢いで興奮しているトンパが早く話せと急かしてくる。
別に大丈夫だろう。チラリと横を見れば上機嫌に酒を飲むカイドウの姿が見える。
あれなら別に数時間待たしたとしても問題なさそうに見えるが、声を掛けられた本人であるトンパは顔から汗を吹き出させて焦っている。
「分かったから少し落ち着け。お前も酒飲むか?」
「いらっ―――……いる。多少キツめのでもいいからくれ!」
「了解。ウイスキーのロックでいいだろ」
いらないと答えようとしたトンパだが、こんなおかしな状況に酒でも飲まなきゃやってらんねぇ! と開き直ってアルコール度数の高い酒を注文する。
そうして出されたのがウイスキーと氷の入ったグラスだった。
それを乱暴に手に取ると、ドボドボとグラスにウイスキーをたっぷりと入れて一息に飲み干していく。
「っぷは~、……どうしてこうなった?」
心からの言葉だった。自分はいつも通りにハンター試験に挑む新人共を潰してそれを楽しもうとしただけだというのに。
何故に俺がカイドウなんてトンデモない化け物に目をつけられなければならないんだ。
「ほれ、酔いつぶれる前にこれを受け取りな」
カウンターに置かれた紙を手に取って読んでみると、そこにはハンター試験の会場の場所を記したメモだった。
「へっ、流石だな。ハンター協会副会長様の部下だけあってこういうのはお得意だね」
「茶化すな。俺だってあの人の元で動いてんのにも事情があるんだよ」
そう言って店主も棚からグラスを1つ取り出してカウンターに置いてあった俺のウイスキーを勝手に注ぎやがった。
「あっ! テメェ俺の酒を!!」
「はっはっは、そうケチ臭いことを言うな。ほれ、今年もお前さんが無事に試験を不合格になるのを祈ってるよ。まあ、今年はいつも以上に荒れるだろうがな」
「ああ……、まったくだ」
隣で1人黙って黙々と酒を飲むカイドウを横目に、カンパイとグラスをぶつけて今年のハンター試験を無事に不合格になるのを祈るというおかしな祈願をする。
誠に勝手ながら、カイドウさんはチキチキクイズと魔獣のシーンをショートカットしました。
トンパも本試験に何度も参加できていることから裏ルートくらい確保してるだろうな~という妄想から酒場の店主(副会長の部下)というオリキャラを参戦させました。
いつかトンパと店主の出合いとか書きたいな~(願望)
あと、ツェズゲラさんを今回の話に入れたのは後のG・I編の伏線です。
目次 感想へのリンク しおりを挟む